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外国税額控除の基本的性格についての考察

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外国税額控除の基本的性格についての考察
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一外国税額控除の基本的性格にっいての考察一
外国税額控除の基本的性格についての考察
望 月 文 夫
キーワード:外国税額控除,国際的二重課税,公平性,資本輸出中立性,租税政策
1234
目 次
はじめに
外国税額控除の概要
国内法と租税条約の規定
外国税額控除制度の基本的性格をめぐる所説
(1)外国税額控除を恩恵的な租税政策上の減免措置とする考え方
(2)外国税額控除が租税法上当然に認められるとする考え方
5.公平性の議論一米国における外国税額控除制度の導入時の議論
6.外国税額控除制度における租税政策とは
7.まとめ
1.はじめに
国際的二重課税は,複数の国の課税管轄権のもとで,1つの課税事実等に2つ以上の課
税を生み出す複雑なルールが充足することにより,または同一源泉の繰り返し課税により
生じる現象であるとされるω。国際的二重課税を排除することを目的として国内法におい
て制定される外国税額控除の基本的性格については,最近の大手銀行による余裕枠流用事
件をめぐる訴訟において,大きな問題点の1つとなった。
この事件は,大手銀行が有する外国税額控除の余裕枠を,外国法人に利用させて利益を
得ようとする取引を行った結果として生じた所得に対して課された外国法人税を,法人税
法69条に定める外国税額控除の対象とすることが許されるか否かを争点としていた。すな
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一経 理 知 識一
わち,形式的にはわが国の外国税額控除制度に適合しているが,その実態は,外国税額控
除を適用するために取引を仕組んだものであった。そして,この問題に関しては,最高裁
判所の平成17年12月19日判決(2)によって一応の決着をみた。この判決の中で,最高裁は
国側の主張を認め,銀行側の主張した外国税額控除余裕枠の使用を認容しなかったのである。
この事件において,国側は外国税額控除の基本的性格にっいて,それが租税政策上の規
定であることから,この制度(法人税法69条)の解釈に当たっては,その趣旨・目的に沿
った限定解釈を行うべきであると主張した。要は,外国税額控除制度は,国の租税政策の
一環として居住者(内国法人)に恩恵的に認められたものであることから,その政策目的
を達成しない取引にはその適用はないというものである。そして,その理論構築は,中里
実教授が行ったということである(3)。
一方,これと反対の立場を採る代表的な立場として,水野忠恒教授は,「外国税額控除制
度を,政策的課税減免規定と理解するのは誤りである。」ωと述べている。このように,日
本を代表する租税法学者の見解が真っ向から対立しているのは,どのような原因があるの
か,そして,外国税額控除の基本的性格をどのように考えるべきかについて考えることは,
国際租税法における基本的,かつ重大な論点であると考えるに至った。
そこで,本稿においては,上述した中里教授および水野教授の所説,そして1918年に世
界で最初に外国税額控除を採用した米国における議論やその後の進展状況を参考にしなが
ら,外国税額控除の基本的性格について考察することとしたい。
2.外国税額控除の概要
国際的二重課税を排除する方式としては,外国税を損金算入する方法(5)(deduction
method)以外に,大きく分けて,外国税額控除(foreign tax credit)と外国所得免除
(exemption method)の2つの方法が存在する(6)。現実には,日本のように居住者や内国
法人に対して,その全世界所得に課税を行う場合においては,外国税額控除方式を採用す
ることが,そして,自国内の国内源泉所得のみに課税を行う国においてはJ外国所得免除
方式を採用することが,それぞれ各国において行われているとされる(7)。
そして,外国税額控除方式が採用されてきた理由として,この制度を有する本国での税
制の資本輸出中立性(capital−export neutrality)を,日本や米国などが対外租税政策と
して重視していたからであると説明されている(8)。ここで税制の資本輸出中立性とは,投
資が国内に対して行われる場合と国外に対して行われる場合のいずれにおいても租税負担
には投資場所による相違がない,つまり,国内投資の税負担と対外投資の税負担を同じよ
