...

エネルギー戦略と技術展望 ∼日本の将来を見据えて

by user

on
Category: Documents
17

views

Report

Comments

Transcript

エネルギー戦略と技術展望 ∼日本の将来を見据えて
「エネルギー戦略と技術展望
∼日本の将来を見据えて∼」
講演
第31回蔵前科学技術セミナー報告および講演録
2014.10.4 くらまえホール
蔵前工業会主催,東京工業大学共催による「エネルギー戦略と技術展望 ∼日本の将来を見据えて∼」と題す
る第31回蔵前科学技術セミナーを10月4日(土)の午後くらまえホールにて開催しました。
蔵前技術士会の齋藤会長の開会の辞に引き続き,東京工業大学 大学院理工学研究科 機械制御システム専攻
岡崎健教授,東京工業大学 原子炉工学研究所 加藤之貴准教授,千代田化工建設株式会社 元社長 関誠夫氏,
トヨタ自動車株式会社 技術統括部 担当部長 河合大洋氏 によるエネルギー戦略に関する最新成果の講演があり,
参加者218名が熱心に聴講しました。
東日本大震災以降,日本のエネルギー戦略に関しては費用の増大や貿易収支の悪化などで単なる脱原子力発
電ではない総合的な判断が必要なことが理解されつつあります。本セミナーでは,次世代エネルギー社会を考える
には単一エネルギーだけに囚われるのではなく,多様なエネルギーを全体的に,地球規模でしかも長期的視点で捉
えることの必要性があること,また,熱エネルギー利用の最先端蓄熱技術や,水素エネルギー利用に向けて社会イ
ンフラの構築,水素エネルギーの利用としての燃料電池自動車の開発動向等を考える有意義な場となりました。
東京工業大学 大学院理工学研究科 機械制御システム専攻 教授 岡崎 健
東京工業大学 原子炉工学研究所 准教授 加藤 之貴
千代田化工建設株式会社 元社長 関 誠夫
トヨタ自動車株式会社 技術統括部 担当部長 河合 大洋
ネルギーを消費する産業基盤を支えつつ国民の生活
講演1
「次世代エネルギー社会をグローバルな
視点で考える」
東京工業大学
大学院理工学研究科
機械制御システム専攻 教授
岡崎 健 氏
ークを含むグローバルな視点で,量的寄与,時間ス
ケール,空間スケールを踏まえて総合的な議論をす
ることが不可欠である。 正しい客観的情報による実
行可能な現実的判断が必要である。 特に,東日本
大震災による原発事故後の日本では,どのエネルギ
次世代エネルギー社会を
ー源がいいかといった短絡的議論ではなく,技術革
バイオマスといった再生可能
に対してどのように構築していくのかが,最も重要な
統電力網と結び付けて最適なエネルギーマネジメント
本講演では,最新鋭石炭火力と水素エネルギーを
考えるとき,太陽光,風力,
エネルギー,分散型エネルギーシステム,これらを系
を行うスマートグリッドといった,どちらかというとロー
カルなエネルギーシステムに偏ることなく,大量にエ
10
向上を実現するために,もっと大きなスケールでのエ
ネルギー需給形態を十分把握した上で,国際ネットワ
1047
新により多様性のある新たなベストミックスを時間軸
視点なのである。
具体例として紹介した。 石炭は,安価である,可採
年数が長い,産地偏在がなく安定供給が可能という
講演
「エネルギー戦略と技術展望
∼日本の将来を見据えて∼」
図1 豪州褐炭からの CO2 フリー水素チェーン構想(液体水素タンカー輸送,川崎重工㈱による)
事実に加えて,特に日本ではクリーン・高効率石炭
四次エネルギー基本計画」 においては,本講演で
大量導入による膨大な貿易赤字を抑える切り札とし
給インフラと水素燃料電池自動車をはじめとする水
利用技術が世界をリードしており,高価な天然ガスの
て,さらなる高効率化への技術開発が進められてい
る。 高効率化に加え能動的なCO2削減を目指して,
CO2回収型石炭火力の技術開発も進められている。
