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チーム内の意志集約ルールについて

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チーム内の意志集約ルールについて
チーム内の意志集約ルールについて
Aquila Chrysaetos
Abstract
異なる多数の意思を一つに集約しなければならないとき, 多数
決がよく用いられます. しかし, 直接民主制 (自分たちのことを自
分たちで決める) か代表民主制 (自分たちのことを決める人を自分
たちで決める) かで多数決の結果が正反対になってしまうことが
あります.
具体例で示していきましょう. 簡単のため, 有権者は 5 人いて,
x と y の 2 人が立候補したとします. そして, 独立した 3 つの論
点 A, B, C から, 各候補者の政策の優劣を競うものとします. な
お, すべての有権者は論点 A, B, C を等しく重要だと考えている
と仮定します. 5 人の有権者の支持する政策と支持者をまとめた
ものが次の表です.
チーム「隣り合わせの廃と青春」では, 2014 年 5 月実施の「第
1 回チームユニフォーム/エンブレム デザインコンテスト」のと
き以来, チーム内の意志集約方法としてボルダ・ルールを採用し
てきました. しかし, その理由について, チームメイトの皆さんに
充分な説明を果たせていなかったので, 本稿を執筆いたしました.
また, 皆さんの実生活にも活用していただけるように社会的話題
にも触れておりますので, ご笑覧ください.
ます §1 で多数決の問題点を指摘し, §2 で多数決の代替手段を
検討します. その結果, セカンドベストな選択としてボルダ・ルー
ルを採用し, §3 でボルダ・ルールの性質を考察します. §4 では, 熟
議によりすべての選択肢を一直線上に並べることで, ベストな選
択肢をシンプルに選出できることを述べます. そして, §5 では, こ
れまでと打って変わって哲学的な内容になります. すべての有権
者が, コイントスで決めるよりかは正しい判断ができて, それぞれ
独自に投票するとき, 有権者数が増えるに従って多数決の結果が正
しい確率が 100%に近づくという陪審定理を紹介し, これとルソー
の一般意志との関係について論じます. そして, 多数決と暴力を区
別する条件を求め, 多数決の正しい使用方法を探っていきます.
多数決の問題点
1.1 多数決は争いの火種を常に抱える . . . . . . . . .
1.2 よかれと思ってしたことが仇になってしまう . . .
1.3 共和党候補にトランプが選ばれた 1 つの思考実験
1.4 自称国家「イスラム国」が生まれた背景 . . . . .
1.5 幸福実現党が出なければ自民党はさらに勝っていた
1
1
1
2
3
3
2
5 つの意志集約ルールの比較
4
3
満場一致に最も近いボルダ・ルール
6
4
単峰性が成り立てば中位ルールがベスト
10
5
少数派が多数決の結果に従う正当性の根拠
11
6
個人の自由と満場一致の原則は時に対立する
16
1
1.1
論点 B
論点 C
支持者
有権者 1
x
有権者 2
x
x
y
x
y
x
有権者 3
x
y
x
x
x
有権者 4
y
y
y
y
有権者 5
y
y
y
y
多数決結果
y
y
y
x
この表の見方について説明します. 例えば, 「有権者 1」の行に
着目しましょう. 有権者 1 は, 論点 A については x の政策を, 論
点 B については x の政策を, 論点 C については y の政策を支持
し, 過半数の政策でマッチする x を支持することを意味していま
す. 他の有権者についても同様です.
このとき, 実際に選挙をしてみるとと, 3 対 2 で x が当選しま
す. ところが, 各論点ごとに多数決をしてみると, すべての論点で
y の政策が過半数の支持を得ています. したがって, 各テーマごと
に直接選挙をしていれば y の政策が実現していたのに, 代表民主
制では x が当選するという正反対の結果がもたらされてしまうの
です. つまり, 代表民主制は直接民主制の代替物ではないことをこ
の例は端的に示しています.
さて, 我チームのメンバー数は 100 名余り, サブキャラクター
を除いた実質は 50 名余りと小規模ですので, 一部のリーダー達に
よる代表民主制ではなく, 全員が投票する直接民主制で多数決を
実施しても差し障りありません. ところが, 直接民主制で選挙をし
たとしても, 争いの火種はまだ残るのです.
政策ごとの直接選挙により, すべての論点で y の政策に決まっ
たとします. このとき, 有権者 1 は A と B の政策に, 有権者 2 は
A と C の政策に, 有権者 3 は B と C の政策にそれぞれ不満が生
じます. つまり, 過半数の有権者は過半数の政策に対して不満を抱
いているのです. このように, 個別の政策について直接選挙をして
もなお, 「なんかうちのチーム, 感じ悪いよね」といった意識が過
半数のチームメイトに広がる事態が生じることがあるのです.
Contents
1
論点 A
多数決の問題点
1.2
多数決は争いの火種を常に抱える
よかれと思ってしたことが仇になってしまう
チーム「隣り合わせの廃と青春」で内部分裂が起きています.
チームイベントを無くすべきだという声が一部のチームメイトか
ら挙がったからです. 2016 年 8 月 14 日の時点のメンバー数は 103
人. くだんの要求をしているのはそのうち 35 人と, その声は全体
として少数で, 提案は否決されると見込まれていました. ところ
が, これから採決という段になって, 「チームイベントをもっとや
りたい」と反対派から声が挙がりました. 「無くす」と「そのま
「自分のことは自分で決めたい」という人間の意志を「自分た
ち」に適用したとき, 「自分たちのことは自分たちで決めたい」と
いう民主主義を求める心理の基盤となります. ところが, 「自分だ
け」で決めることと「自分たち」で決めることとの間には, 大き
な隔たりがあるのです.
1
ま」があるのに「増やす」がないのはおかしいという理屈から, そ
の要求は受け入れられます. ところが, この決定が結果を大きく変
えてしまったのです.
「無くす」
「そのまま」
「増やす」の選択肢の中で, 103 人のチー
ムメイトの好みの順序を表にしたものが次のものです.
35 人
34 人
34 人
1位
無くす
そのまま
増やす
2位
そのまま
増やす
そのまま
3位
増やす
無くす
無くす
戦略的行動であるから, 虚偽表明だからといって悪いと責めるこ
とはできません. そもそも戦略的に虚偽の表明をしなければ自分
の意志を社会に反映できないのだとしたら, これは有権者の問題
ではなく, 多数決を採用している社会制度の問題ではないでしょ
うか.
話を元に戻します. 自分の票が死票となるのを避けるために y
の支持者が次善の候補 x に投票しようとすれば, 勝ち馬探しの人
気投票に多数決が成り下がってしまい, 自分の意志を表明する場
としての意義は失われます. しかも, y のほうが人気があると判断
した x の支持者が同様に考えて y に投票してしまうと, それぞれ
の行動が互い違いになって, 結局は本来当選するはずだった候補
が落選する事態を免れません. こうなってしまえば, 多数決は人気
投票ですらありません.
多数決で決まったことなのに, その決定に不服を唱えたくなる
ことを, 暮らしの中で感じたことがありませんか. もしかしたら,
適切な候補を選び取ることに多数決が失敗していたからかもしれ
ません. 選択肢が 3 つ以上あるときの多数決の欠陥は, 次の 3 点
です.
この状況下で多数決をした場合, 「無くす」が最多の 35 票を得
て逆転勝利します. もし「増やす」が選択肢に加わっていなけれ
ば, 35 対 68 で反対派が圧勝していたはずです. ところが, 「増や
す」が追加されたことで, 反対派から賛成派へと勝者が変わりま
した. これは選択肢を追加した趣旨に反する結果です. なぜなら,
「増やす」という選択肢は反対派から挙がった提案だったからです.
(1) 多数決はペア勝者を勝者に選ばないことがある.
つまり, 反対派にとって好ましい選択肢を加えたことで, 自ら首を
絞める結果となりました.
(2) 多数決はペア敗者を勝者に選ぶことがある.
選択肢が 3 つ以上あるとき, 票の割れが起こる可能性が多数決
(3) ペア敗者が泡沫候補であっても, 多数決の結果を大きく左右
に存在することが明らかとなりました. しかし, 選択肢が 2 つのみ
することがある.
であれば票の割れは起き得ません. そこで, 「無くす」
「そのまま」
「増やす」の 3 つ選択肢から 2 つを取り出して, 総当たり戦でペア
次節以降では, 実際に起こった事例を分析し, 多数決の欠陥を再
確認していきます.
ごとの多数決をすることを考えます. その結果は次の通りです.
相手
自分
無くす
そのまま
1.3
増やす
共和党候補にトランプが選ばれた 1 つの思考実験
人種差別発言を繰り返すトランプが, 2016 年アメリカ合衆国大
統領選挙の共和党指名候補に選ばれた理由を, 仮想データに基づ
き思考実験していきます.
そのまま
○
○
共和党予備選挙において, 残ったのはドナルド・トランプ, ジョ
ン・ケーシック, テッド・クルーズ, マルコ・ルビオ, ベン・カーソ
増やす
○
ンの 5 名だったと考えます. そして, 簡単のため, 有権者数は 55
人とします. すべての候補者に対する各有権者のランキング表が
つまり, 「そのまま」はすべてのペア対決で勝利し, 「無くす」 次のものです.
はすべてのペア対決で敗北しています. このような選択肢をそれ
I
II
III
IV
V
VI
ぞれペア勝者, ペア敗者と呼ぶことにしましょう.(1)
18 人
12 人
10 人
9人
4人
2人
総当り戦で全敗するペア敗者は, 全体における重要性は低い選
択肢のはずです. ところが, ペア敗者である「無くす」を多数決は
1 位 トランプ クルーズ ケーシック ルビオ カーソン カーソン
選んでしまっています. 選択肢が 3 つ以上あって票の割れが起こ
2位
ルビオ カーソン クルーズ ケーシック クルーズ ケーシック
るとき, ペア敗者という望ましくない選択肢が選ばれてしまうと
3
位
カーソン
ルビオ カーソン カーソン ルビオ
ルビオ
いう機能的欠陥を多数決は抱えているのです.
4 位 ケーシックケーシック ルビオ クルーズ ケーシック クルーズ
では, 選択肢が 3 つ以上あって, 共通点が少なくない選択肢 x と
y が存在して, 票の割れが起きそうなとき, x や y の支持者はどう
5 位 クルーズ トランプ トランプ トランプ トランプ トランプ
行動すればよいのでしょうか. もし y の支持者が x のほうが人気
があると判断し, 正直に y に投票することでそれが死票になるの
この表の見方について説明します. 例えば, I 群の列に着目しま
を嫌うのだとすれば, 自分の気持ちを偽って次善の候補である x しょう. 18 人の有権者は, 1 位にトランプを, 2 位にルビオを, 3 位
に投票することも珍しくありません. これを戦略的虚偽表明と呼 にカーソンを, 4 位にケーシックを, 5 位にクルーズをランキング
びます.(2) 自分の意志にできるだけ近い候補を当選させるための していることを意味しています. 他の群についても同様です.
この状況下で多数決をすれば, 最多の 18 票を得たトランプが勝
(1) ペア勝者やペア敗者は常に存在するわけではありません. 例えば, 以
利します. ところが, 各候補者を一騎打ちさせて総当たり戦を考え
下の表の場合であれば, 2 対 1 で x は y に勝ち, 2 対 1 で y は z に勝ち, ると, 結果が一変します. 総当たり戦の結果が次の表です.
×
無くす
×
×
2 対 1 で z は x に勝ちます. つまり, x, y, z は三すくみの状態にありま
す. このようなサイクル関係にある場合, どの選択肢もペア勝者・ペア敗
者ではありません.
1人
1人
1人
1位
x
y
z
2位
y
z
x
3位
z
x
y
(2) 例えば,
あなたは現在の与党を嫌っており, いち早く衆院を解散して
欲しいと望んでいたとします. ところが, 内閣の支持率が低迷しているた
め, このまま解散総選挙に臨んでも勝ち目は薄いと踏んだ首相は, 「近い
うちに国民の信を問う (=衆議院を解散する)」と発言するものの, 一向に
解散する素振りを見せません. そうした状況のときに, 内閣支持率の調査
があなたに対して行われました. ここで, 自分の気持ちを偽って「支持す
る」と答えたとします. そのような考えの人が他にも大勢いたら, 見かけ
上の内閣支持率は上昇し, 首相は解散総選挙に打って出るかもしれません.
つまり, 意図的に虚偽の表明をすることで, 自分の望み通りに操作するこ
とができるのです.
—2—
相手
自分
トランプ クルーズ ケーシック ルビオ
×
トランプ
×
×
クルーズ
○
ケーシック
○
○
ルビオ
○
○
○
カーソン
○
○
○
カーソン
×
×
×
×
×
×
×
○
一騎打ちさせて総当たり戦を考えると, 多数決で 1 位だったト
ランプは, 各候補者との一騎打ちで全敗しています. つまり, トラ
ンプはペア敗者です. 逆に, 多数決で最下位だったカーソンが, 全
勝しています. つまり, カーソンはペア勝者です. この事例では,
ペア敗者を 1 位に, ペア勝者を最下位に多数決は選んでしまって
います. 多数決の大いなる矛盾がここにあります.
上のランキング表をもう一度みてください. 人種差別発言を繰
り返し排他的政策を打ち出すことで, I 群の有権者に熱狂的な支持
さえ得られたら, それ以外のすべての有権者がトランプを最下位
にランキングしようと, 多数決では彼が勝ってしまうのです.
多数決で勝つのは「1 位」を最も多く集めた候補者です. 極端
なことをいえば, 全有権者から「2 位」の支持を得ていたとして
も, 多数決でのその候補者の選挙結果は 0 票です. したがって, ど
の有権者にも満遍なく配慮した政治家よりも, 特定の企業や団体,
特定の年齢層に媚びた政策を打ち出す政治家のほうが多数決では
有利になります. また, とにかく一定数の有権者に 1 位に指名し
てもらえれば多数決で勝つことができるので, 強い宗教組織を支
持基盤としたり, 排他的思想を声高に叫ぶことで一部から熱烈な
支持を集める候補者が, ときとして多数決で選ばれることになり
ます. その結果として, 人々の利害対立を煽り, 社会の分断を招く
機会として図らずも選挙が機能してしまうのです.
