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「博士学位請求論文」審査報告書

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「博士学位請求論文」審査報告書
2015年 1月27日
「博士学位請求論文」審査報告書
審査委員(主査)理工学部専任教授
小椋 厚志
印
勝俣 裕
印
(副査)理工学部専任准教授
(副査)理工学部専任准教授
三浦 登 印
(副査)早稲田大学理工学術院教授
渡邉 孝信
1 論文提出者
富田
基裕
2 論文題名
「微細構造 Si および SiGe 中多軸歪の高空間分解能評価に関する研究」
(Study on High Spatial Resolution Multiaxial Stress Evaluation in Si and
SiGe Fine Structure)
3 論文の構成
本論文は次の6章から構成されている。
第1章 序論
第2章 歪評価手法
第3章 超解像ラマン分光法による高空間分解能歪評価
第4章 超解像ラマン分光法を用いた微細構造多軸歪評価
第5章 電子線後方散乱パターン法を用いた微細構造多軸歪評価
第6章 結論
1
印
4 論文の概要
今日の電気・電子製品は LSI(大規模集積回路、Large Scale Integrated-circuit)によって支え
られ、現代の IT 社会の根幹を担っている。その LSI の基本素子として最も重要なのが MOSFET
(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ、Metal Oxide Semiconductor Field-Effect Transistor)
である。1960 年代の IC(Integrated Circuit)誕生から現在の LSI、VLSI(Very Large Scale
Integrated-circuit)に至るまで、集積回路は集積度が 18 か月から 24 か月で 2 倍になるというムー
アの法則(Moore’s law)と、MOSFET 内の電界を一定にしたまま設計寸法を微細化することで
MOSFET の各種性能と LSI の集積度が向上するというスケーリング則に則って高性能化が推し進
められてきた。しかしながら、現在では微細化がナノスケールまで進んだことにより、LSI 高性能化
の原動力となっているスケーリング則は限界を迎えつつある。たとえば、ゲート絶縁膜の薄膜化が
進むと、トンネル効果によるリーク電流が発生し消費電力が大きくなる。また、ゲート長が短くなると、
短チャネル効果が生じ、しきい値電圧の低下やサブスレッショールドスロープの劣化など、電気特
性が劣化する。さらに、配線間隔が減少することにより配線間容量が増加し、消費電力の増大と
信号の干渉が生じる。この他にも物理的限界が近付いている技術が数多く存在し、単純にデバイ
スの寸法を小さくしても LSI の性能を向上が極めて難しくなってきている。このような状況に対して、
微細化に代わるもしくは微細化に加えて LSI の性能を向上させる技術、すなわち単純なスケーリ
ングに代わるポストスケーリングと呼ぶべき技術が要求されている。
ポストスケーリング時代の新技術としては ITRS(国際半導体技術ロードマップ、International
Technology Roadmap for Semiconductors)において“テクノロジーブースター”技術の導入が提唱
されている。本論文で取り上げる歪 Si は“テクノロジーブースター”の一つで、Si 結晶に歪を加える
ことで Si のバンド構造を変調し、キャリア移動度の増幅を得る技術である。効果的な歪を加えるこ
とで電子、正孔ともに移動度を倍以上に増幅することも可能である。適切に制御された歪はデバ
イスの性能を向上させるが、Si や SiGe 結晶中の歪が大きくなると結晶内では歪を緩和させるため
に欠陥や転位が発生し、デバイスの性能、信頼性、歩留まりを下げる。デバイスの信頼性や歩留
まりを維持しつつ、チャネルに効率よく歪を導入するためには、歪の発生メカニズムや歪量と分布
を正確に把握することが必要となる。歪はテンソル量であり、垂直成分 3 つとせん断成分 3 つの計
6 つの独立した成分からなる複雑な量である。一般に結晶のせん断応力に対する耐力は垂直応
力に比して 1/3 以下であり、次世代チャネル材料として目されている SiGe についても歪技術は有
