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ドイツの持続可能性政策 - 神戸国際大学 | 学術研究会

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ドイツの持続可能性政策 - 神戸国際大学 | 学術研究会
ドイツの持続可能性政策
宜 川 克
はじめに
82年から98年まで16年間、
日本は鈴木善幸
(80年就任)、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、
宮沢喜一、細川護煕、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三(98年就任)と11人の首相を交
代させた。82年に就任、98年9月まで16年間、1人首相の座にあったドイツコール政権とは対称
的である。この時期、高度成長から減速経済期を迎え、一貫して景気低迷と二桁の失業率上昇に
あえいだドイツさえ、企業家は景気低迷を政治に転嫁せず、の姿勢が変わらなかった。政治と企
業活動を癒着させない自助の精神は見事である。景気低迷を時の自民党政権に転嫁、首相の首を
11人すげかえた国に自助の精神はない。98年にはシュレーダー中道左派、いわゆる赤緑政権を経
て、現在のメルケル大連立政権まで至る。この間日本では、森喜朗、小泉純一郎、安部、福田、
麻生、鳩山、管と、首相が7人登場した。30年足らずで3対18、日本という国が信用されない理
由である。
本稿に係わる問題意識は、ここから始まる。2005年11月、ドイツ連邦議会で女性初の連邦首
相に選出されたキリスト教民主同盟(CDU)のアンゲラ・メルケル党首は、コール政権(CDU)
下での環境相であった。
98年の劇的な政権交代により、
16年に及ぶコール保守政権がシュレーダー
中道左派政権に移行、環境過激政党の与党参画から原子力発電所撤廃など過激な環境政策が打ち
出される。大筋の基本戦略に合致すれば枝葉末節にこだわらないドイツでも、この政権交代によ
る政策動向の不確実性に産業界は右往左往した。
メルケル女史による40年ぶりのキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)
との大連立政権では細かい修正条項はともかく、環境政策に大きな変更はなく、持続可能な開発
に関する国家戦略の遂行は順調である。枝葉末節にこだわらず、朝令暮改も是とする大人の国で
ある。政治家主導のドイツでは、基本原則の確立を優先させ、個別課題は朝令暮改でも構わない
との姿勢である。官僚主導の日本は、責任の所在があやふやであり、理念が明快で単純なドイツ
に比べ、個別の事情が優先する複雑な形になる。
ドイツが政策の社会システム全体との整合性を意図したのに対し、日本では個別政策の整合性
を図るという異なったアプローチであり、
持続可能性に係わる政策の中身は日独で微妙に異なる。
政策先進国としてのドイツの持続可能性政策を総説として概観してみる。
1.ドイツの持続可能性戦略
1994年、ドイツは憲法に相当する基本法に次世代のため自然を守る責任を付加、環境保護政策
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『神戸国際大学紀要』第82号
の方向性をしめす持続可能性原則を国家目標として明記した。この原則は、エコロジーに配慮し
た社会システム構築、適度な経済成長、充実した社会保障システムにもとづく社会の安定化、の
3つの調和をめざす。産業界には環境保全を経営にとりいれる環境経営の実践、経済成長と環境
保護のリンク、
地球環境を守る技術や手法の提供を促すとともに、消費者には環境行動でのサポー
ト、国には法規制で産業界を誘導させることを規定する。社会の安定化は、医療・介護保険の整
備、年金制度の確立と資金の確保、雇用の確保など、社会保障制度の充実のほか、犯罪の防止な
ど多くの要因からなる。社会は安定化し成熟していかなければ、エコロジーへの対応どころでは
なくなり、経済成長最優先型の社会構造から脱却できない。地球温暖化で先進国と途上国の間で
論争になるのは、まさにこの点である。このように国家戦略としての環境政策の目的は、きびし
い法規制によって企業に環境保全への対応をせまり、ドイツ独特の社会市場経済のなかで、エコ
ロジーとエコノミー、それに社会の安定化を一体化させることにつきる。このような息のながい
プロセスをへて、持続可能な発展が段階的に実現する。政治家主導の国家目標は、さきに戦略あ
りきであり、官僚がえがく日本の複雑な国家戦略、目標とは異なり、明快そのものである。
この国家戦略は、30年以上も前から育まれてきた環境保護意識、国土を覆う緑の大地と豊かな
生態系を次世代におくりだす責任感から生じる。戦後の高度成長による公害を経験する日本とお
なじ経過をたどったドイツは、70年以降、矢継ぎ早に環境政策を立案した。
1970年 ルール工業地帯の大気汚染、ブラント政権ルールに青空公約、環境意識の台頭
1972年 ストックホルム国連環境会議、ローマクラブ成長の限界論、資源限界説の台頭
1992年 リオデジャネイロ国連環境開発会議(178カ国)、持続可能な発展への共同宣言
1994年 ドイツ基本法に持続可能性原則の条項付加、環境保護政策の方向を憲法で明示
2001年 社会民主党・緑の党の改正原子力法、原子力発電所の段階廃止決定(翌年施行)
2002年 持続可能性戦略、ドイツの展望を採択、運営規則と21の指標、モニタリングの決定
2005年 大連立政権(CDU/CSU,SPD)
、前政権の原子力発電所廃止政策引継を確認
2002年施行された改正原子力法は、新規原子力発電所の建設・操業許可を禁止、原子力発電所