民主主義は本来, 多数派のためにあるのではなく, 万人のために
あります. 「一人一票でルールに従って決めたのだから民主的だ」
と考えてしまうのなら, 形式の抜け殻だけが残り, 「民主的」とい
う言葉の中身は消え失せてしまうことでしょう.
1.4
自称国家「イスラム国」が生まれた背景
この矛盾は, 「票の割れに弱い」という多数決の弱点が原因で
す. この多数決の欠陥を明らかにする今一つの事例として, 2000 年
アメリカ合衆国大統領選挙を考えます. 共和党指名候補は, ジョー
ジ・W・ブッシュ. 父親も大統領を務めた二世政治家のテキサス
州知事です. 対する民主党指名候補は, アル・ゴア. 当時のクリン
トン大統領の下で副大統領を務めた, 環境保護と情報通信政策に
長けた人物です.
事前の世論調査では, ゴアが勝利を収めるはずでした. ところ
が, 物語はそう単純ではありません. 「第三の候補」として, ラル
フ・ネーダーが途中から名乗りを上げたのです. ネーダーの出馬
は, 1852 年以降 160 年間余り続く二大政党制に異議を申し立て,
新たな選択肢を有権者に提供する一定の意義がありました. しか
し, 二大政党に抗して彼が当選する見込みは薄い. つまり, ネー
ダーはペア敗者の泡沫候補です. ネーダーの政策はブッシュより
ゴアに近く, ゴアに行くはずだった票の一部がネーダーに流れる
こととなりました. その結果, 271 対 266 という史上稀に見る激戦
(3)
を制して大統領の座に就いたのは, ブッシュでした.
要するに,
票が割れてブッシュが漁夫の利を得たわけです. 多数決は少数意
見を反映しにくいという批判をよく耳にしますが, 票の割れが起
こると多数意見も反映しなくなるのです.
2001 年 1 月に第 43 代アメリカ合衆国大統領にブッシュは就任
しますが, その年の 9 月 11 日にアメリカ同時多発テロ事件が起き
ました. ブッシュは報復として「テロとの戦い」を始め, アフガニ
(3) この大統領選挙は,
票の読み取りに問題があったフロリダ州の結果が
判明するのに長期間を要し, 最終的には選挙結果を巡って法廷闘争に発展
するなど問題含みのもので, ここで述べたのはブッシュが勝利した一因に
過ぎません.
スタンへの侵攻を開始します. さらに彼は, 父親の大統領時代から
因縁深いイラクへの侵略も展開します. 開戦の名目は, イラクが
保有する大量破壊兵器がテロ組織に渡る危険性があるというもの
でしたが, フセイン政権はテロ組織と交流がなかった上, 大量破壊
兵器も存在しなかったことが後に明らかとなります. アメリカに
よってフセイン政権が倒された結果, シーア派政権が誕生すると
同時に, それまで 20 年以上フセイン政権の独裁を支えていたバー
ス党の幹部が公職から追放されます. そうしたフセイン政権下の
将校や政治家が, 少数派として抑圧されているスンニ派の武装集
団と手を組み, 奴隷制を認め誘拐や爆弾テロを繰り返す「イスラ
ム国」と呼ばれる自称国家を樹立する事態となりました.
自称国家「イスラム国」があれだけ広範な地域をこんなに長く
存続できているのは, フセイン政権を支えた行政のプロが関わっ
ているからというのが私の見立てです. その点が, アルカイダなど
のテロ組織との大きな相違点です. では, なぜ行政のプロが武装
集団と手を組んだのかといえば, やはりアメリカのイラク侵略が
あって, 公職からバース党員が追放されたからです. 単なる武装集
団であれば, そこまでの統治能力はなかったことでしょう.
もしゴアが大統領に当選していたら, イラク侵略はまず起こら
ず, したがって「イスラム国」が関与した数々の混乱は生じなかっ
たことでしょう. それは, ネーダーが立候補しなければ, あり得た
はずの現在なのです. 泡沫候補ネーダーの存在が, その後の世界情
勢に与えた影響は計り知れません.
しかし, 「イスラム国」の誕生にネーダーが寄与したと非難す
る意図は毛頭ありません. 二大政党制の閉塞感に風穴を開けよう
と信念を持って立候補したネーダーを, 誰が責めることができるで
しょうか. アメリカによるイラク侵略を「アメリカ帝国の仕業」と
呼び, むしろネーダーは批判的でさえありました. ところが, その
ような立場の彼の立候補が現在の事態を招く一因になってしまっ
たことが, 「多数決」という仕組みの奇妙な点なのです.
1.5
幸福実現党が出なければ自民党はさらに勝っていた
泡沫候補が多数決で意外な役割を果すことを §1.4 でみました.
前回の第 24 回参議院議員通常選挙を例に引き, 幸福実現党が候補
者を擁立しなければ自民党がさらに 4 議席を増やしていた事例を
紹介することで, 改めてこの点を論じます.
まず, 幸福実現党は, 今回の参院選で選挙区 45 名, 比例代表区
2 名の候補者を立てましたが, 全員が供託金没収点を下回る落選と
なり, 合計 1 億 3500 万円の供託金が全額没収されました.(4) した
がって, 幸福実現党から出馬した候補者は泡沫候補であると断じ
ても客観性を害しないと考えられます. ところが, この泡沫候補
が, 以下の 4 つの一人区で選挙結果を大きく左右しました.
氏名・政党
青
当選
森
新
当選
潟
三
当選
重
大
当選
分
田名部 匡代 (民進)
山崎 力 (自民)
三國 佑貴 (幸福)
森 ゆうこ (無所属)
中原 八一 (自民)
横井 基至 (幸福)
芝 博一 (民進)
山本 佐知子 (自民)
野原 典子 (幸福)
足立 信也 (民進)
古庄 玄知 (自民)
上田 敦子 (幸福)
得票数・得票率
302,867
294,815
18,071
560,429
558,150
24,639
440,776
420,929
24,871
271,783
270,693
22,153
票
票
票
票
票
票
票
票
票
票
票
票
(49.19%)
(47.88%)
(2.93%)
(49.02%)
(48.82%)
(2.16%)
(49.72%)
(47.48%)
(2.81%)
(48.13%)
(47.94%)
(3.92%)
幸福実現党は, 憲法改正や日米同盟強化, 原発再稼働推進などを
公約しており, その政策は民進党よりも自民党に近い. また, 幸福
実現党の総裁であり幸福の科学グループ創始者である大川隆法は,
安倍晋三の守護霊とのインタビューをまとめた著書『安倍新総理
スピリチュアル・インタビュー』のあとがきで, 「安倍総理よ, 強
くあれ. 論敵との戦いの一部は引き受けるから, 未来への扉を開い
てほしい」とエールを送っています. これらのことから, 幸福実現
(4) 幸福実現党が国政選挙に初めて候補者を擁立したのは 2009 年の第 45
回衆議院議員総選挙においてですが, そのときは 337 名の候補者を擁立し,
立候補者全員が供託金没収点を下回って落選し, 11 億 5800 万円の供託金
が全額没収となりました.
—3—
党へ投票した者の多くは, 幸福実現党がもし候補者を立てていな
かったら, 自民党の候補者に投票したと考えられます.
そして, 幸福実現党が獲得した票を自民党に上積みすれば, 自民
党候補者が逆転して当選しました. つまり, 幸福実現党が候補者を
擁立したことで, 自らの政策に近い自民党の足を引っ張ったので
す. これは, 幸福実現党にとって望ましくない結果であったに違い
ありません. よかれと思ってしたことが仇になってしまうことが
多数決では起こり得るのです.
2
5 つの意志集約ルールの比較
2.1. 多数決は単純でわかりやすいですが, わかりやすさを優先す
る余り, 人々の意見を適切に集約できないのなら本末転倒です. 多
数決を自明視するのではなく, 人々の意志を適切に集約する方法
が他にないか模索してみましょう.
1 多数決, ⃝
2 決選投票式多数
そこで, 意志集約ルールとして, ⃝
3 オリンピック式多数決, ⃝
4 ボルダ・ルール, ⃝
5 コンドルセ・
決, ⃝
ヤングの最尤法の 5 つを紹介し, これらがすべて異なる結果をも
たらす例を挙げます. 有権者は 55 人, 案 a から案 e まで 5 つの選
択肢がある状況を考えます. すべての選択肢に対する各有権者の
ランキング表が次のものです.
I
II
III
IV
V
VI
18 人
12 人
10 人
9人
4人
2人
1位
a
b
c
d
e
e
2位
d
e
b
c
b
c
3位
e
d
e
e
d
d
4位
c
c
d
b
c
b
5位
b
a
a
a
a
の多数決において c に 9 票が加わります. 続いて, 三回目の
多数決で最下位(16 票)の b が落選し, 四回目の多数決で最
下位(18 票)の a が落選し, 最終的に c が勝利します.
(4) ボルダ・ルール (d の勝利)
ボルダ・ルールとは, 選択肢が 5 つの場合, 1 位に 5 点, 2
位に 4 点, 3 位に 3 点, 4 位に 2 点, 5 位に 1 点と配点し, そ
の総得点で全体の順序を決める方法です.
x の総得点を b(x) と表し, これを x のボルダ得点と呼ぶ
ことにすると, この例における各選択肢のボルダ得点は次の
ようになります.
b(a) = 5 × 18 + 1 × (12 + 10 + 9 + 4 + 2) = 127,
b(b) = 5 × 12 + 4 × (10 + 4) + 2 × (9 + 2) + 1 × 18 = 156,
b(c) = 5 × 10 + 4 × (9 + 2) + 2 × (18 + 12 + 4) = 162,
b(d) = 5 × 9 + 4 × 18 + 3 × (12 + 4 + 2) + 2 × 10 = 191,
b(e) = 5 × (4 + 2) + 4 × 12 + 3 × (18 + 10 + 9) = 189.
つまり, b(d) > b(e) > b(c) > b(b) > b(a) と順位がつき, ボ
ルダ得点が最大の d が選ばれます. ボルダ得点が最大になる
選択肢をボルダ勝者と呼ぶことにしましょう.
(5) コンドルセ・ヤングの最尤法 (e の勝利)
コンドルセ・ヤングの最尤法は, すべての選択肢の中から
2 つずつ選び, 総当り戦でペアごとの多数決を行い, それらの
結果を組み合わせて全体の判断を下す方法です.(7)
この例においてペアごとの対決をさせた結果が次のもの
です.
相手
自分
a
a
a
これは, §1.3 で掲げたのと同じ表です. では, 5 つの集約ルール
の結果をみていきましょう.
(1) 多数決 (a の勝利)
最多の 18 票を得た a が勝利します.
(2) 決選投票付き多数決 (b の勝利)
決選投票付き多数決とは, 一回目の多数決の勝者が過半数
の票を獲得できなかった場合に, 上位 2 名で二回目の多数決
(決戦投票) をして勝者を決める方法です.(5)
この例では, 最初の多数決の勝者は a ですが, 得票数 18 は
過半数に満たないので, 得票数 12 である 2 位の b と決選投
票を行います. 決選投票では, III から VI まですべて a より
b が上位にいるので, 票を総取りした b が 37 対 18 で a に勝
利します.
b
c
d
e
×
×
×
×
×
×
×
×
×
b
○
c
○
○
d
○
○
○
e
○
○
○
×
○
すべてのペア対決で勝利しているので, e はペア勝者です.
ペア勝者が常に存在するとは限りませんが, もし存在する場
合にはコンドルセ・ヤングの最尤法は必ずそれを選び取るこ
とが知られています. したがって, コンドルセ・ヤングの最
尤法は, ペア勝者である e を勝者とします.
(3) オリンピック式多数決 (c の勝利)
オリンピック式多数決とは, 最下位を消去しながら多数決
を繰り返す方法です. 国際オリンピック委員会が, 候補地や
競技種目の選定でこの方法を用いています.(6)
この例では, 一回目の多数決で最下位(6 票)の e がまず
落選し, 二回目の多数決において b に 4 票, c に 2 票が加わ
ります. その結果, 最下位(9 票)の d が次に落選し, 三回目
1 多数決, ⃝
2 決選投票付き多数決, ⃝
3 オリンピック式多数
さて, ⃝
4 ボルダ・ルール, ⃝
5 コンドルセ・ヤングの最尤法の 5 つの集
決, ⃝
約ルールが, すべて異なる結果を導く例をみました. 選挙の結果が
特定政策への支持と意味づけられることが多いですが, どの集約
ルールを採用するかで結果が一変するのであれば, 選挙結果とし
ての「民意」の正当性は集約ルールに付随する結果だといえます.
したがって, 「民意とは何か」と民意の実在を求めるのではなく,
「最適な集約ルールはどれか」へと問いの立て方を変え, 問題意識
(5) この方法は, 自民党の総裁選挙で用いられています. 2012 年自民党総
を改めなければなりません.
裁選挙では, 最初の投票で石破茂が最多の 199 票を獲得しますが, 過半数
の 249 票に届かず, 決選投票で 89 対 106 で安倍晋三に逆転負けを喫しま
した. 同じ町村派の安倍晋三と町村信孝が出馬したため, 1 回目の投票で
町村派の票が割れたことが, 56 年振りの逆転劇の演出に一役買ったと考え
られます. ところで, 1 回目の投票で 3 位だった石原伸晃がもし票を伸ば
していたら, 町村派が共倒れになっていた可能性があります. このように,
決選投票付き多数決も多数決の派生であることから, 多数派の票が割れる
という事態に上手く対処できていません. しかし, ペア敗者を選ぶことは
ないという点で多数決の改良にはなっています.
(6) オリンピック式多数決も票の割れに弱いという多数決の弱点を受け継
ぎますが, ペア敗者を選ぶことはないという点で多数決の改良にはなって
います.
