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海外市場向けペルソナマーケティングの 実践的研究 〜インド楽器市場

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海外市場向けペルソナマーケティングの 実践的研究 〜インド楽器市場
60
技術レポート Technical Report
技術レポート
海外市場向けペルソナマーケティングの
実践的研究
〜インド楽器市場における
コミュニケーションデザインに関する考察〜
佐々木 康浩 清水 良樹 池ノ内 智浩 岡田 圭太
要 約
「日本規格」をそのまま持ち込んだ海外進出が成功する例は少ない。ビジネスの
ために相手国の常識や習慣、生活様式等を知る場合は、一担当者だけでなく、関係
する他の社員も同じレベルの知識・理解を持つことが求められる。近年、海外市場
の常識や習慣、生活様式等を正しく捉えて理解する手法、加えて情報共有をするた
めの手法に対する期待が高まっていると考えられる。
本研究では、企業が提案する製品・サービスにとって重要かつ象徴的なユーザ像
を設定する「ペルソナマーケティング」の、消費者のニーズ・深層心理を明らかに
するためのデプスインタビューが困難な地域(新興国など)への適用を試みた。具
体的には、インド楽器市場を対象に、インターネット調査による定性情報、写真等
の収集でデプスインタビューを代替する手法を開発した。
共同研究先の楽器メーカーからは、新規性があり実行可能なコミュニケーション
施策を導くことができたという評価を得て、本手法の有効性を検証した。
目 次
1.はじめに
2.本研究の背景と目的
2.1 インド市場への期待の高まり
2.2 成長市場の取り込みで苦戦する日本企業
2.3 本研究の目的、研究方法
3.研究内容
3.1 調査設計
3.2 実査
3.3 ペルソナ生成
3.4 施策検討
4.研究成果
5.残る課題と今後の可能性
海外市場向けペルソナマーケティングの実践的研究 〜インド楽器市場におけるコミュニケーションデザインに関する考察〜
Technical report
Practical Research into Persona Marketing
for Overseas Markets
- Consideration of Communication Design in
the Musical Instrument Market in India Yasuhiro Sasaki, Yoshiki Shimizu, Tomohiro Ikenouchi, Keita Okada
Summary
There are few examples of success in expanding business overseas while
bringing“Japanese standards”into markets as they are. When learning common
practices, customs, and lifestyles in the target country in order to do business, it
is required that not only the person in charge but also other staffers concerned
should have the same level of knowledge and understanding. It seems that
in recent years, expectations for a methodology of correctly grasping and
understanding common practices, customs, and lifestyles in overseas markets as
well as a methodology of sharing information have been rising.
In this research, the application of“persona marketing,”in which an image
of users important and typical for products and services offered by companies
is set, was attempted in regions (emerging countries, etc.) where use of depth
interviews that clarifies consumer needs and depth psychology was difficult.
Specifically, a method of collecting qualitative information, photos, etc. by an
Internet survey aimed at the musical instrument market in India was developed
as an alternative to depth interviews.
The method was highly regarded by the musical instrument manufacturers
who are the joint research partners as they could come up with novel and
practicable communication measures through the method, and the effectiveness
of this method was verified.
