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一般在宅医のための神経難病マニュアル作成

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一般在宅医のための神経難病マニュアル作成
《目
次》
1. はじめに
2. 緩和ケアの概念(神経疾患における緩和ケアの必要性)
3. 神経難病の告知と面談の仕方-悪い知らせを患者や家族に伝える-
4. 医療処置の選択に対する説明と施行のポイント
5. 神経難病における苦痛症状とその対応
6. コミュニケーション支援
7. 在宅患者の医療処置の選択と終末期ケア(事例紹介を含む)
8. おわりに
1.
はじめに
本報告書は、在宅療養中の神経難病患者・家族に関わる医師、訪問看護など在宅ケアに関わっている多職種、
及び患者さん・ご家族を念頭に、特に、医療処置の選択、緩和医療を中心に述べています。日常診療やケアに
役立てていただければ幸いです。
2.
緩和ケアの概念(神経疾患における緩和ケアの必要性)
「緩和ケア」に包含される内容はきわめて広範です。症状軽減のための診療行為全般が含まれ、神経難病に
向き合う医療職は症状緩和に腐心してきました。神経難病の臨床そのものが緩和ケアです。
神経難病では、移動、整容、摂食、排泄、呼吸、コミュニケーション、思考、記憶など、さまざまな機能に
支障をきたします。医療技術は日々進歩しており、療養者も医療者も大きな期待を抱いています。しかし、進
歩の速さは療養者の期待とは大きく異なり、一般に提供されるまでの時間という間隙を埋める方策が必要です。
また、変性疾患に代表される神経難病では時間軸に逆行する改善は、現在のところ考えられません。原因解明
や治療方法が確立していない疾患では、診断とともに苦しみを「緩和」するためのケアが早期から求められま
す。診断がつく前から患者は症状とともにあり、正診までにはかなりの時間がかかることもあります。診断直
後でも発症からの時間経過は患者を苦しませ不安に追い込んでいます。さまざまな情報に患者・家族も容易に
アクセスできる時代になりましたが、時には、不安や妥当ではない期待や予測を生じさせます。初診からそれ
ほど時間が経過していなくとも、症状進行時の苦悩を予見した不安や出現し始めた息苦しさなどの症状から先
行きを悲観し自殺まで考える患者さんもいます。心理的支援に加えて、薬物や補助機器の適切な使用は苦悩を
軽減し、生命の延長が期待されます。神経疾患・神経難病とともに現在を生きるための対応を支援する「緩和
ケア」の方法論と具体的手段について、医療処置の選択(胃瘻造設、NIV、吸引、カフアシスト等)、苦痛と
なる諸症状とその対応、病気についての告知、コミュニケーション支援、在宅での看取りまで、事例をまじえ
ての解説を 5 名の著者が担当し、できるだけ率直な表現でのハンドブック化を試みました。今回、著者らは本
書の読者として、在宅療養を担当する医師および医療職で、神経疾患や神経難病を専門とはしていない方々を
念頭に置きました。
呼吸困難感へのオピオイドの使用や、唾液分泌過多へのスコポラミン製剤の使用など、本邦の現時点では保
険収載されていない事項でも、文献上および著者らの使用経験から有効性を実感できた内容を記載しました。
ただ、現在、施用にあたっては、各医師の自己責任であることをご理解下さい。極めてエビデンス化しにくい
領域であり臨床研究での裏付けは容易ではありませんが、神経疾患に関しての報告ばかりでなく、先行する「が
ん」緩和ケアの知識も応用しての実践経験が記載されています。
オピオイドは、既にがんの疼痛緩和を中心に先進諸国で使用されるようになって久しい状況です。総使用量
で見ると、米国、カナダ、オーストラリア、EU などの西欧諸国で世界全体の消費量の 90~98%を占めてい
ます 1)。中でも米国は群を抜いて多く、本邦の 10 倍を超えています 1,2)。しかし、目をアジアに転ずると本邦
の使用量は東南アジアの諸国と比較して決して少なくはありません 3)。がんへの疼痛対応を中心に使用経験も
ある程度蓄積されてきているとも理解できます。経済・社会の発展レベルとは無関係にオピオイドの使用量に
差があり、その差が継続、拡大する理由として、医療職の教育や使用経験の不足から知識が限られていること、
および、国ごとのオピオイドの使用や管理に関連する制度や施策が挙げられています 4)。もちろん、神経疾患
患者など、非がん性患者の呼吸困難感へのオピオイドの使用については、有用性の報告とともに呼吸抑制をき
たす可能性、不測の副作用から死を早めないかなど様々な議論があります 5)。しかしながら、オピオイドは鎮
痛効果発現の閾値濃度に比べ、呼吸困難感への作用発現の閾値濃度が低いと言われ、少数例ながら有効性と安
全性についての報告もみられるようになってきました 6)。ただ、エビデンスを積み重ねる上でも、呼吸困難感
へのオピオイド使用に当たっては詳細な状況をトレースできるように記録する必要があります。米国の非がん
1 / 31
性疼痛に3ヶ月以上オピオイドを使用した 9,940 名を診療録から検討したコホート研究が最近報告されまし
た7)。51 例に用量超過が疑われ、副作用の頻度はオピオイド1日量 20mg 未満で 0.2%、同 50~99mg で 0.7%、
および同 100mg を超える群で 1.8% と計算されました 7)。本邦でも期待される効果と同時にリスクの可能性
まで充分に説明できる知見の集積が求められています。アジア諸国からも本邦の緩和ケアの動静は注目されて
います 8)。
神経難病患者の不安・抑うつには、抗不安薬や抗うつ薬の使用、精神科医への対診、臨床心理士等への依頼
など、病初期から躊躇するべきではありません。自殺企図は病初期でも起こりうるものです。また、人工呼吸
器を選択した場合も安定した療養体制まで継続した緩和ケアが必要です。緩和ケアは人工呼吸器の選択や個人
の生命観に直接左右されるものではなく、個々に異なる苦悩を軽減するための医療上の方策のひとつとして、
患者・家族の必要に随時対応できるよう知識を整理しておきたいものです。医師ひとりでできることは極めて
限られています。心理、薬物、看護、理学療法、作業療法、構音/摂食/嚥下の支援、コミュニケーション機器
支援等、多方面にわたる支援チームの形成が欠かせません。特に在宅では、社会資源の確保と連携がなければ
支援はなりたたず、患者会、ソーシャルワーカー(MSW)、訪問看護ステーション、難病医療専門員等のネッ
トワークへの相談が強く勧められます 9-13)。
<参考文献>
1) 厚生労働省.各国医療用麻薬消費量.
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/07/dl/s0706-2f_0009.pdf
accessed on 18th March, 2010.
2) UNITED NATIONS. Morphine: distribution of consumption, 2008, Consumption of narcotic drugs, in
Report of the International Narcotics Control Board for 2008.
http://www.incb.org/pdf/technical-reports/narcotic-drugs/2009/en_comments.pdf
accessed on 18th March, 2010.
3) Wright M. appendix 1. Average daily consumption of defined daily doses of morphine per million
inhabitants, 2003-05: countries of Central, South, and East Asia. in : Wright M. Hospice and Palliative
Care in Southeast Asia: Oxford University Press, Oxford, 2010, p.205.
4) UNITED NATIONS. Consumption of narcotic drugs, in Report of the International Narcotics Control
Board for 2009 (Wednesday, 24 February 2010) .
http://www.incb.org/pdf/annual-report/2009/en/AR_09_English.pdf
accessed on 18th March, 2010.
5) Mahler DA, Selecky PA, Harrod CG, Benditt JO, Carrieri-Kohlman V, et al. American College of Chest
Physicians consensus statement on the management of dyspnea in patients with advanced lung or heart
disease. Chest. 2010 Mar; 137(3):674-91.
6) Clemens KE, Klaschik E. Morphine in the management of dyspnea in ALS. A pilot study. Eur J Neurol.
2008 May; 15(5):445-50.
7) Kate M. Dunn, PhD; Kathleen W. Saunders, JD; Carolyn M. et al. Opioid Prescriptions for Chronic
Pain and Overdose. A Cohort Study. Ann Intern Med. 2010; 152:85-92.
8) Wright M. Introduction. in: Wright M. Hospice and Palliative Care in Southeast Asia: Oxford
University Press, Oxford, 2010, pp.1-12.
9) 牛久保美津子.米国の診療とケア.中島 孝 (監修) : ALS マニュアル決定版! 日本プランニングセンター:
松戸, 2009, pp.212-215.
10) 岩泉康子.「自宅で過ごしたい」という願いに応えて.中島 孝 (監修) : ALS マニュアル決定版! 日本プラ
ンニングセンター: 松戸, 2009, pp.227-230.
11) 本田彰子.医療福祉制度変更による経済的影響.中島 孝 (監修) : ALS マニュアル決定版! 日本プランニ
ングセンター: 松戸, 2009, pp.237-240.
12) 関本聖子、栗原久美子.在宅療養に関する相談への対応.吉良潤一 (編) : 難病医療専門員による難病患
者のための難病相談ガイドブック.九州大学出版会: 福岡, 2008, pp.27-43.
13) Maddocks I, Brew B, Waddy H, Williams I. 在宅ケアの実際.葛原茂樹、大西和子 (監訳):神経内科の
緩和ケア, メディカルレビュー: 大阪, 2007, pp.203-207.
(成田有吾)
3.
神経難病の告知と面談の仕方-悪い知らせを患者や家族に伝える-
悪い知らせには、治癒が望めない診断病名を伝える(病名告知)、症状悪化の現状や見通しを伝えることが
含まれます。医療者がインフォームド・コンセントとは、病名や治療法とその副作用、代替療法、治療を行わ
なかった場合などをわかりやすいことばで情報提供し、患者が十分に理解した上で治療方針などに同意するこ
2 / 31
とで、病名告知はインフォームド・コンセントの一部をなしています 1)。
3.1.
告知の現状
筋萎縮性側索硬化症(ALS)への対応について、日本神経学会治療ガイドライン(2002)では、ALS 患者へ
の病名・病期の告知は「最初から患者と家族に同時に行う」から始まる6点にまとめられています 2)。しかし、
悪い知らせを伝えるための準備、参加者の調整、伝え方の方法論は、各医師の知識や経験に委ねられてきまし
た。ALS 患者の直接の意見を反映した難病告知に関する調査が 2001 年に初めて行われ、日本 ALS 協会
(JALSA)会員 404 名への無記名調査票による調査(回収率は 60%)では「告知なくしては、その後の人生
がない」、
「隠すことは”患者の存在の否定”」という患者意見の紹介や、病名告知の主体は医師であり、プライ
バシーの保護や告知後の対応などについての幅広い配慮の必要性が述べられています 3-5)。日本神経学会の
ALS 治療ガイドライン発表後、神経内科医の ALS 告知の現状について、患者・家族への聞き取り調査(2003)
から、病気・病態・各症状についての説明は受けているが、対処法・療養などの社会的問題については不十分
であったとの報告があります 6)。また、神経内科医によるデータベース調査(2006)では、診断名は 87.6%
に告知されていますが、延命処置に比し症状の緩和や対症療法についての説明は必ずしも十分ではなく、ガイ
ドラインの 6 項目をもれなく説明しているかどうかや、説明の詳しさと満足度との関連はなかったと報告され
ました 7)。
3.2.
よりよい告知を実現するために
悪い知らせを伝えるにあたり、医師は看護師や難病医療専門員等、他の医療職の協力を得て情報収集と準備
を調えること、慎重にではあるが真実を伝えること、コミュニケーションの技術を日頃から磨いておくことが
重要です 8)。神経難病の告知に関する具体的な指針はありませんが、バックマンによる6段階に分けた告知の
方法論は「がん」以外の疾患でも有用で 9)、英国の緩和ケア医もこの手法を踏襲しています。以下に要点を紹
介します。
【第1段階】
:面談に取りかかる前に(準備)
1.どこで行うか・・・環境を整える。
2.誰が同席するか・・・患者の希望を元にともに告知を受け止め今後の療養を支えてくれる人は?
3.患者のプライバシーに配慮が必要・・・誰が同席すべきかを事前にチーム内で確認しておきます。個人情
報保護の観点からもチーム内で事前の打ち合わせ、情報共有が必要です。
【第2段階】
:患者がどの程度理解しているかを知っておきます(情報収集)。チーム内で患者・家族との面談
を通してこれらを把握することができます。継続的な支援に向けて情報共有します。
1.医学的な病状に関する理解度
2.患者の話し方・・・どんな言葉を使用しているか、経過中の理解力、表現力から推察可能なこともありま
す。
3.患者・家族の情報収集能力(文献・IT の利用、家族から、患者会、相談者・窓口があるか)
4.患者の言葉の背後にある感情内容・・・言語、非言語ともに留意が必要です。「言葉で表現される感情」と「言
葉以外で表現される感情」との差への配慮が欠かせません。例えば、
「言葉からは非常に落ち着いた様子がう
かがえるが、手には不安が表れている場合、明らかに大きな不安がそこに潜んでいることに気づく必要があ
る」といえます 9) 。
【第3段階】
:患者がどの程度理解したいかを知っておきます(情報収集)
。話し手は患者の知る権利・知らな
いでいる権利に配慮しつつ必要な支援ができるよう情報を収集します。
「何が知りたいか」ではなく「今の状況についてどの程度知りたいか」を推察・理解します。
【第4段階】
:情報を共有する(整理と確実な伝達)
1.面談で何を達成するつもりか、目的を決定します。
2.情報の調整
チーム構成員は、上記の第2、3段階で収集した情報から患者の理解度やニーズを把握し、担当医師等へフ
ィードバックし情報の提供、補足や修正を促します。医師ばかりでなく、チーム構成員は、患者が現在受けて
いる以外の治療法(代替療法や治験等)について問い合わせを受けることがあります。まずは患者が直接、主
治医に治療対象や効果・副作用等を聞くことのできる状況を作ることが望ましいのです。
3.確実な伝達(教育とも言える)・・・患者の認識を医学的事実に近づけます。
① 情報を少しずつ提供します。
3 / 31
②
③
④
⑤
⑥
⑦
医療専門用語について患者・家族がどう解釈しているかを明確にします。
医療/福祉制度について理解し社会資源を活用できるよう支援します。
身体的苦痛と対処方法について情報提供します。
どのように伝わっているか途中で適宜確認します。
情報を繰り返して強調し明確にします(情報提供にパンフレットや図・VTR などを活用)。
心配事・不安な事を引き出すよう留意します。
【第5段階】
:患者の感情に応答します。
患者の第一の権利:提案されたどのような治療・ケアに対しても、受けることも拒否することもできます。
第二の権利:あらゆる知らせに対して患者が(法的に)問題のない範囲で、自由に感情を表現することがで
きます。
患者は面談終了時にフラストレーションを残すことが多く、一方、医療従事者は、提案した内容を患者は受
け入れるのが当然と考えたり、伝えた知らせについて一定の反応を患者は示すはずだという思い込みを持ちや
すいものです。
「患者の反応や感情に応答するということは、面談の中で最も集中力を必要とする部分です。一方、経験を
積み重ねることによって大いに改善をもたらすことのできる部分でもあります。したがって、患者の反応にび
っくりさせられることは次第になくなり、自分なりの工夫を面談に取り入れることができるようになる」こと
を念頭に置くべきでしょう 9)。
【第6段階】
:今後の計画を立てて初回の告知を終了します。
1.患者の問題リストを理解し、優先順位を付け、何から取りかかるか決めます。
2.解決できることとできないことの違いを理解していることを示します。
3.複数の選択肢を示すことや、緊急時の対応についても計画していくことを伝えます。
4.患者が自分自身の対処方法を見つけることを手伝います。
5.他のサポート資源(家族・友人・社会資源など)を組み入れます。
6.面談を要約し、告知は繰り返し行われることを確認し、今後の予定を立ててから終了します。
【第 7 段階】
:告知後の状況を把握します
1.告知後の患者や家族の受け止め方を本人、家族、コメディカル等から情報収集します。
2.提供や理解が不足している情報を把握し、継続して告知を行っていきます。
3.告知を受けたことを前向きに捉えることができりょうに援助を継続します。
3.3.
