...

黒の召喚士 ∼戦闘狂の成り上がり∼(旧:古今東西

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

黒の召喚士 ∼戦闘狂の成り上がり∼(旧:古今東西
黒の召喚士 ∼戦闘狂の成り上がり∼(旧:古今東西召
喚士)
迷い豆腐
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
黒の召喚士 ∼戦闘狂の成り上がり∼︵旧:古今東西召喚士︶
︻Nコード︼
N1222CI
︻作者名︼
迷い豆腐
︻あらすじ︼
記憶を無くした主人公が召喚術を駆使し、成り上がっていく異
世界転生物語。主人公は名前をケルヴィンと変えて転生し、コツコ
ツとレベルを上げ、スキルを会得し配下を増やしていく。そして、
気が付いた時には圧倒的な力を手に入れていた。そんなケルヴィン
の向かう先にあるものは⋮⋮?
◇2017年1月25日にオーバーラップ文庫様より﹃黒の召喚士
1
3 魔獣の軍勢﹄が発売されます。
◇3/12 1億PVを突破しました。いつもご愛読ありがとうご
ざいます。
2
第1話 召喚士
目を覚ますと辺り一面に緑が広がっていた。どうやら俺には見覚
えのない、どこかの森の中のようだ。
木々が心地良いざわめきを奏でているが、内心俺は焦っていた。
どうして自分がこんな所で寝転がっていたのか、全く記憶にないの
だ。それどころか、自分の名前などの記憶も思い出せない。所謂、
記憶喪失というやつだろうか。
幸いな事に、一般常識などの教養は忘れずに憶えているようだ。
俺自身のことは全く思い出せないが、地球生まれの日本育ちだとい
うことは分かる。心に靄がかかったような、不思議な感覚だ。
途方にくれて暫く突っ立っていると、目の前に点滅しているもの
があることに気がついた。先程までは何もなかった筈だが。
﹁何なんだ、これ⋮﹂
半透明の板にボタンのようなものが光っていた。よくよく見ると
ボタンに文字が書いてある。何だかゲームのメニュー画面みたいだ
な。
﹃異世界へようこそ!﹄
一瞬思考が止まってしまった。異世界? 俺が今居る場所が異世
界だというのか。考える間も、ボタンの点滅は続いている。悪い冗
談だと思いながらも、俺はそのボタンを押していた。
3
﹃おめでとうございます!
あなた様は厳正なる抽選の結果、異世
界への転生権を獲得しました。現在は転生前のあなた様自身に関す
る記憶は残っておりませんが、了解は転生前に頂きましたのでご安
心ください。現代の知識については分かる状態ですので、その点は
安心ですね!﹄
﹁何してるの転生前の俺!?﹂
﹃ここは剣が鍔迫り合い、魔法が飛び交うファンタジー世界です。
今、あなた様は転生前に選択して頂いたスキルが会得されています。
詳しくはこちらのステータス画面を御覧ください﹄
今度は板に定番のアレが表示される。あ、やっぱりゲームでよく
見るあの画面だったのか。
==============================
=======
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:1
称号 :なし
HP :10/10
MP :20/20
筋力 :1
耐久 :1
敏捷 :3
魔力 :5
幸運 :4
スキル:召喚術︵S級︶ 空き:9
緑魔法︵F級︶
4
鑑定眼︵S級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
==============================
=======
先程までの不信感が嘘のように、俺は画面を食い入るように見て
いた。どうやら俺は相当のゲーム好きだったらしい。だって物凄く
ワクワクしてるもの、今。悪く言って済まなかった、転生前の俺。
メニュー画面の説明を聞くには、転生前の俺は既定のスキルポイ
ントを消費してスキルを得たらしい。見た限りでは、かなりのポイ
ントを消費したのではないだろうか。S級とかあるし。職業は召喚
士か、某有名ゲームのイメージしかないのだが。
﹁とりあえず、スキルの説明を見てみるか﹂
==============================
=======
召喚術︵S級︶
対象と契約することで配下に加えることができる。配下に加わっ
た者は召喚士の魔力供給を受けることで、ステータスの上昇、召喚
士との意思疎通、召喚士の魔力圏内への召喚が可能となる。スキル
ランクが上がることにより、契約できる数が増え、ステータスの上
昇率が上がり、格上との契約が可能となる。
緑魔法︵F級︶
大地や風の力を操る魔法。攻撃・補助・回復とバランスの良い魔
5
法を扱うことができる。スキルランクが上がることにより、使える
魔法が増える。
鑑定眼︵S級︶
対象のステータスを見ることができる。スキルランクが上がるこ
とにより、情報量が増える。
成長率倍化
レベルアップ時のステータスの上昇が倍となる。
スキルポイント倍化
レベルアップ時に獲得できるスキルポイントが倍となる。
経験値共有化
パーティ内のメンバーは経験値が共有化される。スキルによって
配下となっている者にも適用される。
==============================
=======
﹁おお、見事に支援型に徹しているな。レベルアップ時の恩恵も凄
い﹂
魔力供給ってのも何だ?
召喚術には契約が必要のようだ。倒すなり話すなりすれば良いの
だろうか?
﹃対象の同意があれば、後はあなた様の意思で可能となります。契
約が成立された時点で対象は魔力体となり、あなた様の魔力と同化
します。対象の実体化による召喚には相応のMPとMP最大値を消
費しなければなりません。この流れが魔力供給に当たります。召喚
を解除すればMP最大値は戻りますが、MPまでは回復しませんの
6
でご注意を﹄
説明ありがとうございます。疑問に思ったことを的確に教えてく
れた。便利だなこのメニュー。詰まるところ、MPの回復を待って
の連続召喚はできないってことか。最大値が減るってことは、その
分他の魔法も使えなくなるし、MPの運用を考えて使わないとな。
﹃理解が早くて助かります。それでは、手始めに近くの街に行きま
しょうか。ギルドがございますので、こちらで冒険者登録を行うの
が良いかと﹄
⋮⋮先程から普通に会話していますが、メニューさん、あなたも
来るのですか?
﹃フフ、記憶がないのでしたね。こちらを御覧ください﹄
メニューさんがそう言って表示する。
==============================
=======
メルフィーナ 1276歳 女 鑑定不可 鑑定不可
レベル:鑑定不可
称号 :鑑定不可
HP :鑑定不可
MP :鑑定不可
筋力 :鑑定不可
耐久 :鑑定不可
敏捷 :鑑定不可
魔力 :鑑定不可
7
幸運 :鑑定不可
スキル:鑑定不可
==============================
=======
﹃初めてですよ、神である私に配下になれとおっしゃられた方は。
責任、取ってくださいね。あと、これが召喚士と配下間の意思疎通
になりますので﹄
﹁何してるの転生前の俺ええええぇぇぇぇぇ!!??﹂
こうして俺の異世界転生劇は始まった。
8
第2話 パーズの街
メニューさん、もといメルフィーナの突然の告白?
から俺は立
ち直り、近くの街を目指している。街を目指して移動する最中、転
生前の経緯を大まかに聞いた。
転生前、俺は事故で死んでしまったらしい。もっとも、この事故
は神様︵メルフィーナではない︶の手違いで起こしてしまったよう
だ。そんな神様が転生を司る神であるメルフィーナに特別処置を求
めてきたそうだ。メルフィーナ曰く、このケースはそれなりに起こ
ることらしい。神様も間違えるもんなんだな。
﹃意外と適当な神も多いですので。私は真面目ですよ?﹄
こんなことを俺の脳内で言っているメルフィーナは、元々神様に
仕える天使だった。長年の功績が認められ、転生の女神としてこの
世界区画の担当をしていたそうだ。他の神と比べると、神に成り立
ての若い神だ。まあ、これもメルフィーナの言を信じるなら、なの
だが。
メルフィーナは内心またか、と愚痴を言いつつも俺の対応をして
くれたらしい。
等など小一時間口説いてくださいました。
﹃あなた様はスキルを選ぶなり、私に契約を迫ったのです。君に惚
れた、一緒に来てくれ!
私もこの役職に就いて数百年、少々飽きを感じておりましたので、
その案に乗らせて頂きました﹄
9
⋮⋮俺に記憶は全くないのだが、どうやら俺はメルフィーナに一
目惚れをしたらしい。今はメルフィーナの声しか分からないんだけ
どね。あとお前、やっぱり適当だろ。
﹃神にも安息の時は必要なのです。言わば有給休暇です。仕事は部
それなら記憶を返して
下に投げてきたので大丈夫ですよ。かれこれ数十年分休んでおりま
せんし、そろそろ充電しませんと﹄
部下ぇ⋮⋮って俺の転生は旅行扱いか!
貰いたい。
﹃転生前の自身の記憶の消去はあなた様が決められたのですよ?
スキルポイントが足りないから、記憶を対価に増やしてくれ。とお
っしゃられていましたね﹄
なんて甘いセリ
俺は惚れた相手に何を言ってるのだ。記憶を無くしたら惚れるも
何もないだろうに。
﹃記憶を無くしても、俺ならまた君に恋をする!
フもありましたね。あまりに一直線だったので、不覚にもキュンと
なって許してしまいました。好感度+1です。おめでとうございま
す﹄
不覚だが、メルフィー
うおぉ、もうその辺で止めてくれ。記憶はないけど自分の黒歴史
を見られたような気持ちでいっぱいだ⋮⋮
ナはそれほどまでに俺の好みの容姿をしていたってことか。そう言
われると、段々とメルフィーナを拝見したくなってきたぞ。
﹁もう契約しているってことは、メルフィーナを召喚することがで
きるのか?﹂
10
﹃今は不可能です。実体化に必要なMPが圧倒的に足りていません﹄
出鼻を挫かれた。当面の目標は、レベルを上げてメルフィーナの
召喚をできるようにすることだな。
﹃あなた様のご成長と、斬新な告白を楽しみにしております。﹄
﹁告白はせんぞ﹂
などと話している内に、街が見えてきた。
﹃あれが目的地の街、パーズです﹄
そこそこ大きな街のようだ。周囲を石壁で囲い、その内側に家を
作っている。現代日本とは違った街並みが心をくすぐる。ちなみに
今の俺の格好は、この世界の旅人の標準装備だ。特に怪しまれるこ
とはないだろう。
石壁の出入り口は東西にそれぞれあるようだ。門番に近づく俺、
済まないがギルド証か身分証を見せて
この世界初めての人間との接触である。お、門番が俺に気がついた
ようだ。
﹁やあ、君は冒険者かい?
くれないか﹂
﹁いえ、私は辺境の小さな村の出身で、身分証も持ってないんです
よ。﹂
事前にメルフィーナと打ち合わせした通りに応対をする。この世
界では身分証を持っていない者も多い。その為か、この規模の街の
門では身分証の発行も行っている。少々金もかかるが、こちらもメ
ルフィーナが転生時に持たせてくれていたので問題ない。仕事は投
11
げたが、仕事はできる子のようだ。
﹃だから元々真面目なんですって﹄
身分証の発行を無事に終え、目的地であるギルドに向かう。最初
は半信半疑だった俺だが、今はファンタジー生活を満喫する気満々
である。
12
第3話 冒険者ギルド
やってきました冒険者ギルド。なかなか立派な作りの御宅です。
それでは中を拝見致しましょうか!
﹃その変なテンション何なんですか?﹄
﹁高揚してるのか、俺にもよく分からん﹂
中に入ると、まず目に入るのは受付カウンター。ギルドの受付嬢
らしき娘達が冒険者の対応をしている。可愛い子が結構いるな。カ
ウンター横には酒場があり、昼間だというのにもう酒を飲んでいる
者もいる。RPGに出てくる典型的なギルドだ。俺としては想像通
りで嬉しいのだよ。筋肉質のオッさんばかりかと思ったが、若い男
女もかなりいるようだ。
カウンター前の列に並び、待つこと少々。俺の番が回ってきた。
﹁こんにちは!本日はどのような御用件でしょうか?﹂
茶色のおさげが可愛らしい彼女は、気持ち良いくらい元気な声で
挨拶してくれた。元気っ子って良いね。
﹁冒険者の登録をしたいのですが﹂
﹁登録ですね、かしこまりました。それでは、こちらの用紙にご記
入をお願いします。代筆は必要ですか?﹂
﹁大丈夫です﹂
言語理解、文字の読み書きも転生により習得済みである。メルフ
13
ィーナさまさまだな。記入するのは名前と職業のみか。随分簡単だ
な。名前にケルヴィン、職業に緑魔導士⋮⋮と。
﹁ケルヴィン様ですね。少々お待ちください﹂
職業を緑魔導士にしたのには理由がある。この世界の召喚士は激
レア級の職業なのだ。
似た能力を持つ職業には調教師というものがある。こちらは召喚
術ではなく、モンスターを調教して配下に置く方法をとる。MPを
消費せず、調教したモンスターを常に侍らせておくことが可能だ。
スキルランクを上げることで配下の数も増やせるらしい。ここは召
喚士を同じだな。
召喚士のメリットはモンスターに限定せず、人間、エルフ、はた
またゴーレム等の無機生物にも有効なところだ。更にはステータス
強化、配下間との意思疎通、己の魔力圏内であれば好きな場所に召
喚が可能。MPを代償にした分、見返りが大きいのだ。
そんな召喚士になれる者は極限られており、1つの国に1人いる
かいないか。発見され次第その国のお偉いさんに目をつけられてし
まう。ファンタジー世界で自由を謳歌したい俺にはそんなの邪魔な
のだ。できるだけ召喚士のことは隠していきたい。
﹁お待たせ致しました。こちらがギルド証になります﹂
彼女からギルド証を渡される。翼が描かれた青いカードにFと書
いてある。
﹁それでは簡単にギルドのシステムについて説明させて頂きますね﹂
14
説明を聞くに、冒険者には7つのランクがあるらしい。彼女がボ
ードを見せてくれた。
==============================
=======
F級︵新人︶ ↑ケルヴィンさん!
E級︵駆け出し︶
D級︵一般︶
C級︵熟練︶
B級︵達人︶
A級︵化物︶
S級︵人外︶
==============================
=======
可愛らしい字で俺のランクを示してくれている。うん、とっても
分かりやすいですよ。
﹁ケルヴィンさんは登録したばかりですので、F級からのスタート
となりますね。ギルドではいたる所から依頼を受け付けており、依
頼をランク分けして冒険者の方々に掲示しています﹂
﹁つまり、今はF級の依頼しか受けられない、ということでしょう
か?﹂
﹁1つ上のランクの依頼までなら可能です。でも、依頼を失敗しま
すと違約金が発生するので注意してくださいね﹂
ふんふん、無鉄砲に上位ランクの依頼には手を出せないってこと
か。
15
﹁依頼を連続10回達成しますと、冒険者ランク昇格です。達成す
る依頼回数は上位ランクのものでも同数とします。ただし、C級の
昇格からは試験がありますので気をつけてください﹂
﹁了解です﹂
﹁パーティにご自分以上のランクの方がいる場合、受けられる依頼
の上限はそこまで上がりますが、仮に依頼達成したとしてもご自分
のランクの達成数にしかなりません。余程の特例でもない限りは地
道にやっていくことになりますね! あ、ちなみに実力者の力を借
りて依頼を達成するのは違反ではありませんので、このあたりは好
きにして頂いて結構です﹂
パーティについては今は保留だな。メルフィーナはまだ召喚でき
ないし。それにしても、助力を得て依頼を達成するのはずるにはな
らないのか?
﹁それでは自分の力で達成したことにはなりませんが、いいのです
か?﹂
﹁強力な助力を得ることができるのも、またある意味で冒険者の力
ですからね。ギルドの依頼を受ける為にはそのランク相応の冒険者
である必要がありますが、そのお仲間は必ずしも冒険者である必要
はありません。例えば、傭兵を雇うのもありですね。それに他人任
せで昇格していったとしても、先ほどご説明した通りC級からは試
験があります。流石に試験は独力で受けて頂きますよ﹂
試験がそういった輩のストッパーになっているんだな。更に上を
目指す為には己を磨くことが必要な訳だ。
﹁依頼には討伐、護衛、採取、特殊の4種類があります。討伐の場
合、倒したモンスターの体の一部を討伐証拠として必要になります
ので、忘れずに持ってきてくださいね﹂
16
む、証拠が必要になるのか。乱獲しても持ち切れない場合があり
そうだ。
﹁初心者に手頃な依頼はありますか?﹂
﹁そうですね、こちらはいかがでしょう﹂
ブルースライム×3の討伐
薬草×5の採取
飼い猫の捜索︵特殊依頼︶
基本を抑えた依頼できたな。特殊依頼ってのはどれにも他のどれ
にも属さない依頼ってことか。
初めての召喚術には打って付けのモンスター
﹃あなた様、手始めにブルースライム討伐依頼で契約をしてみては
いかがでしょうか?
ですよ﹄
うん、考えることは一緒か。俺も早く召喚術を試してみたいんだ。
もちろん人目につかないようにね。
﹁ブルースライムの討伐依頼を受けたいと思います﹂
﹁こちらですね。かしこまりました﹂
依頼を正式に受け、ギルドを出た。後に聞いたが先程の彼女はア
ンジェと言うらしい。これからお世話になることも多いだろうな。
さて、次は装備を整える。それほど金には余裕がないので武器と回
復アイテムだけだが。
﹃ウッドロッドですね。物理的攻撃力は皆無ですが、微弱な魔力が
17
宿っています。魔法の助けにはなるでしょう﹄
これで持ち金はほとんど使った。今日の宿代の為に、いざ参る!
18
第4話 契約
さてさて、街を出てすぐの平原にやってきた。森からは道沿いに
歩いてきたからか、はたまた運が良かったのか、モンスターには一
度も出会わなかった。そんなに離れた距離でもなかったしな。
﹁この辺りが出現地域だと聞いたが⋮﹂
辺りにブルースライムがいないか見回す。探しながら歩いて少し
すると、前方に青いグミ状の物体が見えてきた。
﹃ブルースライムですね。あなた様、試しに鑑定眼を使ってみてく
ださい﹄
メルフィーナの言われるがまま、俺は鑑定眼を発動させた。発動
のさせ方が分からなかったが、使いたいと思うと既に発動していた。
自分の体を動かす感じだろうか。スキルを所持していれば発動は容
易のようだ。
==============================
=======
ブルースライム 0歳 性別なし ブルースライム
レベル:1
称号 :なし
HP :5/5
MP :0/0
筋力 :1
耐久 :1
19
敏捷 :2
魔力 :1
幸運 :2
スキル:打撃耐性
スキルポイント:0 ==============================
=======
これが鑑定眼か。対象のデータを丸々読み取ることができるよう
だ。
﹃鑑定眼は生物だけでなく、未鑑定のアイテムにも有効です。あな
た様の鑑定眼はS級。生物やモンスターであれば自身の100レベ
待てよ、俺がメルフィーナの
ル上の相手まで、アイテムはS級まで鑑定可能です﹄
大抵の奴には有効じゃないか⋮⋮
ステータスを見たときは鑑定不可で表示されていたぞ。つまり、メ
ルフィーナのレベルは100を超えてる?
﹃一応、神ですので﹄
お前を召喚する為に、俺はMPをいくら消費すればいいんだ⋮
っと、話がそれた。まずは目の前のブルースライムだ。
ブルースライムにじりじりと近づく。まずは契約を成功させたい
のだが、相手の同意が必要だ。スライムと会話して同意させればい
いのだろうか?
﹃言葉を理解しないモンスターであれば、倒さない程度に弱めると
20
いいでしょう。そこで契約を発動させれば、あちらから同意してき
ます。仲間にしてほしそうにってやつです﹄
メルフィーナさんはゲーム知識も豊富のようだ。魔法では倒して
しまいそうだし、ウッドロッドで応戦するとしよう。
﹁とうっ!﹂
そこそこの力を込めてブルースライムに打ち込む。スライムはポ
ヨンポヨンと転がりながら数メートル吹っ飛んだ。鑑定眼を発動さ
せる。
﹁残りHP3、契約してみるか﹂
体制を立て直しているスライムに手をかざし、契約を念じる。
﹁うおっ、体から何かが抜ける感覚がするぞ、これ大丈夫か!?﹂
まあいい、契約は成功か?﹂
﹃契約には成功・失敗に関わらず、残りMPの半分を消費します。
魔力を大量に使った影響でしょう﹄
﹁そういうことは先に言ってくれ⋮
ブルースライムを見ると、段々と白く輝き出していた。眩しっ。
﹃おめでとうございます。契約は成功です﹄
﹁これで成功なのか﹂
﹃今回契約したモンスターには名前がまだありません。あなた様が
名付けてみてはいかがでしょうか﹄
ふむ、名前か。俺のネーミングセンスが火を吹くと中二的になっ
てしまうからな。ここは無難にいくべきか。いや、ファンタジー世
21
界なら許されるよな。
﹁よし、今日からお前の名前はクロトだ。これからよろしく頼む!﹂
クロトはプルプルと震えながら飛び上がる。そして、光は粒子と
なって俺に吸収されていった。これが魔力体になるってやつか。前
に聞いたメルフィーナの話通りなら、これでクロトは俺の魔力と同
化されたはずだ。
﹁おーいクロト、聞こえるか?﹂
クロトの言葉は聞こえないが、感情が直に伝わってくる。これは
喜んでいるのか?
﹃意思疎通は言葉を介さずとも可能です。配下同士でも大丈夫とい
う安心仕様なのです!﹄
あ、クロトが少し怯えた。メルフィーナ、怖がらせるなよ。
差し詰め、配下ネットワークとでも名付けるべきか。実際に会話
するより手早いし、戦闘にも役立ちそうだ。
﹁次は召喚だな。さっきの契約でMPを半分使ったとしたら残りは
10。足りるか?﹂
﹃このレベルのスライムであれば大丈夫です。召喚術についての捕
捉ですが、配下のHPが0になってしまうと死んでしまい、契約が
強制解除されてしまいますのでご注意を﹄
この世界では﹃HPがなくなる=死﹄ってことになるのか。聞く
とゲームのように教会で生き返る、なんてことも当然ないらしい。
22
クロトはこれから共に行動する大切な仲間だ。ドジを踏んでそんな
ことにならないようにしないとな。
﹃HPが1でも残っていれば、召喚を解除することであなた様の魔
力に戻すことが可能です。魔力体になれば時間経過でHPとMPを
自動回復していきますので、これを上手く活用してください﹄
ふんふん、勉強になる。さて、メルフィーナ先生のお墨付きも頂
いた、召喚を発動する。そうだな、まだ自分の魔力圏内がどれほど
か知らないし、目の前に召喚しよう。
魔法陣が一瞬で出現したかと思ったら、次の瞬間にはクロトがそ
こにいた。召喚はなかなかのスピードで行われるようだ。
﹁1つ目の目的は達成した。いよいよ討伐依頼だな﹂
﹃クロトに同族殺しをさせるとは。あなた様、なかなか鬼畜ですね﹄
﹁ぐふっ﹂
俺が己の思慮の浅さに悶えていると、クロトが念を飛ばしてきた。
﹁スライム族は強者が弱者を吸収して成長するから大丈夫だって?
クロト、無理しなくてもいいんだぞ﹂
クロトは体を震わせながらやる気をアピールしてくる。いや、ク
ロトがいいなら問題ないんだけどさ。
﹁倒した相手を吸収するのは問題ないが、討伐の証拠として今回は
スライムの核は解体するぞ﹂
クロト的には一部でも吸収できればOKなようだ。残りMPが心
23
許ないが、俺も魔法を少し試すとしよう。俺たちは標的を探し出す。
24
第5話 レベルアップ
新たに仲間となったクロトを引き連れ、ブルースライムを探す。
暫くして2匹のブルースライムを発見した。
﹁緑魔法を試してみよう。クロト、俺が1匹を魔法で攻撃するから、
もう片方を頼む。お前の戦いぶりを見せてくれ﹂
クロトはコクコク頷く。魔力供給による強化が施されている今な
ら、通常のブルースライムに引けは取らないはずだ。緑魔法につい
ては、メルフィーナから初歩的なものをいくつか教えてもらってい
る。クロトの契約と召喚であと一発分しかMPはないのだが、回復
アイテムもあるのだ。スライム相手なら何とかなる。
ウィンド
﹁風刃!﹂
ウィンド
F級緑魔法︻風刃︼。小さな風の刃を発生させ、目標を攻撃する
魔法だ。威力は低いが、低コストで不可視の攻撃を放つことができ、
使い勝手が良い。ウィンドはブルースライムを切り裂き、一撃で葬
った。
﹁クロト、行け!﹂
クロトは猛スピードで走り抜け、ブルースライムに突進を仕掛け
る。この突進で相手は吹き飛ばされ、倒れてしまった。契約前と素
早さが全く違う。S級の召喚ともなると、強化の上がり幅も大きい
のだろうか。
25
クロトのステータスを鑑定眼で確認する。
﹃S級の召喚による強化ですと、全ステータスに+100の補正が
付きます﹄
ひゃ、100もか!?
==============================
=======
クロト 0歳 性別なし ブルースライム
レベル:1
称号 :なし
HP :105/105︵+100︶
MP :100/100︵+100︶
筋力 :101︵+100︶
耐久 :101︵+100︶
敏捷 :102︵+100︶
魔力 :101︵+100︶
幸運 :102︵+100︶
スキル:打撃耐性
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
スキルポイント:0 召喚士が国から重宝される訳だ。レベ
==============================
=======
強くなり過ぎだろこれ⋮
ル1のスライムを配下にしてこの強さである。軍隊に運用すれば即
戦力だ。
﹃少々訂正があります。S級召喚術を所持しているのは、現在あな
た様だけです。他の有象無象はB級・C級が精々で、その強化値も
26
+10∼20程度です。スライムを配下にする程度では即戦力には
なり得ません﹄
ちょ
マジか。レベル1でこのスキルを所持するのも十分チートだな。
それにメルフィーナに褒められたのって初めてじゃないか?
っと嬉しい。
定番のアレな
しばらくして、クロトがブルースライムの3匹目を倒したところ
目の前にステータス画面が現れる。
で、ファンファーレが鳴り響いた。これはアレか!
んだな!?
⇒
レベル2
==============================
=======
レベルアップ! レベル1
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:2
称号 :なし
HP :20/20︵+10︶
MP :23/35︵+20︶
筋力 :3︵+2︶
耐久 :3︵+2︶
敏捷 :9︵+6︶
魔力 :15︵+10︶
幸運 :12︵+8︶
スキル:召喚術︵S級︶ 空き:8
緑魔法︵F級︶
鑑定眼︵S級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
27
経験値共有化
スキルポイント:100 ==============================
=======
おお、パッシブスキルのおかげで成長が著しいぞ。ガンガンMP
を消費する予定の俺にとっては嬉しい限りだ。スキルポイントも1
00入っている。
﹃ステータス画面からスキルの項目に移ってください。スキルポイ
ントを使うことで、新たなスキルを得ることができます﹄
レベルアップ時に勝手に現れたけど﹂
﹁ところでさ、この世界ではステータス画面とか一般的に知られて
いるのか?
﹃知られています。本来はステータスと念じることで目の前に現れ
る仕様です。こちらの画面から自分のステータスの確認、スキルの
取得、パーティ操作を行うことができます。ただし、他人のステー
タス画面は見ることができません﹄
他人のステータスを見るには鑑定眼が必要ってことね。それにし
ても随分ゲーム的なことが浸透している世界なんだな。生まれてず
っとそんな調子じゃ疑問にも思わないのか。
﹁それでは、スキルを開くとしますか﹂
ステータス画面からスキル項目を開く。画面びっしりにスキルの
名前と効果、必要ポイントが並んだ。全部でいくつあるんだよ。
﹃全てのスキルはまだ表示されません。条件を達成しなければ取得
できないスキルもありますので﹄
28
﹁召喚術は普通に取得できたじゃないか﹂
﹃普通ではなく特別処置です。転生前に選んだ頂いたスキル項目は
言わばボーナスです﹄
﹁この世界ではそのボーナスもなしってことか。まあ仕方ない﹂
F級ス
クロトに辺りの警戒をさせて、スキル項目を流し読みする。
﹁⋮⋮なあ、取得に必要なスキルポイント少なくないか?
キルなんて10ポイントだぞ﹂
﹃スキルポイントには生まれながらに持つ才能値ポイントと、レベ
ルアップ時に手に入る成長ポイントがあります。人によりその値は
違いますが、一般的な才能値ポイントは50、成長ポイントは5で
す﹄
﹁おい、俺の成長ポイント100だぞ。倍化を考慮しても数字がお
かしい﹂
﹃ちなみに転生前に使用したのは才能値ポイントです。スキルによ
って前後はしますが、必要なポイントの目安はF級が10、E級が
20、D級が40、C級が80、B級が160、A級が320、S
級が640です。低級のスキルから順々に取得する必要があります
ので、S級の取得には計1270ポイント必要ですね﹄
﹁⋮⋮一般人はレベル100になってもB級までしか取れないな﹂
﹃⋮⋮そうですね﹄
﹁⋮⋮俺、レベル1でS級2つも持ってるんですけど﹂
﹃⋮⋮ほら、記憶も代償にしましたし﹄
チートにチートを重ねて今の俺がいる訳ですね。この世界の異世
界人は皆バグってるんだと信じたい。いるかは知らんけど。
﹃あくまで一般人の場合です。中には人外や魔王と恐れられる者も
います﹄
29
気にしないことにしよう。ステータスの上がり幅はスキルに比べ
れば可愛いものだし。変なことをしない限り目立つことはないだろ
う。とりあえず、スキルの取得は帰ってゆっくり確認しよう。クロ
トに指示を出しながら、残りの討伐に向かう。
30
第6話 スキル
ブルースライム討伐を無事に終え、俺たちはパーズに帰ってきた。
クロトの実体化は解除している。ギルドで報酬を貰い、今日の宿を
探しているところだ。
﹁アンジェさんが言ってた宿屋はあそこか﹂
アンジェさんから宿屋の情報を教えてもらい、ここを勧められた。
﹃新人冒険者のお財布事情にも優しい、アンジェ一押しの宿屋!
らしいですね﹄
﹁精霊歌亭、ここで間違いないな。入るとしよう﹂
精霊歌亭へようこそ﹂
扉を開けると、カウンターの大柄なおばさんが出迎えてくれた。
宿の女将だろうか。
﹁おっと、お客さんかい?
﹁ええ、一泊お願いしたいのですが﹂
﹁気に入ったら次も泊まってくれると嬉しいね。あたしゃクレア、
よろしくね﹂
﹁ケルヴィンです。ここの料理はとても美味しいらしいですね。今
から楽しみですよ﹂
﹁ははは、こりゃ今日は腕によりをかけて作らないとね!﹂
宿泊費を払った後、クレアさんに部屋を案内された。夕食の時間
などの宿屋の簡単な説明を聞く。ふう、ようやくゆっくりすること
ができる。
31
﹁予想はしていたが、風呂はないんだな⋮⋮﹂
﹃風呂は王族の城、貴族の屋敷でもない限りありませんね。庶民は
水浴び、もしくは湯で体を拭くのが一般的です﹄
﹁日本人に風呂なし生活はきついぞ⋮⋮いつか風呂付の家に住んで
やる﹂
新たな目標に闘志を燃やしながら、ステータス画面からスキル項
目を開いた。項目を絞りながら目当てのスキルを探す。
﹁⋮⋮あった﹂
==============================
=======
隠蔽︵F級︶ 必要スキルポイント:10
F級までの鑑定眼を防ぐことができる。F級までの探知を防ぎ、
物を隠蔽することができる。
==============================
=======
最優先で取得すべきスキル、それは情報の隠蔽だ。前回のメルフ
ィーナの話を聞く限り、俺の所持スキルの取得難度は尋常ではない。
レベル2の俺がそんなスキルを所持していると知られてしまえば、
絶対に不審に思われるだろう。そんな訳で、隠蔽スキルをD級まで
上げておく。戦闘方面は今のところ過剰戦力になってるしな。
﹁これで鑑定眼対策は一先ずOKかな。できればB級までは近いう
ちに上げておきたいんだけど⋮⋮﹂
その為にも、明日からは討伐依頼を中心にこなしていきたいと考
32
えている。クロトとの連携力も高めておきたい。そうそう、あの後、
その1
クロトも5匹目のブルースライムを倒したところでレベルアップし
た。得た成長ポイントは10。結構優秀なんじゃないか?
0ポイントでこのスキルを取得したようだ。
==============================
=======
吸収︵F級︶ 必要スキルポイント:10
魔力の一部を吸収し、エネルギーに変換する。魔法による攻撃に
も有効。スキルランクが上がることにより、吸収力が上昇する。
==============================
=======
なかなか面白いスキルだ。吸収したエネルギーは自分の回復にも
使えるし、攻撃手段にも応用できる。スキルランクが高まれば、魔
法も完全に無効化できるかもしれない。クロトにはこれからも頑張
ってもらわないとな。
﹁しかし、今日の戦いは楽勝過ぎたな。俺もクロトもダメージ食ら
わなかったし﹂
﹃ブルースライムは新人の冒険者でも安全に狩れるモンスターです
からね。この強さで負けられると逆に困ります。個体の中には抜き
ん出てレベルの高い者、進化して別種に至る者もいますから、油断
モンスターはレベルが上がると進化するのか?﹂
大敵です﹄
﹁進化?
﹃レベルが絶対条件という訳ではありません。周囲の環境、好む食
物、その他にも条件は様々です。クロトの種族であるスライムは特
に進化先が多様、私も何に進化するのか予想できません﹄
メルフィーナにも分からないのか、それは進化する時が楽しみだ。
33
﹁へぇ、クロトもいつかは進化できるかもしれないな。期待してる
ぞ、クロト﹂
クロトは勇んでいるようだ。それじゃ、ひとまず飯を食いに行く
とするか。昼飯はバトルに夢中で食べれなかったからな。異世界の
初食事を楽しむとしよう。
34
第7話 新人潰し
この世界に来て1週間たった。その間、俺が何をしていたかとい
うと、討伐&討伐だ。ブルースライムを討伐した翌日、もう一度F
今回の依頼成功で、
級の討伐依頼を受けたのだが、あまりに依頼が簡単過ぎた。それ以
降はE級討伐依頼を受けていた。
﹁ケルヴィンさん、おめでとうございます!
ケルヴィンさんはE級冒険者に昇格です!﹂
アンジェさんに祝福される。正直、あまり達成感がない。E級の
討伐モンスターはオーク、コボルトといった集団戦術を得意とする
奴が多い。しかし所詮は毛の生えた程度の知能、過剰ステータスの
クロトと意思疎通を有する俺の敵ではなかった。
﹁途中でE級の依頼を受られた時は、どうなることかと思いました
よ。ケルヴィンさん、パーティを組まれないんですもん﹂
組まないのではなく、組めないのである。パーティなんて組んだ
日には召喚士だと即バレだ。組まずとも、俺には心強い相棒がいる
しな。
﹃召喚術で実体化した配下は自動的にあなた様のパーティに加わり
ますので、実質的にはずっと組んでいたのですがね﹄
実質的にはな。他の奴から見てみれば、冒険者なりたての新人魔
そりゃ目立つわ。
法使いが、ソロでワンランク上の依頼をこなしまくってた訳だから
⋮⋮
35
﹃目立たないよう行動する予定だったのでは?﹄
退屈だったんだ。許せ。
メルフィーナと脳内会話をしていると、アンジェさんが前のめり
になってカウンター越しに近づいてきた。ちょ、近いです!
新人さんにしては強過ぎますよ﹂
﹁ケルヴィンさん、どこかの国に仕えていた宮廷魔導士とかでした
?
冒険者の方にこんな
﹁え、えーと、詳しくは言えないです。すみません﹂
﹁あっ、いえ、私の方こそ、ごめんなさい!
こと聞くのは御法度でしたね⋮⋮﹂
そういうことにしといてください。心の中でもう一度謝っておく。
﹁でも、本当に気をつけてくださいよ。ケルヴィンさんのことだか
ら、次はD級の依頼を受けるんですよね?﹂
﹁ええ、そのつもりです﹂
嘘を言っても依頼を受けるときにばれる。ここは正直に答えてお
こう
ケルヴィンさん、1週間前と装
﹁本当に危険だと思ったら、すぐに逃げますよ。逃げ足には自信あ
るんです﹂
﹁せめて装備を整えてください!
備変わってないじゃないですか!﹂
おお、そういえば買い替えてない。あまり慢心してもいかんから
な。これまでの報酬でそろそろ装備を見繕うか。
36
﹁ははは、分かりましたよ。装備は新しく新調します。
⋮⋮って
ええと、D級の依頼ですと⋮⋮﹂
ことで、D級の依頼をお願いします﹂
﹁むー、本当に分かってますか?
アンジェさんが依頼を確認していると、隣の男から声を掛けられ
た。
﹁D級なら、黒霊騎士の討伐なんてどうだい?﹂
﹁黒霊騎士?﹂
ギルドには何度か顔を出していたが、見
﹁か、カシェルさん、帰っていたんですか⋮!﹂
ところで誰だこいつ?
たことのない奴だ。見た感じはさわやか系の金髪イケメンだが、何
か嫌な空気を感じる。
﹁やあ、アンジェちゃん、ただいま。ついさっき帰還したところだ
よ。﹂
﹁⋮⋮お疲れ様です。依頼をどうでしたか?﹂
﹁もちろん無事解決さ。リザードマンの巣にはちょっと苦戦しちゃ
ったけどね。ははは﹂
アンジェに向かって満面の笑みを浮かべているが、アンジェの顔
おめでと
は引きつっている。心なしか周囲の冒険者たちの空気も暗いようだ。
冒険者の先輩として嬉しいよ!﹂
﹁ところでそこの君、さっきE級に昇格したんだって?
う!
﹁ええと、あなたは?﹂
﹁おっと、自己紹介がまだだったね。僕はカシェル。D級の冒険者
さ﹂
37
一々芝居臭い男だな。ボソボソと周りの冒険者たちが何か話して
いるようだし、ちょっと聞き耳を立ててみるか。
︵よく言うぜ、本当はB級の実力がある癖によ︶
︵新人潰しが生き甲斐の奴だからな、調子に乗ってD級の依頼に挑
む新人目当てだろ︶
︵はぁ、このギルドにカシェル以上の実力者はいないしね。見ない
振りをするしかないわよ︶
奥の酒場で飲んでいた冒険者たちが小声で話している。あの辺り
はD級の冒険者だった筈だ。同ランクでも口出ししないってことは、
彼らの言うことは本当なのだろう。
おそらく亜種でしょう。
確かにその依頼はD級になっていますが、
見たところ、E級の依頼には苦戦していな
﹁今度、僕のパーティで黒霊騎士討伐に行こうって話になってさ、
君も一緒にどうだい?
かったようだし﹂
﹁ま、待ってください!
その黒霊騎士は他よりも強力なんです!
ケルヴィンさんにその依頼は危険過ぎます!﹂
僕たちが協力すれば安
﹁ははは、アンジェちゃん、大丈夫だよ。さっきの話じゃ彼はソロ
でE級の依頼をクリアしてきたんでしょ?
心だよ﹂
﹁それは⋮⋮﹂
アンジェが口をつぐんでしまった。
﹁申し出はありがたいのですが、パーティは組めません。私程度の
者と組んでもそちらに利益がありませんよ﹂
﹁遠慮しなくてもいいよ、これも人生経験だと思ってさ﹂
38
こいつ、しつこいな。こっちにはそんな気はない。先ほどアンジ
ェが止めに入った時に、隙を見て鑑定眼を仕掛けたのだが、このカ
シェルという奴は危険だ。
==============================
=======
カシェル 25歳 男 人間 魔法剣士
レベル:34
称号 :殺人鬼
HP :315/315
MP :104/104
筋力 :156︵+20︶
耐久 :131
敏捷 :126
魔力 :102
幸運 :89
スキル:剣術︵B級︶
剛力︵E級︶
白魔法︵E級︶
隠密︵E級︶
隠蔽︵F級︶
話術︵E級︶
補助効果:隠蔽︵F級︶ ==============================
=======
しかし、カシェルも引い
ステータスの高さはクロトにも引けを取らない。不穏なスキルも
所有しているが、何よりも称号がな⋮⋮
てくれそうにない。完全にターゲットにされている。ここは、そう
39
だな。
﹁そうですね、それでは一つ勝負をしませんか?﹂
﹁勝負かい?﹂
勿論、私はソロで挑みます﹂
﹁ええ、その黒霊騎士というモンスターをどちらが先に倒せるか勝
負しませんか?
﹁おいおい、とてもじゃないがソロで挑むような敵じゃないよ。僕
は予定通りパーティで行かせて貰うけど、いいのかい?﹂
﹁構いませんよ﹂
ならば、こちらから罠にかかってやろうじゃないか。カシェルが
狙ってくるのは、おそらく俺が黒霊騎士と戦っている最中か戦闘後、
もしくは道程での襲撃といったところだろう。快楽殺人か報酬の横
取りかは知らんが、相手にとって不足はない。何よりも、これまで
のレベリングと修練の成果を発揮してみたいのだ。それに、やって
みたいこともある。
﹃あなた様、発想が戦闘狂のそれです﹄
うるせいやい。
﹁ふふ、自信に満ちてるね。僕はそれでいいよ﹂
﹁それでは勝負開始としましょう。アンジェさん、依頼をお願いし
ます﹂
﹁ケ、ケルヴィンさん⋮⋮﹂
アンジェさんが今にも泣きそうな顔でこちらに視線を向けるが、
ここで引く訳にはいかない。俺の力を試させてもらうとしよう。
40
第8話 カシェル
﹁⋮⋮で、どうだった?
彼﹂
カシェルはギルドを離れ、薄暗い路地に入る。そこには先ほどの
ギルドの酒場で、冒険者に混じって談笑していた男達2人がカシェ
ルを待っていた。
﹁ああ、旦那。あの新人、思ったより大物かもしれませんぜ﹂
小汚く、見るからに盗賊風の小柄な男が言う。
﹁あっしの鑑定眼はC級。少なくとも、あいつはC級以上の隠蔽を
持っていやっすね﹂
まずは俺
﹁へえ、腕自慢の無謀者かと思ったけど、何か隠しているのかな?﹂
﹁おい、カシェル。前みたいにいたぶって殺すんだろ?
に戦わせろ!﹂
小柄な男の隣に立つ、筋肉質の巨漢が勇む。カシェルはやれやれ
と肩を竦めながら笑っていた。何時もの事だが、全く自制心のない
男だ。
﹁ラジ、少し落ち着きなよ。彼は自分から勝負を仕掛けてくれたん
だ。僕達は先輩として、その意思を称えないと﹂
﹁これも指導ってやつっすね。ラジ、また力任せに壊しちゃ駄目っ
俺は何時も通りやるだけだ!﹂
すよ。何事も優しく優しくが基本っす﹂
﹁難しいことはよく分からん!
﹁相変わらず、脳筋っす⋮⋮﹂
41
カシェルがこの二人と組みだしたのは半年ほど前からだ。とある
小さな村が略奪行為をされているところを、偶然通りかかったのが
始まりだ。もっとも、カシェル自身も獲物を探しているところだっ
た。彼は冒険者であるが、殺人快楽者の一面も持っている。時には
その整った外見を使い誘惑し、時には剣術で真っ向から、所有する
隠密・隠蔽のスキルを上手く扱いながら隠してきたのだ。
小柄な男の名はギムル。名のある盗賊団の一員であったが、高位
の冒険者との戦いの際に一団は壊滅。持ち前の鑑定眼で冒険者の情
報を知り、誰よりも早く逃げた。狡猾に、だが迅速に行動すること
が彼を救ったのだ。それからは日々空の下での生活だ。逃げる前に
持ち出したのは一本のナイフだけ。彼が知る、生き延びる方法は1
つだけだった。
巨漢の男はラジ。元々は傭兵として戦場を渡り歩き、血を求めて
いた。しかし、敵だけではなく時には一般人をも虐殺し、その残虐
性から戦争時の両国から指名手配されることとなる。自分を討伐し
ようとやってくる賞金稼ぎを殺すことも面白かったが、段々と疎ま
しくなってきた。彼は遠い地を目指し、国を転々とした。
そんな彼ら3人は、この村で出会ってしまった。国やギルドへの
救援を求める暇もなく、村は全滅。残されたのは凄惨な現場だけだ
ったが、物となった死体の山をカシェルは隠蔽した。スキルはF級
と鑑定眼一つで暴露されるレベルであったが、処理するまでの時間
稼ぎにはなった。
彼らは意気投合、とはいかなかったが、互いの目的が一致したこ
とで行動を共にしている。パーズの街を拠点とし、面白おかしく、
決定的な尻尾は出さずに遊んでいたのだが、最近は少々やり過ぎて
42
いた。カシェルの冒険者という立場を利用した新人狩りの噂が流れ
始めたのだ。この頃からカシェルに疑いの目を向けられるようにな
ったのだが、ギムルとラジはその時にはカシェルを見切ればいいと
軽く考えるくらいであった。自分達は表沙汰に行動を共にしている
訳ではない、いざとなればカシェルを売って自分達の手柄にしよう
⋮⋮と。
ケルヴィンがパーズの街に来たのがこの頃、カシェルは依頼の遠
征で不在、ギムルとラジは酒場で飲んだ暮れていた。依頼を短期間
やっこさ
で連続達成するケルヴィンに目を付けるのは時間の問題だった。
﹁それにしやしても、単独で黒霊騎士討伐勝負とは⋮⋮
ん、何を考えていやがるんでしょ?﹂
いいね!
倒し甲斐があるじゃねぇか!﹂
﹁さあね、単純に倒せる自信があるってことじゃないかな?﹂
﹁いいね!
﹁⋮⋮まあ、その時はラジに任せるよ﹂
ギムルとラジは知らない。カシェルがこの勝負で彼らを始末しよ
うとしていることを。カシェル自身も気が付いていたのだ。新人狩
りの罪を自分に着せようとしていることに。黒霊騎士の出現地、悪
霊の古城はDランク相当のダンジョン。その最奥に黒霊騎士が現れ
たとのことで、依頼難度をDとしてギルドは召集をかけたのだが、
結果として帰る者はいなかった。カシェルは遠征の際、隠密を使い
偵察をしたのだが、唯の黒霊騎士でないことは一目瞭然だった。こ
いつを使い、邪魔者を排除しよう。カシェルは新人狩りを餌に、綿
密に計画を練る。
3人の誤算は、新人冒険者に対してそれほど警戒していなかった
ことだ。ギムルの鑑定眼を防いだ時点で気が付くべきだった。彼は
C級以上のスキルを有していることに。
43
第9話 悪霊の古城
依頼を受け、ギルドを出たケルヴィンは武器・防具を新調する為
に店を巡る。E級の依頼でそれなりの資金は貯まっているのだし、
こんな形になってしまったが、アンジェさんとの約束は守っておき
たい。ウッドロッドを売り払い、新たに深緑の杖を、防具も旅人装
備からマジックローブに買い換えた。深緑の杖は緑魔法との相性が
よく、魔力ブーストとして期待できる。
﹁一応、気配感知であの3人の所在はマークしているが、街の中で
は仕掛けてこないようだな﹂
﹃リスクが多過ぎますからね。襲うとすればダンジョン内でしょう﹄
気配感知は周囲の様子から生物の気配を漠然と感じることができ
るスキルだ。ただし、一度確認した者の気配を覚えておけば、そこ
に注意を絞って居場所を知ることも可能だ。隠密対策に取得したス
キルだったが、思わぬ収穫だ。
酒場の冒険者の中に仲間が居たことは前々から知っていた。冒険
者には予め全員に鑑定眼を使いステータスを確認している。危険だ
と感じた奴の顔とステータスを覚え、対策は講じていた。
その中でも特に危険視していたのは、ギムルとラジという毎日酒
ばかり飲んでいた奴らだ。どちらもレベル・ステータスと他の冒険
者を凌駕していたのだ。そして、決め手となったのはカシェルの時
と同じように称号だった。ギムルが凶賊、ラジが虐殺者だ。
そんな二人が毎日同席で酒を煽っているのだから、嫌でも警戒す
44
るというものである。
﹃カシェルがこちらに声をかけて来たときに、最も早く注目してき
たのもあの二人でした﹄
﹁ああ、特にギムルはC級の鑑定眼を持っていたからな。隠蔽を早
い段階で上げておいて良かった﹂
初日の依頼を終えた時は、まだスキルを取得していたかったから
な。一歩でも遅かったら痛手になったかもしれない。
しかし、俺の他にも鑑定眼を持つ奴はいるだろうに。なぜ何もせ
ずに居座らせてるのか謎だ。称号がそうだとしても、現行犯で捕ら
えないと駄目なのだろうか?
﹁ステータスを見る限りでは、ラジが戦闘専門職、ギムルが偵察支
援職って感じか﹂
==============================
=======
ギムル 19歳 男 人間 盗賊
レベル:27
称号 :凶賊
HP :92/92
MP :36/36
筋力 :84
耐久 :81
敏捷 :132
魔力 :30
幸運 :29
スキル:投擲︵E級︶
45
鑑定眼︵C級︶
隠蔽察知︵C級︶
補助効果:隠蔽︵F級︶ ==============================
=======
ラジ 33歳 男 人間 狂戦士
レベル:36
称号 :虐殺者
HP :370/370
MP :4/4
筋力 :203︵+40︶
耐久 :169︵+40︶
敏捷 :37
魔力 :37
幸運 :51
スキル:格闘術︵C級︶
剛力︵D級︶
鉄壁︵D級︶
自然治癒︵F級︶
補助効果:隠蔽︵F級︶ 何はともあれ、悪霊の古城に向かうとしよう。
==============================
=======
なるほどな⋮⋮
あちらさんは俺が動くまで行動を起こさないようだしな。あまり待
たせてしまっては、何をするかわかったもんじゃない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
46
俺がこの世界で目覚めた森を北に突っ切り、獣道を少々歩いた先
に悪霊の古城は存在する。少し前まではD級のダンジョンとして、
それなりの腕を持った冒険者の活動ポイントだったのだが、黒霊騎
士が現れてからはめっきり人気がなくなった。そんな訳で、今この
ダンジョンにいるのは俺一人だけ。カシェル達はまだ森の中を移動
しているようだ。
﹁それにしてもアンデット系のモンスターばかり出てくるな⋮⋮﹂
ウィンドを飛ばしながら愚痴ってしまう。
﹃あなた様はそっち系が苦手ですか?﹄
﹁好き好んで見るものではないな﹂
このダンジョン、ゾンビやスピリットといったモンスターが多く、
見た目的にとてもよろしくない。主に精神的な意味で。動揺すると
ころまではいかないが、気持ち悪いものは気持ち悪いのである。ま
あ、そんな気持ちも先に進むにつれ慣れで薄れていったのだが。殲
滅自体は俺一人でも可能だったので、まだクロトの出番はない。現
在待機中だ。
何十体目かのゾンビを倒したところで、巨大な扉の前に行き着い
た。
﹁⋮⋮いるな﹂
この大扉の前に強大な気を感じる。
47
﹁カシェル達は⋮⋮
今ダンジョンに入ったところか。俺が殲滅し
た道を真っ直ぐ来るだろうから、あと5分くらいかな﹂
﹃黒霊騎士とあなた様が戦っているところを挟撃、といった作戦で
しょうか?﹄
ケルヴィンは辺りを見回し少し考える。大扉の前には中部屋、後
はそこに至るまでの通路のみ。
﹁よし、下準備をしよう﹂
48
第10話 罠
仕込みをして待つこと少々。カシェル達が俺の待つ中部屋へとや
ってきた。
どうやらこの大扉の奥に黒霊騎士はいるようです
﹁ああ、カシェルさんも来られましたか。そちらのお二人はパーテ
ィの方ですね?
よ﹂
随分紳士的なんだね﹂
﹁⋮⋮先にどちらが討伐するかの勝負だったのに、わざわざ待って
いてくれたのかい?
カシェルは当てが外れたのか、少し驚いた顔をした。先ほどメル
フィーナが言っていたように、俺が黒霊騎士と戦っているところを
強襲、または戦闘後の俺に油断させて仕掛けようとしたのだろう。
勝負を申し込んだ当の本人が自分達を待っているとは、微塵も思っ
ていなかったようだ。
﹁どうやら黒霊騎士はこの扉の向こうに行かない限り、あちらから
攻撃してくることはないようです。﹂
キィ⋮⋮
そう話しながら大扉を少し開ける。扉の隙間からは漆黒のフルプ
レートを纏う大男が仁王立ちしているのが見えた。その手にはこれ
また巨大な漆黒の大剣。獲物が来るのを待っていると言うよりは、
やっぱり自分一人じゃ倒せそうにないから、俺
何かを護っているように見える。
﹁それで、何だ?
49
達と協力したいってか!?﹂
ラジが声を張り上げる。この密閉空間では耳に響くので止めても
らいたい。
﹁違いますよ。勿論、勝負は勝たせてもらいます。ただ、黒霊騎士
との戦闘を邪魔してもらっては困るんです。いや、黒霊騎士を倒し
てもらっては困ると言った方がいいか﹂
俺が敬語を使うのを止め、普段の話し方に戻すと3人はゆっくり
と戦闘体勢に入っていった。カシェルとラジを先頭に、ギムルがや
や後方に下がる。
﹁⋮⋮旦那、こいつもう俺達のこと知ってやがるっすよ﹂
それとも、ラジ達の賞金目当て?﹂
﹁ふう、知って尚、ソロで来る意味が分からないが。ギルドにでも
雇われたのかい?
新人を装い、功績を
﹁何、唯の巡り合せだ。ってか最初に突っ掛かってきたのはお前だ
ろ﹂
﹁それも僕達を誘う為の罠だったんだろう?
スキルが高いのは素だから!
道理でスキルランクが高い筈だぜ!﹂
挙げることで僕達に関心を持たせることが目的だった訳だ﹂
﹁な、何て奴だ⋮⋮
何か勘違いして話が進んでいる⋮⋮
﹃状況に悪影響はありません。そういうことにして進めてください﹄
へいへい
﹁まあ、どちらでもいいさ。お前達は俺を罠に嵌めようとしたんだ
ろうが、実際に嵌っていたのはお前達だった、ってだけの話だ﹂
50
出入り口はあっし達の後ろしかなく、その大扉の先に
﹁へへ、新人の旦那、それにしちゃ位置取りが悪かったんじゃない
ですかい?
は黒霊騎士。おまけに3対1の状況ときてる。不利なのはそちらで
すぜ?﹂
ビビってばかりのそこのデ
ああ、そうだな。このままであれば、だが。
﹁そろそろ御託はいいんじゃないか?
魔法使い風情が嘘吹くんじゃねぇ!﹂
カブツ、早くかかってこいよ﹂
﹁誰がビビりだとぉ!?
ラジが一直線に俺に向かってくる。案の定、安い挑発に乗ってく
挑発に乗るな!﹂
れた。見た目通り単細胞だ。
﹁ラジ!
カシェルが咄嗟に叫ぶが、もう遅い。予め仕掛けておいた魔法を
発動させる。
﹁うおっ!?﹂
先ほどまで何もなかった地面が、突然泥沼に変わりラジの足を束
縛した。
﹁貴様、何をした!?﹂
﹁さて、一体何をしたんだろうね﹂
マッドバインド
何てことはない、D級緑魔法︻束縛の泥沼︼を隠蔽で隠していた
だけだ。この魔法は足場を底無しの泥沼に変え、相手の機動力を奪
う。本来であれば地面が泥沼化するまでに対象にばれてしまうこと
51
も多く、パーティの援護用として使う魔法なのだが、今回は隠蔽を
隠蔽か?﹂
見抜けなかったラジが自分から嵌ってくれた訳だ。
﹁これは⋮⋮
﹁あ、あっしの探知にも引っ掛からなかったっすよ!?﹂
まあ、C級程度じゃ看破できんさ。そう考えると隠蔽もかなりの
良スキルだ。
﹁クソッ、こんな泥沼程度、俺の筋力があれば⋮⋮!﹂
﹁無理に動かない方がいいぞ。それ底無しだから﹂
助言をしながら3人それぞれにウィンドを放つ。カシェルは前進
しながらも避け、こちらに泥沼を迂回しながら向かってくる。ラジ
には命中したが、それほどダメージは負っていないようだ。ギムル
は⋮⋮
﹁おいっ、ギムルてめぇ逃げるんじゃねぇ!﹂
﹁へへっ、悪いが旦那、ラジ、あっしはお先に失礼しやす。その新
人さんは何かやべぇ。あっしの本能がそう言ってるんすよ。そいじ
ゃ!﹂
﹃あなた様、ギムルが逃走を開始しました。カシェルは後10秒ほ
どでこちらに到達します﹄
分かってる。それも予想済みだ。
﹁通路を塞げ、クロト!﹂
この中部屋から通路までは俺の魔力圏内だ。ということは、カシ
52
ェル達の背後にクロトの召喚が可能。
﹁な、なんすか!?﹂
通路の入り口に一瞬魔方陣が展開され、光を放った。警戒したギ
ムルは立ち止まる。光が消え、ギムルが見た先にはスライムがいた。
ラジの丈ほどもある、巨大なスライムが。
==============================
=======
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:12
称号 :喰らい尽くすもの
HP :465/465︵+100︶
MP :176/176︵+100︶
筋力 :223︵+100︶
耐久 :231︵+100︶
敏捷 :196︵+100︶
魔力 :180︵+100︶
幸運 :191︵+100︶
スキル:暴食︵固有スキル︶
吸収︵D級︶
保管︵B級︶
打撃半減
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶ ==============================
=======
53
第11話 スライム・グラトニア
クロトが進化したのはつい先日のことだ。いつものように討伐依
クロト、おい、どうした?﹂
頼を受け、モンスターを倒してクロトに吸収させていた時にそれは
起こった。
﹁さて、これで今日の依頼も終了⋮⋮
クロトが急に動きを止めた。そのスライム状の体をプルプルと震
わせてはいるのだが、声を掛けても微動だにしない。意思疎通を用
いても何も分からないのだ。
﹁大丈夫か、クロト!﹂
前に言っていたアレか。﹂
﹃あなた様、クロトは進化しようとしているのです﹄
﹁進化って⋮⋮
﹃はい。何がトリガーになったかはまだ分かりませんが、様子を見
守りましょう﹄
メルフィーナにそう正され、俺も見守ることにする。正直、心配
で物凄くハラハラしている。
﹃そろそろのようです﹄
あれ、何か姿の
メルフィーナがそう言うと、クロトの体は眩しいほど輝きだした。
輝きが収まりだし、クロトの姿が現れてくる⋮⋮
サイズが⋮⋮
﹁く、クロト、お前でかくなったな⋮⋮﹂
54
膝下ほどの大きさしかなったクロトのサイズが、俺の身長を優に
超えるほどに成長していたのだ。成長期と言っても限度があると思
います。
﹃⋮⋮スライム・グラトニア﹄
﹁それがクロトの進化した種族か?﹂
この暴食ってス
思い出したかのように、俺は鑑定眼でクロトのステータスを確認
する。
﹁すげ、軒並み能力が上がってるじゃないか⋮⋮
キル、固有スキルって表示されてるが、普通のスキルと何か違うの
か?﹂
﹃固有スキルはその種族、もしくは選ばれし個体のみが有するオリ
ジナルスキルです。通常のスキルよりも強力な効果を発揮します。
クロトが新たに習得した暴食は、食べた対象のステータスの一部を
自らのステータスに取り込むスキルのようです﹄
それって食べた分だけ無制限に強くなるってことじゃないか?
これまで討伐したモンスターを全てクロトに吸収させてきたが、今
後はその度にステータスが上昇することになる。クロト最強説到来!
﹃今回、クロトが進化した種族はスライム・グラトニア。数百年前
に水国トラージに突如出現したモンスターです。クロトはまだ幼体
ですが、トラージに現れた個体は成体でした。トラージは青魔法に
特化した宮廷魔導士を数十人擁する魔法国家でしたが、どのような
大魔法もスライム・グラトニアに食べられるように消滅しました。
トラージは半壊までに追い込まれましたが、寸前のところで勇者が
到着し、打ち倒されたのです﹄
55
まるでクロトが魔王のようだ⋮⋮
ね。
あと勇者ってやっぱりいるの
勇者はこの時代にも現存しますよ。この前
﹃事実、スライム・グラトニアは準魔王級のモンスターとして後世
に伝えられています。
転生させたので﹄
﹁⋮⋮はい?﹂
セン
﹃神皇国デラミスの巫女が異世界召喚の儀をしておりましたので。
今頃いい感じのレベルになっている頃ではないでしょうか?
まあテンプレ的に
スの良さそうな美男美女を揃えるのは苦労しました﹄
﹁お前、サラッと凄まじいことしてんのな⋮⋮
魔王が復活したから何とかって流れか?﹂
﹃そんな感じです。あなた様にはほぼ関係ない事柄ですのでご安心
ください。ああしたイベントには私も飽きてきてるので、むしろ関
わらないでください﹄
﹁ああ、そう⋮⋮﹂
これに関しては様子見だな。今はそんなことよりもクロトだ。今
日は祝賀会だ!
こんな種族知らないっすよ!?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁な、なんだこのスライム⋮⋮
眼前に現れたクロトに、ギムルは酷く混乱していた。それもその
筈、鑑定眼を行使した彼はクロトのステータスを目にしているのだ。
56
そして召喚術による補助効果。何
知らない種族、レベルが低いにも関わらず自分の倍以上の数値を誇
るステータス、固有スキル⋮⋮
から理解すればいいのか分からずに、彼は錯乱してしまう。
そのスライムは何なんだ!?﹂
モンスターとの距離が近過ぎる!﹂
﹁おい、ギムルどうした!
﹁ギムル、下がるんだ!
カシェルは立ち止まり、ラジが沼にもがきながらも声を上げるが、
ギムルの動揺は抑えられない。
﹁クロト、やれ﹂
カシェルに注意を払いつつ、クロトに命令する。クロトは体の一
部を鞭状に変化させ、ギムルに向けて叩き付ける。当然、ギムルは
反応できなかった。
﹁ぐ⋮⋮はっ⋮⋮﹂
クロトの一撃をその身に受け、ギムルは壁まで吹き飛ばされ、叩
き付けられる。もはや虫の息だ。
﹁まあ、耐久81じゃこんなもんか﹂
﹁お前、鑑定眼までも⋮⋮!﹂
カシェルが俺に向き直り、剣を構える。
﹁おいおい、言い回しが崩れてるぞ、カシェル先輩﹂
﹁ぐっ⋮⋮﹂
束の間、大きな音が響く。ラジだ。
57
﹁うぉおおお!
怒鬼烈拳!﹂
ラジの拳から赤いオーラが宿り、泥沼に叩き付けられる。ラジを
その男は
膝まで飲み込んでいた沼は消散する。ラジの目にはクロトが映り、
このスライムは俺が相手をする!
子供のように楽しげに笑っている。
﹁カシェーーール!
お前が何とかしろ!﹂
﹁⋮⋮筋肉男にしては良い判断だ。何とかしよう﹂
ちっ、カシェルが落ち着きを取り戻したか。あのラジって戦闘狂、
場当たり的な行動をするが、今回はそれが面倒な方向へいってしま
ったようだ。
﹃少々慢心していましたね。泥沼に嵌った時点でトドメを刺すべき
でした﹄
ああ、これは俺のミスだ。封じるなら完璧に封じる、殺るなら完
新人さ
璧に殺る。胆力のスキルを取得して大丈夫だと思っていたが、まだ
迷いがあったようだ。要反省だな。
悪いけど、僕は全力でいかせてもらうよ?
﹁ふう、それじゃ、名誉挽回といこうか﹂
﹁何がだい?
ん﹂
﹁ああ、そうしてもらわんと俺も困る。胸を借りるぞ、カシェル先
輩﹂
58
怒鬼烈脚ぅううう!﹂
第12話 決着
﹁せいっ!
ラジは赤きオーラを右足に纏わせ、クロトに渾身の回し蹴りを放
つ。B級冒険者レベルの実力を持つラジが本気で放つ一撃は、城壁
に大穴が開く威力を持つ。ケルヴィンのマッドバインドによる底無
し沼の抑えを打ち破るほどだ。腕に覚えのある冒険者であろうと、
まともに受ければ即死は間逃れないだろう。彼の持つ格闘術スキル
と鍛錬の末に傭兵時代に編み出した、必殺技である。
ポヨン⋮⋮⋮
そんな彼の必殺技は、間抜けな音と共に威力をクロトの体に吸収
俺の技が
されてしまう。クロトの持つ、打撃半減のスキルの効果だ。そう、
何なんだ、このスライムの体は!?
ラジはクロトに対し、圧倒的に相性が悪かった。
﹁クソッタレめ!
全然効かねぇ!﹂
ギムルが鑑定眼で読み取ったクロトのステータスをラジに伝えて
いたのなら、その理由を知ることができただろう。今となっては知
る術がない。ラジは元々スキルに詳しいタイプでもなかった。
﹁ぐっ、まだまだ!﹂
クロトはギムルにしたのと同じように、体を鞭に変化させラジに
攻撃を仕掛ける。ただし、その数は4本に増やしている。四方から
59
迫り来る攻撃に、ラジは防御し、いなすことで何とか耐えている状
態だ。避ける選択肢はない。クロトとラジでは筋力・耐久は拮抗し
ていても、敏捷において絶望的な差がある。よって、ラジはジリ貧
になるしかない。
激動の中、ふと、ラジは地面に自分を迂回するように延びるクロ
トの体を発見した。その体から逆方向にラジは後退する。
﹁⋮⋮何をしてやがる?﹂
その先を目で追うと、そこには泥沼があった。ラジが嵌っていた
時に比べ、随分と小さくなっている。クロトはケルヴィンが魔法に
よって生み出した泥沼を吸収していたのだ。
マッドバインド
︱︱︱もし、束縛の泥沼が破られたなら、クロト、お前の養分にし
てしまえ。
クロトはケルヴィンの指示を忠実に守り、マッドバインドの魔力
を吸収する。微少ではあったが負ったダメージは完全に回復し、余
分な魔力はスキル・保管によって貯蔵される。この保管は魔力の他
にもアイテムや武器防具まで出し入れすることができる、所謂アイ
テムボックスだ。更にはクロト自身の体も収めることができ、サイ
ズの調節も可能とする。
﹁な、さっきよりも威力が増している!?﹂
鞭による攻撃が更に強まり、遂にラジは身動きが取れなくなって
しまった。もはやラジは瀕死状態だ。隙を見たクロトは鞭をラジの
四肢に巻きつかせ、動きを封じる。そのまま大きく飛び上がり⋮⋮
60
﹁や、やめろぉおおおおお!!!﹂
その巨体をラジに衝突させた。ラジはこの攻撃によりHPが0と
なり、そのままクロトに捕食されることとなる⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
オースピシャス
カシェルは愛剣を構え、E級白魔法︻果報︼を自身に唱える。こ
の魔法は対象に自然治癒を与え、幸運を微少UPさせる。戦況を僅
ソニックブーツ
かでも有利にする為に、魔法による強化を施すことは一般的な戦術
だ。事実、ケルヴィンもD級緑魔法︻風脚︼にて敏捷の強化を済ま
せている。
スキルポイントにある程度の制限がある冒険者は、一つのスキル
を集中して伸ばす傾向がある。F級スキルを多数取得するよりも、
上位スキルを所持している方が恩恵が大きいからだ。中にはF級ス
キルばかり取得する者もいるにはいるのだが、実はスキルの取得限
界数がある。その限界数には個人差があり、10の者もいれば20
の者もいる。こればかりは実際に限界に達しなければ分からない。
カシェルは世間一般でいうところの、天才と称されるほどスキル
ポイントを得てきた。が、それでも順調にランクアップを果たせた
のはB級まで。彼ほどの才能を持ってしても、A級の壁は破れなか
った。それまで剣術一本でスキルを取得してきた彼は、この頃から
腐心するようになった。思えば、人殺しをするようになったのも、
莫大な経験値を得てレベルを上げる為だったのかもしれない。今回、
ギムルとラジの殺害を企んでいたのも、その理由が一番大きい。最
61
いや、召喚士なのかい?﹂
も、ケルヴィンによって計画は水の泡となってしまったのだが。
﹁君は、調教師⋮⋮
﹁⋮⋮ああ、そうだ﹂
﹁ははは、長年冒険者をやってるけど初めて見たよ。あれが召喚術
か。なるほど、強力なスキルだ﹂
カシェルは何かを納得するように頷く。
﹁それなら、そんなスキルを持つ君を倒せば、僕のレベルはまだま
だ上がりそうだね﹂
﹁お前、そんなことの為に今まで人殺しをしていたのか?﹂
﹁そんなこととは酷いじゃないか。人はね、モンスターを倒すより
も経験値の稼ぎが良いんだ。冒険者のようにレベルの高い奴なら尚
更さ﹂
﹁お前さ、本当は自分よりも強い奴と戦ったことが余りないんじゃ
ないか?﹂
﹁⋮⋮何だと?﹂
それまで笑顔だったカシェルの表情が、途端に曇る。
自分よりも強い人間と戦いたくな
﹁自分より強いモンスターと戦いたくないから、今までD級冒険者
に留まっていたんじゃないか?
僕はそんな⋮⋮﹂
いから、新人冒険者ばかりを狙っていたんじゃないか?﹂
﹁ば、馬鹿を言うな!
﹁まあ、自覚がなくてもいいんだけどさ。お前のせいで犠牲者が出
るのは頂けない﹂
ケルヴィンは杖を構える。
62
﹁強くなりたきゃ、自分より強い奴に勝て。それができなきゃ、何
僕を否定するなぁあああ!!!﹂
時までも弱者だぜ?﹂
﹁黙れ!
頭に血が上ったのか、カシェルが全力で前に飛び込む。初撃で決
霞迅剣!﹂
める気だ。疾風の如くケルヴィンの懐に潜り込む。
﹁躱せるものなら躱してみろ!
カシェルの奥の手、霞迅剣。剣を隠蔽、更には斬りかかる一瞬、
だとっ!?﹂
カシェル自身も隠密状態になることで必中となる奥義、の筈だった。
﹁壁⋮⋮
アースランパ
カシェルが剣を振り下ろした先には、巨大な、中部屋の高い天井
ート
にも届きそうなほどの厚い壁が出現していた。C級緑魔法︻絶崖城
壁︼は防御魔法の中でも上位に属する。その耐久力は下手な城壁を
上回り、カシェルの剣は必中の意味を失ってしまう。
﹁こんな、土の壁なんかにっ!﹂
﹁その壁のお陰で、お前は俺を見失ったんだけどな﹂
﹁なっ⋮⋮﹂
アースランパート
ソニックブーツ
ケルヴィンは絶崖城壁を唱えた後、壁の向こう側ではなく、既に
カシェル側に移動していたのだ。カシェルの意識は壁にいき、風脚
の敏捷強化により、ケルヴィンのスピードは凄まじいレベルに達し
ていた。認識できなかったのも無理はない。
﹁一体、君は⋮⋮﹂
63
アースランパート
カシェルは切伏せられる。最期に見たのは嵐の長剣︱︱
ヴォーテクスエッジ
の形を
模った、渦巻く風を纏う杖だった。一太刀で絶崖城壁諸共、カシェ
ルを両断する。A級緑魔法︻狂飆の覇剣︼により、この戦いは終わ
りを告げた。
﹁うーん、やっぱり素人の剣じゃ駄目だな。剣術スキルとって鍛え
てみるか﹂
そんな声を残して。
メルフィーナ−
==============================
=======
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:17
称号 :なし
HP :175/175
MP :350/350︵クロト召喚時−100
?︶
筋力 :38
耐久 :39
敏捷 :106
魔力 :172
幸運 :140
スキル:召喚術︵S級︶ 空き:8
緑魔法︵A級︶
鑑定眼︵S級︶
気配感知︵D級︶
64
隠蔽︵B級︶
胆力︵C級︶
軍団指揮︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化 ==============================
=======
65
第13話 黒霊騎士
カシェルとの戦闘を終え、俺はクロトと合流した。
﹁クロトも無事のようだな﹂
三人組の最後の一人であるギムルの倒れる場所へ進む。既にギム
だと判
カシェルの剣くらいか。クロト、死体を吸収
ルは息絶えたようだ。
﹁めぼしい物は⋮⋮
ミスリルソード
してくれ。あと、MP回復薬も出してくれ﹂
鑑定すると、カシェルの剣はC級武器
った。特殊な効果はないが、攻撃力が高く結構良い剣のようだ。ク
ロトに保管しておいてもらおう。ちなみに俺が装備している深緑の
杖とマジックローブはE級だ。低級依頼を10回達成したところで、
高級品を買える訳がないのだ。
クロトがカシェルとギムルの亡骸を吸収している間に、クロトの
保管に入れていた回復薬を飲んでMPを回復させる。カシェルとの
戦いは結果を見れば圧勝であったが、実の所それほど余裕はなかっ
た。煽りに煽って激昂させもしたが、ステータス面で負ける部分も
多く、スキルに頼った戦い方になってしまった。
﹃カシェルに色々仰っていましたが、あなた様もそれほど強者と戦
ったことありませんよね?﹄
﹁これから戦う予定なんですよー﹂
66
そう、ここまでは前哨戦。これからが本番だ。扉の隙間から鑑定
眼で確認したが、これから戦う悪霊の古城のボス・黒霊騎士は俺達
よりも格上のモンスターだ。
==============================
=======
ジェラール 138歳 男 黒霊騎士長 暗黒騎士
レベル:53
称号 :憂国の守護者
HP :647/647
MP :162/162
筋力 :478︵+160︶
耐久 :490︵+160︶
敏捷 :163
魔力 :112
幸運 :97
スキル:忠誠︵固有スキル︶
剣術︵A級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
心眼︵C級︶
軍団指揮︵B級︶
闇属性半減
スキルポイント:178 ==============================
=======
﹁何というか、すごく仲間にしたいな!﹂
﹃緊張感の欠片もありませんね﹄
67
メルフィーナのツッコミはさて置き、今回の相手はネームドモン
スター。名前持ちだ。事前に調査した情報によると、ネームドモン
スターは知性があり、人語を話す個体もいると言う。代表的なのは
ドラゴン種だ。他にも人型は高確率で話すって書いてあったっけな。
﹃知性あるモンスターとの契約は一筋縄ではありません。弱らせる
だけでなく、あなた様を認めさせなければなりません﹄
認めさせる、か。一概に戦って勝利だけでは済みそうにないな。
﹃調教師にも言えることですが、レベルの低いモンスターを育て、
進化させるのが一般的です。いきなりボスを配下にしようとする者
はいません﹄
その認識でよろしいかと﹄
﹁クロトをブルースライムから進化させるのと同じか﹂
﹃クロトの進化は異例なのですが⋮⋮
﹁まあ、無理かどうかはやってみないと分からんよ﹂
クロトに向き直る。
﹁クロト、黒霊騎士は俺にとって、お前にとっても初めての強敵だ。
出し惜しみはするな﹂
俺とクロトに強化魔法を重ね掛けする。俺の魔力の高さなら暫く
は効果が続くだろう。それが終われば準備万端だ。クロトを背後に
控えさせ、大扉を開いていく。黒霊騎士は先程と全く同じ装いだ。
漆黒の大剣を地面に突き刺し、後方にある王座を護る様に仁王立ち。
揺らがないその様は、モンスターではなく本物の騎士のようだ。
黒霊騎士を見据えながら、王座へとゆっくりと歩いて行く。ちょ
68
うど部屋の半ばまで来た辺りで、渋い声が響いた。
﹁何用だ﹂
意外にもダンディーな声で少し驚いた。胆力のスキルがなければ
顔に出ていたかもしれない。
﹁やっと喋ってくれたか。ここまで歩いてくるまで微動だにしない
から心配したぞ﹂
ってのが最初の目的だったんだが、気が変わ
﹁いらぬ世話だ。城の最奥までやって来て迷子ということはあるま
い、何用だ﹂
﹁お前を討伐に⋮⋮
ったんだ。俺は召喚士のケルヴィン、お前と契約したい﹂
黒霊騎士が一瞬固まる。
﹁⋮⋮貴様が我と契約、従わせるというのか﹂
﹁そうだ﹂
﹁ク⋮⋮﹂
あ、やべ。黒霊騎士が体を小刻みに震わせている。怒らせてしま
ったか?
﹁ク、ククク⋮⋮ ガァーハッハッハッハ!!﹂
突然、黒霊騎士はそれまでのイメージと一変して、これまで溜め
ん込んでいたものを全て吐き出すかのように笑い出した。当然、内
心俺はポカンとしている。
﹁止めだ止めた、こんな堅苦しい話し方。それにしても小僧、これ
69
更には契約しろだと、面白すぎるぞ貴様!﹂
だけワシが殺気を向けていたというのに、平気な面をしよってから
に!
ビシっと指を差すな指を。誇り高い騎士のイメージは最早吹き飛
んでしまった。
70
第14話 ジェラール
どうしてこうなった。今俺は黒霊騎士と向かい合いながら座り、
談笑している。談笑と言っても、黒霊騎士が一方的にくっちゃべっ
てるだけなのだが。
﹁モンスターとして自我が生まれたのはつい此間のことだ。いや何、
⋮
ワシは元々国に仕える騎士長だったわけ何だかな、要は人間だった
んじゃよ。それがどうしてモンスターになってしまったのか!
何の未練だかは知らんがな!
ともかくそれから
⋮はて、何でじゃろうな、よく分からんがこの世に未練でもあった
のかもしれん!
にしても、そのスライム珍しいのう。
いやいや、禁秘の事柄であれば無理に
はこの城を護り続けたのだ!
なんと言う種族なのじゃ?
話すことはない。誰だって秘密の1つや2つ持っとるもんじゃ。と
ころで飴食うか?﹂
こんな調子で話し続けているのだ。完全に近所の気のいいおっち
ゃんだ。おい、この飴いつのだよ、溶けてふやけてるぞ!
﹃そう言いつつ食べないでください﹄
流石のワシも引くわ⋮⋮﹂
真面目なのはクロトだけだ。常に黒霊
﹁え、本当に食べるのかそれ?
﹁よし、お前表に出ろ﹂
何か俺疲れてきたよ⋮⋮
騎士を警戒し、俺の横に控えている。
﹁そっちのスライムは物ともしないで飴食っとるのう。大した奴じ
ゃわい!﹂
71
と思ったらさっきの飴を吸収中だった。クロト、お前もか。
﹃あなた様、契約の話、契約の話﹄
﹁ああ、そうだった。それで、俺と契約してくれるのか?﹂
クロトをツンツンしてる黒霊騎士に改めて問う。
﹁ああ、そんな話じゃったな。最近はワシの姿を見るなり斬りかか
ってくる者が多くてな。会話に応じてくれたのは小僧が初めてだっ
いや、どち
た。そりゃワシのテンションも上がるし話も弾むわい﹂
﹁弾んでいたのはお前だけだろ⋮⋮﹂
﹁お前じゃないわい。ジェラールじゃ﹂
﹁俺だって小僧ではなくケルヴィンだ。呼び名は⋮⋮
らにせよ契約してからの話だな﹂
ジェラールはふと立ち上がり、後ろにあった王座を向く。
﹁契約、か。ワシが仕えていた王、そして国も、もうこの時代には
ない。新たな主に仕えることも、吝かかではないのじゃが⋮⋮﹂
﹁話の中で、この城を護り続けていると言っていたな。なぜだ?﹂
先程からの明るい雰囲気とは打って変わって、場が重苦しくなる
のを感じた。
﹁ワシが仕え、そして滅びた国の名はアルカール。決して大きくは
なかったが、農作が盛んな緑豊かな国じゃった。国王も争い事を嫌
う方でな、遠方で戦があっても常に中立を貫いていたわい﹂
この世界には東西に大陸が2つあり、俺たちが拠点としているパ
72
ースの街は東の大陸の中央に位置する。悪霊の古城もその付近だ。
﹁ワシは立場からすれば、まあ田舎騎士団の騎士長を務めておった。
平和な国と言えど、モンスターは当然現れる。それを討伐すること
がワシ等の主な職務じゃった。他の騎士団にも引けを取らないよう
鍛錬もしてきた。万が一、戦が起こった場合に備えてな﹂
ジェラールは黒剣を握り締める。
﹁ある日のことじゃった。西の大陸から来たという旅人がアルカー
ルを訪れた。しかし、そやつの正体は帝国の将だったのだ。名はジ
ルドラ。アルカールに死の病を振り撒いた男じゃ﹂
﹁死の病だと?﹂
その病が伝染病のようにアルカールに
﹁詳細は知らが、一度罹ると生気が徐々になくなり、一晩で死に至
る怖ろしい病じゃった⋮⋮
広まり、数日で国は他国から隔離された。ジルドラがアルカールを
訪れて数日経った深夜、奴を街で見掛けた者がおる。恐らく、その
時に何かしたのじゃろう﹂
そもそも帝国の将だと、どうやって知ったんだ﹂
﹁待て待て、それだけでそのジルドラって奴がやったとどうして判
断できる?
﹁病が広まる前日に、ジルドラがこの城まで来たのじゃ。どこから
入ったのかは分からん。突然奴は王の前に現れた。そしてこう言っ
と﹂
たのだ。神皇国デラミスを亡ぼすのに協力しろ、さもなくばアルカ
ールに明日はない︱︱︱
あとは話した通りじゃ﹂
神皇国デラミス。確かメルフィーナが勇者を転生させた国だ。
﹁当然、王は断り⋮⋮
鎧越しで顔は見えないが、ジェラールの怒気が嫌と言うほど伝わ
73
ってくる。
﹁この世に残した未練のことだが、知らんと言ったのは嘘じゃ。こ
この城の
の国の敵討ちをするのがワシの未練、お主にこの未練を晴らせるの
ならば、ワシは喜んで配下になろう﹂
それが俺を認める条件か。いや、ちょっと待てよ⋮⋮
﹁待て、ジェラールが死んだのは何十年も昔の話だろ?
有様を見れば100年レベルだ。その帝国のジルドラって奴も寿命
で死んでるんじゃないのか?﹂
﹁奴はエルフだったんじゃよ。エルフの寿命は500年を超える。
たかが100年で死ぬ玉じゃないわ﹂
﹁エルフ、か。まだ出会ったことはないが、それがお前の条件なん
だな﹂
﹁召喚術は配下を強化すると聞く。敵討ちには絶好の機会じゃわい。
ただし、お主にも実力を見せてもらいたい﹂
﹁まあ、そうなるよな﹂
最終的には戦って実力を示せってことか。いいだろう、元からこ
ちらはそのつもりで来てんだ。
﹁ワシ程度に勝てないようでは、とてもじゃないが帝国には対抗で
きん。実力がなければ、ワシに斬り倒されるのみ⋮⋮!﹂
俺とジェラールはお互い後方に下がる。
﹁いいぜ、了解した。全力で来てくれよ、でなければ意味がない!﹂
74
第15話 烈火
後方に引き、すぐさまクロトに意思疎通で指示を出す。
﹁騎士なら後ろに下がるより、前に出たほうが良かったじゃないか
?﹂
ショットウィンド
﹁ふん、あの位置からの戦闘ではお主が不利であろう?﹂
﹁そりゃ、どうも!﹂
ウィンド
風刃の散弾型魔法である烈風刃を牽制として放つ。点ではなく、
面での攻撃魔法、威力はともかく回避は難しい。
ショットウィンド
分裂し、数十の風の刃となった烈風刃がジェラールに迫るが、ジ
ェラールは大剣を横薙ぎに払い、風を弾き飛ばす。軌道を反らされ
た風は天井・壁・地面と至る所を切り裂く。
ソニックブーツ
クロトはその隙を付き、ジェラールの斜め後方から4本の鞭を叩
きつける。ラジが手も足も出せず、更にはケルヴィンの風脚による
敏捷ブーストまでも付いた攻撃だ。
﹁ぬん!﹂
﹁なにっ!?﹂
俺は驚愕する。ジェラールはその鋭敏な攻撃の2本を受けきり、
残りを左手で掴み、右足で踏み潰したのだ。クロトの筋力ではジェ
ラールに対抗できず、拘束されてしまう。
こいつ、後ろにも目があるのか!?
75
﹃ジェラールは心眼のスキルを所持します。瞬間的な状況判断に補
正がかかっているとお考えください﹄
アースランパート
生半可な攻撃では無意味か。厄介だな。しかし、このままではク
ロトが危険だ。クロト、奴との間に絶崖城壁を出すぞ!
アースランパート
意思疎通した直後に、クロトの目の前に絶崖城壁を出現させる。
拘束されたクロトの鞭は壁に分断されてしまうが、クロト本体のコ
アが無事であれば問題ない。そして︱︱︱
よし、やれ!
ジェラールの左手と右足に残ったクロトの体が再び動き出し、纏
わり付く。一瞬、赤い光がジェラール
を包み込み、爆発した。ラジを倒したことでレベルアップしたクロ
トが取得したスキル﹃分裂﹄。体の一部を切り離し、己の分身とし
て操作することができるのだ。切り離したクロトの分身は、保管に
貯蔵していた魔力の一部をエネルギーに爆発を引き起こす。要は自
爆だ。
﹁⋮⋮そのスライム、随分と多芸じゃな。掴んでいた際も随時ワシ
の魔力を吸い取っておった。そしてこの自爆、近づき難いのう﹂
ジェラールは悪態をつくが、その素顔の見えない表情はどこか嬉
しそうに見える。漆黒の篭手はクロトの爆発の威力で少々歪になっ
たが、まだ剣を振るには影響はない程度だ。
﹁どれ、面白いもんを見せてくれた礼だ。ワシも剣技を披露すると
しよう﹂
76
大剣を上段に構えたジェラールは俺に向って振り下ろす。
おいおい、あの身の丈程もある大剣の剣筋が見えなかったぞ⋮⋮!
﹃全力で横にお跳びください!﹄
これまでに無いほど焦ったメルフィーナの声を聞き、俺は即座に
横に跳躍する。跳んだ直後、ズドンッ、と鋭い音が鳴り響いた。
﹁マジかよ⋮⋮!﹂
それまで俺が立っていた場所が真っ二つに斬られたのだ。ジェラ
アギト
初見で空顎を避けるとはな、楽しませてくれる!﹂
ールの奴、斬撃を飛ばしてきやがった!
﹁︱︱︱!!!
﹁不可視でこの速さか、悪い冗談だ﹂
メルフィーナの咄嗟の助言で助かったが、あのまま動かなければ
クレフトカズム
俺もあの地面と同じようになっていただろう。すまない、メルフィ
ーナ。
ジェラールが次の手を打つ前に、地表亀裂を唱える。床がジェラ
ールの足元を中心に亀裂が走り、次の瞬間大地が裂け、崩れていく。
流石のジェラールも、大地が変動すれば体勢を崩す。されど、その
兜の隙間から覗かせる鋭い眼光はケルヴィンを捉えている。
体勢を崩しながらも、ジェラールは見えない斬撃を再び放つ。ケ
ルヴィンではなく、壁の奥にいるであろうクロトに向けて。
77
チッ、あの不安定な足場でも御構い無しかよ。
アースランパート
絶崖城壁をもろともせず、斬撃は壁を通過し、奥の壁まで達した。
﹁ぬっ、スライムの姿がないだと!?﹂
その言葉を発すると同時に、崩れた地表から突如剣が現れ、ジェ
ラールの腹部目掛けて刺突が放たれる。その剣はカシェルの愛剣で
あったミスリルソードであった。スライムの軟体で裂けた地面を突
き進んだクロトが保管から取り出し放ったのだ。
﹁ぐ⋮⋮﹂
心眼持ちのジェラールも、視覚外かつ予想外であるこの攻撃には
対応できずに負傷してしまう。更に、クロトは体の密度を集中させ
硬質化した3本の槍の腕を撃ち放つ。
ジェラールはこれを剣で応戦、神速の如き剣速で全てを打ち払わ
れ、攻撃した筈のクロトが逆にダメージを負ってしまう。
本当に凄いな。
ケルヴィンは率直にそう思う。裏をかき、奇襲し、隙を突く。そ
のどれもが対応されている。
だが︱︱︱
﹁これで詰みだ!﹂
無理な体勢で迎撃を行ったジェラールは今、完全に無防備な状態。
78
エアプレッシャー
残りの魔力全てを込め、重風圧を発動させる。
﹁︱︱︱!?﹂
垂直に落とされる空気の重圧により、ジェラールの体には何十倍
もの負荷がかけられ、思うように動くことができない。ましてや、
腹にミスリルソードが刺さったままの状態だ。クロトの追撃をいな
しただけでも賞賛に値するだろう。
クロト、保管に回した全魔力でぶっ放せ!
クロトは地面の中で体を変化させる。その形姿はさながら口を大
きく開いたドラゴンのよう。そして、クロトの持つ最大の技を放出
する。
モータリティビーム
︱︱︱超魔縮光束。
開口部から放たれたそれは、ジェラールを貫き、古城を破壊し、
空の彼方へと消えていった。
79
第16話 報告
﹁確かに、黒霊騎士の鎧の一部を確認致しました。これで依頼完了
です!﹂
俺は今、ギルドで黒霊騎士討伐依頼の報告をしている。アンジェ
モータリティビーム
さんにジェラールの破損した鎧の欠片を見せているところだ。クロ
トが超魔縮光束を放った後、ジェラールは消滅してしまった。そう、
契約は失敗してしまったのだ⋮⋮
﹃ほう、この娘なかなかの別嬪さんじゃないか。王の側室候補かの
?﹄
⋮⋮ってのは嘘で、契約は無事完了した。したのはいいのだが、
俺のことを王と呼び出し始めた。その呼び方は止めろと反論したの
だが、意地でも止めないらしい。
﹃騎士が仕えると言えば、王と相場が決まっとるもんじゃ。まあ、
ワシの主となったんじゃから当然じゃろ﹄
カシェルと
この調子だ。公衆の場で呼ぶのは勘弁してもらいたい。
﹁ケルヴィンさん、本当に、本当によくご無事で⋮⋮
勝負になった時は、もう帰って来れないとばかり思っていました。
その上、黒霊騎士まで倒すなんて、ケルヴィンさんには驚かされる
ばかりです﹂
アンジェさんが涙ながらに喜んでくれている。かなり心配させて
80
しまったようだな。カシェル達については新人をターゲットにし、
経験値狩りをしていたことをギルドに報告している。殺してしまっ
たことについてのお咎めはなく、逆に感謝されてしまった。どうや
ら犯罪者の殺害については、現代よりも随分緩いようだ。
﹃王も隅に置けんな。既に婚約者がいると言うのに他の娘にも手を
出すとは⋮⋮﹄
﹃全くです。あなた様は私の婚約者なのですから!﹄
おい、器用に脳内で口笛を吹いて誤魔化す
メルフィーナの婚約者でもないし、お前は俺を出汁にして仕事サ
ボってるだけだろ⋮⋮
な。
﹁それとですね、ケルヴィンさん。今回の依頼の報酬はギルド長か
そう言えば、まだお会いしたことがありませ
ら直に受け渡されます。2階の部屋へお願いします﹂
﹁ギルド長ですか?
んね。なぜ今回はそのような形になったんです?﹂
パースの街に来て一週間、ギルドには毎日出入りしていたが、ギ
ルド長らしき人はまだ見ていない。2階は関係者以外立ち入り禁止
だったしな。
﹁今回の黒霊騎士討伐はD級の枠を大きく超えた難度でした。E級
であるケルヴィンさんに対し、特例のランク昇格、そしてギルド長
直々に謝礼があるそうですよ。﹂
アンジェさんの言葉に周囲の冒険者は﹁おおっ!﹂と歓声をあげ
た。いつの間にか、酒場の冒険者達に注目されていた。
﹁あはは、黒霊騎士を倒した功績も凄いことですが、カシェルの悪
81
事を暴いたことで一気に有名になってしまいましたね﹂
ケルヴィンに感謝や賞賛の言葉を掛けようと、周囲に冒険者達が
続々と集まってくる。
今度成功の秘訣を教え
黒霊騎士に私の仲間が一人殺されたの。敵を
﹁アンタのおかげで清々したよ。カシェルの野郎には頭にきてたん
だ!﹂
﹁うっ、ひくっ⋮⋮
とってくれてありがとう⋮⋮﹂
﹁たった1週間で大出世じゃねーかおい!
てくれや!﹂
褒め称えてくれるのはありがたいが、その原因の1つである黒霊
騎士がここにいるので何とも言えない気持ちになってしまう。
と疑いたくもなるが、助け舟を出しておこう。ジ
﹃違うんじゃ、その時はまだ自我がなかったんじゃ!﹄
本当かよ⋮⋮
ェラールとしては、討伐にやってきた冒険者達に攻撃されれば反撃
せざるを得なかったのだろう。実際、王座の部屋に入るまでジェラ
ールは何もしてこなかったしな。
﹁それにしてもよ、カシェルは冒険者ランクこそD級ではあったが、
実力はC級、下手したらB級並の強さだったんだぜ。どうやって倒
したんだ?﹂
冒険者の一人がふと疑問を口にした。カシェル達は悪人ではあっ
たが、パーズ一の実力も伴っており、誰も手を出せずにいたらしい。
﹁たまたま運が良かったんですよ﹂
82
当たり障りない言葉を残して、ケルヴィンはそそくさとギルドの
2階に上がってしまう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱コンコン。
ドアを叩くと、中から﹁どうぞ﹂と男の声が聞こえてくる。
﹁失礼します﹂
ケルヴィンが部屋に入ると、初老の、いかにも紳士といった風体
の男がデスクに座りながら出迎える。
﹁やあ、君が噂のケルヴィン君だね﹂
﹁ええ、初めまして﹂
﹁ああ、すまない。挨拶がまだだったね。私が冒険者ギルド・パー
ズ支部ギルド長のリオだ﹂
リオと名乗る男は片眼鏡に手を当てながら自己紹介する。温厚な
表情で話す姿は好々爺然という言葉が良く似合う。ケルヴィンも礼
を尽くし対応していたが、実の所かなり焦っていた。
あー、これバレたなー。やべー。
といった感じで半分投げ槍である。その理由は、ケルヴィンが鑑
83
定眼で覗いたリオのステータスに並ぶ1つのスキルが原因だった。
︱︱︱鑑定眼︵A級︶
ケルヴィンのステータスが白日の下に晒された瞬間であった。
84
第17話 異世界人
﹁それにしても今日は良い天気だね、君にとっては冒険日和なんじ
ゃないかい?﹂
﹁そうですね、今すぐにでも出発したい気分ですよ﹂
﹁ハッハッハ、真面目なのは結構だが、たまにはゆっくり体を休め
ることも必要だよ﹂
﹁フフフ、振ってきたのはギルド長じゃないですか﹂
ケルヴィンとリオの会話内容は至って普通なのだが、何やら部屋
の中は不穏な空気だ。こんな所に間違ってアンジェが入って来でも
したら、穏やかに談笑する姿で行われる水面下の腹の探り合いに違
和感を感じるだろう。
﹁参ったな、これは一本取られたよ。ところでケルヴィン君は異世
界人なのかな?﹂
自然な会話の流れでとんでもない事聞いてくるな、この狸。ちな
みにクロトやジェラールには俺の素性を話している。この世界には
俺以外にも異世界人は極稀ではあるがいるそうだ。ジェラールに限
っては、生前何度か会ったこともあるという。有名なところだと、
メルフィーナが転生させたらしい美男美女の勇者4人組だ。機会を
見て俺も会ってみたいものだ。
︱︱︱結構な時間行われている牽制の投げ合いに、ケルヴィンは
かなり疲れていた。報酬を頂きに来た筈が、行き成り境地に立たさ
れたのだ。今日は厄日だと自分を呪っている。胆力のスキルで何と
かポーカーフェイスは守られているものの、内心かなりボロボロで
85
あった。
﹁⋮⋮冒険者の素性を探るのは御法度の筈ですよ﹂
﹁否定はしないのかね?﹂
こいつ、何が狙いだ?
警戒する俺にリオはふうっと小さく息を吐く。
﹁すまない、私とした事が意地の悪い質問をしてしまったね﹂
﹁気にしてない、とは言えませんが、その意図を聞いてもよろしい
ですか?﹂
リオは眼鏡拭きを懐から取り出し、片眼鏡を擦りながら答える。
﹁カシェルのことはアンジェ君から聞いたよ。重ねて黒霊騎士討伐
を君一人で、いや、君の配下と共に倒したと言った方がいいか。君
は召喚士だね?﹂
﹁やはり私のステータスを見られましたか。それで、何が望みです﹂
﹁別に君と敵対したい訳じゃないんだ、そこは勘違いしないで説明
を聞いてくれ。むしろ協力体制を築きたいと思っている﹂
﹁⋮⋮詳細を聞いても?﹂
リオが椅子を勧めてきたので、ひとまず座ることにする。
﹁まずは君を異世界人と判断した理由を話そうか。君も鑑定眼を持
っているようだから分かると思うが、私もA級鑑定眼を所有してい
る。ちなみにステータスを拝見したのは3日程前だ。アンジェ君か
ら有望な新人が居ると聞いて、影から見させてもらったよ﹂
86
今さっきの話ではなかったのか。俺が街中で確認したスキルは最
も高くてもC級が精々だった。隠蔽をB級まで上げておけば当分は
つくづく俺は詰めが甘いな。
大丈夫だろうと考えていたが、まさかこの短期間にリークされてい
たとは⋮⋮
﹃ステータスなんぞ、何時までも隠し切れるもんでもないわい。大
切なのは、その秘密を共有できる友を増やすことじゃ。王よ、シャ
ッキリせい!﹄
﹃私達も可能な限りサポートしますよ﹄
そうだ、な。まずはリオの話を聞くとしよう。全く、心強い配下
達だ。
﹁君のステータスをみて疑問を感じる点があった。レベルの高さと
召喚士の職業、そして所持するスキルランクが成り立っていないん
だ。どんな天才でもそのレベル帯で召喚術を取得することは不可能
だ。できるとすればこの世界とは別の世界の住人、レベル1から高
位のスキルを持つ異世界人だけだ。君のスキルは既にS級冒険者の
それなんだよ﹂
﹃彼が言っていることは真実です﹄
なら、もう隠す必要もないか。
﹁おっしゃる通り、私は異世界人です。その話振りだと、他にも会
ったことがあるようですね﹂
﹁神皇国デラミスで勇者が召喚された時にね﹂
ああ、メルフィーナがそんな話をしていたな。あまり関わりたく
なさそうにしていたが。
87
﹁それなら、カシェルとその仲間が犯罪者だと言う事も知っていた
のでは? なぜ野放しにしていたのです?﹂
﹁それについては謝らなければならない。カシェルはトライセン国
のファーゼという名門貴族の出でね。他国の貴族ってのはなかなか
手を出し辛いもので、その証拠が欲しかったんだ﹂
カシェルが貴族、ね。見た目はそれっぽかったけど、この世界で
の貴族の力は結構なもんなのか。
﹁と言っても、手回ししているところで彼が勘当されたことがつい
先日分かった。何やら問題を起こしたみたいでね、それが称号の元
となったのかもしれない。それで、やっとこちらも動き出せる段階
になって現れたのが君さ、ケルヴィン君﹂
何とも素晴らしいタイミングで接触してしまったようだな、俺。
﹁もちろん、普通の新人であれば無理矢理にでも止めた。だが、君
のステータスは異常だったからね。もしやと思って君に賭けてみた
訳さ﹂
﹁それで私が死んでしまったら、どうする気だったんです?﹂
﹁あはは、ごめん﹂
こいつ、紳士的な風貌とは裏腹に相当な狸だ!
﹁そんな顔しないでくれよ。その代わり、特別報酬も出すし、良い
提案も準備している﹂
﹁それが協力と繋がる訳ですね。それで具体的にどのようなことを
?﹂
﹁デラミスの巫女は神の預言を賜り、勇者を召喚した。巫女が言う
には、魔王復活が近いうちに起こるそうだ。この所、その影響か大
88
陸中でモンスターが凶暴になってきている﹂
﹁⋮⋮それで?﹂
﹁君が討伐に向かった黒霊騎士が強力になっていたのも、魔王が原
因だと思われる。本来であればD級の依頼だったのだが、犠牲者が
多過ぎた。いくら勇者と言えど、大陸中を護って回る訳にはいかな
ということ
いんだ。何よりも彼らには魔王討伐に専念して貰いたい﹂
なるほどな、リオの意図が読めた。
﹁勇者の代わりに、モンスターの脅威を取り除け⋮⋮
ですか?﹂
﹁⋮⋮恥ずかしながら、ギルドでも人手が足りていないんだ。高ラ
ンクの冒険者ともなると、この周辺の街では1人いるかいないかで
ね。B級以上の依頼をこなせる者が不足しているんだ﹂
この辺り一帯は低レベルモンスターばかりで基本的に平和だ。そ
れもあって高ランクの冒険者はこれまでパーズにはいなかったのだ
ろう。カシェルが筆頭だったくらいだしな。そんな中、目と鼻の先
にある悪霊の古城で強力なモンスターが出現したことでリオは焦っ
ていたようだ。
﹁君には他の者では達成できない依頼を受けて貰いたい。それに見
合う報酬は出すし、様々なサポートもしよう。もちろん無理だと思
えば依頼を断ってもらっても構わない。要は君のような有望な者が、
低ランクにいては不釣合いだと考えているんだ﹂
﹁つまり、特例で冒険者ランクは上げるが、どの依頼を受けるかは
私の裁量に任せると?﹂
﹁その通りだ﹂
﹁条件が余りに良過ぎると思いますが﹂
﹁正直に言うと、召喚士である君の力はどこに行っても喉から手が
89
出るほど欲しい人材なんだ。ギルドでもそれは同じでね。どこかに
取り込まれる前に冒険者として高みに上ってもらおうかとね﹂
リオは申し訳なさそうな顔をする。
﹁君は召喚士であること、異世界人であることを隠していたね。ギ
ルドに協力してくれるのであれば、必ず自由は約束しよう。貴族の
詰まらない権力争いに巻き込まれたくなかったんだろう?﹂
見透かされてるな。しかし、その条件であれば俺には文句はない。
﹁分かりました。協力しましょう﹂
ケルヴィンとリオは立ち上がり、握手を交わす。
90
第18話 奴隷
リオとの交渉を終え、精霊歌亭に戻ってきた。結果から言うと、
俺の冒険者ランクはB級に昇格した。本来であればC級から昇格試
験があるそうなのだが、カシェルに勝利した功績とギルド長の推薦
で押し通したらしい。見掛けによらずアクティブな人だ。討伐報酬
もとんでもない額を貰ってしまった。ジェラール、どんだけ返り討
ちにしたんだよ。
﹁聞いたよケルちゃん。B級冒険者になったんだって?﹂
クレアさんはもう聞きつけたようだ。奥様の情報網ぱないっすね。
冒険者を始めて1週間、この精霊歌亭にずっとお世話になってい
る。アンジェさんの見立ては確かで、良い宿屋なのだ。何より料理
が美味い。
﹁情報が早いですね。誰に聞いたんです?﹂
﹁冒険者の間で噂になってるよ。うちの客層は若いそいつら中心さ
ね。嫌でも耳に入ってくるってもんさ﹂
﹁個人的には目立ちたくないんですけどねー﹂
﹁何言ってるんだい。1週間でB級まで昇格する奴なんてあたしゃ
聞いたことないよ。そりゃ目立たない方が可笑しいさ﹂
ですよねー。
﹁そうだ、クレアさん。今日の夕飯、帰ってきてから一人分追加し
ても大丈夫ですか?﹂
91
﹁構わないけど、お友達でも連れてくるのかい?﹂
﹁そんな感じです﹂
﹁了解したよ、お祝いに今日は一品増やそうかね。これからも頑張
んな!﹂
﹁その言葉を待っていました!﹂
豪勢な夕食を確保し、俺は部屋に向かう。
﹃出掛けるのか?﹄
マジックローブから私服に着替え、クロトバンクから金銭をおろ
していると、ジェラールが聞いてきた。
﹁ああ、ちょっと奴隷を買いにな﹂
﹃⋮⋮王も盛んな歳じゃからな、いや男なら普通のことじゃよ﹄
﹁何か勘違いしていないか?﹂
この世界には奴隷が存在する。借金の形にされる、親に売られる、
誘拐されるなど、奴隷の身分に落ちる理由は様々だ。奴隷には従属
の首輪というマジックアイテムがはめられ、一種の呪い状態に陥る。
奴隷が売却された時に主人の血を首輪に触れさせ、専用の呪文を使
うことで初めて契約は成立する。この契約で奴隷は主人を害するこ
とが呪いによってできなくなる仕組みだ。奴隷は主人の所有物とな
り、何らかの正当性がない限りは他者が奴隷を殺すことは法で禁じ
られている。これに関してはどの国も共通のようで、貴族であろう
と重罰に処されることとなる。しかし、主人は奴隷の所有者である
ので、どう扱おうが認められているのだ。それらの経緯もあり、奴
隷の扱いは決して良いものとは言えない。
﹃奴隷を訓練し、パーティに入れるのですね?﹄
92
﹁ああ、前にメルフィーナと相談していたんだ﹂
生まれながらの奴隷は才能値ポイントを全く使っていない。従属
の呪いにより、奴隷は主人の許可が出ない限り、スキルを取得する
ことができない為だ。これにより主人好みのポイント配分ができる。
﹁ジェラールとの戦いはかなりギリギリだった。これからはそんな
グレードのモンスターを相手するんだ。少しでも戦力を増やしてお
いた方がいいだろ?﹂
﹃道理じゃな。それで、女の奴隷にするのか?﹄
﹁当然だろ﹂
男の奴隷を買って何が嬉しいのか。
﹃⋮⋮⋮﹄
メルフィーナさんの沈黙が痛いがこればかりは譲れない。なんた
って男のロマンだもの!
﹃わかる、わかるぞ王よ!﹄
ジェラールは心の中で︵やっぱりそっち目的も含まれてるんだな︶
と思いつつも賛成する。
我が騎士の賛同も得たことだし、これで3:1で多数を決した。
クロトは元から俺に反対しないしな。それでは行くとするか。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
93
奴隷になったばかりの為、
奴隷商にて、奴隷商人と共に商品を見て回る。当然商品とは奴隷
のことだ。
﹁この獣人の娘などはどうでしょうか?
スキルポイントは使われておりますが、どれも戦闘系のスキルです﹂
それなりに容姿の整った獣人を紹介され、俺は鑑定眼を発動させ
る。確かにスキルは格闘術や剛力を取得しているが⋮⋮
﹁悪くはないが、ポイントを使っていない奴隷をお願いしたい﹂
﹁そうなりますと、そうですな⋮⋮﹂
奴隷商人が思案している中、ふと部屋の隅に目をやると、檻に入
れられたエルフがいた。地毛は金髪なのだろうが、汚れて髪がくす
んでしまっている。着ている服も他と比べて粗末なものだ。耳がや
や短いからハーフエルフか。なぜか手錠をされている。
あのハーフエルフはまだ紹介されていなかったな。
鑑定眼でステータスを見る。
店主、あのハーフエルフは?﹂
ああ、アレですか。つい先日流れてきたのですが、呪い
﹁⋮⋮⋮!?
﹁はい?
持ちでしてね。手で触れた物を燃やしてしまうんです。弓も持てな
きゃ玩具としても使えない。高名な僧侶様に解呪して貰っても、呪
いは消えませんでした。正直、買い手がなくて困ってるんですよ﹂
メルフィーナ、呪いの解除はどの程度で可能だ?
94
セイクリッドブレス
よろしいのですか?﹂
大丈夫だ、足りる。
﹃火竜王の呪いですね。A級白魔法︻神の救済︼なら解呪可能です﹄
スキルポイントは⋮⋮
﹁この娘、売ってもらえるか?﹂
﹁ええ、私としては構いませんが⋮⋮
﹁ああ、よろしく頼む﹂
奴隷商人は手錠を外し、ハーフエルフを檻から出るようにただす。
﹁出るんだ。お前の買い手が決まった﹂
﹁⋮⋮え?﹂
ハーフエルフは自分を買う者がいるとは思わなかったようだ。檻
結構あった。顔は前髪で隠れてしまってよく
から出たハーフエルフの体は痩せ細っており、髪もぼさついてしま
っている。胸は⋮⋮
見えないが、美しい造形をしているのは良くわかる。エルフはこの
世界でも美男美女で知られているのだ。ハーフエルフもまた然り、
だ。
﹁これより、契約の儀を行います﹂
奴隷商人が俺の血を吸わせたハンカチをエルフの首輪に触れさせ、
呪文を唱える。
﹁これで完了ですな。呪いでどうなっても、私共は責任は持てませ
んぞ?﹂
﹁構わんよ﹂
95
私を買って下さり、ありがとうございます。エ
ハーフエルフに向き直る。
﹁え、ええと⋮⋮
フィルと言います﹂
﹁俺はケルヴィンと言う。これからよろしく頼む﹂
﹁よろしく、お願いします⋮⋮﹂
エフィルはまだ緊張しているようだ。
﹁あの、私、呪いが⋮⋮﹂
﹁とりあえず、ここを出るとしよう﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
人気のない路地裏まで歩いてきた。エフィルがどんどん暗い顔に
なっていく。
﹁あ、あの⋮⋮﹂
﹁それじゃ、エフィルの呪いを解くとしようか﹂
﹁⋮⋮え?﹂
先ほど白魔法をA級まで上げておいた。MPも十分足りており、
後は唱えるだけなのだ。
セイクリッドブレス
神の救済を唱える。淡い光がエフィルの手に集約し出し、少しす
ると光が散った。
96
﹁これで解呪完了だ﹂
え⋮⋮?
な、何で?﹂
試しにエフィルの手を握ってみる。うん、柔らかい。
﹁あ、危な︱︱︱
エフィルは信じられないという顔をこちらに向けてくる。そして
⋮⋮
﹁う、うええぇぇぇん!﹂
泣き始めてしまった。
97
第19話 エフィル
﹁⋮⋮落ち着いたか?﹂
俺は今、エフィルを抱き寄せながら頭を撫でている。エフィルの
背はやや低く、170センチの俺と顔一つ分の差ある。撫でやすい。
なぜこんな状況になったのか。火竜王の呪いを解いたら、急にエ
フィルが泣き出してしまったのだ。どうして良いものか分からず唖
然としていると、エフィルが泣きながら俺の胸に顔をうずめてしま
った。だからこうして泣き止むまで慰めていたのである。胸が当た
ってることについては気にしない、気にしてはいけないのだ。
﹁ひっく、うぅ⋮⋮﹂
クリーン
撫でながらE級緑魔法︻清風︼を唱えておく。全身の汚れを落と
す風呂いらずの魔法だ。しかし爽快感は皆無なので、便利と言えど
やはり風呂には入りたいものだ。奴隷商での扱いが悪かったせいか、
エフィルは全身汚れていた。女の子をそんな状態にさせておく訳に
はいかないからな。うん、髪も綺麗になった。
﹁⋮⋮急に泣いてしまってごめんなさい。私、小さい頃から人に触
れたことがなくって﹂
泣き止んだエフィルを一先ず離す。
﹁呪いのせいか?﹂
﹁はい、私自身は大丈夫なのですが、それ以外は手で触れると燃え
98
てしまって⋮⋮﹂
エフィルは目に涙を溜めている。これまで人との関わりが希薄だ
ったのだろう。
﹁いつから奴隷だったんだ?﹂
﹁物心ついた頃には奴隷でした。両親は顔もわかりませんが、生ま
れてすぐに私は売られたと聞いています⋮⋮﹂
﹁そっか、今まで大変だったんだな﹂
エフィルがこれまでどんな苦労をしてきたのかは、俺にはわから
ない。しかし、これから同じような悲しみを味わわせたくはない。
﹁エフィル、俺は冒険者だ。君を鍛えてパーティに入れようと考え
ていた。それが嫌であれば、また別の道も探したいと思うが、どう
する?﹂
﹁ご主人様に一番役立つことを、冒険者のお手伝いをしたいです!﹂
迷いなく、真っ直ぐな目でエフィルは即答した。
﹁エフィルの思いは確かに受け取った。改めて、これからよろしく﹂
手を差し出す。
﹁よろしくお願いします!﹂
エフィルは両手で俺の手を握った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
99
∼∼∼∼∼∼∼
﹁クレアさん、ただいま戻りました﹂
俺はエフィルを連れて精霊歌亭に戻ってきた。すぐにクレアさん
が出てくる。
﹁おやお帰り、ってどうしたんだい、その娘!?﹂
クリーン
クレアさんがエフィルのもとに駆け寄る。まあいくら清風で綺麗
にしたと言っても、服はボロボロのままだ。世話焼きのクレアさん
が慌てるのも当然だ。
﹁奴隷商で買ったんです。エフィルと言います﹂
エフィルに簡単に挨拶をさせる。
もう店
エフィルち
﹁すみませんが、エフィルが着れる様な服はありますか?
が閉まっていまして⋮⋮﹂
﹁ケルちゃんは相変わらず抜けてるね。任せときな!
ゃん、こっちの部屋で好きな服をお選びよ﹂
抜けてるワードが俺の胸に突き刺さるが、何とか受け流す。準備
ができるまで座って待つとしよう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
100
﹁⋮⋮長いな﹂
待つこと30分、まだ出てくる気配はない。店は他の店員さんが
対応しているので大丈夫なのだが、何に時間を取られているのだろ
うか?
﹃女の身支度は時間がかかるもんじゃ﹄
﹃今のうちに彼女のスキル構成を考えておきましょうか﹄
更に15分が経つ。
﹁待たせたね!﹂
クレアさんが勢いよくドアを開けて出てきた。
﹁エフィルちゃん、晴れ姿をご主人様に見せてあげな﹂
﹁は、はいっ﹂
エフィルがおずおずと部屋から姿を現す。
率直に言って見違えた。顔を隠すほど長かった前髪を切り整え、
腰まで伸ばした黄金の髪は首の後ろで束ねている。正面から初めて
見たエフィルの素顔は、可愛さと綺麗さを兼ね備えており、王族の
気品さえも感じさせる。エルフ特有のその肌は陶器の様に白く、滑
らかで美しかった。この時になって初めて、俺はエフィルが飛び抜
けた美貌を持つ美少女だったのだと認識した。
﹁どうでしょうか?﹂
101
赤面しながら、そんな美少女が見上げてくるのだ。これはクラッ
とくる。
﹁あ、あの、ご主人様?﹂
﹁あ、ああ、すまない。見惚れていた﹂
思わず本心を言ってしまう。
﹁あ、ありがとうございましゅっ!﹂
噛んだ。ほんのり赤くしていたその肌が更に染まっていく。やば
いなこの娘。胆力を持ってしても耐えられる自信がない。
しかし、1つ疑問がある。
﹁なぜメイド服?﹂
エフィルはメイド服を着ていたのだ。いや、個人的には大満足な
のだが。
﹁服はすぐに決まったんだよ。以前娘が客引き用に着ていた物なん
だけど、サイズはピッタリだった。エフィルちゃんがこれが良いっ
て聞かなくてね﹂
それにしても、客引きと
﹁御奉仕するにはこの服が良いって、昔習ったので⋮⋮﹂
奴隷商人のおっちゃん、グッジョブ!
もっと動
して着るとは、なかなかできる娘だ。この宿の未来は安泰だな!
﹁でも、これからケルちゃんのパーティに入るんだろ?
きやすい服がいいんじゃないのかい?﹂
102
﹁それについては良い考えがあります。ひとまず、こちらの服をお
借りしても?﹂
それを脱がすなんてとんでもない。
﹁どうせ今は使ってない服だ。エフィルちゃんにあげるよ。同じや
つが何着かあるから、一緒に持っていきな﹂
﹁あ、ありがとうございます、クレアさん!﹂
﹁いいんだよ。エフィルちゃんを可愛く仕立てることができたんだ。
あたしゃ満足だよ!﹂
クレアさん、なかなか男前である。さて、夕食まで少々時間があ
る。俺の部屋に戻って⋮⋮
﹁あ、そういえば部屋を変えなきゃな。クレアさん、今から2人部
屋に移れますか?﹂
﹁今日はもう空いてないよ。悪いけど、明日まで我慢しておくれ﹂
いや待て、ベッドは1つしかないのだ。それはまずい。
﹁私は床で寝ますので、大丈夫ですよ﹂
﹁エフィルがベッドで寝なさい。俺が床で寝る﹂
これは譲れん。ここで譲ったら男が廃ってしまう。しかし、俺が
私がとエフィルもお互いに譲らない。
問題ないじゃないか﹂
﹁一緒に寝ればいいじゃないか。エフィルちゃんはケルちゃんの奴
隷なんだろ?
クレアさんがとんでも発言をする。何揉めてんだこいつらみたい
103
な顔で見ないでください。
思わずエフィルと互いを見合ってしまう。未だ解決策を見出せな
い俺達はこの問題を先送りにし、とりあえず部屋に戻るのであった。
104
第20話 育成方針
部屋に戻った俺はベッドに、エフィルを椅子に座らせる。問題は
さて置き、現状について説明しておこう。
﹁さて、まずは色々説明しないとな。俺の職業は召喚士なんだが、
召喚士って何だかわかるか?﹂
﹁ええと、わかりません⋮⋮﹂
まあ、奴隷商で育ったんであれば、そうだよな。徐々に覚えて貰
うしかないだろう。
﹁こんなことができる﹂
俺は左右にクロトとジェラールを召喚する。
ご主人様、突然人とモンスターが!﹂
﹁御機嫌よう、お嬢さん。ワシは配下のジェラールと申します﹂
﹁え、ええ!?
ジェラールは騎士らしい挨拶をしたが、エフィルは驚きのあまり
聞いていなかったようだ。どんまい。
﹁エフィル、落ち着いて。順々に説明する﹂
召喚士、クロト達配下について、そしてこれからの方針を教えて
いく。
105
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁︱︱︱ってな訳で、極力俺が召喚士ってことは秘密にしたいんだ﹂
﹁なるほど、ご主人様は凄い方だったんですね﹂
エフィルは感心したように、しきりに頷いている。
﹁ジェラールさん、先ほどは驚いてすみませんでした。クロちゃん
もごめんね﹂
﹁ハッハッハ、構いやせんよ﹂
クロトは元の膝下サイズに戻り、エフィルの膝上に乗って撫でら
れている。どうやらお互い打ち解けたようだな。
﹁もう一人、メルフィーナという天使もいるんだが、まだ俺の技量
はい、楽しみにしてます!﹂
が足りなくて召喚できないんだ。時がきたら紹介するよ﹂
﹁天使様ですか!?
﹃私も楽しみにしてますよ﹄
エフィルには聞こえていないが、非常に優しげな声で答える。メ
ルフィーナも純真な彼女を好んでいるようだ。
﹁それで、エフィルのスキル配分についてなんだが⋮⋮﹂
本日の主題について話を振る。
﹁先ほどのスキルの件ですね。ご主人様にお任せします﹂
﹁いや、最初に俺が指定したスキルを2つ取った後は、エフィルに
106
任せようと思う﹂
これはメルフィーナ達と相談して決めたことだ。これまで自分で
選択することができなかったエフィルには、少しでも自分で選ぶ権
でもそのようなこと、私にはもったいないです﹂
利を与えてやりたい。
﹁え?
﹁なら少し付け加えようか。自分でしっかり考えて使いなさい﹂
スキルの数はそれこそ全て見ようとすれば、百科事典の厚みに達
する。それを全て把握するのはまず不可能なので、普通はキーワー
と評判になる
ドを思い浮かべ、検索にかけて探すのだ。だが、この世界の人間は
検索にかけるのも面倒なようで、一般的に使える!
ような有名所のスキルしか覚えない傾向にある。まあ、スキルポイ
ントは限られている。失敗しないように、そうなるのは当然と言え
ば当然か。
﹁私自身が、考えて⋮⋮﹂
﹁時間はある。ゆっくり考えるといい﹂
それでいい。自分で考えることで、エフィルの成長にも繋がるだ
ろう。
﹁ああ、そうそう。先に取ってほしいスキルなんだが、成長率倍化
とスキルポイント倍化を取ってくれ﹂
俺がチートである所以の1つ、倍化スキル。他に持っている奴を
見たことは、なぜかまだない。もしかしたら、倍の成長率やスキル
を得るって考えがないのかもしれない。それに加え、取得するにも
結構なポイントが必要なのだ。レベル1で得るのがベストだが、と
107
てもじゃないがポイントが足りない。だが、エフィルの場合は⋮⋮
==============================
=======
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 奴隷
レベル:1
称号 :なし
HP :8/8
MP :15/15
筋力 :2
耐久 :2
敏捷 :4
魔力 :4
幸運 :1
スキル:
補助効果:火竜王の加護
スキルポイント:400 ==============================
=======
才能値ポイントが400もあったのだ。一般的な才能値ポイント
が50、なんと8倍だ。これは十分に成長率倍化、スキルポイント
倍化を取得できる値だ。
そこに俺の経験値共有化スキルが加わる。パーティを組む際、経
験値は敵を倒した者が多く貰える。だがこのスキルがあれば、パー
ティ内の誰が敵を倒しても、倒した者と同量の経験値を全員が得る
ことができるのだ。まずはこれを利用し、エフィルの育成に役立て
ようという魂胆だ。ちなみに経験値倍化スキルも探してみたが、な
108
ぜかこれだけ必要スキルポイントが一桁大きい。頑張れば取れない
いえ、何でもないです﹄
事もないが、無理して取る必要もないか。
﹃あ、それ設定間違え⋮⋮
おい。
﹃冗談です﹄
本当かよ。まあいい、これら倍化スキルの情報は今のところ俺達
が独占していると思われる。他言しないようにとエフィルにはよく
言っておいたが、そうなるとエフィルのステータスの隠蔽はどうす
るか、という問題が浮上する。だが心配はない。最近発見したこと
なのだが、ステータスの隠蔽はパーティ内であれば自分以外にも使
える。俺の隠蔽スキルを早いとこS級にまで上げればいいだけの話
なのだ。
ちなみに、隠蔽の効果時間もスキルランクに影響する。F級なら
1分足らず、E級なら10分間、D級なら1時間といった感じだ。
S級ともなると、1年くらいは有効なんじゃないだろうか。
セイクリッドブレス
話が脱線してしまったな。エフィルの補助効果を見てみると、呪
いが反転して火竜王の加護になっていた。これは神の救済の効果に
よるものだ。呪いを加護の力に上書きするといった、反則めいた効
果だ。最も、発動するにもMPが馬鹿みたいに消費され、長年呪い
と共に生きた者にしか効果がない。狙って呪いを加護にしようと企
んでも、なかなかできることではない。
﹁ご主人様、この加護はどういったものなんですか?﹂
﹁火属性の威力と耐性を高めるらしい。赤魔法と相性がいいかもな﹂
109
﹁火、ですか⋮⋮﹂
まだ、エフィルは火に対しての恐怖があるように見える。
﹁エフィル、火は何も戦いだけに使うものじゃない。クレアさんが
料理をする時だって使う、人の生活に不可欠なものだ。夜には灯り
にだってなる。要は使い方次第なんだ。それに、無理にこの加護を
使う必要もない﹂
﹁⋮⋮いえ、私、ご主人様の手伝いをするって決めたんです。戦闘
でも、きっと使いこなしてみせます!﹂
⋮⋮本当にいい娘だな。言葉ではああ言っているが、本当はまだ
怖いんだろうに。
﹁わわっ、えへへ﹂
思わずエフィルの頭を撫でてしまった。ま、本人が笑顔で喜んで
いるので良しとしよう。
﹁おっと、そろそろ夕食の時間だ。喜べエフィル、クレアさんの料
理は絶品だぞ!﹂
﹁はい、頑張って味を盗んで覚えます!﹂
頑張る方向が明後日に飛んでいきそうだ。
110
第21話 暗紫の森
エフィルを俺達の仲間に迎え、一ヶ月の月日が流れた。
当初の予定通り、エフィルを冒険者ギルドに登録させ、徐々に慣
れさせながら依頼を遂行していた。今日も元気に討伐依頼の真っ最
中だ。
﹁かなり遠いが、見えるか?﹂
木の上で辺りを見回すエフィルに尋ねる。
﹁問題ありません。エルダートレントが3体、ブラッドマッシュが
2体います﹂
﹁相変わらずエフィルは眼が良いのう。ワシには全く見えんよ﹂
俺達は今、B級ダンジョン︻暗紫の森︼の最深部にいる。エフィ
ルは既にC級冒険者にまで昇格した。最初こそ戸惑うことも多々あ
ったのだが、そこからはトントン拍子でランクアップを果たしてい
る。
﹁よし、エフィルの狙撃を合図に戦闘開始だ﹂
﹁承知致しました﹂
エフィルは自らの武器として弓を使用している。自分でスキル配
分を考えるよう伝えた翌日、エフィルは弓術と千里眼のスキルを、
手持ちポイントの限界まで上げたのだ。スキル効果の後押しもあり、
問題なく弓を扱うことができた、いや、でき過ぎていた。ギルドの
111
練習場で初めて矢を射った時、全て的のド真ん中に命中したのだ。
初めて弓に触った素人がだ。俺や何気なく見学していた周囲の冒険
者達は目が点になったもんだ。
﹁クロちゃん、よろしくね﹂
エフィルの肩には手のりサイズになったクロトが控えている。小
さくなってもその強さは変わらず。腕利きの護衛役として要役を任
せている。
﹁いきます﹂
弓を引き、放つ。視界の悪い森の中、数百メートルはあろう距離
を物ともせずに矢はモンスターに吸い込まれていく。
﹁グボウッ!?﹂
矢は見事エルダートレントの頭部に突き刺さり、ズドンと大きな
音を立てながらモンスターであった大木が倒れる。残ったトレント
達は辺りを警戒し始めたようだ。しかし、エフィルは未だ発見され
ていない。
﹁まったく、メイド姿でよくやるわい﹂
﹁あれはエフィル作の特注品だしな。オーダーメイドなだけに補助
効果盛り沢山だ﹂
﹁メイドだけに、ですかな?﹂
﹁いや、そういう意味じゃなくてだな﹂
彼女が今着ているメイド服は、クレアさんから貰ったメイド服を
戦闘用に仕立てたものだ。元々は俺が裁縫のスキルを取得して作成
112
しようとしたのだが、珍しくもエフィルに反対されてしまった。
﹃裁縫は私に取得させてください!﹄
どうやらエフィルの目指すメイドは、裁縫もこなさなければなら
ないらしい。それからレベルアップで得た成長スキルポイントを使
い、今の装備を作り上げる力量までに至る訳だ。ちなみにあの戦闘
用メイド服は3作目である。レアな素材を手に入れては縫合し直し、
スキルランクを上げては作り直した努力の結晶である。
そちらをエフィルに任せられるならばと、俺は鍛冶のスキルを取
得した。パーズで購入することができる装備の質に限界を感じてい
た為だ。それならば各人に合わせた武器防具を俺が作ってしまえ!
という少々短絡的な考えである。スキルを取得したまでは良かっ
たが、鍛冶道具や場所はどうしたものかという問題に直面してしま
った。とはいえ、これはギルド長のリオが解決してくれた。ギルド
伝手で工房を借りることができたのだ。顔なじみの工匠の指導と鍛
冶スキルの補助の下、何とか鍛冶ができるようになった。後は練習
&練習である。お蔭様で色んな物が出来上がった。
﹁グバッ!﹂
ジェラールと暢気に談笑している内に3体目のモンスターが射倒
される。弓術と千里眼によるアウトレンジ戦法は強烈だな。これだ
けで大抵の戦闘が終わってしまう。
﹁残り、エルダートレント1体、ブラッドマッシュ1体です﹂
﹁む、王よ﹂
ジェラールの目配せと同時に、地面から幾本もの強靭な根が突き
113
出る。エルダートレントがこちらに気が付いたようだな。流石、腐
ってもB級モンスターだ。
﹁もう終わってるけどな﹂
その言葉と共に、2体のモンスターは地に伏せる。圧倒的な風の
エアプレッシャー
圧力の前に、B級モンスターは前を向くこともできない。ケルヴィ
ンの重風圧は益々圧を増し、やがてモンスターを大地へ押し潰した。
﹁むう、お二人の活躍でワシの出番がなかなか回ってきませんな⋮
⋮﹂
﹁安心しろ、そろそろこの森のボスだ﹂
歩を進める俺達の前に、一本の大樹が生える広場が現れる。その
ブレイズアロー
高さは他の木々を圧倒し、紫色の禍々しい木肌は見る者に畏怖の念
を抱かせる。
﹁これが邪賢老樹、ですか﹂
﹁うーむ、毒々しいのう。触りたくないわい﹂
﹁ジェラール、文句を言わずに前へ。エフィル、極炎の矢の使用を
許可する﹂
﹁はい!﹂
今回の討伐依頼のターゲット、暗紫の森のボス・邪賢老樹。幾千
の樹齢を超えたトレントが進化したと伝えられるモンスターだ。
﹁グゲゴゴゴバゴガッ﹂
こちらの姿を確認した邪賢老樹は、不気味な声と共に動き出す。
うわ、何か野太い腕が生えてきた。これのどこが賢老なんだ。
114
﹁何を言ってるのか分からんわい!﹂
アギト
跳躍し、超高速で繰り出されるジェラールの剣は、生えたばかり
の邪賢老樹の右腕を切り落とす。着地と同時に空顎を放つオマケ付
きだ。痛みを感じるのか、邪賢老樹は悲鳴とも似た絶叫をあげ、左
の拳を振り回す。
﹁む、樹皮から毒を滲ませてるな。再生も早い﹂
離れてください!﹂
切り落としたばかりだと言うのに、もう右腕が再生しかけていた
のだ。
ブレイズアロー
﹁ジェラールさん、極炎の矢を撃ちます!
クロト越しにエフィルが念話でジェラールに伝える。このクロト、
護衛の他にも簡易的な意思疎通をエフィルとの間に入って取持つと
ができるのだ。このおかげでエフィルも配下ネットワークに参加す
ることができる。クロト、恐ろしい子!
﹁おおさ!﹂
ソニックブーツ
風脚の恩恵を得ているジェラールは一瞬で距離をあけ、その迅速
さに邪賢老樹はジェラールを見失ってしまう。長年の経験によるも
アースランパート
のか、危機感を感じた邪賢老樹は大地から極太の根を周囲に張り巡
ブ
らす。その強度は絶崖城壁を大きく上回り、触る者には猛毒を付与
する。まさに堅牢である。
レイズアロー
矢の四方に炎が広がり、やがてその炎は矢先に集束していく。極
炎の矢は赤魔法と弓術を組み合わせた、エフィルのオリジナル技の
115
1つだ。火竜王の加護により威力を増大させ、その炎は更に膨れ上
がる。
﹁⋮⋮シッ!﹂
放たれた矢は唸りをあげ、灼熱を撒き散らす。絶対の防御と化し
た筈だった邪賢老樹の防壁は燃やし溶かされ、邪賢老樹をも貫き焦
がす。それはまるで火竜王のブレスによる一撃。
﹁グ、ガッ!﹂
ブレイズアロー
腹部に受けた極炎の矢は燃え盛り、再生を阻害する。だがしかし、
それでも邪賢老樹は動きを止めない。枝先を何千、何万の鋭利な武
器に変え、スコールの如く降り注がせる。
﹁ジェラール、止めだ﹂
﹁王よ、ご助力感謝するっ!﹂
ヴォーテクスエッジ
漆黒の大剣に狂飆の覇剣の付与を受け、ジェラールは幾万の攻撃
を受け止める。一太刀で枝先は分解され、やがてその剣は邪賢老樹
に届く。
﹁グ、ガ、ガ⋮⋮﹂
長きに渡る時を生きた邪賢老樹の断末魔を残して、勝負は決した。
116
第22話 日常
﹁よう、ケルヴィン。今回も無事に依頼達成か?﹂
暗紫の森から帰還し、パーズの街に入ろうとすると、西口を担当
する門番に話し掛けられる。
﹁成果は上々ですよ。良い素材も手に入りました﹂
﹁ハハハ、全く、パーズ一の冒険者様はやることが違うねぇ!﹂
この一ヶ月間、エフィルの特訓も兼ねて様々な討伐をしてきた。
中には今回のような異常に強いモンスターの討伐をリオに依頼され
ることもあった。何分、パーズに所属する冒険者のランクは、最高
でもC級程度なのだ。B級の俺に依頼が回ってくる流れが、いつの
間にかできてしまっていた。
﹁エフィルちゃんもおかえり。怪我はないかい?﹂
﹁ご心配いただいてありがとうございます。傷1つないですよ﹂
﹁そりゃ良かった。エフィルちゃんに何かあったら一大事だからな﹂
﹁ご主人様と一緒ですので安心です﹂
門番は俺の後ろに追従して歩いてきたエフィルにも会話を振る。
エフィルもすっかりパーズの街に馴染み、街の人々とも円満な関係
を築いている。
﹁これからギルドへ報告がありますので、この辺で失礼しますね﹂
﹁引き止めて悪かったな、次の依頼も頑張れよ!﹂
117
門番と別れ、ギルドに向かう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁邪賢老樹の討伐を確認しました。今回も御疲れ様でした!﹂
あと少しでA級ですよ、ケ
通例の報告を終え、アンジェさんから報奨金を手渡される。
﹁これでB級依頼9回連続達成です!
ルヴィンさん!﹂
﹁おめでとうございます、ご主人様﹂
﹁いや、まだ昇格が決まった訳じゃないからね?﹂
討伐に夢中になってしまい忘れていたが、もうそんなに達成して
いたのか。
﹁エフィルさんも同じく後1回の依頼クリアで、B級昇格試験を受
けれます﹂
﹁そういえば試験がありましたね﹂
エフィルが以前受けたC級昇格試験は、試験官であるC級冒険者
との1対1での模擬試合だった。本来であれば別に勝つ必要はなく、
本当にC級の実力があるかどうかを試験官が確認するのが目的であ
った。
﹁前の時はC級冒険者との模擬試合だったな。アレは相手が可哀想
だった﹂
118
﹁開始数秒でエフィルさんの矢が、試験官の頭部にクリーンヒット
しましたからね⋮⋮﹂
﹁あ、あまりに隙だらけだったので、試されているのだと思いまし
て⋮⋮﹂
試験の際、エフィルは開始の合図と共に隠密を発動し、試験官の
死角に移動。そして矢を放った。見事矢は試験官に当たり、それで
試験終了だ。早過ぎる。矢尻は勿論潰してはいたが、試験官は打ち
所が悪かったらしく、そのまま退場。それも心配だが、何よりも心
に傷を負ったようで気の毒であった。
﹁試験官を務めたウルドさん、熟練のベテランだったんですよ?
お二人が規格外過ぎるんです!﹂
エフィルはB級ダンジョンでも十分に戦える実力だ。今更C級冒
険者程度に遅れを取るはずもないのだが、どうもそれは異常なこと
であるらしい。
﹁そうだ、アンジェさん、先日、良いお菓子屋さんを見つけたんで
行く行く、約束だよエフィルちゃん!﹂
す。今度一緒に行きませんか?﹂
﹁え、本当!?
仕事モードのスイッチがオフになってますよ、アンジェさん。エ
フィルとアンジェさんはこのひと月ですっかり仲良くなった。仕事
中は公私を弁える努力はしているのだが、先程の様によく瓦解する。
﹁はい、約束です﹂
笑顔で答えるエフィル。この娘は本当に天使やな。
119
天使と言えばメルフィーナなのだが、ただいま出張中である。例
の勇者を召喚した巫女に神託を授けに行ったのだ。何やら仕事を任
せた部下から急務の報せが来たらしい。メルフィーナ本人は﹃面倒
です、本当に面倒です。あなた様、可能な限りパパッと終わらせて
来ます。それまでエフィルをしっかり護るのですよ?﹄という言葉
を残して配下ネットワークから離脱してしまった。段々とエフィル
の母親か姉みたいなポジションになってきたな、メルフィーナ。
﹁ご主人様はいつお暇ですか?﹂
どんな菓子が好きなんです?﹂
ご主人様の好みの菓子を見つけたいですし﹂
﹁ん、俺も行くのか?﹂
﹁できましたら⋮⋮
﹁あ、それ私も興味あります!
女子二人の押しに勝てる訳もなく、約束を交わしてしまう。
この世界の菓子は現代に比べ、甘味があまりない。生クリームを
使ったケーキもなく、よくてフルーツをふんだんに使ったパンケー
キが精々だ。現代の甘味に染まってしまった俺にとって、正直この
世界の菓子は物足りない。
エフィルは討伐依頼の合間、クレアさんに料理を習っている。ま
だまだクレアさんの腕には及ばないものの、調理スキルも取得して
日々メキメキと上達している。勘違いしている者が多いが、技術系
スキルは取得すれば良いというものではない。剣術スキルを持つ冒
険者が、スキルを持たない同レベルである筈の騎士に剣での決闘で
負けた逸話がある。スキルはあくまで補正をかけるものだ。例えス
キルがなくとも、それまでの鍛錬で費やした剣の錬度は遺憾なく発
揮できるのだ。だからこそ俺は鍛冶の練習を、エフィルは料理を学
び続けている訳だ。いつかエフィルには現代のケーキを再現しても
らいたいものである。
120
第23話 デート
エフィルとアンジェさんとの約束の日。俺たちはパーズの中央噴
水前で待ち合わせをすることにしている。まるでデートのようだな。
と言うかデートだよな。
﹁しかし、なぜ同じ宿に住んでいるエフィルまで、わざわざ別々に
出発する必要があるんだ⋮⋮﹂
俺はエフィルと一緒に出掛けようと考えていたのだが、﹁準備が
ありますので、お先に行っていただけますか?﹂とそれとなく勧め
てきた。有無を言わさない笑顔だったので、俺は先に待ち合わせ場
所に来ている訳だ。
﹁おーい、ケルヴィンさーん!﹂
呼び声に振り向くと、アンジェさんが走ってこちらに来るのが見
える。今日は仕事着のギルド制服ではなく、活発な彼女に良く似合
うボーイッシュなパンツルックだ。スリムな彼女に良く似合うな。
﹁こんにちは、アンジェさん。その服、よく似合っていますよ﹂
﹁えへへ、ありがとうございます。あれ、エフィルちゃんは?﹂
﹁準備があるそうですよ。何の準備かは分かりませんが﹂
﹁むむ、エフィルちゃん気合入れてるなー﹂
アンジェさんと談笑しながらエフィルを待つこと数分。向こうか
らエフィルがやって来たようだ。
121
﹁すみません、お待たせしました﹂
そこにはつばの広い麦わら帽子を被り、彼女の肌のように白い、
純白のワンピースを着るエフィルがいた。風が吹けば帽子を押さえ、
束ねた彼女のブロンドの髪がなびく。何だ、この胸の高鳴り。漫画
や小説でよく見る組み合わせなのだが、実際に美少女が着ているの
を目の前にすると妙にドキドキしてしまう。普段は黒地にエプロン
のメイド服しか目にしないからな。そのギャップもあってか彼女が
輝いて見える。
﹁そ、その、どうでしょうか?﹂
﹁あ、ああ。似合ってる﹂
赤面して俯くエフィル。天使や、俺の仲間にはもう一人天使がい
たんや!
そんなこと絶対にないですよ!﹂
﹁むー、これは負けたかなー。エフィルちゃん可愛過ぎるよー﹂
﹁ええ!?
ひと月前、エフィルは満足に食事ができていなかった為か、ひど
く痩せ細っていた。未だ万全とは言えないが、クレアさん印の栄養
満点な食事、レベルアップによるステータスアップの成果もあり、
程好く肉付きが良くなってきている。
ケルヴィンさん、前から思っていたんですが、
﹁それでは、噂の菓子屋に行きましょうか﹂
﹁そうですね⋮⋮
そろそろ敬語使うの止めませんか?﹂
﹁突然どうしたんです?﹂
﹁せっかく一緒に遊ぶ仲になったんです。いつまでも他人行儀はど
うかなーって。これからはアンジェでいいですから!﹂
122
﹁了解、これでいいかな、アンジェ?﹂
﹁オッケーだよ、ケルヴィン!﹂
まあ、仲が良くなることはいいことだよな、うん。兎も角、目的
の菓子屋に行くとしよう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁へー、思ったよりも色々あるんだな﹂
﹁味もそうですが、種類の多さも売りにしているようですよ﹂
俺とアンジェはエフィルに連れられ、甘味処へとやってきた。菓
子を売る他にデザートバイキングもやっている本格派だ。店前に設
けられた客席に座り、各々で選んだ菓子について感想を口にしてい
るところだ。
﹁はい、ご主人様、あーん﹂
エフィルがパウンドケーキをフォークに刺し、俺に向ける。待て
エフィル、お前何をやっているんだ。
﹁⋮⋮? いつも宿ではこうしてるじゃないですか?﹂
﹁ええ!? ケルヴィン、いつもエフィルちゃんに食べさせてもら
っているの!?﹂
アンジェ、大声でとんでもない事を叫ぶんじゃない! 周りがざ
わめき出してる!
123
﹁ち、違うんだ。エフィルの料理の味見をする時だけだ﹂
﹁はい、食べさせ合いっこします﹂
それは宿の自室だけの話だろ! いつの間にか周囲の注目の的に
なってるぞ!
﹁た、食べさせあいっこ、ですって⋮⋮!﹂
アンジェがわなわなと肩を震わせる。
﹁私も負けていられない! ケルヴィン、ほら、あーん﹂
クッキーを掴み、俺の口に向ける。
﹁て、手で直にだと!?﹂
﹁やん、これって修羅場じゃない?﹂
﹁あれってギルドのアンジェさんと、メイドのエフィルちゃんじゃ
ないか?﹂
やばい、ギャラリーが集まり出した。顔見知りの冒険者も数人い
る。
﹁二人とも、菓子は帰ってから食べようか!﹂
耐え切れず、ガタッと音を立てて椅子を立ち、俺は提案する。頼
む、二人とも周りの状況を理解して!
﹁お持ち帰りだとー!?﹂
﹁キャー、アンジェに春が来たわ!﹂
124
更にヒートアップするギャラリー。アンジェの知り合いもいるな
これ。駄目だ、手遅れだ⋮⋮
﹁さ、ご主人様﹂
﹁はい、ケルヴィン﹂
﹁あ、はい。食べさせて頂きます⋮⋮﹂
全てを諦め、二人の菓子を口にしようとしたその時。
﹁何の人だかりかと思えば、下らんな﹂
テーブルを置かれていた菓子もろとも蹴り飛ばされ、ガシャンと
大きな音が辺りに鳴り響く。咄嗟に俺はエフィルとアンジェを左右
で抱え、退避する。人だかりができていたせいで、気配察知の反応
が直前まで遅れてしまった。
﹁ええと、急になんですかね?﹂
言葉は丁寧だが、少し威圧しながら話す。主犯格らしき豪華な身
なりの小太りの男と、取り巻きが3人。蹴り倒したのは取り巻きの
1人だな。
﹁控えろ下郎。この方こそ東の大国、トライセンの王子であるタブ
ラ様であるぞ!﹂
取り巻きBが叫ぶ。あからさまに周囲が嫌な顔をしているので、
ああ、また厄介事か⋮⋮ とケルヴィンは嫌気が差していた。
125
第24話 軍国トライセン
この世界には大陸が東西に2つある。パーズは東大陸の中央に位
置し、そこを境界にするように4国が存在する。東大陸は過去に戦
乱の時代があり、大小無数の国が覇権を取ろうと数十年争いあった。
戦争の末、終戦まで残り疲弊した国同士は停戦協定を結び、現在の
国境線が形成される訳だ。4国はこの平和が悠久に続くようにと願
いを込め、互いの国境線が交じり合う唯一の点に静謐街パーズを作
り上げたのだ。
4国について少し紹介しよう。
北に位置するは獣国ガウン。身体能力の富んだ獣人族の国だ。代
々ガウンの王は国内最強の者から選出される。他種族より血の気が
多いとされる獣人族ならではの継承方法と言えるだろう。今代の王
も例に漏れず、屈強な獣人族によるバトルロイヤルを勝ち抜いた猛
者である。冒険者で言う所のS級に匹敵する力を持つとも噂される。
力は正義を地で行く国だ、正直敵対はしたくないな。
西に位置するは神皇国デラミス。教皇を国のトップとし、次いで
枢機卿、大司教、司教と階級が決まっている。転生神メルフィーナ
を崇拝し、代々巫女が特殊な召喚術を受け継いでいるそうだ。今回
クルスブリッジ
召喚された4人の勇者もその巫女によるもの。西の大陸との陸上唯
一のアクセスである十字大橋を国内に有する国でもある。最も、西
の大陸の帝国とは犬猿の仲らしく、厳重な警備体制が敷かれている
のだが。
南に位置するは水国トラージ。水竜王の住処とされる竜海に土地
126
を面する、造船技術、農業に優れた国だ。王族も元は農民の出であ
ったらしく、政策もそちらに力を入れている。パーズの食糧事情が
豊かなのも、トラージの恩恵を得ているのが大きい。そしてこの国、
なんと米らしき作物があるそうなのだ。日本人の俺としては近い内
に赴きたいと心に決めている。運が良ければ人魚族に出会える可能
性もある。
東に位置するは軍国トライセン。和平が結ばれて以降、最も軍事
に力を注いだのはトライセンと言えるだろう。国柄は極めて支配的
であり、人族以外を否とする人族至上主義だ。事実、和平後もガウ
ンとは何度か小競り合いがあったようだ。奴隷への扱いも酷いもの
で、秘密裏に他国から奴隷を調達しているとの噂もある程だ。王に
は5人の子供がおり、それぞれ第一王子から第五王子とされる。こ
いつらについても良い話は聞かないな。4国の中では間違いなく、
一番ろくでもない国であるだろう。
︱︱︱で、そのろくでもない国の王子が俺の眼前にいる訳だが。
﹁王子、ですか?﹂
﹁いかにも、私がトライセン国が第三王子、タブラである﹂
タブラの名乗る男は威張るように言い散らす。
﹁全く、こんな公衆の場で色事とは、庶民も偉くなったものである
な﹂
﹁仰るとおりでございます。王子、上に立つものとして、ここは教
育しなくてはならないのでは?﹂
取り巻きの兵士がタブラを煽て、炊き付ける。周りの奴らはお守
りの護衛ってところか。
127
﹁ふーむ、どれどれ⋮⋮ おお、そこの女共、なかなかの容姿をし
ているではないか!﹂
タブラがエフィルとアンジェを卑しげな目で舐める様に見る。身
の毛がよだつのか、瞬間的に震えたのが、抱える両手を通じて伝わ
ってきた。単刀直入に言って気持ち悪い。
﹁ん? そのエルフは奴隷か。ならば話が早い。そこの下男、私に
無駄な時間を消費させた罪、その女共を渡せば帳消しにしてやって
もよいぞ?﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
唐突に何言ってるのかな、この小太り王子君は? 意味不明過ぎ
て思考が停止してしまったじゃないか。
﹁聞こえなかったのか? 慈悲深いタブラ様がお許しくださるのだ
ぞ。さっさとその女を渡すがいい!﹂
取り巻きの二人がこちらに向かってくる。
﹁ケ、ケルヴィンどうしよう!?﹂
アンジェはかなり動揺しているな。今まさに誘拐されそうになっ
ているのだ。当然の反応と言える。
﹃ご主人様、消しますか?﹄
対してエフィルは意思疎通を介してこんな提案をしてくる。逞し
くなったな、エフィル⋮⋮ だが待つんだ、相手は一国の王子、下
128
手なことすれば何をするか分かったもんじゃない。ここは穏便に解
決をだな︱︱︱
﹁くふふ、ベッドで可愛がってやるからな∼、今夜が楽しみだ﹂
︱︱︱エフィル、俺が直々に潰すから下がっていなさい。
﹃畏まりました﹄
エフィルを降ろし、アンジェと共に下がらせる。
﹁ああ? お前、何をする気だ?﹂
前に出てきた二人の男が面倒臭そうに問いかけてくる。
﹁いやー、あなた達を倒す算段を考えていたんですよ﹂
周囲の冒険者に目配せをする。 ﹁何言ってるんだおま︱︱︱﹂
インパクト
男が言い終える前に、俺は衝撃波を放つ。突然起こった衝撃に、
取り巻きの男は何が起こったかも分からずに吹き飛ばされ、壁に叩
き付けられる。男のことはどうでもいいが、辺りのギャラリーに被
害を出さないようにしないとな。冒険者達は俺の意図をしっかり汲
んでくれたようで、一般人の護りになってくれている。
﹁な⋮⋮﹂
タブラ達はまさか自分達に歯向かうとは思っていなかったらしく、
129
今だ状況を飲み込めていない。
﹁残りの取り巻き2人はどっちもD級程度か。で、王子様、俺に喧
嘩売ってきたんだ。覚悟はできているよな?﹂
130
第25話 圧倒
今日は良い天気だ。デートするには持って来いの最高のロケーシ
ョンだ。今回誘ったのはエフィルからだったが、俺だって健全な男
だ。実の所、結構楽しみにしていた。そんな所を邪魔されれば誰で
も嫌だろう。ましてやエフィル達に手を出そうとしたのだ。俺が打
ち負かさないと気が済まない。
﹁き、貴様! 私がトライセン第三王子と知っての狼藉か!?﹂
﹁ああ、知ってるよ。それに先に狼藉を働いたのはお前等の方だろ
うが﹂
﹁こ、この野郎、覚悟は出来ているんだろうな!?﹂
﹁ハァ、そんな三流セリフ吐く暇あるなら早く構えろよ﹂
タブラとその護衛はようやく腰の剣を構え、臨戦態勢となる。弛
んでるなぁ⋮⋮
﹁あの世で後悔するんだな!﹂
護衛Aと護衛Bが剣を振り上げ、ケルヴィンに襲い掛かる。が、
護衛の攻撃はケルヴィンを通り抜け、剣は空を切ってしまう。護衛
達には何が起こったか理解できなかったであろう。
一国の王子の護衛がこのレベルか、とケルヴィンは腹の中で溜息
をつく。今のは振り下ろされた剣を純粋なステータスによる俊敏さ
で避けただけだ。魔法も何も使っていない。単純に目で追えていな
いのだ。
131
﹁なっ、消えただと!?﹂
ってか正直こいつら遅過ぎるんだよな⋮⋮
﹁おい、王子様を護衛しなくてもいいのか?﹂
護衛が振り向くと、ケルヴィンはタブラの後ろに立っていた。タ
ブラは動けない。ケルヴィンはその首に短刀を押し付けていた。
﹁お、お前達、下手に動く出ないぞ!﹂
﹁王子様のおっしゃる通り、動かない方がいいぞー﹂
生まれて初めて死を間近に感じたタブラは、酷く混乱しているよ
うだ。潰す前にちょっと探りを入れてみるか。
﹁それで王子様、パーズにどんな御用でいらしたんで?﹂
ケルヴィンは短刀を首にヒタヒタと当てながら、黒い笑顔で問い
掛ける。護衛達はこの状況に手が打てず、場を見守ることしかでき
ない。
﹁そのようなこと、貴様に関係ないであろう。早くそれを引くのだ。
今ならば不問にしてやるぞ?﹂
﹁おいおい、質問しているのはこっちだぞ﹂
エアプレッシャー
護衛の二人に、地に伏す程度の威力にした重風圧を放つ。何やか
んやと俺の中で一番使用頻度が高い魔法となったな。本気で放てば
B級モンスターをも圧殺できるが、そんなことを街中でしてしまう
訳にはいかない。予定通り、護衛は地に沈む。
132
﹁な、何だ、これは⋮⋮﹂
﹁立て、ない⋮⋮﹂
﹁ジャン、アルバ、どうした!?﹂
エアプレッシャー
困惑しているところを見ると、重風圧を知らないようだな。こい
つらが無知なのか、それともトライセンでは魔法が発展していない
のか判断に困る。
﹁次は王子様にこれを使いますので、素直に答えてくださいね﹂
﹁き、貴様⋮⋮!﹂
﹁ちなみに嘘をついたかどうかは、俺のスキルで暴露できる。もち
ろん、その場合もアレを使うから覚悟して答えろ﹂
﹁ぐ⋮⋮ くそっ!﹂
嘘を暴露するスキルはブラフだ。そんなスキル俺は持っていない。
だが、タブラはまんまと引っ掛かってくれたようだ。
﹁⋮⋮冒険者ギルドのリオに会いにきたのだ﹂
ボソリと呟くようにタブラは答える。
﹁何だと?﹂
﹁パーズを拠点とした腕利きの冒険者が最近現れたと聞く。その真
意を確かめる為に、王子である私自らここまで赴いたのだ﹂
﹁王子様が旅をするにしては、随分と護衛の質が悪いな。トライセ
ンは軍国国家なんだろう?﹂
﹁ふん! トライセンは実力主義なのだ。能ある者がトップに並ぶ。
トライセンでの私の立場などないに等しい﹂
﹁それで実力のある冒険者を下につけて、功を立てようとしたのか
?﹂
133
﹁ああ、そうだ!﹂
何と言うか、考えが単純過ぎるな⋮⋮ そんなことだから本国で
も相手にされないんじゃないか?
﹁ハァ、ちなみにその冒険者は俺のことだぞ﹂
配下を集めるにしても、タブラの振る舞いがアレなのだ。集まる
ものも集まらないだろう。例え、王子の血筋というブランドで人材
を確保できたとしても、そんな奴らはたかが知れている。
﹁な、何だと!? 是非私の配下にっ!﹂
﹁なる訳ないだろっ!﹂
エアプレッシャー
ツッコミと同時に護衛共々、魔力を増した重風圧を叩き込む。タ
ブラ達はギャグ漫画の如く地面にめり込んでしまった。
﹁次に俺達にちょっかいを出して見ろ。その頭、本当に潰すからな﹂
意識があるかどうかは知らんが、一応釘を刺しておく。さて、ゴ
ミ掃除も終わりだな。
タブラが潰され、戦いとも言えない戦闘が終わったその瞬間、ギ
ャラリーから歓声が沸き上がった。
﹁お疲れ様です、ご主人様﹂
﹁か、格好良かったよー!﹂
エフィルとアンジェが駆け足でやってくる。
134
﹁とんだ邪魔が入ってしまったな。菓子、買い直すか?﹂
二人は嬉しそうに頷く。周りの人々から茶化されながらも、俺達
はデートを再開した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱デートを終え、宿の自室に帰ってきたその夜。
俺とエフィルはベットの中で寝そべっていた。未だに部屋のベッ
トは1つしかない。クレアさんに何度も申請したのだが、事あるご
とに理由を付けて断られてしまうのだ。俺はもう諦めた。
エフィルを奴隷商から買い取った日、俺達は結局一緒に寝ること
にした。一人部屋のものと言えど、それなりに広いベットだ。詰め
れば余裕で入る。始めの頃はお互いにかなり緊張したものだが、人
間慣れるものだな、今では自然に寄り添って寝るようになった。
﹁今日はありがとうございました﹂
床に就いてぼんやりしていると、添い寝していたエフィルが話し
掛けてきた。
﹁急にどうした?﹂
﹁私の我侭でお店までお付き合いして頂いたことと、助けてくださ
ったことです﹂
135
ああ、そんなことか。
﹁俺は普段からエフィルに助けられているんだ。俺にできることな
ら何でもするさ﹂
この1ヶ月でエフィルは冒険者として、メイドとして立派に成長
した。しかし、外では隠しているが、年相応の幼い面もあるのだ。
二人っきりになると甘えてくることも多い。
﹁あの王子に見られたとき、一瞬動くことができませんでした。私
にはまだまだ力が足りないです⋮⋮﹂
エフィルの手を握りながら、もう片方の手で頭を撫でる。エフィ
ルは撫でられるのも好きだが、手を握ってやると、ふにゃっとした
顔になる。
﹁気にするな、と言ってもお前は気にするからな。それなら、一緒
にもっと力を付けていこう。俺にはエフィルが必要なんだ﹂
﹁グスッ⋮⋮ はい、一生お供致します⋮⋮!﹂
ああ、またエフィルを泣かせてしまった。呪いを解いた日を思い
出すな。取り敢えずは、泣き止むまで胸を貸すとしよう。
136
第26話 勇者
神皇国デラミス。転生神メルフィーナを崇拝するリンネ教団の聖
地。世界最大の宗教組織であり、3万人もの信者である国民を有す
か
る宗教国家である。約一年前、デラミスの巫女により、この地に4
んざきとうや
人の勇者が異世界から召喚された。その勇者のリーダー格である神
埼刀哉は、デラミス宮殿のバルコニーで一人思い耽る。
﹁刀哉、こんなところで何してるの?﹂
﹁ん? ああ、刹那か﹂
しがせつな
刀哉が振り向くと、そこには幼少からの幼馴染である志賀刹那が
居た。長い黒髪をポニーテールにし、僅かに汗をかいている。訓練
場で日課のトレーニングをしてきた帰りなのだろう。召喚前、彼女
は刀哉の通う高校で生徒会長を務めていた。学校で1、2を争う容
姿、成績は常に学年トップ、更には剣道全国クラスと文武両道を行
く刹那は、男子生徒・女子生徒を問わず絶大な人気を誇る。
﹁コレットが女神様に祈りを捧げている最中なんだ。邪魔者が入ら
ないように警備中だよ﹂
清廉を体現した刹那に対し、刀哉は良い意味でも悪い意味でも、
純真という言葉が当てはまる。刹那までとはいかないが、彼も学業
は優秀、スポーツもできる秀才系。また、正義感が強く、誰にでも
等しく優しく接することから、どこに行っても人気者だ。おまけに
容姿はアイドル並みというイケメンなのだ。彼は生まれてこの方挫
折したことがなく、周囲の者は常に刀哉を中心にしていた。そうい
った環境から、刀哉は人を疑うことを知らず、人は皆善人だと素で
137
思っている。それが彼の良いところと言えばそれまでだが、危うい
一面も併せ持っているのである。
﹁今日も祈っているのね、コレット⋮⋮ そろそろ私達がこの世界
に召喚されて1年、結局あの女神様に会えたのは召喚された時だけ
だったわね﹂
﹁あの時は驚いたな。放課後のクラスに残ってた俺達4人が行き成
り別世界に飛ばされたんだ。しかも目の前には女神様さ﹂
﹁その割には刀哉、目を輝かせて嬉しそうだったじゃない?﹂
﹁当たり前さ! 女神様が魔王を倒す為に俺達を必要としているん
だ、これほど光栄なことはないじゃないか!﹂
﹁そう、ね⋮⋮﹂
当然のことのように刀哉は答える。その目に迷いはない。だから
こそ刹那は危惧する。
︵確かに、人の為になる尊い行い。今はまだ上手くいっているから
いい。でも、これには私達の命も懸っているのよ? 本当に危なく
なった時、刀哉、貴方は冷静に立ち回れるの?︶
挫折を知らない刀哉が壁に行き当たった時、果たして自分達は生
き残ることができるのか。刹那は世界と自分達の命を天秤にかける。
せめて、この幼馴染と親友達の為に、自分だけでも最善の手を打て
るように⋮⋮
︱︱︱ピカッ!
瞬間、コレットが祈りを捧げる大聖堂から強烈な光が放たれる。
﹁な、何!?﹂
138
﹁あそこは⋮⋮ 大聖堂! コレットが何かしたのか!?﹂
﹁刀哉、急いで行くわよ﹂
﹁ああ!﹂
異世界の勇者二人は大聖堂へ急行する。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱デラミス大聖堂。
教皇が住まう宮殿の中央に建造された、世界最大の聖堂である。
普段は聖地巡礼に訪れた信者で溢れるのだが、夕刻からは立ち入り
が禁止される。時刻は深夜、誰もいない筈である大聖堂に唯一人、
銀髪の少女が祈りを捧げている。
﹁メルフィーナ様、どうか、もう一度お姿を⋮⋮﹂
彼女こそ、デラミスの巫女、コレットであった。彼女が巫女を継
いだのは10歳のとき。それからというもの、彼女は一日も欠かさ
ずに祈りを捧げてる。大聖堂への立ち入り禁止は、彼女の祈りを邪
魔させない為のものだ。それ程までに、デラミスにとってメルフィ
ーナの神託は重要なものなのだ。
﹁神託を⋮⋮﹂
時刻が12を指そうとした時、祭壇の大女神像が徐々に輝き出す。
その光はやがて女神像全体を覆い、荘厳としていた翼は光を放ちな
139
がら羽ばたき、神々しい天使の姿を形作っていく。
﹁メ、メルフィーナ様!﹂
あまりの嬉しさに平静を失うコレット。そんな彼女に天使は優し
く微笑む。
﹁お久しぶりですね、コレット。勇者を召喚して以来ですから、一
年振りでしょうか?﹂
﹁は、はい﹂
コレットは緊張する。この国において、デラミスの巫女である彼
女は特別階級であり、教皇に次ぐ権力者である。大人数の信者の前
に立つことも少なくない。普段は冷静な彼女にとって珍しい姿だ。
﹁お元気そうで何よりです。さて、本日は勇者達の状況を確認しに
参りました。魔王復活の日は近いのです。順調に成長していますか
?﹂
﹁そ、それでしたら、こちらを御覧ください﹂
コレットは懐から青く小さなオーブを取り出す。
記録の宝珠。周囲の音声、映像、はたまたウィンドウに表示され
るステータスまで保存するA級アイテム。神託を保管する為にコレ
ットが所有する、途轍もなく貴重な代物だ。
﹁どれ、失礼しますね﹂
天使はオーブに手をかざす。
140
==============================
=======
神埼刀哉 18歳 男 人間 剣聖
レベル:53
称号 :異世界の勇者
HP :753/753
MP :431/431
筋力 :265
耐久 :258
敏捷 :269
魔力 :264
幸運 :530︵+160︶
スキル:絶対福音︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
二刀流︵C級︶
白魔法︵C級︶
軍団指揮︵B級︶
豪運︵B級︶
補助効果:光妖精の加護
隠蔽︵B級︶
==============================
=======
志賀刹那 18歳 女 人間 侍
レベル:52
称号 :異世界の勇者
HP :477/477
MP :318/318
筋力 :361
耐久 :219
敏捷 :573︵+160︶
141
魔力 :155
幸運 :214
スキル:斬鉄権︵固有スキル︶
剣術︵A級︶
心眼︵B級︶
天歩︵B級︶
危険察知︵B級︶
鋭敏︵B級︶
補助効果:風妖精の加護
隠蔽︵B級︶
==============================
=======
水丘奈々 18歳 女 人間 調教師
レベル:48
称号 :異世界の勇者
HP :294/294
MP :589/589
筋力 :143
耐久 :493︵+160︶
敏捷 :95
魔力 :347
幸運 :191
スキル:動物会話︵固有スキル︶
青魔法︵B級︶
白魔法︵B級︶
調教︵A級︶
交友︵C級︶
鉄壁︵B級︶
補助効果:水妖精の加護
隠蔽︵B級︶
142
==============================
=======
黒宮雅 18歳 女 人間 黒魔導士
レベル:53
称号 :異世界の勇者
HP :270/270
MP :810/810
筋力 :105
耐久 :211
敏捷 :204
魔力 :794︵+320︶
幸運 :156
スキル:並列思考︵固有スキル︶
黒魔法︵A級︶
魔力温存︵B級︶
魔力察知︵C級︶
隠蔽︵B級︶
強魔︵A級︶
補助効果:闇妖精の加護
隠蔽︵B級︶
==============================
=======
﹁⋮⋮順調に進んでいるようですね﹂
﹁ありがとうございます!﹂
コレットは感激し、気持ちを昂らせながら答える。
﹁メルフィーナ様、どうか、神託をお授けください﹂
﹁⋮⋮西大陸の帝国より、邪悪な気配を感じます。勇者はそちらに
143
向かわせなさい。決して、パーズには向かわせないように﹂
﹁承知致しました!﹂
天使を模った光は満足げに頷き、ゆっくりと姿を消していく。
﹁くれぐれもよろしく頼みましたよ、巫女よ⋮⋮﹂
コレットが光が完全に消え去ったとの確認したのと同時に、大聖
堂の扉が勢い良く開けられる。
﹁コレット、大丈夫か!?﹂
神埼刀哉を先頭に、刹那、奈々、雅と勇者全員が集結していた。
コレットは振り返り、高らかに宣言する。
﹁神託が下りました!﹂
144
精霊歌亭、自室。
第27話 談話
︱︱︱
﹁それにしても、メルフィーナの奴なかなか帰ってこないな﹂
エフィルからカードを一枚取る。
﹁今日で5日目ですね。流石に心配です﹂
エフィルはジェラールからカードを一枚取る。
﹁なーに、姫様に限って心配することなんてないじゃろうて﹂
﹁だからメルフィーナを姫様言うなって﹂
﹁いやいや、王がいるなら姫もいるじゃろう、騎士的に﹂
ジェラールはクロトからカードを⋮⋮
﹁な、何!? ジョーカーじゃと!?﹂
﹁ジェラール様、声に出してはトランプの意味がないです﹂
俺達は自室に集まってトランプで遊んでいた。この世界にトラン
プが流通していたことには驚いたが、大方異世界転生者が広めたの
だろう。このトランプなんか現代の物と遜色ない。変な所は技術力
高いな、おい。
﹁くっ! クロトめ、ワシを嵌めおったな!﹂
﹁お前が選んで取ったんだろうが、ほれクロト、一枚取れ﹂
145
クロトが俺の手札からカードを一枚引く抜く。
﹁あっ、クロちゃん上がりですね﹂
﹁1位はクロトだな﹂
ちなみに意思疎通は今に限ってシャットアウトしている。相手の
手札が丸分かりになってしまうからな。
﹁おっと、俺も上がりだ﹂
﹁流石、ご主人様です﹂
エフィルがジェラールに向き直り、カードを取ろうと構える。
﹁ま、待つのだエフィル。こっちがいいんじゃないかのう?﹂
﹁ご忠告ありがとうございます。では⋮⋮﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ご主人様、菓子を持って参りました﹂
﹁お、この前の店で買ってきたやつか! 食べよう食べよう﹂
トランプゲームを終え、小休止していたところだ。エフィルは全
員分の菓子を取り分け始める。
﹁それじゃ、いただきまー⋮⋮﹂
146
﹃ただいま戻りました﹄
うおっ、ビックリした!
﹁お前、せっかくの菓子を落とすところだったぞ⋮⋮﹂
﹃申し訳ありません。急いで帰ってきたものでして﹄
俺は意思疎通を再起動させる。配下ネットワーク復活。エフィル
とクロトも気が付いたようだ。
﹁メルフィーナ様、お帰りなさいませ﹂
クロトがポヨポヨ飛び跳ねる。
﹃はい、ただいま帰りましたよ。エフィルとクロトも変わりないよ
うですね。ジェラールは⋮⋮ 打ちひしがれてますけど、どうした
んです?﹄
﹁敗者の末路だ、気にするな﹂
﹁ワシ、ショックじゃったの⋮⋮﹂
トランプ程度でそこまで落ち込まれても困ってしまう。戦闘時は
頼りになるのだが、普段はただの気の良い爺ちゃんである。
﹁冗談はさて置き、メルフィーナ、勇者の様子はどうだったんだ?﹂
﹁おお、そう言えばワシ達もその話を詳しく聞いていなかったのう﹂
﹁勇者と名乗るほどです。余程お強い方々なんでしょうね﹂
意思疎通で書置きのメモを置くように出て行ってしまったからな。
147
メルフィーナがデラミスで何をしていたのか、皆興味津々だ。
﹃勇者が召喚されてから、そろそろ1年になりますので、成長具合
を見に行ってきたのです﹄
﹁それで、どうだった?﹂
メルフィーナは溜息を吐く。あ、ちょっと機嫌悪そうだ。
﹃⋮⋮こちらを御覧下さい﹄
その声と共にステータス画面が配下ネットワークに表示される。
﹁⋮⋮は? これで勇者?﹂
﹁思ったよりも、レベルが高くないですね⋮⋮﹂
﹁今のワシなら、結構良い勝負しそうじゃな﹂
俺に引き続き、エフィル達も疑問に思ったようだ。
﹃そう感じますか?﹄
﹁ああ、正直勇者って言うくらいだから、レベル100はいってる
かと思ってた。勇者が召喚されたのは1年前なんだよな? その間、
何してたんだ、こいつら?﹂
﹃デラミスには神聖騎士団があります。おそらく、そこで訓練しな
がら大切に、安全に育てられたのでしょう﹄
安全マージンを十分にとって鍛えてきたってことか。悪くはない
が、いざって時に前線で戦えるのか⋮⋮
148
﹃私も少々期待はずれでした。果たして魔王復活まで間に合うかど
うか⋮⋮ まあ、失敗したら私が処理しますので、あなた様はご安
心ください﹄
安心して良いのか、そこ。
﹁ちなみに、魔王ってのはどのくらい強いんだ?﹂
﹃その代の魔王によって違いますが、基本的にはレベル100は超
えますね﹄
﹁⋮⋮今の調子じゃ何年かかるかね﹂
﹁騎士団の補助もそろそろ難しくなるレベル帯じゃ。これからペー
スは下がるじゃろうな﹂
メルフィーナの助言が功を成すのを祈るばかりだ。
﹃それに引き換え、この5日であなた様はまた強くなられましたね
?﹄
﹁ああ、例の如くリオから特別討伐依頼がまたきたからな。邪賢老
樹ってモンスターだ。ほら、素材で装備も作ってみた﹂
邪賢老樹の特に魔力が圧縮された箇所の木材で作った杖を掲げて
見せる。最近の俺の作品の中では、渾身の自信作である。
﹃A級中位のボスモンスターですね。もう邪賢老樹を倒せるように
なるとは⋮⋮ 感服致します。ステータスを見せて頂いても?﹄
149
﹁もちろんだ﹂
ジェラール−8
==============================
=======
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:42
称号 :パーズの英雄
HP :427/427
メルフィーナ−?︶
MP :890/890︵クロト召喚時−100
0
筋力 :83
耐久 :87
敏捷 :261
魔力 :474
幸運 :349
スキル:召喚術︵S級︶ 空き:7
緑魔法︵A級︶
白魔法︵A級︶
鑑定眼︵S級︶
気配感知︵B級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵B級︶
鍛冶︵A級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
==============================
=======
150
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 武装メイド
レベル:38
称号 :パーフェクトメイド
HP :312/312
MP :570/570
筋力 :159
耐久 :157
敏捷 :329
魔力 :313
幸運 :77
スキル:弓術︵A級︶
赤魔法︵B級︶
千里眼︵B級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵B級︶
調理︵B級︶
裁縫︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
==============================
=======
﹃1月でここまで御成長されるとは⋮⋮ あなた様、バトルジャン
キーも大概にされた方がよろしいかと﹄
﹁最近は鍛冶だってやってるよ!?﹂
全く、心外です!
151
﹁しかし、勇者のステータスは参考になる部分もある。全員に固有
スキルと加護があるのは凄いな。特に加護は今までエフィルのしか
見たことなかったのに﹂
﹃それだけ加護持ちは稀なのです。彼らの場合、召喚時に特典の一
種として与えたんですけどね﹄
﹁ぐ、人のこと言えないが、羨ましい⋮﹂
﹃⋮⋮そうですね、それでは私を召喚できるようになった時、あな
た様に私の加護を授けましょう﹄
﹁マジか!? 嘘じゃないな!?﹂
﹃本当ですよ。ですから、早く私を召喚できるように頑張ってくだ
さいね﹄
﹁俄然やる気出てきた。俺、頑張っちゃうよ!﹂
ガッツポーズのケルヴィン。エフィルはエフィルで﹁加護持ち⋮
⋮ お揃い⋮⋮﹂などと嬉しそうに呟いている。
﹁おっと、危ない危ない。自分を見失っていた⋮⋮ 話を戻すけど、
ブースト系スキルも1つは取得した方がいいかもしれないな﹂
﹁私も鋭敏のスキルが欲しいかも、です﹂
﹁ワシなんて剛力と鉄壁持ってるもんね﹂
﹁なるほど、全ブーストを取るのも手だな﹂
﹁止めて! ワシの個性が薄くなる!﹂
152
ケルヴィンの部屋はその日、夜遅くまでスキル談義で盛り上がっ
たのであった。
153
第28話 看板娘
エフィルの朝は早い。俺も朝が弱い訳ではないのだが、目を覚ま
した頃にはベッドからいなくなっている。クレアさんから宿の厨房
を借りて朝食を作る為だ。
﹁ご主人様、おはようございます﹂
定時になっても俺が起きないでいると、ネグリジェから既にメイ
ド服に着替えたエフィルが起こしてくれる。もう朝食の時間になっ
てしまったようだ。昨日は遅くまで議論していたからか、まだ眠い。
﹁あと5分寝せて⋮⋮﹂
﹁朝食が冷めてしまいます⋮⋮﹂
ああ、そんな悲しそうな顔をするな。わかった、起きる起きるっ
て。せっかくエフィルが作ってくれた絶品の朝食だ。誰が冷めた状
態で食べるものか!
﹁う∼ん、おはよう、エフィル。昨日は遅かったのに、今日の朝も
早いな﹂
エフィルが寝坊したところは見たことがない。
﹁規則的な生活をしていれば、自然と目が覚めます。それに、早起
きは気持ち良いですよ?﹂
﹁ははは、善処します⋮⋮﹂
﹁ご安心ください。ご主人様が寝坊されても、私が責任持って起こ
154
しますので!﹂
俺の規則的な生活は約束されてしまった。
﹁お着替えはこちらに﹂
エフィルは着替えを手伝う上に、髪のセットまでしてくれるのだ。
至れり尽くせりである。もう俺は駄目人間かもしれん。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
身支度を終えた俺とエフィルは1階の食堂に向かう。時間は7時
を過ぎたあたりで、朝食をとる人もまばらだ。ここ、精霊歌亭は宿
の他にも、昼間は食事処を営んでいる。味は俺のお墨付き、ピーク
の時間帯に来ればいつも満員だ。
﹁おや、ケルちゃん、今日も早いんだね﹂
その人気店の料理人であるクレアさんの朝は早い。女手ひとつで
宿の経営をしながらも、夜遅くまで料理の仕込みをしているのだ。
不思議なことに旦那さんにはまだ会った事がない。
﹁エフィルのお蔭で健康的な生活を送っていますよ﹂
﹁こんな可愛い子に毎朝起こして貰ってんだ、エフィルちゃんに感
謝しなよ﹂
﹁毎日欠かさず感謝する所存です!﹂
﹁ふふっ、ご主人様ったら﹂
155
そんないつもの会話を終え、朝食の席に着く。この時間、この席
はほぼ俺の指定席と化している。毎朝定時にエフィル特製朝食が置
かれている為だ。こんな身ではあるが、俺はパーズの筆頭冒険者で
ある。そんな俺専用の朝食が置かれているテーブルだ、そこに座ろ
うとする者はなかなかいないだろう。店が混む昼間であれば問題だ
ろうが、空席の多い朝であればクレアさんも構わないらしい。
﹁それでは、いただきます﹂
﹁いただきます﹂
俺の向かいにエフィルが座り、一緒に朝食をとる。当初、エフィ
ルは俺と同じ席で食事をしようとしなかった。どうも、この世界の
常識では奴隷は主人と共に食事をしないようなのだ。最初の頃なん
て﹁ご主人様と同じ物を頂くなんて、恐れ多いです!﹂なんて言う
程だった。俺としてはエフィルを奴隷扱いする気は更々なかったの
で、﹃食事は皆で食べる﹄を我が家のルールとした。その成果か、
今ではエフィルも普通に同席してくれている。
﹁ご主人様、本日のご予定はどう致します?﹂
﹁んー、めぼしい討伐依頼が最近ないからな⋮⋮﹂
リオの特別依頼でもない限り、パーズ周辺でB級以上の討伐依頼
はほぼない。かと言って、低級の依頼を受けても旨味があまりない。
﹁今日は鍛冶に専念したいと思う。ジェラールの装備もそろそろ出
来そうだし﹂
﹁それではお弁当をお作りしますね﹂
﹁助かるよ。エフィルはどうするんだ?﹂
﹁お昼まではクレアさんのお手伝いをしようかと﹂
156
今日のような依頼がない日は、各々自由行動をすることが多い。
俺なら買い物や鍛冶、エフィルなら宿の手伝いをしながら料理の特
訓といった感じだ。
﹁おや、今日も手伝ってくれるのかい? エフィルちゃんは客受け
が良いからね。あたしも宿も大助かり、すっかり看板娘だよ。バイ
ト代も弾まないとだね!﹂
確かに、エフィルが宿の食堂を手伝うようになってから、客足が
増えた気がする。主にギルドで見たことのあるような気がする男の
冒険者達だが。ここ最近、俺に次いでエフィルもギルドで話題にな
っている。まだ冒険者としてはC級だが、実力は間違いなくこの街
のナンバー2。そこに加えてこの美しくも可愛らしい容姿、おまけ
に健気な性格ときたものだ。噂にならない方がおかしい。そんなエ
フィルを一目見ようと考える輩が釣れている訳だな。
﹁いえ、そんな⋮⋮ クレアさんには普段からお世話になってます
から、そのお礼です。それに、クレアさんの料理はとっても勉強に
なりますから﹂
屈託のない笑顔でエフィルは答える。
﹁な、なんてできた子なんだい⋮⋮! ケルちゃん、今時こんな良
い子いないんだから、絶対手放したら駄目だよ!﹂
﹁ははは、手放すなんてありえませんよ。もし手を出そうとする輩
がいたら潰します﹂
そう、あの王子のように。
157
﹁ふふ、程々に潰しときな。ああ、そうだ。ギルドのリオから伝言
を預かってたよ。今日中に一度顔を出してくれってさ﹂
﹁リオさんから? また特別依頼ですかね?﹂
﹁さあね、詳細はリオから聞くこった﹂
ふむ、今日は装備製作に没頭する気であったのだが、先にギルド
に行ってみるかな。
﹁わかりました。今の内にギルドに行ってみますよ。エフィルもギ
ルドには一緒に来てくれ﹂
﹁承知致しました﹂
精霊歌亭を出発し、ギルドに向かう。ちなみにメルフィーナとジ
ェラールはこの頃に起き出した。クロトは俺より先に起きていたよ
うで、エフィルの肩にいつものように乗っている。
﹃ふぁ⋮⋮ おはようございます⋮⋮﹄
神様も朝には弱いようだ。メルフィーナは欠伸をしながら目を覚
ます。
﹃王よ、飯はまだかの?﹄
さっき食べたでしょ。
﹃いや、食っとらんし﹄
ちっ。冗談はさて置き、配下達は魔力でエネルギー供給をしてい
る為、食事はとってもとらなくも問題ない。この辺りは各々の気持
ちの問題かな。﹃食事は皆で﹄と決めたのだ。いつかは家を購入し、
158
ジェラールやクロトが気兼ねなく飯を食える空間を作りたい。
﹁工房に行ったらエフィルの弁当を食べさせるよ。悪いけどエフィ
ル、多めに頼む﹂
﹃おお、エフィルの弁当か! 楽しみじゃのう!﹄
﹃⋮⋮あなた様、早く私の実体化を﹄
メルフィーナにプレッシャーをかけられながらも、無事ギルドに
到着する。ああ、討伐依頼の話だといいなー⋮⋮
159
第29話 悪魔
﹁悪魔、ですか?﹂
ギルド長のリオに呼び出され、用件を聞く。予想していた通り、
今回も特別討伐依頼の要請であった。
﹁ああ、目撃場所はD級ダンジョン︻隠者の潜窟︼だ。このダンジ
ョンを探索していた冒険者が偶々隠し部屋を発見してな。そこに悪
魔がいたと言うのだ﹂
︱︱︱悪魔。竜、天使と並ぶこの世界最強種の一角。メルフィー
ナ曰く、神と対を成す存在。上位の者が魔王となることも歴史上、
幾度かあったと言う。危険度は折り紙つきであるが、発見されるこ
とは極々稀であるため、生態的に不明な点が多い。未発見の大陸か
ら渡って来た、魔王が尖兵として魔界から送った、等といった諸説
がある。
ひょっとして、巷で話題の魔王だったりする?
﹃魔王の出現条件は様々です。モンスターの進化による暴走、狂王
の台頭、異世界からの転移者。理由はどうであれ、世界を破滅させ
るだけの力を持ち、その意思がある者を魔王と呼称します﹄
なるほど。想像ではRPGでよくある魔界の王とかだったんだが、
そういったものじゃないんだな。
﹃ええ。ですので、次の魔王がどういった形で現れるかは私も分か
160
りません。ただ1つ分かることは、例え魔王を倒したとしても、時
を越えて周期的に現れるということです﹄
復活するのかよ⋮⋮ で、そのサイクルは取り除けないのか?
﹃これはこの世界の摂理と言いますか、変えられない事象なのです﹄
事象、ね⋮⋮ メルフィーナにしては歯切れが悪いな。まあいい、
話を戻そう。
﹁よく生きて帰って来れましたね﹂
﹁どうやら悪魔は隠された部屋に封印されていたようなのだ。かと
言って、変に攻撃して封印を解く訳にもいくまい﹂
リオは顔を軽く振る。まあ、D級冒険者には荷が重いだろうな。
目の前にドラゴンが眠っていたようなものだ。
﹁それで私達に依頼を持ってきたんですね﹂
﹁正直なところ、今回はケルヴィン君に依頼するか迷ったのだ。こ
の悪魔の力は未知数、下手をしたらS級クラスの討伐になるかもし
れん。君が断るのであれば、S級冒険者を召集しようとも考えてい
る﹂
リオがこれほど心配するとは珍しい。暗紫の森の討伐の時だって
涼しい顔で送った奴だというのに。それ程危険な相手なのか。
﹃悪魔は個体差が激しい種族ですからね。下位の者でもB級といっ
たところでしょうか﹄
弱い悪魔でもその強さか。さて、これは受けるべきか、断るべき
161
か⋮⋮
﹁ところでケルヴィン君。先日、トライセンのタブラ王子に会った
んだって?﹂
ギクッ!
﹁え、ええ。会ったような、そうでもないような⋮⋮﹂
﹁そうなのかい? いやいや、誰なのか分からないのだがね、王子
に手を出した不届き者がいたそうなのだよ。その後の事後処理が大
変でね∼。ギルドの者も働き詰めでクタクタなのだよ﹂
﹁そうだったんですか。大変でしたねー﹂
この流れはもしや⋮⋮
﹁危うくトライセンとの信頼問題になるところだったからね。色々
と根回しもしたんだよ。金額的に言うとだね、これくらいになるの
だが⋮⋮ おっと、話が逸れてしまったね。それで、依頼を受けて
くれるかな?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁あいつ、悪魔だわ⋮⋮﹂
結局リオに気負けしてしまい、俺達は依頼を受けることになって
しまった。今はギルド内の俺専用鍛冶工房で作戦会議中である。
162
﹃過ぎたことは仕方ありません。それよりも、悪魔への対策を万端
にしましょう﹄
レッサーデーモン
﹁私、悪魔を見たことがないのですが、それほど手強いモンスター
なのですか?﹂
﹁そうじゃのう。生前、領土に出現した下級悪魔を討伐したことが
ある。最下級の悪魔であったが、騎士団の精鋭数人掛でようやく倒
せたわい。今ならワシ一人で勝てるが、アレの進化した奴がどれだ
け強いのかは想像できん﹂
﹁わ、私達で勝てるのでしょうか⋮⋮?﹂
﹁あまり気負うな。幸い、悪魔は封印されているんだ。俺の鑑定眼
でステータスを見て、勝てそうになければ即時撤退すればいい。メ
ルフィーナ、悪魔の情報は何かないか?﹂
俺だって悪魔とはまだ会ったことがない。万全を期す為に、こん
な時はメルフィーナに聞くに限る。
﹃悪魔の姿形は個体により異なります。古典的な悪魔の風貌をした
者もいれば、限りなく人間に近い容姿の悪魔も存在します。人間に
近いほど高等な悪魔と言えるでしょう﹄
﹁ワシが戦った悪魔は肌が紫色で翼が生えておったな。人間と言う
よりはオークに近い顔じゃった﹂
レッサーデーモン
﹃典型的な下級悪魔ですね。外見上の違いも様々ですが、その特性
も多岐に渡ります。種族として強靭な肉体と潤沢な魔力に恵まれて
いますので、どのスキルにも適応できるのです。対処法も個体によ
り変わるでしょう﹄
対応策としてセオリーがないってことか。本当に厄介なモンスタ
163
ーだ。
﹁尚更、何が起こってもいい様に準備しないとな。まずは、装備の
確認をしようか。ジェラール、お前の装備完成させたぞ﹂
﹁おお、本当ですかな! 待ちわびましたぞ!﹂
クロトの保管から黒塗りの大盾を取り出す。出した瞬間ズシンと
重みで地面に突き刺さってしまった。
﹁相変わらずくそ重いな。俺の腕力じゃ持てないが、ジェラールな
ら使いこなせるだろう﹂
ドレッドノート
盾の名は戦艦黒盾。極限まで打たれ強くした、文句なしのA級品
だ。ちなみに俺が命名した訳じゃない。鍛冶スキルで勝手に名前が
付いてしまうのだ。決して俺が付けた訳じゃない。
﹁ほお⋮⋮! 不思議と手に馴染みますな。より一層、皆の盾とし
て武勲を挙げてみせましょう!﹂
ジェラールの場合、剣と鎧が体みたいなものだからな。そこは鍛
冶スキルではどうにもならん。ならば新たに盾を、と言う訳だ。
﹁ジェラールさん、私からも贈り物があります﹂
エフィルは真っ赤な生地をジェラールに手渡す。
﹁これは⋮⋮ マントですな! これをエフィルが作ったか、大し
クリムゾンマント
たものじゃ!﹂
﹁深紅の外装です。ジェラールさんは最前線で戦われますから。少
しでも助けになれば幸いです﹂
164
ふむ、属性耐性を兼ね備えたマントか。エフィルの裁縫スキルも
かなり上達したな。特に火属性に対しては半減効果まである。物理
攻撃に対して頑強なジェラールが装備すれば、更に粘り強くなるだ
ろうな。俺が装備しているこの賢者の黒ローブも、実はエフィルが
作成したものだ。MPの自動微回復や魔力の強化といった特殊効果
がある。あのクリムゾンマントと同じくB級装備だ。
﹃裁縫のスキルランクもそうですが、エフィルは普段から練習を怠
りませんからね。スキルを抜きにした技術力も相当なものです﹄
ああ、俺も負けていられないな。
﹁次はクロトだな。クロトの場合、保管にだな︱︱﹂
165
第30話 隠者の潜窟
入念に準備を整えた俺達は隠者の潜窟へやってきた。一見、森の
中に小さな小屋があるだけに見えるが、その小屋には地下への入り
口が隠されているのだ。小屋の周囲には冒険者のパーティが4組控
え、陣を張りつつ見張りをしている。皆見知った顔だ。全員がC級
冒険者、恐らくパーズの最高戦力を集めたのだろう。封印系や防御
系の魔法をパーティ内の魔法使いが施しているようだが、果たして
悪魔に通用するのかは分からない。その為か、小屋の周辺は静かな
緊張に包まれている。
﹁厳重な警戒態勢が敷かれているようじゃな。﹂
﹁隠者の潜窟はパーズとそう遠くない場所にあるんだ。当然の処置
だと思うぞ﹂
今回、ジェラールは予め召喚している。相手はS級レベルの危険
性を孕む悪魔、不測の事態に備え、我がパーティ最高の防御力を誇
るジェラールは出しておきたい。見た目は大型のフルプレートアー
マーだ。ステータスの隠蔽もかけたこの状態ならば、下手なことし
ない限りモンスターだとは思われないだろう。最悪ばれたとしても、
調教スキルを持っていたことにすればいい。
﹁冒険者の方がこちらに来ますね﹂
エフィルの声でそちらを向くと、確かに冒険者のパーティが駆け
寄って来るのが見えた。遠目で俺にはよく見えないが、気配察知の
レーダーマップにはウルドと表示されている。確か、エフィルが受
けたC級昇格試験の試験官を務めた冒険者だ。彼自身もC級冒険者
166
であり、アンジェ曰く、この道熟練のプロらしい。模擬試合の結果
は彼の名誉の為に黙っておこう⋮⋮
﹁おーい、ケルヴィン! お前も来てくれたのか!﹂
﹁ウルドさん、お久しぶりですね﹂
﹁ご無沙汰しております﹂
﹁おお、エフィルも元気だったか? 昇格試験以来だな。お前らは
パーズ始まって以来の新鋭冒険者だ。今回の討伐に参加してくれる
なら、これ以上の援軍はないぜ!﹂
俺に続いてエフィルも挨拶を交わす。どうやら、ウルドさんはエ
フィルに瞬殺されたことに引け目は感じていないようだ。逆にかな
り期待されている。外見は髭面、斧が武器のマッチョマンなのだが、
なかなか爽やかな人だ。試験の時は模擬戦前に説明をされただけで、
人柄までは分からなかったからな。
﹁ん? そっちの騎士様は誰だい?﹂
後ろに控えていたジェラールに気づいたようだ。
﹁ワシはケルヴィンの友人でジェラールと申す。この度の討伐は悪
魔が出たと聞いたのでな。微力ながら助太刀に参った次第﹂
おお、珍しく決まったな、ジェラール。普段のお前からは想像が
つかない姿だぞ。
﹃これでも元騎士長なんじゃぞ? これくらいの礼儀は弁えておる
!﹄
ツッコミを入れる余裕もあるようだな。よしよし。
167
﹁ジェラールの腕は私が保証しますよ。それにこの鎧、以前討伐し
た黒霊騎士の素材で作った装備なんです。かなり頼りになると思い
ますよ﹂
そして、先に穴を塞いでおく。パーズには黒霊騎士騒動の記憶が
まだ残っている者もいるのだ。鎧に黒霊騎士の素材が使われている
と先に言ってしまえば、ジェラール自身が黒霊騎士だとは誰も思わ
ないだろう。
﹁そうなのか! ケルヴィンのお墨付きなら安心だぜ﹂
﹁それで、状況はどうです?﹂
クルスヴァイド
﹁見ての通り、小屋に結界を施して封印を施して警戒中さ。悪魔に
十字封印がどこまで有効かは知らんがな﹂
クルスヴァイド
十字封印はC級白魔法だったな。魔法範囲内の幽霊やゾンビなど
のアンデット系統のモンスターには特に有効な封印魔法だ。悪魔に
も効きそうなイメージではあるが、相手は最低でもB級モンスター、
過信はできない。
﹃B級悪魔でない限り、気休め程度の効果でしょうね。中には白魔
法を使う悪魔もいますし﹄
ああ、やっぱり?
﹁ウルドさん達は隠者の潜窟で悪魔を見ましたか?﹂
﹁いんや、俺が駆けつけた時には既に入り口が封印されていた。ギ
ルドの指示でB級以上の冒険者でない限り、立ち入りの許可も下り
ん。C級の俺達は周りで監視するしかないって訳だ﹂
168
ウルドさんのパーティのレベルは皆30前後。C級の中でもトッ
プクラスの強さと言える。そんな彼らにもギルドは立ち入りを許さ
ないらしい。この慎重さはリオの判断だろうな。でなければ俺に依
頼を出す筈もないし。
﹁ふむ、それではワシとエフィルも入ることはできないのか?﹂
﹁いや、ケルヴィンはリオギルド長からの特別依頼で来てるんだろ
? それなら特例でパーティを組む仲間は入れるぜ﹂
﹁それなら私達もご一緒できますね﹂
事前準備も完璧か。リオめ、やはり最初から俺に当たらせる気だ
ったな⋮⋮
﹁それでは、ウルドさん達はこのまま警戒を続けてください。悪魔
の様子を見てきます﹂
﹁相手は全く未知のモンスターだ。絶対に油断するんじゃねーぞ﹂
ウルドさんからの助言を受け、俺達は隠者の潜窟の入り口である
小屋に向かう。小屋の前には魔法使いらしき女性がいる。どうやら
俺達を待っていたようだ。
クルスヴァイド
﹁ケルヴィン様ですね? ギルド長のリオから話は伺っています。
部分的に十字封印に穴を開けますので、そこからお入りください﹂
﹁了解です﹂
開けられた結界の穴に、ジェラール、俺、エフィルの順に入る。
エフィルが入り終えると、直ぐに穴は塞がれてしまった。
﹁隠者の潜窟から出られる時は、私にまたお申し付けください﹂
169
そう言うと、女性は封印からやや離れ、瞑想するように座り込ん
だ。
﹁それでは王よ、行くとするかの﹂
﹁ああ。二人とも、気を引き締めろよ﹂
﹁はい!﹂
ジェラールが小屋の扉に手をかけ、慎重に開ける。隠者の潜窟の
探索が始まった。
170
第31話 封印
小屋の中には簡易的なベッドと、中に何も入っていない棚がいく
つか、後は机があるだけだった。元々は何か置いてあったのかもし
れないが、ダンジョンの発見に伴い、小屋の物も回収されたのだろ
うか。人が住んでいた形跡もなく、使われなくなって何年も経って
いるようだ。あるのは地下へと続く、床の隠し扉だけだ。ジェラー
ルが扉を開け、中を確認する。
﹁これが地下への入り口、か。暗くて何も見えんな⋮⋮﹂
扉の向こうは光源が全くない暗闇だった。ここを進むには暗視の
スキルか、松明の準備、もしくは魔法による視界の確保が必須とな
る。
ラムベント
﹁エフィル、灯りを頼む﹂
﹁承知致しました。火照を使います﹂
ラムベント
ラムベント
エフィルはE級赤魔法︻火照︼を唱える。すると球状の小さな火
が現われ、周囲を明るく照らす。エフィルは火照を操作し、地下に
潜行させる。
﹁よし、これで視界は確保できた。先頭はジェラール、その後に俺
とエフィルが続く。クロトは殿を頼む﹂
エフィルの肩で極小サイズになっていたクロトから、元の大きさ
程の分身体が生み出される。力の殆どは分身体に割り振っている。
171
﹁さて、降りるとするかの﹂
﹁気配察知には今のところ何も引っ掛かっていないが、警戒は怠る
なよ﹂
﹁ジェラールさん、気をつけて﹂
照らされた地下には坑道のような道が続いていた。ジェラールの
後ろを歩きながら、逐一気配察知で周囲の確認を行う。暗闇でなけ
ればエフィルの千里眼で先を見通せるのだが、今回は場所が悪い。
リオから悪魔が封印されている隠し部屋の場所を事前に教えてもら
っているから、道に迷うことはないのが救いか。
﹁⋮⋮モンスター、出ませんね﹂
エフィルの言う通り、かなりの距離を歩いたにも関わらず、モン
スターが一匹も現れない。普通のダンジョンであれば、何度かエン
カウントしている頃合いだ。
﹁これは何か異変が起きているのかもしれないな﹂
ダンジョンに入った時点で少し違和感を感じていた。あまりに生
物の気配がしないのだ。D級ダンジョンのモンスターが出たところ
で、どうということはないのだが、ここまで出現しないと不気味に
思える。
﹁どうする? 引き返すか?﹂
﹁⋮⋮いや、隠し部屋の様子だけでも見ておこう﹂
俺達はそのまま地下道を進み、目的の部屋を目指した。
︱︱そして、遂に一度も戦闘を行わずに、悪魔が封印されている
172
とされる部屋の前に着いてしまった。
﹃あなた様﹄
﹁ああ、部屋の中に気配を感じる。何かいるな﹂
﹁⋮⋮? 悪魔がいるんですよね?﹂
いるにはいる。のだが、気配が2つあるのだ。1つは封印された
悪魔だろう。先程から全く動いている気配がない。もう一方の気配
は、悪魔とは違う別の何か。これは⋮⋮ 人間? いや、しかし⋮⋮
﹁⋮⋮悪魔と、それとは別の何かがいるようだ。むしろ、こっちを
気にした方が良いかもしれない﹂
﹁悪魔ではなくか?﹂
﹁ああ、逆に悪魔は衰弱している。どうやら、本当に危険なのは別
の奴だったらしい﹂
﹁それでは、討伐目標はどうします?﹂
うーん、討伐対象は悪魔だったからな。こいつを倒さないと報奨
金は貰えないのだが⋮⋮
﹁まずは脅威の無力化が先だ。悪魔についてはそれから考えるとし
よう﹂
場合によっては配下にできるかもしれないしな。
﹁うむ。了解した﹂
﹁頑張りましょう﹂
補助魔法をかけ直し、回復薬を使って戦闘の準備を終える。
173
﹁封印された悪魔は部屋の中央に、その後方に何かがいる。皆、気
を抜くなよ!﹂
俺の号令と共にジェラールが室内に突入する。
それに続いた俺の目に入ったのは、部屋の中央で眠るように鎮座
した、絶世の美女であった。なめらかな髪は炎のように真赤であり、
長い髪を側頭部でサイドポニーにして結んでいる。特徴的なのは、
黒き翼と悪魔の尻尾、そして羊のような巻き角であろう。それ以外
は完全に人間に見えるが故に、その特徴が彼女は人間ではないこと
を告げている。おそらく、この女が悪魔なのだ。着ているものは粗
末であったが、服越しでもそのプロポーションが見事だとわかる。
わかってしまう程、凄まじいものだった。そんな妖艶な体が鎖でく
い込む様に束縛されているのである。健全な男子であれば反応して
しまうこと請け合いであろう。
エフィルのに見慣れていなければ、俺も危なかったな。
﹃あなた様、真面目に集中してください﹄
ああ、わかってるよ。冗談を言いたくなる様な光景が、目の前に
広がっているんだ。このくらい許してくれ。
﹁なんとも面妖な⋮⋮﹂
ジェラールが小さく呟く。美女の背後にあるのはモンスターらし
き者の骨、骨、骨⋮⋮ 部屋の3分の1は埋まるかと思われるほど
の骨の山があったのだ。このダンジョンのモンスターの成れの果て
であろうか? 束縛された美女と骨の山、何とも現実離れした場面
174
に出くわしてしまったものだ。
︱︱︱バリッ! ボリッ!
部屋にこだまする、何かをかじる音。骨山の奥からこの音を鳴ら
す奴こそ、この惨事の元凶。そう考えさせる、どす黒いオーラを感
じるのだ。
チッ、骨が邪魔で鑑定眼が届かないな。先に悪魔の女から調べる
か。
鑑定眼を発動させようとしたその時、先程から鳴っていた音が止
む。
﹁⋮⋮次の獲物が入ってきたようですねぇ﹂
酷く機械的な声と共に、骨山の頂上にそいつは姿を現した。
175
第32話 ビクトール
骨山に現れたそいつは、得体の知れない姿をしていた。黒光りし
た装甲を持つ昆虫と人間を足して割ったような身体を持ち、頭には
目が見当たらない。その代わりに発達したかと思わされるほど大き
な口を備えている。それに見合うサイズの鋭い歯をこちらに見せな
がら、ニヤニヤと口の端を上げてやがる。
﹁おや? おやおや? モンスターかと思いましたが、人間でした
か。それもかなり強力な力をお持ちのようだ。もしや、この部屋の
封印を破ってくださった冒険者のお仲間ですかな?﹂
どうやら、こいつがこの凶事の黒幕で間違いないようだな。この
部屋を発見した冒険者についても知っているらしい。
﹁お前は何者だ? そこの悪魔の女の仲間か?﹂
﹁質問を質問で返しますか。まあ、いいでしょう﹂
耳障りな声でそいつは答える。
﹁私はこれでも紳士なのですよ。私に答えられることなら何でも教
えてあげましょう﹂
俺達を完全に下に見て舐めている為か、随分とサービス精神旺盛
だ。
﹁紳士? 俺には二足歩行の昆虫にしか見えないのだが﹂
﹁クフフ、なかなかご冗談の上手い方だ。挨拶が遅れましたが、私、
176
アークデーモン
レッサーデーモン
上級悪魔のビクトールと申します。短い間ではございますが、お見
知りおきを﹂
アークデーモン
上級悪魔! 確か、下級悪魔でB級相当だった。それならば、こ
いつの実力は⋮⋮
﹁⋮⋮? 口が釣り上がっていますよ。何か可笑しかったですか?﹂
おっと、顔に出ていたか。
ケルヴィンは口元を左手で隠すように覆う。それを傍目に見てい
たジェラールが密かに溜息をついた。
﹃王の悪い癖が出とるなぁ⋮⋮﹄
﹃悪い癖、ですか?﹄
﹃ああ、エフィルはワシと王が戦った時にはまだおらんかったな。
まあその内わかるわい。今は敵に集中せい﹄
﹃?﹄
エフィルは疑問を抱えながらも、彼女の役割の全うする為に頭を
切り替える。
﹁いや、気にするな。それで、そこの女は?﹂
﹁彼女ですか? そうですねぇ、彼女は⋮⋮﹂
未だ目覚める気配を見せない封印された美女を指差し、疑問を悪
魔に投げかける。悪魔はまた口をにやけさせ、一言こう告げた。
﹁魔王様のご令嬢ですよ﹂
177
その瞬間、開いていた筈の扉は突然閉まり、結界が展開される。
予め施されていた罠か。
﹁これはあまり紳士的とは言えないと思うが﹂
﹁クフフ、偶然何かの拍子で仕掛けが発動しただけですよ。それに
しても、退路を絶たれたと言うのに、この冷静さ。クフフ、気に入
りましたよ﹂
あくまで白を切るか、この野郎。だが今はそれど頃ではない。魔
王の娘だと?
﹃過去にいた悪魔の魔王は3名。最も近い時代の魔王であれば、魔
王グスタフでしょう。確かに彼女の髪色は、グスタフの赤毛に似て
います﹄
へぇ。それで、その魔王はどうなったんだ?
﹃まだ私の前任者が神を勤めていた頃のですが、その時の勇者に打
ち倒されました。記録上では、グスタフに娘がいたとは伝えられて
いません﹄
魔王が公にしていなかったのか、それとも娘を騙る偽者か。どち
らにせよ、危険な存在であることには変わりない。少しこのお喋り
に鎌をかけてみるか。
﹁魔王グスタフに娘はいなかった筈ではないか?﹂
﹁ほう⋮⋮ 素晴らしい洞察力ですね。まだ魔王様の名前も話して
いないのに、そこまで看破するとは。もう遠い昔のことなのですが、
よくお勉強されているようで﹂
178
うむ、メルフィーナさんは博識なのだ。
﹁仰るとおり、魔王グスタフ様に血を分けた子はおらず、勇者に倒
されたことで悪魔の軍勢は瓦解したというのが一般的な歴史の認識
です。しかし、これは魔王様の策略。﹂
﹁自分に万が一があったときの為に、娘の存在を隠蔽していたのか﹂
﹁ご名答﹂
メルフィーナ、この女が新たな魔王になる可能性はあるか?
﹃可能性はあります。魔王グスタフが倒された恨みで人間を敵視す
るかもしれません﹄
ビクトールもそうだが、彼女も放置する訳にはいかないか。
﹁あなた達はこの部屋の封印を解いた冒険者の仲間ですね? やは
り、泳がせておいたのは正解でしたねぇ。こんなにも早く人間の実
力者が来てくれるとは思っておりませんでした。掃除ついでに辺り
のモンスターは一掃しておりましたので、ここまで来やすかったで
しょう?﹂
﹁なるほど、俺達は釣られてやってきたって訳だ。この骨の山はダ
ンジョンのモンスター共の残骸か。それで、何が目的だ?﹂
いまいちビクトールの目的が掴めない。話振りから魔王の部下の
ようだが、重要な事柄をペラペラと話し過ぎている。
﹁いやはや、お恥ずかしい話なのですがねぇ。彼女を縛るこの鎖、
人間でないと解けない仕組みになっておりまして。悪魔の私では対
象はおろか、鎖自体にも傷一つ付けられないのですよ﹂
﹁それで俺達に鎖を壊させようってのか? そんな話を聞いた後に、
179
そんなことをすると思うか?﹂
﹁いやいや、そんなことは致しません。ただね⋮⋮﹂
その刹那、ビクトールの気配の質が敵意として豹変する。
﹁私に食われて、あなた方の力を貸してほしいだけなんですよ﹂
180
第33話 悪食
ビクトールから殺気が放たれるのと共に、俺達は戦闘体勢に移行
する。
﹁なぜ悪魔である私が、人間のあなたに貴重な情報を与えたかわか
りますか?﹂
﹁さあ、なぜだろうな﹂
悪魔は骨山から俺達を見下ろし、僅かに笑う。
﹁私の固有スキル﹃悪食﹄は少々使い勝手が悪くてですねぇ。食べ
た相手の特性を会得できるのですが、唯食べるだけでは効果が薄い
のです。親しい相手、もしくは恩を売った相手であればあるほど、
十全にその効果を発揮できるのですよ﹂
つまり、俺達を食った時の効果を高める為に、有用な情報を俺達
に渡すことで恩を売ったってことか?
﹁親しい者ほど、喰らった効果を高めるスキルか。なるほど、悪食
だ﹂
﹁お褒めに預かり、光栄です﹂
しかし、まずいな⋮⋮ 俺はチラリと骨山を見る。奴が悪食のス
キルを所持しているのであれば、今まで食べていたであろう、あの
モンスターの量分の特性を得ていることになる。D級ダンジョンの
モンスターであることが救いではあるが、どこまで能力を得ている
のか侮れない。
181
﹁それで、俺達から得た人間の特性でこの鎖を破壊しようって魂胆
か。彼女を魔王としてこの世界に再臨させる為に﹂
少しでも間を長引かせる為に話を続ける。どうせ食われたら終わ
りなのだ。情報はドンドン出して貰おう。更に、この時間稼ぎを利
用して鑑定眼でステータスを解析する。できればスキルの詳細まで
覗いておきたい。
﹁クフフ、半分正解です。鎖を破壊しなければ、私は彼女に指一本
触れられません﹂
﹁⋮⋮お前、まさか﹂
﹁お気付きのようですね。そう、彼女を悪食で吸収することで、そ
の力を我が物とするのです! 私は魔王グスタフの悪魔四天王の一
人、悪食のビクトール。彼女、セラ様の世話役をしておりました。
セラ様はある意味で本当の娘にも思える存在。その彼女を食せば、
莫大な力が手に入るでしょう。それを実現させれば、貧弱な勇者し
かいないこの世界は私の物︱︱︱ 私が新たな魔王となるのです!﹂
同族を救う為ならまだ理解はできたが、よりにもよって裏切りか。
それと魔王グスタフ、悪魔四天王のネーミングセンスはどうかと思
うぞ⋮⋮
﹁さあ、お喋りはここまでにしておきましょうか。大人しく私に吸
収されなさい!﹂
ビクトールが両手に黒い魔力を纏い始める。さて、情報収集もこ
こまでだ。鑑定眼で得た情報を配下ネットワークに流す。この情報
は瞬時に行渡り、意思疎通にて俺の得た詳細を正確に理解させる。
182
アークデーモン
==============================
=======
ビクトール 670歳 男 上級悪魔 呪拳士
レベル:86
称号 :奪う者
HP :1525/1525︵+254︶
MP :883/883
筋力 :540
耐久 :628︵+10︶
敏捷 :378︵+10︶
魔力 :396
幸運 :437
スキル:悪食︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
黒魔法︵A級︶
危険察知︵B級︶
装甲︵A級︶
伸縮︵B級︶
土潜︵B級︶
闇属性半減
斬撃半減
補助効果:悪食/剣術︵E級︶
悪食/槍術︵E級︶
悪食/赤魔法︵F級︶
悪食/白魔法︵F級︶
悪食/貫通︵F級︶
悪食/吸血︵E級︶
悪食/隠密︵F級︶
悪食/探知︵E級︶
183
悪食/暗視︵D級︶
悪食/剛健︵F級︶
悪食/屈強︵E級︶
悪食/鉄壁︵F級︶
悪食/鋭敏︵F級︶︱︱︱
==============================
=======
﹃全く、どれだけのモンスターからスキルを得たんじゃ! 皆の者、
相手は格上じゃが、前線はワシが護り通す! 支援は任せたぞ!﹄
﹃お任せください!﹄
戦術面において、この配下ネットワークは驚異的な効果を発揮す
る。これ等ネットワークを介した会話も瞬時にすることが可能なの
だ。
﹃会得したスキルは弱体化しているようですね﹄
ああ、大方恩を売らずにそのまま殺して食べたんだろう。部屋の
中央にはビクトールの目的である魔王グスタフの忘れ形見がいる。
解き放たれれば、ビクトールは喰らいに向かう可能性がある。攻撃
を当てないように注意しなければならないな。
﹁とりあえず、寝とけ﹂
エアプレッシャー
最早定番と化した重風圧を悪魔に放つ。B級モンスターを圧死さ
せるほどの威力でだ。足場としていたモンスターの骨々が圧力に耐
え切れずに粉々に砕ける中、ビクトールは悠々とこちらへ歩いてく
る。手に留めた魔力も健在だ。
184
﹁益々素晴らしい。これほどの魔法を受けたのは久しぶりです﹂
﹁その割には、随分余裕そうじゃないか。軽くショックだぞ﹂
エアプレッシャー
これまで重風圧が通じなかったモンスターはいなかった。これが
S級の次元なのか。
﹁⋮⋮本当にショックなのですか? また顔が笑っていますよ?﹂
ああ、また顔に出ていたか⋮⋮
﹁済まないな。今までお前ほどの強者に会ったことがなかったもの
でね。どうも気持ちが昂る﹂
﹁⋮⋮?﹂
﹃⋮⋮悪い癖が出ちゃってますね﹄
﹃ああ、出とるのう﹄
メルフィーナとジェラールが声を合わせる。
﹃あの、悪い癖って?﹄
エフィルだけが状況が分からず、頭に大きな疑問符を出している
状況だ。
﹃前回の邪賢老樹や、アーマータイガーの特別依頼の時は余裕があ
ったからのう。王の食指が動かなかったんじゃろう。ワシと王が戦
っていた時、王はどんな顔をしていたと思う?﹄
﹃どんな顔と言われましても⋮⋮﹄
185
ジェラールは笑い話を話すかのように、陽気に答えた。
﹃終始、笑っておったよ。どうも、絶対的な強者との戦いになると、
自分を抑えられないようなのじゃ﹄
ワシ、絶対的な強者! と言い張るのは、あくまでジェラールの
主張である。
﹃それってつまり⋮⋮﹄
﹃重度のバトルジャンキーってことです﹄
186
第34話 バトルジャンキー
エアプレッシャー
重風圧を耐え切ったビクトールは、魔王の娘の隣に並び立つ。
﹁ひとつ、面白いものをお見せしましょう﹂
ビクトールは右手をモンスターの骨山に向ける。
ヘイディーズアーミー
﹁黄泉の軍勢﹂
黒い魔力が骨山に放たれ、骨々に同化するように混じり合う。そ
れから数秒もしない内に、変化が訪れた。
︱︱︱ガシャン。
なんと、バラバラであった骨々が集合し、次々と人型のモンスタ
ーを作り出していく。どこから取り出したのかは不明だが、各々剣
や槍などの武器まで手にしている。初めて見たが、これが黒魔法か。
﹁なかなか洒落たことをしてくれるじゃないか﹂
﹁クフフ、これで数の分はなくなりました。それでは、お手並み拝
見といきましょうか﹂
ビクトールが軽く手を振るのを合図に、モンスター達は一斉に襲
い掛かって来る。鑑定眼で見たところ、どれもB級モンスターに準
ずる能力値だ。素材がD級モンスターの骨だというのに、かなり高
位の魔法のようだな。だが所詮は足止め程度。俺達の敵ではない。
187
﹃近づかれる前に一掃するぞ!﹄
ショットウィンド
ショットウィンド
敵の全方位をカバーできる烈風刃を放つ。烈風刃は人型となった
骨モンスターの頭部を正確に切り裂いていく。が、それでも物量が
多過ぎる。隠者の潜窟に存在するモンスター全てをこの部屋に集中
させたかのようだ。
おなご
アギト
﹃悪魔の女子を避けて攻撃せねばならんとは⋮⋮ 骨が折れるのう
! 相手が骨だけに!﹄
ゲコウ
俺と入れ替わりで、ジェラールは斬撃を飛ばす剣技である空顎を、
横一文字型に範囲を広げた広域殲滅版の地這守宮を斬り放つ。その
剣技を放つ様は実に洗練されている。親父ギャグを口走らなければ。
﹃洒落はともかく、効果覿面です! 洒落はともかく!﹄
ゲコウ
親父ギャグはともかく、メルフィーナさんも納得の威力であった。
放たれた地這守宮は文字通り地を這いながら、目標であるモンスタ
ーを次々に貫通しながら撃破していく。敵が密集している状況下に
おいて、この剣技は多大な成果を挙げるのだ。その上、器用にも魔
王の娘の手前で斬撃は地に潜り去っていく。
﹃王よ、斬り逃しは頼むぞ!﹄
﹃任せろ﹄
ゲコウ
ショットウィンド
地這守宮が消えると同時に、更にジェラールと入れ替わって残党
を烈風刃で全滅させる。
﹃フム、上手くいって良かったわい。これで雑魚は殲滅完了じゃな﹄
188
黒魔法の素材となるモンスターの残骸はもうない。前哨戦がよう
やく終わり、いよいよ本戦開始だ。
﹁益々素晴らしい。個々の戦力もそうですが、何よりもその連携力
⋮⋮ 長年を共にした熟練の戦士に通じるものがありますね。お若
いのに大したものだ﹂
意思疎通を全開で使っているので当然である。
﹁それでも、まだ余裕があるようだな。それは上からの発言だぞ﹂
﹁いいではないですか。その方が貴方は楽しいようですし﹂
ビクトールは若干呆れるように溜息をついた。
︵この黒ローブの男、相当の戦闘狂のようですねぇ。対峙してから
ずっとこの調子ですよ⋮⋮︶
﹁ああ、これは病気みたいなもんだ。楽しくて仕方なくてな。﹂
﹁ならば、その笑みを消してみましょうか﹂
そう言葉を吐くと、ビクトールは魔力を籠めた拳を地面に叩き付
ける。部屋一面に轟音が鳴り、この一突きで部屋の出口側に小規模
な陥没が引き起こされる。また、衝撃により塵埃が舞い上がり、ケ
ルヴィン達の眼前から悪魔の姿を消し去ってしまった。
﹃クッ、煙幕代わりか!?﹄
﹃落ち着け、ジェラール。奴の気配は覚えた。土潜のスキルを使っ
て真っ直ぐ下から向かって来るぞ﹄
いくら姿を消そうと、気配察知にマーカーを付けた俺からは逃げ
189
られない。エフィルの本気の隠密状態は例外だが。
塵埃が舞う中、土中を高速で前進するビクトールはジェラールの
目前で地上に飛び出す。姿を現すと同時に繰り出されようとしたの
は、土潜スキルで加速し、凶悪な威力を誇る悪魔の右腕。今にもそ
の拳が放たれようとしていたその瞬間、ビクトールの視界が黒で塗
り潰される。
﹁ふんぬっ!﹂
ジェラールによるシールドバッシュだ。ジェラールの怪力から繰
ドレッドノート
り出されるそれは、唯でさえ馬鹿にならない威力を有する。更に使
用する盾は俺の製作物である最硬の戦艦黒盾。正直俺がまともに喰
らったら死ぬ自信がある。更に更に、ビクトールは土の中を猛スピ
ードでジェラールに向かって来た。自らの早さもダメージに一役買
ってしまった訳だ。心眼スキルによる、瞬間的な状況把握に長ける
ジェラールだからこそできた技であろう。
﹁ぐっ!?﹂
この攻撃はビクトールも予想だにしなかったのだろう。奇襲する
算段が逆にされてしまったのだ。反対に押し出されてしまったビク
トールは、直後に体勢を立て直そうと左手を地面に向けようとして
いる。
﹁逃がさんよっ!﹂
アギト
追撃の空顎をジェラールがすぐさま放つ。
よし、これに合わせて攻め立て⋮⋮ いや、何か向かってくる!?
190
ソニックブーツ
俺は風脚の効用を全力で使い、回避行動に移る。すると、突如地
面から奴の腕が飛び出してきた。伸縮と土潜の合わせ技か! 腕は
尚も俺を追撃しようと迫ってくる。
﹁これは先程の速度の比ではありませんよ﹂
アギト
空顎をかわしたらしいビクトールは、左腕を地面に潜り込ませな
がらジェラールと右腕だけで接近戦を演じていた。拳と黒剣が交わ
ドレッ
る度に火花が散る。ジェラールは近接攻撃を弾く装甲と斬撃半減の
ドノート
スキルを持つビクトールと相性が悪い。それでもジェラールは戦艦
黒盾を巧みに扱い、防戦一方ではあるが何とかもっている。が、そ
れも時間の問題だろう。
﹃クロト、巻き付け!﹄
サイズを縮小させて身を潜めていたクロト︵分裂体︶に指示を出
す。逃げることに専念した俺を追うことで無防備になっている左腕
に、取り付く瞬間に容量最大まで巨大化させて巻き付かせた。
﹁スライム!? 一体どこから!?﹂
突然現れた巨大なスライムにビクトールは狼狽する。
﹁物理的な攻撃はあまり効果がないようだからな。これならどうだ
?﹂
クロトの魔力吸収が始まった。
191
第35話 潜伏
﹁クフフ、これはまた珍しいスライムですねぇ。少々分が悪そうで
す﹂
﹁くっ、また地面に潜りおった!﹂
クロトが吸収行動をとった瞬間、ビクトールはジェラールとの打
ち合いを離脱し、左腕を潜り込ませていた穴に自らも飛び込む。次
いで、俺を追っていた左腕も地面に戻っていく。腕に張付いている
クロト諸共、土中に潜行するつもりか。保管に貯蔵していた自らの
体を元に戻したクロトは本来の力を発揮するも、ステータス面にお
グローリ
いては未だビクトールが数段上をいく。このままではクロトが危険
だ。
﹁させるかよ!﹂
ーサンクチュアリ
今の俺が使える最高ランクの封印魔法である、A級白魔法︻栄光
グローリーサンクチュアリ
の聖域︼を地面から突出している奴の左腕を中心にして唱える。こ
の栄光の聖域は俺の切り札の一つで、対象に強力な封印を施し、魔
法に費やした魔力に応じた広さの聖域を作り出すことができる魔法
だ。更に聖域内では発動者パーティの筋力、魔力を上昇させる効果
まで備えている。
封印された敵を強化状態で余すことなく攻撃する目的で、上級モ
ンスター出現時などに王宮魔導士が数人がかりで発動させる魔法ら
しいが、魔力だけは無駄に有り余っている俺ならば一人でも使用可
能だ。そんな有り余った魔力でさえ召喚できないメルフィーナは一
体どんだけ魔力が必要やねんって話なのだが、今は割愛する。
192
ビクトールの左腕を基点として白く輝く魔法陣が展開される。こ
の魔法陣がパーティに補助効果をもたらす聖域の範囲だ。大よそ部
屋一帯を囲うように魔法陣は伸び、浮遊する三段のリングが対象を
取り囲む。
﹃おお! 流石、王ですな!﹄
A級に位置する封印魔法だけあって、伸縮した腕はビクとも動か
ない。
ヴォーテクスエッジ
﹃これも一時凌ぎだ。大剣に狂飆の覇剣をかける。今の内に奴の腕
を断ち斬れ!﹄
グローリーサンクチュアリ
一見、完全に封印しているように見えるこの栄光の聖域だが、実
は崖っぷちの所でギリギリ封じているのだ。現にリングの1つ目に
既にヒビが入り始めている。この馬鹿力め。
﹃承知!﹄
ヴォーテクスエッジ
ジェラールが聖域の中心へと駆ける。携えるはこれまで幾多のモ
ンスターを下した狂飆の覇剣。これもまた、俺の最高攻撃力である
切り札だ。万物を斬り裂く暴風が具現化した剣が、斬撃半減スキル
を持つお前に通じるか、勝負と行こうじゃないか!
︱︱︱ズズッ。
俺の背後で何か音がする。
﹁注意力が散漫になりましたね?﹂
193
突如、土中からビクトールが現れる。その片腕には黒の魔力が既
に溜め込まれており、後は攻撃動作に移るのみ。一撃でも受けてし
まえば致命傷に成り得ることが一目で分かってしまう。やべぇ、気
を昂らせ過ぎて気配察知を怠ってしまったか!
﹁良い手合わせでした。しかし、いくら1対3の戦いであろうと、
私の勝利で終わる結果に変わりはありませんよ!﹂
ケルヴィンは背後に振り向く。その顔は未だ︱︱︱
﹁1対3? 1対4の間違いだろ﹂
︱︱︱笑みを浮かべていた。
﹃エフィル、やれ﹄
﹃敵を捕捉。射抜きます!﹄
ブレイズアロー
隠密状態で待機させていたエフィルがビクトールを射撃圏内に捉
え、極炎の矢を放つ。予めエフィルには部屋に入る前から隠密スキ
ルを使わせ、隙を見て必殺の一撃を撃つように指示していた。俺を
囮にするようにし、すぐさま速射できるようにしておくように、と。
ブレイズアロー
邪賢老樹討伐の際にも使用したこの極炎の矢は、貫通力に特化し
たエフィルの弓術だ。赤魔法を利用した爆風と共に飛翔する、限界
まで炎熱を封じ込められた矢尻は目標を溶かし尽くし、貫通させる。
貫通後の再生系スキルをも阻害するこの技は、防御に秀でた相手に
対して真の威力を発揮するのだ。
完全にビクトールの死角から放たれる一撃。エフィルの姿を視認
194
ブレイズアロー
できていなかった奴は、矢を放たれるまで極炎の矢の存在も知るこ
とができない。だが、ビクトールは発射の瞬間に反応した。俺に振
り下ろそうとしていた右腕を矢に向け、即座に簡易的な防御行動に
出たのだ。奴の危険感知スキルが働いたのかもしれない。
﹁ぐうっ!﹂
ブレイズアロー
それでも、極炎の矢はこれまで圧倒的な防御力を誇っていたビク
トールの装甲を突破し、手から腕、肩へと貫通していく。腕でガー
ドし、上手く身体を捻ることで致命傷には至らなかったが、これで
奴の右腕は使い物にならなくなった。これに警戒したのか、ビクト
ールは再び土潜スキルは発動。深追いはできない。
﹃仕留め損ないました⋮⋮﹄
﹃まだじゃ! 左腕も貰うぞ!﹄
ヴォーテクスエッジ
そう、これで終わりではない。ジェラールの狂飆の覇剣による攻
グローリーサンクチュアリ
撃が控えている。ジェラールは封じられた左腕の傍らに既におり、
斬りかかる瞬間であった。栄光の聖域のリングは1つ破壊され、2
つ目も半壊されている。チャンスは今しかない。
﹁うおおぉぉぉ!﹂
掛け声と共に威力を重視した一撃が放たれる。風を纏う漆黒の大
ヴォーテクスエッジ
剣と、ビクトールの装甲が触れる瞬間、連続的な金属音が鳴り響く。
狂飆の覇剣がチェーンソーのように腕を断ち切ろうとするのに対し、
装甲も抵抗している為だ。先程の打ち合い以上の眩い火花が咲き誇
り、更に金属音が強まっていく。
︱︱︱キン。
195
そして、遂には装甲を断ち切られ、ビクトールの左腕が空を舞う。
ジェラールはこの熱闘に打ち勝ったのだ。斬った腕をクロトに捕食
させたいが、今は時間がない為、保管に収納させる。
﹃よくやった! だが腕の封印が解かれるぞ。いったん距離をとる
んだ!﹄
グローリーサンクチュアリ
封印する対象を無くしたリングは自動崩壊を起こし、栄光の聖域
は消え去っていく。封印を解かれた腕の根元は土に潜る。気配察知
を辿るとビクトールは土中を潜行しながら部屋の反対側まで離れて
いくようだ。
﹃離れて距離をとるようだ。部屋の奥を警戒しろ﹄
﹃はい。隠密の効果が無くなりましたので、射撃支援に移ります﹄
﹃王の付与魔法もまだ効果が続いておる。次が最後の勝負じゃな﹄
暫くして、ビクトールが地上に姿を現す。
﹁クフ、クフフフ。ここまで見事にやられたのは先代の勇者以来で
しょうか? 私もこの生温い平和な時代に毒されてしまったようで
す﹂
ビクトールはクロトに魔力を吸い取られ、両腕を失った。風前の
灯と言えるだろう。
﹁なら、もう諦めるか?﹂
﹁クフフ。この程度で、ですか? 戦闘狂の貴方がご冗談を⋮⋮ 戦いはこれからじゃないですか!﹂
196
これまでで一番の圧迫感が俺達を襲う。
ジンスクリミッジ
﹁魔人闘諍﹂
無くなった腕から溢れ出した黒の魔力が、ビクトールの全身に駆
け巡る。おそらくは奴の持つ最強の黒魔法だろう。
﹃あなた様、いきますよ﹄
﹃ああ、終止符を打ってやろう﹄
俺は杖を構え直した。
197
第36話 魔人闘諍
黒き魔力は徐々にビクトールの身体を侵食し、別の形状を形作っ
ていく。特撮やアニメであれば黙って変化を待つのだろうが、別に
俺が待つ必要はない。容赦なく攻撃を仕掛けるとしよう。
﹃ご主人様、今の内に!﹄
弓を構え、携えた矢にエフィルの炎が竜の頭を形作っていく。よ
アギト
し、エフィルも俺の考えを汲んでくれているようだ。ジェラールは
一足先に空顎を飛ばし、自らも駆け出している。次いでクロトがジ
ェラールの後を追う。俺は魔力を練り上げ、未だ変化途上であるビ
クトールに矛先を向ける。
クレフトデトネーション
パイロヒュドラ
プライマリー
﹃地表爆裂!﹄
﹃多首火竜・第一竜頭!﹄
クレフトデトネーション
地表に亀裂が走り、その刹那、地面が爆発し地形が変動を起こす。
それだけでも平時であれば大事なのだが、B級緑魔法︻地表爆裂︼
により鋭く裂けた大地が、喩えるならば獲物を噛み砕こうとする大
型モンスターの牙の如くビクトールに襲い掛かる。
エフィルにより放たれた矢は炎の竜を纏い、まるで意思を持つか
パイロヒュドラ
のように獲物を探す。その姿は西洋のドラゴンと言うよりは、東洋
の龍のような蛇状の姿をしている。この多首火竜は独自に感知能力
を持ち、モンスターを自動追尾する応用の利く技だ。エフィルによ
りマニュアルでも操作することができ、攻撃面・防御面両方におい
て活躍が期待できる。ただし、出現中は常にエフィルの魔力を消費
198
し続ける為、その辺りの工夫は必要だ。炎の竜はビクトールの周囲
をゆっくりと飛翔する。
アギト
大地の牙がビクトールの足を噛み潰し、更には空顎が切り刻まん
と飛来、真上には炎竜。真っ当なモンスターにとってすれば絶望的
な状況でだろう。
﹃⋮⋮コンマ数秒遅かったか﹄
クレフトデトネーション
地表爆裂をものともせず、奴は立っていた。魔法の効果か、全身
を魔力で出来た黒の鎧に包まれ、その姿は先程までよりも一回り大
きくなっている。失った筈の両腕の付け根からは黒塗りの強靭な腕
が生えており、明らかに体格とは不釣合いなでかさだ。
アギト
一見鈍重そうなその腕で、なんとビクトールは不可視である空顎
を裏拳で弾いて見せた。斬撃は進行方向を直角に曲げ、ビクトール
の真横に沈んでいく。
アギト
﹃空顎を弾くじゃと!? それに何じゃ、あの巨大な腕もさっきの
魔法で生み出したのか?﹄
﹃ジェラール、忠誠スキルを全開にしとけ﹄
﹃⋮⋮良いのか? 数分しか持たんぞ﹄
﹃それだけアレは危険そうだ。あっちも短期戦狙いだろうしな﹄
ジェラールの固有スキル﹃忠誠﹄はステータス上昇タイプのスキ
ルだ。その効果は一時的で、自分の主に対する忠誠が高ければ高い
程、効果も高まる。今の俺に対するジェラールの忠誠がどれだけの
ものかを測ることはできないが︵そもそも王でもないし︶、ここは
使っておいた方が良い。
199
﹁クフフ、それでは最終ラウンドと行きましょうか﹂
﹁ああ、全力で来いよ﹂
ビクトールが一歩踏み込む。そこで一瞬溜めを作ったかと思うと、
猛スピードで跳躍。弾丸のようにこちらに迫って来る!
﹃ジェラール、緊急防御!﹄
ドレッドノート
急停止したジェラールは戦艦黒盾を流れるように構え、防御体勢
を一息で整える。
﹁ええ、全力でいきますとも!﹂
飛来するビクトールは空中で回転し、全身を包む鎧をも伸縮させ、
巨腕を横薙ぎに飛ばす。その範囲は部屋全体に当たる。
﹃あの野郎、一気に俺達を全滅させる狙いか!﹄
アースランパート
反射的にケルヴィンは自身の中で最短で展開できる防御魔法であ
る、絶崖城壁を唱える。S級の本気の攻撃に対し、効果があるとは
思えない。だが、やれることはやっておきたかった。
﹃ジェラール、貴方が受け切れなければパーティは崩壊します。全
身全霊で耐えてください﹄
﹃全く、姫様も人使いが荒いのう!﹄
アースランパート
アースランパ
グオンと禍々しく風を切り、衝撃で大地を抉りながら迫る漆黒の
ート
塊。展開された絶崖城壁に直撃する。予想通りの結果だが、絶崖城
壁は粉々に砕かれ、一瞬にしてその姿を消してしまった。対して、
ビクトールの攻撃が弱まる気配は全くない。そして、パーティの先
200
頭に立つジェラールと相対し、漆黒の巨盾と、これまた漆黒の巨腕
がぶつかり合う。
忠誠スキルをフルで使うジェラールは、全ステータスが一時的に
上昇している。この戦いで幾度もビクトールの攻撃を防ぎ切ったジ
ェラールは、この攻撃をも防ぐ自信、パーティの盾としての自負が
あった。ましてや忠誠スキルまで使った最高の状態、主の魔法によ
る補助まであるのだ。
﹃ここで負けて、何が騎士か!﹄
衝突する瞬間、ジェラールはシールドバッシュを絶妙なタイミン
グで放った。これ以上ないと思われる会心の一撃。一度目と同様に、
再び敵を吹き飛ばすイメージが再現されるほどであった。
︱︱︱だが、しかし、理想は現実に塗りつぶされ、悪魔が呟く。
﹁それは余りに軽率ですよ﹂
ドレッドノート
受けたのは激しい衝撃。ジェラールが絶対に放すまいとしていた
ドレッドノート
戦艦黒盾は、気が付くとその手にはなかった。再現されたイメージ
とは逆に、衝突と共に戦艦黒盾は損傷し、弾き飛ばされてしまった
のだ。攻撃を見誤った致命的な隙。心眼スキルによる一瞬の時間を
限りなく引き伸ばされた思考の中で、ジェラールは眼前に迫る死を
目にする。
﹃ジェラールさん! 諦めないでください!﹄
パイロヒュドラ
意思疎通によるエフィルの声に、ジェラールは気づく。己の横を
多首火竜が通り過ぎるのを。向かう先は当然︱︱︱
201
﹃一緒にいきますよ!﹄
﹃そうじゃな。まだワシにはやるべきことがある。まだ⋮⋮﹄
大剣を両手に持ち替え、ジェラールは咆哮をあげる。
﹁まだ⋮⋮ ここからじゃああぁぁぁぁ!﹂
パイロヒュドラ
クリムゾンマント
パイロ
多首火竜が喰らいつき、剣術の全てを賭した全霊の一撃を御見舞
ヒュドラ
いする。深紅の外装の効力により、付近にいるジェラールには多首
パイロヒュドラ
火竜によるダメージはほぼない。その攻撃はビクトールの黒腕を断
ち切るには至らず、ジェラールは倒れこみ、反動で多首火竜は散り
散りになって消失してしまう。だが、黒腕を押し返すことに成功し
た。
﹃まだだ、奴自身が来るぞ!﹄
喜びも束の間、戦闘はまだ続いている。跳躍したビクトールは一
瞬バランスを崩したようだったが、それでも尚、伏したジェラール
に接近中なのだ。おそらくジェラールは動けないだろう。
セカンダリー
﹃第二竜頭!﹄
パイロヒュドラ
矢継ぎと魔力を練り終えたエフィルが、2体目の多首火竜を放つ。
放出された竜は一直線に悪魔へと向かっていく。
﹁諦めが悪いですねぇ!﹂
ビクトールが繰り出すは唯の正拳突き。異様なのは足場のない空
中で打ち放たれ、伸縮によりリーチが無制限にあること。ボウッ!
202
パイロヒュドラ
っと拳を突き出した音とは思えない響きと共に、多首火竜に差し
迫る。
パイロヒュドラ
﹁ああ、勝つ自信があるからな!﹂
パイロヒュドラ
正拳突きは多首火竜を捉え、再び粉々に打ち砕く。だが、その瞬
間に多首火竜から何かが飛び出してきた。
︵これは⋮⋮ またスライムですか?︶
そう、現れたのはクロトの分身体。エフィルの肩に乗っている本
体が、もう一体分の分身を生み出したのだ。ステータス面で劣るこ
の分身体だが、扱えるスキルは変わりない。つまり、保管に収容し
ているアイテムも出し入れ自由だ。
﹃食らわせてやれ、クロト!﹄
保管から放出されるは呪われた武具の数々。要は俺が鍛冶で作っ
てしまった失敗作達だ。武器自体は強力なのだが、下手に装備して
しまうと呪いかかってしまい、売るに売れない困った品物⋮⋮ だ
ったのだが、ならばとクロトの飛び道具として使って貰うことにし
た。保管に入れるだけならクロトは呪いにかからないのだ。
ミニサイズのクロトから至近距離で飛び出され続ける呪いの嵐。
伸縮する腕を引き戻す僅かな間、奴は無防備。鑑定眼で覗くまでも
なく、奴は何らかのバッドステータスになったようだ。その証拠に
⋮⋮
︱︱︱バリン!
203
レディエンスランサー
ビクトールの黒腕と、全身を囲っていた鎧が砕け落ちる。
レディエンスランサー
﹃︱︱︱煌槍﹄
モータリティビーム
ブレイズアロー
即時に繰り出す魔法は最速の槍。B級白魔法︻煌槍︼。これに合
わせて大型分身体クロトが超魔縮光束を、エフィルが極炎の矢を放
つ。
﹁クフ、私の、負けですか⋮⋮﹂
3本の線がビクトールを貫いた。
204
第37話 悪魔令嬢
リカバリーサークル
﹃治癒円陣﹄
ビクトールとの戦闘を終え、パーティ全員の回復を行う。結果的
に皆大きなダメージはなかったが、肝を冷やす場面が多かった。い
や、元魔王側近とここまで戦え、そして勝てたのだ。大戦果と言え
るだろう。
﹁さて、まだ生きているか?﹂
俺が問い掛けた先に居るのは、先程まで激闘を繰り広げた相手で
あるビクトール。仮初の両腕を無くし、その身体に3つの穴を開け、
仰向けに倒れている。所謂、瀕死状態だ。
﹁ええ⋮⋮ 残念ながら、まだ息があるようですねぇ⋮⋮﹂
﹁ああ、そうだな﹂
出会った時の覇気はなく、もうじきその長きに渡る生を終えよう
としている。
﹁だけどな、逝く前に聞きたいことがあるんだ﹂
﹁⋮⋮何です?﹂
﹁お前、あの魔王の娘とやらを本当に食おうとはしていなかっただ
ろう?﹂
戦闘の途中で気付いたのだが、ビクトールは攻撃を繰り出す際、
封印された悪魔に当たらないよう配慮していた。悪魔であるビクト
205
ールの攻撃があの封印に当たったとしても、人間の特性を持たない
奴には封印を破壊することはできず、女にも触れることすらできな
いのだ。戦闘前に自分で言っていたことだ、それを知らない筈はな
い。
﹁クフフ⋮⋮ 目ざとい方、だ⋮⋮﹂
﹁なぜ、あんな嘘を言ったんだ。お前に何の得もないじゃないか﹂
﹁ああでも、しないと、本気で向かって、来ないで、しょう⋮⋮?
それに、私は、グスタフ様、に、託されたのです⋮⋮﹂
ビクトールはゆっくりと語り出す。
﹁私の命は、もう、長くはないでしょう⋮⋮ 掻い摘んで、お話し
ましょう⋮⋮﹂
過去の勇者と魔王の戦いの顛末を。
︱︱︱魔王グスタフは暴王であった。野心が強く悪魔の王となっ
て以来、他国の領地を侵略し、戦争を繰り返す日々。いつしか人々
は彼を魔王と呼び始め、遂には勇者が召喚され、魔王討伐が敢行さ
れる。
横暴であり、臣下からさえ恐れられたグスタフであったが、唯一
心を許していた者がいた。ただ一人の愛娘であるセラだ。戦争に明
け暮れ、妻が他界してからと言うもの、その溺愛振りは顕著なもの
となっていた。決して表世界には出さず、娘がいることの存在でさ
え側近のみが知る徹底振り。セラは世界を知らない。会話するのも
限られた悪魔達だけだ。
206
勇者率いる人間の軍がグスタフの城へと攻め入った時、グスタフ
は敗北を確信していた。悪魔四天王が各所で倒され、残ったのはセ
ラの世話役であるビクトールのみ。戦力が圧倒的に足りていなかっ
たのだ。グスタフは己や国を憂うことはせず、只々娘の安全を危惧
した。勇者はすぐそこまで迫っている。娘の存在が知れれば、セラ
の命はないだろう。
グスタフは苦肉の策としてセラに封印を施し、転送の間へ幽閉し
た。封印は彼女の肉体の時を止め、深い眠りへと誘う。グスタフ自
身が死んだ際、転送魔法陣が自動的に起動し、隠れ家へと転送する
仕組みだ。それが成った時、封印の鎖には人間にしか解除できなく
なる効果が加わる。勇者同様、悪魔やモンスターも彼女を狙う可能
性があったからだ。それならば、全体で見れば弱い種族である人間
をトリガーに封印を解除するように仕組めばよい。幸い、セラはビ
クトール並とまではいかないが、悪魔の中でも実力があるのだ。相
手が勇者でもない限り、まず負けることはない。
グスタフは勇者と対じする前に、ビクトールにセラの護衛を命じ
る。ビクトールはグスタフと共に戦うつもりであり、反対した。だ
が、グスタフの顔を見た瞬間、従わずにはいられなかった。あれほ
ど恐れられていた魔王グスタフが、これまで見たこともない、父親
の顔をしていたのだ。ビクトールは正式に任を拝命し、セラが転送
されるであろう隠れ家へと出発する。
魔王グスタフが勇者に討たれたのを耳にしたのは、それから2日
後のことであった。ビクトールは縛り付けられる心を抑え、何とか
正体を明かされずに隠れ家へと到着するに成功する。だが、ビクト
ールを迎えたのは地下に存在する開かずの扉。鎖の封印同様、人間
でしか開ける事ができない仕組みとなっていた。扉は巧妙に隠され
207
ており、冒険者の玄人であろうと容易には発見することができない。
それこそ、たまたま訪れた冒険者が偶発的に開けない限りは⋮⋮
ビクトールはそれからと言うもの、この隠れ家で長きを過ごした。
見た目は平凡な小屋があるだけの場所だ。まず地下が見つかること
はない。無理矢理連れて来た人間に封印を解かせる方法もあったが、
それでは勇者に知られる可能性がある。ならば、勇者のいない時代
まで待とう。数十年しか持たない人間の寿命で、奴らがいなくなる
まで︱︱︱
﹁︱︱︱そして、訪れたのが、この時代⋮⋮ 国々の戦争が、起こ
ることも、ありましたが、魔王様に比べれば、それも児戯に、等し
かった⋮⋮﹂
そしてこの地下がダンジョンとして発見され、偶然冒険者により
扉が開かれた。ビクトールは来たる有力な冒険者を喰らい力を付け、
封印を解除させたセラと姿を暗ます予定だったらしい。
﹁だと言うのに、全く、予定が狂い、ましたよ⋮⋮﹂
血を吐きながらも、ビクトールは続ける。
﹁1つ、お願いが、あります⋮⋮ セラ様を、貴方の仲間に、して
頂け、ませんか⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮俺としては構わないが、なぜそうなる﹂
﹁クフフ⋮⋮ 貴方は強く、仲間からも、信頼されている⋮⋮ モ
ンスターからで、さえも⋮⋮﹂
208
クロトとジェラールを見やる。
﹁クロトは兎も角、ジェラールもモンスターだと気付いていたか﹂
﹁あれだけ、打ち合ったのです⋮⋮ すぐに、分かりました、よ⋮
⋮ 召喚士、さん?﹂
ばれてら。
﹁セラ様は、城より外へ、出たことが、ないのですよ⋮⋮ 出来る
ことなら、世界を見せてあげて、ください⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そのセラが、配下になると了承するか分からないぞ?﹂
口の端をニヤリと笑わせ、ビクトールは答える。
﹁絶対に了承、しますよ⋮⋮ セラ様は好奇心旺盛、ですから⋮⋮
それに、あれだけの戦闘を、したのです⋮⋮ 意識は、眠りから
覚ましている、でしょう⋮⋮﹂
﹁起きてるのかよ⋮⋮﹂
﹁クフフ⋮⋮ 封印を解けば、直ぐに目を開けます、よ⋮⋮ この
会話も聞いて、います⋮⋮﹂
﹃⋮⋮嘘は言っていません﹄
どうやら本当のことらしい。
﹁提案だが、お前も俺の配下になる気はないか? それなら回復さ
せてやれるぞ?﹂
﹁魅力的なお誘い、ですが、私の主は魔王、様のみ⋮⋮ それに、
もう遅いよう、です⋮⋮﹂
209
ビクトールの意識が薄れていく。
﹁クフ、フ⋮⋮ 悪魔が、お願いするのも、変ですが、気が向いた
ら、この件、お願い、しま、す⋮⋮﹂
身体から力が抜け、ビクトールは動かなくなる。同時に、脳内で
ファンファーレが鳴り響く。
﹁レベルアップ、か⋮⋮﹂
レベル差があった為か、経験値の量が半端ではない。ファンファ
ーレも鳴り止まない。だが、少し空しいな⋮⋮
﹁さて、セラとやらを解放してやるか﹂
﹁良いのですか? 確か、魔王になる可能性もあるとメルフィーナ
様が言っていましたが⋮⋮﹂
エフィルの心配は最もだ。
﹁ハハ、俺は感傷に浸りやすい人間なんだ。ハァ、本当に詰めが甘
いな、俺⋮⋮﹂
封印の鎖に触れる。鎖は青白く光り、次の瞬間に壊れ落ちる。
﹁さて、俺の言葉が聞こえるか?﹂
赤髪の悪魔がゆっくりと瞼を開け︱︱︱
﹁⋮⋮父上も、ビクトールも、皆、馬鹿なんだから!﹂
210
︱︱︱泣き出した。
211
第38話 帰還
隠者の潜窟地下から脱出し、俺達は小屋を出る。何だか今日は凄
く疲れたな⋮⋮
セラの契約は困難を極めたが、無事に結ぶことに成功した。何が
困難だったかって? セラを泣き止ますのにだよ。セラが目覚めた
後、彼女はかれこれ数十分間泣き続けた。数十年越しの悲しみが一
気に膨れ上がったのだろう。俺達は思い付く方法をやるだけやって、
彼女を何とか落ち着かせようと頑張った。ビクトールとの戦闘くら
い頑張った。そういえば、エフィルとの出会いもこんな感じだった
な。
結局、契約の話を何とか聞いてもらい、彼女から契約のお言葉を
頂戴する。
﹁ぐすっ⋮⋮ する⋮⋮﹂
はい、契約完了です。外見は麗しい彼女だが、中身はまだまだお
子様な気がする。魔王グスタフには箱入り娘として育てられていた
らしいし。まあ、悪魔の成人年齢とか知らないけどね。
そんな彼女は、今俺におんぶされている。そして未だに泣いてい
る。背中に当たる胸の感触が心地良いが、耳元で泣声を聞かされる
と俺は居心地がとても悪いです。そろそろ自分で歩いてほしいのだ
が⋮⋮
ちなみにジェラールは今、セラをおぶれるような状態じゃない。
212
どうやら進化の前兆が出ているようで、歩くのが精一杯なのだ。何
とかこの場は耐えてもらい、人目のつかない場所で召喚解除する予
定だ。
﹁おや、お戻りのようですね。 ⋮⋮そちらの女性は?﹂
結界を張る魔法使いがこちらに気付く。
﹁悪魔は討伐しました。どうやらこちらの女性にとりついたまま、
封印されていたようです﹂
メルフィーナ達と打ち合わせた通りに話を進める。初めてあの部
屋に立ち入った冒険者は、封印されたセラの姿を目撃している。こ
のままではセラ=悪魔となってしまう。セラが仲間となる上で、そ
ういった風評を広めてしまうのは少々不味い。何より彼女は魔王の
娘、身分は隠しておいた方が良いだろう。
﹁な、何と! 本当に悪魔を討伐されたのですか!? そ、その証
拠は!?﹂
﹁これが証拠です。然る場所で鑑定して頂ければ証明できる筈です
よ﹂
俺はビクトールの装甲の一部を彼女に渡す。ビクトールには悪い
が、彼がセラにとりついた悪魔とすることとした。これで一応は話
は通るだろう。ビクトール本人は土に埋め、しっかりと供養してい
る。
﹃お、王よ⋮⋮ ワシ、そろそろ限界なんじゃが⋮⋮﹄
﹃お前から言った事だろ。﹁泣く女を待たせる騎士がいるものか!﹂
ってさ。別に俺は進化するまで待っても良かったんだぞ? 自分の
213
言葉に責任を持て﹄
﹃う、うむ⋮⋮﹄
頑張れ、ジェラール。
セラの角や翼の問題だが、これらの問題は彼女の装備が解決して
くれた。セラの赤髪をサイドテールに束ねる﹃偽装の髪留め﹄の効
果により、悪魔の角や翼、尻尾といった特徴は消え去り、人間の女
性に見えるようになったのだ。魔王グスタフがこれを見越してセラ
に持たせていたのかは謎だが、親馬鹿振りを考えると、たぶんそう
なんだろう。
﹁相当衰弱していますので、このまま彼女を連れて私達はパーズに
戻ります。後の処理は任せてもよいでしょうか?﹂
﹁ええ、任せてください。こんなに涙を流して、可哀想に⋮⋮ も
う大丈夫ですからね、安心してください﹂
魔法使いは良いように勘違いしてくれている。今の内にお暇する
としよう。
結界を抜け、ウルドさん等C級冒険者が見張りをする野営地を通
る。案の定、ウルドのパーティがこちらに駆け寄ってきた。それに
釣られ、近くにいた冒険者達もこちらを注目する。
﹁おお、無事だったか、ケルヴィン! ってその美人どうしたんだ
よ!? 騎士様もかなり消耗してるじゃないか! 悪魔にやられた
のか!?﹂
ウルドさんは質問をまくし立ててくる。心配しての気遣いなのだ
ろうが、今はそれ所ではないのだ。
214
﹃うっ⋮⋮ 何か出そうじゃ⋮⋮﹄
そう、それ所ではないのだ!
﹁ウルドさん、説明は後です! 悪魔との戦闘でジェラールがやば
いんです! これを治療するには、パーズに置いて来た秘薬が必要
なので、これで失礼!﹂
自分でも吃驚するマシンガントークを解き放ち、間をおかずに走
り去る。
﹁お、おい、ケルヴィ︱︱︱﹂
すみません、ウルドさん。また後ほど! ジェラール、このダッ
シュだけ耐えるんだ! 俺達は全速力で森の中へと走り去った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズの街、入口前の街道。
﹃ふい∼、スッキリしたわい。一時はどうなることかと思ったぞい﹄
﹃進化後の開口一番にそれかよ﹄
無事、召喚解除を果たしたジェラールは、俺の魔力内で進化を遂
げた。進化した種族は冥府騎士長。メルフィーナ曰く、S級ダンジ
ョンに出現する冥府騎士の亜種族らしい。その名に恥じることなく、
215
大型の漆黒鎧はより堅固に、豪壮な鎧へと変化し、ステータス面は
ドレッドノート
ビクトールにも引けを取らない程となった。驚くことに、左手には
破壊された筈の戦艦黒盾があった。しかもジェラール同様、強化さ
れ、S級防具として生まれ変わっているのである。
﹃フフン、これも騎士道を重んじていた成果じゃろうな﹄
﹃俺にはトイレを我慢するオッさんにしか見えなかったけどな﹄
終盤のジェラールの姿はどう見てもそれであった。
﹁おっ、泣き止んだか、セラ﹂
﹁⋮⋮ええ﹂
いつの間にやら、セラはこちらの会話に耳を傾けていた。意思疎
通による脳内会話も可能だと思うが、まだ慣れていないだろう。普
通に話すとしよう。
﹁御体の方は大丈夫ですか?﹂
﹁大丈夫よ。心配してくれて、ありがとう。ええと⋮⋮﹂
﹁私の名前はエフィルです。ご主人様の奴隷兼メイドをしておりま
す﹂
エフィルがスカートを軽く持ち上げ、優雅にお辞儀をする。
﹃ジェラールじゃ﹄
﹃メルフィーナと申します﹄
各々挨拶を交わす。クロトはエフィルの肩でピョンピョン跳ねて
る。
216
﹁契約時にも話したが、ケルヴィンだ﹂
﹁セラよ。よろしくお願いするわ。もうビクトールから聞いてはい
るでしょうけど、魔王グスタフの娘になるわ。 ⋮⋮今更だけど、
本当に私を配下にして良かったの?﹂
肩越しにセラが心配そうに尋ねてくる。
﹁何とかするさ。こう見えても俺の隠蔽スキルはS級だ。鑑定眼で
ステータスを覗かれる心配はまずない﹂
﹁⋮⋮ビクトールを倒した実力には驚いたけど、あなた本当に何者
? 勇者ではないんでしょう?﹂
﹁勇者は別にいるから安心しろ。俺はちょっと戦闘が好きなだけの、
ただの冒険者さ﹂
﹃﹃﹃ちょっと?﹄﹄﹄
そこ、ハモるな。
﹁くすっ、変な人達ね。泣いた私を本気であやしにくるし﹂
﹁何、すぐ慣れる。もうパーズに着くぞ。偽装の髪留めの効果は大
丈夫か?﹂
﹁問題ないわ。あ、でも⋮⋮﹂
セラが若干言いよどむ。
﹁どうした?﹂
﹁私、町の中って入ったことないの⋮⋮ 外は城の庭園までしか出
たことないし⋮⋮﹂
﹁もしかして、緊張しているのか?﹂
﹁⋮⋮少し﹂
217
そうか、世間には出さずに育てられたんだったな。そういえば、
魔法使いやウルドと話していた時も、泣きつつも様子を伺っていた
気がする。結構人見知りなのか。
﹁とりあえず、町に入ったら宿に向かう。それまでおぶってやるか
ら空気に慣れておけ﹂
﹁⋮⋮ん、ありがとう﹂
﹁大丈夫ですよ、皆良い人ばかりです﹂
﹁ぜ、善処するわ﹂
まだまだ時間がかかりそうだな。背中で硬くなっているセラを他
所に、俺たちはパーズへと入っていった。
218
第39話 祝宴
パーズに入ってからというもの、セラは終始興奮気味であった。
初めての街、初めての人混みと目にするものが全て新鮮なのだ。
﹁ケルヴィン、あれは何?﹂
﹁果物屋だな。今の時期なら熟して甘いものが多いな﹂
﹁こっちのは?﹂
﹁武器屋だ。スタンダートな剣から魔法使い用の杖まで扱っている。
俺が鍛冶を覚えてからはあまり利用していないけどな﹂
こんな感じで質問責めだ。他人から見たらでっかい子供のように
見えるかもしれない。まあ、緊張するよりは良い事だろう。
ちなみにセラは粗雑な衣服から、エフィルお手製の一般的な服装
へと着替えている。あのままでは流石に街中では目立つ。ここまで
の道程の休憩の合間にエフィルがセラのサイズを測り、裁縫スキル
で即興で作って貰ったのだが、それでもC級クラスに仕上がった。
しかも、偽装の髪留めで隠された翼と尻尾をしっかりと通せる作り
になっている心遣い。エフィルよ、また腕を上げたな。
俺とエフィルがセラの質問に答えるやり取りを繰り返しする内に、
精霊歌亭へと到着する。
﹁エフィルとセラは先に宿で休んでいてくれ。俺はギルドに報告し
てくる﹂
﹁ご主人様が行かれるなら、私も⋮⋮﹂
﹁セラを一人にさせる訳にもいかないだろ? クレアさんに事情は
219
話しておくから、セラのことは任せたぞ﹂
いったん俺の魔力に戻してもいいが、仲間以外の人とも交流を持
ってほしいしな。
﹁もう、私は子供じゃないのよ?﹂
﹁承知しました。万事お任せください﹂
﹁ちょっと、エフィル聞いてるの? 私の方が年上なのよ?﹂
セラは不満げだが今は我慢してもらおう。正直、セラを連れて行
けばリオを相手に隠し通せる自信がない。人生経験豊富な年長者に
は、メンタル面ではなかなか勝てないものだ。今度、交渉系スキル
でも探そうか。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱精霊歌亭・酒場
ギルドへの報告を終えた俺が宿へ戻ると、そこには精霊歌亭を利
用する冒険者達が一同に会していた。何事かと辺りを見回すと、エ
フィルとクレアさんが奥の調理場で大量の料理を作っていた。セラ
は席の上座に座り、その周囲には冒険者の人だかり。何だこれ。
﹁ケルヴィンのA級昇格を祝う会だよ∼﹂
﹁うおっ、アンジェ、何時の間に!?﹂
俺が疑問を問うよりも先に、背後から突如現れたアンジェが答え
220
た。気配察知をオフにしていとは言え、俺の背後に音も無く立つと
は⋮⋮ アンジェも実は冒険者なんじゃないか?
﹁あはは、ケルヴィンの驚く顔を見れるとは、今日は運がいいね﹂
﹁いや、マジで驚いた。アンジェって隠密スキル取ってる?﹂
﹁ないない。自力が違うのだよ、ケルヴィン君﹂
﹁ほう、言うじゃないか。それで、何で俺がA級に昇格したことが
知られているのかな? 俺もさっき知らされたばかりなんだけど﹂
ギルド長のリオに今回の一件を報告した際に、A級昇格を言い渡
された。何でも今回発見された悪魔がA級以上の討伐対象だった場
合、昇格試験にする予定で進めていたそうなのだ。もちろん俺達は
そんなことは知らされていない。 ⋮⋮ってかS級だったぞビクト
ール。
﹁いや∼、私嬉しくってクレアさんに先に知らせちゃったの。そし
たら、こんな席が出来上がりました﹂
﹁省略し過ぎだよ!﹂
そうこうしていると、セラが念話と飛ばしてきた。
﹃ケ、ケルヴィン! た、助けてよ、沢山の知らない人間が私に話
し掛けてくるの!﹄
おお、セラも意思疎通を使いこなしてきたな。恥ずかしさで顔を
髪のように真っ赤にして、あわあわしているが大丈夫そうだ。
﹃ふざけないで∼!﹄
そう言ってもな、中身はさて置き外見はとびっきりの美女なんだ。
221
そりゃ目立つし声は掛けられるわな。まあ、人に慣れるにしても、
これは色々と酷か。そろそろ助けてやろう。
﹁エフィル、セラ。今戻ったぞ﹂
わざと声を大きくして話し掛ける。
﹁あ! お帰りなさいませ、ご主人様﹂
エフィルがこちらに気付き、俺に向かって頭を下げると、それま
でセラしか目に映っていなかった冒険者達が一斉にこちらを振り向
く。
﹁お、おい。ケルヴィンさんが来たぞ!﹂
﹁ケルヴィンさん、聞きましたよ! A級昇格、おめでとうござい
ます!﹂
﹁この美女は誰ですか! エフィルちゃんだけじゃ足りないんです
か!?﹂
﹁キャ∼、サインください∼﹂
冒険者達は標的をセラから俺に変え、一斉に質問責めにする。
﹁な、何なんだ、この騒ぎは!?﹂
﹁当然だよ。このパーズでA級に昇格した冒険者はケルヴィンが歴
史上初めてだからね。今やケルヴィンはパーズの冒険者のヒーロー
なんだよ﹂
﹁ええー⋮⋮﹂
それも初めて聞きました⋮⋮
222
﹁おや、今夜の主役の登場だね。ケルちゃん、A級に昇格したんだ
ってね﹂
﹁ご主人様、おめでとうございます﹂
料理を切り上げたクレアさんとエフィルが調理場から出てくる。 ﹁私も先ほど聞かされたんですけどね。アンジェが先走ったようで﹂
﹁あはは、面目ない﹂
﹁それもケルちゃんを思ってのことさね。今晩のは会心の出来だよ。
思いっきり楽しみな﹂
﹁そうです。今日こそはクレアさんの料理を超えた自信があります﹂
﹁ふふ、また返り討ちだよ﹂
バチバチとエフィルとクレアさんの間で火花が散る。料理対決で
も始めるつもりか。
﹁ケルヴィーン!﹂
いきなり背後からセラに腕を回される。
﹁何で私をほったらかしにしたのよ! ︵エフィルは料理をし始め
ちゃうし、知らない人間に囲まれちゃうしで︶寂しかったじゃない
!﹂
ギリギリと首が絞まる。や、止めるんだセラ。お前の腕力で力一
杯やられると洒落にならない。
﹁おお、もうそこまで進んでいるのか⋮⋮﹂
﹁流石ケルヴィンさん! 手を出す早さも尋常じゃないぜ!﹂
﹁何だよ∼⋮⋮ ケルヴィンさんはエフィルちゃんがいるじゃない
223
かよ∼⋮⋮﹂
﹁サインの後でスズちゃんへ、って名前入りでお願いします!﹂
周りが騒がしいが耳に入ってこない。や、やばい、落ちる⋮⋮
﹁おい、嬢ちゃん。そのままだとケルヴィンが死ぬぞ?﹂
寸前で聞こえたのは天の声、いや、ウルドさんの声であった。
﹁あっ! ご、ごめんなさい!﹂
慌しいセラから解放される。この世界に来て一番の危機であった。
﹁た、助かりました、ウルドさん。貴方は命の恩人だ﹂
﹁いや、それは大袈裟だろう⋮⋮﹂
セラのステータスを考えると大袈裟でも冗談でもないのです。
﹁あら、アンタ。帰ってきたのかい?﹂
﹁ああ、長く空けちまって悪かったな﹂
﹁何時もの事だから気にしちゃいないよ﹂
﹁少しは気にしろよ!﹂
クレアさんとウルドさんが話し始める。まるで夫婦漫才⋮⋮ ん、
夫婦? ﹁ええと、クレアさんの旦那さんって、もしかしてウルドさん?﹂
﹁ん? そうだが、言ってなったか?﹂
﹁ここに住み始めて暫く経ちますけど、初耳です﹂
224
ウルドさん、家を放置し過ぎだろ⋮⋮
﹁ははは、エフィルの昇格試験で暫く入院しちまってな﹂
エフィル
すんません、うちのメイドが原因でした!
﹁それよりも聞いたぜ。A級に昇格⋮⋮﹂
﹁アンタ、その流れは何度もやったからもういいよ﹂
﹁言わせてくれよ⋮⋮﹂
ドッと起こる大きな笑い。漫才もそこそこに、料理が運ばれてく
る。
﹃王よ、ワシも参加して良いかの?﹄
﹃うん? 大丈夫なのか?﹄
ジェラールから出たいと言うとは珍しいな。
﹃実はな、進化の影響か、肉体の実体化ができるようになったんじ
ゃよ﹄
﹃おお、本当か!﹄
﹃ああ、これでエフィルの料理をやっと味わえると言うものよ!﹄
それが目的かい⋮⋮
﹃じゃが鎧は脱がんよ? これワシの魂じゃし﹄
﹃そ、そうか。どうにか器用に食べてくれ⋮⋮﹄
ジェラール、宴に参戦決定。
225
﹃あ、あなた様、そろそろ私も召喚できるんじゃないでしょうか?
少し試してみません?﹄
﹃この場では無理だろ。明日あたり試してみるか﹄
﹃うう、エフィルの特製料理⋮⋮﹄
神をここまで堕落させるとは⋮⋮ エフィルの料理の罪は深いな。
﹁ケルちゃん、そろそろ始めたいと思うんだけど、いいかい?﹂
﹁俺は構いませんよ﹂
いつの間にやら準備が整っていた。
﹁それじゃあアンタ、音頭を頼むよ﹂
﹁ああ? 俺でいいのか?﹂
まさかの指名にウルドさんは戸惑う。
﹁俺からもお願いします﹂
何と言っても、彼は命の恩人なのだ。
﹁そ、そうか? オホン⋮⋮ それでは、初のA級昇格を成し遂げ
た、我らパーズの誇り、ケルヴィン一行に乾杯!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁かんぱーい!﹂﹂﹂﹂﹂
︱︱︱ガチャ!
﹁む、出遅れたか!﹂
宿の外の路地裏に召喚したジェラールは遅刻した。
226
第一章終了時 各ステータス︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第一章終了時メインメンバーのステータス紹
介です。
数字とスキルは後で修正する可能性もありますので、あくまで参考
程度に御覧ください。
読み飛ばしても問題ありません。
3/21 装備項目を追加しました。
227
第一章終了時 各ステータス
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:74
称号 :悪魔殺しの英雄
HP :762/762
セラ−180
メルフィーナ−?︶
MP :2280/2280︵+760︶︵クロト召喚時−100
ジェラール−300
筋力 :147
耐久 :310︵+160︶
敏捷 :456
魔力 :953︵+160︶
幸運 :602
装備 :邪賢老樹の杖︵A級︶
ミスリルダガー︵C級︶
賢者の黒ローブ︵B級︶
黒革のブーツ︵D級︶
スキル:召喚術︵S級︶ 空き:6
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
気配察知︵B級︶
危険察知︵B級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵B級︶
228
鍛冶︵S級︶
精力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
補助効果:隠蔽︵S級︶
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 武装メイド
レベル:71
称号 :パーフェクトメイド
HP :576/576
MP :1065/1065
筋力 :291
耐久 :289
敏捷 :753︵+160︶
魔力 :739︵+160︶
幸運 :143
ソーレルボウ
装備 :赤塗の弓︵C級︶
戦闘用メイド服Ⅲ︵B級︶
メイドカチューシャ︵D級︶
従属の首輪︵D級︶
革のブーツ︵D級︶
スキル:弓術︵S級︶
229
赤魔法︵A級︶
千里眼︵B級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵B級︶
調理︵A級︶
裁縫︵S級︶
鋭敏︵B級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:73
称号 :喰らい尽くすもの
HP :1247/1247︵+100︶
MP :848/848︵+100︶
筋力 :634︵+100︶
耐久 :738︵+100︶
敏捷 :659︵+100︶
魔力 :576︵+100︶
幸運 :510︵+100︶
装備 :なし
スキル:暴食︵固有スキル︶
230
金属化︵A級︶
吸収︵A級︶
分裂︵A級︶
解体︵A級︶
保管︵S級︶
打撃半減
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ジェラール 138歳 男 冥府騎士長 暗黒騎士
レベル:80
称号 :愛国の守護者
HP :2130/2130︵+580︶︵+100︶
MP :411/411︵+100︶
筋力 :1044︵+320︶︵+100︶
耐久 :1109︵+320︶︵+100︶
敏捷 :373︵+100︶
魔力 :277︵+100︶
幸運 :290︵+100︶
ドレッドノート
クリムゾンマント
装備 :戦艦黒盾︵A級︶
深紅の外装︵B級︶
スキル:忠誠︵固有スキル︶
自己改造︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵B級︶
231
心眼︵A級︶
装甲︵B級︶
軍団指揮︵A級︶
教示︵B級︶
屈強︵C級︶
剛力︵A級︶
鉄壁︵A級︶
実体化
闇属性半減
斬撃半減
ドレッドノート
クリムゾンマント
補助効果:自己改造/戦艦黒盾+
自己改造/深紅の外装+
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
アークデーモン
セラ 21歳 女 上級悪魔 呪拳士
レベル:75
称号 :魔王令嬢
HP :970/970︵+100︶
MP :994/994︵+100︶
筋力 :580︵+100︶
耐久 :466︵+100︶
敏捷 :573︵+100︶
魔力 :569︵+100︶
幸運 :529︵+100︶
装備 :特注の衣服︵C級︶
232
偽装の髪留め︵A級︶
スキル:血染︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
黒魔法︵A級︶
飛行︵C級︶
気配察知︵B級︶
危険察知︵B級︶
魔力察知︵A級︶
隠蔽察知︵C級︶
舞踏︵B級︶
演奏︵B級︶ 補助効果:魔王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
メルフィーナ 1276歳 女 ? ?
レベル:?
称号 :?
HP :?
MP :?
筋力 :?
耐久 :?
敏捷 :?
魔力 :?
幸運 :?
233
装備 :?
スキル:?
補助効果:?
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
234
第40話 義体と新装備
さて、祝宴が無事に閉幕し、3日が過ぎた。
宴は深夜遅くまで続き、翌朝の俺は二日酔いで酷い状態であった。
先輩後輩問わず、冒険者仲間が酒を注ぎに来るのだ。この宴の主役
である俺が断る訳にもいかず、飲んでは注がれ、飲んでは注がれを
延々と繰り返してしまった。うう、まさか異世界で二日酔いになる
とは⋮⋮
一方、愉快な仲間達はと言うと︱︱︱
エフィルの場合、この世界では15歳で成人となる為、法的には
酒を飲むことができるのだが、どうも酒は苦手のようだった。終始
ジュースを飲みながら、宴会中俺を気に掛けてくれていたそうだ。
翌朝、宿酔の俺はエフィルの献身的な看病を受け、早い段階で回復
することができた。
ジェラールはガンガン酒を飲んでいた。量的には俺よりも飲んで
いた筈なのだが、酒を持ち越すことも無く翌日も朝から飲んでいた。
理不尽な話である。ウルドさんと気があったらしく、二人で昔話に
花を咲かせ、互いの武勇伝を語るなどしていたな。パーズ屈指の冒
険者であるウルドさんと悪魔討伐の一翼を担ったジェラールの会話
だ。若い冒険者は食いつくように聞き入っていた。
極めつけはセラだ。極度の甘え上戸、そして酷い下戸であった。
宴が始まるや否や俺の所まですっ飛んで来て、﹁お酌してあげるわ
!﹂と宣言。たどたどしくお酌してくれた⋮⋮ までは良かった。
235
どうも酒をこれまで飲んだ経験がなかったらしく、俺が美味そうに
飲む酒に興味津々。﹁セラもどうだ?﹂とセラに酒を注いでしまう。
セラは一口飲むと一瞬で顔を赤くし、その釣り目気味の真赤な瞳を
トロンとさせ⋮⋮ 後はご想像にお任せする。
一番困ったのは意外にもメルフィーナだ。メルフィーナは宴に参
加できなかった為か、若干拗ねている。お前、神様がそんなことで
拗ねるなよ⋮⋮
﹃拗ねていません。何時になったらあなた様が私を召喚できるよう
になるか、思案していただけです﹄
そんなこと言ったってお前、MP最大値強化スキル﹃精力﹄にポ
イント振っても召喚できないんだよ? 俺のMP2000超えてる
んだよ?
﹃⋮⋮あ﹄
どうしたよ。
﹃⋮⋮神の職業持ちだと、必要魔力が数十倍に膨れ上がるのを忘失
しておりました﹄
よし、神辞めろ。いつまで経っても召喚できん。
﹃それも吝かではないのですが⋮⋮ 仕方ありません﹄
え、本当に辞めるのか?
﹃いえ、私の義体を使います﹄
236
また凄いこと言い出したな。
﹃神が気紛れで下界に降りる事は珍しいことではないのですよ。そ
の際は己の分身である義体に憑依し、神であることを偽るのです。
勿論、本来の力は出せませんが⋮⋮ それに容姿は変わりませんの
でご安心ください。また一目惚れしても大丈夫ですよ﹄
何が大丈夫なのか⋮⋮ まあいい、それで召喚に使う消費MPが
抑えられるのか。
﹃まだ分かりかねます。神を召喚術で召喚する事例がこれまであり
ませんでしたから。そうですね、その辺りの調整もする必要があり
ますか⋮⋮ スキル周りを⋮⋮﹄
おい、メルフィーナ?
﹃あなた様、少々お暇を頂きます﹄
え、また!?
﹃義体の再調整をして参ります。上手くいけば召喚が出来るかもし
れません。善は急げです、では!﹄
︱︱︱といった感じで、またパーティを抜けてしまったのだ。今
度は何時帰ってくるのだろうか⋮⋮ 義体の調整とやらが早いとこ
ろ終わるのを祈るばかりだ。
メルフィーナの件はさて置き、ギルドの専用工房に俺達は今集ま
237
っている。ある議題についての打ち合わせを行う為だ。その議題と
は︱︱︱
﹁えー、それでは新装備お披露目会を開催したいと思います﹂
﹁頑張りました﹂
お披露目会と言う名の新装備受け渡しである。ビクトールとの戦
いでレベルアップした俺とエフィルは、鍛冶スキルと裁縫スキルを
遂にS級まで上げるまでに至った。これまでどう頑張ってもA級ま
での装備しか作り出すことができなかったが、これで最高ランクの
装備を作成することが可能となったのだ。
﹁うむ、待っておったぞ!﹂
﹁私の戦闘用装備も完成したのね﹂
この3日で全員に行渡る量の装備を作成した訳だが、S級にスキ
ルランクが上がったことで作る際のペースが段違いに早くなったの
が要因だ。適正の素材があれば何でも作り出せる気さえする。
﹁まずは今回初参加のセラからだ。武器は俺が、防具はエフィル担
当だ。要望通り、武器のナックルはビクトールの装甲から作ったぞ。
⋮⋮本当に良かったのか?﹂
﹁ええ、問題ないわ﹂
セラの装備の作成は今回が初めてになる。何か要望がないかセラ
に聞いたところ、拳主体の装備で、そして素材は討伐の証として採
取したビクトールの装甲を使ってくれとのことだった。見知った同
族の悪魔であるビクトールの素材を使っていいものか俺は躊躇した
のだが、セラはそれで構わないと言い切った。
238
﹁こうすれば、ビクトールが私に力を貸してくれると思うから⋮⋮﹂
これも彼女の意思だ、尊重しよう。
アロンダイト
﹁そうか。武器の名は黒金の魔人。性能については自分で確かめて
くれ﹂
アロンダイト
セラに黒金の魔人を渡す。拳から肘まで覆う黒金のナックルにセ
ラは見惚れる。ビクトールの装甲を用いたことで、その特性である
頑強な防御力を、更に指の細かい動きを阻害しない柔軟性を併せ持
ったS級の一品なのだ。
﹁私からはこちらを⋮⋮ ご要望の意匠になっていれば幸いです﹂
防具についてもセラに意見を聞いたのだが、こちらは難航した。
セラの好みが分からなかったのだ。これまで城に閉じこもっていた
セラは自分で衣類を選ぶといった習慣がなく、全て周りに任せてい
たそうだ。仕方ないので配下ネットワークに俺の知識の中にある衣
装情報を上げ、その中から目に付くものを選んで貰う事にした。
﹁うーん⋮⋮﹂
とは言ったものの、23年間現代で積み上げられた俺の知識から
探すのだ。作るよりもこちらに時間をとられた。そして2日が過ぎ
た頃。
﹁これよ、これが良いわ!﹂
﹁お、ようやく決まったか。どれどれ⋮⋮ へぇ、軍服か﹂
﹁色は黒にしてね。私だけ仲間はずれは嫌だもの﹂
239
セラが選んだのは衣装は軍服であった。正に戦闘服に打って付け
であり、スタイルが良く美人のセラに良く似合いそうな選択だな。
それにしても俺のパーティの装備、黒いな⋮⋮ もうイメージカラ
ーにしてしまおうか。
そんな流れでエフィルにも情報を渡し、完成したのがこちら。
クイーンズテラー
﹁狂女帝、です。防具の名前は⋮⋮ 申し訳ありません、私では変
更できませんでした⋮⋮﹂
うん、分かるぞエフィル。作った装備の名前は勝手に決まってし
まうからな。悪いイメージのネーミングになってしまい悪く思って
いるのだろう。だが安心しろ。
クイーンズテラー
﹁いいじゃない! 気に入ったわ、狂女帝! 格好良い名前ね!﹂
﹁え? あ、はい、ありがとうございます﹂
セラは中二病全開だ。 ﹁王よ、ワシのはどのような感じじゃ?﹂
待ち切れなくなったジェラールが話に割ってはいる。
﹁まあ、待て。別に逃げやしないんだから﹂
ジェラールは進化したことで新たな固有スキル﹃自己改造﹄を会
ドレッドノート
得した。このスキルは装備品を己の体に組み込み、装備の性能をワ
ンランクアップさせる優れたスキルだ。戦艦黒盾が強化されたのも、
このスキルのお蔭だ。ただし、一度組み込んだ装備品は再び取り外
すことはできず、同じ部位の装備品を新たに組み込んでしまうと、
240
古い装備が消失してしまうデメリットもある。強化された装備品を
使い回すことはできない。
﹁今回ジェラール用に拵えたのは大剣だ。造形は今使っている剣と
同じにしてあるから、新品にしては使いやすくはあると思うぞ﹂
﹁ほう、装飾も変わりないのう。全く同じ大剣に見えるわい﹂
﹁セラと同じく、実際に試してみるといい。それでもれっきとした
S級武器だ﹂
︱︱︱魔剣ダーインスレイヴ。クロトの保管にある最も強力な呪
い武器を選び、最上級白魔法で清め制御可能にし、新たに鍛え上げ
た大剣だ。解呪前は刀剣に血管のような赤い筋が這り巡り脈打って
いたのだが、現在は綺麗さっぱりと消え去っている。むしろ漆黒の
大剣は眩いほど澄んでおり、美しく感じるほどだ。
﹁あれ? ケルヴィンとエフィルの装備は?﹂
﹁俺のは新しいローブと防御用の篭手だ。エフィルには弓と⋮⋮ まあ、戦闘時の楽しみってことで﹂
﹁ええ!?﹂
セラがブーブー騒いでいるが気にしない。いくら早く作れたから
と言ってもこちらは連日徹夜だったのだ。最低限の説明は終えた、
俺はもう寝る。
﹁ご一緒します⋮⋮﹂
エフィルも同様だ。
﹁ええと⋮⋮ それじゃあ、私も⋮⋮ って、置いてかないで∼!﹂
241
駆け出すセラ。工房にはジェラールとクロトが残った。
﹁クロトよ、姫様のライバルは思いの他多いのかもしれんな﹂
クロトは微かに揺らめいた。
242
第41話 旅路
︱︱︱ガラガラガラ。
馬車の車輪音を耳にしながら、持ち寄った書物に目を通す。隣に
はエフィルがちょこんと座り、懸命に文字を読み取ろうとしている。
﹁旦那、馬車の中で本なんて読んで、気持ち悪くなりませんかい?﹂
﹁旅には慣れてましてね。この程度の馬車の振動では何ともありま
せんよ﹂
﹁ほう∼、冒険者の方は流石ですな﹂
御者が声を掛けてくるが、俺もエフィルも文字を読んでいるくら
いでは馬車酔いはしない。戦闘時等は更に激しく動いているからな。
﹁ご主人様、この箇所は?﹂
﹁さっきの読み方の応用だ﹂
俺達は今、パーズから水国トラージへ馬車で向かっている。なぜ
トラージかと言うと、俺が猛烈に米に飢えているからだ。現代で日
本を離れたことのない者には分からないかもしれないが、長期間海
外の料理ばかり食べていると、ある日を境に白米ご飯が食べたくな
るのだ。この世界に転生して数ヶ月、俺の限界は近い。前々からで
はあるが、米らしき食物があるとされるトラージには一度出向きた
いと考えていた。ギルド長のリオの許可もなぜかすんなりと下りた
ので、これを期にトラージへ足を伸ばす算段だ。
移動時間を無駄にしない為に、今はエフィルに文字を教えている。
243
戦闘面、生活面と幅広く成長したエフィルであるが、字の読み書き
等の学面についても勉強中だ。
﹁ケルヴィン! 川よ、川が流れているわ!﹂
﹁釣りでもしたいのか?﹂
﹁釣りって何?﹂
﹁⋮⋮トラージに着いたらやってみようか﹂
馬車の荷台から顔を出してセラは景色を楽しんでいる。先ほどか
ら何を見てもキャーキャー大はしゃぎだ。
米の探索とは別に、もう1つトラージへ向かう理由がある。ビク
トールとの約束、セラに世界を見せる為だ。この世間知らずの箱入
りお嬢様は釣りさえ知らず、何でもないこの風景をも楽しめている。
この旅で学ぶことや感じることも多いだろう。
﹃セラは元気じゃのう﹄
ジェラールは馬車での移動が苦手のようで、パーズ出発時に俺の
魔力へ戻ってしまった。どうやら実体化すると腰に負担が掛かるら
しい。鎧の中が霊体の状態であれば問題ないのだが、今は久方ぶり
の生身を堪能しているようだ。
﹁そう言えばケルヴィン。ちょっと気になってたんだけど﹂
﹁何だ?﹂
馬車が木々の生えた小道に入ったところで、セラがこちらに振り
返る。
﹁さっきから隠れて私達を監視している奴らがいるわよ?﹂
244
﹁ああ、いるな﹂
﹁な、何ですか旦那。驚かさないでくださいよ⋮⋮﹂
御者が苦笑いを浮かべているが、俺の気配察知にも反応があるの
だ。ある程度距離をとり、馬車を囲むように12人がマップ上に点
在していた。中には高度な隠蔽スキルを使用している者もいる。
﹁嘘じゃないわよ。もう、気が散って集中できないわ!﹂
セラは俺よりも幅広く察知系スキルを習得している。大方、親馬
鹿魔王グスタフが護身として見に付けさせたのだろう。
﹁ま、まさか盗賊ですかい!?﹂
﹁どうでしょう。この辺りは盗賊が現れる噂もありますからね﹂
﹁だ、旦那、こんな状況でも読書ですかい⋮⋮ そっちのメイドさ
んも大したたまだな⋮⋮﹂
盗賊が出たところで今更危惧するレベルでもないからな。強いて
言えば、危機感が薄くなったのが問題ではあるか。俺とエフィルは
勉強を再開するも、セラと同じくちょっと気になってきた。
﹁ね∼ね∼ケルヴィン∼﹂
﹁分かったって。ほら、動き出したぞ﹂
街道の脇から黒い外装を纏う6人が馬車の前に姿を現す。残りの
6人は姿を隠したまま、後方に控えている。俺達を逃がす気はない
らしいな。
﹁そこの馬車、止まりな!﹂
245
聞こえてくるのは意外にも女の声。6人の手には各々武器が握ら
れている。
﹁へへっ、姉御、極上の上玉が2人もいやすぜ!﹂
﹁どれどれ⋮⋮ ほほう、これは高値で売れそうだね。頭も喜びそ
うだ﹂
女とその子分らしき男共は俺達の、いや、エフィルとセラの品定
めをしているようだ。例の王子の時もそうであったが、またこのパ
ターンかよ。
﹁お、お前達、何者だ!? 冒険者が乗る馬車だと知っての狼藉か
!﹂
御者が声を荒げて叫ぶが、子分の5人は腹を抱えて笑い出した。
﹁ははは! 冒険者だって? 知ってるよ。お前等、パーズから来
たんだろ。最高でもC級冒険者しかいない、あの最弱の冒険者ギル
ドからさ!﹂
﹁俺達は泣く子も黙る﹃黒風﹄だぜ? C級冒険者如きで怯むかっ
てんだ﹂
俺達をC級冒険者以下だと勘違いしているようだ。少なくともC
級冒険者3人には勝てる自信があるのか。それにしても、かなり早
い段階からこの馬車に目星を付けていたみたいだな。
﹁黒風だって!? 冒険者の手によって壊滅した盗賊団の筈では⋮
⋮!?﹂
知っているのか、御者のおっちゃん。
246
﹁旦那、気をつけてくだせい。黒風は1年前に有名になった盗賊団
でさ。C級冒険者でもなかなか手が出せない兵揃いと聞いています
ぜ。だけど昔、A級冒険者のパーティに討伐されたとあっしは記憶
しているんですがね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮キナ臭いな﹂
﹁え? 何ですかい?﹂
﹁いえ、気にしないでください。それよりも、現状を打破しないと
いけませんね﹂
さて、鑑定眼で6人のステータスは見た。どうするかな。
﹁けけけ、奴ら俺たちの名を聞いて震え上がっていますぜ?﹂
﹁姉御、売る前に俺達にも楽しませてくださいよ﹂
﹁お前達、お喋りはその辺にしときな。褒美が欲しけりゃ行動で示
すんだね﹂
相も変わらず下種な会話をする子分達をリーダー格らしき女が叱
責する。
﹁あたしら黒風に狙われるなんて、あんたらも運がないね。ま、冒
険者の端くれなら、少しでも抵抗してくれないと詰まらないよ? さあお前ら、積荷は奪え! 女は捕らえ! 男は殺しな!﹂
前方から5人の子分が走り出した。後方の6人はまだ隠れたまま
動かない。
﹁セラ、物足りないと思うが、あいつら相手してやってくれないか
?﹂
﹁いいけど、殺っていいの?﹂
247
﹁世間的には壊滅したって体だから、賞金があるかどうかは分から
ないが⋮⋮ 情報も欲しい。一応、あの女は生かして捕らえてくれ﹂
﹁了解よ。久しぶりの戦闘、腕が鳴るわね!﹂
アロンダイト
セラは両腕にはめた黒金の魔人を互いに打ちつけ、小気味良い金
属音を鳴らしながら気合を入れる。が、ここで少々待ったを入れよ
う。
アロンダイト
﹁黒金の魔人の使用は禁止な。素手でやれ﹂
﹁ええ!? 何でよ!?﹂
﹁ただでさえ実力差があるんだ。そんな人間相手にそれ使ったら、
かなりエグいことになるぞ⋮⋮﹂
﹁むう、わかったわよ﹂
出鼻を挫かれたセラは不満げだ。早く装備を試してみたいという
気持ちは痛いほど分かるんだけどね。
﹁ハァ、やる気なくなったんだけど、仕方ないから私が相手してあ
げるわ﹂
馬車の荷台から前に飛び降りたセラは気だるそうに言い放つ。
﹁ああ? 俺達と1人で戦おうってか!?﹂
﹁ひゃひゃ! ねーちゃん良い事しようぜ∼!﹂
盗賊達は眼前に現れた美女を標的に捉え、我先に手柄をと競合す
る。チームワークもへったくれもあったもんじゃないな。
﹁お断りよ﹂
248
瞬きの間に盗賊の懐まで接近したセラから繰り出されたのはボデ
ィーブロー。食らった相手は先ほどから卑しい言葉を発していた盗
賊だ。拳は深々と体に減り込み、バキバキと破壊音を鳴らす。それ
が人体内部を破壊していると容易に想像できるほどだ。盗賊はその
まま宙に浮き、数メートル先まで飛んでいった。あ、頭から落ちた。
﹁あら? かなり手加減したんだけど、これでも駄目だった?﹂
﹃即死じゃな﹄
ここまで力量差があったか。盗賊達はセラの動きに全く付いてい
けてない。目で追えているかも怪しいくらいだ。
﹁え?﹂
状況を飲み込めず、唖然とする盗賊。セラの不満そうだった顔は
嘘のように晴れている。
﹁どうしたの? さっきまで楽しそうな顔してたじゃない。早く私
と遊びましょうよ。えっと⋮⋮ そよ風盗賊団だっけ?﹂
ああ、ドSだこの娘。
﹁そっちの6人もね∼﹂
セラは隠れている盗賊に軽く目をやる。俺が場所を教えてやるま
でもないようだ。
﹁ご主人様、この文法は違うのでは?﹂
﹁あ、間違ってた﹂
249
俺はエフィルと勉学に勤しむとしよう。
250
第42話 セラの実力
一体、これは何の冗談なんだ? あたしの前に広がる光景は、圧倒的強者による蹂躙。つい先ほど
まで、恰好の獲物としか見ていなった一人のふざけたいでたちの女
が、あたしの部下達をぶちのめしている。
最初に殺られたのはエンスだった。馬車の前にいた筈のあの女は、
一瞬にして駆け出していたエンスの目の前に現れ、エンスの腹に一
発食らわせた。その華奢な体からは考えられないほどの一撃。骨が
折れ、内臓が潰れる嫌な音を耳にする。そのままエンスの体はあた
しの眼前にまで吹き飛ばされ、それまで生きていた部下の死顔が届
けられる。
﹁え?﹂
唖然としたのは部下も同じだったようだ。意気揚々と獲物に飛び
掛った部下達の足が止まる。
﹁あら? かなり手加減したんだけど、これでも駄目だった?﹂
手加減した、だと⋮⋮!?
あたしの部下は決して弱くない、むしろそこらの冒険者よりも腕
は立つ方だ。全員がレベル25以上であり、連携すればパーズ随一
の冒険者であるウルドのパーティにも引けを取らない。その部下を
相手にして、手加減した何て言葉を出せるのは、A級、もしくはS
251
級冒険者くらいなものなのだ。
﹁どうしたの? さっきまで楽しそうな顔してたじゃない。早く私
と遊びましょうよ。えっと⋮⋮ そよ風盗賊団だっけ?﹂
女のあたしでも見惚れてしまいそうになる美貌を妖しく笑わせ、
女は誘い文句を口にする。完全に舐めている上に、団名をわざと間
違えるオマケ付だ。
﹁て、てめぇ⋮⋮ お前達、何時までも油断するんじゃないよ! 捕らえるのは変更だ、あの女は始末する!﹂
呆気にとられる部下を正気に戻し、攻撃の指示を飛ばす。今思え
ば、これがいけなかった。短気なあたしは売り言葉に買い言葉で返
してしまった。エンスへの攻撃で実力差を悟り、散り散りに逃走す
れば良かったのだ。そうすれば、あの女は見逃してくれたかもしれ
ない。後方に隠れた部下達に合流できたかもしれない。だが、もう
既に遅かった。
﹁そ⋮⋮ね⋮⋮﹂
女は後ろをチラリと見て、何かを言った。これを隙と見たドイル
とポンドが再び駆ける。二人が装備するのは短剣。黒風内部でも俊
敏さに定評のある二人による、不意打ちのコンビネーション攻撃が
炸裂する。
﹁あら?﹂
女がドイル達に気が付いたときには、短剣が首と心臓を捉える寸
前であった。
252
︵仕留めた!︶
内心二人はそう思っていたに違いない。あたしも同意見だったか
らだ。最も、次の瞬間を目にするまでは、なのだが。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
︱︱︱グシャ。
ポンドは利き腕に感覚がないことに違和感を感じた。いつもであ
れば、肉を抉る感触を次に感じ取れるはずなのだ。なのに、何も感
じない。使い慣れたポイズンダガーの感触さえも⋮⋮
﹁へ∼、手入れの行き届いた良い短剣じゃない。ま、盗賊が持つに
しては、だけど﹂
その声にふと上を見上げると、あの女が俺のポイズンダガーを軽
く持ち上げ、品評しているところだった。どうしてこの女は生きて
いる? 俺とドイルの攻撃で首と心臓を引き裂かれたはずだ!
だが、俺は気付いてしまった。コンビを組んでいたドイルの腕が
折れ曲がり、首が有らぬ方向を向いていることに。そして、おそら
くは自分も同じ状況にあることに。
︵一体、何が起こったんだ⋮⋮?︶
253
ポンドの疑問に答える者はおらず、彼は意識を永遠の闇の中に沈
めていった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
ドイルとポンドが殺られた。どうやって? それはあたしには分
からない。女を斬り殺したと確信したら、逆に二人が倒れこんだの
だ。腕と首が潰されている。あの瞬間、二人同時に2回も攻撃を放
ったということか。女の手には二人の短剣。こいつは自身が攻撃さ
れたと思ってもいないのかもしれない。いつ短剣を奪い、いつ二人
の腕を、首をへし曲げたのか⋮⋮ 何1つ分からない。
だが、間をおかずに攻め込んだ者がいる。二人に続いたのは巨漢、
ギルダ。鋼鉄製の大槌を片手で振り回す力自慢だ。巨漢でありなが
らドイルとポンドに付いて行く迅速さも併せ持っている有能な戦闘
員である。
女が短剣に気を取られているところを強襲。大槌を力の限り真上
から叩き込む。その一撃は鎧をも粉砕し、盾による防御も許さない。
﹁今度は力比べかしら?﹂
そんな威力を誇っていた大槌が受け止められてしまった。女の一
本の細腕によって。
﹁いいわよ、付き合ってあげる﹂
254
汗の1つもかかずに、女は涼しげに言う。
﹁ぐううあああぁぁぁ!﹂
ギルダは咆哮を上げ、その引き締まった太腕に血管が浮出るほど
力を込め、大槌を振り下ろそうとする。が、大槌はピクリとも動か
ない。
﹁馬鹿な⋮⋮ ギルダの筋力は200を超えるんだぞ!?﹂
思わず声に出してしまう。
﹁そうなの? んー、200程度じゃこんなものか﹂
それが聞こえてしまったようで、女は興味をなくしたかのように
ぼやく。
﹁そろそろ、私からもいくわね﹂
そう言うと同時に大槌に亀裂が生じる。ビシビシと音を立てて裂
け目は拡大し、次の刹那、大槌は粉々に崩れ落ちていった。残るは
右腕を前に上げた女と、破壊された大槌の残った柄を持つギルダの
姿。そのギルダも、柄を手から落とし、巨体を沈ませてしまった。
仰向けになったギルダの胸は大きく陥没している。
この出鱈目な展開を誰が予想できただろうか。瞬く間に部下が4
人も殺された。この場に残ったのはあたしと、最後の部下であるユ
ロのみ。
﹁お、お前、何者なんだ⋮⋮!?﹂
255
﹁⋮⋮えーと、パーズから来た冒険者よ?﹂
﹁何で疑問系なんだよ! ふざけやがって⋮⋮﹂
こうなれば最後の手段だ。馬車ごと消し炭になってしまうかもし
れないが、そうも言っていられる場合ではない。後方部隊に合図を
送る。
﹁その余裕顔もこれまでだよっ!﹂
後ろに控える6人は全員が魔法使い。扱う魔法は最高の殲滅力を
誇る赤魔法だ。これからC級赤魔法を嵐の如く降り注がせる。折角
の上玉を失うのは惜しいが、こっちだって部下を死なせているのだ。
仇は討たなければならない。
﹁やっちまいな!﹂
腕を振り下げ、総攻撃開始の号令を下す!
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮まだかしら?﹂
﹁あ、あれっ?﹂
おかしい。何度号令の指示を出しても魔法が放たれない。まさか、
私を置いて逃げ出したか!?
﹁どうしたのかしらね? エフィルは知ってる?﹂
女は馬車にいる仲間に振り返る。そこには馬車の荷台に登ったメ
イドが、弓を構えて静かに佇んでいた。
256
﹁さあ、私は存じません﹂
メイドは弓をしまいながら、淡々と答えた。
257
第43話 捕虜
﹁フフン、何だか封印前よりも調子が良い気がするわ。これが召喚
術の魔力供給による強化なのね﹂
初めは気の乗らないセラであったが、思う存分暴れた為か今はご
満悦のようだ。
﹃ほう、やりおるな。一度手合わせ願いたいものじゃ﹄
ジェラールもこれには感心している。ここだけの話、これまで引
き篭もりのお嬢様であったセラが戦闘をこなせるか俺も心配だった
のだが、何の問題もないようだ。これも魔王による英才教育の成果
だろうか? ジェラールとも良い勝負をするかもしれないな。
﹁おいおい、あまり無理はするなよ﹂
﹁別に無理はしてないわよ?﹂
馬車から近づく俺に、セラが顔を傾げる。
﹁お前のことじゃないって。後ろにいた6人には気付いていただろ﹂
馬車の後ろに親指を向けながら、溜息を漏らしながら俺は答える。
﹁別に大丈夫でしょ? ケルヴィンとエフィルなら、あの程度の相
手の魔法や矢が飛んできても﹂
従者のおっちゃんもいるんだぞ⋮⋮
258
﹁た、たまげたな。黒風の一味を子供扱いするとは⋮⋮!﹂
﹁あっ﹂
そのおっちゃんがそろそろと馬車から降りてきた。その姿を見て
セラがおっちゃんの存在にようやく気付く。
﹁ま、まあほら、エフィルが対処してくれたんだし、結果オーライ
じゃない﹂
﹁調子の良い奴だな﹂
確かに後方の奴らはエフィルが弓で全て仕留めたが、それは言い
訳にならないだろう⋮⋮ まあいい、徐々に焦り出してきたセラは
一先ず置いておき、縄で捕らえた盗賊の方を向く。
﹁それで、壊滅したはずの盗賊団﹃黒風﹄がなんで活動再開してい
るのかな?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
だんまりか。生き残った女盗賊とその子分は黙秘を続けている。
﹁旦那、こいつらはトラージに引渡しましょう。こんな大胆に行動
しているんだ。きっと新たに賞金首として手配書が出ているはずで
すぜ﹂
﹁それもいいのですが、もう少し情報を引き出したいですね﹂
それを聞いた女盗賊が鼻で笑う。実力行使に入る前に話してほし
いんだが。
﹁はんっ! 誰がお前らなんかに⋮⋮﹂
259
﹁名前はカルナとユロ、レベルは31と26。盗賊にしてはレベル
が高いな。素直に冒険者家業をしていれば、そこそこ儲かるだろう
に﹂
﹁て、てめぇ⋮⋮ 鑑定眼持ちか!﹂
ご名答、俺の鑑定眼で彼女達のステータスを曝け出す。一応低級
の隠蔽スキルを所持しているようだが、S級の前には意味をなさな
い。了解なくステータスを本人の前で暴露する行為は、この世界で
は侮辱に当たるのだ。
﹁なんならお前の歳から持ってるスキルまで言ってやろうか?﹂
﹁あ、姉御⋮⋮﹂
﹁フ、フン! 好きにするがいいさ!﹂
女盗賊が顔を背ける。なかなか強情な奴だな。
﹁ケルヴィン、面倒臭いから私の黒魔法使いましょうよ﹂
﹁ん? いい魔法があるのか?﹂
セラが意外な提案をしてきた。尋問用の魔法か?
﹁これでも魔法はビクトールより得意だったのよ!﹂
﹁そ、そうか。なら任せる﹂
ドヤ顔で自信満々なセラ。そこまで言うなら委ねようと思うが、
ちょっと不安だ。
﹁黒魔法ってスピードのない魔法が多いんだけど、私職業が呪拳士
でしょ。拳に魔法を乗せて相手にぶつけるの。そうすれば確実に魔
法が当たるって訳。ま、縄で縛られている今の状況ならそうする必
260
要もないけど﹂
セラはニコニコしながら子分の頭に手を載せる。仲間が倒された
記憶がフラッシュバックしたのか、子分はガクブル状態だ。ついさ
っきまで盗賊を粉砕しまくった拳で頭を掴まれているのだ、無理も
ない。
﹁それで何の魔法を使うんだよ?﹂
﹁そうねぇ、全身から血が出る魔法とか?﹂
﹁尋問する前に死ぬわ!﹂
人選を間違えたかもしれん⋮⋮ 子分が泣き出したぞ。
ブリード
ヒュプノーシス
﹁冗談よ、冗談。出血の魔法じゃそんな一気に出てこないわ。それ
に結構口が堅そうだしね。儚い夢を使いましょう﹂
セラの拳から黒い魔力が漏れ出る。ビクトール戦で目にしたあの
黒い魔力だ。ん? っていうことは⋮⋮
﹁なあ、もしかしてビクトールも黒魔法を使っていたのか?﹂
﹁何言ってるの? ビクトールも私と同じ呪拳士よ。そりゃガンガ
ン使うわよ。実際に戦ったケルヴィン達なら当然知っているでしょ
うけど、私と同じく拳に魔法を乗せる戦術を使うわ﹂
うわー、あの黒い魔力で覆われた拳に触れていたらアウトだった
っぽいな。奇跡的に誰も直接受けていなかったから、そんな魔法を
使っていたとは気付かなかった。セラの所持する魔力察知のスキル
を持っていたなら、或いは反応できたかもしれないが。
﹁それがどうしたの?﹂
261
再びセラが顔を傾げる。
ヒュプノーシス
﹁いや、何でもない。それで儚い夢ってのは、どんな魔法なんだ?﹂
﹁意識を朦朧とさせる魔法よ。一種の催眠術に近いかしら? 戦闘
時は精々相手の意識を一瞬刈り取る程度だけど、この状態で魔法を
当て続ければ⋮⋮﹂
瞬間、子分の体からスッと力が抜ける。どうやら催眠状態に入っ
たようだ。
﹁こんな感じで尋問用魔法に早変わり。さ、何でも聞きなさい!﹂
おお! はじめはどうなることかと思ったが、セラはやればでき
る子だったんだな。お兄さん少し疑ってしまったよ。
﹁な! ユロ、起きやがれ! お前それでも黒風の一員か!﹂
ヒュ
女盗賊が子分を起こそうと騒ぎ出す。それでもセラの余裕は崩れ
ない。
﹁口も縛りますか?﹂
プノーシス
﹁いいのよエフィル。そんな大声出してもこの状態になった私の儚
い夢は解けないわ﹂
﹁くっ⋮⋮﹂
歯を食いしばり、女盗賊は俺達を殺さんとばかりに睨み付けてく
る。もっとも、それが今の彼女にできる最後の足掻きなのだが。
﹁それじゃあ、質問を再開しようか﹂
262
第44話 水国トラージ
我々一行は旅を再開し、遂にトラージへと辿り着いた。水国と呼
ばれるだけあって、海に面した街作りであり、大きな木造船が港に
いくつも停泊している。仄かに建物が和風に感じられるのは、この
街を立ち上げた始祖であるトラージが異世界転生者であったからだ
ろう。街を歩く人々の服も着物を模したようで何だか懐かしい。ひ
ょっとしたら本名は虎次だったのかもしれないな。
﹁わあ、一面水ばっかり! これが海なのね!﹂
﹁綺麗です⋮⋮﹂
広大な海を初めて目にした二人は胸を躍らせる。俺もこんな真っ
青で綺麗な海を見るのは初めてだ。このレベルとなると、雑誌やテ
レビで掲載されるような外国の観光地でしかお目にかかれないから
な。
﹁皆さんはトラージに来るのは初めてですかい? あっしも最初は
驚いたもんでさ﹂
﹁ええ、本当に素晴らしい﹂
馬車の積荷さえなければ、すぐにでも海水浴に洒落込みたいとこ
ろなのだが、そうもいかない。旅路の途中で捕らえた盗賊団﹃黒風﹄
ヒュプノーシス
の2名をギルドに連れていかなければならないのだ。あの後、女盗
賊とその子分の両人に尋問を行った結果、セラの儚い夢により情報
を引き出せた。今は二人とも馬車の中でぐっすり眠っている。
引き出せた情報はこうだ。まず第一に、黒風は復活していた。い
263
や、壊滅したふりをしていたと言えば正しいか。黒風を倒したとさ
れていたA級冒険者パーティが、盗賊の頭に成り代わっていたのだ。
黒風のリーダーであった男は確かにこの冒険者達に破れ、その首を
ギルドに差し出されたことで世間的に黒風は解体したと公表されて
いた。しかし、その際の戦闘で失った団員を除き、実際は大部分の
黒風メンバーが生き残っていた。その生き残りを影で操り、今回俺
達を襲わせた黒幕がそのA級冒険者と言う訳だ。残念ながら名前ま
では聞き出せなかった。配下となった黒風にも身分は明かしていな
いようだ。本拠地もその時々で場所を変え、これといって定めてい
ない。とは言え、A級冒険者なんて早々いないから、すぐ判明しそ
うなもんだが。その辺りはギルドで確認しよう。
第二に、現黒風は主な活動として人攫いをしていることが判明し
た。エフィルとセラを狙っていたのも、この一環だと思われる。女
盗賊カルナ等、黒風幹部を筆頭に実行部隊とし、各所で同じような
所業を行っているようだ。また黒風自体が高レベルの集団な為、一
般の冒険者の護衛では太刀打ちできず、証拠隠滅を入念にすること
でギルドや周辺諸国にその存在を知られることを防いでいた。人攫
いは冒険者をも対象とし、奴隷として売られる。これらは新たな頭
となったA級冒険者の指示だと言う。
﹁ねえ、早くこいつらを引き渡しましょうよ。もっと近くで海をみ
たいわ。あと釣りしたい!﹂
おっと、セラが待ちきれずに急かしてきた。エフィルは黙っては
いるが、珍しくそわそわしている。内心はセラと同じ気持ちなのだ
ろう。
﹁そうだな。早速ギルドに向かおうか﹂
﹁それでは案内致しやしょう。こっちです﹂
264
おっちゃんの案内を頼りに、トラージの冒険者ギルドに向け歩き
出した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トラージ冒険者ギルド・受付カウンター
﹁く、黒風!? それは確かな情報なんですか!?﹂
﹁あっしが保障致しやす。馬車を襲われたところを、こちらの冒険
者様が助けてくださいやした﹂
ギルドの受付にて黒風を引き渡し、これまでの経緯の説明を行う。
御者のおっちゃんも同席してくれたお蔭で滞りなく進めれそうだ。
﹁ええと、パーズ支部出身の方ですね。失礼ですが、ギルド証を拝
見してもよろしいですか?﹂
俺は金色に輝くギルド証を提示する。ギルド証は冒険者ランクに
よって色分けされる。F級なら青、E級は赤と言った感じだ。そこ
からランクが上がるに連れ緑、銅、銀、金と変わっていく。A級の
俺は金となる訳だ。
﹁え、A級冒険者の方でしたか!? 大変失礼致しました!﹂
﹁強い強いとは思っていやしたが、A級の冒険者様だったとは⋮⋮﹂
﹁そうよ、だから相応の対応をしなさいよね﹂
265
セラよ、なんでお前が自慢げなんだ。
﹁いえ、別に気にしなくていいですよ。それよりも︱︱︱﹂
尋問により得た黒風の情報を伝える。冒険者ギルドは各国に支部
を置いているのだ。ここで伝えた情報はすぐさま各所に伝達される
だろう。これで少しでも人攫いを阻止できればいいのだが⋮⋮
﹁旧黒風を討伐した冒険者の所在は分からないのでしょうか? お
そらくはその方が主犯でしょう﹂
エフィルが問う。
﹁申し訳ありません。この件は私では判断できませんので、上の者
を呼んで参ります。こちらの来客室へどうぞ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
受付に連れられた俺達は部屋に通される。待つこと数分⋮⋮
︱︱︱ガチャ。
扉を開けたのは妙齢の女性だった。俺が椅子から腰を上げると、
セラも慌てて立ち上がる。エフィルは既に俺の後ろに控えている。
﹁初めまして。トラージ国ギルド支部、ギルド長のミストです﹂
﹁初めまして。冒険者のケルヴィンです﹂
266
握手を交わし、ミストと名乗るこの女性とテーブル越しに対面す
る。
﹁リオから話は伺ってますよ。ふふ、最近の彼の話はあなた方のこ
とばかりです。リオがここまで入れ込むなんて、とても珍しいこと
ですよ﹂
リオとミストさんは交流を持っているのか。
﹁リオギルド長には色々とお世話になっています。それにしても意
外ですね。私の前ではそんな素振りは見せないのですが﹂
﹁彼は偏屈なところがありますから。表には出しませんが、実はか
なり評価していると思いますよ﹂
﹁だといいのですが﹂
にしても、あのリオが俺のことをね。罠に嵌められた思い出も多
いので複雑な気持ちだ。
﹁リオには振り回されることも多いでしょう? あの人、昔からそ
うなんですよ﹂
﹁お二人はいつからお付き合いが?﹂
﹁もう20年も前になりますけど、私とリオは同じパーティの冒険
者だったんです。リオなんて﹃解析者﹄なんて二つ名で呼ばれてま
したっけ。よく他人のステータスを覗き見してたからなんですけど
ね﹂
﹁ははは、私も見られた口ですよ﹂
談笑はそこそこに続き、いよいよ本題に入る。
267
﹁それで、黒風の話になるのですが⋮⋮﹂
﹁ええ、ケルヴィンさんが入手された情報は受付の者から聞いてお
ります。A級冒険者からの情報提供、実行犯の捕縛、更には証言者
であるそちらのルドさんも、御者としてその道の名手。ギルドとし
ても度々お世話になっています。信憑性は高いと判断し、各所のギ
ルド支部に伝達の手筈を致しました﹂
おっちゃん改め、ルドさんも実は名の知れる人だったのか。﹁大
したことはしてないんですがねぇ﹂とルドさんが照れながら頭を擦
る。ミストさんの仕事も早い。
﹁それと、黒風討伐を行った冒険者とそのパーティについてですが
⋮⋮﹂
ミストさんが一呼吸置く。
﹁現在、このトラージ国内に滞在しています﹂
268
第45話 トライセンの英雄
﹁トラージにいるのなら、すぐにでも手配を⋮⋮﹂
エフィルが言い終える前に、ミストさんは首を横に振った。
﹁事情がありまして、そう簡単にはいかないのです﹂
﹁どういうことですか?﹂
ミストさんは徐に立ち上がり、部屋の棚から1冊の本を取り出す。
そしてパラパラとページをめくっていく。
﹁黒風が討伐されたのは今からちょうど1年前、これはその時のと
ある報道機関の記事です﹂
テーブルの上に開かれた本が置かれた。本を手に取り、俺達3人
はそのページに目をやる。そこには記事の切り取りがいくつか貼っ
てあった。所謂スクラップブックだろうか。
﹁この記事を御覧ください﹂
﹁どれ、失礼⋮⋮﹂
︱︱︱︱︱︱A級冒険者クリストフ一行、盗賊団﹃黒風﹄を撃滅!
︱︱︱︱︱︱︱
本日、我が栄光あるトライセン王、ゼル様より大変喜ばしい発表
がなされました。近年、世を騒がせていた大盗賊団﹃黒風﹄が、ト
269
ライセン出身のA級冒険者であるクリストフ氏率いるパーティに打
ち倒されたとのことです。黒風は各国で殺人・強盗を行い、国際的
に指名手配されていましたが、その所在を掴んだ者はいません。各
団員の能力が高く、騎士団も迂闊に手を出すことの出来ない、﹃姿
なき盗賊団﹄とも呼ばれるほど。我がトライセン領下のとある村に、
先日被害があったことは皆様の記憶に新しいことでしょう。そんな
現状に立ち上がったのはクリストフ氏。独自の調査の下、黒風頭領
の居場所を探し出し、その首を取ることに見事成功されたのです。
ゼル様はこの偉業を称え、クリストフ氏にトライセン栄誉勲章を贈
る事を決定されました。これでクリストフ氏は名実共にトライセン
の英雄となった訳です。偉大なる新たな英雄のこれからの活躍にも
要注目です。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
﹁⋮⋮なるほど﹂
﹁あなた方が探している冒険者はクリストフのことでしょう。記事
の通り、現在はトライセンの英雄として祭上げられています。不用
意に手を出すとトラージ、トライセン間の国際問題に発展する危険
性があるのです﹂
冒険者ギルドとしても扱い辛い人物ってことか。それにしてもト
ライセン、本当に迷惑な国である。少なくとも俺にとっては。
﹁でも、これだけ証拠が揃っているのよ? どこの国の英雄だか知
らないけど、泣き寝入りしろってこと!?﹂
﹁それは⋮⋮﹂
﹁セラ、落ち着け。ミストさんが言いたいのは準備が必要ってこと
270
だよ﹂
いきり立ったセラを治めるが、準備に時間がかかるのも確かなこ
とだ。国家間の問題が絡むこの案件、解決するには相当な期間が必
要だろう。何か、こちらの正当性を示す絶対的なものがあれば︱︱︱
﹁︱︱︱ん?﹂
今、何か⋮⋮
﹁ご主人様、どうかなさいましたか?﹂
﹁いや、何でもないんだ。話を続けましょう﹂
これ、何でもない訳ないよな。ってか、この反応は︱︱︱
﹃セラ﹄
﹃え、こっちで会話? 秘密の話?﹄
配下の者だけ参加できる配下ネットワークでの高速会話に切り替
える。
﹃お前の気配察知スキルに4人組の大物が引っ掛かってないか?﹄
﹃ええと⋮⋮ 街の入り口にそれなりに大きな気配を感じるわね。
この分だとレベル50前後ってとこかしら﹄
﹃やっぱりか⋮⋮﹄
偶然ってのはあるもんだな。だとすれば、俺は運がいい。
﹃その4人組というのが何か関係あるのかの?﹄
﹃いまいち状況が飲み込めないのですが⋮⋮﹄
271
俺は配下ネットワーク上にあるステータスを表示させる。
﹃おそらく、この4人組は勇者だ﹄
﹃﹃﹃︱︱︱!﹄﹄﹄
以前、メルフィーナがデラミスに赴き、巫女に神託を授けた際に
受け取った記録の宝珠。A級アイテムであるこのオーブは、あらゆ
る情報を保存する。オーブ自体は巫女に返したのだが、配下ネット
ワークに上げられた勇者のステータスは今も残っている。驚くこと
に、そのステータスからは勇者の気配を読み取ることができたのだ。
当然、俺はこの4人の気配にマーカーをしていた。
﹃どうやら、今さっきこの街に入ってきたようだな﹄
周囲に騎士の反応はない。4人だけでトラージに来たのだろうか。
﹃姫様が言っていたあ奴等か⋮⋮﹄
﹃勇者⋮⋮﹄
別人とは言え、過去の勇者に実の父を殺されたセラにとっては複
雑な気持ちだろう。
﹃セラ、分かっていると思うが、この勇者は別人だぞ﹄
﹃⋮⋮頭では理解してる﹄
だが、心の整理はまだつきそうにない。様子を見ながらフォロー
する必要がありそうだ。
﹃ならいい。今回はこの勇者達にも一働きしてもらおうと思う﹄
272
﹃確かに、勇者であれば知名度、人気と共にクリストフを軽く上回
りますね。証拠もあり、ギルドとデラミスの後ろ盾があれば、トラ
イセンも文句は言えないでしょう﹄
﹃勇者と黒風一派をぶつける気か﹄
﹃それだと俺が戦えないだろ﹄
﹃﹃﹃⋮⋮⋮﹄﹄﹄
﹃一気に黙るなよ!﹄
勿論、それだけが理由ではない。勇者達の実力はA級冒険者の精
々中位∼上位なのだ。クリストフとそのパーティ、そして黒風を相
手にして勝てる保障があるとは言い切れない。こんなところで死な
せてしまったらメルフィーナに何と言われることか⋮⋮
﹃ハァ⋮⋮ 気を取り直して、作戦を発表します﹄
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ミストさん、私から提案があります﹂
﹁提案、ですか?﹂
作戦会議を終え、いよいよ準備に移る。この作戦にはミストさん
の協力が必須となる。作戦が成功すればトラージに恩を売ることも
可能だろう。そうすれば、米が手に入る可能性も高くなる。俺は何
としてでも米を手に入れるのだ!
﹃ご主人様、調理はお任せください! 必ずやレシピを再現してみ
せます!﹄
273
﹃王の故郷の幻の食材⋮⋮ ワシも実体化して食すのを頑張るぞ!﹄
﹃たまに貴方達、急にボケを挟んでくるわね﹄
絶対の決意の下、俺達は行動を開始した。
274
第46話 神託
神埼刀哉率いる異世界の勇者達は神皇国デラミスを出発し、長い
期間を経て水国トラージへ到着した。なぜトラージへやって来たの
か? それを説明するには、転生神メルフィーナが巫女コレットに
授けた神託について語らねばなるまい。場面はデラミス大聖堂、神
託が下った直後の話だ。
︱︱︱デラミス大聖堂
刀哉と刹那が大聖堂の扉前に辿り着くと同時に水岡奈々、黒宮雅
と鉢合わせになった。
﹁神埼君! 一体何が起こったの!?﹂
若干混乱気味の奈々。刀哉達と同じ高校、同じクラスに通う同級
生。背が低く幼い顔立ちをしているが、それとは反対に胸が大きく、
一部の男子に異常な人気を誇る。本人は小中学生によく間違えられ
るこの容姿にコンプレックスを抱いているのだが、その容姿と穏や
かな性格から繰り出されるほんわか空間は周囲に癒しを与える。
﹁大聖堂から光が見えた。花火?﹂
奈々とは真逆に冷静そのものである雅。召喚前日に刀哉のクラス
に転校してきた帰国子女。天才的頭脳を持ち、常識では図れない言
動を放つ不思議系美少女である。日本とロシアのクォーターである
為か綺麗な銀髪であり、登校初日からファンクラブができるという
275
伝説を築き上げてしまう。
この二人も刀哉、刹那と同じく現代から異世界召喚された勇者な
のである。
﹁俺にもさっぱりだ。ただ、大聖堂の中にコレットがいる﹂
﹁ええ!? は、早く無事か確認しないと!﹂
﹁ああ! 扉を開けて一斉に突入するぞ、準備はいいか!? せー
の⋮⋮﹂
︱︱︱バン!
﹁コレット、大丈夫か!?﹂
刀哉が叫んだ先には銀髪の少女が祭壇に向かって立っていた。物
が壊されたり、何かがあった様子はない。先ほど強烈な光が放たれ
たことが嘘だったように、大聖堂はしんと静まり返っている。4人
の勇者が周囲を警戒する中、コレットは機敏に振り返り、高らかに
宣言。
﹁神託が下りました!﹂
その声に刹那が反応する。
﹁神託って⋮⋮ 女神様がここに来たの!? 何を話したの!?﹂
この世界にいきなり召喚されて以来の女神との接触。もしや、元
の世界に帰してくれるかもしれない。そんな淡い期待を寄せながら、
刹那はコレットの次の言葉をジッと待つ。やがてコレットは口をゆ
っくりと開け⋮⋮
276
﹁メルフィーナ様のご助力の元、勇者様の召喚に成功して早1年。
以来御神託を頂戴することはありませんでしたが、遂に! 遂に新
たな神託を頂きました! ああ、メルフィーナ様の御姿は正に花顔
柳腰! 勇者様のご成長振りに喜んでくださったあの微笑みは一笑
千金、いえ万金! 私の儚い半生に2度も現れて下さる優しさと愛
に、コレットは溺れてしまいます⋮⋮!﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
彼女はあまりの嬉しさに頭がトリップしていた。大国デラミスの
ナンバー2の痴態、滅多に見られるものではない。否、見せたら彼
女の沽券に関わる。
﹁か、神埼君、コレットさんはちょっと疲れてるみたい。私達、部
屋に連れて行くから、先に戻ってくれるかな?﹂ ﹁あ、ああ。俺が背負って行こうか?﹂
﹁駄目。そうやってコレットに触ろうとする。刀哉のラッキースケ
ベ﹂
﹁なっ! まだ根に持っているのか雅⋮⋮ あれはわざとじゃない
と⋮⋮﹂
﹁み、雅ちゃん!? 神埼君と何かあったの!?﹂
﹁はいはい。漫才はそこまでにして﹂
刹那は現状に頭を抱えながら、この場を治めようとする。トラブ
ルメーカーの刀哉の幼馴染である彼女は、このような面倒事を幼い
頃から嫌と言うほど味わっている為、自然とこういった役回りとな
るのだ。他の3人は放って置けば延々とこの調子なので、まあ仕方
ないかなと思うところなのだが、刹那は胃が痛い毎日なのである。
﹁この騒ぎで騎士団の人達がそろそろ来ると思うから、刀哉はそっ
277
ちの対応をして。奈々と雅は私と一緒にコレットをさっさと運ぶ!
さ、行動開始!﹂
﹁﹁りょ、了解!﹂﹂
﹁アイアイサ∼﹂
大聖堂を飛び出す刀哉。それに続いて、刹那達はコレットを運び
出して行った。
﹁美し過ぎます、美し過ぎますよ∼メルフィーナ様ぁ∼﹂
その夜、コレットの寝室には立入禁止令が敷かれた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱翌日・コレットの執務室
コンコンッ。
﹁⋮⋮どうぞ﹂
﹁巫女様、失礼致します﹂
書類を書き留めていたコレットはその手を止め、扉に目をやる。
部屋に入ってきたのはデラミスが誇る神聖騎士団の団長であるクリ
フ。神皇国デラミス最強の戦力であり、勇者の教育係を任されてい
る。刀哉達が4人がかりで戦っても未だに勝つことのできない実力
者だ。刀哉達もクリフに続いて部屋へ入る。
278
﹁神聖騎士団、団長クリフ。ただ今参上致しました!﹂
﹁ご苦労様。本日、勇者様とクリフ団長をお呼びしたのは、他でも
ない報告があるからです。メルフィーナ様より神託が下りました﹂
昨日とはえらく違うテンションから言い放たれる衝撃の言葉。し
かし、その衝撃以上の痴態を昨夜見てしまった刀哉達は微妙な表情
だ。これは素直に驚けばいいのだろうか? とお互いに目配せして
いる有様だ。雅に関しては少し噴き出しそうになりながらプルプル
震えている。そんな事情を知らないクリフだけが驚愕する。
﹁それは本当ですか!? 巫女様、お祝い申し上げます。早速、教
皇様にもご報告しなくては!﹂
﹁お待ちなさい。お父様⋮⋮ 教皇には既に伝えてあります﹂
﹁おっと、そうでありましたか﹂
﹁それでコレット、女神様は何と?﹂
刹那は昨夜のことを極力考えないようにしながら、神託を中身を
問う。
﹁⋮⋮西大陸の帝国より邪悪な気配。勇者の歩む道筋そこにあり。
決してパーズには近づくなかれ﹂
﹁な、なんと⋮⋮﹂
クリフが更に驚く。
﹁クリフ団長、西大陸の帝国ってまさか⋮⋮﹂
﹁ああ、我が国と長年休戦状態にあるリゼア帝国のことだ﹂
デラミスとリゼアは現在休戦状態ではあるが、戦時の緊張は今も
なお続いている。一度掘られた国同士の深い溝はそうそう埋まるも
279
のではないのだ。
クルスブリッジ
﹁十字大橋を通じて行く事ができるんでしたっけ?﹂
﹁それも可能だが、警戒が厳重な上に幾重にも関所がある。トライ
センと並んで軍国主義の国だ。デラミスの勇者だと知られれば、何
をされるか分かったもんじゃない。身分を保証される行商人でもな
い限りはお勧めできんな﹂
﹁で、でも、女神様の神託通りだと、その帝国に魔王がいるかもし
れないんだよね? 本当に行くの?﹂
奈々の一言に、皆沈黙してしまう。いくら訓練をし、この1年経
験を積んだとはいえ、その本質は平和な世で暮らしてきた高校生。
魔王と戦う覚悟はしてきたつもりだが、いざ戦場に赴くとなると心
は揺らぐものだ。
﹁巫女様、私はまだ早過ぎると思います。まだ刀哉達は魔王を相手
するには心身共に力不足です。それに他国の地であれば、デラミス
の騎士である私は迂闊に踏み込めません﹂
﹁私も理解しています。しかし、これはメルフィーナ様からの神託、
何か意味があるのです﹂
コレットは目を瞑り、深く考える。沈黙が部屋を支配し、時々に
窓から穏やかな風が入り込む。やがて、瞼を上げたコレットは呟い
た。
﹁トラージから、船を出しましょう﹂
280
第47話 誘導
騎士を数名引き連れ、刀哉達はデラミスとトラージの国境付近に
来ていた。道中、勇者達が白馬に跨るその姿に、男女問わず振り返
る者が続出、クリフからは﹁目だって敵わんな﹂と冗談を言われる
ほどであった。緊急措置として、現在はフードを深く被っている。
﹁すまないがトウヤ、俺が送れるのはここまでだ。ここから先はト
ラージ領、友好国とは言え、無許可に騎士が立ち入ることは許され
ない﹂
神聖騎士団の団長であるクリフは、当然ながら各国の有力者に顔
を知られている。通常であれば前以ってトラージへ許可申請を執り
行い、勇者一行と行動を共にできれば良かったのだが、今回は秘密
裏の渡航。そこまでの事前準備はできなかった。
﹁いえ、国境線まで送って頂いただけでも十分です。俺たちの力で
何とかして見せますよ﹂
刀哉は持ち前の爽やかスマイルでクリフを労う。刀哉は自信に満
ちているが、同じ仲間である奈々はそうではないようだ。
﹁デラミスを私達だけで出るの、初めてだよね? 大丈夫かな⋮⋮﹂
この1年、活動の中心はデラミス国内であった。神聖騎士団を伴
っての他国への行軍もありはしたが、勇者パーティのみでの単独行
動は今回が初となる。奈々にとっては、初めてダンジョンに赴く時
のような心境なのだ。
281
﹁巫女様の前ではあのように言ったが、お前達は劇的に成長した。
実を言うとな、勇者とは言えこんなに早く成長するとは俺も思って
いなかった。レベルにおいては、各国のトップとも渡り合えると考
えてもいいくらいだ﹂
﹁⋮⋮でも、団長には全戦全敗。﹂
雅が無表情に、だが若干拗ねるように話す。模擬戦において、自
身の魔法が最後までクリフに届かなかったことに不満があるようだ。
﹁ハハハ! これでも俺はデラミス最強の騎士だぞ? 強くなった
と言えど、そう簡単には負けてやらんさ!﹂
﹁ふふ、次の訓練では負けませんよ﹂
クリフなりの激励を受け、凛然とした振る舞いの刹那だが、クリ
フとの間に実力差がまだまだあることに気付いていた。ちなみにク
リフのレベルは84。獣国ガウンの獣王等と言った世界最高峰クラ
スの者も、似たレベル帯だと刹那は考察している。対して、刹那達
のレベルはようやく60に差し掛かろうとしているところ。デラミ
ス管理下のダンジョン深部で猛特訓に次ぐ猛特訓を行い、この短期
間にまた急成長をしたのだが、お世辞にも各国のトップと渡り合え
るとは思えない。
︵この旅で、何か掴まなきゃ⋮⋮ たぶん、女神様の神託はその為
のもの︶
刹那の視線の先にはトラージの領土。そして、その海の先にある
リゼア帝国。刹那は幼馴染と親友を護る決意を新たにする。
それからは、少々の雑談とこれからの旅においての話をし、クリ
282
フ達騎士団と別れ、トラージに向けて白馬を走らせた。始まってし
まった初めての旅、まずはトラージ領の港に停泊するデラミス船を
目指す。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
乗っていた白馬をいったん馬屋に預け、4人は改めて辺りを見渡
す。デラミスとはまた違った風景がそこにはあり、日本という島国
で生まれ育った勇者達にとって、それは何か懐かしく感じるものだ
った。
﹁トラージって、ちょっと日本と似ているかも。ねえ、少し街を見
て回らない?﹂
﹁奈々、観光をしに来たんじゃないわよ。トラージ王に謁見したら、
コレットが手配している船で西大陸に向かうわ﹂
刹那が奈々を凛と嗜めるが、興奮を隠し切れないのは奈々だけで
はない。
﹁いいじゃないか。寄り道して情報を仕入れるのも、旅の醍醐味だ
よ﹂
﹁決行。地元の料理食い倒れの旅﹂
これまた好奇心豊かな刀哉と、食欲に溺れている雅は親指を立て、
グッジョブ! っとポージングを決めている。刹那をそれを見るな
りハァと大きく溜息を漏らす。これはまたトラブルに巻き込まれる
な、と早くも疲弊気味だ。
283
﹁刹那ちゃん、たまには息抜きも大切だよ。ほら、また眉間にしわ
寄せてる﹂
奈々が刹那の前で背伸びをし、顔を覗かせながら追い討ちをかけ
る。
﹁そ、そう、ね⋮⋮ 最近、根を詰め過ぎていたかもしれないし⋮
⋮﹂
最終的には刀哉達の我侭に刹那が折れてしまい、ちょっとした観
光をすることになってしまった。刹那が譲歩するのはいつものこと
であり、実の所、彼女はかなり甘っちょろいのである。
観光をし始めて小一時間が経った頃、勇者達は冒険者ギルドの前
を通りかかる。ふと刀哉が顔を上げ、ギルドに看板に目をやった。
﹁そう言えば、冒険者ギルドって色々な依頼があるんだってな﹂
﹁へ∼、それじゃあ、神埼君の力を必要とする人助けもあるかも︱
︱︱ んぐっ!﹂
何気なく言った奈々の一言。瞬間的に反応したのは刹那であった。
敏捷ステータスを最大まで活かし、大急ぎで奈々の口を塞ぐ。
﹁んん∼!︵何するの∼!︶﹂
﹁︵刀哉の前で人助けってワードを出したら駄目よ! そんなこと
言ったら⋮⋮︶﹂
刹那はチラリと刀哉の方を向く。
284
﹁人助け⋮⋮ 俺の力を必要としている⋮⋮!﹂
ああ、スイッチが入っている。これは手遅れだ。キラキラと瞳を
輝かせる刀哉を見て、刹那は完全に諦めた。
﹁みんな! ここに俺達の、勇者の力を必要としている人達がきっ
といるはずだ! そんな人々を残して海を渡るなんてことができる
だろうか⋮⋮ いや、できない! ひとつだけでいいんだ、人々の
平穏を守ろうぜ!﹂
﹁神埼君⋮⋮!﹂
刀哉が熱く語り出し、奈々が熱い視線を刀哉に送る。両手一杯の
食べ物を口に運びながら、それを楽しそうに眺める雅。人助けモー
ドに入った刀哉を止めることは長年の付き合いの刹那にもできない。
奈々に限っては刀哉に思いを寄せている為、嬉々としてその手助け
をするだろう。雅は何を考えているか分からない。こうなってしま
っては、刀哉が満足するまで好きにさせるしかないのだ。
︵これは観光どころの時間じゃ済まないかな⋮⋮︶
刹那は本日何度目かの溜息をついた。
一方で、ギルドの物陰から覗き見する者がいた。ミストとギルド
職員である。
﹁ギルド長、これ、何もしなくても勇者様からこちらに来るんじゃ
⋮⋮﹂
﹁予定では、一芝居打って誘導するはずだったんですけど⋮⋮ 受
付に連絡、予定を変更してここに直接通してください﹂
285
ケルヴィン発案のギルド職員による勇者誘導寸劇は、こうして陽
の目を見ずにその役割を終えたのであった。
︵それにしても、この芝居用の服、凄い出来ね⋮⋮ あのメイドさ
んが一息に縫い上げたけど、細部にまで意匠をこらしているし、演
劇スキルの上昇効果まである。結局は無駄になってしまったけど、
このランクの装備を軽々と作り出してしまうなんて⋮⋮︶
︱︱︱コンコン。
︵あら、来たみたいね︶
ミストは衣装をしまい、来訪者の応対に取り掛かる。手順は変わ
ってしまったが、ここからがミストの仕事なのだ。
286
第48話 黒風
﹁ああ? カルナの部隊が戻ってこないだと?﹂
﹁へ、へい! 定時連絡の時間になっても、誰一人として現れない
んです! 緊急時の狼煙を使っても反応がありませんでした! お
頭、これはカルナの姉御に何かあったのかと⋮⋮﹂
これから捕らえた奴隷とお楽しみの時間だってのに、手下の一人
が面倒な報告を寄越しやがった。盗賊の頭は冒険者に比べ楽でいい
が、一々指示を飛ばさなきゃならねぇのが厄介だな。こいつらを勝
手に行動させると足が付いちまう。
﹁カルナの隊は奴隷狩りの実行部隊だったか⋮⋮ なら、随伴の隊
も一緒だっただろう? そいつらはどうした?﹂
﹁魔法支援部隊が随伴していたはずなんですが⋮⋮ そちらからも
連絡がありません﹂
﹁ちっ、何だってんだ⋮⋮﹂
冒険者ギルドが黒風の存在に気付いたか? いや、今のところは
尻尾は出していないはずだ。カルナを除けば、他の幹部は全員無事
に戻ってきている。念の為、高位の冒険者がいる場所を避けて、パ
ーズ周辺を主として行動させてきたんだ。カルナの本隊だって、支
援部隊が合わされば10人を超える高レベルパーティとなる。こい
つらを倒せるような冒険者は、あそこにはいなかったはずだが⋮⋮
欲をかいて他の地域にまで手を伸ばしたか?
