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科 教 研 報 Vol.28 No.5
日本科学教育学会
研究会研究報告
2014 年 4 月 6 日
宇都宮大学
日本科学教育学会
ISSN 1882-4684
平成25年度第5回日本科学教育学会研究会(北関東支部開催)
[テーマ] 科学教育の実践を繋ぐ
[主 催] 日本科学教育学会、日本科学教育学会北関東支部
[日 時] 平成26年 4月 6日 (日) 8:30~17:00
[会 場] 宇都宮大学峰キャンパス 【教育学部(8号館)3階マルチメディア教室1】
[日 程] 8:30~9:00
9:00~10:00
受付
研究発表Ⅰ(A01~A03)
10:10~11:10 研究発表Ⅱ(A04~A06)
11:20~12:20 研究発表Ⅲ(A07~A09)
12:20~13:20 昼食(支部役員会:3階演習室1)
13:20~14:20 研究発表Ⅳ(A10~A12)
14:30~15:30 研究発表Ⅴ(A13~A15)
15:40~16:40 研究発表Ⅵ(A16~A18)
16:40~
支部会議
[プログラム]
A01
9:00-9:20
座長: 久保田善彦(宇都宮大学教育学部)
児童・生徒の自然体験と理科に対する意識に関する研究
1
○人見久城(宇都宮大学)・尾形祐美(宇都宮大学教育学研究科)
A02
9:20-9:40
集散的創造活動システム(XingBoard)を用いた理科授業研究会の実践と評
価:経験者と未経験者の意識調査の比較から
7
○佐々木功一(宇都宮大学教育学研究科)・柿沼亜夢呂(宇都宮大学教育学
研究科)・野口真之(宇都宮大学教育学研究科)・上山登(宇都宮大学教育学
研究科)・久保田善彦(宇都宮大学)・舟生日出男(創価大学)・鈴木栄幸(茨
城大学)
A03
9:40-10:00
コミュニケーション連鎖における思考のずれについての一考察
13
○三浦航平(宇都宮大学教育学研究科)・牧野智彦(宇都宮大学)
A04
10:10-10:30
A05
10:30-10:50
座長: 松嵜昭雄(埼玉大学教育学部)
児童の加法・減法の方略の進展を促す指導について研究-学年が進んでも
素朴な方略を使い続ける児童の考察から-
○湯澤敦子(宇都宮大学教育学研究科)・日野圭子(宇都宮大学)
シンガポールの理科教科書における自然の統合的理解に関する研究
19
25
○栃堀亮(筑波大学教育研究科)・片平克弘(筑波大学)
A06
10:50-11:10
算数科授業における練り上げに効果的 な規範について:社会数学的規範に
依拠した先行研究をもとに
○大嶋靖久(宇都宮大学教育学研究科)・牧野智彦(宇都宮大学)
29
座長: 出口明子(宇都宮大学教育学部)
A07
11:20-11:40
A08
11:40-12:00
授業力向上要因と授業研究に対する小学校教師の意識調査
○佐々木功一(宇都宮大学教育学研究科)・人見久城(宇都宮大学)
高校理科における生徒の科学的説明力の育成に関する研究
35
41
○半﨑就大(筑波大学教育研究科)・片平克弘(筑波大学)
A09
A10
12:00-12:20
話合いを通して,資料の傾向を読み取る力を育てる授業の創造~問題場面
や学習形態の工夫を通して~
○田中真也(宇都宮大学附属中学校)
12:20
昼食(支部役員会)
13:20-13:40
座長: 牧野智彦(宇都宮大学教育学部)
新任教員の生活科における職能成長の研究~PAC分析の比較から~
45
49
○刀川啓一(宇都宮大学教育学研究科)・中谷かおり(宇都宮大学教育学研
究科)・野口昌宏(宇都宮大学教育学研究科)・久保田善彦(宇都宮大学)・益
田裕充(群馬大学)
A11
13:40-14:00
「協働学習の授業デザインに関する実践的研究」-高校化学の授業研究
54
○秋元一広(茨城県立古河第三高等学校)
A12
14:00-14:20
環境教育に関わるイギリス初等教科書の分析
60
○伊藤哲章(郡山女子大学)
座長: 日野圭子(宇都宮大学教育学部)
卓越性の科学教育の教育課程研究:不確実性統計教育のカリキュラム編成
-“知識を教える教育”から“知識と知識をつなぐ知識を教える教育”の教育
課程編成-
○木村捨雄(鳴門教育大学)・銀島文(国立教育政策研究所)
A13
14:30-14:50
66
A14
14:50-15:10
ミクロネシア3国の数学授業の特徴-「授業の基本形」にもとづく数学授業の
比較を通して-
○松嵜昭雄(埼玉大学)・金児正史(鳴門教育大学)
72
A15
15:10-15:30
PISAショック後のドイツにおける幼児期の科学教育の展開-バイエルン州を
事例として-
○遠藤優介(筑波大学人間総合科学研究科)
78
座長: 人見久城(宇都宮大学教育学部)
A16
15:40-16:00
米国のKindergarten(5歳段階)における科学教育の目標分析―次世代科学
スタンダードのPracticesの観点を中心に―
○石﨑友規(筑波大学人間総合科学研究科)
82
A17
16:00-16:20
幼児期の自然体験活動における安全管理 -「森のようちえん指導者養成講
座」を受講して-
○後藤みな(筑波大学人間総合科学研究科)
86
A18
16:20-16:40
児童による問題場面の解釈に関する一考察:「混み具合の問題」を例として
90
○平林真伊(筑波大学人間総合科学研究科)
科教研報 Vol.28 No.5
児童・生徒の自然体験と理科に対する意識に関する研究
The Awareness of Science and the frequency of Natural Experience of Students
人見
久城*,
尾形 祐美**
HITOMI, Hisaki*,
OGATA Yumi**
*
宇都宮大学教育学部,**宇都宮大学大学院教育学研究科
*
Faculty of Education, Utsunomiya University,
**
Graduate School of Education, Utsunomiya University
[要約] 児童・生徒の自然体験と理科に対する意識について調査を行った。自然体験の多いグ
ループでは,小学生と中学生で共通に,
「理科が大好き」と回答した割合が高い。一方,自然
体験の多くないグループでは,
「理科が大好き」の割合は,小学生でやや高いものの,中学生
では低かった。
「理科の勉強が楽しいか」,
「将来,理科を使うことが含まれる仕事につきたい
か」に対する回答においては,自然体験の多少と明確な関係は見られなかった。
[キーワード] 理科教育,意識,好き嫌い,自然体験
このように,理科に対する好き嫌いや自然
体験の実情がそれぞれ調査されてきたところ,
両者の相関についての研究が実施された。伊
藤(2011)は,自然体験の多少と理科に対す
る好き嫌いには,いわゆる正の相関があると
分析している。また,好き嫌い以外の理科に
対する意識についても分析している。伊藤
(2011)における調査対象は,小学校第4学
年,同第6学年,中学校第2学年,および高
等学校第2学年の児童・生徒である。本研究
では,対象学年を小学校第3学年から中学校
第3学年までとし,伊藤(2011)と同じ調査
内容を用いて,小・中学校で計7学年の児童・
生徒の回答傾向を把握したいと考えた。
1.はじめに
1―1.研究の背景
児童・生徒の理科に対する好き嫌いに関す
る調査は多く実施され,実情や要因などが指
摘されている。例えば,国立教育政策研究所
(2002)による調査では,「理科が好きか」
や「理科の勉強は,受験に関係なくても大切
だと思うか」に対して,いずれも学年が進む
につれて肯定的回答が減っている。この結果
に代表されるように,小学生で理科好きは多
いが,中学生以上になるとその割合が減って
いく傾向にある。また,理科の学習を大切と
思う児童・生徒の割合も同傾向で減り,理科
を学ぶことの意義が理解されていないことが
課題とされている。
一方,現代の子どもたちに関しては,自然
の中での直接体験の不足が指摘されている。
現行学習指導要領の改訂にあたり,中央教育
審議会答申(2008)が体験活動の充実を改善
事項のひとつとして挙げている。人見・小村
(2009)は,児童の自然遊び体験の実情を調
査し,子どもとその親世代とで体験率の比較
から,現代の子どもたちの自然遊び体験の低
下を指摘している。国立青少年教育振興機構
(2010)による調査では,動植物とのかかわ
りの体験は小学校低学年までが重要であると
し,自然体験などは小学校高学年から中学校
段階での体験が重要であると指摘している。
1-2.研究の目的
児童・生徒の自然体験と理科に対する意識
について調査を行い,小・中学校における理
科教育の改善に資する知見を得る。
2.研究の方法
調査の概要は,次のとおりである。
(1) 調査対象: 栃木県内の公立小学校1校,
公立中学校1校を対象とした。これらの学校
名を,A小学校,B中学校と表記して区別す
る。A小学校とB中学校は同一学区にあり,
A小学校の卒業生はB中学校へ進学している。
各校における調査人数を,表1に示す。
1
一方,
「嫌い」,
「大嫌い」と回答した割合は,
学年が上がるにしたがって増加している。両
方を合わせた否定的回答は,中学校第2学年
と第3学年ではいずれも 20%を超えている。
理科に対する好き嫌いについて,男女別に集
計した。小学校の各学年において,男女の回
答傾向に大きな差は見られない。一方,中学
校では,第1学年において,
「大好き」と回答
した割合に差が見られたが,それ以外では,
男女ともほぼ同様の回答傾向にある。
表1.調査人数
A小学校
第 3 学年
第 4 学年
第 5 学年
第 6 学年
計
B中学校
69
85
91
80
325
第 1 学年
第 2 学年
第 3 学年
計
87
94
85
266
(2) 調査時期:2013 年 10 月
(3) 調査内容:伊藤(2011)を参考に理科に
対する意識と自然体験の数をたずねた。
3-2.理科好き・理科嫌いの理由
図2は,理科好きのグループの児童・生徒
の回答結果である。小・中学校のすべての学
年において,
「3.観察や実験が楽しいから」を
選択した割合が最も高い。それに次いで,小
学生では,
「4.動物や植物が好きだから」,
「5.
自然のしくみや働きに興味があるから」,「7.
知らなかったことがわかるから」などが高い。
中学生では,
「7.知らなかったことがわかるか
ら」,「4.動物や植物が好きだから」,「1.学習
する内容がおもしろいから」などが高い。
3.結果と考察
3-1.理科に対する好き嫌い
図1は,それぞれの選択肢を回答した児
童・生徒の割合を学年別に示したものである。
肯定的な回答である「大好き」と「好き」を
合わせた割合を見てみると,小学校第 3~5
学年児童と中学校 1 学年において 90%以上
と非常に高く,第 6 学年児童においても 85%
と高い。中学校第 2,3 学年でも 75%以上と
なっている。理科好きのうちで,
「大好き」と
回答した割合を見てみると,学年が上がるに
したがって減少する傾向がある。小学校第 3
学年で「大好き」は 47%であるが,第 6 学年
では 19%,中学校第 2 学年と第 3 学年ではい
ずれも 5%台にまで低下している。
(%)
図1.理科に対する好き嫌い
図2.理科が好きな理由
2
(%)
(%)
図4.自然体験の体験率(小学生)
図3.理科が嫌いな理由
図3は,理科嫌いのグループの児童・生徒
の回答結果である。いずれの学年においても,
40%程度の割合と比較的高いものは,
「2.授業
がよくわからないから」,「6.テストの点数が
よくないから」,「7.むずかしいことが多いか
ら」となっている。これら 3 つの理由につい
ては,小学生よりも中学生の方が高い。
3-3.自然体験の体験率
図4,図5に,自然体験の体験率(%)を
まとめた。小学生で体験率が 80%を超える高
いものは,
「3.雪で遊ぶ」,
「9.星の観察」,
「11.
山に登る」であった。また,
「8.日の出や日の
入りを見る」,「12.野鳥を見たり,声を聞く」
などでは,第 3 学年児童の体験率が他の学年
に比べて低かった中学生で体験率が特に高い
ものは,
「3.雪で遊ぶ」,
「6.海や川原で遊ぶ」,
「11.山に登る」であった。
「12.野鳥を見たり,
声を聞く」を除き,どの自然体験においても
高い割合を示している。
(%)
図5.自然体験の体験率(中学生)
3
3-4.自然体験の多少によるグループ化
児童・生徒は選択肢にある12個の自然体
験の中から体験したことのあるものを全て選
び番号で回答した。それらの結果をもとに,
各学年とも,体験したことがある自然体験の
数が 11~12 個をAグループ,9~10 個をB
グループ,7~8 個をCグループ,5~6 個を
Dグループ,0~4 をEグループとして,グル
ープ分けを行った。それぞれのグループの割
合を図6に示す。
図7.自然体験の多少と「理科の
好き嫌い」の関係
「理科の勉強には自信があるか」に対しては,
A~Eグループのいずれにおいても,小学生
で 50~70%程度と高いものの,中学生では
20~30%程度とやや低くなる傾向にある。ま
た,
「強くそう思う」については,どのグルー
プにおいても,20%前後であった。
図6.自然体験の数によるグループ化
3-6.「理科の勉強は楽しいか」との関係
図8は,自然体験の多少に基づく5つのグ
ループ別に、
「理科の勉強は楽しいか」に対す
る回答を,割合で示したものである。
「強くそ
う思う」,「そう思う」とする肯定的回答は,
中学校のEグループだけがやや低いものの,
他のグループではいずれも 80%程度と高い。
グループ間で明確な特徴は見られない。
3-5.自然体験の多少と理科に対する意識
図7は,自然体験の多少に基づく5つのグ
ループ別に,
「理科の好き嫌い」の割合を示し
たものである。自然体験の多いAグループ,
Bグループでは,小・中学校で共通に,
「理科
が大好き」と回答した割合が高い。C~Eグ
ループでは,
「理科が大好き」の割合は,小学
生でやや高いものの,中学生では低い。
「理科の勉強は楽しいか」に対して,肯定的
回答は中学校のEグループだけがやや低いも
のの,他のグループではいずれも 80%程度と
高い。グループ間で明確な特徴は見られない。
3-7.「理科の勉強には自信があるか」
との関係
図9は,自然体験の多少に基づく5つのグ
ループ別に,「理科の勉強には自信があるか」
に対する回答を,割合で示したものである。
4
「強くそう思う」,「そう思う」とする肯定的
回答は,A~Eグループのいずれにおいても,
小学生で 50~70%程度と高いものの,中学生
では 20~30%程度とやや低くなる傾向にあ
る。また,
「強くそう思う」については,どの
グループにおいても,20%前後であった。
3-8.「将来,理科を使うことが含まれる
仕事がしたい」との関係
図10は,自然体験の多少に基づく5つの
グループ別に,
「将来,理科を使うことが含ま
れる仕事がしたいか」に対する回答を,割合
で示したものである。
「強くそう思う」,
「そう
思う」とする肯定的回答は,A~Eグループ
のいずれにおいても 40%前後であった。また,
同じグループ間で比較すると,肯定的回答は
小学生の方が中学生よりも高い傾向が見られ
た。
図9.自然体験の多少と「理科の勉強には
自信があるか」の関係
図10.自然体験の多少と 「将来,理科を使
うことが含まれる仕事がしたいか」の関係
図8.自然体験の多少と「理科の勉強は
楽しいか」の関係
5
4.おわりに
4-1.まとめ
調査結果をまとめると,次のようになる。
(1) 理科好きの理由として,
「観察や実験が楽
しいから」が最も多く,理科嫌いの理由と
して,
「むずかしいことが多いから」が最も
多い。
(2) 小学生で体験率が特に高い自然体験は,
「雪で遊ぶ」,「星の観察」,「山に登る」で
あった。また,
「日の出や日の入りを見る」,
「野鳥を見たり,声を聞く」などでは,第
3学年児童の体験率が他の学年に比べて低
い。
(3) 中学生で体験率が特に高い自然体験は,
「雪で遊ぶ」,「海や川原で遊ぶ」,「山に登
る」であった。「野鳥を見たり,声を聞く」
を除いて,どの自然体験においても体験率
は高い。
(4) 自然体験の多いグループでは,小学生,
中学生で共通に,
「理科が大好き」と回答し
た割合が高い。自然体験の多くないグルー
プでは,
「理科が大好き」の割合は,小学生
でやや高いものの,中学生では低い。
(5)「理科の勉強が楽しいか」,
「将来,理科を
使うことが含まれる仕事につきたいか」に
対する回答においては,自然体験の多少と
明確な関係は見られない。
(2),(3),(4)を総合すると,自然体験が多い
児童・生徒は,理科に対する好き嫌いにおい
て肯定的に回答する,といえる。しかし,(5)
のように,明確な関係が見られない項目もあ
る。理科に対する意識を,多くの側面から分
析していく必要がある。
ることが,理科に対する意識を高める上
で有効か。
b) いつの時点で(年齢,時期),自然体験
を体験することが,理科に対する意識を
高める上で有効か。
一方,自然体験の機会を児童・生徒に提供
していく上で,支援体制の整備も大切である。
学校の理科授業において観察や実験の機会を
充実させることに加えて,学校行事を利用し
た自然体験の機会も有効であると考えられる。
合わせて,指導者の育成なども課題として考
えられる。
文献
伊藤新一郎(2011):児童生徒の自然体験の
種類数と理科に対する好き嫌い等の相関
について,北海道立教育研究所附属理科
教 育 セ ン タ ー 研 究 紀 要 , 第 23 号 ,
pp.34-39.
国立教育政策研究所(2002)
:平成 13 年度小
中学校教育課程実施状況調査.
国立教育政策研究所(2003)
:平成 14 年度高
等学校教育課程実施状況調査.
国立青少年教育振興機構(2010):子どもの
体験活動の実態に関する調査研究報告書.
中央教育審議会(2008):幼稚園,小学校,
中学校,高等学校及び特別支援学校の学
習 指 導 要 領 等 の 改 善 に つ い て (答 申 ),
pp.61-63.
人見久城,小村紀子(2009):子どもの自然
遊び体験に関する調査,宇都宮大学教育
学部教育実践総合センター紀要,第 32
号,pp.223-230.
北海道立教育研究所附属理科教育センター,
北海道教育大学(2011):北海道の理科
教育の充実を図るための調査研究-第4
回本道の理科教育に関する実態調査-,
同センター.
4-2.今後の課題
いろいろな自然体験を体験することが,児
童・生徒の理科に対する意識を肯定的にする
ことが推定される。しかし,どのような自然
体験をいつの時点で体験することが,理科に
対する意識を高める上で有効かに関して,そ
の関係性は明確ではない。「いつの時点では」
には,児童・生徒の発達段階(年齢)と,時
期的なもの(年間を通してどの時期か)の2
つの視点が含まれる。このような点を明確に
するために,次の2つの問いを今後の課題と
したい。
a) 具体的に,どのような自然体験を体験す
6
科教研報 Vol.28 No.5
集散的創造活動システム(XingBoard)を用いた理科授業研究会の実践と評価:
経験者と未経験者の意識調査の比較から
Practice and Evaluation of Science Lesson Study using Collection and Distribution
Creative Activity System (XingBoard)
From a comparison of the attitude survey of inexperienced person and experience.
佐々木功一* 柿沼亜夢呂*
野口真之*
上山登*
久保田善彦*
舟生日出男** 鈴木栄幸***
SASAKI, Kouichi KAKINUMA, Amuro
KUBOTA, Yoshihiko
NOGUCHI, Masayuki
FUNAOI, Hideo
UEYAMA, Noboru
SUZUKI, Hideyuki
*宇都宮大学,**創価大学,***茨城大学
*Utsunomiya University **Souka University ***Ibaraki University
[要約]我が国の教師集団は授業研究によって力量を高め合ってきた。昨今では,ワ
ークショップ型授業研究会を実施する学校が多くなっている。本研究では,授業研究
会で生成された制作物を,各自が持ち帰り再構成することで,授業研究で得たものを
自分の授業でより生かせるようにすることを目的に,XB を用いた授業研究会を実施し
た。さらに,教職経験の有無によりその効果に違いがあるかも検証した。その結果,
未経験者は,個人作業よりもグループ作業に意義を見出していることがわかった。一
方,経験者においては,グループ作業と個人作業の両方に価値を見出し,互いに補完
させ,関連させて,授業や子どもの見方を深めることにつなげていることが示唆され
た。
[キーワード]Xing Board(略称:XB),iPad,授業研究会,理科,ワークショップ型
1. はじめに
その問題点として「①指名しないとなかなか口を開こ
我が国の教師集団は,明治以降,教員同士で授業を
うとしない教師や美辞麗句だけを述べる教師が尐なく
見せ合う「授業研究」を通して授業の力量を高め合っ
ないこと,②積極的であっても,自分の限られた見方
ている(中留,2002)
。
「授業研究」の定義については
だけで授業を『斬る』教師も見受けられること,③何
いくつもある(稲垣・佐藤,1996;秋田,2012 等)
が成果で何が課題なのか,課題があるとしたらどのよ
が,ここでは,稲垣(1996)の次の定義を用いる。
「実
うな改善策があるのかが不明確のまま終わること,④
践者である教師にとって,教師という専門的職業,プ
その授業だけについて語られるだけで,自分の授業に
ロフェッションにおける専門的力量の発展,プロフェ
生かせるものが見つからないこと」の 4 つを挙げてい
ッショナル・ディベロップメントを目的とするもので
る。これらの問題点を克服するために,ワークショッ
あり,
そのために授業という実践を対象化して検討し,
プ型研修が提案され,実践現場に広がっている(村
その研究を通して,
専門的力量を発展させていく研究」
川,2005;村川,2012;秋田,2012;中留,2005;横浜
である。
市教育センター,2009;栃木県総合教育センター,
重要性や必然性が多く論じられ,海外からも注目さ
2010)
。ワークショップ型の授業研究は,授業で感じ
れる一方で,すべての授業研究が十分に機能している
たことを個人が付箋に記入し,それらを小集団で共有
とは言い難い(稲垣・佐藤,1996;千々布,2005;村
および分類等を行うことが多い。
川,2005;木原,2006;松木,2008)
。村川(2005)
ワークショップ型研修を授業研究会に取り入れるこ
は,
学校の授業研究会は一種パターン化しているとし,
とで,村川(2005)が挙げた①・②を解決することがで
7
きる。情報を成果と課題の観点で整理することで③を
単純に切り離すモード(その端末上のカードがそのまま
解決することも可能である。ただし,付箋紙を使った
残る)と,一つの端末画面上に,合体画面上のすべての
検討会は,
完成された制作物を長期に保存することや,
カードをコピーするモードがある(図2参照)。
個人が持ち帰り再検討することが難しい。これは,集
2)開発環境
団で実施したワークショップの活動成果やその過程を,
本システムは,クライアント・サーバ型の構成である。ク
個人で振り返り,今後の教育活動と結びつける機会を
ライアント側であるタブレット端末用の開発環境は,Mac
十分に保障できない状況といえる。そのため,上記は
OS 10.6, Adobe Flash CS6.0 である。AIR アプリケーシ
課題④の一因であると推測される。
ョンとして開発しているため,iOS, Andoroid それぞれの
アプリケーションとしてパブリッシュし,双方の環境で実行
④の解決を図る方法として,制作物を実物投影機で
提示したり,印刷物として参加者に配布したりなどし
可能である。また,SWF ファイルとしてパブリッシュする
て,情報を個人が持ち帰る試みがある(石堂,2012)
。
ことで,Web ブラウザ上で実行することもできる。
本研究では,ワークショップ型授業研究会に,
サーバ側の開発環境は,CentOS5.1, Apache 2.2,
XingBoard(略称:XB)を導入することにより,授業
PHP 5.3, MySQL 5.5 である。実行環境については,同
研究会の時間内に制作物を各自が持ち帰るだけでなく, 等のサービスが利用できれば Windows でなくとも,
個々人が情報を再構成できるようにする。これによっ
Linux など他の OS 上でも動作可能である。なお,ユー
て,課題④の解決を目指すことを目的とする。
ザやシートなどの情報についての管理は,Web ブラウザ
が動作し,文字入力が可能であれば,iPad などの iOS
また,学校で行われるワークショップ型の授業研究
や Android を含め,OS は問わない。
会は,経験年数の異なった教師集団で行われる。そこ
で,教育経験の違いに焦点を当てることで,グループ
や個人の活動の違いを検討した。
3.研究の方法
1)実施時期
実験は,
2回行った。
実験1は 2013 年 11 月 26 日,
2.Xing Board (XB) とは
実験2は同年 12 月 7 日である。
1)システムの概要
XB は,集散的創造活動を支援するための CSCL シス
2)対象者
各実験は,4名のグループで授業検討を行った。各
テムである。XB の主要機能は以下である。
・端末の単体利用(カードの配置・移動)
グループは,教職経験10年以上の小学校教員2名と
個人でのアイディアの生成活動を支援するため,個人
教育実習の経験のみである大学院生2名で構成される。
の端末内で,カードの生成や移動ができる。またカード
をグルーピングし,同一のオブジェクトとして扱うことがで
表1 対象者の一覧
きる(図3参照)。
被験者
性別
年代
職名
実
経験者 A
女
40 代
小学校教諭
小グループでの「持ち寄り型検討」を支援するために,
験
経験者 B
男
30 代
小学校教諭
複数のタブレット端末の画面を1枚の連続した画面として
1
未経験者 a
女
20 代
大学院生
未経験者 b
男
20 代
大学院生
・複数端末の接続利用
取り扱うことができる。端末の境界を越えてカードやグル
ーピングしたオブジェクトを移動することができる(図1参
実
経験者 C
男
50 代
小学校長
照)。
験
経験者 D
男
30 代
小学校教諭
・端末の切り離し
2
未経験者 c
男
20 代
大学院生
未経験者 d
女
20 代
大学院生
個人での「持ち帰り型検討」を支援するため,合体され
た端末を切り離して,再度単体で利用することができる。
8
図1 端末の接続
図2 端末の分離
図3 付箋に記入した内容を XB に打ち込んだ画面
図4 グループ作業後、分配した画面
授業(単元:磁石の働き)である。2 回目は,国立大
学附属小教員による小学校理科授業(単元:天気の変
化)である。視聴しながら気づきを短文で記録した。
②気づきの入力(個人作業)
ビデオ視聴での気づきを XB に入力した
(図3参照)
。
③グループでの情報交換(グループ作業)
iPad を4枚ならべ,情報の紹介や分類を行う。なお,
4つの画面は,教師-児童・成果・課題の4象限として,
分類を行った。
④分配された情報をもとに個人で再構成(個人作業)
XB の分配機能を使い,4象限モデルを各 iPad にコピ
図5 個人作業で、再構成した後の画面
ーする(図4参照)
。各自が,切り離された iPad を操
3)手順
作し,情報の再整理をした(図5参照)
。
実験は以下①~④の順に行った。
4)データの収集方法・分析の仕方
①ビデオ視聴
③のグループ作業終了時に,質問紙調査Ⅰを実施し
実際の授業参観ではなく,理科の授業のビデオを視
た。
④の個人作業終了時に,
質問紙調査Ⅱを実施した。
聴した。1 回目は,ベテラン教員による小学校の理科
各質問紙は,対応する5問の設問で構成されている。
9
表2 グループ作業と個人作業後の意識調査の結果1
実施
時期
全体
N=8
Mean
S.D.
未経験者
N=4
Mean
S.D.
経験者
N=4
Mean
S.D.
問1
自分の実践に生かせるものが
見つかった。
グループ
4.25
0.43
4.25
0.43
4.25
0.43
個人
4.13
0.78
4.25
0.83
4.00
0.71
問2
参観した授業について深く考
えることができた。
グループ
4.38
0.48
4.75
0.43
4.00
0.00
個人
4.25
0.43
4.25
0.43
4.25
0.43
問3
他の人の意見が参考になっ
た。
グループ
4.75
0.43
5.00
0.00
4.50
0.50
個人
4.25
0.83
3.75
0.83
4.75
0.43
問4
一人(グループ)で考えるより
も得るものがあった。
グループ
5.00
0.00
5.00
0.00
5.00
0.00
個人
3.13
0.93
2.75
0.83
3.50
0.87
問5
付箋の分け方について納得す
ることができた。
グループ
4.00
1.00
4.25
0.83
3.75
1.09
個人
4.00
1.22
4.75
0.43
3.25
1.30
問2 参観した授業について
深く考えることができた。
問3 他の人の意見が参考
になった。
5
5
4
4
3
3
2
2
1
1
グループ
グループ
個人
未経験者
未経験者
経験者
問4 一人(グループ)で考え
るよりも得るものがあった。
個人
経験者
問5 付箋の分け方について納
得することができた。
5
5
4
4
3
3
2
2
1
1
グループ
未経験者
個人
0
グループ
経験者
未経験者
個人
経験者
図6 グループ作業と個人作業後の意識調査の結果2
それぞれは,
「とてもそう思う」から「まったくそう思
ビュー調査を実施した。
わない」の5件法で回答する。グループ作業後と個人
作業後,教職経験者と教職未経験者において,有意な
4.結果と考察
差があるか,二要因混合の分散分析を行った。
1)量的調査の結果
また,実験終了後に,実験に対する短時間のインタ
表1は,グループ作業後の意識調査の結果と個人作
10
業後の意識調査の結果を,教職経験の有無で分類した
たりして、いろいろな見方を学ぶことができる」
(d さ
結果である。各設問に対し,二要因混合の分散分析を
ん)といった回答からも見出せる。同じような回答を
おこなった。問1は,交互作用および主効果に有意な
した未経験者が 3 名いた。反面,個人作業になった時
差はなかった。問2は,交互作用が有意傾向であった
には,問 5「付箋の分け方について納得することがで
(F
.05<p<.10)。教職経験の有無に関する単
きた」ということ以外は意義を見出せずにいると推察
純主効果を検定したところ,グループでは 5%水準で
される。それは,
「個人作業は,自分の好きなようにや
有意であった(F(1,6)=9.00, p<.05)。問3は,交互作用が
ってしまったので特に生かせるものはなかった」(b さ
有意傾向であった(F(1,6)=4.19, .05<p<.10)。グループと
ん)「グループで考えたので,個人で考えたことはあま
個人に関する単純主効果を検定したところ未経験者で
りなかった」
(c さん)といった回答からも見出せる。
は 5%水準で有意であった(F(1,6)=6.82, p<.05)。問4は,
一方,経験者において,グループ作業と個人作業の
(1,6) =3.86,
グループと個人に関する主効果(F(1,6)=29.35, p<.01)が
差があまり見られないことは,グループ作業と個人作
1%水準で有意であった。問5は,教職経験の有無に関
業を互いに補完させ,関連させて,授業や子どもの見
する主効果(F(1,6)=8.00, p<.05)が 5%水準で有意であっ
方を深めることにつなげていると考えられる。
それは,
た。
「グループでの意見をもとに,もう一度,自分で考え
2)量的調査の分析
る時間を持てることはよいことだと思います。個の学
問2の結果から,未経験者は,経験者と比較して,
びが深まると思いました。これはグループの学びがあ
グループの話し合いをすることで「参観した授業につ
ってのことだと思います。
」
(A さん)といった回答か
いて深く考え」ている。問3の結果から,未経験者は
らも見出せる。
個人よりグループの話し合いによって「他人の意見が
参考になった」と考えるが,経験者はどちらも参考に
5.まとめ
なると考えている。問4の結果から,経験の有無にか
本研究では,授業研究会での話合いを自分の実践に
かわらず,
「グループで考えることに得るものがあっ
生かせるようにするために,XB(iPad)を用いてワーク
た。
」と考えている。問5の結果から,グループや個人
ショップ型授業研究会を行い,授業研究会の時間内に
の活動形態にかかわらず,未経験者が「付箋の付き方
制作物を各自が持ち帰り,個々人が再構成できるよう
に納得できた」と感じている。
にした。さらに,教職経験者と未経験者に分けて,そ
これらの結果をもとに以下のような分析を行なった。 の意識の違いを分析した。
問2,3,4の結果から,未経験者はグループ作業
その結果,意識調査において,教職経験者,未経験
において,参観した授業について深く考え,他の人の
者双方において,自分の実践に生かせるものを見つけ
意見を参考にすることで,グループ作業に得るものが
ることができたと考えていることがわかった。また,
あったと考えている。それに対して経験者は,問 4 の
未経験者は,個人作業よりもグループ作業に意義を見
「グループで考えることに得るものがあった」におい
出していることがわかった。経験者と接することで,
て有意差があった以外は,グループ作業と個人作業の
自分とは違う考えや見方を得ることにより価値を置い
間に有意差は見られない。
ていると考えられる。一方,経験者においては,グル
3)考察
ープ作業と個人作業の両方に価値を見出しており,互
以上の分析の結果から考察を加えた。未経験者が、
いに補完させ,関連させて,授業や子どもの見方を深
個人作業よりも、グループ作業で「得るものが多い」
めることにつなげていることが考えられる。つまり,
と感じているのは、経験者と接することで、自分とは
教職経験を経るにつれて,グループでの話し合いを個
違う考えや見方を得ることに価値を置いていると考え
人で再構成する力が備わってくることが示唆された。
られる。
それは、
「同じ動きを見ても自分の意見と違っ
11
http//www.tochigi-edu.ed.jp/center/
6.課題
今回の実験では,意識調査のみの結果であり,授業
9)中留武昭
(2002)
「校内研修」
.安彦忠彦他.
『新版 現
の中身について何をどのように生かせるのかの調査に
代学校教育大事典2』.ぎょうせい. p.71.
ついては,有効なデータは得られなかった。今後,調
10)中留武昭(2005)
『カリキュラムマネジメントの定
査方法を改善していく。また,教職経験者の中でも,
着過程』.教育開発研究所.
教職経験を特に豊富に持つ教員においては,他の経験
11)藤江康彦(2010)「教師の熟達化と生涯発達」.秋田
者とは異なる特徴が見られた。その部分をインタビュ
喜代美・藤江康彦.『授業研究と学習過程』.放送大
ーするなどして詳しく見ていく必要がある。最後に,
学教育振興会. pp.227-247.
本実験は2グループ8名に対しての実験であるので,
12)松木健一(2008)
「学校を変えるロングスパンの授業
今後,対象者を増やし実験データを積み重ねていく必
研究の創造」.秋田喜代美・キャサリン・ルイス.『授
要がある。
業の研究 教師の学習 レッスンスタディへのいざ
ない』.明石書店.pp.186-201.
13)村川雅弘(2005)『授業にいかす 教師がいきる
謝辞
本研究の一部は,科研基盤(B) 23300295(研究代表者:
ワークショップ型研修のすすめ』.ぎょうせい.
鈴木栄幸),基盤研究(B)24300286(研究代表者:舟生日
14)村川雅弘(2012)
『「ワークショップ型校内研修」
充実化・活性化のための戦略&プラン 43』.教育開
出男) の助成を受けて行った。
発研究所.
参考文献
15)横浜市教育センター(2009)
『授業力向上の鍵 ワ
1)秋田喜代美(2012)
『学びの心理学 授業をデザイン
ークショップ方式で授業研究を活性化!』.時事通
する』.左右社.
信社.
2)稲垣忠彦・佐藤学(1996)
『授業研究入門』.岩波書
店.
3)石堂裕(2012)
「子どもたちの目が輝く地域貢献活動
をマネジメントしよう」.村川雅弘.『
「ワークショ
ップ型校内研修」充実化・活性化のための戦略&プ
ラン 43』.教育開発研究所. pp.130-134.
4)木原俊行(2006)
『教師が磨き合う『学校研究』―授
業力量の向上をめざして―』.ぎょうせい.
5)楠本誠・久保田善彦・舟生日出男・鈴木 栄幸(2013)
Xing Board(XB)を利用した植物の分類に関する実
践報告、日本科学教育学会年会論文集,37,
pp.393-394.
6)鈴木栄幸 舟生日出男 久保田善彦(2013) 集散的創
造活動を通した多声・文脈横断的アイデアの生成.
『日本教育工学会研究報告集(JSET13-1)』.pp.59-62.
7)千々布敏弥(2005)
『日本の教師再生戦略』.教育出
版.pp.100-121.
8)栃木県総合教育センター研究調査部(2010)組織力
の向上を図る校内研修の充実.
12
科教研報 Vol.28 No.5
コミュニケーション連鎖における思考のずれについての一考察
A Study on the Gap of participants’ thinking in Communication Chain
三浦
航平*・牧野
智彦**
MIURA, Kohei*・MAKINO, Tomohiko**
宇都宮大学大学院* 宇都宮大学教育学部**
Graduate School of Education, Utsunomiya University*
Faculty of Education, Utsunomiya University**
[要約]コミュニケーションを行う上で情報の共有は必須である.しかし,コミュニケーションの参画者は思
考のずれが起こり,情報の共有を困難にすることがある.情報を共有するために,コミュニケーションの参画
者の間に起こるずれを解消する必要があると考えられる.
そこで,本研究では,コミュニケーションにおけるずれを解消するための手立てを考案するために,江森
(2006)によるコミュニケーション連鎖の研究を基に,コミュニケーション連鎖における参画者の思考のずれに
ついて考察することを目的とする.その結果,コミュニケーション連鎖は 4 種類あり,それぞれの連鎖によっ
てコミュニケーションの参画者のずれが起こることがわかった.協応連鎖に関しては,コードの理解によるず
れ,共鳴連鎖に関しては,コンセンサス・ドメイン内でのメッセージの推論の仕方によるずれ,超越連鎖に関
しては,第二発言者のメンタル・スペースが第一発言者のメンタル・スペースを超越してしまったことによる
ずれ,創発連鎖に関しては,参画者全体のメンタル・スペース上にないアイディアに対する各々の推論による
ずれというように各連鎖で異なるずれが生じていることがわかった.この各連鎖におけるずれを解消するため
の教師の手立てについては,今後の課題にしたい.
キーワード:
コミュニケーション,コミュニケーション連鎖,コミュニケーションギャップ
森(2006)は,授業中で行われていたコミュニケーショ
1.研究の意図
算数・数学学習をするときに,小グループやクラス
ンの内容を児童が理解しているか,思考に反映して
全体などでコミュニケーション活動が行われる場面
いるかを質問紙調査や面接調査から分析を行ってい
がよく見られる.ただ,このコミュニケーション活
る.この分析から,約半数の児童の思考に授業中に
動が参画者全体に発言者の思考や意図などが共有さ
行われたコミュニケーションの内容が全く反映され
れているかは定かではない.一見コミュニケーショ
ていないという結果が出ている.また,他の児童の
ン活動が成立しているように見える場面でも,蓋を
中には,その内容を理解していながらも教師の意図
開けてみたらコミュニケーション活動の参画者の思
に反した反応を示している児童もいた.この江森
考が全く違う内容での議論であることもしばしば起
(2006)の事例のように,算数・数学学習の中でコミュ
きてしまう可能性がある.
ニケーション活動が起きていても,発言者の思考や
このような場面を江森(2006)は,「学習者の思考の
意図が理解できない,異なる解釈をしてしまうなど
連続性という視点」から,数学学習におけるコミュ
参画者が共有できていないことがある.このような
ニケーション連鎖という立場を用いて述べている.
コミュニケーション活動中に参画者の中で起きてい
このコミュニケーション連鎖には,「学習者間の思
る理解できない,異なる解釈をすると言った情報の
考の連続性という視点から,協応連鎖,共鳴連鎖,
共有が困難な状況を,コミュニケーション活動で起
超越連鎖,
創発連鎖という 4 つの類型に区分される」
きる参画者の思考にずれが生じていると考え,この
と述べている.このうちの共鳴連鎖の事例の中で江
コミュニケーション活動における参画者間での思考
13
のずれをコミュニケーションギャップと捉える.数
1)協応連鎖
学学習の中でコミュニケーション活動を活かすため
江森によれば,協応連鎖は,コミュニケーション
には,このコミュニケーションギャップを児童が自
連鎖の中で最も基本的な形態である.協応連鎖では,
発的に,若しくは教師が支援をして解消することが
コードの使用によって最小限のコード解釈によるコ
必要ではないかと考えた.また,江森(2006)も,「コ
ンセンサス・ドメイン 1)の形成や,コード操作による
ミュニケーションのずれは,情報伝達の側面から見
予測可能性の範囲内でのメッセージ
れば,回避されなければいけないもの」と述べてお
が行われている.図 1 は,協応連鎖のイメージを図
り,ずれを解消することの必要性を促している一方,
に表したものである.
2)
の連鎖や補完
「コミュニケーションのずれは,新しいアイディア
を生み出すという利点を持っている」とも述べてい
る.このように,コミュニケーションのずれは,情
報の共有という面では回避するべきであるとしてい
る反面,ずれによりコミュニケーション活動の参画
者に新しいアイディアの発見を促進する役割を担う
こともあると述べられている.
そこで,コミュニケーションギャップをなくすと
いう考え方ではなく,コミュニケーションギャップ
が生じたときに起きる新しいアイディアを参画者全
体に共有させていくことが算数・数学学習でのコミ
ュニケーション活動を活かす授業を行う上で必要で
あると考え,コミュニケーションギャップについて
図 1 協応連鎖のイメージモデル
明らかにする.このコミュニケーションギャップを
明らかにするために,まず江森(2006)から,数学学習
例えば,次のようなやり取りが協応連鎖である.
におけるコミュニケーション連鎖について明らかに
A1
「上底 4cm,下底 7cm,高さ 6cm の台形の面積は?」
する.そこからコミュニケーション連鎖を用いて,
B2「4cm,7cm,6cm だから面積は 33
コミュニケーションギャップを明らかにしていく.
A3「ん?(首をかしげる.)」
だね.」
B4「どうした?」
2.研究目的
A5「え?どうやったの?(首をかしげる.)」
数学学習におけるコミュニケーション連鎖で起き
B6「三角形を作ったんだよ!」
る参画者間のコミュニケーションギャップを明らか
A7「三角形?(首をかしげる.)」
にする.
B8
「対角線を引いたら 2 つできるでしょ.
そしたら(底
辺)×(高さ)って感じでできるよね?」
3.数学学習におけるコミュニケーション連鎖
A9「そっか.4×6÷2+7×6÷2 ってなるね.」
江森(2006,2007,2012)は,次の4つのコミュニケー
ション連鎖を示している.
この例のように,A1 の問題に対して必要な情報と
-協応連鎖
して B2 では「4cm」,「7cm」,「6cm」というコー
-共鳴連鎖
ドを共有し,コンセンサス・ドメインを形成しよう
-超越連鎖
として発言している.また,B6 の「三角形を作った
-創発連鎖
んだよ!」というメッセージに対して,A は B の送
以下,各連鎖について説明する.
信したメッセージ B6 の意図がわからず,A7「三角
14
形?」と B の意図を共有するためにコードを投げか
例えば,次のようなやり取りが共鳴連鎖である.
