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ドイツ法における剰余金配当問題の動向

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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
−ドイツ保険契約法改正専門家委員会最終報告書
(2004年4月19日)、連邦憲法裁判所2005年7月26日判決
および連邦司法省草案(2006年3月13日)を素材として
清水 耕一
(海上保安大学校助教授)
1.問題設定
ドイツでは、2004年4月19日にドイツ保険契約法改正専門家委員会
最終報告書1)が提出され、ほぼ1世紀ぶりの保険契約法改正に向けて
大きく動き出した。本稿で取り上げる剰余金配当についても、現行法
では規定されていなかったが、判例や契約実務を考慮し時代に対応し
明快にするために、新たに規定が盛り込まれた。その内容は、連邦通
常裁判所1994年7月23日判決2)や多数学説3)を踏まえたものであった。
ところが、三つの連邦憲法裁判所2005年7月26日判決4)は、現状では
保険契約者の利益が損なわれているとして、立法者に改善を促した。
この判決は、保険契約者の財産権や私的自治における法的不利益から
の予防措置に配慮した保険契約法のあるべき姿を示すものである。こ
の判決の結果、連邦司法省草案5)(2006年3月13日)6)では、秘密準備
金の50%を含んで算定された剰余金を最終剰余金配当として2年以内
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
に行うことを定めるという、これまで連邦通常裁判所1994年7月23日
判決で否定されてきた保険契約者への秘密準備金(資産の含み益)か
らの配当を一部認める内容が示された。
本稿では、ドイツ法における剰余金配当問題について、これまでの
経緯を踏まえながらこれら一連の流れを紹介し、その意義を明らかに
することによって、わが国における保険契約法のあり方を考える上で
の示唆を得ることを目的とする。
注1) AbschlussberlChtderKoITmissionzurReformdesVersicherungsvertragsrechts
VOm19.Aprl12004
2) BGHZ128,54こNJW1995,S.589=VersR1995,S.77.
3) GerrユtWlnter,in:Bruck/M611er/Winter,VVG8.Aufl.,Bd
V,Tei1
2,Llef 2,1998,Anm.G309;Hans−PetcrSchwlntOWSki,1n:Berllnar
Kommentar zumVVG,Hrsg.vonHeinrlch Honsell,1998,Vorbern.§§
159−178,Rz.38−50,60−67など。
4) versR2005,S.1109.VersR2005,S.1127.
5) ReferentenentwurfdesBundesminlSteriumsderJustlZVOm13.Marz
2006zur Reform des Versicherungsvertragsrechts
6) Referentenentwurf とは、当該法律の所掌している省の中でも専門家
的な部局(わが国で言えば、民事局参事官室にあたると思われる)によ
って作られる法律案である。そして、それは他の部局と話し合って調整
され、最終的に政府によって議会に提案される。
2.剰余金配当問題の意義
2.1.背景
生命保険は将来の一定の保険事故に対する保障機能を基本機能とし
て有している。それに加えて、将来必要となる資金を準備するという
−234
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
意味で貯蓄機能を有している。このような保障機能と貯蓄機能が一体
となっている代表的な生命保険は養老保険である7)。養老保険では、
保険料における予定利率を確保するとともに8)、それを超える資産運
用成果を剰余金配当(本稿では、株式会社における契約者配当と相互
会社における社員配当とを区別せずに、両者を合わせて「剰余金配当」
という)として還元することを目指していることから9)、貯蓄機能は
予定利率に相当する確定的な部分(貯蓄部分)と集合投資としての部
分に分けられる10)。剰余金配当について、過払い保険料の払い戻しに
相当する性格を有するに過ぎないという指摘の一方で11)、ドイツでは、
多くの秘密準備金をかかえながら、保険契約者には十分に配当してい
ない保険会社に対して、消費者(保険契約者)団体による批判が向け
られている12)。秘密準備金とは、貸借対照表に明示されない利益剰余
金をいう13)。資産が過小に評価され、負債が過大に評価された場合、
費用の過大計上(資本的支出の経費処理)など、正当の計算を行えば