うに扱う,ということであるとされる⑨。そして,国外における課税の負担が排除される
ならば,国外に向けられた投資に対する租税の重複が排除されるので,国内における投資
一外国税額控除の基本的性格についての考察一
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とその租税負担は保たれるので中立性が維持されると説明されている(lo)。また,資本輸出
中立性を重視する政策は,資本輸出国にとっては,自国企業が進出先国において第三国の
企業と競争する上で自国租税上の阻害要因を排除する必要が存するという意味で,いわば
資本輸出に対する租税の中立性を確保するための政策であると説明されている(11)。税制の
中立性,すなわち,租税の負荷が経済活動に影響を与えるべきではない,という考え方は
税制構築の際,基本的な概念である(12)。
たとえば,日本の法人税率が30%,米国の法人税率が34%であるとする。わが国企業が
米国に進出して100ドルの所得を計上する場合,米国においては34%が,そして日本にお
いては30%相当額が課税されることから,税負担は合計して64%となる。これに対して,
日本の国内法人が国内でのみ所得を獲得する場合には,30%の税率が適用されるのみであ
る。一方,外国税を損金算入する場合には,米国で支払った34%部分が100から控除され,
差額の66に対して日本の法人税30%,すなわち19.8が課税されることから,トータルで
53.8の税額を負担することになる。したがって,国外に進出する企業については,国際的
二重課税の調整がなされない限り,国内企業に比べて不利益になるのである。そこで,外
国税額控除を適用すれば,(細かな要件を捨象すれば)米国における34%の税額が控除さ
れるため,国内でのみ活動する企業と等しい税額(すなわち30)の負担を負うことになる。
このために,資本輸出に対する中立性が保たれるとされるのである(13)。
一方,外国所得免除を採用する場合においては,資本輸入中立性(capita1−import
neutrality)がいわれる。これは,同一の市場において活動する企業が同一の税率で課税
される場合に保たれるものである。いわば,国外所得を免除することによって,国外にお
ける競争について中立を保つものであり,国外所得免除方式を採用することにより,資本
輸入中立性が保たれると説明されている(14)。
以上のように,国際的二重課税を排除する方法としての外国税額控除方式と国外所得免
除方式については,それぞれ税制の中立性ということが理由としてあげられているのであ
る。
3.国内法と租税条約の規定
ところで,外国税額控除は,多くの国においては国内法(日本では,たとえば法人税法
69条)で規定されているが,多くの二国間租税条約においても規定されている。二国間租
税条約は,1899年に当時のオーストリア・ハンガリーとプロシアとの間で締結されたのが
最初であるといわれている。その後,第1次世界大戦後に欧州等において国境を越えた経
済活動が活発に行われるようになったことから,国際的二重課税の問題が顕在化した。そ
こで,国際商業会議所の要請などにより,国際連盟の場においてこ二国間租税条約の規範と
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なるべきモデル条約の作成作業が1921年から開始された(15)。そして,1928年には最初の
モデル条約(マドリッド・モデル条約といわれる)が策定され,その後,1943年にはメキ
シコ・モデル条約,1946年にはロンドン・モデル条約として公表されるに至った。
第2次大戦後においては,1956年3月,欧州経済協力機構(OEEC)に租税委員会が設立
され,加盟国政府間の租税条約が準拠すべき租税条約モデルの作成作業が始められた。こ
の作業は,1961年にOEECがOECDに改組された後も継続され,1963年7月,作業開始以来
7年有余を経て採択された。これが最初のOECDモデル条約である(16)。 OECDモデル条約は,
その後も改定されていたが,最近では経済社会情勢の動きに的確に対応するため,2003年,
2005年など頻繁に改定されている。
ところでJ外国税額控除制度に関しては,1963年OECDモデル条約草案において,すで
に,国際的二重課税の排除のために,外国税額控除制度または外国所得免除方式のいずれ
かを採用するよう,加盟国に対して勧告している。そして,その後に改定されたいずれの
OECDモデル条約においても,このことは引き続き規定されている。一方,1979年国連モデ
ル条約においても,同様に規定されている。
しかし,租税条約が当初から二国間で締結されてきたこと,そして,モデル条約も二国
