...

平成19(2007)年度 知床岬エゾシカ密度操作実験

by user

on
Category: Documents
7

views

Report

Comments

Transcript

平成19(2007)年度 知床岬エゾシカ密度操作実験
環境省請負事業
平成 19(2007)年度
知床岬エゾシカ密度操作実験
業務報告書
平成 20 年 3 月
財団法人 知床財団
目次
1.背景と目的 .................................................................................................... 1
2.方法............................................................................................................... 2
3.結果............................................................................................................... 6
4.考察............................................................................................................. 10
1.背景と目的
エゾシカは、明治時代の大雪や乱獲の影響で一度は局所的な絶滅をしたが、知床半島では
1970 年代に入ってから再分布した。同半島の主要な越冬地の一つである知床岬での越冬数
は 1986 年の 53 頭から急激に増加し、1998 年に 592 頭に達した以降は増減を繰り返しなが
ら高密度で推移している。
高密度のエゾシカによる採食圧は知床世界自然遺産地域(以下、遺産地域とする)および
その周辺地域の環境に様々な影響をもたらしている。例えば、越冬地を中心とした樹皮食い
による特定樹種の激減と更新不良、林床植生の現存量低下と多様性の減少、そして遺産地域
の特徴的な植生である海岸性の植生群落とそれに含まれる希少植物の減少などである。エゾ
シカの高密度状態がさらに長期化した場合、希少植物種や個体群の絶滅、高山植生への影響、
急傾斜地の土壌浸食等が懸念されている。
現在見られるエゾシカの高密度状態と植生変化は過去にも繰り返されて来た生態的過程
とも考えられるが、各種調査から、知床岬の植生への影響は少なくとも過去 100 年間で最
も激しいものであることが示唆されている。エゾシカの管理について科学的な立場から検討
するエゾシカWGでは、
現状を放置した場合にはエゾシカによる植生への不可逆的な悪影響
が避けられないおそれがあり、予防原則に基づいて、具体的な保護管理措置を取る必要があ
ると結論付けた。
環境省は遺産地域とその周辺地域を対象とした知床半島エゾシカ保護管理計画を策定し、
その中で 3 つの管理手法(防御的手法、越冬環境改変、個体数調整)を定め、各地区の管
理方針に基づいて優先順位の高いものから実施することとした。このうち個体数調整につい
ては、エゾシカWGにおいて選定された 4 候補地の中で最もエゾシカ個体群の動向と植生
の変化に関する情報の蓄積があり、早急な対策が必要と判断された知床岬地区で、先行して
試験的な捕獲を実施することとなった。
密度操作実験は、知床岬地区においてメス成獣の越冬数を半減させる捕獲を 3 冬連続し
て行い、知床岬地区におけるエゾシカの越冬総数を半数以下に抑制できるかどうか見極める
ことを目的としている。また、最終的には、知床岬地区における植生を元の状態にまで回復
させることを目的としている。
密度操作実験は、知床岬地区において、直接個体数に干渉する個体数調整を行い、エゾシ
