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第4章 全体整備計画

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第4章 全体整備計画
第4章 全体整備計画
1.保存・活用の基本理念
名古屋城は名古屋のシンボルとして 400 年の歴史を歩んできた。名古屋に住む人々にとって長く
「外から眺めるシンボル」であった名古屋城は、昭和 5 年(1930)の宮内省から名古屋市への下賜
を契機に一般に公開されるようになり、名実ともに名古屋市民の歴史的財産・市民の愛着と誇りの
シンボルとなった。
昭和 20 年の戦災で、天守・本丸御殿をはじめ城内の建造物の多くが焼失したが、市民の名古屋
城再建にかける願いは大きく、昭和 34 年、名古屋の戦後復興を象徴するプロジェクトとして天守
が再建された。戦前は多くの国宝を有する「文化財」としての性格が色濃かったが、戦後は公共の
オープンスペースとして市民の憩いの場となっている。市民の間には戦前の名古屋城を懐かしみ、
名古屋のシンボルをより魅力あるものとして再生したいとの思いが根強い。
一方、名古屋城の歴史的遺産としての価値は、天守や御殿などの建造物のみではなく、石垣や堀、
大きな特色の一つと指摘されている庭園、地下に埋蔵されている遺構など、名古屋城の歴史をあら
わす全ての文化財によってつくられている。
こうした歴史的遺産としての価値と、文化的シンボル、文化観光資源、公園緑地など名古屋城が
持つ多様な役割を踏まえて適切な保存管理をし、活用を図っていくため、下記の項目を基本理念と
して掲げる。
①城の歴史的価値の保存と継承
特別史跡内にある石垣、土塁、堀、一部名勝に指定されている二之丸庭園、隅櫓、門などの
重要文化財をはじめとする建造物、障壁画などの美術工芸品、地下の埋蔵文化財など名古屋城
の歴史的価値を構成するすべての歴史的資産を保存し、その価値を後世に伝えていく。
②名古屋の歴史的・文化的シンボルの再生
名古屋城の歴史的価値と魅力をより高めていくための整備を推進し、名古屋の歴史的・文化
的シンボルとしての求心力を高める。特に本丸御殿は、日本を代表する武家書院造の御殿であ
り、戦前には国宝に指定されていた価値ある建築物である。本丸御殿は不幸にも戦災で焼失し
たが、大部分の障壁画は難を逃れ現存し、重要文化財に指定されている。そのため、本丸御殿
の復元は、戦災等で焼失した名古屋城の本来の姿を甦らせる上で重要な役割を担っている。学
術的調査研究に基づき城を復元していくことは、名古屋城の歴史的価値を高め、名古屋の文化
的シンボルを再生する上で有意義であると考えられる。
③城の歴史的価値を発信していく基となる調査・研究の推進
名古屋城の歴史的価値を保存し、復元整備を行っていく上で、学術的調査・研究はその基本
となるものであり、城の歴史的価値を発見し、整理し発信していく基となる調査・研究を推進
する。
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④日本を代表する近世城郭にふさわしい風格ある環境整備
日本を代表する近世城郭にふさわしい風格ある環境づくりを行う。名古屋城の歴史的特色を
表す本丸御殿等の整備とともに、文化的観光資源・公園緑地としての役割も勘案しながら、名
古屋城にふさわしい修景や施設整備等を行っていく。
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2.保存管理の基本方針
①遺構・建造物の調査と保存
名古屋城の歴史的価値を構成する石垣、庭園、堀、建造物、地下遺構の調査と保存整備を行
っていく。
■石
垣
今後も特別史跡名古屋城跡全体整備検討委員会石垣部会での検討・指導を受けながら、
調査および修復工事を継続させていく。
■二之丸庭園
特別史跡名古屋城跡全体整備検討委員会庭園部会での検討、指導を受けながら、発掘調
査実施後、名勝追加指定を念頭に保存整備等を実施する。
■堀・土塁
崩落が見られる箇所は、随時、適切な補修を行っていく。また、指定範囲が確定してい
ない箇所の範囲確定調査を推進していく。
■建造物
特別史跡名古屋城跡全体整備検討委員会建造物部会での検討、指導を受けながら、地盤
沈下による建物への影響が懸念される西南隅櫓をはじめ、現存建造物の保存状況について
の調査と修復を随時行っていく。
■埋蔵文化財
城内の整備にあたっては事前に発掘調査を実施し、その成果を反映させるとともに、保
存盛土等により埋蔵文化財の保存を講じる。