間条約であったことから,Adams教授は,つぎのように国際連盟の動きを批判していたの
である。すなわち,「条約は基本的に二国間で締結されるので,二重課税を回避するため締
約国の居住者または国民だけに適用される。A国は,二国間条約をB国と,そして, B国と
の条約と少しだけ異なる条約をX国と締結する場合がある。このような断片的な交渉が20
年あるいはそれ以上も継続するとしたら,多くの国の国民に紛争を生じさせることになる。
それは,現在のような何もない状態より,さらに悪い状態になるといえる。」(17)のである
から,「要するに,より長期の視点に立てば,問題を解決するためには,多国間条約という
統一的な解決方法を採用すべきである。」(18)というのである。
わが国における外国税額控除は,昭和29年に最初のこ国間租税条約として日米租税条約
が締結されることを奇禍として,昭和28年に米国の連邦所得税法の外国税額控除制度を参
考に導入したとされる(19)。これらの事実からは,日本の外国税額控除制度は,租税条約に
おけるそれとの関係があるとも考えられるが,外国税額控除制度の法的性格について,水
野教授はその沿革から,居住地国の一方的措置として認められるものと解しており⑳,租
税条約の規定は一般に確認規定であると理解されている(21)。
4.外国税額控除制度の基本的性格をめぐる所説
(1)外国税額控除を恩恵的な租税政策上の減免措置とする考え方
外国税額控除制度の基本的性格に関して,第2次大戦後の国際租税の発展に大きな役割
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を果たしたSurrey教授(22)は,外国税額控除制度を恩恵的な租税政策制度であると述べて
おり,これが日本の学会や財務省などに大きな影響を与えたと考えられる(23)。Surrey教授
によれば,1918年に外国税額控除制度が導入された背景には,米国が居住者(内国法人)
に対して全世界所得課税を行っていたところ,国外で活動する居住者には源泉地国での課
税に加えて,米国における高率の課税が行われていたことから,競争上非常に不利な立場
に置かれていたというのである。また,二重課税についての議論も連邦議会で行われてお
り,二重課税されていたものを最終的に米国の税額に近づけることが目標とされたという。
さらに,Surrey教授は,外国税額控除制度がどのようにして制定されたかという立法史は
なく,本稿で引用するAdams教授の講演録しか存在しないと述べている(24)。なお, Surrey
教授の論文には,後述する公平性という用語は用いられておらず,その代わり,外国税額
控除制度を導入する場合には,いくつもの重要な租税政策上の考慮が欠かせないとしてい
る(25)。
Surrey教授の主張や外国税額控除制度が有する資本輸出中立性を受けて,中里教授や上
述した訴訟における国側の主張は,外国税額控除制度が政策的租税減免規定であるとして
いるように思われる。中里教授は,「外国税額控除の制度は,つきつめると,資本輸出中立
性の確保という政策目的実現のために課税を減免するという,国家による一方的な恩恵的
措置なのである。(中略)したがって,たとえ外国税額控除制度を設けなくとも,憲法違反
になることはなかろうし,外国税額の損金算入で十分といえよう。」(26)と述べている。中
里教授は,Surreyの所説以外にOwensの所説(27)においても,この制度が恩恵的であるとし
ている(28)。
(2)外国税額控除制度が租税法上当然に認められるとする考え方
水野教授は,上述した余裕枠事件の下級審が国側の主張を支持したことについて,「外国
税額控除制度が国際租税法の基本的概念であり,それについて誤った認識をすること自体,
わが国の裁判所の限界を示していると思われる。(中略)たしかに,昭和28年の時点では,
経済政策的考慮が強く働いたと理解できるが,その後50年近い時点においても同じ性格を
有すると考える必要はないし,また,国際社会の動向にも配慮すべきである。(中略)1963
年OECDモデル租税条約の『二重課税除去の方式』として,第23A条(免除方式),第23B
条(税額控除)のいずれかを採用することを提案している」(29)ことをあげ,つぎに,米国
において1985年のSurrey&McDaniel両教授の著作(30)において,「租税歳出予算は,(中
略)政策的優遇措置としての規定と,所得税の基本的構造を構成する規定との区別の基準
を明示されたのである。そこで,Surrey&McDanie1両教授は,外国税額控除制度ならび
に国外所得免除制度のいずれかを規範的規則(基本的ルール)として採用することが認め
られると示したのである。(中略)以上のとおり,今日では,外国税額控除制度は,国際的