効であるとされているが、Si よりもさらにせん断応力に対する耐力が低い。このことから、SiGe の歪
設計を行う場合には Si よりもさらに(特にせん断歪の集中に)注意を払う必要があり、その正確な
評価は非常に重要である。しかしながら、現在の LSI プロセスは数十 nm のスケールで作成されて
おり、その中に導入された複雑な歪テンソル(多軸歪)を測定することは極めて困難である。
現在知られている歪評価手法には、本論文で取り上げている EBSP(電子線後方散乱パターン、
Electron Back-Scattering Pattern ) 法 、 ラ マ ン 分 光 法 の ほ か に 、 XRD ( X 線 回 折 、 X-Ray
Diffraction)法、NBD(ナノビーム電子線回折、Nano-Beam Electron Diffraction)法、CBED(収束
電子線回折、Convergent-Beam Electron Diffraction)法などが挙げられが、これらの評価手法に
はそれぞれ一長一短がある。XRD 法は歪分解能が高いが空間分解能が低く、NBD 法および
CBED 法は空間分解能がナノスケールと非常に優れている一方、試料を薄膜化する必要がある
ため試料作成に手間がかかるうえ、薄膜化に伴う歪緩和のために歪を精密に評価することが難し
い。ラマン分光法は数百 nm スケールの比較的高い空間分解能があり、光学的手法であるため非
破壊測定が可能だが、一般的に応力場の測定となるため歪テンソルを求めるのは困難である。
EBSP はプローブ径が数十 nm の電子線を用いるため高空間分解能で、ほぼ非破壊で歪テンソル
を測定できるという優れた特徴を持つが、表面垂直方向の応力をゼロと仮定して歪を導出する上
2
に、絶縁体でのチャージアップや構造によるシャドーイングにより測定結果が狂うことがあり結果の
解釈には注意が必要である。
現在の LSI において最小加工寸法は 22 nm が採用され、さらに立体構造を持つ Fin-FET が実
用化された。トランジスタの微細化は今後も続くと予想されるが、数十 nm スケールの立体構造の
中に導入された歪テンソルを測定することは極めて困難である。本研究では、種々提案されてい
る歪測定手法の中でも、超解像ラマン分光法(Super-Resolution Raman Spectroscopy、SRRS)お
よび電子線後方散乱パターン(Electron Back-Scattering Pattern、EBSP)法による測定と有限要
素法(Finite Element Method、FEM)によるシミュレーションを採用している。ラマン分光法は光の
回折限界に制限を受けるため、数十ナノオーダーのデバイスを測定するためには空間分解能が
十分ではない。そこで、映像分野より信号処理理論に基づく超解像技術を取り入れることで解像
限界の克服を目指している。EBSP は適用可能な試料は限定されるが、条件が整えば高空間分
解能かつ多軸歪の評価が可能な手法である。また、FEM は材料の物性値が既知であれば 3 次元
構造も容易にモデル化することのできるシミュレーション手法であり、完全弾性変形の範囲内であ
れば理想的な多軸歪分布を得ることができるため、SRRS や EBSP によって得られた結果と比較検
討することができる。
以上、LSI の高性能化にはポストスケーリング技術は不可欠であり、歪 Si および SiGe 技術は LSI
を高性能化させるが、一方デバイス作成プロセスがさらに複雑になり、ばらつきが顕在化する。歪
はばらつきを与える大きな要因の一つであり、LSI の性能および信頼性を向上させるためには、歪
を正確に多軸測定することで、歪導入技術にフィードバックすることが重要である。本研究は
SRRS、EBSP および FEM が、最新の LSI デバイス形状に近い微細構造を持つ Si および SiGe に
導入された多軸歪を高い空間分解能で評価するために有効であることを実証することを目的とし
ている。
本論文は、以下の 6 章から構成されている。
第 1 章では序論として本研究の背景と目的について論じている。
第 2 章では本研究で採用したラマン分光法、EBSP 法および FEM について、その原理や特徴
を説明している。ラマン分光法は光と格子(分子)振動の相互作用によって、入射光の波長から変