﹁仕方ねぇ、カルナの担当地域を捜索させる﹂
287
このアジトに今いる幹部は、パーティの仲間である俺と同じA級
冒険者のプリスラ、ホープ、アドの3人。そして元々黒風の幹部で
あった奴らが4人か。カルナに何かあったってんなら、同じような
レベルの幹部に任せるのはねぇな。ホープ辺りが適任か。
﹁ホープを呼べ! 大至急だ!﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ハァ∼、何だって僕が尻拭いをしに行かなきゃならないんだよ⋮
⋮﹂
幼い面影を残した小柄な男が、部屋からトボトボと退出する。先
ほどこの部屋でカルナ捜索の任務を頭から与えられたところだ。だ
が、その顔には覇気がない。
﹁クリストフも案外肝の小さい奴だからな∼。代わりの効く幹部な
んて放っておいても構わないじゃないか。僕は趣味で忙しいってい
うのに﹂
﹁ホープの兄貴、また攫った女を拷問していたんですかい? 折角
の商品なんですし、頭にどやされますぜ﹂
部下の男が心配そうに問うが、当のホープはケラケラと笑い出す。
﹁君には分からないかな∼。女の子の悲鳴ほど、この世に心地良い
音楽はないんだよ? お金じゃ買えない価値があるんだよ∼﹂
﹁は、はぁ⋮⋮ 兄貴の趣味はさて置き、アジトのエントランスに
288
捜索隊を待たせていやす。レベルは30を超えた戦闘員を10人ほ
ど集めやした﹂
﹁おお∼、クリストフにしては大胆に出たね! このアジトの最高
戦力じゃない?﹂
﹁それだけ頭が本気だってことでしょうや。兄貴も出ることですし、
相手が可哀想なくらいですぜ﹂
かく言うこの部下もレベル34の猛者である。次期幹部として期
待され、ホープの右腕として登用されているのだ。
ホープとその部下は笑いながら通路を進む。あの曲がり角を越え
れば、アジトのエントランスに到着する。そこには黒風の精鋭達が
集まり、今か今かと出撃の時を待ちわびているはずだ。
﹁可愛い子がいればいいな∼﹂
﹁カルナの姉御を倒したかもしれない相手なんですぜ? それはな
い︱︱︱ あら?﹂
エントランスを見た部下が急に立ち止まった。ピンク色の妄想に
浸るホープはそれに気付かず、少し先を進んでいた部下の背中と衝
突してしまう。
﹁いったー! どうしたのさ、急に立ち止まって!﹂
﹁あ、すいやせん兄貴。エントランスに誰もいないもんで⋮⋮ お
っかしいなー、確かに召集はかけたはずなのに⋮⋮﹂
﹁もう、しっかりしてよね。僕の灰色の脳細胞に何かあったら大変
︱︱︱!﹂
大人10人がそのまま入るような、そこそこの広さを誇るエント
ランスに部下を追い越して立ち入った瞬間、魔力察知スキルを持つ
289
ホープは異変に気付いてしまう。エントランスと通路の境界線に、
微弱な魔力が施されていることに。このエントランスに、何か魔法
が仕掛けられている。
﹁気をつけて! 誰かいるよ!﹂
ホープはすぐさまに警戒を呼びかける。しかし、その声に反応す
る者はいなかった。
﹁ねえ! 聞いてる、の⋮⋮﹂
応じる答えがないことに苛立ち、たまらずに振り返るホープ。だ
が、そこにあるの部下の姿ではなく、血に染まった大剣を携えた漆
黒の騎士であった。騎士の足元に広がるは、無残に斬り殺された部
下の亡骸から流れ出る赤い液体。
︵な⋮⋮ いつの間に僕の背後に!?︶
すぐさま愛剣を抜く。ホープは察知系スキルに優れ、自らに降り
懸かる危険、そして周囲の変化に対して人一倍敏感だと自負してい
る。それはA級冒険者であるクリストフのパーティ内でも同様であ
り、今回の件をクリストフがホープに任せたのもその為だ。そんな
ホープが自分のすぐ背後を歩む部下が殺されたことに全く知覚でき
なかった。彼にとって、これは有り得ない異常事態であった。
﹁悪いな。私用で急いでいたんだ。まあ、これは君達の常套手段だ。
卑怯とは言うまいね?﹂
背後から男の声が聞こえた。しかし、ホープは再び後ろを振り向
くことができない。それがどんなに危険なことだと分かっていたと
290
しても、眼前の騎士から目を離すことはできなかった。彼の危険察
知スキルが、この黒騎士からガンガンと警報を鳴らし続けているの
だ。
これ
︵やばいやばいやばいやばい! 黒騎士と同等の奴が後ろにも2人
いる!︶
気配察知スキルで可能な限り状況を飲み込む。さっきの声の主と
思われる男がアジトの出入口を塞ぐように構え、その更に斜め前方
にはただらなぬ闘気を放つ者の気配。そして、エントランスの死角
に、自らが率いるはずだった精鋭達の死体の山を感じ取ってしまう。
﹁さて、状況は理解できたかな? レベルから察するに、君は黒風
の幹部だね? 顔を仮面で隠しているってことは、トライセンの英
雄さんの一人かな? いやはや、出口を張っていればそのうちボス
も出てくるだろうと思って待っていたんだけど、現れるのは下っ端
ばかりでね。持ってる情報も大したことないものばかりで退屈して
いたんだよ﹂
欲しかった玩具を手に入れた子供のように、男は高揚した様子で
話し続ける。ホープは黙ってそれを聞き入れることしかできない。
︵レベルから察するにってことは、鑑定眼持ち? レベル62の僕
のステータスを見てたじろがないことを考えると⋮⋮ S級冒険者
!? それに、何で僕の素性もばれているの!? 称号も関係ない
やつなのに!︶
脳をフル回転させ、活路を見出そうとするホープ。しかし、一向
に良い考えは思い浮かばない。逆に混乱が増す一方だ。
291
﹁それで、どうする? 戦うって言うんなら喜んで相手になろう。
君の知る限りの情報を渡すのなら︱︱︱﹂
﹁頭、侵入者だよっ! たぶんS級冒険者で、素性もばれてる!﹂
﹁⋮⋮へぇ、腐ってもA級か﹂
ホープが起こした行動、それは命懸けの情報伝達。当然、これに
黒騎士は動く。軽剣士であるホープの細剣と、黒騎士の大剣が交差
する。勝負は一瞬、ホープの剣が黒騎士に届くことはなく、黒騎士
は巨大な大剣からは考えられぬ剣速で、細剣ごとホープは斬り落と
される。彼が最期に聞いたのは、女の悲鳴ではなく、自らの断末魔
であった。
サイレントウィスパー
﹁残念だが、このエントランスには無音風壁を施している。君の声
は誰にも届かない﹂
男の無慈悲な宣告も、彼の耳にはもう届かなかった。
292
第49話 攻略
﹁どうも上手くいかないものじゃな﹂
血塗れの大剣を振り払うジェラール。その一振りで剣に付着した
血は全て床に落ち、魔剣ダーインスレイヴは元の輝きを取り戻す。
﹁敵背後への召喚、そこからの即攻⋮⋮ 召喚時の魔法陣がネック
だな。魔法陣の光もそうだが、魔力察知で感づかれる可能性がある。
タイミングも難しい﹂
﹁うむ、隠蔽と併用するのも面白いかもしれん﹂
先程の2人組に使ったのは、召喚術を利用した不意打ちだ。仮面
の男、ホープがここに入ってきたところで、ホープに続こうとする
子分のすぐ後ろにジェラールを召喚。即座に襲撃することでお手軽
に虚をつくことができるのだ。
サイレントウィスパー
サイレントウィスパー
更に、B級緑魔法︻無音風壁︼でエントランス全体を覆うことで、
エントランス内外への音の伝達を遮断。これにより無音風壁内では
どんな騒音を出したとしても、決して外側に伝わることはない。逆
も然りであり、子分が倒された時、ホープはそれに気付くことがで
きなかった。
﹁ねえ、何時までここで待ち伏せするの? もう飽きちゃったわ﹂
仁王立ちで口をとがらせるのはセラである。
サイレントウィスパー
﹁お前、さっきまでノリノリで戦っていたろうが! 無音風壁を張
293
っておいて本当に良かった⋮⋮ まあ、このエントランスに向かっ
てくるのは今の2人で最後のようだしな。そろそろこちらから仕掛
けるか﹂
気配察知で黒風のアジト内を探り、おおよその敵の配置を確認す
る。この中には黒風に捕らえられた人々もいるだろう。マップ上を
一歩も移動していない気配がそれかな。
﹁倒した黒風の者達はどうしますか? 勇者に発見されると面倒だ
と思われますが﹂
出口の影から隠密状態を解除したエフィルが姿を現す。俺たちが
アジトのエントランスで出入口を塞ぎながら黒風を待ち構えていた
折、エフィルは外の監視をしていた。黒風の別働隊がアジトに戻っ
てくるかもしれないからな。千里眼を持つエフィルが見張ることで、
アウトサイドの対応も即時にできるという訳だ。
﹁クロトに吸収してもらうよ。ってことで、クロト頼んだ﹂
いつもの様にエフィルの肩に乗るクロトがポヨンと分身体を生み
出す。一箇所にまとめておいた黒風の亡骸の場所まで移動すると、
分身体はボンと巨大化してそれらを包み込んでいく。
ビクトールとの戦いで大幅にレベルアップしたクロトは、新たに
﹃解体﹄と﹃金属化﹄のスキルを会得した。解体スキルはモンスタ
ーから素材を剥ぎ取る際に使用される。スキルランクを上げること
で通常よりもより大量に、その上レアな素材を出しやすくする効果
がある。クロトの場合は対象を暴食スキルで吸収しつつ、そのまま
素材は保管に運ばれる。驚くことに、解体スキルは人間にも適用さ
れる。流石に人間の素材を取るというグロテスクなことはないが、
294
吸収した際にその人間が装備していた物を保管に送ってくれるのだ。
クロトさんマジパネェ。
﹁うん? 鍵束を見つけた?﹂
クロトが仮面の男を吸収すると、保管に何かの鍵束が送られたこ
とを報告してくる。
﹁アジトで使われる鍵ではないでしょうか? その仮面の方、幹部
の冒険者だったようですし﹂
﹁これを使えば探索が楽になるんじゃないかしら? クロト、でか
したわ! 早速突入しましょう!﹂
﹁セラは暴れることしか頭にないのか。一応これ隠密作戦だからな。
侵入がばれて捕らえられた人を人質にされると面倒だ﹂
﹁えー⋮⋮﹂
﹁露骨に嫌な顔をするな﹂
しかし、A級冒険者が明らかに格下だったのは残念だったな。ホ
ープのステータスを鑑定眼で確認したが、メルフィーナに見せても
らった時の勇者よりも劣っていた。レベルとしては勇者達よりも上
のはずなのだが、どうも能力の伸びが悪い。これは勇者の成長率が
優れていると見るべきか。
﹁それじゃ、ご希望通りアジトを攻略するとしようか。セラ、戦う
のもいいが、察知スキルでトラップに注意しろよ?﹂
﹁もちろんよ、私に任せなさい!﹂
﹁⋮⋮不安だ﹂
実績は十分にあるのだが、どうも直情的なところがあるセラは心
配になる。全く、この戦闘狂め。
295
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
﹁ケルヴィン、そこの石床、一箇所だけ色が微妙に違うでしょ? 踏むと罠が動き出すから注意して﹂
﹁お、おう﹂
﹁うむ、セラの慧眼は流石じゃな﹂
﹁はい、安心して進むことができます﹂
﹁そ、そうだな⋮⋮﹂
すまないセラ、お兄さんまた君を疑ってしまった。蓋を開けてみ
れば、セラは十全に察知スキルを活用し、アジト内部に仕掛けられ
たトラップや魔法を看破してみせた。ジェラールとエフィルからの
評価も上々、これは俺が反省しなければなるまい⋮⋮
﹁どうしたのよケルヴィン? さっきから何か考えているようだけ
ど﹂
﹁いや、セラが仲間になって本当に良かったなと思ってね﹂
覗きこんできたセラの頭を撫でてやる。サラサラと真紅の髪が心
地良い。エフィルとはまた違った感触だ。
﹁なっ、何なのよ、急に⋮⋮﹂
真赤になりながら目を逸らすセラ。それでも黙ってされていると
ころを見ると、嫌という訳ではないらしい。とは言ったものの、こ
こは戦地だ。切り替えはしっかりしないといけない。エフィルが視
296
線で何かを訴えてきてるしな。
サイレントウィスパー
それから俺たちは、捕らえらた女性を救出しながらアジトの探索
を進めていった。気配察知で部屋を特定し、無音風壁を張って制圧。
ホープから手に入れた鍵束もやはりこのアジトの扉の物で、難なく
攻略していくことができた。牢に閉じ込められた女性がほとんどで
あったが、中にはエフィルとセラには見せられない惨状の部屋もあ
った。所謂、性的暴行や拷問を受けていたのだ。そういった輩には
クリーン
リカバリーサークル
俺とジェラールが中心となって制裁を加え、制圧を進める。女性に
は清風の魔法をかけ、部屋には治癒円陣を施しておく。戦闘に連れ
て行く訳にはいかないので、一先ずは部屋に隠れてもらい、クロト
の分身体が護衛する形をとった。
﹁お兄ちゃん、ありがとう⋮⋮﹂
救出した幼い少女からお礼を言われる。衰弱し、意識は朦朧とし
ていると言うのに、精一杯の微笑みを浮かべてくれた。この少女は
拷問を受けた形跡のある女の子の内の一人だ。肉体の怪我は俺の魔
法で直ぐに完治させることができるが、精神面の回復は時間がかか
る。英雄ともてはやされ、支持された冒険者と言えど、とてもじゃ
ないが許される行為ではない。
﹁ここが最後の部屋だな﹂
気配は3人、あれから冒険者と思われる幹部とは遭遇しなかった
し、元凶となる英雄様はこの中だろう。さて、きついお仕置きをし
なければならないな。
297
第49話 攻略︵後書き︶
何だかんだで50話目に突入しました。よく続けれたな、自分。
これからも古今東西召喚士をよろしくお願いします。
298
第50話 仕置き
︱︱︱黒風アジト、頭の部屋
﹁それで、何があったのよ? せっかくの休養だったのに﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁実はな、奴隷狩りをしていた一部隊が潰されたかもしれない﹂
クリストフはプリスラとアドを呼び出し、状況の説明を始める。
ホープを密偵として周辺の捜索させていること、カルナの部隊がア
ジトに戻らないことを2人に伝えると、プリスラは慌てふためいた。
﹁な、何やってるのよ!? これは本国からの極秘任務なのよ!?﹂
﹁あまり大声を出すんじゃねぇ! 外の奴らに聞こえたらどうする
!﹂
3人は黒い仮面をし、黒風の部下にさえ素顔を決して見せようと
しない。ホープも同様である。鑑定眼で見れば意味のないことなの
だが、トライセンから遠い地であるこの辺りでは、彼らの名前はそ
れほどメジャーではない。本国から召喚した王宮魔導士の魔法によ
って、黒風メンバーから4人に関する記憶を改竄し、頭として成り
代わった彼らとしては、仮面をするだけでも十分効果があるのだ。
ただし、幹部級の実力者となると話は別で、記憶の改竄も効果が薄
くなる。頭が入れ替わっている事実は知っているが、そのことを疑
問に感じなかったり、頭の名前が思い出せなくなるなど、記憶が支
離滅裂になる障害が出てしまう。この状態の幹部が尋問されれば、
彼らにとって致命傷に成り得る。
299
﹁だけど、もし、もしよ? カルナが私たちの秘密を暴露しちゃっ
たら、ガウンを筆頭として他の3国、いえ、冒険者ギルドも黙って
はいないわ。そうなれば、私たちは英雄ではいられない⋮⋮ それ
どころか、反逆者の汚名を着せられるかもしれないわ! うう、活
動を始めてまだ少ししか経ってないのに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
騒ぎ立てるプリスラに対し、筋肉質の男、アドは静かに瞳を閉じ
ている。
﹁アド! あんたも少しは何か言いなさいよ! 私たちの運命が掛
かっているのよ!?﹂
﹁⋮⋮俺はただ強者と戦いたいだけだ。運命など、自分で切り開く﹂
﹁こ、この筋肉馬鹿は⋮⋮!﹂
﹁いい加減に落ち着きやがれ、プリスラ! そうさせない為にホー
プが動いてんだ! 今は、状況の確認を︱︱︱﹂
︱︱︱ドンドン!
﹁﹁⋮⋮⋮!﹂﹂
クリストフが場を治めようとした瞬間、部屋の扉からノック音が
鳴り響いた。その音にクリストフとプリスラはビクリと反応し、ゆ
っくりと顔を扉に向ける。
﹁な、何だ!?﹂
﹁頭、あっしです。ホープの兄貴から、緊急の報告を預かってきや
した﹂
﹁おお、早いな! 流石はホープの野郎だ!﹂
﹁で、でも緊急って⋮⋮ 何かやばいことがあったんじゃない?﹂
300
﹁それを含めての情報じゃねぇか。ほれ、早く入って報告を聞かせ
ろや﹂
﹁へ、へい﹂
ガチャリ。扉が徐々に、徐々にと開かれていく。扉を開いた先に
立っていたのは、クリストフ直属の部下⋮⋮ の腹部に剣を突き刺
した、黒ローブの男であった。その後ろにも、数人の人影が見える。
﹁な、なんで⋮⋮? 言う事、を聞けば、い、命を助けてくれる、
約束、じゃあ⋮⋮?﹂
﹁ああ、悪い。嘘だ。お前ら盗賊を生かす気は微塵もないんだ﹂
そう言うと、男は突き刺した剣を振るう。部下はまるで紙くずの
ようにズッパリと斬り裂かれ、無残な亡骸となってクリストフの前
に飛び散り、その最期を晒す。
﹁くっ⋮⋮﹂
クリストフは男を観察する。黒髪、黒ローブの上から下まで黒尽
くめの格好。先ほど部下を屠った剣をよくよく見てみると、それは
魔力で覆われた杖であった。可視化できる程にあまりに高密度の魔
力であった為、その性質を読み違えてしまったのだ。
﹁やあ、英雄様。俺の地元で色々と悪さをしてくれたみたいだね﹂
男の顔はにこやかに微笑んでいるが、眼が据わっていた。百戦錬
磨の冒険者であるクリストフ達はひと目で感じ取る。この男は規格
外の存在だと。
301
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁やあ、英雄様。俺の地元で色々と悪さをしてくれたみたいだね﹂
黒風最後の生残りを始末し、幹部達と対じする。同時に即行で鑑
定眼を使用、データを配下ネットワークにアップ。ジェラールとセ
ラも部屋に入らせる。
﹁てめぇ、扉のトラップを俺の部下に解除させたな?﹂
ステータス画面によれば、こいつがリーダー格のクリストフだ。
横のジャラジャラと宝石を付けた女がプリスラ、頭を丸めた修行僧
のような格好の男がアドと表示される。ステータスの強さだけ鑑み
れば、クリストフよりもアドの方が厄介そうである。
﹁ああ、起爆式の強力な術式が組まれていたからな。解除するのも
面倒だったんで、そこで寝ているそいつに開けてもらったんだ。こ
の鍵も、ここの扉のものだけはダミーだったようだしね﹂
ホープが持っていた鍵束を床に投げる。アジトに存在する大抵の
鍵が納まっていたこの鍵束だが、鑑定眼でこの鍵束を解析したとこ
ろ、ボス部屋の鍵だけは偽物と判定が出た。間違ってこの鍵で扉を
開けようとすれば、トラップが即時発動していただろう。まあ、そ
の時はセラが察知スキルで見破っていただろうがな。
﹁これは⋮⋮ ホープの⋮⋮!﹂
﹁過ぎた話はもういい。クリストフ、プリスラ、アド。トライセン
の英雄と称されるお前たちが、盗賊と一緒になって何をしているん
302
だ? 人攫いが英雄様の趣味なのか?﹂
﹁⋮⋮はぁ、俺たちの正体まで知ってやがるのか﹂
クリストフがおもむろに仮面を取る。素顔は初めて見るが、何と
いうか、熊のような風貌だ。英雄より盗賊の頭がしっくりくるんじ
ゃないか?
﹁ご指摘の通り、俺がクリストフだ。そこまで正確な情報を持って
いるってことは、カルナをやったのもお前か?﹂
﹁さあ、どうだろうね?﹂
﹁ちっ、惚けやがって﹂
正体をクリストフが暴露したことで、続いてプリスラとアドも仮
面を外し出す。
﹁フン! どっちにしろ、私たちの正体をしってしまったあんたは
生きて返さない。何者だかは知らないけど、A級冒険者の実力、と
くと見るがいいわ!﹂
﹁これほどの兵、なかなか戦えたものじゃない。存分に今を謳歌し
よう﹂
プリスラの宝石から魔力が溢れ出し、アドが悠然と槍を構える。
﹁そういうことだ。ホープや部下を倒していい気になっているよう
だが、そんな逆境、日常茶飯事なんだよ。俺達を甘く見たことを後
悔しながら逝くんだな!﹂
壁に掛けられた大斧を手に取り、クリストフはズンと地面に下ろ
す。
303
へぇ、さっきまでの動揺がもうなくなってる。切り替えが早いな。
ホープの時もそうだったが、この辺りの気構えは流石だ。
﹁奇しくもお互い人数は3人⋮⋮ さあ、雌雄を決しようでは︱︱
︱ っ! プリスラ、退けっ!﹂
﹁えっ?﹂
︱︱︱ズッ
アドの文言を聞き終えるよりも早く、事態は動いていた。
﹁え? え? う、嘘でしょ?﹂
﹁⋮⋮ぐっ﹂
何てことはない。セラがプリスラに、ジェラールがアドに攻撃を
加えただけのことだ。最も、その初撃でプリスラの宝石は全て砕け
散り、アドの槍は輪切りとなってバラバラと崩れ落ちてしまったの
だが。
﹁悪いな、ここに来るまでは俺もその気だったんだがな。道中、嫌
なものを見て気が変わったんだ。これは戦いでも決戦でもない。一
方的な、お仕置きなんだよ﹂ 304
第51話 抵抗
ンス
カタラクトラ
﹁魔力増幅アイテム﹃魔力宝石﹄に、変幻自在のA級武具﹃大滝の
槍﹄か⋮⋮ 良い装備をしているじゃないか。壊してしまってすま
ないね﹂
プリスラが魔力を込める事で宙に浮かんだ複数の宝石、通称﹃魔
力宝石﹄は魔法使いが扱う魔法補助アイテムだ。宝石の種類により、
その効果とアイテムの等級が変化する。最上級がA級のダイヤモン
ド、B級のルビー、続いてサファイア、エメラルドとなる。例外も
あるのだが、今回は置いておこう。プリスラが使った魔力宝石はダ
イヤモンド、最上級の魔力宝石である。そんなレアなアイテムを瞬
く間に破壊されたプリスラの心境はお察しの通り。
﹁わ、私の宝石が!﹂
﹁戦闘中だ、プリスラ! 前を見ろ!﹂
﹁もう遅いわよ﹂
クリストフの警告も空しく、セラの手刀がプリスラの後ろ首に落
とされる。トン⋮⋮ と、その手刀を受けたプリスラは白目を剥き、
意識を手放して倒れこんでしまった。
おお、漫画やアニメでしかできないとされる、首トンをリアルで
目にすることができるとは。S級の格闘術ともなると何でもありだ
な。今度色々な技を教えてやろうか。
﹃ねえ、ケルヴィン。これで終わりだと締まらないでしょ? この
子、適当に苛めていい?﹄
305
﹃殺さない程度にな。ついでに情報も搾っておけ﹄
﹃了解よ♪﹄
気絶したプリスラを脇に抱え、ルンルンとセラが退室していく。
攻撃した時と同じ速度で出て行った為、クリストフ達は声を掛ける
暇もなかった。
﹃エフィル、一応セラも見張っておいて﹄
﹃承知致しました﹄
室外の通路で見張りをするエフィルに指示する。
﹁これでまず一人⋮⋮ ああ、命までは取らないから安心してくれ。
お前達はきっちり生きたまま、出るところに出て貰う﹂
﹁⋮⋮はっ、もう勝った気か! 冒険者なら、最後まで油断するん
カタラクトランス
じゃねぇよ! アド!﹂
﹁射抜け。大滝の槍!﹂
﹁むっ!﹂
カタラクトランス
バラバラにしたはずのアドの大滝の槍が、各パーツをまるで液体
のように形を変え、複数の水の槍となってジェラールに襲い掛かる。
あのアドと言う男、高レベルの槍術の他にも水氷を操る青魔法を
カタラクトランス
所有している。魔力的に槍に内在する多量の水を放出することがで
き、槍自体も水の特性を持つ大滝の槍と併せれば相性も良い。この
攻撃も不意を打ったなかなかの手だ。 ⋮⋮もうアドと槍の情報も
ジェラールに伝わっているんだけどね。
﹁狙いは良いが、如何せん速さが足りぬな﹂
306
次々と襲来する水槍を、ジェラールは正確に斬り落としていく。
その剣筋には一片の迷いもない。
カタラクトランス
﹁おいおい、いいのか? そんなに魔力を飛ばしてしまって?﹂
﹁何を⋮⋮!? 大滝の槍よ、戻れ!﹂
気付いたか。アドが慌しく液体から槍へと手元に戻していく。
﹁アド、何してやがる!? 攻撃の手を休ませるんじゃねぇ!﹂
﹁⋮⋮これ以上、この魔法を続けても意味がない。完全に見切られ
ている。魔力を無駄に消費するだけだ。それに⋮⋮ これを見ろ﹂
﹁あん? ︱︱︱こいつはっ!?﹂
カタラクトランス
アドが手に持つのは、元の3分の2程度の長さになった槍だった。
﹁お前、その剣で大滝の槍の魔力に何かしたな?﹂
﹁うむ、良い眼をしておるのう﹂
そう、ジェラールの持つ魔剣ダーインスレイヴはその刀身から魔
力を根こそぎ吸い上げる付随効果がある。掠りでもすればMPがご
っそり持っていかれ、ダーインスレイヴの攻撃力に加算されるチー
ト性能だ。鍛冶で鍛え上げる最中、俺もごっそり持っていかれたの
だ、間違いない。吸収した魔力は再び放出することもできるので、
普段魔力を使わないジェラールの戦略の幅も広がる寸法だ。クロト
の吸収スキルと似たようなものだが、クロトの吸収は巨体を活かし
カタラクトランス
て広範囲を持続的に、ダーインスレイヴは単体に対して瞬間的に、
といった住み分けがある感じだろうか。アドの大滝の槍が短くなっ
たのも、この剣で幾度も切り払い、槍に内蔵する魔力を奪った為だ。
﹁それ程の腕を持ちながら、外道に落ちたのが残念でならん﹂
307
﹁くく、この身は戦いのみに捧げている。求めた結果、環境がこう
なったに過ぎん。そのお蔭でお前達のような強者と出会えたのだ、
やはりこの道は間違っていなかった﹂
﹁そうか⋮⋮ ならば、多くは語るまい。これで仕舞いじゃ﹂
一閃。手加減なしの、本気のジェラールによる一撃。これまで僅
かに反応できていたアドにも、この攻撃に対しては全くの無抵抗に
失神してしまう。
﹁平打ちじゃ。魔力は空っぽじゃろうが、命があるだけ儲けたな﹂
A級に準ずるであろうアドの鎧は大きくひしゃげてしまっている。
平打ちとは言え、肉体も無事ではないだろう。
﹁ば、馬鹿な⋮⋮ アドはパーティー随一の戦闘力を持っていたん
だぞ!? それを、こんなにも簡単に⋮⋮!﹂
﹁だから言っただろ。これは戦いではなく、お仕置きなんだ。端か
らお前達に勝ち目はない﹂
レディエンスランサー
クリストフの両足に煌槍を放つ。
﹁ぎ、ぎゃああああ!?﹂
光の聖槍は狙い通り両足を貫き、地面に突き刺さることで固定さ
れる。
﹁き、貴様! トライセンの英雄である俺達に、こんなことをして
ただで済むと思っていやがるのか!?﹂
﹁思ってないよ。トライセン公認の冒険者である君たちに、万が一
こんなことをすれば国家間同士の外交問題に発展するだろうね。ハ
308
ッキリとした証拠がなければ、冒険者も例外じゃない﹂
﹁そこまで理解して、なぜ⋮⋮﹂
まだ
ある。それ
﹁なぜって、英雄だって悪事を働けば犯罪者だろ? 子供でも知っ
てることだ。まさか知らないのか?﹂
﹁違う! 俺が言いたいのは⋮⋮﹂
﹁まあ、細かいことはいいじゃないか。時間は
まで、お仕置きは続くぞ?﹂
レディエンスランサー
顔面蒼白のクリストフに、俺は3本目となる煌槍を放った。
309
第52話 救援
クリストフ達へのお仕置きを開始してから一刻が経った。プリス
ラを抱えたセラも部屋に戻ってきている。セラの苛めは相当堪えた
ようで、抱えられたままピクリとも動かない。部屋に転がっている
クリストフとアドも同様だ。だが大丈夫、肉体の怪我は俺の白魔法
で完全に回復させている。万が一にも死ぬことはないだろう。仕置
きもちゃんと手加減していたしね。それと、ここでの会話は極力念
話で行うことにした。もし狸寝入りをしていて、会話の内容を聞か
れるのが面倒だったからだ。ただ黙って何かを待っている俺達を気
味悪く思うかもしれないが、別に構わないだろう。
﹃そろそろ到着してもいい頃なんだがな⋮⋮﹄
﹃待つだけってのも退屈ねー﹄
﹃見張りを交代しますか?﹄
﹃それは面倒! 見張りはエフィルに任せるわ﹄
﹃スキルとしてはセラさんの方が適任なのですが⋮⋮﹄
﹃ならば、ワシが代わろう。そろそろエフィルも疲れたじゃろう﹄
ジェラールが立ち上がろうとした瞬間、アジト全域に張っていた
気配察知に4人引っ掛かる。人数はピッタリ、おそらく勇者4人組
だ。
﹃来たな﹄
﹃来たわね﹄
俺とセラは互いに頷き、ジェラールとエフィル、捕らえられた人
々を護るクロトに情報を伝える。クロトについては彼女達に調教さ
310
れた配下だと話してあるので、敵のモンスターではないことを勇者
に教えてくれる手筈になっている。仮に攻撃されたとしても、ステ
ータスの大部分を割り振った分身体クロトなら余裕で逃げ切れる。
アジトの入口からこの部屋まで妨害する者はいないはずだ。ここま
で来るのにそう時間は掛からないだろう。
﹃よーし、それじゃあ勇者を出迎える準備をしようか﹄
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
ミストの救援要請を快く受けた刀哉達は、得た情報から黒風のア
ジトを発見し、無事に侵入することに成功していた。最も当の黒風
は既に全滅している為、侵入するだけであれば失敗のしようがない
のだが。
﹁⋮⋮ねえ、ちょっとおかしくない? さっきから全然誰も見つか
らないよ? ミストさんは先にA級冒険者の人達が向かったって言
っていたよね? 場所を間違えたかな﹂
慎重に進行していく中、黒風はもちろんのこと捕らえられた人々
の姿も見つからないことに奈々は疑問を深めていた。
﹁いや、辺りも確認したけど、怪しい場所はこの建物だけだった。
刹那、この前に習得した気配察知で何か感じないか?﹂
﹁まだスキルランクは低いんだけど⋮⋮ もう少し奥に行ったとこ
ろに、大勢がひとかたまりになっているわ。その更に深部まではま
だ分からない。もっと進めばいずれ感じると思うけど﹂
311
﹁なら、まずは人の気配がする場所を目指そうか。ひょっとしたら
捕まった人が見つかるかもしれない﹂
﹁賛成﹂
刀哉の案に雅が賛同する。
﹁この場所、流石におかしい。戦闘跡も見られない、死体も見つか
らない。状況把握の為に人を見つけるのが最優先﹂
﹁そうね、なら私が先導するわ。皆、警戒を怠らないで﹂
刹那を先頭に、勇者一行は刹那が唯一気配を感じた場所に向かう。
トラップにも注意して進んだが、不思議なことに発見したものは既
に解除されていた。敵もおらず、阻害する罠もない。そのような状
況下だったのもあり、刀哉達の進行は極めて順調なのであった。苦
労せずして目的地に到着してしまう程に。
﹁⋮⋮着いちゃったね﹂
﹁ここまで何もないと、逆に不安になるわね⋮⋮ 危険察知にも何
も反応しないし⋮⋮﹂
﹁だが、行くしかない。俺が先陣を切る。皆、援護を頼むぞ﹂
﹁女は度胸。出たとこ勝負﹂
﹁俺、男なんだけど⋮⋮﹂
刀哉が勢い良く扉を開け、突入する。まず視界に入ったのは、黒
風に捕らえられたであろう女性達だった。幸いな事に外傷はないよ
うだ。いきなり扉を開けた刀哉に多くは驚いている。
﹁脅かせてすまない! 俺達は君達を助けに︱︱︱﹂
謝罪の言葉を言いかけた刀哉は、次にあるものを目にした。高さ
312
は膝下のあたりまでしかない。その小ささのせいか、真っ先に意識
することができなかった。
︱︱︱そこには、黒みがかった色の、一匹のスライムがいた。
﹁モンスター!? くそ、皆伏せてくれ!﹂
刀哉はスライムを敵と認識し、攻撃をしようと剣を振り上げる。
その剣はデラミスの頂点に君臨する教皇より賜った、歴代の勇者が
使用する﹃聖剣ウィル﹄。使用者の意志力と共鳴して強化が施され、
永きに渡り勇者の苦難を救ったとされる伝説の剣。その一刀一刀が
必殺の威力を誇る。だが、聖剣ウィルが振り下ろされることはなか
った。
﹁だ、駄目!﹂
﹁おわっ!﹂
寄り添い合う女性の中から、一人の女の子がスライムの前に飛び
出る。女の子の不意の行動に、刀哉は剣を止めてしまう。
﹁この子は私達を助けてくれたお兄ちゃんのペットなのよ! 苛め
ちゃ駄目なんだから!﹂
﹁お、お兄ちゃん!?﹂
困惑する刀哉を他所に、プンプンと可愛らしい音を立てながら怒
る少女。その少女の下に母親らしき女性が駆け寄ってくる。
﹁御免なさいね。この子、冒険者様に助けられて、すっかりファン
になってしまいまして⋮⋮ そちらのスライムも冒険者様のお連れ
だったので、考えなしに駆け出してしまったのです﹂
313
﹁そ、そうだったのか⋮⋮ ごめん、俺が悪かった﹂
刀哉はしゃがんで女の子に謝罪するが、﹁うー!﹂と敵意むき出
しに睨み付けられてしまう。何事かと刹那達も部屋に入ってきた。
﹁リュカ、駄目でしょ。ええと、あなた達は冒険者様のお仲間です
か?﹂
﹁ああ、俺達は︱︱︱﹂
﹁刀哉、勇者のことは隠しておいた方が⋮⋮﹂
﹁デラミスの勇者です﹂
﹁え、ええ!? 勇者様!?﹂
刹那の忠告はいつもの様に一歩遅れ、女性達の黄色い声援に掻き
消される。揉みくちゃにされる刀哉を見ながら、影でこめかみを押
さえるのであった。数分後、ようやく事態は収拾される。
﹁神崎君、あのスライムとお話したんだけど、捕らえられた女の人
を守るように指示されてたみたい。冒険者の人達は黒風のボスを倒
しに最奥に進んだらしいよ。ここの護りは自分がするから、私達に
もボスを倒す協力をしてほしいって﹂
奈々は固有スキル﹃動物会話﹄を使用してスライムから話を聞き
出した。
﹁奈々と同じ調教師がパーティにいるのか。スライムを使役するな
んて珍しいな⋮⋮﹂
﹁大事なのはそこじゃないでしょ。肝心なのはこれからどうするか
よ﹂
﹁一緒に脱出? 冒険者の救援? どっち?﹂
﹁私からもお願いします。A級冒険者様と言えど、黒風の幹部に勝
314
てる保障はありません。どうか、助けに向かって頂けないでしょう
か?﹂
﹁えー、お兄ちゃんに助けなんて必要ないよー! それにお兄ちゃ
んと一緒に帰りたい!﹂
女の子の母親は頭を深く下げ、冒険者を助けてほしいと懇願する。
もちろん、お人好しの刀哉が断れるはずもなく︱︱︱
﹁分かった! 俺達に任せてくれ!﹂
即答するのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁⋮⋮見事に何もなかったね﹂
﹁ここまで来ると逆に罠じゃないかと疑いたくなるわ⋮⋮ 先に進
んだ冒険者が倒したにしても、黒風が1人も倒れてないのはどうし
てなのよ⋮⋮﹂
これまでと全く同じく、ノーエンカウントで最奥のボスの部屋へ
と辿り着いてしまった。
﹁気配は?﹂
﹁⋮⋮部屋の中に7人、幹部と冒険者かしら。確か冒険者は3人っ
てミストさんは言ってたわね。もしかしたら劣勢かも﹂
﹁なら、早く加勢するぞ!﹂
315
刀哉が突入する。
﹁こ、この馬鹿! また考えなしに!﹂
刹那がすぐに、一呼吸置いて奈々と雅も続く。刹那が部屋に入る
と同時に、刀哉が叫んだ。
﹁その剣を下ろせ!﹂
刀哉の視線の先を刹那は見る。そこにあったのは地面に倒れ込む
冒険者らしき格好の3人。そして、その3人を屠ろうと大剣を構え
る漆黒の大鎧。奥の椅子には黒ローブの男が腰掛け、両脇にはメイ
ドと軍服の女が控えていた。どちらも黒を基調とした色合いの服装
である。刀哉の叫びに、部屋の全員がこちらに顔を向け、それを代
表するかのように黒ローブの男が言葉を投げる。
﹁何だ? お前らは?﹂
316
第52話 救援︵後書き︶
総合評価500ptを何とか越えることができました。ヨッシャァ
ァァ!
317
第53話 ゲーム
﹁何だ? お前らは?﹂
黒ローブの男の問い掛けに刀哉は一歩前に踏み出し、答えようと
する。前回よろしく、刹那が刀哉を止めようとするが︱︱︱
﹁俺達はデラミスの勇者だ!﹂
素早いはずの彼女の抑止率は、あまりよろしくない。
﹁ま、また重要な情報をペラペラと⋮⋮!﹂
﹁落ち着いて、刹那ちゃん!﹂
出会い頭の敵と思われる相手に、簡単に身分を明かしてしまう刀
哉。刹那は軽く額に血管を浮かせながら、部屋の状況確認を行う。
︵倒れている3人は恐らく先行したA級冒険者。黒い格好の4人は
黒風の幹部ね。状況を見るに止めを刺される直前、もう少し遅れて
いたら危なかったわね。あの女の子が悲しんじゃう︶
﹁デラミスの勇者⋮⋮? 巫女が召喚したと言う、あの勇者か?﹂
﹁そうだ! 盗賊団﹃黒風﹄、お前達を討伐しにきた!﹂
刀哉が黒ローブに剣を向ける。
﹁⋮⋮? そうか、援軍という訳だな。だが、もう事は済んだ。ジ
ェラール。﹂
318
男が合図を送り、黒騎士はそれを確認すると倒れ込んだ3人へと
向きを変える。その瞬間である。
﹁ゆ、勇者様! 助けてくれ、このままだと殺される!﹂
﹁う、うう⋮⋮ この人達、私の身体を弄んだの⋮⋮! お願い、
仇を討って⋮⋮!﹂
冒険者の男と女がガバッと起き上がり、助けを求めてきたのだ。
﹁やはり狸寝入りだったか⋮⋮ 思いのほか元気じゃないか。しか
し、そこまでするとはA級冒険者の威厳も糞もないな﹂
やれやれと首を振り、黒ローブは呆れている。
﹁だが、助けを求める相手を間違えたな。ここにはお前らを助ける
奴は︱︱︱﹂
﹁うおおぉぉぉ!﹂
﹁︱︱︱!﹂
話を遮り、刀哉が黒ローブに斬りかかる。その速さは刹那には及
ばないが、間は一瞬で詰まっていく。あと数歩で黒ローブに辿り着
くかという所で、それは突如として現れた。
ガキンッ!
﹁くっ!﹂
立ち塞いだのは冒険者に剣を構えていたはずの黒騎士。純白の聖
剣を漆黒の魔剣が受け止め、交差し互いを押し合う形となる。両手
319
で剣を持ち力を込める刀哉に対し、悠々と片手でパワーバランスを
拮抗させている。
﹁おいおい、何のマネだ? 人にいきなり斬りかかるなんて⋮⋮﹂
﹁うるさいっ! その人達を解放しろ!﹂
﹁⋮⋮ますます意味が分からないな。何だ、俺達は正当防衛すれば
いいのか?﹂
黒ローブを含めた奥の3人に焦りの表情はない。
︵くそ! こいつ、尋常じゃない力だ。しかも、こんな大鎧を装備
しているのに俺よりも早い!︶
徐々に剣から感じる圧力が強まっていく。均衡は早くも崩れよう
としていた。
﹁勝手に先走るんじゃないわよ! この馬鹿!﹂
背後から聞こえる幼馴染の声。助けに駆けつけた刹那が愛刀を抜
き、黒騎士に神速の刃を放つ。黒騎士は刀哉の聖剣をいとも簡単に
払いのけ、紙一重のところで刹那を抜刀をかわす。
﹁今のうちに下がるわよ!﹂
﹁何言ってるんだ、ここで引ける訳ないだろ!﹂
﹁少しは状況を読め、この正義馬鹿!﹂
刹那は刀哉の首根っこを掴み、これまた疾風の如く部屋の入り口
へと退いていく。幸い敵は追撃してこなかった。無事に仲間の下へ
と戻ることに成功する。
320
﹁おかえり。黒騎士のあのビッグな剣、何か得体の知れない魔力を
感じる。黒ローブの魔力の底が知れない。たぶん私以上。注意する
べき﹂
見事生還を果たした二人に対し雅が祝福を贈りつつ、滅多にしな
い真面目な声で注意を正す。
﹁だ、大丈夫? 一人で突っ走っちゃ駄目だよ、神埼君。いつもの
ように連携しないと、力を出し切れないよ?﹂
奈々が回復魔法を唱える。酷く心配した為か、瞳には涙を溜めて
いた。
﹁そういうこと。あの人達を助けたいんでしょ? 少しは頭を冷や
しなさい!﹂
そして、最後に刹那が活を入れる。
﹁⋮⋮悪い、頭に血が上ってた。みんな、俺に力を貸してくれ。あ
いつらを倒して、冒険者を助けるぞ!﹂
3人は同時に頷く。刀哉の心に焦りはもうない。相手は自分達よ
りも数段上の実力者。しかし、何の罪のない人々を攫う許されざる
悪人。勇者に選ばれた俺たちに到底見逃す選択肢はない。
﹁ん、もういいか?﹂
﹁随分と優しいじゃないか。何もせずに待っていてくれるなんてね﹂
﹁別に勇者様と対立したい訳ではないからな。そのままお帰り頂い
ても構わないぞ﹂
321
舐められている。だが、今はそれでいい。警戒されるよりも、見
くびられるくらいの方が勝率が高くなる。それが隙に繋がることも
ある。
﹁それはできない相談ね。そこの冒険者も一緒に連れて行っていい
のなら考えるけど﹂
﹁それこそできない相談だ。この3人は俺達の獲物だ。勇者様はハ
イエナがお好みなのかな?﹂
﹁⋮⋮交渉決裂ね﹂
刹那が刀を鞘に納め、構える。その姿は素人目にも美しいもので
あり、日々の鍛錬を怠っていない証拠でもあった。刀哉、奈々、雅
も戦闘体勢に入る。
﹁へえ﹂
黒ローブは興味深く、そして満足気に勇者達を観察していた。
﹁そうだな、1つ質問をしようか。君らは俺達を何だと思っている
んだ?﹂
﹁決まっている。盗賊団﹃黒風﹄の幹部だろう? 1年前に解体さ
れた風を装ったようだが、詰めが甘かったな。そこの冒険者達の勇
気がお前らの悪事を暴いたんだ。大人しく観念した方がいいぞ!﹂
﹁黒風は黒い服装を好むと聞いています。その特徴ともあなた達は
一致しているんです﹂
﹁何よりもその笑み、途轍もなく凶悪。どう見ても悪人﹂
﹁!?﹂
雅の言葉に黒ローブに動揺が走る! ⋮⋮ように刹那は一瞬見え
た。
322
︵流石に気のせいよね?︶
口元を押さえる黒ローブを不審に思いながら、刹那はその挙動に
目を光らせる。
﹁そうか。まあ、妥当な判断かな。それに勇者様からの折角のお願
いだ。1つゲームをしようか﹂
﹁ゲーム、だと?﹂
思い掛けない敵からの提案に、4人は警戒を強める。
﹁これから俺1人と君達4人で模擬戦をしよう。当然、俺の仲間は
手を出さない。君達の攻撃で俺がダメージを負ったら、そちらの勝
ち。逆に全員戦闘不能になったら君らの負けだ。相手を殺すのはな
し。その時点で殺した側の敗北ってルールでどうだ?﹂
その提案に横にいるメイドが僅かに目を細め、軍服の女が盛大に
反応した。何か文句を言っているようだが、不思議と声はこちらに
届かない。
﹁かなり俺達に有利なゲームじゃないか。何か裏があるんじゃない
か?﹂
﹁表も裏もない純粋なゲームさ。勇者を殺したら大問題だしな。こ
の方が俺も都合がいいのさ。さっきも言ったが、別に今から降りて
もいいんだぞ﹂
﹁⋮⋮何を賭けるの?﹂
﹁そうだな⋮⋮ 勝者の命令を何でも1つ聞くってのはどうだ? 単純で分かりやすいだろ。こいつらの解放だってできるし、俺達を
捕縛することも可能だ﹂
323
﹁仮に勝ったとして、互いが約束を守る理由がどこにある?﹂
﹁君らは勇者なんだろう? なら約束は守って当然だ。そうでなけ
れば、勇者足り得ない﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
刀哉は軽く頷く。
﹁俺は、そうだな⋮⋮ 誓約書でも書こうか。これでも俺達は冒険
者なんだ。もし俺達が約束を守らなかった場合、この誓約書を冒険
者ギルドに持って行くといい。約束を破った時はギルドから追放さ
れるように記しておこう。ちょっと待っていろ﹂
黒ローブはメイドからペンと紙を受け取り、サラサラと文字を書
いていく。
﹁これでいい。そら、しっかり中身を確認して見ろ﹂
黒ローブから誓約書代わりの紙が投げ出される。紙は何処からと
もなく吹いた風に乗り、ヒラヒラと刀哉の手元へと届けられる。
﹁⋮⋮これ、誓約書としての効果があるのか?﹂
﹁誓約書にあの人の魔力が込められている。この紙も希少なマジッ
クアイテム。たぶん本物﹂
﹁雅がそう言うなら本物なんだな。よし、そのゲーム、受けよう!﹂
その声に冒険者の男女から歓声が上がる。一方で、黒ローブがま
た笑みを浮かべていたように刹那は感じた。
324
第54話 対勇者
まさか、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかった。トライセン
の英雄と称されるクリストフとの戦闘がどうにも不完全燃焼だった
俺達は、勇者達が来るまでの間にちょっとした仕掛けを施した。仕
掛けと言っても何てことはない、少しばかり勘違いしやすい状況を
演出しただけだ。俺たちを黒風だと思わせる状況をね。クリストフ
達が助けを求める援護射撃をしてくれたのは予想外であったが、結
果的に良い方向に状況が動いてくれた。これで多少は俺の戦闘欲が
満たされるだろうし、勝者の権限で勇者が今回の事件の証人になれ
ば、クリストフ達もトライセンの後ろ盾をなくして豚箱行きとなる。
まさに一石二鳥の作戦なのだ。ちなみに場所は訓練場と思われる比
較的広い部屋に移動している。
﹃ちょっと、何でケルヴィンが一人で戦うことになってるのよ!?
私も戦いたかったのに!﹄
セラは俺一人が戦うというゲーム内容に不満があるようだ。念話
で話し掛けてくるだけマシなのだが、思いっきり俺を睨んでいる。
﹃セラは最近十分に暴れていただろ。そろそろ俺も思う存分リフレ
ッシュしたいのですよ。それに4対4だと勝負にならん﹄
﹃えー、楽しみにしてたのに!﹄
﹃私もご主人様お一人で戦われるのには賛成しかねます。ご主人様
は確かに群を抜いてお強いですが、それも後衛職の立場になっての
話。あの勇者クラスのパーティが相手では危険なのでは?﹄
﹃そうよ、だから私を出しなさい﹄
325
エフィルが珍しく俺に反対してきた。だがそれも俺の身を思って
の進言なんだろう。セラは自分の欲望に忠実な進言だ。
﹃このゲームは俺単体での弱点である、対集団での接近戦をテスト
する為のものでもあるんだ。その為に色々と装備も整えてきた。っ
てことでエフィル、セラ、ここは俺に行かせてくれ。今度埋め合わ
せはするからさ﹄
一番の理由は勇者と真っ当に戦えるからなんだけどね。あいつの
スキルにも触れておきたいし。
﹃でしたら、私はご主人様の意向に従います。あ、あと、埋め合わ
せはまた菓子屋に⋮⋮﹄
﹃菓子屋!? 何それ、楽しそう!﹄
よし、セラの興味が別に向かった。菓子屋に行く際はまたエフィ
ルに白ワンピを着てもらおう。うん、そうしよう。何かやる気が上
がってきたぞ俺。
﹃そういえばジェラール、俺、また変に笑っていたか?﹄
﹃うむ、勇者が攻撃した辺りからずっとじゃな﹄
﹃マジか、無意識だった。そんなに凶悪な顔してたかな?﹄
地味にショックを受けたぞ、勇者め。
﹃とても素敵な笑みでした﹄
﹃私は悪魔的に格好良いと思うわ!﹄
﹃⋮⋮まあ、感性は人それぞれじゃし﹄
﹃そ、そうか?﹄
326
なんだ、思っていたよりも好感触じゃないか。あの銀髪の勇者、
心理作戦を敢行してくるとは、なかなか侮れない。これは気合を入
れる必要があるかもしれないな。さて、そろそろ時間だ。準備を整
えさせる為に数分時間を与えたが、回復と補助魔法はやり終えたか
な?
﹁光妖精、俺に力を貸してくれ!﹂
﹁風妖精、補助をお願い﹂
﹁水妖精ちゃん、よろしくね﹂
﹁適度に頑張って﹂
勇者を見ると、4人の周囲を色とりどりの光の玉がぐるぐると回
っていた。
﹁へえ、これが妖精の加護か﹂
﹁⋮⋮この加護を知っているのか﹂
﹁いや、初めて目にしたよ。加護持ちは珍しいからね、加護のない
俺には羨ましい限りだ﹂
メルフィーナの召喚に成功すれば貰える予定なんだけどな。早く
義体で戻ってきて、メルフィーナ先生!
﹁俺たちの準備は完了だ。いつ始めてもいいぞ﹂
﹁オーケー。フィールドはこの部屋一帯。冒険者は俺の仲間が護る
から、思う存分攻撃を放ってくれ。そうだな、合図は⋮⋮ このコ
インが地面に落ちたら開始だ。﹂
懐︵極小型分身体クロト︶からコインを取り出し、勇者に見せる。
﹁分かった﹂
327
﹁公平を期す為に冒険者に投げてもらおうか。まあ、こんなものに
公平も何もないんだが。 ⋮⋮ほら、お前達の運命を決めるコイン
だ。慎重に投げろよ?﹂
逃・げ・る・な・よ? と、一応釘を刺しておく。クリストフと
プリスラはブンブンと首を頷かせる。アドはまだ回復していないの
か倒れたままだ。
﹁それじゃあ、始めようか﹂
﹁皆、作戦通りにいくぞ﹂
﹁﹁﹁了解﹂﹂﹂
クリストフが震えた手でコインを放り投げる。ちょうど俺と勇者
の直線状真ん中に落ちたコインは、開始を伝える高い音を部屋に響
き渡せる。
﹁刹那、行くぞ!﹂
﹁ええ!﹂
大方の予想通り、前衛職らしき少年と刀を持つ少女が突っ込んで
くる。魔法使いに対して距離を詰めるのは定石、まして今は俺を護
る壁役もいない。正しい判断だ。
﹁出てきて、ムンちゃん!﹂
後方の奈々が背負ったリュックから何かが飛び出す。
﹁これは⋮⋮ ドラゴン!﹂
﹁ギュア!﹂
328
迫力に欠ける咆哮。まだ小さな子供のようだが、それは紛れもな
くドラゴンであった。赤い鱗からして火竜だろうか。
フレイムブレス
﹁火竜の息!﹂
幼竜は息を吸い込みお腹を膨らませると、次の瞬間、炎のブレス
を俺に向けて吐き出した。だが、そこにはもう俺はいない。
﹁私も⋮⋮﹂
﹁悪い、ちょっと思ったよりもしんどそうだ。先に借りるぞ﹂
魔法を唱えようとする銀髪の少女の頭に手を置く。
﹁⋮⋮え?﹂
ソニックアクセラレート
少女が目を見開く。A級緑魔法︻風神脚︼。準備時間中に施して
おいた、敏捷を2倍に引き上げる強化魔法。これにより俺の敏捷は
1000近くまで強化される。勇者パーティで最も素早い侍の少女
を軽く超える数値だ。文字通り目にも留まらぬ速さで正面からぶち
抜いて来たのだ。
﹁何で後ろに!?﹂
﹁雅、逃げろ!﹂
さあ、これで第一目的達成、そして新装備のお披露目だ。安心し
ろ、ダメージはない。
スキルイーター
﹁喰らえ、悪食の篭手﹂
少女の頭に置いた篭手から黒いオーラが発せられる。俺の新装備
329
スキルイーター
アロンダイト
アロンダイト
である悪食の篭手は、セラの黒金の魔人と同じくビクトールの素材
から作られたS級防具だ。黒金の魔人ほどの防御力はないが、代わ
りに特殊能力を持つ。それが相手に触れ、任意のスキルを覚えるコ
ピー能力だ。覚えられるスキルは篭手1つにつき1つまで。以降は
覚える度に以前のスキルを忘れてしまう。この装備の怖ろしいとこ
ろは、何と言っても固有スキルもコピー可能なところだ。今回は右
手の篭手で触れたので、右手側の篭手にスキルが刻まれる。
﹁確かに借りたぞ、﹃並列思考﹄﹂
﹁雅ちゃんから離れて!﹂
幼竜がこちらに向かってくる。さ、退散退散。来た道と同じ道を
帰るとしよう。戻ってくる少年と少女の間をすり抜け、開始時の場
所へと戻る。
﹁くっ、またっ!﹂
﹁おっ、少し反応できたじゃないか﹂
﹁雅、何ともない!?﹂
俺に向き直り、刀を構えながら侍の少女が声を上げる。
﹁⋮⋮? 体に異常はない﹂
そりゃそうだ。スキルをコピーしただけなんだから。だが、心理
作戦の意趣返しとばかりに不安にさせておこう。先ほどと同じ笑み
を浮かべながら言ってやる。
﹁大丈夫、何もしてないさ﹂
﹁⋮⋮刀哉、私もう駄目みたい﹂
330
そこまで絶望的な顔をされるとは思ってなかったです。
331
第55話 乱戦
﹁雅!? くそっ、奈々は雅の回復に専念してくれ! お前、雅に
何をした!?﹂
﹁ううっ⋮⋮﹂
銀髪の少女は打ちひしがれた様子でしゃがみ込んでいる。いや、
本当に彼女を害する行為はしていないのだが。もう面倒臭いからこ
のまま進めようか。そんなことを考えながら、彼女からコピーした
﹃並列思考﹄の具合を試してみる。意識を勇者に向け、裏方で魔法
を組む。自分の思考が恰も2つあるように情報を処理できている。
これならば更に複数のことを同時にこなせそうだ。
ライトヒール
﹁雅ちゃん、大丈夫!? 大回復!﹂
﹁⋮⋮大丈夫、外傷はない。けど、遅効性の効果がある可能性があ
る。油断できない﹂
奈々の白魔法を受け、雅は立ち上がろうとする。
﹁⋮⋮言っておくが、今は戦闘中だぞ? 茶番は他所でやれ﹂
レディエンスランサー
俺は後方の二人それぞれに煌槍をノータイムで放つ。予備動作な
く放たれた2本の光の槍は、高速で無防備な状態の二人に迫る。
﹁させるか!﹂
﹁はあっ!﹂
レディエンスランサー
勇者と侍少女が聖剣と刀で煌槍を迎撃し、そのままこちらに走り
332
詰め寄る。流石にこのくらいはできるか。だが、それではさっきの
焼き直しだぞ? 俺がそう思い、再び速さで圧倒しようとした束の
間、白い光の玉が突然目の前に浮かび上がった。
﹁今だ!﹂
次の瞬間、白の玉は目が眩むレベルの強い光を放出する。そんな
光を目の前で浴びせられた俺は視力を奪われてしまう。これは勇者
の妖精か。どうやら妖精は気配察知に引っ掛からないらしい。いつ
の間にやら妖精だけを移動させ、俺に気付かれないように目潰しを
狙ったのか。なかなか良くなってきたじゃないか。
アダマンランパート
﹁絶崖黒城壁﹂
勇者が近づいて来るのを気配察知で感じ、地面から無骨な黒壁を
アダマンランパート
アースランパート
音を立てて出現させる。黒壁は部屋半分を仕切り、勇者達を覆うよ
うな位置取りだ。このA級緑魔法︻絶崖黒城壁︼は絶崖城壁の完全
上位互換の魔法。セラが本気で打ち放った拳にも数発ではあるが耐
え得る強度を持つ⋮⋮
﹁刹那!﹂
﹁分かってるわ! ﹃斬鉄権﹄を行使する!﹂
ズゥゥン⋮⋮!
︱︱︱はずだったのだが、何やら壁が崩れる音を耳にする。マジ
か、アレを斬ったのか。あの刹那と言う侍少女が持つ固有スキル﹃
斬鉄権﹄は特に警戒していたが、その名の通り対象のレベルや強度
に関係なく斬ることが可能な権利なのだろうか。だとすれば、彼女
からの攻撃を杖や篭手で受ける選択肢はなくなり、回避に徹しなけ
333
ればならなくなる。ひとまず白魔法で目を治療しておかなければ。
ブラインドキュア
﹁闇晴﹂
視界を確保したところで改めて状況確認。勇者と刹那は壁を乗り
越え、もう数秒もすれば俺に辿り着くだろう。雅は魔法の詠唱に入
り、奈々は幼竜に何か指示を飛ばしているようだ。それぞれの妖精
達も今度はしっかりと主人の周囲にいるな。これも並列思考の効果
なのか、状況が手に取るようにハッキリと分かる。
﹁一撃でも当たれば俺達の勝ちだ! いくぞ!﹂
﹁当たればな。精々楽しませてくれよ!﹂
このまま接近戦に持ち込むと思われた二人の勇者は、俺とぶつか
フレイムブレス
る直前になって左右二手に分かれた。その直後、空にて待機してい
た幼竜が二人の間の空間、つまり俺に向かって火竜の息を放つ。な
るほど、左右に別れる事で俺を挟撃し、前方からはドラゴンのブレ
フレイムブレス
スと雅の魔法を叩き込む算段か。
インパクト
俺はすぐさま衝撃で火竜の息を打ち消し、その余波で幼竜を後方
へ吹き飛ばす。次はいよいよ勇者との接近戦だ。頼むぞ並列思考、
しっかり働いてくれ。懐に忍ばせた短剣を右手に取り、邪賢老樹の
杖と共に勇者を待ち構える。
︱︱︱ガキン!
ヴォーテクスエッジ
刀哉の初撃を短剣で受け止め、払う。いかにS級の聖剣と言えど、
狂飆の覇剣を施し俺が鍛え上げたこの短剣は簡単には破壊されない。
俺自身も剣術スキルをこっそりC級まで取得しておいた。しかし、
刀哉と刹那の剣術スキルはS級とA級、まだ剣の経験が浅く焼付け
334
の刃である俺にとって接近戦は脅威である。でもな、だからこそ意
味があるんだ。
﹁︱︱︱シッ!﹂
続く刹那の刀には特に注意だ。ある意味で、剣術S級の刀哉より
も怖い相手なのだ。﹃斬鉄権﹄に発動条件があるのかは分からない
が、自分の体で確かめる訳にもいかない。これは兎にも角にも避け
るに専念。勇者を圧倒する早さのアドバンテージを最大限に発揮し、
危険察知を並列思考で幾重にも張り巡らせ、二人の猛攻を凌いでい
く。魔法使いにとっては絶望的に不利な状況。なのだが、俺は今の
状況を心から楽しんでいた。
﹁⋮⋮ケルヴィン、とっても楽しそうね﹂
﹁ええ。やはりご主人様はこの瞬間が最も輝いています﹂
エフィルとセラ、そしてクリストフ達を見張るジェラールはすっ
かり観戦モードであった。
﹁ワシとセラが散々揉んでやったんじゃ、あれくらい当然じゃよ﹂
﹁弱点の克服とか言ってたけど、絶対自分も直接戦いたいからよね。
まあ、ケルヴィンはそっちの才能もあるみたいだし、私も楽しいか
らいいんだけど﹂
﹁トラージまでの旅の最中、キャンプの度に近接戦の指導を受けら
れていましたからね。料理もいつも以上に食べて頂いて嬉しかった
です﹂
﹁あ、そうだ。料理で思い出したけど、エフィル、アレ持ってきた
? お腹空いたから食べていい?﹂
﹁ちゃんと準備してますよ。ご主人様からは自由に食べていいと許
可も出ています﹂
335
ワイワイと主を心配する素振りも見せない3人に、クリストフは
怪訝な顔をする。
︵一体何なんだ、こいつらは!? 普通、勇者に目を付けられたら
全力で逃げるだろ! それどころか1人で相手しようとするなんて、
頭がいかれてるとしか思えねぇ! ⋮⋮っておいおい、何でサンド
イッチを取り出すんだよ、ピクニック気分かよ!︶
そんなクリストフをよそに、セラとジェラールはムシャムシャと
エフィルお手製サンドイッチを食べ始める。
﹁後ろの勇者達が動きそうね。ケルヴィン忙しそうだけど見えてる
かしら? この具のお肉美味しいわね﹂
﹁大丈夫ですよ。ご主人様も気付かれています。クロちゃんに保管
して貰っていたアーマータイガーを使ってみました。鎧の中の肉は
柔らかく美味です﹂
﹁うむ、頬が落ちそうじゃわい﹂
︵ま、まるで心配してねぇ⋮⋮︶
穏やかな観戦サイドとは打って変わって、ケルヴィンと勇者達の
間では激しい剣舞の応酬が続いていた。尋常ではないスピードで刹
那の刀を全て避け切り、人外の域に達している刀哉の剣術を見事に
いなしている。それどころか、二人が僅かでも隙を見せようものな
ら短剣で反撃をし始めてきたのだ。魔法使いが接近戦で押し始める
という異常な光景であった。だが、セラの予想通り、戦況に動きが
生じ始める。
フロストバウンド
﹁這い寄る氷!﹂
336
フェレニークラッシュ
﹁罪人の重し﹂
エアプレッシャー
︵︱︱︱! 地面が凍って足が離れない!? それに、この重量感
は重風圧の類か!︶
フロストバウンド
フェレニークラッシュ
雅の回復をし終えた奈々がC級青魔法︻這い寄る氷︼でケルヴィ
フェレニークラッシュ
ンの機動性を殺し、更に雅のC級黒魔法︻罪人の重し︼で圧迫する。
罪人の重しはケルヴィンのみを対象とする阻害魔法なので、周囲の
刀哉達には効果は及ばない。部屋の彼方へ吹き飛ばされた幼竜も、
戦場へと舞い戻ってきた。
﹁これで終わりだ!﹂
﹁この状況下で避けることはできないわよ!﹂
間髪いれず、二人は同時に攻撃を仕掛け︱︱︱
クレフトデトネーション
﹁地表爆裂﹂
︱︱︱爆発に巻き込まれた。
337
第56話 それぞれの切札
ゲームの決め手になると確信していた攻撃は、魔法による爆発に
よって遮られてしまった。
﹁くそっ、まさか自爆してくるなんて⋮⋮﹂
クレフトデトネーション
ケルヴィンの地表爆裂に巻き込まれかけ、あわや戦闘不能になる
ところであった刀哉は、寸前で光妖精が白魔法の防壁を張ってくれ
た事で助かっていた。
﹁それでもダメージは防ぎ切れなかったか⋮⋮ 光妖精、少しずつ
でいいから回復を頼む。刹那、無事か!?﹂
﹁何とかね⋮⋮﹂
刹那が所有するスキル﹃天歩﹄、空を駆けることを可能にする高
等スキルである。風妖精による速力の補助、そしてこのスキルで無
理矢理自身の軌道を変え、刹那も同じく爆発から難を逃れていた。
﹁二人とも、無事!?﹂
﹁奈々、まだ油断しないでくれ。本格的な回復はあいつの状態を確
認してからだ﹂
﹁あの爆発で無傷ってことはないと願いたいけど。少しでもダメー
ジを受けていれば、私達の勝ち⋮⋮﹂
︱︱︱パチパチパチ。
刹那の言葉を遮るように、広がる土煙の中から拍手が鳴る。
338
﹁今のコンビネーションはなかなか良かった。俺も少し冷やりとし
たよ。前衛二人が俺の注意を引き付け、青魔法で機動力を奪い、発
生速度の遅い黒魔法の欠点を補う。実に理想的だ﹂
風が土煙を払い除け、声の主が姿を現す。目に付くのは綺麗な円
形を残して抉られた足場、そこに立つケルヴィンは当然のように無
傷であった。
﹁⋮⋮ノーダメージかよ﹂
﹁自分の魔法でゲームを終わらせる訳ないだろう? これくらいの
魔法のコントロールは当然だ﹂
コンコンと杖で地面を叩き、ケルヴィンは改めて勇者達に向き直
る。
﹁贅沢を言えば後方の二人、阻害魔法を放った後にもう数発攻撃魔
法も欲しかったな。暢気に回復させていたんだ、魔法を練る時間は
十分にあっただろう?﹂
﹁⋮⋮心の傷は深かった﹂
︵こいつ、まだ言うか︶
スキル
﹁そっちのポニーテールはその天歩をもう少し攻撃に組み込んだら
どうだ? 出し惜しみをしていたのかもしれないが、攻撃の切り口
がもっと広がるぞ。それと、勇者君は⋮⋮ いつになったら二刀流
を使うんだ?﹂
﹁︱︱︱! 鑑定眼も持っているのか⋮⋮ これは切り札なんだけ
どな﹂
339
刀哉は聖剣を杖にして立ち上がる。
﹁ウィル、本当の姿を見せろ﹂
刀哉の言葉に聖剣は反応し、眩い光を放ち出す。その光はやがて
二つに分かち、刀哉の両手には姿形が全く同じである2本の聖剣が
握り締められていた。聖剣ウィルの最大の能力、それは歴代の勇者
に合わせ、持主の望んだ姿に形態を変えることである。
﹁⋮⋮へえ、それが聖剣の能力か﹂
﹁正直、盗賊がここまで強いとは夢にも思わなかった。このままダ
ラダラ続けても、俺達が不利になるだけだろう。全身全霊でいく﹂
刀哉本来の構え、実戦で使われるのは実は初めてであるが、その
姿は様になっている。
﹁ハア、また勝手に決めて⋮⋮ 分かった、付き合うわ。 ⋮⋮さ
っきの助言、後悔させるわよ﹂
刹那は刀を鞘に収め、構える。その型はケルヴィンも一度は見た
ことのある型であった。
︵居合い、か。二刀流といい、男心を擽るじゃないか︶
﹁ムンちゃんの治療は終わってるよ!﹂
﹁ギュアギュア!﹂
幼竜はその小さな体を力強く羽ばたかせ、ケルヴィンの上空を雄
々しく飛翔する。その瞳から幼さは消え去っており、獲物を狙う野
生が宿っていた。
340
フローズンテンプル
﹁それに、こっちの準備も。氷天神殿!﹂
あたり一面が突如氷で覆われ、氷柱が次々と地面から突き出され
ていく。合わせて10柱の氷柱の先から青いオーラが漂い出し、次
第にそのオーラは荘厳な青の神殿を作り出していった。 フローズンテンプル
﹁覚悟してください。これは私が使える魔法の中で一番強力です。
A級青魔法︻氷天神殿︼。領域内にいる限り、あなたは足だけでな
く全身が凍りついたように動かなくなる。その上、補助魔法も発動
させることができなくなります。今のうちに降参してください﹂
﹁⋮⋮わざわざご丁寧に説明どうも﹂
ケルヴィンは試しに体を動かそうとするが、確かに動かない。寒
ソニックアクセラレート
さは感じず、少しずつであれば動かせそうではあるが、戦闘では使
グレイブ
い物にならないだろう。補助魔法の禁止も厄介だ。今はまだ風神脚
の効果が続いているが、いずれ切れる。
﹁積年の恨み、ここで晴らす﹂
﹁積年つっても今日会ったばかりだが﹂
デスオーガ
﹁⋮⋮雰囲気作りは大事。それよりも、ここからが本領発揮。大黒
屍鬼﹂
雅の影がヌラリと膨らんでいく。立体化した影は鬼の形を作り出
していき、雅の前に跪く。雅を軽く鬼を撫でるとその大きな肩にト
当然、今の強さもA級相当。この子のパワーと私の魔法は絶対無敵﹂
﹁この子はA級討伐対象﹃赤眼大鬼﹄の屍を黒魔法で復活させた。
ンと座った。
341
どうだと言わんばかりに雅は息を荒くする。若干どや顔である。
﹁勇者様、これを使って!﹂
突如、場外から雅に向かって何かが投げ出される。投げたのは今
まで事の成り行きを静かに見守っていたプリスラであった。雅の鬼
は投げ出されたそれをキャッチした。
﹁これは魔力宝石、それも最上級のダイヤモンド⋮⋮ 使っていい
の?﹂
﹁はい! 私が隠し通した最後の1つです! お使いください!︵
勇者に勝ってもらわないと私死んじゃう!︶﹂
雅はチラリとケルヴィンを向く。
﹁別に使っていいぞ。俺の仲間の手出しは禁止したが、そこの冒険
者については言及していない﹂
﹁⋮⋮あなたの思い、確かに受け取った。必ずこれで仕留める﹂
﹁⋮⋮一応言っておくが、俺を殺してもお前らの負けだからな﹂
︵やれやれ、やっと本気の切札を出してきたか。腰の重い奴らだ︶
﹁あれ、もしかしてピンチ?﹂
サンドイッチを食べ終えたセラが場外から声をかけてくる。
﹁お前が魔力宝石をそいつから見つけ出せなったせいでなー﹂
﹁わざとよ、わざと。その様子だと大丈夫そうね﹂
グルームランサー
﹁全然大丈夫じゃ⋮⋮﹂
﹁涅槍﹂
342
雅より放たれる黒塗りの槍。魔力宝石によって強化されたそれは、
ソニックアクセラレート
黒魔法らしきからぬ速さでケルヴィンを襲った。動かぬ体を軋ませ、
風神脚で無理矢理回避行動を取る。
﹁勇者っぽくない攻撃じゃないか。動けない相手にそんな物騒なも
のを投げるなんて﹂
﹁茶番は他所でやるもの。ゲームに負けて思う存分後でするといい﹂
雅にこれまでの冗長性は感じられない。
︵うん、いい感じに実戦慣れしてきたな︶
雅とのやり取りの間にも、裏でジリジリと刀哉と刹那が間合いに
近づいていることにケルヴィンは気が付いている。
﹁これは一本取られたな。それじゃあ、そろそろゲームを終わらせ
ようか﹂
343
第57話 ゲームオーバー
始めに動いたのは刀哉と刹那であった。一気に間合いを詰め、ケ
ルヴィンに攻め寄る。一方、ケルヴィンは両手を地に向けていた。
アダマンガーディアン
﹁起きろ、黒土巨神像﹂
ケルヴィンの呼び声に答え、地面より出現する2体の黒のゴーレ
ム。その様はジェラールを更に巨大化させたような、全身鎧風の風
体。どちらも身の丈ほどの大剣を手にしており、巨体と相まって辺
りに威圧を撒き散らしている。緑魔法にのみ存在するゴーレム生成
系魔法により生まれた守護者である。その実力はA級モンスターに
匹敵する。
﹁30秒でいい、足止めしろ﹂
2体の黒きゴーレムは主の言葉に頷き、各々勇者と向かい合う。
︵まずは厄介なアレを何とかしないとな。ぶっつけだがやってみる
か︶
フローズンテンプル
ケルヴィンが見る先にあるのは、体の自由を阻害する元凶である
奈々の氷天神殿。
︵指先一本一本に集中⋮⋮ 対象を認識⋮⋮︶
ケルヴィンが集中する最中、勇者とゴーレムは戦闘を開始してい
た。刀哉が先行するゴーレムの大剣を双剣で受け止め、流しきる。
344
ズンと大剣が地面に深く突き刺さり、バランスを崩すゴーレム。が、
そこに続くは2本目の大剣。刀哉は双剣を十字に固め、足を地面に
埋めかけながらもギリギリと鍔迫り合いで堪える。
﹁ぐっ! 刹那!﹂
刹那は天歩により空に足場を作り、三角跳びの要領で飛翔を続け
る。その軌道は予測不可能、更に風妖精による速力増強を得た刹那
を止める術をゴーレムは持たなかった。
﹁﹃斬鉄権﹄を行使!﹂
刀の鞘が青白く輝く。刀を抜刀したのは瞬きの間の一瞬。刹那が
2体のゴーレムを通り過ぎた頃には、その上半身が地に落ちていた。
だが、刹那の歩みは止まらない。ゴーレムの残骸には見向きもせず、
ゲームの勝利条件へと疾走する。
︵魔法構築、完了⋮⋮!︶
並列思考を利用した超高速で行われる魔法構築。ケルヴィンが行
ったのは新たな魔法を生み出す為の、
術式の新構築であった。通常であれば魔法を生み出す為の具体的な
イメージの構築、発動に必要な術式の構築等々、突破すべき関門が
多く長い月日が必要となる。そして、それが成功したとき、例外な
く起きる現象がある。
︱︱︱ピコーン!
ケルヴィンの頭に響く効果音。メニュー画面が開き出す。
345
==============================
=======
◇新たな魔法を習得しました!
レディエンスクロスファイア
・A級白魔法︻煌槍十字砲火︼
==============================
=======
レディエンスランサー
︵どうやら無事に認証されたみたいだな。煌槍の同時詠唱は今まで
4、5本が限界だったが、並列思考のおかげで上手くいった。それ
にしてもこの効果音、いつ聞いてもあのゲームの⋮⋮ メルフィー
ナの趣味か? いや、今はそれどころじゃないな︶
レディエンスランサー
もうそこまで刹那が来ている。今の状態ではおそらくは避けきれ
ないだろう。早速だがお披露目といこう。
レディエンスクロスファイア
﹁煌槍十字砲火!﹂
レディエンスランサー
ケルヴィンの突き出した全ての指先から煌槍が左右に大きく迂回
しながら放たれた。10本の煌槍は意思があるかのように狙いを済
レディエンスクロスファイア
レディエンスランサー
まし、目標へと高速で突き進む。威力・貫通力・ホーミング性を増
した煌槍十字砲火は個々がB級の頃の煌槍と比べ、一線を画してい
た。
フローズンテンプル
︵狙うは、氷天神殿の氷柱!︶
左右から襲い掛かる光の雨が交差する。氷柱を同時に貫いた瞬間、
青き神殿はバラバラのオーラとなって四散してしまった。拳を握り
締め、ケルヴィンは体の調子を確かめる。
346
︵よし、全身の妨げがなくなった。これで自由に動ける︶
フローズンテンプル
﹁な、何で氷天神殿の攻略法を!? 私のオリジナル魔法なのに⋮
⋮!﹂
フローズンテンプル
驚きを隠しきれず、思わず声を上げる奈々。10本の氷柱からな
る氷天神殿。その氷柱は各個破壊をしたとしても、まるで幻影を破
壊しているかのように復活を繰り返す。弱点はただ1つ、氷柱を同
時破壊することだ。氷柱を一瞬でも失った神殿はその維持ができな
くなり、先ほどのように消えてしまうのだ。
︵魔法だろうが何だろうが、この目に映りさえすれば鑑定眼で解析
できる。お前が暢気に魔法の説明をしている隙に、もうその魔法の
分析は終わっていたんだ。さて⋮⋮︶
ソニックアクセラレート
枷が外れ、風神脚を全開にしたケルヴィンがそのまま数歩下がる。
束の間、さっきまでケルヴィンが立っていた場所に風が吹き出した。
﹁惜しかったな﹂
︵くっ、数秒遅かった!︶
風の正体は刹那。風妖精の速力補助の風と共に渾身の居合いを放
ったのだ。もう数秒早ければ、ゲームは達成されていただろう。
︵だけど、まだ終わらない!︶
居合いを外した瞬間に刹那は脳裏に命令を下す。すぐさま空中に
足場を作り、後退したケルヴィンの方向へと天歩を使用。鞘へ納め
終えた刀の柄を握り直し、流れるように次の居合いへと攻撃を繋げ
347
ていく。ケルヴィンは目前、刹那の居合いが再度放たれようとして
いた。
﹁うん、戦闘に関しては君が一番センスがいいね﹂
刹那は愛刀に重みを感じる。抜けない。いくら力を加えても刀が
抜けないのだ。
﹁なっ⋮⋮!?﹂
それもそのはず、刀の柄をケルヴィンに押さえ付けられていた。
刹那が間合いを見誤った訳ではない。居合いの瞬間を完全に見切ら
れ、超スピードで翻弄されただけの話だ。
﹁まず一人﹂
刹那の腹部に拳が叩き込まれる。その拳はとてもではないが素人
の放つものではなかった。例えるならば何らかの拳法を熟練した、
いや、到達点に至ったとされるレベルの一撃であった。
﹁か⋮⋮ はっ⋮⋮ あ、あな、た、魔法剣士、だった、んじゃ⋮
⋮﹂
セラ
ス
﹁ん? 誰もそんなこと言ってないぞ。まあ安心しろ、俺の筋力は
彼女の4分の1程度だ。命に別状はたぶんないさ﹂
キルイーター
地面に頭から倒れこむ刹那を一瞥する。ケルヴィンが装備する悪
スキルイー
食の篭手はスキルをコピーし、自分の物として扱うことができる。
ター
右手には雅よりコピーした﹃並列思考﹄。それでは左手の悪食の篭
手には?
348
﹁うふふ、私の格闘術、大活躍じゃない♪﹂
セラよりコピーした﹃格闘術︵S級︶﹄が埋め込まれていたのだ。
スキルイーター
コピーしたスキルに上書きしなければ新たなスキルをコピーするこ
とのできない悪食の篭手だが、仲間内で使用するのであれば話は別
だ。使いたいスキルを好きなだけ使い回すことができるのだから。
ゲーム開始当初、ケルヴィンはこの格闘術による体捌きを利用しな
がら刀哉と刹那の猛攻を防いでいた。
﹁油断、大敵!﹂
﹁次はお前か、お嬢ちゃん﹂
グレイブデスオーガ
フローズンテンプル
大木のような腕を振りかぶる巨大な黒き鬼。大黒屍鬼の肩に乗る
雅は既に攻撃命令を下していた。だが、氷天神殿が消え去った今に
おいて、スピードはケルヴィンが圧倒しているのだ。避けることな
ど他愛もないことだった。
スドガァーン!
鬼の一撃に地が揺れ、粘土のように捲れ上がる。
︵A級モンスターだけあって凄まじいパワーだ。それに状態異常系
の黒魔法を鬼の腕に施している。厄介この上ないな。だが⋮⋮︶
グルームランサー
回避したケルヴィンに雅が追撃の涅槍を連射する。そのどれもが
魔力宝石によって高速化された強化魔法。躱すのは困難を極める。
﹁だが、どれもセラに数段劣る。鍛えなおして来い﹂
グルームランサー
拳に魔力を施し、涅槍を全て弾け飛ばす。セラの指導により学ん
349
だ呪拳士の白魔法版。S級の格闘術があるからこそ可能な応用技だ。
浄化の白魔法が込められた拳を鬼に放つ。顔と胸に放たれたそれは
鬼を突き破り、白い塵へと帰していった。
﹁あっ⋮⋮﹂
塵となった鬼から落ちる雅。絶好の攻撃チャンス。
︵この子防御力低いしな。これで勘弁してやるか。首トンで⋮⋮︶
雅の後ろに回り込み、静かに、そして素早く手刀を首に打つ。
︱︱︱ガン! ⋮⋮何か鈍い音がした。
︵あ、やべ、威力の調整ミスった⋮⋮ やっぱり素人がやるもんじ
ゃないな、これ。ピクピクいってるけど、まあ大丈夫か? 俺の方
が筋力低いし︶
﹁刹那と雅をよくも!﹂
﹁神埼君! 私が盾になるからその隙に!﹂
﹁⋮⋮済まない、必ず決める!﹂
己の過ちを反省する暇もなく、刀哉と幼竜が襲い掛かる。驚くこ
とに奈々が竜に騎乗していた。サイズは小さいが、なかなか根性の
ある幼竜である。その幼竜に乗る奈々を先頭に、刀哉が後を追う形
で走り迫る。
︵お? 奈々って子、耐久だけならセラに匹敵するな。俺の腕力じ
ゃ崩すのは難しそうだ︶
350
アイシクルシールド
﹁お願い、私達を護って! 氷結晶の盾!﹂
奈々の前に分厚い氷晶の盾が出現し、そのまま突貫を仕掛けてく
る。鉄壁の防御による捨て身の突進、それはそのまま殺傷能力へと
変換される。
グローリーサンクチュアリ
﹁栄光の聖域﹂
突如空中で停止する幼竜。その周囲には3輪のリングが奈々を取
り囲む。
﹁奈々!?﹂
﹁ど、どうしたの、ムンちゃん? こ、この輪は⋮⋮?﹂
ハイパーインパクト
﹁S級の悪魔さえ一時的に封印する結界だ。今の君には破壊できな
いさ。多重衝撃﹂
インパクト
奈々と幼竜の四方から襲い掛かる衝撃の嵐。元々受けただけでは
ダメージはないに等しい衝撃だが、幾度も激しく揺さぶられ、それ
が地に足がつくことなく続くとなると⋮⋮ とても酔う。
﹁うぅ⋮⋮ もう、だめ、吐く⋮⋮﹂
﹁ギャ、ギャウ⋮⋮﹂
神聖なる封印の中で嘔吐し倒れる美少女と竜。なかなかシュール
な絵である。
﹁これで3人⋮⋮ 思ったよりもスマートにいかないものだな﹂
﹁お前ぇーーー!﹂
封印を飛び越し、我を忘れて怒りのまま刀哉が迫る。繰り出すは
351
デラミス最強の騎士、クリフより授かった必殺の双技。2本の聖剣
が勇者の叫びに呼応し煌く。
﹁君はちょっと⋮⋮ 期待外れかな﹂
︱︱︱気が付いたときには、膝を突いていた。仲間の仇は討てず、
何をされたかも分からず、己の技さえ出させてもらえない。刀哉の
人生において、これほどの屈辱、挫折は初めてであった。
﹁なぜ、これほどの力を持ちながら⋮⋮ 世の為に使おうとしない
んだ?﹂
﹁⋮⋮何だ、君は人が皆善人だと思っているのかい?﹂
﹁元からの悪人なんていない! 周囲の環境や突発的な状況がそう
してしまったに過ぎないんだ! どんな人でも、改心すればいずれ
許される時が来る! 人は分かり合える生き物なんだ! だから、
今からでも遅くはない、その力を世界の人々の為に︱︱︱﹂
刀哉の首に短刀が当てられる。
﹁ハァ、お前が語るのはあくまで理想だ。確かに勇者としての考え
ならば、お前のそれは正しく尊い考えだ。だけどな、万人にそれは
通じない。俺みたいな奴から言わせてもらうとな⋮⋮ 余計な世話
だ、寝言は寝て言え!﹂
視界がブラックアウト。刀哉の記憶に残っているのはここまでで
あった。
352
第58話 勝者の権利
ズン⋮⋮ ズン⋮⋮
︵何だろう、遠くで大きな音が聞こえる気がする︶
︱︱︱それでね、お母さんのシチューは絶品なんだよ。今度お兄
ちゃんも食べてみてよ。
︵小さな女の子の声も聞こえてきた。この声、どこかで聞いたな。
どこだったか⋮⋮︶
︱︱︱それは楽しみだね。だけど、うちのエフィルの料理も負け
てないよ?
︵今度は男の声か。この声もどこかで⋮⋮ うっ、頭が痛む⋮⋮︶
︱︱︱むー、お母さんが一番だよー! でも、そこまで言うなら
食べ比べてあげてもいいかなー。
︵そういえば、何してたんだっけな、俺⋮⋮ 何か、大切なことを
していたような⋮⋮︶
︱︱︱リュカ、冒険者様を困らせちゃ駄目って言ったでしょ。
︵刹那や奈々、雅はどうしたんだっけな⋮⋮ 最後に、していたこ
と⋮⋮︶
353
︱︱︱ははは、構いませんよ。トラージまではまだ長いんです。
話し相手は大歓迎ですよ。
︵この声の男⋮⋮ 俺は最後に⋮⋮ 刹那達は⋮⋮!︶
﹁おっ、少年、目覚めたか﹂
意識の覚醒。視界に広がるは雲ひとつない澄みきった青空。徐々
に、徐々にと起き上がり、刀哉は目の前の人物を認識する。そこに
いたのは、黒風のアジトで捕らえられていた少女と、その母親。そ
して⋮⋮
﹁刀哉、だったか? 体は痛まないか?﹂
︱︱︱意識が途切れる最中まで、ゲームと称した死闘を繰り広げ
ていた、あの黒ローブの男であった。
﹁︱︱︱! お前っ、その子から離れろ!﹂
﹁まあ、そうなるよな。大人しく寝て安静にしておけって﹂
エアプレッシャー
ケルヴィンを目にした途端、今にも飛び掛りそうになった刀哉に
対し、ケルヴィンは軽めの重風圧を放つ。病み上がりの怪我人であ
る刀哉はこれに耐える力を残しているはずもなく、あえなく再び地
に伏せてしまう。
﹁ぐっ、負けるものかぁぁ⋮⋮!﹂
﹁少年、気張るのもいいが先にこっちを見ろ。あと踏ん張り過ぎる
と傷が開くぞ﹂
重力に負けじと力を込め続ける刀哉は、ケルヴィンの言葉に前を
354
チラリと見る。黒ローブの男があぐらをかき、その上に少女がちょ
こんと座っていた。
﹁貴様ァァー! 幼い少女に手をかけるとは何事だァァ!﹂
﹁違うよ馬鹿! リュカが持ってるもんを見てみろ!﹂
エアプレッシャー
重風圧の威力をほんの少し高めながらケルヴィンはリュカが抱き
しめているものに指を示す。リュカの腕の中でプルプルと振るえて
いる物体、それはリュカと母親、そしてその他大勢が捕らえられて
いた部屋にいた、冒険者のスライムであった。
﹁そのスライムは⋮⋮ 確か、救出に向かった冒険者の⋮⋮﹂
﹁そうだ、名前はクロトという。そんで、俺がその冒険者のケルヴ
ィンだ﹂
ケルヴィンは黄金に輝くギルド証をチラつかせながら、困惑する
刀哉の誤解を解こうとする。
﹁ば、馬鹿な⋮⋮ 助けに向かった冒険者は、お前達に捕まったあ
の大柄な男と魔力宝石の女性のはずじゃ⋮⋮﹂
お兄ちゃん
だって! その二人は悪い盗賊の仲間だったんだ
﹁本当よ! だから、私も言ったじゃない! 私を助けてくれたの
は
から!﹂
﹁リュカ、お止めなさい。勇者様、御免なさいね。でも、娘が言う
ことは真実なんです﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
救出した少女にそう言われてしまっては、刀哉も何も言い返すこ
とができなかった。今になって冷静に考えて見れば、黒ローブの男
は自分が黒風だと一度も認めていなかった。それどころか、冒険者
355
として黒風を討伐していたようにも思える。刀哉達に救援を求めた
スライムも、彼に大人しく従っているようだ。これらを統合して導
かれる答えは︱︱︱
﹁お、お前が、先行していた冒険者だったのか⋮⋮?﹂
﹁そう何度も言っているんだけどな﹂
エアプレッシャー
ここで漸く重風圧が解かれる。
﹁俺の誤解は解けたかな?﹂
﹁⋮⋮ああ、本当にすまな︱︱︱﹂
突如、放心状態の刀哉はズン、と大きな足音を耳にする。そして、
僅かなに感じる振動。先ほどまで感情が一杯一杯で気が付かなかっ
たが、今になってここが地上でないことを認識する。
﹁⋮⋮ここはどこなんだ?﹂
﹁ああ、君らが戦ったあの黒いゴーレムがいただろ? あれの輸送
版の上だ﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
刀哉は恐る恐る周囲を確認する。黒く、やや丸みを帯びた地面。
小さなアパート一部屋分の空間の外郭に安全柵が設けられているの
が見える。一定感覚で足音のような音が鳴り、それと共に地面が揺
れる。
﹁正直、救出した人達のトラージまでの運搬方法考えてなかったか
らな。ぶっつけでゴーレム生成魔法を改造して成功したんで良かっ
たよ﹂
﹁もう、お兄ちゃんってば、おっちょこちょいなのね﹂
356
HAHAHAと笑い合うケルヴィンと親子。刀哉はただただ呆然
としていた。
﹁そ、そうだ! 刹那達、他の助け出した人達は!?﹂
一頻り眺めたところで我に返った刀哉。
﹁念の為、俺の仲間と一緒に別々のゴーレムに乗せている。まあ、
リーダーのお前の誤解が解けたんだ。もう会わせても問題ないだろ
う。ちょっと待ってくれ﹂
﹃セラ、刀哉の誤解は解けた。他の勇者をこっちに連れてきてくれ﹄
﹃やった! 飽きてきたところだったのよね。まとめて持っていく
わ﹄
﹁⋮⋮今、仲間がお前の連れをここに来させる。っと、もう来たか﹂
﹁えっ?﹂
上を向くケルヴィンに釣られ、刀哉も上に目をやる。 ⋮⋮何か
が近づいてきていた。
﹁お待たせ!﹂
爆音と共に空より現れるセラ。両脇に奈々と雅、そして刹那を背
中に背負っての登場である。忘れがちだが、悪魔である彼女には翼
がある。﹃偽装の髪留め﹄で視認できないよう隠しているだけで、
その機能は失っていない。﹃飛行﹄スキルも持っているので基本的
に自由自在に飛べるのだ。
357
﹁うう、また吐きそう⋮⋮﹂
﹁これは⋮⋮ 新体験!﹂
顔を青くしながら口元を押さえる奈々に対し、雅は瞳を輝かせて
いる。ジェットコースターの得意不得意を如実に表している。
﹁退屈だったから急いで来たわ! さ、お茶しましょ、ケルヴィン﹂
﹁ちゃっかり茶菓子も持って来たのな⋮⋮﹂
﹁エフィルが気を利かせて持たせてくれたのよ。あの子、あなたの
言うことは絶対だからね。誘ったんだけど見張りを続けるそうよ、
真面目ね!﹂
﹁わ、私も食べたい!﹂
﹁もう、リュカったら⋮⋮﹂
そう言えば千里眼で警戒するように伝えていた。トラージに着い
たら何かしてやらないとな。
﹁⋮⋮刀哉、話は聞いた?﹂
﹁ああ、全部、俺の勘違いだった⋮⋮ 刹那、奈々、雅、付き合わ
せてしまって、ごめん⋮⋮﹂
刀哉は深く頭を下げる。
﹁そして、ケルヴィンさん。俺の勝手な勘違いで、迷惑を掛けてす
みませんでした﹂
膝をつき、刀哉は土下座をする。後ろの他の勇者達も一緒に土下
座をしようとしているので、俺は慌ててそれを止めた。いや、だっ
てさ、こうなればいいな∼という軽い振りとは言え、俺が狙ってや
ったことだしさ。正義感を前面に押し出したこの姿勢は少々危なっ
358
かしいが、今回の件で勇者達にも何か思うところはあるだろう。
﹁過ぎてしまったことは別にいいさ。それよりも例のゲームの勝者
の権利、これを守ってくれれば俺から文句は何もないよ﹂
刀哉達に黒風についての説明をする。ミストさんから予め説明は
受けていたようで、二言目には了解を得ることができた。
﹁勇者としての名で役立てるなら、それは当然やります。でも、そ
れでは俺の罰にはなりません。ケルヴィンさん、他にも何かできる
ことはありませんか?﹂
﹁他にもか? ええと、どうするかな⋮⋮﹂
チラリと俺抜きでお茶を始めているセラとリュカの方を向く。お
い、何もう飲み食いしてんだよ。別にいいけど。
﹁リュカ、何か反省させるいい案はないか?﹂
﹁反省? んーとね、んーとね⋮⋮ 正座!﹂
﹁正座?﹂
﹁トラージでは悪いことをした子は正座でお説教を受けるの。とっ
てもキツイのよ!﹂
﹁⋮⋮それじゃあ、トラージに着くまで正座で﹂
﹁え、ええと⋮⋮ トラージまであとどのくらい?﹂
﹁このゴーレムで半日﹂
固まる刀哉と奈々。
﹁私は慣れてるから大丈夫だけど⋮⋮ 二人とも、大丈夫?﹂
﹁刹那、正座って何?﹂
359
時折揺れるゴーレムの上にて、勇者達の本当の試練が幕を上げた
のだった。
360
第59話 主人公補正
俺たちは黒風に捕らわれた女性達を無事にトラージへと連れ戻す
ことに成功した。輸送用ゴーレムは目立つ為、トラージから目の届
かない辺りで降り、そこからは徒歩で帰還。勇者メンバーは刹那以
外が全滅していたので、白魔法で強制的に回復させた。雅は若干正
座にトラウマを覚えたようだが、仕方ないよね。
冒険者ギルドからトラージ王へと連絡が成されていたようで、国
を挙げて盛大に迎え入れられ⋮⋮ はしなかったが、国王の使いが
冒険者ギルドに来ており、不安げな表情でミストさんと話をしてい
た。
国王の使いは俺が救出した女性達を確認すると、一目散にその中
のある女性の前に駆け寄り、大泣きしながら互いに抱き合ったのだ
った。どうやら、その人は婚約者であったらしい。感動の再会とい
うやつだ。つい先日パーズまでの道のりで行方不明になり、ギルド
へ捜索願いを出していたのだが、ミストさんが今回の件を極秘にト
ラージ国王へ連絡した折に知ったのだと言う。それからというもの、
居ても立ってもいられずに、今日のように日々ギルドへ続報はない
か訪ねに来ていたそうだ。二人は泣きながら何度も俺たちに礼を言
っていた。
リュカや母親のエリィさんを含む女性達はギルドに保護され、身
元の確認をトラージと協力体制を敷き行っていく予定だそうだ。い
ずれパーズやデラミス、ガウンにまで情報が広められ、トライセン
への追求が始められると思われる。こちらには勇者である刀哉達の
証言もある、言い逃れはできないだろう。
361
﹁お兄ちゃん、また会おうね!﹂
﹁本当にありがとうございました﹂
バイバイと元気に手を振るリュカと別れ、俺たちと勇者4人、そ
してギルドの代表としてミストさんがトラージ城へと案内される。
何でも、国王直々に礼を言いたいそうなのだ。
さて、当初の目的の1つである米がここで得られるかが決まる。
この現代の米に似た穀物はトラージのみで採られる品種で、国内で
は主食として食べられているが、国外にはパーズであろうと輸出し
ていない。この辺りはミストさんより情報収集済みだ。トラージの
宿では食せるが、買うにしても国がトラージに住む者にしか販売し
ていない。俺は日常的に食べたいのだ。よし、米をよこせ。などと
ストレートには言わないが、交渉次第ではいけると思う。是非とも
例外的に購入権を得れるようにしてもらいたい。
トラージ城は海にポツンと浮かぶ小島に建てられた海上の城だ。
街並みと同じく、こちらもどことなく日本風の城に見える。トラー
ジの街に面するこの綺麗な海は水竜王が住む竜海と呼ばれ、戦乱の
時代では海から攻めてきた敵国の船が突然の嵐で沈んでいった、巨
大な竜が海から現れ追い払った等々、こういった伝説がいくつもあ
る。その為かトラージでは水竜王を国の守護者と祭り上げ、海を大
切にしているのだ。
城への唯一の移動方法である船へ港から乗り込み、トラージ城へ
と向かう。海の道中、初めての航海にセラの目が輝き出す。
﹁近くで見ると水が透き通って見えるわ。本当に綺麗ね⋮⋮﹂
﹁ええ。あ、船の上からでも魚が泳いでいるのが見えますね﹂
362
﹁え? どこ?﹂
﹁あそこです。あちらにもいますね﹂
﹁⋮⋮私も視力は良いはずなんだけど、全然見えないわ﹂
エフィルが指を差し示すが、俺の目からもセラと同じく魚の影す
ら見えない。まあ当然である。エフィルは千里眼を持っているんだ。
障害物がなければ、どこまでも先を見通す。S級まで上げれば、そ
れこそ千里先まで見えるようになるのではないだろうか。ちなみに
エフィルによると視力の高さは自由に変える事ができるそうで、日
常生活に不自由はない。
﹁これがトラージ城か⋮⋮ 日本の城みたいな作りだな﹂
﹁神埼君もやっぱりそう思う? 屋根の竜の装飾もどこかしゃちほ
こっぽいよね﹂
城に近づいてくると、勇者達がトラージ城についての話をし始め
た。やはり日本人にはそう見えるよな。
﹁トラージの初代国王は勇者様と同じく、異世界から召喚されたと
伝えられています。もしかしたら、勇者様と同じ故郷の方だったの
かもしれませんね﹂
ミストさんが捕捉を入れる。
﹁俺達と同じ、ですか⋮⋮ コレットのような、過去のデラミスの
巫女に召喚されたのでしょうか?﹂
﹁巫女は勇者として選ばれた者を召喚しますから、初代国王は異な
る方法で来られたのかと⋮⋮ 方法は不明ですが、極稀にそういっ
た方も確かにいらっしゃいます﹂
﹁⋮⋮現代風に言うと神隠しってやつなのかも。案外、近くに他の
363
召喚者がいるかもしれないわね﹂
﹁あはは、刹那ちゃん、それはないよー﹂
﹁⋮⋮そうね﹂
あはは、ここにいるんだよねー。勘の良い刹那あたりは俺のこと
を異世界人だと少し疑っているのかもしれないな。ちなみにエフィ
ル達にはリオにばれた時点で異世界人だと話をつけている。決死の
思いで真剣に打ち明けたのだが、思ったよりも反応は薄かった。
﹃⋮⋮? ご主人様はご主人様ですよ? 私の忠誠は変わりません﹄
﹃まあ、そうじゃろうな。王の強さはどうみても異常じゃしのう!
わっはっは!﹄
﹃異世界人? 別にいいんじゃない? それよりも私の装備まだ?﹄
といった感じなのだ。君ら、実は胆力のスキル持ってるんじゃね
? 他の転生者に関しては神の気紛れか何かだろうか。興味深い話
ではあるが、メルフィーナに聞けば分かるかもしれない。
﹁デラミスに私達以外の人はいなかった。刀哉のラッキースケベが
なくなるくらいの遭遇率﹂
﹁ご、ごめんって⋮⋮ でもさ、最近は全然ないじゃないか﹂
﹁あれ、そういえば⋮⋮ トラージに来たあたりから刀哉のそうい
う話、見ないし聞かないわね。何、スランプ? できればずっとそ
の調子でいてくれれば私も気が楽なんだけど﹂
﹁トラブルの後始末はいつも刹那の役目。刀哉、刹那に少しは楽を
させるべき﹂
﹁いや、俺も狙ってやってる訳じゃ⋮⋮﹂
更に面白い話をしているな。さっきから俺、盗み聞きしまくって
るぞ。話を聞く限り、刀哉はよくあるラブコメ漫画の主人公のよう
364
なトラブル体質なのか? ははは、爆ぜろ。そういえば、刀哉は固
有スキル﹃絶対福音﹄を持っていたな。これの効力か? 固有スキ
ルは習得することができないから、名前が分かっても検索に引っ掛
からないんだよなー。よって未だにその効果が分からない。
﹁いつもなら、何もないところで躓いて奈々の胸にダイブしたり、
時間を間違えて雅が入浴しているところを覗いたり、街の女の子に
も色々仕出かすんだけどね。私は危険察知で回避するけど﹂
﹁ふ、不可抗力だって⋮⋮ ちゃんと謝って、女の子にも許しても
らってるし⋮⋮﹂
﹁刀哉君、ちょっとエフィルとセラから離れてくれるかな?﹂
﹁ケルヴィンさんまで!﹂
⋮⋮うん、そっち系のスキルっぽいな。ゲーム時の前言撤回、こ
いつが一番危険人物だ。理由は分からないが、今は固有スキルが発
動していないようだ。だが、油断はできない。主人公補正はいつ如
何なる時に発動するのか分からないのだから。
察知スキルを研ぎ澄ませながら、俺達はトラージ城へと入城した。
365
第60話 トラージの姫王
トラージ城にて俺たちは宴会場ほどの広さがある部屋に通される。
なぜ宴会場を例えに出したかと言うと、この部屋、紛れもない畳が
敷かれているのである。畳だけではない。障子に掛け軸、どう見て
も日本の旅館に見られる和室だ。そして、その奥にて座すのがこの
国の王、トラージ王だ。
﹁よく来たな、冒険者と勇者の皆様方。妾が現トラージ国王、ツバ
キ・フジワラじゃ﹂
意外なことに王は年端もいかぬ少女であった。下手をしたら勇者
達よりも年下かもしれない。だが、歳に似合わぬ気品、自信に溢れ
る佇まいが王族の風格を表していた。濡れ羽色の黒髪を床に届くほ
ど伸ばし、煌びやかな着物を着込んでいるその姿は、古の日本の姫
の様である。
︵何気にファミリーネームを持つ人に会うのは初めてだな。まあ、
思いっきり日本風だが︶
この世界において、ファミリーネームを持つ者は貴族と王族のみ
だ。これは世界各国同一の決まりであるらしく、俺も今まで鑑定眼
を使っていたが、ファミリーネームを持つ者は見たことがない。新
たに貴族を名乗るにしても、高レベルの﹃命名﹄というスキルがど
うやら必要のようだが、まあ、今は関係のない話か。
﹁初めまして。冒険者のパーティリーダーを務めております、ケル
ヴィンと申します。一介の冒険者である私がトラージ王とお会いす
366
ることができ、光栄です。後ろの者達はエフィル、ジェラール、セ
ラ。私が信頼する仲間達です﹂
片膝をつき、こうべを垂れる。ちなみにクロトは俺の魔力内で留
守番中だ。メルフィーナ曰く、トラージはクロトの種族であるスラ
イム・グラトニアに国を滅ぼされかけた過去がある。サイズが違う
とは言え、良い思いはしないと思う。
こちらとしては礼儀を尽くし、国王とは良い関係を築きたい。奉
仕術を普段から扱うエフィルと、元々騎士であったジェラールにつ
いては全く心配していないのだが、問題はセラだ。予め言ってはい
るが、国王と言えど人間相手に悪魔のセラが礼節をを弁えてくれる
かどうか⋮⋮
﹃これでも元悪魔の姫よ? これくらいのこと、教養の一環で習っ
てるわよ。 ⋮⋮それに、ケルヴィンに迷惑をかけるようなことは
しないわよ﹄
突然の念話にセラを見ると、しっかりと片膝をつき、王に敬意を
払っていた。その姿は優雅であり、トラージ王に負けぬほどの気品
に満ちている。
﹃⋮⋮普段からそうしてれば姫っぽいんだけどな﹄
﹃嫌よ、疲れるもの﹄
﹃そうか﹄
⋮⋮ありがとな。心の中でポツリと礼を言っておく。何だかんだ
でセラにはいつも助けられてるからな、俺。
続いて刀哉達が挨拶をする。一通りの紹介が終わると、トラージ
367
王の表情がスッと柔らかくなった。
﹁よいよい、面を上げよ。妾も硬い礼式は苦手でな。ここからは多
少崩すといい。人数分の席を用意しておる。ま、座ってゆっくりす
るとよいぞ﹂
︵ざ、座布団! 懐かしいよ、神埼君! ふかふかだよ!︶
︵あ、ああ。まさかこの世界で座敷で座布団に座ることができるな
んて!︶
勇者達が小声で歓喜の声を上げている。相当ゴーレムの上での正
座が堪えたらしいな。少しテンションがおかしい。
﹁それにしてもケルヴィン殿、冒険者にしては御主の仲間達は礼儀
正しいのう。大抵の冒険者は敬語も使えんというのに、御主達は大
変折り目正しい﹂
よし、好感触。
﹁勿体ないお言葉です﹂
﹁くく、謙遜するでない。そちのメイドの首輪を見るに、奴隷なの
じゃろ? 先の歩き、仕草、どれも主を立てる為の立ち振る舞いを
よく弁えておる。奴隷をここまで見事に育て上げた御主の教育の賜
物じゃて﹂
いえ、メイドとしての心構え的なものは、エフィルが自力で身に
着けたんですけどね⋮⋮ それにしても部屋に入ってからのあの一
瞬で、よく俺達を見ている。この少女も王の名に恥じぬやり手だ。
﹁そちらのセラ殿に至っては、まるで貴族を相手しているようじゃ
368
の。ジェラール殿も身なりを見るに騎士のようじゃが⋮⋮ 冒険者
の過去を探るのは御法度、深くは追求しまい。何よりも、御主達は
黒風を打ち倒した新たなる英雄じゃ﹂
﹁ご配慮、感謝致します﹂
﹁よいよい。さて、刀哉殿達はデラミスの勇者と聞く。何でも、黒
風の隠れ家にてケルヴィン殿に助勢したそうじゃな。ミスト殿より
依頼されてからの迅速な判断と行動、大儀であった﹂
﹁いえ、俺達は何も︱︱︱﹂
﹁ええ、勇者様には危ないところを助けて頂きました﹂
﹁え、ちょ、ちょっと、ケルヴィンさん?﹂
いいから素直に賞賛されておけ。これから現れるであろう魔王を
本当に倒す気であるなら、各国との繋がりは重要だ。俺の思いつき
で少なからぬ面倒もかけたしな。
﹁うむうむ。どちらも真に大儀である! ⋮⋮して、これは言い難
いことなのじゃが﹂
幼き王が初めて、年相応の困った顔を作った。
﹁本来であればこの案件、国を挙げて祝意を表したいところなのじ
ゃが、トライセンが噛んでいる以上、すぐには情報公開とはいかぬ。
じゃが、我が国の愛しき民を救ってくれたこの大恩、何らかの形で
返したい。何か望むものはないか?﹂
王は刀哉と俺の顔をそれぞれ見る。
﹁⋮⋮俺達は、何もいりません。この黒風討伐、ケルヴィンさんは
ああ言いましたけど、俺達は何も貢献していないんです。その報酬
は、ケルヴィンさんが受け取るべきです﹂
369
﹁⋮⋮と、刀哉殿は申しておるが、ケルヴィン殿、それでよろしい
か?﹂
まあ、刀哉ならそう言うよな。
﹁そうですね、では⋮⋮ トラージ国には大変美味とされる穀物が
あると聞きます。ただし、他国の者は購入することができないとも。
ここは1つ、私にも購入権を頂ければと思うのですが、如何でしょ
うか?﹂
﹁そんなもので良いのか? 地位や名誉、金銭でもよいのじゃぞ?
妾の力で可能な範疇であれば、そのどれもが手に入るが、真にそ
れで良いのか?﹂
﹁私達は自由の身を好む冒険者です。身の丈以上の地位を頂いても、
枷になるだけですよ。それでしたら、美味いものをたらふく食った
方が幸せです﹂
ジェラールとセラが頷き、エフィルが微笑む。
﹁く、くくく⋮⋮ くははははは! 御主等、揃いも揃って面白い
奴らじゃのう! トライセンの英雄と同じく、欲に塗れるかと思う
たが⋮⋮ いやはや、愉快愉快。購入権なんて言わず、俵でケルヴ
ィン殿に贈ろう。なくなったら文でも送ってくれ、無償でまた差し
上げよう﹂
﹁国王も人が悪い。試されましたね?﹂
﹁いやいや、悪気はなかったんじゃよ。仮に金や地位を選んだとし
ても、妾は見下すことはせんし、褒賞も偽りなく与えていた。ただ、
妾が御主達を気に入っただけのことじゃ﹂
コロコロと笑い、見るからにして機嫌の良いトラージ王。何とか
交渉は成功したようだな。
370
﹁刀哉殿も噂通りの殿方のようじゃな。愚直に、どこまでも真っ直
ぐじゃ。じゃが、それが過ぎる人間は早死にするぞ? もちろん、
その仲間も﹂
﹁⋮⋮はい﹂
刀哉は拳をギュッと握る。
﹁そう悲観するでない。人は学ぶ生き物、これから経験を重ねてい
き、刀哉殿がそれを活かせばいいだけの話じゃ。刹那殿達もしかと
支えんといかんぞ?﹂
﹁肝に銘じます﹂
﹁うむ。さて、今日はささやかながら、祝いの席を設けようぞ﹂
トラージ王がその小さな手をパン、パンと鳴らすと、横の襖から
複数の女中が料理を運んでくる。
﹁わわっ、刺身に炊き込み御飯、御鍋もある! すごい、全部日本
の和食だ!﹂
﹁素材は違うものを使っているみたいだけど、本当に日本料理だわ
⋮⋮﹂
﹁勇者殿の故郷は妾の開国の先祖、トラジ・フジワラと同様、日本
国と聞いておる。トラジはこの世界にて様々な文化をこの国に残し
ていった。勇者殿にはその片鱗でも思い出して貰えれば幸いじゃ。
ケルヴィン殿も、一足先に我が国の米を味わっておくれ﹂
﹁ふふ、そうさせて頂きます﹂
久方ぶりに口にした米の味は懐かしく、とても美味いものだった。
371
第61話 命名
城での会合の後、トラージ王が用意してくれた宿の一室にて、俺
達は久方ぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。俺は読書を、
セラは果実のジュースを飲みながら布団に寝そべっていた。ジェラ
ールは愛剣を磨いている。ちなみに勇者達は別室、肩に小型クロト
を乗せたエフィルは調理場を借りて夕飯を作り始めている。
﹁そう言えばさ、セラとジェラールにはファミリーネームはないの
か?﹂
﹁何よ唐突に?﹂
﹁トラージ王と会った時に、ファミリーネームのフジワラを含めて
自己紹介されてふと思ったんだが⋮⋮ 確か、この世界は貴族と王
族にしかファミリーネームは付かないんだろ? セラは魔王の娘で
言わば悪魔の王族じゃないか。ジェラールだって生前は騎士団長だ。
何で名前だけなんだ?﹂
二人のステータスは契約時に確認している。どちらもファミリー
ネームはなかったはずだ。
﹁ああ、そういうこと﹂
﹁うーむ、何と説明すればよいか⋮⋮ 王よ、﹃命名﹄のスキルは
知っておるか?﹂
﹁大まかには。スキル画面の説明書きをチラッと見たくらいけどさ。
そのスキルでファミリーネームが付けられる、だったか?﹂
命名のスキルはその名の通り、名を授けるスキルである。最初の
うちはスキルと同級クラスまでの自分が保持するアイテム名を変更
372
することができ、スキルのレベルが上がるに連れて同意があれば他
人のアイテムでも可能になる。更に上になると、魔法名や人名まで
変えれるようになるのだ。ただし、変更した名前はステータス画面
で青色で表示される。鑑定眼で見れば元々の名前も表示されてしま
うので、一般的にはあまり活用されないスキルだな。
﹁うむ。新たな貴族を迎える式典には高位の﹃命名﹄スキルを持つ
高官が必ずいてな。貴族となる者にファミリーネームを授ける役割
を担うのがこの高官なのじゃ。ワシもそこまで詳しくは知らんが、
確かA級以上のスキルでなければならんかったか﹂
﹁A級か。命名スキル一本で伸ばすにしても、スキルポイントの才
能値と成長値に恵まれないとなかなか大変だな﹂
﹁それもあって、命名スキルを受け継ぐ高官の家はA級まで上げる
のに必死じゃよ。跡継ぎを育て上げるのも、仕事のひとつみたいな
ものじゃ﹂
﹁悪魔はもう少し適当ね。命名スキルなんて非戦闘スキルをA級ま
でわざわざ習得するのは、変り者くらいなものよ。それでいて貴族
になろうと野心満々の悪魔ばかりだから、レアな命名スキル持ちを
巡って種族間の争いが多いのよね。だからルールは単純に、命名ス
キルでファミリーネームを得た者が貴族! って感じね。ちなみに
スキル持ち1人につき先着1名までで﹂
﹁そんなんだから魔王は悪魔出身が多いんじゃないか⋮⋮? 第一、
無理矢理スキル持ちを量産させたら歯止めが効かなくなるぞ﹂
悪魔は戦闘民族か何かか。
﹁そう? ケルヴィン好みのルールだと思ったけど。まあ、私も机
の上で得た知識だし、実際とは違うかもしれないけどね。大分時間
が経っているし﹂
﹁ちなみに、それを人間の世界でやれば完全にアウトじゃからな。
373
ファミリーネームを与えるのは年に二度、各国で開かれる式典での
み。例えスキルを使う実力があろうと、国の許可なく用いるのは禁
止されておる。ファミリーネームを授与された者の名はきっちりと
国で管理されておるから、身勝手に貴族を名乗ることもできんのじ
ゃ﹂
ふんふん。ん? そういえば、パーズで俺に喧嘩を吹っ掛けてき
たあのトライセンの豚王子、ファミリーネームがなかったな。何で
だ?
﹁なあ、貴族の家に新たに産まれた赤ん坊は、その時からファミリ
ーネームを持っているのか?﹂
﹁いや、再びファミリーネームを命名させる必要がある。その家系
にもよるが、一般的には親元を離れ独り立ちする年の式典で授与さ
れる﹂
豚君、独り立ちしてなかったのか。まあ、王子だと勝手が違うの
かもしれん。 ﹁なるほどな。うん、ひとまず決まりは理解した。改めて元の話に
戻るが、セラとジェラールは貴族じゃないのか?﹂
﹁貴族、というよりも王族だったのかしら。曲がりにも父上は魔王
だった訳だし⋮⋮ 私を逃がす時、父上に気絶させられたから、フ
ァミリーネームがなくなった理由はわからないわ﹂
﹁⋮⋮名付けをさせた悪魔に、ファミリーネームの取り消しをさせ
たのかもしれんのう。これがあると、何かと目立つじゃろ? 命名
した者と血縁者の許可があれば、それも可能じゃよ﹂
魔王グスタフはセラを封印させる際、封印の鎖で他の悪魔の手か
ら護り、偽装の髪留めを持たせることで姿を偽らせた。ファミリー
374
ネームを消すように命じるのも不思議ではない。
﹁ああ、確かに。悪人からすれば、貴族が単独でいるのはカモでし
かないからな﹂
﹁私なら逆にぶっ飛ばすから大丈夫よ?﹂
違う、そういう話じゃない。
﹁ワシは元々農民の出じゃったが、騎士団長に就任した際にアルカ
ール王のご厚意で貴族となった。しかし黒霊騎士として生まれ変わ
っておるからな。モンスター化したことで、なくなったのかもしれ
ん﹂
﹁取り消しとは違う要因でも、なくなることはあるってことか﹂
﹁ま、今はただのセラよ。んで、この頼れる盾はただのジェラール。
それでいいじゃない﹂
セラが布団にうつ伏せになり、両足をフリフリしながら笑顔で言
い切る。不覚にも少し見惚れてしまったのは内緒だ。
︱︱︱コンコン。
控えめにドアのノック音が聞こえてくる。エフィルだな。
﹁ご主人様、お食事の準備が整いました。米の調理法、和食のレシ
ピも、国王様が派遣してくださった城の料理長からバッチリ伝授済
みです﹂
﹁でかしたエフィル! 俺のうろ覚えの調理法じゃどうしても無理
があったからな。これでパーズでの白米ライフは確保されたと同じ
だ!﹂
375
﹁お前がMVPや∼﹂と思わずエフィルの小柄な体を持ち上げ、
部屋の中をグルグルと回ってしまう。いや、パーティの中では非力
な俺でもこれくらいはできますよ? 何気にそこらの冒険者よりは
筋力があるのだ!
﹁わわっ! ご、ご主人様、目が回りますよ∼!﹂
﹁ははは、いいじゃないか! めでたいんだから!﹂
﹁で、でも、恥ずかしいです∼!﹂
俺たちは回り続ける。
﹁おお、エフィルの素の姿、久しぶりに見たのう﹂
﹁え、あれが? んー、確かにいつものクールな感じとは違うみた
いね﹂
﹁メイドとなってからは体裁を気にするようになったからな。こっ
ちの可愛らしいのが素じゃ﹂
﹁あ、あわ⋮⋮ ご主人様、す、ストップです! ハウス!﹂
﹁俺は犬か!﹂
エフィルの素敵な叫び声はしばらく続いたという。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁この声⋮⋮ ケルヴィンさん、何してるんだろう?﹂
ちなみに勇者組の部屋割りは、刹那の強い要望により刀哉だけ一
人部屋であった。
376
第62話 バカンス
青い海、青い空、白い砂浜。たまの休息日として俺たちが訪れた
のは、トラージの有名観光地である海水浴場だ。最近はギルドから
の依頼漬けだったからな、こんな日くらいは仲間達に存分に遊んで
もらいたい。
﹁あ、ご主人様⋮⋮ ええと、どうでしょうか?﹂
水着に着替え終えた俺を迎えたのはエフィルだった。エフィルの
白い肌を纏うのは淡い色のワンピース水着。普段肌を露出すること
がない為か、ほんのりと頬を赤く染めている。恥らう姿が実にグッ
ドだ。奴隷として買った時は痩せ細っていたが、今はほど良い肉付
きだ。
﹁うん、エフィルによく似合ってる。もうこのまま持ち帰りたいな﹂
﹁あ、ありがとうございます! でも、まだ海に来たばかりですよ
?﹂
冗談に対して真面目に返してくれるエフィルもまたいいものだ。
﹁そういえばセラの姿がまだ見えないな? 一緒に着替えに行った
んじゃなかったのか?﹂
﹁セラさんなら先に海へ行かれましたよ。少々興奮気味だったよう
ですが⋮⋮﹂
﹁ああ、そう⋮⋮﹂
セラめ、我慢しきれずに先に泳ぎに行ったな。初めての海で楽し
377
みにしていたとはいえ、着替える時間くらい待っていてほしいもの
なのだが。
﹁エフィルさん、集合場所はここですか?﹂
﹁胸、圧倒的戦力差⋮⋮﹂
刹那に奈々、そして雅も水着姿でやってきた。何やら雅は自分の
胸に手を当て、奈々とエフィルを交互に見ながら思案している。大
丈夫だ、君も小さい訳じゃない、控えめなだけだ。ただ、幼い姿と
は裏腹にエフィル並にある奈々を比較対象にするのは自殺行為であ
る。一方で刹那は一見細身であるが、日々鍛錬に励んでいることも
あり、よく鍛えられている。しかし決して筋肉質という訳ではなく
胸もほどよい大きさ⋮⋮ ってさっきから何考えてんだ。まだおっ
さん思考になるには早いはずだぞ、しっかりするんだ、俺!
﹃いやいや、これだけの美少女が水着姿でおるんじゃ。盛りの年齢
である王は正常じゃよ。逆に何も思わんかったら心配になるわい﹄
﹃⋮⋮ジェラール、俺の思考を読むんじゃない﹄
ジェラールは騎士たる者鎧を脱がないと言う、いつものよく分か
らない理由で俺の魔力内に居残っている。それならば釣りにでも行
ってはどうか、等と色々と提案していたが頑なに断っていたのだ。
もしや、これが理由か?
﹃ふはは、王にとっては眼福じゃろうが、ワシにとっては孫の水遊
び姿みたいなものじゃ。どちらかと言うと王を茶化しにきた﹄
﹃よーし、海の中に召喚するぞー﹄
﹃待てぃ! 冗談じゃ、冗談! ワシ錆びちゃう!﹄
﹃安心しろ、海水くらいじゃお前の鎧は錆びないから。沈む可能性
はあるが﹄
378
﹃クロト、お主からも何か言ってくれ!﹄
ついでながらクロトも俺の魔力内にいる。本当であれば出してや
りたいが、前回同様トラージでクロトは表に出しにくいのだ。パー
ズに帰ったら良い物食わせてやるから、我慢してくれな。
﹃ほれ、クロトもああ言っておるぞ!﹄
﹃はいはい。これの何が面白いのかは知らんが、好きにするといい﹄
﹃若いもんの元気な姿を見るのは老いぼれの生き甲斐みたいなもの
じゃ。まあワシのことは気にせんで、王も楽しむがよい﹄
まあ、それでジェラールがリフレッシュできるなら良いけどさ。
﹁ええ、お待ちしておりました﹂
﹁今更ですが、いいんですか? 私たちまでお邪魔してしまって﹂
刹那が申し訳なさそうにこちらを窺う。
﹁気にしないでくれ。こういうイベントは大勢の方が楽しいもんだ﹂
俺としても眼福⋮⋮ いや、何でもないぞ。
﹁それにしても、この水着という衣類、凄いですね。水でぬれても
平気だなんて﹂
エフィルは水着に関心があるようだ。俺もこの世界に水着がある
ことには驚いた。何でもトラージ国内の竜海に住む人魚の集落の特
産品だそうなのだ。その製法は知られておらず、トラージが人魚を
保護することを条件に特別に交易しているらしい。運が良ければ2
本足状態の人魚を街中で見掛ける事もあるそうだ。魔法で足を生や
379
すのだろうか?
﹁色合いは元の世界の水着に比べれば地味だけど、それ以外は遜色
ないよね﹂
﹁謎の技術﹂
見ての通り、例の勇者達も今回一緒に海へ来ている。まあ一風変
わったアジトでの顔合わせではあったが、このトラージで会ったの
も何かの縁。という訳で、お互い交流を深めることにしたのだ。た
だし⋮⋮
﹁ケルヴィンさん、置いていくなんて酷いじゃないですか!﹂
﹁⋮⋮いや、すまん。早く海を見たくてさ﹂
刀哉、お前の﹃絶対福音﹄は要注意だ。何かあっては手遅れだと
考え、刀哉よりも先に集合場所へと来てみたが、案の定エフィルが
一人で待っていた。これがラブコメ漫画であれば、刀哉がどんなト
ラブルが起こすか分かったもんじゃない。実に危険だ。このバカン
ス、悪いが常時察知スキル全開でいかせてもらうぞ。
﹃そこまで気合入れんでも大丈夫じゃと思うがのう﹄
﹃やるからには万全を期す﹄
全員集合し、決意を新たにしたところで一行は海辺へと向かう。
すると、仁王立ちで待ち構える人物がいた。
﹁ケルヴィン! 泳ぎ方が分からないわ、教えて!﹂
ビキニを着込んだセラである。ボン、キュ、ボンを地で行く見事
なそのスタイルは実に刺激的、すれ違う男は全員が振り返るだろう。
380
雅がこれまで以上に絶望した表情をしているほどだ。真赤なサイド
ポニーを海風でなびかせながら、やけに自信満々な表情で俺たちを
待っていた。しかし、水着は若干海水でぬれている。さてはちょっ
と海に入って諦めたな。
﹁セラ、なぜそんな状態で海に単身乗り込んだ⋮⋮﹂
﹁慢心していたわ!﹂
﹁ご主人様、恥ずかしながら私も⋮⋮﹂
エフィル、お前もか。でも恥ずかしがっている姿が可愛いから許
す。
﹁刀哉、悪いが二人に少し泳ぎを教えてくる。まずは4人で海を堪
能していてくれ﹂
﹁それなら、俺も泳ぎ方を教え︱︱︱﹂
﹁﹁駄目だ︵よ︶!﹂﹂
俺と刹那の叫びが重なり、木霊する。ふと思ったが、刹那はいつ
もこんな苦労を背負っているのか。彼女も普段から苦労しているん
だな⋮⋮
ちなみにセラは5分も経たずに泳ぎをマスターし︵ほとんど教え
てない︶、バタフライで海を爆走。今更だが翼の抵抗は大丈夫なの
だろうか? エフィルも帰る頃には人並みに泳げるようになってい
た。危惧していた刀哉の絶対福音の影響も見られず、最高の休暇と
なったのだった。
381
第63話 竜海食洞穴
黒風騒動の主犯であるクリストフを捕らえてから1週間ほど経っ
た。本来であれば、刀哉達はトラージから船に乗って西大陸に向か
う予定だったらしいが、その黒風騒動の後処理で手続きが遅れてし
まっていたのだ。勇者の証言がトラージと冒険者ギルドには必要だ
った事もあり、この1週間城内の文官は大忙しだったようだ。
その時間をただ漫然と過ごすのも勿体なかったので、初日の休暇
以降は近場のダンジョンで勇者達を鍛えている。近場と言ってもラ
ンクはA級、トラージ危険度最高峰ダンジョン﹃竜海食洞穴﹄。並
みの冒険者であれば即死級の難易度を誇るダンジョンだ。先日のゲ
ームで刀哉達の実力を間近で感じたが、クリストフなどよりは確実
に上だった。つまり、A級冒険者以上の実力はある。であれば、こ
のくらいの場所で鍛えてやらなければ意味がないのだ。
なぜ俺が勇者を鍛えねばならないのか? うーん、まあ、アレだ。
特に深い理由はない。強いて言えばメルフィーナが折角選び出した
勇者だってのもあるし、数少ない俺の同郷出身だからかもしれない
︵俺が転生者とは話してないが︶。短い間ではあったが多少は気の
知れた仲にもなった訳だし、そこらで野垂死んでもらっては後味悪
いだろ? やるからには魔王を倒す使命を全うしてもらいたい。俺
も魔王と戦いたいが、時には我慢も必要なのだ。
﹁くそっ、ぐにゃぐにゃと軟らかくて剣じゃ斬れない!﹂
﹁刀哉、気をつけて! オクトギガントが帯電し出したわ!﹂
﹁雅、奈々! 後方支援役は状況把握もしっかり行え! 前衛役の
後退が間に合わなそうであれば、水を氷に変化させて足場にしろ!
382
多少はマシになる!﹂
﹁わ、わかりました!﹂
﹁刀哉はもっと白魔法を活用する方法を考えろ! 剣で突撃して技
をぶっ放すだけが戦いじゃないぞ!﹂
﹁了解!﹂
こんな感じでダンジョン内でモンスターとの実戦を行わせながら、
俺は各人の指摘をしながら危なくなった際の補助役をしている。今
刀哉達が戦っているモンスターはA級のオクトギガントだ。緑色の
大蛸で所々にアンテナのような角を生やしており、ヌメヌメの皮と
軟体の特性で物理攻撃が半減される強敵だ。おまけに体から高圧の
電気を発するので、ほぼ足場が水で覆われるこのフィールドでは柔
軟な戦闘が求められる。
そんな強力なモンスター達との戦いを何セットかやらせ、適度に
休憩を挟む。その間も無駄なく基礎の底上げをしてもらう。ジェラ
ールによる剣術指導、魔法使い組は俺とエフィルが魔法指導だ。当
初はセラにも手伝ってもらおうと考えていたが、どうも彼女は人の
指導には向かなかった。何と言うか、自分の感覚で動く天才肌タイ
プって感じなのだ。
﹁ここでグッと構えて後はガッ! 後はドーンよ! ね、簡単でし
ょ?﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁だから、こうグッ! ガッ! ドン! リズムは大事よね﹂
﹁⋮⋮ケルヴィンさん、翻訳をお願いします﹂
﹁無理﹂
説明するにも表現が擬音ばかりで体を成していないのだ。黒魔法
を扱う者同士、雅の良い指導者となるかもと甘く考えていたが、世
383
の中上手くいかないものだよね。そんなセラはクロト︵戦闘力特化
分身体︶を連れて、暇潰しにとダンジョンの奥へと姿を消してしま
った。時折レベルアップのファンファーレが聞こえてくるあたり、
二人で順調に攻略を進めているようだ。一応ボスを見つけたら戻っ
て来るようにと伝えてはいる。
あとはダンジョンの奥へと前進前進。レベルアップと経験積みを
繰り返しながら、このサイクルを回して行く。
幸いなことに刀哉達はステータスに恵まれていたので、兎にも角
にも実戦慣れしてもらうのが目的だ。これまではその高い基礎能力
とスキル、そして神聖騎士団の保護の下で難なく敵を凌いで来れた
だろう。だが、更に上の次元を目指すのならば、自ら殻を破る必要
がある。あくまでこれはその為の下地作りで、これからもう一段階
成長できるかは刀哉達次第だ。
あとはスキルについての知識だな。俺も全てを理解している訳で
はないが、今のところ有用である倍化スキルを教えてやった。それ
なりの貴重なスキルポイントを使うこのスキル、レベルを60近く
まで上げてしまっている刀哉達が必要になるかは分からない。秘中
の秘だぞ、と誰にも言わないよう念を押してはいるが、ちょいと心
配だな。何かあったら正座フルコースだ。
ちなみにセラやジェラール、クロトは倍化スキルを覚えれなかっ
た。スキル項目に倍化スキルが載っていなかったのだ。理由は分か
らない。エフィルはレベル1で無事に会得できた訳だし、人間やエ
ルフなど種族によっても会得できるスキルが異なるのかもしれない
な。
﹁よし、そろそろ休憩に入るぞー。﹂
384
周囲を気配察知で探索し、安全を確認して休憩の宣言を行う。
﹁ふわー、もうクタクタだよー﹂
﹁た、確かにハードだな。ここまで疲れたのはデラミスでの特訓以
来だ﹂
﹁普段鍛錬をサボってるせいよ﹂
﹁お腹が⋮⋮ 減った⋮⋮﹂
﹁そういや、もう昼か⋮⋮ 洞窟内だと時間を忘れてしまうな。エ
フィル、昼食の用意を﹂
﹁承知しました﹂
﹁それではワシは先に見張りをしよう﹂
﹁悪いが任せた。合間を見て交代する﹂
エフィルがクロトの保管からピクニックバスケットと敷物を取り
出す。それらは手際良く設置されていき、ものの数秒で食事の準備
が整った。
﹁ツバキ様より賜った米をトラージの携帯食形式で調理致しました。
﹃おにぎり﹄と言う伝統的な料理だそうです。中身の具もトラージ
産の定番ものを使用しました﹂
エフィルがバスケットを開けると歓声が上がる。
﹁お、おにぎりだー!﹂
﹁トラージ城で米を見たときも感動したけど、おにぎりの形だとも
っと懐かしい感じだわ⋮⋮﹂
﹁俺、涙が出てきた⋮⋮﹂
﹁おかずもまるでピクニックのお弁当。学校のお昼休みを思い出す﹂
385
これには俺も驚いた。エフィルのやつ、和食の他にも色々な料理
をトラージで学んだみたいだ。よしよし、良くやった! いつもよ
りも多めにエフィルの頭を撫でてやる。でもな⋮⋮
﹁ここがダンジョンだって忘れるなよ? 今の歓声でモンスターが
寄って来たら一大事だ﹂
﹁あ、そっか⋮⋮ 気をつけなきゃ⋮⋮﹂
﹁心の中に、メモメモ﹂
サイレントウィスパー
戦闘以外にも学ばなければならないことはまだまだ多そうだ。こ
っそりと無音風壁を張ってあるから大丈夫なんだけどね。
﹁それでは、いただきます﹂
﹁﹁﹁﹁いただきます﹂﹂﹂﹂
﹁はい、どうぞお召し上がりください﹂
懐かしきおにぎりを一口ぱくり。こ、これは⋮⋮ 口の中で握ら
ハーモニー
れた米粒が一斉にほどけ、中身の具が爽やかな酸味を奏で出す。そ
れはまさに味の調和。それは米の本場、現世日本でも味わったこと
のない神域の味。まさか、この異世界に梅干まで再現するとはな⋮
⋮ トラジ、侮れん! 更に驚くは先日学んだばかりの料理である
おにぎりを、熟練の寿司職人がシャリを握るが如く絶妙な加減で仕
上げているエフィルの技量! あれ、おかしいな、目が霞んでよく
前が見えないや⋮⋮
﹁え、エフィル、また腕を上げたな⋮⋮ 美味すぎて涙が出てきた
ぞ﹂
﹁漸く調理スキルがS級になりましたので。心を込めて、頑張りま
した!﹂
386
マジですか。S級調理スキルで作るとこうなるんですか。へへ、
感動で体が震えてきやがった⋮⋮ いや、本当に体が熱いぞ!?
﹁うお、補助効果が付いてる。エフィルの料理を食べたからか?﹂
ステータスを見ると、﹃S級調理/魔力増加大﹄の文字が補助効
果の欄に載っていた。鑑定眼で更に効果時間を調べると、残り23
時間59分と表示される。おいおい、丸一日効果が持続するのか。
試しにもう一口食べてみる。
﹁美味い⋮⋮﹂
噛む毎に涙が溢れてくるのは考え物だな、S級調理⋮⋮ しかし、
更なる効果は付かなかったか。重ね掛けはできない仕様なのかもし
れない。
﹁エフィルさん、ありがとう。本当にありがとう⋮⋮!﹂
﹁私、このおにぎりの味、忘れないわ⋮⋮!﹂
﹁涙が、止まらないの⋮⋮﹂
﹁あなたが神か﹂
﹁え、ええと⋮⋮ お粗末様でした?﹂
涙を流しながら礼を言う4人。感動するのは良いが、エフィルが
若干引いているぞ。
﹁あら、先に食べていたの? って、どうしたのよ、これ⋮⋮﹂
混乱の中、セラ先遣隊が戻ってきた。クロトもぴょんぴょんとセ
ラに付いて来ている。
387
﹁い、いや、ちょっとな⋮⋮ セラの方はどうだった?﹂
﹁途中、モンスター部屋があったから殲滅しといたわよ。あそこ、
無限湧きじゃなかったのね。ノッてきたところで沸かなくなっちゃ
うんだもの﹂
モンスター部屋とはダンジョン探索ゲームによくある、モンスタ
ーが大量に出現するエリアのことだ。無限にモンスターが出現する
のではないかと思われるほどの物量で、そのダンジョンに住むモン
スター共が湧き、襲い掛かってくる最も注意すべき罠のひとつ⋮⋮
なのだが、この軽いノリでA級ダンジョンのそれを殲滅してしま
ったらしい。通りで先ほどから、レベルアップのファンファーレが
度々鳴っていた訳だ。
﹁それとね、ボスを見つけ︱︱︱ 何これうまっ!﹂
物凄く重要そうな情報は、エフィルのおにぎりによって遮ぎられ
てしまった。
388
第64話 選択
﹁ふう、満腹満腹。それで何だっけ?﹂
﹁このダンジョンのボスを見つけたって話だろ﹂
思う存分エフィルのおにぎりを堪能し、腹をさするセラ。すっか
りボスの事を忘れている。
﹁ああ、そうそう。それっぽいモンスターを見つけてきたわ﹂
セラが自慢げにその豊満な胸を張る。あ、雅が血を吐いた。
﹁どんな奴だった?﹂
﹁あれは水竜ね。昔本で見たことあるもの﹂
水竜⋮⋮ ついにドラゴンが出てきたか。種族としては悪魔や天
使と並んで最強種だったはず。低級の竜であれば今の刀哉達でも対
処できるだろうが、竜海食洞穴のボスとなるとS級相当の力だ、ま
ず厳しいと思う。
﹁ダンジョンのボスか。魔王復活の影響で強力化してるってコレッ
トが言っていたな﹂
﹁コレット? デラミスの巫女か?﹂
﹁ええ、俺達をこの世界に召喚した人です。あの時は何が何だか理
解できなくて、呆然とするばかりでしたよ⋮⋮﹂
﹁学校の教室で皆と話していたら、床に魔法陣がいきなり現れたん
だもんね。それで目の前が真っ暗になって、女神様が夢の中に出て
きて⋮⋮ 目が覚めたらデラミスの大聖堂の中﹂
389
ファンタジーでよくあるパターンで飛ばされたんだな。俺も人の
こと言えないけど。
﹁そうだな、刀哉達はダンジョンについてどのくらいの知識がある
?﹂
﹁魔力密度の高い空間、危険な地域や放棄された建設物にモンスタ
ーが徘徊するようになった場所。一口にダンジョンと言っても、迷
宮や洞窟、森林、様々な形態が挙げられる。危険である一方で貴重
なアイテムや財宝も多く、冒険者が好んで足を踏み入れる。最奥は
ダンジョンのボスモンスターの住処となっており、このボスに対す
る討伐依頼がギルドにて公布されている﹂
﹁うん、その通りだ。よく勉強しているな﹂
雅がすらすらとダンジョンについて解説する。不思議ちゃんだが
頭は良いようだ。
﹁デラミスにいた頃は俺達もダンジョンに潜ってボスの討伐をして
いました。C級以下のダンジョンが殆どだったんですけどね﹂
﹁ボスとの戦闘経験はあるんだな。それじゃあ、何でギルドはボス
討伐の依頼を出すと思う?﹂
﹁えっと、ボスは強力なモンスターで、ダンジョンに潜る冒険者の
危険が増すからです﹂
﹁奈々に捕捉する。ボスがいるダンジョンはモンスターの発生率が
高く、ダンジョン外に出て行くモンスターも増えてしまうから。自
ずと周辺地域への危害も比例して増加する﹂
﹁それにボスを倒してしまえば、暫くの間はモンスターの凶暴性が
薄れる⋮⋮ だったかな。周期的にボスは復活してしまうとも聞い
たけど﹂
﹁そう。だからギルドはボスの討伐依頼を頻繁に出しているんだ。
390
普通であれば、一度倒してしまえば長くて数十年、どんなに短くて
も1年は復活しないんだが⋮⋮ 最近は復活の周期が早く、ダンジ
ョンランクに対してボスが強力化している。俺の本拠地のパーズは
他の4国に比べればモンスターが弱く平和なとこなんだが、ここ最
近A級相当のボスが現れたりもしている。これが魔王復活の予兆で
はないかと騒がれている原因だな﹂
事実、パーズ周辺のB級以上のダンジョンは俺が討伐担当になっ
ている。幸いそれほど数はないのだが、今思えばリオは人使い荒過
ぎだ。
﹁俺達が今攻略しているこの﹃竜海食洞穴﹄はA級ダンジョン。と
なると、ここのボスは?﹂
﹁⋮⋮S級モンスター﹂
4人は神妙な面持ちで答える。
﹁西大陸への出航日もそろそろだ。これを修行の締めとしよう。セ
ラ、案内してくれ﹂
﹁りょーかい。こっちよ﹂
先頭に立つセラに続き、隠し通路や破壊されたトラップの横を通
っていく。粗方この道のモンスターは殲滅したようで、道中遭遇す
ることはなかった。
﹁お、ここがモンスター部屋だった場所か﹂
周囲が水で覆われた大空洞。壁際に行くにつれ、水位が深くなっ
ていく。おそらく、ここからモンスターが次々と出現していたのだ
ろう。水位の浅い場所にはモンスターの残骸が築かれ、あとはプカ
391
プカと浮かびながら血の色で水面を染めている。
今回はモンスター部屋がどれだけ危険か刀哉達に見せる為に、ク
ロトにはモンスターを吸収しないようにと念話で伝えていた。帰る
ときにこっそりとクロトの分身体に食べさせておく予定だ。
﹁す、すごい⋮⋮! 俺達はオクトギガント数匹に苦戦していたの
に、どれだけのモンスターがここにいたんだ!?﹂
﹁死骸がボロボロだからわかり難いけど、数十⋮⋮ いえ、数百?﹂
﹁クロトと手分けして戦ってたから、私も正確には数えていないわ。
途中で数えるの面倒臭くなったし﹂
当然ながらオクトギガントの死骸もそこらかしこに混じっている。
クロトとセラの規格外の実力があるからこそ力技で突破できたが、
これが刀哉達であれば詰んでいた。それだけ数の暴力は凶悪だ。
﹁もしモンスター部屋を踏破する気があるなら、これを真似して正
面から馬鹿みたいに戦おうするなよ。普通に戦って無理なら頭を回
せ。少しでも有利な状況を作り出せ。仲間を死なせたくなければな﹂
﹁む、それって暗に私が馬鹿みたいだってこと?﹂
﹁言ってないからその振り上げた拳を下ろせ﹂
このシリアスムードを容赦なく壊していくスタイル、嫌いじゃな
いが今は自重してくれ、セラ。そして早く拳を下ろしてください、
お願いします。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
392
﹁見えてきました。水底で眠っているようです﹂
﹁でかいな﹂
﹁でかいのう﹂
﹁無駄にでかいわ﹂
ボスの住処は巨大地底湖だった。青白い光が岩壁の隙間から差し
混み、幻想的でとても美しい。だが、その地底湖には大きな陰が潜
んでいた。水竜だ。
﹁岩陰からあまり顔を出すなよ。眠っているとは言え、気が付かれ
るかもしれない﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
4人は竜から目を離そうとしない。
﹁さて、さっきも言ったようにダンジョンのボスは周辺の街や国に
災厄をもたらす。長期に渡って放っておけば、トラージに危険が迫
るかもしれない。勇者であるお前達は、どうする?﹂
これが俺からの最後の試験。刀哉が選択した道は︱︱︱
﹁︱︱︱今の俺達では勝てません。逃げます﹂
﹁いいのか? トラージの人々が死ぬかもしれないぞ?﹂
﹁俺は刹那を、奈々を、雅を無駄死にさせる気はありません。勇者
である前に俺は、こいつらの仲間なんです。周りから非難されよう
と、無謀な戦いを俺はもうしません。鍛え直し、対策を考え、万全
を期たしてから再戦します﹂
刀哉は言い切る。刹那、奈々、雅も頷く。
393
﹁⋮⋮合格だ。その心構え、絶対に忘れるなよ﹂
394
第65話 邪竜
﹁わかってます。決して忘れません﹂
ケルヴィンさんの眼を見て、ハッキリと言い切る。これは、俺の
誓い。正義に酔い、ただ無鉄砲で向こう見ずだった俺との決別の証。
今思えば、ケルヴィンさんは不思議な人だ。俺の勝手な勘違いで
冤罪を被らせてしまうところだったというのに、今では戦闘の指南
までしてもらっている。俺達4人が全力で戦ったとしても、決して
敵わないほどの実力。仲間の人達もとても良い人達で、一風変わっ
てはいるがケルヴィンさんと同じく力の底が見えない。
﹁オーケー。それなら、ここからは俺達の仕事だ﹂
﹁え? 仕事って?﹂
俺が聞き返す前に、奈々が代弁してくれた。
﹁おいおい、俺達は冒険者だぞ? ボス部屋まで来てやることはひ
とつだろ。昨日ちゃっかりとツバキ様に頼まれてしまったしな﹂
﹁ま、まさか⋮⋮﹂
﹁そのまさかよ。ちょっと遊んで来るわね!﹂
セラさんが躊躇することなく崖から地底湖に飛び降りる。
﹁血気盛んじゃのう。これも若さか﹂
﹁ジェラールさん、黄昏るのは帰ってからにしましょう。ご主人様、
私も援護に向かいます﹂
395
﹁ああ、作戦通り頼む。ほれ、ジェラールもいったいった﹂
﹁全く、年寄りを扱使いおって﹂
文句を垂れながらも、ジェラールさんが崖を下っていく。エフィ
ルさんはてっきりケルヴィンさん御付の従者だと思っていたが、戦
闘もできるのか?
﹁では、行って参ります﹂
﹁ああ、初撃は任せた﹂
次の瞬間、エフィルさんの姿が消える。眼を逸らした訳ではない。
ある程度注目もしていた。その上で、あの特徴的なメイド姿の少女
が、影や気配すらも残さずに消え去ってしまった。
﹁き、消えた⋮⋮?﹂
﹁これは⋮⋮ 隠密のスキル?﹂
﹁駄目、私の気配察知にも引っ掛からない。完全に気配を消してる。
私達の眼前で隠密状態になるなんて、信じられない錬度⋮⋮﹂
刹那が居場所を探ろうとするも、エフィルさんを見つけ出すには
至らなかったようだ。
﹁ケルヴィンさん、エフィルさんはどこに︱︱︱﹂
俺の声を遮り、聞こえてくるのは大量のダイナマイトを一気に爆
発させたような、激しい爆音。崖下を見ると、地底湖が炎を上げて
燃えていた。
﹁あそこから撃ったみたいだな﹂
﹁え、ええ!?﹂
396
ケルヴィンさんを指差す方を見ると、遥か遠くの岩壁付近から弓
を構えるエフィルさんの姿があった。
﹁ゆ、弓!? あの惨状を弓でどうやって!?﹂
﹁色々あるんだよ。それよりも、今ので眼が覚めたようだな﹂
海中より轟く咆哮。絶対的な恐怖が、体の芯から溢れ出す。震え
が止まらない。
﹁あはは、少しばかり怒ってるな。目覚ましにしては音と痛みが大
き過ぎたか﹂
一方でケルヴィンさんは恐れる気配ひとつない。それどころか冗
談を言う始末だ。
﹁何悠長なことを言ってるんですか! 相手はS級ボスモンスター
ですよ!?﹂
﹁慌てるなって。ほら、奴が見えてきたぞ﹂
水底から黒い影が徐々に大きく膨らんでいく。やがて、水中に潜
んでいたそれは勢いよく姿を見せた。
﹁ギュアアアア!﹂
青紫の巨体が飛翔すると同時に上げられる叫び。あまりの轟音に
地が揺れ、水が波を立てる。蒼き竜は地底湖の水面上で浮遊するよ
うに辺りを見回す。
﹁ぐっ、耳が⋮⋮! なんて咆哮なの!﹂
397
﹁状態異常になった訳じゃないけど、動けない⋮⋮!﹂
体が竦み、立つこともままならない。
﹁我ノ眠リヲ妨ゲル者ハドコダ⋮⋮!﹂
﹁意外だな、邪竜の癖に喋る知能はあるのか。元は古竜だったのか
な?﹂
片言ながら竜は言葉を発した。ええと、コレットから教わったこ
との中には、竜族についての情報もあったな。確か邪竜とは、力や
欲望に塗れてしまった堕ちた竜のこと。ステータスは竜を凌ぐが、
その代償に知性を著しく退化させてしまっている。その上で言葉を
話す知能があると言う事は、ケルヴィンさんの言う通り、元々は高
位の竜だったのだろうか。
﹁フン、何匹カ蟻ガ紛レ込ンデイルヨウダナ。群レレバ勝テルト思
ウタカ﹂
﹁相手の実力も測れない貴方に言われる筋合いはないわよ、大きな
トカゲさん?﹂
邪竜のちょうど目線上に立ったのはセラさんだった。鼻で笑った
ような態度が実に挑発的である。
﹁う、うわー⋮⋮ セラさん、すごい挑発してる⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ええと、私の目の錯覚でなければ、セラさんもあの竜と同じ
く空に浮かんでない? 私の天歩とは違うみたいだけど﹂
刹那の指摘の通り、セラさんは何時もの見事な仁王立ちを空中で
決めていた。俺には何のスキルを使っているかは分からないが、こ
の人達はまだまだ実力を隠している気がする。
398
﹁カ弱キ人間ガ何ヲ言ウカ! 我ハ力ヲ手ニシタ偉大ナル竜! 貴
様等トハ格ガ︱︱︱﹂
﹁口上の途中で悪いが、尻尾はもらったぞ﹂
﹁あ、あれ? ケルヴィンさん!?﹂
俺の横にいたケルヴィンさんが何時の間にかセラさんの後方に移
動していた。それを認識したと同時に耳にしたのは、先ほど俺達が
恐怖した咆哮とは正反対の、邪竜の悲鳴。
﹁グァギャアアア!?﹂
﹁お前さん、隙だらけじゃぞ﹂
悲鳴の先を辿ると、ジェラールさんの大剣が邪竜の尻尾を根元か
ら斬り落としていた。地底湖に強靭な尾が落下する。
﹁キ、貴様ァ! 許サヌ!﹂
邪竜が吐き出したブレス、レーザーのようなそれは加圧された水。
触れる者を問答無用で切断するウォーターカッターであった。高速
で噴出される水がケルヴィンさん達に迫る!
︱︱︱が、言葉を交わすこともなく3人は完璧にレーザーを躱し
ていく。まるで仲間が何を考えているを共感しているように、3人
が離脱したところをエフィルさんが弓を放つ。エフィルさんが持つ
紅い弓は先端から紅蓮の炎を巻き上げていた。その炎は矢を放つと
戦闘機のジェットエンジンが噴射するが如く後方へ弾け飛ぶ。
﹁始めに聞いた爆音はこの音だったのか﹂
399
矢を放つ度にドオン! ドオン! と爆音が鳴り響く。最早これ
は弓ではなく、戦車砲だった。発射音も大概だが、邪竜に矢が当た
ることによって生み出される爆発も酷いものだ。これだけの魔法?
を立て続けに放ったが、それでもエフィルさんがMP切れを起こ
す様子はない。本当にメイドさんですか!?
﹁グ、オオォォ⋮⋮﹂
邪竜が弱りきった眼でエフィルさんがいた岩壁を見るが、そこに
エフィルさんは既にいなかった。姿を暗まして、次の狙撃ポイント
に向かったのだろうか?
﹁はい、よそ見しない!﹂
セラさんが邪竜の後頭部に追撃の拳を放つ。その威力は凄まじか
ったらしく、邪竜はその巨体ごと地底湖へと高速落下していく。
正直、ここから先は戦いと呼べるものではなかった。邪竜が青魔
法を唱えればケルヴィンさんの魔法によって相殺され、力で押し切
ろうとすればジェラールさんに打ち負かされる。セラさんの拳を受
ければなぜか弱体化し、隙を見せればエフィルさんに爆撃される。
﹁ははは⋮⋮ 君の主人、本当に凄いんだね。俺も、いつかああな
れるかな?﹂
思わずスライムのクロトに洩らしてしまう。プルンと傾げるよう
な仕草をするこのスライムも、ひょっとしたら規格外なのかもな。
ケルヴィンさんは本当に不思議な人だ。
400
第66話 旅立ち
︱︱︱トラージ港
邪竜を討伐した翌日、西大陸への出航許可が刀哉達に下りた。出
発の準備自体は数日前に既に終わっていたらしく、その足で船が停
泊しているトラージ港に行くこととなる。俺達はその見送りだ。
﹁勇者様! 出航の準備が整いました!﹂
トラージの船員が活気ある声で叫ぶ。それに対し、刀哉は苦笑い
で返事を返す。
﹁はは、勇者様は止してくれよ。俺達はただの冒険者、そういう設
定だろ?﹂
﹁あっ、すいません! 俺としたことが⋮⋮﹂
﹁これから気をつけてくれればいいさ。すぐに船に乗るから待って
てくれ﹂
船員が船に戻って行くのを見送り、4人はこちらに振り返る。
﹁ケルヴィンさん、それに皆さん。短い間でしたが、お世話になり
ました﹂
﹁俺が勝手に巻き込んだことだ。礼を言われる筋合いはないよ。そ
れにしても、出航の許可は今さっき下りたばかりだぞ。もう行くの
か?﹂
﹁本当であれば数日も前に出発していたんです。それに、何時まで
もご迷惑をおかけする訳にもいきませんから﹂
401
﹁だから別に迷惑なんて⋮⋮﹂
背後にいたジェラールが俺の肩に手を掛け、言葉を止める。
﹁こやつらなりの覚悟じゃよ。黙って見送ってやれ﹂
﹁ふう、一直線なところは結局変わらなかったな⋮⋮ 餞別だ、受
け取れ﹂
クロトの保管からある物を取り出し、4人それぞれに投げてやる。
﹁わっとっと⋮⋮ ケルヴィンさん、これは?﹂
﹁ペンダント、かしら﹂
﹁ああ、即席で作った。ま、御守り代わりだと思ってくれ﹂
投げ渡したのは各々の属性を模ったペンダント。極小のステータ
ス上昇効果と、もうひとつ秘密の効果を備えた装備だ。使われない
こと越した事はないが、もしもの時に役立つと思う。鍛冶スキルは
アクセサリーに対応していなかったので、トラージの装飾具職人か
ら悪食の篭手でスキルを借りてきた。
﹁⋮⋮ツンデレ?﹂
﹁雅、お前は最後まで一言多いのな﹂
少し気を利かせたらこれである。まあ、それが彼女の持ち味なの
だろう。
﹁わあ⋮⋮ 私のは氷の結晶の形だ。ケルヴィンさん、ありがとう
ございます! 大切にしますね﹂
﹁ああ、奈々もムンと一緒に頑張れよ。そのドラゴンも、そろそろ
幼竜から成竜に進化するかもしれないぞ。リュックに入りきれなく
402
なるかもしれないな﹂
﹁ギャウ!﹂
﹁もう、ムンちゃん! そんなこと言ったら駄目だよ﹂
何と言ったのかは定かではないが、ムンは奈々のリュックの中が
お気に入りらしい。車の窓から顔を出す犬みたいだな。甘やかし過
ぎは良くないのだが⋮⋮
﹁トラージでは気苦労が少なかった気がします。これもケルヴィン
さんのお蔭かもしれませんね。この正義馬鹿の性根を叩きのめして
くれたこと、感謝します﹂
﹁刹那はこれからも大変だと思うが、気を強く持つんだぞ? あれ
でも一応はお前ら勇者のリーダーだ﹂
﹁はあ⋮⋮ 頑張ります⋮⋮﹂
﹁何か散々な言われ様だ!﹂
しかしながら、刀哉も心身共に成長している訳で。刹那の気苦労
も多少は緩和されているんじゃないかな。多少は。
﹁西大陸で何が起こるか分かりませんが、精一杯やってきますよ!﹂
﹁刀哉、お前は頑張る方向を間違えないようにな﹂
﹁はは、信用ないな﹂
刀哉達には自分の固有スキルの効果を口外しないようにと、徹底
して言い付けてある。例え俺達であったともしてもだ。鑑定眼でス
テータスを見られたとしても、効果の分からない固有スキルはそれ
だけでアドバンテージとなる。そのせいで刀哉の﹃絶対福音﹄と、
刹那の﹃斬鉄権﹄の詳細を知ることはできなかったが、命に比べれ
ば些細なことだ。
403
﹁それではケルヴィンさん、俺達そろそろ行きます﹂
﹁おっと、もうそんな時間か。エフィル﹂
﹁はい。こちら、簡単なものばかりですが、お弁当です。船の中で
召し上がって下さい﹂
すぐに出発すると聞いて、エフィルが大急ぎで作った4人分の弁
当だ。中には昨日食べたおにぎりやサンドイッチなど、現代風に仕
上げている。
﹁エフィルさん! マジでありがとう! 本当に!﹂
﹁神っ!﹂
﹁またエフィルさんの手料理を食べれるなんて⋮⋮!﹂
﹁大切にムンちゃんと一緒に食べるね!﹂
ブンブンと手を掴みながら礼をする4人。おい、お前ら。俺の時
よりも随分素直じゃねーか。特に雅。エフィルの料理が相手では分
が悪いのは確かなんだけどさ! 俺も胃袋をつかまれてるけどさ!
﹁間もなく出航します! 乗船する方はお急ぎください!﹂
船員が大声を張り上げ、出航の準備が整ったことを伝える。
﹁ほれ、乗り遅れるぞ﹂
﹁ああっ、急がないと! 皆、走るぞ!﹂
﹁わわっ、待って!﹂
刀哉達は船の甲板まで走り乗り、手すりからもう一度顔を出した。
﹁ケルヴィンさん、貴方から教えてもらったこと、絶対に忘れませ
んからねー!﹂
404
﹁また会いましょうー!﹂
﹁今度は勝てるくらいまで強くなって来ますからね! ありがとう
ございました!﹂
﹁上に同じー! 次は負けないー!﹂
結局4人は船が見えなくなるまで俺達に手を振り続けてくれた。
俺の気紛れに付き合わせただけだってのに、ちょっと罪悪感を感じ
てしまう。
﹁ご主人様は本当にお優しいです﹂
﹁うむ、奴らも晴れ晴れとした顔付きになっておったな﹂
﹁何馬鹿なことを言ってるんだ。酔狂で付き合っただけだよ。そろ
そろ昼時だ、俺達も飯を食いに行こう﹂
﹁もう、照れちゃって﹂
﹁照れてない!﹂
⋮⋮それにしても、西大陸か。リゼア帝国もそこにあるんだった
な。
ジェラールに念話を送る。
﹃ジェラール、仮に俺達が今、リゼア帝国に喧嘩を売ったら勝てる
かな?﹄
﹃何じゃ? 藪から棒に﹄
﹃お前との契約だよ。ジルドラって奴に敵討ちする約束だろ?﹄
﹃ガッハッハ! 覚えておったか、忘れたのではないかと思ってお
ったぞ!﹄
﹃こんな大事なことを忘れるかよ﹄
そう、ジェラールとの契約はジルドラを倒し、祖国アルカールの
405
敵討ちをすることだった。俺はまだその願いを実現させていない。
﹃さて、な⋮⋮ ワシが生きておった時代とはまた状況が違う。ジ
ルドラがまだ帝国に在籍しているかも分からん。それに帝国は西大
陸随一の強国じゃった。デラミスと未だにいがみ合っている辺り、
力が衰えているとも言えんじゃろうな。いくらワシらが強くなった
とは言え、帝国を相手するのは危険じゃよ﹄
﹃そうか⋮⋮ まずは情報収集からだな﹄
﹃ワシは別に急いでおらんよ。 ⋮⋮腹を割って言ってしまえばな、
契約した時は無理だと思っておった﹄
﹃おいおい、そんなんで俺と契約したのかよ﹄
﹃まあ聞け。あのまま城に篭ったままよりは、望みがあると考えて
いたんじゃ。最初はそんな薄い望み。それが王と旅をするようにな
って、エフィルが仲間になり、セラが仲間になった。今ではS級モ
ンスターも倒せるまでに至った﹄
ジェラールは天を仰ぐ。
﹃王よ、感謝する。不可能だったワシの望みは、今や実現可能なレ
ベルにまで引き上げられた。契約が成し遂げられた時、ワシは王を
真の主と認めよう﹄
﹃ああ、それまでは仮の主で十分︱︱︱﹄
ぐふっ⋮⋮ セラが背中にのしかかってきた。
﹁ちょっと、何二人でコソコソ話をしてるのよ?﹂
エフィルもローブの袖をちょこんと掴んで顔を見上げる。
﹁仲間外れは嫌です⋮⋮﹂
406
﹁わかったわかった! ちゃんと二人にも話すからセラは降りろ!
エフィルは悲しむな!﹂
﹁ガハハ! 王よ、一先ず食事としよう。話はそれからじゃ!﹂
ズンズンと先導するジェラールを追う。セラを背負い、エフィル
の手を繋いだまま、仲間の重みを直に感じて。
407
第67話 魅惑の料理
ここはトラージ城の調理場。刀哉達がダンジョンでの修行でヘト
ヘトになって休んでいる間、ツバキ様の許可を得て、俺とエフィル
は暇を見つけてはここに出入りしている。目的のひとつはエフィル
にトラージの料理を学ばさせる為、次にツバキ様と交流を計る為だ。
﹁それにしても、エフィルの料理は真に美味じゃの。今や、我が城
の料理長が教授される側になっておる。ケルヴィンよ、どうしても
エフィルを妾に仕えさてはくれぬか? そうだ、御主達全員トラー
ジに仕えるといい! 邪竜を倒したその実力、妾の下で使ってほし
い!﹂
﹁何度も断ったはずですよ、ツバキ様。エフィルは私の大事な仲間
なんです。私自身も自由を愛する身、初めにお会いした時に申した
はずですよ﹂
始めのうちは料理を学ぶ為だけに来ていたのだが、何度か訪れて
いる内にツバキ様がエフィルの料理に興味を持ったのだ。たぶん、
城の兵隊や女中さん達に出来上がった料理を振舞ったのが原因だ。
今やS級の調理スキルを持つまでに成長したエフィルの料理は、ト
ラージ城お抱えの料理長のそれを遥かに凌駕している。最近になっ
て味の匙加減ができるようになったが、それまでは一口食べれば涙
が溢れ出す美味さだった。そんな超越料理の話をツバキ様がどこか
で耳にしたのだろう。振舞った翌日に調理場へ来るなり、エフィル
を勧誘し始めた。どうやら、美食を求める日本人の心はこの国にも
引き継がれているらしい。
ちなみにエフィルは調理場の人間を絶賛指導中だ。料理を学ぶ為
408
だったこの時間は、今やエフィルが料理人達に指導を行う時間とな
ってしまっている。普通であれば反抗する者もいると思うのだが、
エフィルの可憐な容姿と懇切丁寧に教える姿勢、そして圧倒的な料
理力に皆心を鷲掴みにされてしまっているようだ。中には頬をほの
かに染めている者もいる。最早ただのファンである。
﹁むう、やはり駄目か。いや、無理なのは承知の上だったのじゃが
な。真に残念じゃ⋮⋮﹂
﹁そんな顔をしないでくださいよ。私達が滞在している間は毎日ち
ゃんと来ますから﹂
﹁本当か!? 約束じゃぞ!﹂
﹁はい、約束です﹂
謁見の際はただならぬ雰囲気を纏っていたツバキ様であったが、
何度か話しているうちにすっかり仲が良くなった。執務時とプライ
ベートのオンオフを区別しているようで、平時は年相応の女の子と
いった感じだ。今では普通に友達感覚である。前に﹁呼び捨てでよ
い。畏まる必要もないぞ﹂とまで言われたことがあったが、流石に
それは遠慮させてもらった。いかに親しくなったと言えど、他の目
もある。また試されたのかもしれないが、立場の違いによる最低限
の礼儀は何事にも必要なのだ。これでも大分くだけてるけどさ。
﹁とは言ったものの、もうそろそろパーズに戻る頃合なんですよね﹂
﹁何と⋮⋮ 勇者といい、御主も唐突よのう﹂
﹁あまり長い間は離れられないんですよ。最近はパーズ一帯にも危
険なモンスターが現れますから﹂
警戒を強めているが、未だパーズの冒険者ギルドには最高でもC
級冒険者までしか所属していない。いくらリオのお墨付きで遠出し
てきたとは言え、あの街にはアンジェやクレアさん、ウルドさん、
409
それに冒険者の皆がいるんだ。あれからメルフィーナからの連絡も
ないし、そろそろ戻らないと俺が気になって仕方がない。
﹁パーズは静謐街の名の通り、4国の平和の象徴の街。ケルヴィン
達に護られるなら心強い。 ⋮⋮少々もったいないがの﹂
﹁ツバキ様の御意向に沿えるよう、頑張りますよ﹂
﹁うむ。気が変わったらいつでもトラージの門を叩くがよい﹂
今のところその気はないが、一国の国王とここまで親しい関係に
なれたのは収穫だな。ツバキ様は立場上、同世代と話す機会が少な
い。これからも良き友人として付き合っていきたいな。
﹁ツバキ様、試作の和菓子を作ってみたのですが、ご意見を頂けな
いでしょうか?﹂
﹁え、エフィルの新作菓子じゃと!? 食べる、食べるのじゃ! 是非も及ばず!﹂
﹁ツバキ様、一応臣下の前ですよ⋮⋮﹂
しかしこの国王、プライベートは緩過ぎである。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁帰ったぞ∼﹂
﹁ただいま戻りました﹂
ツバキ様との挨拶を終え、宿泊している宿へと戻る。ジェラール
はまだ不在のようだが、セラは既に部屋に戻っていた。
410
﹁あら、おかえりなさい。今日も城に行っていたの?﹂
﹁ああ。セラは何をしていたんだ?﹂
﹁全力で釣りをしていたわ! ちゃんと言われた通り、要らない分
はキャッチアンドリリースしてきたからね﹂
﹁そ、そうか⋮⋮﹂
先日の約束通り、時間の合間にセラに釣りを教えたのだが、ここ
でも変な才能を発揮してしまった。察知系スキルに富んでいる為か、
瞬時に獲物の場所を把握。的確な竿さばきによる誘導とその細腕か
らは考え付かない力強さにより、変幻自在かつパワフルな釣りを披
露してみせた。しかも釣りスキルを取らずにだ。今では謎の美女釣
り師としてトラージ内で有名になってしまった。
﹁今日の相手はなかなか手強かったわ。3メートルくらいはあった
かしら?﹂
それ、クロマグロレベルじゃね? 市販の釣竿で何釣ってるの君?
﹁ははは⋮⋮ それは良かったな。俺も見てみたかったよ﹂
﹁安心しなさい、ちゃんと今日の夕食のメインとして持ち帰ったか
ら!﹂
君、それを要る分として判断したのね⋮⋮
﹁⋮⋮それ、誰が捌くの?﹂
﹁もち、エフィルが。厨房に置いてるからね﹂
厨房にそのサイズを置かれる宿屋も迷惑だろ。流石にマグロレベ
ルの解体はエフィルでも無理なんじゃ⋮⋮
411
﹁拝見してきました。刺身に煮付け、叩きにするのも良いですね。
今捌いてきます。ご主人様、何か御要望はありますか?﹂
﹁ああ、うん。エフィルのお任せでいいよ﹂
﹁承知しました。腕によりをかけます﹂
どうやら俺の知らぬ間に捌き方もマスターしていたようだ。トラ
ージ城の料理長、そんなことまで教えていたんかい。
﹁王よ、厨房のアレは何じゃ!? 新手のモンスターか!?﹂
ジェラールも戻ってきた。そして見てきたか。
﹁失礼ね。私が釣ってきた歴とした魚よ。巷では高級品らしいわ﹂
﹁ほ、本当か?﹂
﹁はい。竜海に住むグローマと呼ばれる高級魚です。調理のし甲斐
があります﹂
﹁大丈夫だよ。たぶん物凄く美味いから﹂
もう俺は何も突っ込まんぞ。連絡だけ済ませてしまおう。
﹁ああ、そうだ。全員集合したついでに連絡しておく。三日後には
パーズに戻ろうと思う。各々帰る準備をしておいてくれ﹂
412
第67話 魅惑の料理︵後書き︶
おかげさまで総合評価1000ptを突破しました。
これからもよろしくお願い致します!
413
第68話 転移門
トラージ城の地下に続く階段を下りて行く。ツバキ様の護衛が先
導し、俺達とツバキ様がそれに続く。向かう先は転移の間。ファン
タジーによくある、便利な瞬間移動ゲートが存在する部屋だ。
﹁転移門、ですか。そんな物があるなんて知りませんでしたよ﹂
﹁ケルヴィンも冒険者なら知っておると思うたが⋮⋮ 御主、変な
ところが抜けておるのう﹂
﹁仲間からもよく言われます。何分、田舎の出でして﹂
クスクスとセラが陰で笑う。仕方ないだろ、本当に知らなかった
んだし。リオの奴もそんな便利な移動手段があるのなら、前もって
教えてくれれば良かったのに。
﹁まあ、一冒険者が気軽に使える代物でもないからのう。転移の間
まではもう少々かかる。仕方ない、その間に妾が説明して進ぜよう﹂
心なしか、少しばかり嬉しそうだ。
﹁転移門とはその名の通り、門をくぐった者を転移させる装置のこ
とじゃ。転移場所は転移門が設置されている場所であればどこでも
可能⋮⋮ なのじゃが、幾つか制限がある。まず、転移門を起動さ
せるには莫大な魔力が必要じゃ。その量は転移先の距離に比例する。
此度の転移先はパーズじゃから、まだ消費量としてはマシな方じゃ
ろうな﹂
﹁なるほど⋮⋮ 転移門は各街にあるのですか?﹂
﹁いや、各国の首都や大きな街だけじゃな。何分、今は失われた技
414
術が組み込まれておって、使うことはできても新たに作ることはで
きんのじゃ。そのような経緯で、転移門は各国が厳重に管理してお
る。これも冒険者が扱うことができない要因のひとつじゃな﹂
まあ、そんな物があったら悪用する奴も出てくるだろうしな。城
の内部に敵がいきなり現れるようなものだ。
﹁転移門を利用することができるのは、ある一定の身分と実績が認
められた者のみ。冒険者のケルヴィンに分かりやすく説明するなら
ば、A級冒険者以上の階級かつ、その出発地点と到着地点それぞれ
の転移門の管理者から許可を得た者が対象じゃ。以前、少しばかり
ギルド証を借りたことがあったじゃろ? あの時にトラージの許可
印を施しておいた。つまり、御主はその資格がある。何より、トラ
ージ国王である妾直々の印じゃ。これを提示すれば転移門だけでな
く、トラージ国内で様々な恩恵が得られるぞ﹂
よくよくギルド証を見てみると、トラージの国章とその右下に﹃
椿﹄の文字が刻まれていた。この世界の文字ではなく、まんま漢字
だ。ギルド証が身分の証明、ツバキ様の許可印が認められた証にな
るのか。しかし、それだけでは転移門は使えないはずだ。
﹁待ってください。ツバキ様が認めてくださるのは光栄なのですが、
私はパーズにある転移門の管理者から使用を認められていませんよ
? それでは起動しないのでは?﹂
そう、俺はパーズでそんな話を聞いていない。そもそもパーズで
そんな門見かけた覚えないぞ。
﹁何を言っておる? そのギルド証には既に刻まれておるではない
か。パーズの転移門管理者である、リオギルド長の許可印が﹂
415
﹁え?﹂
もう一度、ギルド証をまじまじと見る。やはり、許可印らしきも
のは見当たらな⋮⋮ あ。
﹁もしや、この翼のマークですか?﹂
﹁うむ﹂
﹁こ、これですか⋮⋮﹂
おいおい、何の疑いもなく冒険者ギルドの紋章かと思っていたが、
この翼がパーズの許可印だと? ギルド証を貰ったときから刻まれ
ていたぞ!? いくら何でも認定が甘すぎるだろ⋮⋮
﹁ふふ、珍しく驚いた顔をしているな。安心しろ。リオギルド長も
誰彼構わず許可している訳ではない﹂
﹁どういうことですか?﹂
﹁翼の刻印はパーズ冒険者ギルドの紋章。我がトラージのギルドで
あれば盾を模る。その紋章は確かに新人冒険者の持つF級ギルド証
にも刻まれているが、それが真に効力を発揮するのは魔力を込めた
時。試しに魔力をギルド証に込めてみるといい﹂
ツバキ様に言われるまま、俺は少しばかりの魔力をギルド証に送
る。
﹁ほう⋮⋮﹂
﹁わぁ、綺麗です⋮⋮﹂
ジェラールとエフィルが思わず声を漏らす。俺の持つギルド証の
翼の刻印が、黄金色に輝き出したのだ。
416
﹁これはリオギルド長に認められた者の刻印でしか起こらない現象
じゃ。彼奴は偏屈じゃからな。認めたはいいが、そのことを御主に
伝えておらんかったのじゃろう﹂
﹁ええ、一言も。転移門の話さえ聞いていませんでしたよ﹂
﹁くははは。大方、昇格した時にギルド証に仕込んだんじゃろうて﹂
ツバキ様は愉快そうに笑う。そうしている間に大扉が見えてきた。
﹁着いたな。ここが転移の間じゃ﹂
扉が開かれた先には、天井まで届きそうな高さの門があった。こ
れならゴーレムも通れそうである。転移門の周りには魔法使いらし
き人達が7人いる。
﹁国王、お待ちしておりました。既に転移門への魔力補給は終えて
あります。どうぞ御使用ください﹂
魔法使いの長らしき翁が、ツバキ様にこうべを垂れる。他の者も
追従するが、ぜいぜい息を切らしてそれどころではなさそうだ。M
Pを使い果たしているのか?
﹁さて、話の通り魔力の補給は済ませておる。後は転移先を指定し、
その承認を待つだけじゃ。あれを見よ﹂
指差す先にあるのは石造りの台座。
﹁その台座にギルド証を置いて、転移先を思い浮かべるのじゃ。御
主にその資格があるならば、転移門が開かれるじゃろう﹂
まさにファンタジー機能だな。よし、やってみるとしよう。台座
417
にギルド証を置き、パーズの街並みを思い浮かべる。
︱︱︱その瞬間、転移門のゲートが開かれた。
﹁今じゃ、走れ! 門は僅かな間しか開かんぞ!﹂
﹁な、何ですと!?﹂
そういう大事な情報も先に言ってください!
﹁ご主人様、念の為、私が先行致します。ツバキ様、また御会いし
ましょう﹂
﹁うむ。エフィルの料理を楽しみにしておるぞ﹂
グネグネと渦巻く光の中に、エフィルは躊躇することなく飛び込
んでしまった。更にツバキ様がパンパンと手を叩きながら俺達を急
かす。
﹁ほれほれ、御主らも早く行かんか! 門が閉じるぞ?﹂
﹁全く、こんな忙しない別れになるとは。それでは私達はパーズに
帰国します﹂
﹁ああ、また何かあったら妾を頼るがよい。できる限りのことは協
力しよう。何なら、今からでもトラージに仕えてくれても⋮⋮﹂
﹁ではまたっ!﹂
話の途中だったが、ゲートが閉まり始めていたので、俺は急いで
光の中に飛び込んだ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
418
光が一面に広がったのは一瞬、次の瞬間には地面に着地していた。
背後に二人分の着地音がしたところで、ゴゴゴとゲートが閉まって
いく。
﹁転移門を使ったということは、トラージでも活躍したようだね、
ケルヴィン君﹂
﹁いえ、いつも通り好きなことをしてきただけですよ、ギルド長﹂
転移門を出た俺の前には先行していたエフィルと、リオの姿があ
った。なぜ待ち伏せしている。
﹁私が戻ってくることを知っていたんですか?﹂
﹁ああ、トラージ王から直々に連絡があったからね。随分とご機嫌
なご様子であったし、私が出向く他ないだろう?﹂
﹁ははは、それもそうですね﹂
﹁ふふふ、当然だよ﹂
二人の間に奇妙な笑いが木霊する。
﹃何だか、ケルヴィンの様子がぎこちないけど⋮⋮ どうしたの?﹄
﹃王はギルド長が苦手なのじゃよ。何度も嵌められておるしな﹄
そこ、俺に聞こえるようにヒソヒソ話するな。当たってるけど!
﹁それで、トラージでのバカンスはどうだったかな?﹂
﹁堪能しましたよ。土産も大量に貰えましたし、国王とも知り合え
ましたからね﹂
﹁うんうん、デラミスの勇者にも手をかけれたしね﹂
419
﹁そうそう、あいつらまだてんで雛っこで、え⋮⋮?﹂
リオの片眼鏡がキラリと光った気がしたのは、たぶん気のせいで
はないだろう。
﹁事情は把握しているよ。黒風のアジト内で幹部と間違えられ、仕
方なく応戦。勇者に大した怪我を負わせることもなく迎撃に成功。
うん、流石はケルヴィン君だ﹂
なぜ既にそこまでの詳細を掴んでいる!?
﹁でもね、本当にこれは勇者の勘違いなのかな? 誰かが仕組んだ
ことじゃないのかな? 仮にそうじゃないとしても、デラミスの密
偵から情報を暗ませるのに、どれ程の労力と費用がかかるか知って
いるかな? 勇者に何か起こりでもしたら、クリストフどころじゃ
ない外交問題になるって考えていたのかな?﹂
ああ、駄目だ。こいつの情報収集能力は計り知れない。帰還早々、
俺は自然と土下座体勢になってしまっていた。
仲間がいる中での試練に耐え切った俺は、最終的にリオから莫大
な報奨金︵?︶をなぜか受け取り、﹁以後、気をつけるように﹂と
の口頭での注意のみで済まされた。これがリオからの信頼の証なの
だろうか?
420
第二章終了時 各ステータス︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第二章終了時メインメンバーのステータス紹
介です。
数字とスキルは後で修正する可能性もありますので、あくまで参考
程度に御覧ください。
読み飛ばしても問題ありません。
※今回から装備項目を追加しました。第一章終了時各ステータスに
も併せて追加しています。
421
第二章終了時 各ステータス
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:86
称号 :勇者の師
HP :877/877
セラ−180
メルフィーナ−?︶
MP :2625/2625︵+875︶︵クロト召喚時−100
ジェラール−300
筋力 :174
耐久 :338︵+160︶
敏捷 :519
魔力 :1077︵+160︶
幸運 :691
装備 :邪賢老樹の杖︵A級︶
スキルイーター
強化ミスリルダガー︵B級︶
アスタロトブレス
悪食の篭手︵S級︶
智慧の抱擁︵S級︶
特注の黒革ブーツ︵C級︶
スキル:剣術︵C級︶
鎌術︵A級︶
召喚術︵S級︶ 空き:6
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
気配察知︵B級︶
危険察知︵B級︶
422
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵B級︶
鍛冶︵S級︶
精力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
補助効果:悪食の篭手︵右手︶/並列思考︵固有スキル︶
悪食の篭手︵左手︶/装飾細工︵B級︶
隠蔽︵S級︶
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 武装メイド
レベル:84
称号 :パーフェクトメイド
HP :672/672
MP :1280/1280
筋力 :339
耐久 :335
敏捷 :1028︵+320︶
魔力 :840︵+160︶
幸運 :169
ペナンブラ
装備 :火神の魔弓︵S級︶
戦闘用メイド服Ⅴ︵S級︶
423
戦闘用メイドカチューシャⅣ︵A級︶
従属の首輪︵D級︶
特注の革ブーツ︵C級︶
スキル:弓術︵S級︶
赤魔法︵A級︶
千里眼︵B級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵A級︶
調理︵S級︶
裁縫︵S級︶
鋭敏︵A級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:85
称号 :喰らい尽くすもの
HP :1533/1533︵+100︶
MP :917/917︵+100︶
筋力 :720︵+100︶
耐久 :964︵+100︶
敏捷 :711︵+100︶
魔力 :643︵+100︶
424
幸運 :595︵+100︶
装備 :なし
スキル:暴食︵固有スキル︶
金属化︵S級︶
吸収︵A級︶
分裂︵A級︶
解体︵A級︶
保管︵S級︶
打撃半減
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ジェラール 138歳 男 冥府騎士長 暗黒騎士
レベル:89
称号 :愛国の守護者
HP :3240/3240︵+1570︶︵+100︶
MP :438/438︵+100︶
筋力 :1108︵+320︶︵+100︶
耐久 :1163︵+320︶︵+100︶
敏捷 :399︵+100︶
魔力 :295︵+100︶
幸運 :317︵+100︶
ドレッドノート
装備 :魔剣ダーインスレイヴ︵S級︶
戦艦黒盾︵A級︶
425
クリムゾンマント
深紅の外装︵B級︶
スキル:忠誠︵固有スキル︶
自己改造︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵B級︶
心眼︵A級︶
装甲︵A級︶
軍団指揮︵A級︶
教示︵B級︶
屈強︵A級︶
剛力︵A級︶
鉄壁︵A級︶
実体化
闇属性半減
斬撃半減
ドレッドノート
補助効果:自己改造/魔剣ダーインスレイヴ+
クリムゾンマント
自己改造/戦艦黒盾+
自己改造/深紅の外装+
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
アークデーモン
セラ 21歳 女 上級悪魔 呪拳士
レベル:86
称号 :謎の美女釣り師
HP :1126/1126︵+100︶
MP :1148/1148︵+100︶
426
筋力 :640︵+100︶
耐久 :551︵+100︶
敏捷 :638︵+100︶
魔力 :627︵+100︶
幸運 :614︵+100︶
アロンダイト
クイーンズテラー
装備 :黒金の魔人︵S級︶
狂女帝︵S級︶
偽装の髪留め︵A級︶
ミスリルグリーブ︵C級︶
スキル:血染︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
黒魔法︵A級︶
飛行︵C級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
魔力察知︵A級︶
隠蔽察知︵A級︶
舞踏︵B級︶
演奏︵B級︶ 補助効果:魔王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
メルフィーナ 1276歳 女 ? ?
レベル:?
427
称号 :?
HP :?
MP :?
筋力 :?
耐久 :?
敏捷 :?
魔力 :?
幸運 :?
装備 :?
スキル:?
補助効果:?
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
428
第69話 マイホーム
︱︱︱精霊歌亭・酒場
無事︵?︶パーズに帰還した翌日の朝、俺達はいつもの酒場で朝
食をとっていた。懐かしきクレアさんの手料理だ。焼きたてのパン
にコーンスープ、それにサラダとベーコンエッグが加わったバラン
スの良いメニューだ。トラージでは和食中心の食事で大変喜ばしか
ったが、洋食も良いものだ。日本人ってお得だよね。
﹁ケルちゃん、トラージの王様に気に入れられたんだって? 出世
街道まっしぐらだね∼﹂
セラのおかわりのスープを持ってきたクレアさんがニコニコと話
し掛けてくる。昨日の今日だと言うのに、もう知っているのか。
﹁耳が早いですね。誰に聞いたんです?﹂
﹁アンジェちゃんが会う人会う人に広めていたよ。もうパーズの冒
険者は皆知っているんじゃないかね。よっぽど嬉しかったんだろう
ね﹂
アンジェ⋮⋮ A級に昇格した時もそうだったが、あまり俺が目
立つことはしないでほしい⋮⋮ いや、友達として喜んでくれるの
は俺も嬉しいけど。
﹁トラージに仕える気はありませんよ。気侭に冒険者をやっている
方が性にあってます﹂
﹁そうかい? まあケルちゃんなら、何をやっても上手くこなして
429
いけそうだけどね﹂
﹁買い被り過ぎですよ﹂
実際にツバキ様から誘われはしたが、今のところその気は一切な
い。
﹁ところでご主人様、本日のご予定は?﹂
﹁そういえば、パーズに戻ってから何をするか聞いてなかったわね。
ダンジョンにでも行く?﹂
﹁帰ってきたばかりだし、今日は休日だ。俺はこれから買い物に行
ってくる﹂
﹁おや、A級冒険者様のケルちゃんが何を買いに行くんだい? ま
たエフィルちゃんみたいな可愛い奴隷かい?﹂
澄ました顔で何を言っているんですか、クレアさん。
﹁そうなのですか?﹂
﹁まあ、男のサガじゃな。ワシは責めんよ﹂
﹁いやいやいや﹂
エフィルも騙されるんじゃない。ジェラールもその意見には常々
同意するが、今は黙っていてくれ。
﹁違いますから。俺にはエフィルがいますんで﹂
﹁おっと、妬けるね∼﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
エフィルの表情は変わらない。が、エルフ耳を少し赤くしてピク
ピクと動かしている。どうやら喜んでもらえたようだ。
430
﹁ふふ。それじゃあ、何を買いに行くんだい?﹂
﹁ちょっと家を買いに﹂
﹁なるほどね、家を⋮⋮ って、家かい!?﹂
﹁ええ、家です﹂
イッツ夢のマイホーム。
﹁また唐突だね⋮⋮ 資金は大丈夫なのかい?﹂
﹁伊達にA級冒険者やっていませんよ。軍資金は十分です﹂
ここ最近、A級・S級モンスターの討伐ばかりしていたお蔭です。
実はA級を超えた辺りから、報奨金額が一桁二桁おかしな数字にな
っていたので、とっくに金は貯まっていたのだ。
なぜ報奨金が上がったのか? それはA級から討伐難易度が跳ね
上がるからだ。B級モンスターまでであれば、騎士団が苦戦しなが
らも何とか勝てるレベル。しかし、それ以上ともなると、国の最高
戦力が動く次元の話になる。そんな討伐対象を一介の冒険者が倒す
役割を担うのだ。国としては莫大な報奨金を払ってでも利のある話
なのだろう。
まあそんな訳で、ビクトールや黒風盗賊団、更には邪竜を倒した
俺は金があり余っている。手持ちではとても持ち切れない量になっ
てしまっている為、その殆どをクロトの保管に入れてもらっている
程だ。
﹁それ、私も初耳よ?﹂
﹁ああ、まだセラが仲間になる前に話していたことだからな﹂
﹁そんな話もしていたかもしれんのう﹂
431
まだ俺達がB級冒険者だった頃の話だ。あの時はまだ金が全然足
りていなかったから、絵に描いた餅状態だったな。
﹁かも、じゃなくてしてたんだよ。俺とエフィルでパーズ中を見て
回って、物件に目星を付けたところで話が止まっていたんだ﹂
﹁そうだったかのう。むむ、記憶にないわい﹂
ジェラールはあまり興味なさ気だったしな。住めればどこでも良
さそうなタイプだ。
﹁今回の遠征で目標金額に達したからな。それでもう一度見てこよ
うかとね﹂
﹁私も行く! その家、見てみたいわ!﹂
﹁私もお供致します。確か、3軒に目星を付けていましたね﹂
﹁ああ。まずは斡旋所でまだ売却されていないか確認しに行く。ジ
ェラールはどうする?﹂
﹁皆が行くならワシも参ろう﹂
﹁オーケー。なら朝食の30分後に出発しよう﹂
﹁此の間まで新人だったケルちゃんが一家の主ねぇ。時が経つのは
早いもんだ。購入したら直ぐに教えな。今度は門出のお祝いをしな
いとね!﹂
﹁決まり次第、一番にクレアさんに報告しますよ﹂
俺達は朝食をとり終え、出掛ける準備に取り掛かる。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
432
斡旋所に赴くと、店員の視線が俺に集まる。一瞬の沈黙の後、﹁
店長おおぅーーー!﹂という叫びと共に店員が店奥へと走って行っ
た。そして直ぐに中年の男性が奥から現れる。この男性が斡旋所の
店長のようで、店長自ら案内してくれると言う。その他諸々、至極
丁寧な対応。どうやらA級冒険者としての肩書きはここにも届いて
いるようだ。ただ、残念なことに俺とエフィルが目を付けていた物
件の内、2軒は既に売却されてしまっていた。
﹁となると、残るはここだけか﹂
﹁申し訳ありません。しかし、ケルヴィン様は御目が高い。ここは
私共が自信を持ってお勧めする物件でございます﹂
﹁⋮⋮家と言うよりも、屋敷じゃな﹂
﹁あら、それなりに大きいわね﹂
﹁流石はケルヴィン様のお連れの方。恥ずかしながら、こちらが当
店最大の物件となります﹂
セラは元お姫様なので、その感性を俺達の基準にされても困るの
だが⋮⋮ 最後に残った物件は、パーズに存在する建築物の中でも
かなり大きなクラス。ジェラールが言う通り、貴族が住む様な屋敷
である。
﹁門の鍵は開けております。どうぞ、中も御覧になってください﹂
門を開けると、まず噴水のある庭園が眼前に広がる。噴水の水が
涼しげで、十分な広さもある。ちょっとした野外パーティができそ
うだ。
屋敷に入ると吹き抜けの大広間が俺達を出迎える。おお、リアル
でこんなの初めて見たわ。少しばかり感動。
433
﹁構造としては1階に浴場と調理場に食堂、空室が8つ御座います。
大広間中央の大階段を上りますと2階です。こちらの階にも空室が
7つ、地下は貯蔵庫となっております﹂
ジェラールが﹁本当にこれ買えるの?﹂みたいな視線を送ってく
るが、本当に購入できるのだ。何よりも、俺がこの屋敷に目を付け
たのには理由がある。
﹁やはり風呂は必要だよな﹂
他の2軒も良い物件であったが、流石に風呂付きの家ともなると、
このクラスの屋敷でないと存在しなかったのだ。トラージには秘境
に温泉があると聞いて期待していたが、刀哉達の鍛錬に付き合った
のでそこまで行けなかった。故に、俺は風呂を欲している。
﹁浴場もまた格別で御座います。数人は一緒に入られる広さですよ﹂
それから俺達は屋敷をくまなく案内され、ロビーに戻ってきた。
﹁以上になりますが、いかがでしたでしょうか?﹂
﹁さて、皆の意見を聞きたい。どうだ?﹂
﹁立派な調理場でした。私は賛成です﹂
エフィルは専ら調理場を気にしていたからな。ここであれば精霊
歌亭のものにも劣らないだろうし、満足がいったみたいだ。
﹁ワシも異存はない。鍛錬は⋮⋮ 庭でするかの﹂
ジェラールが訓練するには、庭は強度に問題があるかな。しかし、
考えはある。
434
﹁私の部屋は2階の右奥ね﹂
賛同の意見よりも先に部屋割りを決めやがった! 賛成と解釈し
ていいんだな!?
﹁ってことで、購入します﹂
異世界に転生して3ヶ月目にして、俺は新たな拠点を手に入れた。
435
第70話 引越し
新居を購入したその足で、新生活に必要な物の買い物に出る。ジ
ェラールは鍛錬の時間だと言うことで、途中から別行動中だ。屋敷
に置く家具等をエフィルとセラを連れて選び、クロトに仮収納して
もらいながら必要な買い物を済ましていく。
ちなみに街中では戦闘用装備ではなく、エフィルお手製の高性能
私服だ。エフィルは前回のデートのときに着ていたワンピースを修
繕したものを、セラはチャイナドレス風の衣装を着用している。決
して俺の趣味で着せている訳ではない。ケルヴィン、嘘つかない。
﹁ケルヴィン、これは絶対に必要よ!﹂
﹁そのセリフ、今日で5回目だぞ⋮⋮ 土産屋のペナントなんて必
要ないだろ﹂
買い物の最中、セラは稀に変なアイテムをせがんでくるので油断
ならない。さっきはピアノを欲しがったりしていたからな。金に余
力はあるが、無駄な買い物はセラの教育上︵?︶よろしくない。俺
の腕に豊満な胸を押し当てても駄目なのだ。俺は親馬鹿の魔王とは
違うのだよ。
﹁こんなに珍しいのに、勿体ないわ﹂
﹁セラは基本的に見るもの全て珍しいだろ? 欲しいものはしっか
り厳選しなさい﹂
﹁むう、わかったわよ﹂
セラは我侭なようで、俺の言うことには意外と素直に従ってくれ
436
る。理解が早くてお兄さんも嬉しいです。
﹁ご主人様、食器類が少々不足しております。来客用の物も含めて
購入しませんか?﹂
﹁了解、少し見て回ろうか。セラも自分用のやつを選んでくれ﹂
﹁任せなさい! 私にかかれば問題ないわ!﹂
セラが腰に手を当てながら自信満々に答える。その表情はとても
嬉しそうだ。まあピアノくらいなら、いつか買ってやってもいいか
もしれない。セラは何気に高レベルの演奏スキルを持っているし、
そこまで無駄って訳でもないだろう。屋敷のインテリアとしても使
えそうだしな。
斡旋所の店長に教えてもらった一押しの店を何箇所か回り、トン
トン拍子で昼過ぎ頃には任務完遂。思っていたよりも早く終わった
な。エフィルが前以て買い物リストを書き留めておいてくれたお蔭
か。セラも後半からは真面目に協力してくれていた。
﹁さてと、これで一通りは買い揃えたかな﹂
﹁最低限の買い物は大丈夫だと思います。クロちゃん、持ち運びお
疲れ様﹂
﹁クロトのお蔭で助かったよ。家具を家に入れるのはなかなか大変
だからな﹂
屋敷の入り口から部屋まで運ぶ面倒な作業も、クロトの保管があ
れば楽々終わらせることができる。なんせクロトが部屋まで移動し
て、そこに出すだけで済むのだから。
﹁後は宿に置いてある荷物を運ぶだけか。クレアさんには長い間世
話になったな﹂
437
﹁しっかり挨拶をしませんと。屋敷からは歩いていける距離ですし、
引っ越してからもまた顔を出しましょうね﹂
﹁ああ、そのつもりだ。落ち着いたら引越し祝いに招待したいし、
その時は頼んだぞ﹂
﹁はい、精一杯頑張ります!﹂
クレアさんはエフィルにとって料理の師匠みたいなものだからな。
エフィルの料理を食べたクレアさんの反応が楽しみだ。
﹁ところで、ケルヴィンは屋敷に使用人は雇わないの?﹂
﹁ん? エフィルがいるじゃないか﹂
﹁この広さの屋敷をエフィル一人で管理させる気? それに、エフ
ィルもダンジョンや討伐依頼に出向くのよ。その間はどうするのよ
?﹂
﹁ああ、それもそうか⋮⋮ 悪い、そこまで頭が回ってなかった﹂
まさかセラに指摘されるとは⋮⋮ しかし、マジで気が付かなか
った。エフィルがいれば家事方面は大丈夫! って感じで思考停止
していたのが原因か。
﹁私が頑張れば︱︱︱﹂
﹁駄目よ。自己犠牲も程々にしなさいよね。エフィルはケルヴィン
のことになると周りが見えてないんだから﹂
ケルヴィンは普段から抜けてるけどね! と、最後に付け足され
る。ふっ、言い返せないぜ!
﹁すまないエフィル、お前に無理させるところだった。セラも教え
てくれてありがとな﹂
﹁いえ、私も自分の技量を見誤っておりました⋮⋮ セラさん、お
438
気遣いありがとうございます﹂
﹁いいのよ。私も世間知らずだし、お互い様よ!﹂
セラは当然だとばかりに頷く。今ばかりは相応の大人のお姉さん
に見える。いや、今回は本当にすんませんでした。
﹁ギルドに使用人募集の依頼をかけておくよ。エフィル、何人いれ
ば賄える?﹂
﹁二人もいれば十分かと﹂
﹁了解。それで手配する﹂
使用人が複数人いるとすれば、屋敷内の役職としてエフィルをメ
イド長に据えた方がいいだろうか? その辺も考えておかなければ。
一先ずは精霊歌亭に荷物を取りに戻ろう。クレアさんに報告と挨
拶をしなければ。都合よくウルドさんもいればいいのだが⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
精霊歌亭に帰ると、一足先にジェラールが戻っていた。酒場で昼
食をとっていたようだ。そういえば、まだ昼飯を食べていなかった
な。ウルドさんは⋮⋮ いないか。冒険者にとって今の時間は稼ぎ
時だしな。
﹁おお、思いのほか早かったではないか﹂
﹁スムーズに買出しが終わったからな。荷運びも後は宿の部屋にあ
る物だけだ﹂
439
﹁なんだい、もう家を見繕ってきたのかい?﹂
酒場のカウンターからクレアさんが顔を出す。
﹁ええ、鍵も斡旋所から受け取ってきました。今日のうちに引越し
も済ませようと思います﹂
﹁そうかい。ケルちゃんの門出でめでたいけど、寂しくなるねぇ﹂
﹁引越しと言っても直ぐそこです。ちょくちょく遊びに来ますよ﹂
﹁ははは、楽しみに待ってるよ。よし、今日はお祝いだ! エフィ
ルちゃん、とっておきのレシピを教えてやるよ! 調理場まで付い
て来な!﹂
﹁は、はい!﹂
威勢のいい掛け声と共にクレアさんとエフィルが調理場へと消え
ていった。それから間もなくして、野菜を切る音、鍋の煮込む音が
聞こえてくる。
﹁あら、良い匂い。お昼は期待できるわね﹂
﹁エフィルとクレアさんの料理はいつも期待できるさ。俺達は今の
うちに荷造りを済ませておこう。セラは悪いけど、エフィルの分も
やっておいてくれ﹂
﹁エフィルと同じ部屋なんだし、ケルヴィンがやればいいじゃない。
私よりも荷物の場所に詳しいでしょ?﹂
﹁下着とかもあるだろうが。同性のセラがやってくれ﹂
﹁エフィルは別に気にしないと思うけど。それに、そんなの夜にい
つも見てるじゃ︱︱︱ ンッ!?﹂
セラの口を慌てて塞ぐ。お前は公衆の場で何暴露しようとしてる
んだ! かなり焦ったよ!
440
﹁ワシは特に荷物はないからのう。皆の荷を運ぶのは手伝うぞ?﹂
﹁ああ、クロトがいるから手ぶらで大丈夫だ﹂
﹁む、それもそうじゃな﹂
﹁んー! んー!︵ちょっと! 分かったから手を離してよ!︶﹂
﹁ほいほい﹂
セラを解放する。
﹁もう! そんなに焦らなくてもいいじゃない!﹂
﹁セラはもう少し世間体を気にしてくれ。ここ最近、ただでさえ目
立ってんだからさ﹂
その上よからぬ噂まで出回ったら収集が付かなくなってしまう。
﹁そうなの? 冒険者は目だってなんぼだと思ってけど﹂
﹁良い意味でならな﹂
今のは明らかに悪い方だ。そうこうしている内に、エフィルが料
理を持ってきた。さて、これを食べたら引越しもいよいよ大詰め。
気合を入れよう。
441
第71話 使用人
﹁あれは料理界の革命よ! クレアったら、あんな隠し玉を持って
いたなんて侮れないわね!﹂
﹁ううむ⋮⋮ 長年生きてきたが、あのような味は初めての体験で
あった﹂
住み慣れた精霊歌亭に別れを告げ、新たな住処となる屋敷に向か
う道中。一同はクレアさんがエフィルに伝授した秘伝の料理の話題
で盛り上がっていた。まさか、クレアさんがカレーのレシピを知っ
ていたなんてな。米ではなくカレーとパンの組み合わせであったが、
当然ながら非常に美味しいものだった。皆も気に入ったようだ。
﹁カレーも異世界の料理だそうですよ。昔、古い書物からレシピを
見つけたそうです﹂
﹁それならケルヴィンが知ってたんじゃないの?﹂
﹁俺は料理がからっきしなの﹂
現代から転生してきたとは言え、俺は料理を殆どしたことがない。
そんな俺が不整合な知識の中からレシピを再現することなんて、例
えエフィルの腕を借りたとしても到底不可能だ。そんな最中に出会
えたトラージの和食やクレアさんのカレーレシピは、俺にとって財
宝に匹敵する存在なのだ。
﹁エフィル、今度は米にカレーをかけて食べてみよう。きっと美味
しい﹂
﹁そ、その発想は思い付きませんでした。流石はご主人様です﹂
442
キラキラとした純真な眼差しを向けてくるエフィル。ふふ、レシ
ピと調理法さえ分かってしまえばこっちのもの。カレーがあればメ
ニューのバリエーションがかなり増える。そこにエフィルの調理ス
キルが加われば天下無双だ。
宿からそれ程遠くない屋敷には、そんな話をしていれば割と直ぐ
に到着する。
﹁ただいま﹂
﹁お帰りなさいませ、ご主人様﹂
﹁⋮⋮何? その茶番﹂
やってみたかっただけだ。
さて、大広間まで来たが、マイホームに到着してからまずやらね
ばならないことがある。ずばり、部屋決めである。購入の際にも説
明されたように、この屋敷には1階と2階を合わせて空部屋が計1
5部屋もあるのだ。当然全てを各々の私室にする訳ではないが、今
のうちに大よそのレイアウトは決めておきたい。
﹁私は2階の右奥の部屋ね!﹂
﹁やけにその部屋に拘るな?﹂
﹁だって、角部屋で日当たりが良いじゃない﹂
悪魔が日当たりを気にするのか。しかも良い方をとるのか。
﹁私は特に希望はございません。ご主人様がお決めになってくださ
い﹂
﹁別に遠慮することはないぞ? これだけ部屋があるんだ。何でも
いいから言ってみろって﹂
443
﹁ええと、それでは⋮⋮ ご主人様のお部屋の近くが、いいかも、
です⋮⋮﹂
顔を赤らめて視線を逸らしながら答えるエフィル。何だこの可愛
い生物。思わず頭を一撫で。
﹁そっか。それじゃ、俺の部屋を決めてからだな﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
次にジェラールの希望を聞こうとそちらを見ると、俺に向かって
サムズアップしている。見なかったことにする。
﹁王よ、無視するでない!﹂
﹁聞こえないな﹂
﹁ワシが悪かったわい!﹂
﹁はいはい。それで、ジェラールはどこにする?﹂
﹁そこでよいぞ﹂
ジェラールが指を指したのは、エントランスから最も近い部屋だ
った。
﹁えらく適当だな。本当にそこでいいのか?﹂
﹁寝床があればどこでも構わん。それに、その部屋であれば門口に
近い。有事の際に瞬時に対応できる﹂
おお、珍しくも騎士らしい発言だ。その時は頼りにさせてもらお
う。
﹁最後はクロトだな﹂
444
問おうとすると、クロトはプルンと器用に形状を変化させ、玄関
の扉を指した。
﹁外、か? 部屋なら沢山あるんだぞ?﹂
フルフルと首︵?︶を振るクロト。
﹁ご主人様、クロちゃんは元々野外で暮らしていたモンスターです。
私が思いますに室内で過ごすよりも、外の方がクロちゃんの本質に
合っているのでは?﹂
﹁そうなのか?﹂
クロトは体で○を描く。確かにこの屋敷の庭園であれば十分に広
いからな。窮屈な思いはしないはずだ。クロトであれば常識も弁え
ているし、変なことも起こさないだろう。
﹁分かった。庭を自由に使ってくれて構わない。部屋が欲しくなっ
たらいつでも言えよ?﹂
﹁あら、ケルヴィンの部屋がまだ決まってないじゃない﹂
﹁ああ、俺の部屋はだな︱︱︱﹂
﹁セラよ、屋敷の主の部屋と言えば大体決まっているではないか。
最も安全な部屋じゃよ﹂
﹁あー、2階の一番奥の部屋? 普通の部屋よりも広かったわね。
私の部屋が2つ手前にあるし、確かに安全ね!﹂
﹁ガッハッハ! そうじゃろう?﹂
﹁エフィルの部屋はその隣で決まりね!﹂
﹁はい。ご主人様、よろしくお願い致します﹂
深く頭を下げるエフィル。
445
﹁あ、ああ。よろしくな⋮⋮﹂
俺は地下への入り口付近の部屋が良かったんだが、それを言える
空気じゃない。ジェラールが懲りずにまたサムズアップしている。
おそらく、兜の下ではキラリと歯を輝かせて良い笑顔を作っている
ことだろう。セラも釣られて真似するんじゃない。
﹁これで部屋割りは決定?﹂
﹁ああ、それじゃあ荷解きをしようか。それで引越し作業はひとま
ず終了だ。クロト、家具とかの大きな物の移動は頼んだぞ﹂
﹁クロちゃん、食堂から行こっか﹂
ああ、そうだ。冒険者ギルドに使用人募集の依頼をしてこないと
いけないんだった。まあ、直ぐに集まることはないだろうから、そ
の間はエフィルのフォローをしないとな。使用人の給金は⋮⋮ 相
場が分からん。アンジェと相談して決めるとするか。
新居の購入から引越し、荷解きを一日で全て終わらせた達成感を
感じながら、この日は新品のベッドでぐっすりと眠ることができた。
明日は朝一番にギルドに赴くとしよう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・受付カウンター
﹁え? もう応募があったのか?﹂
446
ギルドに募集をかけて2日後の昼半ば。アンジェに呼び出された
俺は使用人の募集があったことを聞かされる。
﹁うん。ケルヴィンの要望は使用人が二人だったよね? 今日の朝
に募集枠が埋まったんだ。ケルヴィンが良ければ今日にでも面談で
きるけど、どうする?﹂
﹁俺は大丈夫だ。頼みたい﹂
﹁りょ∼かい。屋敷に向かわせるから、先に戻って待っててよ﹂
﹁分かった﹂
そうだ、アンジェにも引越し祝いのことを伝えねば。
﹁アンジェ。今度俺の家に招待するから、その時は絶対来てくれよ
?﹂
﹁ほ、本当に!? 行く、絶対行く! 楽しみにしてるね!﹂
﹁はは、エフィルの料理の腕に驚くなよ?﹂
なぜか凄い食い付きだ。やはり持つべきものは友達だな。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・客間
自宅に戻った俺は大急ぎで客間を整え、使用人として雇うかどう
かの面接の準備をエフィルと執り行う。粗方準備を終えたら、エフ
ィルは門の前で待機。ジェラールは俺の座る長椅子の後ろに立って
いる状態だ。セラは留守にしていたので、一先ず念話だけ送ってお
447
いた。
うーん、緊張するな。何せ、人生で初めて人を雇うのだ。勿論、
面接をする側になるのも初めての体験だ。上手くできればいいのだ
が⋮⋮ まあ胆力のスキルもあるのだ。何とかなるだろう。
その時、コンコンと扉が叩かれる。
﹁ご主人様、お連れしました﹂
﹁ああ、入れてくれ﹂
﹁失礼致します﹂
エフィルに連れられ、部屋に使用人候補が入ってくる。あ、あれ
っ? この人達って⋮⋮
﹁使用人募集に来て頂いた、エリィ様とリュカ様です﹂
﹁本日はよろしくお願いします﹂
﹁お兄ちゃん、久しぶり! 今日はよろしくね!﹂
使用人の募集に来た人物、それは黒風のアジトで助け出した親子
であった。
448
第72話 再会
リュカが俺の胸にとび込んで来る。俺、ナイスキャッチ。
﹁だ、駄目でしょリュカ。今日は遊びに来たんじゃないわよ﹂
﹁だって、お兄ちゃんと久しぶりに会えて嬉しいんだもーん﹂
﹁ま、待ってくれ。状況が飲み込めない﹂
どんな希望者が来てもいいよう、ある程度の覚悟はしていたが、
この二人が来るとは完全に予想外だ。
﹁何言ってるの? お兄ちゃん、使用人の募集をしていたじゃない。
今日はその面談でしょ?﹂
﹁いや、そういうことじゃなくてだな⋮⋮ そもそも二人はトラー
ジにいたんだろ? 募集をかけてから、まだ2日しか経ってないぞ。
この短期間でどうやってパーズまで来たんだ?﹂
そう、そこが一番の問題だ。俺達が馬車でトラージに向かったと
きは、時間にして数十日はかかったはずなのだ。
﹁ケルヴィン様の使用人募集をトラージの冒険者ギルドで拝見しま
した。ちょうどその頃、私も新たな仕事を探していましたので、こ
の度希望させて頂きました。ただ、詳しく話を聞くと場所がパーズ
だということで、そこで諦め掛けたのですが、ギルドのミストさん
の御助力がありまして⋮⋮﹂
﹁お城から一瞬で着いたよ!﹂
﹁⋮⋮転移門か﹂
449
しかし、転移門を使うには条件があったはずだ。
﹁あ、そうでした! トラージ王から文を預かってます﹂
﹁ツバキ様から?﹂
エリィさんからトラージ国章の封蝋が押された手紙を受け取る。
早速読んでみる。
⋮⋮手紙の中身を要約するとこうだ。
リオから話は聞いたぞ。使用人を探しているようではないか。ち
ょうど今日、御主に米俵を送るところだったのだ。そのついでに、
トラージにいる希望者をまとめて転移門で送ってやろうぞ。採用し
なかった者は、リオギルド長が帰りの手配をしてくれるはずじゃ。
何、気にするでない。礼はいらぬ。まあ、どうしても礼がしたいと
言うのなら、トラージに仕えてくれてもいいんじゃぞ? 遠慮する
でない、トラージの門はいつでも御主達を︵以下、勧誘の文章が延
々と続く︶
﹁⋮⋮把握した﹂
俺達の勧誘をまだ諦めていなかったのか。なかなかツバキ様も粘
り強い。たぶん、リオとミストさんが知らせたのだろう。
﹁ご主人様、ツバキ様から米俵が届いております。 ⋮⋮なぜかセ
ラさんも一緒に運んでいました﹂
﹁この御屋敷までは転移門で共にいらっしゃったトラージの従者の
方々と、道中で偶然お会いしたセラ様に運んで頂きました。流石冒
険者様なだけあって、力がお強いんですね﹂
﹁ケルヴィーン! お米貰ったわよー!﹂
450
両脇に米俵を抱えたセラが扉の外に見える。姿が見えないし念話
による返事もないと思ったら、米を運んでいたのね。
﹁従者の方々は門前で待機して頂いてますが、どう致しますか?﹂
﹁ここまで運んでくれたんだ。何か冷たい飲み物と軽食を出してく
れ。エフィルの料理なら絶対に喜ばれる﹂
﹁承知しました﹂
エフィルが退出する。入れ替わりでセラが部屋に入ってきた。
﹁全部食材庫に入れておいたわよ。それで、面談はどんな感じ?﹂
﹁お疲れ。どんな感じも何も、まだ始まったばかり⋮⋮ なんだけ
ど、もう採用しようと思う﹂
﹁本当!?﹂
リュカが飛び跳ねながら喜ぶ。
﹁よ、よろしいのですか? まだ私達は何も話していませんが⋮⋮﹂
﹁話ならトラージに帰る道中で一日中したじゃないか。二人の人柄
は大体理解しているつもりだよ。初対面の人よりもよほど信用でき
る﹂
エリィさんの、使用人として雇うならエリィか。エリィであれば
問題なく働いてくれそうだ。リュカはまだまだ幼く、素養も低いが
伸びしろがある。エフィルの下でしっかりと経験を積めば、メイド
として立派に成長してくれるかもしれない。
﹁決まりね。今日はお祝いも兼ねて、エフィルのご馳走かしら?﹂
﹁ワシも相違ない。リュカよ、ワシのことはお爺ちゃんと呼んでく
451
れても構わんぞ?﹂
﹁えっと、ジェラールお爺ちゃん?﹂
﹁お、おお⋮⋮ 何か、体の底から湧き上るものが⋮⋮!﹂
ジェラールよ、それではただの好々爺だ。しかも見た目は厳つい
大鎧なだけあって、かなり危ない構図だぞ。
﹁兎も角、二人は使用人として合格ってことで。募集の項目に書い
ていたように、住込みで働いてもらうことになる。エフィルが戻っ
て来たら、二人の部屋に案内させるよ。親子な訳だし、一緒の部屋
で構わないかな?﹂
﹁十分過ぎます! 普通でしたら、もっと大人数が同じ部屋に寝泊
りするものですから。お給金もかなり高めですし、本当にいいので
すか?﹂
﹁その代わり、その分の働きはしてもらうさ。リュカも最初のうち
はできないことばかりだと思うが、しっかり学んで吸収するんだぞ
?﹂
﹁うん! 私、頑張る!﹂
﹁申し訳ありません。言葉遣いについては、私から教えていきます
ので⋮⋮﹂
まあ、その辺りは自然と身につけてくれるだろうが、使用人とし
て必須項目だからな。歳相応に頑張ってもらいたい。
﹁今日のところはまだ疲れもあるだろうから、実際に働くのは明日
からだ。もちろん部屋は自由に使ってくれて構わない。ああ、それ
とエフィルに寸法を測ってもらってくれ。仕事着を作ってもらうか
ら。あとは︱︱︱﹂
必要な説明の話もそこそこに、エフィルが戻ってきた。
452
﹁ああ、エフィル。ちょうど良かった﹂
﹁いかがなされましたか?﹂
﹁エフィルを屋敷のメイド長に任命する。二人の指導を頼みたい﹂
﹁⋮⋮謹んで、お受け致します﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィンの私室
エリィとリュカの歓迎会を終え、夜も静まる深夜。読みかけだっ
た本をペラペラとめくり、月の光が射す私室でひとり耽る。隣の部
屋から物音は聞こえない。もうエフィルは寝ただろうか。水でも飲
もうかと立ち上がった瞬間、懐かしい魔力の流れを感じる。
﹁随分と時間がかかったじゃないか、メルフィーナ﹂
﹃⋮⋮私が来ると、知っていたのですか?﹄
意思疎通を通じて聞こえてくる声。間違いなくメルフィーナのも
のだ。
﹁何でだろうな。今日戻って来るんじゃないかって予感があったん
だ。まさか当たるとは思わなかったけど﹂
冗談交じりに笑い掛ける。傍目から見たら一人で笑う変な奴だ。
﹃益々人間離れしていますね﹄
453
﹁うるせいやい﹂
だが確かに、大切な仲間がここにいる。こんなやり取りも久しぶ
りだな。
﹃申し訳ありません。義体の調整に予想以上の時間がかかりまして
⋮⋮﹄
﹁気にするな。その義体ってのがどんな物かはよく分からんが、こ
れでメルフィーナを召喚できるんだろ?﹂
漸くこの時、この瞬間がきた。時間にしてほんの3ヶ月の間だっ
たが、えらく長く感じたな。
﹃ええ、あなた様のハートをキャッチする準備も万端ですよ﹄
﹁その言い回しは若干古い﹂
そうか、メルフィーナの容姿を見るのもこれが初めてになるのか。
あれ? 少し緊張⋮⋮
﹁そもそも、お前は長期休暇のついでに俺にかまっているんだろ?
始めと趣旨が変わっていないか?﹂
﹃何も変わっておりませんよ。意外と私も、あなた様のことを好い
ているのかもしれませんね﹄
その俺がメルフィーナに惚れていたって設定、本当かどうか定か
じゃないだろ。
﹃召喚すれば分かることですよ。さ、どうぞ!﹄
﹁はいはい⋮⋮﹂
454
今の俺のMP最大値は2625。ジェラール達を召喚している分
を差し引けば、残りは2045。奇しくも、前回召喚を行おうとし
て失敗した数字だ。足りるか?
意識を集中させ、前方のベッド上に魔力を纏わせる。準備はオー
ケー、後は呼び出すだけ。
空中に魔法陣が出現し、青白い光りが部屋を包み込む。やがて光
は白き翼となり、細かく四散していった。
﹁⋮⋮ご感想は?﹂
ベッドの上に降り立った天使が問う。蒼き長槍、蒼き軽鎧を身に
つけ、その様は気高く、穢れ無き戦乙女を彷彿とさせる。外見上の
年齢は高校生ほどだろうか? 月の光を浴びた蒼白い髪は腰よりも
長く伸びている。神々しさを感じてしまうほどの美貌は可愛らしく
も美しい。天使の翼がばさりと広げられると同時に、神聖な魔力が
場を支配した。
﹁まずまず、好みではある﹂
﹁うふふ、そうですか﹂
つくづく思う。俺は嘘をつくのが苦手だ。
455
第73話 加護
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
﹁ああ、漸く口にすることができました⋮⋮ 噂に違わぬ味、流石
ですね﹂
﹁S級調理スキルを取ってからも日々美味くなっているからな。エ
フィルは慢心することを知らないんだよ﹂
﹁いえ、ご主人様の従者として当然のことです﹂
﹁うんうん、今日も食事が最高だわ! エフィル、おかわり!﹂
﹁はい、どうぞ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
メルフィーナの召喚に成功した翌日の朝。今は食堂にて朝食をと
っているところだ。俺にエフィル、ジェラール、セラ、クロト。そ
してメルフィーナが席に着き、ついに現全てのメンバーが我が家に
集った。
﹁それにしても、このような屋敷を購入していたとは夢にも思いま
せんでした。宿にいなかったので、探すのに苦労しましたよ﹂
﹁意思疎通で言えばよかったじゃないか﹂
﹁折角の感動的な再会なのですよ? 驚かせたいじゃないですか!﹂
﹁ドッキリかよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
変なところに拘る神である。 ⋮⋮さっきからジェラールが黙っ
ているな。どうしたんだ?
456
﹁ジェラール、さっきからずっと黙りっ放しだが、腹でも痛いのか
?﹂
﹁いや、そうではないのだが⋮⋮ 王よ、そこの凄い別嬪さんはど
ちら様じゃ?﹂
﹁そういえば見たことない顔ね。誰?﹂
ああ、そうか。まだエフィルにしか紹介していなかったな。セラ
が普通に会話していたから、すっかり忘れていた。
﹁失礼、ご挨拶が遅れましたね。この場合、初めましてが正しいの
でしょうか? 昨日召喚に応じました、メルフィーナと申します﹂
﹁ひ、姫様ですかな!?﹂
﹁はい、姫様です♪﹂
お前、案外その愛称気に入っていたんだな⋮⋮
﹁へ∼、あなたがメルフィーナだったのね。顔を合わせるのが初め
てだったから気が付かなかったわ。改めてよろしくね﹂
﹁こちらこそ、よろしくお願いします﹂
二人は握手を交わすが、メルフィーナが少し暗い表情になる。
﹁セラは私に対して色々と思うところがあると思います。魔王グス
タフについては︱︱︱﹂
﹁いいのよ。あれは父上が力に固執して暴走した結果なんだから。
それに、その時の勇者を召喚した神はメルフィーナじゃなかったん
でしょ? ケルヴィンに聞いたわ。だったら何も問題ないじゃない
!﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
﹁礼を言われる筋合いもないわよ﹂
457
⋮⋮どうやら、神と悪魔ってことでの縺れはないようだな。俺だ
って陰ながら心配していたのだ。だが二人の様子を見る限りだと、
これ以上心配する必要はないだろう。
﹁ワシはてっきり、早くも王が新たな愛人を連れて来たのかと思っ
たぞ。いやはや、血の雨を見ないで済んだわい﹂
﹁いやいや、何でそうなる﹂
﹁そうですよ。私は正妻なんですから!﹂
﹁ブフォッ!﹂
思わず寸前に口に含んだ牛乳を吹き出してしまう。メルフィーナ、
君さっきまでシリアスモードじゃなかった?
﹁わっ! ちょっと、汚いわよ!﹂
﹁ご主人様、お口を﹂
﹁悪い⋮⋮﹂
エフィルにナプキンで口を拭いてもらう。卓上の朝食はセラが神
速でどかしたので何とか無事だ。
﹁王よ、やはり⋮⋮﹂
﹁違う! 誤解だ!﹂
﹁この程度で動揺するとは、まだまだ未熟のようですね。あなた様﹂
﹁お前、久しぶりだからって色々飛ばしてんな⋮⋮﹂
実体化したことで相当はしゃいでいるようだ。俺に被害が被らな
い程度に留めてほしい。
﹁ところで、メルフィーナって名前をここで呼ぶのは不味いんじゃ
458
ないか? 神として結構名は通っているんだろ? 一応、今は使用
人達を外出させているから大丈夫だが﹂
﹁そうですね⋮⋮ ちょうどいいですし、この義体のステータスを
公開致しましょう﹂
メルフィーナが意思疎通を通して、ステータス画面を皆の眼前に
表示させる。
﹁こちらが完全武装した状態の私のステータスです﹂
==============================
=======
メル 17歳 女 天使 戦乙女
レベル:86
称号 :共鳴者
HP :900︵+635︶
MP :900︵+635︶
筋力 :900︵+814︶
耐久 :900︵+814︶
敏捷 :900︵+814︶
魔力 :900︵+814︶
幸運 :900︵+814︶
ヴァルキリーメイル
装備 :聖槍ルミナリィ︵S級︶
ヴァルキリーヘルム
戦乙女の軽鎧︵S級︶
戦乙女の兜︵S級︶
エーテルグリーブ︵A級︶
スキル:神の束縛︵隠しスキル:鑑定眼には表示されない︶
459
絶対共鳴︵固有スキル︶
槍術︵S級︶
青魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
錬金術︵S級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
==============================
=======
﹁待て、ツッコミどころが多過ぎるぞ!﹂
﹁何分義体は特殊ですので。では、順々にツッコミをどうぞ﹂
﹁お、おう﹂
俺が順番に疑問点を口にし、それに対してメルフィーナが答えて
いく。まず、この不自然に揃ったステータスだが、俺のステータス
と共鳴しているらしい。具体的にはスキルによる強化を含めた俺の
能力の平均値だ。
﹁これは固有スキル﹃絶対共鳴﹄の効果です。ステータスだけでな
く、あなた様のレベルからスキルポイント、挙句の果てには状態異
常まで共鳴します。したがって、私が剛力などの強化スキルを会得
しても無効化されてしまいます。あなた様の召喚術による強化も同
様です﹂
﹁メリットデメリットを織り交ぜたようなスキルだな。どうしてそ
んなスキルにしたんだ?﹂
﹁義体は神の依り代となる特性上、その能力を制限する働きがある
のです。それが﹃神の束縛﹄、今はステータスに表示させています
が、他者からは絶対に見られることのない隠しスキルですね。全て
460
の義体にこのスキルが備わっています﹂
神の束縛による効果は、レベルアップによるステータス・スキル
ポイント上昇値の制限らしい。普通に運用してしまうと、一般人並
の実力しか出せなくなってしまう程。これは神が義体で降りた際に、
世界に余計な影響を与えないようにする為の処置だそうだ。他にも
細かい制限が色々とあるようだが、ステータス面での問題は俺を軸
とした絶対共鳴のスキルによってクリアした訳だ。正に法の穴を狙
った作戦。俺が強くなればなるほど、メルフィーナも強化される。
所持するスキルポイントも俺基準なので、かなり持て余しているな。
﹁何より、これで更に一心同体ですね♪﹂
﹁そうだねハニー﹂
﹁見事な棒読みね﹂
あとは名前か。メルフィーナではなくメルになっている。
﹁これが先ほどの件の解決策ですね。意思疎通以外の会話ではメル
とお呼びください﹂
﹁なるほどな。安直だが分かりやすい。了解だ﹂
﹁メル様、ですね。エリィとリュカにはそちらのお名前で伝えてお
きます﹂
﹁お願いしますね、エフィル﹂
メルフィーナを呼ぶ時は気をつけないとな。む、そう言えば歳に
ついては︱︱︱
﹁何か言いましたか? あ・な・た・様?﹂
﹁⋮⋮いや、何でもない﹂
461
満面の笑顔から危険察知が反応する。歳について触れるのは絶対
にタブーだわ。外見は17歳だし、別にいいんじゃないかな、うん。
﹁さて、私についてはもう良いでしょう。次に、前々から約束して
いた加護についてです﹂
﹁メルの召喚に成功したらって話だったよな﹂
﹁そうです。あなた様、よく頑張りました。花丸あげちゃいます﹂
メルフィーナが俺の右手の甲に人差し指で花丸を描いていく。
﹁うわ、くすぐったいって! 褒められるのは嬉しいけどさ﹂
﹁はい。加護の賦与、完了です﹂
﹁え、ええー⋮⋮﹂
これが加護を渡す儀式ですかい。
﹁お渡ししたのは﹃転生神の加護﹄。デラミスの巫女にも与えてい
る加護ですね﹂
﹁して、その効果は?﹂
﹁2つあります。1つ目の効果は一月に一度だけ、致命傷に成り得
る事象からあなた様を完全に護ります。不慮の事故、予想外の攻撃
からの絶対防御ですね﹂
この加護、それだけでも滅茶苦茶強力じゃないですか! 一度発
動してしまってからのクールタイムがあるとは言え、致命傷の回避
はありがた過ぎる。腕が鈍らないように、ジェラールやセラと練習
試合をすることも最近多いからな。模擬戦とは言え、それなりに力
を出し合う戦い。耐久の低い俺はいつもヒヤヒヤもんなのだ。戦闘
狂だって命あってのものである。
462
﹁やったわね、ケルヴィン! これで次の模擬戦で、私の本気の本
気を撃ち込んでも問題ないわね!﹂
言ってる傍からこれだ。ははは、受けて立とうじゃないか。
﹁お二人とも、ほどほどにお願いします。地下の強度を考えてくだ
さい﹂
﹁﹁はい﹂﹂
エフィルに諭されたところで、次にいこう。
﹁2つ目の効果は︱︱︱ あなた様の魔力を使用した、勇者の召喚
です﹂
463
第74話 魔王と勇者
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁やるではないか、セラ! 以前よりも技にキレが増しておるぞ!﹂
﹁相変わらず、本っ当ーに頑丈ね! どれだけ能力低下を重ねてる
と思ってんのよ!﹂
轟く爆風。交差する剣と拳。ここは屋敷の地下に存在する修練場。
元々は貯蔵庫であった地下室を俺が緑魔法で拡張し、今では本丸で
ある屋敷よりも広い空間となっている。アダマント鉱石でコーティ
ングされた体育館程度の広さがある修練場を初め、俺専用の鍛冶工
房などの趣味部屋が数多く存在する⋮⋮ 予定だ。
﹁ジェラールとセラも随分と強くなりましたね。このような模擬試
合はよくするのですか?﹂
﹁ああ。ビクトールを倒したあたりから、対等な相手が見つからな
くってな。時折こうやって腕を磨き合っているんだよ。基本は総当
たり戦だな﹂
トラージでの遠征もそうであったが、A級程度の実力では最早敵
にすらならないのだ。かと言ってS級モンスターなんて早々現れる
訳もなく、自然とこの形に収まった訳だ。
﹁ジェラールが押しているようですね﹂
﹁ステータスが頭ひとつ抜けているからなー。戦闘経験も俺等の中
で一番重ねているし、まあ当然かもな﹂
464
普段は直線的な格闘技のみで戦うセラも、ジェラールを相手する
ときは技を駆使し、魔法も使う。されど勝率は芳しくない。つまり、
まだまだ力に差があるということ。セラが己の力に慢心しないよう、
ジェラールにはこれからも頑張ってもらいたいものだ。
﹁それにしても、勇者の召喚ねぇ⋮⋮﹂
﹁何かご不満ですか?﹂
今朝、メルフィーナから授かった加護の効力のひとつである、勇
者の召喚。正直なところ、俺はこの権利をどうするべきか迷ってい
た。
﹁そもそもさ、勇者って何なんだよ。魔王を倒す者っつっても、そ
れは勇者じゃない奴でもいいじゃないか? 例えばS級冒険者とか。
ガウンの獣王でもいいな﹂
﹁それはですね︱︱︱ あら?﹂
﹁⋮⋮メルフィーナ、避けるぞ﹂
俺達の方向にジェラールに吹き飛ばされたセラが突っ込んできて
いた。俺とメルフィーナは左右に逸れることで回避する。
﹁もうっ! あと少しで崩せたのにっ!﹂
﹁ガハハ! 惜しかったのう﹂
地面に大の字になって悔しがるセラ。常勝を重ねていた普段の姿
からは思い浮かばない、なかなかレアな光景である。まあ、ここで
は結構見慣れているけど。
ライトヒール
﹁もう一回、もう一回勝負よ! 次は負けないわ!﹂
﹁ほれ、大回復。頑張って来い﹂
465
セラの背中を叩きながら回復してやる。
﹁ありがと! ケルヴィン、私の勇姿を見てなさいよ!﹂
﹁ああ、期待してるよ﹂
セラは弾けるようなスピードでジェラールの元に戻っていった。
そして再開される激しい戦闘。特別製の修練場に破損が生じ始める
のも時間の問題か。何にせよ、鉄は熱いうちに打て、だ。ジェラー
ルには悪いが、セラの気が済むまでやらせるのが通例だ。その後に
反省会も待っているんだけどね。
﹁話を切ってしまったな﹂
﹁いえ、お気になさらず。なぜ勇者でなければならないか、の話で
したね﹂
メルフィーナが手のひらに光を集める。やがて光は人の形を模っ
ていき、宙に浮かぶ。
﹁以前、魔王の出現は変える事のできない事象だと説明しましたね﹂
﹁ああ、確かビクトールと戦う前くらいだったか。覚えてるぞ﹂
﹁更に詳細を話しますと、その事象にはとあるスキルが関係してい
るのです。歴代の魔王は例外なくそのスキルを所持していました﹂
手のひらをスッと返すと共に、光の人形が四散する。
﹁そのスキルの名は﹃天魔波旬﹄。不思議なことに、産まれながら
にしてこのスキルを会得している者はおりません。いずれの魔王も
力を持つようになった段階で、いつの間にか所持しているのです。
その原因はまだ解明されていません﹂
466
﹁何かたちの悪い病気みたいなスキルだな﹂
﹁ふむ、言い得て妙ですね。あなた様、座布団を一枚どうぞ﹂
どこから取り出したのか、メルフィーナが座布団を渡してくる。
素直に敷いて座ってやろう。
﹁よっと⋮⋮ んで、そのスキルの効果は何なんだ?﹂
﹁ひとつが人格を変えるほどの、その身に秘める悪意の膨張、拡大。
もし、誰が魔王となったとしても、それはもう別の何かだとお考え
ください﹂
﹁また物騒な⋮⋮﹂
﹁ええ、厄介この上ないです。条件は不明ですが、傾向的には悪意
ある者がなりやすいですね。あなた様は大丈夫かと﹂
﹁神様のお墨付きがあれば安心だな。で、ひとつはってことはまだ
あるんだろ?﹂
﹁ダメージの無効化です﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
﹁ダメージの完全無効化、常時無敵状態ってやつです﹂
おいおい、そんなのどうやって倒せっちゅうねん。
﹁そう思われるのは当然ですね。そこで活躍するのが勇者、より具
体的に申しますと、異世界人の力なのです。異世界人が持つ異質の
力は、この世界において無敵である魔王の性質を中和させる働きが
あります。パーティに一人でも異世界人がいれば、そのパーティ内
のメンバーによる攻撃は無効化されません﹂
﹁なるほどな。だからデラミスの巫女は異世界人を召喚するのか。
でも、それなら別に勇者と名乗らせる必要もないんじゃないか? 今の話だと俺の攻撃も通じるんだろ?﹂
﹁それはそうなのですが、何事にも建前は必要なのですよ。政治的
467
にも、宗教的にも⋮⋮ 異世界人はこの手の話を好む傾向にありま
すし﹂
﹁面倒な話だな﹂
﹁それに従うかは異世界人次第です。召喚されたからと言って、そ
の後の行動に強制力が働く訳ではありませんから﹂
その辺りは王族や貴族の領分か。まあ俺には興味の欠片もない話
だ。いいように利用されるのは気に入らない。
﹁何か、迷われているようですね﹂
﹁⋮⋮本当に勇者の召喚なんてしていいのかと思ってさ。要は刀哉
達のように、この世界の勝手なエゴで強制的に召喚させるってこと
なんだろ?﹂
﹁⋮⋮そうですね。そこに対象の意思は反映されません﹂
﹁なら︱︱︱﹂
﹁そんなあなた様には、転生召喚をお勧め致します﹂
︱︱︱転生?
﹁勇者の召喚には2つの手段があります。デラミスの巫女、コレッ
トがしたような異世界人の召喚。そしてもう1つが、異世界の死ん
でしまった魂をこの世界に転生させる召喚です﹂
﹁ええと、何が違うんだ?﹂
﹁順に説明しましょう。まず、勇者の召喚には任意の魔力が使われ
ます。この魔力量によって勇者の力が決定されるとお考えください。
召喚する人数に制限はありませんが、その人数分力も分割されます。
この権利は一度しか行使できず、加護を持つ者の魔力しか運用でき
ませんのでご注意ください﹂
仲間の魔力を使うことはできず、俺自身の魔力だけで召喚しなけ
468
ればならないってことだな。
﹁異世界人の召喚は転移させるだけですので、転生召喚に比べて魔
力消費がローコストです。ただし、召喚した際に与えられるスキル
は適正によって自動配分され、特典を自身で選択することはできま
せん﹂
﹁刀哉達の召喚がそれだな﹂
ローコストね。だからデラミスの巫女は4人も召喚したのか。そ
れにしても欲張ったな。
﹁一方で、転生召喚は一度死んでしまった魂を転生させる必要があ
る為、魔力消費が著しく、多人数の召喚には向きません。その代わ
り、スキルと特典を自由に選択することができ、能力も高いのが特
徴です。容姿や歳も変更することができますね。ちなみに、あなた
様はこちらの転生になります﹂
﹁えっ、俺の容姿って生前と違うのか?﹂
何その新情報。かなり複雑な心境なんだが⋮⋮
﹁ご安心ください。あなた様はそのどちらも変えられませんでした。
何分、それをしてしまうとスキルポイントが消費されますので﹂
﹁そ、そうか﹂
その条件でなら、確かに俺はしないだろうな。
﹁こちらの転生召喚でなら、召喚に対する抵抗もないと思われます
が﹂
﹁そうだな。それなら問題ないか⋮⋮ 聞くが、転生させる魂は選
べるのか?﹂
469
﹁異世界人の召喚は神によって選出されますが、転生召喚は完全に
ランダムです。実際に召喚するまで、どのような人物が召喚される
か分かりません﹂
ランダムか、鬼が出るか仏が出るか。ぶっちゃけ、刀哉のような
主人公体質の奴がもう一人召喚されたら、俺や刹那がストレスでハ
ゲる。それだけは勘弁願いたい。そう考えるとこれは物凄い賭けな
のだろうか。そもそも召喚させる必要があるのだろうか? 魔王と
戦うにしたって、異世界人である俺で事足りそうだし⋮⋮
﹁結論を急ぐ必要はありませんよ。権利が消失することはありませ
んので、迷いに迷ってください﹂
﹁そうするか﹂
あまり気負わず、一度頭を空にして考えてみるか。エフィル達の
意見を聞いてみるのもいいかもしれない。
﹁⋮⋮あなた様﹂
座布団を持ち上げ、メルフィーナに目配せする。
﹁ああ、まただな。そろそろ昼時だ。これを避けたら引き上げると
しよう。飯を食べながらセラの反省会だ﹂
吹き飛ばされたセラを避けながら、すれ違いざまに回復魔法をか
けてやる。今日もこっ酷くやられたからな。反省会では相当悔しが
ることだろう。
470
第75話 転生召喚
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
その夜、修練場に全員を集める。ここならば目立つこともないだ
ろう。
﹁予想よりも早かったですね。まさか、その日のうちに決断される
とは思っておりませんでした﹂
﹁皆と話し合った結果だよ。ジェラールとの契約の事もある。戦力
はいくらあっても困らないからな。まあ、勇者くらい御しきれない
ようじゃ、俺もそこまでの男ってことだ﹂
そう、勇者の転生召喚をすることにしたのだ。あれから悩み、意
見を収集した末の結論。これで勇者に出て行かれたら格好悪いな。
﹁エリィ、リュカ。以前、ご主人様が召喚士だと言う事は話しまし
たね? これから行うのは、その中でも特殊な召喚です。私達の仲
間になるか、お客様になるか、それとも道を違えるかはまだ分かり
ません。ですが、ご主人様に仕える身として恥をかくことのないよ
う、気をつけてください﹂
﹁承知しました、メイド長﹂
﹁はーい﹂
リュカが可愛らしく返事をする。二人はエフィル特製のメイド服
に身を包ませ、既に見た目は完全にメイドさんだ。特にエリィは問
題なく働き始めているので、一人前になる日も近いだろう。リュカ
はまだまだ見習いメイドである。一応、エリィとリュカには俺が召
471
喚士だとエフィルから伝えさせている。
﹁そこまで気負わなくても大丈夫ですよ。例え運悪く悪人が転生し
たとしても、レベルは例外なく1からです。装備も初期のものばか
り、赤子の手を捻るよう倒せますよ﹂
﹁いや、倒しちゃいかんだろ⋮⋮﹂
その場合は無理矢理にでも更生させる。勇者の力を持った悪人な
んて危なくて放置できんわ。
﹁ねえ、さっさと済ませちゃいましょうよ。ふぁ、何だか眠いのよ
⋮⋮﹂
﹁あの後、続け様に連戦したせいだろ﹂
午前中にジェラールと2連戦、午後に俺とクロト、1周回ってま
たジェラールとそれぞれ連戦したのだ。そりゃ疲れるわ。負けず嫌
いにも程がある。
﹁おかげで収穫もあったわよ⋮⋮ ってことで、早くー⋮⋮﹂
﹁はいはい。っとその前に、召喚解除!﹂
MP確保の為、ジェラール、セラ、クロト、メルフィーナの召喚
を解除し、俺の魔力に戻す。そしてエフィルからMP回復薬を受け
取り、最大値まで回復。
﹃メル、頼んだ﹄
﹃それでは、これより加護の権利を行使し、転生召喚を行います。
消費する魔力量と人数を決めてください﹄
﹃俺のMPを1だけ残して、その全ての魔力を1人に集中させてく
れ﹄
472
どうせやるなら、求めるのは強い勇者だ。生半可な力だと付いて
来れるか怪しい。
﹃準備が完了しました。転生を開始します﹄
修練場の中心に巨大な魔法陣が一瞬にして描かれる。魔法陣は仄
かに白い光を煌かせながら、幻想的な空気を醸し出している。だが、
それ以降の変化はまだ起こらなかった。
﹃⋮⋮結構かかるな﹄
﹃スキルの選択で悩んでいるようですね﹄
﹃それがあったか⋮⋮ かなり時間がかかるんじゃないか? 俺な
ら一日中悩む自信があるぞ﹄
﹃いえ、時間軸が異なるのでそこまでは︱︱︱﹄
メルフィーナが急に黙り込んだ。
﹃決まったようです。どうやら、容姿と年齢は変更せずに転生する
ようですね。それに⋮⋮﹄
﹃それに?﹄
﹃いえ、実際にお会いした方が早いです。もう来ますよ﹄
顔を向けると光が円柱を作り、魔法陣を覆い始めていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
473
りお
僕、佐伯理桜は生まれながら病弱だった。覚えていないくらい小
さな時に難病を患ってしまい、学校には殆ど行くことができず、今
思えば僕の部屋と病室で人生の大半を過ごしていたと思う。
そんな僕に友達ができるはずもなく、一人で過ごすことが自然と
多くなる。することと言えば、自学をしたり小説を読むことくらい。
読むジャンルは専ら冒険ものだった。外の世界を窓から覗くことし
かできない僕にとって、それが唯一の心の支えでもあったんだ。い
つか、この物語のように外に飛び出し、ワクワクするような気持ち
を味わいたい。その思いを胸に、今まで治療を頑張ってこれた。
だけど、それも全部無駄に終わってしまう。14歳の誕生日を迎
える前日に、病状が急変。嘘みたいに呆気なく、僕の人生は幕を閉
じてしまった。
︵はぁ⋮⋮ 結局、僕の人生って何だったのかな⋮⋮︶
私の眼には何も映らない。一面闇で覆われ、無音。
︵これが死後の世界なのかな? はは、もうどうでもいいや⋮⋮︶
自暴自棄になって瞳を閉じる。どうせ、僕の意識もそのうち消え
てなくなってしまうだろうさ。
︱︱︱ピコン。
聞きなれない音を耳にする。それも、とても死後の世界で聞くよ
うな音ではなかった。
︵何だろう?︶
474
眼を開くと、そこは先ほどを同じ闇の世界。しかし、ただ1つ異
なるものがあった。
﹃異世界へようこそ!﹄
︵⋮⋮何これ?︶
目の前に浮かぶ半透明の板。そこにボタンのようなものが光って
いた。操られるように、僕はそのボタンをすぐさま押した。
﹃おめでとうございます! あなたは厳正なる抽選の結果、異世界
への転生権を獲得しました。これより、あなたの魂を転生神︵代理︶
の下に送ります。そちらで転生の準備を行ってください﹄
︵⋮⋮転生? 異世界? 小説でよく読んでいた、憧れていたあの
?︶
沈んでいた心に光が差した気がした。そして、意識が段々と遠の
いていく。
この後、僕は神様の代理人を名乗る天使に出会い、仕事の愚痴を
暫く聞かされることとなる。もちろん、スキルを決める時間もそれ
なりにかかったんだけど、それよりも愚痴が長いってどういうこと
なんだろう? 普段会話をすることがない僕にとっては楽しい一時
だったけど、上司はよっぽど適当な神様なんだろうな∼、と心の片
隅で思った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
475
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ズン!
魔法陣の中心に何かが落ち、煙があたり一帯に上がる。人型の影
は仄かに見えるが、まだその姿を確認することはできない。
﹃背丈からして、まだ子供のようだな﹄
これで極悪人を召喚してしまった、なんて間抜けな話は少なくと
も回避できた。
﹃あなた様の幸運値でクジ運が悪い訳がありません。必要となる人
物を引き当てるに決まってますよ﹄
﹃そうだといいが﹄
煙が消えていく。現れたのは、150センチも身の丈がないよう
な小柄な少女だった。ショートカットの髪が俺と同じ黒なことから、
日本人だと読み取れる。色白で細身だが歳相応に可愛らしく、将来
がとても楽しみな︱︱︱ って、今注目すべきところは違うだろう
が。
﹁ここ、は⋮⋮?﹂
まだ意識が朦朧としているようだ。身に着けている装備は懐かし
き旅人装備一式。俺が転生した頃を思い出すな。
﹁まずは、はじめましてかな。俺の名はケルヴィン、冒険者を生業
にしている。そしてここは俺の屋敷の地下室だ。こんなところでの
476
召喚になってしまったが、そこは我慢してくれ﹂
﹁ぼ、冒険者! ⋮⋮あ! は、はじめまして。僕の名前は佐伯理
桜って言います﹂
りお
理桜か。リオ⋮⋮ いかん、どこかの中年と名前が被ってしまっ
ている! これは一大事だ!
﹁⋮⋮天使さんから聞いたんですけど、僕、本当に異世界に転生し
ちゃったんですか?﹂
﹁天使さん?﹂
﹃私の代理をやらせている部下のことですよ﹄
﹃お前、そんな大事なことを部下に任せていいのか?﹄
﹃いいのです。何事も経験ですので﹄
ものは言い様だな⋮⋮
﹁君を異世界から転生させてしまったのは、召喚士である俺だ。ま
ずは、こちらの都合で転生させてしまったことについて謝罪し︱︱
︱﹂
﹁あなたが転生させてくれたんですね!?﹂
﹁よお!? う、うん。そうだけど⋮⋮﹂
先ほどまで気後れしていた理桜が、行き成りガシッと俺の両手を
掴み、力強く確認してきた。何これ、お兄さんの心臓も吃驚なんだ
けど。
﹁あ、ありがとう⋮⋮! 本当にありがとうござい、ます⋮⋮ え
っく、ひっく⋮⋮﹂
477
そして、俺の胸で泣き出してしまった。あれぇ、おかしいな。デ
ジャブを感じるぞ。
﹃⋮⋮王よ、出会い頭に女子を泣かすスキルでも持っているのか?﹄
持ってないはず、何だけどなぁ⋮⋮
478
第76話 リオン
﹁僕からもお願いします! 仲間に入れてください!﹂
理桜を落ち着かせ、転生させたこと、自分も転生者であることに
ついて詳しく説明する。どうやら理桜は生前から冒険者に憧れてい
たらしく、話を聞かせていると段々に眼を輝かせていた。これから
どうしたいかを尋ね、改めて俺達の仲間にならないか勧誘したとこ
ろ、即答で受けてくれた。
﹁もっと考えなくていいのか? 俺としては助かるからいいんだが
⋮⋮﹂
﹁ううん、いいんだ。ケルヴィンさんにはとっても感謝してるし、
恩返しもしたい! 僕にとっても、ケルヴィンさんに付いていけれ
ば安心なんだけど、僕じゃ力になれないかな?﹂
﹁そうか。なら、これからよろしく頼む﹂
右手を差し出し、理桜と握手を交わす。歳に違わず、とても小さ
く暖かな手であった。続いて、全員の紹介を︱︱︱
あ、召喚解除しているんだった。エリィにMP回復薬のおかわり
を持ってきてもらう。うう、飲み過ぎで腹がたぷたぷしてきた⋮⋮
一先ず必要値まで回復し、全員を再召喚。突然の召喚に理桜は何
が起こったのか分からず、目を点にしている。
﹁ええと、あそこで寝ている人は?﹂
479
理桜が指差す先にはスヤスヤと眠るセラの姿があった。
ああ、解除している内に眠ってしまったのか。エフィルがクロト
から毛布を取り出し、セラにかけているところだ。
﹁セラだ。眠気に負けちゃったか⋮⋮ 今日は疲れているみたいで
さ、彼女の紹介は明日にでもするよ﹂
セラ以外の紹介は無事に終える。そうだな、まずはある問題の解
決から取り掛かるとしよう。
﹁理桜、君の名前について少し問題があるんだが、少しいいか?﹂
﹁名前? あ、日本人っぽい名前だと異世界じゃ目立つかな?﹂
﹁いや、リオと言う名前自体はこの世界でも一般的なんだが、その
⋮⋮ この街のギルド長のおっさんと名前が被ってる﹂
﹁⋮⋮それはちょっと嫌かな﹂
そうだよね。女の子としては複雑だよね。
﹁﹃命名﹄スキルがあれば名前の変更ができるんだが、それにスキ
ルポイントを割り振るのも勿体ないよな。あれ、青字で表示される
し﹂
﹁あなた様、その必要はありませんよ﹂
﹁ん?﹂
﹁理桜は転生したのです。当然、名前の変更権利も持っています。
そして、その権利はまだ使われていません﹂
こっち
﹁うん。天使さんにも言われたけど、取り合えず保留にしておいた
んだ。異世界でどんな名前が使われているか分からなかったし﹂
﹁え、転生にそんな権利あるの? 俺の時はなかった気がするけど﹂
﹁あなた様は記憶を消される前に変更致しましたから﹂
480
ケルヴィンってのは自分で付けた名前だったのね⋮⋮
﹁ま、まあこれで問題解決だな! 理桜、どんな名前にする? ち
なみにファミリーネーム⋮⋮ 苗字は貴族や王族しかないものだ。
そっちはなくて問題ない﹂
﹁んー、それじゃあ⋮⋮ リオンで!﹂
﹁⋮⋮良い名だと思うけど、あまり変わってないぞ?﹂
理桜に一文字足しただけだからな。
﹁僕、よく自分が物語りの中に入れたらって妄想しててさ。その中
で使っていた名前が﹃リオン﹄だったんだ。やっぱり、これがしっ
くりくるかな﹂
﹁そっか。なら、今日からリオンと名乗るといい。 ⋮⋮と行った
ものの、どうやって変えるんだ、メル?﹂
﹁ステータス画面を開いて、ご自分の名前の欄を見てください。編
集ボタンがあるはずです﹂
﹁あ、本当だ﹂
理桜、もといリオンがステータス画面を開き確認する。無事に発
見できたようだ。
﹁これでいいかな?﹂
鑑定眼でリオンのステータスを見る。
==============================
=======
481
リオン 14歳 女 人間 軽剣士
レベル:1
称号 :パーズの勇者
HP :20/20
MP :23/23
筋力 :4
耐久 :2
敏捷 :7
魔力 :4
幸運 :3
スキル:斬撃痕︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
軽業︵C級︶
交友︵C級︶
剛健︵A級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化 ==============================
=======
名前は大丈夫だな。それよりも驚くべきはステータス・スキルの
高さ、そして倍化スキルを所持していることだろう。これは成長が
楽しみだ。
﹁ああ、ちゃんとリオンになってる。それにしても、倍化スキルは
自力で発見したのか?﹂
﹁うん。これでも異世界に転生するお話はいくつも読んできたから
ね。成長率を上げるスキルがあるかもって探してみたら、案の定あ
ったんだ! あとはスタンダートにハズレの少なそうな剣術スキル
482
を極めてみました﹂
﹁正解だ。レベル1のうちに倍化を会得しておくメリットはでかい。
他にも色々と覚えたようだな﹂
﹁あはは、他のスキルはちょっとね⋮⋮ 生前の苦手意識からって
言えばいいかな。ほら、僕って生前体が弱くってさ。死んだ原因も
病気のせいだったんだ。それで﹃剛健﹄にかなりポイント振っちゃ
ったんだ。﹃交友﹄も友達ができるか不安だったから⋮⋮﹂
リオンが下を向いてしまう。俺が考えているよりも深く、トラウ
マとして残っているのかもしれない。
﹁別に恥じることじゃない。レベルの高い﹃剛健﹄は病だけでなく、
状態異常にもかかり難くなる。﹃交友﹄だって、自分の気持ちを伝
えるのに最適なスキルだぞ。要は使いよう、それぞれのスキルをリ
オンの為に使ってくれ﹂
﹁⋮⋮うん!﹂
よかった。暗い雰囲気は一掃できたようだな。それじゃ、もう1
つ景気付けに言ってやろう。
﹁では改めて⋮⋮ ようこそ、剣が鍔迫り合い、魔法が飛び交う異
世界へ! 俺達はリオンを歓迎する!﹂
﹁︱︱︱! リオンです! まだまだ何も分からない新米ですが、
一日でも早く皆さんに追いつけるよう頑張ります! よろしくお願
いします!﹂
皆が拍手でリオンを迎える。新たな仲間を無事に迎え終え、ちょ
うど今日一日が終える時間に差しかかろうとしていた。
⋮⋮ってことで、もう格好付けなくていいよね? 勢い良く地面
483
に座り込む。
﹁ご主人様!?﹂
﹁何事だ!?﹂
﹁ああ、大丈夫大丈夫。正直さ、魔力を使い果たして立っているだ
けでやっとだったんだ⋮⋮﹂
これまでにないほどの倦怠感。思えば、これまで魔力を使い果た
す経験はなかった。肉体的に疲れている訳ではないのだが、物凄く
眠い。
﹁クロちゃん、一番効果の高い魔力回復薬を出して﹂
エフィルの言葉にクロトが保管から秘蔵の回復アイテムを取り出
す。そのままエフィルに飲ませてもらう。
﹁んぐっ、ぷはぁ。生き返った。だがもう飲めん⋮⋮﹂
﹁び、吃驚したよ⋮⋮ MPがなくなるとそうなるんだね﹂
﹁ええ。ですから、リオンも気をつけてくださいね。あなた様、悪
例を意図的に出すことで用心を促してくださるとは、流石です﹂
﹁そうだったの!?﹂
﹁⋮⋮実はそうだった﹂
実はそうじゃないけど見栄を張ってしまう悲しい男の性。
﹁くっくっく⋮⋮ そうじゃな、流石は王じゃな!﹂
﹁お母さん、やっぱりお兄ちゃ、じゃなかった⋮⋮ ご主人様は凄
いね!﹂
﹁そうね。でも今は静かにしていなさい、ね?﹂
484
メルフィーナのフォローに感謝です。はい。
﹁さて、そこそこ良い時間帯だ。今日はもう寝るとしよう。リュカ、
準備しておいた客室にリオンを案内してくれ。正式な部屋はまた明
日決めよう﹂
﹁はーい。リオンお姉ちゃん、私に付いて来て!﹂
﹁うん、ありがとう。あ、そうだ。ケルヴィンさん﹂
部屋を出る寸前にリオンが振り返る。
﹁僕、明日からどんな立場で過ごせばいいかな?﹂
﹁ん? 普通に仲間として過ごせばいいと思っていたけど﹂
﹁僕みたいなレベル1の新人が行き成りケルヴィンさんの仲間にな
って、家にまで住み着くって変じゃないかな?﹂
﹁あー⋮⋮ 確かに、他人から見たら相当おかしいか﹂
下手をしたら変な噂が立つ。そしてリオに目を付けられる。
﹁でしたら、腹違いの兄妹という設定にしてみては? 遠い異国か
ら兄であるあなた様を追いかけて、パーズまでやってきた妹のリオ
ン。お二人とも、ここでは珍しい黒髪ですし﹂
﹁まあ、顔立ちは似ておらんが⋮⋮ ギリギリいけるかのう﹂
﹁確かにトラージではそこそこいたが、パーズではそうそう見ない
な。リオンはそれでもいいか?﹂
﹁僕もそれで構わないよ! えへへ、僕1人っ子だったから、何だ
か嬉しいな﹂
はにかみながら笑うリオン。顔が少々赤いのは気のせいだろうか。
﹁それじゃあ、おやすみ、リオン。明日から忙しくなるぞ。ゆっく
485
り休んでおけ﹂
﹁うん。おやすみなさい。僕頑張るね、ケルにい!﹂
486
第77話 パワーレベリング
︱︱︱暗紫の森
リオンを転生召喚した翌日、俺達はパーズ周辺で比較的高レベル
モンスターが住み着くダンジョン、暗紫の森を訪れていた。目的は
リオンのレベルアップ、要は俺の経験値共有化を用いたパワーレベ
リングだ。本来であればモンスターを倒した者が得るはずの大半の
経験値を、パーティ全員に等しく配分するスキル。これを使うこと
で、例えレベル1の者であろうとパーティ内にいさえすれば、高レ
ベルモンスターを倒したのと同義になるのだ。
﹁いかにもダンジョン、って感じだね!﹂
﹁あ、あの、ご主人様⋮⋮ なぜ、私達もお供しているのです?﹂
﹁お母さん、真っ暗な森だね。昼なのに全然明るくないよ?﹂
また、そのついでにエリィとリュカも連れてきている。二人は戦
闘員でないにしろ、現実何が起こるか分からないのがこの世界だ。
最低限の自衛はできるようにしてもらう。
現在のステータスは以下の通り。
==============================
=======
エリィ 28歳 女 人間 メイド
レベル:5
称号 :なし
487
HP :13/13
MP :18/18
筋力 :5
耐久 :5
敏捷 :11
魔力 :4
幸運 :12
スキル:奉仕術︵F級︶
調理︵D級︶
清掃︵E級︶ ==============================
=======
リュカ 10歳 女 人間 見習いメイド
レベル:1
称号 :なし
HP :7/7
MP :5/5
筋力 :2
耐久 :1
敏捷 :2
魔力 :1
幸運 :2
スキル:奉仕術︵F級︶
裁縫︵F級︶
==============================
=======
屋敷にはセキュリティーとして、俺が生成したゴーレムを置き、
警備にあたらせている。勇者との戦いでも使用した、あのゴーレム
488
だ。刹那に斬られはしたが、あれは例外。本来はA級モンスターと
同等の力を擁する。その改良型・試作型を正門に2体、庭園に4体、
屋敷内に6体配置させている。生成さえしてしまえば、後は定期的
になメンテナンス︵と言う名の改造︶と、魔力の補充だけで済むの
だ。何ともお手軽である。最近、このゴーレム作りが俺の趣味の一
部となってきたのは内緒の話だ。
しかし、そのゴーレムによる警護があると言えど、このステータ
スではもしもが起こった時に心配なのだ。
﹁二人もある程度レベルを上げてもらう﹂
﹁でも、ご主人様。私、モンスターと戦ったことなんてないよ?﹂
﹁私も幼少の頃に狩りの手伝いをしたくらいです﹂
﹁まあ、安心しろって。今日はここで座ってるだけだよ。まずは基
礎となるステータスとスキルポイントから固める﹂
当たり前だが、こんなところでリオン達を戦わせる気は全くない。
ジェラール、セラ、クロトがダンジョンに潜り、リオン達は入り口
で待機しながら経験値だけ得てもらう。B級ダンジョンである暗紫
の森であれば、パーズの他の冒険者もおらず、他のパーティの邪魔
になることもないだろう。俺とエフィル、メルフィーナは3人の護
衛に徹する。
﹁ケルにい、僕も待機?﹂
﹁悪いが、今日は待機してもらう﹂
﹁そっかー⋮⋮ まあ、焦っても仕方ないからね。その代わり、ケ
ルにいには色々と話をしてもらうからね!﹂
﹁リュカも聞くー!﹂
﹁元からそのつもりだよ﹂
489
ただ待っているのも時間の浪費だからな。その間に知識を教え込
む算段だ。
﹁では、ちょいと行ってくる﹂
﹁ふふん。ジェラール、1時間の間に何体狩れるか勝負よ!﹂
﹁ほほう、面白い。昨日の雪辱戦という訳か﹂
﹁なら決まりね。はい、スタート!﹂
﹁ちょ! 行き成りは狡っ辛いぞい!﹂
﹁負けた方は帰りの荷物持ちねー!﹂
セラが飛びながらそう言い去っていった。ジェラールも遅れなが
ら追いかける。
セラの奴、機動性に長けた方が有利な勝負を仕掛けたな。しかし、
クロトのことを忘れてないか? B級程度のモンスターなら、力を
割いた分身体でも倒せるんだぞ。詰まる所、クロトだけチームで挑
んでいるようなものだ。
コアを持つ本体、エフィルの肩に乗ったクロトはのほほんとして
いるが、複数の分身体は既に森へと入り、狩りを始めている。はて
さて、荷物持ちなるのは誰になるのやら。
﹁よし、俺達も始めようか﹂
教本となる小冊子を取り出すと、リュカがちょっと嫌そうな顔を
した。ふふ、誰が世間話と行ったかな? 話と言っても勉強の話な
のだよ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
490
∼∼∼∼∼∼∼
セラ達が出発して30分が過ぎようとしていた。エフィルは森の
木に登り周囲の警戒。メルフィーナはシートに座りながらニコニコ
と俺の話を聞いている。
﹁魔法を扱うスキルには5つの種類がある。炎雷を操り、最も攻撃
的で破壊力のある赤魔法。水と氷で補助に長け、敵には阻害を与え
る青魔法。風や土で状況の変化に対応しやすく、バランスの良い緑
魔法。そしてアンデッドに滅法強く、回復を得意とする白魔法。最
後に死体を操るなどトリッキーな魔法の多い黒魔法だ。もちろん、
白魔法にだって攻撃魔法はあるし、赤魔法にだって補助魔法はある。
大体のイメージとして捉えた方がいいかもしれないな﹂
﹁ケルにい、さっきからファンファーレの音がうるさくて集中でき
ないんだけど⋮⋮﹂
﹁順調にレベルアップしているってことだ。ステータスを見てみろ﹂
﹁えっと⋮⋮ わっ! もうこんなにレベルが上がってる!﹂
﹁す、凄いですね⋮⋮﹂
﹁私もだ! ご主人様、見て見て!﹂
先ほどまで慣れない勉強をした為か、白い煙を出していたリュカ
だったが、嬉しそうにステータス画面を見せてくる。うんうん、セ
ラ達も順調のようだ。リュカの頭を撫でようとしたちょうどその時、
エフィルからの念話が入る。
シャドーウルフ
﹃ご主人様、森の奥からモンスターが一匹、こちらに向かってきま
す。種族は影の狼。はぐれたのか、群れではありません﹄
﹃うん? はぐれモンスターか⋮⋮﹄
491
ちょうど良いな。これは召喚術を見せる良い機会かもしれない。
屋敷の番犬も欲しかったし。
﹃狙撃せず、そのまま通せ﹄
パタン、と教本を閉じる。
﹁ケルにい?﹂
﹁森からモンスターが一匹向かって来ているようだ。リオン、犬は
好きか?﹂
﹁え? うん、まあ好きかな。直接触れる機会は生前なかったけど
⋮⋮﹂
﹁なら、ちょっと待っててくれ﹂
﹁﹁﹁︱︱︱?﹂﹂﹂
シャドーウルフ
暫くすると、森から影の狼がこちらに向かってくるのが見えた。
日本で見られる狼よりも一回り大きな黒い毛並みの体を持ち、眼が
紅いのが特徴的だ。懐かしいな、エフィルを仲間にした頃によく相
手をしたものだ。
﹁ご、ご主人様! 危険です!﹂
エリィが堪え切れずに叫ぶ。B級モンスターを初めて目にしたの
だ。俺の実力を知っているとは言え、心配してくれているのだろう。
﹁問題ない。メル、一応皆の前に控えてて﹂
﹁心得ました﹂
シャドーウルフ
影の狼の目が俺を捉える。このまま真っ直ぐ俺に向かって来てく
れれば楽なんだけどな。まあ、どっちに行こうが結果は同じなんだ
492
が。
﹁ワォーン!﹂
シャドーウルフ
鳴き声を漏らしながら俺に飛び掛る影の狼。
エアプレッシャー
﹁重風圧﹂
エアプレッシャー
拘束に便利ないつもの重風圧を発動。残りHPを鑑定眼で確認し
エアプレッシャー
ながら、重圧の微調整を行っていく。HPが半分になったところで
重風圧を解除。そして契約を発動だ。俺のMPの半分が消費され、
ちょっとだるい感じに。
﹁光りだしたな。契約成立だ﹂
﹁ケルにい、これは?﹂
﹁召喚術の契約だよ。これでさっきの狼が俺の配下になったんだ﹂
﹁こ、これが召喚術ですか⋮⋮ 初めて見ました﹂
﹁ご主人様、つよーい!﹂
む、そういえばこいつは名前なしだったな。屋敷に戻ったらリオ
ンに名付けてもらうか。そんなことを考えていると、再びエフィル
からの念話が届けられた。
﹃ご主人様、後方から冒険者のパーティがやってきます﹄
﹃今度は冒険者か? 今日は珍しく大盛況だな、この森﹄
ここ
俺ら以外の冒険者が暗紫の森に出入りするところなんて、これま
で見たことないんだけどな。
﹃あれは︱︱︱ ウルドさんのパーティです﹄
493
第78話 やり過ぎた
﹁おお、誰かと思えばケルヴィンじゃねーか! ⋮⋮森の入り口の
ど真ん中にシート敷いて何してんだ?﹂
エフィルの報告通り、冒険者の正体はウルドさんのパーティであ
った。むむ、ここなら誰も来ないと思ったんだけどな。ちなみにエ
フィルは木から下り、今は俺の横に並んでいる。
﹁はは、ちょっとしたピクニックですよ。天気もいいですし﹂
﹁こんな危険な場所でか⋮⋮﹂
ウルドさんが呆れた顔をする。しかし、事実だから仕方ない。
﹁ウルドさんこそ、暗紫の森に来るなんて珍しいですね﹂
﹁ああ、俺達のパーティも漸くB級昇格試験の資格を得たんでな。
今は試験の真っ最中だ﹂
試験の内容は暗紫の森に生息するブラッドマッシュ、エルダート
レント、ドクロ蜜蜂を各10体討伐するというものらしい。討伐し
たモンスターの指定された部位を持ち帰り、晴れてB級へ昇格とな
る訳だ。現在はボスモンスターがいない為、ダンジョン内のモンス
ターは比較的大人しい。ウルドさんのパーティの実力であれば、何
とかクリアすることができるだろう。
・・
ただ、注意すべきはパーティ全員が同じ試験を受けていると言う
ことだ。先ほどの討伐モンスターは一人あたりのノルマ、つまりは
全員がこの数を倒さなければならない。ウルドさん達の人数分を合
494
計するとかなりの討伐数となる。
このあたりが通常の依頼と昇格試験の異なるところだな。依頼で
パーティ全員の力が試され、試験では個の実力が試される。まあ、
今回のウルドさんの試験であればある程度手助けはできそうだけど。
ちなみに討伐者を偽って報告をするのは不可能だ。パーティの仲
間内であろうとも、止めを刺さなければこの数にはカウントされな
いからである。高位の鑑定眼であればアイテムを見たときに討伐者
の名前も見ることができ、その止めを刺した者がここに記載される。
冒険者ギルドはこの記載もしっかり見ている。嘘を付いてバレでも
したらそれこそ問題だ。
話は変わるが、エフィルも先日B級への昇格試験を受けている。
内容は似たような討伐で特に問題なくクリア。開始地点から一歩も
動くことなく終わらせてしまった。
﹁にしても、見ない顔が︱︱︱ って何で美人美女美少女ばかりな
んだよ!? エフィルはいいとして、これ全員お前の新しい仲間か
!?﹂
﹁え、ええ、まあ。エリィとリュカは私の屋敷で働かせているメイ
ドで、冒険の仲間って訳ではないですが﹂
エリィが軽く会釈する。リュカもそれを見て、同じように真似る。
﹁クソ、何て羨ましいんだ!﹂
﹁うちは男ばかりだってのに⋮⋮﹂
﹁エフィルちゃんとセラ嬢だけでは足りんと言うのか⋮⋮!﹂
ウルドさんの背後にいる仲間の冒険者達が、羨望と妬みの眼差し
495
を俺に向けてくる。エフィルやセラ程ではないにしても、エリィも
かなりの美人さんにカテゴライズされるからな。その娘であるリュ
カも然り。
パーティの人達のことはよく知らないが、鑑定眼で見る限りウル
ドさんを含めた4人全員が30歳を超え、重戦士、剣士、弓使い、
魔法使いと構成のバランスが良い。のだが、なぜか全員マッチョな
肉体をしている為、非常に男臭い︱︱︱ いや、いぶし銀の光る渋
いパーティだ。
﹁お、落ち着けお前ら! このくらいで狼狽えるんじゃねぇ!﹂
﹁す、すまないリーダー。少し取り乱したようだ⋮⋮﹂
若干狼狽えているウルドさんが仲間達に檄を飛ばす。しかし、そ
れでも仲間達は落ち着きを取り戻してきているようだ。流石だな。
今のうちにささっと挨拶を済ませてしまおう。
﹁ああ、二人の紹介もまだでしたね﹂
﹁皆さん、はじめまして。私、メルと申します。以後、よしなに⋮
⋮﹂
﹁ぼ、僕はリオンっていいます。えっと、ケルにいの妹です。よろ
しくお願いします﹂
何か神々しい光をバックに携えたメルフィーナと、大人と話すの
に慣れていない為か、少し緊張しているリオンが挨拶する。
﹁リーダー! やっぱり人生不公平だよ!﹂
﹁だって今度は可愛らしい妹だぜ!?﹂
﹁聖女のような美少女だっているんだぜ!?﹂
﹁待て、お前ら! 気持ちは分かるが待て!﹂
496
﹁唯一妻子持ちのリーダーには、独り身の俺達の気持ちは分からね
ーよ!﹂
﹁﹁そうだそうだ!﹂﹂
なぜか仲間の抗議の声が強くなってしまった。とてもではないが、
これはウルドさん一人では止められそうにないぞ。どうしてこなっ
た?
余談だが、メルフィーナの天使の輪と白翼は今は見えていない。
と言うのも、それらは魔力の集合体なので、その気になれば自由に
具現化できるそうなのだ。もちろん、メルフィーナが本気で力を出
すとなると、視認できる程になってしまう。最も、そのような場面
ならば四の五の言ってられないだろうが。
﹃ご主人様、そろそろウルドさんが突破されます﹄
む、そうだな。そろそろ俺も加勢︱︱︱
﹁今戻ったわよー! って、何してんのよ?﹂
﹁またカオスな状況じゃな﹂
どうやらスタートから1時間が経っていたようで、セラとジェラ
ールが狩りから戻ってきた。クロトの分身体達もピョンピョンとそ
の後ろを付いて来ている。
﹁む、そこにいるのはウルド殿ではないか﹂
﹁その声はジェラール殿! ちょうどよかった、この馬鹿共を止め
るのを手伝ってくれ!﹂
そういえば、ジェラールとウルドさんは悪魔討伐の宴で仲が良く
497
なっていたんだったか。ジェラールが加われば、鎮圧は容易だろう。
﹁んー⋮⋮ この人、誰だったかしら? ジェラールの知り合い?﹂
﹁憶えてないのか? まあ、セラはあの時相当酔っていたからな﹂
﹁記憶にないわね!﹂
﹁酒は一口しか飲んでいなかった筈なんだけどね⋮⋮﹂
その後の面倒を見るのが肉体的にも精神的にも大変だったんだぞ。
まあ今では良い思い出、なのかもしれないが。
そうこうしているうちにジェラールによる暴徒の鎮圧が完了する。
﹁む、無念⋮⋮﹂
﹁事情は知らぬが、まあ落ち着け。ウルド殿も困っているではない
か﹂
﹁ジェラール殿、手を煩わせてしまったな。俺の管理不足だ。すま
ねぇ﹂
﹁何、お互い様じゃよ。王の命を救って頂いた恩もあるしのう﹂
﹁大袈裟だな、あんなのおふざけみたいなもんだろう?﹂
恩とはセラの首絞めから俺の命を救ってくれたことだ。いやいや、
おふざけなんてとんでもない。あの首絞めは俺唯一の命の危機だっ
たといっても過言ではないのだ。ウルドさんの一声がなかったら、
今俺はここにいなかったかもしれない。
﹁お前ら、これからB級ダンジョンである﹃暗紫の森﹄で試験なん
だぞ!? そんな半端な気構えで合格できると思ってんのか!﹂
おっと、ウルドさんの叱咤が始まったな。
498
﹁試験? 暗紫の森で何かやるの?﹂
﹁ああ、これからギルドの昇格試験を暗紫の森でやるらしい。内容
はモンスターの討伐依頼だそうだ﹂
﹁﹁⋮⋮えっ﹂﹂
な、何だよ? セラもジェラールも微妙な顔をしてハモるなよ⋮⋮
﹁やばいのう⋮⋮﹂
﹁やばいわね⋮⋮﹂
﹁お前ら、一体何をした?﹂
おいおい、嫌な予感しかしないぞ。
﹁ご主人様、モンスターの姿が森の中に見当たりません。もしやと
思いますが⋮⋮﹂
俺の気配察知にもモンスターの反応はない。エフィルの千里眼で
も発見できないとなると、残る可能性は︱︱︱
﹁あはは、狩り尽くしちゃった⋮⋮﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ウルドさん、本当に申し訳ない! うちの奴等が気合入れ過ぎた
ばかりに!﹂
﹁頭を上げてくれよ、ケルヴィン。それが本当ならパーズにとっち
ゃ良いことなんだからよ。クレアの奴も安心して暮らせるってもん
499
だぜ!﹂
ここ
話をまとめると、ジェラール達が入り口に戻って来たのは制限時
間がきたからと言う訳ではなく、暗紫の森に生息するモンスターを
全滅させたからであった。セラの察知スキルで内部から確認したそ
うなので、恐らく全滅は間違いない。話し合いで狩りの勝負自体は
ノーカウントとなり、することがなくなったので全員で戻ってきた
そうだ。
故意ではないが、結果的にウルドさんの昇格試験に水を差してし
まった。俺は今、絶賛土下座中である。
﹁事情を話せば、リオの奴も理解してくれるだろ。試験が雨天延期
になったようなもんだ! それに仲間の気合を入れ直す良い機会に
なったんだ、逆に礼を言いたいくらいだぜ!﹂
﹁う、ウルドさん⋮⋮﹂
なんてできた人なんだ。夫婦揃って良い人過ぎる。
﹁それにしても、本当に規格外の力を持つようになったんだな⋮⋮
いや、前からそうだったんだが、今になって実感するよ﹂
自らの髭をいじりながら、ウルドさんが言う。
﹁S級への昇格試験を受けるだけはあるぜ﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
﹁だからよ、今度S級の昇格試験を受けるんだろ? リオが言って
たぜ?﹂
当事者の俺は何も聞いていないのですが⋮⋮
500
﹁ははーん、また内密に進めているか。大方、急に呼び出して試験
を始める気だな﹂
﹁それは普通に困りますよ﹂
しかし、リオの性格上やりかねない。
﹁試験の内容まで俺は聞いちゃいねぇが、S級の試験だ。ろくなも
んじゃねえだろうな﹂
﹁ははは、同意見です⋮⋮﹂
﹁ま、直ぐにやる雰囲気じゃなかったからな。準備だけは整えとけ﹂
ウルドさんの言う通り、今はできることをするしかないか⋮⋮ あ、そうだ。折角ウルドさんに会えたんだ、屋敷のことを話してお
かないと。
その後、雑談を終えた俺達は暗紫の森を後にする。試験が続行不
可能となった為、ウルドさんのパーティも一緒にパーズに帰ること
となった。ウルドさん達の再試験を行うよう、俺からもリオに言っ
ておかないとな。
501
第79話 女の戦い
︱︱︱ケルヴィン邸・庭園
﹁昇格試験か⋮⋮ 何だかんだで特例昇格ばかりだったから、受け
るのは久しぶりだな﹂
ゴシゴシ。
﹁ケルにい、もしかして緊張してる? どんな試験でも余裕だと思
うけど﹂
ゴシゴシ。
﹁クゥーン⋮⋮﹂
ゴシゴシ。
﹁わ、暴れちゃ駄目だよ、アレックス! 折角洗ってるんだから!﹂
ゴシゴシ。
﹁流すぞー﹂
ザパーン。
﹁ご主人様、タオルをどうぞ﹂
﹁サンキュ。ほれ、アレックス。今から拭いてや︱︱︱﹂
502
ブルブル!
﹁うおっ!? ブルブルして水飛ばすなって!﹂
﹁あはは。ケルにい、ずぶ濡れだー﹂
シャドーウルフ
時刻は昼を回ってやや眠くなる時間帯。俺とリオンとエフィルは
屋敷の庭園にいた。昨日暗紫の森にて新たに契約した仲間、影の狼
のアレックス︵命名:リオン︶を洗っているのだ。野生で生きてい
ただけあって、少々獣臭かったからな。
﹁はあ、後で風呂に入らないとな﹂
フキフキ。
﹁よし、いいだろう。エフィル、乾かすぞ﹂
﹁承知しました﹂
ドライヤー
エフィルが赤魔法で空気を暖め、俺が緑魔法でそよ風を吹かせる。
これぞ、オリジナル合体魔法︻暖風︼だ! 俺とエフィルの息を合
わせ、調整に調整を重ねることで実現することを可能にした、必殺
生活魔法なのだ! この魔法の開発には苦労したぜ⋮⋮ 並列思考
には感謝している。
まあ、これもエフィルとのコミュニケーションの一環で始めたこ
とだ。本筋の目的は毎回達成しているので、この魔法は言わば副産
物みたいなものだ。
﹁本当にドライヤーみたいだね﹂
﹁難点は俺とエフィルには使えないことだな﹂
503
この魔法の使用には途轍もない集中力が必要で、残念ながら自分
らには使えない。主な利用者はセラなのだが、疲れるので滅多にや
らない。今回はサービスだ。
﹁フサフサになったね、アレックス!﹂
﹁ワォン!﹂
リオンがアレックスの黒毛をワシャワシャと撫で回す。見た目以
上に柔らかいので、なかなか癖になるのだ。
﹁んで、仕上げにこの首輪を付けて、と﹂
俺が自作したアレックスの名前付きの首輪を装着。うん、完璧に
でっかい犬だ、これ。
﹁これでモンスターと間違えられることもないでしょうね﹂
﹁ああ。随分綺麗になったしな﹂
﹁それじゃあケルにい、エフィルねえ。僕、アレックスと散歩に行
ってくるね﹂
はて、狼に散歩は必要だったかな? まあ、いいか。
﹁夕食までには戻れよー﹂
﹁リオン様、いってらっしゃいませ﹂
リオンとアレックスは正門へと走って行く。正門の番兵として立
たせているゴーレムにまで手を振るとは、リオンは律儀だな。だが、
うちのゴーレムもなかなか高性能なようで、こちらも手を振り返し
ている。
504
リオンの交友スキルが働いているのかは知らないが、アレックス
とすっかり仲良しになった。レベルも近いことだし、互いに切磋琢
磨していってほしいものだ。
﹁エフィル、エリィとリュカはどんな感じだ?﹂
﹁はい。スキルレベルを上げ、目覚しい成長を遂げております。取
得するスキルに関しては、ご主人様の指示通り、二人の自由にさせ
ましたが⋮⋮﹂
﹁ああ、それでいい﹂
エフィルの時と同じように、俺からどうこう言うつもりはない。
それは二人だけに許された権利だ。
﹁それでは私は湯の準備をして参ります。少々時間を頂きますが、
ご主人様はどうなされますか?﹂
﹁今なら、修練場でメルフィーナとセラが模擬試合をしているな。
それまではそこで観戦してるよ。メルフィーナの戦闘データも、ま
だまだ不足してるし﹂
メルフィーナは仲間になってからまだ日が浅い。ステータス上で
のデータは把握しているが、戦術を用い仲間と連携していくには至
っていないのだ。今はメルフィーナを理解することに重点を置きな
がら、試行錯誤を繰り返している。
﹁でしたら、準備ができ次第お呼び致します﹂
﹁頼む。あ、久しぶりに一緒に入ろうか?﹂
ちょっとした悪戯めいた一言。エルフ耳がピクリとはね上がり、
見る見るうちにエフィルの顔が赤くなっていく。
505
﹁⋮⋮まだ日が高いですし、お背中を流すだけですよ﹂
いつも冷静を装うエフィルだが、こういうところはまだまだ初心
である。エフィルさんや、耳の動きで本心が駄々漏れですよ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁お、やってるやってる﹂
今や見慣れた修練場。中央に陣を構えるメルフィーナを囲むのは、
数え切れぬほどの氷の花、花、花⋮⋮ メルフィーナの青魔法によ
って生み出された氷の造花が、あたり一面に咲き誇っていた。
設置系の魔法か? セラは⋮⋮
対するセラは黒き魔力を両手に纏わせ、造花を叩き割りながらメ
ルフィーナに走り向かう。鑑定眼で見る限り、セラが造花に触れる
度にHPが削られている。
接触するとダメージを喰らう魔法のようだな。造花を鑑定眼で見
ればより詳しく効果が分かるだろうが、今回は観戦する側だ。後で
メルフィーナに直接聞くとしよう。しかし、それにしても︱︱︱
﹁うー、さむ⋮⋮ これだけ離れているってのに﹂
506
﹁そんな薄着で来るからだよ、ご主人様﹂
﹁何だ、リュカも来ていたのか﹂
リュカはメイド服の上に上着を羽織り、栗毛色のリュカの髪と同
色の、可愛らしい耳付きフードを被っている。エフィルかエリィの
お手製だろうか?
﹁ここ空いてるよー﹂
リュカが自分の座る隣の床をポンポンと叩いて示す。
﹁お言葉に甘えて失礼するよ。仕事は終わったのか?﹂
﹁うん、今は休憩時間なの! さっきまでジェラールお爺ちゃんも
いたんだけど、どこかに行っちゃった﹂
﹁リュカを置いてか? 珍しいな﹂
普段ならリュカから離れることなんてないのだが。それほどジェ
ラールはリュカを溺愛している。
﹁おーい、リュカよ! お爺ちゃんが菓子を持ってきたぞい! さ、
たくさん食べ︱︱︱ なぜワシの席に王がいる?﹂
﹁⋮⋮いや、俺のことは気にするな﹂
そうそう、こんな感じ。最近はリオンに対してもこんなである。
﹁王もセラと姫様の戦いを見にきたのかの? なかなか見応えがあ
るぞ﹂
﹁お互いに接近戦も魔法も使うバランス型だ。セラは攻撃寄り、メ
ルが回復・補助寄りって違いはあるが、どうなるかな﹂
507
モグモグとクッキーをリュカと一緒に頬張りながら予想を立てる。
装備条件やスキルは粗方互角なんだが、ステータス的にはやはり
セラが不利なんだよなー。セラも桁外れに規格外ではあるんだが、
﹃絶対共鳴﹄によって得たメルフィーナのステータスはそれ以上に
規格外なのだ。
﹁そろそろ動き出す頃合かのう﹂
﹁ああ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
メルフィーナの造花を一直線に破壊し、最短で距離を詰めたセラ。
だが、その両手には大量の血が滴り、ダメージが蓄積されているこ
とは一目瞭然。セラが踏み込んだ道には血痕が絶えず落ちていた。
リギッドブライア
﹁金剛氷薔薇を粉砕する威力は見事ですが、戦い方が素直過ぎます
よ。セラ﹂
一方でメルフィーナにダメージはまだない。その表情には、余裕
を窺わせる笑みさえ浮かべている。
﹁敵に助言とは余裕ね、メル﹂
﹁事実、私はまだ攻撃を受けていませんので﹂
﹁まあそうね。でも、今においては、そこは私の射程内よ?﹂
セラが消える。いや、そう思わせるほどの速さで真上に飛翔した
508
のだ。
ディープヘイルランパート
﹁絶氷城壁﹂
だが、メルフィーナの眼はセラを正確に捉えていた。冷静に、微
アダマンランパート
笑みを絶やすことなく次の魔法へと移行する。セラの正面に現れた
のは氷の壁。ケルヴィンの絶崖黒城壁に似たそれは、修練場の天井
にまで到達する。
﹁貴女ならば3、4の本気の打ち込みで破壊することが可能でしょ
う。ですが、その数秒が命取りになりますよ?﹂
メルフィーナが迎撃の体勢に入る。このまま突撃すれば、セラは
槍の餌食となってしまうだろう。
︵⋮⋮動揺が、ない?︶
この状況下においても、セラの眼に宿るのは自信。いち早くメル
フィーナが疑問に感じ取るが、それも僅かに遅かった。
ジンスクリミッジ
﹁魔人闘諍、右腕限定!﹂
黒き魔力とセラの赤き血が混じり合い、セラの右腕を侵食する。
﹁これは、ビクトールの!?﹂
﹁セラの奴、使えたのか。発動スピードもビクトールより数段早い﹂
ジンスクリミッジ
ジェラールが驚愕し、メルフィーナも初めて驚きの表情を作る。
これまで模擬試合を幾度も行ってきたが、セラが魔人闘諍を使った
ことは一度もない。最近になって使えるようになったのか、これま
509
で隠していたのかは定かではないが、魔法の錬度は明らかにビクト
ールを上回っていた。
﹁なら、本気で打ち込むわね﹂
﹁︱︱︱!﹂
黒塗りの魔力で模られた右腕は禍々しく太く強靭に、指先はカギ
爪のように鋭い。一目でそれが危険と理解できる代物だ。その異形
の右腕を振りかぶり︱︱︱ 隔てる壁へと、叩きつけた。
510
第80話 譲れないもの
ディープヘイルランパート
リギッドブライア
A級青魔法︻絶氷城壁︼。屈強なモンスターの攻撃ですら、傷ひ
とつ付けることない鉄壁の護り。更に、金剛氷薔薇と同様に触れた
者にダメージを与える付属効果があり、生半可な攻撃では自滅の道
を辿るのみ。護りを基本戦法とするメルフィーナにとって、攻めに
も守りにも転じる万能の魔法。
ディープヘイルランパート
︱︱︱その氷の護りが今、悪魔の一撃により粉砕される。
バキバキバキ!
ジンスクリミッジ
セラの魔人闘諍により侵食された右腕が、絶氷城壁に叩き付けら
ディープヘイルランパート
れる。一瞬にして壁全面に広がる深いひび。突き刺さった右腕を中
心に、絶氷城壁が陥没し、氷片がメルフィーナに向かって飛び散る。
﹁くっ⋮⋮﹂
槍を払い、飛来する氷片を弾く。
︵接触によるダメージが見受けられない。黒化したあの右腕は威力
の激化だけでなく、鎧としての側面もある訳ですか。であれば、狙
うは右腕の破壊、もしくは侵食されていない箇所への攻撃⋮⋮ 普
通であれば後者を選ぶでしょうが︱︱︱︶
﹁その異形を打ち崩すのも、また一興!﹂
﹁意外と熱いわね! 好きよ、そういうの!﹂
511
セラが空中で回転し、その勢いで右腕を薙ぎ払う。拳は開かれて
おり、その鋭利な爪がメルフィーナを引き裂かんと迫る。
ディバインドレス
﹁神聖天衣﹂
メルフィーナの背に、白き天使の翼が具現化する。翼から放出さ
れる白く輝く神聖なオーラが、鎧へ、槍へと伝導されていく。
模擬戦において、武器は殺傷性を極力落とし、壊れやすくしたも
のを使用する。従って、セラとメルフィーナが現在装備している武
器はS級装備ではない。万が一に備えての、また装備の強度に頼ら
ずに鍛錬する為の処置である。そして、この模擬戦用の装備では強
力な攻撃を繰り出すことはできない。装備自体が技や魔法に耐え切
ジンスクリミッジ
れないからだ。現にセラが右手に装備していたナックル系の武器は、
魔人闘諍の発動と共に破壊されている︵そもそもこの場合、腕のサ
イズが違い過ぎるのだが︶。ちなみにジェラールは装備を変えるこ
とができないので、試合前に能力低下をかけるなどして調整してい
る。
その例に漏れず、メルフィーナの槍もキシキシと悲鳴を上げ始め
ていた。それを気にする素振りも見せず、メルフィーナは自らに襲
い掛かるセラの黒腕に、白く輝き出した槍を突き立て迎撃する。
﹁ハアアァァァ!﹂
﹁シッ!﹂
黒と白が激突し、その衝撃波がケルヴィンの居場所にまで波紋す
る。
やがて黒と白は混じり合う。メルフィーナの白き槍が、セラの黒
512
腕のちょうど手の平にあたる場所を突き破ったのだ。
だがその瞬間、セラは笑った。
﹁この槍、貰うわよ!﹂
セラは貫通した拳で強引に槍を握り潰すことに成功する。最早ガ
タガタの強度であった槍に対し、セラの拳は槍が貫通した程度では
ダメージはないようだ。これにより、メルフィーナは武器をなくし
完全に無防備な状態となってしまう。
体勢を立て直そうと数歩後退するが、セラが追い討ちをかける様
に飛行スキルで加速し、距離を詰める。大番狂わせ、俺の脳裏にセ
ラの勝利がよぎる。
﹁驚きましたよ。成長しましたね、セラ﹂
再びこぼれる天使の笑み。
︱︱︱パリーン。
﹁︱︱︱えっ?﹂
ジンスクリミッジ
まるでガラスが割れたかのように、魔人闘諍が甲高い音を立てな
がら砕け散る。何が起こったのか、セラは理解できなかっただろう。
俺達だってそうだ。
ディバインドレス
﹁神聖天衣は強化魔法ではありません。聖なる気を全身に巡らせ、
異常を浄化する能力です。その効力は状態異常から能力上昇・減少
効果にまで及びます。そしてその対象は、私だけではありません﹂
513
カラン⋮⋮
スクリミッジ
ジン
先ほどまでセラの拳に突き刺さっていたメルフィーナの槍が、魔
人闘諍が解除されたことにより地面に落ちる。僅かに残っていた白
きオーラが、その瞬間に完全に消失する。
﹁まさか、わざと⋮⋮﹂
﹁直に触れていたというのに、無効化までに随分と時間がかかって
しまいました。もし、あと数秒でも黒腕が持っていたとすれば、貴
女の勝ちでしたよ、セラ﹂
セラが飛行で加速したことにより、二人の距離は僅か。どちらの
攻撃圏内とも言える距離だろう。互いに補助効果を失った今、勝負
を決めるのは素の実力と能力。メルフィーナの魔法が青白く輝き、
セラに向かって放たれ︱︱︱
﹁まだああぁぁぁ!﹂
地面に見えない何かが突き刺さり、セラの軌道が強引に変えられ
る。メルフィーナの放たれた魔法はセラの頬を掠り、地を凍らせな
がら彼方へと飛んでいった。
︵これは⋮⋮ 不可視化したセラの尻尾、ですか!︶
ディバインドレス
ジンスクリミッジ
悪魔であるセラの角・翼・尻尾は偽装の髪留めにより視覚できな
い。メルフィーナの槍に付加された神聖天衣の効果は魔人闘諍を消
失するに留まった為、偽装の髪留めまでは無効化されなかったのだ。
セラは不可視化された自らの尾を地面に突き刺し、紙一重のとこ
514
ろで死地を脱する。更にほんの僅かな、コンマ数秒の間ではあるが、
メルフィーナの気を逸らすに至った。
パキパキと凍結する頬を無視し、セラは次の攻撃に全力を注ぐ。
リギッドブラ
念押しとして最も初めに置いたいた布石。至る場所に付着したセラ
イア
リギッドブライア
の血が、一斉に魔力を帯びる。血が付着した場所の大半は金剛氷薔
薇だ。血は金剛氷薔薇から紅き魔力を抽出し、セラの拳にへと転送
する。
クルーセフィクション
﹁血鮮逆十字砲!﹂
拳の軌道に描かれる血色の逆十字。その威力は吸収した魔力量、
流した己の血液が多いほどに増していく。紅き閃光はメルフィーナ
の腹部に直撃し、蒼き鎧を紅に染める。
﹁か、はっ⋮⋮!﹂
地上に舞い降りた女神が、悪魔に膝をつかされた瞬間であった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁二人とも、お疲れ。どこか痛むところはないか?﹂
﹁ケルヴィンに治してもらったのよ? ある訳ないじゃない﹂
﹁私も大丈夫です。あなた様、ありがとうございます﹂
結局のところ、勝負は引き分けに終わった。メルフィーナが膝を
つくと同時に、全力を振り絞ったセラも力尽きてしまったのだ。ど
515
ちらも行動不能となり、今回は勝負預かりってことだ。
﹁セラ、見事でした。ステータスのアドバンテージがなければ、敗
北したのは私だったでしょう﹂
﹁何言ってるのよ。メルはまだその身体に慣れていないんでしょう
? それに最初から本気を出されていたら、こんなに善戦できなか
ったわよ﹂
勝負の後に育まれる友情。互いに驕らず、冷静に力量を判断でき
ている。素晴らしいな、うん。
﹁それにしても、今回はえらく気合入ってたな。何かあったのか?﹂
﹁んー? メル、言ってもいいのかしら?﹂
﹁ええ。今夜、あなた様と添い寝する権利をかけていたのです﹂
﹁⋮⋮はい?﹂
何ですか、それ⋮⋮
﹁だって、ケルヴィンのベットの右側はいつもエフィルがいるじゃ
ない? あそこはエフィルの指定席だとしたら、余ってるのは左側
だけじゃないの!﹂
﹁その事実が数刻前に判明致しまして、こうして権利を争っていた
訳です。勝負はつきませんでしたが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁メル、次は何で勝負する?﹂
﹁そうですね。今日のエフィルが作ったお夕食が、和食か洋食かで
かけませんか?﹂
いかん、頭痛がしてきた⋮⋮ そもそもエフィルとしているのは
添い寝だけじゃ⋮⋮ げふんげふん。
516
﹁お爺ちゃん、耳を塞いだら何も聞こえないよー﹂
﹁リュカよ、お主にはまだ早い﹂
517
第81話 不審な影
︱︱︱ケルヴィンの私室
﹁ん、くは∼⋮⋮﹂
まだ日も明けぬ早朝、珍しくもこんな時間に俺は目を覚ました。
脳が覚醒する前に、慣れ親しんだ安心する香りが鼻をくすぐり、何
やら柔らかな温もりを感じる。
﹁すう⋮⋮ すう⋮⋮﹂
エフィルは俺の胸でまだ眠っていた。普段はエフィルに起こして
もらうまで、俺はぐっすり夢の中だからな。寝顔を見たのは久しぶ
りかもしれない。相変わらず寝顔も天使である。
一頻りエフィルの寝顔と温もりを楽しんだ後、起こさぬよう静か
にエフィルを降ろし、ベッドを出ようとする、が︱︱︱
むにっ。
何かが背中に触れる。感触としては物凄く柔らかい。そして不意
に俺の首に回される白い腕。
﹁ふへへ、もうお腹いっぱいですってば∼⋮⋮ でも、おかわり∼
⋮⋮﹂
多少、いや、大いに口調が違うが、この声はメルフィーナだ。様
518
子を見るに寝ぼけているようだ。おい神様、よだれが垂れてますよ。
そして俺の寝間着で拭くでない。
ここ
メルフィーナがなぜ俺のベッドに? ふと疑問に思うが、その答
えは直ぐに思い出すことができた。昨日のセラとの勝負﹃今晩の料
理はどっち!﹄に勝利したメルフィーナが、俺のベッドに潜り込ん
で来たんだったか。流石、幸運値900オーバーである。
エフィルも﹁ご主人様が良ければ﹂の一言で済ませてしまうし、
流されるように今に至ると言う訳だ。断っておくが、やましいこと
は今日は何もしていない。これはメルフィーナが寝ぼけて胸を押し
付けているだけだ。やましいことはしていないのである。手のひら
サイズの胸が気持ち良いだけなのだ。
例の一件から、首に手を回されることに若干のトラウマを覚えて
しまった俺ではあるが、今回の相手はメルフィーナだ。何も恐れる
ことはない。ゆっくりと首から腕をはがしていく。
﹁ふう、意外と寝相が悪いんだな⋮⋮﹂
漸くメルフィーナから解放される。腕から抜け出そうとしていた
最中も、足を絡めるなど執拗に密着しようとしてきたのだ。夢の中
でも実に積極的だ。
﹁これが、伝説の⋮⋮ 寿司⋮⋮!﹂
﹁お前、本当にどんな夢見てんだよ﹂
寝ながらも俺にツッコミを入れさせるとは大した奴だ。しかし夢
の中でも食い物のことか⋮⋮ 意外なことだが、パーティの中で最
もよく食べるのがメルフィーナだ。軽くジェラールの2倍は食って
519
る気がする。身長160センチ程のこの小さな体のどこにあれだけ
の料理が入るのか、不思議なものだ。
﹁すう⋮⋮ んっ⋮⋮﹂
﹁んん⋮⋮ あなた、さま⋮⋮﹂
二人の髪を優しく撫でてやる。こうして改めて顔を眺めると、全
くもって現実離れした美少女達だ。
﹁前世ではこんなこと、まず考えられなかったよな⋮⋮ 記憶ない
けど﹂
俺は前世の世界についての知識はあるが、自分のことは全く覚え
ていない。趣味嗜好くらいであれば推測することはできるが、家族
や友人など俺に順ずる情報はさっぱりなのだ。まあ、それについて
俺は特に思うところはない。あくまでそれは前世の記憶だからな、
なんと言うか、他人の記憶があるって感じか。
あくまで俺の居場所はこの世界だ。この世界に転生させてくれた
メルフィーナ、俺を支え続けてくれたエフィル、仲間達と共に生き
ていく。
﹁その為にも、俺達を害する奴等は駆除しないとな﹂
月の光が差す窓の外を見つめながら、こんな時間に俺が起きてし
まった原因について思考を巡らせる。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
520
︱︱︱ケルヴィン邸・バルコニー
俺が向かった先は屋敷2階のバルコニー。どうやら既に先客が来
ているようだ。
﹁あら、遅かったわね﹂
﹁ケルにい、おはよう! って時間ではまだないかな?﹂
セラ、クロト、リオン、そしてその足元にアレックスが控えてい
る。
﹁おはよう。悪い、さっき起きたばかりでさ﹂
﹁ふーん、何していたんだかねー﹂
セラが頬を膨らませて視線を逸らす。何だ、少し機嫌悪そうだな?
﹁セラ、どうした?﹂
﹁べっつにー﹂
﹁そうか?﹂
まあいい。今はそれどころではない。
﹁早速本題なんだが、気付いたか?﹂
﹁ええ。屋敷の周囲に不審な動きをする奴等がいるわね。数は︱︱
︱ 全部で14人かしら﹂
そう、今この屋敷は何者かに周囲を囲まれている。こんな深夜に
起きている者はそうはいないし、いたとしても屋敷を監視するなん
521
て動きは普通しないだろう。俺がこんな時間に目を覚ましたのも、
気配察知スキルにこいつらが引っ掛かった為だ。今は塀の外側から
様子を窺っているようだが、そろそろ動き出すと思われる。
﹁僕とアレックスはセラねえに教えて貰ったんだ。恥ずかしながら、
全然気がつかなかったよ⋮⋮﹂
﹁クゥーン⋮⋮﹂
アレックスはリオンの部屋に大きめのクッションを置いて、そこ
でいつも就寝している。おそらくセラによって一緒に起こされたの
だろう。
﹁エフィルとメルフィーナは寝かせてきた。二人とも、だいぶ疲れ
てるようだったし﹂
﹁私だって疲れてるわよー﹂とセラが不満気だが、エフィルは兎
も角、メルフィーナは寝起きが悪いのだ。と言うか、起こそうとし
てもなかなか目覚めない。本人は真面目な神様と自称するが、メル
フィーナは人から見えないところが程々にだらしない気がする。
﹁ジェラールは?﹂
﹁エリィとリュカの部屋で護衛しているわ﹂
﹁そうか、ジェラールが護るなら安心かな﹂
まあ、そこまで行かせる気はないけど。
一応、ゴーレムを3体部屋の周囲に回しておく。
﹁ここから見える範囲だと、そこまで手練れって訳ではないな。レ
ベル20が精々だ。 ⋮⋮っと、一人だけレベル26だな。距離も
522
一番遠いし、こいつが親玉か?﹂
﹁ここから見えるの?﹂
﹁ああ、エフィルから﹃千里眼﹄を借りてきたからな﹂
スキルイーター
左手の悪食の篭手を軽く上げてみせる。この程度の距離、エフィ
ルクラスの千里眼があれば余裕だ。顔を覆面で隠している辺りが余
計に怪しい。
﹁そうだな⋮⋮ リオン、アレックスと共にいけるか?﹂
﹁えっ? 僕?﹂
リオンが意外そうな顔をする。まあ、実戦も数える程しかしてい
ないからな。今回はモンスターではなく人間相手、戸惑うのも仕方
ないことだ。だが、それもこの世界ではいつか慣れねばならないこ
と。幸いスキルポイントは熟考の末に振ってはいるのだ。動じない
精神力をもたらす胆力スキル、戦闘用スキル等々。場所もホームグ
ラウンドである俺の屋敷敷地内。肩慣らしの相手としては今がちょ
うど良い。
サイレントウィスパー
﹁ああ、屋敷の塀より内側には無音風壁が張ってある。正門のゴー
レム達は下がらせるから、塀を越えた奴等から始末してほしい。敷
地の中ならどんなに音を出しても街には洩れないからな。いざとな
ったら俺達も支援できるんだが、どうかな?﹂
リオンとアレックスが目を合わせる。その時間は数秒ほどであっ
たが、アレックスの気持ちを理解したのか、リオンは笑みをこぼす。
﹁うん。僕、やってみるよ!﹂
リオンが力強く頷く。アレックスも戦闘体勢になったのか、紅い
523
眼が鋭くなった。
﹁よし、それでこそ俺の妹! クロト、分身体を頼む﹂
クロトが﹃意思疎通﹄兼﹃保管﹄係の極小型分身体を出し、リオ
ンの肩に飛び乗る。これでリオンにもネットワークが繋がった。ア
レックスとの連携もより向上するだろう。リオンにこのクロトの働
きについて説明してやる。
﹃ああ、あー⋮⋮ これでいい?﹄
﹃問題ない。気配察知と千里眼で得た情報をマップ上にアップする
から役立ててくれ﹄
﹃わっ! これ、凄く便利だね! ありがとう、ケルにい!﹄
さあ、我が家の勇者様の初陣だ。
524
第82話 暗部
︱︱︱パーズの街・路地裏
街の路地裏にて壁に寄り掛かる男がいた。片手には酒瓶を持って
おり、服装もパーズでは一般的なものを着用していることから、酒
に興じている酔っ払いのように見える。
だが、ただの酔っ払いにしては鋭い目は、悟られぬよう偽装はし
ているが、ある一点に向けられていた。視線の先、そこはケルヴィ
ンの屋敷であった。男は正門の門番が屋敷に入っていくのを確認す
る。 ︵ここから監視して得る情報には限りがある。俺の鑑定眼もこの距
離からでは門番の能力さえ見えない。侵入するならば今が好機か⋮
⋮︶
男はハンドサインで部下達に指示を送る。隠密を使用しつつ屋敷
に潜入せよ、と。
︵この屋敷に住むという、最近になって台頭してきた冒険者、先の
クリストフ様捕縛の際にデラミスの勇者と共闘関係にあったと聞く。
クリストフ様が敗北した要因の大半は勇者共の仕業だろうが、今後
十分に我らトライセンの大きな障害に成りうる⋮⋮ 何よりも、ト
ライセンの英雄であるクリストフ様達に盗賊団の頭などという無実
の罪を着せるなど、言語道断! 今ここで寝首を掻き、可能であれ
ば勇者の情報を吐かせる。それが我ら、暗部の任務。真っ当に戦え
ば勝ち目はなかろうが、この刻において闇を戦場とする暗部に隙は
525
ない!︶
一般人に擬装し、屋敷を監視していたこの集団は軍国トライセン
の密偵であった。
︵王子、日陰者の我らにこのような機会を与えて下さり、感謝致し
ます!︶
かつての東大陸大戦の末、末期まで生き残り争いあった4国は停
戦協定を結んだ。それは好戦的かつ最も他国への侵攻傾向が強かっ
た軍国トライセンも例外ではない。やがて時は流れ、大戦時代に要
人の暗殺、他国の情報収集、工作活動など猛威を奮わせた暗部もこ
の平和な時代では大々的に活動できなくなってしまう。それに伴い
トライセン軍内において、暗部の規模や立場も縮小の一途を辿って
いたのだ。そんな時に第1王子にして竜騎兵団将軍のアズグラッド
からかけられた一声は、暗部の隊長職を担う彼にとって功績を残す
為の一筋の光だった。
︵必ずや任務を遂行し、暗部部隊の実力と重要性を再び示しましょ
うぞ!︶
だが、暗殺の命令を出したアズグラッドを含め、彼らは知らなか
った。彼らが乗り込まんとするこの屋敷が、人外の力を有する者達
の棲家だということに。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
526
︱︱︱ケルヴィン邸・庭園
庭園の噴水前に、一人の少女が佇む。
﹁⋮⋮来た﹂
目をつむり、配下ネットワークのマップ上で敵の動きに注意を払
っていたリオンが呟く。
︵正門から3人、左の塀から4人、右から3人⋮⋮ 残りの4人は
まだ様子見かな? んー、あんまりゆっくりしてる余裕はないかな
ー。逃げられちゃったら面倒だもんね︶
リオンは先ほど使えるようになったばかりの念話を使う。相手は
もちろん相棒であるアレックスだ。
﹃アレックス、僕たち実戦の共同戦線は初めてだけど、今回はスピ
ード勝負だよ。バシッと決めてケルにいに格好良いところを見せな
いと!﹄
﹃ワォン!﹄
﹃うん、良い返事!﹄
アレックスは気合十分。僕自身の調子もすこぶる良い。ケルにい
達も屋敷から見ていてくれている。まさに打って付けのコンディシ
ョン。
リオンはトントンとその場で軽く跳躍する。生前と違い、転生し
たこの体はとても軽い。病に侵されておらず、﹃軽業﹄のスキルを
得たことでテレビで見るようなアクロバティックな動きもできるよ
うになった。以前のリオンからは絶対に考えられないことだ。
527
︵ここは本当に夢の世界みたい。エフィルねえは優しくて料理が美
味しいし、ケルにいはどこか懐かしくてホッとする。セラねえ達も
一緒にいてとっても楽しい人達⋮⋮ ん、悪魔や天使達? ⋮⋮ま
あいいや︶
モンスターと違い、人を殺めることにはもちろん抵抗がある。だ
が、その抵抗と皆を天秤にかけた時、傾くのは圧倒的に皆の方。
幸い、胆力スキルがリオンに落ち着きをもたらしてくれる。覚悟
も当に決めている。
リオンはまだ魔法を使えない。したがって、今回は接近戦のみで
戦わなければならない。リオンはケルヴィンから貰った剣を抜き、
前を見据える。
﹃アレックス、まずは正門。いくよ﹄
だが、そんなことは些細な問題。リオンにとって困るのは、この
暖かい場所を壊されること。
何度目かの跳躍で足が地に着いた瞬間、リオンは地を蹴り前へと
駆け出した。自分の大切な場所を護る為に。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・バルコニー
528
﹁想像以上だな﹂
﹁ええ。地力の剣捌きはまだまだだけど、S級剣術を持つだけの力
はあるわ。これはジェラールがしっかり指導すれば化けるわね。ア
レックスとの連携も無理がなくて見事なものよ﹂
リオンが正門に駆け出した瞬間、何者かが塀を乗り越え敷地内へ
と侵入しようとする。その数は3。稚拙だが全員隠密スキルを使用
しているようで、気配が少々読み辛い。だが、予め位置情報を渡し
ているリオンとアレックスにとっては取るに足らないことだ。敷地
に着地する前に一人はリオンに斬り伏せられ、一人はアレックスに
喉を噛み千切られてしまう。これでは悲鳴を上げることもできない。
﹁これじゃあ固有スキルのお披露目はなさそうだな﹂
まあ、この程度の雑魚では苦戦のしようもないのだが。例え寝込
みを襲われたとしても負けようがないし。
﹁四方から攻めては来てるけど、あの速度だと屋敷まで一人も到達
できそうにないわね⋮⋮﹂
﹁ああ、もって後30秒ってとこだな﹂
﹁はぁ、出番なしかー﹂
セラがため息を漏らす。
﹁ご主人様⋮⋮﹂
﹁おっと、エフィル。起きちゃったか?﹂
ネグリジェからメイド服に着替えたエフィルがバルコニーへと顔
を出す。しっかりと弓も持ってきているあたりが流石である。
529
﹁これだけ音が響けば普通は気付きます。メルフィーナ様は例外で
すが⋮⋮﹂
サイレントウィスパー
無音風壁の効果があるのは塀の外側だからな。屋敷の中には普通
に音が伝わる。メルフィーナは⋮⋮ ええと、疲れてるんだよ! きっと!
﹁今の状況をお伺いしてもよろしいでしょうか?﹂
﹁実はな︱︱︱﹂
エフィルに状況の説明をする。
﹁では、まだ街中に潜んでいる者がいるのですね⋮⋮ 位置はマッ
プに表示されていますし、私が狙撃しますか?﹂
﹁いや、弓は控えておけ。エフィルの腕なら当たるだろうが、一般
人もいる街中だからな﹂
リーダー格の男に尋問もしたいしな。
﹁っと、話している間にリオンの方は片付いたか。クロト、死体を
吸収しておいてくれ。もし息のある者がいれば最低限の治療をして
から捕縛だ。後でギルドに引き渡す﹂
思慮深いリオンのことだ。一人くらいは生き残らせているかもし
れない。
﹁んじゃ、ちょっくら外の奴ら捕まえて来るわ。エフィルはリオン
を迎えに行ってくれ﹂
530
風呂にも入りたいだろうし。
﹁お一人で行かれるのですか? ⋮⋮セラさん﹂
﹁了解。私も行くわ﹂
﹁いや、一人でも大丈夫だ︱︱︱﹂
﹁﹁駄目よ︵です︶!﹂﹂
二人が同時に言う。まったく、心配性だなー。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズの街・路地裏
︵⋮⋮遅い︶
部下達が屋敷に侵入して暫く経つ。それだと言うのに、連絡が一
向に来ないのだ。それどころか、屋敷からは何も聞こえてこない。
慣れているはずの静寂が、今は不気味に思えてくる。
︵まさか、失敗したのか?︶
事前の作戦では既定時刻になっても実行部隊から連絡がなかった
場合、即時に撤退すると決めていた。時刻は間もなくその時刻を指
そうとしている。
︵くそ、背に腹は代えられん!︶
531
控えていた部下達に撤収のサインを送る。
︵⋮⋮? 何だ、誰からも反応がない?︶
何度指示を送っても、返って来るのは乾いた風のみ。
︵どうなっている? まるで、生き残っているのが俺だけのような
︱︱︱!?︶
有り得ない状況に背筋から冷たい汗が流れ出す。まさか、本当に
⋮⋮? 思考が堂々巡りし、最早彼は正常な判断ができなくなって
いた。あるのは困惑、恐怖、混乱︱︱︱
︵まさかクリストフ様を倒したのは、デラミスの勇者などではなく
⋮⋮︶
だが、そんな状況も長くは続かなかった。 ︱︱︱更なる脅威が
やってきたのだから。
﹁ああ、逃げずにまだここにいたんだな。なかなか仲間思いじゃな
いか。オットー君﹂
532
第83話 トライセン軍
︱︱︱トライセン城
東大陸東端、軍国トライセンは決して豊かではない大地に存在す
る。首都を除く国土のその殆どが砂漠で覆われており、食料物資が
年々不足している。また、傭兵団の集まりが傭兵国家として国を成
していった経緯がある為か、その気性は大変攻撃的で排他的である。
大戦時代では物資確保の為に侵略を是とし、大量の奴隷を使い開拓
を行ってきた。今においては和平を結び表沙汰に争いを起こすこと
はないが、他3国と比べ繋がりの薄い国と言えるだろう。
そのトライセンが今、窮地に立たされていた。水国トラージをは
じめとした、デラミス、ガウンの3国が黒風の一件を糾弾してきた
のだ。トライセンが英雄として祭り上げた冒険者のクリストフ一行、
そのクリストフが黒風の頭として不当に女子供を誘拐、奴隷として
捕らえていたところを勇者に救助される。勇者の証言が記録された
マジックアイテムが提示され、クリストフ達からは捕らえられてい
た人々をトライセンに送る計画だったとの自白まで出ている。最早、
言い逃れはできない状況になっていた。
ここはトライセン城の円卓会議室。国の最高機密を主とした討議
が行われる、王族や限られた貴族、軍部の最高位の者しか入室する
ことができない場所だ。部屋の中央には木製の豪華な装飾が成され
た円卓が置かれ、トライセンの王であるゼル・トライセンを筆頭に
し、各軍団の将軍が召集されていた。
シンと静まり返った重い空気の中、ゼルがゆっくりと口を開く。
533
﹁皆の者、多忙の中急な召集をして済まないな﹂
﹁親父、クライヴの野郎がまだ来ていないぜ﹂
トライセンの王に対し、親父と呼ぶこの男はアズグラッド・トラ
イセン。﹃竜騎兵団﹄の将軍であり、トライセンの第1王子。彼は
決して七光りでこの地位にいるのではなく、その類稀なる才能で軍
の猛者達の頂点に立っている。トライセンには5人の王子が存在す
るが、軍のトップである将軍職に就いているのは彼だけだ。それは
実力主義であるトライセンでは血統だけでは上に立つことはできな
い為、その最たる例がケルヴィンに叩きのめされたタブラであるが、
彼はその正反対だと言えるだろう。鍛え抜かれた肉体はそこらの武
将と比べるまでもなく、竜の騎乗能力も群を抜いている。
﹁まあ、どうせ部屋に女を連れ込んでいるんだろう。あれで実力が
あるんだから反吐が出る﹂
円卓に設けられた唯一の空席に目をやりながらアズグラッドが舌
打ちをする。
﹁⋮⋮時間がない。始めるとしよう。もう皆知っていると思うが、
クリストフがデラミスの勇者によって捕縛された。計画を実行して
から、さして時が経っていない現段階において、だ﹂
盗賊団﹃黒風﹄を利用した、奴隷確保を目論んだ人攫い計画。当
時の黒風を討伐した冒険者をわざわざ大々的に祭り上げ、洗脳を施
した残党を率いらせたまでは良かった。入念に画策し、最近になっ
て活動を始めさせたのだが、その結果がこれだったのだ。
﹁確か、この計画の発案者は⋮⋮ トリスタンだったな﹂
534
ゼルの鋭い眼光が向けられる。その視線の先にいた人物はトリス
タン・ファーゼ。トライセンが誇る名門貴族の出で、﹃混成魔獣団﹄
の将軍である。魔獣団と名乗っているはいるが、その実、調教した
モンスターの他に獣人などの亜人の奴隷も含まれている。国の体質
と同じく、人族至上主義を掲げるトリスタンは黒風を使った今回の
計画をゼルに提案し、自分が従える軍の強化を目論んだのだ。
﹁いやはや、彼等には期待していたのですがね⋮⋮ 所詮は野蛮な
冒険者、この程度だったということでしょうか﹂
トリスタンはやれやれと大袈裟にポーズをとる。
﹁トリスタンよ、お主の思想や釈明はどうでもよい。国王が言いた
いのはこの失態の責任をどう取るつもりなのか、だ。この件により
我が国の陰の一部が表沙汰になった。既に他3国は同盟を組み始め
ているぞ?﹂
トリスタンに噛み付いた老騎士の名はダン・ダルバ。長年に渡り
トライセンに仕える百戦錬磨の戦士だ。今では鋼鉄のアーマーで護
りを固めた重装兵や機動力に長ける騎兵、更には攻城兵器と様々な
兵種を取り纏めた﹃鉄鋼騎士団﹄の将軍として従事している。アズ
グラッドに武を授けたのもダンであり、信頼も厚い。
﹁そう熱くならないでください、ダン将軍。寿命が縮んでしまいま
すぞ?﹂
﹁⋮⋮何だと?﹂
ダンが立ち上がり、トリスタンに睨みを利かせる。一般人であれ
ばこれだけで失神もののプレッシャーであるが、当のトリスタンは
535
半笑いでダンを見据えている。
﹁よしなさい。陛下の前ですよ﹂
部屋に響くのは、この場に似つかわしくない美しい声。
﹁しかし、シュトラ様⋮⋮﹂
﹁ダン将軍﹂
﹁⋮⋮承知した﹂
ほんの僅かな沈黙の後、ダンが着席する。
ダンの怒りを押し留めた少女の名はシュトラ・トライセン。ゼル
の一人娘であり、トライセン唯一の姫である。その姿は美しく、シ
ュトラとタブラは本当に同じ母親から産まれたのか、と国民や兵士
から疑われたほどだ。本来であれば男性でしかその位を授かれない
将軍であるが、シュトラはその才覚を遺憾なく発揮し、現在では若
くして﹃暗部﹄の将軍にまで登り詰めた。年々縮小傾向にある暗部
に就かせたのは貴族への配慮なのか、それとも彼女の可能性を見出
したのかは、任命したゼルにしか分からない。
﹁はあ、本当に姫様には弱いですな﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
トリスタンが挑発するも、ダンは無視を決め込んでいるようだ。
﹁何だ、詰まらない﹂とばかりにトリスタンからも溜息が漏れる。
﹁悪ふざけもそれくらいにしておけ。トリスタンよ、大まかにはダ
ンが言った通りだ。現在、我が国は苦境に立たされている。クリス
トフを英雄から抹消し、トライセンとは無関係と弁解してはいるが、
536
それでは治まることはないだろう。下手をすれば3国を相手した戦
争に成りかねない。それこそ将たるお前が責任を取らねば、な﹂
明確な殺意。王たる者のみが持つ発言の重み。しかし、それを受
けても尚、トリスタンは動じない。
﹁⋮⋮それならば、やってしまいましょう。戦争﹂
﹁何?﹂
﹁和平を結んで長き時が経ち、我らトライセンは着々と軍備を進め
て参りました。それこそ、私の祖父の祖父⋮⋮ そのまた祖父です
かな? まあ、これは置いておきましょう﹂
トリスタンが軽く咳払いする。
﹁考えてもみてください。我らが軍拡の努力を惜しまずに進めてい
た頃、他の3国は何をしていましたかな? ただただ平和を謳歌し
ていただけではありませんか! そのような弱国が寄り集まったと
ころで、我らトライセンの敵ではない。今こそ、長年の理想であっ
た大陸統一を成す時ではありませんかな? ここはひとつ、﹃将票﹄
で決めましょうぞ!﹂
﹁確かに、大陸の統一は私達の大いなる目的です﹂
﹁おお、シュトラ様は賛同して頂けますか?﹂
﹁しかし、それは今ではない。将軍がおっしゃるほど3国は腑抜け
ていませんよ。行動するならば、私達よりも後の世代でしょう﹂
シュトラの言葉にトリスタンは一喜一憂を器用にポーズで表現す
る。
﹁国民からの人気の高いシュトラ様に反対されるとは、悲しいです
なぁ。それは暗部の情報ですか?﹂
537
﹁さて、どうでしょうね﹂
﹁⋮⋮俺は戦争に賛成だ﹂
﹁⋮⋮お兄様!?﹂
賛成に票を投じたのはアズグラッド。心底意外だったのか、先ほ
どまで冷静であったシュトラが驚愕する。
﹁ガウンの兵と何度か小競り合いをしたことはあるが、奴らがそこ
まで精強だとは思えない。クライヴの奴に頼るのは癪だが、あいつ
が来てからトライセンの力は大幅に上がった。それに、竜騎兵団に
はアレがある﹂
﹁ほほう、大金叩いて入手したアレですな。これで賛成2、反対1
となりましたぞ﹂
﹁ちっ、ここで将票を持ち出すとはな﹂
トライセンには5人の将軍による多数決を行い、王に意見具申を
行う将票といった制度がある。最終的に判断を下すのは王ではある
が、その効力は計り知れず、王もおいそれと却下する訳にはいかな
い。それが大多数の将軍を蔑ろにする行為であるからだ。逆に将票
を提案した将軍にもリスクがある。万が一その意見が大多数の賛成
支持に満たなかった場合、王の匙による罰があるのだ。罰は軽い場
合もあるが、場合によっては死罪だった例も過去にある。今回の議
題は事が事だけに、王からの罰も相当なものになるだろう。表面上
は飄々としたトリスタンであるが、実の所、命をかけた賭けに出て
いたのだ。
﹁ワシは当然反対だ! ふざけるにも程がある!﹂
﹁それは残念ですな。ではこれで票は同数⋮⋮ 残るはクライヴ将
軍ですが、ここにはいませんでしたな﹂
538
全員が空席であるクライヴの席に顔を向ける。
﹁クハハ、トリスタンよ、そなた見掛けによらず豪胆であるな。い
いだろう。貴様の命を持って、この将票を認めてやろうではないか。
誰かある! クライヴを呼べ!﹂
トライセンの王は愉快そうに口を歪めた。
539
第84話 魔法騎士団
︱︱︱トライセン・魔法騎士団本部
﹁はぁ、何で俺がこんなところに来なきゃいけないんだ⋮⋮﹂
白銀の鎧を装備した男が渋顔で溜息を付く。彼は鉄鋼騎士団副官
のジン・ダルバ。鉄鋼騎士団将軍のダンの一人息子だ。一向に召集
に応じる気配を見せない﹃魔法騎士団﹄将軍のクライヴ・テラーゼ
を呼び出す為に、副官の彼自ら魔法騎士団本部にまで足を運ぶ。本
来であれば、もっと末端の人間が行うような役目であるが、今回の
召集は円卓会議だ。一兵卒など入室することさえ許されない。その
役目を負える境界線上ギリギリに立っていた彼が自動的にこうなっ
たという訳だ。
﹁昔なら喜び勇んで覗きに来たもんなんだけどな⋮⋮﹂
トライセン軍の一角である魔法騎士団は女性のみで構成される。
名家の出身で慎ましく、麗しい容姿の者が多い、何かと男臭い軍隊
の中では高領の花とされる部隊であった。あの男が来るまでは︱︱︱
ジンはイライラと待つ父親の顔を思い出しながら重い足取りを何
とか前に進ませ、本部内に存在するクライヴの部屋へと辿り着く。
ここに辿り着く間に女性騎士と何度かすれ違ったが、それなりに
位の高いジンに対して軽く会釈をするくらいしかされなかった。こ
れが一昔であれば、その場で立ち止まりピシッとした敬礼をされた
ものなのだが。
540
︵そもそも何か心ここに有らず、って感じなんだよな︶
目に光がなく、生気を感じないと言うべきか。頭の片隅でそんな
ことを考えながら、ジンは扉をノックする。一間置いて部屋から返
事が返ってきた。
﹁ん∼? 鍵はかけてないから入っていいよ∼﹂
澄み切った美声ではあるのだが、何とも気の抜けた言葉遣い。扉
を開ける前にもう一度溜息を付いてから、ジンはドアノブに手をか
ける。
﹁失礼します!﹂
勢い良く開けられた扉を越えて広がったのは、香を焚いているの
か異質な臭いのする暗い部屋。暫く嗅いでいると頭がおかしくなり
そうだな、と自分の危険察知を読み取りながら前を向く。カーテン
は閉められ、隙間から僅かに光が差し込むが十分な光源には至って
いない。部屋の奥では巨大なベッドの上でモゾモゾと何かが蠢いて
いるようだが、ジンの立つ場所からはよく見えない。だが、ベッド
の下に女物の衣類が散乱していることは嫌でも目に入った。
﹁あれぇ? 部下の子じゃないじゃん⋮⋮ 君、誰だっけ?﹂
暗闇から人影が現れ、首だけをこちらに向ける。背丈はジンと同
じく180センチほど。一見優男の印象を受けるが、程好く引き締
まった筋肉からそれが良く鍛えられたものだと見て取れる。何より
も印象的なのは、まるで理想を描いて作られたかのような絶世の美
青年だと言う事だ。そこいらの村娘や町娘であれば微笑まれるだけ
541
で落とされてしまうだろう。いや、貴族も例外ではないか。現にそ
こで今も倒れているのだから。
﹁鉄鋼騎士団副官のジン・ダルバであります!﹂
﹁⋮⋮ああ∼、ダンさんのとこの﹂
クライヴは思い出したかのような仕草を取る。
﹁国王より円卓会議の招集がかけられております。クライヴ将軍、
大至急参じて頂きたい!﹂
﹁面倒だなぁ⋮⋮ 僕、今とっても忙しいんだよぉ﹂
再びクライヴの人影が闇に消え、ベッドの軋む音が鳴り始める。
そろそろジンもいい加減にしろよと頭にきていたが、ここは根気の
勝負、父親の顔に泥を塗るようなことはできないのだ。
﹁将票が行われています。議題についてはここでは伏せますが、現
在の票は2対2で割れております﹂
蠢きがピタリと止まる。
﹁⋮⋮それ、提案者は誰?﹂
﹁ここでは申し上げられません﹂
﹁ん∼⋮⋮﹂
仕方ないな、と言いたそうにクライヴがベッドの上に立ち上がる。
﹁シュトラちゃんが提案者だといいな∼﹂
調和のとれた端麗な顔が、暗闇の中で醜く歪んだように見えた気
542
がした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・地下牢
﹁こいつから吐き出させた情報はそんなところですね﹂
﹁⋮⋮ふうむ、トライセンが遂に動いた、と言うことか﹂
昨夜、俺の屋敷を監視していた集団の司令塔らしき男を捕らえる
ことに成功した俺達は、黒風の時と同様にセラの黒魔法で根こそぎ
情報を吐かせた。オットー君はどうやらトライセンの暗部という組
織に所属する隊長の一人らしい。彼の話によるとトライセンの軍隊
は5つあり、その中で将軍、副官、大隊長、隊長と序列が存在する。
オットー君の部隊は小規模なものになるそうだ。まあ、暗殺やスパ
イ行為をする奴が大勢で来る訳もないよな。
クリストフ達については本当にトライセンの英雄だと思い込んで
いるようで、盗賊の頭として断罪した俺や刀哉達のことを親の仇の
ように恨んでいた。末端とは言え軍内の隊長クラスでこれなのだ、
おそらくトライセンの真実は一部の上層部にしか知られていないの
だろう。情報統制とは怖いものだね。
ヒュプノーシス
粗方情報を聞き出した後はセラの儚い夢を強めに施して、急遽地
下にこしらえた牢屋にポイッ。ギルド長のリオに事の顛末を伝え、
今に至る。
543
﹁これまで黒風との関連性を否定し、事を荒立てぬよう徹していた
トライセンが暗殺を目論む、か。この件の実質的な黒幕は第1王子
のアズグラッドのようだが、情報がまだ足りないかな。 ⋮⋮実は
ね、ここ最近になってトライセンとの国境付近を中心に、各所で大
小の動きが見られるんだ﹂
﹁⋮⋮と言うと?﹂
﹁今までもガウンとの軽い小競り合いは幾度かあったが、それでも
表立った行動はしてこなかった。まして平和の象徴であるパーズや、
食料を賄うのに重要な相手となるトラージには気を使っていたはず
だ。それが今では近隣への威力偵察や奴隷調達︱︱︱ 穏健派から
過激派に、何らかの理由で内部事情に変化があったのかもしれない。
このままではトライセンが侵略行為を行う可能性もある﹂
﹁戦争、ですか﹂
﹁ああ﹂
黒風の件が発覚して以来、トラージ、デラミス、ガウンは協同し
てトライセンへ非難を浴びせ、糾弾を開始した。トライセンからは
知らぬ存ぜぬの返答ばかりだったが、それをするには証拠が揃い過
ぎていた。追い詰められたトライセンが、苦し紛れに3国を相手取
って戦争を仕掛けようとしているのだろうか? 理性的に考えれば、
それはあまりに無謀過ぎると思うのだが⋮⋮
﹁今の段階ではまだ私個人の予想に過ぎない。だが、十分に気をつ
けてくれ。こやつの証言が正しければ、ケルヴィン君もまた狙われ
る可能性が高い﹂
﹁⋮⋮そうですね、肝に銘じます﹂
何はともあれ、警戒するに越したことはない。リオン用の装備も
ペースを上げて作ろうかな。
544
﹁ああ、そうそう。ケルヴィン君にお願いしたい依頼があったんだ﹂
﹁ギルド長の特別依頼ですか? 久しぶりですね﹂
﹁いや、今回は私のではないんだ。獣国ガウンの獣王、レオンハル
ト・ガウン様からだよ﹂
リオは懐から煙草を取り出すかのような軽いノリで、やたらと豪
華な封筒を取り出した。
545
第85話 エルフの里
︱︱︱ガウン領南東・紋章の森
﹁ふう、随分走ったな。ここにエルフの里があるのか﹂
ここは獣国ガウンの南東、トライセンとの国境近隣の深緑森林が
広がる緑豊かな場所だ。リオから渡された獣王レオンハルトからの
手紙を読んだ俺達は、数日の準備期間を経てここを訪れた。思いの
外時間はかからなかったな。今の俺達の足であれば馬よりも数倍速
い。
さて、問題の手紙であるが、内容は至ってシンプル、レオンハル
トの直筆で﹃S級昇格試験実施のお知らせ﹄と書かれていたのだ!
⋮⋮いや、正直予想外の内容でずっこけたよ。妙に力強い字でそ
んなこと書いてくるんだもの。ってか何でガウンの国王が試験の手
紙を送ってくるんだよ、とその場でツッコミを入れてしまった程だ。
これについてはリオが捕捉してくれた。まず、冒険者ランクのS
級への昇格にはいくつか条件がある。簡単にまとめると以下の通り
だ。
①A級以上の依頼を10回連続で成功。
②S級相当の依頼を達成した経験がある。
③東大陸2国の国王から許可を得る。︵西大陸所属の場合は別条
件︶
④S級冒険者立会いの下、昇格試験に合格する。
546
俺の場合、①と②は既に達成している。問題となるのは③と④だ
な。実はこの2点がレオンハルトの手紙に関係していた。
まず③であるが、リオが予め手回ししていてくれたようで、トラ
ージのツバキ様から許可を得ていた。唯一面識のある国王でもある
為か、すんなりとツバキ様は了承してくれたらしい。やはり人との
繋がりは大切だな。
だが③を達成するにはもう一国の国王から許可を得なければなら
ない。トライセンは現在の状況が悪いので弾くとして、残るは獣国
ガウンと神皇国デラミス。直ぐに反応したのはガウンの王、レオン
ハルトだった。
ガウンの王族は10代になると武者修行の旅に出るという風習が
あるらしく、レオンハルト王はその時に冒険者として生活し、S級
にまで昇格したそうだ。修行の旅の後に国内最強の者を選定するバ
トルロイヤルに見事勝ち抜き、今の地位を掴んでいる訳だな。俺も
人のことはとやかく言えないが、なかなかに滅茶苦茶である。そん
なレオンハルト王からの手紙、その真意は︱︱︱
まあ詰まる所、S級冒険者であるレオンハルト王直々に昇格試験
に立ち会ってくれるそうなのだ︵姿は見せず、どこからか監視して
いるらしい︶。何でそんな大事になっているのか気にはなったが、
リオ曰くツバキ様の自慢話がレオンハルト王の耳に入ったからだそ
うだ。
獣国ガウンは強者を称える国、S級冒険者の候補となる者も早々
現れるものでもない。要は興味を持たれてしまったんだな。王自身
が試験官を務め、俺の力を見極めようとしているのだろう。
547
﹁⋮⋮不思議です。懐かしい感じがします﹂
エフィルがぼんやりと森の木々を見上げる。
﹁エフィルはハーフエルフだからな。エルフの血がそうさせている
のかも。この森、魔力が濃いし﹂
﹁でも変ね。エルフは西大陸の種族じゃなかった? 冒険者や商人
のはぐれエルフは稀に見掛けるけど、本拠地である集落は東大陸に
はないって学んだけど?﹂
純粋なエルフは閉鎖的で希少な種族だ。セラの記憶の通り、東大
陸では変わり者でもない限り見ることはまずない。
﹁十数年前に西大陸から移り住んだエルフの集落があったらしい。
何があったのかは分からないが、今はガウンが保護しているそうだ﹂
﹁ふむ。そしてその新しいエルフの里を護るのが、今回の試験か⋮
⋮﹂
レオンハルト王の手紙に記されていた試験。それはエルフの里で
出現している正体不明のモンスターの討伐であった。以前リオはト
ライセンとの国境線付近で様々なトラブルが発生していると言って
いた。このエルフの里もその例に漏れず、最近になってモンスター
が森に発生したと言う。
E級∼D級で討伐できるようなモンスターは以前から出現してい
たが、この新種のモンスターはB級レベルのモンスターを引き連れ、
エルフを攫っていくらしい。その強さはおそらくS級相当⋮⋮ ガ
ウンの一般兵士では子分のモンスターにも歯が立たず、苦戦してい
るという。
548
本来であれば王や軍内でも高位の者が対処するらしいのだが、近
頃のモンスターの凶暴化といい、人手が足りていないそうなのだ。
レオンハルト王からすれば俺の実力を測ることができ、問題も解決
と一石二鳥を目論んでいるのだろう。いや、俺は別に構わないけど
さ。なかなかS級と戦う機会もないし。
﹁ケルにい、やっぱりそのトライセンって国が絡んでるんじゃない
の?﹂
﹁十中八九そうだろうな。エルフは老いることがなく、男女共に美
形揃いだ。奴隷にしようと企む奴がいても不思議じゃない﹂
﹁うむ、王のようにな﹂
﹁そうね、ケルヴィンのようにね!﹂
﹁ええ、あなた様のように﹂
おい、なぜ皆で俺を見るんだ。言っておくが、エフィルが嫌がる
ことはしていないぞ。する気もない。
﹁ケルにい、エルフ萌えだったんだね!﹂
﹁リオン、誤解するな﹂
最近になって気付いたが、リオンの知識はかなり偏っている。兄
妹は一緒に風呂に入るもの! とか言って日常的に風呂場に突撃し
てくるし。まさかとは思うが、一部の漫画や小説の知識をそういう
ものだと純粋に思い込んでいるのかもしれない。ここは兄︵仮︶で
ある俺が真っ当に育ててやらねば!
心の中で決心していると、エフィルが俺の袖をそっと掴んだ。
﹁大丈夫ですよ、ご主人様。私はご主人様をお慕いしておりますし、
549
ご主人様の奴隷として誇りを持っています﹂
やはりエフィルは天使であった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱紋章の森・エルフの里
エルフの住まう森、この辺りでは﹃紋章の森﹄と呼ばれるそうだ
が、その名に違わずいたる所に紋章が刻まれている。鑑定眼で見る
限り魔法的な結界の役割を果たしているようだ。森に侵入する外敵
から身を護る為の手段なのだろうが、俺達に対しても効果を発揮し
ているのが考え物だ。空から見下ろしてもみたが、視覚的にも幻影
を発生させて場所の特定を防いでいた。
﹁感覚性を魔法で強化しますね﹂
﹁んー、こっちね!﹂
﹁うんうん⋮⋮ ケルにい、この小鳥さんがあっちに里があるって
さ!﹂
﹁そちら側から懐かしい気配がします﹂
とは言うものの、メルフィーナの補助魔法を施す、セラが察知ス
キルを使う、リオンが森の仲良くなった動物達から里の方向を教え
てもらう、エフィルのエルフとしての感覚に頼るなど、探る方法は
十分過ぎるほどあるのだ。皆を頼りに進むと木で作られた櫓と塀が
見えてきた。特に迷うこともなく里に到着することができたようだ。
550
一応、俺達の目的は討伐なんだが、もしここで迷ってもしたらど
うするつもりだったんだ⋮⋮ まあ、これも試験のうちなんだろう
が。
ちなみに残念ながら、今のところB級以上と思われる対象のモン
スターとは遭遇していない。
﹁そこの者達、止まれ!﹂
正面の門に近づくと、櫓の上から叫ばれる。見上げると、3人の
エルフ達が弓矢を構えて矢先をこちらに向けていた。
﹁この森は結界で護られている! 迷い人ではなかろう、お前達は
一体何者だ!﹂
﹁レオンハルト王の命により参上致しました、冒険者のケルヴィン
と申します﹂
﹁こ、国王様の遣い、だと!?﹂
エルフ達が狼狽する。
﹁これが紹介状になります。確認して頂きたい﹂
俺はリオから渡されたレオンハルトの紹介状を掲げ、緑魔法でそ
よ風を発生させ、エルフの手元まで届けてやる。
﹁ま、待て! 長老をお呼びする! しばしその場で待機せよ!﹂
﹁承知しました﹂
一気に長老まで話が通るのか。流石はガウン国王の紹介状、効果
抜群だな。まあ、未だに残ったエルフ達が弓を手放さないのが気に
551
はなるが。モンスターの出現で気が立っているのかもしれないな。
﹁⋮⋮お待たせした。あなた方を客人としてお迎えします。数々の
無礼、お許しください。門を開けよ!﹂
ガラガラと木製の門が上がっていく。俺達が門をくぐると、里の
広場と思われる場所に大勢のエルフ達が集まっていた。年老いた者
はおらず、皆若々しく、そして美しい。その先頭に一人の男性のエ
ルフが立っている。このエルフが長老だろうか? 当然ながら見た
目は若者だ。
﹁遠い地からよくおいでになった。私がこのエルフの里の長老をし
ております、ネルラスと申します﹂
やはり長老だったようだ。
﹁ケルヴィンです。この度は︱︱︱﹂
簡単に挨拶をし、自己紹介を済ませる。
︱︱︱事は、順々に紹介が周り、エフィルの番になったときに起
こった。
ガタッ!
﹁ば、馬鹿な⋮⋮!?﹂
﹁長老? どうかされましたか?﹂
エフィルを見たネルラスが腰を抜かして倒れてしまったのだ。周
りのエルフも全員ではないが、何人か酷く驚いているようだ。
552
﹁ル、ルーミル⋮⋮ なぜ、お前が生きて⋮⋮!?﹂
⋮⋮誰?
553
第86話 火竜王
︱︱︱エルフの里・長老の家
先程は腰を抜かしてしまったネルラスであったが、あの後直ぐに
騒動を収め、その場での集会を解散とした。その後、俺達はエルフ
の長老であるネルラスの家へと招かれ、改めてここで話合いを再開
することとなる。
部屋のソファーに座ると給仕の女性が紅茶らしき飲み物をいれて
くれた。今まで嗅いだ事のない香りだな。何の茶だろうか?
﹃この森で採取される薬草を数種煎じたものですね。香りから察す
るに、魔力を豊潤に含んだ高級品を使っているようです﹄
俺の疑問にメルフィーナ先生が即座に答えてくれた。香りだけで
判別できるとは、いつもながら流石である。
ふむ⋮⋮ 俺達にそんな高級品を出してくれているのなら、少な
くとも歓迎はしてくれている。ならば、さっきの驚きようは何だっ
たのだろうか?
﹁ケルヴィン殿、先程は大変失礼した⋮⋮﹂
﹁いえ、エフィルも気にしていませんので大丈夫ですよ。それより
も︱︱︱﹂
﹁分かっております。私が驚愕した理由が知りたいのですね﹂
﹁良ければ、お伺いしても?﹂
554
ネルラスは僅かに俯き、俺とエフィルを交互に見据える。
﹁⋮⋮そうですね。お話しましょう。国王様のご依頼とは直接的な
関係はない話ではありますが、そちらの少女にとってはとても大切
な事でしょうから﹂
﹁私にとって⋮⋮?﹂
エフィルが膝の上でギュッと拳を握るのが見えた。
﹁あれは、まだ私共が西大陸に居を構えていた頃の話です︱︱︱﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
長老の話は20年ほど前に遡る。西大陸のとある森の奥深くにエ
ルフ達は平穏に暮らしていた。この紋章の森と同じように、結界を
何重にも施していた為、外界との接点も殆どなかったと言う。
エルフの中には自ら外へ出て行く者もいたが、大抵の者は里から
離れることはまずしない。エルフは希少な種族であること、その容
姿が大変美しいことから過去に他種族から狙われることが頻繁に起
こっていたからだ。エルフの種族が閉鎖的になったのもそれが起因
しており、今では獣人族のみが交友関係を保っている。
そんなエルフ達がなぜ東大陸にまで身を寄せる必要があったのか
? その原因となったのは竜だった。それもただの竜ではない。偉
大なる竜族の王の1体である﹃火竜王﹄である。その強さは邪竜な
ど比較にならず、S級の中でも最上級の存在であると伝えられてい
555
る。
火竜王は森から遠く離れた火山口に巣を構える。本来であればエ
ルフと接触する機会は皆無なのだが、その日は違った。よく晴れた、
好天に恵まれた日であった。木々が高く伸び育ったエルフの里にも
陽の光が注がれ、とても暖かな日中。不意に、大きな影が里の中央
にかかる。
里の者ははじめ雲の陰かと考えたが、徐々に膨張し広がっていく
陰を不審に思い始める。決定的だったのは木々がメキメキと倒され
始めてからだ。森に施された結界などものともせず、巨大な大木を
結界ごと破り倒し、紅き巨体の主は里に現れる。
﹁⋮⋮我に恥辱を与えしエルフを出せ。さもなくば、森を灰燼と帰
す﹂
その場に居合わせたエルフ達は呆然とした。あまりに唐突な出来
事だった為に理解が追いつかなかったのだろう。ただただ紅き竜を
見ることしかできなかった。最も不幸だったのは一番竜の近くにい
たエルフだ。次の瞬間には竜に食われてしまったのだから。自分が
食われたことも認識できなかっただろう。
﹁う、うわああぁぁぁ!﹂
そこからはまさに地獄絵図であった。森が燃え盛り、エルフ達が
逃げ惑う。女子供関係なく竜はエルフを食らい、逃れた者も業火に
飲まれてしまう。
事態が収拾し出したのは、里の人口が4分の1を割ろうとしてい
た頃だった。一人のエルフの女が竜の前に立ち、こう言い放った。
556
﹁あなた様の怒りを、どうか私にお向けください。その代わり、他
の者を見逃して頂けませんか?﹂
竜を前にして怖じ気もしない女はエルフの中でも特に美しく、心
優しい者だった。怒りに身を任せていた竜もその姿に理性を取り戻
したのか、破壊行為を止める。
﹁貴様は我が探すエルフではない。だが、貴様は異種族の我からし
ても見目麗しいな⋮⋮ よかろう、貴様が我の花嫁となるならば、
恥辱の件は帳消しにしてやろう﹂
高等な竜族は人化する術を持つ。それはつまり、異種族に子を産
ませることが可能であることを示す。火竜王が何に対して怒りを持
っていたかは不明であるが、和解案として提示したのがそれであっ
た。
﹁⋮⋮分かりました。ですが、どうか家族と別れの挨拶をさせてく
ださい﹂
﹁いいだろう。今宵、改めて貴様を迎えに来よう。それまでに済ま
せるとよい。 ⋮⋮理解しているだろうが、逃げても無駄であるぞ
?﹂
吐き捨てるように言葉を残し、竜は大空へと飛び去っていく。姿
が見えなくなるまで目を離さなかった女であったが、完全に去った
のを確認するとその場に泣き崩れたという。女はまだ若く、間もな
く結婚を控えていた。最も、その相手となる男は既に竜の腹の中だ
ったのだが⋮⋮
その時の長老もこの騒動で亡くなってしまい、息子であるネルラ
557
スが新たに長老として就任することとなる。通例であれば新長老の
祝いの席でも設けるところであるが、流石にそれどころではなかっ
た。今後の一族の方針、竜の花嫁となる女の監視と苦い決断を迫ら
れることも多々あったと言う。
監視の中、女は生き残った家族と残り少ない時間を過ごし、夜を
迎える。
約束の刻、バサリと竜は静寂の中現れた。女の顔に涙はもうない。
ただ、竜が飛び立つ前に一言だけこう残したという。
﹁私のことは、もう忘れてください﹂
それから数年が経った頃、女の死体が森の端で発見されることと
なる。エルフ達は竜に恐怖し、故郷を捨て西大陸から逃れることを
決断。一族の生き残りを集め、東大陸の獣国ガウンを頼りに新天地
を目指すのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁⋮⋮これが、我が一族が東大陸に渡った経緯です。結局のところ、
竜が里を襲った理由は分からずじまい、彼が探していたエルフにつ
いても判明していません﹂
重い空気が部屋を支配する。
﹁もしや、その花嫁となった女というのが?﹂
558
﹁はい、彼女の名はルーミル。私がエフィルさんと見間違えたエル
フです﹂
ええと、俺の予想が間違ってなければ、もしかしてその人がエフ
ィルの母親にあたるんじゃ⋮⋮ いや、それ所か父親は火竜王!?
﹃いえ、それはありえません。ハーフエルフは人間とエルフの間に
のみ誕生します。相手が竜では血が濃過ぎます﹄
﹃そ、そうか⋮⋮﹄
安心したような、謎が深まったような⋮⋮ そういえば、エフィ
ルは出会った時から﹃火竜王の呪い﹄を持っていた。今では反転さ
せて加護となっているが、この呪いのせいでエフィルは不遇な時を
過ごしたのだ。
⋮⋮考えようによってはそのお陰で俺達は出会えたとも言えるが。
いや、それよりもエフィルは大丈夫か!? ショックを受けてない
か!?
﹁私もルーミルとは知り合いでした。そして、彼女が死んでいるの
をこの目で見ています⋮⋮ エフィルさん、大変申し上げにくいの
ですが⋮⋮﹂
﹁いえ、私が物心つく頃には父も母もいませんでしたし、記憶もあ
りません。ですので、ネルラス様が心配される必要はございません。
私にはご主人様が、仲間がいますから﹂
エフィルが俺の肩に頭を乗せる。
⋮⋮いらぬ心配だったかな?
