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ビス業生産性

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ビス業生産性
–
研究レポート
No.180
December
2003
情報技術革新と情報サ−ビス業生産性
−日本の情報サ−ビス業の全要素生産性向上を阻むものは何か−
主任研究員
富士通総研(FRI)経済研究所
峰滝 和典
目次*
1. はじめに
P.4
1.1 問題意識
P.4
1.2 データの不足、全要素生産性の分析の欠如
P.6
2. 情報通信技術(ICT)革新とソフトウェア生産性
P.7
2.1 モジュール化とソフトウェア生産性:シリコンバレー・モデルの妥当性
2.2 ソフトウェア開発と規模の経済:「人月の神話」対「Linux の成功」
2.3 組織形態の変化と生産性
3. 情報サービス業企業データ:
「特定サービス産業実態調査」
P.7
P.9
P.10
P.11
3.1 ソフトウェア産業と「情報サービス産業」
P.11
3.2 「特定サービス産業実態調査」の利用とその注意点
P.12
3.3 「特定サービス産業実態調査」のデータ加工
P.14
3.4
P.16
分析対象の設定:
「活動的な情報サービス企業」
4. 全要素生産性成長率の回帰式推計とその結果
P.18
4.1 生産性の規定要因:変数の選択
P.18
4.2 定式化
P.22
4.3 推計結果
P.23
5. モジュール化の不備と「下請け」システムの負の遺産
P.26
5.1 モジュール化が有効に働く条件
P.26
5.2 外注化のもう一つの側面:下請け・孫請けの階層構造
P.31
5.3 新しい動き
P.33
6. 終わりに
P.35
7. 補論 推計式の解説と推計結果の詳細
P.50
*
本稿は、東京大学大学院経済学研究科西村清彦教授、東京大学大学院経済学研究科博士課程黒
川太氏との共同研究の成果をまとめたものである。西村教授のご指導、黒川氏のご協力に謝意を
表したい。特に、第4節の実証研究は多くを黒川氏に負っている。
要旨
1. IT 不況を経て、電気機械産業のなかにはハードウェアからソフトウェアや IT サービス
分野に業務の重点を移す企業も多数出てきている。日本の情報サービス業は、他の日本
のサービス業と同じく低生産性に陥って来たが、いまや情報通信革新の中で高生産性へ
の脱却を迫られている。
2. 情報サービス産業の特徴として、一社で完結して業務が行われるのでなく、外注化・協
働(コラボレーション)といった企業間の連携が一般的になされていることが挙げられ
る。これらは人件費等のコスト削減や、社外の技術・ノウハウの利用といったことが目
的として指摘されることが多い。実際、よく知られているように、情報通信技術企業の
中心地、米国のシリコンバレーでも企業がコミュニティを形成し、コミュニティ内のコ
ラボレーションが日常的になされている。
3. シリコンバレー・モデルでは、頻繁な技術革新の下、部品の生産は外注にまかせた方が
合理的である。しかしながら、単に頻繁な技術革新の下で、常に部品を外注することが
望ましいとは限らない。実際、新しい技術革新が起きるごとに部品間の調整や摺り合わ
せが必要である場合は、外注化することは困難であるといわれている。外注化が成功す
るには、外注化する部品が「モジュール化」していることが必要である。
4. 外注化の程度を表す「外注比率」(売上高に対する外注費の比率)は、「モジュール化」
が全要素生産性を劇的に向上させている場合は、当然強い正の影響を生産性に与えなけ
ればならない。しかし、実証分析の結果、情報サービス産業全体として、外注比率は全
要素生産性に負の影響を与えていることがわかった。その理由は、開発・生産工程のモ
ジュール化がこの産業では、十分にはなされていないにも関わらず、外注化を行なって
いることにある。
5. また実証分析の結果、システムエンジニア数の増加は全要素生産性上昇率に対して概ね
マイナスの影響を示していることがわかった。ソフトウェア構築を例にとって考えると、
システムエンジニアを増加させてもコミュニケーションを図るための労力が大きくな
りかえって非効率性を増すという現象が当てはまる。ネット上で世界各国のエンジニア
が無償で技を競いあっている Linux 型の開発では異なった結論となることも予想される
が、今回の実証分析の対象期間である 90 年代においてはこうした開発の型はまだ一般
的ではなかったと考えられる。
6. 外注化が効率的に行われることが、日本の情報サービス産業の競争力の向上には不可欠
である。そのためには、工程の全体を管理するプロジェクト・マネージャーの育成が急
務である。また、開発者同士のコミュニケーションが円滑になり、業務分担もスムーズ
になる組織編成が重要となる。企業間のコラボレーションが成功するためには、企業内
の組織の効率化が必要である。
1. はじめに:情報革新と情報サービス業
問題意識
日本経済は現在深刻な停滞の状況にある。その停滞の一つの原因が、日本経済全般にわた
って見られる技術進歩率の低下であり1、また電気機械・輸送機械・精密機械という 80 年代
において日本を牽引した産業に替わる新しい成長産業の欠如にあることは今更言うまでも
ないであろう。それに加え、90 年代日本が同時期の米国との対比において際だっていたのは、
非製造業における彼我の差であった。
西村他(2002)は、米国における産業別技術進歩率に関する実証研究(Joregenson (2001)
他)と日本のそれ(Nishimura and Shirai (2002))を比較している。それによれば情報通信技
術ハードウェア製造(ICT-producing)産業における日米差はそれほど大きなものでないのに
対して2、情報通信技術利用(ICT-using)産業である非製造業(金融、保険、卸小売、その他
サービス)における日米の差は著しい。Van Ark et al (2002) によると、90 年代後半 ICT 利用
産業(サービス)の労働生産性は米国で 5.4%伸びたのに対して日本の伸び率は 0.0%であっ
た。特に卸小売業での大きな差が特徴的である。情報通信技術の利用で、それまでの生産性
上昇率の低下傾向に歯止めをかけた米国に対して、日本の状況は更に悪化しているように見
える。
コンピュータやスィッチングハブと言ったハードウェアと並んで、情報通信技術(ICT)を構
成する重要な要素がソフトウェアである。実はそれを生産する情報サービス業は製造業では
なく、非製造業である。情報サービス業は、平成 14 年 3 月以降は新しく立てられた大分類:
情報通信業に分類されているが、それ以前は大分類:サービス業に分類されていた3。
日本の非製造業特にサービス業の低生産性は、こうしたソフトウェア産業にも当てはまる
可能性を示唆するいくつかの傍証がある。それによれば、同じ情報通信技術関連産業であり
ながら、ハードウェア産業の高い生産性と見事なコントラストを示している。
1
すでに多くの研究において 90 年代日本における技術進歩率の低下が跡づけられている。たとえ
ばマクロ経済の視点では深尾他 (2003)の詳細な分析および Hayashi and Prescott (2001)を、IT 資本
ストックと高齢化の影響を考慮に入れた産業別の動きについては Nishimura and Shirai (2002)を参
照されたい。
2
日本は IT 製造業では 90 年代後半の労働生産性の伸び率は 19.5%と米国の 23.7%、EU の 13.8%
と比べて遜色がない。
(Van Ark, B. et al (2002))
。
3
平成 14 年 3 月に日本産業標準分類が大きく改定された(第 11 次改定)
。この改定以前は、ソフ
トウェア産業はサービス業のなかに、情報サービス・調査業として掲載されていた。以下の分析
は、平成 14 年 3 月以前のデータを用いるので、この 14 年改訂以前の分類によっている。これに
対して改定以後は情報サービス業(中分類 39-)は情報通信業(大分類 H)に属することになっ
た。情報サービス業をさらに分類すると、ソフトウェア業(391)
、情報処理・提供サービス業(392)
となる。
1
例えばソフトウェア開発の能力を評価する上で国際的に認められている CMM(能力成熟
モデル Capability Maturity Model)によると、2000 年末時点で 23 社のインド企業がソフトウ
ェアプロセス成熟度の最高ランクに入っているにも関わらず、日本企業は 1 社も入っていな
い4。OECD (2002) によると、1999 年でソフトウェア・ライセンス収入とサービス収入によ
る世界ランキングのトップランキング 5 社のなかには日本企業は含まれていない。ようやく
トップランキング 20 社のなかに 1 社が入っているだけである。この事実は、情報サービス
業における日本の生産性の低さ、それから生じる国際競争力の不足を暗示している。
これに対して 2000 年初以来、日本経済再生の起爆剤として情報通信技術革新に期待が集
まり、政府も「e-Japan 重点計画」を策定し、情報通信技術革新の推進を図っている。特に電
子政府の推進によって日本のハードウェア産業のみならずソフトウェア産業に対する需要
を生み出し、その発展を図ろうとしていることは特筆されてよい。いわゆる「IT バブル」崩
壊後の IT 不況といわれる環境下、電子政府の推進は日本の IT 産業を下支えに重要な役割を
期待されている。
実際、それに呼応して電気機械産業のなかにはハードウェアからソフトウェアや IT サー
ビス分野に業務の重点を移す企業も多数出てきている5。日本経済は情報サービス業に発展の
契機を見出し、IT 企業は利益の源泉を情報サービス部門に求めようとしていると言えよう6。
このように、日本の情報サービス業は、他の日本のサービス業と同じく低生産性に陥って
来たが、いまや情報通信革新の中で、高生産性への脱却を迫られていると言える。この問題
意識のもとに本稿では、日本の情報サービス業において、生産性を規定している要因を特に
4
ソフトウェア開発を行う組織の能力レベル(成熟度)を 5 段階のモデルで評価したものである。
CMM は、米国国防総省からの依頼により米国カーネギーメロン大学で開発されたシステムであ
る。米国国防関連のシステムで導入され、ソフトウェアの品質や生産性の向上で効果が認められ
ため連邦政府機関や州政府、政府調達に参加する企業、政府調達参加の有無とは関係なく民間企
業へと、利用が拡大している。更に CMM のレベル評価を受けたプロジェクト数は、世界 40 カ
国以上で 7,400 ほどに増加し、ソフトウェア産業の育成を国家戦略と位置付けているインドでは
2000 年末現在で、CMM の最高レベルであるレベル 5 の認定を受けた企業数が 23(レベル 4 も
24) となっており世界でも数十社といわれるレベル 5 認定企業のうちの大きな割合を占めるに
至っているとのことである。詳細はソフトウェア開発・調達プロセス改善協議会(2001)を参照
されたい。
5
例えばソフトウェア開発・調達プロセス改善協議会(2001)によれば、IT 産業で付加価値の重
心が従来型の品質や価格に競争力を求めたハードウェアから、企業の経営革新、多様なライフス
タイルや充実したサービスを実現するソフトウェアやコンテンツ、情報サービスへと移っている
と言われている。また、OECD(2002)によれば、IBM の部門別収入を見ると 1997 年以降、ソフト
ウェア及びサービス部門のシェアがハードウェア部門を上回っている。IT 企業のリーディング・
カンパニーである IBM がコンピュータ製造ビジネスからソリューション・ビジネスに主軸を移し
ていることが注目されていることは言うまでもない。
6
しばしば、他国の例が取り上げられるが、従来のように欧米諸国だけでなく、インド、イスラ
エル、アイルランド、その他アジア諸国においても、情報サービス産業は、その産業自体として
の今後の発展可能性、及び他産業に与えると予想される様々な波及効果の高さから、今後の戦略
産業としての位置付けを与えられている点に留意する必要があろう。この点については例えばソ
フトウェア開発・調達プロセス改善協議会(2001)を参照されたい。
2
情報サービス業の特性に十分に注意を払いながら明らかにする。その目的は、過去そして現
在において、情報サービス業の生産性向上を阻むものを特定して、それを改善する方策を考
えることである。
データの不足、全要素生産性分析の欠如
実はこの目的を達成するには、日本の情報サービス業に関する広汎な企業別データとそれ
に基づく全要素生産性の分析が必須である。しかしながら、今までは、日本の情報サービス
産業に関して、広汎な企業データに基づいた全要素生産性あるいはその変化率である技術進
歩率を計測し7、その決定要因を調べるといった実証分析は皆無であった。
過去における情報サービス産業分析ではしばしばケーススタディがなされてきた(例えば、
佐野(2001)や小山・竹田(2001)を参照)
。たしかに、こうしたケーススタディ、特に成功企
業のケーススタディはミクロの企業経営のパフォーマンスについての情報を得るという点
では十分で且つ有意義である。しかし本稿の目的は、ミクロではなく、マクロ的にみて(正
確には産業というセミ・マクロ的に見て)日本の情報サービス産業の現状を把握することで
あり、数社あるいは数十社の、それも成功した企業の情報では不十分なことは言うまでもな
い。
また、過去の情報サービス業の分析では、多くの場合労働生産性をその分析の中心に据え
。しかしながら情報通信技術の粋である情報サービス産業で、
てきた(例えば新谷(1998)8)
生産性を単なる労働生産性で測る問題点は、コンピューター・サーバー等の資本設備の重要
性を考えれば、改めて指摘するまでもないであろう。労働と資本の両方を陽表的に考慮し、
技術水準を表すものとして全要素生産性を考える必要がある。問題の重大性、緊急性に鑑み
て、こうした分析の欠如は情報通信技術に関する政策決定をゆがめてしまう可能性がある。
従って本稿のもう一つの目的は、この情報サービス産業データ分析上の二つの大きなギャ
ップを埋めることである。第一に、日本の情報サービス産業についてのもっとも広範な企業
データに基づき、全要素生産性の変化率である技術進歩率を、企業別に計測する。具体的に
は、日本の情報サービス産業のもっとも包括的なデータである「特定サービス産業実態調査」
を用いて、企業別の全要素生産性を計測し、その規定要因を分析する。
ここで「特定サービス産業実態調査」の特徴として、全数調査であるということを強調し
なければならない。全数調査であるということは、この調査によってはじめて、日本の情報
7
本論文では、生産技術は一次同次性を仮定する。従ってコストシェアに基づく全要素生産性の
伸び率は、生産関数のシフトつまり技術進歩率に等しい。この点は、たとえば Nishimura and Shirai
(2002)を参照されたい。
8
新谷(1998)は本論文と同様に「特定サ−ビス産業実態調査」を用いて実証分析を行っている。
しかしながら、新谷(1998)が対象としているのは労働生産性であり、しかもその定義は従業者
一人当たり年間売上高としている。
3
サービス産業全体を把握することが出来るのである。さらに「特定サービス産業実態調査」
にある詳細なデータを用いて、企業別の付加価値を計算することが可能であり、さらには労
働や資本のデータも存在しているので全要素生産性の成長率の計測も可能になるのである。
2. 情報通信技術(ICT)革新とソフトウェア生産性
2.1. モジュール化とソフトウェア生産性:シリコンバレー・モデルの妥当性
情報サービス産業の特徴として、一社で完結して業務が行われるのでなく、外注化・協働
(コラボレーション)といった企業間の連携が一般的になされていることが挙げられる。こ
れらは人件費等のコスト削減や、社外の技術・ノウハウの利用といったことが目的として指
摘されることが多い。
実際、よく知られているように、情報通信技術企業の中心地、米国のシリコンバレーでも
企業がコミュニティを形成し、コミュニティ内のコラボレーションが日常的になされている。
たとえば青木・奥野 (1996) では、シリコンバレーにおける企業の枠を超えた技術者コミュニ
ティの存在の重要性が指摘され、頻繁な技術革新の下では部品の生産は外注にまかせた方が
合理的であると述べられている。
しかしながら、単に頻繁な技術革新の下で、常に部品を外注することが望ましいと考える
のは性急にすぎよう。実際、新しい技術革新が起きるごとに部品間の調整や摺り合わせが必
要である場合は、外注化することは困難であるといわれている。外注化が成功するには、外
注化する部品が「モジュール化」していることが必要なのである。
ここで言う「モジュール化」とは、
「独立して設計できる小規模なサブシステムを用いて、
複雑な製品やプロセスを構築すること」である(例えば Baldwin and Clark (1997)を参照され
たい)
。そして「独立して設計できる小規模なサブシステム」がモジュールとなる。つまり、
全体としての統一性が保障されていれば、部品自体は独立に設計できるわけである。
モジュール化は元々、IBM システム/360 の設計で生まれた考え方である。IBM システム
/360 以前のコンピュータは、それぞれ独自で、共通点もなく、固有の部品、OS、アプリケー
ション・ソフトを持っており、コンピュータ・メーカーが新しいコンピュータ・システムを導
入するたびごとに、特別なソフトウェアや部品を開発しなければならなかった。
これに対し、Baldwin and Clark (1997) によると、IBM システム/360 の開発担当者たちは、
コンピュータでの「ファミリー」の概念を考え出し、実行命令セットはすべて同一のものを
用い、互換性を確保するのに、設計面では「モジュール化」の原則を採用したという。そし
て「モジュール・デザインを広範に採用することでコンピュータ産業においてはイノベーシ
ョンの速度を劇的に速めてきた」(Baldwin and Clark (1997) , 邦訳 青木・安藤(2002)第 2 章
p.36))。その後のコンピュータ・ハードウェアそしてソフトウェア発展の歴史を見ると、モジ
4
ュール化がいかに効果的に作用したかが想像できる。
製品のモジュール化は、製作工程のモジュール化を可能にし、組織のモジュール化を生じ
させる。モジュール化が進むと、企業が外部から製品や部品を容易に調達することができる。
いわゆるオープン化が生じるのである。調達におけるオープン化は製品や部品のサプライヤ
ー側から見れば、アウトソーシングや外注化と捉えることができる9。
以上、主としてモジュール化がもっとも成功したと思われるコンピュータ・ハードウェア
に即して、モジュール化が生産性上昇に大きな役割を果たしたことを概観した。とすると、
こうしたモジュール化はソフトウェアの生産性向上に役立つのではないか、と考えるのは自
然であろう。そもそも IBM システム/360 の開発においては、ソフトウェアもモジュールの
一部を成していた。その後、ソフトウェアはハードウェアから分離して独立して開発される
ようになったのである。そこでソフトウェア開発においても、IBM システム/360 の開発と
同様に「モジュール化」の概念を当てはめ、それによる生産性の上昇を目指す見方も出てき
た。
しかしながら、ソフトウェアの分野ではハードウェアの分野で起こったほどの革新はなか
ったという見解(小山・竹田(2001) )があることにも注意しなければならない。つまりハー
ドウェアの発展とソフトウェアの発展は相似形ではないかもしれない。とするとハードウェ
アの開発で生まれたコンセプトをソフトウェアの開発にそのまま適応することには無理が