調された散乱光(ラマン散乱)を観測する手法である。結晶に歪が導入されると原子間距離が変
わり、原子間結合力が変化するため、それに伴って格子振動の振動数もわずかに変化する。一
般的にラマンスペクトルは、圧縮歪で高波数側に、引っ張り歪では低波数側にシフトし、シフトと歪
量の関係は線形である。EBSP 法は SEM 筐体内で 70°に傾けた試料に電子線を照射し、後方散
乱方向に現れる菊池線回折像を観測する手法である。EBSP 像の幾何学関係は結晶中の幾何学
関係を表しており、像を画像解析することで、従来から行われている結晶方位解析に加えて、歪
も導出することが可能である。EBSP 法は比較的新しい評価手法であり、現在半導体分野にはほ
とんど普及していないが、非破壊かつ簡便な手法であり、電界放出型 SEM に装着することで高い
空間分解能が期待できる(約 10 nm)。さらに、歪をテンソルとして評価可能である。FEM は構造
力学におけるシミュレーション手法の一つであり、材料の物性値が既知であれば 3 次元構造も容
易にモデル化することが可能である。
第 3 章では超解像技術の原理と必要性を論じ、超解像ラマンによる高空間分解能歪評価の実
例を示している。ラマン分光法は光学手法であり、光の回折限界を超える空間分解能を得ること
は困難である。超解像とはデジタル信号処理を用いて光学系の解像限界を超える技術であり、今
日のテレビやカメラなどの最新映像機器の中にはこの技術を搭載している製品が複数存在してい
る。この技術は信号処理であるため、測定条件に左右されず適用可能であるというメリットを持つ。
応力窒化膜による歪印加試料の測定とエッジフォースモデル(Edge Force Model、EFM)によるフ
3
ィッティングを比較することで超解像による空間分解能の向上効果を定量している。窒化膜による
印加歪の測定と EFM によるフィッティングの結果、油浸レンズを用いた測定に超解像処理を加え
ることで 70 nm の高空間分解能が達成されている。また、超解像処理時に要求される空間分解能
や S/N 比に関する考察を行い、S/N 比を 5 以上に抑えることにより良好な超解像結果が得られる
ことが示されている。
第 4 章では SRRS および FEM を用いた微細構造 Si および SiGe の多軸歪評価について述べ
ている。評価を行った試料は微細加工を施した SSOI および歪 SiGe/Si 構造である。SSOI 試料の
構造は歪 Si 層 50-nm/SiO2 層 150-nm/Si 基板、SiGe 試料はエピタキシャル成長 Si0.7Ge0.3 30
nm/Si 基板である。上記構造にパターニングを行い、Fin 構造や Wire 構造に近いメサ構造を作成
している。各試料の 1 次元 1 軸不変異方性 2 軸応力を SRRS および FEM によって評価した結果、
最小幅 500 nm のパターンについて 1 次元測定が可能であることを示し、前章と同等の sub-100
nm 相当の空間分解能で評価できていることが確認された。さらに、超解像のプログラムを 2 次元
に拡張し、2 次元評価においてもエッジ部分の強い応力緩和を観測している。また SRRS、FEM の
結果に良い相関があり、エッジに対して垂直方向の応力緩和はメサ構造のエッジから 100 nm の
範囲で顕著であることを確認している。このことから 200 nm を下回る寸法を持つ構造応力が大きく
緩和すると結論している。
第 5 章では EBSP および FEM を用いた sc-SSOI(超臨界膜厚 SSOI、Super Critical-thickness
Strained Si On Insulator)、応力窒化膜による歪印加試料および微細構造 SiGe/Si の多軸歪評価
結果について述べている。sc-SSOI 試料では歪 Si 層内に発生した転位周辺にσxy せん断応力
が集中していることが確認された。また、応力窒化膜および微細構造 SiGe/Si 試料ではパターン
サイズが小さくなるにつれてエッジからの応力分布が重畳するサイズ効果が確認されている。さら
に、微細構造 SiGe においては y 方向に平行なメサ構造のエッジではσxx の応力緩和が大きく、
σyy の応力緩和は小さく、σzz およびσxz 応力が集中していることが確認されている。σxx およ
びσyy の応力緩和やσzz およびσxz の応力集中はメサ構造のエッジから 100 nm の範囲で顕著