日豪共同で進められている国際プロジェクトは,酸素
述べた最新鋭石炭火力のさらなる高度化,水素供
素エネルギー社会実現加速,スマートコミュニティー,
そしてこれらの国際展開などが主要方針として盛り込
まれている。
燃焼によるCO2回収と地中貯留の一気通貫を世界
で初めて実証するものである。
水素エネルギー導入が加速している。 家庭用燃
料電池コジェネシステムがエネファームという統一ブ
ランド名で2009年に世界に先駆けて量販が始まり,
2014年9月末時点で10万台が設置されている。 水
素燃料電池自動車は2014年度中に市場投入され
講演2
「低炭素社会にむけた熱エネルギー利用
技術の高度化」
東京工業大学
る。また,海外の余剰エネルギーを水素に変換して
原子炉工学研究所 准教授
な検討と関連する技術開発が進められている。水素
平成23年の東日本大震災
需要地の日本へ運ぶ構想を実現するための具体的
のキャリアとしては,有機ハイドライド,液体水素,ア
ンモニアなどが考えられている。オーストラリアのビ
クトリア州褐炭を現地でガス化して水素とCO2にし,
CO2は現地で地中に貯留してCO2フリー水素を液
体水素タンカーで日本に輸送する構想を図1に示す。
石炭と水素を統合したエネルギー需給のグローバル
化である。
2014年4月に閣議決定された震災後初めての「第
加藤 之貴
に伴う福島原発の事故を契
機に日本のエネルギー需給
構造の再構築が希求されて
いる。図2に示す通り[1],震災後は原発の休止に
伴い代替として天然ガス等が利用され,日本の一次
エネルギーの9割超が輸入炭素系燃料に依存してい
る。 最近のエネルギーコストの著しい上昇は社会の
健全な発展に悪影響を与えており,低炭素化は環境
1047
11
てきた。化学蓄熱は化学反応のエンタルピー変
化を利用する技術であり,化学反応の新しい利
用分野である。 例えば化学蓄熱材料の伝熱促
進は従来に無い研究テーマである。 化学蓄熱
材料で高効率,高速な蓄熱,熱放出には伝熱
促進が有効である。 膨張化グラファイト(EG)
は伝熱性が高く,
多孔性で反応に不活性である。
酸化マグネシウム化学蓄熱材にEGを複合した
蓄熱材料は材料の熱伝導度が高く反応の高速
化,高効率化を実現している[3]。
一次エネルギーの非化石化も低炭素化に有
効である。日本は高温ガス炉(HTGR, High
Temperature Gas cooled Reactor)で世界
をリードしており,950℃の世界最高の温度出力
を有するHTTR(日本原子力開発機構,茨城
県大洗)が開発されている。HTGRの高温出
力の産業プロセスへの応用が期待されている。
一例としてHTGRの熱出力を用いてCO2を電気
分解し一酸化炭素などの炭素材料を再生し,循
環利用する能動的な炭素循環エネルギーシス
図2 日本のエネルギー需給構造
Energy System) が 提 案 さ れ て い る[4]。
面のみならず経済面にも重要である。
ACRESは製鉄等の産業の低炭素化に向けて応用検
消費され,副次的に大量の排熱が排出されている。
日本では再生可能エネルギー固定価格買取制度
炭素系一次エネルギーの6割はプロセス熱利用で
討がされている。
排熱のエネルギー有効利用は日本の一次エネルギー
によって再生可能エネルギーの導入の機運が高まっ
減につながる。 我が国の産業部門の200℃以上の
(設備容量基準,実際の年間稼働率は12%程度)
分野のエネルギー消費量2.87×1018Jの4割に相当す
保証期間の20年間で50兆円超を電力利用者が負担
消費の削減,ひいては二酸化炭素(CO2)排出削
未利用熱は1.25×1018Jで,我が国の民生部門業務
ている。しかし太陽光発電はこの2年間で70GW分
が認定され,全てが導入されると年間で2.7兆円,
る[2]。とくに200℃∼ 500℃程度の中温域の未利