カの越冬数を減らし、その効果を実験的に検証する複数年計画のうち、初年度のシカ捕獲に
関するものである。なお、エゾシカ越冬群の捕獲は越冬終期に近い方が自然死亡も進み効果
的と予想されるが、初年度は越冬期を通しての捕獲実現性を探る為、流氷接岸前にも捕獲を
試みることとした。越冬期捕獲の適期は、会計年度をまたぐことから、本事業は年度内に完
了するが、今越冬期の捕獲は 4 月以降も予定されており、捕獲目標も越冬期を通してのも
のである。なお、知床半島におけるエゾシカの季節移動調査により、移動型の個体は 12 月
頃に越冬地に入り、5 月頃に越冬地を出ることが確認されていることから、本報告書では、
12 月から 5 月を越冬期と定義した。
1
2.方法
2-1.捕獲目標頭数の設定
個体数を効率的に減らすため捕獲対象をメス成獣とし、捕獲目標頭数を以下の概念に則っ
て設定した。即ち、過去の航空センサスにおける確認最大頭数が 600 頭であり、その半数
がメスとして、知床岬地域におけるメスの最大越冬数は 300 頭と仮定した。本実験におい
ては、このうち 50%の減少措置を施すものとして、メス成獣 150 頭を今冬の捕獲目標頭数
とした。なお、この捕獲目標頭数は、シカWGにおける議論を経て設定されたものである。
2-2.捕獲時期
本事業の契約期間は、平成 19 年 11 月 2 日から平成 20 年 3 月 28 日である。そのうち、
知床岬先端部の海食台地草原上にエゾシカ越冬群が集結し、流氷が到来するまでの平成 19
年 12 月から平成 20 年 1 月までの期間を捕獲時期として設定した。
2-3.事業実施体制
本事業は環境省事業として知床財団が請負、地元猟友会や地元漁業者等の協力のもとに実
施した。事業の実施にあたっては、安全かつ円滑に進めるため、地元警察および海上保安署
等とも事前調整を行った上で、緊急時の連絡体制や緊急時の対応手順等を事前に用意し、関
係者に周知徹底を図った。また、2007 年 11 月 7 日には、捕獲作業に参加するハンター4 名、
岐阜大学鈴木正嗣教授と現地下見を実施し、捕獲方法や狙撃地点、狙撃方法などについて打
ち合わせを実施した。
知床岬へは陸路が無く、
海路の利用であっても冬期には荒天の連続と流氷により状況の予
測が困難である。従って今回の事業では、知床岬までの距離が長く流氷の接岸期間が長い斜
里側を避け、羅臼側の相泊港を発着点とする海路を採用した。また、捕獲作業に利用する船
は、羅臼港を拠点とする旅客船(旅客用に観光船、シカ死体の運搬用に釣り船)を選定した。
出航の可否は、前日の 13 時頃に知床財団、羅臼の漁業無線局および船頭の 3 者間で、天気
図や気象レーダー図、沿岸波高データ、操業漁船からの海況情報などを基に天候判断を行い、
最終決定した。また、実施中も、現地とウトロ及び羅臼との間で無線や衛星携帯電話による
定時連絡体制を整え、逐次収集した気象データを基に海況等の急激な変化が予想される際に
は予定を切り上げ帰還するなど、安全対策には万全を期した。
捕獲作業の日程調整は、地元(斜里町および羅臼町)ハンターの参加可否、天候および流
氷の状況を総合的に判断して行い、泊りがけあるいは日帰りで実施した。
知床岬は宿泊施設がないばかりでなく、通信網や電気、水道等も整備されていない。本事
業の実施にあたっては、漁期以外は通常閉鎖されている知床岬文吉湾の漁業者施設(以下、
番屋とする)を借り上げ、宿泊滞在施設とした。人員・資材の運搬とは別に、シカ死体の回
収用に、船をチャーターして捕獲を行った。知床岬における作業の実施にあたっては、番屋
や発電機等の管理のため番屋所有者である漁業者が同行した。
2-4.捕獲実施地点
2
知床岬の地形図および主要地点は図 1 の通りである。海岸部を除くと、知床岬の地形は、
先端部から斜里側、羅臼側に広がる海食台地草原部(網掛け部)とそれ以外の森林部から主