けている.これに対して,B は,A が相手の送信し
A1
「上底 4cm,下底 7cm,高さ 6cm の台形の面積は?」
てきたメッセージの意図がわからないときに A3,A5
B2「7cm,6cm を底辺って考えれば……33
のように疑問形や首をかしげたりすることを理解し
A3「平行四辺形?」
ていた.そのため,A のメッセージの内容を B が予
C4「三角形でしょ.」
測して,補完し,補足している.江森は,A7 の疑問
B5「そうそう.」
形や首をかしげるといったジェスチャーから「わか
A6「三角形?あ,対角線引いて 2 つにするのか!」
らない.」というメッセージを補完し,補足するよ
B7「そうそう.」
うなコミュニケーション連鎖を協応連鎖と呼んでい
A7「そっか.4×6÷2+7×6÷2 ってなるね.」
だね.」
る.
この例のように,A は発言 B2 のメッセージを受け
2)共鳴連鎖
たとき「平行四辺形?」と B の計算方法が平行四辺
江森によれば,共鳴連鎖は,「推論という受け手の
形を使って計算したものであると推論した.しかし,
認知活動に基づいてコミュニケーション連鎖が成立す
ここで C が C4「三角形でしょ.」と発言 B2 の「底
る」とし,「送り手の意図を受け手が首尾よく解釈する
辺」というコードから計算方法を推論した.これに
ことにより成立するコミュニケーション連鎖という意
対して,B が B5「そうそう.」と肯定したことによ
味で、「共鳴連鎖」と呼ぶことにする.」と述べている
り B2→C4→B5 で共鳴連鎖が起きたといえる.また,
(2006, p.147,p.152).これは,メッセージの受け手が推
発言 C4 と発言 B5 より,A は A6「三角形?」と計算
論して,必要な情報を自分自身で補完して解釈する
のヒントが三角形であることに気づき,そこから対
コミュニケーション連鎖(推論モデル)である.こ
角線を引けばいいことに気づいている.これより,A
の連鎖では,送り手と受け手との間に,コンセンサ
と B の間でコンセンサス・ドメインが形成された.
ス・ドメインが形成され,送り手のメンタル・スペ
これも共鳴連鎖が起きている.
3)
ース が受け手のメンタル・スペースを包含している
状態になる.図 2 は共鳴連鎖のイメージを表したも
3)超越連鎖
のである.
江森によれば,「超越連鎖は,共鳴連鎖のように
受け手が送り手の思考を推測し省略されたメッセー
ジを補完するとき,その補完された内容が送り手の
意図した情報を超えてしまう場合に起こるコミュニ
ケーション連鎖」であると述べている.これにより,
コミュニケーションの断絶という状態を一時的にも
たらされる.しかし,この断絶につながるメッセー
ジは,「新たな数学的アイディアを発見させるフィ
ードバック
4」
として機能することもある」と述べて
いる.コミュニケーションの断絶を乗り越えること
で新たな知識の再構成や関連づけを行うことができ
る.
図 3 は超越連鎖のイメージを表したものである.
図 2 共鳴連鎖のイメージモデル
15
アが創造されるコミュニケーション連鎖を「創発連鎖」
と呼ぶことにする.」と述べている(江森 2006, p.182).
コミュニケーションに参画している人がメッセージ
の交換によって刺激され,誰も思いつかなかったア
イディアを生み出す連鎖である.しかし,この創発
連鎖に関して江森は,「コミュニケーションの創発
性は,偶然性に依拠している.作為的にこの現象を
作り出すことはできないという意味で,創発連鎖は
無作為の行為である」と述べている.図 4 は創発連
鎖のイメージを表したものである.
図 3 超越連鎖のイメージモデル
例えば,次のようなやり取りが超越連鎖である.
A1
「上底 4cm,
下底 7cm,
高さ 6cm の台形の面積は?」
B2「4cm,7cm,6cm だから三角形に分けて考え
れば……面積は 33
だね.」
A3「やっぱり三角形だよね.」
B4「台形 2 つ使うっていう方法もあるね.」
A5「えっ?」
B6「片方をひっくり返せば……」
A7「あっ,平行四辺形か.なるほどねー.」
図 4 創発連鎖のイメージモデル
この例の発言 B4 のように,第二発言者が第一発言
者も知っているだろうと考えてなされた発言が発言
例えば,次のようなやり取りが創発連鎖である.
A5 のように第一発言者の知らなかった知識である
教師 1「上底 4cm,下底 7cm,高さ 6cm の台形の面
場合,第二発言者が第一発言者の新たな発見を促す
フィードバック
4)
積は?」
として機能していることから超越
A2「台形ってどうやれば面積出るんだろう.」
連鎖の例として考えることができる.発言が B6,A7
B3「わかんない.やったことないもんね.」
と続くことで,A に対する発言 B4 によるフィードバ
B4「とりあえず対角線でも引いてみる?」
ックが,A に対して平行四辺形を作ることで台形の
A5「対角線か.あ,あれ?そういえばこの下の辺と
上の辺は,平行なんだっけ?」
面積を出せるという新たな知識を発見させている.
また,この例では,コミュニケーションの断絶を乗
B6「うん.そうだよ.」
り越えて A が新しいアイディアを獲得することがで
A7「それじゃあさ.対角線引いたら三角形できるじ
きている.
ゃん.そしたら,これとこれがそれぞれの三角
形の底辺になるからさ,高さもこれだから面積
(4)創発連鎖
出るじゃん.」
江森によれば,創発連鎖は,「送り手の送信した
B8「おー確かに!すげー!」
メッセージが受けての思考を刺激して,受け手の所有し
この例のように,A と B は台形の面積を出したこ
ている知識などと結びつくことにより,新しいアイディ
16
とがなく初めて解く場面である.ここでは,A,B と
の思考としては,C の発言のように三角形を使った
もに解くアイディアがなくどうすればいいか考えて
計算方法であり,このように,A と B のあいだで推
いたところ,B がとりあえず対角線でも引いてみよ
論のずれが生じてしまっている.
うと提案したことによって,A が新しいアイディア
3)超越連鎖におけるコミュニケーションギャップ
を創発したと考えられる.また,もちろん B も面積
江森によれば,超越連鎖について共鳴連鎖のよう
の出し方を知らないので B にとっても新しいアイデ
に推論を行って連鎖が起きているが,第二発言者の
ィアの創造になっている.このように新しいアイデ
既存の知識からくるメンタル・スペースが第一発言
ィアが参画者のフィードバックによって創発される
者を超えている連鎖であると示している.
ようなコミュニケーション連鎖を創発連鎖になると
これより,ここで起きるコミュニケーションギャ
考えられる.
ップは,第二発言者のメンタル・スペースが第一発
言者のメンタル・スペースを超越したことにより起
4.結果と今後の課題
きるコミュニケーションの断絶によるずれである.
1)協応連鎖におけるコミュニケーションギャップ
第二発言者としては,既存の知識を用いてメッセー
江森によれば,協応連鎖について単語や数式とい
ジを送信しているので,推論による理解の範囲内で
ったコード操作の繰り返しや,前言者の思考を考慮
あり,こちらの意図を第一発言者が推論して理解す
しながらの予測可能性の範囲内での連鎖であると示
ることができると考えている。しかし,第一発言者
している.
にとっては既存の知識の範囲を超えたメッセージを
これより,ここで起きるコミュニケーションギャ
受けているので,コミュニケーションに断絶が起き
ップは,コードの意味を理解していないことが考え
ている.先ほどの超越連鎖のやり取りで考えると,B
られる.ただ,コードの意味を理解していないこと
が発言した発言 B4 が B にとっては既存の知識の範
に関しては,江森(2006)によれば,そのコードについ
囲ででてきているが,A にとっては,メンタル・ス
ての説明を行うことしかできず,相互に行われるコ
ペース上にない知識のときにコミュニケーションの
ミュニケーションというよりは,一方的な説明を行
断絶というずれが生じている.ただ,このずれを乗
わざるを得ないとしている.
り越えることで,新しいアイディアを第二発言者か
2)共鳴連鎖におけるコミュニケーションギャップ
ら吸収し,獲得することができる.
江森によれば,共鳴連鎖について協応連鎖と異な
4)創発連鎖におけるコミュニケーションギャップ
り,コードの交換ではなく言外の意図を探るという
江森によれば,創発連鎖について第二発言者のメ
推論を元に連鎖が行われていると示している.
ンタル・スペース上にないアイディアが第一発言者
これより,ここで起きるコミュニケーションギャ
のメッセージにより発見され,またそのアイディア
ップは,参画者とは異なる推論をしてしまう場合が
が第一発言者のメンタル・スペース上にもない場合
考えられる.ただ,それでもコミュニケーションが
であると示している.
成立しているように見てとれる場合があることに注
これより,ここで起きるコミュニケーションギャ
意する必要があると考えられる.相手がコミュニケ
ップは,どちらのメンタル・スペース上にないアイ
ーションによって伝えたい内容も推論するときには
ディアの発見によるずれである.そのため,他の参
少なからず主観的な推論が入ってしまう.同じメン
画者が,第二発言者の意図を掴めなかったり,異な
タル・スペース内でのちょっとした表現の仕方や言
る推測をしたりする可能性が考えられる.また,第
い回しによって思考にずれが生じるのではないかと
二発言者も第一発言者からのメッセージから刺激を
考えられる.先ほどの共鳴連鎖のやり取りで考える
受け,新しいアイディアの創発からメッセージを送
と,B の発言 B2 を A が B とは異なる推論をしてし
信しているので,第二発言者も新しいメンタル・ス
まい,発言 A3 のような発言をしている.しかし,B
ペースの構築ができていない場合も考えられる.先
17
ほどの創発連鎖のやり取りで考えてみると,
育学論究 Vol,59. pp.3-20.
B4→A5→B6→A7 というところで A による創発が起
江森英世(1997). 数学の学習場面におけるコミュニ
きている.この創発されたアイディアは,B にとっ
ケーション連鎖の 4 類型. 第 30 回数学教育論文発
ても新しいアイディアであるため,このアイディア
表会論文集, pp.139-144.
を自身のメンタル・スペースにうまく取り込めない、
江森英世(2006). 数学学習におけるコミュニケーシ
また異なる推論によって取り入れてしまう場合にず
ョン連鎖の研究. 風間書房.
れが生じてしまうと考えられる.しかし,このコミ
江森英世(2007). 無作為の創造―数学学習における
ュニケーションギャップを教師の手立てや児童自身
コミュニケーションの創発連鎖―. 日本数学教育
で解消することができたとき,このコミュニケーシ
学会誌第 89 巻第 6 号, pp.12-23.
ョンの参画者は,新しいアイディアを獲得すること
江森英世(2012). 算数・数学授業のための数学的コミ
ができると考えられる.
ュニケーション論序説. 明治図書出版.
今後の課題としては,このコミュニケーション連
鎖の中で起きている参画者のずれを解消するための
教師の手立てについて考えていきたい.
註
1)コンセンサス・ドメインとは,メンタル・スペース
上で他者と共有されている領域である.共有された
メンタル・スペース上の部分空間のこと.(江森 2006)
2)メッセージとは,
送り手による実際の物理的産物で
ある.言語だけではなく,書く,描く,ジェスチャ
ーといった視覚的なものも含まれる.(江森 2012)
3)メンタル・スペースとは,数学という複雑に構造化
された知識体系と数学を使う人々が数学的概念を構
成する能力や数学をすることによって共有している
スキーマなど,私たちが数学について思考したり,
コミュニケーションしたりする際に用いる認知的な
空間.(江森 2006)
4)フィードバックとは,メッセージの第 2 送信者によっ
てもたらされた情報が,
メッセージの第 1 送信者の思考
や態度に影響を及ぼすことである(江森 1993, p.8).認知
的不協和状態が存続する限り,
学習者間での連鎖的フィ
ードバックは存続し続ける(江森 2012, p.58).
参考・引用文献
江森英世(1993). 数学の学習場面におけるコミュニケー
ション・プロセスの分析. 日本数学教育学会誌数学教
18
科教研報 Vol.28 No.5
児童の加法・減法の方略の進展を促す指導についての研究
-学年が進んでも素朴な方略を使い続ける児童の考察から-
A study on teaching to foster the development of children’s strategies of addition and subtraction.
湯澤敦子
日野圭子
YUZAWA , Atsuko
HINO, Keiko
宇都宮大学教育学研究科
宇都宮大学
Graduate School of Education Utsunomiya University
Faculty of EducationUtsunomiya University
[要約]本研究の目的は,児童の加法・減法の方略の実態を捉え,そこにはたらきかけることを通して,児童の
方略の進展を促す指導,特に教具を用いた学習活動,を提案することである。児童の実態に応じた指導について
の情報を得るために,高学年になっても素朴な方略を用いている児童に対し対象児の実態を把握し,それに応じ
た教具の活用の工夫をした個別指導を試みた。その結果,教具の特徴を生かした使用の場面を考え,具体的な操
作活動を行うことで,既知の理解として身についている内容と不十分な理解の内容とがつながることがわかった。
[キーワード]
:加法・減法,教具,方略,活動主義,加法方略の発達モデル
本稿では,児童の実態に応じた指導についての情報
1.はじめに
小学校低学年の算数科の指導において,数と計算領
を得るために,高学年になっても 10 の構成を意識した
域の学習は重要であり,これからの算数の学習の基本
計算方略を用いることが難しい児童に個別に指導を行
ともいえる。小学校 1 年の入門期では,数の意味と数
うことにより,対象児童の方略の実態を探るとともに,
の表し方(1対1対応,個数や順序を数える,大小比
実態を踏まえた教具の活用により,児童の方略にどの
較,数の合成分解,十進位取り記数法の基礎(20 までの
ような変化が見られるかを考察する。
数)など),加法・減法と順序立てて指導が行われる。加
2.繰り上がりのある加法,繰り下がりのある減法の
法・減法の学習では,10 の構成を意識した計算方法の
指導について
理解を元に,学習が進められていく。一方,児童の様
算数科における「計算」の指導内容として片桐(1995)
は,次の 4 点をあげている。
子を観察していると,学習の初期には,順に数えたり,
数え足しや数え引きなどをしたりと素朴な方略を用い
①計算の用いられる場合とその計算の意味
る者が多いが,次第に 10 の構成を意識した方略へと移
②各計算の性質の理解と利用
行していく。しかし,学年が進んでも素朴な方略を使
③計算の仕方の理解
い続けたり,一見進んだ方略を用いているようである
④演算決定や形式的な計算の習熟
が,方略のよさがわからず,それを積極的に使おうと
本稿では,「③計算の仕方の理解」に注目していく。
する気持ちを持てないでいたりする児童が存在する。
松原(1981)は,繰り上がりのある加法について,「1
彼らにとって,10 の構成を意識した計算方法への進展
位数+1位数の基数どうしのたし算は,1 年の計算の重
は指導によってどのように促されていくのかという課
要教材であり,将来への基礎となるものである。計算
題が生まれる。児童の発達に待つ部分もあるが,理解
は計算することによって数の構成,ここでは,
「一の位
を促す学習の展開を工夫することが方略の向上につな
の数が十になったら,10 という単位が1つでき,十の
がると考える。
位におきかえる」という数の十進構造そのものを学ん
これらの課題意識から,本研究では,児童の加法・
でいることである。」と述べている。また,坪田(2006)
減法の方略を捉え,そこにはたらきかけることを通し
は,1 年生の加法と減法の学習について「答えが 10 を
て,児童の方略の進展を促す指導,特に教具を用いた
超える場合には,10 をつくって,あと残りがいくつか
学習活動,を提案することを目的とする。
と考えさせることで,少しでも論理的に説明できるよ
19
うに期待している。」
「『計算の仕方』そのものも,子ど
の方略のレベルを同定していくことにする。
も自らが考える時間を取って,発見的に学ばせようと
Level
いうのが大きな考え方である。
」と述べている。加法・
被加数,加数をそれぞれ指で示し初めから数える。(4+3)
1(以下 L1)
減法の学習において,その意味や計算の仕方を考える
①②③④
①②③
活動が,単に計算の技能を高めるためだけではなく,
1, 2, 3, 4
5, 6, 7
数学的な考え方の向上,数と計算領域の基礎を築く大
Level
切な学習であることを示している。
被加数,加数とも指で示すが,被加数はまとまりと捉え,
片桐(1995)は,計算の指導内容の中で計算方法を発見
2(以下 L2)
加数分を数えていく。L2-ⅰ
させ,理解させることの価値として,
「自分で見つけた
聴覚的な捉えをする。加数分を数えていく。L2-ⅱ
ものは印象が強く忘れがたいし,忘れたり誤ったとき
①②③④
①②③
には,この見つけたときの過程を踏み直して再びつく
4
5, 6, 7
りなおすことが期待できるのである。このように自ら
Level
見いだす方がよりよく身につくということが期待でき
被加数分は,まとまりとして捉え,加数分を順に数えてい
るのである。」と述べている。
く。
(この方法は,8+6 のような被加数,加数がともに 5
繰り上がりのある加法の指導については,志水(1984)
3(以下 L3)
より大きい計算でも解決できる)
が理論的考察及び,実証的考察より加数分解を先に指
⑧
① ② ③ ④ ⑤ ⑥
導した方が望ましいと述べている。各教科書をみても,
8
9,10,11,12,13,14
導入の課題は加数を小さくし,加数分解で考えやすい
Level
ようになっている。
10 の補数関係,もしくは既知の計算を活用した方略。
4(以下 L4)
また平井(1991)は,たし算の方略と子どもの形成され
8+6=8+2+4=10+4=14
ている COMPOSITE UNIT との関係について分析し,
6+7=6+6+1=12+1=13
COMPOSITE と道具(具体物と指)の関係を示している。
計算の仕方の理解の指導については,多くの優れた
図1
Fuson の加法方略の発達モデルの Level
2)教具の利用とその役割
実践が行われている。その中に,教具を用いた操作的
児童の加法・減法の方略の進展を促す上で,それま
活動もよく取り入れられている。しかし,実際の児童
で様々な方法や工夫が提案されてきている。本研究で
の様子をみているとその学び方は様々であり,個の実
は,操作活動をすることで,その過程により刺激され,
態に応じた指導の必要性を感じる。本稿では,計算が
誘発される思考が方略の進展を促すであろうという理
苦手な児童が教具をどのように使い,どのように計算
由から,教具を活用した指導に注目している。
の仕方を理解していくかの過程を見ていくことで授業
平林(1987)は,数学を人間の内にいたるものと考え,
への示唆を得られると考える。
これまでの外在的数学観による数学教育に異を唱え,
3.研究の視点
児童の内部での再生産という形の学習をする新しい数
1)Fuson の加法方略の発達モデル
学教育学の必要性を説いている。その対象として,
「そ
本研究では,児童の加法・減法の方略とその進展を
れは,人間の活動性,特に数学的活動性と称せられる
捉えるために,Fuson(1992)の加法・減法の方略の発達
べきものであろう。
」とし,数学教育の活動主義を主張
モデルを参照する。(以下では,紙面の都合上,加法方
した。その中で,教具については,
「このように,数学
略に限定して述べる.)
的教具の概念を定めるものは,その物的質ではなくて,
Fuson(1992)は,児童の加法の方略がどのように変化
それがいかに使用されるかということ,つまりそれに
していくのかを観察し,加法方略の発達モデルを示し
対する児童の活動性であると言える。
」と述べ,教具の
た(図1は,4つのレベルを示す。)。これは,Fuson
使用について,児童がどのように活動するのかという
の数唱のモデル(①糸状段階,②分割できない段階,③
点に価値を見いだしている。
分割できる段階,④数量化段階,⑤2方向段階)とも大
また,中原(1995)は,構成的アプローチを提唱する中
きく関係するとされている。
で,操作的表現(具体的な操作的活動による表現,人為
以下では,このモデルを用いて,児童の加法(減法)
20
的加工,モデル化が行われている具体物,教具等に動
導者の言葉がけが必要であり,自ら進んで活用するま
的操作を施すことによる表現)の役割として「自力によ
でには至っていない。多くの場合は,数え足し,数え
る問題解決を可能とする」
「概念,原理,法則等の構成,
引きの方略を用いている
(Fuson の L2,L3)。そのため,
発明を可能とする」としている。そして,操作的表現
計算に時間がかかり,誤答も多いことから,特に減法
について「数学教育において,認知的な面においても
については,かなり苦手意識が強い。
本児の課題としては,次の 2 点をあげる。
情意的な面においても,実際的に重要な役割を果たす
①数の構成について再度確認する。特に 10 のまとまり
ことが明らかにされたと考える。」と述べている。
のよさに気付くことと数の合成分解が速やかにできる
本研究においても,教具の物的質だけではなく,そ
れがどのように使われているかという点が本質的であ
ようにすること。
ると考え,以降教具と児童との相互作用を計画し,評
②加法・減法の計算において,10 の構成を意識した計
価・改善することで,児童の方略の進展にはたらきか
算方法の理解を深める。その際に,形式としての理解
けていく。
から,計算方法の意味理解につなげる。とくに 10 の補
4.児童の方略の進展を促す指導の試み
数については自動化されているので,計算形式の中で,
1)対象児童について
10 の補数がどのように扱われているのか教具を用いて
小学校 5 年男児(以下 A とする)。栃木県内小学校通
視覚的に捉えられるようにすること。
常学級在籍。低学年から通級指導教室に通う。学習に
3)指導方法
は,勤勉に取り組むことができる。特に算数科の学習
9 月より,週に 1 回,整数の加法減法に関わる指導を
に困難が見られる。計算領域については,学習してい
実施する。主な内容は,次のとおりである。
ることの意味を十分理解していないため,操作的な手
指導①:数の構成について
順は身についているが,実際にうまく活用できないこ
指導②:10 の補数,他の 1 位数の合成分解
とも多い。
指導③:繰り上がりのある加法(和が 18 まで)
2)指導前の様子
指導④:繰り下がりのある減法(被減数 18 まで)
2013 年 9 月に実態調査を行う。A は,10 の補数を正
指導⑤:2桁の加法の筆算
しく言うことができる。また,整数の加法・減法につ
指導⑥:2桁の減法の筆算
いては,筆算のアルゴリズムは身についている。しか
4)教具について
し,
和が 18 までの加法・減法の自動化がされていない。
指導を行うにあたり次の教具を用いることにした。
10 の構成を意識した計算方法(計算を考えるための表
教具①:ブロック(一辺が2㎝の立方体とそれを 10 個
記の仕方より「さくらんぼ計算」と呼ばれることが多
つなげたもの)
い,以下この通称を用いる)については知っているが,
教具②:ドットカード
その手続きについて十分理解されておらず,時折,指
教具③:数カード
教具④:計算カード
A の計算方略(指導前)
5.結果
8+7:指を7つ立てて,
「⑧,9,10,11,12,13,14,15」
1)加法の指導について
A は,和が 10 までの加法
と数える。もしくは,頭の中で数えていく。
については,ほぼ自動化されていて,数え足しがあっ
さくらんぼ計算 14-8:形式は書くことができる。
てもそれほど時間がかからず解決できている。しかし,
T
14 はいくつといくつに分ける?
10 の補数は自動化されているのに,繰り上がりがある
A
10 と 4(○に書き込む)
場合は,数え足しを行うため,(L2,L3)かなり時間
T
10 から 8 を引くと?
A
2(書き込む)
T
2 と 4 を合わせて?
A
6(書き込む)
14-8= 6
がかかった。このことから,補数の理解がより進んだ
/\
④
2
方略に結びついていないことが考えられた。また,口
⑩
頭の問いかけでは,被加数,加数に関わらず,大きい
数に小さい数を加えていけばよいことがわかるのに,
※この後,練習問題を解くが,なかなか自分の力でできない。
「さくらんぼ計算」の場合は,被加数分解の方法で解
決している。このことから,A は,大きい数に小さい
21
ドットカードは,5 のまとまりで表されている。A は,
数を加えるよさに気付きながら,
「さくらんぼ計算」と
いう形式を用いた解決の場面では,それを生かすこと
その並び方から,被加数にあといくつ加えれば 10 にな
ができない様子であった。
るかを容易に数えることができた。そのため,加数を
いくつに分解すればよいか答えられるようになった。
8+5(教具①:ブロックを用いて)
この指導後,計算カードを用いて,計算の規則性を
T
ブロックで 8+5 を考えてみよう。
A
(ブロックを 8 こ
T
あわせるといくつ?
A
(あ)2 列に並べる。(その後数えて) 13。
T
わかりやすく並べてみよう。
A
(い)10 のまとまりを作る。
T
(10 のまとまりのブロックを重ねて)(う)これで
A
10。
T
あといくつ?
A
3。
計算のきまり(教具④:計算カードを用いて)
T
だから?
T
A
10 と 3 で 13。
この中ですぐに答えが出せるものと出せないものに分け
ように分解すればよいのか,和の一の位の数が,加数
の分解した数と合致するということを確かめていった。
A は,1 位数同士の繰り上がりのある加法の計算(36 通
りの式)をばらばらなものとして見ていたが,整理して
いくことで,被加数の大きさに応じて加数の処理がで
きるようになり,3 回目には,全てのカードの答えを速
やかに言うことができるようになった。(図4)
(あ)
図2
考える活動を行った(計 3 回)。被加数から加数をどの
5 こそれぞれ並べる)
(い)
(う)
(繰り上がりのある加法の計算カード 36 枚を出して)
てみよう。
A
10 の構成を意識する指導
(計算しながらカードを分ける)
※その後,T がそれぞれのカードの答えを言わせ,答えがすぐ出
そこで,指導①と加法計算の意味理解をつなげる指
せるかどうかを一緒に確認する。
導を試みた。
(図2)ここでは,加法の結果として総数
T
のブロックを並べていた A が,10 をつくることで「10
(自動化されている,9+3 と 3+9 のカードを示して)
このカードの答えは?
といくつ」という数えやすさがわかり,次第に 10 のま
A
とまりをつくる並べ方に変わっていった。
同じ
※交換法則を確認し,すぐに答えが出せたカードの中からペアに
次に,教具②を用い,10 にするために,加数からい
なるカードを並べさせる。そのように整理していくと,すぐに答
くつ持ってくればよいのか視覚的に捉えさせる指導を
えが出せないカードと出せるカードのペアがあることが分かる。
行った(図3)
T
並べてみると「9+○」の仲間が,できたカードのペ
8+5(教具②:ドットカードを用いて)
アが少ないね。
T
8+5 をドットカードで出してみよう。
T
A
それぞれカードを出す。
度は,被加数を9に固定し,加数分だけ数を変えていく。)
T
どうやってたす?
A
(加数カードのドットを指で隠しながら計算していく)
A
こっち(左側:被加数)を 10 にする。こっち(右側
T
「9+○」の計算で気付いたことはある?
加数)から 2 もってくる。
A
こっち(加数)の数が 1 減る。
T
そうだね。すると「9+○」の計算は,○の数が 1 減
(ドットカードを用いて図3の指導をもう一度行う。今
って答えがわかるね。
図4
被加数と加数の関係を見つける指導
T
(移動した 2 個分を指で隠す)のこりは?
3)減法の指導について
A
3
当初,A は自動化されている一部の計算を除き,被
T
すると?
加数が 18 まで減法は,数え引きの方略(L3)で解決し
A
10 と 3 で 13
ていた。そのため,数え間違いが多く,時間もかかっ
図3
ていた。そこで,教具①を用い,加法と同様,指導①
被加数と加数の関係を意識する指導
と関連させる指導を試みた。(図5)
22
踏んで指導を試みた。従来の筆算形式の中に 10 の補数
を書き込むことで,横書きの計算が筆算とつながり,
解決できるようになった。この学習の後,筆算の仕方
について A なりの言葉でまとめたものが図8である。
図8
Aによる筆算の仕方のまとめ
表1に示すのは,9 月(1 回目)と 3 月(2 回目)に実施し
た計算テストの結果である(筆算問題各 10 問)
。ひき
算については,正答数,所要時間とも向上が見られる。
図5
表1
ブロックの操作を用いた計算の意味理解の指導
計算テストの結果
次に,
「さくらんぼ計算」での解決を試みた。しかし,
手順が A にとっては,煩雑であり,なかなか定着しな
かった。そこで,もう一度ブロックやドットカードに
戻り考えるようにした。そうして,10 の補数と分けた
数を加えればよいことを確認した。さらに,10 の補数
6.考察
のみ書き込む方法をとるようにしたところ(図6)納
1)L3→L4 への移行
得したようだった。その後,20問計算を行ったが,
A は,当初数え足し,数え引きという素朴な方略
ほとんど手が止まることなく自力で解決できた。
(L2,L3)を使い続けていた。しかし,今回の指導によ
り,10 の構成を意識した計算方略(L4)に進展する様
子がみられた。この点についてまず考察していきたい。
①加法の指導について
A は,加法の意味は理解できていたが,計算方略は
図6
素朴なままであり,ブロックを並べて数えたり,指を
計算の仕方の改善
用いて数え足しをしたりするにとどまっていた。そこ
最後に 2 位数同士の減法の筆算について指導した。
で,10 のまとまりを意識させる活動を取り入れた。そ
筆者は,A は筆算のアルゴリズムは身についており,
の際,10 のまとまりのブロックを使うことで,
「10 と
被加数が 18 までの繰り下がりのある減法についても,
いくつ」ということを視覚的にも捉え,その後は,10
十分できるようになったので,解決できると思ったが,
のまとまりをつくろうとする様子が見られた。これは,
実際には,14-8のような計算が,数え引きに戻っ
10 にするよさに気付いたと考える。その後ドットカー
てしまった。横書きの式で,解決できたことが,筆算
ドを用いて,被加数の大きさと加数の分解の意味を考
形式になったとたんにできなくなったのである。これ
えるようにした。被加数により,加数をどのように分
は,筆算の手続きの中に,14-8 のような計算がつなが
解すればよいのか。分解した残りの数が,和の一の位
らないためと考えた。そこで,図7のような手順を
になることを教具の操作を通して,確認していった。
ブロックと違い,ドットカードは固定されているので
操作がしやすい。また,視覚的に数の構造を捉えやす
い利点がある。
図7
その後,10 の構成を意識した活動を取り入れたり,
筆算への書き込みの指導
ドットカードを用いたり,L4 の方略の理解を促す活動
23
を通して,10 の構成を活用している「さくらんぼ計算」
が新しい表現方法になったときにつながらず,「別物」
を形式としてではなく,その意味を再理解し,自分の
として扱われてしまうことがあるのではないか,指導
ものとして利用できるようになっていったと考える。
者として,十分気を付けなければならない点である。
②減法の指導について
7.おわりに
A は,10 の補数については,自動化されていた。こ
児童の実態に応じた指導により,計算方略の進展が
れは,低学年の時に練習し,十分習熟されていたと考
みられ,その際に教具の活用が有効であることがわか
える。しかし,それが計算の方略の中に生かされてい
った。当初 A は,計算に自信が無く,活動の様子も消
ないため,繰り下がりのある減法についても数え引き
極的であった。しかし,指導を重ねていく中で,図8
の方略(L2,L3)にとどまっていた。教具①を用いた
に見られるように自分の言葉で筆算の仕方を表現でき
10 の構成の再理解と,「さくらんぼ計算」のそれぞれの
るようになった。さらに,主体的に考えようとしたり,
数の持つ意味をつなげること,減法に関して教具②を
自信を持って計算問題に取り組んだりする姿が見られ
活用し,10 の補数と加数の関係を可視化したことが有
るようになった。対象児童は,今回の内容を該当学年
効であった。これは,当初 A は,ブロックを 5 のまと
で一度学習済みである。そのため,知識として得てい
まりで並べていたことからわかるように,5 の意識はあ
たもの(例えば,筆算のアルゴリズムなど)と理解が
ったこと,ドットカードが 10 の構成や補数関係をイメ
不十分なもの(例えば,数の構成)が混在している状
ージしやすく,数の操作が簡単であることが理由とし
況であった。それを再度学習することで,それぞれを
て考えられる。この内容の指導では,多くがブロック
つなぐことができた。該当児童が,未学習の 1 年生で
を用いて指導されるが,十進位取り記数法の理解には
あると,それぞれが持つインフォーマルな知識と結び
よいが,視覚的に 10 個たてに並ぶのは量として捉えに
つけていくため,指導のアプローチや配慮する点も今
くく,5 のまとまりで並ぶドットカードの方が捉えやす
回のケースと多少変わってくると考える。しかし,一
いことがわかる。
律の指導では十分理解できなかった児童に,個の実態
また,
「さくらんぼ計算」の書き込む数を1つに減ら
に応じた指導を心がけることで,変容がみられたこと
したことで,計算がかなり速やかにできるようになっ
は,個に応じた指導の必要性と適切な教具の活用の有
たことは,手続きが簡単になったからだけではなく,
効性を今後の指導の示唆として示してよいと考える。
それまでの教具①②を用いた活動と「さくらんぼ計算」
筆者は,低学年における加法・減法の方略の進展につ
(L4)の意味がつながり,自分の方略として活用でき
いて研究を進めていきたいと考えている。今回得られ
るようになったためと考える。
た知見を元に教具の役割を再度確認し,それを生かし
2)既存の知識をつなげる活動
た授業構成,指導の工夫を考えていきたい。
A は,加法の計算では,当初「さくらんぼ計算」に
引用文献
1)片桐重男(1995)『数学的な考え方を育てる「加法・減法」の指導』
おいて,被加数分解の方略をとり,被加数,加数にか
明治図書 p.23
かわらず,大きい数に小さい数を加えればよいことに
2)坪田耕三(2006) 基礎・基本の考え方(4)-たし算-『指導と評価』
気付きながら,それを生かすことができなかった。こ
第 52 巻 10 月号 p.48
れは,方略として,それぞれが別物であり,つながり
3)松原元一(1981)『算数児童の考え方教師の導き方1年』国土社
が十分でなかったと考えられる。また,計算の式がす
p.165
参考文献
べてバラバラに捉えられていた。計算カードを用いて
1)Fuson,K.C. (1992)『Research on learning and teaching addition
決まりを見つける活動は,それまでのドットカードを
and subtraction of whole numbers』pp.81-97
用いた経験と重なり,被加数の大きさで加数をどのよ
2)志水廣(1984)『繰り上がりのあるたし算では,なぜ,加数分解を
うに分解すればよいのか確かめることができ,そのた
行うのか』日本数学教育学会 66(12),pp. 226-231
め,計算の労力の軽減につながったと考える。
3)中原(1995)『算数・数学教育における構成的アプローチの研究』
聖文社 pp.199-209,pp.223-226
また,2位数同士の減法の筆算になったとたん,今
4)平井安久(1991) 『児童のたし算ストラテジーに関する一考察』
までできていた14-8のような計算が数え引き(L3)
数学教育論文発表会論文集 24 pp. 73-78
になってしまったことは,注目すべき点である。多く
5)平林一榮(1987)『数学教育の活動主義的展開』東洋館出版 p.26,
の児童が該当するわけではないが,A の様に既習事項
p.349
24
科教研報 Vol.28 No.5
シンガポールの理科教科書における自然の統合的理解に関する研究
A Study on the Integrated Comprehension of Nature in Science Textbooks of Singapore
〇栃堀亮*,片平克弘**
TOCHIBORI Ryo*,KATAHIRA Katsuhiro**
筑波大学大学院教育研究科*,筑波大学人間系**
Graduate School of Education,University of Tsukuba*,Faculty of Human Sciences,University of Tsukuba**
[要約] 本稿では,
「自然の統合的理解」を促す上で必要となる視点を探ることを目的とした。我が国の「総
合理科」に関する文献や,シンガポール及び我が国の中学校における理科教科書を分析し,次の二点を明らか
にした。
(1)我が国の「総合理科」の取組みに鑑みると,生徒に「自然の統合的理解」を促すためには,物理・
化学・生物・地学の 4 分野に共通して含まれている見方を示す必要がある点。
(2)そのような見方の一つと
して,シンガポールの中学校理科教科書に示されている「モデル」が挙げられ,その取扱いに関しては,物理
分野,生物分野,地学分野からも再考する必要がある点。
[キーワード] 自然の統合的理解,総合理科,シンガポール,教科書,中学校,モデル
1.はじめに
科』『理科Ⅰ』『総合理科』が導入されてきたが,定
かねてから,我が国の理科教育における学習内容
着してこなかった」と述べている。しかしながら,
は物理・化学・生物・地学の各分野に分化されて扱
先述した田中の主張を踏まえれば,
「総合理科」の考
われてきた。そのような潮流は今日まで続いており,
え方は,非常に重要であると考えられる。そこで本
物理・化学・生物・地学の科目区分がない中学校に
稿では,
「総合理科」の理念を再度吟味し,物理・化
おいてもそれは見られる。我が国の現行中学校理科
学・生物・地学の 4 分野を結びつけ包括的に捉える
教科書を見ると,物理・化学・生物・地学の 4 分野
ための示唆を得ることを目的とした。そのような包
の単元が並べられているだけに留まり,単元間のつ
括的な捉え方を,本稿では「自然の統合的理解」と
ながりはほとんど見られない。
定義し,以下この用語を用いることとする。我が国
一方,田中(1973)の主張を援用すれば,実生活
における「総合理科」の取組みに鑑みると,生徒に
において大部分の人は,物理,化学,生物,地学を
「自然の統合的理解」を促すためには,物理・化学・
経験するわけではなく,自然の事物・現象を一つの
生物・地学の 4 分野に共通して含まれている見方を
事物あるいは現象として認知することが指摘される。
示す必要がある。
しかしながら,先述したようにこれまでの我が国に
このような統合的見方を扱っている代表的な教科
おける理科教育は自然現象を物理・化学・生物・地
書としてシンガポールの現行中学校理科教科書を挙
学に分ける,いわゆる「分科理科」が主流であった。
げることができる。本稿では,シンガポールの現行
この「分科理科」に対立する考え方が,「総合理科」
中学校理科教科書に示されている 4 つの統合的テー
であり,これは自然科学を統合して教授しようとす
マの内,
「モデル」を扱う。この「モデル」は「科学
る考え方である(本稿では,理念としての総合理科
の方法」の一要素であり,かつ我が国において新奇
と科目としての総合理科を区別するために,理念と
性があるという観点から,
「モデル」に着目し精査し
しての総合理科を「総合理科」と記した)。
「総合理
ていく。さらに,
「モデル」が我が国の現行中学校理
科」に関して,五島(2007)は,
「昭和 45 年に告示
科教科書の中でいかに扱われているかについても分
された学習指導要領(文部省,1970)以来『基礎理
析する。
25
2.我が国における「総合理科」の変遷
また総合理科に関して,長澤ら(1994)は,物理・
化学・生物・地学の 4 分野から「共通のテーマ」を
(1)中学校における理科を融合する試み
中学校における理科を融合する試みとして,田中
見つけること,さらに戸苅(1977)は,物理・化学・
(1973)がいう融合理科が挙げられる。田中は,融
生物・地学の単なる寄せ集め科目にならないために,
合理科を以下のようにまとめている(表 1 参照)
。
それらを結びつける「凝結核」の確立が必要である
ことを指摘している。この「共通のテーマ」や「凝
表 1 融合理科の考え方
・自然の事物,現象を一つの自然として全体的に捕え,物理・
化学・生物・地学を融合した形で学ぶ。
・理科は物理・化学・生物・地学の学習の根底にある「科学
の方法」を学ぶのであって,単なる物・化・生・地の知識
を学ぶのではない。
・情報を集めたり,データを解釈したりして,自然の事物,
現象から生じる問題の答えを自分自身で求めることを学ぶ
のである。
(出典:田中正寿:
「中学校における融合理科」
,p.283,1973.