2.2. 「最適な集約ルールはどれか」を考えるにあたって, 説得力
のある規準を設けてそれを満たすか否かで選別すれば, 恣意的な
判断を避けやすくなります. どんなに立派で豪華な家屋でも, 見た
目の主観的な印象よりも建築基準法が優先されて, 建築確認が下
りなければ除却・改修等を命じられるのと同じ理屈です. しかし,
(7) 1910
年代に統計学者 R. フィッシャーが考案した最尤法と呼ばれる数
理統計学の最大化問題を解くことで, ペア勝者が存在しない時にも「ペア
勝者に最も近いもの」を選び取る手法がコンドルセ・ヤングの最尤法です
が, 数学的に難解であるため, コンドルセ・ヤングの最尤法の厳密な定義
は本稿では触れません.
—4—
地震による家屋倒壊が懸念される状況であれば耐震性が優先され
るように, どの規準を優先するかは状況によって異なります.
そこで, 選択肢が 3 つ以上あるときの票の割れを懸案事項とし
て考え, 票の割れに強い規準について考えます. 票の割れが起こる
と, ペア敗者という望ましくない選択肢が選ばれてしまい, 多数意
見を反映しなくなります. 手始めとして, 「ペア敗者を 1 位に選
ばない」を規準として考えましょう. これをペア敗者規準と呼ぶ
ことにします.
ペア敗者規準
の最尤法はペア勝者規準を満たすので, 当然ペア勝者弱規準をも
満たします. それと同時に, ペア敗者規準も満たします. ペア敗者
規準とペア勝者弱規準を同時に満たすものは他にも存在するので
しょうか. §2.1 の例において, 決選投票付き多数決もオリンピッ
ク式多数決も一回目の多数決でペア勝者である e を落選させてし
まっているので, ペア勝者弱規準に緩和してもこれを満たしませ
ん. いずれの集約ルールも多数決を改良したものですが, その程度
の改良では票の割れに強いという性質を満たさないということで
す. やはりコンドルセ・ヤングの最尤法しかないのかと悲観的な
気分になりますが, 実はボルダ・ルールもペア敗者規準に加えて,
ペア勝者弱規準を満たします.(10)
これまでの議論を整理すると, 票の割れに強いことを優先して
集約ルールを考えると, ボルダ・ルールとコンドルセ・ヤングの最
既に見たように, 多数決はペア敗者規準を満たしません. では, 尤法が最有力です. そして, より多くの有権者が理解可能なもので
§2.1 で紹介した他の 4 つの集約ルールのうち, ペア敗者規準を満 あることも重視するならば, このうちボルダ・ルールに軍配が上
たすのはどれでしょうか. 実は, 残るすべてがペア敗者規準を満た がります. では, この 2 つの集約ルールの性能の違いを判別する
すのです.(8)
新たな規準について, 次節で検討しましょう.
多数派の意志尊重を重視するなら, ペア勝者はその理念に適し
ています. そこで, 「ペア勝者を勝者として選ぶ」を次の規準とし 2.3. 前節で見た通り, 多数決から派生した決選投票付き多数決や
オリンピック式多数決は, 票の割れに弱いという多数決の欠点を
て考えます. これをペア勝者規準と呼ぶことにします.
克服できていません. 票の割れに強いものに何とか多数決を改善
ペア勝者規準
できないものでしょうか. 実は, それが可能なのです.
いま A, B, C の 3 つの選択肢があって,
ペア勝者が存在するとき, ペア勝者を 1 位に選ぶこと.
最初に A が B に多数決勝負を挑み, その
勝者は次に C に多数決勝負を挑んで最終
ところが, §2.1 の例で見たように, コンドルセ・ヤングの最尤法 的な勝者を決することにします. ただし,
以外は, ペア勝者である e 以外のものを勝者に選んでいて, ペア勝 多数決で同数の場合は, 挑戦者の勝ちとし
者規準を満たしません. では, コンドルセ・ヤングの最尤法がベス ます. この集約ルールをトーナメント式多
A
C
B
トな集約ルールだと結論してよいのでしょうか. コンドルセ・ヤ 数決と呼ぶことにしましょう.
さて
,
有権者が
7
人いて
,
図表
1
のような好みの順序だったと
ングの最尤法は数理統計学の手法を用いていて数学的難度が高く,
ルールが理解できないまま意志集約がなされても有権者は納得し します. この状況下でトーナメント式多数決をやってみると, 最
ないことでしょう. そこで, 集約ルールの性能そのものを測る規準 初の対決で 4 対 3 で B が A に勝ちます. 次の対決で 4 対 3 で B
ではないですが, 「有権者が理解しやすいルールである」という が C に勝って, B が最終的な勝者に選ばれます. 実は, B はベア
勝者です. トーナメント式多数決はペア対決のトーナメント戦で
親近性規準をペア勝者規準より優先して考えます.
あるので, ペア勝者が存在すれば必ずそれが選ばれます. つまり,
親近性規準
トーナメント式多数決はペア勝者規準を (したがって, ペア勝者弱
規準も) 満たします.
多くの有権者がその仕組みを理解できる簡明なルールであっ
て, 結果に納得感が持てるものであること.
図表 1
I
II
III
IV
ペア敗者が存在するとき, ペア敗者を 1 位に選ばないこと.
親近性規準を最優先にした場合に, コンドルセ・ヤングの最尤
法では都合が悪いので, ペア勝者規準の緩和を考えましょう.(9) ペ
ア敗者規準とペア勝者規準の字面は似ているが, 要求している内
容の大きさが異なっています. ペア敗者規準は, 「ペア敗者を 1 位
に選ばない」ことを求めていて, 2 位から最下位のどの位置にペア
敗者がいるかは問いません. 一方のペア勝者規準は, 「ペア勝者
を必ず 1 位に選ばなければならない」と非常に厳しいことを要求
しています. ペア敗者規準を満たす集約ルールがいくつかあって,
ペア勝者規準を満たす集約ルールが 1 つしかないのもこのためで
す. 「ペア敗者が 1 位に選ばない」というペア敗者規準と対をな
すのは, 「ペア勝者を最下位に選ばない」です. この新たな規準を
ペア勝者弱規準と呼ぶことにします.
ペア勝者弱規準
合計 7 人 2 人
2人
2人
1人
C
1位
A
B
C
2位
B
C
B
A
3位
C
A
A
B
⇓
図表 2
I
合計 6 人 2 人
II
2人
III
1人
IV
1人
1位
A
B
C
C
2位
B
C
B
A
3位
C
A
A
B
ところが, C を 1 位に推す III 群の 2 人のうち 1 人が投票を棄
権したら, 事態が一変します. この状況を表したものが図表 2 で
す. この状況下でトーナメント式多数決をやってみると, 最初の対
ペア敗者規準とペア勝者弱規準を同時に満たせば, 票の割れに 決で 3 対 3 で挑戦者の A が B に勝ちます. 次の対決で 4 対 2 で
相当強い集約ルールといえることでしょう. コンドルセ・ヤング C が A に勝って, C が最終的な勝者に選ばれます. つまり, 棄権
することで自分の意に沿う投票結果に誘導できるということです.
(8) まず, コンドルセ・ヤングの最尤法は, その定義からペア敗者を 1 位
棄権のインセンティブが大きい集約ルールは大いに問題です. そ
に選びません. また, 決選投票付き多数決もオリンピック式多数決も最終
こで, 新たな規準として棄権防止性規準を設けましょう.
ペア勝者が存在するとき, ペア勝者を最下位に選ばないこと.
的にペア対決で勝敗を決するので, ペア敗者を 1 位に選ばないことは自明
です. 最後に残ったボルダ・ルールがペア敗者規準を満たすことの証明は
込み入っているので, 定理 3.4 において証明のスケッチを記します.
(9) 後述するように, ペア勝者規準を満たす集約ルールは, 棄権防止性規
準を常に満たさないことが知られています. 棄権防止性を最優先に考える
場合においても, ペア勝者規準を緩和しなければなりません.
(10) 定理
—5—
3.7 に証明のスケッチを記します.
棄権防止性規準
が成り立つものとします. このとき, ボルダ・ルールとは,
αi − αi+1 > αi+1 − αi+2
棄権をしても得することがないので, 棄権するインセンティ
ブを持たないこと.
for i=1, 2, 3, . . . m − 2
が成り立つ, つまり隣り合う順位間の得点差が等しいスコアリン
グ・ルールだと定義します.
ボルダ・ルールの配点方法は極めてシンプルですが, 強力です.
なぜなら, ボルダ・ルールはペア敗者規準を満たす唯一のスコア
既述のように, トーナメント式多数決はペア勝者規準は満たし
ますが, 棄権防止性規準を満たしません. 実は, 選択肢が 4 つ以
上あるとき, ペア勝者規準と棄権防止性規準を同時に満たす集約
ルールは存在しないことが数学的に証明されています. したがっ
て, ペア勝者規準を満たすコンドルセ・ヤングの最尤法も, 棄権防
止性規準を満たさないことになります. 一方で, 多数決とボルダ・
ルールは棄権防止性規準を満たします. 実は, §2.1 で紹介した集
約ルールのうち, 棄権防止性規準を満たすのはこの 2 つのみであ
ることが知られています.
2.4. 票の割れに強いことを最優先にしてトーナメント式多数決と
いう多数決の改善を考えたが, 棄権防止性規準を満たさないとい
う新たな欠陥が生まれてしまった. 決選投票付き多数決もオリン
ピック式多数決も棄権防止性規準を満たさない. つまり, ペア敗者
規準を満たす多数決の改善を考えた場合, 棄権防止性が犠牲にな
るということだ.
それに加えて, トーナメント式多数決は, ペア対決させる順番に
よって結果が変わってしまう欠陥を抱えている. 図表 2 において,
もし B が挑戦者側だったら, 勝者は A ではなく B になっている
からだ. そこで, 特定の選択肢を予め有利にしないことを新たな規
準として考え, これを中立性規準と呼ぶことにしよう.
中立性規準
リング・ルールだからです.(11)
3.2. さて, 多数決で有権者は 1 位しか表明できません. 一方, ボ
ルダ・ルールは, 2 位以下の選択肢への順序も表明できます. ボル
ダ・ルールがなぜ望ましいかを, 民主主義と決め方の関係から考
えましょう.
4人
3人
2人
1位
A
C
D
2位
B
B
B
3位
C
A
C
4位
D
D
A
多数決で勝つのは「1 位」を最も多く集めた選択肢です. その
ような選択肢は, 広い層から支持を受けたとは限りません. 例え
ば, 上の表において, B は全有権者から「2 位」の支持を受けてい
ます. こうした万民から薄く広く支持された選択肢であっても, 有
権者が 1 位しか表明できないのであれば, B には 1 票も入りませ
ん. 多数決では B は最下位になるのです.(12)
一方, ボルダ・ルールですと, B が最多の 27 点を集めて勝利し
ます (A と C は 24 点, D は 15 点). 万人からそれなりに高く評価
される B をボルダ・ルールが汲み取るのは, 有権者が 2 位以下の
2.5. さて, どの集約ルールがどの規準を満たすかをまとめておき すべての選択肢への順序を表明できるからに他なりません. 多数
派のためではなく, 万民のための民主主義という観点から考える
ましょう.
と, 多数決よりボルダ・ルールのほうが適しています.
ペア
ペア
ペア
棄権
特定の選択肢を予め有利にしないこと.
中立性 親近性
規準
規準
勝者
規準
勝者弱
規準
敗者
規準
防止性
規準
多数決
×
×
×
⃝
⃝
⃝
決選投票付き
多数決
×
×
⃝
×
⃝
⃝
オリンピック式
多数決
×
×
⃝
×
⃝
⃝
トーナメント式
多数決
⃝
⃝
⃝
×
×
⃝
ボルダ・ルール
×
⃝
⃝
⃝
⃝
⃝
コンドルセ
ヤングの最尤法
⃝
⃝
⃝
×
⃝
×
上表を眺めて総合評価をしてみると, ボルダ・ルールが最も性
能のよい集約ルールだと判断できます. そこで, ボルダ・ルールに
関する詳細を次節で扱います.
3
満場一致に最も近いボルダ・ルール
3.1. ボルダ・ルールとは, 例えば選択肢が 3 つある場合, 1 位に 3
点, 2 位に 2 点, 3 位に 1 点のように順位に配点し, その得点和で
選択肢の総合順位を決める方式でした. ところが, 1 位に 2 点, 2
位に 1 点, 3 位に 0 点と全体を −1 して配点しても, 1 位に 6 点, 2
位に 4 点, 3 位に 2 点と全体を 2 倍して配点しても, 選択肢の総合
順位は変わりません.
一般に, 1 位に α1 点, 2 位に α2 点, 3 位に α3 のように選択肢
に得点をつけて, その得点和で選択肢の総合順位を決める意志集
約ルールをスコアリング・ルールと呼びます. なお, 選択肢の個数
を m としたとき,
α1 > α2 > α3 > · · · > αm
3.3. 「同じ選択肢を全員が 1 位に指名している状況ではその選
択肢を選ぶ」ことを満場一致の原則と呼びます. 争いのない決め
方のためには, 満場一致が理想的です. しかし, 満場一致の状況は
滅多に訪れません. 例えば, §3.2 で提示したランキング表では, ど
の選択肢も全員からの 1 位指名を受けていません. そして, 満場
一致が成り立たなければ, 全員が満足する決定はできません. つま
り, 誰かに妥協を強いることになります.
では, その妥協の程度が最も弱い選択肢が, 満場一致に最も近い
選択肢だと考えるのは自然なことでしょう. そこで, 「満場一致に
最も近い選択肢とは何か」を問い, 問題設定を変えてみましょう.