Contents
1.Introduction
2.Background and Purpose of This Research
2.1 Rising Expectations for the Indian Market
2.2 Japanese Companies Facing an uphill Struggle in Capturing Growing Markets
2.3 Purpose of This Research, Research Method
3.Contents of Research
3.1 Survey Design
3.2 Actual Inspection
3.3 Persona Creation
3.4 Study of Measures
4.Results of Research
5.Remaining Problems and Future Possibilities
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62
技術レポート Technical Report
1.はじめに
「平成 20 年通信利用動向調査」(総務省)によれば、国民の 75.3%がインターネットの利
用者である[1]。つまり、多くの人々が会社や学校でも自宅でも、通勤・通学の途上でも、
常時ネットにつながっていることになる。このことが新しいビジネス提供やビジネスモデル
創成にもつながり、グローバル化が一段と加速している。
先進国では生活に必要な物資は一通り行きわたり、買う物も買う場所も多種多様な中から
選べるようになった。そして、その選択基準も、年代別に一律というわけでなく、成熟化・
多様化している。四畳半一間に住みながらポルシェに乗っている人も、いるくらいである。
このような状況では、ヒットする商品やサービスがますます予測しにくくなり、従来型のマ
スマーケティング手法が通用しなくなってきた。
こうした環境の中で、新しいマーケティング手法である「ペルソナマーケティング」が登
場してきた。ペルソナ手法は、マイクロソフトに在籍していたアラン・クーパーが、ソフト
ウェア開発のために利用者を想定した開発手法を用いたことが起源といわれている[2]。
「30 代女性、独身、会社員」という単なるデモグラフィックな属性ではなく、一人の生
活や嗜好などをつくり上げていく。これをペルソナと呼ぶ。例えば、図 1 のようなペルソナ
シートとして表現する。
図 1.ペルソナシートの例(イメージ)
出所:ペルソナ&カスタマ・エクスペリエンス学会 WEB サイト
海外市場向けペルソナマーケティングの実践的研究 〜インド楽器市場におけるコミュニケーションデザインに関する考察〜
代表性のある“たった一人”をデザインするのは難しいが、このペルソナがうまくできる
と、商品開発やサービス構築の精度が劇的に向上し、社員・組織間での意識共有が進むこと
が実証されつつある。我が国における代表例としては、大和ハウス工業の住宅商品「エディ
ズハウス」が知られている[3]
。J.S. プルーイットは、ペルソナ手法を多くの欧米の企業が
採用し、売上や ROI(Returm On Investment:投下した資本に対して得られる利益の割合)
の改善という果実を手にしていると報告している[4]。
本稿では、ペルソナマーケティングについて、物理的に遠く離れた国でのマーケティング
に使えないだろうかという研究を行ったので、その結果を紹介したい。
2.本研究の背景と目的
2.1 インド市場への期待の高まり
先進国の景気の減速感が漂う中、高い経済成長率を維持する新興国市場の存在感が増し
ている。
特に、今回研究対象としているインドでは、2020 年まで継続する生産人口の増加、年 6%
を超える経済成長率の持続[5]による巨大な消費市場の出現が予想されている。
所得水準でも、1995 年度に比べて 2005 年度では“中間層”の世帯比率が約 3 倍、“富裕
層”が約 8.5 倍に拡大するなど、“中間層”及び“富裕層”が 1995 年度以降着実に拡大して
いる。2009 年度の“中間層”と“富裕層”の世帯比率は、2005 年度に比べて“中間層”が
約 1.5 倍、