よりよい告知のための今後の課題
患者、家族、および医療者とのコミュニケーション継続にはきめ細かい配慮が必要で、がん対策基本法施行
にともなう、がん診療連携拠点病院等における「がん診療に携わる医師のための緩和ケア基本研修会」での研
修受講も有用なことがあります 10)。今後は、日本神経学会や日本緩和医療学会等の教育プログラム、ワーク
ショップ等で「(難病)告知」の方法や訓練について取り上げていただけることを強く期待します。緩和ケア
教育で先行する英国では、特に運動ニューロン疾患や他の神経難病に特化した緩和ケアセミナーはなく、一般
的な緩和ケアセミナーの中に運動ニューロン疾患への対応等が組み込まれています 10)。つまり、ホスピス創
設時より対象疾患に難病を含むがん以外の疾患が含まれていたことからもわかるように、「がん」と神経難病
を区別して扱ってはいないことを認識したいと思います。なお、神経疾患では認知機能の低下もコミュニケー
ションがとりづらくなる要因として念頭に置いておく必要があります。
上記は非遺伝性疾患としての ALS で「悪い知らせ」を伝える場面を提示しました。ハンチントン病(HD)
や筋緊張性ジストロフィーなどの遺伝性神経疾患では、患者だけに留まらず家系内広範に影響が及ぶことを理
解しておく必要があります。患者の遺伝子検査を実施する前の段階から、遺伝専門医と遺伝疾患支援の資格を
有するカウンセラー他がチームを組んで対応する遺伝カウンセリングの利用が推奨されます。各地で遺伝カウ
ンセリングが整備されてきており、各担当医との連携を深めての利用が有効と思われます。
<参考文献>
1) 高柳和江.病名告知.看護大辞典.和田 攻, 南 裕子, 小峰光博 編.医学書院, 2002;p.2338.
2) 日本神経学会.ALS 治療ガイドライン.2002.
http://www.neurology-jp.org/guideline/ALS/4_01.html#03
3) 湯浅龍彦, 水町真智子, 若林祐子, 吉本佳預子.病名告知はその後の人生の始まり.筋萎縮性側索硬化症の
インフォームドコンセント(2)ALS と共に生きる人からのメッセージと病名告知憲章(草案).日本 ALS
協会 近畿ブロック会報 2002; 40: 7-22.
4 / 31
4) 湯浅龍彦, 水町真知子, 若林佑子, 川上純子, 吉本佳預子.筋萎縮性側索硬化症のインフォームドコンセン
ト ALS とともに生きる人から見た現状と告知のあり方.医療 2002; 56: 338-343.
5) 湯浅龍彦, 水町真知子, 若林佑子, 川上純子, 吉本佳預子.筋萎縮性側索硬化症のインフォームドコンセン
ト ALS とともに生きる人からのメッセージと病名告知憲章(草案).医療 2002; 56: 393-400.
6) 難波玲子.ALS のインフォームドコンセントの検証と課題-ALS ガイドラインと対比して-.厚生労働科
学研究費補助金難治性疾患克服研究事業 特定疾患の生活の質(Quality of Life, QOL)の向上に資するケア
の在り方に関する研究班 2003 年度総括・分担研究報告書.2004 年 3 月, p.44-46.
7) 大生定義, 山口拓洋, 斎藤真梨, 大橋靖雄, 森若文男, 田代邦雄, 鈴鴨よしみ, 福原俊一, 成田有吾, 葛原茂
樹.ALS データベース研究第 4 報:基礎研究と告知内容の検討および今後の方向性.厚生労働科学研究費補
助金難治性疾患克服研究事業 神経変性疾患に関する調査研究班 2006 年度研究報告書.2007 年 3 月,
p.41-44.
8) 中井三智子、成田有吾.ALS に特有な対応の難しい医療相談とその対応.吉良潤一 (編) : 難病医療専門員
による難病患者のための難病相談ガイドブック.九州大学出版会: 福岡, 2008, pp.44-63.
9) Robert Buckman.悪い知らせの伝え方―6 段階のアプローチ-.恒藤 暁(監訳).真実を伝える コミ
ュニケーション技術と精神的援助の指針.診断と治療社, 2000, p.65-97.
10) 成田有吾.提案 がん診療連携拠点病院等における緩和ケア研修会への神経内科医の参加について.臨床
神経, 50: 34-36, 2010.
(成田有吾)
4.
医療処置の選択に対する説明と施行のポイント
4.1.
医療処置の説明全般について
ポイント
・神経難病では、その疾患の特性上、様々な医療処置を選択するかしないかを決める必要があります。
・患者・家族が「治療の選択」を行う際に、医療処置の説明は重要です。
・なかでも
①嚥下機能低下により不足する水分・栄養の補給
②呼吸機能低下による呼吸不全への対応
— 口頭だけでなく図や写真・パンフレットなどを用いて説明
— できれば実際に使う医療器具のサンプルなどを見せながら説明した方が良いでしょう
— 説明時には環境に配慮し、1−2時間かけて、複数回じっくりと説明
(説明を十分に行うことで、効果が上がり、かつその後の療養生活がスムーズになります)
— ALSのケア、医療処置の選択に関しては、2002年日本神経学会1)、2009年アメリカ神経学会よりガイド
ラインが出ています。2)
„
説明の前に
以下に入手・アクセスしやすい神経難病のパンフレットの例を示します。
(インターネットURLは2010年3月31日現在)
【筋萎縮性側索硬化症】
・”LIVE TODAY FOR TOMORROW”
(LIVE TODAY FOR TOMORROWプログラム委員会、東邦大学医療センター大森病院 岩崎康雄教授(神
経内科)ほか編、サノフィ・アベンティス株式会社)
*インターネットにも同様の情報があります。 http://www.als.gr.jp/index.html
【パーキンソン病・パーキンソン病関連疾患】
・「パーキンソン病と関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症)の療養の手引き」
難治疾患克服研究事業 神経変性疾患に関する調査研究班編
http://plaza.umin.ac.jp/neuro/files/inside/tebiki/tebiki.pdf
・「パーキンソン病よろず相談所」
http://www.parkinson.gr.jp/
・「Parkinsons .co.jp」
https://www.parkinsons.co.jp/CACHE/prk/index_index.cfm
5 / 31
【脊髄小脳変性症】
・「SCDサマリー 脊髄小脳変性症 知っておきたい病気のこと」
http://www.mt-pharma.co.jp/general/pdf/spin.pdf
・「脊髄小脳変性症の理解のために」 東京都立神経病院編
http://tmnh.jp/m1/07-3.pdf
田辺三菱株式会社編
また神経難病それぞれに患者団体があり、難病情報センター(http://www.nanbyou.or.jp/top.html)のホー
ムページにその一覧があります(http://www.nanbyou.or.jp/dantai/index.html)。患者団体へのご紹介や(患
者会を通じて)他の患者の療養生活を見学させていただくのも一つの方法です。
„ 説明の準備
どこで、どのくらいの時間をかけて説明を行うか。
1. 個人情報が漏れないような環境で説明します(病院であればカンファレンス室など)。
2.対症療法の種類や患者・家族の状況・質問の量によって異なりますが、患者や家族の満足度や集中力・疲
労を考えると1−2時間を説明にかけることを、予定しておきます。
3.1回ですべてを説明する必要はなく、段階を踏んで、症状の進行にあわせて、あるいは患者・家族の理解
の状況に応じて分けて行います。
4.医師から一方的に話すだけではなく、時々患者・家族の反応を見るために質問や確認をはさみます。
5.患者や家族が同意し状況的に可能であれば、医師のみでなく担当看護師やソーシャルワーカー、臨床心理
士、担当保健師、(すでに決まっていれば)ケアマネージャーなどにも同席を求めて説明します。
6.日程の調整は医療連携室があれば同所のソーシャルワーカーなど担当者に調整を依頼する方法もあり、医
師主導で調整する必要はありません。
*医師の中には詳しい説明を本当は行いたいが時間がとれない、という声もよく聞きます。しかし時間を
かけて患者・家族にきちんと説明を行うことは、患者・家族にとっては治療の選択に役立つばかりでなく
満足度も上がります。十分な時間を共有することで、信頼関係の構築に役立ち、結果的にむしろその後の
時間の節約になります。
„ 説明する方法と内容
1.できるだけ専門用語を使わない。
2.具体例を挙げて説明する。
3.それぞれの利点(施行により期待できる点)と欠点(リスクなど)を説明する。
4.判断能力に問題のない疾患や状態の場合「治療の選択」を行う上で療養方法の詳しい説明は必須です。
*告知時など、医療処置の説明不足をきっかけにその後の経過に影響をおよぼすことがあります。
また医療処置の多くは病院で施行・導入されます。しかし、病院でのきちんとした説明がないまま在宅療
養に移行した場合にトラブルが生じやすくなります。
4.2.
嚥下機能低下に対して
ポイント
„ 嚥下障害に対する医療処置の種類と注意点
・神経難病で嚥下機能低下に対してよく行われる医療処置として、経鼻胃管、胃瘻、腸瘻などがあります。
1.経鼻胃管
• 胃管先端の位置の確認が必要です。
• 細めのサイズを選択します(6~8 Fr)。
2.胃瘻(PEG)
• 使用頻度が高い。
• 造設前に呼吸機能(%FVC、動脈血ガス)の検査が必要です。(球麻痺例では咽頭麻酔は誤嚥の危険)
• 胃瘻造設後誤嚥性肺炎の合併や、初回注入時などに呼吸機能悪化の報告もあります。
3.腸瘻
• 全身麻酔下で造設されるため、リスクが増大します。
• 経鼻胃管や胃瘻に比べると下痢の頻度が高いようです。
4.経皮経食道胃管(PTEG:Percutaneous Transesophageal Gastrostomy)
• 胃瘻ほどは広まっておらず、施行できる施設が胃瘻よりは限られ、保険適用の問題があります。
6 / 31
• 造設時の呼吸への負担が胃瘻時の内視鏡より少なく多少呼吸機能が悪くても可能です。
• 瘻孔の位置が下部頸部で、気管切開のカニューレを固定する紐・バンドの邪魔になることがあります。
• 胃瘻より細いチューブを使用することが多く、詰まりやすい場合があります。
5.中心静脈栄養・中心静脈栄養ポート留置
• 胃や腸に何らかの問題があり、胃瘻などの方法がとれないときに限られます。
• 感染予防が必要なために取り扱いに注意が必要です。
• その他の嚥下障害への対処:気管分離・食道吻合術、喉頭分離術があります。しかし、比較的侵襲の大
きな手術であり、合併症の危険性(感染・出血、喉頭閉鎖不全など)や疾患の急速な進行にも考慮しな
ければなりません。
6. その他の嚥下障害への対処
気管分離・食道吻合術、喉頭分離術があります。しかし、比較的侵襲の大きな手術であり、合併症の危険
性(感染・出血、喉頭閉鎖不全など)や疾患の急速な進行にも考慮しなければなりません。
„
嚥下障害に対する医療処置の導入時期とその指標
ポイント
・嚥下機能低下に対する医療処置の生命延長効果などのエビデンスはレベルBです。
・早めに施行する方が確実に安全に施行できます。
・呼吸器を選択しない事例では、有効に活用できる予後かどうかを考慮し選択・施行すべきです。
— 施行を考える時とその指標
・ALSの場合、自覚症状がなくとも急激な体重減少をみとめる場合、経口だけでは不十分です。
(病前体重の10%以上低下、あるいはbody mass index<18.5 kg/m2)
(体重減少をきたす前に予測した導入が望ましい)
・ALS の胃瘻造設の場合、%FVC が 50%以上の時に行うべきと言われ、食べれている段階でも適応となり
えます。1-3)
以下のような指標で医療処置、経管栄養を検討する場合が多い。
【比較的主観的な指標】
ⅰ)水分摂取不良、血液濃縮・脱水傾向
ⅱ)内服薬の服用困難
ⅲ)食事形態の工夫をしても食事量が減少
ⅳ)食事形態の工夫をしても食事時間が1時間以上かかる
ⅴ)流涎が増加または常時ある
【比較的客観的な指標】
ⅰ)体重・BMIの急激な減少
ⅱ)%FVCの低下・・・ただし安全に行うには50%以上
ⅲ)PCF(最大呼気流速)・・・270ml/分以上
ⅳ)動脈血ガス・・・PaCO2 45-55mmHg以上
ⅴ)胸部CTで不顕性の誤嚥性肺炎の確認
ⅵ)誤嚥性肺炎の初回罹患
ⅶ)可能であれば嚥下造影(VF・VE)
*実際には上記の指標を組み合わせて判断します。
*ただし、進行が早い場合やALSなど呼吸機能低下も同時に進行する場合、上記の指標では安全に施行できな
いことがあり、上記の指標より早い段階で施行した方が良いこともあります。
*嚥下障害が軽度で人工呼吸器を行わないと決めている場合、早い段階で胃瘻造設を行うと使用しないまま死
亡される例もあり、状況をよく考慮する必要があります。
・ALS患者で%FVCを測定する際、測定に通常使用するマウスピースを使用すると顔面筋の筋力低下のた
め、呼気の漏れが生じ正確な値とならないこともよくみられます。
・当初からマウスピースの代わりにマスクを使用して測定するほうがよいでしょう。
・臥位で測定することで初期の低下を早期にキャッチできるといわれています。
7 / 31
„
嚥下障害に対する具体的な医療処置に関する説明
ポイント
・まず嚥下機能低下に対して、何らかの医療処置の説明を受ける意思があるかどうかを確認します。
・意思を確認し、必要性に加えて医療処置のメリットとデメリット、施行方法などを説明します。
・希望がない場合は、危険性を十分に説明した上で経口摂取を続けることになります。
— 経鼻経管と胃瘻について
・経鼻経管と胃瘻の優劣については一長一短があります。管理のしやすさや NIV マスクへの影響から胃瘻
が多く行われていますが、経鼻経管でも十分に対応が可能です。
・呼吸機能が極端に低下しており予後が数ヶ月と予測される場合には、胃瘻という手術のメリットは少な
く経鼻経管がよいのではないかと思います。
・いずれの場合でも胃からの逆流により誤嚥をきたしやすいので、臥位にするときも 30 度以上、上半身
の挙上を心がけます。
1.医療処置についての説明
① なぜ経口摂取が厳しくなってきたか
② 嚥下に関係する筋肉の働きが弱くなったことなど、具体的に経口摂取が厳しくなってきた理由を説明
• 患者・家族はできるだけ経口摂取を続けたい、という希望が強いことが多い。まず経口摂取が厳しくな
ってきたという認識を確認し共有します。
• 経口摂取のみに頼ることで栄養障害が進行し、失われてしまう筋力を取り戻すことは困難であること。
• 経口摂取のみでは誤嚥性肺炎の危険性が高くなり重症度によっては命に関わる事態を招く可能性があ
ること、窒息の危険性も高くなることを説明。
③ 経口摂取に対する医療処置の種類とメリット・デメリット
• 胃瘻などの処置を行うことによって、必要な水分/栄養が確保できること。
• 経鼻胃管・胃瘻・腸瘻などでは内服薬が確実に投与できること。
