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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否

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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
明治学院大学
【判例研究】
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
―東京高決平成 22 年7月 26 日金法 1906 号 75 頁,東京高決平成 22 年9月9日
判タ 1338 号 266 頁,大阪高決平成 23 年6月7日金法 1931 号 93 頁―
伊 室 亜希子
Ⅰ 問題設定
建物建築工事の請負報酬債権を被担保債権とする敷地に対する商事留置権の
成否について,論じてみたい。本稿でこの問題を取り上げたのは,比較的最近,
この問題に対して,結論としていずれも否定説にたつ高裁決定(7事件:東京
高決平成 22 年7月 26 日金法 1906 号 75 頁,8事件:東京高決平成 22 年9月9日判タ
1338 号 266 頁,9事件:大阪高決平成 23 年6月7日金法 1931 号 93 頁) が出され,
なおかつ理由付けが異なっているからである。実務では,商事留置権を認めな
い取扱いになっているとのことであるが(1),その当否について,改めて検討を
加えたい。
1 モデルケース
それぞれ事案が異なるので,モデルケースとしては以下を想定する。
A(商人)の土地上に X が抵当権の設定を受け,登記を経由した後,その土地
上に建物建築の請負契約が締結される(請負人 B)。建物を建築したが,請負報
酬が支払われない(工事中断の場合もある)。A は破産手続開始決定を受ける。X
が土地の抵当権を実行(競売)するが,B から請負報酬債権を被担保債権とす
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
る商事留置権を主張される。
2 請負人 B が請負報酬債権を確保するために採る方法のひとつとして,留置
権(民事留置権,商事留置権)の主張が考えられる。
(1)建物については,民事留置権(民法 295 条)の主張が考えられる。請負報
酬債権と建物の間には,牽連性が認められるので,請負人は請負報酬債権
のために,建物に関して,民事留置権を取得する。敷地について,請負報
酬債権は,土地に関して生じた債権ではないので,民事留置権は成立しな
い。しかし,もちろん,建物に留置権が成立している場合には,その建物
の敷地についても,建物を留置するのに必要な範囲で,留置権が認められ
ると解する。目的物の留置に必要不可欠な他の物にも留置権の効力が及ぶ
と考えるべきである(2)。もっとも民事留置権は破産すると効力がなくなる
ので,モデルケースでは,請負人は使うことができない。
(2)商事留置権(商法 521 条)については,建物と敷地両方について主張する
ことが考えられる。
請負契約の当事者が双方とも商人である場合には,商人間の取引から生
ずる債権については,牽連性を要件としない商事留置権の成立を考える余
地がある。しかし,敷地にすでに抵当権が設定されている場合には,事実
上の優先弁済権をもつといわれる商事留置権と抵当権との間で利害調整を
図る必要がある。本稿では,敷地に対する商事留置権の成否について検討
する。
Ⅱ 商事留置権について
1 商事留置権の沿革(3)
商事留置権の沿革について,民事留置権は,ローマ法の悪意の抗弁に起源を
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
有するのに対して,商事留置権は,中世イタリアの商業都市の商慣習が起源と
されている。
商人間については質権を設定せずに,質権と同等もしくはそれ以上の担保力
を有する制度が必要とされ,その結果,案出されたのが,商事留置権制度とい
われている。すなわち,取引中に債権者が占有するに至った債務者の財産が取
引から生じた一切の債権のために担保となる制度である。商事留置権は,商取
引の円滑化を図ることに眼目を有し,それは優先弁済権および競売権を有する
ものとして構成されていた。
日本では,旧商法は,商事留置権に競売権および弁済充当権を認めていたが,
施行延期となる。明治 32 年に施行された改正後商法では,競売権や弁済充当
権に関する規定は削除された。現行商法の商人間の留置権に関する条項は,ド
イツ法旧商法および新商法にならっているとされるが,ドイツ商法 369 条1項
は,留置目的物について「動産および有価証券」と規定して不動産は含まれて
いない。
商事留置権と民事留置権は,そもそも起源を異にし,異なる目的,役割を有
する制度であったといえる。
現行商法は商事留置権の成立要件だけを定め,効力等については,何ら規定
を置いていないため,商事留置権の意義,性質,効力,消滅は,民事留置権の
規定によるとされている。
2 商事留置権の効力
商事留置権の効力も民事留置権の規定によるということである。留置権には,
優先弁済権がない。さらには弁済受領権もないと解されている(4)。
「留置権とは,
債権の弁済を受けるまでその物を留置する権利であるにすぎず,その物の価値
(5)
自体を弁済に充てる権利ではない。」
事案は異なるが,留置権に関する最判平成 23 年 12 月 15 日(民集 65 巻9号
(2012)
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
(6)
登載予定)
で,「留置権は,他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるま
で目的物を留置することを本質的な効力とするものであり(民法 295 条1項),