の段階的廃止を決定した。98年秋発足の赤緑政権、とくに先鋭的な環境政党である緑の党が主張
する、将来の原子力エネルギー利用の廃止がきまった瞬間である。2005年におけるドイツの電力
供給配分比率は、原子力エネルギー27.8%、褐炭25.6%、石炭22.3%、天然ガス10.4%、再生可能
エネルギー9.4%、その他エネルギー4.5%であるが、稼動17原子力発電所は2008~2024年、全面
的に廃止される。原子力発電所平均稼動年数32年基準をベースに施設ごと計算された電力生産量
より、残存できる施設の稼動期間が計算される。
2005年発足の大連立政権では、原子力発電所の段階的廃止の政策がひきつづき維持されるが、
連立与党一部や産業界からは、原子力発電所の稼動期間延長論がではじめている。昨今の原油価
格高騰などうけてのみなおしである。2006年4月、年初から1バレル70㌦を超える原油高や、ロ
シアのウクライナ向け天然ガス供給停止によるエネルギー安定供給への疑念から、エネルギー輸
入依存度の引き下げ、当面するエネルギー戦略策定など官民で協議、産業界から石炭・褐炭火力
発電所による二酸化炭素排出ゼロの発電所投資計画など、エネルギー安定化への代替策が提示さ
れている。
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ドイツの持続可能性政策
1997年の気候変動枠組条約の京都議定書は、先進国に温室効果ガス排出を2008年から2012年ま
で、1990年水準から5.2%削減することを、批准128カ国に義務づける。ドイツは二酸化炭素排出
量を2005年までに、90年水準から25%削減することを目指しており、2002年までに16%の削減が
達成された。2000年の温暖化防止の国家プログラムでは、議定書に定められた温室効果ガスの排
出抑制、再生可能エネルギー利用の倍増、コージェネレーションの拡充、エネルギー効率改善な
どが決議されている。
1999年には石油と電力のエネルギーにたいする課税と、年金保険料の引き下げをリンクさせた
環境税制の導入に関する法律が施行された。石油から生産される燃料と電力の消費に課税するこ
とで、環境負荷の低減をはかり、他方その税収を年金基金への補助金に充当する。それが給与所
得者と企業双方が負担する年金保険料額を軽減させ、結果的に企業による雇用創出が可能となっ
た。環境負荷の低減を雇用促進と結びつけるシステムは二重の配当とよばれた。環境税導入のメ
リットである。策定当時から評価のわかれる制度であったが、おおくの例外措置や補助金などの
問題が指摘される。2000年から2003年の4年間の税額加算の継続、環境税制改革の継続に関する
法律をへて、2003年1月の環境税制改革の発展的継続に関する法律で、段階的に優遇措置の改定
や撤廃等の調整がすすめられる。
環境税の対象はガソリン、デイーゼル、暖房用軽油の石油精製品と天然ガス、液化ガス、それ
に電力からなる。石油税としてはガソリンなどに一律3.07㌣/lが課税され、これが毎年加算され
て、5年間で環境税分は合計15.34㌣/l、電力税は合計2.05㌣/Kwhである。もちろん非課税や
軽減措置など例外措置も多い。環境税の効果はガソリン消費の削減を促し、カーシェアリング(自
家用車の共同所有システム)や低燃費車の普及、ひいては鉄道利用客の増加など、省資源と環境
保全効果のほか、
もう1つの配当である年金基金向けの税収確保にも予定通りの貢献をしている。
税収を年金保険料に充当した結果、同改革導入前まで20.3%の労使双方の年金負担率は減少し、
第5段階の2003年には19.1%に低下した。この環境税収は再生可能エネルギー開発などの環境投
資にも充当されている。敗戦国ながら、欧州連合(EU)創設ではフランスと主導的な役割を果
たした歴史も評価される。
2.環境規制の動向
EUの化学物質規制の中核をなすリスクアセスメント制度は1993年に指令が発効以来、92物質
のリスクアセスメント草案が提出され、2005年までに62物質分が完了した。00非鉄金属関連では
亜鉛、カドミウム、ニッケルが対象、鉛、銅については業界が自主的に実施する。リスクアセス
メント制度は承認まで膨大な時間が必要である。生産者サイドに安全性の証明義務を負わせるこ
とを骨子とするREACH(Registration Evaluation and Authorization of Chemicals)システムが
提案された。REACHシステムでは、化学物質の安全性を生産者に証明させた上で、製造販売を
許可する考えであり、化学物質規制を今までより統一的、組織的、迅速に達成するのが目的であ
る。従来に比較してより厳しい規制案であり、手続きや費用あるいは秘密保持の面で問題が多い
という意見が、産業界を中心に強く表明されている。欧州委員会と欧州議会が共同で、修正のた
めのロードマップを作成して、生産者の負担軽減を図りながら指令案を完成させたいとの意向が
示されている。
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廃電気電子機器に関するWEEE(Directive 2002/96/EC on the Waste Electrical and Electronic
Equipment:ダブルトリプルイー)指令は、廃棄される使用済み電気電子製品が対象となり、回収、
処理、再生、廃棄にかかる生産者責任がすべての製造者に義務づけられる。この生産者責任では、
生産者は回収製品からPCBや水銀など有害化学物質を含む部品の除去などを無償で処理しなけれ
ばならない。このWEEE指令対象製品の内、医療用機器と監視・制御機器を除く製品の、特定
有害物質を排除する規制がRoHS(Directive 2002/95/EC on the Restriction of the use of certain