• 方法それぞれに特有のメリット・デメリットを説明。
• 処置の中で患者にもっとも適応があると思われる療法からを提示(神経難病の場合、胃瘻の頻度が高い)。
• 患者・家族にどの対症療法を希望するかを確認(治療方法の選択)。
④ どのようにして医療処置を行うのか
• 医療処置それぞれについて施行方法を説明。
• 胃瘻(PEG)の場合、内視鏡を使用して造設することを説明。
• 胃瘻や腸瘻・IVH/IVHポートの施行時の麻酔や造設にかかる時間。
⑤ 医療処置を行ったあとはどうするのか
• 施設や施行後の経過によって異なるが、安静の期間や実際使用しはじめる時について。
• 施行後、安静解除時までの排尿・排便・栄養/水分補給などについて。
• 胃瘻や腸瘻・IVH/IVHポート施行後の疼痛管理について。
• 経鼻胃管・胃瘻・腸瘻・PTEGの場合:
—栄養剤を注入する場合は、どのようなものか、どれだけの量を注入するか。
—交換の必要性と次回交換の時期について。
—患者・家族に注入の方法を練習:看護スタッフと日程調整。
—瘻孔周囲のケアについて。
—抜去時の対応。
• IVH/IVHポート留置の場合:
—感染の危険性と発熱など感染時の徴候と感染時の対応。
—在宅療養を行う場合、訪問診療医や訪問看護などの在宅療養体制の確認。
⑥ 患者の状況によって、さらに付け加えて説明するべきこと
• 経口摂取が食事形態の工夫などによりある程度可能な場合や、まだ嚥下機能には大きな問題がないもの
の、呼吸状態等により事前に胃瘻を行う場合は、経口摂取できるものは経口摂取で行い、補助的に栄養
や水分・内服薬を胃瘻から注入する「併用」も可能であること
• 経鼻胃管・胃瘻・腸瘻・PTEGの場合に呼吸状態の急激な悪化や、注入で横隔膜が押し上げられ呼吸不
全が生じる可能性もあること
2.患者の意思を確認できない場合:家族によく説明することが重要
• 誤嚥性肺炎や窒息などの危険性について。
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3.経管栄養を選択しない場合
① 水分補給
• 食物の形状などに工夫しつつ経口摂取を続けざるをえません。
• 経口摂取の減少とともに薬の内服も不可能になってきます。
• 当初は末梢からの補液で対応できるものの、次第に脱水等から末梢の静脈が虚脱し、末梢静脈路が確保
できない状況になることもあります。また、補液も希望しない選択もありえます。
• 持続皮下注を行うこともできますが、これのみにより脱水や栄養不足を改善するのは困難で、倦怠感や
意識レベルの低下、低タンパク血症による浮腫なども生じてきます。
② 別項に述べる緩和ケアを行うことが重要です。
— 呼吸状態が悪い状況下での胃瘻造設
・嚥下障害に対する医療処置のうち、胃瘻がもっともADLの制限や負担が少ないと言われています。しか
し内視鏡を使用する胃瘻造設時、呼吸状態によっては患者に対する負担や危険性が高くなります。最
近、%FVCが30%程度の呼吸状態でも、非侵襲的人工換気(NIV)の鼻のみのマスク(一部施設では内視
鏡 対 応 口 鼻 マ ス ク ) を 使 用 し な が ら 胃 瘻 造 設 も 行 わ れ て い ま す 。 筆 者 は 2009 年 10 月 か ら 半 年 間
に、%FVC50%以下の3例でNIVを使用しつつ胃瘻を造設しました。一時的にSpO2が90%台前半に低下す
ることはありましたが、いずれも呼吸状態は安定しており、うまく造設できました。
・NIVのリーク:内視鏡用のマウスピースと内視鏡自体で口腔が80-90%程度塞がれていて、適切な圧など
の設定を行うことによりリークが問題になることはありませんでした。胃瘻の造設を担当する消化器外科
または内科との協力が必要ですが、今後呼吸状態が悪い状況下での胃瘻造設の方法としてNIVを併用して
行う方法も選択肢になります。
4.3.
„
呼吸機能低下に対して
呼吸不全に対する医療処置の種類と注意点
ポイント
・神経疾患では呼吸筋麻痺(ALSなど)、声帯麻痺や中枢性呼吸障害(MSAなど)で考慮します。
・近年、MSAではCPAP/BiPAPを使用することが多くなってきていますが、時に睡眠時の喉頭軟化症
(sleep-induced laryngomalacia)の報告もあり4,5)、導入時には注意が必要です。
・人工呼吸の選択、特に気管切開下人工呼吸器装着(TIV)に関しては個々人によって考えは異なります。
在宅療養が基本ということを踏まえて、その後の病気の進行、介護負担、在宅支援体制についての十分な
情報提供と、着けて「生きる」という患者の強い意思と家族の協力が必須です。可能であれば、在宅人工
呼吸療養中の患者・家族に会ってもらうこともよいでしょう。
・神経疾患では、痰の喀出困難により急性呼吸不全に陥ることが少なくありません。TIVを選択しない場
合は、苦しいから「呼吸器を着ける」のではなく、苦痛を緩和することを重視すべきでしょう。十分な覚
悟がないまま緊急人工呼吸器装着となり苦悩している患者・家族は少なくありません。
1.酸素吸入
• 初期の呼吸機能低下、特にSpO2の低下には0.5-1ℓ/分、動脈血二酸化炭素の値によっては2ℓ/分程度の低
容量でも効果があることが多いようです。
• 導入に際し、侵襲はなく練習も不要です。
• 高容量、患者の状態によっては低容量でも、CO2ナルコーシスをおこす危険性があるので注意が必要で
すが、人工呼吸器使用を希望しない場合は、苦痛を緩和することが重要であり、使用を躊躇すべきでは
ないでしょう。
• 特に在宅では酸素使用中の患者の周囲は火気厳禁です(他の疾患でたばこによる引火・火災例あり)。
2.気管切開
• 痰の吸引を目的に行われることが多いですが、痰の除去の効果や死腔の減少などにより、呼吸状態が一
時的に改善することもあります。
• MSAでは声帯外転筋麻痺に対しての根本的な療法になります。
3.輪状甲状間膜穿刺(商品名「ミニトラック」)
• 気管切開に比較すると侵襲が少なく手技的にも容易ですが、ブラインドで行うため、稀に施行時に出
血をおこし命に関わることがあります。
• 痰が多い例に施行し、NIVと併用した例もあります(施行時にふたをする)。
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• 長期の留置で気管内に肉芽が発生することもあります(アルゴンレーザー等での治療が必要に)。
4.CPAP
• 気道閉塞に対して持続的に陽圧をかけて送気を行うもので、人工呼吸器ではありません。
• 閉塞性呼吸障害に対して使用するもので、MSAの場合、吸気時の陰圧によって喉頭蓋や披裂部も尾側
方 向 に 引 っ 張 ら れ 上 気 道 が 閉 塞 す る こ と が あ り ま す 。 floppy arytenoids あ る い は sleep-induced
laryngomalaciaといわれ、程度にもよりますが CPAP/BiPAP導入でかえって上気道閉塞が悪化するこ
ともあり、その場合は耳鼻科的な診察が必要です4,5)。
5.非侵襲的人工換気(NIV、NPPV、BiPAP)
• 導入にある程度の練習が必要で、患者自身の協力と意志、患者・家族に取り扱いの知識習得が必要です。
• 当初は患者がマスクの着脱ができていてもいずれはできなくなるので、着脱できる介護者がいることが
必要です。
• マスクの圧迫による皮膚病変(潰瘍など)の合併が高頻度にあります。
• 日中の練習ののち、呼吸抑制のある睡眠中の装着から開始しますが、いつかは24時間連続装着になり、
かつ必ず「限界」がきます。そのときにはほとんどの患者で呼吸苦をきたすので、TIVを選択しない場
合は、苦痛を緩和する医療が必須となります。
• ALSでは、24時間装着になる前に自分の意思で装着を中止する例もあります。
• 気管切開下人工換気(TIV)に代わるものではありません。24時間装着になったら、内部バッテリーの
ない機種もありますので、必ず外部バッテリーやアンビューバッグを用意し、できれば予備器の準備も
したほうがいいでしょう。
6.気管切開下人工換気(TIV)
• NIVが限界になったときやNIVが困難で、かつ装着を希望する場合が対象になります。
• 現在使用されている人工呼吸器は陽圧式であり、生理的な呼吸とは逆になります。適正な設定をしない
と肺の圧損傷や頭部などの浮腫が出現することもあります。
• 在宅療養が基本であり、回路交換、稼働状況の確認、気管カニューレの管理(抜けた場合の処置も含む)
など人工呼吸器の取り扱いの知識を家族にもってもらう必要があり、家族の介護負担が大きくなります。
• 現在、日本では、24時間連続で人工呼吸器を装着している場合、患者・家族が希望しても人工呼吸器を
外すことは事実上できません。
• ALSの場合、10%程度ですが、6)人工呼吸器を装着して数~十数年で四肢の動きだけでなく眼球の動きな
どもなくなって意志疎通の手段が全くなくなる「閉じ込め症候群」(Totally Locked-in Status、TLS)
に至る患者もいます(神経因性膀胱、体温調節障害、血圧変動・発作性頻拍などの自律神経症状も出現
します)。
7.陽・陰圧体外式人工換気(Biphasic Cuirass Ventilation、商品名「RTX」)7)
キュイラスと呼ばれる「胸当て」を胸腹部に装着して、キュイラス内に機械本体から陰圧・陽圧をかけ
て横隔膜を動かすことで呼吸を補助し、生理的な呼吸に近い動きをさせるものす。キュイラスの装着・取
り外しに手間がかかること、在宅での保険診療は平成22年度診療報酬改定で増額された(3万円→7万円/
月)もののレンタル料(13万円/月)をカバーするものではなく、購入するには高価であり、機械自体も
やや大きく、施行例・報告例も多くはない状況です(入院では保険適用もあり、少数例で使用報告あり)。
„
呼吸不全に対する医療処置の導入時期とその指標
ポイント
・神経難病でもALSやMSA、筋ジストロフィーでは呼吸不全に対する医療処置の必要性が高い。
・施行を考える指標は、疾患によって多少の差異があります。
・神経難病ではNIV使用が一般化してきていますが、導入にはある程度の慣れが必要です。
・MSAではCPAP/NIV導入前にsleep-induced laryngomalaciaの有無など耳鼻科的な評価が必要な場合が
あります。
医療処置を検討する際、呼吸状態を把握するために、以下の項目を確認します。
【ALSなどで呼吸筋麻痺の主観的指標】
ⅰ)睡眠時の症状(呼吸筋麻痺がかなり進行してから):寝つけない、睡眠が浅くすぐ目覚める、朝頭痛がす
る、昼間にうとうとしてしまう
ⅱ)覚醒時:
・早期の症状(高度の球麻痺のない場合):大きい声を出しにくい、声が小さくなった、強い咳をしにくい
・ある程度進行すると:歩行や階段昇降時の息切れ、食事・排泄・入浴中/後の息切れ
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・呼吸筋麻痺から始まる場合:歩いていると腰が曲がる、疲労感・身体のだるさ、急激な体重減少
【ALSなどの呼吸筋麻痺の客観的指標】
ⅰ)呼吸音の減弱(聴診)
ⅱ)胸郭の動き・・・可能であれば吸気時と呼気時の胸部レントゲンの比較
ⅲ)SpO2モニターによる睡眠中の呼吸状態の把握
ⅳ)呼吸機能検査・・・%FVC、最大吸気圧(MIP)、SNP
ⅴ)動脈血ガス分析
ⅵ)胸部CTで肋間筋や横隔膜の萎縮の程度を把握
【MSAおける指標】
ⅰ)睡眠中の著明な鼾
ⅱ)吸気時の声帯部の狭窄音、声が高くなる
ⅲ)中枢性呼吸障害が出現すると:無呼吸・低呼吸を混ずる不規則呼吸、チェーンストークス呼吸
ⅳ)SpO2モニターによる睡眠中の呼吸状態の把握
*NIV導入の具体的な指標:(National Association for Medical Direction of Respiratory Care,1999)
ⅰ)%FVC 50%以下か最大吸気圧が60cmmH2O 以下
ⅱ)動脈血ガス PaCO2 45mmHg以上
ⅲ)睡眠中血中酸素飽和度が88%以下 5分以上持続
これらの3項目のうち1つが満たされた場合(但し、この状態ではすでに遅い時もあり)
・主観的な指標と客観的な指標が相関しないこともよくあります。例えば呼吸機能低下が緩徐に進行した
場合、動脈血ガスでCO2がかなり蓄積しているにもかかわらず、呼吸苦の徴候がない場合も多いのです。
・また、時には、呼吸困難があっても血液ガスに変化のない場合もあります。患者ひとりひとりの状況を
みて、検査所見だけでなく総合的に判断することが必要です。
・ALS 患者で%FVC の測定する際、通常測定する際に使用するマウスピースでは、口輪筋などの筋力低下
により、呼気の漏れのため正確な値を反映しないこともよく見られます。当初からマウスピースの代わり
にマスクを使用して測定する方法がよいでしょう。
„ 人工呼吸器の導入と注意点
1.非侵襲的人工換気(NIV、NPPV、BiPAP)
【対象疾患】
• ALS、MSA(多系統萎縮症:シャイ・ドレーガー症候群など)、各種筋ジストロフィーなど。
• MSAでは‘sleep-induced laryngomalacia’などの有無を耳鼻科的に確認する必要があることがありま
す。
• ALS・筋ジストロフィーなどの呼吸筋麻痺:換気量を確保、MSA:無呼吸時のバックアップ。
• 患者(意識がある場合)が希望し装着の必要性が理解できることが前提になります。
【禁忌】
• 本人の協力が得られないとき、痰があまりにも多いとき。
【合併症】
• TIVほどではないものの、気胸や陽圧換気による胸腔内圧上昇で血圧低下。
• 尿量減少など。
【設定の基本的考え方】
• 神経難病の場合、呼吸器疾患が併存していない限り、肺の機能自体は正常、ということを念頭に。
• ALSや筋ジストロフィーなどでは換気量を確保することを第一に考えます。
• IPAPとEPAP
— 換気量の確保には・・・IPAP圧を上げて、EPAP圧は最低レベル(2-4mmHg)
— 酸素化の改善(SpO2 を上げる)には・・・EPAP 圧を少し上げる(4-6mmHg)
— MSAでは声帯の狭窄を減らすためにEPAP 圧を少し上げる(4-8mmHg)
— ただしEPAP圧を上げると息苦しい(吐きにくい)感が出てくることもあります。
【マスクの違い・選択】
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• 鼻マスクとフルフェイスマスク(口鼻マスク)が一般的。両方用意して、それぞれ試してから決定して
います。
• 鼻マスクの方が安全な面もありますが、フルフェイスの方が確実に換気できることが多いようです。
• 鼻マスクは鼻閉・鼻茸など鼻に関する疾患があると使いにくいようです。
• 口を開けて寝る人はフルフェイスが適しています。
• フルフェイスは声がこもるため、睡眠中はフルフェイス、日中は鼻マスクと使い分けるとよいことがあ
ります。
• どうしても口が開く場合は「チンストラップ」(開口防止のバンド)もありますが、有効でない場合も
多いです。