留置権による競売(民事執行法 195 条)は,被担保債権の弁済を受けないままに
目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放す
るために認められた手続であって,上記の留置権の本質的な効力を否定する趣
旨に出たものでないことは明らかであるから,留置権者は,留置権による競売
が行われた場合には,その換価金を留置することができるものと解される。」
としている。
もっとも留置権には,事実上の優先弁済権があるといわれる(7)。
留置権者みずからが,競売権を行使する場合には,留置権者がその換価金を
受領し,債務者に対する被担保債権との相殺を行うことにより,事実上優先弁
済を受けることができる。
第三者により留置物の競売がなされた場合には,どうか。目的物が動産の場
合は,強制執行は,執行官の目的物に対する差押えにより開始する(民事執行
法 122 条)
。債務者以外の第三者が占有する動産については,その第三者が提出
を拒まない場合にのみ,差押えが可能であるので(民事執行法 124 条),留置権
者が占有する場合には,債権者が留置権の被担保債権の代位弁済をすることに
なり,留置権者は,事実上優先弁済をうける。
本稿で問題となっている不動産の場合には,留置権は優先弁済権がなく,配
当が受けられないので,留置権は消滅せず,買受人に引き受けられる。そして,
買受人が留置権によって担保される債権を弁済する責任を負うので(民事執行
法 59 条1項,4項,188 条)
,留置権者は,事実上抵当権者に優先して弁済を受
けることができる。
3 債務者破産の場合(8)
債務者が破産手続開始決定を受けた場合,民事留置権では,効力が消滅する
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
(破産法 66 条3項)。その理由としては,留置権は,その債権の弁済を受けるま
でその目的物を留置することを得るにすぎず,留置権にはそもそも優先弁済権
はないのだから,破産の場合には,その効力を失うこととしたとされている。
民法において留置権が生ずる多くの場合は,特別の先取特権が与えられており,
それは別除権として保護されるので,民事留置権で効力が消滅しても,特段問
題はないと考えられたといえる。
それに対して,商事留置権は,特別の先取特権へと転化し(破産法 66 条1項),
別除権として扱われる(破産法 65 条2項)。そして,その順位は,他の特別の先
取特権に遅れる(破産法 66 条2項)。このような規定となった理由としては,商
法の規定による留置権は,特別の先取特権を伴わないから,別除権として保護
する必要があること,他の留置権と異なり商行為に基づくもので,その担保力
を尊重する必要があることが挙げられる。また順位に関しては,留置権は本来
薄弱な担保権であるから,その順位は特別の先取特権に後れるとされる。
不動産の先取特権は,不動産保存の先取特権,不動産工事の先取特権,不動
産売買の先取特権がある。そして,不動産保存の先取特権,不動産工事の先取
特権については,効力保存のために,登記が必要である。この登記がされれば,
先に登記された抵当権などの担保物権に対しても優先する(民法 339 条,361 条)。
また不動産売買の先取特権の登記は,先に登記された抵当権に優先するわけで
はなく,177 条の意味があるにとどまる(民 341 条,373 条)(9)。
Ⅲ 裁判例について
この点に関する最高裁判例はないが,これまでにも,下級審裁判例はいくつ
か出ている。比較的最近出た,7事件:東京高決平成 22 年7月 26 日金法
1906 号 75 頁,8事件:東京高決平成 22 年9月9日判例タイムズ 1338 号 266
頁,9事件を中心にみることにする。時間的間隔が空いているが,それまでの
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
1∼6事件も簡単にみておくことにする。まずは,敷地に対し商事留置権の成
立を認めた裁判例をみる。
(1)敷地に対する商事留置権の成否についての肯定説(10)
●1事件:東京高決平成6年2月7日(金法 1438 号 38 頁)
これは,売却許可決定に対する執行抗告審が,建物建築請負人の商事留置権
が土地・建物双方に成立すると判断したものである。建物は完成していた。
「一件記録によれば,B 建設株式会社が本件土地及び本件建物を占有してい
ることが認められる。また,一件記録によれば,抗告人は,不動産の売買,仲
介及び賃貸等を業とする株式会社であるところ,本件建物建築のための請負契
約は,右営業のためにしたものであるということができ,また,B 建設株式会
社にとってはその業とする建設請負のために右請負契約を結んだものであっ
て,右請負契約は双方にとって営業のための商行為であることは明らかである
から,B 建設株式会社が右請負契約に基づいて占有した本件土地及び本件建物
について商事留置権が成立することはいうまでもない。」として,いわば無条
件に商事留置権の成立を肯定した。
●2事件:東京高決平成 10 年 11 月 27 日(金法 1540 号 61 頁)
この事案では,建物はほぼ完成しており,敷地とは別個に建物の所有権が成
立している。そして,敷地に対する商事留置権は認めるということで肯定説に
たつ。しかし,「商事留置権から転化した特別の先取特権と抵当権との優劣関
係は,物権相互の優劣関係を律する対抗関係として処理すべきであり,特別の
先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由され
た時との先後によって決すべき」として,根抵当権設定登記後に商事留置権が
成立したため,本件商事留置権は,抵当権に対抗関係で劣後するとされた。肯
定説に分類したが,対抗力を否定して,結論として商事留置権は否定されてい
る。
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