559
﹁どうやら、信頼できる方と出会えたようですな。同族としてお祝
い致しますよ﹂
﹁あっ、いえ、私とご主人様はそういう関係では⋮⋮﹂
珍しくエフィルがあたふたとする。背後からセラとメルフィーナ
が目を光らせているので僕からは何も言えないです、はい。
560
第87話 要塞化
︱︱︱エルフの里・長老の家
母方だけではあるが、エフィルの出生について知ることができた
のは予想外の収穫だった。だが、俺達がここにやってきた目的はあ
くまで里の防衛。そろそろ本題に移行するとしよう。
﹁長老、里の周辺地図はありますか?﹂
﹁地図ですか? ええ、ございますとも﹂
長老が給仕の女性に地図を用意するようにと指示を出す。女性は
慌しく部屋を出て行った。別にそこまで急がなくてもいいのだが。
﹁依頼の情報では、新種のモンスターは手下を連れてエルフの人達
を攫っていくと聞いています﹂
﹁はい。森には厳重に方向感覚を狂わせる結界を施しているのです
が、お恥ずかしながら、モンスター達は里の位置を正確に把握して
いるようでして⋮⋮﹂
まあ、その類の結界ならスキルの運用次第で何とでもなるからな
ー。俺達でも突破できたのが何よりの証拠だ。モンスターでも可能
ではあるだろう。
﹁モンスターの襲来はこれまで3度ありました。不思議なことに、
モンスター達はこちらから攻撃を加えない限り我々を襲いません。
その代わりエルフを数人捕らえると、そのまま何処かへと帰ってい
くのです﹂
561
﹁⋮⋮モンスターにしては組織的ですね﹂
余計な手出しをしなければ殺生はしない。目的はエルフを攫うこ
とに一貫している訳か。
﹁もちろん、抵抗はしました。ですが、我々の力では手下のモンス
ター達にでさえ、全く攻撃が通じなかったのです。ガウンが派遣し
た兵士達も同様に⋮⋮ 私達にできることは無駄な犠牲を出さぬよ
う、ただ悪魔が過ぎるのを待つことばかり⋮⋮﹂
このままでは、また里を捨てることになってしまう。長老は言葉
にはしなかったが、もうその決断を迫られている段階だろう。
﹁長老、安心せい。それを阻止する為のワシらじゃ﹂
﹁そうですとも。必ず私達があなた達を護ります﹂
﹁僕とアレックスも頑張るよ!﹂
﹁ワォン!﹂
頼れる俺の仲間達はやる気十分。ここがエフィルと縁のある地っ
てのも原因だろうな。ま、俺もだけど。
﹁ははは、ってな訳で長老、私の仲間も士気高揚しています。そこ
で相談なのですが、この里を少々改造する許可を頂きたい﹂
﹁改造、ですかな? 迎撃用の罠でも設置するのですか?﹂
﹁まあ、そんな所です。その許可を頂ければ、あなた方をモンスタ
ー共から指一本触れさせないとお約束します﹂
﹁⋮⋮どちらにせよ、このままでは犠牲者をいたずらに増やすばか
り。分かりました、ケルヴィン殿の言う通りに致しましょう﹂
﹁ありがとうございます﹂
562
よし、何とか許可を得ることができた。これからちょいと忙しく
なりそうだ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱紋章の森・エルフの里
﹁長老、冒険者様の指示通りにしましたが⋮⋮﹂
﹁ケ、ケルヴィン殿、これは一体?﹂
俺達が行動を始めて半日、エルフの里の大改造が完了した。我な
がら良い仕事をしたと思う。長老やエルフ達も感動で震えているよ
うだ。
﹁次のモンスター襲来の対抗策ですよ。思っていた以上に上手くで
きたと自負しています。説明は⋮⋮ そうだな、メル、頼めるか?﹂
﹁分かりました。僭越ながら、私が解説致します﹂
メルフィーナがニコニコと笑みをこぼしながら、ふたつ返事で前
に出る。
先ほどエルフの郷土料理を引かれるほど何杯も食した為かご機嫌
だ。今ではすっかり食いしん坊キャラとなって馴染んでしまったな。
彼女の召喚が旅の序盤で成功していたら、我がパーティは財政難必
至であった。成功したのが最近で本当に良かった⋮⋮
﹁まず里を囲っていた木製の防壁ですが、これではB級モンスター
563
の侵攻は微塵も防げません。加えて防壁の高さも不十分でした﹂
長老にモンスターの話を詳しく聞いたところ、大部分はサイクロ
プスやオーガなどの巨人系モンスターが占めるとのことだった。現
在の防壁では強度的にも高度的にも足りていない。現に前回の傷跡
が彼方此方で見られた。
﹁そこで現在の防壁の外側に、緑魔法で新たな防壁を作り上げまし
た。高度は3倍、A級モンスターの攻めだろうとビクともしません。
この黒壁は内側の階段から登ることができ、最上階から弓や魔法を
放つことも可能です。更に、壁の外側は外堀で覆われており、正門
に架けられた橋からでしか渡ることができません。ちなみにこの橋
も防壁と同質の素材です。当然ながら外堀の水は普通の水ではない
ので、決して触れないようご注意ください。死に至る可能性があり
ますので⋮⋮﹂
﹁え、ええ⋮⋮﹂
﹁ああ、事が終わりましたら元に戻しますのでご安心を。環境に影
響もありません﹂
アダマンランパート
要は俺の絶崖黒城壁を里を囲うように作り、メルフィーナが生成
した外堀の水にセラの黒魔法を施したただけである。まあ、これは
あくまで保険だ。実際に近づかせる気は微塵もない。
﹁そ、それでは、この櫓は⋮⋮ 櫓ですよね、これ?﹂
﹁ええ、少々高めですが﹂
アダマンランパート
長老が震える手で里の広場に建設した、エフィルの為の特製櫓を
アダマンランパート
指差す。これも絶崖黒城壁の応用で建造した、防壁よりも更に高い
櫓、最早塔と呼ぶべきか。それにしても絶崖黒城壁は便利だな。壁
に見立てれば基本何でも作れそうだ。
564
ールスフォッグ
フォ
﹁こちらはエフィル専用の弓櫓となっております。私の青魔法、虚
偽の霧の効果により防壁より外側からは櫓が視認できない仕様です。
元より里には幻影系の結界が施されていますから、効果は倍々です
ね♪﹂
﹁ハ、ハハハ⋮⋮ し、しかし、これだけ高い櫓ですと、流石に狙
いを定められないのでは? 弓術に長けた我々エルフでも、これは
︱︱︱﹂
﹁問題にもなりません。後方支援はお任せください﹂
﹁エフィルがこう言ってるんで大丈夫ですよ。試験的に放った矢も
百発百中でしたし﹂
森の中をうろついていた兎型モンスターと木に実っていた果実を
見せてやる。モンスターの眉間、果実のど真ん中に矢が刺さってい
た。当然ながら、この弓櫓からエフィルが撃ったものだ。
おお⋮⋮! と周囲のエルフ達から感嘆の声が上がった。
﹁モンスター襲来時は私とエフィルがこの櫓で戦闘区域全域を支援
します。ジェラールが渡り橋の防衛を、セラ、メル、リオン、アレ
ックスが防壁の外で迎撃を担当します﹂
クロトはいざという時の隠し玉だ。状況に応じて各場所に直接召
喚して遊撃させる。
﹁ああ、後は念の為にゴーレムを何体か設置しておきましょうか。
A級モンスター程度の実力はありますから何かの役には立つ︱︱︱﹂
﹁⋮⋮ケルヴィン殿おぉー!﹂
﹁は、はいっ!?﹂
565
長老が俺の手をいきなり両手で掴んできた。何事!?
﹁あなたは、本当にこの里の救世主なのではっ!? いや、そうに
違いない! おお、レオンハルト様! ケルヴィン殿を遣わしてく
れたことに感謝致しますぞ! 皆の者、今夜は宴だぁ!﹂
﹁﹁﹁おおー!﹂﹂﹂
気が沈みきっていたエルフの里に活気が戻った⋮⋮ と言えばい
いのか。それにしたってテンション上がり過ぎだろ、長老。
エルフ達から最大限のもてなしを受け、後はこの里を防衛するの
み。おそらくはこの件に絡んでいるであろうトライセン、エルフの
里を荒らした罪は償ってもらうぞ。
566
第88話 混成魔獣団
︱︱︱紋章の森・東端
深夜、紋章の森は静寂を保っていた。元々森に棲むモンスターも
大半は昼行性、このような時間に活動する者は数えるほどしかいな
い。
だが、そんな森に異端となるモンスター達がいた。木々の高さに
匹敵する巨体にも関わらず、野生では見ることはないであろう、統
率された動き︱︱︱ それは正に、モンスターで構成された軍隊で
あった。
﹁副官殿、準備が整いました﹂
倒木に腰掛ける壮年の男に、その部下らしき若者が敬礼する。両
者の腰には鞭が装着されていた。攻撃にも使用されるが、主な用途
は躾を行き届かせる為。調教師が好んで扱う武器である。
﹁思ったよりも早かったな﹂
﹁当然ですよ。今日で侵攻も4度目、いよいよ亜人共を一掃できる
じゃないですか! ガウンの奴らを誘き寄せる為とは言え、ちまち
まと拉致するのも皆飽きてましたよ。副官殿もそうでしょう?﹂
ニヤニヤと若者は口を歪ませて笑う。
トライセンは人族至上主義を是とする。国民は幼少の頃よりその
ように教育され、奴隷である亜人達を虫のように扱ってきた。この
567
若者も例外なく当てはまり、モンスターや亜人を使役する﹃混成魔
獣団﹄に自ら進んで志願した。若くして大隊長にまで昇格した有望
株である。
﹁まあな。しかし、無抵抗のエルフ共には笑えたな。奴ら、抵抗し
なければ殺されはしないと本当に思ってるだろうぜ﹂
﹁いやはや、行き着く先は人体実験か、兵を発散させる為の道具だ
と言うのに⋮⋮ ああ、私は亜人を相手するなんて嫌ですよ?﹂
﹁お前は貴族の出だったか。そう言わずに試してみろ、結構良いも
んだぞ?﹂
﹁遠慮しますよ。それよりも私の使役するモンスターと同じ寝床に
入れさせた方が面白そうです﹂
﹁まったく、お前も良い趣味してるよ⋮⋮﹂
雲に隠れていた月が顔を出す。月明かりで辺りがぼんやりと照ら
され、紋章の森に集結した勢力が姿を現した。その数はゆうに10
00を越え、その全てがB級以上のモンスターであった。それも長
老の話にあった巨人族だけでなく、ありとあらゆる種族のモンスタ
ー達だ。
混成魔獣団に所属する人間は500人もおらず、トライセンの軍
隊で最も少ない。だが、その500人は全員が調教師の職業を持ち、
配下となるモンスターを使役する。調教師達にモンスターや奴隷に
対する愛情などはなく、単なる兵器として扱う為に、最も代えの利
く部隊として最前線にてその役割を担う。犠牲を厭わぬモンスター
の進撃で、大戦時代は相手国を恐怖のどん底に陥れてきたのだ。
何とこの場には混成魔獣団の半数ともなる兵が集結し、副官を筆
頭に次なる戦に備えていた。
568
﹁ガウンに十分に情報を与え、討伐にやってきた戦力を叩く。トリ
スタン将軍が考案したこの作戦、3度目にして漸くガウンの軍がや
ってきたが、所詮あれは末端部隊だ。おそらくは次が本命だろう。
まあ、いなければいないで悠々とエルフが手に入るだけだ﹂
﹁この戦力であれば獣王やその息子共が来ても勝てますよ。副官の
それだっているんですから﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
壮年の男の背後で跪く一際大きな巨人。その野太い首には古代文
字が描かれた首輪が着けられていた。
﹁将軍もこの首輪をどこで手に入れたんでしょうね? お陰でモン
スターの捕獲は楽になった訳ですが﹂
﹁これは噂だが、最近王城に出入りしている商人から仕入れたらし
い。どこのどいつだか知らないが、これを装着させただけでモンス
ターが大人しくなっちまうんだからな、大したマジックアイテムだ
よ。特別製のこの首輪なんてS級にも効果がありやがる﹂
﹁特別製は全部で3つでしたか。何でも1つはアズグラッド王子に
献上したとのことでしたが⋮⋮﹂
﹁もったいないねえ。その1つでどれだけ部隊が強化できることだ
か。まあ将軍のことだ。何か考えがあるんだろう。王子に恩を売る
とかな﹂
﹁恩を、ですか?﹂
﹁例えばの話だよ⋮⋮ さて、そろそろ時間だ。お前は第4部隊を
率いて正面から先行しろ。後発として大隊長のディルに第5部隊を
率いらせる﹂
﹁副官殿は?﹂
﹁俺は状況を見極める。 ⋮⋮では、蹂躙を開始するぞ﹂
副官は高々と上げた腕を里の方向に向け振り下ろす。地響きを轟
569
かせながら、魔獣の軍隊は行動を開始した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱紋章の森
第4部隊は森の中腹へと差し掛かる。絶えず飛行系モンスターを
斥候として出しているが、今のところはガウンの軍隊がいる気配は
ない。
﹁大隊長、どうやらガウンの腰抜け共はいないようですな。もしや、
我々に恐れをなして逃げたのでは?﹂
﹁ああ、これだけの大音を立てての行軍だ。気付かない訳はないだ
ろうが⋮⋮ 下劣な奴らのことだ、伏兵に注意して進もうじゃない
か!﹂
部隊の最後列で兵士達の笑いが爆発する。緊張感がないのは調教
師である彼らが陣の後方、所謂安全圏にいる為だろうか。それとも、
屈強なモンスター達が最前線で護りを固めながら進軍している為か
⋮⋮
例えそうだとしても、絶対の安全など戦場にありはしないのだが、
彼らは気にせず進軍を続ける。キルゾーンの境界線を踏み越えたこ
とを知らずに︱︱︱
﹁ぐぁっ!?﹂
570
突如、大隊長の前方でモンスターに騎乗していた兵士が仰向けに
倒れ込んだ。
﹁どうした!?﹂
﹁わ、分かりません! 突然こいつが倒れてしまって⋮⋮﹂
周囲にいた兵士達が倒れた者を起こそうと駆け寄るが︱︱︱
﹁おい⋮⋮ ひっ!﹂
男の眉間には小さな穴が開いていた。つい先ほどまで何かが刺さ
っていたように、ハッキリとした穴が。そこから真赤な血がドロド
ロと流れている。素人目にも、彼は死んでいた。
﹁こ、これは矢の痕か?﹂
﹁馬鹿な、弓の風斬り音も何も聞こえなかったぞ!? 何より、斥
候に出ているモンスターからも未だに反応がない! エルフの集落
もまだ当分先の距離だ!﹂
﹁だが、現にこいつは︱︱︱﹂
﹁ぎゃっ!﹂
少し離れた部隊から断末魔が聞こえてくる。どうやら次の犠牲者
が出てしまったようだ。
﹁敵襲ー! 敵襲ー!﹂
﹁モンスターを壁にして身を守れ! 敵は見えない攻撃をしてくる
ぞ!﹂
先ほどの空気が一転し、部隊は混乱に陥ってしまう。モンスター
を、或いは木々を盾として兵士達は身を潜めるが、少しでも頭を出
571
そうものならば即座に射殺される。
﹁こんな攻撃、今まで一度もなかったぞ⋮⋮! この中をエルフの
集落まで進むと言うのか? 馬鹿な⋮⋮!﹂
ジリジリと前に踏み出すも、正体不明の攻撃は休むことなく降り
注ぐ。大隊長である若者の顔は見る見るうちに青くなっていった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱エルフの里・弓櫓
﹁エフィル、次はトロールの後ろに隠れたあいつだ﹂
﹁承知しました﹂
﹁あの階級の高そうな男は後回しな。捕まえて色々と吐かせる﹂
トライセンの部隊がエフィルの射程範囲に入ってきてから数分、
俺はエフィルの﹃千里眼﹄を借りながら侵入者の迎撃を開始した。
見たところ、人間の兵士は全員調教師だ。戦法としてはモンスタ
ーを前面に押し出す力押しをセオリーとするのだろう。だとすれば、
後方にいる調教師を先に倒せば部隊は自然と瓦解する。倒された調
教師の配下であるモンスターの支配が解かれるからだ。トライセン
の兵士達が配下のモンスターに対して親愛を持って接していれば、
また違う戦略を取らざるを得なかったが、まあ、あいつらに限って
それはない。
572
﹁その弓の調子も問題ないようだな﹂
﹁はい。魔力を篭めればどこまでも届きそうです。それに弓音も全
くしません﹂
エフィルに新たに贈った弓は隠密用のものだ。﹃隠弓マーシレス﹄
は魔力を篭めることで矢が生成され、その魔力に比例して飛距離が
伸びていく。何よりも特徴的なのは、弓を引く音、射る音が全くせ
ず、放った矢に隠蔽効果がかかることだろう。効果は矢がぶつかる
まで継続され、当たってすぐに矢は消え去る。証拠が何も残らない
という怖ろしい弓なのだ。
﹃侵入者を確認した。各人の得た情報は随時ネットワークに更新し
ていく﹄
長老から貰った森の地図で、周囲の土地情報は既に分かっている。
あとは敵の位置を書き込んでいけばいいだけだ。﹃並列思考﹄があ
れば指示を出しながらリアルタイムで更新していける。
﹃うむ。皆、ワシの分まで頑張るのだぞ﹄
﹃了ー解! ジェラールの出番はないから寝て待ってなさい!﹄
﹃セラ、皆殺しにしてはいけませんよ?﹄
﹃そうそう。メルねえの言う通り、偉そうな人は捕まえるんだよね
?﹄
﹃可能であればな。あくまで目的は里の防衛だ。あまり森を荒らす
ような行為も禁止だからな﹄
セラ達も森に散り始めたようだな。よし。
﹃それじゃあ、蹂躙を始めようか﹄
573
第89話 森の狩人達︵前書き︶
タイトルを試験的に変更致しました。
﹃古今東西召喚士﹄⇒﹃黒の召喚士 ∼戦闘狂の成り上がり∼﹄と
なります。
574
第89話 森の狩人達
︱︱︱紋章の森
リオンは木々を器用に走り渡り、曲芸師さながらの軽業で目的地
へと向かっていた。
︵えーと、マップによるとこの先に敵がいるみたいだね︶
エフィルねえの千里眼により、先ほど確認された敵の位置は、既
に配下ネットワークのマップ上に記されている。僕は一直線にその
場所を目指していた。
﹃僕の方はそろそろ着きそうだよ。セラねえとメルねえは?﹄
﹃私もそろそろ到着︱︱︱ ってメルフィーナ、貴方もう戦闘中!
?﹄
セラねえの言葉を聞いて、急いでマップを確認する。確かに、メ
ルねえのマーカーは敵陣地のど真ん中にあった。
﹃ええ、絶賛交戦中です。一番乗りは頂きました﹄
﹃ああ、もう! 私の分も残しておきなさいよ!﹄
﹃保障はできませんね﹄
セラねえは相当悔しがっているようだ。最近、なぜかメルねえを
ライバル視しているような節があるんだけど、何かあったのかな?
﹃アレックス、ここでまた活躍できれば、ケルにいも僕たちの力を
575
認めてくれるはずだよ。頑張ろうね!﹄
﹃ウォン!﹄
僕の影に潜んでいるアレックスが元気に声を返してくれた。
アレックスの固有スキル﹃影移動﹄は影から影へと移動、滞在す
ることができる。影の向こう側がどうなっているかは分からないけ
ど、ずっと僕の影の中にいるところを見ると、案外居心地が良いの
かな?
アレックスと僕とでは、僕の方が敏捷が高い。今回は敵陣地に到
着するまで僕の影に潜んでもらって、全速力で向かってる訳だ。
⋮⋮メルねえには負けちゃったけど。
﹃リオン、ケルヴィンの情報じゃモンスターはB級レベルらしいわ。
今の実力なら問題ないと思うけど、絶対無理しちゃ駄目よ!﹄
﹃そうです。自称中級者が一番危ないんですから﹄
﹃もう、二人とも心配し過ぎだよー﹄
心配してくれるのはとっても嬉しいけど、子供扱いは止めてほし
いな。エフィルねえとだって、2つしか歳は違わないんだし。
⋮⋮胸は完敗だけど。
いけない。変な方向にネガティブになってしまっている。
そうだ、世の中女性の価値は胸の大きさだけじゃないんだ。ケル
にいだって、きっとそう考えてる! それに僕もまだまだ成長期、
毎日ミルクも飲んでるし、前世と比べて健康的な生活を送っている。
576
うん、まだチャンスはある!
よし、何とか気持ちを立て直した。
﹃ウウウ⋮⋮!﹄
﹃ん、そうだね。そろそろ見えてくる﹄
アレックスが警戒態勢になったようだ。僕も目の前に集中しよう。
耳を澄ますと、静寂を保っていた森の奥から音が聞こえてきた。
僕は更にスピードを上げ、一気に木々を駆け抜けた。
見えてきたのはモンスターの群れ。長老さんの話じゃ巨人ばっか
りって聞いてたけど、大きなトカゲや、木に擬態した変てこなモン
スターなど、多様な種類がいる。もっと奥からは人間らしき声も聞
こえるけど、ここからじゃ見えないな。
所々に巨大な鳥や蝙蝠が地面に横たわっているのは、エフィルね
えに撃ち落されたからかな。もう空には何かが飛んでいるような姿
は見受けられない。
それに、互いに仲間であるはずのモンスター同士が戦っていると
ころもある。仲間割れ?
﹁主である調教師が倒されたことによって、その配下モンスターの
コントロールが効かなくなっているんです﹂
﹁あ、メルねえ﹂
荘厳な槍を片手に蒼く綺麗な鎧を着込んだメルねえが乱闘中のモ
ンスターの群れの中から歩いて来た。戦っていたというのに、メル
577
ねえの装備には返り血や埃のひとつも付いていない。
ただ、槍の先っぽには誰かが宙ぶらりんの状態でぶら下がってる
けど⋮⋮
﹁それ、何? 拾ったの?﹂
﹁これですか?﹂
メルねえが槍を高く上げて見せてくれた。あ、謎の人の首が絞ま
ってる。
﹁この部隊の司令官、大隊長の方です。一足先に捕らえてきました﹂
﹁ええっ! もうっ!?﹂
よくよく見ると男は質の良い服装をしている。かなりぐてっとし
た感じだけど、大丈夫かな?
﹃先を越されたー!﹄
大音量で前方の戦場から念話が届く。どうやらセラねえも僕より
先に到着していたようだ。
﹁セ、セラねえ⋮⋮﹂
﹁フフ、今回は私の勝ちですね﹂
ドヤッと嬉しそうな顔をするメルねえ。こんな顔、エフィルねえ
の料理を食べているところでしか見たことがない。案外、メルねえ
もセラねえをライバルとして意識しているのかも。
﹁そっかぁ、出遅れたかー⋮⋮﹂
578
かなり急いで来たんだけどなー。
﹁セラは残党狩りに向かいましたが、リオンはこれからどうします
か?﹂
﹁まだ全然何もしてないし⋮⋮ 僕もセラねえを追おうかな﹂
﹁なら一緒に行きましょうか。やはり心配ですし⋮⋮﹂
﹁もう、だから子供扱いしないでよー。でもメルねえ、その人はど
うするの?﹂
槍にぶら下げたままだと戦闘に邪魔じゃないかな。
﹁少々お待ちを﹂
﹃あなた様、対象を捕らえました。クロトの召喚をお願いします﹄
﹃了解。今送る﹄
すると、僕たちの直ぐ目の前に小さな魔法陣が現れ、ポンッと小
型サイズのクロトを召喚した。
﹁あっ、クロトだ﹂
﹃そのクロトが俺のところまでそいつを運んでくれる。俺の配下で
あるメルフィーナやセラ、同じパーティであるリオンの近くなら遠
距離の召喚も可能だから、上手く使ってやってくれ﹄
﹃ありがとうございます﹄
メルねえはクロトに男を引き渡す。クロトは自分の体で男をグル
グル巻きにしていき、そのまま里の方向へと走っていった。
579
﹁とまあ、こんな具合です。それでは行きましょうか。まだまだ奥
に別働隊がいるようですしね﹂
﹁メルねえ、僕の見せ場も残してくれると嬉しいんだけど﹂
まだまだ実力差は埋まりそうにないなー。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱紋章の森・東端
﹁⋮⋮定時連絡がない。何かあったか?﹂
混成魔獣団の副官、ウルフレッドは本陣に主力部隊を置き、モン
スターを偵察に出していた。戦場の動きを逐一確認する為だったの
だが、先ほどから一匹もモンスターが帰ってこない。
それだけではない。大隊長2人が率いた2部隊からも何の報告も
ないのだ。普通であれば、足の速いモンスターを連絡役として飛ば
してくるのだが。
﹁報告、報告ー!﹂
﹁やっと来たか﹂
森の闇から先行していた部隊の兵が現れる。余程急いで来たのか、
騎乗していたモンスターは乗り潰してしまったようだ。それを見て、
ウルフレッドはやれやれと首を振った。
580
﹁副官殿、い、一大事でございます!﹂
﹁落ち着け、獣王でも出てきたってか?﹂
﹁ガウンではありません! エルフの集落目前で敵が出現! 先行
した第4部隊は壊滅し、カゼナ大隊長は敵に捕らわれました!﹂
﹁何っ!? ガウンでないっつうと、どこの軍だ? トラージか!
? デラミスか!?﹂
シャドーウルフ
﹁軍ではなく、冒険者らしきパーティであります! 正体は不明で
すが、現在確認できているのは女が3人に、影の狼が1体! 全員
怖ろしく強く、B級モンスターでは歯が立ちませぬ! 更に、頭上
より知覚できない矢のような攻撃が雨のように降り注ぎ、進軍でき
ない状態です!﹂
﹁何、だと⋮⋮!? たった数人で、か!?﹂
獣王を想定して編成した部隊が、ものの数分で壊滅。見通しが甘
かったのか、それとも想定を越える化物が現れたのか。ウルフレッ
ドには判断がつかない。
﹁ディル大隊長率いる第5部隊がただ今交戦中ですが、陣が崩壊す
ギガントロード
るのも時間の問題です! 副官殿、どうかご指示を!﹂
﹁⋮⋮くそっ! おい巨人の王、起きやがれ!﹂
ギガントロード
ウルフレッドの背後に跪いていた巨人が起き上がる。立ち上がっ
た巨人の背丈は森の木々の高さをゆうに越していた。
﹁おお、これが噂の⋮⋮!﹂
﹁どんな奴だろうが、S級モンスターには勝てん! 巨人の王を主
体として敵を殲滅する、他のモンスターは補助に回れ! ⋮⋮おい、
聞いているのか!?﹂
明後日の方向を向く兵に、ウルフレッドは叱咤を飛ばす。
581
﹁ふ、副官殿⋮⋮﹂
だが、その兵は震えていた。その方向を指差し、ガタガタと震え
ている。
ウルフレッドは嫌な予感がした。いや、そんなはずはない。いく
らなんでも早過ぎる。それに、そこにはウルフレッドが率いていた
主力の第2部隊もいたのだ。頭で否定しながら、その方向に目をや
る。
﹁あら、もう敵部隊を抜けてしまいましたね。まあ、残りはセラに
任せれば大丈夫でしょう﹂
﹁見て見て、あの巨人すっごく大きいよ、メルねえ! 漫画みたい
!﹂
そこには、まるで街に遊びに来たかのような、そんな調子の美し
い少女達がいた。
582
第89話 森の狩人達︵後書き︶
お陰様で総合評価2000ptを突破しました!
タイトルを変更しましたが、これからもよろしくお願い致します!
583
第90話 巨人の王
︱︱︱紋章の森・東端
﹁馬鹿な、本当に女子供じゃねぇか⋮⋮﹂
ウルフレッドが戸惑うのも無理はない。リオンは当然であるが、
メルフィーナも外見上は20にも満たない少女の姿。とてもではな
いが、トライセンが誇る混成魔獣団が壊滅させられた事実を信じる
ことはできなかった。
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
兵の怯えようは尋常ではない。前線で行われた戦闘で何が行われ
たと言うのか。青髪の凛とした少女は聖女のように微笑んでいる。
﹁道案内、ご苦労様です。お陰で迷うことなく、ここまで辿り着け
ました﹂
﹁セラねえに任せて追って来たのは正解だったね﹂
﹁こいつをわざと逃がして、つけていたのか⋮⋮!﹂
グランドバード
そこで倒れ伏しているモンスターは﹃地這鳥﹄。羽が退化し飛ぶ
グランドバード
ことのできない鳥型モンスターであるが、地を駆ける速さにかけて
は駿馬をも上回る。その地這鳥を乗り潰してまで飛ばして来た兵を
悠々と追跡してきた敏捷能力⋮⋮ 外見の容姿に惑わされてはなら
ないと、ウルフレッドは迷いを捨てた。
ギガントロード
﹁巨人の王、微塵も油断するんじゃねぇぞ。同族の仇だと思え!﹂
584
鞭を叩きつけ、巨人の戦意を滾らす。巨人は低く唸りを上げ、地
響きを鳴らしながら前に出る。
﹁近くで見ると尚更大きいね。ケルにいが作った壁くらいあるんじ
ゃない?﹂
﹁ふむ、このまま戦ってもいいですが、そうですね⋮⋮﹂
メルフィーナが顎に手をやり、悩むような仕草をとった。リオン
は﹁戦わないの?﹂と、剣を片手にそんなメルフィーナの顔を覗い
ている。
﹃リオン、あなた達の力でこのモンスターを倒してみてください﹄
﹃え⋮⋮ 僕たちだけで?﹄
﹃はい。これまであなたが戦った敵はいささか実力不足でしたから
ね。自分よりも弱い者に勝っても、それは真に強いとは言えません。
あなたも早くお兄さんに認められたいでしょう?﹄
﹃⋮⋮うん﹄
﹃倒すことができれば、晴れてあなたを一人前と認めましょう。子
供扱いも、まあ、極力控えます﹄
﹃それは止めないんだ⋮⋮﹄
何だかんだで、リオンの実力は皆理解している。だが、それが極
限状態となった実戦で発揮できるかが心配なのだ。リュカと同じく、
屋敷の妹的な存在であるが故の危惧と呼べばいいのか。特にパーテ
ィ内ではその傾向が強い。
﹃あのモンスターは恐らくS級相当の強さでしょう。それでも、や
れますか?﹄
﹃⋮⋮やれるよ。ここ毎日、ジェラじいには剣術を、ケルにいには
585
魔法を嫌って言う程叩き込まれたんだ﹄
勇者であるリオンの才能は規格外。レベルアップにより強化され
たステータスは然る事ながら、ケルヴィンと同様に会得した﹃胆力﹄
スキルが動じない精神力を与えている︵身体的特徴を指摘されるの
は例外︶。
何よりも厳しい訓練に耐えられたのは、リオン自身が皆を守りた
いから。そんな単純な理由だ。
﹃リオンの努力は知っていますよ。大丈夫、あなたの力を出し切れ
ることができれば、きっと勝てます﹄
メルフィーナの静かな声に、リオンは安堵する。ケルヴィンと同
じく、尊敬するひとりにそう信じられたのだ。それだけでリオンの
心の迷いは晴れ渡った。
﹃うん! それじゃあ、行ってくるね!﹄
巨人が前に出るのに少し遅れて、リオンも歩みを進め出す。
︵ひとり、だと⋮⋮!? 舐めやがって!︶
ウルフレッドは目を疑った。S級モンスターを前に、黒き軽装の
少女が単独で前に出たのだから。少女の持つ片手剣は、見たところ
ギガントロード
よく鍛えられている。だが、それでも良くてB級程度の代物だろう。
これまではそれでも通用しただろうが、この巨人の王の鋼鉄のよう
な肌には傷ひとつ付けられない。
︵触れた瞬間、根元からバキリと折れるだろうぜ! 迂闊な真似を
586
した事、愛剣を壊されてから後悔するといい!︶
再び鞭を打ちつけると、巨人は雄叫びを上げながらリオンに向か
って走り出した。灰色の強靭な体が弾丸の如く放たれる。その巨体
さからは考えられない俊敏さだ。
ギガントロード
﹁いけ、巨人の王!﹂
﹁いくよ!﹂
ウルフレッドの視界から、リオンの姿が消えた。
︵なっ、どこだっ!?︶
予備動作なしからリオンは一気に最大速度に至る。実の所、リオ
ンのステータス上の敏捷は既にセラやメルフィーナを上回っている。
ギガントロード
単に持続力がない為に、普段はセーブしているに過ぎないのだ。だ
が、そんな速度で移動するリオンさえも、巨人の王は捉えていた。
猛突進しながらも、巨人の右腕が振るわれる。狙いは巨人の右斜
め前方、リオンがいる場所を正確にだ。拳が地に触れた瞬間、大地
グレイブデスオーガ
が割れ、そこに存在していた木々が出来上がった大穴に沈んでいく。
その威力は雅の大黒屍鬼の比ではない。空から見下ろせば、紋章の
森の一部から樹木がなくなったことがよく分かることだろう。
﹁凄い威力だね!﹂
﹁っ! 避け⋮⋮ はぁ!?﹂
リオンが感嘆し、その声を聞いて場所を特定したウルフレッドが
驚愕する。リオンは巨人の攻撃を避けるだけでなく、振るわれた腕
を伝って巨人の胴体へと走っていた。
587
﹁アレックス!﹂
また、リオンの影に潜んでいたアレックスもここで姿を現す。時
刻は深夜、僅かな月明かりで照らされることによって形成される影
は、この森に幾らでもある。自前の鋭利な牙と爪で巨人を切り裂い
ていき、巨人も応戦しようと掌打を自らの体に叩き付ける。が、ア
レックスは新たな影へと姿を消してしまっていた。
︱︱︱ガガガッ!
︵⋮⋮だけど、浅い︶
傷を付けたのは薄皮一枚。巨人の灰色の肌からは血も出ていない。
︵思ったよりも皮が厚いなー。なら⋮⋮︶
巨人がアレックスに集中しているうちに、リオンは瞬く間に頭部
へと到達した。そのまま勢いをつけ、巨人の頭部に剣を振り下ろし
︱︱︱
ガキンッ!
︱︱︱剣が折れてしまった。ウルフレッドの思惑通り、剣の耐久
力が不足していたのだ。この剣の名は﹃強化ミスリルソード﹄。か
つて、ケルヴィンがカシェルから拝借した剣を鍛え直したものなの
だが、それではこの巨人には通用しないらしい。
攻撃を受けた巨人もそちらに眼光を向け、対象をリオンに移行す
る。
588
﹁ざまぁみやがれー!﹂
﹁や、やった!﹂
リオンの剣が折れた事にウルフレッドと兵が歓喜する。だが、そ
の姿にメルフィーナは哀れみの視線を送っていた。
︵熱中するのも良いですが、完全に私のことを忘れていますね。巨
人がリオンと戦っている今、貴方達は無防備な状態だと言うのに⋮
⋮ まあ、それではリオンの試練にならないのですが︶
自分達の背後に氷の壁が作られていることにウルフレッド達は気
付かない。逃亡防止用にと密かにメルフィーナが拵えたものなのだ
が、別にいらなかったかな、とメルフィーナを思い始めていた。
︵それにリオンの剣が一本だと、誰が言いましたか?︶
剣を失い、両手ががら空きとなったリオンは巨人の攻撃を避け続
ける。時には天歩で軌道を変え、時には威力を殺して巨人の体を伝
って。アレックスも隙を見て攻撃を加えるが、巨人は害なしと判断
したのか、完全に無視している。
︵このままじゃ不味いなー。これ、一回でも当たれば即死しそうだ
し。ケルにいの言う通り、持ってて良かった胆力スキル︶
リオンがアレックスが最後に身を隠した陰を見る。
﹃アレックス、クロト、合わせるよ!﹄
リオンのアームガードからぴょこんと小型クロトが顔を出す。そ
589
・ ・
して、保管から新たな剣を三本吐き出した。二本がリオンの両手に、
一本はアレックスの影に向かって。
﹁ガウッ!﹂
リオンは巨人の右腕に、影から飛び出し口で剣をキャッチしたア
レックスは左腕に着地する。三本の剣はいずれも異様な雰囲気を放
っていた。
﹁に、二刀、流!? そ、そのスキルは勇者のみしか扱えない筈じ
ゃ!?﹂
﹁え、そうなの? 普通にスキル欄に載ってたから分かんないや。
⋮⋮それにさ、僕らのは二刀流なんかじゃないよ﹂
リオンが、アレックスが、剣を構える。
﹁人狼一体、三刀流だよ!﹂
ポージングを決めたリオン達を見て、うんうんとメルフィーナは
満足気な笑みを浮かべていた。
590
第90話 巨人の王︵後書き︶
な、何か凄い勢いでアクセス数が上がっている⋮⋮ 何事!?
591
第91話 人狼一体
︱︱︱紋章の森・東端
ジェネレイトエッジ
﹁霹靂の轟剣﹂
突如、カッと強烈な光、そして雷が落ちたかのような轟音が発せ
られた。あまりに唐突だった為に、ウルフレッドと兵は目を覆い隠
ジェネレイトエッジ
し、何事かと混乱。巨人もほんの僅かではあったが瞼を閉じてしま
う。
ヴォーテクスエッジ
その光と音の正体はリオンのA級赤魔法︻霹靂の轟剣︼。ケルヴ
ィンの狂飆の覇剣を真似て作り出したオリジナル魔法である。自然
の脅威を剣として具現化させたのだ。
この魔法を付与したのは右手に持つ﹃魔剣カラドボルグ﹄。よく
よく見ると刃の先から鍔にかけて細い空間があり、その狭間でビリ
ビリと稲妻がうねっているのが分かる。
﹁僕たち、そろそろ本気でいくね、巨人さん﹂
リオンが消える。今度はウルフレッドだけでなく、瞼を閉じてし
まっていた巨人もリオンを追うことはできなかった。おそらくは、
その場で認識できていたのはメルフィーナのみ。
リオンは己のギアの最大速まで上げ、再び巨人の右腕から頭部に
向けて駆け出していた。走り抜けると同時に腕を一文字に斬り裂く
オマケ付き。先程まで鉄壁を誇っていた巨人の肌に剣はいとも簡単
592
に突き刺さり、そこから前へ前へと走り抜けるだけで、箸で豆腐を
裂くかの如く斬り裂いていった。
傷跡からは雷の残滓がバチバチと音を立て、肉を焦がして何とも
言えない臭いを放っている。
魔剣カラドボルグの特性は雷の増幅。それ単体でも電気を発する
ギガン
が、魔力を加えると更に威力を増していく。魔法による雷の強化を
施せば、その威力は倍化していくのだ。
﹁グアアアア!﹂
トロード
流石の巨人もたまらず悲鳴を上げる。強靭な皮膚で覆われた巨人
の王は、ある意味で天然の鋼鉄製鎧を全身に装備しているとも言え
る。そんな彼がダメージをくらう、ましてやこれほどの重傷を負う
ことなど、これまであっただろうか。
更に、頭部への到達と共にリオンは頭上からの攻撃を行う。それ
は正に強化ミスリルソードが破壊された時の再現。だが、今回は圧
倒的にランクが異なる二刀による、目にも留まらぬ連続攻撃。巨人
の顔面は一瞬にして赤く染められてしまった。
この間、剣を銜えたアレックスも巨人の死角から動いていた。ア
レックスの銜える眩い紫色の刃の長剣は月光を反射し、酷く美しい。
影から神出鬼没に現れるアレックスは、巨体のあらゆる場所を斬
っていき、その刃が巨人の血を吸い上げる。
魔剣カラドボルグと同様の切味で巨人を斬っていくこの剣は﹃劇
剣リーサル﹄。美しい刀身とは裏腹に、身が竦むような能力を有し
593
ている。
一振り食らえば味覚を失い、二振り食らえば嗅覚を、続いて視覚、
聴覚、触覚と次々と五感を奪っていくのだ。対人戦はもちろん、耐
久性の高い大型モンスターに対して絶大な効果を発揮する恐ろしき
剣である。
ギガントロード
巨人の王は既に五感の数を超過して攻撃を受け続けている。それ
はつまり、五感を全て失ったことを意味していた。
リオンとアレックスは巨人の行動を互いに観察し、意思疎通を行
いながら攻撃を行う。一見疎らに攻撃しているようだが、フェイン
ト、不意の攻撃など織り交ぜながら、互いを活かし合ってアクショ
ンを起こしているのだ。そこには正しく、三刀の意思が存在してい
た。
ドウン!
トランス
方向感覚を失った巨人は遂に地面に膝をつく。最早、勝負は決し
て︱︱︱
ギガントロード
﹁巨人の王ぁ! 形態解放しやがれぇ!﹂
﹁へ?﹂
ウルフレッドの叫ぶ声に、リオンがきょとんとする。アレックス
も何かを感じ取ったのか、巨人から距離をとった。
﹁グオオオオオ!﹂
巨人の叫びと共に傷口が真赤に染まっていく。それは血の赤では
594
なかった。
﹁ほう、これが本当の姿、というやつですね﹂
﹁いや、メルねえ、感心するものいいけど、何か熱が凄いことにな
ってるよ!?﹂
﹁五感を失っていますから、あの男の命令で変化した訳ではなさそ
うですね。本能的に危機を感じた、というところでしょうか﹂
巨人の傷跡は赤く燃え盛り、余りの発熱によってマグマのように
なっていたのだ。その熱は辺りにも拡散され、メルフィーナの氷壁
にも影響が現れていた。再び立ち上がったところを見るに、形態が
変わったことによって、これまで負ったダメージも回復しているよ
うだ。
﹁はははっ! 硬くて馬鹿力なだけでS級な訳ねぇだろうが! こ
ギガントファーニス
れがこいつの真の力! もうお前ら骨も残らないぜ! さあ行け、
巨人の炎王! その煉獄の炎でぶっつぶせ︱︱︱﹂
﹁まあ、やることは変わらないんだけどね。エフィルねえの炎より
弱そうだし﹂
リオンとアレックスが阿吽の呼吸で攻撃を再開する。いくら攻撃
面でパワーアップしたところで、これまで一度も捉えられなかった
攻撃はまた当たる。これまで一度も当たらなかった巨人の攻撃はま
た外れるのだ。何よりも巨人にとって不幸だったのは、リオンとア
レックスがエフィルの炎を見慣れていたことだろう。その対応策も
エフィル直々に教わっている。
︱︱︱これらを総括すると、まあ、振り出しに戻る。
ドウン!
595
ギガントファーニス
﹁何をやっているんだ巨人の炎王! 倒れるんじゃない!﹂
﹁いやー、五感を失った状態でそれは無理な注文だと思うよ。巨人
さんの炎も弱まってきてるし﹂
﹁グ、オ、オ⋮⋮﹂
巨人の炎が完全に消え去る。どうやら完全に倒しきったようだ。
﹁な、何てことだ⋮⋮ 混成魔獣団が、トライセンの軍が、負けた
など⋮⋮﹂
ウルフレッドは戦意喪失し、その場にへたり込んでしまった。時
折﹁トリスタン様に何と言えば﹂などと呟いているが、もはや戦う
意思はない。
﹁お見事です。よく頑張りましたね﹂
﹁えへへ、これでケルにいも認めてくれるかな?﹂
﹁ええ、きっと見ていましたよ﹂
リオンはメルフィーナに抱き付き、メルフィーナはリオンの頭を
撫でる。この辺りが子供扱いされる要因のひとつなのだが、リオン
は無自覚である。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱エルフの里・弓櫓
596
﹁リオン様が無事に勝利したようです﹂
﹁ああ、この短期間で本当に強くなったな⋮⋮﹂
リオンの戦闘は千里眼を通して見守っていた。途中、何度も助け
舟を出してしまいそうになったが、何とか踏み止まった。兄さん、
リオンを信じてたよ!
S級モンスターを倒すまでに至ったのだ。これでリオンも晴れて
一人前を名乗ることができるだろう。子供扱いも控えねばなるまい
な。まあ、程々に。
﹁これで敵部隊は全て壊滅、でしょうか?﹂
﹁ああ、反応はもう︱︱︱ エフィル!﹂
﹁え⋮⋮?﹂
突如、危険察知スキルが警報を鳴らす。ノータイムで櫓の一部を
盾に変形させ、スキルが示す方向へと護りを固める。
盾は魔法らしき攻撃と衝突し、相殺。跡形もなく吹き飛んでしま
った。
﹁あれ∼? 仕留めたと思ったけど、死んでないね∼﹂
﹁いきなり魔法とは、大層な挨拶だな﹂
そこには人が5人、浮かんでいた。地上から遠く離れた、弓櫓と
同じ高さの空中に。
︵ちっ、魔法による隠蔽効果か。セラも出撃していたから、魔力察
知が働かなかったか︶
597
声を発した不気味なほど美形な男、他はやけに露出の高い軽装鎧
に身を包んだ女達だ。
﹁ご主人様⋮⋮﹂
エフィルが弓を構える。
﹁ん? んんん? おわ、これは当たりじゃ∼ん!﹂
男が突然、小躍りしながら喜びだす。何か、外見と振る舞いが一
致しない男だな。
﹁むふ、むふふ。エルフは結構見てきたけど、君、いいね! 一発
で気に入ったよ!﹂
﹁⋮⋮おい?﹂
﹁いやー、いい! 実にいい!﹂
俺を無視して男は話し続ける。ちょっと言動に苛々してきたよ?
﹁それじゃあ、君! 僕の奴隷になってよ!﹂
﹁⋮⋮お断りします﹂
﹁うっそ!? 僕の容姿に惚れないの? マジで!?﹂
こいつ、振りじゃなくて心の底から驚いているっぽいな。流石の
エフィルもそろそろげんなりしてきたぞ。ってか、こいつは︱︱︱
﹁君も物好きだね∼。そんな冴えない奴に惑わされるなんて⋮⋮ でも大丈夫! 僕が救ってあげる!﹂
男が空中で仁王立ちをし、顎に手をやって気障なポーズをとった。
598
﹁さあ、僕に惚れ︱︱︱﹂
レディエンスランサー
シュッ! 俺の放った煌槍が男の頬を掠る。
﹁⋮⋮何をするのかな?﹂
﹁お前、エフィルに魅了をかけようとしたな?﹂
鑑定眼で確認した奴の固有スキル﹃魅了眼﹄。奴は今、エフィル
に向かってそれを使おうとした。
﹁だから何だって言うんだい? まさか、君程度が僕と戦おうとで
も?﹂
男が鼻で笑う。﹁マジで?﹂とでも言いたげだ。
まあな、大抵のことであれば笑って流す俺ではあるが、ちょっと
これは笑えないよな。ああ、月並みの言葉だが言ってやるよ。
﹁俺の女に手を出すんじゃねえよ﹂
599
第91話 人狼一体︵後書き︶
急激に評価が伸び何事かと思いましたが、ランキング入りしていた
ようです。
︱︱︱マジで!?
600
第92話 暴風
︱︱︱エルフの里・弓櫓
男はポカンと目を丸め、その美顔で信じられないと大袈裟に振舞
う。
﹁うわー、最高に臭いセリフだね∼! リアルで言う奴初めて見た
よ。恥ずかしくないの? うん?﹂
﹁エフィル、防壁に移動しろ。櫓を解体する﹂
﹁おいお∼い、今度は無視ですか∼?﹂
﹁は、はい! ⋮⋮ご主人様、ご武運を﹂
エフィルは隠密を使い、姿を消す。今頃は櫓を降りているところ
だろう。
﹁ああっ!? エフィルちゃんどこ∼!?﹂
﹁⋮⋮もう黙れよ、お前﹂
﹁君が黙ってよ、僕が用があるのはエフィルちゃんなんだか︱︱︱﹂
﹁黙れ﹂
﹁︱︱︱!﹂
俺の右手が振るわれると同時に、男とその仲間が真横に吹き飛ん
でいく。怒りのまま割と本気で吹き飛ばしたので、どこまで行った
かは俺にも分からん。方向的にはトライセンの方だ。里周辺で戦う
よりはマシだろう。ここまできて被害を出す訳にもいかない。
フライ
奴らが宙に浮いているのは緑魔法の﹃飛翔﹄を使用している為。
601
あたかも翼があるかのように飛行する魔法だが、﹃飛行﹄スキルを
会得していない限り、意図しない風に弱い。
ならば、ドラゴンを吹き飛ばすほどの暴風を男と部下の女達に浴
ソニックアクセラレート
びせるまで、だ。
フライ
﹁飛翔、風神脚﹂
フライ
奴らと同様に飛翔を施し、スピードも強化しておく。これから追
いつかなければならないからな。
アダマンランパート
トンッと櫓から飛び、宙に浮いてから弓櫓の解体作業を行ってい
く。これらを絶崖黒城壁の応用で再構築していき、目的の物を新た
に作り出していく。
オブシダンエッジ
﹁剛黒の黒剣4本作成、完了﹂
アダマンランパート
櫓の姿形をとっていた絶崖黒城壁を身の丈ほどある剣の形状にま
で圧縮し、それを4振り生み出すことに成功する。更に、この剣に
も同一の補助魔法をかけておく。
﹁⋮⋮あそこか﹂
千里眼で奴らの位置を確認、まだ吹き飛ばされている最中のよう
だな。あそこまでなら一瞬だ。飛行スキルは持っていないが、何せ
うちの仲間には翼持ちが二人もいるからな。コツはもう掴んでいる。
衝撃波によるソニックブームを撒き散らしながら空を翔る。これ
だけの高度であれば地上に影響はない。何も心配することなく、本
気で走ることができる!
602
﹁見つけた﹂
男はいち早く体勢を立て直したようで、既に空中で止まりかけて
いた。部下の女はまだ復帰する気配がない。男の目の前で停止し、
衝撃波の余波を直に食らわす。だが、男は周囲にバリアらしきもの
を張っていたらしく、ダメージを与えるには至らなかった。
﹁く∼⋮⋮ モブのくせにやってくれちゃって∼﹂
﹁誰がモブだ﹂
失礼な、これでも戦闘中の笑顔が素敵とうちの女性陣から評判な
んだぞ。
﹁ふん、すこ∼しだけ驚いたよ∼。主人公である僕をコケにするな
んてね。トリスタンに頼まれて来ただけのことはあったかな∼。エ
フィルちゃんとも運命の出会いをしちゃったし﹂
イラッ。
﹁主人公、ね⋮⋮ 物語の主役気取りか?﹂
﹁あはは∼、気取りじゃない。主人公そのものなんだよ! まあ、
一端の脇役である君には分からないだろうけどね∼﹂
﹁⋮⋮お前、転生者?﹂
﹁うん? 何で分かるんだい?﹂
ああ、やはりそうか。言動が怪しいとは思っていたが、こいつも
現代からの転生者だった訳か。
﹁仕方ない。寛大なる僕が自己紹介してあげようかな! 僕の名は
603
︱︱︱﹂
==============================
=======
クライヴ・テラーゼ 18歳 男 人間 緑魔導士
レベル:91
称号 :魔法騎士団将軍
HP :847/847
MP :2050/2400︵+1600︶
筋力 :234
耐久 :263
敏捷 :355
魔力 :802
幸運 :488
スキル:魅了眼︵固有スキル︶
緑魔法︵S級︶
鑑定眼︵A級︶
魔力察知︵A級︶
隠蔽︵A級︶
胆力︵A級︶
精力︵S級︶
話術︵B級︶
保管︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化 ==============================
=======
604
﹁クライヴ・テラーゼ。トライセンの魔法騎士団将軍か﹂
緑魔導士、つまりは風と土のどちらか、或いはその両方を操る。
初撃の不意打ち攻撃は風属性の魔法だろう。所持しているスキルも
柔軟性を重視した構成だ。
﹁あれ、何で知ってるの? まあ、僕は有名人だから当然と言えば
当然かな∼﹂
はあ、A級の隠蔽スキルを持っている為か、自身のステータスが
見られているとは全く思っていないらしいな。それに⋮⋮
﹁お前、転生のときに容姿を変更しただろ?﹂
﹁⋮⋮何のことかな∼﹂
﹁そんな理想を追求仕切った不自然な顔、そうそうあってたまるか
よ﹂
つか度が過ぎて逆に気持ち悪いんだよ。刀哉が天然物のイケメン
だとすると、こっちは人工的に改造した、って感じだ。
﹁ひょっとしておたく、同じ転生者?﹂
オブシダンエッジ
﹁これくらいの知識、一般常識さ。それよりもいいのか? 間合い
だぞ?﹂
オブシダンエッジ
言葉と共に3本の剛黒の黒剣を撃ち放つ。猛スピードで突き刺そ
うとする剛黒の黒剣はクライヴのバリアと接触し、ギリギリと拮抗
する。
﹁ハハッ! いきなりだね∼﹂
﹁それはいきなり俺達を攻撃してきた奴のセリフじゃねえな﹂
605
ヒーリックスバリア
﹁でも無駄だよ、僕の螺旋護風壁は物理だろうが魔法だろうが、何
物も通さない。普通であれば触れたものは粉砕されるんだけど、随
分と頑丈な剣じゃないか!﹂
鑑定眼でステータスと一緒にバリアについても確認はしている。
クライヴのバリアは風を螺旋状に高速回転させ、外界からの侵入を
シャットアウトする働きがあるのだ。下手に触れると風に斬り刻ま
れ、奴の言う通りの結果になるだろう。
﹁なら、こっちはどうだ?﹂
﹁︱︱︱! 上か!﹂
オブシダンエッジ
クライヴの真上に高速移動し、手元に残していた剛黒の黒剣を垂
直に降下させる。
ヒーリックスバリア
﹁だから無駄だって∼。螺旋護風壁は縦横無尽、死角なんてないの
さ﹂
結果は変わらず。バリアにより遮断されてしまう。
暫く攻撃を継続させたが、変化はなし。これ以上は魔力の無駄か。
﹁⋮⋮戻れ﹂
オブシダンエッジ
全ての剛黒の黒剣を手元に戻し、俺の周囲に停滞させる。
しかしながら、しっかりと俺の速さに付いて来ている。魔力察知
で俺の魔力の残滓を追っているのか。なるほど、中身とは裏腹に場
数を踏んでいるようだ。
606
﹁ちょっと∼、何その顔? 気でも狂った?﹂
﹁ん? いや何、久しぶりに血が滾るって言うかさ。楽しくなって
きた﹂
思わず頬が緩んでしまう。
﹁気持ち悪いな∼。早く死んでよ﹂
ショットウィンド
広範囲から危険察知を感じ取る。瞬時にその全てを把握し、本来
は無差別攻撃である烈風刃を並列思考による個別操作で正確に迎撃
する。
﹁やっる∼。でもさ、そうこうしている内に、僕の子猫ちゃん達も
戻ってきたみたいだよ﹂
クライヴの背後には4人の女騎士。どうやら復帰したようだ。
﹁この子達は僕のお気に入りでね。結構強いよ?﹂
﹁はん、仲間全員に魅了をかけるとは、とんだ主人公様だな﹂
この女達も隠蔽でステータスを隠しているが、俺の目には通用し
ない。状態異常として﹃魅了状態﹄と全員に記されていた。
﹁今時の主人公のあり方は色々なの。それにこの子達もきっと喜ん
でいるさ。僕のような超絶美形の主人に仕えることをね﹂
﹁身勝手な妄想だ﹂
﹁そんなことはないよ。きっと、エフィルちゃんも僕の良さを分か
ってくれると思うよ? 主に、ベッドの上でね﹂
﹁そうか。なら、しっかり殺さないとな﹂
﹁不気味な笑みを浮かべながらそんなこと言わないでよ。マジで気
607
持ち悪いな∼⋮⋮ でも、いいの? 今の状況、5対1だよ? 多
勢に無勢だよ?﹂
﹁気にするなよ。案外そうでもないから﹂
彼方から爆音が轟く。紅き煌きは闇夜を切り裂きながらクライヴ
に向かっていく。
﹁なっ!﹂
不意のことに若干の動揺はするが、魔力察知が働いたのだろう。
紙一重でクライヴは回避行動をとった。だが、バリアにそれは接触
した。
ブレイズアロー
攻撃の正体はエフィルの極炎の矢。貫通力に特化したそれは、ク
ライブのバリアを打ち破ることに成功する。
ヒーリックスバリア
﹁くそっ、螺旋護風壁が⋮⋮﹂
﹁おいおい、余所見するなよ﹂
﹁︱︱︱!?﹂
俺の周囲にいたものは4体のゴーレム。里の守護として森に配置
していたものだ。俺とセラ共同開発の最新作である。外見はジェラ
ールの鎧を参考に仕立て上げ、意匠にも拘った。見た目は完全に騎
オブシダンエッジ
士だ。まあ、そんな騎士がホバリングしているのは異常な光景だが。
その4体のゴーレムは剛黒の黒剣をそれぞれ持っていた。
﹁多勢に無勢が、何だって?﹂
608
第92話 暴風︵後書き︶
日間ランキング2位に入りました。
これに慢心せず、これからも頑張りたいと思いますので、よろしく
お願い致します!
609
第93話 新型ゴーレム
︱︱︱紋章の森・上空
オブシダンエッジ
剛黒の黒剣を与えたゴーレムを引き連れた俺と、戦線復帰した女
騎士達を背後に控えさせたクライヴが対峙する。
バリアを破壊されたことが完全に予想外だったらしく、クライヴ
は酷く動揺しているようだ。先程までの余裕はもうない。だが、動
揺はそれだけが原因ではないだろう。
﹁それは⋮⋮ 本当にゴーレムかい?﹂
﹁ああ、かなり改造しているが、歴としたゴーレムだ﹂
少々長くなるが説明しよう。
アダマンガーディアン
このゴーレムの土台は黒土巨神像なのだが、その面影はもうない。
刀哉達との戦いで使用した際は無骨な巨大鎧と言った風貌であった
が、今では一般成人のサイズにまでコンパクトにし、人間が鎧を着
ているかのと見間違えるまでになった。
背丈こそは低くなりはしたが、その性能は比べ物にならないほど
上がっている。
まず注目すべきは各部位に搭載した風牢石だ。この石は魔力を篭
める事で強力な風を生み出す。その威力は過重なゴーレム達を空に
まで浮ばせるほどである。A級であるが故に高価な鉱石であるのだ
が、この問題を解決したのはクロトの﹃金属化﹄スキルだった。
610
金属化はそのスキルランクに応じて体を金属に変化させるスキル
だ。実際に使用者が触れた事がある物質でなければ変化させること
はできないが、S級ともなればその条件さえ満たすことで、どんな
ものでも再現可能になるのだ。
クロトには店で目に付いた、或いは旅の最中に発見した鉱石・金
属に触れさせ、金属化の幅を広げさせている。風牢石も同様に、竜
海食洞穴で刀哉達を鍛えている最中に発見したものをクロトの保管
に入れるついでに触らせているのだ。
ここで﹃分裂﹄スキルを持つクロトだからこそできる応用編。﹃
暴食﹄によって吸収を続けたクロトの保管には、巨大化していく自
分の体も収納されている。S級の保管だからこそ満杯になる事はな
いが、その全てを出すとなると、とんでもない事になってしまう。
そのクロトの有り余った体の一部を変化させ、固定する。これに
より貴重な金属や鉱石を際限なく生み出すことが可能なのだ。この
ゴーレムだけでなく、俺の鍛冶作業でもクロトには影でとても貢献
してもらっている。
そしてこのゴーレム第2の特徴が、スキルを持っていることだ。
普通、緑魔法で生成したゴーレムはスキルを持たない︵ただし、モ
ンスターとして出現するゴーレムは別︶。従ってゴーレムはスキル
の恩恵を得られず、生まれ持ったステータスと素の実力のみで戦闘
しなければならないのだ。剣を持たせたところで技術などなく、ど
うしても力任せな戦闘法となってしまうのが課題だった。
そこで思い付いたのがゴーレムへ魂を挿入する手法だ。
611
マインドインテグレーション
セラのA級黒魔法︻高魂操憑依︼はスピリット等の幽霊系モンス
ターを死体や鎧といった無生物に憑依させる魔法である。この方法
でゴーレムに憑依させることで、その魂が持っていたスキルをゴー
レムの姿で使用することができるようになったのだ。高位の魂をも
憑依させることができるが、セラ曰く今は4体までが限界らしい。
﹁魂とかの操作系魔法は苦手なのよ!﹂と本人は愚痴っていたが、
その辺りは俺の召喚術のように何らかの制限があるのかもしれない
な。
魂の憑依はセラに対して友好的な魂、更に同意した者にしか効力
がないので、交友スキル持ちのリオンを仲介役として通し、幽霊と
交渉︵幽霊との対話に必要な翻訳スキルはメルフィーナが会得︶す
る。魂とセラ、リオン、メルフィーナが無言で交渉していたシーン
はなかなかにシュールであった。
そんな訳でゴーレムに合う理性ある魂を厳選し、戦闘を避けて交
スピリットソード
アークデーモン
渉を続けた訳だ。相性が良かったのはダンジョンに落ちていた武器
などを操って戦う﹃剣闘霊﹄とかだったかな。幸い、上級悪魔であ
るセラに仕えることはその種のモンスターにとって大変名誉なこと
らしく、理性のある幽霊ほどトントン拍子で交渉成立していった。
そうして選ばれたのがこのゴーレム達に憑依している魂である。
憑依した魂はセラの配下となり、敵を倒すことで成長もする。仮
にゴーレムが破壊されても魂が無事なのは確認済み。ステータス自
体はゴーレム基準だが、スキルがランクアップするメリットはでか
い。セラの配下は俺の配下という意味なのか、俺の経験値共有化も
ちゃっかり適用されていた。
このゴーレム4体を頂点としたゴーレム軍団を編成しようと密か
な野望を企んでいたりもするのだが、それはまだ遠い先の話だ。さ
612
て、説明が長くなってしまったので場面を戻そう。
﹁⋮⋮ふ∼ん﹂
クライヴも緑魔導士、ゴーレムについての造詣もおそらくは深い
だろう。ならば、隠蔽を使っている為ステータスこそは見えないに
しても、この航空可能なゴーレムには警戒する。声は平静を装って
いるが、内心はどう思っているのかね?
﹁まあ、いいさ。子猫ちゃん達、あの木偶の坊の相手をしてあげて。
僕はあの邪魔者を倒すから﹂
﹁お前ら、実力の差を分からせてやれ。ああ、女は殺すなよ? 後
で魅了を解除するから。俺はあの自称主人公様を潰す﹂
女騎士が剣を抜刀し、ゴーレムが騎士のように剣を捧げる。
﹁その人形を倒して君も倒したら、エフィルちゃんを迎えに行かな
いとね﹂
﹁それ以上その卑しい声でエフィルの名前を口にするな。名前が穢
れるだろ﹂
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
二人は笑顔だが、互いに怒筋を浮ばせていた。
﹁﹁行け!﹂﹂
フライ
下される号令。飛翔を使い女騎士が四方に散り、局部に搭載され
た風牢石から風をジェット噴射させながらゴーレムが追う。それか
ら数秒後には辺りから剣戟が鳴り響いていた。
613
﹁いいの∼? 普通とは違うみたいだけど、あれは所詮ゴーレム。
あの子猫ちゃん達は僕の腹心でね。相当強いよ?﹂
腹心ってことはこいつの副官もいたってことか。まあ、俺から見
ればどれも同じようなステータスだったが。
﹁他人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ、自称主人公様
?﹂
﹁⋮⋮そうかい﹂
クライヴは気障らしく前髪をかきあげる。
﹁優しくて温厚な僕だが、君にはお仕置きが必要なようだ、ねっ!﹂
何もなかったところから純白の杖を出現させ、広範囲に拡がる風
の壁をクライヴが繰り出してきた。壁はその範囲を更に押し広げな
がら、こちらへと高速接近している。
︵保管から武器を取り出したか。なら︱︱︱︶
ヴォーテクスエッジ
邪賢老樹の杖をクロトに出してもらい、狂飆の覇剣を施す。
﹁君も保管持ちか! それにしても随分と薄汚い剣じゃないか、ま
あ∼君にはお似合いだね!﹂
ヴォーテクスエッジ
取り出した瞬間に狂飆の覇剣を施した為か、少し勘違いしている
ようだ。まあ、教える必要はない。
ヴォーテクスエッジ
迫り来る壁に対し、剣術を駆使して狂飆の覇剣を振るう。鑑定眼
での判定ではこの魔法は範囲は広いがその分威力の劣るB級魔法。
614
難なく切り裂くことに成功した。しかし、危険察知が攻撃がそれで
終わりでないことを伝えている。
﹁僕自ら潰してあげるよっ!﹂
ヒーリックスバリア
壁の直ぐ向こう、切り裂いた境目から猛突進してこちらに向かう
クライヴの姿が見え、奴の周囲には螺旋護風壁が再展開されていた。
ヒーリックスバリア
それで俺を押し潰すつもりか。余程そのバリアに自信があるらしい
な。
ヴォーテクスエッジ
狂飆の覇剣でクライヴの螺旋護風壁を迎え撃つ。
シオン
﹁あはは∼! さっきみたいに打ち破ろうとしても無駄無駄! こ
の﹃極楽天﹄を装備した僕には通用しないよ!﹂
ヴォーテクスエッジ
﹁⋮⋮くっ﹂
狂飆の覇剣はまだ大丈夫だが、邪賢老樹の杖がギリギリと悲鳴を
上げ始めてきた。奴の言う事は虚言ではなく、確かに先程よりも威
力・強度と共に強化されている。
﹁うふふ∼、勝利は目の前だよ∼! エフィルちゃ∼ん!﹂
︱︱︱ブチン!
頭の中で血管のキレた音がした。
ヒーリックスバリア
﹁エフィルの名前を、呼ぶなっつってんだろうがぁーーー!﹂
ヴォーテクスエッジ
ヴ
怒りによる魔力最大出力。狂飆の覇剣が螺旋護風壁を突き破り、
ォーテクスエッジ
奴の頬に深く刺さる。またも回避行動を瞬時にとったようだが、狂
615
飆の覇剣はチェーンソー状の動きをするのだ。痛みも尋常ではない。
﹁ああああーーー!? い、痛いいぃぃーー!﹂
﹁あーあ。折角のイケメン顔が台無し、だなっ! ⋮⋮っと?﹂
間をおかず追撃。痛みで我を忘れる奴に対し、杖を振りかざす。
が、それは命中しなかった。
﹁そうか、耐えれなかったか⋮⋮﹂
ヒーリックスバリア
頭の熱が一気に冷める。邪賢老樹の杖が折れてしまっていたのだ。
螺旋護風壁との衝突、そして俺の最大値での魔力を受けた結果、耐
久度の限界を超えてしまったのだろう。
長い間、俺の相棒として苦難を共にした邪賢老樹の杖。お疲れさ
ん。よく今まで耐えてくれた。
﹁よ、よくも僕の顔を⋮⋮﹂
﹁ああ、悪いな。楽に死なせてやるつもりだったんだが、こいつが
もっと苦しませろって言うもんでさ﹂
破損した邪賢老樹の杖をクロトに収納する。
﹁はぁ!? 何それ、装備に感情移入しちゃってんの!? どんだ
けキモいんだよっ!?﹂
怒りを爆発させる奴がいると周りは冷静になるって本当だな。こ
いつを許すことはできないが、より冷酷に処理できそうだ。
ヒーリックスバリア
﹁まさか螺旋護風壁が僕の必殺技だと思ってないよね!? あはは
616
! いいよ、見せてあげるよ! 僕のS級魔法を!﹂
﹁そうか、期待してるよ。俺のより強力だといいな﹂
後にエフィルから聞いた話だが、この時の俺の笑みは今までで一
番素敵だったらしい。
617
第93話 新型ゴーレム︵後書き︶
日間ランキング、遂に1位になることができました!
618
第94話 S級魔法
︱︱︱紋章の森・上空
︱︱︱S級魔法。それは、魔導士にとっての到達点である。S級
の魔法系スキルを獲得したとしても、才能や実力が伴わない場合は
発現することができないこともある。例え発現できたとしても、そ
の扱い辛さは賢者と称された魔導士であっても掌握しきれるもので
はない。
だが、その威力は想像を絶する。S級による魔法は正に災厄、扱
いを間違えれば国をも崩壊させるに足る代物なのだ。
﹁うふふふふふ! もうこんな森、君ごと切刻んで吹き飛ばしてあ
げるよ!﹂
ヒーリックスバリア
魔力が螺旋護風壁と同じように、クライヴを中心に渦巻いていく。
ただひとつ異なるのが、渦巻く魔力量が桁違いになっていることだ。
おそらく、これがクライヴが持つMPのその殆どを使っての奥の手。
︵出来れば、エフィルと縁のある森を傷付けたくなかったんだけど
な⋮⋮ クロト、アレを出してくれ︶
クロトがある物を排出する。それは黒で統一された長杖、170
シ
センチであるケルヴィンの背丈以上に長く、もし遠目で見れば槍か
オン
と錯覚するかもしれない。奇しくもその長杖はクライヴの持つ﹃極
楽天﹄とは対照的な色彩であった。
619
ケルヴィンは取り出した長杖を軽く振り回し、感触を確かめる。
﹁ああん? 今度は何かな?﹂
﹁準備運動﹂
﹁はぁ!?﹂
ブレイズアロー
クライヴが声を荒げたその瞬間、再び爆音。エフィルが里の防壁
より極炎の矢を再度放ったのだ。灼熱の矢がクライヴに向かう。が、
なぜか避ける素振りはない。
ブレイズアロー
そのまま渦巻く魔力の壁に極炎の矢が着弾する。
﹁あはははは∼!﹂
ブレイズアロー
炎の中から高笑いは聞こえてくる。やがて炎が消えることで現し
たクライブは無傷の姿。極炎の矢が魔力の壁を貫通できなかったの
だ。
ヒーリックスバリア
﹁無駄無駄! 今のこの壁は螺旋護風壁の倍以上の防御力を誇るん
だ。何の攻撃だか知らないけど、もう無意味だよ! 更に︱︱︱﹂
︱︱︱壁が、収縮する。
テンペストバリア
﹁ここからが、僕のS級魔法﹃螺旋超嵐壁﹄の本当の姿だっ!﹂
収縮した風壁は斜めに歪みながら膨れ上がり、空に、地上に到達
する。形成されたその魔法は、巨大な竜巻であった。クライブはそ
の竜巻の中心に座している。
問答無用で全てを破壊していくそれは、天地をかき回す巨大なミ
620
キサー。強力な吸引力により紋章の森の木々が竜巻へ根元から巻き
込まれ、接触した部分からバラバラとなっていく。
テンペストバリア
﹁僕の﹃螺旋超嵐壁﹄は攻防一体の最強の魔法! 防御力はさっき
見た通り、それが竜巻となって広範囲に襲い掛かるよ! うふ、う
ふふ、もう君は逃げられない!﹂
竜巻は徐々に、徐々にとケルヴィンの方向へ移動する。同時に竜
フライ
巻が発生する風の巻き込みによって、ケルヴィン自身も吸い込まれ
ていく。飛翔で離れようとするも、竜巻の力が強く引き離すことが
できない。
﹁主人公である僕の美顔を傷物にした代償はでかいんだ! 死ねっ、
死ねっ!﹂
圧倒的に有利となったこの状況に、クライヴは愉悦する。もう、
自分が脅かされることはない。鬱陶しいこの黒ローブももう終わり。
亡骸の前で、エフィルとエルフ達にまとめて楽しいことを教えてや
ろう、と。
しかし、ケルヴィンに焦りの色はない。竜巻に抵抗しながら精神
を集中させ、その視線は杖先へと向けられていた。
ボレアスデスサイズ
﹁大風魔神鎌﹂
漆黒の長杖から発せられる、超常的な魔力。その魔力が形作るの
は、杖先に見える大鎌。それは最早杖などではなく、死神が所有す
る死の宣告の象徴であった。
テンペストバリア
クライヴの﹃螺旋超嵐壁﹄が魔力を全面に散らせた形態であると
621
ボレアスデスサイズ
すれば、この﹃大風魔神鎌﹄は一極集中型の魔法。ケルヴィンが僅
かに杖先を動かすと、その軌道に沿って空間が歪む。
﹁それが何だ、死ねぇーーー!﹂
テンペストバリア
螺旋超嵐壁の進行スピードが跳ね上がる。
鑑定眼でその大鎌の特性を調べようともしないクライヴは、気持
ちの昂りによって冷静さを欠いていた。まあ、A級の鑑定眼ではラ
ンク不足によりこの魔法の詳細は見れない為、どちらにせよ同じこ
とではあるのだが。
それでもクライヴには魔力察知スキルがあるはずなのだが、目先
の利に目が眩み、また自身の魔法に絶対の自信を持っていた為に、
彼はそれさえも怠っていた。怠ってしまったのだ。魔力の性質を知
れば、それが絶対に受けてはならない代物だと理解できたかもしれ
ないのに。
既に眼前へ迫りつつある竜巻に、ケルヴィンは大鎌を構え直して
向かい合う。
﹁その言葉、そのまま返す!﹂
大鎌が横一文字に振るわれる。振るわれたその線に沿い、空間を
テンペストバリア
歪めながら扇状の斬撃が放出される。当然、クライヴは避けない。
臆することもなく、ただただ螺旋超嵐壁と共にケルヴィンにへと突
き進んでいた。
︱︱︱斬撃が、直撃する。
622
﹁︱︱︱ずれたか。やっぱ、まだまだ調整が必要だな﹂
﹁⋮⋮は?﹂
テンペストバリア
ボレアスデスサイズ
テンペストバリア
螺旋超嵐壁が、四散する。強大な竜巻が消滅した衝撃が、森全体
に広がっていった。風魔神鎌の刃より放たれた斬撃が螺旋超嵐壁を
何事もなかったかのように貫通し、クライヴの両足、ちょうど膝上
のあたりを通り過ぎたのだ。
テンペストバリア
螺旋超嵐壁を通過した後も斬撃は止まらない。距離を進むにつれ
横に広がっていき、やげて木々へ、地面へと接触。触れるもの全て
を切り倒していき、地面には底の見えぬ穴を残す。その方向の大地
が陥没していくのを見ると、まだ斬撃は消えていないようである。
最終的には紋章の森の淵付近にまで到達。森は見るも無残な姿とな
ってしまった。
﹁森に届かないよう土地と平行に胴体を狙ったんだが、やばいなこ
れ。長老さんに怒られるかな⋮⋮﹂
﹁ああ、あぁ、足いぃぃーーー!?﹂
クライヴの両足が地上に落ちていく。必然的に欠けた部位からは
フライ
大量の出血、早急に手当てしなければ、このまま放って置いてもい
ずれHPが尽きてしまうだろう。この状態でも飛翔を維持している
のは大したものだが、これでケルヴィンが許すはずもなく︱︱︱
﹁この距離で直になら、逸れることもない﹂
ソニックアクセラレート
風神脚による機動力で、クライヴの真正面に移動。ケルヴィンは
既に、その大鎌を振りかぶっている状態であった。
﹁これで終わりだ﹂
623
﹁ま、待っ︱︱︱﹂
いまやクライヴは体面を気にする余裕もなく、顔をぐしゃぐしゃ
にし、懇願しながら手をかざす。だが、死を宣告する死神の鎌が止
まることはなかった。振りかざされたその大鎌は、クライヴを袈裟
斬りにする。
﹁⋮⋮うん?﹂
斬った感触がない。それどころか、クライヴの姿が見当たらない。
袈裟斬りが当たったと思ったその瞬間、クライヴが消えた。
﹁そこまでです﹂
突如聞き覚えのない声が響く。反射的に察知スキルでケルヴィン
が周辺を探知。位置を確認してそちらに顔を向けると、そこには先
程まで姿形・気配まで何もなかったはずの、見たことのない造形の
大型モンスターと、その手の上に乗る貴族風の男がいた。クライヴ
も男の足元に転がっている。どうやら白目をむいて気絶しているよ
うだ。
﹁⋮⋮今のは、お前の仕業か?﹂
ケルヴィンは鎌の先を男に向ける。
﹁警戒しないでいいですぞ。争う気はないですからな﹂
男が軽く両手を挙げ、お手上げとポーズをするが、顔が半笑いな
ので信用するには値しない。
624
﹁まずは、はじめまして、ですかな? 私はトライセン混成魔獣団
将軍のトリスタン・ファーゼ。この度、エルフの集落を強襲しよう
と画策した者です。以後、よろしく﹂
羽帽子を胸に当て、流暢に挨拶をするトリスタン。
﹁そうか、お前が⋮⋮ いや、まずはそこに転がっている奴からだ。
そいつを渡せ﹂
﹁それはできませんな。クライヴ将軍にはまだやって頂けねばなら
ぬ事もありますので。﹂
﹁なら、まとめて倒して︱︱︱﹂
鎌をトリスタンに向け構えると、再びモンスターと共にトリスタ
ン達が消え、ケルヴィンの後方へと転移する。
﹁だから、戦う気はないんですって﹂
﹁⋮⋮召喚術か﹂
﹁ほう、分かりますかな?﹂
﹁いや、それだけじゃないな。今のは普通の召喚じゃない。 ⋮⋮
そのモンスター、面白いスキルを持っているじゃないか﹂
﹁⋮⋮フ、フフフ。良いですね、そこまで見破りますか。あの方も
さぞかし喜ばれることでしょう﹂
﹁あの方?﹂
﹁いえ、こちらの話です﹂
トリスタンはわざとらしく咳払いをする。
﹁今日のところは様子見、と言ったら負け惜しみですな。素直に認
めましょう、我々の完全敗北です。ですので、敗走致します﹂
625
﹁させるかよ﹂
MP回復薬をクロトから取り出す。
﹁おっと、回復される前に消えると致しましょう。では、また⋮⋮﹂
魔法陣を敷くこともなく、トリスタン達の姿が瞬時にして完全に
消え去る。どうやら、もう近くにはいないようだ。
﹁⋮⋮逃がしたか。里へ移動した気配もない、か﹂
配下ネットワークを確認。ゴーレム達は無事に女騎士を捕獲、セ
ラの方も粗方片付いたようだ。メルフィーナとリオンも里への帰途
についている。
﹃戦闘終了、敵の将軍は逃走。これから里に戻るが、ジェラールは
警戒を続けてくれ﹄
﹃了解じゃ﹄
﹃ご、ご主人様!? お、お待ちしてましゅ!﹄
⋮⋮エフィルが噛んだ。
︵⋮⋮エフィル、どうかしたのか? まあ、まずは帰還が優先か︶
戦闘報告を入れ、MP回復薬を一気に飲み干す。
︵なかなか一筋縄にはいかないな。それに、あのトリスタンって貴
族、なぜ召喚術で里を襲わなかった? いや、それよりも今は︱︱
︱︶
626
ケルヴィンは空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
﹁くっそぉぉ!﹂
ボレアスデスサイズ
後悔の咆哮は森に響き渡り、木々に浸透し、天空へと振り放った
大風魔神鎌が、雲を断ち切り天へと昇る。その一撃により杖に施さ
れた魔力が切れ、長杖は元の姿へと戻っていった。
自責に心が耐えられない。魅了持ちである危険人物を取り逃がし
たこと。高説を垂れておきながら魔法を扱い切れなかったこと。全
てが仲間の、人々の危険に直結することだ。
ボレアスデスサイズ
︵大風魔神鎌の初撃が決まっていれば、こんな結果にはならなかっ
た筈だ⋮⋮ ︶
フライ
心に若干の靄を残す結果となったが、ケルヴィンは飛翔を操り里
へ向かう。その後悔の念がどこに向かうかはケルヴィン次第である
のだが、まずは一度、幕を下ろそう。
︱︱︱里の防衛戦は、ここに終結した。
627
第95話 反省
︱︱︱エルフの里・防壁
里の彼方、森の東端で発生する異変。天にも届くほどの巨大な竜
巻が出現し、それが中心から断ち切られるのを里のエルフ達は恐怖
を抱きながら見ていた。
竜巻が四散したことで引き起こった衝撃波は里まで到達。十分に
発生地から離れている里に危険性はないが、近隣には竜巻に巻き込
まれた木々が落下していく。そのこともまた、エルフ達に恐怖心を
与えていた。
﹁お、おい、あの馬鹿でかい竜巻が消えたが、戦いは終わったのか
?﹂
﹁私が分かる訳ないでしょ⋮⋮ いくらエルフの目が良いって言っ
ても、あんなに遠くまで見えないわよ﹂
防壁の上では里の中でも戦闘経験がありレベルの高いエルフ達が
弓を得物にし、里の周囲を警戒していた。幸い今のところは出番は
ないが、何時何所で敵が出現するかは分からない。更に遠方に見え
るは天災級の魔法、勇敢な彼らも恐怖心や焦りはやはり感じていた。
﹁だが、さっきのエフィルさんの弓は凄かったな。まだ耳が痛いぜ
!﹂
﹁ええ。弓櫓からはあんな派手な音聞こえなかったから驚いたわ。
あそこまで確り見えているみたいだしね﹂
﹁同じ弓使いとして憧れるわ∼。すっごく綺麗だし!﹂
628
だが、そんな彼らを奮い立たせたのは同じ場所に立ち、見たこと
も聞いたこともない弓術で矢を放つエフィルの姿だった。可憐な容
姿に反し、その華奢な手から放たれるは爆音轟かせる業火の矢。そ
の眼は遥かな距離など歯牙にもかけず、正確無比の射撃を繰り出す。
実際のところエルフ達は本当に命中しているかどうかまでは分か
っていないのだが、彼らにとってそんなことは些細なことらしく、
エフィルが矢を放つ度に胸を高鳴らせていたのであった。胸キュン
である。
﹁エフィルさん、戦いは終わったのでしょうか?﹂
﹁⋮⋮あ、長老様﹂
防壁の階段を上ってきたネルラスがエフィルに問い掛ける。だが、
エフィルはどこかぼーっとしているようだった。
﹁おや? エフィルさん、お顔が少し赤いようですが⋮⋮﹂
言葉を言い終える前に、ネルラスがハッと何かに気付いた。
﹁ま、まさか、あの魔法による反動!? 救護班ー! 至急、ここ
まで来るんだぁ! エフィルさんが一大事だぁー!﹂
﹁ち、違います。違いますから!﹂
防壁の上から顔を出し里に向かって叫ぶネルラス。その声に里は
一気に慌しくなる。
﹁エフィルさんが負傷したようだぞ! 白魔法を使える者は急行す
るんだ!﹂
629
﹁あなた、倉庫から一番上等な回復薬を出して。事は一刻を争うわ
!﹂
﹁俺に任せろー!﹂
﹁み、皆さーん! 違うんです、私は五体満足ですー!﹂
エフィルの説得? により、混乱はほどなくして収まった。
﹁この非常時に、早とちりして申し訳ありません⋮⋮﹂
﹁いえ⋮⋮ それよりも、ご主人様の戦闘が終わったようです。今
から里に帰還するようですね。他の者達も同様です﹂
﹁そ、それでは︱︱︱﹂
ネルラスの問いに、エフィルはニコリと微笑む。
﹁はい。敵は壊滅、里は護り抜かれました﹂
防壁にいたエルフ達全員が歓喜の声上げる。やがてその歓声は防
壁内の里にも感染し、里全体が喜びの声に包まれた。
﹁エ、エフィルさん、本当にありがとう、ありがとう⋮⋮!﹂
ある者はポロポロと泣きながら、またある者は興奮が抑えられぬ
ように、次々とエフィルに感謝の言葉を述べていく。
︵こ、困りました。感謝されるべき立役者はご主人様やリオン様で
すのに⋮⋮︶
エフィルは身を引こうとするが、防衛戦においてはエフィルも多
大な功績を残している。敵に正体不明の攻撃による恐怖心を植え付
け、軍の進行を完全に止めることで里への被害は皆無。また、ケル
630
ヴィンを支援するその姿はエルフ達の励みともなった。十分に謝辞
を述べられる資格はあるのだ。
︵でも、さっきのご主人様のお言葉、嬉しかったな⋮⋮︶
﹃手を出すんじゃねえよ、じゃったか?﹄
︱︱︱ボン! 恥ずかしさ爆発。エフィルは頭から湯気を出しな
がらその場に倒れてしまった。
﹁エ、エフィルさん!? 救護班ー!﹂
再び引き起こる混乱。エフィル、リタイア︱︱︱
﹃む、限界を超えてしまったか﹄
ジェラールは正門を護っていた訳だが、防壁の近くにいた分、弓
櫓から降りて来てからエフィルの雰囲気がおかしいことにも気付い
ていた。
﹃ジェラール、何してんだ⋮⋮ 警戒しろと言っただろ?﹄
﹃いやな、あそこまで分かりやすいと茶化してみたいものでのう﹄
里に戻る最中であるケルヴィンから念話が届く。
﹃防壁に来てからずっとあの調子じゃったし、時折上の空になって
おった。とくれば、櫓でのあの言葉しか原因はないじゃろう? 俺
の女に︱︱︱﹄
﹃俺も本気で恥ずかしいから止めてくれ⋮⋮﹄
﹃クク、まあ心配するでない。姫様達も帰ってきたようじゃ﹄
631
ジェラールが橋の向こう岸に目をやると、森から土煙が上がって
いるのが見えた。その元凶達が正門へと向かってくる。
﹁ゴールのジェラールが見えました! あと少しです!﹂
﹁うりゃー!﹂
﹁今度こそ負けてたまるもんですかー!﹂
ジンスクリミッジ
体から電気をほとばしらせながら疾駆するリオン、魔人闘諍を翼
に纏わせて飛翔しながら爆走するセラ、普通に全力疾走するメルフ
ィーナの姿だ。また何やら競争でもしているようだった。
﹃⋮⋮お主ら、何やっとるんだ﹄
﹃﹃﹃︵ケルヴィンに︶誰が一番に褒めてもらうかの勝負!﹄﹄﹄
﹃そ、そうか﹄
ワシ、ゴール扱いされてない? と心の淵でジェラールは一瞬考
えたが、そんな事は前方から迫り来る3名の圧力に吹き飛ばされる。
リオンが僅かにリードしてジェラールの横を通り抜け、続いてメ
ルフィーナとセラが同時にゴールする。
﹁やったー! 思い付きで作った魔法が上手くいったお陰だよ!﹂
﹁くっ、メルならまだしも、リオンに負けるなんて⋮⋮﹂
﹁セラ、ここはリオンの成長を喜ぶところですよ﹂
﹁⋮⋮そうね。おめでとう、リオン。悔しいけど、ケルヴィンに戦
果を報告する一番手は貴女のものよ!﹂
﹁セラねえ、メルねえ⋮⋮ 僕、頑張るよ!﹂
ガシッ! 3人は熱い友情の握手を交わす。
632
﹁横からすまんが、どんな流れじゃ、これ?﹂
﹁青春です﹂
﹁いやいや⋮⋮﹂
ギガントロード
話を聞くに、巨人の王を倒してから敵部隊は散り散りとなってし
まい、それ以上反抗してくる者は殆どいなくなったらしい。大抵の
者は投降もしくは逃走したそうだ。
﹁念の為に辺り一帯の調査を私達でしてたんだけど、途中から何人
捕獲できるか! って勝負になっちゃって﹂
﹁道中で処理した残党の数はほぼ同数でしたからね。最後は里まで
の競争です﹂
﹁楽しかったね∼。ね、アレックス﹂
リオンの影からアレックスが顔を出し、返事をする。
﹁お主ら、本当に頼もしいのう⋮⋮﹂
﹁そう言えばジェラール、捕縛した敵をクロト達に先行して運ばせ
たんだけど、無事に到着したかしら?﹂
﹁うむ。先ほど最後のクロトが来たわい。もう牢がいっぱいじゃよ﹂
里の広場には大型の檻を設置しており、クロトに運搬されてきた
敵兵達はそこに詰め込まれていたのだ。ある程度余裕を持った作り
にしたはずなのだが、現在は満員電車のような状況だ。
﹁あっ、ケルにいも帰ってきたよ!﹂
リオンが東の空を指差す。空を飛びながらこちらに向かってくる
ケルヴィンの姿が見える。多少疲れているようだが、見たところ怪
633
我をしている様子はない。
﹁よっ、俺が最後みたいだな。皆、お疲れさん﹂
﹁ケルにい、おかえり! あのね、僕すっごいモンスターを倒した
んだよ!﹂
リオンがケルヴィンの前でぴょんぴょん跳ねながら自らの活躍を
説明する。
﹁ああ、俺も見ていたよ。頑張ったな、リオン﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
黒髪を優しく撫でられ、リオンはご機嫌な様子。対してその後ろ
では﹁うぐぐ﹂と無念そうなセラと、﹁あらあら﹂とにこやかなメ
ルフィーナ。自分も頭を撫でたくてうずうずしているジェラールは
視界の外にやる。
仲間が暖かく迎えてくれる、いつもの光景。それはとてもありが
たく、嬉しいことだ。だが、敵将を逃がしてしまった俺の心は晴れ
ない。ステータスやスキルに驕らずを信条とし、仲間にも周知して
きたつもりであったが、俺自身がそれを理解していなかった。後悔
ばかりが募る。
クライヴを取り逃がした代償はそれだけ大きい。プライドが高い
奴のことだ、次はどんな卑劣な手段を使ってくるか分かったもので
はない。俺やエフィルの顔も見られている。国家間に関係なく、タ
634
ーゲットにされる可能性も高い。
最悪の結果を防ぐ為にも、仲間に危害を加えさせない為にも、俺
は自戒しなければならない。
︵︱︱︱もう、後悔はしたくない︶
﹁⋮⋮後悔?﹂
心の底で、誰かの声が聞こえた気がした。
﹁︱︱︱にい、ケルにいってば! ねえ、聞いてる?﹂
﹁ああ、悪い。ちゃんと聞いているよ﹂
﹁もう、急に上の空になっちゃうんだもん。それじゃあ続きね。巨
人の体がぶわって赤くなってさ︱︱︱﹂
まだまだリオンの武勇伝は続くようだ。さっきのが何だったのか
は分からないが、今はリオンの話をちゃんと聞かないとな。それが
お兄ちゃんの務めってもんだ。
635
第96話 新たなる道
︱︱︱エルフの里 日が昇り始め、ほんのりと明るくなり始めた。俺は興奮が冷めぬ
リオンを肩車し、里の門を潜る。
﹁大物で言えばリオンでしたが、敵兵の捕縛数でなら私が一番でし
たよ﹂
﹁それなら私だって、モンスターの撃破数はトップよ!﹂
どこから取り出したのかモグモグと串団子を頬張るメルフィーナ
と、いつものように仁王立ち顎上げドヤ顔のセラ。メルフィーナの
団子はクロトの保管に入れておいたものだろう。クロトよ、あまり
甘やかすでない。メルフィーナが太る。
それに、なぜか二人とも俺をじっと見て微動だにしない。 ⋮⋮
ああ、褒めてほしいのか。
﹁うん、二人もよくやってくれたよ﹂
﹁でしょ! なら︱︱︱﹂
﹁でも今は僕の時間ね∼﹂
リオンが肩車の体勢から俺の髪に頬ずりする。セラとメルフィー
ナは仕方なさそうに一歩下がった。いつもならかなり粘るのだが、
今日は珍しく潔いな。
﹁ケルにいの髪の毛サラサラだね﹂
636
﹁そうか? リオンの方が触り心地いいぞ?﹂
リオンと互いの髪を弄り合う。一応、身嗜みには気をつけている
からな。屋敷に住みだしてからは毎日風呂に入れて満足だ。もちろ
ん、うちの女性陣も同様である。ビバ、風呂文化!
﹁王よ、イチャつくのも良いが、そろそろエルフ達が出迎えるぞ﹂
﹁何言ってるんだ。これは歴とした兄妹のコミュニケーションだ﹂
﹁そうだよジェラじい。別に見られて恥ずかしいものじゃないよ﹂
﹁む、そうじゃろうか? ううん?﹂
ジェラールが微妙な顔をしている︵気がする︶が、このくらいは
日常茶飯事だろ。
︵あなた様、徐々にリオンに毒されていますよ⋮⋮︶
そうこうしている内に広場に俺達は辿りつく。エルフ達はエフィ
ルが倒れた騒動で混乱していたようだが、流石にここまで来れば気
付いたようだ。ちょうどこちらに振り向いた長老と目が合う。
﹁ケ、ケルヴィン殿!﹂
﹁長老、ただ今戻りまし︱︱︱﹂
﹁ケルヴィン殿ぉーーー!﹂
猛ダッシュでこちらに向かってくる長老。
何か初対面の時とキャラ変わってないですか? なんと言うか、
エルフなのに暑苦しい。
﹁申し訳ありません! エフィルさんが倒れてしまいましたぁー!﹂
637
﹁取り合えず落ち着いて。エフィルなら大丈夫ですから﹂
そのまま土下座体勢に移行する長老のネルラスさんと、その後を
追って里のエルフ達が暖かく出迎えてくれた。怪我を負った者もい
ないようだ。よかった。
エフィルは軽い疲労だと言う事で何とか納得してもらった。だが、
続いて長老達から放たれたのは感謝の言葉の雨霰。里中のエルフが
集まった人数なだけあって、かなりの大音量だ。気持ちが篭ってい
るだけに、無下にする訳にもいかない。ひとりでこれを受けたエフ
ィルは困惑したことだろう。
﹁本当に何とお礼をしたらいいものか⋮⋮﹂
﹁長老、その前に少々待って頂いてもいいでしょうか。まず檻の様
子を確認したい﹂
﹁捕らえたトライセン兵のことですね。まさか、モンスターの襲撃
の裏でトライセンが動いていたとは⋮⋮ こちらです。どうぞ﹂
広場には俺の緑魔法で作成した特製の檻が設置してある。配下ネ
ットワークを介して確認した限りでは、この防衛線で捕らえた者達
は﹃混成魔獣団﹄所属の副官1名、大隊長2名、隊長5名、他一般
兵多数。﹃魔法騎士団﹄所属の副官1名、大隊長3名だ。
ご丁寧なことに、階級持ちは全員装備の首元に階級を示す勲章を
していたので分かりやすかった。
内訳を確認するに、クライヴは自分の騎士団の最高戦力を護衛と
して引き連れて来ていたようだな。お気に入りとか言ってたし、事
実上これで騎士団戦力の大半を失ったことになるだろう。
638
﹁ひ、ひぃ!?﹂
俺たちが檻に近づくと、捕らえたトライセン兵が情けない悲鳴を
上げながら檻の奥へと後ずさる。俺たち、と言うかセラ達に恐怖し
ている感じだな。
﹁何よ、失礼しちゃうわね!﹂
セラはプンスカしているが、まあ、戦闘を一部始終見ていた者か
らすれば気持ちは分かる。凶悪なはずのB級モンスター達が紙屑の
ように薙ぎ払われながら正体不明の敵が迫って来るのだ。見た目は
美女・美少女なだけに尚更怖い。後半になると統括する司令官もい
なくなり、背を見せて逃走する兵も続出。トラウマとして心に抱え
てしまった者も多いだろう。
﹁よっと! ほら∼、怖くないよ∼﹂
﹁こっちに来た!? た、助けてくれー!﹂
リオンが俺の肩から飛び上がり、前宙しながら檻の目の前に着地
する。ニコニコと両手で小さく手を振りながら近づくが、結果はセ
ラと同じだ。
﹁むー、女の子としてはこの反応には傷付いちゃうよ﹂
﹁もうその辺にしてやれって。それに用件があるのは彼らじゃない﹂
檻の中で膝を抱えながら座っている4人の女性に目をやる。クラ
イヴの配下であった魔法騎士団の女騎士達だ。4人とも瞳が虚ろで
あり、混成魔獣団の兵とは違い何の反応も示さない。
﹁クロト、あそこの女騎士達をここまで連れてきてくれ﹂
639
俺のローブからポヨンとクロトが顔を出し、地面に下りる。クロ
トは体の一部を肥大化させ、檻の隙間から侵入して触手のように巻
きつかせ⋮⋮ と言っては文章的にアレだが、そんな感じで女騎士
を持ち上げて檻のこちら側まで横一列に運んでもらう。周りの混成
魔獣団の奴らが五月蝿いが、我慢我慢。
﹃あなた様、彼女達を魅了状態にしたクライヴと名乗る男、本当に
転生者と言っていたのですか?﹄
メルフィーナが念話を飛ばしてきた。
﹃ん? ああ、自分でそう言っていたな﹄
﹃⋮⋮そうですか﹄
﹃何か気になることでもあったか?﹄
﹃いえ、後で話しましょう。今はそちらに専念してください﹄
﹃そうか?﹄
ベネディクションキュア
檻を挟んで女騎士のひとりに右手をかざす。唱えるのは﹃全晴﹄。
呪い以外の大半の状態異常を治す魔法だ。だが、﹃魅了﹄を治そう
とするのは今回が初めて。効果があればいいんだが。
﹁う、うう⋮⋮﹂
ベネディクションキュア
瞳に光が徐々に戻っていく。よし、他の女騎士にも全晴を施すと
しよう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
640
︱︱︱エルフの里・長老の家
﹁彼女達の容態はどうですかな?﹂
﹁簡易的な寝床を拵えた別の檻で寝かせています。魅了の効果は完
全に消え去りましたので、後は体力が戻れば問題ないでしょう﹂
女騎士の治療を終えた後、檻の見張り役としてジェラールとセラ
を残して俺たちは長老の家へ移動した。エフィルもここで休んでい
るのはマップで確認済みだ。
﹁しかし、彼女達も元々はトライセン軍の者⋮⋮ 大丈夫でしょう
か?﹂
﹁あのまま魅了状態で放置するよりは良いでしょう。自殺を命じら
れる可能性もありますから。後はガウンの冒険者ギルドに引き渡す
手筈です﹂
獣王レオンハルト・ガウンの手紙には、エルフの里の防衛を成功
させることでS級への昇格試験を合格とする、とあった。捕縛した
トライセン兵については触れられていない。今回の依頼、もとい昇
格試験は冒険者ギルドを介してのもの。ならば冒険者である俺はギ
ルドに、もしくは試験官である獣王に引き渡すのが妥当なところだ
ろう。その前に情報はセラの手で引き出させてもらったけどさ。
﹁でもさ、獣王様はどこで僕らを監視しているんだろうね? ちゃ
んと里は護られたって知っているのかな?﹂
﹁それなのですが、実は︱︱︱﹂
﹁よい、ネルラス。ワシから話そう﹂
641
突如、部屋の扉から勇ましい声が聞こえる。扉を開けた声の主は
紅茶を入れてくれた給仕の女性。
﹁⋮⋮あなたは?﹂
﹁このような姿ですまないな。ワシがガウンの獣王、レオンハルト・
ガウンだ﹂
﹁ええっ!?﹂
リオンが驚きの声を上げる。俺も表情には何とか出さなかったが、
内心かなり驚いている。鑑定眼で確認してもステータスは一般的な
女性、それもエルフのものだからだ。
﹁女性、だったのですか?﹂
﹁いや、これは我が国に伝わるマジックアイテムによる偽りの姿だ。
言わば、幻を見せているようなもの。残念だが、ワシは男だよ。万
が一のことがあってはと待機していたのだが、無事に事が済んで安
心したぞ﹂
してやったり、と笑うレオンハルト。
姿だけでなく、ステータスも偽るマジックアイテムか。性能を考
えるとS級の価値はありそうだ。
﹁よ、よろしいのですか国王様。それは国宝であるアイテム、おい
それと教えてしまっても⋮⋮﹂
﹁構わんよ。この防衛戦での戦い方を通して君等の人となりは理解
したつもりだ。それに、ケルヴィンは今や里の英雄。ネルラス、お
前も気持ちは同じであろう?﹂
﹁⋮⋮ハッ!﹂
642
レオンハルトはソファーにどかりと座り、俺と向かい合う。
﹁ケルヴィンよ。此度の試験、合格だ。里に被害を与えることなく、
敵の黒幕まで明かしてくれた。まあ、森を多少破壊してしまったの
はちと減点ではあるが﹂
﹁申し訳ないです⋮⋮﹂
﹁何、それでも十分過ぎる成果だ。ガウンが精鋭を派遣していれば、
被害は更に出ていただろう。働きに感謝する﹂
深々と頭を下げられる。今は女性の姿とは言え、領内でそれはま
ずい。慌てて止めに入る。
﹁気にするでない。この姿では誰もワシのことをレオンハルトだと
は思わんよ。知っておるのはネルラスだけだ。実はな、この姿はネ
ルラスの娘の姿を映し出したもので、途中途中入れ替わっていたの
だ。ネルラスが間違えて本当の娘に膝を付いた時は実に笑えたもの
だ!﹂
﹁こ、国王、そのへんで⋮⋮﹂
ネルラスさんが泣きそうである。
﹁む、そうか? ワシとしてはまだ話したいのだが、まあよい。今
回捕らえた者達についてはこちらで手配しよう。それと、今回の報
酬の一部として︱︱︱﹂
レオンハルトが胸元から判子のようなものを取り出した。
﹁ガウン転移門のワシ直々の許可印を与えよう。ほれ、早くギルド
証を出さんか﹂
643
第97話 罰
︱︱︱トライセン・魔法騎士団本部
﹁う、ぐ⋮⋮ こ、こは⋮⋮?﹂
クライヴは目を覚ます。目覚めは最悪、まるで悪夢を見た後のよ
うな感じだった。頬と足は痛み、体中が酷くだるい。
﹁この、天井⋮⋮ ここは僕の部屋、か。そうか、クク! 僕は生
き残ったのか⋮⋮!﹂
体の調子は悪いままだが、心の奥底から笑いが込み上げてくる。
あの糞生意気な黒ローブを殺せなかったのは残念だが、これでチャ
ンスが生まれた。奴に勝てないのであれば、奴の仲間を利用すれば
よい。
﹁そうだ、今度は僕の魅了眼で︱︱︱﹂
﹁目が覚めたようですな﹂
クライヴが右を向くと、そこには金髪のよく知る男の姿があった。
﹁何だ、トリスタンか﹂
周囲を確認すると、クライヴだけでなく部下の女騎士達もいるよ
うだ。自室のベッドに寝かされた状態のクライヴを取り囲むように
立っている。
644
﹁子猫ちゃん達まで、僕のお見舞いかな? そうだトリスタン、あ
の時は助かったよ! よく僕を救出してくれた!﹂
﹁いやいや、転生者である貴方の体は世界の宝ですからな。当然の
事をしたまでです﹂
﹁うふふ、君は本当に僕のことを分かっているね! 僕を魔法騎士
団の将軍に推してくれた事もそうだけど、トリスタンは物の価値を
よく分かってる﹂
﹁ちょうど前任の将軍が辞められた時でしたので⋮⋮ それにして
も貴方がトライセンに来てもう2年、実に懐かしい﹂
﹁あれから良い思いをさせてもらっているよ。そうだ、お礼にどれ
か好きな子を︱︱︱﹂
クライヴがベッドから起き上がろうとしたその時、違和感を感じ
た。手が、腕が、首が、胸が、腿が、体のあらゆる場所が紐の様な
物で拘束され、身動きがとれない状態だったのだ。
﹁⋮⋮えっ? トリスタン、これは?﹂
﹁やっとお気付きになりましたか。思いの外、鈍い頭がまだ覚醒し
ておりませんかな?﹂
人差し指をこめかみに指し示し、トリスタンは口を歪める。
クライヴはこのトリスタンの笑みを見た事がある。気紛れで召集
に応じた際に、トリスタンが鉄鋼騎士団のダンを嘲笑していた時の
笑みだ。これをする時、トリスタンは必ず何かよからぬ事を企んで
いる。同種の人間で、比較的トリスタンとの交友があったクライヴ
だからこそ見抜いた癖だ。
クライヴの額に汗が滲む。
645
﹁お、おいおい、変な冗談は止してくれよ﹂
﹁冗談? 何が冗談なのですかな? 混成魔獣団、そして魔法騎士
団を独断で引き連れた挙句、一介の冒険者に負け、おめおめと逃げ
帰って来たことでしょうか﹂
﹁何を言っているんだ? あれは君が誘った話じゃないか! それ
に、僕が連れて行ったのは魔法騎士団の部下だけだ!﹂
﹁何のことでしょう? 私の混成魔獣団の幹部、ひいてはその配下
のモンスター達と、軍の半数以上の者達に命令を下したのはクライ
ヴ、貴方ですよ﹂
﹁馬鹿を言うなっ!﹂
束縛から抜け出さんと、ギシリと力を篭める。
﹁この程度の紐、僕の魔法にかかれば︱︱︱﹂
﹁無駄ですよ。それはマジックアイテムでして、対象の魔力を封印
するのです。自力で抜け出せるのは王子やダン将軍くらいなもので
すよ。ああ、ちなみに貴方は戦死したと国王に伝えています﹂
﹁⋮⋮お前、何が目的なんだ﹂
咎めるような視線を投げるが、トリスタンは何処吹く風だ。
・
﹁言ったでしょう? 中身はともかく、転生者である貴方の体は宝
だと。この世界、異世界人も珍しいが、転生者はそれ以上にレア物
なのです。場合によっては、数百年レベルで出会えぬほどに。その
ような肉体をみすみす見逃すなど、できるはずがない﹂
トリスタンは近くにいた女騎士達に目で合図を送る。女騎士達が
左右に別れると、その奥にあるテーブル状の手押し台車がクライヴ
の視界に入った。その台車の上に何かが置かれているようである。
646
女騎士の一人がその台車をトリスタンの手前まで押し歩く。
﹁こ、子猫ちゃん達、何してるんだ! 主人公の僕がピンチなんだ
ぞ!? 早く助けろ!﹂
﹁無駄ですよ。魔法騎士団に魅了をかけていたことを、A級の隠蔽
スキルを使ったくらいで包み隠せると思っていたのですかな? こ
れまで国が黙っていたのは、貴方にそれだけの価値があったから。
トライセンは実力主義ですからね、それ相応の価値があれば黙認さ
れます。だが、貴方は失敗した。それからは楽なものでしたよ。魔
法騎士団も代行という形で私のものになった訳ですし﹂
﹁なん、だと⋮⋮!?﹂
トリスタンが台車に置かれた物を手に取る。それは禍々しい雰囲
気を纏った、短剣であった。
﹁出入りの商人から武器を大量に仕入れましてね。凄いでしょ。こ
れ全部、呪われた武器なんですよ。うわ、これなんてエグい形だ﹂
﹁な、何をする気だ⋮⋮?﹂
﹁大丈夫、殺しはしません。大事な、大事な肉体ですから﹂
グサリ。僅かに錆びれた短剣の刃が、クライヴの右肩に突き刺さ
る。
﹁ぐあ、ああ、あぁ⋮⋮!﹂
﹁呪われたものだと気絶するほど痛いでしょ? でも安心してくだ
さい。そんなことはさせません﹂
召喚術を行使。クライヴの枕元にバクのようなモンスターが出現
する。
647
インキュバク
﹁この夢喰縛はとてもひ弱ですが、夢を食べることで感情を解放す
る力を持ちます。ほら、こんな風に﹂
インキュバク
夢喰縛がモグモグとクライヴの頭上で口を動かす。すると痛みで
遠のいていたクライヴの意識が、段々と現実へと戻ってくる。
︱︱︱当然であるが、痛みは消えない。
﹁な、なぁあにぃい、おおぉ⋮⋮!﹂
﹁お目覚めですね。人の話は最後まで聞くものですよ。ほら﹂
現実と夢の境目で意識が混雑する中、クライヴは力を振り絞り、
トリスタンが指差す方を見る。女騎士達の頭上にピンクの靄がかか
っていた。
女騎士達の瞼が徐々に閉ざされる。
﹁貴方から奪った夢を彼女達に移す事で、彼女達が今一番にしたい
欲求を満たすのです。魅了ではなく、催眠といったところでしょう
かね﹂
﹁ま、まぁあさかぁぁ⋮⋮﹂
﹁大丈夫ですよ、貴方が普段からおっしゃっている通り、彼女達が
本当に貴方を愛していれば、貴方の望むことをしてくれるはずです﹂
先頭に立った女騎士がクライヴへと歩を進め、台車の上に置かれ
た獲物を手にする。
﹁ああ、彼女達には簡易的な呪い防止を手に巻きつかせていますの
でご安心を﹂
﹁やぁ、やぁめ︱︱︱﹂
648
女騎士が振り上げたそれはレイピア。扱い慣れた動きで繰り出さ
れた一撃は、腿を抉る。
﹁︱︱︱!!!﹂
﹁おっと、たまたま彼女は機嫌が悪かったようですな。ですが、ま
だまだ貴方の部下は大勢おります。誰かしらはきっと報いてくれま
すよ。む、HPがそろそろ拙いですな。君と君、交代で将軍殿を回
復してあげなさい。きっと喜ばれるぞ﹂
指名された女騎士は、ニヤリと口元を綻ばせた。
﹁ぼぼぼくぅうは、そそんなあことおぉ!!!﹂
﹁おっと、申し訳ありません。これから私は会議でしてな。暫く戻
ってきませんから、数週間ほど、そのままお楽しみください。呪い
の武器の追加も準備しておりますので、ご自由に﹂
﹁ままままぁっててぇ﹂
﹁ではでは﹂
︱︱︱ガチャリ。無情にも扉は閉ざされる。僅かに見えた扉の外
には、女騎士達の待ち行列。これまで至福の光景でしかなかったそ
れは、今では悪夢でしかない。
クライヴは覚めぬ悪夢を、もう暫く見続けなければならなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
649
カツカツと小気味良い足音な廊下に響かせ、トリスタンは機嫌良
く歩く。
︵準備した武器は合わせて1342本。この短期間で収集したジル
ドラには流石と言いたいですが、粗悪品もいくつかありましたね。
クライヴの体に馴染むまで、やはり時間が必要でしょう。まあ、そ
の頃には自我なんて当にないでしょうけど。ですが、良いモンスタ
ーになってくれそうです︶
魔法騎士団本部は不自然なほど静かだった。外には悲鳴のひとつ
も聞こえない。
︵弟のカシェルも才能だけはほんの少ーしだけあったのですから、
家を出ることがなければ私の配下として立派に成長させてあげたん
ですがねぇ⋮⋮ まあ、小心者で人殺しが趣味の変態さんでしたか
ら、やっぱり要らないですね。さて︱︱︱︶
﹁各国への宣戦布告まで、あと僅か。楽しくなって参りましたね﹂
650
第98話 思惑
︱︱︱トライセン城
紋章の森よりトリスタンが帰還した翌朝、国王ゼルはトライセン
城の円卓会議室に早朝から各将軍へ召集をかけた。現在、部屋には
アズグラッド、ダン、トリスタン、シュトラのクライヴを除いた全
ての将軍が姿を見せている。
﹁クライヴの野郎はまたサボり、っつう訳じゃねぇよな?﹂
﹁副官達を連れて出て行った、らしいな。数日前の夜更けに緑魔法
で飛んでいったのを見た部下がおった﹂
﹁ああ、今回皆を召集したのも、それが原因だ﹂
﹁クライヴが? あいつまた何かやらかしたのか、親父?﹂
アズグラッドは呆れながら大息をつく。
﹁王子、それは私めが説明致しましょう﹂
﹁トリスタン?﹂
トリスタンが席を立ち、部屋の中央へと歩み出る。その動作は妙
に空々しい。
﹁事の始まりは4日前の深夜の事です。ダン将軍の部下がクライヴ
将軍を目撃したあの日、我が混成魔獣団の副官、大隊長を含む約半
数の兵達が行方不明になりました﹂
﹁行方不明? 何言ってるんだ。混成魔獣団は遠征中のはずだろ。
確かモンスターの討伐、いや捕獲だったか?﹂
651
ギカントロード
﹁ええ、その手筈で副官のウルフレッドに率いらせていました。我
が軍の隠し玉である﹃巨人の王﹄を連れさせて、ね﹂
﹁尚更行方不明になる理由が分からねぇな﹂
ギカントロード
巨人の王はS級モンスター。その破壊力と頑丈さから、トライセ
ン国内でも倒しきれる者はほぼいない。軍として行動するならば話
は別だが、単体で可能だとすればクライヴのS級魔法か、竜に乗っ
たアズグラッドくらいだろう。更にその周囲を混成魔獣団の半数に
及ぶ調教師と、その配下のモンスター達が陣を敷いていたのだ。相
手がS級モンスターだったとしても遅れは取らない。
﹁ワシも不可解だな。それにクライヴとそれに何の関係が︱︱︱ おい、まさか⋮⋮﹂
﹁流石はダン将軍、気付かれましたな。そう、自らの部下達にした
のと同じように、我が軍の兵にもクライヴ将軍が魅了をかけたので
す﹂
トリスタンの言葉に一同がざわめきだす。特に随伴した副官達は
動揺しているようだ。
それは鉄鋼騎士団副官のジンも同様だった。何せ、彼はクライヴ
にそんな力があったことを知らなかったのだから。クライヴの魅了
の力、着任後の魔法騎士団の変貌、自ずと答えは導き出される。
﹁ダン将軍、まさか魔法騎士団の彼女達がああなったのも?﹂
﹁⋮⋮ああ。内密にしていた話ではあるがな﹂
﹁な、なぜ黙っていたのですか!? それではあまりにも︱︱︱﹂
﹁そういう契約だったのだよ﹂
最悪の事実にジンは頭に血を上らせて激昂したが、ゼルの声を聞
652
いた途端に冷水を浴びさせられたかのように不思議と冷静になった。
だが、背中には嫌な冷や汗が流れている。
︵⋮⋮今のは、一体?︶
ジンは何をされたのか全く理解できないでいた。そんなことは気
にも留めずゼルは言葉を続ける。
﹁2年前に前任のルノア・ヴィクトリアが副官と共に軍を抜けたの
は、皆も知っておるな?﹂
﹁ルノアか、懐かしいな。俺の槍と互角の勝負ができたのは、後に
も先にもダンとあいつくらいだった﹂
﹁歴代最年少の将軍、でしたか。いやはや、若い力とは恐ろしいも
のです。確か、軍を抜けるとの書置きを残して消えてしまったので
したな。実にもったいない⋮⋮﹂
﹁ああ、そのルノアが抜けた穴は我がトライセンにとって途方もな
く大きかった。捜索の手配をしても見つからず、代わりとなる人材
もいなかったのだからな﹂
﹁そんな最中に現れたのがクライヴの野郎、だった訳だ﹂
︱︱︱話は2年前に遡る。
ルノアが消えた数日後、巷で凄腕の緑魔導士が現れたとの情報が
出てきた。その男の魔法による実力はトライセンにおいて並ぶ者は
おらず、特に防御魔法に長けていると言うのだ。その上、この世の
ものとは思えない美声に美貌であると。男が有名になるのは時間の
問題であった。
当然ながらトライセンは男の勧誘を行った。この男であれば、ル
ノアの後継として務まるかもしれない、と。秘密裏に城へと招集さ
653
れた男に、注目が集まる。
だが、男が口にした言葉は信じられないものだった。
﹁女の子がいっぱいの職場なら、考えてあげてもいいよ∼﹂
まるで幼稚な子供がそのまま大人になったかのような思考回路。
当時の幹部達はいたく失望した。所詮、噂は噂でしかなかった、と。
だが、その考えはすぐさま棄却することとなる。男が見せた魔法
の凄まじさに、所有する装備やアイテムの希少さに。
更に男の謎めいた人脈による商人の紹介も魅力的であった。顔を
ローブで隠した怪しげなドワーフなのだが、取り扱う商品は一級品。
中には伝説上のアイテムまで所有していた。
やがてその商人は国のお抱えとなり、男は魔法騎士団に所属し将
軍となる。魔法騎士団の女騎士達を男の自由に扱うことを条件に︱
︱︱
﹁これがクライヴが我が軍に所属することとなった経緯だ﹂
﹁常に功績を上げ続けるなど、こちらからも幾つか条件を出した上
での契約ですな﹂
﹁もちろん、このことは一部の者しか知らぬ機密情報である。外部
への漏洩は⋮⋮ 分かるな?﹂
有無を言わさぬゼルの威圧感に、副官達は首を激しく縦に振る。
そんな中、ジンは何も言わずに黙っていた。
﹁ジンよ、理解していると思うが、これはトライセンに必要なこと
654
じゃった。 ⋮⋮反吐は出るがな﹂
﹁⋮⋮分かっております﹂
パン! トリスタンが手を叩いたことで部屋に音が響き渡る。
﹁脱線してしまいましたな。さて、ここから本題です。そのクライ
ヴ将軍が我が混成魔獣団に魅了をかけ、獣国ガウンの紋章の森を攻
めさせていたのです!﹂
﹁紋章の森と言いますと、エルフが住む?﹂
﹁流石は暗部将軍のシュトラ様、よくご存知で﹂
﹁だが、なぜそんな危険を冒してまで紋章の森を?﹂
﹁ああ、黙認された魔法騎士団だけならまだしも、混成魔獣団にま
で魅了をかけたのであれば問題になるぞ﹂
﹁皆様方、よーく考えてください。相手はエルフ、そしてあのクラ
イヴ将軍ですよ? あのクライヴ将軍が考えることと言えば、答え
はひとつでしょう? エルフを攫う為ですよ﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
部屋に微妙な空気が流れる。
﹁おいおい、いくらクライヴの野郎でもそれはしないだろ﹂
﹁で、ですがお兄様。最近、エルフを攫うモンスターがいるという
情報は確かにあります﹂
﹁⋮⋮まあ確かに今となっては真実は闇の中ですな。クライヴ将軍
は亡くなってしまったのですから﹂
﹁あ? 死んだって、あのクライヴが?﹂
﹁ええ。エルフの集落に偶然居合わせた冒険者達に返り討ちにされ
たようです﹂
﹁馬鹿言うんじゃねぇ! あいつはどうしようもない色情魔だが、
実力はあった。お飾りのクリストフとは違うんだぞ!﹂
655
興奮の余りアズグラッドが円卓に拳を叩きつける。
﹁まあまあ、話は最後まで聞いて下さい。実は私も可愛いモンスタ
ーを使ってその冒険者を拝見したのですが、面白いことにクリスト
フが捕縛された際に勇者と共に行動していた冒険者と外見が一致し
ているんですよ。シュトラ様、そうですね?﹂
﹁⋮⋮ええ。お兄様、以前依頼されたあの件です。勇者の情報を得
ギ
る一環で探った、ここ数ヶ月で台頭してきたパーズの冒険者。名は
ケルヴィンと言いましたか﹂
﹁そいつがクライヴを倒したって言いたいのか?﹂
カントロード
﹁クライヴ将軍だけではありません。魅了された混成魔獣団も、巨
人の王も彼の仲間達によって殲滅されました。今思えば、勇者と同
等レベルのはずのクリストフのパーティがああも簡単に捕縛された
のも腑に落ちなかった。ですが、それも彼の仕業だとすれば?﹂
﹁繋がる、かもしれんのう﹂
﹁⋮⋮トリスタン、その冒険者はどのような身なりなのだ?﹂
暫く沈黙を保っていたゼルが関心を示す。
﹁一言で言い表せば、死神のような風貌でしょうか。手に巨大な鎌
を持ち、黒ローブを羽織っていましたな。何よりもクライヴ将軍と
の戦闘中、絶えず笑っていたのが印象的でしたね﹂
﹁死神、か。そうか、そいつは強いのか⋮⋮﹂
﹁クク、よりにもよって死神。クライヴも随分な相手に目を付けら
れたものだ﹂
トライセンの状況は尚も悪い。だが、国王ゼルの機嫌は良く、ア
ズグラッドも目をギラつかせていた。
656
﹁皆に今一度問おう。我が国はこれからどうするべきか?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁くそ、頭が痛い。国王、どうしたと言うのだ⋮⋮﹂
会議を終わり、殆どの者が席を立つ。円卓に残っていた者はダン
とジン、そしてシュトラだけであった。
﹁ダン将軍、大丈夫ですか?﹂
﹁ワシの事なら心配無用。ですが、宣戦布告の確定にトリスタンへ
の魔法騎士団の譲渡。納得いかない点が山ほどあるのだ⋮⋮ 国王
も変わられた。以前であれば、シュトラ様のように堅実な方であら
れたのに﹂
項垂れるダンを見て、シュトラはふう、と息を吐く。緊張を解す
様に、ゆっくりと。
﹁⋮⋮ダン、ジン。貴方達に相談があるのですが、聞いて頂けるで
しょうか?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン・竜騎兵団本部
657
竜騎兵団の拠点の地下には竜の巣が存在する。いや、深い深い渓
谷の上に橋を掛け、そこに拠点を作っていると言うべきか。
竜騎兵団の兵士達が騎乗する竜達はこの渓谷に住み、日々パート
ナーと切磋琢磨している。人族至上主義を掲げるトライセンである
が、この竜騎兵団に限っては別だ。兵も竜も互いを信頼している。
元々は混成魔獣団の一部であったのだが、アズグラッドが将軍と
して就任した際に、指針の違いにより別部隊として分割されたのだ。
渓谷の巣は下へ下がれば下がるほど強力な竜の住処となる。アズ
グラッドの愛竜ともなれば、渓谷の最下層。その場所は暗く、太陽
が真上に昇っている状態でもぼんやりと前が見えるのがやっと。そ
こに、一匹の竜が眠っていた。
﹁よう、元気か? つっても、お前は眠ってばかりだからな。おい
おい、まだ拗ねているのかよ﹂
アズグラッドは親しい友人に話しかけるように、竜に言葉を発す
る。
ギカントロ
﹁その首輪、本当は俺の流儀じゃねぇんだよ。心を通わせてこその
ード
竜騎兵だからな。でよ、今日は面白い話を持ってきたんだ。巨人の
王を、クライヴを倒すような奴が現れた﹂
ピクリ、竜の瞼が僅かに動く。
﹁ああ、そうだよな! これに興奮しなきゃ男じゃねぇよな! そ
れでこそ、偉大なる闇竜王の息子だ!﹂
658
第99話 祝宴 in エルフの里
︱︱︱紋章の森・エルフの里
獣王レオンハルトから許可印をギルド証に刻んでもらい、転移門
による移動先に獣国ガウンが新たに加わった。ガウンの転移門もト
ラージと同じく城内で管理しているらしい。門の担当者には話を通
しておくから好きに使うといい、とレオンハルトは豪胆だ。
ちなみに、その日の夜のうちにガウン軍が紋章の森に入り、新た
な国境警備隊として配置された。目にすることはなかったが、レオ
ンハルトの息子である王子が率いる精鋭部隊だそうだ。
﹁タイミングよくモンスターの討伐が終わってな。そのまま警備に
当たらせることとした﹂
とレオンハルトは言っているが、恐らくは万が一に備えて付近で
部隊を伏せさせていたんだろう。試験の失敗で里が死に絶えてしま
っては元も子もないからな。
そしてその夜はエルフ達と共に盛大に盛り上がった。里の総力を
上げて開かれた宴、普段はメイドとして働くエフィルもこの時ばか
りは楽しんでいたようだ。エフィルにしては珍しく、結構食べてい
たしな。ハーフと言えど食べ物の好みは似ているのかもしれない。
料理は果物やキノコといった森に因んだ物が多く、味付けはシン
プルなもの。それ以外にも狩猟で獲た猪型モンスターの肉料理など
も提供された。どちらかと言えば、これは俺達や里の警備に当たる
659
ガウン兵に対しての配慮かな。食べ馴染んだエフィルの料理に比べ
るとやはり物足りなさは感じたが、エルフ達がどんどん勧めてくる
のでつい食べ過ぎてしまった。いや、これでもメルフィーナの五分
の一の量も食べてないんだ。あいつ、明らかに体の体積以上の料理
を口にしているよ。
そんな中、度々長老の娘さんが果実酒の給仕に来るのだが、受け
る度に獣王ではないかと気を張ったものだ。鑑定眼でも見抜けない
のはやはり厄介だな。気配までそれらしくなるし、これを長老に見
抜けと言うのも酷な話だと思う。
あとはいつもの宴会の流れだ。デロデロに酔ったセラが俺に絡み
だして離れない。何時の間にか拵えられたお立ち台にジェラールが
立ち、今回の戦いのハイライト場面を演じだす。
﹁ケ∼ルヴィ∼ン! 少しはー、ヒック! 私を褒めてくれぇ∼た
って∼、いいにゃないのよ∼!﹂
﹁分かってる分かってる、セラも頑張ったもんな。よしよし、だか
ら力一杯腕を締めるの止めろ﹂
﹁ま∼たぁ∼、そうやって誤魔化す∼!﹂
﹁それでワシはこう言い放ったのじゃ。 ︱︱︱ここを通りたくば、
ワシを倒してゆけい!﹂
﹁﹁﹁おおー!﹂﹂﹂
︵いや、お前戦ってないだろ︶
﹁ちょっと∼、どっち向いてるのよ∼?﹂
︱︱︱ミシミシ。
660
始めはマイペースに飲んでいた俺も結局はどんちゃん騒ぎに巻き
込まれてしまう。そして俺の骨が軋む、やばい。
﹁あ、ケルにい見っけ! ねえねえ、あっちでメルねえが凄いこと
になってるよ﹂
﹁俺の左腕も凄いことになってるんだけど?﹂
﹁え、それって役得じゃないの? ほら、漫画とかでよくある感じ
で﹂
いや、もう腕の感覚がないし。骨が折れる前に回復魔法を使って
立て直すのも結構しんどいんですよ?
﹁ああ、そうそう! メルねえがガウンの兵士を相手取って大食い
対決してるんだ。今6人抜きしてるとこ! 食材が足りなくて今エ
ルフの人達が狩りに行ってるみたい﹂
﹁⋮⋮まだ食う余裕があったんだな、メルのやつ﹂
俺と飯を食ってる時には、もう何人前かの料理は平らげていたは
ずなんだけど⋮⋮
﹁リィ∼オ∼ン、今は私の時間にぁのよ∼。邪魔しないでよ∼﹂
﹁はいはい、セラねえはもう寝よう? 明日の朝には出発するんだ
から﹂
﹁い∼や∼!﹂
小柄なリオンが俺からセラを無理矢理引き剥がし、そのままおん
ぶする。僅かにセラも抵抗していたが、ここまで泥酔していては素
面のリオンには敵わないかな。おんぶの体勢になって眠気がきたの
か、セラはすやすやと眠り出した。
661
﹁お疲れ様だね、ケルにい﹂
﹁助かったよ、リオン。そろそろ本気で腕があらぬ方向に曲がると
ころだった﹂
﹁それだけセラねえに想われてるってことだよ。男ならちゃんと受
け止めなくちゃ﹂
努力はしているんだけどな。﹃鉄壁﹄のスキルランクアップでも
しようかしら。
﹁それじゃ、もう遅い時間だし僕はセラねえを連れてもう寝るね﹂
﹁そっか。おやすみ、リオン。何度も言うが、今日は本当に良くや
ってくれた﹂
﹁ケルにいの采配が良かったんだよ。僕はやりたいことをやっただ
けだしね。でも僕もご褒美が欲しいかなー﹂
﹁ご褒美? 何か欲しい物でもあるのか?﹂
﹁んー、やっぱり内緒。おやすみ∼﹂
リオンとセラを見送り、漸くひとりになる。
さて、そろそろいい時間帯。明日は午前中からパーズに帰る予定
だ。リオンとセラは寝たし、俺も明日に備えて寝るとしようか。ジ
ェラールは放っておいても時間には起きてくるから安心だが、メル
フィーナは朝が弱い。未だ大食いの最中なんだろうが、無理にでも
寝かせるか。
﹁あとは⋮⋮ エフィル﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
662
︱︱︱エルフの里・防壁
穏やかな風が流れる防壁の上、広場から聞こえる宴の音もここで
は静かなものだ。
金の髪が風になびく。エフィルはそこにひとり佇み、東の空を見
ていた。
﹁こんなところで何してるんだ?﹂
﹁あ⋮⋮ ご主人様﹂
俺が声を掛けるとエフィルは直ぐに気が付いたようで、にこやか
に返事をしてくれた。慣れぬ酒をほんの少し飲んだ為か、エフィル
の顔が赤い。
﹁この防壁も明日には解除しないとな。しっかり元通りにするって
約束だし﹂
﹁長老様はこのままで良いと仰られていましたよ。思いの他、里の
方々にも好評のようですし﹂
﹁そうか? なら、このままでいいかな﹂
﹁きっと喜ばれます。でも、堀の水は普通のものに戻しておきまし
ょうね﹂
クスクスと笑いがこぼれる。
﹁顔が随分赤いけど、飲み過ぎたか?﹂
﹁い、いえ。これは違うんです。お酒は最初の一杯だけでしたので
⋮⋮﹂
663
﹁そうか? 里の人達から色々感謝されて疲れたんだろ。無理はす
るなよ﹂
﹁はい、ありがとうございます﹂
会話が途切れ、やや間が空く。エフィルの顔を相変わらず赤いが、
その表情は神妙な面持ちだった。
﹁この里に来て、本当に良かったと思います。長老様や里の皆様は
ハーフの私を暖かく迎えてくれましたし、何よりも母のことを知る
ことができました﹂
エフィルの母、ルーミル。エフィルと非常に似た容姿をした、今
はもう亡くなってしまった故人。実際に再会することはできなかっ
たが、これまで天涯孤独であったエフィルにとっては、掛け替えの
ない価値のある知らせ、だったのかもしれない。
﹁父や私が産まれた経緯までは分かりませんでしたが、それ以上に
嬉しいこともありましたし⋮⋮﹂
言葉が後半になるに連れ声が小さくなり、最後はごにょごにょと
しか聞こえなかった。ただ、声量とは逆に顔は益々赤くなっていく。
﹁エ、エフィル、本当に大丈夫か? もう遅いし、寝るとしよう﹂
﹁は、はい! ご一緒します! ⋮⋮あの、ご主人様﹂
防壁の階段を降りようとしたその時、再びエフィルから呼び止め
られる。
﹁私、これまで以上に、一生懸命に尽力致します。ですから、これ
から一生涯、ご主人様にお仕えしても、よろしいでしょうか⋮⋮?﹂
664
自らの首輪に手をやり、やや眼を逸らして緊張した様子でエフィ
ルが言う。エフィルが首に着けているのは﹃従属の首輪﹄。本来は
奴隷を従わせる為だけのアイテムだが、エフィルにとっては必要の
ない代物。首輪を解除しようと俺は何度も持ち掛けたのだが、エフ
ィルはその度に頑なに拒んだ。
﹃これはご主人様から頂いた、私の誇りなんです。どうか、このま
まで⋮⋮﹄
エフィルが俺の返事を待つ。そんな心配そうな顔をしなくても、
俺の答えは決まっているのにな。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱紋章の森・エルフの里
舞台は移り変わり、ジェラールが熱演するお立ち台。
﹁そして我が主、ケルヴィンは敵将にこう叫んだのじゃ⋮⋮ 俺の
女に手を出すんじゃねえよ!﹂
﹁﹁﹁ヒューっ!﹂﹂﹂
﹁ふう、なかなかの珍味でしたね。ご馳走様でした﹂
ジェラール迫真の演技に盛り上がりのピークにいるエルフ達と、
死屍累々のガウン兵の中心で手を合わせるメルフィーナ。カオスな
場面である。
665
﹃さて、ジェラール。私もそろそろ就床しま︱︱︱ はっ!?﹄
﹃む、どうされた、姫様?﹄
何やら一仕事した雰囲気のジェラールは溌剌としている。
﹃ジェラール、防壁の上です。エフィルに付添っているクロトを通
して辺りの声を聞いてみてください﹄
﹃︱︱︱ほほう、これは。王は意思疎通を閉じておるが、クロトの
存在を忘れていたようじゃな﹄
﹃す、凄く気障な台詞ですね。聞いてる私が恥ずかしいです﹄
﹃⋮⋮よし!﹄
ジェラールがお立ち台に再び登る。
﹁待たせたな、皆の者! ここからが本当に面白いところじゃ、心
して聴けい! ジェラール演じる物語の最終章、いくぞぉー!﹂
﹁﹁﹁うおおおー!﹂﹂﹂
湧き上がるエルフと何時の間にか生き返ったガウン兵。
﹁あ、言ってしまうんですね⋮⋮ あなた様、申し訳ございません﹂
この夜、ケルヴィンの胸には深い深い黒歴史が刻まれた。
666
第100話 形見
︱︱︱紋章の森・エルフの里
翌日の早朝、俺達はエルフの里に別れを告げ、パーズへと出発す
る。長老や里のエルフ達はもっとゆっくり滞在してくれと言ってく
れたが、いつまでもパーズの屋敷を留守にする訳にもいかない。屋
敷で帰りを待っているエリィとリュカに要らぬ心配をさせたくない
からな。
エルフ達からは里中から掻き集めた金を渡されそうになったが、
それとなく断っておいた。里の財政が揺らぐような金は流石に受け
取れん。代わりに森の特産品をいくつか見繕ってもらうことで同意。
エフィルの好みそうな果実をゲットだ。
里の門前で相変わらずエルフ姿のレオンハルトと長老達が見送っ
てくれる。
﹁里の警護はガウンに任せておけ。それと今度、転移門を使ってガ
ウンに来るといい。歓迎しよう﹂
﹁ええ、その時は本当の御姿でお願いしますね﹂
﹁ハッハッハ! よかろう、約束する。まあ、暫くはS級昇格の影
響で忙しくなるだろうがな﹂
﹁何かあるのですか?﹂
﹁新たなS級冒険者の誕生ともなれば、街を挙げての祭り騒ぎにな
る。何せ世界でも数年に一度あるかどうかだからな﹂
﹁あまり大っぴらにはしたくないんですけどね⋮⋮﹂
﹁まあそう言うな。名を売ることで得をすることもある。それに祭
667
りは民衆の最大の楽しみのひとつだぞ。正式に昇格した際に華やか
にやるのが仕来りだ。前回は︱︱︱ ああ、1年前のシルヴィアの
時だったか。あ奴もケルヴィンと同じくトントン拍子で昇格してい
った。そう考えると最近の新人は優秀だな。ちなみにシルヴィアは
ガウンで盛大に祝ってやったぞ! 奴は恥ずかしがって出席しなか
ったがな!﹂
それ、その人に逃げられただけなんじゃ⋮⋮ 主役の当人がいな
い状況でやる気概も凄いが。
﹁ケルヴィン殿にエフィルさん、行ってしまわれるのですな﹂
﹁長老様、昨日はありがとうございました﹂
﹁いえいえ! 私共にできるささやかなお礼ですよ。頭を下げるの
は私共の方です!﹂
メイドらしくきちんとした挨拶をするエフィルに対し、長老とエ
ルフ達が慌しく頭を深く下げる。これだけの人数に頭を下げられる
と逆に落ち着かない。
﹁この里を本当の故郷だと思って何時でもいらしてください。里の
者一同、お待ちしておりますぞ。おっと、忘れておりました﹂
長老が小さな宝石箱をエフィルに差し出す。
﹁エフィルさん、これをお受け取りください﹂
﹁ええと、これは?﹂
﹁あなたの母、ルーミルの形見の品です。どうか、エフィルさんが
お持ちください。ルーミルも喜ぶでしょう﹂
﹁母の、形見⋮⋮﹂
668
エフィルが宝石箱を受け取り、静かに蓋を開けて中を覗く。
﹁これは髪留め、でしょうか?﹂
﹁ルーミルが発見された時に彼女が身に付けていたものです。無傷
だったのはその髪留めだけでしたので⋮⋮﹂
﹁装飾されたエメラルドがとっても綺麗じゃない。良かったわね、
エフィル!﹂
セラがエフィルの横からまじまじと髪留めを見詰める。俺もその
更に横から鑑定眼でちらり。
﹃魔力宝石の髪留め﹄。装飾も見事だが、魔力宝石の特性を活か
したまま加工している。むしろ原石の頃よりもその効力を高めてい
るな。間違いなく名のある職人の品だ。髪飾りは小さな花を模り、
花弁に当たる部分にエメラルドを埋め込んでいる。派手さはないが、
上品で美しい。
﹁エフィル、その髪留めつけてみないか? きっと似合うぞ﹂
﹁よ、よろしいのですか?﹂
﹁これはもうエフィルさんの物ですよ。私共に断りを入れる必要は
ありません﹂
﹁そ、それではご主人様、お願い致します⋮⋮﹂
﹁了解﹂
後ろで束ねているエフィルの髪を一度解き、魔力宝石の髪留めで
丁寧に再び束ねてやる。屋敷では朝早く起きた時などはエフィルの
髪を梳かしたりもしていたからな。何とか髪を結うことはできる。
﹁どうでしょうか?﹂
669
後姿で顔だけ振り返りながら、エフィルが尋ねる。
﹁おお、やはり⋮⋮ いえ、とても似合っております﹂
﹁うんうん! エフィルの金髪に緑が映えるわねー!﹂
﹁ええ、とても素敵ですよ﹂
皆の言う通り、初めからエフィル専用に髪留めを作ったかのよう
に似合っていた。エフィルの母を知る長老達は、その姿を重ねて見
ているのかもしれない。
エフィルが嬉しそうにしながらも、こちらをチラチラ見て気にし
ている。俺もしっかり言わないとな。
﹁エフィル、よく似合ってるよ﹂
﹁︱︱︱ありがとうございます。私、とても幸せです﹂
見詰め合う二人。そして周囲に甘い空間が漂い始め⋮⋮
﹁はいはい! ケルにいもエフィルねえも、そういうのは家に帰っ
てからね﹂
パンパンとリオンが手を叩きながら空気を元に戻してくれた。最
近、我が妹がやけにしっかりしてきた気がする。喜ばしいことだが、
できればもうちょっと待ってほしかった。
︱︱︱いや、門の後ろのエルフ達と防壁上のガウン兵がこちらを
ガン見して注目している。早々に撤退するのが正解かもしれん。
﹁ごほん! それでは獣王様、長老、私達はこれで失礼しますね﹂
﹁うむ。これからも精進するのだぞ﹂
670
﹁本当にありがとうございました。旅の幸運を祈っております﹂
行きと同じく帰りもひとっ走りだ。さ、今日中に帰れるよう飛ば
していこう。
﹃王よ、ワシもそろそろ外に出たいなー、って思ったり⋮⋮﹄
﹃ジェラール、お前は1週間俺の魔力内で謹慎だ﹄
昨日の祝宴の席でお前がした愚行、俺は忘れていない。あれから
防壁を降りた後、俺とエフィルがどれだけ大変だったと思っている
んだ。さっき好奇の目にさらされたのもジェラールが主な原因なん
だぞ。何より、素面で聞いたら身の毛がよだつほど恥ずかしい俺の
台詞を晒したお前の罪は重い。絶許である。
﹃いや、さっきのはワシのせいじゃないと思うが﹄
﹃ジェラじい、気持ちは分かるけどアレはやっちゃ駄目だよ﹄
﹃むう、リオンに言われてしまっては立つ瀬がないのう﹄
﹃ですが、その場に居合わせ止めなった私にも責任がありますね。
私も1週間おかわりを控えましょう﹄
﹃﹃﹃﹃﹃ええっ!?﹄﹄﹄﹄﹄
メルフィーナがとんでもない事を言い出し、一同に動揺が走る。
﹃メ、メルフィーナ、早まるんじゃない!﹄
﹃そうよ! とてもじゃないけど、1週間もなんてメルの体が持た
ないわ!﹄
﹃姫様! ワシなんかに付き合う必要はないんじゃよ!﹄
﹃メルねえ、僕そんな残酷なことできないよ⋮⋮﹄
﹃困りました。メルフィーナ様の消費量を踏まえて食料を買ってい
るのですが⋮⋮ メルフィーナ様に食べて頂けないとなるとクロち
671
ゃんに食べて、いえ、クレアさんに差し入れとして⋮⋮﹄
全力で説得を試みる。普段あの豪快な食べっぷりを見せ付けられ
ているんだ。食欲を抑制したメルフィーナの姿なんて見ていて落ち
着かない。病気かと心配するレベルだ。
﹃み、皆さん⋮⋮! 分かりました。私、頑張って食べます!﹄
そんな馬鹿な会話をしつつ、俺達はパーズへと帰還するのであっ
た。
672
第100話 形見︵後書き︶
今回で正真正銘の100話突破!
いつも見て頂いている読者様に感謝です。
673
第101話 昇格通知
︱︱︱ケルヴィン邸
パーズに到着したのは日が沈む間際になる頃だった。屋敷の正門
にはいつもと変わらず、2体のゴーレムがハルバートを片手に鎮座
している。こちらも異常はなかったようだ。
正門を通り庭園の噴水前に差し掛かると、庭園の隅でリュカが草
むしりをしているのを発見。俺たちが声を掛ける前にリュカがこち
らに気付き、トコトコと小走りで向かってくる。
﹁ご主人様! おかえりなさい!﹂
﹁おう、リュカ。エリィの言う事をちゃんと聞いていい子にしてい
たか?﹂
﹁うん! お母さんと一緒にしっかり留守を守ったよ! メイド長
もおかえりなさい!﹂
﹁ただいま戻りました。それでは早速、各所のチェックと参りまし
ょうか﹂
﹁も、もう!? 少しは休もうよ∼﹂
一目で分かるほど嫌そうな顔のリュカ。エフィルの指導は結構厳
しいからな。普段は温和で誰にでも優しいエフィルだが、メイドと
しての職務には一切の妥協がない。それは部下であるエリィとリュ
カに対しても同様であるようで、相当ハードな教育を日々している。
それでも二人から厚い信頼を得ているのは、高い目標に届かせる為
に、しっかりと道筋を組み立て親身に接しているからだろう。
674
あと、時たま作られるメイド用賄い料理も幾分かの要因かもしれ
ないな。偶然廊下を通りかかったとき、涙ぐみながらリュカが賄い
を食べているのを見てしまったことがある。主人だけでなく、部下
の心まで胃袋から掴んでいくとは、エフィルもなかなかの策士よの
う。
︱︱︱まあ、エフィルのことだからそんな意図はなく、リュカを
労う為に作ったんだろうけどさ。
そんなエフィルの育成方針のお陰か、二人ともメイドとしてぐん
ぐんと成長しているのが素人目にも分かる。レベルも十分に上げス
キルポイントも稼いだことだし、将来が実に楽しみだ。
﹁あ、そうだ。お土産があるんだ。じゃーん!﹂
リオンがエルフの里で貰った果物を取り出し、リュカに差し出す。
﹁わあ、見たことない果物! ねえリオン様、私も食べていいの?﹂
﹁うん! 梨みたいで美味しいんだ。たくさんあるから、後でエフ
ィルねえに切ってもらおうよ﹂
﹁それなら私もできるようになったよ! よーし、特訓の成果を見
せて︱︱︱﹂
﹁リュカ、そんなに騒がしくしてどうしたの? あら、ご主人様?﹂
俺たちの声に反応したのか、屋敷の扉からエリィが現れる。リュ
カと同じく、こちらにも直ぐに気付いてくれた。玄関ホールの掃除
でもしていたのかな。
﹁おかえりなさいませ。出迎えが遅れてしまい申し訳ありません﹂
﹁気にするな。それにちょうど今帰ったところだよ﹂
675
﹁エリィ、何か問題はありましたか?﹂
﹁いえ、全て滞りなく⋮⋮ ただ、ご主人様宛に冒険者ギルドより
文が届いております﹂
このタイミングでギルドから連絡っていうと、昇格関係の何かだ
ろうなー。
﹁手紙か⋮⋮ 後でリビングルームにもってきてくれ﹂
﹁承知致しました﹂
もう時間も時間だしな。手紙だけ見て、ギルドには明日顔を出す
としよう。
﹁あれ? そういえばお爺ちゃんは?﹂
﹁⋮⋮ジェラールは1週間ほど修行の旅に出るそうだ﹂
﹁そうなんだ? お爺ちゃんにも私のナイフ捌きを見せたかったの
になー﹂
リュカは手をナイフに見立て、果物の皮をむく仕草を見せながら
口を尖らせる。
﹁大丈夫ですよ。ジェラールの分も私が責任を持っていただきます
から﹂
﹁あ、それ私も食べるわ。結構美味しかったし﹂
﹁よし、夕食後に皆で食べるとしようか﹂
さ、屋敷に入って一休みするとしよう。
﹃王、王よ! 頼む、それを食べさせてくれぃ! 後生一生の頼み
じゃー!﹄
676
溺愛するリュカの手料理、ではないがカットした果物。何が何で
も食したいジェラールの魂の叫びは空しく響くのだった。ちなみに
謹慎中はジェラールの声のボリュームを多少落としているのでうる
さくはない。
我ながら悪魔じみた罰を思いついてしまったものだ。これではジ
ェラールのメンタルが持たない気さえする。もう少し謹慎期間を短
くした方がいいかもしれないな。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・リビングルーム
屋敷1階の比較的広い部屋に設けたリビングルーム。大人数が休
ホワイトサーベル
憩できる憩いのスペースとして、エフィルと家具選びに力を入れた
場所だ。いかにも洋風の暖炉に自前で取ってきた白獣牙の毛皮絨毯。
大きめカウチソファはセラとリオンのお気に入りのようで、この時
間になるといつもゴロゴロしている。
﹁あ∼、やっぱり我が家は落ち着くわね∼﹂
﹁そうだね∼。久しぶりだと尚更だね∼﹂
﹁帰って早々占領してるのな⋮⋮﹂
俺が部屋に入ると既にセラとリオンがだらけていた。大きいとい
っても流石に二人が寝転がれば俺の座るスペースが微妙にない。何
時の間にやらリオンの影から出てきたアレックスも暖炉前で丸くな
677
っている。
もうひとつソファを購入しようかと思案していると、エフィルが
後ろから声を掛けてきた。手には茶を入れたカップを載せたトレイ。
里の土産のひとつなのか、珍しい香りだ。
﹁失礼致します。ご主人様、ご夕食はいつ頃にされますか?﹂
﹁今は皆休んでいるし、1時間後でいいんじゃないかな。あ、でも
エフィルも疲れてないか?﹂
エルフの里からパーズまで、休憩を挟みつつではあるが結構飛ば
して走ってきた。帰って早々調理をさせるのはエフィルに申し訳な
い。
﹁私は大丈夫です。と言いたいのですが、エリィとリュカに止めら
れてしまいまして⋮⋮ 本日は二人がお食事を用意致します﹂
﹁お、珍しいな。料理を教えたり手伝わせることはあったが、二人
に食事を丸々任せるなんて今までなかったぞ?﹂
エフィルは調理場に関して拘りというか、プライドみたいなもの
があるからな。どんなに疲れていても自分でやろうとするから、無
理にでも休ませようと思ったのだが。
﹁それだけ心配されていたんですよ﹂
メルフィーナがクッキーが積まれた大皿を持って現れた。
﹁メル様、菓子でしたら私がお運びします﹂
﹁駄目ですよ。これは私が運ぶんです。さっきもエリィ達に言われ
たのを忘れましたか、エフィル? あなたは何でも自分一人で抱え
678
過ぎです﹂
﹁で、ですが⋮⋮﹂
﹁ですがもカカシもありません。少しは周りを頼ることを覚えなさ
い。特にあなたの部下達に対しては、ね? 二人とも、あなたの力
になりたがっているのですから﹂
﹁⋮⋮何かあったのか?﹂
俺の知らぬところで一悶着あったようだ。
﹁いえ、食事の準備をしようとしたら、二人に止められてしまいま
した。﹁メイド長も休まないと駄目っ﹂とのことです﹂
﹁そしてその場に颯爽と登場する私、リュカとエリィ側に回るので
した﹂
メルがクッキーをひとつエフィルの口に押し込む。エフィルは恥
ずかしそうにモグモグと食べる。
﹁これまで以上に頑張るといっても、無理はいけません。その結果
倒れて悲しむのは、誰よりもあなたの大切な人なのですから﹂
﹁⋮⋮そうですね、確かに心配をさせてしまっていたのかもしれま
せん。ご主人様、エリィとリュカ、二人の成長は私が保証致します。
どうか、二人の料理を召し上がって頂けませんか?﹂
﹁そうだなー﹂
エフィルのほっぺを両手で引っ張る。
﹁ふぇっ!?﹂
﹁そんなの当たり前だろ。エフィルの愛弟子の料理、むしろ食べて
みたいわ﹂
﹁そうそう、エフィルはもうちょっと緩くなった方がいいわよ﹂
679
﹁うんうん、僕らみたいに﹂
セラにリオン、君らは緩過ぎだけどね。
﹁メイドとして気張るのもいいけど、たまには息抜きしてくれよ。
ってことで、少しエフィルにその緩さを分けてあげなさい﹂
﹁﹁了解︵よ︶!﹂﹂
エフィルが持つトレイをキャッチ。
﹁え? ええ?﹂
﹁さあエフィル、あっちで一緒にダラダラするわよ!﹂
﹁休みは謳歌するものだよ! さあさあ!﹂
ずるずるとソファの魔に引きずり込まれるエフィル。ああはなっ
て欲しくないが、少しはリフレッシュしてほしいものだ。
﹁メル、エフィルを気遣ってくれてありがとな。部下ができてから
気を張ってたみたいだから助かったよ﹂
﹁私がやらなくてもリュカ達がそうさせていましたよ。何よりも、
これで二人の料理も味わえます﹂
﹁お前⋮⋮﹂
こいつは本当にぶれないな。いや、照れ隠しか?
﹃王よ⋮⋮ リュカの、手料理⋮⋮﹄
ジェラールも血の涙を流しそうな状態だ。
分かったよ! 夕食前に謹慎を解くよ!
680
﹃王よーーー!﹄
ジェラールからの忠誠心が上がった気がする。
そんなこんなで騒がしい夕飯を迎える訳だが、4日後には結構重
要なイベントが控えている。先程チラッと目を通したギルドからの
手紙。そこには以下のことが記されていた。簡単に言うとこうだ。
①昇格試験の合格を認める
②正式な昇格式を4日後の冒険者ギルドで行う
③式の後、新S級冒険者と現S級冒険者同士の模擬試合を行う
個人的には嬉しいけど、③は唐突過ぎると思うなー。祭りってそ
ういうことですか⋮⋮
681
第101話 昇格通知︵後書き︶
ひとまず3章はここで終わりです。
登場人物をそろそろ整理したいですね⋮⋮
682
第三章終了時 各ステータス︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第三章終了時メインメンバーのステータス紹
介です。
数字とスキルは後で修正する可能性もありますので、あくまで参考
程度に御覧ください。
読み飛ばしても問題ありません。
683
第三章終了時 各ステータス
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:95
称号 :勇者の師
HP :967/967
MP :6000/6000︵+4000︶
ジェラール−300
アレックス−50︶
︵クロト召喚時−100
0
メル︵義体︶−5
筋力 :349︵+160︶
耐久 :354︵+160︶
敏捷 :578
魔力 :1175︵+160︶
幸運 :765
装備 :黒杖ディザスター︵S級︶
スキルイーター
強化ミスリルダガー︵B級︶
アスタロトブレス
悪食の篭手︵S級︶
智慧の抱擁︵S級︶
特注の黒革ブーツ︵C級︶
スキル:剣術︵C級︶
鎌術︵A級︶
召喚術︵S級︶ 空き:5
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
セラ−18
684
気配察知︵B級︶
危険察知︵B級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵B級︶
鍛冶︵S級︶
精力︵S級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
補助効果:転生神の加護
悪食の篭手︵右手︶/並列思考︵固有スキル︶
悪食の篭手︵左手︶/暴食︵固有スキル︶
隠蔽︵S級︶
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 武装メイド
レベル:93
称号 :パーフェクトメイド
HP :744/744
MP :1415/1415
筋力 :375
耐久 :372
敏捷 :1424︵+640︶
魔力 :918︵+160︶
685
幸運 :187
ペナンブラ
装備 :火神の魔弓︵S級︶
隠弓マーシレス︵S級︶
※普段はクロトの保管に収納
戦闘用メイド服Ⅴ︵S級︶
戦闘用メイドカチューシャⅤ︵S級︶
魔力宝石の髪留め︵B級︶
従属の首輪︵D級︶
特注の革ブーツ︵C級︶
スキル:弓術︵S級︶
赤魔法︵A級︶
千里眼︵B級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵A級︶
調理︵S級︶
裁縫︵S級︶
鋭敏︵S級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:94
686
称号 :喰らい尽くすもの
HP :1674/1674︵+100︶
MP :1376/1376︵+100︶
筋力 :940︵+100︶
耐久 :1018︵+100︶
敏捷 :861︵+100︶
魔力 :870︵+100︶
幸運 :843︵+100︶
装備 :なし
スキル:暴食︵固有スキル︶
金属化︵S級︶
吸収︵A級︶
分裂︵A級︶
解体︵A級︶
保管︵S級︶
打撃半減
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ジェラール 138歳 男 冥府騎士長 暗黒騎士
レベル:97
称号 :愛国の守護者
HP :3880/3880︵+1890︶︵+100︶
MP :450/450︵+100︶
筋力 :1199︵+320︶︵+100︶
687
耐久 :1237︵+320︶︵+100︶
敏捷 :413︵+100︶
魔力 :307︵+100︶
幸運 :342︵+100︶
ドレッドノート
装備 :魔剣ダーインスレイヴ︵S級︶
クリムゾンマント
戦艦黒盾︵A級︶
深紅の外装︵B級︶
スキル:忠誠︵固有スキル︶
自己改造︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵B級︶
心眼︵S級︶
装甲︵A級︶
軍団指揮︵A級︶
教示︵B級︶
屈強︵A級︶
剛力︵A級︶
鉄壁︵A級︶
実体化
闇属性半減
斬撃半減
ドレッドノート
補助効果:自己改造/魔剣ダーインスレイヴ+
クリムゾンマント
自己改造/戦艦黒盾+
自己改造/深紅の外装+
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
688
アークデーモン
セラ 21歳 女 上級悪魔 呪拳士
レベル:95
称号 :神を打ち倒し者
HP :1295/1295︵+100︶
MP :1344/1344︵+100︶
筋力 :702︵+100︶
耐久 :614︵+100︶
敏捷 :699︵+100︶
魔力 :726︵+100︶
幸運 :844︵+160︶︵+100︶
アロンダイト
クイーンズテラー
装備 :黒金の魔人︵S級︶
狂女帝︵S級︶
偽装の髪留め︵A級︶
強化ミスリルグリーブ︵B級︶
スキル:血染︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
黒魔法︵A級︶
飛行︵B級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
魔力察知︵A級︶
隠蔽察知︵A級︶
舞踏︵B級︶
演奏︵B級︶
豪運︵B級︶
689
補助効果:魔王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
メル︵義体︶ 17歳 女 天使 戦乙女
レベル:95
称号 :爆食の女神
HP :1365∼1455︵+1073∼1163︶
MP :1365∼1455︵+1073∼1163︶
筋力 :1365∼1455︵+1272∼1362︶
耐久 :1365∼1455︵+1272∼1362︶
敏捷 :1365∼1455︵+1272∼1362︶
魔力 :1365∼1455︵+1272∼1362︶
幸運 :1365∼1455︵+1272∼1362︶
ヴァルキリーメイル
装備 :聖槍ルミナリィ︵S級︶
ヴァルキリーヘルム
戦乙女の軽鎧︵S級︶
戦乙女の兜︵S級︶
エーテルグリーブ︵A級︶
スキル:神の束縛︵隠しスキル:鑑定眼には表示されない︶
絶対共鳴︵固有スキル︶
槍術︵S級︶
心眼︵S級︶
青魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
飛行︵S級︶
装飾細工︵S級︶
690
錬金術︵S級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
リオン 14歳 女 人間 剣聖
レベル:73
称号 :巨人殺しの勇者
HP :868/868
MP :912/912
筋力 :640
耐久 :226
敏捷 :963
魔力 :1011︵+320︶
幸運 :479
装備 :魔剣カラドボルグ︵S級︶
偽聖剣ウィル︵A級︶
黒衣リセス︵S級︶
特注の黒革ブーツ︵C級︶
スキル:斬撃痕︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
二刀流︵S級︶
軽業︵S級︶
天歩︵B級︶
赤魔法︵S級︶
危険察知︵A級︶
691
胆力︵C級︶
交友︵B級︶
剛健︵A級︶
強魔︵A級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:隠蔽︵S級︶
シャドーウルフ
アレックス 3歳 雄 影の狼
レベル:77
称号 :勇者の相棒
HP :639/639︵+100︶
MP :217/217︵+100︶
筋力 :402︵+100︶
耐久 :338︵+100︶
敏捷 :427︵+100︶
魔力 :244︵+100︶
幸運 :278︵+100︶
装備 :劇剣リーサル︵S級︶
魔獣のレザー首輪︵B級︶
スキル:影移動︵固有スキル︶
剣術︵A級︶
軽業︵B級︶
嗅覚︵B級︶
隠密︵D級︶
692
隠蔽察知︵C級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
693
第三章までの登場人物紹介︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第三章までの登場人物紹介です。
あれっ、こいつ誰だっけ? なんて時に活用してください。
ネタバレを含みますので要注意。
読み飛ばしても問題ありません。
694
第三章までの登場人物紹介
◇ケルヴィン一行
︻ケルヴィン︼
本作の主人公。日本出身の転生者。身長170cm、中肉中背、
黒髪で黒の瞳。種族は人間。普段は優しげな青年といった印象だが、
戦闘中に強敵を見つけると口元が特徴的な笑い方をする。黒ローブ、
黒革ブーツ、黒い杖と装備が黒尽くし。記憶喪失であるが、日本の
知識はある模様。無類の戦闘好きであるが、最近は武器防具の鍛冶
作業と自作ゴーレム弄りも趣味としてやっている。米と風呂のある
生活を手に入れご満悦の様子。最近妹ができました。
︻メル︵メルフィーナ︶︼
本作のヒロインのひとり。転生を司る神。身長162cm、胸は
C、腰よりも長く伸ばしたロングヘア、蒼白の髪で青の瞳。魔力で
天使の輪と翼を形成することができる。種族は天使。聖女のような
微笑を浮かべ神聖なオーラを漂わせる彼女であるが、最近はすっか
り大食いキャラに。本職の神の仕事に長期休暇届けを出し、ケルヴ
ィンと共に異世界をエンジョイ中。趣味はケルヴィンを賭けた勝負
事全般と食べ歩き。
︻クロト︼
ケルヴィンが初めて使役したモンスター。全長数cm∼?m、黒
みがかった透明色の肌。種族はスライム・グラトニア。ある意味で
ケルヴィン配下で最も活躍するモンスター。分裂し、極小型の分身
体として仲間全員に追従する。ある時は保管役として、またある時
は材料の提供者として、更にはエフィルとリオンの意思疎通中継役
695
としてその使命を全うする。コアを持つ体が本体だが、個体別に戦
闘力を振り分けることも可能。ケルヴィン邸の噴水で浮かんでいる
のが好き。
︻ジェラール︼
ケルヴィンが使役する漆黒の騎士。身長202cm、大柄な全身
鎧。種族は冥府騎士長。威圧感のあるその外見とは裏腹に、かなり
茶目っ気のある好々爺。実体化もできるのだが、騎士としてのプラ
イド︵?︶が鎧を脱ぐことを許さないらしい。大食漢かつ酒豪。無
類の子供好きで、リュカとリオンを孫のように可愛がっている。趣
味は愛剣の手入れと鍛錬。普段はケルヴィン邸の警備に当たってい
る。
︻エフィル︼
本作のヒロインのひとり。ケルヴィンの奴隷。身長154cm、
胸はD、腰までかかる髪を後ろで束ねている。金髪で緑の瞳。種族
はハーフエルフ。ケルヴィン邸のメイド長を務める。トラージの国
王・ツバキから熱烈な勧誘を受ける程の料理上手。誰にでも優しく、
とても生真面目な性格。現在のヒロイン筆頭、ベッドの右側は彼女
の特等席である。嬉しくなるとエルフ耳が動く。最近までは屋敷全
般のメイド業務を手掛けていたが、エリィとリュカに任せることも
多くなった。ケルヴィンの世話をするのが何よりも好き。
︻セラ︼
本作のヒロインのひとり。ケルヴィンが使役する美女悪魔。身長
アークデーモン
168cm、胸はE、サイドポニーで髪を束ねている。赤髪で赤の
瞳。種族は上級悪魔。出会った頃は少々人見知りであったが、現在
はすっかり天真爛漫な性格に。幼い頃から父である親馬鹿魔王グス
タフと悪魔四天王から英才教育を受けていた。その為、世間知らず
の割りに様々な知識があり、礼儀も知っている。アルコールに弱く、
696
酒癖がかなり悪い。これまでケルヴィンにダメージを負わせたのは
セラだけである。趣味は釣り。エフィルが魚料理を作る際、よく依
頼される。
︻リオン︼
本作のヒロインのひとり。日本出身の転生者。身長146cm、
胸はA、ショートカット、黒髪で黒の瞳。メルフィーナの加護を得
たケルヴィンの転生召喚により、この世界に勇者として転生する。
ケルヴィンの妹として屋敷に在住。体を思いっきり動かしたり、動
物と触れ合うことが好き。基本的に常識人ではあるが、生前に読ん
だ書物︵漫画やライトノベル︶の偏った情報を信じている。趣味は
アレックスとの散歩。
︻アレックス︼
シャドーウルフ
ケルヴィンが使役する黒き狼。体高82cm、黒い毛並み。種族
は影の狼。巨大な狼と言うこともあり、街を歩くと身構えてしまう
者が多数。だがその見た目に反し大人しく、リオンが毎日ブラッシ
ングしている為、非常に毛並みが良い。一度触れば癖になる気持ち
良さ。リオンの部屋に置かれた大きめのクッションを寝床にしてい
る。リビングの暖炉がお気に入り。
◇ケルヴィン邸
︻リュカ︼
黒風のアジトからケルヴィンによって救出された少女。栗毛色の
髪で茶色の瞳。ケルヴィンが購入した屋敷の使用人募集に母のエリ
ィと共に応募し、見習いメイドとなる。エフィルの部下として慌し
くも楽しい毎日を送っている。パワーレベリングによりレベルは4
0を超える。
697
︻エリィ︼
黒風のアジトからケルヴィンによって救出された女性。栗毛色の
髪で茶色の瞳。ケルヴィンが購入した屋敷の使用人募集に娘のリュ
カと共に応募し、メイドとなる。メイドになってからはセミロング
の髪を後ろで纏めている。満遍なく仕事はできる模様。リュカと同
じく、パワーレベリングによりレベルは40を超える。
︻ゴーレム︼
ケルヴィンの緑魔法によって生み出されたゴーレム。ジェラール
の鎧をモチーフにした漆黒の全身鎧のような外見。12体おり、ケ
ルヴィン邸の警備を任せられている。スキルは持たないが実力はA
級モンスターと同等。
︻新型ゴーレム︼
ケルヴィンとセラが共同開発したゴーレム。通常のゴーレムより
も鎧の装飾が細かい。4体おり、平時は屋敷の重要区画に設置され
ている。魂を挿入することでスキルの所持に成功した。風牢石など
のギミックを持つ。
◇静謐街パーズ
︻アンジェ︼
パーズ冒険者ギルドの受付嬢。本作のサブヒロイン? 茶髪で青
の瞳。おさげ。スリムな体型。いつも明るいことから冒険者に慕わ
れている。隠れファンも実は多い。エフィルと仲が良く、買い物に
もよく行く。ケルヴィンを想っている節があるが、詳細は不明。最
近空気になっているのが悩み。
698
︻リオ︼
パーズ冒険者ギルドのギルド長。紳士的な風貌とは裏腹に、なか
なかに狸な性格。ケルヴィンを転生者と知る数少ない人物のひとり。
トラージ冒険者ギルドのミストとは昔冒険者仲間であった。その頃
の二つ名は﹃解析者﹄。
︻クレア︼
精霊歌亭の女将でウルドの妻。エフィルの料理の師。サバサバし
た姉御肌な性格。
︻ウルド︼
パーズのC級冒険者。クレアの夫。エフィルのC級昇格試験の試
験官を務め、一撃で沈められた。何気に不運。パーズではトップク
ラスの冒険者で、現在B級昇格試験に向け励んでいる。
︻カシェル︼
パーズのD級冒険者。実力はあるが、新人潰しを目的に昇格しよ
うとしなかった。人間を殺すことで手に入る経験値に目が眩み、殺
人鬼となる。元はトライセンの名門、ファーゼ家の出。
︻ギムル︼
カシェルのパーティメンバー。当時の黒風の団員。クリストフに
より壊滅させられた際に逃亡し、カシェルと出会う。信頼関係はな
かった。
︻ラジ︼
カシェルのパーティメンバー。西大陸出身。元々は戦場を渡り歩
く傭兵。その残虐性から指名手配され、この地に流れてきた。
699
◇水国トラージ
︻ツバキ・フジワラ︼
トラージの国王。年端もいかぬ少女であるが、既に王としての風
格を形成しつつある。黒風討伐の功績からケルヴィン達を勧誘する
が失敗。それでも隙あらば、と今でも考えていたり。
︻ミスト︼
トラージ冒険者ギルドのギルド長。物腰柔らかな妙齢の女性。リ
オとは昔冒険者仲間であった。
︻ルド︼
馬車の御者。パーズからトラージに向かう途中、黒風の襲撃に出
くわす。御者としてその道の名手。
◇神皇国デラミス
︻コレット︼
デラミスの巫女。教皇に次ぐ権力者。メルフィーナの加護を受け、
異世界人の召喚を行った。メルフィーナに対して重度の病気である。
︻クリフ︼
神聖騎士団団長。刀哉達の師。
︻神埼刀哉︼
日本から召喚された勇者。二刀流の使い手。主人公体質で、何か
と幸運に恵まれる。聖剣ウィル、ケルヴィンから貰ったペンダント
を所有。ケルヴィンから指導された後、西大陸へと向かった。
700
︻志賀刹那︼
日本から召喚された勇者。抜刀術の使い手。生真面目。黒髪ポニ
ーテールで刀哉の幼馴染。日々刀哉が引き起こすトラブルの後処理
に追われている。そのせいか眉間にしわを寄せる癖ができてしまっ
た。ケルヴィンから貰ったペンダントを所有。刀哉と共に西大陸へ
と向かった。
︻水丘奈々︼
日本から召喚された勇者。調教師。ほんわかとしたムードメーカ
ー。外見は幼いが胸は大きい。密かに刀哉に対して想いを寄せてい
る。ムンちゃんという火竜を使役する。ケルヴィンから貰ったペン
ダントを所有。刀哉と共に西大陸へと向かった。
︻黒宮雅︼
日本から召喚された勇者。黒魔導士。日本とロシアのクォーター
の不思議系帰国子女。銀髪。正座がトラウマ。ケルヴィンから貰っ
たペンダントを所有。刀哉と共に西大陸へと向かった。何気にプリ
スラから魔力宝石をパクったままである。
︻ムン︼
幼い火竜。奈々の配下。リュックの中がお気に入り。
◇獣国ガウン
︻レオンハルト・ガウン︼
ガウンの獣王。S級冒険者でもある。ケルヴィンのS級昇格試験
の試験官を務め、その力を見極めようとした。国宝を使いエルフの
姿で現れる。長老困惑。結果的にケルヴィン一行を気に入った様子。
701
︻ネルラス︼
エルフの里の長老。見た目は若いが相当の月日を生きている。エ
フィルの母、ルーミルの最後を伝え、その形見をエフィルに渡す。
テンションがハイになると人が変わる。
︻ルーミル︼
エフィルの母。非常にエフィルとよく似ている。20年前の火竜
王の襲撃の際に連れ去られ、死体として発見される。
◇軍国トライセン
︻ゼル・トライセン︼
トライセンの王。昔は堅実な性格であったらしいが、現在は人が
変わったように好戦的。正体不明の威圧感を放つ。
︻アズグラッド・トライセン︼
トライセン第1王子にして竜騎兵団将軍。群を抜いた竜の騎乗能
力を持つ。竜騎兵団本部にある渓谷の巣の最下層に闇竜王の息子を
置く。
︻シュトラ・トライセン︼
トライセン唯一の姫にして暗部将軍。トライセン第3王子のタブ
ラと同じ母親であり、シュトラが妹。国民や兵から本当に兄妹なの
かと疑われている。
︻タブラ︼
トライセン第3王子。小太りの男。己の立場を強める為にパーズ
へとやってきた。ケルヴィンに潰されかける。
702
︻ダン・ダルバ︼
鉄鋼騎士団将軍。古くからトライセンに仕える老騎士でありなが
ら、現在もその実力は衰えていない。トリスタンとクライヴを嫌っ
ている。
︻ジン・ダルバ︼
鉄鋼騎士団副官。ダンの息子。現在のトライセンの方針に不満を
覚える。
︻トリスタン・ファーゼ︼
混成魔獣団将軍。名門ファーゼ家の現当主。召喚士。仕草が一々
芝居がかっている。クライヴを騙し、魔法騎士団を掌握。裏では何
ギガントロード
者かと繋がりがある模様。S級モンスターを所持。
︻ウルフレッド︼
混成魔獣団副官。リオンとアレックスに対し、巨人の王を解き放
つがあえなく玉砕。捕縛され、ガウンに引き渡される。
︻クライヴ・テラーゼ︼
魔法騎士団将軍。転生者。自らの固有スキル﹃魅了眼﹄を使い、
欲望の限りを尽くした。ケルヴィンとの戦いで両足を切落されるも、
トリスタンの救助により帰還する。だが、彼を待っていたものは︱
︱︱
︻ルノア・ヴィクトリア︼
魔法騎士団前将軍。2年前にその時の副官と共に軍を去る。現在
は行方不明。
◇盗賊団黒風
703
︻クリストフ︼
A級冒険者。トライセンの英雄。当時の黒風を討伐し、トライセ
ンに祭り上げられる。その後、新生黒風の頭として暗躍していた。
︻プリスラ︼
A級冒険者。トライセンの英雄。新生黒風の幹部。魔力宝石を扱
った魔法を得意とする。黒風の紅一点?
︻ホープ︼
A級冒険者。トライセンの英雄。新生黒風の幹部。活動中、拷問
を趣味としていたが、最後はジェラールに斬捨てられる。
︻アド︼
A級冒険者。トライセンの英雄。新生黒風の幹部。筋肉質な男。
自らを高める為に強者を欲していた。
︻カルナ︼
洗脳された旧黒風の幹部。ケルヴィン一行が乗る馬車を襲い、部
隊を壊滅させられる。
◇旧魔王軍
︻グスタフ︼
悪魔の魔王。部下からも恐れられる魔王であったが、娘のセラに
対しての親馬鹿っぷりは凄まじいものだった。勇者に知られるのを
恐れ、セラを封印する。
︻ビクトール︼
704
アークデーモン
悪魔四天王の一人。上級悪魔。セラの世話役として仕えた。戦闘
術も彼が教えたものである。勇者との戦いを逃れ、セラを探す旅に
出る。ケルヴィンに敗れ、想いを託す。
◇リゼア帝国
︻ジルドラ︼
帝国の将? ジェラール曰く種族はエルフ。100年程前にジェ
ラールの故郷であるアルカールに死の病を振り撒く。
705
第三章までの登場人物紹介︵後書き︶
こんなにキャラがいたのかと作者も驚き。
ちょいちょいと間話も書いていこうかと思います。
706
第102話 ビルドアップ
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
屋敷に帰還した翌日の朝、皆を食堂を集め朝食がてらに昇格通知
について話すことにした。
﹁︱︱︱ってことで、3日後にS級冒険者との模擬試合をすること
になってしまった﹂
﹁おお、心置きなく強者と戦える良い機会ではないか。良かったの
う、王よ﹂
﹁気軽に言ってくれるな。相手はどこの誰かも分からんし、実力も
未知数なんだぞ﹂
﹁あなた様、その割りに口元が緩んでるではありませんか﹂
メルフィーナがジト目で俺を見てくる。
﹁そんな事はないぞ。俺はいたって真面目だ﹂
紋章の森でのクライヴとの戦いは途中で邪魔が入ったからとは言
え、悔いの残る結果となってしまった。あのような無様な格好はも
う見せられないのだ。その為にS級魔法を制御仕切れる力を身に付
けなければならない。S級冒険者との模擬試合などに現を抜かす暇
はないのだ。だから皆、俺をそんな目で見るんじゃない。
﹁いやケルにい、そんな緩んだ顔で杖を磨きながら言っても説得力
ないよ﹂
﹁⋮⋮ハッ、いつの間に!?﹂
707
無意識のうちに布を片手に装備を磨いていた。
﹁その様子だと、昨日は興奮で眠れなったんじゃない? ふふん、
幼いわね!﹂
﹁そんなことはない。ぐっすり眠ったぞ﹂
それについこないだ一杯の酒で自滅したセラに言われたくないで
す。
﹁昨晩はいつもより30分ほど眠りにつかれるのが遅かったです。
なるほど、そう言う事だったのですね﹂
﹁エフィル!?﹂
まさかのエフィルの裏切りに俺動揺。
﹁えっ、エフィルねえ、そんなことまで分かるの?﹂
﹁従者が主より先に眠るなんてあり得ません。ご主人様の健康管理
もメイドの責務です。こればかりはエリィやリュカには任せられま
せんし⋮⋮﹂
エフィルよ、俺を慕ってくれるのは嬉しいが、たまに寝顔を見せ
てくれるともっと嬉しいぞ。いや、問題はそこじゃないのだが。
﹁やっぱりそうだったじゃない! エフィルの負担も考えなさいよ
!﹂
﹁エフィル、貴女だけに頑張ってもらう訳にもいきません。その役
割、私もやりましょう!﹂
﹁で、ですがメル様は寝付きが⋮⋮﹂
﹁僕なら寝相もいいよ! ね、アレックス﹂
708
﹁ウォン!﹂
﹁お母さん、ご主人様たち何の話をしてるの?﹂
﹁リュカにはちょっと早いわ。聞き流しなさい﹂
﹁分かったから、もうその件からいったん離れよう! 本題だ、本
題!﹂
お前ら、朝っぱらから何言い出してんだ。
﹁ハァ⋮⋮ で、その本題だが、この3日の間で可能な限りS級魔
法を使いこなせるようにしたいと思う。言わば、修行期間ってやつ
だ﹂
ボレアスデスサイズ
﹁ふむ、修行と言ってものう。具体的には何をするんじゃ?﹂
﹁大風魔神鎌を扱うに際して最も足りないもの、それは筋力だ!﹂
筋力は俺のステータスの中でも最も伸びが悪い。素の数字は18
9。最近会得した剛力︵B級︶のブーストを考慮しても、仲間の中
で最もか弱いエフィルにさえ負けている。一般的な冒険者として見
ボレアスデスサイズ
れば前衛として十分にやっていけるものだが、S級の魔力を一点に
固めた大風魔神鎌を扱うには不相応なのだ。その莫大な魔力を動か
す途中で軌道がずれてしまう。
﹁それ、今更じゃない?﹂
﹁うむ、初めからあの竜巻のような魔法にすれば問題なかったじゃ
ろうに。それを扱う為にわざわざ鎌術のスキルを会得したんじゃっ
たか?﹂
﹁はい、草刈りでは最早ご主人様に敵う者はおりません!﹂
ジェネレイトエッジ
エフィル、そこは誇らしげに言うところじゃない。
ヴォーテクスエッジ
﹁せめて、ケルにいの狂飆の覇剣や僕の霹靂の轟剣みたいに武器に
709
付与するタイプの魔法なら、幅広く使えたんだけどね。流石に大鎌
は僕には使えないし⋮⋮﹂
ボレアスデスサイズ
﹁S級魔法は扱う者が少ないその性質から、基盤となる魔法がない
ですからね。つまり、大風魔神鎌はあなた様のオリジナル魔法。ど
うしてそのような魔法を生み出したのです?﹂
何だか今日はボロクソな言われようだ。仕舞いには泣くぞ。
﹁だってさ、大鎌って浪漫じゃん⋮⋮ それに俺の統計ではイメー
ジしやすい物の方が新たな魔法を習得しやすいんだよ。これだって
結構苦労したんだぞ﹂
﹁あー、その気持ち分かるな。僕もオリジナルを作る時は自分の理
想を思い描くし、モチベーションって大事だよね!﹂
﹁普通、ケルヴィンやリオンみたいにポンポン作れたりしないんだ
けどね⋮⋮﹂
﹁理由は理解しました。それで、その筋力をどうやって補うのです
?﹂
﹁まあ、筋力だけが全てって訳じゃないんだが、解決策はこれだ﹂
ポヨン。食堂のテーブルにクロトを置く。
﹁クロトが解決策?﹂
﹁ああ、クロトの固有スキル﹃暴食﹄を借りる﹂
暴食は食した対象のステータスの一部を自らのステータスに取り
込むスキル。これまで色々とクロトに取り込ませてきた訳だが、傾
向としては生よりも美味しく調理した方が効率が良く、ステータス
の高い者ほどその効果が高い事が分かっている。逆に現在のステー
タスより下回っている奴を取り込んでも効果は薄い。
710
スキルイーター
﹁なるほど、悪食の篭手を使うのですね﹂
﹁そう。俺程度の筋力の値と比べれば、それよりも上回っているモ
ンスターが多いだろ?﹂
言っててちょっと悲しくなってきたけどさ!
﹁エフィル。今保管しているA級モンスター以上の食材はどのくら
いある?﹂
﹁はい。食材に使えそうなA級ですと、紋章の森でセラさんが倒し
たカラミティラビットが3匹、ゲルプリンスが1体、ブラッドベア
ギガントロード
が2匹。調理できるか分かりかねますが、S級はリオン様が倒され
た巨人の王がございます﹂
ギガントロード
う、流石に人型の巨人の王は食べたくないな。何か人食いとか変
な称号が付いてしまいそうだ。カラミティラビットとブラッドベア
は問題なくいけそうだな。後はゲルプリンスだが⋮⋮
ギガントロード
﹁巨人の王は止めておこう。それよりも、ゲルプリンスってあのブ
ニブニした液体みたいな奴か?﹂
﹁はい﹂
そう、ブニブニ。クロトのようなプニプニではなく、あれはブニ
ブニだ。
﹁それって調理できそうな食材、なのか?﹂
﹁トラージ城で拝見した書物に調理法がありました。滅多に手に入
らない高級食材のようですよ﹂
﹁いったいどんな料理になるんだよ⋮⋮﹂
﹁お任せください。レシピは頭に叩き込んでいます﹂
﹁あはは、頑張ってねケルにい﹂
711
﹁あなた様、私にも少しくださいね﹂
いや、俺はエフィル信じる。信じているのだ。エフィルならきっ
とどんな食材も最高の料理に仕上げてくれると!
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁まさか、デザートに早速出てくるとはな⋮⋮﹂
あの後直ぐにエフィルは調理場に消えたのだが、朝食を取り終え
た数分後に人数分のデザートを運んできた。皿の上にあったもの、
それは均一の正方形に切り揃えられた寒天だった。先が透けて見え
るほど透明で、上には黒蜜がかけられていた。
想像以上にまともな、否、美味そうなものが出てきたことにまず
驚き、それを口に運んで更に吃驚仰天。美味い、美味過ぎる。寒天
の喉越しの爽快感に黒蜜の絶妙な甘味が実にマッチする。本当にこ
れがあのゲルプリンスなのか? そんな疑問を浮かべる前に俺達は
既に完食していた。
﹁エフィルの腕にも感謝だが、この体の内から力が溢れ出す感じ⋮
⋮ 効果はあったようだな﹂
ステータス画面を確認する。うん、自然とにやけてしまう。
712
筋力はこの調子で上げていくとして、次の課題に取り掛かるとし
よう。
ボレアスデスサイズ
﹁大風魔神鎌﹂
邪賢老樹の杖に代わって新たな相棒となった﹃黒杖ディザスター﹄
が魔力を帯び、大鎌となる。
﹁うーん、やっぱまだまだ完全じゃないな﹂
鎌の部分に目をやると、無駄に魔力が垂れ流されているのが分か
る。これでは数発の攻撃で効果が消えてしまうだろう。
﹁まずは燃費を何とかしないとな。魔法構築、再構成︱︱︱﹂
713
第103話 食料調達
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ 案外しんどいな﹂
修行を開始して丸一日が経過。俺はその殆どを地下修練場で過ご
し、S級魔法の研鑽に明け暮れていた。修練場から出たのは食事と
用を足す時、後は数時間ベッドで寝たくらいだったか。
ボレアスデスサイズ
MPが枯渇しては回復薬を飲み、また大風魔神鎌を発動するの繰
り返し。魔力量を最小限に抑えているつもりだが、それでも掠った
だけでアダマントの壁が抉れる。お蔭様で修復したばかりの修練場
がボロボロだ。これも俺が扱いきれていない証拠なんだけどな。
﹁だが、感覚が掴んできた。もういっちょいくか﹂
﹁精が出ますね、あなた様﹂
﹁⋮⋮メルか﹂
ガレキに腰を下ろし、楽しげに俺を見つめるメルフィーナがそこ
にいた。
﹁唐突に現れるなよ。一応、ここ立ち入り禁止にしているんだから
さ。俺の手元が狂って危ないかもしれないぞ?﹂
﹁その程度の速度であれば問題ありませんよ。目を瞑っていても避
けれます﹂
﹁はは、厳しいな﹂
714
冗談ではなく、メルフィーナのステータスを考えればその通りな
のが悔しい。俺のステータス基準ではあるのだけれども。
﹁ですが、なかなか順調のようですね。以前よりも魔力の消費が安
定し、より自在に扱えるようになっています﹂
﹁まだまだだよ。最終的にはこの部屋が無傷の状態で駆使できるレ
ベルにしないと。っと、それよりもメル、頼んでいた物はできそう
か?﹂
﹁ふふ、愚問ですね。S級の装飾細工スキルを持つ私にかかれば、
皆のアクセサリーを作ることなど朝飯前です!﹂
﹁今日もしっかり寝坊して、朝飯もしっかり食ってたはずなんだが
な﹂
﹁せ、成果を上げれば問題ないのです!﹂
﹁へいへい﹂
俺がメルフィーナに依頼したのは装飾品の作成だ。此間戦ったト
ライセンの将軍クライヴは魅了眼を所持していた。俺には使ってく
ることはなかったが、エフィルやセラに使う可能性は十二分にある。
それを回避する為にも、魅了を無効化する状態異常耐性が付与され
たアクセサリーが必要なのだ。幸い、必要になりそうな原材料はク
ロトの金属化やメルの錬金術のスキルで事足りる。これまで装飾品
の作成はしてこなかったし、ちょうど良い機会だろう。
﹁魅了耐性だけでは詰まらないと思って、せっかく機能性溢れる装
備を夜なべして作ったと言いますのに⋮⋮﹂
よよよ、とメルが泣き真似をするが、いくら何でもわざとらし過
ぎる。つかお前、俺が私室に戻ったとき既に寝ていたじゃねーか。
タオルケットを蹴飛ばしながら。
715
﹁さて、冗談はさて置き、あなた様に確認したいことがあります﹂
﹁お、おお。いきなりシリアスな顔になるのもどうかと思うんだが
⋮⋮ で、何だ?﹂
メルが真っ直ぐにこちらを見据えると、ふざけていた空気が完全
に消え去る。思わず俺も身構えてしまった。俺を見つめること2秒
か3秒、俺としてはもっと長く感じたが、メルはゆっくりとした口
調でこう言った。
﹁先日あなた様が戦われたクライヴという男、本当に転生者と名乗
っていたのですか?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱精霊歌亭・酒場
ケルヴィンが修練場にて切磋琢磨に明け暮れていた同時刻、セラ
とジェラール、リオンにアレックスは精霊歌亭にて屯していた。ジ
ェラールは久方ぶりに酒を楽しむ為に。リオンとアレックスはクレ
アに会いに。セラは単に暇を持て余していた。
﹁もうっ、退屈!﹂
﹁なんだい、藪から某に?﹂
正面のカウンター席で両手を上げて喚くセラにクレアは皿を磨き
ながら目をやる。幸いにも今は客が疎らな時間帯、それほど注目は
集まらなかったようだ。最も、ここ精霊歌亭においては﹁ああ、ま
716
たセラさんか﹂で他の客達が済ませているので変わりないのだが。
﹁聞いてよクレア! ケルヴィンったら私の相手をしてくれないの
よ!﹂
︵セラねえ、それは色々と誤解を生む言い方だよ︶
セラの隣でジュースをコクコクと飲むリオンが心の中でツッコミ
を入れる。
﹁昨日からずっと引き篭もっちゃって、部屋の中に入れてもくれな
いの!﹂
﹁それは大変だねぇ。倦怠期ってやつかい?﹂
﹁けんた、い? 何それ?﹂
﹁そうだねぇ。夫婦同士がお互いに落ち着いて、慣れて退屈になっ
てしまった時期って言えば分かるかい?﹂
﹁何言ってるのクレア、私とケルヴィンは夫婦じゃないわよ?﹂
︵そこじゃないじゃろう、セラよ︶
背後のテーブル席で火酒を仰ぐジェラールが心の中でツッコミを
入れる。
﹁私がケルヴィンに飽きる訳ないじゃない。そうじゃないの。鍛錬
するんだったら私が相手するって言ったのに、ケルヴィンったら危
ないからって断るのよ! 試合もしてくれないの!﹂
﹁ああ、そっちの話かい⋮⋮﹂
﹁だから暇なのよー。何かすることないかしら﹂
消沈しながらカウンターにうつ伏せるセラ。クレアは少し残念そ
717
うだ。
﹁趣味の釣りはどうしたの?﹂
﹁ケルヴィンが頑張ってる時に釣りってのもねー⋮⋮﹂
︵ウォン?︶
ここでダベってる時点で駄目じゃないのか? と、リオンの椅子
下で骨付き肉を噛むアレックスが心の中で︱︱︱
﹁︱︱︱そうだわっ!﹂
ガタンと勢い良く椅子を押しのけ、セラが立ち上がる。そのあま
りの盛大さに耳の良いアレックスはビクッと顔を上げた。
﹁ケルヴィンの為になって、尚且つ私も楽しめる方法があるじゃな
い! ジェラール、リオン、アレックス! 早速行くわよ!﹂
﹁ちょ、ちょっとセラねえ、行くってどこにさ?﹂
﹁それにワシ、今日は酒を飲みに来たんじゃが⋮⋮﹂
不意の提案に当然ながら二人は困惑する。だが、セラがあまりに
良い笑顔な為に強く言えないでいた。言葉で言えないのであれば別
の切り口からだ。と、ジェラールは酒瓶を片手にセラに近づく。ア
ルコール度数が高く、匂いもまた強烈な火酒だ。セラは反射的に顔
に手をやり一歩下がった。
﹁ジェラール、あんまりその酒は私に近づけないで! 空気で酔っ
ちゃうでしょ!﹂
﹁なら、何をするか説明くらいしてほしいものじゃな﹂
﹁僕からもお願いしたいな。今のところ、何をするか全く読めない
718
しさ﹂
あはは、と空気を和ませるリオンに対し、セラは﹁しょうがない
わねー﹂と自分のアイディアの詳細を述べ始める。
﹁私が今思いついたのはね、ズバリ食料調達よ!﹂
﹁﹁食料調達?﹂﹂
﹁そうよ! それもそこいらの物じゃなくて、ケルヴィンが喜ぶよ
うなランクの高いやつ!﹂
﹁ええと、ブラッドベアみたいな?﹂
﹁ふむ、そういうことか⋮⋮ しかし、屋敷にはA級の食材が十分
にあったじゃろう? あれだけあれば明後日の式までは持つのでは
ないか?﹂
﹁甘いわね、確かにケルヴィンはクロトのように無限に食べ続けれ
る訳じゃないわ。その分、その質が問われてくる。ケルヴィンの分
メル
だけを考えれば、今の貯蔵量でも足りるでしょう。でもね、考えて
も見てなさいよ。うちにはあの食いしん坊がいるのよ? 昨日はお
かわりを遠慮していたようだけど、エフィルが調理したA級食材の
絶品料理に対して、おかわりを明後日まで我慢できると思う?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
リオンとジェラールはその場で反論できないでいた。頭の中では
﹁いやいや、まさか﹂と思ってはいる。いるのだが、これまでのメ
ルフィーナの食に対する情熱を考えれば有り得ぬことではないのだ。
﹁絶対ない、とは言い切れないのう⋮⋮﹂
﹁今考えれば、昨晩も食べ終わったメルねえがケルにいの料理を羨
ましそうに見ていたような⋮⋮﹂
﹁ね、可能性はあるでしょ?﹂
﹁なんだい? あの新しい子そんなに食べるのかい? それなら今
719
度うちで思う存分︱︱︱﹂
﹁クレアさん、それだけは止めた方がいいよ。僕の良心が痛むよ﹂
﹁そ、そんなにかい⋮⋮﹂
何せ、最近になってメルフィーナは﹃爆食の女神﹄という不名誉
な称号まで手に入れてしまったのだ。人様に迷惑はかけられない。
﹁その不安要素を排除する為、これからレアなモンスターを狩りに
いきましょう! それなら私も鬱憤を晴らせるし、ケルヴィンに安
定した提供ができるわ! 一石二鳥ね!﹂
拳を固め、やる気のセラ。そんな様子に感化され始めたのか、ジ
ェラールとリオンが立ち上がった。
﹁仕方ないのう。エルフの里では出番がなかったことじゃし、どれ、
ひとつやるとするか﹂
﹁ケルにいの為と聞いちゃ、黙っている訳にもいかないよね。アレ
ックス、いくよ。クレアさん、これ御代ね﹂
﹁毎度あり。気をつけていくんだよ﹂
代金を払い、精霊歌亭を出るセラ達。さて、次なる向かう先は︱
︱︱
﹁まずはギルドで情報収集ね!﹂
冒険者ギルドであった。
720
第104話 思い立ったが吉日
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・受付カウンター
﹁っていう訳で、A級以上のモンスターが沢山いるダンジョンを探
しているのよ﹂
﹁そんな危険な場所、この辺りにはないですよ。今は緊急の討伐も
ありませんし﹂
意気揚々とギルドに乗り込んだセラは、第一村人アンジェを発見。
早速、目的の食材を入手する為のダンジョンを相談するのであった。
ちなみに今のアンジェは仕事モードである。
﹁B級ダンジョンの暗紫の森だって、この前壊滅させてきたばかり
じゃないですか。あれ以上となると国外にしかないですよ⋮⋮﹂
﹁ええ、そうなの!?﹂
あからさまに残念がるセラ。対してジェラールとリオンは﹁まあ、
そうだよね﹂と納得している。パーズ領域内にA級モンスターが出
現するような事があれば、すぐさまケルヴィンに特別依頼が届くか
らだ。現状、そんな情報は屋敷に届いていない。わざわざギルドに
赴いて探したとしても、それは取り越し苦労に過ぎないのだ。
﹁となると、行き先は国外かしら。紋章の森くらいの距離なら休憩
なしで急げば半日、往復で丸一日。探索時間を含めると時間が⋮⋮﹂
そんなことはお構いなしにセラは次の作戦を立て始める。食料調
達を諦める選択肢はどうやらないようだ。
721
﹁それにしても、今日はギルドが慌しいね﹂
ブツブツと思考を巡らせるセラを一先ず放置し、リオンが辺りを
見回す。冒険者達が集まり、いつもそれなりに騒がしい冒険者ギル
ドであるが、今日は一層それが顕著であった。カウンター奥の部屋
には気付け薬をデスク横に置いて書類と戦うギルド職員の姿、アイ
テムの納品に訪れる大量の冒険者達、対応するギルドの受付嬢も平
時より多い。どことなくアンジェも少し疲れているように見える。
﹁もうすぐケルヴィンさんのS級昇格の日ですからね。その為の準
備を総動員で当たっているんです。当日は街中がお祭り騒ぎ、新た
なS級冒険者を一目見ようと各国の王族貴族や有名冒険者の方々も
いらっしゃいますからね。リオギルド長も彼方此方で大忙しですよ。
パーズ所属の冒険者にも依頼という形でギルドから仕事が発行され
ています﹂
﹁そうなんだ? 僕たちは何も聞いてなかったけど﹂
﹁ケルヴィンさん達は今回の主役ですからね。開催準備の依頼なん
て回せませんよ。それにこの依頼の達成数次第では、模擬試合の優
先席取得権利も得られますからね。滅多に見れないS級同士のバト
ルを間近で見ようと皆必死なんですよ。あ、リオンさん達には特別
席が設けられますので安心してくださいね﹂
﹁わぁ、ありがとう! もうケルにいと戦う相手のS級冒険者も来
てるのかな?﹂
アンジェが手元の資料をパラパラとめくる。
﹁ええと、明日中には到着する予定ですね。名前は︱︱︱﹂
︱︱︱バン!
722
アンジェの言葉を遮ったのは、壊れるほどの勢いで開かれた扉の
音。次いで冒険者のパーティらしき者達がバタバタと慌しく入って
来た。皆、余程急いでここに来たのだろう。ある者はその場で倒れ
込み、またある者はゼエゼエと肩で息をしていた。
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ た、大変だ!﹂
リーダーと思われる男が大声で叫ぶ。ミスリル製の装備から察す
るにC級の冒険者だろうか。
﹁おいおい、そんなに息を切らしてどうしたんだ?﹂
﹁ダ、ダンジョンだ! モンスターがあけた大穴から、新ダンジョ
ンを発見した!﹂
﹁な、何だと!?﹂
思いもせぬ報告にギルド内はざわめく。新たなダンジョンの発見、
それはつまりまだ誰も探索しておらず、手付かずであることを示す。
新ダンジョンは踏破情報がなく危険であることを引き換えに、ダン
ジョンに眠る希少なアイテムや財宝を手に入れ一攫千金を狙える可
能性があるのだ。冒険者達はもちろんの事浮足立つ。
﹁こいつは一大事だ! おい、新ダンジョンはどこで発見したんだ
!?﹂
﹁や、止めておけ。あそこは俺達でどうにかできる場所じゃない⋮
⋮﹂
﹁おいおい、手柄を独り占めする気か?﹂
﹁違う、まずは話を︱︱︱﹂
男は周囲の冒険者達に質問責めにされ始めた。誰もが一番乗りに
723
攻略してやろうと躍起になっている。
﹁皆さん、落ち着いてください! まずはヒースさんの話を聞きま
しょう!﹂
何時の間にか移動したアンジェは声を張り上げ、男と冒険者達の
間に入り仲裁する。ダンジョンを発見したヒースという男は何とか
冒険者達の質問責めから解放された。
﹁アンジェちゃんすまない、助かったよ﹂
﹁いえ。それに皆さん、今新ダンジョンの探索に行ったら、明後日
の模擬試合に間に合いませんよ?﹂
﹁た、確かにそうだな。悪い、考えなしだった﹂
落ち着きを取り戻した周囲の様子にアンジェは安堵する。しかし
ギルド職員としての仕事はここからだ。できる限りの新ダンジョン
に関する情報を聞き出し、危険性を審査しなければならない。唯で
さえ忙しさに明け暮れる毎日だ。更に厄介な仕事が加わった事に頭
を抱えたいが、こればかりは放置する訳にもいかない。回りまわっ
て2日後の昇格式の開催に影響する可能性もある。こんな日に限っ
てリオは式の手回しの為の外出中、となれば今いる職員で対応しな
ければならない。
﹁ヒースさん、新ダンジョンについてお伺いしても?﹂
﹁場所は東のC級ダンジョン﹃クレイワームの通り道﹄だ。何時も
の様に探索していた時に、巨大土竜が穴を掘っているのを見つけた
んだ。穴を伝って巨大土竜を倒したまでは良かったんだが、倒すそ
の寸前に掘った穴が広い空間に繋がった。一瞬しか見なかったが、
そこには古めかしい建物と見たこともモンスターがいた! 仲間の
モイは鑑定眼持ちなんだが、その時にモンスターのステータスを見
724
て気を失いやがった。俺の危険察知スキルも警報を鳴らしっぱなし、
気付かれないうちに退散してきたんだ﹂
﹁め、面目ねえ⋮⋮﹂
﹁ったく、俺が背負って逃げなきゃ今頃あの世逝きだぜ? モイも
パーズに戻る途中で目を覚ましたから、俺もあのモンスターのステ
ータスは聞いてる。間違いなくA級クラスのモンスターだ﹂
﹁﹁﹁A級⋮⋮!﹂﹂﹂
パーズ領域内の最高レベルのダンジョンはこれまでB級が精々だ
った。ギルド職員、冒険者達に緊張が走る。
﹁ダンジョンの中に別のダンジョン⋮⋮ 早く告知しないと危険で
すね。それに、まだ﹃クレイワームの通り道﹄に他の冒険者がいる
かもしれません﹂
﹁だが、A級が相手となると俺たちじゃ太刀打ちできないぞ? 穴
を埋めるのも危険だ﹂
﹁そうですね⋮⋮ やむを得ません、ケルヴィンさんに依頼しまし
ょう﹂
アンジェの提案に、他のギルド職員達はそれが妥当だと了承する。
冒険者達も異存はない様子だ。
﹁ふーん。それで、その新ダンジョンってのは東のどこなのよ?﹂
﹁おい、アンジェちゃんの話を聞いてなかったのか? これはパー
ズ最強の冒険者であるケルヴィンさんにしか務まらな︱︱︱﹂
ヒースが呆れながら声の方向に振り向こうとするが、動作の途中
で停止してしまう。上機嫌のセラが腕を組み、﹁さ、早く言いなさ
い﹂とばかりに返答を待っていたのだ。その背後にはジェラールと
リオンの姿もあった。
725
﹁セ、セラさん!? それにジェラールの旦那にリオンちゃんまで
!﹂
﹁ケルヴィンなら屋敷にいるけど、今所用で忙しいのよ。代わりに
ケルヴィンと同じパーティである私達が行ってあげるわ! 依頼を
こなさなくても特別席があることだしね! さあ、思う存分情報を
渡しなさい!﹂
傍若無人である。ヒースは困惑しながらも、アンジェに向かって
﹁いいのか?﹂と視線を送る。
﹁ふう、セラさん達でしたら実力的に問題ありません。ギルド長は
不在ですが、我々職員一同から特別依頼を発行致します。お願いで
きますか?﹂
﹁任せなさい、今日中に攻略して来るわ!﹂
﹁あ、あはは、心強いです⋮⋮﹂
︵セラねえ、特別席があることもしっかり聞いてたんだね⋮⋮︶
ヒースがセラに説明をしているうちに一同は解散していく。先程
の切迫した雰囲気が嘘のように消失し、ギルド内には当初の賑わい
が戻っていた。なぜなら皆思っているのだ。
セラさん達ならやってしまうだろうな、と。
﹁俺等から伝えられる情報はこんなもんですが、大丈夫ですか?﹂
﹁場所さえ分かれば問題ないわ﹂
セラは手書きの地図を受け取り、時間を確認する。
726
﹁狙うはボスモンスターよ。明日には他のS級冒険者が来てしまう
から、大急ぎで食料確保しないとね! 今夜の夕食には間に合わせ
て、ケルヴィンを驚かせるわよ!﹂
﹁セラよ、冒険者がいたら救助することも一応忘れてはいかんぞ⋮
⋮﹂
﹃ジェラじい、何かセラねえに都合良く物事が進んでる気がするけ
ど⋮⋮﹄
﹃セラの幸運値は既に勇者を超えておるからな。ある意味必然かも
しれん﹄
﹁さ、皆行くわよ!﹂
今にも突撃しそうなセラをリオンが呼び止める。
﹁セラねえ、格好が私服のままだよ! いったん屋敷で着替えない
と!﹂
727
第104話 思い立ったが吉日︵後書き︶
総合評価50000ptを達成致しました。
第52話時点で500ptだったのが、今ではこんなことに⋮⋮
初心を忘れず、これからも頑張りたいと思います。
ヨッシャァァァ!
728
第105話 S級との遭遇
︱︱︱ケルヴィン邸
一度屋敷に戻り着替えを済ませるセラとリオン。ケルヴィンが未
だ地下修練場にいるのは意思疎通にて確認済み。武器も忘れずにク
ロトの保管に入れ、とやかく言われる前に大急ぎで屋敷を出ていく。
ただ、エフィルには一言伝えておく。今は屋敷の外で洗濯物を干
しているようだ。
﹁エフィル、今日の夕食は気合を入れてね!﹂
﹁⋮⋮? はい、承知しました﹂
首を傾げながら疑問を浮かべるエフィル。そんなことはお構いな
しに、セラは彼方へと猛スピードで去ってしまった。
﹁何かあったのでしょうか?﹂
やがてエフィルは気合を入れた献立を考えながら作業を再開する
のであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱クレイワームの通り道
729
ジェラールと街中で合流し、目的地であるダンジョン﹃クレイワ
ームの通り道﹄へと向かうセラ一行。パーズより少々離れてはいる
が、セラ達の足でなら十分程度で到着することができた。
﹁到着ね! まあまあのタイムかしら﹂
見たところ、ダンジョンの入り口は高さ3mはありそうな巨大な
洞穴だ。このサイズのモンスターが掘り進んだ跡なのだろうか。太
陽の光は届かないが、以前訪れた冒険者が置いたものなのか、所々
に松明が設置されていた。不思議と炎が消える様子はない。
﹁あの松明、微少だけど魔力を感じるわね﹂
ラムベント
﹁マジックアイテムなのかもね。冒険者が通る度に魔力を補給して
たのかも。これなら僕の火照の出番はないかな﹂
﹁ふむ。この周辺は今のところ異常なさそうじゃな﹂
セラも察知スキルで確認するが、洞穴周辺に怪しい所は見当たら
ない。だが、ダンジョンの中には確かに強い気配を感じる。
﹁んん? これ、A級どころの強さじゃないわね。ひょっとしたら
S級モンスターかも⋮⋮!﹂
﹁やった! 当たりだね、セラねえ!﹂
﹁俄然やる気が出てきたわ。気を引き締めて行くわよ!﹂
ジェラールを先頭に、セラ、アレックス、そしてリオンを殿に隊
列を組む。ジェラールは警戒しながら前進し、セラがモンスターの
奇襲やトラップを見抜く作戦だ。洞穴は入り口から真横に伸びてい
たが、ある地点で斜め下に潜るように降っていった。そこからは分
かれ道がいくつも存在するようになり、さながら迷路のようだ。
730
﹁⋮⋮こっちね!﹂
セラは気配を頼りに道を選択する。今のところは全て正解を引い
ているようで、気配は順調に近づいている。しかし、気掛かりなの
は気配の対象が全く動こうとしない点だ。まるで何かを待ち構えて
いるようにも思える。
﹁ジェラール、5歩先の地面からモンスターが出てくるわ﹂
﹁相、分かった﹂
セラの予測通り、指定された場所にジェラールが近づくと地中か
らクレイワームが襲い掛かってきた。ジェラールは息を吸うように、
現れた瞬間にモンスターを真っ二つに両断する。
︵ま、変に勘繰っても仕様がないか。行けば分かるでしょ︶
頭上から迫り来るクレイワームを見向きもせずに裏拳を叩き込み
ながら、セラは楽観的に考えていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱クレイワームの通り道・新ダンジョン入口
﹁ちょっと予想外ね﹂
セラ達の先に見えるのは一直線に伸びる洞穴の通路。その半ばに
731
はヒースが言っていた巨大土竜が掘ったと思われる大穴がある。そ
して、その大穴の前に立ち塞がる巨大な影が、松明の炎の光を受け
揺らめいていた。
セラは死角の壁に背を当てながら、影の気配に集中する。
﹁⋮⋮あれ、下手したら私よりも強いかも! ホントにラッキーね
!﹂
﹁ほう⋮⋮ 王がいたら喜んでいたじゃろうな﹂
﹁もう、セラねえにジェラじいったら、笑い事じゃないよ。まあケ
ルにいなら喜ぶだろうけど﹂
と言葉では言いつつも、リオンも胸が高鳴るという意味合いでど
こか嬉しげだ。彼女が尊敬する兄、ケルヴィンの戦闘狂気質がうつ
ったのかもしれない。
ちょうどその時、影に動きが現れる。頭にあたる部分がぐるりと
こちらに向いたのだ。
﹁気付かれた!﹂
﹁道幅が狭い、ワシが前に出る! 援護は頼んだぞ!﹂
ドレッドノート
ジェラールが戦艦黒盾を構え、後方を護る様に前に出る。
﹁待ってジェラじい! あれ、人じゃない!?﹂
﹁なぬ!?﹂
リオンが指差す影を目を凝らして見てみると、確かに影は人型だ
・・
った。前に出たジェラールが更によくよく見てみると、はちきれん
ばかりの筋肉の上に全身ピンク色の女物衣類を着用した大男が見え
732
た。背丈はジェラールほどもあり、髪は金髪の縦ロールでやたらと
キューティクル。色々な意味でジェラールは目を疑う。
﹁人、ではあるが⋮⋮﹂
﹁女装、なのかな⋮⋮﹂
一種の化物である。
その化物が、突如クラウチングスタートの体勢を取る。
﹁あなた達ー⋮⋮﹂
女口調の野太い声が静かに染み渡る。
﹁ここはぁ⋮⋮ 危ないわよー!﹂
そのまま綺麗なスタートを切った筋肉の塊が全力ダッシュでこち
らに向かってきたのだ。大男が地面を蹴る度に深く地が抉られ、軽
く土砂を落としながらダンジョンが揺れる。あまりの迫力、あまり
の変態性にジェラールも内心冷や汗が止まらない。
︵危ないのはお前の格好じゃ!︶
反射的に迎撃の体勢を取るジェラールであったが、筋肉はもうす
ぐそこまで迫っていた。
﹃おそらく人間だが、どうする!? 斬るか!?﹄
﹃どっちにしろ襲ってくるなら正当防衛よ! 援護するわ!﹄
﹃アレックス、影に潜って!﹄
733
意思疎通による高速念話で対抗策を決定。一寸のズレもなくセラ
達は行動を開始する。セラとリオンが魔法を詠唱、アレックスがジ
ェラールの影に潜り、次の手に備えた。
ドレッドノート
対して大男は最高速のまま体勢を地面に付くほど低くし、ジェラ
ールの構える戦艦黒盾に衝突する数歩手前で回転する。
︵見たところ素手、格闘術の使い手か! 面白い!︶
回転を利用した蹴りの類がくると予測し、ジェラールは心眼を発
動させる。どのような攻撃であろうと看破し、弾き返す。ジェラー
ルが狙うはシールドバッシュだ。
だが、引き伸ばされた思考の中でジェラールが見たものは、攻撃
などではなかった。
︱︱︱スガガガガッ!
大男の筋骨隆隆とした脚部によって土煙を上げながら地表に軌跡
が描かれる。膝元まで埋まった状態となる大男の足。攻撃が繰り出
されることもなく、大男はジェラールの前で完全に停止していた。
︵自分の足をブレーキ代わりにして、直前で止まった⋮⋮?︶
リオンが眼前で起こった現象を整理している間に、ゆっくりと大
男は立ち上がる。足は埋まったままだ。アレックスは影の中から様
子を窺い、いつでも飛び出せるように待機する。
一同が凝視する中、男の分厚い唇が開く。
734
﹁んもうっ! あなた達、ここは危ないって言ってるでしょう!?
何ぼさっとしてるのよんっ!﹂
体をくねくねとさせながら、男は軽快に話し掛けてきた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
結論から言えば、この男はモンスターではなかった。一応は歴と
した人間らしい。
﹁驚かせてしまって御免なさいね。てっきり、ダンジョンに迷い込
んだ冒険者かと思っちゃったのよ。A級冒険者に失礼なことしちゃ
ったわん﹂
﹁ううん、勝手に勘違いしたのは僕たちだし。ええと⋮⋮﹂
とうき
﹁あら、自己紹介がまだだったわね。私の名前はゴルディアーナ・
プリティアーナ。S級冒険者﹃桃鬼﹄のゴルディアーナとは私のこ
とよん。気軽にプリティアちゃんって呼んでね!﹂
自己紹介をしながらゴルディアーナが雑誌によく載るアイドルの
ようなポーズを決める。
︵こ、濃いキャラじゃのう⋮⋮︶
︵オカマの人って初めて見たなー。しかもS級冒険者、ケルにいの
対戦相手の人かな?︶
現代知識を持つリオンは割かし冷静だが、こういったものに耐性
のないジェラールは若干気後れしていた。
735
﹁ファミリーネームがあるってことは、プリティアちゃんは貴族な
の?﹂
﹁あら、知らないの? S級冒険者に昇格すればファミリーネーム
を名乗ることが許されるの。私は平民の出よ﹂
﹁ふーん、それでゴルディアーナはここで何をしていたのよ?﹂
セラは全く気にしていないようだ。
﹁ほら、もうすぐパーズで新たなS級冒険者が誕生するって話じゃ
ない? その冒険者、ケルヴィンちゃんっていう若い男性らしいの
よ! 素敵な男子のチェックを欠かさない私としては、見逃せない
イベントよね!﹂
キャッ、と片足を上げるゴルディアーナ。ジェラールはもう色々
ときついらしく、青ざめている。
﹁それでパーズに向かう途中だったんだけど、私の﹃第六感﹄がこ
のダンジョンに漂う異変を感じちゃってね。試しに来てみれば、あ
の穴の向こうからA級モンスターがじゃんじゃん出てくるじゃない
! ダンジョンにいる可愛らしい雛鳥達を潰させるのは許せないし、
ギルドの動きがあるまで私がここで見張ってた訳よん﹂
﹁良い奴じゃない、ゴルディアーナ! でもケルヴィンには手を出
しちゃ駄目よ!﹂
﹁あらん? もしかしてあなた達、ケルヴィンちゃんのお知り合い
?﹂
﹁ああ、僕たちの自己紹介がまだだったね﹂
アレックスを影から顔を出させ、順々に済ませていく。
736
﹁まあ、リオンちゃんのお兄さんがケルヴィンちゃんなの!? う
ふふ、これは予想以上に期待できそうね!﹂
﹁あはははは⋮⋮︵血は繋がってないんだけどね︶﹂
リオンの顔をしげしげと眺めながら、ゴルディアーナはケルヴィ
ンの妄想を膨らませる。彼の頭の中では可愛い系の美形男子と格付
けされたようだ。
﹁だから、ケルヴィンに手を出しちゃ駄目って言ってるでしょ!﹂
﹁セラちゃんも私が嫉妬しちゃうくらい、えらい美人さんね⋮⋮ ひょっとして、ケルヴィンちゃんの恋人かしら?﹂
﹁ち、違うわよ! でも、駄目!﹂
﹁⋮⋮なるほどね∼。うん、分かったわ。私も応援するわね、セラ
ちゃん。頑張りなさいよ﹂
ゴルディアーナはセラの肩を軽く叩く。セラは動揺していたせい
か、肩を叩かれるまでゴルディアーナの動きを認識できなかった。
﹁その代わり、私はこちらのダンディーなおじ様を頂こうかしらん﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁うふっ﹂
ジェラールの肩には、ゴルディアーナの逞しい腕が組まれていた。
737
第106話 新ダンジョン
︱︱︱クレイワームの通り道・新ダンジョン入口
セラ達とゴルディアーナの話合いの結果、新ダンジョンへと足を
運ぶこととなった。A級モンスターが出現する未知のダンジョンで
はあるが、ゴルディアーナが戦力に加わったことで探索は十分に可
能だと判断したのだ。ゴルディアーナがひとりの際は抜け穴の死守
だけで手一杯の状態だったが、この人数であれば問題ない。誰かし
らが見張り役として残るか、間に合わせの対応として魔法で壁でも
作って、一時的に覆い隠しでもすればいい話なのだから。
ラムベント
一同はひとまず穴を下っていき、新ダンジョンがある広間を目指
す。ここからは松明が設置されていない為、リオンが火照で光源を
作り穴を照らす。
﹁それにしても残念ねぇ。おじ様がケルヴィンちゃんの配下モンス
ターである鎧だったなんて⋮⋮ 流石の私も中身がなければお顔も
拝見できないし、手の出しようがないわん﹂
﹁そ、そうか。残念じゃったな﹂
鎧の中身が空洞と言っても、ジェラールがその気になれば肉体の
実体化は可能だ。あえてジェラールはその事については言及しない。
してはならないと本能的に悟っている。
﹃セラ、リオン、アレックス、絶対に喋ってはならんぞ!﹄
﹃分かってるわよ﹄
738
念話にて仲間にも根回し済みなのだ。ジェラールも必死である。
﹁そう言えば、ケルにいの模擬試合の対戦相手ってプリティアちゃ
んなの? 確かS級冒険者と戦うんだよね?﹂
リオンが気を利かせて別の話題を振ってくれた。ジェラール、ち
ょっとほんわか。
﹁私としては是非そうしたいんだけど、相手は別の子。1年前に昇
格した﹃氷姫﹄のシルヴィアちゃんね。昇格したばかりの子が相手
するのが決まりなのよ。そういえばあの子、自分の時は昇格式も模
擬戦もすっぽかしちゃったのよねぇ。戦いぶりを見るのは私も初め
てかも﹂
﹁サボっても昇格はするんだ?﹂
﹁ええ、自由であるのが冒険者の基本スタンスですからね。式典も
別に強制ではないわん﹂
ジェラールの背後を歩くセラがゴルディアーナに顔を向ける。
とうき
﹁さっきから気になっていんだけど、その﹃桃鬼﹄とか﹃氷姫﹄っ
てのは何なの?﹂
﹁二つ名の事かしら? S級に昇格すると、ギルドから尊敬と畏怖
の念を込めて通り名が付けられるの﹂
﹁⋮⋮別にいらなくない?﹂
﹁﹁そんなことはないよ︵わん︶!﹂﹂
リオンとゴルディアーナが綺麗にハモる。
﹁甘いよセラねえ! 二つ名は絶対なきゃ駄目なんだよ!﹂
﹁リオンちゃんの言う通りよ。S級冒険者ってのは世界最高峰の実
739
力を持つ者達の代名詞。それを明確に広く伝達する為にも、二つ名
はとっても有効なのよん。私が言うのもなんだけど、西大陸の下手
な小国相手じゃひとりで打ち滅ぼせるほどの強さを抱えているもの。
ケルヴィンちゃん本人が自分の力に気付いているかは分からないけ
どねぇ。だから、どんな国もS級冒険者や冒険者ギルドに対しては
手を出してこないわ。だって敵に回しても割に合わないもの。あっ
ても精々勧誘くらいよ﹂
﹁うんうん。二つ名があれば、﹁あ、こいつはやばいぞ﹂感が出や
すいしね! 僕も欲しい!﹂
﹁そ、そうなのね⋮⋮ 理解したわ﹂
ゴルディアーナは各国への警告の面から説いているが、リオンは
単純に﹁格好良いから﹂という意味合いで言っている。14歳のリ
オンにとって二つ名は大好物のようだ。
﹁まだ若いのに話が分かるわね、リオンちゃん! 大丈夫、ケルヴ
ィンちゃんが無事にS級になれば、実力さえあればそのパーティの
仲間にも二つ名が付けられる可能性があるの!﹂
﹁本当に!? 僕、頑張るよ!﹂
﹁何か困ったことがあったら私を頼りなさい、応援してるわ!﹂
ガシッ! と握手を交わす凸凹コンビ。背丈が噛み合わない為に
ゴルディアーナがかかんでリオンに向かい合う。先程のセラの件と
いい、ゴルディアーナはかなり世話焼きな印象だ。
﹁皆、お喋りはその辺でな。そろそろ広場が見えてくるぞ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
740
︱︱︱新ダンジョン・広間
穴を抜けた先にあったのは、小さな街がすっぽり嵌りそうなほど
の広間であった。先頭に立つジェラールは広間をチラリと確認する。
︵ふーむ、灯りはあるのう︶
穴から隠れながら見ただけでも数体の人形型モンスターが視界に
入った。配下ネットワークのマップ上にマーカーを取り付け、全員
に情報を共有。ゴルディアーナだけはそうもいかないので、ジェラ
ールが口頭で大雑把に伝える。
﹁準備は良いか?﹂
﹁ええ、私は大丈夫よん﹂
﹁まずは広間の制圧ね。各々状況を確認後、散開してモンスターを
各個撃破。その後にまたここに集合しましょう﹂
﹁了解だよ!﹂
﹁ウォン!﹂
各々が広場に散開する。セラは広場のど真ん中を突っ切っていた。
地面は平らに舗装されており、石造りのタイルが埋め込まれてい
る。天井も非常に高く、ここが地下であることを忘れてしまいそう
だ。これらの情報だけでもここが人工的に作られたものだとは推測
できる。だが、最も先に目に付いたのはその先にあるものだった。
︵朽ちた建物がいくつかと、最奥にあるのは⋮⋮ 祭壇?︶
741
崩壊した建設物も中を調べれば宝箱のひとつもありそうだが、何
よりもセラが気になったのは遠方にある祭壇だった。この広場にお
いて祭壇だけがその形状を崩すことなく保っていたのだ。不思議な
ことに神聖な魔力を放っている。
︵でもまだ遠いわね。まずは予定通り、モンスターを一掃しましょ
うか!︶
疾走するセラに気付き、鋼鉄製の自動人形3体がセラの行く手を
阻む。人形達の両腕からは内臓された刀剣が露出され、不規則なス
テップを踏みながら近づいてきた。
アーマーケロウド
振り払われた刀剣を当然のように避け、セラは右拳に耐久を減少
させる黒魔法腐食する鎧を施し、人形の腹に拳を叩き込む。メキメ
キと人形の腹が半壊し潰れるが、まだ倒れない。それどころか反撃
しようと両腕を振り上げようとしていた。だが、セラが間髪入れず
に視認不可能となっている尻尾を薙ぎ払ったことで、人形はバラバ
ラとなって吹き飛ぶ。
︵この人形、ケルヴィン食べれるかしら? まあ、エフィルなら何
とかしてくれるわよね。一応回収しましょ︶
残りの2体もさして苦戦することもなく数秒後には片付けが完了。
セラは人形の各部位をクロトに収納していく。
ドキドキスマッシュ
﹁怒鬼烈拳ぅ!﹂
響き渡ったのはゴルディアーナの男気溢れる声だった。赤きオー
ラを拳に纏わせ、周囲の人形達に強烈な一撃を放っていく。この一
撃で赤き拳は人形を貫通し、ゴルディアーナの二の腕サイズの穴を
742
あけたのであった。こちらの部位は最早使えそうにない。
﹁変わった技を使うのね、ゴルディアーナ! 凄い威力じゃない!﹂
﹁西大陸のとある武術を私なりにアレンジしたのよん。セラちゃん
も魔法を拳にのせるなんて、面白い戦い方をするのね! 感心しち
ゃうわん。最後の一撃はよく分からなかったけどぉ?﹂
﹁それは秘密よ﹂
﹁うふ、謎の多い女って素敵よん﹂
セラが意思疎通で情報を見る限りでは、ジェラール達もスムーズ
に事を進めている。セラの察知スキルで確認できた広場にいるモン
スターの数は50体程度。この調子であれば移動時間を含めて10
分以内には終えることができそうだ。
﹃セラねえ、﹃黒衣の勇者﹄ってのはどうかな? 在り来たりかな
ぁ?﹄
﹃⋮⋮今は戦闘に集中しなさいな。アレックス、大丈夫だとは思う
けどリオンの事を頼んだわよ﹄
﹃ワフゥ!﹄
アレックスの﹁任せときな!﹂という感情が伝わってきた。
﹁もう、やっぱりリオンはまだまだ子供ね﹂
セラはほんのちょっぴりだけ嬉しそうに呟くのであった。
743
第107話 神狼
︱︱︱新ダンジョン・広間
﹁ふっ!﹂
セラの強打により人形の頭が潰される。この人形が広間にいる最
後のモンスター、自動人形との戦闘は開始7分で幕を下ろす結果と
なった。
﹁外見は同じなのに、剣を出したり火を吹いたり、小さな玉みたい
なのを沢山飛ばしてきたり⋮⋮ 個体によって攻撃手段が違ってい
たわね。変なの! ま、食材のバリエーションが増えたからいいわ
!﹂
セラはまだケルヴィンにこれらを食わす気だった。戦闘から戻っ
てきたジェラールが難しい顔をする。
﹁セラよ、クロトならまだしも、流石にこの人形は食材にはならん﹂
﹁エフィルなら何とかしてくれるわよ。きっと!﹂
﹁無理じゃって﹂
﹁ええー⋮⋮﹂
せっかく手に入れたA級モンスターの素材が調理に使えないこと
を知り、セラはガックリと肩を落とす。
﹁信頼するのはいいが、エフィルにも限度があろうて⋮⋮ それよ
りも、お主と王が作っているゴーレムの改造に充てた方が良いので
744
はないか?﹂
﹁⋮⋮それもいいわね!﹂
が、直ぐに立ち直った。
﹁あら、セラちゃんゴーレムも作れるの?﹂
ゴルディアーナも無事に戻ってきたようだ。
﹁私のじゃないわ。ケルヴィンの趣味がゴーレムいじりなのよ﹂
﹁ふうん。つまり、ケルヴィンちゃんは緑魔法を使うのね。模擬試
合が楽しみねぇ﹂
﹁ふふん、ケルヴィンは強いからきっと圧勝しちゃうわ!﹂
セラは誇らしそうにケルヴィンについての話を続ける。
︵これって惚気話なのかしらん? でも、自覚があるかが微妙なの
よねぇ、セラちゃん︶
﹁みんなー、遅いよー﹂
﹁ウォン!﹂
集合場所に指定していたダンジョンの入り口前には既にリオンと
アレックスが待っていた。
﹁おお、リオン達は早かったのう﹂
﹁セラねえ達がゆっくり世間話しているからだよー⋮⋮ それでさ、
広場のモンスターは片付けたけど、もっと奥に行ってみる?﹂
﹁奥に祭壇があったわね。次はそこを目指しましょ﹂
﹁となると、この抜け穴をどうするかじゃな﹂
745
﹁誰か残って見張る?﹂
﹁私は嫌よ。壁でも作って隠しておけばいいんじゃない?﹂
﹁ケルにいがいれば簡単だろうけど、僕やセラねえの魔法じゃちょ
っと合わないかなー﹂
﹁あら、それなら私に任せなさいな。ちょっと離れてくれるかしら
ん?﹂
意外にも手を上げたのはゴルディアーナだった。近くにある半壊
した建物まで歩いていき、ゴルディアーナはそれを抱えるように腕
を広げ、そして︱︱︱
﹁ふぅぅーーーん!﹂
気合と共に建設物を押し出した。地響きを立てながら、巨大な壁
が移動していく。元々ボロボロだった為に動く度にブロックが崩れ
ていくが、ゴルディアーナは頭にそれが当たろうと歯牙にもかけな
い様子だ。
︵ええー⋮⋮︶
︵その手があったわね!︶
見守る各々の感想も実に多種多様、そうこうしているうちに押し
付けた巨大な壁によって穴は塞がれた。
﹁これで時間稼ぎにはなるでしょう。さ、奥の祭壇を目指しましょ
!﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
746
︱︱︱新ダンジョン・祭壇
朽ちた建設物が疎らに乱立する広間を通り過ぎ、ダンジョンの最
奥へと歩を進める。ある場所からはぱったりと建物はなくなり、代
わりに装飾が施された柱が中央の道沿いに規則正しく立ち並ぶよう
になった。
﹁見るからに怪しいわね。あの祭壇﹂
﹁この道も広間にあったものより豪華な作りだね。何かを祀ってい
るのかな?﹂
﹁そうねぇ、用心して進みましょうか﹂
見かけよりも長い道のりを歩き、漸く一同は祭壇が置かれる場所
へと辿り着く。確かにセラが遠方から発見したものだが、思ってい
たよりもサイズが大きい。ケルヴィンの屋敷と同じ高さぐらいだろ
うか。祭壇は塔のように天井へと伸び、腐食することなく真っ白で
あった。これまでの建設物とは対称的である。
﹁でかいのう⋮⋮ 一体何の為にこのようなものを地下に?﹂
リオンが白き祭壇に触れる。石のような手触りでヒンヤリと冷た
い。
﹁うーん、特に異常はなさそうだね﹂
﹁ええっ、ここまで来て取り越し苦労!? ボスモンスターは!?﹂
﹁セラちゃん、落ち着きなさいな。冒険なんて予想通りにはいかな
いものよ。A級モンスターも粗方討伐したことだし、今回はそれで
いいじゃないの。ほら、建物の中に宝箱があるかもしれないし﹂
747
﹁でも、食材は全然見つけてないわ⋮⋮﹂
セラが意気消沈しながら祭壇に背をもたれる。
﹁セラねえ、元気出し︱︱︱ あれっ?﹂
リオンがセラを元気付けようとしたその時、異変を感じる。セラ
も何かを察知したのか、ハッと顔を上げた。
﹁セラねえ、祭壇から離れて!﹂
﹁分かってるわ!﹂
すぐさまセラ達は祭壇から距離を取り、何が起きたのか再確認す
る。
﹁祭壇が⋮⋮﹂
﹁光っておる!﹂
先程まで不動を保っていた祭壇が、眩く白い光を放っていた。や
がて、その光は広場一面を覆い出し、視界が白で塗り潰されていく。
﹃セラよ! 察知スキルを怠るな!﹄
﹃やってるわよ! 祭壇があった場所に生物反応! 注意して!﹄
﹃うわぁ、僕の危険察知も大変な事になってるよ!﹄
白の世界で聞こえてくるは獣の咆哮。聞き慣れたアレックスのも
のではない。獣の声でありながら感じるのは威風堂々たる神聖な波
動。声の呼応する様に、光がかき消されていく。
﹁あらぁ、これはまた⋮⋮﹂
748
ゴルディアーナの額から汗が流れる。
あれほど際立っていた祭壇が跡形もなくなっている。が、そこに
は祭壇と同等の高さはあろうモンスターが鎮座していた。そのモン
スターは純白で穢れが感じられない。姿形だけ見るならば白き狼が
当て嵌まるだろう。だが、言葉で言い表せられない何かをセラは嗅
ぎ取っていた。
ジンスクリミッジ
﹁魔人闘諍!﹂
静寂を保つ白狼に対し、自身の奥の手をセラは最速で為す。メル
ジンスクリミッジ
フィーナとの戦いで発動させた局部への付与ではなく、正真正銘完
全なる魔人闘諍。両腕、両足は勿論のこと、翼と尻尾をも黒き魔力
が侵食していく。セラの頭部をも魔力が飲み込んだその姿は、正に
ジェネレイトエッジ
悪魔であった。
アギト
レンガ
﹁︱︱︱! 霹靂の轟剣!﹂
﹁空顎・連牙!﹂
僅かに遅れ、リオンとジェラールも行動を開始する。魔剣カラド
ボルグに稲妻を轟き、魔剣ダーインスレイヴより斬撃の三連射が放
たれる。
﹁グル⋮⋮﹂
白狼が小さく唸る。それは敵を認識したサイン。臨戦態勢へと移
行した白狼は全身の毛を逆立て始めた。
アギト
空顎の飛来と共にリオンとゴルディアーナが左右に、セラが正面
749
上空へ散る。今のところ白狼の目線はジェラールにある。
アギト
︵いや⋮⋮ 此奴、空顎が見えておる!︶
白狼の前足が空を切るように振るわれる。それは一見素振りをし
アギト
ただけのような、ただそれだけの行為。だが、その行為は前方に強
力な衝撃波を生み出し、空顎の軌道を変えていた。
﹁何ぃ!?﹂
﹁ちょっ!﹂
アギト
アギト
空顎のひとつはジェラールに反され、残りふたつはゴルディアー
ナへと向かう。白狼は衝撃波で空顎を逸らすだけでなく、逆に攻撃
へと転じさせたのだ。
﹃でもそのお陰で、隙ができた!﹄
ライトニングエンハンス
ジェネレイトエッジ
A級赤魔法︻稲妻反応︼で敏捷と反応力を激化させたリオンは白
狼の懐へと攻入っていた。右手に霹靂の轟剣を施した魔剣カラドボ
ルグ、左手には刀哉の聖剣を模倣してケルヴィンが作り出した偽聖
剣ウィル。本物の聖剣の特性はないが、切味は相違ない出来栄え。
2本の魔剣聖剣による連撃を白狼の腹に叩き込む。が︱︱︱
﹁あれっ?﹂
魔剣カラドボルグの雷が、白狼に吸収され始めた。
750
第108話 死闘
︱︱︱新ダンジョン・祭壇跡
ジェネレイトエッジ
霹靂の轟剣を施したカラドボルグは肉を焦がし傷口の回復を阻害、
ギガントロード
更には如何なる防御力をも電撃によって貫通させダメージを与える。
その威力は巨人の王戦で実証済みだ。
リオンが魔剣カラドボルグで白狼の腹部を斬りつける。だがその
瞬間、リオンはカラドボルグの纏っていた雷が白狼に吸収される感
覚に陥った。
﹁あれっ?﹂
嫌な予感がし、リオンは瞬時に天歩で軌道を惑わせながら距離を
取る。器用なもので、離れ際に偽聖剣ウィルでもう一撃与えていた。
﹃カラドボルグの帯電が弱まってる⋮⋮ あの狼、クロトみたいに
魔力を吸い取る力が?﹄
迅雷の如く移動する最中、リオンは白狼の腹部を確認する。白狼
が巨体なことから浅く見えるが、しっかりと切傷はでき、赤い筋か
ら血が滴り出していた。
﹃剣による斬撃は効果あり! 魔法はちょっと怪しいよ! ︱︱︱
って!?﹄
ジェネレイトエッジ
どうやら、事態は霹靂の轟剣が吸収されただけでは終わらないよ
751
うだ。白狼の逆立つ毛にバリバリと雷光が伴い始めたのだ。
﹁グウォーーーン!﹂
白狼の遠吠え。その瞬間に白毛に留まっていた雷が放出される。
広範囲に放たれた電流は地を走り、けたたましい光と共に襲い掛か
ってくる。黒衣の端に掠りはしたが、間一髪でのところでリオンは
電撃から逃れることに成功した。
﹃危なっ! あそこにいたら黒焦げだったよ!﹄
﹃リオン、無事ね!?﹄
﹃僕は大丈夫。でもこれじゃあ、あいつに近づけないよ⋮⋮﹄
白狼の全身には青白い電流が流れている。先程の放電の威力を見
るに、不用意に近づけば致命傷を負いかねない。
ジンスクリミッジ
﹃リオン、一先ず雷系の魔法は控えなさい! 私があの特性を確か
める!﹄
アロンダイト
セラの装備する黒金の魔人は形成した魔人闘諍に合わせて姿形を
変え、一体化することでその特性を強化することができる。ビクト
ールが扱っていた魔法や技ほどそのアシストする力は強まっていく
のだ。現に、強靭なカギ爪まで装着されたセラの両腕に適応するよ
うに変形している。
ジンスクリミッジ
︵あの白狼は私よりも強いかもしれない。でも、魔人闘諍を全身に
纏った今なら!︶
ジンスクリミッジ
上空より、魔人闘諍を全身に纏ったセラが急速降下。白狼もセラ
が急接近していることを察知したようだ。
752
グルームランサー
﹁涅槍!﹂
禍々しい右腕から黒槍が高速で放たれる。雅がケルヴィンとの戦
いで使った黒魔法だが、破壊力・スピードと共にそれとは比べ物に
ならない代物だ。
グルームランサー
白狼は涅槍を見据えて姿勢をやや低く構え、次の瞬間にセラの視
覚から消えた。
︵消え︱︱︱︶
﹃セラねえ、後ろ!﹄
リオンの念話と同時に背後から危険を察知する。セラの背後には
牙を剝き出しにした白狼の口。その巨体からは考えられぬ敏捷力で
白狼はセラの背後へ回っていた。
︵天歩で背後を⋮⋮? やっば⋮⋮!︶
セラは翼を羽ばたかせ緊急回避を試みる。だがその行動を既に遅
く、最早白狼の牙はセラに触れようとしていた。
﹁調子に乗るんじゃ⋮⋮﹂
﹁ないわよぉー!﹂
ジェラールの魔剣ダーインスレイヴが白狼の脳天を捉え、ゴルデ
ィアーナの赤き拳が顎下から強烈なアッパーを炸裂させる。この伊
達男達のダブルアタックにより、セラを呑み込まんとしていた白狼
の口は強制的に閉ざされる。
753
﹁グア⋮⋮!?﹂
しかし、白狼が纏う雷によるダメージを免れることはできない。
触れた瞬間にジェラールの魔剣を、ゴルディアーナの拳を伝い電流
が流れる。
﹁キャッ!﹂
﹁ぐっ⋮⋮! だがっ、ダーインスレイヴ!﹂
魔剣ダーインスレイヴが電流を魔力に分解し、己の力として取り
込んでいく。魔剣が直に触れたのは僅かであったが、明らかに白狼
マ
を取巻く雷の渦は弱まっている。耐久力の高い逞しい二人だからこ
そできる芸当であろう。
﹁ハアァーー!﹂
ッディブーツ
セラが空中で急速転換、怯んだ白狼に対し追撃の打撃を放つ。泥
ジンスクリミッジ
沼の長靴が篭められた渾身の拳が顔面に直撃し、白の巨体が地面に
向かって猛スピードで墜ちて行く。魔人闘諍による強化も相まって、
地に落下した後も勢いのまま横滑りに土煙を上げて吹き飛んでいっ
た。
ジェラールとゴルディアーナも近場の足場に着地する。二人とも
ダメージを負ったようだが、そこまで心配な様子はない。
﹁ごめん、助かったわ!﹂
﹁奴の攻撃に乗じて様子を窺って正解じゃったわい。いつつ⋮⋮﹂
﹁私の﹃第六感﹄が働いて良かったわん。でもまだ油断しちゃ駄目
よぉ。手応え的にあれも大して効いてないと思うわ﹂
754
グルームランサー
﹁そうね。でも今のでヒントは得たわ。あいつ、私の涅槍を躱した
もの﹂
セラがリオンに念話を送る。
﹃リオン、あいつは雷系以外なら魔法も通るわ。火属性の魔法で援
護しなさい﹄
﹃僕、火の魔法はあんまり得意じゃないんだけどな⋮⋮ 了解だよ﹄
バリバリバリ!
白狼が吹き飛んでいった土煙の中から、再び青白い電気が走る。
﹃あはは、自家発電もできるみたいだね⋮⋮﹄
マッディブーツ
﹃予想の範囲内。あいつのスピードは私より数段上のようだけど、
泥沼の長靴で速度を下げておいたから幾分かマシの筈よ﹄
土煙が消え去る。白狼は額から血を流し、純白の体毛を赤く染め
ていた。苦虫を噛みつぶしたような、ひどく不機嫌な表情をしてい
る。
バリ⋮⋮
白狼の体毛に帯びた雷が分離されていく。やがてそれは小さな電
気の球となり、白狼の周囲に大量に浮遊していた。
﹁気をつけて、何かするきよぉ﹂
ブォン! 白狼が尻尾で無数の電気の球を払い、無作為に飛ばし
てきた。
755
フレイムランパート
﹁火炎城壁!﹂
4人のうち、最も近くにいたリオンが炎の壁を前方に出現させる。
燃え盛る炎に飛ばされた電気の球が接触、その瞬間に電気の球はそ
の場で停止し、肥大化して炎を呑み込んでいった。リオンはそこか
ら離脱し、セラ達がいる場所まで後退する。
﹃ふむ、何かに当たるとああなるのか⋮⋮﹄
﹃冷静に解説してないで避けるわよ!﹄
セラとリオンが魔法、ジェラールが斬撃を飛ばし、ゴルディアー
ナが周囲に落ちていた岩石を投げ飛ばすことで飛来する球の数を減
らしていく。当然、白狼が黙ってそれを見ている訳もなく︱︱︱
﹁来たわよぉー!﹂
ライトニングエンハンス
︱︱︱電光石火。白狼は飛来する雷球を避け、ジグザグに向かっ
てきた。リオンは稲妻反応のように何かを施しているのかもしれな
いな、と頭の片隅で考えたが、今はそれどころではない。
飛来する電気の球も厄介ではあるが、白狼の脅威は比べ物になら
ない。標的を白狼に変え、一同は雷球を避けながら各々の持つ遠距
離攻撃を放っていく。的はでかい。だが、それ以上に機敏な為に攻
撃が当たらない。
マッディブーツ
﹃泥沼の長靴を受けてるってのに!﹄
﹁ワシが受け止める!﹂
﹁おじ様だけに任せてはおけないわん﹂
756
迫り来る白狼の牙に対し、屈強な前衛二人が迎撃。ゴルディアー
ナががっしりと開いた口を抑え、ジェラールが大剣を突き刺すも勢
いは止まらない。それだけでなく、接触したことによる電流のダメ
ージもあるのだ。魔剣ダーインスレイヴが魔力を吸い取るも、それ
以上のペースで白狼が電流を生み出していく。固定されたこの状態
で雷球も迫っているのだ。このままでは拙い状況だった。
﹃セラねえ、ちょっと!﹄
リオンからの念話。セラはノータイムでその内容を理解する。
﹃︱︱︱! 分かったわ!﹄
セラが飛翔する。
ラムベント
﹁火照!﹂
ラムベント
リオンは上空へと飛んだセラの更に真上に、火照で光源を作り出
した。
︵⋮⋮? 何を?︶
意思疎通そ外にいたゴルディアーナは意図が読めずにいた。それ
は白狼も同様である。
飛翔するセラの影が、白狼の右目にかかった。
﹃今だっ!﹄
757
姿を影に潜ませていたアレックスが、白狼の右目に劇剣リーサル
を突き立てる。
758
第109話 血染
︱︱︱新ダンジョン・祭壇跡
﹁︱︱︱ッ!?﹂
白狼が声にならない叫びをあげる。アレックスの銜える劇剣リー
サルは白狼の右目に深く突き刺さり、白狼が悶える度に奥へ奥へと
沈んでいく。
だが、調子に乗って長居はできない。白狼は何時でも放電を行う
ことができるのだ。頃合いを見計らってアレックスはセラの影へと
潜っていった。
﹃よし、まずは味覚を奪ったよ!﹄
﹃むしろ視力を半分奪った功績の方が大きいわ! ナイスよ、アレ
ックス!﹄
﹃クゥーン﹄
皆でアレックスを褒め称える。白狼に対しての初めての深手、今
までアレックスの存在を隠してきた甲斐があると言うものだ。
﹁苦しんでいる暇はないわよぉ!﹂
﹁その通りじゃ!﹂
攻撃の手を緩めた白狼に対し、防御から一転してゴルディアーナ
とジェラールが追撃に向かう。何だかんだでこの二人は気が合うの
かもしれない。
759
くまさんのて
﹁熊手掌打えぇぇ!﹂
視界に映らないであろう右足側、独特の構えから繰り出されるゴ
ルディアーナの掌打が白狼の右前足に直撃する。右前足の支えをな
くした白狼はバランスを崩し、巨体が大きく傾く。
﹁︱︱︱ダーインスレイヴ、魔力解放っ!﹂
一方でジェラールは魔剣ダーインスレイヴがこれまで吸い込んだ
魔力を解放し、攻撃力を最大限まで爆発させる。黒き刀身は更に長
く肥大化し、巨漢であるジェラールの何倍もの長さまで伸びていた。
そうなれば必然的に剣の重量も大きくなる。とてもではないが人間
が持てる、ましてや振り回せる代物ではない。
﹁ふうぅーーーん!﹂
だが、ジェラールは雄叫びを上げながら猛々しく魔剣を振るう。
黒き巨剣は白狼の左前足を斬り裂き、腹部を通過する。宙へと浮い
た左前足は彼方へと舞い、白狼の悲鳴が響き渡った。
﹁グルゥアアァーーー!﹂
堪らず白狼が後退、しかしこれまでセラ達を翻弄していたスピー
ドは明白に落ちている。
﹃セラねえ!﹄
﹃リオン!﹄
セラとリオンが同時に互いを呼び合う。二人は理解していたのか
760
もしれない。現パーティで1・2の敏捷力を持つ二人が、片前足を
失った白狼の速度に追いついていたことに。
﹁グルルルルッ!﹂
後退する白狼がバチバチと電流を轟かせ、先頭を走るリオンに向
かって一直線に伸びた稲妻を放つ。おそらくは今までで最大威力の
電撃。掠りでもすれば死の危険性もある。
しかし、それでもリオンは迷わず白狼に向かって突き進んでいっ
た。
﹁ハアッ!﹂
稲妻とリオンの振るった魔剣カラドボルグが衝突した。
﹁︱︱︱ッ!?﹂
﹁電撃を吸収できるのは、お前だけじゃないっ!﹂
白狼が驚愕する。リオンはカラドボルグを武器としてでなく、雷
に対しての盾として使用したのだ。カラドボルグは白狼が放つ電撃
を全て吸収し、その刀身が分かれた狭間でうねる稲妻は更に強まっ
ていった。
リオンが電撃を受けている間にも、刻々と二人は白狼の間近へと
迫る。次の手を打つ為にも、白狼は電撃を一度止めた。
ライトニングエンハンス ダブル
︵電撃が止まった! ︱︱︱稲妻反応・重ね掛け!︶
ライトニングエンハンス
電撃が止んだ瞬間にリオンは稲妻反応を重ね掛けする。身体への
761
負担が大き過ぎる為に十秒後には全く動けなくなるリオンのワイル
ドカード。リオンはここで全てを決するつもりだ。
超強化されたリオンの速度に片目片前足となった白狼は捉え切れ
ない。リオンは天歩で宙を舞い、軽業スキルと併せて縦横無尽に白
き身体を斬り刻みながら白狼を突っ切る。その速度は声さえも置き
去りにしていた。
白狼を通り過ぎ、リオンが地面に着地する。その手に持つのは偽
ライトニングエンハンス
聖剣ウィルと魔剣カラドボルグ︱︱︱ ではなく、劇剣リーサルで
あった。リオンは稲妻反応を唱えた後、自らの影からアレックスを
呼び出し互いの剣を交換していたのだ。今においては魔剣カラドボ
ルグをアレックスが、劇剣リーサルはリオンの手中にある。
﹁ッ!? グラッ!?﹂
混乱する白狼。見えていた左目も機能を失い、あらゆる物を嗅ぎ
分け判別できていた嗅覚も封じられたのだ。冷静でいる方がおかし
い。
﹃後は頼んだよ、セラねえ⋮⋮﹄
着地からそのまま倒れ込んだリオンはセラに全てを託す。
﹃任せなさい!﹄
ジンスクリミッジ
味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚︱︱︱ 五感の全てを奪われた白
狼にセラが対峙する。セラは魔人闘諍を纏った翼で飛翔し、移動し
ながらも空中で構えを取った。
762
﹁グウォーーーン!﹂
最後の意地か、察知スキルを持っていたのか、聞こえもしないは
ずのその身体で白狼は叫びを上げる。残った右足のその鋭利な爪を、
セラを引き裂かんと放ったのだ。黒き装甲で包まれた左腕でセラは
ジンスクリミッジ
それを受け流す。しかし白狼の攻撃は精密にセラを狙っていた為に、
魔人闘諍ごと爪はセラの左腕を引き裂き、その背後では衝撃波によ
る爆音が鳴った。
﹁だからって、何だって言うのよっ!﹂
アーマーケロウド
衝撃波に、血で染まる左腕の痛みに耐えながら、セラは右手を白
ジンスクリミッジ
狼の喉元に放つ。腐食する鎧を篭めたのは貫手。白狼と同様に鋭利
な爪を備えた魔人闘諍で、セラは目標の喉を貫いた。
﹁⋮⋮⋮ッ﹂
最早、白狼は声も出せない。ならば、と暗闇の中で右足を動かそ
うとするも︱︱︱
﹁︱︱︱私の血を、浴びたわね?﹂
白狼の意思に反し右足が全く、ピクリとも動かない。それどころ
か後退しようとする妨げをしているようにも思えた。
セラの固有スキル﹃血染﹄はセラの血に触れたモノを支配する能
力。対象が生物であれば接触した部位を、武具や魔法による生成物
であってもその支配権を奪い、意のままに操ってしまう恐るべきス
キルだ。父である魔王グスタフから受け継いだ、正に悪魔の王に相
応しい力と言えるだろう。
763
セラとジェラールの模擬試合の際、ジェラールがセラに斬撃を放
つことなく、執拗に剣の峰で吹き飛ばしていたのは斬ったことによ
る﹃血染﹄を防ぐ為だった。それを知らぬ白狼の右足は、セラの支
配の下にある。
︵メルフィーナのときは魔法を分解して魔力を吸うだけだったけど、
血染が本当に活かせるのは︱︱︱︶
白狼の右足に付着したセラの赤き血が魔力を抽出、その無限とも
思える白狼の魔力がセラの右拳へと転送されていく。更に右足は地
に根を張ったかのように動かない。後退もできない。できるとすれ
ば、再び周囲に雷を放つことだけ。ビリビリと白狼の体毛に雷が帯
び始める。だが、それも遅過ぎた。
︵︱︱︱敵に触れさせたときっ!︶
クルーセフィクション
﹁血鮮逆十字砲!﹂
セラの拳の軌道に描かれる、メルフィーナとの模擬試合時以上の
規模の逆十字。紅色のそれは白狼の脳天に叩き込まれ、純白の体毛
全身を赤く染めていった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁S級お肉⋮⋮﹂
﹁ゲットよー!﹂
764
﹁レベルアップもしたー!﹂
洞窟内に響くリオンとセラの勝利の雄叫び。壮絶な戦闘とは打っ
て変わって、どうにも締まらなかった。
﹁お肉って⋮⋮ まあいいわぁ、お疲れ様ん。まさか、ここまでの
モンスターがいるとは思わなかったわん﹂
ゴルディアーナが少々呆れながらも労いの言葉を投げてくる。S
級冒険者である彼も、白狼の力は予想外だったようだ。
﹁この狼、私が今まで戦ったモンスターの中でも1・2を争う強さ
だったわよぉ。うん、セラちゃん達はS級でも立派にやっていけそ
うね!﹂
﹁しかし、骨の折れる戦いじゃったわい。帰って酒を煽るとするか
のう﹂
﹁あら、お酌するわよん﹂
﹁やっぱり疲れたから素直に寝るとするわい﹂
腕にゴルディアーナが抱き付こうとするも、心眼を発揮しジェラ
ールは紙一重で避けた。
﹁でも、この狼をどうやって持ち帰るのん? セラちゃん達は皆、
アイテムボックス系のマジックアイテムを持ってるみたいだけどぉ、
流石にこのサイズは無理でしょ?﹂
﹁え、余裕よ?﹂
ズルズルと白狼の亡骸がセラの極小クロトに吸い込まれていく。
傍から見れば、マジックアイテムに収納しているように見える。
765
﹁⋮⋮驚いたわねぇ。セラちゃん達の装備もそうだけど、あの大き
さの狼を保管できるようなマジックアイテムは伝説級のものよ? 一体どこから仕入れているの?﹂
﹁仕入れてるって言うか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮うちの自前、かしら?﹂
流れる微妙な空気。
﹁⋮⋮おっそろしい新人が出てきたわねぇ。益々ケルヴィンちゃん
に興味が沸いてきたわん!﹂
﹁だからそれは駄目、なん⋮⋮ だってば⋮⋮﹂
突然、セラが膝をついた。
﹁セ、セラねえ!?﹂
﹁何、どうしたのん!? 傷が痛むのかしら?﹂
﹁違う、けど⋮⋮ 何か、変⋮⋮﹂
セラの呼吸が荒い。左腕の傷は回復アイテムで処置し、HP的に
は問題ない。状態異常になっている訳でもなかった。
﹁一先ず、王に連絡を!﹂
﹁う、うんっ!﹂
766
第110話 看病
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場扉前
﹁そろそろ、でしょうか?﹂
夕食の準備を終え、ご主人様が鍛錬を終えるのを扉の前で待ちま
す。セラさんの申し出の通り、今夜の夕食は気合を入れてお作りし
ました。リュカやエリィにも手伝ってもらい、いつも通り愛情もた
っぷり︱︱︱ コホン、真心を込めて調理致しました。
﹁あれ、これじゃあいつもと変わらない⋮⋮ かな?﹂
でも、ご主人様なら普段通り、美味しそうに食べてくれそうです。
顔を綻ばせて料理を召し上がる姿は見ているだけで飽きません。出
来ることなら昔のように食べさせて差し上げたいのですが、最近は
皆で食事することが多く、なかなか機会がありません。非常に残念
です。よし、今度お夜食をお持ちすることに致しましょう!
⋮⋮それにしてもセラさん、今日はどうしたんでしょうか? ご
主人様のお力で大よその位置は分かりますが、念話を送ろうとして
も拒否されてしまいます。夕食までに戻ってくればいいのですが。
︱︱︱ギィ。
あっ、いけません。ご主人様が戻られたようです。
﹁し、信じられん。メルの奴、隙あらばサブミッションで骨を折り
767
にきたり、本気で魔法を叩き込んできやがった⋮⋮ いくら白魔法
があると言っても、限度があるだろ⋮⋮﹂
余程激しい鍛錬をされていたのでしょう。ご主人様のローブは所
々凍り付き、血に濡れてボロボロです。黒杖を支えに歩くほど酷く
お疲れのようですが、回復魔法を使用されたのか幸い体に外傷はな
さそうです。いつになっても向上心を忘れない壮士凌雲のその姿勢、
感服致します。何かおっしゃっているようですが、残念ながら呟き
程度の小さな声だったので私の耳では聞き取れませんでした。
﹁ああ、エフィル⋮⋮ 出迎え、いつもありが、ととっ!?﹂
﹁︱︱︱!﹂
言い終える前に、ご主人様はフラフラと倒れそうになってしまい
ました。そうなる前に持ち前の俊敏力でご主人様をキャッチです。
ふう、間に合いました。
﹁柔らか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮? ご主人様、お疲れ様でした。湯を沸かしておりますが、
お夕食の前に入浴されますか?﹂
﹁⋮⋮ああ、そうだな。このままじゃ流石にアレか。頼むよ﹂
﹁承知致しました﹂
﹁あら、お風呂ですか? 私も一緒に入ろうかしら﹂
地下修練場の扉を見ると、メルフィーナ様が来られたところでし
た。確か、ご主人様が立ち入り禁止にしていたはずなのですが⋮⋮
むう、だから私もここで待っていたのに。
﹁エフィル、言いたいことは分かりますが、顔に出ていますよ﹂
﹁えっ?﹂
768
わ、私としたことが⋮⋮ まだまだメイドとしての修練が足りな
いようです⋮⋮
﹁心配しなくても大丈夫ですよ。S級魔法を扱う為のアドバイスを
丁寧にしていただけですから﹂
﹁あれが、丁寧なアドバイス⋮⋮? ほぼ肉体言語による荒行じゃ
⋮⋮﹂
﹁うふふ。あなた様、もうワンセット逝きましょうか?﹂
﹁さ、風呂に入ってサッパリしてくるかな!﹂
足元がおぼつかなかった先程までの様子が嘘のように、ご主人様
が浴場に向かって全力疾走していきました。ホッ、どうやら心配は
なさそうです。
﹁あっ、ご主人様! タオルと着替えはもう脱衣室に用意しており
ますので!﹂
﹁サンキュ!﹂
ああ、もう見えなくなってしまいました。クロちゃんの﹃暴食﹄
スキルは順調にその効果を発揮しているようです。
﹁ごめんなさいね、エフィル。約束を破ってひとりで修練場に入っ
てしまって﹂
﹁いいえ。メル様がそうなさったということは、きっとそれが必要
なことだったのでしょう﹂
メルフィーナ様はご主人様を想って行動されていました。感情的
になってしまった自分が恥ずかしいです⋮⋮
769
﹁ううん、エフィルがいたら安全圏からの射撃でもっと多彩な助言
が出来たことでしょう。ああ、己の早計さが嫌になります﹂
﹁そ、そうでしょうか?﹂
何のお話でしょうか? メルフィーナ様のおっしゃることは極稀
に難しいです。
﹁まあ過ぎたことを悔いても仕方ありません。エフィル、浴場に行
って背中でも流してあげてください。ああ見えても、疲労は蓄積し
ているでしょうから﹂
﹁承知しました。メル様は如何します?﹂
﹁私は小腹が空きましたので、先に何か摘んでからにします。さ、
いってらっしゃい﹂
⋮⋮調理場に準備した料理、持つかなぁ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・リビングルーム
リオンからの緊急の念話を受け取ったのは、エフィルと共に風呂
からあがり、連続したレベルアップのファンファーレを聴いた後の
ことだった。
リビングにて状況に聞くに、強敵との戦闘を終えた直後にセラが
倒れてしまったらしい。ステータス上のHP・状態異常と共に問題
はなく、何が原因なのか分からないとのことだ。更に、リオンの影
770
に潜っていたアレックスも調子が悪いときた。容態としてはセラの
方が悪いようだが。
﹃うーん、まあ、アレだろうな﹄
﹃アレって、ケルにいもう分かったの!?﹄
分かったも何も、その場にそれを経験したジェラールがいるだろ
うに⋮⋮ 連続したレベルアップ後に体調不良、ステータスに異常
がないとすれば、それはもう﹃進化﹄しかない。
﹃心配はいらないが、その状態でまた戦闘になるのもな。先にセラ
とアレックスを召喚解除して屋敷に戻そうと思うが、残ったメンバ
ーでリオン達は大丈夫か?﹄
﹃僕らは心配いらないよ! 早く戻してあげて!﹄
﹃分かったから泣きそうになるなって。エフィルが気合を入れた料
理を作ってる。リオン達も早く帰ってこいよ﹄
﹃うん、5分で帰るよ!﹄
﹃いや、もう少しゆっくりでも⋮⋮﹄
︱︱︱念話が切れてしまった。我が妹ながら、仲間想いのいい子
になったものだ。さて、セラとアレックスを帰還させるとしよう。
召喚を解除し、ソファの上に寝かせるようにしてセラを、リオンの
部屋から持ってきたアレックス専用クッションにアレックスを召喚
する。
﹁セラさん、息が荒いですね﹂
﹁ああ、ジェラールの時よりも辛そうだな⋮⋮﹂
アレックスは少々気ダルそうな感じだが、ハッキリと意識がある。
こちらは問題ないだろう。対してセラは呼吸が荒く、目を覚ます気
771
リリーフ
配がない。気持ち程度ではあるが、気を落ち着かせる白魔法﹃爽快﹄
を唱える。
﹁かなり大規模な肉体の改変を行おうとしているようですね。これ
はまた、化けるかもしれません﹂
﹁セラ⋮⋮﹂
実際にセラの容態を目にしてしまうと、進化だと分かっていても
心配してしまう。
﹁これ以上私達にできることはありませんね。後は待つだけ、です
が︱︱︱﹂
メルフィーナが俺の肩をポンと叩く。
﹁あなた様、今日は一日セラと一緒にいてください。それがセラの
一番の支えになりますから﹂
﹁⋮⋮ああ、そうさせてもらうよ。一先ず、セラの部屋に寝かすと
しよう﹂
セラを両手で慎重に抱き上げる。所謂、お姫様抱っこの形だ。思
った以上にセラは軽かった。だが、油断するとセラの頭の見えない
角が俺を突っついてくる。気をつけねば。
﹁食事は後でお持ちしますね﹂
﹁頼む﹂
無事に釣り道具やエフィル特製の現代風衣装が散乱する部屋まで
連れて行き、ベッドにセラを寝かせる。時折白魔法をかけてやると、
気のせいかもしれないが顔色が良くなったように思える。まったく、
772
俺を心配させるなんてしょうがない奴だ。目を覚ましたらこっぴど
く叱ってやらないとな。
﹁⋮⋮白魔法、頑張るか﹂
今夜は徹夜になりそうだ。
︱︱︱と、意思を固くするまでは良かった。が、この辺りで金髪
ロールの全身筋肉オカマが屋敷に襲来。屋敷中のゴーレムが敵と識
別し応戦、ついにはエフィルとメルフィーナが出動する事態になる
のだが、それはまた別の話となる。事後処理を考えると頭が痛い。
773
第111話 試合は明後日
︱︱︱ケルヴィン邸・客間
﹁本当に御免なさいね。いきなり襲われたから、体が反応しちゃっ
たのよぉ﹂
﹁あはは、気にしないでください⋮⋮ ゴルディアーナさん﹂
﹁気軽にプリティアちゃんと呼んでくれていいわぁ﹂
﹁ぜ、善処します﹂
客間のソファにて俺はS級冒険者と名乗る女性︵?︶と向かい合
う。金髪ロールの大女、もといプリティアちゃんは屋敷に向かって
きたところを警護するゴーレム達になぜか襲われ、正当防衛の下に
見事な返り討ちをかましてくれた。いや、うちのゴーレムが誤認し
たのが悪いんだが。彼女が迫って来たら俺も臨戦態勢になる自信が
あるので、半壊されたゴーレム達を叱るに叱れない。
﹁プリティアちゃんもセラねえを心配して急いでくれたんだ。なぜ
か門番のゴーレムが反応しちゃったけど⋮⋮﹂
﹁途中でリオンが止めてくれて良かったよ。エフィルとメルがマジ
になるところだった﹂
ベナンブラ
バルコニーから火神の魔弓をぶっ放そうとするエフィルと、愛槍
を手にして迎撃しようとするメルフィーナを止めるのには苦労した。
リオンが中に割って入らなければ、今頃もっと酷い事態になってい
ただろう。割と真剣に庭園くらいは簡単に崩壊しそうだ。
﹁も、申し訳ありません⋮⋮﹂
774
﹁あら、私としたことが﹂
俺の背後に立つエフィルとメルフィーナに目をやる。エフィルは
いいが、そこのニコニコと笑顔のメルフィーナさん、お前は絶対わ
ざとだろ。
﹁ふんふん⋮⋮ セラちゃん、ライバルが多いわねぇ﹂
﹁何の話です?﹂
﹁ううん、こっちの話よん。気にしないで! ︱︱︱それにしても
ケルヴィンちゃん、リオンちゃんから想像した姿とはちょっと違っ
たけど⋮⋮ 全然いけるわね!﹂
﹁何の話ですか!?﹂
おい、ジェラールそこから一歩退くな! 俺が不安になってくる
だろ!
﹁ところでケルにい、セラねえは大丈夫そう?﹂
﹁そうそう、私も気になって仕方なかったわん!﹂
リオンとプリティアちゃんが身を乗り出して尋ねてくる。ぴょん
と可愛らしい擬音が聞こえてくるような仕草のリオンに対し、ゴゴ
ゴゴ⋮⋮ と迫って来るプリティアちゃんの濃い顔は少し距離を置
きたい。セラを心配してくれるのはありがたいことなんだけれども。
﹁今はエリィが︱︱︱ うちのメイドが看病していますよ。簡単な
白魔法が使えますので安心してください。今は安静にして容態も落
ち着いてます﹂
﹁そ、そっか。良かった⋮⋮﹂
﹁ええ、安心したわぁ!﹂
775
大小異なる背丈の二人はドサッとソファに寄り掛かる。余程心配
していたんだな。
﹁そうそうリオン、アレックスはもう少しで進化しそうだぞ。リビ
ングで丸くなってるから見てきたらどうだ?﹂
﹁本当に!? 僕、ちょっと行ってくる!﹂
﹁屋敷の中は走るなよ﹂
﹁っと、わ、分かってるよー﹂
今、走り出そうとしていただろ。
ソファから飛び降りたリオンは廊下へ続く扉を開け、アレックス
の許へと向かう。道中、意思疎通でアレックスと念話はしていただ
ろうが、相棒の進化の場には直に立ち会いたいのだろう。アレック
スはリオンに任せるとしよう。
﹁ゴルディアーナさん、礼が遅れましたが、セラ達を助けて頂いて
ありがとうございました﹂
﹁いいえ、お礼を言いたいのはこっちの方よぉ! セラちゃん達の
お陰で新ダンジョンの脅威は大方排除できたし、今はもうギルドが
情報を他の冒険者に流しているはずよぉ。それにケルヴィンちゃん、
そんな他人行儀にならなくてもいいわん。私と貴方の仲じゃない!﹂
いつ俺たちはそんな仲になったのだろうか。S級冒険者と交流を
持つこと自体は良いことだが、何か別の意味で危険性を感じる。ジ
ェラールよ、更に一歩退くな。
﹁なら、お言葉に甘えるとしようかな。ところで明後日の模擬試合
の相手ってのはプリティアなのか?﹂
﹁あらあら、やっぱり気になる? リオンちゃんからも同じ質問を
776
されたわぁ。やっぱり兄妹なのかしらねぇ﹂
そりゃあまあ、気になるだろ。S級冒険者なんてガウンの獣王く
らいしか会ったことない訳だし。何よりも戦い甲斐がある。
﹁そうねぇ。模擬試合の形式も一緒に教えてあげようかしらぁ。ま
ず、ケルヴィンちゃんの相手は去年S級に昇格した﹃氷姫﹄のシル
ヴィアちゃん。銀髪のとっても綺麗な子よん。ま、ケルヴィンちゃ
んには関係ないかしらねぇ⋮⋮﹂
プリティアがエフィルとメルフィーナを交互に見る。何だ、そん
なに見てもあげませんよ。
﹁氷姫、ってことは青魔法使いかな?﹂
﹁私も実際の戦い振りを見たことはないわん。普通であれば昇格の
際の模擬試合を通してギルドが二つ名を決めるもんなんだけど、シ
ルヴィアちゃんのときはそれがなかったからねぇ。もしかしたら、
ギルド長のリオちゃんなら知ってるかもだけどぉ﹂
﹁いや、相手の情報を知らないのはお互い様なんだろ? なら試合
で確かめるさ﹂
﹁あら、勇ましい﹂
それに、リオに頼んだら後で何を要求されるか分かったもんじゃ
ない。そのシルヴィアって女性の実力は試合の楽しみにとっておこ
う。
﹁模擬試合には各国のお偉方も来るわん。お眼鏡に叶えばスカウト
される可能性もあるけど、実際に受ける冒険者はほぼいないわね。
ギルドとしては完全に冒険者の意向に任せる形よぉ﹂
﹁俺も国に仕える気は毛頭ないな。リオにもそう伝えているし﹂
777
﹁それならギルドの方で処理してくれてるはずよん。勧誘情報の詳
細も後でギルドから送られてくるから、その時に確認してみてねん﹂
冒険者ギルドで勧誘をシャットアウトしてくれるのはありがたい
な。一々断るのも面倒この上ないし。しかしトライセンの動きが活
発になってるこの状況で、そんな人達がパーズに集まって大丈夫な
のかね? しかもこんな短期間でよく情報が伝わっているな。
﹁後は試合の形式ねぇ。そのお偉方の中にデラミスの巫女、コレッ
トっていう子がいるんだけど知ってるかしらぁ?﹂
﹁ああ、知ってるよ﹂
その巫女が召喚した勇者達と一緒にダンジョン探索をしたくらい
には。
﹁なら話が早いわん。コレットちゃんが会場に特殊な結界を張って、
その中で試合が行われるのぉ。ケルヴィンちゃんとシルヴィアちゃ
んの両者にも、コレットちゃんの魔法が施されるわん。一度だけだ
けど、死に繋がるダメージを排除する魔法らしいわぁ。だから試合
で使う装備も自由にしていいのよん。その魔法が発動した時点で試
合は終了、拍手喝采雨あられ∼﹂
﹁⋮⋮サラッと言ったが、それってかなり凄い魔法なんじゃないか
? ってか巫女の仕事量も多いな﹂
﹁実際、当日は回復薬片手に疲労困憊状態よぉ。その分見返りもあ
るんでしょうけどねぇ﹂
死に繋がるダメージの排除⋮⋮ メルフィーナの加護に似ている
な。確か、この加護はデラミスの巫女にも与えられているんだった
か。それをオリジナル魔法として手を加えたのか?
778
﹃代々の巫女に伝わる秘術とされる魔法ですね。ここ300年ほど
はそういった使われ方もされてますので、最早秘術とは言えません
が⋮⋮﹄
へえ。試合で使ってくれるってことは、鑑定眼で目に出来るって
ことだ。それを基に後で魔法を開発してみるかな。
﹁説明はこんなところねぇ。何か分からないところはあるかしらん
?﹂
﹁いや、大体は理解したよ。助かったよ、プリティア﹂
﹁はうっ! そんな笑顔を私に向けないでぇ! セラちゃんとの約
束があるのに! それに私にはジェラールのおじ様が⋮⋮!﹂
筋肉が自らを抱きしめながら悶えている。ジェラールを見ると、
何時の間にか壁際まで退いていた。
﹃ジェラール、お前⋮⋮﹄
﹃いや、勘違いするでない。ワシは今も妻一筋じゃから﹄
︱︱︱結婚していたのか、ジェラール。
﹁駄目、これ以上は耐えれそうにないわぁ⋮⋮ 私はこれでお暇さ
せてもらうわねん。あ、泊まっていけとか気を使わなくても大丈夫
よぉ。ギルドが先に宿を手配してるはずだからぁ﹂
﹁そ、そうか。残念だな﹂
心の底からホッとしながら、プリティアを見送る。さて、試合は
もう明後日に迫っている。S級冒険者との戦いなんて早々あるもん
じゃないんだ、可能な限り修練を積んでおきたいが︱︱︱
779
﹁今は、セラが第一だな﹂
エフィルに一声かけ、セラの部屋に足を運ぶ。
780
第112話 王の誕生
︱︱︱ケルヴィン邸・セラの私室
﹁う、ん⋮⋮﹂
﹁お、気が付いたか?﹂
セラの看病を再開し、白魔法をかけ続けること数時間。時刻は深
夜の2時を指し、街ももう寝静まっている。
﹁あれ⋮⋮? ケルヴィン、何でここに? 私、確かダンジョンの
中で︱︱︱﹂
セラはまだ半分まどろみの中にいるような感じだ。
﹁ダンジョンの中で倒れたところを、俺が再召喚して呼び戻したん
だ。後でリオン達に礼を言っておけよ? 皆、凄く心配していたん
だ﹂
﹁そっか。私、突然気分が悪くなって、視界が黒くなって⋮⋮ そ
こから記憶がないの。倒れちゃったのね﹂
心なしかシュンとしているようにも見える。
﹁ああ、でもバッチリ進化したから安心しろ﹂
﹁安心って言っても⋮⋮ えっと、進化がどうしたの?﹂
何だ、まだ目が覚めていないのか? いや、言葉から察するに、
自分が進化の最中だったことも分からないようだな。仕方のない奴
781
だ。
﹁セラは進化の影響で倒れてしまったんだ。んで、今ちょうどその
進化が完了したところ。見た感じ、外見は全然変わってないようだ
けどな。ステータスを確認してみなよ﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
まだ頭で理解しきってないようだが、自分のステータスを見れば
分かるだろう。俺も鑑定眼でもう一度確認するとしようか。
デーモンブラッドロード
==============================
=======
セラ 21歳 女 悪魔の紅血王 呪拳士
レベル:108
称号 :神殺しの拳士
HP :2605/2605︵+100︶
MP :2746/2746︵+100︶
筋力 :1317︵+100︶
耐久 :1179︵+100︶
敏捷 :1240︵+100︶
魔力 :1423︵+100︶
幸運 :1585︵+160︶︵+100︶
スキル:血染︵固有スキル︶
血操術︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
黒魔法︵A級︶
飛行︵B級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
782
魔力察知︵A級︶
隠蔽察知︵A級︶
舞踏︵B級︶
演奏︵B級︶
豪運︵B級︶
補助効果:魔王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
==============================
=======
ステータスが軒並み上昇し、今やメルフィーナに匹敵する程とな
った。新たな固有スキルも習得している。﹃血操術﹄か、名前から
して血液を操作するスキルだろうか? これまで受身でしか発動す
ることがなかった﹃血染﹄と併せることで、色々と応用できそうだ。
﹁これが、私の力⋮⋮?﹂
﹁紛れもなくセラの力だ。スキルポイントも貯まっていると思うか
ら、しっかり振るのを忘れるなよ? それと︱︱︱﹂
上半身を起こしたセラと向かい合い、目を見詰める。
﹁リオン達から聞いたよ。セラの発案で俺の為にS級モンスターを
倒して来たんだって。滅茶苦茶強かったんだってな﹂
できれば俺も誘ってほしかったが。修練場を出入り禁止にしたの
が裏目に出たか。
﹁え、えっと、私も暇してたからって言うか、食料の調達をものの
ついでって言うか⋮⋮ とにかくっ、別にケルヴィンの為にやった
783
訳じゃないんだからねっ!﹂
ツンデレか。可愛いからいいけど。
﹁それでも、ありがとな﹂
﹁あ、あう⋮⋮﹂
見る見るうちにセラの顔が赤くなっていき、頭から湯気を出し始
めた。
﹁もうっ! 私は大丈夫だから、ケルヴィンは出て行って!﹂
﹁はいはい、それじゃ俺は退散するとしようかな﹂
駄々っ子のように腕をばたつかせるセラ。別に茶化して言った訳
じゃないんだけどなー。まあ物でも投げ出してきたら大変だ。徹夜
を覚悟したが、セラがそう言うなら俺も寝るとするとしよう。
﹁まだ本調子じゃないんだから、しっかり寝るんだぞ。それじゃあ
セラ、おやすみ﹂
﹁ふんっ! ⋮⋮おやすみなさい﹂
顔を背けながらではあるが、おやすみは返してくれた。朝には機
嫌を直してくれていればいいのだが。
﹁ふわっ、気を抜いたら一気に眠気が⋮⋮ さっさと寝よ﹂
フラフラと私室に帰り、なぜか俺のベッドで寝息を立てながら寝
ているメルフィーナを他所に倒れこむ。ああ、今思えばあの地獄の
修練からの看病だったからな。そりゃ疲れるわ。などと考えている
うちに、俺の意識は沈んでいった。
784
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
何時ものようにエフィルに起こしてもらう。トントンと隣の調理
場から心地良い包丁の音が聞こえる中、食堂でアンジェから発行し
てもらった最新の依頼一覧表に目を通していると、唐突にドアが勢
い良く開かれた。
﹁待たせたわね皆っ! 私っ! 完・全・復・活よ!﹂
﹁⋮⋮今日はえらく起きるのが早いのな﹂
﹁あら、ケルヴィンとエフィルだけ?﹂
普段であればまだセラも寝ている時間だ。メルフィーナは言うま
でもないが、リオンもまだ寝ている。エフィルは調理場で朝食の準
備中、エリィは庭園の水やりだ。
﹁ジェラールはリュカと一緒に朝の散歩に行ってるよ。他の皆はま
だ寝てたり仕事中だ﹂
﹁えー⋮⋮ 新しい私のお披露目だと思って、折角早起きしたのに﹂
﹁見た目は変わってないけどな﹂
﹁そんなことはないわ! 角とか翼とか、ちょっと格好良くなった
の!﹂
髪留めを外さなきゃ分からんわ。しかし昨日と打って変わって、
今日はいつものセラだ。どうやら機嫌を直してくれたらしい。よか
785
ったよかった。
﹁ふわぁ⋮⋮ おはよう∼⋮⋮﹂
リオンが眠い目をこすりながら食堂に入ってきた。進化したアレ
ックスもリオンの後ろに続いている。
﹁あら、リオン。早いわね!﹂
﹁⋮⋮セラねえ! 具合、良くなったんだね!﹂
一瞬の停止後、意識をはっきりさせたリオンがセラの胸に飛び込
む。羨ま、微笑ましい光景だな。
﹁お陰様でね。リオンも心配してくれてありがとう。アレックスも
︱︱︱﹂
セラがアレックスを見ようとする。一応、配下ネットワークにア
レックスのステータスを載せておくか。これでセラも見れるはずだ。
フローズヴィトニル
==============================
=======
アレックス 3歳 雄 深淵の大黒狼
レベル:92
称号 :勇者の相棒
HP :1637/1637︵+100︶
MP :560/560︵+100︶
筋力 :1154︵+320︶︵+100︶
耐久 :712︵+100︶
敏捷 :889︵+100︶
786
魔力 :556︵+100︶
幸運 :498︵+100︶
スキル:影移動︵固有スキル︶
這い寄るもの︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
軽業︵S級︶
嗅覚︵A級︶
隠密︵A級︶
隠蔽察知︵B級︶
剛力︵A級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
==============================
=======
﹁アレックスも、大きくなったわね⋮⋮﹂
﹁ガゥ﹂
フローズヴィトニル
アレックスは進化し、深淵の大黒狼という種になった。ステータ
スもそうだが、何よりも体のサイズが大きく異なる。座った状態で
あれば頭が天井スレスレなのである。見ると言うより見上げるレベ
ルだ。屋敷の扉をくぐるのもギリギリ。これはジェラールの大剣並
みの武器を作らないと装備のサイズが合わないかもしれない。
﹁うん! それにすっごく強くなったんだー。昨日の夜、我慢でき
なくて修練場で特訓したりしてさ︱︱︱﹂
リオンのアレックス話は続く。セラは﹁あれ? 私、心配されて
いたのよね?﹂と微妙な表情だ。
787
﹁セラねえも無事に進化し終わったんだよね? 何だか雰囲気が凛
々しくなった感じがするよ﹂
﹁分かるっ!? やっぱりリオンは違うわね。ケルヴィンなんて見
た目は変わらないとか言うのよ。ホント失礼よね! それでね、実
はこの角の部分とか︱︱︱﹂
それでも状況を巻き返してしまうリオンは恐ろしいものだ。単に
セラが単純なだけかもしれないが。
﹁あっ、そうだ。ケルヴィン!﹂
﹁ん?﹂
﹁昨日は、その⋮⋮ 世話をかけたわね! 恩に着るわ!﹂
投げられたのは、ぷいっと顔を背けての礼の言葉。
﹁⋮⋮目を合わせて言ってくれればもっと嬉しいんだが﹂
﹁今は無理!﹂
清々しく断言されてしまった。
788
第113話 転生の力
︱︱︱ケルヴィン邸・リビングルーム
模擬試合前日、最後の修練を終えた俺は最早歩くことすらままな
らなかった。風呂で汗を流すのも億劫であった為、エフィルに軽く
体を拭いてもらい昨夜と同様に倒れこむ。私室に戻る元気もなかっ
たので場所はリビングのソファだ。
﹁お前もさ、もう少しマシな方法を考えてくれないかな。流石の俺
も連日これだといつか死ぬぞ?﹂
﹁一番効率的な鍛錬がこれなんですよ。誰しも命の危険に晒されれ
ば、己の限界を超えて成長しますので﹂
﹁お前、本当に天使か⋮⋮﹂
ボレアスデスサイズ
本日の修練は昨日よりもハードなものだった。大風魔神鎌を生成
しながらメルフィーナの猛攻を避け、繰り出された魔法を大鎌で正
確に打ち消す。足元の注意を怠れば青魔法による氷の拘束が忍び寄
パイロヒュドラ
オクトナリー
り、遠方からのエフィルの射撃が飛んでくる。しかも手加減なしの
本気の矢、まさか多首火竜が第八竜頭まで出せるようになってると
は思わなかった。かと言ってエフィルばかりを気にかけているとメ
ルフィーナが搦め手を仕掛けてくる。並列思考さんも大忙しだ。
﹃やるからには本気で撃ってこい。何、少しの怪我なら俺とメルの
魔法で治せるさ!﹄
調子に乗ってこんな馬鹿なことを言った半日前の自分を殴ってや
りたい。お陰で全身火傷凍傷だらけだ。自業自得とはこのことだな
789
! まあ自力で治したけどさ!
﹁ですから、こうして飴と鞭を使い分けてるのではないですか。ふ
ぅー⋮⋮ はい、次は左の耳です﹂
﹁納得いくような、してはいけないような⋮⋮﹂
地獄の鍛錬が鞭だとすると、今のこの状況が飴なのだろう。俺は
今、メルフィーナの膝の上で耳かきをしてもらっている。耳かきの
技術に関してはエフィルの足元にも及ばないが、不思議と落ち着く
のが悔しい。
﹁多少は癒されましたか?﹂
﹁⋮⋮まあ、うん﹂
﹁それは重畳﹂
これで許してしまう自分はひょっとしたらちょろいのだろうか。
﹁それにしてもセラ達には驚かされましたね﹂
﹁ん? ああ、進化のことか。あそこまで強くなるとは思わなかっ
たよな﹂
﹁いえ、ダンジョンで倒したあのモンスターについてですよ﹂
モンスター? 今日の昼食で出てきたあの白狼のことだろうか?
確かにクロトの保管から出された時はあのデカさに驚かされた。
そして美味かったな、頬が落ちるほどに。
﹁あれは私の前任である神が世界各地に創造した神柱の一柱だった
のですが、まさか倒してしまうとは⋮⋮﹂
﹁⋮⋮それって倒したら拙いタイプの奴だったんじゃない?﹂
790
俺が思ってた話と方向が違うし。
﹁不味かったですか? 私は美味しく頂きましたけど﹂
﹁字が違う、ってか食うのもある意味問題か!﹂
﹁大丈夫ですよ。前任は神柱で良からぬことを考えて任を解かれた
ようですし、私の代になって神柱自体も殆ど機能を失っています。
それならば、あなた様の経験の糧にした方が有益です。今回は大方、
セラが神柱に触れたのでしょう。表向きの神柱の役割は緊急時の悪
魔や魔王の駆除ですから﹂
﹁それで神柱が反応したってことか。で、その前任は何をしようと
したんだ? 乱心して世界を滅ぼそうとでもしたのか?﹂
﹁さあ、何故でしょうね。ふぅー⋮⋮ はい、こちらもお仕舞いで
す﹂
はぐらかしたな。メルフィーナの膝から頭を上げ、ソファに座り
直す。
﹁もしかして、この間の話も関係してるか? ほら、こう言ったろ﹂
昨日、メルフィーナとの修練を始める前の会話。あの時は珍しく
も真剣な雰囲気だった。
﹃先日あなた様が戦われたクライヴという男、本当に転生者と名乗
っていたのですか?﹄
﹁俺はあの時、確かにクライヴはそう言ったと伝えた。お前、俺の
言葉を聞いた瞬間驚いただろ﹂
﹁そんなことは︱︱︱﹂
﹁何ヶ月一緒にいると思ってんだ。メルの驚いた表情なんて滅多に
お目にかかれないからな、直ぐに分かったよ﹂
791
﹁⋮⋮あなた様はどこか抜けているくせに、こういうことに関して
は本当に敏いですね﹂
メルフィーナが苦笑いする。
﹁できる限り神々の諸事情はお伝えしたくなかったのですが⋮⋮﹂
﹁できれば聞きたい﹂
このままじゃ寝るに寝れないだろ。
﹁はあ、仕方ありませんね。異世界人の召喚と転生召喚、この違い
は以前説明しましたね﹂
﹁ああ、リオンを転生召喚する前に聞いた。それがどうした?﹂
﹁コレットのように加護を使用した正規の召喚以外にも、稀有なケ
ースではありますが異世界人がこの世界に迷い込んでしまう場合が
あります。あなた様の世界風に例えれば、神隠しと表現すれば良い
でしょうか。それは事故であったり、偶然であったりと原因は様々
です。この世界に住む異世界人の殆どは後者による迷い人、という
ことになりますね﹂
確かに異世界人の認知度に対して、召喚できる巫女の数が少な過
ぎるからな。トラージのツバキ様の先祖がそうなるのだろうか。
﹁しかし、転生召喚に関して例外は存在しません。必ず転生神を介
在して行われます。実のところ、リオンの際も部下を通して私が力
を流していましたから﹂
﹁⋮⋮メルはクライヴの転生に関わっていないのか?﹂
﹁ええ﹂
﹁なら、その任を解かれた前任が力を使ったとか﹂
﹁前任は力を失っていますし、何よりも既に消失しています。加え
792
て、転生の力を扱えるのは現職である私のみ。度々あなた様から離
れていたのも、その要因が強いですね。部下にできることも限りが
ありますので﹂
仕事、してたんですね。メルフィーナ先生︱︱︱ 普段のぐうた
らな生活からは想像しにくいです。
﹁⋮⋮何か失礼なことを考えていませんでした?﹂
﹁こんなシリアスな場で考えるわけないだろ﹂
いかんいかん。疲労で深夜テンションになりかけてるな。胆力ス
キルで表情だけはキープしておかねば。しかし、実際クライブに関
しては謎が多い。あの時、俺がミスしなければ調べようもあったの
だが⋮⋮
﹁前任の時代の転生者が今まで存命していた、という場合も極僅か
ながらにありますが、可能性は低いでしょう。有り得ぬことではあ
りますが、私以外に転生の力を手に入れた者がいるかもしれません﹂
﹁なるほどな。メルが俺に付いてきた本当の理由はそれを解明する
為、ってことか﹂
﹁いえ、そこは完全にプライベートで来ました。普通に楽しんでま
す﹂
メルフィーナが﹁ないない﹂と手を振る。こいつ、真顔で否定し
やがった。それって結構大事なんじゃないの!?
﹁まあ、これも可能性のひとつの話です。あなた様はあまり気にな
さらないでください、と言っても無駄でしょうけど﹂
﹁ああ、取り合えずはトライセンとジェラールの仇のリゼア帝国が
怪しいな。リゼア帝国はどうも東大陸では情報が少なくてなー。最
793
も情報がありそうなデラミスに行く必要があるかもしれん。なら、
明日巫女のコレットにアプローチをかけた方がいいか。いや、逆に
デラミスが怪しいというパターンも︱︱︱﹂
やべえ、考えることが多過ぎる。脳に糖分が足りない。
﹁もう作戦を練っていますし、あなた様に付き添った方が良さそう
なんですよね。 ⋮⋮私個人としても﹂
﹁そうだ。コレットに対してはメルフィーナから聞いた方が早いだ
ろ? 明日聞いてみたらどうだ?﹂
﹁言い忘れましたが、明日はあなた様の魔力内にいさせてもらいま
す﹂
﹁あ、そうか。デラミス関係者がいる場に転生神であるメルがいる
と色々拙いもんな﹂
直属の巫女であるコレットであれば、メルフィーナの見ただけで
ばれるかもしれない。
﹁それもありますが⋮⋮ あの子、少し病気なので﹂
﹁︱︱︱?﹂
何のことだろうか? 俺が疑問に浸っていると、リビングの扉が
勢い良く開かれ︱︱︱ 皆、扉は静かに開けようよ。いつか壊れる
ぞ。
﹁ケルヴィン! 明日の前祝に飲みに行くわよ!﹂
﹁王よ! 今夜は飲み明かすぞい!﹂
﹁ぞーい!﹂
﹁ごめんケルにい、僕じゃ止められなかったよー⋮⋮﹂
794
ほろ酔い状態のジェラールとその肩に乗るリュカ、何故かテンシ
ョンマックスなセラとそれに引きづられるようにズルズルと腰にし
がみ付くリオンが、部屋に乗り込んできた。あ、控えめにエフィル
とクロトも後ろに付いて来ている。
﹁あらあら、程々にしないといけませんね?﹂
﹁俺、すっごく今眠いんだけど⋮⋮﹂
クリーン
んなこと言っても聞かないのは分かりきってるので、俺はなけな
しの力を振り絞って清風を自らに使うのであった。
795
第114話 出会いは唐突に
︱︱︱精霊歌亭への道中
﹁それでは、いってらっしゃいませ﹂
屋敷の留守をエリィに任せる。俺は半ば無理矢理セラ達に連れら
れて、精霊歌亭の酒場に向かうこととなった。とは言ったものの、
修練の疲れがそう簡単に癒えるはずもなく、再び黒杖を支えに歩く
訳だ。S級冒険者としてこれでは見栄えが悪かったので、屋敷の庭
園を出た辺りでエフィルに肩を貸してもらう。これなら首の皮一枚
で激戦による名誉の負傷を負った姿に見えなくもない。たぶん。
﹁セラ、かなり乗り気だが、お前酒が苦手なはずじゃ⋮⋮﹂
﹁私は飲まないわよ? でもお祝い事の雰囲気は大好きなの!﹂
その雰囲気に押し負けて毎回酔い潰れている訳なんだが。そして
俺が危機的状況に陥るのだからたまらない。
﹁明日は大事な日なのに、ごめんねケルにい。今の僕の力じゃセラ
ねえを止められなかったよ⋮⋮﹂
﹁あの、私は食事会と聞いたのですが⋮⋮ 宴でしたら今日は駄目
ですよ﹂
エフィル、リオン。君たちは俺の最後の良心だ。正直、この状態
で酒でも飲んだらその場で倒れる。
﹁何言ってるのよ二人とも! 大事な日だからこそ、こうして士気
796
を上げに行くんじゃない!﹂
﹁うむ! 今日は一滴も飲めんかったからな。ワシも思う存分楽し
むとしようかの!﹂
﹁うむ! 私も楽しむぅ∼﹂
ジェラール、お前はもう何杯か飲んでるだろ。肩に乗るリュカは
ジェラールの口真似をして楽しそうだが、言葉の呂律が若干怪しい。
まるで酔っ払っているような︱︱︱
﹁おいジェラール。まさか、リュカに酒を飲ませていないだろうな
?﹂
﹁ワシが大事なリュカに飲ませる訳ないじゃろう。エフィルが作っ
たアルコール入りのパウンドケーキをつまみ食いしたらしくてな。
それからずっとこの調子じゃ﹂
﹁申し訳ありません。私のミスです。調理場のテーブルに置いた試
作品を食べてしまったようでして⋮⋮ このままでは仕事になりま
せんので、ジェラールさんの意向で連れて行くことになりました﹂
﹁ああ、そういうことか⋮⋮ ケーキに含まれたアルコールなら大
した量じゃないだろうが、しっかり面倒見るんだぞ﹂
﹁分かっておる。うたた寝でもしたあたりで引き上げるわい﹂
まあ、リュカが第一のジェラールならそのあたりは安心か。俺は
エフィルの横でセラを見張りながら大人しくしていよう。それで上
手くいった試しはないんだけどな。
﹁あなた様、精霊歌亭にあの伝説の料理﹃カレー﹄があるとは本当
ですか!?﹂
⋮⋮それで上手くいった試しはないんだけどな。
797
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱精霊歌亭・酒場
﹁クレアー! 来たわよー!﹂
ケルヴィンの屋敷と同じくらい慣れ親しんだ宿、精霊歌亭。俺た
ちにとっては実家のようなもので、セラは実の母に会いに来たかの
ようにクレアさんに接する。俺もそうだが、他の皆も頻繁に訪ねて
いるようだ。
﹁おっと来たね、待ってたよ! ってケルヴィンちゃん、どうした
んだい!?﹂
﹁いえ、ちょっと冒険帰りでして﹂
ここ一番の危ない橋を渡っていました。それにしてもこの威勢の
良いクレアさんの声、本当にここは変わらないな。
﹁はい、クレア! 腕によりをかけて釣ってきたわ!﹂
セラが背負った袋から新鮮な魚介類を取り出す。屋敷を出たとき
から何が入っているか気にはなっていたが、クレアさんへの手土産
だったのか。
﹁ほう、これはまた活きのいいねぇ。いつも済まないね、セラ﹂
﹁いいのよ。釣り過ぎてうちでは処理しきれ⋮⋮ るけれど、クレ
アには世話になってるもの!﹂
798
今、チラッとメルフィーナの方を見たな。本人は意に介していな
いが。
﹁それじゃあ、私も腕によりをかけてさばこうかねぇ! エフィル
ちゃん、手伝っておくれ﹂
﹁はい。ご主人様、それでは行って参ります﹂
﹁ああ、できるだけ早く戻ってきてくれな⋮⋮﹂
クレアさんとエフィルが調理場へ消えていくのを見送る。ああ、
俺の数少ない良心が︱︱︱
﹁なるほど、シーフードカレーを作るのですね﹂
違うと思います。
﹁おーいケルヴィン、お前らの席がこっちだぞ!﹂
﹁あ、ウルドさん﹂
手招きをする人物はウルドさんであった。精霊歌亭で出会うこと
は滅多にないのだが、今日は珍しく酒場で飲んでるな。しかも俺が
来ることを知っている風だ。よくよく辺りを見回すと、見慣れた冒
険者達もかなりいる。
﹁ケルにい、あの席だってさ。行こ?﹂
﹁おいおい、そんなに焦るなって﹂
気遣ってくれたのか、リオンが俺の腕を掴み支えながら誘導して
くれた。不自然にならないよう演技までしてくれる配慮付き。お兄
ちゃん、泣いちゃいそう。
799
ウルドさんに指定されたのは大き目のテーブル席。これなら仲間
全員が座れるだろう。心の中で﹁どっこいしょ﹂と呟きながら椅子
に座る。親父臭いって? それくらい足腰がやばいんだよ。可能で
あればこのままテーブルでうつ伏せになりたいが、いくらなんでも
それは我慢する。
﹁ジェラール殿とセラの嬢ちゃんから聞いたぜ。今日は盛大に前祝
いをするんだろ? お前を祝おうとうちの常連共が集まってよ、到
着するのを待ってたんだ。主役を差し置いて始める訳にもいかねぇ
しな!﹂
﹁そうらしいですね。俺もついさっき聞きました﹂
﹁うむ。サプライズというやつじゃよ。ワシとセラが企画した!﹂
﹁頑張ったわ!﹂
気持ちは嬉しい。とても嬉しいのだが、何故俺が疲れ果てている
この日に! ジェラールとセラは修練の内容を知らないので、ある
意味致し方ないことではあるのだが⋮⋮ ここは素直に受け止める
としよう。
﹁さあ、そろそろ始めるするか! クレア、酒の用意だ!﹂
﹁アンタが自分でやりな! こっちは料理の支度で忙しいんだよ!﹂
﹁あ、はい﹂
クレアさんの声と同時にそそくさと調理場へ歩いて行くウルドさ
ん。完全に尻に敷かれているな。それを見た他の冒険者達も準備を
手伝い出すあたり、ウルドさんの人望がうかがえるが。
﹁俺も手伝︱︱︱﹂
﹁ケルヴィンさんは座っていてください! 私たちがチャチャッと
800
やってきますんで!﹂
﹁そうそう、主役に手伝わせちゃ俺らの立つ瀬がないっすよ﹂
後輩の冒険者に止められてしまう。立ったところで戦力にならな
いので、結果的に助かった。後で礼をしないとな。そんなことを考
えていると、冒険者の二人と入れ代わりでエフィルが飲料の入った
杯を運んで来た。
﹁ご主人様、お酒ですと明日に響きますのでこちらを⋮⋮﹂
﹁これは︱︱︱ 葡萄のジュースか。エフィル、助かったよ﹂
﹁せっかくの宴ですが、明日二日酔いになっては元も子もないです
からね﹂
﹁エフィルねえ、僕もジュースがいいな。あっちにあるの?﹂
﹁あ、私もジュースね!﹂
考えてみればうちの女性陣は殆ど酒が飲めないのか。メルフィー
ナは料理に合わせてその都度変えているみたいだけど。
﹁メル様は何になさいますか?﹂
﹁そうですね。私も同じものをもらいましょうか﹂
そして皆の協力のもと宴会の準備は滞りなく進み、ジェラールが
乾杯の音頭を取る。そこにメイド姿のリュカが乱入し無秩序状態で
のスタートとなったが、それも直ぐに落ち着きいつもの飲み会とな
った。顔見知りの冒険者やウルドさんのパーティが酒を注ぎに来た
が、明日の試合のことを伝えてそれとなく断る。幸い皆も十分に理
解してくれているようで、酒の代わりのジュースで勘弁してくれた。
セラも俺とリオンで席を挟み、目を光らせているので酒は全く飲
んでいない。時折、楽しそうにジュースで酌をしてくれる。今日は
801
セラに襲われることはなさそうだ。
﹁エルフの森での激戦の話、後でちゃんと聞かせてくださいね。約
束ですよ、ケルヴィンさん!﹂
﹁なら、ワシが代理人として話を︱︱︱﹂
﹁おいやめろ﹂
黒歴史を突かれ宴の席も半ば、リュカがそろそろ眠たそうにして
いる。ジェラールにリュカを屋敷に連れて行ってもらうよう指示し
ようとしたそのとき、あるパーティの一団が酒場に入ってきた。
﹁ああん? ここも満席かよ﹂
第一声を発したのは獣人の男。犬のような獣耳を頭に生やしてい
る。目つきが鋭く、酷く好戦的なイメージを受ける。
﹁ナグア、昇格式の前日はどこもこんなものですよ。こんな時間に
到着した私たちの責任です。ギルドが宿を準備してくれているだけ、
ありがたく思わなければ﹂
こちらはエルフの女性。獣人の男とは対照的に理知的な感じだ。
しかし、パーズでエルフを見るなんて珍しいな。
﹁お腹、減ったな⋮⋮﹂
﹁シルヴィア、もう少しだから我慢して﹂
﹁とは言ってもな、あっしも腹がそろそろ限界なんだが⋮⋮﹂
そのまた後ろから入ってきた二人の少女とドワーフの男。ん、シ
ルヴィア? 802
第115話 酒場の決闘
︱︱︱精霊歌亭・酒場
突然の5人組の来訪に、入り口近くにいた一部の冒険者が気付く。
服装から察するに、銀髪の少女剣士、ドワーフの重戦士、エルフの
魔法使い、獣人の拳士だろうか。赤髪はよく分からなかった。
﹁あいつら、見ない顔だな。あんなべっぴんさんなら忘れるはずね
ぇんだが﹂
﹁どうせケルヴィンさんの昇格式目当ての口だろ? 開催に間に合
わそうと急いで外から来たはいいが、どこも満員で宿と飯にありつ
けないっつうよくあるパターンだ。去年のガウンもそうだった。実
体験した俺が言うんだから間違いねえ﹂
﹁おい、それどころじゃねぇよ! これからエフィルちゃんの魚料
理が出てくるらしいぜ! 何でも、トラージ王族お抱え料理人の直
伝料理って話だ!﹂
﹁マジか!? こうしちゃいられねぇ!﹂
﹁落ち着けって。ちゃんと全テーブルに並ぶってよ﹂
だが、冒険者達の興味は瞬く間に切り替わってしまったようだ。
既に5人組のことなど忘れてしまい、すっかり料理に夢中になって
いる。
﹁ほーう、この酒場では大した料理人がいるようだな。あっしも食
べてみたいものだ﹂
﹁コクドリも無茶を言わないでください。さ、次の食事処をあたり
ますよ﹂
803
エルフの女性が率先して精霊歌亭を出ようとする。
﹁直伝の料理、かぁ。きっと、凄く美味しいんだろうね⋮⋮﹂
﹁シルヴィア、そんなにしゅんとしないでよ。ほら、私が残してお
いた干し肉あげるから﹂
﹁うん、ありがとう﹂
シルヴィアと言うらしい銀髪の美しい少女は酷く気落ちしている。
暫く飯を口にしていないのだろうか。耳を澄ませば腹の音が聞こえ
てきそうなほど元気がない。赤髪の少女から干し肉を受け取り、ち
びちびと食べ始めた。
﹁⋮⋮ッチ! しゃーねーな。シルヴィア、ちょっと待ってろ﹂
﹁ナグア、何をする気ですか﹂
獣人の男、ナグアが酒場の中へと歩き出すのを見て、エルフの女
性がナグアを呼び止める。
﹁座る席がなければ作ればいいんだよ。適当な奴から奪ってくる﹂
﹁馬鹿ですか貴方は!? 余計な問題事を起こさないでくださいよ
!﹂
グゥー。
叫ぶと同時に、エルフの女性の腹が鳴る。どうやらこちらも腹を
減らしていたようだ。やせ我慢がばれてしまったせいか、女性は白
い肌を真赤にしている。
﹁ほら、お前だってそうなんじゃねーか。アリエル﹂
804
﹁こ、これはっ︱︱︱﹂
・・
﹁ナグア、暴力は駄目﹂
﹁わーてるよ。極力控える﹂
シルヴィアの言葉を理解しているかどうかは定かではないが、ナ
グアは精霊歌亭の中へと足を踏み入れ獲物を探す。
︵アリエルに任せていちゃ何時まで経っても飯にありつけねぇ。っ
たく、これ以上シルヴィアを歩かせる気かっつの。っは、ここは俺
が一肌脱ぐしかねえな!︶
︵︱︱︱とか考えてるんだろうな。ナグアの奴︶
赤髪の少女、エマはナグアがシルヴィアにほの字であることを見
抜いていた。
︵まあ、どうせなら見た感じ癇に障る奴にするか。さぁて︱︱︱︶
ナグアが店内を見回すと、ある一団が目に付いた。
﹁それでね、この前看病してもらったお礼って訳じゃないんだけど、
受け取ってほしい物があるのよ。私、あの時酷いこと言っちゃった
かもしれないし⋮⋮ あ、空になちゃったわね。注ぐわ﹂
﹁セラねえ、程々に、程々に! もう6杯目だよ!﹂
﹁酒じゃないから大丈夫だ。これくらいは付き合うよ。それにあの
時のことなら気にするな。俺が勝手にやったことだ﹂
﹁あなた様、大変です。カレーが出てきません﹂
そのテーブルの中央には黒い服装の男がいた。赤髪の美女に酌を
させ、その反対側では青髪の清楚な美少女が男の腕を掴んで放そう
としない。更には可愛らしい女の子が︱︱︱ このあたりでナグア
805
の視界は真赤に染まった。男の向かいに座る大鎧など最早目に入っ
ていない。
︵あいつしかいねぇよな。殺っちゃっていいよな。ああ、許される
よな︶
額に青筋を立てながらナグアはズンズンと進む。腹を空かせるシ
ルヴィアの為に、ほんの僅かな自分の腹いせの為に。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
セラにお酌をされながら、俺はこちらに向かってくる獣人の男に
も意識を割く。プリティアの前情報から推測するならば、おそらく
はあの銀髪の少女がシルヴィアだろう。シルヴィアという名前を耳
にしたことが始まりであったが、特にこちらからアクションを起こ
そうとは思っていなかった。俺の状態もこんなだしな。だが穏便に
済ませようとする俺の思いとは裏腹に、シルヴィアのパーティメン
バーらしき獣人の男が俺達のテーブル席へと近づいてきた。元々強
面の不良顔だったが俺を見つけた途端、明らかに怒りを露にしてい
る。俺、何かしたっけ?
﹁えっと、これなんだけど︱︱︱﹂
セラは懐から何かを出そうとする。だがタイミングとは良いもの
で、獣人の男が俺に言葉を投げてくるのが早かった。
﹁よう、そこの黒髪のあんちゃん。随分と楽しんでいるみたいだな﹂
806
﹁⋮⋮えーと、どちら様だったかな?﹂
﹁っは、初対面だよ! 悪りぃんだが、この席譲ってくんねぇか?
どの店も満席でよ、俺ぁクタクタなんだ。なあ、気の優しそうな
あんちゃん、譲ってくれるよなぁ?﹂
あからさまに挑発的な態度だな。害意を見せればどけるとでも思
っているのだろうか。穏便に、とは言ったが、それは支障がなけれ
ばの話だ。この宴はセラとジェラールが俺の為に開いてくれたもの、
それをご破算にするような行為は許せない。
﹁すまない。この席は俺の予約席なんだ。他を当たってくれるかな
?﹂
笑顔を顔に貼り付かせてやんわりと断る。これで素直に帰るなら
良し、手を出すのならば相応の対応をしないとな。
﹁っは、女の前だからって強がるなよ! それともまだ分かってね
ぇのか? 俺はそこを退けって言ってんだよ!﹂
男の声に周囲の冒険者達も事態に気が付いたようだ。何事かと視
線を向けてくる。ジェラール達も言葉こそ発しないが、各々警戒態
勢に入っていた。
﹁だから何度も言わすなよ。断ると言ってるんだ。その耳は飾りか
?﹂
﹁度胸だけは良いじゃねぇか。表に出な。後悔させてや︱︱︱﹂
﹁︱︱︱へえ、後悔ね﹂
聞いたこともない、セラの冷たい声。ゆっくりとした動きでセラ
が丸テーブルの端を掴むと、ピシピシとそこから亀裂が走り砕け散
807
ってしまった。一応、時折力自慢の冒険者たちが腕相撲をする分厚
く頑丈なテーブルなのだが。卓上の料理はリュカを膝に乗せたジェ
ラールと周囲に気を配っていたリオンが死守している。メルフィー
ナも蒸し鶏の乗った大皿をきっちり手にしていた。
﹁表に出るまでもないわよ。ここで私が終わらせてあげるから﹂
あれ、予定と違うぞ? 黒い魔力を放ちながら立ち上がるセラの
赤い瞳は、更に紅に染まっている。セ、セラさん!?
﹃悪魔が激怒した際の特徴ですね。マジ切れです﹄
メルフィーナの冷静な解説。ついでに蒸し鶏をパクリ。
﹃いや、どうしてセラがあそこまで怒っているんだよ!?﹄
﹃彼女なりに勇気を振り絞ったところに運悪くあの獣人が来てしま
った、といったところでしょうか。幸運値の高い彼女にしては珍し
いですね﹄
俺の動揺を他所に、酒場は一気に活気付いていく。
﹁決闘だ! 決闘が始まるぞ!﹂
﹁あの獣人、これからエフィルちゃんの料理が出てくるっつうのに
⋮⋮!﹂
﹁おい、テーブル寄せるぞ。割れ物に注意しろよな。俺がクレアに
殺される﹂
﹁どっちに賭けるよ?﹂
﹁何秒持つかの間違いだろ。あんなセラさん初めて見たぞ﹂
皆酔ってるのにこの完成された連携力は何なんだろうな。冒険者
808
達によって決闘の舞台が着々と整えられていく。壁際に丸テーブル
を横に設置して柵代わりにし、簡易客席が早くも完成。賭けをする
者も出始める始末だ。
﹁ッチ! 俺は女子供に用はねぇんだよ。そっちの黒髪を出せ﹂
﹁キャンキャン煩いわね。怖気付いたならそう言いなさいよ﹂
﹁ああん!?﹂
ビシビシとセラと獣人の男の間で火花が散る。そんな中、こちら
に向かって来る者がいた。シルヴィアとその仲間達だ。
﹁そ、そこの貴方! 私たち、あの馬鹿犬のパーティの者なんです
! まずは非礼を詫びます。申し訳ありませんでした!﹂
エルフの女性が腰を90度曲げ、物凄い勢いで頭を下げてきた。
続いてシルヴィアと赤髪の少女、ドワーフの男も謝罪の言葉を口に
する。
﹁あの馬鹿は私が責任持って連れ帰ります! どうか、決闘を取り
下げさせて頂けないでしょうか? もちろん、ご迷惑をお掛けした
相応のお金はお渡し致します﹂
﹁いえ、私としては騒ぎが収まればそれで良いのですが⋮⋮﹂
再びセラを見る。先程から送っている念話もいまだ受け取ろうと
しない。
﹁無理ですね。満足するまでやらせましょう﹂
﹁そ、そんな⋮⋮ 彼女が危険です! 彼は﹃凶獣﹄のナグア、あ
れでも二つ名持ちの冒険者なんです!﹂
﹁二つ名持ちですか、それは大変ですね﹂
809
﹁なら、早く決闘を中止させて︱︱︱﹂
﹁アリエル、違う﹂
シルヴィアがエルフの肩に手を乗せ、フルフルと顔を横に振った。
﹁危ないのは、ナグアの方﹂
810
第116話 一弾指
︱︱︱精霊歌亭・酒場
急遽設営された決闘場は冒険者を中心に更にヒートアップ。酔い
に押されてか、祭事による影響か、異様な盛り上がりを見せていた。
﹁へえ、今日はこんな出し物まであるんだな。ジェラールの旦那と
セラちゃんもやるねぇ。で、その相手は誰なんだ?﹂
﹁キャー! セラ姉様がんばって∼!﹂
﹁アンタ、この騒ぎは何事なんだい? うん?﹂
﹁ク、クレア!? 違うんだ、事の成り行きでこうなってしまった
と言うか⋮⋮﹂
﹁おーい、獣人のあんちゃん! 10秒は持ってくれよ!﹂
酒場に集まった冒険者の殆どが身内ということもあり、セラを応
援する声が大半だ。まあ、事の原因が恐喝紛いなものだったから、
他でも同じような結果になっていただろうが。
﹁っは、好き放題言ってくれるもんだぜ。10秒なんて笑えもしね
ぇ﹂
﹁初めて意見が合ったわね。3秒で十分よ﹂
﹁﹁﹁おおー!﹂﹂﹂
セラが3本指を立てると再び会場が沸きあがる。その挑発にナグ
アの青筋は破裂せんばかりに膨らんでいた。
﹁⋮⋮自己紹介がまだだったな、女。俺の名はナグア。﹃凶獣﹄の
811
ナグアと言えば分かるか? ああ?﹂
ナグアの言葉に一部の冒険者がどよめく。
﹁﹃凶獣﹄って言えば、﹃氷姫﹄のとこの傭兵じゃねーか!﹂
﹁あのガウンでも凶暴なことで有名な?﹂
﹁待てよ。去年、女剣士に打ち負かされたって聞いたぞ﹂
どうやらナグアを知っている者も少なからずいるようだ。最後の
情報の相手はシルヴィアだろうか?
﹁知らないわよ。誰よそれ?﹂
﹁ッチ! これだから無知な女は⋮⋮ もういい、さっさと始めよ
うや﹂
﹁ええ。リオン、合図をお願い﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
リオンが不安そうに俺を見る。
﹁リオン、大丈夫だからセラを信じてやれ。何だかんだで俺らに迷
惑がかかるようなことは絶対にしないからさ﹂
酒が入ってなければな。
﹁待って、ナグア﹂
今にも戦いが始まろうとしていたその時、シルヴィアがナグアに
声をかけてきた。
﹁止めておいた方がいいよ。ナグアじゃ彼女に勝てない﹂
812
﹁っは、シルヴィアの冗談が聞けるなんて今日はラッキーだぜ! 心配すんな。こんな女、速攻倒してとっとと飯だ﹂
﹁えっと、冗談じゃなくて⋮⋮﹂
﹁いいからさっさと壁際に戻れ﹂
ナグアにしっしと手を払われ、シルヴィアは渋々と元いた場所へ
戻っていく。しゅんとして赤髪の少女に慰められているところを見
るに、意外と彼女はメンタルが弱いのかもしれない。
︵シルヴィア、分かってるってぇの。お前はあの女を気遣ってそん
な芝居したんだろ? だがな、ここまで言われたとあっちゃあ後に
引けないんだよ︶
しかも彼は盛大に勘違いをしていた。
﹁待たせたな。さ、やろうぜ﹂
ナグアが姿勢を低く、前のめりに構える。その姿は獲物を狩るハ
ンターの様であった。対してセラは仁王立ちのまま不動を貫く。構
えを取る気配はない。
︵ああん? やる気あんのかこいつ?︶
﹁それじゃあ、始めるよ﹂
リオンが手を振り上げる。酒場に集まる者達の視線がその小さな
手に集まり、一時の静寂が訪れた。皆、固唾を飲んで見守っている
のだ。緊張感に包まれる中、リオンの腕が今、振り下ろされた。
ナグアが低い姿勢のまま前に特攻する。その動きは獣のようにし
813
なやかで、瞬時にして目にも留まらぬ速度へと至る。驚くべき加速
と言えるだろう。
﹁さあ、楽しもうじゃぶふぇあっ!﹂
﹁︱︱︱3秒﹂
そんなナグアの眼前に現れたのは、先ほどまで構えもとっていな
かったセラであった。ナグアはセラを認識できていただろうか。次
の瞬間にはセラにぶっ飛ばされ、外へと続く精霊歌亭のスイングド
アへと綺麗に吸い込まれていく。ズザザと激しく転がる音が暫く続
き、それが止み終わるまで酒場は粛然としていた。
﹁あら、結局表に出ちゃったわね﹂
セラが仁王立ちの体勢に戻る。
﹁ナ、ナグアー!﹂
エルフの女性、アリエルが叫びを上げながら外へと駆け出した。
シルヴィアの忠告を受けて、彼女はこの結末を想像できていただろ
うか。その叫びを境にして冒険者達も我に返っていく。
﹁お、おいっ。お前、何が起こったか分かったか?﹂
﹁いや、セラさんがいきなり﹃凶獣﹄の前に現れて、何かしたくら
いしか⋮⋮﹂
﹁私は見えたわ! セラ姉様の拳があの男の顔面を捉えていたもの
っ!﹂
・
観客と化した冒険者達は何が起こったのか理解できていないよう
・
だな。彼らの殆どはD級前後のランクだ、ナグアを吹き飛ばした最
814
後の一撃を認識できれば上出来だろう。
﹁エマ、コクドリ、見えた?﹂
﹁攻撃は全部で3回、いや4回だったか? 見に徹して漸く見切れ
るかどうかの領域だ。1対1ではあっしでも彼女には勝てんだろう﹂
﹁⋮⋮驚いたわ。あの無防備な状態から加速したナグアの顎を正確
に捉えるなんて﹂
シルヴィアとドワーフのコクドリ、赤髪のエマは大方何が起こっ
たか理解しているようだな。鑑定眼は当日の楽しみということで敢
えて使わないが、この3人はナグアとアリエルよりできそうだ。
事の詳細を明かしてしまえば、セラは3秒の間に攻撃を4回行っ
た。
ナグアが高速で近づいて来るのに対し、セラは一歩で懐に入り込
みナグアの顎に初撃のジャブを軽く放つ。軽くと言ってもピンポイ
ントで狙ったセラの一撃だ。俺は受けたくない。ナグアの脳は大き
く揺さ振られ、彼はこの時点で意識を失う。
順当にいけばそのまま膝をついて試合終了なんだろうが、セラは
それを許さなかった。落ちようとするナグアに今度はアッパーカッ
トを打ち込み、ほんの僅かにではあったが彼は宙を舞った。沈んだ
り浮いたりと彼も忙しいな。
そして僅かに浮いたところをすかさず左ボディを決め、ラストに
顔面目掛けての右ストレートで場外と言う訳だ。最早サンドバック
状態である。それでも、セラは手加減をしてくれていた。セラが本
気で打ち込めば素手であろうとナグアは原形を留めていなかっただ
ろうしな。重症ではあるが死んではいないはずだ。後は仲間に回復
815
してもらえ。
﹁仲間がやられたって言うのに、随分と悠長だね。あのエルフのよ
うに追わなくいいの?﹂
﹁えっと、手加減してくれたみたいだし、大丈夫だと思うから﹂
﹁何でそう思う?﹂
セラは勿論、リオン達には俺の﹃隠蔽﹄がかけられている。S級
の鑑定眼でも防ぐことができるので、ステータスを見ることはでき
ないはずなのだが。
﹁⋮⋮何となく?﹂
ああ、こいつもセラと同じ感覚派か。
﹃ケルにい、この人ギリギリ大丈夫そうだよー。今、仲間のエルフ
の人が回復魔法かけてるところ。歯とかは何本か折れちゃってるけ
ど⋮⋮﹄
リオンから安否の連絡が届く。
﹃了解。後はそのエルフに任せて戻って来い﹄
﹃はーい﹄
これであっちは安心かな。今度はこっちの処理だ。
﹁シルヴィアがこう言ってるんで、たぶん、本当に大丈夫です。ナ
グアにとっても良い薬になると思います。それで、私たちがご迷惑
をお掛けしてしまったことについてなんですが⋮⋮ ええと⋮⋮﹂
816
エマの言葉が詰まる。まあ気持ちは分かる。S級冒険者のシルヴ
ィアを筆頭とした彼女のパーティの者が何者かも分からない格下相
手に喧嘩を売り、更に負けてしまったのだ。その場を目撃した証人
である冒険者も多数。立場上、シルヴィアの沽券に関わる事態であ
る。おそらくは表沙汰にしてほしくないのだが、どうすればいいの
か分からず当惑しているのだろう。まあ、俺としてもこんなことを
大事にしたくはない。
﹁そうだな⋮⋮ ジェラール﹂
﹁む?﹂
膝上ですやすやと眠るリュカをあやすジェラールに念話を送る。
エルフの里で見せたお前の口説、思い出したくはないがここで発揮
してくれ。
﹃うむ、承知した﹄
ちょうど酒場に戻ってきたリオンにリュカを渡し、ジェラールが
決闘場であった酒場の中央へ歩いて行く。脇に抱えるは木製のお立
ち台だ。お立ち台の設置を終えたジェラールはおもむろにそこに上
がりだし、咳払いをひとつした。
﹁皆の者、今回のセラと凶獣による見世物はどうであったかな!?
始めからやらせであったとは言え、なかなかの迫力であったろう
!﹂
ジェラールの口上は続く。先ほどジェラールに指示したのは、決
闘を完全な八百長ショーにさせることだった。隠し切れない事実が
あるのなら、その根本の認識を変えてしまえば良いのだ。
817
﹁な、なにぃ! あれ、演技だったのか!?﹂
﹁動きが見えないくらいの速さだったぞ。S級冒険者ってやっぱや
べぇな⋮⋮﹂
﹁ほ、ほらクレア、やっぱりケルヴィンの差し金だった⋮⋮ だか
らそろそろ勘弁して⋮⋮﹂
﹁あらま。アレ、宴の演目だったんだね∼。完全に騙されたよ!﹂
そりゃ迫真の実演でしたから。しかし、クレアさんにはテーブル
代を払わないといけないな。粉砕してしまったし。しかし迷惑料も
含めて返すとしても、クレアさん受け取ってくれないからな⋮⋮ よし、色を付けてまとめて渡してしまおう! ウルドさんの治療費
も含めて!
﹁騙して悪かった! 侘びと言っては何だが、今日の代金は俺がま
とめて払おう。明日は大事な昇格式、模擬試合もある。皆、今日は
ドンドン飲んで盛り上げてくれよ!﹂
﹁﹁﹁うおおおー!﹂﹂﹂
今日一番の盛り上がり。誰だってタダ酒は嬉しいのだ。そして飲
んだだけクレアさんの懐も潤う。自然に代金も渡せる。おっし、こ
っちも解決!
﹁あ、あの、何でここまで? こんなことをしても、貴方にメリッ
トは⋮⋮﹂
﹁なら、ひとつお願いを聞いてもらえないかな?﹂
﹁︱︱︱!﹂
エマとコクドリが﹁やはり!﹂みたいな警戒をする。いや、別に
無理難題を言うつもりはないから安心してほしいのだが。至って健
全なお願いだよ。
818
﹁シルヴィア。明日の模擬試合、本気で戦ってくれ﹂
﹁本気で?﹂
﹁ああ、お願いはそれだけだよ﹂
﹁⋮⋮それがどう貴方と関係するのですか?﹂
﹁それは︱︱︱ ああ、悪い。うちのが帰ってきた。その辺の冒険
者に聞けば分かるよ。じゃあね﹂
﹁ちょ、ちょっと!﹂
ジェラールに独占された決闘場からセラが戻って来た。瞳の赤み
は多少薄れているが、若干涙目だ。ここからが俺にとっての一番の
問題なのだ。言う事は言った。もうシルヴィア達に構っている余裕
はないのだ。
819
第117話 約束
︱︱︱精霊歌亭・酒場
﹁セラ、いい加減元気だせよ﹂
﹁ふんっ! もういいのっ!﹂
クレアさんにお願いして破壊してしまった代わりのテーブルを出
してもらい、仕切りなおしという形で俺たちは飲み直していた。勿
論、酒じゃなくジュースでだ。
今でこそ愚痴が言えるくらいには機嫌を直してくれたが、決闘後
は大変であった。席に戻るなり無言でテーブルに伏せてしまったセ
ラを、あの手この手で落ち着かそうとしていたのだ。最終的にはセ
ラの頭を15分かけて大事に大事に撫で続け、今度釣りに一緒に行
く約束をすることで徐々に今の調子になってくれた。何だか出会っ
た頃を思い出すな。あの時もセラを泣き止ますのには苦労したもの
だ。
﹁もう、ケルヴィンにプレゼントは渡し損ねるし、変な男は現れる
し⋮⋮ 予定が滅茶苦茶よ!﹂
﹁でもセラねえ、ちゃんと手加減してたじゃん。僕ハラハラしてた
よ﹂
リオンは皿上で自前の箸を使って肉に付いた小骨を取り除き、影
に潜むアレックスに分け与えながら会話する。
﹁それにプレゼントならいつでも受け取るって。何なら今からでも
820
大歓迎だぞ﹂
﹁今はいや。雰囲気じゃないし﹂
﹁⋮⋮まあ、うん﹂
ちなみにこのテーブル、相席である。その相席の相手はと言うと
︱︱︱
﹁美味しい⋮⋮ これ、凄く美味しい﹂
﹁ほらシルヴィア、口の周りが汚れているよ﹂
﹁ん⋮⋮ エマ、ありがと﹂
﹁はい、どういたしまして﹂
シルヴィアとエマであった。と言うのも、クレアさんがテーブル
を準備してくれていた頃にリュカが完全に眠ってしまい、ジェラー
ルが屋敷へと連れて帰った為に、席が二人分空いてしまったのだ。
空いた空席をジーっと見詰めるシルヴィアの捨てられた子猫のよう
な瞳に負けてしまい、仕方なく二人だけ相席を許したんだ。構って
いる暇はないと宣言し、別れておいてこれである。実に早い再会だ
った。雑談を交わしているうちに今ではそれなりに打ち解けている。
アリエルとコクドリはナグアに付き添って先に宿へ向かった。彼
女らの話によると冒険者ギルドが予め宿を用意してくれていたそう
なのだが、肝心の食事の時間が既に終了していたと言うのだ。こん
な夜もそこそこな時間では露店などはやっておらず、俺の昇格式の
影響でどこの酒場も人混みだらけ。腹を空かせたシルヴィアに見か
ねて、ナグアが適当な奴から席を譲ってもらおうとしていたらしい。
本当であればその辺のチンピラやゴロツキを狙う手筈だったのだが、
何を思い違えたのか俺に喧嘩を吹っ掛けてしまったと、以上がエマ
の釈明である。
821
﹁それにしてもケルヴィンさんも人が悪いです。シルヴィアと明日
戦う相手が貴方だったなんて⋮⋮ 新たにS級冒険者に昇格される
パーティの方だったのなら、ナグアが負かされたのも納得です。い
え、力を見誤り敗北してしまったのは問題なのですが﹂
﹁ああ、言おうとはしたんだけどな﹂
この酒場にいる冒険者に聞けば直ぐに分かることだし、セラが最
優先だったからな。
﹁がるる﹂
﹁ほら、セラもこれ以上飛びつこうとしない﹂
﹁ええっと、本当にごめんなさい⋮⋮﹂
セラはまだシルヴィア達に対して警戒心を解いていないようで、
唸りながら睨みつけている。
﹁明日の試合で本気を出してくれればそれでいいって。な、セラ?﹂
﹁⋮⋮ケルヴィンがそう言うなら、別にいいけど﹂
﹁ってことだ。明日はよろしく頼む﹂
ふふ、今から明日が楽しみだ。
﹁それは構わない。でも、何で?﹂
﹁明日の模擬試合では死ぬことがないんだろ? シルヴィアと全力
で戦えるまたとない貴重な機会じゃないか。手加減なんかされたら
もったいないだろ﹂
﹁うん。 ⋮⋮うん?﹂
ナポリタンを頬張りながら疑問符を浮かべるシルヴィア。むう、
残念ながらシルヴィアにはこの素晴らしさが分からないらしい。実
822
に嘆かわしい。
﹁よく分からないけど、試合で全力を出せばいいんだね? 約束す
る﹂
﹁シルヴィア、程々にね⋮⋮﹂
﹁あはは、ケルにい良かったね﹂
﹁お待たせ致しました。こちら、追加注文のナポリタンでございま
す﹂
エフィルがシルヴィアとメルフィーナがおかわりとして注文した
料理を運んできた。メルフィーナほどでないにしろ、シルヴィアも
かなりの量の料理を平らげている。体格的にはエフィルと同じくら
いなんだけどな。
しかしシルヴィアが来てから、会話にも参加しないでメルフィー
ナの食べるペースが早くなったのは気のせいだろうか? もしかし
て、張り合ってる?
﹁そうだ、紹介がまだだったな﹂
シルヴィア達にエフィルを紹介する。
﹁へえ、ケルヴィンさんのお屋敷のメイドさんなんですね。この料
理もエフィルさんが⋮⋮ ん? 何でここでウェイトレスをしてる
んですか?﹂
﹁女将のクレアさんが私の料理のお師匠様なんです。本日は裏方で
手伝いをしておりました﹂
﹁さっきトラージの料理が出てきただろ? あれもエフィルが調理
したんだ﹂
﹁そうだったんですね。とっても美味しかったです。不思議と涙が
823
出てきたりして⋮⋮﹂
その時、シルヴィアがエフィルの手を両手でガシッと握る。何事
だ?
﹁あのっ!﹂
﹁は、はい。何でしょうか?﹂
﹁サイン、ください﹂
︱︱︱本日、エフィルのファンがひとり増えた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸への道中
前祝いの宴も無事お開きとなり、俺はエフィル、セラ、リオン、
メルフィーナと共に屋敷の帰途につく。俺の足腰も大分回復し、何
とかひとりで歩けるようになった。いつまでもエフィルの肩を借り
ている訳にもいくまい。当のエフィルは少し残念そうだったが。
﹁話をしてみれば、なかなか良い子達でしたね﹂
﹁いや、メルは食べてばっかりだったろ﹂
﹁まあ、思ったよりは悪い奴じゃなさそうね。あの犬男は別だけど﹂
セラも最後には普通に話すくらいはしていたしな。まあ、あのナ
グアって男が相手だとまた拳が先に出てしまいそうだが。
824
﹁あの、サインはあれで良かったのでしょうか? 私、サインなん
てしたことなくって⋮⋮﹂
﹁渡された相手が満足気だったから良いんじゃないか? 俺も前に
書かされた時は微妙な心境だった﹂
あれはA級に昇格したときだったかな? ええと、書いた相手は
誰だったか。
﹁ご主人様に文字を教わっていて助かりました。トラージにいた頃
は辛うじて読める程度でしたから﹂
﹁そうなの? 僕は初めから読み書きできたけど﹂
﹁転生すると自動で習得するんだったかな。俺も初めから言葉が話
せたし、文字も読めた﹂
﹁日常に支障が出ないようにする為のサービスみたいなものです。
流石に言葉も文字も通じないと辛いでしょうから﹂
雑談もそこそこに、屋敷の門前に到着。む、そう言えばプリティ
アに半壊された門番ゴーレムの修理もまだだったな。それまでは屋
敷内のゴーレムを門番として割り振っておくとしよう。
﹁ご主人様、皆様。お帰りなさいませ﹂
門を開けると屋敷の中からエリィが出迎えに来てくれた。
﹁リュカがご迷惑をお掛けしました。あの子、メイド長の作ったも
のに見境がなくて﹂
﹁次から気をつけてくれればいいよ。ジェラールも楽しんでいたみ
たいだしね﹂
﹁ジェラール様にはいつも良くして頂いています﹂
﹁ご主人様、湯はまだでしたよね? 入られますか?﹂
825
クリーン
ああ、そう言えばまだだったな。清風で誤魔化していたんだった。
うん、今なら入れそうだ。
﹁準備してもらおうかな。今日は気持ちよく寝たいし﹂
﹁承知しました﹂
さて、明日はいよいよS級への昇格式。そして待ちに待ったシル
ヴィアとの模擬試合だ。デラミスの巫女、コレットとも接触する必
要がある。今夜は早々に寝るとしよう。
826
第118話 昇格式
︱︱︱パーズの街・仮設ホール
昇格式当日。街の中心部、祭事の際に使用される多目的広場に建
設された仮設会場に俺たちは赴く。会場中央の通路横には来賓用の
椅子が並び、一般の来客はホールの外周から見物できるつくりにな
っている。しかし、3日でこれだけの規模の会場を作り上げるって
のも凄いものだ。やはりスキルの力によるものなのだろうか。
﹁あ、ケルヴィン! もう来ていたんだね﹂
﹁おはようアンジェ。今日はよろしく頼むな﹂
﹁あはは∼。新たなS級冒険者様に頼まれるなんて光栄だね。うん、
大船に乗ったつもりで任せてよ﹂
今日は一日アンジェが付き人として随伴し、昇格式や模擬試合の
案内をしてくれるそうだ。ギルドの職員の中で一番仲がいいのはア
ンジェだからな。リオが気を利かしてくれたのかもしれない。
﹁ちょっと早いけど、先に今日のスケジュールを説明しようかな﹂
アンジェが肩にかけたポシェットから紙を取り出し、全員に配り
だす。ふんふん、今日の予定表のようだな。
﹁式典が始まるのは10時からだね。それまでは自由にしていて大
丈夫だけど、早めに待機してくれると助かるかな。正装はギルドで
人数分準備しているから、控え室で着替えてね﹂
﹁正装でやるのか? 模擬試合用の装備で良いと思ってたよ﹂
827
アスタロトブレス
現在愛用している黒ローブ、智慧の抱擁を着用し気合を入れてき
たところなのだが。
﹁ごめんね。決まりって訳じゃないんだけど、うちのギルド長が変
にやる気でさ。独断で皆の分を作っちゃったみたいで。一応、ギル
ド公認の式服だからどこの礼式にも着ていけるよ。無償であげるか
らさ、昇格式の間だけでも我慢して⋮⋮ って、あれ? メルさん
は?﹂
﹁メルねえは体調不良で今日は休んでいるんだ。昨日から元気がな
くてさ﹂
﹁そうなの? 後でお見舞いに行かなきゃ﹂
リオンが体調不良を口実にしてアンジェに説明するが、これは真
赤な嘘である。今、メルフィーナは俺の魔力内にいる。以前メルフ
ィーナと話していた通り、コレットやデラミスの人々に対して姿を
見せないようにする為の対応策だ。そこまでする必要はないと思う
のだが、他は兎も角コレットはメルフィーナに対して感付く可能性
が非常に高いと言うのだ。伊達にメルフィーナから加護を受け、巫
女をやっている訳じゃないと言うことか。デラミスの巫女、流石だ
な。
﹃そうなのですが、そうじゃないと言いますか⋮⋮﹄
﹃ん、何か言ったか?﹄
﹃⋮⋮実際会った方が早いと思います﹄
今朝からメルフィーナの様子が少し変だな。本当に調子が悪いの
だろうか。
﹁式が無事に終わったら、昼食を食べて午後からは待ちに待った模
828
擬試合だよ。他国からお客さん達もどっちかと言うと試合目当てで
来てるかな。S級同士の試合なんてこんなときくらいしか観戦でき
ないからね﹂
﹁ケルヴィン、絶対に勝ちなさいよね! 負けたら承知しないから
!﹂
﹁当然。本気で勝ちにいくさ﹂
今日のセラは朝からテンションが高い。
﹁セ、セラさん妙に気合入ってるね﹂
アンジェがこっそりと耳打ちしてきた。
﹁昨日、色々あってさ。まあそっとしておいてくれ﹂
﹁そうなんだ。ケルヴィンも大変だね⋮⋮ 困ったことがあれば相
談に乗るから、私を頼ってね!﹂
﹁ありがとな、アンジェ。助かるよ﹂
やはりアンジェは友達想いの良い奴だな。これからも友達として
仲良くしていきたいものだ。
﹁ご主人様。式典までもう2時間ありますが、いかがなさいますか
?﹂
﹁ちょっと早く来過ぎたな。どこかで時間を潰して︱︱︱﹂
﹁あらぁ、ケルヴィンちゃんとジェラールのおじ様じゃなーい?﹂
背後から野太い声が聞こえた。振り向かなくとも誰かは分かる。
ジェラールが動揺してるし。
﹁プリティア。一昨日振りだな﹂
829
俺の予想通り、背後にいたのはゴルディアーナ・プリティアーナ
であった。前に会った時よりも化粧が濃く、お洒落しているように
見える。これがプリティアのドレスアップ姿か。危ういな。
﹁ええ。今日はいよいよ昇格式ねぇ。私も影ながら見守っているか
ら、しっかり頑張るのよぉ﹂
﹁ははは、心強いよ﹂
﹁それにしても、式までまだまだ時間があるわよぉ? 私はこれか
らお気に入りの喫茶店で、モーニングをとりながら読書でもしよう
と思ってたんだけどぉ⋮⋮ おじ様達も一緒に来ちゃう?﹂
キャピ! とウインクからハートが飛んでくるが、これはジェラ
ールのものだ。俺が受け取る訳にはいかない。避けておこう。
﹃ワシのでもないわい!﹄
ああ、ジェラールも迫り来るハートを避けてしまった。全く、こ
の照れ屋さんめ。
しかし喫茶店は悪くない選択肢だ。プリティアから面白い話も聞
けそうだし、ここは俺たちもご一緒させてもらおうか。
﹁時間も無駄にあるし、俺たちもお邪魔するよ﹂
﹁あらん、本当に!?﹂
﹁アンジェも一緒に︱︱︱ どうした?﹂
ふと見ると、アンジェが固まっていた。
﹁ケ、ケルヴィン。あの方は西大陸の﹃桃鬼﹄ゴルディアーナ・プ
830
リティアーナさんだよっ!? 何時の間にお知り合いになったの!
?﹂
﹁あれ? セラとの一件は聞いてないのか?﹂
﹁セラさんの? リオンちゃんが報告に来た新ダンジョンの話? それがゴルディアーナさんと何か関係あるの?﹂
んん? ギルドに連絡したのはプリティアじゃないのか?
﹁ああ、ごめんケルにい。詳しく話してなかったね。新ダンジョン
のモンスター討伐報告に行ったのは僕なんだ。プリティアちゃんの
名前も出そうとしたんだけど、分け前はいらないって聞かなくてさ。
⋮⋮そしてそのままギルドの前に僕とジェラじいを置いて、屋敷
にひとり突っ込んで行ったんだけどね﹂
﹁⋮⋮それでリオンは一歩遅れて屋敷に着いたのか﹂
そりゃ警備のゴーレム達もプリティア単体が突撃して来たら反応
するわ。
﹁いえ、その⋮⋮ つい先走っちゃったわん﹂
﹁もう、プリティアちゃんはそそっかしいんだから﹂
舌を出して赤くなるプリティア。違う、そういったポーズはうち
の女性陣にやってもらいたいのだ。
﹁と、兎も角ぅ! 喫茶店に行きましょう! 話はそれからよん!﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
831
プリティア一押し喫茶店で時間を潰した俺たちは、時間もそこそ
こに会場ホールへと移動する。会場前でいったん別れ、俺たちは控
え室へ、プリティアは来賓席へと向かっていった。
﹁なかなか雰囲気の良い喫茶店だったわね﹂
﹁ああ。もっと型破りなところかと思ったが、意外とプリティアは
センスが良いよな﹂
自分の服以外は。さて、気持ちを落ち着かせた所でリオの用意し
た正装に着替えるとしよう。
﹁さ、これが式服だよ﹂
アンジェから包みを渡される。各々で式服の種類が違うようで、
俺のものは貴族的な黒の正装であった。モールで装飾がなされてお
り、パーズ冒険者ギルドの紋章である翼が刻まれている。
エフィル、セラ、リオンら女性陣には各自の雰囲気に合わせたド
レスが配れる。こちらの品々は以前からギルド職員達が日々の徹夜
を乗り越えて考案したデザインだそうだ。おい、そこに力を入れて
たのかよ。俺の礼服と同様に翼が刻まれ、ランクもA級となかなか
に高い。
﹁メルさんの分のドレスもあるから、後で渡してね﹂
﹁了解。きっと喜ぶよ﹂
﹃エ、エフィル! この礼服、翼と尻尾を通す穴がないわ!﹄
﹃問題ありません。クロちゃんに裁縫道具を預けておきましたので、
数秒あればお直し可能です﹄
832
セラが慌てているが、エフィルに任せれば問題なさそうだな。
クリムゾンマント
さて、鎧姿のジェラールには翼が刻まれた白の外装が渡されるが
﹃自己改造﹄の特性上、装備してしまうと深紅の外装が消えてしま
うんだよな。どうしたものか。と言うか、一度装備してしまったら
この外装も外せないぞ。
﹁うーむ、アンジェ殿。私的な諸事情で悪いのじゃが、ワシはこの
ままでも良いか?﹂
﹁あ、ジェラールさんは大丈夫ですよ。絶対に装備を脱がないって
ことでギルド長も諦めてましたから﹂
﹁う、うむ。そうか⋮⋮?﹂
ジェラール、何か変に誤解されてる気がするぞ。
﹁ケルヴィンはあっちの更衣室で、エフィルちゃん達はこっちの女
子更衣室で着替えてね。時間になったら呼びに来るから。喫茶店で
話した通り、式典は﹁はい﹂だけ言っておけば大丈夫だから安心し
てね。ではでは∼﹂
アンジェに押され、ひとり更衣室に押し込まれる。
﹁⋮⋮着替えるか﹂
﹃あなた様、なぜか残念そうですね﹄
833
第119話 歴代最速の男
︱︱︱パーズの街・仮設ホール
昇格式開会直前。来賓席には各国の代表や有名冒険者が、その外
周を覆うように設けられた見物席には一般の人々が押し寄せ、会場
は人で埋め尽くされていた。
﹁今回の昇格式は無事に開催されましたな。前回は主役であるシル
ヴィアが不在とどうなるかと思いましたよ。私なんて未だに姿も見
たことがありません﹂
﹁そう言われるな。午後に行われる模擬試合では、そのシルヴィア
殿が相手を務めるそうですぞ。つまり今回は新たなS級冒険者とシ
ルヴィア殿、一度にそのふたりの戦いを拝観することができるので
す。昨年のことなど帳消しになりましょうぞ﹂
来賓席では早くも模擬試合がちらほらと話のタネとなっている。
その多くは貴族達によるものだ。ある者はあわよくばスカウトしよ
うと、またある者は新たな脅威と成り得るか調査の為に。思惑は千
差万別であるが、その根本にあるのはS級冒険者の力によるもの。
冒険者ギルドによる昇格式の告知から、各国の重鎮達が短期間で手
筈を整えパーズに赴く。この式典はそれだけの価値があるのだ。
︵今回も盛況ねぇ∼。私もジェラールのおじ様の雄姿を目に焼き付
けないとん!︶
中には不純な理由の者いるのだが、これは例外である。
834
﹁皆様、静粛にお願いします﹂
会場に響くはリオの声であった。雑多な音はピタリと止まり、人
々の注目は壇上に上がるリオに向けられる。
﹁大変お待たせ致しました。これより昇格式を開会します。この度、
栄えあるS級へと昇格しますのは、当パーズ冒険者ギルド所属、ケ
ルヴィンであります﹂
各所で僅かな囁き声が起こる。
﹁ケルヴィンが冒険者となったのは僅か3ヶ月前のこと。ですが、
アークデーモン
彼はこの短期間で数々の功績を挙げております。パーズ周辺に突如
出現した上級悪魔の討伐。悪名高き盗賊団﹃黒風﹄をデラミスの勇
者と共闘し壊滅。水国トラージでは国王の要請を受け、S級相当の
邪竜を討伐。つい最近では獣国ガウン領内にて不当に侵攻したトラ
イセン軍﹃混成魔獣団﹄の撃退に成功し、エルフの里を救いました。
我等冒険者ギルドはケルヴィンが相応しい力を持つと判断し、此度
彼をS級冒険者に昇格することを認めます﹂
リオが言い終えると、壇上の両脇にスポットライトのような光が
当てられる。そこにはトラージとガウンの国旗、そして水晶が置か
れていた。
﹁トラージ国、国王のツバキ・フジワラである。冒険者ケルヴィン
にその力があることを認めよう﹂
﹁ガウン国、獣王のレオンハルト・ガウンだ。同じく、ワシもケル
ヴィンを認める﹂
水晶から発せられる二人の国王の声。この水晶はどうやらマジッ
835
クアイテムのようである。
﹁東大陸二国の王より承認を頂いた。これにより、ケルヴィンの昇
格を正式なものと致します。捕捉ではありますが、この度のS級へ
の昇格は冒険者ギルド創設以来最速のものであります!﹂
外周の見学席より歓声が湧き上がる。こちらの客席の大半はパー
ズの人々。パーズ史上初のS級冒険者の誕生、このビッグニュース
に興奮しない者はいない。来賓席の貴族達は少しばかり面食らって
いるが、こればかりはそんな些細なことを気にしていられないのだ。
﹁それでは本日の主役に登場して頂きましょう。ケルヴィン、壇上
へ﹂
中央の通路後方より5人の人物が前に出で歩き出す。先頭を切る
のは黒き礼服を着飾るケルヴィン。それを囲うようにして緑のドレ
スに身を包ませたエフィルが、紅きドレスのセラが、純白のドレス
のリオンが寄添うように共に歩む。殿を務めるのはジェラールだ。
渡された外装は着用していないが、元々鎧姿であった為に荘厳とし
た雰囲気は十分であった。雄雄しく主の背を護る姿がその高潔さを
表していた。
﹁何と美しい⋮⋮﹂
﹁あ、あの者達も仲間なのか!?﹂
﹁いやいや、演出上の雇われ者であろう。 ︱︱︱何、違うのか!