Hazardous Substances:ロス)指令である。指定された特定有害化学物質は水銀、カドミウム、鉛、
六価クロム、2種類の臭素化合物であり、規定濃度以上にこれらを含む電気電子製品は、欧州で
は販売できなくなる。WEEE及びRoHS両指令は2004年8月に発効し、2005年8月にはWEEE生
産者責任条項が発効している。2006年7月よりRoHS対象6物質が使用禁止となっている。今ま
で問題となっていた対象範囲、生産者の定義、許容値、RoHS適用除外、規制発効前に上市され
た機器(Historical waste)の取扱いなども概ね決定し、加盟各国の国内法整備も整いつつある。
各国国内法については既に発効したオランダ、スペイン、ドイツ、スウエーデン、フランスなど、
記述の順序や表現に多少の相違はあるものの、ほぼ同様の内容である。
EuP指令(最終使用機器の環境配慮設計のための枠組み)は、IPP(包括的製品政策)という
製品のライフサイクル全般にわたる環境負荷の分析を行い、最小化を図るという基本理念の具体
化の中核として提案された。設計段階からエネルギー消費、有害物質使用、廃棄物発生などの環
境負荷の低減を考慮し、こうした指標が規制基準をクリアすることを、生産者自ら証明しないと
上市できない。今後のEU製品規制のモデルになる規制である。
EUの環境規制の基本は「予防の原則」と「生産者責任」である。最近のWEEE指令、RoHS指
令やEuP指令、IPP、化学物質戦略やREACHシステムなど環境規制の状況から、製品設計~製
造~利用~廃棄~処理~再利用という、製品のライフサイクル全域にわたる環境負荷を可能なか
ぎり低減すること、それを企業や各産業界の自主的な取組みで達成できるように、情報の開示、
データの集積、評価を進め、製品設計や製造に活用することを目指している。企業にとっての負
担は大きいが、基本理念が後戻りすることはない。製品品質の差別化、自社の競争力向上の機会
として、対応策を活用することが望ましい。
EUの環境規制には、ドイツの環境政策に対する理念と実践がその背景として存在する。政治
家主導の政策は欧州全域を巻き込み、次世代への責任を十分に担保させる内容である。酸性雨に
よる環境破壊を実感した歴史が後押しする。
(図表)ドイツ環境規制の歴史
1970年代前半 人々が環境問題への興味を示す
社民党(SPD)/自民党(FDP)連立政権、労働時間短縮、余暇利用構想
1970年代後半 環境問題への興味が環境意識へと発展
SPD/FDP連立政権、立法による最初の環境保護規制導入、環境規制の
連邦統一化開始、環境政策に関する3つの原則が定められる
「環境阻害の原因を作った者が責任をとる」-排出者責任の原則
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「環境保全は対立ではなく、協調によってなされる」-協調の原則
「環境への事前配慮により、起こるであろう阻害を防ぐ」-予防の原則
この3原則は政権が変わっても、ドイツ環境政策の原則として遵守される
1980年代前半 環境意識が環境保護活動へと発展
キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)/自民党(FDP)連立政権(1982)
緑の党躍進、酸性雨による黒い森壊滅による意識高揚、化学物質法施行
1980年代後半 環境保護活動から環境を阻害しない消費推進活動へと発展
CDU/CSU/FDP連立政権維持、連邦環境・自然保護・原子力安全省発足
環境行政の独立、環境に優しい製品(消費傾向変化)、核リサイクル断念
EU統一環境規制への動き強まる、廃棄物法改定(リサイクル化へと傾斜)
1990年代前半 地球環境保護に強く傾斜していく社会
CDU/CSU/FDP連立政権、厳しくなる環境規制の提案、
環境コストが問題化し企業の負担増、旧東独地域の環境汚染深刻さ判明 1990年代後半 包装廃棄物政令施行(1991)
、循環経済・廃棄物法施行(1996)などの
革新的環境規制開始、SPD/緑の党(中道左派連立政権)の誕生(1998)
(出所)A.コップ、環境規制及びガイドラインのシナリオ、日刊工業新聞社(1999)
3.循環経済の動向
世界初の製造者責任法といえるドイツの包装廃棄物政令は、1991年に発効している。製造、流
通および販売企業には、使用済み輸送梱包材、販促用包装材および販売包装材を回収、リサイク
ルする義務が課せられた。この政令では販売包装材の再利用率が、素材ごとに規定される。また
企業は民間システム(DSD)に加入することで、このような義務から免除されることが認めら
れる。デユアルシステム・ドイチェランド(DSD:Duales System Deutschland AG)は、この
政令で定められたメーカーや販売店の包装材回収、再利用義務を代行するため、1990年に設立さ
れている。DSDはドイツ全域にわたって各地区ごとに使用済み包装材の回収、分別、再利用を
行う。デユアル(二元)とは、自治体が行う廃棄物処分とは別に、二つ目の措置のあることを意
味する。生活廃棄物の過半を占める包装材のリサイクルは企業(DSDが代行)、ごみの最終処分(埋
め立て、焼却)は自治体が責任を負う、との意味である。民間および公共の回収業者は、DSD
からの委託にもとづき、包装材を消費者のところで引き取り、分別・再利用施設に持ち込む。
業者はここで収集、分別した包装資材をメーカーに直接、あるいは二次材料リサイクル業者に
ひきわたす。DSDは廃棄物処理責任を負う自治体(450の市町村、郡)と回収システムの組織、
運営についてあらかじめ合意を図る必要がある。ドイツには様々な回収方式があるが、これは
DSDが各自治体の既存システムにあわせて業者に回収を委託するからである。例えばガラス包