純資産の増加となるものが計算上隠されている部分をいう。また、会
計上の評価に関する裁量の余地など、一般に認められた企業会計の原
則や手続きに従って会計処理を行った場合でも14)、取得原価主義によ
る評価を原則とする会計上の資産の簿価と決算日の時価との差額とし
て、秘密準備金が発生する15)。
2.2.法律状況
ドイツではわが国と同様に、ドイツ保険契約法(以下、「保険契約
法」という)には、剰余金配当の根拠に関する規定は存在しない16)。
それは保険約款に委ねられている。大抵の生命保険者は、保険契約者
に剰余金を配当することを約定する。この剰余金配当の額は、契約締
結時には計算されず、拘束力のない取決めになる。
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
分配すべき剰余金の算定について、1994年のEC第三次保険指令の
国内法化による規制緩和以前には、(旧)保険監督庁により検査された
事業計画書が指し示された。現在では、剰余金配当の原則と基準は、
それぞれの保険約款の構成部分となっているが、統一的ではない。
2,3.判例・学説の状況
ドイツ連邦通常裁判所1994年7月23日判決および多数説によれば、
保険契約の長期の履行可能性を確保するために、保険料の安全割増を
要請した保険監督庁17)が剰余金を適正な範囲で返還するように配慮す
る、ドイツ保険監督法(以下、「保険監督法」という。)上の義務を保
険会社に課しているにすぎず、剰余金配当は、生命保険契約の法的性
質とは何らの関係もないという18)。つまり、保険契約は双務契約であ
り、保険料は保険会社の給付に対する対価として保険会社の所有に帰
することから、その保険料を原資とする剰余金配当は、会計法上、保
険会社に認められた算定方法によって算出された剰余金に対してのみ、
保険契約者の配当請求権が認められるにすぎない。養老保険契約の内
容は、使われた申込書、保険証券および約款により定められているの
であって、秘密準備金に対する契約上の請求権は全く内容となってお
らず、しかも、保険会社が秘密準備金を取り崩すことも、積み立てる
ことも義務づけられない。
これに対して、このような保険会社の態度に批判的な立場によれば、
剰余金配当は養老保険の法的性質に基づくものとして、保険契約者に
は秘密準備金をも対象とする請求権が認められるとする。秘密準備金
からの配当を認める学説として、有償の事務処理契約(委任に関する
ドイツ民法典675条)による構成19)、あるいは、比例的利益参加法律関
係による構成20)などがある。とりわけ、有償の事務処理契約による構
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
成の特徴は、信託契約が一般的には、有償の事務処理契約を表すこと
から、保険契約者の信託財産としての責任準備金の管理を保険会社が
行うということである21)。さらに、有償の事務処理契約の典型例は投
資契約であり、配当付き養老保険契約の契約者は、投資法規範による
投資家保護に値することになる。
注7) 加入者の中では満期まで生存する者が圧倒的に多いから、支払う保険
料も圧倒的に貯蓄保険料の割合が高くなり、蓄積される保険料積立金も
高額となる。こうして、養老保険は、危険に対する備蓄という性格が弱
く、「貯蓄性の高い生命保険」といわれている。参考文献、山下友信ほ
か『保険法 第2版』21頁(有斐閣アルマ、2004)、江頭憲治郎『商取
引法 第四版』378貞(弘文堂、2005)。
8) 保険料は、収支相当の原則に基づいて算出されるが、生命保険契約の
長期性により生じる経営環境の変動に対応するため、保険料の予定計算
基礎は保守的に設定されている。その結果、予定計算基礎と実際との間
に生じる差異が、剰余金として生ずる。
9) 保険料の計算基礎を実際に近く設定するために、剰余金の配当を行わ
ない無配当保険もある。
10) 保険審議会平成4年答申 前掲書 73頁。
11) 生命保険協会『生命保険経理』134頁(2002)。
12) 拙稿「ドイツ法における養老保険の配当請求根拠一ドイツ保険契約法
改正草案による利益・成果測定法上の保険信託」保険学雑誌568号103頁
(2000)、拙稿「UberschuBbeteillgungln der Kapitallebensversicherung」
産大法学33巻1・2号135頁(1999)、消費者団体による訴訟提起に至る
背景としての保険監督庁の動向について、拙稿「ドイツ保険監督法によ
る剰余金配当規制の限界一配当付き生命保険契約の法的性質論序説」阪
大法学51巻4号79頁(2001)。
13) 社団法人金融財政事情研究会『金融実務大辞典』1431頁(2000)。
14) 保険会社の貸借対照表の規定は、商法典341条以下に定められている。
15) 秘密準備金の存在は、それだけ経営が堅実なことを意味するので、こ
れを有することは非難すべきではないという見解もある。しかし、これ
を故意に設定し、税務上の課税利益を不当に低く計算し、あるいは利益