あるかもしれない。詳しくは後述するが、例えば OS (オペレーション・システム) の供給企
業がソース・コードを公開していないと、アプリケーション・ソフトウェアの分野では実際
にはモジュール化は困難となる。OS のなかでもアプリケーション・ソフトウェアを開発す
る際に利用される部分が、API(アブリケーション・プログラミング・インターフェイス)であ
る。アプリケーション・ソフトウェアの開発者は、 API に関する情報が必要であるので、
OS の供給者に比べて弱い立場にあると言われる。佐藤(1996)は、WINDOWS95 の発売に合
わせて対応ソフトウェアを投入し得た企業がマイクロソフト社以外は数社に留まった背景
には、API に関して十分な情報がなかったことがあると指摘している。 こうした問題は、ハ
ードウェアには存在しない。
また、ソフトウェア産業以外にも他の情報通信技術関連産業で、モジュール化が必ずしも
IBM システム/360 開発のケースのような効果を発揮しない可能性が指摘されていることに
も注意しておく必要がある。その例が、情報通信技術関連産業の中核の一つとも言える、半
導体製造装置産業にある。例えば、中馬 (2002) は半導体露光装置について、
「モジュール性
を高める試みが競争力を高める可能性が高いことは、
「摺り合わせ」型製品の究極に位置し
ている半導体露光装置においても指摘された」と述べる一方、「半導体露光装置が物理限界
に近づくにつれて、同製品がより高度な「摺り合わせ」型になる可能性があり、場合によっ
9
最近企業が IT 部門を外注化することをアウトソーシングと呼ぶことが多く紛らわしいので、本
稿では、外注化という用語を用いる。
5
ては、逆に、モジュール設計思想が放棄される可能性すら存在する」と述べており、モジュ
ール化の議論が IBM システム/360 開発のケースのように単純には当てはまらないことを示
唆している。
シリコンバレー・モデルと通称され、コンピュータハードウェアの生産性の劇的な上昇を
もたらした「モジュール化」は、しばしば情報サービス業の生産性上昇をもたらすと考えら
れている。しかしながら、本節の議論からも明らかなように、コンピュータハードウェアの
成功モデルを他の産業に機械的に当てはめて考えることはできない。本稿では、日本の情報
サービス産業において、コンピュータハードウェアの成功モデルが通用するのかどうかを確
かめることにする。
2.2. ソフトウェア開発と規模の経済:「人月の神話」対「Linux の成功」
情報サービス産業の全要素生産性を企業組織の観点で分析する要因の 2 つ目は、開発組織
の規模である10。
ソフトウェア構築は複雑な相互関係における作業の遂行である。従って、その作業の担い
手であるシステム・エンジニア(システムエンジニア)間のコミュニケーションが重要であ
り、システムエンジニア数を単に増加させても効率性が高まらないと言われている11。
実際、
「IBM のシステム/360 の父」として知られるフレデリック・P・ブルックス・ジュニ
アによると、プログラマーの時間は相互に代替不能であると言う。一人で 100 時間かかるプ
ロジェクトを、100 人を動員して1時間で行なうことはできない。開発者の人数で開発期間
(月)を置き換えることはできない、という意味で、ブルックスはこの点を協調して「人月
の神話」に囚われるなと主張している12。つまり、コミュニケーションが不十分な場合のシ
ステムエンジニア数の増加は、ソフトウェア産業の全要素生産性にマイナスとなることすら
あるのである。特に、開発スケジュールを変更したためにシステムエンジニアの追加投入が
必要になった場合など、システムエンジニアの増加が生産性を落とすことは、実務上よく知
られた現象である。しかしながら、ブルックスが批判する「人月」という単位を、日本では
依然として便利な仕事量の尺度として用いていることも事実である。
10
ここでいう開発組織とは、技術革新の源泉となる部門(基礎研究開発部門,システムソフトウ
ェア開発部門(SI も含む))のことである。
11
ソフトウェア開発においては、ソフトウェアが大規模になるに従って開発コストは線型以上で
増し生産性は線型以下で低下すると言われることがある(小山・竹田(2001))
。
12
「ソフトウェア構築は、本来システム的な作業であり、コミュニケーションを図るための労力
は大きく、分担によってもたらされた各個人の作業時間短縮をすぐに上回ってしまう。だから、
要員を追加することが、スケジュールを長引かすことはあっても、短くすることはないのである」
(Frederick P. Brooks Jr.(1995)
、邦訳 p.17)
6
コミュニケーションが重要であるという観点でいえば、近年、開発メンバーの協働(コラボ
レーション)を容易にするソフトウェア、例えばオブジェクト指向型のソフトウェアが普及し
ていることにも注意しなければならない。ソフトウェア開発には、開発者間の適切なコミュ
ニケーションが重要であるということは、開発者の個々の暗黙知をいかにソフトウェア開発
に効率的に反映させ、共有化するかという問題が重要であるということである。ソフトウェ
ア開発者の数の増大に伴い先述のように、ともすれば非効率性が高まるわけであるが、その
影響を少しでも緩和するためにオブジェクト指向型のソフトウェアのような共同作業の支
援ツールが役に立つと言われている。
こうした流れの上に、近年、インターネット上で OS(オペレーション・システム)の開発で
成功している Linux の例がある。Linux の開発においては、ネット上のコミュニティに世界
中から集まったプログラマーやシステム・エンジニアが開発に従事しているが、ネットの
様々な手段を通じて、コミュニケーションが上手く取れていると言われている。
コミュニティに入るに際して、こうした協働者にはかなりのレベルの技術力が要求されて
おり、コミュニティ内で知識の共有化が図られている。インターネットワーク上の協働(コ
ラボレーション)であるので、互いの情報は形式知として表現できなければならない。その
ためには共通の知識の土台が必要である。また共同開発者が多くなればプログラム上のバグ
の発見も容易に行なわれると言われている。開発者が同時にユーザーとなり、プログラム上
のバグを発見し、プログラムの質の向上に努めるわけである。インターネットを利用した新
しい形のソフトウェア開発と言える。
以上簡単に見た Linux の開発は、開発規模の増大(協働するプログラマーやシステム・エ
ンジニアの増大)が全要素生産性を高める可能性があることを示唆している。また Linux は
ソースコードがオープンであるので、アプリケーションについても、開発メンバーの協働は
比較的容易になるので、開発規模の増大が生産効率を上げる可能性がある。
以上みてきたように開発規模の増大は全要素生産性にマイナスに働くこともプラスに働
くこともあり得る。ブルックスの「人月の神話」はいわば古典的文献であり、ソフトウェア
開発について伝統的にいわれてきたことである。それに対して Linux が普及してきたのは 90
年代の後半以降のごく最近の現象である。本稿では、どちらが日本の情報産業のどの部分に
当てはまるか、を検討することにする。
2.3. 組織形態の変化と生産性
ソフトウェア開発にコミュニケーションが重要であることは先述の通りであるが、企業組
織の在り方もソフトウェア開発の生産性にとって重要である。
ソフトウェア開発における技術革新は直線的でなく、過去の技能の蓄積の重要性が低いこ
とが多い。そのため、企業組織は柔軟性が必要となる。雇用については終身雇用を前提とし
7
た正規雇用だけでなく、様々なタイプの雇用形態が並存する企業が多いのもこの産業の特徴
である。基盤技術が変化すると、それに合わせて雇用調整を行うことができるような企業組
織が有利である。
ソフトウェア開発企業の組織形態は変化が多い。同業他社との提携、合併・吸収、分社化
など、様々な組織形態のパターンを観測することができる。組織形態変化の好例として、加
藤・青島(2000)がエリジオンというソフトウェア会社を詳細に紹介している。エリジオンは 3
次元データ変換ソフトウェア(名称ダイレクトデータトランスレータ)で世界的に有名な企業
である。加藤・青島 (2000) によると、もともとはヤマハ発動機を退職した 3 人の技術者が
1984 年にアルモニコスというソフトウェア会社を設立し、その後 1999 年にアルモニコスに
3 次元 CAD システム受託開発部門だけを残し、パッケージソフト部門が独立したのがエリジ
オンである。
組織形態の変化という観点から注目したいことは、当初は受注ソフトウェア部門とパッケ
ージ・ソフトウェア部門が同じ会社に共存していたのが、後に分離したという点である。3 次
元 CAD システムという分野は共通でも、開発形態や事業展開などの面で受注ソフトウェア
部門とパッケージ・ソフトウェア部門は異なる。そのために、それぞれが付加価値生産性を
最大限に高めるために分離したのである。エリジオンは 3 次元形状処理技術とデータ交換技
術を基盤に様々なパッケージ製品を開発し、
世界の大手ベンダーに OEM 供給するとともに、
米国子会社を拠点とした欧米での積極的な事業展開も進めている。この例は、組織形態が付
加価値生産性に大きな影響を及ぼすことを示唆している。
3. 情報サービス業企業データ:「特定サービス産業実態調査」
3.1. ソフトウェア産業と「情報サービス産業」
実証分析に入る前に、今回実証分析で使用した「特定サービス産業実態調査」(以下、略
称「特サビ」
)を用いて日本の情報サービス産業を概観しておこう。
「特サビ」は情報サービ
ス産業に関する我が国で最も包括的な統計である。
「特サビ」では、情報サービス産業の内
訳として情報処理サービス(ASP も含む)
、受注ソフトウェア開発、ソフトウェア・プロダク
ト(業務用パッケージ・ゲームソフト・コンピュータ等基本ソフト)、システム管理運営受
託、データベース・サービス(インターネットによるもの・その他)、各種調査、その他に
分類している13。
13
ただし、
「特サビ」において、インターネットという分類が登場したのは、平成 12 年調査以降
である。
8
平成 13 年(2001 年)調査(確報)14の「特サビ」によると、年間売上高は 13 兆 7039 億
円、前年比 18.2%の大幅増となっている。業務種類別売上高シェアをみると、受注ソフトウ
ェア開発が 49.4%ともっとも大きく、ソフトウェア・プロダクトの 10.8%と合わせるとソフト
ウェア系で 60%以上のシェアとなっている。また、次いで大きいのが情報処理サービスであ
り、19.1%のシェアとなっている。
売上高の伸び率については、もっとも高かったのがソフトウェア・プロダクトの 49.1%であ
る。ソフトウェア・プロダクトがこのような高い売上高伸び率を達成したのは、それに含ま
れるゲームソフト、コンピュータ等基本ソフトがそれぞれ 162.3%、112.6%と 100%超の伸び
率であったことが大きく寄与している。次に高い伸びとなったのがシステム等管理運営受託
の 44.8%である。これはネットワークを用いたシステム構築やシステム管理運営業務のアウ
トソーシング化が旺盛であったことの影響が生じたものと解釈できる。受注ソフトウェア開
発については、ソフトウェア・プロダクトと比較するとその程度は低いが、伸び率は 8.4%と
比較的高い水準にある。伸び率が唯一マイナスであったのが、データベース・サービスのな
かのインターネットによるもので、−10.5%であった。これは、ネットバブル崩壊後のイン
ターネット産業の苦戦が表れていると解釈してもよいであろう。
次に契約先産業別年間売上高を見ると、製造業、金融・保険業のシェアがそれぞれ 22.6%、
17.5%と約 4 割を占めている。また伸び率については運輸・通信業が前年比 41.5%ともっと
も伸び率が高く、次いで卸売・小売業、飲食店が 30.6%、製造業は 22.8%、金融・保険業が
21.6%であった。運輸・通信業においては技術革新や業務プロセスの見直しが活発であるこ
と、卸売・小売業、飲食店では流通・販売管理システムなどの導入、製造業ではシステム開
発やアウトソーシングが著しいこと、金融・保険業については金融機関の統合の影響などが
表れていると考えられる15。
3.2.「特定サービス産業実態調査」の利用とその注意点
今回の分析の対象とした「特定サービス産業実態調査」は前述したように、情報サービス
産業に関する最も包括的な統計である。その特徴は、全数調査であるということと、事業所
ベースの統計であるということである。一方で、全数調査である点は、これだけで情報サー
14
後述するように使用したデータの期間は 1991−1999 年であるが、ここでは現段階で最新の平
成 13 年版(2001)について記述する。
15
他に、情報サービス産業を扱ったものに国土交通省の「ソフト系 IT 産業の実態調査」がある。
これは 1999 年以降の比較的新しい調査である。
「ソフト系 IT 産業の実態調査」はタウンページ
のデータの中からソフトな情報通信産業として「ソフトウェア業」、
「情報処理サービス」
、 「イ
ンターネット」の3業種いずれかに登録している事業所を抽出したものである。2001 年の調査に
よると、ソフト系 IT 産業の開業率(年率)はここ1年間で 17.8%ときわめて高く、ここ2年間
16%以上で推移(年率換算)しているという。又業種別に見ると、インターネット、情報処理サ
ービスの開設事業所数が減少する中で、ソフトウェア業の開設事業所数は増加する傾向にあるこ
とが指摘されている。
9
ビス産業全体を対象にできるという利点がある。他方で、事業所ベースの統計であるという
ことには注意が必要である。問題として設定した、モジュール化や開発規模は、事業所とい
うよりも企業の組織構造と連関する。従って、個々の事業所情報から、企業全体の情報へ変
換して、考察を加える必要がある。
図表 1 は、サンプル期間中における組織形態別の事業所数の推移である。今回の個票デー
タの利用可能年は 1991 年∼1999 年であり、その間の最小事業所数が 1995 年の 5812、最大
が 1998 年の 8248 である16。事業所は組織形態によって3つに分かれ、独立事業所(支社・
営業所などを持たない事業所)
、本社(支社・営業所などを持っている本社・本店)
、支社(支
社・営業所など)と分類される。組織形態の中で独立事業所がもっとも大きな割合を占め、
期間の平均で構成比は 50%程度となっている。このうち、支社を除く独立事業所と本社が「企
業」としての対象である。
「特サビ」を企業レベル実証分析に利用する上でいくつかの注意点がある。第一に「特サ
ビ」は事業所統計であり、情報サービス業務に係る有形固定資産取得額・営業費用関連のデ
ータは企業単位でしか存在しない。つまり、支社の情報サービス業務に係る有形固定資産取
得額・営業費用関連の情報は利用不可能であり、企業全体のデータとして本社に集約される
形となっている。付加価値や資本ストックを推計するためにはこれらのデータが必要であり、
実証分析では支社を除く独立事業所と本社が「企業」として対象となっている。この点は、
企業レベル分析であることの利点である。しかし他方、SE 数などの従業者の部門別従業者
数などは事業所ベースでしか得られず、これらのデータについては何らかの方法で企業ベー
スに変換する必要がある。
第二に建物の有形固定資産取得額の系列に欠損値が多いことである。機械・設備・装置の
有形固定資産取得額も毎年必ず計上されているわけではないが、特に建物に関してはほとん
どの企業で計上されておらず、建物資本ストック系列を推計する上で問題となる。資本スト
ック系列の推計を行う場合、通常は恒久棚卸法が用いられることが多い。しかし、その場合
にはフローの投資データが数年間分連続していることが必要であるが、特サビの建物に関す
る有形固定資本取得額についてはそれが非常に困難な状態になっている。もちろん、一般的
には一旦建物の投資を行えば暫く投資をしない状況は現実的に生じうるものであり、この部
分の扱いには注意すべき点である。本研究では従って補完として建物リースの可能性を明示
的に考慮しているが、厳密なデータは利用不可能であるので、推計の限界には注意が必要で
ある17。
16
ちなみに平成 13 年(2001)の「特サビ」では事業所数は 7830 となっている。
建物の有形固定資産取得額の系列がサンプル期間中すべてゼロという企業が数多く含まれて
おり、恒久棚卸法はもちろん、ベンチマークをとることも難しい状況である。しかし、企業が生
産活動において建物資本ストックを利用していないということは一般的には考えられない。補完
的な方法として、すべての企業が建物リースも行っていると仮定して建物リース資本の推計も行
っている。ただし、建物リースの推計についても厳密なデータは利用不可能であるので、依然と
して注意が必要である。
17
10
第三に、無形固定資産のデータが存在していないことである。なかでも、ソフトウェア資
産のデータがないことは全要素生産性を計算する上で問題となる。後述するように、ソフト
ウェア資産が増加している場合、それを推計に入れられないと、推計された全要素生産性上
昇率には上方バイアスが生じることになる。後述する実証分析では、この点のバイアスを除
去する方策をとっている。
3.3.「特定サービス産業実態調査」のデータ加工
本節では、全要素生産性の上昇率を推計するために必要なデータの加工方法について詳述
する。若干細部に渡るが、データの加工は結果に大きな影響を及ぼすので、このような形で
明確にしておくことが必要と考えられる。
3.3.1. 付加価値
付加価値については、
「平成 12 年版 特定サービス産業実態調査」に従い「売上高−営業
費用+給与総額+賃借料」を付加価値と定義している18。また、付加価値を推計した際に付
加価値がマイナスとなるものが一部(全サンプルの 0.37%)存在するが、分析の対象として
はこれらの企業は除いている。なお、付加価値を実質化するためのデフレータとしては、企
業向けサービス価格指数(情報サービス産業)を用いている。
3.3.2. 生産投入要素
生産投入要素としては労働、設備資本ストック、建設資本ストックがあるが、
「特サビ」
ではさらに電子計算機リース、建物賃借料のデータが利用可能である19。実証分析では資本
サービスは資本リースからも得ていると想定し、資本リースの資本還元をおこなっている。
つまり、生産投入要素は、労働、設備資本ストック、電子計算機リースの還元資本ストック、
建物資本ストック、建物賃貸の還元資本ストックの5系列となる。
労働
労働については、特サビにおける情報サービス業務に従事する従業者数の合計を用いてい
る。本来ならば労働時間の変動を考慮すべきであるが、特サビにおいて労働時間データは利
用できない。よって今回の分析では労働投入量として人数を用いている。また、コストシェ
アの推計においては、情報サービス業務に係る企業全体の営業費用を用いている。
資本ストック
18
ただし、営業費用の中に含まれる役員報酬や福利厚生など、本来付加価値に含まれるべき項目
の調整は特サビのデータ上困難であり、分析では行っていない。
19
後述するように、建物賃借料については平成 12 年版の「特サビ」における総営業費用に占め
る建物賃借料の比率を全企業に一律に適用することで推計した。
11
設備資本ストック、建物資本ストックについては、有形固定資産取得額を実質化し、恒久
棚卸法によって資本ストック系列を作成している。ただし、設備資本ストックに比較して、
前述したようにこうした形で建物資本ストックが作成可能である企業は著しく少ない点に
注意する必要がある。このため、後述するようなリース資本の推計で補完する形をとってい