“富裕層”が約 2 倍に拡大するとみられることから[6]、日本企業が強みを有す
るハイエンド製品の領域でも、購買力を有する層が拡大していくものと考えられる。また、
絶対量として“上位貧困層”の拡大が顕著であることを考慮すると、今後は、この層をター
ゲットとした製品投入が成長市場の取り込みを図る上で重要になると考えられる。
表 1.インドの世帯別所得分布の推移
年間所得
NCAER の
所得層分類
1995年度
世帯数
(千世帯)
9万ルピー以下
貧困層
(Deprived)
9万ルピー超~
20万ルピー以下
(Aspirers)
20万ルピー超~
100万ルピー以下
(Middle Class)
100万ルピー超
合 計
上位貧困層
中間層
富裕層
(Rich)
2001年度
比率
世帯数
(千世帯)
2005年度
比率
世帯数
(千世帯)
2009年度(推計)
比率
世帯数
(千世帯)
比率
131,176
79.6%
135,378
71.9%
132,249
64.9%
114,394
51.5%
28,901
17.5%
41,262
21.9%
53,276
26.2%
75,304
33.9%
4,532
2.7%
10,746
5.7%
16,395
8.1%
28,441
12.8%
268
0.2%
807
0.4%
1,731
0.8%
3,806
1.7%
164,877
100.0%
188,193
100.0%
203,651
100.0%
221,945
100.0%
出所:経済産業省『平成 20 年版 通商白書』2008 年
63
64
技術レポート Technical Report
さらに、市場の成熟度はまだ低く、耐久消費財の 2009 年度時点での普及率が、カラーテ
レビで 30%、冷蔵庫で 20% 程度と予測される状況からみて[6]、今後の所得水準向上にし
たがって、これらの市場規模は急速に拡大するものと考えられる。
図 2.耐久消費財の普及率の推移
(%)
50
40
30
20
10
0
1995
2001
白物家電
2005
冷蔵庫
カラーテレビ
2009 (年度)
車
二輪車
出所:インド国立応用経済研究所(NCAER)
これに加えて、インドでは近年、若年層、富裕層を中心に西洋文化の浸透などライフスタ
イルに変化がみられるなど、市場環境そのものが変化している。
国際協力銀行が行った 2008 年度のアンケート調査[7]によれば、我が国の製造業が中期
的な事業展開先として有望とみる国は、中国がランキング 1 位を維持するものの、企業数は
減少傾向にあり、一方で、インドを有望とする企業数が中国に拮抗するまでに増加している。
表 2.我が国製造業が中期的な事業展開先として有望とみる国・地域(2008 年度)
年度
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
1位
中国
中国
中国
中国
中国
中国
中国
中国
中国
2位
米国
米国
タイ
タイ
タイ
インド
インド
インド
インド
3位
タイ
タイ
米国
米国
インド
タイ
ベトナム
ベトナム
ベトナム
4位
インドネシア
インドネシア
インドネシア
ベトナム
ベトナム
ベトナム
タイ
タイ
ロシア
5位
マレーシア
インド
ベトナム
インド
米国
米国
米国
ロシア
タイ
6位
台湾
ベトナム
インド
インドネシア
ロシア
ロシア
ロシア
米国
ブラジル
7位
インド
台湾
台湾
韓国
インドネシア
韓国
ブラジル
ブラジル
米国
8位
ベトナム
韓国
韓国
台湾
韓国
インドネシア
韓国
インドネシア
インドネシア
9位
韓国
マレーシア
マレーシア
マレーシア
台湾
ブラジル
インドネシア
韓国
韓国
10 位
フィリピン
シンガポール
ブラジル
ロシア
マレーシア
台湾
台湾
台湾
台湾
順位
出所:経済産業省『平成 20 年版 通商白書』2008 年、参考文献[7]
海外市場向けペルソナマーケティングの実践的研究 〜インド楽器市場におけるコミュニケーションデザインに関する考察〜
表 3.我が国製造業が中期的な事業展開先として有望とみる国・地域(詳細)(2008 年度)
順位
国・地域名
社数 471(503)
得票率(%)
