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私の国が持つ貴いもの∼次世代に手渡せる誇りとは∼

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私の国が持つ貴いもの∼次世代に手渡せる誇りとは∼
特集:世界の中の憲法9条
私の国が持つ貴いもの∼次世代に手渡せる誇りとは∼
堤
未
果
(ジャーナリスト)
「君と僕の一番の違いは何だと思う?」
で、 イラクで18ヶ月駐屯した後2006年の10月に帰
真冬だと言うのに擦り切れたセーターにジーン
国してからずっとブルックリン公園に住んでいる。
ズのアレン・リードは、 私の目をまっすぐに覗き
「よく、 イラクに行ったのは愛国心か正義感か
らかって聞かれるけど、 そんな奴らはほんの一握
こみながらそう聞いた。
2007年1月。 マイナス10度のニューヨーク。 水
りだよ。 大半は政治になんか興味もなくて、 ただ
滴のついた窓の外をマフラーを顔に巻きつけた人々
生活苦から入るんだ。 入隊と引き換えに保障され
が足早に通り過ぎてゆく。
る、 無料の医療と大学費用と引き換えにね」
投げられた問いを頭の中で考えている私を見な
だがフタを開けてみると無知だった代償は想像
がら、 彼はカフェラテを一口飲み、 イラクにいる
を絶する大きさだったと言う。 動くものは全て撃
時これがずっと飲みたかったんだ、 と笑顔を見せ
てと命令され、 どこに敵がいるかわからない毎日
た。
は24時間緊張が続き心身ともに疲労する。 自分た
「向こうでは1リットルボトルに入った水を渡
ちがここにいる理由がわかるものなどいなかった。
されるんだ。 一週間分だぜ。 のどが渇いてぶっ倒
大義のない殺しは眠りの中まで精神を浸食してく
れそうになる度に、 一気飲みしたくなるのを我慢
る。 夜になるとテントのあちこちから、 うなされ
する。 上官は言った。 今は我慢しろ、 帰国したら
る兵士達の叫び声が聞こえてきた。
自分の家で好きなだけコーヒーを飲めってね。 半
「悪夢は帰国してからも続いた。 何のケアもな
分は本当で半分は嘘だった。 コーヒーは飲めるけ
く放り出され、 社会復帰できず家も失って公園で
ど自分の家はなくなったからさ」
座りこむ俺達帰還兵の横を、 本当は何が起きてい
イラク戦争が始まった2003年から、 アメリカ政
るかちっとも知らない人々が車で通り過ぎていく
府は軍人用医療の予算を毎年1億ドル (約百億円)
んだ。 バンパーに張られたピンク色のステッカー
ずつ減らしていった。 資金不足から医師や看護士
の文字、 知ってるかい?」
私は黙ってうなづいた。 大資本が支配するアメ
を減らし、 薬も医療機器も足りず国内で廃業に追
リカメディアは、 真実と伝えられる情報の間の大
い込まれる軍病院が急増した。
しわ寄せを受けた兵士達は帰国してから医師の
きなギャップを生み出している。 2003年から今ま
診療を受けるのに現在平均一年待たされる。 その
でずっと、 街中に溢れかえっているピンク色の文
間にひどい戦争後遺症や、 被爆による様々な体調
字。
不良から社会復帰不可能となり、 ホームレスとな
ます
る兵士達がほとんどだ。 23歳のアレンもその一人
― 11 ―
私たちはイラクで戦う兵士達をサポートし
公園に住むようになって始めて、 アレンはニュー
私の国が持つ貴いもの∼次世代に手渡せる誇りとは∼
私は聞いた。 政府?マスコミ?それとも戦争で
スに関心を持つようになったという。 ゴミ箱に捨
ててある古新聞を、 焚き火をするために取り上げ
潤う大企業?彼は全てに首を振る。 そして言う。
たのがきっかけだった。 イラク戦争で空前の利益
「自分達の無関心だよ」
を上げた石油会社やウォールストリートの記事を
マスメディアには取り上げられないものの、 真
読みながら、 アレンは初めて、 自分たちが捨て駒
実を訴える彼らの声は世論を動かした。 その結果
にされていた事に気がついた。
が2006年の中間選挙だったとアレンは言う。