②城内既存施設の見直し
城の歴史的環境にそぐわない施設は将来的に適切な場所に移転させることを検討し、今後、
関係各機関との協議・調整を行っていく。
③保存のための追加指定等の推進
二之丸等の特別史跡未告示区域の解消に向けて段階的に取り組むとともに、外堀周辺等の史
跡範囲の確定調査等を行い、城の保存措置を確立していく。並行して名勝二之丸庭園の調査を
行い、名勝の区域追加指定と保存整備を進めていく。
④環境の保全
名古屋城は市街地のオープンスペースとして動植物などの貴重な生息域となっており、それ
らの保全に努めていく。また、名古屋のランドスケープとしての城の再生を行っていくための
対策について検討し、近世都市の特色となる様々な文化遺産の適切な保存を図る。
⑤史跡整備がもたらす影響への対策
現在進行中の本丸御殿の復元工事、二之丸庭園の保存整備、西之丸の御蔵構の復元整備等に
よって、かつて名古屋城が有していた景観を取り戻すとともに、建造物等の役割を明確にする
ことができる。そのことにより、特別史跡としての名古屋城の歴史的な価値や魅力を高め、史
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跡への市民の理解を深めることが大きく期待できる。
その一方で、入城者の増加は史跡への負荷を高める可能性があり、なんらかの対応を講じる
必要がある。ある城郭においては、史跡遺構面の保護層厚についての試掘調査や、遺構が露出
している土塁や石垣周辺部への立ち入り禁止などの措置をとっている。
名古屋城では、現在、天守展示室や収蔵庫エリアにおいて、温湿度・害虫等に関する定期的
観測を行っているが、来場者によりもたらされる埃塵に由来する虫が検出されている。また、
天然記念物のカヤについては、土壌表面の舗装や来場者の通行による根部への圧迫が悪影響を
及ぼしていることが報告されている。
今後は、定期的観測の対象地として、本丸・二之丸・御深井丸・西之丸・重要文化財建造物・
復元本丸御殿を加え、観測方法についても、対象地に応じ PH 度・空気汚染・定点撮影などを
採用する。また、従来の来場者動向調査に加えて、地点ごとの通行人数調査や動線調査などを
行うこととする。
調査結果により、史跡への影響が懸念される場合、他の城郭・史跡名勝・博物館施設などの
事例を考慮しつつ、立ち入り区域・時期の制限や動線・通路の変更などを検討する。
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3.整備活用の基本方針
①城の歴史的景観の再生
城の歴史的・文化的シンボルとしての求心力を高めていくため、戦災等で滅失した建造物、
二之丸庭園、その他城の歴史的特色を示す遺構の復元整備を行い、城の歴史的景観を再生させ
ていく。復元整備にあたっては歴史的正統性を損なうことのないよう、充分な調査・検討を行
う。
②城の調査・研究拠点、情報提供施設等の整備
城の歴史的特色と魅力を発見していく調査・研究の拠点として、また、その成果を展示する
施設として博物館・資料館等の整備を検討する。また、見学案内その他の総合的なインフォメ
ーションサービスを行う情報提供施設についても、来訪者へのサービス向上の観点から検討を
行う。
③調査・研究および整備を推進するための体制整備
城の保存・整備は、文化財調査・研究、観光、都市計画、公園緑地、建築など多分野にまた
がる内容を含んでいる。関係各機関との調整を図るとともに、専門職を増員するなど、調査・
研究および整備を円滑に推進するための体制を整備する。
④新しい文化交流拠点の創出
城の歴史的環境や空間を活かした文化イベントなどの活用事業や市民協働の運営・管理を積
極的に推進し、新しい文化交流拠点の創出を目指す。
⑤城にふさわしい利便施設等の整備
風格ある城の景観・環境づくりと来訪者サービスの向上との調和を目的に、城内の利便施設
等の総合的な整備を進めていく。
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4.各地区(各曲輪)の整備方針
各地区・各遺構の整備については、市民要望、現況の遺構の保存状況など名古屋城をめぐる現況
を踏まえ、概ね 10~15 年以内に着手することが望ましい事項を「重点的に整備を進める事項」、そ
の他の事項を「今後検討すべき事項」として整理した。
1)本
丸
天守を有する本丸は城の中枢であり、名古屋城を象徴する地区である。本丸御殿をはじめ戦災
等により消滅した建造物の復元を行い、城の歴史的景観や環境を体感・体験できる場としていく。