(2)否定説(11)
●3事件:東京高決平成6年 12 月 19 日(金法 1438 号 38 頁)
建物が未完成である事案で,商事留置権を否定する理由付けは,要約すると
以下のとおりである。①建築途中の建物には,法定地上権が成立する余地はな
いので,建物収去するしかない。したがって,請負人が建物につき所有権(ま
たは留置権)を有していたとしても,敷地の買受人に対抗できない。敷地まで
も留置する権利を認めることは,著しく均衡を失する。②建物建築請負人は工
事施工以外の目的で敷地の占有権原を主張することはできない。③商人間の留
置権(商法 521 条本文)の立法趣旨から,商法 521 条にいう「物又ハ有価証券」
の物とは,動産を指すのであって,不動産は含まれない。④抵当権者の期待を
著しく害する。⑤多くの場合,留置権の被担保債権は共益的性格をもちかつ少
額であることを考慮して,引受けられる。留置権の被担保債権が留置物の価値
を高める関係にあるとは到底いえないような場合には引受主義の適用はないの
で,建物建築請負人のためにその敷地について商人間の留置権が成立したとし
ても,その留置権については民事執行法第 59 条4項の引受主義は適用されず,
買受人には引受されない。
●4事件:東京高決平成 10 年6月 12 日(金法 1540 号 61 頁)
この事案では,建物について,請負残代金債権を保全する目的で,同社名義
による所有権保存登記がされた。そして,請負人は,工事中は占有補助者にす
ぎず,また建物を所有して敷地を独立して占有した場合は,請負人と注文主と
の商行為としての請負契約に基づくものではないとして,商事留置権の成立を
否定する。
●5事件:東京高決平成 10 年 12 月 11 日(金法 1540 号 61 頁)
この事案では,「請負人が請負契約に基づき建築工事をして完成した建物を
注文主に引き渡す義務の履行のために,注文主の占有補助者として土地を使用
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
しているにすぎないというべきであり,土地に対する商事留置権を基礎付ける
に足りる独立した占有には当たらないと解するのが相当である。」として,請
負人は,占有補助者にすぎないとしている。
また,請負人は,躯体が完成した建築中の建物の所有権を原始取得すること
によって,敷地の占有を取得する。しかし,この場合の土地の占有は,当初の
請負契約に基づく請負人の土地使用とは別個のものであり,請負人と注文主と
の間の商行為としての建物建築請負契約に基づくものともいえない。
さらに,請負人は,「本件各土地に建築中の建物を万能板で囲い出入り口を
施錠するなどして建築中の建物を占有しているが,右占有によって本件各土地
を占有したことにはならないし,仮に万能板で囲い出入り口を施錠したことに
より直接本件各土地の占有を取得したと解し得る場合があったとしても,右占
有が商行為によって生じたものでないことは明らかである。」としている。
●6事件:東京高決平成 11 年7月 23 日(金法 1559 号 36 頁)
土地(不動産)を目的とした商事留置権は成立しうる。しかし,請負人は占
有補助者なので,
「商行為ニ因リ自己ノ占有ニ帰シタル」にあたらない。債務
者所有の土地に対する占有ではない。また,「法定地上権の成立が見込めない
完成建物の商品価値の下落の危険を誰に負担させて利害関係者の法律関係を処
理するのが公平かという問題であり,建物工事請負人の工事代金債権を保護す
るために,短絡的にその施工土地に商事留置権を認めることが,その問題の公
平な解決をもたらすものでもない。」としている。
(3)小括
無条件に,敷地への商事留置権を認めているのは1事件だけであり,2事件
は一応,肯定説に分類したが,結局,特別の先取特権へ転化した商事留置権と
抵当権の優劣で負けている。
否定説といっても,そもそも不動産に対する商事留置権一般を否定する(「物」
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
には不動産は含まれないとする)ものと,不動産に対する商事留置権は肯定した
うえで,建築請負のこの場面では,敷地に対する商事留置権を否定するものと
に分かれる。
ここまでの裁判例をみると,不動産に対する商事留置権一般を否定するのは,
3事件である。否定説に立つ裁判例はどれも,形式論では,商法 521 条「商行
為によって自己の占有に属した」を否定する。すなわち,建築業者の敷地に対
する独立の占有が認められるか。建築業者の占有は,建築中は,占有補助者に
あたり,独立の占有は認められないとする。そして,建築後,建築業者が建築
報酬を支払われないために,所有権保存登記等をして占有している場合,ある
いはバリケードをして事実上占有している場合など,建築業者の独立の占有が
認められる場合であっても,当該占有が商行為によるものではないとする。実
質論では,抵当権者の期待の保護をあげる。
また,敷地に対する商事留置権を認めながら,結論としては,対抗力を否定
している2事件は,実質論では抵当権者を勝たせているといえる。
(4)最近の3つの高裁決定
そして,最近の裁判例であるが,より詳しく紹介する。近い時期に高裁で出
た決定はいずれも敷地に対する商事留置権を否定しているが,理由付けが異な
る。
●7事件:東京高決平成 22 年7月 26 日金法 1906 号 75 頁
7事件の概要は以下のとおりである。
平成 18 年2月 17 日に,X は債務者 A 住宅株式会社から土地上に根抵当権の
設定を受け,登記を経由した(極度額5億円)。平成 19 年6月 14 日,債務者 A
と請負人 B は,本件土地上に建物建築請負契約締結した(未払い元金約5億 5,000
万円)。B も後に破産。平成 21 年 12 月2日,X は根抵当権に基づき,本件土地
について,担保不動産競売手続を申し立てる。