る。資本関連のデフレータについては Colecchia and Schreyer (2001) の機械設備とコンピュー
タ・ハードウェアのデフレータ、建物と構築物のデフレータをそれぞれ日本のデータに基づ
くウェートで加重平均して求めている20。ここで加重平均のウェートとしては、1995 年の産
業連関表における情報サービスの固定資本マトリックスを用いている。なお、恒久棚卸法に
よって資本ストックのベンチマークを作成する際、実質化した5年間の有形固定資産取得額
の平均伸び率を使っている。また各資本財の資本減耗率についてはデフレータ同様に 1995
年の産業連関表の固定資本マトリックスを利用して加重平均した値を用いているが、そのと
きの個別の資本減耗率は Fraumeni(1997)に対応させている。
リース資本に関しては、特サビでは「電子計算機借料」のデータが利用可能であり、これ
をもちいてリース電算機資本ストックを推計している。実際、コンピュータ等は自前で購入
するよりもリースする場合が多く、これらを考慮しなければ実質的な資本ストックを過小評
価してしまう可能性がある。また、建物についても同様に資本ストックと賃貸の両方から資
本サービスを得ていると考え、建物賃貸料を資本還元することとしている。ただし、特サビ
では詳細な建物貸借料のデータは利用不可能であることから、簡便な方法として「平成 12
年版 特定サービス産業実態調査」における全サンプルの建物賃貸料の総営業費用に占める
比率(2.5%)を用い、これをすべての対象企業・対象年に適用することで建物賃貸料を推計
している。リース関連の資本還元方法としては、1 年間の電子計算機借料、建物賃貸料をそ
れぞれ対応する資本ストックのユーザー・コストで除することで行なう21。
3.3.3. ユーザー・コスト
ユーザー・コストについては、以下のジョルゲンソン型ユーザー・コスト(投資税額控除
を除く、これは日本においては投資税額控除が存在しないためである)を用いている。
UCC it =
1 − u t z it
( ρ t + δ i )qit
1 − ut
ここで UCCit は t 期における資本ストック i のユーザー・コストであり、ρ t は t 期における
実質リターンとして東証株価指数の配当利回り、δ i は資本ストック i の資本減耗率、u t は t 期
20
これらの機械設備のデフレータとコンピュータ・ハードウェア、そして建物のデフレータにつ
いては、OECD の P. Schreyer から提供して頂いた。
21
リースの扱いに関しては中島(2001)を参考にしている。
12
における法人実効税率、そして zit は t 期における資本ストック i の現在の投資 1 単位に対す
る将来の減価償却の割引現在価値を表している22。 q it は設備投資デフレータである。
3.4. 分析対象の設定:「活動的な情報サービス企業」
実際の推計では、「特サビ」に存在する全サンプルではなく、上記における推計データを
もとに全要素生産性(TFP)変化率の推計が可能である独立事業所、支社を保有する本社を
対象としている。特に設備資本ストックが推計可能であることを条件とした結果、推計対象
企業数は最終的に1106社となる。本稿では、この対象企業を「活動的な情報サービス企業」
と呼んで、分析対象とする。
このような形で、分析対象を絞る場合には、サンプルセレクションバイアスが生じていな
いかが気になるところである。バイアスの有無を厳密に検証するのは容易ではないが、以下
の図表で、全企業と分析対象企業(「活動的な情報サービス企業」
)との特性を比較すること
で、大まかにバイアスが生じているかどうかを見ることにしたい。
図表2は「特サビ」における(全要素生産性が推計できないものも含む)全企業の主要変
数の記述統計、図表3(ここではAllを参照)は推計対象企業の記述統計であり、後述する方
法で推計されたTFP変化率も加えてある。ここでの主要変数は外注費比率、SE数、SE比率、
利潤・コスト比率であり、次章で説明するTFP変化率に対する回帰分析の説明変数である。
図表2、図表3を比較すると全体としては従業員数(SE数も含む)を除いて、それ程大きな
乖離はみられない。例えば、外注費比率の企業平均については全企業で0.1400、推計対象企
業が0.1480、SE比率は全企業が0.2853、推計対象企業が0.3761、利潤・コスト比率は全企業
が0.2806、推計対象企業が0.2353となっている。ただし、従業員数とSE数に関しては全企業
よりも推計対象企業の平均がかなり大きくなっており、実証分析の対象とする企業は相対的
に規模の大きい企業群となっていることには注意が必要となる23。全体として、相対的に規
模の大きい企業群であるという性格はあるものの、対象企業群はおおむね日本の情報サービ
ス産業を代表していると考えて差し支えないと思われる。
さらに、組織形態によって生産性への各要因の影響が異なることが考えられるために、抽
出したサンプルを組織形態の観点でさらに4つのグループ(Group1−Group4)に分けている。
ここでGroup1は、計測期間を通してずっと支社をもたない独立事業所として存在した企
業グループであり、Gruop2は、計測期間中ずっと支社をもつ企業体として存在した企業グル
22
法人実効税率、現在の投資 1 単位に対する将来の減価償却の割引現在価値については『法人企
業統計年報』、
『地方財政統計年報』
、
『法人企業の実態調査』を用いて推計している。具体的な推
計方法については本間他(1984)を参照。
23
SE 数や SE 比率が全企業と分析対象企業が大きく異なる理由としては、データの制約上、SE
数は事業所単位でのみ利用可能なので、支社を持つ企業の場合には本社の SE 比率を代用してい
る影響もあるかもしれない。後述の、推計式の説明変数の説明部分を参照されたい。
13
ープである。これに対してGruop3は、計測期間の最初期時点において独立事業所であったも
のが、計測期間の最後までに支社保有企業に転換していた企業グループであり、逆にGroup4
は、計測期間の最初期時点に支社保有企業であったものが、計測期間の最後までに独立事業
所に転換していた企業グループである24。
前掲した図表3には、これら各Groupにおける主要変数の記述統計も記されている(Group1
−Group4)。推計されたTFP変化率はGruop3がもっとも高く(2.42%)、Group4がもっとも低
くなっている(0.14%)
。このことは、Gruop3が単独事業所企業から支社保有企業へと業務拡
大している企業の集団であり、Group4は逆に支社を手放し企業規模を縮小している企業集団
である可能性が影響していると思われる。こうした企業組織の変化の与える影響は、次節で
検討する。また外注費比率についてはGroup2がもっとも高くなっており(17.60%)
、Group 1
が最も低い割合(12.99%)となっている。単独事業所であるGroup1は従業員数規模からもわ
かるように比較的小規模な企業群であり、注文を受けることは多くても外注を行うことは少
ないと考えられる。
24
この4つのグループに入らないものは、Group ごとの分析の対象からはずしている。
14
4. 全要素生産性成長率の回帰式推計とその結果
本章では第 2 節で述べた問題提起、つまりモジュール化で情報サービス産業の生産性が上
昇しているかということと、開発規模が大きいほど生産性が上がるという正の規模効果があ
るのかあるいは逆なのか、という問いについて、第 3 節で説明した情報サービス産業の包括
的な企業データベースを用いて実証分析を行い、その答えを得る。すでに第 1 節で説明した
ように、生産性としてここで考えなければならないのは、労働生産性ではなく全要素生産性
(TFP)である。従って、以下では第 3 節で説明した、企業別の付加価値、生産要素投入、ユ
ーザーコスト等のデータを用いて、企業別の全要素生産性(後で明らかになるが、正確には
全要素生産性上昇率)を推計し、それがモジュール化や開発規模、そしてその他の要因によ
ってどのように影響されているかを、企業パネル分析の手法で明らかにする25。
4.1. 生産性の規定要因:変数の選択
「モジュール化」と「外注比率」
第 2 節では、情報サービス産業の中核をなすソフトウェア産業の生産性を規定する要因と
して、ソフトウェア開発の「モジュール化」の重要性を述べた。と同時に、
「モジュール化」
が必ずしも生産性の向上をもたらさない可能性についてのいくつかの傍証を見た。本節では、
第 3 節で説明された広範囲に渡る日本の情報産業企業データベースで、この「モジュール化」
の影響を分析することにするが、ソフトウェア開発の「モジュール化」の程度を直接に計測
することはできない。そこで本稿では、開発の「モジュール化」と密接な連関を持つ、「外
注化」いわゆるアウトソーシングに注目して、
「モジュール化」の影響をとらえることにす
る。
藤本 (2002) によれば、
「モジュール化」という概念には、三つの段階がある。それに従え
ば「モジュール化」は
①「製品アーキテクチャのモジュール化」(製品開発におけるモジュール化)、
②「生産のモジュール化」
、
③「企業間システムのモジュール化」(調達部品の集成化)
という三層からなる26。モジュール化の議論の発端となった、IBM システム/360 の開発のケ
25
基本的なパネルデータ分析手法から最近のダイナミック・パネル分析などの流れをコンパクト
にまとめたものとしては北村(2003)がある。
26
藤本は更に「実際の自動車産業においても、この三つの動きが錯綜している。すなわち、欧米
の自動車・同部品企業では③のアウトソーシングが先行し、日本企業では②の生産のモジュール
化への取組みが先行しており、これらはいずれも、①学界で盛んに議論されている「アーキテク
チャのモジュール化」とは必ずしも一致しないものである。」(藤本(2002, p178))
15
ースは言うまでもなく、製品アーキテクチャのモジュール化であり、それがその後のコンピ
ュータハードウェアにおいて生産のモジュール化を呼び、そして企業間システムもモジュー
ル化されて行くことになったと考えられている。
本稿で扱う情報サービス産業における「外注化」は、この分類では「生産のモジュール化」
である。もちろん、生産のモジュール化は製品開発のモジュール化や企業間システムのモジ
ュール化と密接に関連し、多くの場合その成功は他の二者のレベルに依存していると言える
が、それそのものではないことには十分注意する必要がある。このことは、
「モジュール化」
の代理変数としての「外注化」が情報サービス産業生産性に及ぼす影響は、単純に「製品開
発のモジュール化」だけでなく、
「企業間システムのモジュール化」に大きく依存すること
を意味する。このことは、4.4 節での実証研究の結果の解釈において重要になる。
しばしば指摘されるように、日本の情報サービス産業は、中核業務を対象に外注化が広範
に見られることが際立った特徴である。その理由として、技術進歩が早いことがしばしば理
由としてあげられる。技術の革新が早いため、すべての工程を企業内(インハウス)で行う
ことは、全行程に渡って常に最新の技術に対処しなければならず、困難である。例えばメイ
ンフレーム時代はほとんどのプログラマーは COBOL を使用してプログラミングを行ってい
たが、PC の普及とともに勢力が衰えたことが良い例である。そして現在ではインターネッ
ト・プログラミングでは、Java27の普及がめざましい。こうした急速なプログラミング言語の
変遷に対応するためには、社内の人的資源のみに依存することはできないとされる。だから
「モジュール化」、そしてその結果としての「外注化」が、Baldwin and Clark (1997) 等が指
摘するメインフレーム・コンピュータの例のように、大きな生産性の向上をもたらすという
考えることが可能である。それに加えて、情報サービス産業では受注に大きな波があること
が、「外注化」の進展に大きな影響を与えたこともしばしば指摘されている。受注のふれが
大きいため、社内にシステムエンジニアやプログラマーを多く抱え込むことはせず、作業の
大半は外部のソフトウェア会社に委託するといった形態を取る方が、費用がかからないとい
うロジックである。
ソフトウェア産業における外注化の効率性に関する分析はこれまでも定性的にはなされ
ていた。例えば、佐野(2001)は「ソフトウェア開発のプロジェクトにおいて、外注化は、
自社に不足する技能の利用やコストの抑制に貢献する。しかし、他方で、外注化に際し、プ
ロジェクト管理者が以前に利用したことがない協力会社スタッフを利用することは、ソフト
ウェアの品質と納期についての不確実性を高めるとともに、それに対処するプロジェクト管
理者の負担を高めてしまう」
(佐野(2001)p.113)と述べ、
「外注化」のメリットとデメリッ
トを指摘している。
以上の議論をふまえ、以下の定式化では、
「モジュール化」の代理変数として「外注比率」
27
Java は、Sun Microsystems が元々は消費者向け電子製品を支援するために創った言語であり、
プラット・フォームに依存しないことが最大の特徴である。World Wide Web 上で作動することが
できるので、インターネット時代に適した言語といえる。
16
すなわち「売上高に占める外注費の割合」を採用することとする。
「開発規模」と「システムエンジニアの数」
第2節で論じたように、情報サービス産業特にソフトウェア産業生産性の規定要因として
開発規模があげられる。
しかしながら、現実に企業別開発規模指標を得るには難しい問題がある。もっとも望まし
いのは、開発するプログラムの質を修正した定量指標であるが、どのように質を修正するか、
そしてどのように量を量るかについて様々な議論があり得るし、そもそももしそのような指
標が企業内で作られていたとしても、それは一般には利用可能ではない。そこで本稿では、
開発規模と正の強い相関を持つと考えられる人的な側面に注目して、当該企業での開発規模
の代理変数を考えることにする。つまり、開発に携わる人員が多いほど、当該企業での開発
規模が大きいと考えるわけである。
それでは、
「開発に携わる人員」にはどのような者が含まれるだろうか。情報サービス産
業における開発主体はシステムエンジニア(SE)、研究員、プログラマーなど多数に渡る。し
かしながら、これらの人員がすべて同じような形で開発に携わっているわけではない。開発
を主導しているシステムエンジニアと、どちらかというと受け身で開発に携わっているプロ
グラマーを同一にとらえることはできない。
すでに見たように、ソフトウェア産業の中でもシェアが大きいのが、受注ソフトウェアで
ある。そこで特に重要な役割を担っているのが、システムエンジニアである。システム、特
にオープン系システムは、言語もC言語など多数があり(更にC言語も様々な種類がある)、
オペレーティングシステムも UNIX や Windows がある。マシンもいろいろなメーカーのもの
があり、開発ツールもたくさんある。システムエンジニアは、これらをユーザーのニーズに
あわせて選択し、提案する。このように特に受注ソフトウェアにおいては、システムエンジ
ニアが開発の枢要な位置を占めるのである。
この点を考慮して、本稿ではシステムエンジニアの数を開発規模の代理変数と考える。特
にシステムエンジニア数をとる主要な理由は、すでに述べたシステムエンジニアの開発にお
ける枢要性である。それに加えて、本研究に先立つ準備研究において、説明変数としてシス
テムエンジニア以外にも、研究員数やプログラマー数も用いてみたがいずれも統計的に有意
な結果が得られなかったことも理由の一つである。
その他の生産性規定要因
生産性に対するモジュール化の進展の影響、規模の経済性の影響をとらえるためには、他
の要因をコントロールしなければならない。
第一に、データの利用可能性から、資本ストックとしてはもっぱら有形固定資産のみを考
17
慮し、無形固定資産、ノウハウやソフトウェア資産を考慮していない点に注意しなければな
らない。しかしながらノウハウやソフトウェア資産が増加すれば、全要素生産性は増加する。
従ってノウハウやソフトウェア資産の代理変数を考えて、その影響を推計式に取り込む必要
がある。
本稿では、SE 比率(情報サービス業務に従事する従業者に対する SE の割合)をノウハウ
やソフトウェア資産蓄積の代理変数と考える。SE という職種はプログラミングだけを行う
というものではなく、それ以外にも進捗管理作業や顧客との打ち合わせなど様々な作業に対
応する必要がある。別の視点から言えば、他の職種にとっても SE と連携する能力は業務全
体の効率性に大きく影響することが考えられる。つまり、情報サービス産業、特にソフトウ
ェア産業を中心に考えた場合、開発組織部門だけではなく他の部門を含めた情報サービス業
務全体において SE と連携可能な知識を保有するということが重要になるものと考えられる。
また、極端な場合には SE がすべての関連業務を兼任することもあるかもしれない。そのよ
うに考えると、情報サービス業務において必要とされる知識・ノウハウの「密度」が高いほ
ど生産性に寄与するとすれば、知識・ノウハウの「密度」の代理変数として情報サービス業
務に従事する SE の割合をとることは自然であろう。また、ソフトウェア資産蓄積もそれを
利用する SE の比率に比例すると考えることは第一次近似として正当化されると考えられる。
第二に、しばしば Schumpeterian 仮説と言われるように、独占利潤が高いほど、より
innovation 指向となり、R&D 投資が増加し、それによって生産性が増大する、という考え方
がある28。逆に、参入障壁が高く独占利潤が高いと非効率になる、という指摘もある。前者
によれば独占利潤と全要素生産性の間には正の関係、後者の場合には負の関係があることに
なる。そこで、本稿ではこの効果も陽表的にとらえるために、利潤・コスト比率(営業費用
に対する営業(粗)利益の割合)も説明変数として採用している。
第三に、調整費用の存在も考慮に入れなければならない。情報サービス産業においては技
術進歩が速く進んでおり、それに対応するために急激な投資行動が行われている。そのため
様々な調整費用が生じ、生産性を押し下げている可能性がある。生産性に対する調整費用要
因の影響を考慮するために、説明変数として従業員変化率の自乗値を含めた推計も行ってい
る29。
28
ただし、CPU や半導体などのいわゆる先端技術産業においてはその技術進歩は著しく、その独
占利潤を長期間持続させるのは困難であると言われる。そのような場合、技術進歩との関連性は
それほど大きくないと考えられる。しかし、情報サービス産業、特にソフトウェア産業を対象と
した場合、ソフトウェア使用法の習熟やネットワーク効果などによりハードウェア産業の場合よ
りも独占利潤が長期間持続する可能性がある。
29
実際の推計では調整コスト要因としての従業員変化率の自乗値はそのラグ値も考慮したが、当
該期を用いた場合が最も有意性が高かったので、それを採用している。
18
4.2. 定式化
全要素生産性の水準
以上の議論に従って、以下では情報サービス産業において各企業の全要素生産性(TFP:
Total Factor Productivity)が何によって規定されているかを、回帰分析で調べることとする30。
具体的には以下のような、線形の定式化をとる31。
J
ln TFPi ,t = α 0 + α1i t + ∑ β j xij ,t +
(1)
j =1
T
∑γ
k =t +1
k
d k ,t +ε i ,t
ただし、i = 1,L I は企業を表し、t = 1,LT は年を表す。すなわち、TFPit は第 i 企業の t 年の全
