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温暖化対策の便益評価について

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温暖化対策の便益評価について
資料3−3
第5回タスクフォース 別紙資料
温暖化対策の便益評価について
栗山浩一(京都大学)
1.基本的な考え方
タスクフォースへの依頼事項の中で,対策を取らないときのコストを示すことが含まれているが,ここではこれに
対する基本的な考え方を整理する。温暖化対策のコストと比較すべきものは,対策を取らないときのコストではな
く,対策の便益である。たとえば,対策を取ることで将来世代の被害額を低減することが可能となるが,この被害
低減分は対策の便益に含まれる。
対策の便益は,現在世代と将来世代とでは異なる性質を持っている。また,国内の対策費用と比較するため
には,国内と国外の便益を分けて考える必要がある。表1はこうした時間軸と空間軸の視点から温暖化対策の便
益を分類したものである。
表1 国内の温暖化対策の便益
現在世代で発生
将来世代で発生
(A1) 金銭的便益
国内で発生
(B1) 金銭的便益
(省エネによる光熱費低減など)
(国内の農作物被害額の低減など)
(A2) 非金銭的便益
(B1) 非金銭的便益
(将来世代のために環境を保全など)
(C1) 金銭的便益
国外で発生
(国内の生物の絶滅回避効果など)
(D1) 金銭的便益
(技術移転による経済的利益など)
(C2) 非金銭的便益
(国外の農作物被害額の低減など)
(D2) 非金銭的便益
(途上国の植林による保全効果など)
(国外の生物の絶滅回避効果など)
Aは,国内の現在世代が受ける便益である。温暖化の影響は将来世代で発生するため,温暖化の被害防止
効果は現在世代では発生しない。しかし,現在世代でも温暖化対策の便益は存在する。たとえば,温暖化対策
として省エネ設備を導入すると,CO2 を減らすと同時に光熱費を低減させることができるが,これは金額で現れ
るものなので金銭的便益に含まれる。一方,自分自身は温暖化の被害を受けないとしても,自分の子供や孫な
どの将来世代が被害を受けることを回避するために,対策を取るべきと考える人は多いだろう。このように将来世
代のために環境を守ることの価値は「遺産価値」と呼ばれるが,これは金額では現れないので非金銭的便益に
含まれる。
Bは,国内の将来世代が受ける便益である。温暖化対策を行うことで,将来の被害を防止することが期待され
るが,被害防止効果には,国内において農作物被害が防止される効果のように金額で現れる金銭的便益と,生
物種の絶滅回避のよう金額では現れない非金銭的便益が含まれる。ただし,地球温暖化は地球的規模で生じ
るものであることから,国内の温暖化対策だけではなく,諸外国の温暖化対策も国内の被害防止効果と密接に
関係があることに注意が必要である。たとえば,いくら国内で温暖化対策を実施したとしても,他の国々が対策を
取らなければ温暖化が進展し,被害を食い止められない可能性もある。
Cは,国外の現在世代が受ける便益である。日本の温暖化対策は,国内だけではなく国外にも効果を持つと
考えられる。たとえば,クリーン開発メカニズムで日本が途上国の温暖化対策に資金や技術を提供する場合,途
1
上国で新たな温暖化対策技術が導入されることで地元に経済的利益が発生する可能性がある。あるいは,途上
国の植林に対して日本が資金を提供した場合,途上国の森林生態系が修復される可能性があるが,このような
環境保全効果は非金銭的便益に含まれる。
Dは国外の将来世代が受ける便益である。日本の温暖化対策によって将来世代の被害を低減することが期待
されるが,温暖化対策の効果は地球的規模で発生することから国外の将来世代もその恩恵を受けるであろう。
国外の将来世代が受ける便益は,国内の場合と同様に金銭的便益と非金銭的便益が存在する。ただし,日本
の温暖化対策が,海外のどの地域の被害額をどれだけ低減させる効果を持つのかを示すことは容易ではない。
このように,国内の温暖化対策は,国内/国外,そして現在世代/将来世代と様々な形で便益を生じさせる。
国内の温暖化対策の効率性を検討するためには,これら(A)∼(D)のすべての便益の総額(総便益)を温暖化