である。1 次元評価では幅 1000 nm から 50 nm までのパターンにおいて評価を行い、幅が小さく
なるほどエッジからの応力緩和が重畳するサイズ効果が確認された。これらの結果から、EBSP は
最小幅 50 nm パターンの測定が可能であり、その分解能は 100 nm 以下であると推定している。
以上より、EBSP はせん断応力を含む複雑な異方性応力を測定可能な応力評価手法であり、最
新の FinFET にも対応可能であると結論している。
第 6 章では本研究の結論が述べられている。第 3 章から第 5 章までに示した結果より、SRRS
および EBSP 法はともに sub-100 nm という高い空間分解能を持ち、メサ構造の評価が可能である
ことが示された。本研究で用いられた試料は、現在応用され始めた Fin-FET 構造に近い 3 次元
構造であるため、実際に Fin-FET デバイスに導入されている歪が SRRS および EBSP 法によって
評価可能で有ると考えられる。したがって本研究は、高精度で高空間分解能な歪テンソル評価手
法の確立に大きく貢献したと言える。一方、SRRS は最小幅 500 nm のメサ構造については評価に
成功したが、幅 200 nm を下回る構造については正確に評価できていない。EBSP 法に対する
SRRS の長所は絶縁膜を透過し、その直下の歪を測定可能である点にある。EBSP 法の検出深さ
は約 30 から 50 nm であるが、その大部分を絶縁膜(非晶質膜)が占める場合は回折象を得ること
ができない。また、電子線を用いるため、絶縁膜を有する構造ではチャージアップが生じて、測定
点のずれや回折象の歪みを生む恐れがある。さらに、後方散乱方向に回折象を形成する性質上、
凸型の構造には強いが、凹型の構造では回折象の形成が阻害されるために評価が困難となる。
これらを考慮し、最新の Fin-FET デバイスの評価に対しては EBSP が有利であり、従来のプレー
ナー型デバイスやメモリ領域など比較的素子間ピッチの広いデバイスについては SRRS が有利で
4
あると結論付けている。加えて、両手法が応用可能な構造については、両方の評価結果とさらに
は FEM による計算結果を相補的に用いることで、さらに精密に多軸歪分布の評価が可能となるこ
とが考察されている。
5 論文の特質
本論文では、最先端 LSI の性能向上のための最重要技術である歪チャネル技術に関して、従
来にない新しい手法で微細領域の多軸歪解析手法を開発し、その優位性を示した。
光学測定手法であるラマン分光法はおのずから空間分解能に回折限界が生じ、従来ナノ領域
の評価には不向きであるとされていたが、本論文では映像家電等で利用されているデジタル信号
処理技術である超解像技術を組み合わせることで、飛躍的な空間分解能の向上を達成した。こ
の成果は、単にラマン分光法に応用可能なだけではなく、同じく高い感度を持ちながら空間分解
能の制限が最大の弱点である、X 線を用いた評価等、他の光学手法の分野の研究者からも高い
関心を集めている。また、従来は結晶方位の評価技術としての認識が主であった EBSP 法を、歪
測定に応用することで高い分解能とせん断歪を含む多軸解析を可能とし、新たな展開を提供した。
これらの成果は学会でも広く認知され、今後の LSI の性能向上に大きく寄与すると考えられる。
6 論文の評価
本論文では、先端 LSI の最重要技術である歪チャネル技術に関して、従来材料である Si およ
び次世代材料として期待されている SiGe の双方に適用可能な新たな手法を開発し、微細領域の
多軸歪解析に成功している。測定結果は、FEM によるシミュレーションと比較検討することでその
信頼度を飛躍的に増した。これらの測定結果は、例えば 20nm 程度の極微かつ立体構造を持つ
ことが想定されている次世代 LSI の信頼性向上に不可欠な知見を与える。本論文が示した、ナノ
テクノロジーの最先端であり、かつ実用上の価値が高い困難な課題を達成した成果に高い評価
を与えることができる。
7 論文の判定
本学位請求論文は、理工学研究科において必要な研究指導を受けたうえ提出されたものであり、
本学学位規程の手続きに従い、審査委員全員による所定の審査及び最終試験に合格したので、
博士(工学)の学位を授与するに値するものと判定する。
以
5
上
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