要素生産性(Total Factor Productivity)である。
式(1)では、情報サービス産業の各企業の全要素生産性が、
トレンド
t
企業ごとの(ミクロ)の説明変数
xij ,t
マクロ経済変動の影響を表す t = k 年に 1 をとるダミー
誤差項
d k ,t
ε i ,t
によって決まると定式化されている。ここでタイム・トレンド t の係数は各企業で異なると
仮定する。つまり、各企業の TFP は時間には関係なく一定率のトレンドを持つが、それは各
企業において異なることを許容する。
また、説明変数は、前節までに述べた情報サービス産業における生産性の規定要因とされ
る変数である。具体的には、
(1) モジュール化の指標としての外注費比率 [外注費/売上高]:OUT
(2) 開発規模の指標としてのシステムエンジニア数32 [対数値]: SE
30
全要素生産性の推計として、パネルデータの場合、時系列とクロス・セクションの両面から
比較可能となるように「平均的企業」を利用した TFP 水準分析を直接行うことも可能である(中
島,2001)
。そのような手法を用いたものとして西村・中島・清田(2003)があり、
『企業活動基
本調査報告書』の個票データを利用して各企業の TFP 水準を推計している。
31
(1)式における説明変数 xij の時点 t の選択についてはラグ値も考慮する必要がある。そこで
被説明変数と説明変数の時点を変えた各ケースの相関係数行列を計算し、加えて予備的な推計を
行った。その結果、当該期 t の xij を用いた場合に相関係数が高く、また係数の有意性が最も高い
という結果が得られたので上記の定式化をとっている。
32
SE 数に関しては、事業所ベースのデータのみが利用可能であり、企業として集計された値は
利用不可能である。よって説明変数において SE 数と SE 比率は従業員比率(企業全体/該当事業
19
(3) システムエンジニア比率 [システムエンジニア数/総従業員数]: SE-RATIO
(4) 利潤・コスト比率 [営業利益/営業費用]: PROFIT
となる。ただし、これらに加えて TFP に対する調整コスト要因を考慮して
(5) 従業員変化率の自乗値: ADJUST
を含めたケースも考慮する。
さらにマクロショックとしての景気変動要因を考慮し、k 年次ダミーを加えたものが上記
の(1)式である。つまり、TFP 水準はタイム・トレンド、外注費比率などミクロの企業内
要因、そしてマクロの景気変動要因によって影響されると仮定する33。
4.3. 推計結果
推計対象企業全体の推計結果(All)
まず対象企業を単独事業所、支社保有企業などグルーピングを行わずにサンプル全体を対
象にした推計結果について説明する。
図表 7−12 の第 1 列の All が推計対象企業全体の結果である。図表 7 は通常のパネル推計
結果であるが、Hausman 検定の結果、変量効果モデルが選択されている。また、「変量効果
なし&一階の系列相関なし」という帰無仮説は 1%有意水準で棄却されており、誤差項に一
階の系列相関が存在していることを示唆している34。そこで誤差項に AR(1)を仮定したパ
ネル変量効果モデルの推計結果である図表 8 をみてみよう。
各係数についてみれば、OUT、SE、SE-RATIO、PROFIT はすべて 1%有意水準で統計的に
有意となっている。説明変数の値については、OUT、SE がマイナス、SE-RATIO、PROFIT
がプラスとなっている。
まず注目すべき点は 2.1 節で指摘した第一の問題提起であるモジュール化についてである。
ここではモジュール化を表す代理変数として外注比率 OUT を用いているが、その符合は
-0.8497 であり、モジュール化が企業の生産性に対して負の影響をもたらしているという結果
が示されている。4.1 節で述べたように、モジュール化の代理変数として外注比率を用いて
いるので、OUT は特に「生産のモジュール化」を表していると考えられる。その「生産のモ
所)を用いて本社の値を企業全体の値に変換し、企業ベースのデータとして扱っている。
33
外注費比率などの説明変数が TFP の水準ではなく、技術進歩率自体に影響を与える可能性も
十分に考えられる。しかし、予備的な推計では、各説明変数は TFP 変化率ではなく同時点におけ
る TFP 水準に強い相関を示唆する結果が得られており、本文のような定式化を行った。
34
系列相関のテストについては、Baltagi (1995)にもとづいて行っている。
20
ジュール化」が生産性に対して負の影響を与えているということは、個々の生産工程のモジ
ュール化が十分に整備されておらず、外注化が効率的に行われていない可能性を示唆するも
のである。さらに「生産のモジュール化」は「製品アーキテクチャのモジュール化」、
「企業
間システムのモジュール化」と密接に関連していることを考慮すれば、
「製品アーキテクチ
ャのモジュール化」が非効率であることがその要因となっている可能性があり、また「生産
のモジュール化」が効率的でないことにより「企業システムのモジュール化」も効率的には
行われていない可能性を示唆している。
次に 2.2 節で指摘した第二の問題提起である開発組織の規模と生産性の関係をみてみよう。
これまでに開発規模の増大が生産性に対してマイナスに働くことも、プラスに働くこともあ
り得ることをみてきた。しかし、図表 8 の推計結果をみると、SE の係数は-0.1162 であり、
開発規模の増大は生産性に対して負の影響を持っていることが示されている。情報サービス
産業(特にソフトウェア産業)においては規模の経済性が働くということは本稿のデータか
らは支持できず、
「人月の神話」の仮説を支持する結果となった。つまり、情報サービス産
業において不可欠であるソフトウェア構築の際の複雑な相互関係におけるシステムエンジ
ニア間のコミュニケーションは困難を伴うものであり、単にシステムエンジニア数を増加さ
せるのみでは生産性には正の影響をもたらさず、むしろ効率性を悪化させる可能性が高いこ
とを示唆している。
一方、SE-PROFIT の係数は正であり、SE 比率、利潤・コスト比率は生産性に対してプラ
スの影響を与えているという結果となった。ノウハウ、ソフトウェア資産蓄積の代理変数で
ある SE 比率については予想通りの結果である。利潤・コスト比率に関する結果は、いわゆ
る Schumpeterian 仮説と整合的な結果を得ている。しかしながら、あくまでも代理変数を用
いた間接的な検証であり、その他の要因が影響している可能性もあるので、Schumpeterian 仮
説の全面的な支持とは言い難いことには注意が必要である。
上記の推計結果は企業内の誤差項に系列相関を仮定した場合のものである。しかし、各企
業の誤差項の分散は均一ではなく(分散不均一性)
、さらに系列相関係数が企業ごとに異な
るとの仮定を置くことはより自然であると考えられる。そこで系列相関、分散不均一性を仮
定した FGLS による推計結果についてもみておこう(図表 9)
。Wald Test によって分散均一
性の帰無仮説は棄却される。全体の傾向としては図表 8 と同じであり、OUT、SE の係数が
マイナス、SE-RATIO、PROFIT の係数がプラスとなっており、有意水準も同様に 1%水準で
有意となっている。ただし、OUT、SE の係数はそれぞれ-0.6261、-0.0761 であり、パネル AR
(1)の場合よりも若干小さい値となっている。
また、これまでの変数に加えて調整コスト ADJUST を含めた場合(図表 11、図表 12)に
ついても言及しておくと、OUT、SE、SE-RATIO、PROFIT の係数の符合、有意水準ともに図
表 8、図表 9 と同じであり、その大きさもほぼ同じとなっている。ADJUST の係数は 1%有
意水準でマイナスとなっており、調整コスト(ここでは労働変化率の自乗値を代理変数とし
て使用)の存在が生産性に対して負の影響をもたらしていることを示唆している。
21
Group 別の推計結果(Group1−4)
次に企業の組織形態のパターンに応じてサンプルを各 Group に分割した場合の推計結果を
比較しよう。各図表(7-12)では Group1から Group4までの推計結果が第 2 列から第 5 列
に示されている。
Group 1 は期間を通じて単独事業所として存在していた企業、Group 2 は同様に期間を通じ
て支社保有企業として存在していた企業、Group 3 は推計期間中において単独事業所→支社
保有企業に転換した企業、Group 4 は Group 3 とは逆に支社保有企業→単独事業所へ転換した
企業である。なお、推計期間中に単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業については
各 Group には属さずに、全企業 All にのみ含まれていることになる。
以上、Group ごとの分析結果をみてきたわけであるが、特にモジュール化に関しては、企
業組織の形態によってその効果が異なるという興味深い結果が得られている。情報サービス
産業における分業・コラボレーションの効率性は企業組織の形態によって異なり、特に企業
が支社を保有しない単独企業の場合、モジュール化がまだ成功する可能性が残されているが、
単独企業が支社を保有して企業の組織形態が複雑になり、不安定であるとモジュール化が効
率的に行われることが困難になっていることが示唆される。
22
5. モジュール化の不備と「下請け」システムの負の遺産
第4節の実証研究の結果は、全体として見ればモジュール化の議論が示唆するようには
「外注比率」が情報サービス業の生産性に正の効果を与えていないことを意味する。そこで、
本節の前半では、日本の情報サービス業でなぜモジュール化が本来の生産性向上の効果を発
揮できていないかを考察する。
第4節の結果は、単にモジュール化が正の効果を発揮していないことを示しているだけで
はない。実は「外注比率」が、単独事業所以外では正どころか、統計的に有意に負の効果を
持っているということも示している。このことは、外注比率が単に「モジュール化」の指標
だけでなく、他の要素の代理変数になっていることを強く示唆している。本節の後半では、
この可能性を分析することにする。
5.1. モジュール化が有効に働く条件
ソフトウェア開発のプロジェクトにおいて、各企業の担当する工程は、ゆるやかな分業関
係が見られる。この点から、モジュール化が有効に働くためには、どのような条件が必要か
を見てみよう。
ソフトウェア開発工程
ソフトウェアの開発工程は大まかには、設計段階、開発段階、テスト段階の 3 局面に分け
られる。佐野(2001)によれば、日本のソフトウェア企業では、主として設計やテストの段
階は自社に置いて自社スタッフが業務を行うが、開発段階では逆に外注化を行ない、他社の
スタッフを工程に参加させるのが通常であるという。このように、いわば組織のモジュール
化が広範に見られるのである。
すでに指摘したように、組織のモジュール化の前提には、生産工程のモジュール化がある。
生産工程のモジュール化においては、一定の連結ルール(インターフェイス・ルール)に基
づいて、設計段階、開発段階、テスト段階というそれぞれの工程が独立したサブシステム
(個々のモジュール)となっていなければならない。ところが、実際の外注化の際には、一
般に開発段階とテスト段階の分業が十分になされていないことが現場では多いと指摘され
ている。例えば、みずほ銀行が誕生した当初システム障害が大規模に生じたが、これはテス
ト段階が不十分であったと言われている。システムに関連する業者はテスト段階の重要性を
かなり強調したにもかかわらず、銀行側がその重要性をあまり認識していなかったと言われ
おり、単に生産者側の問題だけでなく、発注者側の問題も大きい。そして開発とテストを同
じ企業で行なうと、ミスを見逃す可能性が高まることが想像される。こうしたことが、モジ
ュール化が所期の生産性向上をもたらさない理由になっていると考えられる。
23
更に、戸塚・中村・梅沢(1990)に従って、より詳細にソフトウェアの開発工程を見るこ
とによって、問題点を検討してみよう。戸塚・中村・梅沢によれば、ソフトウェアの開発工
程は、具体的には、①コンサルテーション、②システム分析、③システム概念設計、④シス
テム詳細設計、⑤プログラム設計、⑥コーディング、⑦テストという工程に分けられる。
ソフトウェア開発においては、まず大前提として、どのような業務をコンピュータ処理に
委ねるのか、使用するコンピュータの機種をどのようなものにするか、などを決めなければ
ならない。この工程が①のコンサルテーションである。顧客のニーズを基に、ソフトウェア
の要件の定義を行うのがこの段階である。受注ソフトウェアの開発効率は、顧客サイドでも
明らかになっていない潜在ニーズを、システムエンジニアがいかに把握しソフトウェアの形
式知の体系に効率的に変換していくことができるかにかかっていると言われているので、こ
のコンサルテーションのプロセスは重要である。
②のシステム分析とは、業務のフローを正確に把握することである。優れたシステムエン
ジニアは顧客のこれまでの業務フローを理解しソフトウェア上に再現していくだけではな
く、業務のフローをより効率的に組み替えて顧客に提案すると言われている。
③のシステム概念設計は、業務フローの把握を前提に、手順をコンピュータ処理ができる
ように考えることである。例えば在庫管理について言えば、在庫状況の把握→費用負担の状
況→適正水準であるかどうかのチェック→対応、といった在庫管理業務をコンピュータ処理
ができるように、手順化するということである。
こうしてできあがった概念設計を基に、④のシステムの詳細設計を行う。そこでは、コン
ピュータ処理ができやすいように、全体の業務をいくつかのユニット(モジュール)に分け、
業務のフローを再設計する。このユニットの区切り方にシステムエンジニアの優劣が表れる
としばしば言われる。例えばユニットを不必要に細かく区切ると効率は落ちることが知られ
ている。どの程度のユニットに分けるかは、システムエンジニアの腕の見せ所でもあると言
われている。
こうした作業の後で、⑤のプログラム設計が来る。ここでは、いよいよ人間の頭で考えた
詳細設計をコンピュータでわかるよう処理手順を書き直す。そして⑥のコーディングでは、
コンピュータ言語を使用して、実際に処理手順を記述することになる。通常プログラミング
と呼ばれる工程のことである。最後の⑦にある工程のテストでは、システム全体が当初の設
計通りに稼動するのかを確かめる。このテストも様々な形で行う。いくつかわけた単位で行
なったり、それをまとめて行なったり、またすべての単位を含めて行なうものなどがある。
モジュール化の観点で特に重要なのが、①である。IBM は、上記①のコンサンテーション
の段階において仕様書の策定を厳格に行うことで有名である。仕様内容を厳格に文書化する
ことで、後の段階の変更を認めさせない抑制効果が働く。仕様内容が変更されると、後のプ
ロセスにも影響を与える。
上記①から⑦は、ウォーターフロー・モデルと呼ばれているように上流から下流に向けて
の方向に流れているので、①の段階で仕様書に変更が生じると、後のすべてのプロセスが影
24
響を受ける。各プロセスは順次的に実行される。そのため、①の段階で仕様内容を文書化し、
後の段階で顧客が仕様の変更を求めてきても応じないという方法は、後のプロセスに負担を
かけないという意味で効率的である。先に紹介したブルックスも、ソフトウェア開発におけ
るスケジュールの変更が、ミスを誘発しスケジュールの延長をもたらす危険性を指摘してい
る。
先述したように佐野(2001)は、システム開発段階では外注化を行なうのが通常であると
述べている。これはソフトウェアの開発自体は比較的形式知に基づいて行うことが可能であ
りモジュール化しやすいことを意味している。逆に顧客との折衝による仕様の策定は、形式
知ではなく、暗黙知に依存する要素がかなりあるのでモジュール化しにくいプロセスである。
この意味でも、①の部分の重要性が分かる。
プロジェクト・マネージャーの重要性
ソフトウェア開発では各工程の連結の部分を、通常システムエンジニアであるプロジェク
ト・マネージャーが管轄することになる。モジュールのインターフェイスの部分である。
プロジェクト・マネージャーは個々のモジュール間のこうした情報処理・伝達を媒介する
役割を担わされている。顧客ニーズを認識しある程度合わせながら、各工程をコーディネー
トすることがプロジェクト・マネージャーの役割である。佐野(2001)も外注化におけるプ
ロジェクト・マネージャーの重要性を強調している。つまり、外注しながら、ソフトウェア
の品質と納期を守るためには、プロジェクト管理者が、外注先の協力会社による成果物の品
質と進捗を確実に管理する必要があり、また外注先の協力スタッフに関して十分な知識と動
員力持ち、十分に技能を把握した協力会社スタッフをプロジェクトに参加させなければなら
ないのである。
しかしながら、前節ではソフトウェア開発工程を明確に最初から区別されるモジュール型
の工程として説明したが、実際にはこれらの工程間の連結ルールが明確で安定しているわけ
ではない。特に途中で、微調整(ファインチューニング)されることも多いのが実情である。
従って、プロジェクト・マネージャーの重要な役割はリスク管理であると言える。リスク
のなかでも、スケジュールに関するリスクが特に重要である。例えば、ソフトウェア開発に
関する仕様の変更をいつまで許容するのかといったことが問題になる。
ユーザー側のニーズを反映することも必要であるが、一定の時期を越えて仕様(ドキュメ
ント)の変更を認めると、開発プロジェクトの完成時期が大幅に遅れたり、また大きなミス
が生じる原因となる。この点で興味深いのは、先述の日本 IBM の例である。しばしば、日
本 IBM は国内大手システムインテグレータ(SI)企業に比べて秀でている点があると指摘さ
れるが、それはプロジェクト・マネージメント能力であるといわれている。売上高では国内
大手システムインテグレータ企業が勝っていても、営業利益で負けている原因の一つはこの
プロジェクト・マネージメントの能力の差であるというのである。日本 IBM は 1993∼94 年
の社内リエンジニアリングの後から、ソフトやサービスの売上高の比率を上昇させたが、そ
25
の過程でプロジェクトをビジネスの基本単位とする考えの浸透を図ったという。
『Nikkei Business 2002 年 10 月 14 日号』に、詳細に日本 IBM におけるプロジェクト・マネ
ージャーの役割の重要性が紹介されている。当該記事によれば「例えば、営業活動も 1 つの
プロジェクトと見なし、ここ数年間で営業プロセスを再構築してきた。顧客が発注するまで
の過程を 6∼7 段階に分け、顧客の意思決定プロセスが現在、どの段階にあるのかを判断し
て、その情報を営業チーム内で共有する。日本 IBM では、日常的な事業活動がすべてプロ
ジェクトによって構成されるとも言える」と紹介されている(
『Nikkei Business 2002 年 10 月
14 日号』p.150 参照)
。
さらに日本 IBM の事例紹介の中で、特に重要と思われるのは、顧客の依頼のうち、費用
をかけずに対処できる部分とできない部分を明確に分け、それを顧客に説明し、更に少なか
らず費用をかけないと対処できない部分については顧客にその費用を負担してもらうこと
の必要性である。これは二重の意味で重要である。まず、それができないと、追加の負担(時
間が切迫している場合にはそれは大きな費用となる)を強いられることになる。更に顧客に
きちんと費用を負担してもらうことによって、顧客も本当に必要な、自分が費用を負担して