?﹂
﹁ジェラールのおじ様⋮⋮ 素敵!﹂
何よりも注目を浴びたのはドレスアップした3名だろう。エフィ
ル達は普段化粧を全くしないのだが、本日はアンジェの手によりフ
836
ォーマルな軽めの化粧が施されている。元々凄まじく器量の良い彼
女達が一歩大人びた雰囲気を漂わせ、更にはギルド職員達が血眼に
なってまで作り上げたオーダーメイドドレスで着飾っているのだ。
社交場で鍛えれれた貴族の目であろうと、目を離さずにはいられな
かった。無意識に感嘆の息を漏らしてしまう。
﹁ふ、ふふ、今日まで頑張った甲斐があったな⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮ 俺たちの目に、狂いはなかった⋮⋮﹂
頑張りどころを少々間違った方向に向けていたギルド職員達がハ
イタッチを交わす。
﹁先輩達、何やってるんですか。まあ、確かに良い仕事ですけど⋮
⋮ って、先輩!?﹂
その後、彼らは連日の徹夜がたたって崩れ落ちてしまうのだが、
その表情はとても満足げだったとアンジェは語る。
視線集まる通路を通り抜け、ケルヴィンはリオのいる壇上に上が
る。エフィルらは壇上下で控える形だ。当然であるが、こうなれば
関心はケルヴィンに集まる。
﹁彼が歴代最速のケルヴィン殿か。おい、後に本国へ報告するのだ。
脳裏に焼き付けておけ。彼とはコネクションを持ちたい﹂
﹁まだ若いな。見た目は平凡な好青年に見えるが⋮⋮﹂
﹁あら、私は好きでしてよ。優美な佇まいではないですか﹂
貴族からの評価は一長一短。セラ達と見栄えを見比べ落胆する者、
その潜在能力を推し量ろうとする者と様々だ。その分、見学席から
の声援は一層大きい。
837
︵はあ、何か色々と思われていそうだ。早く午後にならんかなー︶
背中に視線をガシガシと感じ取り、ケルヴィンは心の中で溜息を
吐く。それでも顔は絶えずにこやかに、礼節を間違えぬよう注意を
払っている為、見る者の印象が悪くなることはなさそうだ。頭の中
が試合で一杯だとは誰も思わないだろう。
リオと並び立ち、客席に振り返る。今ここに、新たなS級冒険者
が誕生した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱仮設ホール・カフェテリア
﹁疲れた、めっちゃ疲れた⋮⋮﹂
昇格式が閉幕し、午後の模擬試合までの空き時間。取り巻きと化
した客人達の応対を終え、やっとのことで昼食タイムとなる。
﹁ん、お疲れ様﹂
﹁大変そうでしたね﹂
会場には至る所に屋台や食事処が展開されている。どこで食べよ
うかと巡っていると、偶然シルヴィアとエマを発見。ご一緒させて
もらうこととなった。既に空皿が何枚も重なっているが、メルフィ
ーナによって鍛えれた俺には全く気にならない。まだまだ物足りな
838
さを感じるくらいだ。
﹁他の人達は?﹂
﹁コクドリは別行動中です。たぶん、会場のどこかでしょう﹂
﹁ナグアはまだ動けないし、アリエルはその看病﹂
﹁ふーん、もう一発かましても良かったかしら?﹂
﹁こらこら﹂
﹁ギリギリ大丈夫、でもないかな? かなり危ないかも。耐えれる
ようにもう少し鍛えておくね﹂
挨拶代わりのデビルジョークを華麗に躱し、更にボケで返すシル
ヴィア。この子もなかなかの猛者である。
そんなところで店員が来たので適当に注文を済ませる。店員はな
ぜかガチガチに緊張していた。何だろう、今日が初仕事だったのか
な?
﹁シルヴィー。これからケルにいと試合だけど、調子はどう?﹂
リオンよ、相変わらず仲良くなるのが早いな。もうあだ名で呼ん
でいる仲なのか。
﹁何だか今日は調子が良い。約束通り、全力でいくね﹂
おお、何かオーラのようなものが見えるくらい気力に溢れている。
﹁ええと、昨夜からずっとこんな感じで⋮⋮ シルヴィア、何か変
なものでも食べたの?﹂
﹁エマと同じものしか食べてないよ。 ⋮⋮あっ、昨日のエフィル
さんの料理、とっても美味しかった。感動した。サイン、大事にす
839
るね﹂
ペコリと頭を下げるシルヴィア。
﹁ありがとうございます。また、ご馳走させてくださいね﹂
エフィルも頭を下げ返す。二人を見ていると和やか気持ちになる
な。
﹃エフィルの料理を食べたと言うことは、補助効果が付きましたね﹄
﹃あっ、そうか﹄
そう言えばシルヴィアも昨日、エフィルの料理食べてたもんな。
シルヴィアよ、ステータスを見てみなさい。素敵な補助効果が付い
てるよ。まあ俺もだから条件は同じだ。シルヴィア、午後は良い試
合をしよう。
840
第119話 歴代最速の男︵後書き︶
総合評価60000pt突破、累計ランキング入りしました。
これからもよろしくお願い致します。
841
第120話 試合開始
︱︱︱パーズの街・試合会場
昇格式が行われた仮設ホールのその隣。そこには試合会場である
簡易コロシアムが建造されていた。中央に円形の舞台が設置され、
仮設ホールの見物席と同様にその周囲が観客席となっている。戦場
となる舞台の装飾がやたらと凝っているのが印象的だ。
試合開始時間直前となった今は、どこを見ても人、人、人︱︱︱
席は満員、せかせかと売り子が歩き回り、会場は熱気に包まれて
いた。
﹁さあ遂に始まりますS級冒険者同士による模擬試合! 実況は私、
ガウン総合闘技場アナウンサーのロノウェがお送りします!﹂
上空を飛ぶ巨鳥の首にぶら下がっている四角い箱から猫耳の獣人
ロノウェの声が鳴り出す。これはガウンの闘技場でも使用されてい
るマジックアイテムで、所謂拡声器の役割を果たす。ガウンに住む、
もしくは過去に模擬試合の観戦経験のある者であれば見慣れたもの
だが、初めて耳にした者は驚くことだろう。しかも、パーズでこれ
が使われるのは今回は初めてである。そういった客人の大半は自分
の耳がおかしくなったのかと狼狽していた。
﹁へえ、あんなアイテムもあるんだな。シルヴィア、見たことある
?﹂
﹁ガウンの闘技場に行ったときに。あれ、耳に響くから慣れない⋮
⋮﹂
842
その頃、ケルヴィンはちょっとばかりの時間ができてしまい、舞
台上でシルヴィアと談笑中であった。なぜかと言えば︱︱︱
﹁んぐ、ケプッ⋮⋮ な、何とか飲み終えました。次、ケルヴィン
さんにかけますね⋮⋮﹂
﹁え、ええ。ゆっくりでいいですよ﹂
デラミスの巫女、コレットがケルヴィン達に魔法を施すのに苦戦
していたからである。最初にシルヴィアに対して魔法を施したのだ
が、その一発でMPがすっからかんになってしまってしまい、膝か
ら崩れ落ちてしまったのだ。これを予測していたのか両脇に待機し
ていた女神官達がタイミング良く受け止め、MP回復薬をコレット
に渡す。これがまた結構な量で、飲み干すには少女であるコレット
には辛い。だが飲まなければMPは回復しない。この役を引き受け
てしまった立場上飲むしかない。
回復薬はあればあるだけHPやMPを回復することが可能な冒険
に必須なアイテムだが、戦闘中に使用するには向かない。種類や等
級によって回復量や味はまちまちではあるが量は変わらず、その効
果を得る為には飲み干さなければならないからだ。戦闘中に悠長に
回復薬を飲むのは駆け出しの冒険者くらいなもの、と昔からよく例
え話に上げられるほどだ。万が一に使用するのであれば、パーティ
の仲間に安全を確保してもらいつつ飲むのが定石である。
︵試合前に少し話をしたかったんだが、これは後にした方が良さそ
うだな。何か必死だし⋮⋮︶
即死を回避する補助魔法をケルヴィンに施し、再び崩れるコレッ
ト。寸前でキャッチする女神官達。そして渡される回復薬。
843
﹁さ、巫女様。後は結界を張れば終わりですから!﹂
﹁え、ええ⋮⋮ 私、頑張るわ⋮⋮﹂
コレットは青い顔で回復薬の瓶に口をつける。ケルヴィンも心の
中で応援を送る中、そんなことは知らない会場はロノウェの軽やか
なトークスキルによって何とか間を持たせていた。
﹁舞台を作成したのはお馴染み職人のシーザー氏とそのお弟子さん。
今回こそはと破壊されない舞台作りに励んだようです。装飾の飾り
つけも気合が入っていますね!﹂
客席でとある一団がうんうんと頷く。
﹁さて、今回はゲストとしてS級冒険者であるゴルディアーナさん
を解説者としてお招きしています! ゴルディアーナさん、よろし
くお願いします﹂
﹁気軽にプリティアちゃんって呼んでくれていいわん。よろしくね
ぇ﹂
﹁早速ですがゴルディアーナさん。私、実況を放棄します!﹂
唐突にロノウェが実況を降板した。
﹁まあ、いつものことよねん﹂
﹁ええ。数多の名試合を実況し続けてきた私ですが、S級冒険者レ
ベルの戦いになりますと、まず目で追えませんからね。何をしてい
るのか全く分かりません! ですが皆さん、ご安心ください。ゴル
ディアーナさんにその都度説明して頂きますので!﹂
﹁いつも思うんだけど、それって貴女いらなくない?﹂
﹁音声拡散アイテムはうちの闘技場が貸し出してますので。これく
844
らいは役得かと。司会進行くらいの働きはしますよ﹂
ロノウェとゴルディアーナの会話を遮るように、闘技場に青白い
結界が展開される。結界が舞台を包み込むと、結界は色合いを失い
視認できなくなった。
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ これで、準備は完了、です⋮⋮ 良い試合にク
フッ、なることを祈っています⋮⋮﹂
口を両手で押さえながらコレットが退場していく。
︵巫女も大変なんだなぁ。吐かなきゃいいけど︶
ケルヴィンは心からそう思った。ちなみに回復薬は飲み干した時
点で効果が発動するので、その後で吐いたとしても問題はない。
﹁どうやら準備が整ったようですね。それでは試合のルールを最終
確認していきましょう!﹂
﹁お願いするわん﹂
﹁試合は円形舞台上で行われます。勝利条件は巫女様が施した死亡
回避の補助魔法を相手にダメージを与えることで破壊するか、相手
を舞台の外、場外に突き落とすかです! 舞台に張った結界は魔法
を完全に遮断しますが、人の出入りは問題なくできますので注意し
てください! お客様方は安心して試合を御覧くださいね。たぶん
私と同じで﹁やべえ﹂としか理解できないと思いますけど!﹂
﹁貴女、所々毒舌ねぇ﹂
﹁ボソボソ︵ここだけの話、分かった風な顔をしてる貴族も実際は
分かってないですからね。あれ、絶対連れて来た武官にそれとなく
内容を説明させてますよ︶﹂
﹁ボソボソ︵レディは黙って胸の奥にしまっておくものよぉ︶﹂
845
﹁さ、次は使用装備についてです! 事前に準備して頂いた装備で
あればランクに関係なく使用が認められます! アイテムは禁止で
すので持っちゃ駄目ですよ!﹂
﹁それについてはもう確認済みなんだけどねぇ﹂
舞台に上がる前に、ケルヴィンとシルヴィアは申請しているもの
と一致しているかどうかの確認をされている。アイテムの非所持と
共にどちらも審査をパスしているので言われるまでもない。普段は
装備に忍ばせているクロトの分身体も今日は留守だ。
﹁ルールは以上です! 理解しましたか? しましたよね!? そ
れでは開始位置へ着いて下さい! 早くっ!﹂
なぜか急かされる。
﹁シルヴィア。正々堂々、良い試合をしよう﹂
﹁分かってる。全力だよね。全力﹂
ケルヴィンとシルヴィアが試合前の握手を交わす。
﹁おっと。両選手、爽やかに握手しています。これはフェアな試合
が見れそうですね? ゴルディアーナさん﹂
﹁私もあの子たちの戦いを見るのは初めてなのよん。そんなのまだ
分からないわぁ﹂
両者が開始位置に着く。
﹁東に陣取るは今回の昇格者であるケルヴィン選手! 黒ローブに
杖を携えての登場です! 果たして彼はどういった試合を見せてく
れるのでしょうか?﹂
846
﹁ケルにい! 頑張ってー!﹂
﹁絶対勝つのよー!﹂
﹁ご武運を⋮⋮﹂ 最前席に備え付けられた特別席からケルヴィンに声援が届く。
﹁⋮⋮そしてお仲間の女性の誰が本命なのか!?﹂
客席から歓声と非難が入り混じった不協和音が鳴り響く。
︵なぜに今それを!?︶
パーズの外から来た男性陣からの視線が実に痛そうである。
﹁西に陣取るは前回の昇格者、シルヴィア選手! ケルヴィン選手
とは対称的に白と銀の軽鎧、そして武器は⋮⋮ 細剣のようです!
シルヴィア選手はご自分の昇格式には現れませんでしたからね。
どちらも実力は未知数、これは楽しみな試合になりそうです!﹂
﹁そろそろ開始時間ねぇ﹂
﹁おっと、失礼致しました。それでは試合を開始致しましょう! 準備はよろしいですね!?﹂
歓声が鳴り止み、ケルヴィンが杖を肩に乗せ振りかざすように、
シルヴィアが細剣を前に突き出すように構える。
﹁それでは試合︱︱︱ 開始っ!﹂
﹁︱︱︱!?﹂
コンタミネートバインド
エアプレッシャー
開始の合図と共に舞台の半分が泥沼と化し、強烈な風圧がシルヴ
ィアを襲う。ケルヴィンによる束縛の毒泥沼と重風圧の同時発動。
847
シルヴィアの足が底なしの毒を孕んだ沼に沈み、更には圧殺しかね
ない重圧が負荷をかける。
﹁ッシ!﹂
ボレアスデスサ
シルヴィアは圧力など意に介さずに前に進む。沼を駆け抜け、細
イズ
剣による一閃。だが、そこに待っていたのはケルヴィンの大風魔神
鎌。互いの獲物が交差し、潜り抜ける。
﹁⋮⋮いいなぁ。本当にいい﹂
ケルヴィンが血にぬれた頬に手をやる。僅かに光り、手を戻すと
既に傷はなくなっていた。
︵土、風、光。3属性も使うのかぁ。それにしても︱︱︱︶
﹁⋮⋮楽しそう﹂
﹁ああ、最高に楽しい。この日の為に努力してきた甲斐があったよ﹂
ケルヴィンは顔にシルヴィアへの賞賛の意を貼り付ける。
・・
﹁うん。私も約束通り、全力で殺しにいくね﹂
﹁え、ええっと、ゴルディアーナさん。一瞬過ぎて分からなかった
のですが、今のは⋮⋮?﹂
﹁ケルヴィンちゃんが毒沼にシルヴィアちゃんを重圧をかけて叩き
込もうとしたんだけど、自分の足元だけ凍らせることでシルヴィア
ちゃんは沼を回避。そのまま直進してケルヴィンちゃんの右眼目指
して剣で突き刺そうとしたわねぇ。あの勢いだと頭ごと貫き刺しそ
うだったわぁ﹂
848
﹁目ぇ!? あんな綺麗な顔して目潰しですか!?﹂
﹁上手く頬に逸らして躱したみたいだけどねぇ。対してケルヴィン
ちゃんは大鎌、あれは杖に仕掛けがあるのかしらん? まあいいわ
ぁ、あの大鎌でシルヴィアちゃんの首を取りにいったわねぇ﹂
﹁首ぃ!? 昇格式のときは好青年な感じ⋮⋮ って何か笑ってる
し!﹂
﹁コレットちゃんの魔法もあるし大丈夫よぉ。それに、上手く屈ん
で躱したみたい︱︱︱﹂
ゴルディアーナの解説を遮り、ロノウェが叫ぶ。
﹁この試合、思ったよりもダーティーだー!﹂
849
第121話 氷姫
︱︱︱パーズの街・試合会場
﹁ぬあぁー! 俺の舞台がぁー!?﹂
﹁親方、落ち着いてくだせぇ!﹂
コンタミネートバインド
ケルヴィンの束縛の毒泥沼によって泥状に溶解する舞台。その光
景を目にした職人シーザーは魂の悲鳴を上げる。客席では今にも舞
台に飛び掛らんと暴れるシーザーを弟子達が必死に止めていた。
﹁おっと、そう言えば今回は試合開始と同時に半壊してしまいまし
たね。舞台。シーザー氏自らが採掘に赴き、純度と品質の高い材料
を仕入れていたと伺っています。その努力も空しく、最短記録を更
新してしまいました! 肉体戦術重視のガウンとは異なり、他では
魔法も普通に使いますからね。次回はその点も踏まえて頑張っても
らいたいものです!﹂
﹁そんな物がもし作れたら、国中からオファーが来るでしょうねぇ。
そんなことよりも、次の戦闘にいきそうよん。目を離さないでぇ﹂
ゴルディアーナの予告通り、ケルヴィンとシルヴィアは次の手へ
と移行する。
オブシダンエッジ
グラウンドシヴァ
﹁剛黒の黒剣﹂
﹁極寒大地﹂
フ
舞台を素材にし構築される4メートルほどの黒剣。ケルヴィンの
ライ
背後には4本のそれが浮遊していた。そして、ケルヴィン自身も飛
850
翔によって浮かび、空中に停滞する。
﹁怖いなぁ。後少しで足をもっていかれるところだった﹂
﹁沼に落とそうとした人のセリフじゃないと思う﹂
﹁む、確かに﹂
シルヴィアが踏みしめる舞台には最早沼はない。舞台が沼ごと氷
塊となってしまっているのだ。コレットの結界内にある大地は、今
や全てシルヴィアのテリトリーとなっていた。
グラウンドシヴァ
︵A級青魔法︻極寒大地︼。あの地面に触れた傍から瞬時に凍結さ
せる魔法か。厄介だな。それに︱︱︱︶
鑑定眼で魔法の特性を確認したケルヴィンは続けてシルヴィアを
見る。
==============================
=======
シルヴィア[青字] 16歳 女 人間 魔法剣士
レベル:99
称号 :氷姫
HP :1088/1088
MP :1332/1620
筋力 :472
耐久 :316
敏捷 :1192︵+199︶
魔力 :852
幸運 :749
スキル:魔装甲︵固有スキル︶
851
剣術︵S級︶
青魔法︵S級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵A級︶
軍団指揮︵B級︶
教示︵C級︶
騎乗︵C級︶
自然治癒︵S級︶
魔力吸着︵A級︶
大食い︵A級︶ 補助効果:水竜王の加護
氷竜王の加護
隠蔽︵A級︶
調理/敏捷増加大︵S級︶
==============================
=======
エアプレッシャー
︵さっきから重風圧を絶えずかけてるってのに、気にする様子さえ
ない︶
エアプレッシャー
ケルヴィンは試合開始から今においてまで舞台全体に最大威力の
重風圧を放っていた。その証拠に徐々にではあるが氷塊と化した地
面が沈没している。ただし、シルヴィアの足元を除いてだが。
︵固有スキルの効果と見るべきか。沈没しない範囲から察するに、
シルヴィアのみを魔法系の攻撃から護る防御の類。だとすれば魔法
使いの天敵だな。ふふ⋮⋮︶
852
ヴォーテクスエッジ
並列思考による高速化された潜考を打ち切り、ケルヴィンは4本
の黒剣全てに狂飆の覇剣を施す。だが、その素振りを見せたと同時
にシルヴィアが動き出した。
ゲイザーカタラクト
﹁間欠泉の大滝﹂
氷塊を砕き、その隙間より噴出する熱湯。さながら大きな滝を逆
エア
さにして逆噴射させたかのようだ。火傷しそうなほど煮えぎった大
プレッシャー
量の熱湯がケルヴィンのいる空中へと広範囲に撒き散らされた。重
風圧を押し退けての魔法だ。かなりの魔力が篭められていると予測
される。
﹁これ、触ったら熱いらしいよ﹂
﹁だろうな!﹂
一方でケルヴィンは黒剣は柄の部分を合わせ、巨大な手裏剣状の
ヴォーテクスエ
形体にする。ケルヴィンの前方に位置するそれは、武器と言うより
は盾のように感じられる。
﹁回れ﹂
ッジ
黒剣が高速回転し、迫り来る大量の熱湯を弾き逸らす。狂飆の覇
剣の力を得たことも相まって、黒剣製の手裏剣は一滴も後方に取り
逃がしはしなかった。弾かれた熱湯は結界のドームにぶつかり消失
していく。
ゲイザーカタラクト
そんな中、気配察知により高速で空中へと昇ってくるシルヴィア
を感知。間欠泉の大滝により視界が塞がれ視認できないが、眼前よ
り迫ってくるのを確かに感じた。
853
ショットウィンド
ボレアスデスサイズ
ゲイザーカタラ
ケルヴィンは烈風刃を熱湯へとばら撒き、更に大風魔神鎌による
クト
斬撃を気配のする方向へとぶっ飛ばす。斬撃は先行し、間欠泉の大
滝を分断しながら押し進む。気配のする位置はもう間近、このまま
いけば接触する。
﹁よっと﹂
ショットウィンド
逆滝の狭間に見えたシルヴィアの姿。軽々と斬撃を躱し、後発の
烈風刃をその細剣で弾き飛ばしていく。
︵また器用なことを⋮⋮︶
シルヴィアは凍らせることで大沼を回避したときと同じように、
足元の熱湯で氷の足場を作り移動していた。それも恐ろしい速さで
だ。ケルヴィンの位置へと到達するのも時間の問題だろう。かなり
熱湯を被っているようだが、やはりダメージを受けている様子はな
い。
︵だが︱︱︱︶
ドガァン!
﹁︱︱︱!?﹂
ボレアスデスサイズ
ゲイザーカタラクト
氷塊となった舞台が真っ二つに断ち斬られる。シルヴィアが躱し
た大風魔神鎌の斬撃が直撃したのだ。間欠泉の大滝の大元であるが
地面が舞台ごと破壊され、それに伴い熱湯の放出も停止。それはつ
まり、シルヴィアの足場がなくなることを意味する。
ケルヴィンは即座に手裏剣の盾を4本の黒剣に分解、それぞれを
854
弾丸の如く無防備となったシルヴィアへ発射。地上であろうとA級
オブシダンエッジ
冒険者程度のレベルの者ならばまず避けられない速度。それを容赦
なく解き放つ。剛黒の黒剣は魔法で生成されてはいるが、その実は
ただ究極に硬く強靭な剣である。魔法的なダメージよりも物理的な
破壊の意味合いが強い。魔法の効きが弱いシルヴィアにも、これな
らばダメージが通るとケルヴィンは考えていたのだ。
シルヴィア自身も危険察知により黒剣の脅威を感じていた。まと
もに受ければ深手は必至。そんな絶望的な状況の中でも、シルヴィ
アは特に思索することはなかった。いや、天性のセンスにより次に
どうするべきなのか、体が分かっていたと言うべきか。
細剣を持たない右手から圧縮された水の魔法を放つ。ケルヴィン
の方向にではない、真横にだ。それによりシルヴィアの位置が僅か
に逸れ、一本目の黒剣がその直ぐ横を通り過ぎる。
﹁いつっ⋮⋮!﹂
そして、黒剣の刃のない横面を足場に走り出す。一歩目を踏む瞬
ヴォーテクスエッジ
間に漏れる僅かな声。シルヴィアの歩んだ道筋には血の足跡が残さ
れていた。黒剣には狂飆の覇剣による付与効果が施されている。魔
法が効き辛いと言っても、それを直に触れれば流石に切り傷程度は
できるようだ。されど、シルヴィアは2本目、3本目と放たれる黒
剣を次々に飛び移り、4本目に至る頃にはケルヴィンの眼前に迫っ
ていた。
﹁これで、終わり﹂
間近で見るシルヴィアの細剣は鏡のように光を反射し、ケルヴィ
ンの姿をくっきりと映し出すほど美しいものだった。その細剣が唸
855
り、危険色を帯び、神速で突き出される。狙うは、ケルヴィンの首
︱︱︱
﹁あれ?﹂
解き放った細剣が、見えない何かに遮断された。壁、それも何か
が渦巻いている。
ヒーリックスバリア
﹁螺旋護風壁。物理だろうが魔法だろうが、何物も通さない⋮⋮ だったかな?﹂
ボレアスデスサイズ
ケルヴィンが大風魔神鎌を構え、更にシルヴィアの背後からは巨
大手裏剣が迫っていた。
856
第122話 巨星
︱︱︱パーズの街・試合会場
アスタロトブレス
ケルヴィンが愛着するS級防具﹃智慧の抱擁﹄には多様な特性が
宿されている。消費MPの削減、特定の状態異常への耐性、熟練の
鍛冶師が鍛え上げた名剣をも通さぬ高い防御力等々。
その様々な特性の中でも最も特出すべきは、﹃接触した魔法を知
覚する力﹄だろう。攻撃魔法を受ける、補助魔法を施される、回復
してもらう、偶発的に触れる︱︱︱ 過程はどうであれ、接触さえ
アスタロトブレス
すればその魔法の構造様式が瞬時に紐解かれて氷解。露呈された情
報は智慧の抱擁を纏う者に還元される。後は少しの修練と適合する
スキルさえ所持していれば扱えるようになり、独自の術式によって
生み出される派生魔法でさえも識別可能となる。
更にケルヴィンはクライヴ戦の経験から、自らの魔力が触れたも
ヒーリックスバリア
オブシダンエッジ
のもその知覚対象になることを理解していた。ケルヴィンが使用し
た螺旋護風壁もこの特性を利用し、剛黒の黒剣から情報を通してク
ライヴより学んだものだ。
ヒーリックスバリア
螺旋護風壁は防御壁でありながら、近付く者を切り刻む凶悪な螺
旋の風。実際に苦戦を味わったケルヴィンもこの魔法の有用性は理
ブレイズアロー
解している。生半可な面での攻撃ではビクともしない為、エフィル
の極炎の矢のような一点集中型の猛攻でもなければ打ち破れない。
ヒーリックスバリア
ボレアスデスサイズ
だが、それ以前にシルヴィアは最悪の状況にあった。前方からは
螺旋護風壁を展開し、大風魔神鎌を構え口端を吊り上げるケルヴィ
857
オブシダンエッジ
ン。後方からは剛黒の黒剣で構成された漆黒の風車。シルヴィア自
身も細剣を弾かれた反動でバランスを崩している。
遥か高みにて行われる試合を、状況は分からずとも観客は必死に
目で追い見守っている。対してセラ達やゴルディアーナは状況を把
握した上で結論付ける。これで終わりだと。満足気に頷くセラに、
安堵するエフィルとリオン。ジェラールとゴルディアーナは心から
拍手を送っていた。
そんな中、シルヴィアは空を見ていた。顔色ひとつ変えることな
く、その綺麗な瞳で。
︵︱︱︱うん。結界の正確な高さを確認︶
どうすれば確実にケルヴィンを殺せるかを考えながら。
ヘイルミーティア
﹁墜ちる氷星﹂
シルヴィアが呟くと、晴天に恵まれていたはずの会場が突如影で
覆われる。唖然とする観客。ケルヴィンも背後に何物かの出現を感
じていた。ふと、シルヴィアの細剣にそれが映し出される。
﹁おいおい、これは⋮⋮!﹂
そこにあったものは巨大な氷の星、隕石とでも言うべきか。結界
内に納まるギリギリの、舞台一帯を余裕で覆うサイズであった。今
にもその巨星が落下しようとしているのだ。
ゲイザーカタラクト
﹁この結界の高度がかなりの高さまであったのは間欠泉の大滝で間
近に確認した。ん、やっぱりS級魔法は疲れるね⋮⋮﹂
858
﹁お前、道連れにする気か?﹂
﹁ううん。私はたぶん、大丈夫﹂
シルヴィアは氷竜王の加護を受けている。その効果は氷属性の威
ヒーリックスバリア
力増加と耐性。魔法を緩和する固有スキルと合わせれば、確かにシ
ルヴィアは無事かもしれない。だがケルヴィンは違う。螺旋護風壁
ゲイザーカタ
を展開しているとは言え、まともに受ければコレットの魔法が発動
ラクト
グラウンドシヴァ
してしまう可能性があり、かと言って地上も危険なのだ。間欠泉の
大滝は舞台を粉砕することで止まったが、地上に極寒大地の効果が
残っていないという保障もない。結界外に出てしまえば回避できる
が、それでは場外により負けが確定してしまう。
ボレアスデスサイズ
︵大風魔神鎌なら斬れるだろうが、このサイズともなると無闇に散
乱させてしまうだけ、か。であれば︱︱︱︶
ファーレンハイトアイギス
﹁氷姫の神盾﹂
ドレッドノート
ケルヴィンの思考を読み取ったかのように、シルヴィアの右手に
氷の盾が展開される。ジェラールの戦艦黒盾とは対称的に、小回り
の利きそうな小型の盾だ。
﹁後はここを凌ぐだけ﹂
﹁本当にお前は最高だなっ! シルヴィア!﹂
ボレアスデスサイズ
重量に引き寄せられ始めたシルヴィアに対し、大風魔神鎌を振り
下ろす。ケルヴィンは地上に落ちる前にシルヴィアを仕留めること
を選択した。
︵あの鎌は何となく受けちゃいけない気がする。後は、我慢︶
859
シルヴィアより放たれた細剣の目にも止まらぬ三連突が鎌の黒杖
部分に掠り、鎌の軌道を変えて躱される。ケルヴィンが続け様に連
撃を放てば、同じようにシルヴィアが応酬する。僅か数秒の出来事
であるが故に、その攻防は熾烈を極めた。
︵踏ん張りの効かない空中だってのに。器用とかそんな次元じゃな
いな︶
フライ
接近戦ではシルヴィアに分があることはケルヴィンも分かってい
る。だがここは地上ではない、空なのだ。ケルヴィンのように飛翔
が施されている訳でもなく、ぶつかり合う武術スキルは共に差があ
る訳でもない。そこに違いがあるとすれば、それはステータスでは
オブシダ
測れない地力のみ。有利な環境においても攻め切れない事実にケル
ヴィンは舌を巻いていた。
ンエッジ
その状況を変えたのは、シルヴィアの背後より迫っていた剛黒の
黒剣であった。飛来せし黒き巨剣はシルヴィアの脇腹に当たり、メ
キメキと鈍い音を奏でていく。流石のシルヴィアもこれには顔をし
かめる。
﹁︱︱︱クッ!﹂
だがそれも致命傷には至っておらず、斬り捨てられることもなか
った。直撃する寸前にシルヴィアが氷の盾を黒剣に叩きつけたのだ。
ファーレンハイトアイギス
盾を構えるのではなく、叩き付けたのである。衝撃により右手の骨
が何本かいき、氷姫の神盾も瞬時に砕かれ破壊されるが、四散した
氷片が青く輝き黒剣を凍結させていく。
﹁刃をっ、氷で覆ったかっ!﹂
﹁悠長に構えてたら、はあ⋮⋮ あなたに、斬られるっ﹂
860
腹部にダメージを負ってもシルヴィアの剣捌きのキレが鈍ること
はない。最中に行われる攻防で、それどころか速さを増しているよ
うにもケルヴィンは思えた。同時に心の底から歓喜する。己の全力
を受け切ってくれるシルヴィアの存在に。空からは巨星の落下によ
り凄まじい圧力が放たれ、猛烈なプレッシャーとなってケルヴィン
を襲っていた。だがそれさえも、この戦いを楽しむ為の一因に過ぎ
ないのだ。
ヴォーテクスエッジ
瞬く間に氷の塊となった4本の黒剣は完全に勢いを失い、シルヴ
ィアと共に降下。施していたはずの狂飆の覇剣によって纏った氷を
破壊する様子もない。こちらも無効化されているようだ。
﹁ん、足場﹂
武器のリーチ差でシルヴィアから反撃を受けない絶妙な位置取り
をしていたケルヴィンであるが、ここにきてシルヴィアが氷の足場
を得てしまった。地上に逃げられると拙い。その場で戦われるのも
格段に厄介だ。
ハイパーインパクト
即座に多重衝撃が足場ごと巻き込みながら放たれる。多方向から
の衝撃の嵐はシルヴィア自身にほぼ効果はないだろうが、これによ
り氷は足場の体を成さない。
︵︱︱︱と、思ったんだが︶
シルヴィアはこの荒れ狂う中で、僅かに氷塊に足を触れさせる。
グリーブから血を垂たらしていた傷は﹃自然治癒﹄により癒えてい
るのか、既に痛みはないようだった。無表情に、衝撃を気にする様
子もない。次の瞬間、シルヴィアはケルヴィンの眼前にいた。地上
861
ではなく、ケルヴィンのいる方向へと飛んだのだ。
﹁まさか、こっちに来てくれるとはなっ!﹂
﹁確実に殺すと言った。あなたは放っておくと何をするか分からな
い﹂
ヘイルミーティア
普通に考えれば、このまま墜ちる氷星が墜ちるのを待つのが上策。
しかしシルヴィアは敢えて前に出た。単なる思い付きか、足場がで
ヒーリックスバ
きたことによる状況の変化がそうさせたのかは不明。ただ、シルヴ
ィアに迷いはなかった。
リア
振るわれる大鎌を細剣で潜り抜け、文字通り身を挺して螺旋護風
壁に衝突するシルヴィア。幾分かの傷を負うも、切り刻み外部から
の侵入を防ぐ障壁が﹃魔装甲﹄により中和され、解除されていく。
内部への侵入を果たしたシルヴィアは再び剣を構え、勢い収まらぬ
ままケルヴィンの右手首を貫いた。
身に広がる激痛を噛み締め、細剣が抜けると同時にケルヴィンは
黒杖を手から放す。懐に入られ利腕を負傷した状態では大鎌は不利、
手数も段違いにシルヴィアが勝る。かと言って有効打となる魔法も
この距離では難しい。並列思考を巡らせ、辿り着いた答えは︱︱︱
﹁ぐうっ!﹂
﹁悪いな、こっちはセラ仕込の﹃格闘術﹄だ﹂
スキルイーター
越しにシルヴィアの咽喉を締め上げる。力の限り振り絞ることで右
ヴィンは痛みに耐えながら背後に回り、首に手を回して悪食の篭手
スキルイーター
で敏捷力を爆発させる。一時的にシルヴィアの速力を上回ったケル
た。首元に放たれた突貫を負傷した右手を犠牲にして防ぎ、風神脚
ソニックアクセラレート
悪食の篭手に宿したセラのS級格闘術による、絞め落としであっ
862
手からの出血は酷くなり、それに伴いHPも徐々に減っていき、頭
上からは巨星が迫る。最早タイムリミットはすぐそこだった。
フライ
︵っち、飛翔も消えたか︶
フライ
シルヴィアに接触している為か、ケルヴィンに施された飛翔もそ
の効力を失う。遠目に見れば抱き抱えるように二人は落ちていった。
﹁あの氷塊が墜ちればシルヴィアの勝ち、先にお前を落とせば俺の
勝ちだな。どちらにせよ、ここまで戦ってくれてありがとな、シル
ヴィア﹂
﹁かっ、は⋮⋮!﹂
シルヴィアはこの束縛を抜け出そうともがく。だが、ケルヴィン
の腕からは抜けれそうにない。意識はもう朦朧としている。剣を握
る力も薄れてきた。
︵このままだと、私が先に死ぬかな⋮⋮︶
最後の力でシルヴィアは両手で剣を握り直す。幸い、折れた右手
はもう動かせるレベルまでは治っている。震える剣先が向くのは己
の左胸。つまりは心臓。
﹁おい、まさか︱︱︱﹂
この時ばかりはケルヴィンも笑みを止めた。細剣はシルヴィアの
左胸を貫き、その背後に重なるケルヴィンの心臓を射る。やがて地
上へ墜落する二人を追撃するように、巨星が舞台へと落下した。
863
第123話 勝者
︱︱︱パーズの街・試合会場
観客の喧騒が止み、星が墜ちたことによって生み出された轟音の
残響だけがこだまする。ケルヴィンとシルヴィアが戦っていた結界
内に舞台は既になく、地上からは巨大な氷星の上層部のみが顔を出
している。結界外に影響はないようだが、上空にも、氷星の周囲に
も二人の姿は見当たらない。
﹁え、ええっと、ゴルディアーナさん。解説を⋮⋮﹂
﹁⋮⋮緊急事態みたいだから、割愛するわねぇ。落下中にシルヴィ
アちゃんが自分とケルヴィンちゃんの心臓を一刺し、そのまま墜落。
追い討ちの氷塊がズドン、よぉ!﹂
﹁それ、心臓刺した時点で巫女様の死亡回避魔法発動していません
? あれって2回目も発動しましたっけ?﹂
﹁使い捨ての一回きりよぉ! 救助! 二人を救助するのよぉ! 早くぅー!﹂
ゴルディアーナの叫びに人々は意識を取り戻す。各国の名高い冒
ヘイルミーティア
険者や武人が結界内へと駆け寄るが、氷星の前にどうして良いもの
か思い悩んでしまう。シルヴィアのS級青魔術︻墜ちる氷星︼によ
り生成された氷の巨星、そのあまりの規模の大きさに面食らってい
たのだ。
﹁で、でけぇ⋮⋮﹂
﹁これ、どうやって破壊すればいいんだ? ハンマーで砕くか?﹂
﹁下手に触れるな! 触った傍から逆に傷を負うぞ!﹂
864
﹁赤魔法で溶かすんだ! 誰か、魔導士を︱︱︱﹂
皆が狼狽する中で、砂煙をあげながら氷塊に急接近する者がいた。
﹁どっきなさーーーい!﹂
ゴルディアーナである。赤き闘気をピンク色に変色させながら、
解説席から飛び降りてきたのだ。気迫に負けたのか、はたまた本能
的に感じるものがあったのか、自然と人々は道を開けていく。
﹁皆、結界の外へ出なさい! 私がこれをどか、す⋮⋮?﹂
ゴルディアーナの右腕にオーラが収束しようとしたその時、眼前
の巨星が歪んだ。
﹁これは⋮⋮! 全員、退避ぃーーー! 崩れるわよぉー!﹂
叫びと共に、氷の肌に刻まれる数本の線。その全ては斬撃による
軌跡であった。通過した斬撃は巨星を越えて天空に達し、結界を食
い破って彼方へと飛んでいく。やがて僅かな時間の経過により倒壊
し始める巨星、結界が消滅してしまった今、その巨大な氷片は舞台
外部にまで雪崩れ込んでいった。その間も斬撃は放出され続け、氷
星の残骸の極小化は続けられる。
﹁全力で走れー!﹂
﹁魔導士達は新たな結界を構築するんだ! 観客の安全を確保しろ、
急げ!﹂
巨星の崩壊により会場は混乱を増す。幸い客席まで距離があった
為にそこまで被害が出ることはなさそうだが、万が一のこともあり
865
オクトナリー
得る。人々は最善を尽くして行動を開始しようとしていた。
パイロヒュドラ
﹁多首火竜・第八竜頭!﹂
パイロヒュドラ
不意に客席から放たれる一本の赤き矢。やがてそれは炎を纏い出
し、八つ首の炎竜へと変貌していく。多首火竜はまもなくして頭ご
とに分かれ出し、氷片が殺到するエリアの外郭から互いに重なるよ
うにしてとぐろを巻いていった。
パイロヒュドラ
謎の斬撃により極小化された巨星の氷片は多首火竜に触れ、蒸気
となって消滅する。炎竜達は徐々に徐々にととぐろの巻き付き範囲
を内側へと寄せて行き、やがて巨星は完全に消失。被害を未然に防
ぐことに成功した。
﹃これでよろしいでしょうか、ご主人様﹄
矢を放った当人であるエフィルは主に念話を送る。その言葉尻は
少しばかり強く、怒っているようである。
﹃ああ、上々だ。エフィル、そんなに怒るなよ﹄
氷星によって生じたクレーター、よくよくその中心部を凝視する
と正方形型の穴が開いているのが見えた。やがて、その穴から人影
が現れる。
﹁こうして生きているんだからさ﹂
姿を見せるケルヴィンと、その脇に抱えられたシルヴィア。会場
が喜びの歓声で包まれた。
866
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ハァ∼、ギリギリ間に合ったな⋮⋮﹂
実際、マジで死ぬかと思った。シルヴィアの剣によって諸共心臓
を串刺しにされた俺は確かに一度死んだ。が、その瞬間コレットの
死亡回避魔法が発動。ご丁寧に心臓から剣を抜いた状態で復活させ
てくれた。回復というよりは巻き戻しの類なのだろうか。
経験のない体験をし、非常時だというのにシルヴィアと顔を合わ
せて互いに疑問符を頭の上に浮かべてしまった。傍から見たら俺が
シルヴィアに抱きついた状態でだ。ごく僅かな間の出来事だったか
ら観客には見られていないと思うが、あの状態を停止して凶獣君に
見せたら彼がまた発狂するかもしれない。不可抗力だったとは言え、
彼が病欠してくれていて本当に良かった。
ヘイルミーティア
何が起こったのか分からず、半信半疑の状態でも状況は動く。俺
たちが落下する真上ではシルヴィアの墜ちる氷星が着々と近付いて
いたのだ。コレットの魔法が発動し、これ以上試合を続ける意味は
なくなった。一先ず俺はシルヴィアを脇に抱え直し、風を操り同じ
く落下していた黒杖ディザスターを引き寄せ回収する。
グラウンドシヴァ
アダマンランパート
後は地面を極寒大地に触らぬよう、緑魔法で防空壕代わりの穴を
ボレア
掘りまくった。壁を絶崖黒城壁で硬質化させ、下へ下へと潜って行
スデスサイズ
った訳だ。そして氷星が地表に墜ち、安定したのを見計らって大風
魔神鎌で真下から粉々にしていく作業を開始。いまいちでかいとし
かサイズが分からなかったので、とにかく上空まで届くよう斬撃を
867
調整。地上に被害が出ぬよう、エフィル達にフォローをお願いする
念話も送っておいた。
こうして俺たちは無事生還。行き当たりばったりな対処だったが、
結果としては上手くいったんじゃないかな? 最後の切り札である
メルフィーナの加護を大衆の前で使わずに済んだし。
﹁殺し損ねた。無念⋮⋮﹂
﹁いやいや、しっかり殺されたから!﹂
それはもう心臓をどすりと。ん? いや、待てよ︱︱︱
﹁もしかして途中で俺に向かって来た理由って、俺を二度殺す為?﹂
﹁ん、約束は守ると言ったから。この場合、二度殺さないと意味を
成さないし。何とか試合中にできる行動であなたを殺す方法を考え
たのがあれ﹂
すました顔で何と恐ろしいことを。俺も人のことをとやかく言え
る性分ではないが、この子も大概だな。戦闘の内容としては大満足
なんだけどさ。
﹁な、何とか収まったようですね。特別ゲストのコレット様﹂
﹁あの、なぜ私はこの席に座らされているのでしょうか? 今、あ
まり体調が良くなくて⋮⋮﹂
止まぬ歓声の中で解説席の声が広がる。プリティアの席にはなぜ
かコレットがいるようだ。
﹁それはもう、今回の模擬試合は異例ですからね! 判定基準とな
るコレット様の魔法の同時発動! 私達スタッフだけでは判断でき
868
ません!﹂
﹁それで、私に判断しろと?﹂
﹁はい!﹂
ここ
クレーターからでは見えないが、コレットが溜息をついた気がし
た。
﹁正確には同時ではありません。シルヴィアさんの剣がお二人を貫
いたとき、僅かな差ではありますが剣はシルヴィアさんを先に刺し
ています。よって、魔法が先に発動したのもシルヴィアさんです﹂
﹁となると︱︱︱﹂
﹁ええ。従って試合の勝者は⋮⋮ ケルヴィンさん! おめでとう
ございます!﹂
﹁﹁﹁うおおおー!!﹂﹂﹂
デラミスの巫女の高らかな宣言。試合前はあれであったが、本来
は人の上に立つ人間だ。演説も手馴れたもので、会場はより一層震
え出した。
﹁勝者はケルヴィン選手! いや∼、素晴らしい試合でしたね。殆
ど理解してませんけど!﹂
﹁見応えのある試合でした。デラミスとしても、彼らのような力は
是非ウッ!?﹂
﹁コレット様? 急に口を抑えてどうし⋮⋮ マ、マイク! 音響
止めて!﹂
悲惨なミュージックをバックに、仲間達が駆け寄ってくる。ああ、
今日のことは忘れられそうにないな⋮⋮
869
第124話 シルヴィア
︱︱︱パーズの街・時計塔
街の中心部の広場からやや南方。そこには静謐街パーズが4国に
よって建国された際に、モニュメントとして建造された時計塔が存
在する。和平が結ばれたことによる訪れた平和、街の中でも特にそ
の象徴とされるこの時計台はパーズ一の高さを誇り、一般に公開さ
れ観光名所としても名高い場所だ。天辺には街中を見渡せる展望台
があり、観光客にとって人気である。
しかし、今においては時計塔に人気はない。街全体を引っさげて
の祭事、ケルヴィンとシルヴィアによるS級冒険者同士の試合の真
っ最中であるからだ。普段はどの時間帯においても観光客の姿が絶
えないこの場所も、客を根こそぎそちらに持っていかれ閑古鳥が鳴
いていた。
だが、時計塔の展望台にただひとり、ここから試合会場を見下ろ
す者がいた。
﹁ふむ、やはり彼女は⋮⋮﹂
外装を纏う男の視線の先にあるのは、ケルヴィンの対戦相手であ
るシルヴィアであった。男は何かを納得したように頻りに頷く。
﹁﹃鉄鋼騎士団﹄の将軍様が、こんなところに護衛も付けないで観
戦ですかい?﹂
﹁⋮⋮その声は、コクドリか﹂
870
背後からの唐突な名指しの声掛け、男は動揺する素振りも見せず
に静かに振り返る。声を掛けたのはシルヴィアのパーティメンバー
の一員であるドワーフ族のコクドリ。そして先程まで試合を注視し
ていたのは、軍国トライセン﹃鉄鋼騎士団﹄将軍、ダン・ダルバで
あった。
﹁おっと、あっしのことを覚えてくれているとは光栄だ。確か、す
れ違い程度にしか面識はないはずですがね﹂
﹁強き戦士の顔と名は忘れられん性分でな﹂
﹁異種族嫌いなトライセンとしては、珍しいですな﹂
﹁国の方針としてはそうだが、皆が本心からそう思っている訳では
ない。ワシのような者も稀にいる。それにその理屈だと、あそこに
いる彼女もそうでなくてはおかしいではないか﹂
ダンが試合会場に向けて指をさす。ちょうどそのとき、空に氷星
が出現した。
・・・
﹁ほう。ルノアめ、あのような魔法も使えるようになったのか。こ
の2年で更に成長したようだな⋮⋮ いや失礼、今はシルヴィアだ
ったか? 観客席にアシュリーもいるな﹂
﹁ふう、やはり気が付いていたか﹂
﹁髪を伸ばし、昔いつも着衣していたマフラーを外しておったがな。
だが言ったであろう、強き戦士の顔は忘れられんと﹂
﹁⋮⋮それで、彼女をどうする気ですかい?﹂
コクドリを取り巻く気の資質が変化し、プレッシャーがダンを襲
う。それでもダンは意に介さない様子だ。ダンは両肩を上げ、敵意
がないことを表す。
871
﹁まあそう気負うでない。無理に連れ戻そうとワシが来た訳ではな
いのだ﹂
﹁では、何のようで?﹂
場の雰囲気が若干緩和する。
﹁シュトラ様からの手紙だ。ルノアに渡してくれ﹂
﹁⋮⋮手紙?﹂
ダンがコクドリに手紙を手渡す。手紙の封筒にはトライセン王家
の封蝋が押されている。
﹁2年前、ルノアがアシュリーと共に消えた際、シュトラ様は酷く
悲しまれた。立場上、シュトラ様にとっては気兼ねなく話せる唯一
の親友達だったからな。暗部を動かし捜索もしたが、結局は見つか
らずに打ち切られた﹂
﹁ああ、そうでしょうな﹂
﹁なぜ今になって冒険者業をしているのかは知らんし、今更こちら
から手を出す気もない。ルノアを発見したことを知っているのも、
ワシとシュトラ様、それに信頼に足る者だけだ。だからこそ、これ
以上シュトラ様を悲しませないでほしいのだ﹂
﹁何を言って︱︱︱?﹂
﹁その手紙を読めば分かる。さて、ワシはそろそろ帰国するとしよ
う。どうも最近、老いには勝てんでな。早馬でここまで来るのも一
苦労だ。歳は取りたくないわい﹂
腰を叩きながら、ダンが眉間にしわを寄せて渋い顔をする。
﹁⋮⋮シルヴィアが出て行った理由は、聞かないんで?﹂
872
塔の階段に向かうダンを、コクドリが呼び止める。殺気はないが、
未だ警戒は解いていない。
﹁聞けば、トライセンに戻ってくるのかな? 違うだろう。こちら
の未練を掘り起こすだけだ。親友のシュトラ様に黙って姿を消した
のだ。相応の理由、決断をしたのだろう。なら、ワシはそれで良い。
シュトラ様もお許しになられた。まあ後任には不満しかないがな。
ああ、奴ももういないか⋮⋮﹂
そう述べるとダンは階段を降り始める。振り返らず、軽く手を振
りながら。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・ギルド長の部屋
俺は模擬試合を無事勝利で収めた後、暫く仲間達と一緒に取材や
ら何やらで拘束されることとなる。それは今回初お目見えとなるシ
ルヴィアも同様のようで、あちらも別の取り巻きによる人の波がで
きていた。その大量の人々を徐々に捌いていき、終わる頃には日も
沈む時間帯になっていた。祭り騒ぎは今日の深夜まで続くらしく、
今も外では賑やかな喧騒が聞こえてくる。
﹁はい、お疲れさん。これが新たなギルド証だ。これからも頑張っ
てね﹂
﹁⋮⋮何か軽過ぎじゃないですか?﹂
873
そしてS級のギルド証を取りにリオに会いに来たんだが、これま
た扱いがぞんざいな気がする。俺、結構頑張ったのよ? 一先ず包
みに入ったギルド証は受け取る。
﹁あはは、実は私も疲れてしまっていてね。できれば早く帰って寝
たいんだ。歳は取りたくないね∼﹂
﹁ああ、そうなんですか⋮⋮﹂
﹁まあそういう訳にもいかないんだけどねー⋮⋮﹂
モノクルを拭きながらリオが苦笑いする。珍しくも本当に疲れて
いるようだな。まあ、下のギルド職員達もデスクに倒れ込みながら
寝ている者もいる始末だ。責任のあるギルド長は尚更疲れているの
だろう。ちなみにこの後はデラミスの巫女との会食を予定している。
残念なことに帰って寝ている暇はない。
﹁ケルにい、僕たちにも見せてよ。新しいギルド証!﹂
﹁私も見たいです﹂
﹁ワシもワシも!﹂
待ち切れずにリオンとエフィルが催促してきた。ジェラールもな
ぜか童心に戻っている。落ち着け。
﹁そら、とくと見よ!﹂
﹁﹁﹁おおー!﹂﹂﹂
もったいぶらして包みを外し、ギルド証を取り出して掲げる。A
級では黄金色だったそれは、S級となって虹色に輝く幻想的なもの
へと激変していた。後光が差しているのはたぶん気のせいだが、リ
オン達の受けはすこぶる良い。
874
﹁へ∼、光を当てる角度で色々な色になるのね!﹂
﹁ホログラフィーみたいだね﹂
﹁一応貴重なものだから、あまり人前には出さないでね⋮⋮ おっ
と、もうこんな時間か。この後の予定は覚えているかい?﹂
﹁ええ。コレット様との会食でしたよね? ⋮⋮ええと、彼女大丈
夫ですか?﹂
昼間の悪夢は個人的に忘れてあげたいが、正直それは無理という
ものである。大音量で街中に垂れ流したからな。あれ以来、姿を見
ていないので心配していたところだ。
﹁大丈夫ではないかな⋮⋮ デラミス一行が宿泊する宿に引き篭も
っちゃって、ずっと神様に祈りを捧げているようだ﹂
らしいぞ? メルフィーナ。
﹃ここで私に振りますか⋮⋮ 彼女なら大丈夫ですよ。これまでも
幾多の試練を越えてきましたから﹄
年頃の少女にこの試練は酷い仕打ちだと思います。男の俺でも心
折れる。
﹁そっちは私が何とかするから、ケルヴィン君はアンジェ君の案内
に従ってくれ。ゴルディアーナ達も向かっているはずだ﹂
﹁了解しました。さ、お前ら行くぞー﹂
俺達はアンジェの待っている受付カウンターへと向かう。扉を閉
める際、リオが﹁公然で、吐瀉⋮⋮ 何と声を掛ければいいのだ⋮
⋮﹂と呟いていた気がした。
875
第125話 波乱の会食
︱︱︱パーズの街・会食会場前
再び正装に着替え直した俺達は、アンジェの案内でパーズ随一の
高級レストランに辿り着いた。これまで外から見ることはあったが、
どうにも形式張って堅苦しそうだったのでまだ入店したことはない
店だ。何よりもマナーに煩そうだし。俺は酒場とかのワイワイした
雰囲気が好きなんだけどな。しかしこれも良い機会だ、トップレベ
ルの料理を味わうとしよう。いや、目的は全然別なんだけどね。こ
の会食はデラミスとの交流を深める為のもの、これを機に情報を仕
入れておきたい。
﹁ここが会食の会場だよ。もうシルヴィアさんとゴルディアーナさ
んは到着しているらしいから、ケルヴィン達も席に着いてて﹂
﹁ああ、了解したよ。アンジェはこれからどうするんだ?﹂
﹁残念ながら帰って仕事の続き。今夜で祭りも終わりだし、最後の
踏ん張りどころだよ!﹂
﹁そっか、大変だな⋮⋮ それが片付け終わったら、今度飯でも食
べに行こう﹂
﹁本当に!? それじゃあ、期待していようかな。その、できれば
二人っきりで︱︱︱﹂
﹁あらん? ケルヴィンちゃん達、来てるんなら早く入りなさいよ
ぉ! 私、待ちくたびれたわん!﹂
アンジェと話していると、レストランの扉から大柄な男、プリテ
ィアが姿を現した。格好は変わらず昼間のドレス姿だ。うん、まだ
目が慣れないせいか心臓に悪いぞ。
876
﹁悪い、待たせちゃったか。アンジェ、それじゃあ行ってくるよ﹂
﹁あ、うん。頑張ってね、ケルヴィン⋮⋮﹂
別れ際、アンジェはなぜか無表情だった。うーん、リオと同じく
疲れが溜まっているんだろうな。今度差し入れでも持っていこう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
店内は意外にも落ち着いた雰囲気で、貴族的なギラギラした装飾
が施されていることもなく、洗練された高級感のある内装だ。ここ
から見る限り、店の客層も派手派手しい服装の者はおらず、食事を
する様がどこか上品で雅だ。
﹁おいおい、あのレベルのテーブルマナーを求められたら拙いぞ⋮
⋮﹂
﹁ぼ、僕も自信ないかなぁ⋮⋮﹂
﹁え? 二人ともできないの?﹂
セラに真顔で驚かれた。俺とリオン、軽く心にショックを負う。
忘れがちだがセラは悪魔の王族、言わばお姫様である。実際にテー
ブルマナーや行儀作法は完璧。面倒臭がって普段やらないだけなの
だ。
他の仲間達はどうなのかと言うと、こちらも申し分ない振る舞い
だ。例えば、ジェラールは生前農民の出であったが、騎士として貴
族までのし上がりその辺りの礼節を一通り弁えている。どちらかと
877
言えば、ジェラールの場合は鎧姿を不審に思われないかが不安では
ある。
エフィルに関しては言わずもがなだろう。メイドとして日々自分
を磨いている彼女だ。こういった作法に関わる事柄も妥協するはず
がなく、機会があるごとに陰で学んでいるのだ。トラージ城に滞在
していた頃は料理だけでなく、城で働く女中さん達による教示を受
けていたりもしていた。要は全く問題ない。
﹁ケ、ケルにい。ナイフとフォーク、どっちがどっちだっけ⋮⋮?﹂
落ち着け我が妹よ、利き手がナイフだ。 ⋮⋮あれ、そうだよね
? こっちだよね? やべぇ、不安になってきた。そもそも日本の
テーブルマナーがこの世界に通じるのかも分からん。レストランの
客達を覗き見た感じ、大して変わらないようには見えるが。くっ、
まさか家主である俺たちが不安要素になるとは。礼節であれば何と
かなるが、これに関しては知識がなければどうしようもないぞ。
﹁大丈夫よん。私たちは奥の個室よぉ。別にマナーを気にする必要
なんてないわん。それに、本当に大切なのは作法よりも相手を思い
やる心遣いなのよぉ。お食事は楽しくなくちゃねん!﹂
﹁ならいいんだが⋮⋮ 一応、デラミス代表の巫女様も来るからな。
皆、最低限の礼儀は守ってくれ﹂
﹁もう、ケルヴィンちゃんったら紳士ね!﹂
﹁大丈夫かのう⋮⋮﹂
大丈夫ではないが、そんなところばかりに気を取られる訳にもい
かない。コレットを通じてリゼア帝国についての探りを入れなけれ
ばならないのだから。
878
﹃ケルにい、いざとなったら⋮⋮﹄
﹃ああ、いざとなったら⋮⋮﹄
いざとなったら意思疎通でエフィル達に助言してもらいながら食
おう! 俺とリオンは密かにそう心に決めた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
まあそんな心積もりをしていた訳だが、正装姿の彼女達の食事風
景を見ることで俺たちの心配は無用なものだったと悟るのであった。
﹁んあ、けるうぃんふぃたんふぁね﹂
﹁シルヴィア、口に食べ物入れたまま喋っちゃ駄目!﹂
リスのように頬を膨らませて料理を詰め込むシルヴィアに、それ
を止めるエマ。二人は同年齢くらいの容姿なのだが、どこか親子の
ようなやり取りである。
﹁ッチ、こいつらも来たのかよ﹂
﹁そりゃ来るだろ。この会食のメインは彼だぞ﹂
お、凶獣の人も復活したのか。あのアリエルというエルフはそれ
なりに優秀な回復役のようだ。まだ体は包帯だらけで全快という訳
ではなさそうだが、今では元気にドワーフ族のコクドリと共に飯を
食っている。骨付き肉を手掴みで食らう、冒険者らしい豪快な食い
方だ。うん、彼を見て安心するなんて思ってもいなかった。
879
﹁すみません! うちの馬鹿犬が度々失礼を!﹂
ナグアの言動にすかさずアリエルが席から立ち上がり、綺麗な直
角謝罪をしてくる。
﹁いや、いいんだ。今、凄く心が晴れ渡ってるから﹂
﹁うん、僕もこれまでにないくらい安心したよ﹂
﹁え? ええと⋮⋮ お許し頂き、ありがとうございます⋮⋮?﹂
満面の笑みを浮かべる俺とリオンの思いもよらぬ返答に、逆に戸
惑うアリエル。
考えて見ればそうだよな。冒険者にマナーを求める方が間違って
いるのだ。
﹁漸く安心したみたいねぇ?﹂
﹁ああ、確かにいらない心配だったみたいだ﹂
俺たちの代わりにセラがナグアを睨み付け、彼を黙らせるのを横
目に見ながら心より安堵する。しかし、新たに疑問に思うこともあ
る訳で。
﹁ところで、巫女様が来る前に食べ始めてていいのか?﹂
﹁ん、さっきデラミスの使者が来た。巫女は遅れるから、先に食べ
てていいって﹂
﹁そっか⋮⋮ 色々あったもんな⋮⋮﹂
あの時の試合会場の空気は思い出したくない。
﹃メルフィーナ、本当にコレットは来るのか?﹄
880
﹃それこそいらぬ心配ですよ。ほら﹄
メルフィーナの言葉に振り向くと、扉の奥より複数人の足音が聞
こえた。
︱︱︱ガチャリ。次の瞬間、扉が開かれる。
﹁皆さん、お待たせしてしまい申し訳ありません。コレット・デラ
ミリウス、ただ今参りました﹂
そこには昼の惨状など一笑に付すほどの笑顔を携えたコレットの
姿があった。おお、完全に立ち直っているぞ。リオめ、一体どんな
手品を使ったんだ。護衛らしき人達の顔が引きつっているのが気に
はなるが。
﹃いえ、彼女は自力で復活したのでしょう。あの程度の辱しめなど
慣れっこですよ﹄
︱︱︱普段どんな辱しめを受けているんだよ。見た目は可愛いの
に。
﹁待ってたわよぉ、コレットちゃん! これで皆勢揃いねぇ、改め
て乾杯しましょうかぁ!﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
乾杯から1時間が経ち、酒も良い具合に巡った頃合︵セラと未成
881
年のリオンを除く︶。軽い雑談を交えた穏やかな会食もそこそこに、
今は立食形式で各々飲み食いしている。食事自体は非常に美味しい
ものだったが、どうにも物足りなさを感じてしまうな。毎日エフィ
ルの料理を口にしている為、舌が肥えてしまったのか。リアクショ
ンに困ってしまうぞ。
﹁放せぇ! あいつ、絶対シルヴィアに何かする気だ!﹂
﹁そんな訳ないだろう。今は代表者同士の大事な話し合いの最中だ。
邪魔してはならん﹂
﹁そうじゃそうじゃ。ワシ等とあちらで飲もうではないか!﹂
﹁くそっ、何で俺の周りには男ばかりなんだ!?﹂
﹁何じゃ、セラとゴルディアーナの席に行きたかったのか? なら
先にそれを言わぬか。コクドリ殿、連行するとしようかの﹂
﹁うむ。あっしも手伝うぞ﹂
﹁やめろぉ! あいつらは女じゃない!﹂
何やらあちらは盛り上がっているようである。気になるなー。
﹁ケルヴィンさん、ちゃんと聞いていますか?﹂
﹁あ、はい。聞いてますよ。刀哉の話ですよね?﹂
俺はというと、コレットの愚痴に絡まれている。上手く帝国の情
報を引き出せればと近づいたはずだったのだが⋮⋮ シルヴィアも
相席しているが、さっきから食ってばかり。トラージにて刀哉と知
り合った俺がもっぱらのターゲットである。
﹁そうです! 刀哉を手助けしてくれたケルヴィンさんなら分かり
ますよね? 行く先々でトラブルに、主に女難に巻き込まれるんで
す! 私も何度下着姿を見られたことか⋮⋮﹂
﹁はは、そうでしたか。私の場合、行動を共にしていたときは何も
882
起きませんでしたが﹂
﹁あら? 珍しいですね﹂
キョトンと、かなり意外そうな顔をされる。主人公補正には警戒
して、そのお陰かエフィル達に魔の手は迫らなかったからな。俺と
しては神経磨り減らしていたけど。
﹁先程から気になっていたのですが⋮⋮ 少々失礼します﹂
﹁コ、コレットさん?﹂
コレットがスンスンと俺の匂いを嗅いできた。え、もしかして汗
臭かった? 一応、風呂で洗い流したんだけど。
﹁︱︱︱ハッ! い、いえ! お気になさらず!﹂
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
一体何なんだ? 俺の匂いを嗅いでから、コレットは目が潤んだ
様な表情をし、視線をチラチラと逸らしている。明らかに息が荒く、
顔も赤い。シルヴィアも顔を傾げて怪訝そうに見ている。
﹃あっ⋮⋮﹄
﹃どうした? メルフィーナ﹄
その表情に何か感じたのか、メルが反応した。
﹃あなた様、気をつけてください。コレットの﹃嗅覚﹄スキルはS
級です。あなた様を通して、私の匂いを嗅ぎ取ってしまった可能性
があります。とても危険です﹄
﹃えっ?﹄
883
その時の俺は、コレットの瞳が段々と狂信者のそれに変わってい
くことに気が付かなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁セラちゃん、まだプレゼント渡せてないのぉ?﹂
﹁⋮⋮うん﹂
月明かりが差し込めるテラスの一角、セラはゴルディアーナに相
談を持ち掛けていた。
﹁御免なさい。せっかく一緒に探してもらったのに⋮⋮﹂
﹁そんなことは別にいいのよぉ。気にしないでぇ﹂
気落ちするセラ。相談の内容は先日渡しそびれたケルヴィンへの
プレゼントのことだ。未だにセラはそのタイミングを言い出せない
でいた。
﹁ねえ、セラちゃん。ケルヴィンちゃんのこと、どう思ってるのぉ
?﹂
﹁⋮⋮好き、だと思う﹂
﹁それは仲間としてぇ? それともひとりの男性としてぇ?﹂
セラは言葉に詰まってしまう。看病の礼にと準備したこの品だが、
日に日に自分の中でその意味合いが変わっていくこと気付き始めて
いたのだ。
884
﹁分からないわ。こんな気持ちになったの、生まれて初めてだもの
⋮⋮﹂
﹁それは答えを言っているもんよぉ。もっと自信を持ちなさいな﹂
﹁でも︱︱︱﹂
﹁でもじゃないのん! このままだとぉ、シルヴィアちゃんまで彼
に惚れるわよぉ! 私の女の勘が、ケルヴィンちゃんには女難の相
があると告げているわん! エフィルちゃんは言われるがままって
感じだしぃ、セラちゃんが手綱を引かないとぉ﹂
ゴルディアーナの勘は半分当たっているのだが、今それを教える
者はいない。
﹁そうねぇ、ここは私のとっておきを教えてあげるぅ。ちょっと耳
をお貸しなさいなぁ﹂
ごにょごにょとセラに何かを伝えるゴルディアーナ。
﹁えっと、それを言うだけでいいの?﹂
﹁そうよぉ。今夜、ケルヴィンちゃんを部屋に呼びなさいなぁ。プ
レゼントを渡してぇ、良い雰囲気になったら言いなさい。大丈夫、
私もこれで何回か成功したわん! あ、言うときのポーズとかはね
ぇ⋮⋮﹂
ゴルディアーナのレクチャーは続くのであった。
885
第126話 続・波乱の会食
︱︱︱パーズの街・会食会場
﹁巫女様、お顔色が優れないようですが、そろそろお暇致しますか
?﹂
﹁いえ、私は大丈夫です。あなた達は下がっていなさい﹂
﹁は⋮⋮﹂
デラミスの護衛達がコレットを気遣いに来るが、即座に断られる。
俺らには割りとフレンドリーに接してくれているが、やはり部下に
対しての遣り取りには威厳があるな。酒の入った状態ではあるが、
流石デラミスの巫女と言えよう。
しかし、それにしたってコレットの様子はおかしい。昼間の青い
顔とは裏腹に、今は顔が真赤なのだ。メルフィーナは注意しろと言
うが、これは心配してしまうぞ。シルヴィアも再び食事モードに戻
ってしまったし。
﹁あ、あの⋮⋮ ケルヴィンさん、私少し酔っちゃったみたいで。
夜風にでも当たりませんか?﹂
﹁ええ、構いませんよ。やはり飲み過ぎていたんですね。少し休み
ましょう。シルヴィアはどうする?﹂
﹁私はそろそろエマのところへ戻る。楽しかった、また誘ってね﹂
食べるのに集中し過ぎて全く会話に参加してなかったけどな。シ
ルヴィアが楽しんでいたなら別にいいんだけどさ。同じ釜で飯を食
う仲にはなれたってことかな? いったんシルヴィアと別れ、コレ
886
ットと共にテラスへ向かう。
﹃あなた様、親心ながら引き帰した方が⋮⋮ 今なら間に合います﹄
﹃仮に匂いで感付いたとしても、そんなの証拠にならないよ。それ
に、こんなに体調が悪そうじゃないか。少し風に当たるだけさ﹄
﹃私が心配してるのは別です。前にも言いましたが、コレットは少
々病気で、その︱︱︱﹄
﹃病気がちなら尚更じゃないか﹄
﹃ハァ、どうなっても知りませんよ?﹄
テラスに向かう途中、視界にジェラールたちの姿が入った。何か
こっちを遠巻きに見ている。あの男三人衆、随分と仲が良くなった
な。肩なんか組んじゃって。
﹁む、意外じゃな。コレット殿をお持ち帰りするのか。国際問題に
ならんといいがのう﹂
﹁うーむ。あっしもシルヴィア狙いかと思っていたんだが⋮⋮﹂
﹁だから言っただろ! シルヴィアはそんなふしだらなことはしね
ぇんだよ! つか、やっぱりそういう目で見てたんじゃねぇか!﹂
白熱しているようだが、何の話をしているんだろうか?
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
テラスに出ると満点の星空が俺たちを迎えてくれた。個室に繋が
るように広がるテラスは想像以上に広く、同じくらいのテーブル席
が用意されている。お、一番奥にはセラとプリティアがいるな。何
887
やら真剣な面持ちで話をしているようだ。邪魔しないよう、ここは
離れておこうかな。
﹁コレットさん、あちらの席に行きましょうか﹂
﹁はい﹂
椅子を引いて、そこに座ってもらう。外は適度に風が吹いて中々
心地良い。コレットも少しの間ここにいれば、多少は体調が良くな
︱︱︱ あれ? 何か俺を見るコレットの目が、最初の頃と違うよ
うな気が⋮⋮
﹁コレットさん、本当に大丈夫ですか?﹂
﹁コレットでいいです﹂
﹁え?﹂
﹁私のことはコレットと御呼びください﹂
﹁は、はぁ⋮⋮ では、コレット﹂
俺が名前を呼んだ途端、両腕で抱きしめながらビクリと自らの体
を震わせるコレット。瞳は別の何かに染まっている。こ、これ大丈
夫なの!?
﹁ありがとうございます。その、ふしだらなお願いではあるのです
が、宜しければ代わりにあなたのことを⋮⋮ ケルヴィン様と呼ば
せてください!﹂
﹁はい? って、コレット!?﹂
唐突な告白と共に俺に抱き付いてくるコレット。しかも、俺の胸
元で物凄い勢いで匂いを嗅ぎまくっている。並列思考を使っても状
況整理に追いつかない。
888
﹁やはり、この芳しくも高貴であり至高を極めし天上の香りはメル
フィーナ様のもの! ああ、瞳を閉じれば白雪のような眩い光が、
絢爛華麗を体現した御身の姿が浮かび上がって参ります!﹂
と言うより、俺の頭が真っ白です。
﹁メルフィーナ様から巫女の天命を受けて早十余年。せめてメルフ
ィーナ様の香りだけでも拝受しようと鍛え上げたこの嗅覚に、この
至近距離での間違いはあり得ません! この残り香具合から言えば、
ここ数日のうちでメルフィーナ様と接触しています⋮⋮ メルフィ
ーナ様の香気を携えるケルヴィン様は︱︱︱ 天の使い、神の使者
様なのですね!﹂
しかも、やたらと的確な物言いだ。そして顔が近い。目が怖い。
﹃だから言ったではないですか。コレットは﹃病気﹄なのです﹄
﹃紛らわしいわ! これじゃただの狂信者だろ!﹄
﹃⋮⋮仕方ありませんね。この距離であれば、今の私でも神託は下
せます﹄
お、直接出ますか。
﹁コレット、聞こえますか?﹂
脳に語りかけるように、俺とコレットにのみ聞こえる波長でメル
が神託を下す。
﹁この声は⋮⋮ メルフィーナ様!﹂
﹁声が大きいです。ここは大聖堂とは違い、防音はされていないの
ですよ?﹂
889
﹁も、申し訳ございません。興奮してしまいまして、ハァハァ﹂
謝る姿もなぜか官能的に感じられる。危険察知スキルよ、もう少
し早く反応して欲しかった。後でランクアップさせておこう。
﹁あなただからこそ話しますが、彼は神埼刀哉と別件で行動してい
ます。デラミスに戻っても、知らぬ振りをして通して下さい。誰に
も知られぬよう、決して彼の邪魔をしないように厳命します。ただ
し、その条件を満たした上でのコレットのみの力による助力は許可
します﹂
さりげなく情報を聞き出す口実も盛り込んでくれた。メルフィー
ナ、グッジョブ!
﹁は! しかと承知致しました。あの、つかぬ事をお聞きしますが、
ケルヴィン様はメルフィーナ様とどういったご関係で⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮私の夫です♪﹂
﹁ブフォッ!﹂
思わず吹き出してしまう。
﹁何を驚いているのですか。昨夜はあんなに激しかったというのに
⋮⋮﹂
それは貴方の寝相が悪いだけです。
﹁あ、ああ⋮⋮ ケルヴィン様、私、とんでもなく失礼なことを⋮
⋮﹂
コレットが抱き付き体勢からへたり込むように地べたに座る。い
890
や、謝る以前に夫違うから。
﹁コレット、違うんだ。メルとは︱︱︱﹂
﹁愛称で呼ばれるほどの仲、最早疑いようがありません⋮⋮ ケル
ヴィン様、どうか非礼なる私を踏んでください。私の体を蹂躙して
くださっても結構です。むしろしてください! どうか、どうか!﹂
﹁ちょ、ちょっと! うわ、鼻血が!?﹂
こうして俺は足に組み付くコレットをなだめる作業に入るのであ
った。
﹁こ、こう?﹂
﹁そうよぉ∼、セラちゃん上手いわねぇ! 私が見惚れるレベルよ
ぉ!﹂
幸か不幸か、セラは何かに集中していた為に俺達に気がつかなか
った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
ケルヴィンとコレットが個室からテラスに出て行くと同時に、男
三人衆も気付かれぬよう窓際へ移動する。どうやらセラ達とは反対
側の席に座るようである。
﹁ほう⋮⋮ 良い雰囲気ではないか。星空の下で語り合う二人、我
が主も手が早いのう﹂
﹁巫女様のあの目、あれはもうベタ惚れしていると見た﹂
891
﹁っは、やっぱりただの好色男じゃねぇか﹂
各々言い分は別であるが、とる行動は同一、ガン見である。
﹁おおっ! 巫女様が彼に抱きついたぞ。見掛けによらず強気だな﹂
﹁しかも胸元に顔を擦り付けておる。あれはもう落ちておるな﹂
﹁っは、あれがデラミスのナンバー2かよ。だらしねぇな﹂
﹁ナグアもあれくらい積極的になれればなぁ⋮⋮ 毎回毎回遠回し
の行動ばかりしおって﹂
﹁な!? 俺は関係ねぇだろうがぁ!﹂
行動は同一、ガン見である。
﹁むほう! おいおい、こんなところでアレはいいのかのう!? コレット殿が王の下半身に⋮⋮!﹂
﹁若いとは良いものですなぁ。時折、思いもよらぬ行動をしてくれ
る﹂
﹁おいっ! おっさん共図体でかいんだからそんなに前のめりにな
るなっ! 見えねぇじゃねぇか!﹂
ガン見である。
﹁ナグア達、何してるのかな?﹂
﹁シルヴィアは気にしなくてもいいことだから、アレは視界に入れ
ないで。あ、エフィルさん。この料理の作り方も分かりますか?﹂
﹁ん、それは私のお気に入り﹂
﹁ええ、大丈夫ですよ。明日お教えしますね﹂
﹁えっと、それじゃあ私も教えてほしかったり⋮⋮﹂
﹁あはは、アリエルも早く想い人さんに気付いてもらわないとね∼﹂
﹁リ、リオンさん、しーっ! ですよ!﹂
892
こちらの女子会は平和であった。
893
第127話 贈り物
︱︱︱パーズの街・会食会場前
﹁それではケルヴィン様、私はこれで失礼させて頂きます。名残惜
しいですが、明日の早朝にはデラミスに戻らなければなりませんの
で⋮⋮﹂
﹁寂しくなりますね。デラミスへはいずれ訪れたいと思っています。
その際にまたお会いしましょう﹂
﹁ええ、その時を楽しみにしております﹂
会食を終え、俺たちとシルヴィアのパーティ、そしてコレットと
その護衛の皆さんが店の前に集まり、別れの挨拶をしているところ
だ。コレットはメルフィーナの指示通り、周囲に不審がられないよ
うこれまでと同様に振舞っている。これなら問題なさそうだな。
﹁私としてはデラミスへの転移門使用許可を与えたいのですが、こ
ればかりは教皇の許しが必要ですので⋮⋮ ですが、次回お会いす
るときまでには必ず教皇を説得するとお約束します!﹂
コレットが俺の手を取り、目を潤ませながら見詰めてくる。
﹁え、ええ。嬉しいことですが、あまり無理はしないでくださいね﹂
あ、あれ? 問題ないよね? この子伝えた意味分かってるよね
? 背後でヒソヒソと内緒話をする男組が気になるが、ここで俺ま
でボロを出す訳にはいかない。何とか堪える。
894
﹁お気遣い、感謝致します。それでは皆様方、またお会い致しまし
ょう﹂
﹁あ、待って。コレットさん﹂
街道に用意された馬車に乗ろうとするコレットをシルヴィアが呼
び止めた。
﹁何でしょうか、シルヴィアさん?﹂
﹁個人的に聞きたいことがある﹂
﹁聞きたいこと、ですか?﹂
﹁えっと、少し二人きりで話したい﹂
﹁⋮⋮ええ、構いませんよ﹂
コレットは護衛に待機命令を出し、シルヴィアの申し出を了承し
たようだ。
シルヴィアがチラリとこちらを見る。二人きりで、と言うことは
誰にも聞かれたくない相談ってことだな。俺たちは先に帰るとしよ
う。
﹁それでは私たちは先に行くとします﹂
﹁ケルヴィン、ありがとう。また明日ね﹂
シルヴィアが手を小さく振る。
﹁お、おい! また明日ってどういう意味だ!?﹂
﹁ナグアがの・ぞ・き・み! していた時にエフィルさんと約束し
たのよ。明日は私たち、ケルヴィンさんのお屋敷で料理の指導をし
てもらうの。そうなれば、必然的にケルヴィンさんにも会うでしょ
う?﹂
895
﹁な、なぁ!? 俺は聞いてねぇぞ!﹂
﹁ナグアは黙っていなさい! エフィルさん、明日はよろしくお願
いしますねー!﹂
賑やかな喧騒を背後に受けながら、俺たちは帰途に着く。ふう、
途轍もなく長い一日だったな。
﹁さ、帰りましょうかん! 我が家へぇ!﹂
﹁⋮⋮プリティア、なぜ自然な感じで俺たちに混ざっているのかな
?﹂
危うく普通に流すところだったぞ。
﹁途中まで帰り道が一緒なだけよん。それに、まだちょーっとばか
し、心配だしねん!﹂
﹁何のことだ? セラ、何かあったのか?﹂
﹁え、ええ!? いやいや、何もなかったわよ! うん、何にもな
いってば!﹂
この大袈裟な振る舞い、見誤りようもないほど動揺している。こ
れ以上追求はしないが。
﹁ご主人様。会食の最中にご報告した通り、明日はシルヴィア様、
エマ様、アリエル様が午後にいらっしゃいます。調理場と食堂をお
借りしますね﹂
﹁ああ、料理教室をするんだったな。シルヴィア達がパーズに滞在
するのもあと僅かだ。持て成してやってくれ﹂
﹁はい! 宜しければご主人様もご一緒してください﹂
エフィルはエマとアリエルに明日料理を教える約束をしている。
896
エマはシルヴィアの為に、アリエルは片思いの想い人の為に。ちな
みにシルヴィアは味見係だそうだ。
﹃それにしても王よ、奥手だとばかり思っておったが、なかなかや
りおるのう!﹄
ジェラールが肘で俺の脇腹を突っつきながら念話を送ってきた。
コレットから帝国の情報を聞き出せたことを言っているのかな? 様子を見るに、ジェラールも気が気でなかったようだ。
﹃まあ色々あってね。お陰で有益な情報も手に入ったし、これから
はコレットの助力を得る機会があるかもな﹄
﹃なるほど、その為に巫女殿を⋮⋮ しかし、まさかあんなことを
巫女殿に、しかもあんな場所でさせるとは⋮⋮ 我が王ながら貴方
が恐ろしいぞ﹄
﹃ん? そうか?﹄
確かにメルフィーナへの信仰心を利用したのはあまり褒められた
ことではないか。だが、ああでもしないと更に状況が悪化しそうだ
ったしなぁ。蹴ってくれ弄ってくれと懇願しながら俺の足に絡み付
いてくるコレットを諭すので俺は精一杯だった。最後は無理矢理俺
から引き剝がしてしまったが、ちゃんと怪我をさせないよう気をつ
けたんだぞ。
﹃ケ、ケルヴィン!﹄
今度はセラからの念話を受信。先ほどと同様、なぜか緊張気味だ。
﹃あ、あの、寝る前に私の部屋に来てくれない? 渡したい物があ
るの!﹄
897
意思疎通による念話ではあるが、セラの必死さが伝わってくる。
渡したい物、先日貰い損ねたプレゼントのことだろうか? ふと、
横を歩いていたプリティアと目が合い、なぜか重厚感溢れるウイン
クをされてしまう。絶対に何かあるなこれ。
﹃分かった。必ず行くから待っていてくれ﹄
﹃︱︱︱うん! 約束よ!﹄
俺が答えると、セラは屈託のない笑みで返事を返してくれた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・セラの私室
屋敷に戻り、セラとの約束の時間となる。部屋の前までやってき
たはいいが、ちょっと緊張してきたな。軽くノックし、声を掛ける。
﹁セラ、俺だ。入っていいか?﹂
﹁ど、どうぞ⋮⋮﹂
了承を得て、扉を開ける。看病の際にも訪れた、セラの部屋。前
回はセラの私物が散乱し散らかっていたが、今は綺麗に整理が成さ
れていた。ベッドにネグリジェ姿のセラがちょこんと座っている。
﹁えっと⋮⋮ ここ、座って﹂
﹁ああ﹂
898
ポンポンとベッドの隣を叩くセラに招かれ、そこに座る。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
それからは互いに何も発することができず、しばしの沈黙が続い
た。﹁セラ、俺を呼んだ要件は?﹂ と言ってしまえば、直ぐにで
も状況は動くだろう。だが、ガチガチに緊張するセラを、意味深な
プリティアな行動を、そしてこの雰囲気を考えれば鈍い俺だって察
してしまう。ほんの少しでも手を伸ばせば肌に触れる距離。そして
その緊張は俺にも移ってしまう訳で⋮⋮
﹁﹁あのっ﹂﹂
こういったベタな遣り取りをしてしまうのだ。
﹁悪い、セラから言ってくれ﹂
﹁う、うん。これ、この前酒場で渡そうとした、私からのプ、プレ
ゼントなんだけど﹂
プルプルと手を震わせながら、突きつけるように渡される小箱。
セラの顔は逆側を向いて見えないが、たぶん真赤になっている。だ
って湯気が出てるもの。
﹁ありがとう。開けてもいいか?﹂
﹁い、いいわよ。気に入ってくれるか、分からないけど⋮⋮﹂
丁寧に包装された小箱を大切に開けていく。蓋を開くと、そこに
は首飾りが入っていた。銀色のロケットペンダントだ。シンプルな
899
がら円柱型のそれに彫られた模様は見事なものだった。鑑定眼で確
認すると、驚くことに等級はAランク。普通に購入しようとすれば
かなりの額になる。と言うよりも、市場ではまず御目にかかれない
代物だ。
﹁これ、セラが見つけて買ってくれたのか?﹂
﹁半分正解。見つけ出してくれたのはゴルディアーナよ。お金は依
頼の報奨金で何とかなったわ﹂
﹁⋮⋮そっか。気に入ったよ、明日からは絶対付けないとな﹂
﹁本当!? よ、よかった⋮⋮﹂
買おうと思えば、セラが以前から欲しがっていた高価な楽器類を
幾つも買えただろうに。それを我慢してまで贈ってくれたこのペン
ダント、大切にしないとな。正直に言う、滅茶苦茶嬉しい。
﹁このペンダント、かなり小さな小物限定だけど、中に入れられる
んだろう? 何か入ってるのか?﹂
ペンダントのロックを見る。かなり厳重に施錠されているな。
﹁うん! スキルで圧縮した私の﹃血﹄が入っているわ! あ、間
違っても開けないでね。大変なことになるから﹂
﹁⋮⋮そ、そうか﹂
い、いや、嬉しい気持ちは変わらないぞ。
プレゼントを渡したことで安堵したのか、セラは普段の調子に戻
ったようだ。いつものように他愛もない雑談をし、時にはからかい
合い、笑い合う。そんないつもの関係だ。
900
︱︱︱だけど、このままの関係に満足していない自分がいる。天
真爛漫な彼女を、如何なるときも俺のことを考えてくれていた彼女
を、好きになってしまっていた。それこそ、エフィルと同じくらい
に。時折目が合うを頬を赤らめるセラも、きっとそうだろうと思う。
﹁⋮⋮ケルヴィン。私ね、貴方に伝えたいことがあるの﹂
ふとした瞬間に発せられたセラの言葉。気がつけば手は重なり、
互いの指を絡み合っていた。
﹁俺から先に言ってもいいか?﹂
﹁えっ?﹂
ここでセラから言わせたら、男じゃないよな。
﹁セラ、好きだ﹂
﹁︱︱︱!﹂
告白と共に、セラに近づく。やがてセラも瞳を閉じ、みずみずし
い桜色の唇が徐々に︱︱︱
ガツン。
静寂が支配した部屋に響く鈍い音。おかしい、唇に柔らかい感触
はなく、何故かおでこが痛い。凄く痛い。
﹁えっ⋮⋮?﹂
﹁なっ!?﹂
驚くセラと俺の間に、紫色の障壁のような壁が形成されていた。
901
障壁はセラをちょうど中心に置いて円形のサークルを描くように展
開されている。
﹁魔法? いや、これは⋮⋮﹂
﹁父上の、加護!?﹂
セラが先にツッコミを入れてくれた。鑑定眼で確認したところ、
この障壁の正体は﹃魔王の加護﹄であった。詳細は以下の通り。
==============================
=======
魔王の加護︵魔王グスタフ︶
対象を卑猥な行為から守護する。この効果は対象の意識がなくと
も強制的に発動し、MPを消費しない。ただし対象が認め、自ら行
為に及んだ相手であれば加護は発動しない。
==============================
=======
魔王、親馬鹿もいいが死して尚それを貫き通すか。
﹁もう⋮⋮ 父上ったら、いっつもいっつも⋮⋮!﹂
あ、セラさんの瞳が段々と赤くなっている。
﹁ケルヴィン!﹂
﹁は、はいっ!﹂
思わず返事をしてしまった。だが、本当に驚いたのはセラの次の
行動だった。
902
﹁︱︱︱!﹂
障壁が、ガラガラと崩れ去る。口元には驚くほど柔らかな感触。
鼻を通り抜けるセラの香り。俺は、セラにキスをされていた。
﹁⋮⋮これで、父上も邪魔できないはずよ﹂
﹁⋮⋮そうだな﹂
軽く触れただけのバードキス。あまりに唐突だったので、なかな
か目を合わせられない。セラも俯いてしまっている。いやいや、こ
こで多少なりに経験のある俺がリードしなければ駄目だろうが! 中学生か!
﹁セラ⋮⋮﹂
セラの頬に手を当て、こちらを向かせる。顔を上げたセラは若干
涙目で︱︱︱
﹁ケルヴィン⋮⋮ 私を、食べてぇ⋮⋮﹂
その瞬間、理性が吹き飛んだことは覚えていた。
903
第128話 修羅場
︱︱︱ケルヴィン邸・セラの私室
﹁朝、か⋮⋮﹂
窓から差し掛かる太陽の光を浴び、まどろみの中から目を覚ます。
横を向けば、直ぐ傍にすやすやと眠るセラの顔。可愛い。俺に抱き
付くような形で眠っている為、その豊満な胸の感触が直に伝わって
くる。互いに裸だから尚更か。実に目覚めの良い朝だ。
﹁俺の理性、存外脆いのかもしれないな⋮⋮﹂
だが、あのセリフはずるいと思う。俺の次なる行動を確定させ、
本能をむき出しにさせたのだから。男であれば抗えるはずがない、
はずがないのだ。たぶん、プリティアあたりの差金だろうな。女で
あり、男でもある彼女だからこそ、どのような言葉が効果的か熟知
しているのだろう。末恐ろしいことだ。
それもあるが行為自体がご無沙汰だったので、結果的にセラには
負担を掛けてしまったかもしれないな。ほら、最近はメルフィーナ
がよく俺のベッドを占領しているから、エフィルと二人きりという
機会がなかなかなかったし。いや、千切れる寸前のか細い理性でセ
ーブしようとはしたんだ。でも、そんなものが保たれたのは序盤の
うち、何時の間にか理性は消え去ってしまい、やがて俺は一匹の獣
へと︱︱︱
﹁んんっ⋮⋮﹂
904
﹁悪い。起こしちゃったか﹂
セラが目を覚ます。
﹁ふあっ、んー、おはよう⋮⋮ ケルヴィン⋮⋮﹂
﹁おはよう、セラ。体は大丈夫か?﹂
﹁まだ、ちょっと⋮⋮ けど、気分は最高に良いわ﹂
セラが微笑みながら俺の頬に口付けをしてきた。ああ、これで俺
は完全に目覚めましたよ。
﹁寝過ごしちゃったみたいだな﹂
時間を確認すると9時を回っている。いつもは寝坊してもエフィ
ルが起こしてくれるから、こんなに寝るのは久しぶり︱︱︱ んん
? なぜ、今日に限ってエフィルは起こしてくれなかったのだろう
か。俺が自分の部屋で寝ていなかったから? 違うな。例え早く起
きたとしても、朝食の時間になったらエフィルなら俺のいる場所を
探すはずだ。部屋の鍵は、開いてる。そういえば昨夜は俺がここに
来てから鍵を掛けていなかった。だとすれば、エフィルはこの部屋
で裸でセラと寝ている俺を見て、敢えて起こさなかった?
﹁ケルヴィン? 頭を抱えてどうしたの?﹂
﹁いや、ちょっと状況の整理をさ⋮⋮﹂
これはもしや、修羅場へのフラグになるのだろうか? 予定では
確か、今日は午後からシルヴィア達を屋敷に招くことになっている。
それまでにエフィルがどのような状態かを見極めなければ、俺の精
神がやばい!
905
アロンダイト
﹁今日はこの前の依頼で破損した黒金の魔人を修理してくれるのよ
ね? えっと、その間一緒にいてもいいかしら?﹂
セラの抱きしめる力が僅かに強くなる。まだ少し恥ずかしそうに
している表情が非常に男心を擽るが、まずは現状把握が先決だ。
﹁そ、そうだな。まずは朝食を食べにいこうか﹂
セラの頭を一撫でし、ベッドから降りて急いで着替える。
﹁セラも早く着替えなよ。エフィルに朝食を下げれちゃうぞ。早く
エフィルに会って待ってもらわないとなー﹂
無理矢理に理由をこじつける。セリフがかなり棒読みっぽいが、
今の俺の精神状態ではこれが関の山なんだ。
﹁そう? それなら心配ないわ。だって、エフィルなら︱︱︱﹂
セラが扉を指差す。
﹁扉の向こうにいるもの﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
流石察知スキルに長けるセラ、エフィルの気配を捕捉するとはや
りおるな。ハハハ︱︱︱ さて、現実逃避はここまでだ。口から心
臓が飛び出るとは正にこのことだろう。驚きを通り越して逆に無表
情になってしまった。そうなんですか、この扉を向こうにエフィル
さんが⋮⋮
ええい、ままよ! 動揺を隠し切れぬまま、勢いに任せて扉を開
906
く。一刻も早く状況を打開したかったのだ。エフィルなら、あの天
使のエフィルならきっと大丈夫だと、そう信じて。
﹁ご主人様、おはようございます﹂
セラの予告通り、扉を開けた先にはエフィルがいた。いつものよ
うに、いつもの笑顔で挨拶をしてくれた。
﹁はい、おはようございます﹂
そうと分かっていても、俺自身に罪悪感があったのだろう。朝の
挨拶を敬語で返し、その場で正座の体勢に移行するまでそう時間は
かからなかった。
﹁あの、ご主人様? どうされたのですか?﹂
﹁怒って、ないのか?﹂
﹁?﹂
困ったようにエフィルが首を傾げる。本当に怒っていないようで
ある。
﹁その、俺がセラと寝たことに対して、怒ってないのか?﹂
﹁私はご主人様のメイドです。そのようなことで、ご主人様に目く
じらを立てることはありません﹂
﹁今日、時間になっても起こさなかったのは?﹂
﹁酷くお疲れのようでしたので。それに、私だって空気は読みます
よ。ただ︱︱︱﹂
﹁⋮⋮ただ?﹂
﹁時々でいいですので、私にもかまって頂ければ、嬉しいです。そ
の、私だって我慢していたのですから⋮⋮﹂
907
口元に手を当てながら、エフィルが頬を染める。その瞬間、俺は
がばりとエフィルを抱き抱え、部屋の中にへと招き入れた。
﹁あの、ご主人様?﹂
当然エフィルはキョトンとしている。部屋の中ではベッドの上で
セラが下着だけ着ている格好となっていた。ベッドにエフィルを優
しく下ろしてやる。
﹁二人とも、話しておきたいことがある﹂
俺も同様にベッドに腰を下ろし、セラとエフィルを交互に見なが
ら話す。
﹁エフィル、セラ。俺さ、二人のことが好きだ。比べようがないく
らいに二人が好きなんだ。こんなことを言ったら不純と思われるか
もしれないが、できることなら平等に愛したい﹂
二人は何も言わず、静かに俺の話に耳を傾けてくれている。
﹁そんな俺を、二人は許してくれるか?﹂
心臓の鼓動まで聞かれてしまいそうだ。俺の気持ちを上手く伝え
ることができたかは分からない。ただ、俺の言葉にセラとエフィル
は顔を一度合わせ、クスリと笑い合った。
﹁改まって何言ってるのよ。そんなの、全然問題ないじゃない!﹂
﹁つい先ほど申したばかりではないですか。私も気持ちは一緒です﹂
﹁⋮⋮いいのか?﹂
908
﹁誰でもオーケーって意味じゃないわよ。私が信頼しているエフィ
ルだからいいの。その辺勘違いしないでね!﹂
﹁お、おう﹂
﹁でも、これからそういった女性が増えるかもしれませんよ。メル
様なんて妻宣言までしてますし﹂
﹁ケルヴィン、ちゃんと愛がないと駄目だからね!﹂
そんなこんなで修羅場は何とか過ぎ去った。最悪、死を覚悟して
いたのだ。平穏に終わって本当に良かった⋮⋮ さて。
﹁それじゃあ早速、エフィルの悩みを解消しなければならないな﹂
﹁えっ?﹂
エフィルとセラを枕元へ押し倒し、そこに覆い被さるように移動
する。
﹁悩みって⋮⋮ ええっ、今からですか!?﹂
﹁えーっと、私も?﹂
﹁当然、ここでエフィルだけだと不平等だろ﹂
﹁午後にシルヴィア様達がいらっしゃるのですよ?﹂
﹁大丈夫、時間は十分にある﹂
﹁え、ええと⋮⋮﹂
﹁エフィル、諦めろ。後で何かあっても俺が何とかする﹂
﹁いえ、その、せめて鍵を⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
エフィルの言葉にそちらを見ると、半開きで停止した扉が。俺は
そっとベッドを下り、扉と鍵を閉めるのであった。
909
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
﹁あれ? ご主人様、今日は随分お寝坊さんだね。もうお昼だよ?﹂
食堂に行くと、空いた皿を下げるリュカの姿があった。誰もいな
いところを見ると、もう皆昼食も済ませてしまったようだ。
﹁昨日の疲れが残っていたのかもな。昼飯まだ食べれるか?﹂
﹁うん、今持ってくるねー。あ、セラ様にメイド長も﹂
俺に続いてセラとエフィルも食堂に入ってくる。
﹁おはよー。私も食事をお願いするわ﹂
﹁おはようございまーす。ちょっと待ってくださいね。あれ? メ
イド長、何かありました?﹂
リュカの鋭い指摘。エフィル、顔が少し綻んでいるぞ。
﹁え、ええ、まあ。さ、私は午後の準備をしてきますね。リュカ、
後片付けは任せましたよ﹂
﹁はーい﹂
あ、逃げた。
910
第129話 挫折
︱︱︱ケルヴィン邸
﹁えーっと、あのお屋敷がケルヴィンさんのお宅かな?﹂
﹁り、立派なお屋敷ですね⋮⋮﹂
﹁ん、おっきいね﹂
街道を歩き、ケルヴィンの屋敷を目指すシルヴィア一行。途中、
シルヴィアの食べ物目的による寄り道は多々ありはしたが、何とか
目的の場所へと到着することができた。
﹁っは、こんなの全然大したことないぜ﹂
﹁って何でナグアがいるんですか﹂
3人の後ろには少し離れてナグアがいた。
あいつ
﹁ケルヴィンの見張りだよ。放っておけばシルヴィアに何をするか
分かんねぇからなぁ﹂
﹁ハァ、貴方って人は⋮⋮﹂
﹁?﹂
呆れるアリエル。対してシルヴィアはよく分かっていない。
﹁まあ、いいでしょう。問題を起こすような行動は控えてください
ね﹂
﹁わーてるよ。相変わらずアリエルは小うるせぇな﹂
﹁貴方のせいでしょうが!﹂
911
﹁はいはい、夫婦漫才もそのへんに。ほら、門が見えてきたよ﹂
エマが手馴れた様子で止めに入り、屋敷を指差す。やがて見えて
きた屋敷の門、その両脇には門番らしき黒鎧が警護にあたり、ハル
バートを片手に不動を保っている。余程錬度が高いのだろうか。そ
の格好がケルヴィンの仲間であるジェラールにあまりに酷似してい
たので、背丈こそ違うものの本人かと勘違いしてしまいそうだ。
﹁すみません。本日、来訪の約束をしているエマと申します﹂
エマが門番に話しかけると、それまで静止していた門番の顔が僅
かに動いた。
﹁エマ様、シルヴィア様、アリエル様デスネ。主カラ伺ッテオリマ
ス。ドウゾ、オ通リクダサイ。今、メイド長ノエフィル様ガ参リマ
スノデ﹂
間延びした口調の門番がそう言うと、屋敷の門がひとりでに動き
出し開門される。
﹁魔力で動いているんでしょうか? 凝った仕掛けですね﹂
﹁ありがとうございます。それじゃ、行こっか﹂
エマがシルヴィアの手を引き門を潜り、アリエルも続いていく。
ナグアもそこに続こうと歩き出すが︱︱︱
ガシャン。
﹁⋮⋮何の真似だ?﹂
912
門番の二人はハルバートを交差させ、ナグアの行く手を阻む。
﹁申シ訳アリマセンガ、貴方ノ来訪ハ予定ニアリマセン。確認シマ
スノデ、少々オ待チクダサイ﹂
﹁ああん? シルヴィアの仲間のナグアだよ。これでいいだろうが
?﹂
﹁申シ訳アリマセンガ、少々オ待チクダサイ﹂
﹁⋮⋮ふざけてるのかぁ!?﹂
頑なに退こうとしない門番に、ナグアは思わず喧嘩腰になる。彼
の頭の中では巫女に手を出し、味を占めたケルヴィンがシルヴィア
達を誘い出して屋敷で何かするんだろうという構図が既に出来上が
っていた。
﹁待って、ナグア。止めておいた方がいいよ。﹂
これにはシルヴィアも流石に止めに入る。
﹁シルヴィア、まさか酒場のときのように止めるってのか!? 俺
が門番風情に負けるとでも!?﹂
﹁⋮⋮割と良い勝負?﹂
そしてナチュラルに火に油を注ぎにいく。ナグアと門番は一気に
一触即発の雰囲気になってしまった。
﹁トゥー、スリー。ご主人様の了解を得ました。ナグア様は正式な
お客様です。お通ししなさい﹂
﹁ハッ、承知シマシタ﹂
ガチャンガチャンと音を立てながら一糸乱れぬ動きで直立の姿勢
913
に戻る門番達。命令したのは庭園中央の噴水前に控えたエフィルで
あった。
﹁お迎えが遅れてしまい、申し訳ありません。更には門番がとんだ
ご無礼を致しまして⋮⋮﹂
﹁いえ、ナグアを勝手に連れてきたのはこちらですし⋮⋮ ほら、
ナグアも!﹂
﹁ケッ!﹂
グググッとナグアの頭を無理矢理下げさせようとするアリエルと
耐えるナグア。そんな様子にエフィルは微笑みながら、屋敷への案
内を始めた。
﹁エフィルさん、今日はよろしくお願いします﹂
﹁ん、とっても光栄﹂
﹁私もとても楽しみにしていました。そういえば、皆様はどれほど
料理をなさるんですか?﹂
﹁恥ずかしながら、私たちはあまり料理が得意ではなくって。うー
ん、できることと言えば⋮⋮﹂
火力は誰にも負けません﹂
3人娘が考えるような素振りをし、各々の得意分野を話していく。
﹁ん、斬るのが得意﹂
﹁赤魔法で焼くことくらいなら⋮⋮
﹁げ、解毒なら可能です!﹂
だが、それはおそらく料理の特技ではなかった。
﹁ぶっちゃけ、旅の最中は俺とコクドリが交互に料理番してんだよ。
こいつら料理に関しては破滅的だから覚悟した方がいいぞ。俺は途
914
中で諦めた﹂
﹁そ、そうでしたか。善処します⋮⋮﹂
苦難の挙句、エフィルはナグアに料理を教えることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁いやー、思わず熱中してしまったな。時間を忘れるとはこのこと
だわ﹂
﹁ケルヴィン、ゴーレムを弄ってるときも最近顔が笑ってるわよ⋮
⋮ とっても素敵だったわ!﹂
アロンダイト
屋敷の地下階段を上る俺とセラ。黒金の魔人の修繕が思いの外早
く終わったので、セラとゴレームを改造していたのだが、これがま
た夢中になってのめり込んでしまった。ちなみにゴーレム改造中の
セラは決まって白衣姿である。おそらく意思疎通で俺の知識から衣
装を拾ってきてエフィルに頼んだな。決して俺が無理強いしたり頼
んで着せている訳ではない。
さてさて、先日セラ達が攻略した新ダンジョン。そこには素材⋮
⋮ もとい、無数の人形型モンスターが出現した。その際に入手し
たモンスターの部位が大量にクロトに収納されているのだが、この
中にはゴーレムに搭載できそうなものも数多くあったのだ。
﹁これなんて完全にガトリングガンだよね。実際出てきたのは光の
弾だったけど﹂
﹁異世界人の遺産なのかねー。まあ弾速と威力を見れば俺等が使う
915
ことはないかな。ん、いや待てよ⋮⋮﹂
人形と直接戦ったリオンの話を聞いたときにピンときたのだが、
これが上手く機能した。通常のゴーレムはスキルを持たない為に魔
力の持ち腐れ状態だったのだが、この魔力式ガトリングガンがあれ
ば魔力を使って遠距離の敵にも対応できるのだ。その他にも使えそ
うなものはあったが、一番の収穫はこれだろう。
このガトリングガンを俺が鑑定眼で諸々解析し、クロトに食わせ
る。そしてクロトの金属化と分裂によって生み出された同素材から
鍛冶スキルで量産と、まあいつもの流れである。途中からは魔法に
精通したセラとメルの協力を仰ぎ、より発達したものを生み出した
りもしたんだが、使用する魔力を考えるとこれは新型ゴーレム用か
な。近頃はトライセンの動きがキナ臭い。俺達が留守の際の戦力の
強化も必要なのだ。
そうそう、最近になってこの新型には名前を付けてやったんだ。
名前と言っても、ワン、トゥー、スリー、フォーと単純なナンバー
付けなんだけどな。見た目は同一の4体だが、鎧に数字を彫ってい
るので見分けは何とかつく。こいつらも結構な戦闘力になったはず
なんだが、なかなか対等な相手がいないんだよなー。ジェラールや
リオンと戦わせたこともあったが、流石に勝負にならなかった。ち
なみに今はトゥーとスリーにはプリティアに半壊されたゴーレムの
代わりに門番をしてもらっている。普通のゴーレムと違って会話が
可能だし、ある意味適任ではあった。
﹁あら、そういえばメルは? さっきまで一緒にいたはずだけど﹂
﹁先に食堂に向かったよ。一仕事して腹が減ったって﹂
﹁そっか、シルヴィア達が来てるんだっけ。私も小腹がすいたし、
作った料理を頂こうかしら﹂
916
﹁俺もそうするかな﹂
階段の上り切る。お、良い香りが漂ってきた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
食堂に置かれた出来立ての料理の数々。そのどれもが食欲をそそ
らせる。だが、そこに立っていたのは意外な人物であった。
﹁げっ、犬男がいる⋮⋮ って、何であんたエプロン姿なのよ?﹂
﹁っは、この惨状を見て勝手に察しやがれ﹂
エプロン姿のナグアとはなかなかレアなんじゃないか? そして
テーブルに伏すエフィルとエマ、アリエル。メルフィーナとシルヴ
ィアはパクパクと料理を食べ始めていた。
﹁ほう、なかなかいけますね﹂
﹁ん、私はやっぱり食べるの専門。ナグア、美味しいよ﹂
﹁そ、そうかぁ! 食え、もっと食え!﹂
ナグア、料理できたのか。こちらは問題なさそうだな。
﹁エフィル。一体どうしたんだ?﹂
﹁ご主人様、申し訳ありません。私の手には負えませんでした。力
及ばず、です⋮⋮﹂
917
がっくりと肩を落とすエフィル。おいおい、こんなに消沈したエ
フィルは初めて見たぞ。
﹁シルヴィア達の料理があまりに酷くってなぁ⋮⋮ 代わりに俺が
そこの嬢ちゃんに教わったんだよ。ったく、何でこんな簡単なこと
ができねぇんだか﹂
﹁﹁ぐふっ!﹂﹂
﹁おい、エマとアリエルがダメージ受けてるぞ﹂
そしてエフィルは最後まで教え切れなった自分に落ち込んでいる
と。しかし、調理場の奥にチラリと身を潜ませているあの劇物のよ
うな料理、あれを見るにエフィルの判断は正しかったと思う。何あ
れ、色が紫だよ?
918
第130話 祭りの終わり
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
﹁なんだ、明日にはパーズを立つのか。ゆっくりしていけばいいの
に﹂
﹁ん、そうしたいのは山々。だけど、トラージの船に乗って西大陸
に向かわなければならない﹂
少し早めの食事をしながら、シルヴィア達のこれからの予定を聞
く。どうやら急いで西大陸に渡らなければならないようだ。
﹁ングング⋮⋮ 素晴らしい﹂
﹁ん∼♪ やはり、エフィルの料理が至高ですね﹂
エマとアリエルが立ち直るのを待っているうちに、メルフィーナ
とシルヴィアの大食いコンビが大半の料理を平らげてしまったので、
途中で一足先に息を吹き返したエフィルが追加で調理してくれた。
まあ、それも大方この二人が食べてしまっているのだけれど。
ちなみにエマ達が生み出した劇物料理は秘密裏にクロトの保管に
収納しておいた。放置していればあの鼻を刺す刺激臭が屋敷の壁に
移ってしまいそうだしな。敵に投げつければ武器代わりに活躍して
くれそうである。
﹁ハア、やはり駄目でしたか⋮⋮ 頑張って調理スキルを取るべき
かしら⋮⋮﹂
﹁馬鹿、ポイントの無駄だってぇの! こんな0を通り越してマイ
919
ナスからのスタートじゃ、B級A級のスキルで漸く人並みだ﹂
﹁うぐ、ナグアに正論を言われるとは⋮⋮!﹂
会食の際、シルヴィアのパーティでエマとアリエルは唯一マナー
良く食べていたから、てっきり何でもできるタイプかと思ったんだ
がな。人は見かけによらないものだ。
﹁そっかー、シルヴィー旅立っちゃうんだ⋮⋮﹂
﹁寂しくなるのう﹂
﹁リオン、ジェラール。実に自然に混じっているが、今までどこに
いたんだ?﹂
さっきまで食堂にいなかっただろ、お前ら。
﹁あははは⋮⋮ 調理場から危険を察知してさ、遠くから様子を見
ていたんだ。アレックスは臭いでまだ近づけないみたいだけどね﹂
﹁ワシも同じじゃ。リュカとエリィにも近づかないように伝えてあ
るから安心せい﹂
エフィル、本当に苦労していたんだな⋮⋮
﹁セラ、さっきから黙ってどうしたんだ?﹂
食事も口にしないで何か考えているようだが。
﹁⋮⋮思ったんだけど、犬男ならゴーレムの相手にちょうど良いん
じゃないかしら?﹂
﹁ナグアがか? むっ、良いかもしれん﹂
﹁ああん?﹂
920
シルヴィア達に事の説明をする。要するに、新型とナグアを戦わ
せることでゴーレムの実力を測りたいのだ。ナグアよ、戦え。
﹁ハァ? 何で俺がんなことしなきゃ︱︱︱﹂
﹁あ、いいですよ。私達に料理を教えてもらったお礼もしたいです
し﹂
﹁習ったのは結局俺だろうがぁ!﹂
﹁よし、了承を得たわ! ジェラール!﹂
﹁すまないな、友よ﹂
未だエプロン姿のナグアをセラの指示で担ぎ上げるジェラール。
﹁誰が友だぁ! 誰がぁ!﹂
ナグアも足掻くがガッチリとホールドされている為、ジェラール
から抜け出すことができない。
﹁何を言っておる、あの夜を忘れたか! ワシらは一緒に覗き見を
した仲ではないか!﹂
﹁ん、覗き見?﹂
﹁うわああぁぁー! 分かったからそれ以上言うんじゃねぇー!﹂
仲が良くなったとは思っていたが、もうそんな親友関係になった
のか。この二人、シルヴィアの覗きでもしてたのかな。
﹁それじゃあ早速、地下修練場に行きましょ、ケルヴィン♪﹂
﹁先に行っておるぞー﹂
﹁ぐっ、何でこんなことに⋮⋮!﹂
ジェラールは先に地下への階段を下りて行き、セラも俺の腕に抱
921
きつきながら引っ張ろうとする。
﹁待て待て。俺達はナグアとゴーレムの戦いを見に行くけど、シル
ヴィア達はどうする?﹂
﹁ん、この料理は私達が責任持って美味しく頂く﹂
﹁あなた様、ここは我々に任せて行ってください!﹂
﹁あ、うん。任せたよ﹂
メルフィーナとシルヴィアは残る、と。
﹁エマ、私たちはどうします?﹂
﹁アリエルは行ってあげなよ。料理は駄目だったけど、他でもアピ
ールできるチャンスはきっとあるからさ﹂
﹁⋮⋮そうですね。私、行ってきます﹂
﹁それじゃ僕が案内するよ。こっちこっち!﹂
リオンがアリエルの手を引き地下へと案内して行った。何やらラ
ブコメ臭を感じる。エマはエフィルの片付けを手伝うようだ。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮料理以外なら一通り家事はできますから﹂
﹁そ、そうか。疑ってすまない﹂
エマに睨まれてしまった。しかしながら、それなら心配する必要
はないだろう。これ以上エフィルに負担をかける訳にはいかないか
らな。
﹁ご主人様もそろそろ行ってあげてください。セラさんが待ちくた
びれているようですので﹂
﹁むー﹂
922
おっと、セラが頬を膨らませてジト目で待っている。この表情も
写真に保存したいくらいなのだが、これ以上待たせると拙いな。
﹁そうだな。エフィル、後は頼んだよ﹂
﹁はい、お任せください﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・正門前
﹁お、俺はやった、ぜ⋮⋮﹂
﹁はいはい、今日は早く休みましょうね﹂
アリエルの肩を借りるボロボロのナグア。その表情は疲れ果てて
はいるが、実に清々しいものだった。ナグアと新型の戦闘は想像以
上に拮抗した戦いとなり、それはそれは見事なものであったのだ。
風牢石により速度を増した新型にナグアが食らいつき、黒き装甲に
拳を当て続ける。新型も内蔵された新装備であるガトリング砲を巧
みに扱い、勝負は数十分も続いた。最終的にはナグアの辛勝である。
﹁今日はありがとう。お陰で料理の幅が広がった﹂
﹁俺の、なぁ⋮⋮﹂
ナグアも案外大丈夫そうだな。
﹁⋮⋮⋮﹂
923
﹁どうかしたか?﹂
シルヴィアが何か言いたそうに俺を見る。
﹁ん、ケルヴィンも一緒に行かない?﹂
﹁俺も? 行くって、西大陸にか?﹂
﹁そう﹂
﹁お、おい⋮⋮ 何言ってんだ、シルヴィア⋮⋮!?﹂
西大陸、か。いずれ行きたいとは考えているが、今はトライセン
のこともある。あまり遠方に向かうのは得策ではない。
﹁残念だけど、俺はまだここを離れる訳にはいかないからな﹂
﹁⋮⋮そっか﹂
﹁せっかく誘ってくれたのに、すまないな﹂
﹁ううん。ケルヴィン、きっとまた会おうね﹂
﹁ああ、きっと会おう﹂
沈み行く夕日をバックにシルヴィア達が宿へと帰っていく。翌日、
シルヴィア達は日も出ないうちにトラージに向かったそうだ。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱西大陸・とある宿
昨日はまた刀哉が面倒事に引っ掛かったせいで散々な一日だった。
いえ、刀哉が面倒を引き起こすことは減ったのだけど、あの体質が
924
相変わらずなのよね。何で厄介な揉め事に引き寄せられるように巻
き込まれるのかしら? けど、今日は天候に恵まれた雲ひとつない、
気持ちのいい朝。流石に今日は良い一日になりそう︱︱︱
ガチャ!
﹁刹那! 大変だ!﹂
﹁⋮⋮にないわね﹂
勢いよく開けられた宿の扉と共に、刀哉が何かを手に持って帰っ
てきた。今日は朝から冒険者ギルドに顔を出すって言ってたっけ。
あれ、また面倒事かな⋮⋮
・ ・
﹁大変だぞ刹那! ついに発行されたんだ!﹂
﹁何の話?﹂
﹁何って決まってるだろ! 師匠のS級昇格の記事だよ! ほら、
ギルドから貰ってきたんだ!﹂
そう言うと、刀哉は私に一枚の記事を渡してきた。師匠、トラー
ジから西大陸へ出発した後から刀哉はケルヴィンさんをそう呼ぶよ
うになった。間違ってはいないけど、それならクリフ団長もそうじ
ゃないだろうか? たぶん、雅に要らぬ知識を教えられたんだと思
うけど。
﹁どれどれ﹂
一先ず、記事に目を通す。
︱︱︱新たなるS級冒険者の誕生!︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
925
静謐街パーズにて、新たなるS級冒険者が誕生しました。冒険者
の名はケルヴィン氏。驚くべきこと、ケルヴィン氏が冒険者となっ
たのは3ヶ月前とのこと。これはギルド始まって以来の快挙であり、
歴代最速で冒険者の頂点であるS級に登り詰めたことになります。
更には現S級である﹃氷姫﹄のシルヴィア氏を相手に模擬試合で勝
利を収め、その実力が本物であることを示しました。さて、皆さん
も気になっているでしょう。ケルヴィン氏の二つ名ですが、先ほど
冒険者ギルドより発表が執り行われました。試合にて見せたケルヴ
ィン氏の大鎌と黒ローブ、そしてその特徴的な微笑みから名付けら
れた二つ名は﹃死神﹄。不穏な二つ名ではありますが、パーズの人
々の声を聞くにケルヴィン氏自身は礼儀正しい好青年だそうです。
既に同氏パーティはS級モンスターを複数体討伐しているとの情報
もあります。今後のケルヴィン氏の活躍が期待されますね。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
確かにケルヴィンさんが記事の一面に載っている。S級冒険者と
言えば人外の巣窟、変人奇人集団と噂される実力者達。私たちも西
大陸に来てから随分と強くなったけど、ケルヴィンさんも更に上の
世界へと駆け上がっているのね。欄外に載ってるケルヴィンさんの
ゴシップ記事も気になるけど⋮⋮
﹁凄いわね、ケルヴィンさん﹂
﹁ああ、俺たちも負けていられないな!﹂
﹁そう、ね⋮⋮﹂
西大陸に来て、私たちは日々鍛錬に励んでいる。コレットが聞い
た女神様のお告げはリゼア帝国に魔王がいると疑うものだった。た
926
だ、魔王の話は噂程度のものも聞かない。帝国は平和そのものなの
だ。私たちは、本当にこちら側にいていいのだろうか⋮⋮
刀哉が持ってきた記事の間から、別の記事がハラリと落ちる。私
たちはこの時、この記事に気がつかなかったのだが、そこにはこう
記載されていた。
︱︱︱トライセン、東大陸各国に宣戦布告
927
第130話 祭りの終わり︵後書き︶
これにて4章は終了となります。
それともう一つ重要な報告です。
書籍化が決定致しました。詳しくは活動報告にて。
928
第四章終了時 各ステータス︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第四章終了時メインメンバーのステータス紹
介です。
数字とスキルは後で修正する可能性もありますので、あくまで参考
程度に御覧ください。
読み飛ばしても問題ありません。
929
第四章終了時 各ステータス
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:108
称号 :死神
HP :1540/1540
MP :7800/7800︵+5200︶
ジェラール−300
アレックス−320︶
︵クロト召喚時−100
00
メル︵義体︶−5
筋力 :537︵+160︶
耐久 :482︵+160︶
敏捷 :986
魔力 :1448︵+160︶
幸運 :1173
装備 :黒杖ディザスター︵S級︶
スキルイーター
強化ミスリルダガー︵B級︶
アスタロトブレス
悪食の篭手︵S級︶
智慧の抱擁︵S級︶
セラ−10
シールペンダント︵A級︶⇒ブラッドペンダント︵S級︶ ※セラの血染により変化
女神の指輪︵S級︶
特注の黒革ブーツ︵C級︶
スキル:剣術︵C級︶
鎌術︵S級︶
召喚術︵S級︶ 空き:5
930
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
気配察知︵B級︶
危険察知︵B級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵B級︶
鍛冶︵S級︶
精力︵S級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
強魔︵B級︶
経験値倍化
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
補助効果:転生神の加護
悪食の篭手︵右手︶/並列思考︵固有スキル︶
悪食の篭手︵左手︶/暴食︵固有スキル︶
隠蔽︵S級︶
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 武装メイド
レベル:107
称号 :パーフェクトメイド
HP :856/856
MP :1645/1645
931
筋力 :431
耐久 :426
敏捷 :1532︵+640︶
魔力 :1030︵+160︶
幸運 :216
ペナンブラ
装備 :火神の魔弓︵S級︶
隠弓マーシレス︵S級︶
※普段はクロトの保管に収納
戦闘用メイド服Ⅴ︵S級︶
戦闘用メイドカチューシャⅤ︵S級︶
魔力宝石の髪留め︵B級︶
従属の首輪︵D級︶
女神の指輪︵S級︶
特注の革ブーツ︵C級︶
スキル:弓術︵S級︶
赤魔法︵S級︶
千里眼︵A級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵S級︶
調理︵S級︶
裁縫︵S級︶
鋭敏︵S級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
932
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:107
称号 :喰らい尽くすもの
HP :2110/2110︵+100︶
MP :1639/1639︵+100︶
筋力 :1375︵+100︶
耐久 :1207︵+100︶
敏捷 :1181︵+100︶
魔力 :1034︵+100︶
幸運 :997︵+100︶
装備 :なし
スキル:暴食︵固有スキル︶
金属化︵S級︶
吸収︵A級︶
分裂︵A級︶
解体︵A級︶
保管︵S級︶
打撃無効
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ジェラール 138歳 男 冥府騎士長 暗黒騎士
933
レベル:109
称号 :愛妻の守護者
HP :4700/4700︵+2300︶︵+100︶
MP :468/468︵+100︶
筋力 :1325︵+320︶︵+100︶
耐久 :1384︵+320︶︵+100︶
敏捷 :432︵+100︶
魔力 :322︵+100︶
幸運 :387︵+100︶
ドレッドノート
装備 :魔剣ダーインスレイヴ︵S級︶
クリムゾンマント
戦艦黒盾︵A級︶
深紅の外装︵B級︶
女神の指輪︵S級︶
スキル:忠誠︵固有スキル︶
自己改造︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵S級︶
装甲︵A級︶
軍団指揮︵A級︶
教示︵A級︶
自然治癒︵B級︶
屈強︵A級︶
剛力︵A級︶
鉄壁︵A級︶
実体化
闇属性半減
斬撃半減
934
ドレッドノート
補助効果:自己改造/魔剣ダーインスレイヴ+
クリムゾンマント
自己改造/戦艦黒盾+
自己改造/深紅の外装+
自己改造/女神の指輪+
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
デーモンブラッドロード
セラ 21歳 女 悪魔の紅血王 呪拳士
レベル:108
称号 :神殺しの拳士
HP :2605/2605︵+100︶
MP :2746/2746︵+100︶
筋力 :1317︵+100︶
耐久 :1179︵+100︶
敏捷 :1240︵+100︶
魔力 :1423︵+100︶
幸運 :2065︵+640︶︵+100︶
アロンダイト
クイーンズテラー
装備 :黒金の魔人︵S級︶
狂女帝︵S級︶
偽装の髪留め︵A級︶
女神の指輪︵S級︶
強化ミスリルグリーブ︵B級︶
スキル:血染︵固有スキル︶
血操術︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
935
黒魔法︵S級︶
飛行︵A級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
魔力察知︵S級︶
隠蔽察知︵S級︶
舞踏︵A級︶
演奏︵A級︶
釣り︵A級︶
自然治癒︵S級︶
豪運︵S級︶
補助効果:魔王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
メル︵義体︶ 17歳 女 天使 戦乙女
レベル:108
称号 :爆食の女神
HP :1749∼1995︵+1418∼1664︶
MP :1749∼1995︵+1418∼1664︶
筋力 :1749∼1995︵+1643∼1889︶
耐久 :1749∼1995︵+1643∼1889︶
敏捷 :1749∼1995︵+1643∼1889︶
魔力 :1749∼1995︵+1643∼1889︶
幸運 :1749∼1995︵+1643∼1889︶
装備 :聖槍ルミナリィ︵S級︶
936
ヴァルキリーメイル
ヴァルキリーヘルム
戦乙女の軽鎧︵S級︶
戦乙女の兜︵S級︶
女神の指輪︵S級︶
エーテルグリーブ︵A級︶
スキル:神の束縛︵隠しスキル:鑑定眼には表示されない︶
絶対共鳴︵固有スキル︶
槍術︵S級︶
心眼︵S級︶
青魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
飛行︵S級︶
装飾細工︵S級︶
錬金術︵S級︶
大食い︵S級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
リオン 14歳 女 人間 剣聖
レベル:92
称号 :巨人殺しの勇者
HP :1096/1096
MP :1212/1212
筋力 :821
耐久 :603︵+320︶
敏捷 :1210
魔力 :1201︵+320︶
937
幸運 :614
装備 :魔剣カラドボルグ︵S級︶
偽聖剣ウィル︵A級︶
黒衣リセス︵S級︶
女神の指輪︵S級︶
特注の黒革ブーツ︵C級︶
スキル:斬撃痕︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
二刀流︵S級︶
軽業︵S級︶
隠密︵A級︶
天歩︵S級︶
赤魔法︵S級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵A級︶
胆力︵B級︶
交友︵A級︶
剛健︵A級︶
鉄壁︵A級︶
強魔︵A級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:隠蔽︵S級︶
フローズヴィトニル
アレックス 3歳 雄 深淵の大黒狼
938
レベル:92
称号 :勇者の相棒
HP :1637/1637︵+100︶
MP :560/560︵+100︶
筋力 :1154︵+320︶︵+100︶
耐久 :712︵+100︶
敏捷 :889︵+100︶
魔力 :556︵+100︶
幸運 :498︵+100︶
装備 :劇剣リーサル︵S級︶
女神の首輪︵S級︶
スキル:影移動︵固有スキル︶
這い寄るもの︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
軽業︵S級︶
嗅覚︵A級︶
隠密︵A級︶
隠蔽察知︵B級︶
剛力︵A級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
939
第131話 宣戦布告
︱︱︱パーズの街・仮設ホール
連日に渡り賑わいを見せていたパーズも、昇格式等の祭事が閉幕
し落ち着きを取り戻しつつあった。来賓していた各国の重鎮達も帰
路へと着き始め、観光がてらにパーズに滞在する者も徐々にその数
を減らしている。そんな中、昇格式が行われた仮設ホールのとある
部屋の更に地下、秘密裏に作られた隠し部屋にて会合が開かれてい
た。
﹁それでは、ツバキ殿も同意見か﹂
﹁うむ。元来貿易を続けていた我が国でさえ、最近は国境付近での
いざこざが絶えない。トライセンは過酷な土地じゃ。貿易なしで十
分な食料を備蓄しているとは思えんのだがな﹂
声の主はガウン国獣王、レオンハルト・ガウン。そしてトラージ
国王、ツバキ・フジワラであった。昇格式の際に使用していた水晶
が卓上に置かれている。
﹁強力なモンスターが各地で出現、そしてトライセンの不審な動き
⋮⋮ 魔王がトライセンに誕生したと考えるのが妥当ですね﹂
﹁冒険者ギルドとしても、その可能性が最も高いと考えています。
トライセンは国内の各ギルド支部にも様々な圧力ををかけ、冒険者
の動きを制限しているようですので﹂
こちらはデラミスの巫女、コレット・デラミリウスとギルド代表
のリオだ。コレットは表向きには転移門にてデラミスに戻ったとし
940
ているが、この地下室で現在行われてるもうひとつの目的、3カ国
及び冒険者ギルド間の定例会合に参加していた。
大戦時に講和を結んで以降、途切れなく開かれていたこの会合に
は、本来であればトライセンも加わるはずであった。しかし、その
席に人影はない。
﹁ゼル殿が会合に姿を現さなくなり、どれ程が経ったであろうな。
以前から油断ならぬところはあったが、此のほど愚かな行為はしな
い御仁だったはずじゃが。いくら軍備の増強を図ろうとも、東大陸
全土の国を相手しようとは無謀もいいところよ﹂
﹁魔王となった者は悪意に染まってしまうと伝承にあります。知性
あるモンスターであれ、慈悲に満ちた人間であれ。おそらく、トラ
イセン王は⋮⋮﹂
﹁分かっておる。我が国の斥候もそういった情報を見聞きしている
からな。レオンハルト殿、そちらは大胆にやられたようじゃのう?﹂
﹁そちらとて、黒風による騒ぎがあったばかりだろう。ガウンはそ
うでなくともトライセンとの小競り合いは多いがな。まあ、ワシも
そう睨んでおる。近頃の奴らの行動は異常だ。エルフの里はケルヴ
ィンの活躍により護られたが、今日においても我が息子共が国境線
に出ている有様、捕らえた将達から引き出した情報も、どれも黒い
話ばかりであった。早いうち仕掛けなければ各地で被害は更に広ま
る。例え和平を結んだ同盟国であろうと、もう潮時だ。ゼルが魔王
である確証を待っている暇などもうない﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
レオンハルトの言葉を肯定する声はない。だが、反対に否定する
声もなかった。各国の代表達も理解はしているのだ。本格的な武力
行使による対立を、戦争をせねばならぬ時が訪れようとしているこ
とに。
941
﹁ゼル殿を魔王と仮定するならば、勇者の力が必要になるじゃろう
な。コレット殿、デラミスの勇者一行は?﹂
﹁⋮⋮メルフィーナ様の神託に則り、現在は西大陸にいます﹂
﹁西大陸だと? 呼び戻すにしても時間が掛かり過ぎるぞ!﹂
﹁どちらにしろ呼び戻しはしません。デラミスにおいて神託は絶対、
この神託の意味を勇者が見出すまでは、こちらからアクションを起
こすことはあり得ません﹂
﹁しかしだな、巫女殿よ︱︱︱﹂
﹁⋮⋮待たれよ﹂
レオンハルトの言葉をツバキが遮る。
﹁たった今、トライセンより書状が届いた﹂
﹁何ですって?﹂
水晶よりパサリと鳴る紙の擦れる音。その後、ツバキは溜息を漏
らし重苦しげに口を開いた。
﹁ふう、遂に来たか⋮⋮ レオンハルト殿、コレット殿。恐らく、
これと同じものが貴国にも直届くであろう﹂
﹁それは、まさか⋮⋮﹂
﹁トライセンからの宣戦布告通知じゃ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン・首都
942
トライセン城の城下町であるトライセンの首都は民衆でひしめき
合っていた。一刻前に兵を通じて、王による全民衆の招集がかけら
れたのだ。首都の上空には竜騎兵団が旋回し、警戒体制が敷かれて
いる。その異様さに、民衆は何事かとざわめき合う。
﹁静粛に! これより、偉大なるトライセン王より御言葉を頂戴す
る! 静粛に!﹂
上位の兵らしき者達が叫び声を上げる。それを耳にした民衆達は、
示し合わせたかのようにピタリと静かになり、トライセン式の敬礼
の姿勢で静止する。女、子供、老人までも、その動きに迷いはない。
幼き頃から体と頭に染み付かせた国の教育の成果なのだろうか。
その様に満足するように頷くは軍の隊長や大隊長の位に就く幹部
達。間もなくして幹部のひとりが民衆の召集が完了したのを確認し、
城へ合図を送る。
やがて城のテラスより姿を現すトライセン王、ゼル・トライセン。
その傍らには娘であり、暗部将軍でもあるシュトラ・トライセンが
控えている。誰かが、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。トラ
イセンにおいて王は絶対なる統治者、僅かな不敬を働きでもしたら
命の保障はない。
﹁親愛なる我が国民達よ、至急皆に伝えなければならない事案が発
生した﹂
ゼルの発する言葉のひとつひとつが、民衆達の心に響いていく。
大声を上げている訳でない。声を拡散させるマジックアイテムを使
っている訳でもない。そうでありながらも、城の最上階にいるゼル
943
の声は首都全域に届いていた。まるで、直接心に語り掛けるように。
﹁昨日、我が国の誇り高き魔法騎士団将軍、クライヴ・テラーゼが
獣国ガウンの手の者により奇襲を受け、戦死した。クライヴ将軍は
哨戒任務の最中に、人ならぬ亜人の手によってだ! モンスターの
討伐を終えた日の夜、皆が寝静まる時刻に野営地にて襲われたと確
認されている﹂
衝撃の公表に民衆は息を詰まらせる。ゼルの弁舌は事実を脚色さ
れているのだが、何も知らぬ民衆は王の言葉に何の疑いも持たなか
った。
﹁クライヴ様が⋮⋮? 嘘、でしょ?﹂
﹁なんとお労しい⋮⋮﹂
当然、民衆達にクライヴの実態を知る者はいない。世間的には若
くして成り上がった、才色兼備の貴公子として知られているからだ。
﹁皆が怒りはよく分かる。私自身、怒りで我を忘れてしまいそうだ。
我らはガウンに対して首謀者を引き渡すよう要求し、再三に渡り解
決の道を探ってきた。だが、獣王レオンハルトは頑なに対応しよう
としなかった。それどころか、交渉に向かわせた使者を斬り捨てる
暴挙に出たのだ! トライセンの英雄であるクリストフを盗賊であ
ると世迷い事を言い、現在も彼らを拘束するトラージ、デラミスと
同様に許しがたい行為である! 親愛なる国民達よ、皆はどう思う
!?﹂
﹁くそっ、卑怯者の亜人共め!﹂
﹁ガウンの獣共を許すなっ!﹂
﹁デラミスとトラージも同罪だ!﹂
﹁亜人を認める国など信じられるものか!﹂
944
ひとりが怒りを口にすれば、それに釣られ民衆は口々に怒りを漏
らしていく。ゼルは民衆を手で制し、弁舌を続ける。
﹁その通りだ。辛抱強い我らとて、ここまでされては堪忍袋の緒が
切れるというもの。過去、大戦時にトライセンは人間の平和を望み
講和を結んだが、それは完全なものではなかったのだ。まさに今、
我々は真の平和への道を歩みださなければならない時に来ている。
我らトライセンは各国に宣戦布告を行い、この大陸全土の統治に向
け動き出すこととした!﹂
首都に轟き渡る民衆、兵の歓喜の声。国全体が異様な空気を纏い
始める中、人知れずにシュトラは城の中へと歩み出していた。まだ
背後ではゼルの演説が続いてはいる。父の声は心に染み渡り、殆ど
が偽りであると知る自分でさえも信じてしまいそうになることに、
正気を保てそうになかったのだ。
︵ダン将軍はルノアに手紙を渡せたでしょうか?︶
シュトラはシルヴィアと名を変えたルノアに手紙を送る為、自分
が最も信頼できる人物であるダンにこの件を任せた。手紙の内容は
すぐに東大陸を離れるようにとの通告。と言うよりも、大陸全土を
巻き込んだ戦争が起きるということは伏せ、どうにかしてルノアが
西大陸に向かうよう仕向けさせた内容だ。ルノアだけでなく、シュ
トラは各国に対しあらゆる工作を行っていた。
︵戦争が始まれば、冒険者ギルドをも敵に回しての戦いになる。そ
うなれば、ルノアとも⋮⋮︶
親友であるルノアやアシュリーと剣を交えたくないのは本心だ。
945
だがそれ以上にS級冒険者であるルノアやそれに近い力を持つアシ
ュリーを敵にすれば、トライセンがそれだけで大きな損害を被るの
は目に見えている。これはほんの僅かな可能性でもあれば排除した
いという、打算的な考え。
︵ふふ、親友を戦場の駒にしか見てない、か。嫌な女よね、私⋮⋮︶
思考に耽ながら歩みを進める彼女の先に、ひとりの男がいた。
﹁⋮⋮タブラ兄様、ここは許しを得た者しか入られぬ場所ですよ﹂
﹁ふん! 相変わらず貴様は態度がでかいな、シュトラ!﹂
シュトラに対し、横暴な態度をとるこの男はタブラ。シュトラと
同じ母を持つ唯一の兄である。過去にパーズにて騒ぎを起こし、ケ
ルヴィンに叩きのめされた男だ。
﹁お父様に見つかったらことです。私は見なかったことにしますの
で、どうかお戻りを﹂
﹁いいのか? 私は暗部の貴様に有益な情報を持ってきたのだぞ﹂
﹁⋮⋮情報?﹂
﹁聞いて驚くがよい! 先日、パーズでS級に昇格したケルヴィン
とかいう男の情報だ! この王の声を聞くに、トライセンは各国を
敵にするのだろう? ならば、必然的にギルドも動き出すことにな
る。S級になったばかりで情報の少ない奴のことは貴様もあまり知
らぬであろう。だが、安心するがいい。何せ、私は以前から奴に目
をつけていてな︱︱︱﹂
﹁それには及びません。彼についてはクリストフが拘束されて以来、
情報を収集しておりましたので﹂
﹁そうか、ならば有難く聞くがよ⋮⋮ 何?﹂
﹁ギルド、パーズ、トラージにて知り得る話は調査済みです。どれ
946
も驚愕すべき話ばかり、ステータスは隠蔽され、逆に参考にならな
い状態ではありますが⋮⋮ お兄様が手に入れれるような情報は全
てあるはずですよ﹂
﹁な、ならば、他のS級冒険者の情報はどうだ? 昔から冒険者に
ついて調べ上げてきた秘蔵の話だぞ? 私の使いが先日の模擬試合
の客席に紛れ込み、調査させていたのだ。まず、そこにいた新顔S
級冒険者のシルヴィア、そしてゴルディアーナの2人だが⋮⋮﹂
シュトラは大きく溜息を吐く。
﹁お兄様、試合会場にいたS級冒険者はケルヴィンを除いても︱︱
︱ いえ、もういいです。サテラ﹂
﹁ここに﹂
﹁なっ!?﹂
シュトラが名を呼ぶと、暗部副官である黒尽くめの女、サテラが
どこからともなく姿を現した。
﹁タブラ兄様が部屋にお帰りです。連れて行って差し上げて﹂
947
第132話 迎撃班
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・ギルド長の部屋
昨日、デラミス、ガウン、トラージの各国がトライセンから宣戦
布告を受けたことを公布した。これにより東大陸全土は大戦以来の
戦火の渦に巻き込まれることとなる。それはここパーズも例外では
ないようで、他国と同様に宣戦布告の書状が送り込まれてきた。住
民達の混乱の相当なものであったが、予め各国が対策等の説明をし
ていた為、納まるのもまた早かった。だとしても、戦線から最も遠
方であるデラミスに移る住民や冒険者も少なくはないようである。
今日はパーズに滞在する高位の冒険者がギルドに召集され、ギル
ドとしての方針を定めるらしい。勿論、S級に昇格した俺のパーテ
ィも参加である。
俺以外のメンバーは昇格式が終わってからもパーズに留まってい
たS級のプリティア、そして先日無事B級に昇格したウルドさんの
いぶし銀4人パーティ。最後にA級のサバトが率いる獣人族の6人
パーティだ。サバトのパーティは全員が獣人族で素早さを活かした
肉弾戦を得意とするそうだ。A級なだけあって、トラージで出会っ
た頃の刀哉くらいの力はありそうな感じだ。
﹁おお、アンタがケルヴィンか! 試合見たぜ。アンタがいればパ
ーズも安泰だろうよ!﹂
﹁面と向かって言われると気恥ずかしいな。ええと、初めましてか
な?﹂
﹁おっと、名乗るのが遅れたな! 俺はサバトってもんだ。これで
948
もA級冒険者なんだぜ。アンタのお仲間、そこの美人さんが発見し
た新ダンジョン︱︱︱ 今は﹃傀儡の社﹄って名前だったか。まあ
いいや。そこに入り浸っていたらこの騒ぎに巻き込まれちまってよ。
全く散々だぜ! ハッハッハ!﹂
あの﹃クレイワームの通り道﹄から派生した新ダンジョンのこと
か。俺も一度行きたいと考えていたのだが、先を越されてしまった
ようだ。というかセラが発見者になってるのか。
﹁えっ、私?﹂
本人も分かっていなかった。
﹁ってか、本当に美人美女ばかりなんだな。昇格式のは演出だと思
ったんだが﹂
﹁ああ、恵まれていると自覚してるよ﹂
﹁羨ましい限りだぜ。俺のパーティなんか、このゴリラみてぇな女
しかいねぇシュバァッファ!﹂
サバトが指差した獣人の女性に殴り飛ばされていった。いや、獣
耳で普通に可愛い女性だと思うのだが。確かに腕っぷしは強そうで
はあるけど。
﹁ぐふ、ふぅ、ふぅ⋮⋮ これだぞ⋮⋮ くそっ、ゴマめ﹂
頭から落ちた割には元気そうだ。流石A級冒険者だな。
﹁今のはサバトが悪いよ。ところで見たところガウンの冒険者のよ
うだけど、戻らなくてもいいのか? あっちもトライセンから宣戦
布告を受けているはずだろ?﹂
949
﹁意外とスルーしてくんだな⋮⋮ ガウンは獣王がいれば平気だ。
あいつもアンタと同じように化物だからな。それよりもパーズが戦
力的に一番手薄だろ? なら、俺らも力になるぜ!﹂
うん、見ての通り獣人らしく豪快な人物だ。しかし、こうして俺
ら以外の面子を並べて見てみると︱︱︱ 非常にむさ、いや何でも
ない。
﹁さて、皆集まってくれたようだね。まずは突然の召集について謝
罪しよう。だが、事は急を要してね﹂
メンバーが揃ったところで、リオが話を始めた。
﹁いいのよリオちゃん、トライセンが各国に喧嘩を吹っ掛けたんで
すもんねぇ。慌てるなってのが無理ってもんよぉ﹂
﹁それで、俺たち冒険者はどうするんだ? 詳しい状況は?﹂
﹁ああ、皆も知っての通り、不可侵地域であるパーズにも宣戦布告
の書状が届いてしまった。そしてここからは追加の情報だが、どう
やらトライセンは宣戦布告と同時に軍隊を展開させたようだ。全く、
用意のいいことだよ﹂
﹁早速かよ!?﹂
トライセンの軍勢か。記憶に新しいのはエルフの里でぶつかった
﹃混成魔獣団﹄、そして俺が取り逃がしたクライヴの﹃魔法騎士団﹄
だな。どちらにもかなりの打撃を与えたはずだが。
ここ
﹁トライセンより出撃した部隊は3つ。﹃鉄鋼騎士団﹄がガウンへ。
次に﹃魔法騎士団﹄がトラージへ。そしてパーズには﹃竜騎兵団﹄
が向かって来ている﹂
950
魔法騎士団は復活しているようだ。クライヴもかなりしぶといな。
﹁竜騎兵団⋮⋮ トライセン第1王子のアズグラッドが率いる竜騎
部隊か。その3部隊の中じゃ機動力は群を抜いているな。アズグラ
ッド自身もかなり好戦的と聞く。奴ら、パーズを早々に落として士
気を上げる算段か?﹂
﹁なら、開戦の舞台はパーズってことになるのか﹂
﹁報告ではパーズに到達するまで1週間少々といったところだそう
だ﹂
竜騎兵団か、トライセンには色々と豊富な部隊があるんだな。竜
と戦ったことがあると言えば、トラージの邪竜と刀哉のパーティに
いた幼竜のムンくらいか。最強種の一角を担う種族ではあるが、今
のところ苦戦した経験はない。一応あれもS級の竜ではあったが、
正規の竜ではなかったからなぁ。
﹃あなた様、竜種について補足致しますか?﹄
お願いします! メルフィーナ先生!
﹃こほん⋮⋮ 竜種は成長度合と得意とする属性によって種族が変
化します。中には亜竜と呼ばれる竜に酷似した種族もいますが、そ
の力は正規の竜と比べると弱いですね。単純な力を並べればこのよ
うな形ですね﹄
メルフィーナ先生が配下ネットワークにメモ書きを表示させる。
亜竜︵C級以下︶≦幼竜︵C級∼B級︶<成竜︵A級︶<古竜︵
S級︶<竜王︵S級︶
951
﹃これらから更に住処に適した属性別に種族が細分化されていきま
す。邪竜と呼ばれる亜種族があなた様が以前戦われた竜種ですね。
邪竜は竜よりもステータスは高いですが、知性が著しく退化してい
ます﹄
ああ、単純で力任せな攻撃しかしてこなかったから随分と楽な戦
いだったよ。あと、古竜と竜王の違いは? ランクだけならどちら
もS級だけど。
﹃古竜の中でも特に飛び抜けて強力な力を持つ、竜種の頂点に立つ
のが竜王です。各属性毎に竜王が存在しますから、この世界には8
体いることになりますね﹄
頂点が8点あるのですが。そんなにいたら厄介この上ないだろう
に。
﹃正確には各属性別の種族の頂点、と言い直しましょう。それに、
火竜王のように災害と呼ばれる竜王もいれば、水竜王のようにトラ
ージの守護竜と崇拝される竜王もいます。全てが人間と敵対してい
る訳ではないのです﹄
なるほどなるほど。火竜王に関しては個人的な恨みもあるし見つ
け次第ぶちのめしたいのだが、友好的な竜王は戦う必要はないのか。
そうか、ないのか⋮⋮
﹃残念そうですね﹄
うん。さ、そろそろ作戦会議に戻ろうか。意思疎通での高速会話
だから問題はないけどさ。
952
﹁困ったことにパーズには在中する兵が殆どいないからね。精々が
街の警邏や門番をする程度だ。ギルドの冒険者がメインの戦力にな
るだろうね。ガウンとトラージは各々の兵力で防衛に当たり、パー
ズにはデラミスより援軍が派遣される手筈になっている。が、正直
なところ竜騎兵団が到着するのが早いだろう。少なくとも我々は現
状の戦力で時間稼ぎをする必要がある﹂
﹁平和が仇になってしまったな⋮⋮﹂
転移門での移動を一瞬頭に浮かべたが、あれは魔力の消費が半端
ないからな。軍隊なんて人数を移動させるには向かないだろう。す
るならば少数精鋭なのだが、デラミス本土の戦力を割き過ぎるのも
あまりよろしくない。休戦中とは言え、デラミスの背後にはリゼア
帝国があるのだから。
﹁時間稼ぎか、性に合わないな。こっちにはS級冒険者が二人もい
るんだ。逆に迎撃しちまわないか?﹂
﹁あらやだ。私はそんな大した戦力じゃないわよぉ﹂
サバトは返り討ちにする気満々だな。俺と気が合いそうだ。
﹁戦力的には十分過ぎると私も思う。だけど人数が人数だし、これ
は防衛戦だ。やり合うなら少数精鋭でパーズから離れた場所でやる
のが望ましい。君達もケルヴィン君の模擬試合を見ただろうから分
かると思うけど、あのレベルの戦いを街の近隣でやられては敵わな
いからね。今回は結界もないし﹂
﹁⋮⋮ああ、そうだな﹂
サバト、なぜそんな目で俺とプリティアを見る。そんなことでは
S級になれないぞ。
953
﹁さて、具体的には防衛班と迎撃班に分かれてもらおうと思う。防
衛班は文字通りパーズ最後の護りの要、C級以下の冒険者達もこち
らに配属させようと考えている。迎撃班はトライセンの軍勢がパー
ズに到達する前にゲリラ的に攻撃を行う。こちらはかなり危険な役
目になるね﹂
リオよ、俺を凝視しながら迎撃班の説明しないでくれるかな? もうこれリオの中では役割決まってるよね、きっと。
﹁ジェラールのおじ様と一緒に行くのも魅力だけどぉ、私は攻める
より護る方が得意だしぃ、街の防衛に志願しようかしらん﹂
﹁B級になったばかりの俺らは亜竜の相手が精一杯だ。攻撃側に回
っても足手まといになるのが目に見えているし、防衛に専念しよう
と思う。何、いざとなったら住民の誘導や護衛くらいはできるさ﹂
プリティアとウルドさん達は街の防衛に志願するようだ。
﹁俺らもそれなりに修羅場を潜り抜けてきた自覚はあるんだがよ、
あの試合のレベルに付いて行けるかって言われると正直自信ないん
だわ。だけどよ、間近でS級の戦いを見れるまたとないチャンスで
もあるんだ。ケルヴィン! 雑用でも何に使ってくれても構わねぇ。
俺らも連れて行ってくれねぇか!?﹂
どうやら俺は迎撃班に確定していたようである。まあ、こっちに
志願しようとしてたからいいけどさ。
﹁何ならゴマを抱いてくれてもってケルヴィンには不要かッツェイ
!﹂
ああ、サバトが窓から落ちていった。
954
第133話 先行
︱︱︱ケルヴィン邸・リビングルーム
トライセンから出撃した竜騎兵団の足止めをする為、迎撃班に配
属された俺とサバトのパーティ。予想されるパーズへの到着は大よ
そ1週間、幸いなことに時間はある。一度サバト達と別れ、今は屋
敷に戻って内々での作戦会議中である。セラはソファに寝転がり、
メルフィーナはお菓子をボリボリ食べているが、それでも作戦会議
中なのである!
﹁まあ、それではご主人様が向かわれるのですか?﹂
﹁ご主人様、大丈夫?﹂
経緯を説明するなり、エリィとリュカは心配げな表情を浮かべた。
﹁前に戦った混成魔獣団程度であれば全く問題ないけど、どうだろ
うな。偵察の報告じゃ、古竜らしき姿も何体か目撃されているよう
だし﹂
黒き巨竜や地を走る岩竜、竜騎兵団はなかなかバラエティに富ん
だ集団だ。しかし、亜竜であるワイバーンなどに騎乗する者も多く、
必ずしも正規の竜を連れているという訳ではないようだ。まあ直に
目にして確認するとしようか。
﹁あ、そうだ。エリィとリュカをパーティに入れておくか。レベル
上げにちょうど良いだろ﹂
955
そう言いながら二人にパーティ招待のコマンドを送る。
﹁楽をしてレベルを上げているようで大変恐縮なのですが、いいの
でしょうか?﹂
﹁気にするなって。二人は戦闘向きのステータスじゃないからな。
パーティに入って間接的に手に入れた経験値でレベルを底上げする
なんて話、よくあることだろ?﹂
この世界ではレベルが上がらないことにはスキルポイントを新た
に入手することができない。だが、人里に住む一般的な人々はモン
スターとの戦闘なんてしたことがないのが普通だろう。では、そう
いった人々はどうすれば良いのか? 答えは簡単、冒険者などのパ
ーティに入り他の者にモンスターを倒してもらえばいいのだ。街や
集落では年に一度、ある年齢に達した者をパーティに入れてレベル
を上げるという催事があるほど、この手法は大衆的なものらしい。
モンスターを倒した者が大方の経験値を得て、残った微少な経験
値を戦闘での貢献に応じてパーティ内の者に配分されるのがパーテ
ィでの一般的な経験値取得方法だ。戦闘中、何もしなければ殆ど塵
のような値しか配分されないのだが、それでもレベルが初期の者に
とっては十分な経験値となる。ゲームでいうところの寄生みたいな
もんだが、この方法でも頑張ればレベル5位まではいけるのだ。最
も、それ以上となると必要経験値が大幅に上がり、どんなに強いモ
ンスターを倒してもらったところで得る経験値は最小値なので、こ
の方法でのレベル上げは厳しくなる。それ以上を望むのならば自分
も何らかの貢献をしなければならなくなる訳だ。
﹁ご主人様の場合、限度がありませんので不安になってきます﹂
うん、例外的に俺たちは経験値共有化で経験値良いとこ取りだか
956
らね。
﹁そうだなー。それなら今度二人にも実戦を経験してもらおうかな。
護身にもなるだろうし﹂
﹁王よ、剣術ならワシが!﹂
﹁剣術! ジェラールお爺ちゃんに教えてもらう!﹂
ジェラールとリュカが食い付いてしまった。何か護身程度に収ま
アギト
アギト
る気がしない。いや、それでも問題ないけどさ。
アギト
﹁それなら僕も手伝うよ。一緒に空顎撃とうよ空顎!﹂
﹁うん! 空顎ー﹂
ジェラールの真似をしてリュカは素振りをする。うちのメイド達
が斬撃を放つようになる日も近いかもしれない。
﹁それもパーズの防衛を乗り越えてからだからな。もしもの際はエ
リィとリュカが屋敷のゴーレム達を運用してくれ。可能性は薄いだ
ろうが、防衛線を抜ける奴もいるかもしれないからな。セラ、寝る
な。メル、物欲しそうな顔で空皿を見詰めるな。そろそろ真面目に
作戦練るぞ﹂
エフィルにリオから拝借した国境付近の地図をテーブルに広げて
もらい、俺たちは漸く本腰の作戦会議を開始した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
957
︱︱︱とある宿
﹁サバト様、本当に俺たち連れて行ってもらえるんスかね?﹂
ここはサバトのパーティが宿泊する宿。サバト達はギルドでケル
ヴィンに﹁先に準備を整えたい。少ししたら連絡するから﹂と言わ
れ、一度別れて宿の酒場にて時間を潰していた。
﹁今はケルヴィンを信じるしかねえだろ。俺たちがない頭で考える
より、何をすればいいか指示してもらったほうが効率的だ﹂
﹁ハァ、そんな調子じゃ次期獣王なんて夢のまた夢よ、サバト? 今でも兄さん達はトライセンと戦っているんだから﹂
﹁うるせえよ、ゴマ。武者修行中だってのに、おめおめと祖国に帰
れるかっての。それに、今はパーズの危機なんだ。困った人を見過
ごして、何が獣王だ﹂
﹁この場合、ケルヴィンさんを困らせてないかしらね?﹂
﹁ガハハッ、ゴマ様の言う通りですな!﹂
片耳が欠け、体中に数え切れぬ傷跡を残す獣人が相槌を打つ。歴
戦の勇士、という言葉がいかにも似合う風貌だ。
﹁くそ、口じゃ勝てねえ⋮⋮﹂
﹁サバト様、腕っ節でも勝てないッス﹂ すかさずスコーンと鳴る気持ちのいい音。頭の軽そうな獣人の若
い男がその頭を両手で押さえる中、宿のドアベルがカランカランと
酒場に響き渡った。誰かが宿にやってきたようである。ケルヴィン
達が準備をし終えてやってきたのだろうか? そんなことを考えな
がら獣人6人は宿の入口に目を向けた。
958
﹁すみません。こちらの宿にサバト様という方は宿泊されています
でしょうか?﹂
そこにいたのは妙齢のメイドであった。宿の主人にサバトのこと
を聞いているようだ。
﹁あのメイド服、ケルヴィンさんの仲間のメイドさんと同じものじ
ゃない?﹂
﹁ああっ、そうッス! 間違いないッス! あのメイドさんも超絶
可愛かったッスよね∼﹂
﹁その意見には同意するが、ゴマ様が仰っているのはあのメイドが
ケルヴィン殿の使いではないか、ということだ、グイン﹂
﹁な、なるほど⋮⋮! ゴマ様もアッガスの旦那も頭が良いッスね
!﹂
﹁お前の頭が軽過ぎるだけだ、全く。それはそうとサバト様︱︱︱﹂
﹁サバトとは俺のことだー!﹂
アッガスが言葉を投げかけるよりも早く、サバトが叫びを上げ飛
び上がる。その様はエサを前にして主人の待てから解放された犬の
ような俊敏さであった。
﹁⋮⋮馬鹿だから行動は早いのよね﹂
その叫びにメイドと宿の主人はビクリと体を震わせる。サバトは
盛大に驚かせることに意味もなく成功した。
﹁そ、そうでしたか。失礼しました⋮⋮ 私、ケルヴィン様に仕え
ております、エリィと申します﹂
メイドの顔はかなり引きつっている。
959
﹁いいんだ! それで、ケルヴィンはどうッシュンダッ!﹂
﹁⋮⋮3回目ッスか。サバト様、今日は絶好調ッスね﹂
﹁あれを絶好調と言っていいものだろうか⋮⋮﹂
宙を舞うサバトを見ながらグインが食べ残していた麺をすする。
﹁失礼しました。それで、ご用件は?﹂
笑顔で接するゴマ。しかし、メイドは最早怯えている。
﹁ケ、ケルヴィン様から手紙を預かっております。ど、どうぞ⋮⋮﹂
﹁手紙、ですか?﹂
メイドの震える手からゴマが手紙を受け取る。
﹁どれどれ﹂
﹁俺も見たいッス﹂
﹁ふぅ、ふぅ⋮⋮ 俺にも見せろ⋮⋮﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱サバトへ
思ったよりも時間がなさそうなので、先に迎撃予定場所に向かい
ます。そちらも準備を整え次第、こちらに来てください。場所はパ
ーズとトライセンの国境﹃朱の大峡谷﹄です。お互い全力を尽くし
て頑張りましょうね! ではでは。
960
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁⋮⋮⋮﹂
固まる一同。されど、心に秘める思いは同じようで。
︵︵︵置いてかれたー!?︶︶︶
各々同じ叫びを心の内で上げるのであった。
961
第134話 朱の大峡谷
︱︱︱朱の大峡谷
パーズの東、トライセンとの国境線をなぞる様にして存在するの
が朱の大峡谷だ。元々はトライセン領内に含まれていた地域であっ
たが、過去の大戦で和約を結び静謐街パーズを作り上げる際に、パ
ーズの領土として譲渡した場所なのだ。
聳え立つ赤き険しい山々の間に広がる50メートル幅の荒れた道
が、現在パーズとトライセンを最短で繋ぐ交通路となっている。無
理に山を登る手もなくはないが、山はほぼ直角を思わせる急斜面に
加えて雲に届く程の高さがあり、空を飛ぶ手段があったとしても越
えるのは困難を極める。そして天辺付近には気配に敏感な鳥獣系の
C級モンスターの巣がいくつも存在する為、隊列を組んだ軍隊とし
て通るのならば渓谷下の道を使った方が遥かに安全なのだ。その分、
向こうも奇襲を警戒すると思うけど。
﹁到着、っと。エフィル、今何時?﹂
激しい砂煙が舞う中、俺たちは朱の大峡谷のトライセン側の入り
口に到着した。渓谷下はカラカラと乾いた道であったが、渓谷を越
えたトライセン側の領土は砂漠が広がっている。領内全土がこんな
感じだとすれば、そりゃ食料難になるわな。しかも、そんな中で交
易の主軸であったトラージに宣戦布告。トライセンの国民や商人は
何とも思わないのだろうか。
﹁11時を回ったところですね。概ね、予定通りの時間です﹂
962
エフィルがクロトから懐中時計を取り出して答えてくれた。11
時か、もうすぐ昼食時だな。
﹃王よ、すまないが出してくれんかの?﹄
実体化を解除していたジェラールが催促してきた。ジェラールは
鈍足という訳ではないが、他の仲間達と比べると移動速度が格段に
劣る。その為、現地に着くまでは俺の魔力に戻ってもらっていた。
﹁そうだな。今召喚する﹂
手早くジェラールを召喚。魔方陣から見慣れた黒鎧が姿を現す。
﹁ふーむ、ここ最近は歳のせいか皆に付いて行くのも一杯一杯じゃ
わい。今度、騎乗スキルでも取ってアレックスに乗せてもらおうか
のう﹂
﹁ガウ⋮⋮﹂
﹁む、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。ワシ、拗ねちゃ
うぞ!﹂
アレックスはリオンと同じように縦横無尽に動き回るんだが、ジ
ェラールはそこまで考えているのだろうか? ロデオどころの話じ
ゃないぞ、絶対。
﹁あはは⋮⋮ アレックスは影に潜ったりするからね。ジェラじい
は騎士なんだし、馬とかは乗れるの?﹂
﹁スキルはないが、人並み以上には乗れるぞい。どれ、今度リオン
にも教えてやろうかの﹂
﹁本当に? 約束だよ! 指きり指きり﹂
963
﹁うむ、指きりじゃ﹂
さて、ほっこりと和むのも良いが、そろそろ次の行動に取り掛か
らないとな。昼ご飯に間に合わなくなる。
﹁よし。それじゃ、各人に役割を与えるぞ。エフィルは一先ず昼食
の準備。調理器具は問題ないか?﹂
﹁万全です。ご主人様に作って頂いた器具一式、クロちゃんに持っ
てもらっています。昼食のご希望はありますか?﹂
﹁ワシ、カツ丼!﹂
﹁僕オムレツね!﹂
﹁私は軽いものがいいわね。何にするかはエフィルに任せるわ﹂
﹁私は︵エフィルの料理で量があれば︶何でもいいですよ﹂
﹁ガウ!︵肉!︶﹂
﹁俺もカツ丼にするかな﹂
﹁はい。承知しました。クロちゃんもお任せでいい?﹂
普通、ここは作る料理を統一するべきなんだけどな。希望を出せ
ば難なく調理してしまうエフィルに甘えてしまう俺たち。
﹁セラ、リオン、ジェラール、クロト、アレックスは砂漠周辺のモ
ンスターの討伐。あ、渓谷の上にいるモンスターは無視していいか
らな﹂
﹁何で?﹂
セラが顔をかしげる。
﹁万が一にトライセンが山を越えようとしたときの足止め兼警報代
わりに使えるからさ。セラの察知能力なら、何かあったら直ぐに気
づくだろ?﹂
964
﹁まあ、この一帯レベルなら余裕ね﹂
﹁それにあいつら山を登ろうとしない限りは襲ってこないらしいか
ら無視していいよ。時間は、そうだな⋮⋮ 1時間後にここに集合
だ﹂
﹁あなた様、私はどうします?﹂
まだ役割を分担されていないメルフィーナが軽く手を上げる。
﹁メルは俺と一緒の作業だ﹂
﹁あら、まさかこんなところで︱︱︱﹂
ゴス。
顔を赤らめるメルフィーナの頭にチョップを入れる。
﹁俺たちはここに壁を作るぞ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱1時間後。仕事を終えたリオン達が戻ってきたようだ。俺
も漸く良い所で区切りを付けたところ。良い匂いも漂ってきたこと
だし、飯にするか。
﹁よ、お疲れさん。エフィルの方もできた様だし、昼飯にしようか﹂
戻って早々にリオン達は俺の渾身の出来である壁を凝視し始める。
965
﹁それよりもケルにい⋮⋮ これ、壁って言うよりは⋮⋮﹂
﹁うん、まあ⋮⋮ 頑張った結果、かな?﹂
トライセンの侵攻を防ぐ為、朱の大峡谷の道を塞ぐようにして作
オブシダンエッジ
り上げた黒き城塞が聳え立つ。巨大な城塞から城壁まで全てが黒で
統一され、その全てが防御力に特化させた剛黒の黒剣に並ぶ強度を
オブシダンフォートレス
持つ。メルフィーナの指導の下、俺が新たに生み出したS級緑魔法
ボレアスデスサイズ
︻剛黒の城塞︼。正直なところ、最初はより強力な壁的なものを作
れればいいなーというノリでやっていたのだが、大風魔神鎌の特訓
により魔力の扱いが上手くなった為なのか、こんなものが出来上が
ってしまった。
﹁まるっきり城ね。それに、エルフの里のときよりも︱︱︱﹂
︱︱︱ズドォン!
﹁頑丈になってる?﹂
﹁セラ、いきなり壊そうとしないで。お願い﹂
セラがいきなり拳を固めたので少々焦ったが、城壁に損傷はなさ
そうだ。流石S級魔法。セラが本気ではなかったからかもしれない
が。
﹁S級魔法としては護りに焦点を当てた分、まだ制御しやすい部類
ですしね。あの稀代の暴れ馬であった大鎌を扱えるようになったあ
なた様なら当然の結果かと﹂
﹁そんなもんなのか? んー、一夜城ならぬ半刻城になってしまっ
たな。外装内装は色々とカスタマイズできそうではあるけど︱︱︱﹂
ぐぅー。
966
む、頭と魔力を使ったせいか腹が鳴ってしまった。これはいち早
くエフィルのカツ丼を腹に納めねば。
詳しい説明は食べながらすることにして、エフィルが準備してく
れたテーブルセットにて食事を始める。一応要塞内に各施設用の部
屋も作っておいたので、次からは中での食事かな。風を操っている
うちはいいが、ここ砂嵐が酷いし。
﹁この後のことなんだが、俺はゴーレムの改造作業に移るよ﹂
﹁ゴーレムの、ですか?﹂
﹁ああ、トライセン迎撃手段のひとつとしてね。今のゴーレムのス
トックは53機、屋敷に配置したゴーレム以外はクロトの保管に収
容しているだけど、まだ半分以上はガトリング砲を装着させてない
奴ばかりでさ。魔力を使って一から作り直せば最初からフル装備の
ゴーレムも生み出せるんだが、魔力がもったいない﹂
ゴーレムは強力になるほど消費するMPも増えていく。素体とな
るゴーレムを作り量産した装備を装着させていった方がコストは安
上がりに済む。時間制限がある現在においては、MPを温存できる
こちらの手法を取るのがベストだろう。回復薬に頼り過ぎて仲間の
前で嘔吐したくないしな。魔法の詳細を見る限り、このタイプのゴ
ーレム生成数制限はまだまだ余裕がある。数は力とも言うし、可能
なだけ作っておきたいのだ。
マインドインテグレーション
﹁なら、私もいつものように手伝うわ。黒魔法がS級となった今な
ら、魂操憑依でもっと憑依させれそうだし!﹂
﹁⋮⋮憑依させるスピリットはどこから調達するんだ? 前に憑依
させたのはトラージのダンジョンのモンスターだったろ﹂
﹁⋮⋮ちょっとトラージにひとっ走り行ってくるわ!﹂
967
﹁待て待て! 他にもやることあるからそっちを手伝ってくれ! ほら、新装備の考案とか!﹂
思い立ったが吉日とよくいわれるが、セラは本気で決断が早い。
﹁そういえば、サバトさん達は何時頃着くかな? ケルにい、ちゃ
んと連絡したの?﹂
﹁しっかり者のエリィに言伝を頼んだから大丈夫だよ。問題ない。
A級冒険者の足なら、その気になれば直ぐ来るんじゃないか?﹂
﹁うーん、僕にはよく分からないや﹂
﹁ま、忘れた頃には来るだろ。それで、午後からの作業なんだけど
︱︱︱﹂
サバト達が朱の大峡谷にやってきたのは、それから5日後のこと
であった。
968
第135話 迫り来るもの
サバトのパーティがパーズを出発して5日が経過した。リオから
知らされた情報が本当であれば、そろそろ竜騎兵団の軍勢が朱の大
峡谷に到達してもおかしくない頃合だ。
ケルヴィンの手紙を読んで一同が愕然とした後、エリィの問い掛
けによりいち早く正気を取り戻したゴマがすぐさま全員を叩き起こ
して準備に取り掛かった。準備となれば、まずは干し肉などの携帯
食料の調達だ。朱の大峡谷までの距離を考えれば、サバト達の足で
は1週間ほど。これでも馬よりは早いが、竜騎兵団の進軍速度を考
えればもう少し早く到着したい。
﹁くそ、荷物を減らして急ぐしかないか﹂
携帯食といっても一日三食を日数分持っていくとなれば重荷にな
る。サバトは食料をあえて数日分減らし、その代わりに進行速度を
速めることを選択した。
保管機能のあるマジックアイテムかスキルがあれば随分と楽にな
るのだが、生憎彼のパーティにはそのどちらもなかった。獣人は己
の体で戦うことを信条とし、日常的に肉体の鍛錬に勤しむ傾向があ
る。サバトらもそれは例外ではなく、鍛錬の一環として必要以上の
荷物を持ち、重石代わりにしながら旅をするなどしていたのだ。よ
って、保管に頼るといった考えが今までなかったのである。荷を減
らすことでさえ本当はしたくなかったりする。
そしてサバト達は食料以外にも最低限の回復薬などのアイテムや
969
修復に出していた装備を一通り揃え、いよいよパーズを出発する。
幸いにもパーズ領内のモンスターはA級冒険者である彼らの敵では
なく、時間を無駄に浪費することなく進むことができた。
﹁今日で5日目、か。このまま行けば昼前には到着できそうだな﹂
﹁もうヘトヘトッスよ⋮⋮ こんな強行軍、もうしたくないッス﹂
﹁結局ケルヴィンさんには追いつけなかったわね。私たちもかなり
急いだはずなんだけど﹂
﹁獣人である俺たちよりも速いってこったな。ったく、お株を奪わ
れちまったぜ﹂
朱の大峡谷の裂け目がおぼろげに見えてきたところで、サバト達
は休憩をとる。薪になりそうな枝葉に火をくべ、湯を沸かして少し
早めの昼食だ。これで持ち寄った食料も最後、身が軽くなったとこ
ろで一気に目的地に到達する目算だ。
﹁んぐんぐ。干し肉と固焼きパンにも飽きたッスね⋮⋮﹂
﹁贅沢言うな。それに朱の大峡谷に到着してからが本番だぞ。これ
を最後の食事にしたくないんであれば気合を入れることだな、グイ
ン﹂
﹁んへー⋮⋮ アッガスの旦那、キツイッスよー﹂
﹁何を言うか。おそらくは先に到着しているであろうケルヴィン殿
の方がきついわ。あの大峡谷を戦場に選んだということは、地の利
を活かして戦うはず。今頃その準備に取り掛かっているぞ﹂
﹁そうね。さあ、食べたら出発よ。急ぐわ﹂
﹁ゴマ様、食うの早ええッス﹂
食事を終え、再出発して更に2時間が経過。6人は大渓谷の道を
ひたすら走り続ける。いつもであればここを通る度に出現するスト
ーンゴーレムなどのC級モンスターにはなぜか遭遇しなかった。
970
﹁これはケルヴィン達が近いってことか?﹂
﹁ひょっとしたら通ったばかりかもね。って、言ってるそばから!﹂
先頭を走るゴマから僅かに離れた正面の道、突如その両脇が幾つ
も隆起し始めた。石と土が入り混じった塊は3メートルほどまでに
膨れ上がり、不恰好ではあるが人の形を模した4体のモンスターへ
と変わる。
﹁ストーンゴーレムか﹂
﹁ハッハッハ、いいじゃねぇか! ちょうど退屈していたところだ
!﹂
サバトは速度を上げ、ゴマを追い越してモンスターに突撃する。
﹁サバト、単身で突っ込まない!﹂
﹁うるせえよ! お前だっていっつも突撃突撃じゃねぇか!﹂
ガシガシと互いに衝突し合いながら走るサバトとゴマ。そうして
いる間にもストーンゴーレムの群れは近づいているのだが、一向に
止める気配はない。
﹁全く、いつになっても子供のままだな⋮⋮﹂
﹁少し嬉しそうッスね?﹂
﹁気のせいだ。お二方、そろそろ︱︱︱ 気をつけなされ、何か来
るっ!﹂
﹁﹁︱︱︱!?﹂﹂
アッガスが叫んだのも束の間、矢庭に前方より現れる何者かの黒
き影。先頭に立つサバトの目が捉えれたのは、それが大小の2つの
971
黒い何かだと言うことだけだった。尋常ではない速度のそれらは、
渓谷の壁や地面を、時には空中で、ジグザグに軌道を変えながらこ
ちらに迫っていた。
﹁ゴゥ?﹂
2つの影がストーンゴーレムの群れを通り過ぎる。何事かとモン
スター達が辺りを見回すが、既にそこには影はない。あるのはバラ
バラに四散した自身と仲間の体。平滑な傷跡を見るに、鋭利な刃物
か何かで斬られたのであろうか。僅かな疑問を傍らに、モンスター
の意識は消失していった。
︵瞬きするような一瞬で、モンスターを粉々にしやがった!︶
ストーンゴーレム自体は特別強いモンスターではない。サバトは
勿論のこと、各国の騎士であっても十分に勝機のある相手だ。だが、
曲がりなりにも3メートルの石の巨人。それをあの刹那の間で、そ
れも4体を木っ端微塵に斬り刻めるかと問われれば、サバト達が6
人がかりでも不可能であった。
﹁来るぞ、ゴマ!﹂
﹁分かってる!﹂
大小の影は最早眼前。つい先程まで喧嘩をしていた二人に油断の
文字はもうない。全ての神経を、感覚を集中させ、研ぎ澄ます。2
つの影はやがて二人の向こう正面に着地し︱︱︱
﹁やっほー。サバトさん、迎えに来たよ!﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
972
極上のスマイルで迎えてくれた。
﹁え、ええと⋮⋮ リオンさん、でしたっけ?﹂
極度の緊張から一気に弛緩した空気に獣人パーティが停止する中、
ゴマが確認するようにリオンに問い掛ける。
﹁わ、覚えてくれてたんだ。ありがとう! 僕のことはリオンでい
いからね。ゴマさん達が向かって来るのが見えたから、ついついこ
こまで迎えに着ちゃったんだ∼﹂
﹁ああ! 見たことあると思ったら、昇格式にいた娘ッス!﹂
﹁当たり前でしょう。リオンさ⋮⋮ リオンはケルヴィンさんの妹
さんで、パーティのお仲間よ﹂
﹁い、妹さん⋮⋮﹂
グインがマジマジとリオンを見つめる。両手に持っていた双刀の
黒剣を鞘に収めていたリオンは﹁うん?﹂とニコニコ顔で返した。
︵兄妹揃って化物ッスね⋮⋮ でも超可愛いから問題ないッス!︶
心の中でグインはガッツポーズを決める。
﹁ガゥガゥ﹂
﹁⋮⋮あと、このでけぇ狼は?﹂
﹁僕の親友のアレックス。サイズがちょっと大きいけど、とっても
いい子だから皆仲良くしてあげてね﹂
よしよしとアレックスの首をくすぐるリオン。若干背伸びしてい
るところが可愛らしい。アレックスも気持ち良さそうに目を細めて、
されるがままである。
973
ちょっとだけ触ってみたい、とゴマは心の片隅で思ってしまった。
﹁迎えに来たってことは、やっぱしケルヴィンは先に着いていたん
だな﹂
﹁うん、5日前にね﹂
﹁﹁えっ?﹂﹂
サバトとゴマの裏声が綺麗にハモった。
﹁5日前⋮⋮ ギルドの召集があったあの日のうちにか!?﹂
﹁僕達も急いだからね。お昼には到着して、色々準備を進めてたよ﹂
﹁ひ、昼⋮⋮ 俺たちが5日かけて来た道を、数時間で⋮⋮﹂
唖然とする一同。それもそのはず、獣人としての信条を捨ててま
で最速で辿り着こうとした結果が、目標であるケルヴィンの足元に
も及んでいなかったのだ。防衛を通じて学び、己を高めようと勇ん
だ自分が、果たしてそのレベルに到達しているのか疑問になってし
まっていた。
黙り込んでしまったサバト達を見て、どうしたんだろうとリオン
とアレックスは顔を合わせる。
﹁そ、そうッス! リオンちゃんとケルヴィンさんが特別強いんッ
スよ!﹂
﹁グイン、突然どうした?﹂
﹁ケルヴィンさんとリオンちゃんは兄妹! であれば、お二人が強
くて速いのも納得ッス!﹂
﹁何が納得なのか私にはよく分からないのだけれども⋮⋮﹂
﹁深く考えてはいけないッス!﹂
974
彼なりに励まそうとしているのか、いつも以上に明るく振舞うグ
イン。
﹁⋮⋮そうだな。S級を目指そうって言ったのは俺だ。そんなリー
ダーが不甲斐ないとあっちゃあ、親父に顔向けできねぇ。お前ら、
いっちょこの戦いで一花咲かせようぜ! ケルヴィンが驚くような
もんをな!﹂
﹁ガハハッ、サバト様、また一皮向けましたな!﹂
﹁ま、馬鹿に付き合うのも悪くないわね﹂
そんな努力があってか、パーティに活気が戻っていく。今や、サ
バト達はこれまで以上に固い絆で結ばれていた。
︵リオンちゃん、俺の勇姿を見ててくれたッスかね?︶
︱︱︱結ばれていないかもしれない。
﹃僕とアレックスは一番弱いって言ったら拙そうだなぁ。アレック
ス、しー、だよ?﹄
﹃ウォン︵オッケー︶﹄
そしてリオンは人知れず気を使っていた。
975
第136話 剛黒の城塞
︱︱︱朱の大峡谷
サバト達とリオン、アレックスが合流し、一同はケルヴィンの下
に歩き出す。リオンの話を聞くに、トライセンの軍勢が朱の大峡谷
に到着するのは明日の夕方頃と予測していると言う。
﹁迎撃の準備も殆ど終わったているし、ゆっくり歩いて行こうよ。
あ、でもそろそろお昼ご飯の時間だ! ちょっとだけ早歩きで!﹂
﹁いや、急ぐなら普通に走ろうぜ。俺達はさっき飯がてらに休憩し
たから大丈夫だ﹂
﹁そ、そう? じゃ、このくらいで⋮⋮﹂
リオンが申し訳なさそうに走り出す。サバト達が何とか付いて行
けるスピードだ。時折リオンが後ろを振り返りながら確認している
ので、どうやら6人の速さに合わせて走ってくれているらしい。ア
レックスは最後尾でそれに続く。
﹁サバトさん。飯がてらって言ってたけど、もうお昼は済ませちゃ
ったの?﹂
リオンは適度な速さを見出したようで、サバト達の横に並んで話
し掛けてきた。
﹁ああ。それを最後の休憩にして走り切るつもりだったからな﹂
﹁そっかー。なら、サバトさん達のお昼は準備しなくてもいっか﹂
﹁ええ、それで構いません﹂
976
﹁何か、物凄く損をしたような気がするッス⋮⋮﹂
暫し他愛ない世間話を続けていると、トライセン領の砂漠が見え
てきた。渓谷の道もそろそろ終わりのようである。しかし、ケルヴ
ィンの姿は未だどこにも見えない。
﹁リオン殿、ケルヴィン殿は一体どこに?﹂
﹁えっと、どう説明すればいいかな⋮⋮ あ、皆そろそろストップ
しよっか﹂
﹁な、何スか?﹂
両手を広げて﹁止まって止まって﹂と行く手を阻むリオンに困惑
するも、サバト達はそれに従って足を止める。あと数百メートルも
進めば砂漠に出るであろう道の途中、その他にあるものと言えば両
端に高き渓谷の壁が聳えるだけだ。他に不審な点はない。
もしやケルヴィンがどこかに隠伏しているのか。そんな考えが脳
裏をよぎるが、再度辺りを隈なく見回し、気配を探るもそれらしき
人の影は察知できなかった。
﹁メルねえー! 戻ってきたよー!﹂
登山者が叫ぶように口に手を当て、斜め上に向かってメルフィー
ナの名前を呼ぶリオン。しかし、合図を送った先を見るもそこには
何もない。壁の先に青空が微かに見えるだけだ。
﹁リオン、何を︱︱︱﹂
﹁おかえりなさい、リオン﹂
どこからともなく発せられる透き通った声。そして、先程何もな
977
いと確認したばかりの空間に歪みが生じ、青い服装の少女がそこか
ら舞い降りてきた。高さにしてパーズの時計塔ほどもありそうな場
所からである。だが、そんな些細なことなど関係ないといった面持
ちで、少女は僅かな砂埃を立てることもなくリオンの正面に着地す
る。少女ことメルフィーナは蒼き羽根を傍近に散らし、微笑みを浮
かべてリオンを出迎えた。
﹃メルねえ! 翼、翼が出かけてるよ!﹄
﹃あ、あら?﹄
メルフィーナは慌てて顕在化しかけていた天使の翼を解除する。
幸い、突然の登場に驚くサバト達には気付かれていない。むしろ魔
法による効果だと思われているようだ。
﹃ふう、ちょっとでも油断すると発現しちゃいますね。この魔法を
維持するのはやはり辛いです﹄
﹃危なかったー⋮⋮ もっと気をつけないと駄目だよ!﹄
﹃は、はい⋮⋮﹄
リオンの忠告にメルフィーナは僅かに顔を赤くする。そんなやり
取りも意思疎通を通じてのものなので、蚊帳の外にいるサバト達に
は状況が理解できないでいた。
﹁ところで、それ新しい私服? どうしたの?﹂
﹁エフィルに作ってもらいました!﹂
﹁えー、いいなー!﹂
挙句の果てにこんな会話までしている。
﹁ケルヴィンさん、マジッスか⋮⋮ まだこんな隠し玉がいたんス
978
か⋮⋮!﹂
﹁少し黙っていなさい。あの、そちらの方もケルヴィンさんのお仲
間ですよね?﹂
﹁ええ、そうです。サバトさんとそのパーティの方々ですね? お
待ちしておりました。どうぞ中へお入りください﹂
﹁中って言ったって、ここには何もないんだが﹂
﹁まあまあ﹂
そう言うと、メルフィーナが奥に手をかざす。すると出来上がっ
たのは先程の歪み。やがてそれは大きく口を開ける様に道全体へと
拡がっていき、隠していたものを露にしていった。
﹁こ、こりゃあ⋮⋮!?﹂
﹁何てこと⋮⋮!﹂
﹁あー、やっぱりそんな反応するよね。仲間がいて良かった∼﹂
突如として眼前に出現した漆黒の城塞。歪みが拡がった為か、城
塞の内部からケルヴィンらしき気配も感じられるようになっていた。
﹁この5日間で、これを作ったと言うのか!?﹂
﹁いえ、1時間です﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
即座に否定するメルフィーナに、ここ数日で何度目かの停止タイ
ムに入るサバト一行。最早見慣れた光景である。
﹁メ、メルねえ、あまりそういうことは⋮⋮﹂
﹁いや、気を回さなくてもいいんだ。俺も個人的な事情でS級を間
近で見て育った男だ。もう驚き慣れたさ。逆にやる気が出てきたっ
てもんだ! 目指す目標が高ければ高いほどな!﹂
979
﹁サバト様⋮⋮!﹂
﹁さ、こんなところで立ち止まっても仕方ない。早速ケルヴィンに
会いに行こうぜ!﹂
﹁では、私が案内致します。どうぞこちらへ﹂
﹁﹁おう︵ッス︶!﹂﹂
意気揚々とメルフィーナに着いて行くサバトと、それを追うアッ
ガスとグイン。ゴマの鉄拳制裁によって日々鍛えられた鋼の心と体
は伊達ではない。
﹃右手と右足、左手と左足が一緒に出てナンバ歩きになってるけど
⋮⋮ サバトさん本人も気付いていないみたいだなー﹄
︱︱︱こんなではあるが、折れないサバトの精神力にリオンは感
心している。
﹃ガゥガゥ︵そっとしとこうよ︶﹄
﹃そうしよっか⋮⋮ あれ?﹄
アレックスとの話し合いを終えたリオンは、ゴマが背後で立ち止
まっているのに気付いた。名前はまだ知らないが、仲間の獣人二人
も一緒だ。
﹁ゴマさん、皆行っちゃったよー。僕たちも行こ?﹂
﹁え、ええ。そうね、行きましょうか﹂
ハッとした表情を一瞬作るも、ゴマはすぐにリオンの後を追う。
実の所、最も動揺していたのはゴマであった。1時間という俄かに
は信じ難い期間で作り上げられた城塞もそうだが、その巨大な城塞
を丸々包み込むほどの範囲を、視覚的に、そして気配や魔力の流れ
980
をも感じさせずに、完璧な隠蔽を施した魔法に驚愕していたのだ。
︵会話の流れからして、おそらく術者はあのメルという少女。あの
高さから飛び降りて無傷なのだから、魔法だけが得意という訳でも
ないでしょうね。ストーンゴーレムの群れを一瞬で全滅させたリオ
ンとアレックスといい、ケルヴィンのパーティには化物しかいない
の? もしや、全員がS級相当の⋮⋮?︶
歩き出して暫くしてもゴマの思案は続いた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
城塞の内部も無骨なものかと思いきや、意外にも華やかなもので
あった。王城の、とまではいかないが、かなり値打ちものだと思わ
れる絵画や装飾品が並べられている。床には真赤な絨毯を敷かれ、
黒鎧の騎士らしき者達が絶えず辺りを巡回していた。騎士達は皆左
手に見慣れぬ武器を携えていたが、サバト達にはそれが何なのか分
・
からなかった。実際にはその原型となったものを﹃傀儡の社﹄で目
にしているのだが。
・・
﹁ここに飾ってある物は全部偽物だよ。ケルにいが色々と内部を弄
ったらしいんだ﹂
﹁もう何でもありッスね⋮⋮﹂
﹁中にはトラップも混じってるって言ってたから、変に触らない方
がいいかもね。あ、エフィルねえだ!﹂
981
トテトテと小走りに、エフィルに抱きつくリオン。
﹁ただいま、エフィルねえ!﹂
﹁お帰りなさいませ、リオン様。皆様方も、長旅お疲れ様でした。
あちらに湯を用意していますので、まずはそちらでお休みになって
は如何でしょうか? ご主人様も、その頃には戻られると思います
ので﹂
﹁湯って、風呂まで完備してるのね。本当にここは大峡谷のど真ん
中なのかしら⋮⋮﹂
﹁ゴマ、もういいじゃねぇか。俺達にとってはありがてぇことだろ
!﹂
﹁そうそう、僕も後でケルにいと入ろうっと﹂
﹁﹁﹁﹁えっ?﹂﹂﹂﹂
今日一番の硬直を見えるサバト一行。グインに関しては目が血走
っている。
﹁えっ? どうかした?﹂
﹁あ、あのう⋮⋮ リオンとケルヴィンさんは兄妹なんですよね?﹂
﹁うん、そうだよ?﹂
﹁え、ええと、その歳で兄妹一緒に風呂に入るのは、聊かおかしい
のではないかと思うのですが⋮⋮﹂
﹁そうッス! おかしいッス! 理不尽ッス! 断固抗議するッス
!﹂
﹁何で? 兄妹で風呂に入るのって普通だよ? 僕ケルにいのこと
好きだし、おかしくないよ?﹂
何の問題が? と首を傾げるリオン。グインの懸命な抗議にもど
こ吹く風である。一部の漫画や小説の知識に染まってしまった彼女
982
にとって、兄妹とはそういったものなのだ。度重なるリオンの努力
の成果なのか、最近はケルヴィンもそういったものだと思うように
なってきたので歯止めが効かなくなっている。かと言って、周りに
止める者もいない有様なのだ。
︵︵兄妹と⋮⋮?︶︶
サバトとゴマが互いに顔を合わす。
︵ないわぁ⋮⋮︶
︵ないわね⋮⋮︶
二人はリオンに同意できなかったようだ。
﹁まあいい、俺は先に借りるぜ!﹂
﹁どれ、ご一緒するとしよう。グインも来い﹂
﹁いや、納得できないッス! それに俺はもうちょっとメイドさん
を眺めて⋮⋮ って引っ張らないでほしいッス! ああ、メイドさ
んが!﹂
ズルズルとグインが引き摺られて行く。彼は最後まで手を伸ばし
て足掻いていたが、アッガスの拘束を解くにはまだまだ実力が足り
ていなかった。
﹁ゴマさんはどうする? 別の風呂場があるからそっちに入っても
問題ないよ?﹂
﹁そうね︱︱︱﹂
983
第137話 狭間の作戦
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
﹁ご主人様、失礼します﹂
セラと一緒にゴーレムの改造に熱中していると、エフィルが臨時
の開発部屋の戸を叩いて入ってきた。エフィルが俺を呼びにくると
すれば、それは決まって飯の時間だ。ついさっき朝日を拝んだばか
りだったんだけどな。どうやらまたのめり込み過ぎたようだ。
﹁もう飯の時間か。ちょっと待っててくれな。今区切りをつけるよ﹂
この最後の一機を完成させれば、採り合えずは目標数に到達だ。
ふう、何とか予定日には間に合ったな。量産されたガトリング砲の
取り付け作業も、これだけの数をこなすのはなかなか骨だ。
﹁エフィル、お昼のメニューは何かしら?﹂
﹁またリオン様からご希望がありましたので、クロちゃんが保管し
ている白狼の肉でハンバーグを作ってみました﹂
現在のように部屋で作業中のときは、俺とセラの分の食事をリオ
ンと同じものにしてもらっている。リオンは相変わらずお子様ラン
チに出てきそうなものが好きだな。いや、俺も嫌いではない。むし
ろ好きだ。エフィルが作る料理は何でも好きなのだ。
﹁それともうひとつ、サバト様方が先程到着されました。今、湯を
浴びて頂いています﹂
984
﹁お、やっと着いたか。随分ゆっくりだったな﹂
﹁食事は既に取られた後のようでした。食事を終えてから会われま
すか?﹂
﹁そうだなー⋮⋮ なら、客室に通して待っていてもらおうか。サ
バト達も多少は疲れているだろうし﹂
﹁承知しました﹂
客室と言っても簡易なソファと偽物の装飾品があるだけなんだけ
どね。招いた際に注意はしていると思うが、一応仕掛けたトラップ
は解除しておこう。さて、その間に俺達はゆっくりハンバーグを頂
くとするかな。そそくさとラストの改造作業を終わらせ、俺達は城
塞内で食堂として使っている部屋に向かうのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ハッハッハ! 全く、ケルヴィンには驚かされてばかりだ! あ
んな浴場まで作りやがるとはな! お陰で気分爽快、こんなにリフ
レッシュしたのは久しぶりだぜ!﹂
会って早々にサバトは風呂の感想を口にしてきた。城塞の風呂を
いたく気に入った様子だ。改良を重ねた屋敷の浴槽に比べれば、老
舗旅館の露天風呂と一般家庭のバスタブくらいの差があるのだが。
ああ、そういえば風呂があること事態がこの世界では稀だったか。
屋敷を持つようになって日常的に愛用しているから、最近はそんな
感覚がなかったな。
﹁気に入ってもらえて良かったよ﹂
985
﹁あの、ケルヴィンさん。ちょっと聞きたいんスけど⋮⋮﹂
﹁ん、何だ?﹂
確か彼はグインと言ったな。サバトの仲間内では最年少だったか。
﹁リオンちゃんと一緒に風呂に入ってるって本当ッスか!?﹂
﹁は?﹂
﹁これだけはどうしても確認しなきゃナインスィッツ!﹂
ゴマの右ストレートにより城塞の壁に吹き飛ぶグイン。むう、前
々から思っていたが彼女の格闘術は見事なものだな。動作に入るま
で無駄な動きがひとつもない。
﹁申し訳ありません、ケルヴィンさん。気になさらないでください
ね﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
グインは何を確認したかったんだろうか? 兄妹で風呂なんて普
通のことだし、今更確認するようなことでもないだろうに。
﹁ご主人様、そろそろお時間が⋮⋮﹂
﹁そうだったな。来たばかりで悪いが、早速迎撃の作戦を話したい
と思う﹂
アダマンフォートレス
剛黒の城塞を操作し、部屋中央に朱の大峡谷の小型模型を生成す
る。峡谷を閉鎖する城塞からトライセン領の砂漠までを、精巧に立
体化させたものだ。俺たちだけであればここまでせずとも意思疎通
で事は済むのだが、可能な限りサバト達にも情報は共有させておき
たい。
986
﹁まずトライセンの竜騎兵団がここに到着すると予測される日時だ
が、明日の夕方、このままの進行スピードであれば16時から17
時頃だと思われる﹂
砂漠側に竜を模した駒を複数出現させる。
﹁来る途中にリオン殿からも聞いたが、なぜそこまで正確な時刻が
分かるのだ?﹂
﹁うちのエフィルは弓の名手だからね。目が特別良いのさ﹂
スキルイーター
エフィルの千里眼で既に敵集団は捕捉済み。俺も悪食の篭手でエ
フィルのスキルを借りて、広大な砂漠を走り、空を飛ぶ奴らの姿を
確認している。
﹁目が、か? まさか、ここから確認しているのか!?﹂
﹁はい。僭越ながら﹂
﹁エルフは目が良いとよく言われますが、私もそこまでの視力の持
ち主には初めて会いましたよ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮駄目だ! 俺には砂漠の地平線しか見えん!﹂
サバトが目を見開いてトライセンの砂漠を凝視するも、結果は振
るわなかったようだ。こればかりは根性でどうにかなるものでもな
いからな。なったら怖い。
﹁まあ、そんな訳だ。エフィルの報告によれば、確認できた竜の数
はおよそ3000﹂
﹁3000⋮⋮!﹂
﹁類別致しますと亜竜や幼竜が2500、成竜が500ほどです。
指揮官と思われる人物4名は古竜に騎乗していました﹂
987
千里眼を通して更に鑑定眼を使ったからな。大よそではあるが、
相手の戦力はこれで間違いないだろう。
﹁ちょ、ちょっと待ってほしいッス! S級討伐クラスの古竜が4
匹もッスか!? マジで国が滅ぶッスよ!﹂
おっ、グインが復活した。
﹁そうね。いくら軍拡を続けていたからと言っても、それだけの竜
を揃えるなんて⋮⋮ 私たちもガウンで竜騎兵団を見たことがある
けど、その殆どが亜竜、上位の者でも成竜が精々だったはずよ。古
竜なんて姿も確認されていなかった﹂
﹁しかも、その竜騎兵団でさえもトライセンの一部隊に過ぎないと。
トライセンはこれまで実力を隠していたのか?﹂
﹁ハッハ、笑えねぇな⋮⋮ だけどよ、そんな状況でも平静を保っ
てるあんたらのことだ。何か策があるんだろ?﹂
俺は分かってるぜ、とサバトがしたり顔をする。いや、策って言
う程のものでもないんだけど⋮⋮ 妙な期待の眼差しを向けられて
も困るぞ。
﹁⋮⋮まあな。まずサバト達は無理をしない範囲で城塞付近を遊撃
隊として動いてくれ。ただし、合図があるまでは隠れて待機だ。知
っての通り、この城塞は魔法で覆い隠されている。だから初撃は完
全な奇襲の形で決めたいんだ。ここは気をつけてくれ﹂
﹁分かりました。その後は臨機応変に、ってことですね。サバト、
勝手な行動は慎んでよ﹂
﹁お前こそな﹂
﹁城塞からはエフィルが弓で援護するし、このジェラールも門前の
護りに着く。互いに協力してくれよ﹂
988
﹁ジェラールじゃ。よろしく頼むぞ﹂
﹁改めまして、エフィルと申します﹂
互いに挨拶を軽く交わす。ここには完全武装のゴーレム達も配置
する予定だ。﹃軍団指揮﹄のスキルを所有するジェラールにはゴー
レム達の指揮を頼んでいる。まあ、ここまで到達できる竜なんて古
竜くらいなものだと思うが。
﹁ところで、ケルヴィンさんはどうするのですか?﹂
﹁俺? 俺はまあ、敵の将軍さんに挨拶かな﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
数十分に及ぶ打ち合わせを終えた後は、各々作戦時間まで自由行
動とすることにした。一通りの仕掛けも仕込み終えたし、後は思い
っきり体を休めるだけだ。サバト達にも部屋を各人に割り当てたの
で不自由はしないだろう。ってかゴマの後ろにいた獣人の男二人、
最後まで一言も発さなかったな。何か事情があるのかね?
﹁まあ、お姫様の護衛か何かだろうけど﹂
﹁うん? ケルにい、何か言った? 流し終わったよ﹂
﹁何でもないよ。さ、次はリオンの髪洗うぞ﹂
﹁うん。お願い∼﹂
そんな訳で俺も息抜きを兼ねてリオンとお風呂タイムである。シ
ャカシャカとリオンの艶やかな黒髪で泡を立て、優しく洗ってやる。
少し髪が伸びたな。そろそろ肩にかかりそうだ。
989
﹁んんっ⋮⋮ やっぱりケルにいに洗ってもらうと気持ちいいな。
眠っちゃいそう⋮⋮﹂
﹁寝るなって。風邪ひくぞ。ほれ﹂
眠気覚ましのお湯をかけてやる。湯が目に入るのが苦手なのか、
リオンは思いっきりを目を瞑っている。
﹁タオルー﹂
﹁はいはい﹂
﹁ん、ありがと。それにしてもケルにい、あの作戦って絶対足止め
用じゃないよね?﹂
﹁ある意味足止めだろ。リオンの固有スキルもふんだんに使った良
い出来だと自負している﹂
﹁あれ疲れるんだよー。働いた分は甘えるからねっ! 次、お風呂
お風呂!﹂
湯船にゆっくりと浸かる。ふへー、やはり日本人にとって風呂は
必須だな。
屋敷のものと比べ、ここの浴槽はやや狭い。何とか3人が入れる
くらいの広さか。まあ、そんな事とは関係なく決まってリオンは俺
の膝の上に座ろうとする。リオンが来たばかりの頃はなぜか抵抗が
あったが、今ではこれが自然体だ。本当に何で最初は抵抗があった
のだろうか。自分でも謎である。
﹁あんまり決戦前夜って感じがしないねー﹂
﹁物凄くリラックスしてるからな。この城塞、もっとコンパクトに
すれば旅の拠点代わりに使えるかもしれん﹂
﹁それいいかもねー。わふー⋮⋮﹂
990
こんな感じで俺たちはとても緩い時間を満喫するのであった。
991
第138話 竜騎兵団
︱︱︱朱の大峡谷
太陽光を遮り、地表をその影で覆い尽くすは砂漠の上空を翔る千
を超える翼竜。地上では激しく砂埃を巻き上げ、地響きを鳴らしな
がら地竜が突き進む。その中でも一際目立つのは、異彩を放つ4匹
の竜であろう。最大のサイズ、重量を誇る巨大岩竜。異色の三つ首
を持つ首長竜。竜騎兵団将軍アズグラッド・トライセンの前愛竜で
あった美しき白銀の翼竜。そして、只ならぬオーラを放ちながら集
団の先頭を翔る漆黒竜だ。
﹁報告! 朱の大峡谷が見えてきました! これよりパーズ領内に
侵入します!﹂
﹁遅えよ。とっくに見えてら﹂
漆黒竜に騎乗するアズグラッドは逸る心を抑えながら部下に返事
を返す。今回の侵攻戦が決定したとき、真っ先にパーズに向かうと
ゼルに進言したのはアズグラッドであった。その理由は単純明快、
パーズに圧倒的強者がいるからだ。
︵これまではガウンの奴らが一番歯応えがあったが、それも本腰を
入れない小競り合いばかり。全然面白くねぇ。だったら、俺が狙う
はS級冒険者が集うパーズだ。冒険者の中でも肉弾戦最強と噂に高
い﹃桃鬼﹄のゴルディアーナに、謎の多い﹃氷姫﹄シルヴィア⋮⋮
更にはそのシルヴィアを降した新星、﹃死神﹄ケルヴィンとか言
う黒ローブの男! 外見の特徴からして、恐らくはこいつがクライ
ヴを殺った張本人だ。クク、何が最弱・脆弱・軟弱の平和ボケした
992
パーズだ。すげぇ面白いことになってるじゃねぇか!︶
︱︱︱要はこの男、ケルヴィンと同様にバトルマニアなのである。
己の最大の欲求、強き者と戦う為に自己を高めることに奮闘し、意
図せずして周囲から敬意と尊敬の念を一身に集めることとなった唯
一の王子なのだ。他の王子達と比べ尊大な態度を取らず、軍の規律
に厳しかったことも一因だろう。元々配属されていた混成魔獣団と
ソリが合わず、部下と共に独立して竜騎兵団を結成。異種族を嫌う
トライセンでは珍しく、竜を己の命を預ける相棒として扱い、共に
戦場を駆け巡る竜騎兵を作り上げた。竜に騎乗しながらも自在に長
槍を操る兵士達は皆精強であり、現在はトライセン最強の戦闘集団
とまで名声を馳せるに至る。
﹁将軍! 大峡谷の壁は標高が高く飛び越すのが困難、地上にいた
っては一本道です! あの道は敵の奇襲が予想されるのでは!?﹂
設立時から共に道を歩んできたアズグラッドの部下である副官が、
白銀の竜に騎乗しながらやや後方から具申する。眼前には雲を貫き、
天に聳える巨大な岩壁。神話に語られる古の神が振るった剣跡が唯
一の道となったと伝えれる大峡谷が迫っていた。
﹁なら、大峡谷の壁を迂回するか? ないだろ、それだけで時間の
ロスが激し過ぎる。俺達が狙うは最短距離を突っ切っての侵攻だ。
さっさとパーズを占領するぞ﹂
﹁何言ってるんですか。将軍が狙っているのは化物との戦いでしょ
うが! 大方、他の国の騎士団にS級冒険者との戦いを邪魔された
くないから急いでるんじゃないですか?﹂
﹁ッチ、分かってるんじゃねぇか。言わせんなよ、フーバー﹂
﹁何年将軍に付き合ってると思ってるんですか。こいつだって、昔
から将軍以外には懐かないから苦労しているんですからね﹂
993
副官の男、フーバーが竜をポンポンと軽く叩いてみせる。対して
白銀の竜は鼻息を荒くして不満げだ。
﹁ロザリア、悪いがフーバーに協力してやってくれ。この暴れ竜は
俺にしか乗りこなせないんだ﹂
﹁グゥ⋮⋮﹂
アズグラッドの前相棒であったロザリアは力なく声を漏らす。次
いで忌々しいといったようにアズグラッドの騎乗する黒竜を睨みつ
けるが、そちらは意に介していないようである。
︵ロザリアさえ眼中にない、か。結局、この首輪に頼ることになっ
たのが心残りだな。純粋に俺の力で通じたかったんだが⋮⋮︶
ギガントロード
黒竜の首には首輪が装備されていた。奴隷が身につける従属の首
輪に似たそれは、過去にリオンが戦った混成魔獣団の巨人の王が着
けていたものと同じ代物だ。S級モンスターでさえ服従させる特別
製のこの首輪を、アズグラッドはトリスタンから受け取っていたの
だ。
自身の力で相手を打ち負かし、竜に認められることを信条にして
きた彼であったが、黒竜を打ち破るには未だ至っていなかった。し
かし、本来であればこんな首輪を使うなど彼は絶対にしない。真に
竜と心を結ばなければ出せる力などたかが知れている、と吐き捨て
ることだろう。そんなアズグラッドを説得したのは、妹であるシュ
トラであった。アズグラッドとシュトラは腹違いの兄妹であり、特
別仲が良いという訳でもない。だが、互いの能力を最も認め合って
いた仲であった。
994
︵俺は頭はそれほど良くねえから、あいつの考えていることなんて
分かりゃしねえ。それでもあいつが必要と話すなら、それは絶対に
必要なことなんだ。俺の信念を枉げるほどに。だが︱︱︱︶
シュトラにそうまでさせる敵がパーズにいる。それはアズグラッ
ドにとって喜悦し、熱狂を引き起こす事柄だ。されど、心のどこか
で引っ掛かる別の何かがあったのも事実であった。それが何なのか、
誰が原因となっているのかは分からない。猛暑に包まれる砂漠であ
るというのに、背中に冷たいものを感じる気さえするのだ。
﹁それよりも本当に警戒してくださいよ! これよりトライセン領
を抜けます!﹂
﹁ああ、全てはトライセンの為に、ってな︱︱︱ 全軍、道を通る
ぞ! 俺に続け!﹂
ならば、それさえも楽しむまで。アズグラッドの狂喜は全てを取
り込む。そんなことなど、些細なことであると。
﹁﹁﹁おう!﹂﹂﹂
﹁﹁﹁グオォォーー!﹂﹂﹂
轟くは人と竜の雄叫び。アズグラッドと黒竜を先頭に、竜騎の軍
勢が朱の大峡谷へと雪崩汲む。
﹁各員、奇襲に警戒しろ! 頭上、岩陰、視界の全てに神経を尖ら
せろ!﹂
﹁前方、後方、頭上に異常なし! 警戒を続けます!﹂
﹁よし! 渓谷を抜ければこっちのものだ。このまま︱︱︱ ロザ
リアっ!﹂
995
・・
突然のアズグラッドの叫び。同時に払われた彼の槍は何かを弾き
飛ばした。フーバーはその意味を理解できずにいたが、名指しされ
たロザリアはその声を瞬時に判断し、自身が飛行する道筋を急転換
させる。
﹁がっ!?﹂
フーバーの直ぐ背後を飛行していた兵が異様な声と共に仰向けに
倒れる。兵は竜から落ちないように下半身を鞍に固定していた為、
落下することはなかった。だが、その兵の眉間からは血が滴ってい
た。白目をむき、上半身は力なく揺らいでいる。一目で、死んでい
るということが分かった。
﹁呆けるな、フーバー! やっこさんの歓迎が来るぞ!﹂
﹁⋮⋮っ! 了解!﹂
︱︱︱ガガガガガガガガガッ!
聞いたこともない連続した爆発音と金属音が前方から轟く。それ
も1つ2つどころではない。幾重にも重なったそれらの爆音は、幾
千の光の弾丸となって高速で飛来する。個々であれば幼竜であって
も辛うじて避けられる速さ、されど尋常ではない数のそれらは竜の
鱗を貫き、兵の命を奪い、なぎ払っていった。
﹁な、何なんだこれはっ!﹂
﹁落ち着け! 冷静になれば避けられる!﹂
﹁報告! 後方より巨大な氷の壁が出現! 退路が塞がれました!﹂
﹁空より正体不明の敵がっ! 一人、いや二人!? くそっ、成竜
では歯が立ちません!﹂
﹁進行上に謎の騎士団が出現! 所属不明っ!﹂
996
﹁孤立するなっ! 陣形を組み直せ!﹂
矢継ぎ早に舞い込む状況の変化。混乱が混乱を呼ぶこの事態に、
アズグラッドは人知れず口端を歪ませていた。
﹁予期せぬ事態、充満する狂気⋮⋮ ああ、これが俺が求めていた
真の戦場だっ!﹂
997
第139話 前哨戦
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
﹁遂に来たか⋮⋮!﹂
響き渡る地響きと無数の敵の数にサバトがゴクリと喉を鳴らす。
冷静なゴマや他の者達も同様に緊張した面持ちだ。
﹁ケルヴィンさん。セラさんとメルフィーナさんの姿が見えないの
ですが⋮⋮﹂
﹁ちょいとやってほしいことが出来てね。俺の合図があるまで伏兵
として隠れているよ﹂
俺の魔力内にね。
﹁そうだったんですね﹂
﹁それ以降は作戦通りだ。城塞前の護りは任せたよ﹂
﹁おう! 死ぬ気で死守するぜ!﹂
﹁死ぬ前に逃げてくれよ⋮⋮ それじゃ、俺は城塞の上に戻るから﹂
サバト達に念を押したところで、エフィルから念話が届いた。
﹃ご主人様、そろそろ⋮⋮﹄
﹃頃合か。よし、挨拶代わりにエフィルの判断で撃っていいぞ。俺
も今向かう﹄
フライ
エフィルが待機する城塞の屋上部分に飛翔で移動する。屋上に到
998
着すると、ちょうどエフィルが矢を放ったところだった。
﹃申し訳ありません。防がれたようです﹄
敵の全軍が大渓谷に侵入したところで、﹃隠弓マーシレス﹄で初
撃となる不可視の矢を放ったエフィルが申し訳なさそうに報告する。
かつてエルフの里での防衛で混成魔獣団を恐怖のどん底へと陥れた
この矢であるが、今回の相手には感知可能な者がいるようだ。
﹃気にするなって。それだけの実力者がいるってことだろ? むし
ろ嬉しいくらいだよ﹄
まず目をつけるは空を飛ぶ黒竜と白銀の竜だな。特に黒竜の方は
騎乗する者もエフィルの矢を打ち払うほどに強い。称号を見るに、
こいつが竜騎兵団の将軍か。
﹃エフィルは次の手の準備をしてくれ﹄
﹃承知しました﹄
﹃ジェラール﹄
﹃うむ。こちらも作戦に移る﹄
エフィルの狙撃こそは失敗したが、奇襲はまだ終わってはいない。
むしろここからが本番だ。
﹁総員、構え! ︱︱︱てぇー!﹂
︱︱︱ガガガガガガガガガッ!
ジェラールの号令と共に改装したゴーレム、総勢100機による
魔導ガトリング砲による一斉掃射が開始された。空を飛ぶ敵グルー
999
プと地上から迫って来る敵グループに向け、半分ずつにゴーレムを
分けての攻撃だ。放出される光弾は弾速こそいまひとつではあるが、
連射性に長けA級モンスターをも貫く威力がある。亜竜はもちろん
のこと、幼竜や成竜であっても2、3の光弾を回避した辺りで被弾。
やはり軍などの複数の敵に対して絶大な効果を発揮するようだ。
﹃メルフィーナ、作戦通りに召喚するぞ。後は分かるな?﹄
﹃ええ、お任せを﹄
敵の背後である渓谷と砂漠のちょうど境界線上にメルフィーナを
召喚する。召喚完了時に最後列で気配に気付いたのか振り向こうと
する者もいるが、もう遅い。竜騎兵団の軍勢は既に渓谷の中だ。 ディープヘイルランパート
﹁絶氷城壁﹂
渓谷の壁に沿って展開される氷の壁。その巨壁は竜の飛ぶ遥か上
空まで生成され、渓谷の天辺にまで到達する。
﹃ふふっ、これで鳥篭の完成ですね﹄
メルフィーナの魔力で生み出した防御壁だからな。下手したらこ
の城塞よりも強固なんじゃないか? 何はともあれ、敵の退路は絶
たれた。
﹃うん、これで俺たちの役割である足止めは磐石だな!﹄
﹃ケルにい、これ足止めって言うよりも逃走防止だよ。殲滅する気
しかないよね﹄
妹よ、細かいことは気にするでない。足止めは足止めなのだ。イ
ッツマイタスク。
1000
﹃ケルヴィン! 私も! 私も!﹄
﹃はいはい﹄
急かすセラを上空の敵部隊後方に召喚。現在、敵陣は道沿いに縦
に伸びている。セラの任務は敵背後からの後陣への急襲だ。
﹃あなた様、それでは私も参ります﹄
更に、ここへ壁を作り終えたメルフィーナが戦線に加わる。正直
メル
セラ
なところ、後方の敵さん方は絶望ものだな。うちの最大戦力である
天使と悪魔のタッグコンビが相手なのだから。距離的に聞こえない
はずの悲鳴が聞こえてくるようだ。
﹃ジェラール、上空へのゴーレムの砲撃は気にせず続けてくれ。あ
の程度じゃ二人には絶対に当たらないから﹄
﹃そうじゃろうな⋮⋮ む、力任せに突撃してくる者もおるのう﹄
﹃例の岩竜か⋮⋮﹄
敵地上部隊の先頭を竜の姿を模した巨大な岩の塊が、鑑定眼で確
認した名前はボガか。兎も角、岩竜ボガがこちらに猛突進して迫っ
ていた。ゴーレムのガトリング砲も直撃はしているが、表面を僅か
に焦がすのみで殆ど弾かれている。大層な装甲と耐久力だな。道幅
の半分以上もあるその図体で、後ろの続く竜達の盾となって突き進
もうとしているのか。
﹃ケルにい、僕とアレックスが行く?﹄
﹃そうだな。だが、その前に⋮⋮ エフィル﹄
﹃はい﹄
1001
ペナンブラ
弓を火力特化の火神の魔弓に持ち替えたエフィルが再び構える。
既に矢には凄まじい量の魔力が犇いている。やがて紅に染まった矢
は放たれ、山形の軌道で岩竜を飛び越えようとしていた。
﹁何だ? 撃ち損じたのか?﹂
﹁馬鹿! 警戒を怠るな!﹂
エフィルが最後の術式を完了し終えると同時に、紅色の矢より広
範囲に飛来する火の粉。さながらそれは赤い雨が降っているようで
あった。やがて舞い降りた赤き雨は地面に、疾走する竜達に接触す
る。
フルミネーションレイン
﹁飛矢爆雨﹂
︱︱︱ドォゴォォォーーーン!
フルミネーションレイン
敵陣各地で連鎖的に起こる爆発。エフィルが放った飛矢爆雨から
飛来する火の粉全てが触れた瞬間に爆発する爆弾である。分散する
分威力が足りるか心配であったが、問題なく成竜も屠っているよう
だ。これにより岩竜を盾にしていた背後の竜騎兵は半壊状態に陥っ
た。飛翔する矢は尚も爆撃の雨を降り注いでいる。
﹁くそっ! 腕がっ⋮⋮﹂
﹁火の粉に触れるんじゃない! 爆発するぞ!﹂
﹁駄目だ! 逃げ切れ、ぐわっ!﹂
﹁地面に届く前にブレスで撃ち落せ!﹂
﹃まるで爆撃機だな﹄
﹃バクゲキキ、ですか?﹄
1002
それでも流石は最強と称される部隊なだけはある。この状況下で
対応策を講じ、爆撃の雨を潜り抜けた者も何体かいた。
﹃ああ、こっちの話だ。岩竜にも直撃したようだが⋮⋮ 変わらず、
か﹄
岩竜は今も前進を続けている。マジで頑丈だな、おい。
﹃あれはジェラールに任せた方が良さそうだな。リオンとアレック
スは岩竜の横を抜けて地上の残党狩り、そのまま後方の三つ首に向
かってくれ﹄
﹃うむ!﹄
﹃了解だよ!﹄
﹃ガウ!﹄
ギュン! と使い古されたバトル漫画のような効果音を残し、リ
ライトニングエンハンス
オンとアレックスが姿を消す。うおっ、もう岩竜の目の前にまで移
動しとる。稲妻反応を既にかけていたのか。
﹃うーん、何もしないのも面白くないよね﹄
﹃ガゥガゥ︵一太刀浴びせようよ︶﹄
﹃そうだね!﹄
岩竜とのすれ違いざま、リオンとアレックスは×を描くように互
いに交差する。アレックスの口には劇剣リーサルが、リオンの手に
は新たに俺が鍛え上げた二振りの剣、﹃黒剣アクラマ﹄が握られて
いた。ゴーレムの砲撃にもビクともしなかった岩竜の装甲を、それ
ぞれの剣がいとも容易く斬り裂いていく。
﹁︱︱︱!?﹂
1003
大音声による騒音に耳を塞ぐ。実戦で使わせる機会があまりなか
ったのだが、アクラマもS級相手でも十分通用しそうだな。
﹃それじゃ、後はお願いね∼﹄
そう言い残すと、そのままリオン達は一目散に駆け出して行った。
﹃まったく、戦闘となると王と同じようにやんちゃになるのう﹄
﹃ご主人様、あの黒剣にはどういった能力があるのです?﹄
﹃何もないよ﹄
﹃え?﹄
﹃アクラマはリオンから白狼との戦闘の話を聞いて打った剣なんだ。
オ
白狼はカラドボルグの雷が効かない相手だったらしくてさ、一本く
ブシダンエッジ
らいは何の能力も持たない剣が欲しいって要望があった。あれは剛
黒の黒剣のように兎に角硬く、折れず︱︱︱ そしてリオンの力に
合わせて最適化させた武器だ。特別な能力は持たないが、シンプル
がゆえに応用が利く﹄
まあリオンには状況に合わせて使い分けて貰いたい。アレックス
と一緒になって訓練する姿もよく目にするし、特に心配はしてない
んだけどね。
・ ・
﹃ご主人様。リオン様は二本、持たれているようなのですが⋮⋮﹄
﹃⋮⋮お兄ちゃん、気合入れて頑張っちゃった﹄
なぜかジェラールが仲間を見るような眼差しをこちらに向けてき
た。おい、岩竜が来てるぞ。そっちを向け。
1004
第140話 岩竜ボガ
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
﹁ゴアアァァーーー!﹂
﹁落ち着け、ボガ! ただの掠り傷だ!﹂
騎乗者の声が届くことはなく、狂乱の岩竜が駆け出した。行く先
はジェラールとサバトらが守護する黒き城塞の門前。その巨体から
は想像もつかぬ俊敏さで見る見るうちに距離を縮めていく。
﹁うーむ、リオンらの攻撃で激昂したようじゃの。冷静さを欠いて
おる。いや、アレックスの剣を受けて五感を幾ばくか奪われたのか
⋮⋮﹂
﹁ジェラール殿、どっしり構えるのは良いが敵がすぐそこだぞ!﹂
﹁あの不思議な光も効いていないようだし、俺たちがやるしかない
ぜ? 悪いが、あれ以上の遠距離攻撃なんて気の利いたもんはねぇ
けどな!﹂
﹁そうじゃのう⋮⋮﹂
ゴーレム達がガトリング砲による集中砲火を岩竜に浴びせている
が、逆上した岩竜がそれによって止まる気配はない。岩竜の騎乗者
も抑えることを諦め、竜の装甲を盾にしながら特攻する決意を固め
たようだ。サバトやアッガスが迎撃の体勢に移る中、ジェラールは
大剣を肩に担ぎながら前に歩みだした。
﹁撃ち方止め、要撃陣形!﹂
1005
ジェラールの号令にゴーレム達は一斉に動き出す。上空の竜を攻
撃する対空砲撃班はガトリング砲を撃ち続けながら後方へと下がり、
その正面を地上砲撃を中止したゴーレム達がガトリング砲を背中に
収納し、横一列に並んで両手で長槍を構える。一連の移行の流れが
恐ろしく機械的であり、誰一人として列を乱す者はいない。
﹁こ、これで迎撃するのですか?﹂
﹁いや、これはどちらかと言えば他の竜を抜けさせないようにする
為の対策じゃな。あの大物がいる限り砲撃は意味がないからのう。
まあ地上はエフィルとリオンらが大方片付けたことじゃし、要らぬ
心配だとは思うのじゃが﹂
﹁ちょっと! 他を気にするよりもまずは岩竜ッスよ! もう来る
ッスよ!?﹂
﹁戦場で焦るでないぞ。アレはワシが止める。その隙にお主らは竜
に乗る兵を倒せ﹂
ドレッドノート
歩みを終えたジェラールは戦艦黒盾を地面に突き立て、その場で
腰を深く落とす。ゴーレムが並ぶ更に前方にて、一人迎撃の体勢を
取る形だ。
﹁そんな無茶な⋮⋮﹂
﹁おい、ジェラール殿の指示通り、ワシらは竜に乗る人間を狙うぞ﹂
﹁ええ⋮⋮ だ、大丈夫なんスか?﹂
﹁ジェラール殿に宿る闘気を見ればワシには分かる。彼もまた我ら
とは一線を画す実力者だ。実力で劣る我らが心配したところで仕方
がないだろうよ﹂
﹁りょ、了解ッス﹂
﹁無駄話はここまでだ、来るぞ﹂
グインが意を決して前を向く。先頭に立つジェラールの10メー
1006
トルも向こうにはいきり立つ岩竜の姿。ここまで近づけばその形相
がよく見える。前のめりの姿勢でこちらに走っている為、正確な全
長は測り切れないが、そこいらの城壁を軽々と超える大きさはある
だろう。全身がゴツゴツとした岩の鎧で覆われ、模様も灰色が重な
り曲がったものだったので今まで気がつかなかったが、よくよく目
を凝らせばその両手には翼らしきものまで付いている。まさか飛ぶ
ことも可能なのか、と嫌な考えが頭を過るが、今は深く考えないよ
うに努めた。巨体を支える両足も屈強なもので、この脚力により岩
竜は機敏に走ることができるのだと感じられる。ただの体当たりで
も岩竜にかかれば必殺に成り得るだろう。
概していえば、でかい・重い・速いの3拍子である。
︵⋮⋮いやいや、無理っしょこれ!︶
グインの心が挫けるのは思ったよりも早かった。彼が背を向けて
逃げ出そうとした正にそのとき、地鳴りと衝撃が全員に襲い掛かる。
ジェラールと岩竜ボガが衝突したのだ。
﹁ぐっ⋮⋮!﹂
﹁こんなに、離れているのに⋮⋮!﹂
﹁あべしっ!﹂
その身に衝撃を受けたサバトは堪えようと耐え忍び、脅威の光景
を目の当たりにしながらも目に焼き付けんとする。顔面から転倒し
てしまったグインは何が起こったのか理解できなかっただろう。ゴ
マと仲間の冒険者二人は互いを支えながら、またアッガスは剣を地
面に突き刺しながら心から賛辞を贈っていた。
﹁グゥルルア⋮⋮!﹂
1007
﹁ば、馬鹿な⋮⋮ ボガの捨て身の一撃を、食い止めただと!?﹂ ドレッドノート
ジェラールの戦艦黒盾が軋み、頭から突っ込んだ岩竜が呻く。互
いの両足は乾き切った地表に裂け目を作り出し、今にも陥没せんと
している。そんな拮抗する両者のせめぎ合いが数秒の間続いたが、
岩竜が一歩、また一歩と退く。ジェラールが押し始めたのだ。
﹁フンッ!﹂
﹁なっ!?﹂
それを隙と見たジェラールは岩竜の顎目掛けてのかち上げを行う。
盾越しに放たれた一撃は岩竜の顎を正確に捉え、その巨体を僅かに
宙に浮かす。ボガは己の力に並ばれたこと、あまつさえ軽々と超え
られたことなど考えもしていなかった。それは騎乗する大隊長も同
様であり、心の揺らぎ、動揺と言う名の波紋が広がるばかりであっ
た。
﹁幾らなんでも、隙があり過ぎじゃろうて⋮⋮ 肉体を過信するの
も考えものじゃのう﹂
ドレッドノート
ジェラールはそんな気など御構い無しに浮かんだ岩竜の頭に掴み
かかる。戦艦黒盾を外し、知らぬ間に左手をフリーにしていたよう
だ。ガッチリと掴んだボガの頭部が、大地へと叩きつけられた。最
早強度が限界に達していた朱の大峡谷の道は、ボガの巨体を巻き込
んで陥没。幸い両脇の壁に支障はなかったようだが、道の境目に大
規模な穴が出来上がってしまった。
﹁ほれ、サバト殿﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
1008
岩竜の頭を押さえつけるジェラールに呼ばれ、我に返るサバト一
行。そうだ、彼らは観客などではない。サバトにはサバトの役割が
あるのだ。
﹁サバトっ! いくわよ!﹂
﹁ッ! 俺より先に行くんじゃねぇっていつも言ってるだろ!﹂
最も早く動き出したゴマに続き、サバト、アッガスと他の者達も
穴の中へと侵入する。狙うは岩竜の突起した鱗の影にいる敵の指揮
官である。
﹁あれはガウンのゴマとサバト! やばいぞボガ、抜け出せるか!
?﹂
﹁グゥルルゥアアーーー!﹂
メキメキと頭を押さえつけられるボガが痛みを無視し、全力で巨
体を起こそうと奮起する。だが、ジェラールにより固定された上半
身は微動だにせず、抜け出せる気配は微塵も感じられない。焦燥感
に駆られる大隊長と岩竜とは対照的に、ジェラールが汗ひとつ落と
す素振りも見せないことも尚更彼らを焦らせた。
﹁グゥガァアアーーー!﹂
﹁ほう⋮⋮﹂
突如、岩竜が大地をその手で掘り始めた。何の力が働いたのか、
押さえているはずの頭部も穴の表面に沈みかかっている。
﹁﹃土潜﹄のスキルか。見た目の割りに中々多芸じゃのう﹂
﹁そうだボガ! そのままそいつを引き摺り込んでやれ! そこは
お前のテリトリーだ!﹂
1009
﹁お前︵貴方は︶は逃がさないけどな︵ね︶﹂
大隊長の両耳に聞こえる男女の声。
﹁なっ⋮⋮! まだ、距離はあったはず︱︱︱﹂
突き刺さるサバトの剣と、左胸を陥没させるゴマの拳。
﹁見誤るんじゃねぇよ。あの程度の距離、もう戦闘圏内じゃねぇか﹂
﹁でも、収穫はあったわね。竜は別にしても、指揮官クラスでB級
冒険者程度の実力︱︱︱ 兵を相手するだけなら私達も貢献できそ
うね﹂
獣人としてトップレベルの力を持つサバトらにとって、俊敏さ、
特にその瞬発力は最高の武器である。本気を出した彼らはA級に恥
じぬ実力を持つのだ。ただ、最近はその比較対象が少しばかりアレ
なだけなのだ。
﹁うおっ!﹂
大隊長を始末したはいいが、岩竜は未だ健在。ボガは今も地中に
潜らんと巨体を揺らしていた為、サバト達は振り落とされそうにな
る。
﹁で、こっからどうするんだ? 正直、俺らじゃこいつにダメージ
を与えれそうにないぞ?﹂
ガンガンとサバトが剣を突き刺そうとするが、岩の装甲はビクと
もしない。装甲の層もかなり厚いようで、可動部の隙間も同様であ
った。
1010
︵うーむ、王からは古竜を極力殺すなと言われているしな⋮⋮︶
﹁こら、止まらんか﹂
﹁グゥルァァウガァアアーーー!﹂
手に篭める力を更に加え、岩竜を牽制するも変化はない。そうし
ている間にもボガの体の三分の一は既に地中へと埋まっていた。
﹁聞いておるか? このままじゃとお主を殺らねばならなくなるの
じゃが︱︱︱﹂
岩竜の下半身は完全に埋もれてしまった。地中に逃がせばそのま
まパーズに向かう可能性もある。ジェラールは最後の警告を発した。
﹁︱︱︱止まらんか﹂
﹁!?﹂
それは明確な殺気。漆黒の大剣を竜の首元に当て、頭の装甲には
鷲掴みにした指が減り込むほどの力を加えられた。それ以上抵抗す
るのならば、ここで殺す。怒りで視界を真赤にしていたボガの理性
に、問答無用で注ぎ込まれる危険信号。後に感じるのは畏怖の念の
みだった。ガクガクとした振るえは装甲越しにも伝わり、岩竜は生
まれて初めて恐怖を感じたのだ。
﹁と、止まったのか?﹂
﹁何か俺、背筋に冷たいものを感じたんスけど⋮⋮﹂
﹁その感覚を覚えていた方がいいな。生き残る為に必要なものだ﹂
ジェラールがずるずると無力化した岩竜を地中から引き抜くを間
1011
近で見ながら、サバト一行は何とも言えぬ気持ちを整理するのであ
った。
1012
第141話 三つ首竜ムドファラク
︱︱︱朱の大峡谷
﹁グギャッ!﹂
﹁くそっ、見えな⋮⋮ グハッ!?﹂
﹁どこだ? 敵はどこにいる!?﹂
フルミネーションレイン
岩竜を通り過ぎたリオンとアレックスは、エフィルの飛矢爆雨に
よる爆撃を免れた残党の竜騎兵を狩りながら前進する。その速さは
ストーンゴーレムを仕留めたときと同じく、とてもではないが常人
に見えるものではない。先程絶命した兵と竜も、最期まで何者に斬
られたのか状況が呑み込めなかったことだろう。
﹃ケルにい、やっぱりこの黒剣凄いよ! 本物の手足みたいに僕の
思い通りに動かせる!﹄
﹃アクラマを気に入って貰えたようで良かったよ。それより、そろ
そろ敵の幹部格の場所だ。油断するなよ﹄
﹃戦闘で油断するなんて、そんなもったいないことはしないよ。ね、
アレックス﹄
﹃ガウガウ︵そんな奴、戦士の風上にも置けないよね︶﹄
﹃そ、そうだな。油断することはいけないことだな。うん⋮⋮﹄
﹃﹃?﹄﹄
古傷を抉られたのか、ケルヴィンの声のトーンが少し下がる。そ
んなことはいざ知らず、リオンらは目の前に視線を移し、102体
目となる次なる獲物に斬りかかるのであった。敵兵が地に落ちよう
とした丁度そのとき、奥から危なげな雰囲気を察知する。前方には
1013
敵兵や竜の姿はなく、道だけが広がる空間がポカンと出来上がって
いた。彼方より飛来する火炎放射。真赤なそれは道全体まで広がり、
まるで煉獄の津波のようである。
﹁よっと﹂
しかし、リオンらは大して焦ることもなく天歩と影移動を使って
火炎を回避。そのまま大渓谷の壁を道代わりに走り出した。
﹁なっ⋮⋮ これを避けるだと!?﹂
三つ首の竜に騎乗する大隊長が驚愕する。姿を捉えることが難し
いのならば、道一帯を焼き払ってしまえばよいという思惑が彼には
あった。だが、壁を走るなどという荒業を披露されることになるな
ど夢にも思っていなかったのだろう。彼の思惑は見事に圧し折られ
てしまったのだ。
︵奥に大きいのがいるなーとは思っていたけど、やっと出てきたね。
囮の兵を使って範囲攻撃の準備をするのは良かったけど、ちょっと
時間かけ過ぎかな。それに不自然に兵が引いちゃったから、何かあ
るってバラしてるようなもんだよ。で、あれが古竜かな?︶
リオンが見据える先にいたのは赤、青、黄のそれぞれ異色の角を
持つ三つ首の竜。岩竜ほど巨大ではないが、それでも通常の成竜よ
りかなり大きい。角以外はラピスラズリを思わせる色合いの鱗で覆
われており、胴体は四足歩行である。敵兵が騎乗する竜の背には翼
もあることから、この三つ首も飛行が可能なのだと思われる。
﹃目標を発見したようだな。俺もそろそろ動くから、一度念話を切
るぞ﹄
1014
﹃うん。ケルにい、また後でね﹄
ケルヴィンとの会話を済ませ、リオンとアレックスは接近戦に移
行する。三つ首の背後を見れば、敵地上部隊の残存勢力である竜騎
兵の軍勢が陣を組んで待機していた。開戦当初と比べればおよそ半
分ほどにまで減ってしまっているだろうか。退路はなく、退くこと
は許されない。兵の顔はどれも張り詰めていた。
﹁迎え撃て、ムドファラク!﹂
﹁﹁﹁グオォォオーーー!﹂﹂﹂
そのような不安を打ち払うように、大隊長が声高々に次なる攻撃
を宣言。許しを得た三つ首竜ムドファラクの各首の角が輝き出す。
光の集束と共に放たれるは炎・氷・雷の3属性混合のブレスであっ
フレイムブレス
トリニティブ
た。超スピードで迫るリオンらに、今度は三色のブレスが襲い掛か
レス
る。第一波の火竜の息とは比較にならぬほどの威力を秘めた極彩の
息は道だけでなく壁をも覆いつくし、全てを飲み込まんと進撃する。
﹁大隊長とムドファラクに続け!﹂
﹁面で攻撃するんだ! 僅かな空間も残すな!﹂
後方に控えていた竜騎兵達も各々でブレス攻撃を開始する。ムド
ファラクと数百の竜によるブレスの一斉放射は文字通り壁となって
放たれた。一方でリオンは壁から道中央へ飛び移り、自身の影から
アレックスを呼び出していた。
﹃避けれないこともないけど、これは後ろのゴマちゃん達にも届き
そうだなー﹄
﹃ガウ?︵あれ、やってみる?︶﹄
﹃練習中のあれ? うーん、そうだね⋮⋮ エフィルねえの炎で成
1015
功したことはまだないけど、やるだけやってみようか!﹄
眼前に迫る極彩に向かい、リオンとアレックスは地を駆けながら
剣を構える。二振りの漆黒の剣と、美しくも残酷な劇剣が交わり、
チリバナ
同時に刀身が姿を消した。
アギト
﹁空顎・散花!﹂
三位一体となった剣から放たれるは、咲き誇る花を模る斬撃。リ
オンらの前方に余すところなく放出されたそれは、竜の混合ブレス
を打ち払い悉く無効化していく。先程まで壁と認識していた奥の手
は、今やその形相を失っていた。
﹁ば、馬鹿な⋮⋮ 最強種である竜の、古竜の一斉放射だぞ⋮⋮!
? 本当に人間なのか⋮⋮?﹂
﹁失礼だなー。歴とした人間だよ﹂
﹁︱︱︱! ムドファ⋮⋮﹂
声を出した瞬間、大隊長の視界が暗転した。次に瞳に映ったのは、
大渓谷の高き壁とその間に覗く夕空。足に激しい衝撃を受けたの感
じる。一呼吸置いて、自分が地に倒されたことを理解した。眼界を
横に動かすと、そこには黒衣を身に纏う少女の姿があった。
︵娘ほどのこの少女に、我らは翻弄されていたのか⋮⋮︶
獣人の素早さどころの話ではない。古竜の感知能力をも置き去り
にし、眼前に現れ刹那の間に大隊長は無力化されたのだ。自身の背
に乗られたムドファラクも目を疑っている。
大隊長が手足を動かそうとするも、体の感覚が全くない。だが、
1016
不思議と恐怖はなかった。リオン持ち前の朗らかな雰囲気がそうさ
せているのかもしれない。
ショック
﹁感電を使ったから暫くは動けないよ。喋るくらいはできるけどね。
えっと、できれば投降してほしいかな。大体の君らの実力は分かっ
たし﹂
人差し指の先に小さな電気を生じさせながら、リオンはにこやか
に笑みを浮かべて傍らに立つ。その笑顔を見るとひどく安心してし
まいそうになるが、状況はそれほど生易しいものではなかった。首
に突きつけられたのは黒剣アクラマの剣先。﹁断れば、分かってい
るよね?﹂と言われているようなものだ。古竜も下手に動こうとは
しない。
﹁⋮⋮私を倒したところで、この竜は止まらんぞ?﹂
大隊長の言葉を聞いたリオンは申し訳なさそうに言う。
﹁んー、そっちも今終わったかな。夕暮れ時で良かったよ﹂
﹁何だと?﹂
ズゥン⋮⋮!
次の瞬間、三つ首竜ムドファラクが力なく倒れ込む。ムドファラ
クの体には手のような形をした影が、縛り付けるように幾重にも絡
み合っていた。しかも、ムドファラク自身の影からそれは伸びてい
る。
﹃クゥン⋮⋮ ガゥガウ、ガウ︵やっと追いついた⋮⋮ リーサル
で五感奪っておいたよ。あと、一応影で拘束しておいた︶﹄
1017
﹃お疲れ! 電撃で麻痺させるのも良かったけど、黄角の竜には効
きそうになくってさー。ケルにいとの約束もあったし⋮⋮﹄
﹃ガウガウ︵でも、これで捕獲完了だねー︶﹄
後方の竜騎兵とリオンの間に割って入るように、巨大な黒狼、ア
レックスが姿を現す。リオンのときと同様に、兵達にはいきなり現
れたかのように見えただろう。しかも可憐な少女であるリオンとは
違い、今度は見た目的にもS級モンスターの凄味があるアレックス
である。兵や竜はド肝を抜かれ、恐怖状態に陥った。
﹁ム、ムドファラクが倒されたぞ!? 何だあの化物は!?﹂
﹁後退、後退するんだ!﹂
﹁これ以上は無理ですっ! 氷の壁が!﹂
﹁ぐあああっ! 腕が、腕が凍っちまった!?﹂
﹁馬鹿野郎! こんな密集状態でブレスを吐かせるんじゃねぇ!﹂
最早、戦闘どころではなかった。リオン達から何かしなくとも、
勝手に混乱が混乱を呼んでいる。
﹃ガゥ?︵これ、どうする?︶﹄
﹃収拾つかなそうだね⋮⋮ 仕方ないなー﹄
黒剣を鞘に仕舞ったリオンは大隊長の首根っこを掴み、持ち上げ
る。
﹁な、何をする!?﹂
﹁大丈夫、命までは取らないから。アレックス、危ないからちょっ
と退いてね﹂
﹁それ絶対大丈夫じゃなーーー!?﹂
1018
ショック
リオンは喚く大隊長を、そのまま混乱の渦の中へポイッと投げた。
そして、両手に魔力を集中させる。
ショックサブメージ
﹁雷浸感電﹂
︱︱︱バリバリバリ!
サブメージ
ショック
竜騎兵がいる一帯に流し込まれる電撃の洪水。A級赤魔法︻雷浸
ショック
感電︼は麻痺の状態異常を負わせる感電の効力を強化し、効果範囲
ショックサブメージ
を広げた魔法である。感電では瞳や口を僅かに動かすことはできた
が、雷浸感電は意識さえも失うレベルだ。直接的なダメージはごく
僅かな為に捕獲などの用途に重宝する。
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
一見、死屍累々ではあるが。
﹃よーし、静かになったね! アレックス、﹃這い寄るもの﹄で古
竜とこの人数分、城塞まで引っ張れる?﹄
﹃ガウガーウ、ガウ︵僕の筋力基準だから大丈夫。引きずる形には
なるけど︶﹄
アレックスは竜騎兵の影を操作し、古竜と同じように囲って一纏
めに固定する。更に自分の影をそれぞれに伸ばし貼りつかせると、
ずるずると引きずり出した。
﹃ガウー︵古竜もいまいちだったね︶﹄
﹃三つ首と言っても、普段からそれ以上のと訓練してるからねー。
僕の固有スキルも、こっちでは結局使わなかったし。あ、噂をすれ
ばエフィルねえだ﹄
1019
リオンは城塞の上空で八つ首の炎竜が出現しているのを指差した。
1020
第142話 多首火竜パイロヒュドラ
︱︱︱朱の大峡谷
﹁将軍! 部下達が次々に撃墜されています!﹂
﹁わーてるよ! だから俺らが踏ん張ってんだろ!﹂
﹁私もキツイんですって!﹂
正体不明の弾幕攻撃が途切れることなく向かってくる。先頭に立
つ俺とフーバーが可能な限り打ち払うが、圧倒的な物量は後続の竜
騎兵を飲み込んでいった。敵地へ前進すればするほど攻撃は激しく
なり、脱落者も増加している。
﹁ッチ、黒竜は平気のようだが、成竜の鱗は貫通されちまう。何て
威力だ﹂
﹁ロザリア! もう少しゆっくり飛んで!﹂
﹁クォー!﹂
フーバーの野郎はロザリアに任せておけば大丈夫だろう。このレ
ベルならば、ロザリアの機動力でまだ回避し切れるはずだ。古参の
竜騎兵らも一杯一杯ではあるが、何とか凌いでいる。しかし、それ
も時間の問題か⋮⋮
﹁報告! 最後方に現れた敵ですが、やはり手が付けられません。
隊列を組み果敢に攻め入ってはいますが、現在200騎以上が討ち
取られています!﹂
﹁ったく! 前門の虎、後門の狼、かよっ! ご機嫌な戦場だなっ
!﹂
1021
黒竜が移り気な軌道を描いて飛行する中、槍で光弾を纏めて打ち
払う。俺ら竜騎兵団はトライセン最強の軍隊だと自負している。そ
んな精鋭達がこうも容易く瓦解し、苦戦を強いられる相手。思い当
たるのは人外の領域の存在、S級冒険者しかいねぇ。シルヴィア、
ゴルディアーナ、そしてケルヴィン。恐らくは全員がこの朱の大渓
谷に潜伏し、待ち伏せていたのだろう。ならば、その人外共を打ち
破るのは俺たちの役目だ。
﹁この際だ、後方の敵は無視してお前らは大渓谷の頂を目指せ! そいつらは俺が迎え撃つ!﹂
﹁しかし、この光弾はどうするのですか!? 将軍がいなくなった
ら先陣は崩れますよ!?﹂
﹁⋮⋮ロザリア、いけるか?﹂
俺の問い掛けに、ロザリアは無言で首を縦に振る。
﹁えっ? な、何の相談でしょうか?﹂
﹁フーバー、栄光ある竜騎兵団の副官として、気張れよ!﹂
﹁だから何の話ですか!?﹂
﹁お前とロザリアがあの弾幕を誘導するんだよ。よし、行って来い
!﹂
﹁ちょ、ちょっと︱︱︱﹂
フーバーを乗せたロザリアが、最高速で敵陣へと飛翔する。ロザ
リアは古竜でありながら見てくれは成竜とそれほど変わらない。だ
が、スピードに関しては全竜の中でも随一を誇る。本気を出せば闇
竜王の息子であるこの黒竜をも超えるだろう。それでも、あの光の
嵐を囮として無傷で進むのは至難の技。まあ、ここにいるよりは生
存率は高いだろう。
1022
﹁おー、あの白銀竜なかなか早いな。砲撃を躱しまくってる﹂
﹁ああ、自慢の竜と部下だからな。 ⋮⋮それで、お前は誰だ?﹂
﹁なっ⋮⋮ 何時の間に!? 何奴っ!﹂
伝令の兵が叫びを上げ、槍を構えて臨戦態勢になる。槍先を辿っ
た場所にいたのは黒ローブの男。不吉を象徴化させたようなその男
が、身の丈ほどもある鎌を携えて浮遊していた。見たところ、魔法
・・・
騎士団の奴らと同じ魔法を使っている。 ⋮⋮ロザリアを見送った
ところで凄まじい気配が急接近するのを感じたが、どうやら当たり
のようだな。
﹁黒ローブにその巨大な大鎌︱︱︱ ﹃死神﹄のケルヴィンだな?﹂
﹁俺も有名になったもんだな。嬉しいような面倒なような⋮⋮﹂
﹁知ってるぜ。お前がクライヴの馬鹿を殺ったらしいじゃねぇか﹂
俺が尋ねると、奴の鎌の先が僅かに動いた。
﹁⋮⋮クライヴってのは、あの糞野郎か?﹂
﹁ああ、その屑のことだ﹂
﹁⋮⋮ふーん、そうか。それでアンタはクライヴ君の敵討ちに来た
のかな?﹂
﹁まさか。ただ俺はクライヴを倒したお前に興味があっただけだ。
悪いが、俺の相手をしてもらうぜ﹂
﹁将軍、俺も加勢します!﹂
﹁阿呆か。邪魔になるだけだから、お前も頂をさっさと目指してパ
ーズに向かえ﹂
﹁し、しかし⋮⋮﹂
﹁何の為にロザリアが命を張ってると思ってる? 俺たちの目的を
忘れるな! 分かったら行けっ!﹂
1023
﹁くっ、ご武運をっ!﹂
伝令と竜が空高く舞うのを見届ける。どうやら奴もすぐに手を出
す気はないらしい。
﹁いいのか? 止めなくても?﹂
﹁いいさ。あまりその道はお勧めはしないけどね。それよりも、俺
と戦うんだろ? もういいか?﹂
黒竜が死神から視線を逸らそうとしない。何者にも興味を示さな
かったこいつが、こんな反応をするのは初めてのことだった。そう
か、それだけこの男は危険だと言うのか。
・・・
﹁なら、とっととおっぱじめようぜ。二対一で悪いけどよ!﹂
﹁気にするな。それに、ちゃんと二対二だよ﹂
死神は頬を吊り上げる。奴のローブから黒いゲル状のものが姿を
現したのは、その直後であった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
地表から放出される雨のような攻撃をロザリアが躱し続け、私が
槍で打ち消し、前へ前へと前進する。どれだけの時間を稼いだだろ
うか? 後方の部下達は無事に頂上へと到着しただろうか? 時間
が経つ毎に攻撃は激しさを増し、発射口と思われる光は今や倍の数
となっている。その全てが私たちを狙っているのだ。これ以上の恐
怖はない。いや、ないと思っていた。
1024
﹁⋮⋮城?﹂
命辛々私たちがある一定の地点に辿り着くと、なぜか地上からの
弾幕が止んだ。目の前に広がるのは、大渓谷の道を塞ぐように城塞。
さっきまでは何もない道だったはずなのに。しかも、そこで待って
いたものはそれだけではなかった。
﹁ロザリア。あれって竜、ですよね?﹂
漆黒の城塞を唖然と観察するのも束の間、その上空に燃え盛る炎
を纏う火竜が出現したのだ。それも一体どころではない。八つの首
を持った化物だ。フーバー・ロックウェイ、18歳にして漏らしそ
うになってしまった。
﹁⋮⋮いえ、竜を模った魔法ね﹂
﹁うわっ、ロザリアが喋った!?﹂
﹁自分で質問しておいて何言ってるんですか。古竜に進化したばか
りのボガやムドファラクと一緒にしないでください﹂
﹁す、すみません⋮⋮﹂
将軍から話は聞いていたけど、ロザリアは本当に人語を話せるん
だな。それに流石は将軍の元相棒、肝が据わっている。古竜でも難
しいとされる人化も可能らしいけど、見たことがあるのはアズグラ
ッド将軍だけだ。声も綺麗だし、ひょっとしたら凄い美人さんにな
るのかもしれない。
﹁フーバー、ここからは油断も考えに耽るのもなしです。死にます
よ?﹂
﹁ええっ⋮⋮ やっぱり、あの八つ首強いんですね⋮⋮﹂
1025
﹁あれも厄介ですが、それよりも︱︱︱﹂
﹁いらっしゃいませ、お客様﹂
およそ戦場とは不釣合いな澄んだ声が、あの凶悪な火竜から聞こ
えた。どうやら私は疲れているようだ。正直帰って寝たいです。将
軍がいないと気合も入らないし、やる気も出ない。
﹁あの竜の頭の上を見なさい﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
ロザリアの言われた通り火竜の頭をよく探してみると、ある首の
頭に人影を発見した。とても可愛らしいエルフのメイドさんだ。 ⋮⋮熱くないのかな?
﹁場所が場所故、自己紹介は省かせて頂きます。ご了承ください﹂
﹁あ、はい﹂
普通に返答してしまう。
﹁この城塞一帯では地上からの攻撃は致しません。恐らくは無駄弾
になるでしょうから。ここからは最大限の敬意を払い、私が全力で
お相手させて頂きます﹂
メイドさんが弓を構えると同時に、四方八方に散らばっていた火
竜の首全てが一斉に私たちの方を向いた。ああ、やはり術者は貴方
なんですね⋮⋮
﹁︱︱︱お覚悟を﹂
﹁フーバー! 舌を噛まないでくださいね! 飛ばしますよっ!﹂
1026
今日一番の轟音が鳴り響き、今日一番の災難が私に降りかかろう
としていた。 1027
第143話 白銀竜ロザリア
︱︱︱朱の大峡谷
﹁グギャオォォーーー!﹂
﹁グオォアアァーーー!﹂
メイドさんの大砲のような爆音を鳴らす弓矢と共に八つ首は頭ご
とに別れ、大口を開けて四方から私たちに襲い掛かる8体の火竜と
なった。
﹁おわっ! 八つ首が分離した!﹂
分離してもその首ひとつひとつがロザリアの体格を大きく上回っ
ており、そのまま丸呑みされかねない危険性がある。そうなってし
まえば私たちは丸焦げだ。迫り来る炎の矢を持ち前の瞬発力で避け、
隙間を縫うように火竜の噛み付きを躱し続けるロザリア。触れそう
になる度に火傷を負ってしまいそうになる。だが、スピードでは明
らかにロザリアが勝っている。
﹁竜にばかり気を取られてはいけません。あのメイドも常に気にか
けてください﹂
﹁分かってますよ。むしろあのメイドさんの方が厄介そうです﹂
そう、本当に警戒しなければならないのはあの可愛らしいメイド
さんだ。周囲を囲う火竜に針先ほど隙間でもあれば、そこから正確
無比の矢を放ってくるのだ。初撃の火矢ほど威力はなかったので、
今のところは何とか私の槍で防げてはいる。しかし、執拗に私の頭
1028
や心臓などの急所を狙ってくるのは止めてもらいたい。その精密さ
故にとても私の心臓に悪い。と言いますか、何でこの猫の目のよう
に激しく動き回る状況下でそこまで正確に狙えるんですか。
﹁ハァ、あのメイドさんがロザリアの速度を捉え切っている、って
ことですよね⋮⋮﹂
カタラクトランス
再び後方から放たれた4度目となる矢を打ち払うも、私の気分は
酷く重たい。
﹁何を今更。それよりも、このままだとジリ貧ですよ﹂
﹁ですね。ロザリア、いったん回避行動は任せました。大滝の槍を
解放します﹂
この槍はトライセンを出陣する直前に暗部から受け取ったものだ。
元々は私の所持品であったが、直属の部下であるアドが仮初の英雄
であるクリストフ一行の監視役として随伴する任務を負ったとき、
カタラクトランス
餞別として彼に贈っていた。アドはその後、黒風騒動の際にクリス
トフと同様にトラージに捕らえられ、大滝の槍も鹵獲されていたは
ずだったのだが、シュトラ様が諸所に手を回して下さったお陰で私
の元へ戻ってきたのだ。しかも、内包する魔力も限界まで充填済み。
アズグラッド将軍と同じく、シュトラ様も卓越した能力をお持ちな
のだと切に感じる。
カタラクトランス
﹁射抜け。大滝の槍!﹂
カタラクトランス
ロザリアが懸命に追撃を振り払う中、大滝の槍から放出される大
量の水が私の周囲に浮遊し、やがて液体は幾本もの水の槍にへと形
態を変化させる。形成させた槍達を火竜に向け︱︱︱
1029
﹁フーバー!﹂
﹁︱︱︱!? くっ!﹂
ロザリアの声に反応して槍を頭上に掻き集める。信じられない、
火竜から一躍したメイドさんが私たちの遥か頭上にて弓を構えてい
たのだ。足場がなく、逆様で非常に不安定な状態ではあるが、私は
確信する。あの矢は絶対に外れないと。
ブレイズアロー
﹁極炎の矢﹂
放たれた紅の矢から唸りが上がる。これはさっきまでの火矢とは
違う。直感的にそう感じた。矢の軌道からして、このまま行けば私
とロザリアを串刺しにするコースだ。素直に受ければ、おそらく待
つものは死。だが、果たして生成した水槍だけで防げる代物なのか
? ︱︱︱ううん、無理! 水と炎で例え相性が良かったとしても、
あれは絶対に無理だと私の勘が告げていた。
﹁軌道だけでも︱︱︱﹂
﹁掴まって!﹂
カタラクトランス
アイスブレス
大滝の槍から直接水槍を浴びせようと槍を掲げると、ロザリアが
トリニティブレス
急転換して氷竜の息を吐き出した。氷のみの単属性ではあるが、そ
アイスブレス
の威力はムドファラクの極彩の息を凌駕する。それはまさに、氷の
女王の一撃であった。私の水槍をいとも容易く貫いた矢と氷竜の息
が激突し、辺りを水蒸気が包み込む。
﹁す、凄い! 打ち消しましたよ、ロザリア!﹂
﹁いえ、失敗しました⋮⋮﹂
﹁えっ?﹂
1030
喜ぶ私とは対照的に顔を曇らすロザリアの翼には、何かに貫かれ
たような穴が開いていた。猛スピードで飛翔している最中でだ。羽
ばたく度に穴からの出血が激しくなり、速度も落ちている。
ただ、周囲一帯を包む霧のおかげで暫くは姿を隠すことはできそ
うだ。万が一の為に水に仕込みをしておいて良かった。逆に相手は
炎で居場所が直ぐに分かる。ウロウロと辺りを捜索しているようで、
まだ発見されていない。
﹁最初にアズグラッドを襲ったものと同じ攻撃ですね。ブレスの反
動で回避行動が遅れましたか﹂
﹁あの場で、二度も矢を放っていた⋮⋮?﹂
﹁確認はできませんでしたが、そのようですね。派手な攻撃の裏で、
影に隠すように⋮⋮﹂
﹁それよりも怪我の手当てをしなくては! ああっ、袋が破けてる
⋮⋮﹂
どのタイミングで破けたのか、鞍に結び付けていた袋の底が抜け
ていた。この袋には回復薬などのアイテムを入れていたのに。地上
からの砲撃のときか、火竜の追撃の際に噛まれてしまったのか⋮⋮
思い当たる節はいくつもある。
﹁ロ、ロザリア。申し訳ないのですが⋮⋮﹂
﹁ふっ!﹂
自身の翼に軽くブレスを吹き掛けるロザリア。すると翼の怪我を
した部分に薄い氷の膜が張り、彼女の出血が止まった。どうやら手
当ては不要のようである。
﹁⋮⋮器用なんですね﹂
1031
﹁伊達に古竜やっていませんから。多少早さは落ちるでしょうが、
これで幾分かマシになるはずです﹂
﹁それは重畳。では、このまま身を隠して不意打ちを狙いますか﹂
あのメイドさんと真正面からぶつかるのは得策ではなさそう、っ
てかないです。ここは多少卑怯な手を使ってでも︱︱︱
ファイアストーム
﹁猛火烈風﹂
霧を喰らいながら超広範囲に飛来する猛火の魔法。そして霧の隠
れ蓑から大急ぎで脱出に向かう私たち。もう一体何なんですか、あ
のエルフ! 普通エルフは緑魔法を使うもんでしょ! 今は亡きク
ライヴの阿呆以上に魔力があるんじゃないですか!? ・・・・
﹁この方向は、拙いですね﹂
﹁ええ、待ち伏せまでされていますよ⋮⋮﹂
﹁フーバー、覚悟はいいですか?﹂
﹁できればしたくないです﹂
ありったけの水槍を作り出しつつ、ロザリアに受け答える。正面
には火竜の首らしき燃え盛る炎の光が見えていた。そこまで瞬時に
計算尽くでするもんなんですかねぇ。背後から迫り来る猛火をチラ
ッと見て内心溜息ものです。将軍、すみません。フーバーはここま
でのようです。できればこの思い、死ぬ前に貴方に伝えたかった。
﹁フーバー、貴方はアズグラッドの他で唯一私が乗ることを許した
戦士です。しっかりと生き残る覚悟をしなさいな。他の者を乗せる
なんて真っ平御免ですよ?﹂
﹁⋮⋮ふふっ、そうでしたね﹂
1032
ロザリアから勇気を貰い、準備は完了した。時間稼ぎの任は十分
に果たしたし、後は将軍の下へ五体満足で帰還するだけだ。
﹁では、行くとしましょうか!﹂
霧を抜けた先に待ち構えていたのは、予想通りメイドさんであっ
フレイムランパート
た。逃げ場をなくす為か、周囲は炎の壁で覆われていた。赤魔法の
火炎城壁だろうか? 認識した瞬間に放たれる轟音、ロザリアは紙
一重でそれを避けるも、度重なる火竜の噛み付きに遂に足を取られ
てしまう。焦げる嫌な臭いが漂い出し、堪らずロザリアが声を漏ら
す。
﹁ぐっ﹂
﹁射抜け!﹂
予め生成しておいた水槍を火竜の額に放つが、一発では放そうと
しない。連射、連射、連射⋮⋮ くそっ、こうしている間にも残り
の首が迫っているのに。
﹁ハァッ!﹂
アイスブレス
ロザリアが最後の力を振り絞り、氷竜の息を放つ。ブレスは正面
3体の火竜に直撃し、その姿を消失させた。いや、そればかりでは
ない。メイドさんの方向に伸びる氷の道が、歪ではあるが出来上が
っていたのだ。
﹁行きなさい!﹂
﹁本当に、器用なんですからっ!﹂
鞍から固定紐を取り外し、ロザリアから氷の道へと飛び乗る。着
1033
カタラクトランス
地と同時に轟く爆発音。決死の覚悟で大滝の槍で打ち払い、前へ。
更にまた斬り払い、もっと前へ。それを何度か繰り返したとき、私
はメイドさんの眼前にまで辿り着いていた。既に私は心身ともにボ
ロボロ、牽制に使っていた水槍の残弾も尽きてしまった。対してメ
イドさんは汗ひとつかかず、息を切らす素振りも見せない。
﹁なぜ、残りの火竜にロザリアを襲わせないのですか?﹂
思わず聞いてしまった。なぜって、最初にロザリアに噛み付いた
火竜以外の3体はそれ以上攻撃を加えようとしていなかったからだ。
今もその周囲を取り囲んで様子を伺っているだけ。このメイドさん
が乗る火竜だってそうだ。氷の道ができたからって、そこから火竜
が離れてしまえば私の活路は完全になくなる。それなのに、メイド
さんは移動させることもなく、ここで迎撃するだけだった。意味が
分からない。
﹁⋮⋮目的が達成されましたので﹂
ジャラリ、背後より金属が擦れたような音がする。
﹁貴方の目的は勝つことではなく、私を捕縛することでしたか⋮⋮﹂
ロザリアの体は鎖で縛られていた。ロザリアを取り囲む4体の火
竜が鎖の端をそれぞれ銜え、持ち上げているといった構図である。
﹁はい。私自身は束縛するのが不得手でしたので、そちらの﹃封印
の鎖﹄を使わせて頂きました。お見事な機動力でしたので、確実を
期す為に怪我を負わせる形になってしまいましたが⋮⋮ 鎖の特性
上、お客様にはこちらに来て頂きました﹂
﹁見えない矢にこの鎖を括り付け、私に放ったのですね。ふう、千
1034
切れる様子もないですね。なぜか力が抜けてしまいますし⋮⋮﹂
ロザリアは最早飛ぶ力さえ出せないようだった。
﹁くっ、ロザリアを︱︱︱﹂
﹁クロちゃん﹂
背後より肩に手を添えられる。認識の外で私に何かが纏わりつい
た。
﹁できれば、その子も殺さないでくれると⋮⋮﹂
﹁ご安心を⋮⋮﹂
私が意識を手放す際、そんな会話の断片が聞こえた気がした。
1035
第144話 漆黒竜???
︱︱︱朱の大渓谷
大渓谷の空中では激しい金属音が鳴り続けていた。俺のローブよ
り顔を出したクロトが、そのスライム状の体を幾本の槍に変え、黒
竜に向かって突き刺し行う。接触時のみ槍先を﹃金属化﹄スキルで
硬化している為、その軌道は自由自在。スライムの特性を含ませる
ことで鞭のように撓り、クロトが持ち得る最硬度の金属であるアダ
マント鉱石でその身をコーティングするのだ。
だが、黒竜の防御力も相当のものであった。クロトがアダマント
の槍で攻撃を放つと、黒竜の鱗は甲高い金属音を上げて表面で火花
を散らせる。浅く抉られてはいるが、決定打となるダメージを与え
オブシダンエッジ
るに至ってはいない。あの岩竜よりも面倒な装甲をお持ちのようだ。
俺の剛黒の黒剣も試してみたが結果は同じ。耐性スキルでも持って
いるのかもしれないな。どちらにせよ、これらの攻撃は相性が悪い。
クロトはじわじわと魔力を吸ってたりしているけどね。
黒竜とアズグラッドもただ受けているばかりではない。黒竜は巨
大な翼を羽ばたかせ、クロトの突き刺しに臆することなく距離を詰
めてくる。﹃飛行﹄スキルを持たない俺とでは、どうも空中の機動
ボレアスデスサイズ
力はあちらに分があるな。猛スピードで天を駆ける黒き巨竜はなか
なかに威圧感があるが、奴の危機意識も大したものだ。大風魔神鎌
を常に警戒し、少しでも危なくなったら直ちに退いていく。
︱︱︱ゴオォォォ!
1036
戦いの最中、アズグラッドが円錐型のランスから竜の息吹に似た
火炎を放った。近距離ではあったが、即座に風を操って真横に軌道
を逸らす。
﹁ほう、初見でこれを避けるか! やるな!﹂
あのランス、妙に複雑な構造をしているとは思っていたが、側面
オブシダンエッジ
の穴から炎を出す仕組みになっているのか。しかし、まだ何かあり
そうだな。4メートルもの剛黒の黒剣と真正面からやり合うアズグ
ラッドも大概だが、その攻撃に耐え得るあのランスもかなり高ラン
クの武器なはずだ。
﹁だが、安心するには早いぜ!﹂
﹁︱︱︱!﹂
先端まで漆黒で覆われた強靭な尾が逸らした炎の中から現れる。
ヒーリックスバリア
唐突に振りかざされた一撃に、俺たちは渓谷の壁に叩き付けられた。
直前に展開した螺旋護風壁ごとである。
﹁くー⋮⋮ もう少し飛び方を練習しておくんだったな﹂
フライ
それなりに飛翔に慣れたつもりではあったが、やはりまだまだ飛
行型のモンスターには敵わないか。セラやメルフィーナだったら余
裕で避けてたな。うん、要検討事項だ。
﹁⋮⋮差し違えで黒竜にダメージを与えやがった。んで、さっきの
一撃を食らって無傷かよ。噂以上の化物だな、ケルヴィン﹂
アズグラッドが血塗れの黒竜の尾を見て呟く。
1037
ヒーリックスバリア
まあ、結果オーライか。螺旋護風壁は今ので消失したが、黒竜の
尻尾もズタズタに引き裂くことに成功した。ちなみに打撃系の攻撃
はクロトの﹃打撃無効﹄スキルにより全く効いていない。今俺のロ
ーブに隠れているクロトはステータスを結集させた戦闘分身体、瞬
時に俺の盾になることなど造作もないのだ。
ぽっかりと開いた横穴から埃を払いながら出る。辺りを確認する
と後方の竜騎兵達の姿は既になく、敵部隊の全隊が頂に向かったよ
うである。渓谷の上空にて再び対峙する俺と敵将軍アズグラッド。
互いの視線が激しくぶつかり合い、更に加熱した戦いが開始されよ
うとしていた。 ︱︱︱そんな感じの雰囲気だったのだが、セラと
メルフィーナからの念話がタイミング良く送られてきた。
﹃ちょっとケルヴィン。敵が全員上に飛んで行っちゃったんだけど、
追撃していいの?﹄
﹃いや、上にはリオンの﹃斬撃痕﹄が張ってある。放っておいても
いずれ戻ってくるさ﹄
﹃それは困りました。今、私とセラの撃墜スコアが並んでいますの
に⋮⋮﹄
﹃戻ってくるまで地上を手伝う?﹄
﹃ごめん、セラねえ。こっちはもう終わっちゃった﹄
﹃えー﹄
﹃城塞前の古竜も捕獲済みじゃ。後はエフィルじゃが⋮⋮﹄
﹃こちらもそろそろ終わります。メルフィーナ様達は他の助勢を︱
︱︱ 来ますね。いったん失礼致します﹄
﹃エフィルの方も? メル、大変だわ! 倒す相手がいない!﹄
﹃仕方がありません。邪魔にならぬよう、監視を兼ねてここであな
た様を観戦をして待つと致しましょう﹄
﹃そうね⋮⋮ ま、それしかないか! それじゃケルヴィン、頑張
ってね!﹄
1038
念話が途切れる。どこを取っても日常的で緊張感の欠片もない会
話だったな。まあ、その間に俺のローブに隠れ潜んでいたクロトの
準備が終わった訳なんだけど。あの黒竜も滅茶苦茶俺らを睨みつけ
てきてるし、そろそろバトルに復帰するとしよう。
﹁⋮⋮何なんだ、それは?﹂
﹁何って、さっきから見てただろ。俺側の戦力だよ﹂
フライ
そう言うと俺は飛翔を施したクロトに騎乗する。クロトは体の体
積を増大させて黒竜に匹敵するほどの大きさにまで膨れ上がり、あ
る生物の格好へと体を変化させていた。
﹁おいおい、この黒竜と全く同じ姿じゃねぇか! 洒落てるねぇ!﹂
そう、変化させたのは対峙する黒竜の姿である。スライムの体を
竜に似せただけで色合いや質感までは再現されていないが、ここま
で巨大だと細かいことは気にならない。どちらにせよ脅威に変わり
はないのだから。
﹁いいねぇ! 未知の敵との遭遇は心が躍る! あの剣山のような
攻撃もそうだったが、ここまで強いスライムと戦うのは初めてだぜ
! 胸が高鳴るなぁ、黒竜!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁ハッハッハ! やはりお前もそう思うか!﹂
⋮⋮何だかなぁ。アズグラッドは妙にテンションの高いのだが、
黒竜はさっきから黙りっぱなしだ。落差が激しい。これって会話が
通じてるのかね? 俺らの意思疎通のようなスキルでもあるのだろ
うか?
1039
﹁おっと、わりぃな。待たせちまったようだ。んじゃ、そろそろ始
めるとするか?﹂
﹁俺らは問題ない。いつでもいいぞ?﹂
﹁そうか。なら⋮⋮ 行くぜぇーーー!﹂
アズグラッドの叫びに共鳴すつように、黒竜がブレスを放つ挙動
を見せる。口から溢れ出す瘴気がそれが危険であることを痛切に語
っていた。
﹃クロト、迎撃だ﹄
まあ、後手に回ろうが関係ない。クロトは俺の命令を瞬時に読み
取り、コンマの誤差もなく行動に移ってくれるのだ。竜の姿となっ
モータリティビーム
たクロトは黒竜と酷似した動作で、魔力を擬態化させた開口部に集
束させていく。次の瞬間に放たれたクロトの超魔縮光束が黒竜が放
つ翠緑のブレスと衝突、互いの攻撃は2体の中央で鬩ぎ合い、一進
一退の停滞状態となった。
モータリティビーム
衝撃で削がれた超魔縮光束と翠緑ブレスの一部が、大渓谷の壁に
飛来する。圧縮された魔力の光線は壁に底が見えない程に深い傷跡
を残し、ブレスは岩壁を融解させ異臭を放ち出す。
岩壁を一瞬で溶かすか。この鼻を刺激する臭いといい、猛毒の一
種のようだ。触れれば状態異常待ったなし、それ以前に生命の危機
である。ブレスの打ち合いはどちらも譲らぬまま終わりを迎え、跡
に残るは悲惨な有様となった渓谷の傷痕と、束の間の静寂のみであ
った。
﹁⋮⋮違ぇな、こんなもんじゃない﹂
1040
アズグラッドがランスを構える。
﹁ったく、トリスタンめ。首輪のデメリットについては黙っていや
がったな⋮⋮﹂
ギガントロード
構えた先にあったもの。それは黒竜の首に着けられた首輪であっ
た。アズグラッドはそれを、自ら斬り外した。巨人の王とリオンが
戦った際に鑑定眼で確認したことがあるが、記憶が正しければ、あ
の首輪はモンスターを服従させる為のもの。それを外してしまえば
黒竜を支配することはできなくなってしまうはずだ。
﹁⋮⋮何のつもりだ?﹂
おお、黒竜が言葉を口にした。
﹁お前の声を聞くのはこれが初めてだな、黒竜。何って、しがらみ
を解いたんだよ。俺と戦ったときのお前の力は、この程度じゃなか
ったはずだ。この首輪のせいで力を制限されていたんじゃねぇか?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
そう言うとアズグラッドはランスの先に突き刺した首輪を火炎を
放射させて焼き払う。
﹁やっぱこのやり方は性に合わねぇ。竜に認められ、心を通わせて
こその竜騎兵。黒竜、俺を敵に含んでもいいからよ、いっちょひと
暴れしてくれや。今度は俺自身の力で捻じ伏せ、お前を相棒にして
やるからよ!﹂
何か攻撃しちゃいけない雰囲気である。
1041
﹁馬鹿なんだな、お前。戦場のど真ん中で敵を増やしてどうするん
だよ。まあ、だけどよ⋮⋮ 俺はそういうの、嫌いじゃないぜ。敬
意を込めて名乗ってやろう。俺の名はダハク! あの黒ローブと戦
う間だけ、お前に協力してやるよ!﹂
﹁いや、俺とも戦えよ﹂
﹁⋮⋮お前﹂
うん、至極真っ当な意見だよな。
1042
第145話 漆黒竜ダハク
︱︱︱朱の大渓谷
﹁おい、好意は素直に受け取るものだぞ。俺の立場がないじゃねぇ
か⋮⋮﹂
﹁生憎だが、シュトラから好意は疑えと教えられているもんでな。
真の絆を築いていないお前の好意はまだ受け取れない﹂
﹁おい、あの白銀竜が取ってきた果実は普通に食ってたじゃねぇか﹂
﹁ロザリアは別だ﹂
アズグラッドと黒竜ダハクの言争いが続くが、延々と平行線を辿
るばかりである。一応、ここは敵陣なのだけどな。んー、俺もそろ
そろ参戦したいし、助け舟を出してやるか。
﹁なら、協力して俺らを倒したその後で、ゆっくりと二人で戦えば
いいんじゃないか? そうすれば俺やこのスライムとのタッグマッ
チ、そして黒竜とのバトルを余すことなく満喫することができるぞ。
一石三鳥だ﹂
﹁おい黒竜。今ばかりは協力するしかないようだぜ﹂
﹁⋮⋮お前、やっぱり馬鹿だろ﹂
漸く俺が得する方へと話が纏まった。バトルロイヤルもいいが、
奴らが相打ちになってしまったら興醒めもいいところだからな。確
実に俺の相手をして頂きたい。
﹁おい黒ローブ、さっきまでと同じ俺だと思ってくれるなよ? 封
印されていたこの力、お前に見せてやるよ﹂
1043
﹁俺の名前はケルヴィンだ。前口上はいいから、さっさとやってく
れ、よっ!﹂
両側から何かが突起し、俺に向かってくる。躱しながら状況を確
認。渓谷の壁より突如として突き出されたのは巨木であった。
﹁そうそう、そんな感じで頼むわ﹂
﹁気取りやがって!﹂
どうやら現れたのは俺が回避した巨木だけではないようだ。至る
場所から木々が群れを為して生い茂り、渓谷が一瞬にして樹林を形
成する。草木の欠片もなかったこの乾いた大地において、地面や壁
より出で急生長を続けるこれらは不自然極まりない。これがダハク
の力なのだろう。
﹁高位の竜はプライドが高いらしいからな。ただ倒すよりも、お前
に全力を出させた上で捻じ伏せた方が面白いだろ?﹂
これは俺の本音でもあるが、ダハクも実力の限りを尽くさずに負
ければ配下の契約に納得してくれない可能性がある。そうなれば、
後々にそれを理由に契約してくれないかもしれない。再戦希望であ
れば俺も望むところ、むしろばっち来いではあるが、この後には残
り3体の竜との契約が控えている。ここは堅実に心を折る。
﹁ク、ククク⋮⋮ アズグラッド、お前並の馬鹿がここにもいたぜ﹂
﹁馬鹿を舐めんじゃねーよ。それに俺と戦うときだって全力じゃな
いと困るぞ﹂
﹁揃いも揃って俺を何だと思っていやがんだ。 ⋮⋮後悔すんじゃ
ねーぞ!﹂
1044
ボレアスデスサイズ
ダハクの咆哮に森と化した巨木が反応し、再び変動を開始する。
グネグネとその身を生長させながら迫る木々を大風魔神鎌の斬撃で
引き裂くが、根元の断面から新たな芽が生まれ、そこから急生長し
て再生してしまう。そうしている間にも次々と現れる巨木の大群は
俺たちを締め殺そうと包囲網を敷いていた。うーむ、これだけの動
きを見せる巨木を見ると、暗紫の森にいた邪賢老樹を思い出すな。
﹃クロト﹄
モータリティビーム
クロトが囲いに対して超魔縮光束を放射し、薙ぎ払う。光線は次
モータリティビーム
々に木々を焼き払っていった。ほうほう、これなら再生しないのか。
クロトの超魔縮光束による焼け跡からは再生しないことから、火や
熱には弱いのかもしれないな。しかし、まだまだ巨木の森は増殖を
続けている。ならばその線で崩すか。そうだ、ここはあの竜に肖ろ
うか。
﹃クロト、頭は増やせるか? ほら、あの竜みたいに﹄
意思疎通で地上にてアレックスが引きずる三つ首の竜を示す。俺
の問いかけの直後、擬似黒竜版クロトの首横から新たに2つの竜頭
が隆起した。よし、イメージ通りだ。言ってみるもんだな。
﹁うおっ、マジか!?﹂
﹁ッチ、来るぞっ!﹂
大地より葉や幹が灰色の樹木が芽生え、ダハクの巨体を隠し切る
ほどの巨木の盾を生成していく。この再生能力に優れた木とはまた
別物か。
﹃周りは俺がやる。クロトはあの灰色をやれ﹄
1045
性質が分かれば最早この木々に恐れることは何もない。俺が両指
に、クロトが三つ首に魔力を篭め、目標に向け発射する。
レディエンスクロスファイア
﹁煌槍十字砲火!﹂
全ての指先から照射されるは10本の白き煌き。放たれた直後に
放物線を描くそれらは、獲物を発見した時点で直角に曲がり出す。
レディエンスクロ
高速で貫き、また獲物に向かうを繰り返す光線の様は今や乱反射で
スファイア
レディエンスランサー
ある。上から下へ、右から左へ、そこかしこで十字を切る煌槍十字
モータリティビ
砲火が消える様子は一向にない。久しぶりに使ったが、個々の煌槍
も幅広になっている。この魔法も強くなったものだ。
ーム
さて、クロトの方も絶賛攻撃中だ。砲台が増えたことで超魔縮光
束の威力は更に激しいものとなり、ダハクの盾は悲痛な悲鳴を上げ
倒壊しようとしていた。いや、僅かな時間でもこれに耐えたのは驚
嘆に値することなのだが、何分頭を増やしたからって威力も3倍に
なってるクロトのポテンシャルに驚き中だ。保管に貯蔵している魔
力の消費が凄いことになってそうである⋮⋮
﹁クソがっ!﹂
モータリティビーム
崩壊した盾から身を乗り出したダハクが翠緑のブレスを放つ。し
かしそれは初撃の超魔縮光束と同等のパワーだったもの。必然的に
ダハクは押し負け、徐々にブレスの境界線が移り変わっていく。
︱︱︱先程からアズグラッドの姿がダハクの背に見えないな。気
配察知スキルで辺りを探索する。
﹃⋮⋮回り込もうとしているな﹄
1046
クロトが停滞する空中の斜め下の死角より、強めの気配を発見し
た。再生の木々で視覚的にはこちらから見えないようにはしている
が、隠密スキルを使っている訳ではない。何かに乗って移動してい
るな。
インパクト
﹁くらえ︱︱︱﹂
﹁衝撃﹂
﹁ぐっ!?﹂
予想通り、アズグラッドは大木に乗って移動していた。周囲の木
インパクト
々に紛れて奇襲するつもりだったのだろう。先手を打って突き落と
そうと衝撃を放つ。しかし、アズグラッドは足元の木にランスを突
き立てることで堪える。
・・・・・・
﹁この巨木はよ、よく燃えるぜ?﹂
突き刺したランスから火炎が漏れ出す。アズグラッドが乗ってい
た巨木は一息に炎を飲み込み、その身を赤く焦がしていった。火炎
レディエンスクロスファイア
を放射した勢いでアズグラッドはそのまま空中へ離脱し、炎を纏っ
レディエンスランサー
た巨木がこちらに迫る。だがここは煌槍十字砲火の射程圏内。既に
煌槍達はアズグラッドを敵と見なし向かっている。
﹁うぅおおぉぉーーー!﹂
レディエンスクロスファイア
アズグラッドは再生の木を新たな足場とし、5本の煌槍十字砲火
を相手に凌いでいた。隙あれば攻撃しようと、こちらに鋭い眼光を
向ける余力もあるようだ。ステータスを見るにアズグラッドはクラ
イヴと同等の実力者。接近戦も得意そうだし、この程度ならまあ耐
えるだろうな。問題は炎木だが⋮⋮
1047
バクリ。
ダハクとの競合い維持しつつ、クロトが一部竜形体を解除し更に
肥大化した大口を開けて炎木を食らう。熱くないかって? クロト
の耐久力はジェラールに次いだ高さを誇る。雑食のクロトにとって
は熱々の鍋を食べるのと一緒のことなので問題ないのです。バキバ
キと咀嚼し︵体内に力を加えているだけ︶、炎を鎮火された巨木は
一瞬で魔力を吸い取られ、消化されてしまった。
﹁ぬっ!? うおおっ!?﹂
ついでにこっそりとアズグラッドに触手を伸ばし、ダハクの方向
モータリティビーム
へとぶん投げてもらう。ブレス勝負に負ける寸前であったダハクは
クロトが超魔縮光束を止めたの見計らってアズグラッドをキャッチ。
さ、これで振り出しに戻ったな。
﹁それじゃあ、次の技を、次の策を見せてもらおうか﹂
﹁こ、こいつ⋮⋮﹂
﹁その油断、後悔すんじゃねーぞ!﹂
その台詞、さっきも聞いた気がするぞ。できるだけ爽やかな笑顔
でお願いしたつもりだったんだが、意味がなかったかな? まあ俺
らは全力でひとつひとつ潰していくだけだ。 ⋮⋮ん? 結局再戦
することになってるか、これ?
﹁っと、今度は毒か﹂
周囲に紫色の霧が立ち込める。地表を目をやると見たこともない
花が咲き誇っていた。あの花から蜜を垂れ流すように毒を出してい
1048
るようだ。しかし、これではアズグラッドも︱︱︱
﹁何か、急に空気が美味くなった気がするんだが﹂
﹁俺の背に浄化作用を持つ植物体を生やした。次は俺から降りるな
よ、死ぬぞ﹂
⋮⋮大丈夫そうだな。
ディバインドレス
﹁神聖天衣﹂
ボレアスデスサイズ
大風魔神鎌が解除された代償に授かるは聖なるオーラだ。バリエ
ーション豊富な能力の数々に楽しくなってきちゃったぞ。では、次
の試合に行きますか。
1049
第145話 漆黒竜ダハク︵後書き︶
総合評価もとうとう70000ptを超えました。
これからもよろしくお願いします。
1050
第146話 足止め終了
︱︱︱朱の大渓谷
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ クソっ⋮⋮!﹂
﹁信じらんねぇ、毒も何も効きやしねぇ⋮⋮!﹂
戦闘開始から10分ほどが経過した。あれからダハクが猛毒植物
や肉食植物を芽吹かせ、アズグラッドが所有する﹃焔槍ドラグーン﹄
︵鑑定眼で確認︶を制限解除したりと盛沢山な歓迎をしてくれた。
ディバインドレス
フライ
が、俺とクロトが悉くそれらを全力で踏み潰し、最早彼らは満身創
痍。途中、神聖天衣の影響で飛翔が解除されたので何度もかけ直し
たりもしたが、何とかなったな。力を使い過ぎたのかダハクは飛ぶ
のを止めて地上へと下り、アズグラッドは膝をついてしまっている。
しっかりと浄化用の植物を生やしている辺り、ダハクも結構マメで
ある。
﹃ケルにい、その辺毒が蔓延してて通れないよ∼! 僕は大丈夫だ
けどアレックスが嫌な顔してる!﹄
城塞への帰路に着く途中であったリオンから念話が送られてきた
ことだし、そろそろ頃合かな。エフィルからも戦闘終了の連絡がさ
っき入ってきたし、竜騎兵団の足止めも良い感じだ。よし、交渉に
入るとしようか。俺は地上へ、アズグラッドとダハクの前に降り立
つ。
﹁さ、MPも尽きてしまったようだし、そろそろ満足してくれたか
な? それとも、まだ何か手があるか?﹂
1051
﹁⋮⋮いや、もう何もねぇよ。降参だ﹂
ダハクが地べたに倒れこみ、降伏を宣言する。それと同時に周囲
の紫色の毒が消え去った。どうやら能力を解除したようだ。
﹁なっ! 黒竜、勝手に何を諦めていやがるんだ! 俺たちはまだ
︱︱︱﹂
﹃クロト﹄
一先ずクロトにアズグラッドを拘束してもらおう。伸ばされたク
ロトの触手はアズグラッドに巻きつき、体をアダマント鉱石に変化
させることで縄代わりとなる。今のアズグラッドの状態では避ける
ことは敵わない。
﹁くっ、この程度の拘束⋮⋮!﹂
﹁これ以上やったって結果は同じだ。もう能力も使えないし、お前
の槍も魔力切れだろうが。それに、黒ローブにその気があれば何時
でも俺らを殺すことができたはずだ。違うか?﹂
﹁どうだろうな﹂
﹁はぐらかすな。正直、ここまで力の差があるとは思わなかった。
ったく、本当に親父以来だぜ⋮⋮ だが目的が分からねぇ。俺らを
どうする気だ?﹂
実力差は認めてくれたようだな。ここで契約を念じる。
﹁⋮⋮そういうことか。おい、その職業で何て戦い方してんだよ。
どうかしてるぜ﹂
﹁賞賛の言葉として受け取っとくよ﹂
俺を召喚士だと知ったダハクは呆れ顔だ。竜だと言うのに器用に
1052
顔を作る奴である。しかし俺のような召喚士は珍しいのかね。やっ
ぱり基本は後衛職になるのか。いや、召喚士自体が激レアらしいか
らな。俺の知っている召喚士だってコレットやトリスタンくらいな
ものだし、比較対象が少な過ぎる。別に俺みたいな奴がいたってい
いじゃないか。
﹁⋮⋮⋮?﹂
ちなみにアズグラッドは何の話か分かっていない。当然だけどな。
﹁それで、返答は︱︱︱﹂
﹁むしろ俺からお願いする。頼む、俺を配下に加えてくれねぇか?﹂
意外にもダハクは自ら頭を下げてきた。同時に契約が成立。俺の
配下枠が埋まり、ダハクの名が刻まれる。
﹁黒竜!?﹂
﹁悪ぃなアズグラッド。お前の相棒にはなれねぇ。お前の男気と覚
悟は俺好みなんだが、それ以上の奴が現れちまった﹂
﹁⋮⋮どういうことだ?﹂
﹁お前の軍団がやってることと同じだよ。竜という種は気高いもん
だが、認めた相手には忠誠を尽くす。俺は全力で戦い、そして敗れ
た。そんな俺を兄貴は必要としてくれているんだ。応えるのが竜っ
てもんだろうが﹂
﹁それは、そうだが⋮⋮ 待て、そんなやり取りなかっただろ!﹂
アズグラッドは納得していないようだな。 ⋮⋮ん? 待て、今
俺を何て呼んだ?
﹁あ、毒が消えてる。ケルにいの方も終わったみたいだね﹂
1053
﹁ガゥ﹂
道の向こうからリオンとアレックスがやってきた。アレックスは
﹃這い寄るもの﹄のスキルで敵兵と竜達の捕縛に成功したようだ。
﹁何とかな。そいつら、全員麻痺させたのか?﹂
﹁うん! ほら、古竜もこの通りだよ!﹂
リオンらと戦った三つ首竜ムドファラクは力なく倒れ伏している。
他と同じように痺れさせたのか、どの首も意識がない。こいつとの
契約は後にするか。
﹁指示通りだな。よくやってくれた﹂
﹁えへへー﹂
俺の前でリオンが頭を突き出すのでいつものように撫でてやる。
実にご満悦である。リオンの笑顔の為にいつまでも撫でてやりたい
ところだが、まだアズグラッドの処遇を決めていない。
﹁ムドファラク⋮⋮﹂
﹁さて、将軍様よ。次にアンタの処遇を決めなきゃならないんだが、
降伏する気はあるかい? 大人しく投降するなら命までは取らない
と約束するけど?﹂
﹁俺たちは、まだ負けていない。今頃上に向かった部下達がパーズ
に向かっているだろうよ。部下が根性据えて踏ん張ってんだ。頭の
俺が降伏なんてできるかよ!﹂
大渓谷全体に届くほどの叫び。んー、このタイプの人間はこうな
ると頑固だからな。自分の身に何があろうと意思を貫くだろう。
1054
︱︱︱ちょうどその時、空からドサリと何かが落ちてきた。激し
く土煙が舞い、今にも消えてしまいそうな声が中から聞こえてくる。
﹁しょ、将軍⋮⋮﹂
﹁お前は、伝令の⋮⋮﹂
墜落してきたのはアズグラッドの部下であった。全身に刃物で斬
られたような傷がある。落下の直前に彼と竜に障壁を施して地面の
質を軟らかくしたから、落下による怪我はないと思うが。たぶん、
リオンのアレに触ったんだろうな。
﹁おい、上で何があった!?﹂
﹁そ、それが、渓谷の頂近くまで昇るまでは良かったのですが⋮⋮
その一歩手前に目に見えない何かが張巡らされて⋮⋮ 触れた瞬
間にこの様です⋮⋮ 先頭を切っていた者も、おそらく⋮⋮﹂
﹁⋮⋮傷口からして、剣撃によるものか。これもお前の仕業か?﹂
﹁まあ、俺ではないな﹂
頂付近に張巡らせたのはリオンの﹃斬撃痕﹄だ。このスキルはリ
ここ
オンの持つ武器による斬撃をその場に停滞させることを可能とする。
竜騎兵団が朱の大渓谷にやってくるまでの間、リオンは朝から晩ま
で頂の端から端まで斬撃を張り続けた。それこそ通る隙間がないほ
どに。そして停滞させた斬撃はリオンの能力や剣の性質までもを色
濃く残す。今回使用した剣は﹃黒剣アクラマ﹄と﹃劇剣リーサル﹄。
最硬度の斬撃と五感を奪う斬撃が折り重なって侵入者を迎撃する嫌
らしい配置だ。リオンの剣を正面から打ち破れる猛者でもない限り、
この斬撃の結界が破られることはない。
﹃メルフィーナ、セラ。頂に向かった敵はどうなった?﹄
﹃引き返して来たから捕縛したわよ。いえ、コントロールした、か
1055
しら?﹄
﹃コントロール?﹄
﹃こう、手のひらを少し切って敵の頭にペタペタと﹄
﹃⋮⋮敵全員に血を付けて回ったのか?﹄
﹃だって眠らせたり気絶させちゃうと落下していくし⋮⋮ あ、私
の心配をしてくれたのね! 大丈夫よ、自然治癒で何か勝手に治る
から!﹄
﹃そ、そうか﹄
﹃落下してしまった者も私が回収しましたのでご安心を﹄
﹃一人落ちてきたぞ﹄
﹃そちらの交渉に必要そうでしたので﹄
わざとかい。まあいい、これでアズグラッドも部隊が置かれてい
る立場を理解するだろう。それでも時間はかかりそうだし、一度城
塞に戻るとするかな。アズグラッドとその部下と竜をクロトに持ち
上げてもらい、魔力を吸収する。MPがなくなれば気絶、運送開始
だ。セラ達にも念話で城塞に帰還するように伝える。
﹁よし、城塞に戻って続きといこうか。戻れば別の古竜もいること
だし、一気に進めてしまおう﹂
﹁あのう、ケルヴィンの兄貴﹂
ダハクに呼び止められる。って、兄貴って何だよ、兄貴って。
﹁待て、俺はお前の兄になったつもりはないぞ﹂
﹁俺を配下に加えてくれたってことは、兄弟の盃を交わしたってこ
とじゃないですかい。当然のことでさぁ﹂
ヤクザですかい。君、キャラ変わってない?
1056
﹁ハァ、いいや好きに呼んでくれ。それでどうした?﹂
﹁2つ聞きたいんスが、まずこちらの幼気な少女は?﹂
﹁僕はケルにいの妹のリオンだよ。よろしくねっ﹂
リオンが先に答えてしまった。
﹁こ、これは失礼しやした。お初にお目にかかります。ダハクっつ
うもんです。リオン姐さん!﹂
﹁ね、姐さんはちょっと⋮⋮﹂
おお、リオンがたじろいだ。だが確かに姐さんはないな。
﹁では、リオンの姉御で﹂
﹁それもどうかな⋮⋮﹂
﹁呼び方の相談はまた後でな。それで、もう1つは何だ?﹂
﹁ああ、そうでした。俺も人型になった方が良いッスかね? 一応
できはするんスけど﹂
﹁⋮⋮変身した直後に裸ってことはないよな?﹂
﹁それは問題ないッス。竜に変身する前の服装が反映されるんで﹂
﹁ならいいか。見せてもらえるか?﹂
﹁うっす﹂
一瞬、ダハクから発せられる光。次にダハクへ視線を向けたとき、
既に巨大な黒竜はおらず、代わりに長身の男の姿があった。ジェラ
ールよりは低いようだが、それでも俺と頭一個分の差がある。白髪
のロン毛で褐色肌、顔立ちも凛々しいが強面で不良っぽい印象を受
ける。竜なので年齢はよく分からないが、人間として見れば二十歳
前後といったところか。服装はまあ、なぜか農作業に適したもので
ある。なぜ?
1057
﹁こんななりッスけど、どうッスかね?﹂
﹁⋮⋮コメントに困るな﹂
主に服装が。ルックスとのギャップが酷い。
﹁ま、まあまあ。取り合えず城塞に向かおうよ。他の皆にも紹介し
たいし﹂
﹁そうだな。行くか⋮⋮﹂
歩みを再開する俺たち。途中、ダハクが気を失ったアズグラッド
に対して、呟くようにこう言った。
﹁アズグラッド、悪かったな。でもよ、俺もお前に不満がなかった
訳でもねぇんだ。なんつーか、食事がよ⋮⋮﹂
何だ、食事が不味かったのか?
﹁肉ばかりなのはちょっとな⋮⋮ 俺は草食だ﹂
まさかのベジタリアン宣言。
1058
第147話 食材の声
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
今回の足止め作戦は大成功だったな。計画通りこの渓谷の狭間で
竜騎兵団を閉じ込め、全古竜及び敵将アズグラッド、そして敵兵達
を捕らえることができたのだ。しかもこちら側には怪我人の一人も
いない。これは大戦果と言えるだろう。
予想を大きく上回る人数をリオンやセラ達が生け捕りにしてきた
ことには驚いたが、城塞に移動させる手間はそれほどかからなかっ
た。リオンが魔法で麻痺させた者らは丸一日指一本動かすことがで
きない状態だったのだが、セラがコントロール下に置いた竜騎兵達
に運ばせることにしたのだ。
セラの﹃血染﹄は血に触れたものを支配下に置く能力。セラ曰く、
血の一滴でも相手の頭に触れさせることができれば、その対象の全
てを支配することができるそうだ。頭、要は脳を支配してるってこ
とだろうな。効果時間は付着した血液量や相手の精神力にも寄ると
ころがあるのだが、この程度の者であれば一滴で数時間はいけると
セラは豪語する。地上と空の敵部隊で生き残ったのは、おおよそ同
数だったからな。運ばせるのにはちょうどよい人数だ。
そんな訳で支配された敵兵達は城塞まで仲間を運び、クロト製拘
束具を互いに装着させ自ら地下に設けた牢に入っていく。奇妙と言
えば奇妙な光景かもしれない。兵達を収容している大部屋の牢に対
し、アズグラッドとロザリアの牢はそれぞれ個室。俺が時間をかけ
て錬った特別仕様だ。拘束されたあの状態では鉄格子の一本も傷付
1059
けられはしないだろう。
今のところロザリアは牢の中で大人しくしているが、アズグラッ
ドが意識を取り戻すまではまだ時間がかかる。MPは静養すること
で微少ながら自然回復していくから、まあ1時間以内には目を覚ま
すだろう。それまでは俺たちも戦闘での疲れを癒しておこうと城塞
の大広間で休憩中だ。誰もダメージ負ってないけどね。サバト達も
誘ったが、今は無性に鍛錬をしたいと修練場に行ってしまった。グ
インだけは泣きながらアッガスに引っ張られていたのだが、何かし
たのかな?
﹁ボガとムドファラクの契約がすんなり通ったのは助かったな。ダ
ハクと比べて早々に倒してしまったから、文句のひとつもあると思
ったんだけど﹂
最もこの2体は人化や言葉を話すまでにはまだ成長していないよ
うなので、今は俺の魔力内に滞在してもらっている。サイズがサイ
ズだから他の竜のように建物に入らないのだ。パーズに戻ったら散
歩か何かを考えてやらないと。
﹁あいつらは最近古竜に進化したばかりッスからね。強くなったば
かりに騎乗する兵が扱い切れてなかったのもあって、不満があった
んじゃないッスか? そこに自分らの実力を遥かに凌駕するリオン
お嬢とジェラールの旦那が登場、そりゃ腹を見せての降伏しかない
ッスよ。俺は納得するまで根性見せるけどよ﹂
﹁お陰でお前の手の内もすっかり晒されてしまったけどな﹂
﹁うぐっ⋮⋮﹂
最初に出会った竜形態のときは寡黙でクールな性格かと勘違いし
ていたダハクだが、早くもうちのパーティに馴染んでいる。言動は
1060
ぶっきら棒で振る舞いは粗暴なのだが、根っこの部分は暖かいと言
うか。戦闘中に毒を振り撒くなどしていたが、結局最後までアズグ
ラッドを気遣っていたしな。反抗期で親に反発してこうなった、み
たいな? いや、いくらなんでもそれはないか。
﹁そもそも、俺の能力は豊かな土壌がある場所で真価を発揮するん
すよ。こんな荒れ果てた乾いた大地じゃ、力も劣化するってもんだ﹂
﹁へー、つまりダハクは場所を厳選しないと全力が出せないのね!
不便ね!﹂
﹁ぐふっ⋮⋮﹂
そして案外言い合いに弱い。セラは純粋に思ったことを喋ってい
るだけなのだが。
﹁ま、まあ、あいつらに関しちゃ飯の要因もでかいでしょうね。エ
フィル姐さんが作った飯を食った瞬間に目の色が変わりましたもん﹂
﹁そうでしょうか? 簡単に炒め物を調理しただけなのですが⋮⋮﹂
エフィルが軽い食事を配膳台車に乗せてやってきた。いやいやエ
フィル、あれは普通に餌付けだよ。食った後、主人である俺よりも
エフィルに対して尊敬の眼差しを向けていたもの。
﹁美味いものは皆好きってことさ。ええと、ダハクの食事は︱︱︱﹂
﹁生野菜だったよね、ハクちゃん?﹂
﹁その通りッ、お嬢は分かってんな∼!﹂
そうそう、肉は全然駄目で野菜しか食べれないんだった。トライ
センの竜騎兵団にいた頃は自分の能力で何とかしていたらしいが、
それも首輪の封印で必要最低限の質と量しか確保できなかったと苦
々しくダハクは話す。抗議の声を上げようにも首輪のせいで話すこ
1061
とができず、アズグラッドは肉を食えの一点張り。ダハク、お前も
苦労したんだな。
﹁野菜類のみ、それも調味料なしのものしか口になさらないと言う
ことでしたので、野菜をスティック状にカットしただけのものです。
料理、とは呼べませんがお口に合えば幸いです﹂
エフィルがグラスに入れられた野菜スティックをテーブルに置く。
大根、人参、赤ピーマンなどの定番野菜が色彩を鮮やかに彩ってい
た。
﹁気遣ってもらってすんません。俺にとっちゃご馳走なんで何も問
題ないッス。あぐっ﹂
そう言うとダハクはパキリと人参のスティックを口に運ぶ。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁ダハク?﹂
﹁な、何てみずみずしさなんだ⋮⋮! んぐっ! こりゃあ、俺が
丹精込めて作った野菜達並、いや、それ以上か⋮⋮!? ばくっ!
俺の舌が、胃が喜んでいやがるっ!﹂
おい、食いながら解説を交えて語り出したぞ。スティックが物凄
い勢いでダハクの口の中に消えていく。
﹁エ、エフィル姐さん! この野菜達をどこでっ!?﹂
﹁パーズの行き着けの八百屋さんで購入したものですが⋮⋮﹂
うん。どこにでもある普通の野菜のはずだ。クロトの保管に入れ
て鮮度は保っていたが、それほど高級品という訳でもない。
1062
﹁このレベルの野菜が一般的に売られているだとっ!? ⋮⋮兄貴、
俺パーズに永住しますわ﹂
﹁落ち着け﹂
頬に野菜の欠片を付けたダハクが真顔でそう言ってきた。これま
で押さえ付けられていた食欲がダハクを惑わさせているのか。
﹁それは私が説明しましょう﹂
あ、貴方は食の第一人者のメルフィーナ先生!
﹁研ぎ澄まされたエフィルの調理技術は神域に踏み込もうとしてい
ます。その技巧は包丁でカットしただけ、ただそれだけの行為が食
材に息吹を与え、最大限まで旨み・鮮度を高める⋮⋮ そう、言う
なれば今のエフィルは食材に宿る精霊の声をも聞き取ることができ
るのです!﹂
﹁そ、そうなの!? エフィルねえ凄いや!﹂
﹁いえ、聞こえませんけど﹂
﹁⋮⋮おい﹂
﹁女神ジョークです﹂
話がそれっぽいから半分信じてしまったではないか。だが冗談抜
きに、今のエフィルならその程度のことならやってそうな感じはあ
る。過程はどうあれ、結果的に食材のランクは明らかに高まってい
るのだ。包丁で切っただけで旨みが上がるって、最早調理技術云々
の話なのか疑問ではあるが。
﹁いやぁ、でもボガとムドファラクの気持ちが分かりましたわ。こ
れは竜のプライドとかそんなの抜きに骨抜きにされちまう。あ、も
1063
う一皿いいッスか?﹂
︱︱︱コンコン。
ダハクの要望を受けエフィルが席を立とうとすると、広間の扉か
らノック音が聞こえた。扉から出てきたのはジェラールであった。
﹁失礼する。王よ、あの男が目覚めたぞ。ゴーレムに見張らせては
おるが、直ぐに向かうか?﹂
﹁結構早かったな。それじゃ、交渉に行くとするか。メル、頼んで
いたものはできてるか?﹂
﹁ええ、どうぞ﹂
メルフィーナが首輪を俺に差し出す。首輪に描かれた古代文字が
うっすらと、ほのかに輝いていた。
1064
第148話 交渉
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
城塞の地下に創造した牢獄からは物音ひとつしない。牢の中には
リオンの電撃によって動くことができない者、﹃血染﹄の効力でセ
ラの支配下にある者しかいないから、まあ当然か。見張りのゴーレ
ムも俺たちに頭を下げるくらいで後は全く動かないし。生産ペース
重視で生成したから基本動作がちょっと単純になってしまってるか
な。操られた兵と竜は虚ろな表情で俯きながらでその場で座り込ん
でいる。なんだろうな、少し悪役チックなことをしているような⋮
⋮ 感傷的な気分になってしまう。
﹁セラ、能力の効力は後どれくらい持つ?﹂
﹁んー⋮⋮ 2時間、いえ3時間はいけるわね!﹂
今更ながら凶悪なスキルだよな⋮⋮ 接近戦でも十分に応用でき
る分、敵に回したらクライヴの﹃魅了眼﹄よりもたちが悪い。スキ
ルを使わなくとも、セラが進化してからは訓練試合で俺は連戦連敗
を喫している。そろそろ敗北数が二桁に届きそうなほどだ。過去の
魔王がどの程度の強さなのかは知らないが、マジで今のセラは魔王
として君臨できる実力なのではないだろうか。そうだな、コレット
の結界をマスターしたら思う存分、何でもありの全力で手合わせ願
おう。うん、そうしよう。
ヒュプノーシス
﹁あの男も支配すればいいの? 情報を引き出すのなら儚い夢より
確実よ?﹂
﹁それは最後の手段だな﹂
1065
さて、唯一意識のあるアズグラッドとロザリアは最奥の特別房に
捕らえてある。城塞と同様の頑強さを誇る重い扉を開ければ、中に
見えるは3つの牢と簡素な椅子。椅子はつい先程まで見張り役のジ
ェラールが座っていたものだ。もちろんゴーレムも数機控えている
が、それだけではこの面子相手には不安だったからな。パーティで
交代交代に見張ろうと順番決めのじゃんけんをし、最初に敗北した
のがジェラールだった。エフィルは料理番の為例外である。
牢の中を見ると、アズグラッドがあぐらをかいた体勢でこちらを
見詰めていた。瞳にはまだ諦めの色は見えず、闘志を今だ燃やして
いるようにも見受けられた。言葉を発する様子はない。金属化した
クロトの拘束で口を塞いでいるからなんだけどね。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁クロト、口の拘束を解除していいぞ﹂
俺の命令通りクロトはアズグラッドの口を拘束した金属化を解除
する。ズルズルと液状化されたクロトの体にアズグラッドは幾分か
不快そうであった。
﹁⋮⋮なぜ、俺を生かす? さっさと殺しやがれ﹂
﹁そんなに敵意むき出しになるなよ。俺らはお前と交渉しに来たん
だからさ﹂
﹁交渉、だと?﹂
﹁本題はそうだが、まずは世間話でもしようか。クライヴ君は元気
にやってるか?﹂
﹁ふざけるな! クライヴはてめぇが殺したんじゃねぇか!﹂
アズグラッドは激昂する。屑だのカスだのと言ってはいたが、あ
1066
る程度の信頼はしていたのかもしれない。だけど、それじゃあおか
しいんだよな。
﹁殺してないぞ。俺の手落ちで逃げられた﹂
﹁⋮⋮ああ?﹂
﹁後少しってところまでは追詰めたんだけどさ。トリスタンって奴
に邪魔されたんだ。確か、混成魔獣団の将軍だったか?﹂
﹁嘘を付け。トリスタンはお前がクライヴを返り討ちにしたと言っ
ていたぞ。お前がクライヴを殺したんだろうが﹂
⋮⋮結構、素直に話してくれるのね。これは上手く説得できるか
もしれない。
﹁クライヴ君は俺の女に手を出そうとしたからな。そうであれば俺
としてもスッキリする展開なんだけど、実際は足をぶった斬ったと
ころでトリスタンの配下モンスターの力、そしてトリスタンの召喚
術との合わせ技に逃げられたよ﹂
まあ何となくネタは割れているから、その辺の対策は今回はでき
た。あの召喚術はここでは使えない。
﹁だからさ、王子にはクライヴ君の居場所を教えて欲しかったんだ。
だけど一緒に帰還したはずのトリスタンはクライヴ君は死んだと明
言している。そうだな?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁肯定したと取るぞ﹂
背後でダハクが﹁兄貴の女って誰ッスか?﹂とボソボソと小声で
エフィルに聞いているのが聞こえた。止めて、エフィルが赤くなっ
てるでしょ。それに今とってもシリアスなの。
1067
﹁クライヴ君の足からの出血は酷かったからな。途中で力尽きてし
まった可能性もある。だが、そうだとしても仮にも部隊の将軍なん
だろ? 死体くらいは持ち帰ったんじゃないか?﹂
﹁⋮⋮死体はなかった。ただ、お前が殺したって報告だけだ﹂
﹁なら証拠はないな。であれば、クライヴ君は、もしくはその死体
はどこに行ったんだろうな?﹂
﹁待ってください。アズグラッド、そこの彼が言っていることもま
た、証拠はありません﹂
アズグラッドの向かいの牢からの声。おっと、ロザリアも拘束を
解いたんだったな。ロザリアは古竜であるが、大きさは成竜とそう
変わらなかったのでギリギリ特別房に入れることができた。
﹁トリスタン将軍が駆けつけた際、クライヴは既に彼に殺されてい
た。それを見届けて彼と接触しないように戻ってきたという話でも
筋は通ります。単に罪をトリスタン将軍に着せるつもりかもしれま
せん﹂
これで納得してもらうつもりはなかったが、アズグラッドよりも
ロザリアの方が頭がきれるようだ。
﹁普通そう考えるよな。騙されなかったか﹂
﹁お前っ︱︱︱﹂
﹁なら、魔法騎士団の兵士達の魅了は解除されたんだな?﹂
﹁﹁⋮⋮⋮!﹂﹂
ロザリアの表情からはよく分からないが、アズグラッドは目を見
開いている。やはり解除されていないか。クライヴ君の性格からし
て、騎士団の女性全てに魅了眼を使っているだろうと考えていた。
1068
スキルの使用者が死ねば、その能力は解除される。これはこの世界
全てに共通することだ。つまり、クライヴ君は生きている。トライ
センの将軍も知らぬどこかで。
﹁次の話に移ろうか。今の反応を見る限り、君らは術者が死ねばそ
の効力がなくなることを知っている。だと言うのに、何で今までそ
んな簡単なことに気が付かなかった?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
一度話を整理しよう。まず、クライヴの洗脳が解除されていない
ことにアズグラッド達が疑問に思わなかった点。これは彼らも似た
ような能力の力によって操られていた可能性がある。ただ、彼らに
は各々しっかりとした自我がある。クライヴの魅了のような支配で
はなく、無意識のうちにある一定の事柄を妨げるような力。そんな
印象か。
更に聞くに、彼らは魔王の存在や他国に攻め込む行為についても
何の疑問も抱いていなかった。急激な軍備の増強をしていたとは言
え、大国である他三国と冒険者ギルドへの同時宣戦布告。俺と同じ
S級冒険者である獣王が治めるガウン、水竜王が守護するトラージ、
メルフィーナの加護を受けるデラミス。いずれも強国、無謀もいい
ところだ。洗脳の解除の件と同様、問いただすことで彼らは初めて
不審に思う。これも先程の力によるものか。アズグラッドに関して
はただ強い者を求めていただけ、って気もするけどな。どちらにせ
よ、対クライヴ君用にメルフィーナが製作した指輪の耐性が役に立
ちそうではあるな。
1069
術者と思われる者で怪しい奴筆頭と言えばトリスタンだろう。ク
ライヴの行方を暗まし、代行とは言え魔法騎士団の後釜に着任して
いる。背後では謎の商人との関わりもあるそうだ。ちなみにダハク
の首輪はトリスタン経由でこの商人から仕入れたものらしい。この
商人も何者だよって話だ。うーむ、クライヴを推薦したのもトリス
タンだと言うし、こいつ真っ黒じゃないか。トライセン王じゃなく
て、こっちが魔王なのではないのか? しかし、魔王である証であ
る﹃天魔波旬﹄のスキルはなかったしなぁ。
次点で王であるゼル・トライセンか。前々から魔王疑惑が上がっ
ていたが、先述の通りトリスタンに操られていた可能性もあるから
な。それでもゼルはゼルで怪しい点がいくつもある。エルフの里で
情報を吸い上げたときに知ったことだが、以前と比べ性格や嗜好が
変化し、時折異様なプレッシャーを放つことがあると言うのだ。や
はりゼルも怪しい。
﹁俺らが、操られていた⋮⋮?﹂
目に見えてアズグラッドは動揺している。そろそろ、かな。
﹁で、これからどうしたい?﹂
﹁どうって⋮⋮ 私達は捕虜です﹂
﹁どうしたい、ねえ。強いて言えば俺らを、トライセンを嵌めた奴
を叩きのめしてぇが⋮⋮﹂
﹁アズグラッド⋮⋮﹂
﹁一応、俺もS級冒険者だからな。三国同盟とギルドから相応の現
場権限は持たされているんだ。その気になれば制限付きではあるが
俺の下に監視の名目で置くこともできる。古竜なんて並大抵なとこ
ろじゃ手に余るしな。でなければ、通常通り引渡して終わりだ。そ
1070
れから先は知らん﹂
俺は懐から首輪を取り出し、王子らの前にチラつかせた。
1071
第149話 首輪
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
﹁その首輪は⋮⋮ 俺が燃やしたはずだぞ!﹂
取り出した首輪にアズグラッドが反応する。どうやらダハクが装
備していたものと勘違いしているようだ。確かに見た目は酷似して
いるが、この首輪の機能は全くの別物である。
﹁違う違う。こいつはエルフの里で巨人から押収したもんだ﹂
最も、王子が持っていたものもトリスタンからの貰い物らしいけ
どな。
ギガントロード
﹁エルフの里? ⋮⋮混成魔獣団の巨人の王か!﹂
﹁そうだとしても、首輪の機能は変わらないのでは⋮⋮ まさか監
視下に置く代わりの制限と言うのは、その首輪を付けることだと?﹂
﹁大方その通りだが、首輪の機能部分はちょいと弄らせてもらった。
メル、説明してやってくれ﹂
﹁はい﹂
一歩前に進み出たメルフィーナに首輪を手渡す。
﹁⋮⋮その女もやべぇな。力の底が読めねぇ﹂
メルフィーナから何かを感じ取ったのだろうか。アズグラッドの
勇ましい顔付が険しくなる。
1072
﹁失礼な、乙女の秘密を勝手に詮索しないでください!﹂
﹁メル、解説解説﹂
﹁ああ、そうでした。コホン⋮⋮ この首輪、大元は奴隷に身に付
けさせる﹃従属の首輪﹄ですね。装備させた瞬間に効力を発揮でき
るよう出力を上げ、S級モンスターまでも従属化できるように魔改
造されています。初めて目にしたときは感服致しました。これほど
の品を作成する技量を磨くのにどれ程の年月を費やしたのか︱︱︱﹂
メルフィーナが称賛するこの首輪、装着さえさせてしまえば装備
者からは外すことができず、破壊するような行動も抑制されてしま
ギガントロード
う。どのような相手でも問答無用で支配下に置いてしまう効力も破
格のもの。その数は全部で3つ。混成魔獣団の巨人の王の首輪、ア
ズグラッドが持っていたダハクの首輪、そしてトリスタン配下であ
る異形のモンスターの首輪だ。
﹁︱︱︱装備者は言葉を話すことができなくなり、能力も弱体化し
てしまいます。そして強制的に取り付けた者の支配下に置かれる。
これがこの首輪の効果でした﹂
﹁⋮⋮でした?﹂
﹁ええ。これでは何かと不便でしたので、私の﹃装飾細工﹄と﹃錬
金術﹄で一部効果を書き換えさせて頂きました。装備者は普通に話
すことができますし、能力に制限がかけられるようなことも一切あ
りません。生活する分には煩わしく思うこともないでしょう。その
代わり、私たちや同盟国への攻撃、裏切りを働くような行為は禁止
されます。このあたりは﹃従属の首輪﹄の仕組みと同じようなもの
だとお考えください﹂
本当はダハクの首輪も頂戴したかったんだが。まあ燃やしてしま
ったものは仕方がない。
1073
﹁俺の監視下に入ればある程度の自由は許してやるし、危害も絶対
に加えない。洗脳を施した黒幕をぶっ飛ばす協力をすることも約束
しよう。何なら鍛錬の相手もしてやる。俺より強い奴だってここに
はいるぞ?﹂
﹁なにっ⋮⋮ いや、何でもない﹂
面白いくらい反応してくれるな、王子。
﹁だが残念ながら同盟とトライセンは戦火の最中、敵国の君らをそ
う簡単に信用することはできない。 ⋮⋮分かるよな?﹂
﹁代償がこれ、か⋮⋮ 確かにこいつなら反抗なんてできねぇだろ
うよ。だが、なぜそこまでする? 仮にも俺は王子だぜ。そんなま
どろっこしいことをしなくとも、利用手段は他にいくらでもあるだ
ろうが﹂
情報を引き出すだけであれば、セラの手で簡単に事は済むだろう。
しかし、それでは目的は達成されない。
﹁最初に言っただろ。俺は交渉しに来たんだ。この首輪はあくまで
王子を抑止する為のもの。俺の本命はこっちだよ﹂
俺はその本命に視線を向けた。
﹁私、ですか?﹂
﹁てめぇ、ロザリアをどうする気だ!?﹂
﹁そうよケルヴィン、私というものがありながら! 本命ってそっ
ちの気もあったの!?﹂
アズグラッドの反応は予測できたが、セラにまで非難されてしま
1074
った。そっちでどっちですか。
﹁なるほど。セラ姐さんが兄貴の女か﹂
﹁あ、あのっ、私も⋮⋮﹂
おずおずと手を上げるエフィルが可愛い。後ろのダハクはもう気
にしない方向で。
﹁落ち着け。たぶんお前らが思ってるのと意味合いが違う。この首
輪はひとつしかないんだ。必然的に片方しか装備できない。となれ
ば俺の監視下に置けるのも、黒幕を倒す協力をするのもこのままで
は一人だけ。この意味、分かるか?﹂
﹁どちらかは同盟国に引き渡される、と?﹂
﹁この場合、引き渡すのはロザリアだ。生憎、首輪のサイズを人間
のものに仕立て直してしまったからな。竜の首には装備できない。
だがロザリアも連れて行く方法はある﹂
契約の念をロザリアに送る。届いたであろうメッセージを読み解
いたロザリアは、瞳を閉じ静かに口を開いた。
﹁⋮⋮配下の契約、ですか。貴方は召喚士だったのですね﹂
﹁召喚士だと?﹂
﹁そう、俺は召喚士だ。トリスタンと同じくな。俺の配下に加わる
のなら危害が及ぶ心配もない。俺には心強い仲間が増え、君らはト
ライセンを操る黒幕を潰せる可能性が生まれる。双方に利益のある
良い話だろ? 古竜組のボガとムドファラクは既にこちらに下った。
・・・・・
知っての通り、このダハクもな﹂
﹁この戦争が終わり次第、王子の首輪は解除致します。場合によっ
ては将として、また一国の王子としての責を負われる可能性もあり
ますが、洗脳されていたことを踏まえ最大限の計らいも致しましょ
1075
う。如何でしょうか?﹂
首輪を軽く翳し、メルフィーナがアズグラッドに問う。そこには
何も疑心暗鬼になる余地などないのだと、人々を安心させるような
聖女の笑顔を浮かべながら。
﹁⋮⋮お前と契約したロザリアはどうなる?﹂
﹁契約の解除はしない。ロザリアは俺の配下のままだ﹂
俺の言葉の後、アズグラッドは深く溜息を吐いた。そして、勢い
良く顔を上げる。
﹁考えるまでもねぇな。仲間は売れねぇ。人型になったロザリアに
首輪をはめてやってくれ。それなら首輪のサイズも問題ないだろ。
俺が同盟に引き渡されて問題解決だ﹂
﹁アズグラッド、何を言っているのです!?﹂
﹁どうせ生き残った部下達も一緒なんだ。部隊の指揮官がいなきゃ
あいつらも不安だろうさ。ロザリア、お前はケルヴィンと共に裏切
り者を討て﹂
﹁貴方の身がどうなるか分からないのですよ!? 私が彼と契約す
れば良い話です!﹂
﹁馬鹿が! それなら俺がケルヴィンと契約すらぁ! お前は絶対
に契約するな!﹂
アズグラッドとロザリアの言い争いが始まった。どちらも譲る気
配はない。そして俺も王子と契約する気は流石にない。王族を配下
にしたら後々面倒この上ないぞ。
俺が頭でそんなことを考えていると、二人の牢から死角の位置に
あるもうひとつの牢から声が響いた。
1076
﹁あ、あのう! 私が将軍たちの代わりになります! 二人をここ
に置いて頂けないでしょうか!?﹂
﹁この声、フーバーか?﹂
この特別房に残った最後の牢にはエフィルと戦った副官フーバー・
ロックウェイを捕らえている。アズグラッド達と同じように拘束し
・・
ていたのだが、途中で口の拘束を解くようにクロトに念話を送って
いたのだ。彼女も期待通りの行動を取ってくれたな。
﹁はいっ、フーバーです! 負けた上に勝手なことをしてしまい、
申し訳ありません! 将軍!﹂
﹁そんなことはどうでもいいっ! 何てことを言いやがんんっ︱︱
︱﹂
今度はクロトにアズグラッドの口を再度塞いでもらう。
﹁んーんー!︵これをどかせっ!︶﹂
﹁副官さん、悪いけどこの二人と君とでは釣り合わないな﹂
﹁お願いします! 私にできることなら何でもしますから!﹂
﹁ほう﹂
フーバーを捕らえる牢の前に踏み出る。
﹁ならその男装した姿じゃなく、俺を喜ばせるような姿で部屋にで
も来てくれるのか?﹂
﹁そ、それでお許し頂けるのならっ﹂
﹁んんっ、んんん?︵男装? 喜ばせる姿?︶﹂
﹁フーバー! 止しなさい!﹂
1077
ロザリアが叫ぶ中、フーバーの瞳をじっと見る。ショートカット
の髪型、そして中性的な面体で男性用の身形をしてる為、一見分か
り辛いが彼女は女の子だ。ステータスにもしっかり女と記されてい
る。涙目になってはいるが、決して視線を逸らそうとはしない。覚
悟は本物のようだ。
﹁おっけー! 合格っ!﹂
﹁⋮⋮は、はい?﹂
﹁クロト、拘束を全部解除していいぞ﹂
クロトによる拘束が解かれ、3人は体の自由を取り戻す。クロト
の分身体自体はそのまま各々の肩に留まっている。
﹁⋮⋮どういうことだ?﹂
﹁試すようなことをして悪いな。ま、信用に値するか確認する為だ
ったんだ。許してくれ﹂
3人にこの茶番の申し開きをする。要するに、これは交渉という
よりはアズグラッド達が信用できるかテストしていたのだ。アズグ
ラッドがロザリアを俺に売った時点でアウトだったのだが、戦闘狂
の甘い誘いをきっぱりと振り切り、その事態を無事に回避してくれ
た。ロザリアと副官のフーバーも合格である。これまでのトライセ
ンの連中とは異なり仲間意識も大切にしているようだし、彼らは信
用できると俺は判断した。
しかし予めこれから話すことは演技だと意思疎通を回していて正
解だったな。台詞が悪役そのものだったし、下手をすれば完全武装
のセラの拳が飛んできていた。そうなれば間違いなく一撃KOだ。
﹁私たちを試していたのですか。何と大胆不敵な⋮⋮﹂
1078
﹁で、ですが、これで私たちはここに置いてもらえるんですよね?﹂
﹁名目上、制限はかけさせてもらうけどな。王子には話した通りこ
の首輪はしてもらうから﹂
それにプラスしてクロトの監視付だ。意思疎通を一方通行で施し、
常に状態をチェックできる態勢を敷いておく。これくらいは必要だ
ろう。
﹁え? でも首輪はひとつしかないのでは?﹂
首輪はな。
﹁エフィル、例のものを﹂
﹁承知致しました﹂
エフィルがクロトから取り出したもの。それは︱︱︱
﹁首輪の特性をトレースしたメイド服です﹂
1079
第150話 援軍
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
場所を移動し、エフィルによって寸法を合わせたメイド服を纏う
ロザリアとフーバー。大広間にてお披露目である。
﹁おお、二人とも似合っているじゃないか﹂
﹁馬子にも衣装とはよく言ったもんだぜ! ククク!﹂
﹁ダハクは黙っていてください。うう、なぜメイド服なのでしょう
か⋮⋮﹂
人型に変身したロザリアの姿はダハクとは対照的な黒髪に透き通
った白肌、外見上の年齢はうちのエリィと同じくらいだろうか。凄
まじく綺麗なお姉さん、といった印象だ。メイド姿なのになぜか貫
禄がある。ロザリア曰く、アズグラッド以外にこの姿を見せたこと
はないらしい。
﹁あ、足がスースーしますね﹂
男装を止めメイド姿になったフーバーは年相応の可愛らしい女の
子になった。竜騎兵団で鍛えているだけあって、引き締まった健康
な足をスカートから覗かせている⋮⋮ 何でフーバーのメイド服だ
けミニスカートなんだ? エフィル含め他の者は皆ロングスカート
で正統派メイド服なのに。嬉しいサプライズだが、予め言っておく。
俺はそんな注文してないぞ。
﹃ご主人様の知識を基に、彼女に最も似合うメイド服を作成致しま
1080
した。自信作です﹄
エフィルさんが頑張った結果だった。グッジョブ。
﹁あのう、本当に何でメイド服なんですか?﹂
俺の趣味で、ゲフンゲフン。これにはちゃんと理由があるんだ。
説明してやろうではないか。
﹁メイド服についてだが、周りの目を惑わす一環だ。ロザリアは人
型の姿をこれまでアズグラッドにしか見せたことがなかったし、フ
ーバーも普段から男装姿だった。こんなメイドが竜騎兵団関係者だ
とは誰も思わないだろ? 足止め、もう包囲戦でいいか。それも終
わったことだし、俺たちは一度パーズに帰る。次に戦いになるまで
二人は俺の屋敷で働いてもらうからな﹂
﹁流石はあなた様。聊か言い訳がましいですが、理に適ってます﹂
ふふん、だろう? 棘のある言い方だが、その程度では俺の心は
折れないぞ。
﹁もう決定事項なのですね。いえ、抗う気はありませんが﹂
﹁でも、私たちはメイドの仕事なんてしたことが⋮⋮﹂
﹁問題ありません。一週間で一人前のメイドにしてみせます﹂
﹁ええっ!?﹂
パーフェクトメイドのエフィルにかかれば十分に可能だ。屋敷で
働き始める前まで料理をしたことがなかったリュカでさえ、一端に
まで成長したのだ。二人が超絶料理下手でもない限りはやり遂げて
くれるだろう。
1081
﹁それでもシュトラの目を誤魔化せるかは微妙なところだがな。お
い、それよりも聞きたいんだが⋮⋮﹂
﹁ああ、悪いなアズグラッド。流石に男用のメイド服はないんだ。
ってか見たくない﹂
これ以上プリティアのような筋肉モリモリのオカマを増やしてた
まるものか。俺やジェラールの精神が削られてしまう。
これ
﹁違ぇよ! 俺は首輪で十分だ!﹂
﹁そうか。ふう、なら安心だな⋮⋮﹂
﹁お前、何に怯えてんだよ。それよりも部下達は本当に大丈夫なん
だろうな?﹂
﹁それこそ安心してくれていい。トライセンではどうなのか知らん
が、今回の送り先は東大陸4国を跨る唯一の自治領、パーズだ。荒
々しく扱うようなことはしないと約束するよ﹂
これも予めギルド長のリオとは打ち合わせ済みだ。捕虜の扱いに
ついては同盟間で取り決めがあり、捕らえた国で保護することにな
っている。捕虜の扱いまで他国に干渉してしまえば同盟間に亀裂を
生む原因となるからかね。その際は情報を吐かせる為の責問や拷問
は禁止されておらず、各国の判断に任せる形となっている。各国に
支部を持つ冒険者ギルドが中心となって動くのが今のパーズだ。方
向性としては、できる限り禍根を残したくない。よってパーズで保
護する捕虜に対しては荒々しく扱うことを禁じている。
﹁ハア、まあ俺もお前の言葉を信じるしかねぇか⋮⋮ んで、パー
ズに向かうのはいいが、この城塞はどうするんだ? またトライセ
ンから新たな部隊が派遣されるかもしれないぜ﹂
﹁城塞とゴーレムは自立しているからな。このまま残していく。S
級モンスターの1体や2体くらいなら自力で何とかするだろ。それ
1082
にパーズには今頃デラミスからの援軍が来ているはずだ。将来的に
はその援軍にここの護りを固めてもらう﹂
それからの行動は戦況次第かな。確かトラージにはトリスタンの
﹃魔法騎士団﹄が、ガウンには老将率いる﹃鉄鋼騎士団﹄が向かっ
ているんだったな。何か仕掛けてきそうなのは断然トリスタンなの
だが、まずは現状把握からだ。
﹁﹃鉄鋼騎士団﹄の将軍についてはよく知らないんだが、役に立ち
そうな情報はあるか?﹂
﹁⋮⋮お前、マジで言っているのか? あのダン・ダルバだぞ﹂
え、そんなに有名なのか?
﹁俺の師匠でもあるんだけどよ、衰えたとは言え素の力ではダンの
爺さんがトライセン最強だ。ガウンに獣王あればトライセンにダン・
ダルバありと良く言ったもんよ。デラミス神聖騎士団団長のクリフ
も良い線いってんだが、あと一歩ってとこだな。トラージは何と言
ってもあの竜王が守護する国だからな。あそこは規格外っつか、い
つか手合わせ願いたいんだが︱︱︱﹂
急にアズグラッドが饒舌になってしまった。しかし各国の強者リ
ストを教えてくれるのは嬉しいことだ。メモメモ。
﹁なるほどな。﹃鉄鋼騎士団﹄の将軍も油断ならない相手ってこと
か﹂
﹁まあ黒幕と通じていることはないと思うぜ。ダンの爺さんに不審
なところはなかったからな。息子のジンは最近少しばかり挙動不審
だったけどよ﹂
﹁息子も同じ部隊にいるのか?﹂
1083
﹁ああ、副官を務めている。実力はまあ、フーバーとどっこいどっ
こいだな。強くもないが弱くもない﹂
フーバーに視線を向けてやると、ロザリアと一緒になって早速エ
フィルに挨拶の指導をされていた。フーバーと同じくらいとなると、
レベル70オーバーってとこか。ステータスの伸びは個人差がある
から多少前後はすると思うが。一応、覚えておくとしよう。
次に暗部の将軍、そしてアズグラッドの妹であるシュトラについ
ても尋ねたが、アズグラッドは言葉を濁した。シュトラは普段から
行動が読めない為、アズグラッドでは怪しいのか判断できないと言
う。シュトラについては保留かな。しかし、あのタブラと同じ母親
から生まれたのか。 ⋮⋮本当に優秀なのだろうか?
﹁そろそろ出発の準備をするか。エフィル、忙しいとこ済まないが
サバト達を修練場から呼んできてくれ﹂
﹁承知致しました。お二人とも、今こそ練習の成果を見せるときで
すよ﹂
﹁もう実践ですか!?﹂
﹁もう実戦です。さ、お客様を待たせてしまってはメイド失格です
よ﹂
﹁⋮⋮んっ?﹂
﹁⋮⋮うっ﹂
セラとメルフィーナがパーズ側の道の方向へ顔を向けた。一瞬、
メルフィーナが少し嫌そうな顔をしていたような⋮⋮
﹁セラねえとメルねえ、どうしたの?﹂
﹁パーズの方から渓谷の道に入ってきた集団がいるわね。数は︱︱
︱ 28。油断してたから察知が遅れたわ﹂
1084
﹁⋮⋮ええ、私も感じ取りました。これはデラミスの援軍ですね﹂
﹁もう到着したのか? やけに早いな。転移門を使ったか﹂
スキルイーター
人数からして少数精鋭で来たのだろうか。帝国側の護りは大丈夫
なのか? 確認の為、城塞の最上階に移動。悪食の篭手にエフィル
の﹃千里眼﹄を宿し、遠くを見渡す。
﹁あれは⋮⋮ ペガサス?﹂
﹁綺麗な白馬ですね﹂
ドラゴンと来て次はペガサスか。近頃、伝承上の生物を目にする
機会が多いな。
﹁それよりもご主人様、あの先頭を駆けるペガサスに乗っているの
は⋮⋮﹂
﹁ああ、コレットだな﹂
最前線にデラミスの巫女さんがやってきた。
1085
第151話 信仰心
︱︱︱朱の大峡谷
会合を終えたコレットは転移門で本国である神皇国デラミスへと
戻り、各地へと散った戦力の召集を行った。召集とは言ってもコレ
ットの配下を引き戻すだけのことであり、召喚を解除することでた
だちに準備は完了する。同時に、パーズ冒険者ギルドのリオに状況
を確認。変化があり次第、最新の情報を送るようにと要請し、常に
パーズ周辺環境に目を凝らすことも怠らなかった。
次は最高指導者である教皇の許可申請だ。トライセンの軍勢が特
に護りの薄い静謐街パーズにも迫っているのは周知の事実であった
為、コレットとは別に騎士団による部隊がパーズへと既に出発して
いる。だが相手は機動力に長け、トライセン最大攻撃力と噂される
竜騎兵団全軍だ。行き着いた時には焼け野原になっているだろう。
そうなれば戦線はデラミスにまで伸び、戦は混迷してしまう。 ︱
︱︱などといったコレットによる懸命の説得に、父である教皇の救
援許可は仕方なしに下りたのである。
コレットは新たに編成した少数精鋭で再び転移門を潜り、デラミ
ス最速を誇るペガサスを用いてケルヴィンが向かったとされる朱の
大峡谷へと急行する。この間、渓谷へ到着するまでに費やした時間
は僅か10日余りであった。己の地位や権力、持てる力の全てを駆
使しコレットは最短最速で加勢の手回しを成し遂げたのだ。
﹁巫女様、あれが朱の大渓谷です﹂
1086
コレットが騎乗するペガサスの直ぐ後ろを追う神聖騎士団団長ク
リフ。この部隊の中で最も目の良い彼は一番に渓谷の場所を捉えた
のである。コレットは前を見ることなく静かに目を瞑り、瞑想する
かのように意識を集中させていた。
﹁⋮⋮そのようですね。ケルヴィン様のパーティが通った形跡もあ
ります。近いですよ﹂
再び瞼を上げたコレットは確信したかのような様子だ。その言葉
に迷いはなく、コレットはまだ彼女の視力では見えていないはずの
渓谷に通じる道の一点を正確に見据えている。
︵数日前にここを辿ったであろう冒険者の形跡、か。まだまだ修行
不足だな。今の俺ではそんなもの発見できん。流石は勇者の選定者
である巫女様だ︶
此度の遠征は敵国部隊と自国部隊の戦力を把握した上での大胆な
作戦展開と、またそれを遂行する行動力を兼ね備えたコレットがい
たからこそ成立したもの。その力は机上のみにあらず、実地におい
ても十全に機能する。敵国の王、ゼル・トライセンの娘であるシュ
トラ・トライセンはその麗しい容姿だけでなく、軍略において鬼才
と名高い。だが神聖なるデラミスの巫女、コレット・デラミリウス
もまた、彼女に対抗しうる才覚を、聖女の名に相応しい優美を有し
ているのだ!
︱︱︱と、クリフは真摯にコレットを尊敬している。ちなみにコ
レットの性癖については、当然ながら彼は知る由もない。
﹁しかし巫女様、配下であるガーディアン達をデラミスより離すの
は危険なのでは? 各地のモンスターの攻勢は依然増しているので
1087
すよ?﹂
﹁国内の情勢だけを思えば確かにそうでしょう。ですが残存戦力を
考えれば、帝国を含め十分に対応可能な範疇。それよりも今、最も
危険に晒されているのはこの大陸の平和の象徴でもあるパーズなの
です。メルフィーナ様のご加護は我らリンネ教団のみでなく、全て
の人々に与えられねばなりません。私はメルフィーナ様の代行者と
して、その願いを実現させたいのです。私のような小娘にとっては
過分な思い違いだと思われるかもしれません。だからこそ、クリフ
団長。あなた方の力添えを、どうか私に願えませんか?﹂
自分よりも身分の低いはずのクリフ達にコレットは頭を垂れる。
﹁そ、そのようなことを仰らないでください! 我々神聖騎士団は
力の限り神に、巫女様に尽くすと誓いを立てているのです。どうか、
巫女様の意のままにお使いください!﹂
クリフは改めて感嘆する。並外れた知略のみにあらず、民を思い
やる慈愛に満ち満ちた清らかなその心に。真の聖女である彼女は何
を思い、憂いているのか。強靭な精神力で冷静を装ってはいるが、
コレットとて15の成人を迎えまだ2年しか経っていないのだ。
︵なんて健気な方なんだ!︶
神聖騎士団の結束は固い信念の元に結ばれたのであった。一方で
コレットは︱︱︱
︵ハァハァ、スンスン⋮⋮ これ程までに洗練された芳醇な香り、
例えこの場を通ったのが数日前や数週間前、いえ数ヶ月前でしょう
が嗅ぎ間違うなどあり得ません。ああ、メルフィーナ様! 先日は
目にすることが叶いませんでしたが、実体化されたあなた様の御神
1088
体はこんなにも素晴らしい! 更にはケルヴィン様という旦那様ま
で光臨して頂けるなんて⋮⋮! 敬うべき対象が増えてしまって、
それだけでコレットは昇天してしまいそうになります! ここまで
来ればお二人の居場所は大方把握しました。もう少々お待ちになっ
てください。あなた様方の忠実なる下僕めが今向かいます!︶
思いの外、冷静ではなかった。基本的に彼女の心奥にはメルフィ
ーナとケルヴィンの文字しかない。後はどうすればメルフィーナら
の力になれるのか、その一心で自らの全身全霊を注いでいるだけな
のである。
そうしている間にもコレット達は朱の大渓谷の狭間へと歩を進め
ていた。コレットの計算では既に戦闘が開始されていてもおかしく
ない頃合である。だと言うのに、辺りは静寂に包まれている。コレ
ットの心に一筋の不安が募っていく。だがその時、風と共に彼女の
前に現れる者がいた。
こんなところ
﹁コレット、巫女の貴方が最前線で何してるんですか⋮⋮﹂
﹁それに神聖騎士団の皆様ですね﹂
﹁うわあ、見て見て! 本物のペガサスだよ、ケルにい!﹂
メルフィーナとケルヴィンの姿を目にしたコレットの不安は瞬時
に四散し、勢い余って鼻血が出そうになっていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
1089
サバトは大広間の扉の前で困惑していた。見知らぬメイドに呼ば
れここまで来たまでは良かったが、部屋を覗いてみれば捕らえたは
ずの敵国トライセンの王子であるアズグラッドが、そしてデラミス
の巫女であり象徴であるコレット・デラミリウスがケルヴィンと同
じテーブルに着いているのだ。自分達が鍛錬に励んでいた間に一体
何が起こったのか。状況が飲み込めず、彼の頭はパンク寸前であっ
た。
﹁サバト、足りないおつむで考えても無駄よ。さっさと部屋に入り
なさいよ﹂
﹁そうッスよ。俺も巫女さんの御姿を早く拝みたいッス﹂
﹁お前ら、少しは俺等の立場を考えろよ。今はこんななりで冒険者
稼業をしてるが、俺は連中と顔を合わせたこともあんだぞ﹂
﹁言われなくても分かってるわ。でもここでウダウダ言ったって仕
方ないでしょうが。ほら、さっさと入る﹂
﹁でもよぉッェンシュラッバ!﹂
サバトが振り向くと同時に頬へと放たれたゴマの拳。息の合った
動きでアッガスが扉を開け、サバトが部屋の中へと吸い込まれてい
く。
﹁申し訳ありません。お待たせ致しました﹂
拳に付着したサバトの血を拭いながら、何もなかったように澄ま
した顔で入室するゴマ。
﹁いや、別に構わないけど⋮⋮ サバト、何もこんなところでまで
鍛錬しなくてもいいんじゃないか?﹂
﹁⋮⋮これくらいやらねぇと、上には行けないと思ってよ﹂
1090
アッガスの手を借りながら、よろめきながらも立ち上がるサバト。
そんな彼らを見たアズグラッドとコレットが目を見開く。
﹁お前、ガウンの王子の一人じゃねぇか?﹂
﹁私も社交の場で目にしたことがあります。そちらの方もゴマ姫で
はありませんか﹂
﹁王子に姫? 何のことだ?﹂
ステータスを既に見ているケルヴィンはサバトらの素性をかなり
前から知っていたのだが、あえて知らない素振りで対応する。
﹁ハァ、やっぱ隠しきれないか﹂
﹁簡単にご説明しましょう。その代わり、私達にもこの状況を教え
てください﹂
サバトとゴマがガウンの王族であることは間違いない。今はガウ
ン王族の風習である武者修行の最中なのだ。各地にて一定の功績を
残し、無事に帰国することでサバトらは一人前と見なされ、ファミ
リーネームを授かるのだとゴマは話す。アッガスとグインらはガウ
ン騎士団の者であり、一応の護衛だ。ケルヴィンもアズグラッドと
協力関係になったことと、コレットが援軍として来たことを説明す
る。
﹁兄貴たちは一足先に認められちまったからな。俺もここで一旗上
げたかったんだ﹂
﹁だからあそこまで必死だったのか。それにしても、王子はともか
くお姫様もやるんだな。その習わし﹂
﹁男も女も関係ありませんからね。実際、私の方がサバトよりも強
いですし﹂
1091
﹁口喧嘩もゴマ様が上手ッス!﹂
落ち込むサバトは一先ずそっとしておき、ケルヴィンはこれから
の方針をこの場の全員に話す。
﹁であれば、私と神聖騎士団が残りましょう。元々その予定でした
し、ケルヴィン殿のゴーレムがいれば百人力です﹂
﹁俺とゴマ達もここに残るぜ。クリフ団長よかはここの地理にも詳
しくなったからな。いないよりはマシだろ﹂
﹁それでは、私は⋮⋮﹂
﹁巫女様はケルヴィン殿と共にパーズにお戻りを。これからガウン
とトラージにも敵の部隊が到着することでしょう。そのお力で皆を、
どうかお救いください!﹂
﹁クリフ団長⋮⋮! 分かりました。私、頑張るわ!﹂
パアッと明るくなるコレットの表情に、メルフィーナは心の中で
溜息をつくのであった。
1092
第152話 空の旅路
各々の役割分担を決め終え、いよいよケルヴィン達はパーズへと
戻ることとなった。
帰還組はケルヴィン一行に加え、先程来たばかりのコレット、そ
して一時的にケルヴィンの支配下となったアズグラッド、メイド姿
のフーバーにロザリアだ。リオンはたっての希望でコレットと共に
ペガサスに、他は竜化したダハクとロザリアに乗り込む。ちなみに
竜化してしまっても装備の効果は発揮される。
サバトらのパーティとクリフ率いる神聖騎士団が城塞に残る防衛
組。ゴーレムの指揮系統も限定的にサバトとクリフに移している為、
制限付ではあるが命令が可能となっている。彼らと別れを済ませ、
今は帰路の最中である。
﹁にしてもよ、こいつら本当に大丈夫なのか? 意識がないように
も見えるんだが⋮⋮﹂
空の旅の中、アズグラッドが心配するのは部下達のことだ。己の
竜に乗りダハクやロザリアを追いかけてはいるが、様子は牢に入っ
ていたときと変わっていない。皆虚ろである。
﹁見掛けによらず心配性ね。私のスキルの有効時間内なら忠実に従
ってくれるから大丈夫よ。その為に私の血を多めに塗り直したんだ
から、パーズまでは絶対に持つわ! お陰で私はクタクタよ!﹂
いくらセラとは言え、竜騎兵団の兵と竜の全てに血を分け与える
1093
のは重労働であった。体外へ血を出す場合、放出した血液分のHP
が減ってしまう。セラの所有するスキル﹃自然治癒﹄の効果により
猛スピードでHPは回復していくが、回復したそばから次の者の頭
部へ血を塗りつけることでまたHPが減る。この繰り返しを人数分
行ったのだ。ステータス上は問題なくとも精神的に疲れる。
﹁ってことでケルヴィン、背中借りるわね。ちょっと寝るから﹂
﹁ああ﹂
セラはケルヴィンの背に寄り掛かり身を預ける。余程疲れていた
のか、少しするとスゥスゥと寝息を立て始めた。これがメルフィー
ナであれば、あまりの寝相の悪さにより考えるところがあったかも
しれないが、セラは寝相がいいので問題ない。
︵寝相良︶エフィル≧セラ>リオン=人並>>>メルフィーナ︵
寝相悪︶
ケルヴィンの体験談を簡単な図にするとこのような感じになる。
メルフィーナが隣にいれば一度は顔面に拳が飛んでくることを覚悟
しておいた方がいいだろう。余談になるが、寝相は最悪なのだが寝
付きの良さは最速である。それも相まって添い寝の危険度に拍車を
かけているのだ。
﹁あなた様、今とても失礼なことを考えていませんでしたか?﹂
﹁何の話か分からないな。女神ジョークの前振りか?﹂
心を見透かされそうになったものの、持ち前の﹃胆力﹄スキルで
平静を保つケルヴィン。メルフィーナのいつもの笑顔が今日はやけ
に怖く感じる。
1094
﹃ケルヴィンの兄貴。恋人なら仕方ないことなんすけど、俺の上で
いちゃつくのは止めてもらえねぇすか? 凄ぇむず痒い﹄
﹃別にいちゃついてないって﹄
﹃あはは、僕もいちゃついてると思うよー﹄
訓練も兼ねて、ダハクは移動中の会話は全て念話ですることにな
っている。早くも意思疎通で冗談を交えられるレベルまで使いこな
せるようになったようだ。しかし一言も声を発しないので、念話の
届かないアズグラッド達からすれば、初期の頃の寡黙でクールな漆
黒竜に見えるかもしれない。
ソニックブーツ
﹁それにしても、ペガサスって全然揺れないんだね。不思議と風も
当たらないし﹂
﹁ペガサスが魔法を使ってくれていますからね。風脚で敏捷を上昇
させていますが、防壁を周囲に展開させることで私達は快適に過ご
せるんですよ。心優しい子なんです﹂
﹁へ∼! お前、賢いんだね!﹂
﹁ブルルッ﹂
こちらはペガサスに騎乗するリオン&コレット。小柄なリオンを
前に乗せ、その後ろのコレットが手綱を持っている。ペガサスに興
味津々なリオンを優しげな表情で見守るコレットは、どこか和気藹
々とした姉妹のようにも見える。
﹁ときにリオン様はケルヴィン様の妹君だったのですね。以前の会
食の際はあまりお話する機会がありませんでしたので⋮⋮﹂
﹁うん、そうだよ。リオン、って気軽に呼んでね﹂
﹁滅相も︱︱︱ いえ、これは私の矜持ですので、お気になさらず。
代わりに、と言っては何ですが、私のことはコレットと呼んで頂け
ますか?﹂
1095
﹁分かった! コレット、よろしくね!﹂
そう、一見はそのように見えるのだが︱︱︱
︵噂には伺っておりましたが⋮⋮ ケルヴィン様の妹様、光・臨!