を基に筆者作成。
)
結核」としては,表 2 では,基礎理科における「光
と物質」
「進化」や,総合理科における「多様性」
「変
化・平衡・相互作用」
「エネルギーとその変換」が当
たると考えられる。以上のことを踏まえ,生徒に「自
然の統合的理解」を促すためには,物理・化学・生
物・地学の 4 分野に共通して含まれている見方を示
す必要があるといえる。
次に,高等学校において「総合理科」があまり定
(2)高等学校における「総合理科」の変遷
着しなかった要因を考える。一つの要因としては,
高等学校における「総合理科」の歴史を振り返る
物理・化学・生物・地学が科目として分化している
と,1970 年の学習指導要領改訂の際に初めて,高等
にもかかわらず,それらの科目に加えて統合した科
学校の理科教育に総合的な科目が導入された。この
目を新たにつくったことが挙げられる。そのため,
改訂において,当該科目は基礎理科と名付けられ,
教えられる教員がいないこと,大学入試に適さない
その後,基礎理科は,理科Ⅰ,総合理科というよう
ことなど,様々な問題が生じてきたと考えられる。
に変遷していった。それぞれの科目の特質を挙げる
これらのことを踏まえると,物理・化学・生物・地
と,以下のようになる(表 2 参照)
。
学の科目としての区分がない中学校理科において,
物理・化学・生物・地学の 4 分野に共通して含まれ
表 2 基礎理科・理科Ⅰ・総合理科の特質
基礎理科
基礎理科の目標として,自然科学の特定の分野,理科の個々
の科目固有の問題や考え方ではなく,普遍的な考え方や法則
を理解させることが挙げられる。
物理分野や化学分野をまとめる鍵概念である「光と物質」
,
生物分野や地学分野をまとめる鍵概念である「進化」がある。
しかしながら,内容が多岐に渡りすぎているため大学入学
試験に不利であることや,理科の教員が教えることに難色を
示すなどの問題が生じた。
ている見方を教え,生徒自身がそうした見方を用い
ることができるようになると,生徒達の「自然の統
合的理解」が進展すると考えた。
以上のことから,次の三点を重要事項として抽出
した。
1)「自然の統合的理解」を促す上で,物理・化学・
生物・地学の 4 分野に共通して含まれる見方が必
理科Ⅰ
内容の項目の数は減って整理されているものの,総合科目
としての性格が希薄となり,理科の専門 4 科目間の寄せ集め
の観が強くなった。
要であること。
2)1)については,中学校において実現する可能性
総合理科
これまでの基礎理科,理科Ⅰとはかなり変わった内容とな
っている。
「自然界とその変化」という内容では,多様性と共
通性,変化・平衡・相互作用,エネルギーとその変換,とい
った 3 つの項目があり,これらは自然科学における普遍的な
考え方や見方であるといえる。
しかしながら,大学入学試験の形態に依然として不向きで
あることが指摘された。
(出典:木立英行:
「理科教材の検討―総合理科科目について
―」
,pp.235-240,1993.を基に筆者作成。
)
が高いこと。
3)融合理科の考え方の一つに「科学の方法」を学ぶ
ことが挙げられ,
「科学の方法」は物理・化学・生
物・地学といった 4 分野の根底にあること。
3.シンガポールの教科書の分析
(1)概要
26
(出典:Dr Rex M Heyworth:All About Science For Lower
Secondary Volume A,p.131,2013.を基に筆者作成。)
シンガポールは,国際調査において理科の成績が
常に上位に位置している国である。大嶌(2007)が
主張するように,シンガポールの中学校理科教科書
さらに,
「生物の細胞モデル」や「物質の粒子モデ
は物理・化学・生物・地学といった学問分野の区分
ル」,「原子・分子モデル」,「光モデル」は,教科書
がなく,その点において我が国の中学校理科教科書
の中で詳細に説明されている(表 4 参照)。
とは構成が異なっている。
分析に用いたシンガポールの中学校理科教科書は,
PEARSON が 2013 年に発行した All About Science
For Lower Secondary Volume A と All About
Science For Lower Secondary Volume B である。こ
れらの教科書は教育省から認定を受けたものであり,
教科書の各単元は「多様性」
「モデル」
「システム」
「相
互作用」の 4 つのテーマに沿って構成されている。
(2)
「モデル」の取扱い
本稿では,既に述べたように 4 つのテーマの中の
「モデル」に着目した。一般的に理科教育における
「モデル」とは,人間の感覚では捉えられない事物
や現象を理解しやすくするために,具体的な事物や
図・記号等で表現したものである。本研究の中で「モ
デル」に着目した理由としては,次の三点を挙げる
ことができる。一点目は,
「モデル」は物理・化学・
生物・地学の 4 分野に共通して含まれる見方になり
表 4 シンガポールの中学校理科教科書における「モデル」
の取扱い
「生物の細胞モデル」
「物質の粒子モデル」
生物や生命体は,細胞から
私たちの体の中にある細
形成されており,細胞は生命 胞から,私たちが呼吸する空
体の基本単位である。しかし 気までも物質でできており,
ながら,細胞はあまりにも小 すべてのものは物質からつ
さく目で見ることはできな くられる。科学者は,物質は
い。したがって「細胞のモデ とても小さな粒子で構成さ
ル」は,本当の細胞がどのよ れていると考えており,その
うに見えるかといったイメ 粒子は私たちが直接見るこ
ージの形成を促してくれる。 とができないものである。し
以下は,細胞に関する「モデ たがって,「粒子モデル」は
ル」の例である。
あまりにも小さい粒子の特
性を理解する上で重要なも
・動物細胞のモデル
のである。以下は,粒子に関
・植物細胞のモデル
する「モデル」の例である。
・細胞内の核のモデル
・細胞の三次元モデル
・固体・液体・気体における
・「細胞→組織→器官→系→
粒子モデル
生命体」のモデル
・物質の膨張,収縮に関する
粒子モデル
・物質の状態変化における粒
子モデル
得ること。二点目は,
「モデル」の形成は「科学の方
「原子・分子モデル」
科学者は,物質を切り刻ん
でいくと,最終的には物理的
にこれ以上分割できないと
ても小さな一つの粒子にな
ると信じている。この粒子を
原子という。原子はあまりに
も小さすぎて見ることがで
きないため,「モデル」によ
って表される。
また,
「物質の粒子モデル」
では,すべての粒子を小さな
球として表していたが,それ
は少々単純であった。実験を
通して,科学者はいくつかの
粒子の中にはもっと複雑な
ものがあることを確認した。
これらの粒子は分子と呼ば
れ,「モデル」によって表さ
れる。以下は,原子や分子に
関する「モデル」の例である。
法」の一要素であるため,
「モデル」の認識は先述し
た「科学の方法」を学ぶことに通じること。三点目
は,
「モデル」は,我が国の「総合理科」の理念では
扱われたことがない見方であるため,新奇性がある
こと。次に,シンガポールの中学校理科教科書にお
いて,
「モデル」はどのように扱われているのかを検
討する。そこでは,次のような記述がある(表 3 参
照)
。
表 3 シンガポールの中学校理科教科書に見られる「モデル」
の記述
「モデル」とは,絵や略図,物であり,それらはあまりに
も小さすぎて見えないものや,あまりにも複雑で容易に調べ
られないものを理解する上での手助けとなるものである。し
かしながら,
「モデル」は実物をいつも単純化しているとは限
らず,決して完璧なものではない。科学者は実物についての
知識を得るにつれて,
「モデル」を変えたり改善したりするよ
うになる。科学の中ではいくつかの重要な「モデル」が用い
られ,そのモデルとは「生物の細胞モデル」
「物質の粒子モデ
ル」
「原子・分子モデル」
「光モデル」である。
・水素・酸素・鉄などの原子
モデル
27
「光モデル」
科学者は,実験から光は物
質でなく,エネルギーの一つ
の形であることを発見した。
「光モデル」は,光の性質
を説明する上で非常に役立
つものである。以下は,光に
関する「モデル」の例である。
・光の直進モデル
・光の反射モデル(正反射,
乱反射,平面鏡,曲面鏡,
凸面鏡,凹面鏡)
・光の屈折モデル
・日食・月食に関する光のモ
デル
・月の満ち欠けに関する光の
モデル
・塩素・水・糖・DNA など
の分子モデル
・原子内のモデル(陽子,中
性子,電子)
(出典:Dr Rex M Heyworth:All About Science For Lower
Secondary Volume A,pp.130-209,2013.を基に筆者作成。)
以上のことから,
「自然の統合的理解」を促す一つ
の方法として,シンガポールの中学校理科教科書に
示されている「モデル」を用いることの有効性が示
唆された。とりわけ,我が国において,
「モデル」は
化学分野で意識的に用いられているものの,物理分
一方,我が国では,「細胞」は生物分野,「粒子」
野,生物分野,地学分野では,
「モデル」という用語
や「原子,分子」は化学分野,
「光」は物理分野(
「月
そのものは扱われていない。今後,
「自然の統合的理
の満ち欠け」や「日食・月食」は地学分野)に区分
解」を促すためには,
「モデル」が,物理・化学・生
されている。しかしながら,上に示した表 4 を見る
物・地学の 4 分野をつなぐ一つの重要な要素である
限り,
「モデル」は 4 分野すべてに含まれており,我
ことを生徒に認識させる必要がある。
が国の教科書にみられる物理・化学・生物・地学の
区分を取り払ってくれるものとなる。言い換えれば
引用及び参考文献
「モデル」は,物理・化学・生物・地学の 4 分野を
Dr Rex M Heyworth:All About Science For Lower
Secondary Volume A,PEARSON,pp.130-209,
統合して理解する上で必要となる見方といえる。
2013.
4.我が国の中学校理科教科書の分析
五島政一:
「総合的な科学教育や環境教育の理念―ア
ここでは,我が国において「モデル」が,いかに
ースシステム教育―」,日本物理教育学会,『物理
扱われているのかについて検討するために,我が国
教育』
,55,pp.258-263,2007.
の中学校理科教科書の中で代表的な教科書である
木立英行:
「理科教材の検討―総合理科科目について
『新しい科学』
(東京書籍,2013)を用いた。今回は,
―」,大阪教育大学,『大阪教育大学紀要』,41,
シンガポールの教科書に示された 4 つの「モデル」
pp.235-256,1993.
との対応関係を見るために,
『新しい科学』の中の「身
長澤武ほか 8 名:
「本校における新教育課程『総合理
のまわりの物質」
(単元 2,1 年生)
,
「身のまわりの
科』の構想」,広島大学,
『中等教育研究紀要』
,34,
現象」
(単元 3,1 年生),
「化学変化と原子・分子」
pp.53-60,1994.
(単元 1,2 年生)
,
「動物の生活と生物の変遷」
(単
岡村定矩,藤嶋昭ほか 48 名:
『新しい科学 1 年』
,東
元 2,2 年生)を分析した。
京書籍,pp.62-183,2013.
岡村定則,藤島昭ほか 48 名:
『新しい科学 2 年』
,東
これらの単元の中で,
「モデル」という用語が用い
られているのは,
「粒子モデル」や「原子モデル」,
「分
京書籍,pp.4-133,2013.
子モデル」といったように化学分野のみであった。
大嶌竜午:
「シンガポールにおける理科の内容構成の
「光」や「細胞」に関しては,
「モデル」という用語
特質に関する研究―日本の小・中学校理科教科書
を用いての説明は確認できなかった。
との比較を通して―」,日本科学教育学会,『日本
科学教育学会研究会研究報告』,21(5),pp.81-86,
以上のことから推察するに,我が国において「モ
2007.
デル」という見方は,化学分野以外ではそれほど意
識されていないといえよう。もちろん,物理分野や
田中正寿:
「中学校における融合理科」,日本化学会,
生物分野,地学分野においても「モデル」は用いら
『化学教育』,21,pp.283-286,1973.
れているが,その説明に「モデル」という用語その
戸苅進:
「必修総合理科を想定した化学教材のミニマ
ものは用いられていなかった。
ムエッセンシャルズ」,名古屋大学,『名古屋大学
教育学部附属中高等学校紀要』,22,pp.64-70,
1977.
5.おわりに
28
科教研報 Vol.28 No.5
算数科授業における練り上げに効果的な規範について:社会数学的規範に依拠した先行研究をもとに
Effective Norms of Discussion of Solution Methods in Primary School Mathematics Lesson: Based on Previous Work by
Sociomathematical Norms
大嶋 靖久*・牧野 智彦**
OSHIMA Nobuhisa*・MAKINO Tomohiko**
宇都宮大学大学院*・宇都宮大学教育学部**
Graduate School of Education, Utsunomiya University*・Faculty of Education, Utsunomiya University**
[要約]算数科授業における学び合いの中核を,児童が自分の考えを説明したり,他者の考えに触れたりす
るといった,多様な考えを交流させる場とした場合,問題解決過程で児童によって示された複数の考えに
ついて,教師主導のもと,児童が個別に検討し洗練させていく活動として練り上げの場面が挙げられる.
練り上げの場面で数学的意味を発達させていく際に,教師と児童,あるいは児童同士の相互作用には,社
会数学的規範という算数・数学の授業特有の社会的規範があるとされている(Yackel & Cobb, 1996).この理
論をもとに,算数科授業における練り上げの場面において有効とされる規範について整理し,練り上げを
効果的に行う授業構想へのアイディアを得ることができた.
[キーワード]学び合い 多様な考え 練り上げ 社会数学的規範
1.はじめに
る.自分に自信をもたせることは,決して自分への
1)今日的課題から
過信や自分勝手を許容するのもではない.現実から
近年,
「学び合い」というキーワードをテーマに含
逃避したり,
今の自分さえよければ良いといった
「閉
めた研究を目にする機会が増えてきている.
この
「合
じた個」ではなく,自己と対話を重ね自分自身を深
う」という言葉は,個々の学習者は他者とのかかわ
めつつ,他者,社会,自然・環境とのかかわりの中
りを必要としていることを示唆している.平成 20
で生きるという自制を伴った「開かれた個」が重要
年の中教審答申「幼稚園,小学校,中学校,高等学
である.他者,社会,自然・環境と共に生きている
校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善につい
という実感や達成感が自身の源となる.
」
と述べられ
て」において,学習指導要領改訂の基本的な考え方
ている.前者の説明,論述といった言語活動や,後
の中の「思考力・判断力・表現力等の育成」では,
者の「開かれた個」において,他者とのかかわりは
「思考力・判断力・表現力等をはぐくむために,(中
必然と言える.
略)各教科等において,記録,要約,説明,論述とい
2)算数教育では
った学習活動に取り組む必要がある」と指摘されて
算数科の教科目標では,「算数的活動を通し
いる.
て,
・・・日常の事象について見通しをもち,筋道を
また,
「豊かな心や健やかな体の育成のための指導
立てて考え,表現する能力を育てる・・・」とあり,
の充実」では,
「国語をはじめとする言語に関する能
「考えを表現する過程で,自分のよい点に気付いた
力の重視や体験活動の充実により,他者,社会,自
り,誤りに気付いたりすることがあるし,自分の考
然・環境とかかわる中で,これらとともに生きる自
えを表現することで,
筋道を立てて考えを進めたり,
分への自信を持たせる必要がある」という提言がな
よりよい考えを作ったりできるようになる.授業の
された.そこでは,
「体験したことを,自己と対話し
中では,様々な考えを出し合い,お互いに学び合っ
ながら,文章で表現し,伝え合う中で他者と体験を
ていくことができるようになる.
」
と述べられている.
共有し広い認識につながることを重視する必要があ
「自分の考えたことを表現したり,友達に説明した
29
りする学習活動を取り入れる」ことで,お互いが学
さらに既習事項との関連を吟味したり,さらに,一
び合えるようになることが示唆されている.
般化を目指したりといったような統合的発展的考察
このように,算数科授業では,算数的活動等を通
が展開されることが望まれる」と述べている.そし
して言語活動を重視した指導が行われるようにする
て,教師にはそのような過程を経験する環境を整え
ことが挙げられている.しかし,平成 25 年度の全国
る役割があるとしている.
教師が授業をデザインし,
学力・学習状況調査の結果によると,
「算数・数学の
環境を提供する上での課題については,グループ
授業で問題の解き方や考え方が分かるようにノート
(型)ができていればよいのか(牧田,2012)や,すべて
に書いていますか」という質問に対しての肯定的回
の児童が自力解決をしなければ先に進めないという
答は全体の 82.6%を占めるが,平成 25 年度に新たに
間違った価値観から自力解決に時間をかけ過ぎる
調査された内容で,
「自分の行動や発言に自信を持っ
(石田ら,2012)等の課題も挙げられている.しかし,
ていますか」という質問に対しての肯定的回答は約
重要なのは,教師と児童,あるいは児童同士が数学
56%,
「友達の前で自分の考えや意見を発表すること
的な意味を取り決める社会的な相互作用を,授業で
は得意ですか」の質問に対しての肯定的意見は 50%
はどのようにして実現していくかである.
という結果が出ている.後の 2 つのデータは算数に
2.研究の目的
特定したものではないが,児童の実態として,自分
の考えをノート等に書くことはできても,説明した
本研究の関心は,算数科授業において,複数の児
り伝えたりすることには苦手意識がある児童が約半
童から出された多様な考えを練り上げる場面で,教
数はいることがわかる.授業では,決まった児童数
師と児童,あるいは児童同士がどのような社会的相
名しか発言しないことがよくあるが,算数科授業に
互作用をしているかにある.多様な考えを練り上げ
おける言語活動が発話することだけでなく,
式,
図,
るとは,算数教育指導用語辞典[第四版](2008)による
表,グラフ,もしくは言葉等で記述することも言語
と,児童から示されたそれぞれの考え方の共通点や
活動であるとしても,説明したり伝えたりする場面
相違点に着目して分類整理し,どれがうまいやり方
では発せられた言葉によって交流することは重要で
か,いつでも使えるやり方はどれか,もっとうまい
ある.授業においてアイディアをひらめいたり,友
やり方はないかなど,簡潔性,明瞭正,的確性,一
達のアイディアに対して気づいたことがあったりし
般性,能率性などの観点から,解決方法を検討し,
たとき,すべての児童が抵抗なく学級全体に自分の
洗練することである.
算数の授業での問題解決過程では,様々なルール
思いを表現できるようになることが理想である.
溝口(2010)は,算数科授業における学び合いにつ
やきまりが形成される.関口(2005)は,教室内の数
いて「教育目標を実現するにあたり,あたかも児童
学学習には特有の規範があるとする社会数学的規範
たち自身が,数学的知識や概念を発見し,構成し,
(Yackel & Cobb, 1996)という理論を用いる先行研究
導き出すことを通して,児童たちが《真理に対する
において,多様な考え方を取り上げた授業で,
「問題
担い手》として成長していくことを期待するもの」
解決においてさまざまな考え方を追求する」という
とし,真の学び合いは,
「問題解決授業によって実現
規範が機能したとしている.
そこで,本研究の目的は,社会数学的規範に依拠
される」と述べている.その中でも,
「練り上げは,
問題解決学習としての授業の最も核心的な相である」 した先行研究をもとに,算数科授業の練り上げの場
と述べているが,練り上げが自力解決の相における
面で効果的とされる規範を明らかにし,授業構想へ
個々の児童が考えた方法の発表会の場になってしま
のアイディアを得ることである.
うことも少なくないと指摘している.その課題の一
3.研究の方法
つに「練り上げ自体の展開」を挙げており,
「練り上
研究の目的を達成するためには,第一に, Yackel
げ」の場面では,
「よりすぐれた解決を追求したり,
30
& Cobb(1996)をもとに,社会数学的規範とはどのよ
洗練」とは,複数の個別の視野についてクラス全体
うなものかを明らかにする.第二に,大谷実(2002)
で「はっきり」
「すっきり」する事柄を確立し議論す
をもとに,練り上げについて考察する.最後に,練
ること,そして,
「一定の視野の定式化と制度化」と
り上げの場面を取り上げ,その場面で効果的な規範
は,複数の視野の中から価値あるものが選択され,
を示す.
言語を用いて明確に定義することである.
大谷(2002)の観察記録によると,先ず教師から図 1
4.結果と考察
のような問題が与えられ,芝生の植わった長方形の
1)社会数学的規範の定義
公園に十字の道が通っている場合の芝生の面積(図
の網掛けの部分)
を求める方法が話題とされていた.
Yackel & Cobb(1996)によれば,社会数学的規範と
は,生徒たちの数学的活動に特定化された数学的議
論に関する規範である.社会数学的規範には,学級
の中で数学的に異なるのは何か,数学的に洗練され
るのは何か,
数学的に効率がよいのは何か,
そして,
数学的に優雅であるのは何か,数学的に受け入れら
れる説明や正当化は何かなどが含まれる.
Yackel & Cobb(1996)は,学級において,生徒が
図 1 問題に与えられた図
解答についての考え方を説明するという理解は社会
(大谷(2002). 学校数学の一斉授業における数学的
的規範であるが,その際に数学的な説明として受け
活の社会的構成. p.313 より引用 )
入れられるものは何かについての理解は社会数学的
規範として,社会的規範と社会数学的規範を区別し
児童からは,
「社会的相互作用による数学的意味の
ている.
発達」の第一の相「複数の視野の提示」として「次
の 5 種類の解決方法が提案された.
2)個別的視野の検討と洗練の場面に見られる規範
大谷(2002)は,社会数学的活動論という独自の理
方法 1:芝生の植わった部分の面積を直接求める
論をもとに,算数科授業における協働的な学びに関
もの.すなわち 4 つの長方形の部分の面
わる授業分析を行っている.大谷は,社会数学的活
積を個別に求め,合わせる方法.
動論の枠組みの一つに「社会的相互作用による数学
方法 2:十字の形をした道を分解せずに計算し,
的意味の発達」があるとし,
「一斉授業に参加する
全体の面積から引き去る方法.
個々の児童の構成する数学的意味が,異なる視野を
方法 3:十字の道を公園の上下・左右の縁へ平行
もつ他者との相互作用を通じてどのように発達する
移動する方法.
か.特に,教師や他の児童から提示される議論や反
方法 4:十字の道を分解する方法.
例によって,個々人の構成している数学的意味がい
方法 5:十字の縦と横の道を足した後,重複する
部分を引く.
かに制約され,影響を受けるか.
」という視点で数学
的活動を分析している.観察したある小学校の第 4
学年のクラスの一斉授業における大局的な数学的活
提案された 5 種類の解決方法について第二の「個
動の構造は,
「複数の視野の提示」
,
「個別の視野の検
別の視野の検討と洗練」の相が展開される中で,方
討と洗練」
,
そして,
「一定の視野の定式化と制度化」
法 5 が疑問視された.児童の疑問は,
「カッコの中
という三つの相から構成されていた.ここでの,
「複
の計算が,それ自体で公園の十字の道を求めている
数の視野の提示」とは,教師から提示される課題に
ことになるのか」であった.十字の道の面積を計算
対して児童が考えを示すこと,
「個別の視野の検討と
するのに,わざわざ重複する部分を作り,後でそれ
31
を引く方法が妥当かどうかを問題としていた(図 2).
方法 5)が示され,それらを学級全体で共有する過程
で生ずる素朴な疑問(方法 5)が学級全体で解決を要
する問題になり,すでに共有された事柄(方法 4)と結
-
+
び付けられることで解決し,新しい数学的意味が構
-
築されていくという社会的相互作用によるものであ
ると考えられる.したがって,この学級には,
「数学
図 2 方法 5 を説明する図
的に多様な考えを追求すべきである」という社会数
(大谷(2002). 学校数学の一斉授業における数学的
学的規範が 形成されていることが分かる.
活の社会的構成. p.314 より引用 )
3)練り上げの場面に見られる規範
大谷(2002)によれば,1 つの道なのに,それをバラ
林尚之(2007)は,社会数学的規範を,
「数学の内容
バラにしたうえで重ねて,さらに重複部分を引くこ
を伴っていて授業を行っていくための学級に共有さ
との意味が,児童には理解しがたい様であり,方法
れているルール」とし.多様な考えが生成されるよ
1 から方法 4 までは児童にとって「はっきりしてい
うな課題を意図的に設定し,児童から示された解法
る」方法とされ,方法 5 は「すっきりしない」方法
をもとに練り上げていく授業を定期的に行った.そ
とされていた.そして,大谷は「それまでの子ども
して,話し合い場面での発話を追って,学級の学習
たちの経験において,複数の図形の共通する部分の
規範の形成過程を分析している.
林は,31 時間分の算数の授業が実践されていく過
面積を求めることはあっても,
「重なる部分の面積」
というものを考え,それを計算することが難しいよ
程で,
「質問や付け足しで理解を深めていこう」
,
「自
うであった.
」と,児童にとっての困難点を示してい
分なりの言葉で友だちの考えを言い換えて理解を深
る.
児童たちはその疑問に個別で検討を重ねた結果,
めよう」
「多様な考えを 1 つの視点で言い換える」
ある児童からとして,数と計算における「交換・結
という社会数学的規範が形成されていったと述べて
合法則」による方法 4(図 3)と方法 5 の類似点が提案
いる.形成を促す教師の手立てとしては,考えをつ
された.方法 5 と他の方法とを結びつけられること
なげるための,
「もう少し発言しよう.同じことの繰
によって,解法は洗練された.
り返しでもいいから」や,
「友だちの発言に付け足し
をしていこう」という助言を挙げており,友だちの
考えを自分なりに言い換える規範の形成が確認され
-
-
-
た授業では,授業の最初に,
「付け足しや同じ考え・
+
違う考えをハッキリさせて深めていこう」という指
示を与えている.社会数学的規範の形成には,教師
図 3 方法 4 を説明する図
の手立てと社会数学的規範の関わりが示唆されてい
(大谷(2002). 学校数学の一斉授業における数学的
る.
活の社会的構成. p.320 より引用 )
社会数学的規範,大谷(2002)による「個別的視野
大谷(2002)は,この場面において教師と児童が教
の検討と洗練」に見られる規範,林(2007)による練
師先導のもと,
「はっきりしていない」ことや「すっ
り上げの場面に見られる規範から共通していえるの
きりしていない」ことを意味づけようとする相互作
は,児童から出てくる多様な考えは,それぞれのイ
用によって,数学的意味の発達を社会的に構成して
ンフォーマルな表現によって「異なっている」ので
いると述べている.つまり,教師から提示された課
あり,算数科授業の練り上げの場面で,
「何がどのよ
題に対して児童から複数の異なる視野(方法 1 から
うに異なっているのか,またどのような点で似てい
32
るのか(どのように見ると似ているといえるのか)
」
したがって,小学校高学年より一つ下の学年であ
を明らかにしていくという点である.したがって,
る中学年の 4 年生を対象にして多様な考えを生かす
教師は,児童が多様な考えの相違点や類似点を明確
授業を定期的に行い,算数科授業において練り上げ
にしていこうとする社会数学的規範が学級に形成さ
の場面に効果的な規範の形成過程を捉えていく予定
れるような授業展開を先導する必要があると考えら
である。
れる.
引用・参考文献
大谷実(1995).
「発達の最近接領域」論による算数科
5.おわりに
多様な考えの練り上げの場面で,児童が数学的に
授業過程の分析‐小学校四年の授業場面を事例と
「異なっている」や「似ている」を明確にしていこ
して‐.
日本数学教育学会第 28 回数学教育論文発
うとする規範が形成されるような授業を展開するた
表会論文集.pp.225-230.
めに,教師と児童,あるいは児童同士がどのように
大谷実(1997).授業における数学的実践の社会的構
相互作用していく必要があるかを明らかにすること
成‐算数・数学科の授業を事例に‐,平山満義編
を今後の課題としたい.
著,質的研究法による授業研究.北大路書房.
多様な考え方を練り上げる場面に関わる規範の先
pp.270-285.
大谷実(2002).学校数学の一斉授業における数学的
行研究では,小学 5 年生を対象にした正当化に関す
活動の社会的構成.風間書房.
る研究(熊谷,1997),小学 6 年生を対象にした算数の
学 習 規 範 の 形 成 過 程 を 捉 え る 研 究 ( 林 ,2007; 中
熊谷光一(1997).小学校 5 年生の算数の授業におけ
村,2008),中学校 2 年生を対象にした数学の教授・
る正当化に関する研究‐社会的相互作用論の立場
学習における数学的規範研究の分析(関口,2005)等が
から‐.日本数学教育学会 数学教育学論究 70.
ある.大谷(2002)は,小学校から高等学校までの一
国立教育政策研究所(2013).平成 25 年度全国学力・
斉授業を観察した結果から,可謬主義的な数学的活
学習状況調査報告書 質問紙調査.文部科学省.
動は発達段階が高い方が,展開のし易さがあると指
(http://www.nier.go.jp/13chousakekkahoukoku/data/re
摘している.そして,小学校 4 年生の授業観察の結
search-report/13-questionnaire-02.pdf)
果より,小学校中学年での可能性を示唆していると
佐藤学(2010).算数の学習規範が内面化する児童の
捉えることができる.佐藤(2010)は,小学 2 年生を
様相に関する研究Ⅵ‐問題解決過程に関する学習
対象にした算数の学習規範が内面化する児童の様相
規範の考察-.日本数学教育学会第 43 回数学教育
に関する研究において,17+4 の計算の仕方につい
論文発表会論文集.pp.681-686.
て 2 つの方法を比較する場面の分析から,
「数感覚の
清水美憲編著(2010).授業を科学する‐数学の授業
育成という観点から見ると,両者の計算の仕方を理
への新しいアプローチ‐.学文社.
解することも有意義である.しかし,この時期の児
関口靖広(2005).数学の教授・学習における数学的
童の認知は多様な考えを吟味するには困難を示す,
規範の分析について:図形領域の授業において.
よりよい方法として 10+(7+4)の操作を選ぶことが
日本数学教育学会第 38 回数学教育論文発表会論
できなかったことは,2 つの方法を記憶化すること
文集.pp.481-486.
につながり,
児童には負荷がかかる結果となった
(こ
中央教育審議会(2008).「幼稚園,小学校,中学校,
の場面の 2 つの操作は,4 を 1 と 3 に分けて(17+3)
高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改
+1 とする方法と,既習の 7+4 を利用して 10+(7
善について」の答申.
+4)とする方法である)
」と述べている.この内容は,
(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/de
小学校の低学年で多様な考え方を練り上げることの
tail/__icsFiles/afieldfile/2010/11/29/20080117.pdf)
困難さを指摘している.
中村啓(2008).確かな学力を育む算数学習‐学習規
33
範を形成することを目指した取り組み‐.日本数
学教育学会 日本数学教育学会誌第90巻第10号.
文部科学省(2008).小学校学習指導要領解説算数編.
東洋館出版.
文部科学省(2011).言語活動の充実に関する指導事
例集~思考力,判断力,表現力の育成に向けて~
小学校版.教育出版株式会社.
林尚之(2007).学級集団に社会数学的規範が形成さ
れていく過程に関する研究‐多様な考えを生かす
授業を事例として‐.
日本数学教育学会第 40 回数
学教育論文発表会論文集,pp.547-552.
牧田秀昭・秋田喜代美著(2012).教える空間から学
び合う場へ―数学教師の授業づくり―.東洋館出
版社.
溝口達也(2010).指導方法,数学教育研究会編,新
訂算数教育の理論と実際.聖文新社.pp.172-197.
Yackel, E. & Cobb, P. (1996). Sociomathematical norms,
Argumentation and Autonomy in Mathematics.
Journal for Research in Mathematical Education,
27(4),pp.458-477.
34
科教研報 Vol.28 No.5
授業力向上要因と授業研究に対する小学校教師の意識調査
Elementary School Teachers' Awareness of the Improvement of Instructional Abilities
and Lesson Study
佐々木 功一*,人見 久城**
SASAKI, Kouichi* ,HITOMI, Hisaki**
*宇都宮大学大学院教育学研究科,**宇都宮大学教育学部
*Graduate School of Education, Utsunomiya University, **Faculty of Education,Utsunomiya University
[要約]レッスン・スタディとして海外にも広がりを見せているわが国の授業研究も,その目的や
方法,重要事項や課題が,時代や参加主体によって異なる。たとえば吉崎(2012)は授業研究の目
的は実際には重複するものの,大別すると4つあるとしている。実際に授業研究を行う教師は,こ
れらの目的のいずれを意識して実践しているのだろうか。本研究は,授業研究の望ましい在り方を
模索するため,教師が授業研究に求めるもの(ニーズ)や目的意識を複数の視点から調査・分析し
たものである。その結果,調査を行ったT地区の小学校教師は授業力向上に協働的に励んでおり,
様々な向上要因のなかでも,校内授業研究が授業力向上に大きな影響を及ぼしていることが明らか
となった。そして,その教師たちは3つの独立した因子の影響を受けて授業研究を捉えていること
が示唆された。
[キーワード]授業研究,事後検討会,教師の力量,授業改善
1. はじめに
ークショップ方式を理解するうえで気になるのは,研
我が国の教師集団は,明治以降,教師同士で授業を
究者による論点の相違である」と述べる。このように
見せ合う「授業研究」を通して授業の力量を高め合っ
論点が多様になる要因には,
その内容の複雑さに加え,
ている(中留,2002)
。校内授業研究の実施状況を明
授業研究が学校現場において非常に多くの役割を担っ
らかにした国立教育政策研究所(2011)では,
「研究
ていることがあげられる。吉崎(2012)は,授業研究
授業を複数の教師で参観し,その後批評等の機会をも
の目的は実際には重複するものの,大別すると,①授
っている」学校が,小学校 99.3%,中学校 93.5%,高
業改善のために,②カリキュラム開発のために,③教
校(公立)81.5%,高校(私立)72.7%となっている。
師の授業力量形成のために,④授業についての学問的
授業研究の定義はいくつも存在する(秋田,2012;
研究の進展のために,
の4つであるとしている。
他方,
稲垣,1996;木原,2012;佐藤,1996;豊田,2012
的場(2013)は,授業研究で解決が試みられる課題を
等)
。的場(2013)は,複数の定義と授業研究の歴史,
6つ挙げている。多くの目的を内に含むわが国の授業
海外の動向等を踏まえて再定義し,
「授業研究は,一般
研究は,重要性や必然性が多く論じられ,海外からも
的には教師が授業改善,実践的な力量形成および学校
注目される一方で,すべての授業研究が十分に機能し
文化の構築のために協働しておこなう研究授業の立案, ているとは言い難いとして,いくつもの問題点とその
実施,観察,協議,評価,そして改善という一連の教
解決方法が示されてきた(稲垣,1996;木原,2006;
師による研究およびその基礎研究である」
としており,
佐藤,1996;千々布,2005;辻野,2012;鶴田,2009;
その中身は多岐にわたることがわかる。また,授業研
松木,2008;村川,2005;村川,2013)
。しかし,こ
究の目的や方法,
重要事項や課題は,
時代や参加主体,
れらの研究者の論点の相違(目的の相違や何を重要視
研究者によって異なっている。千々布(2012)は,昨
するかの違い)と同様に,授業研究に臨む教師にも目
今広がりを見せるワークショップ型研修について,
「ワ
的のずれが生じており,それが問題につながっている
35
表 1:調査2の内容
ということはないだろうか。教育という営みが,現時
点では本質的な不確定性を含有するものであり,不断
Ⅰ:授業力向上要因について
15 の選択肢のうち,回答者の授業力を高める上で,
の価値選択問題である(佐古,2011)以上,あらゆる
教育活動において教師同士の目的を共有することは極
大きく影響を及ぼしたと思われる体験や状況を影響
めて重要である(秋田,2006;佐古,2011)
。
が大きい順に 1 位から 3 位まで選び,その内容・受け
実際に,現場の教師の授業研究の意識調査を行った
た影響などを具体的に記述する。現場教師の授業力向
ものに姫野(2011,2012)がある。著者(姫野)は,
上要因を明らかにする。
小・中・高の研究推進者と教師を対象とした授業研究
Ⅱ:現任校の雰囲気について
に関する質問紙調査により,全校種の教師に共通して
11 の設問項目について 4 件法で回答する。
授業研究
見られるものとして,
「研究授業が自分の教科や学年
がうまく機能するためには,学校組織における教員間
と異なる場合に消極的になりがちであること」
,
「研究
の関係性によるところが大きい(たとえば秋田,2010)
性が高い授業研究が教師にとって学びが多いこと」,
ことから,授業研究を効果的に行える環境であるかの
「建設的に意見しやすい雰囲気作りと授業を観察する
尺度とする。
視点の設定が重要であること」などを明らかにした。
Ⅲ:授業研究への参加意識について
校種別に見ると,授業研究において,小学校教師は「相
現場教師が 8 つの立場で授業研究に参加した場合
互性」の高さ,中学校教師は「即時性」の高さを重視
の,校内授業研究への参加意識を 4 件法に「0:機会
していることも示唆された。
しかし,
これらの報告は,
がない」を加えた形で回答する。
広範囲に渡る質問紙による調査であるため,著者(姫
Ⅳ:授業研究に対する考えについて
野)自身も述べるように,これらの回答をした学校の
授業研究の目的等の 15 の設問項目について 4 件法
校内授業研究の内実や背景にある学校組織,教師文化
で回答する。
の詳細への手がかりとなる要因を抽出するまでには至
2)調査対象
っていない。
○調査1:栃木県内 T 地区小学校 4 校の研究推進担当
教師 計 4 名
2.研究の目的
○調査2:上記学校教師 計 24 名(A 小:4 名,B 小:
小学校教師の授業力向上要因や授業研究に対する意
9 名,C 小:6 名,D 小:5 名)
識調査を行い,現場の教師の授業研究に求めるもの
(ニーズ)や目的意識,またその回答に至る要因を明
3)調査時期
らかにすることを目的とする。
2013 年 12 月~2014 年 1 月
4)実施方法
質問紙を学校へ配布し,郵送にて筆者へ返送。
3.研究の方法
1)調査目的及び方法
○調査1:校内研究等の実施体制に関する調査。国立
4.結果及び考察
教育政策研究所
(2011)
「教師の質の向上に関する調査
1)授業力向上要因
T 地区の小学校全体の教師の授業力向上要因上位3
研究」を参考に筆者が作成した。調査2の教師の意識
つの割合を表したものが図 1 である。
との関係性を調べる。
図 1 を見ると,1 位に「④(授業者としての)授業
○調査2:
「授業力向上要因」と「授業研究への意識」
に関する質問紙調査(表 1)
。稲垣ら(1988),姫野
研究への参加」を選んだ教師は 8.3%,
「⑤(参観者と
(2011,2012)を参考に筆者が作成した。
しての)授業研究への参加」を選んだ教師は 12.5%で
ある。2 位に「④(授業者としての)授業研究への参
本稿では,調査2を中心に分析・考察する。
36
授業者としての参加が授業力向上要因となったと回答
する教師の具体的な内容は,
「授業を引き受けてから
授業に至るまでの段階で学ぶことが多かった」という
ものが目立つ(7 件中 5 件)
。
これらをまとめると,授業研究において,授業者と
なることが授業力向上につながると感じる教師は,授
業を計画・構想することに意義を見出しているといえ
る。一方,参観者となることが授業力向上につながる
と感じる教師は,他の教師の実践を見ることに意義を
図 1. T 地区小学校教師の授業力向上要因(4 校,N=24)
感じているといえる。本調査では,前者より後者に価
加」を選んだ教師は 18.2%,
「⑤(参観者としての)
値を見いだしている教師が多い傾向にあるといえる。
授業研究への参加」を選んだ教師は 13.6%である。3
また,事後検討会に意義を見いだしている記述が尐な
位に「④(授業者としての)授業研究への参加」を選
かった(16 件中 3 件)ことも特筆すべきことである。
んだ教師は 9.5%,
「⑤(参観者としての)授業研究へ
2)学校の雰囲気
の参加」を選んだ教師は 19.0%である。いずれも高い
現任校の雰囲気に関する11の設問項目についての4
割合を占めており,T 地区の教師の授業力向上には授
件法での回答の平均をグラフ化したものが図 2 である。
業研究が大きくかかわっているとみてよい。記述欄を
図 2 から,T 地区の小学校は「③日頃から児童・生徒
見ると,数値の高い「⑨学校課題達成に向けた校内で
の生活面や学習面について情報交換」
をしており,
「⑨
の研究活動」
の中にも授業研究に該当する記述があり,
研究授業や事後検討会をよくしていこうとする意識」
実際はより高い割合になることが予想される。
が高いことがわかる。一方で,他の項目の肯定度の高
さらに細かく見ていくと,
同じ授業研究でも,
「授業
さに比べ,
「④授業を日頃から参観」
し合う雰囲気は低
者としての参加」と「参観者としての参加」では,
「参
いといえる。これは,本調査の対象が小規模校である
観者としての参加」の方が影響があると感じている教
事情よるものとも考えられる。
員が多いといえる。しかも,この項目を選択した回答
本設問項目は,いずれも肯定的な評価であるほど,
者は,設問Ⅲで「授業者として参加する機会はない」
学校の雰囲気のよさを示すものである。11 項目全ての
と答えた回答者(25.0%)ではない。言い換えれば,
学校ごとの平均値を算出するといずれも2.9 点以上
(A
「参観者としての参加」の方が影響があるという回答
小:3.39 点,B 小:2.98 点,C 小:3.09 点,D 小:
は,授業者,参観者の両方を経験した教師からの回答
3.20 点)と高い。また,学校間に差があるかを見るた
である。つまり,双方を比較できる立場である教師が
「参観者としての参加」を上位に位置づけている。他
方,
「授業者として参加する機会はない」
と答えた教師
は,
「参観者としての参加」も上位 3 位内に選んでい
ない。
回答した項目についての「内容・受けた影響などの
具体的な記述」を見ると,参観者としての参加が授業
力向上要因となったと回答する教師の記述は,
「授業
を参観した段階で自分の授業にいかせるものが見つか
った」
といったものが多い
(9 件中 5 件)
。
それに対し,
図 2. T 地区小学校の学校の雰囲気(4 校,N=23)
37
図 3.T 地区小学校教師の授業研究への参加意識(4校,N=24)
めに,各回答者の 11 項目の合計点において,4 校間で
なお,③同学年の教師が授業者の場合の「0:機会が
1 要因参加者間の分散分析を行ったところ,有意差は
ない」が多いのは,小規模校が多く,同学年の教師が
見られなかった
(F(3,19)=0.78, n.s.)
。
これらのことから,
いないという事情によるものと考えられる。
T 地区の 4 校の小学校の教師は,いずれも現任校の雰
4)授業研究についての考え方
授業研究についての考え方にかかわる 15 の設問項
囲気をよいものと感じているといえる。
目に対する 4 件法での回答の平均をグラフ化したもの
3)授業研究への参加意識
本設問は 4 件法に「0:機会がない」を加えた形で
が,図 4 である。
回答するため,単純に回答の平均値を比較することは
本設問の①~⑪は,校内授業研究の目的を直接尋ね
できない。そこで,それぞれの選択肢を選んだ割合を
るものである。図 4 を見ると,⑥と⑫以外の項目はい
図 3 に示す。
ずれも 3 点以上と数値が高い。つまり,教師は授業研
図 3 を見ると,②自分が事前検討から関わった授業
究に多くのことを望んでいるといえる。吉崎(2012)
の場合,④自分の専門教科の授業の場合,⑦外部指導
によれば,授業研究の目的は 4 つあった。図 4 の結果
者が来る場合,については 50%以上の教師が「とても
は,実際に授業を行う教師が,授業研究の目的のすべ
積極的である」と回答していることがわかる。
てを達成しようとしていることを表していると考えら
一方,他の項目と比べて「とても積極的である」の
れる。しかし,そのことは,事後検討会での話合いに
割合が低く,かつ「やや消極的である」の割合が高い
ものは,⑥自分が事後検討会の司会になる場合と,⑧
互いに授業参観可能な期間を設けている場合である。
以上から,T 地区の小学校教師の参加意識の特徴を次
のように推察できる。
・事前に十分に検討を行い,その段階から関わってい
る場合には,より積極的に授業研究に臨んでいる。
・自分の関心が高い分野の授業ほど積極的に臨んでい
る。
・自分が授業後意見を述べる機会があらかじめ設定さ
れていることで,より積極的に臨んでいる。
図 4.T地区小学校教師の授業研究についての考え方(4校,N=24)
38
おいて教師同士の論点のずれが生じやすい要因の一つ
きる。さらに,年齢層による差,学校間による差があ
になるとも考えられる。
るかを調べるために,標準化因子得点を用いた分散分
次に,これら多岐にわたる授業研究の考え方がどの
析を行った。その結果,因子 3 の学校間の差は有意傾
ような因子によって決定されているのかを探るために
向(F(3,20)=2.40, .05<p<.10)であったが,多重比較で
因子分析を行った。15 項目について行った主成分分析
は有意差は見いだせなかった。それ以外に有意差は見
によるスクリープロットの結果から 3 因子解を適当と
られなかった(年齢差;因子 1:F(3,20)=0.73,n.s.,因
し,因子分析(最尤法,バリマックス回転)を行った
子 2:F(3,20)=1.39,n.s.,因子 3:F(3,20)=0.53,n.s.,学校
結果,表 2 のような因子負荷量を得た。因子負荷量の
間差;因子 1:F(3,20)=1.51,n.s.,
因子 2:F(3,20)=1.61,n.s.)