例えば, §3.2 のランキング表で, 選択肢 A について考えます. A
が全員からの 1 位指名を受けるためには, A の順位を何回繰り上
げればよいか, そのステップ数を数えることにしましょう. これを
満場一致になるまでの距離と呼び, d(A) と記します. この d(A)
は, A を満場一致の 1 位にするために強いた妥協の回数に他なり
ません. この値が最小な選択肢が, 満場一致に最も近い選択肢であ
ると考えます.
例えば, d(A) を計算します. 4 人にとって A は始めから 1 位で
す. A を満場一致の 1 位にするためには, 3 人が A の順位を 2 つ
繰り上げて, 2 人が A の順位を 3 つ繰り上げればよい. したがっ
て, d(A) = 3 × 2 + 2 × 3 = 12 です. B, C, D についても同様に
計算すると, d(B) = 9, d(C) = 12, d(D) = 21 と求まります.
(11) 定理
3.5 を参照.
(12) これは決選投票付き多数決でも同様で,
決選投票に進出できなかった
B は D と並んで最下位になります. オリンピック式多数決でも, B は真っ
先に落選します.
—6—
A が満場一致になるまでの距離
4人
3人
2人
1位
A
C
D
2位
B
B
B
3位
C
A
C
4位
D
D
A
0 ステップ
×4 人 = 0
2 ステップ
×3 人 = 6
3 ステップ
×2 人 = 6
したがって, 異なる 2 つの観点から, ボルダ・ルールは満場一
致に最も近い選択肢を選ぶことができる決め方だと結論できます.
すべての規準を満たすベリーベストな決め方がない以上, セカン
ドベストとしてボルダ・ルールは極めて有力です.
以下に, ボルダ・ルールに関する命題とその証明を記します.
定理 3.4. ボルダ・ルールはペア敗者規準を満たす.
証明. 証明の概略を掴むため, 有権者が A, B, C の 3 人, 選択肢が
x, y, z の 3 つという特殊な場合のみを考える.(15) x をボルダ勝
者と仮定し, x がペア敗者ではないことを示す.
さて, 有権者 1 人につき, 1 位に 3 点, 2 位に 2 点, 3 位に 1 点
の合計 6 点を与えるので, 3 人の有権者の合計得点は 18 点である.
つまり, b(x) + b(y) + b(z) = 18 である. x がボルダ勝者であれば,
b(x) = b(y) かつ b(x) = b(z) である. よって,
d(A) = 2 × 3 + 3 × 2 = 12.
B が満場一致になるまでの距離
4人
3人
2人
1位
A
C
D
2位
B
B
B
3位
C
A
C
4位
D
D
A
1 ステップ
×4 人 = 4
1 ステップ
×3 人 = 3
1 ステップ
×2 人 = 2
b(x) =
b(x) + b(y) + b(z)
=6
3
が成り立つ.
ここで, x はペア敗者であると仮定して, 矛盾を導く. x がペア
敗者ならば, y や z を x より上位にランク付けする者がそれぞれ
2 人以上いるので,
d(B) = 1 × 4 + 1 × 3 + 1 × 2 = 9.
C が満場一致になるまでの距離
4人
3人
2人
1位
A
C
D
2位
B
B
B
3位
C
A
C
4位
D
D
A
2 ステップ
×4 人 = 8
0 ステップ
×3 人 = 0
2 ステップ
×2 人 = 4
d(C) = 2 × 4 + 2 × 2 = 12.
⋆
⋆
♣
2 位 (2 点)
⋆
⋆
3 位 (1 点)
x
x
♠
♡
♣
1 位 (3 点)
⋆
⋆
⋆
2 位 (2 点)
x
⋆
3 位 (1 点)
⋆
x
♠
♡
♣
⋆
もしくは
3人
♡
もしくは
D が満場一致になるまでの距離
4人
1 位 (3 点)
♠
1 位 (3 点)
y
z
2人
2 位 (2 点)
x
x
⋆
3 位 (1 点)
z
y
x
1位
A
C
D
2位
B
B
B
3位
C
A
C
4位
D
D
A
3 ステップ
×4 人 = 12
3 ステップ
×3 人 = 9
0 ステップ
×2 人 = 0
が成り立たなくてはならない. ここで, ♠, ♡, ♣ には, A, B, C の
いずれかがランダムに 1 つずつ入り, ⋆ には y か z のいずれかが適
切に入る. 空白箇所には x, y, z が入るが, 何が入ろうと結果に影
響しない. このとき, b(x) 5 5 であるので, b(x) = 6 に矛盾する.
よって, ボルダ勝者は常にペア敗者ではないため, ボルダ・ルール
はペア敗者規準を満たす.
2
d(D) = 3 × 4 + 3 × 3 = 21.
定理 3.5. 任意の状況下でペア敗者規準を満たすスコアリ
したがって, 満場一致になるまでの距離が最小なのは, 9 ステッ
プの B であることがわかります. この B を, 満場一致に最も近い
選択肢だと考えます.
さて, ボルダ・ルールは, 満場一致に最も近い選択肢 B を選び
ました. この例に限らず, ボルダ勝者は必ず満場一致に最も近い選
択肢であることが証明されています.(13)
一方, §3.10 で満場一致達成率と呼ばれる概念を導入しますが,
ボルダ勝者は満場一致達成率が最も高い選択肢であることも証明
されています.(14)
ング・ルールは, ボルダ・ルールに限られる. つまり, ボル
ダ・ルールは, ペア敗者規準を満たす唯一のスコアリング・
ルールである.
証明. 証明の概略を掴むため, 選択肢の個数が 3 の場合のみを示
す.(16) ボルダ・ルールがペア敗者規準を満たすことは定理 3.4 で
示したので, ボルダ・ルール以外のスコアリング・ルールがペア敗
者を勝者に選び取ってしまう例を提示すればよい.
(15) 一般の場合の証明は,
Okamoto and Sakai (2013, Corollary 1) を参
照.
(13) 定理
(14) 定理
3.9 を参照.
3.12 を参照.
(16) 一般の場合の証明は,
照.
—7—
Okamoto and Sakai (2013, Corollary 2) を参
1 位に α1 点, 2 位に α2 点, 3 位に α3 点を与えるスコアリング・
ルールを考える. これがいまボルダ・ルールではないと仮定する
と, α1 − α2 ̸= α2 − α3 , すなわち α1 − α2 < α2 − α3 もしくは
α1 − α2 > α2 − α3 が成り立つ.
いま, x はペア敗者である.
(1) α1 − α2 < α2 − α3 のとき,
(α2 − α3 ) − (α1 − α2 ) = 2α2 − α1 − α3 > 0
α1 − α3
2α2 − α1 − α3
b(z) = kα1 + (2k − 1)α2 + kα3
である. よって, (3.4) から
すなわち
b(x) − b(y) = (k − 1)α1 − 2kα2 + (k + 1)α3 > 0,
−(1 + k)α1 + 2kα2 + (1 − k)α3 > 0
(3.2)
b(y) − b(z) = α2 − α3 > 0
である.
ここで, 次の状況を考える.
k人
1人
y
z
y
2 位 (α2 点)
x
x
z
3 位 (α3 点)
z
y
x
であるので, b(x) > b(y) > b(z) が成り立つ. したがって, ペ
ア敗者である x がこのスコアリング・ルールの勝者となって
いる.
2
定理 3.6. 任意の状況下でペア勝者規準を満たすスコアリ
ング・ルールは存在しない. したがって, ボルダ・ルールも
ペア勝者規準を満たさない.
いま, x はペア敗者である.
x
k
vs.
y
⃝
x
k
k
1
k+1
k
証明. ペア勝者が存在する状況にもかかわらず, どのスコアリン
グ・ルールもペア勝者を勝者に選ばない例を提示すればよい.
1 位に α1 点, 2 位に α2 点, 3 位に α3 点を与えるスコアリング・
ルールを考える. α1 > α2 > α3 より,
z
⃝
vs.
k
1
k+1
k
k
k
2k
b(y) = kα1 + 2kα2 + (k − 1)α3 ,
k(2α2 − α1 − α3 ) > α1 − α3 ,
1 位 (α1 点)
z
⃝
b(x) = (2k − 1)α1 + 2kα3 ,
(3.1)
を満たす整数 k を任意に 1 つ選ぶ. このとき, (3.1) から
k人
x
vs.
k−1
k
2k − 1
k
k
2k
一方, 各選択肢の総スコアを計算すると,
であるので,
k>
y
⃝
x
vs.
k−1
k
2k − 1
α1 − α3 > 0,
一方, 各選択肢の総スコアを計算すると,
α 2 − α3 > 0
(3.5)
である.
次の状況を考える.
b(x) = 2kα2 + α3 ,
b(y) = (1 + k)α1 + kα3 ,
b(z) = kα1 + α2 + kα3
である. よって, (3.2) から
b(x) − b(y) = (2kα2 + α3 ) − {(1 + k)α1 + kα3 }
= −(1 + k)α1 + 2kα2 + (1 − k)α3 > 0,
b(y) − b(z) = {(1 + k)α1 + kα3 } − (kα1 + α2 + kα3 )
3人
2人
1人
1人
1 位 (α1 点)
x
y
y
z
2 位 (α2 点)
y
z
x
x
3 位 (α3 点)
z
x
z
y
このとき, x はペア勝者である.
x
⃝
= α1 − α2 > 0
3
1
4
であるので, b(x) > b(y) > b(z) が成り立つ. したがって, ペ
ア敗者である x がこのスコアリング・ルールの勝者となって
いる.
vs.
y
2
1
3
x
⃝
vs.
3
1
4
z
2
1
3
一方, 各選択肢の総スコアを計算すると,
(2) α1 − α2 > α2 − α3 のとき,
(α1 − α2 ) − (α2 − α3 ) = α1 + α3 − 2α2 > 0
b(x) = 3α1 + 2α2 + 2α3 ,
b(y) = 3α1 + 3α2 + α3 ,
であるので,
k>
α1 − α3
α1 + α3 − 2α2
b(z) = α1 + 2α2 + 4α3
(3.3)
である. よって, (3.5) から
を満たす整数 k を任意に 1 つ選ぶ. このとき, (3.3) から
b(y) = (3α1 + 2α2 + 2α3 ) + a2 − a3
k(α1 + α3 − 2α2 ) > α1 − α3 ,
= b(x) + a2 − a3 > b(x),
すなわち
b(y) = (α1 + 2α2 + 4α3 ) + 2(a1 − a3 ) + (a2 − a3 )
(k − 1)α1 − 2kα2 + (k + 1)α3 > 0
(3.4)
である.
ここで, 次の状況を考える.
であるので, ペア勝者 x が存在する状況にもかかわらず, このスコ
アリング・ルールは y を勝者に選ぶ.
2
k−1人
k人
k人
k人
x
x
y
z
2 位 (α2 点)
z
y
z
y
3 位 (α3 点)
y
z
x
x
1 位 (α1 点)
= b(z) + 2(a1 − a3 ) + (a2 − a3 ) > b(z)
定理 3.7. ボルダ・ルールはペア勝者弱規準を満たす.
—8—
証明. 定理 3.4 の証明と同様, 有権者が A, B, C の 3 人, 選択肢が
x, y, z の 3 つという特殊ケースのみを考える. ボルダ得点の最下
位を x と仮定し, x がペア勝者ではないことを示す.
ボルダ得点の最下位であれば, b(x) 5 b(y) かつ b(x) 5 b(z) で
ある. よって,
b(x) + b(y) + b(z)
b(x) 5
=6
3
が成り立つ.
ここで, x はペア勝者であると仮定して, 矛盾を導く. x がペア
勝者ならば, y や z を x より上位にランク付けする者がそれぞれ
1 人以下しかいないので,
♠
♡
♣
1 位 (3 点)
x
x
x
2 位 (2 点)
⋆
⋆
⋆
3 位 (1 点)
⋆
⋆
⋆
♠
♡
♣
1 位 (3 点)
x
y
z
2 位 (2 点)
⋆
x
x
3 位 (1 点)
⋆
z
y
d(x) =
ranki (x) − n.
ranki (y),
i=1
つまり
n
∑
ranki (x) <
i=1
n
∑
ranki (y)
i=1
が成り立つ. したがって, (3.7) から
d(x) =
n
∑
ranki (x) − n <
n
∑
ranki (y) − n = d(y)
i=1
i=1
n
∑
ranki (x) − n =
i=1
3.10. 選択肢の集合を X, 有権者の集合を I とする. x ̸= y であ
る x, y ∈ X について,
fi (x; y) =
とおく. このとき,
bi (x) = m − ranki (x) + 1
i=1
となって, (3.6) が証明された.
一方, 全員が x を 1 位指名するためには, 各 i について ranki (x)−
1 回の追い越しが必要となる. したがって, x の満場一致までの距
離 d(x) は,
n
n
∑
∑
d(x) =
(ranki (x) − 1) =
ranki (x) − n
i=1
が成り立つ. 一方, ボルダ勝者 x と x′ について,
if ranki (x) < ranki (y),
if ranki (x) > ranki (y)
∑
fi (x; y)
2
は x と y がペア対決したときの x を支持する有権者の総数を表
す. #I = n としたとき, x と y がペア対決したときの x を支持す
る有権者の割合 µ(x; y) は,
∑
fi (x; y)
i∈I
µ(x; y) =
n
である. よって, #X = m としたとき, 総当たりのペア対決にお
ける x を支持する有権者の割合 µ(x) は,
∑
µ(x; y)
µ(x) =
y∈X\{x}
m−1
で与えられる.
もし全有権者が x を 1 位に指名していたら, すべての i ∈ I に
ついて fi (x; y) = 1 であるから,
∑
1
µ(x) =
y∈X\{x}
m−1
= 1.
一方, もし全有権者が x を最下位に指名していたら, すべての i ∈ I
について fi (x; y) = 0 であるから,
∑
0
d(x) = d(x′ )
が成り立つ. つまり, ボルダ勝者は, 満場一致までの距離が
最も小さい選択肢である.
{
1
0
for all i ∈ I
i∈I
である. よって, x のボルダ得点 b(x) は,
n
n
∑
∑
b(x) =
(m − ranki (x) + 1) = mn −
ranki (x) + n
d(x) < d(y)
2
が得られた.