対策のコストと比較することが必要である。
2.便益評価の手法
温暖化対策の便益には,省エネによる光熱費低減のように直ちに金銭的に示すことのできる金銭的便益と,
絶滅回避のように金銭的には現れない非金銭的便益がある。環境経済学の分野では,市場価格の存在しない
環境の価値を金銭単位で評価するために,様々な環境価値評価(environmental valuation)の手法が開発されて
いる1。表2は代表的な評価手法の特徴を示している。
表2 代表的な環境評価手法の特徴
評価手法
内容
評価対象
顕示選好法(行動データを使用)
トラベルコスト法
対象地までの旅行費用
をもとに環境価値を評価
ヘドニック法
環境資源の存在が地代
や賃金に与える影響をも
とに環境価値を評価
利用価値
利用価値
レクリエーション,景観な
どに限定
地域アメニティ,水質汚
染,騒音,死亡リスクなど
に限定
情報入手コストが少ない
地代,賃金などの市場デ
ータから得られる。
表明選好法(表明データを使用)
仮想評価法(CVM)
環境変化に対する支払
意志額や受入補償額を
たずねることで環境価値
を評価
利用価値/非利用価値
レクリエーション,景観,
野生生物,種の多様性,
生態系など非常に幅広
い
評価対象の範囲が広い
存在価値やオプション価
値などの非利用価値も
評価可能
コンジョイント分析
複数の環境対策を提示
し,その選好をたずねる
ことで評価
利用価値/非利用価値
レクリエーション,景観,
野生生物,種の多様性,
生態系など非常に幅広
い
評価対象の範囲が広い
環境価値を属性単位で
分解して評価できる
利点
必要な情報が少ない
旅行費用と訪問率などの
み
問題点
評価対象がレクリエーシ
ョンに関係するものに限
定される
評価対象が地域的なも
のに限定される
推定時に多重共線性の
影響を受けやすい
アンケート調査の必要が
あり調査コストが高い
バイアスが生じやすい
アンケート調査の必要が
あり調査コストが高い
バイアスが生じやすい
統計分析が複雑
部分的な評価対象に限
定
温暖化によって景観やレ
クリエーション地が受け
る被害の緩和を評価可
能
部分的な評価対象に限
定
温暖化によって発生する
気象災害や感染症によ
る死亡リスクを評価する
ことは可能
広範囲な対象を評価可
能
将来世代のために環境
を残す遺産価値や野生
動 物 の 存 在 価 値な ど を
評価可能
広範囲な対象を評価可
能
将来世代のために環境
を残す遺産価値や野生
動 物 の 存 在 価 値な ど を
評価可能
温暖化評価
への適用可
能性
(資料)栗山浩一(2003)をもとに作成
1
環境価値評価の概要については栗山(1997)および鷲田(1999)を参照。また環境価値評価の理論については,
ヨハンソン(1994),Freeman(2003),栗山(1998)が詳しい。
2
環境評価手法は,大別すると環境が経済行動に及ぼす影響をもとに間接的に環境の価値を評価する顕示選
好法と,環境に対する好ましさを人々にたずねることで直接的に環境の価値を評価する表明選好法の二つに分
類される。
顕示選好法には訪問地までの旅費と訪問行動の関係を用いる「トラベルコスト法2」,そして環境が地代や賃
金に及ぼす影響を用いる「ヘドニック法3」などが含まれる。顕示選好法は,行動データを用いることからバイアス
の影響を受けにくく,比較的信頼性の高い評価額を得ることができるものの,評価対象は利用価値に限定され
る。
表明選好法には,環境変化に対する支払意思額をたずねる「CVM(仮想評価法)4」,および複数の代替案
を回答者に提示して対策の好ましさをたずねる「コンジョイント分析5」などが含まれる。表明選好法は,評価可能
な範囲が広いという利点がある。しかし,表明選好法は,アンケート調査によって得られた表明データを用いるた
め,調査票設計や調査方法に不備があると,バイアスが発生して評価額の信頼性が低下する危険性がある。
なお,温暖化対策の便益を評価する際には,将来世代のために環境を守ることで発生する遺産価値や,野
生動植物の絶滅を回避することで得られる野生動物の存在価値を評価することが必要となるが,こうした非利用
価値を評価するためには表明選好法が必要である。
3.既存の評価事例