しなければならず,今後,再考が迫られよう。 一方,
温排熱は工場プロセス,
ゴミ焼却,内燃機関エンジン,
て完成する予定である。日本の今後のエネルギー戦
ば太陽熱を中温熱として回収利用できると出力変動
かつ迅速な立案,実行が求められている。
用熱の高効率回収,再利用が重要と考えられる。中
燃料電池,太陽熱システムなどから発生する。例え
が大きな太陽熱システムの負荷平準化,高効率利用
が可能になる。
中温熱の有効利用には貯蔵(蓄熱)技術が重要
であり,化学反応を利用した熱エネルギー貯蔵(化
学蓄熱)に可能性がある。 化学蓄熱は熱エネルギ
ーを高密度に長期間にわたり化学的に貯蔵し再利用
でき,また反応条件の選択で幅広い温度域に対応で
きるため次世代蓄熱技術として期待される。 従来,
化学反応は生成物の製造を目的に研究開発がされ
12
テ ム(ACRES,Active Carbon Recycling
1047
中国では2017年にHTGRの実証炉が日本に先んじ
略は量的,経済的な視点に基づいた国際基準での,
[1]経済産業省,エネルギー白書2006年版(2006)
[2]省エネルギーセンター,平成16年度省エネルギー
技術普及促進事業調査報告書(2005)
[3]Zamengo, Ryu, Kato, Applied Thermal Eng.,
64, 339(2014).
[4]Kato, ISIJ Int., 50(1)
, 181(2010)
.
講演
「エネルギー戦略と技術展望
∼日本の将来を見据えて∼」
国内特有な問題も抱えている。これらの課題を解決
講演 3
するため,まず究極的な目標を「地球と人類の末永
「無限の資源“水素”を活かす社会イ
ンフラ」
千代田化工建設株式会社
元社長
関 誠夫
無 限 の 資 源と呼 ば れる
「水素」 が,取扱い易い形
で大量に輸送・貯蔵できる
ようになれば,人類の未来は
どれほど明るくなるだろう。そんな想いを実現するた
い共存を約束する“安全・安心で快適な高度循環
型社会”の実現」と設定した。そして5∼10年後に
向けた短中期目標を探りながら俯瞰的な見方で様々
な検討を行うと「今何のために何をするか」 が解っ
てくる。
2.エネルギーと環境に関する
主たる課題の認識
世界中が注目する地球温暖化と気候変動の問題
に関しては,最近IPCCが発表したように,気温上昇
めに千代田化工建設が開発中の有機ケミカルハイド
を2℃に抑えるCO2削減のシナリオは実現不可能で
想の内容と計画実施状況を紹介する。
済の発展と共にエネルギー使用量は益々増加し,化
ライド法を用いた「大量水素サプライチェーン」 構
1.時代背景
貧困や資源の不足そして地球環境問題など,主
な国際社会の課題は地球規模に膨らみ益々大きくな
ろうとしている。 我が国は東日本大震災以後も様々
な自然災害を受け,消滅可能都市の増加など多くの
環境悪化の深刻さが日々増している。一方,世界経
石燃料の可採年数は高々百数十年と言われている。
原子力や太陽光・風力などの再生可能エネルギー
の利用拡大にもいろいろな妨げがある。 人々が将来
の安全・安心を確信し希望に満ちて生きていくため
には,持続性を約束する新エネルギー利用システム
が必要だ。
図3 有機ケミカルハイドライド法による大量水素サプライチェーン
1047
13
3.今,なぜ “水素”なのか,
“インフラ”なのか
大量の水素の輸送・貯蔵が容易になれば,多様
な目的のために水素が活用され低炭素社会化にも貢
献することは,この度のセミナーで他の講演者の方々
もお話される通りである。 欧州でも水素製造供給イ
ンフラが体をなしつつあり,余剰電力を水素に変えて
ガス利用するパワー・ツー・ガス技術まで活用され
始めている。
入り,石油の将来への不安,CO2排出増加(地球
温暖化),大気汚染増加など様々な課題が顕在化し
てきた。トヨタはサステーナブルなモビリティ社会を
作るため,