1 (1)位
−
中国
279
(342)
63(68)
➡
2 (2)位
−
インド
271
(254)
58(50)
扌
3 (3)位
−
ベトナム
152
(178)
32(35)
➡
4 (5)位
扌
ロシア
130
(114)
28(23)
扌
5 (4)位
➡
タイ
125
(132)
27(26)
扌
6 (7)位
扌
ブラジル
91(47)
19 (9)
扌
7 (6)位
➡
米国
78(93)
17(18)
➡
8 (8)位
−
インドネシア
41(46)
9 (9)
−
9 (9)位
−
韓国
27(32)
6 (6)
−
10(10)位
−
台湾
22(24)
5 (5)
−
注:( )内は 2007 年度の数値
出所:参考文献[7]
このように、国内市場の縮小が見込まれる日本企業では、市場の拡大とライフスタイルの
変化などを背景に、今後もインドに対して高い期待が寄せられるものと考えられる。
2.2 成長市場の取り込みで苦戦する日本企業
耐久消費財では、早い時期にインド進出を果たしたスズキ自動車(マルチ・スズキ)が
トップシェアであるなど、自動車分野で日本企業が比較的高いシェアを有している。一方、
電気製品では、大きなシェアは獲得できておらず、早くから現地モデルを開発・投入してい
る韓国メーカーの後塵を拝しているのが現状である。
この一因は、日本企業は先進国向けの製品を持ち込むことができるハイエンド市場は得意
だが、今後の成長市場の取り込みに必要となる現地の特性にあわせた「ボリュームゾーン」
の製品作りやプロモーションを苦手としているためである。
今回の共同研究先となる楽器メーカー(以下、「A 社」)でも電気製品と同じく、成長市
場の取り込みをめざしてインド進出を試みているが、いわゆる「ボリュームゾーン」の市場
では、先進国でのブランドや実績を活かせず苦戦を強いられている。
2.3 本研究の目的、研究方法
( 1 )研究目的
前項で述べたように、「日本規格」をそのまま持ち込む形で進出が成功する例は少ない。
成功のためには、進出先でのマーケティングの強化、生活研究の徹底が必要となる。また、
ビジネスで相手国の価値観、嗜好、風習、行動特性、消費特性等を知る場合には、一担当者
だけでなく、関係する他の社員も同じレベルの理解・認識を持つことが求められる。特に、
製造業では、現地の特性にあわせた製品作りやプロモーションのため、市場担当、営業担
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技術レポート Technical Report
当、製品開発担当など多数の関係者において、地理的(地域的)に離れ、まったく異なる生
活環境の中で共通の理解・認識を持つ必要がある。
こうした認識にもとづき、本研究では、海外市場の価値観、嗜好、風習、行動特性、消費
特性等や、それにもとづく製品・サービスに対するニーズを正しく捉えて理解する手法、特
に地理的に離れた地域でニーズ把握に必要な情報収集をする方法、さらに、進出先消費者の
ペルソナを用いて、日本国内にいながらにして、地域や部門を越えた関係者間で情報共有を
図るための手法の開発を目的とした。
( 2 )研究方法
本研究では、企業が提案する製品・サービスにとって重要かつ象徴的なユーザ像を設定す
る「ペルソナマーケティング」を、地理的に遠く、消費者のニーズ・深層心理を明らかにす
るための情報収集(デプスインタビューなど)が困難な地域(新興国など)へ適用する方法
の確立を試みた。
具体的には、共同研究先となる西洋楽器メーカー A 社の協力を得て、インド市場を対象
に、インターネット調査による定性情報、写真等の収集によって、ペルソナ生成に必要とな
るデプスインタビューを代替する手法の開発を行う。
また、この手法で作成されたインド人ペルソナを用いて、インド市場における新しいコ
ミュニケーション及びプロモーション施策の検討を行い、関係者の評価から本手法の有効性
の検証を行った。
図 3.本研究の実施ステップ
Step1
Step2
Step3
Step4
Step5
Step6
定量調査
ターゲット
属性の決定
定性調査
ペルソナ作成
施策の検討
施策の評価
ペルソナの基本情報