(1)重点的に整備を進める事項
①本丸御殿の復元
本丸御殿は絢爛豪華な安土桃山文化最盛期の建築文化を正統的に継承する武家殿舎と言わ
れ、我が国の書院造りの双璧として京都二条城の二の丸御殿と並び称されていた。昭和 5 年
(1930)、国宝に指定されたが、昭和 20 年、空襲により焼失した。天守と並び名古屋城を代表
する建造物として長く市民の間に復元を望む声が強い。
本計画ではこれに基づき、本丸御殿の復元を計画する。基本的な方針は名古屋城本丸御殿復
元課題検討委員会の提案を踏まえ、検討した。
また、重要文化財である障壁画の保存管理を行っていく。
図 4-1:本丸御殿復元整備イメージ
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●本丸御殿復元の意義
ア.新たな市民の誇りの創出
(市民の誇りの創出)
世界的な文化遺産である本丸御殿を復元することにより、市民の心にさらに大きな誇
りをもたらす。
(名古屋の新たなシンボル)
戦後復興の象徴であった天守再興と並ぶ名古屋の新たなシンボルを生み出すプロジ
ェクト。
イ.名古屋城の価値と魅力の向上
(歴史と文化を楽しみ学ぶ名古屋城)
市民も来訪者も楽しみ学ぶことができる本格的な歴史ミュージアムとしての役割を
果たし、名古屋城の価値と魅力をさらに高めていく。
(天守と御殿が相まって格をなす名古屋城)
城は天守のみでなく、門や櫓・多聞、御殿など種々の要素があって成り立つ。特に名
古屋城は城のシンボルとしての天守に対して、美と文化の象徴である本丸御殿が揃う
ことでより高い歴史的価値を得ることになる。
(近世武家文化の殿堂)
蓬左文庫や徳川美術館が有する史料や美術品とともに、近世武家建築の代表である本
丸御殿を復元することにより、名古屋が日本における近世武家文化を守り伝える中心
的存在となり、国内外へ名古屋の文化のすばらしさを広める殿堂となる。
ウ.名古屋の活性化
(文化観光都市としての発展)
文化を愛する都市としての名古屋の知名度を向上させ、文化観光都市として発展する
原動力になる。
(国際交流の拠点)
日本の歴史文化を体現する本丸御殿を活用し、国際交流の拠点として名古屋の活性化
に寄与する。
エ.伝統技術の継承
(伝統技術の知恵と技を学ぶ場)
本丸御殿の復元過程を公開することにより、市民や来訪者が先人から伝えられた知恵
と技の生きたすがたを学ぶ機会を提供する。
(熟練した技でつくられる本丸御殿)
伝統技術を継承し、再興する貴重な機会とする。
●復元目的
御殿の持つ歴史的意義を踏まえ、焼失前と同等の文化的価値を有し、かつ市民の財産と
して広く活用できるように復元する。
●復元手法
原則として旧来の材料・工法による復元を図る。なお、現在の技術や生産事情、活用の
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あり方も考慮して取り組む。
●復元場所
復元の歴史的・文化的価値が最も高い本丸御殿跡地において復元を行う。本丸御殿の礎
石を現地で将来にわたって保存するため、現状地盤面を保護する。
●復元時期(時代設定)
将軍の上洛殿として使用され、書院造の典型的な意匠をもつ寛永期とする。
●活用方法
本丸御殿の文化的価値および復元の精神を踏まえ、復元御殿にふさわしく、市民の財産
としての価値を一層高める活用を図る。
(観
覧)
・国内外からの来訪者に常時公開する。
・復元された障壁画、彫刻欄間、飾金具などの室内の様子を、間近に鑑賞できるように
する。
(体
験)
・本丸御殿にふさわしい文化的行事を実施できる場とする。
(交
流)
・国内外の賓客を迎える場として活用する。
②天守の耐震改修整備
天守は再建後約 50 年を経過しており、外壁、屋根、設備等の修繕・更新時期を迎えている。
また、現行の耐震基準ができる以前の建築物であるため、天守の耐震改修整備などを行う。ま
た、これに併せて天守内の展示内容の検討を行う。
③建造物の修理
傷みがみえる本丸表二之門および、地盤沈下による建物への影響が懸念される西南隅櫓の保
存修理を行う。
(2)今後検討すべき事項
・本丸を囲む本丸多聞および本丸東北隅櫓の復元を行い、本丸の輪郭を明確にし、ランドマー
クとしての城の再生を狙う。
・本丸多聞の復元に伴い、本丸表一之門、本丸東一之門の復元の検討を行う。
・本丸東二之門は将来的に原位置である二之丸東枡形へ移築し、本来の門の復元を検討する。
・城の縄張りの上で本丸搦手馬出に対応する重要な空間である本丸大手馬出の復元を検討する。
補記:以上の本丸の整備方針に基づき、平成 21 年 1 月より本丸御殿復元工事に着手し、現在(平成 25 年