に構成されている。捕獲作業は、主に海食台地草原上とそれに隣接する森林内で行った。
第一岩峰
第二岩峰
知床岬灯台
文吉湾
番屋
1 の沢
2 の沢
3 の沢
1km
図 1.知床岬の地形図および主要地点
網掛け部の海食台地上には、主に草原が広がる。
2-5.捕獲方法
エゾシカの捕獲は銃器を用いて行った。捕獲はエゾシカの出没状況および捕獲当日の人員
体制に応じて、①狙撃、②狙撃と巻き狩りの組み合わせ、③巻き狩りの 3 種の手法を用い
た。捕獲手法別の射手の配置位置や捕獲対象範囲、シカの逃走方向は図 2 の通りである。
捕獲手法 A(①狙撃)は、海食台地草原上に現れたシカを捕獲する際に用いた。この手法
は、射手と観測手が草原上に現れるシカをモニターしながら決められた定点(以下、射座と
する)で待機し、姿を現したシカを各射座から一斉射撃するものである。知床岬灯台、各岩
峰上など計 5 箇所を射座とし、各射座に射手 1~3 名と観測手 1~2 名を配置して捕獲を行
った。
捕獲手法 B(②狙撃+巻き狩り)は、第二岩峰の南西草原部に現れたシカを捕獲する際に
用いた。この手法は、岩峰からの狙撃とシカの逃走ルート上からの射撃を組み合わせた手法
である。第二岩峰に射手 1~2 名と観測手 1~2 名を配置し、更にシカの逃走ルートとなる
3
段丘上林縁部に射手 5~10 名を配置して捕獲を行った。
捕獲手法C(③巻き狩り)は、森林内にいるシカを捕獲する際に用いた。この手法は勢子
が声を出しながら移動し、一列に配置された射手が待機する方向へシカを誘導して捕獲する
ものである。捕獲の際は、勢子 4~8 名、射手 4~8 名を配置して行った。この捕獲手法は、
捕獲時におけるシカの出没状況に応じて捕獲対象範囲が異なる。
草原部に現れるエゾシカの動向や銃発砲時のエゾシカの反応を把握する為、観測手は草原
部に現れるエゾシカの数や移動方向を適宜記録した。また、捕獲に使用する銃弾は、法令に
もとづき、非鉛弾のみである。
捕獲作業では、雌雄判別の上、最大で 300m 程度の遠距離から正確な射撃が必要となる。
そのため、地元猟友会である北海道猟友会中標津支部羅臼部会および斜里支部斜里分会を通
じ、熟練ハンターを射手として選定した。遠距離からの射撃を確実なものとするため、2007
年 11 月 25 日、捕獲作業に参加するハンター8 名が参加し、釧路総合射撃場にて、銃の照準
合わせを実施した。
2-6.計測およびサンプリング方法
捕獲したエゾシカ各々について、ハンディ GPS 機器を用いて捕獲位置を記録し、外部計
測(体長、体高、後足長、胸囲)、性別の確認、永久歯の萌出交換状況による年齢の簡易判
定等を行った。さらに、下顎切歯部分をサンプルとして採取し、年齢査定を行い、簡易判定
結果とあわせて捕獲したエゾシカを 0 歳と成獣に分類した。なお、本報告書では 1 歳以上
を成獣と定義した。
2-7.死体の回収方法
泊りがけ捕獲の場合は各捕獲期間の最終日、日帰りの場合は当日の捕獲作業の終了後に死
体の回収を行った。死体は、そりやロープを用いて文吉湾まで搬出し、文吉湾から相泊港ま
で船で搬送、エゾシカ死体は一般廃棄物として扱われるので、その後、相泊港で専門の収集
運搬許可業者に引き渡し、専門の処理施設まで搬入し適切に処理を行った。文吉湾までの回
収は、捕獲作業に参加している射手と補助員の全員で行った。
4
射手
射手
捕獲手法 A (①狙撃)
捕獲手法 B(②狙撃+巻き狩り)
黒丸は射手配置位置(射座)
、網掛け部が捕獲対象範囲を
示す。知床岬灯台、岩峰上、台地上の見晴らしの良い地
点に射座を設け、網掛け部(草原)に現れたシカに対し
発砲。
黒丸が射手配置位置、網掛け部が捕獲対象範囲、矢印は
シカの逃走方向を示す。シカの逃走ルート上に射手を配
置。第二岩峰上からの発砲により逃走するシカを第二岩
峰と林縁部に待機する射手が捕獲。
射手
勢子
図 2.捕獲手法別の人員の配置と