• 鼻マスクよりフルフェイスマスクの方がIPAP圧を上げやすいです。
【モード】
• メーカーによって異なりますが、自発呼吸優先と強制換気挿入の二つのモードを有する場合が多い。
• 導入時は自発呼吸優先のモードで行います。
• 呼吸状態(NIVのアラームの回数や患者の楽さをみながら)によって強制換気挿入のモードに変更しま
す。
• 強制換気挿入のモードの方はバックアップがあるので安全ですが、自発呼吸の状況によってはファイテ
ィングがおこりやすい。
• 無呼吸が多い場合は最初から強制換気挿入のモードで行うこともあります。
【各種設定】
個々にSPO2モニターや動脈血ガス、患者の呼吸苦の有無などで調節します。
① IPAP/EPAP
• IPAP圧を中心に設定していきます。
• ALSでは、EPAP圧は低いほうが苦痛が少なく、換気量が確保されます。
• IPAP圧を上げてもSpO2、PaO2が上がらないときは酸素の併用またはEPAPを上げることも考えます。
— ALSの場合:開始時設定の目安 (何れもPaCO2はroom airでの値です)
・PaCO2 45-55mmHg・・・自発呼吸優先のモード、IPAP 6-8mmHg・EPAP 2-4mmHg
・PaCO2 55-65mmHg・・・自発呼吸優先/強制換気挿入のモード、IPAP 8-12mmHg・EPAP 2-4mmHg
・PaCO2 65mmHg以上・・・強制換気挿入のモード、IPAP 10-16mmHg・EPAP 2-4mmHg
② 呼吸回数
• 12-15 回で I:E 比をみながら調整します。
③ トリガー
• 器械の種類によっては吸気/呼気のトリガーも設定できます。
• 最初は設定できる範囲の中間の値から始めます。
④ ライズタイム(NIVの種類によっては設定できます)
• 最初は設定できる範囲の中間の値から始めることが多い。
• 吸気の入り方が強くないか患者と相談、強いときは数字を上げます。
⑤ 吸気時間(NIVの種類によっては最大/最低吸気時間などを設定できます)
• I:E 比をみながら調整
— トリガーとライズタイム
・患者から「吸気があまり入ってこない、吸気が弱い」と訴えられる場合、IPAP圧を上げる以外に、吸気
トリガーの感度を上げて吸気のタイミングを早めたり、ライズタイムを短くしたりすることで吸気が短時
間で入るようになる、また最大/最低吸気時間を調整することで対応できることもあります。
・逆に「息を吐きにくい」場合は、EPAP 圧を下げる他に、呼気トリガーの感度を上げて呼気のタイミン
グを早めたり、最大/最低吸気時間を調整したりすることで対応できることもあります。
⑥ アラーム
• 機器によってアラームの設定が異なりますが、低圧アラームはIPAP圧の80%程度が目安となります。
• アラームも高めの感度が安全ですが、感度を高く設定するとアラームが頻発します.実際の状況をみて
設定を。
• アラームと原因のチェック
— 低圧アラーム:マスク・回路からの漏れを確認
— 低換気アラーム:マスク・回路からの漏れ、自発呼吸の低下(→IPAP圧高・モード変更を検討)
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— 高圧アラーム:回路の閉塞・呼気ポートがあるマスクでは呼気ポートの閉塞
—「ファイティング」の可能性(モードの変更、IPAP圧減やトリガーの設定の見直し)
【加湿器】
• 季節にもよりますが、1-2 時間以上連続で装着するときは必要です。
• マスクに水滴がびっしりついているときは加湿器の強さを弱くします。
水を入れる容器も定期的に洗浄する必要があります。
【酸素との併用】
• 換気量が十分にもかかわらず低酸素のときは酸素の併用を行います。
• 機器によっては、回路にはさむ専用のアダプターがあります。
• マスク自体に酸素を接続する部位をもつ型もあります。しかし、死腔が増えるため回路にはさむアダプ
ターを推奨しているメーカーもあります。
【内部バッテリーの有無】
• 機器によっては内部バッテリーを内蔵しています。
• 24時間連続装着など長時間装着の場合は停電や災害に備えて外部バッテリーの準備と、アンビューバッ
グが必須です。どちらも家族に購入してもらい、使い方を指導する必要があります。
【長時間装着による鼻部の皮膚トラブル】
• 長時間装着の場合は鼻に糜爛や潰瘍ができる場合があります。
• 対策として・・・
— 複数の種類のマスクを用意し、適宜交換することで同じ場所に圧がかからないようにします。
— 褥瘡で使用するような保護材(薄い方がリークが少ない)やシリコンシート(シカケアなど)を使
用して保護します。
【分泌物の喀出困難】
• 輪状甲状間膜穿刺(ミニトラック)を併用すると有効な場合があります。
• カフアシスト(痰の排出を促す器械)を利用することもできますが、まれに中枢気道まで上がった分泌
物で窒息状態となることがあるので、吸引の熟練が必要です。
【導入時の注意点】
• マスクのフィッティングが導入の可否を分ける最初の大きなポイントです。決してメーカー担当者まか
せにせず、主治医がそばにいて細かな調整を行います。患者に声をかけながら恐怖感を減らします。
• 最初の導入時にはいきなりマスクを着けて始めるのではなく、手などにNIVの気流を当てて、どのくら
いの気流が入ってくるかを事前に知ってもらいます。少しでも恐怖感を減らすのに有用です。
• 患者に自信を持ってもらうために、上手にできている時もきちんと声をかけて(褒めて)下さい。
【NIVの限界】
• IPAP圧を上げても呼吸苦が改善しない、圧を高くするとかえって苦しい(個人差やマスクの種類にも
よるが18-20mmHgが限界のことが多い)
• 各種の設定を変えてもSpO2や、動脈血ガスでPaO2の低下やPaCO2/EtCO2の上昇が改善しない。
• 痰が多く気管切開が必要になった(輪状甲状間膜穿刺と併用する方法もある)。
•機器によっては使用中のデータ分析ができる機器もあるが、そのデータで強制換気がほとんどのとき。
・NIVの限界がくる前に、限界が来たときTIVを選択するのか、しないのかを決めておく必要があります。
・TIVを希望しないばあいは、苦痛緩和を優先した対応が重要となります。
— 外来/在宅でのNIVの導入
・NIVの取り扱いになれた医師であれば外来/在宅での導入も可能です。
・外来の場合、マスクフィッティングを行い、受け入れが良ければ可能な範囲の施行から行います。
— NIVのトラブル
・突然停止する、というNIV機器トラブルがあります。
・対応が進んでいますが、機器によっては痰の吸引などでNIVを作動させたままマスクを外すとNIV本体
に負荷がかかり、負荷防止の「安全装置」が働いてNIVが止まってしまうこともあります。
・通常、NIVのメーカーはトラブルに対しては24時間対応です。その連絡先を確認しておきます。
・24時間連続装着など長時間の装着の場合、アンビューバッグや(メーカー次第だが)予備機の導入など
も検討する必要があります。
2.気管切開下人工換気(TIV、TPPV)
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近年、NIVが普及し、まずNIVを導入することが多くなりました。NIVは、TIVを行うかどうかを決めるた
めの猶予期間としての意味もあります。NIVの限界がきた場合やNIVでは対応できなくなった場合などに、
TIVの導入を検討します。
• 呼吸器疾患の合併や併存がない限り、換気量確保を主眼に置きます。
• 導入時はSIMV(同期式間欠的強制換気)+PS(圧支持換気)から行うことが多いです。
• ALSや一部の筋ジストロフィーでは次第に自発呼吸がなくなり、従量式調節換気(VCV)などの調節換
気に移行することがあります。
• ファイティング、緊張性気胸に注意します。
• PaO2は80-120mmHg程度に目標値を設定します。
• 慢性的にPaCO2が高かった場合は、急激にPaCO2を正常に戻すと呼吸性アルカローシスを生じることが
あるのでPaCO2の目標値をやや高めに設定し、pHを見ながら調整します。
• ALSでも自発呼吸がまだある程度残っている場合は、状況にもよりますが日中を中心にある程度外すこ
とも可能な場合があります。
• 人工呼吸器は機器の種類によって同じモードでも呼び名が違う場合や、機器特有の機能などがあり、機
器それぞれの特徴を把握する必要があります。ただ、複数の機器の混在は事故のリスクを高めます(病
院ではある程度、機器の種類を限定することもやむをえません)。
„
呼吸不全に対する医療処置に関する説明
ポイント
・まず呼吸機能低下に対して、何らかの医療処置を受ける意志があるかどうかを確認します。
・意思を確認し、必要性に加えて医療処置のメリットとデメリット、施行方法などを説明します。
・人工呼吸器を選択しない場合、苦痛はすべての人にあるものではないこと(頻度は疾患によって異なり
ます)、苦痛を緩和する方法があることを説明します。
・繰り返しての確認でも意思表明がない/できない場合、危険性を十分に説明した上で経過をみざるをえ
ませんが、できるだけ決定してもらうよう努めることが必要です。
1.医療処置についての説明
① 呼吸機能障害について
• ALSや筋ジストロフィーなどでは呼吸筋の筋力低下、MSAでは声帯外転筋麻痺など上気道閉塞や中枢
性無呼吸により生じること、呼吸不全に対する医療処置があることを説明します。
② 呼吸機能低下に対する医療処置の利点・欠点
(酸素吸入、NIVについては前項をご参照下さい)
③ 気管切開下人工呼吸器装着(TIV)に関して
• 患者の「生き抜く」という意思が重要です。
• 現在は、TIVを行ったあと、「在宅療養」が基本であることを説明する必要があります。
• 装着後何年も(ALSでは、合併症などがなければ7,8年、10年以上も決して稀ではない)生きることが
可能ですが、その間に病気は確実に進行していくこと、介護も大変になることを十分に理解してもらう
ことが必要です。また、ALSでは前項で書きましたが、TLSになる例があることの説明も必要かも知れ
ません。
• 了解が得られれば、実際に在宅人工呼吸療養を行っている患者・家族(同じような年齢、介護・家庭状
況が望ましい)に直接会って療養生活を見せてもらったり、選択しなかったご遺族などを紹介して話を
聞かせていただいたりするのもよいと思います。医療者側の価値観で、選択するかしないかを誘導する
ような説明は避けるべきです。
• ALSの場合、TIVをした方の書籍やインターネットのホームページが多々あります。そのような書籍や
ホームページを紹介あるいは検索してもらう方法もあります。TIVを選択しなかった方の書籍などは少
ないもののいくつかあり、両方に目を通してもらう方法もあります。
• 家族に人工呼吸器のしくみをある程度理解してもらい、作動状態、アラームへの対処、回路交換や気管
カニューレが抜けたときに挿入する手技など、いざとなれば行えるようになってもらうことが必要です。
• 人工呼吸器そのものについては医療保険の適応であり、特定疾患や身体障害者制度により医療費はかか
りません。ただ、周辺物品、消耗物品などに費用がかかることは理解してもらわなければなりません。
おおよそ導入時には自費で負担して用意する物品に20万円強かかることが多いです。
14 / 31
• 停電などの災害時に備え、バッテリーやアンビューバッグの用意と使用方法の練習など、準備が必要で
す。
• 機器トラブルに備えてメーカーなどの緊急連絡先を確認しておきます。
• 在宅療養では、訪問診療医の確保と、家族のみの介護では介護負担が非常に大きいため各種の支援制度
を活用することが必要であり、信頼できるケアマネージャーをもつことが重要です。
• レスパイト入院(介護休暇目的入院)対応可能な医療機関の確保と、療養者への利用を薦めます。
• 現在の日本の法律では、TIV(NIVでもですが)が24時間連続になった場合、患者や家族の希望があっ
ても人工呼吸器を外すことは殺人罪に相当すると判断されることがあり、事実上不可能ですので、その
ことも十分説明しておくことが必要です。
• TIVの施行を検討する頃には、身体全体の筋力低下が進行して「寝たきり」状態で意思の伝達もままな
らないこともあります。このような状況になる前に、何らかの意志伝達装置を導入し、慣れておくこと
が望まれます。
• TIVが長期になった場合、肺のコンプライアンスが低下して人工呼吸器を装着しても換気量が減少し、
著明な呼吸苦をきたす場合もあり、このようなときには苦痛緩和が必要となります。
• TIV(NIVでも)では機器そのもの・あるいは回路のトラブルがおこることも知っておくべきです。日
常の点検/管理はもちろん、トラブルがおこっても対応策がある・とれる、あるいは機器にトラブルはお
こるものとして対策をとる「フェイル・セーフ」の考え方が必要です。
• 呼吸リハビリテーションを継続し喀痰の排出を促すことも重要です。カフアシスト(痰の排出を促す器
械)の利用する方法もあります(平成22年4月から在宅人工呼吸器(NIV/TIV)装着者に限って保険適
応)。
• 停電など災害に備えた準備、地震対策に機器の転落/転倒予防なども必要です。
2.人工呼吸器装着を行う意思がない場合
• 苦痛(呼吸苦、痛み、不穏など)が生じた場合、苦痛緩和の方法があることを説明する。
• 近年、ALSに対する苦痛緩和の認識が広まり施行できる医療機関も増えています。もし、担当医が知ら
なかったり経験がなかったりする場合は、経験のある医師に相談することもよいと思います。
15 / 31
図 1.球麻痺患者における栄養に関する対症療法のアルゴリズム 8)
注 1:胃瘻施行が禁忌の場合は除く
注 2:症状の例:食事時間の延長、披露のために食事時間が短縮、カロリー摂取不足による急激
な体重減少、食事摂取困難による家族の不安など
(米国のガイドラインですが、進行してくると診察 3 カ月ごとでは長すぎ、もっと頻回の評価が必要です)
16 / 31
図 2.呼吸に関する対処療法のアルゴリズム9)
【検査指標略語】
PFT = pulmonary function tests、(各種)肺機能検査
PCEF = peak cough expiratory flow、咳嗽時呼気最大流速・咳嗽ピークフロー値
SNP = sniff nasal pressure、鼻吸気圧・鼻吸入圧
MIP = maximal inspiratory pressure、最大吸気圧
FVC = forced vital capacity (supine or erect):(仰臥位または立位での)努力性肺活量
異常な夜間酸素飽和度=ベースライン時と比較してpO2<4%
注1:夜間低換気を示唆する症状:頻回覚醒、朝の頭痛、過度の日中の眠気、ありありとした夢
注2:呼吸障害の進行がみられ、NPPVができない場合、気管切開下の人工呼吸器装着など侵襲
的呼吸補助またはホスピスへの紹介を検討します。
*NPPV=NIV
17 / 31
<参考文献>
1)日本神経学会治療ガイドライン ALS治療ガイドライン2002.