1 月)に至る。
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2)二之丸
二之丸は元和 6 年(1620)に義直が新設された二之丸御殿に移り住んで以来、藩主の日常の生活
の場となった場所であり、名古屋城の生活文化の拠点となった場所である。建造物の復元により歴
史的空間を再現する本丸に対し、名勝二之丸庭園を中心とした環境整備により名古屋城の歴史的遺
構を表す地区とする。
(1)重点的に整備を進める事項
二之丸は現在、北側が名勝二之丸庭園および二之丸東庭園、南側が愛知県体育館になっている。
まず、北側の名勝二之丸庭園と二之丸東庭園の調査を進め、名勝追加指定を念頭において保存整
備を行う。
①名勝二之丸庭園の保存整備、二之丸東庭園の再整備
平成 20 年度に、今後の二之丸庭園の整備事業の方向性を検討する基礎調査として「名古屋
城二之丸庭園整備基本構想調査」を行い、報告書のとりまとめを行った。
平成 21 年度には、二之丸庭園整備に関する検討会を設置し、前記報告書をもとに整備に関
する検討、現地調査を実施した。また、検討会での内容を踏まえ、支障木調査を実施した。
平成 22 年度には、特別史跡名古屋城跡全体整備検討委員会庭園部会を立ち上げた。
当部会の指導により、愛知県で唯一国指定を受けた名勝庭園である名古屋城二之丸庭園の価
値を後世に継承していくため、庭園の保存管理計画を策定し、まずは、名勝指定範囲の保存修
理・復元整備に着手する。復元本丸御殿竣工までの期間を当面の取組期間とし、名勝指定部分
において庭園の本質的価値が十分に発揮され、往時の空間性が感じられるような保存修理を行
う。文化財庭園としての二之丸庭園を有効に利活用することにより、市民の間にその文化的価
値を共有し、名古屋城の魅力向上を図る。二之丸東庭園には廃城期以前、二之丸庭園と一体で
あった部分も含まれていることから、再度発掘調査を行い、庭園範囲の確認や遺構の分布状況、
保存状況を確認し、名勝の追加指定を念頭において、二之丸庭園との一体的な再整備を行う。
②愛知県体育館の将来的な移転についての協議
現在、二之丸内にある愛知県体育館は将来的には城外に移転するよう、関係各機関と協議を
行っていく。
③特別史跡未告示区域の追加指定
特別史跡未告示区域の追加指定に向けて段階的に取り組む。
(2)今後検討すべき事項
下記の整備について検討する。
・本丸御殿と並ぶ城内の御殿として重要な位置を占めていた二之丸御殿跡の整備について
は、南側の愛知県体育館移転後に検討する。整備にあたっては、建造物の復元を行う本
丸御殿に対して、御殿跡の遺構を保存整備し公開することを検討する。
・二之丸庭園等の発掘調査に際しては、その様子を公開することを検討する。
・二之丸の櫓などについては、長期的視点から整備について検討する。
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3)西之丸
(1)区分及びその位置付け
西之丸の利用形態及びその変遷については、尾張徳川家資料(名古屋市蓬左文庫・徳川林政史
研究所・徳川美術館・東洋文庫・名古屋城などに分蔵)、陸軍期資料(防衛省所蔵)、離宮期資料
(宮内庁所蔵)および名古屋市下賜後の記録類(名古屋城他所蔵)により、詳細にたどることが
できる。変遷過程の分析により、西之丸を東部・西部・北部に分けることとする。
①西之丸東部
西之丸東部は、榎多門(現呼称は正門)から二之丸に至るまでの東西に長い区域である。現
在の東門が江戸期には存在しなかったのに対し、榎多門は、本丸へ至る正門であって、藩主・
年寄職・城代・米蔵掛以外は出入りできない格式高い表門であった。明治 26 年(1893)の本
丸御料地編入にともない、まず榎多門より東の区域が御料地とされ、明治 42 年に榎多門も御
料地となった。その翌年から、明治 24 年の濃尾地震により破損していた榎多門の代替として、
旧江戸城から蓮池門を移築する工事が始まり、明治 44 年に名古屋城正門として完成した。
名古屋城正門は昭和 20 年(1945)に罹災したが、昭和 34 年に現正門が再建された。正門は
今も名古屋城の正面玄関で、名古屋城入場者の約三分の二が正門から入場している。東方向へ
の大通りでは菊花大会などの季節催事が頻繁に行われ、北に向かう通路は本丸に北側から入る
短絡路となっている。
②西之丸西部
西之丸西部は、西北隅に月見櫓があり藩主の観月に利用され、西南隅に未申櫓があって、榎