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
平成 22 年2月 19 日,当初,評価人により,本件土地について手続費用を上
回る評価がなされる(7,555 万円)。平成 22 年2月 23 日,債務者 A について,
破産手続開始決定が出される。
その後,担保不動産を敷地とする建物の建築請負報酬債権を有する者(B 管
財人)の上申をうけて,執行裁判所が評価人に商事留置権を前提とする再評価
を命じた結果,手続費用(111 万円) を下回る評価がなされ(2万円),執行裁
判所は,無剰余を理由に担保不動産競売手続取消決定(原決定)をした。しかし,
本決定は,原決定は取り消されるべきであるとした。
理由は概要以下のとおりである。
① 不動産は商法 521 条所定の商人間の留置権の対象とならない(「物」には不
動産は含まれない)。
その理由としては,1,制度の沿革,立法の経緯,2,民事留置権の制度が
ある中で商人間に物との牽連関係を要件としない商事留置権が設けられたの
は,商人間で継続的取引が行われ,債権者が債務者の所有物の占有を開始する
前に,既に占有を離れた物に関する債権等を有していることが念頭に置かれた
と考えられること,また,3,債務者が破産した場合,民事留置権は破産財団
に対してその効力を失うのに,商事留置権は,特別の先取特権とみなされるこ
と(破産法 66 条)から,商事留置権は,債権者が債務者の所有物を占有してい
ることを要件とした一種の浮動担保といえる。
② 「商行為によって自己の占有に属した」とはいえない。
取引目的の実現の際,取引目的外の物に占有を及ぼし,それが偶々債務者所
有であったという場合のその目的外の物は「商行為によって自己の占有に属し
た」とはいえないというべきである。 建築請負契約という取引の性質上,債
務の履行に際し,請負人は取引目的外である土地に占有を及ぼすことになるが,
土地は注文者の所有地に限られず,常態的な占有も予定されていない(もちろん,
この場合の土地は商品ではない。)
。
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
③ 抵当権者との優劣
「(債務者がその所有する土地について抵当権を設定した後,当該土地上に建物の建築
をした場合において,債務者が建物建築請負人に代金を完納したときは,法定地上権が
成立しないため,抵当権実行による当該土地の買受人は建物の収去等を求めることがで
きるのであり,債務者が建物建築請負人に対して代金を支払ったかどうかにより,土地
の抵当権者が,留置権を甘受して抵当権の実行を見送ったり,実質的に建物建築請負人
に優先弁済権を行使されることとなることは,極めて不都合なことといわなければなら
ない。当該土地に抵当権が設定されていることは不動産登記により公示されているので
あり,建物建築請負人にとっては,当該土地に抵当権が設定されていることを知り得な
がら,当該土地上に建物を建築することを請け負っているのであり,抵当権者と建物建
築請負人のいずれを保護すべきかは,自ずから明らかである。)
」
④ 債務者破産の場合に商事留置権から転化した特別の先取特権と抵当権の優
劣
「商事留置権をほかの担保物権に優先させるべき実質的理由がなく,商事留
置権から転化した特別の先取特権についても同様であるから,この特別の先取
特権とほかの担保物権との優劣の関係は,留置的効力の主張の当否を含め,物
権相互の優劣関係を律する対抗関係として処理すべきであり,特別の先取特権
に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由された時との
先後によって決すべきこととなる。本件の場合,極度額を1億 9,500 万円とす
る根抵当権設定登記が商事留置権の成立に先行するから,前記結論は左右され
ない。」
以上,そもそも不動産に対する商事留置権を否定しているので,それで終わ
りである。占有の否定についても,建築中の占有が商行為によるものではない
という否定の仕方で,かなり特殊である。また,実質論では,抵当権者との優
劣を検討している。これについては,後で検討する。
●8事件:東京高決平成 22 年9月9日判タ 1338 号 266 頁
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
8事件の概要は,以下のとおりである。
平成 19 年3月 15 日,B は債務者兼所有者 A との間で A の各土地にビル新
築工事を内容とする請負契約を締結した。平成 20 年5月 21 日,壁はない状態
で,工事中止となる。平成 20 年5月 31 日,支払期限の請負代金が支払われな
かったことから,6月1日より,B は土地の周囲に鉄製フェンスを設置して施
錠をし,かつ留置権行使中の看板を立てた。
原審の評価人は,土地の一括売却額を 10 億円と評価し,請負人の債権の 11
億円を考慮して,各土地を1万円,6万円と評価した。原審は,これに基づき,
平成 22 年3月 26 日に担保不動産競売の手続を取消した。抗告審は,担保不動
産競売手続を取り消した原決定を取り消した。
理由は概要以下のとおりである。
① 土地(不動産)を目的とした商事留置権は成立しうる。
② 「商行為によって自己の占有に属した」(商法 521 条)とは言えない。
「自己の占有に属した」とは,自己のためにする意思をもって目的物がその
事実的支配に属すると認められる客観的状態にあることを要する。本件各土地
上の建物は上棟に至ったというものの壁はなく未完成である。建物建築工事請
負人である抗告外会社の本件土地の使用は,債務者兼所有者との間の建築請負
契約に基づきその請負の目的たる建築工事施工という債務の履行のための立入
り使用であり,その権原は,注文主である債務者兼所有者に対してのみ主張す
ることができる立入り使用の権原であって,代金支払時期の関係で建物完成後
建物引渡しまでの間抗告外会社が建物を所有することが予定されているとして