国内で温暖化対策の便益を評価した事例は少ないが,ここでは,現在世代および将来世代の金銭的便益を
評価したもの,およびCVMとコンジョイント分析を用いて非金銭的便益を評価した事例を紹介する。
(1)金銭的便益を評価した事例
まず,現在世代で生じる金銭的便益を評価した事例として,カーボンマイナス・ハイクオリティタウン調査委員
会が実施した評価事例がある。これは,特定地域における温暖化対策の費用と便益を評価したものであり,全
国の平均的なデータではないことに注意が必要だが,現在世代で発生する金銭的便益を詳細に分析している。
まず,この研究では,金銭的便益には,省エネによる光熱費削減などのエネルギー便益(EB)と,それ以外の非
エネルギー便益(NEB)の二つに分類している。非エネルギー便益には,以下のものが含まれている。
a. 環境価値創出に対する便益
対策により実現する省エネ量や再生可能・未利用エネルギーの利用量に応じて創出される、市場等
で
取引可能な価値を便益と考える。
b. 地域経済への波及に伴う便益
対策に要するインフラ・機器設備や、事業運営のために支出する投資や費用に応じ、推定される地域
経済への波及効果を便益と考える。
c. リスク回避による便益
対策を実施しなかった場合に、偶発的事故、法規制強化、健康影響等が生じた時に被る損失相当額
2
3
4
5
トラベルコスト法については栗山・庄子(2005)が詳しい。
ヘドニック法については肥田野(1997),浅野(1998)を参照。
CVMは「仮想評価法」や「仮想市場法」などと訳されることもあるが,通称の「CVM」がそのまま使われることが
多い。CVMについては栗山(1997),栗山(1998),ミッチェルとカーソン(2001)が詳しい。
コンジョイント分析については,鷲田・栗山・竹内(1999),栗山(2000),栗山・庄子(2005)などが詳しい。
3
で、それが回避されることを便益と考える。
d. 普及・啓発効果による便益
対策の実施による啓発・教育効果、広告宣伝効果など、通常、別途コストを負担して実施した時と
同等の効果があるとみなせるコストを便益と考える。
e. 執務・居住環境の向上による便益
対策の実施より、知的生産性の向上や健康増進など、建物居住者・執務者にとっての住環境の
向上を便益と考える。
図1 温暖化対策の費用便益分析(地域A)
(資料)民生部門の低炭素化に係る対策コストと間接的便益(NEB)を考慮した費用対便益(B/C)の評価,カーボンマイナス・ハ
イクオリティタウン調査委員会中間とりまとめ,平成21年11月,一般社団法人 日本サステナブル・ビルディング・コンソー
シアム
これらの分類をもとに,地域Aと地域Bを対象に温暖化対策の便益評価が行われた。図1は,地域Aの評価事
例を示したものである。エネルギー便益(EB)が 37 億円に対して,非エネルギー便益は 43 億円であり,非エネル
ギー便益はエネルギー便益の 1.2 倍となっていた。一方,温暖化対策のコストは 48 億円であり,エネルギー便
益だけで見るとコストが便益を上回っているが,エネルギー便益と非エネルギー便益の合計で見ると,コスト(C)
が 48 億円に対して便益(B)は 80 億円となり,費用便益比率(B/C)は 1.7 となった。つまり,この地域で温暖化対
策を実施する便益はコストを上回っており,したがって経済的効率性の観点から対策を実施することが好ましい
と考えられる。ただし,ここで評価されているのは貨幣単位で評価可能な金銭的便益だけであり,生態系保全や
4
生物の絶滅回避などの非金銭的便益は含まれていないことに注意が必要である。
一方,将来世代で発生する便益を評価した事例としては,国立環境研究所 AIM チーム・温暖化影響総合予
測プロジェクトが実施した評価事例がある(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム,2009)。国内においても,今
後,国民生活に関係する広範な分野で一層大きな温暖化の影響が予想されるが,世界的に温室効果ガス排出
量が大幅に削減された場合,国内の被害も相当程度減少すると見込まれる。そこで,温暖化対策を実施しない
場合と,実施した場合で,それぞれ温暖化による被害額の評価が行われた。
ここでは,温暖化の被害額として,①洪水による氾濫面積及び被害コスト,②土砂災害による斜面崩壊発生