装材については、ガラスの色ごとにコンテナのある指定場所に持ち込む方式が確立され、紙や厚
紙、ダンボールなどは、ひきとり、もちこみ方式が両立する。プラスチックやブリキ、アルミや
複合材など軽包装材は、大半がDSD専用容器(袋、黄色いバケツ、コンテナ)に入れられ、消
費者のところで回収される仕組みである。
このDSD社の資金は、加入企業がDSDの商標(緑のポイント)使用に関して支払うライセン
ス料収入で賄われる。店頭ではじめて行われるサービス包装については、包装材メーカー、輸入
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業者や卸売業者が支払う。
この商標の使用契約を締結してライセンスをうけたメーカーや商社は、
包装材に緑のポイントを印刷、このシステムへの参加を明示する。ドイツで販売された商品の包
装についてのみライセンス料が請求される。ライセンス料は包装材の重量、素材によってきめら
れる。ライセンス料は登録と再利用にかかる実費であり、包装材自体の費用とともに製品の市場
価格に反映される。包装材の回収、再生費用が製品価格にも転嫁され、包装材の使用をひかえる
動機になる。2003年度には2万社近い企業がDSDと契約を締結、うち約5000社が外国企業である。
経済面でも効率のよい包装材リサイクルを財政的に支える商標として、緑のポイント制度は欧州
各国に導入されている。ライセンス契約を交わした企業は全世界で10万社を超えている。欧州で
は2003年だけでも、1240万㌧の使用済み包装材が緑のポイント制度により再利用された。ドイツ
では2003年に約600万㌧が回収され、一人あたりの再利用可能な資源は計72.6㎏に達している。
ドイツの循環型社会は、廃棄物処分法(1972年)、廃棄物法(1986年)の制定を経て、廃棄物
を捨てずに有価物として社会に循環する廃棄物の発生回避を最優先する理念、循環経済・廃棄物
法(1994年)の制定により、明確にその構築プロセスが決定づけられている。その具体的な経済
性を伴う役割がDSDである。経営的にみれば、DSD社は包装廃棄物政令の施行にあわせ、ドイ
ツ産業界のなかから容器メーカーや食品・飲料メーカーなど600社が出資、容器包装の回収、リ
サイクル義務を代行するために設立した非営利企業であり、当初はドイツ全土の容器包装リサイ
クルの独占企業であった。収入は容器包装の製造・利用企業から徴収する従量制会費、支出は回
収・分別作業の委託費用とリサイクル補助金である。当初の有限会社(GmbH)から株式会社(AG)
に転換後、2004年には米系投資会社KKRにより買収(LBO)され、非営利の独占企業から営利
目的の民間企業となる。DSD社のシェアも、2007年には60%を切る。DSDの委託を受け容器包
装の収集・運搬を実際に代行する3000を超える中小廃棄物処理企業、容器・飲料メーカーへの影
響も深刻である。90年代に入り鉄鋼、石炭、電力などエネルギー業者が廃棄物処理市場に進出し
たが、その産業廃棄物処理子会社も買収されるなど、業界再編成の動き、巨大企業の参入による
廃棄物産業の大規模化、企業買収による地理的、分野的拡大が盛んである。
DSDに象徴される循環型市場経済とは大量消費社会の反省に立った経済モデルである。資源
やエネルギーの枯渇、廃棄物処理場の逼迫、自然破壊や健康被害の回復コストの反省により、廃
棄物の管理品質を向上させ、分別・回収・リサイクルの役割分担を最適化することで、コストの
極小化を目的とする。この循環経済への移行には、処理者コストが低いこと、規制の及ばない外
国への流出、
古い製品の回収義務、
さらに回収時点でのコスト徴収が困難など、問題点が山積する。
処理者コストが低いことは低品質処理がまかり通ることであり、不法投棄や技術基準以下の処理
が横行する素地をうむ。廃車政令施行後に廃車が激減したことは、中古車が東欧などに違法に輸
出されたことを物語る。また循環経済・廃棄物法の解釈により、廃棄物の定義が拡大し、処理す
べき素材量は3倍になった。廃棄物処理品質の向上のため、廃棄物処理技術基準、事業者の認定、
廃棄物処理施設への設備投資拡大などが模索された。このように廃棄物処理市場は、おおくの雇
用を発生させる。
DSD発足から18ヶ月でドイツ全域をカバー、70億DM(約8000億円)の投資で400の処理施設、
1万7000人の雇用を実現した。廃棄物処理業者の設備投資を促進させる波及効果をうみ、89年~
91年で廃棄物業界は75%の急成長を遂げた。こうした成長の影の立役者は東西ドイツの統合であ
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ドイツの持続可能性政策
る。統合により東でも西同様の廃棄物処理サービス品質が要求され役に立たない東側の事業者や
施設に代わり、西側事業者が東側自治体とあたらしい業務契約を締結、東側にあたらしい処理施
設を建設しはじめたことにある。こうした歴史を背景に、循環経済社会の確立に向けて試行錯誤
が始まっている現状である。
(図表)循環経済・廃棄物法
(1)循環経済の原則
① 初めから、廃棄物発生をできるだけ「回避」
② 素材の段階から、廃棄物再生素材を「使用」
③ 廃棄が回避不可の時、次世代許容の「貯蔵」
④ 最終処理は、最高技術水準での燃焼「許容」
(2)基本法体系の原則
① 廃棄物の発生を回避=リサイクル及び再使用
② 資源の有効活用=天然資源の保護
③ 廃棄物の適正処理=廃棄物処理技術及び適正環境の確保からなる、3段階の選択を付け
た物質循環を包括的に管理する循環型社会形成への基本法
(3)
「自発的自主義務」を負う生産責任
① 設計段階から循環系実現への配慮
② 製造段階での循環系実現の実施
③ 有害物表示
④ 製品返還、再利用、活用制度の実現、表示
⑤ 廃棄製品の活用法と廃棄物処理法の確立