もしなければならない変更のみを依頼することになる。これは不必要、不用意な依頼を減ら
すという意味でも重要である。
プロジェクト・マネージャーの役割は、こうした顧客との折衝から、個々のソフトウェア
開発工程の管理と広範囲に及び、そのリーダー・シップ如何で、ソフトウェアの開発全体の
効率性が変わる。いわばプロジェクト・マネージャーは各モジュールの結節点に位置してい
るのである。
このプロジェクト・マネージメントの重要性を違った側面から強調しているのが、小山・
竹田(2001)である。小山・竹田によれば、日本においては、相互依存関係の規則化が完全
に行なわれていないために、ソフトウェア開発の生産性は飛躍的に向上しているとは言えな
いということなる。こうした相互依存関係の規則は、仕様(ドキュメント)のなかに明文化
されるはずであるが、こうした仕様には曖昧さが残っている場合が多い。更に、実際には仕
様に書かれない暗黙の相互依存関係があり、仕様だけでは分からない、潜在化した費用が突
然顕在することがまま起こるのである。こうした仕様には書かれていない暗黙知の部分を現
在はプロジェクト・マネージャーが担っているわけであるが、そもそもソフトウェアの仕様
に暗黙知が含まれているのでは連結ルール(インターフェイス・ルール)が確立していると
は言えず、モジュール化が失敗していることになる。
外注化の効率性とオープン・ソース
ソフトウェアの外注化が効率的に行われるかどうかという議論において、より基本的には
オペレーティングシステムがオ−プン・ソースであることも重要である。オペレーティング
システムのなかでも、アプリケーションを開発する際に利用されるプログラムをアプリケー
ション・プログラミング・インターフェイス(API)と呼び区別しているが、アプリケーションの
26
開発にはこの情報が必要なことから、オペレーティングシステムの供給者はソフトウェアの
開発に大きな影響を持っている。
パッケージソフトウェアに関して見てみよう。例えばマイクロソフト社のワードは、言う
までもなくマイクロソフト社のオペレーティングシステムであるウィンドウズ上で起動し
ている。ここで仮想的に、ワードの個々の機能(モジュール)、例えばグラフィック機能であ
るとか、スペルチェック機能を外注化することを考えてみよう。そのとき、ウィンドウズの
アプリケーション・プログラミング・インターフェイスについて情報を持たない企業には、そ
れを効率的に行おうとしても限界があることはすぐ分かる。従って、インターフェイスの部
分、つまりこの場合アプリケーション・プログラミング・インターフェイスが明確にルール化
していることがモジュール化、そしてそれに基づく外注化が成功する前提条件なのである。
それが満たされていなければ外注化がなされたとしても、効率的に行うことはできない。
実際、ウィンドウズはソース・コードが公開されておらず、そのためアプリケーションの
供給にもマイクロソフト社が強い影響力をもたらしている。しかもパソコン用オペレーショ
ンシステムは現状、マイクロソフト社のウィンドウズの独占状態であるので、こうしたパソ
コン用のアプリケーション・ソフトウェアの開発をモジュール化することには多大な困難が
伴う。当然このようなケースでは、外注化は効率的に行われ難い。
他方、従来普及率が高かった UNIX や、UNIX を元に作られた Linux、そして日本で開発
された OS の TRON 等はソース・コードがオープンである代表事例である。Linux はインタ
ーネット上で世界中から集まったプログラマーが協働していることで有名である。また、
TRON の開発にはプロジェクト・リーダー35の元に多数の企業から開発担当者が集まって共
同で開発を行っている。ソース・コードがオープンであるということは、このように協働し
やすい環境であることを意味している。
池田・林(2002)もオープンソース・ソフトウェアの重要性を強調している。それによれば、
通信プロトコルやオペレーションシステムのようにネットワーク外部性が大きく、且つ安定
性が求められるソフトウェアについては、非オープンソースの弊害が大きい。逆にそういう
場合は、非営利で開発し情報を無償で公開することが望ましいと言うことになる。
この点を、先述したマイクロソフトのウインドウズの例で見てみよう。池田・林によれば
オペレーションシステムを特定の企業が独占すると、その企業は利潤追求のためには情報の
伝播(スピルオーバー)を防ぎ、且つネットワーク外部性を内部化しようとして、規格の一
部を秘密にしたり、特定のアプリケーションを垂直統合したり、差別化のために過剰な「技
術革新」を行って利益を得ようとする。そのため、互換性が失われる。プラットフォームの
中立性が阻害され、他の企業が十分な投資をしなくなり、そのためにマイクロソフトの独占
が更に強固になってしまったのである。
35
現東京大学の坂村健教授である。
27
以上の議論は、日本の情報サービス産業において外注化が、何故期待されたようなモジュ
ール化による生産性の大幅な向上をもたらさなかったかの原因を示唆している。その理由は、
そもそも開発・生産工程のモジュール化が十分にはなされていないにも関わらず、外注化を
行なっていたからと考えられる。モジュール間のインターフェイス部分をプロジェクト・マ
ネージャーが管轄しているわけであるが、期待されたモジュール間の独立性を守るなどの機
能が十分に果たされていなかったことが推察される。また特に PC 関連のソフトウェアとい
う面を見るなら、オペレーティングシステムにオープンソースのソフトウェアがあまり使用
されていなかったことも関係するであろう。
5.2. 外注化のもう一つの側面:下請け・孫請けの階層構造
他にも日本の情報サービス産業のなかでもソフトウェア産業の特徴として、受注ソフトウ
ェア比率が高く、しかも受注する大手ベンダーとその外注先となる中小ソフトウェア会社と
の下請けの階層構造が存在することがある。
パッケージ・ソフトウェアと受注ソフトウェア
「平成 13 年情報処理実態調査」によれば、従来、パッケージ・ソフトウェアを導入して
いる企業の割合の高い分野は、経理・財務管理と給与・人事・労務管理のみであり(それぞれ
対象企業の 50%程度がパッケージ・ソフトウェアを導入)、その他の分野は受注ソフトウェ
アと自社開発と答えた企業の割合が高かった。日本のパッケージ・ソフトウェアが弱かった
最大の理由は、先述したように日本独自のオペレーションシステムがほとんどないというこ
とが挙げられる36。先述したように、オペレーションシステムの供給者がアプリケーション・
ソフトの開発に大きな影響を持っており、特に WINDOWS のようにソース・コードがオープ
ンでない場合はそうであることを考えると、日本ではパッケージ・ソフトウェアの比率が低
くなっていることは理解できる。
その他、日本のパッケージ・ソフトウェアが弱かった理由に、日本のパッケージ・ソフト
ウェアの市場規模が小さいことが挙げられる。パッケージ・ソフトウェアの開発費は多額で、
ソフトウェアが大量に販売ないし契約されないと開発コストが回収できない。ORACLE や
SAP のようなグローバル企業のソフトウェアは欧米市場でブランドを築き、アジア市場も傘
下に収めてきた。それに対して、日本で開発されたパッケージ・ソフトウェアは、従来海外
36
80 年代、日本のパソコン市場では圧倒的シェアであった NEC の PC98 シリーズとその互換機
ではオペレーションシステムにマイクロソフト社の MS-DOS を使用していた。これに対して、松
下電器、富士通、日立、東芝、沖電気が先述した TRON プロジェクトに参加し対抗しようとした
が、結局 TRON は普及せず、マイクロソフト社の MS-DOS が日本でもデファクト・スタンダード
となった。
28
市場で評価を受けるのは難しかった。日本のベンダーの知名度、語学の障壁37、商慣習等が
制約であったという。
これに対して受注ソフトウェアは、個別企業に対するテーラー・メードのサービスである。
日本の企業は、既存のパッケージ・ソフトウェアよりも受注ソフトウェアを重視する傾向が
あったと言われている。テーラー・メード型の極めの細かいサービスを日本の顧客は望む傾
向が強い。特に同じ業界内では他社と同じソフトウェアを使うことに対して消極的な傾向が
あったとされている。極端な場合ライバル会社と取引のあるベンダーに対して、受注ソフト
ウェアサービスも委託したがらないケースもあるという。これが受注ソフトウェアの比率を
高めていることはよく指摘されている。
また日本で受注ソフトウェアのシェアが大きい理由について、歴史的な経緯も指摘される。
ソフトウェア開発・調達プロセス改善協議会(2001)によれば、国内の有力大手ハードウェ
アベンダーは、従来から各社独自のハードウェア仕様をもって、その仕様に熟達したソフト
ウェア開発企業と、ハードウェアを利用するユーザーを囲い込んでしまおうとする傾向があ
った。これに加えて、ユーザー企業もまた、それぞれ独自の商慣行や仕事の仕方を持ち、そ
れを尊重する風潮があったことから、そうした商慣行や仕事の仕方を理解する特定のベンダ
ーと好んで長期的な取引を行なって来た。そのため、どのようなソフトウェアを開発すべき
か、さらにはどのような機能をもつ情報サービスが必要なのか、という仕様の策定といった
本来ユーザーが決めるべき事項や、ひいては、出来上がったソフトウェア・情報サービスの
品質管理水準についても、ユーザー側がベンダーに依存してしまう体質となってしまったと
言われている。見方を変えると、メイン・フレーム時代にはハードウェアとソフトウェアが
分離されておらず38、メイン・フレーム・コンピュータを提供するコンピュータ会社がイニ
シアチブを取っており、自社のハードウェアを利用するユーザーを囲い込んで受注ソフトウ
ェアサービスを行っていたのであるが、それがそのまま温存されたと言うことができるであ
ろう。
下請け・孫請けの構造
こうした背景の元に、大手ソフトウェアベンダーと中小ソフトウェアベンダーとの下請け
37
携帯電話で世界市場トップのノキアも、90 年代初頭、企業のリストラクチュアリングを行いコ
ア・コンピタンスの絞込みを行ったが、その際ソフトウェア開発のために公用語も英語にしたと
いう。
38
柳川(2002)は、
「ゲーム産業全体の特徴として注目すべきは、ハードウェアの生産とソフトウェ
アの生産との間に相互依存性が低く、ソフト・メーカーの独立性が高い点である。ハードの仕様
が固定されており、ソフトの製作に応じてハードの仕様を変更し、品質を操作する必要がない。
このハードの仕様の固定化によって、ハード・メーカーとソフト・メーカーあいだで、細かい情
報やアイディアの交換を行う必要性が大幅に低減し、ソフト・メーカーの自由度を高めることが
可能となった。
」と述べている(青木昌彦・安藤晴彦 編著(2002)
『モジュール化』第 5 章 p.151-152)。
ゲーム産業は日本の国際競争力のある産業である。その特徴はハード・メーカーからの独立性が
高いことに求めている。
29
の階層構造、さらにはその下の孫請け関係が存在する。つまり、メイン・フレーム時代のコ
ンピュータ会社の中小ソフトウェア会社に対する優位性の名残がそのまま影響していると
もいえる。実際、現在でも受注ソフトウェア開発では大手ベンダーは中小のソフトウェア会
社にソフトウェア開発の一部を外注し、それを受けたソフトウェア会社はさらに孫受けに外
注するといった方法がよくとられている。
こうした下請け・孫請けの関係が存続しているのには、中小ソフトウェア会社の方にも原
因がある。中小ソフトウェア会社は、研究開発を行うための資金が不足し、カバーしている
事業分野が狭く、営業力も弱いといった問題を抱える傾向がある。そのために資金力、信用
力があり広い分野で事業を手掛ける大手ベンダーから受注する傾向が強い。さらには先述の
ソフトウェア開発・調達プロセス改善協議会(2001)は、政府調達の競争入札において知名
度の低い中小のソフトウェア会社が不利になる点を指摘している。
こうした、下請け、孫請けの構造は、下請け側にとっては需要が比較的に安定化する一方、
独自に新しい技術に取り組んだり、工程の合理化を行うといったインセンティブを向上させ
ない。いわばシリコン・バレー・モデルとは対極にある組織間モデルである。シリコン・バレ
ーのベンチャー企業は、日本の情報サービス産業で見られる下請け構造ではなく、独立的な
存在であることに注意しなければならない。
「モジュール化」の観点からするとモジュール間の連結ルールが定まると、技術革新は個々
のモジュールの自立的な活動から生じる。モジュール間の競争関係が、産業全体の生産性を
向上させることになる。好例が先述のエリジオンである。エリジオンは、企業の独立性を重
んじ、特定の企業先と安定的な取引関係や資本関係をもたない方針である。安定的な契約関
係で親会社の強い影響を受けていては、外注比率が高まっても、それは硬直的な垂直分業に
過ぎず、生産性は高まらない。
5.3 新しい動き
前章の推計結果より、企業が支社を保有する場合は、外注化は全要素生産性を大きく引き
下げており、モジュール化による生産性向上に失敗している。それに対して支社をもたない
単独企業の場合、外注化の負の影響は小さく、真のモジュール化による生産性向上に成功す
る可能性が残されているという結果を得た。単独企業の動向は今後の日本の情報サービス産
業の生産性を考える上で重要である。この単独企業グループのなかには、少人数で組織形態
も簡素で独立志向の強い企業も含まれると推察される39。
日本の情報サービス産業では、既に述べたように大手ベンダーが有利である構造があった。
39
前章の推計の結果、単独企業のケースは他のケースと比較して、モジュール化の代理変数であ
る外注化比率が全要素生産性に与えるマイナス効果は小さい。このことより、単独企業のなかに
従来の従属型ではない、イノベーション志向の新しい企業群も含まれるのではないかと推察され
る。
30
しかしながら最近先述のエリジオンのように、数は少ないが大手ベンダーの下請けではなく
比較的小規模の独立系のソフトウェア会社に高い技術力をもった企業が現れてきている。分
野としては 3 次元 CAD、画像処理、モバイル関連である40。またインターネット関連の企業
の多くは大手ベンダーから独立している。むしろ同業者同士のコミュニティを形成し、外注
化を行いサポートしあっている41。その背景の一つは、ハードウェアがメイン・フレーム・コ
ンピュータからパーソナル・コンピュータや携帯電話へと変遷し、大手ベンダーがカバーし
切れていないニッチ分野が現れたことである。特に携帯用ソフトウェアに関しては、ACCESS
等の新しいソフトウェア会社が市場をリードしている。またインターネットの普及はソフト
ウェア産業以外にも、WEB 作成やそれに伴うコンサルティング、ISP 等、これまでになかっ
た分野を次々に生み出している。
Baldwin and Clark (1997) は、製品デザインでの実験の自由度こそが、モジュールの供給者
と単なる下請企業を区別しているという。コンピュータ産業のように技術的な不確実性が大
きく、進むべき最善の道が時として判然としない産業では、各々の設計者が試験的にモジュ
ールを開発し、テストする際に、より多く、より柔軟な試験を重ねれば重ねるほど、その産
業は、より早く次世代バージョンに到達することができる(Baldwin and Clark 1997)
。つまり、
規模は小さくとも大手ベンダーの傘下には入らず、独立性を保っている企業はモジュール化
の一端を担うことが可能となるわけである。こうした企業同士の外注化は生産性向上に大き
な効果を与える。
40
例えば3次元 CAD の分野で高い技術力を有する企業が浜松市に集積している。先述したエリ
ジオンやアルモニコスも含まれる。なかでもエリジオンは、従業員はすべて SE であり営業職等
はいない。いわば技術者集団である。浜松では他に特に医療画像情報管理のための 3 次元 CAD
の開発で有名な R’TEC がある。関西でも画像処理関連の IT 企業が活躍している。セラーテム・
テクノロジーは独自の画像圧縮技術を利用して文化財や写真を高細密に再現するソフトウェア
技術を持つ会社である。静止画像の保存技術で ORACLE と提携している。東京にある ACCESS
は、インターネット時代の基本デバイスが、PC ではなくより小型で操作性にすぐれた携帯電話
や家電をはじめとする専用機器になることを予見し、専用機器向けの標準ソフト開発に的を絞り、
OS・言語・通信などの基本的機能を中心に、ネットワークやマルチメディア関連などの各種ソフ
トウェアを開発した。モード端末に携帯電話向けコンパクト HTML ブラウザ「CompactNetFront」
が採用され世界的に有名になった。
41
湯川(2002)は東京都区部のインターネット企業を対象にしたアンケート調査を行ない、
「都区
部のネット企業の 9 割近くは、業務の一部をアウトソースしている。
」と述べている。また、ア
ウトソース先がインターネット企業のコミュニティ内部であるとも述べている。インターネッ
ト・コミュニティは、湯川(2002)が調査した東京都渋谷のビットバレーや、他に北海道の札幌
にあるサッポロバレー等がある。
31
6. 終わりに
本稿では、情報サービス産業の生産性を規定すると考えられてきた二つの要素、「モジュ
ール化」と「規模の経済性」に焦点を当て分析している。
「モジュール化」は構成単位(モジュール)の相互関係に規則(アーキテクチュア)を設
定し、インターフェイス部分と内部構造を分離するという技法であり、IBM システム/360
の設計で生まれ、その後の劇的な生産性向上に資したと言われる。実際情報サービス産業で
は、いわば組織の「モジュール化」とも言える「外注化」が他産業に比べて盛んに行なわれ
ている。開発規模については、規模の不経済を強調する考え方(「人月の神話」)と逆にその
経済性を指摘する考え方(「Linux の成功」
)がある。
第三節で、利用するデータについてその性格と利用上の留意点についての説明を行ったあ
と、第四節で情報サービス産業の企業個票データに基づいて、生産性の上昇がこうした「モ
ジュール化」や「開発規模」によってどのように影響を受けているかを検証した。
その結果は、日本の情報サービス業の問題を象徴し、本稿の冒頭に言及した低生産性の傍
証が、産業全体で当てはまることを示唆するものとなっている。
「モジュール化」の代理変
数として取り上げた「外注比率」は、「モジュール化」が生産性を劇的に向上させている場
合は当然強い正の影響を生産性に与えなければならないが、実際は全体としてみるなら、逆
に負の影響を与えている。その理由は、開発・生産工程のモジュール化がこの産業では、十
分にはなされていないにも関わらず、外注化を行なっていることにある。モジュール間のイ
ンターフェイス部分をプロジェクト・マネージャーが管轄しているわけであるが、その機能
が十分に果たされていなかったことが示唆されている。
開発規模の経済性についても、負の結果が得られた。システムエンジニア数の増加は全要
素生産性上昇率に対して概ねマイナスの影響を示している。ソフトウェア構築を例にとって
考えると、システムエンジニアを増加させてもコミュニケーションを図るための労力が大き
くなりかえって非効率性を増すという現象に当てはまる。ネット上で世界各国のエンジニア
が無償で技を競いあっている Linux 型の開発では異なった結論となることも予想されるが、
今回の実証分析の対象期間である 90 年代においてはこうした開発の型はまだ一般的ではな
かったと考えられる。ただし、システムエンジニアがイノベーションの源泉であることは、
システムエンジニア比率が技術進歩率に概ねプラスに作用していることから推察できる。