。
絶対値 0.40 以上を示した項目をもとに,因子を解釈す
調査 1 において,4 校全てが研究授業ごとに参観の
ることにした。
視点を設け,抽出児童・生徒を設定しているとの回答
因子 1 は,項目 3,4,5,6,7,8,10,11,12(項
を得ている。さらに,A,B,C 小の 3 校は全研究授
目内容については図 4 横軸を参照)に大きなプラスの
業を通した参観の視点を定めている。しかし,3 つの
負荷量を示すことから,具体的なポイントを決めて授
因子に関して学校間による差がほとんどないことから,
業研究を繰り返し行い,子どもの学習状況からその効
教師は学校で設けた視点とは別に各自の考え方に基づ
果を検証するものであると評価し,
『特定効果検証因
いて授業研究に臨んでいること,その考え方は『特定
子』とした。
効果検証因子』
,
『教師の成長・評価因子』
,
『意見交流
因子 2 は,項目 1,2,6,14 に大きなプラスの負荷
因子』のいずれかの影響を強く受けて決められている
量を示すことから,
「よい」
と想定される授業へ向けて
ことが示唆された。これらの因子が実際の校内授業研
教師の力量を高めることを重視するものと評価し,
『教
究でどのように影響し,それにより事後検討会ではど
師の成長・評価因子』とした。
のような発言がなされ,どのように参加教師に生かさ
因子 3 は,項目 3,13,15 に大きなプラスの負荷量
れていくのかを,観察や面接調査によって明らかにし
ていくことが今後の課題となる。
を示すことから,意見を活発に出すことを重視するも
のであると評価し,
『意見交流因子』とした。
なお,因子間の相関はいずれも極めて低く
5.おわりに
(r<|.03|)
,それぞれの因子は独立していると解釈で
1)まとめ
T 地区の小学校教師は,学校内での教師集団で行っ
ている研究によって,自身の授業力を向上しており,
表 2 回転後の因子負荷量
項目
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
説明分散
寄与率
累積比率
F1
0.037
0.003
0.675
0.614
0.847
0.751
0.888
0.848
0.192
0.714
0.774
0.430
0.216
0.004
-0.161
5.026
0.335
0.335
F2
0.904
0.927
0.283
0.371
0.235
0.571
-0.124
-0.181
0.031
-0.075
-0.058
0.170
0.182
0.788
0.015
3.017
0.201
0.536
F3
-0.180
0.357
0.434
-0.062
-0.038
-0.048
0.158
0.066
0.302
0.190
0.070
0.159
0.654
0.359
0.926
1.957
0.130
0.667
授業研究に意義を感じている教員が多い。また,授業
共通性
0.851
0.986
0.724
0.518
0.774
0.893
0.828
0.756
0.129
0.551
0.608
0.239
0.508
0.750
0.884
者として参加する場合には事前段階を重視し,参観者
として参加する場合には研究授業の参観時を重視する
傾向がある。さらに,授業研究に臨む際の教師の意識
は,
『特定効果検証因子』
,
『教師の成長・評価因子』
,
『意見交流因子』に影響を受けている可能性が示唆さ
れた。
2)今後の課題
本研究で得られた結果を,より詳しく見るための方
法として,面接調査を行うことが考えられる。その際
の対象者の選出に,今回明らかになった要因を手がか
りにすることができると考えられる。また,回答者数
39
鶴田清司(2009):「第3章 民間教育運動における授
業研究 第 1 節 言語と教育―国語科の授業研究
―」
,日本教育方法学会編
『日本の授業研究―Lesson
Study in Japan―〈上巻〉
』,学文社,p.49.
豊田ひさき(2009):「第 1 章 戦後新教育と授業研究
の起源」,日本教育方法学会編『日本の授業研究―
Lesson Study in Japan―〈上巻〉
』,学文社,p.11.
中留武昭(2002):「校内研修」,安彦忠彦他,『新版 現
代学校教育大事典2』,ぎょうせい, p.71.
姫野完治(2011)
:
「校内授業研究及び事後検討会に対
する現職教師の意識」,『日本教育工学会研究報告
集』,JSET11-3,pp.47-50.
姫野完治(2012)
:
「校内授業研究を推進する学校組織
と教師文化に関する研究」,『秋田大学教育文化学
部教育実践研究紀要』,第 34 号,pp.157-167.
松木健一(2008):
「学校を変えるロングスパンの授業研
究の創造」,秋田喜代美・キャサリン・ルイス『授業
の研究 教師の学習 レッスンスタディへのいざな
い』,明石書店,pp.186-201.
的場正美(2013)
:
「第1章 授業分析の方法と課題」,
的場正美・柴田好章『授業研究と授業の創造』,渓
水社,pp.12-13
的場正美(2013)
:
「第 16 章 授業研究の起源と歴史」,
的場正美・柴田好章『授業研究と授業の創造』,渓
水社,p.290.
村川雅弘(2005):「協同的・創造的・問題解決的ワー
クショップ研修のすすめ」,村川雅弘編著『授業に
いかす 教師がいきる ワークショップ型研修の
すすめ』,ぎょうせい, pp.2-23.
村川雅弘(2013):「米国のレッスンスタディと日本の
授業研究について考える」,日本女子大学教育学科
の会『人間研究』,第 49 号,pp.95-108.
吉崎静夫(2012):「第 1 章 教育工学としての授業研
究」,水越敏行・吉崎静夫・木原俊行・田口真奈『教
育工学選書第 6 巻 授業研究と教育工学』,ミネル
ヴァ書房,pp.1-29.
が尐ないため,さらに増やして分析をしていく必要が
ある。設問の表記についても,たとえば,
「授業研究」
と「学校課題の研修」の違いを明確にしていく等の改
善を行い,
より精度を高めることも必要と考えられる。
引用文献
秋田喜代美(2006):「第 14 章 授業研究と学校文化」,
秋田喜代美編著『授業研究と談話分析』,放送大学
教育振興会,pp.202-203.
秋田喜代美(2010):「第 13 章 授業研究による教師
の学習過程」,秋田喜代美・藤江康彦『授業研究と
学習過程』,放送大学教育振興会,pp.221-223.
秋田喜代美(2012)
:
『学びの心理学 授業をデザイン
する』,左右社,p.36.
稲垣忠彦・寺崎昌男・松平信久(1988)
:
『教師のライ
フコース―昭和史を教師として生きて―』,東京大
学出版会,巻末資料.
稲垣忠彦(1996)
:
「Ⅱ-1 授業研究の歴史と現在」,稲
垣忠彦・佐藤学『授業研究入門』, 岩波書
店,pp.144-145,p.178.
木原俊行(2006)
:
『教師が磨き合う『学校研究』―授
業力量の向上をめざして―』,ぎょうせ
い,pp.14-17.
木原俊行(2012):「第2章 授業研究と教師の成長」,
水越敏行・吉崎静夫・木原俊行・田口真奈『教育工
学選書 第 6 巻 授業研究と教育工学』,ミネルヴ
ァ書房,p.43.
国立教育政策研究所(2011)
:
「教員の質の向上に関す
る調査研究」,
http://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/pdf/kyouin003_report.pdf (アクセス 2014.3.17 確認済み)
佐古秀一(2011):「第Ⅲ部 学校の組織特性と学校づ
くりの組織論」,小島弘道監修・佐古秀一・曽余田
浩史・武井敦史著『学校づくりの組織論』,学文
社,pp.118-184.
佐藤学(1996)
:
「Ⅰ-4 授業研究の課題と様式」,稲垣
忠彦・佐藤学
『授業研究入門』
,岩波書店,pp.122-123,
pp.136-139.
千々布敏弥(2005):『日本の教師再生戦略』,教育出
版,pp.100-121.
千々布敏弥(2012):「ワークショップ方式の意義と活
性化の戦略」,村川雅弘編『
「ワークショップ型校内
研修」充実化・活性化のための戦略&プラン 43』,
教育開発研究所,pp.20-25.
辻野けんま(2012)
:
「第 14 章 教師の力量開発」,篠
原清昭編著
『学校改善マネジメント―課題解決への
実践的アプローチ―』,ミネルヴァ書
房,pp.240-242.
40
科教研報 Vol.28 No.5
高校理科における生徒の科学的説明力の育成に関する研究
A Study on Training of the Scientific Explanation Ability in High School Science
○半﨑就大*,片平克弘**
HANZAKI Narihiro*,KATAHIRA Katsuhiro**
筑波大学大学院教育研究科*,筑波大学人間系**
Graduate School of Education, University of Tsukuba*, Faculty of Human Science, University of Tsukuba**
[要約]本稿は,高校理科における科学的説明力の育成を指向した指導法の開発に向け,その手掛かりを得る
ことを目的としている。目的達成のため,科学的説明を「証拠に基づく説明を構成する」と「科学的知識と説
明を関連付ける」という 2 つの要素に分けた。そこで,科学的説明の構築に関する具体的な事例を取り扱って
いる BSCS 生物の教師用ハンドブックにおける「探究への招待」の中の 1 つのテーマである「光と植物の動
き」を分析し,2 点を明らかにした。
(1)証拠を基にした説明を理解させるための特徴的な問いが存在する点。
(2)科学的知識と説明を関連付ける活動がなされていない点。
[キーワード]高校理科,科学的説明力,科学的知識,証拠に基づく説明
1.はじめに
ける「探究への招待」に,探究に必要な能力の一つと
現在,我が国では,観察・実験の結果を整理し考察
して,科学的説明の構築が取りあげられている。
する学習活動の充実が図られている。例えば,高等学
なお,既に米国では,次世代科学スタンダード
校学習指導要領解説理科編では,
「観察・実験や探究
(NGSS,2013)が公表されているが,公表されて間
活動などにおいて,結果を分析し解釈して自らの考
もないため,科学的説明の構築に関する記述はある
えを導き出し,それらを表現するなどの学習活動を
ものの,具体的な教材に関しては開発途上である。し
一層重視する」ことが述べられており,科学的説明力
たがって,本稿では前の科学教育スタンダードであ
が求められている。
る全米科学教育スタンダードに対応した BSCS 生物
科学的説明力の育成に関する先行研究としては,
の教材を取り上げ,分析を行う。
清水(2013)による,科学的説明力の育成に対する
2.「探究への招待」のテーマ選択
定型文の活用の効果を検証した研究や,鈴木,山下
(2011)による,対話法が生徒の科学的説明力の育
石﨑(2012)が既にまとめているように,BSCS 生
成に有効な手立てであることを明らかにした研究が
物の教師用ハンドブックの「探究への招待」は,
「種
ある。これらはいずれも,科学的説明力の向上を目指
子の発芽」
,
「自然選択」
,
「捕食者-被食者と個体数」
,
した指導法に関してその効果を検証したものである。
「光と植物の動き」
,
「細胞核」,
「甲状腺の作用」とい
しかし,これらの科学的説明に関する研究は,科学的
った 6 つのテーマから構成されている。これら 6 つ
説明を大枠で捉えている。そこで,本稿では,科学的
のテーマには,それぞれ重要な探究の要素が存在す
説明を「証拠に基づく説明を構成する」と「科学的知
る。これらの探究の要素は,①科学指向の問いに取り
識と説明を関連付ける」といった要素に分け,それら
組む,②科学指向の問いに答えるために,証拠に順位
の要素に関する指導法の細やかな分析が必要と考え
づけをする,③証拠を基に説明を構成する,④科学的
た。一方,科学的説明について海外に目を向けると,
知識と説明を関連付ける,⑤コミュニケーションを
全米科学教育スタンダードに対応した,BSCS 生物
取り,説明を正当化する,の 5 つから成る。本稿で
の教師用ハンドブック第 4 版(BSCS,2009)にお
は,科学的説明の③証拠を基に説明を構成する,④科
41
表 1 探究の授業の基本的な要素とそれらの変化
基本的な要素
変化
学習者は、証拠をまと 学習者は、証拠から説 学習者は、説明を構成 学習者は、証拠を与え
学習者は証拠に基づき め、その後説明を構成 明を構成する過程につ する証拠の使用法を指 られる
説明を構成する
する
いて指導される
導される
学習者は、独自に他の 学習者は、科学的知識 学習者はもっとも良い
学習者は、科学的知識 資料を調査し、説明に の領域と資料について 関連性を指導される
と説明を関連付ける 関連付ける
指示される
多い―――――学習者が方向性を決定する度合い―――――少ない
少ない―――教師または教材からの方向づけの度合い――――多い
(出典:NRC, p29, Table2-6 より抜粋)
学的知識と説明を関連付ける,という要素について
が光エネルギーを「獲得する」プロセスは,主に葉
検討する。そこで,これらの要素に力点が置かれたテ
の中で行われている。
ーマである,
「光と植物の動き」を分析し,科学的説
明の構築に関する指導法の特徴を明らかにする。
問い 1-1
「探究と全米科学教育スタンダード」
(NRC,2000)
では,上記の 5 つの探究の要素を,
「基本的な要素」
この情報をふまえて,
「なぜ植物は,光の方へ曲
がるのか。
」という問に対する答えを考えなさい。
と「変化」について,学習者が方向性を決定する度合
まず,上記のような問いを与え,生徒に情報(以下,
いと,教師または,教材からの方向づけの度合いによ
証拠とする。
)に対する説明を考えさせる。ここでは,
って細かく分類されている。表 1 には,
「証拠から説
「植物は,より多くの光を得るために曲がる。そうす
明を考える」,
「科学的知識と説明を関連付ける」とい
ることで,よりよく成長するだろう。
」または「それ
う要素について抜粋したものを示した。本稿では,こ
ら植物は,光の方向に向かって成長することで,植物
の表 1 をもとに先に挙げた BSCS 教師用ハンドブッ
はよりいきいきとしたものになる。
」などの答えが出
クの教材を分析する。
ることが想定されている。そして,生徒にそれらの答
えを基に,考えさせていく。まず,植物は,目的指向
3.テーマ「光と植物の動き」の内容
の「決定」をするという証拠がないという点を発展さ
以下,
「光と植物の動き」について,教師用ページ
せ,考えさせる。次に,解釈が信用できないものだと
を基に授業展開と科学的説明の構築に重要と考えら
しても,ほかの解釈が正しく,有用であるという点に
れる点の分析を順次行っていく。なお,この項は
ついて示す。
BSCS 生物の教師用ハンドブックの引用である。ま
た,枠内の部分は,生徒に与える情報または問いであ
問い 1-2
り,冒頭の見出しは筆者が説明のために加えたもの
植物が,目的のある「運動」を行うということに
である。枠外の部分は,教師による活動や着目する点
対する証拠に不足がある。この事実を踏まえて,
を抄訳したものである。
多くの生徒が使っている,
「植物は光を得ようとし
て曲がる」という表現をどのように修正したらよ
情報 1
いか。
あなたは知っているかもしれないが,植物は光
ここでは,証拠を基に正しい表現をさせることを
があたる方向へ曲がる傾向がある。これは,一般
目的としている。正しい表現の例として,
「光に向か
に自然光に当たっている葉によって生じる。植物
って曲がるのは,植物が自然光をより効率よく使用
42
情報 3
するため。
」が挙げられている。この説明は,前の説
明と比較すると内容自体は,ほとんど違いはない。し
ダーウィンたちは,さらに苗を観察し,それら
かし,証拠から導き出せるという点で前の説明とは
の苗の先端の半分を黒い紙で覆いました。そして,
異なる。
残りの他の半分は,黒い紙で覆いませんでした。
両方の苗に一方向からの光に当て,その結果,覆
情報 2
っていない苗は光に向かって曲がったが,覆った
約 100 年前に,生物学者チャールス・ダーウィ
ほうは曲がりませんでした。
ンと彼の息子フランシスは,光の方向へ曲がる植
問い 3
物を調査し始めました。彼らは,カナリークサヨ
シの苗が光に向かって曲がり,主に 1 つの方向か
前に行った先端切除の実験を踏まえると,先端
ら光を受け取ることに気付きました。ほとんどの
を覆うという実験の目的は何だったと考えます
植物は,ちょうど土の近くである苗の下部付近で
か。
曲がっていました。また一方で,他の観察者は,ダ
1 つ目の実験だけでは,
先端が除去されたことによ
ーウィン親子に,苗の先端と茎が曲がることは関
って特別な機能を失う,または先端を切るという行
係があるかもしれないということを指摘しまし
為によって植物が傷つけられ特別な機能を失う,と
た。そこで,彼らは,カミソリで 7 本の若い苗の
いう相容れない 2 つの合理的な考えが生じてしまう。
先端を切除する実験を行いました。これらの苗は,
しかし,2 つ目の実験では,
「2 つの考えを 1 つの考
先端を切除していない苗と一緒に,1 つの方向か
えにする」ということを理解することが生徒に求め
ら光を当てられていました。先端を切っていない
られている。
苗は光の方向へ急激に曲がり,先端のない苗は曲
がりませんでした。
問い 4
曲がることが苗の下部で生じるということを思
問い 2-1
い出してください。両方の実験結果から,苗が曲
この実験結果を説明しなさい。先端のない苗が
がることについて,先端がどのような役割を果た
曲がらなかった理由は何ですか。
しているという仮説が考えられますか。
ここでは,
「カナリークサヨシの先端が光を感知し
この問いは,植物の先端の「知覚」という概念を拡
ている」ことを示唆する生徒や,
「先端の欠如ではな
張,定義づけることを目指している。この活動は,生
く,切るという行為」が曲がることを妨げたのではな
徒の生物の知識に依存する活動であり,様々な説明
いかということを示唆する生徒もいることが想定さ
の可能性が存在している。ここでは,いかにデータに
れている。ここでは,これらの生徒の説明を取り入れ
適した説明であるかということに重きを置いている。
ることで生徒の活動を促進することが求められてい
る。そして,先端が曲がる過程が,何に寄与するかを
4.「光と植物の動き」の特徴
調べることが実験の狙いであるということに注目さ
今回扱ったテーマでは全体を通し,生徒に対して,
せることが重要である。さらに,先端の欠如により,
証拠を基に説明を構成させる活動が重視されていた。
曲がるというプロセスの中で,苗の先端の機能につ
このテーマの設問や活動の流れとして,証拠を基に
いて,手掛かりや証拠を与えることも狙いとされて
説明を構成させるために,説明を行う問いの前に,
いる。
「疑問をもたせる」,
「ヒントを与える」といった足掛
かりとなるような活動が存在していることが確認で
43
きた。さらに,自分の説明が証拠に適しているかを吟
文部科学省,高等学校学習指導要領解説理科編,2009.
味し,説明を書き直す過程,複数の証拠から正しい説
National Research Council, Inquiry and the
明を構成する過程など,このテーマにおける問いの
National Science Education Standards: A Guide
構成自体が,証拠から説明を構成する過程の指導と
for Teaching and Learning, 29, National
なっていた。
Academy Press, 2000.
そして,今回のテーマにおいては,
「証拠を基に説
NGSS Lead States, Next Generation Science
明を構成させる」ことを促す特徴的な問いが存在し
Standards, Volume1, The Standards, 106, The
た。この問いは,証拠を基に説明を構成する活動を促
National Academies Press, 2013.
すために,説明の主な内容を変化させずに,
「証拠を
清水誠:現象を科学的に説明する能力を高める学習
用いていない説明」から,
「証拠を基にした説明に修
指導法の研究:定型文の活用とその効果,科学教育
正させる」というものである。これは,証拠を用いて
研究,第 37 巻,30-37,2013.
鈴木康代,山下修一:中学校 3 年『水溶液とイオン』
いる場合と用いていない場合の説明の差を理解させ
るために,有効であると考えられる。
で「対話法」を用いた説明活動の改善,理科教育学
このテーマでは,
「証拠を基にした説明を構成する」
と「科学的知識と説明を関連付ける」の 2 つの要素
を重視しているが,
「科学的知識と説明を関連付ける」
という要素に関しては,特徴的な活動は見られなか
った。
5.おわりに
「探究への招待」の「光と植物の動き」では,全体
を通して,
「証拠を基に説明を構成する」ための指導
が多く行われていた。特徴的な問いとして,説明の主
な内容は変化させず,証拠に基づいた説明に変化さ
せるという問いが見られた。しかし,
「科学的知識と
説明を関連付ける」という要素に関する指導が不十
分なため,
「科学的知識と説明を関連付ける」ことを
促すための指導法が課題として挙げられる。
引用及び参考文献
BSCS, The biology Teacher’s Handbook, 4th ed, 97101, NSTA Press, 2009.
石﨑友規:科学的探究における「検証可能な問いの生
成」を志向した理科教材‐BSCS 生物「探究への招
待」の分析をもとにして‐,教材学研究,第 23 巻,
67-74,2012.
石﨑友規:科学的な証拠について理解するための教
材開発の視点‐BSCS 生物「探究への招待」の事例
から‐,教材学研究,第 24 巻,187-194,2013.
44
研究,第 51 巻,217-225,2011.
科教研報 Vol.28 No.5
話合いを通して,資料の傾向を読み取る力を育てる授業の創造~問題場面や学習形態の工夫を通して~
An Enhancement of the Ability of Comprehending Data through Discussion:
-A Case Study on Learning Forms and Problem Situations田中 真也
TANAKA,Shinya
宇都宮大学教育学部附属中学校
Junior High School Attached to Faculty of Education Utsunomiya University
[要約]2008 年に改訂された学習指導要領で,中学校数学科に領域「資料の活用」が新設され,資料を活用す
ることの重要性が指摘された.本研究では,中学校第 1 学年の生徒に筆者が実践した,ヒストグラムや代表値
等を用いて資料の傾向を読み取る力を培うための授業について考察していく.その際,①与える問題場面(問
題の目的や立場)を変えることで,分析したデータの解釈やそこから得られる結論に違いが生じること,②授
業の早い段階で小集団による学習活動を行うことで,生徒同士が助言し合ったり,違う視点に気付き合ったり
し,考えを磨き上げやすくなることが分かった.
[キーワード] 資料の活用 中学校第 1 学年 問題場面や学習形態の違い
1.はじめに
タセットを生
本研究の目的は,中学校第 1 学年の数学科「資料
徒に与え,比較
の活用」領域において,ヒストグラムや代表値等を
させる授業を
用いて資料の傾向を読み取る力を培うための授業を
行った.
創るにあたって,どのような問題場面を与え,どの
これらは, 飲
ような形態で学習を行わせたら良いかを考察するこ
食店を比較し
とである.
ているインタ
ーネットサイ
学習指導要領において,
「資料の活用」の領域が新
設されるなど,資料を「活用」することの重要性が
トにあったデー
指摘されている.また,Gal(2012)は統計を教える目
タを基に,筆者
標を①学問としての統計学を知ること,②統計の専
が作成したもの
門家として社会に出て行くこと,③社会に出て統計
である.そのサ
情報を受け取ることの三つがあるとした上で,実際
イトでは,その
には,ほとんどの人は受け取る側になるため,③に
飲食店で飲食し
焦点を当てていく必要性を述べている.
た人がそれぞれ
図1
しかし,以上のような目標を達成するための教材
の店を 100 点満
研究や授業実践が,十分に行われているとは言い難
点で評価し,そ
い.そこで本研究では,実社会にあるデータを用い
の平均点などか
て上記の目標に迫る授業を実践する.そして,問題
ら複数の飲食店
場面や学習形態の違いによる生徒の反応を比較し,
のランキングを作成していた.本研究で実践した授
授業についての考察を行う.
業では,そのうち上位 2 店を取り上げ,考察しやす
2.研究の方法
いように「100 人分の評価」として,生徒に与えた.
本研究では,以下の図1,2に示した 2 つのデー
図 2
また,代表値やヒストグラムが以下の表1や図3,
45
図4のようになるようにし,生徒が様々な代表値や
授業
ヒストグラムを用いて議論できるようにした.
Ⅲ
クラスで食事に行くことになり(以下
授業Ⅰと同じ)
表1:A店,B店の代表値
店
平均値
中央値
最頻値
最大値
最小値
範囲
A
82.26
84.5
90
100
25
75
B
83.46
88
88
100
29
71
表3:学習形態の違い
学習形態の流れ
授業
Ⅰ
学級全体(問題場面の把握と予想)
→個別(1 人 1 台パソコンを使い考える)
→任意小集団(互いの考えを話し合う)
→個別(もう一度考える)
→学級全体(互いの考えを根拠と共に発
表させ,練り上げる)
→個別(最後にもう一度考える)
図 3:A店のヒストグラム
図 4:B店のヒストグラム
→学級全体(本時のまとめをする)
実際の授業では,最初に,筆者が生徒に図1,2
授業
を示して問題場面を把握させた後,生徒が宮崎大学
Ⅱ
の藤井良宜教授が開発したヒストグラム作成ソフト
→学級全体(グループの考えを根拠と共に
トグラムを作ったりしながら,2 つの資料の傾向を
発表させ,練り上げる)
読み取る活動を行った.
→小集団(4 人グループでもう一度考える)
本研究では,上記の教材を用いて,与える問題場
→個別(最後に自分の考えをまとめる)
面や学習形態の違う,授業Ⅰ~Ⅲの 3 パターンの授
業を実践した.それぞれの授業の違い(
→学級全体(本時のまとめをする)
で示した)
授業
は以下の表2,3の通りである.
Ⅲ
表2:問題場面の違い
家族で食事に行くことになり,インタ
発表させ,練り上げる)
ーネットで 2 つの飲食店について調べて
→小集団(4 人グループでもう一度考える)
います.すると実際にその飲食店で食事
→学級全体(グループの考えを根拠と共に
発表させ,練り上げる)
100 点満点で評価するホームページを見
→個別(最後に自分の考えをまとめる)
つけ,それぞれの店について 100 人分の
→学級全体(本時のまとめをする)
尚,授業Ⅰ~Ⅲはそれぞれ男子 20 名,女子 20 名
評価を手に入れました.
Ⅱ
→小集団(4 人で 1 台のパソコンを使いグ
→学級全体(グループの考えを根拠と共に
をしたことのある人が,その店について
授業
学級全体(問題場面の把握と予想)
ループの意見をまとめる)
問題場面
Ⅰ
→小集団(4 人で 1 台パソコンを使いグル
ープの意見をまとめる)
「SimpleHist」を使って,代表値を求めたり,ヒス
授業
学級全体(問題場面の把握と予想)
あなたはどちらの店に行こうと提案しま
の 3 学級に対し,代表値や度数分布表,ヒストグラ
すか.
ムといった統計的手法について学習した後,それら
グルメ大会で審査員になりました.実
を活用する初めての授業として実践した.
際に 2 つの飲食店で食べた 100 人が 100
3.問題場面や学習形態の設定に関する考え方
点満点で評価したデータがあります.あ
1)問題場面の設定
なたはどちらの店を勝ちとしますか.
現在の統計教育では,単にデータを集めたり,表
やグラフを作ったりするだけでなく,実際の問題か
46
らどんなデータをどのように集めるか,また,デー
者を説得するために行われていた『他者との対話』
タを分析した結果をどう解釈し,その問題に対して
が,しだいに『自己との対話』となっていく」とい
どう結論づけるかが求められている.本研究で実践
う,自己内対話に関する記述からは,授業のもっと
する授業は,その目標や生徒の実態などから,問題
早い段階で互いの考えを出し合う場があっても良い
やデータは教師が与え,分析した結果を解釈し自分
のではないか,という考えが導出される.特に,他
なりの結論を得ることに主眼をおくことにした.
の領域とは異なり,不確定な事象を考察の対象とす
そうした場合,与える問題やデータはどのような
る「資料の活用」では,問いに対する答えが一つと
ものが良いのだろうか.与えるデータについては,
は限らないため,まとまらない思考を互いに出し合
柗元(2013)が指導目標・指導内容・生徒の実態に適
い,それを思考の対象とすることで,互いの思考を
しているか,生徒の興味・関心を引き出せるか,を
磨き上げやすくなるのではないか,と考えた.
考えることが大切である,と指摘している.また,
以上の事より,授業Ⅰ~Ⅲにおいて,特に課題解
Gal(2012)は,
「二つのデータセットを比較させた方
決の場面で次のような異なる学習形態を設けた.
が,子どもたちは議論をしたり,いろんな観点で見
授業Ⅰ:個別に考えたあと,任意小集団で互い
たりして,授業が広がっていく」と述べている.
の考えを話合い,学級全体で練り上げ,もう一
では,与える問題はどうだろうか.ただ単に「デ
度個別で考える
ータの傾向を調べよう」と明確な目的意識のない問
授業Ⅱ,Ⅲ:小集団(4 人)で考えたあと,学級全
題を与えても,そのデータを分析した後,それを解
体で練り上げ,もう一度小集団で考える
釈し,何かの結論を導き出そうとはしないであろう.
※授業Ⅲでは,この後学級全体の練り上げが,
つまり,問題に明確な目的や立場(問題場面)が設定
もう一度行われた
されるからこそ,生徒はデータを分析した結果を解
4.生徒の反応の比較と考察
釈し,何かしらの結論を導き出そうとするのではな
それぞれの授業の生徒の反応について,以下のよ
いか,と考えた.さらに,同じデータでも,与える
うな共通点と相違点があった.
問題場面が違うことで,導出される結論も違ってく
1)共通点
ることが予想される.そこで,前述した通り,本研
究では,それぞれ以下の問題場面を生徒に与えた.
①問題場面を把握した直後の印象を尋ねたところ,
授業Ⅰ:家族で食事に行く店を選ぶ
ほとんどの生徒がB店を選んだ.100 点を付けた人
授業Ⅱ:審査員としてグルメ大会の勝者を選ぶ
が多いから,という理由が大半であった.
授業Ⅲ:クラスで食事に行く店を選ぶ
②「SimpleHist」を使って求められる代表値は全て
2)学習形態の設定
求め,ヒストグラムについては,階級の幅を変えて,
筆者はこれまで,前述した授業Ⅰのような学習形
複数作成していた.それぞれ思考の対象としていた.
態の流れで授業をすることが多かった.つまり,課
③解決の途中で,それぞれの散らばりについて,A
題解決をする際は,まず,個人の考えをもつ場を設
店の方が大きいと考える生徒と,B店の方が大きい
け,解決途中に生徒同士の交流があり,学級全体で
と考える生徒の両方の意見が出てきた.学級全体で
練り上げた後,もう一度個人で考える,という流れ
練り上げる際の主な話題になった.
である.これは,まず,自分の考えをもたないと,
④平均値にデータの数(100)をかけて,データの値の
生徒同士で交流したり学級全体で練り上げたりした
総和を求める生徒がいた.
2)相違点
としても,そもそも「自分の考え」がないため話合
いにならない,との考えからである.
①授業Ⅰでは,必要以上に,複数のヒストグラムや
しかし,江森(2012)のまとまらない思考を自由に
度数分布多角形を作っている生徒がいた.授業Ⅱ,
語らせようという主張や,三宮(2009)の「最初は他
Ⅲでは,グループで話し合いながら,階級の幅の違
47
う 2 つ程度のヒストグラムを選び,比較していた.
審査員として勝敗を決めるという問題場面だったた
②授業Ⅰの任意小集団での活動では,話合いはする
め,共通点⑤のような考え方が発表されると,学級
が,単純なやりとり(例えば,
「最頻値って何だけ?」
全体がどよめき,ほぼ全員がB店を勝ちとすること
との問いに「一番多く出てくる数字だよ」のみで,
で納得した.それに対して授業Ⅰ,Ⅲでは,A店の
すぐに個人の思考に戻ってしまう)のみで終わって
方が万人受けしそうだ,という読み取りではほぼ全
しまう生徒や,個人で考え続ける生徒が多かった.
員が一致したが,その後もB店を推すために,いろ
③授業Ⅱ,Ⅲの小集団での活動では,まとまりきっ
いろな視点からの意見が出てきた.また,授業Ⅰで
ていない考えを互いに出し合いながら,思考をして
は,家族によって考え方は違って良い,という暗黙
いる生徒(例えば,
「最大値と最小値の差は,Aの方
の了解があったためか,クラスで食事に行く店を選
が大きいけど…,低い点をつけた人数はAの方が…,
ぶ活動をした授業Ⅲの方が,議論が白熱した.与え
でも最小値はAの方が….あれっ.何だか分かんな
る問題場面によって,生徒の思考に,ある程度の差
くなっちゃった.
」というつぶやきに対して,他の生
異が認められると考える.
徒がヒストグラムを作り始める)が多かった.
5.まとめと今後の課題
④授業Ⅰ,Ⅲでは,最終的に 8 割の生徒がA店を選
これまで述べてきたように,与える問題場面や学
び,2 割の生徒がB店を選んだ.A店の方が万人受
習形態の違いによって,生徒の反応は様々に変化す
けしそうだ,という理由が多かった.ただ,授業Ⅱ
る.もちろんどちらの違いが影響を与えたのかは推
では最終的な段階でも,B店の方が散らばりが小さ
測の域を出ない.例えば,授業Ⅲでは,学級全体で
いと考えている生徒がいた.
の練り上げが 2 回になるほど議論が白熱し,互いの
⑤授業Ⅱでは,最終的にほとんどの生徒がB店を選
考えを自分に取り入れながら思考している姿が見受
んだ.平均点が高いことを総得点が高いと言い換え,
けられた.この違いは,両方の違いが影響している
B店を勝ちとする,という考えがほとんどだった.
と考えることもできるだろう.
本研究で分かったことは,実践した 1 つの授業の
3)考察
ここでは,生徒の反応の相違点に着目したい.
ことについてのみである.今後は別の授業でも,よ
まず,相違点の①~③は学習形態の違いによるも
り適した問題場面や学習形態を考察していく必要が
のと考えられる.授業Ⅰでは個別で考える時間を 15
ある.
分程度とったため,思考が自分の中で閉じていた.
引用・参考文献
そのため,階級の幅をいろいろ変え,必要以上にヒ
文部科学省(2008).『中学校指導要領解説数学編』.
ストグラムや度数分布多角形を作っている生徒がい
教育出版
た.授業ⅡやⅢでは,早い段階から自分の考えを外
Iddo Gal(2012).統計リテラシーのこれから-その教
に出すため,グループの仲間から助言されたり,違
育と評価への挑戦-.『日本数学教育学会誌』第
う視点に気付いたりすることができ,授業Ⅰで見ら
94 巻 5 号.pp2-10
れたような生徒はいなかった.さらに,相違点③の
柗元新一郎(2013).『中学校数学科統計指導を極める』
例で挙げたように,分からないことをグループの仲
明治図書.pp7-72
間に素直に言える生徒が多かった.早い段階でのこ
江森英世(2012).-数学が得意な生徒の発表会,形だけ
とであり,考えがまとまっていなくて当然だという
の伝え合いにしないために
安心感が,そうさせたのではないかと考える.
研究第一人者からの提言-『数学教育』2012 年 9
次に,相違点の④,⑤は,与えた問題場面(問題の
数学的コミュニケーション
月号(№659)明治図書.pp4-9
目的や立場)の違いによるものと考える.共通点④に
三宮真智子(2009).-思考におけるメタ認知と注意-
あるように,全ての授業でそのデータの散らばりの
『認知心理学 4 思考』市川伸一編.東京大学出版
判断が議論の中心になった.ところが,授業Ⅱでは
pp157-180
48
科教研報 Vol.28 No.5
新任教員の生活科における職能成長の研究
~PAC 分析の比較から~
Study of Professional Growth in Life Environmental Studies of New
Teachers
刀川 啓一*
中谷 かおり*
野口 昌宏* 久保田 善彦* 益田裕充**
Tachikawa,Keiichi*, Kaori, Nakaya*, Noguchi Masahiro*, Yoshihiko, Kubota *,
Hiromitu Masuda**
宇都宮大学* 群馬大学**
Utsunomiya University *, Gunma University**
[要約]小学校2年生の初任教員を対象に,生活科の授業における職能成長を検討
した。春の「やさいをそだてよう」と秋の「しゅうかくさいをしよう」の二つの単元
で,PAC 分析を行った。2つの分析結果を比較することで,生活科の授業に関わる職能
成長を捉えようとした。目の前の活動だけでなく,その過程を見取ることの必要性や,
活動の過程における変化を子供自身が把握できるような手だての必要性に築くなど,
職能の変化が見られた。
[キーワード]生活科,新採教員,職能成長,PAC 分析
1. はじめに
どもの側から出発し,個に応じて関わることが要求さ
れる科目(村上 1999)であり,他の教科の指導観とは
中央教育審議会(2006)による「今後の教員養成・
免許制度の在り方について(答申)
」は,優れた教師の
異なることも多い。
資質を,
「教職に対する強い情熱」
,
「教育の専門家とし
新任教員が生活科の授業を展開するにあたって,新
ての確かな力量」
,
「総合的な人間力」の 3 つとしてい
しい指導観をどのように身に付けていくのかは,まさ
る。また,これらは,ライフステージを通して伸長す
に新採教員の職能成長の過程といえよう。
本研究では,
べきものとされ(教育職員養成審議会 1999),それに
実際に新任教員が生活科を担当した実践を取り上げ,
対応した研修が各自治体で企画されている。ベテラン
教育活動と子どもとの関わりを通して,どのように職
と同じ振る舞いを求められる初任者は,教育センター
能を成長させているのかを検討する。
等での官製研修と共に学校での OJT を通して,職能
を大きく成長させる必要がある。
2. 研究の方法
教員の資質能力の研究においても新規採用教員の職
1)対象者
能成長をテーマにしたものは多い(吉崎 1998,浅田
対象者は,平成 25 年 4 月より,初任者として栃木
1999,秋田 1999)
。ただし,特定の教科を対象とした
県内の公立小学校に勤務し第 2 学年を担任する 20 歳
職能成長の研究は一部の教科では行われているものの
前半の女性教員である。
対象者は,
教育学部に所属し,
(山崎 2006),本研究の対象とする,生活科の授業にお
国語を専攻した。対象者は,平成 8 年と 9 年に生活科
ける新採教員の職能成長の先行研究は数が少ない。小
の学習を体験しており,この時期は生活科の第一期と
学校における生活科は,具体的な活動や体験を重視す
呼ばれ生活科が完全実施されて 5 年が経過した時期で
ること,自分との関わりで社会や自然を捉えること,
ある。
対象となる期間の勤務校は,24 学級の大規模校であ
自分自身への気付きを大切にすることなど,学習は子
49
り生活科については一般的な取り組みをしている学校
設定した。そして,質問を繰り返しながら,クラスタ
である。
ーごと,クラスター間,全体構造について解釈を試み
2)手続き
た。
分析は,内藤(1997)が提案するPAC分析を用い
3)調査の時期
る。PAC分析は,同一個人内の心理分析を模索する
1学期の単元として「やさいをそだてよう」
(5月~
中で開発された方法であるが,教師の仕事や授業イメ
9月)については,2013 年 10 月から 11 月に調査を
ージの分析にも使われている。例えば,新舘,松﨑
行った。2 学期の単元「しゅうかくさいをしよう」
(10
(2011)による担任1年目と担任3年目の学級づくり
月~11 月)は,2013 年 12 月に調査を行った。
の比較や,藤田(2010)による授業イメージの変容か
4)活動の概要
の研究などがある。
「やさいをそだてよう」
(5月~9月)は以下の活動
PAC分析の手順は,まず,被験者に連想刺激文(テ
を行った。初めに,野菜を育て収穫祭を開催すること
ーマ)を与え,頭に浮かんだイメージや言葉を書いて
を活動のゴールとした。そして,自分が育てたい野菜
もらい,それぞれの項目間の類似度を評定してもらう
を決めた。全員が共通に育てる野菜はトウモロコシと
「連想反応」のプロセスがある。
「自由連想」のプロセ
した。活動は種まきや苗植えを皮切りに野菜の栽培を
スでは,被験者に次の刺激文を提示し,生活科の学習
行った。栽培の過程では,施肥などの世話をしたり発
指導を想起してもらい,活動や支援のイメージを自由
見カードに成長の様子を記録したりした。
連想法で求め,土田(2003)による分析ソフトに入力さ
「しゅうかくさいをしよう」
(10 月~11 月)は以下
せた。その後,SPSS(IBM 社製)を使い,
「クラスター
の活動を行った。各自が育てた野菜については収穫時
分析」からデンドログラム(樹状図)を作成した。そ
期にズレが生じたため,随時収穫を行ったり,成長や
の後,被験者がクラスターに命名し,クラスターの関
変化を記録したりした。トウモロコシは,学年で一斉
係や全体構造について実験者の質問に答えながら「解
に収穫し,教室で乾燥させてポップコーンにした。最
釈」する。次にそれぞれの事柄の重要度に順位付けを
後に野菜の収穫を祝うために2年生として1年生を招
し,項目間の関連性の強さを7段階で示させた。
待し,自分たちが考えたゲーム屋やクイズ屋など出店
したり,プレゼントを作って1年生に渡したりした。
<刺激語>
今年度の生活科のことについてお尋ねします。春の
3. 「やさいをそだてよう(5~9 月)
」
「やさいをそだてよう」の栽培単元を思い出してくだ
1)結果
さい。
(秋の「しゅうかくさいをしよう」の単元を思
「野菜を育てよう(5~9 月)
」のテンドログラム(図
い出してください)子どもたちの活動場面やあなたの
1)は,授業デザインの課題,子どもの活動,学習指
支援の中で,印象に残っていることを入力してくださ
導上の課題,の 3 つのクラスターに分類された。クラ
い。印象に残ったことは,プラス面だけでなくマイナ
スター1(授業デザインの課題)の記述は,国語と関連
ス面も含めて,思いつく順に短文や単語で入力してく
付けることの意義と難しさ,予期しなかった困難への
ださい。
対応に分かれた。クラスター2(子どもの活動)の記述
は,意欲的な活動,活動に付随する情意の高まりに分か
後日,
実験者が作成したデンドログラムをもとに
「ク
れた。クラスター3(学習指導上の課題)は栽培に関す
ラスター分析」を行った。そこでは,実験者がまとま
る知識の不足と考えられる。
りをもつクラスターとして解釈できそうな群ごとに各
2)考察
項目を上から読み上げ,項目全体に共通するイメージ
クラスター1(授業デザインの課題)の入力語とイ
や群全体が意味する内容の解釈をもとにクラスターを
ンタビューから,以下がわかる。国語と関連させながら
50
<クラスター1>
授業デザインの課題
<クラスター2>
子どもの活動
<クラスター3>
学習指導上の課題
図1 「やさいをそだてよう(5~9月)
」のデンドログラム
<クラスター1>
子どもの活動
<クラスター2>
変化の把握
<クラスター3>
課 題
図2 「しゅうかうさいをしよう(10 月から 11 月)
」のデンドログラム
観察カードを記入すると観察スキルは向上するが,授
の対応に困惑している。
それは,周りのクラスとの比較
業時間内に終わらないというジレンマを感じている。
からハイライトされていた。
国語科指導へのこだわりも見える。また,天候の変化
クラスター2(子どもの活動)の入力語とインタビ
や野菜の違いによる実の違いなど,当初は予期してい
ューから,以下がわかる。子どもの意欲的な活動の様子
ない不可抗力による(自分では変更できない)問題へ
と共に情意面
(喜びや驚き)
の高まりに着目している。
51
また,子供の活動をさらに高めるために図書館の活用
とを区別しようとはしていない。
を考えている。
クラスター3(学習指導上の課題)の入力語とイン
5. まとめ
タビューから,以下がわかる。栽培についての教材研究
どちらの調査も,連想反応の重要度が高い項目は,
不足や知識不足を実感している。その要因の一つは,
「子供の活動」である。生活科は,子どもの自主的な
校務・研修等の多忙感である。子どもの自主性を大切
活動が中心であり,それを見取ろうとする指導観に立
にしているが,教師が教材不足により分 からない点
脚していると推測される。一方で,春のクラスター3
を,子供の自主性にまかせることで補おうとする行為
からは,活動が失敗した原因を,自己の知識不足でな
もある。
く,子供の自主性のせいにするなど,指導観の混乱が
見られる。
4. 「しゅうかくさいをしよう(10 月から 11 月)
」
春のクラスター2と秋のクラスター1は,
「子どもの
活動」である。どちらも,活動とそれに付随する情意
1)結果
「収穫祭をしよう(10 月から 11 月)」のテンドロ
の高まりを見取っている。更に,秋は2年生が1年生
グラム(図2)は,子どもの活動,変化の把握,課題,
を招待して収穫祭を行う中で,人とのかかわりの変容
の 3 つのクラスターに分類された。クラスター1(子ど
や製作過程といった,活動過程に着目し,その思考を
もの活動)
の記述は,
人に対する対応,製作過程の工夫,
見取ろうとしている。目前の活動には,それが生起す
活動に付随する情意の高まりに分かれた。
クラスター2
る一連の活動や思考があることを理解し,過程を含め
(変化の把握)
の記述は,成長や変化をとらえさせる必
た見取りをすることが必要だと考えている。また,秋
要性,成長や変化のとらえに分かれた。
クラスター3
(課
のクラスター2では,活動の過程を振り返らせること
題)
の記述は,初任研にかかわる不在,栽培の知識不足,
で変化や成長の過程を把握させる指導が必要だと考え
教師の負担に分かれた。
ている。
生活科の成果を,
活動の成果から過程と捉え,
2)考察
その指導法を工夫しようとしている。
クラスター1(子どもの活動)の入力語とインタビ
どちらの調査でも「課題」となるのは,栽培方法や
ューから,以下がわかる。2年生が収穫祭で1年生に優
農作物についての知識が不足していたり,見通しを持
しく接したり,臨機応変に対応をしたりといった,人
った指導計画がないことで子どもの多岐にわたる要求
とのかかわり活動における子どもの対応や工夫に着目
に自分が応じられなかったことをあげている。教材研
している。また,製作中の試行錯誤といった工夫や活
究だけなく,見通しを持つとともに臨機応変な対応が
動によってもたらされた情意の高まりを感じている。
できるようにするためのサポートが必要である。
クラスター2(変化の把握)の入力語とインタビュ
ーから,以下がわかる。 子どもがトウモロコシの成長
6.おわりに
等による変化を捉えていることに着目している。トウ
新任教員の 5 月と 11 月の生活科の学習支援の特徴
モロコシの観察や熟した実のトウモロコシの収穫をし
は,当該学級とその担任である対象者特有なものを含
なかったことなど,成長や変化を捉えさせる指導の必
んでいると考えられ,一般的な特徴を示すものではな
要性を感じている。
い。しかし,対象者が無自覚であった部分や感覚的に
クラスター3(課題)の入力語とインタビューから,
しか感じていなかったことについて全体的な構造とし
以下がわかる。初任者研修によって指導が連続しない
て明確化できた。さらに,対象者の新任教員がPAC
ことや栽培の知識不足が問題と感じている。また,子
分析を振り返り,総合的に解釈することによって教師
どもの願いにすべて対応してしまうことに負担感を感
の成長過程とその要因を理解する一助となった。
今後は,PAC分析を利用してより多くの新任者に
じている。しかし,子どもに任せる部分と教師が行うこ
52
生活科の学習だけでなく他教科などにおいても教員と
しての振り返りを進めていくことが期待できる。
謝辞
本研究の一部は,
科研基盤(B)25282032(研究代表者:
益田裕充),
基盤研究(C)24530946(研究代表者:瀬戸健)
の助成を受けて行った。
参考文献
1) 秋田紀代美(1999)「教師が発達する筋道」
,授業で
成長する教師,ぎょうせい,pp.27-39.