の5項目からなる生産責任を、生産者は負う。
(4)生産者責任の趣旨
① 何回でも使用でき、技術的に寿命が長く、使用後、有害物を排出せずリサイクル可能、
かつ環境を阻害しない廃棄物処理可能な、製品の開発、製造、及び市場化責任
② 製造時、リサイクル廃棄物及び2次原料優先投入による、バージン原料の使用削減責任
③ 適正リサイクル及び最終廃棄物適正化への、製品含有有害物の表示責任
④ 製品表示を通じての返還、
再利用及びリサイクル可能性、それらの義務とデポジット(引
き取り義務/代金返却制度)表示の責任
⑤ 製品返却と製品使用後の廃棄物回収、リサイクル及び処分規定、廃棄物リサイクル及び
処分の自主実施責任
4.社会基盤の動向
ドイツでは2002年、省エネルギー政令の発効で、新築住宅はすべて低エネルギーハウス化が義
務づけられた。住宅エネルギー消費基準は、低エネルギー、パッシブ、ゼロ暖房エネルギー、ゼ
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ロエネルギー、プラスエネルギーハウスに分類される。低エネルギーハウス(1世帯住居)のエ
ネルギー消費基準は年間90kWh/平方mレベル、暖房設備不要のパッシブハウスは窓は開閉せず
換気装置を常時稼動させる。地中に設置した熱交換器で熱エネルギーの大半を回収、利用するシ
ステムである。さらに効率をあげるには太陽エネルギーのパッシブ(受身)利用、室内の照明や
電気器具、人体から発せられる熱を効率利用する。ゼロエネルギーハウスは太陽光発電や燃料電
池を併用、自家発電能力を高め電力会社に売電することで、採算性はプラスに転じる。フライブ
ルクのプラスエネルギーハウスでは、屋上の太陽光ユニットによる消費電力を超える発電、自然
建材を使った陽光溢れる室内、高効率遮熱・自動換気システムにより、冷暖房に必要な電力は従
来型住宅の10分の1、年間10~15kWh/平方mである。ドイツ最南端ライン地溝帯にあるフラ
イブルクは年間日照時間が多いため例外的ながら、大容量蓄熱槽を建物の地階などに設置して余
剰エネルギーを蓄えれば、日照時間の問題は解決する。高効率遮熱・断熱工法、地中の熱交換器、
照明の省電力化、インテリジェント制御など省エネ技術が利用されるほか、一部地域では太陽光
集熱・発電パネルなども設置される。オフィスビルの省エネには、暖房のいらない建物の代名詞
であるパッシブソーラーハウスの原理が適用され、年間を通じてほぼ10℃の地中の熱(または冷
気)が利用される。この建物の地下には、数十本の地中熱交換杭が数10メートルの深さまで埋め
込まれ、
この熱交換パイプで地熱を利用して冷暖房を実現する。ビル建設単価も従来程度である。
パッシブソーラーハウスの法的基準審査は、ダルムシュタットのパッシブソーラーハウス研究所
が公的な認定機関となる。この認定を受けた建物はドイツ語圏だけで数千棟以上に上る。こうし
た建築は一般住宅でも可能であり、年間日照時間の少ない北国ドイツの固有事情にあった特殊な
窓や換気・断熱システムが採用される。公的な低利融資システムや地方自治体の助成システムも
利用される。話題性のたかい省エネ住宅より、実際には既存建物の遮熱・断熱機能を高める措置
への助成が重要となる。可能な限り少ない建築用地の利用や屋上緑化、地面のコンクリート化を
できるだけ避ける、体と自然に合う建築材料、各戸の暖房エネルギー、水の節約工夫、可能な限
りの太陽熱利用、共同土地の用意、クラインガルテンなど、官民一体となった息の長い取り組み
が続く。何といっても朝6時半から午後3時半まで働けばすぐ帰宅、夏は夜10時まで明るいドイ
ツ、ビールでも飲みながら夕3~4時間、自宅は時間に構わず全部手作りしてしまう風土である。
土を掘り地下室を確保、レンガを積んで、屋根や天井、内装収納など、電気工事以外の作業はす
べて、何年もかけ主人一人でやってしまう住居づくりがステータスそのものの土地柄である。外
観は一見無味乾燥なドイツの住居も、中身は主義主張ある重厚さとシンプルさが同居する。住関
連商材の品揃えと長期間在庫の迫力は昔も今も圧倒的である。
米国でLOHAS(Lifestyle of Health & Sustainability)という奇妙な構想が展開され、それと
歩調をあわせたマーケテイング啓蒙の波が、日本におしよせる。仕掛けは広告代理店や商社、マ
スコミである。
かぎりある天然資源の浪費がつづく米国消費経済の反省からうまれた発想ながら、
本質的には商魂逞しい一方的な消費者セグメント論でしかありえない。大人は環境教育に興味は
示さない。ライフスタイルができあがってしまっているからである。環境意識の定着には信じら
れないほどの時間と手間がかかるとの視点が欠落している。大阪・神戸ドイツ総領事館編纂の報
告によれば、環境意識の定着への環境先進国としてのドイツのながいあゆみの詳細が記されてい
る。ドイツ人の環境意識はたかく、国も環境先進国として各国の規範とされる。たかい環境意識
をもつ国民は有権者として政党に圧力をかけ、政権政党はきびしい環境法で産業界を規制する。
意識定着への試みを以下要約する。
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ドイツの持続可能性政策
「こうしたドイツ社会における環境意識は、国内の環境汚染の歴史と無縁ではない。最初のお
おきな汚染は戦後の経済復興の拠点となったルール工業地帯から排出されるばい煙、晴れた日で
も青空がみえない状況であった。野党党首が1961年選挙戦で「ルールに青空を」を掲げ、68年の
政権担当後、はじめて環境保護政策に着手した。その後ダイオキシン汚染、酸性雨、チェルノブ
イリ原発事故(86年)が、国民の意識変革におおきな影響をあたえた。70年代の原発反対市民運