「省エネルギー」「燃料多様化への対応」
「エコカーは普及してこそ環境への貢献」を基本ス
タンスに対応している。
2.燃料多様化と水素
CO2の大幅削減が可能で供給量の心配が無い
石油代替燃料の候補は「電気」「水素」 だが,体
4.有機ケミカルハイドライド法による
「大量水素サプライチェーン」構想と実施状況
図3に示す通り,トルエンに水素を添加しメチルシ
クロヘキサン(MCH)にして常温・常圧下で水素
を大量に輸送し,貯蔵された受け入れ先でMCHを
脱水素処理し,トルエンと水素に分け,水素はユー
ザーに供給しトルエンは再利用される。 千代田化工
積エネルギー密度が小さく(ガソリンと比べた体積
エネルギー密度はLiイオン電池で約1/50,高圧水素
(70MPa)で約1/7),自動車の航続距離が短いと
いう課題がある。FCVはガソリン車と比較し,約2倍
の燃料タンク容積と約3.5倍の燃費によってほぼガソ
リン車と同等の航続距離を確保している。
水素は水や化石燃料の形で豊富に存在し,ガス
灯やアンモニア製造など,200年以上利用されてき
建設は従来このシステムの中で唯一困難であった脱
た実績がある。 天然ガスと比較すると着火しやすい
90MWの水素発電所を数年内に建設し運転に入る
ない限り,爆発の危険性は低い。正しい使い方をす
この人類の未来を明るくするに違いない,使い易
安全に使うことが可能である。
水素処理用触媒の開発に成功した。川崎市と共同で
と計画されている。
い水素を,ラテン語のSPERA(「希望せよ」)に結
び 「スペラ水素」と呼んでいる。
が,軽量で拡散しやすく,密閉空間で酸素と混合し
れば,既存燃料(ガソリン,天然ガスなど)と同様,
3.日本で水素,FCVを開発,導入する意義
エネルギーの海外依存度が高い日本にとって,水
素を活用しFCVを普及させる意義は「燃料多様化
講演 4
への対応」「CO2大幅削減」 以外に,「原油輸入
「燃料電池自動車の開発と初期市場の
創出」
トヨタ自動車株式会社
技術統括部 担当部長
河合 大洋
1.自動車を取り巻く環境
能エネルギー(電気・水素)の相互活用」などが有る。
4.FCVの開発状況
トヨタでは1992年からFCVを開発,2002年に日
米で初の限定市場導入を開始,2014年度内に国内
一般販売開始を発表(図4)。EVと同様のうれしさ
(ゼ
20世 紀は,ガソリン車な
ロエミッション,燃料多様化,走りの楽しさ)に加え,
技術の改良,道路網の整備,そして安価な石油が
料3分程度で満タン)を合わせ持つとともに非常時
ど内燃機関車の技術・生産
大量に供給されたことで自動車の普及が進み,人や
物の移動能力の拡張・自由・便利さなどが実現で
き,経済・社会・文化が発展した。しかし21世紀に
14
量の削減(貿易赤字改善)」「産業育成」「再生可
1047
ガソリン車の利便性(航続距離ガソリン車同等,燃
の給電能力にも優れ,究極のエコカーとしてのポテン
シャルを持った車と位置付けている。トヨタグループ
では,FCVに加えFCバス,FCフォークリフト等も開
講演
「エネルギー戦略と技術展望
∼日本の将来を見据えて∼」
図4 発しており,2016年以降の市場導入を計画。
5.水素インフラ
現在,日米欧を中心に水素ステーション(ST)の
整備が検討されており,2020年までには数百ヶ所の
稼働が期待されている。国内でも2015年度までに4
6.FCV初期市場の創出
FCV普及には,
「FCVの商品力」「水素ST整備」
「経済メリットの有る水素価格」 が重要。
7.まとめ
大都市圏とそれらを繋ぐ高速沿いに約100 ヶ所のST
水素,FCVは21世紀には必須の技術である。 大
稼動する予定。
皆さんのご理解とご協力を頂き,着実に進めて行き
整備を目指し検討が進んでおり,近々 40 ヶ所以上が
量普及には時間がかかると予想されるが,関係する
たい。
1047
15
Fly UP