捕獲対象範囲
捕獲手法 C(③巻き狩り、段丘斜面から台地草原)
点線が射手と勢子の配置位置、矢印が勢子移動方向、網
掛け部が捕獲対象範囲を示す。網掛け部の森林内にいる
シカを草原方向へ誘導、捕獲。
5
3.結果
3-1.事業実施状況
本事業の実施状況を表 1 に示した。予め設定した捕獲時期の中で、計 2 回の捕獲作業を
実施した。第一回目の捕獲は、2007 年 12 月 9 日から 12 日の 3 泊 4 日の日程で実施し、第
二回目の捕獲は 1 月 23 日に日帰りで実施した。なお 1 月 11 日は、相泊港を出港したが、
海況悪化のため知床岬文吉湾に入港できずに引き返し、捕獲作業を実施できなかった。また、
1 月 23 日も、捕獲作業は実施したものの、急な流氷の接近により、文吉湾から船を出すこ
とができなくなるおそれがあったことから、捕獲作業を途中で切り上げ撤収した。
捕獲・回収に要した人員は、射手 90 人・日、捕獲作業に参加した銃未所持者(以下、補
助員とする)5 人・日(捕獲準備作業等に要した人員は除く)、その他 26 人・日であった。
表 1.事業実施状況
実施日※1
① 2007年12月9日~12日
(3泊4日)
12月 9日
12月10日
12月11日
12月12日
射手
参加人員
補助員※2 その他※3
合計
備考
60
0
22
82
15
15
15
15
0
0
0
0
5
5
5
7
20
20
20
22
2008年1月11日(日帰り)
15
2
2
19
1月11~14日(3泊4日)の予定で出港するが、
上陸前、悪天候により岬沖で引き返す
② 2008年1月23日(日帰り)
15
3
2
20
流氷接近により、捕獲作業を途中終了し、撤収
合計
90
5
26
121
※1 前日までに中止となった日は掲載せず
※2 補助員は、捕獲回収作業に参加した銃未所持者とした。
※3 その他は、環境省職員および番屋管理、食事担当者として調査に同行した人員を表す(捕獲には参加せず)。
3-2.捕獲実施状況
各捕獲期間中に用いた捕獲手法は表 2 の通りである。12 月の捕獲作業では、当初の予定
通り、見晴らしの良い射座からエゾシカを狙撃する手法(捕獲手法 A)を用いた。しかし、
予想以上にエゾシカの警戒心が強いこと、1 発目の発砲音と同時にエゾシカの群れが一斉に
森林内に逃走してしまうこと、一度逃走したエゾシカは少なくとも数時間は海食台地草原上
に姿を現さないことなど、狙撃のみによる捕獲では捕獲効率が十分に上がらないことが明ら
かとなった。そのため、捕獲作業の途中からは、捕獲手法AとBを組み合わせて、捕獲作業
を行った。
1 月 23 日の捕獲作業では、巻き狩り手法(捕獲手法 C)を用いた。捕獲手法 A や B の実
施も予定していたが、悪天候により急遽引き上げることとなり、他の捕獲手法を実施するこ
とは出来なかった。
6
表 2.捕獲実施期間と手法
実施期間
①
12 月 9 日‐12 日
②
1 月 23 日
捕獲手法
A(狙撃)、B(狙撃+巻き狩り)
C(巻き狩り)
※捕獲手法の分類は図 2 による。
3-3.エゾシカの捕獲頭数と死体の回収状況
エゾシカの捕獲頭数と回収数は表 3、日別の捕獲内訳は表 4 の通りである。2 回の捕獲作
業を通じ、メス成獣 24 頭、メス 0 歳 2 頭、オス成獣 1 頭、オス 0 歳 6 頭、合計 33 頭のエ
ゾシカを捕獲した。
エゾシカの捕獲地点は図 3 の通りである。捕獲地点は、射座周辺の海食台地草原上とそ
の林縁部に集中した。
捕獲したエゾシカ 33 頭のうち 22 頭については回収を行った。死体の状況は、厳冬期だ
ったこともあり、死後数日(最大 3 日)が経過しても死体の被食や腐敗はほとんど見られ
ず、22 頭全てが鳥や哺乳類による被食をほとんど受けていないほぼ完全な形で回収された。
残る 11 頭については、流氷の接近により急遽撤収となった、急峻な地形であるなどの理由