多門まで多聞櫓が続いていた。それ以外に主な建造物はなく、明治維新後の陸軍期には武器庫
や倉庫が建てられたが、変遷を繰り返しており、仮設的建物であったと考えられる。明治 42
年(1909)、御深井丸と西之丸一帯が宮内省管轄となったのち、宮内省の管理地として整備さ
れ、事務室や宮内省職員の木造官舎が敷地一杯に建造された。
戦後、官舎類は順次廃され、現在までに各種倉庫や事務棟に建て替えられ、空地は管理用の
駐車場などになっている。
③西之丸北部
西之丸北部は、東西 43 間に及ぶ広い敷地である。江戸期には御蔵構と呼ばれ、周囲を塀と
門、蔵の壁で完全に囲まれた閉鎖空間であった。構の内部には、六棟の米蔵と計量所が立ち並
び、籾三万石が常時貯蔵されていた。塀は江戸後期に一部撤去されたが、その後も御蔵構と称
され、尾張藩における基本財産の備蓄場所として厳重に管理されていた。
明治維新後、陸軍が名古屋城に置かれると、その閉鎖性ゆえか、下士官用営倉(重禁錮・軽
禁錮)や作業所が新たに建造され、四番御蔵は武器庫に転用された。明治 26 年(1893)に本
丸が名古屋離宮となったのち、明治 42 年、西之丸北部も御料地に編入され、営倉類・武器庫
類は一掃された。その空地は、大正 4 年(1915)の御大礼の前には整理され、正門から賢所の
仮安置所となった御深井丸へまっすぐ向かう園路が新規に設置された。さらに園路脇に新たに
樹木が植えられた。
昭和 5 年(1930)の下賜以降も、この園路や植栽は基本的に継承された。また、藩主の出陣
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の際に祝膳に乗せる実を採ったとの伝承があるカヤの木が、「名古屋城のカヤ」として昭和 7
年に天然記念物に指定された。
昭和 20 年 5 月 14 日の空襲により、本丸御殿と天守、正門など建造物の大半が焼失したが、
御深井丸と西之丸北部・西部は類焼せず、西之丸のカヤの木は戦火を浴びながらも命脈を保っ
た。
昭和 25 年には、本丸御殿障壁画を展示するための絵画館が、旧三番御蔵・四番御蔵の跡地
に建設された。本丸御殿障壁画は、名古屋城炎上の 2 カ月前に取り外されたため奇跡的に焼失
を免れており、当時、名古屋城および名古屋市のシンボルであった。よって、天守や他の建物
の再建・整備に先駆けて、障壁画の公開施設が建てられたのであり、また絵画館は、昭和 27
年東京国立博物館所蔵品などによる国宝展の会場となるなど、戦災で壊滅的被害を受けた名古
屋における文化財保護・啓蒙活動の拠点となった。
(2) 各区域の整備方針
西之丸を整備するにあたり、本丸や二之丸などの名古屋城内他地域と同様、江戸期の遺構を保
存することが大原則である。東南・西南隅櫓の残る本丸や、二之丸庭園の石組が現存する二之丸
とは異なり、西之丸には地表の遺構は現存しない。しかし、江戸期における基本的な性格や使用
形態は明治以降も継承され、現在も存続している。この使用形態を今後の基調方針としつつ、地
下遺構の保存を第一義に考え、整備していくこととする。
①西之丸東部
東部については、名古屋城の表玄関・大動脈としての利便性を鑑み、その機能を温存するこ
ととする。
②西之丸西部
西部については、今後も管理運営機能を担っていく。
③西之丸北部
江戸期の西之丸は、藩の基本財産である米を保存する囲われた特殊空間であり、現在は天然
記念物「名古屋城のカヤ」が立つ貴重な場所である。今後は、空間の特殊性を温存しつつ、市
民により親しまれる、文化財保存・公開の地として位置付ける。
(3)重点的に整備を進める事項
①西之丸北部における新収蔵展示施設の建設
●新収蔵展示施設建設の意義
ア.重要文化財本丸御殿障壁画の保存・継承
重要文化財名古屋城本丸御殿障壁画 1,047 面および昭和実測図・ガラス乾板類などの本
丸御殿資料は、小天守収蔵庫に保管されている。本丸御殿の障壁画は、一般の障壁画より
はるかに大きく、指定面数においても二条城二の丸御殿障壁画と並ぶ国内最大の規模であ
る。実測図や写真が存在し、かつての利用形態が分かる点でも他に例がなく、その価値は
日本絵画史の中でも図抜けている。しかし、小天守は、この別格の文化財を保存する立地
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として不適当で、保存場所を他に求める必要がある(第3章4.4)参照)。また、現在の
展示施設である大天守は、開口部が狭く大型のエレべーターがなく、密閉空間にならない
など、障壁画の展示には構造上好ましくない。