2) 浅田 匡(1999)「初任教師の成長・発達を考える」
,
授業で成長する教師,ぎょうせい,pp.41-50.
3) 内藤哲雄(1997)「PAC 分析実施法入門」
,ナカニシ
ヤ出版.
4) 新舘啓一 松﨑学(2009)「教師の PAC 分析による新
任期の振り返りの研究」
,山形大学教職・教育実践
研究4,pp.17-30.
5)
新舘啓一 松﨑学(2011)「教師の自己分析へのPAC
分析の適用可能性に関する研究-筆者自身の新任
期の自己成長を振り返ることを通して-」
,山形大
学教職・教育実践研究 6,pp.27‐37.
6) 藤田裕子(2010)「授業イメージの変容に見る熟練教
師の成長-自律的な学習を目指した日本語授業に
取り組んだ大学教師の事例研究-」
,日本教育工学
会論文誌 34(1),pp.67-76.
7) 村上正道(1999)
「生活科から総合的な学習を考え
る」
,交友プランニングセンター.
8) 山崎尊人(2006)「理科教師の力量形成に関する初任
期の実態と課題」
,
日本理科教育学会全国大会要項,
56, p.118.
9) 吉崎静夫(1998)「一人立ちへの筋道」
,成長する教
師,金子書房,pp.162-173.
10)
PAC
分 析 支 援 ツ ー ル (2003) ,
http://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/~tsuchida/lectu
re/pac-assist.htm 土田義郎が,PAC 分析の一部を
パソコン上で実施するために作成した支援ツール
である。
53
科教研報 Vol.28 No.5
「協働学習の授業デザインに関する実践的研究」―高校化学の授業研究
The practical study about a design of collaborative learning in chemistry class:
Action research for using collaborative learning in upper secondary school
秋元
一広
Akimoto,Kazuhiro
茨城県立古河第三高等学校
Koga Third high school
[要約] 本研究では高校化学の問題演習授業で協働学習を取り入れた授業を組織し,授業中の教師の介入や学
習効果についてアクションリサーチを行った。その結果,協働学習は問題演習の場面では無理なく生徒に受け
入れられ,学習効果も上がることがわかった。課題としては,導入当初は一時的に学力差が生じることである。
しかし協働学習は教師が実践を重ねながら,学習内容と学習スキルの向上を支援することによって,生徒のコ
ミュニケーション能力も徐々に向上するため,高校でも十分効果の上がる授業方法であることがわかった。授
業中はできるだけ多くの生徒に発表する機会を与え,学習の結果ではなく学習の過程を寛容かつ肯定的に評価
することによって協働学習を促進することができた。最後に「間違えることに寛容な教室の雰囲気」を作り,
協働学習を促進するための形成的な評価法として「ポイント制」を提案する。
[キーワード] アクションリサーチ,協働学習,ポイント制
のように組織することが効果的か,協働学習を導入する
1 はじめに
最近茨城県内の小中学校では,
「学びの共同体」や「教
という観点から実践的に研究し,高校化学の授業を組織
えて考えさせる授業」等,協働学習を取り入れた授業研
することである。
「協働学習」という用語 1)は混乱してい
究は数多く行われている。一方県内の高校では,協働学
るが,本稿では役割分担を決めずゆるやかな協力関係に
習の授業研究はほとんど行われていない。その理由は,
基づく学習という意味で用いた。授業で獲得して欲しい
高校段階では協働学習の研究事例が少なく,授業モデル
能力は,第一に基礎学力,第2にコミュニケーション能
も周知されておらず,あえて新しい授業形態に挑戦する
力,第 3 にメタ認知力である。
には敷居が高く最初の一歩が踏み出せないためだと思わ
3 研究方法
れる。しかしながら,コミュニケーション能力の育成や
先行研究として,協働を導入した教授法や学習に関
言語活動の充実は,新学習指導要領にもあるように今日
する基礎理論を整理し,授業を組織するための理論的
の高校教育でも不可欠になってきている。
私の勤務する高校は,1 学年 240 名,理系 3 クラス,
知見を得るとともに,授業についてはアクションリサ
文系 3 クラスの男女共学の進学校である。ほぼ全員が大
ーチを行い,アンケートの分析・テスト結果の分析・
学進学を希望しており,毎年国公立大学合格者は,60 名
授業観察を通じて「問題の発見→ 授業計画→ 実践
程度である。現在私がかえる授業研究の課題は,講義形
→ 授業結果の評価・分析→ 授業計画の修正」とい
式の伝達型授業から生徒中心の能動的な授業への転換で
うサイクルを繰り返しながら,実践を通して生徒主体
ある。
の授業を組織するための授業構成を探究する。
4 結果と考察
2 研究の目的
本研究の目的は,日々実践している私の授業を改善す
今回授業を構成するにあたり,学習科学 2)の知見と「学
ることである。高校化学の授業の中心を講義形式の伝達
びの共同体」や「教えて考えさせる授業」の授業技法に
型授業から生徒主体の授業へ転換するために,授業をど
ついて先行研究を行った。次に協働を導入した授業を実
54
足場かけ(scaffolding)とは,深い学習を促進するため
践し,アクションリサーチを行いながら,問題演習を中
心とした高校化学の授業デザインを探求した。
の支援であり,学習者が対象を自分で理解する助けとな
1)学習科学
るようなきっかけやヒントを必要に応じて与え,能動的
R. Keith Sawyer よれば,学習科学は 1970 年代初頭
な知識構築を支援することである。
に生まれ約 20 年間にわたる研究の後,学習科学者は米
学習科学は,学習者が自己の思考過程を外化
国学術会議からの報告書として,学習に関する以下の知
(externalization)し明示化(articulation)するときに,よ
見を発表した。
り効果的に学ぶことを明らかにしてきた。最も良い学習
· より深い概念理解の重要性
は,学習者自身がまだあやふやな段階の思考過程を明示
· 教授に加えて学習にも焦点をあてること
化し,学習の過程を明示化し続けるときに起こる。つま
· 学習環境をつくること
り,人は自分の考えを外に出すこと(外化)によって,
· 学習者の既有知識(prior knowledge)に基づくこ
静かに学んでいるときよりもすばやく,そして深く学ぶ
との重要性
ことができる。学習科学者は,明示化を可能にするため
· 省察の重要性
に行われる学習者同士の協働や会話の重要性に着目して
生徒は,単に上手く教えられることによって深い概念
いる。明示化の継続的な過程において生徒を支援する方
理解を得るわけではなく,能動的に学習に参加すること
法や,どの明示化の形態が学習に最も有益であるかにつ
によって初めて学ぶことができる。学習科学の研究は,
いては現在でも研究課題である。明示化は結果として有
教授技術だけでなく生徒の学習過程にも焦点をあて,深
効な省察が最も得られやすいような形態で,特定の知識
い概念的理解を助ける学習環境の主な特徴を見出した。
が明示化されるように足場かけされるときにより効果的
深い概念理解とは,現実世界の状況に転移可能な形で事
になることがわかっている。明示化が学習にとって非常
実や手続きを学んだときに得られる理解のことである。
に有効である理由は,それが省察とメタ認知,すなわち
学習者は,満たされるのを待つ空の器ではなく,既習の
自らの学習過程や知識について考えることを可能にする
概念をもって教室にやってくる。学習効果を上げるため
からである。学習科学に基づいた多くの教室は,省察を
には,学習者の既習概念に基づいて授業を構成すること
促すようにデザインされている。
2)
「学びの共同体」から学ぶ授業技法 3),4)
が重要である。
学習にとってさらに重要なことは省察である。生徒た
「学びの共同体」では「協同学習」という形の授業
ちは,会話や文章によって自分の思考過程を表現し,自
論 を 展 開 し て い る 。「 協 同 学 習 」( collaborative
分の知識の状態を省察する機会を与えられるときに,よ
learning)は,
「協力学習」
(cooperative learning)と
りよく学ぶことができる。
は異なるグループ学習であり,教育心理学でいう「協
調学習」または「協働学習」にあたるものである。
これらの学習に関する基本的事実に基づき効果的な学
「協同学習」の授業形態は,
「探求型」の授業であり,
習に含まれるプロセスについて整理すると,
・ 学習は学習者の持つ既有知識の上に構築される。
教科書に沿って学習するわけではない。グループにす
・ 知識は新しい知識によって修正され,既有知識や経
る最大の目的は「ジャンプのある学び」を実現するこ
とである。そのためには「協同的な学び合い」が行わ
験と結びつき,新たな知識が構成される。
・ 学習とは,他者との相互作用の中で社会に適合した
れるような学習環境を整える必要がある。グループ学
道具を作り出しながら古い知識と新しい知識の間に
習では男女混合 4 人組,全体学習ではコの字型の机配
関係を築いていくことだと考えられる。
置を基本とする。また学習課題は,科学の本質が理解
できるようなオーセンティックな教材を準備する。こ
・ 学習を促進するためのプロセスは,具体的なものか
ら抽象的なものへと学習が進展するのが自然であり,
れは「学びは,基本から応用へ向かうのではなく,応
①足場かけ → ②外化と明示化 → ③省察 という
用から基本を学ぶ」という学習観があるためである。
グループ内の活動の仕方は,全員参加と「互恵的な
プロセスを辿る。
55
学び」の構築を目指す。したがって,多様な意見や考
化」の段階であり,グループ学習の形態を取る。そし
えを尊重するため,リーダーは定めず,グループ内で
て最後の第四段階は,
「自分のわからないところは何な
の意見や考えの一致を求めない。
のか」表現する活動であり,
「メタ認知力」を身につけ
教師の介入の仕方は,
「聴く」を基調とした対話的コ
るための「振り返り」の活動である。結局「教えて考
ミュニケーションを構築することを目的とする。
「聴
えさせる授業」は,上記の四段階からなる「習得型」
く」―「つなぐ」―「もどす」の授業技法を用いる。
の授業であり,佐藤の「協同学習」と比べ教科書を使
また参加できない子のケアを優先し,直接的援助より
うため取り組みやすい授業形態である。
4)授業実践での留意点
もグループの仲間と「つなげる」ことを念頭に置き,
仲間と相談することの習慣化を徹底指導する。それと
今回の授業を組織するにあたり構成主義の学習理論
同時に,他者の発言を「聴く」行為づくりも指導する。
を前提としており,
「学習とは学習者自身が新知識に
その理由は,
「聴く」行為づくりによって高められるグ
よって既有知識や自分自身の経験を修正し,能動的に
ループ内の完全受容の雰囲気が「協同学習」の効果を
新らたな知識体系を構築していく営みである」と考え
高め,
「互恵的な学び」の関係を構築すると考えられる
た。したがって教師の授業中の役割は,新知識を伝達
からである。また問いの意味や個人の意見や考えが他
するだけではなく,生徒が知識を構築するのを支援す
の生徒に伝わっていないときは,教師が「もどす」こ
ることも含まれる。この支援の方法が,
「足場かけ」
とによって意見や発言の共有化を図る。結局,教師の
や「外化と明示化」であり,これらの過程を授業に取
役割は知識を伝達することではなく,
「協同的な学び」
り入れ,適切な「省察」が可能となるような学習環境
を組織するための学習環境を整えることであると考え
に配慮し,授業実践にあたった。
5)協働学習の実践とその結果
られる。
1)1回目のアクションリサーチ
3)
「教えて考えさせる授業」5)
第 1 回目の授業実践では,
「化学Ⅰ」の最後の単元「芳
「教えて考えさせる授業」は,基本的には「習得型」
の授業であり,教科書を使って授業を行う。授業構成
香族化合物の性質」で協働を導入した問題演習の授業を
は,前半は基礎基本,後半は教科書を超える課題から
行った。授業構成は,①プレゼンテーションによる教科
成り,次の四段階から構成されている。①教師からの
書の「基本的内容の説明」
(20~30 分)→ ②教科書の
説明(10 分)
,②理解確認(15 分)
,③理解深化(15
問いを用いた「内容理解の確認」
(協働学習 20~30 分)
分)
,④自己評価(5 分)である。この時間配分につい
→ ③章末問題や入試問題演習による「基礎知識の定着
ては,説明することが多く必要な単元では,1時間す
と理解深化」
(協働学習 30~35 分)という手順である。
べて教師からの説明だったりすることもある。第一段
1 回目のアクションリサーチは,3 年生理系の3クラ
階は「教える」段階であり,教材や教具を駆使して具
スで 4 月から約 1 ヶ月行い,以下のような内容でアンケ
体例を挙げながら対話的にわかりやすく情報を伝える
ート調査を実施し,感想を書かせ,授業方法や協働学習
工夫をする段階である。第二段階以降が「考えさせる」
のメリットやデメリットを再確認した。第一回アンケー
段階であり,
「考えさせる」段階は,3 つのステップか
ト調査の目的は,授業を実践する上で教授法に関する問
らなる。第二段階は生徒自身が教科書やノートに付箋
題点について分析し,授業を改善していくことである。
を貼って疑問点を明確化し,ペアやグループになって
回答は5段階評価で実施し,数値が大きいほど肯定度が
互いに説明し合い,わかったという生徒がまだわから
高い。 質問内容は①授業方法,②教具,③時間配分,④
ない生徒に教えるという「理解確認」あり,教科書や
学び合いと教師の介入,⑤振り返りの 5 つのカテゴリー
教師が説明したことが理解できたかどうかを確認する
に分類した。結果は資料1のとおりである。
生徒の感想から得られる協働学習のメリットをまと
段階である。グループ構成は,3~4 人が原則である。
第三段階は,生徒が間違いやすい問題や発展的な問題
めると,協働よって直接心理的面に与える影響と協働を
に小グループで取り組む問題解決学習であり,
「理解深
媒介とする省察によって得られる認知的側面に与える影
56
響があった。具体的には心理的影響を示す感想では,
「わ
いった授業方法に関して予想以上に違和感が少ないこと
からないときに,気軽に友達に質問できる。
」
「仲間が助
がわかった。Q14 は学習過程を肯定的に評価する「ポイ
けてくれるという安心感が生まれる。
」などがあり,認知
ント制」であり,特に評価が高い。
「ポイント制」という
的影響としては「いろんな意見を聴くことで自分の考え
のは,問題演習場面でしたグループには,平常点として
がまとまる。
」
「わからない人に教えることで自分の理解
ポイントを与える授業中の評価法である。振り返りに関
が深まる。
」などである。
する質問では,生徒は自分で振り返る時間が欲しいと思
資料1 第1 回アンケート
質問事項
個別学習・・・自分のペースで独力で問題
Q1
を解く学習
授
協働学習・・・3,4人のグループで相談しな
業
方 Q2 がら問題を解く学習
法
一斉学習・・・教員の説明を聞きながら問
Q3
題の意味や解き方を理解する学習
教師の説明を理解しながら、板書事項を
Q4
ノートにまとめる。
教
具
パワーポイントを用いた説明を理解しなが
Q5
ら、プリントを整理する。
教師は教科書の内容説明を、長い時間を
Q6
かけて丁寧に行う。
教師は教科書の内容説明は、短時間で
Q7
簡潔に行う。
時 Q8 教師は問題解法の解説に、時間をかけ
る。
間
配
生徒が問題を考えることに費やす時間を
分 Q9
多くする。
生徒が問題の解法を理解するため、解い
Q10
た後、整理する時間をとる。
問題解法を理解するために質問したり、
Q11
相談する時間をとる。
学び合いでは、役割分担(司会、質問
Q12
係、アドバイザー、板書係など)をきめる。
前に出て解答したら、間違いでもポイント
Q13
がつく。
学
び
合
い
Q14 間違いを訂正してもポイントがつく。
全体
以上の分析結果を踏まえ,次のような点を改善して5
3.2
月後半から約1ヶ月間 3 年生理系(数Ⅲ履修)の対照的
な 2 クラスについて継続して協働学習を実践した。
3.7
①問題演習では協働学習を行う。
3.5
②内容説明には継続してパワーポイントを使う。
③解説は丁寧にしてできるだけ復習時間や生徒が振
3.1
返る時間をとる。
3.6
④「ポイント制」では正解だけでなく,間違いでもポ
3.6
イントを与える。
2)2回目のアクションリサーチ
3.1
上記のような改善をして 1 ヶ月間の授業を行った後,
3.9
定期テストと第二回アンケートを実施した。定期テスト
3.6
の結果を分析すると,次のような問題点が出てきた。
①基礎基本となる化学用語の定義が理解できていな
3.9
い生徒がいる。
3.6
②基本的計算力が不十分な生徒がいる。
2.6
③有機化合物の官能基の名称や構造などを系統的に
理解していない。
3.9
④同一クラス内での学力差が大きい。
4.1
第 1 回授業後の第二回アンケートの目的は,わからな
Q15 教師はどの問題でも簡単なヒントを出す。 3.9
Q16
Q17
Q18
振
返
り
っていることが伺える。
Q19
Q20
い問題の解決法と協働学習の雰囲気について調査するこ
できるだけどの班もやれるように、教師が
3.4
班ごとに問題を割り当てる。
問題は自分の班で選べるように、生徒が
3.5
問題を選択して解答する。
授業の最後に、その日に解いた問題の
3.9
解き方を復習する時間をとる。
教師は授業の最後に、その日解いた問
3.3
題の中から5分間のテスト実施する。
単元の最後に、その単元で解いた問題
3.4
の中から10分間のテストを実施する。
とである。結果は資料2の通りである。アンケートの結
果と生徒の感想をみると,協働学習の雰囲気は悪くなか
ったので,学力差に配慮しながら以下のような点を改善
して 7 月以降も協働学習を導入した問題演習を続けた。
①授業中に質問や感想を書かせる機会を与える。
②状況に応じ継続して協働学習を行う。
③状況に応じ学習内容を整理する時間を与える。
④ポイント制は個人単位に変更して継続する。
一方協力関係が築けなかった場合に生じる問題点と
しては,わかる生徒に頼りすぎて学習に関して無責任に
⑤女子グループをつくる。
なることやコミュニケーション能力の低い生徒は,話し
1学期末考査が終了してから 7 月以降,2学期中間考
査が終了するまでの約2ヶ月間は,柔軟に協働学習を導
合いに参加できず,疎外感を持つことが挙げられる。
入した。
第二回アンケート結果とテスト結果に配慮して,
資料1の結果をみると,パワーポイントや協働学習と
57
平均点の低かったクラスは,
協働の時間をやや多めにし,
での大きな変更点は,協働という学習環境を個人の学習
平均点の高かったクラスは,少なめにした。
を促進するために利用することにした点である。またポ
資料2 第二回アンケート(4段階評価)
イントの与え方も,正しいかどうかが問題ではなく,解
対
処
法
Q1 教師に尋ねる
2.9
答作りにチャレンジしたかどうかを評価して,ポイント
Q2 友達に尋ねる
3.7
を与えることに変更した。
その結果2学期中間考査では,
Q3 自分で調べる
3.3
前回平均点が低かったクラスの成績が上がり,2クラス
どこが分からないのか明確に言えない
3.1
Q4
から
質
問
し
な
い
理
由
Q5 他人にきくのが苦手だから
改
善
策
3)最後のアクションリサーチ
2.2
2
2学期中間考査終了後の 10 月以降は,学校の事情によ
Q7 無視されそうだから
1.1
2.2
り3年生は,机が固定されている教室に移動したので,
Q8 自分で考えた方がいいから
Q9 自分に自信がないから
2.1
Q6 簡単すぎて,馬鹿にされそうだから
机の配置を変えることができなくなった。したがって 10
1.8
月以降の授業ではどちらのクラスも同様に近くにいる友
質問を考える前に先に進んでしまうか
2.2
ら
人と相談することを促しながら,時間を区切り,問題演
Q10 わかりやすい説明が期待できないから
Q11
班
の
雰
囲
気
の平均点の差は小さくなった。
習を行った。そして2ヶ月後に2学期末考査,最終アン
Q12 間違えても暖かくサポートしてくれる
3.5
Q13 間違えると恥ずかしくなる
2.4
Q14 他人の話をよく聴いてくれる
3.3
び大きくなったが,平均点が低かったクラスの中でも同
Q15 みんな意見交換に消極的である
2.7
じ部活動の生徒同士が積極的に学び合い,疑問点を話し
Q16
グループ単位で質問して,それに教師
2.7
が答える
合う光景も見られるようになり,成績を伸ばす生徒も現
Q17
協働学習をする場合のグループ構成は
2.5
生徒が決める
ケートを実施した。その結果2クラスの平均点の差は再
れた。しかし協働に参加できなかった生徒は,孤立して
しまい,あまり成績は伸びなかった。
Q18 ペアになり2人で交互に質問を出し合う 2.1
最終アンケートの目的は,約 7 ヶ月にわたる協働学習
Q19
授業の中に,質問タイムを10分~15分
2.3
入れる
の総括として,効果と問題点を調査することであり,5
Q20
週1回,個人の振り返りと質問だけの授
2.5
業を設定する
段階評価で行った。結果は資料3のようになった。アン
ケートは次の3つの観点から作成した。①どうすれば協
説明中心の授業と質問中心の授業を交
2.4
互に設定する
毎時間,授業の最後に15分程度の振り
3.3
Q22
返りの時間をとる
調できるグループ編成が可能なのか。②教師はどのよう
Q21
に授業へ介入したらいいのか。③授業をどのように組織
すればいいのかということである。
授業後の感想の中で,グループ構成に関して女子だけ
前年度と同様に今年度のアンケート結果からも,協働
にして欲しいといった要望もあり,グループ構成も若干
学習がうまくいかない理由としてグループ編成の問題,
変更した。今回の調査対象とした3年生理系2クラスと
個人の取り組みの問題,
コミュニケーション能力の問題,
も女子は5人なので,グループの最大人数は4人から5
学習内容の理解度の問題等が挙げられた。しかし Q2 の
人に変更し,
それぞれ女子班を 1 班作った。
女子班では,
結果は,コミュニケーション能力の不足に起因するグル
男子と一緒だったときは黙っていた生徒が,積極的に話
ープ活動の停滞は,協働学習の経験を積むことによって
し始めるなど変化が見られた。
克服できる可能性を示唆している。
また感想の中で,
「ポイント制」に対する生徒からの要
Q4の結果を見ると,自分の学習に対する責任は自分
望でグループに対してポイントを与えるのではなく,な
であり,グループになることの目的は,互いに助け合う
るべく多くの生徒を平等に指名して,個人にポイントは
ことであると考えていることがわかる。また Q2 より経
与えることに変更し,なるべく多くの生徒が授業中黒板
験を積むことによって,協働のスキルも上達することが
の前で解答する機会を与えた。指名された生徒は,仲間
伺える。Q2 を詳しく分析すると,学力の低い子にとっ
と相談して解答を作ることでポイントを獲得する。ここ
ては人間関係ができていても近くの友達に相談すること
58
は敷居が高く躊躇することが多いため,相談しやすいよ
して「正答」
「誤答」を評価するのではなく,学習過程を
うに机の配置にも配慮することが必要であることもわか
評価する「ポイント制」を導入し,なるべく多くの生徒
った。また問題演習を行う場合は,協働学習に制限時間
に解答する機会を与えた。
「ポイント制」の目的は,間違
を設けることによって効果が上がると思われる。
いを恐れず,生徒が自分の意見や考えを話しやすくする
ことあり,協働を促進することである。
資料3 最終アンケート
授業形態をグループにして問題を解くよりも,近くの
Q1 人と相談しながら問題を解く方が自然な授業方法で 3.9
あり,抵抗感が少ない。
1学期に授業形態をグループにして問題を解いたこと
Q2 で,近くの人と相談しながら問題を解くことに対し,抵 3.8
抗感が少なくなった。
問題演習で話し合えるかどうかは,グループになる
かどうかではなく,話し合える友達が近くにいるかど
Q3
3.8
うかであり,互いの人間関係ができているかどうか
が最大の要因である。
チーム学習の目的は,チームで一つの解決法を見
出すことではなく,個人が問題を解くことを互いに助
Q4
4
け合うことだと思う。最終的には個人で解決法を見
出すべきである。
Q5
問題演習をする場合,一人で解くより話し相手がい
た方が,効果が上がる。
Q6
問題演習をする場合,制限時間(目標時間)を設定し
3.9
た方が効果が上がる。
Q7
問題を解いたことに対する授業中の評価は,正答で
も誤答でも個人に対し等しく評価されるべきである。
Q8
計算問題に対する評価は,思考力を要するので穴
埋め問題に対する評価のポイント2倍以上でよい。
演習の授業は,教師がすべて解説するよりも先ず生
Q9 徒が解答をつくり,その解答結果について教師が解
説するといった方法でよい。
5 おわりに
本研究は,協働学習を高校の化学授業に導入するため
の最初の一歩である。本研究を通してわかったことは,
次の3点である。
1) 問題演習の場面では,協働は学習効果を高める。
2) 協働学習は,経験を重ねることによって協働のスキ
ルを高めることができる。
3)「間違うことに対して寛容である」教室の雰囲気は,
3.7
協働学習を促進する。
4) 授業態度評価のひとつとして「ポイント制」は,協
働を促進する。
4.1
次に課題として考えられることは。
· 協働学習に適した学習内容の選択
3.3
· 具体的な「足場かけ」や教師の介入方法など協
働を促進する教授法の開発
3.6
Q10
授業中の問題演習で,友達と意見交換すると自分の
3.9
考えが整理され,自分の解答づくりに役立つ。
Q11
前に出て問題を解くことで,解答を作るという意識が
高まり考えがまとまる。
3.7
ヒントの出し方は,最低限でよい。出しすぎるのはよ
Q12
くない。要望があれば,個別に対応する。
3.9
· 協働学習の技能や内容理解を自己評価するため
の評価シートの改善
最後に本研究において協働学習が予想以上にうまくい
った理由としては,本校は進学校であり,はじめから生
Q13
授業の最後で,5分程度の要点のチェックテスト(自
己採点)をやると,授業のまとめになってよい。
3.7
Q14
できるだけ全員の生徒が正解を共有するためには,
解説の時間を10分以上取る必要があると思う。
3.1
Q15
前に出て問題を解くことで,授業に貢献しいていると
いう意識は高まると思う。
3.6
徒のコミュニケーション能力や自己学習能力が比較的高
かったことと学ぶ意欲が高かったことが挙げられる。
参考文献
(1)関一彦,安永悟(2005)日本協同教育学会協同学習の
定義と関連用語の整理.
『協同と教育』第1号.pp.10-16
(2)R.K. ソーヤー編 ,森 敏昭・秋田 喜代美訳(2009)
次に授業中の教師の態度として「間違うことに寛容で
ある」ことは,重要な要素であると思われる。
『学習科学ハンドブック』
.培風館
Q7 によれば授業中の学習活動に関し,生徒は正答・
(3) 佐藤学(2012)
『学校を改革する』
.岩波書店
誤答にかかわらず,公平に評価されることを望んでいる
(4)原田信之,水野正朗(2008)
「学びの共同体づくり」
ことがわかる。また重要なことは,教室全体の雰囲気が
論の授業技法化モデル.
『岐阜大学教育学部研究報告 教
「間違えることに寛容になる」ことである。初めて協働
育実践研究』
.第 10 巻.pp.179-190
学習を導入した頃,誰も黙っていて話し合いが始まらな
(5)市川 伸一
(2008)
『
「教えて考えさせる授業」
を創る』
.
いグループが見られた。主な理由は,
「間違うことを悪と
図書文化
みなす」雰囲気があったことで,これを改善する対策と
59
科教研報 Vol.28 No.5
環境教育に関わるイギリス初等教科書の分析 Analysis of UK Primary School Textbooks about Environmental Education
伊藤哲章 ITO,Tetsuaki
郡山女子大学短期大学部 Koriyama Women’s University & College
[要約]イギリスの環境教育は「環境についての教育」「環境のための教育」「環境の中で、あるいは環境を通し
ての教育」の三つの要素から構成されている。本稿ではこの中の「環境についての教育」に焦点を当て、初等
教育において環境問題に関する知識がどのように生徒に提供されているかを、初等教科書をとおして調べた。
その結果、次のことがわかった。1)情報量が多い、2)最新の情報が提供されている、3)情報が多岐に
渡っている、4)専門用語が低学年においても使用されている、5)科学史が多く含まれている、6)詳
細なデータが提示されている、7)現実をよく伝える写真が多く掲載されている、8)科学技術の発展の
二面性について考えさせる記述が多い。以上のことから、イギリスでは初等教育段階から環境または環境
破壊について豊富な知識を与え、深刻な現実を伝えることによって環境問題について考えるよう促してい
る。 [キーワード] 環境教育 イギリス 初等教科書 初等教育 1 はじめに ら環境について学ぶこと、また学ぶだけではなくそ
イギリスでは、環境教育は教科として設定されて
れを実際の行動に結びつけることが重視されている
おらず、
「環境教育」というクロスカリキュラムのテ
ことがわかる。イギリスの環境教育は注目を受ける
ーマとして全ての教科で取り上げられている。また、
ことが多く、世界各国、また我が国の環境教育に少
環 境 教 育 は 「 環 境 に つ い て の 教 育 ( 知 識 )」
なからぬ影響を与えている。本稿では「環境につい
(Education ABOUT the environment)「環境のた
ての教育」
(Education ABOUT the environment)
めの教育(価値観、態度、積極的な行動)」(Education
に焦点を絞り、環境についての知識がどのように
FOR the environment)「環境の中で、あるいは環
イギリス初等教育の教科書に提示されているか調
境を通しての教育(素材による方法)」(Education
べる。
IN / THROUGH the environment)の三つの要素
から構成され 1)、これらをうまく連携させることに
2 環境についての教育 よって環境問題における知識と行動力両方の育成を
「環境についての教育」
(Education ABOUT the
図ろうとしている。
environment)は、環境問題を理解し、考えるた
また、イギリスの環境教育の目的は「環境を保護
めの知識を与える教育である。前述の環境教育の
し、改善するために必要とされる知識、価値観、態
3つの目的を達成するために、 生徒が身につける
度、係わり合い、スキルを得る機会を与えること」
べき知識・スキル・態度において具体的な目標が設
「生徒がさまざまな観点(物理学的、地理学的、生
定されている。このうち知識については、1)環境
物学的、社会学的、経済学的、政治学的、科学技術
で発生する自然のプロセス、2)人間の活動の環境
的、歴史的、美的、倫理的及び精神的)から環境を
への影響、3)過去と現在の異なる環境、4)温室
調査し、理解するよう促すこと」
「環境について生徒
効果・酸性雨・大気汚染などの環境問題、5)環境
の認識と好奇心を喚起し、環境問題を解決するため
を保護し管理する地域的・国家的・国際的な法律、
に積極的に行動するよう促すこと」である 2)。この記
6)個人・集団・地域社会・国家と環境の相互依存
述から、生徒は学習する全ての教科、全ての活動か
—例えば、どのように英国の発電がスカンジナビア
60
半島に影響を与えるか—など、7)人間の生命と生
・他の生物への関心
理科 目標 2 – 5、9、
活の環境への依存、8)環境問題において発生し得
植物と動
・絶滅危惧種と保護
16、17
る争い、9)過去の決定と活動がどのように環境に
物
・野生の植物と動物への搾
工学 目標 1 – 4
影響を与えてきたか、10)計画・設計・美的観点の
取
地理 目標 5、7
重要性、11)環境を保護し、管理する効果的な活動
・野生の動植物の生息地・
の重要性、の 11 項目が目標として掲げられている 3)。
生育地の破壊
さらに、 イギリスの ナショナルカリキュラムでは、
・人間と環境の活用の仕方
理科 目標 2– 5
「環境についての教育」は「気候」
「土と岩と鉱物」
人間と地
における類似点と相違点
工学 目標 1 – 4
「水」
「エネルギー」
「植物と動物」
「人間と地域社会」
域社会
・人口のパターンと変化
地理 目標 1 – 7
「建物と産業化と廃棄物」の7つのトピックを通し
・環境の文化的側面
歴史 目標 1 – 4
て基本的な知識と理解が得られるとしている4)。これ
・過去の社会が環境にどの
らのトピックは理科、工学、地理、歴史といった教
ように影響を及ぼしてきた
科の達成目標とプログラムを通して学習されると記
か、また影響を受けてきた
されている。表1は、各トピックとその論争点、ナ
か
ショナルカリキュラムでの各 教科の達成目標をま
・産業化が環境に及ぼした
理科 目標 5、6、9、
とめたもので、教員は各教科の達成目標を鑑み、
建物と産
影響
14 – 17
これらの論争点について教えるプログラムを計画
業化と廃
・建築環境は時を経てどの
工学 目標 1 – 4
するよう求められている。
棄物
ように、またなぜ変わって
地理 目標 1 – 4、6、
きたか
7
ナショナルカリキュ
・計画と設計
歴史 目標 1 – 4
ラムの達成目標
・廃棄物の産出と管理
・植物の成長における気候
理科 目標 2、5、9、
・リサイクル
の影響
13、16、17
・異なる状況のための適切
・気候における公害の影響
工学 目標 1 – 4
な科学技術
— オゾン層、温室効果ガ
地理 目標 1、3、4、
・新しい科学技術が地域社
ス、酸性の沈殿
5、7
会に及ぼす影響
・限りある資源
理科 目標 2 – 9
National Curriculum Council, Curriculum Guidance
土と岩と
・資源の管理
工学 目標 1 – 4
7 Environmental Education, HSMO,1990,p.10
鉱物
・土壌の浸食、肥沃、保全
地理 目標 5、7
表1 「環境についての教育」
トピック
気候
論争点
3 イギリスの初等教育制度と教科書 ・採取産業の影響
水
イギリスではスコットランドを除き、5 歳から
・水質汚染の原因
理科 目標 3、5、9、
・水の保全
17
7 歳の生徒が小学校 1,2 年生で Key Stage(KS)
・水の供給における問題
工学 目標 1 – 4
1 と呼ばれている。KS2 は 7 歳から 11 歳で小学
・水の循環における人間活
地理 目標 5、7
校 3 年生から 6 年生なので、日本の初等教育はイ
ギリスの KS1、KS2 にあたる。イギリスには日本
動の影響
・限りある資源としての化
理科 目標 3-5、8、
のような教科書検定制度がなく、決められた教科
エネルギ
石燃料
9、11、13、17
書を使用する義務はない。教科書は「主な教材」
ー
・エネルギーの保護
工学 目標 1 – 6
という意味で core もしくは topic book などとも
・エネルギー利用による汚
地理 目標 4、7
呼ばれ、教科書とそれ以外の教材を区別できない
場合もある 5) 。本稿では、便宜上この core また
染の影響
topic book を教科書と呼ぶ。教科書は民間の出版
61
社がナショナルカリキュラムや GCSE 試験のシ
が主に何の教科に関するものなのか、
( )内に記し
ラバス等を考慮しながら編集・発行している 6)。
た。中には環境問題そのものを取り上げた本もある
日本では検定に合格した教科書が生徒に配布され、
ので、その際は教科ではないが「環境」と記した。
同じ教科書を全ての生徒が使用するが、イギリス
「気候」 では習熟度別授業が多いので、同じ教科書を全員
(1) Treetops Stage 16(対象年齢 11 歳): Our
で同時に使用することは少なく、教科書が無償で
Earth is Unique「たった一つしかない地球」8)(地
生徒に提供されることもない。また、教科書は学
学、地理、生物)
校長が教員と協議して採択されるが、実際にどの
「土と岩と鉱物」 教材をいつ、どのように使用するかは個々の教員
(1) Fireflies Stage 7(対象年齢 6〜7 歳): Glorious
に任されている7)。
Mud「素晴らしい泥」9)(地学、地理)
(2)Fireflies Stage10(対象年齢 7〜8 歳)
:How to
日本のように学年毎の教科書がある一方、単元
毎に分けられている教科書もある。実際に KS1
Make Soil「土の作り方」10)(地学、生物)
や KS2 で使用されているのは単元毎に分かれて
(3) Treetops Stage 13(対象年齢 9 歳): Save Our
いる薄い教科書であることが多いようである。
Coasts!「私たちの海岸を救え!」11)(地学、地理、
様々な出版社が教科書を発行しているが、本稿で
環境)
は、イギリスの小学校で比較的よく使用されてい
(4) TreeTops Stage16(対象年齢 11 歳)
:Planet
る Oxford University Press の KS1、KS2 の教科
Granite「惑星の御影石」 12)(地学、地理)
書について調べた。ここで出版されている小学生
「水」 向け教科書には fiction、non-fiction、poetry 等の
(1) Treetops Stage 12(対象年齢 8〜9 歳): What
分野がある。イギリスの環境教育は全ての教科か
Can You See in This Cloud?「この雲何に見え
ら知識を得るとしているが、fiction は物語を、
る?」 13)(地学、生物、化学)
poetry は詩を主に扱っているので、本稿では理科
「エネルギー」 や社会科に相当する non-fiction を取り上げる。
(1) TreeTops Stage 12(対象年齢 8〜9 歳): The
non-fiction には Fireflies と TreeTops の2つの
Flick of a Switch「スイッチをパチリ」14)(物理、
シリーズがあり、Fireflies は KS1 以下と KS1(4
工学、歴史)
歳から 7 歳)、TreeTops は KS2(7 歳から 11 歳)
(2) Treetops Stage 14(対象年齢 9〜10 歳): The
を対象としている。対象年齢毎に一番平易な 1 か
Power of Nature「自然の力」 15)(地学、工学)
ら 16 までのレベルがあり、各レベル 6 冊ずつ出
「植物と動物」 版されている。
(1) Treetops Stage 10(対象年齢 7〜8 歳): The
Power of Plants 「 植 物 の 力 」 16 ) ( 生 物 )
4 イギリスの初等教科書に見られる「環境について
(2)TreeTops Stage 14(対象年齢 9〜10 歳):
の教育」 Animals and Us「動物と私たち」17)(生物、歴史) この Oxford University Press の non-fiction 分
「人間と地域社会」 野、Fireflies と TreeTops のシリーズから、「環
(1) TreeTops Stage 16(対象年齢 11 歳):
境についての教育」に関係する内容が含まれてい
Explosions「爆発」18)(地学、物理、歴史、地理)
る本 14 冊を取り上げる。前述したように、
「環境
「建物と産業化と廃棄物」
についての教育」 は「気候」「土と岩と鉱物」「水」
(1) Fireflies Stage 6(対象年齢 6 歳): Unusual
「エネルギー」
「植物と動物」
「人間と地域社会」
「建
Buildings「変わった建物」 19)(地理、家庭科)
物と産業化と廃棄物」の7つのトピックを通して基
(2) Fireflies Stage 9(対象年齢 8〜9 歳):
本的な知識と理解が得られるとされているので、こ
Environmental Disasters「環境破壊」20)(環境、
のトピック別に本を分類した。また、それぞれの本
地理)
62
(3) TreeTops Stage 9( 対象年齢 8〜9 歳)
:Further,
の本では自然・人間双方による海岸の浸食につい
Faster, Higher「より遠く、より速く、より高く」
ての記述の他、世界各国の海岸の問題とその解決
21)(工学、歴史、環境)
法が紹介されている。問題解決の重要性は、環境
教育の 3 番目の目的「環境について生徒の認識と好
5 イギリスの初等教科書内容の考察 奇心を喚起し、環境問題を解決するために積極的に
まず、表1で示したトピック別に分類すると、
「土
行動するよう促すこと」にも掲げられており、これ
と岩と鉱物」が最も多く4冊となっている。次いで
に沿った内容でもある。各国の科学技術を駆使した
「建物と産業化と廃棄物」で3冊、
「エネルギー」と
対応策が並ぶ中、イギリス最新の解決法の managed
「植物と動物」がそれぞれ2冊、
「気候」
「水」
「人間
retreat「管理退却」が興味深い。波による浸食は自
と地域社会」が各1冊である。
「土と岩と鉱物」が一
然現象であるとして、防波堤等の人為的な対策をや
番多いというのは意外な印象を受けるかもしれない
め、自然のなすがままに任せる、という発想である。
が、この Oxford University Press の non-fiction 分
沿岸の土地を人間のために利用することをやめ、自
野の理科教科書の内訳は、全 43 冊中生物 16 冊、地
然(野生生物)に返す「退却」という考え方は、今
学 13 冊、工学 6 冊、物理 4、環境問題 2、化学 1、
後の環境問題を考える上で示唆に富んでいる。
情報処理 1 となっており、地学分野の本はもとも
次に、14 冊の本に共通して見られる特徴を挙げ
と多い 22)。他のトピックはメディア等で頻繁に取
る。ここで言う「特徴」は日本の教科書と比較し
り上げられるが、土や岩石が環境問題に結びつけ
て顕著である相違点である。
て持ち出されることは比較的少ない。しかし、あ
1)最も際立っている特徴は、それぞれのトピッ
って当たり前の土が化石燃料と同様に長い年月を
クにおける情報量が多いことである。Stage12 ま
経てできあがっていることや、石は再生可能資源
では 24 ページであるが、Stage13〜16 は 32 ペー
ではないということは環境教育にとって重要な知
ジで、日本の教科書より文字が小さく量も多い。
識である。
この体裁で、小さなコラムやクイズ形式のコラム
環境問題そのものがテーマになっている本は、
もページの隅に多く登場しているので、情報の総
Environmental Disasters「環境破壊」と Save
量は非常に多い。
Our Coasts!「私たちの海岸を救え!」と 2 冊で
2)取り上げている情報に最新のものが含まれて
あった。Environmental Disasters は、身につける
いる。2005 年に発表された水素燃料電池で走る車
べき知識の具体的目標の2番目に挙げられた「人間
の PAC - CarⅡは世界で最も燃費がいいことや、
の活動の環境への影響」について書かれている。海
2004 年のスマトラ島沖地震で発生した津波の被
への重油の流出、農薬の拡散、毒ガスの流出、原発
害、同じく 2004 年に 6 度もカリブ海沿岸とアメ
事故による放射能の拡散、スモッグと、人間が営む
リカ合衆国を襲ったハリケーン、2006 年製造のマ
産業から自然界に拡散する汚染物質の恐ろしさが
ウンテンバイクの性能等、出版された年での最新
淡々と語られる。何も対策を講じないまま農薬を散
の情報が盛り込まれている。
布したり、排気ガスを出したりする危うさを読者に
3)本筋から離れた情報も数多くあり、情報が多
考えさせる構成である。また、全て現地の写真入り
岐に渡っている。雑学が随所にちりばめられ、読
なので現実味がある。Save Our Coasts! には、11
者を飽きさせないようにしている。
の具体的目標のうち「環境で発生する自然のプロセ
4)専門用語が低学年においても使用されている。
ス」、「人間の活動の環境への影響」、「過去と現在の
例えば、対象年齢 6〜7 歳の Glorious Mud には、
異なる環境」、「過去の決定と活動がどのように環境
silt(沈泥)、grit(粗砂)、gravel(砂利)、humus
に影響を与えてきたか」、「環境を保護し、管理する
(腐植土)といった、6〜7 歳には少々難しいと思
効果的な活動の重要性」の 5 つの目標が盛り込まれ
われるような専門用語が提示されている。このよ
ており、まさに環境教育の教科書となっている。 こ
うな難しい専門用語の説明は本文にあるか、巻末
63
に必ずある Glossary(用語解説)で定義が明確に
さらに、原爆投下の犠牲者のやけどの写真や、原
記されている。また、Index(索引)にはキーワ
爆投下直後の破壊された広島の町の写真も掲載さ
ードが掲載されている。さらに、読者が初めて目
れている。環境汚染が生き物にどれほど致命的な
にすると予想される単語は、photovoltaic (say
影響を与えるか、また科学技術の誤った使用がど
photo-volt-ay-ick)、Eucalyptus (say yoo-kal
れほど悲惨な結果をもたらすかが、写真によって
-ipp-tuss)といったように、発音の仕方も示されて
リアルに伝わってくる。読者は、誤った判断をす
いる。切って発音し、太字のアクセントに注意す
れば生態系に取り返しのつかないダメージを与え
れば、誰に聞かなくても初めて見る単語を発音で
るというメッセージを受け取る。
きるという、細かい配慮がなされている。
8)科学技術の発展の二面性について考えさせる
5)科学史が多く含まれている。風力計を発明し
記述が多い。アスワンハイダムがナイル川の氾濫
たビューフォート将軍と彼の名にちなむビューフ
をとめ、電力を供給する一方、河口のデルタ地帯
ォート風力階級、ルイージ・ガルヴァーニのカエ
の浸食や沿岸に塩害を引き起こしていること、核
ルの筋肉に電気を流す実験、電池を発明したボル
反応の発見が核兵器の投下や原子力発電所の重大
タや機械式計算機を発明したパスカルらなど、高
事故につながっていること、風力発電はクリーン
名な科学者からそうではない科学者まで、また彼
エネルギーとして全員に歓迎されている訳ではな
らの失敗談も含め、幅広く紹介されている。科学
く、地域住民は景観や騒音の点から反対している
や科学技術の発展には先人の苦労があり、彼らの
こと等が取り上げられ、What do you think?(あ
努力の積み重ねの成果を現代の我々が享受してい
なたはどう思いますか?)と問いかけている。ま
る、という事実が自然に理解できるようになって
た、資源としての石の長所・短所や移動手段の長
いる。
所・短所がリストアップされ、ディベートに役立
6)詳細なデータが提示されている。イタイプ水
つ情報を提供している。さらに科学や科学技術ば
力発電所はブラジルに総電力量の 25%を、またパ
かりではなく、キツネや鳩は人間を利するか害す
ラグアイには 78%を提供しているなど、読者に常
るかというように、物事を双方向から見る視点が
に具体的な数値を示している。また、日本の教科
くり返し提示されている。
書ではあまり見られない、金額に関するデータも
概してイギリスの教科書は情報量が多く、また
明記されている。例えば、重油漏れ事故の後始末
最新の情報、多岐に渡る情報、専門用語、詳細な
をするのに1万人と 1 千隻の船が必要で、10 億ポ
データ、リアルな写真、科学技術の二面性を問う
ンド(約 1800 億円)かかった、という具合であ
記述が含まれている。これらから見えるのは、初
る。このようなデータにより、読者は環境汚染が
等教育段階から子どもにきちんとした知識を持た
ひとたび発生すると大変な人手とコストがかかる、
せようとする意図である。子どもだからといって
ということが実感できるようになる。
手加減せず、豊富な情報と深刻な現実を伝えてい
7)現実をより正確に伝えるため、写真が多く使
る。また、事実を示すだけではなく、科学技術の
われている。図やグラフも多く使用されているが、
利点不利点、賛否両論を紹介し、「あなたはどう
ほとんど全てのページに写真が掲載されていて、
思うか?」と問いかけるパターンを繰り返し登場
文字だけのページはない。また、日本の教科書で
させることによって、生徒は何事にも長所短所が
は忌避されがちなショッキングな写真も使われて
あるので、それらをできるだけリストアップした
いる。例えば、タンカーから海に漏れた重油で羽
上で精査し、判断を下すことが必要であるという
根が真っ黒になったカモの写真の下に、このカモ
基本的姿勢を学ぶことができる。環境問題は人間
は寒さのために死ぬか、羽根についた重油をなめ
生活の営みと自然への影響のバランスが鍵となる
て死んでしまうと書かれている。死んだ水鳥や鮭
ことが多く、このバランス感覚を養うためにも、
が口をあけて海辺に横たわる無惨な写真もある。
上記のようなアプローチは有効であろう。さらに、
64
電気についての本の中にエネルギー問題が、地理
4) ibid.,p.10.
