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ナノテクノロジーの最前線 ナノビーズの医療への応用

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ナノテクノロジーの最前線 ナノビーズの医療への応用
N―498
日産婦誌5
6巻9号
1.レクチャーシリーズ
2)医学研究の最前線
(1)ナノテクノロジーの最前線
ナノビーズの医療への応用
東京工業大学生命理工学研究科
教授
半田
宏
座長:順天堂大学教授
木下 勝之
生体の発生,分化や発達,恒常性の維持などすべての生命現象は,生体分子同士の相互
作用による多数のシグナル伝達やネットワークによって厳密に制御されている.癌を含む
さまざまな疾病は,そのような生体分子の相互作用に異常を来すことにより発生すると考
えられる.近年,生体分子の相互作用メカニズムを低分子化合物を用いて解析し,その成
果を創薬に結びつける「ケミカルバイオロジー」ないし「ケミカルジェノミクス」という
新たな研究分野が誕生した.この分野では,有機合成化学の新技術であるコンビナトリア
ルケミストリーを用いて特定の薬剤に関連する物質群を網羅的に合成し,その化合物ライ
ブラリーを用いて薬剤の効果を体系的に解析することにより,薬剤の構造活性相関を推測
しようとする.しかしながら化合物ライブラリーによる網羅的解析には限界があり,薬剤
の作用機構をより詳細に解明するためには,薬剤が選択的に結合する「ターゲット」と呼
ばれる蛋白質を単離・同定することが不可欠である.
薬剤は生体内において数多くの蛋白質と非選択的に弱く結合するが,その中でもターゲ
ットとは特異的に強く結合する.薬剤がターゲットと結合するとそのターゲット本来の構
造・機能が変化し,レセプターが関与する生体反応にも変化が起こる.薬剤の効果や副作
用はそのようにして起こると考えられる.薬剤ターゲットの単離・同定はケミカルバイオ
ロジーなどの基礎研究分野だけでなく,新たな薬剤の開発やテーラーメード医療などへの
応用に対しても非常に大きな意味をもつ.現在臨床において用いられる薬剤は約5,000種
類に及ぶが,そのうちターゲットが同定され作用機構が明らかにされているのはわずか
350種類に過ぎない.多くの薬剤が詳細な作用機序が明らかでないまま用いられているこ
とは,21世紀の医療を考えたとき看過できない状況であるともいえる.
我々は,薬剤などの低分子化合物を固定化できる,ナノサイズのアフィニティ粒子を開
発し,ターゲット分子あるいはその候補蛋白質を探索するアフィニティ精製システムを構
築することに成功した1)∼4).アフィニティ精製とは,ある化合物や蛋白質などのリガンド
に対する特異的な結合を利用して,目的とする分子を分離・精製しようとする方法である.
Application of Affinity Nano-particles to Medical Field
Hiroshi HANDA
Graduate School of Bioscience and Biotechnology, Tokyo Institute of Technology, Yokohama
Key words:Affinity beads・High throughput screening・Chemical biology・
Taylor-made medication・Nano-ferrite beads
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N―499
2004年9月
リガンド
固定化技術
リガンド
アフィニティ
(薬剤、蛋白質など)
精製技術
リンカー
ナノビーズ
リガンド固定化ビーズ
レセプター単離
・創薬(ゲノム創薬)
レセプターの
機能解析
結合ドメイン
機能・構造解析
リガンドのレセプター
・薬効・毒性評価系
・高感度バイオセンサー
・有害物質の吸着・除去
・ケミカルレセプター
・結合様式の情報蓄積
・基礎生命科学への貢献
(図 1 ) 生体レセプターの単離・同定とその応用
従来から用いられているアガロースを担体とする粒子は,粒径約200マイクロメートルの
多孔性粒子でベッド体積が大きく,スポンジ状の網目構造を有する.そのため蛋白質の非
特異的な吸着や滞留が起こり,精製画分に夾雑物が混入するという欠点があった.これに
対しラテックス粒子は,担体としてスチレン(St)
とグリシジルメタクリレート(GMA)
の
共重合体を芯にもち,表面が GMA 重合体で覆われた粒径200ナノメートルの無孔性粒子
1 大きさがナノスケールサイズと
である.このラテックス粒子(SG 粒子)
の優れた特徴は○
微小であるため単位容積あたりの表面積が非常に広く,ビーズ1mg に数十から数百ナノ
2 堅固であるため操作が容易なバッチ法によ
モルという多量のリガンドを固定化できる,○
3 表面が比較的親水性で,水溶液中では分散性および可動性
るアフィニティ精製が可能,○
4 有機溶媒に耐性で表面処理が容易であるため,さまざまな反応条件に対応でき
を示す,○
薬剤などの低分子化合物をはじめ,DNA,蛋白質などの幅広いリガンドを固定化するこ
とができる,といった点があげられる.現在このシステムで解析しているリガンドは,免
疫抑制剤,骨粗鬆薬,抗リウマチ薬,抗炎症薬,抗癌剤,強心剤などの薬剤,フタル酸,
ノニルフェノールなどの環境ホルモン,ポルフィリンなどの生体物質,細菌毒素やウイル
ス性因子といった蛋白質など,幅広い領域に及ぶ.