で回収出来なかった。
表 3.エゾシカの捕獲頭数と回収数
捕獲実施期間
回収作業日 捕獲頭数 回収死体数
① H19年12月9日~12日 12月12日
32
21
② H20年1月23日
1月23日
1
1
合計
33
22
表 4.日別の捕獲内訳(H19 年 12 月、H20 年 1 月捕獲分)
期間
捕獲個体数
H19年 12月 9日
0
12月10日
22
12月11日
10
12月12日
0
H20年 1月23日
1
合計
33
成獣♀
0
16
7
0
1
24
0歳♀
0
1
1
0
0
2
7
成獣♂
0
0
1
0
0
1
0歳♂
0
5
1
0
0
6
備考
準備作業のみ実施
回収作業のみ実施
図 3.エゾシカ捕獲地点
※ 3 頭については、GPS データ欠損のため記載せず。
3‐4.草原部に現れるエゾシカの動向および銃発砲時のエゾシカの反応
草原部に現れるエゾシカの動向および銃発砲時のエゾシカの反応は表 5 の通りである。
文吉湾入港前に船上から確認した草原上のエゾシカの群れが、文吉湾に入港、上陸と同時に
森林内へ逃走を始める、銃の発砲と同時に草原上の群れ全てが森林内へ逃走し、その後、少
なくとも数時間は草原上に姿を現さないなど、
エゾシカの人に対する警戒心は予想以上に高
かった。
表 5.草原部に現れるエゾシカの動向
日
2008/12/9
時刻
出現状況
8:30 船上から知床岬草原上、
羅臼側と斜里側をあわせておよそ200頭
2008/12/10 7:10 羅臼側の草原上に25頭の群れ
9:55 文吉湾付近の草原上に20頭の群れ
14:00 文吉湾付近の草原上に34頭の群れ
2008/12/11 11:25 文吉湾付近の草原上に20頭の群れ
14:00 文吉湾付近の草原上に10頭の群れ
2008/1/23 7:00 船上から知床岬草原、
羅臼側と斜里側をあわせて82頭
11:05 船上から知床岬草原、
羅臼側と斜里側をあわせて63頭
8
動向
船が文吉湾に入港したのに反応し、
一部個体は逃走
人の姿に反応し逃走
発砲音ですぐに逃走
発砲音ですぐに逃走
発砲音ですぐに逃走
発砲音ですぐに逃走
台地上に上がった際にはすでに姿なし
-
3-5.運営体制
斜里・羅臼両町のハンター、知床岬文吉湾に番屋を所有する漁業者、船を運航する船会社
など、様々な組織の協力のもと、本事業の運営を行った。しかし、陸路がない上、冬季には
流氷が押し寄せるなど地理的に特殊な条件を持つ知床岬での事業実施にあたっては、想定外
の状況や通常の捕獲では発生しない様々な作業が発生した。以下に、その内容を列挙する。
・ 知床岬へは陸路がないため、往復には船舶を利用した。陸路と異なり、海路は流氷や波
の状況により安定的な利用を確保することが難しい。実施前に情報収集を行い、十分な
天候判断を行ったものの、流氷や波の状況により当日中止、もしくは作業中に途中終了
せざるを得ない状況が 2 回発生した。
・ 知床岬は固定電話も無く、携帯電話も通じない。そのため、本事業の通常・緊急連絡用
として衛星携帯電話を用意する必要が生じたため、衛星携帯電話をリースした。
・ 緊急連絡用の衛星携帯電話や番屋における生活のため、発電機を用意する必要が生じた。
厳冬期は流氷により船舶の運航が出来なくなるため、発電機の運搬が出来なくなる。そ
の為、捕獲作業を実施しない 2 月や 3 月を含む 12 月から海明けの 4 月まで 5 ヶ月間に
亘り、番屋備品の発電機をリース契約した。
・ 番屋に宿泊する場合や日帰りでも海の状況等により宿泊を余儀なくされる可能性があ
るため、番屋や発電機の管理のために漁業関係者の同行が毎回必要だった。
・ 積載する場所がない、死体を積むと船舶に匂いがつく、汚れるなどの理由から旅客用の
船舶にシカの死体を積載することが出来なかったため、シカの死体を回収する場合には、