確率及び被害コスト,③ブナ林の適域への影響及び被害コスト,④マツ枯れ危険域の拡大,⑤コメ収量への影
響,⑥砂浜喪失面積の拡大及び被害コスト,⑦高潮浸水面積の拡大,被災人口及び被害コスト,⑧熱ストレス
死亡リスク及び被害コスト,の 8 つの指標について評価が行われた。
表2 代表的な環境評価手法の特徴
気候シナリオ / 影響分野
熱ストレス死亡リスク
−
450s
0.9
100
0.06
0.2
1.3
3
0.60
79
778
15
4.9
13
116
12
11
60
24
2.0
0.2
1.5
熱ストレス(熱中症)死亡被害コスト
億円/年
243
単位
年平均気温変化(1990=0℃)
℃
年平均降水量変化(1990=100%)
%
海面上昇量(1990=0m)
m
氾濫
災害
ブナ林
マツ枯れ
コメ
砂浜
高潮
熱ストレス
洪水氾濫面積
1000km2
浸水被害コストポテンシャル
兆円/年
斜面崩壊発生確率斜
%
面崩壊被害コストポテンシャル
兆円/年
ブナ林の適域
%
ブナ林の適域喪失被害コスト
億円/年
マツ枯れ危険域
%
コメ収量
t/ha
砂浜喪失面積
%
砂浜喪失被害コスト
億円/年
高潮浸水人口(西日本)
万人
高潮浸水人口(三大湾)
万人
高潮浸水面積(西日本)
km2/年
高潮浸水面積(三大湾)
km2/年
高潮浸水被害コスト(西日本)
兆円/年
高潮浸水被害コスト(三大湾)
兆円/年
2030s
550s
0.9
101
0.07
0.2
1.3
3
0.60
77
829
16
5.0
13
118
12
11
60
24
2.0
0.2
1.6
BaU
1.0
101
0.07
0.2
1.3
3
0.60
77
851
16
5.0
13
121
12
11
61
24
2.0
0.2
1.6
265
274
450s
1.3
105
0.10
0.6
4.4
3
0.49
72
1034
22
4.9
19
176
19
17
92
37
3.1
0.3
1.8
2050s
550s
1.6
106
0.11
0.7
4.7
4
0.52
65
1273
26
5.0
21
192
20
17
97
38
3.3
0.4
2.1
BaU
1.7
107
0.12
0.7
4.9
4
0.58
61
1381
28
5.1
23
208
21
17
102
39
3.5
0.4
2.2
373
480
529
450s
1.6
107
0.15
0.5
5.1
4
0.65
64
1325
27
4.8
29
273
32
30
155
63
5.4
1.8
2.1
2090s
550s
2.3
110
0.19
0.6
6.1
5
0.77
50
1811
37
4.9
37
338
37
32
176
67
6.2
2.0
2.8
BaU
3.2
113
0.24
0.8
8.3
6
0.94
32
2324
51
5.1
47
430
44
35
207
72
7.4
2.3
3.7
501
775
1192
(資料)温暖化影響総合予測プロジェクトチーム:地球温暖化「日本への影響」−長期的な気候安定化レベルと影響リスク評価−,
2009. (http://www.nies.go.jp/s4_impact/pdf/20090612.pdf)
表3は,このプロジェクトで評価された結果を示したものである。温室効果ガス濃度を 450ppm,550ppm,そし
て対策を取らなかった場合(BaU)の場合で,2030 年代,2050 年代,2090 年代における国内の被害額を算定し
ている。たとえば,氾濫被害については温暖化によって洪水氾濫地域を予測し,その地域の土地利用から被害
額を算出している。2090 年代では,対策を取らない場合は浸水被害は 8.3 兆円/年だが,450ppm まで削減す
ることで 5.1 兆円/年まで被害額を低減できる。したがって,450ppm まで対策を実施することの便益は,2090 年
代ではこの被害額低減分(3.2 兆円/年)となる。
なお,死亡被害コストについては,CVM による評価が行われている。すなわち,熱中症による志望者数の増
5
加を回避するための支払意思額(willingness-to-pay: WTP)をたずね,この支払意思額をリスク削減幅で割ること