何て愛くるしい笑顔をなさるんでしょうか! まるで天使のよう
で、興奮が収まりません! 更にリオン様のお髪より漂ってくるフ
ローラルな香り、幸せ過ぎて堕落してしまいそうです⋮⋮! メル
フィーナ様が先程からこちらを御覧になっていますが、もしやこれ
は試練? 試練なのですか!? 私の忍耐力を試されているのです
ね! し、しかし、クッ! リオン様の背後より香るメルフィーナ
様の匂い! 背、尻、腿裏⋮⋮ これはおそらくリオン様がメルフ
ィーナ様に抱っこされながら座った形跡では︱︱︱︶
現実とは酷なもの。世の中綺麗なものばかりではないのだ。
︵ああ、今日もコレットはフルスロットルなのですね⋮⋮ 基本は
善人なのでリオンを任せても大丈夫だとは思いますが。あの病気、
治るのでしょうか? 神のみぞ知る、とはよく言いますが、神にも
分かりません⋮⋮︶
メル
そろそろ女神も匙を投げそうである。
﹁王よ﹂
﹁どうした? ジェラール﹂
﹁最近、真っ当な人間に会ってないような気がするんじゃが⋮⋮﹂
﹁うん、俺も薄々感じてた﹂
戦闘狂と黒騎士の語らいに、隣を飛んでいたロザリアとフーバー
は少々納得がいかない様子であった。
1096
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
朱の大渓谷を出発して数日。竜騎兵団の竜の速さに合わせていた
為に遅くはなったが、漸く一同はパーズが見えてくる辺りに差し掛
かった。
﹁そろそろ合図を送っとくか。エフィル﹂
﹁承知致しました﹂
﹁合図、ですか?﹂
﹁捕らえた竜騎兵団をそのまま輸送してるんだ。ダハクやロザリア
もそうだが、パーズからしたら普通に攻めて来てるように見えるだ
ろ? だから取り決めておいた合図を送るんだよ。作戦は成功だっ
てな。エフィルの火竜は模擬試合のときに街中の人が見てるから、
その合図に最適なんだ﹂
﹁模擬試合の⋮⋮ シルヴィアさんの氷星を溶かした火竜のことで
しょうか? 確かにあの竜であれば、パーズの皆さんはご存知のは
ずですね﹂
﹁皆様、耳を塞いで下さい。少々大きな音を鳴らします﹂
ペナンブラ
パイロヒュドラ
クロトより取り出した火神の魔弓を上空へ構えるエフィル。少々
どころではない戦車砲の如き轟音を轟かせながら、多首火竜がパー
ズに飛翔する。
やがて、パーズより鳴り響く歓喜の声。合図のメッセージがパー
ズの人々に伝わったのだ。
1097
﹃すげぇ歓声だな。街中が喜んでいるみてぇだ﹄
﹃少し前のパーズの戦力からは考えられないことだからな。おっと、
ダハク、あそこに降りてくれ﹄
﹃うっす﹄
﹃操ってる竜達はひとまず空を旋回させとくわよ。一度に降りると
パニックだし﹄
冒険者ギルドの保有スペースに着地するダハク、ロザリア、すっ
かりリオンに懐いてしまったペガサス。歓声の中を凱旋するのも捨
て難いが、竜の巨体を動かすのには流石に危険な為、ケルヴィン達
はこちらに避難することを選択。ここであればギルド職員が街の人
々を止めてくれるので安全なのだ。
﹁ケールーヴィーンちゃーん! おーじーさーまー!﹂
しかし、止められる限度はある。街の防衛を任されていたS級が
誇るオカマ冒険者、ゴルディアーナ・プリティアーナが全速力ダッ
シュで迫っていた。真っ先に名前を挙げられた二人に動揺が走った
のは言うまでもない。次いで初見のアズグラッドらが臨戦態勢に移
るのも仕方のないことだろう。だが、人型に変身し終えたダハクが
信じられないことを口走った。
﹁あ、兄貴⋮⋮ あの超絶的な美女は誰ですかい!?﹂
﹁﹁﹁⋮⋮え?﹂﹂﹂
1098
第153話 予想外
︱︱︱パーズの街
俺の耳は腐ってしまったのだろうか? ダハクがとんでもないこ
とを言ったような気がしたが。美女? 美女と言ったのか? エフ
ィル、メルフィーナ、リオン、それにコレットとフーバーは美女と
言うよりは美少女だからな。この場でその言葉が当てはまるのはセ
ラにロザリアくらいなものである。あたりを見回しても他に該当す
る人物は見当たらない。さては長旅で疲れてしまって幻でも見てし
まったんだな。ハハハ、そそっかしい奴め。
﹁ケルヴィンちゃん、それに皆も呆けちゃってどうしたのよぉ﹂
﹁兄貴、やっぱりこの美女と知り合いだったんすね!?﹂
俺の思考が混乱している間に眼前まで近寄っていたプリティアを
指差し、ダハクが俺の肩を激しく揺らす。何としても聞き流そうと
していた俺の努力は意味を成さなかったようだ。これで確定、ダハ
クが示す美女とはプリティアのことであった。
﹁あらやだ、そんな直球を投げてくる子は久しぶりよん。ありがと
ねぇ!﹂
﹁ぐあはっ!?﹂
バチコーンとプリティアのウインクが炸裂。特大級のハートがダ
ハクに向かっていき、見事にその心を射止める! ︱︱︱ところま
で幻視できた。魔法を使っている訳ではない。なぜか幻視できてし
まった。
1099
﹁何てこった⋮⋮ 惚れちまった、一目惚れだ⋮⋮﹂
マジか。ダハク、お前はそれでいいのか。
﹁最高の美人はセラ姐さんだと思っていたが、それ以上の女がいる
なんてな⋮⋮﹂
あ、お前から見てもセラは美人なんだ⋮⋮ ってちょい待て、プ
リティアと同じ扱いにされると褒めているってよりセラが貶されて
いるような気がする! 訂正しろ、今すぐ訂正するんだ!
﹁まさか、ここまで完成された肉体美が存在するなんてな!﹂
﹁あらやだん、この子、この世の真理を掴みかけているわぁ⋮⋮﹂
最早この二人の会話内容にはついて行けないが、肉体美か。もし
や、ダハクの目には筋力=美しさとして映っているのだろうか? いや、しかしその理論だと⋮⋮
﹁ダハク、メルはどう見える? 絶世の美少女に見えないか?﹂
﹁あ、あなた様、こんなところで惚気話だなんて、そんな⋮⋮﹂
﹁いえ、単なる真理です。当然のことです﹂
コレット
狂信者には聞いてないです。
﹁メル姐さんっすか? そうっすね。ただ⋮⋮﹂
ダハクが会話を念話に切り替えて送ってきた。
﹃確かに綺麗なんすけど、何か作り物っぽくて。なんつーか、強化
1100
魔法で化粧したような感じなんかなぁ。あ、これオフレコでお願い
しますよ!﹄
﹃⋮⋮それ、本人とコレットには絶対に言うなよ。お前殺されるぞ﹄
﹃うっす! まだ死にたくないっす!﹄
パーティ中最高の筋力を誇るメルフィーナであるが、どうやらス
キルによる上昇効果で筋力を上げるのは評価されないようだ。それ
どころか整形したかのような扱いである。メル、今度は義体じゃな
くて本体で見返してやろうな⋮⋮
にしてもだ、竜であるダハクの美的センスは斜め上を行っている。
ステータスの数値基準のようなので、単に見た目がマッチョであれ
ばいい訳ではないようだが。 ⋮⋮もしや、ロザリアもか? 言わ
れてみればアズグラッドの奴も筋力あるしな。気がつけば俺はロザ
リアに哀れみの視線を送っていた。
﹁あの、保身の為に説明しておきますが、竜の美的感性は種族によ
って様々ですよ? ダハクは闇竜、私は氷竜です。彼の好みなんて
知りませんよ﹂
﹁そ、そうなのか。悪い﹂
怒られてしまった。
﹁でもごめんなさいねぇ。私には心に決めた人がいるのぉ。ね、お
じ様♪﹂
﹁⋮⋮え、ワシ?﹂
﹁セラ姐さんに続いてプリティアちゃんもかよぉ!﹂
そんなこんなしている間にダハクがプリティアに告白して玉砕し
たようだ。
1101
﹁だが、だがよぉ⋮⋮ この恋は負けられねぇ! 旦那ぁ、俺は諦
めませんよぉ!﹂
ダハクが明日に向かって走っていく。どこに行く気だ。面倒を起
こされては敵わないので、姿が見えなくなったところで召喚を解除
し、俺の魔力に回収しておく。
﹁ふふっ、青春ねぇ﹂
﹁いや、ワシは普通に辞退したいんじゃが﹂
﹁そろそろこの流れ終わっていいかな? プリティア、急いでいた
ようだけど何かあったか?﹂
﹁ああっと、そうだったわねぇ! つい熱が入っちゃったわん! まずはお疲れ様、ケルヴィンちゃん達の活躍でパーズの平和は護ら
れたわぁ。まさか足止めどころか味方に引き込むなんてねぇ⋮⋮ 作戦を立案したときは驚いたけどぉ、ギルドでリオちゃんも喜んで
いたわよぉ﹂
﹁リオギルド長が喜ぶ顔なんて見たことないんだけどな﹂
﹁不器用なのよぉ、あの人。ま、私からしてみればバレバレなんだ
けどねぇ。で、こちらの男前がアズグラッド王子かしらん?﹂
プリティアの首がグルリと90度曲がり、アズグラッドの方へと
顔が向けられる。あまりの恐怖にビクりとフーバーが震える。
﹁ああ、そうだ。その鍛え抜かれた肉体、お前がゴルディアーナ・
プリティアーナだな? 噂は聞いているぜ。数々のS級モンスター
の討伐にダンジョン踏破⋮⋮ できれば手合わせ願いたいもんだぜ﹂
﹁モテる女は辛いわねぇ。いいわ、今度相手してあげる。それと、
ケルヴィンちゃん。ガウンとトラージの戦況なんだけどぉ⋮⋮﹂
﹁戦闘が始まったのか? どっちが優勢なんだ?﹂
1102
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トラージ、トライセン国境
﹁来おったな﹂
トラージの姫王ツバキ・フジワラとその軍勢はトライセンとの国
境線である﹃水竜の尾﹄と呼ばれる大河を隔てて﹃魔法騎士団﹄を
待ち構えていた。
﹁カゲヌイ、おるか?﹂
﹁⋮⋮ここに﹂
ツバキの呼びかけに黒装束の男が現れる。頭巾で頭を覆い隠し、
装束の下には鎖帷子、腰に短刀を身に着けている。分かりやすく言
うならば、まんま忍者の格好をしていた。
﹁我が国に向かって来ていたのはトライセンの﹃魔法騎士団﹄であ
ったな。今のところ、何か不審な点はあったかのう﹂
﹁大将首が摩り替わっておりまする。それと、全ての女騎士の手に
は禍々しい気を放つ武器が。おそらく、呪われた武具を装備してい
るのかと﹂
﹁ほう、あの軍勢全員にか? その大将、狂人の類か﹂
対岸には続々と敵軍が到着しているところであった。白馬に跨る
華々しい格好の女騎士とは裏腹に、その雰囲気は不穏である。
1103
﹁されど、妾らがやることは変わらんがな﹂
ツバキが片手を上げる。その合図と共に大河の底より高波をあげ
ながら浮き上がる複数の箱舟。その両端にはカノン砲が設置されて
おり、既に標準は的にへと合わされていた。また後方に控える兵達
は銃の形状をしたマジックアイテムを構えている。
﹁まずは前哨戦じゃ。水辺でトラージと戦うなどという愚行、後で
後悔︱︱︱﹂
﹁⋮⋮ツバキ様﹂
﹁何じゃカゲヌイ、今口上の良いところなのじゃ﹂
﹁敵軍が退いて行きまする﹂
﹁そう、敵が退いて⋮⋮ 行く!?﹂
ツバキが対岸を見ると、確かに騎士達が来た道を戻っていくのが
確認できた。
﹁まだ逃走するまでの戦力差を見せた訳でもあるまいに。ふうむ、
本国で何かあったのか、それとも罠か⋮⋮ カゲヌイ、パーズとガ
ウン方面を含め敵の情報収集を。今はまだ深追いはするでないぞ﹂
﹁御意﹂
カゲヌイの姿が影に溶け込み、消える。
﹁退く軍の中から一羽の鳥が飛立つのが見えた。あれが伝令か⋮⋮
まあ良い、引き続き妾らはこの場で陣を敷く! 海からの監視も
怠るでないぞ!﹂
潜行する箱舟を視界に入れながら、ツバキは用意された椅子にド
1104
サリと座るのであった。
1105
第154話 ダン・ダルバ︵前書き︶
2015.10.04 加筆修正を行いました。
1106
第154話 ダン・ダルバ
︱︱︱ガウン、トライセン国境
ガウン領である紋章の森を東に越え、幾ばくか歩けばそこはトラ
イセンとの国境近隣である。エルフの里への襲撃が発覚して以来ガ
ウンはここに砦を構え、獣王の息子である3人の王子達の部隊が護
りを固めている。獣王に認められ、ガウンを名乗ることを許される
だけあって、王子らの兵は精強なことで有名だ。サバトとゴマの兄
である彼らも冒険者として自らを鍛え、心から信頼し合える仲間を
作り国に戻ってきたのだ。今ではその仲間達と共に一軍を率いる将
となり、ガウンを支えている。
トライセン領から白金に輝く鎧を身に着けた軍勢が列を成し、ガ
ウンを目指して進軍して来るのを発見したのは2日前のことであっ
た。威力偵察レベルの人数ではない。それも相手は老いたとは言え
今なおトライセン最強の男、ダン・ダルバが率いる﹃鉄鋼騎士団﹄
だ。それからの砦の猛者達の行動は早かった。すぐさまに防衛陣が
敷かれ、王子らも戦線へと赴く。
﹁止まれぇ! これより先はガウン領なり! 貴様らの入国許可は
受けていない! 直ちに軍を退けぇ!﹂
警告は一度きり。ガウンの領土へ一歩でも足を踏み入れれば侵略
行為と見なし、攻撃を行う。ガウン側もこの勧告で退いてくれると
は全く期待していない。あくまで体面上の問題だ。これまで何度も
小競り合い程度はあったものだが、後々こういった警告のしたしな
いが外交面で引っ掛かるのだ。
1107
だが、トライセンは予想だにしない動きを見せた。軍勢の中から
重厚な鎧を着込んだ男が一人、前へ歩み出たのだ。白髪頭に兜を被
り、鎧は太陽の光を反射する。その男こそ、鉄鋼騎士団将軍のダン
であった。
﹁この老いぼれ一人に対して随分な歓迎ではないか。まあ固いこと
を言うでない。ほれ、手土産にと我が国の地酒を持ってきておるの
だ。まずは腹を割って話でも︱︱︱﹂
酒瓶を掲げ語り掛けながら歩みを進め、ダンは国の境界線上に差
し掛かる。ガウンとトライセンの国境には一定の間隔で石柱が建て
られている。この柱は大戦終結時に和約を締結した際のもので、明
確にボーダーラインを定める為の役割を担っているのだ。その柱の
真横を通り国境線を踏み越えたとき、砦より放たれた矢がダンの掲
げる酒瓶に当たり、上質であったであろう命の水が辺りに零れ落ち
る。
﹁ふぅむ、ワシとしては穏便に済ませたかったのだが﹂
ダンは尚も歩みを止めない。
﹁退けと言っている!﹂
最初に飛び込んだのは長兄であるジェレオル・ガウンの精鋭部隊
であった。兄弟の中で最も早くガウンの名を与えられた彼は飛び抜
けた戦闘力を持ち、ゴマの師であるほどの格闘術の達人である。冒
険者ランクこそはA級で止まっているが、単騎でS級モンスターを
討伐した経験もある。部下が周囲を包囲し槍を構えた上での、獣人
の瞬発力により一瞬で間を縮めた彼の渾身の一撃は︱︱︱ 空を切
1108
った。その鎧姿からは考えられぬ速さで、槍で囲うが関係ないとば
かりに、ジェレオルの放った拳をダンは軽快に躱す。
﹁ちと強い酒だ。我慢しろ﹂
すかさず放たれるカウンター。ダンの手の平にあったもの、それ
は先程の酒。ほんの少量掬い上げたそれを、ダンはジェレオルの顔
面へと叩き込む。
﹁∼∼∼!?﹂
言葉にならない激しい痛みがジェレオルを襲う。眼球に注ぎ込ま
れたアルコールの痛みと、結果としてダンの岩のような掌底をも食
らってしまったのだ。達人であろうと悶絶ものだ。
﹁ジェレオル様!﹂
﹁舐めるなぁ!﹂
それでもジェレオルは痛みに打ち勝ち、逆に突き出されたダンの
右腕に組み付き関節を決めることで動きを封じることに成功する。
いや、成功したと言っていいのだろうか。屈強な男であろうと等し
く耐え難い痛みを与えるサブミッションホールド。しかしダンは平
然とした表情で、長身であるジェレオルを腕一本のみの力で空中に
静止させていた。
﹁俺に構うなぁ! 穿てぇ!﹂
ガウンの精鋭達は即座に槍をダンに目掛けて突き出す。鎧の弱点
である繋ぎ目に精密な突き刺しが繰り出され、四方より首や肘など
の間接部に槍が差し込まれる。
1109
﹁ぐっ! 槍が動かない、だとっ!?﹂
槍は確かに鎧の中で突き刺さっているはずだった。だが、突き刺
したはずの槍が微動だにしない。ただ、途轍もない力によって押さ
え付けられているような、そんな感触が槍より伝わってきた。
︵兵は兎も角、こやつの筋力は600、いや700といったところ
か。アズグラッド様と良い勝負をしそうではあるな。だが、どちら
にせよまだ未熟︶
ダンは首に突き刺された槍をガウン兵ごと左手で持ち上げ、その
まま周囲の敵へと振るう。
﹁ぐあっ!?﹂
﹁ぎゃっ!﹂
ダンが振るう度に兵がドミノのように薙ぎ倒され、悲鳴が沸き起
こる。槍が折れれば今度は腕に組み付いたジェレオルを無理矢理に
剥がし取り、武器代わりにと振るわれる。やがて突き刺した槍を持
つ者はいなくなり、カランカランと鎧の隙間より槍が抜け落ちる。
槍の刃先に血痕はなかった。
ガウン兵が次に視線を合わせたとき、ダンは大剣を抜いていた。
フルプレートの鎧と同じく、白金色の無骨な剣。真横に振るわれた
その大剣は強力な剣圧を生み出し、周囲のガウン兵を吹き飛ばして
いく。その中にはジェレオルの姿もあり、彼とその部下達は砦まで
飛ばされ、叩き付けられる。ジェレオルはちょうど堅く閉ざされた
砦外壁の門へと衝突し、勢い余って破壊。卒倒するジェレオルの姿
は兵の動揺を増長させた。技とはとても言えぬ槍の、剣の一振り。
1110
たったそれだけでの行為でガウンの一部隊は戦闘不能へと陥ってし
まったのだ。
﹁馬鹿な、ジェレオル兄さんが!?﹂
﹁うろたえるな! 弓兵、狙え撃てぇ!﹂
砦より暴風雨のように降り注ぐ矢。だがダンは動かない。最早躱
す必要さえもないとばかりに、大剣を地に突き刺し、降り止むのを
ジッと待つだけであった。
﹁なぜだっ! なぜ負傷しない!? なぜ倒れない!?﹂
﹁重装歩兵、前へ﹂
ダンの背後より全身鎧に大盾、そしてハルバートを装備した一団
が動き出す。
﹁穏便に降って貰えればワシも楽だったのだがな。だが抗うのなら
ば仕方がない。王の命により、これより詰めさせてもらうぞ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
それからの戦いは一方的なものであった。残った王子二人も手は
尽くしたが、ダンを攻撃の主軸にした鉄鋼騎士団の包囲網を崩すに
は至らなかったのだ。護りに特化した兵で前線を固め、後方より強
化を施したカタパルトやバリスタといった攻城兵器で砦を攻める。
非常に基本的な兵法であるが、完成された騎士団の統率が、ダン・
ダルバの存在が状況を覆すことを許さなかった。
1111
ガウン軍は否応なしに砦への篭城を選択せざるを得なくなり、全
部隊が砦へと逃げ込み攻城兵器による攻撃を耐え忍ぶこととなる。
しかしガウンの砦は堅固であり、陽が落ちるのも早かった為に夜間
は攻城兵器による攻撃だけに留められる。両軍の兵は交代交代に束
の間の休息につき、明日の本格的な戦いに備えていた。そんな時、
ある知らせがダンに届いたのだ。
﹁竜騎兵団が全滅だとっ!?﹂
野営天幕にて休息中であったダンの怒り声に、知らせを持ってき
た女中がビクリと体を震わせる。
﹁は、はひっ。さ、先程伝令の方がいらっしゃいまして、早急に将
軍様へ伝えるようにと。三日三晩早馬にて走り続けたようでして⋮
⋮ 馬は潰れ、その方も倒れられて今は意識がないです⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ルノアが去ったことで戦力は十分だと認識していたが、冒険
者の実力を見誤ったか﹂
パーズに残る目ぼしい戦力はS級冒険者のゴルディアーナとケル
ヴィン、ダンはそのように考えていた。シルヴィアとの模擬試合を
参考に力量を測っていたのだが、そのケルヴィンの仲間までもがそ
れ以上の実力者だとは思ってもいなかったのだ。
﹁そ、それともうひとつご報告が⋮⋮﹂
﹁まだ何かあるのか?﹂
﹁そ、その⋮⋮ 魔法騎士団が交戦せずに、トラージより撤退した
そうです﹂
︱︱︱ガシャン!
1112
﹁ひっ⋮⋮!﹂
叩きつけられたダンの拳が机を砕く。
︵トリスタンめ、何を考えている? この作戦は攻めこそが決め手、
時期を逃せばこちらが不利になるばかりなんだぞ⋮⋮ パーズを取
り逃した今、ガウンとトラージは逃せない。そもそもこの策を立案
したのは︱︱︱!?︶
キンッ!
鞘に収め壁に立て掛けていた大剣を取り、ダンが不意に振るわれ
た女中の小刀を防ぐ。互いの得物はギリギリと拮抗し、未だ油断な
らない状況だ。
﹁ほう。殺意を消した完全な不意打ちだと思ったが、これを防ぐか。
流石はトライセン最強の男﹂
﹁⋮⋮貴様、何者だ﹂
外見だけを見れば、普段ダンの身の回りの世話をしていた女中そ
のものの姿。だが女中の顔には先程までの怯えた様子はなく、その
内から漏れ出す夥しい闘気がそれを否定していた。
﹁愚息が世話になったようだからな。少しばかり礼に来たのだ﹂
﹁︱︱︱獣王か!﹂
ダンが小刀を打ち払い、女中がバク転で背後へ下がる。
﹁変装や女装趣味があるとは噂で耳にしていたが、まさかここまで
1113
完璧に真似るとはな。攻撃の瞬間まで気がつかんかった﹂
﹁人を驚かすのが数少ない趣味のひとつでな。まあ許してくれ﹂
﹁女はどうした? 殺したのか? あれでもそこいらの兵より腕は
立つはずだが﹂
﹁安心しろ。少し横になってもらっているだけだ。傷ひとつ付けて
おらんよ﹂
女中に化けた獣王は悪びれることなく自身の胸元を肌蹴させ、害
を与えていないことを誇称する。
﹁ふん⋮⋮ それで、ここに何の御用かな? まさか小刀片手に一
杯やりにきた訳でもあるまい﹂
﹁そう好戦的になるでない。用も何も、先の話の続きだよ。ダンよ、
良いことを教えてやろう﹂
女中が見慣れた笑みで、聞き慣れぬ言葉を吐いた。
1114
第155話 束の間の休息
︱︱︱ガウン、トライセン国境
夜が明け、山々の間から朝日が顔を出し始める。光を浴び煌くは
白金の軍勢。列を乱すことなく歩みを進めるその軍勢は、将軍であ
るダン・ダルバを先頭に東へと向かっていた。
﹁信じられない⋮⋮ ﹃鉄鋼騎士団﹄がトライセンへ帰っていく⋮
⋮!﹂
王子の三男であるキルト・ガウンが驚愕する。士気、戦力共に圧
倒的に自軍が不利である筈のこの状況下で、敵軍が自ら去っていく
のだから無理もない。ましてや自分達の知らぬところで話が進んで
いたのだ。
王子らが砦に篭城し攻城兵器による攻撃を防いでいる最中に、国
の君主であるレオンハルトが単身で敵陣に侵入。この辺りで既に王
としての行動ではなく、大臣などは頭を抱える事態ではあるのだが、
それで成功し更には無傷で帰還してしまっているのだから文句もつ
け難い。
﹁⋮⋮父上、一体何をされたのですか?﹂
﹁何、ダン将軍に可能性の話をしただけだ﹂
砦の屋上よりトライセンの軍勢を見晴らすはレオンハルト。次兄
の王子であるユージール・ガウンの問いに茶を濁した答えを返すが、
その背は﹁自ら考えよ﹂と言っているようであった。レオンハルト
1115
は自分の子であろうと谷に突き落とし、試練を与える。そこで這い
上がり、力を示すことで初めてレオンハルトに認められるのだ。3
人の王子らは各々の方法で試練をクリアした身であったが、此度の
戦いで改めて己の無力さと父の偉大さを痛感した。だが、思うとこ
ろがない訳ではなかった。
︵︵︵女中の格好で言わなければなぁ⋮⋮︶︶︶
敵陣での攻防を知らぬ王子らにとっては仕方がなく、女装もまあ
見慣れたものではあったのだが、先のように心を打つ台詞は素面で
して欲しかった。
﹁また細かいことを気にしているな。しかし、此度の戦いは驚くほ
どにボロ負けであったな。そんなことでは嫁に逃げられるぞ、ジェ
レオルよ?﹂
﹁父上、リサのことは言わんでくれ⋮⋮ って何でリサに化けてる
んだよ!?﹂
﹁ふーむ、確か馴初めは⋮⋮﹂
レオンハルトの姿が女中から獣人の女性に変化する。情熱的な赤
いドレスを着飾った、品のある貴族の御令嬢のようであった。
﹁ジェレオル様⋮⋮ 私、弱い男は好きになれないの。ごめんなさ
いね﹂
﹁な、なぜパーティ会場でのあの場面を⋮⋮!?﹂
見るからにジェレオルが動揺している。
﹁ジェレオル兄さん⋮⋮ 一時期急に修行に目覚めた理由って、ま
さか⋮⋮﹂
1116
﹁ち、違うのだ! ユージール、キルト!﹂
焦るジェレオルの背後でレオンハルトがまた変化を始める。今度
は先程よりも少し大人めいたリサの姿だ。
﹁あなた、昔言ったわよね? 私、弱い男は好きになれないって。
⋮⋮別れましょ﹂
﹁うわぁーーー!﹂
酷い追い討ちである。痛めている筈の体に鞭打ち、ジェレオルが
砦の中へと駆けて行ってしまった。それを見届けたレオンハルトは
女中の姿へと戻る。
﹁うんうん。これで更に鍛錬に励むことだろう。ガウンの名を与え
てからと言うもの、鈍っていたようだからな! ところでキルトよ、
お前は篭城戦に入ってから随分と奮闘していたようではないか。流
石は数少ない獣人の魔導士だ! 昔からお前は頭が良かったからな、
ワシも鼻が高いぞ!﹂
﹁は、ははい、あり、ありがとうございます⋮⋮﹂
褒められている筈なのだが、キルトの声は震えていた。何せ、も
う嫌な予感しかしないのだ。
﹁でもキルト兄さん、お勉強ばかりでは健康に良くないわ。私、最
近になってジェレオル兄さんに武術を教えてもらっているの。一緒
にやりましょうよ﹂
瞬きの間にキルトの眼前に幼少の頃のゴマが姿を現す。この時点
でキルトの背には滝のような汗が流れていた。
1117
﹁い、いいいや、僕はそういうのはちょっと遠慮する︱︱︱!﹂
脳裏に蘇るは幼き頃のトラウマ。段々と鮮明になってくる忌まわ
しき記憶を振り払うように、キルトは必死に辞退しようとする。大
好きなゴマからの誘いを断るなど決してしないキルトであるが、こ
の誘いにだけは乗ってはいけない。そう彼の頭脳が告げるのだ。
﹁え⋮⋮ キルト兄さん、本気、じゃないよね? 全力⋮⋮? 男
の子なのに、ちょっと幻滅﹂
﹁うわぁーーー!﹂
軽蔑するようなゴマの視線を受け、普段では見られない走力でキ
ルトが砦の中へと駆けて行ってしまった。それを見届けたレオンハ
ルトは女中の姿へと戻る。
﹁やはり獣人たるもの、肉体も鍛えねばな! しかし、キルトのシ
スコンぶりもこれで治ってくれればいいのだが﹂
﹁ち、父上、私たちも部下を持ち上に立つ身です。どうかお戯れも
程々に⋮⋮﹂
﹁うん? ハッハッハ、単なる親子のスキンシップではないか。全
く、ユージールも冗談が上手くなったものだな! ところで先程の
弓は見事なものだったではないか。射れば百発百中、狙った獲物は
逃さないと言ったところかな? ちなみに恋に関しては︱︱︱﹂
その日、ガウンの砦では絶叫が三度鳴り響いたという⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1118
︱︱︱ケルヴィン邸・庭園
﹁⋮⋮うん?﹂
﹁どうした、セラ﹂
﹁いえ、何かトラウマをほじくり返された悲鳴のようなものが北か
ら聞こえたような⋮⋮ しかも今じゃなくて大分前の?﹂
﹁やけに具体的だな。俺は何も聞こえなかったが﹂
﹁うーん、きっと気のせいね!﹂
セラの興味が別のものに移ってしまったのか、どこぞの悲鳴のこ
とはもう頭にないようだ。俺たちがパーズに帰還し、一日が過ぎた。
プリティアよりガウンとトラージの戦況を聞いたが、どちらも防衛
に成功したとのことだった。トラージの場合は刃を交えることもな
かったらしいが、何があったのかは調査中。そして魔法騎士団の将
軍がクライヴからトリスタンに変わっていた点も気になる。アズグ
ラッドの言ではクライヴは既に戦死扱いとなっている。やはりトリ
スタンが鍵を握っていると見るべきか。
﹁ケルヴィンの兄貴! こっからボガがいるとこまで耕しちまって
いいですかい?﹂
﹁裏庭は土地が余ってるからな。好きにしていいぞ﹂
﹁おっしゃー! やるぜー!﹂
プリティアに振られ︵?︶、意気消沈しているかと思われたダハ
クであったが、屋敷の裏に農園を作る許可を出した途端に活き活き
と輝き出した。黒竜に変身したダハクは爪を器用に使い、何もなか
った裏庭を猛スピードで耕していく。図体がでかいのもあって農機
いらずだな。ちなみにセラが興味を示したのはこの作業だ。
1119
﹁ゴアァ⋮⋮﹂
ボガも見よう見真似で試すが、深い穴を掘ってしまうだけで思う
ようにはできないようだ。ちなみに裏庭の土は俺の緑魔法で区別に
酸性、アルカリ性に組み替え済みである。
一応、街の人々には俺が竜を飼っているという体で伝えている。
それなりの時間を説得に要すると思っていたが、意外にも直ぐに納
得してくれた。リオの許可が出ていたのもあって﹁ああ、ケルヴィ
ンさんなら問題ないんじゃない?﹂と皆二つ返事だ。そこはもう少
し危機意識を持つべきだと思うんだが⋮⋮
﹁ねえねえハクちゃん。ハクちゃんのスキルを使えば、農園を作ら
なくても好きなように育てれるんじゃないの? 時間もかからない
し﹂
﹁お嬢、甘いですぜ。確かに俺の能力で急成長させればお手軽に野
菜を食うことができやす。しかーし、それでは鮮度も味も数ランク
落ちてしまうんッス! 土が痩せちまうのも早いんで、俺は基本戦
闘以外じゃそういう能力の使い方はしないんスよ﹂
人型に戻り、農作業着姿となったダハクが鍬を持つ。あ、細かい
ところは人型でやるのね。ああ、そうだ。今回仲間となった竜達の
ステータスを確認しておこう。
==============================
=======
ダハク 162歳 雄 漆黒竜︵古竜︶
レベル:88
称号 :闇竜王の息子
1120
HP :1833/1833︵+100︶
MP :480/480︵+100︶
筋力 :969︵+100︶
耐久 :733︵+100︶
敏捷 :471︵+100︶
魔力 :737︵+100︶
幸運 :288︵+100︶
装備 :鉄の鍬︵E級︶︵人型︶
作業服︵E級︶︵人型︶
長靴︵E級︶︵人型︶
手拭い︵F級︶︵人型︶
竜の鞍︵B級︶︵竜型︶
スキル:生命の芽生︵固有スキル︶
黒土鱗︵固有スキル︶
緑魔法︵C級︶
ブレス
黒魔法︵F級︶
息吹︵B級︶
飛行︵A級︶
農業︵S級︶
園芸︵S級︶
建築︵A級︶
補助効果:闇竜王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
==============================
=======
ボガ 103歳 雄 岩竜︵古竜︶
1121
レベル:81
称号 :黒騎士の愛竜
HP :1987/1987︵+100︶
MP :197/197︵+100︶
筋力 :995︵+100︶
耐久 :1001︵+100︶
敏捷 :619︵+100︶
魔力 :183︵+100︶
幸運 :340︵+100︶
装備 :竜の鞍︵B級︶
ブレス
スキル:息吹︵E級︶
装甲︵S級︶
飛行︵D級︶
土潜︵A級︶
大声︵C級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
==============================
=======
ムドファラク 63歳 雌 三つ首竜︵古竜︶
レベル:74
称号 :甘味との出会い
HP :1416/1416︵+100︶
MP :907/907︵+100︶
筋力 :520︵+100︶
耐久 :489︵+100︶
敏捷 :418︵+100︶
1122
魔力 :634︵+100︶
幸運 :631︵+100︶
装備 :竜の鞍︵B級︶
ブレス
スキル:多属性体質︵固有スキル︶
息吹︵A級︶
飛行︵A級︶
魔力吸着︵C級︶
魔力温存︵C級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
==============================
=======
こんな感じである。やはりダハクがステータス、スキルと頭ひと
つ抜けているな。竜なだけに皆かなりの年数を生きているが、一番
の年長者はロザリアだったりゲフンゲフン。
﹁へ∼、便利なだけじゃ駄目なんだね﹂
﹁どれ、ワシも一仕事しようかの﹂
ジェラールまでもが鍬を片手に参入。鎧姿に麦わら手拭、不思議
と馴染んでいる。
﹁おー、旦那も様になってるッスね!﹂
﹁そういえば騎士になる前は農民だったって言ってたな﹂
﹁久方ぶりではあるがな。まあこの程度であれば手伝えるわい﹂
1123
さて、今更ながらなぜ俺らがこんなにものんびりしているのか。
防衛に成功したデラミス・ガウン・トラージの軍勢が、トライセン
に侵攻する為の部隊を各々再編成及び準備中だからである。俺らの
ように少数であれば動くのも楽だが、軍隊ともなれば一桁も二桁も
人数が異なる。その分移動や兵站を取り揃えるのにも時間がかかり、
その期間はどんなに急いでも1週間以上はかかるそうだ。一足先に
殴りこみに行こうかとも考えたが、全力でリオに止められてしまっ
た。勇者と同じく異世界人である俺のいるパーティは唯一魔王にダ
メージを与えることができる戦力、リオも慎重に動きたいのだとい
う。
詰まる所、軍の準備が整うまでポッカリと暇な時間が出来てしま
ったのだ。最近は朱の大渓谷でずっと気を張っていたからな。久し
ぶりのマイホームということもあって、この期間を休息に当てるこ
とにした。今はエフィル、メルフィーナと共に木陰に敷かれたシー
トの上で次々と開拓されていく裏庭を眺めている。サボっているの
ではない、英気を養っているのだ。
﹁結局、魔王と戦う嵌めになってしまうのですね。これは刀哉達の
使命の筈だったのですが⋮⋮﹂
﹁いいじゃないか。あいつら西大陸に行ってしまったんだし。それ
よか魔王って強いんだよな? なあ?﹂
﹁ハァ、あなた様が楽しそうなのでいいですけど﹂
溜息を吐きながら吸い込むようにサンドイッチを食べるとは、腕
を上げましたねメルフィーナさん。それより魔王強いんだよね?
﹁ご主人様、リンゴが剥き終わりました。はい、あーん﹂
1124
エフィルから差し出されたリンゴは驚くほどに甘かった。うん、
ときにはこんな日があるのも良いものだ。
1125
第156話 茶会
︱︱︱ケルヴィン邸・客間
﹁失礼致します﹂
﹁し、失礼します﹂
配膳台車に茶と菓子を載せ、部屋に現れたのはメイド姿のロザリ
アとフーバーだ。長椅子に腰掛ける俺の背後には指導官のエフィル
がいつもの様子ながらも目を光らせている。パーズに帰ってきてか
ら数日が経ち、この二人の仕事ぶりもかなり板についてきた。どこ
かの3人娘のように壊滅的な料理下手ってこともなく、順調にメイ
ドとしての成長を果たしている。その上達ぶりを是非見て貰おうと、
今日はアズグラッドを我が家に迎えているのだ。いつもは俺の仲間
と戦う為に地下の鍛錬場に直行するからな、この戦闘狂。一先ず戦
闘力順に戦わせてみたが、今のところボガやムドファラクには勝利
を収めるものの、ダハクに全敗中のようだ。未だ身内の枠から抜け
出せていない。リオンとアレックスの出番はまだまだ先である。
﹁⋮⋮マジでメイドやってんのな、お前ら﹂
アズグラッドは感動のあまり溜息を漏らしているようだ。決して
呆れている訳ではない。たぶん。
﹁長年竜として生きてきましたが、こんなことをさせる人は初めて
ですよ﹂
﹁部隊にいた頃よりも忙しい気がします⋮⋮﹂
1126
カップに茶を注ぎながら苦笑いするロザリアと、少し涙目なフー
バー。
﹁こう見えてフーバーは俺が見てないところでよくサボる癖があっ
たからな。教えるにも大変だったんじゃねぇか?﹂
﹁安心しろ、エフィルが指導しているんだ。一人前の立派なメイド
にすることを約束する﹂
﹁そ、そうか。趣旨が変わっている気がするが、まあ頑張れよ⋮⋮﹂
﹁うう、賄いが美味しいのが悔しいです⋮⋮﹂
茶が行き届いたところでクッキーを一口。リュカが作ったものに
はまだまだ及ばないが、普通に美味しい。数日でここまでのものを
作れれば上出来だ。
﹁それで、ここでの生活には慣れたか? 王族には宿住まいは窮屈
だろ?﹂
ロザリアらは住み込みで働いているが、アズグラッドには名前を
伏せてもらい、クレアさんの﹃精霊歌亭﹄にて寝泊りしてもらって
いる。服装も流れの冒険者の出立ちとなり、首輪もスカーフで隠し
ているので目には付かない。
﹁そんなことはねぇ。軍じゃ野営が当たり前、屋根があるだけ幸せ
ってもんだ。オマケに飯も美味い。文句の付け所がねぇよ﹂
﹁そいつは良かった。あの宿は俺の一押しなんだ。新米の頃よく世
話になったもんだ﹂
﹁ったく、とてもじゃないが敗軍の将の扱いじゃない。トライセン
で培った感覚が逆におかしいのかと疑っちまうぜ﹂
トライセン本国に攻め入るまでの間、アズグラッドには冒険者紛
1127
いのことをしてもらっている。信頼できる部下をアズグラッドとフ
ーバーに選別、説得してもらい、傭兵として戦列に加えることにし
たのだ。ちなみに選別した上でセラに色々自白させているので裏切
ることはまずない。数十人とその相棒竜による新生﹃竜騎傭兵団﹄
の結成である。
﹁傭兵の評判は良いじゃないか。リオが討伐依頼をどんどんこなし
てくれるって褒めていたぞ﹂
﹁それもお前んとこのパーティの出涸らしばっかじゃねぇか⋮⋮ まあ準備運動には丁度いいが﹂
﹁あ、あのう、私もたまには出撃したいのですが⋮⋮﹂
﹁メイドとして独り立ちしたらな﹂
﹁うう⋮⋮﹂
フーバーまで出てしまってはわざわざメイドに変装している意味
がないではないか。アズグラッドについては分かる奴には直ぐ分か
ってしまうので、いっその事部隊を率いさせて戦力になってもらっ
ているだけなのだ。大人しく目の保養になってもらいます。
﹁そういえば最近コレットを見掛けないな﹂
パーズに帰って来たばかりの頃はうざい位に屋敷を訪ねて来たも
のだが、最近はめっきりだ。メルフィーナなどは逆に不安になって
しまっている。気がかりにより食も進まないようで、昨日なんてお
かわりを5回しかしていなかった。
﹁デラミスの巫女か? デラミスから軍が到着したから忙しいんだ
ろうよ。何せ後数日もすれば三国の準備が整うんだからよ﹂ ﹁だといいんだけどな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮前にシュトラから聞いた話なんだが、ケルヴィンと巫女は恋
1128
仲なのか?﹂
いいえ、彼女は狂信者です。
﹁断じて違う﹂
﹁どっちでもいいんだけどよ、シュトラがお前のことを巫女をも落
とす好色男だと言っていたぞ。それでデラミスとの繋がりを作った
疑いがあるだの何だの。あとハレンチだの﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁おい、否定しろよ﹂
かなり的を外してはいるが、方向性は間違っていない。こいつの
妹の情報網やばいな。
﹁まあいい、俺はそろそろ行くとするぜ。ロザリア、フーバー。な
かなか美味い茶と菓子だった。またご馳走してくれ﹂
﹁ええ、喜んで﹂
﹁行くって、またダハクに挑戦するのか? あいつ、今日は屋敷に
いないぞ﹂
﹁ああ? 来れば畑作業か庭の剪定ばかりしてる黒竜がか?﹂
あまり言ってくれるな。あれでも﹃建築﹄スキルを持っていたり
と有能なんだから。
﹁プリティアに会いに行ったみたいでね。今日の試合はお預けだ﹂
﹁マジか。ッチ、なら日を改めるか﹂
アズグラッドが席を立つ。
﹁ああ、ちょっと待ってくれ。時間があるなら頼まれ事をしてくれ
1129
ないか? こいつを冒険者ギルドのリオに届けてほしいんだ﹂
﹁手紙か? こんなの、自分で届ければいいじゃねぇか? 直ぐそ
こだろ﹂
﹁俺もこれから急ぎの用があってさ。悪いが頼むよ﹂
俺は手紙をアズグラッドに差し出す。
﹁まあ、これからギルドに依頼を取りに行くとこだからいいけどよ。
ギルド長にだな?﹂
アズグラッドは俺の手紙を受け取り、屋敷を後にした。俺とエフ
ィルは互いに頷き合う。さて、俺の方も例の作戦に移りますか。お
っと、その前に︱︱︱
・・・・
﹁ロザリア、フーバー。俺とエフィルはこれから少し出掛けて来る。
先輩メイドであるエリィとリュカの言うことをよく聞くんだぞ﹂
﹁承知致しました﹂
﹁⋮⋮またデートですか?﹂
俺とエフィルが何とも言えぬ顔をする中、ロザリアがぽかりとフ
ーバーの頭を叩くのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・ギルド長の部屋
﹁ってことだ。確かに渡したぜ﹂
1130
アズグラッドはケルヴィンとの約束通り、受け取っていた手紙を
リオに渡す。さて、用件は済んだ。依頼でも探すかとアズグラッド
は部屋を出ようとする。
﹁すまない、ケルヴィン君と会ったのは何時頃だい?﹂
不意に手紙の中身を読んでいるリオに呼び止められた。その表情
はなぜか厳しい。
﹁ほんの30分前だ。それがどうした?﹂
﹁30分、もう間に合いそうにないな⋮⋮ まさか、彼女らもこれ
に合わせて⋮⋮﹂
呟きながら頭を抱えて考え込むリオに、アズグラッドは何のこと
なのか理解できないでいた。
﹁⋮⋮これを見たまえ﹂
﹁さっきの手紙か? これが何だという︱︱︱﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱ギルド長へ
思ったよりも時間がかかっているようなので、先にトライセン本
国に向かいます。そちらも三国の侵攻準備が完了次第、こちらに来
てくださいね。敵はあの魔王です、ゆっくりでいいですよ! お互
い全力を尽くして頑張りましょうね! ではでは。
1131
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁あと数日も我慢できなかったらしいな。いや、文面からして始め
からこれが目的だったのかな? どちらにせよ、全くもってケルヴ
ィン君は手に負えない﹂
その日、ギルド長の部屋より地を揺らす程の奇声が鳴り響いたと
受付嬢アンジェは後に話す。
1132
第157話 巫女演算
アズグラッドが屋敷を出た後、こっそりとパーズを抜け出した俺
たちは人目に付かない所で召喚を解除していた仲間を再召喚する。
ダハクは留守にしていると言ったが、実際は全員俺の魔力内に潜ん
とりぶん
でいたのだ。全ては単身でトライセンに向かう為。だってさ、よく
よく考えてみろ。大人数で向ったとしても俺らの好敵手が減ってし
まうではないか。ロザリア達にはエリィとリュカの指示に従うよう
にと言い伝えてあるし、アズグラッドが竜化したロザリアに騎乗し
て追いかけて来ることもないだろう。あいつにはあいつの役割を用
意しているしな。
﹁よし、皆召喚されたな? ダハク、ボガ、ムドファラク。まずは
明日中を目標に大渓谷の城塞に向うぞ﹂
﹁お言葉ですが兄貴、直に走った方が速いんじゃないですかい? 俺らが空飛んでも、たぶん兄貴の足より遅いッスよ?﹂
﹁んー、それはそうなんだが⋮⋮﹂
﹁え⋮⋮ お空を飛んで行かないの⋮⋮?﹂
リオンが悲しそうな表情をする。目には涙を溜め、今にも泣きそ
うである。その後ろではオーラから般若を出現させたジェラールが
静かに控え︱︱︱
﹁兄貴、お嬢! 俺らに乗ってください! 全速力かつ快適な空の
旅を約束するッス! ボガ、ムドファラク、死ぬ気で飛ぶぞぉ!﹂
﹁いや、そこまで気合入れなくてもいいから。ジェラールも止しな
さい﹂
﹁ハッ! ワシとしたことが、無意識に⋮⋮﹂
1133
何もリオンが可愛いからというだけの理由で空を行く訳ではない。
ガウンから帰途に着いている﹃鉄鋼騎士団﹄がトライセンに到着す
る時間を換算し、調整しているのだ。アズグラッド曰く、将軍のダ
ン・ダルバはトライセン最強の戦士と名高いらしいからな。これば
かりは逃せない。絶対戦う。
﹁えへへー﹂
満足気なリオンがムドファラクに乗り込むのを期に、俺らもそれ
に続いていざ出発である。竜の巨体が宙に浮かび、大空へと駆け上
る。俺はダハクらに敏捷強化を施しながら高鳴る心を押さえるのだ
が、その心とは裏腹に何とも言えぬ予感を感じていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱朱の大峡谷・剛黒の城塞
大方予定通りの時刻に剛黒の城塞に俺たちは到着した。だが、城
塞で俺たちを出迎えたのは予想外の人物だった。
﹁⋮⋮で、何で君らがいるのかな?﹂
﹁メル様とケルヴィン様の行動を予測致しました!﹂
﹁女の勘を頼りにコレットちゃんを追って来たのよぉ!﹂
このところ姿が見えなかったコレットと、皆大好きゴルディアー
ナお姉さんである。ええ、大好きですからボディビルダーも真っ青
1134
な渾身のサイドチェストを決めながら威圧するのは止めてください。
そこに乙女要素は微塵もないです怖いです。
話の詳細を聞くに、コレットは俺らパーティの行動原理から連合
軍を出し抜いて逸早くここに来ることを推測し、数日前にペガサス
に乗ってパーズを出発していたそうなのだ。偶然にもその現場を見
ていたプリティアは類稀なるその感性で何かを感じ取り、その足で
コレットを追いかけて来たと。パーズにはデラミスからの援軍もや
って来てるし、迷いなく追いかけることを選択したらしい。
﹃道理で最近平和だと思ったよ!﹄
﹃全くじゃ!﹄
﹃クソッ、だからいくら探してもいなかったのか!﹄
我らパーティ男勢は思い思いの叫びを共有する。一人方向性の異
なる奴もいるが、気にしてはならない。いや、今はそれどころでは
ないか。まさか俺の行動を先読みされるとは思わなかった。しかし
︱︱︱
﹁その予言じみた予測能力には参ったが、これからどうする気だ?﹂
﹁神の名の下に、魔王を討伐されに行かれるのですよね? ならば
私も同行致します﹂
﹁コレット、分かってると思うがお前は連れて行けないぞ。S級冒
険者であるプリティアは兎も角、トライセンは敵陣の真っ只中。い
くら俺らでもコレットを護りながら突破するのは難しい﹂
これまでのトライセンとの戦いは防衛側だった為、地の利はこち
らにあった。次の戦いはその逆、兵力などあらゆる要素があちらが
有利、とてもではないがデラミスの重鎮であるコレットを連れては
行けない。
1135
﹁ケルヴィン様、お忘れではないですか?﹂
﹁ん?﹂
﹁これでも私は召喚士です。自分の身は自分で守りますよ。ほら︱
︱︱﹂
コレットが右手を掲げ、魔法陣を作り出した。やがてそれは輝き
出し、コレットの配下が顕現する。
﹁⋮⋮巫女様、迂闊に能力を晒すのはお止しください﹂
姿を現したコレットの配下は、神聖騎士団団長のクリフであった。
おお、この人コレットと契約していたのね。
﹁黙りなさい、クリフ団長。今私は大事な交渉の最中なのです。こ
れによってはデラミスの未来が左右されると知りなさい﹂
巫女様モードとなった凛々しいコレットがクリフを叱責する。と
言うか、普段の彼女はこれが普通なのだろう。最近はちょっと興奮
することが多過ぎてハジケ過ぎただけなのだ。できることなら俺や
メルの前でも巫女様の君でいてほしい。
﹁クリフ団長のレベルは86、召喚術によるステータスの強化もあ
りますし、十分に戦力に成り得るはずです。それに、私を連れて行
けば独断での行動を後に責められることもないですよ﹂
﹁⋮⋮なるほど。デラミスの巫女であるコレットが同行することで、
作戦に正当性を持たせるのですね? いざという時に、自分が立案
した策だと公言する為に﹂
﹁その通りです! 流石はメルフィ⋮⋮ メル様﹂
1136
本性が出かけていたことについては目を瞑るとして、それでは下
手をすればコレットが責任を問われるのではないか?
﹃魔王が出現した際、デラミスの巫女の発言力は大幅に増します。
曲がりなりにもこの世界で私の声を聞くことができるのはコレット
のみですからね。作戦さえ成功すれば他国から文句を付けられるこ
ともないでしょう﹄
と思ったのも束の間、メルフィーナからフォローされる。うーむ、
要は俺らが魔王討伐をしくじらなければ何の問題もないと。あれ?
ひょっとしてコレットは俺やメルフィーナの為を想ってここまで
してくれているのだろうか? だとすれば、自分の欲望に従ってメ
ル様に付いて行きクンカクンカしたいです! とか考えていると勝
手に想像していた自分が恥ずかしい⋮⋮
﹁ケルヴィンちゃん、私も悪い提案じゃないと思うわん。クリフ団
長は現神聖騎士団の最高戦力だし、コレットちゃんには他にも配下
がいるのでしょう? これ以上の味方はそうそうないわよん?﹂
﹁⋮⋮分かった、分かったよ。但しコレット、自分の命を第一に考
えて行動しろ。それが最低条件だ﹂
﹁ありがとうございます! 不肖ながらこのコレット、配下と共に
全霊を尽くすことをお約束致します!﹂
﹁全てを賭けるなって⋮⋮ まあ、ここに魔王討伐同盟結成ってこ
とか︱︱︱﹂
﹁ちょっと待ったー!﹂
渓谷全域に響くような大声。その音源は城塞の中からであった。
その場にいる全員の視線が城塞内部へ続く扉に集まり、やがて扉が
勢い良く開いていく。
1137
﹁俺も行くぜェアアァーー!﹂
顔を認識した瞬間にゴマに殴り飛ばされるサバト。最早これは持
ち芸と称するべきだろうか。
﹁いきなり大声出さないでって何時も何時も言ってるでしょうが。
あ、皆さんこんにちは。私たちもご一緒してよろしいでしょうか?﹂
殴り飛ばした当人はしれっと同伴を願い出て来るし、この王女様
も本当に肝が据わっている。
﹁ハァ、もう纏めて面倒見るよ⋮⋮ 魔王討伐同盟、ファイ⋮⋮﹂
﹁ケルヴィン、やる気出して!﹂
俺、プリティア、コレット、サバトら各パーティによる魔王討伐
同盟がここに誕生した。
1138
第158話 奴隷商の兄妹
︱︱︱トライセン・城下町
トライセン城は城下町からやや離れ、小高い丘の上に建てられて
いる。トライセン領の地域は基本砂漠が広がるばかりであるが、唯
一首都付近は緑生い茂る平原だ。城と街は分厚い城壁に囲まれ、首
都たる城下町の正門からは馬車が数十の列を成していた。その多く
は他の街より行商に訪れる商人である。トライセンの城下町に入る
際は商人であろうと国公認の身分証が必要であり、積荷を厳重に取
り調べられる。加えて今は戦時中である為に尚更検問は強化され、
列を作るほどに商人達は待たされているのだ。
﹁次の者!﹂
馬車が検問を終え前に進むと、門兵が次の馬車を呼ぶ。奴隷商か、
と門兵らはすぐさまに思った。荷台の上に檻を置き、その中には奴
隷と思われる獣人や人間が捕らえられていたのだ。馬車が門の前に
差し掛かると、門兵らが進路に立ち道を塞ぐ。
﹁これはこれは兵隊様、いつもお世話になっております﹂
﹁お世話になってまーす﹂
商人らしき実直な青年がにこやかな笑顔を隊長格である門兵に向
ける。その隣に座るのは妹だろうか。青年と同じ黒髪で人懐っこい
笑みを浮かべている。声には出さないが、その隊長には奴隷商を業
とする兄妹には見えなかった。
1139
﹁積荷を確認させてもらう。それと身分証を出してくれ。まあ、見
た感じ奴隷商のようだがな﹂
﹁ええ、見ての通りの若輩で漸く独り立ちしたところです。本日は
城下町のヘレルトン奴隷商会に卸す商品をお持ちしまして⋮⋮ ど
うです? 此度はどれも一級品ばかりでしょう。きっと高値で売れ
ますよ﹂
﹁羨ましいことだな﹂
﹁身分証は、ええと、どこにやったかな⋮⋮ 先に積荷を確認して
頂いても?﹂
﹁ああ、構わない。おい、全員の顔を確認しろ。自慢の一品らしい
ぞ!﹂
﹁へえ、そりゃあ楽しみだ!﹂
命令された門兵のひとりは荷台に登り、ジロジロと値踏みするよ
うに檻の中を覗き込む。奴隷は一様にフードを深く被り、顔半分が
見えない状態であった。
﹁おい、フードを外して顔を見せろ﹂
僅かにほくそ笑む門兵が声を掛けたのは檻の脇にいた燃えるよう
に真っ赤な髪の女。ローブの上からも抜群のスタイルであることが
読み取れる。要はそういった感情に基づいて真っ先に指名したのだ
ろう。その女がゆっくりとフードを下ろした。
﹁おお、確かにこの奴隷はとんでもない上物だ、な⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮おい、どうした?﹂
動きを止めた部下を不審に思った隊長が尋ねる。
﹁⋮⋮いやぁ、それが見たこともない美人で。驚きの余り止まっち
1140
ゃいましたよ﹂
﹁おい、お前鼻血が出てるぞ⋮⋮ 何を想像してるんだ。しっかり
仕事をしろ!﹂
﹁すんません、手配書の特徴ではないです。問題ない。さ、次の奴
も顔を見せるんだ﹂
門兵の男は鼻血を拭い、次の奴隷へと興味を移していた。後の奴
隷も問題はなく、積荷の確認はクリアされたようだ。
﹁全く︱︱︱﹂
﹁ああ、こっちの上着に入っていたか。兵隊様、ありましたよ!﹂
﹁そそっかしいことだな。大事な物なんだ、ちゃんと管理するんだ
ぞ﹂
﹁気を付けます。さ、どうぞご確認ください﹂
﹁どれ⋮⋮ ん?﹂
青年から受け取った身分証は確かに国が発行したものであった。
国章が押され、青年の名前が記されている。 ︱︱︱ただひとつの
おかしな点を除いては。
︵これは、何かの滲み?︶
目に付いたのは赤いインクを零したような滲みであった。赤で染
められたそれを凝視すれば、段々とその浸食が広がっていくように
も見え、遂には立体的に現れるようになり︱︱︱
﹁⋮⋮問題ないようだな。通ってよし!﹂
最後の認証である身分証に篭められた魔力判定を、専用の器具で
判定し終えた隊長が高らかに宣言する。
1141
﹁ありがとうございます。では⋮⋮﹂
﹁ありがとー!﹂
身分証を返された青年はゆっくりと馬車を出発させる。元気な女
の子のお礼を背に、門兵達は不思議と暖かな気持ちになるのであっ
た。
﹁このあたりでは見ない若者でしたね。あの歳で奴隷商として独り
立ちとは大したものです。妹さんの方も実に可愛らしくて⋮⋮﹂
﹁ああ、それにとても誠実で爽やかで顔立ちが良く素晴らしく格好
の良い青年であったな。彼には是非成功してもらいたい。ふふ、実
に好みだ﹂
﹁え? ええ、そうです、ね⋮⋮?﹂
隊長の思いもよらぬ返答に一応は肯定する部下であったが、持ち
場に戻ったところで隣の同僚に耳打ちをする。
﹁な、なあ。隊長ってこっちなのか?﹂
﹁何言ってんだ? 隊長は奥さんがいるぞ﹂
﹁そ、そうか。気のせいだよな、うん⋮⋮﹂
街中へと消えて行く青年の馬車を振り向きざまにもう一度見て、
門兵は先程の台詞を聞かなかったことにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
夜風が吹き、壁の隙間から入り込む冷たい空気が肌に触れる。こ
1142
こはスラム街の一角にある廃屋、数年前まで名も知らぬ誰かが住ん
クリーン
でいたのか、埃を被っているものの家具一式は置かれたままの状態
である。ベッドやソファに清風の魔法をかけ、多少なりに清潔にし
て腰掛ける。うん、座り心地は悪くない。
﹁ご主人様、何とか潜入することができましたね﹂
﹁ああ、空を飛べば関所も関係ないからな﹂
朱の大渓谷から真っ直ぐトライセンに向かって来た我々であるが、
道中には幾つもの関所があった。だが雲の上より進み、更にはメル
フィーナの白魔法による光学迷彩にも似た不可視化の前には全くの
無意味である。本来この空域を警備する筈の竜騎兵団は敗れ去って
いる。俺たちは悠々と空を旅し、トライセンの城下町に辿り着いた
のだ。まずはそこからの潜入方法を説明しよう。
この国を覆う城壁に沿って空には障壁が施されている。魔導士が
何人がかりで作り上げているのかは不明だが、俺の目から見てもか
なり強力なものだ。耐久力もさることながら、魔法の発動可能領域
である魔力圏内を遮断する働きがある。俺やコレットの召喚術も例
外ではないようで外から内部へ配下を召喚するができなかったのだ。
かと言って無理に城壁や障壁を破壊すれば警備に気付かれる可能性
がある。
では、俺たちはどうやって街に侵入したのか? いえ、普通に正
アダマンランパート
門から入りましたよ。クロトから取り出すは何の変哲もない大き目
の荷車、これに絶崖黒城壁を檻状にしたものを乗っければ、奴隷商
人が扱う馬車に早変わり! トライセンで奴隷商が盛んであること
を逆手に取り、ジェラールが御者を、エフィルが昔作った﹃演劇﹄
スキル上昇効果のある服で俺が商人に変装し、騙し通る作戦だ。リ
オンはそのまま妹の役柄、セラとメルは商人の妻役を互いに譲らな
1143
かったが、ガチバトルに発展しそうだったのでその役は取り止めさ
せた。アレックスはリオンの影へ、人型になれないボガ、ムドファ
ラクも魔力内に戻し、申し訳ないが他のメンバーは檻の中で囚われ
た奴隷役である。ちなみに馬はコレットのペガサスを採用、翼を隠
すのにも一苦労だったが、他に適役がいないので仕方ない。ここで
コレットが﹁私めが!﹂みたいな顔をしていたが流石に無視した。
ここでの鍵はセラの固有スキル﹃血染﹄だろう。檻の中で奴隷役
を演じたとしても、顔を確認されればデラミスの巫女であるコレッ
トやガウンの王族であるサバトとゴマは身分がバレる可能性がある。
プリティアなんて前情報があれば絶対にバレるほど特徴的だ。それ
を防ぐ為にセラにわざと薄着をさせ、色欲に塗れた門番が最初に確
認させるよう仕向けたのだ。後は﹃血操術﹄で血を操り、気付かれ
ないように血に触れさせて門番を操作する楽なお仕事である。奴が
ホモだったらどうしようかと一瞬頭を過ぎったが、それでもセラの
実力ならば、例えサバトやプリティアに向かったとしても感付かれ
ることなく楽勝だったろう。
後の難所と言えば身分証の提示であるが、これはコレットの情報
を基にメルフィーナに作成してもらった。生成されたものは見た目
だけならば完璧と言わしめる出来、しかしここでも困ったことに、
本物の身分証は特殊な魔力を帯びているそうなのだ。偽装した身分
証ではそこまで真似ることができず、調べられればアウトである。
まあ結局はここもセラが身分証に血を仕込み、門番を操ることで脱
することができたのだが。
﹁あの門番達も暫くは操れそうよ﹂
⋮⋮だそうだ。本当に強力だよね、そのスキル。
1144
さて、トライセンの首都たる城下町へ侵入した俺たちは、一先ず
情報収集と拠点を見繕うことにした。アズグラッドから聞いている
情報では、この障壁は緊急時のもので普段は発動させていないそう
だ。強力ではあるが維持するには燃費が悪く、こんなものがあって
は竜騎兵団にとっても邪魔でしかないからな。それほどまでにトラ
イセンが追い詰められているのかと思えば、城では連日連夜貴族様
を招待しての社交パーティーが開かれているようである。全く以っ
て意味不明だ。調査した限りでは魔法騎士団は入城しているが、ダ
ン率いる鉄鋼騎士団はまだ到着していない。
拠点については第一の候補に挙がっていた冒険者ギルドを訪ねよ
うと考えはしたのだが、あそこはトライセンの連中の監視が強く、
拠点とするには適していない。ましてやそこのギルド長と知り合い
と言う訳でもないし、不用意に信頼できる相手でもない。除外だ。
そして巡り巡って落ち着いたのがこの廃墟である。
﹁コレットの計算によれば、明日あたりにダンが戻って来る。その
ときが勝負だな﹂
﹁なあ、鉄鋼騎士団が戻って来る前に攻めた方がいいんじゃないか
? って何だよその可哀想なものを見るような目は!﹂
サバト、お前は何を言っているんだ。
1145
第158話 奴隷商の兄妹︵後書き︶
気がつけば一周年でした。
そうか、もうなのか⋮⋮
これからもよろしくお願い致します。
1146
第159話 偽りの凱旋
︱︱︱トライセン・城下町
ダンと鉄鋼騎士団がトライセンに到着したのはケルヴィンらが城
下町に侵入した翌日、それも日が暮れる頃のことだった。機動力に
乏しい攻城兵器をマジックアイテムに収納し、軍馬を走らせ急遽戻
って来たとは言え、彼らの基本装備は全身を覆う白金の鎧である。
速さを重視するにも限度があったのだ。
︵くそっ、思ったよりも時間をかけてしまったか⋮⋮! しかし何
なのだ、この状況は?︶
ダンは正門を潜ってから不審に感じることがあった。城へと向か
うダン一行を発見した城下町の住民達の反応である。
﹁おお、ダン将軍率いる鉄鋼騎士団だ!﹂
﹁キャー! ダン様ー! ジン様ー!﹂
﹁流石はトライセンが誇る最強の戦士! ハハッ、我が国は安泰だ
な﹂
﹁トライセン万歳! ダン将軍万歳!﹂
姿を見るや否や、割れんばかりの歓声が街中を包み込む。予定外
に予想外な国民の有り様に、ダンの下で鍛え抜かれた熟練の騎士達
も動揺を隠せないでいた。勝利を収めての凱旋ならまだしも、今回
の戦いは自ら戦場より撤退したようなもの。このような出迎えを受
ける道理はないはずなのだ。
1147
﹁将軍、これは一体⋮⋮?﹂
﹁分からん。だが、何が起きようとも平静を保て。まずは城へ急ぐ
ぞ﹂
噂が噂を呼び、次々に集結する国民達。人々が城への道を開け、
口々に賞賛の言葉を投げ掛ける。英雄の凱旋、ピタリのその言葉が
当て嵌まる光景が眼前に広がるも、騎士団は憂心を抱くばかり。先
ほど副官であるジンを戒めたダン自身もまたその一人であった。
﹁ねえ聞いた? 魔法騎士団に引き続き、ガウンの亜人共を相手に
圧勝されたそうよ﹂
﹁聞いたも何も、王直々に御達しがあったじゃないか。開戦前にガ
ウンが降伏ってさ。トライセン軍に恐れ戦くのも当然だけど、これ
じゃあ支配のし甲斐もないよね﹂
﹁うふふ、まあこれも常勝国の定めなのよ﹂
ふと聞こえて来たのは、道端の夫婦の会話。
︵国王自らが、偽りの公表を⋮⋮?︶
夫婦だけでなく、国民らは全員国王の言葉を疑う様子がない。少
し考えればそんなことはありはしないと一笑に付す事柄、あたかも
疑問視を放棄するかのように信じ込んでいるのだ。
︵この現象は我々と同じ⋮⋮ 国王が魔王であるとのレオンハルト
の言。まさかとは思いたい。だが言及されるに至るまで、我が騎士
団の誰一人として、その可能性を疑う者がいなかったのもまた事実。
国王の変貌にトライセンを除く地域でのモンスターの活性化、更に
はトリスタンの暗躍を黙認。やはり︱︱︱︶
1148
ダンが目指すは国王との直接対面と、シュトラの安否確認。そし
て、救出︱︱︱ 時期国王の第一候補であったアズグラッドはパー
ズとの戦いで敗れ、竜騎兵団はひとりとして帰る者がおらず、全滅
した。愛弟子であり敬愛していたアズグラッドの死を考えたくはな
いが、今はそれどころではない。王族の血を残さなくてはこの国は
崩壊するのだ。愚かな他の王子達が継いだとしてもそれは同様だろ
う。何としてでもダンはシュトラを護り抜く必要があった。
﹁ジン、お前の隊は裏から城へ向かえ。ここからは何が起こるか予
想がつかん。何を犠牲にしてでもシュトラ様のお命を優先するのだ﹂
﹁了解です。将軍は?﹂
﹁ワシもシュトラ様の救出に向かうが、可能であれば王とも会って
おきたい﹂
﹁な、何を言っているんですか! シュトラ様が第一なんでしょ!
それに魔王には勇者の攻撃しか通用しないんですよ! いくら将
軍とは言え︱︱︱﹂
﹁矛盾しているのは承知の上だ。だがな、これでもワシは国王の懐
刀なのだ。真偽を確かめ、王に義理を通す必要がある﹂
﹁将軍⋮⋮﹂
ジンからは先頭を走るダンの表情は見えない。だがその背中はど
こか寂しそうな、哀愁漂うものであった。父親に共感し、少しセン
チメンタルな気持ちになっていたジンであった︱︱︱
﹁まあワシであればちょちょいとシュトラ様を助け出し、国王を説
き伏せることも余裕だがな!﹂
振り返ったダンの顔には満面の笑み。対称的に無表情になるジン。
彼の感傷的な感情は冷え込むのも早かったようである。
1149
﹁⋮⋮それじゃ俺、そろそろ行きますね﹂
﹁ああ、行って来い。出番はないと思うがな﹂
城下町を抜け、人々の影はもういない。
﹁⋮⋮親父、死ぬなよっ!﹂
ジンの隊が城へ導く石畳を逸れて消えて行く。
﹁あやつめ⋮⋮ お主ら、ワシに続けぇ!﹂
﹁﹁﹁おうっ!﹂﹂﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城
城下町を抜け石畳道を暫く走れば、見えて来るはトライセン城を
丘沿いに囲う第二の城壁。この城壁を突破するには正門を通るか、
秘密裏に存在する裏の入り口を使うしかない。外の城壁と同様に空
には障壁が展開されており、平時ならまだしも現在はそこから侵入
する方法がない為だ。
﹁鉄鋼騎士団将軍、ダン・ダルバである! 門を開けよ!﹂
正門は堅く閉ざされ、本来門兵として控える者達の姿もない。夕
刻の空にダンの声が虚しく響くのみであったが、寸刻が経ち城より
人影が現れるのが見えた。
1150
﹁これはこれは、ダン将軍ではありませんか! 随分とお早い帰還
ですなぁ。流石は真の英雄、戦わずして勝利を掴むとは。このトリ
スタン、将軍の手腕に感服せざるを得ませんよ﹂
﹁トリスタン⋮⋮!﹂
よりにもよってトリスタンである。最も面倒な奴と出会ってしま
った、ダンは心底そう思った。
﹁何が早いものか! 戦わずしてトラージより逃げ帰ったのは貴様
であろう!﹂
﹁はて、何のことでしょうか? 私と魔法騎士団はトラージに勝利
を収めましたよ。国民の皆さんもそう言っていたでしょう﹂
﹁貴様⋮⋮! もうよい、兎も角門を開けてくれ。国王とシュトラ
様に話がある﹂
﹁ふむ、困りましたね。そのどちらもできません﹂
・・
お決まりの芝居じみた口調でトリスタンは首を傾げ顎に手を添え
る。
﹁何だと?﹂
﹁国王は現在シュトラ様を教育中です。部屋には誰も通すなとのこ
とでしたので、ダン将軍であろうとお会いすることは叶いません﹂
﹁⋮⋮クッ﹂
状況は不味い方へと傾いていた。仮にトリスタンの言葉を信じる
とするならば、国王とシュトラは同じ場所にいる。姫の救出と真偽
の見極め、いずれにせよ困難となる。
﹁それに城では国の重鎮を招いての宴の真っ最中です。将軍らのよ
1151
うに武装した者はお客様をいたずらに怖がらせてしまいます。どう
か、本日はお引取りを⋮⋮﹂
﹁ふう、それよりもまずの課題はここの突破か﹂
胸に手を当て畏まるトリスタンであるが、ダンは最早彼を見てい
ない。ゆっくりとした動作で背にある剣の柄に手を伸ばし︱︱︱
﹁ああ、ダン将軍申し訳ありません。たった今、お引取り願うのも
難しくなりました﹂
﹁⋮⋮何?﹂
ズガァーン!
ダンと鉄鋼騎士団の面々の背後より、何か巨大な物体を落とした
かのような轟音が鳴る。一同が振り向き、何が起こったのかを確認
する。
﹁あれは⋮⋮ 竜騎兵団の古竜!﹂
﹁生き残りがいたのかっ!﹂
そこにいたのは竜騎兵団が誇る古竜、岩竜ボガであった。部下達
は同胞の帰還に歓喜する。深手を負っている様子はなく、むしろ出
陣して行った際よりも元気そうである。その場で特大の雄叫びを上
げるほどに。
﹁騎乗している兵はいるか?﹂
﹁ここからではよく見えん、もっと近づいて︱︱︱﹂
﹁各員、戦闘態勢。攻城兵器もあるだけ出せ﹂
﹁え? こ、攻城兵器ですか?﹂
1152
ダンが出した命令はボガの保護ではなく、撃破であった。
﹁この障壁が張られた中、奴のように巨大な竜がどこから現れた?
竜騎兵団とは別の得体の知れない力を感じるわい。ボガもやる気
のようだしな﹂
ボガは姿勢を低くし、今にも地面を蹴って走り出そうとする体勢
だ。向かう先は正門である。
︵⋮⋮本当に危ないのは竜の背にいる者のようだがな︶
﹁分かっていると思いますが、門は開けませんよ? 城の防衛が第
一です﹂
﹁ッハ、これも貴様の策略ということか!﹂
﹁そんなことはないですよ。私にとっても想定外の出来事です。ふ
む、火急の事態ですね⋮⋮ ダン将軍、私は急用ができましたので、
これで失礼します﹂
﹁⋮⋮貴様、後で覚えておれよ﹂
﹁期待して待っておりますよ。では﹂
ボガが突撃を開始したのは、トリスタンが背を向けるのと同時で
あった。
1153
第160話 狂乱の会食
︱︱︱トライセン城・パーティー会場
トリスタンが戻った先はトライセン切っての貴族や富豪が集まる
パーティー会場であった。必要以上に華美に豪華にと目が焼けてし
まいそうな会場に内心溜息をつきたくなるトリスタンだが、趣味趣
向が合わなくとも相手は莫大な影響力を持つ大切な客人、そうも言
っていられない。
ゼルを絶対的な頂点とするトライセンであるが、各地に傭兵団を
囲い国内の奴隷商を牛耳る有力者達の力も侮れるものではない。彼
らは言わば、裏社会に通じる影の王なのだ。トリスタンは彼らを利
用し、煽て、逆手にとることで連合国にぶつけようとしていた。そ
の為の宴、その為に耐え忍んだ。全ては竜騎兵団の代用品として。
﹁おお、トリスタン将軍。今までどちらに?﹂
﹁唐突に会場から出て行かれましたので驚きましたわよ。オホホ⋮
⋮﹂
﹁トリスタン殿、先程の縁談の件、どうですかな?﹂
パーティー会場に戻るなり、小太りの富豪とその婦人が話し掛け
てくる。それだけではない。我先にと次々に醜い人の波がトリスタ
ンに押し寄せて来ていた。表向きの顔は皆笑顔であるが、誰も彼も
が少しでも立場を良くし、この戦争で発生する甘い汁を吸おうと群
がっているのだ。トリスタンからすれば虫けら程度にしか見えない。
﹁皆様方、大変失礼致しました。たった今、鉄鋼騎士団将軍のダン・
1154
ダルバ殿が帰還しまして、そちらの出迎えに向かっておりました。
無事ガウンに勝利し、敵を殲滅したとのことです﹂
トリスタンの言葉に会場は色めき立つ。
﹁なんと、ダン将軍も!?﹂
﹁素晴らしい! 我が国は無敵ではないですか!﹂
﹁あ、あなた、それではジン副官も戻っているのではなくて? そ
ちらにも娘の︱︱︱﹂
﹁うむ。それが良い!﹂
国民と同じく、誰一人としてトリスタンの言葉を疑う者はいない。
仮に勝利したとしても、軍の中核人物であるダンが最前線であるガ
ウンを離れ、トライセンに帰還することなどありえないと言うのに。
それどころか欲を曝け出し、中には会場を抜け出し自らダンを迎え
ようとする者もいた。
﹁落ち着いてください。ダン将軍は国王との謁見がございます。ま
ずは報告をせねばなりませんので﹂
﹁ゼ、ゼル国王との? そ、それは仕方ありませんな⋮⋮﹂
﹁ええ、公務を優先すべきですからね。オホホ⋮⋮﹂
ゼルの名を出した途端、重鎮らは人が変わったかのように静かに
なる。国王への不敬は死。そのトライセンの慣わしが魂に恐怖を刻
むのか、それとも︱︱︱
﹁まさか、国王様がここ数日姿を見せなかったのも?﹂
﹁はい、ダン将軍の勝利を確信して待たれていたのです。真っ先に
騎士団を迎え、勝利を称える為に。シュトラ様も同様ですよ﹂
﹁さ、流石は王族の方々ですな、ハッハッハ⋮⋮﹂
1155
﹁ああ、それと皆様に良い知らせと悪い知らせがございます﹂
﹁知らせ、ですかな? それは一体?﹂
﹁マダム、どちらからお伝え致しましょうか?﹂
﹁ホホ、私ですか? ええと、では良い方から⋮⋮﹂
﹁畏まりました﹂
パーティー会場の壇上に移動したトリスタンに注目が集まる。
﹁此度は皆様にビッグニュースがございます。先の遠征で不幸の死
を遂げた美顔の騎士、クライヴ・テラーゼ将軍が一命を取り留め、
長き休養を経て戦線に復帰することになりました!﹂
ざわめきはこれまで以上となり、客人達は互いに顔を見合わせる。
馬鹿な、奇跡だ、まさか。大半は口を揃えてにわかには信じられな
いと言った感じだ。
﹁信じられないのも仕方のないことでしょう。これまで我々は最重
要機密として秘密裏に動いていたのですから。ですが、それも今日
までのこと。日々トライセンを支え、最も信頼に置ける皆様へまず
最初にご報告しようと思いまして⋮⋮ 言わば私からのサプライズ
でございます! この後にクライヴ将軍との食事会を御用意してお
りますので、是非とも参加して頂くようお願い致します﹂
﹁ほ、本当にあのクライヴ様ですの!?﹂
﹁ええ、あのクライヴ将軍ですよ、マダム﹂
婦人は軽く立ちくらんだのか、フラッと半歩蹌踉けてしまった。
夫である富豪が咄嗟に支えるも、次に発せられた言葉は謝辞ではな
かった。
﹁あ、ああ⋮⋮! あのクライヴ様が、生きてる! しかも、食事
1156
をご一緒に!?﹂
﹁そうだな、これもまたとない機会。是非とも娘とお近づきに︱︱
︱﹂
﹁何を馬鹿なことを言っているのよ! そんな勿体ないことできな
いわ!﹂
﹁お、お前、何を言っているのだ!?﹂
夫婦の口論は徐々に白熱していく。どうやら感動のあまりに興奮
を抑えられないのはこの婦人だけでないようで、会場の各所で女性
の嬉し泣きする声、男女の言い争う声が聞こえてきた。その様を見
たトリスタンの表情はにこにことした作り笑いから本心からの笑顔
に変化する。
﹁⋮⋮さて、次に悪い知らせでございますが﹂
混乱の最中であるが、トリスタンは気にする素振りなく続ける。
﹁クライヴ将軍との食事会、実のところ食材が不足しておりまして
⋮⋮ 申し訳ございませんが、ご来賓の皆様にはフルコースのメイ
ンとなって頂きます﹂
﹁﹁﹁⋮⋮は?﹂﹂﹂
喧騒が静寂に変化し、客人達が固まる。いや、トリスタンにとっ
ては最早客人ではなくなったのだ。彼らが客人であったのはあくま
で先程までの話。国王の、延いてはトリスタンの脅威となる存在が
城内に侵入してしまった今においては、自身に何の力も持たない影
の王は自尊心と欲望と脂肪の塊でしかない。これより、トリスタン
の中で彼らの利用方法が入れ替わった。では、これらが何の役に立
つと言うのか?
1157
﹁そ、それは何の冗談ですかな? トリスタン将軍﹂
﹁いくら軍のトップとは言え、私たちに失礼ではなくって!?﹂
・
﹁ふふっ。私も冗談は大好物ですが、無意味に肥え悪意を抱え込ん
だ豚は最高級の食材なのですよ。彼にとってはね﹂
そんなことは決まっている。 ︱︱︱ただの、上等な餌だ。
ギギッ、という音と共に何者かが会場の扉を開いた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城・正門前
ボガが出現した際に轟いた音が、再び正門前に鳴り響く。
﹁ぐおお⋮⋮!﹂
﹁グゥルルア⋮⋮!﹂
爆音の正体はダンが抜いた白金の大剣と突撃するボガとの衝突音。
ボガを受け止めた代償に、ダンの足元には数メートルほどの深い2
本の軌跡が刻まれている。両者は正門の手前でギリギリと拮抗する。
﹁くそっ! 攻城兵器が全く効かないぞ!﹂
﹁動揺を誘えれば十分だ! 撃ち続けろ!﹂
後方では鉄鋼騎士団の者達が絶えずバリスタ等を放ち続けている。
装甲に傷を付ける様子はないが、ボガは鬱陶しそうに睨みをきかせ
1158
る。
﹁舐めるで、ないわぁーーー!﹂
その隙を突いたダンの大剣がボガの顎を打ち払い、一歩二歩では
あるが引かせることに成功した。
﹁くそ、ワシも衰えたな⋮⋮﹂
ダンは間を置かずボガの頭に駆け上り、装甲のない右目に目掛け
て剣先を突き刺そうとする。
﹁ゴアアァァーーー!!!﹂
その寸前に起こる音の大砲。ボガから発せられる極大の轟音は地
を揺らし、ピシピシと城壁や攻城兵器にひびを入れていく。まるで
音だけで人を殺してしまいそうなそれは勿論ダンにも襲い掛かる。
発生源の間近にいた為威力は更に高かっただろう。だが、ダンは微
動だにせず。
﹁ボガ、下がっておれ﹂
﹁︱︱︱!﹂
ボガの背より何者かが現れ、次の瞬間に空中にて漆黒の大剣と白
金の大剣が交差する。
﹁今度はワシがお相手しよう!﹂
﹁貴様は、パーズの昇格式にいた⋮⋮!﹂
紅きマントを靡かせ登場したのは剣と同色のフルアーマー、ジェ
1159
ラールであった。ジェラールの声に素直に従い、ボガは羽ばたきな
がらその巨体を後退させる。
﹁なぜ貴様がここにいるっ!﹂
﹁答える義務は、ないのうっ!﹂
目まぐるしく鬩ぎ合い、剣で打ち合う二人。竜であるボガとは違
い、巨体とは言え人間サイズの枠を超えないジェラールに攻城兵器
を当てることはこの状況下では困難。かと言ってこの超越的な戦い
に参戦できるレベルに騎士達は達しておらず、ダンの部下は見守る
ことしかできない。
︵打ち合う度に急激に魔力が吸われる⋮⋮! そして何よりもこや
つ、強いっ! くそっ、こうしている間にもシュトラ様は⋮⋮!︶
焦りが募るダンであるが、白と黒の騎士の力量はまさに互角。だ
がジェラールの魔剣は着実にダンの魔力を吸い取り、その威力を増
していた。これほどまでにダンが持ち堪えることができたのは、愛
剣である﹃大聖剣チャリス﹄によるHP・MP回復効果の後ろ盾が
あったからだろう。されどジェラールの太刀筋は一刀事に鋭さを増
し、ついにはダンの大剣を弾き飛ばした。そしてジェラールは仕舞
いとする次の太刀を振り被り︱︱︱
﹁ストップ﹂
不意に空から男の声が聞こえた。なぜか物凄く不満気な雰囲気を
醸し出している。
﹁おい、やる気あるのか?﹂
1160
第161話 報酬はあれ
︱︱︱トライセン城・正門前
フォールスフォッグ
﹁メル、こっちの虚偽の霧を解除してくれ﹂
﹁あら、もういいのですね。承知しました﹂
そんな男女の遣り取りの後、まるで霧が晴れたかのように歪みの
ような靄が消え去り、突如としてダンの上空に漆黒の竜が姿を現す。
その漆黒の竜は鉄鋼騎士団の面々にも見覚えがあった。勿論、ダン
にも。
﹁あ、あれは竜騎兵団の古竜じゃないか⋮⋮? ほら、出陣のとき
にアズグラッド将軍が騎乗していた﹂
﹁まさか、ダン将軍を助けに?﹂
﹁馬鹿か! 岩竜が敵に回ったんだ。だとすれば、あの竜も寝返っ
たに決まっている!﹂
﹁ック! では王子は、やはり⋮⋮﹂
騎士団の予想は殆どが正解であった。竜騎兵団将軍である当のア
ズグラッド及び、副官フーバーまでもが反旗を翻しているとは思い
描けなかったようではあるが、この状況下では無理もない。と言う
よりも、考え付くはずがない。
その一方でダンは異なる理由で額に汗を流し、目を見開いていた。
黒竜はダンの前に舞い降り、着地する。その背にはひとりの黒ロー
ブを着た男と、男を取り囲むように3人の美女が乗っていた。うち
青髪の女は面識がなかったが、男を含む他の者達をダンは知ってい
1161
る。ケルヴィン、エフィル、セラ。パーズにて新たに台頭したS級
冒険者パーティだ。昇格式のときとは違いドレス姿ではなく、各々
の戦闘用装備を着用している。
︵⋮⋮改めて間近で目にすると、凄まじいな。皆が皆、先ほど剣を
交えた黒騎士と同等かそれ以上の力を持っておる。面妖な趣の装備
であるが、それらもA級、下手をすればS級か︶
真に注目すべきは竜ではないと判断したダンは、より一層警戒心
を強める。
﹁あんた、鉄鋼騎士団のダン将軍だな。何だよさっきの戦いは? 全然集中できてないわ勝負を急ぐは⋮⋮ 戦う気あるのか?﹂
﹁そうよ! まるで外出したリュカの帰りが遅くて心配するジェラ
ールみたいな雰囲気だったわよ!﹂
﹁え、ワシ?﹂
﹁兄貴、行き成り襲った側の台詞じゃないッスよ、それ。セラの姉
御に至っては意味が分からないッスよ⋮⋮﹂
出陣前はいつも不満気で群れることも全くなかったあの黒竜が、
明らかに下手に出てツッコミ役に回っていた。ある意味で確信を突
くセラの指摘と併せてダンは困惑してしまう。
︵何なのだ、こいつらは?︶
︵︱︱︱っとか思ってんだろうな。うんうん、分かるぜ。その気持
ちはよ︶
挙句の果てに黒竜に同情された。
1162
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ふんふん。獣王の言葉で目を覚まし、トライセンのお姫様を助け
る為にこの城に戻ってきたと﹂
﹁大方そういったところだ。門を潜ることもできずにジェラール殿
に負けてしまったがな﹂
﹁ガァーハッハ! ⋮⋮面目ない﹂
ダンの話を聞いたジェラールがシュンとする。敵の主戦力だと思
って意気揚々と戦い、倒してみたら実は味方だったのだ。実に間抜
けな話である。はい、指示したのは俺です。すみませんっ!
﹁いや、我等も操られていたとは言え、ガウンを攻め戦争に加担し
ていた事実に変わりはないのだ。侘びを入れねばならないのはこち
らの方だ﹂
﹁いやいや、俺なんて上から目線で変に偉そうなこと言ってしまっ
て⋮⋮ 本当に申し訳ない﹂
﹁それなら私も失礼なことを言ってしまったわ。ごめんなさい!﹂
﹁⋮⋮セラよ、間接的にワシに酷いこと言ってない?﹂
﹁あのう﹂
謝罪の応酬が続く中、エフィルが口を挟んだ。
﹁ここ、一応敵本拠地前ですので、あまり長居は⋮⋮﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
ですよね。もっともな意見です、はい。セラの察知能力があると
は言え、謝り合っている場合ではないよね。依然としてトライセン
1163
に動きがないのは不気味だが、トリスタンには既に発見されている
のだ。気が付かれていない筈がない。こんなところで話し込むのは
無策すぎる。だが、その前に︱︱︱
﹁ダン将軍、これは提案なんだが、俺らを雇う気はないか?﹂
﹁雇う、とは?﹂
﹁知っての通り、俺は冒険者だ。将軍は姫様を助けたいんだろ? 依頼に見合う報酬があれば受けようと思うんだが、どうかな?﹂
﹁確かに、ケルヴィン殿が味方になるとすれば心強い。だがS級冒
険者に見合う報酬か⋮⋮ 悪いが手持ちの金は少なくてな、ワシの
屋敷に戻れば︱︱︱﹂
﹁ああ、金は別にいいよ﹂
金では買えないものがあるじゃないですか。
﹁む、ならば何を望む?﹂
﹁そうだな。依頼を無事遂行したら、代わりに全力で俺らと戦って
くれよ。勿論模擬試合の範囲でさ﹂
﹁⋮⋮そんなことで良いのか?﹂
﹁そんなことで良いのです﹂
交渉成立である。俺とダンは固い握手を交わす。魔王討伐同盟+
α、ここに生誕。
﹃あなた様、これ、別に依頼を受けなくともやることは変わらない
のでは⋮⋮﹄
﹃俺のモチベーションが変わる﹄
出鼻は挫かれたが、俺はただでは起きぬ。それに依頼を受けた以
上、シュトラ姫は全力で助ける。互いにwin−winな関係を築
1164
フォールスフォッグ
こうではないか。空にはメルフィーナの虚偽の霧を施したムドファ
ラクとリオン達を待機させているが、まあ紹介する必要はないかな。
一応デラミスの巫女やらガウンの王族やらオカマやらもいることだ
し。
﹃ケルヴィン、やっぱりここにもあったわよ、あれ﹄
辺りを警戒していたセラからの念話が届く。セラの手には古代文
字が描かれた杭があった。トリスタン対策にある物を探してもらっ
ていたのだが、どうやら当たりのようだ。
﹃予想通りだな。悪用されないうちに頂戴しておこう﹄
﹃オッケー。クロトに入れておくわね﹄
一先ずはこれで奇襲の心配はないかな。
﹁まずはこの城壁を抜けねばならない。鉄鋼騎士団の攻城兵器を用
いても恐らくはかなりの時間がかかる。そちらの竜にも協力願いた
いのだが﹂
ダンがダハクとボガを見上げる。体格的にも適任だと考えたのだ
ろう。それよりもセラやメルフィーナが適任だったりするのだが。
パワー的に。
﹁いや、俺がやるよ﹂
﹁ケルヴィン殿が?﹂
ボレアスデスサイズ
黒杖を取り出し、大風魔神鎌を唱える。形成された大鎌を見たダ
ンは納得したように頷いた。
1165
﹁なるほどな。ルノ、ゴホン⋮⋮ シルヴィアとの試合の際に使っ
たあの大鎌か。デラミスの巫女が作り出した秘術をも破壊したそれ
ならば⋮⋮﹂
む、なぜか俺とシルヴィアの試合を知っているような口ぶりだ。
どこかで観戦していたのかね?
俺は城壁目掛けて杖を振るう。助走なんていらない。その場でた
だ振るうだけだ。大鎌に触れた城壁はサックリと二つに割れ、そこ
からひび割れが広がっていくように障壁にまで裂け目が生じる。1
0秒もすれば城を囲う障壁全体にまで裂け目は到達したようで、パ
リンと音を立てて消滅していった。
﹁﹁﹁おお!﹂﹂﹂
﹁うむ、これも当然の帰結か﹂
ダンを除く鉄鋼騎士団の連中がかなり驚いている。どうやら俺の
鎌を見たことがあるのはダンだけらしい。
﹁これから同胞とも戦うことになるが、大丈夫か?﹂
﹁部下たちも覚悟はできておる。兎に角、シュトラ様の命を優先し
てくれ﹂
﹁了解。クロト﹂
俺のローブの袖からクロトが顔を出す。
﹁持ってきたゴーレム全部出しちゃってくれ。﹂
アダマンフォートレス
俺の身長ほどに肥大化したクロトから次々と騎士型ゴーレムを出
てくる。剛黒の城塞に配備していたゴーレム全てをクロトに詰めて
1166
持ってきたからな。ざっと100機ほどか。ワンなどの新型も持っ
てきたかったが、魂を組み込んでいる為かクロトの保管には入れる
ことができなかったのだ。残念。
ゴーレムの他にもクロトには城下町侵入の際に怪しまれぬよう、
武器防具を全員分詰め込んでいた。サバトはかなり躊躇していたが、
結局は泣く泣く収納していた。サバトとしては収納するときの感触
が苦手なのだそうだ。ゴマやコレットにはプニプニとした感触が好
評だったのだが、まあ人それぞれか。
﹁むう、何から突っ込めばいいのか⋮⋮﹂
・・
﹁時間が勿体無いからなしの方向で。ダン将軍はこのゴーレム達と
共に正面から攻めてほしい﹂
﹁正面となると、そちらは?﹂
﹁俺らは︱︱︱﹂
1167
第162話 本領発揮
︱︱︱トライセン城・中央区
トライセン城は本城を中心に据え、その四方を各騎士団の支城で
取り囲む構成となっている。正門側に防衛に秀でた﹃鉄鋼騎士団﹄
が、右翼に﹃竜騎兵団﹄、左翼に﹃混成魔獣団﹄、背後に﹃魔法騎
士団﹄の本部があると考えれば分かりやすいだろう。﹃暗部﹄は公
にされていない部隊である為に支城は存在しない。
トライセンが万全を期した状態であるならば、城を落とす大前提
として鉄鋼騎士団を打ち破らなければならない。老将ダンが率いる
熟練の部隊はその身を白金の鎧で包み、随一の結束の固さを誇る。
ダン自身も国内最強の武人として名高く、この軍勢を倒して本城へ
の侵入を果たすのは至難の技である。更には時間を要すれば空より
竜騎兵が馳せ参じ、訓練されしモンスターが駆け付け、後方より魔
法の雨が降り注ぐという悪夢が待っている。 ︱︱︱のだが、現在において鉄鋼騎士団はケルヴィンと共闘し、
主戦力を失った混成魔獣団と竜騎兵団は予備部隊が駐在する程度の
戦力しかいない。魔法騎士団もトリスタンが牽引しているが、前任
のクライヴは戦死と公表されている。残る暗部はほぼ被害がないと
は言え、元々諜報部隊、正面から戦う戦力としては格が下がる。本
城には守護を任される別部隊も存在するのだが、実践経験に乏しい。
国民達が描く幻想と現実の実態には随分な差異があった。最も、儚
い夢を見ているのは国民だけでない。
ここはトライセン本城の中央区。王宮魔導士が集い、防衛の要で
1168
ある城や首都の障壁を管理する重要施設である。最も警備の厚い場
所のひとつであり、事が起こった前線は遥か遠く。本来であれば静
寂が支配するこの施設であるが、稀有なことに騒然とした雰囲気に
包まれていた。
パキ、パキ⋮⋮
﹁この音は? ⋮⋮っ! おい、障壁はどうなっている!?﹂
﹁え、あっ! 報告! 障壁が何者かの攻撃により障壁が損壊して
います!﹂
﹁何だと!? 直ぐに城壁に魔力を送れ!﹂
王宮魔導士らが巨大な魔法陣の上で祈るように魔力を捧げている
中で、怒号が飛び交う。防衛の最終手段であるはずの障壁に異常が
発生したのだ。管理者の長は逸早くこの事態に気付き、魔導士に障
壁の補強修正を命じる。だが、それも時既に遅く。
︱︱︱パリンッ!
﹁て、訂正します! 障壁、たった今全壊しました!﹂
﹁ば、馬鹿な⋮⋮ 竜の攻撃だろうと問題なく防ぐ障壁なんだぞ⋮
⋮ ッチ、障壁の再展開の準備、各部隊にこの事態を至急伝えろ。
国王にもだっ!﹂
﹁し、しかし、国王は現在面会を遮断しており、誰も通すなと⋮⋮﹂
﹁阿呆が! 国家の一大事なんだぞ! 打ち首のひとつ覚悟しろ!
俺も行くっ!﹂
長は率先して国王の下へ向かおうとする。
﹁へえ、あの障壁、そんなに凄いものだったのね﹂
1169
ふと、長の背後より女の声が聞こえた。
﹁当然だ! トライセンの魔法技術の粋を結集して作り上げられた
魔導城壁、そのエネルギーの根源となる魔力は国中から選ばれし王
宮魔導士によって生成される! 魔力は日々休むことなく供給され、
その強固たるや︱︱︱﹂
﹁うんうん﹂
﹁強固、たるや⋮⋮ 貴様、何者だ!?﹂
長が高説を垂れる中、どこからともなく現れたのは赤髪の美女、
セラであった。セラの足元には召喚の際に発生した魔法陣の光の残
滓と地に伏した王宮魔導士の姿。先ほどまで会話をしていた彼の部
下もまた、その中の一人となっていた。
﹁気付くのが遅いわよ。暇だったから全員倒しちゃったわ﹂
﹁い、一流どころの王宮魔導士を一瞬で⋮⋮ い、いや、それより
も一体どこから!?﹂
﹁ああ、もうそういうのいいから﹂
セラは自らの指先に一滴の血を付着させ、長の額を軽い動作で一
突きする。最もこれはセラにとってはの話で、長には何をされたの
か視認もできなかった。
﹁それで、異常がなんだっけ?﹂
﹁いえ! 全ては正常に作動しておりますっ! セラ様っ!﹂
﹁ええ、そうね。今日も平和だわ﹂
ビシッ、と鍛え抜かれた敬礼を受け、セラはにこやかな笑顔を返
す。
1170
﹁さ、ここの制圧は終了ね! 流石は私! 予定通りここはお城の
中心地みたいだし、早速⋮⋮﹂
長が敬礼の姿勢から微動だに動かないその横で、セラは精神を集
中させる。気配察知、危険察知、魔力察知、隠蔽察知︱︱︱ 持て
る全てのスキルを用い、これまでの情報を基にケルヴィンが作成し、
配下ネットワーク上にアップされた立体地図に城内のマッピングを
書き加えていく。敵兵力の配置情報、ケルヴィンが好みそうな敵は
どこか、はたまた隠し扉やトラップの設置位置まで。数十秒の瞑想
の後、セラはゆっくりと瞳を開く。
﹁城の最上階の一部、読み取れない場所があるわね⋮⋮ まあ、い
いわ! 消去法でそこしかないし!﹂
セラが腰に手を当て頷く中、ケルヴィンより念話が届いた。
﹃セラ、マップの方は十分だよ。良くやった。そっちの状況はどう
だ?﹄
﹃一通り制圧完了よ。それに、良いものも発見したわ﹄
﹃良いもの?﹄
﹃あれよ、あれ﹄
セラの視線の先、そこには無機質な鳥居のような物体があった。
︱︱︱転移門である。
﹃私、運が良いわねっ! 召喚先で行き成り大発見よ!﹄
・・・
﹃おお⋮⋮! 中心地だけあって重要区画だったみたいだな。まさ
か探し物に行き当たるとは思わなかった﹄
﹃後で御褒美を所望するわ!﹄
1171
﹃ほ、ほどほどにな。起動できそうか?﹄
見たところ、転移門は完全に機能を停止している。
﹁命令、転移門を起動させなさい﹂
﹁ッハ! ただ今転移門は停止中でありますっ! 起動させるには
相応の権限を持つ方の認証が必要ですっ! 残念ながら私めはその
権限を持ち合わせておりませんっ!﹂
﹁えー⋮⋮﹂
転移門を起動することができなければ見つけた意味がない。セラ
は消沈しながらケルヴィンに報告する。
﹃そうか⋮⋮ うん? え、マジ?﹄
念話の向こうでケルヴィンは誰かと話しているようである。
﹃セラ、今からそっちにリオンがコレットを連れて行く。限定的に
だが細工して起動させられるってさ﹄
﹃え、そんなこともできるのね、コレット。でもどうやってここま
で来るのよ? 一応ここ、敵陣の真っ只中よ?﹄
﹃セラの仕事が完璧だったお陰で、そこまでのルートは何とかなり
そうだよ﹄
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城・上空
1172
俺達はダハクとムドファラクに乗り込み、トライセン本城の上空
にいた。正門前にはジェラールとボガ、サバトらのパーティが残り
正面からの突撃を開始している。残る我らパーティとコレット、プ
リティアがこちら組だ。
セラの召喚での侵入は成功を収め、城の情報は筒抜けとなった。
更には転移門も発見、もとより探す予定ではあったのだが、ある場
所を一発で当ててしまったようである。恐るべし、セラの幸運。
﹁エフィル、あそこを狙ってくれ。あと、陽動用に気配のない場所
にも何発か﹂
﹁承知しました﹂
ペナンブラ
エフィルの構える火神の魔弓より強烈な火矢が放たれる。その矢
は俺に指示された場所を正確に貫き、直後に爆破。爆発は本城の一
角に穴を開けた。同時に放たれた複数の矢も何箇所かに穴を開けて
いる。
フライ
﹁お見事。じゃ、作戦通り降下を開始しようか。コレットは隠密効
果のある布に包んでリオンが抱えて行くとして⋮⋮ 飛翔の補助い
る人、いる?﹂
﹁私は生身で大丈夫よん。そのまま着地するわん﹂
﹁僕はコレットを抱えてだけど、﹃軽業﹄スキルで何とかなるかな
? いざとなったらアレックスに受け止めてもらおっと﹂
﹁リオン様と密着リオン様と密着リオン様と密着︱︱︱﹂
﹁コレット、せめて心の声に留めてくれ⋮⋮ 全員問題ないようだ
な。エフィル、ダハク、ムドファラクは空からの支援攻撃を頼む。
随時マップを使って指示するからよろしくな﹂
﹁お安い御用ですぜ、兄貴!﹂
1173
﹁﹁﹁グオォン﹂﹂﹂
メルフィーナだけは俺の魔力内に留めている。まあ、今回の相手
はあれだしね。
﹁それじゃ、行ってくるよ﹂
﹁はい。行ってらっしゃいませ、ご主人様﹂
俺達は躊躇することもなく、敵陣へと飛び降りた。
1174
第163話 開門
︱︱︱トライセン城
布を羽織ったコレットを抱え、ムドファラクから飛び降りたリオ
ンは直ぐ様﹃隠密﹄スキルを発動させる。その瞬間にリオンの姿は
周囲に溶け込み、上空からケルヴィン達を見送るエフィルらの目に
も映らなくなった。
﹃それじゃ、僕は予定通りセラねえの所に向かうね﹄
﹃頼んだ。転移門起動後はアレックスと共に遊撃隊として動いてく
れ﹄
﹃りょーかい!﹄
地面が近づくとリオンはコレットを脇に抱え直し、空いた右手に
魔力を篭め始める。
マグネウィップ
﹁電磁鞭!﹂
リオンの手より細長く伸びた電撃はエフィルが本城に開けた穴に
接触し、収縮することでリオン達をそちら側へと牽引する。この段
階で落下による引力は緩和され、超人めいた体さばきでリオンは難
なく着地を終える。
﹁無事到着だね。コレット、大丈夫?﹂
コレットは口を押さえ無言ながらも大丈夫だとサインを出す。コ
レットに気を使ってアクロバティックな動きを極力控えていたリオ
1175
ンであるが、慣れぬコレットにとってはそれでもハードなものであ
ったらしい。
﹁ごめん、もう少し我慢してね。セラねえのところに急ぐから︱︱
︱﹂
︱︱︱ドガァーン!
フライ
少し離れた場所から地の割れる激しい音が聞こえてきた。ケルヴ
ィンであれば飛翔により音もなく着地するので、恐らくはゴルディ
アーナが着地したんだろう。今回、ゴルディアーナの役割は囮であ
る。その目立ち過ぎる存在感から、リオンのように潜入には向かな
い為だ。﹁私の魅力で注目を集めるわん。その隙にケルヴィンちゃ
んとリオンちゃんは行動しなさい﹂、などと男らしい発言が本人の
口から出たので、この度ケルヴィンが採用したのだ。
﹁⋮⋮急ごう。プリティアちゃんが頑張ってくれているんだ﹂
そうリオンは小さく呟き、頭の中に浮かぶマップを頼りに走り出
した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城・中央区
リオンが扉を開けると、セラはくつろぐように椅子に座っていた。
その姿は屋敷のリビングでのものと変わらない。その隣には管理者
1176
の長が直立不動の姿勢でリオンに敬礼を送っている。
﹁あら、リオン早かったわね。コレットも︱︱︱ 大丈夫?﹂
﹁あはは、急いで来たら酔いが悪化しちゃったみたいで⋮⋮ 一応
気をつけたつもりだったんだけど﹂
リオンの腕から降ろされたコレットの顔色は真っ青である。本人
は大丈夫だという姿勢を頑なに譲らないが、昇格式の際に行った模
擬試合での惨劇を目にしているセラとリオンにとっては、とてもそ
うには見えなかった。
﹁ケルヴィンかメルがいれば白魔法で介抱してあげれるんだけど⋮
⋮﹂
﹁と、とりあえず背中さするね﹂
﹁っうぷ⋮⋮ いえ、私は大丈夫です。むしろ︱︱︱﹂
コレットはリオンに振り返る。
﹁至福の一時でしたので﹂
﹁そ、そう? よく分からないけど、コレットが無事なら良かった
よ﹂
顔色は悪いのに最高の笑顔を返すコレット。彼女の中では気持ち
悪さによる嫌悪感よりも、終始リオンに触れられた幸福感が勝った
ようである。移動中、布を羽織った為にコレットの表情が見えなか
ったのは色々と幸いだったのかもしれない。
﹁病み上がりで悪いんだけど、転移門の起動をお願いしてもいいか
しら?﹂
﹁お任せください。メル様とケルヴィン様から授かった大任、必ず
1177
成功させます! ⋮⋮っうぷ﹂
﹁ええと、肩を貸すわね﹂
コレットはセラの肩を借りながら、よろよろとやっとの思いで転
移門のコンソールである台に辿り着いた。リオンはその後ろで小型
クロトから取り出した紙袋を広げ待機している。
﹁それで、どうするの?﹂
﹁⋮⋮元々、転移門は太古の神の移動手段として作られたものだと
伝えられています。数え切れぬ時が経ち、何時からかデラミスの巫
女は緊急時にこの門が使えるようにと、神から技を授かりました。
それは限定的で万能なものではありませんが、どこの転移門でも起
動させる程度のことはできます﹂
コレットは台に手を当て、こう唱え始めた。
﹁デラミスの巫女、コレット・デラミリウスの名において起動を命
じます﹂
ピッ、と鳴り出す機械音。まるでパソコンを起動させたかのよう
な軽快なものであったが、門の柱にはほのかに青い線が走っている。
転移門は確かに起動したのだ。
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ 私にできるのはここまでです。門の行き来はそ
の資格を持つ者にしかできません。私はトライセンの許可を受けて
いませんのウッ!﹂
サッとリオンがコレットの口元に紙袋を被せる。転移門を起動さ
せる為の大量の魔力消費が、遂に引き金を引いてしまったようだ。
セラがコレットの背中を下から上へさする。
1178
﹁よく頑張ったわね。誰も気にしないから早く楽になっちゃいなさ
い﹂
﹁でもセラねえ、僕たちもこの門を繋ぐ資格を持ってないよ? 起
動させたはいいけど、どうするの?﹂
﹁⋮⋮ちょっとケルヴィンに聞いてみる﹂
セラも聞いていなかったようで、頬をやや赤らめる。セラがケル
ヴィンに念話を送ろうとした調度そのとき、行き成り転移門のゲー
トが開かれた。うっすらと3人の人影が見えてくる。
﹁え、ええ!? 誰か門を開けたよ!?﹂
﹁え、ちょ、今は︱︱︱﹂
これには流石のセラとリオンも驚きである。なぜならば︱︱︱
﹁ったく、あの狸親父、何がパーズの警備隊長に任命するだよ。資
格だけ寄越せば良いものを、体良く扱き使う気満々じゃねぇか﹂
﹁まあまあ、いいじゃないですか。ご主人様がアズグラッド将軍を
パーズに残した理由が分かったんですから﹂
﹁そのあいつをご主人様と呼ぶの止めねぇか?﹂
﹁無理ですよ。このメイド服を着ている限りは命令は絶対⋮⋮ っ
と、あら?﹂
︱︱︱今は、転移門の真正面でコレットがアレしている最中なの
だから。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1179
﹁ノックしないで入ってくるのはどうかと思うわよ?﹂
﹁無理言うんじゃねぇよ。それに嘔吐なんて珍しくも何ともねぇだ
ろ。フーバーだって訓練中何度も⋮⋮﹂
﹁うわぁー! 言わないでくださいよ!﹂
﹁アンタはもう少し乙女心を学んだ方が良いと思うわ﹂
コレットは部屋の隅で壁を向き、体育座りの格好ですっかり消沈
してしまっている。その背後に立ってリオンが必死にフォローして
いた。
﹁うふふ、あのような羞恥、2度も見られてしまいました⋮⋮﹂
﹁だ、大丈夫だよコレット! コレットはとっても魅力的だよ!﹂
﹁そうでしょうか⋮⋮﹂
﹁そうだよ! 少なくとも僕やケルにいはコレットのこと好きだよ
! きっとメルねえも!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
まだまだ時間はかかりそうである。セラはその様子を心配そうに
見守りながらパーティ全体に現状を報告する。ジェラールからも報
告があり、正門を突破し鉄鋼騎士団の本部を制したとのことだ。
﹁ハア、とりあえず私は先に行くわ。このままここにいても仕方な
いし。アンタたちはどうするの?﹂
﹁これから転移門から俺の部下とデラミスの部隊が来る予定だ。そ
れまではここの死守に専念する﹂
﹁ああなってしまった原因である私たちからは申し上げにくいので
すが、一度彼女をパーズに戻した方が良いのでは?﹂
1180
ロザリアの提案は最もである。わざわざ不安定な状態のコレット
を戦場に置く必要はない。だが、その提案に反対する者がいた。
﹁いえ、その心配はご無用です。最早不安要素は取り除かれました
ので!﹂
﹁⋮⋮何か、元気になったみたい﹂
リオンの声に、何とも言えぬ皆の視線がコレットに集まった。
1181
第164話 呪人
︱︱︱トライセン城
城内は正しく戦場であった。正門はジェラールとダンが先導する
騎士団に破られ、今や鉄鋼騎士団本部まで制圧されてしまっている。
空からは2体の古竜によるブレス攻撃、更にはエフィルによる爆撃
がトライセンの守兵達に襲い掛かる。極めつけは城内にて単身で無
双するゴルディアーナの存在だろう。囮役をケルヴィンに志願して
とらうま
おきながら敵兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し着実
にその心に絶望を植え付けていた。
﹁門兵は何をしていたんだ!? 城壁を破壊されるまで気が付かな
かった訳がないだろう!﹂
﹁それよりもあの化物はどうすればいいんだ!? 弓で射ようが魔
法をぶつけようがビクともしないぞ! しかも怖い!﹂
﹁鉄鋼騎士団、本城に迫っています! 至急応援を!﹂
﹁この獣人風情がぁー!﹂
殆どの兵がこの調子だ。彼らからすれば主力部隊が裏切り、弓も
届かぬ遥か上空から一方的に攻撃され、S級冒険者である筋肉オカ
マが城内で暴れていると泣きたくなるような状況、同情もしたくな
る。
混成魔獣団本部にて、そんな兵達の様子をワイン片手に眺める者
がいた。トリスタンである。
﹁思っていた以上に劣勢ですね。いえ、こちらに対抗し得る戦力が
1182
足りていない、と言うべきでしょうか。サプライズプレゼントは残
しましたが、あれはどう動くか予想できませんしね﹂
﹁ならばお前も出ればいいではないか、トリスタン﹂
明りを灯さない暗い部屋の闇からひとりのドワーフが姿を現す。
かなり高貴な身なりだ。トライセンにおいて獣人やドワーフといっ
た亜人は人と認められず、大部分が奴隷やスラムに暮らすなどの生
活を強いられている。そのトライセンにおいてこれほどまでに威風
堂々としたドワーフは非常に稀有、と言うよりも存在しないはずで
ある。
﹁おっと、ジルドラさんではないですか! これはこれは良いとこ
ろに⋮⋮ ワイン、ご一緒しませんか? 実は我が屋敷にて保管す
る最上品を開けておりましてね﹂
しかし、トライセン軍のトップであるトリスタンはジルドラと呼
ばれるドワーフをあくまで対等に扱う。これまでトリスタンは国の
方針と同じく人族至上主義を掲げていたのだ。国民が、兵がこの光
景を見れば泡を吹いて卒倒してしまうかもしれない。それほどまで
に衝撃的なことであった。
﹁酒は好まぬ﹂
﹁ふふ、酒をこよなく愛するドワーフ族の言う台詞とは思えません
な﹂
ワイングラスを傾け、トリスタンはその濃厚な香りを楽しむ。
﹁誤魔化すな。ここはお前の生まれ故郷なのだろう? 同郷の者が
懸命に戦い、命を落としているのだぞ。ほら、さっさと行くといい﹂
﹁狂人の貴方に言われては私もいよいよ、ですな。思うところがな
1183
い訳ではないのですよ。ですが、私はあの方によって改心した身で
ありますから﹂
﹁ふん、まあいい。私はそろそろこの件から身を引く。頃合だろう﹂
﹁お抱え武器商人にまで見限られては、この国も遂に終焉ですかな。
⋮⋮ところで、どちらからお帰りするおつもりで? 正門からは
ダン将軍が、裏門からも何やら部隊が近づいているようです。どち
らに行くにせよ、姿は見られてしまいますぞ?﹂
﹁人気のない場所の城壁でも破壊して行く﹂
﹁空にも目はあるのですよ? ここで提案なのですが、私の召喚術
であれば問題なく外へ出られます。今であれば私の配下になるだけ
と実にお得な︱︱︱﹂
﹁トリスタン﹂
身振り手振りでまるで商品を販促するようなテンポのトリスタン
であったが、ジルドラの圧迫するような威圧を受け、やれやれとい
った様子で苦笑いする。
﹁本当に冗談の通じない方ですね。分かりました、分かりましたよ。
・・
私が上のトカゲ共の相手をしましょう。その間に脱出してください﹂
﹁⋮⋮どういう風の吹き回しだ?﹂
﹁失礼な。これでも私、仲間想いなのですぞ。そう、本当の仲間に
は、ね﹂
﹁⋮⋮ふむ﹂
暗闇の部屋に、二つの不敵な笑みがこぼれた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1184
︱︱︱トライセン城
転移門が置かれていた部屋を出た私は、ある場所へと向かってい
た。本城周囲一帯を把握したときに感知した、最寄で最も大きな気
配を発していた者のところへ。
﹁ここね﹂
それは一際豪勢な扉、ここだけ趣が違うようにも思えるほどに。
金や宝石が所狭しと散りばめられた悪趣味な扉を蹴り破る。あ、す
っごい飛んでいっちゃった⋮⋮
部屋の中はとても広い。クロスを敷かれた丸テーブルが幾つもあ
り、その上には高価であろう料理が並ぶ。天井は高く、実家の屋敷
にあるようなシャンデリアまであった。最も、こちらもギラギラと
・・・
しているばかりで私やケルヴィンの趣味ではないのだけれど。十中
八九、ここはパーティー会場だった場所。
﹁うわー⋮⋮﹂
会場は血の海だった。純白であっただろうテーブルクロスは赤く
染まり、大理石の床には原型を留めていない肉片が転がる。肉片と
共に切刻まれたのか、衣類の切れ端らしきものも落ちている。持ち
主はこの肉片だったのかしら?
リオンやエフィルだったら危なかったかな。かなりグロテスクだ
とは思うけど、悪魔の中には人間を食べる奴もいたから私にとって
はショックを受ける程ではなかった。ほら、ビクトールなんて本当
に何でも食べられたし。真に好き嫌いがないとはああ言うんでしょ
1185
うね。私なんて小さい時にピーマンを食べられるようになるまで苦
労したし⋮⋮ って、かなり脱線してしまったわ。
﹁それで、この惨状の原因は貴方?﹂
それは腰ほどの高さの壇上にいた。一見人型ではあるが肌が黒ず
み腕が異常に発達している。異形と化した体の所々に剣や槍といっ
た武器が突き刺さっていることから、普通でないことが直ぐに見て
取れた。辛うじて人としての要素があるとすれば、怪物にあるまじ
き美形顔だということかしら。んー、でも何と言うか、理想を絵に
描いたような顔付きで逆に気持ち悪いような。体部分とのギャップ
で更に気持ち悪いのよね。
﹁⋮⋮■■■■■■﹂
耳にこびり付く、呪いを込めたかのような声。雑音が混じってい
るような感じで何を言っているのか聞き取ることはできない。あら
ゆる異常に耐性のあるメルフィーナの指輪があったからかもしれな
いが、今のところ体に異常はない。でも本来は状態異常を来すもの
だったのかも。それくらいに耳障りな声だったし。
怪物の手には、逆さまになった女性の足。顎を外し大口を開け、
絶望し切ったその表情からは女性の歳を察することはできない。女
性はこの部屋において唯一人の形を残していた。なぜか裸で、体に
は何かで貫かれたような穴が複数開いていたことを除けば。
﹁■■■■■■■ッ!﹂
私を視界に入れたらしい化物は、突如その忌まわしき声で意味不
明な叫びを上げ始めた。それでも表情に変化がないのは不気味だ。
1186
化物は手に持った女性を勢い良く壁に放り投げ、そちらからぐしゃ
りと生々しい音が聞こえてくる。
﹁■■■、■■ッ■■■﹂
﹁うるっさいわね。頭にガンガン響くっての!﹂
アロンダイト
私が黒金の魔人の左右を互いにガンガンと打ち付け気合を入れる
と、化物は自らの体に腕を突っ込み、大剣を掴み出した。ジェラー
ルの持つ魔剣ダーインスレイヴがまだ呪われていた頃の姿に似てい
る。たぶん、呪われた武器だ。あの体にある武器全てが。
﹁■■■■■⋮⋮﹂
﹁あーもう。いいわ、個人的に気に食わないし、全力で殺ってあげ
る!﹂
拳に黒き魔力を纏わせながら、私は叫んだ。
1187
第165話 報復
︱︱︱トライセン城・パーティー会場
﹁■■■■■■ッ!﹂
化物の長い腕が膨れ上がり、辺り構わず滅茶苦茶に呪いの大剣を
振るう。その都度会場のテーブルや柱が破壊され、大小様々な破片
が周囲に飛び散る。化物の叫びが耳に入る度に軽い頭痛を覚えるけ
ど、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。大剣を振る
う様を見る限り、﹃剣術﹄スキルは会得していないと思う。ただ、
純粋にパワーが厄介。それだけならジェラールに匹敵するかも。腕
のリーチもよく分からないし、久しぶりに油断できない相手になる
かしらね。
﹁ふっ!﹂
迫る大剣や瓦礫を躱し、化物の懐へ入る。確かに力は凄いけど、
マッディブーツ
スピードは大したことはない。まずは機動力を完全に削ぎ落とす。
拳に泥沼の長靴を二重に篭め、奴の脇腹に叩き込んだ。
﹁■■■!﹂
﹁︱︱︱っと!﹂
直後に背後へ退き、私の頬から血が滴る。私が拳を放った瞬間、
ハリネズミのように化物の体中から数多の武器が飛び出してきた。
どれもこれもが強烈な邪気を発している。﹃自然治癒﹄のスキルで
傷が治らないところを見ると、変な呪いでもかけられたかしら? 1188
何よりも私の体に傷を付けたと言うことは、呪われている以前に武
器その物のランクも高い。少なくともB級以上、あれだけの数をど
こから拾ってきたのか、それとも元々化物の体の一部なのかは判断
しかねるところね。でも︱︱︱
﹁私の血に、触れたわね?﹂
化物の胸のあたりから生えているのは、さっき私の頬を突き刺し
た長槍。刃先には私の血が付着している。皮一枚ほどの傷だったか
ら極少量だけど、まあいけるかな。
︵全力で貴方の主を攻撃しなさい。あと私にかけた呪い解け︶
生意気にも呪いの長槍から微かに抵抗される。この怨念の持ち主
もそこそこやるようね。でもそれも些細なこと、槍は直ぐに私の支
配下へ降った。よしよし、頬の傷もふさがってる。
﹁■■ッ⋮⋮!?﹂
忠実な僕となった槍は化物の体から抜け出し、槍先を化物に向け
て宙で静止する。これも呪いの効力なのかは知らないけど、自身の
力で自由に移動することができるみたい。あ! これ、昔本で読ん
だことあるわ! ポルターガイストってやつよ!
﹁まずは、一本﹂
グルームランサー
化物に向かって魔力を練った涅槍と一緒に長槍を一直線に放つ。
すると、また化物が空いている腕を体に入れ、今度を巨大なタワー
シールドを取り出した。明らかに体の体積以上の大きさのものが入
っている。クロトの﹃保管﹄スキルに似ているわね。
1189
ふたつの槍は盾に阻まれ、砕かれる。盾には鬼のような形相の顔
が描かれており、本当に盾が槍を食べたかのよう。そんなことを考
えながら、私は頬を伝っていた血を拭い、血の海に沈んだ床に払う。
︱︱︱ブオンッ!
奴が盾の構えを解いた瞬間に、風の音が鳴り何かが飛んできた。
すれ違いざまに見えたのは、錆びて変色してしまった短剣。またま
た呪い武器シリーズね⋮⋮ 休む暇もなく、化物は体の中から武器
を弾代わりに次々と撃ってきた。弾となる武器によって威力は異な
マッディ
るらしく、壁を貫通するものもあれば盛大に破壊するものもある。
ブーツ
私は奴の周囲で円を描くように走り、防いでいく。奴自身は泥沼の
長靴を施したから動きが遅くなっている。けど、奴の体から発射さ
れるこの弾には影響がない、のかな? なら、チマチマ遠くから攻
撃するより近づいて仕留めた方がいいかも︱︱︱
﹁■■■■■■!﹂
﹁っ!?﹂
︱︱︱危険察知。奴が突如として私の眼前に現れた。どうして、
素早さは十分に下げていたはず。いえ、さっきの風音と弾速、あれ
が緑魔法によるものだとすれば、この化物自身のスピードを上げる
ことも可能。いつもケルヴィンがしていたように! 愛しい恋人と
似た行動をするこの化物に、ほんの少し苛立ちを覚える。ううん、
アロンダイト
序盤でパワー一辺倒と判断してしまった自分に、か。
ジンスクリミッジ
﹁魔人闘諍!﹂
ジンスクリミッジ
右腕のみ、魔人闘諍を急ごしらえに付与、黒金の魔人がそれに合
1190
わせて変形する。以前とは別物の速さとなった奴の大剣はこの距離
では躱せない。黒き魔力で侵食した右腕で受ける。バキリ、と魔力
にヒビが入る音が聞こえてきた。
﹁■■■■ッ﹂
化物の後ろ肩が膨れ上がり、新たに2本の腕が形成される。握る
獲物は曲刀とメイス。辺りに漂わせるどす黒いオーラから一際強い
怨念が宿った呪いだと直感的に察する。
﹁くっ!﹂
ジンスクリミッジ
直後に放たれる乱舞。神経を研ぎ澄まし、魔人闘諍が施された右
腕で防御。僅かな隙を突いて左で拳を放つも、タワーシールドによ
り全て塞がれる。そんな攻防を繰り返し︱︱︱
︱︱︱バリン!
ジンスクリミッジ
私の右腕を覆っていた魔力が砕け散った。ああ、そう言えば、ケ
ルヴィンが私の師であるビクトールの魔人闘諍を破ったのも、呪わ
れた武器を使ってだったわね。化物は好機と見たのか、大剣を強靭
な腕を更に膨らませ、目一杯に振るってきた。
﹁本当っに、皮肉ね!﹂
それでも、私は追い詰められた訳ではない。横から迫る大剣を左
手で鷲掴みにし、止める。当然手の平には刃が深く深く入り、火傷
に似た猛烈な痛みが私を襲ってきた。代わりにそこから流れ出す私
の血が大剣を侵食していく。出血量は最初の槍の比ではない。大剣
は瞬く間に私の支配下に陥った。
1191
﹁■■■、■■■■■■!﹂
これまで無表情を貫いていた化物の表情が変わった。目を限界ま
で見開き、こちらを見詰めてきたのだ。その瞬間に体中から寒気が
走った。意味不明だった化物の言葉が、脳内に直接流れてくるよう
な不快な感じ。これは、私を操ろうとしている? そして、命令す
る内容は︱︱︱
︱︱︱バキバキバキ!
思わず支配した大剣を握り潰してしまった。怨霊の叫びのような
ものが聞こえてきたが、今はそんな些細なことはどうでもいい。そ
う、貴方、﹃魅了眼﹄を使ったの。でもね、私には私の血が全身に
巡っているのよ。そんな絶対的な支配下の前に、本当に魅了なんて
できると思う? あと、前にベットでケルヴィンから聞いたことが
あるわ。エフィルを誑かそうとした屑の話を。それを逃がしてしま
ったとケルヴィンが死ぬほど後悔していたことを。それだけでも許
せないけど、よりにもよって私に命令した内容、これは酷過ぎるん
じゃない?
﹁私を、肉ど︱︱︱ フフ⋮⋮﹂
動かない私を魅了したと勘違いしたのか、化物は大剣を離し、そ
の手を私に近づけてきた。ゆっくり、ゆっくりと。
ゴン。
﹁■■?﹂
1192
私の周囲に父上の加護が展開され、化物の手が私に届くことはな
かった。化物は何が起こったのか分かっていないらしい。盾をも手
放し力ずくで押し切ろうとするも、ビクともしない。
﹁フフ、フフフ⋮⋮﹂
父上の加護の発動。それが示すことは︱︱︱ ええ、そんなの決
まっているわ。意識的に、意図的に、本能的に、どれでやったのか
なんてどうでもいい。兎に角、アレは私に手を出し、穢そうとした。
何の許可もなく。エフィルのときも、きっとそうに決まっている。
﹁そう⋮⋮ 貴方、私にやましい事をしようとしたの⋮⋮ ねえ、
貴方﹂
視界が真赤に染まっていく。赤く、赤く、この左手の血のように
⋮⋮ フフ、あの時のケルヴィンの気持ちがやっと分かったわ。今
日ばかりは父上に感謝しないといけないわね。だって︱︱︱
﹁跡形もなく、死にたいのね?﹂
︱︱︱だって、私にそんなことをしていいのは、ケルヴィンだけ
なのだから。
1193
第166話 呪われし女騎士
︱︱︱トライセン城
鉄鋼騎士団本部とトライセン本城を繋ぐ庭園では、ジェラールと
ボガ、そして騎士団を率いるダンがある集団と激突していた。呪い
の武器を携えた、魔法騎士団の女騎士達である。
﹁フンッ! ハッ!﹂
前線に立つジェラールが5人の女騎士の一斉攻撃を魔剣で受け止
め、まとめて払い除ける。各々の得物は彼方へと飛ばされ、本城の
壁へと突き刺さった。武器を失った途端に女騎士達はその場で倒れ
こみ、意識を失ってしまう。
﹁倒れた者は運び出せ! 一応縄で縛るのも忘れるでないぞっ! 作法としてっ!﹂
﹁了解!︵さ、作法って何だ?︶﹂
ジェラールとダンは何度かこの女騎士らと戦う中で、ある法則が
あること見つけ出した。クライヴの﹃魅了眼﹄による洗脳が弱まっ
たのか、呪いによる力がそれを上回ったのかは微妙なところだが、
女騎士を倒さなくとも呪いの武器を手放させることで戦闘不能にす
ることができるのだ。相手は罪もなく洗脳を施された若々しくも美
しい女性ばかり。覚悟を決めた騎士らも本音のところでは彼女達に
憧れていた節があり、できることなら殺したくはない。となれば、
取る戦法はひとつである。
1194
﹁皆の者っ! 無理に彼女らを殺す必要はない! 手に持つ武器を
取り上げるのじゃ! さすれば、彼女らは呪いから解放される!﹂
﹁武器には直接触れないよう十分に注意しろ! 今度はワシらがあ
あなるぞ!﹂
﹁﹁﹁おうっ!﹂﹂﹂
騎士団の士気が上昇しているのはご愛嬌だろう。
﹁くっ、力負けする、だとっ!?﹂
﹁油断するな! 身体能力は以前の比ではないぞ! 互いに連携し
ろ!﹂
しかし呪いの武器によって強化された女騎士達の力に、熟練の鉄
鋼騎士団は苦戦を強いられていた。単純なパワーは勿論のこと、唱
える魔法もワンランク上のものを使用してくる。その強さはケルヴ
ィンのゴーレムに迫るものがある程。呪いによって無理矢理に体を
操っているらしく、戦闘によって疲労している様子も感じられない。
そしてまた、後方より女騎士の一団が魔法を詠唱し始めた。
﹁ジェラール殿!﹂
﹁うむ!﹂
拮抗する戦線に放たれる魔法。A級相当の炎の塊だ。魔法が放た
れるよりも早く、二人のロートルはルート上の女騎士が持つ呪いの
武器を折り、砕き、破壊しながら駆け出す。
﹁﹁ハァ!﹂﹂
黒き魔剣と白き聖剣を構え、二人は長年共に戦い続けた戦友のよ
うに息の合った連携で魔法を切り伏せる。炎は四散し、魔力の粒子
1195
がジェラールの持つダーインスレイヴに吸収、大聖剣チャリスは白
く輝きダンを癒していく。
﹁全快だ!﹂
﹁よし、次に行くぞ!﹂
攻撃の為に唱えられたA級赤魔法は結果的に二人をより強く、よ
り元気にしてしまったようだ。このように二人を基点に戦線を押し
始めてはいるが、魔法騎士団はこの場所に全軍を投入しているらし
く、数の多さと不殺により時間を要してしまっていた。
﹁致し方ないのう。ボガ!﹂
﹁ゴアァ。すぅ⋮⋮﹂
ジェラールの指示にボガが頷き、空気をドンドン吸い込んで腹を
膨らませていく。ボガはその巨体と頑強さを活かし、ジェラールや
ダンと共に敵陣への道を切り開く役割を担っていた。つまり、敵陣
のど真ん中にいる。その場で無防備となってしまっているボガであ
るが、二人の騎士の鉄壁の護りにより敵は近づくことができない。
﹁そろそろか⋮⋮ 皆の者、耳を塞げぇ! ブレスがくるぞぉ!﹂
ジェラールが叫ぶ。直後、ボガの大口がバカリと開いた。
﹁⋮⋮グゥルルゥアアーーーーー!!!﹂
ボガが放ったのは声を増幅させた音のブレス。全方向へと襲い掛
かる大音量の音波は聞く者の体に衝撃を与え、行動を封じていく。
﹁い、今が好機、全軍、と、突撃⋮⋮!﹂
1196
﹁﹁﹁お、おう⋮⋮﹂﹂﹂
﹁ゴァゴァ﹂
敵も、味方も⋮⋮ それでも事前に警告があった為、直撃を受け
た女騎士らよりはマシではある。この隙を狙って鉄鋼騎士団の面々
は武器を破壊していく。しかし全てを破壊するまでには至らず、ボ
ガより遠くにいた者から復活していった。
﹁⋮⋮ふぅむ、まだまだおるな。斬るならまだしも、得物だけを狙
うとなるとのう。なあ、斬って良いか?﹂
﹁﹁﹁ジェラールさん、どうか穏便に!﹂﹂﹂
﹁何その団結力⋮⋮﹂
﹁しかし、これ以上時間をかける訳にも⋮⋮ む?﹂
騎士団がジェラールに組み付いたそのとき、女騎士達の動きに、
正確には彼女らが持つ呪われし武器に変化が起こった。各々の装備
者の手を離れ、武器が宙に浮き始めたのだ。呪いから解放された魔
法騎士団は意識を失い、次々と倒れていった。
﹁退いて行く⋮⋮?﹂
様々な種類の武器が本城に向かって一斉に飛んで行くのを見て、
誰かが呟いた。光に誘われる羽虫のように、その動きに迷いはない。
更に武器が向かう先であろう城の一部から、異様なプレッシャーが
放たれた。
﹁くっ!? この本城より発せられる猛烈な黒々とした殺気、魔王
の覚醒か!? 何と言うことだ、やはり国王は⋮⋮ ジェラール殿、
ボガ、ワシはこれから本城に向かう。すまんが、力を貸してくれな
いか?﹂
1197
﹁う、うむ。勿論じゃ﹂
﹁お前達、今のうちに魔法騎士団を拘束しろ。大隊長は︱︱︱﹂
ダンが部下達に指示を出していく中、ジェラールは少々思うとこ
ろがあった。先ほどのプレッシャーである。
︵この殺気、セラがマジギレしておるな⋮⋮ 念話にも反応がない
のう。セラめ、何をしておるんじゃ? 気付いておるとは思うが、
王と姫様にも連絡しておくか︶
﹁グルゥ⋮⋮﹂
ボガが不安そうに鳴く。
﹁何、心配せんでもセラなら大丈夫じゃ。むしろ相手を心配した方
が良い。いや、本当に﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城・パーティー会場
煌びやかだった宴の会場は見る影もない程に半壊状態であった。
外に繋がる一面の壁はまるごと消滅し、シャンデリアは全て地に落
とされている。大理石の床は裂け、今にも崩壊してしまいそうだ。
その床に、クライヴであった化物が膝をつく。無尽蔵に武器を収納
していた黒ずんだ体には謀反を起こした武器達が突き刺さり、漆黒
の血が流れ続けている。
1198
﹁これで113本目、後どれくらいあるのかしらね?﹂
空中に停滞しながらセラがクライヴを見下ろす。セラの周囲には
無数の武器武器武器︱︱︱ そのどれもが元々はクライヴの体から
出てきたものである。セラの瞳は真赤に染まっている。これは悪魔
ジンスクリミッジ
ブラッド
が激昂した際の特徴であるが、それと同様の色彩を放つ魔力をセラ
スクリミッジ
は全身に纏っていた。血のように紅い魔人闘諍、S級黒魔法︻魔人
紅闘諍︼である。
この魔法を発動して以降、セラはクライヴを圧倒していた。呪い
の武器はセラを傷付けることができずに逆に支配され、殴られれば
拳に触れた先から支配される。攻撃することも、防御に徹すること
も、そのどちらもがセラの支配に直結していたのだ。既にクライヴ
は右腕を3度、左腕を2度、両足を1度支配され、その都度に部位
を斬り落とし、新たに局部を形成するのを繰り返している。その再
生も無制限ではなく、奪われた武器による八方からの攻撃によりガ
リガリとHPは削られている。
ヘイディーズブラッズ
﹁血を浴びし黄泉の軍勢﹂
血の海に沈んでいた肉塊が膨張し、凝固し、人の形を作っていく。
この血の海はパーティー会場にいた来客のものであるが、セラの頬
を伝っていた血も含まれている。他と混じり合ったセラの血は同化
し、一切を同質のものへと変質させ、遂にはその全てがセラのもの
となっていた。クライヴも今ではそのことに気付いているが、代償
に両足を失った。
﹁出来上がったのは8体か⋮⋮ 貴方、ちょっと横暴じゃないかし
ら? これしか作れなかったじゃない﹂
1199
セラは血色のスケルトンに武器を渡す。呪われし武器を引き摺る
ように、悪魔の僕はクライヴに迫った。
1200
第167話 罰は続く
︱︱︱トライセン城・パーティー会場
﹁■■■■ーーー!﹂
奇怪な叫びと共にクライヴの背がまた膨れ上がる。歪に構築され
た新たな腕は合計6本となり、その全てに打撃系武器が握られてい
た。出来の悪い阿修羅像、現代人からすればそのように見え、この
世界の住民には邪神像かと思われるかもしれない。兎も角、顔を除
いた全てのパーツが醜悪に膨張し、体のバランスに釣合いが取れて
いないのだ。
ヘイディーズブラッズ
そんな更なる化物と化したクライヴに、セラが会場の死体を掻き
集めて生成した血を浴びし黄泉の軍勢は臆することなく迫り行く。
それどころか自身の主に献上する為の供物程度にしか見做していな
い。紅き髑髏に恐怖を感じる心はなく、素体となった肉体の復讐心
を宿し、ただひたすらにセラに尽す。
﹁■■■ッ!﹂
﹁﹁﹁オオオオオッ!﹂﹂﹂
クライヴと髑髏の軍勢が扱う得物は互いに呪いの武器。空気を切
る音は絶叫となり、武器がぶつかり合えば怨念が滲み出る。双方の
風貌と相まって文字通り壮絶な恐怖の戦いとなっていた。互いの剣
戟が轟く拮抗する戦い、しかしセラがそれを黙って見ている筈もな
く︱︱︱
1201
﹁相手から目を離しちゃ駄目じゃない﹂
注意が散漫となったクライヴの懐に難なく入り込み、今日何度目
かの拳を叩き込む。これまで腕を使って防御を行っていたクライヴ
であったが、察知が遅れ紅き拳は顎へと吸い込まれていった。骨が
粉砕し、肉が潰れ、クライヴの体は向かいの壁まで吹き飛んでいく。
﹁さ、これで顔下半分は支配完了ね。これで貴方の忌まわしい声も
聞かなく済むわ。って⋮⋮﹂
クライヴの顎は潰れ、とてもではないが声を出せる状態ではなか
った。それでも並外れた再生力により徐々に徐々にではあるが蘇生
を開始している。
﹁命令、黙りなさい﹂
それを見たセラはお願いするように可愛らしく手を合わせ、支配
者としての決定を下した。但し目は笑っていない。これで例え顔を
再生したとしても、クライヴは声を出す権利を失ってしまった。
﹁﹁﹁オオオオオッ!﹂﹂﹂
ヘイディーズブラッズ
吹き飛ばされ、地に伏すクライヴに血を浴びし黄泉の軍勢が追い
討ちする。無防備となったクライヴに各々の得物を突き刺し、抜き、
突き刺しを何度も繰り返し行う。その様は生前の恨みを晴らすよう
に鬼気迫るものであった。悲鳴を上げようにも口は堅く閉ざされ、
どす黒い血液だけが舞い上がる。
﹁⋮⋮ッ! ⋮⋮!!﹂
﹁貴方、相当恨みを買ってるのね。私もここまでとは思わなかった
1202
わ﹂
混乱の最中、クライヴが力任せに振るった凶器が偶然に一体の下
僕に衝突し、バシャリと赤い液体が飛び散った。
﹁⋮⋮あーあ﹂
打撃を受けたスケルトンはその瞬間に液体となり、クライヴの持
つ大槌を赤く染める。クライヴの手に相手を破壊する感触はなかっ
た。あたかも、初めからそういった役割であったかのように。
︱︱︱ズガァン!
突如として先ほど下僕を屠った大槌が爆発する。その爆発はクラ
イヴの片側の腕を纏めて巻き込み、消失させてしまう。この下僕達
セラ
はセラの血で形成されているようなもの。仮に破壊に成功したとし
ても紅き骸骨は血に戻り、己を害した発端を主の支配下へと誘うの
だ。
﹁⋮⋮!?﹂
爆発に驚愕する暇もなく、クライヴの額に宙より飛来した長剣が
突き刺さり、貫通する。セラの支配下にあった呪い武器の一本だ。
﹁これだけ呪いを与えているのに、全然堪えないわね。耐性でもあ
るのかしら? それに頭を貫いても生きているなんて、凄い生命力
︱︱︱ あ、そっか。貴方にとって頭部はそこまで重要な部位じゃ
ないのね。ごめんなさい、勘違いしちゃったわ。それじゃあ弱点を
探さないといけないわね﹂
1203
セラに命じられた下僕らが場所を変え場所を変え、突き刺しを再
開する。最早セラは倒すよりもいたぶることを目的としてしまって
いた。セラの内に秘めたスイッチが入ってしまったのか、完全にド
Sモードとなっている。宙に滞在するどの武器を次に放とうかとセ
ラが品定めしていたその時、シャットアウトしていたはずの念話が
届いた。
﹃セラ﹄
﹃え? ⋮⋮ケ、ケルヴィン!?﹄
念話の主はケルヴィンであった。ケルヴィンの声を聞いた途端に
セラの瞳から赤みが掻き消え去り、逆に頬が赤くなる。セラはケル
ヴィンとの念話の回線だけは開けていたようだ。
﹃どうしたんだ。注意力が散漫になってるぞ?﹄
﹃う、ううん、何でもないの、あはは⋮⋮﹄
﹃ジェラールから連絡があったんだが、そっちに相当数の武器が向
かってる。気付いていたか?﹄
﹃⋮⋮あ﹄
﹃おい﹄
どうやらセラは周りが見えていなかったらしく、指摘されること
で漸く現状に気が付いたようだ。ケルヴィンから呆れた声が返って
くる。
﹃えっと、えへ♪﹄
﹃えへじゃない! 普段ならその可愛さに免じて許すところだが今
日は⋮⋮﹄
﹃あっ、ごめんなさい。そろそろ追加の敵さんが来るみたいだから、
一度切るわね。ケルヴィン、ありがと!﹄
1204
﹃お、おい︱︱︱﹄
セラは念話を強制的に終え、頭を冷やしたところで外を向く。そ
こに見えるは飛来する武器の大群。向かうはこのパーティー会場、
正確にはクライヴの体であった。クライヴを攻撃していた下僕の一
体がセラに近づき、跪く。
﹁オオオオ﹂
﹁そう、やっぱり死なないの。そうね⋮⋮ 貴方たち、魔力を全部
私に献上しなさい﹂
セラの言葉に7体の下僕達は姿を血液に変え、支配下の武器らは
蓄えた魔力を根こそぎ取り出し、セラの拳へと収束する。そうして
いる間にも、外から新たな呪われし武器達が次々に飛来し、クライ
ヴの体へと納まっていく。それと共に欠損した体の再生スピードは
速まり、クライヴの魔力も膨れ上がっていった。
﹁ふう、どうかしていたわ、私。貴方の奇妙な体、死ねない呪いに
でもかかっているのかしらね? ま、同情はしないけど﹂
立ち上がるクライヴの右腕が変貌する。それは巨大な、10メー
トル程もある歪な呪剣。内にある全ての呪いを右腕に融合させたの
だろうか。1000以上にも及ぶ呪いの集合体が、会場の全てを巻
き込んで薙ぎ払われた。
﹁足元﹂
﹁⋮⋮ッ!?﹂
クライヴの足がバランスを崩し、薙ぎ払われた呪剣は天井を突き
破って軌道を変えられる。クライヴの足下には背後より真赤な線が
1205
引かれていた。床の血の海より伸びた、一本の線。セラの﹃血操術﹄
でクライヴが倒れている隙に死角より伸ばした、最後の罠。それに
気付く間もなく、セラはクライヴへと接近していた。
クルーセフィクション
﹁血鮮逆十字砲﹂
血色の逆十字はメルフィーナとの戦いの時よりも鮮明に、そして
光を増して描かれる。呪剣を振るってしまったクライヴに止める術
はない。
﹁⋮⋮ッ! ⋮⋮ッ!﹂
例え体中に目玉を形成し、彼の固有スキルである﹃魅了眼﹄を全
方向へ乱射しようとも、クライヴにセラを止める手筈はないのだ。
﹁きもいっ!﹂
放たれた紅き閃光はクライヴ本体を完全に消し去り、邪悪な気を
一掃する。この瞬間にクライヴの洗脳効果は世界から消失し、心を
囚われていた女性達は解放される。直撃を免れた呪剣の剣先の半分
ほどだけが残り、ズガンと床を突き破って下の階層へと落ちていっ
た。
﹁あっ﹂
そしてセラは感じ取る。半壊した呪剣がケルヴィンがいる付近、
セラが唯一察知できなかった場所へと向かうことに。
クルーセフィクション
セラの血鮮逆十字砲は集めた魔力量と自身が流したた血液の量が
多い程威力を増す。しかしセラの出血は﹃自然治癒﹄により既に塞
1206
がっており、メルフィーナのとき程は血を流していなかった。
・・・
﹁⋮⋮もう少し、手負いになっていた方が良かったかしら?﹂
小型クロトより取り出したMP回復薬を飲み込みながら、呪剣を
追ってセラは破壊された外壁より飛び出すのであった。
1207
第168話 メイドと竜
︱︱︱トライセン城・上空
ご主人様達が城に降下し、私とハクちゃん、ムドちゃんの援護組
は地上への火力支援と敵部隊の妨害活動を主に活動を開始しました。
ちなみにこの呼び名はダハクさんに﹁クロト先輩と同じでお願いし
ます! エフィル姐さん!﹂と言われたことがありまして、現在は
ちゃん付けで呼ばせて頂いています。ムドちゃんに関してもリオン
様から﹁エフィルねえ、ムドちゃんもそう呼ばれたいってさ﹂と、
ムドちゃん自身からもキラキラとした瞳で見詰められてしまいまし
た。なぜなのか、皆さん料理を食べてから表情が軟らかくなった気
がします。
あ、申し訳ありません。話が逸れてしまいましたね。ここはトラ
イセン本城の遥か上空、敵兵の弓や魔法は届きません。今もこちら
に向けて放たれた矢が山なりに落ちていきました。
﹁くそっ、見張り塔の上からでも矢が全然届かねぇ。このままだと
一方的に攻められるだけだぞ。魔導士は何をやっているんだ!?﹂
﹁障壁の復旧で手が回せないらしいぞ。さっき中心区の長から連絡
があったそうだ。それよりも今ので位置がばれたかもしれん。早く
ここから離れよう﹂
﹁お、おい! 下から例の筋肉の化物が登って来てるぞ!?﹂
﹁か、壁を直でだと!? しかも速い!﹂
﹁撃て、撃てっ!﹂
地上ではゴルディアーナ様が単身で囮役を奮闘しています。屋外
1208
ですので私の視界からもしっかり確認済みです。私が状況を把握し、
ご主人様の意思疎通を通じ図解してハクちゃんとムドちゃんに伝達。
ゴルディアーナ様の場合は火力支援よりも補助が中心になりますね。
今もハクちゃんが見張り塔に登りやすい様、能力で塔の壁に丈夫な
蔓を伸ばして力添え中です。
﹁プリティアちゃん、勇ましいぜ⋮⋮ 美人なだけじゃないんだな
⋮⋮﹂
⋮⋮少々、ゴルディアーナ様ばかり支援しているようにも見えま
すが、ここはメイドとして心を汲んだ方がいいのでしょうか? 仕
方ありません。私とムドちゃんで他はカバー致しましょう。誰だっ
て恋は応援したいものなのです。あれ? でもこれだとジェラール
さんの恋路を邪魔していることになるのかな? 前にゴルディアー
ナ様が﹁私とおじ様は相思相愛よん﹂と仰っていましたし。どう致
しましょう⋮⋮
﹃エフィル、マップに記した位置に爆撃を頼む。シュトラ姫がいな
いことは確認した。盛大にやってくれ﹄
﹃エフィルねえ! こっちにもお願い!﹄
いけない、ご主人様とリオン様から念話が届きました。同時にマ
ップ上に八箇所の狙撃マークが書き足されます。お二人は別々のル
ートから本城の最上階に向かっているのですが、魔王のいる敵本陣
だけあって敵兵が多く、苦戦は全くせずとも時間を要してしまって
いるようです。だからこその私たち支援組なのですが。
﹁ムドちゃん、そこの3つのポイントをお願い。後は私がやるね﹂
﹁﹁﹁グォン﹂﹂﹂
1209
ムドちゃんはまだ念話での会話が不慣れなので、直接声に出して
指示をします。弓を構え、5本分の矢の魔力を装填。ムドちゃんも
角首の角を光らせ、ブレスの準備が完了。一斉に放ちます。ほぼ同
時に着弾した八箇所のポイントが爆発し、激しい噴煙が巻き起こり
ました。よし、1ミリもずれなく撃つことができました。威力の調
整もバッチリです。お城を倒壊させてしまってはシュトラ様を探す
意味がなくなってしまいますからね。あくまで敵戦力を削ぐことが
主目的です。
﹁グォー⋮⋮﹂
黄色角のムドちゃんはブレスを少し外してしまったみたい。ガッ
クリとうなだれてしまいました。
﹁一箇所だけ外れちゃったね。でもほんの僅かな誤差だよ。ご主人
様には私からフォローしておくから、今度練習しようね?﹂
﹁グォ!﹂
良かった。元気を出してくれたみたいです。元気付ける最中に外
したポイントに矢を撃っておいたので、これでムドちゃんの面目も
守られたはず、だよね?
﹃申し訳ありません。一箇所だけ爆撃が遅れてしまいました﹄
﹃いや、敵の一掃を確認した。流石だよ﹄
﹃ありがとー! それじゃ、今のうちに進んじゃうね!﹄
な、何とか誤魔化せたようです。良かった⋮⋮ ええっと、ジェ
ラールさんとボガちゃんも無事に正面を突破して、そろそろゴルデ
ィアーナさんと合流かな。セラさんは︱︱︱!
1210
﹁ハクちゃん、ムドちゃん﹂
﹁﹁﹁グォン?﹂﹂﹂
﹁あそこの通路を塞いで、催眠系の毒を撒き散らす植物を生やして
⋮⋮ おおっ、プリティアちゃんの腿チラが!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
何やら夢中になってしまっていますね。念話に切り替えて直接ハ
クちゃんの頭に呼び掛けます。
﹃ハクちゃん!﹄
﹃お、おわっ!? な、なんですかい、エフィル姐さん!﹄
驚かせてしまったようです。緊急時でしたので、少々大声を上げ
てしまいました。ムドちゃんは何が起こったのか分からず、お互い
の顔を見合わせて首を傾げています。
﹁地上より敵が接近中です。注意してください﹂
﹁お、マジッスね。もうこの高度まで来れる戦力は残っていない筈
なんスが⋮⋮﹂
ハクちゃんも確認したようですね。でもね、いるじゃないですか。
私たちが知る中でもただ一人、その手段を持っていそうな方が。
﹁⋮⋮トリスタンか!﹂
﹁﹁﹁グゥオルルゥ⋮⋮﹂﹂﹂
元竜騎兵団だった二人もあの敵将を知っているようです。ちょっ
と、と言いますか分かりやすいくらいに敵意剥き出しです。相当嫌
っているのかな。以前ご主人様は彼を取り逃がしてしまったのです
が、その際に従えるモンスターを含めてステータスを覗いていまし
1211
た。彼はご主人様と同様、召喚士なのです。それも瞬間移動のよう
に術者自身も召喚の対象とする、特殊な召喚。不意打ちに使われて
しまえばとても厄介なことでしょう。ですが、今はその心配はあり
ません。逆にここに来たのが不思議なくらいです。
﹁来るッスよ!﹂
敵将が紫の羽を持つ怪鳥に乗ってこちらに向かって来ます。
﹁やあやあ、はじめまして、ですかな? 可愛らしいメイドさん。
私の名は︱︱︱﹂
ペナン
射程圏内は当に過ぎてますね。自己紹介をして頂けるようですが、
ブラ
必要ないので撃っちゃいましょう。予備動作を極力なくし、火神の
魔弓で心臓目掛けて速射を放ちます。
﹁︱︱︱トリスタン、と申しますが﹂
矢が何者かに弾かれました。目の前に召喚されたのは大型の、無
機質なモンスター。上半身だけのゴーレムと言えばいいでしょうか。
2本の風変わりな腕が宙に浮き、四角錐を逆にした胴体に頭が搭載
されています。表面は鏡ように月の光を反射してキラキラと輝いて
いました。外見の特徴からご主人様が見たモンスターと推測されま
す。
パイロヒュドラ
オクトナリー
﹁容姿に似合わずなかなか大胆なお嬢さんで︱︱︱﹂
﹁多首火竜﹂
プライマリー
第一竜頭から第八竜頭までの首を一斉掃射。夜空が火竜が灯す炎
の光で明るく照らされます。空中戦ですので、固体別に体は分離、
1212
と⋮⋮
﹁す、ね⋮⋮﹂
各首に対象を捕捉。怪鳥とゴーレム、半々で追尾しましょうか。
﹃エ、エフィル姐さん、相手の口上の途中なんですが⋮⋮﹄
﹃別に無理に付き合う必要はありません。あの敵将は口車が上手い
ともアズグラッド様から伺っていますし、さっさと攻撃してしまい
ましょう。もしかしたら時間稼ぎかもしれませんよ?﹄
﹃そ、そうスか⋮⋮ ムドファラク、やっちまうぞ! って念話は
まだ駄目だったか﹄
ハクちゃんとムドちゃんも漸く戦闘態勢になったみたい。
フレイムランパート
﹁⋮⋮なるほど、よく教育されたメイドだ。私の屋敷に欲しいくら
いです﹂
﹁お断りします﹂
パイロヒュドラ
丁重にお断りするのと同時に、多首火竜を飛ばし火炎城壁で敵背
後の退路を塞ぎます。そうでした、ご主人様達に連絡しませんと。
﹃エフィル、ダハク、ムドファラク、本城上空にて敵将トリスタン
との戦闘に入ります﹄
1213
第169話 上空での攻防
︱︱︱トライセン城・上空
﹁ガギャオォーー!﹂
竜の唸りにも似た爆発音を鳴らし太陽の代わりとなって大空を照
フレイムランパート
らす激しい光。8体の火竜が一斉にトリスタンとその配下モンスタ
ーに襲い掛かる。エフィルが詠唱した火炎城壁はトリスタンの背後
の広範囲に展開され、退くことは勿論下降する道をも断たれている。
空中にて燃え盛る炎の壁はC級魔法では考えられぬ次元の殺傷力を
秘めており、この事実はトリスタンにとっても由々しき事であった。
︵C級程度でこの威力⋮⋮ 隠蔽効果で能力は見えませんが、魔力
だけでもクライヴを凌駕していますね。それに加えてあの弓の腕、
まったく、凡人である私に化物の相手は荷が重いにも程があります
な︶
進める道は前方のみ。だが、その唯一残されし道には竜の大群が
大口を開けて迫っている。その速さはトリスタンが乗る紫の怪鳥ハ
ウンドギリモットを上回り、旋回して回避することもままならない。
しかしトリスタンは特に切迫する様子はなく、静かに口を開き眼前
のゴーレムに指示を出した。
﹁タイラントミラ、やりなさい﹂
キュイン、と電子的な音がトリスタンのゴーレム、タイラントミ
ラより響き渡る。四角錐の胴体の先が開き出し、面をエフィルの方
1214
パイロヒュドラ
向に向け高速で回転。タイラントミラはトリスタンを護る鏡の盾と
なって多首火竜に立ち塞がった。やがて両者は衝突する。
﹃⋮⋮弾いた、いえ、反射した?﹄
パイロヒュドラ
鏡の盾は烈火の猛攻に傷ひとつその身に付けることもなく、進行
方向と逆に向かって押し返した。多首火竜にダメージはなく、特攻
ブレイズア
した勢いが弱まることもない。エフィルの感じた通り、本当に反射
ロー
されたかのようだ。密かにエフィルは火竜の影になるように極炎の
矢を放っていたのだが、貫通特化のその矢もこちら側へと返されて
しまった。咄嗟にもう一発放つことで打ち消すことには成功したが、
事前情報なしでは危なかったかもしれない。エフィルは各首を外側
へと迂回させる。
﹁おお、怖い怖い。掠りでもしたら私など黒焦げでしょうな。それ
にしても︱︱︱﹂
トリスタンのわざとらしい仕草と言葉は相手をイラつかせ、挑発
ともなるものなのだが、エフィルはその行為に特に思うところはな
い。というよりも、最早会話の相手にしていない。
﹃あのゴーレム、ご主人様の話では﹃鏡面反射﹄という固有スキル
を持っているとのことでしたが⋮⋮ 本当に魔法を反射するようで
すね﹄
﹃うわ、それ卑怯ッスよ!﹄
﹃卑怯ではないですよ。ご主人様も使えるものは何でも使えの方針
ですし﹄
﹃そうッスね! 立派な戦法ッスね!﹄
エフィルや他の仲間達はケルヴィンよりトリスタンの情報を知ら
1215
されている。まず第一に、これはあくまで予想の段階ではあるのだ
が、トリスタンの特殊な召喚術がタイラントミラの﹃鏡面反射﹄を
利用してのものではないかと教えられた。
﹃本来は配下が対象となる召喚術。それを一度ゴーレムを対象にし
反射させ、自らを特定の場所へと召喚。あたかも瞬間移動したかの
ように見えるらしいです。あのゴーレムも一緒にいなくなったとの
ことでしたので、任意で魔法を受けることも可能なのでしょうね﹄
﹃それじゃあ物理的に叩くしかねぇな。こんだけ高い場所だと俺の
力も使い辛いッスけど﹄
﹃召喚術による不意打ちにも注意してください。彼のMPと魔力か
ら考察するに、乱発はできず魔力圏内もそれ程広くはないと思いま
すが⋮⋮﹄
トリスタンのステータスは一般的には優秀な部類に入るものでは
あるが、決してエフィルらに及ぶものではない。言ってしまえば秀
才レベル。召喚術のランクはC級。魔力供給による配下の強化値や
従えられる配下の枠も少ない。だがトリスタンは紋章の森にてケル
ヴィンの察知スキルを掻い潜り、クライヴを連れて逃走することに
成功している。彼の魔力圏内の広さからは考えられぬことだ。不審
に思ったケルヴィンはエルフの里からパーズへ帰還する際にトリス
タンが現れた場所を調べ上げ、そして発見した。木の葉で隠すよう
に隠蔽された、地表に打たれた杭を。それも森の至るところで。
ケルヴィンが鑑定眼で確認したところ、この杭はマジックアイテ
ムであった。効果は所持者の魔力圏内を杭の周囲に作り出すといっ
たもの。時間経過や杭を抜くことで効力を失う充填タイプではある
が、トリスタンはこの杭を予め森に設置し擬似的に魔力圏内を作り
出すことでケルヴィンを出し抜くことに成功する。セラが正門前で
発見した杭も同じものであったことから、本城にもかなりの数が設
1216
置されていると予測していた。
ここ
﹃上空で戦えたのは幸運でしたね。魔杭を心配する必要がありませ
んから﹄
魔杭は地面に挿さなければ効果を発揮しない。つまり、この場所
においては全く脅威にならないのだ。エフィルは高速で行われたこ
パイロヒュドラ
の会話内容をムドファラクに伝え、後方へ下がるよう指示する。そ
して多首火竜の首のひとつに飛び移った。
﹁ふう、返答のひとつも欲しいものですな。 ⋮⋮ムドファラクを
下げるのですかな?﹂
エフィルらの中で最も能力が低いのはムドファラクである。それ
でも古竜としての力は備えているのだが、エフィル、ダハクと比べ
ての差は歴然。トリスタンが召喚術で不意打ちを仕掛けて来た場合
の対策として、エフィルは魔力圏外だと予想される範囲までムドフ
ァラクを離したのだ。 ︱︱︱加えて、これからエフィルが放つ魔
法の巻き添えにならぬように。
ミリアドバーンバード
﹁多重炎鳥﹂
﹁⋮⋮清々しいほどに相手にされていませんね﹂
声こそは冷静だが、トリスタンの額には一筋の汗が伝っていた。
﹃ハクちゃん、触れないように気をつけて﹄
﹃うへー⋮⋮﹄
トリスタン達の周囲に燃え盛りながら蠢く壁が出現する。取り囲
むその正体は無数の炎の鳥。サイズこそは鴉程度であるが、数千羽
1217
はいるであろうその数が凶悪。物量による力押しだ。
﹃頭から仕留めましょう。ゴーレムには効かなくとも、敵将に有効
であれば問題ないです。さ、ハクちゃんとムドちゃんも﹄
﹃ゴリ押しッスか! 嫌いじゃねぇな!﹄
ミリアドバーンバード
多重炎鳥が旋回しながら徐々にトリスタンとの距離を詰めて行く。
見方によっては赤い竜巻が萎んでいくようなもの。中心にいる者に
とっては絶望でしかない。タイラントミラがシールドとなって接近
する鳥達を追い返すも、反射した傍から舞い戻り、それが全方向か
ら迫り来るのだ。とても処理し切れる規模の魔法ではなかった。更
に赤き竜巻の外側より色とりどりのブレスの嵐、威力を抑え広範囲
にばら撒くことを重視したような放ち方だ。幾重の鳥が、ブレスが、
鏡の盾の護りを越えてトリスタンに襲い掛かり、破壊の渦と化す。
﹃姿が消えました。 ⋮⋮発見、マップ上に表示します﹄
パイロヒュドラ
エフィルは荒れ狂う狭間の中でトリスタンがハウンドギリモット
と共に消えるのを目にし、すぐさま8体の多首火竜で辺りを探索。
パイロヒュドラ
その内の1体が反応を示した場所を配下ネットワークに書き込んだ。
ダハク、ムドファラク、多首火竜、その場にいた全ての竜が一斉に
そちらを向きトリスタンを視認する。移動した傍から迫り、ブレス
を放とうとするその姿にはトリスタンも苦笑いを浮かべた。
︵やり辛い。手札を見られながらゲームをしている感覚です。時間
稼ぎも潮時でしょうか。ですが︱︱︱︶
エフィルとトリスタンの視線が合う。
﹁︱︱︱これは読めましたか?﹂
1218
エフィルの背後より微弱な光、横目で見たその先には1匹のモン
スターがいた。手のひら程の風船型の虫である。
︵モンスターの召喚!︶
﹁起爆蟲、爆ぜなさい﹂
エフィルがモンスターを目にする直前から虫は大きく膨れ上がっ
ており、やがてそれは閃光となって弾けた。エフィルが乗っていた
火竜を巻き込んでの大爆発。散り散りとなった火竜の欠片を見れば
威力は一目瞭然であった。
﹁ね、姐さん!﹂
トリスタンは満足気に口の端を吊り上げる。
﹁私の思った通りです。私程度では、あなた方は手に負えない﹂
トリスタンの口端より血が流れる。彼の左胸、ちょうど心臓の位
置に当たるところに小さな穴が開いていた。ハウンドギリモットの
額と首筋にも同様の穴。既に怪鳥は絶命している。
﹁ガフッ⋮⋮ この刹那の時間で、回避と、同時に3連射⋮⋮ お
見事⋮⋮﹂
重力に従いトリスタンと怪鳥は地上へと墜ち、やがて生々しくも
無残な形となってしまった。
﹁ふう、対象が私で良かったです﹂
1219
﹁うおっ、エ、エフィル姐さん! 何時の間に!?﹂
不意の声に驚くダハクの背にはエフィルの姿。メイド服のスカー
トの端が一部焦げてしまっている。汗がにじんだその手には隠弓マ
ーシレスが握られていた。
﹁警戒を怠らないでください。まだゴーレムが⋮⋮ あれ?﹂
1220
第170話 死の商人
︱︱︱トライセン城
場面は変わり、ジェラールとダンへと移る。呪いと洗脳から解放
された魔法騎士団をダンの部下に任せ、ボガ、100機の騎士型ゴ
ーレムを背後に従えて二人は本城へと疾走していた。庭園を越え、
本城はもう目の前。城の影になってここからは見えないが、更に奥
の城外から悲鳴や戦闘音が聞こえてくる。今もゴルディアーナが奮
闘しているのだろう。それに加え、遥か上空でも変化が生じていた。
﹁あの眩い炎、エフィル達も何者かと遭遇したか。それなりに強い
と見える﹂
﹁む、あんな高所でか? 魔法で空を飛べる魔法騎士団は戦闘不能、
竜騎兵団も大した者は残っていない筈だが﹂
﹁強いと言ってもワシが心配する程ではない。気にする必要もない
じゃろう。それよりも⋮⋮﹂
﹁うむ、あれが本城の入り口だ。流石はS級冒険者のゴルディアー
ナ殿だ。粗方ここの制圧は終わっているようだ﹂
本城の門は開かれ、中から兵が出て来た形跡がある。恐らくは突
然のゴルディアーナの襲撃に城を守護する兵達が応戦したのだろう。
兵が山となって積み重なっているあたり、迎撃には失敗したようで
はあるが。死んではいないが余程怖い思いをしたのか、兵は皆青い
顔をしながら気絶している。
︵一体何をされたんじゃろうか⋮⋮︶
1221
ジェラールの不安は募るばかりであった。経験豊富な老兵にとっ
ても未知の存在は恐ろしいものなのだ。味方ではあるが恐ろしいも
のなのだ。
﹁⋮⋮見張り役に何機かゴーレムを残して置くとするかのう﹂
﹁それは良いが⋮⋮ ジェラール殿、どうされた? 何やら体調が
優れないようだが﹂
﹁いや、そうではなく︱︱︱﹂
ジェラールが否定しようとしたその時、城の上空にて激しい爆発
音が轟いた。場所は、そう、先ほどエフィルの炎が見えた辺りから
だ。二人は瞬時に顔を見上げた。
﹁何事だっ!?﹂
﹁これは⋮⋮!﹂
空に広げ渡る激しい爆発。魔法によるものかは分からないが、か
なり強力なものに間違いはないだろう。そこに追い討ちをかけるか
のように、ダハクが大声量にて念話を一斉送信してきた。
﹃エ、エフィル姐さんが消えちまった!﹄
これ以上不安を煽る言葉はないだろう。すぐさまにジェラールは
エフィルに念話を送り、安否の確認を行った。まさかとは思うが、
いや、しかし。爆発の威力から導き出される最悪のケースがジェラ
ールの思考を駆け巡る。
﹃こちらエフィル。無事戦闘を終了致しました﹄
意思疎通を通して聞こえてきたのはエフィルの声。その瞬間にジ
1222
ェラールは大きく安堵の溜息を漏らす。
﹃ハァー⋮⋮ 寿命が縮んだわい⋮⋮﹄
﹃エフィルねえ、さっきの爆発ビックリしたよ! ハクちゃんムド
ちゃんも大丈夫?﹄
﹃う、うっす。つか間近で見ていた俺が一番驚いたッスよ! 姐さ
ん、爆発と一緒に消えちまうんだもん! マジで心臓に悪ぃ⋮⋮﹄
﹃ダハク、後で新しい魔法の実験に付き合ってくれ。何、コレット
がいるから死ぬことはないさ﹄
﹃え?﹄
どうやら心配していたのは皆同じだったらしい。念話で口々にエ
フィルの無事を喜んでいる。
﹃ご心配をお掛けして申し訳ありません。敵将は死亡、私たちは全
員無傷です。あと、少々懸念事項もありまして⋮⋮ 敵将トリスタ
ンの配下モンスターを一体見失ってしまいました。以前、ご主人様
が紋章の森でトリスタンと共に遭遇した鏡のゴーレムです﹄
﹃トリスタンが乗っていたあれか⋮⋮ メルフィーナ、仮に召喚士
が死亡した場合、その配下はどうなるんだ?﹄
﹃死亡した時点で召喚士との契約が解除され、その場に召喚されて
いなかった配下も強制的に魔力体から戻されます。召喚士と共に無
理心中などと物騒なことにはなりませんのでご安心ください。あ、
でもあなた様は死んではいけませんよ? 駄目ですよ?﹄
﹃まだまだそんな予定はないから安心しろ。こら、揺らすな揺らす
な⋮⋮ しかし、それならあのモンスターはどこに行ったんだ? 結構大型だった筈だぞ。屋内に隠れられるようなサイズじゃない﹄
タイラントミラはトリスタンがその手に乗れる程の巨体であった。
いくら巨大な建造物である城があると言えど、即時にタイラントミ
1223
ラが隠れ、エフィルの千里眼を逃れられる場所はない。
﹃上空からは見当たりません﹄
﹃考え得るは召喚士が死亡する寸前に配下をどこかに召喚した、で
しょうか。魔杭を併用すればエフィルから見えない範囲への召喚も
可能ですし﹄
﹃一応セラねえに気配を探してもらおうよ。万が一奇襲なんてされ
たら危ないし﹄
﹃そうですね。セラさん、お願いできますか? ⋮⋮セラさん?﹄
エフィルの問い掛けにセラの反応はない。どうやらセラ側から意
思疎通を閉ざしているようである。
﹃そう言えば、さっきからセラねえ何も話してないね? どうした
んだろ?﹄
﹃⋮⋮ジェラールの報告からセラの連絡がないな。仕方ない、セラ
には俺から話しておくよ﹄
﹃ならばワシが辺りを探索しよう。ちょうど手が空いたところじゃ
し、ここまで制圧できれば残りの戦力でも対応可能じゃろう﹄
﹃よし、ジェラールに任せる。エフィルも支援と平行して警戒を続
けてくれ﹄
﹃承知致しました﹄
念話では相手の姿までは見えない為に分かり辛いが、このときジ
ェラールは渾身のガッツポーズを決めていた。
エフィル
︵中心地に居ては奴と会ってしまう可能性が高いからのう。できる
だけ城壁側の離れたところを探すとしよう。孫の手助けもできるこ
とじゃし、一石二鳥じゃ!︶
1224
仲間となった当初から目をかけてきたこともあり、ジェラールに
とってはリュカ、リオン、エフィルが孫筆頭なのである。あと天敵
に会いたくなかった。
﹃ゴアァ﹄
﹃む、ボガも来るか? よし、共に行くとしよう﹄
これからの方針が決まったところで念話での会話が終了する。と
言っても高速での会話だったので数秒も時間は経過していない。
﹁ジェラール殿、驚きながら安心したようで行き成り歓声を上げて
いるところ悪いのだが、本当に大丈夫か? かなり精神が不安定の
ようだが⋮⋮﹂
その為にダンから見たジェラールの姿はかなり珍妙なものとなっ
ていた。
﹁む、これは恥ずかしいところを見られてしまったわい。ガッハッ
ハ、もう大丈夫じゃ!﹂
﹁そうか? やる気に満ち満ちているのはいいが﹂
﹁それよりもダン殿、少々野暮用ができてしまってな。ここからは
別行動をとらせて頂きたい﹂
ジェラールはダンに大まかな説明する。その上での話し合いの結
果、率いるゴーレムを半分に分けてダンは本城へ、ジェラールとボ
ガは周辺の探索をすることで合意となった。
﹁それではダン殿、ご武運を!﹂
﹁そちらもな! 次は万全なワシの力を見せようぞ!﹂
1225
ジェラールは颯爽とボガに騎乗し、勘を頼りに混成魔獣団の本部
へと向かう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城
トライセン城の西、混成魔獣団本部沿いの城壁にて小さな人影が
動いていた。影の主は身長140センチと非常に小柄であるが、そ
の肉体は屈強そのもの。顎には長い髭を蓄えており、ドワーフとし
ての特徴を的確に表しているのだが、その気品ある衣装によりどこ
か異質な雰囲気を発している。ドワーフの名はジルドラ、クライヴ
の将軍就任の際にトライセンのお抱え商人となり、数々の武具、マ
ジックアイテム、時には曰く付きの物品を提供してきた謎の人物。
ジルドラはトリスタンと分かれた後、計画通り城壁を越えてトラ
イセンから脱する為、城の中心から見て支城の影となっているこの
場所へと訪れていた。
﹁⋮⋮トリスタンめ、下手を打ったか。タイラントミラを使ってお
きながら、無様な﹂
ジルドラの足元の地面には杭が刺さっており、その横にトリスタ
ンの配下モンスターであったタイラントミラが控えていた。ダラリ
と腕を地に落とし、特に動き出す様子もない。電源を落とされたか
のような、そんな印象を受ける。
1226
・・
﹁いや、人間にしてはよくやった、と言うべきか。奴はまだであっ
たな。まあ、ある意味で丁度良かった﹂
ジルドラが城壁に右手を添える。
﹁こうして最低限の時間稼ぎはしたのだ。私はゆるりと︱︱︱﹂
﹁︱︱︱どこへ行くつもりじゃ?﹂
背後からの声にジルドラは舌打ちと同時に添えた右手をタイラン
トミラに向ける。
︱︱︱キュイン
起動音。突として動き出したタイラントミラの腕と大剣による攻
撃が激突。ジルドラの鋭い眼光に漆黒の大剣を振るう黒騎士、ジェ
ラールの姿が映し出される。
﹁むう!?﹂
渾身の一撃で斬り伏せようとしたジェラールの大剣が押し返され、
そのままジェラールの巨体ごと後方へと飛ばされてしまった。
︵こやつ、エフィルの話では魔法を反射するとのことじゃったが、
直接攻撃も撥ね返すのか?︶
地上へ着地したジェラールは剣を構え直し、ジルドラをその身で
隠すタイラントミラを見据える。エフィルからこのゴーレムの特徴・
特性を確認していたジェラールであったが、早くも情報に齟齬が生
じてしまった。
1227
﹁⋮⋮予定変更だ。お前には実験に付き合ってもらおう﹂
1228
第171話 月夜に咲く可憐なる花
︱︱︱トライセン城
月の光が遮られ、城内一帯が影で覆われる。それは城壁の高さを
も超え、途轍もなく、馬鹿らしくなるまでに大きかった。それは突
如としてジェラールの眼前に出現し、数多を、全てを見下ろしてい
た。
︵保管スキル、或いはそれに準ずるマジックアイテムから出したの
か。しかし、これだけの規模のサイズ︱︱︱ クロト並みじゃな︶
ジルドラが何処からか取り出したのは、ボガをも超える人型の超
巨大ゴーレム。その装甲は土や石などではなく光沢のあるメタルブ
ルー、何らかの金属であることは明白であった。機械的なデザイン
は時代錯誤も甚だしく、何よりもその大きさ、タイラントミラどこ
ろの話ではない。下手をすればトライセンの本城にまで匹敵し得る
サイズだ。元々そのように設計されていたのか、タイラントミラが
盾の形態となって巨大ゴーレムの胸部へと装着される。
﹁見られたからには隠れる必要もあるまい。小さき者よ、多少は私
のデータの糧として貢献してくれよ?﹂
ジルドラはこの巨大ゴーレムの内部にいるのか、胸部から声が聞
こえて来る。
﹁クク⋮⋮ ガァーハッハ! 努力しよう!﹂
1229
思わぬ強敵との会遇、それはケルヴィン一行にとっての僥倖。大
国の軍程度では相手とならなくなってしまった戦闘狂の弊害とも言
えるだろうか。日々互いの技を磨き、戦い合うことで多少なりはそ
の気質がパーティに広まっているのはここだけの話である。
﹃メーデーメーデー。ちょっと、ほんのすこーしばかり分が悪いか
もしれん。いや、本当に僅かじゃよ? ワシ、支援求む﹄
それでも見えない所でやることはやっている辺りジェラールらし
い。
ゴウンと勢い良くゴーレムの各所から排出される蒸気による煙。
その排出音が戦いのゴング代わりとなり、ジルドラが動き出す。一
歩前進すれば地鳴りが響き、城内の建造物が揺さ振られる。対して
救援要請を終えたジェラールは既に駆け出していた。
﹁ハァッ!﹂
アギト
魔剣より放たれた極大の空顎が天を穿ち、ゴーレムが左腕を大き
く突き出し迎え撃つ。ゴーレムの動きはその巨大過ぎるサイズの為
か、非常に緩やかなように錯覚してしまいそうだ。
﹁ほう! 硬いのう!﹂
アギト
打ち払われた左腕に衝突したジェラール全力の空顎は甲高い金属
音を鳴らし大きく装甲を陥没させることに成功するが、行動不能に
するまでは至らなかった。
﹁それはこちらの台詞だ。この装甲をここまで破損させるとはな。
そこいらの障壁よりも強固の筈なのだが、これは設計を再考する必
1230
要がありそうだ﹂
衝撃を受けた巨大ゴーレム半歩後ずさるも、そのまま右腕をジェ
ラールのいる地面に叩きつけんと振りかぶる。パーズの名所である
時計搭を逆さまに持ち上げられ、それが自分に向かって投じられた
と例えればその威力が如何ほどかが分かるだろうか。単純な打撃が
カスタマイズ
面としての範囲攻撃となり、ジェラールは正にそんな一撃を受け止
めていた。
﹁うお、おおぉ⋮⋮!﹂
ドレッドノート
ジェラールの固有スキル﹃自己改造﹄によってS級にまで強化さ
れた戦艦黒盾は無傷であるが、装備者であるジェラールは首の皮一
枚のところまで追い込まれていた。盾ごと吹き飛ばされそうになっ
た間際にダーインスレイヴを地面に突き刺すことで半場無理矢理に
勢いを押さえ込む。どれ程の距離を踏み堪えただろうか。地面に敷
き詰められた石畳に足を埋め、摩擦熱によりジェラールの脚部は高
熱が出るまでに及んでいる。
﹁次だ﹂
﹁む!?﹂
ギリギリと拮抗するゴーレムの拳の隙間から湧き出るは灼熱の熱
気。触れてしまえば火傷では済まされないであろうそれが、ジェラ
ールの全身を覆い尽くすまで排出され続けた。
︵⋮⋮効いていない?︶
だがジェラールは特に苦しむこともなく、ダメージを負っている
ようでもなかった。
1231
︵生身でなくて良かったわい︶
クリムゾンマント
今ばかりは中身が空の大鎧であることを感謝するジェラールであ
るが、エフィルから贈られた深紅の外装による火属性耐性があった
要因も大きいだろう。エフィルの手助けをするつもりが逆に助けら
れる形となってしまったが、それはそれでお爺ちゃん大歓喜なので
問題ない。
﹁どっ⋮⋮ せい!﹂
ゲコウ
ジェラールは渾身の力で腕を払いのけ、ゴーレムがバランスを崩
したところに地表を走る斬撃である地這守宮にてカウンターを行う。
ゴーレムの爪先にヒットし初撃と同等のダメージを負わせるも、や
はり火力不足が否めない。
︵何とか凌いでいる、といった感じかのう。何れにせよ、このまま
ではジリ貧じゃ︶
ゴーレムは脚部の破損を気にする様子もなく立ち上がる。
︵生半可な攻撃を幾ら加えたところで決定打にはならないじゃろう
な。となれば、狙うは弱点部⋮⋮ 先ほどから声が轟いておる胸の
辺りじゃが、そこは例の鏡があるからのう。さて、どうするか︱︱
︱︶
思考を巡らすジェラール。しかし、そんな最中にこの場所に急接
近する者がいた。そう、ジェラールの援軍が到着したのだ。隠す気
がないのか、派手に障害物を破壊し土煙を上げながら向かって来て
いた為、ジェラールだけでなくゴーレム内部にいるジルドラもまた
1232
その気配に気付き、横目にそちらを確認する。巻き上がる土煙から
大きく飛翔し、その者は付近で最も高い建物に着地する。
﹁待たせたわね、おじ様! 月夜に咲く可憐なる花っ! ゴルディ
アーナ・プリティアーナちゃん、貴方の為に参上よん!﹂
﹁何でお主が真っ先に来るの!?﹂
一番乗りは意思疎通を持たない筈のゴルディアーナであった。勿
論ジェラールはゴルディアーナに応援を要請したつもりはない。
﹁私の﹃第六感﹄がここに導いたのよん!﹂
どうやら地力で感付いたらしい。
﹁理屈じゃないのぉ。言わば、愛の力︱︱︱﹂
︱︱︱ガガガガッ!
ゴーレムの指先から光弾が発射され、ゴルディアーナが立ってい
た建造物を蜂の巣に仕立て上げる。
﹁ほう、あの指先から射撃による攻撃もできるのか。王のゴーレム
のそれに似ておるのう﹂
﹁ちょっとぉ、おじ様冷静過ぎるんじゃない? 貴方のヒロインが
ピンチなのよぉ?﹂
﹁あれくらいじゃ死なないじゃろう、お主。 ⋮⋮え、ヒロイン?﹂
当然のようにゴルディアーナはジェラールの隣に立っていた。ご
自慢のピンクのドレスに傷がないのを見る限り、完璧に躱し切った
ようである。
1233
﹁何者かと思えば、S級冒険者のゴルディアーナ・プリティアーナ
か⋮⋮ できれば系統が異なる者が良かったのだがな﹂
﹁あらぁ、とっても渋い声。それにしても余裕の発言ねぇ﹂
﹁ゴルディアーナ殿、あのゴーレムは高温の熱気を放つ。近づくと
きは注意されよ﹂
﹁熱気? 大丈夫よん。私、全身気で覆ってるからぁ﹂
﹁そ、そうか? ならいいのじゃが⋮⋮ あー、囮の役目は?﹂
﹁問題ナッスィン! 城の転移門を通じて援軍が到着したからぁ、
私のお役目も一先ずは終了なのよん! 今度は私の愛を存分にぶつ
ける番ってことよぉ!﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
昂るゴルディアーナと、どこか悟りを開きつつあるジェラール。
モチベーションが両極端の二人であるが、戦力としては最強クラス。
これ以上ない頼もしい援軍だ。
﹁情報共有は済ませたか? それ以上の無駄話はあの世でするとい
い﹂
﹁あらぁ、意外と優しいのねぇ、待っていてくれたのぉ? 別に背
後から襲ってくれても良かったのよん﹂
﹁私の目的はお前たちの排除ではないのでな。結果よりも過程が大
事なのだよ。それに、一人同じような者が増えたところで状況は変
わらん﹂
ゴーレムの指先がジェラールとゴルディアーナに向けられる。
﹁そこまで言われてはこちらも退けんのう。ただ、ひとつ訂正して
おこう。こちらの戦力は二人ではないぞ?﹂
﹁︱︱︱!﹂
1234
ジェラールの言葉と共にゴーレムの足が土中に引きずり込まれる。
脚部に掴まるは岩竜ボガの頑強な鉤爪。超が付く巨体であるゴーレ
ムの重量は崩れ出した大地に飲み込まれ、今や膝元まで埋まってし
まった。そして、周囲の建造物から姿を現す複数の影。その者ら携
えるは、総計50門となるガトリング砲。
﹁撃てぇーーー!﹂
数え切れぬ光弾が飛び交う中、ジェラールはゴルディアーナを伴
い再度出撃する。
1235
第172話 ブルーレイジ
︱︱︱トライセン城
超巨大ゴーレムに向かって放たれる無数の光。夜空の全ての星々
が流星となって降り注ぐが如く、ガトリング砲より魔力の弾丸が放
射され続ける。一発一発は装甲を僅かに焦がす程度、されどこの数
となれば決して無視できるダメージではない。蒼き重厚な装甲を一
枚一枚、確実に削いでいる。更にボガが巨大ゴーレムの脚部を土中
に沈めることにより、大幅に動きを封じることにも成功していた。
︵実物大の人型ゴーレムか。個々の性能もなかなかに優秀。しかし
これだけの数を、一体どこから⋮⋮?︶
姿を現すまでゴーレムの集団を全く察知することができなかった
ジルドラの疑問はもっともである。ケルヴィンのゴーレム50機は
クロトの保管に一度戻り、潜伏しながら移動するクロトの最小化分
身体から再度出撃していた。これにより至近距離まで近づいてもジ
ルドラに気付かれることなく、不意を突く形で奇襲を仕掛けること
ができたのだ。
﹁⋮⋮サンプルとして何体か持ち帰りたいものだ。このブルーレイ
ジを相手に原型を留めていれば、な﹂
ジェラールとゴルディアーナが目標に駆け寄る最中、営造物や土
砂、あらゆるものを巻き込みながらブルーレイジの右腕が薙ぎ払わ
れる。地を這う壁は付近にいた砲撃中の騎士ゴーレム何体かを粉砕
し、尚も苛烈さは衰えない。この時点で混成魔獣団本部は悲惨な有
1236
様となっていた。
﹃ボガっ!﹄
ジェラールの念話に呼応し、ブルーレイジが埋まる後方の地面よ
りその巨体を跳び出させる。超重量級とは思えぬ程に高く舞い上が
ったボガは、そのままブルーレイジの左肩へダイブ。途轍もない衝
撃を受けてブルーレイジの重心は左に傾き、それに伴って地表を蹂
躙していた右腕が宙に浮かぶ。
﹁ぐっ!﹂
﹁ゴアアァァーーー!﹂
背後へと組み付いたボガはブルーレイジの頭部をその強靭な顎で
噛み砕かんとする。ブルーレイジの頭部に装着されたモノアイがボ
ガを睨みつけ、ギリギリと装甲が悲鳴を上げてはいるものの、完全
に破壊するにはあと一歩パワーが不足している。
﹃ボガ! そのまま抑えとけやっ!﹄
今度はダハクからの念話であった。その瞬間に大地の性質が改変
され、ブルーレイジがズルズルと少しずつ土中へと沈んでいく。
マッドバインド
﹃兄貴直伝の束縛の泥沼だ! このまま地中深くに沈めんぞっ!﹄
ジェラールの要請を受け、ゴルディアーナを追いかけて来た⋮⋮
もとい、援軍として駆けつけたダハクは上空より飛来し、真上か
らブルーレイジを更に押しやる。3体が争う光景は怪獣映画さなが
らだ。
1237
本来、ダハクの種族である漆黒竜が好むのは﹃黒魔法﹄である。
これは漆黒竜の遺伝的な習性とも言えるもの。ダハクも一応は黒魔
法を習得しているが、ランクはF級と取って付けたような代物であ
った。ダハクが最も得意とするのは﹃緑魔法﹄だ。竜の中には複数
の魔法を修める個体が存在する例もあるが、それでも己の種族の習
性に従って優先的に定められたスキルを伸ばす傾向にある。ダハク
のような存在は例外中の例外なのだ。本人曰く、﹁これが一番肥や
せる!﹂だそうだ。
マッドバインド
ダハクの束縛の泥沼によりブルーレイジの足元は底無しの大沼へ
と変化、自身とボガの超重量にダハクが加わり、沈下が止まる様子
はない。
﹁竜騎兵団自慢のトカゲ共が揃いも揃って、私に挑むか﹂
再びブルーレイジから放出される超高温ガス。全身から放たれた
熱はダハクとボガだけでなく、混成魔獣団本部を丸々覆い隠すまで
に至る。
﹃っつう⋮⋮! トカゲ様を舐めんなよっ! ボガ、ぜってぇ放す
な! 意地見せろぉ!﹄
﹃グルアァ!﹄
ガスはダハク達に焼け付き、その表面を焦がしていく。ガトリン
グ砲による射撃を続けていた騎士ゴーレムらが次々と倒れ出し、焼
けるような臭いが漂い始めるが、それでも2体がブルーレイジから
離れることはなく、大沼に沈めることに集中していた。
﹁竜は人間と比べて熱への耐性が強いけどぉ、痛いことには変わり
ないわぁ。ダハクちゃんとボガちゃん、私も今行くわよぉ!﹂
1238
ジェラールとゴルディアーナもブルーレイジの目前まで辿り着く。
ブルーレイジは既にその下半身を大沼に沈めてしまっている。しか
し、両手で沼化していない大地を掴み堪えてはいる為に沈下は止ま
りかけていた。
﹁⋮⋮ゴルディアーナ殿、もうこの辺りまでガスが充満しておるが、
本当に大丈夫なのか?﹂
﹁おじ様に心配されるのは感激物だけどぉ、ほら見てぇ。火傷ひと
つないでしょう? ⋮⋮あっ、駄目ぇ! お気にのドレスが焼けち
ゃうぅ!﹂
ゴルディアーナは前進しつつも発火し始めた胸元を抱きしめる様
に押さえ付ける。頬を染めるその仕草は乙女なのだが、露出される
のは迸る汗と逞しい筋肉のみなので絵図が危険である。唯一の救い
はダハクがこちらに気付いていないことだろう。ちなみに全身に炎
が燃え盛っていることは全く気にしていないようだ。
︵ゴルディアーナ殿、一応生身じゃよな? 先ほどは気で覆うなど
と言っていたが、人間なのかのぉ⋮⋮︶
ジェラールは一先ず深く考えないことにし、意識を戦闘に切り替
える。二人が向かう先にはブルーレイジの片腕がタワーのように大
地に聳え立つ。狙いはこの腕を破壊し、沼に落ちまいとするブルー
レイジの支えを除去することである。腕からも激しく熱気が放たれ
続けているが、ジェラール達には意味をなさない。魔剣ダーインス
レイヴの刀身が巨大化し、分厚い拳が桃色のオーラを纏っていく。
リフレクション
﹁︱︱︱反射﹂
1239
ジルドラの声にブルーレイジの胸部、タイラントミラが怪しく光
り出す。
﹁うおっ!?﹂
﹁ゴアッ!﹂
﹁ぐっ!﹂
﹁いやんっ!﹂
組み付き、ブルーレイジを牽制していたダハクとボガが空へと弾
かれ、最大火力の攻撃をぶつけようとしていたジェラールとゴルデ
ィアーナが、ブルーレイジの腕に触れた瞬間に反対方向へと吹き飛
ばされてしまった。
﹃これは、エフィル姐さんの炎が撥ね返されたときのっ!﹄
﹃あの胸に張り付いた鏡のか!? 不覚じゃ、反射効果は全身に適
用されるのか!﹄
想定外の反撃に皆かなりの距離を離されてしまった。これを機に
ブルーレイジは沼を抜けようと両腕に力を込め、徐々に脚部が地上
へ上がっていく。
﹁予想以上にお前たちが粘るものでな。奥の手を使わせて貰った﹂
﹁奥の手⋮⋮ そうですか﹂
突然の少女の声。遥か上空からの爆発音。ブルーレイジの頭上へ
と赤き矢が降り注ぐ。着弾と共に矢は次々と爆発し、その衝撃によ
りブルーレイジは沼の中へと叩き込まれていく。
﹁ぬう!﹂
﹁奥の手ならば、何度も使える訳ではないのですね?﹂
1240
﹁︱︱︱!﹂
ペナンブラ
声の主はエフィルであった。弓の先端に灯った紅蓮を揺らしドオ
ン! と爆音を鳴らすは火神の魔弓。上空より間髪を入れずに放た
れ続ける矢は最早スコール、言葉の通り爆撃の嵐。ブルーレイジの
胸部はタイラントミラの﹃鏡面反射﹄により損壊を間逃れているが、
沼への沈没具合は元通りとなってしまう。いや、それどころかこれ
まで以上に沈みつつあった。
﹁ならば、再び撥ね返して︱︱︱﹂
︱︱︱ガシャン。
周囲に響き渡るガラスが割れたような音。発生源であるブルーレ
イジの胸部には、一本の矢が突き刺さっていた。 ︱︱︱タイラン
トミラを貫通して。
﹁予想通り、別種の攻撃は一度に反射できないようですね﹂
﹁⋮⋮ご名答﹂
エフィルは自らの魔力で生成した火矢に交えて、アイテムとして
・・・・
の矢を放っていた。それも一般的な矢ではなく、ケルヴィンが鍛え
上げた使い捨てのS級武器である。元々は炎が通用しない強敵を想
定してケルヴィンがエフィルに渡した奥の手。エフィルはここが好
機と捉え、タイラントミラへと放ったのだ。矢を受けた中心からタ
イラントミラの体に亀裂が走り、やがて矢と共に粉々に砕け散って
いった。
﹁スキルを抜きにしても、このブルーレイジと同等の装甲を誇るタ
イラントミラを一撃か。良い矢だな﹂
1241
﹁お褒めに預かり光栄、ではないですね﹂
パイロヒュドラ
エフィルの周囲の空を浮遊していた多首火竜が一斉に方向を変え、
ブルーレイジへと突撃を行う。更に何時の間にか沼周囲の大地から
木々が生え、ブルーレイジに絡み付くように生長を続けていた。沼
を牢獄とするならば、さながらこの木々は天然の檻である。
﹃ったく、熱過ぎだっつの! エフィル姐さん、やっちまえ!﹄
ダハクの固有スキル﹃生命の芽生﹄も、ブルーレイジが発する熱
気によって植物の急成長に阻害を受けていた。理由は他にもあるの
だが、ここに来てやっと能力を発動できたようだ。木々はギシギシ
とブルーレイジを拘束し、両腕の自由をも奪っていた。
﹁ほう、それも実に良い﹂
しかし、それでもこの巨大ゴーレムの攻撃手段を全て奪った訳で
はない。ブルーレイジのモノアイが輝き、収縮されたレーザーが放
パイロヒュドラ
たれ、角度を調整した指先からは光弾が乱射される。レーザーと衝
突した多首火竜は掻き消され、高速で飛来する光弾がエフィルを執
拗に狙う。矢で迎え撃つエフィル、その攻防は一進一退。紅蓮の矢
と白き光が上へ下へと目まぐるしく展開される。
﹁いい加減に﹂
﹁しなさいよぉ﹂
ブルーレイジの胸部へ深く深く突き刺さる、ジェラールの巨大化
した魔剣ダーインスレイヴ。そして頭部ごとモノアイを突き破るの
は、ゴルディアーナの拳。グォーン、と動力が落ちる響きが鳴り渡
り、ブルーレイジはその動きを止めた。
1242
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
ガン、ガン、メキッ。
﹁おっけぇーよぉ﹂
ゴルディアーナがブルーレイジの背にあった内部への入り口と思
われる扉をこじ開ける。
﹁中はどうじゃ?﹂
﹁以外と狭いわねぇ⋮⋮ 駄目、誰もいないわぁ。何者かがいた形
跡はあるんだけどねぇ。どこかに別の脱出ルートがあったのかしら
ん?﹂
﹁逃げられましたか⋮⋮﹂
﹁ゴアァ⋮⋮﹂
ブルーレイジが動きを止めた後、ジェラール達はこの巨大ゴーレ
ムを操っていたドワーフ、ジルドラの捜索を始めたのだが、既にそ
の姿は内部になかった。
﹁いや、たぶん大丈夫ッスよ。こっそりとゴーレムの内部に猛毒植
物を生やしたッスから。即効性じゃないッスけど、俺の知る中で一
番治療不可能なやつを。そのせいで他の植物がなかなか使えなかっ
たんスけどね﹂
﹁まあ、やるじゃない! 見直したわよぉ、ダハクちゃん﹂
﹁お、おう、まあな!﹂
1243
ダハクの目は泳いでいる。
﹁一体何者だったのでしょう? ハクちゃん曰く、トライセンのお
抱え商人だったそうですが⋮⋮﹂
﹁俺も詳しくは知らないんスよ。だけど俺に付けられたあの忌まわ
しい首輪をトライセンに売ったのはあのドワーフで間違いねぇ。ア
ズグラッドの与太話の中で聞いたことがあるッスもん﹂
﹁不可思議なアイテムの他にこの巨大なゴーレムか⋮⋮ S級冒険
者の線はないかのう?﹂
﹁ないわねぇ。私もそんなドワーフ知らないものぉ﹂
﹁あー、確か名前もどっかで聞いたな。何だったっけなー、真面目
に聞いていれば良かったぜ。 ⋮⋮そうだ! 確かジルドラって名
前ッスよ!﹂
1244
第173話 永劫回帰
︱︱︱トライセン城
トライセン本城の後方、魔法騎士団本部は静まり返っていた。女
騎士達が皆揃って呪いの武器を持ち、正門から攻め入るジェラール
とダンの迎撃に出向いてしまっている為だ。今ではその女騎士らの
洗脳と呪いは解かれ、鉄鋼騎士団によって保護されている状態。こ
の場所に帰る女騎士は既におらず、支城はもぬけの殻である筈だ。
しかしその支城の内部にて、蠢く人影が二つ。
﹁はぁー、しんどかった。ちょっと重過ぎだよ﹂
﹁この体はドワーフなのだ。無理を言うな﹂
一人は先程まで超巨大ゴーレム﹃ブルーレイジ﹄の内部にて機体
を操り、ジェラールらと戦闘を行っていた謎の商人、ジルドラ。そ
のジルドラを腋に抱え、黒フードを深く被った人物が愚痴を漏らす。
フードで顔は見えず、体格は細身、声も中性的な為に性別がどちら
か判断できない。
﹁あれっ? ﹃創造者﹄、何か肌に緑の斑点が出てるよ?﹂
﹁これか⋮⋮ 恐らくは毒を盛られたな。症状からして悪魔が住ま
う地下世界の猛毒植物の一種だろう。あそこには天使をも殺すと謳
われる劇物が多々存在す︱︱︱﹂
﹁うわっ、危なっ!﹂
黒フードは即座にジルドラを放り投げるが、ジルドラは何事もな
かったかのようにズンと音を立てて着地する。
1245
﹁安心しろ、接触や空気で感染するタイプの毒ではない。その上お
前は私を救出する際にスキルを発動していた。だからブルーレイジ
内部で毒を受けることもなかっただろう。全てを、毒をもすり抜け
て来たのだから。まあ、一度この毒に侵されれば治療の手立ては限
られ、即効性により早々に死に至るのだがな。このような場ではも
う持つまい﹂
﹁何でそんなに冷静なのかなー⋮⋮﹂
ジルドラの肌に広がる斑点は今もその数を増し、ひとつひとつが
徐々に大きくなっていた。
﹁前にこの類も研究していたことがある。この斑点はやがて皮膚表
面を覆い尽くすまでに広がり、次の段階では膨れ上がる。普通であ
ればその時点の痛みで悶絶死するのだが、運悪く生き長らえれば隆
起した膨らみは破れ出し︱︱︱﹂
﹁いや、もういいから。このままだと本当にそうなっちゃうよ!?﹂
﹁む、そうであったな。﹃暗殺者﹄、ここに来たと言うことは目星
は付けているのか?﹂
﹁まあね∼。こっちこっち。ほら、この広間の先﹂
﹁⋮⋮また派手に殺ったな﹂
黒フードが案内した先は魔法騎士団本部のエントランスであった。
人の気配はない。あるのは幾つもの散乱した死体のみ。死体は皆白
金の鎧を着込み、首から血を流して絶命している。死体のその手に
は剣が握られており、エントランスが多少荒れていることからこの
場で戦闘があったことが読み取れる。
﹁お前の力であれば気付かれることなく全滅させることもできただ
ろうに﹂
1246
﹁だって創造者を待っている間暇だったからさー。それに文句を言
いたいのは私の方だよ。あのまま抜け出す予定だったじゃん、何で
しれっと戦闘始めてるのさ。しかも負けてるし﹂
﹁毒の回りが早い。さっさと案内しろ﹂
﹁ハァ、はいはい⋮⋮﹂
二人は死屍累々のエントランスを抜け、とある部屋の前へと辿り
着く。魔法騎士団団長の部屋である。
﹁この部屋、トリスタンが結界を張ってくれていたみたいでさ。何
かを隠すのには絶好の場所に仕上がってるよ﹂
﹁ああ、あの出来損ないを進化させたのはここだったのか﹂
﹁いやいや、素質はあったと思うよ? クライヴ君。ただ、﹃選定
者﹄が選んだ中では残念な感じではあったけど。それよりもトリス
タン死んじゃったじゃん。クライヴ君はどうでもいいけど、そっち
はどうするのさ? 折角末席に加わることが決まったのに。私たち、
怒られない?﹂
﹁奴はまだ転生前。どちらにせよ、あのままでは使い物にならない
しゅ
のだ。却って都合が良かったではないか。﹃代行者﹄の転生術は不
完全ではあるが、我らの主が目覚めるまでの繋ぎにはなるだろう﹂
﹁だからさ、その言動が代行者を怒らせるんだって⋮⋮ 代行者、
普段は優しいけど怒ると怖いんだから﹂
﹁それはお前が未熟な証拠だ、暗殺者﹂
﹁あーはいはい。流石は第三柱の創造者さんですねー﹂
黒フードが扉を開ける。かつてクライヴが長きに渡る苦しみを味
わったこの部屋には、男が一人拘束された状態で横たわっている。
奇しくもそこはクライヴが女騎士達から快楽を、その果てに拷問を
受けたベッドであった。
1247
﹁鉄鋼騎士団の副官か。まあ、悪くはない﹂
﹁私の頑張りを少しは労わって欲しいなー。えーと、ジン・ダルバ
だっけ?﹂
黒フードに名前を呼ばれ、身を捩じらせるジン。そしてジルドラ
らを激しい剣幕で睨みつけるが、ジンを拘束するは対象の魔力を封
印するマジックアイテムである。自力で抜け出すには、アズグラッ
ドやダン並の力がなければならない。
﹁正義感の塊で馬鹿みたいな奴だが、肉体が若いことは良い事だ。
長く使える﹂
ジルドラがその大きな手でジンの頭を掴む。
﹁わー、噂には聞いていたけど、創造者の﹃永劫回帰﹄を実際に目
にするのは初めてだな﹂
﹁おい、拘束を解いてやれ﹂
﹁いいの?﹂
﹁構わん、直ぐに終わる﹂
ジルドラがそう言い終わる直後には、ジンを縛り付けていた紐が
散り散りとなってしまった。刃物で斬られたかのような傷口はある
が、ジンには何をされたのか感じ取ることができなかった。考える
よりも早く、ジンの意識が遠くなっていく。ジルドラの手の感触も、
もう感じない。もう何も、考えられない。この体はジンのものでは
ないのだから。
︱︱︱ドサッ。
ジルドラであったドワーフがその場に崩れ落ちる。
1248
﹁ふーん、もっと凄い雰囲気かと思ったけど⋮⋮ 何というか地味
だね﹂
黒フードは床に寝転がるドワーフを今はもう見ておらず、その視
線の先にあるのはジン︱︱︱ ジンであった、ジルドラだ。
﹁ふ、ふふ⋮⋮﹂
ジルドラがベッドから起き上がる。その口元は緩み、ジンのもの
ではない笑みを浮かべている。
﹁随分とご機嫌じゃん。一度殺されかけたって言うのに⋮⋮ その
新しい身体がそんなに馴染むの?﹂
﹁いやいや、そうではない。ほんの些細な思い出し笑いだ。十余年
振りに我が子を見掛けてしまったのでな。運命とは何と愉快なのか、
何と面妖なのか﹂
﹁⋮⋮ふーん、よくそんな昔のことを覚えているね﹂
﹁あれほど母体と似てしまっては見間違いも起こらんよ。そうか、
失敗作と決め付け早々に捨てたのは間違いだったのだな。これから
は長期的観察も視野に入れよう﹂
﹁おーい、また自分の世界に入らないでよ。このドワーフ、まだ生
きてるよ?﹂
黒フードの指摘にジルドラは興味なさげにドワーフへ目を落とす。
﹁ぐ、が⋮⋮ な、何だ、この痛みは⋮⋮! それに、ここは⋮⋮
?﹂
﹁何だ、まだ生きていたのか﹂
﹁ぬ⋮⋮! お前は、先ほどの⋮⋮!﹂
1249
﹁お前からすれば一瞬だろうが、私からすれば十年振りだ。やり残
しがないと言えば嘘になるが、その体はもう必要なくなった。返し
てやろう、後は好きにするがいい﹂
﹁何をっ⋮⋮ ぐお、おっ⋮⋮!﹂
﹁うわー、痛そー﹂
ドワーフの体は既に緑に染まり、所々腫れてきている。
﹁さらばだ、﹃工匠の父﹄と呼ばれし偉大なるドワーフよ。お前の
知識、技術からの学びは有難く頂戴しよう﹂
﹁ま、待⋮⋮!﹂
﹁よし、この体に異常はない。そろそろ魔王も動き出す頃合だ。暗
殺者、今度こそ戻るぞ﹂
﹁あ、うん。何か裏門があったからそこから出ようよ。ん? ええ
と、何か忘れているような⋮⋮﹂
破裂音と背後に、ジンの姿をしたジルドラと黒フードは魔法騎士
団の支城を去っていく。以後、トライセンお抱えの謎の商人を見た
者はいない。
1250
第174話 囚われの姫
︱︱︱トライセン城
一体どれ程の敵を薙ぎ倒しただろうか。空を舞うダハクから飛び
フライ
降りて随分な時間が経った気がする。エフィルが本城に開けた城壁
の穴へ飛翔で位置調整を行いつつ、狙い通りに侵入を果たした俺は
最上階を目指して駆け巡っていた。
セラが記したマップを参考にトライセンのお姫様を探索しながら
進むが、トライセンの本城だけあって兵の護りは厚い。城を破壊し
ない程度に加減しながら蹴散らすのも一苦労だ。それらしい場所で
あるお姫様の私室なども確認はしたが、どうもお姫様は見当たらな
い。複雑な施錠と高位の結界が施されていたので少しは可能性があ
ると思ったのだが、あったのは熊のヌイグルミなどの可愛らしいフ
ァンシーグッズの山であった。
︵まさか、これを隠す為に? ⋮⋮そんな訳ないか︶
暗部の将軍と聞いていたのだが、大分イメージが違う気がする。
それよりもお姫様はやはりセラの察知が唯一及ばなかった区画、こ
の城の最上階にいるようである。探索を再開し、時折エフィルの支
援を受けながら王座の広間にて隠し通路を発見するも、このとき城
の外で強大な気配を察知してしまう。
﹃⋮⋮メルフィーナ。俺、選択間違ったりしてないよな? 外の敵
が魔王より強いってことはないよな?﹄
﹃大丈夫です。たぶん、おそらく?﹄
1251
おい、最後絶対疑問系だっただろ。メルフィーナ先生、物凄く不
安です。セラ達が死闘を繰り広げたという白狼とも戦えなかったし、
これで魔王が外れクジだったら俺泣いちゃうよ?
﹃このレベルの力を持つ者がポンポン出てきているのが異常なんで
す。ほら、あなた様。外に出るようですよ﹄
メルフィーナが言葉通り、通路の先は外へと通じていた。最上階
のすぐ近くまで登って来ていたらしく城内を、それどころか城下町
まで一望できるテラスだ。国王であるゼルはここから自分の国を見
下ろしていたのだろうか。城の東側である混成魔獣団本部では青色
の超巨大なゴーレムとダハク、ボガと組み合っている。俺の闘争心
とゴーレム生成意欲が刺激される。ああ、泣きそうだ⋮⋮
いや待て、冷静に考えて何あれ!?
﹃ケルにいー!﹄
ふと、リオンからの念話を受け取る。俺が通ってきた道の向かい
側からだ。そちらにも同じような通路がある。一応マップを確認す
る。うん、やはり向かいの道から反応がある。念話でエフィルに連
絡し、あの巨大なゴーレムについて一任しておく。
﹁あっ! やっぱりケルにいだ!﹂
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ ふひゅん⋮⋮﹂
満面の笑みのリオンに抱えられ息絶え絶えのコレット、後を追っ
て相棒のアレックスが通路の曲がり角から姿を現した。どうやら別
ルートからここに到着したようだな。アレックスの護衛があるとは
1252
言え、コレットを抱えたまま俺に追いつくとはやりおるわ。しかし
コレットは大丈夫だろうか? ふひゅんとか言ってるぞ。
﹁リオンもここに来たのか﹂
﹁うん! コレットが転移門を起動して、デラミスの兵隊さん達と
アズっちが率いる竜騎兵傭団がパーズから援軍に来てくれたからね。
本城からの援軍に敵兵さんは大混乱、プリティアちゃんも囮役を終
えて遊撃として動いている筈だよ。僕は僕で強そうな人を探して本
あそこ
城を探索していたんだけど︱︱︱﹂
﹁︱︱︱もうそれらしいのが最上階にしかいなかった訳だ﹂
﹁あははー、出遅れちゃった⋮⋮﹂
肩を落とすリオンを撫でつつ、城の最上階に続く大階段を見上げ
る。階段は俺とリオンが通ってきた通路を向かい合わせて丁度真ん
中にあり、マップを確認する限り最上階へはこのテラスからの道し
かない。今のところ向こうから動く気配もないようだ。
﹁それで、どうしてコレットも連れて来たんだ? 流石に魔王との
戦いに巻き込む訳にはいかないぞ。 ⋮⋮それ以前に体調悪そうな
んだが﹂
﹁だ、大丈夫です。一度出して大分楽になりましたから。精神的に
は万全です﹂
ライトヒール
リリーフ
とは言うものの、リオンから降りたコレットの足は産まれたての
小鹿のようである。このままでは不憫なので大回復と爽快を唱える。
MPが枯渇している訳はないようだから、MP回復薬はいらないか
な。っておい、なぜ回復した傍から鼻血を出すっ!?
﹁コレットを連れて来た理由なんだけど、お姫様対策と言うか安全
確保の為、かな?﹂
1253
﹁安全確保?﹂
お姫様の説得でもしてくれるのだろうか。
﹁ご心配なさらず。私、今がベストコンディションですので!﹂
とてもそうには見えないのですが。まずは鼻から滴るそれを止め
ようか。
﹁あなた様、大丈夫ですよ。コレットは逆境に強い子ですから﹂
﹁うおっ!?﹂
俺の耳元で唐突に声がしたので驚いてしまった。メルフィーナが
俺の魔力から顕在化し、俺の肩に顎を乗せ体重を預ける形で現れた
のだ。
﹃ほら、コレットには夫婦だと言っていますし。これくらいは見せ
つけませんと﹄
﹃普通の夫婦は公衆でそんなことしません﹄
メルフィーナを下ろしたところで話を戻そう。
﹁ま、まあメルがそこまで言うなら信じるしかないな。コレット、
頑張れよ﹂
﹁コレット、あなたの信仰心は本物です。それは私が一番よく分か
っています。信頼していますよ﹂
﹁やったねコレット! ケルにいとメルねえの同行して良いってさ
! あの作戦、頑張らないとね!﹂
リオンが後ろからコレットに抱き付き、自分のことのように大喜
1254
びする。先程まで疲労しきっていたコレットの表情は引き締まった
ものとなり︱︱︱
︵これは⋮⋮ 幸せトライアングルっ!?︶
何やら不埒なことを考えている気がするのは、俺の気のせいだろ
うか。気のせいだと思いたい。などと俺が考えていると、リオン側
の通路からまた別の気配を感じ取る。
﹁むっ! おい、ケルヴィン殿ではないか!﹂
気配の正体はダン将軍であった。しかしこの人も早いな。
﹁将軍もお姫様を探しに?﹂
﹁正確にはシュトラ様と国王を探しに、な。しかしこの場所しかな
いと踏んで来たはいいが、どうも護りが薄いのだ。ワシの読みが外
れたか⋮⋮?﹂
いえ、大正解です。護りが薄いのは俺とリオンが道中蹴散らして
来たからだと思います。
それからダン将軍と互いの状況確認をしていると、コレットがダ
ン将軍の前に出てきた。 ⋮⋮さっきまでとコレットの雰囲気が違
うような。
﹁鉄鋼騎士団将軍のダン・ダルバ将軍、ですね?﹂
﹁む、そうだが、お主は⋮⋮ なっ、デラミスの巫女、コレット・
デラミリウス殿ではないか! なぜ、デラミスのナンバー2が戦場
の最前線に⋮⋮!?﹂
﹁こちらにも事情がありまして⋮⋮ それよりも、ダン将軍にご相
1255
談があります。シュトラ姫の救出についてなのですが⋮⋮﹂
﹁シュトラ様の?﹂
唐突に巫女モードとなったコレットがダン将軍と交渉を始め出し
た。洗脳、人質などと言った不吉なワードが巧みに使われ、ダンは
コレットの話に聞き入ってしまっている。
﹁︱︱︱コレット殿の秘術を使ってか。しかし、それは可能なのか
?﹂
﹁ええ、ダン将軍のお力さえお借りすることができれば、デラミス
の巫女の名にかけて保障致します。ご協力、願えますか?﹂
﹁⋮⋮そこまで言い切られてしまってはな。相分かった。ワシの力、
コレット殿にお貸ししよう﹂
交渉成立してしまった。
﹁ダンじい、ありがとー!﹂
﹁ダ、ダンじい!? その呼び方はむず痒いのだが﹂
﹁⋮⋮駄目?﹂
﹁⋮⋮致し方ないな﹂
コレットが協力を得て、リオンがダンじいを篭絡する。こんなと
ころを見られたらジェラじいがジェラシー感じちゃうぞ! ⋮⋮い
や、何でもない。聞かなかったことにして。メルフィーナ、俺の心
を読まないで!
﹁メル様、ケルヴィン様。リオン様と私が考案した策を説明致しま
す。少々お耳を拝借﹂
1256
第175話 絶対守護
︱︱︱トライセン城
ゴゴォ、という扉が開く音としては重々しい響きが部屋に広がる。
両開きの最上階への扉を開き、まず中に入ってきた人物はダンであ
った。
ダンがここを訪れたのは何も今回が初めてではない。薄暗く、そ
して広々とした大広間。最上階に存在するこの場所は特別な式典で
しか使われることがなく、国王の許可なしでは例え王族でも立ち入
ることを許されないトライセンの聖域とも呼べる区域なのだ。軍の
トップであるダンと言えどそう易々と来られる部屋ではないのだが、
ただひとつ、確実に記憶と不一致する異物があった。床一面に描か
れた、墨色の魔法陣である。ダンの直感がこれが良くないものであ
ると警報を鳴らすが、一方でどうしても視線を外すことができない
相手がそこにいた。
﹁⋮⋮シュトラ様﹂
醜悪な魔法陣の真上に立ちはだかるは、トライセンの姫にして暗
部将軍、そしてダンの探し人であるシュトラ・トライセンだった。
母の髪によく似たブロンドの髪をなびかせ、これからパーティーに
出るかのような着飾った格好をしている。どこかゴスロリチックな
ドレス姿の彼女は大変美しいものであるが、腕に抱えるヌイグルミ、
そして魔法陣が生み出す異質の空気と相まって不気味さを奏でる要
素となっていた。
1257
﹁あっ、誰かと思えばダンじゃない! もー、すっごい遅刻よ! もうすぐ式が始まるところだったんだから!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
ダンはシュトラの口調に違和感を覚える。何時ものような淑女ら
しい品のある話し方ではなく、まるで何年も前の幼少の頃の、考え
るよりも先に言葉が出てしまう年齢のそれに聞こえたのだ。
﹁それは申し訳ないことをした。ですがシュトラ様、式とは一体何
のことですかな?﹂
﹁決まってるじゃない。私とお父様の結婚式よ﹂
シュトラの言葉を失うダン。確かに尊敬に値する父親の下で育て
られた娘であれば、幼い頃に父との結婚という夢を持つこともある。
事実、シュトラもそういった時期があった。しかしそれは遠い昔の
こと、18歳となったシュトラは疾うに現実と向き合い、折り合い
をつけられる少女にまでに、それどころか暗部の将軍にまで成長し
たのだ。ダンにはそのシュトラからの告白とはとても思えなかった。
﹁ずっとずっと笑って誤魔化すばかりだったんだけど、今日急にい
いよって言ってくれたの。よく分からないけど、私を愛してくれる
んだって。私、嬉しくって嬉しくって﹂
﹁今日、ですか⋮⋮﹂
今日、つまりはダンら鉄鋼騎士団が城下町に入ってからか、ケル
ヴィンと共に城に攻め入ってから。そのあたりのことだろう。トリ
スタンの言葉を信じれば、シュトラは国王に何かをされた。その結
果がこの変わり果てたシュトラとでも言えばいいのか。自ずと国王
が正気ではないことが導き出されてしまう。
1258
﹁それなのに駄目じゃないの、ダン! 大事な式なのよ、遅刻した
上にそんな汚れた鎧で来ちゃ!﹂
﹁シュトラ様、これは︱︱︱﹂
﹁ダン将軍、もういいですよ。彼女はすっかり洗脳されているよう
ですので﹂
部屋の入り口からのコレットの声。やがて姿を現したコレットに、
シュトラは目を輝かす。
﹁わあ、コレットちゃんも来てくれたんだぁ! 嬉しいなぁ、何時
の晩餐会以来かなぁ﹂
﹁シュトラ、貴方は⋮⋮﹂
﹁あのね、ルノアもアシュリーもどこかに行っちゃったんだ。親友
だったのに、私に声もかけないで⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
コレットはルノア・ヴィクトリアとアシュリー・ブライズ、今の
名前でシルヴィアとエマがなぜトライセンを後にしたのかを知って
いる。パーズでの会食の際に本人達より聞いていたからだ。その理
由をシュトラが知っていたのかは分からないが、このシュトラは記
憶が曖昧になっているように思える。
︵コレットちゃん、ですか⋮⋮ あの頃は、そのようにお互いを呼
んでいましたね。あのヌイグルミも、確かその頃にプレゼントされ
た物︶
幼児退行、その言葉がコレットの頭に浮かんだ。
﹁でも大丈夫。遅刻したけどダンがいるし、遠いデラミスからコレ
ットちゃんも来てくれたもの。アズグラッドお兄様は見当たらない
1259
けど、きっとギリギリになって来てくれるわ。何時だって、タブラ
お兄様に苛められていた時だって、何だかんだでお兄様は私の味方
だったもの。 ⋮⋮あれ? そう言えばコレットちゃん、この間よ
りも大きくなった? それにとっても綺麗になってる?﹂
﹁それは貴方もですよ、シュトラ﹂
﹁うん? そうかな∼?﹂
腕を広げて自分の姿を見回すシュトラ。洗脳による効果なのか、
何も疑問に思っていないようだ。
﹁シュトラ、ゼル国王はどちらに?﹂
﹁お父様なら、この先で式場の準備をしているわ。でも邪魔になる
から、いいよって言われるまで誰も通しちゃいけないの﹂
﹁申し訳ないのですが、私たちは至急ゼル国王と会わねばならない
のです。通して頂きますよ﹂
コレットが一歩、前に踏み出る。
﹁駄目ーーーっ!﹂
シュトラの叫びに共鳴し、魔法陣より放たれる異様なプレッシャ
ー。室内であるのに風が舞い、ダンとコレットは強風に押しやられ
る。
﹁駄目、駄目なの⋮⋮! お父様の言い付けは絶対なの⋮⋮! 私、
良い子でいなきゃ、お父様に嫌われちゃう!﹂
﹁シュトラ⋮⋮﹂
震えるシュトラの体、そして彼女の感情に連動するように魔法陣
より生み出される、影のようなモンスター達。部屋に次々と影が産
1260
み落とされ、その数を増やしていく。
﹁邪魔をするなら、コレットちゃんでも許さないよ﹂
シュトラの瞳は最早狂気に支配されている。
﹁⋮⋮やはり、そうなりますか。ダン将軍!﹂
﹁おう! シュトラ様、済まぬが少し眠って頂く!﹂
﹁いやっ!﹂
覚醒する最中のモンスターを縫うように突き進み、シュトラに腕
を伸ばすダン。しかし、シュトラの影より何かが飛び出し、その進
路を阻んだ。
﹁⋮⋮サテラ、お前もか﹂
ダンの眼前に立つは黒尽くめの女。暗部の副官、サテラであった。
シュトラと同様に彼女の瞳に正気の色はない。
﹁サテラ、お願い!﹂
﹁承知、侵入者を排除します﹂
抜き身となるサテラの短刀。そこにあるのは明白な殺意。ダンは
背の大聖剣に手をかけ︱︱︱ 叫んだ。
﹁コレット殿!﹂
﹁はい! 時間稼ぎ、ありがとうございます!﹂
墨色の魔法陣を囲うようにして展開される青白い光の結界。結界
の内部にはコレット、ダン、シュトラ、サテラ、そしてモンスター
1261
達が余すことなく入れられている。
﹁これって⋮⋮?﹂
﹁デラミスに伝わる秘術のひとつですよ。これで貴方たちは、この
結界を出ることができなくなりました﹂
コレットが施したこの結界はケルヴィンとシルヴィアの模擬試合
に使われたものとは異なる。先の結界は内側からの攻撃のみを防ぐ
ものであったが、この結界はコレットの意思によって内外からの出
入りを自由に操作することができる最上級のもの。
﹁こんなものっ!﹂
ダンとサテラが対峙する最中、シュトラがモンスターをけしかけ
て結界の破壊をさせようとするが、掠り傷ひとつ残すことができな
い。
﹁んくっ⋮⋮ 感触からしてA級程度のモンスターのようですね。
なら、問題にもなりません﹂
懐から取り出したMP回復薬を飲み干しながらコレットが笑い掛
ける。
﹁ならっ、コレットちゃんをやっつけて消してやる!﹂
大量のモンスターがコレットに押し寄せる。だが、コレットの前
には3つの白き魔法陣が描かれていた。
﹁済まないな、ここは通せん﹂
1262
まず正面に召喚され、最前列のモンスターを葬ったのは神聖騎士
団団長クリフ。そしてその左右に天使と獅子を模した動く石像が召
喚された。
﹁クリフ、ミスティッククーガー、エンジェスタチュー。全力で守
護しなさい﹂
﹁承知です!﹂
クリフが剣を構え、獅子が吼え、宙に浮かび上がる天使兵。臨戦
態勢となるコレットの配下に、シュトラはヌイグルミを持つ手に力
を込める。しかし、突然の来訪者はそれだけではなかった。
﹁コレット、お姫様を頼んだぞ!﹂
﹁ダンじいも頑張って!﹂
凄まじい速さで広間に入り込み、壁を走るようにして現れた二つ
の人影。ケルヴィンとリオンは結界内にいる味方を鼓舞し、風のよ
うに奥の通路へと向かっていく。
﹁30分です! 最低でも、それだけは必ず持たせます! ご武運
を!﹂
﹁﹁十分!﹂﹂
会話はらしい会話はそれだけで、二人は瞬く間に消え去ってしま
った。残るはコレットを昂らせる高揚感と、シュトラのどうしよう
もない悲壮感だけであった。
﹁ああっ、駄目! 勝手に行っちゃ駄目なんだからっ!﹂
コレットの狙いはシュトラの保護である。結界内に閉じ込めるこ
1263
とが保護に当たるのかと問われれば強引な解釈になるだろうが、少
なくとも魔王の手からは離すことができる。例え外部で城が崩壊し
ようと内部は安全なのだ。言わば、ケルヴィンらが魔王を倒すまで
の緊急シェルター。ダンがシュトラの近くまで特攻したのも、万が
一モンスターがシュトラを襲い始めた際の予防だ。ダンの実力であ
れば副官のサテラの相手をしながら背後のモンスターと戦うことが
できる。
﹁結婚式は諦めてもらいますが、私がここで遊んで差し上げます。
きょうき
これは燃費最悪ですが今の私はベストコンディション、幾らでも飲
んでやりますし、心配せずともその程度の狂気、私の信仰心で晴ら
してあげますよ。だからあの頃のように、お遊びに付き合ってくだ
さいね、シュトラちゃん﹂
1264
第176話 螺旋の光
︱︱︱トライセン城
トライセン城左翼、竜騎兵団本部にて竜の咆哮が轟く。竜が舞う
渓谷の上に建てられた支城にて戦うは、サバトが率いるガウンのパ
ーティであった。サバトらはジェラール、ダンと共に正門を突破し
た後に別れ、竜騎兵団本部の方向へと歩を進めていた。
﹁成竜がそっちに行ったぞ! ゴマ、極力殺さず無力化しろよ!﹂
﹁分かってるわよ! 竜騎兵団本隊はこっちの仲間になったみたい
だしね!﹂
ゴマが向かって来た成竜の鉤爪による攻撃を、更には竜に騎乗す
る竜騎兵の刺突を掻い潜る。躱されたことを認識した竜騎兵の舌打
ちは、顔面目掛けて放たれたゴマの飛び蹴りと一緒に彼方へとぶっ
飛ばされてしまった。残されてしまった成竜が相棒である兵を一瞬
気にかけるが、それも長くは続かない。飛び蹴りから流れるように
竜の額に打ち込まれたゴマのかかと落としは成竜を失神させるには
十分な威力を秘めていたのだ。
﹁ゴマ様、お見事!﹂
﹁私のことはいいからアッガスはグインの補助を。残党とは言え、
亜竜や幼竜に混じって成竜が少しいるわ。グインひとりだと︱︱︱﹂
﹁無理ッス! アッガスの旦那、ヘルプ、ヘルプ!﹂
﹁少しくらいは男を見せんか⋮⋮﹂
成竜に追われ逃げ惑うグインに溜息をつきながらもアッガスが救
1265
援に向かう。竜騎兵団は残存兵力は僅かなもの。しかし手負いの獣、
もとい竜は何とやら、最後まで油断はできない。
﹁おのれ亜人共め! 嘘ばかり並べやがって!﹂
﹁囲め囲め! 我らの底力を見せるときだ!﹂
﹁ったく、いくら説明しても話を聞きやしねぇし、面倒だな。まあ、
あっちよりは遥かにマシだが⋮⋮﹂
サバトが東の空を向くと、そちらでは天を掴むような大巨人が2
体の巨竜と戦っているのが見えた。とてもではないがサバトらが介
入できるレベルの戦いではない。だが、渡り合えなければ彼の偉大
なる父、獣王とは永遠に肩を並べることはできないのだ。いつかは
通らなければならない道、されど険しく遠い道である。
﹁戦闘中に余所見しない! それに行き成りあんな大声で叫んだだ
けで安直に降る訳ないでしょうが。逆に警戒されてしまっただけよ﹂
﹁何でだ!? 俺はただアズグラッドは寝返ったと教えてやって︱
︱︱ って拳を固めるな殴るなら俺でなく敵にしろ!﹂
﹁サバト、あんたは実力よりも馬鹿みたいに一直線なところを何と
かしなさい﹂
﹁これでもない頭で一生懸命にやってんだよ。それよりもやばそう
なのが来たぜ﹂
﹁ハア、そうね⋮⋮﹂
サバトが指差す上空には他の竜達とは明らかに実力が異なるであ
ろう白き竜がいた。竜達はもちろんのこと、周りの竜騎兵も何やら
驚いているようだ。それが意味することは敵兵にとっても不測の事
態であるのか、現状では不明。しかしA級冒険者であるサバトやゴ
マにはひと目でそれが分かってしまう。あれは自分たちより遥かに
強い生物であると。
1266
﹁へへっ、思ったよりも早く機会ってのは巡ってくるもんだな。ゴ
マぁ! あいつを倒せば俺らS級も夢じゃねぇだろ!?﹂
﹁調子に乗るんじゃ⋮⋮ んん?﹂
﹁何だ何だいつになく弱気じゃねぇか、お前らしくねぇ! 行かな
いんだったら俺が先にンットゥイ!﹂
駆け出そうとしたサバトがゴマの裏拳により支城の壁に叩き付け
られる。
﹁お、お前⋮⋮ 戦闘中にそれは、ねぇだろ⋮⋮﹂
﹁静かにしなさい。どうやらここの戦いは終わったみたいよ﹂
満身創痍のサバトが不服を申し立てるが、ゴマはそれがなんだと
受け付ける様子はない。それどころかさっさと起きろと目で語って
いる。理不尽を感じながらも起き上がったサバトは空の竜へ視線を
移し、暫くしてその意味を理解した。
﹁てめぇら、そこのガウンの奴らとの戦闘を中止しろ!﹂
﹁﹁﹁ア、アズグラッド将軍!?﹂﹂﹂
白銀竜から上がる叫び声、戦場に赴き行方不明となっていたアズ
グラッドの突然の帰還と命令に兵達は混乱気味だ。
﹁しょ、将軍、よくぞご無事で!﹂
﹁しかし、こいつらは侵略者で⋮⋮﹂
﹁うるせぇ! 説明する時間がねぇんだ! 黙って俺に付いて来い
や!﹂
︵︵︵え、ええー⋮⋮︶︶︶
1267
そしてサバト以上に横暴な説明であった。
﹁文句は後で受け付ける! 返事は!?﹂
﹁﹁﹁は、ハッ! 了解であります!﹂﹂﹂
﹁おう!﹂
力技で無理矢理に部下を纏め上げたアズグラッド。彼を乗せる白
き竜、ロザリアは何とも言えない表情だ。
﹁アズグラッド、もう少し理性的に説明できませんか?﹂
﹁それはシュトラの本分だ。俺の性に合わねぇよ。俺は俺のやり方
を通す﹂
﹁ハア、貴方は小さい頃から変わりませんね⋮⋮ さあ、彼らの元
へ行きますよ﹂
ロザリアはクンッと急降下してサバトらがいる場所へと舞い降り
る。
﹁よう、お前らがケルヴィンが言っていた冒険者だな? って、お
前らサバトにゴマじゃねぇか。 ⋮⋮サバトはやけにボロボロだな﹂
﹁これはこの暴力女にトゥラッティ!﹂
﹁気にしないで頂いて結構です。むしろ無視してください。それよ
りも援軍とは貴方のことだったのですね、アズグラッド王子。自国
の城を攻め入るというのも妙なことですが⋮⋮﹂
﹁あー、こっちにも色々あってな。借りは返さねぇと気が済まない
奴らが俺の部下には多いんだ。まあ、俺もそれに乗っかっている口
なんだけどよ﹂
﹁相変わらずの戦好きのようですね﹂
﹁まあな。部下と竜を殺さないでくれたことには礼を言うぜ。でも
1268
よ、悪いんだが今は時間がねぇんだ。言い争いは後に︱︱︱﹂
不意に空に青白い光が広がる。アズグラッドにロザリア、ゴマ、
そして再び復活したサバトが光の出所であるトライセン本城の最上
階に目を向ける。ケルヴィンの昇格式を見ていたサバト一行はこの
光景に見覚えがあり、直ぐにその光の見当がついた。
﹁あれ、パーズの模擬試合で見た巫女さんの結界じゃねぇか?﹂
﹁確かにデラミスの巫女の秘術ね。でも︱︱︱﹂
﹁ああ、それを上塗りするような、あの黒々しい気配は何だ? 何
でアンタからこんな力を感じるんだよ、親父⋮⋮!﹂
コレットが発する神聖なる結界の更に上、本城の頂上より邪悪な
る力が膨れ上がっていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城・頂上
コレットの助力によりシュトラを振り切ったケルヴィンとリオン
が行き着いた先、そこは本城最上階の先端である円形状の屋上であ
った。シュトラは式の準備などと言っていたが、それらしい華やか
な装飾はされておらず、あるのは無機質な床と城下町を見渡せるよ
う設置された荘厳なる王座。そこに座すはトライセン国王、ゼル・
トライセンであった。
﹁良い威圧感じゃないか、王様﹂
1269
﹁⋮⋮﹃死神﹄か﹂
王座はこの階層への入り口から背を向ける形で置かれている。必
然、ゼルは入り口側にいるケルヴィンを背にする訳なのだが、王座
の肘掛に腕を立てて頬に手を添える体勢を崩す気配はない。
﹁一応聞いておくけど、降伏する気はあるか? 城内の兵はほぼ制
圧され、ご自慢の軍団も機能を失っている。残るは王様だけだ﹂
﹁降伏? クックック、面白いことを聞くものだ。そこそこに楽し
めはしたが、もとより駒の力など当てにしておらんよ。我さえいれ
ば⋮⋮ いや、シュトラは別であったな。力に目覚めた我の血をひ
く、真なる一族を築く為の母体として役に立ってもらわねば、クク﹂
ゼルが笑いながら立ち上がり、ケルヴィンとリオンへ振り向く。
その瞳は黒く染まっており、人のものではなかった。
﹁貴様を、次はデラミスの者らを殺し、親愛なるシュトラには新た
なる我が子を産んでもらおう。さあ死神よ、今日から恐怖が世界を
支配するぞ。魔を帯びし我が軍勢が破壊し、蹂躙し、破滅へ導くの
だ!﹂
﹁ああ、そういうの別にいいから﹂
︱︱︱ザスッ!
﹁むっ?﹂
ゼルの胸元より飛び出る蒼き槍。螺旋を描くランス状のそれはメ
ルフィーナの持つ聖槍ルミナリィであった。
﹁邪を払いなさい、ルミナリィ﹂
1270
メルフィーナの召喚により発生する魔法陣を隠蔽し、背後から奇
襲。キィーンと槍の螺旋が回転し出し、放たれた蒼き輝きはやがて
ゼルを覆い尽くしていく。聖槍ルミナリィは対象の悪意を一掃する
力を持ち、この力を発揮しているときは槍自体の殺傷力がなくなっ
てしまうのだが、悪人を善人へと転じさせてしまう程の、ある意味
で人格を変貌させてしまう影響力を備える神の槍なのだ。強力が故
に、そして神自身が余計な影響を世界に与えないようにと扱うに際
しての制約も多い。 ︱︱︱筈なのだが、メルフィーナは盛大にぶ
っ放していた。
﹁この魔力⋮⋮ 貴様、何者だっ!﹂
﹁あら、すっかりお目覚めのようですね﹂
槍を抜きメルフィーナが背後に跳ぶと、それに伴ってゼルを囲う
光が弱まっていく。
﹃あなた様、申し訳ありません。どうやら彼は手遅れのようです。
魔王として覚醒してしまっています﹄
﹃いや、これでダン将軍への面目は立つ。奴が魔王で確定だ﹄
﹃ええ、神として魔王ゼルと認定致します﹄
ケルヴィンはゼルのステータスに刻まれる﹃天魔波旬﹄の文字に
頬を綻ばせた。
1271
第177話 王の命
︱︱︱トライセン城・頂上
魔王とは一体何なのか? その答えはこの世界の神であるメルフ
ィーナにも答えることができない。いや、正確には知っているのか
もしれないが、メルフィーナの義体に宿る制約がある為に話すこと
ができないのかもしれないな。兎も角、今の俺が持つ情報と言えば
次くらいなものだ。
①魔王となる者は周期的に現れ、必ず﹃天魔波旬﹄というスキル
を所持する。対象は世界を破滅し得る力を持つ者、そして悪意に満
ちる素質がある者。
②魔王が出現する兆しが現れる度にデラミスの巫女は転生神の神
託と加護を受け、異世界から勇者を召喚してきた。例外なく魔王は
勇者に倒されている。過去で最も近い時代の魔王はセラの父親であ
る魔王グスタフ。
③魔王となった者は世界を破滅へ導く為に、その個体の能力を十
全に活かして行動するようになる。武力に優れた者であれば単体で、
国を統べる者であれば国家を動員して、経済に利する者であれば社
会を崩壊へと誘導する。
④﹃天魔波旬﹄は魔王に絶対的な防御を施し、攻撃が通じなくな
る。異世界人がパーティにいる場合は無効化される。
後は魔王とはまた別の話ではあるが、魔王を無事討伐した勇者は
1272
元の世界へと戻るか、そのままこの世界で生きていくかを選択でき
るらしい。残る者には相応の報酬と地位が約束されるのだが、戻る
ことを選択した者にもその世界での、俺で言えば現代日本において
の報酬があるそうなのだ。強制的に転移させられ、成り行きで魔王
と戦わせられてしまった勇者への、神からの代償という意味合いが
あるのだと言う。
俺にとっては戦う行為自体が御褒美でしかないんだけどね。まあ、
俺は勇者として召喚された訳でもないし、どちらかと言えばリオン
に関係のある話か。ちなみにリオンは現代に帰る気が全くないらし
いので、お兄ちゃんは安心なのである。
﹃ケルにい、魔王のステータスは見える?﹄
おっと、並列思考で無駄なことを考えてしまっていたな。当のリ
オンに問い質されてしまった。
﹃ああ、今ネットワークにアップする﹄
さっきはあまりの興奮で魔王の固有スキルにしか目がいかなかっ
たからな。今度はしっかり確認しよう。
==============================
=======
ゼル・トライセン 58歳 男 人間︵魔王︶ 統治者
レベル:41
称号 :トライセン国王
HP :2285/2285︵+2000︶
MP :2320/2320︵+2000︶
1273
筋力 :1151︵+1000︶
耐久 :1127︵+1000︶
敏捷 :1098︵+1000︶
魔力 :1160︵+1000︶
幸運 :1155︵+1000︶
スキル:天魔波旬︵固有スキル︶
王の命︵固有スキル︶
剣術︵B級︶
黒魔法︵D級︶
軍団指揮︵C級︶
胆力︵D級︶
交友︵D級︶
交渉︵C級︶
話術︵B級︶
補助効果:天魔波旬/魔王化
隠蔽︵A級︶
==============================
=======
︱︱︱ステータスの強化幅がおかしい、圧倒的に無茶苦茶だぞ。
手に負えない領域ではないが、天魔波旬による魔王化によりクロト
並みに超強化されてしまっている。これを相手するには刀哉や刹那
達では荷が重い。ゼル自身の力は強化値を外せば一般的に強い程度、
スキルもそれに準じたランクだ。しいて言えばスキル構成が戦闘向
きでないものが大半な点、魔王の基となったゼルが単体で無双する
タイプでなかったのが減点だろうか。勿体ない。
めい
いのち
気になるとすれば2つ目の固有スキル﹃王の命﹄もそうだ。読み
は王の命、それとも王の命か? シュトラや城の兵達を操っていた
1274
のを見るに、おそらくは前者だと予想しておこう。
﹁さあ、宴を始めようぞ。手始めに貴様ら、﹃自害せよ﹄﹂
言葉と共にゼルは鞘から豪勢な装飾が施された剣を抜く。そして
発した﹃自害せよ﹄の言葉に僅かに俺の右手が反応するも、指には
めた﹃女神の指輪﹄が何かに抵抗、それ以上の変化はなかった。念
話で確認するとリオンとメルフィーナも武器を持つ手に一瞬違和感
を感じたそうだ。
﹁⋮⋮む?﹂
ゼルも当てが外れたような表情をする。これはつまり︱︱︱
﹃︱︱︱発する言葉で相手を操る能力か!﹄
めい
王の命で確定だ。
﹃うわ、それじゃあメルねえから貰った指輪がなかったら、僕たち
本当に自決するところだったの!? 危なっ!﹄
﹃クライヴ対策に作った指輪の耐性能力が思わぬところで機能しま
したね⋮⋮﹄
まさか言葉を耳にしただけで操るとはな。国の大衆や兵の雰囲気
から、クライヴの﹃魅了眼﹄と違い自我があり、また当人は操られ
ているという意識はないのだろう。国家を動かし、影で操るには最
適なスキルと言える。 ⋮⋮耳栓でもしておくか。いや、冗談では
なく結構有効かもよ? 仲間うちの会話は念話の方が早いし。む、
そういやクロトの保管にも耳栓はなかったな。我が家には必要とす
る場面がそもそもなかったし。寝るときにするなんてとんでもない
1275
し。
﹃女神の指輪がゼルの操作スキルをある程度防いでくれるようだが、
初動が僅かに反応してしまうな﹄
﹃その一瞬が命取りになってしまうかもしれません﹄
﹃厄介なスキルだねー。それならさ、ここは︱︱︱﹄
そうだな、ここで取れる手はひとつだろう。何よりコレットは今
も結界を懸命に維持しているのだ。コレットのことだ、女を捨てて
自分の限界を超えての頑張りを見せてくれるだろう。そこまで尽く
してくれるのは嬉しいのだが、俺の良心が凄く痛む。よってそれだ
けは阻止せねばならない。だからこそ、それほど時間はかけられな
いのだ。
﹃突っ込んで接近戦といこうか!﹄
﹃間を置かずに攻め立てよう!﹄
﹃喋る暇もなく叩き潰しましょう!﹄
全会一致で意見は可決され、俺とリオンが鎌と双剣を、ゼルの背
ソニックアクセラレート
後よりメルフィーナが聖槍ルミナリィを携えて魔王へと迫る。敏捷
値1098であるゼルは脅威であるが、風神脚の後ろ盾がある俺や
ボレアスデスサ
元々それを上回る敏捷値を持つリオンとメルの敵ではない。風より
も、神経の伝達よりも早く、奴の間近へと接近する。
﹁﹃跪︱︱︱﹄﹂
﹃言わせるかよっ!﹄
イズ
一番に目標へと到達した俺はゼルの王の命を遮るように大風魔神
鎌を地を這わせながら払う。奴は手に持つ剣を、鑑定眼で見るとト
1276
ライセンに代々伝わる王剣であったそれで受けようとするが、それ
は悪手だ。王剣はランクとしてはS級、咄嗟に防御に出たその判断
は決して間違ってはいない。だがそんなことは俺の大鎌には関係な
いのだ。
﹁︱︱︱ぐっ!﹂
鎌を受けた刀身から王剣は真っ二つに斬られ、その剣を握るゼル
の肘から先の右腕もまた切断されてしまう。自身がダメージを負っ
たことに驚くゼルであるが、判断は早く分断された刀身と右腕が地
その
に落ちる前に俺らのいない真横へと大きく跳躍した。目暗ましに黒
魔法で暗闇を作るオマケ付きだ。しかし、D級程度の魔法が後に控
えるメルフィーナ達に通じる筈もない。
ブライドステージ
ライトニングエンハンス
﹃輝く星の舞台﹄
﹃稲妻反応!﹄
無詠唱で発動されたメルフィーナの白魔法、この場一帯を照らす
光の星々が空に上がり、瞬く間に展開された闇は瞬く間に分散され
てしまう。更には稲妻の如く走り抜けたリオンがゼルを先回り。両
手に持つは魔剣カラドボルグと黒剣アクラマ。横っ飛びした為にゼ
ルは体勢も悪い。とすれば、注意すべきは王の命のみ。
﹁﹃眠︱︱︱﹄﹂
当然リオンはそれを許さない。雷轟く魔剣がゼルの背を通過し、
それに続く追い討ちの黒剣が左足へと深く突き刺さり、地面に縫い
止めることで機動を削ぐ。激しい電撃はゼルの背を伝って全身へと
駆け巡り、声を出すこともできないようだ。
1277
﹃メルフィーナ、チャンスだ﹄
﹃ルミナリィ、聖滅形態へ移行。魔力、装填﹄
メルフィーナの槍が再び回転し始め、さっき以上の猛烈な回転音
と共に眩い青白き光を帯び出す。これは初撃の不殺だった一撃とは
異なる、聖槍ルミナリィのもうひとつの力だ。先の一撃を精神的に
邪悪を滅ぼすものとすれば、この一撃は肉体を塵も残さず滅する神
代の超兵器とも呼べる代物。既にリオンは範囲の直線上から離脱し
ている。対してゼルは麻痺からまだ回復していない。
ルミナリィバースト
﹃やっちまえ﹄
﹃聖滅する星の光!﹄
モータリティビーム
槍先へと収縮した光は極太のビームとなってゼルを貫き、消し去
り、浄化していく。形だけ見ればクロトの超魔縮光束と酷似してい
るが、威力はまた別物だ。文字通り神の一撃はどこまでも伸びてい
き、やがて収束していく。 ︱︱︱やったか!?
﹃⋮⋮あなた様、なぜここでフラグを﹄
﹃いや、だってさ、魔王と言ったらアレだろ? これまだ前哨戦だ
ろ?﹄
﹃ええ、まあ。言いたいことは分かります﹄
﹃ケルにい、上っ!﹄
﹁﹃跪け﹄﹂
リオンの念話と同時に放たれる王の命。足裏がコンマ数秒地にく
っ付いてしまったような錯覚に陥る。上空を見上げるとゼルが肩か
ら上の上半身と、皮一枚繋がった状態の左腕が浮かんでいた。おい
おい、あの状態で生きてるって何て生命力だよ。
1278
﹁﹃動くな﹄。惜しかったな、後数秒もあれば我を倒せただろうに。
時間切れだ﹂
︱︱︱時間切れだと?
﹃ケルヴィン! そっちにクライヴの一部が向かったわ! 思った
よりもかなり速い!﹄
俺の思考に割り込むようにしてセラからの念話が届く。マップを
確認するに、セラもこちらへ急接近している。もう数秒もすれば到
着するだろう。だが、そのセラより先に飛来してきたものがあった。
刃物のような形状をした歪な物体、セラの言からするとあれがクラ
イヴの一部だそうだが。
﹁﹃邪魔をするな﹄。愚かなるクライヴの抜け殻よ、今度こそ我に
貢献するがいい﹂
直後、飛来したそれがゼルの額へと突き刺さった。
1279
第178話 降臨
︱︱︱トライセン城・頂上
額に突き刺さった刃物が、グニグニと膨張しながらゼルの上半身
と左腕を飲み込んでいく。刀身のような形状をしていたそれは瞬く
間に不定形となって気味悪く蠢き、まもなくして人型の何かを形作
ろうとしていた。
﹃ああ、もうっ! 間に合わなかった!﹄
ジンスクリミッジ
唇を噛みながら次に飛来したのはセラであった。ズンと軽量なセ
ブラッドスク
ラには似つかわしくない着地音がしたと思えば、セラは魔人闘諍と
リミッジ
固有スキルである﹃血染﹄を折り合わせたオリジナル魔法、魔人紅
デーモンブラッドロード
闘諍で全身を覆っていた。喩えるならば血で悪魔を模った鎧。セラ
の切り札とも呼べるこの魔法は悪魔の紅血王へ進化し、﹃血操術﹄
のスキルを身に着けてから編み出したもので、仲間内の訓練でも滅
多に見せることはないのだが⋮⋮
﹃セラ、それを使うってことは苦戦してたのか? さっきの念話で
も余裕なさそうだったし﹄
﹃え? ⋮⋮う、うん、実はそうなのよ! 私としたことがつい白
熱しちゃったわ。それよりも今はあれでしょ、あれ!﹄
﹃ああ、そうだな﹄
どこか誤魔化されたような気もするが、セラの言う通り今は魔王
だ。セラが苦戦するほどの実力者をまた見逃してしまったことはも
う頭から離すのだ。魔王魔王魔王。
1280
﹃セラねえ、それで結局あの物体は何なの? さっきセラねえと魔
王が何か言ってたみたいだけど⋮⋮﹄
ルミナリィバースト
リオンが地面に突き刺さった黒剣アクラマを抜きながら疑問を投
げかける。メルフィーナの聖滅する星の光の直撃を魔王と共に受け
たアクラマであるが、持ち前の頑強さで見事耐え切ったようだ。邪
悪な気質を宿すものへの特効攻撃だった所為もあるだろうが、それ
でもリオンの持つ他のS級武器では破壊されていた可能性がある。
流石は俺の妹への想いをぶつけた剣だ。
﹃うーん。以前ケルヴィンが倒し損ねたクライヴって奴の成れの果
て、みたいなもの? 本体を倒しはしたんだけど、体の一部だった
呪いの剣を逃してしまったの。それがあれ﹄
﹃やっぱり俺の聞き間違えじゃなかったか! セラ、大丈夫か!?
あの変態に変なこととか嫌らしい目で見られたりされなかったか
!?﹄
﹃父上の加護が護ってくれたから大丈夫よ。メルの指輪もあったし﹄
﹃そ、そうか⋮⋮ 良かった⋮⋮﹄
顔も知らぬお父さん、ありがとうございます! ⋮⋮でも加護が
発動したってことは、つまりそういうことだよな。成る程な、うん
うん。
﹃あはは、ケルにいは心配性なんだから。話を戻すけど、体の一部
が呪いだっけ? どういうこと?﹄
﹃えっと、口じゃ上手く説明できないから、私が戦ったクライヴの
姿形を意思疎通で送るわね﹄
セラが念じると配下ネットワークに異形と化したクライヴの姿が
1281
映し出される。何これキモい。
﹃俺の記憶のクライヴと随分違っているような⋮⋮ 確かに気色悪
い顔はしてたけどさ﹄
﹃あなた様、これは⋮⋮﹄
ネット上のクライヴの映像にメルが反応する。知っているのです
か、メルフィーナ先生!
のろいびと
﹃呪人と呼ばれる人間の亜種です。一説では人間の進化形態とも噂
されていますが、呪いを人間の器に掻き集めたもので正当な進化と
はとても言えません。遥か昔、戦奴隷に呪いの武器を与えたことが
始まりとされていますが⋮⋮ これは呪いの一本や二本のレベルで
はないですね。一体どこからこれほどの呪詛を⋮⋮﹄
頼りになる我らが先生の解説を聞くに、クライヴは正気の沙汰で
はない方法でセラに迫るまでに自身を強化したようだ。しかし、自
分を犠牲にしてそこまでするような奴だっただろうか? 確かに何
をしでかすか予想のつかない変態ではあったが。
﹃あなた様、そろそろ魔王が動き出しそうです﹄
﹃ん、了解だ。皆、考察は戦いながらしよう﹄
クライヴと混成し変格を終えた魔王の体は真新しいものになって
いた。人間の姿であったゼルは畏怖を感じさせる王者の風貌であっ
たが、今やその面影は別の意味合いと化している。失った筈の体は
新たに再生されており、その肌黒くなった皮膚は全てを飲み込む闇
ギガントロード
のようだ。またサイズは人間の範疇ではなくなり、巨人の領域にま
で達していた。リオンが紋章の森で戦った巨人の王とまではいかな
いが、この限られた場所では脅威となるだろう。頭部には天を衝く
1282
ように禍々しく角が聳え立ち、どこからか取り出したのか不穏な雰
囲気を醸し出す鎧を着込み︱︱︱
話し出すと切りがないな。一層のこと一言で言ってしまおうか。
︱︱︱魔人、魔王。まさにそういった言葉が相応しいだろう。
﹁⋮⋮ッフ、フハハッ! マサカココマデ生マレ変ワルトハナ!﹂
自身の新たなる体を見回したゼルが不敵に笑う。その声は力強く、
それだけで俺の危険察知スキルが反応する。まるで声自体に魔力を
含んでいるかのようだ。
﹁ムッ、クライヴメ、歪ナ進化ヲシテスキルヲ軒並ミ落トシタナ。
代ワリニ得タモノモ幾ラカアルヨウダガ⋮⋮ フン、マア良イ﹂
あちらさんも無事第二形態へと変身し終えたみたいだな。魔王と
言えばこのお約束は抜かせない。早速鑑定眼でステータスをお披露
目してもらおう。
==============================
=======
ゼル・トライセン 58歳 男 呪人︵魔王︶ 統治者
レベル:132
称号 :破滅を齎すもの
HP :5660/5660︵+2000︶
MP :3291/3291︵+2000︶︵+369︶
筋力 :2617︵+1000︶
耐久 :2293︵+1000︶
1283
敏捷 :2032︵+1000︶
魔力 :1480︵+1000︶
幸運 :1156︵+1000︶
スキル:天魔波旬︵固有スキル︶
王の命︵固有スキル︶
魅了眼︵固有スキル︶
呪具体内生成︵固有スキル︶
剣術︵B級︶
緑魔法︵C級︶
黒魔法︵D級︶
鑑定眼︵D級︶
魔力察知︵D級︶
隠蔽︵D級︶
軍団指揮︵C級︶
胆力︵D級︶
交友︵D級︶
交渉︵C級︶
話術︵B級︶
保管︵A級︶
自然治癒︵A級︶
精力︵C級︶
補助効果:天魔波旬/魔王化
隠蔽︵A級︶
==============================
=======
右腕を高く掲げたい衝動に駆られる。遂にきたか。強化値を含め
てではあるが、ステータス2000オーバーの強敵が。配下ネット
ワークに情報を上げることも忘れてはならない。全員に魔王のステ
1284
ータスを公開する。
﹃こいつ⋮⋮﹄
セラが魔王を睨みながら呟いた。
﹃たぶんだけど、クライヴのステータスとスキルを全部吸収してる
わ。あいつのステータスを直接見た訳じゃないけど、戦った感じか
ら構成がそれっぽい﹄
﹃マジか。全員、セラの戦闘データを頭に叩き込め。もしかすれば
似た戦法を取ってくるかもしれない﹄
クライヴの主な攻撃手段は風主体の緑魔法と呪いの武器による直
接攻撃だ。新たに固有スキルが増えてはいるが、それもクライヴ由
来のものだろう。
﹁サテ、冒険者諸君。貴様等ノ中ニ勇者ガイルトハ思イモシナカッ
タゾ。マサカ我ヲアソコマデ追イ込ムトハ、完全ニ予想外デアッタ。
シカシ、今トナッテハ我ガ貴様等ニトッテノ﹃死神﹄トナッタ。コ
ノ湧キ上ガル力ヲ見ヨ! マサニ、我コソガ歴代最強ノ魔王ナノダ
! フハハハハ!﹂
魔王の高笑いは止まらない。クライヴと合体して性格も変わって
きてないか?
﹁歴代最強か。あの自称主人公君とくっ付いたくらいで成れれば苦
労しないだろうな﹂
﹁クク、冥土ノ土産ニ教エテヤロウ。必要ダッタノハ奴自身デハナ
ク、ソノ器ヨ。デナケレバ、何ノ為ニアレヲ飼ッテキタト言ウノダ。
数エ切レヌ呪イヲソノ身ニ宿シタクライヴノ怨念ハ、奴ノ体内ニテ
1285
一本ノ剣ニ呪詛ヲ集約サレタノダ。穢レタ精神コソハ邪魔デシカナ
カッタガ、転生シタ異世界人ト言ウ器ハコレ以上ナイ程ノ価値ガア
ッタカラナ。言ワバクライヴハ我ニ相応シイ武器ヲ育テル為ノ苗床。
ソシテソレコソガ、コノ︱︱︱﹂
魔王が右腕を自身の心臓部のあたりに突っ込む。不思議と血が出
る様子はなく、何かを掴みそのまま引き上げていく。取り出したの
は一本の長剣。しかしそのサイズは魔王と同等程度に大きく、人が
扱える代物ではない。例えサイズの問題を解消したとしても、剣が
孕む幾千級の呪いによって押し潰されてしまうだろう。
﹁︱︱︱愚剣クライヴ。フハハ、名モマタ忌々シイデハナイカ! 我ノ剣ダケデナク貴様ノ力マデ献上シテクルトハ、ナカナカノ忠義
テンペストバリア
デアルゾ! ナア、クライヴ!﹂
﹁螺旋超嵐壁﹂
アスタロトブレス
突如として現れ、屋上を囲うは触れる者全てを切刻む竜巻。俺の
ローブ﹃智慧の抱擁﹄でクライヴから学び取った最上位の緑魔法だ。
﹁⋮⋮何ノツモリダ? 自ラ退路を絶ツトハ。ソシテ、ナゼ笑ウ?
気デモ狂ッタカ?﹂
﹁いや、色々話を聞かせてもらったけどさ。俺もクライヴに恨み辛
みがあったんだ。次は必ず仕留めようと心に決めていたんだが、セ
ラに先を越されて奴はもういない。今となっては叶わぬ夢なんだが、
ちょうど良いところに代わりを見つけてさ。ほら、お前半分クライ
ヴみたいなもんだろ、魔王様?﹂
﹁︱︱︱貴様﹂
過去の失敗からの学びは貴重だな。溜まっていたフラストレーシ
ョン解消の為に、そしてこの戦争を終わらせる為に、魔王、お前は
1286
絶対に逃がさない。
1287
第179話 頂の戦い
︱︱︱トライセン城・頂上
ソニックアクセラレート
﹃風神脚|×4﹄
ソニックアクセラレート
戦闘開始と同時に仲間全員に敏捷を2倍に引き上げる風神脚をか
ける準備、既に自身に施していた補助効果も切れる寸前だったので
俺も含めて4人分だ。﹃並列思考﹄の詠唱によるタイムラグなしの
連続発動、無詠唱に限りなく等しい形でメルフィーナ達は風を味方
につける。
正直これだけでS級魔法を唱えるに近いMPを消費してしまうが、
何せ魔王は敏捷2032の化物。ここまでしなければメルフィーナ
くらいしか奴のスピードに付いていけない。単純にスピード負けし
てしまうのだ。
﹁滅セヨ﹂
ソニックアクセラレート
皆に風神脚を施したコンマ数秒後、魔王は既に俺たちの眼前にま
で迫っていた。ゼルが上段から右腕を振り落とすと愚剣クライヴは
呪いを撒き散らし、大きく反り返りながら襲い掛かろうとしている。
リオンとセラは左右に散開、消していた天使の翼をはっきりと顕現
させ、本気モードとなったメルは飛翔し回避行動に移る。
他3人に比べ敏捷最低値の俺ではあるが、何とか避けることはで
きる。だがあのまま愚剣を振り下ろされてしまえば、直撃を受ける
のは俺たちが立つこの城だ。下の階層にはコレットやシュトラもい
1288
る。結界があるから大丈夫だとは思うが、可能な限り危険には晒し
ボレアスデスサイズ
たくない。かと言ってこんなものを正面から受ければ待っているの
は死、あるのみだ。かなり賭けになるが、大風魔神鎌で刀身を狙う
か⋮⋮?
﹃あなた様、間に合いました。下の者達は私が護ります﹄
メルフィーナの念話を聞き取り、俺は全力で身をひるがえす。考
えることはしなかった。メルフィーナがそう言い切ったのだ。なら
ば迷いなどあるはずがない。あるのは、絶対的なメルフィーナへの
信頼のみだ。
﹁ヌウッ!﹂
振り下ろされた愚剣が城へ衝突する。バキバキと音を立てて破片
が飛散、しかし破壊されたのは城ではなく、一面を覆い尽くす薔薇
の氷原であった。飛び散った氷片が鋭い刃となり、魔王の体に深く
突き刺さる。そこらのモンスターであればこれだけでも風穴が開く
威力を秘めているのだが、やはり硬いな。
﹃メルフィーナ、助かった!﹄
﹃土壇場で間に合いましたが、くうっ⋮⋮ 流石に、辛いですね﹄
セルシウスブライア
屋上だけでなく、トライセン城の全面を抱擁するは夥しい数の氷
の荊。メルフィーナが発動したのはS級青魔法︻氷女帝の荊︼、拠
点防衛の究極系であるこの魔法は対象の表面上に絡み付いて侵略者
リギッドブライア
からの攻撃を守護し、触れる者に痛手を与える役割を担う。それだ
リギッドブライア
けでは単純に﹃金剛氷薔薇﹄の広範囲バージョンと思われるかもし
れないが、当然ながらそれだけではない。頑丈さは金剛氷薔薇を軽
々と上回り、敵味方を区別してくれるのでサービスも手厚い。氷の
1289
荊は常に生長を続け、例え欠損したとしてもその傍から生い育ち瞬
く間に復活する。つまりメルフィーナのMPが尽きない限り、この
一面の薔薇を排除するのは困難を極めるのだ。
メルフィーナのMPはS級魔法を使う上で潤沢であるとは言えな
い。更にはこの魔法、生長する度に魔力を消費するのでとても燃費
が悪く、維持するのも困難であったりする。だが、この問題は既に
解決済みだ。
﹃コク⋮⋮ 全快です!﹄
なんてことはない。MP回復薬の一気飲みである。本来であれば
戦闘中の回復薬でのMP供給は不用意に隙ができ、下策とされる行
為である。そして無理をすれば凄惨たるコレットの悲劇を生み出し
てしまう。しかしメルフィーナに限っては、もしかすれば俺と同じ
S級冒険者のシルヴィアもそうかもしれないが、メルフィーナは即
座に、限りなく無尽蔵に回復薬を飲み干すことが可能なのだ。食い
しん坊万歳な素質を持ち、S級﹃大食い﹄のスキルを所有するメル
だからこそできる芸当だ。糞不味い回復薬も美味しく頂いている。
更にはメルフィーナの軽鎧内にいるクロトからの回復薬の補給、
その備蓄は富豪と称されるであろう商人が所有する蓄えを優に超え
る数が保管されている。この組み合わせによりメルフィーナの潜在
テンペストバリア
的なMPは俺をも超える事態になってしまうのだ。
﹁小癪ナ⋮⋮!﹂
セルシウスブライア
テンペストバリア
この氷女帝の荊は実の所、俺が螺旋超嵐壁を発動させる以前に仕
込まれていたものだ。そうでなければこんな所で螺旋超嵐壁を出し
た時点で城が崩壊している。時系列的にはシュトラが陣取る部屋へ
1290
突撃する前、リオンらと合流し、コレットが考案した策を聞いてい
る辺りか。テラスにて種を蒔いてそこから急生長させていき、外壁
を蔦って城全面を覆わせる。この屋上部分まで到達するのにギリギ
リ間に合って良かった。クライヴと融合した魔王は﹃魔力察知﹄を
得てしまったので気付かれる可能性はあったのだが、どうやらまだ
スキルの扱いに慣れていないらしいな。今の衝撃で破壊された荊は
再生し、お返しとばかりに愚剣に絡み付き動きを封じようとしてい
る。
﹃城の外壁を凍らせ、コレットの結界と合わせて二重の備えと致し
ましょう﹄
そうメルフィーナが提案したのはコレットの結界を過信し過ぎな
いようにする為、そして魔王との戦いに耐え得るステージを構築す
る為だ。コレットが﹁メ、メル様との共同作業!?﹂などと息巻い
ていたのは、颯爽とシュトラと対峙する少し前のことである。
﹃流石に、これだけじゃあ止まらないか⋮⋮!﹄
青き薔薇は魔王の脚部に、愚剣に絡み付いているのだがゼルは全
く意に介さない。荊の棘が魔王の足元に手傷を負わせるが瞬く間に
傷は塞がり、力任せに振り解いていくのだ。これもクライヴからの
ギフトである﹃自然治癒﹄による効果だろう。氷片によるダメージ
も完治済み、最大HPが高いだけに回復速度も早いな。生半可な攻
撃では直ぐに回復されてしまう。
﹃でも、さっきと比べてスピードはないよっ! 荊の阻害が効いて
る!﹄
ゼルの動きが鈍くなったのを確認したリオンが黒剣アクラマを握
1291
り締め、前に飛び出した。
﹃油断しちゃ駄目よ! 奴はまだ、緑魔法で︱︱︱﹄
﹁﹃止マレ﹄﹂
︱︱︱硬直。それは時間にすれば1秒や2秒、いや、もっと短い
時間なのかもしれない。しかしその効力は最初の比ではなく、魔王
が口にした王の命は明らかに効果を発揮していた。耐性の許容範囲
を超え始めたのか、女神の指輪が身震いをするかのように振動して
いる。短いはずの時間が長く、永遠のようにも思える。動け、動け。
並列思考の中でその言葉のみが羅列されていくが、先に動き出した
のは魔王であった。
﹃ぼ、僕かー⋮⋮﹄
セルシウスブライア
向かった先は、先ほど魔王へと走り始め最も近い位置にいたリオ
ソニックブーツ
ンであった。氷女帝の荊が魔王に絡みつき行く手を阻むが、奴の速
度はなぜか落ちない。ステータスを覗くと補助効果の欄に風脚の文
字が記載されていた。
﹃そ、そういえばセラねえの戦闘データにそんな場面があったよう
な⋮⋮ ごめんなさい!﹄
﹃馬鹿! もうっ、さっさと動きなさい、私!﹄
ソニックブーツ
・・
風脚による敏捷上昇で荊の阻害はイーブンになっている。魔王は
既にリオンの目前、このままでは俺たち3人は間に合わない。
﹁マズハ一匹!﹂
﹁グォンッ!︵させないっ!︶﹂
1292
リオンの影よりアレックスが飛び出し、口に銜えた劇剣リーサル
で愚剣を応戦。背後では影を操り、リオンを掴み取って魔王の攻撃
範囲外へと放り投げる。リオンの影の中にいたアレックスは王の命
による効果を受けなかったようだ。これには流石の魔王も予想して
いなかったのだろう。太刀筋に迷いが僅かに見られる。それでもア
レックスと魔王の間には能力の差があり過ぎた。応戦空しくアレッ
クスは後方へ吹き飛ばされてしまう。リーサルはアレックスの口か
ら放され、大きく宙を舞う。
﹁グッ!?﹂
アレックスと入れ違いにリーサルを掴み取り、天歩にて加速し黒
剣アクラマと連携させて魔王の頭へと斬り込んだのはリオンだ。そ
れだけではない。
﹃良くやったわ、アレックス!﹄
いち早く駆けつけたセラは横っ腹目掛けて紅き拳を叩き込み、魔
王の巨体を宙に浮かせる。これによりアレックスは剣ごと吹き飛ば
されるだけで済んだのだ。
﹃不覚です。それ以上に、不快です﹄
続くメルフィーナが心臓部を聖槍ルミナリィで貫く。急所に次ぐ
急所への攻撃、それでも魔王が倒れる気配はない。俺も共に叩き込
みたいところだが、今はその前にやることがある。飛ばされてきた
アレックスを風で受け止め、そして︱︱︱
﹁﹃死︱︱︱。︱︱︱!?﹄﹂
1293
サイレントウィスパー
無音風壁による魔王の声の封じ込めを行う。範囲は魔王の口元の
みに限定する。案の定、王の命が有効だと考えた魔王はこの場面で
再度使ってきたが、もう声が結界外へ漏れることはないのだ。その
手は使えない。困惑しているところ悪いんだが、早く別の手を考え
てくれ。うちの女性陣がどんどん攻撃仕掛けちゃうぞ?
﹃クゥン⋮⋮?︵リオンは⋮⋮?︶﹄
﹃お前のお陰で無事だよ。それどころかもう攻撃に参加してる﹄
致命傷には至っていないが、それでもかなりダメージを負ってい
るな。少々でか過ぎる忠犬を一撫でし、白魔法でHPを全快させ、
念の為解呪の魔法も使っておく。ええと、今リオンはリーサルに剣
ソニックアクセラレート
を変え直したから⋮⋮ ほい、クロトから魔剣カラドボルグを取り
出してアレックスに銜えさせる。ついでに風神脚もぺたり。
﹃よし、それじゃあ仕返しに行こうか。アレックス﹄
﹃ガウッ!︵うんっ!︶﹄
1294
第180話 結末
︱︱︱トライセン城・頂上
﹁︱︱︱!︵コノッ、猪口才ナ!︶﹂
魔王の全身から突出する無数の槍、槍︱︱︱ 呪いが込められた
武具だと思われる漆黒のそれらは何の前振りもなく放たれた。だが、
メルフィーナ達には掠りもしない。それもその筈だ、それはクライ
ヴが一度セラに見せた手であるのだから。躱した上でリオンが電撃
を放つと、槍は塵のように消えてしまった。
魔王ゼルは王の命を封じられ、自力でセラ、リオン、そしてメル
フィーナと対敵しなければならなくなった。軽い傷口であれば直ぐ
様に回復し塞がる。しかしアレックスに気を取られていた時に受け
たダメージが未だ色濃く残っている為、どうしても対応が後手に回
ってしまっていた。
ジェネレイトエッジ
﹃本当にかったい! アクラマは兎も角、リーサルじゃ急所にしか
ダメージが通らないよ! 霹靂の轟剣を使ったら雷撃で焦がす判定
になっちゃってリーサルの効果が出ないし⋮⋮﹄
リオンは空中にて天歩を巧みに扱い、時に隠密で姿を消しながら
魔王の撹乱を行っている。縦横無尽に飛び回るリオンは右手の劇剣
リーサル、左手の黒剣アクラマですれ違いざまに魔王へ斬りかかる
が、深手どころか薄皮一枚断ち切るのにも一苦労だ。アクラマによ
る斬撃は何とか通るのだが、リーサルでは歯が立たないのだ。
1295
﹃口や目はリーサルでも大丈夫そうなんだけどなー﹄
﹃だからってまた一人突っ走っちゃ駄目よ! 危ないから!﹄
﹃そうです! 自称上級者を名乗るにはまだ早いです!﹄
﹃むー、身から出た錆だけに何も言えないです⋮⋮﹄
アレックスよりリーサルを受け継ぎ魔王の頭部へ攻撃を行った際
に、リオンは幾度かリーサルで攻撃を放った。黒い表皮は全くの無
傷であったが、唯一眼球へのダメージは効いていたのだ。これによ
り魔王から味覚を奪う。しかし今においては魔王もそれを認識して
いるだろう。再び針を通すような攻撃を仕掛けるのは危険だとセラ
とメルのお姉ちゃんズは判断する。子供扱いをされるの嫌がるリオ
ンであるが、今回ばかりは反論できないようだ。
﹃素直にアクラマの2本で挑んでは?﹄
ルミナリィバースト
﹃でも、この剣でアレックスの仇を討ちたいんだ﹄
﹃強情ね⋮⋮ メル、聖滅する星の光の再装填はまだ?﹄
﹃私のMPは大丈夫なのですが、ルミナリィの冷却がもう少しかか
ります﹄
メルフィーナの槍を見ると表面でジュウジュウと水分が気化して
いた。恐らくは青魔法で半場強制的に冷やしているのだろう。
﹃そう。こいつ、体の再生が早過ぎるからね。殺るなら大技を一気
に叩き込んで消滅させるしかないわ﹄
﹃それまでは我慢比べだね!﹄
﹃幸い、魔王の一部は私が支配しているしね﹄
セラとメルは互いに連携しながら攻撃を続ける。一方で魔王は自
身の体に違和感を感じていた。セラに腹部を強打されてから腰が思
うように動かないのだ。愚剣を振るおうとすれば上半身と逆方向を
1296
向こうとし、意思とは裏腹に行動を逆行しようとする。攻撃と護り、
その両方において著しく邪魔をする。
﹃腰は何をするにしても身体行動の中心となるの! それが妨げら
れれば、どんなに強い奴だって実力の半分も力を出せないわ!﹄
﹃なら僕も突っ込むね!﹄
﹃﹃それは駄目よ︵です︶﹄﹄
﹃だよね!﹄
ソニックブーツ
セルシウスブラ
意思疎通を最大限に利用して3人の攻撃は嵐のように、だが繊細
イア
に放たれる。風脚の強化により敏捷は上昇したが、足元の氷女帝の
荊は未だ健在。今の魔王の状態では全てを見切るのは不可能だ。
﹁︱︱︱⋮⋮ ︱︱︱?︵我ノ体ガ、奴ハ危険ダト訴エテイル⋮⋮
コレハ、クライヴノ?︶﹂
だからこそ、魔王はセラの攻撃は優先的に避ける。そして︱︱︱
﹁︱︱︱?︵クク、貴様、何ヲシタ?︶﹂
愚剣が捩れ、軌道を変えながらセラに押し寄せる。剣自体が折れ
曲がって軌道修正している為、これではセラの支配は及ばない。リ
オンとメルフィーナが意識を逸らそうと奮起するも、愚剣は勢いを
増し続ける。
﹁口パクじゃ何言ってるのか分からないわよ!﹂
ブラッドスクリミッジ
魔人紅闘諍を纏ったセラの拳と槍の如く伸縮した愚剣が真っ向か
ら衝突。烈々たる衝撃波が屋上の全方向へと舞い散り、宙にいたリ
オンが僅かに後退、メルフィーナもその場で踏ん張っている。愚剣
1297
の伸び切った剣先が軋み、凄まじい重圧によりセラの足が氷原に埋
まっていく。
﹁︱︱︱! ︱︱︱!︵愚剣クライヴハ呪詛ノ集合体ダ! 迂闊ニ
触レレバ何ノ呪イガ貴様ニ降リカカルカ分カランゾ!︶﹂
﹁だから、聞こえないって⋮⋮ 言ってるでしょうが!﹂
セラの叫び、愚剣が剣先から上方へと打ち上げられる。愚剣には
セラの血が付着。魔王が操る愚剣とのせめぎ合いに、セラは打ち勝
ったのだ。しかし、その時︱︱︱
︱︱︱キィン。
﹃偽装の髪留め﹄で透過していた角、翼、尻尾︱︱︱ 愚剣に触
れてしまったからなのか、その効力が無効化されセラの悪魔たる部
分が露呈されてしまう。
﹁︱︱︱! ︱︱︱!︵ホウ、勇者ニ天使、ソノ次ハ悪魔デアッタ
カ! 死神メ、面白イ者達ヲ飼ッテイルナ!︶﹂
グローリーサンクチュアリ
﹃よくも︱︱︱﹄
﹃栄光の聖域﹄
﹁︱︱︱!?︵グオッ!?︶﹂
魔王を中心に据え、屋上全体に白く輝く魔方陣が展開、魔王の胴
ボレアスデスサイズ
体では浮遊する三段のリングが締め付けるように奴を拘束する。更
には振り下ろされる二つの刃、俺の大風魔神鎌が飛ばした斬撃が愚
剣を持つ右腕を斬り落とし、アレックスの魔剣カラドボルグが雷鳴
を轟かせながら左腕を抉る。
1298
﹃セラ、あまりカリカリするなよ。勝てる勝負も勝てなくなるぞ?﹄
セラの頭に手を置き、呪いを解呪してやる。直ぐに偽装の髪留め
は機能を取り戻し、セラの角などは見えなくなった。
﹃むー⋮⋮ あの剣、剣先に付けた血だけじゃ制御するには時間が
インパクト
かかるわ。支配下に置くよりも場外に蹴飛ばした方がいいんじゃな
い? 何かキモいし﹄
﹃普通に勿体ないだろ。クロト﹄
テンペストバリア
愚剣にはまだ魔王の右腕が張り付いていたが、邪魔なので衝撃で
弾き飛ばし、螺旋超嵐壁の中へ放り込む。愚剣はクロトの保管へ回
収、後で清めて魔改造してやろう。そうすれば綺麗なクライヴが⋮
⋮ やっぱり止めようかな。さて、俺がアレックスを伴い復帰する
までの間、僅か数十秒の出来事。何と濃厚な時間だったろうか。
﹁︱︱︱。︱︱︱⋮⋮︵コレモマタ高位ノ封印カ。死神、貴様一体
ドレホドノ魔力ヲ⋮⋮︶﹂
って、おい。もう右腕が生え掛けてやがる。やはり一気に決めな
いと意味がないか、クソォ。
﹃ケルにい、序盤から強い魔法を使い続けてるけど、魔力は大丈夫
なの?﹄
﹃大丈夫ですよ、リオン。私のとっておきを渡しましたので﹄
﹃とっておき?﹄
スキルイーター
そう、俺の悪食の篭手の左手にはメルフィーナより渡されたとっ
ておきが封入されているのだ。そのスキルの名は、﹃大食い﹄! 1299
これで魔力も気にせず使い放題に! ⋮⋮いや、長期戦を想定して
いたんだ。回復薬が不味いことは変わりないが、これなら瞬時に飲
み干せるし。何気に素晴らしいスキルだよ。
﹁︱︱︱! ︱︱︱!︵フハハ! ダガ、コノヨウナ軟弱ナ結界、
直グニ脱シテヤロウゾ!︶﹂
グローリーサンクチュアリ
何を言っているのかは知らないが、我の変身はあと2回残されて
いるぞ! とかならいいのだが。栄光の聖域のリングは既に後ひと
つとなっている。聖域の効果で全員を強化した状態で仕留めたいか
ら、そろそろ動かないとな。
﹃メル、準備はいいか?﹄
﹃⋮⋮いけます﹄
﹃よし、リオン。思いっきり向かっちゃっていいぞ﹄
﹃え、いいの! アレックスも一緒でいい!?﹄
﹃ああ、いいぞ。正面からかましてやれ﹄
﹃ケルヴィン︵あなた様︶!?﹄
不安なのは分かるが、リオンもアレックスがやられた分をやり返
したいだろうしな。
﹃大丈夫だ、俺が補助するから安心しろ。リオンとアレックスはこ
う、その後はセラ、これをこうしてくれ﹄
配下ネットワークにマップを表示、矢印を示す。
﹃ああ、もう。分かった、分かったわよ。絶対に絶対よ!﹄
﹃へいへい。メルも頼んだぞ﹄
﹃あなた様はこんな状況でもマイペースなのですね。ですがリオン
1300
はしっかり護ってくださいね?﹄
﹃俺も相当なもんだが、お前らのシスコン振りも結構なもんだよな
⋮⋮﹄
言われなくとも、不可能を可能にしてでもやりますとも。話は纏
まった。それじゃあ、行こうか。
﹃行くよ、アレックス!﹄
﹃ガウッ︵うんっ︶﹄
ライトニングエンハンス
稲妻反応を靡かせ、リオンとアレックスが駆ける。
エアプレッシャー
﹁︱︱︱。︱︱︱! ︱︱︱!︵何カト思エバ、マタカ。無駄ダ、
我ニハイカナル攻撃モ通ジヌワッ! 重風圧!︶﹂
エアプレッシャー
﹃させるかよ。重風圧・逆風﹄
エアプレッシャー
奴の緑魔法はC級だから、ここらが潮時か。魔王が唱えた重風圧
は俺の全力にほぼ等しい威力を秘めているが、逆に言えば俺が頑張
ればどうとでもなる。魔王が力を押しやる方向とは逆に重圧をかけ
て魔法をキャンセル。その間にもアレックスが先行してカラドボル
グの電撃で魔王の肌を焼き斬り、その傷口をなぞるようにしてリオ
ンがリーサルで更に掻っ捌いた。その回数は4回を超え、魔王は五
感の全てを失ってしまった。
﹃ふんっ!﹄
次に控えるは魔王の正面に移動したセラだ。腰を据えた、セラの
重い拳。全力の打撃を連打、連打。魔王が装備する鎧は完全に破壊
され、消失。これだけでも何度死ねるか分からない一撃の嵐がダイ
1301
レクトに襲い掛かるのだ。最も、触覚を失った魔王は痛みを感じる
テンペストバリア
こともなかっただろうが。そして巨体である魔王を宙に浮かせ、胴
を縛るリングを装着させたまま螺旋超嵐壁に向けて吹き飛ばす。
︵何モ見エン、何モ聞コエン! 魔力ノ流レハ⋮⋮ 背後ニ巨大ナ
魔力ノ壁、否、渦巻イテイルノカ? 我ニ近ヅイテ⋮⋮ 竜巻カ!
フハハ、成程ナ。周囲ヲ渦巻ク竜巻ニ我ヲ放リ込ミ、全テヲ切リ
刻ム算段カ。ダガ、ソレデモマダ︱︱︱︶
﹁それでもまだ、足りないだろうな。だから︱︱︱﹂
﹁︱︱︱私たちの出番です﹂
テンペストバリア
ルミナリィバースト
レディエンスクロスファイア
魔王が螺旋超嵐壁にまで到達したと同時に、メルフィーナが青き
ボレアスデスサイズ
光の翼を広げ聖滅する星の光をぶっ放し、俺が煌槍十字砲火をMP
テンペストバリア
の残高を無視して放ち続ける。本当であれば大風魔神鎌で斬りかか
りたいが、螺旋超嵐壁ごとぶった斬ってしまうからな。我慢我慢。
ここで逃がしては元も子もないのだ。
﹁魔王、残念だったのはお前の能力ばかりが先行してしまって、お
前自身が戦い慣れしていなかったこと、そして得たばかりの能力を
十全に活かせなかったことだな。後、俺との直接バトルがあまりな
かったこと⋮⋮ これはいいか。まあ、来世ではそのあたり気をつ
けてくれ。ああ、聞こえてないのか﹂
サイレントウィスパー
緑魔法に対しての理解が深ければ、無音風壁を弾く方法も考え付
いただろうに。荒ぶる竜巻は魔王の背面を削り続け、眼前からは魔
王を消失させようと聖なる光が砲撃となってその身を破壊させてい
く。細胞が破壊と再生を繰り返し続けるも、その差は歴然であった。
︵グオオオオ! 我ガ、我ガ滅ブノカ!? 痛ミハ感ジヌガ、コノ
1302
身ノ魔力ガ無クナル感覚ガ、我ニ危機ヲ知ラセテイル! ソンナコ
トハ、有リ得ンンンンンッ!︶
おお、再生速度を増して踏ん張ってる。これはマジで第三形態を
期待していいかもしれん。
﹁あなた様、考えていることが顔に出ていますよ!﹂
﹁今くらいは神様だって許してくれるさ! それに良妻はそこも含
めて夫を好いてくれるんだろう!? きっと明日は手作りの味噌汁
だって作ってくれるさっ!﹂
﹁あ、あなた様ぁ!? こんなところでプロポーズですかぁ!?﹂
いつも俺以上にマイペースなメルフィーナが顔を真赤にしている。
あ、あれ? 何時ものメルフィーナのノリに合わせて受け答えたん
だが⋮⋮ 何か変に捉えられてないか?
﹁斬新な告白を期待しているとは言いましたが、このシチュは斬新
過ぎますっ!﹂
ルミナ
ああ、やっぱり勘違いしている! 味噌汁のくだりが拙かったか
リィバースト
! そしてメルフィーナの翼の輝きは更に光を増し、なぜか聖滅す
る星の光も威力が増大している。ルミナリィの駆動音も上がってい
る。
︵我ハ、魔王⋮⋮ コノ世ノ、全テニ破壊ヲ、齎ス者、ゾ⋮⋮︶
﹁でも、実は私も⋮⋮ 好きでしたぁーーー!﹂
魔王が、光の中へと消えていく。俺たちの初めての共同作業は魔
王の撃滅であった。
1303
第181話 前兆
︱︱︱トライセン城
城内各所で戦闘が起こる最中、闇に乗じて潜伏する者達がいた。
シュトラの兄であり、トライセン第3王子であるタブラとその取り
巻きだ。
﹁王子、やはり国王の私室を漁るのは拙いですって﹂
﹁そ、そうですよ。バレたら俺たち極刑もんですよ⋮⋮!﹂
﹁黙れ! 連合国にここまで押されては、最早巻き返すことなど不
可能だ! そうなれば、王族である私は︱︱︱ くうっ、無能のシ
ュトラめ! 私の助言を聞いていれば最悪の事態は避けられただろ
うに! ジャン、アルバ! 何でもいい、金目のものを探すのだ!
何、ここであればどれもが高価な物ばかりよ。そして私は国外へ、
西大陸へ渡る! 私はこのような場所で終わる人間ではないのだ!﹂
﹁ですが、城外にどうやって脱出するんです? 正門には敵兵が⋮
⋮﹂
﹁馬鹿が、そのような心配はせんでもいい。このような時の為に魔
法騎士団本部に緊急用の脱出経路があるのだ! そこまで気合で到
達できればこちらのものよ!﹂
︵︵き、気合って⋮⋮︶︶
﹁だからお前達は何も心配せず、手を動かすことだけに集中しろ!﹂
﹁﹁へ、へいっ!﹂﹂
取り巻きのジャンとアルバは金になりそうな物品を漁り出す。作
1304
業を開始して数分が経った頃、本棚を物色していたジャンが何かを
発見した。
﹁王子、こんな本を見つけたのですが﹂
﹁何だこの真っ黒な書物は! 汚いでは⋮⋮ いや待て、これは⋮
⋮﹂
タブラが黒き書のタイトルを指でなぞっていく。それに連れてタ
ブラの口元は醜く歪んでいった。
﹁そうか、父上はこれで力を⋮⋮ ふ、ふはは、これがあれば、俺
だってきっと⋮⋮!﹂
﹁駄目だよ。それは君みたいな奴が使っていいものじゃない﹂
タブラの背後、私室の扉からの意図せぬ声にタブラの心臓は飛び
上がる。
﹁やあ、こんばんは﹂
﹁な、何者だ、貴様!? ジャン、アルバ!﹂
扉の前にいたのは黒フードの人物。顔は見えず誰なのかは分から
ないが、この場を見られてしまったからには始末するしかない。タ
ブラはジャンとアルバの名前を叫び、そして恐怖する。
﹁ごめんね。あんまりに隙だらけだったから、もう始末しちゃった﹂
床の絨毯に波紋する赤き血。その持ち主であったジャンとアルバ
は五体をバラバラに分解され、さっきまでのタブラと会話していた
表情のまま、息絶えていたのだ。自分たちが殺されたことを理解し
ているのだろうか。苦しむことなく逝ったのだろうか。しかし、そ
1305
んなことはタブラが今考えるべきことではない。なぜならば、尋常
ではない危機がタブラに迫っているのだから。
﹁あははー、突然お邪魔して御免ねー。それにしてもショックだな。
私の顔を忘れちゃったの?﹂
﹁⋮⋮顔が見えぬ相手を、どう確認しろというのだ?﹂
﹁あ、そっか。フードが邪魔だったね﹂
黒フードが一瞬タブラに顔を見せる。しかし、タブラに反応はな
い。
﹁⋮⋮⋮﹂
・・・・・
﹁分っかんないかー、残念。もう何年も経ってるから仕方ないのか
な? 私もまだ子供だったしね。タブラ王子が私を殺したあの頃は﹂
﹁何だ︱︱︱﹂
それ以上、タブラの言葉は続かなかった。声が出ないのだ。視界
は一転二転し、上も下も分からない。だが、最後に見えた光景だけ
は鮮明であった。首のない、自らの体が倒れる瞬間だけは。
﹁⋮⋮王子の奴隷だった私は、この才能を開花させる前に死んでし
まった。親も分からず、毎日が地獄の日々だったよ。汚いし、臭い
しゅ
し、痛いし⋮⋮ でも今は君にも感謝してるんだ。こんなにも立派
に転生できたのだから。ああ、偉大なる我らの主よ。って柄じゃな
いかな? でもさ﹂
黒フードがタブラの頭に立つ。
﹁抱いた女の顔くらい覚えておきなよ、豚が﹂
1306
勢いよく蹴りを食らった頭部は四散し、見るも無残な残骸にへと
姿を変える。これではタブラと判別することは不可能だろう。
﹁さて、回収回収∼♪ 危く代行者に怒られるところだったよ﹂
床に落ちてしまった黒の書を懐に仕舞い、満足気な様子の黒フー
ド。
﹁それにしても意外だったなー。魔王が速攻で倒されちゃうなんて。
あれでも歴代最強の予定だったらしいけど⋮⋮ ま、いっか。第8
柱の暗殺者はスッキリしたところで帰ろっと﹂
音もなく、瞬きの間に部屋の中から人影が消える。国王の私室に
残るは死体のみであった。
テンペストバリア
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱トライセン城
セルシウスブライア
周囲を渦巻いていた螺旋超嵐壁が消散。また城を覆いつくしてい
た氷女帝の荊もその役目を終え、青き光の煌きとなって彼方へと飛
ルミナリィバースト
んでいった。そう、俺たちはこの戦いに勝利したのだ。メルフィー
ナ渾身の聖滅する星の光により、魔王ゼルは完全に消失した。それ
はもう、塵ひとつ残すこともなく。
あれから数刻が経ちトライセン城の制圧も無事に完了、洗脳され
ていたトライセンの者達は正気に戻り、アズグラッドやダン将軍の
1307
下で現状の説明を受けているところだ。かなり混乱は起きたものの、
有無を言わさぬプレッシャーで鎮圧する二人。これ以上トライセン
の立場を悪くしたくない思いもあるのだろうが、城の者にとっては
踏んだり蹴ったりな心境だな。鉄鋼騎士団と竜騎傭兵団の騎士らも
協力的なので穏便には済むだろう。転移門から駆けつけた各国の騎
士団もいることだし。
彼らの、と言うよりもトライセンのこれからの扱いは難しいもの
になる。そもそもこの戦争の発端は魔王であり、洗脳を施され無意
識のうちにコントロールされていた彼らもまた被害者なのだ。その
魔王である国王は戦死、責任をどこに持っていくかは俺の知らぬと
ころではあるが、まあコレットや獣王、ツバキ様が収まるところに
収めてくれるんじゃないかな。どちらにしろ一冒険者である俺が口
を挟めるところではない。正確に言えば今はそれどころではない。
﹁﹁﹁おーーー!!!﹂﹂﹂
城内の各所では、連合軍の何度目か分からない勝ち鬨が上がる。
本来であればここは俺たちも互いの健闘を称え、喜びを分かち合う
場面なのだろう。しかし俺の今の体勢は正座である。紛うことなき
正座である。城の庭園は綺麗に管理されており、柔らかい芝生の上
なので足への負担は少ない。ここは本城の正門に近い庭園のど真ん
中、城が陥落した直後だけあって人々が忙しなく行き交っている。
そんな場所で正座する俺を皆はどう思っているだろうか。これ程ま
でに混み合っていると言うのに、俺を中心にして空っぽの大きな円
が出来上がっているあたり、良くは思ってないだろうな。え、この
一大事に何してんのこの人? みたいなこと思われていそうだ。皆
作業をしながら遠巻きにチラチラと視線を送るのは止めてほしい。
﹁なあ、あの人達、さっきから何してんだ?﹂
1308
デラミスの神聖騎士団に所属する男が、通り掛りの竜騎傭兵団の
ひとりに問い掛けるのを目にする。俺は自然とそちらへと耳を集中
させていた。
﹁ん? ああ、アンタさっき来たばかりかい? あの人が魔王を倒
したS級冒険者、﹃死神﹄のケルヴィンさんだよ﹂
﹁ええっ!? もっとこう、強面の人を想像していたんだが⋮⋮ 本当に?﹂
﹁見た感じ、人当たりが良さそうなあんちゃんだからな。でもよ、
戦闘になれば人が変わるらしいぜ? 俺も直接見た訳じゃないんだ
が、うちの団長が前に戦って手も足も出なかったそうなんだ。竜に
騎乗すればS級モンスターと互角に戦えるあの人がだぜ? やっぱ
りS級冒険者は人外の類だよ﹂
﹁その人外が赤髪のすっげえ美人さんに正座しながら平謝りしてる
んだが⋮⋮ 隣には青髪のすっげえ綺麗な美少女が侍ってるし、ど
んな状況だ?﹂
﹁それがな、あの赤髪の美人はケルヴィンさんの恋人なんだが︱︱
︱﹂
﹁許せんな﹂
﹁え? あ、ああ、そうだな⋮⋮﹂
聖騎士の早過ぎるツッコミに竜騎兵は少したじろぐ。あと俺に殺
意を向けるのは止めてくれ。
﹁何かあったのか?﹂
﹁いや、うーん⋮⋮ ここだけの話にしてほしいんだが、我々神聖
騎士団が敬愛する巫女、才色兼備であり国民の憧れの的であるコレ
ット様が恋をしたという根も葉もない噂があってな﹂
﹁へえ、それは初耳だ。それで?﹂
1309
﹁⋮⋮その相手が、あの男らしいんだ﹂
﹁ケルヴィンさんが? いやあ、それは流石にないだろ。所詮は噂
だろ﹂
﹁だ、だよな! そうだよな! 噂は噂でしかないよな! いや∼、
コレット様に何かあったらリンネ教団の信徒達が暴動を起こすとこ
ろだったよ。人によっては転生神メルフィーナ様じゃなくてコレッ
ト様目的で入信する不埒な輩もいるからさ﹂
﹁ははっ、お前みたいな奴か?﹂
﹁そうそう! って、おい!﹂
肩を組み、友情が芽生えたのか意気投合する二人。いや、それよ
りも大変なことになってるぞ。コレットのあの狂信者っぷりがデラ
ミスにリークされたら、一定の層の方々がもれなく敵になってしま
う。せめてレベル50以上限定でお願いしたい。
﹁悪い、話の腰を折ってしまったな﹂
﹁いいっていいって。えーと、何だったか⋮⋮ ああ、そうそう。
どうしてあんな状況になったかだったな。で、その彼女がいる目の
前で、更には魔王と戦っている最中にな、あの青髪の美少女にプロ
ポーズしちゃったんだと﹂
﹁⋮⋮すまん、意味が分からない﹂
﹁だよなー、でも事実なんだよ。かなり大声で告白してたらしくっ
てさ、近くにいた竜騎兵がたまたま耳にしちまったんだと。俺もそ
の内容を仲間から聞いたんだけど、今じゃ竜騎傭兵団じゃ有名な話
だよ﹂
⋮⋮え?
﹁ほほう! どんなだ!?﹂
1310
竜騎兵が咳払いをひとつ。
﹁コホン⋮⋮ 魔王のいる世界なんてお前には似合わない。だから、
俺があいつを殺す。平和な世界で、俺と共に歩んでくれるか? ⋮
⋮ええ、喜んで! 実は私も好きだったの!﹂
﹁う、うわー⋮⋮ こっちまで照れてしまうな、それ﹂
うおい、全然違うじゃねぇか! もっと日本的な硬派なプロポー
テンペストバリア
ズだよ! 最後以外全部脚色されてるぞ! よくよく考えれば周囲
を螺旋超嵐壁が囲ってる中、鮮明に聞こえる訳がないじゃないか!
最初に聞いた奴、想像力で欠けたピースを補ったな!?
﹁まあな、俺も聞いた時は体が痒くって痒くって。まあそのまま魔
王を倒して有言実行となったんだが、最初に言った通りその場には
赤髪の恋人もいてだな﹂
﹁ああ、成る程な。やっと理解が追いついたよ。つまりは︱︱︱﹂
﹁﹁修羅場だな﹂﹂
ちょっとそこのお兄さん達、聞こえてますよ。
﹁ちょっと、ケルヴィン! ちゃんと聞いてる!?﹂
﹁聞いてます、はい⋮⋮﹂
当然ながらセラの言葉も一字一句聞き逃していない。これぞ並列
思考の成せる業である。
﹁それで、何か申し開きはあるかしら? ケルヴィン?﹂
﹁待て、どうしてこうなった!?﹂
﹁うふふ、あなた様∼♪﹂
1311
メルフィーナは正座する俺の腕に抱きついたまま、頑なに離れよ
うとしない。全く周りを気にしないで頬ずりしている。こんなに緩
んだ表情のメルを見るのは飯の時と寝ている時くらいなものだ。 ⋮⋮あれ、結構見てるな。
俺の眼前で腕を組んで君臨しているセラはというと、凄まじいプ
レッシャーを放ってはいるが、瞳が紅に染まっていないあたり本気
で怒ってはいない、と思う。思いたい。
﹁何で戦闘中に告白なんてしちゃうのよ! もっと安全なところで、
ベッドの上ででもすれば良かったじゃない、私のときみたいに! 怪我をしたらどうするのよ!﹂
ええ、そっち!?
﹁セラ、メルに告白したこと自体には怒っていないのか?﹂
﹁別に? 前にも言ったじゃない。ちゃんと愛があれば問題ないの
! メルなんて普段の行動でバレバレだったじゃない﹂
﹁まあ、それは確かに﹂
普通、好きでもない奴のベッドに入り込むなんてことはしないか
らな。
﹃流石は察知に長けるセラですね。私の行動の裏にあった想いを読
み解くとは⋮⋮﹄
おい、そこの駄女神。
﹁先を越されてしまった立場上、これまではエフィルやセラには一
歩退いてきました。ですがプロポーズされてしまった以上、これで
1312
立場は同等です。これからは遠慮なんてしませんから、覚悟してく
ださいね、あなた様﹂
﹁ああ、覚悟はしてる。してるんだが⋮⋮﹂
魔王との戦いを終えてから、ずっと熱っぽいんだよなー、俺。風
邪? いや、それとも違う。
﹁ケ、ケルヴィン!?﹂
﹁あなた︱︱︱﹂
セラとメルフィーナの声が遠くなっていく。だから言ったじゃな
いか、今はそれどころじゃないって。誰かに支えられたのを感じる
のを最後に、俺は意識を手放した。
1313
第181話 前兆︵後書き︶
第5章はこれにて終了となります。
物凄く区切りが悪い!
1314
第五章終了時 各ステータス︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第五章終了時メインメンバーのステータス紹
介です。
数字とスキルは後で修正する可能性もありますので、あくまで参考
程度に御覧ください。
装備効果については現段階で判明している物のみの記載です。
読み飛ばしても問題ありません。
1315
第五章終了時 各ステータス
ケルヴィン 23歳 男 人間 召喚士
レベル:120
称号 :死神
HP :1820/1820
セラ−10
ダハク−500
ジェラール−300
MP :9000/9000︵+6000︶
︵クロト召喚時−100
00
アレックス−320
ムドファラク−500︶
メル︵義体︶−5
ボガ−500
筋力 :589︵+160︶
耐久 :543︵+160︶
敏捷 :1140
魔力 :1664︵+160︶
幸運 :1369
装備 :黒杖ディザスター︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒の長杖]
強化ミスリルダガー︵B級︶
スキルイーター
[ミスリルダガーをケルヴィンが強化した短剣]
悪食の篭手︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒の篭手]
アスタロトブレス
[☆触れた相手のスキルをコピーして使用可能とする]
智慧の抱擁︵S級︶
[エフィル製作の漆黒のローブ]
[☆魔法を使用する際に消費MPを10%カット]
[☆状態異常に耐性]
1316
[☆接触した魔法を知覚することが可能]
ブラッドペンダント︵S級︶
[シールペンダントがセラの血により変化した銀のロケッ
トペンダント]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
特注の黒革ブーツ︵C級︶
[パーズで購入した黒革のブーツ]
スキル:剣術︵B級︶
鎌術︵S級︶
召喚術︵S級︶ 空き:2
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
飛行︵B級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵A級︶
鍛冶︵S級︶
精力︵S級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
強魔︵B級︶
経験値倍化
成長率倍化
スキルポイント倍化
1317
経験値共有化
補助効果:転生神の加護
悪食の篭手︵右手︶/並列思考︵固有スキル︶
悪食の篭手︵左手︶/大食い︵S級︶
隠蔽︵S級︶
エフィル 16歳 女 ハーフエルフ 武装メイド
レベル:119
称号 :爆撃姫
HP :982/982
MP :1861/1861
筋力 :480
耐久 :474
敏捷 :1668︵+640︶
魔力 :1159︵+160︶
幸運 :240
ペナンブラ
装備 :火神の魔弓︵S級︶
[ケルヴィン製作の紅の大弓]
[☆火属性の威力を高める]
隠弓マーシレス︵S級︶
[ケルヴィン製作の隠密用の弓]
[☆魔力を込めると隠蔽効果が施された矢が生成される]
[☆魔力量に比例して射程が伸びる]
※普段はクロトの保管に収納。
戦闘用メイド服Ⅴ︵S級︶
[エフィル製作のメイド服]
1318
戦闘用メイドカチューシャⅤ︵S級︶
[エフィル製作のメイドカチューシャ]
魔力宝石の髪留め︵B級︶
[ルーミルの形見である小さな花を模った髪留め]
[☆魔力宝石:エメラルドによる魔法威力の強化]
従属の首輪︵D級︶
[奴隷の証である首輪]
[☆主人を害することを禁じられる]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
火竜の革ブーツ︵A級︶
[エフィル製作の竜革のブーツ]
スキル:弓術︵S級︶
赤魔法︵S級︶
千里眼︵A級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵S級︶
調理︵S級︶
裁縫︵S級︶
清掃︵A級︶
鋭敏︵S級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
1319
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:119
称号 :常闇
HP :2230/2230︵+100︶
MP :1817/1817︵+100︶
筋力 :1413︵+100︶
耐久 :1367︵+100︶
敏捷 :1345︵+100︶
魔力 :1176︵+100︶
幸運 :1299︵+100︶
装備 :なし
スキル:暴食︵固有スキル︶
金属化︵S級︶
吸収︵A級︶
分裂︵A級︶
解体︵S級︶
保管︵S級︶
打撃無効
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ジェラール 138歳 男 冥府騎士長 暗黒騎士
レベル:121
1320
称号 :剣翁
HP :8050/8050︵+5300︶︵+100︶
MP :493/493︵+100︶
筋力 :1414︵+320︶︵+100︶
耐久 :1501︵+320︶︵+100︶
敏捷 :456︵+100︶
魔力 :347︵+100︶
幸運 :416︵+100︶
装備 :魔剣ダーインスレイヴ︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒の大剣]
[☆刀身に触れた者の魔力を吸収して攻撃力に加算する]
ドレッドノート
[☆吸収した魔力を解放して使用することが可能]
戦艦黒盾︵A級︶
クリムゾンマント
[ケルヴィン製作の漆黒の大盾]
深紅の外装︵B級︶
[エフィル製作の深紅の外装]
[☆火属性に耐性]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
スキル:忠誠︵固有スキル︶
自己改造︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵S級︶
装甲︵A級︶
騎乗︵B級︶
軍団指揮︵A級︶
1321
教示︵A級︶
自然治癒︵A級︶
屈強︵S級︶
剛力︵A級︶
鉄壁︵A級︶
実体化
闇属性半減
斬撃半減
ドレッドノート
補助効果:自己改造/魔剣ダーインスレイヴ+
クリムゾンマント
自己改造/戦艦黒盾+
自己改造/深紅の外装+
自己改造/女神の指輪+
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
デーモンブラッドロード
セラ 21歳 女 悪魔の紅血王 呪拳士
レベル:120
称号 :女帝
HP :3085/3085︵+100︶
MP :3250/3250︵+100︶
筋力 :1467︵+100︶
耐久 :1202︵+100︶
敏捷 :1386︵+100︶
魔力 :1589︵+100︶
幸運 :2221︵+640︶︵+100︶
アロンダイト
装備 :黒金の魔人︵S級︶
1322
[ケルヴィン製作の漆黒のナックル]
クイーンズテラー
[☆ビクトールが使用していた魔法の威力を高める]
狂女帝︵S級︶
[エフィル製作の漆黒の軍服]
偽装の髪留め︵A級︶
[魔王グスタフがセラに持たせた髪留め]
[☆姿を偽ることが可能]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
強化ミスリルグリーブ︵B級︶
[ミスリルグリーブをケルヴィンが強化したもの]
スキル:血染︵固有スキル︶
血操術︵固有スキル︶
格闘術︵S級︶
黒魔法︵S級︶
飛行︵A級︶
気配察知︵S級︶
危険察知︵S級︶
魔力察知︵S級︶
隠蔽察知︵S級︶
奉仕術︵D級︶
舞踏︵A級︶
演奏︵A級︶
釣り︵A級︶
自然治癒︵S級︶
豪運︵S級︶
補助効果:魔王の加護
1323
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
メル︵義体︶ 17歳 女 天使 戦乙女
レベル:120
称号 :微笑
HP :1843∼2303︵+1476∼1936︶
MP :1843∼2303︵+1476∼1936︶
筋力 :1843∼2303︵+1723∼2183︶
耐久 :1843∼2303︵+1723∼2183︶
敏捷 :1843∼2303︵+1723∼2183︶
魔力 :1843∼2303︵+1723∼2183︶
幸運 :1843∼2303︵+1723∼2183︶
装備 :聖槍ルミナリィ︵S級︶
[メルフィーナが所持する聖槍]
[☆殺傷力なしで対象の悪意を一掃する]
ヴァルキリーメイル
[☆殺傷力増し増しで悪を一掃する]
戦乙女の軽鎧︵S級︶
ヴァルキリーヘルム
[メルフィーナが所持する蒼き軽鎧]
戦乙女の兜︵S級︶
[メルフィーナが所持する蒼き兜]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
エーテルグリーブ︵A級︶
[メルフィーナが所持するグリーブ]
1324
スキル:神の束縛︵隠しスキル:鑑定眼には表示されない︶
絶対共鳴︵固有スキル︶
槍術︵S級︶
心眼︵S級︶
青魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
飛行︵S級︶
魔力温存︵S級︶
装飾細工︵S級︶
錬金術︵S級︶
大食い︵S級︶
味覚︵S級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
リオン 14歳 女 人間 剣聖
レベル:114
称号 :黒流星
HP :1360/1360
MP :1564/1564
筋力 :1036
耐久 :669︵+320︶
敏捷 :1499
魔力 :1427︵+320︶
幸運 :770
装備 :魔剣カラドボルグ︵S級︶
1325
[ケルヴィン製作の剣]
[☆雷を刀身に帯電させることが可能]
偽聖剣ウィル︵A級︶
[ケルヴィン製作の贋作の剣]
劇剣リーサル︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
[☆斬る度に味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の順で五感を
奪う]
黒剣アクラマ︵S級︶×2
[ケルヴィン製作の漆黒の剣]
※その場に応じて使い分けている。
使用していない剣はクロトの保管に収納。アレックスと
共有。
黒衣リセス︵S級︶
[エフィル製作の黒衣]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
特注の黒革ブーツ︵C級︶
[パーズで購入した黒革のブーツ]
スキル:斬撃痕︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
二刀流︵S級︶
軽業︵S級︶
隠密︵S級︶
天歩︵S級︶
赤魔法︵S級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵A級︶
1326
胆力︵A級︶
交友︵S級︶
剛健︵S級︶
鉄壁︵A級︶
強魔︵A級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:隠蔽︵S級︶
フローズヴィトニル
アレックス 3歳 雄 深淵の大黒狼
レベル:114
称号 :陽炎
HP :2077/2077︵+100︶
MP :777/777︵+100︶
筋力 :1347︵+320︶︵+100︶
耐久 :855︵+100︶
敏捷 :1043︵+100︶
魔力 :622︵+100︶
幸運 :563︵+100︶
装備 :魔剣カラドボルグ︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
[☆雷を刀身に帯電させることが可能]
偽聖剣ウィル︵A級︶
[ケルヴィン製作の贋作の剣]
劇剣リーサル︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
1327
[☆斬る度に味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の順で五感を
奪う]
黒剣アクラマ︵S級︶×2
[ケルヴィン製作の漆黒の剣]
※その場に応じて使い分けている。
使用していない剣はクロトの保管に収納。リオンと共有。
女神の首輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の首輪]
[☆状態異常に耐性]
スキル:影移動︵固有スキル︶
這い寄るもの︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
軽業︵S級︶
嗅覚︵S級︶
隠密︵A級︶
隠蔽察知︵A級︶
剛力︵A級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ダハク 162歳 雄 漆黒竜︵古竜︶ 農夫
レベル:113
称号 :ギガントファーマー
HP :2406/2406︵+100︶
MP :605/605︵+100︶
筋力 :1170︵+100︶
1328
耐久 :911︵+100︶
敏捷 :578︵+100︶
魔力 :927︵+100︶
幸運 :337︵+100︶
装備 :鉄の鍬︵E級︶︵人型︶
[一般的な鍬]
作業服︵E級︶︵人型︶
[一般的な農作業着]
長靴︵E級︶︵人型︶
[一般的な長靴]
手拭い︵F級︶︵人型︶
[ボロくなった手拭い]
竜の鞍︵B級︶︵竜型︶
[トライセン製の竜用の鞍]
スキル:生命の芽生︵固有スキル︶
黒土鱗︵固有スキル︶
緑魔法︵A級︶
ブレス
黒魔法︵F級︶
息吹︵S級︶
飛行︵A級︶
胆力︵C級︶
農業︵S級︶
園芸︵S級︶
建築︵A級︶
話術︵D級︶
補助効果:闇竜王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
1329
隠蔽︵S級︶
ボガ 103歳 雄 岩竜︵古竜︶
レベル:110
称号 :剣翁の愛竜
HP :4095/4095︵+1365︶︵+100︶
MP :228/228︵+100︶
筋力 :1449︵+160︶︵+100︶
耐久 :1472︵+160︶︵+100︶
敏捷 :764︵+100︶
魔力 :212︵+100︶
幸運 :398︵+100︶
装備 :竜の鞍︵B級︶
[トライセン製の竜用の鞍]
ブレス
スキル:息吹︵D級︶
装甲︵S級︶
飛行︵D級︶
土潜︵A級︶
大声︵C級︶
屈強︵B級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
1330
ムドファラク 63歳 雌 三つ首竜︵古竜︶
レベル:107
称号 :甘党スナイパー
HP :1873/1873︵+100︶
MP :1510/1510︵+100︶
筋力 :697︵+100︶
耐久 :664︵+100︶
敏捷 :584︵+100︶
魔力 :819︵+100︶
幸運 :806︵+100︶
装備 :竜の鞍︵B級︶
[トライセン製の竜用の鞍]
ブレス
スキル:多属性体質︵固有スキル︶
息吹︵S級︶
千里眼︵B級︶
飛行︵A級︶
集中︵A級︶
魔力吸着︵A級︶
魔力温存︵A級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
1331
第四∼五章までの登場人物紹介︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第四章∼五章までの登場人物紹介です。
あれっ、こいつ誰だっけ? なんて時に活用してください。
ネタバレを含みますので要注意。
読み飛ばしても問題ありません。
1332
第四∼五章までの登場人物紹介
◇ケルヴィン一行
︻ケルヴィン︼
本作の主人公。﹃死神﹄の二つ名を持つS級冒険者に昇格し一躍
時の人となる。しかし戦闘狂気質は相も変わらず、それどころか深
刻化している気がしないでもない。これも相手に求める技量が相対
的に上がってしまった為か。仲間であるセラと恋仲となり、最近は
意図していなかったプロポーズ︵?︶によりメルフィーナとの仲も
進展。一方でリオンに対するシスコン振りも悪化している模様。エ
フィルを交えた修羅場も無事に乗り越え、順風満帆な戦闘狂ライフ
を送っている。魔王との戦いの後、突然倒れてしまうが⋮⋮?
︻メル︵メルフィーナ︶︼
本作のヒロインのひとり。セラと対を成すケルヴィン一行の最大
戦力。義体にもすっかりと慣れ、エフィルの料理を日々謳歌してい
る。シルヴィアというライバルが登場したことにより、彼女の食べ
っぷりは更なる高みにへと登りつつある。それでいいのか、神。自
身の熱狂的な信者であるコレットと再会するも、特殊過ぎる持病の
病状が進行していることが酷く心配。ケルヴィンに斬新なプロポー
ズをされ、戸惑いつつも受けることに。
︻クロト︼
ケルヴィンが使役するスライムであり、パーティ内の蔭の立役者。
ポテンシャルとしてもメルフィーナやセラに迫る力を秘めている。
なぜかダハクからは﹁クロト先輩﹂と呼ばれ、他の竜ズからも尊敬
の眼差しで見られている。戦闘の際に見せた竜を模した形態が原因
1333
なのかもしれない。
︻ジェラール︼
ケルヴィンが使役する漆黒の騎士。パーティの盾としてお爺ちゃ
んは今日も最前線に立つ。岩竜の古竜であるボガを愛竜として躾始
めたが、でか過ぎる為に騎乗するにも一苦労である。孫たちに囲ま
れた生活にホクホクするも、身近に迫る筋肉の脅威に危機感を感じ
ている。コレットの情報によりリゼア帝国の近況を知り、そしてジ
ルドラと名乗るドワーフと遭遇するが⋮⋮
︻エフィル︼
本作のヒロインのひとり。ケルヴィンの奴隷であり、ケルヴィン
邸のメイド長。凄腕の弓使い。シルヴィア達に料理を教えるも、そ
のあまりの酷さに指導を断念。屋敷にやってきた新たなメイドには
しっかりと教えることができたので少しホッとしている。セラの私
室にて修羅場を形成⋮⋮ することもなく、むしろ二人の仲を喜ん
デーモ
でいるようだ。ご主人様至上主義。しかしかまってくれないと少し
嫉妬する。両親についてジルドラと何か関連性があるようだ。
︻セラ︼
ンブラッドロード
本作のヒロインのひとり。ケルヴィンが使役する美女悪魔。悪魔
の紅血王に進化し、メルフィーナと並んでパーティの最大戦力とな
った。白狼やクライヴ、魔王と何気に強敵との戦いが一番多い。ゴ
ルディアーナのアドバイスを受け、晴れてケルヴィンと恋仲に。何
事にも天才肌のセラであるが、恋に関しては奥手のようでその後も
色々と相談をしているようである。ケルヴィンの知識から引っ張り
エフィルに作って貰った私服がお気に入りで、私室のドレッサーに
は結構な種類が並んでいる。
︻リオン︼
1334
本作のヒロインのひとり。現代日本から転生した勇者。ケルヴィ
ンの義理の妹。相棒のアレックスと共に成長し、今では立派な戦力
となる。遊ぶことが大好きであるが、ジェラールから剣術を、エフ
ィルから赤魔法を、等々各方面のエキスパート達に教えを請う勉強
熱心な一面も。基本的に人・動物問わず誰とでも仲良くなることが
できる。常識人であるのだが、ケルヴィンに対して一般的な兄妹と
して逸脱したコミュニケーションを取っている。ケルヴィンもすっ
かりと染まってしまった。妹だから普通だよね!
︻アレックス︼
フローズヴィトニル
ケルヴィンが使役する黒き巨狼。リオンの相棒。セラと同時期に
深淵の大黒狼に進化した。今や屋敷の扉をギリギリ通れるくらいの
大きさにまで成長してしまったが、中身は変わりなく人懐っこい。
成長に伴ってリオンの部屋にある寝床も拡張されている。影に潜る
他に﹃這い寄るもの﹄のスキルを会得し、影を操って物を掴んだり
縛ったりすることができるようになった。
︻ダハク︼
ケルヴィンが使役する漆黒の竜。闇竜王の息子でもある。ある条
件を満たすと固有スキルである﹃生命の芽生﹄でその植物を生み出
すことが可能。この力を利用して屋敷の裏庭に農園を製作中。人間
に変身することができ、その白髪強面ヤンキーな風貌からは想像し
にくいが肉を一切食べないベジタリアンである。独自的なセンスを
持っており、筋力が高い人ほど美しいと感じてしまう。つまりダハ
ク的にはゴルディアーナが最高の美女に見える。次点はセラ姐さん。
ゴルディアーナに一目惚れし、その場で告白するも見事に玉砕。ジ
ェラールを超える竜になる為に男を磨いているようだ。
︻ボガ︼
ケルヴィンが使役する巨大な岩竜。ジェラールの愛竜でもある。
1335
ブレス
パーティ内で最大サイズを誇り、声の大きさを利用した息吹を使用
する。ダハクの農園作りを手伝うも上手くできず。細かい作業は苦
ブレス
手な模様。エフィルが料理を作り出すと屋敷の外で匂いを嗅ぎなが
ら待っている。
︻ムドファラク︼
ケルヴィンが使役する三つ首竜。炎・氷・雷の息吹を吐くことが
可能。実は雌。エフィルが作る菓子を食べて以来甘味に夢中になっ
てしまい、自然とエフィルを尊敬するようになる。各首にそれぞれ
別の意思を持っているが、他の竜と比べるとどれも穏やかな性格。
◇ケルヴィン邸
︻リュカ︼
ケルヴィン邸の見習いメイド。エリィの娘。ジェラールに溺愛さ
れるも、エフィルの下でメイドとして順調に成長している。屋敷に
新米メイドが新たに入り、先輩になったことに喜んでいる。見習い
が取れる日も近いのかもしれない。
︻エリィ︼
ケルヴィン邸のメイド。リュカの母親。留守中も高い水準で全て
の仕事をこなしている為、エフィルからの信頼が厚い。
︻ゴーレム︼
ケルヴィンの緑魔法によって生み出されたゴーレム。竜騎兵団と
の戦闘の際にガトリング砲を携えて活躍。ケルヴィンの趣味が高じ
て日に日にその数を増している。
︻ワン、トゥー、スリー、フォー︵新型ゴーレム︶︼
1336
ケルヴィンとセラが共同開発したゴーレム。魂を封入してあるの
で会話も可能。トゥー、スリーはゴルディアーナを敵と勘違いして
半壊させられてしまったゴーレムの代わりに門番の任務を遂行して
いる。S級冒険者パーティの一員であるナグアと熱戦を繰り広げ、
僅かな差で敗北。
◇静謐街パーズ
︻アンジェ︼
パーズ冒険者ギルドの受付嬢。昇格式では働き過ぎでギルド職員
一同は死にそうであった。ケルヴィンにアタックしようとするも上
手くいかない。当のケルヴィンは良き友人と思っている。
︻リオ︼
パーズ冒険者ギルドのギルド長。模擬試合後、コレットの扱いに
四苦八苦していた。トライセンから宣戦布告を受けた後にデラミス、
ガウン、トラージの連合を結成。裏方にて動いていたようだ。
︻クレア︼
精霊歌亭の女将でウルドの妻。エフィルの料理の師。暇を見つけ
てはケルヴィンやその仲間達が訪れている。店は元々繁盛していた
が、ケルヴィンに憧れる新人冒険者が集まり更に盛況となっている。
︻ウルド︼
パーズのB級冒険者でクレアの夫。ベテランの冒険者で他者から
の信頼も厚い。クレアの早とちりで酒場でのセラとナグアの決闘の
責任をなぜか全て負ってしまった。ああ、不運。パーズ防衛の際は
防衛班に所属。
1337
︻ヒース︼
パーズのC級冒険者。C級ダンジョン﹃クレイワームの通り道﹄
にて新たなダンジョンを発見するも、攻略不可能と判断して情報を
ギルドに持ち帰る。
︻モイ︼
パーズのC級冒険者。ヒースと共に新ダンジョンを発見し、鑑定
眼で見たモンスターの強さに気を失う。ヒースに背負われ無事帰還
した。
◇水国トラージ
︻ツバキ・フジワラ︼
トラージの国王。ケルヴィンの昇格式にてその功績を認める。パ
ーズ、デラミス、ガウンと共に連合を結成。トライセンの魔法騎士
団に備え軍備を進めていたが、戦いにならずに済んだ。
︻カゲヌイ︼
トラージに仕える忍者。各国の情報収集にあたる。
◇神皇国デラミス
︻コレット・デラミリウス︼
デラミスの巫女で教皇に次ぐ権力者。召喚術を操り、クリフ、ミ
スティッククーガー、エンジェスタチューを配下に持つ。ケルヴィ
ンとシルヴィアの模擬試合にて頑張り過ぎた為に大衆の前で嘔吐、
一時は引きこもってしまうが直ぐに復活した。会食ではメルフィー
ナとの再会を果たし、その変態性を大いに振るう。ケルヴィンとリ
1338
オンも信仰の対象となってしまった。嗅覚に優れており、単独で抜
け出したケルヴィンを追って合流し、無駄に高性能な才能を多様な
場所で発揮⋮⋮ するも、転移門の目の前でまた嘔吐。ちょうど転
移して来たアズグラットらに見られる。落ち込むも、リオンの的確
な助言により再度復活。もう嘔吐なんて怖くない。
︻クリフ・ストロガフ︼
神聖騎士団団長で刀哉達の師。コレットの召喚術の契約者でもあ
る。洗脳されたシュトラと対峙した際にコレットの盾となって活躍
した。
︻神埼刀哉︼
日本から召喚された勇者。二刀流の使い手。聖剣ウィル、ケルヴ
ィンから貰ったペンダントを所有。西大陸にてケルヴィンの昇格を
喜ぶ。体質上、こちらでもトラブルに巻き込まれているようだ。
︻志賀刹那︼
日本から召喚された勇者。抜刀術の使い手。ケルヴィンから貰っ
たペンダントを所有。西大陸にてリゼア帝国の情報を集めるも、魔
王の情報が全く出てこないことに疑問を覚える。
◇獣国ガウン
︻レオンハルト・ガウン︼
ガウンの獣王にしてS級冒険者。ステータス表記を含め、別人に
変身することができるマジックアイテムを所有する。ケルヴィンの
昇格式にてその功績を認める。パーズ、デラミス、トラージと共に
連合を結成。鉄鋼騎士団将軍のダンがいる野営地を単独にて強襲し、
説得に成功する。ガウン国境の防衛後、女性の姿となって息子達の
1339
トラウマを掘り起こす。なぜか表に現れる際は毎回女性の姿である。
︻ジェレオル・ガウン︼
レオンハルトの息子、長兄。獣人。A級冒険者の拳士。リサとい
う妻がいる。武者修行にて逸早く功績を上げ、ガウンの名を与えら
れる。ゴマの格闘術の師でもある。ダンとの戦いに敗れ、レオンハ
ルトにトラウマという谷に突き落とされる。
︻ユージール・ガウン︼
レオンハルトの息子、次兄。獣人。ガウンの名を与えられた弓の
達人。色事は苦手な模様。ジェレオル同様、レオンハルトにトラウ
マという谷に突き落とされる。
︻キルト・ガウン︼
レオンハルトの息子、三男。獣人。ガウンの名を与えられた魔導
士。重度のシスコンであり、ゴマのことが好き。獣人にしては身体
能力が乏しく、昔から勉強漬けだった。例外になる筈もなく、レオ
ンハルトにトラウマという谷に突き落とされる。
︻サバト︼
レオンハルトの息子、四男。獣人のA級冒険者。ケルヴィンの昇
格式を見にパーズを訪れていた。ギルドより召集を受け、功績を上
げる為にパーズ防衛の迎撃班に気合で割り込む。何事にも愚直、そ
して一言多いことからゴマから強烈なツッコミ︵拳︶を多々受ける。
そのお陰か頑丈に育った。
︻ゴマ︼
レオンハルトの娘、長女。獣人のA級冒険者。本来であればガウ
ンのお姫様なのだが、そんなことは関係ないとばかりにサバトと一
緒に武者修行へと放り出される。ジェレオル仕込みの格闘術を敵味
1340
方問わず発揮する。
︻アッガス︼
獣人のA級冒険者。片耳が欠けた歴戦の勇士といった風貌。サバ
トのパーティの一員。
︻グイン︼
獣人のA級冒険者。頭が軽そうなお調子者の小心者。サバトのパ
ーティの一員。逃げ足の速さは一級品である。
︻ロノウェ︼
ガウン総合闘技場アナウンサー。獣人。ケルヴィンとシルヴィア
の模擬試合の実況を務める。
︻シーザー︼
ガウンの舞台職人。闘技場で使用される舞台を作成する。
◇軍国トライセン
︻ゼル・トライセン︼
トライセンの王。スキル﹃天魔波旬﹄を得て魔王となり、言葉の
通りに相手を洗脳する﹃王の命﹄で国中を戦争に巻き込もうと画策。
自国まで攻め入れられてからも抵抗を繰り返し、遂には変貌したク
ライヴと融合して魔王としての真の姿を見せる。その力は圧倒的で
あったが、最後にはプロポーズされたと勘違いしたメルフィーナの
照れ隠しによって葬られる。南無。
︻アズグラッド・トライセン︼
トライセン第1王子にして竜騎兵団将軍。焔槍ドラグーンを所持。
1341
朱の大渓谷にてケルヴィンらとぶつかり、大敗。ケルヴィンの説得
により洗脳が解かれる。パーズに移動してからは竜騎傭兵団を設立、
団長に就任。冒険者ギルドの討伐依頼を片っ端から受け解決してい
る。戦闘狂らしく、打倒ケルヴィンを目指してケルヴィン邸に入り
浸っている。
カタラクトランス
︻フーバー・ロックウェイ︼
竜騎兵団副官。大滝の槍を所持。男装をしているが性別は女性で
ある。アズグラッドを尊敬し、同時に恋もしている。面倒くさがり
でアズグラッドが見ていないところではサボり癖がある。その身を
ミニスカートの特製メイド服で包み、ケルヴィン邸で見習いメイド
として働いている。
︻ロザリア︼
アズグラッドが騎乗する美しい白銀の竜。幼少の頃からアズグラ
ッドに仕えている。人間にも変身可能で黒髪の綺麗なお姉さんにな
る。思慮深く、騎乗する者たちよりも頭が良い。その身をメイド服
で包み、ケルヴィン邸で見習いメイドとして働いている。
︻シュトラ・トライセン︼
トライセン唯一の姫にして暗部将軍。戦況を有利に進める為、全
域に渡ってあらゆる手を講じていた。ゼルに洗脳されてしまい、精
神が幼い頃にまで戻ってしまう。魔王の操り人形と化してしまった
彼女とコレット、ダンが衝突する。意外と少女趣味。シルヴィア、
エマとは親友の関係である。
︻サテラ︼
暗部副官の黒尽くめの女。シュトラと同じくゼルに洗脳されてし
まう。
1342
︻タブラ︼
トライセン第3王子。火事場泥棒をしようと国王の私室に忍び込
み黒の書物を発見するも、直後に殺害されてしまう。
︻ダン・ダルバ︼
鉄鋼騎士団将軍。トライセン最強の戦士であるが、これでも全盛
期に比べ衰えている。大聖剣チャリスを所持。レオンハルトの説得
により洗脳が解かれ、真相を確かめる為に本国に帰還。気の迷いに
よりジェラールに倒されるも、ケルヴィンらと同盟を組み協力関係
となる。リオンのお爺ちゃんその2。
︻ジン・ダルバ︼
鉄鋼騎士団副官。ダンの息子。正義感が強い性格。トライセン城
の裏門から侵入しようとしたところで何者かの襲撃を受けて囚われ
の身に。部下の騎士は全滅、後に現れたジルドラによって肉体を奪
われてしまう。
︻トリスタン・ファーゼ︼
インキュバク
混成魔獣団将軍兼魔法騎士団将軍代理。名門ファーゼ家の現当主。
召喚士。タイラントミラ、ハウンドギリモット、起爆蟲、夢喰縛を
配下に持つ。彼だけは洗脳されておらず魔王としてのゼルに協力し、
クライヴを苗床として剣を生成しようとしていた。トリスタンの裏
にも何らかの組織があり、末席を用意されていたようだがエフィル
の矢によって死亡。
︻クライヴ・テラーゼ︼
魔法騎士団将軍。転生者。国内では戦死したとされているが、そ
の実、トリスタンの策略によって魔法騎士団本部にて呪いによる強
制進化を施されていた。呪人となった彼はトライセンの重鎮が集ま
るパーティー会場にて殺戮を始めてしまう。プッツンしてしまった
1343
セラの一方的な攻撃によりクライヴ自身は死を迎えるが、体の一部
が内に溜め込んだ呪いの力を集結させた愚剣クライヴに変貌して魔
王の下へ。現在はクロトの保管に収納されている。
◇漢女
とうき
︻ゴルディアーナ・プリティアーナ︼
西大陸のS級冒険者。二つ名は﹃桃鬼﹄。接近戦ではS級でも最
強と噂される。キューティクルな金髪縦ロール、ピンクのドレスを
着用する経験豊富な漢女。はちきれんばかりの筋肉とその容姿に全
ての者は畏怖を覚えることだろう。新ダンジョンを探索しようとし
ていたセラ達と遭遇し、共に神柱の白狼と戦う。恋するセラの相談
を受ける、実は料理がプロ級など、容姿を除けば作中トップクラス
の女子力を誇る。ジェラールに惚れ込み、ダハクを交えた歪んだ三
角関係を形成しつつある。
◇シルヴィア一行
︻シルヴィア︵ルノア・ヴィクトリア︶︼
一年前に台頭した新鋭S級冒険者。二つ名は﹃氷姫﹄。銀髪で銀
の瞳。細身の美しい少女剣士であるが、その食欲はメルフィーナに
迫るものがあり、食した料理はどこかへ異次元にでも繋がっている
のではないかと疑われる食べっぷり。食べるのは得意だが作るのは
苦手なようで、調理の腕は絶望的。それでも本人は美味しく食べら
れる。ケルヴィンとの模擬試合では相打ちにまで持ち込むが、僅か
・・・・
な差で判定負けしてしまう。コレットの死を回避する補助魔法を剥
がした上で、ケルヴィンとの約束通り殺そうとするなどかなり天然、
そして本物の実力者である。これにはケルヴィンも大満足であった。
1344
シルヴィアは改名した名で、以前の名はルノア・ヴィクトリア。ト
ライセンの魔法騎士団将軍であったが、ある理由の為に副官のアシ
ュリーと共に姿を消して冒険者活動を始める。現在は西大陸へ渡っ
ている。
︻エマ︵アシュリー・ブライズ︶︼
何かとシルヴィアの世話を焼く冒険者仲間。赤髪で青の瞳。赤魔
法を扱うらしいが、作中では料理と言う名の劇物の作成にしか使わ
れていない。当然ながら調理の腕は破滅的。それでも調理以外の家
事は一通りできるので、アリエルよりはマシである。エマは改名し
た名で、以前の名はアシュリー・ブライズ。トライセンの魔法騎士
団副官であったが、将軍のルノアと共に姿を消して冒険者活動を始
める。
︻アリエル︼
理知的なエルフの女性でシルヴィアのパーティメンバー。回復魔
法を得意とし、パーティの支援役を担う。片想いをしているらしく
女を磨く為エフィルに料理の教えを請うが、あまりに災厄的な独自
の調理センスに匙を投げられた。実は家事全般が苦手でその全てが
悲惨なレベルだったりする。
︻ナグア︼
﹃凶獣﹄の二つ名を持つ獣人の傭兵でシルヴィアのパーティメン
バー。格闘術を得意とするパーティの特攻役。シルヴィアに密かに
想いを寄せ気にかけるが、行動はなぜかいつも空回り。最近では酒
場でマジ切れ状態のセラと決闘をし、一方的に負かされ病院送りに
される。シルヴィア一行の女性陣があまりに不甲斐ない為、消去法
で料理番に。割と全員の死活問題に関わるので諦めている。エフィ
ルの教えも順調に吸収し、調理の腕をメキメキ上げている最中。
1345
︻コクドリ︼
重戦士のドワーフでシルヴィアのパーティメンバー。パーズ時計
台にてダン・ダルバより手紙を託される。男料理しか作れないのだ
が、ナグアと同様の理由でパーティの料理番を任される。
◇???
︻創造者︵ジルドラ︶︼
トライセンお抱え商人のドワーフとして魔王とトリスタンを援助
していた。高位の保管スキルを持っているらしく、超巨大ゴーレム
﹃ブルーレイジ﹄を所持。ジェラールらとの戦闘で毒を受けてしま
うが、スキル﹃永劫回帰﹄を用いてジンの体を奪いトライセンを後
にする。エフィルやジェラールとの因縁があるのかは謎である。
︻暗殺者︼
ジルドラと行動を共にする黒フードの人物。凶悪な名前に反して
ノリは軽い。裏門より侵入していた鉄鋼騎士団を一掃し、ジンを捕
獲。ゼルの私室にてタブラとその取り巻きを瞬殺し、黒の書物を回
収する。本人曰くタブラの奴隷であった。女性であるようだが詳細
は不明。
1346
第四∼五章までの登場人物紹介︵後書き︶
お、多い⋮⋮
1347
第182話 夢
夢の中にいるような朧ろげな感覚、意識はぼんやりとしている。
眼前に広がるは闇ばかり。俺は、どうしたんだったか⋮⋮
︵︱︱︱︶
⋮⋮何だ?
︵︱︱︱︶
誰かが、何かを言った気がする。
︵︱︱︱ぜ⋮⋮︶
声は限りなく遠くから、しかし耳元で発せられているような⋮⋮
くそ、意識がハッキリしない。
︵︱︱︱なぜ⋮⋮ ︱︱︱︶
一部しか会話が聞き取れない。それにしてもこの声、どこかで聞
いたことがある、か?
︵︱︱︱もう、後悔はしたくない。私は︱︱︱︶
暗闇の中に、うっすらと人影が形作られていく。君は、一体︱︱︱
﹃あなた様!﹄
1348
﹃ケルヴィン!﹄
頭に直接叩き込まれた唐突な大声。闇が光に掻き消され、俺の意
識は瞬く間に覚醒させていった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ん、あ⋮⋮﹂
寝起きに発せられる、間抜けな第一声。頭がまだ少しぼんやりし
ているが、体は温かい。どうやら俺は寝間着姿でベッドに横になっ
ているようだ。不鮮明な俺の視界にまず入ったのは見覚えのない天
井、そして︱︱︱
﹁あなた様、やっと意識が⋮⋮﹂
﹁もう! 何日も眠ったままで心配したのよ!﹂
視界の外枠、その左右から安堵したようなメルフィーナと涙交じ
りに怒った表情のセラが天井を遮って入ってくる。おいおい、俺は
まだ寝起きなんだぞ。何でそんな顔してるんだよ? ⋮⋮ん、寝起
き? 何日も寝たまま?
﹁おはよう、って感じではないよな。俺、どうしたんだ?﹂
メルフィーナの頭を撫で、セラの瞳に溜まった涙を指で拭いう。
﹁ん、ありがと⋮⋮ ええと、覚えてないの? 魔王を倒した後、
1349
私がお説教している最中にバッタリ倒れたのよ?﹂
﹁⋮⋮あー﹂
言われて思い出してきた。魔王と戦った後、ずっと体がだるかっ
たんだ。そうか、俺は倒れたのか。
﹁今日まで三日間、ずっとです。特に先ほどはかなり魘されていた
ようでしたので、思わずセラと一緒に叫んでしまいましたよ﹂
﹁それでか。夢の中で二人の声が聞こえた気がしたよ﹂
結局、あの夢は何だったんだろうか。いや、夢に意味を求めるの
もどうかと思うけど。でもなぁ、何か引っ掛かるんだよ。考えても
仕方のないことではあるんだが。
﹁それでここはトライセン城の客室の一室。ああ、大丈夫よ。今は
各国の兵が警備しているし、何よりも私とメルがいるんですもの!
世界一安全な部屋と言っても過言ではないわ! 思う存分くつろ
いでいいわよ!﹂
う、うん。そりゃ世界最高峰のセキュリティーだわ。
﹁全く、私との愛を確かめ合った記念すべき日に倒れてしまうとは。
あなた様も随分と女泣かせなのですね﹂
﹁またお前は誤解を生むような言い方をするのな⋮⋮﹂
﹁誤解も何も事実ではないですか。私たちの愛で魔王は消え去った
のですから!﹂
メルフィーナの頬はちょっと赤い。
﹁⋮⋮まあ、うん。確かにな﹂
1350
確かに魔王はメルフィーナの照れ隠しによるよく分からぬ力で滅
せられた。あれが愛の力によるものだと言うのなら、そうなのだろ
う。ああ、乙女の力は偉大なり。俺はかなり乱暴な理論で無理矢理
納得することにした。
メルフィーナの勘違いによるプロポーズは俺が全く意図せぬタイ
ミングで発生したものだ。誰だってあの台詞がプロポーズになると
は思わないだろ。 ⋮⋮ギリギリ聞こえなくもないか? うーむ。
どちらにせよ、この幸せそうな神様の顔を見てしまっては後戻りす
ることはできない。する気もない。このような形になってしまった
のは不本意ではあるが、俺だってメルフィーナに好意を抱いていた
んだ。俺の私室で再会してから、記憶があれば転生する以前から一
目惚れしていたんだったか。転生する前の俺もなかなかに大胆であ
るが、節操のなさでは俺も人のことを言えない。って結局パーティ
の女子全員が好きだったんじゃないか、俺! この獣、煩悩の塊!
でもグッジョブ!
﹁ふふ、夜な夜なあなた様の寝床に忍び込んだ甲斐がありました﹂
いや、それが逆に俺を踏み留まらせてくれたんだが。普通、好き
な女の子が自分のベッドに入り込んできたら間違いのひとつでも起
きそうなものだが、メルフィーナに限ってそれはなかった。だって
さ、入ってきた瞬間に熟睡モードになってるし、例の寝相の悪さで
拳やら蹴りやらが飛んでくるんだよ? メルフィーナのステータス
を考えてみてくれ。ドキドキな夜が地獄の夜の猛特訓に早代わりだ。
その度に神経を研ぎ澄ませていた俺は、エフィルやセラのときのよ
うに情緒的な感情にはとてもではないがなれなかったんだ。
﹁ハア、私はもう許したけど、メルとのことは後でエフィルにも自
1351
分の口から伝えなさいよ? あの子のことだからもう答えは分かっ
てるけど、礼儀としてね﹂
﹁分かってる。ちゃんと俺から話すよ。二人にも迷惑をかけたな。
ずっと看病してくれていたんだろ?﹂
ベッド横の台には水の入った桶とタオルが置いてある。
﹁いいのよ! 私だってケルヴィンに看病してもらったんだし! これでその、お、お揃いよ!﹂
おあいこの間違いだろ。でも可愛いから許しちゃう。
﹁エフィルのように上手くはできませんでしたが、私たちなりに頑
張らせて頂きました﹂
﹁そっか。セラ、メル、助かったよ。ありがとう﹂
改めて二人の頭を撫でてやる。む、しかし俺の世話焼きたがりナ
ンバー1のエフィルがこの場にいないのは珍しいな。いつもなら絶
対に譲らないはずなのだが。
﹁そういえばエフィルはどうしたんだ?﹂
﹁エフィルですか? 実はあなた様が倒れられたその後に、エフィ
ルも熱を出してしまいまして⋮⋮﹂
﹁エ、エフィルもか!?﹂
﹁エフィルだけじゃないわ。リオンにジェラールもよ。ジェラール
だけは熱じゃなくて﹁何か出そうじゃ⋮⋮﹂とか呻いていただけだ
けど﹂
ガタッ!
1352
何と言うことだ⋮⋮ 愛しのエフィルとリオンが熱で苦しんでい
るだと!? リオンに至っては剛健スキルを会得しているのに!?
これは寝ている場合じゃない! 今すぐ最上級クラスの白魔法で
治療しなければ! それで治らなければ新たな魔法を︱︱︱!
﹁あなた様、お気持ちは分かりますが落ち着いてください。既にエ
フィル達の熱は下がっています。大事をとってあなた様の看病は私
たちがやっていたのです﹂
﹁寝たきりだったのはケルヴィンが最後。だから安心して寝てなさ
い!﹂
﹁そ、そうか。悪い⋮⋮﹂
慌てて立ち上がった俺はセラに押さえ付けられ、強制的に寝かさ
れる。早合点してしまった。でも二人とも無事か、良かった⋮⋮
﹁あなた様、ジェラールのことも少しは思い出してあげてください﹂
﹁そうよ! ジェラールだって頑張って進化したんだから!﹂
﹁心を読むなって⋮⋮ 進化?﹂
⋮⋮病気じゃなくて?