更に、企業をタイプ別に見た場合、支社をもたない単独企業の場合外注化の非効率性は小
さいが、支社を持ち組織が複雑である場合にその非効率性が大きいと言う結果が得られた。
これは、業務のモジュール化が不十分な状態で業務の一部を外注に出すと非効率性が生じる
と考えられる。単独企業の場合、内部のコミュニケーションを図ることが容易であり、その
ため業務分担もスムーズになりやすい。また、単独企業のなかには、比較的小規模であるか
又は専門分野に特化しており、互いに外注化による水平分業を行なうコミュニティを形成し
32
ているケースもある。この場合、企業内だけではなく企業間のコミュニケーションを上手く
取ることで効率的に生産活動を行なうことも可能である。しかし組織が複数存在する場合に
は、プロジェクト・マネージャーが管轄しなければならない範囲も増加し、非効率性が生じ
やすい。
もっとも外注化が非効率なケースは、単独企業が支社を持って組織が拡大しているケース
である。組織の拡大に伴い業務内容・範囲も拡大することが一般的であるが、プロジェクト・
マネージャーの管理能力や数がそれに伴っていない場合には、一時的に非効率性が非常に高
まるという現象を示唆している。
今後、日本の IT 産業が、ハードウェアからソフト・サービス分野にドメインをシフトし
ていくことが予想されるが、モジュール化と外注化をいかに効率的に行なうかが成功の鍵で
あることを本稿の結果は示している。
33
図表1 「特サビ」における形態別事業所数の推移
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
独立事業所
3563
3205
3041
2902
2822
3289
3186
4361
4217
本社
1702
1883
1708
1538
1496
1379
1338
1687
1612
支社
1831
1889
1683
1542
1494
1629
1568
2200
2128
合計
7096
6977
6432
5982
5812
6297
6092
8248
7957
注) 1) 「特サビ」の定義では、独立事業所:支社、営業所などを持たない事業所、本社:支社、営業所などを持っている本
社・本店、支社:支社、営業所など、となっている。
2) ここで示した数値は「特サビ」におけるものであり、直接の推計対象データ数ではない。
図表2 記述統計:1991年-1999年
「特サビ」における企業の各変数の平均と標準偏差
平均
最小値
最大値
企業数
企業数×年
0.1400
(0.1594)
0.0000
1.0000
11076
44537
32.0889
(142.3740)
0.0000
9425.2220
11076
44538
SE比率
0.2853
(0.2571)
0.0000
1.0000
11076
44538
利潤・コスト比率
0.2806
(1.7480)
-0.9608
161.0000
11074
44506
96.3811
(324.0072)
1.0000
23668
11076
44538
外注費比率
SE数
従業員数
注) 1) 特サビにおける企業のうち、単独事業所、本社を持つ企業のうち付加価値が正のものを対象としている。
2) カッコ内の数値は標準偏差を表す。
3) 非バランス・パネルデータのため、各年におけるサンプル数は一定ではない。また、データに欠損値が存
在するため、必ずしも全ての変数の企業数、サンプル数は一致しない。
4) 外注費比率は外注費を売上高で除したものである。
5) 事業所を複数持つ企業の場合、SE数は企業全体の労働者数に本社のSE比率を乗じたものである。ま
た、SE比率についても事業所を複数持つ企業の場合、企業全体の値ではなく本社の値となっている。
6) 利潤コスト比率は企業の売上額から総営業費用を除いたものを(粗)利潤とし、それを総営業費用で除し
たものである。
34
図表3 記述統計:1991年-1998年
推計対象企業の各変数の平均と標準偏差
All
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
TFP変化率
0.0178
(0.4706)
0.0132
(0.4359)
0.0222
(0.4173)
0.0242
(0.5008)
0.0014
(0.5262)
外注費比率
0.1480
(0.1444)
0.1299
(0.1472)
0.1760
(0.1507)
0.1556
(0.1472)
0.1331
(0.1276)
78.5949
(229.2218)
19.3822
(37.7571)
172.7760
(367.2692)
111.8290
(305.1742)
34.3216
(80.6797)
SE比率
0.3761
(0.2256)
0.3818
(0.2265)
0.3668
(0.2179)
0.3703
(0.2326)
0.3590
(0.2170)
利潤・コスト比率
0.2353
(1.3023)
0.2097
(0.6825)
0.2243
(0.6451)
0.3723
(3.0091)
0.2145
(0.6816)
192.6169
(474.8098)
49.4580
(69.0374)
444.7662
(795.9725)
258.8462
(578.9777)
94.7337
(161.4495)
6309
1784
1339
923
815
SE数
従業員数
企業数×年
注) 1) ここで示すデータは、従業員数が正、かつ設備資本ストックが推計可能であり、最終的にTFP変化率が推計可
能だった企業を対象としたものである。また、変化率導出のため、1991-1998年の値となっている。
2) 表中の数字は標本平均、カッコ内の数値は標準偏差を表す。
3) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事
業所。なお、推計期間中に単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成させず、Allに
のみ含まれているので、企業×年についてはGroup1-4の合計はAllとは一致しない。
4) 外注費比率は外注費を売上高で除したものである。
5) 事業所を複数持つ企業の場合、SE数は企業全体の労働者数に本社のSE比率を乗じたものである。また、SE
比率についても事業所を複数持つ企業の場合、企業全体の値ではなく本社の値となっている。
6) 利潤コスト比率は企業の売上額から総営業費用を除いたものを(粗)利潤とし、それを総営業費用で除したもの
である。
35
図表5 記述統計:1991年-1998年
各種類別年間売上高シェア70%以上の独立事業所の各変数の平均と標準偏差
年間売上高シェア
受注ソフト
ソフト・プロダクト
システム管理運営
委託
DBサービス・オン
ライン
TFP変化率
0.0251
(0.4045)
0.0333
(0.5550)
-0.0806
(0.4057)
0.1133
(0.7247)
外注費比率
0.1553
(0.1608)
0.0455
(0.0815)
0.1796
(0.1858)
0.0595
(0.0863)
21.7459
(45.2372)
11.5852
(34.9954)
9.9327
(16.6159)
1.9265
(2.3157)
SE比率
0.4498
(0.2304)
0.3637
(0.2667)
0.2931
(0.2981)
0.0916
(0.0822)
利潤・コスト比率
0.1798
(0.4379)
0.6471
(1.0276)
0.0179
(0.0723)
0.1709
(0.6791)
43.3271
(71.4098)
24.1875
(45.5033)
74.3571
(136.5344)
15.8148
(12.8513)
219
911
35
112
8
14
11
27
SE数
従業員数
企業数
企業数×年
注) 1) ここで示すデータは、従業員数が正、かつ設備資本ストックが推計可能であり、最終的にTFP変化率が推計
可能だった企業を対象としたものである。また、変化率導出のため、1991-1998年の値となっている。
2) 表中の数字は標本平均、カッコ内の数値は標準偏差を表す。
3) 種類別年間売上高比率に関して、受注ソフト、ソフト・プロダクト、システム管理運営委託、DBサービス・オンラ
インで売上高比率が70%以上の単独事業所を対象としたものである。
4) 外注費比率は外注費を売上高で除したものである。
5) 利潤コスト比率は企業の売上額から総営業費用を除いたものを(粗)利潤とし、それを総営業費用で除したも
のである。
36
図表6 記述統計:1991年-1998年
各種類別年間売上高シェア50%以上の独立事業所の各変数の平均と標準偏差
年間売上高シェア
受注ソフト
ソフト・プロダクト
システム管理運営
委託
DBサービス・オン
ライン
TFP変化率
0.0242
(0.4048)
0.0330
(0.5263)
0.0677
(0.7451)
0.0604
(0.7239)
外注費比率
0.1479
(0.1576)
0.0671
(0.1133)
0.1823
(0.1402)
0.0546
(0.0825)
21.3411
(43.3708)
9.3924
(29.1968)
11.2891
(20.3582)
2.2823
(2.5240)
SE比率
0.4356
(0.2285)
0.3246
(0.2533)
0.2926
(0.2751)
0.1000
(0.0871)
利潤・コスト比率
0.1789
(0.4561)
0.5064
(0.8907)
0.1799
(0.6894)
0.3818
(1.4258)
44.1177
(71.0153)
23.2798
(39.8574)
71.6061
(126.2681)
17.9677
(13.3504)
244
1096
59
168
17
33
11
31
SE数
従業員数
企業数
企業数×年
注) 1) ここで示すデータは、従業員数が正、かつ設備資本ストックが推計可能であり、最終的にTFP変化率が推計
可能だった企業を対象としたものである。また、変化率導出のため、1991-1998年の値となっている。
2) 表中の数字は標本平均、カッコ内の数値は標準偏差を表す。
3) 種類別年間売上高比率に関して、受注ソフト、ソフト・プロダクト、システム管理運営委託、DBサービス・オンラ
インで売上高比率が51%以上の単独事業所を対象としたものである。
4) 外注費比率は外注費を売上高で除したものである。
5) 利潤コスト比率は企業の売上額から総営業費用を除いたものを(粗)利潤とし、それを総営業費用で除したも
のである。
37
図表7 パネル推計法による推計結果:1991年-1998年
被説明変数 : TFP変化率
All
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
d-OUT
-0.8309
(0.0670)
***
-0.2804
(0.1222)
**
-0.6001
(0.1351)
***
-1.2225
(0.1807)
***
-0.4297
(0.1845)
**
d-SE
-0.1008
(0.0129)
***
-0.0727
(0.0274)
***
-0.1684
(0.0298)
***
-0.0810
(0.0305)
***
-0.2526
(0.0344)
***
d-SE-RATIO
0.2837
(0.0547)
***
0.3442
(0.0974)
***
0.2176
(0.1157)
*
0.2942
(0.1378)
**
0.6834
(0.1577)
***
d-PROFIT
0.0753
(0.0030)
***
0.1997
(0.0121)
***
0.1418
(0.0139)
***
0.0494
(0.0035)
***
0.1704
(0.0139)
***
d-D1992
0.1253
(0.0320)
***
-0.0070
(0.0553)
0.1825
(0.0663)
***
0.2840
(0.0805)
***
-0.3931
(0.0887)
***
d-D1993
0.0737
(0.0313)
**
-0.0151
(0.0540)
0.0658
(0.0640)
0.1928
(0.0785)
**
-0.3136
(0.0902)
***
d-D1994
0.0211
(0.0294)
0.0594
(0.0593)
0.1151
(0.0741)
-0.3026
(0.0873)
***
d-D1995
0.0598
(0.0267)
**
0.0170
(0.0455)
0.0694
(0.0534)
0.1157
(0.0682)
-0.2381
(0.0796)
***
d-D1996
0.0790
(0.0235)
***
0.0515
(0.0396)
0.0587
(0.0466)
0.0969
(0.0604)
-0.1421
(0.0704)
**
d-D1997
0.0499
(0.0196)
**
0.0352
(0.0327)
0.0379
(0.0384)
0.1488
(0.0514)
***
-0.1515
(0.0582)
***
d-D1998
0.0344
(0.0142)
**
0.0163
(0.0234)
0.0484
(0.0277)
*
0.0923
(0.0378)
**
-0.0369
(0.0417)
定数項
0.0354
(0.0067)
***
0.0201
(0.0115)
0.0486
(0.0134)
***
0.0586
(0.0176)
***
-0.0557
(0.0193)
Hausman Test
p-value
fixed or random
LM1
LM5
企業数×年
企業数
15.7800
0.1495
変量効果
479.2375
21.8915
6117
1106
-0.0843
(0.0505)
***
***
9.3600
0.5888
変量効果
134.7391
11.6077
*
*
***
***
12.6400
0.3175
変量効果
54.7471
7.3991
1732
318
1294
231
***
***
1.9000
0.9988
変量効果
87.8683
9.3738
899
156
*
***
***
6.3000
0.8529
変量効果
54.4985
7.3823
***
***
***
788
143
注) 1) 説明変数は以下の通り。ただし、d- とついているものはその変数のt+1とt期の差分をとっている。OUT:外注費比率、 SE:SE数の自然対
数、 SE-RATIO:SE比率、 PROFIT:利潤・コスト比率、 D1992-D1998:各年ダミー。
2) 係数の***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%に対応。カッコ内の数値は標準偏差を示す。
3) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事業所。なお、推計期間中に
単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成せずに、Allにのみ含まれることになる。
4) Hausman Testは固定効果、変量効果の検定。
5) LM1、LM5はそれぞれ「変量効果なし&系列相関なし」、「固定効果のもとでの系列相関なし」を帰無仮説とするラグランジェ乗数テスト統
計量である。詳細はBaltagi (1995)を参照。
38
図表8 パネル変量効果推計(AR1)による推計結果:1991年-1998年
被説明変数 : TFP変化率
All
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
d-OUT
-0.8497
(0.0678)
***
-0.2766
(0.1232)
**
-0.6083
(0.1359)
***
-1.2618
(0.1826)
***
-0.4257
(0.1849)
**
d-SE
-0.1162
(0.0132)
***
-0.0894
(0.0278)
***
-0.1917
(0.0306)
***
-0.0785
(0.0311)
**
-0.2685
(0.0348)
***
d-SE-RATIO
0.3221
(0.0553)
***
0.3838
(0.0982)
***
0.2607
(0.1167)
**
0.2949
(0.1389)
**
0.7195
(0.1580)
***
d-PROFIT
0.0740
(0.0030)
***
0.2005
(0.0119)
***
0.1464
(0.0141)
***
0.0495
(0.0034)
***
0.1725
(0.0139)
***
d-D1992
0.1402
(0.0333)
***
0.0027
(0.0567)
0.1911
(0.0691)
***
0.2872
(0.0828)
***
-0.3961
(0.0904)
***
d-D1993
0.0850
(0.0334)
**
-0.0086
(0.0565)
0.0720
(0.0685)
0.1961
(0.0825)
**
-0.3182
(0.0936)
***
d-D1994
0.0296
(0.0319)
-0.0796
(0.0536)
0.0633
(0.0647)
0.1187
(0.0794)
-0.3083
(0.0917)
***
d-D1995
0.0683
(0.0293)
**
0.0232
(0.0487)
0.0738
(0.0591)
0.1162
(0.0739)
-0.2410
(0.0842)
***
d-D1996
0.0852
(0.0259)
***
0.0565
(0.0425)
0.0622
(0.0518)
0.0980
(0.0657)
-0.1446
(0.0746)
*
d-D1997
0.0545
(0.0214)
**
0.0387
(0.0349)
0.0401
(0.0424)
0.1485
(0.0554)
***
-0.1524
(0.0614)
**
d-D1998
0.0363
(0.0149)
**
0.0176
(0.0241)
0.0496
(0.0291)
0.0913
(0.0391)
**
-0.0365
(0.0427)
定数項
0.0373
(0.0075)
0.0218
(0.0124)
0.0500
(0.0151)
0.0588
(0.0193)
-0.0570
(0.0207)
AR1 Coefficent
-0.1271
-0.0988
-0.1453
-0.1106
-0.0869
6117
1106
1732
318
1294
231
899
156
788
143
企業数×年
企業数
***
*
*
***
***
***
注) 1) 説明変数は以下の通り。ただし、d- とついているものはその変数のt+1とt期の差分をとっている。OUT:外注費比率、 SE:SE数の
自然対数、 SE-RATIO:SE比率、 PROFIT:利潤・コスト比率、 D1992-D1998:各年ダミー。
2) 誤差項にAR1を仮定。
3) 係数の***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%に対応。カッコ内の数値は標準偏差を示す。
4) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事業所。なお、推計期
間中に単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成せずに、Allにのみ含まれることになる。
5) AR1 Coefficientは誤差項の自己相関係数の推計値。