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二重課税を,国内法により排除するための制度であり,所得税の構造の一部をなしている
のである。」(31)と述べている。
また,志賀氏は,水野教授の理由付けを引用しつつ,戦後,ガット(後にWTO), IMF・
世銀,およびOECDなどによる国際的なシステムを構築することによって,相互に主権(こ
れには租税主権も含まれる)が制限されることを受け入れる,という合意が形成されてき
たこと,そして,国際的二重課税の回避は,日本が深く関与してきた国際貿易の発展ひい
ては国際経済の発展を目的とする国際的な相互依存システムの要請の帰結であり,国際的
義務であると述べ,さらに,外国税額控除制度の採用が立法政策の問題ではなく、また、
国家主権の枠内の租税政策として裁量の余地がある,ということは技術的要素を除けばほ
とんどない,とも述べている(32)。
このように,水野教授等は,OECDによる国際課税の枠組みおよび米国における外国税額
控除制度が所得税の基本的ルールとなったという米国の文献を理由とし,あるいは,これ
に戦後の国際経済の枠組みの進展という理由を付加したところで,外国税額控除制度は恩
恵的措置ではないとしているのである。
5.公平性の議論一米国における外国税額控除制度の導入時の議論
筆者は,外国税額控除は恩恵的措置ではなく,国際租税法上当然の措置であると考えて
いるが,上の水野教授などの見解にも直ちに賛同できない。というのは,米国の著名な学
者がこれを所得税の基本的ルールと述べたことや,国際経済の枠組みが整備されたことが,
外国税額控除制度の基本的性格を決定するという主張には同意し難いからである。また,
OECDモデル条約や国連モデル条約といった二国間租税条約は,外国税額控除制度を確認的
に規定するものであることもその理由である。
そこで,以下に,世界で最初に外国税額控除制度を導入し,日本の制度の範とされた米
国の制度について,その制定経sa(33)を中心に沿革を概観することにする。もとより,米国
の制度を検討することが,外国税額控除制度の基本的性格を決定づけるものではないが,
この制度が米国でどのように成立したかを跡付けることにより,外国税額控除制度の基本
的性格を検討する際のインプリケーションを得られると考えるものである。
1918年,米国は世界に先駆けて外国税額控除制度を導入した。米国の外国税額控除の導
入に関しては,水野教授が詳細に述べている。すなわち,米国においては,米国国民が支
払う所得税額につき,外国政府に対して,その国の源泉から生じた所得について支払った
所得税と等しい額の税額控除を認めたが,その背景には,米国国民が当時の高率な米国課
税に加えて,一定の外国の高い税率を負担するのは非常に厳しい,という状況があった。
そして,米国国民が負う過重負担に対して,外国税額控除という一方的・片務的な救済措
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置を採り入れた理由については,もし,この措置を採らなければ,米国納税者は海外進出
を止めてしまうか,あるいは,外国に移転してしまい米国は税収の確保ができなくなる,
と考えられた,と説明されている。要は,片務的措置を講じないことにより,かえって米
国自体の歳入が確保できなくなってしまう危険があったというのである{34)。
そして)J外国税額控除方式は,必ずしも国家間の合意を前提にして形成されるのではな
く,もともと米国等の国内租税法において片務的救済方法として採用されたものであると
し,自国の課税管轄を一方的に譲歩することを意味する,としているのである{35)。
なお,外国税額控除が源泉国への課税権の譲歩であるため,それが源泉国による税率の
引上げを誘発する危険があることもあり,米国は,1921年法において,国外源泉所得にか
かる米国の所得税相当額を限度として控除を認めることに制限した(36)。
さて,米国の外国税額控除制度導入に大きく貢献したのが,イェール大学で経済学を専
攻したThomas A. Adams教授であった。 Adams教授は,1901・年から1915年までの間,ウィ
陛
スコンシン大学で教鞭をとった後に,コーネル大学を経てイェ:ル大学教授に転じ,1933
年に死去するまでその職にあった。そして,1917年から1923年までの間,ウィルソン大
統領の要請を受けて,財務省租税顧問として連邦議会において政府見解を代弁していた。
1923年の政権交代後も1933年までの間,引き続き国際租税に関レて政府を代表して答弁
するなど財務省および連邦議会に非常に大きな影響を与えたのである(37)。