一例として,免疫抑制剤 FK-506は,既に FKBP12というレセプターが知られている.
ラテックス粒子に FK-506を固定化しアフィニティ精製を行ったところ細胞粗抽出液から
高い精度で FKBP12が精製されることが確認された.その際過剰量の非結合 FK-506を反
応系に加えると,ラテックス粒子に結合する FKBP12の量が下がる,すなわち競合阻害
がかかることも示された5).
ラテックス粒子によるアフィニティ精製はすべて手作業で行わなくてはならず,多数の
サンプルを一度に処理することが困難であり,スループットという点で改善の余地がある.
我々は最近ハイ・スループットおよび操作のオートメーション化を目指し,ナノ磁気ビー
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N―500
日産婦誌5
6巻9号
アガロース粒子
ラテックス微粒子(SG粒子)
0.2ミリメートル
200ナノメートル
構造・
サイズ
Pump
カラム法
OD
操作
遠心分離法
(バッチ法)
複雑 /長時間
アフィニティ
精製物
精製効率
低
ワンステップ /短時間
精製効率
高
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動法
(図 2 ) 従来のアガロース粒子とラテックス
(SG)
微粒子との比較
ズの開発を行ったのでそれについて紹介する.我々が新規開発したナノ磁気ビーズは,フ
ェライトといわれる磁性鉄を用いている.フェライトによる粒子は,生命体においても走
磁性細菌や帰巣本能を示す動物(サケ,イルカなど)
の体内で合成されており,生分解性
(biodegradability)
の点において有利であり,MRI 造影剤などですでに応用がなされて
きた.これまでの粒子は,フェライト粒子の表面をデキストランなどのポリマーで被覆す
るという手法で作成していたが,この場合表面のポリマーとフェライト粒子とが強固な結
合をしていないため被覆ポリマーが分離しやすいという欠点があった.従来法では生体分
子を直接フェライト粒子に結合させることは困難であったため,我々は4℃,pH が中性
領域という条件下で生体分子と同時にフェライト粒子を作成することにより生体分子とフ
ェライトを直接結合させる方法を見出した6).この手法を用いてフェライト粒子に蛋白質
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N―501
2004年9月
従来のアフィニティ磁気ビーズの作成法
ポリマ−
コーティング
粒子の合成
生理活性分子の
固定化
フェライトビ−ズ
表面被覆
新しいアフィニティ磁気ビーズの作成法
フェライトとポリマー
間結合が弱い
生理活性分子
フェライト合成中に
直接固定化
フェライトビ−ズ
結合が強い
(図 3 ) 従来と新しいアフィニティ磁気ビーズの作成法)
のトリプシンが結合するか確かめたとこ
ろ,粒子と蛋白質が直接化学結合すること
が示された.
我々はフェライト粒子と蛋白質との相互
作用は蛋白質の種類によって異なるのでは
ないかと考え,フェライト粒子を細胞粗抽
出液存在下で合成を行ったところ,特定の
蛋白質のみが選択的にフェライト粒子に化
学結合することを発見した.さらに,さま
ざまなアミノ酸存在下においてフェライト
粒子を合成したところ,フェライト粒子に
結合しやすい化学構造が存在することを見
出した.すなわちアミノ酸分子内で近接し
100 nm
た位置にカルボキシル基を 2 つもつアス
芯にフェライトをもち、表面がポリGMAで被覆
されたフェライト微粒子の電顕像
パラギン酸や,メルカプト基をもつシステ
インはアミノ酸の中で最も強くフェライト
(図 4 ) フェライト微粒子の電子顕微鏡写真
粒子に結合する.この結果は特定の蛋白質
やペプチド,アミノ酸が生体分子とフェラ
イト粒子との間でコネクター分子として機能することを示している.このようなコネク
ター分子を介して蛋白質,アミノ酸および低分子化合物をフェライトに結合させた磁性粒
子は,蛋白質の磁気分離・精製のような in vitro での利用の他に,MRI 造影剤や温熱療
法,ドラッグデリバリーシステムの磁性キャリアのような in vivo での利用にも応用が期
待できる.現在この高機能磁性ナノビーズを用いてスクリーニングプロセスの高速化・高
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N―502
日産婦誌5
6巻9号
精度化技術開発をすすめている.
《参考文献》
1)Inomata Y et al. Anal Biochem 1992;206 : 109
2)Inomata Y et al. Colloid and Surfaces B. Biointerfaces 1995 ; 4 : 231
3)Handa H, et al. Purification of DNA-binding proteins. In:Millner PA, eds.
High Resolution Chromatography. Oxford : Oxford Univ Press, 1999 ; 283―
302
4)半田 宏,川口 春馬.ナノアフィニティビーズのすべて. 中山書店,2003
5)Shimizu N, et al. Nat Biotechnol 2000 ; 18 : 877―881
6)Nishimura K, et al. J Appl Phys 2002 ; 91:8555
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