操作を目的とするようなものは過度の保守主義として非難されるべき
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
である。
16) わが国の保険業法には、剰余金配当の分配基準に関する規定はあるが
(保険業法58条及び同法114条)、剰余金の算出に関する規定はなく、一
般の事業会社と同様に、会計法に従って算定されている。そのため、発
生する剰余金の額は、当該保険会社の配当政策や内部留保により影響を
受ける。養老保険の貯蓄機能における投資性に焦点をあてるとき、行き
過ぎた内部留保は保険契約者の利益を侵害する可能性がある。岩原伸作
執筆 竹内昭夫編『保険業法の在り方 上巻』122亘(有斐閣、1992)、
拙稿「社員配当の弾力化についての一考察一生命保険をめぐる総合的な
検討に関する中間報告を素材として」生命保険論集137号165頁(2001)。
17) GesetztiberdlelntegrierteFinanzdienstlcIStungSaufsichtvom22.
Apr112002,BGBl,2002TellINr.25,S.1310により、金融の監督が
統合され、連邦保険監督庁も連邦金融監督庁(dle Bundesanstalt ftlr
FinanzdienstlelStungSaufsICht)に改組された。Vgl.Martin Fricke,
NVersZ 2002,S.337.
18) BGHZ128,54=NJW1995,S.589=VersR1995,S.77.および前掲注3。
19) 保険料は保険会社の役務の提供(危険団体の維持管理など)に対する
報酬としてのみ対価関係である価格に過ぎないので、保険契約は、委任
に関する有償の事務処理契約として括られる。それにより、事業者には、
秘密準備金からの配当を含む、委託者の利益を広範に保持する義務が課
せられる。
20) 給付の対価が全部または一部について、他方の側で稼得された収益や
利潤に対応するというも.のである。その結果、反対給付は、金額の確定
したものではなく、成果に応じて定められる。バゼドゥは(Basedow)、
会計報告義務及び事業成果の向上に努める義務、つまり、可能な限り高
い収益をあげるという共通の利益の達成という二つの副次的義務を展
開した。このような、保険会社は保険契約者・被保険者のために可能な
限り収益をあげなければならないという義務は、効率化義務
(Optimierungspflicht)といわれる。この効率化義務を基礎として、会
計法上認められている評価選択権を放棄することなどにより、秘密準備
金からの剰余金配当請求を根拠づける。Vgl.Jurgen Basedow,
ZVersiwiss1992,S.419.
21) この学説に対する批判として、保険契約の分割が困難であること、保
険会社が企業家として保険事業による危険を負担していることなどが
あげられる。
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
3.ドイツ保険契約法改正専門家委員会最鮨報告書(加糾年4月19日)
【145条(剰余金配当)】
1条 剰余金配当は明確な合意によってのみ排除することができる。
2条 保険者は剰余金配当を発生原因に方向付けられた手続きによっ
て行わなければならない。ただし、他の適切な配当原則である場
合にはこの限りではない。
3条 剰余金配当付き契約の場合、剰余金が商法の観点で算定され、
配当準備金への最低繰り入れは保険監督法81C条により行われな
ければならず、かつ、配当準備金は保険監督法56a条により損失
補てんのためにも使われうることを約款の中で伝えなければなら
ない。
連邦司法省の2004年10月27日の広報では、以下のようにまとめられ
ている22)。
1 従来保険契約法には剰余金配当に関する規定はない。従来の取決
めのすべては、剰余金配当を契約の中で定める各保険者の自主的な
判断に基づく。将来的に生命保険の保険契約者には剰余金配当請求
権が原則的に帰属する。ただし、明確な取決めにより排除すること
ができる。
2 そのうえ、将来的に保険会社には、個々の保険契約者にその支払
保険料によって「生じた」剰余金、すなわち、支払い保険料の投資
によって稼がれた剰余金を分配するという、剰余金配当について明
確に義務付けられる。分配原則は「適切」でなければならず、その
限りにおいて、民事裁判の規制に服する。剰余金の純粋に計算され
た算出は従来どおり商法の規則に従う。
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
なお、報告書は、保険料の分割を提唱した1997年の社会民主党議員
団による草案モデルを批判して、秘密準備金からの配当請求を根拠付
ける考え方に対して、明確に反対する意思を表明している。
注22) BundesminlSterium derJustiz,Pressemitteilungen,Berlin,27.