﹁進化です﹂
﹁進化ね﹂
﹁⋮⋮誰が?﹂
﹁エフィル、リオン、ジェラール。それに︱︱︱﹂
﹁ケルヴィンね!﹂
固まる俺。少しして再起動し、自分の体を見渡すが異常は見当た
らない。変わらぬ俺の手、腕、胸⋮⋮
よし、そこも大丈夫だな。ハッハッハ、二人とも何を言っている
1353
んだ。何時もと変わらぬ俺の体じゃないか。ほら、鑑定眼でも︱︱︱
==============================
=======
ケルヴィン 23歳 男 魔人 召喚士
レベル:120
称号 :死神
HP :1940/1940
MP :18000/18000︵+12000︶
筋力 :741︵+160︶
耐久 :673︵+160︶
敏捷 :1380
魔力 :2340︵+160︶
幸運 :1819
スキル:魔力超過︵固有スキル︶
並列思考︵固有スキル︶
剣術︵B級︶
鎌術︵S級︶
召喚術︵S級︶ 空き:2
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
飛行︵B級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵B級︶
軍団指揮︵A級︶
鍛冶︵S級︶
1354
精力︵S級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
強魔︵B級︶
経験値倍化
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
補助効果:転生神の加護
隠蔽︵S級︶
==============================
=======
︱︱︱パーズにいるクレアさん、そしてウルドさん、お元気です
か? ひとつ、ご報告があります。俺、目覚めたら人間やめてまし
た。
1355
第183話 進化&進化︵前書き︶
ジェラールの固有スキルの表記を変更しました。
装備の等級が上がる↓装備の性能が上がる。
1356
第183話 進化&進化
︱︱︱トライセン城
セラとメルフィーナに連れられてやって来たのは食堂らしき場所。
三日振りの食事がてらに、一度全員集合しようという話になったの
だ。ここに到着するまでに結構な人数の兵士や使用人とすれ違った
んだが、皆一様に凄いものを見たような驚愕した顔をする。その後
に敬礼やら挨拶やらはキッチリしてくれるんだが、俺、何かしたっ
け?
﹁び、びっくりしたー⋮⋮ あの方が魔王を討伐したケルヴィン様
か。英雄、色を好むとは本当だったんだな﹂
﹁コレット様を誑かした異端者は奴か⋮⋮ ふはは、今に見ていろ﹂
﹁ねえねえ、あの方がエフィルさんのご主人様、ケルヴィン様なん
ですって﹂
﹁言う程イケメンじゃなかったわね。クライヴの方がまだ⋮⋮ あ
れ、あいつもそんなに良い男だったかしら?﹂
﹁記憶が曖昧なのよねぇ⋮⋮ でもあの方、私は少し好みよ。だっ
て優しそうじゃない﹂
魔人へと進化した俺は身体の基礎能力も上がっているようで、通
り過ぎた後の彼らの会話も丸聞こえである。二人目はコレット目当
てで入信したファンクラブの人だろうか。彼の心の中のコレットは
清いままでいてもらいたいものだ。闇討ちも歓迎はするが、レベル
13でどうするつもりだろうか? 傭兵やごろつきでも雇うのかな。
それならば是非ともその筋で高名な先生を見つけてもらいたい。一
応は彼自身にマーカーを付けておくか。まあ念の為、リオンらに何
1357
かしようとしたら即刻消す時用に。
﹁あなた様、また変なことを考えていませんか? 僅かに口元が緩
んでいます﹂
﹁え、そうか?﹂
いかんいかん。楽しみがひとつ増えたから、つい。
﹁そうよ、まだ病み上がりなんだから無理はしないでよね! 時間
的に昼食には少し早いけど、エフィルが来るまでちょっと待ってね。
エフィル、食事を作ることだけは譲らなかったから﹂
﹁了解。他の皆はどうしてる?﹂
﹁そうですね。まず︱︱︱﹂
二人との世間話もそこそこに、城の廊下を物凄い勢いで移動する
マーカーがマップ上に映し出される。この反応はリオンと、その背
後にやや遅れてジェラールだ。
﹁あっ、ケルにい! 目が覚めたんだね!﹂
﹁おおっと! はは、リオンは相変わらずだな﹂
顔を合わせた直後に俺の胸に飛びついてくるリオン。無論兄とし
てこれは予想の範囲内、しっかりと抱きとめる。そしてその場で2
回3回とグルグルと回り、喜びを最大限に表現。素晴らしき妹スパ
イラル。
﹁心配掛けてごめんな。リオンは大丈夫だったか?﹂
﹁うん! 僕は一昨日には熱が下がったからね。ジェラじいも僕と
同じくらいに進化が終わったから、一緒に稽古をしてたんだ。エフ
ィルねえの進化が終わったのは昨日だったかな﹂
1358
﹁そうか、良かった良かった。俺と同じでリオンも外見は変わって
な⋮⋮ ん?﹂
﹁うん?﹂
抱き合ったまま見詰め合う俺たち。 ⋮⋮あ、あれ? 見た目は
全く変わっていないが、いつになくリオンが眩しく感じるぞ!? 後光がさしてるのか、リオンから輝かしいオーラが発せられている
気がする!?
﹁ちなみに、リオンは進化して何になったんだ?﹂
﹁もう、ケルにいったら∼。鑑定眼で確認すれば直ぐに分かるでし
ょ?﹂
いや、ちょっと怖いって言うか、リオンの口から聞きたいです。
﹁僕、人間から聖人になったんだ! もしかしてケルにいも!?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
==============================
=======
リオン 14歳 女 聖人 剣聖
レベル:114
称号 :黒流星
HP :1480/1480
MP :2399/2399
筋力 :1322
耐久 :690︵+320︶
敏捷 :2175
魔力 :1884︵+320︶
1359
幸運 :1367
スキル:斬撃痕︵固有スキル︶
絶対浄化︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
二刀流︵S級︶
軽業︵S級︶
隠密︵S級︶
天歩︵S級︶
赤魔法︵S級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵A級︶
胆力︵A級︶
交友︵S級︶
剛健︵S級︶
鉄壁︵A級︶
強魔︵A級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:隠蔽︵S級︶
==============================
=======
お、俺とお揃いじゃないだとぉ!? 聖人って、いや、それに関
してはリオンなら納得しかないんだけど、なぜ俺魔人? なぜ魔の
人!?
﹁ケルにい?﹂
﹁⋮⋮え、えっと、俺は魔人になった﹂
1360
﹁え、魔人⋮⋮?﹂
リオンが目を見開く。失望させてしまっただろうか? 実の兄⋮
⋮ ではないが、お兄ちゃんがリオンとは相反する存在になってし
まったことに⋮⋮
﹁か⋮⋮ 格好良いー!﹂
﹁え?﹂
﹁凄い凄い! あーもうっ、僕も魔人が良かったなー! こう、魔
を統べる堕天せし者、みたいで格好良いじゃん! ケルにい、まだ
スキルポイント振ってないよね? 僕もだから後で一緒に考えよう
ね﹂
キャッキャッと目を輝かせる楽しげなリオン。天使だ、天使はこ
こにいたんだ! 本物であるメルが不満気だが、今ばかりは許して
もらいたい。
﹁王よ、無事であったか!﹂
﹁ケルヴィン様、話はお伺いしました! 是非とも式は私にお任せ
を!﹂
続々と食堂になだれ込んで来る後続者達、ジェラールにコレット。
どこかで嗅ぎついて合流したのか、一緒になって来たな。どれ︱︱︱
==============================
=======
ジェラール 138歳 男 冥帝騎士王 暗黒騎士
レベル:121
称号 :剣翁
1361
HP :12700/12700︵+8400︶︵+100︶
MP :527/527︵+100︶
筋力 :2483︵+320︶︵+100︶
耐久 :2619︵+320︶︵+100︶
敏捷 :501︵+100︶
魔力 :398︵+100︶
幸運 :644︵+100︶
スキル:栄光を我が手に︵固有スキル︶
自己超越︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵A級︶
心眼︵S級︶
装甲︵A級︶
騎乗︵B級︶
軍団指揮︵A級︶
教示︵A級︶
自然治癒︵A級︶
屈強︵S級︶
剛力︵A級︶
鉄壁︵A級︶
実体化
闇属性無効
斬撃半減
ドレッドノート
補助効果:自己超越/魔剣ダーインスレイヴ++
クリムゾンマント
自己超越/戦艦黒盾++
自己超越/深紅の外装++
自己超越/女神の指輪++
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
1362
==============================
=======
進化して鎧を一新したジェラール。もうこれどこかの魔王が着る
鎧じゃないですか? と言ってしまいたくなるような圧倒的な威圧
感を放っている。新たな種族名は冥帝騎士王。 ⋮⋮お前が王にな
ってるじゃないか。帝なんだか王なんだかハッキリしない名前では
あるが、真の魔王となったゼルをひとりで押さえ付けられそうにな
るまでに成長を遂げていた。固有スキルも変化しているな。
﹁お前らも元気そうだな。ん? ジェラール、鎧だけじゃなくて剣
の外見も変わってないか?﹂
﹁うむ、よくぞ聞いてくれた。ワシの新たな固有スキル﹃自己超越﹄
の効力でな。武具の性能を高めるだけでは飽き足らず、その姿まで
より洗練されたものへと変化させてしまうのじゃ! 肝心の強化度
合も﹃自己改造﹄を上回っておる。そしてここからが真骨頂、何と
装備の取り外しもできるのじゃ!﹂
﹁詰まるところ、自己改造の上位互換スキルになった訳だ﹂
装備の取り外しが可能になったのはでかいな。今まで改造しよう
にも外せなかったジェラールの装備一式に着手することができる。
﹁王も進化してスキルポイントが余っておるじゃろう? 実はワシ
もまだスキルポイントを振っておらんのじゃ。後で共に作戦会議と
洒落込もうではないか!﹂
﹁お、おう⋮⋮ 後でな﹂
その強圧的な見た目でにじり寄りながらリオンと同じ言葉を吐か
ないでほしい。さて、まだ他にも固有スキルがあるようだが、追々
1363
聞いておくかな。さっきからコレットが隣で待機しているし。
﹁ケルヴィン様、話はお伺いしました! 是非とも式は私にお任せ
を!﹂
﹁⋮⋮同じ台詞を2度言わなくても聞こえてるよ﹂
あえてスルーしてた意味がなくなるだろ。さてはお前、メルフィ
ーナの差し金か。仕方ないので周りに聞こえないようコレットに耳
打ちする。
﹁まあ、もしかしたら近いうちに世話になるかもしれない。その時
はよろしく頼むよ﹂
﹁はうあっ! デ、デラミスの総力を挙げて最高のウエディングに
してみせます⋮⋮! そうです、お父様にも、教皇直々に神父とな
って頂いて︱︱︱﹂
﹁しなくていい、しなくていい。そこまで盛大にやるつもりはない
よ。その時はコレットが祝福してくれ。ほら、まずは鼻血を拭け﹂
コレットにハンカチを渡す。こっちの結婚式がどんなもんなのか
は知らないけどさ。どちらにしろ信頼できる相手に任せたい。まあ、
もう暫く先の話になるだろうが。
﹁あ、ありがとうございます。聖遺物として適切に管理しますね﹂
﹁洗って返してくれ﹂
巫女の鼻血が染み込んだハンカチなんて誰がありがたむんだよ。
⋮⋮さっきのファンは喜ぶのだろうか? マニア過ぎて分からな
い世界だ。
﹁コ、コレットちゃん? 入ってもいい? 大丈夫?﹂
1364
ちょうどその時、食堂の入口より聞こえてきた弱々しい声。言動
は幼いが、声そのものは十代後半くらいのものだ。どこかちぐはぐ
な印象を受けた。
﹁ええ、大丈夫ですよ。ここの皆様はお優しい方々ばかりですから、
安心してください。シュトラちゃん﹂
食堂の入口、その物陰に隠れるようにしてこちらの様子を窺って
いたのは、トライセンのお姫様であるシュトラ・トライセンであっ
た。
1365
第184話 後遺症
︱︱︱トライセン城
﹁洗脳の後遺症、か。てっきり魔王を倒して元通りになったと思っ
ていたんだけどな﹂
﹁他の者達はそうだったのですが、入念な洗脳を受けたせいかシュ
トラちゃんだけはこの通り幼いまま、それに記憶が疎らなようでし
て。ですがゼル国王の記憶が抜け落ちていたのは幸いでした。少な
くとも肉親が亡くなった悲しみを背負うことはありませんから。私
やメル様が魔法による治療を試みたのですが、どうやら心理的な問
題のようでして効果がなく⋮⋮ だとしても、時間が解決してくれ
ると願っているのですが⋮⋮﹂
シュトラの方を一瞥したコレットが言葉を詰まらせる。ヌイグル
ミを抱きながらリオンと笑顔でお喋りをするシュトラは誰から見て
も子供そのものだ。
﹁今回の戦争の原因は魔王です。異種族を忌み嫌うといったトライ
センの方針自体にも改めるべきところは多々ありますが、最終的に
は自身の手で国を復興して貰いたいと連合は考えています。ゼル国
王がいなくなった今、その務めを全うできる適任者がシュトラちゃ
んでした。民からの信頼が厚く、機知に富み、芯の強い子でしたか
ら。しかし当のシュトラちゃんがこの状態では、彼女が回復するま
で代役を立てるしかないでしょう﹂
﹁代役って言うと、順当に考えればアズグラッドか? 第一王子だ
し、お姫様と同じくトライセンの名も継いでいるんだろ?﹂
1366
どうしようもなく戦闘狂ではあるけど。
﹁面倒なことにそうなっちまうんだよな。俺は柄じゃねぇっつうの
に。ようケルヴィン、生きてたか。お前も飯か?﹂
噂をすれば何とやら。アズグラッドが珍しくも貴族衣装で現れた。
パーズではいつも戦闘用の装備を着ていたからか、物凄く不自然に
感じてしまう。
﹁トライセンにはアズグラッド王子を含め5人の王子がいらっしゃ
ったのですが、第二∼第五王子までの全員が行方不明になっていま
す。捜索は現在も続けているのですが、未だ見つからず⋮⋮﹂
﹁大方城から逃げ出したか、その辺でくたばっちまってるんだろう
よ。兄の俺が言うのも何だが、どいつもこいつもトライセンの名を
継ぐ資格のねぇろくでもない奴らだったからな﹂
ああ、確かに。第三王子だかの豚君が4人いると考えればろくで
もない話だ。
﹁だけど行き成り国政を担うなんて大丈夫なのか? 国王が魔王で
した、なんて国民に理解させるのはかなり無茶振りだぞ?﹂
﹁鉄鋼騎士団のダン将軍が王子の補佐を。デラミスや他二国も協力
しますので、何とかしてみせます。行き過ぎた奴隷制度など改正す
べきところはさせて頂きますけどね。ここは私たちの領分ですし、
ケルヴィン様はケルヴィン様のやるべきことをなさってください﹂
確かに、この高性能巫女様なら任せておけば大丈夫な気がする。
メルフィーナが変にタッチしない限り暴走することもないだろう。
⋮⋮ないよね? 万が一あっても獣王やツバキ様が止めると思う
が、ここはコレットの言葉を信じたい。国政なんて俺は微塵も興味
1367
ないしな。
﹁要はシュトラが治るまでのお飾り、王座にふんぞり返って座るだ
けのマジで退屈な仕事だ。だがシュトラには世話になっていたから
な。あいつの手回しがあったからこそ、俺は軍で好き勝手できてい
た。これくらいの恩は返してやらねぇとな﹂
﹁そうか。お姫様、早く元に戻ると良いな﹂
﹁ああ。それまではケルヴィン、シュトラをよろしく頼むぜ!﹂
﹁⋮⋮は?﹂
バンバンと笑いながら俺の背を叩くアズグラッド。ごめん、よく
聞こえなかった。
﹁まだメル様からお聞きになっていないのですか? ケルヴィン様
のお屋敷でシュトラちゃんが療養する予定になっているのですが﹂
﹁悪いが言っている意味が分からないんだが⋮⋮ なぜそうなる?﹂
﹁トライセン国内は暫くゴタゴタが続くだろうからな。お前らのお
陰で軍の戦力も半減して立て直しの最中、この機に乗じてシュトラ
を狙った悪事を働く奴がいないとも限らねぇ。で、この前の話合い
で出た意見に政治的争いのない安全な場所に移動させるってのがあ
ってよ。見事採用となった﹂
﹁もしかして、その安全な場所ってのが︱︱︱﹂
﹁ケルヴィン様のお屋敷です﹂
﹁おそらくは世界随一堅牢な場所だ。シュトラも戦時中、お前の屋
敷は調査できなかったようだしな﹂
おいおい、家主の同意もなしに何勝手に決めてんのさ! うちは
猛犬猛竜ハラペコ女神が遊歩する魔境なんだよ!? か弱いお姫様
を住ませていい場所じゃないぞ!
1368
﹁あ、それ僕の意見なんだ。シュトラちゃん、アレックスとも仲良
くなったし。 ⋮⋮駄目かな?﹂
﹁シュトラ姫、今後暫くの間お世話することとなりました、冒険者
のケルヴィンです。よろしくお願い致します﹂
片膝を床に付き、シュトラ姫に挨拶する。兵を消耗させてしまっ
た非は俺らにもある訳だし、これくらいのことはお安い御用だ。
﹁あ、は、はい。こちらこそ、よろしく、です⋮⋮﹂
挨拶は返してくれたが、リオンの後ろに隠れてしまった。しかし
背がリオンよりも高いので隠れきれていない。む、今いつもの笑い
はしてないぞ、俺。
﹁クク、懐かしいな。この頃のシュトラは人見知りだった﹂
﹁ええ、不謹慎ではありますが、幼少の頃を思い出します﹂
﹁もう! アズグラッドお兄様もコレットちゃんも馬鹿にしないで
よ!﹂
急に饒舌になるシュトラ姫。どうやら人見知りってのは本当らし
い。心を開いてくれるまでは時間がかかりそうだ。リオンは例外で
ある。
﹃メルフィーナ、偽装の髪留めを1つ用意できるか?﹄
﹃⋮⋮? ああ、なるほど。数時間もあれば作れますよ﹄
﹃じゃ、頼んだ﹄
流石にこのままじゃ見た目のギャップで目立つからな。姿を歳相
応に偽装すれば違和感ないだろう。っと、今度はエフィルの反応を
マップ上にキャッチ。移動が遅く、何名か後ろに連れているようだ。
1369
﹁失礼致します。昼食をお持ちしました﹂
姿を現したのはいつものメイド服のエフィルと、この城のメイド
と思われる女性が数名。全員配膳台車に山盛りの料理を乗せて給仕
をし始めた。そんな中、エフィルが真っ先に俺の方へとやって来る。
﹁ご主人様、ご無事で何よりです。お世話することができず、申し
訳ありませんでした﹂
エフィルの言葉は冷静だが、エルフ耳が犬の尻尾かと言うくらい
にピコピコと動いている。
﹁いや、いいんだ。エフィルも無事で良かった。少し、耳が長くな
ったな﹂
﹁はい。進化して通常のエルフの長さまでに、あの⋮⋮﹂
エフィルの顔が赤い。無意識にエフィルの耳を弄ってしまったせ
いか、周囲のメイドが影でキャーキャー言っている。エフィル、メ
イド達に何を話した。まあいい、この場は鑑定眼でステータスだけ
確認しておこう。
==============================
=======
エフィル 16歳 女 ハイエルフ 武装メイド
レベル:119
称号 :爆撃姫
HP :1108/1108
MP :3463/3463
1370
筋力 :503
耐久 :500
敏捷 :3306︵+640︶
魔力 :2159︵+160︶
幸運 :1687︵+1437︶
スキル:蒼炎︵固有スキル︶
悲運脱却︵固有スキル︶
弓術︵S級︶
赤魔法︵S級︶
千里眼︵A級︶
隠密︵A級︶
奉仕術︵S級︶
調理︵S級︶
裁縫︵S級︶
清掃︵A級︶
鋭敏︵S級︶
強魔︵B級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
==============================
=======
ハイエルフ、エルフの上位の存在。エフィルの耳が長くなったの
はこの為か。リオンやジェラール同様、固有スキルも得ているな。
通常スキルは見た感じそのままなのでポイントを振っていないよう
だ。
1371
そのまま流れで始まる少し早めの食事であったが、結局皆で完食
してしまった。いや、メルフィーナひとりで事足りると言ったらそ
れまでなんだけど。
1372
第185話 お姫様の居候
︱︱︱ケルヴィン邸
さてさて帰ってきましたよ、愛しの我が家。ギルドと屋敷を挟む
歩き慣れた道を進み、俺たちとシュトラ姫はトゥーとスリーが警護
する正門までやってきた。なぜこんなにも帰ってくるのが早いのか
? 答えは簡単、アズグラッドからトライセンの転移門使用権利を
認めて貰ったからだ。七色に輝く俺のS級ギルド証にはその証であ
るトライセンの国章が刻まれている。これでデラミスを除く東大陸
の転移門が全て使用可能となった。魔王騒動も漸く終息したことだ
し、トラージやガウンに顔を出すのも良いかもしれないな。
ちなみにメルフィーナに頼んでいた偽装の髪留めも、出発前の時
点でシュトラ姫は装備済み。しかもセラが持つ髪留めよりも高性能
なものが出来上がってしまった。セラの髪留めは幻影で姿を偽る機
能のみであるのに対し、シュトラ姫のものは肉体や衣類ごと偽るこ
とができるのだ︵但し同種族の姿のみ︶。ランクもS級とワンラン
ク高い。
自分の姿を思い浮かべてもらい、魔力を髪留めに篭めれば偽装完
了だ。お姫様を7、8歳まで幼くしたような容姿になったのだが、
俺には果たしてこの姿が合っているのか判断が付かない。ジェラー
ルにとっては確実に孫対象だろうが、今はそんなことは関係ないの
である。それでシュトラ姫の昔の姿を知っている人々に見てもらっ
たんだが︱︱︱
﹁シュ、シュトラちゃん!? シュトラちゃんが体まで昔みたいに
1373
⋮⋮!﹂
﹁ま、まさかこの歳になって幼少のシュトラ様の姿を再び目にする
ことができるとは⋮⋮! くう、ジンめ、この奇跡を見逃すとは大
馬鹿者めが! 一体どこで油を売っているのだ!﹂
﹁あー⋮⋮ マジで懐かしいな。シュトラ、よく俺の後を追って来
たっけな⋮⋮﹂
皆こんな反応なのでたぶん合っているのだろう。しかし感極まっ
て泣かれてしまったのは誤算であった。姫さんの要望で私室にあっ
た沢山のヌイグルミをクロトに入れ、必要品の忘れ物はないかをチ
ェック。いざパーズに出発するぞとシュトラ姫を連れてトライセン
の転移門前に行くまで、ずっと鼻をすすっていたからな、ダン将軍。
もうダンじいでいいかもしれん。
コレットはこのままトライセンに残るとのことだ。色々とやるべ
きことが山積みだろうからな。俺としては頑張れと言いたいが、言
ってしまえば倒れるまで頑張ってくれそうなので程々にとエールを
送っておいた。あと、別れ際にこんなことも言っていたな。
﹁刀哉、刹那、奈々、雅の4名が近々デラミスに戻ってくる予定で
す。魔王を討伐︱︱︱ したのはケルヴィン様ですが、勇者として
の役目はこれで完遂されたものとなります。ケルヴィン様のことで
すからもうご存知かもしれませんが、この世界に残るか、元いた世
界に戻るかを選択してもらう為です。その際はメル様とケルヴィン
様にもご連絡致しますので、是非いらしてください﹂
﹁俺からも重ねてお願いします。刀哉達も喜ぶでしょうから﹂
コレットとクリフ団長にダブルで頭を下げられてしまった。そう
いえば魔王を倒した勇者は報酬を貰えるんだっけか。倒したのは俺
たちではあるが、刀哉達は望まずしてこっちに召喚されてしまった
1374
高校生だ。それくらいの対価はあっても許されるだろうさ。元はと
言えばうちの女神様のせいだしな。
﹃⋮⋮冷静に考えれば俺は兎も角、お前は行かなきゃ拙いだろ。当
事者として﹄
﹃そうですね。こればかりは務めを果たさないとなりません。ああ、
働きたくない⋮⋮﹄
﹃メルさんや、俺との出会いはじめに自分のことを真面目とか言っ
てたよね? 言ってたよね?﹄
こいつ、放っておいたら本当に駄女神になるんじゃなかろうか。
まあ長期休暇明けの気持ちを考えれば分からなくもないけど。これ
は俺と同じく規則正しい生活をしてもらう必要があるかもしれん。
シュトラ姫の教育にも悪いし。ああ、それと魔王を倒したことによ
る勇者疑惑もコレットの方で処理してくれるらしい。実は秘密裏に
もう一人勇者を召喚していたが既に元の世界に帰ってしまった、な
どといった作り話でも広めれば十分なんだそうだ。
﹁おじ様、セラちゃん、ケルヴィンちゃん。一先ずここでお別れよ
ん⋮⋮ ああ、そんなに悲しまないで! 私たちの心いつまでも一
緒だからぁ!﹂
﹁え、あ、うむ。達者でな﹂
﹁プリティアちゃん、また、また会えるよなぁ∼!?﹂
この組については何時も通りだからスルーしようか。あ、駄目で
すか? ああそう⋮⋮
プリティアとサバトらのパーティもここで一旦お別れとなった。
ガウンにて何かあるようで、これから鍛錬も兼ねてモンスターを討
伐しながら共に向かうそうなのだ。どちらかと言うとセラ達女性陣
1375
や恋するダハクが別れを惜しみ、ジェラールはホッとした印象だ。
この時に知った話だが、ダハクが食堂に現れなかったのはプリティ
アを探していたからだそうだ。ダハクの努力が報われる日は来るの
だろうか。来たとしても俺はあまり直視したくない。
﹁ケルヴィン、世話になったな。親父から転移門の許可が出ている
んだろ? ガウンに来たら歓迎するぜ﹂
﹁そろそろアレの時期ですし、ケルヴィンさんも楽しめると思いま
すよ﹂
﹁アレって?﹂
﹁ふふ、今は秘密です。そのうち分かりますよ﹂
サバト、ゴマとの別れはこんな感じだ。意味深な言葉を残されて
しまったんだが、何だろうか? 祝いの席でも設けてくれるのかな。
そして突発的に始まる獣王とのバトル。経緯などどうでもいい。結
果的にバトル。サバト、期待していいんだな!?
︱︱︱話が長くなってしまったな。まあそんなこんなで転移門を
越えて帰ってくると、アンジェが出迎えてくれた。リオギルド長は
不在、魔王を討伐して間もないこともあり何かと忙しいようだ。魔
王討伐の報奨金もあるそうなのだが、あまりに大金になるのでもう
少し待ってほしいとのこと。討伐を称える式典の際に渡されるとア
ンジェは言っていたが、また式典か⋮⋮ 事が事だけに各国から勲
章も授かるとか。ツバキ様がまたダイレクトに勧誘してきそうだ。
﹁ケルヴィン様、オ帰リナサイマセ﹂
﹁留守中、異常アリマセンデシタ﹂
正門に近づくとトゥーとスリーが門を開けてくれた。ついでにシ
ュトラ姫の屋敷敷地内に入る許可を知らせておく。
1376
﹁シュトラちゃん、ここが僕たちの家なんだ。自分のおうちだと思
ってくつろいでね﹂
﹁大きなお屋敷⋮⋮ リオンちゃんは貴族だったの?﹂
﹁貴族ではないかなー。それじゃ、中も案内するね﹂
リオンがシュトラ姫の手を引いて屋敷の中へと駆けていく。とり
あえずはリオンに任せておいて大丈夫かな。二人を見送ると入れ違
いに屋敷からエリィと二人のメイドが出て来た。ロザリアとフーバ
ー、一足先にこっちに戻って来ていたんだな。
﹁ご主人様、お帰りなさいませ﹂
﹁﹁お帰りなさいませ﹂﹂
﹁ただいま。また長い間留守にして済まなかったな。大口の依頼も
方が付いたし、暫くはゆっくりできそうだよ﹂
﹁それは喜ばしいことですね。リュカも寂しがっていましたから⋮
⋮ ああ、そうです。ダハク様の言い付け通り農園の世話をゴーレ
ム達に指示していたのですが、先日芽が出てきまして︱︱︱﹂
﹁だってさ。ジェラール、ダハク﹂
﹁待っておれ、リュカ! ジェラールお爺ちゃんが帰ってきたぞー
!﹂
﹁待ってろ、俺の農園! 久しぶりに可愛がってやるぜ!﹂
ガシャンガシャンと音を立ててジェラールが屋敷へ、ダハクが裏
庭の農園へと走り去って行った。本当に我がパーティは自分の欲求
に素直である。ジェラールは屋敷に戻ってきたらいつもあんな感じ
ではあるが、特に今日は何かから解放されたような清々しい表情を
していた気がする。顔は見えないけど。しかしジェラール、進化し
て鎧の外見がまた変わってるんだぞ。魔王風鎧で何も知らないリュ
カに突撃して大丈夫なのか? エリィもポカンとしてるし。
1377
﹁ああやってゴルディアーナ様と別れた悲しみを紛らわしているの
ですね、お二人とも⋮⋮﹂
﹁これが噂に聞く遠距離恋愛でしょうか﹂
﹁ええ、大人の恋ってやつね!﹂
恋バナに花を咲かせる女子達。たぶんジェラールは違うと思いま
す。
﹁ロザリア達はまだパーズにいて大丈夫なのか? 転移門で援軍に
来て貰った段階でメイド服の仕掛けは解いたんだ。トライセンに戻
ってもいいんだぞ?﹂
﹁シュトラ様の護衛役ですよ。あれでアズグラッドも妹想いなとこ
ろがありまして⋮⋮ 改めてご相談なのですが、シュトラ様が元に
戻るまではこちらでメイドを続けさせて頂きたいのです﹂
﹁メイドも護衛も頑張ります! どうか!﹂
二人が頭を下げてくる。
﹁いや、俺としては全然構わないぞ。むしろ助かるよ。お姫様も話
し相手に困らないだろうし﹂
目の保養にもなるし。
﹁そう言っていただけると助かります﹂
となれば二人の給金もまた用意しないといけないな。うちは働い
た分だけキッチリ報酬を出す主義だ。受け取るものは受け取っても
らう。得をした分色も付ける!
1378
﹁はぁ、良かった⋮⋮ それでシュトラ様はどこにいるんです? 姿が見えませんが⋮⋮﹂
﹁うん? フーバー、何言ってるんだ? さっきリオンと一緒にす
れ違っただろ﹂
﹁え?﹂
どうやらフーバーは幼少の頃のシュトラ姫の姿を知らないらしい。
対してロザリアは﹁ああ、やはり﹂みたいな納得した表情だ。この
辺はトライセンに仕えていた期間の違いによるものだろうな。さて、
そろそろ俺たちも屋敷に入るとしよう。俺も病み上がりなことだし。
﹁王よ、ちょいちょい﹂
﹁ご主人様、ちょいちょい!﹂
屋敷のエントランスホールにてリュカを肩車するジェラールに呼
び止められた。リュカとの再会は無事に終えたようである。
﹁後で相談があるんじゃが、よいかの?﹂
1379
第185話 お姫様の居候︵後書き︶
総合評価がいよいよ80000ptとなりました。
これからもよろしくお願い致します。
1380
第186話 相談
︱︱︱ケルヴィン邸・バルコニー
月が空に昇り夜が深まる。バルコニーに置いたテーブル席でのち
ょっとした酒席。トライセンで購入したダンじい一押しの地酒に、
エフィルが用意してくれた酒の肴。どっしりとした辛口は俺には少
々きついものであったが、テーブルの向かいに座るジェラールは気
にすることなく次々と飲み干していた。それでいて顔色も全く変わ
らないのだからな。その酒の強さを少しはセラにも分けてもらいた
い。
﹁ジルドラと名乗るドワーフ、か⋮⋮﹂
グラスに注がれた酒を煽り、呟くように声を出す。ジェラールの
相談、それはトライセンにて戦った謎の男、ジルドラについてのこ
とだった。
﹁うむ。ダハクによれば奴は自らをジルドラと名乗っていたそうな
のじゃ。ワシの祖国アルカールを滅ぼしたリゼア帝国の将軍と同じ
名でな、今思えば口調などの雰囲気も似ておった気がする。何分昔
のこと、年寄りの朧げな記憶なのじゃがな﹂
﹁⋮⋮前に、コレットからリゼア帝国についての情報を聞いたこと
があったよな。その時に聞いたエルフの将軍、ジルドラの話を覚え
ているか?﹂
S級の昇格式を終えた会食にてコレットから聞き出した情報だ。
大事な情報だったからジェラールにも早く伝えたかったが帰るなり
1381
お爺ちゃんは寝てしまったし、まあその、あの夜は色々とあったか
らな。色々と。結局伝えるのは翌日になったのだ。
﹁⋮⋮帝国に長きに渡り仕えていた将軍、ジルドラは十数年前に死
亡。とある場所にて死体で発見されていたそうじゃな。モンスター
に襲われたのか、その身はズタズタに引き裂かれていたと⋮⋮ 妻
の、国の仇を討つことは叶わなんだが、奴には似合いの最後だと肩
の荷が下りる思いだったんじゃがな﹂
以降ジルドラは帝国の表舞台から姿を消し、その名が出ることも
なくなった。しかしジルドラが何らかの手を使って生き延びていた
とすれば⋮⋮?
﹁危険だな。そいつが使っていたあのゴーレムのスペックも異常だ
が、商人としてトライセンに関わっていたのも気になる。クライヴ
とも面識があるようだし、メルが言っていた正体不明の転生と関連
性があるのかもしれない。だが目的が分からない﹂
﹁ふうむ⋮⋮ どちらにせよ情報が少な過ぎる、か﹂
﹁そいつが本当に同一人物かって確証もないしな。今できることは
情報収拾、そして万が一に備え力を蓄えることだ﹂
﹁む、これまでと変わらんではないか?﹂
﹁⋮⋮そうとも言う。メルに相談してみるかな。何か分かるかもし
れないし﹂
しかしこの時間だともう寝ているか。早寝遅起きの熟睡中だ。並
大抵のことでは起きないだろうから、明日の朝一に聞いてみるか。
﹁それしかないかのう。ではこの話はこれまでとするか。酒は美味
しく頂くものじゃし、別の話題に移るとしよう!﹂
﹁切り替え早いな、お前⋮⋮﹂
1382
ジェラールの口調が柔らかくなり、それに伴って何か企んでいる
ような気配を感じる。さっきまで纏っていたシリアスな雰囲気はど
うした。
﹁やる時はやる! 楽しむ時は楽しむ! それが人生を謳歌するコ
ツじゃよ。王よ、よく覚えておくがよい。 ⋮⋮もう実践しておる
か﹂
﹁お陰様でな﹂
﹁で、姫様とはどうなんじゃ? やったのか?﹂
﹁んぐっ!﹂
唐突なジャブにエフィルお手製のつまみを喉に詰まらせてしまう。
一瞬シュトラ姫のことかと思ったが、ジェラールが言う姫様はメル
フィーナのことだ。実に紛らわしい。大急ぎでグラスを取り、酒で
喉に詰まったそれを胃に流し込む。
﹁⋮⋮ジェラール。エフィルに俺を殺させる気か﹂
﹁もしや今、上手いこと言ったかの?﹂
﹁言ってない!﹂
エフィルはそんなことしません。
﹁良いではないか、今はワシら男しかおらんのだぞ?﹂
修学旅行の夜時間のノリかよ。俺にその時の記憶はないけどさ。
一先ずここは︱︱︱
﹁⋮⋮秘密だ﹂
1383
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・庭園
庭園の噴水にぷかぷかと浮かぶクロトの横で朝の光を浴びる。澄
み切った青空に向かって腕を伸ばせば清々しい朝を直に感じられる。
﹁うーん! な、メル。早起きもいいもんだろ?﹂
﹁ふわぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮眠そうっすね﹂
メルフィーナの可愛らしい口から欠伸が漏れる。時刻は朝の7時、
メルフィーナが起床するには早過ぎる時間帯だ。何時もの俺ならば
なあなあで許していたが、今日からは違う。メルフィーナにも規則
正しい生活を送ってもらう為、極力俺と生活リズムを合わせるよう
話したのだ。その時のメルフィーナの絶望顔は神が世界の終わりを
予見したかの如しであったが、これから夫婦として共に生きて行く
には必要なことだと伝えると即刻﹁あなた様、明日からは一緒に起
きて一緒に寝ましょう!﹂と快く了承してくれた。ちょろいぞ女神。
﹁眠気が覚めないせいか、朝ご飯をあまり食べれませんでした⋮⋮﹂
﹁安心しろ。それ眠気のせいじゃないから﹂
いつものメルフィーナは朝食時間がひとりだけずれているので、
料理をところ狭しとテーブルに並べて席を独占できていた。だがこ
の時間は全員揃っての朝食、自然とメルフィーナが口にできるおか
ずの数も減ってしまうのである。それ以前に眠気どうこうでメルの
1384
食欲が治まるはずがないだろ。その分大盛りの米を何杯もおかわり
していたし。
そう言えばシュトラ姫、俺が箸を使うところを珍しそうに見てい
たな。トライセンに箸がないからかね。ちなみに我が家にはトラー
ジより買ってきた箸を常備しており、使える者は食事の際に好みで
使用する。元々日本人である俺やリオンはもちろん、何事にも器用
なセラは直ぐに箸を使いこなしてしまった。エフィルも最初の頃は
悪戦苦闘していたが、たゆまぬ努力で今や不自由なく使える。ジェ
ラールやダハクはどうも合わないようで駄目であった。メルは使え
るには使えるのだが、こいつは口に運べる量が最優先事項なのでス
プーン派である。
﹁それで、私に聞きたいこととは何でしょうか?﹂
メルフィーナが片目を擦りながら俺に問い掛けた。 ⋮⋮やっぱ
り早過ぎたかな? まだ眠そうだ。
﹁ああ、実はな︱︱︱﹂
噴水のふちに腰掛け、昨夜ジェラールから相談されたことについ
てメルに話した。
﹁死亡したはずのエルフが何らかの方法を経て、同名のドワーフと
なってジェラールらの前に現れた、ということですか﹂
﹁ああ、そいつはクライヴの転生とも関わっていたんじゃないかと
思ってさ。メルの意見が聞きたい﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
メルフィーナは口に手を当てて考える素振りをする。やがて噴水
1385
に浮かぶクロトがポチャンと音を立てた時、同時にメルフィーナも
口を開いた。
﹁直接そのエルフの死体を見た訳ではありませんので、偽りなく死
んでいたことを前提にしてお話します。通常のスキルでは例えS級
白魔法でも死んだ者を生き返らすことはできません。黒魔法ですと
亡骸として蘇生することは可能ですが、それは生者ではありません
し⋮⋮ あるとすれば固有スキルでしょうね﹂
メル曰く固有スキルは神でも掌握し切れておらず、未知のものが
あるのだという。それは個人によって完全オリジナルスキルが誕生
する場合があるからだそうだ。たぶん神様も一々全生命体のステー
タスをチェックしている暇がないんだろうな。
﹁そしてもうひとつの可能性、何者かの転生術により復活ですが⋮
⋮ 私以外に転生術を扱える者がひとりだけ存在します﹂
﹁え、いるのか!?﹂
それはそれでまた別件で問題にすべき大事じゃないですかね。
﹁︱︱︱前任の転生神、エレアリスです﹂
1386
第187話 神の前任者
︱︱︱ケルヴィン邸・庭園
﹁前任の神って、確か何か良からぬことをしようとして神を降ろさ
れたっていう⋮⋮ それがエレアリス?﹂
﹁ええ。具体的には神柱をンッ⋮⋮ あら?﹂
メルフィーナが話の途中で口をつぐんでしまった。本人も意図し
てなかったようで、少し戸惑っている。
﹁ああ、そうでした。あなた様、申し訳ありませんがエレアリスが
何をしようとしたかはお話することができません。神界に深く関わ
る案件ですので、﹃神の束縛﹄による義体の制限に引っ掛かってし
まいます﹂
﹁ステータス制限の他にそんな機能もあったのか、それ⋮⋮﹂
﹁ええ、うっかり口にしては大事ですからね。この件については話
すことも文章にして書き記すこともできません。私の本体を召喚で
きれば話は別でしょうが﹂
﹁無理言うなよ⋮⋮﹂
それができれば苦労しない。魔人となってMP最大値が一桁おか
しい数字となった俺でも、メルフィーナを召喚することは未だでき
ないのだから。神の召喚は基本値の数十倍のMPを消費するのだ。
正直まだまだ足りない。歴史上神を召喚した者がいないってのも納
得の話だ。
﹁前任の神の名を出しちゃうのはいいのか?﹂
1387
﹁デラミスの資料を調べれば直ぐに分かることですからね。今でこ
そデラミスは私、メルフィーナを転生神として崇めていますが、昔
はエレアリスをその対象にしていましたから﹂
まあ、確かに。魔王グスタフは先代が神を務めていた時に倒され
たと、以前メルフィーナは言っていた。つまりはエレアリスがその
時代の巫女に加護を与え、勇者を召喚させたのだ。時の流れによっ
て崇拝の対象がメルフィーナに移ったとしても、その名が何らかの
形で残されていても不思議ではない。
﹁しかしエレアリスが転生術を使うことはあり得ません﹂
﹁何でだ?﹂
﹁正確には過去にいた、が正しいからです。以前に一度お伝えしま
したが、エレアリスは転生の力を失い、既に消失しています﹂
﹁⋮⋮それじゃあ犯人探しの振り出しに戻るな﹂
結局転生術を使えるのはメルフィーナだけになってしまう。しか
しクライヴを転生させたのはメルフィーナではない。矛盾してる。
﹁ええ、ですのでエレアリスは除外されます。ですが問題はここか
らですよ、あなた様﹂
メルフィーナがずいっと俺に顔を寄せる。
﹁以前、転生の力を手に入れた者がいるかもしれないと私は言いま
した。それは偶発的に手に入れたのではなく、譲渡された力ではな
いかと私は睨んでいます。例えばエレアリスが転生の力を失う間際
に、己と力を通わせることが可能な人間へと渡したとすれば⋮⋮﹂
﹁⋮⋮スキルの譲渡なんて、そんなことが可能なのか?﹂
1388
︱︱︱ゴクリ。
口に溜まった唾を飲み込み、メルフィーナと視線を合わす。うと
うとと半目で寝てしまいそうだったメルの青き瞳は、今においては
完全に覚醒している。緊張を緩めれば直ぐにも吸い込まれてしまい
そうだ。
﹁確証はありませんし、正直なところ私にも分かりません。過去に
前例がありませんから。ですが誰に渡るよりもそれが最も恐ろしい
のです。転生神に最も近しく力を通わせられる人間となれば、おの
ずと候補は決まってしまいますから﹂
﹁力を通わせ、転生の神に最も近しい人間⋮⋮? 待て、待て待て。
それはつまり、メルフィーナで言うところの︱︱︱ 俺か!?﹂
﹁⋮⋮すみません、あなた様も十分に例外的存在でした。過去に転
生神にプロポーズしたのはあなた様が初めてだと思います。歴史的
快挙ですね、おめでとうございます﹂
﹁ごめんなさい、悪乗りしてしまいました﹂
淡々と拍手するメルフィーナの手を謝りながら止める。真面目な
話が続いていたからつい冗談を挟んでしまった。しかし、ほんの僅
かに口元がにやけてるのは見逃していませんよ、メルフィーナさん?
﹁それで、その候補を絞った結果どこに行き着くんだ?﹂
﹁エレアリスを信仰対象とするデラミスの巫女ならば、或いは⋮⋮﹂
途中から何となく悟ってはいたが、やはり巫女か。確かに俺とい
う特例を除けば転生神の加護と神託を受け、直接対話できていたの
もデラミスの巫女だけだった。刀哉みたいな勇者も関わりはあるだ
ろうが、それは最初だけの話。それ以降は会うことも話すこともな
く、何をするにしても巫女を介しての伝達。転生神の加護も受けて
1389
いないのだ。
コレット
しかしクライヴを転生させたのが巫女の先祖であったとしても、
それがコレットでなくて良かった。もし力を手に入れた狂信者がそ
んな状況に陥ったら、自分が狂信するメルフィーナが誰とも知れな
い奴に成り代わっていたら、何を仕出かすか分かったもんじゃない。
下手をしたら世界を救済の名の下に滅ぼしてしまいそうだ。
﹁どの世代の巫女も傾向として熱狂的な信徒ばかりです。コレット
はその中でも特に行き過ぎですが、先代もその先代も似た病を抱え
ていましたから⋮⋮ ﹂
﹁世界が危ない!﹂
冗談ではなく!
﹁推測の域を出ない話です。無数に散らばる可能性の1つとお考え
ください。それよりも能力の分からない固有スキルを警戒する方が
建設的な気がします。後は日々鍛錬あるのみ! 突き詰めれば力が
全てですからね!﹂
﹁それ、何時もやってることと変わらないんじゃないか?﹂
﹁⋮⋮そうとも言いますね﹂
結局のところ憶測は憶測に過ぎず、俺たちにできるのは今まで通
りのことだけ。だがそれが最も良い単純明快な対策法なのかもしれ
ない。絶対的な力を持つ敵に対抗できるのは、絶対的な力だけなの
だから。
﹁そうれっ! 地を走るジェラール号、次はダハク農園に向かうぞ
いっ! リュカにシュトラ、しっかりと掴まっておれ!﹂
﹁あははっ、行け行けお爺ちゃん!﹂
1390
﹁リュカちゃん、速い! 速いよぉ! 落ちちゃうよぉ!﹂
幼い子供達を乗せた暗黒機関車が俺たちの前を通り過ぎていく。
言い換えれば、魔を全面的に押し出す鎧を着た男が二人の幼子を肩
に乗せ、走り去っていく。見た目的にはそんな危ない光景。ジェラ
ール、屋敷の敷地内以外ではやらない方がいいぞ。それが嫌なら実
体化して鎧脱げ。
﹁案外、いらぬ心配なのかもしれませんね﹂
﹁⋮⋮だといいんだけどな﹂
孫たちと遊ぶお爺ちゃんの素の姿に、俺たちはすっかり緊張を欠
いてしまった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱???
そこは辺り一面が白であった。床も、壁も、何もかも。四方を荘
厳な壁が囲っていることから、部屋の体裁を保ってはいる。だがそ
の壁に至るまでの距離感は掴めず、近いようで遠いような、蜃気楼
を見せられているような不可思議なもの。神秘的、奇怪︱︱︱ そ
んな言葉が似つかわしい。
﹁今戻ったよー﹂
白のみであった空間に、ステップを踏むような足取りで黒き影が
1391
現れる。黒フードを深く被り、その者は辺りを見回す。
﹁お帰りなさい、暗殺者。首尾は如何でしたか?﹂
部屋の中央に聳え立つ神殿。部屋の壁と同様の特徴を備えている
のだろうか。白き神殿は絶えず揺らぎ、儚い夢のような存在であっ
た。神殿内部には赤子用の小さな寝台が置かれており、外からその
中を覗くことはできない。寝台の横に控えるは暗殺者を迎えた声の
主。床に触れてしまいそうになるほどに長い銀の髪を靡かせながら、
歩みを三歩進める。やがて現れた女の表情は、実子に向ける慈悲に
満ちたものであった。
﹁上々だよ。ほら﹂
暗殺者は懐にしまっていた黒の書を掲げる。途端に黒の書は暗殺
者の手を離れ浮かび上がり、銀髪の女の手の中へと転移した。
﹁感謝致します。創造者との行動は疲れたでしょう? あれは昔か
ら変わりませんからね﹂
﹁﹃代行者﹄のお願いだったし、気にしてないって。それよりも代
行者しかいないの? 皆がいないのは何時ものことだけどさ。あ、
﹃守護者﹄はいるか﹂
暗殺者は神殿の屋根部分を凝視する。
﹁おー、流石暗殺者! 今、運命に打ち勝ったね!﹂
やがて暗殺者の視線の先に、ひとりの少女が姿を現した。暗殺者
とは対照的な純白の外装を着込み、腰には剣らしき得物を吊り下げ
ている。
1392
﹁伊達にこんな名を名乗ってないよ。察知索敵では負けられないか
な∼。それにしても守護者はいつも代行者のそばにいるんだね?﹂
﹁あはは、お言葉を返すようだけど私も守護者でしょ? それに代
行者とは長い付き合いだしね。昔とは少し雰囲気が変わったみたい
だけどさ。あれは何時のことだったかな、当時の魔王を倒す為に代
行者が私を︱︱︱﹂
﹁守護者、昔話もそこまでにしておきなさい。貴方はいつも話し過
ぎる﹂
代行者の声に守護者はクスクスと笑いながら姿を消していった。
﹁暗殺者、此度は本当にお疲れ様でした。休養を取りつつ、引き続
き彼の監視をお願いします﹂
﹁りょーかい。暫くはゆっくりできそうだね﹂
黒き影が純白の空間を後にする。残された代行者は神殿へと戻り、
寝台のふちに手を掛けて変わらぬ聖母の表情を向けるのであった。
1393
第188話 母なるもの
︱︱︱ケルヴィン邸・ダハク農園
得物を手に持ち、標的目掛けて引き裂いていく。ただ斬ればいい
訳ではない。より速く、より正確に、より鋭く、何十、何百、何千
と。度重なる試行錯誤の果てに行き着くは、研磨され尽くし完成し
た究極の型。遂に俺は辿り着いたのだ、この神の領域に︱︱︱
﹁す、凄ぇ⋮⋮ ケルヴィンの兄貴、やっぱりただもんじゃねーよ
!﹂
俺の動きを見ていたダハクからも感嘆の声が上がる。それも当然
のことかもしれない。常人であれば俺の姿を目で追うこともできず、
ただただ的が切り伏せられていくように見えるのだから。さながら
今の俺は風の刃といったところか。
﹁兄貴、その技を俺にも教えてくれないッスか!?﹂
﹁⋮⋮生半可な覚悟なら止めておけ。怪我じゃ済まないぞ﹂
﹁俺の根性を舐めないでくれっ! 絶対に諦めねぇ!﹂
﹁ふっ、言うじゃないか。ダハク、俺のスピードに振り落とされん
なよ!﹂
﹁おうっ!﹂
俺の後にダハクが続き、フィールドは更に加熱さを増していく。
さあ、お前の根性とやらを見せてもらおうか。丁寧に教えることな
どはしない、見て学ぶんだ。その観察眼がやがてお前の血となり肉
となる。己の限界に打ち勝ち、俺の奥義を奪って見せろ、ダハク!
1394
﹁⋮⋮何してるの?﹂
俺たちが最高潮のトランス状態になったとき、ふとセラの声が聞
こえてきた。振り返ると寝間着姿に上着を一枚羽織った格好のセラ
が見えた。俺やダハクは激しい動きを繰り返した為に汗だくだが、
まだまだこの時間帯は冷え込むからな。
﹁﹁草刈り︵ッス︶﹂﹂
朝一の運動は気持ちいいッスね。
﹁その割には凄い気迫だったわね﹂
﹁それが姐さん聞いてくださいよ! ケルヴィンの兄貴の雑草刈り
のテクが半端ないんス! 草刈鎌がまるで名剣のようッスよ!﹂
朝日が漸くお出ましになろうとしている最中、草刈鎌を片手に俺
とダハクは農園の草刈りをしていた。頭には麦藁帽子、肩にはタオ
ルと完全に農作業スタイルである。俺の持つ﹃鎌術﹄スキルはどう
やら武器として使う以外にも用途があったらしく、いや、もしかし
たらこちらが本来の使い道なのかもしれないが、兎も角その道の玄
人であるダハク以上に華麗な草刈りができる結果となったのだ。
いつもより早く目覚めてしまった俺は手洗い場に行こうとしてい
たのだが、裏庭の農園で早朝からダハクが畑仕事に勤しんでいるの
を発見。よう、と軽い気持ちで声を掛け、気紛れから始まったこの
草刈りであったが、やってみれば楽しいものでついつい熱中してし
まい、気が付けばS級のこのスキルをフルに使いこなすまでに至っ
てしまう。そして尊敬の眼差しを向けてくるダハク、といった流れ
だ。それにつれられてテンションがハイになってしまい、少々変な
1395
言動になっていた気もするが⋮⋮ 気のせいだろう!
﹁ふーん? まあ、よく分からないけどケルヴィンなら当然よね!
もっと褒めてあげて!﹂
﹁そうッス! 流石ッスよ、兄貴! マジで感動もんでしたわ!﹂
﹁お、おう、ありがとう⋮⋮﹂
あまり褒めないでくれ、逆に俺が冷静になってしまう。すんませ
ん、やっぱりかなり痛い振る舞いをしていました。これは早急に話
題を変えなければ⋮⋮!
﹁ところでセラ姐さんはどうしたんスか? 兄貴に用事でも?﹂
ナイスだ、我が弟子! 心の中でダハクに対する評価が上昇する。
﹁用事って訳でもないんだけど、起きたらケルヴィンの姿がなかっ
たから気になっちゃって﹂
おっと、そろそろエフィルが起こしに来る時間だったか。そこそ
こに戻ろうと思っていたんだが、夢中で時間も忘れてしまっていた。
﹁あとメルがベッドじゃなくて部屋の床で眠っていたわよ。扉に向
かって這うような姿勢で﹂
﹁床で? 変だな、寝相は悪いが絶対にベッドから落ちることはな
かったのに﹂
﹁寝言であなた様って連呼してたわよ。ケルヴィン、メルに何か言
ったんじゃない? ケルヴィンを追おうとしているような感じだっ
たし﹂
俺がか? 特に変なことは何も︱︱︱
1396
︵︱︱︱あなた様、明日からは一緒に起きて一緒に寝ましょう!︶
﹁⋮⋮あ﹂
まさかメルの奴、あの約束を守ろうとして? まどろみの中、睡
魔と抗いながら俺と一緒に起きようとしていてくれたのか。
﹁心当たりがあるんじゃない。まあ安心しなさい! 私がちゃんと
メルをベッドまで運んであげたから! 表情もサッパリして熟睡し
てたわ!﹂
えっへん! とセラが腰に手を当てる。決死のメルも二度目のベ
ッドの温もりには抗えなかったようだ。しかし意思の現われとして
メルがここまでやろうとしてくれたのは素直に嬉しい。
﹁そうか⋮⋮ 後でメルに美味いもんでも食わせてやらないとな﹂
﹁でしょ! ⋮⋮ってメルの方!?﹂
私は!? とセラがオーバーリアクションで返してくる。
﹁分かってるって。セラもメルを運んでくれてありがとうな。セラ
は今日何かしたいことがあるか? 俺で良かったら付き合うぞ?﹂
﹁なら、朝食の後で一緒に街へ行きましょ! たまには二人きりで
遊びたいもの♪﹂
デートのお誘いである。勿論即刻OKである。
﹁ふんふん、これがプリティアちゃんから伝授されたセラ姐さんの
押しの強さか⋮⋮﹂
1397
どこから取り出したのか、ダハクが﹃プリティアちゃん攻略の∼
と︵極秘︶﹄と書かれたメモ帳にガリガリと何やら書き込みまくっ
ている。何がメモされているかは深く考えないでおいた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・受付カウンター
﹁︱︱︱ってことで、近くに手頃で適度に緊張感のあるダンジョン
ってないかしら? A級の上位かS級くらいが望ましいわね。あ、
討伐モンスターでもいいわよ﹂
﹁セラさん、前にもお伝えしましたよね? 最高難度の依頼やダン
ジョンはそんなにポンポン出てこないですって。それ以前にデート
の内容じゃないですよ、それ!﹂
﹁えー、だって前は出たわよ?﹂
セラとアンジェが受付カウンター越しに口論している。街でのデ
ートにて一時間が経とうとしていた頃、ちょうど冒険者ギルドの前
を通り掛った俺たちは挨拶がてらにアンジェに会いに来たのだ。リ
オにも一言挨拶したかったんだが、まだパーズには帰って来ていな
いらしい。アンジェは仕事モードであったが何時もと変わらぬ笑顔
で出迎えてくれた、この時点では。折角だから依頼でも見ていくか
と適度なものを見繕ってもらい、その一覧を見ていたところだった
のだが︱︱︱
﹁最高でもC級の依頼までしかないわ⋮⋮ 本当にこれだけ?﹂
1398
﹁ええ。ケルヴィンが魔王を倒してくれた影響で凶暴なモンスター
が出現しなくなりましたからね。この周辺で残っていた高難度の討
伐依頼も竜騎傭兵団や連合の皆さんが一掃してくれましたし、今あ
る依頼は元々のパーズ周辺レベルのものしかないんですよ﹂
﹁パーズのレベルって言うと⋮⋮?﹂
﹁難度が高いものでもB級C級が精々です。後は以前に発見された
﹃傀儡の社﹄くらいなものですね﹂
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
﹁えっと、ケルヴィン? セラさん?﹂
﹁生き辛い世の中になったもんだな⋮⋮﹂
﹁そうね⋮⋮﹂
﹁平和で良い世の中になったんです!﹂
﹁アンジェ、素直に吐きなさい。本当に、本当にこれだけなの?﹂
とまあこの話が発展して今に至る。今までA級S級の討伐対象が
出ていただけに、セラも負けず嫌いだからなー。
﹁セラ、そろそろ諦めろ。今はなくともその内出てくるさ﹂
﹁でも、折角ケルヴィンが進化したのよ。それなりの相手じゃない
とつまらないでしょ?﹂
﹁気持ちは嬉しいけど急いでる訳じゃないからいいの。アンジェ、
忙しいところ悪かったな﹂
﹁あ、ケルヴィン、ちょっと待ってください﹂
﹁ん?﹂
セラを連れてギルドを出ようとすると、アンジェが小走りにこち
らへやって来た。
﹁さっきの依頼とは別件なんですが、これを知らせたくって﹂
1399
アンジェより一枚の紙を渡される。
﹁これは⋮⋮ 獣国ガウンにて命名式を開催?﹂
﹁S級に昇格したらファミリーネームを名乗れるって話を覚えてい
ますか? その式典がガウンにて近々開催されるんです。ちょうど
良い機会ですし、参加されてはどうかと思いまして﹂
言われて見ればそんな特典があった。昇格式以降はトライセン関
連で一杯一杯だったからな。
﹁ケルヴィンはガウンの獣王様と知り合いですし、名乗りたいファ
ミリーネームを申請すれば直ぐに対応してくれると思いますよ。も
う考えているのなら私が手続きしてしまいますが﹂
﹁いや、まだ全然考えていなかったんだ。ちょっと考えてからでも
大丈夫かな?﹂
﹁期間に余裕があるから大丈夫ですよ。決まったら教えてください
ね﹂
これは俺一人では決めれないな。一度皆を集めよう。
﹁﹁た、大変だー!﹂﹂
再度俺らがギルドを出ようとするとバンと扉が勢い良く開かれる。
そして倒れ込むようにギルドの中に入る冒険者のヒースとモイ。な
ぜかセラがピクリといち早く反応した。
﹁﹃クレイワームの通り道﹄の主、マザークレイワームが目覚めた
ぁ!﹂
﹁な、何だって!? あのA級ボスモンスターの!?﹂
1400
そんな感じで周囲の冒険者が騒ぎ始める。
﹁アンジェ、この依頼受けるわねっ!﹂
﹁えっ? あ、はい⋮⋮﹂
周囲など関係ないとばかりに手馴れた様子でアンジェから依頼を
受けるセラ。これが幸運2000オーバーの恩恵なんだろうか? ちなみにマザークレイワームは俺とセラで散歩がてらに討伐してき
た。
1401
第189話 家名
︱︱︱ケルヴィン邸・食堂
クレイワームの通り道に赴き、一際大きな空洞を発見した俺たち。
大小多数のクレイワームが蠢く中を駆逐しながら歩を進めると、ち
ょうどダンジョンの通路ほどの横幅を持つ長大なクレイワームがい
たのでぱぱっと片付ける。サイズから考えてこいつがこのダンジョ
ンを掘り進めたんだろうな。何時もの様に倒した獲物の死骸はクロ
トの保管に収納、何かに使える可能性があるかもしれないしね。マ
ザークレイワームを討伐した俺とセラは2人だけの時間を楽しみな
がら昼前に屋敷へ帰宅。途中でアンジェに報告して報奨金も受け取
り済みだ。報奨金を受け取った際、発見者であるヒースとモイが何
とも言えない微妙な表情をしていたのが印象的であった。以上が俺
とセラのお散歩デートの記録である。とまあ甘いひと時の記録はさ
て置き、今は別のことを考えねばならない。
﹁さて、皆揃ったかな? 今日は重大発表があります﹂
屋敷の食堂に全員を集合させたのは帰って直ぐのことだ。一同は
席に着き、エフィルを筆頭とするメイド5名が部屋の壁を背にして
控えている。こうしてメイド達が並ぶのを見ると、なかなか感慨深
いものがあるな。屋敷を購入したばかりの頃はエフィル1人であっ
たのが、今や5人だ。ロザリアやフーバーは臨時の派遣社員みたい
な立ち位置ではあるんだが⋮⋮ 日本基準で福利厚生はしっかりし
ているので、可能であればずっと屋敷で働いてもらいたいものであ
る。
1402
﹃ゴァゴァ﹄
﹃グォン!﹄
ボガとムドファラクは俺の魔力内だが、全員集合には違いない。
違いないったら違いない。
﹁おお、王よ! 遂に結婚を決意されたか!﹂
﹁マジッスか!? 兄貴、おめでとうございます! 今日はセラ姐
さんとやけに仲睦まじいと思ったら、そういうことだったんスね!﹂
何を勘違いしたのかジェラールとダハクが話を違う方向へと捻じ
曲げ始めた。エフィルの耳がピクンと反応し、メルフィーナの顔か
ら一瞬微笑みが消える。﹁あれ、私何も聞いてないんですけど?﹂
みたいな言葉が脳裏に浮かび上がった。やばい、この話題はやばい。
エフィル、セラ、メルフィーナの3人と同時にお付き合いすること
を各々から許しを得ている身ではあるが、結婚とはまた別次元の話
なのだ。抜け駆けして誰かとだけ先にするなんて道に背いた行為は
許されない。エフィルは許しても神が許さない。セラに関しては頭
に疑問符を浮かべて首をかしげている。こっちはこっちで﹁あれ、
私何か言われたっけ?﹂みたいなことを考えているに違いない。
﹁ロザリア、冷気を出さないでくださいよ。寒いです﹂
﹁出してませんよ。これはその、察しなさい﹂
﹁ねえ、ロザリア。誰と誰が結婚するの?﹂
そこのトライセン勢、自重してくれ! どんどん室温下がってき
てるから!
﹁⋮⋮勘違いしないように。全く別の話だよ﹂
1403
努めて冷静に、言葉を詰まらせずに否定する。声が裏返りそうに
なるほど緊張したが、俺のスキル﹃胆力﹄先生は見事この苦境を打
ち破ってくれた。
﹁あはは、ジェラじいもハクちゃんもせっかちなんだからー。ケル
にいが結婚するときは皆一緒に決まってるじゃない﹂
すかさずリオンがフォローを入れ、俺にウインクを送ってきた。
リオン、お前はどれだけできる妹なんだ。お兄ちゃん、優しさで泣
いちゃいそう⋮⋮ リオンの後ろ盾もあってか、エフィルはホッと
したように耳を下げ、メルフィーナも早とちりしたことを恥じてい
るのか顔を赤くしている。修羅場は脱したようだ。
﹁改めて本題なんだが︱︱︱﹂
俺は獣国ガウンにて命名式が開催されること、それに伴い我が家
の家名となるファミリーネームを考えなければならないこと説明す
る。
﹁そう言えばS級冒険者にはそのような特典もありましたね。あな
た様、もう候補となる名前は考えているのですか?﹂
﹁いや、それがまだ全然⋮⋮ これだけ人数がいれば良いアイデア
も浮かぶと思ってさ、今回はそれで集まってもらったんだ。エリィ
達も立場を気にせず発言してくれたら嬉しい﹂
クロトのときは何とか捻り出したものであるが、自慢じゃないが
俺にネーミングセンスは期待できない。日本の名前ならまだしも横
文字なのである。ましてや俺だけでなく妹のリオン、そして将来を
共にするメルフィーナ達にも関わる問題なのだ。俺だけでポンと答
えを出してしまうのは早計だろう。ここは皆で相談したい。クロト
1404
の保管から黒板を取り出し、字の上手いエフィルに書記をお願いす
る。
﹁ファミリーネームッスか。竜にはそんな文化ねぇからなぁ⋮⋮﹂
﹁改めて考えると難しいものですね。料理の名前でしたら気軽に付
けられるのですが、そうもいきませんよね﹂
知恵を出し合うがなかなか案は出てこない。自分の子に名前を付
けるとはこういった心境なのだろうか? ちょっと違う気もするが、
決定に至るまでの難解さでは負けていないと思う。しかし、ここで
自ら挙手する者が現れた。
﹁王よ、いいかの?﹂
ジェラールである。やけに自信満々だ。そうか、経験豊富なジェ
ラールであればきっと名付けをしたこともあるのだろう。これは期
待できる!
﹁⋮⋮マゴスキーとか、どうじゃろう?﹂
﹁ロシア人か! お前の嗜好だらけじゃないか!﹂
そして何で今日一番の渋い良い声なんだよ! だが意見は意見、
エフィルに一応の候補として一覧に記してもらう。
﹁ぷっ、くく⋮⋮! あなた様、ロ、ロシア人って⋮⋮!﹂
メルフィーナが笑いを堪えながら悶絶している。今のツッコミが
女神様のツボに入ったようだ。 ⋮⋮今ので!? 当然ながらメル
フィーナとリオンを除く皆はロシア人を知らないので、ツッコミの
意味を理解できないでいる。理解できてもそこまで笑う要素があっ
1405
たのか謎だ。
﹁ケルヴィン! はいはい!﹂
﹁次はセラか。どうぞ﹂
﹁バアルはどう? 私の出身地では由緒正しいファミリーネームな
のよ!﹂
﹁バアルか。よしエフィル、候補に入れてくれ﹂
﹁承知致しました﹂
1つ目がジェラールのマゴスキーだったのでこのまま色物が続く
のかと心配してしまったが、まともな案が出てきて安心したよ。そ
れにしてもセラの出身地か、どんなところなんだろうか?
﹁あ、ご主人様! 私もいっこ思い付いたんだけど︱︱︱﹂
それからはセラの意見を皮切りに、様々な意見が皆から出始める
こととなった。三人寄れば文殊の知恵、更に集まれば無数の案。最
終的には黒板に書き切れぬ数の家名候補がそこに並ぶこととなり、
1人1票を投じて多数決で決めることに決定した。
﹁︱︱︱集計が終了致しました。それでは最も票を集めたファミリ
ーネームを発表致します﹂
書記から集計係にクラスチェンジしたエフィルが一枚の紙を持ち、
皆の前に立つ。いつも賑やかな食堂はシンと静まり返り、今か今か
とエフィルの次の言葉を待ちわびる。
﹁栄えあるご主人様とリオンの家名となりましたのは、8票を獲得
したリオン様の案﹃セルシウス﹄です!﹂
﹁﹁﹁おー!﹂﹂﹂
1406
おお、リオンの案に決まったか。かく言う俺もこの案に投票した
んだけどね。だって普通に格好良いじゃないか。ケルヴィン・セル
シウスとリオン・セルシウス︱︱︱ うん、良いな!
﹁それでは発案者のリオン様に一言頂戴したいと思います。リオン
様、この度はおめでとうございます。どうしてこのお名前にされた
のでしょうか?﹂
﹁ええっと、ありがとうございます。ケルにいの名前を考えていた
らふと思い付いて⋮⋮﹂
﹁成る程、兄を想う気持ちがこのお名前に結び付いたということで
すね。感銘を受けました⋮⋮!﹂
うう、リオンの気持ちが伝わってくるようだ。泣いていい? 泣
いていいよね?
﹁⋮⋮あ、あのう、本当にこれで良かったのかなぁ?﹂
1407
第189話 家名︵後書き︶
まさか感想で当てられるとは思ってもいなかったです。
1408
第190話 新たなるスキル
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
俺たちのファミリーネームが無事決め終わり、その足でギルドに
赴いてセルシウスの名で申請することをアンジェに伝えた。実際に
はガウンで行われる命名式を終えるまで名乗ることはできないのだ
が、まだ予定日まで余裕がある。ガウンには転移門で瞬時に移動で
きることだし、別に急ぐ必要はないかな。それに装備の作成や新た
に会得した固有スキルのテストなどやることは盛り沢山、今も地下
の修練場でお互いの能力を確認しようとやって来たところだ。
﹁お兄ちゃんのお屋敷って地下の方が広いのね。迷子になっちゃい
そう⋮⋮﹂
﹁冗談じゃなく拡張し過ぎて奥は迷路だからなー。シュトラちゃん
も気をつけてくれよ﹂
﹁むう、私記憶力は良いのよ。それくらいは覚えれるもん﹂
お姫様の手を引きながら重厚な修練場の扉を開く。え、お姫様に
対してフレンドリーじゃないかって? そりゃ同じ屋根の下で暮ら
す同居人だからな。何時までも避けられるのは辛いものがあるから、
俺だって好かれる努力をしていたのだ。その甲斐があってか、ここ
何日かで何かと避けられていたシュトラ姫とも打ち解けることに成
功した。今では敬語を止めて友達のように接する仲である。一度仲
良くなれば気を許すタイプって感じかな。まあそこに至るまでエフ
ィルが作った俺の分のお菓子をやったり、教育係のロザリアから庇
ったりと色々あったんだけど。いやあ、人見知りだとはアズグラッ
ドから聞いていたが、S級モンスターを倒すよりも苦戦するとは思
1409
ってもいなかった。フーバーから変な目で見られるようになったの
は予想外だったが、あいつ絶対何かを勘違いしている気がする。
﹁さ、今日は俺やリオン、エフィルにジェラールが進化して得たス
キルについて検証していこうと思う。もう各々試しに使っていると
は思うけどさ﹂
今日まで通常の模擬試合はしていたが、習得したスキルについて
は使用を禁止していた。いや、確認もせずに仲間に使うとか危ない
じゃん。一応自分のスキルはメニューから説明書きを呼び出しその
効力を読み取ることはできるが、実際に使ってみないと分からない
点もあったりするし。
﹁王と、試すのはいいが模擬試合形式でやるのかの? 固有スキル
を試すには危ないと思うが﹂
﹁ああ、それもちゃんと考えてきてるよ。要は仮想の敵がいれば問
題ない。セラ、頼む﹂
﹁オッケー。あ、シュトラ、危ないからもう少し離れていなさい。
ダハク、アンタはシュトラを護りなさい。いいわね?﹂
﹁う、うん﹂
﹁よく分かんねぇけど了解ッス、セラ姐さん! ほら嬢ちゃん、エ
フィル姐さんが作ってくれた携帯用野菜スティックやるから俺のそ
ばにいな﹂
ダハクが筒状の容器を取り出し、シュトラにその中に入った色と
りどりの野菜スティックを差し出す。メルフィーナの製作品だろう
か? 容器からはヒンヤリとした冷気が出ている。それにしても幼
女に煙草を差し出す不良のような危ない図だな。
﹁エフィルの!? 食べる!﹂
1410
そして直ぐ様食いつくシュトラ姫。王宮育ちのシュトラにとって
もエフィルの調理した品々は魅力の一品、抗えるはずがないのだ。
﹁美味しい∼♪﹂
﹁ったりめぇだろ。エフィル姐さん舐めんな﹂
シュトラ姫は床に座るダハクの膝の上に座り、2人してパリパリ
と野菜スティックを頬張っている。ああ見えてダハクの奴はなぜか
子供に人気があるんだよな。お前、俺がシュトラ姫の心を開くのに
どれだけ努力したと思ってるんだ⋮⋮ まあ、その力を意中の相手
にも発揮できればいいんだが。
﹁さ、出てきなさい。マザーブラッドワーム﹂
セラの影が膨らみ、ズザザァと怒涛の勢いで天井へと舞い上がる
赤き巨体。
﹁あれ? これって⋮⋮﹂
﹁ああ、この前倒して来たマザークレイワームをセラの黒魔法で復
活させたんだ。しかもセラの血入りでかなり強化されてる。一度倒
しているから経験値は入らないが、練習相手としてはうってつけだ
ろ?﹂
﹁特に制御とかはしてないから普通に襲ってくるからね。あくまで
実戦形式よ!﹂
セラがこちらに向き直り説明する。
﹁わ、危ないわねー﹂
1411
血染めのクレイワームが放った尻尾による薙ぎ払いを片手で受け
止めながら⋮⋮ 一番近くにいるのに余裕そうですね。マザークレ
イワーム改めマザーブラッドワーム。討伐依頼が出るとすればS級
相当の強さだろう。総合力では﹃竜海食洞穴﹄の邪竜以上かな。う
ん、良い仕事だ。片手で受け止められたけど。
﹁死体を復活させたんだ? なら僕は最後が都合良いかなー﹂
﹁ならワシから披露しようかの。ワシは新たに得たと言うよりもス
キルが変化したようなもんなんじゃが︱︱︱﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁︱︱︱駄目ね。ケルヴィン、もう復活は無理っぽいわ﹂
﹁流石にセラの黒魔法でもこれ以上はできないか⋮⋮﹂
﹁最後のリオンのが止めになったわね。完全に浄化されちゃったし﹂
﹁あはは、ごめん⋮⋮﹂
ジェラール、エフィル、俺、最後にリオンと戦ったマザーブラッ
ドワームは選手交代する度に見るも無残な姿と成り果てていた。ジ
ェラールに分断され、エフィルに燃やされ、また俺に分断され、ラ
ストのリオンの手によって天に召された。正確には討伐した際に既
に召しているが。
﹁ま、これで検証は終了かな﹂
順々に復習していこう。まずジェラールの固有スキル﹃栄光を我
が手に﹄、﹃自己超越﹄は以前所持していた﹃忠誠﹄、﹃自己改造﹄
1412
の上位互換スキルだ。﹃自己超越﹄については前にジェラールが説
明してくれたから省くかな。実際そのまんまの能力だったし。
﹃栄光を我が手に﹄は欠点のなくなった﹃忠誠﹄と言ったところ
か。﹃忠誠﹄はステータスの一時上昇と引き換えに制限時間があり、
それを過ぎてしまうとジェラールが動けなくなると言うデメリット
があった。対して﹃栄光を我が手に﹄は制限時間を過ぎても厄介な
ステータス異常がないのだ。更に敵にダメージを与えればそれに応
じた時間が延長される効果付き。これまで使いどころが選ばれるス
キルであったが、これならば心置きなく使うことができる。後はジ
ェラールの俺に対する忠誠心がどの程度のもんなのかって問題だ。
普段の行いからは微塵もそんな気配を感じられないから不安である。
﹁エフィルの固有スキルは⋮⋮ 炎が蒼くなったな﹂
﹁はい、蒼くなりました﹂
エフィルが手の平に小さな蒼炎を出す。
﹁エフィルの炎、綺麗だね∼﹂
﹁シュトラ、それ見た目以上に危ないから絶対触るなよ﹂
﹁ほら、下がれ下がれ﹂
﹁むー!﹂
ダハクが要所要所で抑えてくれてるから大丈夫だとは思うけどさ。
エフィルの固有スキル﹃蒼炎﹄は文字通り炎が蒼く染まる。もち
ろん効果はそれだけではなく、炎の威力から消費する魔力まで全て
が跳ね上がっているのだ。エフィルが読み上げたメニューの説明書
きを聞くに、炎に対する耐性をも貫通するらしい。また火力が上が
ってしまうな、これは。普通の炎も任意で選択することができるの
1413
で、いざとなった時の奥の手として使う感じだろうか。
﹁ちなみにもう1つのスキルの効果は何なんだ? さっきの戦闘で
は使っていなかったみたいだけど﹂
﹁﹃悲運脱却﹄はステータスの幸運を上昇させるスキルですね。セ
ラさんの﹃豪運﹄と似たようなものかと﹂
﹁S級の豪運の2倍以上の上昇値なんだけど、これ⋮⋮﹂
セラのS級まで等級を上げた豪運スキルの上昇値が+640、エ
フィルの固有スキルが+1437である。補正が凄いことになって
いる。スキルの名前からして他にも何かあると思うんだが。
﹁えっと、説明書きには他に何も⋮⋮ あっ﹂
メニューと睨めっこしていたエフィルから素っ頓狂な声が上がる。
﹁これまで起こった不幸の数だけ、幸運に補正がかかる⋮⋮ 空行
の大分先にこの一文がありました⋮⋮﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
く、空気が重い⋮⋮
﹁︱︱︱ご主人様、そんな顔をなさらないでください。私、今とっ
ても幸せですから。ご主人様と出会う以前の苦悩が帳消しに、いえ、
そんなものとは比較にならないほどの幸せを頂きました。ですから、
ご主人様はいつもの素敵な笑顔でいてください﹂
﹁エフィル⋮⋮﹂
何で俺の周りにはこんな良い子ばかりいてくれるんだ! これは
幸せにしないと罰が当たる!
1414
﹁しかしエフィルよ、王の素敵な笑顔ってアレじゃ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮? ご主人様はいつも素敵な笑顔ですよ?﹂
﹁いや、うむ⋮⋮ そうじゃな。何でもなかったわい。王よ、次に
行こう、次﹂
ジェラールは何やってんだか。まあいいや。
﹁リオンの﹃絶対浄化﹄もそのまんまの意味かな。さっきも黒魔法
で再生させたマザーブラッドワームを再起不能にしてたし﹂
﹁うん。黒魔法に対してはかなり有用なスキルだと思うよ。基本触
りさえすればアンデット系のモンスターも一発かな? 怨念とかの
毒気を浄化させるんだって。あ、後は呪いにも強いかな! 試しに
呪われた剣を装備してみたんだけど、触った瞬間に呪いがなくなっ
ていたし﹂
それはまた聖人らしいスキルだな。MPの残量を見る限り自動発
動で魔力も消費しないようだし、体質のようなものだろうか。あと
クロト、リオンのお願いでも勝手に保管からそんな物を渡してはい
けません。
﹁リオンにぴったりのスキルだ。でも無理はするんじゃないぞ﹂
﹁えへへー。分かってるよ、ケルにい!﹂
リオンの頭を撫でる手が止まらない。いくら褒めても褒めたりな
いのだ。
﹁それでケルヴィンの兄貴、兄貴が会得したスキルってのは何なん
スか?﹂
﹁俺のか? 俺のはな︱︱︱﹂
1415
第191話 慰安旅行
︱︱︱精霊歌亭・酒場
あれから数日が経過し、ガウンで行われる命名式の日が近づいて
きた。以前ガウンに行ったのはエルフの里を防衛しに向かった時だ
ったか。あの時は結局パーズに直帰してしまったから、首都を訪れ
るのはこれが初めてとなる。獣人の国と言うくらいだ。エルフの里
のように、さぞ緑溢れる街なのだろう。旅のガイドブックにもそう
書いてあったし。
﹁何だい、明日にはもうガウンに出発しちまうのかい? この前帰
って来たばかりじゃないか﹂
﹁出発と言っても転移門を使って一瞬ですよ。何かあれば直ぐに戻
って来れます。ゆっくり観光もしたいですしね。あ、お土産何がい
いですか?﹂
﹁そんなに気を使ってくれなくてもいいんだけどねぇ。ガウンのお
土産⋮⋮ とくればやっぱり肉だね。あそこは冒険者の他にも狩人
が多いから種類が豊富なんさね。エフィルちゃんが目利きした珍し
い肉があれば嬉しいよ﹂
﹁珍しいお肉、ですか? 頑張ります﹂
俺はエフィルと非番だったリュカを連れて精霊歌亭にお邪魔して
いる。明日ガウンに向かうとクレアさんに挨拶をしに来たのだ。忙
しいであろうピークの時間は外しているので客は疎らであったが、
運がいいことにいつも宿を留守にしているウルドさんが一緒だ。
﹁そこまで気負うことはねぇよ。エフィルが選んでくれりゃあ、俺
1416
たちは何でも大喜びよ!﹂
﹁アンタはまた適当なんだから。でもまあ、その通りなんだけどさ﹂
今日は冒険者稼業が休みのようで、俺たちが酒場を訪れるとウル
ドさんは真昼間からエールを煽っていた。かなりの本数を空けてい
るようだが、ウルドさんはジェラール並に酒が強い。少しテンショ
ンが高いくらいで見た目は素面とまったく変わらない。
﹁あーあ、ご主人様たちまた出掛けちゃうのかぁ⋮⋮﹂
酒場のカウンター越しにクレアさんが出してくれたサービスのジ
ュースを一口飲むと、リュカが気分の沈んだ様子で溜息を吐く。
﹁ご主人様にメイド長、今度はいつ帰って来るの?﹂
﹁屋敷で何か問題が起こらない限りは数週間は空ける予定かな︱︱
︱ ああ、そうか。リュカとエリィには屋敷の留守を任せてばかり
だったからな﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
寂しげなリュカの雰囲気に自ずと悟ってしまう。ガウンへ出発す
るとなれば、うちの預かりとなっているシュトラも責任を持って連
れて行くこととなる。だとすればシュトラの護衛役としてメイドを
続けているロザリアとフーバーもまた然り。屋敷にはリュカとエリ
ィ、その他大勢のゴーレムしか残らないのだ。折角一緒に遊ぶよう
になるまで、シュトラと仲良くなったと言うのに。それがまだ幼く、
遊び盛りな年頃のリュカにはとても寂しく感じられるのだろう。
﹁リュカ、気持ちは分かりますが︱︱︱﹂
﹁︱︱︱いや、いつもいつも留守番じゃ使用人として遣り甲斐がな
くなるのも当然だ。たまには息抜きも必要、か⋮⋮﹂
1417
﹁ご主人様?﹂
適当な理由を並べてリュカとエリィを屋敷から連れ出す口実を考
える。唸れ、俺の並列思考!
スキルイーター
ちなみにここでは関係ない話ではあるが、デラミスの勇者である
雅から悪食の篭手で拝借した﹃並列思考﹄は今や俺の固有スキルと
して確立している。長期に渡って書き換えることなく使用していた
スキルイーター
影響か、魔人への進化を境に借物ではなく本物へと移行したのだ。
お陰で悪食の篭手は両手のスロットが空き、戦略も広まると良いこ
と尽くしである。こんなこともあるんだね。関係のない話、終わり。
﹁⋮⋮そうだ。この機会に慰安旅行をしよう﹂
﹁慰安?﹂
﹁旅行?﹂
俺の思考のひとつが時間稼ぎをしていたところで、パッとひとつ
のアイデアが浮かび上がった。
﹁そう、慰安旅行だ。屋敷はゴーレム達が警備してることだし、数
週間くらい任せても大丈夫だろ。使用人を全員連れてガウンへ遊び
に行こう。日頃の頑張りを労うことも雇い主として必要なことだよ
な。うん!﹂
﹁ほ、本当!? 私もご主人様やジェラールお爺ちゃんと一緒に行
っていいの!?﹂
椅子に座っていたリュカが飛び跳ねる。
﹁ご主人様、よろしいのですか?﹂
﹁いいのいいの。命名式だってそれなりに使用人を連れて行った方
1418
が箔がつくってもんだ﹂
命名式たるものが一体どんなものかは知ったところではないが。
アンジェからの説明もまだなかったからな。まあ何とかなるだろ。
むしろこの場合、命名式がオマケだ。
﹁わ∼い♪ あ、お母さんにも知らせなきゃ! それでそれで、持
って行くものの準備をして⋮⋮ シュトラちゃんはお人形さんがな
いと眠れないから⋮⋮ ご主人様、私先に帰ってるね!﹂
﹁ああ、気をつけて︱︱︱ って、もういないか﹂
リュカめ、﹃経験値共有化﹄で一気にレベルを上げたのもあって
腕を上げたな。いや、脚力を上げたかな?
﹁気のせいか、リュカちゃんが一瞬で消えたように見えたんだが⋮
⋮ おかしいな、飲み過ぎたか?﹂
﹁何言ってんだい。アンタもいい歳なんだから酒はその辺にしてお
きな!﹂
﹁そ、そうだな。明日も早いし⋮⋮﹂
疲れたように目を押さえるウルドさんをクレアさんが叱咤する。
皿洗いをしていた為かクレアさんはリュカを見ていなかったようだ。
しかし、遂にはリュカもB級冒険者であるウルドさんを凌駕するよ
うになったか。最近はジェラールとの特訓で剣の斬撃も少しは飛ば
せるようになったみたいだし、なかなか心強いメイドになったもの
である。もう見習いは卒業かな。
﹁ご主人様、ありがとうございます。本来でしたら使用人を統括す
る私が気を回すべきところを⋮⋮ リュカだけでなくエリィも喜ぶ
と思います﹂
1419
﹁俺がそうしたいと思っただけだよ。リオンやシュトラもその方が
楽しいだろ﹂
﹁くすっ、そうですね﹂
そうと決まれば俺も本格的に計画を立てなければならないな。ガ
ウンの名所やグルメの情報収集はある程度済んでいる。しかしセラ
やメルフィーナ達とあーだこーだとプランを練ってはいたが、結構
曖昧なままだった。ダハクは肉を食えないし、ムドファラクはスイ
ーツを所望するしと食べ物だけをとっても考えることが多いのだ。
⋮⋮むしろ自由行動の方がいいか? しかし人型に未だなれない
ボガとムドファラクを野放しにするのも問題であって︱︱︱
﹁よく分からんが凄い集中力だな、ケルヴィン﹂
﹁︱︱︱クレアさん、ウルドさん。俺たちもそろそろ失礼します﹂
﹁おや、もう行くのかい?﹂
﹁ええ、もう一度練り直さないとならなくなりましたので。お土産
楽しみにしていてください﹂
﹁まあ適当に頼んだよ。持ってきたそれで美味い料理でも食べさせ
てあげるからさ﹂
﹁それじゃ誰のお土産だか分からないでしょ。でもそれならエフィ
ルには目利きを頑張って貰わないといけないな﹂
﹁ははっ。違いねぇ!﹂
一頻り談笑したところで俺とエフィルは精霊歌亭を後にする。そ
の後はエフィルと簡単な買い物をし、屋敷へ直行だ。
﹁⋮⋮エフィル、門の前に冥帝騎士王らしき鎧が見えるんだが、気
のせいだろうか?﹂
﹁いえ、間違いなくジェラールさんです﹂
1420
門番をするトゥーとスリーの間に大きな影が蹲っているのを発見
してしまう。心なしかトゥーとスリーも困っているようだ。
﹁⋮⋮ジェラール、そんなところで何してるんだ? 通行の邪魔︱
︱︱﹂
﹁王よ、王よぉ! リュカが一緒とは真かの!? 一生貴方の下で
尽力致しましょうぞぉ!﹂
ジェラールが片膝をついて錯乱した様子で俺に礼を言ってきた。
同時に忠誠心が高まった気がする。お前、どんだけリュカが付いて
来ることに浮かれているんだよ。
1421
第192話 獣国ガウン
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・地下
ガウンへ出発する当日、俺たちはアンジェの案内で転移門が設置
されたギルドの地下室に下りて来た。転移門を使用する前に管理者
であるギルド長のリオに一声かけたいところだったのだが、結局あ
れからリオはパーズへ帰って来ていないようなのだ。アンジェ曰く、
各国の橋渡し役として出張が長引いているとのこと。ギルド長とは
かくも忙しいものである。
﹁今更だけど、皆忘れ物はないなー?﹂
﹁クロトの保管に全部入ってるから忘れようがないよ、ご主人様!﹂
リュカが元気に両手を挙げて返答する。私は何も持ってないよア
ピールか。まあ俺を含む他全員もほぼ手ぶらなんだけどさ。旅行と
言えばその期間に応じて荷物が膨らむものであるが、無尽蔵かつ整
理能力も万端な保管スキルを持つクロトがいれば話は別なのだ。
﹁熊さんのヌイグルミ、持った!﹂
これ見よがしとばかりにシュトラがヌイグルミを掲げる。オーソ
ドックスなデザインの栗毛色の熊さんである。よし、これでシュト
ラの安眠は確保できたな!
﹁ケルヴィンのところも随分と大所帯になったね∼﹂
わいわいと旅先で何をするかと談笑する仲間達を見ながらアンジ
1422
ェが話し掛けてきた。確かに始まりは俺とメルフィーナだけだった
からな。それからクロトが仲間になり、ジェラールと契約し︱︱︱
本当に賑やかになったものだ。
﹁ああ、自分でも驚いているよ。 ⋮⋮で、何でアンジェはいつも
の制服じゃなくて私服なんだ? 仕事中だろ?﹂
なぜか大きなバッグを肩に掛けているし。俺らよりもよっぽど旅
行に行く格好である。
﹁あれ、言ってなかったっけ? 命名式にはパーズギルドの代表と
して私も行くよ。周りの目を気にする必要もないから今は非番モー
ド! ⋮⋮あっちに行ったら仕事で抜けることもあるんだけどね﹂
﹁初耳だよ。言ってくれれば良かったのに﹂
旅行の面子が増えることは良いことなんだけどさ。これを機にシ
ュトラとも仲良くなってくれれば尚良い。
﹁あはは、ごめんごめん。ま、そう言うことで命名式に関しては任
せてよ﹂
アンジェは手のひらひらさせながら誤魔化し、転移門前の台座に
向かって行った。
﹁⋮⋮これだけ恋人がいるんなら、私が混じっても何の問題もない
よね? むしろ自然だよね? よーし、頑張るぞ﹂
そんな呟きを残して。耳が良いのも考えものだな。意図せず声を
拾ってしまう。それにしても意外だ、アンジェがそんなに旅行に行
きたがっていたなんて。今度機会があればこっちから誘ってみよう
1423
か。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
転移門が放つ光を通り過ぎた先、まず目に入ったのは樹で覆われ
たような中規模の部屋と獣人の屈強な衛兵達。そして︱︱︱ ドレ
スを纏ったゴマの姿であった。
﹁ケルヴィン様、お待ちしておりました。ガウンを代表して皆様を
歓迎致します﹂
お姫様のように一礼するゴマ。っと言うより本当にガウンのお姫
様なんだが、今まで冒険者としての彼女の姿に見慣れてしまったせ
いか新鮮な印象を受けてしまう。
﹁お久しぶりです。ゴマ、姫?﹂
﹁ふふ、今まで通りゴマでいいですよ。ケルヴィン様?﹂
先ほどまでの気品ある仕草とは打って変わって、前にかがみ悪戯
をしたかのように舌を少し見せるゴマ。ドレスなので胸元がきわど
い。これは男として凝視せざるを得ない。 ⋮⋮気のせいだろうか
? いつものゴマより色っぽく感じるぞ。
﹃ケルにい、何だかゴマさんっぽくない気がするんだけど⋮⋮﹄
﹃奇遇だな妹よ。俺もちょうどそう思っていたところだ﹄
1424
どうやらリオンもこのゴマに違和感を感じたようだ。そんな念話
を俺たちがしていると、ドドド! っと地を揺るがしながら大きな
音がこの部屋に徐々に近づいて来た。
﹁父ーさぁーんんー!﹂
震源の正体が凄い形相で部屋に飛び込んで来る。俺たちがよく知
る方のゴマだ。冒険者姿ではないものの、可能な限り王族風の衣服
を軽装にしたような格好をしている。瓜二つのゴマが2人︱︱︱ 俺の鑑定眼でステータスを見ても全く同じ数値とスキル構成だ。怒
りのゴマの台詞で合点がいったが、そう言えばそこまで真似るマジ
ックアイテムだったな。
﹁何やってるんですかぁー!﹂
勢いのまま繰り出される鉄拳。それを見て直感的に感じてしまう。
ああ、これがゴマだよな、と。相変わらず腰の入った見事なフォー
ムである。あの拳に何人のサバトが沈んだことか⋮⋮
︱︱︱パシン。
だが、不可避を誇っていたはずのゴマの鉄拳はドレスゴマに受け
止められてしまった。それも片手で、完全に威力を殺される形で、
更には俺だけに見えるようパンチラのサービス付きだ。ドレスを着
衣しているとは思えないほどの俊敏な動きは、それだけで只者じゃ
ないことを物語っている。
﹁あら、大変だわ! 私の影武者が謀反を起こしたわ!﹂
﹁何が謀反ですか! この場合、影武者は父さん⋮⋮ ああ、もう
1425
! 紛らわしい!﹂
﹁うふふ、時間に遅れる貴方が悪いのよ﹂
﹁うっさい! 私やサバトも時間に間に合うよう準備していたのに、
嘘の時間を教えたのは父さんでしょうが!﹂
会話中も続けられる当たらない鉄拳制裁。ここまでやられては皆
トリックを理解したことだろう。王族を護衛する兵士達も﹁またか﹂
と言った表情で動こうとしていないしな。
﹁あの、獣王。もう何となく状況が読めましたので、そろそろ話を
進めて頂いても?﹂
﹁何だ、もうワシの変装を見破っていたのか。流石はS級冒険者だ
な﹂
ドレスゴマ、もとい獣王はこちらに感心するような表情を向ける
と、ギュンと一瞬で本物ゴマから距離をとった。ゴマもこれ以上は
無駄であると悟ったのだろう。構えを解いて俺たちの方へと進んで
来る。
﹁⋮⋮皆さん。申し訳ないのですが、あの私の姿は見なかったこと
にして下さい。できれば記憶から抹消して頂きたいです﹂
﹁う、うん﹂
獣王の変装を恥とばかりに赤面するゴマ。国宝であるマジックア
イテムを使った獣王の変装は完璧に対象を真似ると聞く。中身は獣
王であれど外見はゴマなのだ。つまりは先ほどの胸チラやパンチラ
も本物と遜色ないのだ。安心しろゴマ、お前の勇姿は俺の記憶にし
っかりと書き込んでおく。
﹁ゴマよ、少しは女らしさを身に付けてはどうだ? ほれ、ケルヴ
1426
ィンの嫁達を見てみろ。これでは天地の差、トラージ風に言えば月
とスッポンであるぞ?﹂
﹁ダンジョンに放り込むような教育方針をしておいて、どの口がほ
ざきますか⋮⋮!﹂
﹁む、懐かしいな。よくゴマやサバトが一緒に放り込んだキルトを
背負って戻って来たものであったな。その勇猛さが少しでもキルト
にもあれば︱︱︱﹂
﹁あのう⋮⋮﹂
興味深い話ではあるが、終わりそうにないので無理矢理割り込む。
﹁おっと、重ねて済まないな。どうも子供達と話し出すと話題が尽
きなくて困る。ここはガウン一の巨木である神霊樹の城の一室だ。
この部屋には窓も何もないからな。どれ、我らが誇るガウンの街並
みを見せてやろう。付いて参れ﹂
﹁はあ⋮⋮ ケルヴィンさん、昨日から父さん城を案内するって張
り切っていまして。申し訳ないのだけれど、付き合って頂いても?﹂
﹁ああ、それは光栄だし一向に構わないんだけど⋮⋮ 獣王、いつ
まであの格好なの?﹂
﹁⋮⋮娘の私も数年くらい本物の姿を見てないのです。非常に不服
だけど、今日はあの格好で通すと思います。基本日替わりで変装す
る姿が変わっていく感じかしら?﹂
﹁それは油断ならないな﹂
﹁ええ、とっても!﹂
やけにゴマの言葉尻が強い。それにしてもサバトやゴマは日々こ
の獣王に鍛えられていたのか。そりゃ心身共に強くなる訳だ。
﹁おーい、早く来い! ︱︱︱キルトにゴマの秘密、喋っちゃうぞ
♪﹂
1427
﹁ケルヴィンさん、早く行ってあげて!﹂
これはゴマ達にとっては冒険者として旅に出た方が楽かもしれん。
1428
第193話 獣王祭
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
﹁うわぁ、凄い⋮⋮﹂
﹁絶景だな﹂
﹁ハッハッハ! そうだろう、そうだろう!﹂
獣王が案内してくれた場所は城の、と言うよりも神霊樹の天辺に
位置する場所だった。上を向けば雲にも手が届きそうな高さであり、
下を見ればガウンの街並みを一望することができる。ガウンは木々
が生茂る緑豊かな国で、建造物1つをとっても極力環境を壊さない
よう配慮した作りとなっていた。この城もそうだが、樹木を軸にし
てその上に建てる形式の家が多いのだ。そんな建造物が大量に見渡
せるあたり、これまでで最もファンタジーな景色と言えるかもしれ
ないな。一方で程好いスペースが空いている場所には普通の家もあ
る。場所に応じて建物のタイプを変えているようだ。
﹁あそこ、大きな建物があるわね。エフィル、見えるかしら?﹂
﹁⋮⋮円形の闘技場、コロシアムでしょうか? 戦士風の男性2人
が戦っています﹂
﹁そういや俺とシルヴィアの模擬試合の時、ガウンから専門アナウ
ンサーだか何だかが来てたな。確か⋮⋮ ガウン総合闘技場のロノ
ウェ、だっけ?﹂
スピーカーみたいな拡声器代わりのマジックアイテムを貸し出し
てくれていたのもあそこだったはずだ。うっ、あまり思い出したく
ない音を思い出してしまった⋮⋮ 何がとは言うまい。言うまいよ。
1429
﹁うむ、ガウン自慢の闘技場だ。この国は血の気が多い者ばかりで
な。上手く言えんが、適度に発散せねば獣人としての本能が疼くの
だ。あれは観客の乾きを潤し、己の実力を試す格好の場なのだ﹂
﹁へぇ⋮⋮﹂
もちろん闘技場については事前調査で調べている。一般的にコロ
シアムから思い浮かぶは、剣闘士と言った死を伴う見世物を強いら
れる奴隷だろう。だがガウンの闘技場にはそのような存在はおらず、
一定の期間毎に兵を集めたトーナメントなどのイベントを行う場と
なっているそうなのだ。そこに身分や功績は考慮されず、言わば自
分の強さに自信があれば勝手に参加しな! 死んでも知らないけど
な! というノリだ。こんなふざけた参加条件でも常に希望者は後
を絶たないのだから手に負えない。いや、俺もそういうノリが好き
な口なんだけどさ。ぶっちゃけ俺が一番楽しみにしている場所だ。
可能であれば参加したいほどに。
﹁クク、観光収益もなかなかのものでな。ひい、ふう、みい︱︱︱﹂
﹁父さん、私の姿でニヤニヤしながら算盤弾くの止めて﹂
⋮⋮前々から思っていたが、獣王もかなりの変人な気がする。勝
手な俺のイメージの問題なんだけどさ、獣人の王って言うと真っ向
からの勝負を好む愚直な性格って感覚があるんだよな。例えばサバ
トみたいに。しかし実際の獣王は初対面の時からエルフの里の長老
の娘に女装していたし、今もゴマの姿で算盤を弾いている。 ⋮⋮
どこから取り出した、算盤。そしてこの世界にもあったのか、算盤。
あの算盤捌きも只者じゃないな。俺よりも圧倒的に速い。 ︱︱︱
こんな側面を含めて、獣王レオンハルト・ガウンは異彩を放つ存在
なんだよな。プリティアといい、S級冒険者に救いはないのか。
1430
﹁ケルヴィン、ちなみに命名式もあのコロシアムで執り行うんだよ。
一応場所覚えておいてね﹂
﹁えっ、コロシアムでやるのか? 分かった、覚えておくよ﹂
命名式なのに会場は闘技場なのか。まあ、ガウンらしいと言えば
らしいが。余興でもやるのだろうか?
﹁闘技場か、俺も参加してみてぇなー。これでも大分強くなったん
スよ、俺!﹂
﹁最近はボガに負けることも多くなってきたけどね﹂
﹁セ、セラ姐さん! それは秘密の約束のはずっ! それにあれは
能力を使わない戦いで︱︱︱﹂
﹁負け惜しみは男らしくないぞい。それにダハクは最近畑と恋にか
まけ過ぎじゃ。少しは鍛錬せい﹂
﹁鍛錬せいせい!﹂
﹁むむむっ﹂
ジェラールとリュカに正論を言われぐうの音も出ないダハク。対
してボガはジェラールの鍛錬に日々駆り出されているからな。正面
からぶつかっては勝機がないのは明白だ。
﹁何だ、ケルヴィン達も闘技場に参加したかったのか? 運が良い
な、ちょうど5日後に大きな大会があるぞ。そうだな︱︱︱﹂
ゴマの顔をした獣王がまた悪い表情をしているのを俺は見逃さな
かった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1431
﹁ここは?﹂
次に獣王に案内された先は城の外であった。ガウンの兵士達が模
擬剣を手に激しい打ち合いをし、汗を流している。見たところ訓練
場のようだが。
﹁少しばかり実力を見せんと納得しない者もいるからな。どれ、待
っておれ﹂
そう言うと獣王は腕を組んで修練を見守っている教官らしき獣人
のところへと行ってしまった。勇猛な獅子のような面構えのその獣
人は、ドレスゴマ︵獣王︶を見るなり酷く驚いた様子で敬礼を返し
ている。見た目的にはどう見てもあっちが獣王なんだけどなー。
﹁あれはジェレオル兄さんです。私の武術の師であり、ガウンで父
さんの次に強いとされる戦士でもあります。妻のリサさんには頭が
上がらないんですけどね。でもとっても仲の良いおしどり夫婦なん
ですよ﹂
ほう、獣王の次に強いとな。これは要チェックだな。
﹁おっ、ケルヴィンじゃねぇか! もうガウンに来てたんだな! そろそろ俺も迎えに行こうかと思っていたんだが﹂
兵士の集団の中から行き成り大声で名前を呼ばれる。この声は︱
︱︱ 集団に目を向けると、予想通りサバトがそこにいた。駆け寄
って来たサバトと再会の挨拶を交わす。
1432
﹁サバトもゴマも城にいるってことは冒険者稼業は休んでいるのか
? それとも王族に戻ったとか?﹂
﹁別に止めた訳じゃないんだけどよ。魔王の一件が親父に評価され
て、今度の命名式でガウンの名を継ぐチャンスができたんだ。俺だ
けじゃなくゴマもな。今はそのウォーミングアップ中って感じだ!﹂
﹁チャンス?﹂
﹁年に1度、命名式の前に行われる﹃獣王祭﹄。それが先ほど父さ
んが言っていた、5日後の大きな大会なのです。命名式自体は他国
同様年に2回開かれるのですが、王族であるガウンの名を継げるの
はこの日のみ。武者修行による功績を立て、獣王の眼前で実力を見
せる。それを成し遂げることで初めて私たちは名を継げる⋮⋮ と
いう習わしでして。優勝までする必要はないのですが、相応の結果
は残さないとならなくって。私もジェレオル兄さんに毎日組み手を
してもらっています﹂
﹁功績を立てるだけじゃ駄目なのか。ゴマ達も大変だな。まあ、A
級冒険者の実力なら問題ないんじゃないか?﹂
A級冒険者ともなれば大陸でも屈指の強さだ。並大抵の相手では
負けることはないだろう。
﹁それが⋮⋮﹂
﹁そうでもないんだよなぁ⋮⋮﹂
2人は同時に深い溜息を吐く。
﹁獣王祭はガウンでも最上位の大会でして⋮⋮ 現在分かっている
参加者だけでも父さん、レオンハルト・ガウンを始めとして、S級
冒険者のゴルディアーナ・プリティアーナさんがいるのです﹂
﹁おまけにあそこにいるジェレオルの兄貴やユージールの兄貴まで
出場する。下手したら俺たちでも初戦で負けるかもしれねぇんだ。
1433
はあ、俺もキルトの兄貴みたいに勉学に励めば良かったぜ。そうす
りゃ免除だったのによ﹂
﹁サバト、そっちの道の方が絶望的だから現実に戻ってきなさい。
アンタにはこっちの道しかないわ﹂
ほう、ほうほう! 合法的に王様と戦えると!
﹁へぇ∼。ねえ、ケルヴィン。私たちもその獣王祭に出てみない?
結構良いところまで行けそうじゃないかしら?﹂
セラが俺の気持ちを察してくれたのか、嬉しい提案してくれた。
﹁おっ、セラ姐さんもやる気ッスか? なら俺も! プリティアち
ゃんに良いところを見せるチャンスだぜ!﹂
﹁飛び込み参加もありなの? なら僕も出たい!﹂
﹁出たーい!﹂
次々に身内から出てくる参加希望の嵐。どさくさに紛れてリュカ
まで手を挙げている。
﹁あ、あの⋮⋮ ケルヴィンさん達まで出られてしまうと私たちの
勝率が⋮⋮ それに出場枠はもう決まって︱︱︱﹂
﹁マジか! おお、これが燃える展開ってやつか! これはしみっ
たれたことを言っている場合じゃねぇな! ケルヴィン達に勝てれ
ばガウンの名どころかS級も夢じゃねぇ! なあ、ゴマ! 男気溢
れるお前もそう思うだンッザァイ!﹂
﹁うっさい、この直情馬鹿っ!﹂
あっ、久しぶりにサバトが吹っ飛んだ。
1434
第194話 腕試し
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
ゴマの鉄拳が炸裂してから少しして、獣王がこちらに戻って来た。
﹁待たせたな。準備ができた︱︱︱ 何をやっておるのだ、サバト
? そんな所で壁にはまりおって﹂
﹁く、くく⋮⋮ 何でもないぜ、親父。少しばかり妹の愛が重過ぎ
ただけだ﹂
﹁そうか。だがその台詞、キルトの前では言わん方がいいぞ。では
ケルヴィンよ、こちらに来るがいい﹂
ボロボロになっているサバトは放置ですか。流石はガウン、スパ
ルタである。これが日常なのか。
﹁さて、先ほどワシが言った5日後の大会なんだがな。獣王祭と言
ってワシの名を冠するほどに重要なもので︱︱︱﹂
﹁それならさっきゴマから説明を受けましたよ。ガウンの名を継げ
るかどうかを左右する大会だそうですね﹂
﹁む、それなら話が早いな。ワシとしてはケルヴィンらにも参加し
て貰えればありがたいのだが⋮⋮ 命名式を外しても我が国最高位
の大会であるからして、内外からの参加希望者が多いのだ。ある程
度人数を絞る為の予選も終わっておってな。この時期ともなれば参
加枠も埋まってしまっているのだ﹂
﹁﹁﹁えー⋮⋮﹂﹂﹂
セラ、リオン、リュカが声を合わせる。リュカ、マジで参加する
1435
つもりだったのか?
﹁そうですか⋮⋮ 残念ですが仕方ないですね﹂
﹁まあそう悲観するでない。実はな、我が国の軍部からの参加枠が
あるのだが、あと4つ決まっていない出場枠があるのだ。今日の訓
練の出来を見てジェレオルの奴に適当に決めさせようと考えておっ
たのだが、お主ら、この枠を賭けて1つ勝負をしてみないか?﹂
﹁おお、流石親父は気前が良いぜ!﹂
﹁⋮⋮父さん、いいのですか?﹂
﹁大会が盛り上がればそれで良い。お前らの刺激にもなるだろうか
らな﹂
おお、思いもよらぬ吉報だ。半分諦めていたからな、是非ともお
願いしたい。
﹁やったわね、ケルヴィン! これで私たちの中から4人は出られ
るわ!﹂
﹁セラさん、まだ決まっていませんよ。そんな大声を出すと︱︱︱﹂
エフィルがチラっと訓練場の方の見る。
﹃ほら、兵士の方々がこちらを睨んでいます﹄
﹃大丈夫よ。何なら私が全員のすから!﹄
﹃セラねえ、どうどう﹄
﹃俺がちゃちゃっと終わらせてくるッスか?﹄
リオンがセラを止めるのを横目に、代表候補だと思われる兵士達
のステータスを確認する。うーん、強い奴でもB級そこそこ、って
具合だな。これなら本当にリュカでも勝ててしまいそうだ。しかし
プリティアが出るような大会にリュカを出場させる訳にもいかない
1436
しなー。
﹁ジェレオル、お前が選抜した候補はどいつだ?﹂
﹁ッハ! おい、前に出ろ!﹂
ジェレオルの声に反応し、豪然たる4人のガウン兵が前に出る。
その誰もがはち切れんばかりの筋肉でその身を武装していた。ウル
ドさんのパーティを思い出してしまうな。
﹁ワシからすればケルヴィンらを推したいところであるが、それで
は此奴らが納得しないものでな。是非とも此奴らに実力を示して貰
いたいのだ。実際の試合形式で、な﹂
獣王は模擬剣ではなく、本物の剣を俺の前に出してそう宣言する。
⋮⋮格好は本気のように見えるが、俺にだけ見える角度で獣王の
口は微かに笑っていた。ああ、早々に決めちまえってことか。しか
し、ここまで結果の見えた試合をしてもなぁ。 ︱︱︱そうだな、
リュカにはここで満足してもらうか。
﹁試合のルールはこうだ。会場には多種多様な武器防具が用意され
ていてな、試合中は事前に選んだそれを装備してもらうぞ。どれも
品質は同じだ、好きな得物を選ぶといい。そしてここからがガウン
総合闘技場の特徴でな、魔法の使用は禁止だ。己の肉体のみで戦っ
てもらう。持っていれば固有スキルは使用しても構わない﹂
﹁それは魔導士には厳しいルールですね﹂
﹁お主、召喚士だろうが。サバトが言っておったぞ。あとトラージ
のツバキが目の色を変えていたな。どちらにせよ前衛として戦う職
業ではないんだが、だからこそケルヴィンは面白いのだ﹂
そう言えば召喚士であることはトライセンとの戦いでばらしてし
1437
まっていた。そりゃあそこまで盛大に召還術を使っていればね⋮⋮
まあ今更である。各国からの勧誘は冒険者ギルドでシャットアウ
ト、それを無視して直接勧誘に来るのもツバキ様くらいなものだ。
あの人もなかなか肝が据わっている。
﹁これから試合に準じたルールでこの4人と戦ってもらい、勝利し
た数だけケルヴィンらに出場枠を譲ろうと思う。どうだ、やってみ
ないか?﹂
そんなことを本人達の前で言わないで下さいよ。めっちゃ目が血
走ってますから。でも折角のご好意なんで利用しちゃう。
﹁⋮⋮私からも提案なのですが、こちらは1人で4人抜きしても良
いのでしょうか?﹂
﹁ほう!﹂
﹁客人よ! 何者かは知らぬが、あまりにガウンを舐め過ぎではな
いかっ!?﹂
﹁我らとて兵を束ねる者っ! そこらの一兵卒と一緒にすると痛い
目を見るぞ!﹂
俺の提案に獣王は興味津々といった感じだが、それに反してガウ
ンの兵士達は激昂してしまった。いや、そんなことよりもこの兵隊
さん達、俺のこと知らないっぽい? もしや︱︱︱
﹁ふんふふ∼ん♪﹂
明後日の方向を向いて陽気に鼻を鳴らす獣王。間違いない、この
人わざと俺らのことを知らせてないな。兵士達もさっきから名前呼
んでるんだから気付いてほしいものだが。サバト並みに脳筋、いや、
まだ俺がそれほど有名でないと言うことだろうか。
1438
﹁ふはは、まあ良いではないか。しかし、それでは他の戦わぬ者の
力が試せないな﹂
﹁それなら私のパーティで一番弱い者を出しますので、その者が4
連勝すれば出場枠を4つ頂ける、というのはどうでしょうか? 確
認が必要であれば大会に参加する者達も戦わせますが﹂
﹁き、貴様っ⋮⋮!﹂
﹁後悔しても知らんぞ!﹂
別に煽っている訳ではないのだが、俺の言葉は効果覿面なようで
獣人達の顔は真赤に染まっている。
﹁いや、確認は不要だ。ケルヴィンを信用しよう。して、誰が代表
して戦うのだ?﹂
﹁そうですね⋮⋮ リュカ、頼めるか?﹂
﹁ちょっ、お、王!?﹂
前述の通り、ここはリュカにやってもらおう。今のリュカなら勝
機も十分だ。ジェラール、少し黙りなさい。
﹁えっ、私一番弱かったの!? シュトラちゃんよりは強いよっ!
?﹂
﹁ちょ、ちょっとリュカちゃん!? 私は頭脳派だもんっ!﹂
そこがショックなのか⋮⋮ そしてシュトラと比較してどうする。
第一シュトラはパーティに入れていないだろうが。うちのパーティ
で最も弱いのはリュカとエリィだ。どちらも力量は同じくらいであ
るが、エリィは魔法寄りにスキルを割り振っている。このルールで
は相性が悪いのだ。獣王祭に出場させることはできないが、やる気
はあることだしここはリュカに任せてみたい。リオンやジェラール
1439
と一緒になって特訓していることも知っているしな。
﹁まあそう言うな。リュカの力を信頼しているから任せるんだ。そ
うだ、もし勝てたら俺が愛用してるミスリルダガーをご褒美にあげ
よう。最近再強化したばかりのA級品だぞー。どうだ?﹂
ミスリルダガーを取り出してリュカの前でチラつかせる。丁度あ
いつの打ち直しが終わって、使い道に困っていた短剣だ。クロトの
保管で腐らせるのも勿体ないし、リュカに使わせた方がこいつも喜
ぶだろう。
﹁えっ、ご主人様の!? やるっ、私やるっ! 包丁としても切れ
味良さそう!﹂
﹁いや、料理には使わないでくれれば助かるんだが﹂
一応、武器として結構な血を吸っている短剣なんで⋮⋮ 今度リ
ュカ用の包丁を作ってやらねば。
﹁はい! ケルヴィン邸の見習いメイド、リュカが挑戦します!﹂
リュカは意気揚々と訓練場に足を踏み入れる。強面の獣人に臆し
ている様子は全くない。しかし︱︱︱
﹁王よ、マジで大丈夫!? 本当にリュカ無事に戻って来る!? エリィよ、お主も何か言ってやるのじゃ! エフィルよ、危なくな
ったら敵兵を撃ち殺して!﹂
﹁ジェ、ジェラール様、落ち着いて⋮⋮! 大丈夫、大丈夫ですか
ら。それに敵兵じゃないですから﹂
それ以上に俺の後ろでジェラールが動揺していた。
1440
第195話 ケルヴィン邸の見習いメイド
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
前に出たリュカに対し、ガウン兵らは目を丸くして沈黙した。し
かし直ぐに毅然とした眼光に戻し、俺を睨みつける。
﹁こ、こんな幼子を戦わせると言うのか!?﹂
﹁何と卑劣なっ! それで我々が手を抜くとでも考えているのか!﹂
今度はそう来るか。背後にいるジェラールの視線もあってサンド
イッチ状態だぞ、俺。挟むなら女子の視線でお願いしたい。 ⋮⋮
決して俺がMと言う訳ではないぞ?
﹁幼子じゃないよ! 私だって戦えるんだもん!﹂
ほら、失礼な発言にリュカもお冠だ。
﹁貴様ら、戦場でもそのようなことを言う気か?﹂
﹁じゅ、獣王⋮⋮﹂
獣王の言葉にガウン兵らは口をつぐむ。さっきまでのおちゃらけ
た様子はもうなく、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
﹁相手を見た目で判断するのは二流三流がすることぞ。あまりワシ
を失望させるな﹂
﹁﹁も、申し訳ございません⋮⋮﹂﹂
﹁獣王祭に出たければワシを納得させろ。口先ではなく結果で示せ。
1441
⋮⋮理解したか?﹂
﹁﹁﹁﹁ッハ!﹂﹂﹂﹂
ガウン兵にもう迷いはないようだ。こういうとこを見ると人の上
に立つ器って感じだな。
﹁ケルヴィン、済まなかった。どうもワシの下に集まる者は熱くな
りやすいものでな。まったく、ジェレオルやユージールなどはその
子ほどの歳には闘技場やダンジョンに叩き込んだものだと言うのに﹂
それもどうかと思います。
﹁いえ、お気になさらず。むしろ彼らはリュカを想って怒ったので
しょうから﹂
﹁そう言ってくれると助かる。幼き戦士も済まなかったな﹂
﹁うーん、分かった。今回は許してあげるね! お姉ちゃん!﹂
﹁︱︱︱ありがと♪ お姉ちゃん、とっても嬉しい!﹂
⋮⋮やっぱり、この獣王よく分かんないな。
﹁よし、各人得物は選んだな?﹂
リュカとガウン兵がそれぞれ選択した武器を別の兵が準備して持
って来た。リュカは使い慣れている短剣、D級のアイアンダガー。
相手となる4人は長剣や大剣、槍、ナックルと全員別の得物を選ん
だようだ。どれもリュカと同様アイアン製だ。
﹁本当であれば防具も揃えるべきなのだが⋮⋮ まあ、今回はいい
だろう。こちらの兵は訓練用の革装備、そちらもメイド服だ。問題
あるまい﹂
1442
え、いいの? 結構な問題ありだと思うけど。ま、ジェラールも
心配していることだし、別に指摘するまでもないか。
﹁それではこのまま始めると致しましょう。リュカ、頑張れよ﹂
﹁うんっ!﹂
訓練場の中央にリュカを残し、俺たちは邪魔にならぬよう見物用
の席に移動する。
﹁あわわわわ⋮⋮ し、心配じゃ⋮⋮﹂
﹁ジェラール、お前キャラが壊れてきてるぞ。いい加減リュカを信
・・
頼してやれって。今まで一番近くでリュカの努力を見てきたのはジ
ェラールだろ﹂ ﹁う、うむ⋮⋮ それはそうなのじゃが⋮⋮﹂
本当に孫馬鹿だな。
・・
﹃それに安心しろ。リュカが今着ている見習い用のメイド服はエフ
ィルが作ったものだ。あんな品質の剣じゃ斬れやしないよ。当たり
もしないだろうけどな﹄
﹃なぬっ? ならまあ、安心か⋮⋮ いや、じゃがもしも⋮⋮﹄
エフィルは趣味の一環で戦闘用以外にもよく裁縫をする。セラの
私服なんて殆どエフィルのオーダーメイドだし、部下のメイド服だ
ってそうだ。その上、暇さえあれば高性能化しようとするからな。
﹁洗濯ついでに仕立て直してみました﹂なんてよくある話である。
リュカが着ているあれの正式名は見習い用メイド服Ⅵだったかな。
今やA級の装備にまで仕上がっている。もう何が見習い用なのかは
俺には分からない。
1443
﹁あなた様、そろそろ始まるようですよ﹂
﹁おっ、そうか﹂
もうジェラールは放置。気を取り直して俺はリュカの戦いに集中
しよう。
﹁では、このジェレオルが試合の審判をさせてもらう。改めて確認
するが、この試合は獣王祭を模して行うものだ。魔法の使用は禁止、
指定された武具以外の装備・アイテムの使用も認められない。双方、
良いか?﹂
﹁﹁﹁﹁ッハ!﹂﹂﹂﹂
﹁問題ないよー﹂
気合十分のガウン兵に対して、リュカは至ってマイペース。うん、
良い状態だ。
﹁一番手、百人隊長ゴベラ! 前へ!﹂
長剣を携えた獣人が訓練場の中央へ進み、リュカと向かい合う。
﹃さて、何秒で決まるでしょうね﹄
﹃私は3秒で終わるのに今日の宿の同室権を賭けるわ!﹄
﹃甘いよセラねえ。今のリュカなら2秒を切ると僕は思うな﹄
﹃お待ちください。何をもって決着にするかを明確にしませんと。
降参と宣言させる場合は数秒のタイムロスになってしまいます﹄
﹃その体勢になるまでのカウントでいいんじゃない?﹄
﹃それではその案でいきましょう﹄
緊迫した空気に包まれる中、うちの女性陣は心配するどころか念
1444
話でガールズトークに花を咲かせている。 ⋮⋮待て、何を賭ける
って?
﹁子供だからと手加減はせん。恨むのならばお前の主人を恨むのだ
な﹂
﹁何で? ご主人様を恨む必要なんてないよ? 感謝はいっつもし
てるけど﹂
﹁⋮⋮哀れな﹂
﹁ゴベラ、私語は慎め。それではこれより獣王祭出場権を賭けた試
合を開始する。準備はいいか?﹂
﹁問題ありませぬ!﹂
﹁いいよー﹂
ガウン兵のゴベラが長剣を中段に構え、リュカはアイアンダガー
を逆手に持ちながら身を低く沈める。メイドの格好に目を瞑ればさ
ながらアサシンのようだ。
﹁︱︱︱始めっ!﹂
試合開始の合図であるジェレオルの腕が振り下ろされた。
﹁先手必︱︱︱!?﹂
﹁王手﹂
合図と同時に前に踏み込むゴベラであったが、そのとき彼はリュ
カの姿を既に見失ってた。踏み込んだ先にリュカはいなかったのだ
から。そして耳元より聞こえる可愛らしい声と、首元から伝わって
くる鉄の冷たい感触にゴベラは何を思ったのだろうか。困惑か、恐
怖か。リュカの小柄な体はゴベラの右肩へ納まるように乗り、首筋
にアイアンダガーを突きつける格好になっていた。
1445
﹁⋮⋮なっ!?﹂
﹁ねえ、王手だよ? 降参する?﹂
突きつけられたアイアンダガーにゆっくりと力が込められていく。
﹁ま、参った!﹂
﹁勝負ありっ! 勝者、メイド見習いのリュカ!﹂
﹁見習いは余計だよっ!﹂
敗者となったゴベラは唖然と、勝者のリュカはぷんすかと中央か
ら離れていく。一先ずこれで一勝か。予想通り一瞬で一蹴だったな。
強みである自身の速さと﹃隠密﹄スキルを上手く使えている。
﹁ほう、言葉に偽りはなかったようだな﹂
﹁ああ、先に出場を決めている百人隊長筆頭のグインよりも素早い
かもしれない。 ⋮⋮父上、あまり強い奴を連れて来ないでくれよ。
あいつら父上と同ランクの冒険者、﹃死神﹄ケルヴィンのパーティ
だろ。最弱であれってやばいぞ﹂
﹁ワシから弛んでいる我が子へのささやかなプレゼントだ。ありが
たく受け取るがいい﹂
これから戦う残りのガウン兵3人は何が起こったのかまだ理解し
ていないようだが、獣王とジェレオルはリュカの動きをしっかりと
捉えているみたいだな。S級冒険者である獣王もさる事ながら、あ
の獅子王子もS級に迫る実力者だと聞いている。リュカもかなり強
くなったが、あの2人と戦うにはまだまだ力不足か。
﹁うおおー! リュカが勝ったぞ! エリィよ、見たか? 目に焼
き付けたか?﹂
1446
﹁ええ、ちゃんと見ていましたよ。これもジェラール様の指導の賜
物ですね﹂
﹁いいや、リュカが今まで努力をしてきたからこそじゃよ。おお、
次が始まるぞい!﹂
お前、さっきまでの過剰な心配はどこに置いて来た? もうジェ
ラールの相手はこのままエリィに任せてしまおうか。エリィならジ
ェラールを上手く舵取りできるだろうし。
﹁二番手、同じく百人隊長のバンデル! 前へ!﹂
おっと、もう次か。俺も余計なことは考えず、リュカの応援に徹
するとしよう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁︱︱︱勝負ありっ! 勝者、メイド見習いのリュカ!﹂
﹁ねえねえ、これで4回目だよ? 嫌がらせ? 嫌がらせなの?﹂
その後の3戦も特に波乱が起きることもなく、リュカのストレー
ト完封勝利で試合は幕を閉じる結果となった。武器が違えど、どれ
だけ警戒しようと、認識できなければ意味はない。試合開始の瞬間
に決まる王手宣言。唖然とする相手、ぷんすかリュカ。どれも変わ
らぬ試合内容なのだ。本当に何の波乱もなかった。
﹁これにて全ての試合を終了とする! 獣王祭出場権その4枠、全
てケルヴィンらが会得するものとする! 異議はないな?﹂
1447
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
一様に黙るガウン兵達。ここまで文句の付けようもなく綺麗に負
けてしまえばぐうの音も出ないよね。
﹁皆ー! 私やったよー!﹂
﹁やったわね、リュカ﹂
﹁リュカァーー! もうワシ、感動の涙が止まらないの! 心のっ
!﹂
エリィに抱きつくリュカを皆で出迎える。ジェラールはもう放っ
ておくとして、リュカは本当によくやってくれた。
﹁リュカ、約束のミスリルダガーだ。大事に使ってくれよ﹂
﹁ご主人様、ありがとう! 大切に料理で︱︱︱﹂
﹁別途包丁作るから料理には使わないでください⋮⋮﹂
あくまで護身用よ、それ。ミスリルダガーを渡す際にリュカのス
テータスを確認。
==============================
=======
リュカ 10歳 女 人間 見習いメイド
レベル:94
称号 :剣翁の仮孫
HP :316/316
MP :277/277
筋力 :202
耐久 :134︵+22︶
1448
敏捷 :390
魔力 :99
幸運 :438
スキル:剣術︵A級︶
格闘術︵D級︶
軽業︵D級︶
隠密︵D級︶
奉仕術︵F級︶
調理︵B級︶
裁縫︵F級︶
補助効果:隠蔽︵S級︶
調理/耐久増加大︵S級︶
==============================
=======
リュカは決して才能に恵まれている訳ではない。だが今となって
は俺と出会った頃の刀哉並なのだ。﹃経験値共有化﹄スキルには頭
が上がらない思いだ。お爺さん、お宅のお孫さん勇者並ですよ。も
っと自信を持ってください。
︱︱︱しかしこの力量でまだメイドの見習いなのは、戦闘系スキ
ルにばかりポイントを振っているからだろうか? それとも周囲か
ら一人前と認知されていないからか? メイドとしての地力は上が
っているんだけどな⋮⋮
1449
第196話 台風の目
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
﹁それでは、明日の夕方にまた伺います﹂
﹁うむ。楽しみにしておるぞ﹂
リュカの活躍により獣王祭の出場権、計4枠を手に入れたケルヴ
ィン達。一行は獣王レオンハルトと後に食事をする約束を交わし、
ゴマとサバトの案内で街の方へと消えていった。本来の目的である
ガウンの観光を堪能する為である。4試合その全ての時間を合算し
ても10秒にも満たない刹那の出来事。しかし獣王祭への出場を夢
見ていたガウン兵にとっては、正に嵐のような時間であった。
﹁ジェ、ジェレオル様、彼奴らは一体何者なのですか?﹂
一番に敗北したガウン兵のゴベラは上機嫌な獣王が城の中へ入っ
て行くのを確認すると、堪らない様子でジェレオルに問い掛ける。
﹁何だ、お前達本当に知らないのか? 随分と強気だと感心してい
たのだが﹂
﹁うっ⋮⋮ は、恥ずかしながら﹂
﹁じ、実は俺も⋮⋮﹂
二番手であるバンデルもおずおずと手を挙げる。それに続いて同
じく敗北を喫したガウン兵らも同調して挙げ始めた。
﹁ああ、そうか。ケルヴィンが台頭した時、お前達はトライセンと
1450
の国境沿いに派遣されていたんだったな。記事を見る機会もなかっ
たのか。まあ、俺もなんだが﹂
ケルヴィンの昇格式が行われたのは、エルフの里がトライセンの
部隊に襲撃された直ぐ後のことである。里はケルヴィン一行の活躍
により無事護り通され、この功績がS級冒険者への昇格に結び付い
たのだ。一方で当該国のガウンは国境の護りを強化する為にジェレ
オル、ユージール、キルトに兵を率いらせ各地に配置。ちょうどケ
ルヴィンのS級冒険者入りが話題になった頃である。この部隊の中
にゴベラ達4人も含まれていたのだ。
﹁父上め、俺が誰を指名するか見当をつけていたな⋮⋮ サバトと
ゴマもまた厄介な時に⋮⋮﹂
何かを察したのか、ジェレオルは困ったようにガシガシと頭をか
く。
﹁ジェレオル様?﹂
﹁いや、こっちの話だ。ケルヴィンが何者か、という話だったな﹂
﹁ええ⋮⋮﹂
﹁父上と同じS級冒険者だよ。冒険者となって瞬く間に頭角を現し、
3ヶ月でS級まで登り詰めた歴代最速のレコードホルダー。エルフ
の里をトライセン軍から1パーティで防衛し切り、魔王を討伐した
勇者と共に戦ったのもケルヴィン達だそうだ。他にもS級モンスタ
ーを単騎で狩るだの、所有する屋敷の地下には無限迷宮が広がって
いるだの、デラミスの巫女と深い関係にあるだの⋮⋮ 真実かどう
かは知らんが、逸話の尽きない奴らだよ﹂
開いた口がふさがらないとはこのことだ。本日2度目の呆然で
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮はい?﹂﹂﹂﹂
1451
ある。
﹁そんな豆鉄砲を食らったような顔をするな﹂
﹁だって、なあ?﹂
﹁流石にそれは信じられない話ですよ。作り話にしたって度が過ぎ
る﹂
﹁⋮⋮正直、俺も話を聞いた時は半信半疑だった。だが、今さっき
確信したよ。俺もまだまだS級の頂には届かないようだ﹂
﹁ま、まさか⋮⋮ あのメイド、そこまで強いのですかっ!?﹂
﹁いや、あの小さき戦士︱︱︱ リュカと言ったか。彼女であれば
そう苦労せずに勝てるだろう。問題はその背後にいた者達だ。バン
デル、お前はトライセン最強と謳われるダン・ダルバとの戦闘を間
近で体験したな?﹂
﹁うっ、嫌なことを思い出させないでくださいよ⋮⋮ 千人隊長で
あるジェレオル様でも敵わなかった化物じゃないですか⋮⋮﹂
バンデルはジェレオルの部隊に所属し、ダンへ突撃した兵士の1
人である。その時の恐怖体験、ダンに自分を槍ごと持ち上げられて
味方へと投擲された苦い思い出を呼び起してしまい、汗を額に伝わ
せる。余程怖かったようだ。
﹁そうだ。俺では、俺たち兄弟の軍勢では束になっても敵わなかっ
た人外、それがダン・ダルバだ。その上でケルヴィン達の強さを分
かりやすく説明してやろう。 ︱︱︱奴ら1人1人がそのダンと同
等、もしくはそれ以上の実力があると見ていい﹂
﹁ば、馬鹿なっ!?﹂
﹁それ程まで⋮⋮ だと⋮⋮!?﹂
4人が驚くのも無理はないだろう。自分達を完封したリュカをも
軽くあしらえるジェレオルが逆立ちしても勝てないダン並の実力者
1452
で構成された、下手をすればそれ以上の強さの怪物パーティ。S級
冒険者は単騎で一国に対抗できるとよく例えられるが、この場合行
き着く意味はまた異なる。西大陸に乱立する群小国家どころか、ケ
ルヴィンが率いるパーティのみでガウンやデラミスといった東大陸
の4大国にも匹敵する力を持つ可能性があるのだ。
︵今となってはケルヴィンが魔王でなかったことに安堵すべきかも
しれんな。もし仮にそうなれば、我が国で対抗できるのは父上のみ。
いや、或いは父上をも超えるのか? ⋮⋮駄目だ、俺の力量では測
り切れない。父上は獣王祭にてその真価を測ろうとしているのかも
しれんな︶
順当にいけば優勝は獣王レオンハルト・ガウン、もしくは前優勝
者である桃鬼ゴルディアーナ・プリティアーナと思われていたこの
大会。その最中に4名のダークホースが送り込まれるとなれば、誰
が優勝するかなど予想できるはずがない。台風の目となる者達の参
戦に、ジェレオルはガウン継承がかかる弟妹に酷く同情するのであ
った。
﹁あ、あのヌイグルミを持った金髪の幼子もですか!? あんな小
さな幼子にまで俺は手も足も出せないのですか!?﹂
﹁うん? ああ、彼女は、いや︱︱︱﹂
彼女はトライセンの王女で例外。ゴベラの問いにそんな言葉を言
いそうになるも、寸前で飲み込むジェレオル。シュトラがケルヴィ
ンに保護されていることは各国の上層部、その中でも信頼に於ける
限られた一部にしか知らされていない。世間的にはトライセン城に
て療養中となっているのだ。ケルヴィン一行の一員、ここはそう誤
魔化した方がいいとジェレオルは判断した。
1453
﹁あの金髪の子も恐ろしい力を秘めている、と感じたな。流石はS
級冒険者の仲間だ︱︱︱﹂
﹁あの幼子もですかっ! そうか、俺負けちゃうのか∼! あの小
さな足に踏まれたらまた⋮⋮ ああっ、自信なくすぜっ! たまん
ねぇ!﹂
﹁⋮⋮あ、ああ。気を落とすなよ﹂
リュカに敗北したことにより、ゴベラは何かに目覚めてしまった
ようだ。これにはジェレオルも動揺を隠し切れない。
︵⋮⋮ゴベラはキルトの部隊に所属していたか。まあ、類は友を呼
ぶというしな︶
︱︱︱こともなかった。獣王の扱きの賜物か、ガウンの獣人達は
精神も強靭なのである。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・とある喫茶店
獣王祭の幕開けが近づき、ガウンの街々には出場を予定する強者
が続々と集結していた。それは街の片隅にひっそりと佇むこの喫茶
店も例外ではなく、只ならぬ気配を発する2人の者達がテーブルを
囲んでいた。この世界では割と知られていない生クリームケーキを
口に運びながら⋮⋮
﹁まあ、何てことかしら! ガウンでこんなにお上品な甘味に出会
1454
えるなんてぇ!﹂
﹁ふふっ。ね、来て正解だったでしょん? 私のとっておきよぉ﹂
獣王祭前優勝者、ゴルディアーナ・プリティアーナが満足そうに
笑みを浮かべる。
・・・・・
﹁ええ、大急ぎで西大陸から泳いで来て正解だったわ。これが、運
命的な出・会・い⋮⋮ ってものなのねぇ﹂
ゴルディアーナの対面に座る人物が興奮した様子で話す。口調こ
そは女言葉であるが、彼、いや彼女は桃鬼と同類、要するにその世
界の人であった。髪が薄く、女物の衣類を着ている訳でもないが、
そっち系の人なのである。
﹁あらやだ、グロスティーナったら。ちゃんと船で来なさいなぁ。
危ないわよん?﹂
﹁お姉様に声を掛けられちゃ、最短で来るのが筋ってもんでしょ。
こうして獣王祭の出場枠まで準備して頂いているしぃ。それに、こ
っちで魔王が倒されたんでしょう? なら出会うモンスターも弱い
から安心よぉ﹂
﹁相変わらずの自信家ねぇ。ま、だからこそ唯一の妹弟子である貴
方を呼んだんだけどぉ﹂
﹁お姉様には感謝しているわ。一貴族の貧弱だった私を目覚めさせ、
導いてくれたんですもの。それで、今回の目標は何かしら?﹂
﹁決まっているでしょん? 私と貴方でトップを独占よぉ! そう
して輝きを増す私達ぃ、単純計算で魅力も2倍! いえ4倍! き
っと堅物のあの人も振り向くわぁ!﹂
﹁あらやだ! お姉様ったら、新しい恋? 恋なのねぇ!? 不肖、
このグロスティーナ・ブルジョワーナ! 全力でお手伝いするわぁ
!﹂
1455
現在幸せの絶頂にいるジェラールであるが、街の片隅でおじ様に
危機が迫っていた。
1456
第197話 観光
︱︱︱ガウン・市場
アンジェがガウンの冒険者ギルドに一度顔を出してくると言う事
で、いったん別行動となった。その後、サバトとゴマの案内で城下
町を観光する我ら一行はガウン最大の市へと移動。この通りには屋
台型の出店がずらりと並び、場所場所に緑が生い茂る幻想的な街並
みが臨んでいる。
﹁わあ、良い匂い! 凄い店の数! でも森の中!﹂
﹁これぞファンタジー! って感じだね﹂
﹁リオンちゃんの言葉は難しくてよく分からないわ⋮⋮﹂
その光景を興味津々に見回すちびっ子たちは見ているだけで心が
洗われる。女性陣はガウンの特産品である肉の出店にて実演調理を
満喫中だ。ひとえに肉と言っても出店の屋台毎に素材や料理は千差
万別。彼方此方で鼻の奥をくすぐる香ばしい肉の匂いが漂っている
のは反則級だ。特にエフィルの関心が強いようで、技術を盗まんと
目を鋭くして見学している。エフィル、集中するのは良いがプレッ
シャーのせいで店の親父が少したじろいでいるぞ。
獣王祭の開催が近い為か、獣人だけでなく多くの種族が大通りを
行き交い、街の雰囲気も明るく活気に溢れているように感じる。こ
の時期にガウンに来て正解だった。まさに絶好の観光日和、何一つ
気掛かりに思うことはない。その筈なのだが︱︱︱
﹁うっ⋮⋮﹂
1457
﹁げぇ⋮⋮﹂
﹁ぐっ⋮⋮﹂
突然、背中のあたりで寒気がした。それはジェラールやダハクも
同様のようで、目で分かるくらいに体を震わせている。
﹁3人とも、どうしたのよ。顔が青いわよ?﹂
﹁ご主人様、もしや風邪ですか? ジェラールさんにハクちゃんも﹂
﹁いや、体調は悪くないんだけど、なぜか寒気が⋮⋮﹂
﹁ううむ、ワシは何か途轍もない危機が迫るのを感じたのじゃが⋮
⋮ 途轍もない、何かが⋮⋮﹂
﹁俺は新たなライバルが登場したような、そんな悪寒がして⋮⋮﹂
﹁何よ、そのえらく具体的な予感は?﹂
深く考えてはいけないような、だが放っておくと拙いような、そ
んな直感。なぜと問われればさっぱり理由は分からない。俺の察知
スキルが反応している訳でもないから、勘としか言えないんだよな
⋮⋮
﹁あなた様、あなた様! あの屋台凄いですよ!﹂
﹁おっ、おい!﹂
メルフィーナに右手を掴まれ、抵抗する間もなく目の前の屋台へ
と引っ張られてしまった。疑問はまだ解決していないのだが⋮⋮ まあ気にしても仕方なさそうだし、いいか。ポジティブシンキング。
﹁おー、そいつに目をつけるとはやるな。俺も好物なんだよ。ゴマ
も好きだよな?﹂
﹁そうだけど、前みたいに馬鹿食いはしないでよ。またお腹壊すか
ら﹂
1458
﹁へえ、串にサイコロ状のステーキを刺しているのか。ボリューム
あるなー﹂
バーベキューの串焼きみたいだな。これは肉オンリーで1本だけ
でもかなり食いごたえありそうだけど。
﹁そうなんです! おまけに秘伝のソースを上から垂らして⋮⋮ ゴクリ﹂
﹁⋮⋮これから予約している店に行くんだから、少しだけだぞ﹂
﹁あなた様っ! 大好きっ!﹂
ダキッと抱きついてくるメルフィーナ。ここまで自分に素直で欲
望筒抜けな女神も珍しいのではなかろうか。さて、どれくらい買っ
てやればメルフィーナの小腹を満たすことができるだろうか。そう
だな⋮⋮ ﹁親父、その串焼き20本くれ﹂
﹁に、20本ですかい、旦那? 確かに結構な団体さんのようです
が、お子さんは1本でもきついと思いますぜ?﹂
﹁ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと食べ切れるから。はい、お金﹂
親父の指摘通りシュトラやリュカなら無理だろう。小食であるリ
オンやエフィルも辛いかもしれない。でもそれ、全部メルフィーナ
の分だし。
﹁へ、へい。まいど⋮⋮ 焼き上がるまでちょいと待ってくだせぇ﹂
この店は注文から調理に取り掛かる出来立てを提供するタイプで、
出来合いの商品はない。工程を見逃すまいと再びエフィルが凝視、
とびっきりの美少女に見詰められ動揺する親父。エフィル、この一
1459
帯全ての料理をマスターするつもりなのか⋮⋮ だが親父も流石は
職人、慣れた手付きで次々と串焼きを完成させていく。
﹁おお! メルがそんなに食うなら俺も挑戦︱︱︱ あ、冗談だか
ら。だからゴマ、その拳を下げろ。本当に冗談だって! この人だ
かりの中じゃ回りも危ないって!﹂
﹁∼♪﹂
ご機嫌なメルは俺の腕に抱き付きながら鼻歌交じりに焼き上がり
を待っている。背後で繰り広げられている修羅場なんて歯牙にもか
けていない。女神様は冷酷である。
﹁あら、メルにしては遠慮したわね?﹂
﹁他のお肉も堪能したいですからね。それにエフィルが同じものを
作ってくれますし﹂
﹁はい。ガウン滞在中に習得してみせます!﹂
え、まだ食べるの? クソッ、目算が甘かったか⋮⋮!
﹁兄貴、この辺全然野菜売ってないんスけど。肉ばっかりでべジが
ないんスよ。ベジが﹂
携帯していたスティックが切れてしまったのか、ダハクは周辺の
屋台を見回している。だがこの辺りにダハクが好む野菜はなかった
はずだ。サバトに聞︱︱︱ 駄目だ、まだ攻防が続いている。
﹁お前は肉食えないからな。これから行く店にはあるから、それま
で我慢してくれ﹂
﹁マジッスか!? うおおっ、兄貴ありがとう!﹂
﹁きゃっ﹂
1460
瞬時にメルフィーナを横にして抱き上げ、俺に抱きつこうとした
ダハクの突進を回避する。焼き上げ作業に夢中になっているメルフ
ィーナを少し驚かせてしまったようで、可愛らしい叫びが耳元で聞
こえた。
﹁ちょ、なんで避けるんスか!﹂
﹁いや、お前がやるとスキンシップに見えないって言うか、そっち
系の恐れがあるって言うか⋮⋮﹂
﹁ううん? よく分からねぇッスよ﹂
﹁俺もよくよく考えたくないからそれでいいよ﹂
だから今後一切それは止してくれ。礼が言いたいのなら、今より
も強くなってくれれば俺としては一番嬉しい。ドラゴンズもレベル
的にはそろそろ進化してもおかしくないと予想しているんだが、全
員既に古竜だからな。これ以上進化したら竜王になるんだろうか?
レベル以外にも条件があるのかもしれない。
﹁あの、あなた様⋮⋮﹂
﹁あ、悪い。今降ろすよ﹂
よく見たらこれ、お姫様抱っこの体勢だったな。咄嗟のことだっ
たからとは言え、人前でこれはなかなかに恥ずかしい。
﹁⋮⋮⋮﹂
直ぐに降ろしてやるも、メルフィーナは顔を真赤にして湯気を出
し︱︱︱ ちょ、凄い熱なんだけど!?
﹁メ、メル? 大丈夫か?﹂
1461
﹁ふぇっ? ⋮⋮い、いえ、問題ありません。ただ、唐突だったも
ので、少し驚いてしまいまして⋮⋮﹂
﹁そうか? メルにしては珍しいな。お前こそ風邪じゃないのか?﹂
﹁そそ、そんなことありませんよ? あっ! あなた様、ほら! 串焼きが焼き上がったみたいです!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
メルは基本自分からぐいぐい来るタイプだが、もしかしたら自分
が意図していない行動に弱いのか? 魔王滅殺プロポーズもメルフ
ィーナがテンパっていたのが原因だったし。詰まる所、受けに回る
と途端に崩れる、と。 ︱︱︱可愛い。よし、今のメルの姿は並列
思考の処理による俺の脳内フォトギャラリーに永久保存しておこう。
ゴマのパンチラと共に。
﹁旦那、お待たせ致しやした﹂
屋台の親父が串焼きを葉で出来た包みに入れて持たせてくれた。
この葉も仄かに甘い匂いがしているので、香り付けの意味合いもあ
るのかもしれないな。うおっ、結構な重量感! 串1本の肉だけで
300gくらいはあるんじゃないか、これ!? これなら何とか店
までの時間稼ぎくらいはできそうだ!
﹁モグ、モグ⋮⋮ あなた様、モグ⋮⋮ あまり見詰めないでモグ、
頂けると、その⋮⋮﹂
て、照れ隠しでスピードが増しているだとっ!?
結局、目的の店に到着するまでに他3店で繋ぎ用の肉料理を大量
購入することとなってしまった。
1462
第198話 名鑑
︱︱︱ガウン・とある飲食店
長く、遠い道のりだった。一歩進めば串焼きが消え、二歩進めば
肉饅頭が︱︱︱ 途中補給する度に量を増す物資、されど女神の勢
いは衰えず。予約していた店に到着した時、俺は何とも言えぬ達成
感に酔いしれた。正直、メルフィーナの潜在能力を見誤っていた。
﹁⋮⋮それでもまだまだ食うんだもんなー﹂
﹁もふぁ? ふぁんふぁーふぇふよ?﹂
﹁食べながら喋るなって﹂
店員が大急ぎで運んでくる数々の料理、テーブルに積み上がる皿
の山。恥ずかしむ様子も今はなく、いつもの幸せそうな笑顔でメル
フィーナは料理を口に運び、舌鼓を打つ。ここは前もってギルドに
予約をお願いしていたレストランで、ガウン国内でも指折りの店で
ある。名物の肉料理はもちろん、ダハクが所望していた野菜類も完
備。料理人達もその道の超一流。と、ただ今絶賛仕事中のアンジェ
一押しの店でもあるのだ。精霊歌亭の時もそうだったが、アンジェ
のお勧めは外れがない。
﹁しっかし、大渓谷で見慣れたもんだと思っていたが、久しぶりに
見ると凄まじいな。メルの食いっぷりは﹂
﹁サバト、アンタまた失礼なことを⋮⋮﹂
﹁いや、嫌味で言ってるんじゃねぇよ! 逆に感心してんだ!﹂
﹁確かに今日のメルねえはいつも以上に食べてるよね。そんなにお
腹が減っていたの?﹂
1463
﹁余計にエネルギーを使ったのでお腹が減りまして。でも結果的に
たくさん食べれて幸せです﹂
うん、その笑顔を見れば一目瞭然だよね。だがそろそろセーブし
てほしいな。金銭的な意味では全く問題ないんだけどさ、その︱︱︱
﹁お、おい。あれ、﹃微笑﹄のメルじゃねーか?﹂
﹁微笑っつうと、至る飲食店で大食い挑戦を荒らしまくってるって
噂の?﹂
﹁ああ、どんなに飯を食っても微笑を絶やさないことから二つ名が
付いたらしいぜ。戦績も全勝の敗北知らずで、その界隈からは歴代
最強じゃないかと話題になってるって話だ。にしても、あの量はや
ばいって⋮⋮﹂
﹁ペースが下がるどころか早くなってる⋮⋮ しかも凄ぇ良い笑顔
だぞ! 微笑の二つ名は伊達じゃねぇな!﹂
︱︱︱他の客達の注目が思いっきりこのテーブルに集まってきて
いるんだ。
﹁兄貴、俺が黙らせるッスか?﹂
﹁余計騒ぎになるから止めろって﹂
ダハクが生野菜を丸かじりしながら物騒な提案をしてくるので即
刻拒否。行動原理がナグアに似てきたな、お前。
﹁ところでメル、俺の知らないところで何をしていたのかな? 何
を荒らしているのかな?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
あ、微笑みが濁った。
1464
﹁ええと、その⋮⋮ 街中を散歩していて、手持ちがなくなって、
小腹が空いて、つい⋮⋮﹂
﹁待て待て、小遣いは十分に渡してるはずだろ。それはどうしたん
だ?﹂
金額的には武具店で最高級の品を購入できるくらいの小遣いを定
期的に渡しているのだ。セラであれば趣味の釣りや楽器に、エフィ
ルであれば裁縫用の生地などの購入に使っている。しかしメルフィ
ーナの部屋は必要最小限の家具しかない質素なもので、装飾品を作
るにしても材料はこちらで提供している。手持ちがなくなる程のも
のなんてなかったはずだ。かと言って日常品を買うくらいでは絶対
に使い切れない。一体何に使っているんだ?
﹁買い食いをしていたら、何時の間にかなくなっていまして⋮⋮﹂
﹁あれだけの金を食料に使い果たしたのか。お前、普段外でどれだ
け食ってるんだ⋮⋮﹂
﹁稀に無性にお腹がすく日があるんです。お恥ずかしい⋮⋮﹂
それだけの飯を食った上で、屋敷でも3食どっさり食っていたと
⋮⋮ 何と言うか、今日の食べっぷりを見れば納得できる話ではあ
るか。
﹁別に怒ってる訳じゃないよ。そういう困っていることがあれば、
俺に相談してほしいだけだ﹂
﹁あなた様っ⋮⋮!﹂
当人にとっては死活問題だろうしな。それに、まあその、これか
らこいつの夫になろうとしている訳で。男としては頼ってもらいた
いものなのだ。とりあえずエフィルに日々の食事量を増やしてもら
1465
おう。このままではメルフィーナがフードファイターとして名を轟
かせてしまう。
﹁ねえねえ、前々から気になっていたんだけどさ。皆、称号が一風
変わったものになってない? さっき他のお客さんが言ってたメル
ねえの﹃微笑﹄もそうだし、僕の称号も﹃黒流星﹄に変わってたん
だ﹂
﹁あら、リオンも? 私の称号もいつの間にか﹃女帝﹄になってた
のよね﹂
﹁む、ワシのも変化しておるのう。ほう、﹃剣翁﹄とな?﹂
﹁ケルにい! これってさ、もしかしてもしかする?﹂
リオンが何かを期待する瞳でこちらを見上げてくる。まあ、もし
かするんじゃないかな。俺がリオン達の称号が変わっていることに
気付いたのは進化を終えた後のことだ。おそらく俺が眠っている間
に変更されたのだろう。その対象となったのがクロト、ジェラール、
エフィル、セラ、リオン、アレックス、そしてメルフィーナ。俺の
仲間だと公になっている仲間達だ。これらが示すことは、つまり︱
︱︱
﹁そう、これがもしかするんだな、リオンちゃん!﹂
﹁うお、吃驚した!? アンジェ、いつの間に!?﹂
ガウンのギルドへ出発したはずのアンジェが、知らぬうちに俺が
座る椅子の背後に立っていた。油断していたとは言え、パーズに引
き続きまた背後を取られるのは⋮⋮ これで﹃隠密﹄スキルを持っ
ていないのがアンジェの凄いところだ。ギルドの受付嬢にしておく
のが実にもったいない。
﹁フッフッフ、セラさんは気付いていたのに、S級冒険者ともあろ
1466
うケルヴィンはまだまだだねー。あ、店員さん、ワイン1本追加お
願いしまーす﹂
﹁そうなのよー。ケルヴィンはどこか詰めが甘いのよねー。私はジ
ュース追加で﹂
﹁私とシュトラちゃんもおかわりー﹂
﹁リュカちゃん、私もうお腹いっぱいだよー﹂
﹁安心しろ、ケルヴィン! 俺なんて不意打ちが日常茶飯事だ。主
にゴマから﹂
ぐっ、サバトの優しさが地味に心に突き刺さる。
﹁そ、それよりも早かったんだな。ギルドでの顔出しは終わったの
か?﹂
﹁うん。ま、本当の目的は違うんだけどねー。正にさっきリオンち
ゃんが言っていたことなんだけど⋮⋮ これこれ﹂
﹁本? えっと、冒険者名鑑?﹂
﹁そ! 命名式の時期になると冒険者ギルドが発行する物なんだけ
ど、有名冒険者パーティの一覧が載っているんだよ。この度、見事
ケルヴィン達も記載されることになりました!﹂
んん? よく分からないが、それって凄いことなのか?
﹁やったなケルヴィン! S級なら当然だろうが、この名鑑に載る
のは冒険者にとって名誉なことなんだぜ? A級でも本当に有名ど
ころしか載らねぇからな!﹂
﹁世界中のギルドに置かれるから、もしかしたら遠方から依頼が来
ることもあるかもねー﹂
遠方と言うと、西大陸から来たりすることもあるんだろうか? そういや刀哉達は元気にやっているかな。渡したペンダントからの
1467
反応がないから、まあ無事っぽいが。
﹁それでさっきの話に繋がるんだけど、今回の魔王騒動でエフィル
ちゃんやリオンちゃんも十分な実力だとギルドから正式に認定され
てね。二つ名が付いちゃいました! 当然それについてもこの本で
説明されてるよ﹂
﹁ケルにい、早く見よ! 二つ名!﹂
アンジェの説明を聞くや否や、リオンが俺の膝の上に座りスタン
バイする。もう自分のステータスに二つ名が載っていると言うのに、
余程その由来が気になるらしい。
﹁おー、俺たちが紹介されてんのか。何とも感慨深いッスね、お嬢
!﹂
﹁あーっと⋮⋮ ダハクさんがまだケルヴィンのパーティの一員だ
と認識されていなかった時期に編集されたものだから、ダハクさん
の記載はなかったりして⋮⋮﹂
﹁そ、そッスか。別に気にしてねーんで、いいんスけどね。うん⋮
⋮﹂
﹁え、えっと、本当にごめんなさい⋮⋮﹂
一気に場が沈んでしまった。載りたかったのか、ダハク。
﹁ま、まあ見てみてよ。本当は命名式の後に販売されるものなんだ
けど、ケルヴィンたちは関係者枠ってことで特別にね﹂
アンジェから名鑑を手渡されると、自然と俺の周囲に好奇心に満
ちた仲間達が移動してくる。結局、何だかんだで皆気になるのか。
俺は皆の二つ名がメルフィーナのように残念な由来でないことを祈
るばかりだ。
1468
適当にページをめくっていくと、冒険者らしき者の名前とその特
徴、はたまた二つ名についての解説まで載っている。 ⋮⋮危険度
ってワードが目に入ったんだが、これって賞金首リストじゃないよ
ね?
﹁あ、やっぱりそこ気になるよね。上位の冒険者ともなるとその戦
力も馬鹿にならなくてさ。各国に下手なことをさせないようにって
いう注意喚起も兼ねているんだよ﹂
︱︱︱爆発物扱い?
1469
第199話 二つ名
︱︱︱ガウン・とある飲食店
気を取り直して名鑑を開き、俺たちが記載されているページを探
す。目次が見当たらないが、かなり薄手の本だから適当にめくって
いればそのうち見つかるだろう。文字ばかりではなく、時々簡単な
挿絵も掲載されているな。やけに絵柄が可愛いのがちょっと気にな
る。
﹁あっ、これってシルヴィーじゃないかな? おっきく﹃氷姫﹄っ
て書いてるし﹂
﹁本当ですね。あら? 他の方々に比べてスペースが広い気がしま
す﹂
む、確かに。エフィルが指摘する通り、A級冒険者のパーティが
ページの半分程度の紹介文なのに対し、シルヴィア達のは見開き全
てを使った豪華な仕様となっている。中央のデフォルメ化された2
頭身のシルヴィアっぽい絵がとても可愛らしい。これ、本当にギル
ド公認の本なんだろうか⋮⋮
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
S級冒険者 ﹃氷姫﹄のシルヴィア 危険度[D]
∼主な功績∼
1470
・レイガント霊氷山にて突如出現した高ランクモンスターの巣を駆
除、周辺の村々を死守。
・トラージ深海にて新ダンジョンを発見、攻略成功。
・第43回東大陸大食い選手権優勝。
・他、S級モンスター討伐多数。
∼概要∼
昨年S級冒険者に昇格した若き少女剣士。ガウンにて開催された
自らの昇格式に出席せず、これまで公にその姿を現すことのなかっ
た彼女であるが、本年に行われたケルヴィン氏の昇格式にて模擬試
合の対戦相手として登場した。同氏との戦いは熾烈を極め、最後に
はデラミスの巫女であるコレット・デラミリウス女史の結界を破壊
するに至る。相打ちに近い形で惜しくも敗れ去ったシルヴィア氏も、
間違いなくS級に相応しい実力があると証明されたことだろう。危
険度はDとS級冒険者としては低く、敵対するような行動を取らな
い限りは彼女から敵視されることもない。しかしシルヴィア氏は少
々天然なところがあり、何でもない発言が勘違いを呼び、とんでも
ない出来事に発展する可能性が僅かにある、かもしれない。
∼二つ名∼
銀髪をなびかせ容姿的にも麗しい彼女はこれ以降人気を高めつつ
ある。彼女の二つ名である﹃氷姫﹄は、華麗なる剣術と強力な青魔
法を併せて駆使する姿から名付けられたものだ。距離に応じて放た
れる攻撃は死角がなく、物理・魔法・防御・判断力と非常にバラン
スが良い。現S級冒険者の中では最年少でもある為、これからの活
躍が大いに期待される。
1471
∼パーティメンバー∼
A級冒険者 エマ 危険度[E]
シルヴィア氏と同時期に冒険者となった赤魔導士。冒険者に登録
以降、シルヴィア氏と共にパーティを組み行動する。功績からすれ
ばS級への昇格試験を受ける資格があるのだが、当人は受ける気が
ない模様。人前で力を見せることはあまりないが、シルヴィア氏と
同等の実力との噂も。
傭兵 ﹃凶獣﹄のナグア 危険度[A]
ガウンにてシルヴィア氏に雇われた獣人の傭兵。﹃凶獣﹄の二つ
名を持つパーティの特攻役である。ガウン国内で無頼漢として、そ
して凄腕の傭兵として有名であったことから、この二つ名が名付け
られる。基本的にシルヴィア氏のパーティで問題を引き起こすのは
9割方彼である為、接触を図る際は注意が︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱このような内容でシルヴィア達についての説明が続いてい
る。何だろうな。公認された冒険者名鑑なはずなのに、この迸るゴ
シップ記事臭は⋮⋮ 大食い選手権優勝って功績に入るの?
﹁シルヴィアさんはS級冒険者だからねー。名鑑の中でも目玉とな
る人物の1人だから、そりゃ紹介欄も長くなるよー。あ、ケルヴィ
ンのとこも勿論気合入ってるからね!﹂
﹁いや、そこは別に気合入れなくてもいいんだけど⋮⋮﹂
1472
﹁ねえねえ、アンジェ。この危険度ってのは強さのことなの? 犬
男が危険度AでシルヴィアがDになってるけど、あいつよりもシル
ヴィアの方が強い筈よ?﹂
セラが名鑑のシルヴィアとナグアの危険度が記された箇所を指差
す。俺を含め、一同が﹁うんうん﹂と力強く頷く。
﹁危険度は強さって言うより、その人と争いになる可能性の高さの
指標かな。私みたいな一般人からすれば、この名鑑に載るような人
達には誰だろうと勝てないからね。対話可能なシルヴィアさんより
も、出会い頭に殴ってくるナグアさんの方が危険って訳﹂
﹁あー⋮⋮ 納得した﹂
これ以上ない程分かりやすい例えである。確かにそっちが危険だ。
﹁ケルにい、僕たちの紹介も早く見ようよー﹂
﹁ああ、そうだったな。ええっと︱︱︱﹂
﹁ここじゃない?﹂
横にいたセラが手を伸ばして無造作にページを開く。開いた先の
記事は見開き、俺たちが紹介されている箇所であった。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
適当に開いて一発か。この幸運の無駄遣いっぷり、嫌いじゃない
ぜ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
1473
S級冒険者 ﹃死神﹄のケルヴィン・セルシウス 危険度[A]
∼主な功績∼
・デラミスの勇者と共闘し、盗賊団﹃黒風﹄を壊滅。
・ガウン領へ侵攻したトライセンの軍勢を撃退。
・魔王討伐に多大な貢献をもたらす。
・他、S級モンスター討伐多数。
∼概要∼
最短期間でS級にまで登り詰めた緑魔導士。ではなく、魔王討伐
の際に希少な召喚士であったことが判明。後方支援型の職業であり
ながら、昇格式の模擬試合では同じS級冒険者のシルヴィア氏を降
すと言う大波乱を引き起こした。パーティリーダーのケルヴィン氏
自身の実力も然ることながら、真に恐ろしいのはパーティ全員がS
級モンスターを単騎で打倒することができる猛者揃いである点だ。
各国からすれば喉から手が出る程に欲しい召喚士であることも相ま
って、ケルヴィン氏には連日のように登用のオファーが届いている
と言う。もっとも、他のS級冒険者と同様にその全てが辞退されて
いるようだが。危険度に関してはAと高く、注意すべきである。特
にパーティの女性には手を出すべきではない。トライセンの某魔法
騎士団将軍が良い例だ。どこに逃げようと、文字通り﹃死神﹄とな
って地獄まで追いかけて来ることだろう。
∼二つ名∼
黒ローブを常用し、不敵な笑みを浮かべながら大鎌を振るう様は
正に二つ名の﹃死神﹄に相応しい。巷では﹃戦闘狂﹄、﹃漁色家﹄、
1474
﹃戦慄ポエマー﹄などと言う虚偽の二つ名が一時飛び交うこともあ
ったが、ケルヴィン氏の名誉に懸けてここで否定しておこう。当て
嵌まるのは一部分だけである。
∼パーティメンバー∼
スライム ﹃常闇﹄のクロト 危険度[E]
ケルヴィン氏が召喚術にて使役するスライム。一見どこにでも居
るような普通のスライムだが、その外見に惑わされることなかれ。
その小さな身体は際限なく膨張し続け、災害と称される古竜をも寄
付けぬパーティの古参メンバーなのだ。その身に宿す﹃常闇﹄は無
尽蔵に万物を喰らう。仮に討伐レベルを設定するならば、間違いな
くS級モンスターに分類されるだろう。しかしこちらから害を与え
なければ特に危険はない。
騎士 ﹃剣翁﹄のジェラール 危険度[D]
クロトと同じく古参メンバーの1人である漆黒の老騎士。全身鎧
に覆われたその素顔は誰1人として見たことがなく、一説によれば
没落した貴族との噂も。鎧に等しく強大な重圧を秘める大剣と大盾
を軽々と扱う老練のジェラール氏には﹃剣翁﹄の二つ名が送られた。
子供を虐待する等といった卑劣な行為はジェラール氏の前では厳禁
である。
A級冒険者 ﹃爆撃姫﹄のエフィル 危険度[F]
ケルヴィン氏の屋敷に勤めるハーフエルフのメイド。非常に穏や
かな性格であり、美しくも可愛らしい。屋敷を手掛ける彼女の料理
はトラージ王をも唸らせ、その味に惚れさせる程。ひと口でも味わ
1475
えば言葉よりも先に涙が溢れると言う。更には凄腕の弓使いと従者
として非の打ち所がない。弓と赤魔法を融合させた独自の弓術から
繰り出される猛火は﹃爆撃姫﹄の名に恥じぬ威力だ。ちなみにケル
ヴィン氏の奴隷である。
拳士 ﹃女帝﹄のセラ 危険度[C]
ケルヴィン氏がとある事件で救出した美女拳士。拳士であるが一
流魔導士顔負けの魔力を持つ天才肌であり、男女のどちらからも人
気が高い。魔王討伐の際、敵兵である筈のトライセン将校達が忠実
に彼女の命令に従っている姿が目撃されている。自国を裏切らせて
まで従わせるその手腕は﹃女帝﹄と言えよう。やや感情的になりや
すい面がある為危険度は高めだが、注意するべきは1つだ。彼女に
は絶対に酒を飲ませてはいけない。ちなみにケルヴィン氏の恋人で
ある。
槍使い ﹃微笑﹄のメル 危険度[E]
蒼き髪、蒼き鎧の槍使い。全員の装備を黒で揃えるケルヴィン氏
のパーティでは珍しく、その身の装備を光り輝く蒼で染めている。
どのような時でも聖女のような﹃微笑﹄を絶やすことはなく、戦闘
ではその圧倒的なポテンシャルで敵を葬る。知る人ぞ知ることでは
あるが、彼女は食欲も圧倒的である。二つ名に偽りはなく、どんな
に食べても表情を曇らせることはないだろう。食を営む店側として
は警戒が必要だ。ちなみにケルヴィン氏の婚約者である。
剣士 ﹃黒流星﹄のリオン・セルシウス 危険度[F]
ケルヴィン氏の妹君でもある双剣使い。大変友好的な性格で、誰
であろうと隔てなく接してくれることだろう。交友関係は東大陸四
1476
大国の全ての王族に及ぶとも噂されるほど。その小柄な愛らしい容
姿からは想像しにくいが、一度戦闘になれば相棒の影狼と共に勇敢
に戦場を駆け出す。迅雷の速度で天を駆け、次々と敵を殲滅してい
く様は黒き流星、﹃黒流星﹄の如しと比喩される。ちなみに重度の
ブラコンであり、ケルヴィン氏自身も同様にシスコンである。
影狼 ﹃陽炎﹄のアレックス 危険度[E]
ケルヴィン氏が召喚術にて使役する影の狼。黒く威圧的な巨躯か
ら一見凶暴そうに見えるが、その実借りてきた猫のように大人しい。
常に小柄なリオン氏の横に控えている為、その巨体が際立つ。﹃陽
炎﹄のように何時の間にか消え、何処からか突然現われる。実体が
掴めぬことから﹃陽炎﹄二つ名が名付けられた。決して駄洒落など
ではない。
※ケルヴィン氏のパーティは全体的に危険度が低い傾向にあるが、
同氏に危害が及ぶことがあれば一気に危険度Sまで跳ね上がる。そ
れは仲間も同じことであり、前述の危険度を鵜呑みにして迂闊な行
為をするべきではない。
∼諸国との関係︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
記載されている情報は新しかったり古かったりと統一性がない。
命名式の後に発行する為か俺とリオンの名にファミリーネームが付
いているが、エフィルなんて種族がハーフエルフのままで記されて
いる。短期間で変化が多いからか、全てまでは最新の情報を把握し
1477
ていなかったのだろう。ステータスも隠蔽してるしな。
⋮⋮しかし、ちょっと待てと言いたい箇所もある。俺の二つ名に
ついて紹介する欄、﹃戦闘狂﹄はまだいい。事実だから許そう。だ
けどな、﹃漁色家﹄と﹃戦慄ポエマー﹄は酷くない? 漁色家って、
俺は一途だぞ! ちょっと愛が分散してしまっているだけで! あ
とこれを書いた奴、絶対エルフの里にまで取材に行ったな。わざわ
ざ結界を乗り越えてまで。戦慄ポエマーはあそこでの黒歴史しか身
に覚えがない。
﹁わー、シルヴィーに負けないくらいの記事だね。見て見て、この
アレックスの絵可愛くない?﹂
﹁クゥン?﹂
﹁リオンの挿絵もまるで天使のようじゃわい。これを書いた者は分
かっておるのう﹂
おーい、誰も指摘してくれないの? もしかして皆そういう認識
!?
﹁ご主人様、召喚士であることを公にされていますが、よろしかっ
たのですか?﹂
﹁それならケルヴィンにちゃんと許可を取ってるよ。むしろこの際、
召喚士のことは前面に押し出してくれってさ﹂
アンジェがワイングラスを片手に答える。そう言えば少し前に聞
かれたな。その時はこんな名鑑に載るとは思ってもいなかったが。
﹁以前は悪目立ちはしたくないからと隠していましたのに、どうい
った心境の変化です? あなた様?﹂
﹁トライセンで盛大に使ってしまったのもあるんだが、有名になれ
1478
ば相応の依頼が向こうからやってくるってのが一番だな。ほら、最
近は魔王がいなくなってモンスターの質も軒並み落ちているし。不
幸なことにS級モンスターの討伐なんてめっきりいなくなっちゃっ
ただろ?﹂
とても不幸なことに。
﹁あはは。ケルヴィン、そこは喜ぶとこだよー﹂
﹁俺としては複雑なの。ま、最初の頃に危惧してた国からの引き抜
きもギルドのお陰で気にすることもないし、この際俺の名を宣伝し
ようって魂胆だ﹂
ちなみにギルドには討伐依頼の情報を優先的に流して貰うよう手
配している。これで入れ食い間違いなし! ⋮⋮であれば良いのだ
が。まあ期待はそこそこに留めておこう。
なぜか余計な情報まで記されていたのはもう忘れたい。そうだ、
飲もう。
﹁それよりも今日は飲むぞ! 何だか無性に飲みたい!﹂
﹁あら、珍しいわね! なら私が注いであげるわ!﹂
﹁⋮⋮間違って飲むなよ?﹂
冒険者名鑑を一先ず置き、一同は楽しいひと時を再開する。のだ
が、テーブルに置かれた名鑑にこそこそと近づく影があった。
﹁有名な冒険者、ともあればプリティアちゃんの情報も⋮⋮﹂
ダハクである。
1479
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
S級冒険者 ﹃桃鬼﹄のゴルディアーナ・プリティアーナ 危険度
[S]
∼主な功績︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
﹁いや、そこは別に見んでいいから﹂
﹁あっ! 旦那、情報の独り占めはずるいッスよ!﹂
名鑑を閉じようとするジェラールと、何としてでも中身を読みた
いダハク。2人の戦いは夜遅くまで続くのであった。
1480
第200話 交差
︱︱︱ガウン・とある飲食店
夜が更け他の客の姿も疎らとなってきた。サバトとゴマは一足先
に城へ、アンジェも自分の宿へと帰っている。俺たちもそろそろ宿
へと行くべきなんだろうけど⋮⋮
﹁私がぁ∼、ヒック! 優勝しゅるんだかりゃ、大船に乗った気で
いればぁいいの∼!﹂
呂律の回らない口調をしたセラがタァンとテーブルにコップを置
く。左手は俺の腕を放すまいと力強く握られ、メキメキという骨が
軋む音と危険を知らせる察知スキルのアラートが脳内に雪崩れ込ん
で来た。
﹁ジェラール、お前⋮⋮﹂
﹁いやいやいや! ワシの酒の匂いを少し嗅いだだけじゃよ!? 飲んではおらん!﹂
﹁しょうよぉ、私は飲んでぃなぁいんですぅ∼!﹂
事の始まりはジェラールが飲んでいた火酒の匂いをセラが吸って
しまってからだ。隣にジェラールがいたのは失敗だった。俺が飲む
酒とは違い、ジェラールは日頃から度数が高くきつい酒を好んで飲
んでいるのだ。酒に弱いセラにとっては、この匂いだけで酔いが限
界を超えてしまったらしい。
﹁飲んでなくても酔うこともある、か。ジェラール、セラの周辺で
1481
は酒飲むの禁止な﹂
﹁なんと!?﹂
﹁なぁによ∼。私の酒が飲みゃないってゆ∼の∼?﹂
最早会話が成立しているようでしていない。セラさんや、コップ
を壊さない力加減はできているのに、俺に対しては何で加減がない
んでしょうか?
﹁ご主人様、リュカやシュトラ様が眠ってしまいましたので、私共
はこの子達を連れて先に宿へ向かおうと思うのですが⋮⋮﹂
エリィがリュカをおんぶした状態で話し掛けてきた。その後ろで
はロザリアがシュトラを、フーバーがシュトラが持っていた熊のヌ
イグルミを抱えている。
﹁もうそんな時間か。了解、俺らはセラを落ち着かせてから行くか
ら先に行っててくれ。場所は大丈夫か?﹂
﹁ええ、事前に確認しておりますので。メイド長、申し訳ありませ
んが⋮⋮﹂
﹁こちらは問題ありませんから、ゆっくり休んでください﹂
﹁む、しかしこんな夜更けにレデーだけで歩くのは危険じゃな。ど
れ、ワシもリュカらと共に︱︱︱﹂
﹁ジェラールは待ちなさい。いくら俺が﹃剛力﹄で力の底上げして
るからってセラには敵わないんだよ。お前も責任持って手伝え。で
きれば俺の腕が千切れないうちに﹂
﹁ええっ!? じゃ、じゃが!﹂
﹁じゃがもじゃってもない﹂
ジェラールがあからさまに嫌そうな声を上げるが、さっきから俺
の腕はもう限界を通り越しているのだ。
1482
﹁あ、あのご主人様、先ほどからバキバキと音が⋮⋮ 本当に先に
失礼してもよろしいのですか?﹂
﹁大丈夫、俺とメルの白魔法はS級だ。痛みさえ堪えれば、大丈夫
⋮⋮!﹂
伊達にセラの恋人をやっている訳じゃないのだよ。
﹁えっと、それじゃ僕が代わりにエリィ達を警護するよ。ハクちゃ
んもおいでー﹂
﹁俺もッスか? どっちかつうと男手の俺はこっちを手伝った方が
いいんじゃないスか?﹂
﹁ダハク、悪いことは言わないからリオンと一緒に行け。今のお前
にはセラを引き剥がす大任は早過ぎる。下手すると死ぬぞ?﹂
﹁酔ったセラねえは加減を知らないからね。だからハクちゃん、こ
こはジェラじいやメルねえに任せようよ。生半可な力だと怪我じゃ
済まないよ?﹂
一様に引きつった笑顔でダハクを行かせようとする俺たち。
﹁何言ってんスか! それくらい俺にだってでき︱︱︱﹂
﹁⋮⋮にぁによぉ、ダハクゥ、あんた私きゃらケルヴィンを奪おう
ってゆーの?﹂
﹁うおっ!?﹂
呂律の回らない言葉とは裏腹にセラから発せられるどす黒い殺気
は本物だ。俺の使っていたグラスにが軋み、パキンと音を立てて破
片が飛び散る。うっすらとではあるが、セラの瞳も赤みが増してい
た。
1483
﹁あー、これ弁償だな⋮⋮ な? 止めとけって﹂
﹁う、うッス⋮⋮ 兄貴、頑張ってくだせぇ﹂
流石のダハクも今ので危険を感じ取ったらしい。その後のダハク
は素直なもので、先にリオンやエリィらと一緒に宿へ向かうことで
話は纏まった。
﹁これ、セラよ! いい加減に王を放さんか!﹂
﹁いーやー! 今夜は私が一緒に寝ぇりゅのー!﹂
﹁それはなりません。今日の同室権はエフィルとリオンに決まった
ではないですか。約束は守りませんと﹂
﹁わーん!﹂
﹁ああっ、またご主人様の腕があらぬ方向に⋮⋮! セラさん、自
制してください﹂
しかしこちらはまだまだ収まりそうにない。この感じ、メルフィ
ーナとの死の鍛錬を思い出すな。主に痛み的な意味で。ふふふ、や
ばいぞ。頼りになる﹃胆力﹄スキル先輩によるポーカーフェイスも
そろそろ剥がれそうになっている。
﹁それじゃケルにい、おやすみ∼﹂
﹁おやすみ。気をつけて行くんだぞ?﹂
﹁あはは⋮⋮ ケルにいこそ早く脱出してね?﹂
﹁努力はしている﹂
リオンらは挨拶を済ますと店から出て行った。さて、ここからは
俺の正念場か。獣王祭を前に重症で欠場は避けたいものである。
︱︱︱バキボキバギ!
1484
⋮⋮避けたいものである。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・大通り
夜も深い時刻となったが、獣王祭間近のガウンは今だかなりの人
々で賑わっている。宿への道のりを先導するエリィに続きながら、
トライセンの姫君であるシュトラを護衛するロザリアとフーバーが
周囲を警戒していた。このような時間に綺麗所のメイドが4人も揃
えば目立つのである。更には黒髪金髪の美少女が2人加わるとなれ
ば効果は何倍にも膨れ上がる。中にはナンパをしようと近寄ろうと
する者もいたが、巨漢強面のダハクの姿を見るなり回り右をするの
であった。
﹁それにしてもご主人様、あんな調子だといつか死んでしまうんじ
ゃないでしょうか?﹂
﹁うん? 昔からセラねえとはあんな感じだから大丈夫だと思うよ。
えへへ、フーちゃんは心配性だなぁ﹂
﹁いや、お嬢⋮⋮ あれは誰でも心配するって、腕が逆に曲がって
たって!﹂
﹁怪我した傍から魔法で完治させていましたからね。あれはあれで
拷問のようなものだとは思いますが﹂
﹁んー⋮⋮﹂
ロザリア達が雑談をしていると、その声で起きてしまったのかシ
ュトラが眠そうに低く声を発した。
1485
﹁あっ、シュトラ様。申し訳ありません、起こしてしまいましたか。
待っていてくださいね。今宿へ向かっていますから﹂
﹁宿⋮⋮? ここは、大通り? うー、近道しましょうよー⋮⋮﹂
早く温かいベッドに入りたいのか、シュトラは近道を提案する。
しかし宿への道を知っているエリィにとってもガウンは見知らぬ街
なのだ。分かるのは予め調べていた間違えないであろう道のりのみ、
近道となる抜け道なんて知る由もない。
﹁シュトラ様、度々申し訳ないのですが、この大通りに沿った道順
しか知らないものでして︱︱︱﹂
﹁あっち⋮⋮﹂
エリィがロザリアの背中にいるシュトラに謝ろうとすると、眠た
げな様子でとある路地の方向を指差した。どうやらそちらへ行けと
意思表示しているようである。
﹁ええっと、シュトラ様?﹂
﹁あっちが近道⋮⋮ 昨日リオンちゃんに街の地図、見せてもらっ
たから⋮⋮﹂
﹁確かに見せたけど⋮⋮ えっ、もしかして覚えてるの!?﹂
﹁んー⋮⋮﹂
旅行前日、リオンはシュトラと共に観光用の、それなりに小路ま
で記載されたガウンの地図を見ていた。しかし﹁ここに行こう、あ
れ食べよう﹂と言った計画立てを10分ほど歓談しただけだ。この
街はガウンの首都だけあってパーズ以上に広大。シュトラの言葉を
信じるのならば、その10分の間にその全ての道を覚えたことにな
る。
1486
﹁改めて思ったけど、やっぱりシュトラちゃんって天才なんだね⋮
⋮﹂
﹁他のご兄弟分の知力がシュトラ様に集中してしまったのでは、な
んて噂話も聞いたことありますよ﹂
﹁フーバー、滅多の事を言ってはなりませんよ。否定はしませんが。
まあ噂話は兎も角、デラミスの巫女と張り合う程ですからね。確か
シュトラ様がまだ幼い頃に西大陸の学園に留学した際、通常は5年
かかる課程を1年で卒業してしまいましたから。巫女ともその時か
らの付き合いの筈ですよ﹂
﹁飛び級ってやつ? 僕にはとてもじゃないけど無理だなー。でも
ちょっと行ってみたいかも﹂
生前のリオンは病弱だった為に﹃学校に行く﹄という行為が満足
にできなかった。学園という言葉に憧れを持つのも無理もない。
﹁そいじゃ、嬢ちゃんを信じて近道するとすっか!﹂
﹁眠いー⋮⋮﹂
一同はシュトアに導きに従い、歩を進め始めた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・宿前
﹁マジで着いたな﹂
﹁本当に直ぐ着いちゃったね﹂
1487
大通りよりシュトラの指示で路地を通ること5分、無事宿へ到着。
本来は20分はかかるであろう道のりが大幅短縮されてしまった。
﹁むにゃ⋮⋮﹂
﹁眠ってしまわれましたね﹂
﹁なら、早く宿に入ろうぜ。 ︱︱︱っと!﹂
︱︱︱ドンッ!
ダハクがリオンらの方を向きながら歩み出すと、その前方で誰か
にぶつかってしまった。リオン程の背丈のその者はダハクに押され
僅かに後退するも、ゆっくりと体勢を立て直してダハクを睨み付け
る。見れば秀麗な顔立ちをした少女で、睨むツリ目もとても可愛ら
しい。
﹁⋮⋮ちょっと、どこを見て歩いているのよ? その無駄に鋭い目
は節穴なの?﹂
﹁ああん? お前こそどこ見て歩い︱︱︱﹂
﹁ちょっと、ハクちゃん! 悪いのは僕らの方だよ! えっと、急
にごめんなさい!﹂
売り言葉に買い言葉で返そうとしたダハクを遮り、リオンが謝罪
する。空気を察してか、エリィをはじめとした背後のメイド達も深
く頭を下げた。
﹁ふん、次からは気をつけなさいよ﹂
ぶっきらぼうにそう言うと、炎のように長い赤髪を揺らしながら
少女はさっさと路地へと入ってしまい、その姿を消してしまう。
1488
﹁ったく、あいつ何だったんスかねぇ。失礼な奴もいたもんだ! いくら超絶可愛くても、ああいうのは俺嫌ッスね!﹂
﹁ハクちゃん、だから失礼なのはこっちだって。でも、あの子︱︱
︱﹂
﹁何スか?﹂
﹁⋮⋮ううん、何でもない。さ、早く宿へ入ろっか。シュトラちゃ
んも限界だし﹂
皆が宿に入る中で、リオンはもう一度少女が消えた路地の方を振
り向く。当然ながら少女はもうそこにはいない。だが、リオンは感
じていたのだ。
︵あの子、凄く強いな。止めなきゃハクちゃん危なかったかも⋮⋮︶
︱︱︱圧倒的強者が放つ空気を。
1489
第200話 交差︵後書き︶
祝、200話。まさかここまで長くなるとは⋮⋮
1490
第201話 開催直前
︱︱︱ガウン・総合闘技場
﹁さあさあ、遂にこの日がやって参りました! 国中の獣の血が騒
ぎ出す、ガウン総合闘技場最大クラスのトーナメント! 獣・王・
祭! いよいよ開幕だぁ!﹂
﹁﹁﹁うおおおおっ!﹂﹂﹂
闘技場客席から轟く歓声。外に設置されたフードコートにいる俺
たちの耳にもその喧騒は聞こえて来る。この聞き覚えのある声はシ
ルヴィアとの模擬試合を実況していたロノウェのものだろうか。観
客の興奮を掻き立てるのもアナウンサーとして立派な仕事だとは思
うのだが、俺の心にはひとつの疑問が浮かび上がっていた。
﹁⋮⋮まだ、獣王祭の開催まで1時間以上あるよな? 観客もあの
実況も気が早過ぎないか?﹂
﹁メインイベントの獣王祭の前座として、これからエキシビジョン
マッチをやるみたいだよ。惜しくも獣王祭への出場を逃した戦士達
の共演、だって。ケルヴィンも興味があるなら見に行く?﹂
アンジェがどこからか購入してきた獣王祭ガイドに目を通しなが
ら教えてくれた。
﹁んー、別にいいかな﹂
﹁そう?﹂
出場を逃したってことは、先日リュカに敗れたガウンの兵士達と
1491
似たような実力なんだろうし。わざわざ見に行くほどのものでもな
いだろう。
ガウンを訪れて数日、俺たちはここでの観光を存分に満喫した。
楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎ去ってしまうもので、気
がつけば今日は獣王祭の当日である。土産など嵩張る物はクロトの
保管へ入れてるので相変わらず荷物はないんだけどな。
﹁それよりここのところずっと遊んでばかりだったから、体が鈍っ
てないか心配だよ﹂
﹁あはは、他の出場者の人は皆万全の状態で来てる筈だよ。お姉さ
んもちょっと心配だなー。折角だし、獣王祭について最終確認して
おく?﹂
﹁時間もあるし丁度いいか。じゃ、まずはうちのパーティから獣王
祭に出場する面子なんだけど︱︱︱﹂
フードコートで売っていたフランクフルトっぽい肉を口にしなが
ら、3人に視線を向けてやる。すると3人は直ぐに気付いたようで、
その場で立ち上がり︱︱︱
﹁僕とっ!﹂
﹁私とっ!﹂
﹁俺ッス!﹂
︱︱︱なぜかその場で謎のポーズを取った。セラやリオンは興奮
で眠れないと遠足前の小学生のようなことを前夜に言っていたが、
回りまわって何なんだその妙なテンションは。それにリオンよ、頬
に食べかすが付いてるぞ。ジェラールに変な事をされる前にこっち
に来なさい。
1492
﹁色々と話し合った結果、俺とセラにリオン、最後にダハクが出場
することになった﹂
﹁へー、エフィルちゃんは出なさそうだなーって思ってたけど、ジ
ェラールさんやメルさんも出ないんだね?﹂
﹁ワシはリュカやシュトラと一緒にいる時間が大事なんでな。リオ
ンの応援にも熱を入れたい。じゃから今回はパスじゃ﹂
いや、それ以前に獣王祭のルール的にジェラールは出れないんだ
けどね。固有スキル﹃自己超越﹄で装備した武具が変化してしまう
し、この大会に兜などの素顔を隠すような代物はないのだ。ジェラ
ールが志す謎の騎士道精神はそれを許さないだろう。
﹁私も客席で食べ物片手に応援している方が性に合っていますので。
まだまだ食べ足りない料理も沢山あることですし﹂
こいつはこいつで後何店舗の在庫を食い尽くすつもりだろうか。
﹁ご主人様、獣王祭のルールはこちらに﹂
﹁あっ、エフィルちゃん! それ、私の仕事っ⋮⋮!﹂
アンジェが半泣きする横で、エフィルより闘技場の受付で配られ
ているパンフレットを受け取る。獣王祭試合時のルールを簡単に纏
めるとこうだ。
①試合に用いる装備は予め闘技場が用意した物から選択する。但し、
アクセサリー等の装飾品は1つだけ持ち込み可能。それ以外のアイ
テムの使用は禁止である。
②試合時は魔法の使用が禁止される。但し、固有スキルの使用は可
能である。魔法か固有スキルかの判別は舞台を覆う結界が行い、結
界内で魔法を使用した場合は結界が赤く染まる。
1493
③試合会場である闘技場の舞台周囲には観客を護る為の結界が施さ
れているが、それに関わらず観客に危害が加わるような行為を反則
とする。場合によっては罪となり、刑罰を科すこともある。
④対戦相手が戦闘不能、もしくは降参の意思を示すことで勝利とす
る。戦闘不能は生死を問わないが、もし相手を死亡させた場合は罰
金が科せられる。
⑤試合は出場権を勝ち取った総勢64名のトーナメント形式で行わ
れ、組み合わせは当日のクジ引きで決定される。
﹁注意すべきは①と②だな﹂
﹁私としては①のルールがあったからこそ出場できるんだけどねー。
髪留め的に﹂
今回セラが出場できたのは、装飾品を1つだけ持ち込むことがで
きると言うルールがあった為だ。これにより角や翼を隠すことが可
能となった。しかし、これは条件として不利になる可能性もある。
俺やリオンにダハクもそうだが、他の参加者が試合を有利に進める
為の装備にしてくるのは目に見えているからだ。例えば俺が持つメ
ルフィーナ印の女神の指輪。1対1での戦闘において、状態異常耐
性があるとないとでは雲泥の差となる。この時点でセラは皆に一歩
先を行かれてしまうのだ。
﹁あれっ? セラさんの髪留めって何か特別な効果があるの?﹂
﹁う、ううん! 想い入れのある品だから、外したくないのよ! 絶対に!﹂
﹁昔、俺がセラにプレゼントしたものなんだ。な?﹂
﹁え、ええ! 実はそうだったりするわ!﹂
﹁へえ、そうなんだ⋮⋮ ふーん⋮⋮﹂
やや焦ったようにセラがアンジェに取り繕う。言っていること自
1494
体は嘘ではないので、アンジェもそれ以上追求してくることはなか
った。
﹃セラ、アンジェがいる前で迂闊なことを言うなって。一応種族の
ことは隠しているんだから﹄
﹃ううっ、ごめんなさい⋮⋮﹄
﹃まあ、誤魔化せたから良し﹄
興味をなくしたのか、アンジェはどこか上の空だし。
﹁まあ、持ち込む装飾品については各自の判断に任せるよ。好きな
・・・
物を使ってくれ。で、②についてなんだが、魔法の使用は禁止だ。
・・・
試合中は絶対に使っちゃ駄目だぞ﹂
﹁うん! 試合中は使わないね!﹂
勘の良い奴なら気付くことではあるが、②のルールには落とし穴
がある。試合時は魔法の使用禁止︱︱︱ 試合中は使ってはならな
いが、逆に言えばそれ以外は使って良いのだ。試合開始直前に魔法
で身体能力を強化してしまう、なんてことも許されてしまう。獣王
祭、肉弾戦系の大会と思わせておきながら、なかなかに狡猾な大会
である。
﹁あらん!? どこかで見たイケメンかと思ったらぁ、ケルヴィン
ちゃんじゃない! それにぃ、ジェラールのおじ様もぉ!﹂
﹁ええっ!? お姉様一押しの紳士達っ!? どこっ、どこぉ!?﹂
ジェラールがビクリと過剰なまでに反応する。この背後より聞こ
える濃ゆい声はあれだ、十中八九あの人しかいない。しかし気のせ
いだろうか? 声が重なっていたような⋮⋮
1495
﹁プリティアちゃん、久しぶりだな︱︱︱﹂
﹁う、うむ。相変わらず元気そうじゃ︱︱︱﹂
俺たちは振り返る。振り返ってしまった。
﹁﹁はぁい♪﹂﹂
そこにいたのはピンクドレスを着こなすプリティアちゃんと、ハ
ゲ頭ではあるが英国紳士風の伊達男。こちらもプリティアちゃん程
ではないにしろ、ガッチリとした筋肉で衣服を膨らませている。外
見だけであればプリティアちゃんより数倍マシ⋮⋮ ではあるが、
口調が完全にそっち系。そしてなぜに2人で手を合わせてハートを
作っている。あれか、ジェラールへのアタックのつもりか。別に意
思疎通はしていないが、今ばかりは俺とジェラールの気持ちは同じ
な気がしてならない。
︵何か増えてる⋮⋮︶
︵何か増えとる⋮⋮︶
これが今大会で獣王に並ぶであろう強敵なんだもんなぁ⋮⋮
﹁あの糞ったれなハンサム、一体何者なんだ⋮⋮!? プリティア
ちゃんとべったりじゃねーか⋮⋮!﹂
ダハクはダハクで別の意味でショックを受けている。
﹁ロザリアー、手をどかしてよー。何も見えないー﹂
﹁見てはなりません。純粋無垢なシュトラ様には早過ぎます﹂
何気にロザリアがグッジョブな働きをしていたのを評価したい。
1496
第202話 トーナメント
︱︱︱ガウン・総合闘技場
﹁ふむ⋮⋮ 毎年の事ではあるが、今年もなかなかの兵共が集まっ
たな﹂
﹁そりゃ父上が率先して呼び寄せたからな。本当ならケルヴィン達
に参加権利はなかったんだぜ?﹂
王族専用の特別席より闘技場に集まる獣王祭参加者を見渡す獣王
レオンハルト・ガウン。獣王はその様相に満足気にしているが、横
に立つ千人隊長ジェレオル・ガウンは相対するように溜息を漏らし
た。立場上、兄弟の中でも獣王と行動を共にすることが多い分、ジ
ェレオルの苦労は絶えないようである。ちなみに今日の獣王はジェ
レオルの妻であるリサの姿であった。
﹁ワシが権利を与えんでも、あ奴らならば少し調べて勝手に手に入
れていただろうさ。何せ、獣王祭の出場権利は奪うことができるの
だからな﹂
﹁暗黙の了解ではあるんだけどな﹂
獣王祭に出場する方法は2つある。昨年の獣王祭でベスト8内に
入賞する、もしくは予選となる大会を勝ち抜く、である。大会を主
催するガウンの軍隊からの出場枠もあるにはあるが、本来は部外者
であるケルヴィンのような参加の仕方は異例と言えるだろう。
権利を認められた者には参加する際に出場権利の有無を確認する
為のチケットが渡される。仮にこのチケットを紛失してしまったら、
1497
例え予選を勝ち抜いた本人だと分かっていたとしても出場は認めら
れない。逆に、このチケットさえ所有していれば誰であろうと獣王
祭に参加できるのがこの大会の怖いところである。それ程までにチ
ケットの管理、死守は重要となるのだ。例年、参加をする為に強奪
しようとする者が後を絶たないが、大半は返り討ちとなって警邏兵
に連行されるのが常だ。力を信条とするガウンは公表こそはしない
にしろ、むしろこの動きを推奨している。
﹁まあケルヴィンらが自主的に動くとなれば、下手をすれば全員分
のチケットを掻き集めそうだったからな。最低限の国の面子が高々
4つの出場枠で護られたのだ。安いものよ﹂
﹁算盤はじきながらそんな上っ面な理由聞かされても説得力ねぇよ
⋮⋮﹂
ジェレオルは非難するような視線を獣王に浴びせるが、関係ない
とばかりに獣王は手を止めない。ジェレオルもやる前から分かって
いたことだが、全く堪えていないようである。
﹁それにしても大分入れ代わっているではないか。クックック、こ
れは予想外のダークホースも期待できるのではないか?﹂
﹁何を期待してんだよ。何を。ったく⋮⋮ だが、今年は確かに見
ない顔もちらほら見えるな﹂
ジェレオルとしては国の面子もそうだが、名の継承の晴れ舞台と
なるかもしれない弟妹達のことを第一に心配していた。今回の獣王
祭は自身でさえも気を引き締め直す必要があるだろう。そんな化物
が犇めき合い、死の危険もある魔の領域にて実力を発揮することが
できるのか︱︱︱ 彼もなかなか世話焼きなのである。
﹁⋮⋮今更なんだが、何で今日はリサの格好なんだ?﹂
1498
﹁サービスに決まっておるだろ。ほれ、昂るであろう? 何なら触
っても良いぞ?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
余談ではあるが、ジェレオルは現在絶賛夫婦喧嘩中である。今朝
は妻の見送りもなかったと言う。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場控え室
﹁で、クジ引きの結果はどうだった?﹂
受付に4人分のチケットを手渡し出場を確定させ、早々にトーナ
メントの組み合わせを決めるクジを引き終えた俺たちは、闘技場の
出場者控え室にいた。最大クラスの大会である為か控え室も全員個
室。今は俺にあてられた部屋に集合し、クジの結果を確認いている
ところだ。
﹁えーと、僕のには﹃B−2﹄って書いてあるよ﹂
﹁俺のは﹃D−14﹄ッス﹂
﹁私は﹃C−1﹄ね!﹂
﹁俺は、っと︱︱︱ ﹃A−8﹄、か。見事にブロックが別々にな
ったな﹂
﹁うん、僕らが戦うとしたら準決勝以降になるね。初戦で潰し合い
とかなくて良かったよ﹂
1499
獣王祭は64名の出場者から成るトーナメント方式で行われる。
参加者はA、B、C、Dの4つのブロック毎に分けられ、各ブロッ
クの勝者4名が決勝トーナメントへ駒を進めることができるのだ。
この割り振りであれば途中で仲間とぶつかることもなく、上手くい
けば俺たち全員が決勝まで残る可能性もある。このクジ引き、セラ
の幸運がまた一働きしてくれた気がするな。
﹁お嬢、油断はできねぇッスよ。プリティアちゃんやあのハゲがど
こかに入ってくるんだ﹂
﹁ダハクの言う通りだ。他にも獣王やガウンを統括する軍の奴らも
いる。名が知れ渡っていなくとも強い奴は強いんだ。誰であろうと
油断はするなよ﹂
﹁ケルヴィン、口元が笑っているわよ?﹂
﹁⋮⋮だって楽しみじゃん﹂
こればかりは抑えられない衝動なの。でも我慢はできるだけして
いる。
﹁ケルヴィンの兄貴なら大丈夫ッスよ。ま、ここ数日襲ってきた奴
らみたいなのばかりなら、試合も一層楽なんだけどな﹂
﹁あー、あれ結局何だったんだろうね? 街中で不意打ちして来た
けど、盗賊には見えなかったし⋮⋮﹂
﹁ガウンの兵達も叩きのめすまで様子を窺うだけで動かなかったし
ね。何、あれもイベントの一種なの?﹂
﹁さあなー。期間中も鍛錬は怠るなって言う、獣王からの厚意だっ
たのかもな!﹂
獣王、あれでいて気遣いのできる王だったのかもしれない。人は
見かけによらないものである。いや、見かけも謎ではあるが。
1500
﹁あはは、観光している間はあれ位しかまともに運動しなかったか
らね。ちょっと体重を量るのが怖いよ﹂
﹁俺もメルに釣られて最近食い過ぎなんだよなー﹂
﹁肉ばっかり食ってるからッスよ﹂
﹁私も最近ちょっと胸元が苦しいのよね﹂
﹁セラねえ、多分それは違う⋮⋮﹂
リオンはセラと自分の胸を交互に見て、そのまま胸に手を当てな
がら俯いてしまった。セラ、未だに成長期。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
歓声が沸き続ける闘技場の客席は満席であった。前座であるエキ
シビジョンマッチの最後の試合が終わり、いよいよ獣王祭も開催間
近。熱気に包まれた闘技場は今、最高潮に達していた。
﹁メル様、緑茶のおかわりはいかがですか?﹂
﹁流石はエフィルですね。丁度喉が渇いていました。頂きますね﹂
﹁エフィルよ、ワシにも貰えるかの?﹂
﹁エフィルちゃん、こんなところでも気遣いに隙がないよねー。と
ころで私も貰っていい?﹂
︱︱︱のだが、ジェラールやメルフィーナ、エフィルをはじめと
するメイド達+アンジェは悠々とした個室の部屋にいた。アレック
スも安心して寝転べる広さである。この個室は出場者の関係者と言
1501
うことで、ガウン側がVIP席を提供してくれたのだ。本来は冷房
などの機能までは備わっていないのだが、メルフィーナの青魔法に
より快適な温度に調整され、更には専任の料理人まで数人付けられ
ている。今もウェイターが調理場より料理を運んできたところだ。
﹁お待たせ致しました⋮⋮﹂
テーブルに置かれる豪華な料理の数々。エフィルの料理に数段劣
るとは言え、その味は最高級のものばかり。お姫様であるシュトラ
も納得の出来なのだ。
﹁ウェイターさん、追加注文です。メニューのここからここまで、
全て3皿ずつ注文をお願いします。後、外の屋台からお勧めの物を
適当に見繕って頂けますか? 10品くらい﹂
﹁は、はい。少々お待ちを⋮⋮﹂
もっとも、料理人を付けてまで個室を提供したのはメルフィーナ
によって闘技場の出店を食い潰されないようにする為の、獣王の防
衛策だったのかもしれないが⋮⋮ そう、代わりの受け皿となった
料理人達にとっても、この日は熾烈な戦いの日となるのである。
﹁あっ、トーナメントの組み合わせが発表されるみたいよ﹂
シュトラの声に一同は話を止め、闘技場の舞台に視線を向ける。
この時ばかりはメルフィーナも箸を止め、舞台上へと登ってきた司
会役のロノウェに注目するのであった。
﹁大変長らくお待たせ致しました! これより、トーナメント表を
発表致します!﹂
1502
第203話 初戦の相手
︱︱︱ガウン・総合闘技場控え室
舞台上でロノウェがトーナメントの組み合わせをアナウンスして
いく。拡声器を使っているようで、この控え室にまで声が聞こえて
きた。どうやらブロック順に公表していくようだ。仲間内で最も順
番が早いのはAブロックの俺か。
﹁Aブロック第4試合! 虎狼流剣術師範ロウマ選手対、S級冒険
者﹃死神﹄ケルヴィン選手!﹂
⋮⋮誰? 謎の流派が1回戦の相手のようだ。
﹁虎狼流って何スかね?﹂
﹁さあ? でも剣術って名乗ってるから剣士が相手じゃないの?﹂
﹁シュトラちゃんなら知ってたかもしれないんだけどねー。あ、そ
うだ。ジェラじいならシュトラちゃんの近くに居るだろうし、ちょ
っと念話で聞いてみるよ﹂
﹁そうだな。リオン、頼んだ﹂
10秒程するとリオンが﹁うんうん﹂と小さく頷く。もう返答が
返ってきたのか。流石はジェラール、孫にはいつも全力である。
﹁分かったよ。ジェラじい達も丁度この話をしていたみたい。虎狼
流って言うのはトラージで剣術の修行をした獣人が興した剣の流派
なんだって。で、ロウマって人は流派の次期当主に推選されている
剣術の達人らしいよ﹂
1503
﹁剣術の達人か⋮⋮﹂
うーん、実力は如何ほどだろうか。達人レベルだと期待していい
のか微妙なところだ。まあいい、油断せず行こう。続くAブロック
の発表を流して聞いていくが、知っている名前はジェレオルくらい
なものであった。あ、そう言えばプリティアと一緒にいた伊達男の
名前聞いていなかったな。ジェラールに急かされて紹介される前に
闘技場に入っちゃったし。
﹁Bブロック第1試合! B級冒険者ゴンザレス選手対、ケルヴィ
ン一派﹃黒流星﹄リオン選手!﹂
Bブロックは初戦からリオンの試合か。ただ、相手が残念かな⋮⋮
﹁あー⋮⋮ お嬢、まだ1回戦です。消化試合だと思って頑張りま
しょうや﹂
﹁ハクちゃん、そんな態度で試合に臨んじゃ相手に失礼だよ! ケ
ルにいも言ってたじゃない、どんな相手でも油断するなって。僕は
全力で戦うよ!﹂
リオン、いくら何でも相手の実力を測らずに全力で戦ったらあか
ん。ゴンザレスさんが消し飛ぶ。罰金もやってくる。
﹁ふふん、リオンは分かっているわね! でも相手の力を見極めた
らちゃんと手加減するのよ。この私のようにね!﹂
﹁⋮⋮セラさんや。言っていることは正しいが、旅行初日の夜に俺
は誰にボロボロにされたんだったかな?﹂
﹁え、初日の夜? ⋮⋮何かあったかしら? なぜかあの夜は記憶
が朧気なのよね﹂
1504
うん、期待はしていなかった。セラは酔って暴れた次の日にはい
つも記憶を綺麗さっぱりなくしている。本人も二日酔いで苦しんで
いるので俺も責めるに責めれないのだ。そんなことをしている内に
Bブロックの組み合わせ発表は最後の組に至っていた。
﹁Bブロックには獣王レオンハルトにその息子ユージール、あと知
っているのはサバトか。やたらとガウンの王族が集まったな﹂
﹁順調に勝ち進めば獣王さんとバトルかー。よし! ケルにい、僕
頑張るね!﹂
﹁ああ、決勝トーナメントで会おう。っと、次はセラの居るCブロ
ックだな﹂
セラの番号は確か﹃C−1﹄。直ぐに呼ばれるだろう。
﹁Cブロック第1試合! ケルヴィン一派﹃女帝﹄セラ選手対、ガ
ウン国百人隊長グイン選手!﹂
グイン? グインって、サバトのパーティにいたあのグインか?
﹁セラ姐さんの相手はグインッスか﹂
﹁あいつかー。一応A級冒険者なのよね? トライセンに攻め込ん
だ時にもいたけど、逃げ回ってるイメージしかないわ⋮⋮ 本当に
強いのかしら?﹂
﹁百人隊長なら城でリュカと戦ったあの兵士達と同等くらいになる
んじゃないか? 俺もグインの戦いをよく見たことがないから何と
も言えないが﹂
﹁んー⋮⋮ よく分からないわね。ま、サバトと同じパーティなら
サバトくらい頑丈でしょ! なら適当でも死にはしないわ!﹂
おい、相手の力を見極める話はどうした。
1505
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場控え室
ケルヴィンらが控え室で獣王祭の組み合わせを聞き入る一方で、
別の控え室ではサバトらのパーティが集まっていた。サバト、ゴマ、
アッガス、グイン︱︱︱ 目的はケルヴィン達と同じ互いのクジ運
による組み合わせの確認である。が、床に手を付き深く項垂れる者
がここに1人居た。
﹁俺、終わった⋮⋮ よりによって1回戦の相手が、ケルヴィンさ
んとこのあのセラさんッスか⋮⋮﹂
﹁ハッハッハ! 何言ってやがんだ、俺なんて親父と同じブロック
だぜ? あんな綺麗どころの美人と戦えるだけマシじゃねぇか! このっ、この!﹂
サバトはそんな悩みなど大したものではないと一笑に付しながら
バンバンとグインの背中を叩く。
﹁痛い、痛いッスよサバト様!﹂
﹁それにしても珍しいものね。いつものグインならサバトが言う通
り両手を挙げて喜ぶと思っていたのに。セラさん、凄く綺麗な人よ
? 一体どうしたのよ、病気?﹂
﹁グインよ、体調が悪いのなら早く言え。こんなお前でもガウンを
代表して出場する1人だ。無様な戦いは許されないぞ﹂
1506
ボロクソである。
﹁ゴマ様もアッガスの旦那も酷いッス! そりゃ、俺だって喜びた
い気持ちはあるッスよ! 運が良ければあの豊満なお胸にタッチす
ることができるかもしれないんスから! ﹃女帝﹄って二つ名も少
し惹かれるものが︱︱︱﹂
﹁お前、最低だな⋮⋮﹂
﹁女の敵ね﹂
ボロクソである。
﹁ハハッ、男らしくて素直じゃねーか!﹂
﹁ううっ、サバト様だけが俺の味方ッス⋮⋮! って、そうじゃな
い。俺が言いたいのは違うところ! 考えても見てくださいよ。セ
ラさんは朱の大渓谷で竜の軍勢を赤子の手を捻るように薙ぎ倒し、
魔王が住まうトライセン城に単身で突入、そしてそのまま中枢部を
制圧してしまった実力者なんスよ! 俺なんかが戦ったら運が良く
てボロ雑巾ッスよ!﹂
グインの必死の釈明に同調できるところもあるにはあるのだが、
前置が前置だけにゴマとアッガスに可哀想などと哀れむ気持ちは全
くなく、非常に視線が冷たい。寧ろ、一度痛い目を見た方がいいと
さえ思っている。各国を渡り歩き冒険者として武者修行していた頃、
彼女らはグインが引き起こす下心丸出しな問題に手を焼いていたの
だ。デラミスの勇者である刀哉が無意識の内にトラブルを引き起こ
すとすれば、グインは自発的にトラブルを引き起こしていたと言え
る。
﹁ボロ雑巾ねぇ。だがよ、お前の素早さなら、そうなる前にワンチ
ャンあるんじゃねぇか? 一揉みくらい﹂
1507
︱︱︱ピクッ。
﹁サバト、アンタなんてこと言ってるのよ!﹂
﹁ふむ、確かにグインが初動から最速で動けば一触りはいけるかも
な。何よりも不可抗力だ﹂
︱︱︱ピクピクッ!
﹁ア、アッガスまで!?﹂
ゴマが震えながら拳を構え始める。
﹁馬鹿、こうでもしねぇとグインは本気出さねぇよ。これくらい焚
き付ける位がこいつは丁度良いんだ﹂
﹁少々下劣ですがグインには効果的な手ですな。ほら、奴を御覧に
なってください﹂
﹁うおおぉぉー! やったるッスよー! 目指せ、桃源郷!﹂
グインの瞳には希望が満ちていた。歪んではいるが、希望は希望
である。男とはこういった類の希望を心に見出した時、思いもよら
ぬ力を発揮するものなのだ。何とも哀しい男の性である。
﹁ああなったグインは手強いですぞ﹂
﹁⋮⋮ハア、ケルヴィンさんに殺されても知らないわよ。もういい
わ、私は自分の試合に集中するから。ええっと、組み合わせの発表
は?﹂
ゴマは猫耳を立て、アナウンスの声を聞き取る作業に専念するこ
とにした。が︱︱︱
1508
﹁︱︱︱以上で組み合わせの発表を終わります! 早速ですが順次
試合を開始したいと思いますので、Aブロックの選手は次の場所に
︱︱︱﹂
﹁おっと、終わっちまったみたいだな﹂
﹁⋮⋮聞き逃しちゃったじゃない﹂
立てた猫耳が垂れ、床に崩れるゴマの姿は奇しくもグインと似通
ったものであった。
﹁ゴマ様、ご安心を。念の為、組み合わせは全て私がメモしていま
したから。ゴマ様はDブロックのようですな﹂
﹁アッガス、ありがとう⋮⋮!﹂
アッガスが差し出した紙にはDブロック出場者の名前が書かれて
いた。案外、几帳面な性格のようである。アッガスの気遣いに感服
するのも良いが、やたらと達筆な字で記されているメモの中に、ゴ
マ、アッガス、ダハク、そしてゴルディアーナの名前が含まれてい
ることに、ゴマはまだ気付いていない。
1509
第204話 虎狼流の恐怖
︱︱︱ガウン・総合闘技場控え室
Aブロックの試合が開始され、観客達の声援、歓声は常に闘技場
で渦巻いていた。時折、一気に音量が高まり、闘技場内部の控え室
にまでその叫びが届くこともある。思わぬ番狂わせが起きたのか、
試合に決着が付いたのか︱︱︱ どちらにせよ、獣王祭が大いに盛
り上がっていたのは確かだろう。
﹁⋮⋮凄い歓声ですね。試合が終わったんでしょうか?﹂
﹁終わったのなら俺を呼ぶアナウンスがあるだろうよ。ないってこ
たぁ、まだ試合は続いている﹂
﹁そ、そうですね。師範、失礼しました⋮⋮﹂
右胸に﹃虎狼流﹄と漢字で記された道着を着た、5人の獣人の内
の1人が直立しながら謝罪する。獣人達の視線の先には鞘に納めた
得物を肩に抱き、壁を背中にして床に座る髷結いの獣人。ケルヴィ
ンの対戦相手、虎狼流の師範ロウマである。闘技場側が用意した防
具の中で最も軽量な衣服を装備し、自らの得物としてトラージ産の
刀を選択している。見るからにスピード志向の装備だ。
﹁お前ら、さっきから何を焦っている? いや、怯えている、か?﹂
﹁すみません。師範の試合相手を考えると、つい⋮⋮﹂
5人は虎狼流の門下生だ。獣王祭出場が決定して以来、自分たち
の剣の師であるロウマの活躍を間近で見ようと、今日と言う日をま
だかまだかと楽しみにしていた。 ⋮⋮トーナメントの組み合わせ
1510
が決定し、対戦相手の名前を聞くまでは。
﹁⋮⋮ケルヴィンか?﹂
﹁ええ、今最も話題になっている新鋭のS級冒険者です。昨年の獣
王祭はゴルディアーナが優勝、獣王様が僅差で準優勝と言う結果で
終わりました。そのどちらもがケルヴィンと同じS級冒険者の肩書
きを持っています。恐らく、ケルヴィンも同様の力を持っているの
ではないかと⋮⋮﹂
﹁先の魔王討伐では大々的に知名度を上げ、数々の功績を残してい
ます。昇格式の模擬試合ではシルヴィアに勝利したと聞きますし、
相当な使い手なのでは⋮⋮﹂
門下生らはケルヴィンの噂を話し出す。彼らは不安なのだ。これ
まで信じて歩んできたこの道が、本当に正しかったのか。その教え
の体現者であるロウマが、真の強者に通用するのかが。
﹁っふ、お前らは獣王祭に出場すればそれで満足する口なのか? 我らの目標は1回戦2回戦の突破、その程度か?﹂
﹁そ、それはっ⋮⋮﹂
﹁では改めて聞こう。我らが目指す場所はどこか?﹂
﹁⋮⋮獣王祭の優勝、ただ1つです!﹂
門下生の1人が前に言い放つ。それは正に、魂の叫び。
﹁S級冒険者がどうした。聞けば奴は召喚士だと言うではないか。
魔法を使うならいざ知らず、この獣王祭においてはケルヴィンの召
喚術は機能しない。信じられるのは己の肉体と技量のみ。逆に考え
ろ、この状況下で奴と戦えるのはチャンスなのだと。S級冒険者を
倒したとなれば虎狼流の名は天にまで轟くことになるのだ。何を怯
える必要がある!﹂
1511
﹁そうだ⋮⋮ その通りだっ!﹂
希望はやがて勇気となり、次々と伝播する。この中にケルヴィン
を恐れる者は今やいない。
﹁我ら虎狼流の真骨頂は最速で相手の懐に至り、最大の攻撃で仕留
める必殺の剣だ。短期決戦にこそ活路はある。そこに小細工を仕込
む余地はない。お前らはただ、俺の勝利を信じればいいんだ﹂
ロウマは刀を携え、立ち上がる。その瞬間に一際大きな歓声が闘
技場に鳴り響いた。
﹁Aブロック第3試合! 放浪のエルフ、ディッシュ選手の勝利で
す! いやー、鮮やかな弓さばきでしたね、解説のキルト様!﹂
﹁弓矢を使っての1対1の戦いにおいて、常に一定の距離を保ち続
けることは難しいのですが、堅実な試合運びで危なげなくやり遂げ
ましたね。2回戦も期待できそうです﹂
﹁ありがとうございます! それでは次の試合に移りましょう! Aブロック第4試合、ロウマ選手とケルヴィン選手は舞台へおいで
ください!﹂
呼び出しのアナウンス。皆が放送に耳を傾ける中、ロウマは門下
生らの間をすり抜け、控え室の出口へと向かう。あたかもこれを予
期していたかのように⋮⋮
﹁どうやら出番が回ってきたようだな。じゃ、行って来らぁ。応援
頼むぞ﹂
﹁はいっ!﹂
﹁ご武運をっ!﹂
1512
門下生らの目には確かに映っていた。戦いの場に赴く侍の姿が︱
︱︱
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
﹁ところでキルト様は獣王祭には出場されないのですか? ご兄弟
のジェレオル様やユージール様は昨年に引き続き、今年も参加され
ているようですが﹂
﹁僕は兄さん達のように肉体派じゃないですからね。魔法が使えな
い今大会のルールじゃ出ても勝ち目がないです﹂
第4試合の選手の登場を待つ間、実況のロノウェと解説のキルト・
ガウンはトークに花を咲かせていた。
﹁その理屈でいけば、次の試合でケルヴィン選手は苦戦を強いられ
そうですね。S級冒険者と言えど、彼は魔法を主体に戦闘を行うタ
イプですから﹂
﹁ええ、ですから同じ魔導を志す者として僕はこの試合を注目して
います。おや? 選手が来たようですね﹂
キルトの声にロノウェが、観客達が選手入場口である両端の通路
に注目する。やがて西口より現れる人影、通路より出てきたのは虎
狼流剣術師範のロウマであった。
﹁おうおう、お天道様が眩しいぜ﹂
1513
刀を肩に担ぎ、ロウマは闘技場の舞台へと歩み出す。
﹁さあ、先に戦いの舞台へと上がったのはロウマ選手です! 手に
持つ得物はやはり刀! 予選で見せた圧倒的な剣速をまた見せてく
れるのか!?﹂
観客がヒートアップするのも束の間、今度は東口よりケルヴィン
が現れる。ロウマと同様に軽装な黒衣を纏っている。色彩は似てい
るが、普段着ているローブとはまた異なる趣きである。だが、今注
目すべきは防具ではない。その手に持つケルヴィンの得物だ。
﹁これはっ⋮⋮!﹂
﹁け、剣! ケルヴィン選手、まさかの剣で虎狼流に対抗だぁ! あんた召喚士だったんじゃないのか!﹂
﹁別に召喚士が剣使ってもいいだろ⋮⋮﹂
拡声器から鳴り響くロノウェの音声にケルヴィンはボソリと呟き
返す。ケルヴィンが選択した武器はオーソドックスな長剣だ。世間
の印象ではケルヴィンは緑魔導士、または召喚士で通っている。こ
れまでケルヴィンが剣術を使えるなどと言う情報はなく、思い掛け
ない展開に会場を取巻く声援は過熱さを増していった。
円形のコロシアムは中心に戦いの場となる舞台を据え、その周囲
を取り囲む形で高所に観客席が設置されている。舞台と観客席の間
には芝が敷かれ、ここには大会関係者及び出場者しか立ち入ること
ができない。
﹁ケルヴィーン! 一撃よ、一撃ー!﹂
﹁ケルにい、ガンバー!﹂
1514
言うならば、出場者にとっては間近で見ることのできる特別席で
ある。セラとリオンはケルヴィン側に立ってエールを送っていた。
しかしエールを送れば送るほど観客の男共が敵に回る嫉妬の連鎖、
何とも居心地の悪いこの空間を穏便に止める手立てはケルヴィンに
はなく、苦笑いを返すことしかできなかった。
﹁あれは﹃女帝﹄に﹃黒流星﹄の⋮⋮! どうやら出場者でもある
2人がケルヴィン選手のセコンドにつくようです。両手に花、とは
このことですね。女の私も羨ましい限り! ケルヴィン選手、会場
の男共の熱い視線を一身に浴びています!﹂
﹁リオンちゃん、可愛いですよね。ゴマには敵いませんが、素晴ら
しい妹だと思います﹂
﹁キルト様、別にそこは聞いてないです﹂
キルトの妹談義をロノウェが封じ込めようとする中、ロウマがケ
ルヴィンに2歩3歩と歩み寄る。
﹁おう、随分と黄色い声援だな。うちのむさ苦しい連中とは大違い
だ﹂
ロウマが自身が出てきた通路を指差す。薄暗い通路には5人の獣
人がこちらの様子を窺うように目を光らせていた。出場者の連れは
通路まで同行することはできるが、前述の理由で芝に足を踏み入れ
ることはできない。虎狼流の門下生達は妥協案として通路からロウ
マを見守ることにしたのだ。
﹁いや、良い仲間じゃないか。あれは仲間の勝利を信じている目だ
よ﹂
﹁へえ、分かるんかい?﹂
1515
﹁ああ、うちの仲間も同じ目をしているからな﹂
﹁⋮⋮ほう﹂
気障な台詞を言いつつも、ケルヴィンは心の隅っこでロウマの頭
に注目していた。あ、この人髷だ、と。
﹁で、お前さん、剣も使えたのか?﹂
﹁ん? んー、まあ、そこそこ? これでもそれなりには使えるつ
もりだよ﹂
ケルヴィンは両手で長剣を振りかぶり、軽く素振りをして見せる。
﹁⋮⋮っふ、鴨が葱を背負ってやってきおったか。わざわざ我が剣
の比較対象になってくれるとは﹂
﹁お、自信満々だな。ま、楽しい試合にしようよ﹂
ニヤリと笑うロウマとにこやかな笑顔を返すケルヴィン。双方は
笑い合い、試合開始位置へと移動する。
﹁両者が揃いましたので、そろそろ試合を開始致しましょう! 準
備はよろしいですか!?﹂
互いに剣を携える2人は頷き、開始の合図を催促する。
﹁それでは試合︱︱︱ 開始っ!﹂
︱︱︱ズッ!
試合開始の合図と同時にロウマはケルヴィンの懐へと一歩で至る。
まだ刀は鞘に納まったままであるが、この型こそがロウマの最速最
1516
大の剣、抜刀術であった。ケルヴィンは中段に構えてから未だ剣先
をも動かしていない状態、ロウマは勝利を確信する。
︵受けるがいいS級冒険者! 虎狼流の真髄をっ!︶
放たれた居合いの剣はケルヴィンの胴を横断する。ここまでの展
開をハッキリと認識できた者は会場内に極僅か。ましてや、ここか
らの展開を予想できた者はそれよりも少ない。
﹁か、ハッ⋮⋮!?﹂
抜刀の剣を振り切り、その直後に地に落ちたのはロウマだったの
だから。頭から舞台に落ちた為か、白目をむいて体をビクつかせて
いる。喧騒が反転し、闘技場が静寂に支配された瞬間であった。
ロウマの刀の刀身は鍔の先から折られており、ロウマが倒れたす
ぐ側に転がっていた。これではいくらケルヴィンの胴体を通過した
ところで意味を成さない。
﹁まずまず、だな。調子は悪くない﹂
剣を鞘に戻し、ケルヴィンは舞台の出口へと向かって行く。この
時になって、大会の審判は初めて動き出した。
﹁駄目だ、完全に気絶してる⋮⋮! た、担架持って来い!﹂
﹁し、師範ー!﹂
舞台へと急行する救護班。通路から出ようとするも、ガウン兵に
止められる門下生達。ロノウェは思いっきり息を吸い込み、言い放
った。
1517
﹁Aブロック第4試合! ﹃死神﹄、ケルヴィン選手の勝利ぃー!﹂
喝采が轟くも、何が起こったのか理解できない者が殆どだ。先ほ
どケルヴィンを敵視していた男達も唖然とするばかりで言葉を失っ
てしまう。観客達は解説の言葉を待った。
﹁皆さん、今起こった出来事が理解できませんよね? 私もですっ
! しかしこのまま﹁やべえ﹂で済ますことはできません! 解説
のキルト様、何が起こったのでしょうか!?﹂
﹁⋮⋮分かりません。ロウマ選手が抜刀するまでは理解できたので
すが、そこから何が起こったのか、ケルヴィン選手が何をしたのか、
僕には早過ぎて見えませんでした。一体何が⋮⋮﹂
﹁⋮⋮えっと、つまり﹁やべえ﹂としか分からないと?﹂
﹁ま、待ってください! この舞台には僕が開発した映像を記録す
るマジックアイテムが備わっていますので、それをスロー再生すれ
ばっ︱︱︱﹂
このままでは獣王に何を言われるか分からないとばかりに、キル
トは必死に挽回を図っている。一方でケルヴィンはリオンらに迎え
られていた。
﹁1回戦突破、おっめでとー! ケルにい!﹂
リオンがケルヴィンへと飛びつく。ケルヴィンはリュカにする要
領で優しくキャッチし、そのままリオンを抱っこしてやる。
﹁うん、悪くないんじゃない? 相手が力量不足過ぎて準備運動に
もならなかったのが気になったけど﹂
﹁刀身掴んで地面に叩き付けただけだしなー。剣使ってないし⋮⋮
1518
まあ、B級の﹃剣術﹄使いならあの程度か。刹那の抜刀術よりも
数段劣っていたよ﹂
﹁あー、あの黒髪の⋮⋮ 確かにねー﹂
﹁うん? その人誰なの?﹂
﹁そういやリオンは会ったことがなかったか。コレットが召喚した
勇者なんだけどさ︱︱︱﹂
闘技場が騒然とする中、ケルヴィンらは雑談しながらさっさと東
口へと消えてしまった。
1519
第205話 警戒すべきは︵前書き︶
活動報告にて書籍化の続報を掲載致しました。
1520
第205話 警戒すべきは
︱︱︱ガウン・総合闘技場
1回戦も中盤に差し掛かり、場面はCブロックのセラとグインの
戦いに移り変わる。舞台の上には俺と同じ黒衣の防具を選び相変わ
らずの仁王立ち姿のセラと、軽鎧を身に着け戦闘体勢のグインが向
かい合っていた。
﹁試合︱︱︱ 開始っ!﹂
ロノウェの声が高らかに鳴り響く。先に動いたのはグインであっ
た。珍しくもやる気に満ち満ちていた彼は一直線にセラへと猛突進
し、右腕を伸ばす。
﹁やったっるッスよぐあえっ!?﹂
﹁うん? まあいいや、隙ありっ!﹂
が、伸ばした腕は弾かれ、直前で見えない壁に顔面から衝突して
しまう。セラの加護が発動したのだ。自身の推進力がそのまま全身
強打の威力へと変換されたグインはこの時点で意識を失っていたの
かもしれない。幸か不幸か、セラは魔王の加護が発動したことに気
が付いておらず、無防備となったグインに適度に手加減した拳を放
ってしまった。
﹁ぐげらっ!﹂
手加減したと言えど、セラの一撃はゴマのそれを軽々と上回る。
1521
顔面へと放たれた凶弾はグインの意識を瞬間的に呼び覚まし、再び
闇へと葬り去った。抜け殻となったグインの体は舞台から芝へと落
ち、更には観客席下の壁までの間を何度も跳ね飛んで行く。
﹁何やってんだ、あいつ⋮⋮﹂
セラの加護が発動したってことは、詰る所そういうことをしよう
としたってことだ。試合中に何を考えているんだ、グインは。
﹁セラねえが気付いてなくて良かったね⋮⋮﹂
﹁ああ、一瞬で勝負が決まって逆にラッキーだった。もしセラに感
付かれたら、あいつ半殺しじゃ済まないぞ⋮⋮﹂
俺たちは第3者の目線だったからあの一瞬でも気付くことができ
たが、戦闘中であったセラにとっては一瞬グインが止まったように
しか見えなかった筈だ。加護が発動してウィンドウがポップアップ
するようなこともなかったらしい。運が良いな、グイン。最終的に
観客席の壁にめり込んでしまったグインの姿を見ながら、俺とリオ
ンは心からそう思った。
﹁Cブロック第1試合! ﹃女帝﹄、セラ選手の勝利ぃー!﹂
﹁当然よね!﹂
そんなことなど露知らず、セラは今日もドヤ顔を決めていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1522
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
﹁ご主人様、お疲れ様です﹂
﹁いやー、まったく疲れてないんだけどな﹂
エフィルからタオルを受け取り、大してかいていない汗を拭う。
試合を終えた俺、リオン、セラ、ダハクは一度エフィル達がいる観
客席へと移動することにした。あのまま控え室にいるよりも皆とい
る方が気分転換にもなるし、このVIP席の方が試合がよく見える
と言う考えだ。舞台横の芝で観戦するのも良いが、どうも観客の男
達の視線が気になってしまい、結局控え室で試合が始めるのを待っ
ていたからってのもある。おかげで他の試合は全く観戦できなかっ
た。それにしても涼しいね、ここ。
﹁ある程度予想はしていたけど、まさか全員が試合開始と同時に相
手をノックアウトするとはねー。友達としては鼻が高いけど、ギル
ド職員としては末恐ろしいよ﹂
アンジェの言う通り、俺やセラと同様にリオンとダハクも一瞬で
勝利を収めることに成功している。それでいて揃いも揃って同じ黒
衣を装備しているものだから、ロノウェには散々ネタにされてしま
った。ちなみに武器の方はリオンが双剣、セラがナックル、ダハク
が大槌を選択している。リオンやセラの武器選択は理解できるのだ
が、ダハクが巨大なハンマーを手にした時は少し驚いたものだ。何
でも、建築作業で使い慣れているから、だそうだ。竜が使う武器と
してはどうかと思うが、スキルも会得していないのに上手く扱って
いたのだから文句は言えない。まあ相手がどれも虎狼流と似たよう
な、もしくはそれ以下の実力だったから瞬殺は当然の話ではあるの
だが。
1523
﹁大した相手とは当たらなかったからな。2回戦はもう少し期待し
たいよ﹂
﹁虎狼流もガウン有数の剣術道場なんだけどねぇ⋮⋮﹂
﹁それよりもお兄ちゃん。お願いされてた目星をお爺ちゃんと付け
たんだけど、聞きたい?﹂
﹁お、その表情は自信ありと見た﹂
﹁うむ、シュトラの知識による解説とワシの眼があれば見破れぬ者
などないわい。各ブロックの強者をしっかり見つけておいたぞ﹂
試合前にシュトラとジェラールには、この場所で大会参加者を観
察してもらうようお願いしていた。今となってはこの判断は大正解
だったな。この人選の理由? ロザリアやフーバーはシュトラの護
衛として周囲の警戒に集中しているし、メルフィーナは食べること
で関心がそちらに向かってしまい、試合を見逃すかもしれないだろ。
エフィルも適任ではあるのだが、ジェラールほど生身の接近戦に詳
しい訳ではない。それにジェラールは孫が関われば実力以上の力を
発揮するからな。もう気合の入れ様が違うのだ。
﹁まずはAブロックね。お兄ちゃん以外だと、開始と同時に試合を
終わらせたのは2人だけだったよ﹂
﹁1人目はジェレオル・ガウン。リュカとガウン兵の戦いにて審判
をした者じゃな。なかなか良い拳士じゃったぞ。で、2人目じゃが、
ううむ⋮⋮﹂
ジェラールがなぜか言いよどむ。どうしたんだ?
﹁お爺ちゃんが言わないなら私が言うね。2人目はグロスティーナ・
ブルジョワーナ。西大陸の貴族であり、﹃桃鬼﹄ゴルディアーナ・
プリティアーナの同門、弟弟子に当たるわ﹂
﹁う、うむ⋮⋮ アレじゃ、アレ。獣王祭が始まる前に会った⋮⋮﹂
1524
﹁ああ、あの伊達男か﹂
それは楽しみ、ではあるが男として少し怖い気持ちもある。
﹁ああ、くそっ! 兄貴のブロックだったかぁ⋮⋮! 兄貴、メッ
タメタにしてやってくだせぇ!﹂
﹁ダハク、悪いな。まあトーナメントでお互い勝ち進んだらな﹂
﹁お兄ちゃんが言っていた基準だとそれ以外に目星い人はいなかっ
たかなー。ね、リュカちゃん﹂
﹁うん! 2人とも私より強かったよ!﹂
ちなみにシュトラとジェラールに伝えている基準は﹃リュカより
も強い者﹄である。
﹁次、リオンちゃんがいるBブロック! 特筆して強かったのはや
っぱり獣王レオンハルト・ガウンだったかな﹂
﹁うむ。女子の姿をしていたのは謎じゃったが⋮⋮﹂
﹁ああ、やはりあの姿のまま戦うのね﹂
獣王祭開催の挨拶をはじめにしていたが、その時は見知らぬ女性
だったな。隣にいたジェレオルが微妙な表情をしていたから、何と
なく予想は付くけど。
﹁後は王子のユージールとサバトくらいなものかの﹂
﹁リュカちゃんと同じくらいの人もいたけど、殆ど無名の剣士だっ
たわ。気にするなら2回戦でリオンちゃんと当たるサバトかな?﹂
﹁おっ、次はサバトか。リオン、あいつは頑丈だからゴンザレスさ
んより強めにやっていいぞ﹂
﹁うん、分かった!﹂
1525
ゴンザレスさんはゴンザレスさんで剣の風圧で吹っ飛んだけどな。
﹁⋮⋮で、Cブロックなんじゃが、思わぬダークホースがいての﹂
﹁ダークホース?﹂
﹁逆に言えばその者くらいしかいなかったのじゃが、油断できぬ相
手じゃぞ、セラ﹂
﹁そんなに?﹂
﹁背丈がリオンほどの可愛らしい赤髪の少女なんじゃが、王やリオ
ンらと同様に一瞬の決着じゃった。もしかすれば、獣王やゴルディ
アーナ殿に匹敵するやも知れぬ﹂
﹁私も全然知らなくてノーマークだったの。あれ程の実力者なら有
名にならない筈ないのに⋮⋮﹂
ジェラールが警戒し、シュトラを以ってしても詳細不明の少女、
か。一体何者なんだ?
﹁あ、その子なら僕会ったことあるかも!﹂
﹁えっ、どこでだ?﹂
﹁えっとね、ガウンに来た初日の夜、だったかな。ハクちゃん、宿
の前でぶつかった女の子のこと、覚えてる?﹂
﹁俺がッスか? ⋮⋮ああっ! あの小生意気な餓鬼か!﹂
﹁何したんだよ、お前⋮⋮﹂
リオンの説明を聞くに、俺が酔っ払ったセラに絡まれていた間に
その赤髪の少女とダハクがひと悶着あったらしい。そして全面的に
ダハクが悪いので叱っておく。
﹁す、すんません兄貴! 兄貴の看板に泥を塗る様な真似をっ!﹂
﹁いいから土下座は止めろって。どこで覚えてきたんだ⋮⋮ それ
にしても、リオンから見ても相当な強さってことは、その子本物だ
1526
な﹂
﹁何と言うか、空気がピリピリしてたんだよね。ハクちゃん、あの
ままだと負けてたかもよ?﹂
﹁ええっ!?﹂
ダハクがガバリと顔を上げる。リオンがいたから穏便に済んだも
のの、ダハクの喧嘩っぱやさは考え物だな。一体誰に似たんだか。
﹁ふーん。いいわね、楽しみじゃない! それで、その子の名前は
?﹂
﹁試合前のアナウンスでは確か、バールって呼ばれていたかな。女
の子の名前としては珍しいね﹂
﹁ねー﹂
仲良く相槌を打つリュカとシュトラにジェラールはメロメロであ
る。しかし、これは警戒する相手が増えてしまったな。その子とセ
ラが当たるとすればCブロックの決勝、これは荒れそうである。
1527
第206話 底力
︱︱︱獣王祭。それは真の強者の為の大会であり、戦士にとって
夢の祭典である。総勢64名から成る出場者はその誰もが何らかの
達人・エキスパートであり、世間で言う怪物に属する者達だ。1回
戦を勝ち上がるだけでも、その功績だけでどのような国であろうと
その力を必要と欲するだろう。だがその怪物が更に半分に絞られる
となれば、勝ち進んだ猛者達には更なる壁が立ちはだかる。獣王祭
2回戦は通称﹃壁﹄と呼ばれ、この試練を打ち破らねば獣王には到
底敵わないとされているのだ。﹃壁﹄を越える資格を持つことがで
きるのは16名まで。それ程までに難関なのである。が、どこの世
界にも例外はいる訳で︱︱︱
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
ケルヴィンが臨む2回戦の相手は弓の名手である放浪のエルフ、
ディッシュ。初戦では持ち前の機動力と熟練の弓術を活かし相手を
翻弄した技巧派の達人だ。獣王祭に参加する力を十分に有した歴戦
の勇士と言えるだろう。
﹁ほっ﹂
﹁グアハッ⋮⋮!﹂
だが、自慢の機動力も相手がより速ければ意味を成さず、矢を射
る暇もなければ攻撃のしようもない。一言で言い換えれば、相手が
悪過ぎた。
1528
﹁Aブロック2回戦第2試合! またまた瞬殺っ! ﹃死神﹄、ケ
ルヴィン選手の勝利ぃー!﹂
ロノウェの勝者宣言により会場から声が溢れる。現在舞台の上空
ではキルトが開発したマジックアイテムが起動し、先ほどのケルヴ
ィンとディッシュの戦いがスローモーションで映し出されている。
キルトが自分では解説できないだろうな、と判断した試合は予めこ
のマジックアイテムが準備されていて、試合後直ぐに映し出される
よう手配していたのだ。これはキルトが獣王を恐れるあまりに行っ
た処置であったが、観客にとっては言葉で説明されるよりも映像を
見る方が理解しやすかったので、案外好評だった。
﹁試合開始と同時にディッシュ選手が高速でバックステップをし、
ケルヴィン選手から離れようとしています﹂
﹁この無理な体勢で弓を構え終わっているバランス感覚は素晴らし
いですね。 ⋮⋮ですが、それよりも速くケルヴィン選手に距離を
詰められ、剣の柄の頭で腹部を強打。最早彼が召喚士だと言っても、
誰も信じないのではないでしょうか﹂
﹁いやー、S級冒険者はやはり基本性能がおかしいですね。ケルヴ
ィン選手、未だ得物である剣を剣らしく使ってもいません! 3回
戦に期待しましょう! それえは続きまして、Aブロック2回戦第
3試合︱︱︱﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
続いての試合はBブロックのリオン対サバト。アナウンスで舞台
へと呼ばれた2人は同時に会場へ到着し、試合が開始するまで時間
1529
を持て余していた。顔見知りとの試合になってしまった形ではある
が、サバトにとってはまさしく獣王祭の﹃壁﹄に直面してしまった
と言えよう。
﹁⋮⋮うん?﹂
﹁おう、リオン。空を見上げてどうしたんだ?﹂
﹁んー、何か物凄く失礼なことを言われた気がして﹂
﹁何だそりゃ?﹂
﹁僕にもよく分からないよ⋮⋮﹂
﹁そ、そうか⋮⋮﹂
2人の間に微妙な空気が流れる。
﹁⋮⋮ま、何だ。大会後の命名式に出られるかって名目ではあるん
だが、そんな小せえことは気にせず俺と戦ってほしい。でなきゃ意
味がねえからな!﹂
﹁全力で?﹂
﹁ああ、全力だ! 胸を借りるぜ!﹂
﹁ふふっ、サバトさんってケルにいと似ているね﹂
﹁あ? どこがだ? ケルヴィンは体が細いし俺みたいに毛深くね
ぇだろ?﹂
﹁ううん、見た目的な意味じゃなくて⋮⋮ うん、それじゃあお言
葉に甘えて、思いっきりやらせてもらうね!﹂
リオンとサバトは開始位置へと移動し、互いに剣を抜く。解説席
ではマジックアイテムの調整を行っているキルトとロノウェもその
様子に気付いたようだ。
﹁あ、ちょ、ちょっと待ってください! まだ映像機器への魔力供
給が終わってな︱︱︱﹂
1530
﹁おおっと、両者戦意十分! 戦闘体勢も整ったようです! これ
は今が試合開始のベストタイミングでしょう! それでは早速、試
合︱︱︱ 開始っ!﹂
キルトの制止を振るきり、今が旬だとばかりに試合開始のゴング
を鳴らすロノウェ。斯くして友人同士の戦いは幕を開ける。
︵︱︱︱っ! 右かっ!︶
バチバチと雷鼓を鳴らし、稲妻のように視界から消え去ったリオ
ンの残像の一片を、サバトは獣の勘と全開にした察知能力を頼りに
見つけ出すことに成功した。サバトが持参したレザーブレスレット
は獣人にのみ効果を及ぼし、獣としての感覚機能をより鋭利にする
効力があるのだ。
﹁そこだっ!﹂
剣と剣が交じり合い、鋭い金属音が鳴る。サバトが繰り出した一
撃には確かな感触があった。だが、そこにリオンの姿は︱︱︱
︵いない、だとっ!?︶
漆黒を纏った可憐な少女はそこにはおらず、サバトの剣は何もな
い空間に遮られていた。しかし目に見えずとも、感覚がシャープな
状態となっているサバトは本能的に感じ取ってしまう。自らが握る
この剣の先にも、それどころかこの舞台上一帯に、本能が危険だ、
逃げろ! と告げる元凶が散らばっている事実を。
ざんろう
﹁︱︱︱斬牢﹂
1531
リオンが再び姿を現したのはサバトの上空、試合会場に施された
結界スレスレの位置。しかしサバトが真に気に掛けなければならな
いのは、停止した斬撃が幾重にも張り巡らされたこの空間である。
サバトは視認できないが、前後左右上面と余すことなく﹃斬撃痕﹄
が残されたこの空間は、さながら斬撃の牢獄と化していたのだ。
﹁閉鎖﹂
アギト
そして今、停止した斬撃が始動する。停止した太刀筋はただの斬
撃などではなく、その全てがジェラール仕込みの空顎であった。つ
まりそれは、舞台と取巻く一切合財のその全てがサバトに向かって
牙を剥くことを意味する。
﹁⋮⋮クク、クアーハッハ! いいぜ、受けてやる! ったくよぉ、
獣王への道は険しいぜ!﹂
全面から襲い掛かる刃の嵐。サバトは笑みを浮かべ、暴風雨の中
へと突っ込んで行った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
﹁予想通り、リオンの勝利か﹂
リオンの勝利を告げるアナウンスが個室に流れるのを耳にし、俺
は舞台上へ目を移す。リオンが満面の笑みでこちらに手を振ってい
1532
るのが、その横ではサバトが血塗れで倒れていた。
﹁やっぱリオンは優しいな﹂
アギト
﹁そうですね。モグ⋮⋮ 仕掛けた﹃斬撃痕﹄による空顎もかなり
浅目にしていたようですし。ングング⋮⋮﹂
﹁そこがリオンの良い所でもあるんだけどな。メル、その皿の料理
少し貰っていいか﹂
﹁はい、どうぞ。これなんか美味しいですよ﹂
﹁おお、確かに﹂
メルフィーナが寄越したフォークに刺さった料理を口にする。し
かしいくら手加減していたとは言え、リオンの斬牢を3回まで避け
切ったサバトの底力は賞賛に値するものだろう。あれ、目に見えな
いし剣の種類によっては特性をそのまま引き継いだ斬撃になるから
厄介なんだよな。
﹁キルト様、サバト選手が行き成り大量出血しましたが、これは一
体⋮⋮?﹂
﹁分かりません。と言うか、リオン選手が速過ぎて目で追うことも
できません。なぜあんな高い場所にいたんでしょうか⋮⋮?﹂
﹁まあ、いつものことですね。では、キルト様開発のマジックアイ
テムで再生を︱︱︱﹂
﹁だ・か・らっ! 魔力供給中だと言ったでしょ! 今の試合は起
動していませんでしたので、再生は無理です!﹂
﹁な、なんですとっ!﹂
闘技場は観客のブーイングで包まれる。さて、次はセラのいるC
ブロックの2回戦か。噂の赤毛の少女とやらのお手並み拝見といこ
うか。
1533
第207話 赤毛の少女
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
Cブロック2回戦。今ブロックで注目すべきはセラと、例の赤髪
の少女の試合だろう。共に1回戦を開幕ノックアウトで白星を挙げ、
他の参加者とは一線を画す実力を持つことを証明している。一足先
に番号の若いセラから試合が回ってきたのだが、﹃壁﹄との呼び声
の高い2回戦でもセラは相変わらずであった。
﹁それまでっ! ﹃女帝﹄、セラ選手の完封勝利ですっ!﹂
今回の相手は雰囲気からして猛者っぽさを滲み出しているガウン
兵であったが、セラはワンパンで今や酷いデジャブを感じるような
勝利を収め、猛者っぽい人はグインよろしく客席下の壁にめり込ん
でいた。
﹁余裕よ!﹂
セラがビシッ! と個室の客席にて観戦する俺を指差し、﹁どう
!?﹂とでも言いたげな表情を向けてくる。あの顔はセラが褒めて
ほしい時の顔だ。勝利を祝ってさっきリオンを可愛がったのに当て
られたか。
﹁おおっと、これはセラ選手の宣戦布告か!? ケルヴィン選手を
名指しです! ケルヴィン一派の参加選手はこれまで全戦全勝の活
躍をしております! これはもう仲間の中にしか敵になる相手がい
ないわっ! と言う自信の表れでしょうか!?﹂
1534
﹁え、あ、あれっ? 違っ︱︱︱﹂
勘違いしたロノウェの解釈にセラが慌てふためく。まあ事情を知
らなければ他の人はそう捉えるよね。
﹁王よ、今のセラの発言でワシらを敵視する者が多くなったのでは
ないか?﹂
﹁あの程度で敵対するようなのは大した奴じゃないさ。プリティア
なら今のセラの姿で察してくれそうだしな。獣王や赤毛は知らない
けど。さ、それよりも赤毛の試合だ。順番は︱︱︱﹂
﹁Cブロック2回戦第3試合、この次の次だね﹂
獣王祭ガイドを読みながらアンジェが教えてくれる。
﹁んー、Cブロック中盤か。まだまだ時間ありそうだな⋮⋮ ちょ
っとセラを迎えに行って来るよ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ううっ⋮⋮ ケルヴィン、怒ってるかしら⋮⋮?﹂
些細な行為から広がった誤解を結局解くことができなかったセラ
は、トボトボと肩を落としながら通路を歩いていた。あの後ロノウ
ェに勘違いだと伝えようとしたが、次の試合が思いの外早く始まっ
てしまい、そのまま流されてしまったのだ。勇ましかった試合の時
とは正反対の姿である。
1535
﹁誰が怒ってるって?﹂
﹁わっ!?﹂
﹁いや、そんなに驚くことないだろ⋮⋮﹂
曲がり角の先にいたケルヴィンの声にセラは大袈裟に驚く。
﹁2回戦突破おめでとう。まあセラなら勝って当然の相手だったけ
どな﹂
﹁あ、ありがとう⋮⋮﹂
﹁ああ、それと︱︱︱﹂
ケルヴィンがセラの頭へと手を伸ばす。セラは仕出かしてしまっ
た件で怒られると思い、反射的に目を瞑ってしまう。しかし、やが
て自身の頭に伝わってきたのは髪を優しく撫でられる感触であった。
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁俺たちの快進撃で良い感じに注目が集まっているよ。この調子な
ら貴重な超難関依頼が殺到するのも夢じゃな︱︱︱ どうした? そんなに目を白黒させて?﹂
﹁だって、あれ、ええ?﹂
セラの動揺は納まらない。落ちると思っていた雷が、自分が一番
求めていたものだったのだから。
﹁ハハッ、まさか本当に怒られるとでも思っていたのか?﹂
なんでそれをっ! と叫びそうになったセラであったが、後一歩
のところで何とか堪えることに成功する。佇まいを瞬時に整え、何
時ものポーズを取る。
1536
﹁な、何のことを言っているのか分からないわね! 私なら当然、
当然よ! それよりももっと気持ちを込めて、撫でることに集中!﹂
﹁はいはい﹂
先ほどとは打って変わって得意気にご褒美を要求するセラ。空気
を読んで、と言うよりもケルヴィンも満更でないので、要望通り僅
かに汗ばんだ艶やかな髪を撫でるのであった。和やかな時間は心を
癒し、ゆとりを与える。しかしそれは、同時に気の緩みにも繋がる
もの。
﹁ちょっと、通路のど真ん中で何いちゃついてるのよ。邪魔﹂
﹁﹁︱︱︱!﹂﹂
不意の声にケルヴィンとセラは瞬時に臨戦態勢へと移行、バック
ステップで距離を取る。心臓の鼓動が高まり、汗が頬を伝う。何も
・・・・・
イチャイチャしているのを見られて動揺している訳ではない。ケル
ヴィンとセラに向かい合う赤毛の少女が見せた、ほんの僅かな殺気
の片鱗がガンガンと2人に警報を鳴らしたのだ。
﹃セラ、この子が例の⋮⋮﹄
﹃ええ、ジェラールとシュトラが言っていた赤毛ね。バールって言
ったかしら﹄
ケルヴィンは改めて赤毛の少女、バールの姿を見定める。話に聞
いていた通り少女はリオン程の背丈、年齢だ。サイドテールで纏め
られた真赤な髪、闘技場が用意している女性用の装備のひとつなの
か、身動きしやすそうなショートパンツに攻撃用の脚甲を身に着け
ている。格闘術、それも足技を意識した武器だ。
﹁⋮⋮ねえ、人の顔をジロジロ見るのは冒険者の礼儀って訳? 随
1537
分と失礼な礼儀ね﹂
少女の釣り目が鋭くなる。
﹁悪い、行き成り声を掛けられて驚いちゃってさ﹂
﹁ふうん⋮⋮ 大層な驚き様ね。で、そこを退いてくれるのかしら
?﹂
﹁ああ、セラ﹂
﹁ええ﹂
2人が空けた通路を少女はぶっきら棒に通過する。最早用はない
ようで、話をする気もないらしい。少女が通路の先に消えるのを確
認すると、ケルヴィンらは初めて警戒を解いた。
﹁⋮⋮想像していたよりも凄いな。セラ、あの子絶対に勝ち上がっ
てくるぞ﹂
﹁でしょうね。確かにダハクじゃ相手にならないかも。 ⋮⋮それ
で、ステータスはどうだったの? どうせ﹃鑑定眼﹄で見てたんで
しょ?﹂
セラの言葉に、ケルヴィンは静かに首を横に振る。
﹁見えなかった﹂
﹁え、嘘でしょ?﹂
﹁本当だよ。S級の﹃隠蔽﹄スキルが施されていた。彼女自身のス
キルか、他の誰かが掛けたのかは分からない﹂
ケルヴィンが﹃鑑定眼﹄でステータスを見破れなかった相手はこ
れが初めてであった。ちなみにステータスの数字自体を偽装してい
る獣王は例外である。
1538
﹁ふーん、面白いじゃない! 腕が鳴るわ!﹂
﹁ああ、幸先良いな。 ⋮⋮あと、もう1つ気になることがあるん
だが﹂
﹁何よ?﹂
﹁あの子、何処と無くセラに似ていたな。赤毛で髪型も似てるし、
ほら、眼もそっくりだ﹂
まあ、胸のサイズは全然似ていなかったが。ケルヴィンはそうと
も考えたが、少女の名誉の為にこの言葉は飲み込んでおいた。
﹁そうかしら? 私は何とも思わなかったけど⋮⋮ ッハ!? ケ
ルヴィン、まさか手を出す気じゃ⋮⋮!?﹂
セラが拳を構え始めるのを見て、ケルヴィンは慌てて否定した。
﹁違うわ! お前、行動がゴマみたいになってきてるよ!? 俺は
サバトのように頑丈じゃないからな!? お前の本気の拳は洒落に
ならないからな!?﹂
生死が掛かっているだけに必死である。
﹁俺が言いたいのはそうじゃなくって⋮⋮ セラ、妹とかいる?﹂
﹁いないわよ。いたとしてもずっと屋敷の中で育ったから会った事
がないわ。もう何百年も前のことだし⋮⋮ 父上に愛人がいるって
話も聞いたことがないわね﹂
﹁お、おう。結構大っぴらに教えてくれるのな⋮⋮﹂
﹁隠すようなことじゃないもの! 父上と母上はとても夫婦仲が良
かったわ! ビクトールを殴ることはあっても母上に手を出すこと
は絶対になかったし!﹂
1539
どうやら魔王グスタフは親馬鹿かつ奥さん大好き悪魔だったよう
だ。その中で殴られるビクトールは察するとかなり苦労していたの
かもしれない。
﹁まあ俺がそう感じただけの話だしなー。翼も角もなかったし﹂
﹁それよりもあの子がここに来たってことは、もう試合が近いんじ
ゃない?﹂
﹁む、そうだな。早いとこ、客席に戻るとするか﹂
赤毛の少女の試合を観戦する為にケルヴィンとセラは足早に個室
へと戻って行った。ちなみに試合の結果は少女の圧勝。ケルヴィン
やセラと同様に一方的かつ刹那の試合内容だった為、この試合で少
女の力量を測ることはできなかった。
1540
第208話 強大な壁
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
2回戦もいよいよ終盤。64名いた参加者も残り半数以下となり、
試合は更に加熱さを増そうとしていた。舞台上ではDブロック第2
試合、ゴルディアーナ・プリティアーナ対ゴマの戦いが繰り広げら
れている。
﹁ハァ!﹂
﹁フンッ!﹂
会心のゴマの鉄拳はゴルディアーナの腹部にヒットするも、鉄の
筋肉で構成された肉体を持つゴルディアーナはビクともしない。そ
れどころか、攻撃を仕掛けた側であるゴマの拳の方がダメージを蓄
積してしまっていた。
︵くっ! 私の攻撃を避けようともせず、全て真正面から受けられ
てる。ダメージを負っている様子もないし、私の拳もそろそろ限界
⋮⋮ これがS級の強さなのね︶
自身の血で染まった右拳をゴルディアーナの死角に隠しながら、
ゴマは距離をとって策を練る。冒険者を生業としていた際に稼いだ
資金で手に入れた﹃鬼女の首飾り﹄の腕力上昇効果は当に切れてし
まった。最も、効果中の攻撃でさえゴルディアーナに手傷を負わせ
ることは叶わなかったのだが。
﹁ゴマ、目を狙うんだ! 目を!﹂
1541
﹁キルト様! 解説なんですから選手に肩入れしないでくださいっ
! それに助言も汚いですっ!﹂
実況と解説役も危うく乱闘になろうかという勢いでヒートアップ
していた。
﹁さて⋮⋮ ゴマちゃん、そろそろ力の差を理解できた頃だと思う
のだけれどぉ。潔く降参してくれないかしらぁ? 私、女の子に手
を出す主義じゃないのよん﹂
﹁⋮⋮だから一向に私に攻撃を仕掛けない、という訳ですか?﹂
﹁まあねん。ゴマちゃん綺麗な顔してるし、傷付けたくないのよぉ。
それにその拳もそろそろ限界でしょう?﹂
ゴルディアーナが軽くウインクしながらゴマが隠す拳へと目を向
ける。
﹁やはり気付いていましたか。ですが、女の身とは言え私もガウン
の一員。勝てないと分かって降参する玉じゃあ⋮⋮ ないんですよ
ぉ!﹂
左右へとジグザグに高速移動しながらゴルディアーナへと接近す
るゴマ。その速さは解説のキルトが辛うじて目で追える程にまで加
速。この一撃で勝負を決める算段のようである。
︵⋮⋮まあ、逆に言えばその程度の速度なんだけどねぇ。勇気と無
謀は違うのよぉ、ゴマちゃん。でもぉ、己の信念を譲らない頑固な
までのその生き様ぁ、嫌いじゃないわん!︶
ゴマが走り出すと同時に、ここでゴルディアーナも試合開始から
初めて直立不動の姿勢から構えの姿勢に移行する。女性の手首程の
1542
太さはありそうな人差し指を立て、そのまま腕を引いていく。
はち・ぶんぶん
﹁私のからの餞別よぉ、受け取りなさい。蜂刺針っ!﹂
空間が揺れているのかと錯覚してしまう勢いで放たれる豪腕。拳
が、指先が向かう方向は疾走中のゴマ。しかしまだ距離があり、い
くら腕のリーチが長いゴルディアーナと言えど、放った拳が届く位
置ではない。
︵あのゴルディアーナさんが距離を見誤った? ただの素振り? いえ、これは⋮⋮っ!?︶
何かが、飛んで来る。そう脳裏に感じ取った直後、ゴマは後方へ
と大きく弾き飛ばされてしまった。舞台外の芝へと投げ出されたゴ
マに外傷はないが、同時に意識もない状態であった。審判がゴマへ
と駆け寄り戦闘続行は不可能と判断、ロノウェに向かって首を横に
振る。
﹁Dブロック2回戦第2試合! ﹃桃鬼﹄ゴルディアーナ・プリテ
ィアーナ選手の勝利ぃ! またまたS級冒険者が躍進しましたぁ!﹂
﹁救護班! 救護班早くぅ! ゴマに何かあったら首刎ねるぞっ!﹂
﹁キルト様、これ公共の放送ですからっ! もう、誰ですかこの人
連れて来たのっ!﹂
少々の放送事故があったものの、無事ゴルディアーナの勝利宣言
が行われる。勇ましい巨人は手を振り観客の声援に応え終わると、
気を失っているゴマの場所へと駆け寄って行った。女の子走りなの
が不気味である。
﹁んー、お顔に傷はないみたいねぇ。良かったわん。ね、そこの貴
1543
方ぁ﹂
﹁えっ、私ですか?﹂
行き成りゴルディアーナに声を掛けられた救護班の獣人は少し驚
いている。が、そんなことは御構い無しにゴルディアーナはその屈
強で豊満な胸元をゴソゴソと漁り出した。そして瓶に入った塗り薬
のようなものを取り出す。
﹁ゴマちゃんが目を覚ましたらぁ、これを渡してくれないかしらん
?﹂
﹁これは⋮⋮ 傷薬、ですか?﹂
﹁ううん、お肌の潤いを保つ保湿クリームよぉ。ほら、ゴマちゃん
ってお外にいることが多いじゃない? 私、彼女の肌が心配で心配
で仕方がなかったのよぉ。これ、私一押しの一品だから気に入った
らまた送るって伝えておいてぇ。それじゃあねん!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
唖然とする獣人に薬瓶を無理矢理握らせ、ゴルディアーナは鼻歌
を口ずさみながら退場して行った。
﹁ちょ、ちょっと! 今胸元から怪しい薬を取り出しましたよ!?
これはルール違反ではっ!?﹂
﹁キルト様、必死ですね⋮⋮ ええと、補足致しますとゴルディア
ーナ選手が持ち込んだ装飾品は﹃乙女の秘密ブラ﹄のようです。C
級並の﹃保管﹄能力のある装備のようですね﹂
﹁ブ、ブラ、ですか!?﹂
﹁試合中にアイテムを取り出し使用するのは勿論禁止ですが、試合
が終わった今であれば問題ないでしょう。いやー、下着までは大会
規定になかったんですが、そのような装備もあるんですね。試合中
全く意味のない装備ではあるのですが、ゴルディアーナ選手曰く今
1544
日は勝負下着のようでして︱︱︱﹂
﹁ロ、ロノウェさん、少々吐き気がするのでその話はちょっと⋮⋮﹂
試合後、口元を押さえる男性観客が続出したと言う。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
Dブロック2回戦のラストとなる試合はダハク対アッガス。今大
会最大サイズの武器である大槌・大斧の勝負である。両者ともゴル
ディアーナには及ばないものの、かなりの長身と言うこともあり、
対面するとより迫力がある。
﹁感動だ。やはりあの方は天使なのか⋮⋮﹂
⋮⋮迫力があるのだが、なぜかダハクは目頭を押さえている。口
元ではない、目頭だ。
﹁お、おい、どうした? 体調が悪いのか?﹂
対戦相手に心配される始末である。
﹁いいや、友人への配慮を忘れない優しくも美しい女神に心打たれ
ただけだぜ⋮⋮﹂
﹁そ、そうか、良かったな⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮ 悪ぃな、気を使わせちまって。さ、俺はもう大丈夫だ。
やろうぜ、アッガス﹂
﹁ふっ⋮⋮ 心配は無用だったらしいな。サバト様、ゴマ様、グイ
1545
ンが敗れ我らも後がないんでな。朱の大渓谷での借りを含め、ここ
で返させてもらうぞっ! ボガっ!﹂
﹁それは岩竜だろうがっ! 俺は黒竜の方!﹂
ダハクがガンガンと大槌で舞台を叩く。当然ながらこれはアッガ
スの挑発、短気なダハクには効果覿面であった。
﹁さあさあ、舞台の選手らが良い感じにヒートアップしたようです
!﹂
﹁ハァ⋮⋮ そうですね⋮⋮﹂
﹁キルト様、応援する選手が負けたからってやる気落とさないでく
ださいよ。これも立派な職務なんですよ? 獣王様に怒られますよ
?﹂
﹁駄目なんです⋮⋮ 今の僕の悲しみは父上の怒りでは治まらない
んです⋮⋮ ゴマぁ⋮⋮﹂
解説席で泣き崩れるキルト。何たら黒々としたオーラを発してい
る。本人が話す通り、駄目っぽさが滲み出ている。
﹁ああ、駄目だこれ⋮⋮ もういいです! 勝手に進めますからね
っ! 試合開始ぃ!﹂
﹁投げやりだな、おい!﹂
半ばやけくそに始められた試合にダハクはロノウェを向いて愚痴
る。だが、もう試合は始まっているのだ。
︱︱︱カッ!
﹁うおっ!?﹂
1546
舞台中央に広がる眩い光。閃光弾を思わせるそれは選手のみなら
ず観客の視界までを奪う程の威力。最も近くにいたダハクは溜まっ
たものではないだろう。アッガスは用いたのは﹃閃光の魔矢﹄と呼
ばれ、本来は弓矢に使用される消耗アイテムを無理くり装飾品に改
造したもの。使えばそれっきりであるが、その効力は絶大。
︵長期戦になれば能力で劣るこちらが不利になるのは明白。ならば、
この一瞬こそが勝機!︶
唯一光を逃れたアッガスはダハクの元へと走り、大斧を振りかぶ
る。隙が大きいが、その分威力も生まれるこの武器を選択したのは
初撃で最大の攻撃を行う為であった。
︵食らうがいい、この一撃をっ!︶
光が晴れた先にダハクの姿を確認。アッガスは渾身の力を篭めて
大斧を振るい、そして︱︱︱
﹁ごばっ!?﹂
︱︱︱盛大に転倒した。
﹁あっぶねぇな! メル姐さんの指輪がなかったら当たってたかも
しれねぇわ﹂
﹁なっ、効いていなかった、だとっ!?﹂
ダハクは目を軽く擦るも、全く見えない状態ではないようである。
ダハクの指にて銀色に光るは、メルフィーナより授かった﹃女神の
指輪﹄。あらゆる状態異常に耐性を持つS級の装飾装備である。更
にアッガスの足首には植物の蔓のようなものが巻き付いて身動きを
1547
封じていた。アッガスが抜け出そうとするも、強靭な蔓が千切れる
ことはない。そして地面にうつ伏せになる形のこの体勢、形勢は逆
転していた。
﹁じゃ、覚悟は良いよな? 軽くぶっ飛ばすぜぇ!﹂
﹁うおお、不覚っ!﹂
こうして2回戦全試合が終了。残る出場者は16名となり、いよ
いよ獣王祭も佳境を迎え始める。
余談ではあるがダハクが客席に戻った際、簡単に挑発・不意打ち
を受けたことをケルヴィンにこっ酷く怒られてしまったそうな。仲
間内で閃光の光を直に浴びてしまったのはダハクだけであった。
1548
第209話 勝者と敗者
︱︱︱ガウン・総合闘技場控え室
全てのブロックの2回戦が終了し、獣王祭は一時休憩時間を挟む
こととなる。時刻は昼に差し掛かり、興奮冷めぬ観客達は出店の料
理を頬張りながら優勝は誰かと予想し合うことで持ちきりだ。舞台
上も賑わっており獣人の踊り子達が情熱的な舞の興行を披露し、観
客達を飽きさせない。しかし、そんな祭りの最中でも意気消沈する
者達はいるのであった。
﹁やべぇ⋮⋮﹂
﹁不味いわ⋮⋮﹂
﹁終わったッス⋮⋮﹂
﹁不覚⋮⋮﹂
まるでお通夜のような雰囲気の控え室。ここは2回戦止まり、ま
たは初戦敗退であったサバトらに割り当てられた部屋である。顔を
押さえて俯く者、壁に寄り掛かり天井を見つめる者、うつ伏せで床
に倒れる者と体勢こそは様々であるが、皆一様に生気を失っていた。
﹁おい、2回戦敗退って、おい⋮⋮﹂
﹁何言ってんスか、俺なんて初戦敗退ッスよ? 百人隊長筆頭とか
持ち上げられて、これッスよ?﹂
﹁⋮⋮ねえ、この戦績で父さんは許してくれると思う?﹂
﹁ガハハッ! ⋮⋮無理でしょうな﹂
大会後の命名式にてガウン継承を目標としてきたサバトとゴマで
1549
あったが、今となってはそれどころではないのだ。
﹁ガウンの名を継ぐどころじゃねぇぞ。俺たちの武者修行の日々は
何だったんだ⋮⋮﹂
﹁いやあ、普通に相手が悪かったと思うんスけど。S級冒険者とそ
の仲間、前大会優勝者とか、それこそ獣王様に勝つくらい難しいッ
スよ⋮⋮﹂
﹁まあ、試合で負った怪我を治してくれたのはケルヴィンさんとメ
ルさんなんだけどね﹂
﹁俺の傷跡も全く残ってねぇしな。しかし親父にそんな理屈が通じ
る訳ねぇだろ。せめてベスト16には入賞しねぇと﹂
﹁今更何を言っても結果は変わらないわよ。後は父さんや兄さん達
がどこまで行けるかで私たちの処遇が決まる感じじゃないかしら?
⋮⋮気は重いけどね﹂
獣王祭において2回戦への出場は大変名誉なことである。されど
獣王にとってその程度は取るに足らない功績、獣王の子であるサバ
トやゴマとて満足できる結果ではないのだ。そして何よりも仕置き
が恐ろしい。
﹁⋮⋮おっしゃ! てめぇら、いつまで下向いていても状況は良く
ならねぇ! こんな時こそぱあっと飲みに行くぞ!﹂
唐突に大声を出すサバト。
﹁おお、それは名案ですな!﹂
﹁行き成りどうしたのよ⋮⋮ 貴方達、まだ昼よ?﹂
ゴマは呆れ顔であるが、アッガスは乗り気だ。
1550
﹁ふふっ、最後の晩餐ッスか⋮⋮﹂
﹁細かいことは気にすんなよ。気分転換だよ、気分転換! 何して
ようと親父の怒りが落ちる時は落ちるんだ。なら、それまでせめて
英気を養おうぜ! ほら、グインもよ、後で良い所に行こうじゃね
えか﹂
﹁サバト様、店の手配ならばお任せあれ!﹂
グイン、完全復活。彼にとって優先すべきはいずれ来るだろう恐
怖よりも目先のエロスであった。
﹁はあ⋮⋮ 一応、王族としての節操は弁えなさいよ﹂
ワイワイと賑やかになり始める控え室。一方で壁を一枚挟み、隣
の部屋では静かにその会話を聞き入る女性がひとり。それはジェレ
オルの妻であるリサの姿している訳で。
︵ふうむ⋮⋮ 暫くは打ちひしがれ続けるだろうと思っていたが、
精神面は多少なりに成長したようだな。あのまま不貞腐れたままで
あればワシにも考えがあったが、まあ、今回はよしとするか︶
タイミング良く上がる歓声は獣王の気を知ってのものではないが、
サバトらは知らぬ間に許されていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
1551
獣王祭もお昼タイムとなり、個室の特別席ではプチ祝賀会が開か
れていた。
﹁皆、2回戦突破、おっめでとー!﹂
﹁お兄ちゃんもリオンちゃんも、皆おめでとう! 凄い凄い!﹂
チビッ子メイドとチビッ子お姫様が俺たちの勝利を祝ってくれる。
2回戦までを俺たち全員は圧倒的な勝利で勝ち進んだのだ。子供た
ちはご満悦である。
﹁リオンの晴れ姿、ワシの心にしかと刻み込んだぞ⋮⋮﹂
約1名大きな子もいるが気にしてはならない。
﹁リュカもシュトラも応援ありがと! でも、今のところ大した相
手と当たってないのよね。ちょっと肩透かしかしら﹂
﹁ダハクは出し抜かれたけどな﹂
﹁あ、兄貴、反省してんでそろそろ勘弁してくださいよ⋮⋮﹂
先ほどまで罰として正座させていたダハクが息絶え絶えで呟く。
試合よりも正座の方が疲労が激しいのではないだろうか。リュカ提
案のお仕置きは竜にも大変有効のようだ。
﹁ですが獣王祭も残るは16名、3回戦ともなれば油断ならない相
手になるのではないでしょうか?﹂
﹁エフィルちゃんの言う通りだよー。獣王様にそのご子息である王
子達、ケルヴィンと同じS級冒険者であるゴルディアーナさんとそ
のお連れさん? がまだ残っているんだからね。参加チケットを強
奪して獣王祭に参加した選手も何人か残ってるみたいだし、ここか
らは今までのように開幕勝利は難しいんじゃないかな?﹂
1552
﹁ん? アンジェ、チケットを強奪って、そんなことして参加でき
るのか?﹂
﹁あれ、知らなかったの?﹂
アンジェが獣王祭の参加方法について説明し出す。暗黙のルール
を諸々暴露。
﹁⋮⋮知らなかったんですけど。知ってたら人数分チケット確保し
てたんですけど﹂
﹁いやー、流石に全員分はガウンも迷惑するんじゃないかなぁ。た
ぶん、それで獣王様も手を打ってきたんだと思うよ﹂
くっ、ただも同然で獣王が参加枠を用意したのはそう言うことだ
ったのか⋮⋮! ちゃんと調べていればエフィルやジェラールらも
出場できたと言うのに⋮⋮
﹁あなた様、過ぎたことを悔いても仕方ないことですよ。私やエフ
ィルも別にそこまで参加したい訳でもないですし、現状で大満足で
す♪﹂
来る途中、何人か料理人が倒れていたけどな。お詫び代わりに全
快まで回復させといたから直ぐ元気になると思うけど。今回の旅行
で一番エンジョイしてるのは間違いなくメルフィーナだろう。子供
以上に満喫してやがる。
﹁私は出たかったなぁ﹂
﹁リュカはまだ早い! まだ早いのじゃ!﹂
﹁えー﹂
﹁ま、まあいったんそこから離れようか。で、そのチケット略奪組
なんだけど、あの赤毛の子、バールもそっちのルートから入手した
1553
みたい。だからガウン側もあの子の詳細までは知らないんだって﹂
﹁流石ギルドは情報が早いな。それにしても、正体不明の赤毛の少
女ねぇ⋮⋮ 試合もひと蹴りで終わらせてるし、強いのは確かだ。
セラ、負けるなよ﹂
﹁当たり前でしょ! 万に一つも負ける要素がないわ!﹂
俺としてはその台詞、フラグにしか聞こえないんだけどな。
﹁トーナメントを勝ち進めばCブロックの決勝で当たるね。セラね
え、ファイトだよ!﹂
﹁リオンも人のこと言えないでしょ。Bブロックには獣王がいるん
だし﹂
﹁あっ、その獣王とユージール王子が3回戦で当たっています。親
子対決ですね﹂
エフィルが持つトーナメント表を見ると、確かにレオンハルト・
ガウンとユージール・ガウンがぶつかっている。順当にいけば獣王
が勝つだろうが、これは勿体ないな⋮⋮ 潰し合いをするならリオ
ンと戦わせたかった。
﹁ダハクはDブロックの決勝まで行けばプリティアとの試合か﹂
﹁うっす。これはもう運命としか思えないッス! 自分、プリティ
アちゃんに漢を見せてきます!﹂
そうか。俺とジェラールは君達の関係が上手くいくことを心から
祈っているよ。
﹁んで、俺の次の相手は︱︱︱ ジェレオル・ガウンか。サバトの
お兄さん、だっけ?﹂
﹁リュカの腕試しで審判を務めた方ですね。ガウンでは獣王に次ぐ
1554
実力者だった筈です﹂
﹁兄貴、遂に本領発揮ッスね!﹂
﹁ああ、漸く本番だ﹂
この獣王祭でこれまで苦手としていた接近戦を克服する。それが
俺の掲げる目的の1つであったのだが、今のところ克服どころか練
習にもならなかったからな。進化で得たスキルポイントもそれ用に
割り振ったことだし、そろそろ今の力を試してみたい。
﹁さ、そろそろ休憩も終わる時間だ。お前ら、狙うはトップの独占
だ。決勝トーナメントで会おう﹂
﹁﹁﹁おー!﹂﹂﹂
1555
第210話 ガウンの英雄
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
3回戦1番最初の試合が出番となっている俺は、選手入場口の通
路にてアナウンスを待つ。セラやリオンは連れて歩くと目立つ為、
特別席で観戦だ。
﹁腹ごしらえは十分か!? 昼休みもこれにて終了! これより選
ばれし16名の戦士による、第3回戦の開始だぁー!﹂
ロノウェのアナウンスに会場が湧き立つ。しかし、ガウンの民は
よくもまあ朝からこのテンションを維持できるな。かれこれ半日は
声を張り続けているぞ、観客達。
﹁おっと、直前ですがここでお知らせです。解説のキルト様は突然
の体調不良により午後の部は欠席となるようです。このマジックア
イテムさえあれな解説いらねぇんじゃねーの? との声もあります
が、ぶっちゃけその通りなのでここからは不肖私、ロノウェ単身で
実況に挑みます! ああ、やってやるよ! シスコン王子なんかも
う知らないよ!﹂
﹁荒れてるな⋮⋮﹂
ゴマが負けてしまったことによるショックか、獣王に何かされた
のかは定かではないが、どうやらキルト王子は解説の仕事を素っ放
かしたようだ。それによりシスコンであることをロノウェに口外さ
れてしまったキルト王子。同志としては同情の念を禁じ得ない。
1556
﹁さ、私情による罵詈雑言は一時捨て置きます! 早速試合を始め
ていきましょう! Aブロック3回戦第1試合、S級冒険者﹃死神﹄
ケルヴィン選手対、ガウンの英雄にしてガウン国千人隊長ジェレオ
ル・ガウン選手!﹂
ジェレオルの名が呼ばれると、一際大きな歓声が闘技場を覆い尽
くした。ジェレオル・ガウン、次期国王の最有力候補として真っ先
に名が挙げられる、愛国心溢れるガウン随一の戦士。ロノウェの紹
介を借りればガウンの英雄とされる程の人物だ。確か、格闘術にお
いてのゴマの師匠でもあるんだったか。間違いなくサバトらよりも
格上の存在であり、獣王よりはこちらの方がサバトが追い求める完
成系の姿に近い存在だろう。あいつ、愚直で獣王のような悪知恵は
働きそうにないし。っと、こんなことを考えている場合でもないか。
ジェレオルが既に舞台へ上がっている。俺もそろそろ入場するとし
よう。
﹁ケルヴィン、一昨日の晩餐会以来だな。やはりここまで上がって
来たか、今と言う時間を楽しみにしていたぞ。いや、冒険者のラン
クで言えば俺が挑戦者側となるのだがな﹂
﹁いえ、楽しみにしていたのは私も同じです。良い試合をしましょ
う、ジェレオル王子﹂
﹁ああ、全力でやらせてもらおう。だが王子は止めてくれないか?
その呼び方はどうもむず痒くてなぁ﹂
ジェレオルと握手を交わし、試合開始位置へと就く。んー、何だ。
晩餐会でも多少なり話すことはあったが、やはりこの世界の王族と
しては珍しくも癖がなく、まともな人っぽいな。最近なかなか見る
ことがなくなった常識人オーラを発している。彼ならば英雄ともて
はやされても納得である。トライセンの王子やらデラミスの巫女や
らは是非ともジェレオルを見習ってほしい。ほら、常識人オーラが
1557
こんなに眩しく︱︱︱ あれ、何で俺までこんなにも眩しく感じて
いるんだ?
﹁注目の第1戦です! それでは試合︱︱︱ 開始っ!﹂
ロノウェが試合開始のアナウンスを鳴らすも、俺はこれまでのよ
うに速攻はかけない。向こうもそれは同じようで、ジェレオルは俺
の様子を伺うように腕に装着した腕甲を構えた姿勢のまま動かない。
拳の師だけあって、ゴマと構えがそっくりだ。
﹁⋮⋮意外だな。直ぐに仕掛けて来ると踏んでいたんだが﹂
﹁それも良いんですが、試合は長く楽しみたいじゃないですか。ま
あ、どちらも動かなければ意味ないですし、それじゃ遠慮なく︱︱
︱﹂
地を蹴り、正面へと駆ける。真正面から飛び込んで来たことにジ
ェレオルは僅かに目を見開くが、しっかりと俺を捉えているようだ。
サバトが2回戦で見せた最高速に匹敵するスピードの筈だが、流石
にこの程度の速度には付いて来れるか。なら、まずはここから。
﹁ふっ!﹂
﹁ぐうっ!?﹂
剣の連撃。息する間もなく放たれる刃をジェレオルは腕甲で受け
止め、払い、また受け止める。
﹁おおっと、開幕後の様子見は嵐の前の静けさだったのか!? ケ
ルヴィン選手、猛ラッシュですっ! 常人の私には剣筋が見えない
ぞぉ! ジェレオル選手には見えているのか、攻撃の全てをいなし
ているようにも見えます! ⋮⋮と言うことで、キルト様の遺産で
1558
ある映像にて確認致しましょう﹂
スローで確認している間にも試合は進むけどな。剣から伝わる感
覚、防戦一方のジェレオルを見るからして、防御に徹すれば紙一重
で、って感じか。オッケー。
﹁おおっ、おおっ! 何と言う攻防でしょうか。流れるような連撃
もまた見事ですが、その全てを受け流すジェレオル選手も素晴ら︱
︱︱ えっ?﹂
﹁ふう、ふうっ⋮⋮ おい、何の冗談だ?﹂
舞台に視線を戻したロノウェが声を失い、ジェレオルが俺を鋭く
睨みつける。
﹁なぜっ、ここで剣を置く!?﹂
﹁ケ、ケルヴィン選手、舞台に剣を突き刺し、そのまま手を離した
ぁー!? って、この舞台、剣が突き刺さるような硬度じゃないん
ですけどっ!﹂
そう、俺は剣を手放した。言わば素手の状態である。
﹁なぜって、言ったじゃないですか。長くこの時間を楽しみたいっ
て。後は、そうだな⋮⋮ 仲間内の接近戦じゃボコられてばかりだ
ったんで、一度それ以外で自分の力を試してみたいってのもありま
す﹂
﹁⋮⋮だから、得物を捨てると言うのか。魔法が使えない、この獣
王祭で。このジェレオルを相手に﹂
﹁ええ、まあ。最近﹃格闘術﹄のスキルを覚えたんで、その試運転
がてらに。それくらいできなきゃ獣王やプリティアには勝てないで
しょ?﹂
1559
ジェレオルには悪いが、その2人と比較すると英雄と呼ばれる彼
もかなり格下の存在となる。位置的にはアズグラッドぐらい? 魔
法が使えなくとも今更敗北する心配は微塵もないが、全く体を動か
さないのも後々の試合を考えるとよろしくない。英雄様には少しば
かりスパーリングに付き合って貰う算段だ。
﹁⋮⋮ふっ! これでもガウンの一軍を預かる身、簡単にはいかぬ
ぞ﹂
﹁光栄です﹂
ジェレオルは俺の挑発とも取れる発言に乗っかることもなく、そ
の野太い上腕に装備したブレスレットに軽く触れる。﹃鋭獣の腕輪﹄
、サバトがリオンとの試合で用いた装備と同様のもの。ジェレオル
は俺の言い分を聞き、全てを察した上でこの試合に全力を尽くして
くれるようだ。勝つこともまだまだ諦めていない。
﹁ふぅー⋮⋮ 全身全霊を、ぶつける⋮⋮っ!﹂
ジェレオルが猛獣となって飛び掛って来る。さて、今頃観客席で
ドヤ顔を決め込んでいるであろうセラ仕込の格闘術、どこまで通用
するかな。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場
1560
﹁ふうむ、ジェレオルも敗北。我がガウンで残るはワシとユージー
ルのみ、か。3回戦でこれとは、お前もサバトらのことをとやかく
言えんな﹂
﹁め、面目ない⋮⋮﹂
奥さんに叱られ、獣耳を垂らすガウンの英雄の図。数十分に及ん
だケルヴィンとの試合後、ジェレオルは獣王に呼び出しをくらって
いた。体中に包帯を巻いているあたり、結果はお察しである。ちな
みに獣王の横では既にキルトが倒れていたが、この件を詮索しては
危険だと判断し、ジェレオルは弟の屍を見なかったことにした。
﹁対して、ケルヴィン一派は未だ4人全員が勝ち残っている。開催
国としては少々情けなくあるな﹂
﹁父上、私がまだ残っているではありませんか!﹂
獣王に声を上げるはユージール・ガウン。弓の扱いに長けた次兄
の王子である。実力も然ることながら、美男子としても有名な獣人
だ。巷でも水もしたたる良い男とジェレオルに次いで人気が高い。
﹁そうか、その気概やよし。ならば次のワシとの試合、ユージール
の初恋の相手の姿で行くとしよう。うむ、頼もしきユージールなら
ば、この試練をきっと打ち破ってくれるだろう!﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
しかし、獣王の度重なる試練の影響によって女性が苦手となって
しまった可哀想な王子でもある。悩み悩んだ結果、ユージールは試
合を棄権。これにより戦うこともなく獣王のBブロック決勝への進
出が決定した。
1561
第211話 未だ戦いには至らず
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
﹁ハハ、おじさん悲しいなあ⋮⋮ まさか娘のような年頃の子供に
全く歯が立たないとはねぇ⋮⋮﹂
リオンと剣を交え、そして敗れた無名の剣士が地に膝をつく。チ
ケット略奪組であり、その名が全く知られていないことからケルヴ
ィン達に警戒されていた男であったが、いざ戦ってみれば終始リオ
ンが圧倒。数回の剣の打ち合いはあったものの、十秒も経たないう
ちに勝負は決してしまった。決め手は男のリザイン、降伏であった。
﹁人目を忍んで何年も山篭りしたんだけどねぇ⋮⋮﹂
虎狼流と同様に刀を得物としていたボサボサ頭の男はポリポリと
頭をかき、そして刀を鞘に収める。その表情に見えるのは己への落
胆か、それとも更なる強さへの渇望か。リオンにはいまいち読み取
れなかった。
﹁おじさんも凄く強かったよ。ジェラじいやセラねえ以外でここま
で打ち合える人がいて驚いたもん!﹂
﹁アハハ⋮⋮ お爺ちゃんもお姉ちゃんもやばいねぇ、君の家族⋮
⋮﹂
﹁うん、自慢の家族だよ!﹂
乾いた声で笑う男と屈託の無い笑みを浮かべるリオン。生き残る
ことが更に困難となった3回戦ではあるが、ケルヴィンに続きリオ
1562
ン、セラ、ダハクも何の問題もなしに勝利し、各ブロックの決勝へ
と駒を進める。これにより、ケルヴィン達は出場者全員がベスト8
入りを果たしたのであった。
﹁あ、それと子供って言うけど、僕だって来年15で大人なんだか
らね。そこ、忘れないで﹂
﹁⋮⋮マジで?﹂
﹁マジで!﹂
その後、リオンは幾度か同じ質問を聞き返された。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁うわぁー! ゴルディアーナ選手、3回戦も無傷で勝利だぁー!﹂
ロノウェの勝利宣言。本来3回戦の組み合わせはダハクの試合が
最後になる筈だったが、ゴルディアーナの対戦相手が急に謎の吐き
気を催した為に、この試合は後々へと移動してしまったのだ。3回
戦ラストとなるこの試合の終了により、各ブロック決勝戦への進出
者が決定した。観客はもちろん、実況としてのロノウェのテンショ
ンも鰻上り︱︱︱ で、あるのだが、ロノウェはどうも調子が狂っ
ていた。その隣には2人分の人影があった。
﹁ゴルディアーナ殿のあの筋肉、昨年よりもより一層強固なものと
なっているな﹂
﹁ああ、兄上も気付かれましたか。あれでは私の必中の矢でさえ傷
ひとつ付かないでしょうな﹂
1563
3回戦で敗退したジェレオルとユージールである。
﹁⋮⋮あの、ジェレオル様にユージール様。解説して頂けるのはあ
りがたいのですが、なぜこの席に?﹂
﹁その、何だ⋮⋮ 父上からの罰の一環と言えばいいか⋮⋮ キル
トの尻拭いとして来たと思ってくれ﹂
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
﹁ロノウェさん、もう少し離れてくれると助かる。私は女性が近く
にいると、緊張して上手く解説できない﹂
﹁あ、はい⋮⋮︵大丈夫かなぁ⋮⋮︶﹂
ロノウェはユージールから離れつつ、心の中でぼやく。ジェレオ
ルらは解説役としてこれ以上ない位の戦力ではあるが、キルトの件
があっただけに自然とロノウェは身構えてしまっていた。また王子
の知られざる性癖が世間に晒されてしまったらどうしよう、と。た
だでさえ最近の解説役は最後に何かやらかしているのだ。キルト然
り、デラミスの巫女然り。特に国民的英雄であるジェレオルにとて
も人様に言えない事柄が仮にあったとすれば、ガウンの信頼は地に
落ちてしまう。ロノウェとてガウンを愛し、この国に生まれた誇り
ある獣人の1人。そのような危機的事態だけは避けたいと、彼女は
心からそう願う。
﹁さ、さあ! 3回戦も全試合が終了! 次はいよいよ各ブロック
の決勝戦です! この戦いを制した4名の戦士は決勝トーナメント
へ進出、頂上への切符を手にすることとなります! それではっ、
今一度各ブロックの組み合わせを再確認していきましょう!﹂
今は亡きキルトお手製のマジックアイテムが巨大なトーナメント
表を映し出す。何気にロノウェはこのアイテムを使いこなしていた。
1564
﹁まずはAブロック! S級冒険者ケルヴィン選手と武術家グロス
ティーナ・ブルジョワーナ選手の対決です!﹂
﹁召喚士らしからぬ超越的な強さで勝ち進んで来たケルヴィンには
驚かされるばかりだ。私情を挟むが、俺を負かしたからにはケルヴ
ィンには頑張ってもらいたい﹂
﹁しかし相手のグロスティーナ殿はS級冒険者のゴルディアーナ殿
と同門、一筋縄ではいかない試合になるでしょうね﹂
﹁お、おお⋮⋮ これなら安心かな?﹂
﹁何がだ?﹂
﹁いえ! こちらの話です! 次、次に行きましょう!﹂
﹁﹁?﹂﹂
ロノウェは目を背けるも、操作する立体映像はやたらとグルグル
回っていた。
﹁続いてBブロック! ケルヴィン選手の妹にして﹃黒流星﹄の二
つ名持ちのリオン選手対、S級冒険者﹃鏡面﹄にして獣王、レオン
ハルト・ガウン選手! 果たして獣王様はガウン最後の希望として
勝つことができるのでしょうか!? 注目の一戦です!﹂
﹁我らが不甲斐ないばかりに、父上には負担をかける形となってし
まったな⋮⋮﹂
﹁あれ、そう言えばユージール様は3回戦を棄権していましたよね
? 一体どうなさったんですか?﹂
﹁い、いや、ちょっと野暮用があって⋮⋮﹂
途端に滝のような汗を流し出すユージール。初恋の相手の姿を公
衆に晒したくない、なんて言える筈がない。ユージールとしては誰
にも話さず、自分の胸の内に大切にしまってきた事実を﹁父上が何
で知ってるの!?﹂と、いう気持ちで一杯であった。獣王が試合中
1565
もそのように精神面を責めてくるであろう不安と、意中の相手に負
けてしまう惨めさ。名を頂く者として悩みはした。したが、駄目で
あった。ユージールは立ち直る自信がなかったのだ。
﹁おい、時間が押しているぞ﹂
﹁おっと、そうでした! えー、次はCブロックですね! Cブロ
ックの組み合わせは! ケルヴィン一派﹃女帝﹄セラ選手対、無名
の快進撃少女、バール選手の試合です! 両者とも非常に見目麗し
い容姿ですが、これまでの対戦相手を全て一撃の下に葬っています
! 見た目に反してバリバリの体術対決になりそうですね!﹂
﹁⋮⋮どの試合にも言えることだが、全く予想が付かないな。誰も
が俺よりも強く、そして真の力を出していない。特にバールと言う
少女はこれまで耳に届かなかったのが不思議になる程の強さだ﹂
﹁西大陸僻地の出身かもしれません。場所によっては立ち入るのも
困難な場所に建国する国もありますからね﹂
西大陸には大小様々な数多くの国が存在している。今も新たな国
が毎年のように増えており、正確な国数は把握され切っていない。
そんな情勢もあって、ユージールが指摘する通り全く名の知られて
いない猛者が突如として現れる事も、極稀ではあるがなくはないこ
となのだ。
﹁最後にDブロックです! S級冒険者﹃桃鬼﹄ゴルディアーナ・
プリティアーナ選手対、ケルヴィン一派の大槌使い、ダハク選手!
ダハク選手もバール選手のように無名からの勝ち上がりです。も
しや、ケルヴィン一派の隠し玉なのでしょうか!?﹂
﹁あー、うむ⋮⋮﹂
﹁そう、ですね⋮⋮ きっとそうなのでしょう⋮⋮﹂
何も知らぬ者からすればそのように見えるだろう。だが、サバト
1566
よりトライセンの漆黒竜がケルヴィンの配下になったとの報告を受
けているジェレオルらはコメントし辛いことこの上ない。
﹁されど相手は前獣王祭覇者のゴルディアーナ選手です! 大波乱
が起こるのか!? 皆様方、しっかりと刮目しろぉー!﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
Aブロック決勝戦、開幕直前。俺、セラ、リオン、ダハクの4人
は選手入場口通路にいた。
﹁いよいよあの男をぶちのめす時が来たッスね、ケルヴィンの兄貴
! 思いっきり殺っちゃってください!﹂
﹁いや、戦いはするけど殺しはしないからね?﹂
鼻息の荒いダハクは暫定恋敵であるグロスティーナが余程憎いら
しい。狭い通路にドス黒い殺気が充満してしまっている。尤もリオ
ンの周囲に限っては、触れたそばから浄化され清い空気に洗浄され
ているのだが。
﹁でも今回の相手は期待できそうじゃない? なんて言ったって、
あのゴルディアーナの妹弟子なんですから!﹂
ゴルディアーナに対する信頼が余程厚いのか、セラは相手を持ち
上げまくる。勿論、試合を見ての評価も含まれているんだろう。た
ぶん、恐らく。
1567
﹁僕も何度か試合を見たけど、プリティアちゃんを剛の拳とするな
らグロスちゃんは柔の拳、って感じだったかな﹂
﹁ああ、受け流しに特化して隙を撃つスタイルだ。闇雲に攻めては
駄目だろうな。ま、エフィルの料理も食べたし魔法で肉体強化も施
した。後はなるようになるさ﹂
﹁もう、ケルにいは適当なんだからー⋮⋮ そう言いつつ、何かし
ら考えてはいるんだろうけどさ﹂
﹁そんなことはないって。じゃ、そろそろ行ってくる﹂
長剣の鞘を腰に差し、舞台へと向き直る。
﹁ケルヴィン、先に勝って待ってなさい! 私も直ぐにいくわ!﹂
﹁再起不能ッスよ! 絶対ッスよ!﹂
﹁ハクちゃん、そろそろ落ち着こうね。はい、撫で撫で﹂
セラの鼓舞、そしてリオンの小さな手によって恨み妬みが綺麗に
浄化されているダハクをバックに、陽の光溢れる舞台へと進んでい
く。その光の中、舞台上には既にグロスティーナが待ち構えていた。
︱︱︱これまでの試合で装備していたナックルではなく、毒々しい
紫色の鞭をその手に持って。
﹁うふっ︵はぁと︶﹂
この時、ケルヴィンは初めて戦うことを躊躇した。
1568
第212話 白昼に輝く儚き花
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
俺の前に内股で立ちはだかったのは、真っ白な全身タイツを身に
着けたグロスティーナであった。タイツと言うよりはバレエの男性
用衣装が近いだろうか。上半身は貴族風の着飾った装飾が成されて
いるが、下半身はその、あれだ⋮⋮ 部分的に目のやり場に困るし
直視したくない。あんな装備が闘技場に置いてあったのかは謎であ
るが、あったとしても誰も装備しないだろ。紫色の口紅までしてる
し。心なしか観客達の表情も今日一番冷え込んでいるように見える。
﹁待っていたわよ、ケルヴィンちゃん﹂
紫の鞭を両手でピンピンと伸び縮みさせながら、獲物を狙う狩人
のような目で凝視されてしまった。ほんの僅かではあるが後退りし
てしまう。ば、馬鹿な、俺が戦うことに躊躇いを感じているだと!?
﹁⋮⋮待たせて悪かったな。午前はちゃんとした挨拶ができなかっ
たが、アンタ、プリティアの弟弟子なんだって?﹂
﹁い・も・う・と! 妹弟子よぉケルヴィンちゃん! そこは間違
っちゃ駄目! 乙女の心はガラスのように繊細で壊れやすいものよ
ん。貴方も紳士なら、以後気をつけなさい! 彼女が泣くわよぉ﹂
﹁あ、はい⋮⋮﹂
おとめ
俺が泣きたいんですが。それに、乙女⋮⋮? 漢女ってことか?
﹁お姉様から貴方のことは聞いているわん。とっても強いってこと
1569
も、ね? でもこの獣王祭はねぇ、お姉様にとって一世一代大勝負
の場なのぉ。邪魔をさせる訳にはいかないわぁ﹂
﹁それはお互い様だ。セラ達には絶対に勝つと約束しているからな。
俺だって負ける訳にはいかない﹂
﹁うふっ、了解よぉ。身も心も楽しませて、あ・げ・る﹂
舞台の床にパシンと鞭をぶつけるグロスティーナ。ソニックブー
ムによる鋭い破裂音はグロスティーナが鞭の扱いに長けていること
を知らせてくれる。剣を抜き構え、ダンスの決めポーズのような格
好で静止するグロスティーナと対峙、ロノウェの声を待つ。
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
開始位置についても宣言されない試合開始の合図。俺とグロステ
ィーナはチラリと実況席の方に目をやる。
﹁ッハ!? す、すみません、少しばかり意識が彼方へ飛んでおり
ました!﹂
﹁う、うむ。ゴルディアーナ殿も今でこそ慣れはしたが、初出場の
時は目が点になったものだからな⋮⋮ 気持ちは分かるが、いずれ
慣れるだろう﹂
良かった⋮⋮ ガウンでもあの格好はスタンダードではないよう
だ。では誰があれを用意したのかと言う疑問は残るが。
﹁うう、私はまだまだあのインパクトに慣れないようです⋮⋮ で
は、気を取り直しましょう! 用意はよろしいですね? Aブロッ
ク決勝、試合︱︱︱ 始めっ!﹂
最初に仕掛けて来たのはグロスティーナだった。あの変わったポ
1570
ーズの体勢から巧みに鞭を操り、俺が長剣を携える右腕目掛けて攻
撃を放ってくる。まずは得物を落とす算段か。しかし鞭の速度も目
で捉えられない程のものではない。冷静に鞭先を剣で払い、前進。
この位置取りではリーチに違いがあり過ぎる。
﹁ほあっ!﹂
﹁︱︱︱!﹂
突然、剣が尋常でない力に引っ張られる。瞬間的に俺はその場に
留まり、剣に加わる力に抵抗する。ピンと俺たちの間に張られる紫
の線。払った筈の鞭が剣の刀身に巻き付いていたのだ。グロスティ
ーナが鞭を伝って力尽くで剣を奪おうと力み、鞭がギリギリと唸り
を上げる。
﹁あら、やだ⋮⋮! 私と拮抗するなんて、なかなか力強いじゃな
い⋮⋮!﹂
﹁そりゃどうも⋮⋮!﹂
拮抗、ね。身体強化と﹃剛力﹄スキルで底上げ済みの俺と拮抗す
るアンタの方が化物だよ。それにこれだけの力を両側から加えて千
切れないところを見るに、この鞭にも何か仕組んでいるな。
﹁鞭は確かに避けた筈なんだが、何をしたんだ?﹂
﹁うふふ、ちょっとした技術よん。私に勝てたら、教えてあげまし
ょうか?﹂
﹁⋮⋮是非ともご教授願いたいね﹂
まあ、戦闘中にペラペラと教えてくれる筈もないよな。予想する
となれば﹃隠蔽﹄や﹃隠密﹄の応用か。昔、どっかの新人潰しが使
った技と似た代物かもしれない。
1571
︱︱︱ピシッ!
舞台の床に亀裂が入り始めてきた。このまま消耗が続けば不利な
のは俺の方か。なら︱︱︱
﹁あらっ?﹂
﹁失礼するよ﹂
ソニックアクセラレート
剣を手放し、施した﹃風神脚﹄を全開に飛ばす。保たれていた均
衡が破られたことによる唐突な弛緩。グロスティーナに形成された
隙を突き、顔面に全力の回し蹴りを叩き込む。
﹁⋮⋮私に、触れたわね?﹂
勢いのままに飛ばされ地に倒れようとする奴の瞳に、俺が映った。
背筋に感じる冷たい感触。その刹那、グロスティーナを蹴り倒した
右足に僅かな違和感を抱く。
﹁うふふ、剣を手放すなんて、大胆な人ねうごっ!?﹂
この程度で追撃を止める訳ないだろ。グロスティーナが地面に接
触するよりも速く奴の懐へと移動し、腹部目掛けて頭上高く振り上
げた足を落とし込む。炸裂した渾身のかかと落とし。グロスティー
ナを地へと垂直に叩き込み、勢い余ってひび割れていた舞台は半壊
し始めてしまった。
﹁おわっ、おわっー!? この日の為に舞台職人シーザー氏が丹念
に作り上げた舞台がぁ!﹂
1572
ロノウェの悲鳴が高らかに上がる。
﹁ですが皆様、ご安心ください! こんなこともあろうかと、当総
合闘技場はシーザー氏に予備の舞台を10枚程注文しておりました
! お弟子さん共々、頑張って期限までに作成して頂きました!﹂
﹁この時期の恒例行事ですね。毎年舞台の強度は向上しているので
すが、この辺りになると出場者のレベルが色々とおかしいですので
⋮⋮﹂
おい、壊した俺が言うのもなんだがシーザー氏が過労で死ぬぞ。
﹁うふ、うふふ⋮⋮﹂
﹁ん、やっぱりこの程度じゃ起き上がるか﹂
剣を拾い上げている最中に土煙の中から聞こえてくる不気味過ぎ
る笑い声。これで勝利になるとは微塵も思っていなかったが、起き
上がる奴の姿を見る限り、結構元気そうである。
﹁まさか、あの状態から更に攻めて来るとは思わなかったわ﹂
﹁お前の固有スキル﹃毒蔵﹄を食らって、か?﹂
﹁⋮⋮いやぁねぇ。ケルヴィンちゃん、私のステータスを覗き見し
たわねぇ。ってことは、ある程度の対策も済んでるのかしらぁ? 私を2度も蹴り込んだその足も無事みたいだしぃ、やり辛いわねぇ﹂
見えるのはスキルの名前までだけどな。﹃毒蔵﹄と言う位なのだ
から、十中八九毒が絡んだ能力なのだろうと予測したに過ぎないの
だ。万能な装飾装備、メルの﹃女神の指輪﹄のお陰で軽く痺れを感
じるものの、俺の右足は戦闘に不都合が生じるまでには至っていな
いから、対策成功とも呼べるか?
1573
﹁大型モンスターも一滴で即全身に回る強力な麻痺毒なんだけどね
ぇ⋮⋮ 侮っていた訳じゃないんだけど、これはお姉様と戦う気概
でやらないと駄目ね。蔵の中を変えるとするわん!﹂
グロスティーナが胸元から取り出したのはピンク色の可愛らしい
小さな瓶だった。胸元から物を取り出すのが好きだな、こいつら。
しかし、あの形状は︱︱︱
﹁香水か?﹂
﹁そ、でも中に入っているのは違うわん﹂
手馴れた手付きで自らに香水を吹き掛けていくグロスティーナ。
⋮⋮待て待て、香水瓶がピンクだったから気付かなかったが、あ
の中身の液体、どぎつい紫色をしていなかったか?
﹁もう知られてしまったようだし、折角だから教えてあ・げ・る。
私の﹃毒蔵﹄はこの美しき身に接触した毒を宿し、その特性を私に
触れた殿方に発揮させることができるのぉ。それは武器も然り、よ。
更にぃ⋮⋮﹂
グロスティーナの肉体が紫色のオーラを纏っていく。これは、プ
リティアの⋮⋮
﹁赤は未熟、気を己の色に染めることで頂への第一歩⋮⋮ 西大陸
のとある流派、そこは気を操り、魔力とはまた別の力に特化した力
を鍛錬する場だったの。その流派を土台とし、更に洗練させた武術
がお姉様の﹃ゴルディア﹄よん。待たせたわねぇ! 白昼に輝く儚
き花っ! グロスティーナ・ブルジョワーナ、貴方のハートを狙い
撃ちよん!﹂
﹁⋮⋮いや、うん。それはいいけど、固有スキルの内容までは知ら
1574
なかったんだが﹂
﹁うっそぉ!?﹂
着飾らない素の野太い声による咆哮。彼、いや彼女はドジっ子で
あったらしい。
1575
第213話 劇毒
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
グロスティーナを中心に渦巻く紫の強大なオーラ。固有スキルと
はまた別の脅威となるそれは、道を極めた者が成す頂のひとつなの
か。直視することさえ躊躇ってしまいそうになる脅威に、俺は胸を
躍らさずにはいられなかった。
﹁うふ、まあいいわん。ここは私にとって有利な土俵、スキルの中
身を教えてあげるくらいのハンデはあげちゃ﹂
﹁そうか。ついでに全力で来てくれると、もっと感謝しちゃうんだ
が﹂
﹁うふふ、それに関しては安心して。ゴルディアの奥義とも呼ばれ
るこの技は気力の消費が激しくてねぇ、酷く短期決戦向けなのよぉ。
それに、この力を手加減するなんて︱︱︱ 元からできないものっ
!﹂
グロスティーナと同色のオーラを纏った鞭がなぎ払われる。初手
と比較してスピードが段違いに速くなっている。恐らくは、威力も。
下手に剣で防御すれば再び拘束されるかもしれない。何よりも毒々
しい。
﹁シッ!﹂
しかし、それでも俊敏さに関しては数段俺が上をいっている。津
波の如く押し寄せた鞭の猛威を縫う様に躱し続け、奴に接近。背後
ではジュウジュウと舞台を溶かす攻撃の余波の音が頻りに耳に入っ
1576
てきた。おいおい、シーザー氏の舞台に止めを刺す気か。いよいよ
泣くぞ、シーザー氏。
﹁間合いだ!﹂
﹁そうねぇ!﹂
鞭による攻撃の隙、対してこちらは剣を放てば当たる距離だ。だ
が奴の顔は自信に溢れ、あたかもそんなものは通用しないと雄弁に
語っているようであった。それでも俺は迷わず剣を振る。
バイオレッドフェアリー
﹁いったぁぁ!? 私の﹃舞台に舞う貴人妖精﹄をっ!?﹂
剣がグロスティーナのオーラを斬り裂き、奴の厚い胸板に赤き鮮
グ
血が舞う。確かにこの剣の切味では頑強なグロスティーナを傷付け
ランドクリーヴ
るには心許なかっただろう。しかし、この長剣にはA級緑魔法﹃大
地の研磨﹄を施している。見た目に変化のない地味な部類ではある
が、切味と耐久力を大幅に向上させるこの魔法にかかれば、如何な
るなまくら刀も名刀へと化けるのだ。
﹁で・もぉぉ!﹂
﹁ぐっ!?﹂
・・・
オーラを斬った瞬間に感じた猛烈な痛み。蔵の中を入れ替えたと
される、新たな毒か。この紫のオーラは武器を通して触れただけで
も、毒の威力を発揮させてしまうらしい。この痛みだけでも分かる。
これは麻痺毒などとは比べ物にならぬ劇物だ。メルの指輪越しでも
やばい。
﹁良かったわぁ! 全く毒が効かない訳じゃなさそうねげふあっ!﹂
1577
台詞の途中で悪いが、顎目掛けて蹴りを入れさせてもらう。手よ
りも先に足が出てしまったが、セラの格言を有言実行。隙あらば打
つ! 同時に激痛が走るが、こんなものは慣れっこだ。主にセラで。
﹁べぇっ! 足癖が悪いわねぇ!﹂
﹁お前は話が長いよ。 ⋮⋮ッチ﹂
口から血の塊を吐き出し、それでも笑みを携えるグロスティーナ。
しかし不味いな。蹴りを入れた足に奴のオーラがスライムのように
伸びて離れない。激痛、継続。
﹁くっついて取れないでしょう? 私の気は粘着性があってねぇ。
一度触れてしまうとなかなか離れないのよぉ。ちょっとした毒のあ
るトリモチだと思ってぇ!﹂
﹁どこがちょっとした毒だよ! ショック死するわっ!﹂
会話の最中も俺とグロスティーナの間では攻防が繰り広げられて
いる。グロスティーナの鉄拳・鞭をいなし、剣を突き立て、抉り、
蹴り殴る。手数、ダメージ量と俊敏さに長けたこちらが圧倒してい
るが、奴のオーラに触れる度に体に粘り付く箇所が増え、毒が一層
猛威を振るう。途中、剣でオーラの切断を試みたが、例え斬ったと
してもオーラは俺の体の付着箇所に留まり意味がなかった。女神の
指輪の耐性があるとは言え、この状況は不味い。俺を犯す猛毒は痛
みだけではなく、遂には視界や意識をも蝕み始めてきた。
﹁隙、ありぃ⋮⋮﹂
俺の防御をすり抜け、グロスティーナの拳が右脇へ突き刺さる。
何本か骨が逝った感触が脳に伝わる。
1578
﹁ぐう、はぁ⋮⋮っ﹂
痛みはない。そんなものは既に毒による効果が上回っているのだ。
ただ、呼吸が詰まり、空気を吸えない。
﹁うふ、ふ。これで、終わりぃ︱︱︱﹂
﹁ああ、終わりだ⋮⋮﹂
勝利を確信した奴の、最後の油断。体内に残った空気を酷使し、
胸部目掛けありったけの力を振り絞って剣を突き立て、離れ際に突
き刺した剣の柄へと蹴りを叩き込む。凄まじい切味の頑丈な長剣は、
自身を隔てるグロスティーナの体内にて、踊る。
﹁︱︱︱っ、ぶふ、ふ⋮⋮ いやん、刺激的⋮⋮﹂
紫のオーラが消え、巨体が倒れる。幻覚だろうが、大地が揺れた
気がした。俺が毒に蝕まれていたように、グロスティーナもまた力
を使うことで消耗し、血を流し、そして倒れた。当に限界は互いに
来ていたのだ。後は、そうだな⋮⋮ 拳を高らかに上げる気力はな
いから、格好悪いが肩までで勘弁してもらおう。
﹁え、Aブロック決勝! ﹃死神﹄ケルヴィン選手の勝利ぃー!﹂
⋮⋮うう、吐きそう。だがその前に、グロスティーナを回復して
おかねば。剣を抜き、傷口を塞ぐ。濃密な素晴らしき戦いに感謝し
ながら。
﹁っつう⋮⋮ 耐性があってこれか。メルの指輪がなかったら、死
んでたかもな⋮⋮﹂
1579
舞台を下り、芝の上へ崩れ落ちる。足に力を篭めるのも限界だっ
た。草草に触れる感触さえ、もう殆どない。試合には勝った。が、
これではどっちが敗者だか分からないな。
﹁救護班! 大至急ケルヴィン選手のところへっ!﹂
大音声が頭に響く。そんなに心配しなくても大丈夫だって、今白
魔法で回復中だから。それより、そんなに大袈裟に言ってしまうと
︱︱︱
﹁ケルヴィン!﹂
﹁ケルにい!﹂
﹁兄貴!﹂
次いでセラ達の声が微かに聞こえる。ほら、余計な心配を掛けて
しまった。直後に後頭部に暖かく、柔らかな感触が。どうやらセラ
が膝枕をしてくれているらしい。
﹁ケルにい、回復が遅いみたいだけど大丈夫?﹂
朧気な視界にひょっこりとリオンが顔を出す。ああ、大丈夫だ。
たわわと実った果実もしっかり見えているぞ。 ⋮⋮嘘です。正直
しんどいです。詠唱に集中できないです。
﹁⋮⋮毒の影響で魔法の効きが悪いかな。体調が体調だから、あま
りランクの高い魔法も使えそうにもないな。全快まではちょっと時
間がかかりそうだ﹂
念話でメルフィーナを呼ぶのが手っ取り早いか。そう考えたその
時︱︱︱
1580
﹁んっ⋮⋮﹂
唇に感じる暖かな、そしてマシュマロのような柔らかな感触。霞
んでいた視野でさえハッキリと認識できる程に近づいたリオンの顔。
俺の毒気を吸い出そうとしているのか、それは強く押し付けてくる。
まあ何をしているのかと言えば、不意を突かれる形で俺はリオンと
唇を重ねていた。
﹁ん、んんっ⋮⋮ ちゅ、る⋮⋮﹂
時が経つにつれ、さっきまで感覚がなかった体に芝の手触り、爽
やかな風の感覚が伝わってくる。 ⋮⋮あと、ぷるぷると震えるセ
ラの膝の動きも。
﹁︱︱︱ぷはっ! ふう⋮⋮ どう、楽になったでしょ?﹂
﹁⋮⋮完全に毒が抜けてるな。これなら自力で何とかなりそうだ。
ありがとな、リオン﹂
﹁えへへ∼﹂
抱きついて来るリオンを受け止めると、心地良さそうに目を細め
る。これは撫でずにはいられない。
﹁ちょ、ちょっと! ﹃絶対浄化﹄を使うのなら、手で触れるだけ
こっち
でも良かったじゃない!﹂
﹁唇の方が効果が高いんだもん。あ、そっか! 安心して、セラね
え。ケルにいにしかしたことないから!﹂
﹁だ、だからって皆が見ている闘技場のど真ん中でしちゃ駄目でし
ょ! それに論点がちょっと違うし!﹂
﹁セラ、安心しろ。これは兄と妹の一般的なコミニュケーション方
1581
法の1つだから問題ない﹂
言わばこれは、俺たち兄妹にとっての挨拶のようなもの!
﹁﹁﹁﹁﹁んなコミニュケーション、兄妹でしねーよ!﹂﹂﹂﹂﹂
静まり返っていた闘技場が一斉に湧き立ち、なぜか観客達から総
ツッコミを食らってしまう。この意味不明の事態に俺とリオンは頭
上に疑問符を浮かべ、互いに首をかしげることしかできなかった。
1582
第214話 集中治療
︱︱︱ガウン・総合闘技場医務室
ここはガウン総合闘技場にある医務室。大会にて怪我を負った者
達が世話になる場であるのだが、現在に限っては人気がなく閑散と
していた。しかし人が全くいない訳ではなく、ベッドにて横たわる
者が1人、そしてその傍らにてリンゴの皮を剥く大柄な男︱︱︱ 女性の姿があった。
﹁︱︱︱刺激的ぃ!?﹂
﹁あらん、思ったよりも元気そうねぇ、グロスティーナ﹂
﹁お、プリティアお姉様? ここは⋮⋮?﹂
酷い意識の取り戻し方をしたグロスティーナであるが、ゴルディ
アーナは気にする様子もなく暖かく迎え入れた。
﹁取り合えず、栄養の為にもこれでも食べなさぁい﹂
愛くるしい兎の形に剥いたリンゴを手渡す姉御振りである。
﹁今は破壊された舞台の交換作業中の休憩時間、そしてここは闘技
場の医務室よん。貴女、ケルヴィンちゃんに負けて気を失ったのよ
ぉ﹂
﹁ええぇん!? それは本当っ!?﹂
﹁ここで嘘を言ってどうするのよぉ。私が嘘をつくのは、恋愛の駆
け引きの時だ・け。それよりもケルヴィンちゃんに感謝しなさいよ
ぉ? 試合の後で重症だったグロスティーナを回復してくれたんだ
1583
からぁ。傷跡ひとつないでしょん?﹂
グロスティーナは自分の胸元を開き、マジマジと体を見詰める。
﹁⋮⋮あれだけ傷付けられた私の体が、新品みたぁい!﹂
﹁その言い方は淑女としてどうかと思うわぁ﹂
﹁だって嬉しいんですものぉ! あっ、お姉様⋮⋮﹂
﹁どうしたのん?﹂
﹁試合、負けてしまったわん。折角お姉様に誘ってもらって、何よ
りもお姉様の恋がかかってると言うのにぃ⋮⋮﹂
見るからに肩を落とすグロスティーナに、ゴルディアーナは優し
く微笑み掛ける。
﹁いいのよん。それに私が間違っていたわぁ。恋ってのはねぇ、自
分の力で掴み取ってこそなのよぉ。時に悲しみ、時に悩み⋮⋮ だ
けど、足掻きに足掻いた分だけ想いは心に深く刻まれるわぁ。だか
や
らこそ、今一度頑張ってみる。優勝って形で、ねぇ﹂
﹁お、お姉様、まさか⋮⋮!﹂
﹁ええ、この獣王祭で優勝したら、おじ様に告ってくるわん!﹂
﹁まあ、素敵っ!﹂
それは何とも残酷で、無慈悲な宣戦布告であった。夢見る少女の
ようにはしゃぐ2人に王子様、もといおじ様は振り返ってくれるの
だろうか。
﹁でもでも、ケルヴィンちゃんも良い男じゃない? さっきの試合、
私の中で硬くて長いものが暴れちゃってぇ、とっても興奮したわん
!﹂
﹁まあ、羨ましいわぁ。でもその台詞は変に誤解されちゃうから、
1584
心の中に留めておきなさいねぇ。他の人様に迷惑を掛けるのは御法
度よん﹂
﹁あらやだ、私としたことが⋮⋮﹂
﹁それにケルヴィンちゃんはセラちゃんのものよぉ。親友の男に手
を出すなんて、絶対に駄目ぇ。彼女には幸せになってほしいものぉ。
ま、試合でぶつかったら手加減しないけどねぇ﹂
ジェラール
尊い犠牲を払い、ケルヴィンは危機を脱したのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
﹁ハア、ハアッ! ゴマ、もっと速く走れ!﹂
﹁こ、これが限界よっ!﹂
サバトとゴマは走っていた。酒場での宴もそこそこに、試合でケ
ルヴィンが重症だとの噂を耳にしたのだ。直後に酒場を抜け走り出
したサバト、その後を追い掛ける形でゴマが闘技場へと向かう。闘
技場に到着し受付に確認すると、王子と姫と言う立場もあって直ぐ
にケルヴィンの場所を知ることができた。どうやらVIP用特別席
の個室にて治療しているようだ。
﹁⋮⋮普通、医務室じゃない?﹂
﹁そんな細かいことを気にしてる場合じゃないだろ! 行くぞ!﹂
再び目的の場所へ向かって走り出す2人。ここまで来れば客席は
1585
目前。A級冒険者であるサバトらは寸秒でケルヴィンの居場所に辿
り着くことができた。
﹁ケルヴィン、倒れたってのは本当か!?﹂
ノックもなしに勢いに任せて扉を開けるサバト。彼の脳内に描か
れるのはベッドに横たわり、包帯グルグル巻きで瀕死の危機にある
ケルヴィンの姿。だが、現実は非情なもので︱︱︱
﹁さあ、ご主人様。もう一口食べてください! はい、あーん!﹂
﹁あ、あーん⋮⋮﹂
﹁ハア、ハア⋮⋮ エフィル姐さん! ﹃世界樹の星葉﹄、もう一
枚育ったッス!﹂
﹁ありがとう、ハクちゃん。あと一枚あれば世界樹粥がもう一杯作
れるのだけれど⋮⋮﹂
ベネディクションキュア
﹁りょ、了解ッス! うおおー! 燃えろ、俺の魂ぃー!﹂
﹁全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、ごく
ごくっ⋮⋮ 全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、全晴、全晴︱︱︱﹂
﹁ケルヴィン、私にできることはないかしら? 遠慮することはな
いのよ!﹂
﹁ならまず﹃血染﹄を解いて手足の拘束を外せ﹂
﹁駄目よ、今は安静にしないと!﹂
︱︱︱それよりも酷い光景が眼前に広がっていた。部屋の奥にて
上質のソファーに座るケルヴィンに、見慣れた仲間たちが群がって
いたのだ。鮮やかな緑の葉で彩られたお粥をスプーンですくい、ケ
ルヴィンに食べさせようとするエフィル。その横ではメルフィーナ
が無心で白魔法を唱え続け、足元にはMP回復薬の空瓶が山を形成
している。ケルヴィンの右腕にはリオンがぴったりとくっつき、嬉
しそうに両腕を絡ませている。ソファーの後ろからはセラがケルヴ
1586
ィンの肩を揉みながら、何やらケルヴィンと会話しているのが見え
た。床ではダハクが座り込み、苗木の鉢と向き合い叫びながら汗を
したたらせている奇妙な姿が。
﹁あっ、サバトさんにゴマちゃん!﹂
その光景のあまりの予想外さにサバトがポカンと放心していると、
リオンがサバトとゴマの姿に気がついた。
﹁⋮⋮重症じゃ、なかったのか?﹂
﹁はあ、やっぱりね⋮⋮﹂
ゴマは小さく溜息をつくと、静かに個室の扉を閉めた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ハァ!? つうことは、試合後に自力で完治しちまったのか!?﹂
﹁リオンの助けもあったけどな。だけど大事をとって次の試合まで
は安静にしろって医師から話があってさ、それからはこんな調子だ
よ﹂
話し終わるとエフィルから差し出されたお粥を口に入れるケルヴ
ィン。こうしている間にもメルフィーナの魔法は続いており、星々
の輝きが眩しいほどにケルヴィンを覆っている。
﹁いやいやいや、どんな調子だよ!?﹂
﹁ふふふ。実はね、これは私たちがケルヴィンの為に考案した治療
1587
法なの!﹂
セラが得意気に立ち上がった。
﹁ち、治療法なのか?﹂
﹁そう、治療法よ!﹂
セラの説明はこうだ。ダハクが最上級クラスの治療薬の原料とな
る﹃世界樹の星葉﹄を高速栽培し、エフィルがその葉で調理した絶
品お粥で体を内部から清め、解毒する。そしてメルフィーナの執拗
なまでの白魔法であらゆる状態異常を解除。更には傍らにいるだけ
で全てを浄化するリオンが密着することで不安要素を排除。止めは
セラの﹃血染﹄でケルヴィンの両手両足を支配し、強制的に安静状
態に!
﹁⋮⋮そう言うことらしい﹂
﹁愛されているな、色々と⋮⋮ てっきりそう言うプレイかと思っ
たぜ﹂
﹁違うから!﹂
﹁ガァーハッハッハッハ! 王よ、災難じゃったな!﹂
別テーブルで孫達と戯れるジェラールは完全に他人事である。
﹁あら? 私の見たてでは、今一番危機が迫っているのはジェラー
ルな気がするのだけれど﹂
﹁ちょ、洒落になっておらんぞ、セラ⋮⋮ お主の勘は不気味なほ
どに当たるんじゃから⋮⋮﹂
﹁何となくよ、何となく﹂
心に思い当たる節があるのか、黙り込んでしまうジェラール。そ
1588
んな中、室内にロノウェのアナウンスが流れ出した。
﹁お知らせ致しまーす。闘技場舞台の交換作業が終了しました! これよりBブロック決勝を開始します! リオン選手とレオンハル
ト選手は舞台へおいでください!﹂
1589
第215話 策
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
アナウンスの召集に意気揚々と舞台へ向かうリオン。送り出した
俺たちは客席より舞台の様子を窺っていた。とは言え俺の拘束は解
かれず、両脇にエフィルとメルフィーナ、背後にセラを据えたトラ
イアングルから未だ抜け出せていない。もう完治してるよ。それど
ころか絶好調だよ。
﹁リオンちゃん、大丈夫かな?﹂
﹁次の相手はあの獣王レオンハルトですからね。苦戦は必至でしょ
う﹂
心配するシュトラにメルフィーナが答える。どうやら観戦中は魔
法の連続詠唱を止めてくれるようだ。
﹁それもそうだけど、俺は獣王が誰の姿で来るかが気になるかな。
今までの試合、対戦相手に縁のある姿だったみたいだし﹂
1回戦と2回戦、3回戦だけは不戦勝であったが、これまでの相
手は獣王の化けた姿を目にした途端、あからさまに動揺していた。
動揺した理由までは知る由がないが、獣王の性格からして戦い辛い
相手の姿になったのだと予想している。この変身能力はエルフの里
でも目にした、ガウンの国宝とされるマジックアイテムの効果だろ
う。試合に持ち込んでいることから、何らかの装飾品の扱いである
ことは間違いない。
1590
﹁リオンを相手にして、誰に変身するかねぇ⋮⋮ やっぱりケルヴ
ィンじゃない?﹂
﹁俺か?﹂
﹁いやいや、そこはワシじゃろうて﹂
﹁リオン様、模擬試合でご主人様やジェラールさんと戦っておりま
すし、問題ないのでは?﹂
﹁んー、普通に戦う分にはな。でもなぁ⋮⋮﹂
獣王のことだ、どんな精神攻撃を仕掛けてくるか分かったもんじ
ゃない。この前の晩餐会でゴマが熱く語ってくれたからな。注意す
るに越したことはないだろう。だがしかし、もしリオンにトラウマ
でも与えるものなら、ふふふ⋮⋮
﹁リオンお嬢が来たッスよ!﹂
ダハクの言葉の通り、舞台を見ると丁度リオンが入場していると
ころだった。リオンが姿を現すと共に上がる喝采の嵐。どうやらこ
れまでの試合を見てリオンのファンなった観客達のようだ。ジェラ
ールのように孫を応援する感覚の老夫婦から、一部の熱狂的な支持
者までその層は様々である。セラの時もそうだが、基本接近戦が主
となるこの獣王祭において女性の出場は稀有なもので︵変身や女装
は除く︶、美少女美女が舞台に上がった際の声援は力の入れようが
一味違うのだ。あの赤髪の少女、バールが出てきた時も似たような
ものだった。
﹁うん、調子良さそうだ﹂
﹁リオンちゃん凄いなぁ。あんなに人がいっぱいいる場所で緊張し
ないのかな?﹂
感嘆の眼差しでシュトラがリオンを見詰める。リオンの場合は﹃
1591
胆力﹄スキルを会得してるからってのもあるのだが、シュトラよ、
君も大きくなったら十分過ぎる程に立派になっているから大丈夫だ。
あんな王子達の中でよくできた子に育ったものだと感心するよ。
﹁獣王も来たようですね﹂
﹁来たか。どれ、誰の姿で︱︱︱ あっ﹂
﹁お兄ちゃん、どうしたの? ︱︱︱えっ?﹂
これは不味いかもしれない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
舞台上に次の試合の対戦者同士であるリオンと獣王が向かい並び、
勝負の準備が整う。だが獣王と向かい合ったリオンの表情は明らか
に動揺していた。それどころか観客達からも憂いの声が漏れていた。
﹁え、ええっと⋮⋮ 獣王様、なのかな?﹂
﹁うん! こんな姿だけど、私は獣王よ、リオンちゃん﹂
獣王が変身した姿はリオンよりも小柄で、腰までかかったサラサ
ラなブロンドの髪。青き瞳にリオンを映したその少女は、幼きシュ
トラであった。身に着ける白きワンピースドレスはとても戦闘用の
物には見えず、武器らしい武器は何も持っていない。パーティー会
場から着の身着の儘抜け出してきたお嬢様のようで、戦いに来たと
言うにはあまりにお粗末、不用意な格好である。
1592
﹁レオンハルト選手、見たところ武器を持っていないようですが⋮
⋮ このまま試合を開始してもよろしいのですが?﹂
﹁別にルール違反ではないでしょう? 私は構わないわ﹂
ロノウェが人々の疑問を代弁するが、シュトラとなった獣王は問
題ないとどこ吹く風。忘れたのではなく、わざと得物を持って来な
かったと言いたげだ。
﹁⋮⋮いいの?﹂
﹁いいの! それに私、リオンちゃんを傷付けるなんてできないも
の﹂
﹁えっ?﹂
﹁りょ、両者準備完了のようですので、始めたいと思います! B
ブロック決勝、試合︱︱︱ 始めちゃってくださいっ!﹂
ロノウェの試合開始宣言。話の途中であったが、リオンはそれと
同時に構えの姿勢へと移行する。心は揺らいでいるが、決して油断
はしていないのだ。その相手が例え、シュトラの姿をしていたとし
ても。
﹁⋮⋮っ!﹂
だと言うのに、シュトラ、獣王は無防備にリオンへと歩みを進め
る。リオンと遊ぶ時にシュトラが浮かべる笑顔を携え、ニコニコと
歩みを進める。
﹁リオンちゃん。私ね、リオンちゃんと戦いたくないの。でもね、
獣王である立場上、何もせずに棄権することもできないの。だから
ね、私を切り伏せてほしいんだ﹂
1593
﹁な、何を言っているの!?﹂
﹁言葉のままだよ、リオンちゃん﹂
小さな歩幅での歩みであるが、気がつけば獣王はリオンの間合い
に入っていた。リオンが斬り付ければ獣王へと届く絶好の距離であ
る。シュトラは武器を持たぬ自身にとって、不利でしかないその位
置で立ち止まり、リオンの行動を見守っている。表情を変える様子
もない。
﹁どうしたの、リオンちゃん? 私の首はここだよ? スパッとや
っちゃってほしいな﹂
﹁う、ぐっ⋮⋮﹂
罠? それとも本当に戦わない気なのか? 疑念の思考がグルグ
ルと回り、リオンを躊躇させる。だがそれ以上に心優しいリオンに
とって、無抵抗の、それも友達であるシュトラを斬る選択肢を選ぶ
ことができないでいた。
﹁⋮⋮そっか。リオンちゃんは優しいね。それなら︱︱︱﹂
﹁え⋮⋮ ちょ、ちょっと!?﹂
リオンが構えた双剣の内の一刀、その刀身を獣王がゆっくりとし
た動きで握る。握った右手からは血が滴り、血液の雫が舞台へと落
ちていった。
﹁リオンちゃんができないのなら、代わりに私がやってあげる﹂
﹁くっ、動かな⋮⋮っ!﹂
獣王が力尽くで剣を自らの喉元にへと誘導する。姿は幼きシュト
ラなれど、その力は獣王自身のもの。リオンが必死に誘導を止めさ
1594
せようと抵抗するも、鋭き剣の先はじわじわと獣王の白き喉下へ着
実に近づいていた。それに伴い、リオンの顔色から徐々に血の気が
引いていっている。
﹁や、止めてよっ! 僕、こんな勝ち方したくないっ!﹂
﹁仕方ないの。私だってリオンちゃんと戦いたくないんだもの﹂
死が直前に迫るも汗ひとつかかない獣王と、滝汗を流しながら一
心不乱に剣を止めようとするリオン。これが攻防と呼べるものなの
か、勝利への有利不利がどちらに向いているのか、この状況下では
誰にも分からない。だがこのまま試合が進めば、あと僅かでリオン
の剣が獣に突き刺さるであろう事だけは明白であった。
﹁大丈夫、私が死んでもリオンの勝利には変わらないから﹂
﹁そう言う、ことじゃ、ない⋮⋮ よっ⋮⋮!﹂
﹁んー、困ったなあ。でも、残された選択肢は︱︱︱ 降参するし
か、ないよ?﹂
最早涙目となってしまったリオンへ向け、ポツリと口にされた、
惨劇を回避することができる最後の希望。これまでの笑顔とは一変
し、僅かに口端を吊り上げて言い放たれたその言葉は、リオンにと
っての敗北を意味する。だがそれは、酷く甘美な言葉のようにも聞
こえてしまうのも、また事実。剣先は遂に獣王の肌に突き刺さり、
血が滲み始めていた。
﹁降参! 降参するからっ!﹂
﹁あら、そう?﹂
﹁うわっ⋮⋮!﹂
パッと放された獣王の右手。直後、目一杯の力を篭めていたリオ
1595
ンは勢いに負けて尻餅をついてしまった。
﹁ロノウェ、宣言宣言♪﹂
﹁え、あ、はい⋮⋮ リオン選手の降参を受理しました! よって
Bブロック決勝! ﹃鏡面﹄レオンハルト・ガウン選手の勝利ぃー
! でも何か納得できないぞぉー!﹂
獣王の勝利が宣言されるも、会場を覆ったのは歓声ではなくブー
イングの嵐であった。
1596
第216話 絶佳
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
観客の不満の声は今も続いている。やり方がやり方だったとは言
え、自国の王相手に罵声を浴びせるとか、なかなかに言論が自由な
国だな。獣王もそれを受けてヒールっぽく振舞っているし。プロレ
スか。
﹁ごめん、ケルにい⋮⋮ 決勝で会うって言ってたのに⋮⋮﹂
﹁私もごめんなさい。獣王が試合であんな手を打ってくること、予
測していれば良かったのに⋮⋮﹂
部屋に戻って来るなり、ガックリと気落ちした様子のリオンがシ
ュトラと一緒に俺に謝ってきた。
﹁リオン、シュトラ、待っておれ。ワシが直々に奴へ天誅を⋮⋮!﹂
﹁シュトラの姿をした獣王を斬れるのか、ジェラール?﹂
﹁うっ、それは⋮⋮﹂
轟々と殺気を放つジェラールが今にも闇討ちを仕掛けに行きそう
だったので止めておく。ジェラールの場合、リオン以上に手を出せ
ないだろうに。
﹁何と言うか、済まないな、うちの親父が⋮⋮﹂
﹁私たちが父さんに代わって謝罪します。大変申し訳ありませんで
した﹂
﹁いいって、サバトやゴマが謝ることじゃない。獣王はルールの中
1597
で戦ってリオンに勝った訳だし、あれもひとつの戦法だよ。上手い
ことリオンの弱点を突かれた。リオン、高い授業料だったが次の課
題が見えたな﹂
﹁うん⋮⋮﹂
あの姿であっても獣王が攻め込んできたとすれば、リオンは応戦
できていただろう。今回は無抵抗を武器にされ、リオンの心に躊躇
いを生んだ。だとしても、獣王が無抵抗ならば気を失なわせる等先
手を打っておけば良かったのだ。兄としてはリオンの優しさを大事
にしてほしいが、いざとなった時に情は致命傷に成り得る。それは
俺も望むところではない。
﹁⋮⋮でも、ケルヴィンは何とも思わないの? 獣王のあの戦い方、
この大会の趣旨からも外れてるわ!﹂
﹁怒ってるよ﹂
﹁なんでよ! リオンが︱︱︱ えっ、怒ってるの? 無表情なん
だけど⋮⋮﹂
﹁うん、とっても怒ってる﹂
俺に怒りがあるかないかは、それとはまた別の話だ。リオンの弱
点を指摘してくれたことに関しては感謝している。だがな、リオン
をだよ? 俺の妹を苛めてくれた借りは何十倍に濃縮して返してや
らねば気が済まない。決勝トーナメントで当たった時、どうしてや
・・・・・・・
ろうかと考えることに今は没頭したい。あちらがルール内で戦うの
グランドクリーヴ
であれば、こちらもルールを守って全力でやらせてもらう。
ヴォーテクスエッジ
﹁ふふふ、そうだなぁ。剣には狂飆の覇剣と大地の研磨の両方を仕
込んで⋮⋮ どうせ修復できるから刻みながら片腕は貰おうかな⋮
⋮ それで︱︱︱﹂
﹁あー⋮⋮ うん、了解よ。ちょっとそっとしておくわね。ほら、
1598
エフィルも﹂
﹁はい。ではご主人様、ごゆるりと⋮⋮﹂
気を利かせてくれたのか、セラとエフィルは邪魔をしないよう俺
から離れてくれた。
﹁ケ、ケルにい?﹂
﹁リオン、ストップ! 今はケルヴィンに近づいちゃ駄目よ。邪気
が﹃絶対浄化﹄でなくなっちゃうから﹂
﹁え、えー⋮⋮ 僕、別に復讐なんて望んでないよ⋮⋮ それに、
ゴマちゃんに悪いよ﹂
﹁それでも、よ! 私だって獣王とぶつかったらボコボコにするつ
もりだし!﹂
﹁ああ、私たちのことなら御構い無く。私も日々父さんを懲らしめ
たいと思っていましたし﹂
﹁俺も文句はねぇ。親父だって獣王なんだ。行動に責任は付くと知
っているだろうよ﹂
﹁はい、蟠りもなくなりました。ではでは、リオンは私と外に行き
ましょうね。出店で一緒にお肉食べましょう、お肉! 嫌なことが
あったなら、取り敢えずはお肉です!﹂
﹁ならメル様、私も行くねっ!﹂
﹁ええっ! メルねえ、食事はバランスが大事だよ! リュカも︱
︱︱﹂
メルフィーナに半強制的に連れ去られるリオン。親しいリュカも
同行していることだし、少しでも気分転換になってくれれば良いの
だが。
﹁お兄ちゃん、隣、いい?﹂
﹁ん?﹂
1599
再び﹃並列思考﹄を用いて潜考しようとすると、シュトラが俺の
傍らに立って話し掛けてきた。
﹁それよりシュトラもリオン達と一緒に行ったらどうだ? リオン
も嬉しがると思うぞ﹂
﹁そうしたいけど、私、悔しいもの。私の姿で、リオンちゃんを追
い詰めた獣王が。それを読み切れなかった私が⋮⋮ だから、お兄
ちゃんの傍で試合を見る。こんな終盤じゃ役に立たないかもしれな
いけど、何かしたいの﹂
シュトラの瞳には決意の光が宿っていた。それは幼いシュトラの
と言うよりは、暗部将軍としてのシュトラのような気もする。いや、
この責任感の強さは元々シュトラが持っていた素質と呼ぶべきか。
さっきの戦い、シュトラに非を糾弾するようなことは何もないと言
うのに。どうしたものかとジェラールを向くと、何も言わずに腕を
組みながら頷かれてしまった。まあ、そうだよな。
﹁よし、次はセラの試合だ。相手のバールは謎が多いことだし、何
か分かったら教えてくれ。期待してるぞ、シュトラ﹂
﹁うんっ!﹂
﹁ま、どうせ私が勝つから気軽にやりなさい! それじゃあ、そろ
そろ私の番だろうし行って来るわね!﹂
俺と少し嬉しげなシュトラが見守る中、赤きサイドポニーを靡か
せながらセラがCブロック決勝へと出陣した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1600
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
舞台には既にセラとバールが立っていた。通路でバッタリと会い、
そのまま共に舞台へと上がってきたのだ。途中、セラが一方的に話
掛けるも、バールは﹁そう﹂﹁へえ﹂等と返答するばかりであった。
それでも完全に無視されることはなかった為、セラとしてはついつ
い世間話に興じてしまっていた。それは舞台に上がってからも同様
である。ちなみに入場口が一緒なのはバールが間違えたからである
のだが、セラは空気を読んで指摘しなかった。
﹁⋮⋮何を苛々してるのよ。不愉快だからそろそろ止めてほしいん
だけど。戦う気がないのなら降参してくれる?﹂
﹁あら、分かるの? でも、ある意味で士気が高まっている私に何
を言うのかしらね! 妹のことでちょっとあったし、戦う気は満ち
てるわ!﹂
﹁⋮⋮あっそ。試合が始まったら切り替えてよね﹂
﹁当然よ!﹂
否定気味であったが、バールに初めてそれらしい返答をしてくれ
て少し嬉しいセラ。一方でバールはやや不満気である。足先でトン
トンと軽く地面を叩く度、脚部に装備された脚甲が金属音を鳴らし
ている。
﹁さあさあ、観客の声援もこの試合が最も強いのではないでしょう
か!? それもその筈です! セラ選手対、バール選手のこの対決
! 何と眉目好いカードなのでしょうか! 女の身である私でさえ、
思わず見惚れてしまいそうになります!﹂
﹁う、うーん⋮⋮ この試合も直視し辛いですね⋮⋮﹂
1601
﹁ユージール、いい加減に慣れろ﹂
両者が揃ったことでロノウェらが口上を述べ始める。
﹁ッチ、また名前を間違えて⋮⋮﹂
﹁ん? 名前?﹂
﹁何でもないわよ﹂
バールがばつが悪そうに視線を逸らす。
﹁闘技場の興奮が最高潮になったところで、早速始めると致しまし
ょう! 準備はよろしいですね? Cブロック決勝、試合︱︱︱ 開始っ!﹂
その瞬間、舞台を覆う結界に重い衝撃が走った。形容し難い大規
模な衝突音が舞台より響く度に、闘技場全体が揺れる様な感覚。セ
ラが放った拳と、バールの蹴りがぶつかり合っているのだ。
﹁あら、やるわね!﹂
﹁それ、全力?﹂
﹁まさかっ!﹂
流れるような連打、受け攻め、衝突の連続。しかしその一打一打
は重く、重過ぎるが故に既に舞台は悲鳴を上げ始め、衝撃波による
作用で結界が常時発動してしまっている。ロノウェに見えるは真赤
な線が互いにぶつかり合い、想像不可能な事態になっていることだ
け。いや、分かることがあとひとつあった。
﹁ぶ、舞台の予備の準備、早くっ!﹂
1602
観客席の中に泣き崩れる中年の姿があった。
1603
第217話 撃鉄
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
またひとつ、衝撃波の轟音が障壁を揺らす。爆音に次ぐ爆音によ
り、観客の中には耳を塞ぐ者も現れ始める。しかし尋常でないのは
音だけではない、速さもだ。キルトが開発したマジックアイテムで
ある映像機器でさえ、セラとバールがぶつかり合う姿を捉え切れず、
互いの残像のみを映し出しているに留まっていたのだ。とても実況
どころではない。
﹁しっ!﹂
﹁ふっ!﹂
またひとつ、舞台に亀裂が走る。開始から経過した時間は極僅か
であるが、幾度の打ち合いを重ねているのかは既に数え切れない。
セラが装備する腕甲も、バールが身に着ける脚甲もがたが出始めて
いるが、寧ろこのレベルの戦いでここまで破壊しなかったことを賞
賛するべきだろう。普通であれば初撃で粉砕している筈なのだから。
﹃格闘術﹄を用いる両者の戦い方は似ているようで根本が異なる。
体格で勝っているセラは拳を主として使い、正確で安定した、更に
は攻撃の速さを念頭に置いた戦法。一方でバールは背丈が大きく負
けてはいるが、その巧みな脚技によるリーチを活かし、一撃に残酷
なまでの破壊力を備えている。別種の戦法、著しい相違。されど赤
き髪を持つ2人の戦いはなぜか噛み合い、拮抗が続く。
﹁ふ、ふふっ! 私がここまで熱くなれるなんて⋮⋮ やるじゃな
1604
い!﹂
﹁熱狂するのは貴女の勝手だけど、私まで巻き込まないでくれない
?﹂
ここで試合開始から初めて2人の姿がハッキリと舞台上に現れた。
セラの右拳とバールの右脚が衝突し、そのままの状態でギリギリと
均衡を保っているのだ。白熱するバトルに対し楽しげに笑うセラ。
対照的にバールは試合前の冷淡な表情のままだ。
︱︱︱ピシッ、ベキバキッ!
