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医療における刑事罰

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医療における刑事罰
医療における刑事罰
広島市立広島市民病院 高 田 佳 輝
いま、医師法第21条による医療事故に伴う死
亡の報告義務が問題となっており、死因究明制
度の創設が議論されています。死亡例に遭遇す
ることの多い病院勤務医にとってなおざりにで
きない問題です。
お皿を1,
000枚洗うと仮定しましょう。あなた
は1枚も落とさない、割らないと自信を持って
言えますか?もしも万一不幸にして割ってしま
い、ペナルティとしての体罰を加えられたとし
ても、その次にはもう割らないと自信がありま
すか?睡眠不足で眠たいときもあるでしょう、
仕事がきつくて疲れたときもあるでしょう。罰
を受けるとしばらくは気が張っていて大丈夫か
もしれませんが、いつまでも緊張を維持するの
は難しいことです。いつかまた同じことを繰り
返す可能性が少なくありません。体罰は再発防
止にはつながらないというのは単純ミスについ
ていえば常識です。それよりはどうすれば割ら
ないですむかという工夫をすべきではありませ
んか?例えば、疲れた時は皿洗いはしないよう
にするとか、仕事の前には睡眠をしっかりとる
ようにするとか、または滑り止めの手袋をする、
下に柔らかいものを敷いて落ちても割れにくく
するのもいいでしょう。こんな工夫もせずに、ペ
ナルティを科されるだけなら、多くの人はお皿を
洗うこと自体を拒否するようになると思います。
患者さんをお皿に例えるのはもちろん不適切
かもしれません。しかし、今の日本の医療事故
に対する法制度はこれに似ているのです。もち
ろん事故につながった過失にもいろいろなレベ
ルがあります。その中にはほとんど未必の故意
ともいえるものもまれにはあるとは思いますが、
ほとんどの事例はうっかりか勘違いなど単純ミ
スによるもの、そうでなければ病気自体の合併
症、高度の治療手技での合併症や診断における
ミスなどです。
誤診や治療上の判断や手技上のテクニカルエ
ラーなどを追及の理由にされると、怖くてとて
も医療を行うことはできません。医療はもとも
と不確実なもので、100%の結果を期待されても
無理というものです。また ToEr
ri
sHuma
nと
いわれるように、人は誰でも間違いを犯すので
す。仕事をする限り単純ミスは避けることはで
きません。単純ミスを刑事責任の対象にするこ
とは家族の憤りを和らげる意味はあるかもしれ
ませんが、再発防止にはつながらず、むしろ萎
縮医療が進むなど結局は社会的に損失をもたら
すのみです。懲罰を与えてもひとたび失われた
命はとり戻すことはできません。それは家族の
報復感を満足させるだけで、たまたま事故に遭
遇した運の悪い医療者、システムエラーの被害
者だったかもしれない医療者、治そうと努力し
たが力の及ばなかった善意の医療者を破滅させ
てしまうかもしれません。家族には申し訳ない
けれど、民事上の責任を取ることで了解してい
ただくほかはありません。ほとんどすべての医
療事故は、わざとやったのではなく、よかれと
思って行った医療の結果、医療者の意に反して
起こってしまったものです。
外国では「よきソマリア人法」という法律が
あります。これは「窮地にある人を、無償で善
意の行動をとった場合、たとえ失敗してもその
結果に責任を問われない」といった趣旨の法律で
す。医療は無償ではありませんが、医療は治して
あげたい、今の苦しみを取ってあげたいという善
意で行う行動であることには間違いありません。
結果が悪かったからといって、民事上の責任
はともかく、刑事罰まで科されることにはとて
も違和感があります。刑事罰は、業務上過失致
死傷罪という罪名で、交通事故などでの自動車
運転過失致死傷罪などと同じかさらに一段と重
い刑の扱いになっています。例えば、バスの運
転手がよそ見をして道路を外れ、崖から転落し
た場合はその運転手は過重労働などのシステム
エラーがなければ業務上過失を問われて然るべ
きだと思います。しかし、たまたま側にいたた
めに、その崖に落ちかかったバスを運転して元
に戻してくれといわれ、運転席に座っていろい
ろ試みたもののうまくいかず、挙げ句の果てに
元に戻せなかったではないか、崖から落ちてし
まったではないかなどと非難され、さらに業務
上過失致死傷罪に問うといわれては立つ瀬があ
りません。次からはバスは運転したことがない
からといったような理由をつけて関与するのを
避けるようになるに違いありません。
先日与党のある議員が、
「救急医療で患者が死
傷しても場合によっては情状によって業務上過
失致死傷罪を免除する」といった特例措置につ
いて提案されたそうです。情状によってという
文言が気に入らないが、原則として救急医療で
の免責は望ましいことで、やっと話題に取り上
げられるようになり、一歩前進と思います。さ
らにいえば外国ではそうであるように、救急だ
けでなく全医療行為に適応されるようになるべ
きだと強く念願しています。
(2
008/8/10)
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