Oktober 2004.
4.ドイツ連邦憲法裁判所2005年7月26日判決23)
最終報告書では、剰余金配当に関して従来の判例・学説を踏まえた
内容であったのに対して24)、ドイツ連邦憲法裁判所2005年7月26日判
決は、事実上、そのような内容を否定する判決を下した。すなわち、
保有している生命保険契約の譲渡の際や配当の際に秘密準備金を考慮
していないことについて、立法者にドイツ基本法(以下「基本法」と
いう。)2条1項25)および同法14条1項26)により、保険契約者の利益を
守るために関連する法的予防措置をとらなければならないとして判決
が下された。
【手続き1BvR782/94における事実の概要】
原告は、被告(1保険会社)との間で2006年までの有配当養老保険
に加入していた。1保険会社はコンツェルンへの組織変更を行った。
その1保険会社は保有契約をコンツェルンの目的から設立された
100%子会社(2保険会社)に譲渡した。譲渡は保有している保険に帰
属する資産と負債を含んだ。その子会社の資産は、保有契約移転前に
1保険会社に現存する資産の簿価の98,88%になる。つまり、1保険
−240−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
会社には資産の簿価の1,12%が残される。そこには、約350Mio DMの
秘密準備金(簿価は90Mio DM強)が含まれていることを申し立てた。
【手続き1BvR957/96における事実の概要】
原告は、1保険会社(生命保険相互会社)のもとで、配当付き養老
保険契約を結んでいた。1保険会社は、1987年から保有契約の大部分
を新たに設立された2保険会社(生命保険株式会社)に移転した。そ
の背景には、共通の持ち株会社を可能とする構造を作るために、保険
コンツェルンの組織変更の計画があった。社員に支払われるべき対価
の総額は、監査会社の鑑定書によって定められた。そして、保険保有
契約の96.4%が1保険会社から2保険会社に移転された。つまり、1
保険会社には、保有契約の3.6%が残されることとなった。BvR957/96
事件は、BvR782/94事件と異なり、相互保険会社としての被告の性質
にある。保険契約者は、秘密準備金の侵害と社員権の侵害を受ける。
原告は保有契約移転に関する認可に対して異議を唱えた。保有移転の
際には、1保険会社の資産は保険契約者に帰属するにもかかわらず、
そのために与えられる対価は十分ではなかったことから、彼らの権利
が必要最低限すら考慮されていなかったという。
【判旨】
憲法訴願はほぼ認められる。
手続き1BvR782/94について、旧保険監督法8条1項2号および同
8条1項1文3号に結合した保険監督法14条1項3文におけるほかの
保険会社に対する生命保険保有契約の譲渡に関する規定は、基本法2
条1項と同14条1項の基準によって検査すべきである。この規定は保
険契約者・被保険者に対する立法者の保護義務につながり、それを立
一一一一別1
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
法者は十分な程度守っておらず、その欠如は憲法上の要請を十分に満
たす保険監督法規定の解釈によって除去できない。
*1 他の企業へ保有している生命保険契約を譲渡するた釧こ、保険
契約者の承認を必要としない場合(保険監督法14条1条4文(保険
契約の移転に関する規定)による民法典415条(債務者と引受人と
の契約は、債権者の承認によって効力を有する。)の適用除外)、
立法者は基本法2条1項および14条1項により、契約上の権利を
自主的にかつ個別に行使することができなくなることへの補填義
務を負う27)。
*2 立法者は一保険監督法8条1項1文3号(保険契約者に利益が必
要最低限守られない場合の事業認可の拒絶)に関連して同法14条
1項3文に規定しているように−他の企業への保有している生命
保険契約の譲渡について監督庁の認可に服する場合、保険契約
者・被保険者の利益は監督庁によって広範に定められ、かつ、縮
減されることなく、認可の決定とその際の慎重な考慮をしなけれ
ばならない28)。
*3 基本法2条1項、同14条1項からの憲法上の保護義務は、保険
契約者の保険料支払いにより保険者のもとで生み出された財産価
値が契約移転の場合に剰余金の発生派として保有され、かつ、保
険契約者に債務者変更のなかった場合と同じ範囲で帰属すること
の確保を要求する。