「イラクにいる兵士の間で今憧れの的は何だと
貧しい者を追いつめ、 海の向こうでもっと弱い
者に銃を向けさせる事でこの戦争は維持されてい
思う?君の国の憲法九条だよ」
私は思わず彼の顔を見つめた。 この数年、 同じ
る。 そのための格差を広げるいくつもの法案が、
民営化や自由競争などの華やかな言葉と共に次々
セリフを何度耳にしたことだろう。 パレスチナや
と政府によって出されていることに。
イラクの医師たちや、 インドの貧困地に住む子供
まだ小さい頃、 祖父母が語る戦争は、 そのため
に男達がいなくなり、 女達は工場に働きに出かけ、
達、 内戦が続くアフリカの人々、 アメリカ搾取に
ノーを言い始めた南米のリーダー達…。
食卓には米の代わりにかぼちゃやサツマイモが並
戦争の歴史に疲れ果てた人々が次世代に手渡し
ぶというものだった。 だが目の前で若い兵士が語
たい未来を描く時、 そこに浮かび上がる九条の理
る肉声は、 強い説得力を持ってもう一つ別の真実
念は、 彼らの間にある宗教や肌の色の違い、 国境
を教えてくれる。
さえも消して手をつながせる力を持っている。
国と言うものは戦争をするから貧しくなるので
「地獄の体験をしてどれだけ真実に気づいても、
はなく、 国内の格差を広げ貧しい者を増やすこと
アメリカ人である限り俺達は戦争を続けるだろう。
で、 徴兵制などなくともいくらでも戦争ができる
先週軍から再派兵命令が来たんだ。 俺は行かなく
のだ。
ちゃならない。 拒否すれば軍事裁判だ。 君のよう
「怒りを感じていたのは俺一人じゃなかった。
に、 戦争をしない憲法を持つ国に生まれていたら…
ホームレスになった帰還兵は少しずつ集まり、 共
それが君と俺の最大の違いだよ。 強い国になるた
に立ち上がりだしたんだ。 このまま黙って死んで
めにそれを捨てて戦争できるようにしようなんて
いくなんて耐えられない、 生きている間にイラク
クレイジーだぜ。 世界最強の軍を持つ俺の国をみ
では決して味わう事ができなかった、 自分を誇り
れば、 本当に武力と引きかえに平和が手に入るか
に思える事をしたかった。 だから俺達は軍の目を
どうかがわかるだろう?」
インタビューを終え、 地下鉄の入り口で別れる
盗んで出身地の高校へ行き、 後輩達に言うんだよ。
戦争はテレビや映画で見るようなかっこいいもん
時、 今度は彼に私が聞いた。
「私たちに共通しているものは何だと思う?」
じゃない。 俺みたいになるな、 英雄になりたきゃ
不思議そうに首をかしげる彼に、 私は言った。
自分を守れ。 敵を倒して自分の子供や孫を守れっ
今は平和な日本にいる私たちにも、 貴方達と同じ、
てね」
戦うべき敵がいることを。
「敵?」
それを聞くと彼は笑顔で、 「仲間に話しとく。
私が聞くとアレンは大きくうなづいた。
「戦場に行って初めて気がついたんだ。 政府の
君の国の人にも伝えてくれよ、 俺たちからグッド
言う敵なんか初めからどこにもいなかったことに
ラックってね」 そう言って手を振り、 寒空の下歩
ね。 戦うべき敵は、 もっとずっと近くにいたんだ」
き去っていった。
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私の国が持つ貴いもの∼次世代に手渡せる誇りとは∼
インタビューした兵士の殆どが褒めたたえ、 そ
してまた世界各地で切望される、 私の国日本が持
るのか、 そしてこれから先生まれてくる子供達に
どんな未来を残したいのか。
横の軸である世界観と縦の軸である未来観で今
つ 貴いもの 。
だがそれは私たちが無関心でいれば、 いつの間
再び九条を考える想像力は、 どんな武器よりも強
にか手の中からすり抜けていってしまう程にあや
い力で無関心という名の敵を打ち負かし、 次世代
ういものだ。
に誇りを持って残すことのできる、 美しい国を育
何故今世界の中でこれだけ九条が求められてい
んでゆく。
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