動を契機に、原発反対と自然保護を党是とした緑の党が州議会に躍進、83年には連邦議会で27議
席を獲得、98年総選挙では90年同盟と統一会派を結成、47議席を獲得して社会民主党(SPD)と
の赤緑連立政権を樹立した。保守政権にかわった今でも、環境政策に関して政党間におおきな差
異はなく、きびしい環境規制がつづいている。一方、環境保護政策の黎明期といえる1971年に、
連邦政府は画期的な通達をだしている。1つは動植物の生態をまもる「環境保護計画」であり、
そのなかの危険予防、汚染原因者負担、協力3原則は、その後政権がかわってもドイツ環境政策
の基本原則として遵守される。2つ目は「環境教育計画」であり、連邦政府が各州にたいして小
学校からの環境教育の実施をもとめたものである。小学生として環境教育をうけた層は着実にふ
え、1980年代以降、現在までのドイツ世論を形成する重要な核に成長している」。これをどう理
解するかである。
各種調査でも日本人とドイツ人の環境意識、のぞむ行動との間におおきな差は生じない。しか
し実際の行動となると歴然とした差がでる。日本では身近に発生する汚染に危機意識を抱く。と
くに若年層の意識はきわめてたかいが、情報源がテレビに集中しているため、あくまで他人事で
あり、行政が対応すべきとの甘えに終始する。汚染が物理的に遠くなればなるほど、また時間の
経過とともに忘れ去る。熱しやすくさめやすい性格にも由来する。ドイツの若者は持続的な行動
に転じる。小学校から体験した知識と行動がそれを後押しする。同時にわかりやすい環境政策決
定システム、保護インフラ、豊かな自然環境などが、テレビからの危機感でなく、自分たちの問
題として違和感のない環境行動に駆り立てる。
教育は環境の情報源の多様化をうながす。全体像をつたえずに興味本位のせまい視野と饒舌な
解説に終始するテレビメデイアの偏りを、専門誌のただしい情報で是正することの意味を理解さ
せる。この環境教育は、持続可能な社会の形成に重要な役割を担う次世代への責任であり、ドイ
ツではこれを教育の最重要課題のひとつとして法的に位置づけている。連邦各州の州憲法は、青
少年の自然と環境への責任感を育むよう学校にもとめ、これを民主主義や人間の尊厳など、重要
な法的概念についての教育と同等にあつかう。
「環境について知ることで、生徒達はどのような行動が環境によいかわるいかを学ぶ。学んだ
ことを環境のための行動に活かしていくには、たいくつな知識をあたえるのではなく、自然体験
をさせることに主眼がおかれている。自然界のプロセスや生態系での相互依存の知識は、数ヶ月
単位でおこなわれる教科の枠をこえた授業で学習できる。エネルギーがテーマの学習では、化学
と政治の授業をくみあわせておこなわれる。様々なエネルギー源について、化学の授業で自然科
学的にしらべ、政治の授業では脱原発とエネルギー転換について討議をおこなう、といったくみ
あわせが選択される。みじかい期間、学年や学校を挙げて1つのテーマにとりくむプロジェクト
もあり、1週間単位のプロジェクトウイークも実施される。たとえば水ウイークでは生物の授業
で海の生態系の勉強を、化学の授業で飲料水の水質調査、社会科では水不足の問題をとりあげる。
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『神戸国際大学紀要』第82号
こうした実践的な環境学習プロジェクトを実施するため、数おおくの自然学校(機関)や環境学
習センターが人材を派遣したり、内容についてのアドバイスなどで協力する体制をとる」。同報
告での指摘である。
こどもに昨日買った飲料のボトルを持参させ、なぜそれを買ったか問いかけることで、各自の
消費行動をふりかえる。便利なペットや缶より瓶のほうがよいことを、自らの行動から理解させ
る。日本の環境教育に必ず登場する牛乳パック工作教室など、無意味なことは教えない。学校を
自然環境のなかにある企業と位置づけ、連邦環境省の環境監査の認証を取得する試みも一部では
じまっている。環境行動の結果を数字で把握、改善をかさねるマネジメント感覚の習得も、知識
だけではえられない効果を発揮する。大人には馬鹿げた事でも子供にはまったくちがう。このよ
うに家庭、学校、市町村、州という、さまざまなレベルで環境教育が実践される。大人に期待せ
ず戦略的な国家長期目標として、予防的環境保護である環境教育が実践されつづける。21世紀を
担う次世代に自然と環境にたいする責任感をもたせながら、ゆたかな社会づくりに参加できる意
識をたかめる。マスメデイアや企業からの一方的な情報でなく、社会全体で多様かつ選択可能な
情報発信がされる国、日本とはちがう国である。こうして鍛え上げられた子供が賢い消費者にな
る時、LOHASの本質がマーケテイング情報操作でしかない事を、底の浅い本質をすぐに察知で
きる。米国から言われなくともLOHAS的行動はドイツでは当たり前、である。
世代間の公平、男女間の平等、地域格差とくに南北格差の是正、貧困撲滅、環境や天然資源の
保全、公正かつ平和な社会が持続可能性を実現する。簡単な話である。問題はこうした言葉がひ
とり歩きすることである。本やメデイアから得た知識、情報では自分に関係ない、あちら側の話
でしかない。メデイアで切り取られ、加工された断片情報、企業の片寄ったPR広告、環境本の
思い込み情報など、情報操作が氾濫する。持続可能性教育、いいかえれば社会的責任への人材教
育は、
羅列的な情報を知識として詰め込まれることでない。日本でのESD教育の実施計画(2006)
では、
「地球的視野でかんがえ、さまざまな課題をみずからの問題としてとらえ、身近なところ
からとりくみ(think globally, act locally)
、持続可能な社会づくりの担い手となる」よう個々人
を育成し、意識と行動を変革すること、と定義づける。ただしい基本的な知識の習得を前提に、