*4 手続き1BvR957/96について、相互会社の保有する生命保険契
約の移転により社員権が失われることに対する適切な財産上の補
填に関する基本法14条1項からの要求について認める。
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ドイツ法における剰余金配当問題の動向
【手続き1BvR80/95における事実の概要】
剰余金配当付き養老保険について、立法者は最終剰余金の算定の際
に支払い保険料により生み出された財産価値の適切な考慮を規定しな
ければならないとして判決が下された。
原告は、1964年に被告保険会社と保険契約(調整保険)を締結した。
契約終了の際、保険監督庁による検査により、剰余金持分は被告の事
業計画書および年次事業報告書で公表された利益持分率に応じて正し
く計算された。原告は、−定款と宣伝文句と比較して−受け取った剰
余金が低すぎるとした。すなわち、剰余金配当は、秘密準備金にも及
ばなければならず、この範囲において、支払われた金額を超えた分の
支払請求権が原告にはあると主張した。
【判旨】
配当付き養老保険の法的規定は、基本法2条1項により与えられる
私的自治と同14条1項による所有権の保障から生じる基本法上の保護
の要請を十分には満たしていない。契約終了の際に支払われる最終剰
余金の計算について、保険会社のもとにある支払われた保険料で形成
された財産価値が適切に考慮されるという十分な法的予防措置が欠如
している。これは原告には最終剰余金が秘密準備金を考慮していない
ことによって、かつ、収益と費用の正当化できない差引勘定によって
あまりにも低く確定されているかを解明できないことにより、基本法
に違反している。
*1 立法者は基本法2条1項および同14条により、契約終了時に配
当すべき最終剰余金の算定に際して、剰余金配当付き養老保険の
領域における支払い保険料により生み出された財産価値を適切に
考慮しなければならないということについて十分な法的予防措置
−243−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
を規定することを義務付けられる。
4.2.評釈
クナップマン(Ulrich Knappmann)は以下のように解説する29)。立法
者は保険監督法11条(保険料計算の適切性)により規定された財産の
地位が保障され貫徹されることに配慮するように義務付けられる。こ
の義務は基本法14条から生じる。それはまだ権利が発生していない段
階にかかわる。確かにそれ自身、契約により契約当事者が自由に自己
の責任で適切な利益調整に配慮することが認められる。しかし、保険
契約の場合そうはならない。保険者は事実上契約内容を一方的に定め
ることができ、それゆえ、基本法2条1項による私的自治の憲法上の
保護は保険契約者・被保険者の基本権で認められた地位を保護すると
いう国家の義務につながる。そこから、立法者は剰余金配当付きの養
老保険では、支払われた保険料から保険者の企業家としての判断によ
り生み出された財産価値も最終剰余金配当の基礎となるということに
配慮しなければならない。
立法者は基本法上の保護の任務を必要最低限ですら実行していな
い。契約法は必要最低限の手がかりすら与えない。すなわち、憲法上
の不満について非難された連邦通常裁判所1994年7月23日判決がある
が、保険監督法は個々の被保険者・保険契約者の利益を守るものでは
ない。それは個々の契約関係に関係付けられるのではなく、全体とし
ての保険契約者の利益を守り、そして、保険業が有効に機能すること
を確保するものである。そのような目標により、個々の保険契約者・
被保険者の法的に保護されるべき利益が考慮されないままであること
は否定できない。それは最終剰余金の算定にもいえる。
最終剰余金の算定を検査することについて、個々の被保険者・保険
−244−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
契約者か監督庁に明確な法的可能性が与えられなければならなかった。
そして、連邦憲法裁判所2005年7月26日判決により、剰余金配当の
規定が最終剰余金の計算のときに秘密準備金を考慮していないことか
ら憲法違反とされ、立法者には2007年12月31日までに新しい規定を作
るように求められた。
注23) versR2005,S.1109;VersR2005,S.1127.