も,そのための本件土地の占有権原設定について格別の取引行為がなされては
いない。
そして,目的物について独立の占有者であれば,民法が認めている占有権の
効力である占有訴権や目的物からの果実の取得権等を認め得るが,取引通念上
抗告外会社が本件土地について対外的に独立した占有訴権を行使したり,本件
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
各土地からの果実を収受することなどを予定しているものとは認められない。
そうすると,対外的関係からみれば,抗告外会社は,本件各土地につき,地上
建物の注文者である債務者兼所有者の占有補助者の地位を有するにすぎず,債
務者兼所有者の占有と独立した占有者とみることはできない。
「商行為によって」また,本件においては,抗告外会社は,平成 20 年5月
31 日に支払期限の到来した本件工事の請負代金(6億 1,129 万 8,450 円)等の支
払がされなかったことから,同年6月1日から本件各土地の周囲に鉄製フェン
スを設置して施錠をし,かつ留置権行使中の看板を掲示している。しかし,本
件各土地につき,自己のためにする意思を持って新たに占有を開始したとして
も,「商行為によって」自己の占有に属したとはいえない。
以上,占有を否定して,商事留置権の成立を否定している。
●9事件:大阪高決平成 23 年6月7日金法 1931 号 93 頁
概要は以下のとおりである。
平成 19 年 12 月 25 日,X は,更地に所有者 A を債務者とする極度額3億
4,500 万円の根抵当権の設定を受けた。建築業者 B は,平成 20 年8月 12 日所
有者 A から建物の建築工事を3億 6,750 万円で請け負い,平成 21 年ころ,完
成させた。A は請負代金を支払わなかった。X は,土地につき,担保権の実行
としての競売を,建物については抵当権設定後に築造されたものとして,民法
389 条1項に基づく一括競売を申立て,原審裁判所は競売手続開始決定をした。
原審裁判所は,執行官の現況調査を踏まえ,B を土地の商事留置権者と認め,
評価人に対し,商事留置権が成立することを前提とした補充評価を命じた。原
審裁判所は,補充評価を前提として,無剰余通知を発し,その後,競売手続を
取り消した(原決定)。
抗告審は,担保不動産競売手続を取り消した原決定を取り消した。
理由付けは以下のとおりである。
(2012)
181
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
① 商法 521 条にいう「物」に不動産を含む。
立法沿革等から疑問なしとしないが,同条の文言上含まないとする解釈は
とりえない。
② 建物完成時点における B 建設の土地に対する占有は,商法 521 条所定の
占有と評価でき,この時点で,土地について,B 建設のための商事留置権が
成立した。
B 建設は建物を完成させ,その所有権を原始取得している。また,請負契
約によれば,請負代金は,所有者が着工時 3,675 万円と竣工引渡時に残額を
支払うこととされていた。
③ 抵当権設定後に成立した不動産に対する商事留置権については,民事執行
法 59 条4項の「使用及び収益をしない旨の定めのない質権」と同様に扱い,
同条2項の「対抗することができない不動産に係る権利の取得」にあたるも
のとして,抵当権者に対抗できない。
更地に抵当権の設定を受けて融資しようとする者が,将来建築されるかも
しれない建物の請負業者から土地について商事留置権を主張されるかもしれ
ない事態を予測し,その被担保債権を的確に評価した上融資取引をすること
は不可能に近く,このような不安定な前提に立つ担保取引をすべきではない。
以上,商事留置権の成立を認めつつも,対抗力を認めない扱いである。肯定
説にも分類可能である。
Ⅳ 学説について(12)
裁判例は結論として,商事留置権は否定するという流れである。学説の肯定
説と否定説を簡単にみることにする。
肯定説の理由付けとしては,商法 521 条の文言に忠実であること,商事留置
権に成立に必要な占有については,占有権原が要求されているわけではないし,
182
法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
占有の趣旨・目的,占有を取得するに至った経緯も問題とされておらず,商人
間でたまたま占有している相手方の物があれば留置権が成立するというのが商
法の立場であること,商事留置権の成立要件である土地占有の有無は,あくま
でも目的土地に対する外形的占有支配の事実を直視して判断すべきものであ
り,建物所有権の帰属や占有権原の有無とは無関係であること等が挙げられて
いる。
他方,否定説の理由付けは,裁判例と共通性が見られる。①商 521 条「物」
に不動産は含まれないこと。理由は,制度の沿革,立法の経緯,商事留置権は,
浮動担保のようなものであることなどである。②請負人は敷地について「占有」
を取得していないこと。理由は,請負人は,注文者の占有補助者である。建物
建築請負人の占有権原は,建築工事施工のために必要な範囲に限定される特殊
なもので,それ以外の目的で占有権原を主張することはできない。請負人の敷
地に対する占有は,商行為によって生じたとはいえないとするもの,完成した
建物についての所有目的での占有と商行為によって注文者に許容された建築作
業のための土地の立入りなどは区別すべきとするものがある。③実質論として,
土地抵当権者の犠牲において,請負人の報酬債権を保護することの不当性が挙
げられている。
Ⅴ 検討
(1)実質論
① 不動産工事の先取特権と商事留置権
建物建築工事の請負報酬債権の担保は,本来は不動産工事の先取特権によっ
てなされることが予定されている。その使いにくさのために,実体は,留置権
とりわけ商事留置権の主張がなされているといえる。建物だけではなく,建物
(2012)
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