旅客用の船舶に加えて、シカ回収用の船舶を用意する必要が生じた。そのため、状況に
よっては同時に 2 隻の船舶を借り上げ、捕獲・回収作業を行った。
9
4.考察
4‐1.捕獲時期
本事業の実施にあたっては、前日に天候や海況に関する情報収集を十分に行い、作業実施
の可否を慎重に判断した。それにもかかわらず、1 月の捕獲作業では、海況悪化に伴い、予
定していた内容を切り上げて撤収せざる得なくなるなど、
厳冬期の知床岬における捕獲作業
実施の困難さが改めて確認された。
厳冬期以外の時期で、効率的、安定的に捕獲作業を実施できる時期を挙げるとすれば、海
明け早々の残雪時期が考えられる。その理由として、厳冬期と比較して流氷の影響を受けに
くいこと、越冬期後半は海食台地草原へのエゾシカの依存度が増し、捕獲が比較的容易と予
想されることが挙げられる。また、死体の回収作業においても、ソリを利用することで効率
的に行うことができると考えられる。ただし、アプローチが船舶のみに限られる知床岬にお
いては、海明け後でさえも流氷により船の航行が妨げられ、現地へ到達できないといった不
安定な要素が残る。そのため、越冬シーズン中にメス越冬数の 50%の減少措置を施すとい
う目標を確実に達成する為には、流氷到来前の晩秋においても補完的な捕獲を実施すること
が適当と考えられる。
4-2.捕獲手法
捕獲手法について、本事業では、岩峰上とシカの逃走方向に射手を配置した狙撃と巻き狩
りを組み合わせた手法(捕獲手法 B)がエゾシカの効率的な捕獲に有効であった。捕獲手法
B を実施する為には、海食台地草原上へのシカの出現が必須要素だが、今後は捕獲回数の増
加に伴い、海食台地草原上へのシカの出現頻度は低下すると予想される。海食台地草原上へ
のシカの出現頻度が低下した際には、捕獲効率を維持する為、捕獲手法を森林内対象の巻き
狩りに変更する必要があると考えられる。
4‐3.本事業における捕獲頭数と今後の捕獲目標
本実験は、メス成獣の越冬数を半減させる捕獲を 2007 年から 3 冬連続して行い、知床岬
におけるエゾシカの越冬総数を半数以下に抑制できるかどうか見極めることを目的として
いる。
本事業におけるメス成獣の捕獲頭数は 24 頭であった。今後、捕獲目標数は知床岬におけ
るエゾシカの越冬数をカウントする航空センサスの結果を経て変化するが、この冬の当面の
捕獲目標数はメス成獣 150 頭から今回の捕獲頭数を引いた 126 頭となった。今後、海明け
後に捕獲を継続して行い、捕獲目標の達成を目指すことになると考えられる。
4‐4.エゾシカ死体の位置と回収労力
2007 年 12 月の捕獲では、16 人が 2.5 時間かけて 21 頭を回収した。1 頭当りの回収労力
は平均約 2 人・時間(人・h)となる。ただし、これは捕獲場所が回収の比較的容易な海食
台地草原上に集中し、積雪量・天候等に極めて恵まれた場合の値である。また、回収にソリ
を使用できたことも大きく影響している。今後、捕獲回数の増加に伴い、海食台地草原上へ
10
のエゾシカの出現頻度が減少し、捕獲場所は海食台地草原上から林内へ移動すると考えられ
る。また、春季の捕獲では、時期によりソリの使用が出来ないことも考えられる。そのため、
春季の捕獲では、今回の捕獲と比較し、死体の回収労力は増加すると考えられる。
図 4、および表 6 に、回収に関わる状況と 2 人 1 組で 1 頭回収(文吉湾直近台地上の集
積地点発着)した場合に必要となるおおよその労力を A~E 区域別に列記した。なお、往路
に必要な時間は、2007 年 12 月捕獲作業時の記録から割り出した。この数字に集積地点か
ら船積みまでの労力は含まれていない。また、地形や状況により、回収しやすい区域内でも
回収不能となる場合も考えられる。
500 m
A:最大 4 人・h
B:最大 5 人・h
集積地点
C:最大 4.5 人・h
D: 最大 6 人・h
E:最大 9 人・h