24) ManuelBarochCastellvl,1n・DleVerschlagederReformkomrnlSSlOn
ftir eln neueS Versicherungsvertragsrecht.EinJahrhundertwerk am
Horizont?,S.95.
25) 何人も、他人の権利を侵害せず、かつ憲法的秩序または道徳律に違反
しない限り、自らの人格の自由な発展を求める権利を有する。
26) 所有権および相続権は、これを保障する。内容および制限は法律で定
める。
27) 保険監督法14条1項4文において、立法者による民法典415条の適用
の一般的な排除は、基本法2条1項で与えられる契約者の私的自治を侵
害する。これは、債務者(保険会社)が変更するのに、契約者自身で自
己の権利を守ることについて、配慮されていない。それゆえ、基本法2
条から、立法者は他の方法で十分な保護ができるように配慮しなければ
ならない。保険法は契約移転に関する保険会社の私的自治の決定が基本
的には契約者の利益に反しないという推測に基づく。契約者も履行の確
保ができる保険会社について利益がある。履行の確保に保有契約移転の
目的があるならば、通常、契約者の利益にも適う。しかし、契約者の利
益が会社の利益とは合致しないことも考慮すべきであり、保険契約の移
転が造作なく認められることにはならない。民法典415条の排除によっ
て、契約者の生命保険の法律上形成された法規律が、自己の利益を保有
契約移転の際に自ら守ることを不可能にするので、基本法2条は、契約
者の私的自治による利益保護が排除されることの埋め合わせの保護を
要求する。
28) 保険監督の目的は、以前より契約者の地位が悪くなること、不適切に
侵害される事を防ぐためであって、契約者の財産権を十分に守ることで
はない。保健監督法では、保険契約者の利益を十分守ることはできない。
29) NJW2005,S.2892.
−245−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
5.ドイツ連邦司法省草案(2006年3月13日)30)
連邦憲法裁判所2005年7月26日判決をうけて、ドイツ連邦司法省は
以下の草案を作成して、契約者団体や保険業総連などの各関係者に意
見を求めている。
【153条(剰余金配当)】
(1)保険契約者には剰余金の配当が行われる。ただし、明示の取決
めにより排除する場合にはこの限りにあらず。
(2)有配当契約の場合、保険者は剰余金を年次決算に基づいて算定
しなければならない。剰余金配当の目的で剰余金を算定する場合、
購入費用とそれを超える時価との間に生じる金額は適切に考慮さ
れる。生じる金額の半額が考慮される場合には、適切な考慮とし
て認められる。
(3)保険者は発生原因に方向付けられた方法にもとづく剰余金の算
定により、遅くとも2年以内に剰余金配当のた桝こ定められた金
額を直接割り当てなければならない。他の比肩し得る適切な配当
原則が取り決められることはできる。
【参考】
Artike14(商法典の改正A341d条の改正点について)
資本投資は、保険会社による剰余金配当の計算に含まれる限り、慎
重原則の考慮のもと時価で評価しなければならない。商法典341b条と
同341C条は適用しない。取得価格とそれを超える時価との間に生じる
金額は、半額について貸方欄に直接自己資本の中の「時価評価準備金」
という特別な勘定に積み立てなければならない。準備金はそこに保持
−246−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
された金額がもはや利用された評価方法の適用とその目的の達成のた
釧こ必要でない限り、有効に取り崩すことができる。
Artike16(計算規則の改正r保険企業会計規則39条:資本投資からの
未実現利益・未実現損失について)
保険会社は未実現利益や損失を
1保険証券の所持者の計算と危険での資本投資からおよび
2商法典341d条2項により保険会社の剰余金配当計算の中へ含まれ
る限り、資本投資から
「資本投資からのみ実現利益」あるいは「資本投資からのみ実現損
失」という勘定に示さなければならない。
5.1.153条についての理由書
1項については、最終報告書と同じ。
2項については、保険会社の剰余金の算定にとって、対応する商法
の規定が重要である。連邦憲法裁判所2005年7月26日判決により、保
険会社がいわゆる秘密準備金を積み立てたときには、透明性を作り出
さなければならない。これは会計法規則の改正によって達成される。
資本投資は時価で会計処理しなければならない。しかし、同判決は秘
密準備金についての透明性の創出だけでない。むしろ、同判決によっ