http://www.neurology-jp.org/guidelinem/neuro/neuro_guide_index.html
2)R. G. Miller, C. E. Jackson, E. J. Kasarskis, J. D. England, D. Forshew, W. Johnston, S. Kalra, J. S.
Katz, H. Mitsumoto, J. Rosenfeld, C. Shoesmith, M. J. Strong and S. C. Woolley:Practice Parameter
update: The care of the patient with amyotrophic lateral sclerosis: Drug, nutritional, and respiratory
therapies (an evidence-based review): Report of the Quality Standards Subcommittee of the American
Academy of Neurology. Neurology: 2009 Oct; 73: 1218-1233.
3)清水俊夫, 林 秀明, 井上仁, 今村和広, 小柳清光:筋萎縮性側索硬化症患者における経皮内視鏡的胃瘻造
設術―呼吸機能と予後との関係―.臨床神経:48, 721-726, 2008.
4)Andersen AP, Alving J, Lildholdt T, Wulff CH. Obstructive sleep apnea initiated by a lax epiglottis. A
contraindication for continuous positive airway pressure. Chest: 1987 Apr; 91(4):621-623.
5) 神田武政, 磯崎英治, 飛澤晋介, 川田明広, 林 秀明(東京都立神経病院神経内科)多系統萎縮症における
sleep-induced “laryngomalacia”. 東京都病院経営本部臨床研究報告書 巻:2004, 頁:473-478.
6)Tracheostomy positive pressure ventilation(TPPV)を導入したALS 患者の totally locked-in state(TLS)
の全国実態調査.川田明広, 溝口功一, 林秀明:臨床神経, 48:476-480, 2008.
7) 宮川沙織 他(北里大学病院神経内科学)ALS/MNDにおけるRTX(体外式人工呼吸器)の有用性 第25
回日本神経治療学会.
8)R. G. Miller, C. E. Jackson, E. J. Kasarskis, J. D. England, D. Forshew, W. Johnston, S. Kalra, J. S.
Katz, H. Mitsumoto, J. Rosenfeld, C. Shoesmith, M. J. Strong, and S. C. Woolley: Practice Parameter
update: The care of the patient with amyotrophic lateral sclerosis: Drug, nutritional and respiratory
therapies (an evidence-based review): Report of the Quality Standards Subcommittee of the American
Academy of Neurology, Neurology.2009 Oct; 73: 1218 - 1226.より改変.
9)R. G. Miller, C. E. Jackson, E. J. Kasarskis, J. D. England, D. Forshew, W. Johnston, S. Kalra, J. S.
Katz, H. Mitsumoto, J. Rosenfeld, C. Shoesmith, M. J. Strong and S. C. Woolley: Practice Parameter
update: The care of the patient with amyotrophic lateral sclerosis: Drug, nutritional and respiratory
therapies (an evidence-based review): Report of the Quality Standards Subcommittee of the American
Academy of Neurology, Neurology.2009 Oct; 73: 1218 - 1226.より改変.
(橋本
5.
司)
神経難病における苦痛症状とその対応
神経筋疾患では進行期にさまざまな苦痛を自覚します。苦痛症状の緩和は QOL の向上に直結するため非常
に重要です。ここでは、上述の医療処置以外の薬物療法を中心に症状別に概説します。
5.1. 倦怠感
筋力低下をきたす疾患では運動量によって倦怠感を自覚します。また、重症筋無力症や多発性硬化症では易
疲労感が疾病の特徴です。
いずれも副作用に注意が必要ですが以下の薬剤を用いることがあります。
【薬物療法】
• カフェイン;400mg/日まで増量可
• リタリン®;10~20mg/日 分 1(朝または日中に投与)
• モディオダール®;100~200mg/日 分 2
• メスチノン®;120mg/日 分 2(朝昼食後)
また、うつ状態が影響している可能性もあり、抗うつ薬が有効なこともあります。
5.2. 筋力低下
神経難病の場合、治癒を望めない筋力低下が多いが、適宜装具などの対症療法を行います。
5.3. 筋緊張亢進・線維束性攣縮
錐体路障害を伴う病態ではしばしば四肢の突っ張りが苦痛となります。ALS など終末期になると筋トーヌ
ス(筋の緊張度)は低下することが多いものの、中には最後まで強い症例があります。ツッパリにはとった方
がよいものとあった方がよいものがあります。麻痺はあるが突っ張りがあるために介助立位が保てる場合もあ
18 / 31
ります。そのような場合に抗痙縮剤を投与するとかえって ADL が低下してしまいます。しかし、あまり突っ
張りが強いのも筋痙攣をきたして、痛みを生じますので、薬物等用いて筋緊張の低下させる、抗痙縮薬や筋弛
緩薬を試みます。
副作用として、倦怠感、眠気、脱力感をきたすことがありますので注意して使用します。
【薬物療法】
• 段階的に用いることが多く、リオレサール® 15~30mg/日 分 3、テルネリン® 3~9mg/日 分 3(眠
気に注意)、ダントリウム® 50~150mg/日 分 2~3 の順にあるいは組み合わせて投与を試みます。
• セルシン®、リボトリール®、ガバペン®などを用いることもあります。
• 線維束性攣縮が多いために不眠となる症例もありますが、セルシン®、テグレトール®、アレビアチン®
などが用いられます。
• こむらがえりには芍薬甘草湯を用いることもあります。
• 激しい場合にはボトックス注射、バクロフェン髄注を用いることがあります(保険適用に制限あり)。
5.4. 痛み
痛みの原因として種々のものがあります 1,2)が、まず大切なことは、患者さんの訴えをよく聞くことです。そ
して、痛みの部位、性質、時間的経過を把握し、診察所見と合わせてその要因を探り、特に、慢性化している
場合には心理的要因の有無や背景を考慮することが必要です。特に容易に生じてしまう関節拘縮による痛みは
進行期には大きな障害となるため、病初期から筋力低下のある部位の自/他動的関節運動をおろそかにしない
ことが肝要です。また、痛みは患者さんにとって苦痛であり、痛みを和らげることが重要であることを認識す
ることが重要です。
1.物理的方法
不動や圧迫で生ずる痛みには、体位交換(体位交換ベッドも有用)
、マット・クッション・抱き枕などを使
用して痛みを生じにくい姿勢を保持することが大切です。また、関節の運動、マッサージ(エアマッサージ器
の利用もいいでしょう)
、ハリ、温めるなどの運動療法や物理療法も行ってみます。
2.薬物療法
物理的方法だけでは痛みがとれない場合や、他の要因で生じた痛みに対しては、薬物療法を行うことになり
ます。
① 神経の障害による痛みに対して
神経因性疼痛は、神経支配領域に一致して、ビリビリ・チクチクする、針で刺すような、電気が走るよう
ななどと表現され、痛覚過敏を伴うことが多くみられます。
• 抗痙攣薬:リボトリール® 1~4mg/日 分 2、アレビアチン® 100~200mg/日 分 2、テグレトール®
100~200mg/日 分2 など。
• 三還系抗うつ薬:三環系、四環系抗うつ薬:トリプタノール® 30~75mg/日 分 3、トフラニール® 30
~75mg/日 分 2~3
*経管で投与する場合、粉砕したときの溶解性からトリプタノールのほうがいいです。
• 自律神経が関与した痛みは神経難病で遭遇することはあまりないと思いますが、交感神経ブロックが有
効といわれています。
② 不動や圧迫による筋骨格系の痛みに対して
• アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAID=nonsteroidal anti-inflammatory drug)など
の鎮痛薬を使用します。また、関節内注射が有効の場合もあります。
*NSAID は、胃粘膜の糜爛や潰瘍をきたし出血することもあるため、長期に使用するときには抗潰瘍薬
(H2 ブロッカー、プロトンポンプ受容体拮抗薬)を併用したほうがいいでしょう。
③ 痙縮などによる筋骨格系の痛み、有痛性筋痙攣に対して
• 抗痙縮薬、筋弛緩薬:リオレサール® 15~30mg/日 分 3、テルネリン® 3~9mg/日 分 3(眠気に
注意)、ダントリウム® 50~150mg/日 分 2~3、セルシン®、リボトリール®、ガバペン®などを用いる
こともあります。
• 抗うつ薬の併用
④ 心理的要因のある場合
神経難病では、病気が進行し動きが悪くなり、治らないことから不安やうつ状態になったり、その後の生
活のことや家族のことなどいろいろ思い悩んだりすることが多く、痛みが慢性化しやすい状況があります。
運動療法・物理的方法や NSAID などの鎮痛薬でコントロールが困難で心理的要因が考えられる場合には、
抗うつ薬を使用して痛みが軽減することが少なくありません。また、抗不安薬が有効な場合もありますので、
これらの薬の使用も考慮すべきです。
⑤ 上記の各種療法によってもコントロール困難な場合
19 / 31
• 癌の疼痛緩和と同様に、弱オピオド(塩酸ブプレノルフィン)、それでも痛みがコントロールできない
ときは、強オピオイド(モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン)を使用して痛みを軽減することが望
まれます。
• ALS では、コントロール困難な痛みがある場合、呼吸苦も同時にあることが多く、モルヒネが第一選
択となります。
*強オピオイドは、日本では、保険適応に制限があり問題です(5.5(注 2)参照)
*副作用の便秘に対して各種緩下剤や浣腸などで十分対応可能です。人によってごく少量でも激しい嘔気・
嘔吐をきたすことがありますが、しばらく使用を続けると改善することが多いことを説明し、プロクロル
ペラジン、クロルプロマジン、ハロペリドールなどの抗精神病薬を併用して症状の軽減を図ります。また、
オピオイドは、依存や呼吸抑制などの副作用を考えて使用を躊躇する医師は少なくなく、患者さんにも依
存への怖れのため拒否的になられることもよく経験します。しかし、神経疾患での使用量は非常に少なく、
適切に使用すれば麻薬依存になる可能性はきわめて少ないといわれています。
5.5. 呼吸困難、呼吸苦
神経筋疾患が致命的となるのは多くの場合は合併症としての感染症ですが、呼吸筋障害をきたす疾患では、
換気不全による呼吸苦が問題となります。単に換気不全だけでなく、誤嚥による因子も加わってくる場合もあ
り、肺がんの末期とも異なった対応が必要です。
„
呼吸困難と呼吸不全は同一ではない
患者さんの「息が苦しい、息ができない」という訴えは呼吸時の不快な感覚(呼吸困難)のことであり、痛み
と同じように主観的な症状です。一方、呼吸不全は血液中の酸素が不足している状態(低酸素血症:動脈血酸
素分圧 PaO2≦60Torr)という客観的な病態です 3)。
両者の「息苦しい」という訴えは同じでもその病態は一致しない場合が多く、重症度も相関しません。また、
神経疾患では、呼吸器疾患と異なり
„
がん緩和ケアの呼吸困難への第一選択薬はモルヒネです
がんの緩和ケアでは呼吸困難が肺炎、貧血など原因が明らかな呼吸不全に起因するときにはまず、抗生剤投
与、輸血などの治療を行います。しかしそれでも改善できないときには対症療法を行います。がんの緩和ケア
では呼吸困難治療の第一選択はモルヒネの全身投与です 4)。呼吸回数が多く、浅い呼吸しかできない患者さん
にオプソやオキノームなど少量のモルヒネを経口投与すると「楽になった」と有効なことが多いです。
呼吸困難治療のモルヒネは一般量の 25%から開始し呼吸回数は 8~10 回/分以上に維持します。副作用は便
秘、吐気、眠気、排尿困難、せん妄などで、対策を講じます。