5) 大津尚志、イギリスの教育行政と教科書に関す
る研究、東京大学大学院教育学研究科、教育行 政学研究室紀要、20、45 頁‐52 頁、2001 年
6) 伊藤哲章、「イギリスのGCSE生物における
バイオテクノロジーに関する教育内容の特質」、 生物教育、48 巻 4 号、211 頁-220 頁、2008 年
7) 磯崎哲夫、「理数教科書に関する国際比較調査
結果報告」、244 頁-255 頁、国立教育政策研究
所、2009 年
8) Keith Ruttle, Our Earth is Unique, Oxford University Press, 2006.
9) Jean Anderson, Glorious Mud, Oxford
University Press, 2003.
10) Sarah Fleming, How to Make Soil, Oxford
University Press, 2005.
11) Sarah Fleming, Save Our Coasts!, Oxford
University Press, 2005.
12) Ruth Clarke, Planet Granite, Oxford
University Press, 2006.
13) Matt Minshall, What Can You See in This
Cloud?, Oxford University Press,2005.
14) Chris Oxlade, The Flick of a Switch, Oxford
University Press, 2005.
15) Becca Heddle, The Power of Nature, Oxford
University Press, 2005.
16) Claire Llewellyn, The Power of Plants, Oxford University Press, 2005.
17) Claire Llewellyn, Animals and Us, Oxford
University Press, 2005.
18) Becca Heddle, Explosions, Oxford University Press, 2006.
19) Anne-Marie Parker, Unusual Buildings,
Oxford University Press, 2003.
20) Georgia Thomas, Environmental Disasters,
Oxford University Press, 2003.
21) Mark McArthur-Chrstie, Further, Faster,
Higher, Oxford University Press,2007.
22) 伊藤哲章、
「イギリスの初等理科教科書(Key
『日本科学教育学会研究 Stage1・2)の分析」、
会研究報告』、第 27 巻3号、57-60 頁、2013
年 についての本の中に生態系が、乗り物についての
本の中に排気ガス問題が、家庭科(住居)の本の
中に廃棄物のリサイクルが登場するといったよう
に、クロスカリキュラムのテーマとしての環境教
育が、実際に教科をまたいで提供されていること
がわかった。と同時に、環境問題をメインテーマ
として扱っている本も 2 冊あり、ここではかなり
深く問題が掘り下げられている。イギリスでは教
員が自由に教材を選ぶことができるので、自作の
教材やインターネットを使用する教員も多いかも
しれないが、これらの本は様々な情報が効率よく
まとめられているので、教員の手間と時間を節約
できるだろう。
6 おわりに 日本の環境教育もイギリスと同様、横断的・総
合的な課題として扱われ、総合的な学習の時間の
中で取り上げられることが多い。しかし、横断的
としながらも生活科や理科、社会の教科書または
副教材で環境(問題)を取り扱っている量は、本
稿で取り上げた教科書より少ない。全員が同じ教
科書を一斉に学ぶ日本と、そうではないイギリス
の教材を単純に比較はできないが、それでも初等
教育で情報をできるだけ豊富に与えるという姿勢
には学ぶ点があるように思う。科学技術の発展と
ともに環境破壊も急速に進んでいる現在、環境教
育が重要であるのは疑いがなく、将来環境問題に
取り組まねばならない子ども達の知識は多い方が
望ましい。現代ではインターネット等から情報を
大量に得ることができるが、専門家が正しい情報
を効率よくまとめた教科書を初等教育で使用する
ことによって、信頼できる情報とはどのようなも
のかを学ぶこともできる。初等教育の「環境につ
いての知識」における教科書の役割は大きい。
参考文献
1) National Curriculum Council, Curriculum
Guidance 7 Environmental Education,
HSMO, 1990. p.7
2) ibid.,p.3.
3) ibid.,p.4.
65
科教研報 Vol.28 No.5
卓越性の科学教育の教育課程研究:不確実性統計教育のカリキュラム編成
-“知識を教える教育”から“知識と知識をつなぐ知識を教える教育”の教育課程編成-
Curriculum study of science education for excellence: Curriculum of uncertainty and statistics education
-Propasal of curicuram transferred from “Education to teach the knowledge” to “Education which
teaches the knowledge which relates knowledge and knowledge”-
木村 捨雄(鳴門教育大学名誉教授)・銀島 文(国立教育政策研究所)
KIMURA,Suteo(Naruto University of Education)
GINSHIMA,Fumi(National Institute for Educational Policy Research)
[要約] 本研究はこれまでの「卓越性の科学教育」の教育課程研究を総括しながら,知識基盤社会を支える科
学技術の展開に対して,育成すべき能力観として「イノベーティブ・インテリジェンス(革新的進化的な科学的
知性力)」と,そのための“知識を教える教育”から“知識と知識をつなぐ知識を教える教育”へ転換した教育課
程編成を提案し,その事例として,不確実性統計教育について具体化したカリキュラムを提案した。
[キーワード] 卓越性の科学教育,不確実性統計教育,統計的探究プロセスモデル,知識を教える教育,知識
と知識をつなぐ知識を教える教育,とらえる-あつめる-まとめる-よみとる-いかす
1.決定論的事象と非決定論的・不確実性事象
我々の知る事象には,大きく分けて決定論的
(deterministic)事象ともう一つは非決定論的(in
deterministic)事象の2つに分けられる。統計で
は後者の非決定論的事象を扱う。
(1) 一つは,1+1=2,平面上の三角形の内角
の和は 180°,朝顔は朝には花を開き夕方にはし
ぼむ,手にもつガラスのコップを離すと床に落下
する(地球の引力),・・・など,法則や定理のよう
に,いつも必ず同じになる現象があり,これらは一
意的に決定される現象(決定論的事象)で,理論
や論証,実験観察によって常に証明できる。
(2) もう一つは,一意的には決定できない,確
定できない現象(非決定論的,不確定性事象)が
ある。① 硬貨の裏表のでる現象,サイコロの出る
目の現象(確率的に決まる),② 新品の乾電池を
CDカセットに入れて聞き続けたとき何時間使える
かも必ずしも一定ではない。また,同じ年齢の子
どもの身長や体重も,また,知能,学力,性格など
も個々に違う(分布関数を用いて理解・解析する)。
子どもの体重の場合,同じ学年の子どもでも,少
し体重の重い子もいれば,少し軽い子どもいる。
また,下の学年の子どもでも上の学年の子どもの
体重よりも重い場合があるし,逆に,上の学年の
子どもでも下の学年の子どもの体重より軽い場合
66
もある。しかし一般に,下の学年の子どもより上の
学年の子どもの体重の方が重いという傾向・特性
(統計的規則性)があることを知っている。③ コッ
プを落とすと割れるが幾つに割れるか,これは非
常に確定しづらいし,一意的には確定できない
(ガラスの性質・品質を確定すると割れる数の予測
の精度は上がる)。気象現象も同様で,精度は上
がってきたが,天気予報も完全ではない。これら
の予測を含む現象は複雑で,不確実性,複雑性
の解明の研究へと概念を拡大させてきた。
不確実性(uncertainty)という言葉は,「これか
ら起きることが確実でないこと」を意味するが,ケイ
ンズ流(J.M.Keynes,1937)の定義が古くからあり,
一般に「過去のデータなどを用いて将来何が起こ
るのかさえ予測できない場合に不確実性」という
言葉を用い,「将来起きることが予測されている場
合にはリスク」の用語を用いるとしている。この意
味では,不確実性は計算できないことになるが,
統計・数学の分野では,確率論を用いて不確実
性を扱い,社会現象・経済現象の複雑性・不確実
性モデルあるいはシステムとして各分野で活発に
理論的,実践的モデルが研究されてきた。
しかし,学校教育で扱われる現象,事象の殆ど
は「一意的に確定している確定事象・決定論的事
象」を対象にしており,それが当然視されて扱わ
れ,子どもの現象認識もそれに従って形
成される。逆に,「生起する事象が一意
には決定できない,確定しない非決定論
性・不確実性事象」の取り扱いについて
は厳密に検討されることもなく,統計グラ
フ・統計表を通して無定義のまま統計事
象(資料,データ)として取り扱われてき
た。
しかし現実の世界では,社会現象も自
然現象のほとんどが不確実性現象の方
が遥かに多い。子どものこのような事象に
対する認識はどのように形成されている
か。まずここでは,このような不確実性,
非決定論的事象に対する子どもの統計
認識特性を捉えた上で,不確実性統計
教育の教育,教育課程をどのように編成
すべきか,そして,卓越性の科学教育の
教育課程編成の一環に位置付けて考え, 図表1 よしお君の町の駅の電車の乗降客の統計データ
提案する。
から町の特徴を捉える問題:見えないものを見る力
2.統計事象(非決定論的・不確実性事象)に対
する子どもの認識特性
ここでは,これまで統計教育の研究で行ってき
た統計的認識・能力調査(木村:1988,1999,
2006)から,詳細は省き,児童生徒の統計認識
(理解,学力・能力)二三の特色を総括して述べ,
教育課程編成の参考にする。
(1)統計知識は正しく答えられるが統計的思考
は苦手
棒グラフを読み書きする単元(教材)は小学校3,
4年算数科の教科書で登場する。社会科などの
教科書・副読本では,多くの資料がグラフや表を
使って表されている。図表1にある棒グラフは「よし
お君の町にある電車の駅の1日の乗降客の時刻
別の人数」を表したものである。
①棒グラフを読み書く知識・技能としては,何を
表すグラフか,グラフの題目,横軸(乗る人,降りる
人の人数),縦軸(時刻),その単位が理解でき,数
量を読み取り,また,数量を書き入れ,グラフを作
成する。加えて,乗降客の最大・最小の人数やそ
の時刻,乗降客の1日の傾向などを読み取る。
児童生徒は,棒グラフから直接データから傾向
(量の大きさ,多い-少ない・大小比較,増加減
67
少・一定など)を読みとる正答率は高く,完璧に近
く,「資料の整理」(統計グラフ・統計表)の読み書
く基礎基本の統計知識・技術はほぼ獲得されて
いている。
②しかし,この棒グラフの全体の傾向をつかみ,
それらの結果から『町の特性』を推論させる問題
(統計的思考力)については,正答率は半減する。
データから別の情報を抽出したり,内容を伴った
意味を捉えたり,データの底にあってその現象を
規定している特徴(形態・構造・機能)を推論した
り,モデル化・定式化したり,別の次元,高次の情
報に変換し解釈する力,これを『創発的なデータ
の読み』の力と定義しているが,「新しい知の創
造」に向かう力は弱い。
いわば,これまでと同じく,TIMSSS型能力は
高いがPISA型能力は低いという特色を示す。
(2)数学的に思考するが非決定論的思考は苦手
図2の石投げ問題「平たい石にマークをつけ,
10,100, 500,1,000 回投げ,マークのついた回数
を数えた。300 回投げたら何回マークがついた面
がでるか求めよ。」という石投げ問題で,子ども達
のほぼすべてが 100 と 500 回投げの半分か,100
回投げの 3 倍で回答する。1,000 回投げの結果は
使わない。子ども達は算数で学
習する計算的(算数的・数学
的)な解き方で正しい答を出す。
この場合,もっとも安定する
1,000 回の経験確率(大数の法
則)の結果を使うことを考えて解
く統計的思考を使わない。不確
実性を捉える,理解する認識
(経験確率,その用い方),統計
的思考は小学校では好まれな
いし,苦手である。
この児童生徒の認識,能力・
学力の2つの特色は,言うまでも
なく,知識を正しく理解し一つの
正解を迅速に導く学力を育ててき
た教育,知識主義教育,“知識を
教える教育”を行ってきた日本の教育の結
果であり,残念ながら,“知識(学んだ)を生
かす・生かし切る力を育てる教育”,活用
型学力や問題解決型教育で育まれた認
識・学力・能力にはなっていないことで,従
来から指摘されてきたことの再検証でもあ
る。
図2 石投げ問題(経験確率)とその回答
創造的独創的な統計的探究能力の育成
⑤構築力
創造力
おや?
問いの連鎖
なぜ? とらえる
いかす
5段階統計的探究プロセスモデル
①感性
あつめる
まとめる
よみとる
分析力
資料の活用
構想力
資料の整理
④独創的構想力
創発的考察力
②実証的・客観的データ
①モデル化
集団的 母集団 データ整理分類
グラフ 傾向 ②高次情報
数量的 と標本 度数分布
表
変化
変換・新しい
(統計表)
確率的 一部で 代表値(平均)
関係 知の発見
あつめる
全体を ちらばり(分散)
読み ③情報・知の
相関 分布
みる
創造
箱ヒゲグラフ ・・・
③統計的方法
木 村 捨雄(1988)
の能力の形成
数理(論理)の世界
・検定推定
3.統計的知識を統計的探究 プロセスに
組み込んだカリキュラム編成:「八つ手の
葉は8枚か?」
“知識を教える教育”に組み込まれた統
計教育から脱却し,統計的知識を生きて 図3-1 統計的知識を統計的探究プロセス(とらえる-
あつめる-まとめる-よみとる-いかす)に組み込ん
働く知識にするために,統計的知識を統
だ統計教育カリキュラム・授業モデル(1988)
計的探究プロセス(とらえる-あつめる-
と言えるが,教育はこれでよしとはしない。
まとめる-よみとる-いかす)に組み込んだカリ
2) 〔あつめる〕図書や図鑑などから情報が得ら
キュラム編成,授業モデルを提案,提供してきた
れなければ,当然に,その実態,事実を調べれば,
(詳細は省略。木村:1988 を参照)。
確かなものを得ることができる。家の近くにある何
1) 〔とらえる〕八つ手の葉を眺める。「おや?」と
驚く。八つ手の小葉は必ずしもみな8葉ではない。 本かの八つ手の葉の小葉の数を調べる。
3)〔まとめる〕 観察の結果を整理集計し,小葉
9小葉が多く,他に 6,7,8 や,10,11 葉のものも
の数毎の度数分布などを作ってみた。確かに全
ある。両親や友達に聞いても「8枚の小葉があるか
てが8小葉ではない。小葉が 8 枚以外にも,5,6,
ら八つ手なのだ。」と言うだけで,よくわからない。
7,9,10,11 の小葉がある。平均は 8.6 小葉であ
植物図鑑や本で探してみたが,説明がない。
ったが, ここでは,平均はとらなかった。
「小葉が8枚だから八つ手だ。」という知識の伝
4)〔よみとる〕分布を見みると, 意外に 9 小葉が
授も一つの教育で,それは典型的な知識主義の
最も多い。それ以外の小葉のものもあり,両端に
教育である。これは確かに効率のよい方法である
68
行くにつれて徐々に少なくなる。しかし「八つ手な
のに,なぜ8小葉以外のものがあるのだろうか?」
という疑問がわく。分布をよく見ると,「奇数葉 7,9,
11 の方が偶数葉 6,8,10 よりも多い。」(発見)。
5)〔いかす〕 この段階で,「八つ手は8小葉のも
のが最も多い」という常識に反することが分かる。
そこで「なぜ 9 小葉が最も多く,それ以外のものが
何故あるのか?」「なぜ,奇数枚の小葉の方が偶
数枚の小葉より多いか?」という疑問に答えること
に迫られる。さらなる考察,探究に向かう。
考えてみると,葉の葉柄,小葉の発生時に, まず
中心の 1 枚の小葉が生え,その後に 2 枚 1 組の小
葉が対になって生え,次々に 2 対が生え成長する。
結局,中心の 1 葉と対の 4 組の小葉が生え,合計で
9 枚の小葉になる基本型ができ,全体の葉として成
長していくことが推論される(仮説の設定)。異常な
分裂や成長で,9 葉の小葉より多くなったり,少なく
なることがあるのだろう。しかし基本的には上記のメ
カニズムがあるらしいことから,奇数枚の小葉が偶
数枚のものより多くなる。最初は,小葉の数(対象世
界の事実,実態)を知ることから出発したが,ここに
きて,植物の葉の発生のメカニズムにまで問題意識
が進み,探究を通して新しい知識の獲得にまで進
んで行く(問いの連鎖・問いの体系)。これは加藤陸
奥雄の伝記をもとに授業モデル化したもの。
4.“知識と知識をつなぐ知識を教える教育”によ
る不確実性統計教育の教育課程編成
(1)「資料の活用・データの分析」:“知識を教える
教育”の教育課程
平成 25 年度から施行される「習得・活用・探究」
を基調とする教育課程の改訂で小中学校は「資
料の整理」から「資料の活用」へ,高等学校は「デ
ータの分析(数学Ⅰ)と「確率分布と統計的な推測
(数学 B)」へと改訂され,「活用」が中核となり幾分
の進展を見せている。しかし教育課程編成・内容
構成は旧来の基礎基本の知識構成(個別の知識
を教える)を踏襲し,世界の教育課程編成で課題
になっている「科学の本質(Nature of Science)」の
変革に応えるものにはなっていない。
(2)“知識と知識をつなぐ知識を教える教育”によ
る不確実性統計教育の教育課程編成
そのためには,教育の世界の「知識の体系化」
を伝統的なこれまでの「基礎基本の積み上げ方
69
式の知識体系化」からそれを基盤にして「科学技
術理論・研究の発展による知識の体系化」で組み
直す。かつ,研
表1 八つ手の小葉は8枚?
小葉の数小池君 学校 合計
究の世界の「探
1
7
3
10
究の体系化」
2
0
3
3
3
13
9
22
(①実態・実証
4
0
2
2
的探究(傾向・
5
18
31
49
規則性探究:見
6
8
16
24
7
60
70
150
えるものを見る
8
21
10
31
力),②関係・
9
39
97
136
10
0
9
9
関連づけ探究
11
0
8
8
(多面的・複合
188
258
444
2 つの分布に分離
「よみとる」「いかす」第 2 の探究プロセス
八つ手の小葉の観察データの分布
度数
〔棒グラフ〕
160 –
160 –
140 –
140 –
120 –
120 –
100 –
100 –
80 –
80 –
60 -
60 -
40 –
40 –
20 -
20 -
奇数葉:多い
偶数葉:少ない
4 6 8 10
3 5 7 9 11(小葉)
3 4 5 6 7 8 9 10 11(小葉)
なぜ, 奇数葉が多いか? ⇒ 2 小葉が対で成長するメカニズムが存在?
図3-2 八つ手の葉観察データとデータ分析
(実践データ:鈴木貴恵 宇都宮市石井小学,1992)
的・探索的),③モデル化・定式化探究(形態・構
造・機能探究:見えないものを見る力),④発見的
探究(新しい知の発見・工夫,知の高次元化・異
次元化),⑤独創的普遍化探究(新しい知の普遍
化,その創造)で実現し,両者を統合し体系的な
教育課程,教科書の編成,つまり,“知識と知識を
つなぐ知識を教える教育”に転換させて再構築を
行うことが必要である(研究の知識体系化と定義)。
これにより“科学がわかる教育”から“科学を創る
教育” “革新的・進化的な科学知を創る教育”へ
の能力形成が期待でき,社会・学術分野から強く
要請されている“創造的知の創出力”を基調とす
る教育課程編成理論,世界を先導する革新的な
科学技術教育,その人材育成の教育が実現でき
る。併せ,抜きん出た人材育成,児童生徒の資質
創造 的知 の創出 力育 成を 目
標とする 研究的知識の体系化
旧来の知識の体系化
課題研究の体系化
(高大連携・SSH 学習)
統計理論の発展に基づく知識
の体系化(研究的知識体系)
基礎基本の積み上げ
方式の知識の体系化
①実態・実証的探究
(見えるものを見る 力)
② 関係 ・ 関 連づ け 探 究
(多面・複合・探索的)
③モデル化・定式化探究
(形態・構造・機能探究:
見えないものを見る力)
④発見的探究(新しい 知
の発見・工夫,知の 高
次元化・異次元化)
⑤独創的普遍化探究(新
しい知の普遍化,その
創造)
1 . 統計で 知る ・捉える とは ?
(不確実性事象)
2.データをどう集め,整理まと
め るか?(記述統計的考え方)
3 .信頼で きる“確か な統計的
推測値”をど う保証するか?
(推測統計的考え方)
4.全体を 一部のデータでど う
捉えるか?(推測統計的)
5.統計で捉える捉え方の論理
(統計 的知 識獲得 の論 理・
不確実性)
統計 調査:標本,指
標 ,分類 ・集計。 度数
分布,ヒストグラム。
グ ラフ (棒 , 折 れ 線 ,
円 , 帯 等 ) ・表 ( 多 元
表)・箱ひげグラフ。
代表 値(平均, 中央
値,最頻値),外れ値
散 布度(範囲 ,分散 ,
標 準偏差 ), 相 関:相
関図,相関係数。標本
調査(母集団と標本)。
6.どんな要因・構造かを どう捉
えるか ?(現 代統計 学的考
え方)
(実験計画法・要因配置法)
7 .多く の要 因・構造の 関係を
どの ように解析するか?(多
変量解析)
8 .最適な計画管理を どうする
か?(現代統計学的考え方)
9 .不確実性・複雑性, 予測を
解きほぐすに は?(不確実性,
多様性・固有性データ解析)
確率・確率変数,分布
の型,平均の分布。
統計的推測(推定・検
定),標本と母集団。
要因配置・実験計画。
多変量デー タ解析(因
子分析,因果解析,重
回帰分析,…)
計画(管理)決定の科
学:品質管理,OR,経
済モデル)
探索的・質的デー タ解
析: デー タマ イ ニン
グ,・・・
探究の体系化
科学技術の
概念の変遷
イノベーショ
ンを 基 調 と
する科学技
術の 「知の
創造」
Science
for Society
社会の ため
科 学 の 「知
の創造」
Science
for Science
伝統的枠組
み の「知の
創造」
論文の読み方指導
①正確読み
②批判読み
③改善 読み(ど う直す と
良い論文になるか提案し
研究計画を立てる)
④創造読み(新しい理論
仮説を立て,他の課題,
分野に 適用,発展させる
研究計画の立案)
上段:中学校 下段:高等学校
研究(探究)の世界
「知の創造」の世界
これまでの教育
教科書の世界
統合する
性・構造解明),現
代(構造・機能解明,
計画・決定の科学),
不確実性(探索的・
質的,多様性・多元
的解明)の統計学
の発展の考え方,
その知識体系を基
盤にした知識体系
を知り学ぶ】で組み
直し,研究の世界
の“探究の体系化”
を5段階の探究モ
デルを補強して,
「卓越性の科学教
育」のための新しい
教育課程編成論を
提案する。ここでは,
高・中段階の統計
教育の理論基盤の
全体(図4)と「記述
から母集団パラメ
ータの推測への発
展」で知識の体系
http://www.naruto-u.ac.jp/kyozai/toukei/k/main_mokuji.html 化を図ったカリキュ
才能を個性的に生かし伸ばす教育(個性教育)の
ラムである。図6は記述統計学から推測統計学へ
課題にも応えられる。これによって現代的課題に
の知の発展の中核,骨格の考え方をまとめた。
なっている科学技術のイノベーションと俯瞰的科
[文献]1)木村 捨雄他監修(1988) 「統計教育の新
学観に立つ新しい科学教育課程編成および世界
しい展開」,全統研,p.349,筑波出版会.
で問題になっている教育課程編成の「科学の本
2)木村 捨雄(2002):“未来社会の展望と科学教育
質」に応えようとの提案である(図4)。
の変革”,科学教育研究,25(1),36-49.
3)木村 捨雄他(2002):進む情報化「新しい知の創
<新しい教育課程編成モデル>
造」社会の統計リテラシー,p.248,東洋館出版社.
これまで統計教育に関して,伝統的な統計の
4)木村 捨雄(2009):不確実性に挑戦する“研究の
知識の教育,単なるデータの整理の統計教育で
世界”“探究の世界”の力を育む統計教育,統計
はなく,統計的探究を中心に,統計的知識を統計
教育研究,42(73),1-9.
的探究プロセスの中に組み込んで学ぶ5段階統
5)木村 捨雄(2002):“科学を理解する教育”から“科
計的探究プロセスモデル「とらえる-あつめる-
学を創る教 育”-,科学教育研究,26(1), 330まとめる-よみとる-いかす」を中核にしたカリキ
343 .
ュラム開発モデルを展開・実践化してきた(1988,
6)鈴木 貴恵(1992):“子どものつぶやきを生かして
図3-1)。このモデルを基盤に,教育の世界の
探究する喜びを味あわせる理科観察授業の実践
“知識の体系化”を“文化遺産としての結果”の知
-理科統計教育「なぜ,名前がついたの」-統計
識の「基礎基本の積み上げ方式」から「統計理論
教育研究,25(2),40-45.
の発展からの体系化」【記述,推測(推測の客観
図4 “知識と知識をつなぐ知識を教える教育”の知識の体系化と研究の体系化
を統合した教育課程編成:不確実性統計教育カリキュラム e-Stat 統計教育:
70
現行指導要領<中学校数学資料の活用>
中学 1 年 資料の活用:ヒストグラム・代表
値の理解,資料の傾向説明。誤差・近似
値
中学2年資料の活用:確率の必要性と意
味,不確定事象の説明
中学 3 年 資料の活用:コンピュータ利用
の標本調査の必要性と意味理解,母集
団の傾向の説明
<高等学校数学統計関係>の教育課程
数学Ⅰ:データの分析【資料からデータ】
ア データの散らばり:四分位偏差,分散及
び標準偏差などの意味の理解とそれらを用
いてデータの傾向把握(四分位数,四分位
範囲,箱ひげ図)。
イ データの相関:散布図や相関係数の意
味を理解,それを用いて二つのデータの相
関を把握説明(散布図及び相関係数)。
数学B 確率分布と統計的な推測
研究の知識体系<“知識と知識をつなぐ知識を教える
教育”の教育課程”>
①いろいろ異なる事象をまとめ,的確に表すにはどのよ
うにすればいいか?(現象の多様な記述,決定論・
非決定論,不確定性の概念)
②代表値(標本平均)から本当の平均(母平均)をどの
ように捉えるか?(記述から推測)
○母集団パラメータの概念の導入:標本と母集団 ○
標本平均はどのような振る舞いをするか?平均の平
均はどうなるか?(標本平均の分布関数) ○標本数
はどれくらいとればいいか?(小標本論,安定性)
③標本の代表値(標本平均)からどのように本当の代表
値(母平均)を推定するか?(推測)
④現象が「違う・同じ」はどのように判定するか?(検定)
⑤現象を規定する要因・構造はどのようになっている
か?(実験計画法:要因配置法,分散共分散分析,
多変量分析)
(今)現代統計学 不確実性・予測の科学
(初)現代統計学 データ解析(多変量・探索的デー タ解析)・
計画(管理)・決定の科学
オペレーションズリサーチ,品質管理:期待効用関数
ア確率分布 (ア) 確率変数と確率分布(確
率変数の平均) (イ) 二項分布
推測統計学 確率論に基づく推測の客観化の科学
観測値⇒母集団パラメータの推測の客観的保証
小標本論(W.S.Goset スチューデントの t-分布 1908)
実験計画法・要因配置法,最尤法の確立
(R.A.Fisher の圃場試験 1925,1935)
データ解析:構造・要因の解明の科学
回帰分析,因子分析,因果解析などの多変量解析法
イ正規分布(二項分布が正規分布近似)
ウ統計的な推測
(ア) 母集団と標本(標本調査,標本から
母集団の傾向を推測)
記述統計学 現象記述の科学(観測値データの記述)
グラフ,ヒストグラム,素数分布,平均,分散,相関,・・・
(イ) 統計的な推測(母平均の統計的な
推測)
図5 統計理論の発展を基盤にする研究的知識体系化
データの整理・活用 : 記述統計学の考え方
データ整理・活用=未知母数の推定:推測統計学の考え方
①観測値の考え方 xi =T+ei 大数の法則
観測値=真値+誤差 (観測値 ⇒ 大量観察で誤差ゼロ)
①観測値は母集団パラメータから産み出された実現値
②データから未知の母数? (μ, )を推測(確率で保証)
観
測
値
②観測値を整理して(グラフ,度数分布,ヒストグラム),データ
の特徴を(代表値,散布度,相関)を求める。
観
Ħ 測
値
xi
x1
x2
xi
xn
データの整理
データをまと
め,そして説明
度数分布,平均,分散,標
準偏差,相関,四分位数
1
1 n
 X  X 2    X n    X i
n 1
n i 1
= 1 n X 2  X 2
1n
S 2   ( X i  X )2
n i 1 i
n i1
X
E(X)=T
E(e)=0
大量観察(n→∞)
大数の法則
実現値
未知の
母集団パラメータ(母数)
? (μ, )
観測値から未知の母数 を信 頼度
αで推定・保証する(推測統計)。
未知のμを信頼度α(99%)で推測する


 
P X  
   X 
 
n
n

図6 記述統計学から推測統計学への理論的発展の基本的な考え方の骨格的特徴
7) J.オグボーンら編,笠 耐ら訳(2004):アドバンシ
ング物理,シュプリンガー・フェアラーク東京㈱.
なお,本研究は文部科学省科学研究費基盤研究
A 課題番号 24240101(代表者銀島 文)による。
71
科教研報 Vol.28 No.5
ミクロネシア3国の数学授業の特徴
-「授業の基本形」にもとづく数学授業の比較を通して-
Features of Patterns of Mathematics Teaching in Three Micronesian Countries:
Focus on the Teachers who Participated
JOCV Regional Training of Math Education in Micronesia (3 countries)
松 嵜 昭 雄
金 児 正 史
MATSUZAKI, Akio
KANEKO, Masafumi
埼玉大学教育学部
Faculty of Education, Saitama University
鳴門教育大学大学院学校教育研究科
Graduate School of Education, Naruto University of Education
[要約]本稿では,学習指導のシステムとしての記述である「授業の基本形」にもとづき,ミ
クロネシア 3 国の数学授業の特徴づけを行う。そして,日本の基本形に照らし合わ
せて,比較する。比較対象となった授業の指導者は,いずれも,ミクロネシア 3 国広
域研修の参加経験がある。3 校の数学授業を比較した結果,
「開始」
「終末」は異なる
活動であり,広域研修の成果や各国独自の取組をいかした活動であった。
「核心部分」
は,各校とも異なり,日本の基本形に似通った授業が展開されたものもあった。
[キーワード]国際協力機構(JICA)
,ミクロネシア 3 国広域研修,
」
,TIMSS ビデオテープ授業研究
「授業の基本形(Patterns of Teaching)
1.ミクロネシア3国広域研修
アの方々の支援により,日本型の授業研究を推進して
筆者らは,ミクロネシア 3 国(ミクロネシア連邦(以
いるパラオ(松嵜, 2013a, 2013b)の授業は日本の授業
下,FSM)
,マーシャル諸島共和国(以下,RMI)
,パ
の形式と似通っていると推測されたが,分析対象とな
ラオ共和国(以下,パラオ)
)で活動する,国際協力機
った数学授業は,ドイツの基本形に合致していた。
構(以下,JICA)のボランティアの方々が中心となり
本稿では,学習指導のシステムとしての記述である
実施されているミクロネシア 3 国広域研修(JOCV
「授業の基本形」にもとづき,ミクロネシア 3 国の数
Regional Training of Math Education in Micronesia (3
学授業の特徴づけを行う。そして,日本の基本形に照
countries)以下,広域研修)に携わってきた(金児, 2008;
らし合わせて,比較する。なお,比較対象は,広域研
松嵜, 2013b)
。広域研修は 2004 年からこれまで 8 回に
修に参加経験のある現地教員による数学授業である。
わたり各国持ち回りで実施されており,近年では,計
算力の向上や授業研究をテーマとして実施されている。
3.FSM のオーミネ小学校の数学授業
筆者らは,2014 年 1 月から 3 月にかけて,ミクロネシ
2014 年 1 月 8 日午前に,オーミネ小学校(Ohmine
ア 3 国に渡航し,質問紙調査の作成やインタビュー調
Elementary School)の第 1 学年の授業を参観した。オー
査の他,現地教員の数学授業参観を行い,広域研修の
ミネ小学校では三橋隊員が活動しており,カウンター
成果の定量的評価を行っている。
パート(以下,C/P)である Queeney Anson 先生は,2013
年の広域研修に参加していた。
2.
「授業の基本形」にもとづく数学授業の特徴づけ
「開始(Opening)
」では,児童どうしで,一位数ど
三田村・松嵜(2014)は,TIMSS ビデオテープ授業研
うしの加減や二位数と一位数の加減について,計算カ
究において同定された,学習指導のシステムとしての記
ードを用いて,練習を行った(図 1)
。児童らは,指で
」にもとづ
述である「授業の基本形(Patterns of Teaching)
数える等して解答していた。次に,Math song を歌った
き,パラオの数学授業を分析している。JICA ボランティ
(図 2)
。
72
授業の内容は「2 で割る(Divide by 2)
」であり,目
標は,
「2 で割る色々な方法を用いてみよう。
(We are
going to use different ways to divide by 2)
」である。
「開始」では,Math song を歌い,次に,RMI 全校で
行われている 100%ゴールの計算練習が行われた(図 6
及び図 7)
。
図1
図2
」では,まず,指導者が,一位数
「核心部分(Heart)
どうしのひき算について,数学の掲示物(魚)を用い
て,説明を行った(図 3)
。次に,児童は,黒板の周り
に集まり,個別にワークシートの課題に取り組み(図
4)
,指導者は個別指導に当たった。
図6
図7
「核心部分」では,教科書の問題を改題した,次の
問題を提示した:
「Kim は 12 枚のクッキーをもってい
ます。もし彼女が友だちに 2 枚ずつクッキーをあげる
(Kim has 12
と,Kim には何人の友だちがいますか。
図3
図4
cookies. If she gives 2 cookies each to her friends. How many
「終末(Closing)
」では,男児と女児を 1 人ずつ指名
friends does Kim have?)