て定められた一般原則は、保険契約者が自己の支払い保険料から生み
出された財産価値に適切に参加されなければならないということであ
る。それゆえ、2項では、年次決算の作成上預金の算定根拠、通常、
取得価格と時価との差額の半分が剰余金配当として考慮されなければ
ならないことを規定する。保険者が少ない割合を考慮するときには、
その少ない割合が適切であることを提示し場合によっては証明しなけ
−247−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
ればならない。逆に、保険契約者は高い割合が適切であることを提示
し証明しなければならない。
3項については、個々の保険契約者の契約上の請求権は規定されな
い。単に個々の保険契約者の実際上の利益にすぎない。
5.2.評価
【連邦司法省の広報(2006年2月9日)】は、以下のように述べる31)。
秘密準備金からの配当を規定した。保険契約者は−連邦憲法裁判所
2005年7月26日判決で剰余金配当について示したように−将来的にま
だ実現されていない利益(いわゆる秘密準備金)からも、利益がその
保険料によって得られる限り、適切に配当されるべきである。保険会
社は秘密準備金をまず明らかにしなければならない。対応する会計規
則(商法典341d条)は改正される。資本投資は、時価が取得価格を超
える場合にも、時価で評価すべきである。それにより、秘密準備金は
明らかになる。原則的に、秘密準備金の半分は剰余金配当すべきであ
る。残りの半分は、価値変動リスクを補填するた桝こ企業に残される。
この手続きは個々の保険契約者に秘密準備金からの配当を保証するが、
準備金の留保について保険契約者・被保険者団体の利益も考慮してい
る。同裁判所は同じく二つの観点を強調した。
司法省草案はさらに剰余金配当を規定する。つまり(従来秘密の)
準備金からの配当を含む算定された剰余金は、将来的に個々の保険契
約者に遅くとも2年後には剰余金の算定がなされなければならない。
従って、それは具体的に算出され、算出された額において契約の終了
の際に支払われる。
【消費者センター全国団体(Verbraucherzentrale Bundesverband)
−248−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
(2006年5月30日)】は、以下のように述べる32)。秘密準備金からの剰
余金配当について、当センターとしては反対する。剰余金を将来の近
いうちに個別の契約に割り当てることを保険者に義務付けたであろう
ということは、判決から取り出すことはできない。これは長期わたっ
て積み立てようとする者の利益には大抵ならないし、貯蓄商品である
養老保険が早期の解約に関して大きな欠点を示すことが明らかになる
場合にはいずれにせよ利益にならない。
確かに司法省草案153条は任意規定にすぎない。その結果、保険者は
それに応じて異なる取り決めができる。それにもかかわらず、異なる
取り決めをした保険者には裁判所が当該規定を無効と判断するという
危険が非常に大きくなる。というのは、異なる取り決めをする場合、
司法省草案153条は補足的な裁判所の契約解釈の枠の中での内容規制
の基準となるであろうし、かつ当該保険者はかなりの破産リスクに脅
かされるであろう。
保険者はこのリスクを引き下げることができないので、保険者は司
法省草案153条により行動しなければならないであろう。2年以内に確
定された秘密準備金の半分を剰余金として示すという強行規定により、
保険者は保有する金銭をさらに短い期間でしか将来的に投資できなく
なるであろう。これは「利回り」にとっては否定的な結果になろう。
保険契約者にとっては、かえって迷惑なことになるだろう。
また、発生原因に方向付けられた剰余金配当について、保険者は不
透明性のリスクを負わなければならない。なぜ保険契約者の発生原因
に方向付けられた「配当」(Beteiligung)の代わりに、発生原因に方向
付けられた「方法」(Verfahren)がなされるのか、明らかにされていな
い。いずれにせよ、2008年の新事業年度に関しても明らかではない。
任意法規であるので保険者は異なる取決めをすることができる。とり
249
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
わけ、異なる取決めは顧客との関係において、当該有効な取決めをな
した場合にのみ有効となる。剰余金配当の適正性の検査の場合には、
保険者(!)は行われた方法が適切であったことを証明しなければなら
ない。当該不透明性リスクとコストリスクは保険契約者に負担させる