Adams教授は,当時の税制の構築に絶大な貢献をしたとされている。すなわち,1926年
に連邦議会がJoint Committee on Taxationという租税専門スタッフを受け入れるまでの
間,連邦議会に提出される法案の内容だけでなく,そのドラフティングまでをAdams教授
のアドバイスに負っていた。その意味から,Adams教授は「1921年法の父」とも呼ばれて
いたのである(38)。
Adams教授は,1918年の外国税額控除制度の導入について,以下のように述べている。
「第1次世界大戦の最中,.米国の財政が逼迫していたときに,私は公平性の見地から,運
邦議会に対して連邦所得税に外国税額控除制度を導入すべきであると提案した。私は,当
時,議会からは,私の提案が内容的にはいいとしても,財政上導入するのは困難であると
いう反応があると思っていた。しかし,驚いたことに,外国税額控除制度の提案は承認さ
れたのである。というのは,外国税額控除制度が公平と考えられたこと,戦争中の重税が
不当であっただけでなくそれによって倒産した納税者が存在したこと,による。課税にお
ける公平性は,常に,明確で単純なものではない。私は,公平性について長期的に見てい
るが,他の学者は短期的に見ている。しかし,二重課税というもっとも悪い形態は,明ら
かに不公平である。外国税額控除を導入することは,はじめの一歩であり,これを立法者
の意識の中に継続的に持ち込んでいくことにより,多くの政策が実施され,米国の税制を
より公平に,かつより魅力あるものにしていくことができるのである。」(39)
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このように,米国における外国税額控除の提案者は,この制度の導入趣旨として公平性
を根拠としているのである。筆者は,Adams教授の講演内容からみて,外国税額控除制度
の基本的性格について公平性の見地から再考すべきではないかと考える。すなわち,中里
教授や水野教授の所説には,公平性という制度趣旨が欠落しているのではないかと考える。
しかし,外国税額控除制度における公平性に関する議論は,すでに行われている。Owens
によれば,「米国の連邦所得税は,担税力に重点を置いている。そこで,同じ担税力を持っ
者は同額の税負担をすべきである,ということである。したがって,外国税額控除制度を
適用しているか否かにかかわりなく,米国納税者は,同じ担税力がある納税者は,同額の
租税を負担していることになる。」(40)Owensは,直接的には公平性という用語を用いていな
いが,内容的には水平的公平について論じたものであり,’妥当であると考える。
さて,外国税額控除制度における公平性に関して,米国の最新の研究において,Grubert
は,米国の現行制度が効率性(efficiency)の規準で構築されていることに対して,多く
の論者が公平性の規準を用いるべきとしていることを紹介している(41)。
筆者は,外国税額控除制度は,Adams教授がいうように,一もともとは公平性の見地から
外国進出する納税者と国内だけで事業を行う納税者を公平に取り扱うために導入された制
度であるということを基本とすべきであると考える。しかし,公平性だけをことさら強調
することも適切とは考えていない。もとより,公平に取り扱うことが,税制の中立性をも
意味するのであり,その点からは,国際的二重課税の排除は,公平性と中立性の2っの観
点から制度化されるべきであるともいえる。
この点,占部教授も「国際的な事業活動等により生じた所得について,どの国がどの程
度,課税管轄権を有するかについては,租税の中立性(資本配分の効率性)と公平性(正
義)という原則との調和が求められよう。」(42>としている。
筆者は,国際的二重課税を排除するために外国税額控除か国外所得免除のいずれかを導
入する際,全世界所得主義を採用している場合と国内源泉所得主義を採用する場合で,そ
の選択肢は決まってくると考える。目本や米国のような全世界所得主義を採用する国にお
いては,国外所得免除方式は採用することができないことから,必然的に外国税額控除方
式を採用することになる。
6.外国税額控除制度における租税政策とは
居住者(内国法人)が獲得した所得に対しては,日本や米国のように全世界所得課税を
採用している国々においては,それが国内において稼得したものか否かにかかわらず,課
税することができる(43>。また,日本や米国などは,非居住者(外国法人)に関しては,国
内源泉所得がある場合に課税を行う。そうなると,外国において稼得した所得については,
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居住地国と源泉地国とで二重に課税される場合があり得る。