となるデータをアン
ケート調査で収集
定量調査結果からペ
ルソナ作成に必要な
情報整理を実施
ターゲット属性に合
致する人々の暮らし
ぶりに関する【写真】
【自由回答】
を収集
関係者を交えたワー
クショップを開催
し、
ペルソナを作成
ペルソナを前提とし
たマーケティング施
策を検討
ペルソナ、マーケティン
グ施策について、第三
者視点で評価を実施
居間/子ども部屋の様子
楽器を弾くシーン
音楽を聴くシーンなど
ユーザペルソナ
ノンユーザペルソナなど
デモグラフィック属性
サイコグラフィック属性
音楽・楽器に対する意識
ユーザ像のクラスタリング
各属性を代表する数値の
決定
現状施策の整理
ユーザ像の詳細分析
WSによるアイデア整理
新規性
有効性
実現可能性
作成:三菱総合研究所
3.研究内容
3.1 調査設計
( 1 )ニーズの確認とペルソナ生成の目的の明確化
本研究の開始時点において、A 社は、インド市場に自社商品(楽器)の販売拠点を設立
し、市場開拓を行いつつ、スタンダードモデルの他にもエリア専用モデルを投入するなど、
各種マーケティング施策の実行段階にあった。
海外市場向けペルソナマーケティングの実践的研究 〜インド楽器市場におけるコミュニケーションデザインに関する考察〜
本研究では、コミュニケーションデザインをペルソナの用途とした。なお、コミュニケー
ションには、パンフレット作成、ポスター作成、ホームページ作成、TVCM(コマーシャ
ル)作成、その他メディアへの露出、アーティストリレーション、ディーラー施策、見本市
への出展、店頭イベント、販促活動等を含んでいる。
( 2 )仮説検証型の調査設計
調査に先立ち、インドの市場特性に関する外部情報(既存調査結果や統計)と A 社の持
つ内部情報(市場特性に関する観測結果)を照合し、ターゲットへのアプローチを考える上
で必要な視点出しを行った。
本調査では、「街の音楽教室に子どもを通わせている中産階級が潜在顧客である」との仮
説にもとづき、調査票を設計した。
3.2 実査
ペルソナ生成のための情報収集は、(1)定量調査ならびに(2)定性調査の 2 段階で実施
した。(2)定性調査では、ターゲット層を対象に自由回答で周辺情報を得る「深堀調査」
と、それを補完するための「写真収集」を実施した。
図 4.ペルソナ生成のための情報収集の流れ
クライアントニーズ 確認
定 量 調査
定性調査
深 堀 調査
写 真 収集
ペルソナ 生成
実施概要
インド市場における消費者のライフスタイル、消費意識等につ
いて網羅的に集めた調査結果(マーケティングDB)
を活用
調査データによる消費者の類型化により、
クライアント企業の
既存顧客/潜在顧客などターゲット層を抽出
ターゲット層に合致する人に対して、自由回答中心の設問で
ペルソナ作成に必要となる周辺情報(企業・製品のイメージ、
接触・購入のきっかけ・動機、暮らしぶり等)
を収集
深堀調査の回答者から、追加の情報収集(写真撮影)
に協力して
もらえる人を募集
周辺情報を補完する
(インスピレーションのもととなる)写真を収集
作成:三菱総合研究所
( 1 )定量調査
インド国内のアンケートモニターを対象としたインターネット調査を実施し、1,069 名か
らの回答を得た。調査内容の構成は、以下の通りである。
67
68
技術レポート Technical Report
図 5.実査手順と各調査の対象
配信対象者
回答者
(1,069)
仮ターゲット層
作成:三菱総合研究所
Step1:定量調査
(191)
Step2:深堀調査
協力者による
写真撮影
(22)
Step3:写真収集
注:
( )内の数値は、調査対象者数
A.消費者特性
A–1.デモグラフィック
A–1–1.地理的特性
(出生地域、居住地域など)
A–1–2.人口統計的特性 (性別、年代、世帯収入、世帯構成など)
A–2.サイコグラフィック
A–2–1.行動特性
(余暇の過ごし方など)
A–2–2.価値観特性
(現在の力点、将来の力点など)
A–2–3.西洋化関連
(菜食主義、外食時の料理、使用言語など)
B.消費者反応
B–1.商品採用行動(現在持っている商品など)
B–2.商品購買行動(商品購入の重視点など)
( 2 )定性調査