べきではない。経済的に有効な刺激(コスト回避)を作り出すことに
よって、保険者は透明性と経済有利性の検査可能性が求められるべき
である。
【ドイツ保険業総連(GDV)(2006年5月15日)】は、以下のように述べ
る33)。剰余金配当についての新しい規定によって、資本市場の動向と
企業のリスク状況とは関係なく、秘密準備金からのリスクへのバッフ
ァーが半分になり、保険契約者・被保険者には保証された受取勘定へ
の記入となる。その結果、民間の年金保険と混合保険のような商品に
はもはや現在のような高い保証を提供することはできなくなるだろう。
司法省草案は憲法裁判所の判決を正しく評価していない。新しい規定
では、保険会社のリスク負担能力のもとで契約者集団の利益が適切に
考慮されるべきである。
当団体は憲法裁判所の要請を満たすため、株式、出資および不動産
から秘密準備金のリスク・バッファーとして保障には必要でないもの
の90%を保険契約者に撤回可能で割り当てること、および、契約終了
時に特別支払として支払うことを提案する。リスク・バッファーとし
て必要とされる準備金の額はその時々の資産状況に依拠し、金融庁の
ストレステストの要求により定められる。それにより、例えば株式投
資の場合35%の市場の下落は自力で処理できなければならないし、保
険契約者の給付請求の確保は危殆化されない。この確保はとりわけ秘
密準備金で表される。不動産投資の場合、バッファーは8%で持ちこ
−250−
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
たえられなければならない。
注30) ReferentenentwurfdesBundesministeriumsderJustiz(13.3.2006).
31) BundesministerlumS derJustlZ,Pressemlttellungen,Berlin(9.
Feb.2006).
32) www.vzbv.de
33) www.gdv.de
6.結びに代えて
本稿では、剰余金配当問題に関する最終報告書、憲法裁判所の判例
および司法省草案について、これまでの経緯を踏まえて動向を紹介し
てきた。
従来、秘密準備金からの剰余金配当を認める学説と否定する学説の
対立があり、判例・多数説は否定してきた。すなわち、配当される剰
余金は、あくまでも、会計規則に則り、実現された利益が基準となる
としていた。最終報告書もこれに従い規定を置いた。ところが、連邦
憲法裁判所2005年7月26日判決により、秘密準備金について配慮して
いない規定は、憲法違反に当たるとして、保険契約法の立法による改
善を促したのである。その結果として現れたのが司法省草案である。
この判決の考え方は、従来、保険料の会計上の扱いにおいて、保険会
社という企業の裁量の余地として認められてきた領域に対して、保険
料は保険契約者のものであることを前提とする。そして、裁判所は、
保険契約者の利益に配慮する財産権と私的自治の砦としての役割を、
保険業全体の利益を考量する保険監督法ではなく、保険契約法に求め
たのである。
− 25ll
ドイツ法における剰余金配当問題の動向
その内容は、一保険産業界のみならず、契約者団体からも反対され
ているが−実はこれまで秘密準備金からの配当請求を求めていた学説
が主張していた剰余金配当に関する会計規則の作成と秘密準備金から
の配当について、一部実現したものとなった34)。すなわち、保険契約
者は、投資法(Investmentgesetz)(旧資本投資会社法)の規範による
投資家保護に値し、同法により、投資家(保険契約者)によって投資
された金銭(保険料と剰余金)は資本投資会社(保険会社)の財産と
は分別された特別財産を形成すること、および、保険会社は保険契約
者に保険の実際の価値に応じて利益配当する義務を負うことである。
連邦司法省草案で示されているように、貯蓄・投資的性格を有する
保険に対して、投資法のようなルールを掛けるのであるとすれば、保
険料の信託財産的な性格を前提にしているといえる。これは、わが国
の保険契約法のあり方を考える上で、保険契約法という枠組みを超え
た、投資法のような金融横断的な規制によって、このような保険契約
の内容を規律していく必要があることを示しているものと思われる。
注34)配当の基準が秘密準備金の半分というのは、政策的な配慮と思われる。
※なお、脱稿後に政府草案(2006年10月11日)に接した。基本的内容は
連邦司法省草案と同様である。
(本稿は、平成18年度生命保険文化センター研究助成による研究成果
の一部である。)
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