ひろく視野をもてる感性と人間性を磨き、物事を冷静かつ客観的に把握できる理性と判断力ある
人材を育成する。
環境、経済、社会面の多岐にわたる課題のなか、先進国にまずもとめられるのは社会経済シス
テムに環境配慮を織り込むことである。大量生産、大量消費、大量廃棄の生活スタイルや産業
構造を転換させ、持続可能な消費、生産パターンを定着させる。このわかりきった課題をthink
globally,act locally の観点からどう捉えればよいか、そこに人材化のヒントがある。命題さえ正
しければ、対象とする層の目線で具体的な事例をもとに、その命題を考えさせるが教育の基本で
ある。初期の小学校の環境教育では、牛乳パック工作の話がよく引き合いにだされた。包装廃棄
物のリサイクルを考えさせる授業とはいえ、これはあまりかしこいやり方でない。工作そのもの
が目的化され、子供が勘違いするからである。Think globally, act locally からみれば、環境教育
としての牛乳パック工作は無意味である。
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ドイツの持続可能性政策
先に述べたようにドイツでは、子供に昨日かった飲料水を持参させ、なぜそれをかったかを問
う。隠された命題は包装廃棄物リサイクルでなく、持続可能性ある生活スタイル、持続可能性あ
る身近な消費行動とはなにか、である。子供はいろいろな飲料水を持参する。瓶や缶、ペットボ
トルや紙パックと様々である。誰がいつかったか、家族用か個人用か、どこでかったのか、消費
行動を具体的に振り返らせることで、身近なところからおおきな命題にむけて思考回路を誘導す
る。便利なペットや紙パックがいいのか、重いけれど瓶がいいのか、缶はどうかといった議論百
出のなかで、自然とあるべき姿にたどりつく、思考プロセスが大事なのである。正解を押しつけ
る必要はない。これが教育である。伝統的に欧州はエコインテリジェンス消費が定着する。地元
で産出する食材を地元で消費する賢い生活スタイルを堅持する。品揃えはすくなく価格も割高で
ある。旬以外は手に入りにくく我慢するが、その代わり新鮮である。5月、朝市に山積されるア
スパラガスにドイツ人は目の色を変える。待ちに待った美しの春の到来、日曜正餐の食卓に供さ
れる。この頑固な消費スタイルに世界最強の米国ウオルマートも、2006年撤退を余儀なくされて
いる。
一方、でんぷん由来のポリ乳酸など、生分解性プラスチック市場が拡大する。農業資材や産業
資材など広範な用途開発が見込まれる。廃棄されても微生物等でゆっくり分解され、最終的には
二酸化炭素と水になる。技術的な課題は耐久性と耐熱性であるが、焼却せずに自然にもどせる汎
用プラスチックとして、他の廃プラスチックとは決定的にことなる。すでに1999年5月には、品
質に係る標準試験方法が国際標準化機構(ISO)より発効され、堆肥中での生分解速度測定の標
準試験法などが、世界規格として発効されている。日本では農業資材として大量に使用される塩
ビシートやマルチフィルムなどの代替需要が期待されており、農業試験場やJA全農などの協力
をえて、農業用あるいは園芸用の生分解性資材の実用化試験、普及にむけた各種の規格制定作業
がすすめられている。近い将来に全プラスチックス需要の10%以上が、こうした生態系に順応で
きる代替素材に変わる。農業分野における代替化では、オーガニック(有機)自然農法の拡大が
顕著である。
この自然農法は1924年、人智学の創始者ルドルフ・シュタイナーにより生態系の保護を重視す
る環境開発としてはじめられている。人智学は生命のプロセスを単に物質関連のなかでとらえる
だけでなく、生物環境と非生物環境との間の多様な相互作用も考慮しながら、生命の保全と促進
をはかるを目的とする学問体系である。人間活動の本来のあり方である。
ドイツには、
この自然農法のかんがえにそって生産される農産物や加工品のながい伝統がある。
化学合成の農薬や化学肥料の使用を極力ひかえ、動物飼育にもホルモン強化剤や肥育用補助剤、
あるいは予防的な抗生物質など人工的な注入物をつかわず、それぞれの種にもっとも適した自然
育成を、かたくなにまもっている。2001年、ドイツのオーガニック生産品の売上高は約30億ユー
ロ(約3,900億円)
、飲食料品総売上高1,700億ユーロ(約22兆円)の約3%に相当する。販売チャ
ネルでみれば、オーガニック専門店40%、農家や市場での直接販売20%、一般小売店25%、その
他15%程度である。旧市街の広場でみかける朝市では、周辺農家が朝収穫した新鮮な野菜や果物
がならび、買い物客が殺到する。地元で収穫された物を地元で消費する「エコインテリジェンス
消費」文化が定着している。画一化された大型スーパーでなく、伝統的な流通チャネルが支持さ
れ存続する。成熟した消費者の存在、自然志向や健康志向のたかまりが、このオーガニック市場
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を急拡大させる。
オーガニック農産物の生産、加工、輸入、検査については、規格基準が制定されており、製
品認証ラベルも充実している。2001年には国家認定の統一オーガニック認証マークである「BioSiegel(ビオ・ジーゲル)
」が導入され、消費者の商品選択と安全表示など、オーガニック市場
の発展に寄与している。これは1978年に世界に先駆けて導入されたエコマーク「Blauer-Engel(ブ
ルー・エンジェル)
」と同様、環境負荷のすくない代替製品や再生市場の育成、拡大におおきく
貢献した。こうした製品認証制度は、環境保全に配慮した製品の自発的、積極的な開発、生産を
事業者にうながし、消費者の商品選択を容易にする。