定量調査より、対象商品(西洋楽器)の既存顧客ならびに潜在顧客を抽出し、条件に合致
した対象者に対して追跡調査を実施した。
① 深堀調査 (回答者:191 名)
商品購入のきっかけ・動機、PR 媒体との接触状況、各メーカーのブランドイメージなど
に加え、音楽との関わり方や、人生に対する考え方など、主にペルソナ生成のために必要な
情報を自由回答中心に収集した。
② 写真収集 (協力者:22 名)
アンケートでは把握しきれない暮らしぶり(居住環境)や、既存顧客については対象商品
の利用状況がわかるような情報を収集した。通常は対面式のデプスインタビューを行うが、
今回は代替としてデジタルカメラで撮影した写真を対象者から送ってもらった。依頼にあ
たっては、極力こちらの目的にあった写真を収集するため、以下のようにシーンを細かく設
定した。
・ 家の中にある対象商品の写真(置いてある状態で)
・ 家族が対象商品を利用している写真
・ リビングや家族(子どもなど)の部屋の写真(部屋の中に何があるかがわかるように)
・ 家族の写真(できるだけ全員が写るように)
・ 近所にある対象商品を売っている店の写真 など
海外市場向けペルソナマーケティングの実践的研究 〜インド楽器市場におけるコミュニケーションデザインに関する考察〜
3.3 ペルソナ生成
( 1 )ペルソナ生成の方針検討
①ターゲット属性の抽出
行動特性(余暇の過ごし方など)、価値観特性(現在の力点、将来の力点など)、商品採用
行動(現在持っている商品など)、商品購買行動(商品購入の重視点など)の各指標を用い
てクラスター分析を行い、音楽に関する代表指標に反応したクラスターを抽出した。
このクラスターは、「子どもの習いごと(西洋楽器)」にも反応していたため、これをター
ゲット属性と仮定した。
②ペルソナ生成の方針決定
上記ターゲット属性に属するサンプルを使用して、購買パターンにより 2 組の家族ペルソ
ナを生成し、両者の比較(メンタルモデル、購入トリガー等)から、購入・買い替え等につ
ながるコミュニケーションの糸口を探ることとした。
ペルソナ活用によりデザインを検討するコミュニケーションは、以下の通りである。
・ 所有者ペルソナ— —— アップグレード(買い替え)につなげるコミュニケーション
・ 非所有者ペルソナ— — 初回購入につなげるコミュニケーション
( 2 )ワークショップによるペルソナ生成
①ワークショップの概要
A 社より担当者 5 名(営業部門、商品企画部門より参加)、三菱総合研究所よりコンサル
タント 7 名が参集し、ワークショップを開催した。コンサルタントは、調査データの分析・
加工(事前)とファシリテーション(当日)を担当した。計 12 名のメンバーを 2 班に分け
て、所有者/非所有者の家族ペルソナ 2 体を生成した。所要時間は、8 時間程度であった。
②実施手順
ペルソナ生成の実施手順は、以下の通りである。
ステップ 1:n 人分の回答データから似たもの同士をくくる
ステップ 2:重要なものを選び出す
ステップ 3:ペルソナシート(後述)上にレイアウトする
ステップ 4:血の通ったものに編集する
③ペルソナシートへの記載事項
以下の内容をペルソナシートに記載した。
・ 氏名(顔写真付き)、居住地、職業、年収
・ ペ
ルソナのセリフ
(ペルソナの特徴を一言で表すようなセリフを調査中の自由回答より引用)
・ ペ
ルソナと商品との関係性を示す物語(行動・感情・思考を具体的に記述)
・ 期
待値①:商品使用時にペルソナはどのように感じていたいか
・ 期
待値②:商品を使用することでペルソナは何を達成したいか
・ 期
待値②の背景にあるペルソナの長期的な希望や自己イメージ
69
70
技術レポート Technical Report
3.4 施策検討
生成したペルソナを用いて、
以下のステップで対象商品に関する販売施策の検討を実施した。
図 6.施策検討の手順
Phase1 ペルソナを前提とした施策検討 活 用 検 討
Step1
Step2
現状施策の整理
Step3
ユーザ像の詳細分析
① 購入前
① 情報接触
② 検討∼購入
② 購買行動
③ 購入後
③ 楽器に対する意識
実施事項
効果
制約条件 など
Phase2 施策の評価 評 価