」
し,指導者が口頭で一位数どうしのひき算の計算問題
児童は個別に問題に取り組んだ。指導者は,机間巡
を出題した。児童らは,ゲーム形式で,解答の早さと
視を行い,1 人の女児を指名し黒板にかくように指示
正確さを競った(図 5)
。
した。その後,指名された女児が 2 通りの計算方法に
ついて説明を行った(図 8)
。
図8
授業者は,児童らとのやりとりを通じて,2 通りの
図5
方法について解説し,この文章題では,包含除による
方法が妥当であることを指導していた。
4.RMI のデラップ小学校の数学授業
2014 年 2 月 19 日午後に,デラップ小学校(Delap
Elementary School)の第 3 学年の授業を参観した。
Sumiko Hirata 先生は,2013 年の広域研修の他,2012 年
に鳴門教育大学で行われた平成 24 年度地域別研修
「太
平洋における算数数学教育教授法改善に向けた自立的
図9
研修の普及」にも参加していた。
73
「終末」
では,
教科書準拠問題集のコピーを配布し,
児童は個別に問題に取り組んだ。指導者は,児童を指
名し黒板にかくように指示した(図 10)
。その後,指
導者が解説を行った(図 11)
。残りの問題は,宿題とな
った。
図 12
図 13
次に,
簡単な表を提示し,
6 本のバナナを 3 人
(Quint,
Jenica,Efren)に分ける場面を提示した。そこで,指導
者は,Quint に 2 個のバナナ,Jenica に 1 個のバナナを
分けていく方法を提示した(図 14)
。児童らは,この
方法は間違っていることを指摘し,りんごを分けてい
図 10
図 11
く方法(図 13 参照)と同様,バナナを 1 人に 1 本ずつ
分けていく方法が妥当であることを確認した。
5.パラオのミューンズ小学校の数学授業
2014 年 3 月 3 日午前に,ミューンズ小学校(Meyuns
Elementary School)の第 1 学年の授業を参観した。ミュ
ーンズ小学校では亀山隊員(長期)と田島隊員(短期)
が活動しており,亀山隊員の C/P である Celeste Sumor
先生は,2008 年,2009 年,2010 年,2013 年の広域研
修に参加しており,2013 年にパラオで開催された広域
研修では,公開授業(Open Class)を行った。
図 14
授業の目標は,児童が「等しさを共有する(Share
equally)
」
「グループを等しくする(Equal group)
」
「割り
その後,バナナを 3 本追加して,9 個の場合につい
算を行う(division)
」ことができるようになることであ
て男児が操作を行い(図 15)
,オレンジ 15 個の場合に
る。
ついて女児が操作を行った(図 16)
。
「開始」では,歌を歌い,授業の 3 つのキーワード
「等しさを共有する」
「グループを等しくする」
「割り
算を行う」について,児童らの意見をもとに共有を図
った。
「核心部分」では,まず,4 個のりんごを 2 人に分
図 15
ける場面が提示された(図 12)
。そして,児童らとの
図 16
それから,5 人(Danica,Jenica,Jacob,Jillian,Ishida)
やりとりを通じて,4 個のりんごを 2 つのグループに
分けることや 2 人に等しく分けることを確認した上で,
が示された簡単な表のワークシートが配布された(図
りんごを 1 人に 1 個ずつ分けていく方法を説明した
17)
。そして,Danica と Jenica の 2 人に,8 個の色付円
(図 13)
。その後,りんごを 2 個追加して,6 個の場合
板を分ける課題を口頭で伝え,児童は個別に課題に取
について説明を行った。
り組んだ(図 18)
。
74
やそれらの場面を表現する。また,デラップ小学校に
おける,教室内の児童すべてが満点を目指す,100%ゴ
ールの計算問題のように,各国独自の取組がみられる
点が特徴として挙げられる。
「核心部分」は,各校とも異なる特徴であった。FSM
図 17
図 18
のオーミネ小学校の数学授業では,主題の提示後,児
次に,Danica,Jenica,Jacob の 3 人に 6 個の色付円
童らとのやりとりを通して,問題解決のための手順の
板を分ける課題,Danica,Jenica,Jacob,Jillian の 4 人
展開が行われた。この活動は,ドイツの基本形にみら
に 8 個の色付円板を分ける課題,そして,5 人に 15 個
れるものであり,指導者中心で 1 つずつ手順を確認し
の色付円板を分ける課題に取り組んだ。5 人に 15 個の
ていく点が特徴である。RMI のデラップ小学校の数学
色付円板を分ける課題では,これまでの方法とは異な
授業は日本の基本形と大変似通ったものであった。指
る,1 人に 3 個ずつ分けていく方法(図 19)や男女で
導者が,児童の個別の取り組みを確認する中で,机間
色付円板の色を区別する方法(図 20)がみられた。指
巡視をしながら女児を指名したことを,授業後の指導
導者は,机間巡視をしながら,口頭で説明を行った。
者に対するインタビューから確認した。女児のかいた
絵は,クッキー2 枚を 1 つにまとめ,また,友だちを
区別している。他の児童がノートにかいている絵や図
を確認したが,クッキー2 枚をまとめていないものや,
友だちをただ単に○などのモデルで表現しているだけ
のものもあった。パラオのミューンズ小学校の数学授
図 19
図 20
業では,本時問題の解決法の演示が行われた。この活
「終末」では,ワークシートを回収し,授業は終了し
動は,
米国の基本形にみられるものであり,
指導者は,
た。
児童らとのやりとりを通じて,演示の各ステップに関
らせる点に特徴がある。
「終末」は,3 校とも日本の基本形と合致していな
6.日本の基本形にもとづく3校の数学授業の比較
スティグラー・ヒーバート(2002)は,日本の基本
かった。FSM のオーミネ小学校と RMI のデラップ小
形について,授業はしばしば「前時の振り返り」
「本時
学校の 2 校は練習を行い,パラオのミューンズ小学校
問題の提示」
「生徒の個別,またはグループによる取り
では活動がなかった。
組み」
「解決法の練り上げ」
「要点の強調とまとめ」と
7.ミクロネシア3国広域研修の成果と課題
いった 5 つの活動の流れにしたがうと述べている。そ
本稿では,TIMSS ビデオテープ授業研究において同
して,
「開始」では「前時の振り返りをすばやく行い」
(p.45)
,
「核心部分」では「生徒がやりがいのある問題
定された,学習指導のシステムの記述である「授業の
に取り組み,それから結果を共有」
(p.45)し,
「終末」
基本形」にもとづき,ミクロネシア 3 国の数学授業の
では「その日の授業の要点のまとめを教師がして終わ
特徴づけを行った。そして,日本の基本形に照らし合
り」
(p.45)となる点を指摘している。このような日本
わせて,各校の数学授業を比較した。その結果,「開
の基本形に照らし合わせて,3 校の数学授業を比較し
始」
「終末」では,これまでの広域研修の成果や各国独
まとめたものが次頁の表 1 である。
自の取組をいかした活動がみられた。
「核心部分」は,
「開始」は,3 校とも日本の基本形と合致していな
各校とも異なり,FSM のオーミネ小学校ではドイツの
かった。3 校とも歌を取り入れており,特に Math song
基本形,RMI のデラップ小学校では日本の基本形に似
は,これまでの広域研修の各国の取組の 1 つとして紹
通った授業が展開されていた。パラオのミューンズ小
介されてきたものであり,加減や乗法九九などの計算
学校では,
アメリカの基本形にみられる展開があった。
75
表 1 日本の基本形に照らし合わせた 3 校の数学授業の比較
日本の基本形
(FSM)
(RMI)
(パラオ)
オーミネ小学校の授業
デラップ小学校の授業
ミューンズ小学校の授業
「開始」
・前時の振り返り
・既習教材の反復練習
・既習教材の反復練習
計算カードを用いた計
Math song
算練習
100%ゴールの計算練習
・既習教材の復習
歌
Math song
「核心部分」
・本時問題の提示
・本時主題の提示
・本時問題の提示
・本時の主題と問題場面
の提示
・生徒の個別,またはグル ・問題解決のための手順 ・児童の個別による取り
ープによる取り組み
の展開
組み
・本時問題の解決法の演
示
・解決法の練り上げ
・児童の個別による取り ・解決法の練り上げ
組み
指導者が解決法を説明
指名された女児が計算
し,指名された児童は
方法を説明する。
色付円板を操作する。
指導者は,児童らとの
やりとりを通じて,2 通 ・児童の個別による取り
りの計算方法を解説す
組み
る。
児童は簡単な表と色付
円板を操作する。
「終末」
・要点の強調とまとめ
・練習
・練習
ゲーム形式での計算問
児童は個別に問題に取
題
り組み,指導者が解説
する。
残りの問題は,宿題と
する。
(注)下線部は,日本の基本形と合致していない部分
76
・なし
今回の比較対象は,広域研修に参加経験のある現地
三田村香里・松嵜昭雄(2014)
「日本の算数授業とパラ
教員による数学授業であった。デラップ小学校の
オ共和国の数学授業の比較-蕨市立塚越小学校と
Sumiko 先生のように,本邦研修参加経験のある方や,
Ngeremlengui 小学校を事例として-」
『2014 年度数
ミューンズ小学校の Celeste 先生のように,広域研修に
学教育学会春季年会発表論文集』 pp.61-63
複数回参加したことのある方もいる。1 月から 3 月に
清水美憲(2002)
「国際比較を通してみる日本の数学科
かけて実施した授業参観では,広域研修参加者を中心
授業の特徴と授業研究の課題-TIMSS ビデオテー
としたものであった。現在,ミクロネシア 3 国の広域
プ授業研究の知見の検討-」
『日本数学教育学会誌』,
研修に関わる質問紙調査の分析を行っている。広域研
84, (3), 2-10.
修の他,各種研修との関わりも踏まえて,広域研修が
Stigler, J. W. & Hiebert, J. (1999). The Teaching Gap: Best
数学授業の改善に資する調査結果を期待したい。
Ideas from the World’s Teachers for Improving Education
in the Classroom. NY, USA: The Free Press.
スティグラー, J.W.・ヒーバート, J.著 湊三郎訳(2002)
註
『日本の算数・数学教育に学べ-米国が注目する
本研究は,JICA による「ミクロネシア 3 国広域研修
(算数教育)レビュー調査」の一貫として実施した。
jugyou kennkyuu-』教育出版
なお,RMI には池上陽人(埼玉大学大学院教育学研究
科,大学院生)氏,パラオには戸塚眞治(JICA 青年海
外協力隊事務局アジア・大洋州課,企画役)氏が同行
した。
引用・参考文献
池上陽人(2013)
『算数・数学教育における授業研究に
関する研究』非公刊 埼玉大学教育学研究科修士論
文
金児正史(2008)
「ミクロネシア 3 国算数指導力向上セ
ミナーにおける研修の実際と今後の展望」
『鳴門教育
大学国際教育協力研究』, (3), 39-44.
金児正史(2009)
「パラオ国における初等中等算数・数
学教育向上の今後の展望」
『鳴門教育大学国際教育協
力研究』, (4), 21-26.
松嵜昭雄(2011)
「パラオ共和国における新数学カリキ
ュラム普及への取組-シンガポール教科書の導入に
伴う現状と課題-」
『日本科学教育学会研究会研究報
告』, 26, (1), 23-26.
松嵜昭雄(2013a)
「パラオ共和国における数学授業研
究の取組-コロール小学校の数学授業研究の実際-」
『日本科学教育学会研究会研究報告』, 27, (3), 43-48.
松嵜昭雄(2013b)
「海外の算数教育情報 パラオ共和
国における算数教育の取り組み-教育省が主導する
授業研究の普及と課題-」
『新しい算数研究』, (514)
pp.36-37
77
科教研報 Vol.28 No.5
PISA ショック後のドイツにおける幼児期の科学教育の展開
―バイエルン州を事例として―
Trends of Science Education in Early Childhood in Germany after the PISA-Shock:
Taking the State of Bayern as an Example
遠藤
優介
ENDO, Yusuke
筑波大学大学院人間総合科学研究科
Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
[要約]
本稿では,PISA ショック後のドイツ幼児教育改革の方向性を俯瞰しつつ,バイエルン州を
事例に幼児期の科学教育に関する特徴を探った。その結果,次の二点が明らかとなった。(1)陶冶・
訓育目標の観点から,目標の具体化・明確化が図られているとともに,科学的探究のスキルに関する理
解・習得等が幼児期からすでに標榜されている点。(2)内容構成の観点から,子どもの興味・関心に
基軸を置いた内容の選択が図られつつも,初等教育段階への円滑な接続をも視野に収められている点。
[キーワード] ドイツ,幼児教育,科学教育,PISA ショック,コンピテンシー
ドイツの幼児教育段階における科学教育につい
1.はじめに
広く社会に衝撃をもたらした「PISA ショック」
ては,これまでに田中が関連法令や州のカリキュラ
以降,当事国ドイツでは様々な教育改革が矢継ぎ早
ムについて分析を加えている(田中,2005)。しか
に展開されてきた。その矛先は,初等・中等教育段
しながら,PISA ショック後の教育改革との関連に
階のみならず,幼児教育(保育)段階(1)にも向けら
おいて,その特徴が十分に明らかにされてはいない。
れている。そのような流れの中にあって,ドイツの
そこで,本稿では次のように議論を進めていくこ
幼児教育が抱える今日的課題の一つとして,とりわ
ととする。先ず第一に,PISA ショック後の幼児教
け科学教育領域について,就学前からの教育の質的
育改革について,その基本的な方向性を俯瞰する。
向上が指摘されている(豊田,2011:31)
。
それを踏まえた上で,第二に,バイエルン州が策定
かかる教育の質的向上に関して,初等・中等教育
した「就学前施設における子どもたちのための陶冶
段階の科学教育領域における改革では,例えば,事
-訓育計画(以下,BEP と略記する)
」(2)に着目し,
実教授学会(GDSU)や各州文部大臣会議(KMK)
その中の科学教育領域について,陶冶・訓育目標並
によるスタンダードの策定,それに基づく州ごとの
びに内容構成の観点から,その特徴を描出する。
「中核カリキュラム(Kerncurriculum)
」の編成とい
った対応策が講じられている。これらに通底するの
2.PISA ショック後の幼児教育改革の方向性
は,偏に児童・生徒が獲得すべき「コンピテンシー
PISA ショック後,
先ず以って問題視されたのは,
(Kompetenz)
」を規定することで,確かな成果をね
PISA が調査対象とする中等教育段階ではなく,意
らっているという点である(大髙,2010:157)
。
外にも幼児教育段階であった(小玉,2008:76)。
では,幼児教育段階における科学教育は,上述し
現に,
以降の教育政策の方向性として,
KMK が 2001
た課題の解決に向け,いかなる展開をみせてきたの
年 12 月に設定した「7 つの行動領域」には,就学前
であろうか。その特徴を明らかにすることは,PISA
領域における言語コンピテンシーの改善や,早期就
ショック後の教育改革の様相を幼児教育段階から
学を目標とした就学前領域と基礎学校とのよりよ
初等・中等教育段階に至るまで,体系的に捉える上
い接続,といった幼児教育に関連する事項が諸々挙
でも意義があろう。
げられている(KMK,2001)。その背景について,
78
小玉によれば,親の社会階層や出身国が生徒の学力
として科学教育に関連する「自然科学と技術」領域
へ影響を及ぼしており,そうした教育環境の差異が
について,詳細にみていくこととする。
すでに幼児教育段階から生じている状況があると
(1)陶冶・訓育目標の規定
いう(小玉,2008:76-84)
。だからこそ,その補償
先ず,
「自然科学と技術」領域の議論に立ち入る
として幼児教育における知的教育の重点化が図ら
前に,BEP 全体の陶冶・訓育目標に係る部分につい
れているのである(小玉,2008:84)
。つまりは,
て述べておきたい。BEP では,子どもたちに「基礎
幼児教育に就学準備教育としての色彩がより濃く
コンピテンシー(Basiskompetenzen)
」を獲得させる
現れてきたとも言えよう。このことは,先述した就
ことを,陶冶・訓育活動の中核に据えている。ここ
学前領域と基礎学校との接続を重視する傾向から
で言う基礎コンピテンシーとは,
「他の子どもや大
も窺える。
人と相互に交流したり,自身を取り巻く環境の中で
その一方,幼児教育カリキュラム改革の視座から, 与えられた状況と対峙したりできるようにする基
泉はそれを「就学準備型」と「生活基盤(ホリステ
礎的な技能や人格の特徴づけ(Bayerisches Staats-
ィック)型」の二つに大別し,ドイツに至っては後
ministerium für Arbeit und Sozialordnung, Familie und
者に相当すると述べている(泉,2008:31)
。学校
Frauen, Staatsinstitut für Frühpädagogik München ,
への就学準備に向けたアカデミックな教育を重視
2012:43)
」であり,10 の要素から成る。すなわち,
する「就学準備型」に対し,
「生活基盤(ホリステ
個人的コンピテンシーとして,自己認知,動機づけ
ィック)型」の幼児教育カリキュラムの特徴は,子
コンピテンシー,認知的コンピテンシー,身体的コ
ども自身の周囲の世界に対する興味・関心を保育展
ンピテンシーの 4 つ,社会的文脈において行動する
開の出発点に据えていることにあるという(泉,
ためのコンピテンシーとして,社会的コンピテンシ
2008:38)
。
ー,価値形成と方向付けコンピテンシー,責任を請
け負う能力と覚悟,民主的に参画する能力と覚悟の
このようにみてみると,昨今のドイツ幼児教育改
革は,単純に子どもの就学準備のためという側面と, 4 つ,学習方法コンピテンシーとして,学習方法コ
生活を基盤とした全人的な成長のためという側面,
ンピテンシー,抵抗力(回復力)の 2 つである。こ
いずれか一方のみによって特徴づけられ得るもの
れら種々の基礎コンピテンシーの要素は,
「自然科
ではなかろう。むしろ,これら両側面のバランスを
学と技術」をはじめとした各陶冶・訓育領域におい
保ちながら,然るべく教育の質的向上が図られてい
て獲得・育成が図られることとなる。
では,
「自然科学と技術」領域においては,いか
るものと考えられる。
なる陶冶・訓育目標が規定されているのであろうか。
BEP は,3 歳以上の子どもたちは自然科学や技術を
3.BEP にみる幼児期の科学教育
ドイツの幼児教育制度は,州によって極めて多様
めぐるテーマに取り組むことができるという発達
である。管轄する省庁一つをとってみても,教育・
心理学的な知見を前提とし,表 1 に示すような陶
研究に関係する省庁か社会・労働・保健に関係する
冶・訓育目標を掲げている。これらを見てもわかる
省庁かで,州ごとに差異がみられる(齋藤,2011:
ように,自然科学,技術領域ともに適宜取り扱う内
56)
。したがって,幼児期の科学教育の展開状況を
容を結びつけながら,かなり具体的な形で,陶冶・
具体的にみていくためには,州レベルでの取り組み
訓育目標が明確化されている。就中,自然科学領域
に目を向ける必要がある。本稿で取り上げるバイエ
について付言しておけば,その内実は単に自然界の
ルン州は,PISA ショック後,各州に先駆けて幼児
現象を知ったり,経験するだけではなく,初等教育
教育カリキュラムを開発した経緯があり(泉,
段階にて扱われるような観察,測定,仮説設定,比
2008:40)
,着目する所以もその点にある。
較,結果の記述といった,科学的探究を進めていく
以降では,当該州が策定した BEP の中から,主
上で必要となる個々のスキルの理解・習得をも射程
79
(2)内容の構成
表 1「自然科学と技術」領域における陶冶・訓育目標
陶冶・訓育目標
自
然
科
学
技
術
では続いて,内容構成について論を進めたい。こ
・様々な物質の性質を知る。
:密度や三態(固体,液体,
気体)
・エネルギー形態を知る。
(例えば,力学的エネルギー,
磁気エネルギー,熱エネルギー)
・音の世界や光の世界の現象を経験する。
・物理学的な法則性を伴った経験を蓄積する。
(例えば,
重力,力学,光学,磁気,電気)
・時間と空間の中で自らの位置を知る。
(例えば,時計,
カレンダー,方角)
・大きさ,長さ,重さ,温度そして時間に関する簡単な測
定を実施し,それらに関する基礎理解を深める。
・様々な自然物を収集し,分類し,整理し,命名し,記述
する。
(例えば,葉,花の形状,樹皮,果実)
・環境(例えば,光と影,太陽の位置,天気)中で起こる
事象を詳細に観察し,そこから問いを導き出す。
・自然界における短期間及び長期間に渡る変化を観察し,
比較しそして記述するとともに,
それらに習熟する。
(例
えば,天気の変化,季節,自然の循環)
・実験を通して,自然科学の事象を意識的に知覚し,世界
を解明する。
・仮説を立て,適切な方法を用いてそれを検証する。
こでは,
「空気と気体」
,
「水と液体」
,
「暑さと寒さ」
,
「光と影」
,
「色」
,
「音・音色・音楽」
,
「磁気」
,
「電
気」
,
「力と技術」
,
「運動と平衡」
,
「生物(人間・動
物・植物)
」
,
「私たちの地球」
,という 12 から成る
テーマ領域が設定されている。また,それぞれのテ
ーマ領域には,子どもの興味を引くアスペクトが併
せて示されている。二,三例を挙げれば,テーマ「空
気と気体」では,空気の発見,空気の必要性,空気
の性質,空気抵抗,空気の動き,空気の組成,気体
としての空気,他の重要な気体,テーマ「水と液体」
では,人間や動植物が生きるために必要不可欠な要
素としての水,物体や生物の浮性,水の抵抗とそれ
に打ち勝つ方法,液体としての水,液体の基礎的な
・科学の法則性を用いた様々な技術の使用について体系的
に探る。
(例えば,てこ,棹,はかり,磁石,斜面,車
輪;自動車のような乗り物,自転車,パワーショベル)
・人や荷物の輸送のための技術を知る。
(例えば,乗り物
の車輪,ロープウェーのケーブルウィンチ)
・異なる材料を用いて建設したり,設計したりする。
・事物に応じた道具や作業台の扱いを訓練する。
・例えば,遠心力もしくは重力といったもので,力の作用
を経験する。
・機器を分解したり,
「修理したり」し,その際に,もし
機器が動かなくなっても修理し得るという認識を獲得
する。
・技術的な問題を解決する際に,協力して作業に取り組む
ことを経験する。
・エネルギーの獲得方法や電力の供給方法を知る。
・環境や人間の生活世界及び職業世界に対する技術の影響
を知る。
性質,水との混合と水への溶解,といったアスペク
トがそれぞれ併記されている。
ここで一つ指摘しておくべきは,これらのテーマ
領域やアスペクトが,3 歳から 6 歳の子どもたちが
抱くような興味・関心,あるいはこれまでの経験を
基盤として選択されたものであるという点である。
つまり,子どもがもつ興味・関心,あるいはそこか
ら導き出される問いが幼児期における学びの端緒
と目されており,ゆえに,そのような考え方が,取
(出典:Bayerisches Staatsministerium für Arbeit und
り扱う内容を選択する一つの視点を提供している
Sozialordnung, Familie und Frauen, Staatsinstitut für
と言えよう。さらに,こうした子どもの興味・関心,
Frühpädagogik München:Der Bayerische Bildungs- und
問いを重視するという意味において,実際の活動は,
Erziehungsplan für Kinder in Tageseinrichtungen bis zur
家事や日頃の遊びといった子どもを取り巻く身近
Einschulung, 5. Erweiterte Auflage, S.262-263, Cornelsen,
な状況の中で行うべきことが示されている。
一方,上掲した 12 のテーマ領域について別の見
2012. を基に筆者作成。
)
方をすると,初等教育段階への円滑な接続を意図し
に収めているのである。ここでは個別の目標が達成
た選択がなされているとも捉えられる。と言うのも,
されるべき年齢については,殊更示されていない。
バイエルン州基礎学校の教科「郷土-事実教授」に
とは言え,こうした陶冶・訓育目標の明確化は,初
おいて扱われる自然科学の内容に目を向けると,例
等・中等教育段階で見られるような獲得すべき個々
えば第 1,第 2 学年で取り上げられる「溶媒として
のコンピテンシーの規定と一脈相通ずるものであ
の水」
,
「水との触れ合い」
,
「空気との触れ合い」と
るし,何より,初等教育段階において扱われるよう
いった内容は,BEP の「空気と気体」あるいは「水
な科学的探究のスキルに関する理解・習得が幼児教
と液体」といったテーマ領域と少なからず重複がみ
育段階においてすでに標榜されている点は注目に
られるからである。すなわち,初等教育段階と類似
値しよう。
したテーマ領域を幼児教育段階においても扱うこ
80
とにより,初等教育段階における学習の基礎を培う
いてもこれらの訳語を採用する。
というねらいも,ここから窺えるのである。
以上まとめれば,「自然科学と技術」領域におけ
引用及び参考文献
る内容構成は,子どもの興味・関心に基軸を置きつ
Bayerisches Staatsministerium für Unterricht und
つも,初等教育段階への円滑な接続をも視野に収め
Kultus:Lehrplan für die bayerische Grundschule,
ている点で特徴づけられよう。
2000.
Bayerisches Staatsministerium für Arbeit und Sozial-
4.おわりに
ordnung, Familie und Frauen, Staatsinstitut für
これまで論じてきたように,PISA ショック後の
Frühpädagogik München:Der Bayerische Bildungs-
ドイツにおける幼児教育改革は,一方では子どもの
und Erziehungsplan für Kinder in Tageseinrichtungen
就学準備という側面から,他方では子どもの全人的
bis zur Einschulung, 5. Erweiterte Auflage, Cornelsen,
な成長という側面から,教育の質的向上を図るもの
2012.
である。事例として取り上げたバイエルン州の幼児
泉千勢:世界の幼児教育・保育改革の最前線―問わ
教育では,とりわけ,科学教育領域に関する特徴と
れる保育の質・動き出す公共政策,泉千勢・一見
して次の二点が挙げられた。すなわち,第一に,陶
真理子・汐見稔幸編著「世界の幼児教育・保育改
冶・訓育目標の設定の観点から,目標の具体化・明
革と学力」
,11-28 頁,明石書店,2008 年。
確化が図られているとともに,科学的探究のスキル
KMK:296. Plenarsitzung der Kultusministerkonferenz
に関する理解・習得といった初等教育段階の範疇に
am 05./06. Dezember 2001 in Bonn, Website <
あるような事項が,幼児教育段階からすでに標榜さ
http://www.kmk.org/presse-und-aktuelles/pm2001/296
れている点,第二に,内容の構成の観点から,子ど
plenarsitzung.html>(2014 年 3 月 19 日最終閲覧)
もの興味・関心に基軸を置いた内容の選択が図られ
小玉亮子:PISA ショックによる保育の学校化―「境
つつも,それらには初等教育段階への円滑な接続を
界線」を越える試み,泉千勢・一見真理子・汐見
も視野に収められている点,である。
稔幸編著「世界の幼児教育・保育改革と学力」,
69-88 頁,明石書店,2008 年。
なお,州ごとに展開される幼児教育の多様性とい
う観点から,バイエルン州以外の州における幼児期
大髙泉:ドイツ―PISA ショック後の教育改革と連
の科学教育の諸相を問う試みは,別の機会に譲るこ
邦科学教育スタンダードの導入―,橋本健夫・鶴
ととする。
岡義彦・川上昭吾編著,
「現代理科教育改革の特
色とその具現化」
,150-157 頁,東洋館出版社,2010
年。
註
(1) ドイツの就学前施設は,
3 歳未満が通う Krippen, 齋藤純子:ドイツの保育制度―拡充の歩みと展望―,
レファレンス,2 月号,29-62 頁,2011 年。
3 歳以上 6 歳未満が通う Kindergarten,年齢横断的
な Kindertagesstätte(KITA)等,その種類はさま
田中賢二:ドイツの就学前教育段階(幼稚園)にお
ざまである。本稿では,こうした基礎学校入学前
ける科学教育―バイエルン邦とチューリンゲン
の段階を包括して「幼児教育段階」と表記する。
邦との場合,岡山大学教育学部研究集録,第 130
号,27-35 頁,2005 年。
(2) ドイツ教育学では,Bildung は専ら知識・技能
の習得を意味するもの,Erziehung は専ら望まし
豊田和子:ドイツの幼稚園における「教育の質」を
い行動様式や価値観の形成を意味するものとし
めぐる議論と成果―Tietze ら(ベルリン自由大学
て区別されてきた。我が国においても,一般に
研究グループ)を中心に―,保育学研究,第 49
Bildung には「陶冶」
,Erziehung には「訓育」とい
巻,第 3 号,29-40 頁,2011 年。
う訳語があてられてきた経緯を踏まえ,本稿にお
81
米国の Kindergarten(5 歳段階)における科学教育の目標分析
―次世代科学スタンダードの Practices の観点を中心に―
An Analysis of Kindergarten Science Education Standard in the United States:
With a Focus on the Dimension of Practices in Next Generation Science Standards
石﨑
友規
ISHIZAKI, Tomonori
筑波大学大学院人間総合科学研究科
Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
[要約] 本稿では,米国の Kindergarten における科学教育の目標として,2013 年に公表された次
世代科学教育スタンダード(NGSS)を取り上げ,K 学年における「科学と工学の実践」の
観点からその特質を分析した。その結果,NGSS では Practices の 8 つの要素が具体的に示
され,K 学年からそれらの要素全てを含む目標が設定されている点,「証拠に基づく主張
ができるようになる」との目標も K 学年から設定されている点が明らかになった。
[キーワード] 米国,次世代科学スタンダード(NGSS)
,Practice,Kindergarten,
初等科学教育,幼小接続
1.はじめに
Core Ideas;以下,フレームワークと略記)
」を基礎とし
「幼児期の教育と小学校教育には,子どもの発達段
て開発された,新たな科学教育のスタンダード(ある
階の違いに起因する,教育課程の構成原理や指導方法
いは到達目標)である。NGSS の開発は,米国の 26 の
等の様々な違いが存在」する一方で,
「教育の目的・目
州(2)が特にリードしつつ,米国研究評議会(NRC)
,全
標において,両者は連続性・一貫性をもって」いる(文
米科学教育連合学会(NSTA),米国科学振興協会
部科学省,2013:22)
。本稿では,科学教育の視点から,
(AAAS)の協力を得て進められた。また,NGSS の執
我が国における幼児期の教育と小学校教育の目標設定
筆や再検討にあたっては,K-12 学年の教師,州の科学
の連続性・一貫性を議論するための一つの材料を提供
政策の担当者,高等教育の教員,科学者,エンジニア,
するべく,米国の Kindergarten(以下,K 学年と表記す
認知科学者,実業界のリーダーが携わっている。
る)(1) における科学教育の目標を分析することを目的
NGSS の背景,ポリティクス,各州の導入状況(各
とする。ここで,米国の Kindergarten を取り上げるの
州スタンダードの作成状況)等の詳細を明らかにする
は,Kindergarten が Elementary School の準備段階とし
ことは本稿の射程にはなく,しかも,そうした事情を
て 5 歳段階の子どもたちを対象としており,日本で言
明らかにするには大規模かつ入念なサーベイが必要で
えば幼稚園から小学校への接続の時期に相当している
ある。
したがって,
こうした観点からのNGSS の調査,
からである。なお,本稿では,2013 年に公表された米
分析については別稿に譲ることとする。ただし,本稿
国次世代科学スタンダードにおける K 学年の目標の
で K 学年の NGSS の内容を吟味するにあたり,NGSS
うち,特に実践に関する項目を取り上げ,その特質を
がどのように構成されているかについて,簡単に触れ
明らかにすることとしたい。
ておく必要があるだろう。
NGSS は,具体的なスタンダードが記述されている
2.米国次世代科学スタンダードの開発と構成
第 1 巻と,補足事項が記述されている第 2 巻とに分か
次世代科学スタンダード(NGSS)は,2012 年に米
れており,第 2 巻にはスタンダードのポイントとなる
国研究評議会(NRC)が公表した「K-12 学年の科学教
考え方の説明や項目を整理し直した表,
各州共通コア・
育のためのフレームワーク(A Framework for K-12
スタンダード(Common Core State Standards; CCSS)と
Science Education: Practices, Crosscutting Concepts, and
の関連などがまとめられている。なお,先に述べたよ
82
うに,NGSS はフレームワークを基礎として構成され
を構成するうちの一つである。したがって,フレーム
ているため,NGSS における各項目の考え方について
ワークや NGSS で示されている観方は,“Inquiry”に取
は,
フレームワークの該当箇所を参照する必要がある。
って代わるものの一つというわけではない。むしろそ
さて,既に我が国でも紹介されているように(例え
れ(引用者注:Practices)は,科学の教授学習を拡張し,
ば,熊野, 2013 や 荒町,古屋, 2013)
,NGSS を構成する
豊かにするものである。
」
(Bybee, 2013: 41)
上では,フレームワークで既に示されている「科学と
フレームワークの中では,科学と工学の実践(SEPs)
工学の実践(Science and Engineering Practices; SEPs)
」
,
の本質的要素が次のように示されている。
「学問領域における中核的な考え方(Disciplinary Core
1.
(科学の場合は)問い(question)を生成すること,
Ideas; DCIs )」,「領域横断的な概念(Crosscutting
(工学の場合は)問題(problem)を定義すること
Concepts; CCs)
」の 3 つの要素が軸となっている。K か
2.モデルを開発して利用すること
ら 12 学年までの各学年の項目について,これら 3 つ
3.探究を計画して遂行すること
の要素に関する具体的な目標が示されているわけだが,
4.データを分析して解釈すること
その項目は 2 通りの方法で並べられている。
すなわち,
5.数学や計算の思考(computational thinking)を用いる
NGSS 第 1 巻の前半部分では DCIs によってスタンダ
こと
ードが整理され,後半部分ではトピックによってスタ
6.
(科学の場合は)説明を構成すること,
(工学の場合
ンダードが整理されているのである。また,これらの
は)解決策をデザインすること
スタンダードは NGSS の Web サイトやスマートフォ
7.証拠に基づくアーギュメントに携わること
ン等のモバイル端末用アプリケーションからも閲覧可
8.情報を得て,評価し,コミュニケーションすること
能であり,学年や DCI,トピックを指定して検索する
NGSS では,これらの本質的要素について,各学年
ことができる。なお,NGSS の第 2 巻では,K-2 学年,
でどれだけの能力を身につけていくかが具体的に示さ
3-5 学年,6-8 学年,9-12 学年の区切りで目標内容やト
れており,各学年で挙げられている DCI ごと,あるい
ピックが整理された,DCIs,SEPs,CCs の表が掲載さ
はトピックごとに整理されている。
れている。それらの表からは,学年進行による段階的
4.K学年のスタンダードにおける Practice の内容
な目標設定を大まかに捉えることができる。
K 学年における DCIs として,
「運動と安定:力と相
3.次世代科学スタンダードにおける Practices
互作用」
,
「エネルギー」
,
「分子から生物へ:構造とプ
フレームワークでは,科学的探究を行う際に必要と
ロセス」
,
「地球のシステム」
,
「地球と人間の活動」の
なる“Skills”に代わる用語として“Practices”が用いられ
5 つが示されている。前述の通り,他にトピックで整
ている。それは,
「科学的探究を行うには,単にスキル
理されているものもあるが,ここでは一先ず,DCIs に
のみならず,それぞれのプラクティスに特有の知識が
よって整理されたスタンダードをみていくことにする。
必要であるということを強調するためである。
」
(NRC,
スタンダードではそれぞれの DCI について,先に示
2012: 30)また,
「これまでに言及された“Inquiry”とい
した 3 つの次元「科学と工学の実践(SEPs)
」
,
「学問領
う用語が,科学教育のコミュニティのあらゆるところ
域における中核的な考え方(DCIs)
」
,
「領域横断的な概
で,時間の経過と共に様々な解釈がなされてきた」
念(CCs)
」が示されている。このうち,SEPs に着目し
(NRC, 2012: 30)ことを反省し,これまでの科学教育
て各 DCI の内容を整理すると,表 1 のようになる。
の中で,全ての科学に共通する一つの方法が存在する
この表とスタンダードの他の記述より,K 学年での
かのような印象を与えてしまったことなども“Practice”
科学教育の目標に関して,SEPs の観点から次の 3 点の
の用語を採用する理由となっている。ただし,Bybee に
特質を挙げることができる。すなわち第一には,
よる次の指摘には留意する必要がある。
「科学的探究
Kindergarten の段階から,上に挙げた科学と工学の実践
(Scientific Inquiry)は,科学的実践(Scientific Practice)
に関する 8 つの本質的要素のそれぞれに対応した目標
83
表 1.K 学年のスタンダードにおける「科学と工学の実践(SEPs)
」の到達目標:DCIs によって整理したもの
(NGSS Vol.1: 4-8 をもとに筆者作成。なお,紙数の都合により,具体的目標については抄訳としている。
)
DCIs
K-PS2(K-物理科学 2)
運動と安定:力と相互作用
K-PS3(K-物理科学 3)
エネルギー
SEPs
本質的要素
具体的目標
3. 探究を計画して遂行すること
教師のガイドを受けながら,仲間と協力して探究を計
画し,実行する。
4. データを分析して解釈すること
意図した通りに動くかどうかを判断するため,ものや
道具を使って試し,得られたデータを分析する。
3. 探究を計画して遂行すること
比較ができるデータを集めるための(直接,もしくは
メディアを使った)観察を行う。
6. 説明を構成すること,解決策をデザインすること
特定の問題を解決する装置や解決策をデザイン・作成
するために,与えられた道具や材料を用いる。
K-LS1(K-生命科学 1)
4.データを分析して解釈すること
分子から生物へ:構造とプロセス
科学の問いに答えるべく,自然界に存在するパターン
を描くために(直接,もしくはメディアを使った)観
察を行う。
K-ESS2(K-地球科学と宇宙科学 2) 4.データを分析して解釈すること
地球のシステム
科学の問いに答えるべく,自然界に存在するパターン
を描くために(直接,もしくはメディアを使った)観
察を行う。
7.証拠に基づくアーギュメントに積極的に参加すること
K-ESS3(K-地球科学と宇宙科学 3) 1.問いを生成すること,問題を定義すること
地球と人間の活動
主張を支えるような証拠をもったアーギュメントを
構築する。
デザインされた世界に関するより多くの情報を見出
すための観察に基づき,問いを生成する。
2.モデルを開発して利用すること
自然界における関係性を説明するために,モデルを使
用する。
8.情報を得て,評価し,コミュニケーションすること
自然界におけるパターンを描くための科学的な情報
を得るために,学年段階に応じたテキストと(もしく
は)
,メディアを用いる。
口頭と(もしくは)
,科学的な考えについての詳細を
表すモデルと(もしくは)図を使って記述したものを
用いて,解決策に関するコミュニケーションをとる。
が明確に設定されている,という点である。言うまで
含まれている点である。これは,K 学年の子どもたち
もなく,その前提として,スタンダードでは各項目の
にとって実験は高度な活動である,ということを踏ま
12 学年までの目標が段階的に示されている,という点
えての記述であると思われるが,一方で,観察の手段
が挙げられる。例えば,
「問いを生成すること,問題を
として,メディアの活用を K 学年段階から明記してい
定義すること」の観点で言うと,ハイスクールの物理
るという特徴がある。
科学においては,
「アーギュメントの前提,一連のデー
第三は,
「主張を支えるような証拠をもったアーギ
タの解釈,あるいはデザインの適合性を問題とするよ
ュメントを構築する」という目標が,K 学年という早
うな問いになっているかどうかを評価する」
のように,
期の段階での目標として設定されている点である。K-
同じ項目でも高度な目標が設定されるようになる。そ
2 学年段階の「証拠に基づくアーギュメントに携わる
の際,K 学年から SEPs の全ての項目を含む目標設定
こと」に関する目標には,
「科学的説明」という単語が
をするのではなく,例えば 2 学年から SEPs の項目を
記されておらず,先行経験や発達途上にある考えをも
含むように目標設定をしていく方法も考えられる。し
とに自然界を説明するようなアーギュメントに留まっ
かし,NGSS はそうではなく,K 学年から全ての項目
ている。したがって,アーギュメントを行う題材ある
を含んだ目標設定がなされているところに特徴がある。
いは課題としては,あまり高度でなく K 学年の子ども
第二は,SEPs の具体的目標の中に,
「実験」という
たちに適切な難易度のものが用意されるものと考えら
記述はなく,
「観察」や「情報収集」の記述がみられる
れる。しかしながら,こうした目標設定により,
「根拠
点,そしてそのための手段として,直接的な観察やテ
を持って主張する」ための教育が K 学年の段階から求
キストからの情報収集のみならず,メディアの活用も
められていることは事実であろう。
84
ジョージア,テネシー,デラウェア,ニュージャー
5.おわりに
ジー,ニューヨーク,ノースカロライナ,バーモン
ここまで,NGSS における K 学年の目標を俯瞰し,
その特質を挙げてきた。本稿で取り上げた K 学年の
ト,マサチューセッツ,ミシガン,ミネソタ,メイ
SEPs の目標設定は,我が国の同年齢の子どもたちに対
ン,メリーランド,モンタナ,ロードアイランド,
する教育目標の設定に比べて高度な印象を受ける。し
ワシントンの計 26 州である。
かしいずれにせよ,今回,K 学年の段階から SEPs に
関する具体的な目標設定がなされたこと自体は注目に
引用文献および参考文献
値する。
荒町菜々子,古屋光一:K-12 における科学教育のため
のフレームワーク,
日本科学教育学会年会論文集37,
ただし,NGSS は昨年最終版が公表されたばかりで
あり,NGSS を取り入れた各州の科学教育スタンダー
367-368,2013.
ドに基づいた教育が行われ,成果が現れるのはこれか
Bybee, R. W.: Translating the NGSS for Classroom
ら,という段階である。NGSS を科学教育の目標とし
Instruction, 2013.
て設定した場合,K 学年でどのような科学授業が行わ
熊野善介:米国の科学技術ガバナンスのための STEM
れることになるのか,各目標の設定が適切であるのか
教育国家戦略と日本への示唆,日本科学教育学会年
等々については,各州スタンダードの設定や実際の科
会論文集 37,68-71,2013.
文部科学省:指導計画の作成と保育の展開(平成 25 年
学授業に関する今後の調査を待たねばならない。
7 月改訂)
,2013.
注
National Center for Education Statistics: State Education
(1) Kindergarten の訳語として幼稚園や就学前教育とい
Reforms, Table 5.3. Types of state and district
う言葉を用いなかったのは,長洲南海男筑波大学名
requirements for kindergarten entrance and attendance, by
誉教授の米国での体験と知識に基づく熟議を根拠
state: 2012 , Web サイト http://nces.ed.gov/programs/
としている。即ち,日本の幼稚園では,第一に,小
statereform/tab5_3.asp(2014年3月20日最終取得.
)
学校とは別個の独立した建物を擁し,教員も(教員
National Research Council: A Framework for K-12 Science
養成,現職教育ともに)異なる。第二に,カリキュ
Education: Practices, Crosscutting Concepts, and Core
ラムも小学校と別個に作成制定されている(カリキ
Ideas, 2012.
ュラムの基になるものとしての教育要領と学習指
NGSS Lead States: Next Generation Science Standards: For
導要領)
。それに対して,米国の Kindergarten は通常
State, By States, Vol.1 & 2, 2013.
(米国の場合,学校教育のカリキュラムや Textbook
Pratt, H. et al.: The NSTA Reader’s Guide to A Framework for
を連邦政府が管轄することは合衆国憲法違反とな
K-12 Science Education: Practices, Crosscutting
ることから,各州や各 School District によって異なる
Concepts, and Core Ideas, 2012.