このような国際的二重課税を排除するために,外国税額控除制度または免除方式のいず
れかを採用することが国際租税法上の義務であり,わが国は外国税額控除制度を採用する
ことにより,この責務を果たしている。ただし,外国税額控除の規定の内容を定めること
は,わが国租税法の枠組みの中での整合性を考慮した上で決定すべきである。たとえば,
わが国の外国税額控除制度は,控除限度額を国別に設定する国別限度方式ではなく,すべ
ての国の税を一括して限度額を設定する一括限度方式を採用している。このことは,わが
国の外国税額控除制度に対する租税政策の1つを表している。国別限度方式においては,
控除限度額を国ごとに設定することから,ある国において限度額を超える部分が生じた場
合は,外国税額控除の対象とはならない。これに対して,一括限度方式を採用する場合に
おいては,ある国の税額が控除限度額を超えたとしても,別の国(低税率国)で控除限度
額に余裕が生じる場合があれば,これを利用して,当該国において控除しきれなかった税
額をも控除することができるのである。わが国が一括限度方式を採用していることは,外
国税額控除に関して,国別ではなく全世界べ一スで企業活動を行うことを奨励しているこ
とを意味することになる。この例をみても明らかなように,国際的二重課税を排除するた
めに外国税額控除制度を導入することは,国際租税法上の義務であるが,その内容を決め
るのは,当事国の法制度などということになる。ここに租税政策を論じる意味が生じてく
ると考えられるのである。
7.まとめ
本稿において,外国税額控除制度の基本的性格については,米国の制度導入時において
は,公平性を重視していたことが明らかになった。その後の制度の変遷の中で,どのよう
にこの制度を構築していくかという議論が積み重ねられた結果,中立性や租税政策の点が
重要視されるようになってきた。しかし,少なくとも米国においては,最新の研究におい
ても,外国税額控除制度が公平性の規準により制度構築されるべきとの意見が多いことが
明らかとなった。このようなことから,外国税額控除はそもそも納税者間の公平を確保す
るという租税法の基本的理念の下に規定されるべきものというべきである。日本において
も,外国税額控除制度の基本的性格について,基本に立ち返った議論を積み重ねるべきで
あると考える。そして,租税政策は,外国税額控除をどのような制度とするか,という場
面で考慮されるべきであると考える。
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一経 理 知 識一
注
(1)占部(1993>,99ページ。
(2)民集第59巻10号2964頁。この判決に関しては多くの評釈があるが,ここでは,志賀(2006),本庄
(2006)をあげておく。
(3)国側主張の論拠が中里実教授の所論であることについては,今村(2006>,5ページに明記されている。
これに関する中里教授の所論については,中里(2002),229−231ページに詳細な説明がある。
(4)水野(2003),23−24ページ。
(5)日本の法人税法41条は,外国税については,損金算入できることを規定している。この点について,
中里教授は,全世界所得課税を採用する場合においては,この制度は最低限必要なものであるとして
いる。中里(2002),230ページを参照。また,金子教授は,「高い税率の下では,税額控除を選択し
た方が損金算入を選択するよりも普通は有利であるから,納税者は通常は税額控除を選択すると考え
てよいであろう。しかし,そのことは,損金算入制度の存在意義を否定するものではない。」と述べ
ている。金子(1982),90ページ。
(6)川端(2005),135ページ。なお,日本の法人税法などにおいては,外国税は損金算入することが原則
で,外国税額控除制度の適用は納税者の選択による,とされている。同書151ページ。
(7)金子(2007),338ページ。
(8)川端(2005),136ページ。占部(2002),455ページ。
(9)川端(2005),136ページ。
(10)水野(1995),8ページ。
(11)川端(2005>,136ページ。
(12)資本輸出中立性および資本輸入中立性については,Hufbauer(1992), pp.47−63を参照。
(13)本段落は,水野(1995),8−9ページを参考にして記述した。
(14)水野(1995),9ページ。川端(2005),136−137ページも同旨。
(15)小松(1982),2ページを参照。
(16)1963年のOECDモデル租税条約草案の制定過程については,小松(1982),7−8ページを参照した。
(17) Adams(1930), p. 195.