そもそも本丸御殿障壁画は、大型で脆弱という資料の特質から移動自体困難であり、収
蔵庫と展示施設が隣接していることが必要である。よって、収蔵機能と展示機能がつなが
った施設を、障壁画が本来あった名古屋城の敷地内に新規に建築することが望ましい。
イ.名古屋城の魅力向上
平成 25 年度(2013)から平成 30 年度にかけて復元本丸御殿が段階的に公開され、来場
者の飛躍的増加が見込まれている。復元本丸御殿の公開とあわせ、本丸御殿の重要な構成
要素であった障壁画を城内の新施設で展示することは、本丸御殿および本丸御殿障壁画へ
の市民の理解を深め、かけがえのない文化財の宝庫である名古屋城の魅力を高めることに
なる。
●設置場所
名古屋城は言うまでもなく特別史跡であり、史跡とは無関係の建物の建設は困難である。
名古屋城の近隣で新収蔵展示施設の建設が可能な土地は、現在事実上確保できない状況にあ
る。また、御深井丸は本丸御殿の復元工事などが計画されているため、工事のバックヤード
として、二之丸は各種催事の会場としての利用が予定されており、新規に建物を建てる余地
はない。
名古屋城内にあって、障壁画という文化財を永久に保存するには、かつて米を貯蔵する特
殊な空間であった西之丸北部が、最もふさわしいと考えられる。さらに、天然記念物「名古
屋城のカヤ」の植栽基盤や現存の大木、井戸跡、梅林の位置や、天守への眺望を考慮すると、
西之丸北部のうち、旧三番、四番御蔵の場所が適している。当該地には西の丸展示館(旧絵
画館)があるが、絵画館自体、本丸御殿障壁画を終戦後いちはやく公開した場所であるため、
現建造物を撤去し、かつての米蔵の位置や姿に倣った形として再整備する。
●整備手法
江戸期の米蔵の位置や大きさはほぼ明らかで、発掘調査によっても今後詳細な知見が得られ
ると考えられる。米蔵という性格から、その構造についても類例が多く知られている。よって、
完全に正確な復元とは言えないまでも、江戸時代の姿にほぼ近い外観復元は可能である。構造
および内部仕様は、重要文化財本丸御殿障壁画を確実に保存するため、空調・防火・耐震機能
を備えた現代工法とする。また膨大な障壁画と昭和実測図などの関連資料を収蔵するため、江
戸期米蔵のうちの複数棟を復元し、展示等の機能を充実させるために、米蔵を連結する新たな
部分が必要となる。
旧米蔵や御蔵構については、今後発掘調査を行い、旧跡を平面表示するなどし、江戸期の空
間を示すことを検討する。
●活用方法
重要文化財本丸御殿障壁画の文化財的価値を踏まえ、その確実な保存に努めるとともに、文
化財保護への理解を広く訴えるため、積極的に公開していく。
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②絵図等を参考に一番御蔵・二番御蔵の復元を行い、本丸大手馬出手前の空間として重要と考えら
れる榎多門内屯の空間を復元することを検討する。
③西之丸西部の管理エリアの整備を行い、管理運営機能の強化を図る。
④天然記念物の「名古屋城のカヤ」を保護育成する。西之丸への収蔵展示施設の整備にあたっては、
カヤの植栽基盤への影響に配慮して園路の設定を行う。
4)御深井丸
本丸・二之丸等の整備が完了したのち、オープンスペースの状況を活かした整備について検討し
ていく。
・植生の保全と再整備を図り、より有効な活用を検討する。
・登録文化財である乃木倉庫は現況のまま保存する。
5)三之丸外堀跡
特別史跡指定地であり、名古屋城の縄張りの上で非常に重要な地区である。市の中心部を巡る貴
重な緑地として、また、城の広がりと城下町名古屋との関係が実感できる遺構として保存整備を行
う。
・土塁および堀跡の崩落部分等の保存修理を行う。
・外堀周辺の史跡範囲の確定調査等を行い、未告示区域の解消に向け段階的に取り組み城の保
存措置を確立していく。
・各虎口跡に説明板を設置する。
6)石
垣
(1)重点的に整備を進める事項
①石垣修復工事の継続
石垣は昭和 45 年度(1970)より順次、修復工事を進めている(p.21 参照)。今後も特別史
跡名古屋城跡全体整備検討委員会石垣部会の指導を受けながら修復工事を継続していく。また、
発掘調査・石材調査など保存・修復のための調査を実施していく。
(2)今後検討すべき事項
石垣の保存上、好ましくない影響を与えている樹木は順次、除去していくことを検討する。
7)その他の整備
以下については基本的に、特別史跡指定地内の緊急性、優先性の高い整備が完了したのちに、行
うべき事項と考える。
①三之丸及び特別史跡周辺
特別史跡指定地外であるが、特別史跡に接する区域として環境保全上、重要な位置を占めて