請負報酬債権との牽連性のない敷地への商事留置権の主張は,請負報酬債権確
保が十分でないための,請負人の苦肉の策といえる。
不動産工事の先取特権では,不動産価値を高めたから(不当利得的発想),請
負人に優先権が与えられるのであって(価値の増価分しか優先弁済を得ることがで
きない)
,優先権を得るためには(事前の)登記といった手続が必要である。敷
地の造成工事はともかくとして,建物建築では,建物が責任財産であり,敷地
にまで優先権を認められているわけではない。しかし,先取特権の登記をすれ
ば,それ以前に登記された抵当権にも優先するという強い効力が認められてい
る。
不動産工事の先取特権が使えないことの緊急避難的な使い方として,敷地に
まで商事留置権を認めるということは,登記もしていないのに,効力が大きく
なりすぎるきらいがある。
問題なのは,敷地にまで商事留置権を認めることで,敷地を更地として評価
して融資した金融機関(抵当権者)に不測の損害を与えるということである。
参考までに,アメリカのメカニクスリーエン(不動産工事の先取特権)では,
土地に対するモーゲッジ(抵当権)の登記時点と工事開始時点の先後で優劣を
決する(13)。モデルケースのように,工事開始前に登記されていた抵当権には劣
後する。そのために,請負人保護のための別の制度が導入されている。そして,
建物建築費用を融資した抵当権者に対しては,実質的にメカニクスリーエン権
者が優先するしくみとなっており,注目に値する。
② 法定地上権と商事留置権
(ア)制度趣旨の違い
実質論で考えるべきは,敷地における商事留置権者と抵当権者との優劣とい
うことにつきるが,7事件では,括弧書きではあるが法定地上権とのバランス
が挙げられている(14)。「客観的経済的には,法定地上権による価値の維持を認
められない建物を建築したにとどまり,公平の見地からも,抵当権者に事実上
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
優越する商事留置権を主張することはできないというべきである。」
3事件の建物未完成の事案でも,同様の理由付けがある。
債務者がその所有する土地について抵当権を設定した後,当該土地上に建物
の建築をした場合においては,建物が債務者所有となったことを前提とすると,
法定地上権は成立しない。そのため,抵当権実行による当該土地の買受人は建
物の収去等を求めることができる。
しかし,必ずしも,7事件の判決文にあるように,「債務者が建物建築請負
人に対して代金を支払ったかどうかにより,土地の抵当権者が,留置権を甘受
して抵当権の実行を見送ったり,実質的に建物建築請負人に優先弁済権を行使
されることとなる」わけではない (15)。
代金の支払いと法定地上権の成立の問題は別の問題である。さらには,法定
地上権が敷地に成立するかどうかと商事留置権が敷地に成立するかどうかは,
それぞれの制度趣旨が異なるので,別々に考えればよいことである。
法定地上権制度の存在理由としては,抵当権設定当事者の予測と建物保護と
いう二要素が挙げられる(16)。更地に抵当権が設定された後に,建物が建築され,
抵当権が実行された場合には,法定地上権は成立しないとされる(17)。抵当権者
は,土地を更地としてその担保価値を評価しており,競売後の法定地上権の成
立を予測していないからであり,これは当事者,特に抵当権者の予測を尊重し
たものといえる。しかし,その代わりに一括競売制度が設けられており,建物
存続の道も残されている。建築した建物が収去される可能性があるとしても,
それをもって,請負人が報酬債権担保のために商事留置権の行使を控える理由
にはならない。また,商事留置権それ自体が認められない理由にもならない。
7事件の判決で,法定地上権を引き合いに出したのは,敷地にまで商事留置
権を認めることで,敷地を更地として評価して融資した金融機関(抵当権者)
に不測の損害を与えるという趣旨だと解する。土地抵当権の法定地上権の成否
にとって,抵当権者の不測の損害というのは,決定的なファクターである。し
(2012)
185
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
かし,当然のことながら,商事留置権の成否自体に抵当権者の不測の損害は関
係ない。あるとしたら,それは,成立した商事留置権と抵当権の優劣の問題で
ある。法定地上権の成否は必ず,敷地の上物の建物が問題となるのに対して,
本件の商事留置権の場合は,請負人が占有している敷地と請負人が建築した建
物が別の場合もありうる。単純には法定地上権と商事留置権の成否を比較でき
ない。もちろん,上物でもない建物のために関係ない敷地に商事留置権が認め
られること自体がおかしいという反論は成り立つ。それはそもそも商事留置権
の成否の問題であって,法定地上権の成否とは関係ないのである。
(イ)民事留置権との違い
ところで,民事留置権では,建物請負報酬債権と牽連関係にある建物のみに
しか留置権が認められず,必要な範囲でのみ敷地も留置できると解する。そし
て,敷地の所有者が建物の所有者と別人であり,建物所有者が敷地利用権を喪
失して,建物の収去を求められている場合には,請負人は,建物所有者に対す
る請負報酬債権を被担保債権とする建物についての留置権を行使するために必
要不可欠だとして,他人の所有に属する敷地の留置までは認められないという
べきである(18)。
この建物に対する留置権の議論と,敷地に対する商事留置権の議論を一応,
別に考えるべきである。民事留置権の建物への留置権の効力が敷地に及ぶかと
いう議論とは異なり,敷地に対する商事留置権は,建物請負報酬債権と土地と
は牽連性がないにもかかわらず,債務者所有の土地ということで,直接認めら
れるものだからである。したがって,法定地上権が成立せず,土地抵当権が実
行されると,建物を収去しなければならないからといって,土地に対する商事