呼吸困難の治療用量では酸素飽和度低下、PCO2 の上昇、呼吸抑制はきたしません 5)。
呼吸困難に対するモルヒネ使用による死亡率の上昇は報告されていません 6)。
„
神経疾患の呼吸困難へのモルヒネの適応
神経疾患では呼吸筋麻痺から低換気となる場合が問題となります。まだ残存している呼吸筋には以前にも増
してよりいっそうの呼吸努力が求められるため、筋痛や不安感から患者の消耗と筋量減少に至ります 7)。
したがって神経筋疾患の呼吸困難の評価には肺活量、気道閉塞の有無などの身体的要素に加えて、不快感に
影響する精神的、社会的、文化的な側面を考慮した広いアプローチが必要です。窒息への恐怖から不安発作を
起こし過換気を生じることもあります 7)。治療の原則は不安感に対して SSRI、ベンゾジアゼピンなどの投与、
痰、炎症などへの対応です。
神経疾患でも少量の経口モルヒネ 2~10mg を必要に応じて 2~6 時間ごとに投与すると、呼吸困難に伴う
不安発作と苦痛、浅い頻回の呼吸を改善してくれます。
抗不安薬単剤での呼吸困難改善の効果に関して十分なエビデンスは存在しませんが、モルヒネとの併用で上
乗せ効果が認められています 8)。但し、呼吸抑制に注意が必要です。
呼吸機能が低下していて不眠を訴える患者さんに睡眠薬を増量しても効果がない場合は、夜間の呼吸困難の
ために夜間覚醒してしまう可能性があります。日中の呼吸が正常でも睡眠中には生理的な筋緊張低下が起こり、
呼吸筋力が低下します。そのようなときには、睡眠薬を元の量にもどし、ごく少量のモルヒネを使い「よく眠
れるようになった」と言われることがあります。
„
モルヒネの呼吸困難改善の作用機序
呼吸は、大脳(呼吸困難検知領域)
、脳幹(呼吸調節中枢)に対して機械受容体、化学受容体から feedback
がかかり調節されています。呼吸困難感の主体は呼吸努力感覚だという Motor Command 仮説では「呼吸筋
への呼吸命令と全く同じ信号が、脳幹呼吸中枢から大脳の呼吸困難感知領域に達します。そこで一定の換気に
なるように換気努力が増えます。この信号が呼吸困難の最も重要な経路と考えられています 9)。
20 / 31
呼吸困難感があるため換気努力が増えるとき、心因性に不安状態の時は大脳(呼吸困難検知領域)に必要以
上の信号が行き過換気になることもあります 10)。モルヒネによる呼吸困難感改善のメカニズムは上記不安に
よる換気回数の増加に対して抑制的に働きます。モルヒネは大脳(呼吸困難検知領域)、脳幹(呼吸調節中枢)
に対して直接作用し大脳の感受性低下、呼吸抑制を行います。また気道のオピオイド受容体を介して気道分泌
抑制・喀痰抑制、中枢性鎮咳作用、鎮静効果があるといわれています。
„
呼吸障害の評価と対処
ポイント
・まず患者さんの主観的評価を大切にします。詳細な問診を追加し、診察・検査を行い、対策を考えます。
・呼吸困難の訴えがあったらまずその原因を考えます。
・低酸素があるときは酸素療法、ないときにはモルヒネが第一適応となります。不安など心理的要因が強
い場合は、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬が有効です。
1.呼吸障害の症状
① 呼吸筋力低下の場合
• 深く息を吸えない、喉に何か張り付いて狭くなった感じなど
• 大きい声や大きい咳をしにくい→声が小さくなる、咳をしにくい→声が出ない、咳ができない
• 労作性呼吸困難→少しの体動や食事で呼吸困難
• 寝付けない→夜何回も目覚める、熟睡できない→朝起きたとき頭が重い、ボーッとする
• 呼吸筋から始まる場合、著明な疲労感、じっとしておれない感じ
② 閉塞性呼吸障害の場合:自覚症状はないことがほとんど
• 睡眠中の著明な鼾→吸気時に声帯部で吸気時狭窄音
③ 中枢性呼吸障害の場合:自覚症状はないことがほとんど
• 睡眠中の無呼吸、低呼吸→日中にも生じ、チェーンストークス呼吸となる
*血液ガスデータと呼吸苦がよくても苦しいと感じます。
2.呼吸困難の診察所見
患者の息使い、息継ぎの早さ、声の小ささ、呼吸補助筋の使い方、脈拍数などをよく観察します。
3.原因の検索とその対処
感染症を重畳したのではないか、体位を工夫すべきか、頚部の位置はどうか、生活に無理はないのか、精神
的な反応ではないか、などを検討し、判明した原因に、可能な限り対処します。
① 感染症に伴う低酸素化(呼吸不全)による呼吸苦の場合は酸素投与が優先されます。
② 無気肺に伴う低酸素化の場合は含気が多い側が上方にくるよう側臥位にすることで酸素化が改善します。
(しかし、含気が悪い側の排痰を促すためには逆効果となります)
③ 排痰困難に伴う呼吸苦に対しては排痰補助を行います。
• 痰をやわらかくするための薬物療法
—ビソルボン®、ムコソルバン®、ムコダイン®等の経口(経管)投与
—気管支拡張薬等の吸入(但し排痰量が増量することが苦痛になることもあります)
• 排痰を促す手技
—用手排痰補助の指導(呼吸リハビリテーション)を訪問看護や訪問リハビリに指示します。
—カフアシストの導入を検討します。
(NIV、TIV 等の人工呼吸器を使用している在宅神経筋疾患では保険適応があります)
• 唾液等が垂れこむことによる誤嚥に伴う呼吸苦
—誤嚥をさける工夫:体位(仰臥位を避ける)、低圧持続吸引
—唾液量を減少させる(5.6 参照)
—手術的方法:輪状甲状間膜穿刺(ミニトラック設置)、気管切開(呼吸筋麻痺が高度の場合は意義が
乏しい)
④ 換気量が減少して高 CO2 血症を伴い低酸素化となる場合
• 換気量の増加を図る:NIV や TIV の導入。(4.3 参照)
• 消費酸素量を抑える:無理な運動をさける。
*リハビリに期待して運動訓練を行い、負荷をかけて悪化させていることがよくあり、注意が必要です。
4.呼吸苦緩和の薬物療法の実際
疼痛ラダーと異なり、呼吸苦に対しては呼吸抑制や効果の観点から最初から塩酸モルヒネもしくは硫酸モル
ヒネを用います(注1オピオイドの選択種類、注2保険適応について )。
目安はおおよそがんで用いる半量であり、増量するときもゆっくり増量します。意識をおとさずに呼吸苦を
緩和することが目標です。
モルヒネの増量や他の薬物の併用を行っても呼吸苦の改善が得られない時には、酸素投与も併用しますが
21 / 31
(注3)それでも改善しない場合は、本人、ご家族の同意を得た上でターミナルセデーションを行います。
① 神経筋疾患に対するモルヒネの導入方法
投与経路は、経管栄養の場合は経管で投与しやすいもの、経口摂取が可能な場合は経口で飲みやすい剤形を
用います。
• 塩酸モルヒネ(散剤、水薬)2.5~5mg/回で使用開始し、効果を実感するまで 2.5~5mg ずつ増量し
ます。
• 1 回有効量(通常 2.5~10mg)を確認し、効果がなくなったら屯用で用いること(おおよそ 4 時間毎投
与)で一日必要量を確認します。
• 塩酸モルヒネ一日必要量と同量の硫酸モルヒネ(モルペス®:市販される硫酸モルヒネ(注 2)のなか
で最も粒子が細かい、MS コンチン®など)を一日量として投与します(1 日 2 回投与)。さらに苦しみ
を感じるときにはレスキューとして塩酸モルヒネ 1 回有効量を適宜使用します。
• レスキューの必要量を平均し、硫酸モルヒネ総投与量を増量し、必要に応じて 3 回投与とします。増量
する際の大雑把なめやすは 2 割増量として考えます。
• 臨死期など、より効果を安定させたいときには持続注射(持続静注または持続皮下注射)に切り替える
とよいことがあります。
(1 日経口/経管投与量:1 日注射量=2~3:1)
在宅では PCA(Patient Control Analgesia)システム付きバルーンポンプがレスキューで使いやすく、管
理も容易です。最近では機械式ポンプのレンタルもあるため、流量の調整が頻回に必要な場合は機械式を
用いると注入量を調節しやすいです。神経疾患では、保険適応上問題があります(注 2)。
*投与開始時期にもよりますが、初期の一日投与量はおおよそ 10mg~30mg、維持期は 30~60mg 程度と
なることが多いです。
*進行期には徐々に増量することになるので、長期間になると 200mg 近い維持量となる場合もあります。
*低酸素化を伴う場合には少量の酸素投与(0.5~2ℓ)も併用します。進行期には増量することもあります。
*臨死期(死の直前 1 週間~数日)には、CO2 ナルコーシスが徐々に進行し意識が低下する場合は良いの
ですが、覚醒度が高い場合はかなり増量しないと呼吸苦を緩和できません。
*モルヒネの増量や酸素投与のみでは呼吸苦を緩和できない場合もあり、そのときには、がんと同様にミダ
ゾラム等を用いた鎮静(ターミナルセデーション)を考える必要がありますが、神経疾患では認識が不十
分であり、今後、がんと同じように普及することが望まれます。
② 呼吸苦に対するモルヒネ以外の薬剤
• 抗不安薬(マイナートランキナイザー):呼吸苦の緩和に比して呼吸抑制をきたすため、モルヒネの使
用を優先しますが、換気不全ではなく、不安により呼吸回数が増加している場合などには適応となりま
す。
• 抗うつ薬:呼吸苦が心理的要因によると思われるときには試みます。唾液の減少も期待するときには三
環系、四環系抗うつ薬を用います。
• 抗精神病薬(メジャートランキナイザー):呼吸苦や不安によりパニックになっている場合や興奮性が
高まっていると思われるときには併用します。
—非定形抗精神病薬:セロクエル® 50~75mg/日 分 2~3、リスパダール® 2~4mg/日 分 2 など。
—抗精神病薬:セレネース® 1.5~3mg/日 分 2~3、コントミン® 20~60mg/日 分 2~3、ヒルナミ
ン® 10~75mg/日 分 2~3 など。
(注1):オピオイドの選択種類
過去の報告でもオピオイドの使用により 81%で呼吸苦が緩和されたと報告されていますが 11)、我々の経験
からも意識を保ちながら呼吸苦を緩和するにはモルヒネの使用が望ましいと考えます。導入時期と導入方法が
適切であれば呼吸状態を悪化させることなく約 9 割の症例で有効でした。また前述のようにゆっくり増量する
場合には呼吸抑制をきたすことはまれです。
リン酸コデインは鎮咳作用を期待するときにはよいのですが、呼吸苦の緩和効果は弱いため、最初から強オ
ピオイド(モルヒネ)を用いることがよいと思います。
オキシコドンは散剤がないので経管投与時に使用しにくく、フェンタニルのパッチ剤は、呼吸苦への効果は
モルヒネより劣るとされています。
ステロイド剤は、がんではよく用いられますが、呼吸筋障害の末期の場合、病態が異なり、あまり用いるこ
とはありません。
進行するにつれて徐々に投与量は増加します。これまで、維持量としては最高で 180mg 程度(200mg 以上
使用は稀)まで用いたことがあります。それでも死の直前の苦しみを解消することは困難で、入院の場合には
塩酸モルヒネの持続静脈注射を行うことで安定した効果を得ることができ、こまめに投与量の調整が可能であ
り、安楽な状態を作り出すことができます。多くの場合 CO2ナルコーシスとなり意識状態も低下してきます
22 / 31
ので、鎮静まで必要とすることは少なく、モルヒネの増量、他剤の併用、酸素投与のみで安らかな死を迎える
ことが多いです。
ただし、24 時間装着となった NIV 患者や、分泌物貯留による呼吸苦が強い場合には、意識が保たれたまま
で呼吸苦を訴え、上述の対処ではコントロール困難なことが少なくありません。鎮静(セデーション)の必要
性を検討すべきと思います。
(注2):保険適用について
呼吸苦で用いる場合は多くの強オピオイドは保険適用がありません。
塩酸モルヒネはがんに限らず疼痛として保険適用となっていますので、がん病名がなくとも使用できますが、
硫酸モルヒネはがんに伴う疼痛のみが保険適用となっているため、保険適用上は用いにくい状況です。他に苦
痛緩和の方法がなかったことを症状詳記して保険請求していますが、多くの場合認められているようです。し
かし返戻の可能性など、事後数年におよぶため、どの程度認められるかは不明です。地域によって、または保
険者によっては査定される可能性があります。
また、塩酸モルヒネの持続注射は入院では保険適用となりますが、塩酸モルヒネといえども在宅ではがん以
外では保険適応はなく、皮下注射用のバルーンポンプなどの機材も同様です。そのため、費用負担をどうする
かを検討しなければ実際は使用できません。いまのところは医療機関のボランティア(持ち出し)によるとこ
ろが大きいようです。
(注3):呼吸苦進行期の酸素投与について
欧米のホスピスで治療にあたっている複数のホスピス医によると、神経難病の終末期に酸素投与を用いるこ
とはないそうです。モルヒネ等で呼吸苦が緩和されない時に酸素投与を行っても呼吸苦の改善にはあまり効果
が強くないこと、酸素化が良くなることで医療者が安心するだけではないのかという考え方、CO2 ナルコーシ
スにさせることになり意識が落ちてしまうので用いない、などの理由があるようです。
しかし、がん以外の疾患においてターミナルセデーションよりは酸素投与の方が社会的にも保険適用の面で
も受け入れやすい日本においては、むしろ CO2 ナルコーシスを助長して意識低下をきたすことでセデーショ
ンの変わりになっているのかもしれません。酸素投与は高価な治療であり、保険適用などは国によって事情が
異なるように思われます。
5.6.