(3.7)
定理 3.9. ボルダ勝者 x とボルダ勝者以外の任意の選択肢
y について,
ranki (x′ ) − n = d(x′ )
i=1
であるので,
(3.6)
となって, (3.7) が証明された.
n
∑
ranki (x) ̸= ranki (y)
証明. i 番目の有権者が選択肢 x に与えるボルダ得点を bi (x) で表
すと,
i=1
n
∑
が成り立つ. したがって,
i=1
i=1
i=1
i=1
i=1
n
∑
ranki (x) > n(m + 1) −
が得られた.
一方, x, x′ がボルダ勝者とすると, b(x) = b(x′ ) であって, 上と
同様にして
n
n
∑
∑
ranki (x) =
ranki (x′ )
補題 3.8. 有権者の人数が n で, 選択肢の個数が m とする.
i = 1, 2, 3, . . . , n について, i 番目の有権者が選択肢 x に与
える順位を ranki (x) とする. ranki (x) は, 1 5 ranki (x) 5
m を満たす整数である. このとき, 次のことが成り立つ.
ranki (x),
n
∑
i=1
が成り立たなくてはならない. このとき, b(x) = 7 であるので,
b(x) 5 6 に矛盾する. よって, ボルダ得点の最下位は常にペア勝
者ではないため, ボルダ・ルールはペア勝者弱規準を満たす. 2
b(x) = n(m + 1) −
n(m + 1) −
d(x) =
もしくは
n
∑
証明. x はボルダ勝者, y はボルダ勝者ではないとすると, b(x) >
b(y) である. よって, (3.6) から
µ(x) =
y∈X\{x}
m−1
= 0.
したがって, µ(x) は満場一致の支持を測る尺度であると理解でき
るので, これを満場一致達成率と呼ぶことにする.
—9—
ところが, ボルダ勝者 a の不祥事が発覚し, もう一度投票すること
になった. 上の図表から a を取り除いた上で繰り上げたものが下
の図表である.
補題 3.11. 選択肢の集合を X, 有権者の集合を I とする.
m = 3, n = 2 を満たす整数 m, n に対して, #X = m,
#I = n としたとき,
b(x)
1
−
m−1
n(m − 1)
µ(x) =
3人
が成り立つ.
証明. まず,
µ(x) =
∑
1
n(m − 1)
i∈I
∑
2人
1 位 (3 点)
d
b
c
2 位 (2 点)
c
d
b
3 位 (1 点)
c
c
d
b(b) = 3 · 2 + ·2 + 1 · 3 = 13,
fi (x; y)
b(c) = 3 · 2 + 2 · 3 + 1 · 2 = 14,
y∈X\{x} i∈I
∑
1
=
n(m − 1)
である. ここで,
∑
2人
∑
b(d) = 3 · 3 + 2 · 2 + 1 · 2 = 15.
fi (x; y)
y∈X\{x}
fi (x; y) は, 有権者 i に着目したとき, 総
このとき, 最初の投票で最下位だった d が 2 回目の投票でボルダ
勝者になっている.
y∈X\{x}
当たりのペア対決における x の勝利数を表す. したがって, 有権
∑
者 i は, 下から
fi (x; y) + 1 番目に x をランキングしてい
y∈X\{x}
る. これが有権者 i の x に与えるボルダ得点 bi (x) に等しいので,
∑
fi (x; y) = bi (x) − 1
y̸=x
が成り立つ. したがって,
∑
1
{bi (x) − 1}
n(m − 1)
i∈I
∑
1
n
=
bi (x) −
n(m − 1)
n(m − 1)
f (x) =
単峰性が成り立てば中位ルールがベスト
4
2011 年の福島第一原子力発電所事故以降, 原子力発電の代替エ
ネルギーに注目が集まっています. そこで, 発電のエネルギーとし
て石炭, 天然ガス, 風力に限定し, どれを選ぶか考えることにしま
しょう. 選択肢は 3 つあるので, 順位の付け方は一般に 3! = 6 通
り存在します.
1 石炭なら価格は安いが環境に悪い, ⃝
2
しかし, 熟議の結果, ⃝
3 天然ガスは両者の中間で
風力なら価格は高いが環境にはよい, ⃝
あることがわかったとします. そこで, 価格と環境保護のトレード
オフで, どちらを優先させるかが論点であるという共通認識が得
られたとします.
i∈I
b(x)
1 .
=
−
m−1
n(m − 1)
石炭
2
定理 3.12. ボルダ勝者 x とボルダ勝者以外の任意の選択
肢 y について,
が成り立つ. 一方, ボルダ勝者 x, x′ について,
µ(x) = µ(x′ )
が成り立つ. つまり, ボルダ勝者は満場一致達成率が最も高
い選択肢である.
高
環境
悪
良
証明. x がボルダ勝者であれば, ボルダ勝者でない他の任意の選
択肢 y に対して b(x) > b(y) が成り立つ. したがって, 補題 3.11
より,
図表 4
合計 11 人
b(x)
b(y)
1
1
µ(x) =
>
= µ(y).
−
−
m−1
m−1
n(m − 1)
n(m − 1)
′
一方, x, x がボルダ勝者であれば, b(x) = b(x ) であるので, 上
と同様にして µ(x) = µ(x′ ) を示すことができる.
2
3人
2人
2人
1 位 (4 点)
a
b
c
2 位 (3 点)
d
a
b
3 位 (2 点)
c
d
a
4 位 (1 点)
b
c
d
b(a) = 4 · 3 + 3 · 2 + 2 · 2 = 22,
b(b) = 4 · 2 + 3 · 2 + 1 · 3 = 17,
b(c) = 4 · 2 + 2 · 3 + 1 · 2 = 16,
b(d) = 3 · 3 + 2 · 2 + 1 · 2 = 15.
I
4人
II
3人
III
2人
IV
2人
1位
石炭
天然ガス
天然ガス
風力
2位
天然ガス
石炭
風力
天然ガス
3位
風力
風力
石炭
石炭
この順位の付け方を図示すると, 次のようになります.
1位
3.13. 下記の例でのボルダ勝者は a である.
風力
石炭を 1 位に選ぶ人は価格重視, 風力を 1 位に選ぶ人は環境保
護重視で, 天然ガスを 1 位選ぶ人はそれらの折衷であると考えら
れます. このとき, 「1 位石炭, 2 位風力, 3 位天然ガス」という好
みの順序は, 組み合わせ上可能ですが, 価格と環境保護のトレード
オフの観点からは態度の一貫性を欠いています. 現実問題として
あまり典型的でない好みの順序を除外して考えると, 考えられる
順位の付け方は以下の 4 通りに絞り込むことができます.
µ(x) > µ(y)
′
天然ガス
価格
安
2位
パターン I
パターン IV
パターン II
3位
石炭
— 10 —
パターン III
天然ガス
風力
こうして図示してみると, すべての選択肢を一直線上に並べる
ことができるとき, 峰となるベストな点を中心にそこから遠ざか
るほど順位が落ちていく山形のグラフの形状になります. こうし
た順序付けを単峰的と呼びます.
さて, 11 人の有権者がいて, 好みの順序を図表 4 の通りであっ
たとします. このとき, 各有権者の 1 位の選択肢を一直線上に並
べてみましょう.
風力
風力
天然ガス
天然ガス
天然ガス
天然ガス
天然ガス
石炭
石炭
石炭
石炭
中位選択肢
このとき, ちょうど中央に位置する選択肢を中位選択肢と呼びま
す.(17) そして, 中位選択肢を選ぶ意志集約ルールを中位ルールと
呼びます.
全有権者の好みの順序が単峰的なとき, 中位ルールは必ずペア
勝者を選び取ることが知られています. これを中位投票者定理と
呼びます. 実際に, 総当り戦の対戦表をみてみると, 確かに「天然
ガス」がペア勝者になっています.
相手
自分
石炭
石炭
天然ガス
○
風力
×
天然ガス
風力
×
○
重して人々を対等に扱い, 平等性を志向します. つまり, 一般意志
とは, 人々の共存と相互尊重を志向する意志のことです.(18)
では, 意志の一般化をなぜ図らねばならないのでしょうか. そ
れは, 人間が多様だからです. 人間がもし一様ならば, 自分も他人
も同じなので, 意志を一般化してまで共通して必要とする社会基
盤が何かを探る必要性は乏しい. 自分と他者が異なるからこそ, そ
のような面倒な行為を各自がする必要があるのです. それは, 自分
の立場を離れるというよりは, むしろ自分の中を深く探って他者
との共通点を見つけ, それを尊重しようとする営みです. 社会契
約をなすためには, 自分だけではなく他者をも尊重する姿勢が不
可欠です. それは利他心というより, 節度ある利己心です. 「自分
だけ優遇しろ」という節度のない利己心が暴れると社会契約には
至れませんが, 「相手が権利を譲渡するなら, 自分も譲渡しよう」
という抑制の効いた利己心が相互に生まれたとき, 社会契約は可
能となります. 公的領域においては熟議的理性を働かせて意志を
一般化することをルソーは要請していますが, 意志を一般化する
作業は, 自分を放棄するわけでも離脱するわけでもなく, アイデン
ティティの選択であることがこの説明からわかることでしょう.
これを踏まえた上で, 『社会契約論』第 1 篇 第 6 章「社会契約
について」を鑑賞してみましょう. ここは, この著作の中でも特に
迫力に満ちた緊張感がみなぎるすばらしい表現が続く箇所なので,
全文を引用したいところですが, 紙幅の制限のためいくつかのフ
レーズをピックアップするに留めます.
これらの諸条項は, よく考えてみれば, すべてがただ
一つの条項に帰着する. すなわち, 各構成員は自分の持
つすべての権利とともに自分を共同体全体に完全に譲
渡することである. というのは, 第一に, 各人は自分の
いっさいを与えるのだから, すべての人にとって条件は
等しく, また, 条件がすべての人にとって等しいのだか
ら, だれも他人の負担を重くすることに関心を抱かない
からである.
(中略)
要するに, 各人はすべての人に自分を与えるから, だ
れにも自分を与えないことになる. そして, 各構成員は
自分に対する権利を他人に譲り渡すが, それと同じ権利
を他人から受け取らないような構成員はだれもいない
のだから, 人は失うすべてのものと等価のものを手に入
れ, また, 持っているものを保存するための力を〔結社
によって〕より多く手に入れるのである.
そこで, もし社会契約から, 本質的でないものを取り
除くなら, 次の言葉に帰着することがわかるだろう. わ
れわれのおのおのは, 身体とすべての能力を共同のもの
として, 一般意志の最高の指揮のもとに置く. それに応
じて, われわれは, 団体の中での各構成員を, 分割不可
○
×
ボルダ・ルールの最大の欠点は, 選択肢が多数のとき, すべての
選択肢の順位をつけるのが煩雑である点です. ところが, 熟議によ
りすべての選択肢を一直線上に並べることができれば, コンドル
セ・ヤングの最尤法に頼らずとも, 1 位の選択肢を表明するだけで
ペア勝者を選び取ることができるのです. したがって, 選択肢が出
揃った時点で, それらを一直線上に並べることができないかを話
し合い, もしそれができたら中位ルールを, もしそれができなけれ
ばボルダ・ルールを採用するやり方が, 争いのない決め方といえ
ることでしょう.
5
少数派が多数決の結果に従う正当性の根拠
5.1. 多数決に関連する最大の倫理的課題は, 「少数派が多数派の
意見になぜ従わなければならないのか」という点です. 「従わな
ければ罰せられるから」というのは服従する理由であって, 従う
べき義務の説明にはなっていません. 少数派が多数決の結果に従
う正当性の根拠をルソーに求めましょう.
ルソーが構想した社会契約において, 各人が契約する相手は, 神
でも主君でもなく, 自分自身を含んだ契約当事者たちで構成され
る分割不能な共同体であって, この共同体にすべての権利を委ねて
一つに束ねます. この共同体を人民と呼び, 束ねた権利のことを主
権と呼びます. 人民に主権は属するので, これを人民主権と呼びま
す. つまり, 人民とは, 社会契約により個々が溶け合った一つの分
割不能な主体であり, 一人ひとりの構成員のことではありません.
人間は, 生まれも育ちも異なれば, 物理的な諸機能もそれぞれ
違っています. しかし, 同じ社会契約をするという点で彼らは等し
く, それゆえ社会で生きていく上で等しい権利を持つのです. つま
り, 人々の間で社会契約は完全に対等です. そして, 人民を正当に
運営する上で基づくべき共通の利益が一般意志です. 一般意志と
は, 自己利益の追求に何が必要であるかをひとまず脇に置いて, 自
分を含む多様な人間が共通して必要とするものは何かを問い, 意
志を一般化したものです. 一般意志は, 熟議的理性を働かせ「私」
の次元から「公」の次元へと思考を移し, 人間に共通の必要を尊
能な全体の部分として受け入れる.(19) (強調原文)
5.2. ところで, 『社会契約論』においてルソーは, 数理的な定式
化を試みています. その代表的な記述が次のものです.
政府のなかには, さまざまな中間的な力があり, その
諸関係が, 全体と全体との関係, すなわち主権者と国家
との関係を形づくっている. この後者の関係は, 連比の
両外項の関係としてあらわすことができ, その比例中項
(18) ここで, 「一般意志」という訳語について検討してみましょう. 「一般
意志」は volonté générale というフランス語を翻訳したものです. volonté
が「意志」に相当します. 日本語の「意志」は, はっきりとした目的を実
現しようとする極めて強い考えを含意します. 他方で, volonté はどうで
しょうか. この名詞は動詞 vouloir と同じ語源から派生しています. そし
て, この vouloir は, 日本語の「意志」とは打って変わって,
Vous voulez encore du café? — Je veux bien, merci.