留置権を認めないということにはならない。
また,敷地が他人の土地であれば,法定地上権も問題とならないのと同様に,
債務者所有の物ではないので,敷地に対する商事留置権も問題とならない。し
かし,法定地上権の場合は,土地とその上の建物が別人に帰属する場合には,
186
法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
その者の間で土地利用権が設定されるのが通常だから,法定地上権が問題とな
らないだけである(その場合には,抵当権に遅れる土地利用権となる)。
さらに,判例,通説とは異なり,法定地上権が成立するとしても(学説では
肯定説もある),7事件の立場だと,土地に対する商事留置権を抵当権に優先さ
せるつもりはないはずである。
以上,法定地上権との比較考量で商事留置権を否定することは,問題があり
そうである。
③ 対抗力の制限について
9事件では,本来,留置権者はすべての者に対抗できるものとされているが,
「抵当権設定登記後に成立した不動産に対する商事留置権については,民事執
行法 59 条4項の「使用及び収益をしない旨の定めのない質権」と同様に扱い,
同条2項の「対抗することができない不動産に係る権利の取得」にあたるもの
として,抵当権者に対抗できないと解するのが相当である。
」として,不動産
留置権の対抗力を制限して,抵当権を優先させている(19)。理由は「更地に抵当
権の設定を受けて融資しようとする者が,将来建築されるかもしれない建物の
請負業者から土地について商事留置権を主張されるかもしれない事態を予測
し,その被担保債権額を的確に評価した上融資取引をすることは不可能に近」
いことを挙げている。
なぜ質権と同様なのかという疑問に対しては,そもそも商事留置権が質権の
代わりに案出されたものだとすると(前述:商人間については質権を設定せずに,
質権と同等もしくはそれ以上の担保力を有する制度が必要とされ,その結果,案出され
たのが,商事留置権制度)
,他の担保権と比べると質権に近いということは一応
いえる。また,占有しているのが債務者の物なので,そこだけをみれば,質権
と同じである。また,不動産質なので,民法 356 条にしたがい,目的不動産を
用法に従い使用収益できるということで,
「使用及び収益をしない旨の定めの
ない質権」としていると推測される。ただ,商事留置権は質権ではないし,ど
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
うして 59 条2項の「対抗することができない不動産に係る権利の取得」にあ
たるのかも不明であり(結論から導いているだけのようである),理由付けとして
は弱い。
立法論としてはともかく,商事留置権は買受人に引受けられ,結果的には事
実上の優先弁済権があるといわざるをえない。
9事件では,モデルケースと異なり,債務者が破産していないようだが,7
事件のように,債務者が破産した場合は,商事留置権は特別の先取特権に転化
する。商事留置権に,優先弁済権が付与されることになる。7事件では,特別
の先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由さ
れた時との先後によって決すべきとする。これは2事件と同様の理由付けであ
る。不動産工事の先取特権と異なり,登記もされていない商事留置権の扱いと
しては,この立場が妥当であろう。
(2)形式論について
商法 521 条の「物」に不動産が含まれるか,また,「商行為によって自己の
占有に属した」と言えるかが問題である。
まず,商法 521 条の「物」に不動産が含まれるか。物に不動産が含まれない
とする解釈は,条文上不自然であり,沿革はどうあれ,現行法では,商事留置
権は,民事留置権の規定に準じて解釈するということであるから,不動産にも
商事留置権が成立すると解釈すべきであろう(少なくとも,建物には商事留置権
は認められる。今回のモデルケースでは,法定地上権の認められない建物に価値はない
かもしれないが,一括競売の選択肢もあるので,認める意味はある)
。
次に,「商行為によって自己の占有に属した」の解釈について,問題となる
3つの場面がある。第1に,建物建築工事中の請負人の敷地の占有である。第
2に,独立の建物となり,注文者に引き渡されるまでに建物が請負人の所有に
帰した場合の敷地の占有である。第3に,バリケード等で請負人敷地を占有し
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
た場合である。否定説によると,第1の場面については,建物工事に必要な敷
地への立入りであるが,独立の占有を認める必要はないとして,
「占有」を否
定する。請負人は占有補助者と解する。第2,第3の占有については,「商行
為によって」にあたらない,として否定する。
しかし,占有概念というものは,いまや観念化されており,請負契約によっ
て,建物を建てている間に請負人がその敷地を使用していることは,占有にあ
たるといって,問題ないであろう。商法 521 条の典型例は,商人間の継続的な
動産取引ではあるが,請負契約も商行為であり,当初商行為によって,土地が
自己の占有に属したのであれば,その後の占有もそれが継続しているものとみ
なして問題ないといえる。
Ⅵ 私見
以上まとめると,裁判例の流れは間違いなく,敷地に対する抵当権者の保護
であり,請負人に商事留置権を否定する結論になると思われる。そして,その
実質的な理由は,敷地の抵当権者が不測の損害を被らないようにするためであ
る。しかしそれでは,なぜ抵当権者を商事留置権者に優先させるべきかという
理由づけとはならない。留置権者にも抵当権者にも被担保債権があるのは同じ
であり,抵当権至上主義ではないはずである。請負人は注文者所有の敷地につ
いて商事留置権を行使することを期待しているのである。
そこで,条文に素直に,請負人の敷地に対する商事留置権は認めたうえで,
本来の抵当権と商事留置権の効力によった扱いをすべきである。