(18) Ibid.
(19)水野(2000),2ページを参照した。このほか,日本の外国税額控除制度の変遷については,藤本(2005),
22ページ,黒田(1989),19ページ以下を参照。
(20)水野(2000),11ページ。
(21)それにもかかわらず,Adams教授は,当時の米国憲法の下では,一般的・包括的かつ相互主義的な租
税条約を締結する権限が政府に与えられていなかったこと,そして,1929年9月以降の連邦議会に,
米国政府が租税条約のような包括的条約を締結することができるようにするための法案を提出する
予定があることを述べている。そして,その法案が通過することにより,米国の事業者が租税条約の
締結により恩典を受けている他の国の事業者と,国際的二重課税の排除を行うことにより,より対等
な競争ができるようになるとしている。Adams(1930),p. 194.また,租税条約の規定が確認規定であ
ることは,米国においても同様に理解されている。Gan㎡(1982), p。2を参照。
(22)Surrey教授は,1949年のシャウプ使節団の一員として来日しているが,そのときにはカリフォルニ
ア大学で教鞭をとっていた。その後,ハーバード大学に転じ,196ユ年から1969年までの問,財務省
の租税政策担当次官として,タックス・ヘイブン対策税制の導入や移転価格税制に係る財務省規則改
定など,米国の国際租税法改正に主導的な役割を果たした。
外国税額控除の基本的性格についての考察一
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(23)中里(2002),230ページに,後掲するSurreyの論文が引用されている。
(24) Surrey(1956), pp.817−818,
(25) Ibid., p. 818.
・(26)中里(2002),231ページ。
(27) Owens(1961), pp.2−3.
(28)中里(2002),230ページ。
(29)水野(2003),23ページ
(30) Suurey and McDaniel(1985), Interna tional Aspects of Tax Expendi’tufes’ A Compara ti ue Study,
Boston, Kluwer Law and Taxation.
(31)水野(2003),23−24ページ。
(32)志賀(2006>,33−34ページ。
(33)米国の外国税額控除制度の制定から1980年頃までの経緯については,Isenbergh(1984),pp.229−235
を参照。
(34)水野(2000),12ページを参照。
(35)前掲稿,11ページを参照。
(36)前掲稿,12ページを参照。
(37)Adams教授に関する情報は, Graetz and O’Hearh(1997), pp.1028−1031を参照した。なお,本文中で
「代弁」および「答弁1という用語を用いているが,原著では「spokesman」という用語を用いてい
る。このことから,Adams教授は,日本の国会における政府委員のような役割を果たしていたと考え
.られる。
(38) Graetz and O’Hearh(1997), p.1031.
(39) Adams(1930), p.198.
(40) Owens (1961), p.3.
(41) Grubert(2005), pp.158−159.
(42)占部(1993),104ページ。
(43)水野(1995),6ページ。
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