いる。三之丸は武家屋敷や神社、東照宮等の霊廟が並ぶ地区として歴史的にも重要であった。
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・環境保全のための方策の検討
現在、三之丸地区には前出(p.14)のような法的規制が定められている。今後も城の景観
および環境保全が適切に行われていくよう施策の検討を行っていく。
・城の歴史的環境にふさわしい周辺環境整備
・サインや舗装、植栽などトータルな修景デザインにより、城の歴史的環境にふさわしい
景観整備を行っていくことを検討する。
・外堀周囲の歩道をより歩行しやすく、城の景観を楽しみながら歩ける散策路として活用
できるよう整備を行う。
・江戸時代の三之丸跡の様子や、三之丸跡発掘調査成果を示す説明板等を設置する。
・外周に案内板等を適宜設置し、城の外周を巡りながら、文化のみち(白壁町界隈)など
城下町へ至る散策ルートの検討を行う。
51
図 4-2:三之丸及び特別史跡周辺
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②展示施設・情報提供施設の再整備
現在、名古屋城では再建された天守が博物館相当施設として利用されており、その他、西の
丸展示館、御深井丸展示館が展示施設として利用されている。
天守は現在、再建後約 50 年が経過し、修理や耐震改修工事の検討が必要である。また、本
丸御殿の復元整備など、当時の武家文化を体感できる場としての整備や城にふさわしい景観整
備が進展していくなかで、展示施設の役割・機能も変化していくことが予想される。
これらを踏まえ、名古屋城全体の整備に合わせ、展示のあり方を検討していく必要がある。
③利便施設の整備
・各曲輪の整備にあわせて蔵、番所など比較的小型な建造物を整備し、休憩所などの利便施
設として利用することを検討する。現在、配置されている利便施設は整備の進展にあわせ
て随時見直し、これらの建造物に機能を移転させていく。
・来訪者への情報サービスの向上を図るため、城の見学案内などを行うビジターセンター的
な施設を整備することを検討する。
④周辺地域とのネットワークづくり
名古屋城を中心とした周辺には、下記のようにかつて栄えた歴史的町並みが今も残ってい
る。
・清須越から続く四間道界隈
・徳川家にまつわる徳川園、徳川美術館
・武家屋敷の面影が残る白壁地区
・大須観音に代表される大須界隈
・熱田神宮、東海道熱田宿
これらを結ぶネットワークを構築することにより名古屋城をより魅力的なものとして位置
づけていく。
53
図 4-3:周辺ネットワークイメージ
54
5.城の活用方策について
名古屋城跡は名古屋を代表する歴史的遺産である。掛け替えのない文化財としてその歴史的価値
を学術的調査に基づき保全し、次世代に伝えていくことはもちろん、広く次のような役割を担って
いると考えられる。
ア
近世日本文化の象徴である名古屋城の歴史文化に触れ・親しみ・楽しめる
文化的観光資源としての役割
イ
様々な文化行事を行う文化交流拠点としての役割
ウ
歴史文化を継承し発展させていく拠点としての役割
エ
名古屋のイメージを発信する文化的シンボルとしての役割
オ
市民が憩う公園緑地としての役割
上記の役割を踏まえながら、名古屋城跡がより有意義に活用され、名古屋の文化交流拠点として
また、新しい市民文化を創出できる場として機能できるよう検討を行う。
①名古屋の歴史文化を体感・体験できる活用メニューの充実
名古屋の歴史文化に親しむ場としての名古屋城の機能をより活性化させ、文化的観光資源と
しての価値を高めるために、衣食住に関する歴史文化を体感・体験できる活用メニューを企
画・立案し実施していくことを検討する。
②文化交流の推進の場としての活用
文化交流拠点としてより活発に活用されるよう、城にふさわしい文化事業の開催や市民活動
への開放をさらに推進していくとともに、国際交流や文化芸術イベントなど広く国内外の文化
交流の場として積極的に活用される場となることを目指す。
③歴史文化の保存継承と伝統に基づいた新しい文化の創出
名古屋城が歴史的・文化的シンボルとしての役割をより積極的に果たしていくため、名古屋
城および名古屋の歴史的特質や伝統文化等を活かした教育プログラムおよびワークショップ
等を実施し、歴史に学んだ新しい文化を創出していくことを目指す。
④名古屋の魅力としての情報発信の強化
文化的観光資源としての名古屋城の魅力を広く国内外に発信し、より多くの来場者の誘致を
行うことが重要になると考えられる。これに向けて広報活動を行っていく。