双方が拮抗しようとも、それを支える舞台が耐えられるかは話が
別。今試合も予定調和の如く、順調に崩壊へのカウントダウンが進
行していた。
﹁あら、もう少し付き合いなさいよ。全力でやれる機会なんて、な
かなかないんだか⋮⋮ らっ!﹂
均衡を破ったセラがバールを吹き飛ばすも、バールは脚甲を舞台
に押し付け、ガリガリと火花を散らしながら停止する。
﹁さて、準備運動もここまででいいかしら? 体も温まってきたこ
とだし!﹂
﹁そうね。私の方も、良い具合に仕上がったわ﹂
期待で胸を膨らませるセラであるが、ここでふとバールの脚甲に
変化が生じていることに気がつく。
︵⋮⋮脚甲の先が、摩擦で鋭くなってる?︶
1605
今思えば小手調べの打ち合いの際、バールの足元では常に火花が
散っていた。移動、攻撃動作、防御行動と、意図的に舞台へ脚甲を
擦り付けていたようにも思える。
﹁気がついた? 足元に丁度良い砥石があったから、ちょっと利用
させてもらったの。じゃ、そろそろ戦いましょうか﹂
何やらバールは地面となる舞台に爪先を突き刺し、持ち上げる。
抉り出されたのはバールの何倍もの質量・大きさを誇る舞台で生成
された立方体であった。瞬時のことであったが故に、観客らは正方
形のクレーターが出し抜けに空いたことに驚き、バールの頭上に巨
大なキューブが出現したことで2度驚愕する。
﹁さっきから舞台の表面を足先でなぞってると思ったら⋮⋮!﹂
﹁食らいなさい﹂
バールは高く振り上げた脚を、セラ目掛けて放つ。振り放たれた
剛速球は目にも留まらぬ速さでセラに迫った。
﹁こんなものっ⋮⋮!﹂
セラの水平に払った手刀がキューブとぶつかり、威力を殺して結
界の壁へと弾き飛ばす。巨石がなくなることで視界が開ける。セラ
とバールの間には障害物など何もなく、無残な姿となった舞台が広
がるのみ。だがこの時セラの﹃危険察知﹄スキルは、確かに前方か
らの危機を感じていた。
ピアシングハッシュ
﹁粛清通貫﹂
バールはセラに向かって足先を突き出すように蹴りを放っていた。
1606
咄嗟の回避行動。セラは大きく横に身を逸らし、眼前から迫る何か
を避けようとする。直後に頬を通り過ぎる痛み、つうっと赤き線か
らセラの血が垂れ落ちる。
アギト
︵速いわね。あの脚でジェラールの空顎と似たようなものを? 器
用ねー。斬撃って言うよりは槍のような、貫通系の攻撃かしらね︶
頬の血を手の甲で拭う。痛みの感触から攻撃の毛色を推測するセ
ラの考えは正しい。しかし1つ目の槍を躱したからと言って安心は
できない。第2、第3と同系統の大槍が続々と前方から押し寄せて
来ているのだ。肉眼でハッキリと捉えられない分、正確な軌道を把
握することは困難。一先ずセラは持ち前の勘で何となく前進するこ
ととした。
﹁⋮⋮ッチ﹂
それでいて掠る程度の傷を受けるくらいでキッチリと避けている
のだから、バールとしては堪ったものではないだろう。恐ろしく勘
が鋭い。そう感じたバールは軽く舌打ちした後、付近にある亀裂の
入った手頃な舞台に脚に突き刺し、立方体となった舞台を再び持ち
上げる。その状態で円を描きながら大きく跳躍。前進し迫り来るセ
ラに対し、自身の脚力によるパワーを含めた歪なキューブの直撃。
アクロバティックな旋風脚の回転はその威力を増強し、凶悪・強大
なる撃鉄へと変貌する。
︱︱︱ズガアァァーーーゥン!
大型のハンマーとなった筈のキューブが粉砕し、破壊される。セ
ラの全力から放たれた右ストレートが正面から激突したのだ。高硬
度の塊は粉々に打ち砕かれ、打壊され、空から舞い降りるバールと、
1607
地上にて迎え撃つセラのみとなった。
﹁⋮⋮痛ったいわね!﹂
﹁私の台詞、よ⋮⋮!﹂
言葉よりも早く交差する両者の一撃。セラの拳がバールの左腿を
深く抉り、バールの鋭脚がセラの左肩を穿つ。双方とも強がりなの
か、或いは負けず嫌いなのか、悲鳴のひとつも上げずに強気であっ
た。
﹁︱︱︱っ!﹂
ピアシングハッシュ
セラの追撃をバールは空中にて回避し、離れ際に牽制の粛清通貫
を2度放つ。距離をとり着地したバールの顔色にやや変化が見られ
る。目線の先には自身の左脚部。そこは真赤な血で染められていた。
しかし、それはバールのものではなく︱︱︱
﹁貴女、左足を封じてるってのに、よく空中であんな動きできるわ
ねー。リオン並み? それとも翼でも生えてるの?﹂
ピアシングハッシュ
︱︱︱セラの拳に付着していた血であった。幸か不幸か、その為
に制御が狂った牽制の粛清通貫の1つはセラの腹部を貫通したよう
で、セラの黒衣に血が滲んでいる。だがそれもそれまでの事。セラ
は何事もなかったかのように振る舞い、序盤に受けた頬の傷も綺麗
に塞がっていた。普通であれば致命傷になり得る傷口も、セラにか
かれば固有スキルである﹃血操術﹄で血を瞬間的に固め、﹃自然治
癒﹄の効力によって回復してしまうのだ。
﹁これが噂に聞く﹃血染﹄、ね⋮⋮ 貴女には勿体無い力じゃない。
でもね、これで勝ったつもり?﹂
1608
﹁まさか。だって、貴女もまだまだ何か隠していそうだし!﹂
﹁本当に勘が良いわね。いいわ、少し見せて︱︱︱﹂
僅かに気が沸き立つ表情であったバールが、言葉の途中で沈黙す
る。セラも不意のことに首を傾げた。
﹁⋮⋮ッチ。間が悪い。どっちが上だか分かってるのかしら﹂
﹁何がよ?﹂
﹁参ったわ﹂
﹁は?﹂
﹁降参するって言ってるのよ﹂
観客の歓声が収まり、闘技場が沈黙する。
﹁あ、あのう、バール選手? 聞き間違いか、降参と言う言葉が聞
こえたのですが⋮⋮﹂
﹁何度言わせる気よ? さっさと受理しなさい﹂
﹁ちょ、ちょっと! まだ勝負はついてないでしょうが!﹂
突然のバールの敗北宣言に、セラが食い掛かる。当然ながらこの
ような試合の結末に納得していないのだ。
﹁安心なさい。また直ぐに会うことになるわよ。それに、この大会
のルールじゃ貴女だって本気を出せないでしょ? そんなんじゃ、
面白くない﹂
﹁また? 何を言って︱︱︱﹂
言葉を遮るようにガシャンガシャンとセラとバールの武器が崩れ
落ち、甲高い音が鳴り響く。当に互いの得物は限界を迎えていたよ
うだ。
1609
﹁直ぐ、よ。それまで精々腕を磨いていなさい。セラ・バアル﹂
赤毛の少女はセラの血で染まったその足で、闘技場の舞台を去っ
て行った。
1610
第218話 魔王の血筋
︱︱︱ガウン・総合闘技場客席
﹁︱︱︱って言う台詞を残して行っちゃったのよ。まったくもう、
何だったのかしらね?﹂
試合を終えたセラがテーブルで頬杖をつき、溜息を漏らした。そ
してエフィルが注いだ特製ドリンクを一気に飲み干す。バールが試
合の途中で降参した事に対し、ずっと文句を言い続けていたが、漸
く気が済んできたようだ。しかし最も俺が気になっていた箇所はそ
こではない。バールがセラのファミリーネームを知っていたことが
一番の問題なのだ。ついでに言えば彼女もバールではなく﹃バアル﹄
だろ、絶対。
﹁いや、それってお前⋮⋮ どう考えたってセラの血縁者だろ。妹
とか。つうか、セラのファミリーネームがバアルだったなんて初耳
だぞ﹂
確か、この名前は家名を決める際にセラが出した案と同じものだ。
その時に言ってくれれば良かったのに。
﹁だって言う必要ないと思ったんだもの。それに、ほら、私もうす
ぐ、その⋮⋮ セルシウスになる訳じゃない?﹂
ちょっと頬を赤くしてセラが答える。ふいっと視線を逸らす仕草
が可愛らしい。ええ、それに関しては頑張りますよ。全力で。
1611
﹁でも、何で妹なの? 私に妹なんていないわよ?﹂
﹁逆になぜそこに行き着かないのか聞きたいよ⋮⋮ あの燃えるよ
うな赤髪、キリッとしたツリ目、馬鹿みたいに強力な格闘術と共通
点が多過ぎだ。ぶっちゃけ、何も知らずに姉妹と言われれば俺は普
通に納得してしまう﹂
ちなみに胸は例外である。 あー、そういやバールが身に着けて
た髪留め、あれは﹃偽装の髪留め﹄だったのかもしれない。鑑定眼
でしっかり確認しておけば良かったな⋮⋮
﹁それに、セラだって魔王グスタフに存在を隠されて育ったんだろ
? だったら同じように妹がいたって不思議じゃない。それこそセ
ラにも話してない可能性もあるしな﹂
超過保護なセラの父親ならあり得ると思う。
﹁私もご主人様と同意見です。バールさん、セラさんにそっくりで
すし﹂
空になったセラのコップにエフィルがおかわりを注ぐ。
﹁うーん、そうかしら? 自分では分からないわ﹂
﹁ワシもそう思うぞ。孫力もなかなかに高そうじゃ!﹂
孫力って何だよ⋮⋮ まあ、確かに見た感じリオンと同世代っぽ
いが、セラは封印される以前、数百年レベルで昔の時代に生きてい
たのだ。実際に妹でないにしても、仮にセラを知る人物であるとす
れば、封印により肉体の時が止まっていたセラは兎も角、そんな時
が過ぎてしまってはバールがお婆ちゃんになってしまうのではない
だろうか? そもそも生きているのがおかしい。それを考慮すれば、
1612
セラと同様に封印されていて何かの拍子に封印が解かれた、とかが
可能性あるかな。
﹁セラ、悪魔は100年、200年の時が経っても、寿命とかは大
丈夫なのか?﹂
﹁そうねぇ、その程度の年月ならビクトールを見ればお察しかしら。
あと、悪魔の種族にもよるんだけれど、私や父上のように人間に似
た悪魔は一定の年齢まで成長した後、ずーっとその外見のままで歳
を重ねるの。例えれば、エルフに近いかしらね。ま、個人差はある
けど。ちなみに私は今の姿で成長が止まったわ!﹂
あれ? 胸はまだ成長していたような気がしたんだが、そこは別
枠なのか⋮⋮? う、うん、ではバールがもし悪魔で封印されてい
なかった場合、あの年齢で成長が止まってしまった、と言うことに
なるのか。
﹁う、うう⋮⋮ バールちゃん、不憫だよぉ⋮⋮﹂
﹁何が?﹂
リオンも俺と同じことを考えていたようだ。セラは何の話かまっ
たく分かっていないが、リオンの涙は真に迫るものがある。安心し
ろリオン、お兄ちゃんはそんなことでは差別しません。それにセラ
の件を考えれば、奇跡的にワンチャンあるかもしれないぞ。
﹃メルフィーナは何か知っているか?﹄
神であるメルフィーナであれば何か知っているんじゃないか? などと淡い期待を抱いて聞いてみる。神様関係は他言できない内容
だし、念話で。
1613
﹃そうですね⋮⋮ 魔王グスタフの時代となると、私が神となる前、
エレアリスが転生神であった頃の話です。伝承として伝わっている
バール
情報以外となりますと、それ程力になれないかと﹄
﹃そうか⋮⋮﹄
﹃ただ、私が神となってからの時代においても、彼女は一度として
表舞台に現れたことがありません。あれだけの力があれば、嫌でも
名が轟くものなのですが﹄
歴史上に存在しない圧倒的強者、か。まるでつい最近、この世界
に現れたような︱︱︱ ん?
﹃⋮⋮俺、今かなり不吉な考えが頭を過ぎったんだが﹄
﹃奇遇ですね、私もです﹄
﹃﹃⋮⋮⋮﹄﹄
うん。一応、バールは警戒対象だな。セラが言ってたバールの捨
て台詞も気になるし。
﹁セラねえ、バールちゃんってどんな子だったの? 僕も友達にな
れそう?﹂
﹁ええ、とっても良い子だったわ! 冷たそうだけど私の話は聞い
てくれるし、何と言っても強いし!﹂
﹁そうじゃな! 孫力も高そうじゃし!﹂
⋮⋮まずは仲間に周知するところからか。可能性はできるだけ洗
っておこう。
﹁ところであなた様、次の試合を控えているダハクはどうしたので
すか? 私が戻って来たときには既にいませんでしたが⋮⋮﹂
﹁ん? ああ、闘争心を燃やしに行ったよ﹂
1614
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場医務室
ケルヴィンとメルフィーナが意見を交し合う一方で、ダハクはあ
る目的のもとに闘技場内を散策していた。そしてその目的である目
標を発見した今現在、医務室前で扉の隙間から部屋の中を覗き見し
ている。
﹁ほらぁ、たんとお食べなさぁい﹂
﹁やだわぁ、お姉様の剥いたリンゴ美味し過ぎて太っちゃ∼う﹂
﹁うふふぅ、エフィルちゃんには及ばないけれどぉ、私のナイフ捌
きもなかなかのものでしょう? 素材の味を活かすのは良い女の証
拠なのよぉ﹂
ゴルディアーナがリンゴを剥き、グロスティーナが食べ続ける。
気のせいか、切り分けられた兎のリンゴを口にする毎に、グロステ
ィーナの肌ツヤが増しているように思える。部屋の中にで咲き誇る
ラフレシアの流星群。一般人には刺激の強過ぎるその光景は発禁処
分ものである。
﹁あ、あのハゲ野郎、何て羨ましいことをっ⋮⋮! 背景に薔薇な
んて咲かしやがって⋮⋮!﹂
もっとも、グロテスクな花々が麗しい薔薇へと脳内変換されるダ
ハクにとっては、美男美女がイチャついているようにしか見えない。
1615
﹁プリティアちゃんに見合う男はジェラールの旦那くらいなものを、
ぽっと出の三枚目がぁ⋮⋮! くそっ! 兄貴、どうやら奴へのシ
ゴきが足りなかったようッスよ!﹂
別にケルヴィンはそう言った不純な目的でグロスティーナと戦っ
た訳ではなのだが、絶大な信頼を寄せるダハクは自分に都合の良い
よう解釈していた。ダハクとしては、最大の恋敵であるジェラール
を差し置いてプリティアの施しを受けるグロスティーナが許せない
のだ。
﹁ここはひとつ、次の試合で俺ができる奴ってことをプリティアち
ゃんに見せてやらねぇと。どんな手を使ってでもな⋮⋮! 幸い、
奥の手の使用はケルヴィンの兄貴に許可を得ている。旦那、悪ぃな。
俺がプリティアちゃんのハートを射止めますぜ!﹂
ジェラール
ドア越しに拳を握り、決意を固めるダハク。この恋が成立すれば
その恋敵が諸手を挙げて喜ぶのだが︱︱︱
︵ダハクちゃん、やる気満々ねぇ。でもでも、私はそんなに安い女
じゃないわよぉ?︶
ダハクの気配に気付き、不敵に笑うゴルディアーナ。どうやらダ
ハクとジェラールの試練は一筋縄ではなく、茨の道のようだ。
﹁舞台の交換作業、終∼了∼! さあ、Dブロック決勝を開始しま
すよ! ゴルディアーナ選手とダハク選手は舞台へおいでください
! できれば舞台を壊さないで頂ければ嬉しいです!﹂
1616
第219話 妙手
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
﹁ブロック決勝戦もこれにて最後となりました! 果たして最後に
駒を進めるのは﹃桃鬼﹄ゴルディアーナ選手か!? それとも大槌
使いのならず者、ダハク選手なのか!?﹂
﹁ああん!? 誰がならず者だよ!﹂
言動がそれなダハクがロノウェに吼える。変わらぬ短気さに、観
客席ではケルヴィンらがやれやれと首を振っていた。
﹁さて、ダハクちゃん。策は十分に練ってきたのかしらん? 悪い
・・
けれど、正面からの戦いじゃあ勝ち目はないと思うわよん? それ
こそ、今のジェラールのおじ様くらいじゃないとねぇ﹂
サイズは大きく異なるが、ゴルディアーナはセラと同じナックル
を装備し、黒の全身タイツを着用している。いつもであれば目を奪
われ放心状態になるダハクであるが、今日は一味違う。ジッとゴル
ディアーナを見据え、戦闘へ頭を切り替えている。先ほどの咆哮を
行った人物とは別人のようだ。
ちから
﹁⋮⋮分かってるッスよ。悔しいが、俺は旦那やプリティアちゃん
程の美しさを持っている訳じゃねぇ。だがよ、男の価値が見た目で
決まるなんてこともねぇんだ! 俺が持つ全ての手を使って勝ちに
行くぜ、プリティアちゃん!﹂
ダハクは大槌を肩に背負い、左手を前に突き出す。言葉を聞き入
1617
れたゴルディアーナも、満足気に頷きながら構えを取った。両手を
肩よりも上にあげたその姿勢になると、2メートル以上ある彼女の
巨体は更に大きく、強大に見える。
︵やべぇな、このプレッシャー。殺気立ったセラ姐さんと対峙して
るみたいだぜ⋮⋮︶
これまでの試合のような笑みは、ゴルディアーナの表情に最早な
い。ただただ無表情に、ダハクを見詰めているのだ。 ︱︱︱真剣
勝負。そうするに値すると判断されたことに、ダハクは心が熱くな
る。
﹁Dブロック決勝、試合︱︱︱ 開始っ!﹂
試合開始が宣言された瞬間、ダハクは全力で背後へと飛び、声を
張り上げた。
﹁てめぇら、やれぇ!﹂
﹁あらん?﹂
その叫びに呼応するように、舞台外の芝が膨れ上がる。大地より
突き出したのは黄土色の植物の大群、やがてそれらは瞬く間のうち
に結び付き、ひとつとなっていく。土煙の中に観客が、ロノウェら
解説席メンバーが見たものは、舞台全体を覆う植物のドームであっ
た。
﹁こ、これは⋮⋮ 突如出現した謎の円蓋に遮られて、試合が見え
ないぃー!?﹂
観客の言葉を代弁するロノウェ。そう、舞台を覆った植物ドーム
1618
は太陽の光さえも通さず、外側からでは中身が全く見えないのだ。
これでは観戦しようにもドームが邪魔である。
︵⋮⋮視覚を封じに来たわねぇ︶
光を通さない、詰まりはドームの中に光源がない。ゴルディアー
ナとダハクを取り巻く空間は闇一色。一歩先も見通せない暗黒の世
界だ。だが、闇竜は夜目がきく。
︱︱︱ズダァーン!
﹁︱︱︱!?﹂
元々暗視能力を持つダハクより横殴りに放たれた、大槌の一撃。
闇が支配するこの場での、更にゴルディアーナの死角からの大打撃
であった。しかし腹部へ衝突したハンマーは寸前で停止し、両側面
が大きく沈没してしまっている。 ︱︱︱蹴り足ハサミ殺し。大槌
をゴルディアーナは肘と膝によって挟み込み、ダハク渾身の一撃を
完全に殺したのだ。
﹁確かに見えないけどぉ、何も周りを見る目はそれだけじゃないの
よねぇ。私の﹃第六感﹄を使うまでもなくぅ、この程度は奇襲にも
ならないわよん﹂
大槌がグシャグシャと音を立てて潰されていく。瞬時に大槌を取
り戻すことは不可能と判断したダハクは柄を放し、再度距離を取る。
︵開始早々得物を失っちまったか。だがよ、これも予想通りだぜ︶
︱︱︱バキン!
1619
巨大なハンマーを潰し切ったゴルディアーナ。視界を奪われよう
とその戦闘力が変わることはなく、周囲のあらゆる情報をその体に
取り込みながら、ゆっくりとした足取りで歩み出す。
︵この異臭、空気の流れ⋮⋮ 何かガスのようなものが充満してい
るわね︶
ゴルディアーナが第一歩を踏み出した時、ドーム内の空気が変わ
った。彼女が感じたのは四方より流れてくる強い風と、鼻を刺すよ
うな悪臭。長年の経験からゴルディアーナはそれを毒と判断し、呼
吸を止める。その見地は正しく、ダハクは顔を上げる大きさの、4
体の猛毒を吐かせる食人植物を舞台から突き破らせる形で生成して
いた。食人植物は赤き蕾に鋭い牙が並んだその口から毒ガスを噴出
し続け、獲物を狙うようにゴルディアーナへと矛先を向けている。
︵あのハゲを真似る様で癪だが、やれることは何でもしてやる! 息を止めたようだが、この閉鎖空間でどこまで持つ!?︶
ちなみにダハクは体内に毒素を分解する植物を飼っている為に支
障はない。
︵無呼吸運動の鍛錬、懐かしいわねぇ⋮⋮ 久しぶりだし、数十分
ってところかしらん。さ、来なさいなぁ︶
食人植物の1体がその太い茎を撓らせながらゴルディアーナへと
突貫。それを皮切りに、残りの植物達も次々と向かって行く。先行
する1体が衝突する寸前、バキッとゴルディアーナの指の音が鳴り
響いた。次いで闇の中から聞こえてきたのはグシャリと言う物音。
大槌のように金属的ではなく、生々しい音であった。
1620
︵セラ姐さんのように勘で動いてるって感じじゃねぇ。本当に見え
てねぇのか!?︶
闇竜の瞳でダハクが見たのは、自身が﹃生命の芽生﹄で誕生させ
た、A級にも相当するポテンシャルを持つ植物らが葬られていく光
景。激突の瞬間に剥き出しにした口部をダイレクトに押さえ付け、
叩き潰し、後続を殴り、散り散りに粉砕していく。それどころか、
植物達と戦いながらダハクの方へと猛スピードで前進している。ダ
ハクが狙うは消耗戦だ。後退し、負けじと更なる食人植物を大地か
ら生み出していく。が、それが隙となった。
﹁ぐっ⋮⋮!﹂
ゴルディアーナも遠距離においての技を持っていない訳ではなか
はち・ぶんぶん
ったのだ。植物達との戦闘の最中に指先より放たれた空気の塊、﹃
蜂刺針﹄がダハクの土手っ腹に風穴を開ける。ゴマの時のように手
加減をしていない、本気の一撃。面での衝撃ではなく、より速く、
一点に威力を集中させた代物へと変貌した、この技本来の姿である。
︵あらん? 思っていたよりも、気がぶれない⋮⋮?︶
ダハクは即座に伸縮性に富む秘薬草を腹に巻きつけ、出血を抑え
る。同時に攻撃役である植物の生成も続けるダハクの精神はかなり
酷使されている状況だ。だが嘆いている暇はない、こうしている間
にもゴルディアーナは迫っているのだ。腹の痛みに歯を食い縛り、
間合いをはかりながら次の罠へと誘導する。
︵足⋮⋮っ!︶
1621
アッガス戦で見せた、蔓による足止め。であるが、如何に頑強な
蔓と言えど、ゴルディアーナが相手では1秒の時間稼ぎにもならな
いだろう。だが、ダハクはそれでも構わなかった。気を逸らす程度
の、コンマの時間を稼ぐことができれば、それで良かったのだ。
︱︱︱カッ!
闇に沈んでいたドーム内に翠緑色の光が灯される。その正体はダ
ハクのブレス。ダハクの口から一直線に放たれ、舞台を焼き溶かし
ながらゴルディアーナに衝突する。この時ばかりは食人植物達もゴ
ルディアーナから離れ、巻き添えを逃れていた。
︵いいわねぇ。防御力無視のまっすぐな攻撃⋮⋮ 焦がれるわぁ︶
ブレスを受け止めたナックルが溶け、ゴルディアーナの両手に火
傷を負ったような痛みが走る。今大会におけるゴルディアーナの初
ダメージ。十数秒放たれ続けたダハクのブレスは、着実にゴルディ
アーナに効果を発揮していた。そしてブレスが止むと同時に再び闇
が跋扈し、食人植物が襲い掛かる。
︵⋮⋮潮時、かしらねぇ。あからさまに消耗戦狙いだしぃ、まずは
この状況を打破しないとねぇ︶
ゴルディアーナの右腕に、桃色のオーラが纏われた。
1622
第220話 変身
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
その時ダハクが感じたのは純粋な恐怖、戦慄であった。ゴルディ
アーナの右腕にオーラが灯り、闇に沈むドーム内に桃色の光が差す。
四方に生み出した食人植物達はお構いなしに襲い出すが、ゴルディ
アーナによる一振りの強打のもとに、その全てが粉砕されてしまっ
た。
ちから
︵美しさが今までの比じゃねぇ⋮⋮!︶
ケルヴィンから聞いていた前情報では、弟弟子であるグロスティ
ーナも似た技を使い、あのオーラに特殊な力が宿っていることが分
かっている。グロスの場合、オーラを纏った部位の防御力が上がり、
粘着性と﹃毒蔵﹄と呼ばれる固有スキルの効果を付加すると言うも
のであった。﹃ゴルディア﹄と言う武術の技のようだが、当然なが
ら兄弟子のゴルディアーナも同じものを使うだろうとダハクは予測
して︱︱︱ と言うよりも、以前にケルヴィンらが見たとの話があ
った為、絶対に使うだろうと警戒していた。だが、それはダハクの
予想以上の力を秘めていたのだ。そして今、エネルギーの塊である
薄紅の光が、新たにゴルディアーナの左足に灯る。
︵来るっ⋮⋮!︶
心に自身の声が浸透する。こちらも食人植物を作り出し対抗する
か? ゴルディアーナが消耗するまで逃げ切るか? 真っ向から迎
え撃つか? 幾多の選択肢がダハクの脳内に並び、瞬時に否決され
1623
る。生まれながらにして美と強さが直結して見えるダハクには直感
的に分かってしまうのだ。そのどれもが全く意味を成さない行為で
あることに。ならば、最後に残った選択肢は︱︱︱
ゴルディアーナが地を蹴ると舞台が抉られ、その姿が消えた。否、
ダハクの眼前に迫り、その拳を振り上げていた。距離など無意味だ
と言わんばかりの豪脚、掠りでもすれば五体が四散し、意識まで無
に帰すであろう最強の一撃。刹那の狭間、視線がぶつかる。﹁貴方
の想い、その程度なの?﹂と、ゴルディアーナが言ったような気が
した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
その頃、ドームの外側は静まり返っていた。観客らは盛り上がろ
うにも変化のない舞台相手ではどうすることもできず、ただただダ
ハクが作り出した円蓋を見詰めることしかできない。それはロノウ
ェやジェレオル、ユージールにとっても同じことで、ドームの中で
行われている激戦とは裏腹に、何とも実況のし甲斐のない試合展開
となっていた。
﹁あー、えーとー⋮⋮ 変化がありませんね⋮⋮﹂
﹁舞台の結界に丁度収まる形で丸屋根に遮られてしまいましたから
ね﹂
﹁恐らくはダハクの能力だろうが、内部からは音も聞こえないから
な。成り行きを見守るしかあるまい﹂
﹁見守ると言っても、ブロック決勝がこれでは盛り上がりに欠け︱
︱︱ ん?﹂
1624
ロノウェの愚痴を掻き消すように、突如ドームに亀裂がビシビシ
と走り出す。試合開始より漸く起こった舞台の変化に闘技場の皆は
釘付けとなり︱︱︱
﹁うおおっーとぅおー! 円蓋にヒビがぁー!?﹂
ここぞとばかりにロノウェもそのビッグウェーブに乗るのであっ
た。実況の鏡である。
﹁いえ、これは︱︱︱﹂
﹁壊れるぞ!﹂
ジェレオルが叫びを上げた直後、ドームの崩壊が始まった。先程
まで微塵も動く気配がなかった鉄壁の外郭が、亀裂に沿って崩れて
いく。だがそれは、ただ倒壊しているだけではなかった。
﹁こ、これはっ、りゅ、竜!? ダハク選手はどこに!?﹂
ドーム内部から現れた漆黒の竜が、崩れ落ちる欠片をその黒鱗に
取り込み、鎧をその身に纏うように変換しているのだ。竜の向かい
に立つは、片腕片足を薄紅で染めたゴルディアーナ。その灯す光は
眩く渦巻いていた。
﹁驚いたわねぇ。この状態となった私の一撃を耐えるなんてぇ﹂
﹁それはこっちの台詞だ。大急ぎで俺に囲いの護りを移したせいで
崩れちまったが、俺が知る限りで最硬を誇るこいつを削り切るなん
て、天使にも程があるぜ。プリティアちゃんよ﹂
当然ながら竜の正体は本来の姿に変身したダハクである。ダハク
1625
の腹部には黄土の鎧が破壊された痕と、浅くではあるが出血してい
るのが見て取れた。ドームは完全に崩れ落ち、その欠片は破壊され
た鎧の腹部にへと換えられていく。瓦礫の全てが変換された時、ダ
ハクの鎧の修復は完了した。
﹁んんーっ⋮⋮ やっぱり空気は美味しいわねぇ﹂
ドームによって密閉されていた毒は飛散し、結界によって無効化
されている。竜となり外壁を纏うことで辛うじて助かりはしたが、
暗闇によるゴルディアーナの視覚を奪う策も同時に破られ、ダハク
が目論んでいた消耗戦は頓挫してしまったと言っていいだろう。だ
が竜化はダハクにとっての奥の手、この姿でなければできないこと
もある。
﹁あらやだぁ⋮⋮ それ、さっきよりも凶暴になってなぁい?﹂
ダハクの背中、翼の辺りから生えるはゴルディアーナが何度も葬
った2対の食人植物。蕾であった部位は開花し、成体となって数百
の牙を咲かせていた。
﹁俺の﹃黒土鱗﹄は植物にとっての最高の苗床だ。舞台下から無理
矢理生み出したさっきの奴らと一緒にしてもらっちゃあ、痛い目を
見るぜ? こんな風に、よお!﹂
伸縮する植物の体、その勢いは舞台産の量産品とは比べ物になら
ず、より強力となった猛毒を撒き散らしながらゴルディアーナを目
指す。
アビスランド
ダハクがその身で育てたのは﹃災厄の種﹄と呼ばれるものである。
悪魔の地﹃奈落の地﹄が原産とされ、闇の中でしか育たない特殊な
1626
アークデーモン
植物だ。一度芽を出せば人であろうが悪魔であろうが、主に仇なす
者は何であろうと食い破る。成体ともなれば上級悪魔をも食らうと
され、中にはこの植物によって滅ぼされた悪魔の国もあった程だ。
その栽培法は酷く難解であり、場合によっては育て親である主の命
が奪われることも珍しくない。だが、ダハクの﹃黒土鱗﹄はそんな
過程をも吹っ飛ばし、瞬きの間に災厄の種を最高の状態で、それも
2体同時に成体へと培養してしまった。
︵もう深呼吸してる場合じゃないわねぇ。この子達が吐き出す毒、
結界の処理量を上回ってるみたいだしぃ⋮⋮︶
闘技場を覆う結界の浄化作用により、吐き出された猛毒はその境
を越えることはない。が、その浄化量が毒素に追いつかないとなれ
ば、その残留物は再び結界の中に留まる事となる。つまり結界内は
猛毒で充満、太陽光による光源はあるものの、結界をドームに見立
てた環境が再構築されるのだ。
取り巻く状況は過酷。ゴルディアーナは2体の食人植物と戦うも、
オーラを纏っていない部位に植物の牙が触れる度に出血する。後方
からはダハクによるブレス攻撃が放たれ続け、僅かな隙も与えよう
としない。人型のダハクから放たれたものよりも断然威力が増して
おり、触れた舞台は熔解、周囲の芝は枯れ尽くされている。真っ向
から受ければ如何にゴルディアーナと言えど、ただでは済まないだ
ろう。
﹁こんなに熱い愛を注いでもらったのはぁ、いつ振りのことかしら
ローズイシュタル
ねぇ⋮⋮ ダハクちゃん、貴方に最大限の敬意を払うわん。私の﹃
慈愛溢れる天の雌牛﹄、その目に焼き付けなさぁい﹂
呼吸も許されないこの状況下で、ゴルディアーナはゆっくりと口
1627
を開き、笑った。ダハクにとっては女神の微笑み。されど全身にオ
ーラを纏ったゴルディアーナの姿は、一般的にはこう映る。
とうき
﹁桃鬼、昨年の父上との試合以来か⋮⋮!﹂
空気に染み入るようなジェレオルの呟き。ブロック決勝戦最後の
試合が終了したのは、これより直ぐのことだった。
1628
第221話 決勝トーナメント
︱︱︱ガウン・総合闘技場医務室
ここはガウン総合闘技場にある医務室。今日も今日とて試合にて
傷付いた者達を癒す治療部屋である。
﹁︱︱︱大天使ぃ!?﹂
﹁あらやだぁ、酷くデジャブを感じるわん﹂
﹁プ、プリティアちゃん!? ここは⋮⋮?﹂
医務室のベッドにて素っ頓狂な叫びと共に目覚めたダハクを迎え
たのは、リンゴの皮を剥く大柄な男︱︱︱ 女性の姿、先程までの
対戦相手であるゴルディアーナ・プリティアーナだった。
﹁取り合えず、栄養の為にもこれでも食べなさぁい。ダハクちゃん
もこれなら食べれるでしょん?﹂
﹁⋮⋮ほわぁ!?﹂
ゴルディアーナが愛々しい兎の形に剥いたリンゴを手渡すと、ダ
ハクの思考は混乱の渦に飲み込まれてしまう。なぜ自分がこんな所
にいるのか? 試合はどうなったのか? 夢にまで見たゴルディア
ーナの手料理︵?︶が自分の手の中に何であるのか? 今日も超可
愛いなぁ︱︱︱ 等々と堂々巡りである。
﹁落ち着いてぇ、順番に説明していくからぁ。まずここは闘技場の
医務室よん。言い難いけど、私に負けて気絶しちゃったのよぉ、ダ
ハクちゃん﹂
1629
﹁⋮⋮負けた、か。くっそぉ、いけると思ったんスけどねぇ。 ⋮
⋮ってうまぁ!?﹂
シャリッっとリンゴに齧り付くダハクが驚きの声を上げる。この
衝撃はエフィルが調理した野菜を食べた時以来だ。
ローズイシュタル
﹁元気になったかしらぁ? でも見直したわよぉ、ダハクちゃん。
私、本当は﹃慈愛溢れる天の雌牛﹄まで使う気はなかったんですも
のぉ。貴方の力と想い、確かに受け取ったわん﹂
﹁そ、それじゃあ!﹂
﹁で・も、女の安売りはしない主義なのぉ。私を振り向かせるには
まだまだ足りないわん。次はジェラールのおじ様を倒せるくらいに
なったら、また相手してあげるぅ﹂
ゴルディアーナはその大きな手で器用にリンゴを剥き続ける。心
なしか上機嫌だ。
﹁だ、旦那をッスか。そりゃ遠い道のりッスね⋮⋮﹂
﹁そうよぉ、お姉様を相手にするんだものぉ。まずは恋敵に決着を
つけないとぉ﹂
﹁お、お前は、ハゲ野郎!?﹂
﹁誰が野郎よぉ﹂
不意の声にダハクが振り向くと、そこには同じくベッドにて横に
なるグロスティーナの姿があった。どうやらハゲは否定しないらし
い。
﹁怪我に鞭打って試合を見させてもらったわぁ。貴方、見た目に反
してトリッキーな戦い方をするのねぇ。私、親近感が湧いちゃった﹂
﹁恋敵に親近感覚えられても嬉しくねぇよ! プリティアちゃんも
1630
プリティアちゃんッスよ! ジェラールの旦那と言う者がありなが
ら、こんな奴を傍に置くなんて⋮⋮﹂
﹁ううん、私が恋敵⋮⋮? 何早とちりしてるのよぉ。私にとって
お姉様は姉のような存在ぃ、決してそんな関係ではないわぁ﹂
﹁⋮⋮は?﹂
﹁あらあらぁ。妙にグロスティーナに向ける視線が厳しいと思った
ら、そんな勘違いしてたのねぇ。私たちは同じ師のもとで武術を学
んだ、言わば姉妹弟子みたいなものよぉ。ロノウェちゃんのアナウ
ンスでもそう紹介されていたでしょん。聞いていなかったのぉ?﹂
﹁聞きたくなくて、耳を塞いでいたッス。何てこった⋮⋮﹂
ダハクはベッド脇の床に四股を踏むように足を開いて立つ。そし
て腰を低くし、グロスティーナに向かって頭を下げた。
﹁すまねぇ! 俺としたことが、とんでもねぇ勘違いをしちまった
! アンタが色男過ぎてよ、つい嫉妬しちまったんだ⋮⋮﹂
誠心誠意の謝罪である。しかし、その格好はヤクザの挨拶のよう
だ。
﹁⋮⋮真っ直ぐな子ねぇ。お姉様、私嫉妬しちゃうわん﹂
﹁ふふっ。グロスティーナ、それでどうするのん?﹂
ダハクはまだ頭を下げ続けている。
﹁頭を上げて、ダハクちゃん﹂
﹁許してくれる、のか? ⋮⋮って何で笑ってるんだよ?﹂
﹁うふふっ。だって誤解が解けたんですものぉ。もう私たちぃ、マ
ブダチでしょん﹂
﹁ダチ公⋮⋮ あ、ああ! そうだな!﹂
1631
ガッチリと握手を交わすダハクとグロスティーナ。誤解を解消し
た2人の間には深い友情が芽生えたようである。多くを語らずとも、
通じ合うものがあったのだろう。
﹁思ったんだけどぉ、ダハクちゃんもワイルド系のイケメンじゃな
い? いつでもお姉様から私に乗り換えていいからねぇ。私は大歓
迎よん﹂
﹁あん? 何の冗談だ? 言っておくが、いくらグロスが美男だか
らって俺にそっちの気はねぇからな。俺はプリティアちゃん一直線
よ!﹂
﹁もんっ! 素直じゃないわねぇ﹂
⋮⋮多少の思い違いはあるようだが。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
交換を終えた新品の舞台に立つは、各ブロックを勝ち上がった勇
者達。大義の為に戦う者、己の欲の為に戦う者、愛の為に戦う者︱
︱︱ 各々志すものは違えど、その実力は折り紙付き。会場の視線
が集まる中、獣王祭の最後の宴が始まる。
﹁決勝トーナメント、いよいよ開始だぁー!﹂
﹁﹁﹁うおおおおっ!﹂﹂﹂
﹁結局、最後までこのノリなのな⋮⋮﹂
1632
﹁いいんじゃない? 楽しいし!﹂
ロノウェが熱いトークで観客を盛り上げ、それに負けじと観客も
枯らす程の声を上げる。Aブロック代表のケルヴィンは若干呆れ、
Cブロック代表のセラは楽しげだ。
﹁勝ち上がって来ると思っていたわよん。ケルヴィンちゃん、セラ
ちゃん﹂
﹁プリティア。さっきはうちのダハクが世話になったな﹂
﹁何か迷惑掛けなかったかしら?﹂
﹁ううん。同門のグロスとも仲良くなったみたいだしぃ、私の気分
転換にもなったものぉ。試合後に回復してもらった恩もあるしぃ、
お安い御用よぉ﹂
﹁助かるよ﹂
﹁そうね! ゴルディアーナには万全の状態で戦ってほしいもの!﹂
ゴルディアーナはダハクとの試合で少なからず毒の影響を受けて
いたのだが、試合終了後にケルヴィンから白魔法で毒を完全に治療
してもらっていたのだ。
﹁お兄ちゃん達、少し甘いんじゃない? これから戦う相手を回復
するなんて﹂
﹁⋮⋮獣王﹂
リオンとの試合での姿、シュトラの容姿に変身した獣王が話に割
って入ってきた。
﹁妹のリオンが世話になりました。この恩は何倍かにしてお返しし
ますね﹂
﹁ああ、良かった。腑抜けてはいないようね。ケルヴィン、貴方に
1633
は個人的に期待しているの。全力で、あらゆる手段で勝ちに来て、
我が国にその力を見せ付けてね♪﹂
﹁当ったり前でしょ! 私のケルヴィン舐めないでよね!﹂
﹁うん、楽しみにしてるね﹂
﹁あらん、レオちゃん余裕じゃない?﹂
﹁プリティアちゃんも元気そうで何より。もっとお喋りしたいけど、
そろそろ時間みたいよ﹂
獣王が正面を指差す。目を向けると、選手入場口から穴の開いた
ボックスを持つ獣人の女性が会場へと入って来るところであった。
ケルヴィンはそのボックスを見たことがある。トーナメントの組み
合わせを決める際に引いた、クジが入っていた箱だ。
﹁それではこれより、決勝トーナメントの組み合わせ決めを行いま
す。方法はブロック別の決定方法を同様、クジ引きです! それぞ
れに1∼4の何れかの数字が記載されていますので、1と2、3と
4が決勝トーナメント初戦の相手とお考えください! あ、クジは
一斉に開きますので、まだ開けないでくださいね!﹂
予感は的中、今回もクジ引きのようだ。A、B、C、Dのブロッ
ク代表、ケルヴィン、獣王、セラ、ゴルディアーナの順でクジを引
いていき、一斉に開封する。
﹁⋮⋮確認致しました。皆さん、上を御覧ください!﹂
ロノウェがマジックアイテムを操作すると、舞台上空に決勝トー
ナメントの組み合わせが表示された。
﹁決勝トーナメント第1戦、﹃鏡面﹄レオンハルト・ガウン選手対、
﹃死神﹄ケルヴィン選手! 第2戦、﹃女帝﹄セラ選手対、﹃桃鬼﹄
1634
ゴルディアーナ・プリティアーナ選手! 組み合わせはこれだぁ!﹂
早速、リオンの恩を返す時が来たようだ。
1635
第222話 仕込
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
決勝トーナメント第1戦、ケルヴィンと獣王レオンハルトの試合
開始時間となった。しかし、2人は未だ姿を現そうとしない。
﹁むむむ⋮⋮ そろそろ時間なのですが、選手のお二方入場して来
ませんね﹂
﹁ふむ。父上もケルヴィンも、ギリギリまで準備に時間を掛けてい
るのかもしれんな。前回の父上の試合、ケルヴィンの妹であるリオ
ンを相手に真っ当とは言えない勝ち方をした。リオンを溺愛するケ
ルヴィンにとっては激昂ものだろう。手痛い報復を狙ってくる可能
性が高い﹂
﹁一方で父上もそれを分かっていることでしょう。黙って仕返しさ
れるようなお人じゃありませんから﹂
﹁ほうほう! ジェレオル様、ユージール様、解説ありがとうござ
います。どうやら戦いは試合開始前から始まっているようですね!
︱︱︱おっと?﹂
その時、選手入場口から足音が聞こえて来た。ケルヴィンである。
﹁まずはケルヴィン選手の入場です! 手にする得物は変わらず長
剣⋮⋮ うん?﹂
ケルヴィンが舞台に立つと、それに続くように入場口からヒュン
ヒュンと高速で何かが飛来して来ることにロノウェは気が付いた。
1つや2つの数ではない。何十、もしかすれば百にも到達するだろ
1636
うか。やがてそれらは上空へと弧を描き、ケルヴィン側の舞台へと
突き刺さる。
﹁こ、これは⋮⋮ 漆黒の剣!?﹂
舞台に突き刺さったもの、それらはケルヴィンが纏う黒衣のよう
オブシダンエ
に黒く染まる、それも等身以上の大きさはありそうな巨剣であった。
ッジ
ケルヴィンが持つ闘技場の剣が霞んでしまいそうになる、剛黒の黒
剣の大群である。
・・・
﹁別にルール違反じゃないだろ? 全て試合前に俺が生成した補助
魔法だ﹂
﹁う、うわー、確かにそうですが⋮⋮﹂
﹁クックック。ルール上は問題ないな。であるが、ここまで大胆に
使ってきたのは獣王祭始まって以来だろうな﹂
﹁ロノウェさん、父上も来たようですよ﹂
ロノウェと視線を合わせようとしないユージールだが、声を掛け
る程度までは普通に慣れてきたようだ。もう片方の入場口を見ると、
確かに人影が現れている。
﹁さあ、レオンハルト選手も入場です! そしてそして、今回の姿
は︱︱︱﹂
闘技場に降り注ぐ太陽の光の下に、獣王レオンハルトの姿が明か
される。
﹁ご主人様、よろしくお願い致します﹂
﹁メ、メイド! メイドさんですっ!﹂
1637
獣王が変身したその姿は、いつものメイド服を着たエフィルであ
った。凛とした佇まい、主に向ける敬愛の瞳、外見の特徴、仕草ま
でも一致している。そして前回同様、武器のようなものは持たず、
素手。
﹁あれはケルヴィンのパーティメンバーの弓使いだな﹂
﹁﹃爆撃姫﹄、ですか。なるほど、パーティの中でもケルヴィン殿
と付き合いが長いと聞きます。父上、また何か狙っていますね⋮⋮﹂
﹁こ、これは荒れそうだぞぉー!﹂
ロノウェ達がまくし立てる中、ケルヴィンと獣王は既に試合開始
位置へと立っていた。
﹁⋮⋮今回はエフィルの姿、ですか。得物は持たなくてもよろしい
ので?﹂
﹁お気遣いなく。それに敬語は使わなくて結構ですよ。私はご主人
様の奴隷の身でありますので﹂
獣王は瞼を閉じ、胸に手を当てる。まるでそうすることが当然で
あるかのように、迷いなく言い放った。
﹁そうか。なら、これ以上俺から言うことはないよ﹂
﹁承知致しました。良い試合を致しましょう﹂
﹁⋮⋮準備ができたようです。皆様、お待たせ致しました。これよ
り決勝トーナメント第1戦ですっ! 試合︱︱︱ 開始っ!﹂
試合開始の宣言。瞼を開いたエフィル、獣王はゆっくりとした足
取りで、ケルヴィンへと歩み寄る。
﹁ご主人様、ご主人様のメイドとして私は︱︱︱﹂
1638
︱︱︱ギュン!
猛烈な風を伴って飛来する黒剣が、獣王の頭部目掛けて突貫する。
紙一重の差で躱すも、獣王の頬には赤い血の線が引かれ、舞台には
巨剣が勢い良く減り込んでいた。
﹁おいおい、躱すなよ。頭を潰せないだろうが﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
吐き捨てられたケルヴィンの言葉に獣王の瞳は一瞬鋭くなるも、
直ぐにエフィルの柔らかな表情に戻した。
﹁流石はご主人様です。奴隷程度斬り捨てても、心を掻き乱さない
のですね﹂
﹁ははっ、違う違う。お前は獣王であってエフィルじゃないよ。い
くら外見や仕草を似せたって、所詮は偽者だ。ま、微妙にそこらも
違うしな﹂
﹁⋮⋮素晴らしいです﹂
獣王は両手を腰裏に隠す姿勢となった。見ようによっては後ろで
手を組み、待ち合わせの女子がするような可愛らしい格好である。
﹁リオン様には効果覿面でしたが、どうやらご主人様にこの手は通
じないようですね﹂
﹁リオンは優しい子だからな﹂
﹁それが弱点になり得るのです。リオン様も頭では分かっていたの
でしょう。ですが、恐らくは私の首に自らの剣が迫った時、ご友人
の顔が、一国の王を殺してしまう責任の重さが、所詮は試合と勘繰
っていた浅はかさが、リオン様の思考を雁字搦めにしてしまいまし
1639
た。ましてや考える時間もなく、混乱は混乱を呼びます。これが実
戦でなかったことを感謝して頂きたいくらい︱︱︱ っ!﹂
獣王は再び飛来した2本の巨剣を後退して回避する。
﹁確かにそれに関しては感謝してるよ。感謝はしてる。だからさ、
俺の礼を受け取ってくれ﹂
オブシダンエッジ
舞台に突き刺さっていた幾本もの剛黒の黒剣が浮かび上がり、そ
の剣先を獣王へと向け出す。
﹁絶景、ですね﹂
﹁早く取り出せよ、それ。いつまでそうしているつもりだ?﹂
ケルヴィンの指摘に獣王はニヤリと口端を吊り上げ、後ろに隠し
ていた両手を前に出した。その可憐な手には不相応で巨大な、ジェ
ラールの魔剣ダーインスレイヴ程もありそうな巨剣を左右それぞれ
に持っていた。無骨であり、何の飾り気もないバスタードソード。
エフィルの姿でそんな物を持たれると、何とも不釣合いな感が拭え
ない。しかしケルヴィンはそんなことを気にする事もなく、僅かに
笑みを浮かべていた。
﹁ほら、やっぱり素手じゃない。何がお気遣いなく、だよ﹂
﹁ご主人様が戦いをご所望のようでしたので﹂
﹁そっか。嬉しいなあ﹂
オブシダンエッジ
闘技場上空に展開された漆黒の塊、剛黒の黒剣が一斉放射される。
オブシダンエッジ
轟く轟音、巻き上がる土煙。観客からは最早舞台の上が見えないが、
ケルヴィンの目にはハッキリと映っていた。強化された剛黒の黒剣
を打ち払い、自らへと前進し続ける獣王の姿が。超重量級である2
1640
振りのバスタードソードをいとも容易く扱い、傷ひとつ負っていな
い。やがて大きく跳躍し、巨剣と共に土煙の中からメイドが飛び出
した。
﹁戦場以上の猛攻、滾りますねっ!﹂
﹁もう少し上手く芝居しろよ﹂
﹁それは、失礼っ!﹂
バスタードソードの投擲、獣王が右手から放たれた巨剣は一直線
にケルヴィンへと迫る。ケルヴィンは一歩引き着弾地点から退くも、
舞台に突き刺さったバスタードソードに何かが貼り付けれているの
が目に入った。
︵札⋮⋮?︶
直後にバスタードソードを中心として、円形に展開される魔方陣。
明らかに刀身に貼られた札から発せられたものだ。﹃封﹄と漢字で
記された札はトラージのものだろうか。足が地面に縫い付けらたか
のように動かず、言うことを聞かない。だが、それ以上に疑問に思
うことがケルヴィンにはあった。﹃並列思考﹄の狭間で現状打破の
策を練ると共に思考する。
︵これが獣王が持ち込んだ装飾品? 待て、獣王は今もエフィルの
姿に変身している。 ⋮⋮反則? いや、これは︱︱︱︶
﹁悠長に考え事ですかっ!?﹂
空に舞い上がり、残ったバスタードソードを両手で構え直したメ
イドが、渾身の力でケルヴィンごと舞台を叩き割った。
1641
第223話 吹雪と嵐
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
円状の舞台が砕破し、真っ二つに割れてその両端が跳ね上がる。
空に舞い上がった舞台はやがて重量の影響を受け、落下。ズガァン
と凄まじい音が大地を揺らす。飛び散った大小様々な破片が結界に
遮られるが、間近にいた客席の観客達は咄嗟に腕で庇う動作を一様
に取ってしまう。後はスケールの異なる凄まじさに、ただただ唖然
とするばかりである。
﹁クスクス⋮⋮ まだこんなものを隠し持っていたのですね﹂
﹁保険は常にかけて置くもんだろ。あとその笑い方止めろ。エフィ
ルはもっと可愛らしく笑う﹂
土煙が晴れると、分断された分厚い舞台の間にて剣と剣とで拮抗
オブシダンエッジ
するケルヴィンと獣王の姿がそこにはあった。ケルヴィンの持つ長
剣を護るように、2本の剛黒の黒剣が左右から獣王のバスタードソ
ードを遮っている。黒剣を動かす出力はケルヴィンの魔力に比例し
て伸びていく。どうやらこの方法でなら獣王のパワーにも対抗でき
るようだ。
コンタミネートバインド
︵舞台の交換前に、表面上に束縛の毒泥沼を施して隠蔽したりもし
ケルヴィン
たんだが、この真っ二つの状態だと使えないなぁ⋮⋮ 勿体無い︶
ケルヴィン
獣王も獣王だが、こちらはこちらで十分に汚かった。
﹁持ち込める装飾品はひとつまでじゃなかったのか? そんな古風
1642
な札を持ち込んだ上で変身するなんてさ﹂
﹁私はルール違反はしていませんよ﹂
﹁ハァ⋮⋮ やっぱり変身能力は国宝の効果なんかじゃなくて、獣
王の固有スキルってオチかよ﹂
﹁ご名答っ!﹂
ギィンと互いの刃を弾き返し、間合いを空ける。いつの間に回収
したのか、獣王の手には投擲したバスタードソードが戻っていた。
更によくよく見れば、そちらだけではなく両方の刀身に札が貼られ
ている。
﹁札も2枚あるように見えるけど?﹂
﹁2枚ではありません。 ⋮⋮と言っても納得されないでしょうね。
この札は﹃封刻印の神札﹄と言いまして、大戦終期の停戦協定の際
にトラージより友好の証として頂戴したものです。その特性はお見
せした封印効果の他にも、まだありまして︱︱︱﹂
獣王が片方の大剣を掲げると刀身に付着する札がぶれ、ハラリと
もう一枚の札が舞い落ち、露出した地面へと落下した。
・・・・・
﹁︱︱︱周囲にいる生命体の数だけ、その枚数を増やすのです﹂
﹁周囲の⋮⋮!﹂
その言葉を聞いたケルヴィンは舞台の外側、観客席を横目に見て
考察する。
︵この闘技場には今、一体何人の人々がいる?︶
地面の札が途端にバラバラと増殖し、空中に舞い上がっていく。
紙吹雪、その例えが最も適しているだろうか。
1643
﹁⋮⋮随分と、この闘技場におあつらえ向きのアイテムじゃないか﹂
﹁さて、何のことでしょうか? ちなみにこの札、一枚一枚の効果
も強力ですよ。実際に受けた後ですから理解されているでしょうが﹂
﹁まあ、そこそこな!﹂
オブシダンエッジ
ケルヴィンは会話の最中に影ながら配置していた黒剣らを解放す
る。獣王は初弾のみを弾き、後列に位置していた剛黒の黒剣に封刻
オブシダンエッジ
印の神札の札束をぶちまけた。すると札は剣に吸い寄せられるよう
に付着し、その瞬間に剛黒の黒剣は途端に勢いをなくして墜落して
しまった。幾本の黒剣が金属音を鳴らしながら獣王の横に転がる。
﹁鉛のように動かなくなるでしょう? これがこの札の力︱︱︱﹂
﹁それだけか? まだ何かあるだろ?﹂
﹁っ!?﹂
ソニックアクセラレート
風神脚を全開にしたケルヴィンが獣王に迫る。札の吹雪などお構
いなしに、正面から。当然、宙に漂う札が立ちはだかる。が、ケル
ヴィンや長剣に触れようとする札は、ミキサーに掛けられるように
粉砕されていった。間合いに入ったところで瞬時に放たれるケルヴ
ィンの長剣。獣王も2本の得物でそれを受け止めるが、ガリガリと
削られるような感触が手に伝わってきた。
﹁ほら、闘技場の武器にしては頑丈過ぎるだろ? 単純に防御力強
化もされるんじゃないか、この札﹂
﹁クッ、クスクス。本当に目敏いお方⋮⋮!﹂
オブシダンエッジ
どんなに頑強な名剣であろうと剛黒の黒剣とあれだけ打ち合って
ヴォーテクスエッジ
は刃こぼれのひとつもする。それは獣王の持つバスタードソードに
も同様に言える事柄であり、その上﹃狂飆の覇剣﹄を施したケルヴ
1644
ィンの一撃にも耐えるなど、通常有り得ない事。獣王は確かに嘘は
言っていない。だが自身が語り聞かせる言葉の裏にも何かを隠して
いると、ケルヴィンは始めからそう注視していた。
﹁そら、追加だ﹂
ヴォーテクスエッジ
ケルヴィンの言葉に呼応し、2人の遥か頭上、天高くから新たな
黒剣が数十本と降り落ちる。それもその全てに狂飆の覇剣を施した、
事前準備組第2軍の特別仕様。地表と激突した魔剣らは、神札の紙
吹雪を咀嚼するように散らしていく。渦巻く嵐の刃を相手にしては、
封印の札も取り付く島もない。
﹁⋮⋮ご主人様、魔力馬鹿にも程がありませんか?﹂
﹁よく言われる、よっ!﹂
激しい剣戟が続く。試合のステージは荒れ狂う魔剣が点在し、暴
風を伴う非常に不安定なものとなっていた。ケルヴィンは獣王の四
方から黒剣を放出しつつ己も剣と格闘術を織り交ぜて攻め入り、獣
王は暴風を逃れた封刻印の神札を掻き集め、巧みに牽制しつつ大剣
を振るう。超スピードで行われる一進一退の攻防は数分にも及び、
ロノウェを含めた観客達は声を上げることも忘れ、スクリーンに見
入っていた。
﹁ふっ!﹂
獣王が跳躍し、バスタードソードは再び投擲する。ケルヴィンは
目測よりも大幅に距離を離して退き、展開される封印結界を逃れた。
﹁ふう⋮⋮﹂
1645
呼吸を整え、獣王に集中する。地面に突き刺さったバスタードソ
ードの柄先に猫のように着地する獣王。ふわりと上がったメイド服
のスカートは、絶対領域を完璧に死守する仕事振りである。
﹁解せないな。それだけ強ければ、別にリオンとの試合で汚い手を
使わなくても良かっただろうに﹂
﹁お喋りですか? まあ、いいですけど。リオン様との試合、です
か⋮⋮ 私としてはより勝率の高い策を取っただけなんですけどね﹂
﹁おいおい⋮⋮ 自国の民にあれだけブーイング食らっておいて、
それはないだろ。戦いの為の祭典なんだろ、獣王祭って。ガウンの
王がそんなんじゃ、信用に関わるんじゃないか?﹂
﹁と言われましても、これが私の獣王としての振舞い方ですから。
そうですねぇ⋮⋮ 極論を言いますと、子に憎まれようが、民から
の信用を落とそうが、評判なんてどうでもいいのです﹂
﹁は?﹂
獣王はあっけらかんとした表情で、そう言い切った。
﹁幸いなことに、強者たる者が王となるガウン特有の王位継承は私
にとって利となるものです。どのような振る舞いをしようとも、王
位継承の戦いで負けない限りは王でいられますから。後は闇討ち謀
略を阻止すれば何とかなります﹂
﹁⋮⋮王として、それでいいのか?﹂
﹁あの子らが何の意味もなく死ぬよりはマシですから。ガウンの民
である獣人が、兵が、私の代でより狡猾に、より強くなりさえすれ
ばいいのです。ご存知ですか? この東大陸の大戦時代を。国が疲
弊し、人が人を欺き、この世の、人の悪意が渦巻いた負の時代を。
勇敢であり、愚直でもあった獣人にとっての最悪の時代を﹂
﹁何を言っているんだ? それは何百年も昔の話だろ﹂
﹁⋮⋮そうですね。お喋りが過ぎました。互いに有効打を見出せず、
1646
疲労も出てきた頃合い。次手で勝負を決めませんか?﹂
獣王の五体に封刻印の神札が貼り巡らされる。
﹁⋮⋮そうだな。うん、それがいい﹂
ケルヴィンは地面に突き刺さっていた黒剣を左手で持ち上げ、長
剣と共に構える。黒衣の左腕、その袖下から、黒々とした光沢のあ
る篭手が見え隠れした。
﹁そっちの言い分もあるんだろうが、いい加減俺も恩を返したいん
だ。リオンの力でさ﹂
1647
第224話 赤き花嫁
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
両者の姿が観客の目から消えた瞬間に巻き起こる剣戟。交わる剣
はその回数を増す毎により鋭く、よりスピーディーに衝突し、ケル
ヴィンと獣王によって分断された舞台にまでその衝撃、斬撃の余波
が届いていた。嵐の中心地であるケルヴィンは無傷とはいかず、浅
くではあるが切り傷を受け始めている。一方で獣王には傷らしい傷
はない。ケルヴィンの剣が獣王に触れることもあるのだが、そのど
れもが悉く弾かれてしまっているのだ。
︵バスタードソードと同様に、あの札でステータスの耐久を馬鹿み
たいに上げてやがる。だが︱︱︱︶
高速する思考の中でそう結論付けると、ケルヴィンの剣が獣王を
押し始めた。初めはこの戦いを見守るセラやジェラールもが気付か
ぬ程の極僅かな差だった。その差が徐々に、しかしながら明らかに
ケルヴィンが圧倒し出した。
︱︱︱ギィン!
ヴォーテクスエッジ
判然たる一撃。獣王の右腕に貼られていた神札が、狂飆の覇剣に
よって粉砕される。それに伴い右腕に波及する無数の斬撃は獣王に
苦痛を与えた。
︵⋮⋮剣の腕が上昇している?︶
1648
通常、2本の剣を操る上でも﹃剣術﹄スキルはその恩恵をもたら
す。獣王とケルヴィンが会得している﹃剣術﹄は何れもS級、スキ
ルを度外視した技量であれば獣王が上手である筈なのだ。
﹁獣王祭ってのは案外ルールが緩いんだな。その札や、こんなもの
まで装飾品として認められる﹂
﹁⋮⋮その篭手の力ですか﹂
スキルイーター
ケルヴィンの左腕に装備されていたのは、リオンのS級スキル﹃
二刀流﹄が篭められた悪食の篭手であった。本来であれば転生を司
るメルフィーナの加護によって異世界転生、異世界転移した勇者に
のみ会得を許される専用スキル。その効力は文字通り二刀流に剣を
携えた際に発揮される。単純な技量は勿論の事、あらゆる面で補正
が掛かり、更にそれらは﹃剣術﹄に上乗せされるのだ。故に、剣の
道において何者の追駆も許さない力を持つそれらを、剣聖と人は呼
ぶ。
﹁⋮⋮つうっ!﹂
スキルを用いたケルヴィンの一撃は神札を貼り付けた左腕にまで
ダメージを与える域に達し、戦況を圧倒する。獣王の息が荒い。漸
く底が見え始めたのか、一度顔を下げ、だが直ぐに正面に向き直っ
た。
﹁酷いよ、ケルにい。何で僕を苛めるの?﹂
﹁⋮⋮⋮っ﹂
顔を上げた獣王の姿がエフィルからリオンへと変化していた。こ
こに来ての奇策。弱々しく、怯えるリオンを獣王が演じるが、その
ようなことに今更動揺するケルヴィンではない。獣王だと分かって
1649
いる以上、容赦なく攻撃を行うだろう。 ︱︱︱その格好がウエデ
ィングドレスでなければ。
﹁あはっ! 大好きだよ、ケルにい!﹂
獣王の固有スキル﹃変身﹄は対象の容姿や表記上のステータスだ
けでなく、その服装まで自在に変化させることが可能なのであった。
﹃並列思考﹄の高速処理により、この変身により生じた隙はコンマ
秒的なもの。しかし獣王はシスコン魂の僅かなその隙を突き、左手
のバスタードソードを放してケルヴィンの右手首を掴んだ。
︱︱︱バキバキバキッ!
激痛が走る。容姿は小柄で可憐なリオンであるが、そのステータ
スは獣王自身のもの。飛び抜けた握力がケルヴィンの骨を砕く。そ
れでもケルヴィンは剣を放そうとはしない。放してしまえば﹃二刀
流﹄の効力は消えてしまい、リオンの力で看破することができなく
なってしまうからだ。意地は鋼となり、逆に魂に火を灯す。
﹁受け取れ、よっ!﹂
﹁ガハッ⋮⋮!?﹂
オブシダンエッジ
遠隔操作を行って神札のない獣王の右腕に、地面に転がっていた
ヴォー
剛黒の黒剣を突き刺す。更にケルヴィンは左手に持っていた黒剣を
テクスエッジ
逆手に持ち替え、獣王の横っ腹に突き刺した。どちらの黒剣も狂飆
の覇剣が付与されており、荒れ狂う風のミキサーは神札を、獣王の
内部をも破壊していき、重苦を齎すのであった。巨剣が突き刺さる
華奢な右腕はその際に吹き飛び、小さなその手が舞台上に落ちる。
﹁あはっ、あはは、ははっ! もう、愛しいなぁ!﹂
1650
ケルヴィンが横腹部に剣を突き刺し、獣王が手首を万力で握る潰
す最中、まるでキスをするように顔を近づけ、リオンの姿をした獣
王がケルヴィンに力任せに抱き付いた。可愛らしい唇が開き、犬歯
が顔を出す。 ︱︱︱そして、ケルヴィンの頚動脈を食い千切った。
﹁∼∼∼っ!?﹂
﹁あはっ、やっぱり不味いや。でも大好き、だ、よっ!﹂
大量の血が溢れ出し、獣王は残った左腕で力一杯にケルヴィンを
抱き締める。傍から見れば兄妹による美しい抱擁。だがその実、抱
擁は残った血を絞り取るように万力の力で胴体を圧し、両者は血み
どろとなって純白のドレスは深紅に染まっている。
︵時間が、ない⋮⋮︶
出血により意識を失うまでどれ程持つだろうか。これだけ密着さ
ヴォーテクスエッジ
れては周囲の黒剣をそのまま飛ばす訳にもいかず、ケルヴィンは﹃
並列思考﹄をフル回転させ、ある結論に至る。
﹁このまま、ハァ、僕の勝ち、かなぁ?﹂
﹁最後まで、油断するな、よ﹂
﹁えへへ、怖いなぁ⋮⋮﹂
オブシダンエッジ
寄り添う2人の周囲に展開される数多の黒剣。狂飆の覇剣を解除
した全ての剛黒の黒剣が、剣先を向ける。
﹁ケルにいも、フウ、ただじゃ、済まないよ⋮⋮?﹂
﹁く、う⋮⋮ なるべくお前に当たるよう、演算したから安心っ、
しろ⋮⋮ ついでに⋮⋮﹂
1651
︱︱︱ペリ。
獣王の背に貼られた神札を剥がし取る。 ﹁抜け目、ないなぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮時間だ﹂
運命の時。勝敗を決める黒き裁きが動き出した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁きゅ、救護班ー!﹂
ロノウェの声が会場に響き渡る。分断された舞台の中心には傷を
癒すケルヴィンの姿と、体中を黒剣で貫かれた獣王の姿があった。
その黒剣も今解除され、最早ウエディングドレスなのか判別できな
くなった赤き布を纏う獣王のみが地に伏している。
﹁ガ⋮⋮ ハッ⋮⋮!﹂
﹁お、気がついたか﹂
・
﹁ハア、ハア⋮⋮ 満身創痍には違いないが、気持ちばかり回復し
てくれたお陰でな⋮⋮﹂
﹁まあ、獣王祭に参加させてくれた分の恩もあったしな。それ以上
はしないから、右手とかは自力で何とかしてくれ﹂
ケルヴィンはぶっきら棒に立ち上がる。
1652
﹁しかし、お主も狡猾だな。まさか足裏にまで魔法を仕込んでいた
とは思わなんだ﹂
インパクト
﹁組み付かれた時の対策をしとくのは当然だろ。詠唱だけ試合前に
済ませておいた衝撃、効果覿面だったろ? 足裏になら違う用途も
あるしな。 ⋮⋮今度からは試合前の魔法の使用も禁止しておいた
方がいいんじゃないか?﹂
﹁⋮⋮考えておこう﹂
インパクト
黒剣の大群が迫る直前、ケルヴィンは足裏に施していた衝撃を発
動させて獣王の拘束を解いたのだ。これによりケルヴィンは攻撃を
獣王に集中させることに成功した。
﹁ワシの策の看破、見事であった。昨年のゴルディアーナ以来、か。
どれ、個人的に褒美を渡そう。本当であればキルト用に考えていた
ものであるが︱︱︱﹂
ヨロヨロと顔を持ち上げ、獣王は満面の笑みでケルヴィンを向く。
﹁⋮⋮ケルにい。僕の仇を討ってくれて、ありがとう。 ⋮⋮プロ
ポーズ、待ってるね!﹂
﹁やっぱり分かってないな。リオンは復讐なんて望んでなかったよ。
これは俺の個人的な仕返しだ。それにリオンはまだ14だぞ。来年
まで待て!﹂
真っ直ぐな瞳で、一切迷うことなくケルヴィンは言い放った。
1653
第225話 絶佳再び
﹁良かったわねぇ、ケルヴィンちゃん無事なんですってぇ?﹂
﹁ふふん、私は最初からケルヴィンの勝利を確信していたわ! で
も暫くはメルとエフィルが看病とか言って離れようとしないでしょ
うね﹂
闘技場の通路を歩くは次試合の対戦相手同士であるセラとゴルデ
ィアーナ。試合では敵同士ではあるのだが、友人との世間話を普段
と変わりなくしていた。
﹁ところでぇ、前の試合までしていたナックルはどうしたのん?﹂
﹁んー⋮⋮ うちのダハクとの試合を見てたら、ゴルディアーナに
は最初から全力でいかないと不味いかな、と思って。でもそうしち
ゃうと、この闘技場の武器じゃ私に合わないのよ。 ⋮⋮って、そ
う言うゴルディアーナも素手じゃない!﹂
﹁私も同じような理由よん。元々普段は素手で戦ってるしぃ、今回
はセラちゃんが相手だし、ねん﹂
2人は立ち止まり、互いの顔を見合わせる。
﹁ふふん!﹂
﹁うふっ!﹂
一瞬笑みを浮かべ、再び歩き出した。今の僅かな間に、2人にし
か分からない何かがあったようである。
﹁それにしても意外だったわぁ﹂
1654
﹁何がよ?﹂
﹁ルールとして対戦相手の死を許容している以上、てっきり私はケ
ルヴィンちゃんがレオちゃんを殺しちゃうかもん、って思ったりも
したものぉ﹂
﹁それはないわ。だって殺してしまったら、苦手克服の為のリオン
の訓練、一体誰が相手するのよ?﹂
﹁⋮⋮国王であるレオちゃんに練習相手になってもらう気ぃ?﹂
﹁少なくともケルヴィンはその気だったわよ? 罪にならないにし
ろ、リオンを理由に王殺しなんてことをケルヴィンがしたらあの子、
悲しむだろうし︱︱︱ っと、ここでいったんお別れね﹂
通路は二手に分かれている。それぞれは別々の選手入場口に繋が
っており、ここから異なる道を進むこととなる。
﹁それじゃ、次に会う時は敵同士ね! 手加減したらぶっ飛ばすか
らね!﹂
﹁あらぁ、怖い怖い。でも私だって愛に生きるひとりの女ぁ、負け
てなんかやるもんですかぁ﹂
セラとゴルディアーナは拳をコツンと軽く当て、互いの進むべき
道を歩み出した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
舞台では本日恒例となった破壊された舞台の交換が終わり、その
1655
担当である獣人の兵達がぜいぜいと汗水を流していた。
﹁毎度のことながら、舞台交換班の方々お疲れ様です!﹂
﹁今年は例年にない程の交換率ですね。大量発注していて正解でし
たね﹂
﹁ええ、まだまだ予備はありますし、何とか最後の試合まで持ちそ
うです!﹂
観客席に泡を吹いて白目で倒れる中年が見えたが、ロノウェは見
なかったことにした。弟子たちがいるから大丈夫だろうと言う判断
である。
﹁先の戦い、ガウン最後の生き残り組であった父上が敗北してしま
ったのは残念であったが、それ以上に見応えのある試合であった﹂
﹁一般人である私にはスクリーンの映像で漸く理解できる内容だっ
たんですけどね!﹂
﹁父上にしては真っ当に戦っていましたね。試合以外では暗躍もし
ていませんでしたし﹂
﹁ああ、王位継承の戦いに比べれば至極真っ当であったな。果たし
て我ら獣人の中からあの極悪非道な︱︱︱﹂
﹁︱︱︱おっとぉ、どうやら次の試合の選手がやって来たようです
!﹂
会場の視線が2つの選手入場口に集まる。2人の人影は出口付近
で立ち止まり、姿勢を低くして︱︱︱
﹁と、跳んだーーー!?﹂
同時に、大きく跳躍。上空から着地された舞台はその衝撃だけで
損傷、試合前に傷物にされるのは流石にこれが初である。
1656
﹁シーザー氏、気絶してて良かったですね! ってそうじゃない!
セ、セラ選手とゴルディアーナ選手の姿が⋮⋮!﹂
会場は鮮やかな紅と、煌びやか淡紅色に目を奪われる。2人は際
立つ色を、全力を携えて来たのだ。
ブラッドスクリミ
﹁それがダハクとの試合でちょっとだけ見せた、貴女の奥の手ね。
⋮⋮面白いわ!﹂
ッジ
﹃偽装の髪留め﹄を外して束ねた赤髪を下ろし、全身に魔人紅闘
諍を纏ったのはセラ。その両腕は凶悪な形状へと変化し、とてもで
はないが通常の拳武器を装備できる状態ではない。悪魔の翼、尻尾、
角までも血色で顕現させて周囲に荒々しいプレッシャーを放ち続け
ているが、観客はこれも何かの魔法の効果だと思い込んでしまう。
そしてセラの近くには、同じく血色の小さな球体が随伴するように
浮かんでいた。
﹁セラちゃんも私に劣らずセクシーねぇ。 ⋮⋮美しいわぁ!﹂
ローズイシュタル
全身を慈愛溢れる天の雌牛で覆ったのはゴルディアーナ。はち切
れんばかりの筋肉から発せられる闘気は人々を惑わす桃色にへと色
彩を変え、巨体である彼女の体を更に太く、巨大に見せている。特
に拳と瞳から流れるオーラ量が色合いと共に強く濃い。瞳の強力な
とうき
オーラは上へと舞い上がり、あたかも2本の強靭な角があるかのよ
うに見えてしまう。﹃桃鬼﹄と呼ばれる所以を、隠すことなく表出
させていた。
﹁⋮⋮まるで悪魔と鬼の対立だな﹂
﹁あわ、あわわわ⋮⋮ あ、あれも魔法の効果なのでしょうか?﹂
1657
﹁ゴルディアーナ殿は違うな。あれは武術の発展系、グロスティー
ナ殿と同系統の技だった筈だ。セラ殿のものは魔法のようであるが、
妙にしっくりくると言えば良いか⋮⋮ 難しいところだ﹂
﹁そ、そうなんですか⋮⋮ ん? 両選手、こちらを見てません?﹂
セラとゴルディアーナが実況席を見詰めていることに気付くロノ
ウェ。
﹁ねえ、試合開始はまだ? 早くやりたいんだけど!﹂
﹁私もそうしてほしいわねぇ。この姿を維持するの、結構大変なの
よぉ?﹂
主に肌荒れが気になるらしい。
﹁あ、はい。すみません! それでは決勝トーナメント第2戦っ!
試合︱︱︱ はじめっ!﹂
﹁﹁うらぁ!﹂﹂
開始早々に互いに右頬に打ち込まれる2つの鉄拳。セラの放った
一撃はメキメキと音を立てながらもゴルディアーナのオーラに遮ら
れ、ゴルディアーナの一撃は掠りもせず躱されている。
︵硬ったぁ⋮⋮! それに血が付かないじゃない!︶
︵速いわねぇ⋮⋮ 一撃入れるのにも苦労するかもぉ︶
間髪入れず放たれる両者の殴打。セラとバールの試合の再現のよ
うに衝撃が衝撃生み出し、爆音が会場を、大地を揺らす。
︱︱︱バァン!
1658
ッドスクリミッジ
ブラ
空気を切り裂く蹴りの交差。セラの表情が歪み、脚に施された魔
人紅闘諍に亀裂が走る。
﹁くうっ⋮⋮!﹂
ローズイシュタル
﹃血染﹄による支配も肌に付着しなければ効果を発揮せず、ゴル
ディアーナの慈愛溢れる天の雌牛が堅牢にそれを拒んでいる。パワ
ーに関してもゴルディアーナに分があり、真正面からの戦闘ではセ
ラの勝ち目は薄い。このような蹴りのぶつかり合いでは、セラのダ
メージが極端に大きくなってしまう。だが、セラが放った攻撃はこ
れだけではなかった。
ブラッドボール
﹁﹃紅玉﹄!﹂
ブラッドボール
セラの声に呼応し、血色の球体の形状が変化する。元の質量を完
全に無視した大きさの槍となった紅玉のひとつが、ゴルディアーナ
に向かって穿たれた。
︵オーラがぁ、貫かれるぅ!?︶
ブラッドボール
紅玉はセラの血を球状に凝縮させた血の塊。更にそれを﹃血操術﹄
で自在に操作し、コンスタントに扱うことを可能にした応用技であ
る。一瞬とは言えセラとの蹴り合いで拮抗した状態、速さで勝るセ
ラの攻撃を回避するのは困難だ。威力を一点に集中させた血槍は分
厚い薄紅のオーラを突貫し続け、ゴルディアーナの鋼の肌に触れよ
うと迫る。
﹁︱︱︱ふんっ!﹂
届こうとした直前、漢らしい掛け声と共に血槍が爆ぜた。
1659
第226話 桃鬼
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
﹁⋮⋮何よ、それ﹂
ブラッドボール
蹴りから瞬時に距離を置いたセラが、無意識に問い掛けてしまう。
紅玉を凝固させた血槍が血溜まりに還ってしまった発端。それを思
わず注視してしまうのは仕方のないことであり、それ程までに奇怪
な光景であった。
ローズイシュタル
エネルギー
﹁これが私の慈愛溢れる天の雌牛の力ぁ。この身体に秘められし溢
れんばかりの愛を、自在にコントロールすることができるのぉ。こ
んな風にねぇ⋮⋮ ふぅん!﹂
ゴルディアーナが全身に纏う薄紅色のオーラが胸筋に集まり強靭
なる盾を、否、強靭なる筋肉を作り上げていく。ビキビキと一箇所
に集中した桃色のそれは筋肉達磨どころの話ではなく、筋肉の集合
体と称した方が的を射た答えとなるだろう。全てを優しくじっとり
と包み込む純粋な胸筋の力、セラの血槍はこれにより押し潰されて
しまったのだ。
﹁こ、これはちょっと気持ち悪いかも⋮⋮﹂
ロノウェは思わず本心を吐露してしまう。ピンクのオーラが妙に
リアルな筋肉を形成するのだ。実際に直視するにはちょっとあれな
ところがある。
1660
﹁でもぉ、﹃第六感﹄がなかったら危なかったわねぇ。危うくセラ
ちゃんの血に触れちゃうところだったわん﹂
﹁あら、私の能力覚えているの?﹂
﹁当ったり前よん! 良い女はぁ、その人の長所から覚えていくも
のぉ⋮⋮ よぉぉ!﹂
かなりの間合いがあるに関わらず、ゴルディアーナは横殴りに拳
を振るう。
︵これは⋮⋮ 届く!︶
握り拳が放たれると同時に、またオーラが移動を開始する。ゴル
ディアーナの生体エネルギーは右腕に集結し、巨人の如き巨腕を形
成。凶悪な一撃はゴムのように腕が伸縮したかのような錯覚をも生
み出すが、セラは持ち前の察知能力で正確な情報を把握する。
︱︱︱ズ⋮⋮ ガアァーーーウゥン!
それは恐らくこれまで見たどんな攻撃よりも単純で、尚且つ強力
な一撃。
︵あっ⋮⋮ ぶなっ! 魔王より筋力あるんじゃないのっ!?︶
翼を羽ばたかせながら宙から見下ろした地上は、先ほどまでセラ
とうき
がいた位置をも巻き込んで、結界内の全てが崩壊していた。舞台は
瓦礫と化し、地面は深く抉れている。更には﹃桃鬼﹄がこちらを凝
視しているのがセラの目に入った。
はちぶんぶんぶんぶん
﹁女王蜂刺針ーっ!﹂
1661
抜き手の型から繰り出される連続突き。ふざけた技名以上にふざ
ブラ
けた威力を秘めた不可視の空気弾が上空へと放出され、セラへと襲
ッドスクリミッジ
い掛かる。当たれば体に穴が開くどころではなく、触れただけで魔
ブラッドボール
人紅闘諍ごと粉砕してしまうであろう連弾を縫うように逃れ、セラ
は先程破壊された紅玉の残骸に指示を飛ばす。
﹁崩せ﹂
セラの血液は物陰からゴルディアーナの足元へと忍び寄り、瓦礫
となった舞台の破片に付着。命令を受け、砂となり足場を崩す。
﹁あらんっ? 危ないわねぇ﹂
しかし、それが体言される前にひょいっとその体格からは似つか
ない擬音を残しつつ、ゴルディアーナが足を上げてその場から離れ
てしまった。
︵﹃第六感﹄ってやつ? 察知系スキルって言うよりも、予知能力
に近いのかしら。でも︱︱︱︶
ブラッドボール
地上の紅玉に指示を下すと同時に、セラは﹃飛行﹄スキルを全力
で使いゴルディアーナに突撃していた。如何に予知できたとしても、
それを回避できなければ意味はない。敏捷力で勝るセラの加速した
飛び蹴りは桃鬼の喉下深くに突き刺さり、巨体が瓦礫の山の中へと
吹き飛ばされる。ヒットの感触は上々、オーラを破るには至らなか
ったが、セラとしても渾身の一撃であった。
﹁ま、こんなもので倒せれば世話ないわよね﹂
﹁ええ、まったくよん﹂
1662
立ち上る土煙の中から膨れ上がるようにして現れた巨腕が大地を
押し潰す。セラはこれを難なく躱すも、手形の穴は地中深くまでそ
の爪痕を残し、これを後に修復しなければならない舞台交換班一同
はげっそりと顔をやつれさせていた。
﹁あららん? おかしいわねぇ。さっきから私、調子悪いわん﹂
﹁興奮して昨日の夜は眠れなった口かしら? ふふん、子供ね!﹂
ちなみにセラは眠れなくてケルヴィンの魔法で無理矢理眠らされ
た口である。
ソードブレイク
︵試合前に両手両足に施したステータス低下系の魔法は全部当たっ
た筈なんだけど⋮⋮︶
アーマーケロウド
幕開けの打ち合いでセラは筋力低下のC級黒魔法︻折れた剣︼×
2と耐久低下のC級黒魔法︻腐食する鎧︼×2をゴルディアーナに
付与させていた。いたのだが、それにも関わらずこの破壊力と防御
力を誇る親友の肉体には、流石のセラも感服を通り越して呆れてし
まう。
︵四重に落としたステータスでこれって⋮⋮ 出し惜しみしてる場
合じゃないわね︶
セラが指先を上げると、砂の山から隠れていた紅の血がゴルディ
アーナの後を追い、次々と触れた瓦礫を砂に変えて行く。当然なが
らゴルディアーナはこれを避けるが、意図は読み切れていない。言
ってしまえば距離を置く為の時間稼ぎなのだが。その隙にセラは事
を進める。
﹁あらん? それがセラちゃんが持ち込んだ装飾装備ぃ?﹂
1663
﹁ええ、メルの特注品よ! ピクニックにピッタリなんだから!﹂
ゴルディアーナが遠目で気がつく。セラが胸の間から取り出した
のは、円柱型の小さな水筒であった。言葉の通り、リュカやシュト
ラといった子供がピクニックに持ち込むような、その程度のサイズ
のものだ。
﹁⋮⋮グロスティーナのように、中に特別な液体が入っているのか
しらん?﹂
﹁いいえ。何の変哲もない、ただの水よ。ただ、内包する量は普通
じゃないけどね﹂
そう言うと、セラはその水筒を地面目掛けて投げ捨てた。実のと
ころ、この水筒にはセラの血液が微少ながらも付着しており、試合
開始からある命令を守っていたのだ。その命令の内容は﹃勝手に壊
れるな﹄である。この水筒が一般のものと変わらぬ強度であるが故
の命令だったのだが、その命令が今、セラによって書き換えられる。
新たな命令は﹃即座に自壊せよ﹄。
﹁何だかんだで私、パーティで一緒に戦う時に一番相性が良いのは
メルだと思うのよ。こんな風に応用が利くから﹂
水筒がベコンと折れ曲がり、生じた亀裂から水が溢れ出る。その
量は結界内の地表全てを覆い尽くし、氾濫しようかと言うレベルで
ブラッドボール
ある。その水にセラは、コーヒーの入ったティーカップに角砂糖を
ローズイシュ
入れるかのように、自らに寄り添う紅玉を一粒投下。無色透明の液
体が、僅かに赤く染まっていく。
タル
﹁ふんふん、なるほどねん。でもねぇ、これじゃあ慈愛溢れる天の
雌牛を通り抜けて、私に触れさせることはできないわねぇ﹂
1664
﹁これだけじゃあ、ね。でもこんな使い方もあるのよ?﹂
﹁⋮⋮?﹂
ゴルディアーナの足元に溢れていた紅の水が引いていく。大量の
水の行き先は、力の源であるセラの下。行き着いた水はセラの脚を
伝い、背後にてあるものを模る。
﹁あらまあ⋮⋮ 応用利き過ぎだと思うわん﹂
ブラッドスクリミッジ
形成されたのは強大な水の尾。魔人紅闘諍により視覚化された悪
魔の尻尾に付随し、連動して右へ左へと動いている。セラ自身が宙
に浮かんでいないと持て余すような長さであり、所々に血を固めて
作った刃が装着されている。グロスティーナが試合で扱った鞭にも
似ているが、あまりに規模が違い過ぎていた。
﹁ゴルディアーナも人のことは言えないと思うわよ? それに親友
との折角のバトルだもの、これくらいは︱︱︱ ねっ!﹂
水の尾は瓦礫を取り込みながら、真横へと薙ぎ払われた。
1665
第227話 女王決戦
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
バトルフィールド全域に届く怒涛の薙ぎ払い。瓦礫などの障害物
は触れたそばから全て吸収され、舞台の残骸は跡形もなく消え去っ
てしまった。水の尾の中にへと取り込まれた物体は﹃血染﹄の支配
下に置かれ、今か今かと主の命令を待ちわびる。清掃後のようなま
っさらな地表が顔を出したサプライズに、舞台交換班の面々は思わ
ずニッコリ。意図せずセラの人気が彼らの中で鰻上りと言う、無駄
に高い幸運がここでも発揮されていた。だがその代償は大きく、更
におぞましさを増した尾が誕生したのであった。
リーパーブラッドテイル
﹁刈取鮮血尾とでも名付けようかしら? 思い付きにしては上手く
いったわ! 流石私!﹂
セラが自画自賛をかます中、跳躍することで尾による攻撃を回避
していたゴルディアーナが地上に着地する。
﹁ぶっつけ本番だったのねぇ。その肝っ玉の強さ、セラちゃんらし
いわん﹂
﹁当たり前よ! 何と言ったって、私はゴルディアーナのとってお
きを実践して︱︱︱ って何言わせるのよっ!﹂
リーパーブラッドテイル
ドヤ顔から茹でダコのような顔に移行したセラが、刈取鮮血尾を
ビダンビダンと縦横無尽に振り回す。尻尾が感情表現と繋がってい
るかは定かではないが、これはどう見ても動揺している。
1666
︵あらやだぁ。激しく可愛いじゃないのぉ︶
言葉に出さないのはゴルディアーナの優しさである。落ち着きを
取り戻したのか尻尾が静まると、セラがコホンと咳払いをした。
﹁と、ともかくっ! 今までのやりとりで何となく打開策が思い付
いたわ。覚悟することねっ!﹂
﹁なら実行しなさいなぁ。良い女は行動で示すべきよぉ︵基本いっ
つも何となくなのねぇ⋮⋮︶﹂
﹁言われなくてもぉ!﹂
リーパーブラッドテイル
刈取鮮血尾が尾の先から血で生成した刃を出し、突貫する。
︵何て壮大な照れ隠しなのかしらねぇ!︶
迫り来る尾の先端にゴルディアーナの裏拳が炸裂。朱の水が一気
リーパーブラッドテイル
に飛散し、尾の大部分がこの一撃により損失してしまった。だが、
ブラッドボール
それでも刈取鮮血尾は止まらない。地表を一掃した際にちゃっかり
と取り込んでいたもう1つの紅玉が、破壊された断面から新たに刃
を構築し突撃を継続する。
︵組み付くのは下策、かしらぁ︶
リーパーブラッドテイル
如何に強靭な化物であるゴルディアーナとて、この刈取鮮血尾と
接近し続けるのは危険であった。相手は形を持たない流体。﹃血染﹄
の効果を自身が受けないにしても、圧倒的な質量を誇る水に囲まれ、
その中に沈んでしまえば折角のパワーが半減し不利に陥ってしまう
からだ。今粉砕した水の欠片が再び本体の尾と結合しようと地をに
じり寄っているのも、ゴルディアーナは見逃さなかった。
1667
︵この大きな尻尾を相手していても切りがなさそうねぇ。やっぱり
セラちゃんを狙った方が⋮⋮!︶
ゴルディアーナが尾の根元にいるであろうセラを見ようとすると、
その視線を遮るように半ばの尾が壁となって立ち塞がった。そして
︱︱︱
︱︱︱グォン!
水中にて待機していた複数の残骸、高硬度である舞台の欠片が、
砲弾の弾として矢継ぎ早に発射される。
前試合でバールが舞台のキューブを投げ飛ばして来た技を違う形で
はちぶんぶんぶんぶん
何となく真似ただけだったのだが、何とセラは成功させてしまう。
戦艦さながらの砲撃に、ゴルディアーナは女王蜂刺針で応戦。こち
らも次々と砲弾を撃墜していく。しかし一方では再生した尾の先端
が迫っていた。
ももいろドキドキスマッシュ
﹁怒桃鬼烈拳ぅ!﹂
リーパーブラッドテイル
右腕にオーラが集まる。舞台を破壊した、最強の一撃が尾の先に
衝突。大きく陥没したその先端から波紋するように、刈取鮮血尾が
水飛沫を上げながら崩壊していく。
﹁力、集中させたわね?﹂
﹁っ!?﹂
リーパーブラッドテイル
尾の根元にいる筈のセラが、ゴルディアーナの背後にいた。崩壊
の最中にある刈取鮮血尾とは真逆の方向だ。
︵尻尾に擬態させたのは、そこにセラちゃんがいると思わせる為の
1668
ブラフぅ⋮⋮!?︶
ゴルディアーナの読み通り、セラは砲撃を開始した辺りから尾の
リーパーブラッドテイル
接続を解除して独自に動いていたのだ。未来予知に迫る﹃第六感﹄
を欺くには大量の情報を与えれば良いと考えたセラは、刈取鮮血尾
ローズイシュタル
に暴れさせて意識をそちらに向けさせた。チャンスはゴルディアー
ナが慈愛溢れる天の雌牛を一点に集中させた時。セラは水尾に突撃
させて死角として利用し、その影から全力移動。ゴルディアーナの
背後に至ったのだ。そして今、オーラが薄くなったゴルディアーナ
の背に鋭い鉤爪が刺突される。
﹁⋮⋮むぐうっ!?﹂
ブラッドスクリミッジ
﹁打撃には滅法強いみたいだけど、斬撃とかの鋭い攻撃には弱いん
じゃない? この魔人紅闘諍の爪みたいに、ねっ!﹂
ズズズとオーラを掻い潜り、鉤爪がゴルディアーナの肉体を僅か
に貫く。それは詰まり、﹃血染﹄の条件が満たされたことを意味す
る。
﹁そのオーラ、消しなさい!﹂
ローズイシュタル
セラの命令は現実のものとなり、ゴルディアーナの全身を護って
いた慈愛溢れる天の雌牛が消失。ゴルディアーナのオーラを打ち破
るに成功した。しかし喜んでばかりはいられない。セラの﹃血染﹄
は単純な命令程効果的で、同時にいくつもの指示を出す等の複雑な
命令程大量の血を必要とする。僅かに触れた程度の支配ではこの命
令が限界とセラは察し、体の動きを封じるまでは指示しなかったの
だ。
﹁うふふっ、よく見てるじゃないのぉ。でもねぇ︱︱︱﹂
1669
セラが鉤爪を突き刺した先、露出した桃鬼の肉体が大きく膨れ上
がる。
︵︱︱︱! 爪が、ビクともしない!?︶
いくらセラが腕に力を入れようとも、鉤爪はまったく動かない。
動かすことができないのだ。ゴルディアーナが本気で締めた背筋は
それ以上刃を通さず、逆に退くことも許さない。しかし仮にセラが
ここで命令を変えて体の動きを封じたとしても、今度は薄紅色のオ
ーラが背に展開されて弾かれてしまう。2重の意味で引くに引けな
い状態なのだ。
﹁捕まえたわぁん!﹂
﹁かっ⋮⋮ は⋮⋮!﹂
ブラッドスクリミッジ
強烈な肘打ちがセラを襲う。腹部に衝突したそれは魔人紅闘諍の
装甲を剥がし取り、ダメージも相当なものとなった。
﹁くぅ、ふぅ⋮⋮ 触れた、わね?﹂
﹁こればっかりはねぇ⋮⋮﹂
セラにダメージを与えた肘が血で染まり、セラの支配下に置かれ
る。ゴルディアーナが右腕肘先以降の感覚が失われるのを感じ取っ
たのと、セラの次なる刺突を左手で防御したのは同時であった。防
御と言うよりは迎撃だろうか。頭部に向けて放たれたもう片方の鉤
爪を一瞬で握り潰したのだ。左手の自由が奪われるも、今度は左の
肘による肘打ち。セラの左腕の装甲が破壊され、ゴルディアーナの
自由が更に奪われる。
1670
﹁はぁ⋮⋮ はぁ⋮⋮﹂
2度の肘打ちの衝撃により、背筋で固められていた爪が折れる。
爪先は未だゴルディアーナの背に突き刺さったまま、効果は継続さ
れる。幸か不幸か、セラはゴルディアーナから離れることができた。
﹁風前の灯火ねぇ。まあセラちゃんの回復力なら問題ないのかしら
ぁ?﹂
﹁い、たいのは、嫌よ⋮⋮ くう⋮⋮﹂
ブラッドスクリミッジ
両腕を支配され奥義を封じられたゴルディアーナと、魔人紅闘諍
が剥がれ落ち、解除されかかっているセラ。ダメージの度合いで比
較すれば優劣の差は圧倒的。されど、この時点で勝敗は殆ど決して
いた。
﹁ゴルディ、アーナ⋮⋮ 貴女、コーヒーに砂糖は、はぁ⋮⋮ い
くつ、入れる?﹂
﹁⋮⋮3つかしらねぇ。ブラックも好きだけどぉ、今は3つな気分
ねぇ。夢叶わずぅ、悲しくなった時は甘いものを飲みたいものぉ﹂
﹁そう⋮⋮﹂
リーパーブラッドテイル
ブラッドボール
地表には崩壊した刈取鮮血尾の水が押し寄せ、一面を覆っている。
セラは3つ目となる最後の紅玉を水面に落とし、スキルを行使する。
オーラの護りを失ったゴルディアーナの両足は、より血の含有量を
増した水によりその場で固定され、更にその赤き水は、徐々にゴル
ディアーナの体を這い上がり始めた。彼女の眼前にはボロボロにな
り、吐血しながらも拳を構えるセラの姿がある。だが、セラの勝利
はもう間近。頭部に自身の血を触れさせれば、或いは這い上がる水
がゴルディアーナを掌握するのを見届ければいいだけなのだ。
1671
﹁ふぅ⋮⋮ 締めくらい、自分の言葉で話さないとねぇ。私の負け
よぉ。グスンッ⋮⋮!﹂
大粒の涙を浮かべながら、ゴルディアーナが敗北宣言を行った。
1672
第228話 ダンジョンでひと暴れしようぜの会
︱︱︱ガウン・大通り
﹁号外! 号外だぁー! 獣王祭決勝の組み合わせが決まったぞー
!﹂
決勝トーナメントの第1戦・第2戦の終了後、ガウンの街中はそ
の知らせで血気盛んに湧いていた。新聞屋が逸早く刷った記事がば
ら撒かれ、獣人の誰もが我先にと手に取ろうとする。老若男女問わ
ず、ガウンの人々はその結果に興味津々なのだ。皆決勝の予想外な
組み合わせに目を丸くしているのはご愛嬌と言ったところか。
﹁それにしても決勝は明日だったのか⋮⋮ てっきり今日中にやる
もんだと思ってたよ﹂
そんな中、人混みを避けるように大通りを迂回するはケルヴィン
アスタロトブレス
らであった。記事の当事者である為に下手に見つかっては騒ぎにな
ると、ケルヴィンは智慧の抱擁のフードを深めに被っている。セラ
やジェラール、アレックス、ダハクは存在自体が目立つので魔力内
に戻し、たらふくご馳走を食した影響で眠くなったメルフィーナも
魔力体となってスヤスヤと暢気に眠っている。エフィルとリオンも
街中を歩けば誰もが振り返る程に卓抜した容姿であるが、﹃隠密﹄
スキルで存在を薄くしているので多少なりは平気だ。後はケルヴィ
ンの背におぶられたシュトラ、その後ろを歩くメイド達とアンジェ
くらいなもの。 ⋮⋮十分に目立つ逸材ばかりであるが、号外に獣
人達が夢中になっているこの状況に助けられた。
1673
﹁決勝戦と命名式はセットでやるのがガウン流かな。明日は明日で
一般席は別のチケットで入場料取るらしいけどね﹂
﹁商売っ気満々だな、獣王。いや、それでも満員になるんだろうけ
どさ⋮⋮﹂
アンジェの答えにやれやれと溜息をつくケルヴィン。いくら闘技
場が広くとも、国中の獣人を収容することはできない。この様子だ
とチケットを購入するのも至難の技、今夜から徹夜で並ぶんだろう
かと考えてしまう。
﹁う、ううっ⋮⋮ グスッ⋮⋮﹂
不意にケルヴィンの背から少女のくぐもった泣き声が聞こえた。
その声の主はケルヴィンに背負われたシュトラだ。ふるふると体を
僅かに震わせ、ケルヴィンの黒ローブに顔を埋めている。
﹁元気だせよ、シュトラ。俺たちお前の助言で凄く助かったんだか
らさ﹂
﹁だ、だってぇ⋮⋮ 結局、何にも分からなかった、もん⋮⋮﹂
シュトラは今日の決勝トーナメントが終わってからずっとこの調
子であった。役に立ちたい。気持ちを新たにして臨んだ試合だった
のだが、これまでとは一味も二味も異なる次元の戦いに、彼女はつ
いて行けなかった。ケルヴィンやジェラールが横から解説を入れて
はいたが、直に見るのと間接的に聞くとでは見えてくるものも違っ
てくる。単純にシュトラのレベル・ステータス不足が原因と言えば、
それまでのこと。だが、それが彼女の心を痛めていたのだ。
﹁シュトラ様、どうか悲しまないでください。決勝トーナメントの
試合ともなれば、目で追えないのが普通なのですから﹂
1674
﹁でも⋮⋮ ロザリアやフーバーはちゃんと見てた⋮⋮﹂
﹁ロ、ロザリアは兎も角、私なんてホントにギリギリですから! 自分が戦うとなれば、あんなのついていけませんよ! 瞬殺されち
ゃいますもん!﹂
﹁⋮⋮グスッ﹂
お付のメイドであるロザリアとフーバーが何とか慰めようと奮闘
するも、シュトラは俯いたままだ。
︵なあ、記憶がなくなったからってレベルが低くなった訳じゃない
んだろ? 仮にも暗部の将軍だった割には、アズグラッドと比べて
レベルが低過ぎるんじゃないか? スキルポイントも全然使ってな
いし︶
ケルヴィンがロザリアに耳打ちする。鑑定眼で覗いたシュトラの
レベルが14と低かったことが、以前から疑問だったのだ。それに
加えスキルポイントの残りは文句なしに高いのだが、必要最低限に
しかスキルを会得しない徹底振り。アズグラッドと同様に凄まじい
才能はある。しかし、これでは宝の持ち腐れだ。
︵本来であればシュトラ様はトライセンの姫君、将軍の役職には就
く筈のないお方でした。西大陸の学園に留学する以外では滅多に城
の外に出る事もありませんでしたから、モンスターを相手にした戦
闘経験も少ないのです。しかし、シュトラ様の頭脳は一度見たもの
は決して忘れない程に天才的なもの。黙っていても何かしらの功績
を打ち立てていたでしょうが、そのまま腐らせるには惜しいと、先
代のトライセン王が配慮したのが暗部将軍就任の始まりです。スキ
ルについては、本人に聞いてみないと何とも⋮⋮︶
︵一度見たものは忘れない、か︶
1675
世界にはそんな人間もいると、ケルヴィンはどこかで聞いたこと
があった気がした。それが魔王により記憶を失ってしまうとは、世
の中とは皮肉なものである。
︵ならさ、シュトラのレベルを上げることは別に禁止してないんだ
な?︶
︵してはいませんが⋮⋮ 先ほども言いましたが、シュトラ様は大
切な姫君なのです。不必要に危険を冒すのは推奨できません。まし
てや今はこの御姿の精神状態ですし︶
︵⋮⋮アズグラッドも一応、大切な王子だろ︶
︵アズグラッドはいいのです。ご主人様と同じタイプで言っても止
まりません。戦馬鹿ですから︶
︵⋮⋮⋮︶
この扱いの差に同情していいのか、それとも自由奔放に生きれて
良かったなと言ってやればいいのか、少し迷うケルヴィン。間接的
にケルヴィンも貶されているのだが、それはもう否定のしようがな
いので開き直るしかない。しかしその話は別にして、ケルヴィンに
は﹃経験値共有化﹄がある。これを利用すれば危険を冒すこともな
く、シュトラのレベルを上げることも可能だ。要はエリィやリュカ
の時と同じ、セラ達が好き放題暴れるパワーレベリングである。も
ちろん戦闘に参加するのならば、それ用に別途訓練をする必要はあ
るのだが。
﹁シュトラ﹂
﹁⋮⋮ん﹂
﹁シュトラが望むなら、俺たちがお前を鍛えてやる。あの試合内容
が自力で理解できる程度までは保障するよ﹂
﹁お兄ちゃんが? ⋮⋮本当に?﹂
﹁ああ。もちろん、シュトラにその気があればの話だけど︱︱︱﹂
1676
﹁やるっ! 私、もっともっとできることを増やしたい。それでね、
リオンちゃんやお兄ちゃんのお手伝い、もっとしたいもの!﹂
﹁お、おう⋮⋮ なら、獣王祭が終わったら、どこか手頃なダンジ
ョンを探さないとな﹂
シュトラは顔を上げ、ケルヴィンを気後れさせる勢いで直ぐ様答
えた。どうやらお姫様は向上心の塊のようだと、ケルヴィンは苦笑
いしてしまう。その後ロザリアとフーバーにジト目で迫られるも、
リオンとエフィルの協力もあって何とか﹃経験値共有化﹄に触れず
に安全性を説くことに成功。第2回ダンジョンでひと暴れしようぜ
の会が予定されるのであった。
﹁おー、シュトラ様やる気だなぁ。よーし、お姉さんも勇気出しち
ゃおうかな! エフィルちゃん、私頑張ってやってみるよ!﹂
﹁⋮⋮? ええと、はいっ! 頑張ってください!﹂
﹁うんっ! よーし、エフィルちゃんのゴーサインも出たぞっ!﹂
突然のアンジェの宣言に意味も分からずエールを送るエフィル。
こちらはこちらで噛み合っていなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・宿
その後落ち着いた場所でセラ達の再召喚を済ませ、アンジェと別
れて宿へ戻る。屋敷の風呂には劣るが、高級宿なだけに温泉付きだ。
セラは逸早く温泉に浸かりたいと飛んで行き、機嫌を直したシュト
1677
ラ姫率いるチビッ子ら︵リオン含む︶もそれに続く。色々と不安な
ので引率役にエフィルらメイド組も向かわせた。
﹃えへへぇ、まだ腹八分目ですってぇ⋮⋮﹄
俺の魔力内でご機嫌な寝言をかますのはメルフィーナ。こいつに
至っては未だ起きる気配がない。闘技場料理人の死屍累々の姿を見
る限り、好き放題飲み食いしたのだろう。そりゃご機嫌だ。
﹁それにしても、流石に疲れたわー⋮⋮﹂
宿のソファに腰掛け、腕を伸ばす。今日だけでジェレオルにグロ
スティーナ、そして獣王と戦闘三昧であった。毒が回るわ大量出血
するわと、大変充実した時間でした。満足。
﹁明日はセラとの決勝か。近接戦主体の模擬試合じゃオール黒星だ
からなぁ。試合前にどれだけ準備できるか⋮⋮﹂
俺が頭の中で考えを巡らせていると、宿の従業員が小走りに近づ
いて来るのに気が付いた。
﹁ああ、ケルヴィン様。こちらにいらっしゃいましたか。実はお手
紙を預かっておりまして⋮⋮﹂
﹁手紙?﹂
受け取った手紙の封は2通だった。ひとつは可愛らしい封筒、も
う片方はどこかで見たことのある豪華な封筒。いや、これS級昇格
試験の時に獣王から貰った手紙と同じだろ。嫌な予感しかしない。
﹁それでは私はこれで⋮⋮﹂
1678
従業員の獣人はそそくさと去って行ってしまった。
﹁もう片方は⋮⋮ アンジェから?﹂
薄い桃色の便箋には今夜の22時に裏口から闘技場に来てほしい、
伝えたいことがあるとの内容が書かれている。わざわざ何だろうか?
こっち
﹁⋮⋮問題の豪華な封筒はどうするか﹂
見るからに罠の臭いが漂っているが、仕方ないので開封。内容は
今夜22時に城まで来てほしい、伝えておきたいことがあるとの内
容︱︱︱
﹁ダ、ダブルブッキングだと⋮⋮!?﹂
1679
第229話 告白
︱︱︱ガウン・総合闘技場
獣王祭の喧騒が幻だったように、深夜の闘技場は静まり返ってい
た。明日のチケットの販売が別の場所で行われているせいか、はた
また流石の獣人達も今日の疲れが出てしまったのか。まあそんな訳
で俺はアンジェの手紙を優先してやって来たのである。だってさ、
獣王の手紙とアンジェの手紙だよ? 見えてる地雷を踏み抜く肝っ
玉は俺にはない。獣王には明日にでも謝ろう。もう寝ていましたと。
それにだ、エフィルらにもこう言われた。
﹁ご主人様、これは行くべきかと⋮⋮﹂
﹁悩む要素がないわね。どっちに転んだとしても、けじめはつけな
いと!﹂
﹁僕はケルにいの想いを尊重するよ。グッドラック!﹂
﹁ガゥガゥ!︵ぐっどらっく!︶﹂
もう行かなければならない空気が出来上がっていたのだ。いつも
のようにプリティア探しの旅に出ていたダハクや、仮孫と戯れるジ
ェラールも同様。
﹁兄貴、マジぱねぇッスね! どんだけ甲斐性あるんスか!﹂
﹁うむ、やはりワシの目に狂いはなかったのじゃな! 王よ、ワシ
は初見から見破っておったぞい!﹂
こんな感じなのである。一体あいつらは何を言っているのか。 ⋮⋮まあいいか。ええと、闘技場の裏口、裏口はっと⋮⋮ あった、
1680
本当に誰もいないのな。警備の兵も置かないのは無用心だと思うの
だが。
今日で通いなれてしまった選手入場口の通路を歩くと、セラとプ
リティアの試合後に交換された真新しい舞台が俺を迎えてくれた。
そして、月夜の光を浴びながらその上に立つ人物がひとり。エフィ
ルと一緒にしたデートの時と同じ服を着たアンジェだった。
﹁ケ、ケルヴィン! 来てくれひゃんだねっ!﹂
めっちゃ噛んでる。噛んでますよアンジェさん。
﹁ああ、この手紙を貰ったからな。ついさっき別れたばかりなのに、
どうしたんだ?﹂
﹁ええええええっとね、その、何と言うか、本日は是非に伝えたい
ことがありまして⋮⋮﹂
さっき以上に挙動不審になっているアンジェ。なぜか敬語も混じ
り収拾がつかなそうだ。
﹁落ち着け、焦らなくても俺は逃げないって。ほら、深呼吸深呼吸﹂
﹁う、うん。ひい、ひい、ふう⋮⋮﹂
それはラマーズ法⋮⋮ またベタだな。仕方ないのでアンジェが
落ち着くまで待つしかないか。アンジェを舞台の淵に座らせ、俺も
隣に座って待つことにした。
﹁ううっ、ごめんね⋮⋮ こんな筈じゃなかったんだけど⋮⋮﹂
﹁いいって、そんなこと気にするなよ﹂
﹁⋮⋮うん、大丈夫。落ち着いた﹂
1681
暫くして、アンジェが意を決したかのように向き直る。
﹁ケルヴィン。私ね、ずっと前から︱︱︱﹂
﹁あら、こんな所で逢引かしら?﹂
﹁えっ?﹂
アンジェの言葉を遮る少女の声。振り返ると、そこには真赤な髪
を携えた小柄な少女、バールが無表情に舞台の真ん中に立っていた。
両手は腰に、長い髪は夜風でなびいている。だが、何よりも際立っ
て見えたのは脚に装着された白き脚甲。神々しい脚甲は月と星々の
光を全て取り込んでいるかの如く輝いており、この深夜の暗闇の中
では尚更その特徴が強調されていた。
﹁そんなんじゃないよ。君こそ、こんな所で何をしているのかな?
明日の決勝戦を見る為の場所取り、って訳じゃないよな?﹂
俺は直ぐに立ち上がり、アンジェを庇う様にして前に立つ。理由
は分からないが、彼女は明らかに高ランクの武具を装備している。
恨みを買った覚えはないが、そうでなくともセラ絡みで色々ありそ
うなバールのことだ。警戒するのは当然のことだろう。
﹁ケルヴィン?﹂
﹁アンジェ、俺から離れるな﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
そう言うと、アンジェがローブの背の部分を軽く摘む。幸いこち
らも装備はいつもの一式に着替え直している。状況的に不味いのは、
やはりアンジェの存在だろうか。
1682
﹁私? 私はね、貴方に会いに来たのよ、ケルヴィン﹂
﹁俺に、か? セラじゃなくて?﹂
名指しですか。何かしたっけ、俺⋮⋮
﹁そう、貴方によ。私はある組織に所属していてね、今日は貴方を
その組織にスカウトしに来たの﹂
﹁スカウト?﹂
﹁そう、今日の戦いを粗方見せて貰ったわ。まだ荒削りなとこもあ
るけど、末席を担う力はあると私は判断した。パーティメンバーの
強さも含めて、まだまだ成長の余地もある﹂
バールが髪をかきあげる仕草を取る。胸はないが妙に色気がある
ように感じる。
﹁そいつは光栄だが、組織って言うと詳しくは? 何を目的とする
んだ?﹂
﹁それは言えないわ﹂
﹁⋮⋮おいおい、本当に勧誘する気があるのか? 何の組織かも分
からずに付いて行く馬鹿はいないだろ﹂
﹁組織に来るにおいてこちらから出す前条件はひとつだけよ﹂
﹁無視ですか?﹂
俺の言葉に構う素振りも見せず、バールは一方的に話を先に進め
る。
・・・・・・・・・・
﹁メルフィーナとの契約を解除なさい。そうすれば、貴方と他の仲
間達は見逃してあげる﹂
﹁︱︱︱!﹂
1683
⋮⋮こいつ、メルフィーナの存在を、それどころか俺と契約を交
わしていることまでなぜ知っていやがる? いや、考えられる可能
性はひとつか。以前、メルフィーナに相談した際の、あの話。
﹁組織ってのは、エレアリスの復活が目的なのか?﹂
﹁ッチ﹂
あ、眼を逸らしながら舌打ちした。この子、見た目よりも嘘付く
のが苦手なタイプだ。
﹁成る程な。で、君のお仲間にはジルドラって名前のお仲間もいる
のかな? って言うかいるだろ﹂
﹁⋮⋮これ以上の会話は不要よ。選びなさい﹂
もう聞く耳は持たないと腕を組み、瞳を閉じるバール。否定しな
いってことは合ってるのか。どうやら前の転生神様は本当に黒っぽ
い。しかし、これ以上情報は聞き出せそうにないな。
﹁断る。さっきも言ったが、そんな胡散臭い組織に行く謂れがない﹂
﹁⋮⋮そ。なら、仕方ないわね﹂
バールがガキンと脚甲で地を鳴らす。来るか、そう俺が身構える
と、急に背後へと引っ張られるような力を感じ、気が付くと視界に
はアンジェの顔があった。悲しそうな、それでいて口元をニヤけさ
せている複雑な表情だ。
﹁残念だよ、ケルヴィン。でも、これでケルヴィンの首は私のもの
だね﹂
首元に熱いものが感じた。そして、更にそこから視界がぐるぐる
1684
と反転する。ん、ゴロゴロか? 兎も角、俺の視界は幾度かの回転
を終えると停止し、そこから動かなくなった。体の感覚はなく、寒
い。何なんだ、これは︱︱︱
==============================
=======
死亡を確認。転生神の加護を発動します。死亡前の状態に復帰致し
ます。
クールダウン残り時間=720:00:00
==============================
=======
見慣れぬメニューバーが表示される。﹃並列思考﹄から瞬時に考
え出される答えが、俺の脳内に描かれた。
﹁あれっ? 首、ちゃんと飛ばしたよね?﹂
﹁加護の力でしょ。次はないわ﹂
アンジェが気の知れた仲間と話すように、バールと会話している。
その手に持つは鋭いダガーナイフ。ああ、そうだ。俺は護っていた
筈のアンジェに、首を刎ねられたのだ。
﹁もうっ! 駄目だぞ、ケルヴィン! 人の命はひとつだけなんだ
から、世界の摂理から外れるようなことをしたら!﹂
﹁転生したアンタが言っても説得力ないわね﹂
﹁全く同じ言葉を君に返すよ﹂
1685
どこから取り出したのか、アンジェは黒のフードに黒の外套を纏
っていた。2人から距離を取り、丁度真ん中の辺りに移動する。
﹁アンジェ、君は⋮⋮ 本物か?﹂
﹁あ、酷いなぁ。私は紛れもなく、ずっと一緒にいたアンジェさん
だよ、ケルヴィン? 確かにステータスはずっと﹃偽装﹄してたけ
ど、私は私だよ﹂
﹁⋮⋮もういいでしょ。さっさと済ませ︱︱︱﹂
﹁ああ、待って! これだけは言っておかないと!﹂
﹁ッチ。早く済ませなさい﹂
アンジェは俺に向き直る。バールが現れる前の、焼き直しをする
かのように。 ﹁言いそびれたから、今言うね。私ね、ケルヴィンのこと好きだっ
たんだ。一目惚れかは分からないけど、とにかく好きになったんだ。
実はこの外套もケルヴィンを真似て着てるんだよ。お揃いだねっ。
うん、何も言わなくていいんだ。ケルヴィンは強いし、優しいし、
暴力も振るわないし、笑顔が可愛いし︱︱︱ だからさ、仲間にな
ってくれないなら、せめてさ、そのままの笑顔で、私にケルヴィン
の首を頂戴♪﹂
彼女はいつも見せていた笑顔で、そう言い切った。
﹁ハァ⋮⋮ 第六柱﹃断罪者﹄よ。恨むならメルフィーナを恨むの
ね﹂
﹁第八柱﹃暗殺者﹄︱︱︱ は、いっか。いつも通りアンジェって
呼んでね、ケルヴィン﹂
両者から凄まじい殺意が溢れ出した。
1686
第230話 ともだち
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
野生の本能が危険を知らせるのか、彼方で野鳥の群れが大群を成
して飛び去って行くのが見えた。それもやむを得ないこと。肉眼で
も2人から放出される禍々しい殺気が見える気がするのだ。災害の
前触れに敏い動物などは尚更敏感に感じるのだろう。
﹃エフィル、リオン、セラ︱︱︱ 皆聞こえるか? 緊急事態だ﹄
意思疎通で念話を飛ばすも反応がない。試合とはまた異なる周囲
に張られた紫色のこの結界、こいつに魔力が阻まれているのか。召
喚術も結界外に対して効果がないらしく、うんともすんとも言わぬ
無反応のまま。トライセン城に施されていたものと同種のものと推
定、しかし用意周到だこと。誰かしら配下ネットワークが途切れた
ことに気が付いてくれればいいのだが。今俺の魔力内にいるのはボ
ガとムドファラク。そして俺のローブの中にいる︱︱︱
﹃確かに緊急事態ですね。何よりもあなた様を殺した愚行、例えア
ンジェであろうと許されるものではありません﹄
﹃メルフィーナ、起きていたの︱︱︱ そうか! お前、俺の魔力
内で寝たままだったな!﹄
寝惚けたメルフィーナは日が悪いと酔ったセラ並にHPが削られ
るからな。疲れてて起こすのを面倒に思っていたのが幸いした。結
界内であれば召喚も可能だ。
1687
﹃⋮⋮あなた様、存外冷静なのですね﹄
﹃何がだ? 戦闘では興奮はしても冷静であるべきだろ﹄
﹃いえ、その⋮⋮ 友人であるアンジェの裏切り、ショックではな
かったのかと﹄
﹃⋮⋮⋮﹄
裏切り、か。流石の俺だって衝撃ものだったよ。信頼していた友
達に殺されたのだから。ショックを受けない筈がない。だが、それ
以上に納得してしまっている自分もいるんだよな。理由は自分でも
よく分からないが⋮⋮ アンジェと親しかったセラやリオン、男で
言えばジェラールもそうだが、アンジェは俺に好意を抱いていると
口々に言っていた。俺だってアンジェに好意を持っている、友人と
してさ。でも皆が言っているのはエフィルやセラのような異性に対
しての感情だ。俺は以前からどうもそこが分からなかった。
﹁ケールヴィン♪﹂
変わらぬアンジェの笑み。あの笑顔でこれまで音もなく背後に立
たれたことも多々あったっけ。その度に俺は驚き、ゾクゾクしたも
のだ。あのステータスで︵結果的に偽装していたそうだが︶、俺を
出し抜く技量があったのだから。レベルを上げ、成長すればどれ程
の実力に至るのか、心を胸を高鳴らせたものだ。
﹃⋮⋮ああ、そうか﹄
﹃あなた様?﹄
好意の裏に、アンジェは俺の首がほしい程の狂気を孕んでいた。
一方で俺は好意の裏に、完成したアンジェと戦ってみたいと感じて
いたんだ。なるほど、これでは一般的な恋慕と指摘されてもしっく
りこない訳だ。似ているようで、全くかけ離れた感情なのだから。
1688
しかしだ、ある意味これは︱︱︱
﹃︱︱︱俺は、アンジェに恋していたのかもしれないな﹄
﹃あなた様っ!?﹄
そう考えれば自然と鼓動が跳ね、口角が上がってしまう。
﹃ここ最近で一番良い笑顔なのは良いのですが、その台詞は聞き捨
てなりません! 妻の前で堂々と浮気発言はどうかと! どうかと
っ! ⋮⋮むむっ!﹄
ともだち
ああ、そうだ。俺たちの関係はこう言った方がしっくり来る。俺
たちは元々仲の良い好敵手だったんだ。どうしよう、アンジェの顔
を見るとドキドキが止まらない。これは今直ぐやるしかないではな
いか。
﹃⋮⋮ああ、そうでした。こと戦闘が絡むとあなた様も狂っていた
のでしたね﹄
﹃だから人の心を読むなといつも言っているだろ。まあ、それなら
話が早いか。メルフィーナはバールの相手を頼む。俺はアンジェの
想いを受け止める﹄
﹃その言い方もまた不満ですが、寛大な心で従いましょう。正妻と
して!﹄
よし、念話による高速会話はいったん終了。俺はバールに背を向
け、アンジェと対峙する。
﹁ここが死地になるなんて、戦闘狂の貴方にとっては本望じゃない
? ⋮⋮って、どこ向いてるのよ?﹂
﹁ケルヴィン?﹂
1689
﹁アンジェ、今まで気がつかなくてごめんな。アンジェの想い、全
力で応えようと思う﹂
亜空間に繋がる﹃保管﹄に手を入れ、右手に黒杖ディザスターを、
左手に愚聖剣クライヴを構える。
﹁無視⋮⋮? ふうん⋮⋮﹂
背後ではキィーンと甲高い音が鳴り出しているが、今はそれどこ
ろではない。それどころではないのだ。それに俺の背中は心強い女
神が護っている。
﹁無視とは何ですか。貴方が相手しているのは召喚士なのですよ?﹂
魔方陣の光と共に現れたメルフィーナが聖槍ルミナリィの槍先を
バールに向ける。
﹁︱︱︱転生神、メルフィーナ﹂
﹁今はメル、もうすぐメル・セルシウスですけどね﹂
﹁⋮⋮享楽に溺れた神、か。やはり貴女は神に相応しくない。いい
わ。断罪者の名に懸けて、貴女を裁いてあげる﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・大通り
ガウンの街並みを3つの黒き風が奔る。目指す先はガウン総合闘
1690
技場、ケルヴィンがアンジェに呼び出された場所だ。
﹁ジェラじい、さっきの話本当なの?﹂
﹁ウォン?︵本当?︶﹂
﹁マジじゃて。こっそり覗いておったこの目で、確かに見たんじゃ
! 王が、アンジェが危ない!﹂
疾走するはジェラール、リオン、アレックス。皆が気を使って配
下ネットワークを閉じる中、ケルヴィンが回線をそのまま解放して
いたのを良い事に、ひとりだけ覗き見していたジェラールが大慌て
で全員を呼び出したのが始まりだった。
﹁アンジェが告白しようとした所に、あの赤髪の女子が現れたのじ
ゃ! しかもその瞬間に視界が閉ざされてしもうた!﹂
﹁ケルにいからはそのバールって子には注意しろって言われてるし、
それが本当ならかなり危険な状況だよ﹂
﹁ガゥガゥ︵急ごうよ︶﹂
﹁うん、そうだね! ジェラじい、僕たち先に行って︱︱︱﹂
﹁待てぇい! 前に誰かおるっ!﹂
リオンとアレックスが先行しようとすると、ジェラールが珍しく
もリオンに対して声を荒げ、制する。闘技場はもう目前。しかし、
その前にひとりの人影が立ち塞がっていたのだ。傷だらけでボロボ
ロの軽鎧を身に着けた、腰に刀らしき得物をぶら下げた男。黒き髪
もボサボサであり、長旅から帰ってきた冒険者を思わせる風貌であ
った。
﹁やあ、また会ったねぇ﹂
リオンはその男を見たことがあった。それも、つい最近に。
1691
﹁おじさん?﹂
その男は獣王祭3回戦でリオンと戦い敗北した無名の剣士。のん
べんくらりな佇まいは変わらないが、どこか油断できぬ雰囲気を醸
し出している。
﹁リオン、気を許すでないぞ。こやつ、強い﹂
﹁うん⋮⋮ おじさん、今日僕と戦った時は手加減してくれたの?﹂
﹁いやぁ、おじさん目立つのが苦手でねぇ。君みたいな小さな娘を
斬る趣味もないから、つい棄権しちゃったよ。断罪者も頑張ってた
みたいだしねぇ﹂
男は刀の柄に覇気のない瞳を落とす。
﹁おじさんから、ひとつ忠告しよう。ここから先には行かない方が
いい。化物共が戦っているからさ﹂
男がそう言った瞬間、闘技場の丁度真ん中辺りで凄まじい轟音が
鳴り響き、その衝撃がリオンとジェラールを通り過ぎた。
﹁ほら、ね? 良い子はもう寝る時間だし、回り右してくれると嬉
しいねぇ。おじさんもさっさと帰って寝たいから﹂
﹁それは聞けないかな﹂
﹁グルゥウウウゥ⋮⋮!﹂
﹁うむ。何者かは知らぬが、立ち塞がるならば押し通るまで﹂
各々が剣を抜くのを見て、男は大きく溜息を吐いた。
﹁やっぱりこうなるかねぇ⋮⋮ 自己紹介くらいはしておこうか。
1692
第九柱﹃生還者﹄だ。適当によろしくしてやってよ﹂
1693
第231話 赤面
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
スクリミッジディビリテイト
﹁魔人蒼闘諍﹂
セラと相対するような蒼き魔力がバールの脚部に集中し、純白の
脚甲の隙間からその中へと潜り込んで行く。膨れ上がる膨大な魔力
量に耐え切れなくなり、やがて脚甲がはち切れるだろうと言うのは
ブラッドスクリミッジ
想像に難くない。だが、その脚甲は蒼き魔力と調和し適応するよう
スクリミッジディビリテイト
に、新たな姿に変貌していった。セラの魔人紅闘諍が拳を中心に赤
き魔力の鎧を纏う魔法とすれば、バールの魔人蒼闘諍は脚を中心に
蒼き魔力の鎧が纏う魔法。禍々しくも洗練された優美なる形状のそ
れにより、元々リオン程の背丈しかなかったバールが、今では成人
男性の目線よりも高みから見下ろすまでに及んでいた。脚部程堅牢
ディバインド
ではないが、頭部には悪魔の角、背には翼、更には尻尾まで顕現し
て蒼き鎧が覆っている。
ディバインドレス
﹁神聖天衣﹂
レス
対してメルフィーナが纏ったのは神聖なる白き天使の翼。神聖天
衣により翼からメルフィーナの各装備へオーラが波及し、浸透する。
対峙する2人は正しく天使と悪魔の姿を体現しており、奇しくも以
前メルフィーナとセラが戦った光景に似ていた。
﹁その技、やはり貴女は悪魔なのですね。セラの妹さんですか?﹂
﹁これ以上の会話は不要。そう言った筈よ﹂
1694
その言葉を皮切りに、メルフィーナの聖槍とバールの蒼脚がぶつ
かるのであった。うーむ⋮⋮ 意思疎通と並列思考の同時処理でメ
ブラッドスク
ルフィーナの視点から2人の戦いを覗き見ていたが、バールが悪魔
リミッジ
なのは確定だな。そしてセラと類似した技も使うと。セラの魔人紅
闘諍は固有スキルである﹃血染﹄と﹃血操術﹄を練り込んだもの。
だとすれば、バールのあの蒼いのも何か特殊な効果を秘めている可
能性が高い。よし、情報を整理してメルフィーナに送っておいて︱
︱︱ さあ、俺は俺で正念場だ。
﹁私の想いに応える? 何を? ケルヴィンの首をくれるの? 私
と一緒に組織に来てくれるの? それなら歓迎するよ。エフィルち
ゃんも、リオンちゃんも! あ、でもメルさんは駄目だけど⋮⋮﹂
アンジェは気まずそうに答える。
﹁残念だけどどっちも却下だよ。とてもじゃないが了承できない﹂
﹁なら︱︱︱﹂
﹁だけどアンジェを俺の屋敷に、仲間に迎え入れることはできる。
アンジェ、俺と一緒に暮らそう﹂
﹁⋮⋮へっ?﹂
﹁今になってアンジェの魅力に気がついたんだよ、俺。それに首を
やるのは駄目と言ったが、それはただでは駄目と言う意味だ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁時と場合は選んでほしいが、基本は日常のいつでも取りに来てい
いぞ! まあ、こっちもただでくれてやるつもりはないから、その
度に全力で戦ってもらうけどな。どうだ!? あ、でも狙う首は俺
限定に︱︱︱﹂
﹁ちょ、ケ、ケルヴィン。ストップ、ストップ!﹂
気がつくと、アンジェの顔が真赤になっていた。あたふたと両手
1695
を前に押し出している。
﹁どうしたんだ? まだ首取りから我が家のルールまで全然説明が
終わっていないぞ?﹂
﹁私が暮らすのは決定事項なの!? そ、それにその条件なら別に
首はいらない⋮⋮﹂
アンジェは黒のフードを深く被り、顔の上半分を隠してしまった。
しかし下半分は目を凝らさずとも赤くなっているのが分かってしま
う。
﹁⋮⋮ほ、本気?﹂
﹁ああ、本気だ。アンジェが来れば、エフィルやリオンも喜ぶ。何
よりも俺が嬉しい﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
長きに渡る沈黙。その間にも背後から奏でられる剣戟が俺の耳に
入ってきていた。
﹁ちょっと、暗殺者! 貴女︱︱︱﹂
﹁貴女の相手は私ですよっ!﹂
﹁ッチ!﹂
アンジェに視点を合わせつつも、俺の並列思考のひとつはメルフ
ィーナの状況を把握している。メルフィーナの聖槍から放たれる刺
突をバールが右脚の蒼脚を折り曲げて受け止め、直ぐ様に反撃に転
じている場面だ。息つく間もなく両者から繰り出される白と蒼の連
撃の嵐は、更なる狂想曲を闘技場内に奏で続ける。
苦戦しながらもメルフィーナと渡り合っているバールであるが、
1696
実はこれ、結構凄まじいことをしている。メルフィーナは自身の固
有スキル﹃絶対共鳴﹄の効果に従い、俺のステータス値を等分した
数値のステータスとなる。ここで重要になるのが人間から魔人に進
化するに伴い大幅強化された俺の最大MP値。これを考慮してメル
フィーナのステータスを割り出せば、その各数字は優に3000を
超えるのだ。これはクライヴと合体した魔王ゼルの能力をも上回る。
メルフィーナはまだ様子見といった感じだが、バールも全ての手を
曝け出しているようには見えず、底が知れない。
ディバインドレス
そして気になることがもう一点ある。メルフィーナの神聖天衣に
ついてだ。自らのみならず相手の能力上昇・減少効果、果ては状態
スクリミッジディビリテイト
異常をも解除する神聖なるオーラは、本来であればバールの蒼脚、
ディバインドレス
魔人蒼闘諍にも効果を及ぼす筈。しかし、バールの攻撃を受ける度
に実際に削り取られているは神聖天衣の方であったのだ。これがバ
ールの能力に関係しているのかは分からないが、そう言えばセラと
の試合の時も︱︱︱ っと、アンジェがそろそろ返事をしてくれそ
うだ。
﹁︱︱︱ケルヴィン。私も嬉しい、かも﹂
長い沈黙からアンジェが口を開き、ポツポツと言葉を紡いでいく。
﹁私ね、何度も何度も機会を作ろうとしたんだ。でも、なぜか毎回
上手くいかなくて⋮⋮ だからね、ケルヴィンがそう言ってくれて、
本当に嬉しい⋮⋮﹂
﹁ならさ、こっちに来いよ。アンジェ。俺たちはアンジェを歓迎す
る﹂
﹁⋮⋮ありがとう﹂
アンジェは黒フードを被りながらも、必死に気持ちを伝えようと
1697
している。やがて左手を軽く振るい、何かを投げた。
︱︱︱カッ!
唐突に放たれた激烈な閃光。アンジェが放り投げたのは閃光弾か。
だが女神の指輪により目くらましの効果は半減。次いでその中から
ソニックアクセラレート
現れるダガーナイフの刃が、再び俺の首にへと向けられているのは
ベネディクションキュア
見えていた。沈黙の間に施していた風神脚で全力回避。それでも刃
先が掠るのだから、スピードでは勝負にならないな。念の為、全晴
を傷口にかけておく。
﹁あははっ! でもねケルヴィン、それはないよっ! だって私、
ケルヴィンを裏切ったんだよ? そんな甘い話、乗る訳ないじゃん
!﹂
先程の恥じる仕草は演技であったのか。フードの中のアンジェの
表情は、この状況を楽しむように笑っていた。続け様にナイフが急
所目掛けて振るわれるが、俺は愚聖剣クライヴでアンジェのダガー
ナイフを弾き返した。が、その衝撃が腕に染み入る。どうやら力も
俺より上のようだ。実に良い。
﹁俺は思ったことを言っているだけだよ。それに俺と長い付き合い
のアンジェなら知っているだろ? 俺はいつもやりたいことをやっ
ているだけで、別に正義の味方なんて高尚なもんじゃない。今はさ、
アンジェがほしいだけだ﹂
﹁⋮⋮っ!﹂
俺とてこの程度の言葉でアンジェが心を許すとは思っていない。
だが僅かに、極僅かにだがアンジェの心が揺らいだのが感じられた。
可能性はまだ0じゃない。
1698
ボレアスデスサイズ
﹁大風魔神鎌﹂
ンエッジ
オブシダ
黒杖に死神の鎌を付与し、両手持ちに変える。クライヴは剛黒の
黒剣を扱う要領で宙に浮かせ、刃先をアンジェに向ける。
﹁言いたいことは言った。後は行動で示すだけだ。アンジェ、俺は
全力でお前を連れて帰る﹂
﹁⋮⋮勝手だね。なら、私はそろそろ本気でケルヴィンの首を貰お
うかな。元々それが目的だったしね﹂
﹁そうしてくれると嬉しいな﹂
元々こうなるのも目的のひとつだった訳だし。
1699
第232話 暗殺者
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
闘技場内は荒れていた。何がって? 全てだよ。どうやら舞台を
覆うこの紫の結界は俺たちの脱出と魔力領域を阻むものらしいんだ
が、魔法などの攻撃は普通に通過するようなのだ。衝撃波やら何や
ら諸々である。
﹃メルフィーナ、こっちも戦闘に入る﹄
﹃あら、振られて見事に玉砕したのでしょうか? 慰めます?﹄
﹃まさか。アンジェは俺の想いに応えてくれたよ﹄
﹃冗談ですよ。私もあなた様に助太刀したいところですが、こちら
はそれ程甘い相手ではないようです。お気を付けください﹄
﹃了解。意思疎通は気に掛けといてくれよ﹄
メルフィーナのありがたい忠告を受けると同時に、俺は自身とメ
ルフィーナの視界双方から闘技場内全ての情勢を把握。メルとバー
ルの状況は変わらず、地上・空中と場所を変え周囲の環境をズタズ
タにしながら戦っているようだ。当然ながら舞台もズタズタ、それ
以上か。言葉では言い表せない程に悲惨な様相を呈している。こり
ゃ明日になったら獣人の皆さんが愕然とするだろうな。特に舞台交
換班が。
ソニックアクセラレー
フト
ライ
一方で風神脚と飛翔で縦横無尽に結界内を駆け巡る俺をアンジェ
が猛追。素晴らしき追いかけっこの真っ最中だ。あれだけ大言吐い
といて逃げの一手かというツッコミはなしでお願いしたい。それだ
けアンジェの力はやばい。下手に向こうのテリトリーに入ってしま
1700
えば命はないだろう。
﹁ケ∼ル∼ヴィ∼ン∼、待ってよー﹂
アンジェはダガーナイフを逆手に持ち、首元で構えるようにして
ショットウィンドインパクト
俺に向かって来ている。一秒でも立ち止まれば即座に追い付かれて
しまう為、生じる隙の少ない烈風刃や衝撃をばら撒く。が、当たる
気が全くしない。﹃天歩﹄を会得しているのか、時折空中にて有り
得ない角度で方向転換、更にはその瞬間に加速までしている。細心
の注意を払い、察知系スキルを全開にしてやっと捉えられるかとい
う脅威の速さ。魔法の猛攻という名の障害物を乗り越え、こうして
る間にも距離が縮められている。アンジェ、ひょっとしたらうちの
パーティ内で最速のエフィルやメルフィーナよりも速いんじゃない
か? 鑑定眼で見ようにも、ステータスは一般人と変わらぬ一桁二
桁の値。ついさっきアンジェが言っていたステータスの﹃偽装﹄と
かいう効果だろうか。スキルによるものかは知らないが、獣王の﹃
変身﹄のようなもんだと思っておこうか。
﹁これならどうだ?﹂
エアプレッシャー
無詠唱による重風圧を結界内全域に発動させる。速いのならば、
まずは機動力を削ぐ。メルフィーナと俺だけが効果が及ばぬよう調
整し、これだけで舞台が悲鳴を上げるであろう威力で押し潰す。
﹁∼∼∼♪﹂
エアプレッシャー
⋮⋮この人鼻歌交じりにそのまま突っ込んできたよ。全然堪えて
ないよ。いやいや、それにしたって重風圧の中をあのスピードで駆
けるのはおかしい。ジェラールだって多少は怯むんだぞ、これ。
1701
﹁⋮⋮ッチ﹂
バールは不快感を露にしながらも、問題ないとばかりにメルとの
戦いを再開している。それでもこっちは僅かなりに速さが落ちてい
るようにも見える、か? 単純なパワーはてっきりアンジェよりバ
ールの方があるかと思っていたんだが。 ⋮⋮などと考えていても
始まらないか。アンジェは最早眼前なのだ。
﹁クライヴ、行け﹂
遠隔操作にて宙に漂わせていた愚聖剣に命令を下す。この長剣、
通称﹃綺麗なクライヴ﹄はお察しの通り魔王戦にて回収した愚剣ク
ライヴ君を俺が鍛え直したものだ。世界の憎悪を閉じ込めたかのよ
うに呪いを垂れ流していたこいつを清め、制御するのにはなかなか
困難を極めた。巨大であったサイズを使いやすいよう普通の長剣レ
ベルまでに調整したりさ。見た目は黒々しく変わらないが、曲がり
なりにも一応は聖剣となった。だから綺麗なクライヴだ。とは言っ
たものの、今やクライヴの意識なんて微塵も残っていないので綺麗
も糞もない。むしろこうなっても内部に呪いを溜め込んでいるので
汚い。 ⋮⋮やっぱり汚いクライヴ君でいいか。まあ、その末に出
インパクト
来上がったこの剣であるが、リオンに使わせるのには色々と抵抗が
あったので俺が使用することにしたのだ。狙うはアンジェが衝撃を
躱し、天歩を使った瞬間。軌道修正を行った直後の死角からの攻撃
だ。
﹁あっ︱︱︱﹂
タイミングは申し分なかった。連射した魔法群がアンジェを襲い、
隙間を埋めるように放たれる。そしてアンジェが急加速した瞬間、
背後より愚聖剣クライヴが解き放たれ︱︱︱ アンジェの体を通り
1702
過ぎた。
﹁︱︱︱ぶないな∼﹂
一瞬、俺も何が起こったのか分からなかった。愚聖剣クライヴは
確かにアンジェを貫いた筈だったのだ。しかし、アンジェは何事も
なかったかのように俺の追跡を再開している。無論これはクライヴ
の力などではない。考え得るとすればアンジェの能力だが⋮⋮
﹁ケルヴィ∼ン、こんな女を女と思っていないような奴を私に差し
向けないでよ。頭にきちゃうから、さっ!﹂
頬を膨らませて怒ったような表情をしながら、アンジェは外装の
内から小ぶりのナイフを1本取り出し、先ほど自身の体を通り過ぎ
たクライヴに対しそれを投げた。
︱︱︱キンッ。
投じられたナイフが愚聖剣クライヴの柄部分に当たり、鋭い金属
音が反響する。次いで聞こえて来たのは爆発音。接触がトリガーだ
ったのか、アンジェのナイフがクライヴ諸共自爆したのだ。ナイフ
型の爆弾かよ。汚いクライブ君が痛手を受けて落下していく。
こいつ
﹁これで消毒完了、っと! ケルヴィンも反省してね﹂
﹁ああ、今度からクライヴは男とモンスターが相手の時だけに使う
ようにするよ﹂
﹁うんうん、素直でよろしい﹂
俺たちは笑顔で会話を交わすが、最早俺とアンジェの間に距離は
ない。これは︱︱︱ 追い付かれる。
1703
﹁⋮⋮よう﹂
ボレアスデスサイズ
ヒーリックスバリア
アンジェは俺の振るった大風魔神鎌を、展開していた螺旋護風壁
を物ともせず、全てをすり抜けて俺の前に現れた。もう疑う余地は
ないな。物質から魔法に至るまで、それらをすり抜けることができ
る。それがアンジェの力か。
﹁うんっ、やっと捕まえたよ。ケルヴィン♪﹂
大鎌を持つ腕をしっかりと摑まれる。しっとりとした、アンジェ
の手の平が温かい。
﹁それじゃあ、首、貰うね﹂
穏やかな微笑みから言い渡される死の宣告。アンジェの温かな手
と相異する冷ややかなダガーナイフが、俺の首に迫ろうとしていた。
﹁言っただろ、全力で戦うって。召喚士としても、さ﹂
﹁︱︱︱っ﹂
アンジェの背後には背を照らす白き光。宙に描かれた巨大な魔方
ボレアスデスサイズ
陣を隠蔽している暇は流石になかったが、ギリギリ間に合ったか。
サイレントウィスパー
アンジェが大風魔神鎌をすり抜けた時点で召喚していて正解だった。
魔力体であるうちに準備もさせていたしな。おっと、無音風壁も忘
れずに⋮⋮ よし。
﹃ボガ、ありったけ叫べ!﹄
言葉を交わしている以上、音は聞こえているんだろ、アンジェ?
1704
﹁グゥルルゥアアーーーーー!!!﹂
ボガの召喚と同時に放たれた超ド級の音波によるブレスが、闘技
場に更なる打撃を与えていった。
1705
第233話 やる気スイッチ
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
結界を通り抜けた破壊の音色は物質に干渉し始め、遂には闘技場
自体が危うい状態になっていた。突き出した高閣は崩れ落ち、観客
席に衝突。破壊は連鎖を呼び起こし、更にそこから亀裂を走らせる。
同時にこれはアンジェに対しても言えることだった。
﹁∼∼∼っ!﹂
俺の腕を握っていたアンジェの手は力なく放される。如何なるも
のも通り抜けるアンジェの能力も、爆音までは対応し切れなかった
か。それとも不意打ちでなければ異なった結果を迎えたのか。どち
らにせよ、ボガのスタン効果を付随したゼロ距離発射ブレスはアン
ジェの体を痺れさせ硬直させている。これ、もろに食らうと耐久に
関係なく辛いんだよな。今のアンジェは耳もろくに聞こえていない
ことだろう。だがここで攻撃を止める訳にはいかない。今がまたと
ない最大のチャンスだ。鎌を片手で肩に担ぎ直す。
セラ
これを実戦で使うのは刀哉達と戦って以来か。セラの﹃格闘術﹄
を借り、辛うじて真似ることができた魔法と格闘術の応用。師匠の
足元にも及ばないながらも、今ならば自分の力だけで形にすること
ができる。拳に緑魔法の風の力を篭め、瞬時に安定化。飛散しない
うちにさっさとぶっ放す。
﹁く、うっ⋮⋮!﹂
1706
ハイパーインパクト
打ち放たれた俺のアッパーカットはアンジェの腹部へと突き刺さ
り、仕掛けた多重衝撃が内部へ幾度も衝撃を与え続けた。本来広範
囲に及ぶこの魔法をコンパクトに纏めた為か威力も凝縮、結果的に
内臓系が相当圧迫されるのだ。この一撃と続く衝撃でアンジェは空
中に浮かび上がった。
﹃ボガ、遠慮はいらない! 全力でやれ!﹄
この程度でチャンスを終わらせるなんて愚考は勿論しない。アン
ジェが向かう先にはボガが、更に補足すれば宙にてとんぼ返りをし、
その頑強で強靭なる岩の尾を叩きつけようとするボガがいた。
﹃ゴアァ!﹄
岩山が猛スピードでアンジェに迫り、鈍い音を鳴らしながら真下
へと叩き付ける。うん、当たった感触はあったようだ。それにして
もボガも器用に動けるようになったな。これもジェラールの指導の
成果なんだろうか? あれで教えるのは得意だからな、分からない
ものだ。さて、高速で落下するアンジェに動きはまだない。このま
まだと舞台の残骸が散らばる地上に直撃か。なら次、行こうか。
﹃メルフィーナ、いけるか?﹄
﹃愚問ですね。私とあなた様は一心同体なんですよ。理想のタイミ
ングです﹄
アンジェが地上に衝突しようとしていた時、メルフィーナとバー
ルも戦場を地上に移していた。メルフィーナが上手く誘導したと言
えばいいのか、バールは地に片膝を付いて体勢を立て直そうとして
いる。
1707
セルシウスブライア
﹃氷女帝の荊﹄
メルフィーナが聖槍ルミナリィの柄の底で地面を叩くと、その場
を基点に膨大な数の氷の荊が闘技場を蝕み始めた。蝕むは語弊があ
るか。倒壊仕掛けていた建物が茨の力と凍結の効果で一時的に補修
されているのだから。
﹁こ、のっ⋮⋮! 義体の分際で、なぜこれ程の力をっ⋮⋮!?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
セルシウスブライア
飲み込まれたのは闘技場だけではない。地に伏すバールと地上に
落ちたアンジェも同様だ。増殖を続ける氷女帝の荊はバールの蒼脚
を巻き込み、動かぬアンジェの全身を包み込んでいく。触れるだけ
でダメージを伴う無限増殖の茨だ。取り払うのは不可能に近い。
セルシウスブライア
﹃むっ、そう言えば氷女帝の荊のセルシウスって俺たちの家名と同
じ名なんだな。んー、我が家の紋章のデザイン元にでもしようか?
茨とか︱︱︱﹄
﹃そうしましょう! そうすべきです! 是非に!﹄
﹃お、おう⋮⋮﹄
俺は何気なく言ったのだが、メルフィーナから猛烈にプッシュさ
れてしまった。これは真面目に検討しなければならないか⋮⋮ 後
で皆の意見も聞かなきゃな。
﹁その時は一緒にいたいからな。死んでくれるなよ、アンジェ﹂
今度はムドファラクを召喚。これでアンジェ、バールの上空には
俺とボガ、そしてムドファラクが空中で三角形を作る位置取りで控
えることとなる。
1708
﹃ムドファラク、これが終わったらエフィル特製菓子祭りだ。あら
ん限りやれ。ボガも次の食事はおかわり無制限でいいぞ﹄
﹃グォン!? グォ、グォーッ!﹄
﹃ゴァゴァ!﹄
戦意充実。こいつらの力を十全に活かして貰うにはエフィルの手
料理が一番手っ取り早い。この卑しん坊め。
﹃あなた様、私はっ!? おかわり無制限はっ!?﹄
手っ取り早い、確かに手っ取り早いが、この卑しん坊女神⋮⋮ お前の食費で我が家のエンゲル係数は酷いことになってるんだぞ。
だがまあ、やる気になるなら次の食事だけは許すっ!
﹃何でも良いから茨の維持に集中しろ! 念話も時間が止まってる
訳じゃないんだ!﹄
﹃うふふ、私の真の力を見せる時がやってきたようですね﹄
ああ、女神との約束なのに悪魔の契約的な心境だ⋮⋮! だがこ
トリニティブレス
れでアンジェ達の拘束は磐石。メルフィーナが範囲外に退避したと
ころで︱︱︱ ぶっ放す!
ボレアスデスサイズ
大風魔神鎌から放たれる極大の斬撃が、ムドファラクの極彩の息
が、ボガの大声量ブレスが降り注ぐ。さあ、どうする?
﹁なっ⋮⋮ めんなぁーーー!﹂
動いたのはバールだった。蒼脚からキィーンという機械音が鳴り
出し、青白く光る線が装甲から浮かび上がっている。驚くことにそ
1709
の直後、バールの脚を捕らえていた茨がバキンと崩れていった。
ディビリテイトスラッシュ
﹁蒼色喰斬!﹂
天に向かって蒼脚から2度放たれるバールの蒼き斬撃。それぞれ
ボレアスデ
が三日月を描いき、×の字に合わさって勢いをなお増していく。俺
スサイズ
たちの複合攻撃とぶつかるまでそう時間はかからなかった。大風魔
神鎌による一撃はバールのそれを食い破り、突破に成功。しかし竜
ズによるブレス攻撃は消失直前の蒼き斬撃と衝突した瞬間に威力が
弱まってしまい、互いに交差して消え去ってしまった。
﹁ッチ! あれとは相性が悪いわね。暗殺者、いつまで寝てるのよ。
あの斬撃が落ちてくるわよ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
・
﹁ああ、もう! 少しばかり歯を食い縛りなさい。氷の茨と状態異
常の色を薄め︱︱︱﹂
﹁︱︱︱いらない﹂
セルシウスブライア
呟くような一言がアンジェの口から発せられると、氷女帝の荊の
中からアンジェがむくりと起き上がった。通り抜けの力。どうやら
ボガのスタン効果が切れてしまったようだ。しかし、見た感じダメ
ージもかなり︱︱︱
﹁︱︱︱あはっ﹂
﹁⋮⋮!?﹂
直ぐそこに良い笑顔のアンジェが迫っていた。馬鹿な、アンジェ
はさっき起き上がったばかりなんだぞ。天を蹴る速度が最初の比で
はない。まさか、さっきまでは手加減していたのか? 俺とボガら
が応戦するも、透過能力と化物染みた回避速度で全く意に介してい
1710
ない。一応は負傷してるんだよな、アンジェ!? 益々好きになっ
ちゃうぞ!
アンジェは竜には興味ないようで、一直線に俺のところに向かっ
てきた。勢い余ったのか、そのまま通り過ぎてしまう。
﹁つっ⋮⋮!﹂
それでもバッチリ攻撃は仕掛けてくるんだもんな。ダガーナイフ
により左腕が切り裂かれ、熱くなる。あの外装の中はどうなってい
ソニックアクセラレート
るのか。腹には毒塗りのクナイを1本貰ってしまった。一気にあん
なに投げてくるなよと褒め言葉を心の中で呟いておく。風神脚付与
状態でも躱し切れないって。
﹁さあケルヴィン。そろそろ幕を引いちゃおっか!﹂
アンジェは俺を通り過ぎた後、瞬時に天歩で方向転換。神速で再
び俺のもとへと戻って来た。
1711
第233話 やる気スイッチ︵後書き︶
おかげさまで総合評価90000を突破致しました。
次の目標はいよいよ100000です。
これからも黒の召喚士をよろしくお願い致します。
1712
第234話 抱擁
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
反転したアンジェがまたも無数のクナイを投擲してきた。いくら
小ぶりなクナイだからって、その外装で内包できる量を明らかに超
えているだろ。しかも、それだけではない。
︱︱︱カッ。
クナイの雨の中に閃光弾を混ぜて投げやがった。忘れた頃に何と
やら。さっきは1本受けるだけで止まった投擲攻撃も、女神の指輪
があるとはいえ今回は捌き切れない。右肩に、そしてアンジェのダ
ガーで負った傷口に突き刺さることを許してしまった。正に傷口を
抉る行為である。しかも毒付。私生活的な理由で痛みに耐性のある
俺も、これには歯を食いしばる。気休め程度に即効発動できる解毒
魔法を使ってみるも、あまり効果はないようで痛みが引かない。ア
ンジェ、グロスティーナにその毒教えてやれよ。たぶん喜ぶぞ。し
かし今日は毒を食らってばかりだな、俺。
﹃あなた様、少々不味いです。あなた様が毒を受けますと、﹃絶対
共鳴﹄の影響で私まで毒状態になってしまいます。これではバール
相手に先ほどまでのように戦況を優位に進めることができません﹄
おおっと、そうだった。メルフィーナは固有スキルで俺とステー
タスを共有している。俺に補助魔法がかかればメルにも施されるし、
状態異常も然りだ。そのせいで獣王祭の試合中は裏で負担を強いて
しまっていたのだが、あの時は終始食事タイムだった為に気にして
1713
いなかったらしい。しかし今は戦闘中、その影響がもろに出てしま
う。
﹃やばいか?﹄
セルシウス
﹃今のところ互角、でしょうか。あなた様の置かれる状況が切迫す
る程私も不利になるとお思いください﹄
ブライア
地上ではメルフィーナとバールの戦いが再開されていた。氷女帝
の荊で覆われた地面をお構いなしに踏み躙り、バールは流れるよう
な蹴りを連発させている。あいつの能力は無効化系の何かか? 確
かに毒が回っている分、このままでは時間と共にこちらが不利にな
っていく。
﹃グゥルゥ⋮⋮﹄
ボガとムドファラクがやや遠方にいるが、ブレスで支援攻撃をし
てもらうには俺とアンジェの距離が近過ぎる。アンジェは能力の通
り抜けで回避できるが、俺まで巻き添えを食らってしまう。
﹃⋮⋮いや、やるとすれば徹底的にやるしかないか。むしろ都合が
良い﹄
どちらにせよ、次の一手で決着を付けなければジリ貧で負ける。
なら、やることは1つだ。
﹃ボガ! ムドファラク! 俺に向かってブレスを可能な限り長く、
広範囲に吐き続けろ!﹄
﹃ゴア!?﹄
﹃グォン!?﹄
﹃心配してくれるのは嬉しいが、いいからやってくれ。もうアンジ
1714
ェがそこまで迫ってる!﹄
俺の命令に従い、2体の古竜が全身全霊のブレスと放ち出した。
ブレスがここに至るのとアンジェと俺が衝突するのは、おそらくは
同時。
﹁あははっ! ケルヴィン、気でも狂ったの!?﹂
﹁至って正常、いつも通りだよっ!﹂
アンジェは通り抜けを持っている。だと言うのに、これまで攻撃
自体を躱していたことが幾度かあった。そんな大層な力があるのな
ら、無駄な寄り道をせず一直線に来ればいいものを。なのに、避け
た。 ︱︱︱通り抜けの力に制限があるな。回数か、時間制限か、
MPの消費量の問題か⋮⋮ 更にはアンジェは俺を攻撃する際、必
ず能力の解除を行っている。さっきのすれ違いざまに僅かに指先で
触れることができたからな。たぶん、いや、間違いない。通り抜け
の効果範囲はアンジェの装備一式だろうから、ダガーナイフまでそ
の状態では俺を斬り付けることなんてできないんだ。アンジェはず
っと能力を使い続けているんじゃない。制限の中で戦っているんだ。
﹁今っ、行く、ねっ!﹂
ボレアスデスサイズ
あり余るMPを使い散布させた牽制の魔法を潜り抜け、アンジェ
が迫る。あくまでこれは隙を作る為の牽制。本命の大風魔神鎌によ
る斬撃をあらん限り飛ばし続け、今のうちにすり抜けを使わせる。
手を伸ばせばもうアンジェと触れ合いそうな距離、だがその前に飛
来するものがある。竜ズによるブレス攻撃だ。この空間辺り一帯が
ヒーリックスバリア
カラフルなエネルギーに飲み込まれる。喜ばしいことにムドファラ
ク達も強くなっているからな。俺の螺旋護風壁がどこまで持ってく
れるか⋮⋮ 1715
﹁アンジェー!﹂
﹁あはっ! ケルヴィン!﹂
ボレアスデスサイズ
さあ、感動の再会だ。大振りの大風魔神鎌を解除し、黒杖ディザ
スターを保管に投げ入れる。代わりに取り出すは黒剣アクラマ3代
目。リオン用に2本作成した際についでに︵こっそりと︶自分用に
作った自称業物だ。所謂おそろである。クライヴ君が負傷し禁止さ
れた以上、これで決めさせてもらう。
﹁︱︱︱っ﹂
ブレスが飛び交う最中、アンジェが一瞬ではあるがそれに触れた。
ヒーリックスバリア
しかしアンジェは顔を歪ませることもなく、再び体を透過させて突
き進む。今のダメージは覚悟の上か。螺旋護風壁を確実に通り抜け
る為にワンクッション置いたのだろう。次に姿を実体化させるのは、
俺の命を狙う瞬間。
ここ
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ 螺旋護風壁なら、邪魔は入らないね﹂
﹁ああ、やっと2人っきりだな﹂
﹁っ! また、そんなこと言って!﹂
︱︱︱キィン!
アンジェのダガーナイフをアクラマで受け、刃の応酬を繰り返す。
限界を超えたのか、動揺しているのか、アンジェは能力を発動して
こない。
﹁何度でも言ってやるよ。俺はアンジェが好きなんだ﹂
1716
肩に刺さっていたクナイを投げ返す。右太ももに当たる。
﹁くっ⋮⋮! 私だって、そうだよ! 少しずつ、少しずつ、明確
にっ!﹂
横っ腹にアンジェの蹴りを食らう。抉られるような激痛、靴底の
爪先に仕込みナイフ。
﹁ガ、ハッ⋮⋮ ならっ!﹂
蹴り付けられたアンジェの足をそのまま掴み、アクラマを突き刺
す。
﹁う∼っ⋮⋮! でも、私は裏切ったんだ! 初めから任務だった
! でも、でも︱︱︱﹂
両手構えから振り下ろされたダガーナイフが俺の左肩を串刺しに
する。グリグリと、力が込められる。
・・
﹁︱︱︱でも何だっ! 戦うのは良い。だけどな、俺はアンジェと
敵対はしたくないっ! 後は好きって感情、だけだっ!﹂
ダガーナイフを突き刺すことで前のめりになっていたアンジェの
後頭部に手を添え、無理矢理に引っ張ってやる。そして︱︱︱
﹁⋮⋮? ︱︱︱っ!??? えっ、あ、ふぇっ!?﹂
力任せに唇を重ね、キスしてやった。濃厚な血の味するが、微か
に甘い。アンジェは一瞬体を硬直させ、狼狽するばかり。そんな可
愛らしいアンジェを抱きしめてやる。
1717
﹃クロト、頼んだ﹄
アスタロトブレス
俺の智慧の抱擁から待機していたクロトが飛び出し、アンジェを
包み込むように拘束する。智慧の抱擁、ね。そんなものは名ばかり
で、かなり力任せな抱擁になっちゃって悪いな、アンジェ。クロト
が﹃吸収﹄を発動させる。
﹁あ、うっ⋮⋮ ケル、ヴィ⋮⋮﹂
﹁今はゆっくり休めよ、アンジェ。これからのことは、その後で話
そう﹂
肩のダガーナイフから、腹の仕込みナイフから力が消える。後に
残るは俺に体を預けるアンジェの心地良い体温のみだ。MP切れ、
どうやらアンジェはこうなると睡魔に襲われてしまうらしい。コレ
ットみたいな体質じゃなくて良かった。クロトにナイフを取り出し
てもらい、深呼吸しながら回復魔法を唱える。良い香りがするが、
真面目に回復する。
﹃アンジェは無力化した! 後はバールだけだっ!﹄
俺がそう宣言すると周囲を囲っていた結界がバリンと音を立て、
盛大に飛散した。何事っ!?
﹁やっと壊れたー! どれだけ血を使わせるのよ、もう! あ、ケ
ルヴィン! 助けに来たわよ!﹂
1718
第235話 不死身
︱︱︱ガウン・総合闘技場試合舞台
上空より結界を破壊し、援軍に来てくれたのはセラだった。また
良いタイミングでやってくるものである。
﹃ああっ! ケルヴィン、酷い怪我じゃない! それにアンジェも
!﹄
ああ、そうか。あの結界に意思疎通を阻まれていたから、外にい
たセラはここで起きたあらましを知らないのか。それはそれでよく
俺が危うい状況にあったことを知ることができたな。いつもの鋭過
ぎる勘だろうか?
﹃俺とアンジェは大丈夫だ。それよりもセラ、メルフィーナと戦っ
ているバールを頼む﹄
できればこのまま連戦と洒落みたいが、このボロボロの状態でバ
ールに挑む程俺は愚かじゃない。精々遠距離から支援するくらいに
留めよう。アンジェもいることだし。
﹃分かったわ! 後は私に任せなさい!﹄
ブラッドスクリミッジ
両腕に魔人紅闘諍を纏わせ、セラが地上に向かって突貫して行く。
﹃疲れているところ悪いが、ボガとムドファラクも援護射撃! 相
手は強い。近づき過ぎず、決して油断するなよ!﹄
1719
﹃グォー!﹄
﹃ゴォアー!﹄
高らかに念話にて咆哮を上げ、竜ズも空を舞いながらブレス攻撃
へと移行。目の前にぶら下げられたご褒美が段々と近づいているか
らか、疲れている様子はまったくない。竜とは良い意味で現金なも
のだ。あ、天使もか。
﹁セラ・バアル⋮⋮! ッチ、生還者の目を盗んで侵入して来たの
ね。暗殺者は⋮⋮﹂
む、バールと目が合ってしまった。おい、お前今舌打ちしやがっ
ただろ。
﹁さて、これで完全に詰みですね。あなた方の目的、教えてもらい
ますよ﹂
﹁転生神メルフィーナ、貴女なんかに頼むのは癪だけど、暗殺者を
頼んだわよ。あの子、少しばかり情緒不安定だけど、根は良い子だ
から。ぞんざいに扱ったら殺すからね﹂
﹁⋮⋮はい? あ、ちょっと︱︱︱﹂
メルフィーナが問い掛けるよりも早く、バールが闘技場の選手入
場口に駆け出した。蒼脚からはボウッ! と蒼い風のようなものが
噴出している。終盤のアンジェ程ではないにしろ、速い。
﹃ああっ、逃げた!﹄
﹃⋮⋮あなた様、お腹が空きました﹄
﹃それは謝罪の言葉ではないと思う。まあメルの場合、俺の責任で
もあるからなぁ⋮⋮﹄
1720
追いかけろ! と叫びたいところだが、俺の体にはまだ毒が残っ
ている。よって絶対共鳴を持つメルフィーナも万全の体調ではない
のだ。あの速さではセラでも追い付かないだろう。
﹃どうするのよ、ケルヴィン?﹄
﹃待て、まずは情報の整理だ。その調子だとリオン達も動いている
んだろ?﹄
配下ネットワークに上がっている情報データを並列思考で処理。
同時にここで起こった出来事の情報もアップしておく。
﹃これがケルヴィンが上げた情報ね。どれどれ︱︱︱ ええっ!?
アンジェが首を⋮⋮ うわぁ! ってキスぅ!?﹄
⋮⋮少しデータをぼかしておこう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・大通り
ガウンの街中では剣戟が鳴り響いていた。昼間には多くの人々が
行き交うこの大通り、深夜であろうとそこそこの賑わいを見えるの
だが、不思議なことにこの日はこのような物騒な音が鳴ろうと誰一
人と姿を現さない。血気盛んな獣人達は喧嘩決闘を何よりも好き好
むというのに。
﹁ふっ!﹂
1721
﹁ハァ!﹂
黒き3本の刃が同時に男に迫る。その男の足には漆黒の影が纏わ
り付き、逃がすものかと行動を阻害。片足も地から離れない状態で
あった。そのような状況にも拘らず男は3本のうち2本を刀で弾き
返す。が、残る凶刃は男の体を通り過ぎてしまった。切り口は深く、
胸元から鮮血がほとばしる。
﹁凄まじいねぇ﹂
﹁ふーっ⋮⋮ どちらがじゃ、化物め﹂
﹁ジェラじい、また傷が︱︱︱﹂
リオンが言い終えるよりも早く、男の傷口は跡形もなく綺麗に癒
えてしまっていた。男とリオン、ジェラール、アレックスの戦いが
始まってからというもの、リオンらは幾度も男に致命傷を与えてき
た。時には腕を飛ばし、心臓を突き刺し、雷で消し炭にし︱︱︱ 幾度も幾度も、男の命を奪った筈だったのだ。されど男は立ち上が
る。異常とも言える治癒能力により、次の瞬間にはどのようなダメ
ージも完治する。まるで不死身であるかのように。
﹁こんななりでも﹃生還者﹄の名を賜ったくらいだからねぇ。死線
を越えるのは得意なんだよ、おじさん﹂
﹁それは得意どうこうの問題じゃないと思うなぁ⋮⋮﹂
リオンらは焦り出していた。倒せないとなれば男を無視して突破
してもいいのだが、それではこの生還者と名乗る男も追いかけてく
るだろう。そうなれば場合によってケルヴィンが更にピンチになっ
てしまう。可能であればこの場で倒しておきたいのだ。治癒能力を
度外視にしても、男は剣術の力も侮れない。
1722
﹁ガウ? グルルゥ⋮⋮︵どうしよう? 僕の剣だけ絶対弾くし⋮
⋮︶﹂
﹁どうしよっか⋮⋮ せめて意思疎通が使えればいいんだけどね﹂
﹁ないものを強請っても仕方ないわい。ワシらにできることは、際
限なくこやつを倒すことのみじゃ﹂
ジェラールが魔剣ダーインスレイヴを握り締める。生還者を斬る
度に魔剣は魔力を吸い、ジェラールは固有スキルである﹃栄光を我
が手に﹄の効果によりステータスを強化し続けている。ジェラール
としては絶好調ではあるのだが、幾ら切り伏せても立ち上がる男が
相手ではあまりその効力を実感できないでいた。
﹁いやいや、おじさんだって痛いのは嫌なんだよ? そろそろ諦め
て帰ってほしいな﹂
﹁その言葉で本当に帰ると思うか?﹂
﹁⋮⋮思わないねぇ。仕方ない、おじさんもちょっとだけ本気出そ
うかな﹂
男は徐に刀を鞘に戻し、構えの姿勢を変えた。アレックスの﹃這
い寄るもの﹄で押さえ付けていた両足も少しずつ移動させている。
おなご
︵これは、勇者の女子が使っていた⋮⋮︶
ジェラールはこの構えに見覚えがあった。トラージにて出会った
デラミスの勇者の1人、志賀刹那が使っていた抜刀術︱︱︱ 居合
いを。
﹁肉を切らせて骨を断つ、がおじさんの流儀でねぇ。おじさんとし
てはこれ以上近づかないでほしいな﹂
1723
それまで疎らだった男の気が、殺気として湧き立つ。
﹁リオン、下手に近づくでないぞ﹂
﹁うん、分かってる。あれ、たぶん避けれないよ。魔法だけだと決
定打に欠けるし︱︱︱﹂
戦況が拮抗したかと思われたその時、遠方より何かが飛来した。
﹁︱︱︱っ!?﹂
生還者は刀を振るい、飛来した何かを真っ二つに斬る。2つに分
かれたそれは男の後方に流れて行き、蒼き爆風を上げた。しかし飛
来するのはそれだけではない。初弾の後を追う様に次々と矢が射ら
れ、男を襲う。
﹁いやいやいやいやっ! ちょ、ちょっとたん︱︱︱﹂
4本目まで斬り続けた男の額に、魔力で生成された矢が突き刺さ
る。死にはしないが男は仰け反り、矢の形をした爆弾がここぞとば
かりに叩き込まれた。
﹁家屋の調査が完了しました。この周辺に住民は1人もいません﹂
﹁エフィルねえ!﹂
その家屋を巻き込む大爆発の直後に現れたのは、いつもの戦闘メ
イド服姿のエフィルであった。
﹁おお、セラとの調査が終わったか!﹂
﹁ええ。闘技場を中心に一帯を確認しましたが、住民・観光客を含
め全ての人々がここを離れるように移動しています。催眠術の一種
1724
かと﹂
﹁で、でも家まで壊さなくても⋮⋮﹂
﹁ご主人様の安全が第一です。セラさんには先に闘技場へ向かって
もらっていますが、私たちもいち早く向かいませんと!﹂
ベナンブラ
エフィルの持つ火神の魔弓から蒼い炎が轟々と燃え盛り、炎の矢、
もとい爆撃が止まらない。あ、エフィルねえが珍しく暴走気味だ。
リオンは心の中で静かにそう思った。
﹁⋮⋮待て、エフィルよ﹂
﹁何でしょうか、ジェラールさん? もう少し火力上げます?﹂
﹁奴がいない﹂
リオンとエフィルは爆発地点に目を移す。そこに復活しているで
あろう生還者の姿は、ない。
︱︱︱バリンッ!
闘技場で何かが割れる音がしたのはその直ぐ後のことであった。
1725
第236話 贖罪
︱︱︱とある森
ガウンの街並みから外れた深き森林地帯に1人の少女が佇んでい
た。サイドポニーに纏めた赤き髪を夜風になびかせ、何者かを待つ
ように腕を組み瞳を閉じている。
﹁⋮⋮遅いわよ、生還者﹂
﹁やあ、大分待ってもらっちゃったみたいだねぇ。おじさん、置い
て行かれないかとひやひやしてたよ﹂
赤毛の少女、バールの前に現れたのは刀を携えた剣士の男。リオ
ンらにやられた傷は完全に治癒しているが、装備はそうではないら
しく、上半身のものなど裸も同然の悲惨な状態であった。
﹁作戦完了と聞いて急いで来たんだけどねぇ。いやはや、断罪者が
速過ぎて追いつか︱︱︱﹂
スクリミッジディビリ
﹁その割には結界が破壊される前に逃走したみたいだったけど?﹂
テイト
バールは詰まらなそうに足先でトントンと地面を叩く。魔人蒼闘
諍による異形の脚甲は既に消え去っている。
﹁⋮⋮相変わらずやばいねぇ。その察知スキル﹂
﹁別に。それよりも早く帰還するわよ。ここだってまだ安全圏じゃ
ないんだから﹂
﹁はいはい﹂
1726
2人は森の中を駆け出す。向かう先は、南西。
しゅ
﹁それにしても末恐ろしいねぇ。人手が足りないこの状況で我らの
主の使徒が3人も動員されるなんてさ﹂
﹁それだけメルフィーナが警戒対象ってことよ。何の為に﹃暗殺者﹄
と﹃解析者﹄を監視に置いていたと思っているの?﹂
﹁いやいや、彼女の使徒の⋮⋮ ええと、ケルヴィンと言ったかい
? 彼が率いるパーティの奴らも大したものだったよ。全員がS級
冒険者レベルだ﹂
﹁ふん⋮⋮! 最低限の目的は達したわ。転生神の使徒を殺すこと
はできなかったけど、足止めは成功した。計画も最終段階、もう暫
くの辛抱よ﹂
心なしか、バールの機嫌が悪そうだ。
﹁⋮⋮その暗殺者のことは良いのかい?﹂
﹁後はあの子の選択次第よ。どうあろうと罰は私が受ける。それで
文句ないでしょ?﹂
﹁何だかんだ言って優しいんだから。おじさんは文句ないけど、代
行者が何と言うかだねぇ⋮⋮﹂
生還者は面倒臭そうに頭をボリボリとかき、その度に白いフケが
飛んでいた。
﹁おじさんは主の使徒になって一番日が浅いから、他の神柱のこと
はよくは知らない。だけどさ、一番接する機会の多かった君らが、
親しい仲だったのは知ってる。 ⋮⋮友達だったんだろう?﹂
﹁⋮⋮ッチ、貴方も面倒ね。別に、そんなんじゃないわよ。あの子
がいつも一方的に話し掛けて来ただけ﹂
﹁おじさんはこれでも年長者だ。今くらいは泣いたって、誰にも言
1727
いやしないよ﹂
﹁死ね﹂
﹁酷くない?﹂
バールの心無い言葉が生還者の胸に突き刺さる。肉体的ダメージ
よりも精神的ダメージの方が辛そうなのは気のせいだろうか。
﹁⋮⋮まあ、気持ちだけ受け取っておくわ。別に友達じゃないけど。
あと間違いの訂正。貴方よりも私の方が年上だからね?﹂
﹁⋮⋮マジで?﹂
﹁そうよ、悪魔を見た目で判断︱︱︱ なんで胸を見るのよ? マ
ジで殺すわよ?﹂
﹁いやあ、最近の子は発育が悪いのかなって⋮⋮﹂
東からは太陽が昇り始め、夜が明けようとしている。丁度その頃、
森の奥深くから何かを潰すような音が響き渡り、野鳥が大群を成し
て飛び去った。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・宿
セルシウスブライア
バールが逃走した後、俺たちは直ぐにエフィル、リオン、ジェラ
ール、アレックスとの合流を果たした。メルフィーナが氷女帝の荊
を解いた瞬間に闘技場が半壊するなどという小事はあったが、そん
な物より大事なアンジェを抱えているので城に一報だけ入れて見な
かったことにする。道中の道や家屋が爆破されていたが、見なかっ
1728
たことにする。たぶん、明日の俺が何とかしてくれるだろう。頑張
れ、明日の俺!
さて、俺とメルフィーナが暗殺者と断罪者、アンジェとバールと
戦っていたように、リオンらの方も生還者と名乗る剣士との戦闘を
行っていたという。事細かな話は結界が壊されたことによって復活
した意思疎通にて手早く済ませたのだが、まあアンジェの件につい
てはそう簡単に済むものではない。一先ず、ガウン滞在中に俺たち
が宿泊する宿の一室に移動。眠ったアンジェをベッドに寝かせ、一
応武装は解除して特殊な枷をかけさせておく。同室にて緊急作戦会
議を開くが、ここで問題が。参加者がエフィル、セラ、リオン、メ
ルフィーナの女性メンバーのみで構成されていること。そして俺が
正座待機していることだ。
﹁で、何か弁解はあるのかしら、ケルヴィン?﹂
﹁⋮⋮何に対して?﹂
﹁アンジェに! キス! したことに対して!﹂
あかん。データの改竄が間に合わなかったのがここにきて響いた
か。エフィルは嬉しそうに微笑み、リオンは苦笑いで済んでいるが、
セラについてはこの通りプンスカしている。メルフィーナは︱︱︱
今は夜食でそれどころではないようだ。だけど内心は気にしてそ
うだな。
﹁アンジェを説得する為に必要だと思ったからだ。ほら、言葉だけ
じゃ想いが伝わらないとなれば、あとは行動で示すしかないだろ?﹂
アンジェとの戦闘は素晴らしいものだった。新たに手に入れた固
有スキルは残念ながら使う暇がなかったが、お互いの想いと力をぶ
つけ合う最高の時間だった。だが、あれ以上戦闘を続ければ俺かア
1729
ンジェのどちらかが力尽きていたと思う。だからこそのキス。打算
的にアンジェの隙を作る目的もなかった訳ではないが、俺なりの決
意を︱︱︱
﹁で、本音は?﹂
﹁アンジェの可愛い顔が近かったので、つい⋮⋮﹂
はい、それは実は後付けで自分の欲求に身を任せていました。い
や、俺も普通の調子であればそんなことは勿論しないよ? これで
も紳士だからね。でもあの時は戦闘の最中ってこともあって気が昂
っていたというか、興奮状態にあったというか、戦闘狂の悲しい性
というか︱︱︱
﹁ケルヴィン、それは人として駄目でしょ! 確かに私たちはアン
ジェが告白するだろうと思ってケルヴィンを送り出したわ。でもね、
無理矢理はいけないわ。配下ネットワークの情報を見る限り、アン
ジェはまだ同意していないじゃない!﹂
﹁はい、その通りです⋮⋮ ごめんなさい⋮⋮﹂
うん、状況がどうであれ無理矢理はいけないよね。例えアンジェ
が好意を持っていたとしても、あれでは獣と変わらないよね。
﹁謝るならアンジェに謝りなさい! アンジェもいつまでも狸寝入
りしない!﹂
﹁は、はいっ! すみませんっ!﹂
セラの叱咤にベッドで寝ていたアンジェが飛び起き、そのまま正
座する。起きていたのね⋮⋮ 俺には寝ているようにしか見えなか
ったアンジェの演技も、セラの察知能力には通用しないようだ。
1730
﹁アンジェがケルヴィンを1回殺しちゃったのも一大事だけど、今
においてはどうでもいいわ!﹂
﹁え、いいの?﹂
そこ、結構大切なところだと思いますが⋮⋮
﹁今一番重要なのはアンジェの気持ちよ。アンジェ、ケルヴィンの
ことどう思ってるの?﹂
﹁え、ええっと。私、ケルヴィンや皆を裏切った立場だし、私にそ
んな権利なんか︱︱︱﹂
﹁好・き・な・の!?﹂
﹁は、はい。好きです⋮⋮﹂
﹁で、これからどうしたいの?﹂
﹁⋮⋮どうしたいのかな。正直、分からないかも﹂
アンジェは俯き、ポツポツと話し出した。
﹁私、﹃代行者﹄の指示でケルヴィンとメルさん⋮⋮ ううん、転
生神メルフィーナを監視してたの。常に状況を把握できるように、
って。隙あればケルヴィンを篭絡しろとも言ってたな。あはは、逆
に私が惚れ始めちゃったんだけどね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮俺とメルがパーズに現れることを予知していたのか? その
代行者って奴は﹂
しゅ
﹁どうなんだろうね。私も代行者の指示に従っただけだったから、
どんな経緯があったかは知らないの。ただ、代行者は主より神託を
受けてる﹂
﹁神託、ですか﹂
山積みされた空皿を横に据えさせ、メルフィーナが真剣な面持ち
で言う。メルフィーナ先生、今シリアスな場面なんです。少し自重
1731
してください。
﹁アンジェ、その代行者と名乗る方は、銀髪の女性でしたか?﹂
﹁⋮⋮うん、そうだよ。流石にメルさんは察してるみたいだね。魔
王グスタフを倒した先代の勇者、セルジュ・フロア。そのセルジュ
を召喚した当時のデラミスの巫女、アイリス・デラミリウスが代行
者の正体﹂
﹁そして巫女に神託を与えているのが、前転生神エレアリス、か﹂
﹁なんだ、ケルヴィンも知ってたんだね﹂
﹁まあな﹂
何の根拠もない予想だったんだがな。まさかメルフィーナとの空
論が真実だったとは驚きだが。
﹁代行者は主の力を借り受けて、私みたいに死んだ魂を転生させる
ことで使徒を生み出した。それが﹃神の使徒﹄と呼ばれる古き神柱
に成り代わる存在。中には例外的な使徒もいるんだけどね。トライ
センでケルヴィン達が戦った﹃創造者﹄みたいに﹂
﹁⋮⋮神の使徒、か。全部で何人いるんだ?﹂
﹁使徒は全部で9人︱︱︱ あ、私を外せば8人、いや、今なら9
人?﹂
﹁うん?﹂
増えたり減ったりしているぞ。
﹁兎も角、気をつけた方がいいよ。私も朧気だけど転生の時に主に
会ったんだ。転生した魂にはちーと? って呼ばれるくらいのスキ
ルをギフトとして贈ってるんだって。それに、そろそろ計画も最終
段階だろうから⋮⋮﹂
1732
ちーと、チートか。女神自ら最強の駒を作ってるってことか? しかし︱︱︱
﹁︱︱︱アンジェ、何でそこまで教えてくれんだ? 仮にもアンジ
ェはその神の使徒って組織に所属しているんだろ?﹂
﹁⋮⋮贖罪、かな? あはは、私も何でか分からないや。私に新た
な命を与えてくれた代行者への感謝もあるし、これ以上ケルヴィン
を裏切りたくない自分もいるの⋮⋮ でも、ここまで話したらもう
使徒には戻れないかな。使徒としての繋がりも、もう解かれるみた
いだし⋮⋮﹂
アンジェは無理に捻り出したかのような笑顔を作る。どうしたら
いいのか分からず、途方に暮れているのだろう。
﹁なんだ、もう決まってるんじゃないの。アンジェがこれからどう
したいのか﹂
﹁え?﹂
﹁戻れないのなら、両想いのケルヴィンのそばで幸せに暮らす! それでいいじゃない! はい、決定!﹂
﹁セ、セラさん⋮⋮?﹂
セラさん、先ほど無理矢理は駄目と言ったのはどの口だったかな
? いや、グッジョブだけど。
﹁おめでとうございます。これからよろしくお願いしますね、アン
ジェさん。友人として大変嬉しく思います﹂
﹁エフィルちゃんも、何で⋮⋮? って泣いてる!?﹂
﹁だって、アンジェさんの想いが、漸く叶ったから⋮⋮﹂
祝福の言葉を投げ掛けながらエフィルが泣いている。アンジェは
1733
狼狽するばかりだ。
﹁アンジェ、俺からもまた言うよ。俺は、俺たちはアンジェが好き
だ。組織に戻れないのなら、一緒に暮らそう。ついでにエレアリス
とやらの目論見を潰すかもしれないけど、まあ気にするな。俺が全
責任を被るからさ﹂
﹁⋮⋮何で、何で皆私にそんなに優しくするのっ!? 私、ケルヴ
ィンを一度殺したんだよっ!?﹂
ああ、アンジェも泣き出してしまった。しかしその質問は愚問も
いいとこ、ナンセンスだ。
﹁おいおい、俺みたいな戦闘狂にそれは御褒美みたいなもんだぞ。
自分より強い、しかも愛しい存在との戦い。それで死ねるなら本望
だよ。エフィルやセラもそれを理解してるんだ﹂
﹁ま、もう死なせないけどね!﹂
うん、頼りにしてる。
﹁ってことだ。理解できたか、アンジェ?﹂
﹁⋮⋮グスッ、ケルヴィンは︱︱︱ マゾ、なの?﹂
﹁違う、それは違う。ある意味合ってるかもしれないが、断じて違
う。 ⋮⋮アンジェ、分かってて言ってるだろ?﹂
ああ、分かってる。アンジェは時々お姉さんぶって、こんな風に
からかうこともあったっけ。あの頃から使徒として動いていたんだ
ろうが、あの笑顔に嘘はなく、本心から笑っていた。
﹁ん、んん⋮⋮ 冗談だよ、ケルヴィン君! それじゃ私のこと、
貰ってくれる?﹂
1734
思わず抱きしめてしまった。声は微かに震えていようとも、涙を
拭った笑顔の彼女は初めて会った頃の様に輝いていたから。
1735
第237話 願い
︱︱︱ガウン・宿
あれからアンジェが新たな仲間に加わった祝いの席として、各々
がガウンで買った土産用の菓子を部屋に持ち寄り、ちょっとしたパ
ーティーが朝方まで開かれた。女子会と例えた方が近いだろうか?
皆寝間着である。本当であればリュカやシュトラ達も誘いたかっ
たが、深夜ということもあり既にすやすやと眠っていたので今回は
そっとしておいた。シュトラの警護役であるロザリアとフーバーも
交代で寝ずの番をしていた為に不参加だ。残念。
何やら思案するような仕草をしていたメルフィーナも珍しい菓子
の登場に目を輝かせていた。夜食を食った後なんだから自重しろと
も言いたかったが、神としてのしがらみや思うところがあったのだ
ろう。一度アンジェと話をしてその辺りも整理しないといけないな。
そして当のアンジェさんはと言うと、俺とエフィルの間に挟まれ
て終始楽しそうであった。迷いが消えた、或いは完全吹っ切れたの
か。初めてデートした時のような、久しぶりにそんな雰囲気だった。
だが楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気が付けば
日が昇り始めている。皆やり切った感を醸し出しているが、俺とセ
ラは獣王祭の決勝戦を控えている為、パーティーもそこそこにお開
きにして各人就寝するといった流れで解散。 ︱︱︱部屋割り? 今日は愚問が多いな。そんなの決まっている。
﹁わ、私とエフィルちゃんと⋮⋮ ケ、ケケケケルヴィンが一緒な
のっ!?﹂
1736
﹁当然だろ﹂
﹁当然です﹂
他の皆は自分達の部屋に戻って行った。本当であれば今日の同室
はセラとメルだったのだが、気を利かせてくれたんだろう。まった
く、本当にできたお姉さん達だ。
﹁放してくださいセラ! 今日は私の番でしたのに! でしたのに
っ!﹂
﹁はいはい、子供みたいなこと言わないの! メルは私と一緒の部
屋よ。それじゃケルヴィン、おやすみなさい﹂
﹁でしたのにー!﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
セラがメルを引きずる形で廊下の曲がり角へと消えて行った。 ⋮⋮気を利かせてくれたのだろう。
﹁さ、4時間後には出発準備をしなきゃだからな。早く寝るぞ、ア
ンジェ﹂
部屋にはダブルベッドがひとつだけ。要はこのベッドで一緒に寝
なければいけない。俺、ベッドにイン。何だかんだで今日は何回か
死にかけ、一度死んでしまったのだ。心地良い疲れだが、何分眠い。
﹁あわ、あわわわわ⋮⋮ 夢にまで見た光景が目の前にでもまだ心
の準備が、ってエフィルちゃん早っ!? 流れるようにベッドの中
に入って行った!﹂
﹁?﹂
エフィルは首を軽く傾げ、既に俺の右側で寄り添いながら眠ろう
1737
としていた。
﹁ほら、アンジェも⋮⋮﹂
﹁ゴ、ゴクリ⋮⋮﹂
俺が左手側をぽんぽんと叩くと、アンジェがツバを飲み込む音が
聞こえてきた。でもさ、俺そろそろ限界⋮⋮
﹁よ、よしっ! ケルヴィン、お、お邪魔します﹂
﹁⋮⋮くぅ﹂
﹁すぅ⋮⋮ すぅ⋮⋮﹂
﹁寝てるっ! どっちも寝てる! 待ってよ、私も︱︱︱﹂
眠る寸前、アンジェの焦った声が聞こえたような、聞こえなかっ
たような。ただ、まどろみに落ちる寸前にエフィルとはまた違った
温もりを感じた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁ご主人様、おはようございます。今朝も良い天気ですよ﹂
睡眠時間は短いものだったが、翌朝はともて良い目覚めだった。
相変わらずエフィルの朝は早く、俺が目を覚ますと既にメイド服に
着替え終わっている。しかし反対側のベッドではアンジェがまだ寝
ていた。
﹁⋮⋮むにゃ﹂
1738
申し訳程度に俺の腕に手を添えながらよだれを垂らしている。こ
れが昨夜の暗殺者と同一人物なのかと疑ってしまいそうになるが、
嬉しいことに同じ人間なのだ。しかも可愛い。
さて、本来の予定ではこれから朝食を食べ、獣王祭の会場である
総合闘技場に向かうところだったのだが、覚えているだろうか? セルシウスブライア
闘技場はもう、ないんだ⋮⋮ 昨夜のアンジェ、バールとの激しい
攻防の末に闘技場は半壊。メルフィーナの氷女帝の荊により一命は
取り留めたが、魔法を解けば仮初の均衡は倒壊を起こし、全てが瓦
礫と化してしまった。何してくれてんだ、昨日の俺! などと愚痴
を言っても始まらない。獣王に何を言われるか分かったもんじゃな
いが、腹をくくって行くとしよう。
﹁︱︱︱と思ったんだがなぁ⋮⋮﹂
﹁それどころではない様子ですね﹂
闘技場周辺は騒然、観客とガウン兵で大混雑状態だった。闘技場
が破壊されていたことは勿論だが、その周囲一帯で謎の集団移動が
起こったことも騒動の誘因となっているようだ。夢遊病のような状
態だろうか。当人達はその時の記憶がなく、気が付いたら闘技場か
ら遠く離れた場所に突っ立っていたと皆証言している。
﹁うーん⋮⋮ 創造者から貰った﹃惑わしの魔香﹄、思ったよりも
効果的だったみたいだね⋮⋮ 余計な混乱を避ける為の処置だった
んだけどなぁ﹂
アンジェが冷や汗を流しながら苦々しく笑っている。聞くとその
香は無臭であり、振り撒いた周囲の生命体を眠らせ、指定した場所
まで移動させることができるらしい。対象範囲は一定のレベルまで、
1739
このレベル帯は振り撒いた者のレベルによって上下すると言う。消
耗品との話だが、聞けば聞くほど凶悪なアイテムだ。これを作った
創造者、ジルドラは侮れない。
﹁本日開催を予定していた獣王祭決勝は延期、延期となりましたっ
! 皆様、落ち着いて︱︱︱﹂
︱︱︱らしい。ガウン兵らが懸命に呼びかけを行っているが、こ
れでこの混乱が収まるとは思えない。国中が湧いていた一大イベン
トだっただけに、今しばらくはこの状態が続くだろうな。などと原
アダマンフォートレス
因の一端の担う俺が言うのもアレか。まあ、何だ。この場は獣王に
頑張ってもらおう。落ち着いたら剛黒の城塞で闘技場を再現するん
でこの場は許せ。しかし何か忘れているような気もするが⋮⋮ ま
あいい、さらばっ。
その場で今日1日は自由行動とし、解散する。俺がこれからどう
しようかと考えていると、アンジェがエフィルと一緒に話し掛けて
きた。
﹁ケルヴィン、これからちょっと良いかな?﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガウン・奴隷商
俺たちがやって来た先、そこは奴隷を商品として扱う奴隷商であ
った。街の外れにある為か人通りは少なく、気のせいかこの辺りは
1740
獣人の姿が見当たらない。店自体もパーズよりも一回り小さいな。
﹁本当にいいのか?﹂
﹁うん﹂
アンジェに何度目か分からぬ確認を取るも、返ってくる答えは一
向に変わらない。もう決心してしまっているようだな。エフィルも
特に反対している様子はないし、それならば俺からとやかく言わな
くてもいいか。
奴隷商に入ると小太りの店主らしき男が俺たちに気が付いた。獣
人ではなく人間である。そう言えば獣人は奴隷を商売として扱うの
を嫌っているんだったか。旅行前にガウンについて調べていた際に、
どこかで読んだ記憶がある。だからこの辺には獣人が寄り付かない
のかね。
店主は俺を見るなり時間が止まったかのようにビタッと動かなく
なり、数秒してこう叫んだ。
﹁ケ、ケケケケケケケルヴィン様あぁ!?﹂
おい、何だその化物に出くわしてしまったみたいな顔は。俺はプ
リティアではないぞ。
﹃ケルヴィン、S級冒険者の自覚をもっと持った方がいいよ。ガウ
ンじゃ昨日の獣王祭で一気に顔が知れ渡ってるんだし、大衆食堂に
国のトップがやって来るみたいなもんだからね、これ。﹄
ああ、それで俺の顔を見て驚いたのか。いつもは目立たないよう
にフード被ってるからなぁ。しかし、もうクロトを通じての念話を
1741
使いこなしてるよ、アンジェ。
﹁ん? 俺の顔に何かついてる?﹂
﹁い、いえっ! 何でもございません! こ、このような小さな奴
隷商にS級冒険者であるケルヴィンがいらっしゃるとは夢にも思っ
ておらず⋮⋮﹂
﹁ああ、ちょっとお願いしたいことがあってね﹂
﹁何でございましょうか? 当店でケルヴィン様の御目に適う奴隷
を見繕うのは少々難しいと思いますが⋮⋮﹂
店主はエフィルとアンジェを横目で見ながらそう話す。どうやら
俺が奴隷を買いに来たんだと勘違いしているらしい。
﹁そうじゃなくてさ、彼女を俺の奴隷として契約する仲介をしてほ
しいんだ。できるかな?﹂
俺はアンジェの肩に手を置いた。
1742
第238話 お揃い
︱︱︱ガウン・奴隷商
アンジェが希望してきた事、それはエフィルと同じように俺の奴
隷になりたいとの内容だった。当然ながらなぜそうしたいのか、俺
は聞いた。その時のアンジェの答えがこうだ。
﹁ケルヴィンやエフィルちゃん達から信頼されてるのは嬉しいよ。
でもさ、全員が全員そうだって訳じゃないと思うんだ。ほら、今朝
とかハクちゃん私のこと警戒してたみたいだったし﹂
﹁分かるのか?﹂
﹁職業柄そういう事には敏感だからね∼。ケルヴィン君とは違うの
だよ﹂
﹁うぐっ⋮⋮ ど、鈍感って訳じゃないぞ。人とは感性が少しばか
りずれているだけだ﹂
﹁ふ∼ん﹂
アンジェがしてやったりといった顔をしてきたので視線を逸らす。
まあ、今でこそアンジェとは和解しているが、俺を暗殺しようとし
ていたのは事実だからな。エフィルよりも付き合いの長いジェラー
ルは兎も角、比較的新顔であるダハクは納得し切っていないところ
がある。だからこその奴隷としてのセーフティ。主となる俺に危害
を加える、問題事を起こす気はないという決意を示したいとアンジ
ェは言うのだ。
﹁それにさ、ケルヴィンとエフィルちゃんだけに打ち明けちゃうけ
ど、転生する前は奴隷だったんだ、私。あんまり良い場所じゃなく
1743
てさ、子供の頃に⋮⋮ あ、楽しい話じゃないから省くね。そんな
経緯もあってエフィルちゃんに憧れ、みたいなものを感じてたんだ
と思う。だってエフィルちゃん、毎日が本当に楽しそうだったんだ
もん。だから私もケルヴィンの奴隷にしてほしい、な?﹂
﹁アンジェさん⋮⋮﹂
そう言われてしまえば俺から反対意見を出す訳にはいかないだろ?
﹁アンジェ、大切にするからな﹂
﹁うんっ! 大切にしてね。この体なら綺麗なままだし︱︱︱ あ、
何でもないよ﹂
﹁⋮⋮じゃ、奴隷商に向かうか﹂
そして俺たちは奴隷商に向かう訳なのだが、心配性な俺は行く途
中で何度も再確認してしまうのであった。アンジェが呟くように言
い掛けた言葉は聞こえたが、特に聞き返すような事はしなかった。
別にいいだろ? 俺がアンジェを大切にするってことは変わりはし
ないのだから。
さて、話を戻そう。不思議そうな表情をする奴隷商店主の視線が
アンジェと俺を何度か行き来する。
﹁契約の仲介、ですか? は、はい。勿論可能ですが、そちらのお
嬢さんは本当によろしいのですか?﹂
﹁問題ないよ。むしろ待ち遠しいくらい﹂
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
自ら奴隷になりたいと言ってくる者など普通はいないのだから、
店主の疑問はもっともだろう。しかしS級冒険者絡みだったからか、
そう言うと店主はそれ以上深入りはして来なかった。最低限の確認
1744
のみをし、契約の際に使うらしい部屋に案内される。
﹁店主、悪いんだけど従属の首輪はこちらで準備したものを使って
くれるかな?﹂
﹁はい? え、ええ、構いませんよ。その分の金額は割り引いてお
きますね﹂
ビクビクし過ぎな店主にクロトの保管から取り出した首輪を手渡
す。この首輪はメルフィーナがエフィル用にと作った新装備︱︱︱
の筈だったのだが、エフィルが俺から初めて貰ったものだからと
頑なに拒んだ為に、保管の奥深くで眠らせていたものだ。ちなみに
エフィルの首輪は代案でそれ自体を強化している。
﹁それでは、こちらにケルヴィン様の血を⋮⋮﹂
エフィルの時にしたように、ハンカチに俺の血を吸わせてアンジ
ェの首にはめた首輪に触れさせる。店主が呪文を唱えれば契約は完
了、アンジェは俺の奴隷となった。
﹁エフィルちゃん、これで私たちお揃いだね! えへへ﹂
﹁はい、お揃いですね﹂
アンジェらが友情を深める中、店主が何とも言えない表情で俺に
視線を向けてきたが無視した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1745
︱︱︱ガウン・宿
﹁︱︱︱という訳で、アンジェが俺の奴隷になりました﹂
﹁﹁⋮⋮いやいやいや!﹂﹂
パーティメンバーを部屋に集め、改めてアンジェが仲間になった
ことを知らせようとすると、ジェラールとダハクが猛烈に反対して
きた。何だ、何に問題があると言うのか。
﹁仲間になったってことは知っておったよ。じゃがな、じゃが!﹂
﹁なぜ奴隷になるんスか!?﹂
そっちか。前のめりで顔の近い2人にこれまでの経緯を説明する。
﹁そ、それでッスか? そりゃ確かに俺、用心はしてたッスけど、
そう簡単には⋮⋮﹂
﹁これで信用してくれないかな、ハクちゃん?﹂
﹁ハクちゃん言うな! それは兄貴や姐さん達のような、俺より上
の方々じゃなけりゃ許さねぇ呼び名だ!﹂
ダハク、それ言ったらアンジェはめっちゃ資格があるぞ。それに
お前、子供相手にはその呼び名でも許してるだろ。
﹁落ち着きなよ、ハクちゃん。早く仲良くなりたいからそう言って
るんだよ? ね、アンねえ?﹂
﹁アン、ねえ⋮⋮!? リオンちゃん、大好きっ!﹂
ダハクをなだめるリオンをアンジェが抱きしめる。自分のことを
アンねえと呼ばれたことが余程嬉しかったのか、リオンに対して高
速で頬擦りを展開。これに毒気を抜かれたのか、蚊帳の外となった
1746
ダハクは拍子抜けしてしまったようだ。
﹁ま、まあいいけどよ⋮⋮ ケルヴィンの兄貴、パーズに戻ってか
らの問題はどうするんスか?﹂
﹁うむ。どうするんじゃ?﹂
﹁ん? 何のことだ?﹂
問題? 特に問題はない筈だが。
﹁アンジェはギルドの受付嬢だったじゃないスか。いいんスか、ギ
ルドの方は?﹂
﹁⋮⋮あっ﹂
問題あったよ! 大問題があったよ!
﹁このままではアンジェを落とす為に奴隷にしたと噂が広がってし
まうであろうな。王も豪胆なことをしたのう﹂
﹁ッハ! まさか、俺に納得させる事を優先して、自らの風評を犠
牲に⋮⋮っ!? あ、兄貴、そこまで俺のことをっ⋮⋮!﹂
待て、待て待て。アンジェは冒険者のファンも多いんだ。そんな
噂が広まってはこれまで築いてきた世間体が崩れてしまう。それは
不味い。
﹁いや、待て。アンジェのことだから何か対策を︱︱︱﹂
希望的観測による身勝手な期待を込め、アンジェの方を向く。
﹁私ね、ギルドを辞めてケルヴィンのお屋敷に住むことになったん
だ∼。奴隷じゃギルドには勤められないしね﹂
1747
﹁わぁ、寿退社ってやつだね! おめでとう、アンねえ!﹂
﹁ことぶき? 意味は分からないけど、何だか素敵な言葉⋮⋮﹂
﹁これからはずっと一緒ですね。そうだ、アンジェさんのお洋服も
お作りしませんと﹂
アンジェはすっかり女子トークの輪に入ってしまっていた。ああ、
もう完全にこれからの生活のことしか頭になさそうだ⋮⋮ いや、
いいんだけどさ。責任持つと言った訳だし。ファンからの拳は甘ん
じて受け入れよう。
﹁ケルヴィン、私の拳で予行練習しておく?﹂
﹁そういうことは察しなくていいから! 軽く死ぬからっ!﹂
アロンダイト
セラが保管から黒金の魔人を取り出そうとするのを全力で止める。
本番前にダウンしてしまいます。
﹁⋮⋮あなた様、良い機会ですしこの場で情報の整理を致しません
か? 今ならエリィらも出掛けていることですし、ここだけの話が
できます﹂
それまで静寂を保っていたメルフィーナが口を開き、神妙そうに
言った。
﹁そうだな。どっちにしろ、早いうちにしておいた方がいいだろう
し⋮⋮ アンジェ、ちょっといいか?﹂
﹁何、ケルヴィン?﹂
俺が呼びかけるとアンジェはすぐ隣にいた。今更ながら速過ぎる。
﹁唐突で悪いんだが、神の使徒やエレアリスの、アンジェが知って
1748
いる情報をここにいる皆で共有したい。 ⋮⋮話してもらってもい
いか?﹂
﹁⋮⋮うん、そうだね。私はケルヴィンの側についたことだし、そ
うした方がいいよね。分かった、話すよ﹂
1749
第239話 神の使徒
︱︱︱???
白き空間に2つの人影が降り立つ。獣国ガウンを去った断罪者と
生還者だ。その様子を純白の神殿より確認した美しき銀髪の聖女は、
側らの寝台に手を添えながら口を開いた。
﹁お帰りなさい。断罪者、それに生還者。お待ちしていましたよ﹂
﹁珍しいわね。使徒の全員が揃っているなんて何年振りかしら? ⋮⋮新顔もいるみたいだけど﹂
﹁おー、おじさんの知らない顔もあるねぇ﹂
バールと生還者が辺りを見回すと、蜃気楼のように歪む神殿の前
には代行者の他に4人の男女の姿が、そして2つの石碑が立ってい
た。石碑には異世界の文字でⅡ、Ⅴと描かれている。
﹁全員じゃないでしょう? 暗殺者はどうしたのよぉ、断罪者ぁ?﹂
バールの言葉にまず返答したのは、豊満な体を持つ妖艶な美女で
あった。肌の露出が多い服装で仕草のひとつひとつに色気が滲み出
ており、黄金の髪とその豊かな胸を揺らしながら疑問を口にする。
生還者は﹁おおっ﹂と目を釘付けにしているが、バールは目を軽く
背けて聞こえぬ程度に舌打ちをした。
﹁任務の途中でメルフィーナの使徒に捕らえられたわ﹂
しゅ
﹁あらぁ⋮⋮ それで貴方達は暗殺者を見捨て、のこのこと帰って
来たって訳ぇ? 我らの主が悲しむわよぉ﹂
1750
﹁うるさいわよ、﹃反魂者﹄。見捨てて来たのは確かだけど、それ
はその場を統括していた私の判断。生還者は関係ないわ。責任は全
て私にある﹂
﹁どっちにしろ貴女が悪いんじゃないのぉ。魔王の娘の癖に、育ち
が悪いわねぇ﹂
﹁⋮⋮貴女、さっきから喧嘩売ってるの? 第7柱の分際で﹂
﹁大して階級は変わらないでしょう? それとも自信がないのかし
らぁ? バアルちゃん?﹂
﹁主より賜った名以外で呼ぶんじゃないわよ、年増﹂
﹁あらあらあらぁ、貧乳さんが何をおっしゃるのかしらぁ﹂
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
絶対犬猿の仲だよ⋮⋮︶
一触即発の烈々たる2人の雰囲気に、断罪者の近くにいた生還者
は一歩退く。
︵うわぁ⋮⋮ この2人、
ジェラールらの猛攻を耐え切った彼を以ってしても、女性の戦い
には介入したくないのだ。
﹁⋮⋮お前達、その辺にしておけ。主の使徒同士がいがみ合うな﹂
﹁そうそう、いい加減にしないと代行者が怒るよ? 代行者、怒る
と怖いよー﹂
そんな女性の戦いに介入した男女は、目を瞑り腕を組む第3柱﹃
創造者﹄と、神殿の屋根にて楽しげに腰掛ける第4柱﹃守護者﹄で
あった。声を受けた瞬間、今にも戦い出しそうだった2人から殺気
がピタリと消えた。
﹁守護者と⋮⋮ 貴方、もしかして創造者? また体を変えたの?﹂
1751
﹁ん? ああ、断罪者にこの姿を見せるのは初めてだったか。トラ
イセンの軍人の男なのだが、まあ、そこそこに動きやすくはある﹂
﹁以前の姿よりとっても素敵になったと思うわぁ。若くて逞しくて
ぇ、食べちゃいたいくらぁい﹂
﹁む、吸血鬼と人間の遺伝実験か? 関心はあるが、その分野は先
約がある。そちらを終えてからにして貰いたい。確実な検証を行う
には色々と機材の準備が必要になるのでな﹂
﹁⋮⋮いえ、やっぱり遠慮しておくわぁ﹂
反魂者の女はそれっきり静かになってしまった。
﹁断罪者、生還者。転生神メルフィーナとその使徒の引き付けの大
任、ご苦労様でした。貴方方の帰還を心より喜ばしく思います。暗
殺者については大変残念ですが、使徒たる鍵は凍結致します。後は
彼女が幸福な時を過ごせるよう祈りましょう。来たる時が来るまで
の、些細な時間ではありますが⋮⋮ それと貴女に責任を追及する
気は毛頭ありません。メルフィーナを相手によくやりました﹂
﹁⋮⋮そう﹂
暗殺者がケルヴィンに寝返った事まで知っているような代行者の
言動に、バール、もといバアルは僅かに心を揺らす。代行者が聖母
の表情を浮かべる裏で、何を考えているのか分からない。なぜなら
ば、彼女はあのデラミスの巫女の血族、狂気においては魔王をも凌
ぐ。
﹁さて、本日皆に集まって頂いたのは他でもありません。いよいよ
我らの主、エレアリス様の復活が目前に迫った事を︱︱︱﹂
﹁︱︱︱その前に少し、いいですかな? 僭越ながら、今回が初め
ての参加となる私の紹介をして頂いても?﹂
1752
代行者の話を割り込んだ男が片手を挙げながら、申し訳なさそう
に前に出る。代行者以外では、創造者とここにはいない暗殺者しか
知る者のいない人物であった。男は羽帽子を被り、煌びやかな軍服
を纏っている。
﹁⋮⋮順を追ってするつもりだったのですが、まあいいでしょう。
この度、彼を神の使徒第10柱﹃統率者﹄として転生させました﹂
﹁ご紹介に預かりました﹃統率者﹄と申します。司る力は﹃召喚術﹄
。以後、何卒よしなにお願い申し上げます﹂
統率者が優雅な立ち振る舞いで貴族風の礼をするも、バアルの目
にはこの男の仕草全てが役者の演技としか映らなかった。彼女の勘
のみで判断するならば、とても胡散臭い。
︵半笑いなのが気に障るわね。腹黒の反魂者と良い勝負かしら︶
そんなバアルと共鳴するように、反魂者も心の中で品定めをして
いた。
︵悪くないけど、私の趣味じゃないわねぇ⋮⋮ 幼女趣味っぽいし
ぃ、断罪者とお似合い? やっぱり第5柱のおじさまが一番かしら
ぁ︶
どちらも第一印象からボロクソである。
﹁おー、遂におじさんにも後輩ができるのか。感慨深いねぇ﹂
﹁生還者、少し黙りなさい。代行者の話はまだ終わっていないわ﹂
﹁まあまあ、あんまり苛々すると可愛らしい顔が台無し︱︱︱ 何
でもないです﹂
﹁そう?﹂
1753
生還者の頭上に高らかに振り上げられたバアルの脚甲がゆっくり
と下げられる。その様子を高所より眺めていた守護者はクスクスと
笑い楽しげであるが、やがてパンパンと手を叩き注目を集め出した。
﹁はいはーい、統率者に授ける任務はまた別途説明するとして、今
日の本題について話すよ﹂
﹁⋮⋮漸くか。時間は有限、手早く済ませてもらえるか?﹂
﹁私も同意見かな。こちらも今立て込んでいてね。このような格好
で言うのも申し訳ないのだが⋮⋮﹂
2つの石碑から声が漏れ出す。声色が機械的である為に石碑通し
では実際の姿まで察することはできない。
﹁2人ともせっかちだなー。折角久しぶりに全員が揃ったんだよ?
もう少し親睦を深めようよー﹂
﹁いえ、﹃選定者﹄と﹃解析者﹄にはお忙しいところを、石碑越し
ではありますが時間の合間を縫って参加して頂いているのです。早
速話を始めると致しましょう﹂
代行者が右手を掲げると漆黒の光がその手に帯び出し、やがて黒
き書が姿を現した。
﹁︱︱︱エレアリス様の魂を現世に召喚する、最終段階の話につい
て﹂
1754
第240話 情報共有
︱︱︱ガウン・宿
しゅ
﹁神の使徒の目的は主の⋮⋮ ううん、エレアリスの神としての復
活だよ。より詳細に言えば信仰の象徴としてだけじゃなくて、この
世界に神そのものを召喚。そしてメルさんを転生神の座から引き摺
り下ろすことなんだ﹂
アンジェが神妙な面持ちで語り出す。分かっていたことではある
が、改めて聞かされると壮大な話になるな。コレットの先祖である
アイリスって巫女が主犯なんだろうが、いくらデラミスの信仰する
神が変わったととはいえ⋮⋮ いや、コレットでもそうするか。で
きるできないに関わらずメルフィーナの為と思えば何でもやりかね
ない。狂信者怖いです。
﹁神そのものをってことは、義体を用いずにエレアリスを召喚する
ってことか? 俺が召喚術でメルフィーナの神体を召喚するみたい
にさ﹂
魔人への進化を果たした俺でもまだ無理なんだけどな。神様は燃
費が悪い。
﹁あはは、実は計画の最終段階については復活の直前に知らされる
筈だったから、私もまだ知らなかったり⋮⋮﹂
﹁なぬっ!﹂
﹁ご、ごめんっ! エネルギーの供給方法までしか知らされてなく
てっ!﹂
1755
何というタイミングの悪さ。 ⋮⋮いや、アンジェがこちらに寝
返る可能性があると予め踏んでいたのか?
﹁う∼ん、代行者がいつも側に置いて愛でてる寝台、あれも中身空
だしなぁ⋮⋮ デラミスの巫女なら無意味にそれくらいやりそうだ
し、いくら何でも関係ないかなぁ⋮⋮﹂
空の寝台を、愛でる⋮⋮? うん、まあ、うん⋮⋮ デミラスの
巫女ってことを考慮しても、これはこれで重要な情報って可能性も
あるかもしれないし、一応メモっておくか。一応な。
﹁あなた様、仮にエレアリスが復活して義体の私を倒したとしても、
彼女が転生神に成り代わることはありません。この体はあくまで義
わたし
体、私の神体は別次元に存在しているようなものですから。それは
この義体を倒す以上に困難を極めます。しかし、まだ何か手がある
のでしょうが⋮⋮ アンジェ。デラミスの巫女、アイリスは本当に
転生の力を得ているのですか?﹂
﹁代行者はエレアリスの転生の力を一部分だけ授かっているらしい
んだ。どうやってその力を手に入れたかまでは私も知らないけど、
私自身が転生しちゃってるからね。疑ったことはないかな﹂
﹁そう、ですか⋮⋮ やはり消失の間際に何らかの方法で譲渡され
たのでしょうか⋮⋮﹂
メルフィーナが頭を抱える程に答えに困るのも珍しいが、事が事
だ。仕方ない。せめて俺はメルの頭に糖分を回す為に菓子をそっと
差し出すのだった。あ、一瞬で消えた。
﹁あ、でも代行者の転生術は不完全なものって聞いたことがあるよ。
一度使えば何年も使えないとか、同じ魂には二度と使えないとか⋮
1756
⋮ 守護者との世間話で﹂
世間話でとても重要な情報が駄々漏れになってないか?
﹁メル、ちなみに完全な転生術だと?﹂
﹁申し訳ありません。﹃神の束縛﹄の制限で⋮⋮﹂
﹁喋れないか⋮⋮﹂ ﹁あ、それが義体の制限ってやつ? なら私が言うね。完全な転生
術なら制限はなし! 使い放題だよっ! って守護者が世間話の延
長で喋ってたよ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
神々が制限するような機密事項が、守護者とやらの世間話により
包み隠さず漏洩されてしまっている。これには流石のメルフィーナ
先生も頭を更に抱え出した。ほら、菓子食え、菓子。
﹁あと、これはジェラールさんに話し難いんだけど⋮⋮﹂
﹁む、ワシにか?﹂
﹁うん⋮⋮﹂
アンジェは気まずそうだ。
﹁私、前にケルヴィンがトライセンの魔王討伐に出向いた時に、あ
る任務を代行者に任されたんだ。創造者と一緒にね。巨大ゴーレム
に乗ったドワーフ、ジルドラと言えば分かるかな?﹂
﹁⋮⋮!﹂
ジェラールから僅かに殺気が漏れる。
﹁ジェラール﹂
1757
﹁⋮⋮分かっておる﹂
一応、釘を刺しておく。
﹁ジェラールさん達が倒したゴーレム、ブルーレイジからジルドラ
を救出したのは私なんだ。私の万物を通り抜けることができる固有
スキル﹃遮断不可﹄を使ってね﹂
﹁待ってくれ。仮にジルドラを助け出したとしても、そいつは俺の
猛毒を受けている筈だ。ゴーレムの内部にたっぷりと充満させてや
ったんだからな! あれで助かる筈がねぇ!﹂
﹁うん、確かにジルドラが使っていたドワーフの体は死んだよ。で
もね、ジルドラは自らの体を移し変えることができる固有スキル﹃
永劫回帰﹄を死ぬ前に使っていたんだ。 ⋮⋮あー、ここ、私の黒
い部分も大分含んでいるんだよなぁ。ごめん、意思疎通でその時の
場面を見せるね﹂
配下ネットワークを通じてとある映像が映し出される。アンジェ
の視点だろうか、ナイフで騎士達を次々と絶命させていく。
﹁皆は、こんな私を受け止めてくれた。だから、その⋮⋮ 私の闇
の部分も隠したくない、かな﹂
場面は移り変わる。トライセンの鉄鋼騎士団らしき男が捕らえら
れる場面だ。次に現れたのはドワーフが男の頭を掴み、そのまま倒
れるシーン。ああ、そういうことか。
﹁彼は鉄鋼騎士団の副官ジン・ダルバ。将軍のダン・ダルバの息子
に当たるよ。そして、ジルドラの今の体でもある﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
1758
魔王を討伐した後、ダン将軍が言ってたっけ。ジンが行方不明だ
と。
﹁うむ。ジルドラは生きておるのだな。まったく、これでは奴を殺
し難いことこの上ない!﹂
﹁ごめん、なさい⋮⋮﹂
﹁ワシには謝らんでいい。全ては王が決めることじゃ、ほれっ!﹂
ジェラールがアンジェを俺の前に突き出したので、抱き止めてや
る。
﹁⋮⋮私ね、他にも色々やったんだ。この手を真っ赤に染まらせる
くらいに。時には楽しいとさえ思ったんだ。ケルヴィン、幻滅した、
かな⋮⋮?﹂
アンジェは不安そうに顔をやや伏せながら俺を見詰めて来る。涙
をいっぱいに溜め込んで。
﹁アンジェ、その代行者から下された任務以外で人を殺めたことは
あるのか? 自分の快楽の為に、感情的になったりしてさ﹂
﹁⋮⋮一度だけ、奴隷だった頃の飼い主と取り巻きを殺した。それ
以外はないと思う﹂
﹁それならノーカンだ。アンジェがやらなかったら俺がやってたか
もしれないしな。無罪潔白、とは言えないが、これから罪を償うこ
とはできる。それに俺はそんなことでお前を手放さないさ。アンジ
ェは俺の奴隷になってまで覚悟を示してくれた。その事実だけで十
分だ﹂
﹁うん、うん⋮⋮﹂
涙を拭ってやる。俺だって戦闘狂いだ。自慢じゃないが自分の快
1759
楽の為に動きまくりである。人のことを偉そうに言うことはできな
いが、それでもアンジェと一緒に道を歩むことはできる。それでい
いじゃないか。と言うかもう俺としてはアンジェの贖罪は済んでい
るのだ。いい加減謝らなくていいぞ。
アンジェが落ち着くまで抱きしめていると、暫くしてアンジェは
元いた席に戻り話を再開してくれた。
﹁⋮⋮この任務には2つの目的があったんだ。1つ目がトライセン
に滞在していたジルドラを無事に脱出させること。代行者はトライ
センに魔王が出現することを予め予期していたの。正確に言えば代
行者ってよりは﹃選定者﹄が予期したんだけど⋮⋮ まあその辺り
はいいかな。その上で、ジルドラをトライセンに向かわせた。より
強力な魔王が誕生するよう工作する為に、ね﹂
﹁魔王を? 何の為によ?﹂
セラが疑問符を浮かべる。
﹁うん。それが2つ目の目的に繋がるんだよ。2つ目が国王ゼルの
私室にある﹃黒の書﹄の回収。代行者曰く、これがさっき言ったエ
レアリスの復活に使うエネルギー、魔力を送る手段になるんだ。黒
の書自体は私が使徒になる以前から城に仕込んでいたらしいんだけ
どね。で、この書が魔力を手する瞬間が︱︱︱﹂
アンジェは徐に小型のナイフを取り出し、軽く突き刺す動作をし
て見せた。
﹁︱︱︱生命の終わる瞬間。それも高位の個体になる程に、書に送
り込まれる魔力の質・量は優れたものになる。魔王ともなればその
魔力は計り知れず、トライセン中で戦が起こっていた状況も好都合
1760
だった。神の使徒は大戦時代よりも前から時代の裏で暗躍していた
んだけど、この日だけで一気に躍進、エレアリス復活の一歩手前ま
で近づいたんだ﹂
﹁俺たちが魔王を討伐した行為そのものが、エレアリス復活の手助
けになっていたってことか﹂
﹁マジかよ⋮⋮﹂
﹁ふぅむ⋮⋮﹂
いかん、空気が重くなってきた。
﹁私が言うのもなんだけど、ケルヴィン達は間違いなく正しいこと
したんだよ。そこは悔やまず胸を張ってほしいな。魔王を倒さなけ
れば、より多くの罪のない命が消えてしまっていたんだから﹂
そうだな。エレアリスが復活すれば神と真っ当な理由で戦うこと
ができる。そう考えれば未来は明るい。
﹁アンジェ。その黒の書とは神代のマジックアイテムなのでしょう
か? 実体のないエレアリスに魔力を供給するなんて、私も存じな
いものなのですが⋮⋮﹂
﹁あう、私もそこまでの詳細はちょっと⋮⋮ でも、代行者は黒の
書を何冊も持っていた筈だよ﹂
﹁そうですか、残念ですね⋮⋮﹂
俺はメルフィーナに菓子をそっと︱︱︱ ってもう食い尽くして
るし! しかし、何冊もってことは代行者が書を施した場所はトラ
イセンだけじゃないってことだ。恐らくは世界中で同じようなこと
をしていたんだろう。
﹁あ、そうだ! マジックアイテムと言えば、ええと⋮⋮ あった
1761
あった。えっとね、神の使徒はある場所に本拠地を築いているんだ
クルスブリッジ
けど、そこには普通の方法じゃ行くことができないんだ。そこで使
うのが︱︱︱﹂
アンジェが白い鍵のようなものを掲げる。
せいけん
﹁この﹃聖鍵﹄。東大陸と西大陸唯一の架け橋、十字大橋の辺りで
この鍵に魔力を篭めると、ある場所に転送してくれる仕組みになっ
てるよ﹂
﹁おおう! ならそいつを使って使徒だかのアジトにカチコミでき
るじゃねぇか!﹂
せいけん
﹁あはは、ハクちゃんは発想がちょっとアレだね。残念だけど、私
の持つ聖鍵はもうリンクが切られちゃってるみたいなんだ。こうな
ると鍵のアクセサリーでしかありません﹂
﹁な、なんとぉ!?﹂
早くも代行者がアンジェを見限ったってことか。何か、見通され
ているような気もするが⋮⋮
せいけん
﹁あと、この聖鍵にはもうひとつ機能があってね、魔力圏が制限さ
れるような場所じゃない限り、世界のどこからでも他の鍵や拠点に
ある﹃聖碑﹄を通じて会話することができるんだ。例えれば⋮⋮ クロちゃんを通じての念話みたいな感じかな?﹂
﹁電波が通じる限り通話できる携帯みたいなもんだな。仲間間の情
報伝達も早いときたか﹂
﹁うんうん、異世界の携帯も進んでるんだね。﹂
﹁﹁﹁?﹂﹂﹂
うん、当然ながらリオンにしか伝わらない。
1762
﹁後は⋮⋮ それぞれの使徒についても説明しておこっか。私が知
る範囲でだけど﹂
﹁ああ、頼むよ﹂
﹁まず神の使徒の人数なんだけど、8人もしくは9人になるかな﹂
昨日聞いた時と同じだな。人数がはっきりしない。あの時はアン
ジェが混乱しているだけかと思ったが、どうやら違うようだ。
﹁はーい、質問。アンねえ、人数が微妙に違うのは何で?﹂
﹁良い質問だね、リオンちゃん! ご褒美に抱きしめてあげるっ!﹂
﹁はうっ! あ、あははっ! くすぐったい、くすぐったいよぉ!﹂
リオンの背後をいとも容易くとったアンジェが、リオンを抱きし
めながらここぞとばかりに脇をくすぐる。ああ、これは妹離れでき
ないタイプのお姉さんだな、アンジェ。しかしさっきまでの神妙な
表情はどこに置いて来た。いや、元気になる分にはまったく構わな
いんだけどさ。
﹁妹成分を摂取するのもいいが、そろそろ話を進めようか﹂
﹁あはは、ついつい⋮⋮﹂
アンジェは照れながらもリオンを自らの膝の上に座らせ、そのま
ま頭を撫で続ける。﹁むう﹂と唸りながら子ども扱いされるリオン
であるが、顔は満更でもなさそうだ。
﹁コホン、ええと人数の話だったね。説明するとね、私が神の使徒
にいた頃が9人だったんだ。その中で私が抜けたから、計算すれば
8人になるよね?﹂
うん、間違えようのない引き算だな。
1763
﹁でもね、代行者は新たに使徒を転生させようとしていたんだ。そ
れも時期的にそろそろなんだよね。だから8人、もしくは9人って
訳。で、その新たな転生者が︱︱︱﹂
﹁トリスタンか?﹂
﹁ええっ!? せ、正解です。何で分かったの?﹂
﹁あいつ、トライセンで明らかに裏で何かと繋がっていただろ。俺
が知る中で転生して一番厄介な人物はトリスタンだしな﹂
候補としてはクライヴ君もあったにはあったが、こちらは既に一
度転生してしまっている。完全ではないアイリスの転生術では対象
外だ。それ以前にクライヴ君はそんな器ではない気がするし。
﹁な、なる程ね。じゃ、気を取り直して、使徒になった者には名と
序列が与えられ⋮⋮ んー? 階段が軋む音がするね﹂
﹁誰か来たわね。この気配はエリィとリュカかしら﹂
アンジェとセラが張り巡らす察知網に気配を感じたようだ。気が
つけばそろそろエリィらが戻っている時間帯か。それから少しする
と、宿の廊下にて足音が徐々に近づいているのが俺にも聞こえて来
た。
︱︱︱コンコン。
﹁失礼致します。ご主人様、ただいま戻りました﹂
﹁戻ったよー!﹂
セラの予想通り帰ってきたのはエリィとリュカだった。買い物を
してきたのか、2人は紙袋を抱えている。メルフィーナの無反応振
りからして食べ物ではないな。
1764
﹁お帰り。外は相変わらずか?﹂
﹁うん。闘技場周辺は賑やかだったよ﹂
獣人は本当にエネルギッシュだな。
﹁それとご主人様、下の階にお客様がお見えになっています。ガウ
ンからの使者らしいのですが⋮⋮﹂
1765
第241話 謁見
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
﹁悪いな、ケルヴィン。こんな時間に押し掛けちまって。親父が煩
くってよ﹂
﹁いいって、そもそも招待状を忘れてたのは俺だったんだし﹂
エリィの案内に従い宿の1階に向かうと、そこにいたのはサバト
であった。ガウンの使者と聞いて色々とやらかした身としてはかな
り身構えていたんだが、顔見知りのサバトで少し安心。まあ、最終
的に待っているのが獣王なのは変わらないんだろうけどさ。段階を
踏むという意味では良い感じである。
﹃ケルにい、やっぱり闘技場を壊しちゃったことに対してのお咎め
かな⋮⋮?﹄
﹃獣王からの呼び出しはその前からあったからな、案外違う用件か
もしれない。切にそうであってほしい﹄
﹃現実と向き合いましょう、ご主人様﹄
俺たちは今、サバトに連れられてガウンの城である神霊樹の中を
進んでいる。お忍びで城に向かうのに俺らが全員で行く訳にも行か
ないので、表向きはエフィル、リオン︵影の中にアレックス含む︶、
アンジェを連れ添いに、それ以外の面子は俺の魔力内に戻している
状態だ。
﹃いやはや、私としたことがケルヴィンの顔を見てたら興奮しちゃ
ってさ。いや、うん、ごめんね⋮⋮ 断罪者もメルさん相手じゃそ
1766
こまで配慮できなかったんだと思う﹄
アンジェはそこまで器物破損に勤しんでいなかっただろ。素敵に
はっちゃけてはいたけどさ。思い起こしてみれば竜ズのブレス攻撃
がトドメになっていたような気もする。命令したのは勿論俺だ。
﹁うん? そんな神妙な顔してどうしたんだよ、お前ら?﹂
﹁いやー、何でもないですよ? なあ?﹂
﹁えっ? う、うんっ! そうだね!﹂
﹁2人とも動揺しまくってんじゃねえか⋮⋮﹂
おのれっ、俺の棒読み台詞にリオンが上手い具合にフォローした
と言うのに台無しだよっ! くっ、サバトも俺の予想を上回る速度
で日々成長しているってことか⋮⋮ ﹁おい、凄ぇ失礼なこと考えてないか?﹂
﹁何のことだい?﹂
﹁その棒読み止めろって。ったく、ガウン中がこんだけ騒ぐ程の大
事件が起こってるっつうのに、ケルヴィンは相変わらずだな﹂
え、そんな大事件になってるの?
﹃闘技場の全壊に住民の集団催眠、事件になるには十分過ぎるかと。
恥ずかしながら、私も加減できませんでしたし⋮⋮﹄
エフィルが顔を赤らめる。ああ、帰り際に道が抉れてたり家屋が
吹き飛んでいたやつのこと︱︱︱ あれ、これって確実にギルティ
なんじゃね? 分かった、分かったよ。全部俺が建て直すよ!
﹁それよりよ、アンジェの首に付けてる首輪⋮⋮ まさか奴隷にな
1767
ったのか?﹂
﹁よくぞ聞いてくれました! ええ、そうなんです! 私はケルヴ
ィンのものになったんです! えへへ﹂
こっちはこっちでまた斜め上の方向へ話をシフトしてるし。
﹁ケルヴィン、お前よ⋮⋮﹂
止めろ、予想はしていたけど止めてくれ。そんな目で俺を見ない
で!
﹁はぁ、まあ俺はいいけどよ。ガウンじゃ奴隷制自体をよく思って
ない奴も多い。犯罪者とかなら話は別だが、少しは気をつけろよ?
いくら人気の受付嬢を落とす為とはいえ、そんな手段に出るとは
驚いたが⋮⋮﹂
﹁違うからな? サバトが考えているような手段は取ってないから
な?﹂
どちらかと言えば長年の恋路が実った感じのものだ。言わば純愛
ものだ。
﹁分かってるって。アンジェは幸せそうだし、いいんじゃねぇの?
ほら、そろそろ目的地に着くぜ﹂
サバトは若干呆れながら目の前の大扉を開く。たぶん分かってな
いな、こいつ。後の禍根の元になるのも嫌だし、しっかりと説明し
てやらないと。そんなことを思いながら俺たちは部屋の中へと入っ
て行った。
﹁︱︱︱って広いな﹂
1768
サバトに案内された部屋はかなり奥行きのあり、僅かに照明の光
があるくらいの薄暗い場所だった。言ってしまえば謁見の間、王座
である。神霊樹の利用して作られた為に壁も木々で覆われているが、
討伐したモンスターの証だろうか? 巨大な牙や毛皮で装飾されて
いる。そして王座となれば当然奴もいる訳で。
﹁親父、ケルヴィンを連れてきたぜ﹂
﹁声が大きいぞ。秘密裏に、と伝えたろう﹂
部屋の最奥、その中央に王座があり、その左右横にジェレオル、
ユージール、ゴマが整列していた。む、同志キルトはいないようだ。
晩餐会くらいでしか話したことはないけどさ。
﹁外もあんだけ騒がしいんだ、別にいいじゃねぇか。ほら、ケルヴ
ィン﹂
﹁や、一昨日振りだな。何やら色々と大変そうじゃないか︱︱︱ って、獣王なのか?﹂
王座の前まで歩みを進め、挨拶がてらのジャブを軽くかまそうと
したのだが、獣王の姿を見て逆に驚いてしまった。なぜって、女の
子の姿じゃないのだ。
﹁ククク⋮⋮ その顔、試合の最中に見たかったものだ﹂
﹁⋮⋮それが獣王の本当の姿なのか? やけに︱︱︱﹂
続く言葉を飲み込み、一度横にいるジェレオルを見る。うん、ジ
ェレオルはそこにいるよな? ってことは、あれは正真正銘獣王レ
オンハルトの、本当の姿。
1769
﹁やけに、若い気がするんだが⋮⋮﹂
﹁ハッハッハ! そうだろう、そうであろう!﹂
まだ俺から受けた傷は癒えていないようで、獣王の体には包帯が
幾重にも巻かれている。だがそんなことは関係ないとばかりに高笑
いする獣王の姿は、王子の長兄であるジェレオルと瓜二つのもので
あったのだ。豪壮な髭を蓄え、その面構えは獅子そのもの。よくよ
く見れば獣王の方が年老いているようにも見えるが、どう考えても
10も離れていないだろう。親子ではなく兄弟と言った方がしっく
りくる。
﹁ボソボソ⋮⋮︵実はよ、俺も親父の本当の姿を見るのは数年振り
なんだ。正直兄貴かと思ったぜ。ぶっちゃけて言えば、久し振り過
ぎて顔を忘れてた︶﹂
﹁ボソボソ⋮⋮︵ああ、俺の見間違えじゃなかったんだな。良くは
ないけど良かったよ︶﹂
驚きのあまり、近くにいたサバトと耳打ちしてしまう。やけに機
嫌が良さそうなのも逆に怖い。
﹁昨日の試合は実に愉快であった。しかしその反応を見る限り、進
化による寿命の変化については知らないと見える﹂
﹁寿命の変化?﹂
﹁そうだ。﹃隠蔽﹄を使いステータスを隠してはいるが、試合で実
際に戦ってみて確信したのだ。お主らが人間から進化し、枠組みか
ら大きく逸脱した存在になっていることをな。まさかシルヴィアよ
りも早いとは思わなんだ。まあ、ダハクは種族からして違っていた
ようではあるが⋮⋮﹂
セラも悪魔だったりするが、プリティアよりは人間寄りだから良
1770
しとしよう。
﹁それで、寿命との関係とは?﹂
﹁やはり知らないのか。我ら獣人やエルフ、人間やドワーフなどの
人型の種族は易々と進化することはない。その代わりに、種の進化
に選ばれし者が得るものも大きいのだ。その最たるものが寿命の変
化、平たく言えば擬似的な不老のことよ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
メ、メルフィーナ先生ぇー! 大変です!
﹃真実です﹄
お墨付き貰っちゃったよ!
﹃更に詳しく説明しますと、寿命の長期化ですね。完全に不老とい
う意味ではありません。人間の寿命がエルフのように長くなり、元
々長寿であったエルフは更に加算されます。物凄くゆっくりではあ
りますが、体の時間は進みますよ﹄
﹃ご、ご主人様といられる時間が、長く︱︱︱﹄
ああっ、泣くなエフィル! 俺も泣いちゃうから!
﹃エ、エフィルねえ! 僕も驚きたいんだけど、泣き崩れないで!﹄
﹃大丈夫だよ、エフィルちゃん。私もずっと一緒だよっ﹄
今一度冷静になろう。冷静に。唐突過ぎる人間止めてました宣言
に驚愕してしまったが、今の俺は冷静だ。うん、よし。 ⋮⋮エフ
ィルをギュッ! リオンをギュッ! アンジェをギュッ! よしっ!
1771
﹁⋮⋮もういいか?﹂
﹁ああ、悪いな。これで落ち着いた﹂
まさか王族の眼前で抱擁するとは思っていなかった。しかし悔い
はない。今したかったのだ。
﹃ケルヴィン、私もっ! 私もっ!﹄
帰ったらな。
﹁ってことはだ。獣王も獣人から進化していて、見た目通りの年齢
じゃないってことでいいのか?﹂
﹁うむ、これでも東大陸の大戦時から生きておる。そこら中で戦が
起こっていたのも要因のひとつなんだろが、ジェレオルの歳程の頃
に進化してな。それから色々あって今に至るのだ。まあワシが王に
なったのはここ十数年のことなのだが﹂
うん百歳ってことですかい⋮⋮ 獣王は決勝トーナメントでの俺
との試合の時に、大戦時の話をしていた。確かその頃のガウンは悲
惨な状況にあったとか、そんな話だった気がするが。うーん、考え
るにそのような環境に生きたが故に、現在の超が何個も付くような
スパルタ教育を施しているのだろうか?
﹁ふむ、何か言いたそうな目をしておるな﹂
﹁⋮⋮分かる?﹂
﹁まあな。試合の最中にも話した内容だ。我が子を崖に突き落とす。
それは古くからガウンに伝わる試練の象徴たる言葉だ。まあワシの
場合は更に崖上から岩を放り投げ、這い上がったらまた蹴落とすが
な﹂
1772
容赦ねぇ⋮⋮
﹁そんなことに意味はあるのか?﹂
﹁別にワシのような獣人になれと言っている訳ではない。逆にそん
なものが実現してしまえばこの国は滅んでしまうわ。中にはサバト
のように愚直な男も必要になろう。皆を引き付けるような存在の、
な﹂
﹁お、親父に褒められた、だとっ!? マジか!?﹂
﹁明日は槍が降るわね⋮⋮﹂
おい、子供たちが凄く驚いているぞ。
﹁ワシが望むは少しの知恵、利口さだ。獣人も脳がない訳ではない
のだ。嫌のことには当然警戒もする。だが我々獣人は愚直故に一度
熱くなれば我を忘れやすい。だからこそ、刷り込み式に学び続けさ
せるしかないのだ。どのような場面でも生存率を上げる為にな﹂
﹁⋮⋮俺としては賛同できないな﹂
これもガウンの国柄、と言ってしまえばそれまでだが。
﹁まあ、でもよ。親父が獣王に就任してからキルトみたいに魔法を
使う獣人が出てきたのも事実なんだよ。軍の作戦も昔みたいに突貫
突貫じゃなくなったしな。それでも反論したけりゃ獣王を討ち取れ、
それがガウンの掟だ。現に親父への挑戦者は後を絶たないんだぜ?﹂
﹁ですが、父さんは今も獣王の座にいます。それはつまり、未だ父
さんを超える獣人がいないという事なのです。肉体的な事もそうな
のですが、策謀的な意味でも⋮⋮﹂
﹁試合に持ち込むまで別の戦いも待っているからな、アレは﹂
どうやらジェレオルなどは挑戦した経験があるらしい。謀略が入
1773
り乱れる感じだろうか。俺としては直接のバトルだけで留めてほし
い。いや、王になるつもりは更々ないけどさ。
﹁我らは時折野性の気質を多く孕む場合がある。特に色事に対して
は素直過ぎるのでな。ハニートラップなどは苦労の種もいいところ
であった。なあ、ユージール? 初恋の相手はどこの国の者だった
かな?﹂
﹁うっ⋮⋮ ち、父上、その、申し訳ありません⋮⋮﹂
過去の出来事を掘り起こすつもりはないが、話の流れから察すれ
ばトライセンかどこかの国から似たようなことをされたんだろうな。
そして女性に対するいろはを文字通り獣王から直に教授され続けら
れていると。苦労が絶えないだろうが、俺からは頑張ってくれとし
か言えない。俺だって頑張ってるんだもの。
﹁しかし、そうなると妻を持つジェレオル王子はいいとして、キル
ト王子は危ないんじゃないか? その手の策略にさ。今日はいない
みたいだけど﹂
知らない子に﹁お兄ちゃん﹂と呼ばれただけで、無条件で付いて
行ってしまいそうだ。
﹁ああ、キルトならあれから自分の研究室に引き篭もっているよ。
何でもゴマの身体能力を最大まで引き出す装備作りに情熱を注ぎ込
んでいるようだ﹂
ユージールが疑問に答えてくれた。キルト王子、そこまでゴマの
ことを⋮⋮
﹁あれはあれでその類の色香に弱いようで、実はそうでもない。ゴ
1774
マへの想いは人一倍なんでな。キルトに関しては特に心配はしてお
らんよ。その成果によってはゴマとの婚儀も考え︱︱︱﹂
﹁本気で止めてください!﹂
同士よ、紳士たれ。俺はお前を支持するぞ。
﹁さて、堅苦しい話はここまでにして、そろそろ此度の本題に入ろ
うか。知っての通り、昨日我がガウンが誇る闘技場及び辺りの家屋
が何者かに破壊された。周辺住民、兵に至ってまで催眠状態にあっ
た為に目撃者もおらん。闘技場が崩れる音を聞きつけ行ってみれば
この様よ。その時はワシもこの状態であったからな、対応が遅れて
しまったのだ﹂
﹁⋮⋮闘技場、俺が魔法で作り直そうか? 設計図があれば再現で
きると思うぞ? 家とかも直すのが得意な奴がいるし﹂
﹁おお、できるのか? しかし︱︱︱﹂
﹁いいから、俺がやりたいだけだから﹂
ああは言っているが、獣王が真相を知っている可能性もある。だ
って獣王だし。なので先んじて復興には協力する。それにこちらの
責任も多大にあるし、住民はただ迷惑を被っただけだからな。俺と
してもこのままでは気持ち悪い。
﹁すまないな、ケルヴィン。これの詳細に関しては現在調査中だ。
しかし、このような状況では獣王祭の続行は難しい。本来予定して
いた決勝戦と3位決定戦を中止し、明日はこの城の中庭にて命名式
を執り行う﹂
﹁中止、か﹂
当然と言えば当然だが、残念だな。セラに雪辱を晴らす時がきた
と思っていたのに。しょうがない、帰ったら一戦交えよう。
1775
﹁本来優勝者に与える筈であった賞金等はケルヴィンに授ける。元
々どちらもお主の仲間であるしな。そこは安心していい﹂
﹁俺らは構わないが⋮⋮ 今日の様子じゃ、国民を納得させるには
大変そうだな﹂
﹁当日は会場まで城を無償で一般公開する予定だが、完全に納得さ
せるのは無理だろうな﹂
ジェレオルは大きく溜息を吐いた。王子の中でも特に気苦労が多
そうだな。
﹁命名式ではファミリーネームの付与は勿論、トライセンでの魔王
討伐を称える式典も同時に執り行う。待たせてしまったが、ケルヴ
ィンへの報奨金も各国・ギルドを通じて用意できた。明日を楽しみ
に待つが良い。今日知らせたかったのはこの事だ﹂
報奨金か⋮⋮ お金は特に困ってる訳じゃないんだけどな。貰え
るものは貰うけど。それから俺たちは命名式の詳細を聞いた後、帰
ることとなるのだが。
﹁ああ、そうだ。闘技場の倒壊を間逃れた舞台がひとつだけあった
か。中庭に置いてあった予備が。これはエキシビジョンマッチのひ
とつはできるかもしれんな﹂
帰る寸前、獣王が含みのある言葉を呟いた。
1776
第242話 命名式
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
昨夜は帰ってからも寿命の件でひと悶着あったが、最終的に﹁ま
ずは神の使徒を何とかしてから﹂で落ち着いた。寿命が延びても戦
いで死んでしまっては元も子もないからな。今はそれでいいと思う。
と言うよりも、話がでか過ぎて実感がないんだ。
さて、今日は命名式当日、ここは城の来賓用控え室の一室だ。せ
っかくの公的な場なのだからと、昇格式の際にギルドから貰った式
服を着て行くことになった。普段着る機会がまったくないからな。
こんな時くらいは活用させてもらおう。
﹁昇格式以来ですね。煌びやかで私には不釣合いだと思いますが⋮
⋮﹂
﹁またまた∼。エフィルねえの方が綺麗だって自覚しないと。メイ
ド服以外にもセラねえみたいに色々着た方がいいよ、絶対似合うか
ら!﹂
﹁今回はコレットを心配する必要がなくなりましたからね。私も思
う存分着飾れるというものです﹂
﹁胸が、ちょっときついような⋮⋮﹂
﹁うんうん。皆、とっても似合ってるよ﹂
俺たちの格好を見てアンジェは満足げに頷く。どれにもパーズ冒
険者ギルドの紋章である翼が施されており、俺が黒の礼服、エフィ
ルが緑、リオンが白、メルフィーナが青、セラが赤のドレスを着て
いるのだ。アンジェはと言うと、いつものギルド職員の制服である。
1777
まだ一応はギルド職員のていだからな。奴隷の証である従属の首輪
は首に青のスカーフを巻くことで隠されているので、見えることは
ないだろう。パーズに戻ってからアンジェは正式に冒険者ギルドへ
退職することを伝えるそうだ。その時は俺も同行する訳だが、修羅
場のひとつは覚悟しなければなるまい。なるまいて⋮⋮
﹁ほらほら、ケルヴィンもそんな辛気臭い顔しない! せっかくの
晴れ舞台だよ?﹂
﹁俺、こういう場が苦手なんだよ。昇格式もそうだったが、緊張し
ないか?﹂
﹁獣王祭で暴れまくった人の台詞とは思えないよ⋮⋮ ジェラール
さんを少しは見習わないと﹂
﹁ジェラール?﹂
アンジェが指差す方向を向く。
﹁ガッハッハッハ! どうじゃ、格好良いじゃろ? 流石は式典用
じゃて!﹂
﹁わー、綺麗な刺繍だね﹂
﹁いつもの赤いマントもいいけど、外套の白と鎧の黒がコントラス
トが映えるね﹂
身に着けた白の外套をわざとらしくなびかせ、リュカとシュトラ
に見せ付けるジェラール。見た目が魔王鎧だけに変質者にも見えて
しまうが、ご満悦な様子が見ただけで分かってしまう。固有スキル
が﹃自己超越﹄にランクアップしたことで装備の変更が可能になっ
たからな。仮孫達に自分の雄姿を見せることに余念がない。
﹁ね、あれくらい堂々としないと﹂
﹁⋮⋮ジェラールを見本にする時が来るとはな﹂
1778
﹁大丈夫、ケルヴィンも最高に格好良いよ!﹂
バンバンと背中を叩かれる。気合注入。しかしこう正装姿の面々
が並ぶのを見ていると、アンジェのドレス姿も見たくなってしまう
な。今度エフィルに頼んでみようか。あ、そうなればダハクのも必
要になるのか⋮⋮ むう、あいつの正装姿が思い浮かばん。今は客
席からプリティア︵ドレス姿︶を見る為に席取りに向かっているん
だったか。本当にぶれないよな。
﹁ケルヴィン様、そろそろ時間です。中庭にお集まりください﹂
おっと、獣人の使用人が呼びに来てくれたようだ。それじゃあ、
行くとしますか。
﹁いってらっしゃい!﹂
アンジェに見送られ、俺たちは会場へと歩み出した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
ジェレオルがステージの上で開会を宣言する。
﹁静粛に! これより、ガウン国命名式を開催する!﹂
命名式の会場となる神霊樹の城の中庭は人で埋め尽くされていた。
まるで闘技場に向かう筈であった客達がこちらに雪崩れ込んだかの
ように。
1779
﹃ってよりも、そうなんだろうなぁ⋮⋮﹄
﹃この中庭も広大ですが、それ以上に獣人の方々がいらっしゃって
いますね﹄
城の中庭は神霊樹の中腹にあり、樹木が大きく突き出した箇所に
庭園が作られている。神霊樹の上なのに、ここにも別種の木々が植
えられているのには笑ってしまった。見物する住民らは中庭の半ば
まで入ることが許され、そこからはガウン兵がロープを張って境を
区切っているようだ。この境からは関係者のみ入ることが許され空
間となる為、ガラリと変わって人混みなどもなく広々としたものだ。
⋮⋮まあ、その中央にはどう考えてもこの場には馴染まないもの
が鎮座しているんだけれど。俺たちは当事者だからこちら側、命名
式で同じく名を授かるだろうと思われる貴族っぽい方々と並んで席
に座っている状態だ。
﹁それにしても、良かったな。サバト、ゴマ。ガウンの名を継げる
んだろ?﹂
﹁おう! 俺もまさかとは思ったんだが、どうやら夢じゃねぇよう
だぜ!﹂
﹁サバト、お願いだから静かに、せめて小声にして。もう式が始ま
るわ﹂
俺たちの隣に座るはサバトとゴマだ。本人達は狼狽気味だが、ど
うやら獣王祭の試合でその実力を獣王に認められたようなのだ。2
人とも2回戦敗退と結果だけ見れば成果を残していないように思え
るが、その相手はリオンとプリティアだ。現状、ガウンの名を継い
でいるジェレオルやユージールだって勝てない相手に、あそこまで
奮闘した甲斐があったってもんだな。
1780
﹁では、これより新たに家名を与えていく。名を呼ばれた者はステ
ージの上へ﹂
ジェレオルが男の名前を読み上げると、客席側の一番端の席に座
っていた獣人が立ち上がり、ステージに向かって行った。男がステ
ージに辿り着くと、礼服の老人が前に立ち何やら呪文を呟き出した。
あれが﹃命名﹄なのだろう。ファミリーネームを授けるには、確か
A級以上のスキルランクが必要だった筈だ。普通であればスキル一
本に絞って伸ばすものだが、ここは獣国ガウンである。あの獣人の
老人も昔は戦士としてブイブイ言わせていた口なのだろうか?
﹃ケルにい、呼ばれる順番はこの席の並び順と同じみたいだね﹄
﹃それだと俺たちはステージ側の一番端だから、最後か⋮⋮﹄
うーむ、こういった催しはさっさとやってしまって心に安寧を招
きたいのだが。下手に順番が取りだと最後まで緊張に悩まされてし
まう。王族になるサバトとかを最後にしろよと愚痴りたい。そうだ、
念話で話でもして緊張を忘れよう。そうしよう。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁次、S級冒険者﹃死神﹄ケルヴィン、﹃黒流星﹄リオン、﹃女帝﹄
セラ、﹃微笑﹄メル、﹃爆撃姫﹄エフィル、﹃剣翁﹄ジェラール!
前へ!﹂
と、そんな調子でリオンらと念話で戯れているうちに、いつの間
にか順番が回ってきていたようだ。ええい、﹃バールを素直にさせ、
1781
セラに向かってお姉ちゃんと呼ばせるにはどうすればいいのか?﹄
の議論で盛り上がっていたと言うのに。嘆いていても始まらない。
話はいったんお開きとし、席から立ち上がってステージに向かう。
今回の命名の対象は俺と妹であるリオンのみである。魔王討伐の実
績がある為、申請する権利はセラ達もあるのだが、まあ、そこは俺
がこれから頑張らないといけない訳で。
﹁ケルヴィンとリオン、そなた等にセルシウスの家名を与える﹂
老人が事前にアンジェに申請していた家名を読み上げ、呪文を唱
え始める。すると俺の眼前にステータス画面が表示され、ケルヴィ
ンの文字の右側が光り出す。やがて光は文字の形へと集束していき、
画面にはセルシウスと表示されていた。リオンも同様のようだ。こ
れで俺はケルヴィン・セルシウス。リオンはリオン・セルシウスと
なった。
﹁おめでとう、ケルヴィン。これからセルシウスの名は世界に轟く
ことだろう﹂
﹁ありがとうございます、ジェレオル王子﹂
﹁さて、本来であれば命名式はこれにて閉会なのだが、ケルヴィン
には各国から魔王討伐による賞金・勲章・爵位の授与がある。おい、
持って参れ﹂
ジェレオルが命じると、ステージの横からガラガラと何やら台車
を押す音が聞こえてきた。
﹁⋮⋮多過ぎじゃないですか?﹂
﹁何分、異世界に帰ってしまわれた勇者の分も含まれているからな。
共に魔王と戦ったケルヴィンが代理として貰うのは当然のことだろ
う? それに獣王祭優勝、準優勝分の賞金も加算されている﹂
1782
持って来られたのは見たこともない程の金貨の山。漫画や映画の
ふざけたシーンのようだ。これ、うちの屋敷がいくつ買えるんだろ
うか?
﹁次に勲章だ。我らガウンからは最高の功労を働いた者に授与する
獣王章を、デラミスからは教皇章と聖女章、トラージからは椿花章
が⋮⋮ どれも最高位のものだな。トライセンからも武功王章が届
いているぞ﹂
﹁身に余る光栄、と言えばいいんでしょうか?﹂
勲章か。栄誉を示す章飾であるが、使い道に困ってしまう。こう
いった場だと礼服に付けて行った方が良いのだろうか?
﹁最後に爵位。こういったものは冒険者から嫌われる傾向があるの
だが、トラージ王にどうしてもと言われていてな。椿護衛隊隊長の
任を︱︱︱﹂
﹁あ、それはいらないです。辞退します﹂
たぶんそれ、爵位じゃないです。
﹁だろうな。あの方も懲りないものだ。報奨金はこちらで屋敷に運
ぶか?﹂
﹁いえ、大丈夫です﹂
報奨金はその場で懐のクロトの保管に流し込んで全て持ち帰る。
クロトの触手が金貨を次々と吸い上げただけのことであるが、獣人
らからは変な目で見られてしまった。距離があるしクロトが半透明
だから見えていないのか。緑魔法で風を操っているとでも思ってく
れ。
1783
それから更に国のお偉いさん︵なぜか皆ごつい︶から祝いの言葉
を貰い、こちらの式も滞りなく終了。獣王が先ほどから姿を見せな
いのが気になるが、気になっていても仕方がない。さ、帰るとしよ
うか!
﹁では! これより獣王特別主催、エキシビジョンマッチを開催す
るっ!﹂
⋮⋮と思ったんだけどな。中庭の中央、俺が先ほどから気になっ
ていたその場所に鎮座していたもの。それは闘技場にもあった、シ
ーザー氏お手製の円舞台である。そしてその上で声を張り上げる女
性、いや獣王だよね、君。エルフの里の長老ネルラスの娘さんの姿
だけど、獣王だよね?
﹁エ、エキビジョンだって?﹂
﹁そんな予定あったか?﹂
﹁いいじゃない。何だか面白そうよ! 獣王祭も結局中止になっち
ゃったし、丁度いいじゃない!﹂
戸惑っていた見物人達も徐々に熱が篭り始めている。出入り口側
を彼らで埋めさせたのはこの為か。
﹁S級冒険者﹃死神﹄ケルヴィン! ﹃女帝﹄セラ! 舞台上に来
るがいい。ほれ、最高の舞台だろうが。思う存分戦うといい﹂
﹁﹁﹁おおーーー!﹂﹂﹂
言葉は粗暴であるが、仕草はエルフの女性そのもの。可愛らしく
手招きしている。周囲ではすっかり感染モードとなった観客が湧き
立つ。これはもう断る空気ではない。上空には同志キルトの映像機
1784
器が、舞台には結界が展開済み。用意周到とはこのことか。
ンダイト
アロ
﹁ああ、やっぱりそのパターンか⋮⋮ セラどうする、って何黒金
の魔人装備してんの!?﹂
アロンダイト
ドレス姿とはミスマッチな黒金の魔人を早々に装備し出すセラ。
やだ、理解力早過ぎじゃない?
﹁え、だってやるんでしょ? 口が笑ってるわよ、ケルヴィン?﹂
⋮⋮自覚がないって怖いね。クロトから黒杖を取り出す。
﹁言っておくが、これは獣王祭じゃないからな。魔法もバンバン使
うからな?﹂
﹁分かってるわよ! 私だって使うし! ええと、メル﹂
﹁ええ、結界の重ね掛けは私らにお任せください。存分にやっちゃ
っていいですよ﹂
毎日のように模擬試合をしていたからか、こちらも準備が早い。
既に舞台で戦う準備が整っていた。
﹁審判はワシが務める。ジェレオルでもお主らの本気に試合は判断
できないだろうからな。双方、問題はあるか?﹂
﹁ない﹂
﹁ないわ!﹂
俺とセラが向かい合う。礼服とドレスだからか新鮮だな。
﹁それでは︱︱︱ はじめっ!﹂
1785
空は雲ひとつない快晴、これ以上ないくらいの戦闘日和。空高き
神霊樹の城にて、歓声が轟いた。
1786
第242話 命名式︵後書き︶
第6章はこれにて終了です。
次章はいよいよあのキャラクター達も出てきたり。
1787
第六章終了時 各ステータス︵前書き︶
※注意
今回は物語ではなく、第六章終了時メインメンバーのステータス紹
介です。
数字とスキルは後で修正する可能性もありますので、あくまで参考
程度に御覧ください。
装備効果については現段階で判明している物のみの記載です。
読み飛ばしても問題ありません。
1788
第六章終了時 各ステータス
ケルヴィン・セルシウス 23歳 男 魔人 召喚士
レベル:120
称号 :死神
HP :1960/1960
セラ−1
ダハク−500
ジェラール−1000
MP :18120/18120︵+12080︶
︵クロト召喚時−100
000
アレックス−320
ムドファラク−500︶
メル︵義体︶−5
ボガ−500
筋力 :1224︵+640︶
耐久 :1157︵+640︶
敏捷 :1382
魔力 :2825︵+640︶
幸運 :1820
装備 :黒杖ディザスター︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒の長杖]
愚聖剣クライヴ︵S級︶
[愚剣クライヴをケルヴィンが浄化した黒き長剣]
[☆斬りつけた相手に呪いを付与]
[☆剣身の長さを自在に変更可能]
黒剣アクラマ︵S級︶
スキルイーター
[ケルヴィン製作の漆黒の剣]
悪食の篭手︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒の篭手]
[☆触れた相手のスキルをコピーして使用可能とする]
1789
アスタロトブレス
智慧の抱擁︵S級︶
[エフィル製作の漆黒のローブ]
[☆魔法を使用する際に消費MPを10%カット]
[☆状態異常に耐性]
[☆接触した魔法を知覚することが可能]
ブラッドペンダント︵S級︶
[シールペンダントがセラの血により変化した銀のロケッ
トペンダント]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
特注の黒革ブーツ︵C級︶
[パーズで購入した黒革のブーツ]
スキル:魔力超過︵固有スキル︶
並列思考︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
格闘術︵S級︶
鎌術︵S級︶
召喚術︵S級︶ 空き:2
緑魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
鑑定眼︵S級︶
飛行︵A級︶
気配察知︵A級︶
危険察知︵A級︶
魔力察知︵A級︶
隠蔽︵S級︶
胆力︵A級︶
軍団指揮︵A級︶
1790
鍛冶︵S級︶
精力︵S級︶
剛力︵S級︶
鉄壁︵S級︶
強魔︵S級︶
経験値倍化
成長率倍化
スキルポイント倍化
経験値共有化
補助効果:転生神の加護
悪食の篭手︵右手︶/味覚︵S級︶
悪食の篭手︵左手︶/二刀流︵S級︶
隠蔽︵S級︶
エフィル 16歳 女 ハイエルフ 武装メイド
レベル:119
称号 :爆撃姫
HP :1108/1108
MP :3463/3463
筋力 :503
耐久 :500
敏捷 :3306︵+640︶
魔力 :2639︵+640︶
幸運 :1849︵+1599︶
ペナンブラ
装備 :火神の魔弓︵S級︶
[ケルヴィン製作の紅の大弓]
1791
[☆火属性の威力を高める]
隠弓マーシレス︵S級︶
[ケルヴィン製作の隠密用の弓]
[☆魔力を込めると隠蔽効果が施された矢が生成される]
[☆魔力量に比例して射程が伸びる]
※普段はクロトの保管に収納。
戦闘用メイド服Ⅴ︵S級︶
[エフィル製作のメイド服]
戦闘用メイドカチューシャⅤ︵S級︶
[エフィル製作のメイドカチューシャ]
魔力宝石の髪留め︵B級︶
[ルーミルの形見である小さな花を模った髪留め]
[☆魔力宝石:エメラルドによる魔法威力の強化]
祝福されし従属の首輪︵A級︶
[メルフィーナによって清められた奴隷の首輪]
[☆主人を害することを禁じられる]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
火竜の革ブーツ︵A級︶
[エフィル製作の竜革のブーツ]
スキル:蒼炎︵固有スキル︶
悲運脱却︵固有スキル︶
弓術︵S級︶
格闘術︵C級︶
赤魔法︵S級︶
千里眼︵S級︶
隠密︵S級︶
教示︵A級︶
1792
奉仕術︵S級︶
按摩︵A級︶
調理︵S級︶
目利き︵S級︶
裁縫︵S級︶
清掃︵S級︶
鋭敏︵S級︶
強魔︵S級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:火竜王の加護
隠蔽︵S級︶
クロト 0歳 性別なし スライム・グラトニア
レベル:119
称号 :常闇
HP :2380/2380︵+100︶
MP :1877/1877︵+100︶
筋力 :1441︵+100︶
耐久 :1402︵+100︶
敏捷 :1378︵+100︶
魔力 :1180︵+100︶
幸運 :1333︵+100︶
装備 :なし
スキル:暴食︵固有スキル︶
1793
金属化︵S級︶
吸収︵A級︶
分裂︵A級︶
解体︵S級︶
保管︵S級︶
打撃無効
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ジェラール 138歳 男 冥帝騎士王 暗黒騎士
レベル:121
称号 :剣翁
HP :12700/12700︵+8400︶︵+100︶
MP :527/527︵+100︶
筋力 :2803︵+640︶︵+100︶
耐久 :2939︵+640︶︵+100︶
敏捷 :501︵+100︶
魔力 :398︵+100︶
幸運 :644︵+100︶
装備 :魔剣ダーインスレイヴ︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒の大剣]
[☆刀身に触れた者の魔力を吸収して攻撃力に加算する]
ドレッドノート
[☆吸収した魔力を解放して使用することが可能]
戦艦黒盾︵A級︶
クリムゾンマント
[ケルヴィン製作の漆黒の大盾]
深紅の外装︵B級︶
1794
[エフィル製作の深紅の外装]
[☆火属性に耐性]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
スキル:栄光を我が手に︵固有スキル︶
自己超越︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
危険察知︵S級︶
心眼︵S級︶
装甲︵S級︶
騎乗︵S級︶
軍団指揮︵A級︶
軍略︵B級︶
教示︵A級︶
自然治癒︵S級︶
屈強︵S級︶
剛力︵S級︶
鉄壁︵S級︶
実体化
闇属性半減
斬撃半減
ドレッドノート
補助効果:自己超越/魔剣ダーインスレイヴ++
クリムゾンマント
自己超越/戦艦黒盾++
自己超越/深紅の外装++
自己超越/女神の指輪++
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
1795
デーモンブラッドロード
セラ 21歳 女 悪魔の紅血王 呪拳士
レベル:120
称号 :女帝
HP :3085/3085︵+100︶
MP :3250/3250︵+100︶
筋力 :1787︵+320︶︵+100︶
耐久 :1202︵+100︶
敏捷 :1386︵+100︶
魔力 :1909︵+320︶︵+100︶
幸運 :2221︵+640︶︵+100︶
アロンダイト
装備 :黒金の魔人︵S級︶
[ケルヴィン製作の漆黒のナックル]
クイーンズテラー
[☆ビクトールが使用していた魔法の威力を高める]
狂女帝︵S級︶
[エフィル製作の漆黒の軍服]
偽装の髪留め︵A級︶
[魔王グスタフがセラに持たせた髪留め]
[☆姿を偽ることが可能]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
強化ミスリルグリーブ︵B級︶
[ミスリルグリーブをケルヴィンが強化したもの]
スキル:血染︵固有スキル︶
血操術︵固有スキル︶
1796
格闘術︵S級︶
黒魔法︵S級︶
飛行︵A級︶
気配察知︵S級︶
危険察知︵S級︶
魔力察知︵S級︶
隠蔽察知︵S級︶
奉仕術︵C級︶
舞踏︵A級︶
演奏︵A級︶
釣り︵A級︶
自然治癒︵S級︶
剛力︵A級︶
強魔︵A級︶
豪運︵S級︶
補助効果:魔王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
メル︵義体︶ 17歳 女 天使 戦乙女
レベル:120
称号 :微笑
HP :3509∼4069︵+3142∼3702︶
MP :3509∼4069︵+3142∼3702︶
筋力 :3509∼4069︵+3142∼3702︶
耐久 :3509∼4069︵+3142∼3702︶
敏捷 :3509∼4069︵+3142∼3702︶
1797
魔力 :3509∼4069︵+3142∼3702︶
幸運 :3509∼4069︵+3142∼3702︶
装備 :聖槍ルミナリィ︵S級︶
[メルフィーナが所持する聖槍]
[☆殺傷力なしで対象の悪意を一掃する]
[☆殺傷力増し増しで悪を一掃する]
戦乙女の軽鎧ヴァルキリーメイル︵S級︶
[メルフィーナが所持する蒼き軽鎧]
戦乙女の兜ヴァルキリーヘルム︵S級︶
[メルフィーナが所持する蒼き兜]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
エーテルグリーブ︵A級︶
[メルフィーナが所持するグリーブ]
スキル:神の束縛︵隠しスキル:鑑定眼には表示されない︶
絶対共鳴︵固有スキル︶
槍術︵S級︶
心眼︵S級︶
青魔法︵S級︶
白魔法︵S級︶
飛行︵S級︶
魔力温存︵S級︶
装飾細工︵S級︶
錬金術︵S級︶
大食い︵S級︶
鉄の胃︵S級︶
味覚︵S級︶
1798
嗅覚︵S級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
リオン・セルシウス 14歳 女 聖人 剣聖
レベル:114
称号 :黒流星
HP :1480/1480
MP :2399/2399
筋力 :1322
耐久 :690︵+320︶
敏捷 :2815︵+640︶
魔力 :2204︵+640︶
幸運 :1367
装備 :魔剣カラドボルグ︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
[☆雷を刀身に帯電させることが可能]
偽聖剣ウィル︵A級︶
[ケルヴィン製作の贋作の剣]
劇剣リーサル︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
[☆斬る度に味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の順で五感を
奪う]
黒剣アクラマ︵S級︶×2
[ケルヴィン製作の漆黒の剣]
※その場に応じて使い分けている。
1799
使用していない剣はクロトの保管に収納。アレックスと
共有。
黒衣リセス︵S級︶
[エフィル製作の黒衣]
女神の指輪︵S級︶
[メルフィーナ製作の銀の指輪]
[☆状態異常に耐性]
特注の黒革ブーツ︵C級︶
[パーズで購入した黒革のブーツ]
スキル:斬撃痕︵固有スキル︶
絶対浄化︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
二刀流︵S級︶
軽業︵S級︶
隠密︵S級︶
天歩︵S級︶
赤魔法︵S級︶
危険察知︵S級︶
心眼︵S級︶
絵画︵B級︶
胆力︵A級︶
感性︵B級︶
交友︵S級︶
剛健︵S級︶
鉄壁︵A級︶
鋭敏︵S級︶
強魔︵S級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
1800
補助効果:隠蔽︵S級︶
フローズヴィトニル
アレックス 3歳 雄 深淵の大黒狼
レベル:114
称号 :陽炎
HP :2077/2077︵+100︶
MP :777/777︵+100︶
筋力 :1347︵+320︶︵+100︶
耐久 :855︵+100︶
敏捷 :1043︵+100︶
魔力 :622︵+100︶
幸運 :563︵+100︶
装備 :魔剣カラドボルグ︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
[☆雷を刀身に帯電させることが可能]
偽聖剣ウィル︵A級︶
[ケルヴィン製作の贋作の剣]
劇剣リーサル︵S級︶
[ケルヴィン製作の剣]
[☆斬る度に味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の順で五感を
奪う]
黒剣アクラマ︵S級︶×2
[ケルヴィン製作の漆黒の剣]
※その場に応じて使い分けている。
使用していない剣はクロトの保管に収納。リオンと共有。
女神の首輪︵S級︶
1801
[メルフィーナ製作の首輪]
[☆状態異常に耐性]
スキル:影移動︵固有スキル︶
這い寄るもの︵固有スキル︶
剣術︵S級︶
軽業︵S級︶
嗅覚︵S級︶
隠密︵A級︶
隠蔽察知︵A級︶
剛力︵A級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ダハク 162歳 雄 漆黒竜︵古竜︶ 農夫
レベル:113
称号 :ギガントファーマー
HP :2406/2406︵+100︶
MP :605/605︵+100︶
筋力 :1170︵+100︶
耐久 :911︵+100︶
敏捷 :578︵+100︶
魔力 :927︵+100︶
幸運 :337︵+100︶
装備 :アダマント鍬︵A級︶︵人型︶
[ケルヴィン製作のアダマントな鍬]
1802
戦闘用作業服Ⅲ︵B級︶︵人型︶
[エフィル製作の農作業着]
長靴︵E級︶︵人型︶
[一般的な長靴]
竜の手拭い︵B級︶︵人型︶
[エフィル製作の可愛らしい竜の刺繍入り手拭い]
竜の鞍︵B級︶︵竜型︶
[トライセン製の竜用の鞍]
スキル:生命の芽生︵固有スキル︶
黒土鱗︵固有スキル︶
緑魔法︵A級︶
ブレス
黒魔法︵F級︶
息吹︵S級︶
飛行︵A級︶
胆力︵C級︶
農業︵S級︶
園芸︵S級︶
建築︵A級︶
話術︵D級︶
補助効果:闇竜王の加護
召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ボガ 103歳 雄 岩竜︵古竜︶
レベル:110
称号 :剣翁の愛竜
1803
HP :4095/4095︵+1365︶︵+100︶
MP :228/228︵+100︶
筋力 :1449︵+160︶︵+100︶
耐久 :1472︵+160︶︵+100︶
敏捷 :764︵+100︶
魔力 :212︵+100︶
幸運 :398︵+100︶
装備 :竜の鞍︵B級︶
[トライセン製の竜用の鞍]
ブレス
スキル:息吹︵D級︶
装甲︵S級︶
飛行︵D級︶
土潜︵A級︶
大声︵C級︶
屈強︵B級︶
剛力︵B級︶
鉄壁︵B級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
ムドファラク 63歳 雌 三つ首竜︵古竜︶
レベル:107
称号 :甘党スナイパー
HP :1873/1873︵+100︶
MP :1510/1510︵+100︶
1804
筋力 :697︵+100︶
耐久 :664︵+100︶
敏捷 :584︵+100︶
魔力 :819︵+100︶
幸運 :806︵+100︶
装備 :竜の鞍︵B級︶
[トライセン製の竜用の鞍]
ブレス
スキル:多属性体質︵固有スキル︶
息吹︵S級︶
千里眼︵B級︶
飛行︵A級︶
集中︵A級︶
魔力吸着︵A級︶
魔力温存︵A級︶
補助効果:召喚術/魔力供給︵S級︶
隠蔽︵S級︶
アンジェ 18歳 女 超人 刺客
レベル:136
称号 :暗殺者
HP :2868/2868
MP :1670/1670
筋力 :1485
耐久 :1172
敏捷 :5413︵+640︶
1805
魔力 :899
幸運 :211
装備 :凶剣カーネイジ︵S級︶
[ジルドラ製作の毒塗りのダガーナイフ]
[☆斬りつけた相手に猛毒を付与]
起爆符付スローイングナイフ︵A級︶×?
[アンジェ製作の符が結ばれた投げナイフ]
[☆接触の瞬間A級赤魔法相当の爆発が発動]
閃光弾︵C級︶×?
[アンジェ製作の強烈な光を放つ非殺傷の爆弾] [☆範囲内に盲目を付与]
毒塗りのクナイ︵B級︶×?
[アンジェ製作のクナイ]
シャドウシェイド
[☆刺した相手に毒を付与]
影重︵S級︶
グルーム
[ジルドラ製作の黒衣]
夜陰︵S級︶
[ジルドラ製作の漆黒のフード付外套]
[☆A級相当の﹃保管﹄機能あり]
従属の首輪Ⅳ︵A級︶
[メルフィーナ製作の奴隷の首輪]
[☆主人を害することを禁じられる]
仕込みナイフ付黒革ブーツ︵B級︶
[アンジェ製作の隠しナイフを仕込んだ黒革のブーツ]
スキル:遮断不可︵固有スキル︶
凶手の一撃︵固有スキル︶
剣術︵A級︶
格闘術︵B級︶
1806
投擲︵S級︶
黒魔法︵C級︶
鑑定眼︵A級︶
気配察知︵S級︶
危険察知︵S級︶
魔力察知︵A級︶
隠蔽察知︵A級︶
隠密︵S級︶
隠蔽︵S級︶
偽装︵S級︶
天歩︵S級︶
交友︵A級︶
演技︵A級︶
話術︵B級︶
暗器製作︵A級︶
鋭敏︵S級︶
成長率倍化
スキルポイント倍化
補助効果:隠蔽︵S級︶
偽装︵S級︶
シュトラ・トライセン 18歳 女 人間 姫
レベル:14
称号 :記憶を失いし智者
HP :64/64
MP :90/90
筋力 :27
1807
耐久 :30
敏捷 :67
魔力 :94
幸運 :81
装備 :熊のヌイグルミ︵B級︶
[シュトラお気に入りの限定物のヌイグルミ]
フェアリードレス︵A級︶
[エフィル製作の子供用ドレス]
偽装の髪留めⅡ︵S級︶
[メルフィーナ製作の髪留め]
[☆姿を変化させることが可能]
高級靴︵C級︶
[トライセン製の靴]
スキル:完全記憶︵固有スキル︶
胆力︵D級︶
軍略︵D級︶
補助効果:隠蔽︵S級︶
1808
第243話 神獣の岩窟
︱︱︱ガウン・北西部
ガウンでの慰安旅行もいよいよ終わりが近づいてきた。当初予定
していなかった獣王祭への参加、神の使徒の介入、アンジェとの関
係発展と内容の濃いものとなってしまったが、今となっては良い思
い出である。しかし今回の旅行はまだ終わりではない。残りの数日
も思う存分楽しむのだ! ︱︱︱ということで、本日はボガ、ムド
ファラク、ロザリアに乗ってガウン領の北西部、その上空に来てい
る。 ⋮⋮ダハクはどうしたかって? ああ、今日も通常運転だっ
たよ。
﹁今日は随分と国の外れにやって来たね? ここ、何かあるの?﹂
﹁はっはっは、何を言ってるんだアンジェ。ガウンに来たからには、
ここに来なくちゃ始まらないだろ﹂
﹁ううん⋮⋮? ええっと、何か有名な観光名所があったかな?﹂
﹁おいおい、ガウン最高峰難度のA級ダンジョン︻神獣の岩窟︼を
忘れたとは言わせないぞ﹂
最近は昇格式やら魔王騒動やらでダンジョン探索に久しく行って
いなかったからな。魔王を倒し帰って来る前の段階で、トライセン
のダンジョンに行き忘れてしまったのは痛恨のミスであった。しか
し今回はそのような間違いは犯さない。絶対にな!
﹁⋮⋮これ、旅行だよね?﹂
立派な旅行です。残念ながらセラはプリティアと遊ぶ約束をして
1809
いるらしく、今日は不在である。一緒に行けないのは至極残念だが、
戦力的にはアンジェもいることだし大丈夫かな。A級ダンジョンな
ら他の冒険者はいないだろうし、例え殲滅してしまっても迷惑をか
ける事もない。
﹁まあ、このダンジョン踏破の目的にはシュトラのレベル上げの意
味もあるんだ。獣王祭の最中に約束したからな﹂
﹁うん! 頑張って強くなるわ!﹂
シュトラはやる気十分。彼女の敏腕さはトライセンのみならず大
陸中で有名なもの。大会での悔しさをバネに大きく成長してくれる
ことだろう。
﹁僕も獣王祭で反省点ばかりだったから、今日は特訓で生まれ変わ
った僕を見せるよ。ケルにい!﹂
﹁ああ、期待してるぞ﹂
アダマンフォートレス
そうだな、成長と言えばリオンも成長したんだ。命名式の後に俺
が剛黒の城塞で以前よりも頑強な闘技場を生成、ダハクの﹃建築﹄
スキルで倒壊した家屋や道路を新築したのだが、それに対して獣王
が報酬を払うと持ち掛けてきたのだ。当初は無償のつもりでやった
のだが、どうも獣王は借りを作るのが嫌いらしい。ならばと頼んだ
のが次の事柄である。
﹁ガウン滞在中、リオンと模擬試合を何度かしてほしい﹂
獣王祭ではレオンハルトの策略により実力を出し切れずに敗北し
たリオンであったが、時間の合間合間に獣王と試合形式の特訓を重
ねていたのだ。技術や実戦云々の特訓ではなく、メンタル面を鍛え
る為にだ。主に獣王には俺やシュトラなど親しい人物に変身しても
1810
らい、あの試合さながらの嫌がらせを挟みながら戦うといった非常
に苦々しい特訓であった。観戦する俺自身何度握り締めた拳から血
が滲んだか分からない。だがこれもリオンの為、そう試合中に念じ
スキ
続け、その度に心が折れかけ、ついでにお兄ちゃんのメンタルも鍛
えられてしまったよ。
﹁ご主人様、神獣の岩窟が見えてきました﹂
ルイーター
小さな山を越えた辺りでエフィルより一報。エフィルの肩に悪食
の篭手を置き﹃千里眼﹄を借りる。指差す方向には大きな岩山があ
り、目を凝らせばその根元に洞穴が存在するのが見えた。
﹁よし、もうすぐ目的地に到着だ。各自、装備の確認!﹂
﹁﹁﹁はーい!﹂﹂﹂
チビッ子らから元気な返事が戻ってくる。神の使徒の今後の動き
も確かに気になるが、レベル上げをしてパーティの底上げをするこ
とも対策としてありだろう。何よりもここ最近は俺たちのレベルの
上がりが唯でさえ悪い。低級のモンスターをいくら倒したところで
雀の涙にも成りはしないのだ。そこで俺が目をつけたのがこの神獣
の岩窟。ダンジョン内を巡回する雑魚モンスターのレベルもさる事
ながら、ここには神柱がある。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱神獣の岩窟
1811
辺り一面が岩肌で覆われた山々の間に俺たちは降り立つ。ロザリ
ア、ムドファラクに続きボガの巨体が大地に着地すると、これまた
大きな音が轟いて付近にいたモンスター達が逃げて行ってしまった。
むう、B級レベルでも真っ先に逃走を選んでしまうのか。レベル上
げ以前の問題だな、これは。
﹁まあいいか。まずはここをキャンプ地にするから、設営の準備を
する﹂
アダマンフォートレス
準備するのは主に俺なんだけどな! はい、剛黒の城塞でちょい
ちょいと。岩の地面から浮かび上がるようにて漆黒の城塞︵ペンシ
ョンタイプ︶の出来上がりだ。
﹁ダンジョンにはまず俺たちが先行する。シュトラはここでリュカ
やロザリア達と留守番な。ボガとムドファラクも⋮⋮ このサイズ
の穴だと入れないから、今回は一緒に留守番な。設営地周辺の警戒
を頼む﹂
﹁ゴアァ⋮⋮﹂
﹁グオォ⋮⋮﹂
あからさまに悲しがるなよ。流石の俺もダンジョン破壊しながら
攻略はできないよ。お前らも早く人間化できるようにならないとな。
その図体では場所が限られてしまう。
﹁うん、分かった。私がダンジョン入りするのはレベルが十分に上
がってからね?﹂
これが普通の子供なら私も行きたい! と駄々をこねるところな
のだが、シュトラは物分りがとても良い。まあ実際は大人なんだが。
1812
﹁そうだ。A級ダンジョンならそんなに時間はかからないさ。合間
を見て迎えに来るから、それまで十分に休んでいてくれ。慣れない
ダンジョンは疲れるだろうからさ﹂
﹁うん!﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
岩窟の中は暗闇が広がっていた。松明など予め設置されているよ
うな照明の類はなし。A級がそこまで生易しい筈がないか。ここに
生息するモンスターなら闇の中でも夜目が利くだろうしな。 ⋮⋮
おっと、その通りだと言わんばかりに闇の奥深くで何者かの赤い目
ミリアドバーンバード
が光っている。んー、猫科のモンスターだろうか?
﹁エフィル﹂
﹁承知致しました。多重炎鳥で敵を駆逐しつつ灯りを確保します﹂
エフィルの魔力が次々と火炎を纏う鳥に姿を変え、岩窟の奥深く
へと進攻する。やがて聞こえてくる猛獣達の悲鳴絶叫、肉の焦げる
嫌な臭いが洞窟内に充満して︱︱︱ あれ、なぜか鼻を擽るのはス
テーキを連想される熟成された甘い香りだぞ? かいでるだけで腹
が減り、唾液が溢れる。
﹁⋮⋮エフィル、戦いながら調理するのは止めなさい。主にメルが
支障をきたす﹂
﹁申し訳ありません。新しい試みだったのですが⋮⋮﹂
常に挑戦を続ける姿勢は素晴らしいが、洞窟に肉の香りが充満し
1813
たことによりメルフィーナのよだれの滝が止まらない。仕方ないな、
収まるまでは後方から支援をお願いしよう。
﹁あっかるいね∼。流石はエフィルちゃん!﹂
ミリアドバーンバード
エフィルが作り出した多重炎鳥は攻撃︵調理︶で消えることもな
く、その後も我らパーティの周囲を飛び回り、灯火代わりの役割を
担ってくれている。進む道の岩肌にも先行した鳥達が照明よろしく
留まっているので視界の確保は完璧だ。
﹁これがさっき倒したモンスターか。豹、虎、獅子⋮⋮﹂
﹁猫科主体のダンジョンなのかな?﹂
サイズはどれもひと回りでかいけどね。そしてこんがり焼けてい
る。
﹁一先ず通路はジェラールが先頭、殿はメルで行く。 ⋮⋮おい、
拾い食いはするなよ?﹂
﹁な、何のことでしょうか?﹂
しかし腹が減ったな。
1814
第244話 ファンファーレ
︱︱︱神獣の岩窟・内部
﹁ぬんっ!﹂
一斉に襲い掛かってきた4匹のハイエナ型モンスターが、ジェラ
ールの一振りによってまとめて引き裂かれる。魔剣に滴る赤き血は
魔力へと変換され、固有スキルの効果によってジェラールのステー
タスが上昇。戦いは更に一方的なものへと移り変わっていく。
﹁全部ジェラールさんで止められちゃうから、私たちの出番がない
ね⋮⋮﹂
﹁もぐ、もぐもぐ?︵暇でしたら、アンジェも食べます?︶﹂
﹁う、ううん。今はいいかな。一応は戦闘中だし⋮⋮﹂
ジェラールを先頭に、時折現れる猛獣を蹴散らしながらダンジョ
ンを進んで行く俺たち。暫くすると岩窟の通路を抜けた先で大部屋
に行き着いたのだが、そこはモンスターの巣であったのだ。それが
ミリアドバーン
この灰色の毛皮を持つハイエナのようなA級モンスター、マーダー
バード
エースの群れである。岩肌の部屋は奥深くまで続いており、多重炎
鳥の光があっても最深部が見通せない程だ。現在は通路を背にして
ジェラールが戦っている。
﹁ガッハッハ! 今頃シュトラのレベルが急上昇しておることじゃ
ろうて! ワシ頑張っちゃうよ!﹂
⋮⋮などと笑いながら孤軍奮闘しているが、倒しても倒してもマ
1815
ーダーエースは続々と出現し続け、その数を減らす気配がない。し
かし苦戦している訳でもないので特に助ける必要もなく、後方の俺
たちは暇を持て余してしまっていた。メルフィーナなんて一足早い
昼食タイム中だ。
﹁エース、ってことはそれよりも下級のモンスターもいるのかな?﹂
﹁ガウガウ?︵いるんじゃない?︶﹂
ううむ、緊張感がすっかり途切れてしまっている。シュトラの経
験値にするには打って付けの場所ではあるが、時間は限られている
のだ。今日中に神柱は見つけておきたい。
﹁ジェラール、そろそろ時間だ。打って出るぞ﹂
﹁ええっ!? ワシ、もう少しシュトラの為に働きたいんじゃが﹂
悪い女に貢ぐ駄目男のような台詞を吐くなよ⋮⋮ シュトラは良
い子だけどさ。
﹁無双するのもいいが、温い戦いばかりじゃ腕が鈍るぞ。それに、
これから神柱との戦いが控えているんだ。その意気はそれまでとっ
ておけって﹂
﹁むう、仕方ないのう﹂
アギト
渋々ながら承諾したジェラールがそのまま魔剣を振るい、空顎を
ペナンブ
連発する。放たれた複数の斬撃は見える範囲のモンスターを一掃。
奥深くからは今だ獣の唸り声がするも、活路は開かれた。
﹁ご主人様、私も炎で応戦しますか?﹂
ラ
﹁それが効率的ではあるけど、密閉された空間だからな。火神の魔
弓じゃなくてマーシレスで応戦を頼む。じゃ、突撃!﹂
1816
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱神獣の岩窟前・漆黒のペンション
ケルヴィンらが神獣の岩窟へ本格的な攻略を開始した頃、ダンジ
ョン前のキャンプ地に建造されたペンション型城塞では優雅なお茶
会が開かれていた。メイド姿のロザリアとフーバーが給仕をし、良
い香りの紅茶とガウン名産の菓子がテーブルに並べられている。テ
ーブルの席に座るは同じくメイドである筈のリュカと、此度の主役
であるシュトラの仲良しコンビだ。
﹁はわ、はわわわわ⋮⋮﹂
﹁シュトラちゃん、大丈夫?﹂
﹁大丈夫だけど、大丈夫じゃないよ⋮⋮﹂
シュトラは狼狽えていた。紅茶のカップを持つ手が震えてしまう
程に。普段周囲に振り回されつつも冷静である彼女が、なぜここま
でパニックになっているかと言うと︱︱︱
﹁あ、頭の中でレベルアップの音が止まらないよぉ⋮⋮﹂
孫大好き筆頭であるジェラールの活躍により、レベル14であっ
た彼女のレベルが急上昇しているのが原因である。1レベル分のフ
ァンファーレは最後まで鳴り続け、それが鳴り終わっても次のレベ
ルアップ分のファンファーレが行列を成して待機している。シュト
ラの眼前にはメニュー画面が表示され、凄い勢いでレベルアップに
1817
よるステータス上昇などの情報を送りつけているのだ。普通であれ
ば絶対に体験しないであろうパワーレベリングの成果に、まだまだ
幼き彼女は混乱気味なのだ。
﹁あー、私もこんな感じだったかなぁはうあっ!﹂
﹁何がだったかな、ですか。リュカ、サボらないの!﹂
エリィによる背後からの強襲。拳骨が直撃したあまりの痛みに、
リュカは頭部を押さえながら蹲ってしまった。
﹁シュトラ様、申し訳ありません。いつもながら娘が大変失礼を⋮
⋮ それどころではないようですね。レベルアップの画面はいった
ん無視しましょう。そのようなものは最後だけ見れば十分です﹂
﹁そ、そうかな?﹂
エリィやリュカもパワーレベリングによる同様の経験をしている
為、シュトラの気持ちは何となく分かるのだ。
﹁そうですよシュトラ様! 何も生真面目にメニューを見続けなく
てもいいんですから﹂
﹁急に凛々しくなりましたね、フーバー。先ほどまでアワアワして
いるだけでしたのに﹂
﹁ロ、ロザリアは黙っていてください!﹂
﹁はいはい。しかしどのような魔法を使ったのでしょうね。普通パ
ーティを組んでいたとしても、止めを刺さず、これだけ離れていて
は得る経験値も微少でしょうに⋮⋮﹂
﹁話を逸らさないでくださいよ!﹂
﹁まあいいではないですか。シュトラ様、何か御本でも︱︱︱ あ
ら?﹂
1818
エリィが本を取り出そうと、テーブル上に載っていた小型クロト
に手を伸ばしたその時、突然クロトがぷるぷると震えだした。
﹁⋮⋮ご主人様からの合図ですね。シュトラ様、そろそろお迎えが
来られるようですよ﹂
﹁本当? えっと、えっと、クマさんも連れていかなくちゃ⋮⋮﹂
椅子から降り、シュトラはトテトテと準備に向けて歩き出した。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱神獣の岩窟・内部
1つ目の巣を乗り越えた後も、ダンジョン内には幾つものモンス
ターの巣が点在していた。そのどれもがA級且つ猛獣タイプのモン
スターで群れを成しており、圧倒的な数を誇るものであった。個々
の強さがしっかりしたパーティでないと、なかなかに厳しいダンジ
ョンではなかろうか。気分はすっかりサファリパークだが。
そのような紆余曲折を経て、俺たちはダンジョンの最深部と思わ
れる大部屋の手前に辿り着く。これまでの岩肌広がる武骨な洞窟迷
宮などではなく、洗練された灰色のブロックが敷き詰められた一種
の神殿のような場所だ。部屋の中央には巨大な祭壇が設置されてい
る。
﹁うん、あれが神柱で間違いないよ。パーズで見たのと一緒だもん﹂
﹁あれが大昔にエレアリスが創造した神柱、か。久しぶりにレベル
1819
アップするかもしれないな⋮⋮!﹂
﹁あなた様、非常に楽しそうなところ申し訳ないのですが、本当に
気をつけてくださいね? 力を失っていようと、曲りなりにも神な
のですから﹂
﹁分かってるって。そんなに心配するなよ﹂
高まる欲求を鍛え上げた鋼のメンタルで抑えつつ、部屋の手前で
様子を窺いながら隠れる俺たち。
﹁⋮⋮そろそろエフィルとアレックスが入り口に着いた頃か﹂
時間もいい具合だったので、キャンプ地にシュトラを迎えに行か
せている。今であれば結構なレベルになっている頃だろう。直接は
戦わせないにしても、神柱との戦いを理解できるようになればシュ
トラの自信に繋がるし。勿論、観戦は安全なところからな。
﹁戻って来るまでここで待つ?﹂
﹁いや、先に俺たちだけで入って安全を確保しよう。罠とかあった
ら危ないからな﹂
見た感じはモンスターの姿はなく、広い大部屋に祭壇があるだけ
に見えるが⋮⋮ 神柱とは別のところに、何か大きな気配を感じる。
まだこのダンジョンのボスモンスターを見ていないし、恐らくはそ
れだろうな。
﹁それなら私に行かせてよ。偵察は得意だもん﹂
ハイハイと片手を上げ、アンジェが元気に立候補を表明。確かに
アンジェであれば適任ではあるか。
1820
﹁じゃ、アンジェにお願いしようかな。後方支援は俺とメルが、万
が一の時はリオンとジェラールが直ぐに出られるように準備してい
てくれ﹂
﹁うんっ! 初任務、頑張っちゃうね!﹂
意気揚々としたテンションとは反対に、アンジェの気配は薄くな
っていた。
1821
第245話 斥候
︱︱︱神獣の岩窟・祭壇
気配を消し存在が希薄となったアンジェが祭壇の部屋へと足を踏
み入れると、天井部からパラパラと砂埃が落ちてきた。それだけで
はない。徐々に、されど確実に何者かが岩壁を砕きながら近づいて
くる音がしているのだ。バキバキとボガが岩を咀嚼するような音が
直ぐそこまで来ているかと思うと、次の瞬間には天井のブロックを
突き破って巨大な何かが落下、ドシャンと祭壇の前にと墜落した。
﹁グ、グギャギャギャギャ! 見ツケタ、見ツケタ! 我等ガ同胞
等ヲ殺シタ憎キ侵入者ヲ!﹂
﹁ヤッタ、ヤッタネ!﹂
﹁血祭リ! 八ツ裂キ! 踊リ食イ!﹂
衝撃で舞い上がった土煙を凶悪な牙の生える口で吹き飛ばしなが
ら現れたのは、三つ首の猛獣。三つ首となればムドファラクのよう
な生物を思い浮かべてしまいそうになるが、こちらはその首ひとつ
ひとつが違う獣の顔をしている。要はキメラである。中央の首が獅
子、右側が虎、左側が鰐となっている。鰐だけ場違い感が半端ない
が、尻尾は蛇だし翼もあるから今更だろうか。
﹁先ズハ、ソコノ小娘! 貴様ヲ喰ライ我等ノ空腹を満タシ︱︱︱
ムッ?﹂
キメラがアンジェに向き合おうとするも、その場所には既に彼女
の姿がない。その代わりにキメラの両端の首、虎と鰐の視界に、そ
1822
の眼前に何かがあった。
﹁この首はいらないなぁ⋮⋮﹂
キメラの真上から聞こえるアンジェの声。詰まらなそうな、肩透
かしをくらったようなその声に虎首と鰐首は自らの背に振り返る。
振り返ろうとした過程で、真ん中の獅子の首が地に斬り落とされる
瞬間を間近で目の当たりにしながら。
﹁キ、サマァー!﹂
﹁ヨクモ、ヨクモ!﹂
振り返った先にも彼女はいない。最早仕事は終わったとばかりに、
部屋の入り口にて待つケルヴィンらの下へ帰還を果たしているから
だ。
﹁鈍いなー。君達、先に終わってたんだよ?﹂
﹁﹁︱︱︱ハ?﹂﹂
虎首と鰐首の疑問が解消されることはなかった。言葉を言い終え
る前に、虎鰐の眉間に突き刺さった起爆符付スローイングナイフが
爆発し、双方の首が跡形もなく消え失せてしまったのだ。S級武具
であるクライヴ君を戦闘不能にまで追い詰めたあの爆発。後に残る
は三つ首を失った巨体と、尻尾の蛇のみ︱︱︱ 悪い、今のは嘘だ。
蛇もとうの昔に根元から斬り落とされていたようだ。
︱︱︱ズゥン!
キメラの巨体が真横に倒れ込み、アンジェの早過ぎる勝利宣言が
なされる。
1823
﹁ケルヴィン、これ以外は罠もモンスターもないみたい﹂
﹁⋮⋮ああ、うん。お疲れ﹂
鼻歌交じりに散歩から帰ってきたようなアンジェであるが、戦闘
と同時に周囲の確認も済ませてしまっていたようだ。あのキメラ、
ソニックアクセラレート
たぶんトラージで戦った邪竜くらいには強かったんだけどな⋮⋮ 最初に投擲したナイフよりも速く移動してたし、風神脚を施したア
ンジェは洒落にならん。
それに加え、アンジェは固有スキルとして﹃遮断不可﹄の他にも
﹃凶手の一撃﹄を所持している。アンジェの存在を認識できていな
い敵に対して大ダメージを与えるという攻撃的なスキルだ。分かり
やすく言えば、不意打ちが必ずクリティカルヒットになる様なもの。
桁外れのスピードとこのスキルの組み合わせは相性が良く、何より
も凶悪極まりない。実際に首を飛ばされた経験者である俺が言うの
だから間違いない。
﹁ハイビーストキマイラ。このダンジョンのボスモンスターで間違
いないな﹂
鑑定眼で首なしの死体を確認する。呆気なかったがこれでもS級
モンスター、貴重な素材として死体はクロトの中へ回収回収っと。
さて、これでギルドからの討伐依頼は完了。ここからは個人的な用
件だ。
﹁ん⋮⋮? ケルにい、エフィルねえとアレックスが帰って来たみ
たいだよ﹂
﹁お、流石に早いな﹂
1824
通路へ振り返ると、丁度エフィルがこちらに向かって走っている
ところだった。
﹁ご主人様、お待たせ致しました﹂
﹁はは、全然待ってないって。エフィルは最高のタイミングでいつ
も来てくれるから助かるよ。アレックスもお疲れ﹂
エフィルとその影に対して労いの言葉を投げかけると、エフィル
の影からアレックスの顔がひょっこりと出現し、ズズズとその大き
な体が這い上がってきた。すると今度はフカフカな毛並みが生え揃
う背に摑まるシュトラの姿が見えてくる。
﹁クゥン?︵大丈夫?︶﹂
﹁⋮⋮快適ね﹂
アレックスは自身のみならず、その身に摑まる者も影の中へと潜
り込ませることができる。影の中は正方形型の空間となっていて、
影の持ち主によってその有様や広さも変貌するのだ。無機質な岩の
影の中であれば空間もゴツゴツとした凹凸がある空間、生物であれ
ば心象が具現化した空間︱︱︱ といった具合だ。エフィルともな
れば清掃の行き届いた清潔・快適な空間、更には給仕までしてくれ
るんじゃないかな。俺もそう何度も試した訳じゃないが、アレック
ス曰く、一番居心地が良いのはやはりリオンの影らしい。
﹁ガウ、ガウガウ。ガウー︵エフィル単独で走ったから直ぐだった
よ。僕じゃああはいかないなー︶﹂
アンジェに次いでエフィルとメルフィーナは敏捷が高いからな。
ここに至るまでの道程は敵となるモンスターも多い為、シュトラを
安全に輸送する手段としてアレックスと一緒に向かわせていたのだ。
1825
影の中であれば攻撃を食らう心配もない。
﹁シュトラ、レベルはいくつになった?﹂
﹁えーと⋮⋮ レベル77になってるわ﹂
﹁おー、一気に上がったな﹂
大量のA級モンスターに先程のキメラ、俺の﹃経験値倍化﹄スキ
ルが効いているな。
﹁王よ、何もシュトラをここに連れて来なくとも、クロトを通じた
意思疎通で見せれば良かったのではないか?﹂
ジェラールが妙にそわそわしている。授業参観に初めて参加して、
子供が心配で心配で仕方のない父兄の方かと思う程に。
﹁他人の視界じゃ捉えられる情報に限度があるだろ。それにシュト
ラに今必要なのは、自分の目で見て自信を付けることだ。ロザリア
からの許可も得てるって昨日言っただろ?﹂
﹁しかしじゃなぁ⋮⋮﹂
﹁大丈夫よ。いざとなったら、お爺ちゃんが助けてくれるもの!﹂
キラキラとした無垢な瞳でシュトラがジェラールを見詰める。あ
あ、これはアレだ。
﹁神柱がなんぼのもんじゃーい! かかってこぉい⋮⋮!﹂
百人力だな。ジェラールにとってシュトラの声援は万の説得より
も効果がある。よし、反対勢力がなくなったところで、神柱に挑む
前の最終確認を済ませよう。
1826
﹁シュトラは後方でメルと一緒に結界の中にいてもらう。ここが一
番安全で周りをよく見渡せる位置だ。中衛は俺とエフィル、前衛は
リオン、アンジェ、ジェラール、アレックスだ。俺がまだS級に昇
格する前の話だが、セラ達がこっそりと戦ったパーズの神柱はかな
りの強敵だったそうだ。 ⋮⋮非常に、とても無念だ﹂
﹁あなた様、個人的な気持ちが前面に洩れてます。戦術の話、戦術
の話です﹂
﹁ああ、つい⋮⋮﹂
だって本当に残念だったんだもの。
﹁ハァ、仕方ありません。私からお話致しましょう。今回戦うこと
となる神柱は太古の神の残滓、されど神そのものに違いはありませ
ん。パーズでセラ達がゴルディアーナさんと共に倒したのは神狼ガ
ロンゾルブ。ここガウンの地にも同様に神獣ディアマンテがいます。
神柱は他の神柱が破壊された時、その破壊された神力を吸い上げて
自身を強化する特性を持っていますから、ガロンゾルブよりも強く
なっていることでしょう。現在の戦力であれば問題はないと思いま
すが、油断はなさらないでください﹂
﹁﹁はーい!﹂﹂
﹁よろしい﹂
リオンとシュトラが右手を上げながら返事をする。父兄側から見
る授業参観とはこんな気分なのでしょうか、メルフィーナ先生?
﹁しかし神柱が破壊されたら他が強化されるその素敵機能、素晴ら
しくない?﹂
﹁戦う身としては、普通厄介な機能として認識するものですよ﹂
⋮⋮え?
1827
第246話 神獣
︱︱︱神獣の岩窟・祭壇
︱︱︱神柱、前任の転生神エレアリスが世界各地に創造した半神
らのことである。その役割は世界に危機が迫った際、原因となった
魔王や悪魔などを駆除することにある。幸い、異世界から召喚され
た勇者が魔王に敗北することは歴史上なかった為に、その機能を果
たすことはこれまでなかった。もっともその時が来ようと、勇者の
ように魔王の﹃天魔波旬﹄を打ち破る術を持っていないので、あく
まで危機的状況下において、次の勇者が召喚されるまでの時間稼ぎ
として運用されるに過ぎない。しかしその数は10柱と多く、魔王
に匹敵、またはそれ以上の力を持つ神柱達が世界各地に鏤められて
いるのだ。
俺としては有難い話である。俺たちの住むこの東大陸にも、パー
ズにてセラらが打ち倒した神狼ガロンゾルブを除けば4柱が現存す
る。転生神がメルフィーナと変わり機能の大多数を失った今も、静
かにどこかでその役割を果たす時を待っている、のかもしれない。
まあ堅苦しい話はさて置き、エレアリスが万が一に復活した場合、
これら神柱を悪用する可能性も無きにしも非ず。メルフィーナのお
許しも出ていることだし、俺らの糧となってもらう所存だ。
﹁⋮⋮今更だが、これ壊してデラミスから文句言われないか?﹂
神聖なものとして祭っていたりしないだろうか?
﹁確かに現在においても神柱はデラミスの管轄にあります。聖地や
1828
聖域に指定される神柱も中にはありますが、新ダンジョンにて発見
されたパーズの神柱など、全てを把握している訳ではないのです﹂
﹁メル様、こちらの神柱も問題ないのですか?﹂
﹁ええ。高難度ダンジョンの最深部にある為に、認知される機会が
少なかったのでしょう。ただ他の神柱も破壊して回るとなれば、一
度デラミスに赴く必要があるでしょうね﹂
うーむ、それは是非とも行っておかねばなるまいて。メルフィー
ナが頼めば、コレットは喜んで協力してくれるだろうし。
﹁ねえねえ。今日はセラねえがいないけど、どうやって神柱を動か
すの?﹂
俺不在の前の戦いではセラが神柱に触れることで起動したんだっ
たか。起動のトリガーキーとなったのが種族によるものだったとす
れば、そうだな⋮⋮
﹁ジェラールでいいんじゃないか? ほら、魔王の鎧っぽくて邪悪
そうだし﹂
﹁何を言うか。ワシ程に純真な騎士は他にいないじゃろうて﹂
﹁分かった分かった。取り敢えず触ってみろって。それで起きなき
ゃ俺が魔法でも叩き込んでみるからさ﹂
﹁仕方ないのう⋮⋮﹂
各々がポジションに付いた後、やれやれといった様子でジェラー
ルが祭壇をバンバンと叩く。
﹁ほれ、やっぱりワシが触っても何も起き︱︱︱﹂
﹁ジェラール、後ろ後ろ!﹂
﹁光ってるよ!﹂
1829
﹁⋮⋮えー﹂
時間差で眩い光を帯びだした祭壇が、次の瞬間に部屋一面を覆う
強烈な光を放ち出した。ジェラールが酷く落ち込んでいたような気
もするが、直ぐに光に飲み込まれてしまったのでよく見えなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁シュトラ、大丈夫でしたか?﹂
﹁う、うん。メルお姉ちゃん、ありがとう﹂
メルお姉ちゃんが白い光から私を護ってくれた。お姉ちゃんは基
本的に底無しの食いしん坊ではあるけれど、やる時はやってくれる
優しいお姉ちゃんだ。食いしん坊ではあるけれど⋮⋮
﹁さて、実物を見るのは私も初めてです。鬼が出るか蛇が出るか⋮
⋮﹂
そう言うとお姉ちゃんは呪文を唱え出し、私とケルヴィンお兄ち
ゃんの丁度境の辺りに結界を張り巡らせた。パキパキと一見涼しげ
な見栄えのそれは氷で出来た防御壁、それでも透明度が高い為か内
部からは問題なく外の様子を窺うことができる。あの大きな柱みた
いな祭壇から出ていた光も弱まっているのが分かる。
﹁⋮⋮お面?﹂
﹁仮面ですね﹂
1830
弱まった光の中から出てきたのは、真っ白な仮面を被った唐獅子
のような生物。サイズはアレックスと同じくらい。お顔は隠れてし
まって見えないけれど、あの特徴的な鈍い銅色の体は記憶にある。
トラージのお土産屋さんで見た屏風、それに墨で描かれていたのが
正にアレだった。
﹁グゥロロルオァー!﹂
仮面の下に隠れていた獰猛な口が開き、聞いたこともない鳴き声
で哮り立つ。でも、その間にもリオンちゃんやアンジェお姉ちゃん、
前線の皆が動き始めていた。
ざんろう
﹃斬牢閉鎖﹄
リオンちゃんが何かを仕掛けたかと思うと、唐獅子の周囲が歪み、
見えない何かが幾重にも唐獅子へ飛んで行った。銅色の体に当たっ
たそれは金属音を鳴らしながらも唐獅子の体を傷付け、損傷を負わ
せている。
﹃体は何とか攻撃が通るけど、あの仮面硬ったいよぉ﹄
﹃正面はワシが受け持つ! リオンらは回り込むのじゃ!﹄
頭の中に声が響く。これが話しに聞いていたお兄ちゃんの力。ダ
ンジョンへ入る前にクロちゃんが分身体を寄越してくれたお蔭で、
本来召喚士とその配下のみが共有できる念話に私も参加できるよう
になったんだっけ。昔、コレットちゃんが声も掛けずに配下を動か
していたのを羨ましく感じたこともあったなぁ。アレックスともお
話できたし、思いがけないところで夢が叶っちゃった。
﹃シュトラ、念話に不具合はないか? 皆の動きは見えるか?﹄
1831
﹃あ、お兄ちゃん。うん、聞こえてるし見えてるわ。レベルアップ
の成果、とっても実感してる最中!﹄
唐獅子と戦う皆の姿はこれまでにない以上に見えている。今まで
は目でも追えなかったけど、ジェラールお爺ちゃんとアレックスは
ハッキリ捉えれるし、リオンちゃんも残像くらいなら︱︱︱ あ。
﹃ごめんなさい、アンジェお姉ちゃんは影も追えない⋮⋮﹄
﹃アンジェの速さは規格外中の規格外だから気にするな。本気を出
されたら俺も見えない時あるし⋮⋮﹄
いつの間にか唐獅子の傷口全てにクナイが刺さっていた。あれは
アンジェお姉ちゃんの持ち物だった筈だから、私が少し目を離した
隙に投じていたことになる。
﹃傷口を抉るはっ、基本っ! あははっ!﹄
な、何かスイッチ入っちゃってる⋮⋮
﹃解説しますと、ディアマンテがリオンに囚われているうちにアン
ジェが背後から強襲。﹃凶手の一撃﹄の効果も相まって、HPの4
分の1をこれで持っていきました。﹃天歩﹄持ちの撹乱が2人と1
匹もいることですし、アンジェも戦いやすいようですね。隙を突い
て毒塗りのクナイを傷口へ正確に投げ込む﹃投擲﹄技術も流石です﹄
﹃⋮⋮と言うメルフィーナ先生の有難い解説でした﹄
﹃う、うん﹄
戦場に視線を戻すと、いきり立った唐獅子が突撃の姿勢を見せて
いるところだった。方向からして、私とお兄ちゃんがいる直線上。
このままじゃ︱︱︱
1832
﹃問題ないっ! ワシが受ける!﹄
声を張り、直線状に立ち塞がったのはお爺ちゃん。いつも私に見
えるおちゃらけで優しい雰囲気とは反対に、その姿は弱きを護る騎
士そのもの。不思議とダンお爺ちゃんと姿が被った気がした。
﹁グゥロロゥー!﹂
外の皮を金属で固めたような重量級の体躯に見合わず、駆け出し
た唐獅子は一瞬で最大速力にまで上り詰める。巨大な弾丸はお爺ち
ゃんへと猛突進し、そしてぶつかった。
﹃ぐう! 強い、が⋮⋮ ゴルディアーナ殿ほどの切迫はせんわぁ
ー!﹄
漆黒の大盾で唐獅子の突進を受け切ったお爺ちゃんは、そのまま
盾で唐獅子の顔をかち上げて一瞬宙に浮かせる。そこに紫の刀身を
持つ長剣を銜えたアレックスが忍び寄り、宙から地に落ちるまでの
刹那に滅多切りを行った。リオンちゃんやアンジェお姉ちゃんも続
き、唐獅子は最早立つ事も儘ならない。
﹃すごいすごいっ! 圧倒的だよっ!﹄
﹃ああ⋮⋮ しかし、このままじゃ問題があるな﹄
﹃ええ、そうですね﹄
﹃えっ?﹄
問題? えっと、何か問題になるような事があったかな? 戦闘
は順調そうに見えるけど⋮⋮ やっぱりお兄ちゃんやお姉ちゃんは
凄い、私が分からない事、たくさん知ってるもの。私も頑張らない
1833
と!
﹃このままじゃ、俺の出番なくね?﹄
﹃このままじゃ、肉に毒が回って味が損なわれてしまいます﹄
⋮⋮私がしっかりしないと。
1834
第247話 メインディッシュ
︱︱︱神獣の岩窟・祭壇
決意も新たに、これから私はどうしたらお兄ちゃんやお姉ちゃん
達に貢献できるかを考えよう。ケルヴィンお兄ちゃんに﹁これだけ
は﹂と言われ﹃成長率倍化﹄、﹃スキルポイント倍化﹄を会得して、
スキルポイントはダンジョンに来る前の時点で殆どなくなった。だ
けど、急激なレベルアップでそれを補うくらいの、ううん、それど
ころか何十倍にもポイントが増えて返ってきた。驚き過ぎて混乱し
ちゃったよ⋮⋮ リュカちゃんやフーバーには心配掛けちゃったか
な? 後で謝っておこっと。
お兄ちゃんが教えてくれたこのスキルは今まで見たことも聞いた
こともないもの。レベルアップによるステータスの上昇、会得でき
るスキルポイントを2倍にできるなんて反則めいている。でも、こ
れなら万が一に備えて残しておいたスキルポイントも思いっきり使
っていい、のかしら? それでも無駄遣いはできないから、よく考
えないと⋮⋮
﹃メル、俺もそろそろ行くから、シュトラのことは任せたぞ﹄
﹃ええ、任されました。お気をつけて﹄
声につられてお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは長い長い大鎌を
携えて今にも飛び出そうとしているところだった。メルお姉ちゃん
は和やかに微笑みながら見送ろうとしている。あの戦力差ならお兄
ちゃんが行くまでもないと思うけど。
1835
﹃残念ながらお兄ちゃんは不治の病でして、一定以上に強い相手が
いると戦わずにいられないのです。パーティ戦ではバランスを考え
て結構我慢しているんですけどね。そろそろ限界なのでしょう﹄
メルお姉ちゃんが私の心を読んだように念話を送ってきた。うー
ん、お兄ちゃんがかなり特殊な気質だってことは周知の事実で私も
知っていたけど、思っていたよりも病状は重いみたい。折角の機会
だし、皆の戦いぶりからスキルの参考にさせてもらおっと。私は引
き続きこの光景を目に焼き付けることにした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
俺が獲物に走り出そうとしている最中にも、戦いは次の段階へと
移行しようとしていた。
﹁グゥルゥアゥロロゥー!﹂
アレックスの劇剣リーサルにより五感の全てを失ったディアマン
テは、その耳に聞こえる筈のない叫びを上げ続け、身体を乱暴に振
り回し暴れ狂っている。尾を叩きつければ地面が割れ、大口を開け
ば岩ごと噛み砕き、食らう。威力はあれど、そのような適当な攻撃
が前線を守るリオンらに当たる筈もなく、肝心の敵対する相手には
意味を成していなかった。
﹁あはっ!﹂
大振りの攻撃を躱し、アンジェがまたダガーナイフを突き刺す。
1836
アンジェの持つこの﹃凶剣カーネイジ﹄は触れた者に強烈な猛毒を
食らわすS級武具である。毒の威力はクナイに塗り込んだものの比
ではなく、製作者のジルドラが﹃暗殺者﹄であるアンジェに合わせ
て作り上げた代物だ。ディアマンテが暴れる程に毒は体に回り、H
Pも残り僅かとなっていた。
﹃あと少しっぽいね!﹄
﹃じゃが気を抜くな! 獣は手負いの時が最も油断ならんからのう
!﹄
﹃グルルル!︵言ってるそばから何か来るよ!︶﹄
アンジェがヒットアンドアウェイで離脱する丁度その際、ディア
マンテの仮面が仄かに輝いていることにアレックスは気がついた。
直ぐ様に意思疎通を共有する全員に警告。しかしその直後、仮面が
発する光は光度を一気に上げて前面に押し出される。
︱︱︱ゴウッ!
言うならばそれは極大のビーム。ディアマンテが被る仮面の向き
に合わせて放たれるビームは縦横無尽に連射され、部屋の崩壊など
御構い無しである。視覚等々を失っているディアマンテは勘と察知
スキルを頼りに仮面から発せられる力を行使しているのだ。
﹃野生的な近接戦闘スタイルから反転して、魔力を凝縮させた無作
為攻撃ですか﹄
﹃お、お姉ちゃん、大丈夫なの⋮⋮?﹄
ディープヘイルランパート
ディアマンテが放つ光の束はメルフィーナが施した絶氷城壁にも
直撃していた。衝突する度に鳴り響く地鳴りにも似た音にシュトラ
は不安げにしている。
1837
﹃モチのロンです。威力は大したものですが、この程度エフィルの
砲撃には遠く及びません﹄
﹃そ、そうなの⋮⋮?﹄
結界の維持の片手間、骨付き肉にかぶり付いているあたり、本当
なのだろう。女神としての品位はさておき。後方の安全は確保され
ている訳であるが、だからと言って好き放題に暴れ回るディアマン
テを俺たちが野放しのまま放置する筈がない。
﹃お座りっ!﹄
﹃だよっ! わんちゃん!﹄
荒れ狂うビームの連射を逸早く抜け出したリオンとアンジェが、
上空より強襲する。天歩の加速により勢いを増したアンジェの跳び
蹴りが脳天を直撃。ディアマンテの仮面から発せられるビームは途
絶え、全身が地面に叩き付けられて沈む。
ジェネレイトエッジ
そこに追い討ちをかけたリオンは武器のひとつを魔剣カラドボル
グに持ち替えていた。既に霹靂の轟剣の支援を終えている為か、剣
には雷鳴が轟いている。地に倒れこむディアマンテの両手両足尻尾
の装甲を恐るべき速さで砕き、串刺しにしていく。
らいきんぐし
﹃雷金串!﹄
カラドボルグから繰り出される刺突の軌道が、リオンの﹃斬撃痕﹄
によって地面ごと固定化される。それは雷電を伴う杭で体を串刺し
にされるようなもので、身動きも取れず、体中に染み渡る稲妻が更
に動きを制限する。先に回った猛毒の効果も相まって、ディアマン
テは指先ひとつ動かせない状態だ。その上でアレックスが影で縛り
1838
上げているので増々動けない。
﹃後はこの仮面、じゃなっ!﹄
止めとばかりにジェラールが渾身の一撃を振り下ろす。
︱︱︱ギィン!
﹃ぬぅん!?﹄
ディアマンテの仮面へと放たれた大剣が弾かれる。ジェラールの
パワーを持ってしても傷ひとつ付かないとは、一体何で出来ている
んだ⋮⋮ そんなことを言っている間にも仮面がまた輝きを増し始
めていた。
﹃かったぁ!? 手が痺れてしまうではないかっ!﹄
中身のない鎧が果たして痺れるのかという疑問はそれとして、漸
く俺の手番である。こんなことなら最初から前線に居れば良かった
か。しかし、リオン達にも経験を積ませたいし。むむむ⋮⋮ まあ
いいか!
﹃ジェラール、俺が行く﹄
﹃む、しかし︱︱︱ 成る程。任せましたぞ﹄
ボレアスデスサイズ
ジェラールが一歩退いたのを確認し、俺は大風魔神鎌を構え、振
り放つ。何者の侵入をも阻んでいた鉄壁の仮面に大鎌の先が入り込
む。
﹁︱︱︱グロオォォォ!?﹂
1839
ホールケーキがナイフで切り分けられるようにして分断される仮
面。綺麗に真っ二つとなったそれらは弾き飛ばされ空を舞い、ディ
アマンテの素顔が曝け出された。
﹃額に、魔力宝石?﹄
古風な唐獅子のような顔の額に、場違いにも思える鮮やかな黄金
色を煌かせる宝石が貼り付いている。
﹃最上級のダイヤモンド、でもないよな? 規格外の代物か?﹄
﹃ケルにい! 仮面はなくなったけど、今度はその宝石が光り始め
てるよ!﹄
﹃ああ、もしかすればあのビームは仮面の力じゃなくて、この魔力
宝石によるものだったのかもな。仮面はどっちかと言えば、魔力源
である宝石を護る為の盾︱︱︱﹄
﹃その宝石が光ってるってば! 冷静に分析しているどころじゃな
いよ、危ないよ!﹄
﹃ん? ああ、大丈夫だって。もうエフィルの準備、終わってるか
ら﹄
俺が念話と飛ばすと、﹃隠密﹄で姿を隠していたエフィルが部屋
の壁際から姿を現す。
ヒートファーニス
﹃﹃火竜王の加護﹄による火属性の強化、﹃蒼炎﹄による耐性の無
力化、S級赤魔法︻爆攻火︼による次弾威力倍化、集中特化による
装甲貫通︱︱︱ 準備完了です。いつでも放てます﹄
ペナンブラ
エフィルの構える火神の魔弓からは蒼色の炎が燃え盛っていた。
余りにも炎が大きくなっているので、弓自体が巨大になっているよ
1840
うに錯覚してしまう。あれでは弓ではなくバリスタだ。
エアプレッ
﹃エフィル。欲しい宝石は先に採っておくから、後は好きに料理し
てくれ﹄
シャー
そう言いながら輝きを増していた宝石を鎌で刈り取り回収、重風
圧で顔面を沈めておく。このまま俺が止めを刺すのもいいが、今の
エフィルの全力も見ておきたい。
﹃承知致しました。今夜のメインは︱︱︱ ミートローフに致しま
しょう!﹄
いや、そういう意味では⋮⋮ まあいいけどさ。さ、避難だ避難。
退避指示を出して俺も退かねば。 ︱︱︱よし、オッケー。やって
しまえ、エフィル。
メルトブレイズアロー
﹃⋮⋮極蒼炎の焦矢﹄
直後に見たエフィルの矢の威力は、過去最大のものだったかもし
れない。
1841
第248話 ゴルディア
︱︱︱ガウン・虎狼流道場
ケルヴィンらと別行動をしていたセラは、ゴルディアーナ、グロ
スティーナと共にガウンを散策し、友人との小旅行に興じていた。
衣服のショッピング、甘い菓子などを食べ歩き、美女と野獣×2は
今日という日をこれでもかとばかりに楽しむ。その背後からはスト
ーカーよろしくダハクが後をつけ、妙な青春の縮図が作り上げられ
ていた。
︱︱︱と言うのがゴルディアーナの私服を拝みに来たダハクの予
想図だったのだが、その当ては外れていた。何故ならば、セラ達は
最初から遊びに出ていた訳ではなかったのだ。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁そうよぉ、セラちゃん。そのまま気を体中に巡らせるようにぃ、
そう⋮⋮﹂
﹁やだっ、この子やっぱり天才だわっ!﹂
﹁ダハクちゃんはもっと心を穏やかにしてぇ。動揺、焦りの色が出
ているわよぉ﹂
﹁う、うッス⋮⋮︵あ、あっれー⋮⋮?︶﹂
ここは抜刀術の使い手である虎狼流がガウンに置く道場の本館。
獣王祭にてケルヴィンが初戦で戦ったロウマが、師範として門下生
を武術指導する場所でもある。そんな場所なので当然ながら多くの
虎狼流門下生もいるし、先ほどからズラリと並んでこちらを刮目し
ているのであった。
1842
そんな中で、特に気にする様子もなく胴着を着込んだセラは型を
演じていた。ひとつひとつの動作はゆっくりとしたものであるが、
セラの額には大量の汗が流れている。眼差しは真剣そのもの。集中
力が限界まで高まり、周りの視線など気にする余裕もない。
︵何で俺、こんなことしてんだ?︶
セラの横で見よう見まねで型を取るダハクの動きはぎこちない。
と言うよりも、この演舞に何の意味があるのかを理解していない。
ここ
前述の別行動の口実を真に受けていたダハクは、朝からセラ達3人
の背後を追いかけていた。そして道場に行き着き、セラが入って行
くのを確認。後を追う為にコソコソと忍び込む。 ︱︱︱までは良
かったのだが、直後に勘の鋭いセラに発見されてしまう。
﹁あら、ダハクも鍛錬に来たのね!﹂
﹁う、うッス! 実はそうなんス!﹂
咄嗟に口から出た言葉がこれだった。口は災いの元、その場凌ぎ
の適当なことは言うべきではない。その後に行われるゴルディアー
ナ監督の武術鍛錬は、体を鍛えるよりも気を操ることを重点とした
鍛錬であったのだ。普段武術など使うことのないダハクにとっては
さっぱりな内容、それでも最後まで付き合い切ったのは偏に愛の成
した技だろう。 ︱︱︱成果はないが。
︵ま、プリティアちゃんの胴着姿が見れたからいいか!︶
成果はなくとも満足はしているようである。
﹁お姉様、セラちゃんの気が⋮⋮﹂
1843
﹁分かってるわん﹂
一方でセラに変化が生じていることに、ゴルディアーナとグロス
ティーナが気付く。彼女の纏う気が徐々に彩られ始めているのだ。
その色はルビーのように美しく、血のように躍動感に溢れていた。
今はセラの肌に張り付く程度の薄いオーラに過ぎないが、虎狼流門
下生達の目にも確かに見えていた。
﹁これは⋮⋮ 基本色の赤、じゃなさそうねぇ﹂
﹁ええ、ただの赤ではないわん。赤よりも紅い、鮮やかな色ねぇ。
基本を通り越して行き成り自分色に染めるなんてぇ、素晴らしいわ
ぁ! セラちゃん、たった1日でものにしちゃったわねん。﹃ゴル
ディア﹄を⋮⋮!﹂
﹁⋮⋮ぷはぁ! もう限界!﹂
限界を通り越したのか、セラは大きく息を吐いて尻餅をついた。
それを機に纏っていた紅きオーラも四散してしまう。
﹁もう! どうも上手くできないわ! ゆっくり動かないと気が練
れないし、維持するのがすっごく疲れる!﹂
﹁半日でそこまでできれば、上出来どころか免許皆伝よぉ。普通、
気感を養うまで結構時間がかかるものなにぃ﹂
﹁そうなの? ビクトールの訓練に似てたから、結構やりやすかっ
たけど﹂
バイオレッドフェアリー
﹁ならぁ、そのお師匠さんにキチンと感謝しなさいなぁ﹂
﹁そうよそうよぉ! 私なんて基本の赤から﹃舞台に舞う貴人妖精﹄
を編み出すまで十数年かかったんだからね! だから、もう⋮⋮ セラちゃん素敵よっ!﹂
﹁グロスティーナは大袈裟ねー﹂
1844
涙ぐむグロスティーナにセラは苦笑してしまう。
﹁ロウマちゃんもぉ、急に押しかけちゃって御免なさいねぇ﹂
ゴルディアーナは道場の奥に腰掛けていたロウマに頭を下げる。
﹁いいってことよ。逆に感謝してるくらいだぜ? 天下の﹃桃鬼﹄
の武術指導をこの目で見れたんだからよ。更には獣王祭上位ランカ
ーが揃い踏み、こいつらの良い刺激にもなっただろうよ﹂
﹁そう言ってくれると助かるわん﹂
﹁⋮⋮つっても、こいつらの視線の先はちと残念な方向を向いてて
な。少し刺激が強過ぎたみたいだ﹂
﹁あらん、何よぉ?﹂
﹁俺に言わせるのかよ⋮⋮ まあ、その、胸、胴着越しでも凄いか
らな⋮⋮﹂
﹁﹁キャッ!﹂﹂
﹁違ぇよ。確かに凄いが違ぇよ﹂
逞しい漢女達が野太い腕で胸を覆い隠す。野太い悲鳴のオマケ付
きだ。あまりの恐怖体験に門下生のひとりは口を押さえて手水場へ
走って行った。喜ぶ者も約1名いるにはいるが、それは限りなく異
端であろう。
﹁⋮⋮うん?﹂
不意にセラが首をかしげる。
﹁どうしたのん?﹂
﹁いえ、北西から凄い力を感じた気がしたのだけれど⋮⋮ それも
地獄の業火でジュウジュウと香ばしく肉を焼き上げるような?﹂
1845
﹁とても具体的だけどぉ、意味は分からないわねぇ﹂
﹁うーん、きっと気のせいね! さ、そろそろ私も支度しないと!﹂
セラの勘は割と当たっていたのだが、既にセラの関心はそこには
ないようだ。
﹁それも良いけどぉ、ケルヴィンちゃんが帰ってきたらぁ、また出
掛けるんでしょん? 湯浴みでもして来なさいなぁ。汗だくよん、
セラちゃん﹂
﹁あら、本当ね⋮⋮ ゴルディアーナも一緒にどう?﹂
﹁﹁﹁⋮⋮っ!?﹂﹂﹂
ガタッ! 堪らず門下生達とダハクは立ち上がってしまう。禁欲
的に指導し過ぎたか、とロウマは頭を抱えていた。
﹁あら、いいじゃない。お姉様、ご一緒しましょうよん! 温泉で
女子会しましょ、女子会!﹂
﹁う∼ん、折角だけれどぉ⋮⋮﹂
グロスの意見に反し、ゴルディアーナは首を横に振る。
﹁セラちゃんが良くても、ケルヴィンちゃんが嫌がるでしょうから
ねぇ。グロスティーナ、乙女たるもの先の先ぃ、深遠まで見通さな
きゃ駄目よん﹂
﹁あらやだ、私としたことが⋮⋮ セラちゃん、やっぱり1人で行
くのよ。私は、心を鬼にするわっ! 彼方はケルヴィンちゃんのも
のだしっ!﹂
﹁そ、そう? 残念ね﹂
セラは差し出されたタオルで汗を拭くも、少しばかり照れくさそ
1846
うだ。
﹁ところでぇ、これから何処に行く気なのかしらぁ? 確か、明後
日にはパーズへ帰っちゃうんでしょん?﹂
長く続いた慰安旅行も残り2日、そろそろ行ける場所も限られて
くる段階だ。しかしながら、セラは迷うことなく答える。前々から
行くと決めていた場所だ。
﹁エフィルの里帰りに、エルフの里へ行ってくるわ!﹂
﹁あらん、素敵ねぇ。里の長老には昔お世話になったのん。よろし
く伝えて頂戴なぁ﹂
﹁了解よ。あ、胴着は洗って返した方がいいかしら?﹂
セラはクイッと胴着の胸元をやや開いて尋ねる。
﹁﹁﹁いえっ! こちらで洗いますので、そのままで大丈夫︱︱︱﹂
﹂﹂
﹁あー、それやるよ。鍛錬用にでも使ってくれや﹂
﹁﹁﹁し、師範ーーー!?﹂﹂﹂
絶叫轟くその日より、虎狼流のストイックな行動様式はやや緩和
されたという。
1847
第249話 続・祝宴 in エルフの里
︱︱︱ガウン領南東・紋章の森
神獣の岩窟にて無事ディアマンテを討伐した俺たちは、一度ガウ
ンに戻りセラと合流後、竜形態のダハクらに乗ってエルフの里を目
指した。手土産に世にも珍しい神獣のミートローフをクロトの保管
に入れて。しかし空の旅路も途中まで。紋章の森が近くなれば適当
なところで地上に降り、そこからは徒歩で向かう。
﹁兄貴ー、何で森の中からは歩かなきゃならないんスかー。俺に乗
って行けばひとっ飛びッスよ?﹂
もっと飛んでいたかったのか、ダハクは若干不満気だ。だが流石
に里までダハクに乗っては行けないな。
﹁里に住むエルフの人達は火竜王の襲撃に遭ってここに逃げて来た
んだよ。行き成りダハクやボガみたいな巨竜でやって来たら、里の
皆が驚くだろ﹂
その配慮からボガとムドファラクは俺の魔力内で留守番中だ。
ア
﹁はぁ、そんなことが⋮⋮ 糞親父の話じゃ、火竜王は沸点が低い
って聞きますかんねぇ﹂
ビスランド
アビスランド
ああ、そういやダハクの父親は闇竜王だったな。悪魔が住まう奈
落の地に棲み処を置くんだったか。奈落の地は世界のどこかにある
地底の領域、セラの故郷でもある。今回はエフィルの里帰りとなっ
1848
たが、いつかセラの里帰りの道すがらに立ち寄ろうか。ところで親
父さんとバトってもいい?
﹁まあまあ。折角のエフィルねえの里帰りなんだからさ。散歩がて
らに景色を楽しみながら行こうよ﹂
﹁しょうがねえ、たまには歩くのも悪くねえッスよ!﹂
﹁ありがとう、ハクちゃん。後で好きなもの作ってあげるね﹂
﹁兄貴、先に行くッスよ! 今の俺、どこまでも大地を踏みしめた
いんで!﹂
我先にとダハクが森の中へと突貫。おい、どんだけ早く食いたい
んだよ⋮⋮ 魔王を倒してからモンスターこそ出現しなくはなった
が、随所に施された結界は健在なんだ。迂闊に先行し過ぎると迷子
になるぞ。
﹁あ、ハクちゃんずるい! エフィルねえ、僕の分は? ハンバー
グが良いな﹂
﹁承知致しました。エビフライとオムライスもお付けしますね﹂
﹁本当に? わーい、頑張ってハクに勝つね!﹂
その後を追う寸前、リオンがちゃっかりと好物を所望する。それ
なんてお子様ランチ、と言っても今更か。リオンは好物に関係なく
何でも食べてくれるので、多少の我侭も可愛いものなのだ。だが景
色を楽しむ余裕はどこに行き、いつからエフィルの料理をかけた勝
負になったんだ、これ⋮⋮
そんな調子で半ば呆れ混じりにその光景を眺めていると、横から
アンジェが俺の袖を軽く引っ張ってきた。
﹁ケルヴィン、私もあの駆けっこに参加していい?﹂
1849
﹁⋮⋮大人気ないから止めなさい﹂
勝負云々抜きに、エフィルならお願いすれば作ってくれるから。
メルフィーナを見ろ、もう直談判しているぞ。女神様は今日も逞し
く生きている。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱紋章の森・エルフの里
結界の抜け道を前回同様の方法で、正解を導き出しながら進むこ
ア
と数分。どうやら選択した道順は適切だったらしく、ストレートで
ダマンランパート
里に辿り着くことができたようだ。トライセン軍の襲撃に備えて絶
崖黒城壁で作った黒き城壁が視界に入る。
﹁そこの者達、止まれ!﹂
そしていつぞやの時と同じ台詞を味わう。うーむ、既視感が半端
ないです。
﹁この森は結界で護られ︱︱︱ ってケルヴィンさんにエフィルさ
ん方!?﹂
﹁や、お久しぶりです。ネルラス長老います?﹂
﹁ちょ、ちょっと、いえ! 少々お待ちを! 引き摺ってでもお連
れします!﹂
﹁あの、そこまで急がなくても大丈夫︱︱︱﹂
﹁お連れしますから! 伝令、伝令!﹂
1850
﹁あ、はい﹂
長老の扱いが酷い。
﹁何っ!? ケルヴィン殿がっ!? それにエフィルさんもっ!?
宴、宴の用意を急げっ!﹂
⋮⋮声が大きいな。城壁外のここまで聞こえて来るぞ。そして引
き摺る必要がないくらいの迅速さ。長老、また変なスイッチが入っ
てますよ。
︱︱︱ドドドドドッ!
声の直後には城門方向から激しい足音が聞こえて来る。嫌な予感
しかしない。
﹁お待たせしたぁ! 宴の準備は整っております! 本日は祝いの
席、朝まで飲み明かしましょうぞ!﹂
﹁いえ、全然待ってないですから﹂
長老、またキャラがブレてないですか? あと準備整うの早いな、
おい。
﹁長老からのお達しだ! ありったけの酒と飯を持ってこい! 祭
りだ祭り!﹂
﹁﹁﹁﹁おー!﹂﹂﹂﹂
里の中で慌しく動くエルフらも既に飲む気満々だ。凄い笑顔だ。
あれ、エルフってこういう種族だったっけ? 普段はエフィルとし
か接する機会がないから、清楚で物静かなイメージだったんだが⋮
1851
⋮ これでは単なる祭り好き集団である。祝いの席を口実にして飲
みたいだけじゃないよね? まだ陽が落ちるには早い時間ですよ?
﹁おい、ジェラール殿用のお立ち台の準備もしておけよ﹂
﹁当たり前だろ。あれがなきゃ始まらないからな!﹂
おい、止めろ。
﹁うふふ。皆さん楽しそうですね、ご主人様﹂
﹁う、うん。そうだね⋮⋮﹂
天使なエフィルの笑顔は心のスナップ写真として永久保存してお
くが、命名式の後にギルドで発行された冒険者名鑑に戦慄ポエマー
などという虚偽の情報が載せられたのは、主にアレが原因だからな。
俺の不安は高まるばかりだ。
﹁このような所で立ち話もなんでしょう。ささ、どうぞ中へ﹂
﹁そうですね。お手柔らかにお願いします﹂
﹁はい? 何を言っているのですか、全力でいきますとも!﹂
くっ!
﹁お邪魔しまーす﹂
﹁お、お邪魔します⋮⋮ あ、ま、待って、リオンちゃん!﹂
﹁うーん。私、ここでの記憶があまりないのよね⋮⋮ 調子悪かっ
たのかしら?﹂
﹁いや、絶好調じゃったよ﹂
俺の不安をよそに、リオンを先頭に皆が里へ入って行く。
1852
﹁さ、私たちも参りましょう。ご主人様﹂
﹁ウン、ソウダネ﹂
﹁?﹂
エフィルに手を引かれ、片言な俺も里へと歩み出すのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
夜が更ける。里の広場での宴を何とか持ち堪え、城壁上の離れに
てエフィル、アンジェと小休止。前回同様にセラが足早にリタイア、
続いて介抱していたリオンやシュトラ達も就寝した。それでも会場
ではジェラールや長老ネルラスを中心にドンチャン騒ぎが続いてい
る。ちなみにお立ち台は不測の事故という形で破壊させてもらった。
隠蔽工作も完璧である。
﹁あー、楽しかった! エルフの人達って、思いの他フレンドリー
なんだね﹂
頬を僅かに染め、両手を伸ばし喜びを表現するアンジェは大満足
のようだ。
﹁フレンドリーと言うか、最初の頃と性格が変わってしまったと言
うか⋮⋮ あれが本質なのかもしれないけどさ﹂
﹁お土産のミートローフも喜んで頂けたようで良かったです﹂
﹁あー、何人か涙を流しながら菜食主義を止める宣言してたな﹂
果たしてああなって良かったのだろうか? 別にエルフ全員がベ
1853
ジタリアンって訳ではなく、元々少数派らしいけど。エフィルだっ
て肉食べるし、これも自然と摂理という便利ワードで済ませてしま
うか。
﹁この旅行も残り僅かですね。お屋敷に戻ったら隅々まで手入れ致
しませんと﹂
﹁あはっ、エフィルちゃんは真面目だねー﹂
むんっ! と気合を入れるエフィルにアンジェが笑う。 ⋮⋮パ
ーズに戻り待っているイベントがまず冒険者ギルドでの修羅場か。
胃が痛くなるな。
﹁⋮⋮えっと、さ。パーズには転移門で戻るんだよね?﹂
緩んだ雰囲気とは一転して、アンジェが神妙そうな表情で尋ねて
きた。
﹁ん? ああ、そのつもりだよ。ダハク達に乗って帰るよりも早い
からな。獣王との別れ際は警戒しなきゃならないが﹂
﹁獣王よりも注意してほしいことがある、かな。その⋮⋮ ギルド
長についてなんだけど﹂
1854
第250話 性
︱︱︱紋章の森・エルフの里
﹁ギルド長のリオは︱︱︱ ううん、リオルドは﹃神の使徒﹄の一
員なの。主より授けられた名は序列第5柱の﹃解析者﹄。組織では
私と共に情報収集、情報操作を担当していたんだ﹂
アンジェの口から明かされる衝撃の事実⋮⋮ とまではいかない
な。個人的には﹁ああ、やっぱりか﹂という気持ちだ。エフィルに
とってはショックだったようで、驚きを表情から隠せていない。
﹁あ、あれ? ケルヴィン、もしかして分かってた?﹂
﹁分かってたと言うか、アンジェが暗殺者だったからさ。可能性程
度には考えていたよ。一応明日あたりに情報を整理しようと思って
いたんだが、これで確証が持てた。アンジェから話してくれて助か
ったよ﹂
﹁そうだったんだ⋮⋮ えへへ、ケルヴィンの役に立っちゃった﹂
アンジェが酒のアルコールで染めた頬を更に赤らめる。
﹁ですが、どうしてご主人様はギルド長がエレアリスの配下である
と⋮⋮?﹂
﹁アンジェのような使徒って確信はなかったんだけどさ、何かしら
の繋がりはあると思ってたんだ。ほら、あの腹の下で何を考えてい
るか分からんリオ、リオルドか。あの老獪なリオルドだぞ? 仮に
リオルドが白だった場合、ギルドの部下であるアンジェが﹃暗殺者﹄
として活動していることを全く気付かない筈がない﹂
1855
俺の中でのリオルドはそれだけ負の意味での信頼が厚いのだ。
﹁ご主人様の思慮深さには感嘆致します﹂
﹁はぁ∼、諜報担当の私としては複雑だなぁ﹂
俺だってアンジェがエレアリス側の人間だと知らなかったら考え
付かなかっただろう。いや、普段から警戒心で一杯ではあったんだ
けど。
﹁昔、リオルドのステータスを鑑定眼で覗いたことがあったんだけ
どさ。その時はA級冒険者程度の能力だった。ってことはだ、リオ
ルドもアンジェ同様﹃偽装﹄スキルを使ってるのか?﹂
﹁それも正解。私については至って単純、一介のギルドの受付が高
度の﹃隠蔽﹄を施してるのも変な話でしょ? ギルド長の方はB級
くらいの隠蔽でステータスを隠した上で、更に偽装でステータスを
改変。これでケルヴィンも警戒心こそはあっただろうけど、それ以
上は何とも思わなかったんじゃないかな?﹂
﹁⋮⋮まあ、そうだな﹂
トラージ冒険者ギルドのミストさんが昔パーティを組んでたって
言ってたし、それで安心してしまっていた面もあったか。いや、待
てよ︱︱︱
﹁⋮⋮まさか、トラージ冒険者ギルドのギルド長、ミストさんも仲
間か?﹂
﹁ううん、ミストギルド長は関係ないかな。でも若かった頃にパー
ティを組んでたのは本当らしいよ。私もギルド長が神の使徒になっ
た経緯までは知らないけどさ﹂
﹁そっか⋮⋮﹂
1856
⋮⋮ッチ。
﹁え、今舌打しなかった? したよね?﹂
﹁いや、身近にそんな強者がいたのかと期待してしまって﹂
﹁普通そこは安心するところだよ、ケルヴィン君﹂
こればかりは生来の性格なんだ。諦めてくれ。
﹁ところでその偽装ってスキルはなかなか便利だな。隠蔽スキルを
探した時はそれらしいものは発見できなかったんだが、何か取得条
件とかあるのか?﹂
﹁あるよー。隠蔽スキルをS級まで会得すれば、スキル会得欄にこ
っそりと載ります﹂
﹁⋮⋮こっそりですか﹂
あの膨大なスキルの中から何時載ったかも分からないスキルを見
つけろと申すか。事前情報がないと無理だろ⋮⋮ 条件を満たせば、
﹁何々が会得可能になりました﹂とか表示してくれてもいいもんじ
ゃないだろうか? しかし偽装スキルが便利なことに変わりはない。
早速会得しておこう。
==============================
=======
偽装︵F級︶ 必要スキルポイント:10
ステータス:年齢の偽装をすることができる。
==============================
=======
ね、年齢って⋮⋮
1857
﹁スキルランクが低いうちは弄くれるところも少ないかな。最終的
にS級まで上げれば全部可能だよ﹂
﹁そ、そうか⋮⋮﹂
女性にとっては需要があるかもしれないが、このままでは使いよ
うが⋮⋮ 待てよ、今の俺は魔人に進化して寿命が延びてるんだっ
たな。長期的に見れば使い道もあるか。うん。
﹁あの、それではギルド長、リオルドさんは今どこにいるのですか
? 暫く御姿を見掛けておりませんが﹂
﹁そう言えばそうだな﹂
エフィルが話す通り、魔王を討伐して以来見ていない気がする。
前にアンジェに聞いた時は各地で戦争の後始末をしていると説明さ
れた筈だったか。
﹁⋮⋮うん。私がケルヴィンの仲間になったことが伝わっていると
すれば、多分もうギルドには戻らないと思う。正体が暴かれた以上、
危険を冒す意味もないしね﹂
﹁戻らないってことは、転移門を越えてからの奇襲の可能性もない
のか?﹂
﹁絶対ないとは言えないけど、可能性としては低いんじゃないかな。
今リオルドは西大陸にいるし﹂
﹁随分と遠くにいるんだな﹂
だがパーズの転移門を管理していたくらいだ。転移門を使って移
動する手段はある。どうにかしてその権限を停止させないと危険だ。
しかし、何と説明したものか? メルフィーナとエレアリスの関係
を話すのも面倒なことになりそうだし、下手をすれば俺が怪しまれ
1858
る。この状況を良い感じに理解してくれて、更に権限保持者となる
都合の良い人物なんて早々いる訳が︱︱︱
﹁⋮⋮あ﹂
﹁ご主人様?﹂
﹁ケルヴィン?﹂
ああ、うん。いたな。次の行き先が決まったっぽい。
﹁何でもないよ。転移門で戻るのに変更はない。それでリオルドが
奇襲してくるとすれば、逆に儲け物だ。ガウン側にいる獣王の証言
が取れるし、こっちはフルメンバーな上に警戒済み。怖いのは神の
使徒が手段を選ばなくなった時だな。パーズの街ごと攻撃対象にす
る、とかさ﹂
﹁その可能性は皆無と思っていいよ。代行者の思惑はこの世界に主
を降臨させて神とすることであって、無差別な虐殺が目的じゃない
んだもん。ほら、私がケルヴィンを呼び出した時も闘技場周辺の人
達は避難させていたでしょ?﹂
﹁まあ、そうだが⋮⋮ なら、魔王の時はどうなんだ? あれだっ
て神の使徒が関与してたんだろ?﹂
﹁魔王と﹃黒の書﹄を使っての魔力収集こそはしたけど、それは起
こりうる確定した現象を利用したまで⋮⋮ ってのは都合の良い言
い方になっちゃうね。でもね、本来であれば頃合いを見計らって﹃
守護者﹄が魔王を倒す予定だったんだ。今の勇者じゃ魔王ゼルには
とてもじゃないけど敵わなかったから。ま、ケルヴィンが倒しちゃ
ったんだけどさ﹂
アンジェが難しい顔をする。何とも微妙な立場にいる故だろうか。
それにサラッと魔王の﹃天魔波旬﹄を打ち破れる奴がいますよ発言
も頂いてしまった。つまりそれは勇者な使徒もいるってことですか
1859
ね? フゥー!