④ メーカーに対する意識
所有者の特徴
非所有者の特徴
WSによるアイデア整理
本手法の有効性確認
① 対所有者アプローチ
購入前
検討∼購入
購入後
② 対非所有者アプローチ
購入前
検討∼購入
現地社員による評価
ペルソナ
コミュニケーション施策
新規性
有効性
実現可能性
作成:三菱総合研究所
Phase1 ペルソナを前提とした施策検討
Step1:現状施策の整理
インド市場の所有者/非所有者に対する現在のコミュニケーション施策を、「購入前」「検
討〜購入」「購入後」のフェーズ別に整理
Step2:ユーザ像の詳細分析
所有者/非所有者について、定量調査、定性調査の結果から「情報接触」「購買行動」「楽
器に対する意識」「メーカーに対する意識」などの特徴を整理
Step3:ワークショップによるアイデア整理
Step1、2 で整理した現状施策、ユーザ像の詳細分析結果をもとに、A 社担当者 10 名、三
菱総合研究所等のコンサルタント 6 名にてワークショップを開催。所有者向け施策検討チー
ムと非所有者向け施策検討チームに分かれ、以下の流れで、ペルソナを販売対象として想定
した施策のアイデア出し、ならびに KJ 法の要領で整理・集約を実施。
●
ペルソナに対する気づきを列挙
●
ペルソナに響くワード/ NG ワードを列挙
●
A 社・競合他社のそれぞれの強みを整理
●
購入フェーズ別に施策を整理
●
有望施策の選抜・集約
●
施策間の関係(流れ)を意識した再整理
●
施策のキャッチコピーを検討
Phase2 施策の評価
インドの現地法人、インド市場担当の A 社社員によって、本手法の有効性検証を実施。
具体的には、ワークショップで整理したアイデア(群)を「実現可能性」と「新規性」で評
海外市場向けペルソナマーケティングの実践的研究 〜インド楽器市場におけるコミュニケーションデザインに関する考察〜
価した。
4.研究成果
( 1 )インド市場におけるペルソナマーケティングの適用
インドにおける西洋楽器の世帯普及率がきわめて低く、仮にアンケートを行ってもどれだ
けユーザがいるかわからない状態で研究を開始した。学校教育に「音楽」がないなど、そも
そも五線譜の文化がない国であるため、「西洋楽器」に対する興味・関心、教育熱心さの度
合いなどで潜在的なユーザの抽出を試みた。また、インターネット調査の登録モニターの分
布には偏りがあるため、調査対象となる母集団にターゲット層が含まれていることを事前に
確認した。さらに、一般的な属性項目に加えてインド特有の要素(カースト、メイドの有無
など)を追加し、詳細なペルソナ像の生成の参考とした。
結果的に、インド市場における西洋楽器販売のターゲットとして、2 体のペルソナを生成
することができた。そして、そのペルソナを用いて、クライアントのインド市場における販
売促進施策を導いた。具体的には、ペルソナ(家族)が訪れる場所、関心が高いコンテンツ
を介した製品接触機会の創出、A 社ブランドを向上させるための体験機会の創出、既存/
潜在顧客の囲い込みなど「購入前→検討〜購入→購入後」にわたる一連の販売促進施策であ
る。これらは新規性があり、かつ実行可能なコミュニケーション施策を導くという評価を得
たことで、A 社に対しても一定の価値提供を行うことができた。
上記成果に加えて、ペルソナ生成ならびに施策検討のワークショップを通して、参加メン
バー間で共通認識の確認、自社ブランドの再認識ができたという効果もあった。
( 2 )自由回答+写真収集によるデプスインタビュー代替の実用性検証
デプスインタビューを省略しても、アンケートの自由回答と商品の利用場面に関する写真
収集とを組み合わせることで、ペルソナを生成することができた。
ただし、今回の手法(自由回答+写真収集)には、デプスインタビューと比べて以下のよ
うなメリット・デメリットがある。
表 4.デプスインタビューと今回の手法(自由回答+写真収集)のメリット/デメリット
デプスインタビュー
メリット
デメリット
・繰り返し質問ができる
・生の声を長文で取得でき、
ペルソナシー
トに発言をそのまま引用できる
今回の手法(自由回答+写真収集)
自由回答
・多くのサンプルを集められる
・コストが安い