図 4.知床岬の A~E 区域とシカ 1 頭回収(集積地点発着)にかかる労力
(2 人 1 組で集積地点を発着した場合)
※算出方法については表 6 を参照
11
表 6.地点別の回収に関わる状況
地点
回収に関わる状況
A
往復ともほぼ平坦、距離は文吉湾より最大 1.5 km。死体を見つけやす
台地草原西側
く、回収も行いやすい。往路最大 0.75 時間(h)
、復路最大 1.25 h。
回収労力は、往復最大 2h×2 人=4 人・時と算定。
B
ほぼ平坦だがAよりも距離があり、一部ササが深く死体を見つけにく
台地草原東側
い。往路最大 1 h、復路最大 1.5 h。
回収労力は、往復最大 2.5h×2 人=5 人・時と算定。
台地から最大で 100 m の標高差があり、下りであっても倒木等で死体の
C
林内西側
運搬が難しい。往路最大 0.75 h、復路最大 1.5 h。
回収労力は、往復最大 2.25h×2 人=4.5 人・時
標高差と距離があり、死体運搬は困難。復路は遠回りになるが B→A と
D
林内東側
草原部を通った方が消耗が少ない。往路最大 1 h、復路最大 2 h。
回収労力は、往復最大 3h×2 人=6 人・時
D よりさらに遠く、深い沢を迂回するために運搬は極めて困難。沢底に
E
林内南東側
落ちた死体の回収は危険であり、ほぼ不能。往路最大 1.5 h、復路最大 3
h。回収労力は、往復最大 4.5h×2 人=9 人・時
※草原上や森林内の様子については参考資料 1 を参照。
12
参考資料 1.知床岬エゾシカ密度操作実験の実施風景(H19 年冬季)
写真 1.第一岩峰上から文吉湾側(西
側)草原を望む
写真 2.知床岬灯台から赤岩側(東側)
草原を望む
写真 3.知床岬、森林内の様子
13
写真 4.知床岬文吉湾での荷物積みお
ろし風景
写真 5.冬季の知床岬文湾
(中央の建物が宿泊施設とした番屋)
写真 6.捕獲前、番屋内での
打ち合わせ風景
14
写真 7.射座(定点)に設置した待機
用テント
写真 8.岩峰上の射座
写真 9.知床岬海食台地草原上に姿を
現したエゾシカ
15
写真 10.捕獲個体の計測、サンプリ
ング風景
写真 11.ソリを用いた死体運搬
(草原上)
16
17
No
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
捕獲日
性別 年齢
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
成
2007/12/10 ♀
0
2007/12/10 ♂
0
2007/12/10 ♂
0
2007/12/10 ♂
0
2007/12/10 ♂
0
2007/12/10 ♂
0
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
成
2007/12/11 ♀
0
2007/12/11 ♂
成
2007/12/11 ♂
0
2008/1/23
♀
成
参考資料 2.捕獲個体一覧
体長
96
95
103
103
107
113
106
92
104
98
99
93
-
-
89
83
81
75.5
91
84
93
104
102.5
100
106
103.5
96
89
95.5
85.5
98
69.5
96
100
92
87
92
-
-
85
81
81
81.5
78
83
78
78
92
82
96
95.5
93.5
87
88
81
84
66
92
体高
101
95
102
96
94.5
96
95
胸囲
110
105
100
111
100
107
104
96
110
115
105
113
-
-
81
87
77
98.5
88
90
101
107.5
105
110
106
105
112
100
98
100
99
68
94
後足長右 後足長左
備考
48