で統計的生命の価値(value of statistical life: VSL)を推定している6。推定された VSL は 0.902∼1.055 億円/人
であった。これは死亡一人あたりの損失に相当するので,これに予想される熱中症死亡者数をかけることで死亡
被害を算出している。
このプロジェクトの評価では,2090 年代までの被害額を評価しており,現在世代だけではなく将来世代で発
生する便益も評価対象となっている。ただし,ここでも金銭的便益のみであり,生態系保全や生物の絶滅回避な
どの非金銭的便益は含まれていない。
(2)CVMによる評価事例(岩倉他,2000)
金銭的便益だけではなく,非金銭的便益も含めて評価したものとしては,岩倉他(2000)がある。この CVM 調
査では、まず地球温暖化の気候変動として IPCC が示した 2100 年に2℃上昇するというシナリオが回答者に説
明され、その後、国内での温暖化による被害の説明が行われた。例えば、海面上昇による砂浜の消失、豪雨や
干ばつなどの異常気象による影響、森林植生の影響、農産物の収穫低下、熱帯性感染症の増加などの説明が
行われた。こうした温暖化の影響が説明され後、温暖化対策として、新技術開発、森林の保全と整備、公共交通
の整備などが示され、温暖化を防止するためにいくら支払っても構わないかがたずねられた。
アンケートは郵送調査にて 1998 年1月に実施され、2059 票のアンケートが回収された。回収率は 37%であっ
た。CVM による評価結果は表3のとおりである。全国市民が温暖化対策に支払っても構わない金額(中央値支
払意思額)は一年あたり 7,394 円であった。これに国内 15 歳以上人口数をかけて集計すると集計額は年間
7,795 億円となった。岩倉他(2000)は,温暖化を防止するためは、国内の温室効果ガスを年間 0.1GtCだけ削減
する必要があると仮定し,温室効果ガス削減量一単位あたりの金額(原単位)を算出している。なお,この CVM
による評価は,国内の現在世代の便益のみを評価したものであることに注意が必要である。
表3 CVMによる評価結果
支払意志額(中央値)
7,394 円
集計額
7,795 億円
原単位
2,035 円/tCO2
(資料)岩倉成志他(2000)「複数の CV サーベイに基づく地球温暖化の社会的費用原単位の試算−運輸
部門における費用便益分析への適用を念頭に−」、『運輸政策研究』、2(4)、2-11 をもとに作成
(2)コンジョイント分析による非金銭的便益の評価事例(LIME)
次に,コンジョイント分析を用いて温暖化対策の便益を評価した事例として被害算定型環境影響評価手法
LIME (Life-cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)を紹介する7。LIME では CO2,廃棄
物,SOx などの環境負荷のインベントリデータを個々の環境問題の影響領域に特性化し,さらにいくつかの保護
対象にグルーピングを行い,最終的には単一の指標に集約する(図1)。
6
統計的生命の価値(VSL)については,栗山・岸本・金本(2009)を参照されたい。国内では内閣府(2007)が
CVM を用いて交通事故対策の VSL を分析したものでは,2 億 2607 万円∼4 億 6227 万円と評価している。また,
アメリカでは環境保護庁が過去の研究例の評価額をもとに VSL に対して 480 万ドル(基準年 1990 年)を政策評
価の標準値として採用している。
7
LIME については伊坪・稲葉(2005)を参照。
6
図1 環境負荷の統合指標化
(資料)伊坪徳宏・稲葉 敦(2005) 『ライフサイクル環境影響評価手法―LIME‐LCA、環境会計、環境効率のための評
価手法・データベース』,産業環境管理協会をもとに作成
これらのプロセスの中で,インベントリデータの作成からグルーピングまでは自然科学的なアプローチで分析
可能であるが,最後の単一指標への統合化では全く性質の異なる保護対象の重み付けが必要となるため,自
然科学的なアプローチだけでは分析が難しい。たとえば,健康被害は損失余命という年数単位,生物多様性の
損失は絶滅種数,そして生産性の低下は金額であり,単位が異なるのでそのままでは比較できない。これらの