・対象者のリクルーティングがやさしい
・遠隔地でも実施できる
・多くのサンプルは集められない
・繰り返し質問ができないため、
回答品質
・コストが高い
はアンケート設計者の技量
(仮説構築能
・対象者のリクルーティングが難しい
力)
に依存する
・遠隔地の場合、インタビューアー派遣が
・生の声を短文でしか得られないため、
ペ
難しい
ルソナシート作成時の文章化が難しい
・発
言者が少ない場合、代表性を担保できない
作成:三菱総合研究所
写真収集
・商品の使用環境が把握できる
・実際の商品
(メーカー、
モデル)を確認できる
・暮らしぶりなど、
言語化できない生活環境が
把握できる
・視覚的な情報により、
関係者間における認識
共有がより効果的に行える
・コストが高い
・撮影方法の指示が難しい
・プライベートへの配慮が必要となる
・参加条件
(デジカメ保有&写真送信のリテラ
シー)
が厳しいため、
協力率が低い
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技術レポート Technical Report
上記デメリットを緩和させるため、以下の点に工夫して実施することが望まれる。
①自由回答の設計
・ 単語、短文で回答が済まされないように、例文を提示して回答していただく。
・ 消費者の深層心理を探るため、ライフ(長期的)ゴール、エンド(行動面)ゴール、エ
モーショナル(感情面)ゴールのあぶり出しを意識して、質問を構成する。
②写真収集
・ 商品(そのもの)
、使用時、居住環境、家族団らんの様子など、言語化しづらい要素を
含む撮影シーンを指定する。
・ 施 策検討時の参考情報を得るため、近所にある商品の販売店、商品関連サービス拠点
(今回の調査では「音楽教室」)、街で見かけた商品(他社の商品も含む)の写真などに
ついても、可能な限り撮影してもらうよう要請する。
また、この写真収集を組み合わせた手法には、販売後の自社商品の扱われ方を追跡できる
という副産物もあることがわかった。
5.残る課題と今後の可能性
本研究では、ペルソナ生成のための情報収集にインターネット調査を活用した。しかし、
インドにおけるインターネット普及率はまだ低く、英語の読み書きができる人も限られるこ
とから、結果的に回答を得た人の多くが「中間層」以上に属する人であった。
今回は、普及率が低く、英語(西洋文化)と関係が深い「西洋楽器」が対象であったた
め、ターゲット層の抽出及び情報収集が可能であったが、今後ボリュームゾーンの製品を対
象とする場合には、
「中間層」以下の人からも多くの情報収集ができる方法を考える必要が
ある。
このように新興国市場の「ノンユーザ(潜在ユーザ)」からの情報収集で改善点はあるも
のの、地理的に遠く、深い情報収集が難しい市場で、「既存ユーザ」や「先進ユーザ」に効
率的にアクセスし、周辺情報を収集する方法として本手法の有用性が確認された。
参考文献
[1]
総務省:「平成 20 年 通信利用動向調査」
(2009).
[2]
アラン・クーパー著 , 山形浩生訳:
『コンピュータは、むずかしすぎて使えない!』,翔泳社(2000).
[3]
ジョン・S・プルーイット , タマラ・アドリン著 , 秋本芳伸訳:
『ペルソナ戦略 ― マーケティング、
製品開発、デザインを顧客志向にする』, ダイヤモンド社(2007).
[4]
ジョン・S・プルーイット他:「特集 消費者『理解』のマーケティング」『ダイヤモンド・ハー
バード・ビジネス・レビュー』2007 年 7 月号(2007).
[5]
三菱総合研究所:「内外経済の中長期展望(2008-2020 年度)」(2009).
[6]
インド国立応用経済研究所(NCAER):The Great Indian Market ― Results from NCAER's
Market Information Survey of Households (2005).
[7]
国際協力銀行:「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」
(2008).
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