嚥下障害
嚥下動作は非常に複雑な運動により成り立っているため、様々な神経筋疾患で障害されますが、基礎疾患に
よって異なる面と共通の面があります。ときどき誤嚥する苦しさは通常の呼吸困難とは異なる対応が必要です。
„ 嚥下障害の評価と対処
1.嚥下障害の症状
① 観察点、自覚症状
• むせ、飲食時にごろつく(喉でゴロゴロ音が聞こえる)。
• 発熱しやすくないか(むせがなくとも誤嚥はありえます)、痰の量や食後の咳や息苦しさが増えていな
いか、食事時間が長くなっていないか、微熱が続かないか、など。
• 多くの場合構音障害も同時に進行することが多いため、構音障害の進行があるときには要注意です。但
し、ALS など一部の疾患では驚くほど解離することもあるため、構音障害がないからといって安心はで
きません。
② 検査
• 簡便な検査(在宅でも可能)
:反復唾液飲みテスト(30 秒間 2 回以下は異常)、水飲みテスト(30ml の
水を 5 秒以内にむせなく飲めるか)
、両者を組み合わせた改訂水飲みテスト(冷水 3ml を嚥下)など。
• 病院での検査:むせずに誤嚥するタイプでは感知できないこともあるので、疑ったら嚥下造影検査(VF)
や嚥下内視鏡検査(VE)が有用です。特に梨状窩に唾液の貯留のある場合は要注意です。
2.嚥下障害の治療
① 食事準備の工夫:体位、頸の角度、口腔咽頭体操、アイスマッサージなど。
② 食物形態の工夫:むせやすいものを避ける、とろみをつける
③ 食事の取り方の工夫:~ながら食べ(テレビを見ながらなど)はやめる、一回に少量ずつ、介助のタイ
ミング
④ 口腔ケア:常に清潔に保つ
などの対策をとります。それでも誤嚥が多く、感染症をきたす、食事時間が 1 時間以上、十分量がとれず
やせてくるなどの場合には、経管栄養の併用を考えます(4.2 参照)
。ALS など筋萎縮を伴う疾患では痩せ
ると筋力低下に直結し、後の回復は困難なため、痩せる前に介入すべきです。
3.嚥下リハビリについて
嚥下体操(頸部、体幹のリラクゼーション)、喉のアイスマッサージ、嚥下反射促通手技、K-point 刺激法、
23 / 31
皮膚のアイスマッサージ、バルーン法などを行います。しかし、進行性疾患の場合は効果が限定的であり、医
療処置をどうするか考慮すべきです。
4.経管栄養の導入について(4.2 参照)
経鼻経管と胃瘻の優劣については一長一短があります。管理のやさしさや NIV マスクへの影響からは胃瘻
が望ましいが、経鼻経管でも十分に対応可能です。筆者の施設では予後が 6 カ月以上見込まれ、どうしても経
鼻経管を拒否している場合には胃瘻造設を勧めています。呼吸機能が極端に低下している症例、予後が数カ月
の症例には経鼻経管を推奨します。いずれの場合でも胃からの逆流により誤嚥をきたしやすいので、臥位にす
るときも 30 度以上、上半身の挙上を心がけます。
「延命処置を一切拒否する」という方も多々おられますが、実際には臨死期がイメージできていない場合が
多く、在宅で薬物による緩和ケアを行う場合には、投薬の投与経路の確保の意味からも経管栄養が必要になる
ことをお話しすると納得されることも多いです。また、やせ細って体が動かせない状況では、痛みや褥瘡が問
題となるため、栄養状態は良い状態にしておいた方が、患者自身が楽に過ごせることも伝えます。それでも拒
否する場合、パッチ剤は呼吸苦にはあまり用いられないため、持続皮下注射にて塩酸モルヒネの投与を行うこ
とができます。
5.終末期の経口摂取
最後まで経管栄養を拒否して、経口摂取のみを希望される場合は、その結果どのような状態になるかをよく
説明し、理解した上でも同じ決断であるかを確認します。経口摂取では十分な栄養や水分をとれない場合の代
替え手段として、入院を希望する場合は塩酸モルヒネの投与を含め末梢静脈輸液や、希望があれば中心静脈栄
養も可能ですが、在宅を希望する場合は長期間の静脈注射は実際上管理が困難となります。積極的にポート造
設し、中心静脈栄養とするのか、持続皮下注射でできるところまでとするのか、あるいは、まったく輸液はし
ないとしたら緩和のための投薬をどのようにするか、具体的に方針を立てる必要があります。
ほとんどが経管摂取となったとしても、好きなものだけは経口摂取で食べさせてあげたいと思う家族は多い
のですが、その場合窒息、急変もあり得るという覚悟が必要です。多少の誤嚥は覚悟して少量口腔内にいれ、
すぐに吸引するなどの方法で味わうことを楽しむこともあります。総合的にご本人にとっての QOL が高くな
る選択を支持するようにしたいものです。
5.7.
唾液・痰
誤嚥があるときの唾液や、呼吸筋麻痺があるときの痰喀出困難は、呼吸苦に直結する問題として重要です。
唾液はパーキンソン病やパーキンソン症候群では分泌過多となり、脳卒中や ALS など球麻痺を伴い自然に飲
み込むことができなくなる疾患でも結果的に増加します。流涎による美容上の問題だけでなく、誤嚥につなが
ることから問題となります。嚥下機能の回復のために嚥下リハビリや、パーキンソン病薬の投薬調整などを行
いますが、それでも問題が解決しないときには唾液量の減少を試みます。
【薬物療法】
① 抗コリン作用の薬剤
全身投与のため、口渇、尿閉などの副作用も生じる可能性があり、注意して用いる必要があります。
• 抗コリン薬:アーテン® 4~6mg/日 分 2~3、ポラキス® 20~40mg/日 分 2 など。
• 三環型抗うつ薬:トリプタノール®(経管の場合は、溶解性の点から本剤がよい)30~60mg 分 3 など。
うつ的傾向や不安、心理的要因も考えられる呼吸苦や痛みある場合には、唾液減少と両方に有効なこと
もよくあります。
② スコポラミン軟膏
5%スコポラミン軟膏を調剤し、耳介後部に絆創膏を用いて貼付することで、全身性の副作用なく唾液分泌
抑制効果を得ることができます。しかし、現状では薬剤として認められていないため国内の販売はなく、あく
まで研究という立場で個々の医療機関内で調剤して対応するしかないので通常の調剤薬局での対応は困難で
す。(海外では吐気止めとしてパッチ剤が販売されています)
③ A 型ボツリヌス毒素(ボトックス®)投与など
欧米ではボトックスの耳下腺、顎下腺への注射が推奨されていますが、日本では保険適用外であり、実際に
は使用は難しい状況です。他には顎下腺除去術や放射線照射が行われていますが、いずれも不可逆的変化とな
るため、特殊例にのみ適応となります。
【手術的方法】(4.3、5.4-3 の同様項目参照)
輪状甲状間膜穿刺(ミニトラック)
、気管切開がありますが、患者の選択が重要です。
5.8.
不安
症状の進行への不安、終末期への漠然とした不安、唾液が落ち込むなどの苦痛の症状が出てきたときにも精
24 / 31
神的に不安定になったり不安をきたしやすくなったりします。
【支持療法】
病態に対して十分に説明し、対処できる方法をともに考え、周囲が支えていくことも重要です。
【薬物療法】
• 呼吸抑制のない疾患であれば、通常用いる抗不安薬(ワイパックス®、ソラナックス®、デパス®等)を
用いることもありますが、特にセルシン®やレキソタン®は筋弛緩作用も強いため呼吸に影響を与えやす
いので注意して使用します。
• 呼吸が問題になるときにはリボトリール®やメジャートランキナイザー、SSRI を試みてもよいです。
• ALS でしばしばみられる「のどがつまるような感じ」というチョーキングも非常に不安にさせますが、
気管閉塞とは異なるので心配はないということを理解し、緊張をとくように呼吸することを指導します。
それでもおさまらないときには抗痙縮薬を用いると改善することが多いです。
*ALS の終末期の不安・不眠には、抗不安薬の効果は乏しいことがほとんどです。
5.9. せん妄、不穏
パーキンソン病、MSA などでは、せん妄状態や幻覚妄想状態、REM 睡眠行動障害による問題行動、ALS
では、終末期に著明な不穏状態に陥ることがあります。これらに対しては薬物療法で症状を軽減することは、
患者自身苦痛緩和だけでなく、家族や介護者の QOL にも非常に大切です。
【薬物療法】
① せん妄、幻覚妄想状態、REM 睡眠行動障害に対して
• 非定型抗精神病薬:セロクエル® 50~150mg/日 2~3 分服、リスパダール® 2~4mg/日 分 2、ルー
ラン® 4~12mg/日 分 2~3 など。
• 抗精神病薬:セレネース® 1.5~3mg/日 分 2~3、コントミン® 30~75mg/日 分 2~3、ヒルナミン®
10~75mg/日 分 2~3 など。
• その他の抗精神病薬:グラマリール® 50~150mg/日 分 2~3、ドグマチール® 100~150mg/日 分 2
~3。
• 漢方薬の抑肝散が有効なこともあります。
*向精神薬はパーキンソン症状を悪化させることがあるので注意しながら使用します。
② ALS の終末期の不穏状態に対しても、非定型抗精神病薬、抗精神病薬が有効ですが、やせていること、
終末期で低力低下などを考えて、少量から状態をみながら使用するようにします。
5.10. 抑うつ
パーキンソン病では、うつ状態がよくみられます。また、ALS をはじめ多くの疾患でも、病気の進行によ
る不安からうつ状態に陥ることがあり、抗うつ薬を適切に使い症状緩和を図ることが大切です。
【薬物療法】
① 三環系、四環系抗うつ薬:トリプタノール® 30~75mg/日 分 3、ルジオミール® 30~75mg/日 分 2
~3、テトラミド® 30~60mg/日 分 1~2 など。
② SSRI、SNRI、その他:ジェイゾロフト® 25~100mg/日 分 1、デプロメール® 50~150mg/日 分 2、
レスリン® 75~200mg/日 分 1~3 など
5.11. 不眠
不眠はうつ状態、不眠不安、不安など原因はさまざまであり、また、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒のどれ
が問題なのかなどによって、睡眠薬を選択し使用します。
ここで強調しておきたいことは、不眠の原因として呼吸障害があることを見逃さないことです。この場合は、
上述したようにモルヒネをまず使用してみるのがいいです。(5.4-3-③参照)
<参考文献>
1) Borasio, G.D., and Volts, R.: Palliative care in amyotrophic lateral sclerosis. Journal of Neurology
244(Suppl.4), S11-17(1997).
2) Oliver, D. : Motor neuron disease, Royal College of General Practioners, London(1994)
3) Paul N et al: An Official American Thoracic Society Clinical Policy Statement: Palliative Care for
Patients with Respiratory Diseases and Critical illnesses. Am J Respir Crit Care Med 177; 912-927, 2008.
4) Bruera E et al: Subcutaneous morphine for dyspnea in cancer patients. Ann Intern Med 119; 906-907,
1993.
25 / 31
5) Mazzocato C et al: The effect of morphine on dyspnea and ventilator function in elderly patients with
advanced cancer: a randomized double-blind controlled trial. Ann Oncol.; 10(12):1511-1514, 1999.
6) Website: WHO Pain &Palliative Care Communication Program Reseach in Pain Control and palliative
care Palliation of Dyspnea in Advanced Cancer 2009.
7) 神経内科の緩和ケア:監訳葛原茂樹 Ian Maddocks 著:76-80, 2007.
6) Navigante AH. J Pain Symptom Manage; 31: 38-47, 2006.
8) Manning HL, Schwartzstein RM.Pathophysiology of dyspnea. N Engl J Med; 333: 1547-1553, 1995.
10) Peiffer C et al: Neural substrates for the perception of acutely induced dyspnea. Am J Respir
Crit Care Med.; 163(4):805-806, 2001.
(荻野美惠子、高橋貴美子、難波玲子)
6.
コミュニケーション支援
コミュニケーションは、言語、文字その他視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介として、ヒトの間で行われ
る知覚・感情・思考の伝達と定義されます(広辞苑 第五版 2003 より一部改変)
。 構音障害から聞き取れな
い、書かれた文字を読めなくなると、多くの患者さんは情報伝達に窮します。この状態は ALS の患者さんで
しばしば遭遇します。非言語的メッセージも顔面筋、四肢筋の筋力低下から限られていきます。前もって、パ
ソコン(PC)や他の IT 機器に慣れておくことが推奨されていても多くの患者さんは、その状態に至って初め
て必要性に気づくことになります。
ここでは、身体機能の低下により自ら考えていることを発信しにくくなった患者さんへの支援と問題点につ
いて述べます。
„
文字盤使用の有効性
話せなくなった患者さんが最初に出会うのが文字盤です。様々な形態や方法があります。唇で読む文字盤(母
音式)は双方が方法を理解すれば何も持たなくてもコミュニケーションは成立しますが、もっとも多く用いら
れているのは透明文字盤です。母音式の方法や透明文字盤の作製方法はウェブサイトで紹介されており、個々
の使いやすさに合わせて調整できます。「文字盤は、使い慣れるとかなり病状が進んだ段階でも、電源のない
ところ、航空機や列車の中などでも使える.もっと多くの看護者、介護者に使い慣れてほしい」(日本 ALS 協
会新潟県支部 若林祐子氏).是非、下記 url のホームページをごらん下さい。
http://www.jalsa-niigata.com/mojiban1.htm
さまざまな IT 機器
文字盤だけでは困難な状況を迎えると、各種スィッチ、携帯型会話補助装置(電子文字盤)
、PC (伝の心、
オペナビ、ハーティラダー等)から、高度なブレインマシンインターフェイスまで構成・規模・価格において
広範な機器があります。個別対応するには細やかな調整が必要で、専門的な知識を持った支援者が必要です。
2009 年末に、コミュニケーション用 IT 機器、パソコン(PC)、スィッチなどの設置(導入)、維持(調整)
を担当する NPO 法人として活動し、行政からの業務委託や、難病医療専門員からの依頼を受ける個人や団体
を対象に調査を実施しました.問題点として、下記のグラフに示す項目が挙がっています。
„
(図 3)
„
問題点
人材の不足、育成プログラム、ボランティアに頼るシステムでの不備、活動費用の捻出、必要な情報が本人・
家族、関係者に届いていないこと、コミュニケーション支援の重要性の認識不足、給付申請の手続きの煩雑
さ、担当窓口での意識と理解の不足、業者・代理店でのフォローアップ不足、訪問時の「ボランティア活動
26 / 31
保険」では自動車による対人・対物事故が対象外であること、機器トラブル時の早期対応の問題等の指摘と、
相互の情報交換、機器融通、基金獲得への意見が寄せられました.相互確認作業を経て 2010 年 1 月 30 日
に仙台市でのワークショップを開催し、全国的な連携に向けての一歩を踏み出しました。今後、各 NPO の
事務作業や経費への取り組み、人材育成、文字盤などの普及等が全国的な交流により進展を期待します。な
お、現在、機器支援では、患者会や難病医療専門員への相談が実際的かと思われます。
コミュニケーションを支援する上で、個々の利用者(患者さん)の状況を把握し、支援者間で情報共有す
ることは有用です.コミュニケーションカルテ(都立神経病院での C カルテなど)の実際の運用に大きな
期待が寄せられていますが、個人情報保護と情報共有の有用性が相反する問題点となっており、まだ、実際
に使用されるには至っていません。
(成田有吾)
7.
在宅療患者の医療処置の選択と終末期医療
神経難病の多くは進行性のため医療機関への受診が困難となり、療養生活の場は在宅/施設となり、かかり
つけ医や訪問看護による医療的ケアが必要になります。
その間に、
① 嚥下障害のため経口摂取が困難、
② 呼吸不全(呼吸筋麻痺や閉塞性および中枢性呼吸障害)、
③ 肺炎の合併(痰の喀出困難により容易に急性呼吸不全に陥る)、
④ 自律神経症状による循環動態不全から突然の心停止(多系統萎縮症、Totally Locked-in State(TLS)に陥
った筋萎縮性側索硬化症(ALS)など)
などの生命に関わる問題が生じます。
その場合、患者・家族が病気をよく理解し、経管栄養、気管切開、人工呼吸器などの延命処置を行うかどう
かを、患者の価値観・死生観、家庭状況、在宅支援体制を踏まえたうえで、患者自身に自己決定してもらうこ
とが重要です。病状が差し迫った状態になってからではなく、患者が自己決定できる時期から、本人と家族に
よく考えて決定してもらうように、医療者は情報提供を行う義務があるでしょう。患者の気持ちは揺れること
も多く、その都度話し合いを行い、決定してもらうことが必要です。
各種延命処置を希望しない場合、在宅死を希望する人への支援が重要であるとの認識を持ち、悪化時の対処
について十分に話し合い、対応を決め、関係者は連携を密にして情報を共有して対処することが必須です。
7.1.