(「コーヒーをもう少しいかがですか」「ありがとう, いただきます」)
といった具合に, 日常的に用いられる基礎語彙です. したがって, 一般意
志の形成には各個人が高尚な考えに突き動かされる必要は必ずしもなく,
「一般意志」といった固い言葉ではなく, 「みんなの平均的な望み」といっ
(17) 有権者数が偶数のときは中位選択肢が 2 つ存在することがあります
た程度に理解するとよいでしょう.
(19) Rousseau (1762, 第 1 篇 第 6 章, 邦訳 pp. 28–29).
が, その際はくじ引き等でどちらか一方を選びとるものとします.
— 11 —
5.3. 人間の理性による判断は常に正しいとは限りませんが, 情報
開示が適切になされており, 偏見や思い込みではなく自分の理性
を働かせて判断するとき, 表と裏が半々の確率で出るコイントス
で決めるよりも, 人間の理性による判断のほうが優れていると考
えても異論はないことでしょう. そこで, 人間の理性による判断が
正しい確率を p としたとき,
が政府である.(20)
この文意を解説すると, 前段において
政府は不当にも主権者と混同されているが, じつはそ
の代行機関にすぎない.
それでは, 政府とはなんであるか. それは, 臣民と主
権者とのあいだに, 相互の連絡のために設けられ, 法の
執行と社会的および政治的自由の維持とを任務とする
中間団体である.(21)
1 <p<1
2
と述べていて, これを踏まえると, 人民と主権者との間で力関係を調
整するのが政府だから, 人民対政府の比率と政府対主権者の比率をで
きるだけ等しくすべきだとルソーは主張しています.(22) これは, 主
権者 (souverain) を S, 国家 (état)(23) を E, 政府 (gouvernement)
を G としたとき,
S : G = G : E,
すなわち
G2 = SE
を意味しています. さらに, E を固定して考えて E = 1 とすれば,
√
G2 = S,
すなわち
G= S
を仮定します. これを判断の合理性と呼びます. 議論を簡単にす
るため, 確率 p は各有権者で共通の値とします.(27)
一方, 有権者は, その場の雰囲気に流されて投票先を決めたり,
勝ち馬に乗ることはなく, 自分の頭で考えて判断すると仮定しま
す. これを判断の独立性と呼びます.(28)
簡単のため, p = 0.6 とし, 有権者は 3 人とします. このとき, 多
数決の結果が正しくなる確率を求めてみましょう. 3 人の有権者
A, B, C の判断の正誤のパターンをまとめたものが次の表です.
事象 (A, B, C)
この事象が起こる確率
1 (正, 正, 正)
⃝
2 (正, 正, 誤)
⃝
3 (正, 誤, 正)
⃝
が導かれます. 例えば, 先般の参院選における有権者数 1 億 660
万 401 人に対し, 日本政府の規模はその平方根である 1 万 325 人
が相応であるとこの数式は示唆しています. しかし, ルソー自身も
この理論をあざわらい, その比例中項なるものを見い
だして政府という団体を形成するには, 君によれば, 人
民の数の平方根を出しさえすればよいわけだね, などと
言う人があったとすれば, 私は次のように答えるだろう.
私はここで人民の数をほんの一例として挙げたにすぎ
ない. 私の言うもろもろの比は, 人間の数だけで計られ
るのではなくて, 一般には, 無数の原因によって組み合
0.6
多数決の結果
3
正
0.62 × (1 − 0.6)
正
0.6 × (1 − 0.6)
正
4 (誤, 正, 正)
⃝
5 (正, 誤, 誤)
⃝
6 (誤, 正, 誤)
⃝
0.62 × (1 − 0.6)
正
0.6 × (1 − 0.6)
2
誤
0.6 × (1 − 0.6)2
誤
7 (誤, 誤, 正)
⃝
8 (誤, 誤, 誤)
⃝
0.6 × (1 − 0.6)
誤
2
2
(1 − 0.6)3
誤
1 ∼⃝
4 であり, その確率は
多数決の結果が正しいのは ⃝
わされている作用の分量によって計られる.(24)
と認めているように, この数式は直感的なものに過ぎません. ル
ソーの数式の現実妥当性には立ち入らず, 数理的に定式化できる
とルソーが考えていた点をここでは強調するに留めます.
一般意志に合致する選択肢の探索手段として, ルソーは多数決
を考えていました. その考えを引き継いだコンドルセは, 正しい可
能性が高い選択肢を見つける手段を数学的に展開しました. コン
ドルセがルソー的な意志集約を念頭に置いていたことを示すのが
次のものです.
これは私自身ではなく, 全員にとっての問いなのだ.
つまり私は, 私だけにとってよいと思うものを選ぶべき
ではない. 自分だけの利益から抜け出た上で, 何が理性
と真理に適合するかを選ばねばならない.(25)
これは, ルソーによる次の文章の類似と考えられます.
ある法が人民の集会に提案されるとき, 人民に問われ
ていることは, 正確には, 彼らが提案を承認するか拒絶
するかということではなくて, それが人民の意志たる一
般意志に合致しているかいないか, ということなのであ
0.63 + 3 × {0.62 × (1 − 0.6)} = 0.648
です. これは, 一個人が正しい判断をする確率 p = 0.6 よりも高
い. つまり, 判断の合理性と独立性を仮定すれば, 1 人で判断する
よりも 3 人で判断するほうが正しい確率が高いということです.
これが, 「三人寄れば文殊の知恵」の数学的証明です.(29) しかし,
p = 0.6 のとき, 3 人程度では「文殊の知恵」とは言い難く, 多数
決の結果が正しい確率は 0.648 − 0.6 = 0.048 しか高まりません.
そこで, 0.9 の確率 (90%の確率) で正しい判断ができる人を文
殊と定義して, 何人集まれば文殊より正しい判断ができるのかを
考えてみます. 各有権者が正しい判断をする確率を一律 p = 0.6
としたとき, 有権者 n 人による多数決の結果が正しい確率 (これを
「正確率」と略記) をまとめたものが次の表です. その確率は, 有
権者の人数が増えるにつれて急速に大きくなって, 17 人で 80%を
超し, 41 人で 90%を超します. つまり, p = 0.6 のとき, 41 人寄れ
ば文殊の知恵となります.
n人
る.(26)
1, 2
3, 4
5, 6
7, 8
9, 10 11, 12 13, 14
正確率 60.0% 64.8% 68.3% 71.0% 73.3% 75.3% 77.1%
これに限らず, ルソーの『社会契約論』を明らかに意識した文
章を, コンドルセはいくつも書いています. 投票に関して研究した
コンドルセの思想的源流は, ルソーにあると判断しても差し支え
ないでしょう.
コンドルセの問題意識にあったのは, 多数決の判断が正しい確
率はどれほどかという点です. まずはコンドルセの理論を紹介し,
それを踏まえてルソーの一般意志について再考します.
n人
15, 16 17, 18 19, 20 21, 22 23, 24 25, 26 27, 28
正確率 78.7% 80.1% 81.4% 82.6% 83.7% 84.6% 85.5%
n人
29, 30 31, 32 33, 34 35, 36 37, 38 39, 40 41, 42
正確率 86.4% 87.2% 87.9% 88.6% 89.2% 89.8% 90.3%
(20) Rousseau
(1762, 第 3 篇 第 1 章, 邦訳 p. 89).
(1762, 第 3 篇 第 1 章, 邦訳 p. 88).
(22) 主権と政府を区別するこのルソーの言説は, 後のフランス革命を準備
しました.
(23) あるいは人民, すなわち主権者であると共に臣民である市民の全体.
(24) Rousseau (1762, 第 3 篇 第 1 章, 邦訳 p. 92).
(25) Condorcet (1785, pp. cvi–cvii).
(26) Rousseau (1762, 第 4 篇 第 2 章, 邦訳 p. 163).
(21) Rousseau
Nitzan (2010, §11) を参照.
この仮定の現実的な妥当性は必ずしも定かではありません.
また, 国会で法案を審議する際に党議拘束があると, 法律の制定に関する
国会の多数決を, これから述べる陪審定理から正当化することはできませ
ん.
(29) 一般の場合の厳密な証明は, 定理 5.10 で与えます.
(27) 各有権者で確率が異なる場合については,
(28) ただし,
— 12 —
同様に, p = 0.7, p = 0.8 のときも計算してみると, p = 0.7 の
ときは 9 人寄れば文殊の知恵, p = 0.8 のときは 5 人寄れば文殊の
知恵となって, 文殊となるために必要な人数が急速に減っていき
ます. 逆に, 「三人寄れば文殊の知恵」が成り立つために必要な判
断力は, p = 0.805 (80.5%) です.
一般に, 有権者の数を無限に増やしていくと, p > 0.5 である限
り, 多数決の結果が正しい確率は 100%に限りなく近づいていくこ
とが証明できます. これをコンドルセの陪審定理と呼びます.(30)
一見すると陪審定理は驚くべき結果ですが, そのトリックを直
感的に理解することができます. 有権者が 3 人のとき, 多数決の結
果が正しいためには, そのうち 2 人が正しいければ充分です. 割
合としては, 3 人のうち 1 人, つまり約 33%程度の有権者が間違え
てもよいのです. 次に, 有権者が 5 人なら, そのうち 3 人が正しけ
れば, 多数決の結果は正しくなります. つまり, 全体の 40%までの
有権者が間違えてもよいのです. この傾向は, 有権者の数を増やす
とさらに強まります. 有権者数を 101 人とすると, そのうち 50 人
が間違えても多数決の結果は正しくなります. つまり, 半数近くの
有権者が間違えても差し障りないのです. とにかく半数プラス 1
人の有権者さえ正しければ, 多数決の結果は正しくなるからです.
そして, 有権者の数が増えるにつれて, 正しい判断をする者の割合
が p に近づいていきます. そして, p は 0.5 より大きので, 正しい
判断をする者の割合が 50%を超えて, 多数決の判断が正しい確率
が 100%に限りになく近づくのです.
5.4. 陪審定理が成り立つためには, 判断の合理性と独立性が本質
的に重要でした. これらを満たしていれば, 定理 5.9 により, n 人
の有権者がいるとき, 多数決で正しい判断ができる確率は, n が増
大するにつれ 1 に収束します. つまり, 多数決で正しい判断ができ
る確率は 100%となるのです. しかし, 現実には有権者数は有限な
ので, 正確率は 100%には至りません. つまり, 極限値の 100%は,
いわば理論値です.
ここで, 話題を再びルソーに戻しましょう. 社会契約において,
皆が持つ権利を一つに束ねて主権と呼んだのでした. 主権の役割
は, 自分たちを治める規則, つまり法を一般意志に基づき制定する
ことです. 法の制定は本来, 次のような行為です. ある法案が一般
意志に適うか否かについて, 熟議的理性を働かせて各自が辿り着
いた判断を人民の集会の場で投票で表明します. そうした多数決
により, 一般意志への適否を判定します. そして, ルソーは, 多数
決の結果に関して
私の意見と反対の意見が勝つ場合には, それは, 私が
思い違いをしていたこと, 私が一般意志だと思っていた
ものがじつはそうではなかったということを, 証明して
いるにすぎない.(31)
と論じています.
しばしばなされる誤解ですが, この部分だけを見て全体主義の
思想統制のように捉えるのは浅はかです. 「一般意志はつねに正
しく, つねに公共の利益に向かう」とルソーは述べています.(32)
したがって, 人民の総意である一般意志は, 世論とは一線を画しま
す. そこで, その 100%正しい一般意志とは, 陪審定理における極
限値であると主張するのがこれからの目論見です. つまり, 一般意
志は, そうした集合的で確率的な存在だとする仮説です.(33)
議論に先立って, 陪審定理によって一般意志を正当化するため
に 2 つの倫理的制約を課します.
(1) 投票の対象となるのは, 事実の認定のみを判定する陪審であ
るか, 公共に資する提案を認めるか否かを問う投票に限りま
す. これを対象の公共性と呼ぶ. 例えば, 立法や政治の場で
法案の賛否を表明する多数決は, 私たちに必要か否かを公共
的に問う「共通善」に関するものであるから, 対象の公共性
を満たします. 一方, 人々の利害対立が激しく, 意志が一般化
できない対象は , 対象の公共性を満たしません.
(30) 厳密な証明は,
定理 5.9 で与えます.
(1762, 第 4 篇 第 2 章, 邦訳 p. 163).
(32) Rousseau (1762, 第 2 篇 第 3 章, 邦訳 p. 46).
(33) この構想を最初に抱いたのは, Grofaman and Feld (1988) ですが,
これから述べることは彼らの主張とは必ずしも一致しません.
(31) Rousseau
(2) 自分だけに関わる私的な利益ではなく, 自分が関わる公的な
利益に基いて熟慮して判断することを要請します. これを判
断の公共性と呼びます. これは, そもそも一般意志の前提条
件でした.
安部公房の短編小説『闖入者』は, 一人暮らしの主人公のアパー
トの部屋に 9 人の見知らぬ家族が押しかけ, その部屋は自分たち
のものだと主張し, 多数決の大義名分の下で部屋を乗っ取ってし
まう話です. つまり, 多数決を暴力の合理化に利用したのです.
これは小説に限った話ではありません. 現実にも起きているの
です. 2002 年の国連安全保障理事会で, 無条件かつ無制限の大量
破壊兵器の査察をイラクに求める国連安保理決議 1441 が, 15 カ
国の満場一致で採択されました. 翌年の米英によるイラク侵攻は,
その決議への違反を理由としたものです.
私的利害に基づき投票するならば, 投票結果は数の暴力を背景
に遂行されるわけだから, このときの多数決は利害調整の手段で
はなく, 多数派による専制となります. 多数決と暴力との間に違い
を見つけるのは, 意外と難しいものです.