39
図表9 FGLS(分散不均一性、系列相関を仮定):1991年-1998年
被説明変数 : TFP変化率
All
Group 1
Group 2
Group 3
Group 4
d-OUT
-0.6261
(0.0197)
***
-0.2061
(0.0344)
***
-0.3352
(0.0639)
***
-1.0702
(0.0615)
***
-0.4130
(0.0497)
***
d-SE
-0.0761
(0.0050)
***
-0.0881
(0.0104)
***
-0.1174
(0.0131)
***
-0.0689
(0.0158)
***
-0.1878
(0.0190)
***
d-SE-RATIO
0.2403
(0.0154)
***
0.4193
(0.0370)
***
0.2208
(0.0435)
***
0.2612
(0.0579)
***
0.5558
(0.0638)
***
d-PROFIT
0.1052
(0.0031)
***
0.2151
(0.0052)
***
0.2060
(0.0113)
***
0.0596
(0.0065)
***
0.2082
(0.0099)
***
d-D1992
0.0741
(0.0113)
***
0.0162
(0.0293)
0.1411
(0.0120)
***
0.1689
(0.0411)
***
-0.3004
(0.0436)
***
d-D1993
0.0263
(0.0101)
***
0.0017
(0.0269)
0.0596
(0.0125)
***
0.0875
(0.0365)
**
-0.2466
(0.0422)
***
d-D1994
0.0004
(0.0091)
-0.2472
(0.0363)
***
d-D1995
0.0454
(0.0077)
d-D1996
-0.0543
(0.0236)
**
0.0441
(0.0117)
***
0.0357
(0.0308)
***
0.0433
(0.0191)
**
0.0563
(0.0104)
***
0.0533
(0.0260)
**
-0.1933
(0.0307)
***
0.0635
(0.0065)
***
0.0725
(0.0150)
***
0.0393
(0.0092)
***
0.0657
(0.0207)
***
-0.1106
(0.0236)
***
d-D1997
0.0421
(0.0050)
***
0.0409
(0.0118)
***
0.0179
(0.0055)
***
0.1014
(0.0163)
***
-0.1313
(0.0183)
***
d-D1998
0.0250
(0.0038)
***
0.0092
(0.0093)
0.0188
(0.0066)
***
0.0672
(0.0136)
***
-0.0287
(0.0131)
**
定数項
0.0260
(0.0020)
***
0.0211
(0.0049)
0.0413
(0.0026)
***
0.0453
(0.0076)
***
-0.0410
(0.0075)
***
603.0225
Log likelihood
0.0000
Wald Test : p-value
企業数×年
企業数
6097
1086
***
261.4423
0.0000
328.0103
0.0000
23.4631
0.0000
-12.3313
0.0000
1729
315
1289
226
897
154
784
139
注) 1) 説明変数は以下の通り。ただし、d- とついているものはその変数のt+1とt期の差分をとっている。OUT:外注費比率、 SE:SE数の自
然対数、 SE-RATIO:SE比率、 PROFIT:利潤・コスト比率、 D1992-D1998:各年ダミー。
2) 係数の***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%に対応。カッコ内の数値は標準偏差を示す。
3) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事業所。なお、推計期間
中に単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成せずに、Allにのみ含まれることになる。
4) 推計方法はFGLS (Feasible Generalized Least Squares) であり、企業間の不均一分散、一階の自己相関を仮定。さらに、自己相関係
数は企業特殊的であると仮定。
5) Wald Testは企業間の分散均一性を帰無仮説とした場合に、企業数を自由度とするχ2分布に従う検定。
40
図表10 調整コストを含むパネル推計法による推計結果:1991年-1997年
被説明変数 : TFP変化率
All
Group 1
Group 2
-0.7916
(0.0737)
d-SE
-0.1049
(0.0141)
***
-0.0638
(0.0299)
**
-0.1890
(0.0333)
***
-0.1541
(0.0427)
***
-0.3504
(0.0402)
***
d-SE-RATIO
0.2686
(0.0597)
***
0.3282
(0.1062)
***
0.2785
(0.1279)
**
0.4827
(0.1634)
***
0.9840
(0.1672)
***
d-PROFIT
0.0714
(0.0032)
***
0.1875
(0.0128)
***
0.1992
(0.0181)
***
0.0451
(0.0035)
***
0.2759
(0.0191)
***
d-ADJUST
-0.0231
(0.0063)
***
0.0061
(0.0204)
-0.0482
(0.0236)
**
-0.0274
(0.0113)
0.0827
(0.0191)
***
d-D1992
0.0563
(0.0358)
-0.0056
(0.0626)
0.0692
(0.0814)
0.2342
(0.0810)
***
-0.2245
(0.0915)
**
d-D1993
0.0093
(0.0335)
-0.0190
(0.0584)
-0.0233
(0.0733)
0.1349
(0.0769)
*
-0.1892
(0.0883)
**
d-D1994
-0.0384
(0.0301)
-0.0913
(0.0520)
-0.0199
(0.0648)
0.0503
(0.0705)
-0.1828
(0.0812)
**
d-D1995
0.0048
(0.0258)
0.0060
(0.0442)
-0.0059
(0.0548)
0.0487
(0.0624)
-0.1545
(0.0697)
**
d-D1996
0.0323
(0.0209)
0.0382
(0.0354)
-0.0031
(0.0431)
0.0319
(0.0520)
-0.0803
(0.0572)
d-D1997
0.0095
(0.0148)
0.0228
(0.0247)
-0.0175
(0.0295)
0.0823
(0.0383)
**
-0.1084
(0.0407)
定数項
0.0310
(0.0080)
0.0661
(0.0194)
***
-0.0347
(0.0213)
Hausman Test
p-value
fixed or random
LM1
LM5
企業数×年
企業数
9.8400
0.5451
変量効果
262.5462
16.2033
***
***
0.0234
(0.0139)
5.3000
0.9158
変量効果
65.5608
8.0970
*
*
***
***
-0.4773
(0.1469)
***
Group 4
d-OUT
***
-0.2752
(0.1374)
**
Group 3
***
0.0401
(0.0171)
9.6100
0.5658
変量効果
25.6233
5.0619
**
***
***
-1.2137
(0.1940)
***
-0.3970
(0.1873)
**
4.5900
0.9493
変量効果
52.2892
7.2311
**
***
***
2.1000
0.9981
変量効果
17.9776
4.2400
5103
1439
1085
752
656
1096
318
228
155
140
**
***
***
注) 1) 説明変数は以下の通り。ただし、d- とついているものはその変数のt+1とt期の差分をとっている。OUT:外注費比率、 SE:SE数の自然対
数、 SE-RATIO:SE比率、 PROFIT:利潤・コスト比率、 D1992-D1998:各年ダミー。
2) 係数の***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%に対応。カッコ内の数値は標準偏差を示す。
3) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事業所。なお、推計期間中に
単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成せずに、Allにのみ含まれることになる。
4) 調整コストは従業者数の変化率を自乗したものを代理変数としている。
5) ADJUSTの推計が差分をすでに取っているので、サンプル期間は1991年-1997年となり、D-1998が含まれていない。
6) Hausman Testは固定効果、変量効果の検定。
7) LM1、LM5はそれぞれ「変量効果なし&系列相関なし」、「固定効果のもとでの系列相関なし」を帰無仮説とするラグランジェ乗数テスト統
計量である。詳細はBaltagi (1995)を参照。
41
図表11 調整コストを含むパネル変量効果推計(AR1)による推計結果:1991年-1997年
被説明変数 : TFP変化率
All
Group 1
Group 2
-0.8117
(0.0747)
d-SE
-0.1184
(0.0144)
***
-0.0817
(0.0305)
***
-0.2043
(0.0340)
***
-0.1424
(0.0431)
***
-0.3723
(0.0410)
***
d-SE-RATIO
0.3009
(0.0604)
***
0.3721
(0.1074)
***
0.3019
(0.1290)
**
0.4578
(0.1646)
***
1.0289
(0.1685)
***
d-PROFIT
0.0707
(0.0031)
***
0.1878
(0.0127)
***
0.2059
(0.0184)
***
0.0459
(0.0035)
***
0.2707
(0.0188)
***
d-ADJUST
-0.0245
(0.0065)
***
0.0069
(0.0208)
-0.0508
(0.0243)
**
-0.0246
(0.0115)
**
0.0839
(0.0197)
***
d-D1992
-0.1163
(0.0459)
**
-0.0230
(0.0797)
-0.1621
(0.1030)
0.2415
(0.0845)
***
0.2622
(0.1172)
**
d-D1993
-0.1161
(0.0461)
**
-0.0800
(0.0799)
-0.0661
(0.1020)
0.1428
(0.0825)
***
0.2310
(0.1188)
*
d-D1994
-0.0221
(0.0457)
0.0931
(0.0788)
-0.0542
(0.1016)
0.0590
(0.0775)
**
0.2651
(0.1184)
**
d-D1995
-0.0409
(0.0454)
0.0247
(0.0780)
-0.0660
(0.1017)
0.0526
(0.0695)
**
0.3034
(0.1161)
***
d-D1996
-0.0894
(0.0454)
**
-0.0224
(0.0782)
-0.0833
(0.1015)
0.0355
(0.0575)
*
0.2034
(0.1166)
*
d-D1997
-0.0775
(0.0456)
*
-0.0310
(0.0784)
-0.0518
(0.1018)
0.0850
(0.0403)
***
0.3402
(0.1180)
***
定数項
0.0986
(0.0430)
0.0313
(0.0744)
0.1093
(0.0974)
0.0665
(0.0220)
***
-0.2645
(0.1091)
**
-0.1262
-0.1079
-0.1080
-0.1528
-0.1232
5103
1096
1439
318
1085
228
752
155
656
140
AR1 Coefficient
企業数×年
企業数
-0.4905
(0.1477)
***
Group 4
d-OUT
**
-0.2702
(0.1385)
*
Group 3
***
-1.2523
(0.1983)
***
-0.4053
(0.1887)
**
注) 1) 説明変数は以下の通り。ただし、d- とついているものはその変数のt+1とt期の差分をとっている。OUT:外注費比率、 SE:SE数の
自然対数、 SE-RATIO:SE比率、 PROFIT:利潤・コスト比率、 D1992-D1998:各年ダミー。
2) 誤差項にAR1を仮定。
3) 係数の***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%に対応。カッコ内の数値は標準偏差を示す。
4) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事業所。なお、推計期
間中に単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成せずに、Allにのみ含まれることになる。
5) 調整コストは従業者数の変化率を自乗したものを代理変数としている。
6) ADJUSTの推計が差分をすでに取っているので、サンプル期間は1991年-1997年となる。
7) AR1 Coefficientは誤差項の自己相関係数の推計値。
42
図表12 調整コストを含むFGLS(分散不均一性、系列相関を仮定):1991年-1997年
被説明変数 : TFP変化率
All
Group 1
Group 2
-0.6008
(0.0180)
d-SE
-0.0952
(0.0030)
***
-0.0707
(0.0099)
***
-0.1662
(0.0145)
***
-0.1668
(0.0209)
***
-0.3097
(0.0149)
***
d-SE-RATIO
0.2724
(0.0140)
***
0.3737
(0.0251)
***
0.3006
(0.0476)
***
0.5283
(0.0476)
***
0.9656
(0.0445)
***
d-PROFIT
0.0865
(0.0026)
***
0.2129
(0.0077)
***
0.2943
(0.0173)
***
0.0465
(0.0057)
***
0.3657
(0.0163)
***
d-ADJUST
-0.0284
(0.0023)
***
0.0163
(0.0112)
-0.0500
(0.0088)
***
-0.0394
(0.0061)
***
0.1102
(0.0126)
***
d-D1992
0.0043
(0.0106)
0.0258
(0.0303)
0.0425
(0.0181)
**
0.0906
(0.0360)
**
-0.1910
(0.0332)
***
d-D1993
-0.0382
(0.0090)
***
0.0090
(0.0265)
-0.0151
(0.0165)
0.0133
(0.0324)
-0.1378
(0.0332)
***
d-D1994
-0.0639
(0.0074)
***
-0.0577
(0.0217)
***
-0.0158
(0.0149)
-0.0431
(0.0268)
-0.1291
(0.0289)
***
d-D1995
-0.0135
(0.0058)
**
0.0292
(0.0168)
*
0.0045
(0.0127)
-0.0286
(0.0203)
-0.1057
(0.0215)
***
d-D1996
0.0216
(0.0038)
***
0.0610
(0.0117)
***
-0.0032
(0.0093)
-0.0112
(0.0144)
-0.0441
(0.0150)
***
d-D1997
0.0003
(0.0028)
0.0385
(0.0078)
***
-0.0173
(0.0072)
-0.0861
(0.0109)
***
定数項
0.0244
(0.0019)
842.2885
Log likelihood
0.0000
Wald Test: p-value
企業数×年
企業数
0.0265
(0.0053)
***
-0.2893
(0.0491)
***
Group 4
d-OUT
***
-0.3050
(0.0381)
***
Group 3
***
0.0363
(0.0038)
**
***
-1.0155
(0.0507)
***
-0.2875
(0.0521)
***
0.0484
(0.0101)
0.0462
(0.0075)
***
***
-0.0292
(0.0068)
287.7664
0.0000
377.8935
0.0000
67.5614
0.0000
91.2821
0.0000
5073
1431
1077
748
653
1066
310
220
151
137
***
注) 1) 説明変数は以下の通り。ただし、d- とついているものはその変数のt+1とt期の差分をとっている。OUT:外注費比率、 SE:SE数の自
然対数、 SE-RATIO:SE比率、 PROFIT:利潤・コスト比率、 D1992-D1998:各年ダミー。
2) 係数の***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%に対応。カッコ内の数値は標準偏差を示す。
3) All:対象全企業、Group 1:単独事業所、Group 2:本社、Group 3:単独事業所→本社、Group 4:本社→単独事業所。なお、推計期間
中に単独事業所と本社の間を不規則に移行した企業についてはGroupを形成せずに、Allにのみ含まれることになる。
4) 調整コストは従業者数の変化率を自乗したものを代理変数としている。
5) ADJUSTの推計が差分をすでに取っているので、サンプル期間は1991年-1997年となり、D-1998が含まれていない。
6) 推計方法はFGLS (Feasible Generalized Least Squares) であり、企業間の不均一分散、一階の自己相関を仮定。さらに、自己相関係
数は企業特殊的であると仮定。
7) Wald Testは企業間の分散均一性を帰無仮説とした場合に、企業数を自由度とするχ2分布に従う検定。
43
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46
補論
推計式の解説と推計結果の詳細
実際の推計では、
(1)式を直接推計するのではなくその一階の階差をとった式を対象とす
る。その理由は、全要素生産性 TFP の水準が、非定常の可能性が高いからである。ある水準
あるいはトレンドの周りをランダムに変動し、中心水準あるいはトレンドを越えて上昇する
と、次には下落して中心水準あるいはトレンドに回帰する可能性が高いというのが定常ある
いはトレンド定常過程である。しかしながら全要素生産性は、経験的にいったん変動したら