なぜ在宅なのか?
„
在宅を希望する人は多い
2004 年の厚労省「終末期医療に関する調査検討会報告書」によると、一般住民約 5,000 人中 59%が終末期自
宅療養を希望しています。その理由として、住み慣れた場所で最後を迎えたい 62.4%、最後まで好きなよう
に過ごしたい 47.4%、家族との時間を多くしたい 42.6%、病院では自分が望む最後を迎えられない 12.0%、
家族に看取られて最後を迎えたい 34.5%、家族や知人が自宅で最後を迎えた 5.8%、その他 1.2%でした。し
かし、現実には、2007 年の統計では、病院死が 79.7%、在宅死は 12.2%です。第二次大戦後頃には在宅死は
80%と多く、1975 年での比率は 41.8%対 47.7%となり、病院で死ぬことが当然のように変化したのは、高度
経済成長をはさむ 30 年間に過ぎません。核家族化、女性の社会進出などによる家庭の介護力の低下、地域社
会の崩壊などが要因としてあげられます。
„
在宅での看取りは可能か?
介護保険の導入後、以前に比し、在宅での支援体制が整備されてきました。
そのなかで、神経難病の終末期ケアを在宅で行うためには、
① 患者自身が希望し、それを支える介護者がいること、
② 安心できる医療看護体制があること(随時に訪問・往診できる体制)
、
③ 患者・家族および在宅支援を担う人々が看取りの覚悟を持つこと、
が必要です。
筆者の経験では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)70 名中 47 名(67.1%、在宅 35、終身施設 12)、多系統萎縮
症(MSA)では 15 名中 13 名(86.7%)が在宅で家族に見守られて亡くなられました。従って、患者・家族
の強い意思とそれを支援する体制があれば、在宅での看取りは十分可能と考えられます。
7.2.
在宅での終末期ケアの実際
27 / 31
在宅でも基本的には病院と同様の医療を行うことができます。
„
苦痛緩和方法について(5 参照)
終末期の苦痛はすべての患者さんで自覚するわけではありません。ALS では、人工呼吸器を装着しない場
合、呼吸困難を自覚するのは 50-60%、身体各所の痛みは 40-73%と報告されています 1,2)。著者の経験では、
気管切開下人工換気(TIV)を選択しなかった患者(非侵襲的人工換気(NIV)までと呼吸器装着を選択しなか
った例を合わせて)で、呼吸苦(呼吸困難および著明な疲労感)81%、痛み 42%、不穏状態 30%で、この頻
度は延命効果がある NIV をした例で多くありました。また、多系統萎縮症(MSA)では、まったく意思表示
ができなくなり(原因は、運動障害や認知症など)、患者さんの訴えははっきりしない場合もありますが、著
明な呼吸苦や痛みの訴えはほとんどみられません。
„ 在宅での苦痛緩和について
1.酸素療法:在宅酸素療法(HOT)(酸素濃縮器と酸素ボンベを用意)、業者に依頼し設置。
2.強オピオイド:できるだけ簡便に行える投与方法を選択します。介護者への負担を軽減するために、経口・
経管・経皮で、頻回投与になる場合は長時間作用のものに変換し投与回数を少なくします。座薬は持続時間
の短い製剤しかないことと、挿入の体位をとりにくいことから避けたほうがよいでしょう。強オピオイドの
うち、モルヒネは呼吸苦と疼痛緩和に有効であることが知られています。モルヒネの長時間作用型としてよ
く使用されている硫酸モルヒネの「痛み」への投与についても保険診療の取り扱いが都道府県によって異な
ります。
(2010 年 4 月からフェンタニルとオキシコドンは、癌以外の疼痛にも適応が拡大されています)少
なくとも病状詳記が求められます。
3.非侵襲的人工換気(NIV)は、呼吸症状(夜間の不眠、呼吸困難など)に有効であり、明らかな生存期間
の延長効果があります。しかし、特に ALS で(装着率は、約 20%程度)NIV によく適応し 24 時間装着の
患者では、NIV が限界になったときには換気効率が低下し、意識が保たれたままで強い呼吸苦を自覚し、ほ
とんどの患者で苦痛緩和が必要になります。さらに、HOT、オピオイド、その他各種薬剤でも苦痛緩和が得
られない場合には、癌と同様に鎮静(セデーション)も考慮することが必要な場合もあると思います。ALS
の治療ガイドライン 2002 では、鎮静についても記載されていますが、日本ではまだ浸透していないのが現
状です。
„ 在宅支援体制
1.医療者
訪問診療医の役割は非常に重要です。苦痛症状があれば、速やかに苦痛緩和処置を行うこと、何かあればす
ぐに電話対応や往診の体制をとり、患者・家族に安心感を持ってもらうことが必須です。医療処置を患者・家
族ともに一切希望しない場合、終末期には救急車を呼ばない覚悟も非常に重要となります。救急搬送され、望
まない医療処置を受けて苦悩する患者・家族は少なくありません。事前に関係者で救急搬送について十分な話
し合いを行う必要があるでしょう。
さらに、病状や見通しについて、訪問看護師、介護支援専門員(ケアマネージャー)などの在宅に関わる多
職種に情報を提供し、関係者間で統一した対応をとるようにすることも重要です。神経難病に経験のない場合
は、経験を有する医師や難病医療専門員等に相談することもよいでしょう。
また、意思決定は変わりうるものです。最終的に不安になり、医療処置や入院を希望することもありますの
で、看取りまで対応可能な医療機関の確保が必要な場合があります。
2.訪問看護師
終末期を支える人的パワーとして最も重要なのは訪問看護師です。訪問看護師と緊密に連携をとることが必
要です。
3.介護支援専門員(ケアマネジャー)
状況に合わせて支援体制の見直しをしてもらうよう、その都度連絡をとりあう必要があります。
„
在宅での看取りの事例紹介
【事例1】24時間のNIVが限界となったALS例(死亡時43歳、男性。全経過3年10ヶ月)
¾ 経過
• X 年 7 月、左下肢の脱力で発症し、左上肢、右下肢、右上肢と進行。
• X+2 年 5 月から球麻痺出現。同年 9 月から全介助。
• X+3 年 1 月より呼吸筋障害が顕在化、4 月より BiPAP 開始。
• 同年 5 月、肺炎を合併し急性呼吸不全に陥り、輪状甲状間膜切開施行、経鼻栄養開始。
• X+4 年 5 月、呼吸不全にて永眠。
¾ 同居家族:妻・子供二人(小学生と中学生)、両親。介護は妻と母が交代で。
28 / 31
<当院診療開始後の経過と苦痛緩和>
5/4死去
呼吸筋麻痺
痛み
呼吸困難
NIV
IPAP 12
IPAP 10
EPAP 4 RR 12
HOT
モルヒネ
6/X+3
24時間装着
IPAP 13
IPAP 15
1ℓ
40mg
2/X+4
3ℓ
1.5-2ℓ
70mg
60mg
4/X+4
120mg
90mg
5/X+4
その他併用薬:睡眠薬、 抗痙攣薬、筋弛緩薬
¾
¾
サービス利用:訪問看護、ヘルパー、訪問リハビリ、訪問入浴。
終末期の状況と対処
• NIV が限界となり著明な呼吸苦を呈す。
・死の1ヶ月前から、BiPAP を少しでも外すと、SpO2 が80% 台に低下し呼吸困難。
・10 日前から、呼吸困難増強、IPAP 圧を上げられず、1 回換気量100 ~300ml 未満と低下、呼吸数
20 数回、モルヒネ増量(死の前120mg/ 日)。
・前日から、呼吸苦著明・数分ごとに体位交換を要求、最終的にセデーションを希望。
• 終末期の診療(死の1ヶ月前)
・訪問診療:3 回、緊急往診 3 回、電話対応:4 回。
¾ 医療処置の選択・療養に関して
• 患者自身がすべて自己決定
・TIV:担当医や看護師に質問したり、インターネットや患者会などで情報を集めて決定し、揺らぐこ
とはなかった。
・苦痛緩和を最優先すること、絶対に入院はせず最期まで在宅生活を希望。
¾ 家族の対応と思い
• 本人の意思を尊重することで一致し、最後まで家で看取れて本当によかった。
• 亡くなられたあと、妻より
・着けないと決めた理由:全く意思表示ができなくなってまで生きたくない、迷惑をかけたくないとい
う思いがあったと思う。
・TIVについて:呼吸器を外すことができるのなら、着けたかも知れない。
【事例2】延命処置を拒否し施設で亡くなったALS例(死亡時80歳、男性。全経過2年1ヶ月)
¾ 経過
• X年3月(78歳)、右上肢挙上困難で発症し、左上肢→下肢と進行。
• X+1年6月から呼吸筋障害(声が小さくなる)が出現。
• X+2年4月CO2ナルコーシスとなり死亡。球麻痺はなし。
¾ 施設入居の経緯
• X+1年8月転倒後在宅生活が困難となり、同年9月初めに入居。
• 家族の面会はよくあり。
¾ 病気の受容と呼吸器の選択
• 病気についての説明を行い、人工呼吸器についても情報提供。
• 自ら希望し同施設内のTIV患者さんに面会、その後、NIVも含め人工呼吸器は装着しないことを選択。
• 苦痛をできるだけ緩和することを希望。
• 施設は、入居者のQOLを重視し、各種行事や外出・小旅行などにも積極的に参加を促し、喜んで参加。
• 死の直前まで、本人の希望で入浴。
• 死の5日前、本人の強い希望だった花見にでかけた。
¾ 終末期の経過と苦痛緩和
• 自覚症状と対処
・X+2年1月上旬から、飲食量が減少、経鼻栄養を拒否 、脱水のため補液を勧め数回行ったがその後は
29 / 31
¾
拒否し、調子のいいときに介助で少量飲食。
・1月下旬から朝意識レベル低下→傾眠状態出現。
・低酸素が強くなりX+2 年2 月半ばよりHOT 開始。
・同年3 月半ばから終日傾眠状態、死の5 日前から呼吸困難・全身倦怠感、身体各所の痛みを訴え、モ
ルヒネ座薬(30mg/日)にて、苦痛は消失 。
• 終末期の診療(死の前1ヶ月 間)
・訪問診療3回、往診4回、電話対応6回。
患者さんの思い(施設職員より聞いたこと)
• 呼吸器を着けずに死に至ることに
・呼吸器を着けずに早く死ぬとしても、生きる楽しみや喜びが見出せないまま呼吸器を着けて生きてい
くよりも、幸せだと思う。
• 点滴について
・点滴をして一時的に楽になるとしても、それは苦痛の期間を長引かせるだけ なので、点滴を中止し
て欲しいと(医師にではなく)職員に訴えた。
【事例 3】自己決定能力のなかった MSA 例(死亡時 72 歳、男性。全経過約 9 年余)
¾ 経過
• X 年頃、起立性低血圧で発症し、排尿障害、著明な鼾、パーキンソニズムが加わる。
• X+5 年頃から日中の傾眠傾向、入眠時のミオクローヌス、夜間の幻視・異常行動、皮質下性の認知症状
が進行。
• X+8 年 9 月 PEG 施行。死の 1 週間前から吸気時に声帯部の狭窄音が常時聞かれるようになり、X+9 年
11 月、日中に呼吸停止。
¾ 同居家族:妻、長女。介護は主に妻、休みのとき長女が援助。
¾ サービス利用:デイサービス、終末期は訪問看護。
¾ 医療処置の選択
• PEG(胃瘻)
:X+8年9月施行。認知症状のため自己決定能力がなく、妻が迷ったうえで決定。子供とも
よく相談したうえで、気管切開は行わないことを妻が最終決定。
• 気管切開、NIV:認知症状の出る以前、患者自身はNIVや気管切開などの延命処置を希望していなかっ
たことを考慮し、家族が行わないことを決定。
¾ 終末期の状況
• 症状と対応
・吸気時の狭窄音が著しいが呼吸困難の訴えは死の当日のみ。
・家族は呼吸状態が悪化したときに救急車を呼ばない覚悟をされた。
• 終末期の診療回数(死の1ヶ月前)
・訪問診療1回、往診2回、電話対応1回。
¾ 家族の思い
• 患者は入院を嫌っていたので、大変であったけれども最期まで家で看取ることができて満足している。
• 在宅での看取りが出来た要因は、安心感が大きかった。
• 同じような病気で悩む家族がおられ、聞きたいことや相談があればお役に立ちたいと言われ、その後実
際にお願いした。
<参考文献>
1) O’ Brien T, Kelly M, and Sunders C: Motor neuron disease: a hospice perspective. BMJ; 302: 471-473,
1992.
2) Oliver D: Ethical issues in palliative care-an overview. Pall Med 7(Suppl 2) pp15-20, 1993.
(難波玲子)
8.
おわりに
この 7 年間、訪問診療で多くの在宅療養中の神経難病患者さん・ご家族に関わってきました。進行性で治療
法がない疾患が多く、疾患自体や合併症により死にいたるということが否応なく視野に入っている状態といえ
ます。私たちは、死を意識することなく日常生活を送っています。また、多くの人が、病気や事故は近代医学
によって治るものと考えているように感じられます。しかし、実際は、
‘治る’病気は少なく、
‘コントロール’
できる病気が増えただけであり、さらにはコントロールも困難な病気も少なくありません。神経難病の多くが
30 / 31
そうです。
テクノロジーや医学の発達によりコントロールできる病気が増え、核家族化などの社会の変化により死と接
する機会が減り、人(生物)は死すべきものであるということが意識されにくくなっているように思います。
しかし、生物にとって死は免れないものであり、‘いかに生きるか’ということとともに‘いかに死ぬか’を
考えることも必要ではないでしょうか。生き方の選択も人それぞれであり、人生の最後をいかに迎えるかにつ
いても人それぞれ違います。よりよく生きるとともに、よりよく死ぬことも、個々人が考え、また家族とも話
し合い理解しあっておくことが望まれます。
先に代表的な何人かの患者さんを提示させいただきましたが、残されたご家族は、十分に看取れて満足して
いるという方から、もっと他の選択もあったのではないかと悩む方までさまざまです。しかし、一番大切なこ
とは、医療および社会的な情報を十分に知らされ、理解したうえで、患者さん本人が(自己決定能力がある限
りは)、自分の人生の終幕のあり方を決めることではないでしょうか。
(難波玲子)
<執筆者>
荻野美恵子(北⾥⼤学医学部神経内科学)、高橋貴美子(札幌ファミリークリニック)、成田有吾
(三重⼤学医学部看護学科)、難波玲子(神経内科クリニックなんば)
、橋本
司(独立行政法人愛媛病院神経
内科)
<協力者> 生駒真由美(独立行政法人愛媛病院地域連携室)、矢崎一雄(静明館訪問診療所)、難波 亮(ミ
ネソタ大学)
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