多数決を「フェアなルール」と考える人は案外多いかもしれま
せん. 「今日は僕が勝ったから, 君が従ってくれ. 明日は君が勝
つかもしれないが, そのときは僕が従う」という約束は, 等しい条
件の下で互いに勝負してこそ初めて公正な競争ルールといえるで
しょう. ところが, 少数民族や性的マイノリティは, いつまでも少
数でしょうから, 等しい条件の下での勝負にはなりません. 「明日
は君が勝つかもしれないが, 明日も君が負けるのが確実」であれ
ば, 多数派のターンがいつまでも続く専制となります. 一般意志
は, 差別や偏見を許容しません. 少数民族の排除や性的マイノリ
ティへの抑圧を多数決で決めてはなりません.(34)
5.5. さて, 陪審定理の成立に必要だった判断の合理性と独立性に
相当することをルソーも述べています.
人民が十分な情報をもって討議するとき, もし, 市民
相互があらかじめなんの打ち合わせもしていなければ,
〔一般意志との〕わずかな差が多く集まって, その結果
常に一般意志が生み出されるから, その結果はつねによ
いものであろう.
(中略)
一般意志が十分に表明されるためには, 国家の中に部分
社会が存在せず, おのおのの市民が自分だけに従って意
見を述べることが必要である.(35)
このうち, 「人民が十分な情報をもって討議する」は, 判断の合
理性を含意すると考えて差し支えないでしょう. 「おのおのの市
民が自分だけに従って意見を述べる」は, 判断の独立性に言及し
ています. 問題は, 「もし, 市民相互があらかじめなんの打ち合わ
せもしていなければ」という点です. 原文では,
Si (. . .) les citoyens n’avaient aucune communication entre eux
となっています. そして, これを直訳すると, 「市民が互いにいか
なるコミュニケーションも取らなければ」, すなわち, 一般意志を
導き出すためには, 市民は意見交換しないほうがよいとルソーは
主張しています. ところが, 一方で「人民が充分な情報をもって討
議するとき」と述べていて, そのままつなげると「コミュニケー
ションなしの討議」となって意味が通らなくなります. この点は
他の翻訳も同様で, 例えば桑原武夫と前川貞治郎が訳した岩波文
庫版 (p. 47) では,
(34) 社会的分断がなされ, 多数派の暴走により少数派が抑圧された一つの
事例として, ルワンダ大量虐殺を挙げます. 1930 年代当時ベルギーの植民
地だったルワンダで, 統治の都合上, すべてのルワンダ人をフツ族 (85%),
ツチ族 (14%), トゥワ族 (1%) に公式に区分し, それぞれに民族 ID カー
ドを発行し, ルワンダ国民は社会的に分断されました. しばらくはツチ族
が優遇されますが, 1959 年の革命により権力を握ったフツ至上主義政党
が, 逆にツチ族を迫害し始めました. そして, 1994 年の春から初夏に至る
約 100 日間に, 国民の一割に相当する 80 万人から 100 万人が犠牲となる
大虐殺が起きました. 1961 年に君主制が廃止されたルワンダは, 形式的に
は民主主義国家となりました. しかし, その実態は, 民主主義でも何でも
なく, 多数派主義に他なりません.
(35) Rousseau (1762, 第 2 篇 第 3 章, 邦訳 pp. 47–48).
— 13 —
人民が十分に情報をもって審議するとき, もし市民が
お互いに意志を少しも伝えあわないなら〔徒党をくむな
どのことがなければ〕, わずかの相違がたくさん集まっ
て, つねに一般意志が結果し, その決議はつねによいも
のであるだろう.
となります. もし誤差の和が 0 に近ければ, この予想値 V は真の
値 V に近くなります. 一般に, 誤差が平均して 0 で, それぞれの誤
となっていて, 「徒党をくむなどのことがなければ」という原文
にない訳者の創作が加わってはいるものの, 「市民がお互いに意
志を少しも伝えあわない審議」という矛盾が翻訳上で既に表出し
ています.
この混乱の原因を突き止めるべく, 原文の全体を参照しましょう.
差が独立していると仮定すると, 誤差の平均は 0 となります.(39)
したがって, 誤差が平均して 0 で互いに独立していると仮定する
と, 人数が充分に多ければ誤差は必ず打ち消し合い, 全体意志 V
は一般意志 V に一致します. これは, まさに陪審定理の結論その
ものではないでしょうか.
ここで, 改めて当該箇所の作田啓一訳を再掲してみましょう.
人民が十分な情報をもって討議するとき, もし, 市民
相互が<どれに投票するかについて>あらかじめなん
の打ち合わせもしていなければ, 〔一般意志との〕わず
かな差が多く集まって, その結果常に一般意志が生み出
されるから, その結果はつねによいものであろう.
Si, quand le peuple suffisamment informé
délibére, les citoyens n’avaient aucune communication entre eux
この文に登場する動詞 délibérer の名詞形 délibération は, 「討
議/審議/熟議」の意味の他に「熟慮」をも意味します. 「熟議」と
「熟慮」の字面は似ていますが, 「熟議」は複数人の討議を必要と
する一方, 「熟慮」は一人でも可能であるので, 「熟議」か「熟慮」
かで日本語の印象はかなり異なります. そのため, 翻訳上の混乱
を招いたと考えます. 「人民が熟慮し, 市民が相互にコミュニケー
ションをしなければ」とすれば矛盾は生じません. ところが, 一般
意志の成立過程において, 市民間の討議や意見調整の必要性を認
めないというのはあまりにも強い仮定です.
そもそも陪審定理で必要としている判断の独立性の仮定は, 大
数の弱法則 (補題 5.8) からの要請で, ベルヌーイ分布から標本が
統計的に独立に観測されたとするものです.(36) したがって, 判断
の独立性の仮定は, 投票前に議論したり, 意見交換することを否定
するものではありません. 情報収集をして多面的な見識を深める
ことは確率 p を上昇させ, 判断の合理性に資する働きを持ちます.
その上で, 最終的には自分の頭で熟慮して投票することを判断の独
立性は求めているに過ぎません. そこで, ここではルソーが想定し
た「コミュニケーションがなければ」の仮定を不必要に強い仮定
だと判断し, この部分を判断の独立性に置き換えることにします.
次に, 陪審定理の結論部分を考察します. それは, 極限操作の結
果が 1 になるというものでした. 一般意志がそうした極限操作の
結果であることをルソーが仄めかしている文章が次のものです.
ただし, 判断の合理性を仮定していることを強調させるため, 「ど
れに投票するかについて」の部分は私が勝手に付け足しました.
これまでの読解を踏まえてこの訳文を改めて読み返すと, ルソー
の強すぎる仮定をマイルドに改変し, 陪審定理を言葉で表現した
文章にみえてこないでしょうか. 「作田啓一は, 陪審定理を意識し
て原文を改変して訳した」というのが私の見立てです. ところが,
作田氏は今年の 3 月 15 日に鬼籍に入られたため, 今となってはこ
の予想の真偽を確かめようがありません.
5.6. では, 陪審定理の証明を与えます. 正確率 p はすべての有権
者で共通とし, p > 0.5 を仮定します. 有権者 i に対し, 確率 p で 1
の値をとり, 確率 1 − p で 0 の値をとる確率変数を Xi とします.
つまり, Xi = 1 なら i は正しい判断ができており, Xi = 0 ならそ
れができなかったことを意味します. このとき, 平均 E(Xi ) は,
E(Xi ) = 1 × p + 0 × 1 − p = p
です. このベルヌーイ分布から独立に観測された標本 X1 , X2 , . . .,
Xn の平均を
X + X2 + · · · + Xn
Xn = 1
n
全体意志と一般意志とのあいだには, しばしばかなり
相違がある. 後者は共同の利益だけを考慮する. 前者は
私的な利益にかかわるものであり, 特殊意志の総和にす
ぎない. しかし, これらの特殊意志から, 〔一般意志との
で表します. Xn は, 二項分布に従う確率変数です. ここで, n を
有権者数と解釈すれば, Xn は, 「n 人の中で正しい判断ができた
者の割合」を意味します. n 人の有権者がいるとき, 多数決で正し
い判断ができる確率を
(
)
P Xn > 1
2
距離である〕過不足分を相殺させて引き去ると(37) , 差
で表します.
の総計が残るが, これが一般意志である.(38)
全体意志は特殊意志の単純な和に過ぎません. しかし, その単
純な和から誤差を相殺して除いた上で残る差異の和こそが一般意
志だとルソーは主張しています.
話をわかりやすくするために, 3 人の有権者がいて, i 番目の人
の誤差を Ei で表すことにします. Ei はプラスの値かもしれない
し, マイナスの値かもしれません. Ei = 0 なら, 誤差はないとい
うことです. いま真の値を V としたとき, V + Ei は i 番目の人の
特殊意志とみなせます. すべての有権者についてこれを足し合わ
せた平均 V は,
補題 5.7. n 人の有権者のうち, r 人が正しい判断をしてい
る確率は,
( n
)
∑
P
Xk = r = nCr pr (1 − p)n−r .
k=1
である.
証明. n 回の反復試行で正しい判断が r 回起こる確率は,
nCr p
(V + E1 ) + (V + E2 ) + (V + E3 )
3
E1 + E2 + E3
=V +
3
V =
(36) 補題
r
(1 − p)n−r
であるから.
5.8 で述べた, チェビシェフの不等式を用いた大数の弱法則の証
明をよく検討すれば, 分散の和が和の分散に分解できる性質だけを使って
上界を与えているため, 確率変数率の独立性を仮定しなくても無相関性を
仮定するだけで充分です. したがって, 判断の独立性すら必要でなく, 各
有権者の判断が互いに無相関であるとだけ仮定すれば, 最小限の仮定の下
で陪審定理を証明できると考えます.
(37) “ôtez (. . .) les plus et les moins qui s’entre-détruisent” 「相殺し
合うプラスとマイナスを取り除くと」
(38) Rousseau (1762, 第 2 篇 第 3 章, 邦訳 pp. 47–48).
2
補題 5.8. (大数の弱法則) 平均 µ と分散 σ 2 の同一分布に
従い, 互いに独立な確率変数 X1 , X2 , . . . , Xn と任意の正
の数 ε に対して,
(
)
X1 + X2 + · · · + Xn
−µ =ε =0
lim P
n→∞
n
が成り立つ.
(39) 例えば, サイコロを何度も振るにつれて, 各面が出る確率は 1/6 に近
づいていきます.
— 14 —
証明. Sn = X1 + X2 + · · · + Xn とおくと, チェビシェフの不等
式によって
(
)
)
(
)
(
1 S −E 1 S
P
= ε 5 12 V 1 Sn
(5.1)
n
n
n
n
n
ε
である. ここで,
(
E
)
1 S = 1 E (S ) = 1 E
n
n
n
n
n
(
n
∑
= 1
E (Xk ) = 1
n
n
n
∑
)
k=1
が成り立つ. つまり, 一個人の判断よりも多数決の判断のほ
うが正しい確率が高い.
Xk
k=1
n
∑
定理 5.10. n 人の有権者がいるとする (ただし, n = 3). こ
のとき, 判断の合理性と独立性が満たされていれば,
(
)

1

(n が奇数のとき)
p < P Xn > 2
(
)
(
)

p < P Xn > 1 + 1 P Xn = 1
(n が偶数のとき)
2
2
2
µ
証明.
k=1
n
(
)
(
)
∑
P (S = k)
P Xn > 1 = P S = n + 1 =
2
2
n+1
= 1 · nµ = µ
n
であって, {Xk } が互いに独立であるから
(
V
)
1 S = 1 V (S ) = 1 V
n
n
n
n2
n2
k= 2
(
n
∑
= 12
V (Xk ) = 12
n k=1
n
n
∑
)
np = n
Xk
k=1
n
∑
n
∑
n
n
∑
∑
E(Xk ) = nE(
Xk ) = E(S) =
kP (S = k)
k=1
k=1
(1) n が奇数のとき.
(
)
p < P Xn > 1
2
(
)
⇐⇒ p < P S = n + 1
2
n
∑
⇐⇒ p <
P (S = k)
σ2
k=1
2
= 12 · nσ 2 = σ
n
n
である. よって, (5.1) は
(
)
1 S − µ = ε 5 σ2
P
n
n
ε2 n
n
∑
⇐⇒ np < n
P (S = k)
k= n+1
2
2
⇐⇒
n
∑
kP (S = k) < n
定理 5.9. n 人の有権者がいるとき, 多数決で正しい判断が
(
)
できる確率 P Xn > 1 は, n が増大するにつれ 1 に収
2
束する. つまり,
)
(
lim P Xn > 1 = 1.
n→∞
2
n−1
⇐⇒
⇐⇒
2
∑
kP (S = k) <
n→∞
lim P
n→∞
n
∑
k= n+1
2
n−1
2
∑
2
∑
P (S = k)
(n − k)P (S = k)
k=0
n−1
kP (S = k) <
k=0
証明. 大数の弱法則 (補題 5.8) より, 任意の正の数 ε に対して,
(
)
lim P Xn − p = ε = 0,
n
∑
k= n+1
2
k=0
(
(5.2)
k= n+1
2
となる. したがって,
(
)
1 S − µ = ε 5 lim σ 2 = 0.
lim P
n
n→∞
n→∞ ε2 n
n
すなわち
k=0
ℓP (S = n − ℓ)
ℓ=0
(ℓ = n − k)
n−1
2
n−1
2
⇐⇒
∑
k · nCk pk (1 − p)n−k <
k=0
)
∑
k · nCn−k pn−k (1 − p)k
k=0
n−1
2
Xn − p < ε = 1
⇐⇒
が成り立つ. 絶対値を外して,
(
)
lim P p − ε < Xn < p + ε = 1.
∑
k · nCk pk (1 − p)k · (1 − p)n−2k
::::::::::
k=0
n−1
2
n→∞
<
以後, 1 < p − ε と p + ε 5 1 のどちらも満たす ε を 1 つ固定
2
して考える.
範囲が狭くなると確率は小さくなるので,
(
)
(
)
1 = P Xn > 1 = P p − ε < Xn < p + ε .
2
これらの極限値をとると,
(
)
(
)
1 = lim P Xn > 1 = lim P p − ε < Xn < p + ε = 1.
n→∞
n→∞
2
(
)
したがって, lim P Xn > 1 = 1 が成り立つ.