55
6.事業計画について
1)全体方針
概ね 15 年以内を目処に事業着手を行うものを短期計画とし、その他を中・長期目標とする。
■短期計画(概ね 15 年以内を目処に事業着手)
・本丸御殿復元整備
・本丸表二之門※1修復整備
・西南隅櫓※1修復整備
・天守※3耐震改修整備、展示内容見直し
・二之丸庭園※2保存整備(緊急性の高い保存工事については早急に実施)及び名勝追加指定
・石垣保存修復整備
・障壁画保存修復
・二之丸等の特別史跡未告示区域の解消
・米蔵復元による収蔵展示施設の整備・カヤの木の保全などの西之丸整備
■中・長期目標
・本丸表一之門、東一之門、東北隅櫓の復元整備
・本丸多聞復元整備
・西之丸榎多門枡形および付近整備(一番蔵・二番蔵の復元等)
・大手馬出の仕切堀の復元整備
・二之丸御殿跡の整備
・現東二之門※1の原位置への移築整備
・外堀跡の整備
・石垣保存修復整備
・二之丸の櫓等の復元整備の検討
・愛知県体育館の移転
・三之丸のサイン・舗装等修景デザイン整備
・調査・研究拠点、情報提供施設等の整備の検討
・管理事務所の再整備
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※1
重要文化財
※2
一部名勝
※3
博物館相当施設
2)短期計画事業
短期計画事業案は下表の通りである。
特別史跡名古屋城跡全体整備計画は、平成 17 年度(2005)
、委員会での審議を経た後、平成 18
年度に策定した。また、平成 18 年度以降、今後の事業展開の上で重要な整備体制、運営管理方針
(維持管理コストも含む)についての検討を行う予定である。
本丸御殿の復元整備は、平成 18 年度に実施予定の本丸御殿復元整備基本設計において、より踏
み込んだ検討を行い、平成 21 年 1 月に工事着工した。玄関・表書院については平成 25 年 5 月 29
日に公開する。
天守は耐震改修工事に合わせて、展示内容の見直しについて検討を行う。
二之丸庭園については、平成 22 年度に特別史跡名古屋城跡全体整備検討委員会庭園部会を設置
して、部会の指導を受けながら発掘調査の実施、保存整備のための基本計画、実施計画を策定し、
それに基づき修復工事を行う。緊急性の高い保存工事については早急に実施していく。
石垣修復に関しては、今後も特別史跡名古屋城跡全体整備検討委員会石垣部会の指導のもと発掘
調査と修復工事等を行っていく。
表 4-1:短期計画事業案
本丸御殿
表二之門
(重要文化財)
西南隅櫓
(重要文化財)
天守
二之丸庭園
(一部名勝)
石垣
前 期
●委員会設置
●設計、活用運営計画検討
●復元工事
●障壁画復元模写
●調査
●設計
●修復工事
●調査
●設計
●修復工事
●耐震改修調査設計
●展示内容見直し
●耐震改修工事
●委員会設置
●発掘調査
●基本計画
●設計
●保存整備工事
●発掘調査
●修復工事
後
期
●復元工事
●障壁画復元模写
●修復工事
●修復工事
●耐震改修工事
●発掘調査
●基本計画
●設計
●保存整備工事
●発掘調査
●修復工事
障壁画
●保存修復
●保存修復
新収蔵展示施設
●調査
●発掘調査
●設計
●工事
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7.事業推進体制について
1)整備推進体制について
名古屋城全体の整備を推進するため、平成 18 年度(2006)に特別史跡名古屋城跡全体整備検討
委員会を設置した。全体整備検討委員会には石垣部会、建造物部会、庭園部会、専門委員を設置し、
石垣、本丸御殿、重要文化財建造物、庭園等について、委員会・部会の指導を受けながら事業を実
施している。また、整備を推進するため、平成 22 年度には城内に整備室を設置し、名古屋城管理
事務所を名古屋城総合事務所に改組した。
石垣部会
建造物部会
特別史跡名古屋城跡
全体整備検討委員会
庭園部会
専門委員
図 4-4:外部有識者による委員会
2)運営について
(1)基本方針
日本有数の城郭遺構である名古屋城の文化財としての価値を継承するとともに、市民に文化遺
産に対する理解を広めていくため、運営の充実を図る。
今後、活用方策で検討した事業などを実施していくためには、整備の進展に伴い運営の充実を
図る必要がある。また、日常の維持管理業務を行う体制の充実を図るほか、城の活用方策を踏ま
えた様々な城の活用プログラムを検討するとともに、その運営体制の充実についても検討を行う。
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