モデルケースの債務者破産の場合には,商事留置権が特別の先取特権に転化
するので,特別の先取特権と抵当権の対抗問題となる。しかし,商事留置権は
登記されないので,特別の先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と
抵当権設定登記が経由された時との先後によって対抗問題は決すべきであ
(2012)
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建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
る(20)。そうすると,商事留置権は,抵当権に劣後する。
債務者が破産していない場合には,商事留置権は事実上の優先弁済権を有し
ているので,抵当権が実行されたら,買受人が留置権を引き受けることになる。
債務者が破産した場合としていない場合とで,商事留置権の性質が変わり,
抵当権との優劣に変更が生じてしまうが,それが,敷地に対する抵当権と商事
留置権の効力のバランスとして,現行法上とりうるものであり,請負人の報酬
債権保護をとりつつ,抵当権者にも配慮したものであると解する。
注
(1) 大門匡編『民事執行判例・実務フロンティア(別冊判例タイムズ 24 号)』136 頁(判
例タイムズ社,2009 年)。
(2) 安永正昭『講義物権・担保物権法』
(有斐閣,2009 年)454 頁。
(3) 鈴木正裕「留置権小史」河合伸一判事退官・古稀記念『会社法・金融取引法の
理論と実務』(商事法務,2002 年)191 頁以下,村田典子「倒産処理手続における商
事留置権の取扱い∼東京高裁平成 21 年9月9日判決を契機として∼」事業再生
と債権管理 128 号 128 頁以下。
(4) 高木多喜男『担保物権法〔第4版〕
』(有斐閣,2005 年)33 頁。
(5) 鈴木忠一=三ヶ月章編『注解民事執行法(5)』(第一法規出版,1985 年)387 頁。
(6) 民事再生法では,商事留置権を別除権としており,留置的効力のみを有し,優
先弁済権を有しない留置権の本来の効力には変更を加えていない。
(7) 前掲・注2・安永 460 頁。
(8) 前掲・注3・村田 127 頁以下。
(9) 前掲・注2・安永 473 頁以下。
(10) その他,地裁レベルの判決では,以下のものが挙げられる。東京地判平成7年
1月 19 日(金法 1440 号 43 頁)。建物の留置権の効力として土地の明渡しを拒絶で
きる。福岡地判平成9年6月 11 日(金法 1497 号 31 頁)。対抗力を否定している。
(11) その他,地裁レベルの判決では,以下のものが挙げられる。東京地判平成6年
12 月 27 日(金法 1440 号 42 頁)。建物の留置権の効力が土地に及ばない。福岡地判
平成9年6月 11 日(金法 1497 号 31 頁)。占有を否定。高裁レベルでは,大阪高判
平成 10 年4月 28 日(金判 1052 号 25 頁)。注文者の敷地利用権が消滅。
(12) 学説の概要については,生熊長幸「建築請負代金債権による敷地への留置権と
抵当権(上)」金法 1446 号6頁,12 頁以下(1996 年)。工藤祐巌「建築請負人の留
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法学研究 93号(2012年8月)
建物建築請負人の敷地に対する商事留置権の成否
置権についての若干の考察」立命館法学 271・272 号(2000 年)347 頁。
(13) アメリカでは,建物は土地の一部なので,メカニクスリーエンは当然,敷地に
も効力を及ぼす。
(14) 7事件では,そもそも不動産には商事留置権の成立を認めないため,傍論にす
ぎないが,コメントが必要だと考えるので,取り上げる。
(15) 7事件の判決文では,
「債務者が建物建築請負人に代金を完納した」場合にだけ
法定地上権が成立しない趣旨にもよめる。実際は,建物が債務者所有になってい
ることが法定地上権の成否には重要であり,確かに,債務者が建物建築請負人に
代金を完納した場合は,建物の所有権は債務者(土地の所有者)のものになる。し
かし,請負人が材料を提供して建物を建築した場合でも,特約で注文者所有とす
ることは可能であるし,代金の大部分を支払った場合も,注文者所有となりうる。
さらには,請負人に代金を完納したら,建物は収去され,代金を未払いの場合に
は,実質的に請負人に優先弁済権を行使されるとするならば,それは請負人の報
酬債権保護の観点からは,不都合なことではなく,むしろ歓迎されることである。
(16) 前掲・注4・高木 189 頁,204 頁。
(17) 大判大4.7.1民録 21 輯 1313 頁,大判大7.12.6民録 24 輯 2302 頁,最判昭
36.2.10 民集 15 巻2号 119 頁。
(18) 前掲・注2・安永 455 頁。最判昭和 44・11・6判時 579 号 52 頁(これは敷地・
建物所有者が契約解除した建物賃借人に明渡しを求める事例)
。
(19) 生熊長幸「建築請負代金債権による敷地への留置権と抵当権(下)」金法 1447
号 34 頁。「留置権の成立より前に設定を受けた抵当権が存在するときは,留置権
者はかかる抵当権者に留置権を対抗できず,したがってまた,担保競売における
買受人に留置権を主張できないから,かかる留置権は担保競売において消滅する
ものとして扱わなければならない。このことは,民執 59 条4項の「不動産の上
に存する留置権」も,同項の「使用及び収益をしない旨の定めのない質権」と同
様に扱い,また,同条2項の「不動産に係る権利の取得」に含まれるものと解す
ることを意味する。」
(20) 秦光昭「不動産留置権と抵当権の優劣を決定する基準」金法 1437 号5頁。前掲・
注 19・生熊 29 頁。
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