そこにとどまる可能性が高く、非定常過程の可能性が高い。つまり新しい技術革新があって
全要素生産性が過去の平均より高くなったら、それはそれ以後もその状態にとどまるのが普
通であって、過去の平均にやがて戻るという定常過程とは異なると考えるのが自然であろう。
TFP 水準等が非定常時系列の場合は、通常の最小自乗法では問題が生じることはよく知ら
れている。そこで本来ならば各変数の非定常性をチェックするため単位根検定を行うべきで
ある42。しかしながら、データは個々の企業では最大でも 9 年間しかデータがとれない非バ
ランス・パネルデータとなっている。このような時系列部分の短い非バランス・パネルデー
タを対象とした信頼性のある単位根検定の研究はまだ十分に行われているとはいえない43。
そこでここでは a priori に TFP 水準等が非定常な時系列である場合を考えることにし、推計
式は以下の(2)式として、説明変数、被説明変数ともに階差をとることとする。従って被
説明変数は TFP 変化率を用いることになる44。
J
(2)
∆ ln TFPi ,t = α1, j + ∑ β j ∆xij ,t +
j =1
T
∑γ
k = t +1
k
∆d k ,t + ei ,t
ただし、
42
パネルデータの単位根検定については近年多くの研究が行われてきている。ただし、そのほと
んどがバランス・パネルデータを対象としているという制約がある。非バランス・パネルデータ
も対象としたものとしては Maddala and Wu (1999)を参照。
43
実際上、パネルデータを利用する場合、経済主体数と比較して大幅に年次ポイントが少ない
という状況は多くの場合に生じうる。年次ポイントを固定して経済主体数が増加する場合のコン
システントなパネル単位根検定をサーベイしたものとしては Hall and Mairesse (2002)があるが、
そこではバランス・パネルデータが対象となっている。
44
ここで TFP 水準等に単位根が存在せず、トレンド定常であった場合には(1)式の特定化が正
しいことになる。マダラ(1996)にあるように、このような場合、階差とることによって誤差項
に系列相関が発生することが考えられるが、仮にそのまま最小 2 乗法で推計したとしても依然と
して有効ではないが一致推定量を得ることになる。
47
∆ ln TFPt = ln TFPt +1 − ln TFPt
∆xij ,t = xij ,t +1 − xij ,t
(2-1)
∆d k ,t = d k ,t +1 − d k ,t
ei ,t = ε i ,t +1 − ε i ,t
である。
ここでタイム・トレンドの係数である α1,i を定数 α 1 と個別効果(individual effect) ui の和
α1,i = α1 + ui
であると仮定すれば、
(2)式は通常の一元配置誤差構成要素(one-way error component)モデ
ルとして(3)式のように表される。
J
(3)
∆ ln TFPi ,t = α1 + ∑ β j ∆xij ,t +
j =1
T
∑γ
k =t +1
k
∆d k ,t + ui + ei ,t
通常、
(3)式における e i , t は標準的線形回帰モデルの仮定を満たしていると仮定され、推
計される。すなわち
E ( ei ,t ) = 0
E ( ei ,t 2 ) = Var ( ei ,t ) = σ e2
E ( ei ,t + r e j ,t + s ) = Var ( ei ,t + r , e j ,t + s ) = 0 for i ≠ j , r ≠ s
が仮定されている。しかしモデルでは (2-1) から
ei ,t = ε i ,t +1 − ε i ,t
であり、 e i , t が標準的線形回帰モデルの仮定を満たすかどうかは(1)式の誤差項 ε i, t がど
のような性質を持つかに依存する。
例えば、
(1)式の誤差項 ε i,t に関して単位根(unit root)を持つと仮定しよう。すなわち
48
ε i ,t = ε i ,t −1 + vi ,t
である。ここで vi ,t は独立に同一に分布であると仮定するならば、標準的線形回帰モデルの
仮定を満たすことになる。つまり、このケースでは最小自乗推定量は有効な不偏推定量とな
る。
これに対して、独立に同一に分布ではないと仮定するならば、推計式の ei,t には系列相関
が存在することになる。この場合、
(3)式の誤差項 ei ,t に系列相関があるにもかかわらず通
常の最小 2 乗法、変量効果、固定効果モデルをあてはめてしまうと、推定量は不偏ではある
が有効性はなくなってしまう。
すなわち、
(1)式の誤差項 ε i,t に関して単位根を持つと仮定しない限り、
(3)式の誤差項 ei ,t
にはなんらかの自己相関が発生することになる。従って以下のパネル推計では、 ei ,t が標準
的線形回帰モデルの仮定を満たすケースと満たさないケースを推計することにする。ただし、
便宜上誤差項に自己相関がある場合のケースとしては、自己回帰 AR(1)過程を仮定して推計
を行っている。
またロバストネスをみるために、これらの通常のパネル推計に加え、誤差項に対して企業
内の時系列部分に一階の自己相関、企業間において異なる分散共分散行列(分散不均一性)
を考慮した FGLS(Feasible General Least Squares)推計も行った45。そこではさらに誤差項の
一階の相関係数について企業特殊的であると仮定した。
以上まとめると、推計方法として、誤差項 ei ,t が標準的線形回帰モデルの仮定を満たすケ
ースとしての通常のパネル推計(パネル)
、満たさないケースとして誤差項 ei,t に AR(1)を
仮定したパネル(パネル(AR1)
)
、さらに企業間の不均一分散と一階の自己相関係数が企業
特殊的であると仮定した FGLS の 3 種類の推計方法をとる。
全要素生産性変化率の計測
上記で説明したように、推計では(1)式の階差をとった(3)式を推計するが、そのとき
の被説明変数は全要素生産性(TFP)水準ではなく、全要素生産性(TFP)変化率である。
ここで注意しなければならないのは、全要素生産性(TFP)の変化率として、通常のいわゆ
るソロー残差(Solow residual)ではなく、不完全競争の場合を許容する修正ソロー残差
(modified Solow residual)を用いていることである。
よく知られているように、ソロー残差が全要素生産性の変化率に一致するためには、生産
に関する収穫一定、生産者の費用最小化、完全競争の条件が成立しなければならない。しか
しながら、情報サービス産業を先験的に完全競争と仮定することは無理がある。そのためこ
45
中島(2001)では、産業別パネルデータを用いて TFP 成長率の回帰を FGLS で推計している。
そこでは誤差項に関して産業間の不均一分散と時系列には一階の自己相関を仮定して推計して
いる。
49
こでは生産に関する収穫一定と生産者の費用最小化の仮定に留める。その場合、つまり不完
全競争のもとでマークアップ率が1とは異なる場合でも全要素生産性変化率を正しく計量
するには、ソロー残差の計算において、生産要素の分配率ではなく、生産要素のコストシェ
アを用いた修正ソロー残差を用いれば良いことが分かっている46。そこで修正ソロー残差を
用いるのである。実際には以下の(4)式の形で全要素生産性の変化率を計測する47。
TFPGrowth
= {ln(Vt +1 ) − ln(Vt )}
(4)
1
− ( sL ,t +1 + sL ,t ) × {ln( Lt +1 ) − ln( Lt )}
2
1
− ( sk1,t +1 + sk1,t ) × {ln( K1,t +1 ) − ln( K1,t )}
2
1
− ( sk 2,t +1 + sk 2,t ) × {ln( K 2,t +1 ) − ln( K 2,t )}
2
1
− ( sk 3,t +1 + sk 3,t ) × {ln( K 3,t +1 ) − ln( K 3,t )}
2
1
− ( sk 4,t +1 + sk 4,t ) × {ln( K 4,t +1 ) − ln( K 4,t )}
2
ここで、変数の定義は以下の通りである。
V :実質付加価値,L :従業員数,K 1 :情報サービス関連資本ストック(実質),
K 2 :電子計算機賃借料の資本還元(実質), K 3 :建物資本ストック(実質),
K 4 :建物賃借料の資本還元(実質), s L :労働コストシェア, s k 1 ~ s k 4 :
K 1 ~ K 4 それぞれの資本コストシェア
46
ただし、規模の経済性が存在している場合、TFP 変化率と技術進歩率は同義ではなくなる。
これらの点については中島 (2001)が詳しく説明されている。規模弾力性等の推計については今後
の課題としたい。
47
ただし、前述したように資本ストックの推計が不可能な企業も多く、特に建物資本ストックに
ついてはほとんどの企業において推計できない状態である。そのため、各生産要素のコストシェ
アのうちいくつかは企業によってはゼロとなるが、その場合でも推計可能となるように作業を行
った。具体的な推計方法としては、生産要素として労働と設備資本ストックは企業活動に不可欠
であると仮定し、これらの生産要素コストシェアが正であるものを対象とした。また、電子計算
機リース、建物資本のコストシェアに関しては、電気計算機リースを行っていない企業や建物と
して建物リースのみを利用している企業などを考慮して、これらのシェアがゼロであっても TFP
変化率が推計可能であるように行った。つまり、TFP 変化率の推計にあたっては電子計算機リー
ス、建物資本ストック系列の有無は問わなかった。
50
推計結果の詳細
図表 7—12 は、上記の推計式に基づいて推計を行った結果である。推計方法は通常のパネ
ル推計法[パネル]、誤差項 AR(1)のパネル推計法[パネル AR1]
、系列相関と分散不均一性
を仮定した一般化最小二乗法[FGLS]であり、調整費用を含まないケース(図表 7−9)と
調整費用が含まれるケース(図表 10−12)の計 6 通りの推計結果である48。更に、各表は組
織形態による差を明確にするため、推計対象企業全体のケース(All)と組織形態による Group
分け(1. 単独事業所、2. 支社を持つ本社、3. 単独事業所から支社を持つ本社に変化した場合、
4. 本社から単独事業所へ変化した場合)したケースそれぞれについて推計を行っている。
ここで、サンプル・セレクション・バイアスについて言及しておく必要があろう。一般に、
サンプルが母集団に比して偏っている場合には、そこから得られた結果から母集団の性質を
特定することには慎重でなければならない。パネルデータの場合、何らかの理由でデータが
欠損しているならば、それは非バランス・パネルデータとなり、サンプル・セレクション・
バイアスの問題が生じる可能性がある。実際、パネルデータはほとんどのケースで非バラン
ス・パネルデータとして存在しており、特サビデータも例外ではない。非バランス・パネル
データが生ずる要因としては、サンプル抽出の方法として経済主体が一定期間で入れ替わる
(rotating panel)
、有為な理由で経済主体がサンプル対象から落ちる(drop out)、などが考え
られる。rotating panel の場合には、rotating が無作為に行われるならば大きな問題は発生しな
い。一方、有為な理由(例えば調査対象となる家計が意図的にサンプルから脱落する、ある
一定以上の雇用者数の企業のみを対象とする、など)によってデータが欠損するならば、そ
のデータの利用にはサンプル・セレクション・バイアスの問題が発生することになる。しか
し、特サビは情報サービス業企業母集団の全数調査であり、この点についてはサンプル・セ
レクション・バイアスの問題はほとんどないと考えられる。
しかし、留意しておくべきは、3 節で述べたように分析においては、資本ストックデータ
作成過程で一定年数以上の投資額が観察される企業を対象としているということである。図
表 2、図表 3 で確認したように、主要変数の原データ平均とサンプルデータ平均の値はそれ
ほど大きく乖離していないことから、この場合のバイアスはそれほど大きなものではないと
考えられるが、サンプル数の減少を考えると注意が必要であろう49。
特サビデータの対象期間は 1991 年から 1999 年であるが、サンプル期間は階差をとってい
るので 1991 年から 1998 年となる。ただし、調整コストを考慮した場合には、従業員数の成
長率の自乗値を用いていることから、サンプル期間は 1991 年から 1997 年に限定される。こ
48
実際の推計では、通常のパネル推計法において変量効果、固定効果の推計を行い、Hausman テ
ストによってモデル選択を行った。
49
より多くの企業で資本ストックの推計が可能となるように、投資額をなんらかの形で補完推計
することも可能であるが、その場合精度が落ちることが問題となる。よって今回の推計では精度
を重視して恒久棚卸(PI)法を用いている。
51
うしたサンプル期間の差や誤差項 AR(1)の考慮の有無で、対象となる企業数が変化するが、
全体としてほぼ 1100 企業が分析の対象となっている。
推計方法はすでに述べたように通常のパネル推計法と FGLS である。前述したように、パ
ネル分析では(1)式の誤差項に関する仮定に応じて、通常の最小二乗法パネル分析(パネ
ル)と誤差項に AR (1)を仮定した最小二乗法パネル分析(パネル AR(1))を用いている。通
常のパネル推計方においては、Hausman 検定にもとづいて変量効果モデル、固定効果モデル
の選択を行っている。また、FGLS では誤差項に企業特殊的な系列相関係数、企業間の分散
不均一性を仮定した推計結果を報告している。図表 7 から図表 9 はそれぞれ調整コストを含
めないパネル、パネル AR (1)、FGLS の推計結果を表しており、図表 10 から図表 12 がそれ
ぞれ調整コストを含めた推計結果となっている。
図表 7、図表 10 にあるように、誤差項に一階の系列相関がないという帰無仮説は All、
Group1−4 のすべてにおいて 1%有意水準で棄却されるので、本論ではパネル AR(1)
、FGLS
を中心に述べた。
各グループごとの実証分析では All の場合と同様に、各グループでは Hausman 検定の結果、
変量効果モデルが選択され、また「変量効果なし&一階の系列相関なし」という帰無仮説は
1%有意水準で棄却された。なお、FGLS による推計では、Wald Test によって分散均一性の
帰無仮説はすべての Group で棄却される。
各グループの係数、OUT、SE、SE-RATIO、PROFIT の有意水準については、パネル AR(1)
では全体として 1%、5%有意水準で有意、FGLS ではすべて 1%有意となっている。またそ
の符合はパネル AR(1)
、FGLS ともに All の場合と同じであり、OUT、SE はマイナス、
SE-RATIO、PROFIT がプラスとなっている。ただし、その大きさについては各グループで大
きく異なり、パネル AR(1)
、FGLS でも若干異なるという結果となっている。
まずモジュール化の代理変数である OUT についてみてみよう。パネル AR(1)では Group1
と Group 4 が 5%有意、Group2、Group 3 は 1%有意、FGLS では全グループで1%有意とな
っており、いずれも符合はマイナス、つまりモジュール化が効率的ではないという結果がこ
こでも示されている。しかし、係数の絶対値に注目すると、パネル AR(1)では小さい順か
ら Group 1 (ずっと単独事業所)、
Group 4 (単独事業所へ転換)、
Group 2 (ずっと支社保有)、
Group
3 (支社保有へ転換) となっていることが分かる。つまり、モジュール化の影響は、企業組織
と強く相関していることが分かる。次に、FGLS を見ると係数の絶対値は AR(1)よりも全
体的に小さくなっており、小さい順から Group 1 (ずっと単独事業所)、Group 2 (ずっと支社保
有)、Group 4 (単独事業所へ転換)、Group 3 (支社保有へ転換)である。つまり、AR(1)と FGLS
の共通な結果として、モジュール化の代理変数である OUT のマイナスの効果は Group 1 (ず
っと単独事業所)で低く、Group 3 (支社保有へ転換)でもっとも高くなっている。
このようにモジュール化が生産性に対して与える影響はすべての Group でマイナスである
が、その大きさが組織形態で異なるのはどのような要因によるものであろうか。詳細は次節
で分析するが、ここでは企業自身の組織形態について考えてみよう。
52
Group1、Group4 は単独もしくは単独に転じた企業であり、Group2、Group3 は支社保有も
しくは支社保有に転じた企業である。つまり、結果は、単独企業のほうが支社保有企業より
も相対的に外注化の生産性に対する負の影響が小さいことを示している。このことは、単独
企業の方が外注を多く活用する(または活用せざるを得ない)状況下にあり、そのため製品
アーキテクチャのモジュール化、生産工程のモジュール化が相対的に進展している可能性を
示唆している。また、Group1、Group2 は推計期間中に組織形態が安定的、Group3、Group4
は組織形態が変化して不安定であったということも影響している可能性がある。つまり、企
業自身の組織形態が不安定な状況では、製品開発のモジュール化、生産のモジュール化、組
織のモジュール化がうまく機能しない可能性がある。
次に開発組織の規模を表す SE-RATIO についてグループ間を比較しよう。パネル AR(1)
、
FGLS ともに符合はマイナス、有意水準はそれぞれ 1−5%、1%で有意となっている。これ
も All の場合と同様に、システムエンジニア数の単なる増加は生産性には正の影響をもたら
さず、むしろ非効率性を高める可能性が高いことを示唆している。
係数の絶対値はパネル AR(1)
、FGLS ともに小さい順に Group 3 (支社保有へ転換)、Group1
(ずっと単独事業所)、Group 2 (ずっと支社保有)、Group 4 (単独事業所へ転換)となっている。
Group 3 については業務拡大の過程ではシステムエンジニア数を増加させることの規模の不
経済が小さく、Group 1 についてはもともと単独企業なので企業規模が小さく規模の不経済
が現れにくいということを示唆している。
SE、PROFIT の係数についても有意水準はパネル AR(1)、FGLS それぞれ 1−5%、1%
で有意であり、All と同様に係数の符合はプラスとなっている。
また、調整コスト ADJUST を含めたケース(図表 11、図表 12)でも以上の傾向は同様の
ものとなっている。ただし、ADJUST 自体の係数は正であるが、パネル AR(1)
、FGLS とも
に Group 1 では有意ではなく、残りのグループではそれぞれ 1−5%、1%で有意となってい
る。
モジュール化の代理変数 OUT の係数に注目すると、調整コストを含まないケースよりも
Group1、Group2、Group4 の係数の大きさは接近しており、Group3 の係数だけが大きなマ
イナスのままである。単独企業から支社保有企業に移行している Group3 の企業において最
も外注化が効率的に行われておらず、企業自身の組織形態の不安定性が大きく影響している
可能性が大きい。
53
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