2
n→∞
2
— 15 —
∑
k=0
k · nCk pk (1 − p)k · pn−2k
:::::
(5.3)
n−1 の
ここで, 1 < p < 1 より 1 − p < p であって, k 5
2
2
とき 1 5 n − 2k であるので,
)
(
(1 − p)n−2k < pn−2k
05k 5 n−1
2
が成り立つ. したがって, (5.3) が正しいので, (5.2) が証明さ
れた.
(2) n が偶数のとき.
)
)
(
(
p < P Xn > 1 + 1 P Xn = 1
2
2
2
)
(
(
⇐⇒ p < P S = n + 2 + 1 P S =
2
2
n
(
∑
1
⇐⇒ p <
P (S = k) + P S =
2
n+2
6.2. チーム「隣り合わせの廃と青春」のリーダーであるクリサエ
トスは, チームメイトのイギーを大切に想っているが, 一方で過激
(5.4)
なロリコン漫画を愛好しているイギーを苦々しく思っていた. イ
)
ギーもクリサエトスも相手のことを互いに思い遣っているが, 両
n
2
者は次のような思惑を交錯させている.
)
まずイギーは, 「このロリコン漫画をクリサエトスにもぜひ読
n
んでもらって, 一緒に作品考察をして語り合いたい」と思ってい
2
k= 2
る. 一方のクリサエトスは, 「イギーからロリコン漫画を取り上げ
n
(
)
て, チーム活動に集中してもらいたい」と思っている.
∑
⇐⇒ np < n
P (S = k) + n P S = n
では, このロリコン漫画をどのように扱えばよいか. 次の 3 つ
2
2
k= n+2
の選択肢について考察する.(41)
2
n
n
(
)
∑
∑
<イギ>: ロリコン漫画をイギーが所有する.
⇐⇒
kP (S = k) < n
P (S = k) + n P S = n
<クリ>: ロリコン漫画をクリサエトスが所有する.
2
2
k=0
k= n+2
<破棄>: ロリコン漫画を破棄する.
2
n−2
⇐⇒
⇐⇒
2
∑
n
∑
kP (S = k) <
k=0
k= n+2
2
n−2
2
∑
2
∑
なお, これらの選択肢は, いずれもロリコン漫画の最終的な所在を
表したものだ. 例えば, 「クリサエトスがロリコン漫画を所持し,
後でそれを捨てる」というのは, <破棄>に当たる.
この 3 つの選択肢に対して, イギーとクリサエトスは次のよう
な順序をつけている.
(n − k)P (S = k)
n−2
kP (S = k) <
k=0
ℓP (S = n − ℓ)
ℓ=0
イギー クリサエトス
(ℓ = n − k)
n−2
⇐⇒
2
∑
n−2
k · nCk pk (1 − p)n−k <
k=0
2
∑
k · nCn−k pn−k (1 − p)k
k=0
n−2
2
⇐⇒
∑
k · nCk pk (1 − p)k · (1 − p)n−2k
::::::::::
k=0
n−2
<
2
∑
k · nCk pk (1 − p)k · pn−2k
k=0
:::::
(5.5)
n−2 の
ここで, 1 < p < 1 より 1 − p < p であって, k 5
2
2
とき 2 5 n − 2k であるので,
)
(
(1 − p)n−2k < pn−2k
05k 5 n−1
2
が成り立つ. したがって, (5.5) が正しいので, (5.4) が証明さ
れた.
2
6
個人の自由と満場一致の原則は時に対立する
6.1. 国家や社会による個人の自由への干渉は, どこまで許容され
得るか. これは, 自由をめぐる古典的な問いかけだ. J. S. ミルは,
この問いへの答えとして危害原理を提唱した.
危害原理における「危害」とは実害であって, 「ある人の行為
が他者に不快感を与えようとも, それが実害を及ぼさなければ禁
じてはならない」ことを意味している.
さて, 1998 年にアジア人初のノーベル経済学賞を受賞した A. セ
ンは, 満場一致の尊重が個人の自由の尊重と対立することを自由
主義のパラドックスと称して初めて考察の俎上に載せた. チーム
「隣り合わせの廃と青春」を舞台にして, 自由主義のパラドックス
を見ていこう.
(1859, 邦訳 pp. 26–27).
<クリ>
<破棄>
2位
<イギ>
<クリ>
3位
<破棄>
<イギ>
イギーにとって<破棄>は最悪だ. 聖典 (ロリコン漫画) を捨て
る奴は, 不届き千万で打ち首獄門の刑に処すと考えている. では,
自分が所有するのが最良かというと, そうでもない. 既に何百回と
読んでいるので, 目を瞑ればすべての台詞とコマ割りを完全再現
できるようになってしまっている. 独りで楽しむことに飽きたイ
ギーは, 一緒にコミケに行くなどして萌え萌えキュンキュンでき
る仲間が欲しいと考え, 敬愛するリーダーのクリサエトスを洗脳
しようと画策している. したがって, イギーの順序は<クリ> ≻
<イギ> ≻ <破棄>となる.
一方のクリサエトスは, 「ロリコン漫画なんて気持ちが悪い」と
思っており, <破棄>が最良の選択肢である. 最悪なのが, ロリコ
ン漫画を読みながらニタニタと笑みを浮かべているイギーの姿を
見ることだ. ロリコン漫画がこの世に存在することすら許せない
と思っているクリサエトスだが, イギーが持つことでチームの風
紀が乱れるくらいなら, ロリコン漫画を取り上げて自分が所持す
るほうがましだと考えている. したがって, クリサエトスの順序は
<破棄> ≻ <クリ> ≻ <イギ>となる.
では, 他の事情はすべて無視できるとして, イギーとクリサエト
スのどちらがロリコン漫画を所持すべきだろうか. あるいは, それ
は破棄すべきだろうか. ペアごとの一騎打ちで競わせよう.
(1) <イギ>と<破棄>との比較.
イギーの自由を尊重.
イギーにとってロリコン漫画は聖典であり, これを破棄され
るのは身を引き裂かれる思いである. 一方のクリサエトスは,
ロリコン漫画を読むイギーを不快に感じるが, それはクリサ
エトスに危害を加えるものでもない. 危害原理を優先するな
ら, <破棄>は, イギーの自由を不当に侵害するものだ. した
がって, <破棄>は選ばれるべきではなく, 社会全体の順序
としては, <イギ> ≻ <破棄>となる.
ある行動を強制するか, ある行動を控えるよう強制す
るとき, 本人にとってよいことだから, 本人が幸福にな
れるから, さらには, 強制する側からみてそれが賢明だ
から, 正しいことだからという点は正当な理由にならな
い. これらの点は, 忠告するか, 理を説くか, 説得する
か, 懇願する理由にはなるが, 強制する理由にはならな
いし, 応じなかった場合に処罰を与える理由にはならな
い. 強制や処罰が正当だといえるには, 抑止しようとし
ている行動が誰か他人に危害を与えるものだといえな
ければならない.(40)
(40) Mill
1位
(2) <クリ>と<破棄>との比較.
クリサエトスの自由を尊重.
クリサエトスにとって, ロリコン漫画は唾棄すべきもの. ク
リサエトスがロリコン漫画を所有しようが破棄しようが, イ
ギーが口を挟むべきものではない. <破棄>が選択可能な状
況で<クリ>が社会的に選択されることは, クリサエトスの
自由を害するので, 危害原理により<クリ>は選ばれるでき
ではない. したがって, 社会全体の順序としては, <破棄> ≻
<クリ>となる.
(41) 「同じロリコン漫画をイギーがクリサエトスに買い与える」という選
択肢を加えても, この例の本質は変わらない. 考察を単純化するため, 社
会状態の機会集合はこの 3 つのみと仮定する.
— 16 —
(3) <イギ>と<クリ>との比較.
満場一致を尊重.
イギーとクリサエトスのどちらも, <クリ>を<イギ>より
上位にランキングしている. したがって, <クリ>に満場一
致で負けてしまう<イギ>は選ばれるべきではなく, 社会全
体の順序としては, <クリ> ≻ <イギ>となる.
(2) #({a, b} ∩ {c, d}) = 1 のとき, a = d と仮定しても一般性を
害しない. いま,
個人 1 個人 2
1位
以上の議論から, 個人の自由の尊重と満場一致の尊重を同時に
満足させようとすれば, 社会的順序は
<イギ> ≻ <破棄> ≻ <クリ> ≻ <イギ>
といった循環順序となってしまい, 社会的選択が不可能となる.
個人の自由と満場一致の原則との両立不可能性が生じた要因は,
イギーはクリサエトスに対して「持って欲しい」と, クリサエト
スはイギーに対して「持って欲しくない」と, 相手に対して干渉
的な願望を相互に抱いている点にある. つまり, 自分の信じる「善
さ」を両者とも相手に押しつけている. 相手の自由を侵害する願
望をお互いが持つとき, そうした不埒な二人の満場一致よりも双
方の自由の平等な保護を優先すべきだ. そして, 満場一致の原則を
捨てるのであれば, 社会的順序の循環は消え去って,
a
b
2位
b
c
3位
c
a
であって, 個人 1 と 2 以外は全員 c より b を好んでいるプロ
ファイルを考える.
どの人も c より b を好んでいるので, 満場一致性より b ≻ c
である. 一方, 社会状態の組 (a, b), (c, d) = (c, a) にそれ
ぞれ着目して (1) と同様に考えると, 個人 1 の自由主義的権
利を尊重すれば a ≻ b で, 個人 2 の自由主義的権利を尊重
すれば c ≻ a となる. 以上から, 社会的順序を総合すると
a ≻ b ≻ c ≻ a となって, 循環順序となってしまう.
(3) #({a, b} ∩ {c, d}) = 0 のとき,
<イギ> ≻ <破棄> ≻ <クリ>
個人 1 個人 2
となる. したがって, イギーはロリコン漫画を持ち続け, クリサエ
1位
c
b
トスはそれを静観することになる.(42)
2位
a
d
6.3. さて, この不可能性を一般的に証明したのはセンである. 経
済や政治や社会など, およそ人が関心を抱くありとあらゆる社会
状態の中で利用可能なものを選び出したとき, 各個人がその集合
内の選好ランキングを表明したものをプロファイルと呼ぶ. 任意
のプロファイルに対し, ある社会状態の組 (x, y) があって
3位
b
c
4位
d
a
であって, 個人 1 と 2 以外は全員 a より c を好んでいて, d
より b を好んでいるプロファイルを考える.
満場一致で c ≻ a, b ≻ d である. 一方, 社会状態の組 (a, b)
に着目して個人 1 の自由主義的権利を尊重すれば a ≻ b で,
一方, 社会状態の組 (c, d) に着目して個人 2 の自由主義的権
利を尊重すれば d ≻ c なる. 以上から, 社会的順序を総合す
ると a ≻ b ≻ d ≻ c ≻ a となって, 循環順序となってしまう.
y より x を好んでいて, x が選択可能な環境である.
=⇒ 社会的に y が選択されない.
が成り立つ個人が少なくとも 2 人存在する状態のことを自由主義
的権利の尊重と呼ぶ. このとき, 次の定理が成り立つ.
2
定理 6.4. 満場一致性と自由主義的権利の尊重を同時に満
足する社会的選択ルールは存在しない. つまり, 個人の自由
裁量が社会的に認められる社会状態は存在しない.
証明. 満場一致性と自由主義的権利の尊重を同時に満たすとき, 社
会的に選択不能となるプロファイルが存在することを示せばよい.
「自由主義的権利の尊重」で仮定されている 2 人の個人を 1 と 2 と
する. 個人 1 は「a と b のうち, いずれを選ぶか (ただし, a ̸= b)」
に関する自由裁量が社会的に認可されていて, 個人 2 は「c と d の
うち, いずれを選ぶか (ただし, c ̸= d)」に関する自由裁量が社会
的に認可されているものとする.
個人 1 は b より a と好み, 個人 2 は d より c を好むと仮定して
も一般性を害しない. 次の 3 つの場合に分けて考察する.
(1) #({a, b} ∩ {c, d}) = 2 のとき, (a, b) = (c, d) もしくは
(a, b) = (d, c) が成り立つ. いずれの場合も
個人 1 個人 2
1位
a
b
2位
b
a
References
鈴村 興太郎. (2012) 『社会的選択の理論・序』東洋経済新報社.
Grofman, B. and Feld, S. L. (1988) “Rousseau’s general will:
a Condorcetian perspective,” American Political Science
Review, Vol. 82, pp. 567–576.
Nitzan, S. (2010) Collective Preference and Choice,
Cambridge University Press.
Mill, J. S. (1859) On Liberty.
(本稿で引用した邦訳は, 山岡洋一 (2011)『自由論』日経 BP 社)
Okamoto, N. and Sakai, T. (2013) “The Borda rule and the
pairwise-majority-loser revisited,”
unpublished manuscript, Keio University.
)
(
この論文は下記サイトから閲覧可能:
http://www.geocities.jp/toyotaka sakai/borda1018.pdf
であって, 個人 1 と 2 以外の選好は問わないプロファイルを
考える.
b より a を個人 1 は好んでいて, a は選択可能であるので,
個人 1 の自由主義的権利を尊重すれば, 社会的順序は a ≻ b
となる. 一方, a より b を個人 2 は好んでいて, b は選択可
能であるので, 個人 2 の自由主義的権利を尊重すれば, 社会
的順序は b ≻ a となる. 以上から, 社会的順序を総合すると
a ≻ b ≻ a となって, 循環順序となってしまう.
Rousseau, J.-J. (1762) Du contrat social.
(本稿で引用した邦訳は, 作田啓一 (2010)『社会契約論』白水社)
Sen, A. K. (1970) “The impossibility of a Paretian liberal,”
Journal of Political Economy, Vol. 78, pp. 152–157.
(42) 自由主義のパラドックス解消のための提案は他にもある. 鈴村 (2012,
§6.3) を参照.
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