Pratt, H. et al.: The NSTA Reader’s Guide to The Next
ため,大多数の州等が行っている意味で通常の用語
を用いる)
,K-Grade と称し(本稿では「K 学年」と
Generation Science Standards, 2013.
する;敢えて翻訳すれば幼稚園学年となろうが,こ
の用語では上記のような日本の幼稚園と誤解され
やすい)
,Elementary School の中の他の学年,学級と
同じ建物の中にあり,担当教師も自分は K-Grade 担
当教師であると自己紹介する。
(2)アーカンソー,アイオワ,アリゾナ,イリノイ,ウ
ェストヴァージニア,オハイオ,オレゴン,カリフ
ォルニア,カンザス,ケンタッキー,サウスダコタ,
85
科教研報 Vol.28 No.5
幼児期の自然体験活動における安全管理 -「森のようちえん指導者養成講座」を受講して-
Safety Management in Early Childhood Nature Activities:
Participating in “Forest Kindergarten Leadership Training Course”
後藤
みな
GOTO, Mina
筑波大学大学院人間総合科学研究科
Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
[要約]
本稿は,「森のようちえん指導者養成講座(以下,「養成講座」)」への受講を通して,幼児期の自然
体験活動における安全管理の一端を探ったものである。その結果,以下の諸点を,指導する側に求められる特徴と
して導いた。すなわち,(1)自然体験活動を行う前に活動エリアの下見をしたり,定期的に調査したりする点,
(2)事故防止のために,自然体験活動に相応しい装備や服装を幼児に促す点,(3)万が一事故が起きた場合に
幼児が適切な行動がとれるよう,具体的な事故の事例を話す点,であった。
[キーワード]
幼児期,自然体験活動,安全管理,森のようちえん,森のようちえん指導者養成講座
Ⅰ.はじめに
然体験活動の実践例・方法論・安全管理に対する研究は確
「環境教育の祖」と称されるパトリック・ゲデス(Patrick
立されているとは言い難い。そのような現況で,毎日森な
Geddes,1854-1932)がその生涯において持ち続けた課題
どのフィールドに出て自然体験活動を行う森のようちえん
意識は,<都市の進化>と<人間(子ども)の成長>とを
(1)の取り組みは注目に値するだろう。また,全国の森のよう
どのように統合すべきかであった(Patrick Geddes,1915:
ちえんを統合する団体「森のようちえん全国ネットワーク
109)。ゲデスはその一つの手段として「自然学習(Nature
(以下,「F.K.N」)」は,年に数回「養成講座」を設けて
Study)」を提唱し,<都市の成長>と<人間の成長>を結
おり,そこで,安全管理についての内容も扱う。以上を踏
びつけるために環境教育論を形成した(安藤,1991)。
まえ,本稿では,幼児期の自然体験活動における安全管理
翻って今日,国内では,自然体験学習という用語が用い
を,
「養成講座」の内容を参考にして探ることとしたい。
られるが,これは降旗らが説明するように,「自然学習」
などの教育運動から展開されたものであり,「自然体験活
Ⅱ.森の幼稚園及び森のようちえん(2)
動を含んだ学習」と解釈される(降旗ほか,2009:17)。
1. 国外の森の幼稚園
自然体験学習乃至は自然体験を充実させようとする国内
史上初の森の幼稚園は,1954 年のデンマークに求めるこ
の動向は,以下の答申や法律に端的に現れているだろう。
とができる(ペーター,2009:24)。エラフラタウ(Ella
例えば,1996 年の中央教育審議会答申「二十一世紀を展望
Flatau)が,彼女の子どもと近所の子どもを連れて森へ出
した我が国の教育の在り方について」では,さまざまな学
かけたのが森の幼稚園の原型である。このように起源はデ
校段階で自然体験が重視された。続いて,2001 年の「
『学
ンマークにあるが,展開数をいえばドイツにおいて盛んで
校教育法』及び『社会教育法』の一部改正について」では,
ある。この点については,2002 年時点でデンマーク 70 箇
自然体験活動等の体験活動の促進が求められた。さらに,
所,ドイツ 400 箇所存在することが報告されている(ペー
2003 年の「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の
ター,2009:25)。
推進に関する法律」においても,自然体験活動が環境保全
ドイツ初の森の幼稚園は,1993 年,幼児教育の代替教育
の前提とされた。これらは一側面ではあるものの,自然体
に関心を寄せていたケルスティン・イェップゼン(Kerstin
験活動の充実が国の一つの課題であることを示していよう。
Jebsen) とぺトゥラ・イェーガー(Petra Jäger)によっ
幼児期における環境教育は積極的に行われてこなかった
て創設された。ペーター・ヘフナー(Peter Häfner)が学
と述べる井上(2009)論文に鑑みれば,幼児期における自
位論文の表題で,森の幼稚園を「正規の幼稚園の代替物」
86
と表現するように,従来の幼児教育にはみられないメルク
プログラムは,森のようちえんの概要・活動の紹介・安
マールがある。それは,例えば,社交性教育・環境教育・
全管理・リスクマネジメント・グループワーク等であった。
感覚の発達と養成・身体運動教育などの視点である。
以下では,
「養成講座」で紹介された事故の事例を取り扱う。
2. 国内の森のようちえん
2. 事故の事例
国内に目を転じてみても,森のようちえんは,森などを
「養成講座」において,実際に起きた事故の事例が紹介
フィールドとして自然体験活動を毎日行う点で,園内での
された。はじめに断わっておくと,これから挙げる事例は,
活動を中心とする従来の幼児教育と違って特異であるとい
自然体験活動が持つ危険性をいたずらに指摘するものでは
えよう。
ないということに留意されたい。もちろん,自然体験活動
2005 年,国内に「F.K.N」が創設されて以降,森などの
は屋内で行う活動とは異なる危険な側面があること,また,
フィールドを通じて幼児教育を行う森のようちえんが認知
事故が起きたことを真摯に受け止めるべきことは言うまで
され,活動が展開されはじめた。「F.K.N」は,全国交流フ
もない。けれども,だからこそ,自然体験活動を実践する
ォーラムを開催したり森のようちえんの活動事例を紹介し
際の安全管理について考えることを意図して以下を紹介し
たり,また指導者養成を試みたりする。指導者養成の目的
たい。なお,次の段落は,「養成講座」で話されたことを
は,これから森のようちえんを始めようとする者や問題が
要約したものである。
ありながら実践する者に役立ててもらおうとすることであ
り,また,森のようちえんにおける活動を充実させること
事故が起きたのは,2013 年 9 月 17 日の日中であった。幼児の
でもある(「F.K.N」ウェブページより)。このような目的
薬指第二関節をマムシ(幼体)が噛んだ事故であった。幼児は,何
を持つ「養成講座」は,年間複数回にわたって開催される。
かに噛まれ,痛みがあることを現場の指導者に伝えた。指導者は,
2013 年には,長野・神奈川・兵庫において実施された。筆
患部を視診し,腫れが治まるようにと湿布を貼った。時間がたつに
者は,神奈川で行われた「養成講座」への参加を通じて,
つれ,薬指の患部は腫れていく一方であったため,指導者は組織責
幼児期における自然体験活動の安全管理について調査・分
任者に電話で報告をした。その後,マムシに噛まれた疑いがあるこ
析した。以下では,「養成講座」の紹介をしながら安全管
とが心配され,幼児を病院に搬送した。マムシに噛まれてから病院
理の内容について,その特徴を探る。
で治療を受けるまでに長時間を要したため薬指は大変腫れたが,
治
療後は完治した。
Ⅲ.「養成講座」について
1. 「養成講座」の概要
ところで,指導者や組織責任者が安全管理を全く行って
「養成講座」は,2013 年 12 月 7 日(土)・8 日(日)
いなかったわけではない。組織責任者は,マムシが頻出す
の 2 日間にわたって開催された。場所は,神奈川県川崎市
ることを把握しており,現場の指導者に注意喚起を図って
黒川青少年野外活動センター(川崎市麻生区黒川 313-9)で
いた。また,幼児には「蛇に触らない,触ろうとしない」
あった。全日程参加者は 48 名・1 日目のみの参加は 7 名・
という約束を呼びかけていた。
2 日目のみの参加は 2 名,計 57 名の参加であった。その男
このような事故から何が示唆できるか,また,基本的な
女比は,男性 13 名・女性 44 名であった。年代別にみると,
安全管理について,以下では「養成講座」で話されたこと
20 代(19 名)
・30 代(20 名)
・40 代(10 名)
・50 代(5
を取り上げながら文献等で随時補足説明を加える。
名)
・70 代(2 名)
・80 代(1 名)であった。参加者を職種
別に整理すると,保育士・幼稚園教諭(19 名)
・自然学校
3. 安全管理について
(2 名)
・学生(9 名)
・主婦(5 名)
・役所職員など(3 名)
・
第 1 に,自然体験活動を行う前に活動エリアを下見した
学童保育など(2 名)
・その他(会社員・自営業・サービス
り,定期的に調査したりすることが挙げられよう(角屋ほ
業・珠算塾講師・介護職・アルバイト・自然学校研修生な
か,2009:253;山本,2013:271)。調査する観点として,
ど)
(17 名)であった(3)。
活動エリアの広さ・川や海で活動するときは深さや水温・
87
季節ごとの気温・気候・地表面の状態(森などの場合は,
考えられよう。そのようなときに,衣服が一枚あるとない
急な凹凸がないか,勾配が急な斜面はないか等,水辺の場
のでは,けがの程度が異なる(角屋ほか,2009:256)。
合は,石が滑りやすくなっていないか等)
・風の強さ・光量
また,帽子は,日射病だけでなく,けがの防止にも役立つ
(夏は木陰などで休める場所があるか,暗すぎないかな
ため,必ず着用させるようにしたい(日本理科教育学会,
ど)
・雑音・危険な植物・危険な動物などがある。天候に関
1993:25)。先に述べたマムシの事故は,幼児が自ら触ろ
して言えば,大雨の後は増水が見込まれるため,水辺付近
うとしたため薬指を噛まれたが,基本的にこちらから触ろ
での活動は控えたほうがよい(角屋ほか,2009:190)
。ま
うとしない限りマムシは攻撃してこない。しかしながら,
た,積乱雲が見えたり雷鳴が聞こえたりしたら避難できる
不注意で踏みつけてしまうと噛まれることが予想されるた
ような場所も確保する必要がある。
め,長靴を着用しておきたい。また,クマの出る地域では,
雑音を調査する目的は,危険が起きる前に幼児に呼びか
クマよけの鈴や笛を身に着けておくとよい(角屋ほか,
けをしたり,注意したりするときに幼児が指導者の声を聞
2009:256)。さらに,虫よけスプレーを事前にかけてお
きやすくするためである。あるいは,幼児が発する SOS の
くことは虫刺され防止に役立つ。
荷物は,両手が自由に使え,肩に均等に重さがかかる,
声を指導者が聞き逃さないようにするためでもある。
危険な植物について言うと,近づくだけで皮膚がかぶれ
リュックサックに入れて持ち運ぶことが薦められる(角屋
る恐れのある,ヤマウルシやツタウルシが挙げられる。そ
ほか,2009:256)
。リュックサックの中には,急な雨に備
して,アメリカオオアザミやイノバラはとげがあり,けが
えて,雨具を入れておきたい。雨天の場合でも両手が使え
の危険がある。その他に,食べられるものと毒をもつもの
ることから,ビニールカッパが重宝される(角屋ほか,
がある。例えば,ツツジの花の蜜は毒性を含むものがある
2009:256)
。また,夏などの暑い時期には水分補給が欠か
ため,幼児が吸わないように気を付けたい。さらに,イチ
せない。水筒を忘れないようにしたいが,甘い香りがする
イの実は食べることが可能であるが,種子には毒が含まれ
飲み物やジュース類は避けるように留意したい。そのよう
ているため留意せねばならない。そして,数十種類しかな
にするのは,スズメバチを近づけないようにするためであ
いが,毒キノコについては,特徴をよくおさえておくこと
る(角屋ほか,2009:256)
。これらのように,危険をでき
が肝心である(角屋ほか,2009:260)
。
るだけ回避するために,事前に適切な装備や服装を幼児に
指導をしておくことが求められる。
危険な動物については,一度限りの下見では把握しにく
いため,地域住民の方に対して聞き取り調査することが求
第 3 に,万が一事故が起きた場合に幼児が適切な行動が
められる。先に述べた事故例は,マムシの潜む可能性が高
とれるよう,具体的な事故の事例を話すことが挙げられよ
い場所をあらかじめ把握し,幼児に注意喚起していれば,
う。先に紹介したマムシの事故は,幼児に,
「蛇に触らない,
事故を回避できた可能性がある。また,マムシ以外にも,
触ろうとしない」と指導していたにも関わらず起きた。こ
ハブ・ハチ・クマといった動物にも気を付けたい。とはい
こから,触った場合,どのようなことが起きるか,などの
うものの,それらは,ほとんどの場合,自分から攻撃する
具体的な危険性の提示が欠けていたと考えられる。また,
ことはない(角屋ほか,2009:261)
。人間が注意すれば被
当該事故においては,幼児が,指導者に伝えることができ
害を防ぐことができるのである。以上のように,幼児期の
たため最悪の事態は免れたが,伝えなくてもよいかと考え
自然体験活動において危険性が感じられる場所・状態・危
る幼児がいてもおかしくない。そこで,幼児にわかりやす
険動植物等を予め把握しておくことで事故防止に繋がると
く危険性を伝え,万が一事故に遭った場合に適切な行動が
示唆できる。
とれるように促すには,事故の事例を具体的に語ることが
第 2 に,事故防止のために,自然体験活動に相応しい装
挙げられる。この点は,日本理科教育学会が編集した書籍
備や服装を幼児に促すことが挙げられよう。野外での活動
の中でも,
「具体的事例をいくつか話しておくと,印象に残
は,虫に刺されたり危険な植物によってかぶれたり傷をし
って適切な行動がとりやすい」と指摘していることから,
たりするなどの可能性が常にある。また,山などの平地で
無視できないことと言えるだろう。本書の中で以下のよう
ない場所を活動エリアにする場合,幼児が転倒することも
な具体的事例が紹介されている。
88
「二人の児童が,沼にザリガニ取りに行ったが,一人が
註
足をふみすべらせて沼に落ち,全身がかくれてしまった。
(1) 日本環境教育学会の「環境教育事典」
(教育出版,2013:
…(略)…このとき,もう一人が自分で助けようとして沼
301-302)によると,森のようちえんは,「森などの自
にはいったら,きわめて危険であったが,その児童は近所
然豊かな場所で,主として幼児(3-6 歳)に豊かな自
で道路工事をしていた人に急を告げた。その結果,5 分ぐら
然体験を提供する活動とその活動団体」と定義される。
いで沈んでいる児童を大人の力で助けることができ,人工
(2) 本稿では,国外の事例を扱うときは「森の幼稚園」と
呼吸で一命をとりとめた。助かった最大の理由は,自分で
漢字表記し,国内の事例の際には「森のようちえん」
助けようとしないで,近くの人に急を告げたこと」にある。
と平仮名表記することとした。
(3) 「F.K.N」運営委員の藁谷久雄氏の私信による。
また,マムシの具体的事例も挙げられている。
「マムシの被
害が知られていなかったある地方で,少女が路端の草むら
で用をたしているときに噛まれたことがあった。少女は帰
引用及び参考文献
ってきて,高熱を出して苦しんだが,噛まれた場所が場所
安藤聡彦:イギリス環境教育論の原型:パトリック・ゲデ
だったため,そのことを言わなかったので,処置が遅れ,
ス再考,一橋論叢,105(2)
,156-175,1991.
死亡したという事例もある」
(日本理科教育学会,1993:
井上美智子:幼児期の環境教育研究をめぐる背景と課題,
24-25)
。
環境教育,19(1)
,95-108,2009.
角屋重樹ほか 2 名:小学校 理科の学ばせ方・教え方事典 改
以上,紹介したような具体的事例を幼児に話しておくこ
とで,自然体験活動には危険な側面があると伝えることが
定新装版,205-253,教育出版,2009.
出来よう。そして,仮に事故が起きた場合に,幼児自身が
環境省:環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推
進に関する法律(環境保全活動・環境教育推進),
適切に対処することも期待できるだろう。
http://www.env.go.jp/policy/suishin_ho/03.pdf,2011.
日本理科教育学会:小学校 理科教育学講座 8 理科の学習環
Ⅳ.おわりに
境と教具,23-25,東洋館出版社,1993.
以上,幼児期における自然体験活動を行う際の安全管理
について,「養成講座」で扱われた事例と内容を基にしな
Patrick Geddes:Cities in Evolution,LONDON,1915.
がら,文献で適宜補足した。そこから導いた,指導する側
降旗信一ほか 3 名:環境教育としての自然体験学習の課題
と展望,環境教育,19(1)
,3-16,2009.
に求められる安全管理の特徴は,第一に,自然体験活動を
ペーター・へフナー:ドイツの自然・森の幼稚園 就学前教
行う前に活動エリアの下見をしたり,定期的に調査したり
育における世紀の幼稚園の代替物,公人社,2009.
する点。第二に,事故防止のために,自然体験活動に相応
しい装備や服装を幼児に促す点。第三に,万が一事故が起
森 の よ う ち え ん 全 国 ネ ッ ト ワ ー ク :
http://www.morinoyouchien.org/,2014.
きた場合に幼児が適切な行動がとれるよう,具体的な事故
の事例を話す点,であった。これらが幼児期の自然体験活
文部科学省:
「学校教育法」及び「社会教育法」の一部改正
に つ い て , http://warp.ndl.go.jp/infoljp/pid/86794/ww.
動における安全管理の一端であるといえよう。
ext.o.jp/amenu/shotou/seitoshidou/04121502/031.htm ,
安全管理の観点から,国外の,幼児期における自然体験
2001.
活動の分析については,稿を改めて論じたい。
文部科学省:中央教育審議会「二十一世紀を展望した我が
謝辞
国 の 教 育 の 在 り 方 に つ い て ( 第 一 次 答 申 )」,
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/
「養成講座」の概要を書くに際して,「F.K.N」運営委員
及び NPO 法人国際自然大学校の藁谷久雄氏には大変お世
970606.htm,2006.
話になりました。ここに記して心からの謝意を表します。
山本容子:理科の野外観察,大高泉・清水美憲「教科教育
の理論と授業Ⅱ 理数編」,265-282,協同出版,2013.
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89
科教研報 Vol.28 No.5
児童による問題場面の解釈に関する一考察:
「混み具合の問題」を例として
Pupils' Interpretations of a Problem Situation: The Case of Population Density
平林真伊
HIRABAYASHI, Mai
筑波大学大学院人間総合科学研究科
Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
本稿の目的は,児童による問題場面の解釈を実証的に示すことである。この目的を達成するために,
Models-and-Modeling Perspective からみる問題解決に依拠し,数学的モデル化を,数学的に問題場面を解釈すること
であると規定した。そして,児童による問題場面の解釈を捉えるために実施した「混み具合の問題」を用いた調査の結
果を分析,考察した。その結果,以下のような様々に異なる方法による問題場面の解釈がみられた。ⅰ)
「数学化」に関
わる解答では,新たな条件を設定することで「混み具合」を説明しており,その解釈には 4 段階の質的に異なるものが
見られる。ⅱ)
「解釈・評価」に関わる解答では,もとの問題場面と類似する経験を想起することで「混み具合」を説明
している。ⅲ)
「現実場面の生成」に関わる解答では,現実的な条件を設定することで「現実場面」を生成している。
[キーワード]数学的モデル化,問題場面の解釈,混み具合の問題
における数学的モデル化を規定する。そして,
「混み具合
1.はじめに
の問題」を用いた調査の結果を分析,考察することで,
日常生活で数学を利用する活動として数学的モデル化
児童による問題場面の解釈を示す。
が挙げられる。数学的モデル化とは,ある事象が探求を
必要とするという認識があるという前提の下で,現実世
界の問題を数学的に定式化し,定式化された問題を数学
2.問題場面を数学的に解釈すること
的に処理し,その結論をもとの状況と関連づけて評価,
1)数学的モデル化過程
解釈する一連の活動である(三輪, 1983, p. 120)
。数学
Blum and Niss(1991)は,数学的モデル化を次のよ
によって現実世界の問題を解決するためには,問題場面
うに説明している。問題解決者が数学によって現実世界
を数学的に解釈し,問題場面の理解を深めること(Lesh
の問題を解決するために,現実世界の状況を単純化,理
& Zawojewski, 2007)が重要である(詳細は後述する)
。
想化,構造化し,適切な条件や仮説を置くことによって
数学的モデル化に関する先行研究では,主に中等教育
現実モデルをつくる。
次に,
現実モデルのデータや概念,
以上での学習を想定した授業構成を提案している(例え
関係,条件,仮説を数学の世界に翻訳する(数学化する)
ば,清野, 2006;西村, 2012)
。中等教育以上での学習に
ことによって数学的モデルをつくる。そして,数学的モ
ついては数多くの提案がなされているが,小学校から高
デルを数学的に処理することによって数学的結論を得て,
等学校へと通じた統一的な研究は十分であるとはいえな
その結論をもとの状況と関連づけて,目的に対して妥当
い。小学校段階においても,高度な数学を利用して問題
であるかを検討する。不都合が生じたときには,このサ
場面を解釈する活動を行わないまでも,それらと類似す
イクルを繰り返す(pp. 38-39)
。
(図 1 参照)
る面を持つ活動が行われていると考えられる。小学校か
A:現実場面
B:現実モデル
C:数学的モデル
D:数学的結論
0:特定,構造化
1:数学化
2:数学的作業
3:解釈,応用
ら高等学校へと通じた統一的な研究を行うために,まず
はこのような小学生なりの活動を実証する必要がある。
以上のような着想に基づいて,本稿では児童による問
題場面の解釈を実証的に示すことを目的とする。この目
的の達成のために,Models-and-Modeling Perspective
図 1.数学的モデル化過程(Blum & Kirsch, 1989, p. 134)
(以下,MMP と略す)に関する論文を概観し,本研究
90
上記の Blum らによる数学的モデル化が現実世界の問
方,Lesh らは 2 つの世界を「現実世界」と「モデル化
題を解決することを目的とした活動である一方で,その
された世界」と捉えている。これは,問題解決者のつく
活動自体を新たな視点から相対的に捉えている Lesh
り出すモデルとして,数学的手段によって表現されたも
and Zawojewski(2007)による研究がある。
のだけではなく,
話された言葉や書かれた表象,
グラフ,
Lesh and Zawojewski(2007)は,関係やパターンに
図表,経験に基づかれたメタファーなども含めているこ
ついて数学的に考えるために役立つような方法の発展を
とによるものであるといえる(Lesh & Zawojewski,
含んだ新しい問題解決を考えるために,問題と問題解決
2007, p. 785)
。つまり,問題解決者自身の個人的な意味
を次のように定義した。問題解決者が与えられた場面に
を生かすことによって表現された仮のモデルは,すでに
ついてのより生産的な考え方を発展させる必要があると
もとの現実場面からは離れ,異なる世界に属するもので
き,課題(a task)は問題(a problem)になる。
「生産
あると捉えているのである。
的な考え方を発展させる」ためには,問題解決者が場面
筆者は,如何なる方法であっても,もとの問題に対す
を数学的に理解する過程に携わる必要があり,このよう
るモデルをつくることは重要であると考える。モデルを
な過程は数学的モデル化を意味する。そして,これらを
つくるという活動に,現実世界の中にとどまるのではな
踏まえて,問題解決を「数学的に場面を理解する過程」
く,異なる世界に働きかけようとする態度をみることが
として定義した。この過程には,数学的な解釈を表現す
できるからである。このように,モデルをつくる姿と現
ること,テストすること,見直すことのサイクル,そし
実世界の中にとどまっている姿を区別するために,本研
て,数学内・外のトピックから数学的概念の群を区別す
究では Lesh らによる区別のように,モデルを現実世界
ること,統合すること,修正すること,見直すこと,洗
に位置づけないことにする。しかし,Lesh らによる区
練することの反復的なサイクルが含まれる(p. 782)
。
別を援用すると,数学的モデルとそれ以外のモデルをす
このようにして,Lesh and Zawojewski(2007)は,
べて同じ世界に属するものとして扱うことになり,両者
問題の条件から目標を導くことが目的であった従来の問
を区別することができない。そこで,数学的モデルを「数
題解決に対して,問題の条件と目標を理解する反復的な
学の世界」に属するものとする。そして,数学的モデル
サイクルとして問題解決を新たに捉えなおした。すなわ
以外のモデルを「現実モデル」と呼び,
「現実世界と数学
ち, MMP からみる問題解決が提唱されたのである。
のリンク」として捉える。
「現実モデル」は,数学的手段
Lesh らによる数学的モデル化過程は,図 2 のように図
によって表現された「数学的モデル」以外のモデルを意
式化される。
味し,現実世界と数学とを結びつける役割を持つ。これ
らの一連の過程は,図 3 のように図式化される。
C
2
A
1
B
4
図 2.数学的モデル化過程(Lesh & Doerr, 2003, p. 17)
現実世界
Blum らによる数学的モデル化過程の特徴の一つは,
現実世界と
数学のリンク
3
4
D
数学
A:現実場面
1:モデル化
B:現実モデル
2:数学化
C:数学的モデル
3:数学的作業
D:数学的結論
4:解釈・評価
図 3.数学的モデル化過程
現実モデルを現実世界に位置づけていることである。こ
れは,Blum らが現実世界を,学校での数学以外の学問
や日常生活などの身の回りの世界と捉えていることによ
るものであるといえる(Blum & Niss, 1991, p. 37)
。一
91
成 25 年 12 月上旬に行われた。
2)問題場面を数学的に解釈することに着目する必要性
西村(2001)は,数学的モデル化の教材を扱う授業を
調査で用いられた問題は,以下の「混み具合の問題」
a)適用型,b)概念学習型,c)数学的モデル化能力育
である(図 4)
。
成型の 3 つに分類している。そして,1990 年以降の日
まいさんは,おもちゃ屋さんとおかし屋さんに行きま
した。おもちゃ屋さんには,たたみ 8 まい分の広さに,
4 人の子どもがいました。おかし屋さんには,たたみ 8
まい分の広さに,6 人の子どもがいました。まいさんは,
どちらのお店がこんでいるのかを考えています。
本の数学的モデル化に関する先行研究の内,中学校や高
等学校で授業を行っているものを分析し,そのほとんど
が上記の「適用型」の授業であることを指摘している。
この「適用型」の授業では,子どもたちは問題を解決す
るために必要とされる概念や手法をあらかじめ習得して
おもちゃ屋
おき,それらを活用する方法を学んでいる(p. 6)
。
おかし屋
このような「適用型」の問題解決に対して,Lesh ら
は MMP からみる問題解決を提唱したのである。MMP
からみる問題解決では,問題の条件と目標を反復的に理
解することが望まれる。これは,ある条件と目標を照ら
し合わせることによって異なる条件を設定しなおしたり,
まいさんは,次のように言っています。
おもちゃ屋さんでは,子どもたちがまん中
に集まっています。だから,おもちゃ屋さ
んの方がこんでいます。
目標を変えたりすることである。問題は,条件と目標に
よって成り立つものであるため,条件と目標が変容すれ
ば問題自体が変容する。MMP からみる問題解決では,
どちらのお店がこんでいるのかを考えるとき,あなた
は,まいさんの考え方に賛成しますか,反対しますか。
問題自体を変容させることを通して,問題場面の理解を
徐々に深めていくのである。
図 4.混み具合の問題
ある問題を解決するために必要とされる概念や手法
をあらかじめ習得し,それらを活用することとは対照的
この調査問題では,架空の人物である「まいさん」が,
に,MMP からみる問題解決で強調されるように,問題
「おもちゃ屋さんとおかし屋さんのどちらが混んでいる
を解決するという前提のもとで問題場面を解釈,理解す
か」という問題に対して,人同士の距離の短い方が混ん
ることに重きを置くことが必要である。それは,問題場
でいると考え,おもちゃ屋さんの方が混んでいるという
面の理解が十分になされれば,その問題を解決すること
結論を求めるという一連の解決過程を示している。それ
は取るに足らないものとなるからである(Lesh &
ゆえ,この調査問題における「問題場面」は,
「おもちゃ
Zawojewski, 2007, p. 782)
。以上より,本稿では MMP
屋さんとおかし屋さんとでは,どちらのお店が混んでい
の立場のもと,問題場面を数学的に解釈することに焦点
るか」であり,この問題場面が図 3 における「B:現実
をあてることにする。
モデル」にあたる。すなわち,
「まいさん」は B を出発
点として,
「B→C→D→B」の過程を踏んでいるのであ
3.調査の結果と考察
る。以下では,
「B:現実モデル」にあたる問題場面を「も
1)調査の概要
との問題場面」と呼ぶことにする。
調査は,児童による問題場面の解釈を明らかにするこ
2)調査結果
とを目的に実施された。対象者は,千葉県内の公立小学
調査の対象者である児童たちは,おもちゃ屋さんとお
校の第 3,4,5,6 学年の児童である。各学年の児童数
かし屋さんのどちらのお店が混んでいるのかを考える際
はそれぞれ 98 名,66 名,99 名,64 名,合計 327 名で
に,上述の「まいさん」による一連の解決過程の一部に
ある。複数の学年を横断して調査を行ったのは,発達段
焦点をあてて理由を述べるということが考えられる。そ
階によって問題場面の解釈の方法に質的な違いを見るこ
こで,児童による問題場面の解釈を分析するための視点
とができるのではないかと考えたからである。調査は平
92
として,図 3 の数学的モデル化過程の各相を利用する。
④に分類されるのは,
「おもちゃ屋の方が人数がすく
」
(4-1)などの解答である。
児童がどちらのお店が混んでいるのかを説明するために, なくて面せきは同じだから。
いずれの相と関わらせて問題場面を解釈しているのかを
これらの児童は部屋の広さと人数に着目し,部屋の広さ
分析するのである。この視点によって分類された解答と
が同じならば人数の多い方が混んでいると判断している。
その割合(%)は,表 1 の通りである。割合は,左から
⑤に分類されるのは,
「おもちゃ屋さんは 4 人,おか
し屋さんは 6 人なのでおかし屋さんがこんでいる。
」
(3-2)
順に第 3,4,5,6 学年のものを示している。
などの解答である。これらの児童は,④の児童が部屋の
表 1.調査結果
割合
目しており,
人数の多い方が混んでいると判断している。
①集まっている
8/ 9/ 9/ 6
⑥に分類されるのは,
「たたみ 1 枚に 1 人ずついると
②畳の枚数と人数
0/ 0/ 2/ 2
すると,だれもいないたたみがおもちゃ屋は 4 枚,おか
③ならして考える
4/ 5/ 8/13
し屋は 2 枚だからおかし屋の方がこんでいる。
」
(6-34)
④部屋の広さと人数
10/21/38/41
などの解答である。これらの児童は畳の枚数に着目して
⑤人数の差
38/35/12/ 9
おり,畳 1 枚ずつに子どもを乗せた場合に,子どものい
5/ 9/ 6/ 8
ない畳の枚数が少ない方が混んでいると判断している。
相
数学化
理由
⑥畳の枚数の差
⑦空いているスペースの差
解釈・評価
現実場面
の生成
広さと人数に着目していたのとは異なり,人数のみに着
⑦に分類されるのは,
「おもちゃ屋のはじがあいてい
14/12/14/16
⑧動きにくさ
3/ 2/ 0/ 0
てスカスカに見えるから」
(6-4)などの解答である。こ
⑨類似の経験
2/ 0/ 0/ 0
れらの児童は,①の児童とは対照的に,人同士の距離が
⑩周りのスペースにものがある
2/ 2/ 0/ 0
長ければ長いほど混んでいると判断している。
そして,⑧に分類されるのは,
「おもちゃ屋は子ども
たちがまん中に集まって通る道はあるけど,おかし屋は
第一に,
「2:数学化」についてである。表 1 の①に分
6 人の子どもがばらばらで通る道がないからおかし屋の
類されるのは,
「まんなかにあつまっているからぎゅうぎ
方がこんでいる」
(4-19)などの解答である。これらの
ゅうだからおもちゃ屋さんの方がこんでいると思う」
児童は,店全体に人が散らばっていて動き回りにくい方
(4-30)などの解答である。これらの児童は,
「まいさ
が混んでいると判断している。
ん」と同様に,人同士の距離が短ければ短いほど混んで
これらの①から⑧までの解答は,
「混み具合」をどのよ
いると判断している。
うに捉えるのかということについて言及している。一般
②に分類されるのは,
「おかし屋さんでは,8 まい分の
的には,④の児童のように部屋の広さと人数の関係で捉
おおきさに 6 人います。逆に,おもちゃ屋は人数がすく
える。しかし,④以外の児童たちは,実際に数値化して
ないのに 8 まい分のひろさの 2 まい分に子どもが 4 人い
「混み具合」を表現しているわけではないが,自身で新
るからせまいと思いました。
」
(5-14)などの解答である。
たな基準を設定することで「混み具合」を説明しようと
これらの児童は,畳の枚数と人数に着目し,子どもたち
している。それゆえ,図 3 の数学的モデル化過程の「2:
全員で使う畳の数が少なければ少ないほど混んでいると
数学化」に関わる解答であるといえる。
第二に,
「4:解釈・評価」についてである。表 1 の⑨
判断している。
③に分類されるのは,
「真ん中に集まっても,バラバ
に分類されるのは,
「ディズニーランドでも,にんきのア
ラになればおもちゃ屋さんのほうがこんでいるから。」
トラクションのところに,人が集まるから,おもちゃ屋
(5-34)などの解答である。これらの児童は,①の児童
かと思う。
」
(3-13)などの解答である。これらの児童は,
とは異なり,人同士の距離で混み具合を考えるのではな
1 つの場所に人が集まっているという様子を,類似する
く,子どもたちを均等に分散させる必要があるというこ
経験と関連づけて説明している。
「まいさん」
のように
「混
とを指摘している。
み具合」を「1 つの場所に集まること」と捉えたことに
93
考え方ではないといえる。
ついて,類似する経験に基づいてその妥当性を保証して
いると考えられる。それゆえ,図 3 の数学的モデル化の
このように,
「2:数学化」に関わる解答においては,
児童による問題場面の解釈に質的な違いがみられるとい
「4:解釈・評価」に関わる解答であるといえる。
第三に,
「A:現実場面の生成」である。⑩に分類され
える。②,⑥,⑦,⑧に分類される児童による解釈は,
るのは,
「まわりに売り場があるから。
」
(3-85)などの
ある特定の場面において有効なものであるが,他の場面
解答である。これらの児童は,おもちゃ屋さんの周りの
を提示することによって,児童が「ならす」ことの必要
この意味で,
②,
空いているスペースには何かが置いてあると考えており, 性に気付くことができると考えられる。
実際に使えるスペースは 8 畳よりも狭いということを指
⑥,⑦,⑧に分類される解釈は,③の「ならす」ことの
摘している。問題の中で与えられた図では,子どもたち
考え方に通じるものであるといえる。また,④,⑤に分
と畳の配置のみが示されており,何かが置いてあるなど
類される解釈は,ある特定の場面に依存するものではな
の情報は与えられていない。それにも関わらず,これら
いものの,
「ならす」ことが暗黙の前提となっている。そ
の児童たちは「周りに売り場がある」などという現実的
の前提を明らかにすることが必要であるという意味で,
な条件を設定している。
「まいさん」による一連の解決過
③の考えに通じるものであるといえる。これらの質的な
程が「B:現実モデル」から出発しているのに対し,こ
違いをまとめると,表 2 のようになる。
れらの児童たちは,現実的な条件を設定することで新た
表 2.
「2:数学化」に関わる解釈の質的な違い
に「A:現実場面」を生成していると考えられる。
3)考察
相
第一の「2:数学化」について,①に分類される児童
レベル
2-1
は「まいさん」の考え方と同様に,人同士の距離が短い
ことを混んでいる状態であると捉えている。これが①に
数
分類される児童による問題場面の解釈となるが,これは
2-2
学
「まいさん」の考え方と同様であるため,
「新たな条件を
2-3
定しているとはいえない。
一方,①以外に分類される児童は,自身で新たな条件
2-4
割合
①集まっている
8/ 9/ 9/ 6
②畳の枚数と人数
0/ 0/ 2/ 2
⑥畳の枚数の差
5/ 9/ 6/ 8
⑦空いているスペースの差
⑧動きにくさ
化
設定する」という視点からみると,児童自身が条件を設
理由
14/12/14/16
3/ 2/ 0/ 0
④部屋の広さと人数
10/21/38/41
⑤人数の差
38/35/12/ 9
③ならして考える
4/ 5/ 8/13
を設定することで,
「まいさん」
とは異なって
「混み具合」
を説明しようとしている。しかし,②,⑥,⑦,⑧に分
第二の「4:解釈・評価」について,⑨に分類される
類される児童による考え方は,与えられた子どもたちの
児童による解答は,もとの問題場面と類似する経験を想
配置状態を表す図においてのみ有効なものである。もし
起することによって,
「混み具合」を「1 つの場所に集ま
他の数値が与えられたり,子どもたちの配置状態が異な
ること」と捉えたことの妥当性を保証している。類似す
ったりすれば,その考え方は修正される必要がある。
る経験を根拠にして,もとの問題場面を解釈しなおし,
これに対し,③に分類される児童は,子どもたちを均
「混み具合」を説明しているのである。このように,も
等に分散させることについて指摘している。この考え方
との問題場面と類似する経験を想起する点に,新たな条
は,一般的に「混み具合」を部屋の広さと人数の関係で
件を設定するという活動がみられる。
捉える場合の前提となるものである。与えられた子ども
第三の「A:現実場面の生成」について,⑩に分類さ
たちの配置状態に依存するものではなく,他の配置状態
れる児童は,現実的な条件を設定することで新たに「A:
についても用いることができるものであるといえる。ま
現実場面」
を生成している。
これらの児童は,
「まいさん」
た,④,⑤に分類される児童は,③に分類される児童と
が「B:現実モデル」を出発点として B→C→D→B の過
は異なり,
「ならす」ことが必要であるということが明記
程をたどっているのに対して,もともとは存在していな
されていないものの,子どもたちの配置状態に依存する
94
い「A:現実場面」を新たにつくり出しているのである。
「解釈・評価」に関わる解答では,もとの問題場面と類
先行研究において,多くの生徒たちは,数学の授業で
似する経験を想起することで「混み具合」を説明してい
扱われる文章題は数学の世界の中にのみ存在するもので
る。ⅲ)
「現実場面の生成」に関わる解答では,現実的な
あり,現実世界とは関係のないものであると捉えている
条件を設定することで,
存在していなかった
「現実場面」
ことが明らかにされている(清野, 2006, p. 121)
。一方,
を生成している。これらの結果により,小学生も問題場
上記の「4:解釈・評価」と「A:現実場面の生成」に関
面を様々な方法で解釈し得るということが示唆された。
わる解答を示した児童は,
「まいさん」による B→C→D
今後の課題は,小学校から高等学校へと通じた統一的
→B の過程が示されたのに対して,自身の類似する経験
な立場から,数学的モデル化に関する学習指導を構想す
を想起したり,
「A:現実場面」を生成したりするなど,
ること,カリキュラムを構成することである。
現実的な側面を考慮することができていた。
この結果は,
「混み具合の問題」におけるものではあるが,子どもた
引用・参考文献
ちは一定の手立てによって文章題と現実世界を関連づけ
Blum, W., & Kirsch, A. (1989). The problem of the
graphic artist. In W. Blum, J. S. Berry, & R. Biehler
得るということが示唆される。
以上を集約すると,児童たちは次のような様々に異な
(Eds.), Applications and modeling in learning and
る方法で問題場面を解釈することができていた。
「数学化」
teaching mathematics (pp. 129-135). Chichester: Ellis
Horwood.
に関わる解答では,新たな条件を設定することで「混み
Blum, W., & Niss, M. (1991). Applied mathematical
具合」を説明している。その解釈には,4 段階の質的に
problem solving, modelling, applications, and links to
異なるものが見られる。
「解釈・評価」
に関わる解答では,
other subjects: state, trends and issues in mathematics
もとの問題場面と類似する経験を想起することで「混み
instruction. Educational studies in mathematics, 22,
具合」を説明している。そして,
「現実場面の生成」に関
37-68.
わる解答では,現実的な条件を設定することで,存在し
Lesh, R., & Doerr, H. (2003). Foundations of a models
ていなかった「現実場面」を生成している。
and modeling perspective on mathematics teaching,
一方,学年間での傾向をみると,④に分類される児童
learning, and problem solving. In R. Lesh, & H. Doerr
の割合は,第 3 学年では約 1 割であるのに対し,第 5,6
(Eds.), Beyond constructivism: Models and modeling
学年では約 4 割となっており,学年が上がるに伴ってそ
perspectives on mathematics problem solving, learning
の割合は増加していた。これは,第 5 学年で「単位量あ
and teaching (pp. 3-33). Mahwah, NJ: Erlbaum.
Lesh, R., & Zawojewski, J. (2007). Problem solving and
たりの大きさ」を学習することが強く関係しているとい
modeling. In F. Lester (Ed.), Second handbook of
える。知識が増える一方で,1 つの解釈に固定される可
research on mathematics teaching and learning (pp.
能性があると考えられる。
763-804). Charlotte, NC: Information Age.
三輪辰郎(1983)
.
「数学教育におけるモデル化についての
4.まとめと今後の課題
一考察」
.
『筑波数学教育研究』
,第 2 巻,pp. 117-125.
本稿の目的は,児童による問題場面の解釈を実証的に
西村圭一(2001)
.
「数学的モデル化の授業の枠組みに関す
示すことであった。この目的を達成するために,MMP
る研究」
.
『日本数学教育学会誌 数学教育』
,第 83 巻 11
の立場から,
本研究における数学的モデル化を規定した。
号,pp. 2-12.
西村圭一(2012)
.
『数学的モデル化を遂行する力を育成す
そして,
「混み具合の問題」を用いた調査の結果を分析,
考察することで,児童による問題場面の解釈を示した。
る教材研究とその実践に関する研究』
.東京:東洋館出版
その結果,次のような様々に異なる方法による問題場面
社.
清野辰彦(2006)
.
「学校数学における数学的モデル化の学
の解釈がみられた。ⅰ)
「数学化」に関わる解答では,新
習指導に関する研究:
『仮定の意識化』に焦点をあてて」
.
たな条件を設定することで
「混み具合」
を説明しており,
東京学芸大学大学院連合博士論文.
その解釈には 4 段階の質的に異なるものが見られる。
ⅱ)
95
日本科学教育学会研究会研究報告
発行人
〒889-2192
宮崎市学園木花台西 1-1
日本科学教育学会
発行所
科教研報
会長
中山
Vol.28
No.5
宮崎大学大学院
迅
〒602-8048
京都市上京区下立売通小川東入ル
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