﹁ご、ご主人様!?﹂
﹁急に歓声上げてどうしたの!?﹂
﹁すまん、そろそろ自分が抑えられそうにない﹂
﹁⋮⋮ああ、なるほど﹂
﹁納得です。ご主人様、ハーブティーをお入れしますね。気分が落
ち着きますよ﹂
﹁ありがとう。理解してくれて嬉しいです﹂
例えるならば、エフィル渾身の料理の前に座ったメルフィーナと
言えばいいか。いかん、よだれが⋮⋮ エフィルが入れてくれたハ
ーブティーをゆっくりと飲む。よし、平常心、平常心。俺はノーマ
ル、ノーマルなのだ。よし︱︱︱ しかし、このままでは心臓に悪
いことこの上ない。
﹁アンジェ、先に使徒のメンバーについて教えてもらっていいか?
ほら、前に言い掛けて中断しちゃっただろ?﹂
﹁あ、そうだったね。皆がいる時が良いかな、とも思っていたんだ
けど﹂
﹁ここで聞いた情報は配下ネットワークに上げとくから大丈夫だよ。
でも、できるだけ小出しで。ほら、夜はまだ長いし﹂
﹁ケルヴィンの持病も厄介だね﹂
コレットほどではないと自負している。 ⋮⋮コレットほどじゃ
ないよね?
1860
第251話 戦力
︱︱︱紋章の森・エルフの里
﹁う、ううん⋮⋮﹂
左腕に違和感を覚え、まどろみから目覚める。少し気だるく、頭
も呆けているような気がする。えーと⋮⋮ 昨日はアンジェから話
を聞いて、それが終わってからジェラールと村長による酒飲み対決
に巻き込まれたんだったか。断言しよう、あの2人は底無しだ。真
っ当に戦っていい相手ではない。いくら俺でもその手の勝負はノー
サンキュー、適当なところでエフィルらと一緒に切り上げたから大
惨事にはならなかったが、あの後も酒豪達は勝負をし続けたのだろ
うか。うーむ、広場に行くのが怖いな⋮⋮ エルフ達が死屍累々と
していそうだ。
﹁兎も角、いい加減起きなきゃ、なっ!?﹂
俺がベッドから起き上がろうとすると、左腕が物凄い力で引っ張
られた。
﹁むにゃ⋮⋮ にゃんで逃げるのよぅ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮朝だからだよ﹂
俺をベッドに引き戻した犯人はセラだった。酒が残っているのか、
見るにまだ熟睡モードだ。これではまだまだ起きそうにない。そし
て俺の腕を離しそうにない。素面なら寝相も良いんだが、酒が入る
と多少なりに寝床でも暴れてしまうのが難点だな。まあ、メルフィ
1861
ーナ先生には敵わないけどね!
﹁エフィルは⋮⋮ 流石にもう起きてるよな﹂
エフィルが寝ていたベッドの右側には温もりが微かにあるも、既
に空となっている。今頃は朝食の準備をしてくれているんだろう。
⋮⋮んー、どうすっかな。セラは離してくれそうにないし。
﹁ああ、そうだ﹂
今のうちに配下ネットワークにアップする情報を整理しておくか。
昨夜アンジェから聞いた神の使徒、その顔触れや用いる能力はメモ
っておいた筈。ああ、あったあった。これを弄くって︱︱︱ よし、
纏めた内容は以下の通りだ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
序列第10柱 空席
アンジェが組織に所属していた際は欠員となっていた位。転生し
たトリスタン・ファーゼがこの席に就くのではないかとアンジェは
予想している。生前は召喚術を扱い、ジルドラから提供されたゴー
レムを使役していた。
序列第9柱﹃生還者﹄
実名は不明。獣王祭にてリオンと戦った剣士。組織内では最も後
1862
に入り、アンジェ在籍時は末席に加わっていたとのこと。アンジェ、
バール襲撃時にはジェラールとリオン、アレックスを相手に一歩も
引かぬ戦いを繰り広げた。強力な不死性を体に宿しており、首を刎
ねようが業火で消し炭にようが瞬時に回復してしまい、どのような
状況下でも生還する。固有スキルによる能力なのかは不明。剣術も
抜刀術を使うなど多彩。
序列第8柱﹃暗殺者﹄
今や語るまでもないが、アンジェが就役していた席。固有スキル
として物質や魔法を通り抜ける﹃遮断不可﹄、不意打ちが凶悪な火
力となる﹃凶手の一撃﹄を所持しており、構成スキルも暗殺者とし
て特化したものとなっている。アンジェ曰く敏捷力は組織内でも最
速だったらしい。しかし真正面からの戦いとなると戦闘力は下位。
組織を抜け、俺たちの仲間になった為に実質的に現在は空席である。
序列第7柱﹃反魂者﹄
実名はエストリア・クランヴェルツ。セラ並のスタイルを持つ妖
艶な吸血鬼。ちなみに種族としては悪魔と吸血鬼は別種らしい。接
する機会はあまりなかったが、よく自分から本名を名乗り出る為に
アンジェも名前を知っていたようだ。S級白魔法でも不可能とされ
る死者を蘇生させる力を持つとされるが、実際に目にしたことはア
ンジェもない。序列第6柱の断罪者とすこぶる仲が悪い。
序列第6柱﹃断罪者﹄
1863
実名はベル・バアル。ファミリーネームからも分かる通り、セラ
と血縁関係である悪魔の可能性が高い。アンジェにも過去について
話すことがなかったので事実は不明だが、それでも組織の中では一
番仲が良かったとのこと。口は悪いが聞き上手と熱く語られた。固
有スキルとして﹃色調侵犯﹄を持ち、触れたものの性質の濃薄を操
作することができる。蹴りを主体とした格闘術と緑魔法を得意とす
る武闘派。序列第7柱の反魂者と大変仲が悪い。
序列第5柱﹃解析者﹄
パーズで出会った際はリオと名乗っていたが、実名は微妙に異な
りリオルドというらしい。ギルド長であったリオの正体であり、ア
ンジェと共に俺とメルフィーナの監視を行っていた。﹃神眼﹄とい
う大層な名前の固有スキルを所有し、隠蔽や偽装スキルを無効化す
ることができるそうだ。詰まるところ、ステータスをS級クラスの
隠蔽でいくら隠していたとしても、リオルドにとっては意味を成さ
ない。鑑定眼の完全上位互換と言えるだろう。現在は西大陸に渡っ
ている。
序列第4柱﹃守護者﹄
実名はセルジュ・フロア。当時のデラミスの巫女、アイリス・デ
ラミリウスに召喚され、魔王グスタフを倒した前勇者。表裏がなく
調子の良い性格だが、純粋な戦闘力では使徒の中でも群を抜く。組
織内では本拠地に存在する神殿の守護を担当し、基本的にそこから
動かないそうだ。その理由から暇を持て余していることが多く、ア
ンジェを見つけては無駄話に興じていた。そのような世間話の中に
も重要な話を混ぜ込んで話す為、そこで初めて知る情報も案外と多
1864
いらしい。固有スキルとして﹃絶対福音﹄を持ち、事象を折り曲げ
るレベルで運が良い。同名のスキルでもあるし、予想するに刀哉と
同じく主人公体質なのだろう。黒髪で黒の瞳である為、俺や刀哉と
同様に日本人である可能性が高い。
序列第3柱﹃創造者﹄
実名はジルドラ。自らが所持する固有スキル﹃永劫回帰﹄で体を
入れ替え、長きに渡る時を自身の研究に費やしてきた。その分野は
多岐に渡り、ゴーレムの製作から武具やアイテムの生成、果ては生
物学・病毒に至るまで手を伸ばしている。アンジェがそうであるよ
うに、神の使徒が扱う武具の大半はジルドラのオーダーメイド品。
ジェラールとの因縁が深い相手でもある。
序列第2柱﹃選定者﹄
実名は不明。アンジェが唯一姿を見たことがない使徒であり、拠
点に設置された聖碑越しでしか声も聞いたことがないという。組織
のトップである代行者のみが所在を知り得る、らしいが実際のとこ
ろは分からない。ただひとつ言えるのは、組織に見合う人材を選定
しているのは彼︵彼女?︶であると言うこと。所謂スカウト役だろ
うか。
序列第1柱﹃代行者﹄
実名はアイリス・デラミリウス。コレットの先祖であり、魔王グ
スタフが世界の脅威となっていた当時のデラミスの巫女。彼女が崇
1865
め奉る神であるエレアリスから﹃転生術﹄を限定的ながらも受け継
いでおり、神の使徒として役立つ人材を転生させている。拠点であ
る神殿の内部におり、平時は祈りを捧げ続けているという。その身
に神の力を授かった影響か、生前とスキル構成が全く異なり半神状
態にある︵守護者談︶。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱
こんなところかな。後でアンジェにチェックしてもらおう。さて、
ここで気をつけるべきはあくまでこれらはアンジェが知る情報で、
記載している内容以外にも何かしらの能力を隠し持っているかもし
れない、ということだ。固有スキルがひとつとも限らないし、事実
アンジェも2つ目の固有スキルである﹃凶手の一撃﹄については誰
にも伝えていなかったそうだ。
﹁想像するだけで興奮してしまうな﹂
戦闘民族である日本人の血が騒ぐではないか。 ⋮⋮むっ! い
かん、興奮し過ぎて鼻血が。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁何だ、セラ起きてたのか﹂
拭くものはないかと辺りを見回しいると、傍らでセラが目を覚ま
していることに気付いた。なぜか半目でこちらをジーっと見詰めて
いる。
1866
﹁⋮⋮えっち﹂
﹁違うからっ! そういう鼻血じゃないからっ!﹂
1867
第252話 ハイエルフ
︱︱︱紋章の森・エルフの里
セラの誤解を何とか解き、エフィルの朝食をとり終えた俺たちは
里の広場へ向かった。
﹁これは⋮⋮ 見事にまあ、食い散らかすわ飲み散らかすわしてる
な﹂
昨夜は一体いつまで飲み明かしていたのやら。用意された料理は
全て平らげられ、木製のテーブルの上には空の酒瓶が転がっている。
﹁その当人方も見事に散っていますが。僭越ながら、人数分のお粥
を用意しております﹂
﹁クロトの保管に米入れてきて良かったな﹂
俺たちを待ち受けていたのは、エルフの人々が酒瓶片手に死屍累
々と倒れている光景。どうやら限界まで飲んでいたようだ。一足先
に朝食を終えていたリオンやシュトラ、そしてメイド達が暖かいお
茶を配って看病している有様である。一先ずは酒臭いので、二次被
害を避ける為にセラを家屋内に避難させる。
﹁俺ぁまだまだぁ、いけるッスよぉ⋮⋮ ぐおお⋮⋮﹂
﹁あそこで死んでるのはダハクか﹂
﹁ジェラールさんに男の勝負を挑んだようでして﹂
﹁そして完敗したと。無謀だな⋮⋮﹂
1868
メルフィーナやシルヴィアに大食い勝負を挑むようなものだろ、
それ。まあそんなダハクはさて置き、視界をその隣席にへと移す。
犠牲者の山の中には生存者もいたようで、2人分の人影が会場のテ
ーブルにて向かい合って座っていた。
﹁まさかとは思うが、あれからずっと⋮⋮ か?﹂
﹁残念ながらそのようです﹂
流石のエフィルも呆れ顔になっている。俺だってそうだ。当人達
があれなのだから。
﹁ング、ングッ⋮⋮ ぷはぁ! やりますなぁ、ネルラス老! こ
こまでワシに食い付いてきた者は初めてですぞ!﹂
﹁これでも私は西大陸大酒飲み選手権で準優勝した経験があります
からな。まだまだジェラール殿には負けられませんよ!﹂
﹁ガッハッハ! 愉快なこの時とっ!﹂
﹁良き友にっ!﹂
﹁﹁乾杯っ!﹂﹂
︱︱︱カァン!
大きなジョッキグラスでの何度目か分からぬ乾杯の音が響き渡る。
長老、エルフのイメージ像を本当によくぶち壊してくれるのな。前
回の別れ際の感動を返してくれ。しかし文句を言っている場合じゃ
ないな。放っておけばいつまでも飲み続ける恐れがあるし。
﹁ジェラールさんに長老様、もう朝です。そろそろお酒は控えてく
ださい﹂
おっと、俺が行くよりも早くエフィルが動いたか。
1869
﹁む、言われてみれば辺りが妙に明るいような⋮⋮﹂
﹁そ、そうですな。久方振りの祭りに舞い上がり過ぎたのかもしれ
ません。私も大分酔ったようです。エフィルさんの耳が以前よりも
長くなっているように見える⋮⋮﹂
﹁耳、ですか?﹂
こめかみを押さえ首を振る長老がそう口にすると、エフィルのエ
ルフ耳がピクピクと動いた。ああ、まだ長老達にはエフィルがハイ
エルフになったことを伝えていなかったか。
﹁気のせいじゃないですよ、長老。魔王との戦いの後、エフィルは
ハイエルフに進化したんですよ﹂
﹁⋮⋮へ?﹂
﹁ええ、ハーフエルフだった頃と比べて耳が伸びたようです。これ
で長老様や皆さんと同じくらいになりましたね﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁あ、あの、長老様?﹂
フリーズしたのか、天使の笑顔で微笑むエフィルにも無反応な長
老。文字通り目を点にしている。先ほどまで意気投合していたジェ
ラールも、何事かと首をかしげる。
﹁み、み、み⋮⋮﹂
﹁﹁﹁み?﹂﹂﹂
﹁皆の者ぉーーー! はよ起きるのだ! ハイエルフ様が、伝説の
ハイエルフ様が誕生されたぞぉ!﹂
朝方の時刻にしては大き過ぎる叫びが里に広がる。長老の酔いは
完全に醒めたようだ。
1870
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁急に取り乱してしまい、申し訳ありません。何分、気が昂ってし
まいまして⋮⋮﹂
﹁長老様、もういいですから⋮⋮﹂
姿勢正しく正座する長老と、酔いから醒めたエルフの人々が広場
に集まっていた。エルフの人達はエフィル特製のお粥を食べたので、
二日酔いもすっかり完治。え、何でそれだけで治ってるのかって?
エフィルが作ったお粥だからだよ。それ以上でもそれ以下でもな
い。
﹁さっきの反応を見るに、ハイエルフってのはそんなに凄い存在な
んですか?﹂
﹁凄いなんてものじゃないですよ! 長いエルフの歴史の中でもハ
イエルフに至った者は極々、そのまた極々僅かなのです! 私が知
る限りでここ最近に至った方でも数百年も昔の話、更にその方は勇
者セルジュ様と共に魔王を打ち倒すという偉業を立てられまして︱
︱︱﹂
﹁村長、落ち着いて。血圧が上がりますよ﹂
鼻息を荒くしながら村長が語り出したので早々に止める。話すに
しても少し冷静さを取り戻してもらってからだ。
﹁あまり、私にはそういった自覚はないのですが⋮⋮﹂
﹁そんなもんだって。たぶん、リオンもデラミスに行ったら同じ反
1871
応されるぞ﹂
何て言ったって聖人だもの。
︱︱︱さて、落ち着きを取り戻した村長の話を纏めようか。ハイ
エルフは本当に希少な存在のようで、ハイエルフに至ったエルフは
その誰もが偉大な功績を残し、豊かな人生を、いやエルフ生送った
という。
﹁あ、あの、握手してもらってもいいですか⋮⋮?﹂
﹁おめでとう! これでエフィルちゃんの将来は約束されたような
ものだな!﹂
﹁あんた、もうエフィルちゃんは魔王を倒して順風満帆な生活を歩
んでるよ。良い亭主も見つけたみたいだし。ねっ、エフィルちゃん
?﹂
﹁はい。とても幸せです﹂
そんな訳で里の人々はエフィルがハイエルフに進化したことを喜
び、祝意を表しているのだろう。中には拝み始める者もいる程に。
﹁このまま黙ってお返しするとあっては無礼というもの。これは今
日も新たに宴を開かなければ︱︱︱﹂
﹁村長、いい加減にしてください﹂
だからと言ってまた祝杯を上げようとするんじゃない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1872
二日酔いのダハクが復活したところで、里の皆との別れを済ませ
てガウンへと出発する。ちゃんと飛べてるようだし、この調子であ
れば直ぐに到着するだろう。
﹁なぜか、エルフの里では宴会しかしていない気がする﹂
﹁素晴らしいことではないか。皆も喜んでおったし、ワシも満喫で
きたし﹂
﹁ううっ、やっぱ旦那は俺にとっての厚い壁ッスわ⋮⋮﹂
漆黒竜に変身しているダハクが、溜息代わりのブレスを吐き出す。
朝まで飲んでけろりとしてる酒豪2人に挑んだのが間違いだったな。
もっと勝ち目のある戦いで挑戦したらどうだ? 園芸対決とか。
﹁お爺ちゃん、私、お酒はちょっと⋮⋮﹂
﹁あはは、僕も苦手だったり⋮⋮﹂
﹁のうエフィル。ワシ、今日から禁酒するから夜に酒を出さんでい
いぞい﹂
﹁承知致しました﹂
決断が男らしいな、ジェラール。シュトラとリオンの反応から迷
いがなかったぞ。
﹁それにしても、いよいよパーズへ帰るのは明日になってしまった
のですね。楽しい時は風のように過ぎ去ってしまいます﹂
メルフィーナが一番エンジョイしてたもんな。子供以上に。
﹁ええ、お屋敷の大掃除決行日も近いです。ゴーレム達では届かな
かった箇所も徹底して行いますので、各自、今日はゆっくり休んで
1873
ください。明日は頑張りますよ﹂
﹁﹁承知しました、メイド長﹂﹂
﹁はーい。あーあ、明日から普通に仕事かぁ⋮⋮﹂
﹁サボりたい⋮⋮﹂
エフィルの指示にエリィとロザリアがキレのある返事をするが、
リュカとフーバーはだるそうだ。まあ、気持ちも分からなくもない。
連休末日の心境なんだろう。敷地が広いだけに、うちのメイドも大
変なのである。それでも庭はダハクが整備するようになったし、昔
はエフィル1人で全てをカバーしていたのだ。労働環境は確実に改
善されている。だから頑張れ、2人とも。
慰安旅行最後の今日は各自ガウンで自由に過ごし、いよいよ明日
は転移門での帰還だ。全員無事に帰れるよう、俺は俺で準備を進め
よう。
1874
第253話 完全武装
︱︱︱ガウン・神霊樹の城
パーズ帰還の日。前に話していた通り、俺たちは神霊樹の城にな
る転移門から戻る予定になっている。と言うか、既に門の前でスタ
ンバイしている。後は転移門の認証を済ませ、魔力を注入するだけ
だ。
﹁あ、あのう、本当によろしいのですか? 私共が魔力を注がなく
ても⋮⋮﹂
﹁転移門への魔力注入は私とメルがやりますから、お気遣いなく。
それなりに長い時間開けておく予定なんで。 ⋮⋮疲れるでしょ?﹂
﹁確かに、私共では極僅かな時間しか門を維持できませんが⋮⋮﹂
転移門の管理を担当する宮廷魔導士の獣人達が、ジェレオルやユ
ージールに目をやる。大してガウンの王子らは諦めたように頷くだ
けであった。好きにさせろ、と。
転移門を使用するとガウンに申請していた為、今日俺たちが帰る
ことは、ガウンの要人であるサバト達も知っていたようだ。部屋に
はキルトを除く全ての王子と王女が集まり、何とも贅沢な見送りの
場となっている。まあ、皆一様に引きつった表情をしているのだが。
ちなみに獣王は私用で留守だそうだ。
﹁色々と世話になったな、サバト。たまにはパーズに遊びに来てく
れよな﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
1875
﹁ゴマもレオンハルト王に振り回されて大変だと思うが、しっかり
拳で反撃してやれよ? 当人は留守みたいだから、俺の代わりによ
ろしく伝えておいてくれよ﹂
﹁そ、そうね⋮⋮﹂
﹁それにしても、キルト王子に会えなかったのは残念︱︱︱﹂
﹁﹁︱︱︱なあ︵あの︶、何で完全武装してるんだ︵してるの︶?﹂
﹂
別れ際の挨拶をする最中、サバトとゴマが声を揃えて俺たちの格
好を指摘してきた。うん、まあその指摘はごもっとも。
﹁これからダンジョンに向かう訳じゃないよな? パーズに直行す
るだけだよな?﹂
﹁セラさんなんて、準決勝で見せた巨腕状態なんですが⋮⋮﹂
兄妹仲良く疑問を口にする。何故ならば皆旅行に着てきた私服で
ブラッドスクリミッジ
はなく、戦闘用の装備を着用しているからだ。手には各々の得物を
ボ
握り、セラに関しては魔人紅闘諍を発動済み。リオンやエフィル達
レアスデスサイズ
も強化魔法で各々に補助効果を施している。俺も今のうちに杖に大
風魔神鎌を纏わせておこうかな。
﹁何故って、家に帰るまでが旅行って言うだろ? S級冒険者たる
もの、キチンとその辺も実践しなくちゃと思って。ほら、何時何処
で闇討ちがあるか分からないし﹂
﹁そ、そんなもんなのか、ゴマ?﹂
﹁私に聞かないでよ⋮⋮﹂
などと適当に取り繕い誤魔化しておく。自分でも無茶な自己弁護
だとは感じているが、サバトあたりは真に受けていそうで逆に心配
になってしまう。一方でジェレオルやユージールは事を荒立てない
1876
よう気を使ってくれている。実はこっそりと武装の申請はしている
のだが、ここは城の中でもある訳で、かなり無理を通してもらって
いる。本当に申し訳ない。しかし全員の安全確保が最重要課題なん
だ。
﹁それじゃ、皆準備はいいか? そろそろ門を開くぞ﹂
用意が整ったことを確認し、メルフィーナと共に転移門の台座前
に立つ。門への魔力の供給はこの台座からもできるようで、方法と
してはギルド証を間にして魔力を流せばいいだけと簡単なものだ。
ギルド証に台座に設置し、その上にメルフィーナと重ねる形で手を
置く。
﹃共同作業ですね﹄
﹃取りあえず、お互いMP2000くらいの魔力で﹄
﹃あなた様、スルーされるのは悲しいです﹄
MP回復薬片手にそんなこと言われてもな。というのは冗談で、
俺も少しそれを意識してしまっていたり。念話でそんな風に戯れつ
つ、パーズを思い浮かべながら大雑把に魔力を台座に流し込む。す
るとギルド証が黄金色に輝き出し、同時に転移門のゲートが開かれ
た。ゲートはこれまでのようにグネグネと渦巻くものではなく、光
が門にキッチリと沿って安定しているように見える。よし、どうや
ら魔力はこれで十分だったようだ。何せS級魔法4発分だからな。
⋮⋮宮廷魔導士の人達、何で固まってるんだ? まあいいか。く
いっとMP回復薬を飲み干しているメルを尻目に、最初の指示を出
す。
﹁第一陣、ジェラール、クロト!﹂
﹁﹁第一陣!?﹂﹂
1877
サバトらの叫びが聞こえてくるが、まずは転移門先での状況把握
が先決だ。パーティの盾であるジェラールと複数の小型分身体とな
ったクロトで防衛陣を築く。アンジェは﹁大丈夫だと思うけどなー﹂
と言っていたが、できることはしておこないとな。相手はあのリオ
ルドだし。狸だし。
﹁では、先陣を切るとするかのう! 行くぞ、クロト!﹂
大剣と大盾を携えたジェラールを先頭に、クロトの分身体が転移
門に飛び込んで行く。さて、次はセラとメルフィーナの番か。と、
思っていたのも束の間。ジェラールが転移門のゲートから顔を出し、
ちょいちょいと手招きをしてきた。どことなく肩透かし感が漂って
いる。
﹁王よ、思っていた状況と違ったんじゃが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮よし、帰るぞ!﹂
﹁ほらー、だから大丈夫って言ったんだよ﹂
どうやら待ち伏せやトラップはなかったようだ。それならそれで
良し! 改めてガウンの皆に挨拶を済ませ、俺たちは転移門を潜っ
て行った。
﹁結局何だったんだよ⋮⋮﹂
﹁父さんといい、S級冒険者の考えることは分からないわ⋮⋮﹂
帰る寸前、何か失礼なことを言われた気がする。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
1878
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・地下
ガウンの転移門を潜った先にいた人物、それは意外な人だった。
﹁ケルヴィンさん、お帰りなさい﹂
﹁ミストさん?﹂
こちら側の台座にかざしていた手を下ろし、俺たちを迎えたのは
トラージ冒険者ギルドのギルド長、ミストさんであったのだ。転移
門は両方向からの認証が必要だった訳だが、ミストさんがパーズ側
で通行許可を承認してくれたようだ。
﹁御免なさいね。私なんかが急に出迎えて、驚かせてしまって。 ⋮⋮私もかなり驚いてしまいましたが﹂
ミストさんがハンカチで冷や汗を拭う。転移門から魔王鎧とスラ
イムが意気揚々と飛び出して来たらそりゃ驚くよね。
﹃門を出て早々、互いに微妙な空気になってしまったわい⋮⋮﹄
﹃いや、今回は俺も悪かった﹄
まさかミストさんがいるとは思っていなかったからな。精々ギル
ドの職員が対応するもんかと⋮⋮ それはそれでアンジェの首輪を
見た同僚が驚きそうか。うん、今のうちにスカーフを巻かせておこ
う。まだ修羅場を形成するには早い時間だ。
﹁申し訳ないです。まだまだ私たちも旅行気分で気分が高まってま
1879
して︱︱︱﹂
話しを続けつつ、気配を探る。
﹃セラ、どうだ?﹄
﹃該当してそうな気配はないわね。街も平穏そのものね﹄
セラも同意見のようだ。やはりリオルドは不在か。周囲にも、街
中にもそれらしい気配はない。今も西大陸のどこかに身を潜めてい
るのだろうか。
﹁そうでしたか⋮⋮ このような所で立ち話も何ですし、私の私室
に行きましょう。少し、お話ししたいことがあります﹂
1880
第254話 雲隠
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・ギルド長の部屋
エフィル以外のメイド組を先に屋敷へと帰し、俺たちはミストさ
んの後に付いて行った。地下から1階に上がり、更に2階へ。
﹁さあ、どうぞ﹂
ミストさんに通された部屋は、ギルド長の部屋であった。中のレ
イアウト等が変わった様子はない。ここが、彼女の言う私室。詰ま
りは︱︱︱
﹁疑問に思うことも多いでしょうが、まずはお座りください。順に
説明致します﹂
考えていたことを口にするよりも前に、来客用のソファに座るよ
う勧められてしまったので、一先ずは腰掛けさせてもらおう。ソフ
ァには全員が座るスペースはある。しかしエフィルとジェラールは
何も言わず、俺の背後にて控えるように立った。エフィルは外でも
メイドたるや! といった感じだが、ジェラールも割とこういうと
ころは騎士様っぽいんだよな。さて、こちらの準備は整った。
﹁それで、話したいこととは?﹂
﹁⋮⋮パーズギルド支部、ギルド長のリオが、先日冒険者ギルド本
部に辞表を提出致しました。突然本部の受付に現れ、受付担当の者
に総長宛の封筒を渡してそのまま消えてしまったとのことです﹂
﹁リオギルド長が⋮⋮﹂
1881
そっちか、という思いが俺の頭を駆け巡る。アンジェらによる暗
殺計画が表立った段階で手筈を整えていたのか、最初からこうする
予定だったのかは分からない。しかしアンジェが俺たちの仲間とな
った今、これまでのようにギルドに居続けることは不可能だ。とな
れば後は、リオルドの正体を知る俺たちか、自らの所在のどちらか
を消す、もしくは立場を利用しての情報戦を仕掛けるしかない。リ
オルドを相手にするなら後者が一番面倒だと思っていたので少しホ
ッとしたな。ギルドを辞めたのであれば、パーズの転移門を使う資
格も失うことになる。まあ、念は入れるけど。
﹁もうお気付きだと思いますが、パーズギルド支部ギルド長の後任
として参りました﹂
﹁やはりそうでしたか。しかし、それではトラージのギルド長は⋮
⋮?﹂
﹁トラージにも新たに後任が着任しています。スズという有望な者
ですから、ご心配なさらず。今度トラージに寄る機会がありました
ら、是非ギルドへ立ち寄ってください。彼女も喜びますから﹂
﹁ええ、その時は必ず﹂
ミストさんが新たなギルド長か。リオルドとは昔馴染みだったよ
うだし、心境としては複雑なんじゃないだろうか? さっきの話を
聞く限りではリオルドが姿を消した理由も分からないだろうに。そ
んな中で新天地で、しかもリオルドの後任として働くとなれば、尚
更︱︱︱
﹁急な辞職、行き成りの人事編成です。普通であれば慌しくなると
ころなのですが、早急に対応すべき魔王討伐後の各処理や引継ぎ資
料が完璧に纏め上げられていましたので、滞りなく進められていま
すよ。偏屈で唐突なのに、こういうところは変わりませんね⋮⋮ 1882
いえ、失礼しました﹂
天井を見上げ、過去を懐かしむように頬を緩ますミストさんであ
るが、直ぐに表情を直す。ううむ、ミストさんも昔はリオルドに振
り回された口だろうか。まあそれでも、一応はリオルドも後釜への
配慮は残していたようだ。
﹁あの、ミストギルド長、大変申し上げ難いのですが⋮⋮﹂
遠慮がちにアンジェが挙手する。そうだ。アンジェもリオルドと
同じく、退職する意を伝えなければならないんだった。
﹁貴女はアンジェさん、ですね? リオが残した資料を見ましたよ。
何でも、近いうちにギルドを辞められるとか⋮⋮ リオに引き続き、
貴女のような人材がいなくなるのは残念であり、悲しいことです﹂
﹁申し訳ないです﹂
む、既にアンジェが辞めることになっている?
﹃ケルヴィンの勧誘が成功しようが失敗しようが、もう私がパーズ
に留まる理由はなくなっちゃうからね。解析者が手配していたんだ
と思うよ。丁度いいから乗っかっちゃうね﹄
﹃ああ、なるほどな。了解したよ﹄
ん? 待てよ、これを利用すれば大した騒ぎを起こすこともなく、
アンジェがギルドを辞めることも可能なのでは⋮⋮?
﹁ところで、アンジェさんが退職する理由を聞いてもいいでしょう
か? それだけ記載されていなかったから、一応ね﹂
﹁はい! それはですね︱︱︱﹂
1883
﹁あ、待て︱︱︱﹂
俺が必死に話の間に入ろうとするのも、素早さに富んだアンジェ
は返答の口上も速かった。
﹁ケルヴィンと結婚するんです!﹂
飛躍してる。飛躍してるよアンジェさん。ある程度段階を踏んで
くださいよ。でも奴隷の過程を飛ばしたのはグッジョブ。
﹁まあ、なんて素敵なのかしら! 今日はお赤飯を炊かないと! あ、知ってるかしら? トラージには風習としてね︱︱︱﹂
ミストさんが本日最高の笑顔を見せながらお喋りに興じ始める。
ああ、これはあれだ。明日にはギルド中に情報が出回るな⋮⋮ う
ん、帰ろう。今日はもう帰ろう⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・リビングルーム
話の切れ目を見計らってミストさんと明日また伺うと約束し、他
のギルド職員に見つからないよう、そそくさと屋敷に帰宅。早々に
俺はリビングのカウチソファに倒れ込む。
﹁あれっ? ケルにいに先越されちゃってる。珍しいね﹂
﹁お疲れなの?﹂
1884
間を置かずにリオンとシュトラがリビングに入ってきた。
﹁ああ。今日は疲れたからな、精神的に⋮⋮﹂
﹁お疲れ様だね。アンねえのファンクラブとの直接対決は明日だっ
け?﹂
﹁アンジェがミストさんに公言しちゃったから、避けられないだろ
うな。今から気が重いよ﹂
﹁う∼ん⋮⋮ 皆、アンねえが誰が好きなのか知ってたと思うけど
なぁ﹂
﹁そうだったのかは知らないけど、義理は通さないといけないから
な。冒険者仲間な訳だし﹂
﹁親しき仲にも礼儀あり、ね。人間関係は個人であっても国であっ
ても大切よ﹂
﹁あ、うん。その通り。頑張ります﹂
シュトラに諭されてしまった。未来のトライセン王が言うのだか
ら間違いないのだろう。ちなみに当のアンジェは借家の自宅に荷物
を取りに行っている。必要なものから徐々に移動させると言ってい
たから、今日は着替えや日用品くらいだろうけど。
﹁ところでシュトラ、習得するスキルは決まったのか? 結構悩ん
でいたみたいだけど﹂
﹁うん、リオンちゃんと相談しながらやっと決まったの! 地下の
修練場で今度試すつもりよ。あ、そうだ。エフィルさんにもお願い
しないといけなかったわ﹂
﹁エフィルねえならきっと可愛いのを作ってくれるよ﹂
地下修練場ってことは戦闘系のスキルの実践か。エフィルに頼む
可愛いものってのは何だろう?
1885
﹁エフィルに何を頼むんだ?﹂
﹁﹁秘密︵よ︶﹂﹂
可愛らしく口元に人差し指を立ててはにかむ2人。キルトよ、桃
源郷はここにあったぞ。まあ楽しみは後にとっておこう。
﹁ふーん。なら俺も新作に何を作るかは秘密だな﹂
﹁えっ、ケルにい何か作るの!?﹂
新作の言葉にリオンの瞳が一層輝き出す。残念ながら今回はリオ
ンのではない。
﹁ここ最近良い素材を入手した割には全然作ってなかったからな。
これから一週間くらいかけて纏めて作るつもりだよ﹂
セラが白衣に伊達眼鏡で手伝ってくれるそうだし。何事も格好か
ら入るセラは、今頃私室でクローゼットからその着替えを探してい
るんじゃないかな。期間中も情報収集は欠かせないけどね。
﹁スキルの調整をするなら、1週間の期間中で形だけでも仕上げて
くれ。武具の製造が終わったら、また遠出するからさ﹂
﹁どこに行くの?﹂
セラがそろそろ来そうな気配を感じ、ソファからむっくりと起き
上がる。さて、やりますかと心の中で気合を入れ、次いで俺はこう
答えた。
﹁神皇国デラミスだ﹂
1886
第255話 屋敷の日常
︱︱︱ケルヴィン邸・庭園
﹁ふんふん、ふ∼ん♪﹂
パーズへの帰還から1日が経過した。晴天に昇る太陽が丁度真上
に来た頃、屋敷の庭園では暫くの間手入れできていなかった庭木を
ダハクが両手鋏で形を整えているところであった。鼻歌を口ずさみ
ながらご機嫌な様子のダハク。今日が特に機嫌が良いという訳では
なく、基本的に土いじりや畑仕事をしている時はいつもこんなもの
なのだ。
﹁ハクちゃん、今日も精が出るね﹂
﹁あ、お嬢! うっす、好きでやってることなんで。アレックスは
お嬢の影の中で?﹂
﹁うん。今はお昼寝中。ご飯食べ過ぎたみたい﹂
苦笑するリオンの背後から、ひょいっとシュトラが顔を覗かせて
庭の様子を窺う。
﹁見掛けによらず手入れがとっても繊細よね。木々や花々も喜んで
いるみたい﹂
﹁何だ、ちびっ子もいたのか﹂
﹁誰がちびっ子よ! リオンちゃんより少し小さいくらいだもん!﹂
強面のダハクに面と向かって文句を言うシュトラ。最初の頃はリ
オンの影に隠れるばかりの人見知りなところが目に付いたが、今で
1887
はすっかり慣れてしまったのかその頃の様子は微塵も見られない。
もっとも、こんななりで子供に懐かれ易いダハクの体質も関係ない
こともないのだが。
﹁リオンのお嬢は別格なんだよ、別格。ちんまくても懐の広さと深
さが凄ぇんだよ﹂
﹁ち、ちんまい⋮⋮ うん、そうだよね⋮⋮ 最近はリュカちゃん
にも越されちゃったもんね、胸⋮⋮﹂
﹁そっちの話じゃないッスよ!?﹂
﹁え、何の話?﹂
リオンに追撃を仕掛ける意味ではないが、今でこそ体型的に同等
のシュトラも、元の姿に戻ればかなりのスタイルに成長する。背丈
も越される。日々の努力が報われない絶望感に苛まれるリオンは、
ただただ自らの胸に手を当てるだけであった。
﹁そ、そうだ! 1週間後、今度はデラミスに行くらしいッスね!
ギルドからアンジェと一緒に帰ってきた兄貴から聞きやしたよ﹂
触れてはいけない話題と空気を感じ取ったダハクは、直ぐ様に別
話へのシフトを試みる。リオンが興味を持っていそうな話題で、ケ
ルヴィンを話に絡めながら。
﹁あ、うん。そうらしいよ。リンネ教の本家なら、エレアリスや神
の使徒について何か調べられるかも、ってケルにい言ってた﹂
﹁デラミスか∼。コレットちゃん、いるかなぁ?﹂
﹁きっといるよ。向こうに着いたら一緒に遊ぼうね﹂
意図しないシュトラの援護もあり、どうやらリオンはいつもの調
子に戻ったようだ。安堵したダハクはリオンらに見えない位置でグ
1888
ッと拳を握り締める。
﹁あ、そうだ。ケルにい帰って来たんだよね? 屋敷の中にいる?﹂
一緒に遊びたい。リオンの顔には分かりやすくそう書いてあるの
だが、ダハクはまた困ってしまう。
﹁そうなんスけど、直ぐに地下の鍛冶部屋に行っちまいやしたよ。
たぶん、セラ姐さんも一緒ッス﹂
﹁そっか。その分だと夕飯までは出てこないだろうなぁ⋮⋮﹂
ケルヴィンは一度趣味に没頭すると満足するか、食事の時間にな
るまでは地下の趣味部屋から戻って来ない。リオンとしてもケルヴ
ィンの時間を邪魔したくないので、鍛冶部屋などの施設に立ち入る
ことは殆どなかった。それをダハクも分かっていたのだ。
﹁そう言えば、今回作る武具はハクちゃんのもあるらしいね。竜形
態になると人の姿の装備は使えないから、それ用のを作ってるんで
しょ?﹂
﹁うっす! あの馬鹿でかいゴーレムから良い材料がいくらでも取
れやすからね。俺やボガ達の装備にやっと取り掛かれると仰ってい
やした。ガウンで気付いたんスけどね、﹃格闘術﹄は竜の姿でも機
能するんスよ! そこに加わるは兄貴自ら鍛え上げてくれる武器⋮
⋮ くぅ、感動ッスよ!﹂
﹁ハクちゃん、泣いてるの? ⋮⋮よしよし﹂
木々の手入れ用にダハクが使っていた梯子をとてとてと登り、シ
ュトラがダハクの頭を撫でる。
﹁違うっつうの! これは汗なの! 感動の汗っ! あと危ねえか
1889
ら降りろ﹂
﹁感動の汗ってどんなのさ⋮⋮ でもそれなら仕方ないよね。うー
ん、じゃあ一緒に帰って来たアンねえは?﹂
﹁修練場でリュカに戦闘の手解きをしてるみたいッスよ。何でも、
暗殺者として立派に育ててあげる! とか言ってやした。リュカの
ことも気に入ってるみたいッスね。リュカもやる気だったし、あり
ゃ師弟関係みたいなもんスよ﹂
﹁リュカちゃんの本業はメイドさんなんだけどなー⋮⋮﹂
﹁護身術に磨きがかかると思えば良いよ、リオンちゃん﹂
暗殺術と護身術が果たしてイコールになるのか、少々疑問になっ
てしまうリオン。しかし他ならぬシュトラの言なのでそう信じるこ
とに。それに修練場にいるのであれば、自分達も昨日の練習の続き
をしてもいいかも︱︱︱ とも思っていた。
﹁僕らも修練場に行こっか、シュトラちゃん﹂
﹁うん! じゃあね、ハクちゃん﹂
﹁急ぎ過ぎて転ばねぇでくださいよ? ⋮⋮ってもういねぇし﹂
ダハクが屋敷の扉の方を向くと、丁度扉がバタンと閉まるところ
だった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁本当にやるんですか? 私、これでも国では結構強かったんです
1890
よ?﹂
﹁でないと意味がないの。私の力が通じるか試したいのよ﹂
カタラクトランス
地下の修練場では大きなリュックを背負ったシュトラと、メイド
姿で大滝の槍を携えたフーバーが対峙していた。修練場でメイド業
務の休憩中︵サボり中︶だったフーバーを発見したシュトラが、﹁
一緒に稽古したい﹂と言ったのが始まりである。仮にも主からの命
令である為に逆らえないフーバー。少し軍の訓練もどきなことをす
ればいいかな、と軽く考えて承諾してしまったのだが、なぜか本気
の模擬試合形式になっていたのだ。
﹁シュトラちゃん、頑張ってー!﹂
﹁師匠、どっちが勝つの!?﹂
﹁甘いよリュカ君。真の玄人はどちらが勝っても対応できる用意を
しておくものさ! さ、祝杯の準備準備!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
見学席では好き放題言ってくれてる方々に、なぜか冷たい笑顔の
まま動こうとしないメイドのロザリアまで混ざっていた。またサボ
りましたね? と、笑顔の裏で鬼のように怒っていることが多少な
り離れたここからでも容易に察せる。
︵や、やり辛い⋮⋮ しかも何でロザリアがここにいるんですか!
? もうお仕置き決定じゃないですか!︶
更に言えば、相手のシュトラもやり辛い要因である。いや、シュ
トラがと言うよりは、その背後に背負っているものが、だ。円らで
小さな黒い瞳が2つ、フーバーを見詰めている。フーバーはそれを
よく見たことがあった。なぜなら、いつもシュトラが持ち歩いてい
るから。
1891
︵しかし何か、サイズがいつもより、こう⋮⋮ 大きいような⋮⋮
?︶
フーバーは背後のそれを凝視する。シュトラの背負うリュックか
ら真ん丸の顔だけを出すもの。それはシュトラお気に入りの、熊さ
んのヌイグルミ。それも限定ものでプレミアが付いたレアな代物だ。
だが、日常的に見ていたあのヌイグルミは小さなシュトラが片手で
抱えられる、その程度の大きさだった。
︵⋮⋮やっぱり、どう見ても大きいですよね。リュックから覗かせ
ている顔の部分だけでも、シュトラ様のお顔よりもひと回り以上大
きいですし︶
比較的大きなサイズに見えるリュックの体積よりも大きなクマの
顔。リュックに納まる姿を想像すれば2頭身よりも体が小さく、ア
ンバランスになってしまう。だとすれば、やはりオリジナルのヌイ
グルミとは異なるのか。そのように考えている最中も、円らな瞳と
シュトラのやる気に満ちた愛くるしい瞳の視線がフーバーへ向かっ
てくる。とてもやり辛い。
﹁僭越ながら、模擬試合の審判は私、ロザリアが務めさせて頂きま
す﹂
﹁うわっ!﹂
﹁⋮⋮何です?﹂
﹁い、いえ、何でもないです、はい⋮⋮﹂
意識を正面に集中し過ぎていたのか、フーバーはロザリアが近づ
いていることに気付かなかった。素っ頓狂な声を出してしまう程に
驚く。そして怖い。
1892
﹁シュトラ様が勝った場合、おやつにメイド長特製プティングをお
出し致します。更にフーバーは清掃担当箇所を2倍に拡大。フーバ
ーが勝った場合はフーバーの清掃担当箇所を2倍に拡大です。異存
はありませんか?﹂
﹁わっ、特製プティング! リオンちゃんの分は?﹂
﹁勿論ございます﹂
﹁ちょ、ちょっと、流石にそれはおかしくないですか!?﹂
﹁⋮⋮そうですね。失礼致しました。シュトラ様が勝利した場合、
フーバーは清掃担当箇所を3倍に拡大致します!﹂
﹁ギャー!﹂
どちらに転んでも怒りは収まらず。フーバーの反論は迂闊であっ
た。
1893
第256話 操糸術
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁よーし! いくよ、ゲオルギウス!﹂
ポン! とコミカルで軽い炸裂音が鳴り、白い煙と共にシュトラ
のリュックから何者かが飛び出した。何者かと言っても、十中八九
リュックから顔が出ていた熊のヌイグルミだ。普段は単なるサボり
魔なフーバーも、竜騎兵団副官を任されるだけの実力を備えている。
先の動揺が嘘のように消え去り、瞬時に頭を冷やして冷静に状況を
整理していく。
︵それにしても、ゲオルギウスって⋮⋮︶
フーバーはおそらくは熊のものであろうその名に、ある意味で戦
慄する。しかし、真に戦慄するしたのは次の瞬間であった。
︱︱︱ぽふっ、ぽふっ。
煙の中から聞こえてきたのはヌイグルミの足音。戦いとは無縁で
あるその音にフーバーはやや眉を顰めるが、直ぐに認識を改める事
となる。煙から現れたヌイグルミ、名称ゲオルギウス。ヌイグルミ
特有の円らな瞳は相も変わらず愛くるしく、万人受けする魅力的な
表情をしている。そう、顔はいいのだ。リュックから見えていたそ
のままの面持ちなのだから。問題はその下だ。
﹁⋮⋮で、でか過ぎじゃないですかね?﹂
1894
思わず心の声が漏れてしまったフーバーの額から嫌な汗が流れる。
ゲオルギウスの顔から下、所謂ボディに当たる部分。色合いは熊ら
しく栗毛色で統一されている。それはいい。しかしサイズが問題だ。
有名テーマパークのキャラクターグッズ店で販売されている最大サ
イズよりも遥かに大きなそれは、下手をすれば凶暴凶悪な大型の熊
型モンスターに匹敵し、フーバーが見上げる程に巨大。長く伸びた
両腕の先には鋭利な漆黒の剛爪が施され、可愛らしい表情とのギャ
ップが凄まじい。そしてその肩には満足気なシュトラが腰掛けてい
る。
﹁可愛いでしょ? エフィルさんに作ってもらったのよ﹂
﹁は、はい。とても可愛い、ですね⋮⋮ っていやいやいや、いく
らなんでも自立するヌイグルミはやり過ぎでしょ! 霊の魂でも入
ってるんですか!?﹂
﹁何いってるの? 別にこの子が自動で動いている訳じゃないわよ
?﹂
﹁へ?﹂
キョトンとするシュトラに釣られ、フーバーもポカンとしてしま
う。
﹁⋮⋮やっぱりマイナーなスキルだから知らないのかしら? そう
よね、ちょっとしたお芝居にしか使われてこなかったものだし⋮⋮﹂
﹁あの、シュトラ様?﹂
ブツブツと自答自問をし始めたシュトラ。やや当てが外れたよう
な様子だ。
﹁あ、ごめんなさい。詰まりね、こういうことなの﹂
1895
手の甲を見せるようにして軽く腕を掲げるシュトラ。よくよく見
ると、全ての指に何かが嵌められている。次いでシュトラが指を大
袈裟に動かすと、ゲオルギウスが腕を振り上げた。
﹁⋮⋮操り人形、ですか?﹂
﹁そ、正解よ。考えに考えたんだけど、私、スキルで﹃操糸術﹄を
習得したの。非力な私でもこれならお兄ちゃんやリオンちゃんの役
に立てると思うから﹂
体を左右に揺らしながら、機嫌良さそうに説明するシュトラ。ど
うやらこのゲオルギウスが相当お気に入りらしい。
﹁確かにインパクトはありましたが⋮⋮ 実践はお試しになったの
ですか?﹂
﹁それを試す為の模擬試合って言ったでしょ。でもリオンちゃんの
お墨付きよ。 ⋮⋮そろそろ試していい?﹂
︱︱︱ズッ!
シュトラが聞くと同時に、フーバーは全力でゲオルギウスの懐に
入り込んでいた。卑怯と言えばそれまでだが、一応は試合は始まっ
ているのだ。恥も外聞もない。アズグラッドの下で厳しい鍛錬を積
カタラクトランス
んで来た彼女だからこそ、先制を取らなければ不味いと感じたのか
もしれない。既に大滝の槍はその力を発揮させており、布の弱点で
あろう水を帯びた槍先がゲオルギウスに突き刺さっていた。
﹁油断大敵ですよ、シュトラ様!﹂
﹁貴女もね﹂
﹁︱︱︱!?﹂
1896
咄嗟に距離を取ったのはフーバーだった。直前までにフーバーが
立っていた床にはゲオルギウスの腕が沈み込み、周囲には激しい亀
裂が走っている。ちなみにこの床、辺りの修練場と同じくアダマン
ト鉱石製である。対してフーバーが放った槍によるダメージは皆無。
ゲオルギウスは全くの無傷であった。
︵死ぬっ、まともに受けたら死にますって! それに何ですか、あ
のヌイグルミの布! 水分で濡れてる筈なのに、槍の貫通を拒むよ
うに凄い伸びましたよ!?︶
フーバー怒涛の愚痴。しかしそれも尤もな話だ。軽い気持ちで受
けたお遊びが、生死を賭けた戦いに成り代わっているのだから。実
を言えばフーバーやシュトラが本当にピンチになった場合、外野か
らアンジェが助けに入る手筈になっているのだが、今のところフー
バーの耳には入っていない話である。
﹁師匠、あれはどう対処すればいいの?﹂
何気ないリュカの質問。刹那、フーバーは耳を大きくして盗み聞
きに全力を注ぐ。この答えに活路を見出せるかもしれないのだ。
﹁うーん⋮⋮ 取り合えず、首を斬り落とす?﹂
﹁えー、可哀想だよー﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
しかし世の中とは無常なもので、フーバーに役立つ情報は毛頭な
かった。それができれば苦労しない。胴を貫くこともできないのに、
あんな高い位置にある首を斬り落とすとなれば、難度は更に跳ね上
がる。
1897
﹁リオンちゃんはあの熊さんを知ってるの?﹂
﹁えっとね、ゲオルギウスはシュトラちゃんのヌイグルミを参考に、
エフィルねえに作ってもらった完全オーダーメイド熊なんだよ。一
見ただの布製なその体もS級防具に匹敵する耐久性・耐水性を持っ
てるんだ。腕先にはケルにいが加工して強化した邪竜の爪を縫い付
けて、攻撃力の向上を図ってたり﹂
﹁わ、ご主人様とメイド長の合作なんだ!﹂
﹁なるほどねー。そりゃ強いに決まってるよ﹂
﹁ケルにいにはまだ秘密にしてるんだけどね。でもシュトラちゃん
と一緒にお願いしたら、直ぐ作ってくれたんだー﹂
えへへ、と顔を綻ばせるリオン。一方で聞けば聞くほどに勝利が
遠ざかっているフーバーは︱︱︱
︵何してくれてんですか、あのシスコンご主人っ! いえ、シュト
ラ様が喜ぶのは良いですけどっ!︶
心の声が炸裂していた。最早シュトラは狙わないという枷を自身
に課している場合ではない。気絶させる程度の威力で、遠距離から
の攻撃で対応する。
カタラクトランス
﹁射抜け。大滝の槍!﹂
カタラクトランス
大滝の槍から放出される水で、フーバーが生み出せる最大量の水
槍を生成。そして間髪を入れずに一気に解き放つ。狙いはもちろん
ゲオルギウスの肩、シュトラである。
﹁やあ!﹂
1898
可憐な叫びと共に真横に振るわれたシュトラの右手。何か来るか、
そう考えてゲオルギウスを注視するも、ヌイグルミに動きは見られ
ない。だが︱︱︱
﹁なあっ!?﹂
刹那、フーバーが放った水槍が一様に弾け飛び、幻であったかの
ように掻き消されてしまったのだ。
﹁それでね、シュトラちゃんが指に嵌めてる操り糸も特別製でね、
メルねえにお願いして作ってもらったものなんだ。魔力で操り糸を
生み出すマジックアイテムって言えばいいかな? 糸を切ろうとし
ても元が魔力だから断ち切れないし、操作範囲も自由自在。篭める
魔力を増やせば、今みたいに自分の糸で攻撃することも可能なんだ
って﹂
﹁わあ、当家の作り手総出じゃない⋮⋮!﹂
感嘆するアンジェとリュカ。リオンのありがたい解説によれば、
今のはシュトラが操る糸を攻撃に転化させたものらしい。となれば
シュトラはヌイグルミを操りつつ、自分でも攻撃を仕掛けることが
可能となる。しかも糸が見えない。
︵清掃担当箇所、3倍かぁ⋮⋮ 当分サボれないな⋮⋮︶
フーバーはある種の覚悟を決め、エフィルとの激戦を思い起こし
ながら特攻をかけるのであった。 ︱︱︱ここでの勝敗は記述しな
いが、その日のおやつもいつもながら絶品だったとされる。
1899
第257話 続・修羅場
︱︱︱パーズ冒険者ギルド・受付カウンター
場所は冒険者ギルドへと移り変わり、シュトラとフーバーの模擬
試合開始時より時を一時間ほど遡る。ギルドの中は異様な雰囲気を
醸し出していた。片や、ギルドに勤める同僚職員の女子達に囲まれ
ながら祝福の言葉を投げ掛けられるアンジェ。片や、B級以下と言
えど外見は屈強そのものな同業者に囲まれ威圧されるケルヴィン。
幸せの絶頂と苦境の極地が相交わっているのだ。今この時にギルド
に入って来た者がいれば、何事かと後ずさりしてしまうだろう。そ
してどちらかの仲間に加わることだろう。
﹁旦那ぁ⋮⋮ これは一体、どういうことですかい!?﹂
﹁いや、その⋮⋮ なあ?﹂
﹁なあ、じゃなく!﹂
殺気立つ集団の先頭に立った男が受付カウンターを指差す。その
先には幸せそうなアンジェの姿がある訳で︱︱︱ 言うならば、ケ
ルヴィンが覚悟していたアンジェファンクラブとの修羅場の真っ最
中なのだ。
この時に備え、ケルヴィンはアンジェとの綿密な打ち合わせをし
てきた。奴隷になったという素性は隠し、オブラートに、相手を極
力刺激しないようにと再三確認してきたのだ。
やることはやった。後は最悪、俺が殴られるだけだ! と、啖呵
を切って報告しに来たまでは良かったのだが、直後にアンジェはギ
1900
ルド内の女性陣に連れ去られ、悉く情報を曝け出されてしまう。女
性に恋愛話が絡むと何が起こるか分からない。そのような教訓を得
たケルヴィンであったが、時既に遅し。飛躍してしまった結婚情報
は一瞬にしてギルド中に出回り、現在の状況が構築される。それで
も、アンジェが最後まで奴隷に関わることを話さなかったのは不幸
中の幸いだった。
﹁あらあら、まあまあ﹂
助けを新ギルド長のミストに求めようと一瞬考えるも、瞬時に却
下される。今の彼女は単なる色恋沙汰に興味津々な近所のご婦人だ。
職員と一緒になってアンジェを質問責めにしている。
﹁ううっ⋮⋮ アンジェちゃんの想い人は知っていたけど、知って
いたけど!﹂
﹁エフィルちゃんだけでは飽き足らず、我らの女神にまで手を出す
とは⋮⋮!﹂
﹁ま、まさか、妹にまで⋮⋮!?﹂
ファン
ケルヴィンが予想外だったことは他にもある。パーズに所属する
独身冒険者の殆どがアンジェの信者であったことだ。四方八方に敵
がいると思っていい。先頭に立つ男など、ウルドが率いるマッチョ
なB級冒険者パーティの一員である。尤も、そのパーティでの妻帯
者はウルドのみであるから、別段おかしなことではない。後ろの方
に残りの2人がいてもおかしなことではないのだ。ないのだ⋮⋮
﹁だからさ、俺たちは健全なお付き合いをだな︱︱︱﹂
﹁健全!? 健全ですかい!?﹂
﹁旦那ぁ、知ってるんですぜ? ここ暫くの間、旦那とアンジェち
ゃんが一緒に! ⋮⋮旅行してたってことを﹂
1901
﹁くっそぉ⋮⋮! それのどこが健全なんだぁ! 絶対に一線越え
てるじゃねぇか!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
ケルヴィンが頭を抱え始める。一体その情報をどこから仕入れて
いるのか、半分ストーカー紛いじゃないのかと。加えて、確かにケ
ファン
ルヴィンはアンジェと一緒に寝ることはある。しかし、それはまだ
添い寝程度のもので、信者が考えているような桃色な出来事など起
こっていないのだ。
﹁ねえねえ、実際どこまで行ったのよ? どうやって落としたの?﹂
﹁ま、まだ何にもしてないよ! 普通に告白しただけ!︵1回首を
落としはしたけど︶﹂
﹁えー、嘘でしょ?﹂
﹁本当に!﹂
︱︱︱といった恋バナに花を咲かせる会話が隣で成されているの
だが、情緒不安定な男達の耳には届いていないようだ。例え届いて
いたとしても、変に勘ぐって余計拗れてしまうのだろうが。
﹁なぜかアンジェちゃんに対してだけは朴念仁だったから、もしか
したらチャンスがあると思っていたのに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
朴念仁ではない。ちょっと勘違いしていただけだ。と言い返した
いケルヴィンであったが、ぐっと我慢し口を閉じる。なぜなら、ケ
ルヴィンとアンジェの馴れ初めを素直に説明したとしても、とても
ではないが彼らが理解することのできない範疇にあるからだ。何せ
意中の首が欲しかった恋する暗殺者と、その素質を見出し全力で戦
いたかった戦闘狂の混迷した恋愛感情である。常人には手が出せな
1902
いし、堕するべきではないのだ。
この状況下で今できるのは余計な言い訳などせず、アンジェを大
切にすると真摯に伝えること。それで殴られ蹴られ、信頼が地に落
ちたとしても、腹をくくる。アンジェを娶るとはそういうことだ。
そう自分に言い聞かせ、ケルヴィンは意を決して想いを発しようと
した。
﹁︱︱︱だからよぉ、旦那。アンジェちゃんを、よろしく頼むぜ?﹂
﹁えっ?﹂
突然のことにケルヴィンは呆気に取られる。
﹁ハァ、そうだな⋮⋮ 俺らの願いはアンジェちゃんに幸せになっ
てもらうことだ。例えそれを叶えるのが誰であっても最後は恨みっ
こなし! ⋮⋮それが暗黙のルールだったな﹂
﹁ああ、言いたいことも粗方言ったし、スッキリしたってもんだ!﹂
﹁そうだな。これで未練もない︱︱︱ あれ、変だな。勝手に涙が
出やがる⋮⋮﹂
﹁だぁ! お前って奴はまったく!﹂
﹁ケルヴィンの旦那なら、俺たちの誰よりも安心してアンジェちゃ
んを任せられる。これ以上のことはねぇよ﹂
それを皮切りにして次々と意見が反転していく。肩に手を置かれ、
時には背を叩かれ、握手をされ、やり方は人それぞれであったが、
兎も角そうなったのだ。男達は一様に憑き物が落ちたような、気分
が晴れ渡った表情だ。
﹁皆⋮⋮﹂
1903
柄にもなくケルヴィンも胸にくるものがあったようだ。幾度かの
交渉の末、娘との婚約が許された際の彼氏と相手の父親のような心
境に近いものがある。ここまで来れば、後は自分の気持ちを曝け出
すしかない。
﹁俺、絶対にアンジェを幸せに︱︱︱﹂
世の中とはよく出来ているものである。この瞬間のタイミングな
ど完璧であった。
﹁あれっ? アンジェ、そのスカーフも贈り物?﹂
﹁わぁ、これとっても高価なものなんじゃ⋮⋮﹂
﹁あ、それに触っちゃ︱︱︱﹂
ハラリと落ちるアンジェの首に巻かれていたスカーフ。次いで露
になったのは、奴隷であることを示す従属の首輪。咄嗟にアンジェ
が大きな声を上げた為に、ギルド中から注目の的となってしまった。
﹁アンジェ、それって⋮⋮﹂
﹁え、えへへ。私、ケルヴィンの奴隷になっちゃった。あ、でも私
は幸せだからね! 勘違いしないでよね!﹂
また何とも形容しがたい台詞である。申し訳なさそうにケルヴィ
ンに視線を送るアンジェ。しかしその視線は男共にも届いている訳
で。誤解だよ、誤解なんだよーとケルヴィンが振り向く。チラリと
見えたギルドの外。先ほどまでの晴れ渡った天気は見えず、どんよ
りとした雲がかかって局地的な悪天候になろうとしていた。
﹁⋮⋮おい﹂
﹁ケルヴィン、裏で詳しく話を聞こうか﹂
1904
﹁一発殴らせろ﹂
﹁悪い、俺の愛剣を持ってきてくれるか?﹂
これより一時間後、屋敷の庭園にて仕事に励んでいたダハクは妙
に落ち込んだ様子のケルヴィンを見たという。世の中とは本当に上
手く出来ているものだ。
1905
第258話 セルシウス家の紋章
︱︱︱ケルヴィン邸・地下部屋
冒険者ギルドから屋敷へ戻った俺は、修練場に向かったアンジェ
と一旦別れ、新たな武具の作成の為に地下の作業部屋へとやって来
た。部屋には一足先に私服のセラがおり、作りかけのゴーレムの素
体を弄りながら待っていたようだ。
﹁いっつ⋮⋮ あいつら、好き放題やりやがって⋮⋮﹂
﹁痛いって、ケルヴィン無傷じゃない﹂
﹁心が痛いんだよ﹂
こっちがS級冒険者だからと全員が容赦なしの全力攻撃だ。まあ
正面からもろに食らってもダメージはない等しいが、親しい奴らに
殺意や恨み辛みを向けられると、こう⋮⋮ なあ? なかなかにく
るものがある。その分、事の後は溜飲を下げて﹁幸せにしろよ!﹂
と檄を飛ばしてくれたのだが。
﹃あなた様が信頼されている証拠ですよ﹄
俺とセラに念話を飛ばすと同時に、魔力体から実体となってメル
フィーナが独断で召喚される。お前、ずっと言葉を発しないから寝
ているのかと思ったぞ。 ︱︱︱覗き見ですか。
﹁メル、ずっと俺の魔力の中から見てただろ?﹂
﹁ええ、あなた様に危険があっては大変だと思いまして。思い過ご
しであったようで安心致しました﹂
1906
﹁⋮⋮楽しんでない?﹂
﹁半分正解です﹂
人の修羅場を何だと思っているんだ、おい。
﹁そんな顔をなさらないでください。半分は本当に心配していたの
ですから﹂
﹁で、残りの半分は何だっけ?﹂
﹁頗る楽しんでおりました♪﹂
ここ最近一番の笑顔である。何だかな、デラミスに赴く前にスト
レスを発散しようって魂胆だろうか? ︱︱︱なら許そう。あの際
のメルフィーナの心労は半端ないからな。
﹁メル、その辺にしなさいよ。ケルヴィンが落ち込んでしまうわ﹂
﹁そうですね、失礼しました。あなた様、彼らが向かって来たのは
真にあなた様を信頼しているからです。先ほどの私の言葉に嘘はあ
りません。普通、S級冒険者なんて人外は国家からも危険視される
ものです。そんなあなた様を相手に彼らは本気でぶつかってきまし
た。S級冒険者で戦馬鹿であるあなた様をですよ? これを信頼と
称さず何と申しましょうか。あなた様の頭なんてほぼ己の欲求でし
かないのですから、複雑に考えなくても良いのです﹂
﹁⋮⋮そんなもんか?﹂
﹁そんなものです﹂
信頼があるから本気でぶつかる、か。最後のあいつらの反応を考
えれば、確かにそうなんだよな。今まで築いてきたものが無駄でな
かったことを知り、俺は安堵する。その様子を見ていたメルフィー
ナは溜息をひとつ。
1907
﹁あなた様、今日でこの体たらくでは、いざ本番の修羅場となった
時に生き残れませんよ?﹂
﹁⋮⋮一応聞くが、本番って?﹂
﹁聞きたいのですか?﹂
分かっている癖にぃ、と裏のありそうな微笑を浮かべるメルフィ
ーナは絵になるが、今ばかりは少し怖い。
﹁いや、やっぱりいい⋮⋮﹂
そんな状況になっては俺どころか国単位で危ない。仮に起こって
しまえば、未曾有の大惨事に至ること請け合いである。幸いにも皆
は今の状況を好意的に捉えてくれている。実に幸せなことだ。
﹁話は纏まったかしら? さ、そろそろ作業に移りましょうか! デラミスに向かうまでに装備を仕上げるんでしょ?﹂
バッとセラが白衣と伊達眼鏡を纏う。練習したんだろうか? や
たらとスタイリッシュな着方だ。
﹁そうだったな。大盾の補強方法も考え終えたことだし、今日はそ
こから︱︱︱ メル、その手に持っているのは?﹂
テーブル上の図面を見ようとした直前、メルフィーナの手に道具
箱が握られていることに気がついた。あれは確か、メルフィーナが
装飾装備を作る際に用いていたものだ。
﹁私もお手伝いしようと思いまして。紋章、施すのでしょう?﹂
﹁いいのか?﹂
﹁もちろんです。装備に紋章を施すとなれば、﹃装飾細工﹄技能を
1908
持つ私の力が適任でしょうし﹂
﹁悪い、助かるよ﹂
ここで述べた紋章とは、日本で言うところの家紋のようなものだ。
ガウンでの命名式後、正式にファミリーネームであるセルシウスを
得たことで、セルシウス家の象徴となる紋章を作ろう! と旅行の
最中に話が進んだのが事の始まりである。
デザイン担当は最近になって﹃絵画﹄スキルを会得したリオン。
転生する以前から絵を描くことが多かったらしく、スキルがなくと
も俺より数段絵の上手いリオンであったが、S級にまでランクアッ
プさせた﹃絵画﹄を得てからは、それまでとは次元が異なるまでに
上達した。手法も問わず水彩画・水墨画・油彩画と何でもござれ。
芸術の﹃げ﹄の字も理解できない俺にはいまいち飲み込めない世界
の話ではあるが、流石に漫画風に描かれては無知な俺でもその凄さ
が分かってしまう。だってさ、どんな画風も参考資料のひとつもな
しに書いてしまうんだ。どう見たって14歳の絵じゃない。
そんなリオン先生に描いてもらうセルシウス家の紋章だが、どの
ようなものにするかは結構議論したし、意見が分かれた。この世界
の紋章は竜などの強力なモンスターで力強さを、騎士に縁のある剣
や盾で荘厳さを表したりと、実に様々な種類の紋章が存在する。地
域だとトラージは花に、ガウンでは牙や爪などに関連したものが多
いかな。要するに、意味さえ篭めてしまえば何でも許されるんだ。
だからこそ決定するまで大変だった。
セルシウスブライア
最後まで残ったひとつが、俺が出した案であるメルフィーナのS
級青魔法︻氷女帝の荊︼のセルシウスから取って、蒼い荊をデッサ
ン元にしてはどうかと言うもの。これには植物大好きベジタブ竜の
ダハクと前々から賛同してくれているメルフィーナ、更にはエフィ
1909
ルが賛成してくれた。
その対案となったのがセラとリオンの案、死神である。俺の二つ
名を採用してくれる気持ちは嬉しいのだが、家の象徴にそれはどう
よと思ってしまう。
﹃悪魔の間ではそういう紋章が一般的だから! 髑髏とかギロチン
とか黒猫とか!﹄
などと力説されても困ってしまう。どれも不吉な象徴じゃないか
と。海賊旗を作る訳じゃないんだ。しかし何を間違ってときめいて
しまったのか、この案にアンジェが賛同してしまった。暗殺者の血
がそうさせたのかは不明だが、兎も角賛同してしまったのだ。
これで投票数は3対3、皆の視線は残りの投票者であるジェラー
ルに注がれる。ジェラールは考えに考え抜き、組んだ腕を下ろして
静かにこう言い放った。
﹃⋮⋮孫を、こう孫に囲まれる爺やを描いた温かな紋章が︱︱︱﹄
﹃はい、それでは残った2つの案を組み合わせた紋章にしまーす﹄
﹃﹃﹃﹃﹃賛成﹄﹄﹄﹄﹄
そうして決定されたのが蒼き荊を纏う死神である。とは言っても
リオンのセンスでかなり抽象化されているので、そう言われて﹁あ
あ、確かに﹂と感じる程度の代物に仕上がった。どのようなものか
はご想像にお任せする。
で、この紋章は命名式の後に各地の冒険者ギルドから発行される
﹃冒険者名鑑﹄にも載せて貰っている。理由はS級冒険者である名
声を利用して、面倒な争い事を避ける為だ。いや、争い事自体は好
1910
ましいんだけど、トランセンの豚王子や酒場でナグアに絡まれた時
のような面倒事はもう御免なんだよ。戦闘用の武具のどこかに紋章
を施しておけば、余程の馬鹿でもない限りはそんな真似はしてこな
い。その上で戦いを仕掛けてくる輩であれば大歓迎︱︱︱ あ、で
も豚王子やナグアは御構い無しに絡んできそうな気もしないでもな
いような⋮⋮ まあ私服にまでは付ける気はないから、そこまで狙
ってやってる訳でもない。ぶっちゃけ前述は建前で、リオンの﹁格
アロンダイト
クイーンズテラー
好良いから!﹂という声が一番の理由だ。よっぽど気に入ったんだ
な。
クイーンズテラー
﹁あ、メル。私のは黒金の魔人と狂女帝の両方に付けてね!﹂
﹁狂女帝はエフィルにお願いしてくださいね﹂
ああ、ここにも気に入った奴がいた。
1911
第259話 聖地までの道のり
︱︱︱ケルヴィン邸
あれから1週間が経過し、デラミスへ出発する日となった。装備
の新調作業も何とか期間中に終えることができたし、概ね予定通り
の進歩状況と言えるだろう。神の使徒の方も動きがなく、本当に平
和な日々といった感じだったな。ああ、そうそう。昨日リオンとシ
ュトラの秘密特訓の成果を見せたもらったのだが、かなり驚いた。
ヌイグルミを武器にするなんて発想は俺にはなかったし、あの﹃操
糸術﹄を応用すれば実に多彩な戦術をシュトラひとりで実行するこ
とができるからだ。試しにとやってもらったのだが、俺のゴーレム
もシュトラの意思で動かすことが可能だった。慣れていけば操作で
きる絶対数も増えていくことだろうし、将来が楽しみだ。
﹁シュトラ様、ハンカチはお持ちになりましたか?﹂
﹁持ったもん﹂
﹁夜、寝るときに抱きしめる用のヌイグルミは?﹂
﹁もう、2人とも心配性ね。持ったわよ﹂
見送りのロザリアとフーバーが忘れ物がないかチェックするのに
対し、シュトラはやや不満気だ。まあそんな顔するなよ。保護者は
何かと世話を焼きたがるものなんだから。
﹁護衛の私たちも付いて行かなくて大丈夫でしょうか?﹂
﹁ご主人様方がご一緒であれば問題ありませんよ。それに、シュト
ラ様はフーバーよりお強いですし﹂
﹁それは言わないでください⋮⋮ 護衛としての立場が⋮⋮﹂
1912
⋮⋮何があったのかは知らないが、ここ最近のフーバーはとても
働き者だ。以前のようにサボることもないし、いつもの3倍は働い
ているんじゃないかな。鬼気迫る雰囲気なのが気になるが。
﹁それでは留守の間、屋敷を任せます。何かあれば冒険者ギルドの
ミストギルド長に連絡してください﹂
﹁承知しました﹂
﹁メイド長もご主人様をよろしくね∼﹂
エフィルは屋敷に残るエリィ、リュカと業務の最終確認中。パコ
ンとエリィに頭を叩かれているリュカも見た目は心配になってしま
うが、やることはちゃんとやっているので大丈夫だろう。必要かど
うか不明なアンジェ直伝の暗殺術にも磨きがかかっていることだし。
﹁じゃ、そろそろ出発するよ。行ってきます﹂
﹁﹁﹁﹁行ってらっしゃいませ︵∼︶﹂﹂﹂﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ガラガラガラ。
自然と耳に入ってくるのは馬車の車輪音。馬車に乗るなんて何時
振りだろう。確か、トラージに行った時以来か。あれからは自分の
足で走った方が速かったからな。まあ、たまにはゆったりとした旅
も悪くはない。前の馬車よりもしっかりとした作りだし、揺れも僅
かなものだ。
1913
﹁今回は転移門じゃなかったのね!﹂
﹁セラお姉ちゃん、はしゃぎ過ぎよ。騎士様もいるんだから、もっ
と淑女の振る舞いをしないと﹂
セラが窓の外を覗きながら話す様を見て、シュトラが貴族たらん
と精一杯の振る舞いをしている。前のようにキャーキャー騒ぐ程に
ないにしろ、景色を見るだけで楽しいものは楽しいと感じるセラだ。
偽装の髪留めで隠された尻尾が見えていたなら、きっと愉快に揺ら
していたことだろう。たぶん俺しか知らないだろうが、基本感情が
犬と同じように尻尾に現れるからな。
﹁デラミス行きの認可をまだ貰っていないからな。コレットの伝手
で運が良ければ向こうで貰えるかもしれないけど﹂
﹁いやー、それにしてもこの待遇には僕も驚いたよ。ね、アレック
ス?﹂
﹃クゥーン⋮⋮︵出迎え、豪華だったよね⋮⋮︶﹄
リオンと影の中のアレックスは居心地が悪そうだ。これには俺も
同意したい。俺たちは今、デラミスに向かう道中にいる。しかし、
俺にとっても予定外な出来事があったのだ。それは︱︱︱
﹁押し掛けるようなことをして申し訳ありません。巫女様がどうし
てもと押し切ってしまいまして⋮⋮﹂
﹁いえ、心中お察しします﹂
﹁⋮⋮ありがたい﹂
窓外に映るのは俺たちが乗る馬車と平行して走る白馬、跨るデラ
ミス聖騎士団のクリフ団長。どうやらコレットは俺がデラミスに向
かう日を察知していたらしく、出迎えにと聖騎士の皆さん、そして
1914
この立派な銀作りの馬車をいくつか寄越してくれたようなのだ。騎
士団を他国に向かわせるのもただじゃないだろうに。俺の乗る馬車
にはセラとリオン、シュトラが、後に続く馬車にも同様に他の皆が
乗っており、その周囲を聖騎士団が警護しながら並走している。時
々すれ違う行商人などは何事かと凝視してくる。無理もないよな。
パレードみたいなものだもん、これ⋮⋮ メルフィーナはパーズの
入り口前で待つこの集団を見た瞬間に卒倒しそうになっていた。
﹁デラミスまでは多くの関所がありますが、我々が随伴しています
ので問題なく抜けられます。通常であれば一日がかりで足止めを食
らう場合もあるんですよ。ですから、ええと⋮⋮﹂
﹁許可証がなければ竜に乗って飛び越える訳にもいきませんからね。
大丈夫ですよ。コレットには感謝しています﹂
さっきから気を遣ってか、クリフ団長が遠まわしに謝ってくれて
いるのも居心地の悪い原因のひとつだ。だが、結果的にこの方法が
一番早くデラミスに到着するのは間違いない。トライセンの時のよ
うに不法侵入する意味もないんだ。ああ、コレットにはメルフィー
ナも感謝してるさ。何だかんだで助けられる場面も多かったんだ。
ただ、本人を目の前にして感謝の言葉を投げ掛けるのには勇気を要
する。意味は分かるだろ? できればシュトラに見せたくないんだ。
﹁ねえ、デラミスまではどれ位かかるの?﹂
﹁そうですね。野営を避けて関所で休憩を挟むとして︱︱︱ 5日
といったところでしょうか﹂
﹁ふーん、結構かかるのね﹂
﹁ペガサスであれば更に早く到着しますが、あれは頭数が少なく、
早々気軽に使えるものではありませんので⋮⋮﹂
﹁馬車を引かせるには勿体無いくらいの立派な駿馬じゃないですか。
十分過ぎますよ﹂
1915
たち
こ
﹁うんうん。訓練された軍馬って感じだし、素直でとってもいい馬
達だと思うよ﹂
﹁いやはや、お恥ずかしい﹂
リオンに褒められ、自分のことのように嬉しそうにするクリフ団
長。調教したのが団長の部下だったのかは分からないが、動物と会
話するレベルで心を通じさせることのできるリオンの言葉だ。本当
に素晴らしい仕上がりの馬なんだろう。だから早く到着できるよう
是非とも頑張ってほしい。
暇を持て余すのも何だし、神皇国デラミスについて少し復習しよ
うか。デラミスはリンネ教団と呼ばれる世界最大の宗教組織で成り
立っている。クリフ団長が率いるこの聖騎士団も広義的には教団の
所属となるだろう。デラミスは転生神メルフィーナを崇拝する教団
の聖地でもあり、古くから勇者を召喚することができる神聖な場所
とされてきた。国と教団のトップとなるのが教皇、その下に枢機卿、
大司教︱︱︱ と貴族社会並みの階級制度が存在する。ちなみにデ
ラミスの巫女であるコレットは特別な位にいるらしく、教皇に次ぐ
権力者なのだ。教皇より下、枢機卿より上って感じかな。クリフ団
長は⋮⋮ どうなんだろうか?
﹁失礼ですが、クリフ団長のような聖騎士の皆さんも司教などの位
を持っているんですか?﹂
﹁我々聖騎士団は教団とはまた異なる身分を授かっています。まあ
区分けはしていますが、団長の私で大司教と同じくらいだとお思い
ください﹂
﹁なるほど﹂
武官と文官の違いみたいなもんかね。聖地と謳われるデラミスも
一筋縄じゃないってことか。
1916
﹁お兄ちゃん、御本を読んでくださる?﹂
シュトラよ、君そんな言葉使いしてたっけ? 無理しなくて良い
んだよ。醜態を晒すことは恥ではないんだ。シュトラの親友が言っ
てたから間違いない。
﹁あ、僕も読む!﹂
リオンも一緒になってクロトの﹃保管﹄から自分の本を持って来
た。そして当然のように俺の胡坐の上に乗る2人。この姿はジェラ
ールには見せられないな。あと、そこで羨ましそうに視線を送って
くるセラ。流石に今は不味いから止めてくれ。
﹁はいはい。まあ時間はあるからな。で、何の本だ?﹂
2人がそれぞれ持つ本を高らかと掲げる。
﹁近代美術︻西大陸名作編︼!﹂
﹁指導者の為の帝王学!﹂
﹁ごめん、絵本とかないの?﹂
妹が優秀過ぎるのも考え物だ。
1917
第260話 神皇国デラミス
︱︱︱デラミス
一言で表すなら、それは真っ白な街だった。街々を守護する城壁
も、人々が住まう、または商う建造物も、舗道の敷石も︱︱︱ 何
もかもが淀みのない白なのだ。余りに白なので木々や植物の緑や噴
水の青がとても映える。ただひとつ、広大な街の中心区の高台に聳
える宮殿のような建物だけは煌びやかな銀の光を放っていた。
﹁ケルヴィンさん方は、デミラスを訪れるのは初めてですか?﹂
﹁ええ、実は⋮⋮ しかし驚きました。見事に白いですね﹂
﹁デラミスの昔からの風習でして、建物や道の類に魔法を強化する
力を持つ素材を使っているのです。この場所は外周部分ですから、
その効力も僅かなもの。しかしながら、街の中心に近づけば近づく
程に効力も強まります﹂
魔法を強化する素材か。鑑定眼で確認するに石材の一種だな。単
体での効果は僅かなものだが、塵も積もれば何とやら。不足分は数
で補い、石材そのものが頑丈であるので建造物にも適している。お
そらくは大昔に建造されたものなんだろうが、クリフ団長が言う魔
法強化は今も街全体で機能しているようだ。効果は薄いが半永久的
な持続力を持つ魔力宝石、といったところだろうか。
﹁あの銀色の建物が、その力が最も強くなる中心地、ですか?﹂
﹁ご名答。あの場所こそがデラミスの聖地、コレット様が今も祈り
を捧げられている﹃デラミス大聖堂﹄なのです! ⋮⋮というのが
観光名所としての決め文句ですね。実際今の時間ですと信者の方々
1918
で溢れかえっておりますので、大聖堂には代役の者を立て、コレッ
ト様自身は机で書類と戦っている筈ですよ﹂
﹁そうですよね、危ないですもんね﹂
同調しつつ、それって影武者みたいなものなんじゃ。と心の片隅
で思ってみる。まあ勇者を召喚することができる巫女様をおいそれ
と信者の前に出すってのもな。しかし、あの銀色も何か意味がある
のかね? ここからじゃ俺の鑑定眼の範囲外だ。
﹃街を造り上げる純白の石材が魔力を増幅する力を持つとするなら、
大聖堂の銀鉱石はその力を収束する特質を持ちます。ですから中心
地に向かうにつれ、その効力も高まる仕組みになっている訳です。
巫女が優秀な勇者を召喚する為の知恵ですね﹄
﹃はぁー、なるほどな﹄
以上、メルフィーナ先生の臨時講義。確かに、流石は大昔から数
多くの勇者を輩出してきた総本山だけのことはある。ん、待てよ?
ってことはだ、刀哉や刹那はあそこでコレットに召喚されたのか。
日本から、この異世界に。俺と同様にさぞ混乱したことだろうな。
こっちは記憶もないけどさ。
﹁それにしてもさ、ケルにい⋮⋮﹂
﹁言うな、分かってる⋮⋮﹂
現在我々はデラミスの街中を相も変わらず馬車で突き進んでいる
のだが、非常に気が気でない思いをしていた。なぜって? そりゃ
あ︱︱︱
﹁ねえねえ。皆こっちを見てるけど、何でかしら? 手でも振る?﹂
﹁止めときなさい﹂
1919
︱︱︱道行く人々が足を止め、その場で座り込み、めっちゃ拝ん
でくるのだ。それはもう、平伏する勢いで。おい、これメルフィー
ナのことバレてないよな?
﹁本来、この馬車は枢機卿以上の方々が使用するものですからね。
デラミスでは位が高まればより徳のある聖人に近づくとされていま
して、それが列を成して宮殿に向かっているのです。リンネ教の信
者としては、礼拝せずにはいられないんでしょう。慣れないでしょ
うが、宮殿に到着するまでの少しの間、我慢して頂ければ⋮⋮﹂
リオン
聖人なら俺の膝の上にもいるんですが⋮⋮ しかしながら、思っ
ていたよりもこの国はやばいかもしれない。街に入ったばかりのこ
の序盤で、まさかここまで先行きを不安にさせるとは。
﹁宮殿には裏門から入ります。そちらからなら巡礼の信者もおりま
せん﹂
そんな俺の危惧を知ってか知らないでか、クリフ団長は一も二も
なく先導するのであった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱デラミス宮殿
街中に入ってからも暫くの時を馬車は走る。このデラミスの首都
がどれだけ広大な街なのか、座ってるだけでも身に染みてしまう。
1920
疲れを知らぬセラが目を輝かせる中、やがて馬車は白で舗装された
坂を上り、純白で巨大な宮殿の前へと到着した。先ほど遠目に見え
ていた銀の神殿も宮殿に囲まれる形で眼前に聳えている。
﹁皆さん、お疲れ様でした﹂
﹁いえ、送迎までして頂いてありがとうございました﹂
馬車から降りて、できる限りの笑顔を作りクリフ団長と聖騎士達
に礼を言う。座りっぱなしで疲れたのもあるが、主にメンタルを試
される旅路だったな。上手く笑えているか分からない。
さて、ここに向かう道中のクリフ団長の言葉の通り、周囲には一
般の信者らしき姿は見えない。その代わりに、いかにも身分の高そ
うな僧侶達が宮殿の前に並んで俺たちを待っていた。合わせて男女
5名、年齢は疎らだ。皆白を基調とした祭服を身に纏い、右手に権
杖を携えている。服装の違いと言えば、肩掛けのストールの色が異
なるくらいだろう。赤・青・緑・黄・紫と、ここだけは色とりどり
である。
﹁ボソボソ︵デラミスに滞在する枢機卿の皆様です。一同に会する
のは滅多にない筈なのですが、是非とも自ら出迎えたいとのことで
⋮⋮︶﹂
クリフ団長が耳打ちでこっそりと教えてくれた。 ︱︱︱おいお
い、枢機卿ってコレットを除けば教皇の次に偉い人達じゃないか。
何でそんな人達が俺らの出迎えにいるんだよ。﹃胆力﹄スキルでこ
こでも表情を崩さぬよう努め、意思疎通で全員に注意を促しておく。
失礼のないよう、されど用心しろと。
﹁ケルヴィン様方、ようこそおいでくださいました。私はマルセル・
1921
ゴッテスと申します。勇者様と共に魔王を打ち倒し、教皇章、聖女
章と名誉ある勲章を賜った貴方様方にお会いする事ができ、大変嬉
しく思います﹂
赤のストールを掛けた老人がにこやかな笑顔を携えて挨拶をして
きた。枢機卿の中では一番高齢になるだろうか。白髪の男はいかに
も人当たりが良さそうで、疑り深い人間の俺としては逆に警戒して
しまう。これもリオルドの影響か⋮⋮
後に続く他4名の枢機卿の自己紹介を兼ねた形式的な挨拶も終え、
こちらも適当に対応しておく。んー、単刀直入正面突破気味なガウ
ンと違って、こちらは腹の中に何かを隠している印象を受けるな。
もちろん、実直そうだと感じる者もいるのだが⋮⋮ かと言ってコ
レットのように自分を曝け出し過ぎるのも何なんだが、どうも俺と
は反りが合わない。貴族社会染みた派閥争いが裏でありそうだ。正
直関わりたくない。
﹁巫女様がお待ちです。どうぞこちらへ﹂
緑のストール、俺の直感的にではあるが、唯一信用できそうだと
感じたこの中では若手の男。とは言っても30代半ば程だろうか。
紹介ではサイ・ディルと名乗っていた。その彼が案内役をしてくれ
るのか、宮殿の中へと先導を切る。聖騎士も何名か動き出した。他
の枢機卿はここで見送るつもりなのか、笑顔を振りまくのみで歩み
出そうとしない。もういいか、さっさとコレットに会いに行こう。
﹃あなた様。気を強く、気を強く持ってくださいね!﹄
﹃お前がな﹄
メルフィーナの念話に動揺が透けて見える。コレットだって慣れ
1922
れば可愛いものじゃないか。はっはっは⋮⋮
1923
第261話 克己
︱︱︱デラミス宮殿
案内された先は広やかな客室だった。ここも病院を思わせる白さ
だ。そして︱︱︱
﹁皆様、お久しぶりです。今日という日を楽しみにしておりました﹂
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
無意識に﹁誰!?﹂という言葉を吐き出してしまいそうになる俺
とメルフィーナ。この場所で俺たちを待っていたのは予期していた
通りコレットであったのだが、まるで聖女のような笑顔を浮かべて
出迎えたのだ。それは神であるメルフィーナが見せるものに似てお
り、とても神々しい。 ⋮⋮おかしいな。動悸を感じる程に息を荒
くして非常にハイなテンションで来るかと覚悟していたのに、肩透
かしが一周回って衝撃に変わってしまった。
﹁⋮⋮? いかが致しましたか?﹂
﹁いや、何でもない。コレットが元気そうで良かった﹂
﹁え、ええ。健康なのは何よりも大切ですからね﹂
﹁はい。お陰様で息災です﹂
意思疎通で緊急高速念話会議を開く。一大事だ。
﹃⋮⋮偽者という可能性は?﹄
﹃いえ、確かにコレットの筈なのですが⋮⋮ あなた様の鑑定眼に
もそのように映し出されているのでは?﹄
1924
﹃偽装のスキルを使っているかもしれないぞ。アンジェ、神の使徒
でコレットに変装できる奴がいるんじゃないか?﹄
﹃う、う∼ん⋮⋮ それも私の範疇だったし、私以上に適任者はい
なかったかな。あと、流石にデラミスの巫女を演技し切れる自信は
ないかなー。私だって仕事は選ぶよ!﹄
﹃お、おう⋮⋮﹄
何と言うことだ。元神の使徒でさえ匙を投げてしまった。詰まり
は本物ってことでいいのか?
﹃ケルにいも、メルねえアンねえも失礼だよ。コレットだって場は
弁えるよ!﹄
﹃そ、そうですね。コレットの病気も治癒に向かっていると考えま
しょう﹄
リオン、それは暗に状況さえ許せばいつものコレットになるとい
う意味でいいのか?
﹁コレットちゃん! 久しぶりー!﹂
﹁うふふ。シュトラちゃん、貴女も元気そうですね﹂
シュトラとコレットが互いの両手を結び、軽く上下に揺らしてい
る。そこに広がるは微笑ましくも温かな光景だ。そうか。我慢を覚
えて成長したんだな、コレット⋮⋮ 罪深かったのはこちらの方だ
ったのか。気がつけば俺たちは生温かな視線を送っていた。
﹁サイ枢機卿、お忙しい中ありがとうございます﹂
﹁いえ、私としても英傑である方々と直接お会いした気持ちがあり
ましたので。それでは私はこれで。失礼致します﹂
1925
白人の多いこの国としては珍しく黒髪黒肌であるサイ枢機卿はそ
う口にし、連れていた数人の聖騎士達と共に客室を離れて行った。
俺やコレットに対する配慮だろうか。最後まで紳士的だったな。必
要以上に俺たちにアプローチをかけることもなかったし。客室に残
ったのは俺たちとコレット、そしてクリフ団長のみとなった。
﹁サイ枢機卿は元々聖騎士団の所属だったのです。騎士としての血
が騒ぐのでしょうか、ケルヴィン様方をひと目見ておきたかったの
かもしれません﹂
﹁今でこそ私が団長務めていますが、それまではサイ枢機卿が団長
だったんですよ。ううむ、デラミス最強の名をかけた一戦、やりた
かったものです﹂
﹁ああ、道理で﹂
腕に自信のある強者という訳か。なら俺が無意識に興味を持つの
も必然と言える。
﹁コレット。此度は貴女に相談したいことがありまして、デラミス
に参りました﹂
﹁相談、ですか? メル様? ⋮⋮クリフ団長が同席しても?﹂
彼は信用できますよ、という意味が含まれたコレットの言葉。他
ならぬコレットが信頼するクリフ団長だ。まあ大丈夫だろう。念話
サイレントウィスパー
でセラとアンジェに怪しい気配がないか確認。コレットの許可を取
って部屋自体に無音風壁を一応施しておく。
﹁ああ、構わない﹂
準備が整ったのを確認すると、そう言ってメルフィーナに顔を向
けてやる。
1926
﹁実はですね︱︱︱﹂
メルフィーナはエレアリスや神の使徒に関すること、その目的を
語り出す。コレットやクリフ団長は時折驚愕したような表情をする
も、最後まで静々と聞いてくれた。
﹁そのような組織が、先のトライセンとの戦いや獣王祭に介入して
いたとは⋮⋮ これは大事件ですね﹂
﹁私には話が大き過ぎて実態が掴めません⋮⋮ ケルヴィンさん。
疑うようで申し訳ないのですが、その話は本当なんですか?﹂
﹁ここにいるアンジェも元々は神の使徒に所属していたんです。あ
あ、色々あって今は俺たちの仲間なんで安心してください﹂
﹁ええと、アンジェと言います。よろしく︱︱︱﹂
﹁まあ! 既にその組織の者を篭絡されるなんて! 流石は我らが
敬愛申し上げる憧憬の象徴たるメル様にケルヴィン様で⋮⋮ コホ
ン﹂
コレットが食い気味にアンジェの言葉に被さるが、俺は何も聞い
ていないし見ていない。ああ、今日も良い天気だ。ほらアンジェ、
怖がらずに窓の外を見るんだ。
﹁メルフィーナ様の前任者、エレアリス様ですか⋮⋮ その代の最
後の巫女を務めていたのは、確かに私の先祖であるアイリス・デラ
ミリウスに当たります。しかし、彼女は︱︱︱﹂
﹁巫女様、その件は公にされていない機密事項になりますが⋮⋮﹂
﹁メルフィーナ様相手に我が国の機密事項など考慮に値しません。
ですが、この件はお父様からお話頂いた方が良いかもしれませんね﹂
﹁コレットのお父様っていうと⋮⋮ 教皇?﹂
﹁ええ、その通りです﹂
1927
デラミスの最高指導者である教皇直々か。そう言えば、まだ姿を
目にしたことはなかったな。昇格式の時も代表をしていたのはコレ
ットであったし、トライセンとの戦争の際も姿を現す機会はなかっ
た。何気に名前も知らないな。
﹁デラミスの教皇であるフィリップ・デラミリウスはとある理由が
ありまして、信者の前でさえ姿を現すことはありません。あったと
しても教皇の席を幕で隠した状態で、などが多いですね。直接会う
者もお付の世話役を除けば私やクリフ、枢機卿の中でもサイ枢機卿
のみと徹底しています﹂
﹁とある理由ってのは、聞いてもいいのか?﹂
﹁それはお会いになれば分かるかと⋮⋮ クリフ団長、謁見の手配
をして頂いても?﹂
﹁ッハ! 直ちに!﹂
威勢の良い声を残してクリフ団長が部屋を出る。それからリオル
ドの転移門使用権限の話をするなどして、暫くが経った。不意に、
コレットが片耳に手をやる。
﹁ええ、ええ⋮⋮ そうですか、分かりました。では︱︱︱﹂
コレットとクリフ団長は召喚術による契約をしているんだったか。
おそらくは念話による連絡が来たんだろう。
﹁皆様、教皇の許可が下りました。移動続きで申し訳ないのですが、
これから教皇の場所へ案内致します﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
1928
∼∼∼∼∼∼∼
コレットの案内に従い、宮殿の中を奥へ奥へ、更には階段を上へ
上へと上って行く。辿り着いた先は宮殿の最上階。ここには警備す
る兵や騎士などは見当たらず、ただただ大小様々な石像が並び、お
付の者と思われる使用人が数名いるだけ。しかしちょっとした動作
を見れば、その使用人達も只者ではないことが分かる。少なくとも
神聖騎士団並みの実力はあるだろう。
﹁この扉の先です。準備はよろしいですか?﹂
案内がなければ迷子確実な迷路のような通路を歩き、竜と天使を
融合させたような2つの石像に挟まれた大扉の前でコレットが立ち
止まって告げる。この扉の奥に教皇がいるらしい。
﹁ああ、大丈夫だ﹂
﹁では︱︱︱﹂
コンコン。コレットが扉を鳴らす。
﹁教皇、ケルヴィン様方をお連れ致しました﹂
﹁︱︱︱ん、どうぞ﹂
若い。扉の奥から聞こえてきた声は、恐ろしく若い男性の、いや、
少年のような声だった。そして、扉が開く。
﹁やあやあ。メルフィーナ様以外は初めまして、だよね? 僕が神
皇国デラミスの教皇、フィリップ・デラミリウスだよ﹂
1929
巨大な大天使の石像前に置かれた王座。そこに座っていたのは、
リオンよりも小さな銀髪の美少年だった。
1930
第262話 教皇
︱︱︱デラミス宮殿
﹁ふぅん。アイリスがねぇ⋮⋮﹂
﹁そうなんです。これは一大事ですよ、教皇!﹂
﹁今はお父様で良いってば。別にここなら体裁を気にする必要もな
いだろ? 誰もいないんだし﹂
﹁メルフィーナ様がいらっしゃいますから!﹂
あははと楽しそうに笑いながら早々にコレットからお叱りを受け
るこの少年。おかしいな。あそこにいるのはデラミスで一番の権力
者である教皇の筈なんだけど、どう見ても悪戯をした弟を怒る姉の
図でしかない。
﹃あなた様。そう思われるのは無理もないのですが、あの少年が正
真正銘のフィリップ教皇です﹄
﹃やっぱり?﹄
良かった。俺の目が腐った訳じゃなかったんだ。今日は自分の観
点を疑う場面が多過ぎる。
﹁フィリップ、コレット。親子の親睦もその辺にしておきなさい﹂
﹁も、申し訳ありません! メルフィーナ様!﹂
﹁うんうん、そうだよね。不出来な娘でごめんね、メルフィーナ様﹂
ペコペコと過剰に謝るコレットと対照的に、フィリップ教皇はあ
っけらかんとした様子だ。こうも正反対な反応をされると、こちら
1931
も対応に困ってしまう。
﹁それじゃあ、改めて自己紹介しようかな。僕の名前はフィリップ・
デラミリウス。こんななりでもデラミスで教皇をやってるんだ。あ、
この姿のことは秘密だからね﹂
立てた人差し指を口元に当てる教皇。何だろうな、非常にあざと
さを感じる。教皇は枢機卿と同系統の祭服を着ており、肩に掛ける
ストールは銀色に輝いていた。美少年ってのもあるが、その輝きの
為か見た目の容姿以上に神々しい印象を受けてしまう。まあそれは
さて置き、本当に彼がコレットの父親だとすれば、考えられる可能
性は限られる。例えば︱︱︱
﹁失礼。もしや、と思った程度の話なのですが、教皇は人間から何
らかの種族に進化しているのですか?﹂
﹁⋮⋮鋭いねぇ﹂
お、一発で正解を引いたようだ。﹃鑑定眼﹄を使ってもS級の﹃
隠蔽﹄で隠されているのか、ステータスが読み取れなかったからな。
アンジェから聞いた﹃偽装﹄によるステータスの捏造工作もあるし、
このレベルになると鑑定眼の情報もあまり当てにならなくなるな。
﹁そうだな。まずは僕の立場から単刀直入に言おうか。 ⋮⋮アイ
リスは僕の妹なんだ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮え?﹂﹂﹂﹂﹂
メルフィーナを除く俺たちの全員が、鳩が豆鉄砲を食ったような
顔になってしまった。待てよ、待て待て。使徒を統括するアイリス
が妹って言ったのか? 詰まりはアイリスの兄ってことだよな? そしてそのアイリスが現存していた時代は大昔も大昔。セラの父親
1932
である魔王グスタフ・バアルが勇者セルジュ・フロアと戦った頃の
話だぞ。東大陸で大乱が起こっていた頃よりも昔だ。年齢で言えば、
そうだな⋮⋮ 悪魔であるビクトールと同じくらいになるのか? あいつが600だが700くらいだったような気がするから︱︱︱
おおう。
﹁教皇、一体いくつなんですか⋮⋮﹂
﹁いやー。あんまり長い間生きてるから、もう数えてないや﹂
今すぐ自分のステータスを見てください。
﹁刀哉達の前の勇者、セルジュのことは知ってるかな? 知ってる
よね? さっきの話だとセルジュもその神の使徒とやらの組織にい
るらしいし。実はね、妹のアイリスがセルジュを召喚した時のデラ
ミスの巫女で、僕はセルジュと行動を共にしたパーティの一員だっ
たんだ。セルジュは綺麗な黒髪でさ、正直僕はぞっこんだったんだ。
でもでも、セルジュが仲間にするパーティは美男美男子ばかりで参
っちゃったよ。流浪のエルフとか亡国の王子とか僕とか聖騎士とか
︱︱︱ でも鈍感なセルジュは最後まで鈍感でさ。結局、誰とも関
係は持たないで元の世界に帰っちゃったんだよねー﹂
フィリップ教皇は勇者パーティの一員だった⋮⋮ 運が良い。そ
れなら、俺たちが必要とする情報も知っているかもしれないな。 ︱︱︱あと、何と言う逆ハーレム。これもセルジュの主人公補正に
よる力か。ちゃっかりと自分を美男子に含めている辺り、この教皇
の性格が透けて見えてしまう。
﹃⋮⋮⋮﹄
﹃セラ、分かってるとも思うが⋮⋮﹄
﹃大丈夫。もう心で整理したことだし﹄
1933
﹃そっか﹄
一瞬、フィリップ教皇を睨むような素振りをセラが見せたので、
念話で声を掛けておく。整理したのはメルフィーナとのことだけだ
ろうに。まあセラについてはそれ程心配していない。ずっと行動を
共にしてきたんだ。それくらい分かるさ。
﹁教皇、所々に必要のない内容が混じっています﹂
﹁お父様で良いってば。コレット、人生楽しく生きないと心が先に
老いちゃう⋮⋮ ってその点コレットは心配ないか。でもお父様は
そんなコレットが子を残してくれるかが心配です﹂
﹁私にはメルフィーナ様とケルヴィン様とリオン様がいますから、
良いのです!﹂
﹁そうだよねー。うん、分かって︱︱︱ ううん?﹂
﹁2人とも、そろそろ軌道修正してください﹂
再び親子の間にメルフィーナが割って入る。いらぬ誤解をされて
しまっては堪らない。しかし、メルフィーナを突っ込みに専念させ
るなんて流石だな。
﹁ごめんごめん、コレットやサイ以外の人と話すのが久しくてさ。
ついつい⋮⋮ じゃ、話を戻そうか。ケルヴィン君の指摘通り、僕
はセルジュと共に魔王グスタフを倒した際に、人間から聖人に進化
したんだ。えっと、進化に伴う寿命の変化については知ってるかな
?﹂
﹁ええ、獣王レオンハルトから伺いました﹂
﹁へぇ、あの獣王がねぇ。よっぽど気に入られたんだね、ケルヴィ
ン君。まあそんな訳で聖人になってしまった僕は、その時の姿から
大して成長もせずに今も生き長らえているって寸法さ﹂
1934
リオンと同じく、フィリップ教皇も聖人か。気になるのはセルジ
ュの仲間だったエルフや王子の今だが⋮⋮
﹁その時のお仲間も、今もどこかで?﹂
﹁残念だけど、その時に進化したのは全員って訳じゃなかったんだ。
一番寿命が長い筈だったエルフは寿命で死んじゃったし、聖騎士は
S級モンスターとの戦いで⋮⋮ 人生、何もかも上手く進む訳じゃ
ないんだよ﹂
﹁すみません。嫌なことを⋮⋮﹂
﹁ううん、いいんだ。先人の教訓、君は気をつけてくれよ。それに
さ、まだ彼がいることだし﹂
﹁彼?﹂
教皇は得意気な態度でパンパンと手を叩き、何かの合図をする。
すると、俺たちが入ってきた部屋の扉から誰かの気配が、ってこれ
は︱︱︱
﹁失礼致します﹂
﹁サイ枢機卿?﹂
ついさっき別れたばかりのサイ枢機卿の姿がそこにあった。
﹁そ、サイ枢機卿もまた僕と同類でね。亡国の王子、セルジュの仲
間だったひとりなんだ﹂
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
1935
︱︱︱デラミス宮殿・客室
﹁ふぅ⋮⋮﹂
﹁あなた様、お疲れ様です﹂
﹁ああ、ありがとう﹂
メルフィーナから水の入ったコップを手渡される。よく冷えてい
て気持ちが良い。
﹁今日は驚きっ放しだったな。メルは知っていたのか?﹂
﹁ええ、大体は。知っていることと、話せることは別になってしま
いますが⋮⋮﹂
﹁義体なんだから仕方ないさ﹂
腰掛けたベッドの横にメルフィーナを招き入れる。街中では拝ま
れまくるし、教皇や枢機卿のひとりが先代の勇者の仲間だったしで
疲れてしまった。今は宮殿の客室を何部屋か借りて各自休憩中だ。
﹁やっぱ、メルとエレアリスが神を交代したタイミングが鍵になっ
ているみたいだな﹂
交代した理由についてはまだ分かっていない。メルフィーナは義
体の制限により話すことはできないし、フィリップ教皇も詳細まで
は知らず、神々の間で役職が変わる程度にしか捉えていなかったそ
うなのだ。しかし、その際のデラミスの巫女であったアイリスは違
った。自分が信仰するのはエレアリスだけだと反対勢力を立ち上げ、
リンネ教の情勢を真っ二つにしたそうなのだ。教皇はこう言ってい
た。
﹁僕が分からないのはセルジュがこの世界にまだいることと、アイ
1936
リスが生きていることだね。元の世界に帰ったセルジュが再びこの
世界に居ることも不思議だし、僕の記憶が正しければ、アイリスは
セルジュが元の世界に帰還した後に死んだ筈なんだ。転生神の座が
エレアリス様からメルフィーナ様へ代わられる際に、熱心な信者達
と謀反を起こしてね﹂
アイリス・デラミリウスは最終的には処刑された。その記録は今
もこの国の機密事項として残されている。表面上はメルフィーナを
信仰の対象とするリンネ教も、その実一枚岩ではなく、その時の残
党が今も影で鳴りを潜めているとの噂もあるようだ。
﹁エレアリスは何がしたかったんだろうな。信頼するアイリスを利
用してまで、さ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
答えが返ってこないのは分かっている。それを知るにはメルの義
体にかかっている制限を解除するか、直接エレアリスに聞くしかな
いだろう。
﹁少なくとも俺たちは、コレットに同じ道を歩ませないようにしな
いとな﹂
﹁⋮⋮はいっ!﹂
基本は良い娘なんだ。誤った方向には向かわせたくない。俺たち
は決意を新たに︱︱︱
﹁ハァ、ハァ⋮⋮ メル様とケルヴィン様の崇高なる香りが部屋中
を満たして⋮⋮ 鍵穴からも鮮明に嗅ぎ取れる芳しくも甘美なアロ
マが私の全身を揺さ振ります⋮⋮! ああ、我慢に我慢を重ねて参
りましたが既に私の制限回路は破損寸前⋮⋮ 周囲の人払いの手配
1937
は済ませていることですし、ほんの少し、ほんの少し神気に肖らせ
て頂きます⋮⋮! スゥ︱︱︱﹂
進化してから細やかに音を聞き分けることができるようになった
俺の耳は、聞かなくてもいいことも聞いてしまう。うん、基本は良
い娘だけどやっぱり変態だった。
1938
第263話 孤児院
︱︱︱デラミス
デラミスの街並みはどこも眩しい。それは偏に街の全てがまっさ
らな白であることが挙げられるのだが、対して俺たちの服装が黒色
系統なのも気になってしまう誘引のひとつなのかもしれない。住民
の服装まで白で統一されているからな。本当に隅々まで徹底してい
る。
﹁︱︱︱情報収集と頼まれた要望を実行するのに、少し時間が欲し
いかな。それまでデラミスの観光でもしててよ。あ、夜のお店でお
勧めを教えようか?﹂
フィリップ教皇がこんなことを言うものだから、俺たちは一時的
に時間を余らせることになってしまった。客人扱いである為に不用
意にデラミスの外には出て欲しくないらしく、街の中で時間を費や
さなければならない。まあ、それでもこれだけ広大なデラミスの首
都だ。観光はガウンでお腹一杯になるくらいにやったのだが、国が
変われば新たな好奇心も生まれるというもの。そんな訳で、今はメ
ルフィーナとシュトラ、そしてコレットも連れて街中を散策してい
るところである。
コレットについては教皇の好意で案内役として同行させてくれた
んだ。しかしデラミスにおいて、彼女の知名度と神聖度は著名なも
の。嫌でも目立つので、俺がいつもやっているようにフードを深く
被らせている。
1939
ちなみに他のメンバーも別行動でデラミスを散策中だ。日用品の
買出しに向かったのはエフィルとリオン。ジェラールとセラ、ダハ
クは各々にとって珍しいものがないか探しに行った。アンジェには
申し訳ないが個人的に情報収集をお願いしている。リオンあたりは
俺のグループと一緒になるかと思っていたが、せっかくシュトラと
コレットが久しぶりに会うのだから邪魔をしたくない、と言うのだ。
俺はその場で頬ずりをしたい衝動に駆られたが鉄の意志で我慢した。
﹁しかし、広いな⋮⋮﹂
﹁都市規模で言えば東大陸最大ですからね。街の外周は一日中歩い
ても、とても一周するまでは行き着きませんよ﹂
﹁うへー⋮⋮﹂
﹁お兄ちゃん、しっかり!﹂
俺に背負われるシュトラは元気そのもの。うん、歩かないから疲
れないもんね。
﹁うふふ、ケルヴィン様はすっかりシュトラちゃんのお兄様になら
れましたね﹂
コレットのこぼれんばかりの笑顔にあの時の変態性は見られない。
エネルギーを補給して満足した為か、それともあの声は夢か幻だっ
たのか。おそらく、いや確実に前者だと思うが、深く考えないこと
がお互いにとって一番だ。知恵を絞った末、俺の並列思考はそのよ
うな答えを導き出した。考え過ぎ、良くない。
﹁ぱく⋮⋮ んん∼♪﹂
﹁好きなだけ食べてくださいね、メル様﹂
メルフィーナは甘やかす巫女がいるせいで、すっかり食に集中し
1940
てしまっている。俺の懐は痛まないが、信仰の象徴がこんなんでは
信者の心にある女神像に傷が付かないか心配になってしまう。まあ、
少なくともこの状況に拍車を掛けているコレットは至上の喜びタイ
ムのようだし、いいか。こうしている分にはまだ普通の光景だ。
﹁ケルヴィン様もおひとつどうですか? はい、シュトラちゃんも﹂
﹁ありがと、コレットちゃん﹂
﹁俺の分はメルにやってくれていいよ。まだまだ食べたりないだろ
?﹂
﹁あ、あなた様⋮⋮!﹂
﹁な、何と麗しい夫婦愛でしょうか⋮⋮! これは是非とも聖書へ
記載し、後世に残すべく︱︱︱﹂
﹁コレット、ストップ﹂
大急ぎでコレットの口を手で塞ぐ。お前は何を後世に残そうとし
てるんだよ⋮⋮ 悪いが言ったそばから変態性を垣間見せないでほ
しい。
﹁うん? 前から沢山の人が来るよー?﹂
﹁本当だ。大人数だな﹂
シュトラが道の前方から、祈りを捧げながら歩いて来る僧侶の集
団を発見する。広い街並みと言えど、この辺りの道は住宅地の歩道。
このままでは鉢合わせになってしまうな。
﹁⋮⋮ふう。リンネ教信者の巡礼ですね。信仰に意欲的なのは素晴
らしいことです。ただ、このまま顔を見られては面倒ですので︱︱
︱ あちらに参りましょう﹂
そう言うと、コレットが歩道の脇道に入って行った。俺たちも後
1941
を追う。
﹁この先は確か︱︱︱ 孤児院があるわね﹂
﹁ええ、その通りです。人の往来は殆どありませんし、そこなら多
少なりは私の顔が利きますから、少し休憩と致しましょう﹂
﹁シュトラ。まさかとは思うが、この呆れる程広いデラミスの地図
をもう覚えたのか?﹂
﹁ううん、覚えたのはずっと前よ? 昔デラミスで会食があった時
に、ついでにと思って勉強したの﹂
昔の記憶から情報を引き出していたのか。シュトラの忘れていな
い部分の記憶だろうが、普通そんなとこまで覚えてないだろ。子供
の頃に何となく引いた辞書のページ全てを未だに暗記しているよう
なものだ。過去の教訓から扉の鍵の大切さは学んでいるが、シュト
ラの前で変なことは絶対にできないな。﹃完全記憶﹄、恐ろしいス
キルだ⋮⋮
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱デラミス・孤児院
﹁シスター・マリガン。お久しぶりです﹂
﹁まあまあ、巫女様ではありませんか。いつ振りでしょうねえ﹂
﹁もう、巫女様なんて。昔のように呼んでくださいよ﹂
トントン拍子で孤児院を運営するシスターの老婆と話を取り付け
るコレット。2人は顔馴染みらしく、思い出話に花を咲かせながら
1942
談笑している。
この孤児院はリンネ教の教会横に併設された施設であり、訳あっ
て親のいない孤児や事件に巻き込まれてしまった子供を保護してい
るんだそうだ。保護している子供16名に対し、孤児院で働く者は
あの老婆を含めたシスターが3人だけ。しかも、うちのチビッ子共
と比べ物にならない位のわんぱくな子供達だ。今も孤児院前の庭で
は、眼鏡を掛けたシスターが子供達に振り回されている。年齢は俺
と同じくらいだろうか。そして巨乳、修道服の上からでも分かる。
む、今度は悪戯坊主に胸を掴まれてしまった。これは大変そうだ。
うん、うん⋮⋮!
﹁ケルヴィン様、了解を得ました。こちら、孤児院を取り仕切って
いるシスター・マリガンです﹂
﹁巫女様から話は窺いました。まさかS級冒険者様がこんな所にい
らっしゃるとは⋮⋮ あ、でも子供達には内緒にしておいた方がい
いですよ。色々と騒いじゃって、あのシスター・リーアのようにな
ってしまいます﹂
﹁ハハハ、肝に銘じておきます﹂
﹁それでは中へどうぞ。今、何か冷たいものでもお出ししますから﹂
﹁どうぞお構いなく﹂
教会に入ろうとする直前、シュトラが子供達の方を見ていること
に気が付く。俺の後ろにいたメルも気付いたようだ。
﹁シュトラ、子供達と遊んで来てはどうですか?﹂
﹁え? で、でも⋮⋮﹂
気恥ずかしいのか、俺の背にしがみ付く力が増す。久しぶりに人
見知りが発動したか。同年代に対してはまだ照れ臭さがあるんだろ
1943
う。
﹁⋮⋮あなた様、ちょっとシュトラをお借りしますね♪﹂
﹁えっ? あ、おいっ﹂
﹁わわっ﹂
メルフィーナが俺の背からひょいっとシュトラを持ち上げ、その
まま地面に下ろした。そして、一緒に手を繋ぐ。
﹁私も一緒に行きましょう。なぜかとっても童心に返りたい気分で
すので!﹂
﹁ふぇっ?﹂
﹁では、出発!﹂
﹁ふえーっ!?﹂
メルフィーナとシュトラが子供達の下へと突撃しに行ってしまっ
た。これには眼鏡の巨乳シスターも吃驚である。うーん、まあ普段
からリオンやリュカの後に付いて回るシュトラだ。これくらいが丁
度良いのかな。
﹁メ、メル様とシュトラちゃんの巡り巡るラプソディ、ですって⋮
⋮!? 更にはその神聖なるお顔を子供達にもお見せになられるな
んて⋮⋮ メル様の底知れぬ慈愛は高尚高潔完全無欠っ! いけな
いわ、コレット。如何にメル様やケルヴィン様がお気になされない
からって、ここは学び舎であり神の家⋮⋮! 出すことが許される
のは鼻血までよ⋮⋮!﹂
﹁鼻血も駄目だって﹂
教会の入り口で隠れるように覗く窺うコレットに軽くチョップす
る。流石に目の前でやられては無視できん。
1944
﹁あうっ! ⋮⋮わ、私は何を?﹂
﹁ただの持病の発作だよ。さ、俺たちは中に行くぞ﹂
﹁は、はい!﹂
ふう、シュトラに見られることはなかったようだ。 ⋮⋮あれ?
何か俺、慣れてきた?
1945
第264話 始まりの場所
︱︱︱デラミス・孤児院
案内されたのは教会の客間。出された茶は高いものではないと言
うが美味しく、どこか落ち着く。コレット、シスター・マリガンと
他愛ない世間話をしていると、時間もそこそこに外で遊んでいたメ
クリーン
ルフィーナとシュトラが戻って来た。少し衣類が土埃で汚れてしま
っていたので、清風で綺麗にしてやる。
﹁つ、疲れたぁ⋮⋮﹂
おっと、王室育ちのシュトラにはちときつかったか?
﹃ええと、如何せん駆けっこするにも手加減が必要でして。ほら、
リオンやリュカと違ってレベル差が⋮⋮﹄
﹃あー⋮⋮﹄
そうだったな。シュトラの疲れたは体力的に疲れた、ってことで
はなく神経をすり減らした意味で疲れたのか。普通の子供相手だと
尚更そうか。しかし、疲れの裏には充実したような様子も見られる。
条件はどうであれ、やはり同年代と遊ぶのは楽しいんだろう。
そんなことを考えていると、さっき外で見掛けた眼鏡のシスター
と彼女よりもう少し背が低く幼い感じの新たなシスターが、ノック
をしてからこの部屋に入って来た。
﹁子供達の遊び相手になってくれて、そ、その、ありがとうござい
1946
ました!﹂
あわあわした様子で眼鏡のシスターが礼を言う。子供達の相手を
していた際と同様、俺たちに対してもカミカミで落ち着かない様子
だ。
﹁私からも礼を言うよ。まだシスター・リーアは見習いでね。見た
通りずぶだから苦労してんのよ﹂
こちらは小柄で童顔だが男気がある。たぶん、シスター・リーア
よりも年下だと思うが、シスターとしては彼女の方が先輩っぽい。
﹁貴女にはその口調を直すようにと、いつも言っているんですけれ
どね。シスター・アトラ?﹂
﹁こればっかりは無理無理。大丈夫だよ、メルフィーナ様ならお許
しになってくれるって、マザー!﹂
姉御肌溢れる彼女にシスター・マリガンはやれやれと首を振る。
﹃⋮⋮と信者が申しておりますが、メルフィーナ様は許すのかな?﹄
﹃口調や生き方は個人の自由ですよ。私が縛るものではありません。
どちらかと言えば、リンネ教の教えとして制約を加えているのでし
ょう﹄
まあ、アウトロー過ぎるシスターがいれば回り回ってデラミスに
苦情が返ってくるからな。目立つ不良生徒がいると学校全体が非難
されるようなものか。
﹁シスター・マリガン。そこまで強制するものでもありませんので
⋮⋮﹂
1947
﹁そうそう、アンタ分かってるじゃ︱︱︱ って巫女様!? 巫女
様じゃん!? すご、握手してもらっていい!?﹂
﹁ええ、構いませんよ﹂
﹁アトラ、いい加減にしなさい。それよりもさっさと自己紹介!﹂
コレットの手をとろうとする彼女をシスター・マリガンが振り払
う。やはり信者にとってコレットは雲の上の存在なのか。ちなみに
眼鏡の彼女はそれを止めるべきか迷っていたらしく、ずっと戸惑っ
ていた。
﹁ちぇっ、あと少しだったのにー。私はアトラ! 小さい頃にこの
教会に拾われて、そのままシスターとして働いてんだ。今はリーア
の教育役も任されてる。よろしくなっ!﹂
﹁わ、私はリーアって言います。まだまだ見習いの身なんですけど、
よ、よろしくお願いします⋮⋮﹂
色々とでこぼこなコンビのようだ。性格的にも、胸囲的な意味で
も。
﹁はい。それじゃあアトラは子供達の所へ戻りなさい。今は勉強を
教える時間の筈でしょう?﹂
﹁えー、折角巫女様が来てるのにー。それはない︱︱︱﹂
﹁︱︱︱シスター・アトラ?﹂
﹁はいっ! 包んで受けますっ!﹂
謹んで、な。シスター・マリガンが威圧感のある笑顔を浮かべる
と、アトラは間違った敬語を叫びながら孤児院へ走って行ってしま
った。何かトラウマでも抱えているんだろうか⋮⋮
﹁相変わらず、ここは賑やかですね﹂
1948
﹁巫女様は身分を伏せて、お手伝いによく来てくださってましたか
らね。あの子ったら、全然気付いてないようですけれど﹂
﹁いいのです。少しでも力になれたのなら、これ以上の幸せはあり
ません﹂
﹁まあ、本当にご立派になられて⋮⋮﹂
俺はツッコミを入れたい気持ちで一杯になってしまうが、シスタ
ーは感動のあまり震えている。メルフィーナは⋮⋮ 茶と一緒に出
されたクッキーに夢中か。道理で口数が少ないと思った。
﹁うん? シスター・リーア、あの看板はなぁに?﹂
椅子の上で足をぶらぶらさせていたシュトラが、暇をしていたの
か客間の壁際に立て掛けてあった長方形の看板に目を付けた。看板
は古いものなのか、所々字が掠れてしまっている。
﹁は、はひっ! ⋮⋮え、ええと、これは孤児院が改装される前に
付けていた看板ですね。教会横の孤児院、脆くなってしまって危険
ということで、一度改修工事を行ったことがあるんです。確か、そ
の時を境に孤児院の名前も変わりまして︱︱︱﹂
﹁捨てる訳にもいかず、ここに置いてあったって話です。本当でし
たら客間になんて置いておくべきじゃないのですが、何分この教会
は人目に付かず、早々お客様が来られる所ではありませんでしたの
で⋮⋮ それにしてもリーア、よく勉強していますね﹂
﹁あ、ありがとうございます﹂
シスター・リーアは顔を真赤にして照れ臭そうだ。どう見ても褒
められ慣れてない。そうだな、もう少し聞いてみようか。
﹁なるほど。ちなみに今は何て名前なんですか?﹂
1949
﹁リフィル孤児院と言います。で、でも施設名はそれ程変わってな
かった筈です。えっと︱︱︱﹂
﹁あれっ? もしかして、その時の孤児院の名前って、リフリル?﹂
﹁あら、物知りですね。少し語呂を良くしただけですが、それを機
に看板も真新しくしたんです。私がここの管理を任されたのも、そ
の時期だったかしら﹂
﹁わっ、本当!? ここって、ルノアとアシュリーが育った場所な
のね!﹂
ルノア? アシュリー? ⋮⋮誰だったかな。
﹁⋮⋮! あの子達をご存知、なのですか?﹂
﹁うんっ! 私の親友よ!﹂
﹁そう、でしたか。孤児院を出てトライセンに仕官し、騎士団に入
団したと手紙で聞いています。ただ2年前から音沙汰がすっかりな
くなってまして、心配していたんですよ。あの子達、元気にしてい
ますか?﹂
﹁御免なさい。実は私も2年前から連絡が取れなくって⋮⋮﹂
﹁そうですか⋮⋮ もう、あの子達は何をしているんだか⋮⋮﹂
2人の気分が一気に沈んでしまった。誰だが知らないが、どうや
ら行方知らずって感じか。うん? コレットも真剣な表情をしてい
るな。これは事情を知っている顔だ。2人に聞く雰囲気でもないし、
コレットに確認するか。
﹁コレット、その2人って?﹂
﹁ケルヴィン様はご存知でないのですか? ︱︱︱あ、そうですね。
言われてみれば、まだお伝えしていませんでした﹂
いや、ひとりで納得しないでくれ。
1950
﹁ルノアさんとアシュリーさんは、その、詰まり⋮⋮﹂
コレットが俺の耳に顔を寄せて小声で話す。
﹁シルヴィアさんとエマさんの、名を変えられる前の本当の名前で
す﹂
コレットが事情を詳しく話してくれた。纏めるとこうだ。シュト
ラ達が話すルノアとアシュリーは、昇格式の時に出会ったシルヴィ
アとエマのことらしい。ルノア=シルヴィア、アシュリー=エマっ
てことだな。
2人のこれまでの経緯を順々に辿っていこう。2人は路上に倒れ
ていたところを孤児院のシスターに拾われた。ルノアとアシュリー
は血の繋がった姉妹ではない。だがどちらも親が分からず、どこの
生まれかも知らない。気が付いた時には力を合わせて何とか生きて
きたと言う。衣類はボロボロであり、まるで奴隷が逃げてきたかの
ような服装だったそうだ。尤も2人の首にはその証はなく、デラミ
スにおいて奴隷をそのように扱うことは固く禁じられている。デラ
ミスの奴隷商に輸送され奴隷になる筈だった少女が、首輪をかけら
れる前に逃走した。そんなところだろう。
ルノア達を拾ったシスターはマリガンさんとは別の人らしく、孤
児院改装前の管理人だったシスターだ。いや、管理人という例えは
また違うな。この教会と孤児院は元々廃棄されていた施設で、昔は
管理人どころかこの場で働く者もいなかったのだから。朽ち果てた
施設を独力で修繕し、活動を始めたのがこのシスター。マリガンさ
んは途中その活動を知り、手伝いをし始め︱︱︱ まあ、そんな流
れで孤児院も形を成し、デラミスから正式に認められるようになっ
1951
たのだ。マリガンさんの話だと、そのシスターは基本的な勉学だけ
でなく、生きる上で必要な知識と技術を色々と教えていたそうだ。
2人も実の姉のように慕い、懐いていた。
孤児院が立派になる頃には2人も成人し、旅立つ時を迎えていた。
デラミスを出て、トライセンへ仕官。そうして魔法騎士団の将軍、
副官になったという流れだな。竜王の加護を持っているあたり、途
中色々あったんだろうが、そこまではコレットも知らない。
そして2年前、将軍と副官である2人はあっさりとその地位を捨
て、名前を変えて冒険者となった。昇格式後の会食の夜、シルヴィ
アがコレットに相談していた内容、それもこの目的が関係している。
︱︱︱その目的は行方が分からなくなった、孤児院初代シスター
を探すことだった。
1952
第265話 結束︵前書き︶
オーバーラップ文庫様のホームページにて、1巻の表紙が公開され
ました。
あまりの出来の良さに作者はガッツポーズを決めています。
1953
第265話 結束
︱︱︱デラミス・孤児院
ここまで説明したはいいものの、肝心の初代シスターに関しての
情報が少な過ぎる。今のところ名前さえ出てきていない。
﹁それで、コレットはシルヴィアに何て答えたんだ? 孤児院をこ
こまで立派に築き上げたシスターが行方を眩ましたら、いくらなん
でも噂にはなったろ?﹂
﹁それが全く。私がこの孤児院のお手伝いをし始めたのが、孤児院
を改修してシスター・マリガンが管理するようになってからです。
当時その方はもういらっしゃらず⋮⋮ 私もその頃はそれ程気に留
めておりませんでしたので、シルヴィアさんの質問にも分からない
と返してしまいました。その後デラミスに戻ってから調査したこと
もありましたが、シスターをよく知る方々もどこかで静養している
としか⋮⋮﹂
﹁静養?﹂
﹁ええ、どうも体調がよろしくなかったようですね。シルヴィアさ
んとエマさんは行方が分からなくなった後も、簡単な文字のやり取
りができるマジックアイテムで文通をされていたと聞いています。
その内容までは伺いませんでしたが、最後に連絡が取れたのが2年
前。以降の経緯はシルヴィアさん達も分からないとおっしゃってい
ました﹂
﹁それが騎士団を辞めた原因か⋮⋮ ちなみにシスターの名前は分
かったのか?﹂
﹁エレンです。シスター・エレン﹂
1954
⋮⋮エレン、やはり知らない名だ。静養という理由を提示されて
いる中で、シルヴィアとエマが血眼になってシスター・エレンを捜
索するとは思えない。考えられるとすれば、そのマジックアイテム
か。最後のやり取りで何が書かれていたのかが気になるな。
﹁あら、シスター・エレンのお話ですか?﹂
コレットとの内緒話が聞こえてしまったのか、マリガンさんが尋
ねてきた。
﹁ええ、この孤児院を立ち上げた素晴らしい御仁だったと聞きまし
て。残念ながらコレットは直接会ったことがないとのことでしたが﹂
ある意味都合良いか。対面したことのある彼女なら何か知ってい
るかもしれない。
﹁丁度入れ替わる形となってしまいましたからね﹂
﹁どのような人物だったのですか?﹂
﹁そうですね。文武兼備。女の私から見ても惚れ惚れする美貌。厳
しくも優しく、そして慈愛に溢れる方でした。病弱な面もあったよ
うですが、最初に孤児院で暮らすことになったルノアには剣術を、
アシュリーには魔法をよく教えていましたね。時には習う項目を逆
にしてみたりと⋮⋮ シスター・エレンの教え方が良かったのか、
2人に素質があったのか、ぐんぐんと力を積み重ねて今では騎士団
に入団するまでに。いえ、やはり才能に溢れていたのでしょう。特
にルノアは食欲も豊富で何でも美味しく食べ︱︱︱﹂
出るわ出るわ、褒め殺しのお言葉の数々。絵に描いたような完全
無欠な超人だ。なぜか途中からはシルヴィアとエマの自慢話にシフ
トしてしまっているので、そこは省こう。俺たちが求める情報は持
1955
っていないようだしな。しかしながらこの人、少しばかりジェラー
ルと同じ気質を感じる。
﹁あなた様、コレットとばかりお喋りしてずるいです。少しは私に
もかまってください﹂
﹁お前、さっきまで甘味に夢中だっただろ⋮⋮﹂
シュトラがクッキーをリスのように食べる横で、メルフィーナが
俺の袖をクイクイッと引っ張ってきた。
﹁まあまあ、お見事な食べっぷりですね。ルノアを思い出してしま
います⋮⋮﹂
ほろりと涙を浮かべるシスター・マリガンはこの際置いておこう。
テーブルの上を見るとクッキーの皿が空になっている。欠片どこ
ろか粉も見当たらない。予想するならば食べるものがなくなって暇
になり、俺と話すコレットが羨ましくなって会話に参加したくなっ
たと。まあそんな流れだろう。メルよ、綺麗に食すのは褒められる
べき事柄だが、これは皆で食べる菓子なんだからな。だがあの少量
で今まで持たせたのは偉いぞ。シュトラにも一枚渡してるし、成長
したな!
﹁ええと、ケルヴィンさんとメルさんは⋮⋮ そんなご関係なのか
しら?﹂
﹁そんな関係です。婚約こそまだですが、同じ布団で寝る仲なので
す﹂
﹁うおい!?﹂
教会、教会よ、ここ! 自分を崇める教会の中で、この女神様は
1956
何をとち狂った爆弾発言をしていやがるの!? それにお前、本当
に傍若無人に隣で寝てるだけじゃねぇか。お陰様で地力の危険察知
能力が日々向上するばかりだぞ。
﹁それは残念。てっきり神像が恋人の巫女様にも、遂に春が来たの
かと勘違いしてしまいました。巫女様が男性をお連れするなんて初
めてでしたし、呼び捨てにされていましたし﹂
﹁シスター・マリガン。おふたりは固い絆で結ばれた夫婦でして、
私の出番はないのです。誰よりも信頼している、という一点におい
ては間違いありませんが﹂
﹁私もお兄ちゃんやお姉ちゃんが大好きよ!﹂
﹁あなた様、いい加減に式の準備を致しましょう﹂
﹁あらあら、罪作りなお人ですね﹂
焦る俺を無視するように、平然とした顔で話を進める彼女らと無
垢なシュトラ。微笑ましかったり、頼りにされたりと予想外な反応
に戸惑ってしまう。その中で最も欲に忠実な発言をしていたのが、
女神だったのにも戸惑ってしまう。﹁マジかっ﹂という窓辺から聞
こえてきた呟きが唯一の俺の救いだ。ありがとう、覗き見してるシ
スター・アトラ。
﹃ケルヴィン、聞こえるかな?﹄
﹃お、おう⋮⋮﹄
やや気後れした返事を返してしまう。届いた念話はアンジェから
だった。
﹃あれ? ケルヴィン、何か元気ない?﹄
﹃色々あってさ⋮⋮﹄
﹃おおっと! お姉さんが慰めてあげようか?﹄
1957
何をする気だ、何を。冗談がてらになら今度頼むと答えつつ、本
題に移る。
﹃それで、調査の報告か?﹄
﹃そ、第一報ってとこ。えっと、一般にはまだ伏せられた情報なん
だけどさ。もう確定っぽいから伝えるね。明日、デラミスの勇者が
帰還するらしいよ﹄
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱デラミス・とある公園
周辺に信者団体の巡礼姿が見えなくなったのを確認。孤児院のシ
スター達に別れを告げ、俺たちはデラミス中枢付近にある原っぱに
やって来た。自然公園と例えた方が近いかな。まあとんでもなく広
大な街中にあるだけあって、とんでもなく広い公園だ。
﹁シュトラちゃんのそのお人形、まだ拝見していないものですね。
見上げる程の巨大さですが、トライセンの新作ですか?﹂
﹁えへへ、良いでしょ∼。エフィルお姉ちゃんに作ってもらったの。
ほら、モフモフ!﹂
﹁触って良いのですか? では、失礼して⋮⋮ お、思っていた以
上にモフモフです⋮⋮!﹂
ベンチに腰掛ける俺とメルフィーナは、仲睦まじくゲオルギウス
に抱きつくふたりを眺める。今でこそ外見の年齢差で姉と妹のよう
1958
に見えてしまうが、シュトラとコレットが西大陸の学園に通ってい
た頃は﹃金の賢女﹄と﹃銀の聖女﹄と呼ばれ、常に成績のトップを
争っていたそうだ。その縁で2人は親密になり、国家は違えど親友
になりえた。
この自然公園に寄ったのは2人に時間を作る為︱︱︱ ってのも
あるが、一番の理由は俺がメルと話したかったからだ。デラミスの
勇者、刀哉や刹那達が帰還する。アンジェが裏を取った情報だ。ま
ず間違いないだろう。
﹁刀哉達が戻って来るってことはさ、やっぱ元の世界︱︱︱ 日本
に帰るんだろうな﹂
﹁ええ、その為に魔王を倒そうとしていたのですから﹂
﹁メルに無理矢理連れて来られたんだもんな。物語としてはよくあ
るパターンだとは思うけど、冷静に考えれば酷い話だ﹂
﹁あ、あなた様、妙に辛辣ではありませんか? 私だって反省はし
ているんです。望まぬ者より望む者。私が隈なく探し、その上で適
正を見定めていれば、刀哉らを巻き込むことはなかったのですから
⋮⋮﹂
俯くメルフィーナの顔を下から覗き込む。眉の下がる角度、瞳の
潤み方、この唇の形︱︱︱ うん、どうやら本当に反省しているよ
うだ。
﹁ま、何だかんだで楽しんでいたみたいだし、良いんじゃないか?
特に雅なんかは心の底から喜んでいたし﹂
﹁⋮⋮そうでしょうか?﹂
﹁そうだよ。あれは感情表現は苦手だが、自分に素直なタイプだ。
憎悪を向けられた俺には分かる。だからさ、最後くらいはお前自身
で送ってやれよ。ちゃんと礼を言ってな﹂
1959
メルフィーナは黙って頷く。大丈夫だ。よしんば万が一があって
も、コレットが死ぬ気で何とかするし俺もフォローする。悪い結果
にはならないさ。
﹁⋮⋮でもさ。最後に一勝負くらいしても、罰は当たらないと思わ
ないか? あいつらも成長してるだろうし﹂
﹁どんな時でも本音を曝け出せるあなた様は素敵だと思います。で
すが、罰を当てるかは神である私次第ですね。デラミス南区にある
路地裏の名店﹃白雫の滝﹄。そこでの食事で手を打ちましょう。勿
論おかわりは自由です﹂
自然と手を取り合う俺たち。鉄の結束が更に強まった瞬間であっ
た。
﹁シュトラちゃん、御覧ください。世界で最も美しい光景ですよ。
眩し過ぎて私には直視できません⋮⋮﹂
﹁え? う、うん⋮⋮?﹂
1960
第266話 勇者の帰還
︱︱︱火の国ファーニス
神と死神による裏契約が結ばれたこの日。西大陸南東のとある国、
ファーニスの王城では宴が開かれていた。国章でありシンボルでも
ある火を国中に灯し、昼夜問わずそこかしこが真赤に燃え盛る。踊
り、飲み、食い、語り、各々が喜びを噛み締めているのだ。その中
心に座すのは、長きに渡りファーニスを脅かしていた火山に住まう
古竜を討伐した4人の英雄達だ。
﹁して、刀哉よ。本当に明日には旅立ってしまうのか?﹂
宴の席にてデラミスの勇者、そのリーダー格である刀哉に問い掛
けるファーニス王。それまで近くにいた雅と奈々が、炎の用いた余
興を眺めに席を離れたのを見計らっての行動だった。
﹁はい。俺たちの目的であった魔王の討伐が東大陸で成されてしま
いましたので⋮⋮ 一度、デラミスに戻ろうかと思います﹂
﹁ううむ⋮⋮ 私に君らを止めることはできぬが、もう少しこの国
に滞在してはどうか? 私だけでなく、国民達も皆歓迎するぞ。何
だったら私の娘を︱︱︱﹂
﹁国王、嬉しい申し出ですが﹂
刀哉はすまなそうに首を横に振った。
﹁⋮⋮そうか。そうであるな。刀哉には既に先約がいるのであった
な﹂
1961
﹁え、何ですって?﹂
﹁クックック、誤魔化すでない﹂
﹁⋮⋮⋮?﹂
勝手に納得する国王と疑問符を浮かべる刀哉。その様子を遠目に
眺めていた刹那は、﹁今日は不祥事が少なかったな﹂と胸を撫で下
ろすのであった。
﹁勇者様! 帰られるとは真ですか!?﹂
﹁いやいやいやっ! 私を置いて行かれるのですか!?﹂
﹁これは姫様方。ええと、残念ですが本当ですよ。その、すみませ
ん﹂
﹁こ、これ。お前達、今は宴の席であるぞ﹂
﹁﹁お父様は黙ってて!﹂﹂
︱︱︱と思ったのも束の間。刀哉と国王の間に乱入する2人の姫。
刹那はこめかみを押さえながら、いつものように事態を収めに向か
う。﹁ああ、今日は雅と奈々が席を外していているから楽だな﹂と
ポジティブに思考を騙しながら。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ファーニス城・転移門前
夜遅く、所によっては朝まで開かれていた宴のあくる日。国中の
人々が騒ぎ疲れ、商人もが店を休みがちにしてしまっていた早朝で
あったが、王城では勇者との別れの時が近づいていた。刀哉らは朝
1962
食を取り、早々にデラミスに帰還することにしていたのだ。ファー
ニス唯一の転移門が存在する王城の一室では、別れを惜しむ声が殺
到していた。
﹁では、皆さん! また会う日まで!﹂
﹁ばーい﹂
刀哉と雅が世話になった兵士や使用人達に別れを告げると、その
度に悲鳴じみた叫びが上がる。大部分が行かないでくれ、といった
類の声であるが、中には愛の告白をどさくさに紛れ込ませる者まで
いる始末。デラミスの勇者はここでも大勢のファンを作ってしまっ
たようだ。
﹁お、お世話になりました!﹂
﹁国王、ご迷惑をお掛けしました﹂
一方でそのような扱いを受けるのが苦手な刹那と奈々は黄色い歓
声を2人に任せ、ファーニス王に挨拶をしていた。
﹁うむ。いや、こちらも申し訳なかったと言うべきか? 昨夜は我
が娘達の暴走を止めてくれて助かった﹂
﹁なかなか意志が強いようでしたので、あのような形になってしま
いましたが⋮⋮﹂
暴走する2人の姫とは刀哉に迫る昨夜の姉妹のことである。粛々
と事を終わらせたい刹那の思惑に反し、姫君らの血の気は多過ぎた。
もう一歩踏み出せば本当に暴れる恐れが出てきた為に、最終的には
峰打ちで気絶させる手段を取ってしまったのだ。当然、姫君らは無
傷であった。
1963
﹁いいのだ、気にするでない。ファーニスの乙女は熱き心を宿して
おってな、色恋沙汰が関わるとそれがより顕著になる。好きな男は
己の力で奪い取れ。そんな言葉が格言として扱われる程だ。あの程
度は日常茶飯事、むしろあれくらいが丁度良い﹂
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
そう言われてみれば、先ほどから刀哉を取り巻く声援に怒気が含
まれているような。錯覚なのかは不明であるが、長年の経験から良
からぬことが起きそうだと予期する刹那。
﹁かくいう私もその昔、妻に無理矢理︱︱︱﹂
﹁刀哉! 早くしないとコレットが待ちくたびれちゃうわ!﹂
﹁ん、もうそんな時間か?﹂
﹁そんな時間よ! ね、奈々っ!?﹂
﹁え、う、うん!?﹂
疑念を確信にジョブチェンジさせた刹那は転移門へ皆を急かす。
周囲が惜しもうと、もうそんなことは関係ない。これ以上眉間にし
わを寄せたくない。そんな思いで一杯であった。
﹁転移門の認証、完了しました。いつでもどうぞ!﹂
タイミング良く王宮魔導士が転移門を起動させる。後はデミラス
を思い描き、転移門を潜るのみ。
﹁ほらっ、行くわよ!﹂
﹁ああ、分かってるって!﹂
﹁デラミスの勇者よ! もし良ければ最後に聞かせてくれ!﹂
転移門のゲートに飛び込む寸前、ファーニス王が刀哉らに向かっ
1964
て叫んだ。
﹁年端も行かぬ君らは、我ら長年の仇敵であった火竜を見事打倒し
た! そこで問おう。何故に君らはそこまで強い! 勇者であるか
らか!?﹂
その問いは純粋な好奇心か、それとも自分もそうありたいとの願
望か。ファーニス王の瞳は、無邪気な少年のそれをしていた。一呼
吸置いて刀哉が振り返る。
・・
﹁別に俺たちが勇者だから特別って訳じゃないですよ。ただ、支え
てくれる周囲の人々に恵まれていました。俺、実は3人の師匠がい
るんです。1人目の師匠にはこの世界での生き方と戦い方を、2人
目の師匠には真に仲間を想う心を、そして3人目の師匠には︱︱︱﹂
﹁刀哉、門が閉まるってば! 話が長い!﹂
﹁あ、悪い! つ、詰まりですね、またお会いしましょう! では
っ!﹂
︱︱︱シュン。
そんな刀哉の言葉を残し、転移門のゲートは閉じてしまった。
﹁またお会いしましょう、か。成る程な。出会い、そして多くの絆
が、彼らの強さの原動力となっているのか⋮⋮!﹂
﹁おお、流石は勇者殿。深いですな!﹂
国王と家臣はそれっぽく解釈してくれた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
1965
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱デラミス宮殿・転移門前
﹁うっ⋮⋮﹂
デラミス宮殿の白で統一された色合いのせいか、視界に広がる光
景が眩しい。4人は閉じようとする瞼を懸命に開け、目の前を見据
えた。
﹁刀哉、刹那、雅、奈々。皆さん、長きに渡る旅路と使命、大変お
疲れ様でした﹂
耳に入ってきたのは澄んだ、どこか懐かしい声。この世界に召喚
された際、最初に聞いた言葉。
﹁ようこそ、神皇国デラミスへ。勇者の皆様。私は貴方方を召喚し
たこの国の巫女、コレット・デラミリウスと申します。 ⋮⋮と言
うのは今更ですね?﹂
﹁﹁﹁﹁コレット!﹂﹂﹂﹂
初めて出会った時もこの服装だった。白と銀で飾られた巫女服の
コレットがそこにいたのだ。まるで長年会えずにいた親友との再会
を喜ぶように、勇者達は走り出す。 ⋮⋮しかし、その両端にはい
くつか他の人影もあり︱︱︱
﹁皆様、お久しぶりですね﹂
﹁よし、元気そうだな!﹂
﹁あなた様、おしいです﹂
1966
﹁あ、そうか⋮⋮ よう、元気そうだな!﹂
デラミスではまず着用する者はいないであろう黒ローブ。それを
羽織る黒髪、黒の瞳の男。そして微笑を浮かべるは、刀哉らに力を
与えたこの世界の神。転生神メルフィーナの姿。
コレットはその2人に挟まれ、4人が今まで見たことがない程に、
とても幸せそうであったという。
1967
第267話 ダガーと宝玉
︱︱︱デラミス宮殿・転移門前
﹁貴女は⋮⋮ 女神様っ!? それに師匠も!﹂
﹁師匠って誰だよ。え、俺?﹂
刀哉の叫びが宮殿内にこだまする。唐突に師匠と呼ばれたケルヴ
ィンは一瞬誰のことだが分からなかったが、刀哉らの視線を一身に
受けることで薄々感じ取るのであった。
﹁そうですよ。俺たちに色々と指南してくれたじゃないですか! ケルヴィンさんは第二のお師匠です!﹂
﹁勝手に師匠認定されても困るんだが⋮⋮﹂
﹁ケルヴィンさん、御免なさい。西大陸に渡った辺りから刀哉がこ
う呼び始めてしまって﹂
勇者パーティのトラブル解決統括者である刹那が直ぐ様に詫びる。
以前よりもその行為が手馴れているように感じられ、ケルヴィンは
僅かに気の毒に思ってしまう。これまでの旅路で最も苦労してきた
のは、間違いなく刹那なんだろうと。
﹁まあいいさ。呼び名くらい好きに呼んでくれて構わないよ﹂
﹁じゃ、助平で﹂
刹那の背後からひょっこりと顔を出した雅が投げ捨てるように言
い放った。
1968
﹁⋮⋮雅は少し自重してくれ。お前、さては﹃冒険者名鑑﹄で俺の
欄を読んだな?﹂
﹁それだけじゃない。前に会った時よりも囲っている女の人が増え
ている。それも綺麗どころばかり。以上の現実は名鑑が事実である
ことを証明している﹂
雅がケルヴィンの背後を指差す。そこにはエフィルを始め、セラ、
アンジェ、リオンら旅の仲間が並んでおり、雅の視線が痛いくらい
にケルヴィンに突き刺さるのであった。
﹁⋮⋮まあ、否定はしない。だけどさ、それを言ったら刀哉だって
そうだろ?﹂
﹁甘くみないでほしい。刀哉は鈍感スキルと難聴スキルが標準装備。
女の子と関係を持ったこともない。正に主人公の中の主人公。ベス
ト・オブ・ヒーロー﹂
主人公がなんたるかを雅が力説していると、シュトラがとてとて
と小走りで近付き、ケルヴィンの手を握ってきた。
﹁お兄ちゃん、この人達がデラミスの勇者様?﹂
﹁⋮⋮訂正する。ロリコン助平と呼ばせてもらう。このロリコン助
平﹂
﹁待て、流石にそれは否定するから。違うから﹂
﹁み、雅ちゃん。そんな言い方しちゃ駄目だよ⋮⋮﹂
奈々が制止するが、ケルヴィンを見る目はどこか訝しんでいるよ
うに思えなくもない。雅の軽口は少なからずケルヴィンのイメージ
に傷を与えてしまったようだ。
﹁あの、そろそろ本題に進んでもよろしいでしょうか?﹂
1969
﹁皆さん、静粛にお願いします! メルフィーナ様からお言葉を頂
戴しますので!﹂
放っておけば永遠と続けていそうなやり取りに、コレットが割っ
て入り取り纏める。刹那が雅を、セラがケルヴィンを抑えることで
何とかこの場は収まった。すかさずコレットがメルフィーナに﹁ど
うぞ﹂、とアイコンタクトを送る。
﹁︱︱︱では、改めまして。皆様、此度は平和への尽力、真にあり
がとうございました。経緯はどうであれ、魔王が滅び、目的が達成
されたことをここに認めます。魔王との戦いに直接的な関わりがな
かったにしろ、貴方方の行いはまた他所で人々を救う尊いものでし
たよ。そして、私の独断によって貴方方の同意なしにこちらの世界
へ転移させてしまったことを、お詫び致します﹂
メルフィーナが深々と頭を下げると、それに次いでコレットも同
様にこうべを垂れた。フォローすると言った手前、ケルヴィンも無
視することはできない。同じく誠心誠意の詫びを入れる。
﹁め、女神様!? 別に俺たちはそんなの気にしてないですから!﹂
﹁コレットも早く頭を上げて︱︱︱ あの、何でケルヴィンさんま
で⋮⋮?﹂
﹁いや、俺も全く関係ない訳じゃないと言うか、メルフィーナは俺
の、な?﹂
﹁﹁﹁﹁?﹂﹂﹂﹂
この後、謝罪よりも2人の関係性についての追求が主となったの
は言うまでもない。
1970
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
︵⋮⋮どうしてこうなったんだっけ?︶
パーズに聳えるケルヴィン邸。その地下に存在する広々とした地
下修練場にて、刀哉は2人のメイド親子と対峙しながら狼狽してい
た。第1の試験の相手は1対2による模擬試合。代表者は聖剣ウィ
ルを構える刀哉だ。
事の始まりは女神メルフィーナの言葉からだった。まず、刀哉ら
には2つの選択肢が提示された。報酬である手土産を持って日本に
帰るか、このままこの世界に残るかの2択だ。最初は4人とも、現
代日本へ帰ることを選択しようとしていた。魔王をこの手で倒せな
かったのは残念であったし、この世界には心躍らされた。しかし、
元の世界には家族や友人達が待っている。自分達の力が必ずしも必
要でなくなったのであれば、これ以上心配を掛けることもない。そ
う思っていた。だが︱︱︱
﹁新たな危機が迫ろうとしていますが、後のことは私たちにお任せ
ください﹂
そんな言葉が女神の口から出てきたのだ。新たな危機とは何か?
魔王以上の何かがあるのか? 尋ねてもこれ以上巻き込む訳には
いかないと詳細は教えてくれず、このまま帰ってしまえば懸念が残
るばかりである。
1971
﹁乗り掛かった船です。俺たちも協力します!﹂
昔のように刀哉の勝手な独断で決めた訳ではなく、全員の意見を
纏めた上での判断だった。結局のところ、その﹃新たな危機﹄を解
決してから帰ることにしたのだ。しかし、この話はここではまだ終
わらない。
﹁しかし、今回の件は魔王以上に危ういもの。 ⋮⋮そうですね。
今一度、貴方方の力を試させて頂いても?﹂
﹁もちろん構わない。西大陸で磨いたこの力、むしろ見せたい﹂
﹁み、雅ちゃん。あんまり大袈裟に言わないでぇ⋮⋮﹂
﹁場所は、そうだな⋮⋮ 俺の屋敷でやろうか。そこなら外部から
の干渉もないし、思う存分全力を出せるだろ。コレット、ちょっと
この4人借りていいか?﹂
﹁そんなこともあろうかと、既に教皇からの許可を頂いておりまし
た。ケルヴィン様のギルド証にデラミスの許可印を刻んでおります
ので、これで転移門の使用が可能です。どうぞ﹂
﹁流石はコレットです。貴女が巫女であったことを誇りに思います
よ﹂
﹁こ、光栄の極みです!﹂
︱︱︱などと怒涛の勢いで決定され、準備が整っていく参加試験。
ここ
刹那などはあまりに円滑に進み過ぎるので疑問に思うところもあっ
たようだが、他3名の勇者は流されるまま試験会場まで来てしまっ
た⋮⋮ というのがこれまでの経緯である。
﹁それでは、お相手させて頂きます﹂
﹁本気で行くからね!﹂
相手はやる気に満ちている。メイドの親側は右手に赤々とした宝
1972
玉が埋め込まれたブレスレットを翳し、子供の方はダガーを構えて
タバーナクル
姿勢を低くした。合図が鳴れば今にも飛び掛って来そうだ。
アルカディア
﹁皆さんには﹃生還神域﹄を、この領域には﹃聖堂神域﹄を施しま
した。万が一に死に至る攻撃を受けても、一度までは致命傷を無効
化します。場外への攻撃も遮断されますので、安心して戦ってくだ
さいね﹂
コレットはそれだけ説明して、場外の見物席に戻って行く。
アスタロトブレス
﹁ねえねえ。コレットにやらせるよりも、ケルにいが施した方が手
っ取り早かったんじゃない? 智慧の抱擁で昇格式の時にあの魔法
に触れてなかったっけ?﹂
﹁解析までは終わってて、できれば俺もそうしたいんだけどな。あ
の魔法、デラミスの巫女じゃないと使えないみたいなんだよ。血族
的な制限ってのかな? 仕方ないから、惨事を防ぐ為にクロトの保
管にある魔力を使ってもらった﹂
﹁あ∼。だからS級魔法を4回詠唱しても余裕そうなんだね﹂
﹁リュカちゃーん! 私の教えた通りにねー!﹂
観客席ではケルヴィンらが刀哉にはよく分からぬ話をしている。
﹁えっと⋮⋮ メイドさん、だよね?﹂
﹁そうね。でも、只者じゃないと思う。ましてやケルヴィンさんの
お屋敷だし﹂
﹁使用人が一般の兵士より強いのは割とよくあること。ちなみにこ
の女神垂らしの屋敷は地元では魔境と呼ばれているらしい。ギルド
の冒険者談。あ、そこのメイドさん。ジュースおかわり﹂
﹁承知致しました﹂
1973
雅が横に控えるメイド、実は古竜なロザリアに飲み物を要求して
はいるが、基本的に心配そうに見守っている刹那達。しかしながら、
刀哉の相手であるメイド親子がトラージにて救出した元人質とは誰
も気付いていない。
﹁じゃ、そろそろ始めようか。言っておくが刀哉、以前の実力と変
わっていないようなら、多分お前負けるからな。そうなれば、当然
第一線にはとてもじゃないが立てないぞ﹂
﹁大丈夫ですよ、師匠!﹂
﹁何か呼ばれ慣れないなぁ⋮⋮ じゃ、メル﹂
﹁ええ、それでは︱︱︱﹂
開始の合図が今、鳴り響いた。
1974
第268話 勇者とメイド
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
はじめに動いたのはリュカだった。合図と共に隠密状態となり、
全速力で刀哉の死角に回り込む。そして一気に間合いを詰めようと
再び姿勢を低く構えた。
︵ありっ!?︶
︱︱︱ドッ!
駆け出そうとした瞬間、有り得ないことにリュカが足を滑らせ転
倒してしまった。それもかなりの物音を立ててだ。隠密状態と言え
ど、大きな音を立ててしまえば発見される可能性は格段に増してし
まう。刀哉もこれによりリュカを見つけたようだ。
この修練場は屋敷に住む全ての者に開放されており、見習いメイ
ドのリュカもジェラールやリオンとの訓練でよく足を踏み入れてい
た。要は使い慣れている筈なのだ。黒光りする頑丈な床は見た目以
上に踏ん張りが効き、ましてや使い慣れている普段のリュカであれ
ば、このような失態はまずしない。
︵リュカ、ご主人様の御前で何をしてるの!︶
︵あわ、お母さんの怒ってる気配が背後からひしひしと⋮⋮!︶
エリィの憤りを表すように、その右手には炎が灯っていた。ブレ
スレットの宝玉が煌き、徐々に紅蓮があるものを形作っていく。
1975
パイロドラゴン
﹁爆葬竜!﹂
パイロヒュドラ
詠唱の完了後に出現したのは一匹の炎を纏う竜。比較するとやや
小ぶりではあるが、エフィルの多首火竜の竜頭に酷似した姿である。
︵ほら、早く︶
︵りょーかい!︶
エリィの扱える魔法の中でも特に際立つこの竜を出現させること
で、刀哉の目を奪うことに成功。視線を逸らされた為、リュカが再
び隠密状態となって気配が希薄となった。生活の大半を共に過ごし
てきた親子ならではのコンビネーションと言えるだろう。
﹁勇者様。メイド長の足元にも及びませんが、不肖ながらこのエリ
ィがお相手致します﹂
﹁竜を生み出すなんて凄いな。けどさ、俺たちはもっと強力な竜と
も戦ってきたんだ、よっ!﹂
︱︱︱キィン!
隠密のまま背後に回ったリュカが投じたクナイを、初めから見え
パイロドラゴン
ていたかのように聖剣で弾く刀哉。その時を皮切りに出でるリュカ、
宙の爆葬竜を操作し爆走させるエリィ。戦闘の本格的な開始となっ
た瞬間である。
リュカは隠し持ったクナイを飛ばしながらヒットアンドアウェイ
を仕掛ける。が、ここでもなぜか調子が悪い。投じる2本の内1本
は手元が汗で狂ったり、偶然目にゴミが入り込んだりと狙いが外れ、
接近しようものなら足を踏み外すなどの不運が多発するのだ。持ち
1976
前の素早さを活かしギリギリのところで持ち直すも、これでは十全
に力を出すことができない。
パイロドラゴン
﹁早い、が! 刹那ほどじゃないなっ!﹂
﹁んー⋮⋮?﹂
パイロドラゴン
共闘するエリィもそれは同じようで、爆葬竜の操作が上手くでき
ていないようだ。爆葬竜が修練場の床をも抉り、猟夫の如く獲物を
追い詰めるのがエリィのスタイルなのであるが、どうも今日は魔法
を扱う上での繊細さが欠けている。どうしても竜の動きが乱雑にな
ってしまい、リュカと交戦中の刀哉にも回避されてしまう。要は長
所を殺してしまっている状態なのだ。
︵⋮⋮見るに、リュカも調子がおかしいですね。なら︱︱︱︶
パイロドラゴン
エリィが爆葬竜をオートモードに切り替え、再度右手に炎を灯す。
クラウドバースト
﹁火雨﹂
灯した炎を肥大化させ、上空に振り払う。広範囲に広がった天の
それは、やがて地上に降り注ぐ火の雨となって刀哉、ついでにリュ
カへ襲い掛かった。
﹁よっと﹂
﹁えっ、ちょ、ちょっと!﹂
クラウドバースト
範囲内にアトランダムに降り注ぐ筈の火雨は、刀哉の周囲にほん
の僅かに。その代わりの受け皿となったのか、リュカに向かって集
団となって向かい始めた。それでも﹃軽業﹄のスキルを用いて無理
矢理に全てを躱すリュカは流石である。
1977
﹁エリィは気付き始めたかな。刀哉の性質に﹂
観客席のケルヴィンがポツリと呟いた。
﹁性質、ですか?﹂
﹁刀哉の持つ固有スキル﹃絶対福音﹄の効果とも言えるかな。エフ
ィルは何だと思う?﹂
﹁そうですね⋮⋮ エリィとリュカの惨状を見るに、敵対する相手
を不運にする力、でしょうか?﹂
﹁その程度の能力なら可愛いものなんだけどなー。覚えてるかな。
刀哉の﹃絶対福音﹄は前勇者のセルジュ・フロアと同じ能力なんだ。
詰まるところ幸運過ぎて敵対する相手は勝手に自滅するし、黙って
いても物事が有利な方へ有利な方へと進んでいくんだ﹂
ケルヴィンは配下ネットワークで共有していた﹃神の使徒﹄のメ
モ書きをエフィルに見せる。
﹁あっ、そうでしたね。ですが、トラージでお会いした際はそうい
った気配はありませんでしたが⋮⋮﹂
﹁たぶん、何か条件があるんだろ。例えば、自分よりもステータス
の幸運値が高い者が周りにいると、スキルが無効化されるとか﹂
﹁えっ、何でそれを⋮⋮ あっ!﹂
ケルヴィンの予想に、同じく観客席にて奈々が反応してしまう。
それはもう、見事に。
﹁奈々⋮⋮﹂
﹁奈々⋮⋮﹂
﹁あ、う⋮⋮ ごめんなさい⋮⋮﹂
1978
両サイドの刹那と雅からのジト目に耐え切れず、素直に謝罪する
奈々。
﹁ギュアー⋮⋮﹂
奈々が背負うリュックから、慰めるような鳴声が聞こえてきた。
・・
﹁ハァ、仲間以外にはバラさないから安心しろって。今度から気を
つけろよ﹂
﹁はい⋮⋮ えっ?﹂
戸惑いの声に重なるようにして、激しい爆発音が空間に鳴り響く。
修練場の結界内では至る箇所で炎が炸裂し、その隙間を縫って刀哉
とリュカが剣戟を交わしていた。その度にリュカの持つ強化ミスリ
ルダガーが聖剣ウィルの切味に刃こぼれを起こし、リュカ自身も生
パイロドラゴン
傷が絶えない状態となっていた。固有スキルによる不条理もあるが、
地力も刀哉がリュカを上回っている。爆葬竜は既に聖剣によって切
伏せられてしまっている。
﹁リュカ! 次の魔法で魔力が底を尽きます。最後のチャンスだと
思いなさい!﹂
エリィが珍しくも大声で叫ぶ。エリィの装備する﹃紅玉の腕輪﹄
は火属性の魔法に限り、消費魔力を3分の1に抑えた上で威力を上
昇、更には操作の緻密性をも向上させるA級武具である。ブレスレ
パイロドラゴン
クラウドバースト
ット型の杖のようなものだと思えばいい。だが、それも持ってして
も度重なる魔法の連発、A級赤魔法︻爆葬竜︼やB級赤魔法︻火雨︼
などにより、MPの残高は残り僅かとなっていた。
1979
﹁こ、れ、な、ら⋮⋮ どうだ!﹂
リュカが刀哉の周囲四方に黒い何かを投擲する。直後に巻き起こ
る漆黒の噴煙。蔓延が早く、結界内は瞬時に闇に覆われる。範囲か
らして毒の可能性は低いと考えながらも、念の為に刀哉は息を止め
た。
︵単純な目隠しか? 先手を︱︱︱︶
刀哉の一瞬の思考、その時をリュカは見逃さなかった。別角度か
らの投じられた3本のクナイが闇の中から来襲し、1本が足元の床
に刺さり、残り2本は心臓と喉元目掛けて迫り来る。
﹁光妖精!﹂
声に呼応し、闇が光で照らされる。ここで初めて刀哉は自身の加
護である妖精の助けを必要とした。妖精が発光している今であれば、
黒煙の中でも多少は目が利く。1本目のクナイを回避し、2本目を
聖剣で防ぐ。更に飛来するはリュカが振るうダガーの一撃。狙いは
首であった。
︱︱︱バキィン!
素早く切返された聖剣の応酬により、ダガーの刃が根元から破壊
される。しかし、しかしリュカの攻撃はまだ終わっていなかった。
覚えたての﹃天歩﹄によって空中で軌道修正された蹴りである。既
に回避するには遅く、剣はダガーに向いてしまった為に間に合わな
い。残る選択肢は受けるのみであった。
︵悪いけど、この体格差じゃ大してダメージには⋮⋮ っ!?︶
1980
防御した刀哉の腕に、蹴りにしては鋭過ぎる痛みが過ぎ去った。
︵靴に、仕込みナイフ⋮⋮!︶
突然の痛みに驚くも、刀哉は直ぐ様に剣を操り直してリュカに叩
き込む。その峰打ちはリュカを気絶させるには十分な威力であった
が、気絶しても尚、リュカは﹁してやった﹂と笑っていた。
ベリアルクロウ
﹁炎魔の魔手﹂
﹁ぐっ!﹂
束の間、残留していた黒煙の奥より飛び出した炎の手が、聖剣ウ
ィルを鷲掴みにして動きを封じ込んだ。人を丸ごと包み込めそうな
魔の手は、隣接する刀哉の皮膚をも焼き焦がす。
﹁仕舞いです﹂
﹁この魔法で、打ち止めじゃなかったのかな?﹂
﹁どうも魔力の調整が上手くいかないものでして。残る魔力量を勘
違いしておりました﹂
ベリアルクロウ
跳躍するエリィの右手には、もうひとつの炎魔の魔手が施されて
いた。紅玉の腕輪の力か、聖剣ウィルを封じる手よりも激しく炎が
燃え盛っている。次の魔法で魔力が底を尽くとの言葉は、言わば虚
言。
﹁ですので、流儀ではありませんが大雑把に攻めさせて頂きました。
お覚悟を!﹂
﹁覚悟は最初から、決めているさ!﹂
1981
聖剣ウィルが眩く輝く。収束する先である刀哉の左手には、もう
一振りの聖剣。聖なる光と紅蓮の炎が衝突した。
1982
第269話 漆黒の天使︵前書き︶
オーバーラップ文庫様のHPにて、﹃黒の召喚士﹄の特設サイトが
アップされました。
詳しくは活動報告で。
1983
第269話 漆黒の天使
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁申し訳ありません。メイド長⋮⋮﹂
﹁ごめんなさーい!﹂
﹁いえ、格上を相手に2人はよくやりました。本日の賄いには期待
していいですよ﹂
﹁わーい!﹂
ケルヴィンの白魔法ですっかり回復し、直ぐ様手練場の隅で行わ
れるメイド反省会。結果を言ってしまえばエリィとリュカは敗北し
てしまったのだが、傷の具合だけ見てみれば刀哉の方が深刻である。
峰打ちで気絶させられた2人に対して刀哉は火傷を負い、腕にはリ
ュカの隠しナイフが深く突き刺さった。
﹁か、はっ⋮⋮! やっぱこれ、毒入りか⋮⋮ 光妖精の緩和作用
がなかったら、こっちが危なかったな⋮⋮﹂
更に、ナイフには毒が塗られていた。腕の傷口が変色してきてい
る。
﹁か、神埼君、大丈夫!? 今魔法で治すから!﹂
﹁大丈夫だよ。これくらい自分で治せるさ﹂
ライトヒール
ポイズンキュア
心配ないと爽やかな笑顔を振り撒きながらそう言うと、刀哉は傷
口に手を当て﹃大回復﹄と﹃毒晴﹄を唱える。刀哉が手をどかすと
腕は傷跡もない程に治癒し、毒も抜けきっていた。次いで火傷も完
1984
治させていく。
﹁驚いたな。以前よりも倍近く強くなっているんじゃないか?﹂
ケルヴィンが満足気な笑顔を浮かべながら勇者4人に歩み寄る。
同時に雅が格闘家のような姿勢で身構えた。
﹁︱︱︱と言うことは、俺たちの実力を認めてくれるんですね! 師匠!﹂
﹁気が早いって。あとそのイケメンスマイル止めろ。眩しい﹂
一歩前に出て突如輝き出す刀哉に引き気味のケルヴィン。どうも
このタイプは苦手のようだ。
﹁認めるのは次の模擬試合の結果次第かな。んー、1対4でどうだ
?﹂
右手で指を4本、左手で人差し指を立ててケルヴィンが提案する。
﹁えっと⋮⋮ あのレベルのメイドさんが4人も、ですか⋮⋮﹂
﹁刀哉なら余裕。頑張って﹂
﹁ああ、任せてくれ!﹂
﹁い、いいの? 神埼君?﹂
微妙な表情をして悩む刹那と、変わら無表情で鼓舞する雅。師匠
がそう言うのなら! と刀哉は存外にやる気であるが、奈々は心配
そうだ。
﹁待て待て。勘違いするなって。4人側はお前らだよ﹂
﹁俺たちが?﹂
1985
﹁全員で戦っていいってことですか?﹂
﹁ああ、構わない。で、その対戦相手は俺︱︱︱﹂
﹁ワシの出番、ですな?﹂
ドス黒い圧迫感を鎧の隙間から噴き上げ、ケルヴィンの背後に現
れたのはジェラールだった。魔剣と改良を施した大盾、マントを身
に着けたフル装備状態である。準備万端怠りなし。我が戦場は目の
前ぞ。などと兜の奥から聞こえてくるのは気のせいか。決して胸を
貸してやろうといった雰囲気ではない。
﹁クックック⋮⋮! 我が孫を傷付けた報い、受けてもらおうでは
ないかぁ⋮⋮!﹂
アルカディア
やはり気のせいではなかった。コレットの生還神域ごと叩き斬る
算段だ。
﹁ジェラール、違うからな。戦うのは俺だからな?﹂
﹁ええい、止めるでない王よ! 今、ワシは第二の宿命の敵を見つ
けたんじゃ!﹂
﹁おーい、聞こえてますか? 俺の獲も、ではなく弟子を取るなと
言っている!﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
見当違いな指摘をするケルヴィンと恨みを晴らしたいジェラール
の壮絶な口喧嘩が続く。両者とも欲望がだだ洩れである。まさに一
触即発。行き成りこんなことをされては、勇者達はただ呆然と見守
ることしかできない。
﹁ねえねえ。ケルにい、ジェラじい﹂
﹁何だ、リオン?﹂
1986
﹁何じゃ、リオン?﹂
しかしリオンが声を掛けた途端、息を合わせたように争いを止め
る2人。纏う雰囲気と表情も柔らかなものに豹変してしまっている。
まさにシスコン兄と孫馬鹿爺。あまりの変わり様に驚いてしまい、
勇者達は動けない。
﹁僕が次の対戦相手をしちゃ駄目かな? リュカちゃんを見てたら
僕も体を動かしたくなっちゃって﹂
﹁リオンが、か? いや、しかし⋮⋮﹂
﹁そうしたいのは山々じゃが、ワシの使命が⋮⋮﹂
﹁駄目、かな⋮⋮?﹂
潤む瞳。リオンの上目遣いに心打たれ仰け反る2人。次いで出さ
れるオーケーのダブルサイン。リオンは勇者に挑戦される権利を見
事勝ち取ったのだ。対戦相手が非常に可愛らしい少女になってしま
ったことに、勇者達は︱︱︱
﹁これ、何の茶番?﹂
﹁雅、今ばかりは黙っていなさい⋮⋮﹂
﹁と、兎も角、彼女に勝てば俺たちは師匠に認められる訳だ﹂
どうにか気を持ち直した。
﹁えへへ。ということで、次の相手は僕です。よろしくねっ!﹂
誰からも愛されるような人懐っこい笑顔で握手を求めるリオン。
服装は黒いが、その笑みは天上の如く輝いていた。
﹁う、うん。よろしくね﹂
1987
奈々がその手をとる。本日動じてばかりの奈々も、リオン独自の
空気に思わず和んでしまう。それまで体を縛っていた緊張もすっか
りなくなったようだ。握手を交わしたリオンは﹁準備してくるね∼﹂
との言葉を残し、ケルヴィンのもとへ戻って行く。
﹁天使⋮⋮﹂
﹁凄く可愛い子だね。本当に戦えるのかな?﹂
﹁どうなのかしら⋮⋮﹂
﹁何言ってるんだ。あの子はケルヴィン師匠の妹さんだぞ? ほら、
ここ﹂
どこから取り出したのか、刀哉が手に持つ冒険者名鑑のとあるペ
ージを指し示す。ケルヴィンのパーティを紹介する項目のようだ。
﹁﹃黒流星﹄のリオン・セルシウス。危険度こそ最低値だが、実力
はこの通り折り紙付き。見た目の容姿に騙されたら駄目だからな!﹂
﹁と、刀哉に論されてしまった⋮⋮﹂
﹁妹⋮⋮? 妹!? あれとあの天使が!? しかもブラコンっ!
? 神は正気かっ!?﹂
﹁み、雅ちゃんがそんな大声出したの、初めて聞いたよ⋮⋮ どう
どう⋮⋮﹂
頭を抱える刹那と雅。色々と動揺と困惑が広がっている。
﹁おーい、お前らも早く準備しておけよー﹂
﹁了解です! さ、行こうか!﹂
﹁お、おー!﹂
﹁﹁おー⋮⋮﹂﹂
1988
ケルヴィンの叫びに一先ず我に返り、勇者達は新たな戦場へと赴
き出す。殺気立った例の2人と戦わずに済んだことを、リオンに感
謝しながら。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁よろしかったのですか? リオン様にお譲りして⋮⋮﹂
エフィルが見学席に戻ってきたケルヴィンとジェラールに冷えた
飲み物を配りつつ問う。2人はリオンに模擬試合の権利を掻っ攫わ
られてしまった訳だが、どこか表情がホクホクしている。
﹁﹁リオンなら仕方ない﹂﹂
やはり息が合っていた。
﹁まあ、冗談抜きにあいつらの実力を見るにはリオンが丁度良いと
思うぞ。剣術に加えて魔法も使えるオールマイティーなタイプだし
な﹂
﹁あら、それなら私でも良くない?﹂
﹁私だって良い筈ですよ?﹂
セラとメルフィーナが自分を指差しながらケルヴィンの眼前に現
れる。
﹁お前らはスキルがえぐいし、上手く手加減できそうにないだろ⋮
⋮ その点、リオンは安心だ﹂
1989
﹁うむ! リオンであればあ奴らの真価をはかってくれるであろう
! ガッハッハ!﹂
さっきまでの険悪振りが嘘のように意気投合するケルヴィンとジ
ェラール。しかし、エフィルはどこか不安そうな顔をしている。
﹁あの、ご主人様。リオン様は確か獣王様との特訓をされていて、
対人戦での手加減が、その⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ﹂
﹁お兄ちゃん、リオンちゃんの試合が始まるよー﹂
どこか抜けている死神のポカは、今日もそれなりに重要なところ
で発揮されていた。
1990
第270話 勇者の戦い
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
アルカディア
修練場の中心、決戦の場ではコレットが双方に生還神域を施して
いるところである。先の戦いで刀哉の結界は無事のままだったので、
リオンと刹那達が対象だ。
﹁あの、コレット。ムンちゃんも参加していいのかな?﹂
奈々がリュックに目線を移しながら訊ねる。
﹁もちろんです。ケルヴィン様からも予めそのように伺っています
よ。調教師がモンスターを使役して誰が文句を言うものですか﹂
﹁よ、よかったー⋮⋮ ムンちゃん、一緒に戦えるよ﹂
﹁ギュア!﹂
ホッと胸を撫で下ろす奈々。それで手が沈み込む辺り、小柄なが
らその胸は豊満であった。
﹁リオン様は先ほど刀哉が見せた能力以外は、皆さんがどのような
力を持っているか知りませんので、使いどころに気をつけてくださ
いね。はい、ムンにも施し終わりましたよ﹂
﹁分かったわ。色々とありがとね。コレット﹂
﹁どういたしまして。それでは、次にリオン様ですね﹂
コレットが正面に対するリオンの方へと移動する。丁度リオンは
ストレッチをしていたようだ。
1991
﹁コレット。せっちゃん達の方はもういいの?﹂
﹁ええ、我ながら完璧な仕事振りでした。クロト様様です。それで
はリオン様にも結界を施させて頂きます﹂
﹁あ、ちょっと待ってね。そう言えば今、アレックスがお昼寝して
るんだった。アレックスー、これから試合するから起きてー﹂
ちょこんとしゃがみ込み、自らの影に向かって両手を頬に当てな
がら声を掛けるリオン。暫くすると、ズズズとリオンの影が大きく
膨れ上がっていく。遠目で見ていた勇者達は何事かと警戒する。や
がてそれは大型の大狼となるのだが、いの一番で大きな欠伸をひと
つ。
﹁ウォ∼ン⋮⋮?︵ご飯の時間⋮⋮?︶﹂
﹁あはは、何寝ぼけてるのさー。でも、エフィルねえにお願いすれ
ば何か作ってくれるんじゃないかな﹂
﹁ガゥガゥー︵エフィルー︶﹂
アレックスは観客席へ走って行った。目的地に辿り着くやいなや、
シュトラに抱き付かれている。
﹁あの巨大な狼、リオンちゃんの使役するモンスターかしら? ⋮
⋮凄く強い気配を感じるけど﹂
﹁私と同じ調教師なのかな?﹂
﹁いや、剣士だと名鑑には書いてある。まあ狼がこの場から離れて
行くところを見るに、どっちにしろこの戦いには参加しないってこ
とだろ﹂
﹁可愛い﹂
そうこうしている内にリオンにも結界が施されたようだ。一礼す
1992
ると、コレットも観客席へと戻って行った。
﹁これより模擬試合を始めたいと思います。両者とも、準備はよろ
しいですか?﹂
﹁いいよー﹂
﹁俺たちも大丈夫です!﹂
刀哉と刹那が前衛、奈々が後衛、雅がその半ばといった陣営であ
る。
﹁よろしい。それでは、いざ尋常に︱︱︱ 始めっ!﹂
なぜか日本風の掛け声で、メルフィーナが手を振り下ろした。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
どこか時代劇染みた女神様の言葉に苦笑いしながらも、兎も角試
合は開始された。まず、相手を見据える。リオンちゃんは黒い刀身
を持つ剣を鞘から抜き、両手に携えようとしているところだった。
双剣使いとあったけど、そこにおいては﹃剣術﹄と﹃二刀流﹄のス
キルを持つ刀哉に分がある、と思いたい。勇者のみが習得可能な﹃
二刀流﹄はそれだけで接近戦が有利となるからだ。
それに、彼女がこちらの情報を知らないという点も有難いところ。
私の﹃斬鉄権﹄は当たりさえすれば相手のステータスに関係なく両
断することができるし、雅や奈々の魔法だって虚を突ける。成長し
たムンだっているんだ。何とかしてみせる。
1993
﹁皆、最初から全力で行くぞ!﹂
﹁そのつもり﹂
﹁うん!﹂
既に聖剣ウィルを2本にし終え、構えの体勢となった刀哉が檄を
飛ばす。
グレイブデスオーガ・リベンジャー
﹁大黒屍復讐鬼﹂
呼応した雅の足元が隆起し、そのまま雅を肩に乗せるようにして
鬼が姿を現す。トラージの盗賊団のアジトでケルヴィンさんに倒さ
れた赤眼大鬼を、雅が恨み辛みと言った憎悪の念を毎日篭めること
で復活させ、更には強化まで果たした復讐鬼。
﹁ムンちゃん!﹂
﹁ギュアー!﹂
雅の別空間に繋がるリュックから飛び出したのは、進化して﹃火
竜︵幼竜︶﹄から﹃火竜︵古竜︶﹄にまでに至ったムンだ。伸縮自
在のリュックの口を大きく広げ、私たちの真上へと飛び出す。ファ
ーニスの火竜とも互角に戦ったムンは、奈々の後ろを付いて行くだ
けだった頃に比べても、頼りになる仲間となった。
私だって負けられない。﹃斬鉄権﹄の発動条件を物言いなしに使
用できるようになったんだ。個々ではまだまだケルヴィンさん達に
及ばなくとも、チームとして戦うのであれば、決して引けを取らな
い︱︱︱
﹁ん、消えた⋮⋮?﹂
1994
﹁︱︱︱っ! 奈々、後ろっ!﹂
咄嗟の叫び。リオンちゃんを、彼女を観察していた私だったから、
パーティの中でも動体視力が特に良かったから逸早く気付くことが
できた。恐ろしいほどの速度で疾駆したリオンちゃんが、後衛であ
る奈々の背後に迫っていた。修練場の外側を円を描くように走り、
その軌跡には焼けた跡がバチバチと電気を迸らせながら残っている。
﹁えっ?﹂
危機を知らせはしたが、奈々の速さでは回避は間に合わない。背
後を振り向いた瞬間にやられる。位置的に近しいのは雅だけど、魔
法を詠唱するにも厳しい。最前線にいる刀哉なんて以ての外。なら
ば、私が。いや、それも⋮⋮
﹁ギュ、アッ!﹂
﹁ムンちゃん!?﹂
奈々の危機を救ったのはムンだった。正しくは身代わりとなった
のは、になってしまうけど。奈々の首を狙ったリオンの凶刃は、間
に割って入ったムンの首を捉え、切断。リュックから飛び出し、周
囲を見渡せる位置にいたムンだからこそ、私と同様にリオンちゃん
を察知することができたんだろう。
﹁使役する竜がいるなら、その元締を狩れば手っ取り早いと思った
んだけどなぁ。支援役っぽいし。うん、いい子を連れているね、な
っちゃん﹂
﹁え、あ、え⋮⋮?﹂
およそ戦闘とは似つかわしくない笑顔のリオンに、奈々は困惑し
1995
てしまっている。目の前で、コレットの力によりムンが再生。かと
思うと、そのムンの巨躯ごと修練場を覆う結界外へと飛ばされてし
まった。どうやら死亡が確定すると試合の外へと飛ばされる仕組み
になっているみたいだ。それについても説明してくれれば⋮⋮ い
え、今ばかりは感謝しなければ。再生中とは言えど、ムンのあのよ
うな姿を奈々に晒すのはマイナス効果でしかない。
﹁奈々、動く!﹂
鬼に騎乗した雅が突進しながら叫ぶ。鬼は拳を振り上げ、今にも
リオンちゃんに襲い掛からんとしていた。そうだ、呆けている場合
じゃない。ムンが身代わりとなっても、彼女が奈々の近くにいるこ
マグネティックウィップ
とは変わりないんだ。私と刀哉も駆けつける為に全力で走る。
﹁ごめっ︱︱︱﹂
﹁うん、呆けている状況じゃないよね。電磁鞭﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
奈々の腕に細長く伸びる何かが巻き付かれた。その瞬間に奈々は
ビクリと体を震わせ、膝から崩れ落ちようとしていた。あれは電撃
フローズンテンプル
の一種? しかしその間際、床が氷で覆われ氷柱が次々で突き出さ
れる。奈々が気絶する直前に、氷天神殿を唱えたんだ。これでリオ
ンちゃんの速さは激減、補助魔法も使えない状態となった。
︱︱︱バキバキ!
﹁あ、意外と脆いね﹂
と思ったのも束の間、彼女は固められた自身の足を力任せに引き
抜いた。しかも、普通に体も動かしている。そ、それでも動きは大
1996
分拘束される筈。
﹁余所見、禁物﹂
雅が支配する鬼の拳が振りかざされる。
﹁ちゃんと見てるよ、みっちゃん。なっちゃん返すね﹂
リオンちゃんが腕を振るうと、奈々に巻きついてた電撃の線が伸
縮。まるで電撃は鞭のようにしなり、気絶し倒れようとしていた奈
々の体を宙に、それこそ雅の鬼が攻撃しようとしていたライン上に
浮かばせた。
﹁くっ⋮⋮﹂
苦々しく呟きながら、雅が鬼の拳を緊急停止させる。コレットの
秘術は対象が瀕死のダメージを負うような傷にしか作用せず、場外
への脱出もまた然り。これでは奈々が体のいい盾だ。眼前に奈々が
いる今であれば、救出することは可能かもしれない。でも拳で奈々
を掴めば電撃が鬼に伝わり、その肩にいる雅にもその衝撃が伝わっ
てしまう。それ以前に罠である気がする。雅も同じ考えなのか、宙
に放り出された奈々に手を出せないでいた。
﹁キャッチしなくていいの? じゃ、こうするけど⋮⋮﹂
再度電撃の鞭を振るうリオンちゃん。今度は奈々がこちらへ飛来
・・・・・・・
する。これでは体のいい武器。忘れそうになってしまうが、リオン
ちゃんはあのケルヴィンさんの妹さんだった。
1997
第271話 獣王の教え
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
私たちに向かって剛速球の如く飛来する奈々。正面から受け止め
ては私や刀哉は大怪我を免れない。なら、躱す? 確かに回避は可
能。しかしその選択肢を取った場合、あの勢いのまま奈々は地面に
衝突してしまう。コレットの秘術を施された奈々であれば、試合か
らリタイアすることはあっても死ぬことはないだろう。気絶してる
し、痛みを感じることもないと思う。 ⋮⋮でも、例えそうだとし
ても、そんな選択はしたくない。
﹁刀哉、奈々を迂回して先に行って!﹂
﹁おい、そんなこと︱︱︱﹂
﹁奈々は何とかするから!﹂
﹁⋮⋮っ! 分かった!﹂
私を信頼してくれたのか、刀哉は奈々が飛んでくるであろう範囲
から逸れた。雅はリオンちゃんが奈々を投げ飛ばすのを確認するや
否や、鬼で攻撃を仕掛けたみたい。鬼の拳を剣で受け止める剣戟が
聞こえてくる。
﹁雅っ! 奈々を受け止める使い魔を作って!﹂
﹁今、戦闘中。人使い荒い﹂
愚痴を言っているみたいだけど、頼めばやってくれるのが雅だ。
現に︱︱︱
1998
スカルブリゲイド
﹁骸骨旅団﹂
戦いながらも魔法を唱えてくれた。雅の詠唱後に現れたのは武器
を持たぬ骸骨の大軍。確かこの魔法は依り代を必要とせずに骸骨兵
士を生成する魔法だ。量は多いが質が悪い。逆に捉えよう、質より
量と。ただ、このままでは奈々を受け止めることはできない。
スライムトランス
﹁茱萸変化﹂
次に雅は大量の骸骨の1グループをスライムの姿へ変化させた。
プニプニと弾力に富んだスライム集団が密集していく。仲間にしか
使えないネタ魔法とばかり思っていたけれど、これで受け止めるク
ッションの準備は整った。後は私が︱︱︱
﹁︱︱︱奈々を、放してもらうわっ!﹂
奈々との衝突の間際、紙一重の間隔で躱して雷の線を注視する。
触れるのは一瞬、雷電が刀に伝わる前に事を済ませば、或いは。
︱︱︱キン。
鞘に納めた刀が心地良い音を奏でる。抜刀、終了。不安定な体勢
からの居合いだったけど、私が思い描いた通り上手くいった。﹃斬
鉄権﹄の行使で雷を完全に奈々から断ち斬り、スライムが密集した
緩衝材で奈々が受ける衝撃を吸収。気絶はしたままだけど、奈々を
助け出すことに成功した。
﹁雅、待たせたなっ!﹂
﹁遅い﹂
1999
戦線に復帰した刀哉に雅が文句を言っているけど、あれは内心嬉
しい時の表情かな。ずっと一緒にいたから何となく分かる。
刀哉は直ぐにリオンちゃんとの接近戦に参戦。雅が操る鬼との連
携で猛攻を仕掛け、押して押して押しまくる。が、恐ろしいことに
リオンちゃんは刀哉の2振りの聖剣を、鬼の凶悪な拳を、隙を見て
放たれる雅の黒魔法を全て捌いて見せた。笑顔のまま表情を崩すこ
とすらしない。黒剣の強度も尋常ではないようで、真正面から鬼の
拳を受けてもビクともしない。えっと、私たちが攻め手となった筈
なんだけどな⋮⋮
﹁奈々は無事よ! 私も今から行く!﹂
﹁おう!﹂
あれから刀哉は一度も後ろを振り向くことはなかった。せめて安
心させてあげないと。戦力的には微妙かもだけど、骸骨の使い魔も
大量にいる。私より戦線へ到着するのは遅れるだろうけど、戦争は
数って言うし大いに役立ってもらおう。
﹁ごめんね。そこ、もう仕掛け終わってるんだ﹂
トラップ
﹁何がだっ!?﹂
﹁罠﹂
︱︱︱ガガガガガガッ!
直後に、私の背後で凄まじい金属音がした。嫌な予感がしながら
も、﹃天歩﹄を使って方向転換しながら後方を確認する。
﹁⋮⋮嘘﹂
2000
スライムトランス
スカルブリゲイド
一言で表せば、全てが粉々になっていた。骸骨旅団で呼び出した
骸骨の集団も、茱萸変化で変化させたスライムも。そして、あの血
だまりは︱︱︱
ざんろう
﹁本気めの斬牢。使うかどうか分からなかったけど、仕掛けておい
て良かったよ﹂
罠⋮⋮ 奈々が着地したあの場所は、確かリオンちゃんが最初に
陣取っていた場所。詰まり、予め攻撃をもたらす何かを仕掛けてい
たってこと? あの短時間で? どんな能力?
奈々がリタイアし、結界の外へと飛ばされる。観客席に座らされ
るように到着した奈々は、目をパチクリさせて何が起こったのか分
からない様子、それが救いだった。
グレイブデスオーガ・リベンジャー
﹁その鬼さんもそろそろ限界みたいだね? 何回も僕と打ち合っち
ゃったし⋮⋮﹂
﹁要らぬ心配。私の大黒屍復讐鬼は無敵﹂
グレイブデスオーガ・リベンジャー
﹁ぐ、ぐれいでり⋮⋮?﹂
﹁違う。大黒屍復讐鬼﹂
﹁⋮⋮鬼さーんこーちらー﹂
﹁誤魔化すなー!﹂
﹁お、おい!﹂
お気に入りのフルネームで呼んでくれないことに腹を立てた雅は、
迅雷のようなバックステップで後退するリオンちゃんを追撃し深追
いしてしまう。刀哉も急いで追いかけるが出遅れる。また、嫌な予
感がする。気のせいかもしれないけど、鬼の動きも鈍くなっている
ような⋮⋮ 疲れなんて知らない筈なのに。
2001
﹁雅、深追いは駄目よ!﹂
﹁分かってる。適切な距離で追い駆けている﹂
意外にも雅の声は冷静だった。見た目ほど頭に血が上っていなか
ったらしく、雅は鬼に着かず離れずの位置取りで追い駆けさせてい
た。これであれば、リオンちゃんが何かしようとした際に対応でき
る。なら、この感じは?
フェレニークラッシュ
﹁逃げるのなら、罪人の重しで動きを︱︱︱﹂
グレイブデスオーガ・リベンジャー
事が起きたのは雅が魔法を詠唱しようとしたその時だった。雅の
操る鬼、大黒屍復讐鬼の両腕が落ちたんだ。刃物で斬られたかのよ
うに、すっぱりと。
﹁なっ!?﹂
雅が驚こうとも、突如起こったこの事態には鬼も流石に対応でき
なかった。両腕を行き成り失ってしまった鬼はバランスを崩して転
倒してしまう。
﹁雅っ!﹂
﹁不用意に近づかない! 何か来る!﹂
雅のもとへ駆け寄ろうとする刀哉を無理矢理に引き止める。あれ
だ。私がさっきから感じていた、嫌な予感の元凶。剣の軌跡のよう
な線が2つ、空中に留まっている。私の察知スキルが危険な箇所を
具現化させ、そのように見せている。可視化し、そのように見せる
程に危険だと。
アギト
﹁飛べ、空顎﹂
2002
﹁⋮⋮! 全力で横に跳ぶっ!﹂
停止していたそれが動き出す。両脇に向かって二手に分かれるよ
うに、私と刀哉が跳躍する。凄まじい威力を誇った飛ぶ斬撃が、地
を深く抉りながら放たれた。あと少しでも回避するのが遅れていた
ら⋮⋮ 考えたくもない。
そうしている間にも、リオンちゃんは雅の眼前に迫っていた。地
に降りた雅はそのまま鬼を迎撃に向かわせたようだけど、既にその
胴は2つに分かれてしまっている。代わりに、鬼の亡骸は魔力で溢
れていた。
﹁鬼さん、僕とはちょっと相性が悪かったかな。打ち合う度に弱体
デッドエンドクラッシュ
化してたし﹂
﹁終焉無き責め苦!﹂
雅のA級黒魔法が炸裂し、黒きエネルギーの放出が一帯に広がる。
鬼の亡骸に残る魔力を爆発させる、言わば自爆技。アンデッドだか
ら時間をかければ復活させることが可能だけど、あの鬼ともなれば
本当に長い時間が必要となる。跡形もなくすこの魔法の触媒に使っ
たら尚更そうなる。でも、雅は迷わずそうした。たぶん、そうしな
いと勝てないと思ったんだ。
﹁やったか!?﹂
﹁刀哉、わざとっ!?﹂
私でも分かるようなフラグを立てる刀哉に思わずツッコミを入れ
てしまった。それがいけなかった。ほんの数秒、視線を逸らしてし
まったんだ。
2003
﹁残念だけど、フラグがなくとも回避してたかなー。発動前の分か
りやす過ぎる魔力の動きがなければ、掠りはしたかも﹂
﹁⋮⋮無傷、かよ﹂
雅が、リタイアしたみたいだ。視線を戻した瞬間と、雅が結界の
外へ飛ばされるタイミングが一緒だった。そして、リオンちゃんの
黒衣にはダメージの痕がひとつもない。この様ではぐうの音も出な
い。おまけにリオンちゃんの周囲には、先ほどの停止した斬撃が1、
2、3︱︱︱ 数えるのを止めよう、10以上ある⋮⋮
﹁刀哉、私が道を作るから、後に続いて﹂
﹁無理するな、って言っても無駄だよな。分かった、最善を尽くす﹂
風の妖精の補助によって、私の素早さに僅かな補正がかかる。幾
分かましな程度、それでも私にとっては心強い。ふう、私の仕事は
刀哉の道を作ること。﹃斬鉄権﹄でなら、あの斬撃もいける。いけ
るんだ。いかないでどうする!
ジェネレイトエッジ
﹁霹靂の轟剣﹂
リオンちゃんの黒剣が轟き出した。どうしよう⋮⋮
2004
第272話 合否
︱︱︱ケルヴィン邸・地下修練場
﹁行くわよ、刀哉!﹂
﹁おう!﹂
迷っている時間はない。私は駆け出す。風よりも速く、鋭く。背
後に何者も通さぬ絶対の盾として。
アギト
﹁空顎﹂
リオンちゃんはそう声にするだけで、静かに佇んでいた。だけれ
ども、その周囲一帯は荒々しく乱れている。停止していた斬撃が、
幾重にも重なり合わさって迫り出したんだ。最早隠す必要はなくな
ったと言わんばかりに、修練場を破壊しながらの大行進。こんなも
のを見せられたら、1周回って笑ってしまう。けど、だけど、刀哉
には触れさせない。
﹁すぅ⋮⋮﹂
こんな時でも己の呼吸の音がよく聞こえる。いい感じ。うん、い
い感じだ。
︱︱︱ギィン!
斬撃の第一波を﹃斬鉄権﹄を付与した居合いで払う。 ⋮⋮重い。
重いし、凄まじい衝撃が骨まで沁みる。それでも私の目論見は正し
2005
かったようで、あれだけ強力無比であったリオンちゃんの斬撃を真
っ二つにすることに成功した。私の両端を斬撃の残滓が走るが、気
にしている余裕はない。長年の癖のせいか、考えるよりも早く刀を
鞘に戻していたのは助かった。第二波は眼前に来ている。
再び激しい金属音が響き渡り、私の体を痛みが蝕む。2回目でこ
れかぁ⋮⋮ 斬る度に己の限界を超えてる気がするよ、私。次は︱
︱︱ いけない。斬撃が×の字に重なってる。あれでは単純に威力
が倍になるじゃない。 ⋮⋮フフフ、いいわよ。超えて続けてやろ
うじゃない。己の限界を!
︱︱︱ギィギィン!
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
アギト
︵うわぁ、アクラマで作った空顎を斬ってる⋮⋮ これ、ジェラじ
いでも払うのがやっとなんだけどなぁ⋮⋮︶
ジェネレイトエッジ
刹那を先頭に突撃を仕掛けてきた勇者達に、リオンは素直に驚い
アギト
レンガ
ていた。双刀の黒剣アクラマに霹靂の轟剣を施しはしたが、本当で
あればこの空顎・連牙でけりをつけるつもりだったのだ。その上で
の感心、賞賛。そして、分析。
アギト
︵あの空顎が斬られるってことは、アクラマで受けるのも怖いかな。
せっちゃんに接近戦は厳禁⋮⋮ っと︶
リオンが入手した情報は、随時配下ネットワークのメモ書きに書
2006
き込まれていく。その主な理由として、現在の刀哉らのステータス
がケルヴィンの﹃鑑定眼﹄でも見れないことが挙げられる。これは
勇者パーティの誰かしらがS級の﹃隠蔽﹄を行っている為だ。よっ
て試験官を務めるリオンが、戦いながら4人のステータスや特性を
推測している訳である。もっとも、それはあくまでついで程度の行
為。程好く殺れる時は容赦なく殺るのが前提となっている。
︱︱︱ギィギィギィーン!
アギト
16もの空顎の嵐が通り過ぎるのは一瞬のこと。だからこそ、そ
アギト
の中を突破するのは困難極まる。しかし、刹那はやり遂げて見せた。
最後に襲い掛かった四重型空顎を見事打ち破ったのだ。汗が迸り、
刀を握る指に力が入らない。限界の限界。そのような言葉を何度も
コクライ
乗り越えての偉業であった。
アギト
﹁空顎・黒雷﹂
だが、そのような絶好のチャンスを獣王の教えを授かったリオン
ジェネレイトエッジ
アギト
が見逃す筈がなく、更なる試練を無慈悲に放った。アクラマの切味・
強度、そして霹靂の轟剣の力を帯びた極大の空顎。絶望を冠する黒
きそれは、刹那を嘲笑うように降りかかる。
﹁﹃斬鉄権﹄を⋮⋮ 行使するっ!﹂
﹁⋮⋮っ!﹂
体は疲労している筈だった。もう腕を上げることもできず、一歩
も進めない。消耗に次ぐ消耗。そんな疲労の極地の中で振り絞るよ
うに叫ばれた言葉が、刹那の体を動かした。今であれば口にする必
要もない台詞。初めの頃は赤面しながら呟いていた口上。されど想
いは体に宿り、無意識のうちに駆動する。
2007
アギト
コクライ
︱︱︱刹那に刀を握る力はもうない。代わりに振られたのは自身
の腕。手刀である。刹那と空顎・黒雷が触れた際の音はなかった。
両断されたのはリオンの斬撃。ただ、その結果だけが残った。
マグネティックウィップ
﹁どう、よ⋮⋮﹂
﹁電磁鞭﹂
返答する訳でもなく、リオンが電撃の鞭を試練を打ち破った直後
の刹那に向ける。後は気絶するだけであろう、刹那に。
ディバインセイバー
﹁天上の神剣ああぁぁ!﹂
リオンの攻撃を斬り裂いたのは神々しい光を纏った2振りの聖剣
だった。倒れ伏した刹那を守護するように、光の勇者が漆黒の天使
に立ちはだかる。
﹁とーやんで最後だね﹂
﹁ああ、これで最後だ﹂
蒼き雷を靡かせる黒剣、耀かしい光を放つ聖剣。世界に1本、い
や、2本しか存在しない伝説級の武具、そしてその使い手が衝突し
た。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
﹁勝負あり、ですね﹂
2008
﹁ああ﹂
リオンとデラミスの勇者の戦いに決着がついた。結果を言ってし
まえば、まあ、あれだ。
﹁ケルにい、僕勝ったよー!﹂
リオンの圧勝である。我が妹は最後まで無傷だった。
﹁皆、ごめん! 俺が不甲斐ないばかりに⋮⋮!﹂
フローズンテンプル
﹁神埼君がそんなこと言ったら、私なんか何もしてないし⋮⋮﹂
﹁そんなことはない。氷天神殿は最後まで健在だった﹂
﹁うぐぐ、き、筋肉痛が⋮⋮﹂
跳躍しながら抱きついて来たリオンを抱え直し、撫でながら試合
の最後を考察する。ラストのリオンと刀哉の一騎打ちは一瞬で勝負
がついた。とは言っても刀哉にとってはその一瞬も長く、永く感じ
られたかもしれない。1秒間に一体何度剣を交わしただろうか。遠
巻きに見ていた俺にはその具体的な回数までは分からなかった。た
ぶん、俺の目算と1・2回程の誤差があると思う。
ディバインセイバー
刀哉が最後に使っていた天上の神剣は無効化系の付与魔法かな?
リオンの雷撃で痛がっている様子もなかったし。まあ、他にも効
力があるのかもしれないが。それよりも今回のMVPはやはり刹那
だろうか。﹃斬鉄権﹄の文字に偽りがないことを証明し、仲間を最
たべる
後まで護り切り、リオンのもとまで導いてみせた。他のメンバーも
よく成長している。だが、まだ戦うには早いか⋮⋮
﹁よーし、結果を発表するぞー﹂
2009
パンパンと手を叩いて刀哉らの視線を集める。
﹁結果と言っても、試合は負けてしまいましたが⋮⋮﹂
﹁勝つ気があるのは良いことだが、誰も勝てたらとは言ってないだ
ろ。いくらリオンが適度に手加減していたとは言え、よく戦ったと
思うぞ?﹂
﹁え、手加減⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮してたの?﹂
﹁あはは⋮⋮﹂
リオンが曖昧な笑みで誤魔化す。あんな回りくどい戦い方をして
いたんだ、当たり前だろ。リオンが本気で殺しに行ったら初手で詰
むぞ、お前ら。
﹁で、だ。どう評価するかな、メルフィーナ?﹂
﹁最低限の力は身に付いていると思います。各々今であれば、神聖
騎士団のクリフとも互角に渡り合えるでしょう﹂
﹁クリフ団長と?﹂
お、珍しく雅が反応した。対抗意識でも燃やしていたんだろうか?
﹁そ、それで合否は⋮⋮﹂
﹁⋮⋮合格と致しましょう。これより平和の為、更なる修練に励ん
でくださいね﹂
ボロボロとなった地下修練場に、歓声が沸いた。うんうん、これ
からも励んでくれ。是非とも。
2010
第273話 お風呂交流
︱︱︱ケルヴィン邸・浴場
﹁タオルと着替えはこちらにご用意しております﹂
﹁エフィルさん、ありがとうございます﹂
試練を無事に済ませ、実力をケルヴィンに認められた勇者達はこ
の日、ケルヴィン邸にて1泊することとなった。ちなみにコレット
も一緒だ。国の重要人物が気軽にそのような行為をして良いのか疑
問に思うところもあるが、デラミスにてトップに次ぐ権力を持つコ
レットが良いと頷けば、それは白なのである。ましてやコレットが
メルフィーナの誘いを断る訳もなく、いとも容易く承認の決定が下
されたのであった。
﹁広いお屋敷とは思っていたけど、外から見るよりも広く感じるわ
ね。お風呂の更衣室もこんなに広々﹂
﹁ご主人様やリオン様は湯浴みがお好きですから。浴場は特に力を
入れて増築しております﹂
模擬試合を終えて汗だくになってしまった刹那達は、疲れと汚れ
を落とす為に屋敷の浴場を借りることにした。レディーファースト
ということで、刀哉は刹那達が上がるまで待機である。
﹁わぁ、浴衣だよ! 皆、浴衣があるよ!﹂
﹁﹁おお!﹂﹂
準備された衣類に目を丸くする刹那達。直ぐ様に手に取りその懐
2011
かしい質感を確かめている。
﹁以前、座布団や和室に感動されていたようでしたので、勝手なが
ら用意させて頂きました。トラージより取り寄せた就寝用の着物で
す。コレット様もご一緒のものでよろしかったでしょうか?﹂
﹁ええ、構いません。ありがとうございます﹂
﹁安心致しました。それでは私はこれで失礼しますので、ごゆっく
りどうぞ﹂
エフィルが更衣室から出て行くのを見送り、デラミス組は脱ぐも
のを脱いでさっそく浴場へと足を踏み入れた。
﹁︱︱︱でっかい﹂
﹁デラミス宮殿のも規格外だったけど、これはまた⋮⋮﹂
﹁しかもこれ、温泉?﹂
眼前に広がるは木々香る大浴場。広々とした木造風呂や岩風呂が
並び、その周囲には室内であると言うのに植物が植えられている。
気分としては露天風呂さながらである。更に湯は乳白色のもので満
たされており、ふわっとした良い香りが木々に混じって漂っている。
﹁⋮⋮これ、どうみても日本の温泉よね﹂
﹁そりゃトラージ王協力の下、ケルヴィンが研鑽に研鑽を重ねてた
からね! ダハクが仲間になってからは一段と景色も良くなったわ
!﹂
﹁わっ!?﹂
突然の声に驚いた奈々が背後を振り返ると、そこにはバスタオル
を巻いたセラがいた。隠すところはしっかりと隠しているが、その
抜群のプロポーションは隠せていない。
2012
﹁⋮⋮でっかい﹂
﹁そうでしょう、そうでしょう!﹂
雅の言葉を受けて自分のことのように満足気にドヤ顔で頷くセラ
であるが、少しばかり勘違いが発生しているのは気のせいではない。
﹁セラねえ脱ぐの早いって∼﹂
﹁急がなくても風呂は逃げないのにねー﹂
そうこうしている間にも、浴場の入口から続いてリオンとアンジ
ェが出て来た。格好としてはセラと同様の姿である為に、コレット
に衝撃が走り口元を両手で隠す。以降なぜかコレットの発言が少な
くなるのだが、一々指摘してはきりがないのでここでは捨て置こう。
﹁あ、せっちゃんになっちゃんにみっちゃん! さっきはお疲れ様
∼﹂
﹁リオンちゃんこそお疲れ様。完敗だったわ﹂
﹁見た目に惑わされてはならない。教訓を得た﹂
﹁ジェラじいや獣王様に鍛えられたからね。簡単には負けられない
よー﹂
﹁獣王?﹂
﹁ねえねえ、こんな所で立ち話も何だし︱︱︱﹂
一同、湯船に浸かる。
﹁ふわぁ⋮⋮﹂
﹁温泉、温泉だぁ⋮⋮!﹂
感極まるとは正にこのこと。刹那と奈々はふにゃっとなり、表情
2013
に変化の少ない雅も目を細くして心地良さそうにしている。
﹁でも、何で屋敷の中に温泉が? パーズってトラージみたいな温
泉場だったかしら?﹂
刹那の疑問にアンジェが答える。
﹁このお湯はメルさんが青魔法で作ってるんだ。昔、ケルヴィンが
地下で温泉を掘ろうとして上手くいかなかったみたいでさ、その代
用品としてね。私も初めて見た時は驚いたなー﹂
﹁奈々、その青魔法を覚えるべき。そうすべき﹂
﹁ええっ!? わ、私でも習得できるかなぁ⋮⋮﹂
﹁肉体への回復効果もあるから、あったら便利だよー﹂
﹁あ、本当。筋肉痛があまりしなくなってる﹂ ﹁あれば毎日この湯に浸かれるわよ。B級程度の魔法だし、簡単で
しょ?﹂
﹁あの、一般的にはB級も上級の上位の魔導士が会得する難易度な
んですけど⋮⋮﹂
一目見て覚えれば? と軽い口調で話すセラに、奈々は苦笑いを
浮かべてしまう。その様子を見て思うところがあったのか、アンジ
ェが口を開いた。
﹁まあ、それくらいできないとこの先辛いよって意味もあるかな?
せめて4対1でリオンちゃんに勝てるくらいにはならないとね﹂
﹁リオンちゃんに、ですか⋮⋮﹂
﹁とは言っても、僕も人のことは言えた立場じゃないんだけどね。
セラねえやアンねえから早く勝ち星を取れるようにしないとっ!﹂
改めて気合を入れるリオン。しかし、その横では温泉に浸かって
2014
るとは思えないほど固まっている勇者達の姿があった。
﹁え、えーと、つかぬ事を伺いますが、リオンちゃんでもセラさん
やアンジェさんには勝てないの⋮⋮?﹂
﹁あの漆黒の天使が⋮⋮?﹂
おそるおそる刹那達が聞く。
﹁絶賛連敗中だよー。アレックスとタッグを組んで良い勝負かなぁ
?﹂
﹁それでも勝つけどね!﹂
﹁姉としてまだまだ負けられないしねぇ﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
世界は広い。今日ほどこの言葉が身に沁みた日はなかっただろう。
そんな勇者らの気も知れず、鉄拳女帝と首切り暗殺者は今夜の夕食
の話題で盛り上がっていた。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱ケルヴィン邸・客室
一方その頃、刀哉はと言うと。
﹁刀哉の部屋はここなんだが、問題ないか?﹂
﹁ここって⋮⋮ 和室じゃないですか! 布団もあるし!﹂
2015
こちらはこちらでテンションが上がっていた。
﹁トラージに伝手があってさ。畳やら何やらを融通して貰ったんだ。
で、この部屋でいいか?﹂
﹁いいです! この部屋がいいです! 旅館みたいじゃないですか
!﹂
﹁お、おう。そりゃ良かった⋮⋮﹂
どうやらデミラスの勇者は全員布団派のようだ。
﹁あいつらが風呂から上がるまでは休んでいてくれ。時間を見計ら
ってうちの使用人を呼びに寄こすからさ﹂
﹁分かりました! あの、師匠。明日にはデラミスに戻るんですか
?﹂
﹁ああ、朝一には転移門で戻る予定だ﹂
﹁そして敵に対抗する為の鍛錬が始める訳ですね! やりますよぉ、
俺!﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
ケルヴィンは少々このノリが苦手であった。ちなみに現在の案で
は、手始めにデミラス領内の最難関ダンジョンに置き去り状態でス
タートさせようかと考えていたりする。ケルヴィンはケルヴィンで
調査したい事柄がまだまだあるのだ。そして、今も確認しておきた
いことが1つある。
﹁⋮⋮一応聞くが、刀哉。女風呂を覗いた経験はあるか?﹂
﹁ある訳ないじゃないですか! 不可抗力でなら両手じゃ数え切れ
ませんが、俺の意思ではないです!﹂
﹁よーし、許可なく風呂場に近づいたら命はないと思え。そんな在
り来たりなイベントは絶対起こさせないからな!﹂
2016
﹁えっ? 何の話ですか?﹂
能力云々の前に、刀哉は元からそのような体質であるので侮れな
い。
2017
第274話 事件︵前書き︶
活動報告にて6月25日発売の1巻特典情報を記載しています。予
約の参考にどうぞ。
2018
第274話 事件
︱︱︱デラミス宮殿
懐かしいであろう日本の文化に触れた刹那達は十分にリフレッシ
ュしたようで、以前よりも気力が充実しているように見える。夕食
用にとセラが釣ってきた魚を、エフィルが捌いて調理した刺身も実
に好評だった。やっぱり醤油は偉大だよね。トラージで購入してお
いて良かった。ありがとう、虎次︵仮︶! まあ、刀哉の主人公力との熾烈な戦いを脳内で繰り広げていたお
陰で、精神的に疲労してしまった俺とは正反対なんだけどな。ああ、
反対だとも。しかし俺は守り切った。孫馬鹿の爺ちゃんとの共同戦
線は熱かったぜ。
さて、翌日は予定通りに屋敷を出発し、転移門でデラミスへ再び
戻る。当初の予定ではこのまま刀哉らを極悪非道なダンジョンに放
り投げ、必要最低限のサポートだけして使徒関連の調査に没頭する
筈だったのだが、どうも状況がそれを許さないらしい。いや、勇者
にそんなことをさせるなんて! などといった反対意見がデラミス
側から出た訳ではない。現にコレットは嬉々として賛同してくれて
いた。狂信者って怖いですね。で、その恐ろしいコレットさんと相
見る人物がここに居る。
﹁︱︱︱孤児院の子供達が、さらわれた?﹂
﹁ええ、内密な話ではありますが⋮⋮﹂
情報を知らせに来たのはサイ枢機卿だった。彼の話を聞くに、こ
2019
の事件が判明したのは早朝のこと。警邏を担当していた聖騎士が孤
児院を訪れたところ、異変に気がついたそうなのだ。
﹁団長のクリフが生憎不在でして、前任の私のところへ相談しに来
た者がおりました。いつもであれば子供達の声で賑やかとなる時間
だったのですが、今朝はしんと静まり返っていたと⋮⋮ 異変に気
付いた彼は教会と孤児院の中を捜索、直後に気絶したシスター・マ
リガンを発見致しました。魔法で気絶させられたのでしょう。幸い
も怪我らしきものはなく、現在は回復して事情を伺っているところ
です。ただ、他のシスターや子供達の姿を見受けられず、代わりに
このようなものが⋮⋮﹂
﹁これは︱︱︱ 書簡ですね﹂
サイ枢機卿がコレットに手渡したのは、まっさらな封筒だった。
宛先はなく、シスター・マリガンが倒れていた部屋のテーブルの上
にて無造作に置かれていたそうだ。
﹁コレット、何て書いてあるんだ?﹂
文章を読み解くコレットの表情が険しい。状況が状況だけに、良
い知らせが書かれていないことは予想が付く。後はどの程度の悪い
知らせが記されているか、だけだ。
﹁⋮⋮御覧ください﹂
﹁どれ︱︱︱﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱デラミスの巫女及び、その勇者に告ぐ
2020
﹃英霊の地下墓地﹄に来られたし。さもなくば、日没と共に汝を
信仰する哀れな童子の魂を解放する。立ち上がる時は来たれり。今
こそ、真の神を信仰する時ぞ。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
記述された文章はこれだけだった。﹃英霊の地下墓地﹄がどこか
は知らないが、どうも孤児院の皆を連れ去った者達はそこで待ち構
えているようだ。最悪なのはコレットが出向かわなければ、日を跨
ぐ毎に人質を殺すと示唆していることか。これは神の使徒らによる
犯行なんだろうか? 孤児院の人たちがコレットと縁があることを
知っている辺り、コレットをよく知る人物とも取れるが。
﹁巫女様、大変申し辛いことなのですが⋮⋮﹂
﹁許します。何でしょうか?﹂
コレットの言葉に戸惑いはなかった。今の彼女は正真正銘の巫女
として動いているんだろう。
﹁以前から水面下で密かに行動していた反メルフィーナ派︱︱︱ エレアリス信仰派がこの事件を引き金に動き出したようです。既に
フィリップ教皇へ通達はしていますが、領内とは言え巫女様も用心
していてください。見知った者でも敵である可能性があります﹂
サイ枢機卿の言葉に偽りはないかな。前にも言ったがデラミスも
一枚岩ではないんだ。メルフィーナが転生の神となった時に、巫女
アイリスと共に謀反を起こした理想の残滓。世代を越え、意思を継
いだ者達が今もデラミス内部に潜み、表面上はメルフィーナを信仰
2021
しながらも燻っている。リンネ教徒全体の数パーセントにも満たぬ
人数だったとしても、それは大いに脅威だろう。何せ、このような
機会に何を引き起こすか分からないのだから。
﹁エレアリス信仰派が⋮⋮ 分かりました。それで、実際にはどの
ように?﹂
﹁お恥ずかしながら、﹃英霊の地下墓地﹄の入り口が占拠されてい
ます。どうやら私が報告を受けるよりも早く実行に移っていたよう
でして、神聖騎士団の騎士数名と大聖堂に在中する兵士の幾人かが
不意に裏切り、そのように出たと。教皇の指示でまだ争いこそ起こ
っていませんが、睨み合うばかりで話し合いに応じる兆しは見えま
せん。現在はマルセル枢機卿が対応していますが、どう転ぶか⋮⋮﹂
﹁クリフを私の魔力体として追従させていたのが裏目に出てしまい
ましたね﹂
兵士や騎士団の中にもエレアリス信仰派がいたってことか。思っ
ていたよりも規模がでかいのかもしれないな。しかし、神殿に在中
するってことは︱︱︱
﹁コレットちゃん。﹃英霊の地下墓地﹄って、大聖堂の⋮⋮?﹂
良いタイミングでシュトラが質問してくれた。俺も乗っかろう。
﹁俺も聞きたいな。その地下墓地ってのは一体どこにあるんだ?﹂
﹁そうでしたね。良い機会ですし、説明致しましょう。これについ
てはまだ刀哉達にもお話していませんでしたし⋮⋮﹂
コレットが椅子から立ち上がり、窓から大聖堂を覗いた。
﹁実はこのデラミスの聖都には2つのダンジョンが存在するのです。
2022
1つはこの世界に召喚されたばかりだった刀哉達の修行にも用いら
れた﹃護り手の鍛錬場﹄。その名の通り、勇者や騎士の者が鍛錬す
る場として活用されるC級程度のダンジョンとなっています﹂
﹁ああ、それなら俺も知ってますよ。あそこに見える高い塔のこと
です。懐かしいなー﹂
﹁しっ、今は黙っておきなさい﹂
﹁うっ⋮⋮﹂
﹁ごめん、コレット。続けていいわよ﹂
刹那が昔を懐かしむ刀哉に強烈な肘打ちを食らわす。まあ、今の
本題はもう1つの方だからな。﹃護り手の鍛錬場﹄も関心はあるが、
それはまた後でだ。
﹁コホン。そして2つ目のダンジョンである﹃英霊の地下墓地﹄は、
地上よりも遥か下︱︱︱ ﹃デラミス大聖堂﹄の地下へ繋がる先に
あるのです。元々は大戦時に殉じた人々を奉る為に作られた、10
層からなる巨大墓地だったのですが、強力過ぎる怨念によるモンス
ターの多発でダンジョンに指定されています﹂
大聖堂の下に墓地か⋮⋮ もしかすれば町中から大聖堂へ魔力が
集まる仕組みとなっているのも、巫女に力を与えるだけでなく、そ
の魔力を使って英霊を清め、鎮めようという思惑もあるのかもしれ
ないな。
﹁おいおい、そんなダンジョンに引き篭もって大丈夫なのか? そ
の反対派は?﹂
ダハクから当然の質問だ。
﹁階層によって難易度が格段に変化しますので、恐らくは浅い場所
2023
にのみいるのかと。1層、2層は神聖騎士団と神官の尽力により、
モンスターを排して通常の墓地として利用できるまでに今ではなり
ましたし⋮⋮ ただ、奥へ行けば行くほどに厄介ではあります。最
奥ともなればS級のモンスターが出現する危険性もありますし、何
よりも3層以降は非常に構造が入り組み、広大となっているのです。
ひし形のような断面図を想像して頂ければ分かりやすいかと思いま
すが、兎も角広いのです。正直なところ、私でも7層以降の正確な
構造は把握しておりません﹂
﹁何でそんな構造にしたんだよ⋮⋮﹂
﹁最奥は過去の教皇や巫女の墓所となっていると聞きます。万が一
に備えての対策だったんでしょうね。中層以降はトラップ類も豊富
ですから﹂
王の墓を護る為にピラミッドに仕掛けた罠のようなもんか。そん
な中を反対派の人間が突っ切るとは思えないが、わざわざ場所を指
定したくらいだ。何か思惑があるに違いない。
﹃セラ、アンジェ。ここから大聖堂の地下の気配は探れるか?﹄
﹃んー、疎らには。シスターや子供達の気配は地下の別々のところ
にあるね。もっと詳しく探すなら近付きたいな﹄
﹃私も同感ね。あと、どう見てもダンジョンの奥に気配がある子も
いるわ﹄
どうやら奴らの中には、女子供を連れてダンジョンを突破できる
者がいるらしい。
2024
第275話 祀られしもの
︱︱︱デラミス宮殿
何をともあれ、早急に対策を練る必要がある。個人的には一足先
に渦中に飛び込みたくてうずうずしているのだが、今回は孤児院の
シスターや子供達という人質がいるんだ。こればっかりは仕方がな
い。
﹁いやぁ、参ったね∼。まさか反対派がこんな強行手段を取るとは
思っていなかったよ。どうしよっか?﹂
﹁フィリップ教皇。勇者様やケルヴィン様の前ですので、少しばか
り自重するのがよろしいかと﹂
悪戯がバレて一先ず笑顔を取り繕ってみた感じの教皇に対し、サ
イ枢機卿が静かに窘めている。
﹁もう! コレットといい、サイといい、皆他人行儀するー﹂
﹁今はそれどころではないのです! 子供達の命が掛かっているの
ですよ!﹂
﹁はいはい、コレットもメルフィーナ様の前だからって張り切り過
ぎ﹂
﹁なあっ!? わ、私は別に︱︱︱﹂
図星だったっぽい。いやいや、もちろん純粋に孤児院の人達を心
配する気持ちも人一倍あるんだ。ただ、コレットはメルフィーナに
対する感情の振り幅がぶっ壊れているだけなんだ。許してやってほ
しい。
2025
﹁しかし教皇、そのような態度では勇者様方の士気にも関わります。
どうか、今一度再考を︱︱︱﹂
﹁サイだってひと昔前までは勇者だったじゃーん。一緒にセルジュ
に恋した仲じゃーん。亡国の王子様も形無しだったね!﹂
﹁⋮⋮そして共に失恋した仲でもありますよね?﹂
﹁あ、ごめ⋮⋮ サイ、目が笑ってないよ?﹂
サイ枢機卿の逆鱗に触れたのかね。俺も今一度確認するが、一応
今は作戦会議中である。俺たちや刀哉らデラミスの勇者、コレット
とクリフ、そしてフィリップ教皇が円卓を囲んで議論していた筈な
んだが、どうも話の方向性が違う方を向いている。主に教皇が原因
な訳だが。
﹁フィリップ、そろそろ真面目にお話しましょうか? あちらは日
没に時間制限を置いていることですし﹂
﹁はーい。真面目にやりまーす﹂
メルフィーナの言う事には従うのか。何と言うか、その︱︱︱
﹃⋮⋮手のかかる子供の母親みたいだな﹄
﹃あなた様が父親であるなら、やぶさかでもないですよ。しかし彼
の場合、そのように演じている節もありますけどね。彼はあのよう
にふざけ合う最中にこそ、最も頭を働かせていますから﹄
﹃問題解決に向けての案を考えるのに、か?﹄
﹃⋮⋮2対1くらいの割合で﹄
その割合どっちがどっちよ? まさか遊ぶ方に大部分の脳を使っ
てないよね? 彼、聖人だよね?
2026
などとメルフィーナとの念話をしていると、フィリップ教皇の表
情が切り替わった。
﹁さて、まずは話を纏めようか。反対派の要求はコレットと勇者達
を﹃英霊の地下墓地﹄に来させること。急がないと日没毎に人質を
殺すぞー。ってこの紙には記されているけれど、正直これが本当の
目的ではないと僕は思うな﹂
﹁教皇、なぜです?﹂
﹁だからお父様と呼びなさいって。なぜって、相手はメルフィーナ
様に神の座が変わってから、ずっと息を潜めてきた奴らだよ? そ
れが高々孤児院の住民を人質に取ったくらいで、急に強気になって
大っぴらにこんな行動取ると思う? 僕なら最悪、人質を見殺しに
して突入かけちゃうよ?﹂
送られて来た紙をひらひらと宙に泳がせながら教皇が言う。幼い
顔をして非情なことを言うじゃないか。しかし、これは現代におい
ても同様だろう。如何に自国の国民がテロに指定された危険組織に
囚われようが、国のトップである指導者や大統領がその場に出向く
ことはあり得ない。それどころか相手を見誤れば報復され、壊滅に
至ってしまう可能性さえある。
﹁それにコレットだけなら兎も角、勇者を一緒にって点も気に入れ
ないな。仮にも国有数の実力を備える勇者を招き入れてどうするの
さ? 多勢に無勢とは言え、彼らが勝てるとでも? 何かあると言
ってるようなものだよ。いや、裏に何かいる、かな?﹂
﹁⋮⋮神の使徒、ですか?﹂
頭に浮かんだ言葉を口にする。
﹁メルフィーナ様やケルヴィン君の話の件もあるし、タイミング的
2027
にもそれが正しいんじゃないかな。反対派が一気呵成に動き出す要
因には十分だ。差し詰め、この記述は反対派の士気を高める為程度
の餌、ブラフ。使徒様と一緒なら勇者相手だって勝機があるとでも
思わせてるんじゃない? 前神であるエレアリス様の復活も暗示し
てるようだし、本当の目的は別だろうね。どうも使徒様は舞台裏で
動くのが好きらしい﹂
すらすらとまあ次々予測を立ててくれるな。やはり遊びは半分冗
談で裏では真面目に考えてくれていたのか。教皇にその気はないだ
ろうが、元使徒であるアンジェは居心地が悪そうに視線を逸らして
いる。
﹁となると、目的はアレでしょうか?﹂
﹁うん。アレだろうね﹂
サイ枢機卿の言葉をフィリップ教皇が肯定する。
﹁あの、アレとは何のことです?﹂
﹁何って、ほら、﹃英霊の地下墓地﹄の最奥に封印してるものだよ﹂
﹁封印しているもの、ですか? しかし、墓地の最奥には過去の指
導者達の墓しかない筈では⋮⋮﹂
コレットも知らないのか。いや、俺も知らんけど。
﹁コレットには教えてなかったけど、最奥にあるのは実は墓だけじ
ゃないんだ。だよね、メルフィーナ様?﹂
﹁今の私は義体です。この口からは答えられません﹂
﹁あ、制限に引っ掛かっちゃうのか。えっと、この場では僕とサイ
しか知らないことなんだけど、教えちゃってもいいのかな?﹂
﹁ハァ、私に確認せずとも言うつもりでしょうに⋮⋮ ええ、今後
2028
を考えれば伝えるべきことでしょうし、お話して構いませんよ﹂
﹃神の束縛﹄に関わる事柄なのか。
﹁地下墓地の最奥には、エレアリス様の愛槍であった﹃聖槍イクリ
プス﹄が祀られている。神話に語り継がれる力は失われているけど、
エレアリス様の使徒の手に渡ったら何をされるか分かったものじゃ
ないね﹂
﹁い、一大事じゃないですかぁー!﹂
コレット、猛る。
﹁まあまあ、そんな興奮しないでよ。一応、最下層に近付くにつれ
局所に施される結界や罠も強化されているんだ。如何にその使徒が
強くとも、そう簡単に突破できる場所じゃないよ。何せ、この地下
墓地を設計した僕だって正しい道のりや解く手順を忘れた程だから
ね! 複雑化し過ぎて!﹂
おい。
﹁教皇、そこは胸を張る場面ではないです﹂
﹁だって秘匿する為に設計図やら地図とか全部破棄したじゃーん。
そんな何百年前のこと、覚えている訳ないじゃーん﹂
﹁私はまだ記憶していますが﹂
﹁なっ、サイ、天才か⋮⋮?﹂
驚愕する顔もわざとらしい事この上ない。
﹁補足しますと、聖槍自体にも当時の巫女様の結界が張られていま
す。少なくとも十分な時間稼ぎにはなるかと﹂
2029
﹁うんうん。で、ケルヴィン君は何か良い案が浮かんだかな? で
きればコレットに無理をさせる方向はなしでお願いしたいな。この
子、メルフィーナ様にお願いされれば裸で街中も歩きそうだし﹂
﹁当然です!﹂
そこは否定してくれ。
﹁案、ですか⋮⋮﹂
ここで無垢な少年の笑顔を携えて振ってくるか。手っ取り早く済
ませるならダンジョンごと魔法で一網打尽にし、主犯格を誘き寄せ
る! なのだが、流石に聖地と呼称されるデラミス大聖堂を破壊す
るのは不味い。人質もいるし︱︱︱ む? これってトラージでも
同じような状況だったような⋮⋮
﹁⋮⋮まあ、あるにはあります。協力は必要ですが﹂
﹁いいよー。やっちゃってー﹂
﹁ケルヴィン様のお考えになった崇高な策、これは即座に了承すべ
き案件︱︱︱ やっちゃいましょう!﹂
﹁お二人とも、まずはケルヴィン様の案を伺ってからです﹂
この教皇と巫女、軽過ぎない?
2030
第276話 聖地の混乱
︱︱︱デラミス大聖堂
デラミスの聖地、大聖堂内部では建造以来最大の混乱が引き起こ
されていた。本来厳重な警備を敷かれ、許可なき者は立ち入れない
筈の大聖堂の地下、﹃英霊の地下墓地﹄の入口にバリケードが築か
れ、その背後には大盾を構える聖騎士と兵士の姿があったのだ。更
に後方には祭服を着た神官らしき男が耳元を押さえながら指示を飛
ばしている。
﹁このような行為、神は喜びません。今直ぐに防柵を外し、そこを
解放なさい。信仰する神が違えど、今ならば︱︱︱﹂
﹁メルフィーナ様もお許しになる、か? 月並みなありがたいお言
葉もそろそろ聞き飽きたぞ。我々の要求は巫女コレットとその勇者
達だ。期限は刻々と迫っている。迷える子羊が心配ならば、今直ぐ
ここに連れて来い!﹂
﹁そうだ! エレアリス様を裏切った異端者め!﹂
﹁去れ! 去れ!﹂
赤のストールを首から下げ、反対派の説得を続けていたのは枢機
卿の1人、マルセル・ゴッテス。騒動が始まった時から延々と続く
この懸命な交渉も、反対派の心には響かず罵声を返されるばかりで
あった。彼は一流の白魔導士でもある為、不意の攻撃に備えての結
界を張りつつの役目も並行して行っている。マルセルの顔には目に
見えて疲労が表れていた。
﹁マルセル枢機卿、コレット様が⋮⋮﹂
2031
﹁何⋮⋮? それは本当なのですか?﹂
外から駆け足でやってきた聖騎士の1人が耳打ちを受け、マルセ
ルは驚愕した。それもその筈、コレットがこの場に来るというのだ。
﹁ええ。先ほどサイ枢機卿及びクリフ団長から直接連絡を受けまし
たので、確実かと﹂
﹁まさか、コレット様が直々に⋮⋮?﹂
知らせは段々と波紋し、大聖堂内がざわめいていく。マルセルら
入口を取り囲む者達の様子がおかしいことに、反対派の面々も気付
き始めたようだ。指揮官の男が手近な部下に聞く。
﹁おい、何事だ?﹂
﹁それが、急に奴らが騒ぎ始めまして⋮⋮ 何かあったんでしょう
か?﹂
﹁それを聞いているのだ! ﹃聞き耳﹄のスキルを会得している者
はおらんのか!﹂
﹁か、確認致します!﹂
マルセル側と同様に、こちらも陣営が慌しく動き出す。恐らくは
そう間を置かずに、コレットに関する情報へと辿りつくだろう。し
かし、動き出したのはその両者のみではなかった。
﹃両陣営に動きあり。コレット様の情報が伝わったようです﹄
﹃よし、各人行動に移れ﹄
﹃護り手の鍛錬場﹄の塔の中腹にて大聖堂を監視する者達がいた。
うち1人は地上から見上げても視認するには少々厳しい高さから、
大聖堂の窓枠の中身を観察するかのように見下ろしている。この塔
2032
の内部はダンジョンとなっており、当然ながらモンスターもいる。
︱︱︱否。いたのだが、地上からその高さに至るまでの全階層・
全フロアには粉々に切り裂かれた、もしくは塵となってしまった何
らかの残骸が散乱するのみで、それらしき影は残されていなかった。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︵⋮⋮? 表がやけに騒がしいわね︶
大聖堂から地下の墓地に向かう長い長い螺旋階段。その間の物陰
にて潜み、入口の喧騒に気付いた者がいた。修道服を纏った女であ
る。彼女はリンネ教団のもとで5年に渡って神職に就いていたのだ
が、その裏でエレアリスを信仰し、反対派に所属していた。騒動が
起こったこの日もいつものように生活していたが、仲間が行動に移
った時点で自身も着の身着のままこの場に走り、仲間との合流を果
たしたのだ。現在は仲間から受け取った通信機を耳に付け、トラブ
ルが生じる、侵入者を発見するなどした際の哨戒に当たっている。
﹁か、ぁ⋮⋮﹂
﹁はーい。1名様ご案内﹂
彼女が不幸だったのは単独で、それも比較的入口に近い箇所に配
置されていたことだろう。更に言えば女であったことだろうか。兎
も角、修道女は音もなく現われた黒フードによって、首を背後から
絞められる。突然の出来事ではあったが悲鳴を上げる暇さえなかっ
た。呼吸がギリギリできるか、できないかの絶妙な力加減で締め上
げられる。
2033
﹁運が良いわね! さっきの通信機とか言うの、こいつも持ってる
じゃない! 流石私!﹂
暗転しかける視界の中で、今度は真赤な髪を靡かせる軍服の女が
楽しげに喋っている。こちらもさっきまで影も形も気配もなかった
というのに。
﹁セラさんが一緒で良かったよ。私だけだったら後何人かは狩らな
いといけなかったと思うし。その運を少しでも分けてほしいかなー﹂
﹁アンジェだって十分幸せじゃない。欲は身を滅ぼすってよく言う
わ。それでも求めちゃうのがケルヴィンなんだけどね!﹂
生死の境を行き来する自分を放置して世間話に興じる2人。だが、
その会話にも不穏な単語がいくつも練り込まれていたことに、修道
女は戦慄した。狩るだの狩らないだの、﹃死神﹄や﹃女帝﹄の名前
が並んでいることに。
﹁⋮⋮っ!﹂
腹に力を込め、何とか声なき声を出そうとする。この異常事態を
仲間に知らせる為に。
﹁あっと。そういえば、私たちも急いでいるんだったわ﹂
通信機を赤髪の女に取られてしまう。珍しいのか、女は通信機に
興味津々な様子だ。
﹁痛くしてごめんね? 私たち、貴女に聞きたいことがあるんだ。
聞かせてくれるかな? 聞かせてくれるよね? 大声出そうとして
2034
も無駄だからね? 呼吸の動きで大体分かっちゃうから﹂
黒フードの声色は優しげだが、有無を言わさない威圧が言葉から
痛いほど感じられた。直後に首にかけられた力が僅かに緩まれる。
これは話せということだろうか? しかし、何を? ︱︱︱否、自
分は真の神に仕える身。そのような真似はできない。修道女は覚悟
を決め、口を開く。せめて一矢報いる為に。
﹁⋮⋮死神らしく、地獄へ︱︱︱﹂
︱︱︱ギギギ。
発しようとした台詞は途中で止められた。首が絞められる。
﹁どう?﹂
﹁うん、オッケー。貴女の声ならいけそうだよ﹂
意識が遠のく。遠のいていく。
﹁ああ、別に言いたくなければ言わなくてもいいわよ。勝手に確認
しちゃうから﹂
赤髪の女の指先が赤く染まった、ように見えた。それが修道女が
自らの意識の中で確認した、最後の風景だった。
﹁あ、あー⋮⋮ どうかな? ちゃんとこの人の声になってる?﹂
黒フード、もといアンジェが声質を変化させ、修道女と瓜二つの
声で喋った。
2035
﹁完璧よ、完璧! アンジェったら多芸ね!﹂
﹁暗殺者たるもの、必要のない技能なんてないからね。それに男の
人じゃなければ、これくらいならスキルがなくとも練習すれば何と
かなるもんだよ。 ⋮⋮今更だけど、別に私が真似なくともセラさ
んの﹃血染﹄で操れば良かったんじゃ?﹂
﹁ん∼、それなんだけど⋮⋮﹂
セラが額を血で染められた修道女を向き、人差し指ををクイッと
曲げる。すると修道女はゆっくりと立ち上がり︱︱︱
﹁セラ様、何なりとご命令をっ!﹂
修道女らしからぬ敬礼をビシッと決め、そのまま直立不動の姿勢
で待機。どこの軍人だと勘違いしてしまいそうになる。
﹁個人差はあるけど、基本的になぜかこうなるのよねぇ⋮⋮ 情報
を引き出したりするのには便利だけど、元々の人格っぽくなくなる
から、演技させたりするには不得手なのよ﹂
﹁ええっ! これ、セラさんがそう命令してた訳じゃないの!?﹂
﹁違うわよ。そりゃあ、少し気分は良いけれど﹂
﹁そ、そうなんだ⋮⋮﹂
無意識のうちに、自分好みにそう設定しているようである。ちな
みにこの現象は対象とセラとの実力差があるほど顕著に現れる。
﹁じゃ、まずは貴女が知るエレアリス、神の使徒、反対派に関する
情報を教えなさい! アンジェは計画通り、時期を見計らってお願
いね!﹂
﹁りょーかい。セラさんも引き出した情報は配下ネットワークに随
時流すんだよ。あと最初はこの通信機の使い方から聞いてもらえる
2036
かな?﹂
アンジェは修道女から奪った通信機をセラから貰い、耳に取り付
けた。
2037
第277話 静寂なる聖女︵前書き︶
活動報告にも記載していますが、黒の召喚士第1巻の重版が決定し
ました。
この場を借りてお礼申し上げます。
2038
第277話 静寂なる聖女
︱︱︱デラミス大聖堂
﹁おおっ、巫女様が来られたぞ!﹂
﹁ほ、本当にいらっしゃった⋮⋮﹂
大聖堂がどよめきに包まれる。平静を失っているのは敵も味方も
同じようで、皆の注目は入口の大扉からゆっくりと歩いて来たコレ
ットに注がれる。その両脇には腰に長剣を提げたサイ枢機卿とクリ
フ団長、その後に刀哉らデラミスの勇者4名が続く形だ。コレット
がマルセル枢機卿の前まで進むと、そこで止まり瞳を閉じる。
﹁さあ、約束通り巫女様をお連れした。孤児院の皆を返してもらお
うか!﹂
周囲が落ち着かない中、クリフが叫ぶ。これに反対派の指揮官は
ハッと我を取り戻し、急ぎ自らを取り繕うのだった。
﹁ふ、ふん! まさか貴女が現れるとは思ってもいませんでしたよ。
巫女様﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
コレットは目を瞑り、黙ったままであった。彼女の声を代弁する
かのように、サイ枢機卿が一歩前に出る。
﹁質問を質問で返すとは、貴公も落ちたものですね。大司教リチャ
ード﹂
2039
﹁サイ枢機卿まで御出ましになるとは、思い掛けない出来事が続き
ますな。ですが、私らが要求するは巫女と勇者のみ。貴方の出番は
ないのですよ﹂
リチャードは鼻で笑う。
﹁そんなに答えが欲しければ教えてやろう。子羊らを返すも返さぬ
も、その決定は我々が下す! まずは勇者の諸君、武装を解除して
もらおうか! 部外者は下がるがいい!﹂
﹁⋮⋮正気ですか?﹂
﹁拒否するならばそれでも構わんよ。その場合、メルフィーナが選
んだ巫女と勇者は、自らの命欲しさに子供達を見捨てたということ
になるがな! やはりエレアリス様が正しかったのだ!﹂
高らかに宣言するリチャードの行動倫理は非常に馬鹿らしく、不
合理であった。その上で当人が至って真面目なのだから手に負えな
い。サイもクリフも、これでは話にならないと顔をしかめる。
﹁クリフ団長、俺たちなら大丈夫ですよ。コレットは絶対に護りま
す﹂
﹁素手だろうと、あんな奴らに遅れを取る私たちではない﹂
﹁お前達⋮⋮﹂
刀哉と刹那を先頭に、デラミスの勇者がクリフを横切る。4人に
護られるようにして、コレットは反対派の眼前にまで近寄った。
﹁ククク。巫女様、ようこそおいでくださいました。こうして貴女
と対面する日を楽しみにしておりましたよ?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
2040
コレットは動じる様子もなく、先ほどと同じように黙ったままだ。
﹁無視、ですかな? まあいいでしょう⋮⋮ 勇者らもおかしな真
似をしようとは思わないことですな。子供達が本当に大切に思って
いるのならば、ですが﹂
﹁くっ⋮⋮﹂
刹那が歯を軋ませる。その有様を満足気に見たリチャードは、指
先を耳に取り付けた通信機のスイッチへ向かわせた。
﹁巫女と勇者を確保した。これより内部へお連れする。今のうちに
用意を⋮⋮﹂
一頻り通信をし終えると、通信機を切りリチャードがコレットに
向き直る。周囲を取り囲む騎士や兵らの驚き放心する様が実に心地
良い。偽りの神に仕える愚かさをその身に刻め。そう心に秘めなが
ら。
﹁さあ、それでは︱︱︱﹂
︱︱︱パァン!
﹁⋮⋮は?﹂
言葉を遮られたリチャードが耳にしたのは、風船が破裂したよう
な甲高い爆発音。遅れてガチャリとガラスが割れた音も反対の耳か
ら聞こえてくる。次いで、不可解な痛みが襲い掛かった。
﹁ぐ、ぐわぁあああぁぁ!?﹂
2041
左耳が猛烈に痛い。熱い。痛い。あまりの苦しみに両手で耳元を
押さえ込み、膝を地に付いてしまうほどに。そしてリチャードは気
付くのだ。自らの左耳が、根元から綺麗に吹き飛んでいることに。
﹁わ、私の耳がぁーーー!﹂
鮮血に塗れた床に手を伸ばし、それを取ろうとする。だが、それ
よりも先にそれを拾った者がいた。つい先ほどまで、リチャードが
問答していた部下である。血に染まった手の中に、通信機を内包し
たリチャードの片割れを入れる。
﹁お、おい! それを寄越せ! それは私の、み、み⋮⋮﹂
部下を見上げたリチャードは気付いてしまった。その部下は拾い
上げた手のみではなく、頭部からも深紅の血を垂らしていることに。
瞳に生気はなく、動作はぎこちない。混迷を極めるリチャードが周
囲を見回すと、仲間であった筈の全ての視線がリチャードに注がれ、
また同様の姿であった。
・・
﹁はい、連絡ご苦労様。このコレットはキッチリと私たちが送って
あげる﹂
背後からの女の声を最後に、リチャードの視界もまた赤く染まっ
てしまった。これでめでたく彼も傀儡の仲間入り。大司教としての
知識を活かし、情報を提供し巣窟を案内するのみの存在に成り下が
ってしまった。考えようによっては成り上がっているのだが、その
辺りは個人の価値観の違いである。
﹁お待たせ! これで制圧完了ね!﹂
﹁セラさん!﹂
2042
勇者らが喜び勇むのを他所に、事情を知らぬ兵とマルセルは呆け
るばかり。紐解いていけば、リチャードが通信機での連絡を行った
際、既にセラによる蹂躙は始まっていたのだ。バリケードで防御を
固める反対側、要はダンジョン内へと続く螺旋階段から上ってきた
ノーマークであったセラの奇襲。例えそれが正面からのものであっ
たとしても、彼らにそれを止める手立てはなかっただろう。周囲の
騎士らが驚き呆けていた原因は無念によるものではなく、リチャー
ドが悠々と通信する中で圧倒するセラに対するものであったのだ。
﹁いやあ、上手くいって良かった良かった﹂
﹁簡単なお仕事でした﹂
﹁ケ、ケルヴィン様方!?﹂
突然真横に出現したケルヴィンとエフィルに、マルセル枢機卿及
びその部下らが再びたじろいでしまう。そんなことは御構い無しに、
ケルヴィンは傀儡となった反対派が跪き道を開ける中をズンズンと
歩んで行き、エフィルもそれに続く。
﹁ク、クリフ団長。これは一体?﹂
﹁ああっと、私も詳しくは言えませんが⋮⋮ これがS級冒険者の
力、そういうことですよ﹂
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
戸惑いを隠せないマルセル枢機卿にクリフは苦笑しつつも、自ら
も眼前で起こった事象について説明し切れるか微妙なところに悶々
としてしまう。現在の勇者とは一線を画す、次元の異なる力。図ら
ずも根っからの武人である彼は、サイ枢機卿やフィリップ教皇をそ
の対称側にある天秤にかけてしまうのだった。
2043
﹃あー、あー⋮⋮ こちらアンジェ。螺旋階段上の見張りの排除、
完了したよー。収拾した通信機で﹃英霊の地下墓地﹄の1層までフ
ォローするねー﹄
﹃了解。中継地点へのセラの召喚と、壁をすり抜けてのアンジェの
侵入も上々だ﹄
塔の上より大聖堂を監視していたケルヴィンは、先に侵入したア
ンジェより送られてくる構造情報をもとにセラを螺旋階段に召喚。
瞬く間に大聖堂とダンジョンを繋ぐこの場所を掌握してしまう。後
は表の指揮官であったリチャードにコレットを捕らえたと連絡させ、
頃合いを見計らってエフィルが窓越しの狙撃。通信機を無傷のまま
に入手後、その役割を自らが担う計画となっていたのだ。
﹃セラとアンジェの察知スキルで得た位置からすれば、人質の監禁
ヘイディーズブラッズ
場所がかなり分散されているからな。できるだけスタート地点は近
い方が良い﹄
﹃ケルヴィン、こいつら血を浴びし黄泉の軍勢で戦力にしとく?﹄
﹃ダンジョン内部までは偽装用に連れて行こう。道すがらに役立ち
そうな情報も聞けるし。敵にネタバレして死んだら許可する﹄
﹃オッケー﹄
意思疎通内ではかなり物騒な会話が成されているが、パーティ以
外には聞こえないので問題ない。例え聖地でも問題ないのだ。
﹁さ、お前にとってはデビュー戦だ。使えるものは使っていいから
な?﹂
ケルヴィンから掛けられた言葉に、沈黙を保っていた巫女は頷く。
死神が来たことにより初めて見せたその表情と仕草はどこか可愛ら
しく、幼かった。
2044
第278話 躍動の聖女
︱︱︱英霊の地下墓地・第1層
螺旋階段を降った先は、デラミス領内において最難関を誇るダン
ジョン﹃英霊の地下墓地﹄に繋がっている。とは言うものの、地表
に近い第1層と第2層にはモンスターがおらず平和なものである。
しかし、その広大さはフィリップ教皇のお墨付き。第1層と称され
るこの場も実際は空を仰ぐほど天井知らずな標高であり、穏やかな
草原の墓地がすっぽりと納まったかのような場所であった。反対派
の本隊はこの領域に拠点を置き、大理石の石碑が立ち並ぶその中心
にて、デラミスの巫女と勇者を待ち構えていた。
﹁うむ、了解した。歓迎の準備をしよう﹂
大司教リチャードからの通信を終えた反対派の幹部が、耳元から
手を離す。
﹁皆、喜べ。同志リチャードが巫女と勇者を捕縛した。これからこ
ちらに向かうそうだ﹂
草原に歓喜の声が上がる。ダンジョンに入れてしまえば勝利も同
然。巫女の﹃召喚術﹄や勇者達の能力は恐ろしいものであるが、そ
の為に彼らはこれまで研究を重ねてきた。偽りの神を崇拝し、内部
からその術を知り︱︱︱ 人質として連れ去った孤児院の者達はコ
レットの魔力圏外に置き、その位置も全員バラけさせて監視役も付
けている。例えコレットが配下の者を召喚させたとしても、その数
と戦力には限りがある。十数名を一度に救出することは不可能なの
2045
だ。
﹁巫女はメルフィーナの名を汚すことを酷く嫌う。我々の要求を拒
否すれば、親愛なる子羊を見捨てると世間に公表しているようなも
のだ。ならば、自らの命を差し出して信者を救う行為を躊躇う必要
がないのも道理よ﹂
メルフィーナに対するコレットの信奉力は絶対だと幹部は格付け
する。ある意味での信頼の形。だからこそ、反対派は無謀とも呼べ
るこの策に出たのかもしれない。そんな時に、幹部の通信機に連絡
が入った。
﹁定時連絡。巫女と勇者は問題なく移動中。安全性を配慮する為、
増援を送られたし﹂
﹁増援か。確かに地上の同志のみで人手を割くのは愚作⋮⋮ よし、
直ぐに送る。おい︱︱︱﹂
幹部は本隊から移送する為のメンバーを編成し、螺旋階段へ送り
込む。
﹁⋮⋮来たか﹂
第1層の入口から、螺旋階段を降る足音が聞こえてきた。その数
は多く、1人2人のものではない。余程大勢で丁重にお連れしたん
だろうと、幹部は苦笑する。やがて入口より姿を現した巫女と勇者
を取り囲みながら歩む集団。白と銀を基調とした祭服は地上の大聖
堂にて第一線の防衛を行っていた同志のものであった。
﹁まったく、幾ら巫女様や勇者様の護衛だからと言って、そんな大
人数で来ることもないだろう? 出迎えの為の部隊も送った筈だ。
2046
これでは地上の護りが手薄になってしまう。それよりも、さっき送
った者達はどうした? 姿が見えないが︱︱︱﹂
﹁定時連絡。前線が殺気立ってきた為、増援をそちらに回す。現部
隊で移送を継続﹂
﹁む、そうか。いや、何でもない﹂
タイミング良く入ってきた通信に幹部は自己解決する。当初の目
的であった巫女を前にして気が昂っていたのだろう。普通であれば
多少なり疑問に思うことさえ、今は頭の片隅にも浮かばなかった。
姿は見えたが、前述の広大さ故に1層の入口からこの場所まではか
なりの距離がある。ゆっくりと歩を進める巫女達に、まだかまだか
と反対派は待ち侘びていた。そして、漸くその時がやってきた。
﹁ようこそ巫女様、そして勇者の諸君! 自らの命を顧みず、ここ
まで来た勇気には尊敬の念を覚えるが、聊か軽率だったのではない
かね? それともこれだけの人数が我々に供するとは思ってもいな
かったかな?﹂
幹部は誇らしげに両手を広げ、この1層に集結した大勢の反対派
の信者らを見渡す。チラリと巫女の表情を窺うその真意は、愕然と
項垂れるコレットを眺める為のものだったのだが︱︱︱
﹁⋮⋮ねえねえ、もういい?﹂
﹁んー、あと少し⋮⋮﹂
当の巫女は興味なさげ。それどころか移送の者とのお喋りに興じ
ていた。その様子に幹部は目を丸くする。
﹁⋮⋮巫女様、状況を分かっておられてますか? 貴女の言葉ひと
つひとつが、哀れな子羊の命に関わるのですよ?﹂ 2047
﹁だって、リチャード大司教と同じでお話が詰まらないわ。文言を
変えただけで中身も一緒だし。信者を増やしたなら、もっと内容を
詰めないと。だから貴方は司教止まりなのよ、カエサル?﹂
﹁⋮⋮は?﹂
幹部、司教カエサルの思考が止まってしまう。カエサルとコレッ
トは直接会話したことがなく、顔を会わせたのも数回、それも式典
の参列で一方的にカエサルが見てのことだけだった。だと言うのに、
コレットはカエサルの名を知っていた。
またデラミスの巫女は己に厳しく、身内にもまた厳格であった。
目の前の巫女の言葉もそうであるが、どこか口調がおかしい。加え
て真っ向から非難されるとは考えもしなかったのだ。
﹁⋮⋮私を、ご存知なのですか?﹂
﹁私、一度目にした人の顔と名前は絶対に忘れないもの。国に仕え
る官吏なら尚更よ。何なら、デラミスの武官文官神官の名前、全部
読み上げましょうか?﹂
﹁一体、何を⋮⋮﹂
﹁コレット、もういいぞ。回収完了の確認が終わった﹂
カエサルの言葉を無視して、先ほどの移送役の男が巫女を呼び捨
てして話し掛ける。これによりカエサルの思考は更に混乱を極めた。
まさか巫女と人目を忍ぶ関係の者が、我々の中で内通していたのか
? 回収が完了したとは、何の? 等々。しかし、そのような思考
も長くは続かなかった。
﹁皆、おいでー!﹂
幼い口調でコレットが両手を広げる姿は、奇しくもカエサルが出
2048
会い際にやった行為と同一。異なるとすれば穢れのない笑顔と、誰
からも愛されるような無邪気な仕草だろうか。何よりも違ったのは、
その視線の高さ。コレットは巨大な熊のヌイグルミに乗っていた。
その周囲を取り囲むはガトリング砲を携える無数の漆黒騎士。巫女
の﹃召喚術﹄が一瞬カエサルの頭を過ぎったが、このようなものが
いるとは聞いていない。魔力を感じ取れる優秀な者ならば、これら
の五体に糸のようなものが接続されていることに気が付くだろうが、
反対派の誰もがそれどころではなかった。
﹁一応進言ね、お兄ちゃん。カエサルは生かした方がいいと思うけ
ど、どうする?﹂
﹁任せるよ。好きにしていい﹂
コレットが男に問い掛ける。男は祭服を脱ぎ去り、これまた漆黒
のローブ姿となっていた。カエサルはこの男を知っている。いや、
知らなければおかしい。何せ、今各国で最も注目を浴びている人物
なのだから。S級冒険者を前にして、この場に対抗できる者はいな
い。
﹁し、死神ケルヴィン!?﹂
﹁うん、分かった。じゃ、やるねー﹂
コレットが両手の五指を器用に動かすと、騎士達が砲先を反対派
に向け始めた。
﹁ま、待て! 私たちには人質がいることを忘れたのか!? 私が
一声掛ければ、哀れな子羊は︱︱︱﹂
﹁だからもう救出したって。試しにその通信機で確認してみろ﹂
﹁ば、馬鹿な⋮⋮﹂
2049
カエサルは通信機に手を当て、人質を捕らえる各人に発信する。
しかしザーザーと砂嵐の音が聞こえるのみで、返事は誰からもない。
﹁人質が序盤の場所に集中していて助かったよ。お陰で1人向かわ
せて事が済んだ﹂
﹁1人で、だと⋮⋮? 馬鹿な、馬鹿なっ! そのような隙はなか
った筈だ! この広大なダンジョン! 距離は十分に離し、細心の注意を︱︱︱﹂
﹁その手の仕事に長けた奴がいるんだよ。それに広大と言っても、
最も狭い1層と2層の中でだろ。何の為にトロトロ歩いてたと思っ
てんだ。あいつにとっては散歩も同然だよ﹂
﹁さ、散歩⋮⋮!?﹂
怒りと焦り、何よりも恐怖により、ガクガクと足の震えが止まら
ない。
﹁くそっ! さてはお前も巫女ではないな!?﹂
﹁やっと気付いたの?﹂
コレットの姿が僅かに歪み、銀髪が金髪へ。体のサイズが変化し
ていき、歪みが治まるとシュトラの姿へ変化する。
﹁ぐっ⋮⋮﹂
︱︱︱計られた。カエサルが息を漏らしたその時、通信機に反応
があった。
﹁⋮⋮こちらナンバー8。応答せよ、応答せよ﹂
聞き馴染んだ、同志の声だった。
2050
﹁っ! カエサルだ! 今直ぐに人質を殺せっ!﹂
カエサルは有りっ丈の力を篭め、全霊を振り絞って通信機越しに
叫んだ。これが最後のチャンスとばかりに。
︵おお、神よ。これで奴らに一太刀浴びせ、一矢報いることができ
る。無謀にも渦中に入り、我々を貶め入れようとした背徳者に罰を
!︶
ひと時の愉悦はカエサルの全身に巡る。
﹁うわ、やっちゃったね⋮⋮﹂
だが、再度耳に聞こえたのは異なる声だった。先ほどよりも綺麗
な声ではあるが、ドン引きしたかのようなしでかした感が滲み出て
いる。
﹁⋮⋮ねえ。今、私の友達を殺そうとしたよね?﹂
淡々とした幼い声を聞いた瞬間に、反対派の全員に寒気が纏わり
付く。もはやシュトラの顔に笑みはない。あるのは冷徹なる殺意の
み。
﹁あとな、悪いけど試させてもらった。人質に危害を加える気がな
いならまだ良かったんだが、それを言っちゃったらもう助けられな
い﹂
﹁ひ、ひぃ! 使徒さ︱︱︱﹂
﹁お兄ちゃん、進言を取り下げるわ﹂
2051
後方にいた奈々が目を背けると、銃撃音が1層全体を覆った。エ
レアリスの支持を自称する反対派はここに潰えたのだ。
﹁⋮⋮前座にしたって酷過ぎるな。さて、詰まらない餌の始末も終
えたし、準備運動もここまでだ。先行してるジェラール達に追いつ
くぞ﹂
しかし、デラミスを取り巻く脅威は未だ去っていない。
2052
第279話 勇者の道筋
︱︱︱英霊の地下墓地・第1層
﹁お前ら、これから試練を与える。10層目指して付いて来い﹂
そんな言葉を残してダンジョンの奥へと全力疾走︵たぶん、全力︶
で消えてしまったケルヴィンさん。まさかエフィルさんにまで置い
て行かれるとは思っていなかったけど、兎も角セラさんとシュトラ
ちゃん、そして私たちだけが1層に残ってしまった。
﹁師匠からの試練だ! 皆、頑張ろうぜ!﹂
﹁お、おー!﹂
刀哉は完全に出来上がっており、奈々もそれに釣られてしまって
いる。拳を天に掲げやる気十分な様から、とてもではないけど説得
できそうにない。これでも引き際を覚えたから成長はしているんだ
ヘイディーズブラッズ
けど、まだまだ私の苦労の種は尽きることはないだろう。
﹁ええと、セラさん?﹂
﹁悪いけど今、こいつらの死体を全部血を浴びし黄泉の軍勢にして
るから、ちょっと話し掛けないで。何かあったらシュトラに聞きな
さい﹂
私たちと同様にこの場に留まってくれたセラさんに助けを求める
も、反対派の亡骸から真っ赤な骸骨を作る作業で忙しいらしく、相
手にしてくれない。どうやら私たちの為に残ってくれた訳ではなく、
あの骸骨戦士を生成するのが目的だったようだ。
2053
﹁ほう⋮⋮ ほう⋮⋮!﹂
雅は雅でセラさんの作業に夢中になっている。同じ黒魔法を扱う
者にしか分からない何かを感じているんだろうか? 最初から期待
はしていなかったけど、私の悩みを分かち合ってくれそうにない。
となれば、残るは︱︱︱
﹁刹那お姉ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いわよ?﹂
ついさっきまでコレットに化けていたこの金髪碧眼の少女、シュ
トラちゃんしかいない。巨大な熊人形に乗りながら実に20騎以上
の騎士型ゴーレムを操った上で、私の体調にまで気を使ってくれる
心優しい女の子。この子自体がお人形さんのようで非常に可愛い、
抱きしめたい、愛でたい、癒されたい。
﹁ううん、私は大丈夫よ。ありがとね﹂
﹁そう? なら良かったわ。これからケルヴィンお兄ちゃんを追い
かけなきゃならないものね﹂
⋮⋮うん、冷静に考えればシュトラちゃんも規格外な存在だった。
彼女が指を動かせば、即座に支配下にあるマリオネットが行動を起
こし、敵対者を殲滅してしまう。地面で見るも無残な死体となって
しまった反対派の人達が良い例だろう。彼女の操る人形達は軍隊の
ように規律があり、個々が圧倒的な戦闘力を秘めながらも集団戦法
を得意としている。それを可能としているシュトラちゃんの視野の
広さには驚かされるばかりだ。
﹁あ、ゲオルギウスが気になるの? この子はね∼︱︱︱﹂
2054
そんなことを考えながら人形を注視していると、シュトラちゃん
が嬉しそうにはにかみながら人形について解説してくれた。
まず彼女が乗る熊のヌイグルミ﹃ゲオルギウス﹄はエフィルさん
からプレゼントされたものらしく、最強の戦力となっている。ちな
みにお願いしたら一晩で仕上げてくれたそうだ。弓や料理以外にも
裁縫まで完璧にできるなんて、本当に何でもできるのね、エフィル
さん。同じ女の子として自分の女子力のなさに不甲斐無くなってし
まうわ⋮⋮
そして彼女の周囲を守護するように陣を敷くのは、ケルヴィンさ
んが作り上げたゴーレムのシュトラちゃん仕様、﹃ガード﹄と呼ば
れるもの。仕様がどうの以前に普通のゴーレムの力量が不明なとこ
ろが難点ではあるけれど、恐らくはケルヴィンさんのお屋敷を警固
していた騎士達がそれなんだと思う。
同じく全身甲冑のジェラールさんよりもひと回り小さな、とは言
っても180センチ以上の身の丈はありそう。装備する盾はまあ、
普通︵それでも恐ろしく強固なんだろうけど︶。問題はガトリング
砲を内蔵するランスの方だ。私が知る銃のように実弾を発射する訳
ではなく、代わりとして魔力を弾に変換して扱う代物、らしい。刀
哉などは何に興奮するのか目を輝かせるばかりだったけど、正直ツ
ッコミどころはどこじゃないと思う。思うんだけどな⋮⋮ これを
製作したのもケルヴィンさんとのこと。あの人達は何でもありなん
だろうか?
﹁おーい、刹那。何を黄昏てるんだよ? 早くしないと師匠に置い
て行かれるぞ﹂
﹁⋮⋮うん、今行くわ﹂
2055
刀哉に催促されてしまい、刀の柄に手を当て駆け足で追いつく。
そうだ、考えてばかりではいられない。安全圏である2層を越えれ
ば、その先は第3層。デラミス領内でも屈指の強さを誇るモンスタ
ーが待ち受けているんだ。中にはS級クラスもいるとの噂まである。
行くと決まったのなら、覚悟を決めよう。仲間は必ず護ると!
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼∼∼∼∼∼
︱︱︱英霊の地下墓地・第3層
第3層は1層・2層の草原と打って変わって、石畳が敷き詰めら
れた無機質な場所だった。空に手を伸ばすかのようにも見える人型
を模した不可思議なオブジェはお墓の一種なんだろうか? 独創的
過ぎて何とも言えない。それもこれまでの階層よりも広いらしく、
向こう側までの距離感が掴めない。ダンジョン自体がひし形、この
場合は四角錐を上下で合わせたような立体型となっているとの話は
本当みたい。このまま行けば5層と6層が最も広く、そこからは降
る度に狭まっていく筈。
﹁うーん⋮⋮ お兄ちゃん達は今5層、いえ、6層に降りたみたい
ね。先行してるジェラールお爺ちゃんとメルお姉ちゃんは8層辺り
かな?﹂
﹁も、もうそんなに!?﹂
﹁速い⋮⋮﹂
パーティの仲間との距離感が分かるのか、シュトラちゃんがケル
ヴィンさん達の居場所を探してくれた。それにしたって速過ぎない
2056
? 私たちが敵のいない1層から3層まで移動する間に、どんな快
進撃を続けていたのだろうか⋮⋮
﹁お爺ちゃんはお兄ちゃんの﹃召喚術﹄でスタート地点を大分先に
進めていたし、比べたって仕方ないわ。それよりも、ほら︱︱︱﹂
シュトラちゃんが前を睨む。ほぼ同時に、私の察知スキルが敵の
接近を告げる。
﹁うわぁ、いっぱいだよぉ⋮⋮﹂
石畳の隙間から這い出るように出現する動く影。よくよく見れば、
その辺にあるオブジェをそのまま小さくした外見をしている。奈々
が思わず弱音を吐いてしまったのも仕方ない。影のモンスターは無
限に湧き出るかのように今も出現し続け、周囲一帯を埋め尽くそう
としているのだから。
﹁奈々、問題ない。個々の強さはそれほどでもない﹂
﹁ああ、俺たちの実力をちゃんと出せれば十分に勝てる相手だ﹂
こんな時こそ強気なこの2人の存在は心強く感じてしまう。剣と
杖を抜き、既に臨戦態勢になっている。
﹁まだ﹃神獣の岩窟﹄よりは大分マシね。あれはB級モンスター﹃
ラビリンスシャドウ﹄。半端な攻撃をしちゃうと分裂するから気を
つけて。狙うなら影の頭部よ﹂
﹃鑑定眼﹄を所持していたのか、シュトラちゃんがゲオルギウス
の頭を突っつきながら的確に指示してくれる。よし、数は脅威だけ
どB級程度なら!
2057
﹁あと、ある意味運が良かったわね。あれを辿って行けば多少なり
とも楽だし、次の階層への道順が分かるわ﹂
﹁え?﹂
その言葉に、もう一度目を凝らす。
﹁⋮⋮モンスターがいない箇所がある?﹂
漆黒で覆われそうな床一面に、石畳が剥き出しとなった部分があ
った。それは道のように向こう側にまで伸び続け、心なしかキラキ
ラと輝いているようにも見える。
﹁リオンちゃんが通った跡だもん。たぶん、薙ぎ倒しながら一直線
に駆け抜けただけでしょうけど、浄化され過ぎてモンスターが近づ
けないんだわ﹂
﹁え、ええー⋮⋮﹂
シュトラちゃんは真顔でそんなことを言い放った。
2058
第280話 代償
︱︱︱英霊の地下墓地・第8層
白銀が散りばめられた荘厳なる佇まい。灯火は淡く、だがそれに
より形成される影とのコントラストが神々しい。英霊の地下墓地第
8層、ダンジョンと言うよりは神聖なるものを崇める神殿といった
表現が違和感を感じさせないこの階層でも、凶悪なモンスターとの
戦闘が繰り広げられていた。対するは、ケルヴィンの召喚術によっ
て一行の先頭を走っていたメルフィーナとジェラールである。
﹁﹁﹁うおおおおーーー!﹂﹂﹂
語弊を招くとするならば、出現するモンスター達がどう見ても人
間、或いは亜人種であることだろう。種族、装備、階級︱︱︱ 何
もかもが統一されていない騎士らが目を血走らせながら襲撃を仕掛
けてくる。例えるならば名高き騎士団の実力者が補助魔法の支援を
惜しみなく受け、自らの命を顧みずに突撃する様に酷似している。
更に第3層がそうであったように、倒しても倒しても湧いて出る。
そのような死地にて剣翁と微笑の2人は︱︱︱
フロストバウンド
﹁這い寄る氷﹂
﹁ハァ!﹂
﹁﹁﹁ぐぎゃっ!﹂﹂﹂
大して苦戦することもなく順調に歩みを進めていた。突貫する騎
士らの足をメルフィーナが氷漬けにし、ジェラールが一太刀にて複
数の敵を両断する。先ほどからこの単調作業のみで事を終えてしま
2059
っている。
﹁ふははははっ! 姫よ! ワシ、今輝いとるっ?﹂
﹁ジェラールはいつも輝いているではないですか。孫らに囲まれて﹂
高笑いを決めるジェラールは自身のスキル﹃栄光を我が手に﹄の
効果により、敵にダメージを与え倒すほどにステータス値が補強さ
れていく。おまけに敵が随時追加されていくものだから、その効果
時間が尽きる心配もないのだ。ここ暫くはジェラールによる無双が
続いている。
﹁しかし、妙ですね﹂
情勢は快調も快調。問題は何もない筈であったが、メルフィーナ
の表情は曇っていた。
﹁何がですじゃ? 特に苦戦する節もないが﹂
﹁このダンジョンに出現するモンスターは、アンデット系統で統一
されていたと記憶しています。ですが、この階層に現れる彼らには
生気があり、正気ではありませんが強い生命力まで感じられるので
す﹂
﹁むう、言われてみれば確かに︱︱︱﹂
ジェラールが魔剣を振るい敵を鎧ごと叩き斬る。直後に溢れ出る
鮮血は赤く、ゾンビやグールのそれと比べても濁りがない。戦いに
無頓着な素人が見ても、鮮度が段違いであることが分かる。
﹁これでは普通の人と変わりがありませんな﹂
﹁⋮⋮まあ、考えても仕方がありませんね。答えは奥にあるでしょ
うし﹂
2060
敵を殲滅しつつ、迷路のように入り組んだ回廊を上へ下へ。この
階層だけでも一般的なダンジョンが丸々納まってしまいそうだ。陣
を構え大盾で通路を閉ざそうとする騎士の集団を一撃のもとに薙ぎ
倒したところで、ふと、メルフィーナとジェラールが立ち止まる。
・・・・・
﹁それよりも残りの人質の救出を優先致しましょう。確か、孤児院
でお会いしたシスター・アトラとシスター・リーアがまだでしたね﹂
﹁うむ。王から名前と共にその容姿も送られてきておりますからな。
ワシでも一目で分かるじゃろうて。セラとアンジェの察知能力によ
り大よその居場所も検討が付いておる。して、ここがそのひとつな
訳じゃが﹂
漆黒の兜を見上げさせ、上方を向くジェラール。剣翁が話すこの
場所とは、枝分かれした回廊の先に存在する広々とした部屋である。
次の階層に向かうのであれば、行き止まりであり外れのルート。ダ
ンジョンのマッピングはアンジェらの解析によって10層を除く階
層が既に終えられており、配下ネットワークにアップされている。
あえてこのルートを選んだのは、上層でケルヴィンらが救出した反
対派の人質の中にはいなかった、2人のシスターを助け出す為だ。
﹁8層に捕らえられていたのは⋮⋮ シスター・リーア、でしたか﹂
部屋の奥の壁には巨大な十字架が掲げられ、そこにはシスター・
リーアが吊るされていた。幸い外傷を負っている様子はなく、意識
を失っているだけのようだ。吊るされてから落としたのか、眼鏡が
真下の床に落ちている。こちらは無事ではなかったらしく、レンズ
の片方が割れてしまっていた。その左右にはデラミスの国章が施さ
れた純白の棺が安置されている。
2061
﹁ほう、セラに勝るとも劣らないのう﹂
﹁何がですか?﹂
﹁いや、何でもないのですじゃ。この気持ちはワシと王にしか分か
るまいて﹂
真面目な顔︵のような雰囲気︶で言い切るジェラールに、メルフ
ィーナはそれ以上の追及はしなかった。理解できなかったのもある
が、2人の目の前、シスター・リーアが吊るされた十字架の前に、
ある人物がいた為だ。
﹁いやはや、予想以上に余裕そうですね。メルフィーナ様?﹂
灯火の当たらない影の中から現れたのは、地上の大聖堂にいた筈
の枢機卿、マルセル・ゴッテスだった。デラミスで初めて出会った
時と同じ祭服、同じ赤のストールを肩に掛け、変わらぬ笑顔を携え
ている。何よりも世間的にはケルヴィンの仲間の認識であったメル
を、転生神であるメルフィーナと捉えたような発言は警戒するに値
した。
﹁ワシも耄碌したかのう。眼前にマルセル枢機卿がいるように見え
るが﹂
﹁安心してください。私も同じように見えますよ。 ⋮⋮枢機卿マ
ルセル。地上の貴方は偽者で、本物の貴方も反対派の一員だったの
ですね?﹂
﹁惜しいですね。半分正解、半分不正解といったところでしょうか﹂
マルセルは思い悩むような仕草で口に手を当てる。
﹁まず、大聖堂で反対派と対峙していた私は本物です。でなければ
私如きが用意する偽者など、S級の﹃鑑定眼﹄を持つケルヴィン様
2062
に見破られてしまいますからね。残念ながら方法までは申せません
が⋮⋮﹂
マルセルと反対派が大聖堂にて口論していた頃、ケルヴィンは塔
よりエフィルの﹃千里眼﹄を借りて共に監視していた。マルセルが
言う通り、影武者でも置こうものなら直ぐ様に暴かれてしまうだろ
う。
﹁次に私が反対派か否かの件ですが、率直に申しますと違います。
ただし、協力は致しました。孤児院周辺や英霊の地下墓地の警備が
薄くなるよう仕向け、反対派が動きやすくなるように﹂
﹁それでは反対派だと言っているようなものではないか?﹂
﹁私は立場的に説明が難しいところにおりまして⋮⋮ しかし孤児
院の子らを攫い、あまつさえ殺害しようともした彼らは許されざる
存在です。エレアリス様のみを妄信し、必要ともあれば無害な人々
までも巻き込む集団。そのような輩、神の信者として相応しくない。
内外問わず、要らぬ反発を招くだけですから﹂
﹁⋮⋮貴方の目的が見えませんね。なぜそのような情報を、わざわ
ざ教えるのです?﹂
﹁私のことなどお気になさらず。私もまた反対派に加担した身、同
様に許されざる者なのですから﹂
ゆっくりとした動作でマルセルが懐に手を入れると、ジェラール
は魔剣を構え直し、メルフィーナの瞳が鋭くなる。
﹁最後に、私からもひとつ伺いましょう。未だ人質として残された
修道女がいると言うのに、正面から向かって来た理由を。私が彼ら
と同じ反対派であったならば、彼女は殺されていたかもしれません
よ?﹂
﹁⋮⋮反対派が所持していた通信機の使用範囲は、精々がこのダン
2063
ジョンの2層3層を跨ぐ程度の距離だと分かっています。反対派が
陣取る2層から発信したとしても、この8層にはとてもではありま
せんが届きません﹂
発信機の特性についても、監視の際にケルヴィンの﹃鑑定眼﹄で
調査済みであった。
﹁詰まるところ反対派とは別勢力である可能性が高い。反対派が子
供のみを誘拐したのに対し、そちらも別途シスターを攫ったのでし
ょう。人質としてではなく、私たちを誘う為の餌として﹂
﹁ですが、それもあくまで推測の話では?﹂
﹁そうですね。ですが、時間を掛ければ掛けるほどに状況は緊迫し
ていきます。そうなれば、恐らく教皇は人質を見捨てる決断してい
たでしょう。それならば現実を見据えた方法で、1人でも多く助け
られるよう行動した方が良いとは思いませんか?﹂
﹁⋮⋮ああ、安心致しました。我らの神は慈悲深いお方だった。い
つしか俗世に塗れ、権力闘争などに加わってしまった私などに、こ
うして声を聞かせて頂ける。巫女様、貴女が心酔する理由が分かっ
た気がします﹂
メルフィーナなりのフォローを交えて答えているが、実際のとこ
ろはケルヴィンによる出たこと勝負な面が多い作戦であった。1層
2層は兎も角、最下層近くにまだ人質がいると知った時は女神様と
しても冷や汗ものだったのだ。最短最速での救出が最悪の事態を招
かなかったことに、実際のところ内心ホッとしている。しかし絶対
に確実な手などもない訳で、召喚術を用いたショートカットが現実
的な手であることに間違いはない。
﹁メルフィーナ様。貴女方であればこの程度、造作もなく切り抜け
ると信じております﹂
2064
﹁⋮⋮っ﹂
︱︱︱ドサッ。
マルセルが自身の心臓に杭を突き立てる。予想外の行動に、流石
のジェラールとメルフィーナも目を丸くする。
﹁⋮⋮古の勇者よ。眠りより覚め、神を討ち果たせ﹂
棺の蓋棺が解かれる音がした。
2065
第281話 銀弓と寡黙
︱︱︱英霊の地下墓地・第8層
ガタリと棺の蓋が地に落ち、その棺の中から出でる2人の人物。
メルフィーナより向かって右の棺の者は耳が特徴的であり、その種
族がエルフであることが一目で分かる。民族衣装を纏う男はエルフ
としては珍しく容姿が年老いており、それは長きに渡って生きてき
た証でもあった。されど容姿は非常に整っており、口周りの白髭さ
えも洒落ているように感じられた。
そして対になるようにして起き上がる左の棺の者。蒼の騎士鎧を
着込み、何処かの紋章が刻まれた盾を所持している。デラミスの神
聖騎士団のものとは異なる装備だ。しかしその顔付きは精悍・勇敢
そのものであり、志の高さにおいて負けるものではないと推測でき
る。また鎧の下にある肉体自体も鍛えぬかれ、国々の民が思う理想
の騎士を体現するものだった。
﹁む、ここは?﹂
﹁⋮⋮ソロンディール﹂
﹁ほう! 懐かしい顔だな、ラガット。まさかまた貴殿と会うこと
になるとは、数奇な運命だ﹂
﹁⋮⋮ここは、どこだ?﹂
立ち上がること間もなくして、気の知れた者同士であるらしいこ
の2人は挨拶がてらの会話をする。だが、どうやら自分達が置かれ
た状況を未だ理解していないようで、頻りに周囲を見回している。
2066
﹃姫様、彼らは?﹄
同じく状況の読めないジェラールが念話にてメルフィーナに尋ね
た。
﹃勇者セルジュの仲間だった者達です。﹃銀弓﹄のソロンディール
と、﹃寡黙﹄のラガット・タイタン。何れも魔王グスタフを討伐し
勇者が帰還した後に、この世を去っています﹄
﹃突飛な話をして申し訳ないのじゃが、ワシの眼前にその死人がい
るのじゃが⋮⋮﹄
﹃その台詞、つい先ほど耳にした覚えがありますね。ですが、死人
ではありません。不可解なことに彼らは紛れもなく生きています。
この階層のモンスターといい、何か裏があると見ていいでしょう﹄
死者を蘇らす手段はなく、例えS級の白魔法でも不可能である。
それが一般的な認識だ。例外中と例外として転生神の扱う﹃転生術﹄
という手段はあるが、現実的にそれは考えられない。限定的に使用
できるとされるアイリスでさえ、このような運用はできないのだ。
﹃なるほどのう。古の勇者、か。先のマルセル枢機卿の言葉、あな
がち間違ってないようじゃな﹄
﹃一応、連絡しておきますか﹄
﹃王にですかな?﹄
﹃ええ﹄
メルフィーナが情報を取り纏め、今頃中層を攻略しているであろ
うケルヴィンに念話を送る。すると直ぐに、返信の念話が返ってき
た。
﹃今行く! 直ぐに行く! だから俺の取り分を残しておいてくれ
2067
!﹄
︱︱︱戦闘狂な死神にとっては、過去の偉大なる勇者も好敵手に
しか見えないようだ。十中八九、とんでもない攻略スピードでこの
8層に乗り込んで来ることだろう。
﹃はい、はい⋮⋮ 分かりました。そのように﹄
﹃姫様、王は何と?﹄
ケルヴィンとの念話を終えたメルフィーナに、ジェラールがすか
さず伺う。何となーく予想はできているが、念の為の確認である。
﹃今日も私の声が綺麗で愛しい、早く会いたいと⋮⋮︵ぽっ︶﹄
しかし返ってきた答えは予想外な返答であった。くねくねと照れ
る素振りを見せるメルフィーナに絶句するジェラール。あの王が戦
いよりも愛を取ったのか!? ⋮⋮と。
﹃いやいや、流石のワシも騙されんよ﹄
ないないと盾を持つ手を大袈裟に振るい否定する。
﹃少しは騙された振りをしてくれても罰は当たらないと思います⋮
⋮ いえ、時と場合によってはと言いますか、あれでも同じくらい
には大切にしてくれていると言いますか⋮⋮﹄
﹃ストップ、ストップじゃ! それ以上はワシの胃がもたれるわい﹄
ちなみに何時もの如く、高速での念話は刹那の間に行われる。他
者からすれば急に照れ、かと思えば落ち込み、モジモジし出す面白
百面相な代物なのであるが、あまりに高速なのでそれすら理解でき
2068
ない。されど、そこにいる古の勇者は常人ではない。
﹁これはこれは、何と美しいお嬢さんだ。どうですかな? 私とお
茶でも?﹂
﹃銀弓﹄のソロンディールがそれらの行為を全て理解した上での
ナンパという、何とも高レベルな行動をし出した。ダンジョンのど
真ん中で何を、と思うかもしれないが、彼はここがダンジョンの中
だと把握していない為、仕方がないことなのだ。百歩ほど譲って。
﹁お断りします﹂
﹁ガフッ!﹂
悩むこともなくメルフィーナに真顔で拒否されたソロンディール、
完全敗北。
﹁⋮⋮いい歳して、まだそのようなことを﹂
﹁麗しい美女や美少女がいれば口説く。それが紳士の礼儀というも
のだ﹂
﹁⋮⋮セルジュは?﹂
﹁遠い恋より目の前の恋! だがセルジュが目の前にいればセルジ
ュを取る!﹂
﹁⋮⋮ふう﹂
﹁おい、ふうとは何だ! このサイと同類のむっつりが! そもそ
も男というあり方は︱︱︱﹂
ガバリと立ち上がり、熱弁。案外元気そうである。
﹁戯れもその辺にして頂きましょうか。貴方方は今の状況を理解さ
れていますか?﹂
2069
﹁なかなかに手厳しい。寝起きなのだからキスのひとつも欲しいと
ころなのだがな。なあ、ラガット?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮?﹂
蒼き鎧のラガットは黙り込み、目線を外す。特にメルフィーナと
はなぜか視線を合わせようとしない。
﹁ああ、相変わらず初対面の女性との会話は駄目だったか。レディ、
代わりに私との会話を楽しみましょうか﹂
﹁ジェラール、一大事です。この方、言葉が通じません﹂
﹁姫様、現実を見ましょうぞ﹂
﹁姫っ! その方は何処の姫なのですかっ!? 詳細をっ!﹂
﹁お主も一度黙らんか﹂
想定外である。話が進まない。メルフィーナの中でさっさと事を
済ませたい気持ちの割合が大きくなってきている。
﹁この際です。やむをえません⋮⋮ 貴方方、背後に何が見えます
か?﹂
﹁背後に?﹂
ソロンディールとラガットの背後、そこには心臓に杭を打った枢
機卿マルセルがいる。杭からは深紅の鮮血が溢れ、既に致死量を超
えているであろう量の血溜まりを作っていた。だが、その身体は異
型へと変化していた。年老い、弱々しかった老骨は何倍にも膨れ上
がって白き屈強な身体となり、鋭利な剣のような鱗が腕に生えてい
る。口には肉食獣のそれである物騒な牙が並び、瞳に正気はない。
もはやマルセルは、完全なるモンスターと化したと言っても差し支
えなかった。ただ、凶悪な外見に反しモンスターは静かに事の成り
2070
行きを見守っているようで、あちらから動く気配はない。
﹁⋮⋮何が見えるとは、この可憐な少女のことかな? 黒髪が綺麗
で、まるでセルジュの幼き頃の姿のようだ﹂
﹁⋮⋮? ⋮⋮俺には、母性溢れるセルジュに見えるが﹂
振り返った2人の瞳にも、正気を記す灯火はなかった。
﹃⋮⋮ジェラール﹄
﹃分かっとる﹄
念話での意思疎通のみをし、後は何も語る必要はなかった。古の
勇者は幻を見ている。恐らくは、その者が最も好む姿に。化物と化
したマルセルと敵対しないように。
﹁おいおい、まさかこのいたいけな少女に剣を向ける気か!? 正
気ではないぞ!﹂
﹁⋮⋮断じて、許せない﹂
そして、メルフィーナとジェラールに戦意を向けさせるように。
﹁くそ、よくよく見ればあの黒騎士、魔王のようではないか! 騙
されていたかっ!﹂
﹁⋮⋮少女の方は、得体が知れない﹂
﹁気をつけろ、ラガット。どこかで見たことがある思ったが、あの
不可思議な動きは﹃召喚術﹄の念話によるものだ。デラミスの巫女
がたまにあんな動きしてたの見たことがあるぞ!﹂
﹁⋮⋮知らないが﹂
﹁お前は見ようとしないからだ! 俺は四六時中見てたから分かる
!﹂
2071
﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂
状況は満場一致でシリアスなのだが、どうもいまいち締まらなか
った。
2072
第282話 剣翁と微笑
︱︱︱英霊の地下墓地・第8層
仕掛けたのはソロンディールからだった。ぼんやりと鈍く輝く銀
弓を取り出し、目にも留まらぬ速さで矢をを放つ。放たれた矢もま
た銀から構成されている。銀とは魔力を帯びやすい鉱物であり、ソ
ロンディールは弓矢に魔法を施すことでその威力と速度を強化して
いた。
﹁あら、容赦がないのですね﹂
狙われたのはメルフィーナ。不意の攻撃であったが、微妙に身体
を逸らす必要最小限の動きのみでこれを躱し切る。それどころか、
彼女の人差し指と中指の間には銀の矢が挟まれていた。矢にはエル
フ族特有の紋章が刻まれており、それがソロンディールのものであ
った何よりも証拠として勇者の目に焼きつく。
﹁掴んだ、だと!?﹂
﹁⋮⋮来るぞ﹂
ラガットがそう呟きながら、ソロンディールの前に出る。己の役
割は、パーティを護る盾。セルジュと共に歩んだ旅路の中で育まれ
た責務は、自然と彼を動かす原動力となっている。迫り来るは漆黒
の騎士、ジェラール。ソロンディールが矢を放った時点で戦いの幕
が上がったと見なし、こちらも大剣を振るい攻撃を敢行する。
﹁ぐ、お⋮⋮!﹂
2073
蒼き大盾から展開される一体型の結界。この結界はラガットの持
つ盾の面に合わせて広範囲に拡がり、背後に控える多人数をカバー
することができるのだ。結界と盾とで2重に固める磐石なる護り。
だが、それをもってしても一瞬宙に浮かされそうになってしまう程
に、襲い掛かる脅威は強力だった。残る勝敗を決めると要因がある
とすれば、それは騎士としての意地か。ラガットは渾身の力で踏ん
張り、ジェラールの一撃を受け拮抗する。
﹃ほう! 防いだか! 姫様、こやつ防ぎおったぞ!﹄
久方ぶりに己の攻撃を避けるではなく受け、それで尚も向かって
来る相手の登場に興奮してしまうジェラール。姫様に歓喜の報告。
﹃喜ばしいことですが、無意識のうちに手加減が過ぎてますよ。ジ
ェラール﹄
﹃む、そうかの?﹄
初撃は様子見の意味も含め、大降りによる軌道の読みやすい単調
な斬り上げだった。メルフィーナが言うように手加減をしているつ
もりはなかったが、確かに力の半分も出していない。これはジェラ
ールがフルパワーで戦う機会が滅多になく、そもそも出さずとも大
抵の相手であれば蹴散らせてしまうことに起因している。最近で出
したとすれば身内との模擬試合でか、ガウンでの神の使徒、神柱と
の戦いくらいなものなのだ。
﹃ならば、ちと本気を⋮⋮﹄
ギリギリと剣が結界を押し切ろうとする中で、ジェラールは魔剣
ダーインスレイヴの力を発動。刀身に触れる魔力を吸収し、文字通
2074
り結界ごと食い破る。
︵俺の盾が⋮⋮!?︶
ラガットの盾に施される結界が破られるのは、何もこれが初めて
のことではない。魔王グスタフとの決戦の際も同様だったのだ。だ
が、それは幾度か魔王の攻撃を受けての結果である。たった一撃で、
それも一度勢いを止めてから結界が破壊されたことなど、これまで
経験がなかった。
境を遮るものがなくなれば、凶刃は本命たるラガットと盾に至る。
結界の残滓が四散するよりも速く、如何なる怪物よりも力強く、ジ
ェラールの魔剣が迫り︱︱︱
﹁ぐ、う⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あり?﹂
今度は力加減を逆に見誤ってしまい、護りを固める大盾ごとラガ
ットをぶっ飛ばしてしまった。古の勇者の堅牢さを象徴していた蒼
き盾は大きく陥没、横から見ればくの字に折れ曲がっていることが
分かるだろう。当然ながらジェラールに立ち向かったラガット自身
も無事では済まされない。想像を絶する衝撃をまともに食らったの
だ。鋼の体は動かず骨は軋み、意識すらも徐々に遠のき手放してし
まう一歩手前である。
﹃ジェラールもなかなかに容赦ないですね。壁に衝突コースじゃな
いですか﹄
﹃じゃ、じゃってー⋮⋮﹄
しかし、ぶっ飛ばされてしまったラガットを助け出す者がいた。
2075
モンスターへの変貌を遂げたマルセルだ。その白き巨腕で繊細にラ
ガットを受け取り、抱き止める。
︵こ、この温かな抱擁と、それでいて微かにふわっとした香りは⋮
⋮ 長らく忘れてしまっていた母の、温もり⋮⋮ ああ、セルジュ。
やはり君は、俺の母に⋮⋮︶
誰も知ることではないのだが、意識を失う寸前、彼は心の中で饒
舌であった。幻の胸の中と言えど、長きに渡って騎士として戦い抜
き生涯を終えた彼にとっては、一瞬の平穏も喜びを享受するには十
分だったのだろう。
⋮⋮平穏に一役買った幻の元がマルセルであったことは口にして
はいけない。聖職者として迷える子羊を導いたのだ。互いに万々歳
だからこれ以上突っ込むのは野暮というものだ。だから口にしては
いけない。
﹁うわっ、お前! 俺のセルジュ︵仮︶に何してやがるっ! やは
りお前もロリコンだったか! 離れろ!﹂
しかし、ここにも迷える子羊エルフがひとり。ダンジョンだけに
迷える者が多いのだろうか。
﹁次はお前さんじゃな﹂
騒ぎ立てるソロンディールを無視してワシの獲物だと言わんばか
りに、今度は巨大化したマルセルに飛び掛るジェラール。大剣を上
段に構え、そのまま斬り落とす算段か。
﹁させるかっ!﹂
2076
﹁ええ、させません﹂
﹁ぐうっ!?﹂
大きく飛翔するジェラールに弓を引こうとするソロンディールで
あったが、右肩をメルフィーナの槍に貫かれ、体勢を崩してしまう。
﹁人をナンパしておいて、余所見をするとは何事ですか? 非常に
不本意ではありますが、今の相手は私なのですよ?﹂
少々お怒りなメルフィーナは、その細腕からは考え付かぬ力で射
貫いたソロンディールを床に叩きつける。肩の槍は貫通し、地面に
まで突き刺さる。
﹁ぐぅ⋮⋮! こ、これは失礼。だが、今は一大事で⋮⋮?﹂
弓を持つ手が冷たい。凍えるように冷たい。そう感じたソロンデ
ィールが自らの手を見ると、愛弓である銀弓がそれを掴む手ごと氷
塊で包まれていた。パキパキと心地良くも残酷な音を立てながら、
氷塊と接する腕も徐々に徐々にと凍結が進行している。
﹁こ、これはっ!?﹂
﹁だから視線を外すなと、何度言えば⋮⋮ もういいです﹂
﹁ぐ、ぐわぁーー!﹂
腕だけではなく、今度は槍に貫かれた肩からも氷の侵食が始まっ
た。両方向から迫る恐怖は並大抵のものではない。せめてもの救い
は氷像が出来上がるまでに時間を要さなかったことか。不幸中の幸
いと言うには微妙ではあるが。
かつてケルヴィンも経験したメルフィーナ式訓練。大体このよう
2077
な感じの戦いの中でケルヴィンはS級魔法の制御を学んだ訳である
が、世の人はこれをスパルタ式と呼ぶ。当然ながら相手がソロンデ
ィールでは訓練の後の飴もある筈がない。
﹃さて、ジェラール。そちらは?﹄
﹃うむ。今終わったところじゃ﹄
ジェラールが肩に魔剣を担ぐと同時に、両断されたマルセルの巨
体が地に落ちる。どうやらこちらも戦闘を終えたようだ。
﹃むう⋮⋮ それなりの力は感じたんじゃが、動きは鈍かったのう。
無抵抗もいいとこじゃ。制御仕切れんかったか?﹄
﹃それにしては見事にラガットを受け止めていたではないですか。
恐らくは、いえ⋮⋮﹄
念話を止め、メルフィーナがマルセルの死体に近寄る。
﹁マルセル。貴方が反対派に組した理由は分かりませんし、深くは
追求致しません。ですが命の散り際までその行いは尊いものであり、
貴方が熱心な聖職者であったことを誇りに思います。今はただ、安
らかに眠りなさい﹂
メルフィーナが呪文を唱えると、変貌したマルセルの体は光に包
まれて消え去った。残ったのはマルセルの心臓に突き刺さっていた
杭のみであったが、それも直に崩壊して砂に還る。
﹃結局、奴は何がしたかったのかのう﹄
﹃恐らくは、あの杭を渡した者がまやかしたのでしょうが⋮⋮ 今
は何とも言えませんね。それよりも、早くシスター・リーアを救出
しましょう﹄
2078
メルフィーナは宙に浮かび、十字架に括られた鎖を断ち切ってい
く。その様子を眺めながら、ふとジェラールは足元で氷付けにされ
てしまったソロンディールに目を向けた。
﹃のう、姫様よ。王が来る前に古の勇者を倒してしまって良かった
んじゃろうか? たぶん、と言うか絶対に肩を落とすと思うぞい?﹄
﹃あの程度が魔王を倒した勇者の力かと落胆されるよりは万倍いい
です。実際、彼らは魔王討伐後も進化しなかった者達。実力的にも
フィリップやサイに劣るのです﹄
﹃む、勇者セルジュと共に戦ったエルフはハイエルフだったのでは
? エルフの里で長老がそう言っていた気がするが﹄
﹃ソロンディールは寿命で死んでしまったのですよ? ハイエルフ
であればあり得ぬこと。お調子者な彼のことです。ナンパの口実に
つい言ってしまった言葉が、そのまま里に広がった。そんなところ
でしょう﹄
﹃ええー⋮⋮﹄
エフィルには黙っておこう。そう心に決めるジェラールであった。
そうしている間にも、シスター・リーアの拘束が解かれたようだ。
﹁これで大丈夫ですね。後は回復をちょいちょいと﹂
﹁ん、んん⋮⋮﹂
シスター・リーアの瞼が少しずつ開かれる。
﹁もし。どこか痛むところはありませんか?﹂
﹁貴女は、メルさん⋮⋮ ここ、は⋮⋮!﹂
ガバリと体を起こすリーア。揺れる胸をここぞとばかりに﹃心眼﹄
2079
で刮目するジェラール。ちなみにこのデータは騎士として王にも献
上される予定である。
﹁た、助けてください! アトラが、シスター・アトラが、生贄に
なっちゃう!﹂
涙目で訴えるリーアに、ジェラールは流石に自重した。
2080
第283話 目覚める者
︱︱︱英霊の地下墓地・第6層
俺たちは駆ける。目の前に迫る敵を倒し、斬り、射抜き、燃やし、
崩し︱︱︱ 手段は兎も角、最短で下層への階段まで辿り着けるよ
う努めていた。メルフィーナの知らせを聞いてから、俺の胸は高鳴
るばかりなのだ。急ぐ理由は言わずもがな。古の勇者が俺を待って
いるから! これに尽きる。まあこの中で足が遅いのは俺だからな。
いくら俺が急ごうとも、皆が俺に足並みを合わせてくれる。ありが
たい。
さて、現在のパーティは俺とエフィル、そしてリオンとアンジェ
の4人だ。クロトの助力により念話はできるが﹃召喚術﹄での召喚
に対応していない者らで組んだパーティなんだが、戦力のバランス
はかなり良い。前線に立つ勇者であるリオンに、色々と度を越し過
ぎてる盗賊のアンジェ。超火力&絶対命中の矢を放つ狩人のエフィ
ルと、皆を支援するMPお化けたる魔法使いの俺。ロールプレイン
グゲーム的に言えばこんな感じだろう。当たり前だが進行方向に対
して一列ではなく、ちゃんとフォーメーションを組んでいる。
戦法としてはこうだ。俺とエフィルは後方に陣取り、ルートを遮
るモンスターを魔法と矢で駆逐。リオンが先頭を走ればそれだけで
大多数の敵アンデッドが昇天し、心なしか幸せそうな表情な気で消
えていく。アンジェは持ち前の機転と素早さを活かし、その取りこ
ぼしを完璧にカバー。これにより俺たちの通り道はさながら聖書に
載るモーゼの海割りのように、不自然なほどに綺麗な不可侵の領域
が形成されていた。
2081
どうもこの﹃英霊の地下墓地﹄に出現するモンスターとリオンの
固有スキル﹃絶対浄化﹄は相性が良いようで、これまで攻撃らしい
攻撃をまったく受けていない。いや、魔法を扱う魔導士系のアンデ
ッドや呪詛を仕掛けてくる無礼な輩から攻撃はされているのだが、
防御するまでもなくリオンのテリトリーに侵入した時点で綺麗さっ
ぱり消え去ってしまうのだ。大体リオンの周囲3メートルくらいの
範囲だろうか。対象が悪霊的でよろしくない影響を与える存在であ
れば、それがモンスターや魔法、状態異常であろうと等しく平等に
浄化してしまうのがリオンの力。最初の頃はてっきり状態異常解除
に特化したスキルかと勘違いしていたが、俺が思っていた以上に強
力な能力だったのだ。
されど第6層ともなれば敵モンスターも強力になり、A級クラス
もぽつぽつと出始める。例えばアレだ。揺らぐ幻影の如く俺たちの
正面に顕現した﹃ブッチェリーレイス﹄。ボロボロだがなぜか真っ
白な衣服を纏い、人型ではあるが異常に背が高い。壊れたテープレ
コーダーのように不気味な言葉にならない声を繰り返すその口もま
た異様、裂けるほどに三日月を描いた口角は見る者を恐怖させる。
もしこいつが野に放たれたとすれば、呪われた屋敷の根城とする超
強力なボスモンスターとして登場するだろうか。ホラー要素の塊だ
し。
そんな超強力な悪霊さんもリオンが至近距離まで近づくと、悲鳴
に似た叫びを上げながら逆に逃走する。それはもう見事なフォーム
で。しかし残念なことに、リオンを相手にするにはそれでも速さが
足りない。逃避行は数秒も持たずに追いつかれ、絶対浄化の効果範
囲に。
﹁嫌イ嫌イ嫌イ嫌イ︱︱︱﹂
2082
おお、珍しく踏ん張った。余程現世に未練があるんだろうか? 悪霊さんにも意地があるらしい。濁った声には黒板を爪で引っ掻く
行為にも似た不快感が感じられ始め、それが呪いの類であることが
容易に想像できた。
だがその努力も悲しきかな。音による不快感はそのままであるが、
ブッチェリーレイスの放つ呪詛はリオンの手前でシャットダウン。
スコーンとアンジェが投擲したクナイが悪霊の額に刺さり、すれ違
い際に聖なる力を帯びさせたリオンの黒剣によって今度こそ完全に
浄化されてしまう。
﹁嫌、イ⋮⋮ アリガ⋮⋮﹂
消滅する寸前、邪気が抜かれた悪霊の本当の顔が一瞬表に現れる。
儚い雰囲気の女性と言えばいいだろうか。彼女は意外と美人さんだ
った。最後の最後は笑顔だったのが救いかな。 ⋮⋮って待て待て、
それよりも先に進むの優先だ。待ってて、古の勇者さん!
﹃ケルにい、メルねえは何だって?﹄
リオンが先ほどのブッチェリーレイスと同格のモンスターを斬り
伏せながら念話で語り掛けてくる。そこに容赦などは微塵もなく、
相手が逃走しようが進路上に居さえすれば浄化を決行。何と言うか、
獣王との訓練を経て本当に逞しくなったな、妹よ。お兄ちゃんは複
雑な心境です。ともあれ、メルから受け取った情報を皆に話す。
﹃古の勇者の復活? 死者が復活したってこと?﹄
﹃メルフィーナはそうだと言ってた。だから急ごう! でなければ
勇者がメルに食われる!﹄
2083
﹃その言い方は誤解を招いちゃうよ、ケルヴィン。でも、死者の復
活か⋮⋮ うーん、思い当たる節がひとつあったりするんだよねー﹄
アンジェが煮え切らない様子で腕を組む。死者が蘇ることはあり
得ない。だがアンジェが言うように、俺にも思い当たるところはあ
る。まあそれもアンジェのお陰なんだけどさ。
﹃しっかし、無駄に広いな⋮⋮﹄
﹃5層6層は最も広大な階層ですから。正解の道順を辿っても、も
う少々かかってしまいそうですね﹄
第6層は全体的に闇に覆われている。とは言っても先がまったく
見えない訳ではなく、僅かではあるが蝋燭の光があって、うっすら
と視界を確保する助けとなっている。雰囲気としては廃墟が近いか
な。心霊スポットとしては如何にもな場所だ。加えて呆れるほどに
広く、現れるモンスターもそっち系が大多数ときたもんで、この手
の空気が苦手な人には辛いところだろう。後続を考えれば雅は好き
そうだが、奈々が心配かな。ちなみにうちのパーティは心配無用。
エフィルが攻撃の度、随所随所に巨大なキャンプファイヤーを作っ
てくれているからな。もう雰囲気など知ったことではない。
﹃あれ? 前が明るいよ?﹄
﹃マップによればこの先は大部屋だな。っと⋮⋮﹄
部屋の直前で止まる。これまでのダークな趣とは打って変わって、
行き着いたホール型の大部屋は隅々まで光が行き届いていた。壁や
床の造りもまるで真上の大聖堂のように眩い。何よりも注目すべき
は中央にある墓だ。普通の墓ではない。馬鹿みたいにでかい墓。階
層の規模に合わせて墓までサイズを大きくしなくてもいいだろうに。
ひょっとしたら、この部屋自体が何者かを安置する神殿代わりなん
2084
だろうか? 天使やらペガサスやら神聖そうな石像が天井近くに飾
られ、その天井にも絵画が描かれている。ヨーロッパあたりの旅番
組で、こんな光景を見た気がする。
﹃罠かな?﹄
﹃それっぽくもあるが⋮⋮ アンジェ、どうだ?﹄
﹃んー、物理的・魔法的なトラップはなし。何かあるとすれば、あ
のお墓かな﹄
メルフィーナとジェラールは第7層に直接召喚したから、ここを
通ってはいない。詰まりは完全に初見。こればかりは俺たちでクリ
アしなければならない。
﹃とりあえずエフィル、撃っちゃえ﹄
﹃承知致しました﹄
︱︱︱ドガァーン!
俺の指示からノータイムで矢を射るエフィル。爆破される墓。飛
び散る破片と残骸。広がる塵埃。現れる竜。 ⋮⋮現れる竜!?
﹁騒がしい、騒がしいぞ⋮⋮﹂
塵埃の中からグンと長い首を上げ、俺らを睨みつけるのは確かに
竜だった。しかも言葉を話す高等な個体だ。白の鱗はロザリアの竜
形態を彷彿させるが、こちらは本当に純白、真っ白である。身の丈
はダハクと同じくらいで結構なでかさだ。
﹁久方振りに目覚めたかと思えば貴様ら、この光竜王様の御前と知
っての狼藉か? それほどまでに死を望むか?﹂
2085
⋮⋮竜が素敵な単語を言ったような気がするが、気のせいだろう
か?
2086
第284話 頂点の一角
︱︱︱英霊の地下墓地・第6層
﹁⋮⋮なあ、おい。あんた、自分が竜王だとか何とか言わなかった
か? 俺の聞き間違いか?﹂
念の為、聞き違いだとは思うがもう一度、眼前の白竜に俺は問う。
いやいや、だってさ、こんな所に世界に8体しか存在しない竜族の
王様がいる訳ないだろう。しかも墓からだぞ? 何の冗談だと笑っ
てしまうところだ。
﹁劣等種である人間如きが、崇高の権化たる我に同じ言葉を吐かそ
うと言うのか? 愚かな。だが崇高たる我の寛大さに感謝するのだ
な。もう一度宣言してやろう! 我は崇高なる光竜王! 神にも匹
敵する力を持つ竜の頂点也!﹂
おお、ご丁寧に答えて下さった。それにしても崇高って言葉が好
きなのか、あの台詞中に何度も言っていた気がする。だが、俺は冷
静かつ疑い深い男。本人の自己申請など鼻から信用していない。
﹃ダハーク! 光竜王ってのは本当にあいつなのか!? 強いのか
!?﹄
分からぬなら仲間に聞けば良いのだ。こういった知識はメルフィ
ーナ先生に相談するものだが、今は取り込み中だからな。餅は餅屋。
竜は竜に聞けば良い。デラミスでは容姿的に目立つドラゴンズ。今
も俺の魔力内に留まっているので気兼ねなく聞いちゃう。
2087
﹃テ、テンション高いッスね、兄貴⋮⋮﹄
﹃何を言うか、とっても冷静だよ! それよか早く!﹄
﹃へ、へいっ! 俺の知る限りじゃあ、光属性を受け継ぐ竜王は大
戦の時代に入れ替わってるッス﹄
﹃入れ替わる?﹄
﹃有り体に言やあ、自分の手下に勝負に負けたんスよ。古竜が竜王
に進化する条件は、現竜王に敗北を認めさせることッスから。で、
竜王が敗北を認めちまったら、もうそいつは王なんかじゃねぇ。文
字通り王の名を剥奪されて、力を失っちまう。竜の世界は食うか食
われるかの世界ってことッス!﹄
なるほど。ダハクやボガ、ムドファラクがいくらレベルを上げよ
うとも進化しなかった理由はそこか。そりゃレベルを上げて進化し
ちゃったら竜王の大量生産ができてしまうからな。何処も彼処も王
だからけになってしまう。
﹃えーと、確かそのタイマンの時に先代光竜王は命を落としたって
親父の昔話で聞いたことがあるッス。何分俺にとっても遥か昔のこ
とッスから、本当かどうかは分からねぇけど﹄
﹃死んだ者が生き返った。またこのパターンか⋮⋮﹄
﹃⋮⋮﹃鑑定眼﹄で見れば一発じゃないんスか?﹄
﹃﹃偽装﹄スキルの存在を知っちゃったからな。正直このレベルに
なると鑑定眼の情報は参考程度にしか見てない﹄
ってことはだ。この白竜は竜王の座から退いた前光竜王なのか。
大昔にこいつを打ちのめした古竜が竜王として別にいると。どんな
経緯でこの場所に墓が立ったのか、そして復活したのかは知らない
が、僅かに落胆する気持ちが俺の中で生まれている。が、その一方
で期待する気持ちもある。さっきは鑑定眼で得た情報は参考程度で
2088
・・
・・・
重視しないと言ったが、奴のステータスにこう表記されているんだ。
種族が白竜︵光竜王︶であると。
いかんな、興奮が冷めやらない。俺が今戦うべきは何だ? 古の
勇者か? それとも神の使徒か? はたまた竜王か? ⋮⋮一度整
理して頭を冷やそう。
選択肢の1つ目。メルフィーナとジェラールが発見したという古
の勇者。恐らくは刀哉らデラミスの勇者の完成形、過去の勇者パー
ティの誰かしらだとすれば、既にその代の魔王を打倒した実績があ
ると言える。図らずも刀哉や雅の成長を待たずに勇者と戦えること
になるだろう。それは美味しい、実に美味しい。
次に2つ目。最下層の第10層にて、﹃聖槍イクリプス﹄の奪還
を企んでいると思われる神の使徒。これに関してはもうこの事件に
関与しているのは明白。よって順調に降って行けば戦闘になる可能
性も低くはない。戦闘力も総じてアンジェ以上と、これを逃す手は
ない。ないったらない。
最後は眼前の光竜王︵仮︶。本物であればこれ以上の獲物はいな
いが、所詮は自称だ。ダハクの話を吟味しても、竜王であった頃の
力を失っている可能性が高い。今は別の光竜王がいるようだし。だ
が、万が一に奴が力を失っていなかったとしたら︱︱︱
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁何だ、だんまりか? 少しはできるとも思うたが、さては我が竜
王と知り怖じ気づいたか!﹂
﹁お静かに願います。ご主人様が潜考されていますので﹂
並列思考を用いて思慮を巡らす俺に代わり、エフィルが竜に対し
2089
警告する。
﹁貴様、高々使用人の分際で崇高たる我に意見する気︱︱︱﹂
﹁お静かに、願います⋮⋮!﹂
ペナンブラ
警告の語尾が強まる。それと同時に、エフィルの持つ火神の魔弓
からゴウッ! と炎が上がった。
﹁⋮⋮う、うむ。少しだけだぞ。我は寛大だからな。少しだけ待っ
てやろう﹂
﹁ご理解頂き、ありがとうございます。主人に代わり感謝致します﹂
どうやらエフィルが交渉によりひと時の時間を勝ち取ってくれた
ようだ。それだけあれば考えるには十分。後でエフィルを愛でなけ
れば。 ⋮⋮関係ないがエフィルの炎が渦巻いた瞬間、奴の尻尾が
ビクリと跳ねたように見えたが、たぶん気のせいだろう。そういう
ことにしておく。
﹁⋮⋮よし、待たせたな﹂
﹁もう良いか? 10秒も経ってないぞ?﹂
﹁ああ、お陰で考えが纏まったよ﹂
足を止めたのも含めれば数十秒も時間を消費してしまった。俺は
すかさず念話を飛ばす。
﹃リオン、アンジェ。ここは俺たちが引き受ける。先に行ってメル
フィーナ達と合流してくれ。下層への階段はもう直ぐそこだ﹄
﹃分かった、ケルにいも気をつけて﹄
﹃りょーかいっ! お先っ!﹄
2090
轟く迅雷が駆け、暗殺者は足音もなく姿を消した。
﹁むうっ!?﹂
竜も反応しきれていない。二人とも難なく下層への階段へと向か
えたようである。
・・・
﹁気にするなよ。俺たちが相手するからさ﹂
﹁我を相手に戦力を割く気か? ⋮⋮何と傲慢な! その不徳が自
らを滅ぼすと知るがいいっ!﹂
翼が広げられ、白竜から心地良いプレッシャーが放たれる。俺は
ペナンブラ
黒杖ディザスターと愚聖剣クライヴを両手に構え、エフィルも爆炎
を灯した火神の魔弓をその手に携えている。
﹁傲慢で結構。俺は俺のやりたいようにやる﹂
俺が竜王を選んだ最たる理由。それは竜王が必ずしも戦える訳で
はないことにある。エフィルの母の仇である火竜王が相手でれば容
赦する必要は全くないし、諸手を挙げて戦える。だがしかし、竜王
の中には人間と友好を結ぶ者もいるし、必ずしも敵対しているとい
うことではないのだ。
属性は火・雷・風・土・水・氷・光・闇の8種類があるので、竜
王も8体存在することとなる。この中の何体と戦えるかは分からな
い。対してエレアリスの使徒はアンジェを外して残り9名。メルフ
ィーナとは明確に敵対してると言えるので、全員と戦闘になる可能
性が非常に高い。よって単純に戦える機会の少ない竜王と戦うこと
にしたのだ。後は本物であることを祈るばかり。
2091
⋮⋮古の勇者? ああ、パーティ単位で考えれば脅威だと思うが、
単体だとどうしても他の2択と見劣りしてしまうからな。その辺り
は割り切って刹那達を育てることにします。古の勇者には大人しく
メルフィーナに食べられてもらおう。
更に付け加えて、もうひとつ選んだ理由があるのだが︱︱︱
﹃ダハク、ボガ、ムドファラク!﹄
魔力内にいた竜ズを一括召喚する。ここまですれば、その理由も
自ずと分かるだろう。
﹃光竜王を打倒して、その座を奪え﹄
2092
第285話 崇高なる我
︱︱︱英霊の地下墓地・第6層
﹁ゴアァ⋮⋮﹂
﹁﹁﹁グオォン﹂﹂﹂
﹁ほう、貴様召喚士か。しかも我が同族をそれだけ使役するとは⋮
⋮ 先の自信、それ相応の道理があったということか﹂
竜とは実にバラエティに富む種族が確認されている。得意系統の
属性色をその鱗に示す者、岩などの自然に模する者、生物としての
枠を超えて三つ首を従える者など、その性質から大きさの規模に至
るまで様々だ。光竜王を名乗るこの白竜は属性色を表すタイプかな。
順当に考えれば白魔法を十八番にすると考えられる。が、ダハクの
ように漆黒竜であるにも関わらず、系統を無視して緑魔法を修める
輩もいるのだ。一概には言えないだろう。
﹁おうてめぇ、兄貴に対して上から目線とはどういう了見だ、こら
ぁ!﹂
やや1名、竜らしからぬ言動を放つ輩がいる。台詞としては完全
にかませ犬のそれ。ダハク、すっかり下っ端精神が心に根付いてし
まって。出会った頃の君はどこに行った? ⋮⋮まあ、戦闘に支障
がなければ何でもいいか。これでもゴルディアーナに振り向いても
らう為の努力はしているようだし。何の努力かは知らないが。
﹁だが、惜しいことに品格は足りていないようだ。それでは崇高た
る我と渡り合うなどとてもとても﹂
2093
﹁言うじゃねぇか。なら、その吐いた唾︱︱︱ 絶対呑むんじゃね
ぇぞ!﹂
竜の巨体が互いに飛翔し、戦いのゴングが鳴る。うーむ、サイズ
としてはボガ>ダハク=白竜>ムドファラク>ロザリアといった感
じか。大きさが強さの全てではないが、ダハクとタメを張るほどの
ブレス
竜は竜騎兵団にはボガ以外にいなかった。眼前で今まさに行われて
いる息吹もなかなかの迫力である。
﹁てめぇら、もっと気合を入れろぉー!﹂
﹁グルゥアァァー!﹂
﹁﹁﹁グオォオー!﹂﹂﹂
トリニティブレス
ダハクが放った翠緑の光線にムドファラクの極彩の息が交わり、
ブレス
畳み掛けんとばかりにボガの破壊的な叫びが更に加わる。それは正
しく極彩色。古竜3体が奏でる息吹の融合体が光竜王に迫り︱︱︱
﹁ガアァァーー!﹂
ブレス
奴が放出した光の息吹と衝突する。接触点からは凄まじい衝撃が
撒き散らされ、色彩豊かな光の欠片が散り散りになっては消えてい
く。遠目に見れば派手な花火のようで、とても綺麗なものだ。煩過
ぎる音は少々余計ではあるが。
ブレス
それにしても思った以上にやるな。ダハクらを相手に、それも3
対1での息吹合戦で対等に渡り合っている。威力は神獣ディアマン
テが最後に放ったビームと同等、それ以上か。これはもしかしたら、
もしかするかもしれん。
ノーブルブレス
﹁フハハハハ! この程度か! 崇高なる我の息吹の前には余りに
2094
も無力よ!﹂
﹁ぐっ!﹂
⋮⋮あの光、何か凄い当て字をしているような気配がするが、今
ブレス
はそれどころではないな。徐々にではあるが、ダハクらが押され始
めてきた。息吹を吐きながら流暢に話す余裕さえもあるようだ。だ
が、それも些細なこと。この程度であればエフィルの矢で一掃でき
る範疇だ。﹃蒼炎﹄を使わせるまでもない。
︱︱︱ドゴォーン!
﹁何っ!?﹂
ブレイズアロー
斜め下から爆音と共に放たれた矢が、光竜王の光線を綺麗さっぱ
りに削ぐ。極炎の矢は一切勢いを落とすこともなく、そのまま光竜
王の驚愕した顔面へと吸い込まれる。
﹁ぬうっ!﹂
おお、避けた⋮⋮! 隠密状態から放たれるエフィルの攻撃を避
けるとは、敵として戦う奴としては初めてではなかろうか。メルフ
ィーナの反則的なステータスとか、セラの予知能力的な勘があって
漸く回避できる代物なんだけどな。俺の期待も再度膨らんでしまう
ではないか。
﹁先ほどから何と苛烈なエルフの乙女よ⋮⋮!﹂
﹁たりめぇだ! エフィル姐さんの馬火力に勝てる筈ねぇだろ! 純粋な破壊力は随一なんだぞ!﹂
﹁ダハク、それはエフィルを賞賛してるのか? 貶しているのか?﹂
﹁うおっ! 兄貴、何時の間に!?﹂
2095
見に徹するばかりでは詰まらない。まずは飛翔していたダハクの
背に乗るとする。エフィルも同様にムドファラクの背に飛び乗った
ようだ。
﹁ゴアァ⋮⋮﹂
なぜかボガが悲しそうな声を上げた。ああ、自分だけ飛び乗られ
なかったからか。しかし今は普段騎乗しているジェラールがいない
からな。人数的にあぶれてしまう訳だし、こればかりは我慢しても
らうしかない。
﹁で、どうなんだ?﹂
﹁尊敬と羨望の眼差しで見てるに決まってるじゃないッスか! プ
リティアちゃんに誓うッス!﹂
﹁ゴルディアーナに誓われても困るぞ⋮⋮﹂
﹁ご主人様、気になさらないでください。それよりも︱︱︱﹂
エフィルが口頭での会話から念話に切り替えた。
﹃︱︱︱予想以上に素早いですね﹄
﹃肉体の力で避けたってより、何かしらの能力を使ったって感じだ
ったけどな﹄
ブレイズアロー
エフィルの極炎の矢は確かに光竜王の直撃間近まで迫っていた。
そんな中で奴はまるで瞬間移動したかのように、一瞬で巨体を移動
させたのだ。予備動作はなく、翼を羽ばたかせる仕草もしなかった。
﹃⋮⋮光を司る竜の王なら、スピードもそれ並とか?﹄
﹃だとしても常時使用しないところを見るに、何か制限があるのか
2096
と﹄
﹃まあ、どっちにしろアンジェより速いってことはないか﹄
この場合、比較対象が悪過ぎるのだが。
ここ
﹁地上からの跳躍で空中まで来るとは⋮⋮ 貴様ら、本当に召喚士
と使用人か?﹂
﹁何だ、知らないのか? 最近の召喚士は剣術や格闘術を嗜むんだ。
接近戦はむしろウェルカム。それに使用人が爆撃くらいしたって珍
しいもんじゃないだろ﹂
﹁え、う、うむ⋮⋮? 面妖だな。我は修羅の世界に迷い込んだと
言うのか⋮⋮?﹂
そんな糞真面目に返答されてもな。我が家ではメイドが戦闘をこ
なすのは一般常識だし、調理の片手間に扱う炎が多少強力なのも仕
方が無い。何も不思議なことはないのだ。
﹁よかろう、これまでの非礼を詫びるとしよう。どれ、崇高たる我
も本腰を入れねばならぬ相手のようだ﹂
︱︱︱カァーン⋮⋮
鐘の音が鳴った、気がした。
ノーブルオレオール
﹁崇高なる我の光輪﹂
光竜王の背に出現した猛烈な光。仏や聖人が放つのであろう後光
が、形ある金色の光の輪となって纏われる。輪は読み取ることがで
きない紋章が描かれており、時計回りにゆっくりと回転しているこ
とが分かる。今さっき聞こえた鐘の音の正体は光輪の四方し付いて
2097
いる大鐘によるものだろう。輪が回転する度に微かにその音色を鳴
らしている。
﹁どうだ? この神々しくも崇高な姿が崇高たる我が神と称えられ
る所以よ。今ならば、地に頭を付けることでこれまでの不敬を不問
にするが?﹂
﹁自称神様、崇高が被ってますよ﹂
﹁⋮⋮やはり曲げぬか。だが、それもよかろう﹂
こちとら正真正銘の女神様を毎日目にしているんだ。神聖かどう
かは別として、今更そんな姿になったところで躊躇する謂れは無い。
﹃お前ら、あれに勝てれば︵多分︶晴れて竜王だ。能力が不足して
いた不安の種のひとつ、ここで解決するぞ﹄
﹃兄貴、ぶっちゃけて言うッスね⋮⋮ まあ、その通りなんスけど﹄
﹃ゴアゴア﹄
﹃﹃﹃グォグォ﹄﹄﹄
﹃うんうん、分かってるって。だからって弱気になるな。誰が倒す
かは早い者勝ち。とろとろやってたら俺とエフィルがやっちゃうか
らな﹄
﹃はい。やっちゃいます﹄
﹃お前ら、気合入れろよ! 俺は土竜王を目指してるから今回は譲
るけどよっ!﹄
そこ、闇竜王じゃないのか。あと気合だけじゃなくて頭も使って
くれな。
ソニックアクセラレ
ヴー
ォト
ーテクスアーマー
﹃まあ、最初のうちはフォローするさ。風神脚。狂飆の竜鎧﹄
ソニックアクセラレート
俺が乗るダハクに敏捷倍加の風神脚を。ボガにはその身に狂飆を
2098
ヴォーテクスアーマー
纏わせる狂飆の竜鎧を施す。
ヒートファーニス
﹃ムドちゃんには私が。爆攻火﹄
ヒートファーニス
一方でエフィルは次弾攻撃の破壊力を倍加させる爆攻火をムドフ
ァラクに授ける。S級魔法な上に一発のみな燃費を度外視した補助
魔法だが、俺は嫌いじゃない。
﹁おっしゃ、行くぜぇ!﹂
ダハクが啖呵を切って特攻した。 ⋮⋮俺を乗せたまま。
2099
第286話 魔力超過
︱︱︱英霊の地下墓地・第6層
﹃おいおいおい! お前、俺の話ちゃんと聞いてた!? 頭を使え
って言ったよね、頭を!﹄
玉砕覚悟の鉄砲玉のように一直線に光竜王に向かうダハクと、巻
き添えを食らう俺。当然ながら抗議のひとつも上げたい訳で、念話
にて物申しているところだ。独力で敵わないのであれば、徒党を組
むなりして敵を打破する策を練れば良い。が、誰が単独で突撃しろ
と言ったよ!
﹃俺なりに頭も使ってるッスよ。いつかは夢見た竜王打倒。この時
の為に俺らはクロト先輩の指導の下、苦しくも辛い血反吐を吐く鍛
錬をしてきたんス。ケルヴィンの兄貴やジェラールの旦那に知られ
ぬよう、言わば秘密の特訓ッス!﹄
クロト先輩! 噴水でプカプカと遊び戯れているのかと思ったら、
分身体でそんなことしてたんスか!
俺の驚きへの返事なのか、ローブの中でクロトがプルンと震えた。
﹃本来であれば突破口を開くのはボガの仕事なんスけど、スピード
が倍加したんならいっちょ俺が行くっきゃないっしょ! それに兄
貴が付いて来てくれりゃあ、それこそ怖いもんなしッスわ﹄
﹃だからって俺を道連れにするなって⋮⋮﹄
﹃何言ってんスか。兄貴は普段からこう言ってます。戦いにおいて、
2100
利用できるものは全て利用しろと! それに兄貴が戦闘に介入せず
に我慢できるなんて全く思ってないんで!﹄
﹃それは、うん、まあ⋮⋮﹄
︱︱︱否定できない! それどころか否定したら皆に心配されて
しまう。たぶんガウンでやられたような集中治療を準備されてしま
う。
﹃姐さん方に聞いたッスけど、あの半人前の勇者との戦いもリオン
お嬢に譲ったらしいじゃないッスか。 ⋮⋮病気ッスか? 何か変
なものでも食ったんスか?﹄
﹃お前、俺を何だと思ってんの?﹄
﹃﹃﹃﹃﹃え?﹄﹄﹄﹄﹄
ほらー、ここにいない面子にまで疑問に満ちた返答を返される始
末だ。そんな反応されちゃうと我慢するのも馬鹿らしくなってしま
う。
﹃⋮⋮とどめを取られたからって、後で泣きつくなよ﹄
﹃分かってますって! じゃ、行くッスよ!﹄
ダハクが更に加速する。
﹁主を乗せて正面からとはまた豪胆だ、なッ!﹂
ブレス
煌く光。光竜王による息吹の迎撃。まあ、何もせず見過ごす筈も
ないよな。威力が最初のものよりも増している。あれが全力ではな
かったという朗報に喜びつつ、どう対処するか考える。ダハクは速
度を落とさないところを見るに、避ける気はないらしい。まあ、あ
んな極大の光線を避けるのも難儀な話なんだけれども。
2101
ケロウブレス
﹃あくまで正面からか。で、どうやって防ぐつもりだ?﹄
﹃さっきの通り、俺の腐敗の息じゃ太刀打ちできやせん! ってこ
とで兄貴の出番ッスよ。やっちゃってください!﹄
お前⋮⋮ 何て主想いな竜なんだ。特訓の成果はどこに行った、
ならば事前に言っておけと述べたくもなったが、ちょっと感極まっ
ヒーリックスバリア
てしまった。戦略的にはNGなんで後で叱りはするけどな。
ブレス
だがあの息吹は強力だ。下手をすれば螺旋護風壁をも貫く威力を
ボレアスデスサイズ
有している。だとすればこちらも迎え撃つしか方法はないのだが、
魔法の詠唱にかける時間もそれほどない。大風魔神鎌で真っ二つに
するのが最も手っ取り早いが、ちょっと間に合いそうにないな。思
考は追いついても、杖に施し振るうまでの行動が追いつかないんだ。
﹃⋮⋮実践で使うのは初めてになるか﹄
﹃何がッスか? ってか、そろそろお願いします! マジで!﹄
ブレス
眼前に迫る光竜王の息吹を前に、ダハクが急き立てる。だから急
かすくらいなら前もって言えと。
﹃俺の固有スキル﹃魔力超過﹄がだよ﹄
﹃えっ? ってやばいやばい!﹄
高速で会話できる念話でさえ焦り出すダハクは置いておき、俺は
そう言いながら即時唱えられる魔法を組み出す。今の俺であればB
級程度の魔法であれば、即時に放つことができる。できるが、アレ
を撃退するにはもう一歩も二歩も威力が足りない。そこで今回お披
露目となるのが俺の﹃魔力超過﹄だ。
2102
通常、魔法の威力は発動者の魔力とその魔法を使用するに当たっ
て消費したMP量で決定される︵メルフィーナ談︶。発動者の魔力
はそのままの意味だから分かりやすいだろう。ステータスに表記さ
れているあの魔力の数字のことだ。
ここで重要になるのが後者の消費MP量。魔法にはその種類によ
ウィンド
って多少の差異はあるが、基本となる必要消費MP量が各々決まっ
ている。例えばF級緑魔法︻風刃︼であれば必要消費MPは2にな
る。そしてそして、この消費MPはその詠唱者の魔法の熟練度によ
って消費するMPをかさ増しさせることができるのだ。俺が時たま
余計に魔力を使っていた理由はこれに起因する。
だが、一言に消費量を増やすと言ってもこれは並大抵のことでは
ない。剣術で言えばスキルの﹃剣術﹄に頼らない地力の部分を上達
させる行為であり、微々たる消費量を上げるとしても扱う魔法への
理解を深め繰り返し詠唱し、そういった地道な努力の上に漸く成り
立つ代物。高名な魔導士でも会得する魔法スキルの種類が多くとも
2、3個なのはこの為でもある。
レディエンスランサー・デュアル
﹁煌槍Ⅱ﹂
レディエンスランサー
ブレス
俺が選択したのは煌槍。ビクトール戦から世話になっている古参
の魔法だ。使い慣れた白き光の槍は一直線に極大の息吹に向かって
いく。
レディエンスランサー
﹁光を司る崇高なる我を相手に白魔法で、それもB級の煌槍で対抗
だと!? 舐めるでないわっ!﹂
怒りで攻撃が更に強化されているのは嬉しい誤算だな。まあ、お
怒りはご尤も。規模の開きは一目瞭然、奴が放つ攻撃に対して俺の
2103
レディエンスランサー
煌槍はあまりに貧弱に見えるのだ。その力に誇りを持つ光竜王の目
からしてみれば、俺がふざけているように映っているのかもしれな
い。
﹁舐めてねぇよ。敬意を払った上での攻撃だ。受け取れ﹂
﹁︱︱︱ッ!?﹂
衝突する光と光。対立するものと比較して小さく、か細かった光
の槍は︱︱︱ 巨大な光の束を蹴散らしながら光速での前進を続け
る。先端の中心部から抉られ四散する光の残滓。それらが部屋中に
撒き散らされてある種無差別攻撃となっているのだが、そこは弓の
名手であるエフィルが全て迎撃しているので安心だ。ムドファラク
の撃ちたそうな気持ちが意思疎通越しに伝わってくるが、攻撃倍化
の温存の為かこれには参加していない。
﹁何だ、今度は避けなかったのか﹂
﹁ガアアアァァアァァ!﹂
苦痛に耐える光竜王の右肩には大きな穴が開いていた。大き過ぎ
ブレス
レディエンスランサー
るが為に右腕は腋の部分で皮一枚のところ繋がり、殆ど死滅してい
る状態。息吹を全て粉砕した煌槍が、そのまま奴を貫通したのだ。
﹁グアア⋮⋮! ば、馬鹿な。何なのだ、この力は!?﹂
俺のMP残量が許す限り威力を高めることを可能とする。今使用し
消費量の壁を、このスキルは無条件で取っ払ってくれる。それこそ、
力超過﹄のお蔭だ。普通であれば自ら突破しなければならないMP
を出せたのか? ⋮⋮ああ。お察しの通り、固有スキルである﹃魔
もここまでの威力は出せない。ならばなぜ、ここまで規格外の威力
いくら使い古したと言えど、俺の限界までMP消費を高めた煌槍
レディエンスランサー
2104
デュアル
たⅡは威力を2倍にまで押し上げた魔法に銘うったもの。その効果
はご覧の通りだ。上手く使っていけば、低級の魔法も上位以上の効
果を発揮してくれそうだ。
﹁困惑してること悪いが、足元にも注意した方がいいぞ?﹂
﹁何を︱︱︱﹂
狼狽しつつも光竜王がチラリと足を見る。今更見たところで遅い
んだけどな。
︱︱︱ぎりっ。
奴の両足には部屋の床より芽生え、生長仕切った強靭な植物が絡
みついていた。それは巨人の手のように、がっちりと掴んでいる。
当然、犯人はあいつしかいない訳で。
﹁捕まえたぜぇー! 墜ちろやぁー!﹂
ここ一番とばかりに気合いの入った叫びを上げ、掴んだ足を引っ
張り地上に光竜王を落下させようとするダハク。虚を突かれグンッ
と振り落とされそうになる光竜王であったが、流石は種の頂点か。
翼を羽ばたかせ、傷口から血を流しながらも堪えている。
エアプレッシャー・デュアル
﹁この程度で、崇高たる我は︱︱︱﹂
﹁重風圧Ⅱ﹂
﹁ビクともおぉぉぉぉ⋮⋮!?﹂
エアプレッシャー
おー、見事に墜落したな。ここ最近効果の薄い日々が続いていた
重風圧も再び日の目を見る機会が増えそうだ。
2105
第287話 鐘の音︵前書き︶
うおお、物凄く間が空いてしまった⋮⋮
2106
第287話 鐘の音
︱︱︱英霊の地下墓地・第6層
﹁こ、のおおぉぉ⋮⋮!﹂
レッシャー・デュアル
エアプ
地面に激突した光竜王は半身を埋もらせながらも、俺の放った重
風圧Ⅱに負けじと抗う。土埃に塗れてしまっては尊厳も糞もないの
だろう。その形相に余裕は最早ない。それでも徐々にではあるが、
確実に這い上がって来ている。
﹁うお!? こいつ、マジでしぶといな!﹂
エアプレッシャー・デュアル
奴が抗うのは重風圧Ⅱだけではない。床の壊れ目からはダハクが
生長させた植物達が、光竜王を雁字搦めに拘束しているのだ。それ
でも奴は止まらない。強靭なる植物を引き千切り、今にも翼を広げ
て飛び立とうという勢いだ。
﹁崇高たる我を見下すとはぁ、万死に値する事なりぃぃ!﹂
ブレス
それどころか、叫びながら上空の俺らに息吹を吐き始める。余裕
ボレアスデスサイズ
綽々ってよりかは、そう見せようとかなり無理してる感じではある
ブレス
が。しかし残念なことに、既に俺は黒杖に大風魔神鎌を施している。
大鎌より斬撃を放ち、崇高らしい彼の息吹を両断。
﹃あ﹄
失敗したかな、と心の片隅で密かに思う。分離された光線は恐ら
2107
く希少であろう絵画が描かれた天井へとぶつかり、天使やら神様や
ら、真に崇高な方々を悉く破壊し尽くしてしまったのだ。これ、世
界遺産とかじゃないですよね? ⋮⋮何て卑劣な奴だ、光竜王! 許せん! ︱︱︱と、冗談はさて置き。
﹁頑張ってるとこ悪いが、次いくぞ﹂
突如、巨大な影が光竜王を覆う。
﹁グゥガァアアーーー!﹂
﹁何ぃ!?﹂
嵐渦巻く鎧を纏った隕石が、否、ボガが天上より咆哮を上げなが
ら舞い落ちる。持前の頑強さを活かしてか、自身の負傷など知らん
とばかりに正しい意味での捨て身を決行。体を丸めたその姿はアル
マジロにも似て⋮⋮ ないな。丸くはあるが、あんな巨大な流星と
は似ても似つかない。
﹁この程度︱︱︱﹂
激突。ボガと大地によって板挟みにされた光竜王の言葉は遮られ、
エアプレッシャー・デュアル
そのまま地ごと粉砕される。果てしない振動が続き、今や地上は大
惨事の体を成していた。ボガの超重量級の質量と重風圧Ⅱが合わさ
り、嵐の外装により被弾する者は切り刻まれるのだ。味方が全員空
中にいて良かった。本当に。ここまで来たら世界遺産とかどうでも
いいじゃないかな。
︱︱︱カァーン⋮⋮
2108
﹁ゴア?﹂
またしても、鐘の音が聞こえた。奴の背、曼荼羅の鐘から奏でら
れたものだとすれば⋮⋮
﹁この程度、どうということはない﹂
﹁ゴ、ア⋮⋮!﹂
地上の悉くを破壊していたボガが、真上に弾かれる。それも、向
かう先は俺とダハクのいる上空だ。
﹃ダハク、全力で回避、ボガは衝撃に備えろ! 天井にぶつかるぞ
!﹄
﹃う、うッス!﹄
﹃ゴアゴア!﹄
ソニックアクセラレート
風神脚ありのダハクなら避けるのは容易い。ボガの耐久力であれ
ば、こちらも大した負傷はしないだろう。問題は穴の中にいるであ
ろう光竜王の状態だが、あれだけのダメージを負った状態でよくボ
ガを︱︱︱
﹁貴様が召喚士だったな?﹂
レディエンスランサー
声の先、そこには鋭利な竜の爪を構える光竜王の姿。マジか、目
の前にいやがった。それどころか煌槍で抉った右肩の大穴は塞がれ、
ボガの突貫で切り刻まれた傷跡も見当たらない。また光速で移動し
てきたのか? 治癒の発端はあの鐘の音か? 並列思考があらゆる
可能性を並べる。が、今やるべきことはそうじゃないだろう!
2109
﹁兄貴ー!﹂
強烈な爆発音を耳元で鳴らされたような衝撃。勿論それは本当に
爆発が起こった訳ではなく、それ程の衝撃を光竜王が一振りの薙ぎ
払いで巻き起こしたのだ。寸前に蹴りつけて避難させたダハクが何
か叫んでいるようだが、全く聞こえない。念話で送れ、念話で。
﹁⋮⋮我の崇高たる一撃の間際、盾を生成して威力を軽減したか。
それも、このような真似まで﹂
光竜王の右腕には愚聖剣クライヴが突き刺さっていた。その刀身
に溜め込んだ怨念を存分に発揮させてもらおうと咄嗟に投擲したの
だが、何だか投げられてばかりだな、綺麗なクライヴ君。言うのが
遅れたが、今回は相手が女じゃないから存分に暴れていいぞ。
﹁いやぁ、油断してるつもりはなかったんだけどな。してやられた﹂
叩き付けられた壁の断片をガラッと退けて、改めて奴を見据える。
やはりクライヴ君で与えた傷口以外は綺麗さっぱり回復してしまっ
ている。背後には変わらず回転する光輪、ノーブルオレオールだっ
たか。不可解な力だな、まったく。
﹃ダハク、ボガ、ムドファラク。それじゃ遠慮なく、積極的に打っ
て出るからな。俺﹄
確認は事前にとってあるんだ。もうお膳立てやら細かいことを気
にする必要もない。我慢も要らない。
﹁ほう、崇高とは真逆の笑みだが、ここで笑うか!﹂
﹁ああ、もう辛抱できないからなっ! 笑うしかないだろう!﹂
2110
レディエンスランサー・デュアル
ブレス
壁から跳躍し、同時に煌槍Ⅱを連射。向こうも息吹を放ち出した。
﹃ああ、ご主人様。あんなに爽やかにお笑いになられて⋮⋮﹄
感極まったエフィルが口元を押さえているようだ。見なくても分
かる。意思疎通越しに喜びの感情がもろに伝わってくるもの。
﹃エフィル姐さんも相当兄貴に毒されてるッスよ。どう見てもクレ
イジーなそれなんスけど⋮⋮﹄
﹃ゴアゴア﹄
﹃﹃﹃グォグォ﹄﹄﹄
対してこちらは若干引き気味な模様。ダハクの言葉にボガとムド
ファラクが頷きまくってるのは気のせいだと思いたい。お前ら、俺
の意識が戦闘に向いていても並列思考は働いているんだからな?
﹃何とおめでたい日なのでしょう。そうです、そうでした! お赤
飯を炊くのがご主人様の故郷の習わし。トラージで学んだ異郷の技
術の数々、今こそ発揮する時です!﹄
﹃やべえ、今日の姐さんテンション高ぇ!﹄
ダハク、お前はそれ以上にツッコミどころの多い存在だけどな。
﹁ぬんっ!﹂
﹁ふっ!﹂
ボレアスデスサイズ
豪風を生み出しながら迫る竜の尾を、大風魔神鎌で両断する。両
断面からは血飛沫が舞い、深手であることは明白。まあ、それも数
秒後には鐘の音と共に完治することだろう。
2111
光竜王と何度か打ち合い、鎬を削る中でいくつか気づいたことが
ある。奴の回転する光輪の4つ鐘は、12時の場所に来ると音を鳴
らす。時間にして約30秒の間隔だ。鐘が鳴れば奴のダメージや状
態異常は何であろうが全て完治。何度か腕や翼を吹っ飛ばしたり、
腕に刺さったクライヴ君が頑張って呪っているのだが、時間を戻し
たかのように全快してしまう。
光速での移動は連続では行えないようだが、どうも回復するのは
ダメージだけではないようで、鐘が鳴るのを境に再度使用している
エアプレッシャー
気がする。移動だけでなく、これを攻撃に転用してくるからな。こ
の状態では重風圧の効果も薄い。一発でもまともに食らってしまえ
ば、危うい状況になることだろう。
まあ、あれだ。総括すれば長く戦えて嬉しいけど、このままでは
ジリ貧です。ってことで、こいつに勝利するには次の鐘が鳴る30
秒以内に勝負を決めなければならないのだ。光輪を破壊するのも手
だと思うんだが、しかし相手は光を司る竜の王。肝心な攻撃はしっ
かりと躱してしまう。慢心をなくした奴はかなりやり手だ。一撃で
決めるのではなく、機動力を削いでからがベストか。
オブシダンエッジ・デュアル
﹁剛黒の黒剣Ⅱ×4﹂
生成するはより鋭く、より強固なる漆黒の大剣。
﹁ぬ⋮⋮!﹂
ゴング
エアプレッシャー
レディエンスクロ
鐘は鳴った。ここか
Fly UP