48
49
49
49.7
49.7
52
51.5
49.2
49
51.2
51
48.5
48.5
47
46.5
48
48
48
48
50
50.5
50.4
50.5
-
-
サンプル回収、計測実施不能
-
-
サンプル回収、計測実施不能
44.5
45
43
42.5
42.5
42.8
45.5
45.5
45
45
45
45
49.7
49.5
48.5
49
48
48
48.5
48.5
51
51
48
48
51
50.7
48
48
46.5
48.5
45
45.5
48.5
49
-
-
47.9
48
参考資料 3.作業日報(2007 年 12 月 9 日~12 日)
7:00
7:30
8:30
10:00
14:30
17:00
4:30
6:00
7:10
9:55
13:40
14:00
14:30
15:00
17:00
4:30
6:00
7:05
11:25
12:00
12:15
14:00
14:20
14:50
16:30
4:30
7:00
8:00
9:45
11:00
12月9日 (現地入り・捕獲準備)
相泊港集合
・荷物積み込み
相泊港出港
文吉湾入港
・番屋に荷物を搬入、各種準備開始
現地下見開始
・各岩峰にテント等設置
現地下見終了
・全員番屋へ帰還、捕獲手順等ミーティングを実施。
定時連絡
2007年12月10日 (捕獲作業1日目)
起床
番屋発
・捕獲作業メンバーが定点へ移動
全ての定点に捕獲メンバーが到着、捕獲開始
・羅臼側段丘上のシカ、25頭の群れは人の姿に反応し、林内へ逃走
・各定点から草原上、周辺のシカに向けて発砲、メス成獣6頭、オス0歳2頭を捕獲
第二岩峰下の草原にエゾシカ20頭の群れが出現、発砲。メス成獣3頭を捕獲
知床岬灯台付近の林内に姿を現したシカに発砲。メス成獣1頭、オス0歳1頭を捕獲
文吉湾近くの草原にエゾシカの群れ34頭を確認
射手をエゾシカの逃走ルート上に配置する為、移動開始
移動完了、発砲開始
メス成獣6頭、オス0歳2頭、メス0歳1頭を捕獲
捕獲作業終了、サンプリング開始
番屋帰着
2007年12月11日 (捕獲作業2日目)
起床
番屋発
・捕獲作業メンバーが定点へ移動
各定点から発砲開始
メス成獣2頭、オス成獣1頭を捕獲
文吉湾近くの草原にエゾシカの群れ20頭が出現。
射手をエゾシカの逃走ルート上に配置する為、移動開始。
移動完了、発砲開始。
捕獲終了、メス成獣5頭、メス0歳1頭、オス0歳1頭を捕獲
文吉湾近くの草原にエゾシカの群れ10頭を確認
射手を逃走ルート上へ配置する為、移動開始
移動完了、発砲開始、捕獲なし
捕獲終了
サンプリング開始
番屋帰着
2007年12月12日 (回収日)
起床
エゾシカの死体回収開始
回収専用船到着
・回収のためのスタッフ合流
船への荷物積み込み等終了
天候が悪化するとの予想から、予定を早めて文吉湾発
相泊港着
18
参考資料 4.作業日報(2008 年 1 月 11 日)
7:00
7:30
8:15
8:40
2008年1月11日
相泊港集合
相泊港出港
知床岬沖到着
波浪により文吉湾入港が不可能と判断、中止、相泊港に向けて引き返す
相泊港着。
参考資料 5.作業日報(2008 年 1 月 23 日)
6:00
6:10
7:05
7:30
9:52
10:40
12:20
2008年1月23日
相泊港集合
相泊港出港
文吉湾着
・入港時に船上から海食台地上に確認したエゾシカ頭数は82頭
文吉湾発、各人林内へ展開し、巻き狩り開始
巻き狩り終了、メス成獣1頭を捕獲
その後、流氷が知床岬沖まで移動してきたため、捕獲作業終了
文吉湾出港
・出港時に船上から台地上に確認したエゾシカ頭数は63頭
相泊港着
19
参考資料 6.知床岬エゾシカ密度操作実験
緊急時連絡体制表
20
古紙パルプ配合率 71%、白色度 70%(古紙配合率が 100%のものが入手不可能な為)
Fly UP