個人の暮らしや地域の課題は、環境、経済、社会がそれぞれ縦割りで存在するものではなく、
総合的かつ重層的である。地域の自然資源の活用を促進することにより、地域経済の向上と環境
保全の両面から地域社会が向上する。さらにこの取組みに地域の多様な主体が参加することで、
地域コミュニテイの関係が向上し、地域で顔のみえる関係が構築される結果、地域福祉の向上に
もつながる好循環がうまれる。エコインテリジェンス消費はまさに好例である。便利性と効率性
からすれば米国式ショッピングセンターのような大規模商集積が一番である。欧州にもこの波
が押し寄せている。車社会の欧州にはぴったりである。またEU加盟国が東欧に拡大することで、
大量仕入れ大量販売の仕組みが作りやすい。ところが地域分権が進み、大都市が少ない欧州では、
米国式の大規模商集積が成立しない。そこには地域社会の独自性を育む風土のほか、まさに持続
性ある生活スタイルを維持する伝統的な価値観が存在する。大量のバイイングは産地を荒廃させ、
無駄な価格競争に終始する。大量の物流輸送はアウトバーンを傷め、排気ガスが森林を破壊する。
食品添加物を使わないと大量陳列、販売はできないと理解できる、なによりも賢い消費者が存在
する。さらに大量販売される衣料品や雑貨に、途上国の児童労働や搾取の痕跡がないかどうか、
敏感に反応する消費者運動の歴史もある。先進国としてのノブリス、オブリージュである。まさ
に高貴なる義務、地域だけでなく途上国を含めた関係まで、無意識のうちに配慮する。
国際的な視点からは、世界規模の持続可能性に不可欠な途上国が直面する諸問題の理解、途上
国の諸主体との連携や協力を模索することが先進国のおおきな義務となる。とくに先進国におけ
る消費、生産活動をはじめとする社会経済活動と、途上国における持続可能な開発に関わる貧困
など相互に密接に繋がっていることを理解することが極めて重要となる。経済的合理性で判断す
るかぎり、大量に伐採したり捕獲したりする行為は正当化されるが、持続可能性からみればとん
でもない地球資源コストを度外視した破廉恥な野蛮行為である。森林や水産資源も循環資源であ
る。計画的に地球コストを組み込む方法を途上国に技術移転しなければならない。持続可能性あ
る技術移転は途上国に雇用をもたらし、貧困を解消させる。少子高齢化が進む先進国では、労働
力減少の時代に入りつつあり、労働力としての途上国労働者とどう向き合うかが課題である。旧
宗主国の欧州先進国では移民と出稼ぎ労働者受け入れの長い歴史がある。融和が進む国とそうで
ない国とで抱える課題は異なるが、雇用に関する課題を総合的に検討することもESD教育のおお
きな対象領域である。
社会的責任に係る人材育成には、複雑な問題、現象の背景まで理解できるものの見方、多面的
かつ体系的な思考力がまず必要とされる。素直な感性と理解力が必要である。また批判力を駆使
して代替案まで考えられる思考力(critical thinking)、必要な情報収集・分析力、コミュニケーショ
ン力、課題解決への連携を主導するコーデイネート力、多様な関係先の特性と状況を踏まえて活
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ドイツの持続可能性政策
動領域を構築できるプロデユース力も問われる。人間の尊重、多様性の尊重、非排他性、機会均
等、環境の尊重など、持続可能性の価値観が前提である。
おわりに
南西ドイツ、スイスとアルザスに隣接するフライブルクはドイツが誇る黒い森、シュバルツバ
ルト観光の拠点として美しい景観を誇り、人口20万人の内、学生が2万人以上占めるドイツ有数
の古い大学町である。92年フライブルク市はドイツ環境財団により、「自然・環境保護における
連邦首都」に選ばれたことで、一躍有名になった。以来ドイツにおける環境首都、エコシュタッ
トとして、様々な取り組みが評価されている。姉妹都市である松山市寄贈の日本庭園は憩いの場
になっている。筆者は77年に6ヶ月フライブルクに滞在、そこであらゆる対策を朝令暮改で試行
錯誤するものの、結果の受け止め方は至極クールで、変にモラル論に入らないとされる、ドイツ
人の大人の行き方に接してきた。ライン地溝帯にあるため気候が温暖で、ドイツ人の二人に一人
が、老後に暮らしたい町のトップに挙げたといわれるこの町では、環境問題はモラルでなく、市
内で車はダメ、騒音はブーイングだけの理屈である。旧市街には黒い森から流れる清流が石畳の
歩道に沿って、総延長10数キロに渡って静かに流れている。70年代後半の酸性雨による黒い森の
半減被害を実感した経験が否応なく市街から車を締め出し、2003年猛暑で経験したこの清流の枯
渇で先進国の責務を理解し政策に反映させる。日本でこのような光景を期待するには、大陸から
の酸性雨越境被害を実感してからとなる。
参考文献
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3.宜川 克「エコロジー経営」日刊工業新聞社(1998)
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”
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8.大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館「改訂版 環境先進国ドイツ」
(2004)
9.宜川 克「流通サービス業の環境シフト経営」同友館(2005)
10.国際協力銀行フランクフルト事務所「原発廃止を巡る議論」報告(2006)
11.宜川 克「企業倫理学ノート」同友館(2006)
12.宜川 克「持続可能性と企業経営」同友館(2009)
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