重み付けには,健康,生物多様性,生産性のどれを重視するかという価値判断が必要となる。そこで,これらの
重み付けを行うためにコンジョイント分析によって金銭評価が行われている。健康と生物多様性は,そのままで
は比較できないが,両者が金銭単位で評価されれば統合することが可能となる。
図2は LIME で用いられたコンジョイント分析の設問例を示している。このように3つの対策が回答者に示され,
この中からもっとも好ましいものを選択してもらう。提示された対策と選択データの関係を統計的に分析すること
で,対策を構成する寿命損失や生物種の絶滅などの環境属性の重み付けを行うことが可能となる。また,対策
の中には「税金の追加」という金額属性が入っていることから,各属性を金銭単位で評価が可能となる。
7
図2 コンジョイント分析の設問例
課題
政策1
政策2
政策3
一人あたりの
寿命の損失
1 年あたり 0.5 日
(50 年で 1 ヶ月縮まる)
なし
(寿命が縮まらない)
現状を維持
(50 年で 2 ヶ月縮まる)
一人あたりの
社会資産の損失
半分
(50 年で 75 万円分失う)
現状を維持
(50 年で 150 万円分失う)
現状を維持
(50 年で 150 万円分失う)
植物の生長阻害
4分の1
(50 年で 25 億トン)
(日本全体の森林の 1.3%)
半分
(50 年で 75 億トン)
(日本全体の森林の 2.5%)
現状を維持
(50 年で 100 億トン)
(日本の森林の 5%)
生物種の絶滅
1 年で 0.5 種が絶滅
(50 年で 25 種)
新たな絶滅なし
現状を維持
(50 年で 50 種)
税金の追加額
(1世帯あたり、1 年)
年間 1 万円追加
(50 年で 50 万円)
年間 5,000 円追加
(50 年で 25 万円)
追加支出なし
「どの政策が一番好ましいと思いますか? ひとつを選んでください」
(資料)伊坪徳宏・坂上雅治・栗山浩一・鷲田豊明・國部克彦・稲葉敦.コンジョイント分析の応用による LCIA の統合化
係数の開発、環境科学会誌、16(5)、357-368、2003 をもとに作成
LIME は温暖化対策だけではなく,廃棄物,大気汚染,水質汚染など様々な環境負荷を評価対象としている
が,温暖化対策としては CO2 の削減量が健康被害の防止や生物多様性の保全などに及ぼす効果を分析し,さ
らに金銭換算を行うことが可能となっている。LIME の評価額では,温暖化対策の便益は 1,737 円tCO2となって
いる。なお,LIME も国内の現在世代の便益のみを評価したものであることに注意が必要である。
4.今後の課題
国内の温暖化対策の便益を評価した事例は多くはない。とりわけ生物多様性への影響など非金銭的便益まで
含めて評価した事例は少ないが,CVM とコンジョイント分析を用いた上記の二つはいずれも評価額は 2000 円t
CO2前後であった。これはタスクフォースで計算を行っている温暖化対策のコストと比較すると,便益がかなり低
いことがわかる。ただし,これらの評価事例で扱っているのは,温暖化対策の便益のごく一部にすぎないことに
注意が必要である。金銭的便益を評価した事例では,生物多様性保全などの非金銭的便益が含まれていない。
一方,CVMやコンジョイント分析では非金銭的便益も含まれているものの,これらは国内の現在世代の人々が,
温暖化対策にいくら支払えるかを調べたものであり,表1の「A」の部分を評価したにすぎない。温暖化対策の効
率性を判断するためには,表1のすべての便益を測定した上で,対策コストと比較することが必要である。そのた
めには,国内の現在世代の人々にとっての便益だけではなく,国外あるいは将来世代の人々にとっての便益を
評価することが必要であろう。
また,温暖化対策の効果は,世界的規模で発生することから,国内の温暖化対策だけを独立して考えるので
はなく,他国の温暖化対策も含めて考える必要がある。したがって,温暖化対策の便益評価においても,国内
の温暖化対策だけではなく,世界全体で温暖化対策の便益を分析することが必要である。
8
いずれにしても,温暖化対策の便益評価については新たな実証研究を行う必要があり,コスト分析と同様に研
究チームを組織して取り組む必要があるだろう。
参考文献
1.
浅野耕太 (1998)『農林業と環境評価―外部経済効果の理論と計測手法』多賀出版.
2.
伊坪徳宏・稲葉 敦(2005) 『ライフサイクル環境影響評価手法―LIME‐LCA、環境会計、環境効率のため
の評価手法・データベース』,産業環境管理協会
3.
伊坪徳宏・坂上雅治・栗山浩一・鷲田豊明・國部克彦・稲葉敦(2003)「コンジョイント分析の応用による LCIA
の統合化係数の開発」、『環境科学会誌』、16(5)、357-368.
4.
岩倉成志他(2000)「複数の CV サーベイに基づく地球温暖化の社会的費用原単位の試算−運輸部門にお
ける費用便益分析への適用を念頭に−」、『運輸政策研究』、2(4)、2-11
5.
温暖化影響総合予測プロジェクトチーム(2009) 『地球温暖化「日本への影響」−長期的な気候安定化レベ
ルと影響リスク評価−,2009. (http://www.nies.go.jp/s4_impact/pdf/20090612.pdf)
6.
カーボンマイナス・ハイクオリティタウン調査委員会(2009) 『民生部門の低炭素化に係る対策コストと間接
的便益(NEB)を考慮した費用対便益(B/C)の評価』,カーボンマイナス・ハイクオリティタウン調査委員会
中間とりまとめ,平成21年11月,一般社団法人 日本サステナブル・ビルディング・コンソーシアム
7.
栗山浩一(1997)『公共事業と環境の価値―CVM ガイドブック』築地書館.
8.
栗山浩一(1998)『環境の価値と評価手法−CVM による経済評価』北海道大学図書刊行会.
9.
栗山浩一(2000)「コンジョイント分析」大野栄治編著『環境経済評価の実務』勁草書房.
10. 栗山浩一(2003)「環境評価手法の具体的展開」、吉田文和・北畠能房編> 『岩波講座環境経済・政策学第
8巻 環境の評価とマネジメント』、岩波書店
11. 栗山浩一・岸本充生・金本良嗣(2009)「死亡リスク削減の経済的評価−スコープテストによる仮想評価法の
検証」,『環境経済・政策研究』,Vol.2,No.2,48-63.
12. 栗山浩一・庄子康(2005)『環境と観光の経済評価―国立公園の維持と管理―』勁草書房.
13. 竹内憲司(1999)『環境評価の政策利用―CVM とトラベルコスト法の有効性―』勁草書房.
14. 肥田野登(1997)『環境と社会資本の経済評価―ヘドニック・アプローチの理論と実際』勁草書房.
15. R.C.ミッチェルと R.T.カーソン/環境経済評価研究会訳(2001) 『CVM による環境質の経済評価―非市場
財の価値計測』山海堂.
16. P.O. ヨハンソン著/嘉田良平監訳(1994)『環境評価の経済学』多賀出版.
17. 鷲田豊明(1999)『環境評価入門』勁草書房.
18. 鷲田豊明・栗山浩一・竹内憲司編(1999)『環境評価ワークショップ−評価手法の現状』、築地書館
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