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平成27年度グリーン貢献量認証制度等基盤整備事業

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平成27年度グリーン貢献量認証制度等基盤整備事業
平成27年度グリーン貢献量認証制度等基盤整備事業
(環境と企業価値向上に係る調査事業)
報告書
2016 年 3 月
目
次
第 1 章 はじめに .................................................... 4
1. 事業目的 ...................................................... 4
2. 調査の基本方針 ................................................ 5
(1) 環境と企業活動に関する現状認識 ............................................................................................... 5
(2) 「戦略的CSR」と「企業価値」について ......................................................................................... 7
(3) 調査の仮説 .......................................................................................................................................... 14
(4) 調査事業実施の流れ ....................................................................................................................... 14
第 2 章 環境の側面からの短期・中期・長期的なリスクとチャンスの分析 .. 15
1. 環境に関するグローバルな中長期的課題とリスク・チャンスの認識 . 15
(1) 持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)「Vision 2050」............................ 15
(2) 世界経済フォーラム「グローバルリスク」 .................................................................................. 18
(3) CDP 回答企業のリスクと機会認識 .............................................................................................. 20
2. 課題解決に向けた国際的な枠組み ............................... 25
(1) 持続可能な開発目標(SDGs)....................................................................................................... 25
(2) 気候変動に関する動向 ................................................................................................................... 27
(3) 水(水資源)リスク .............................................................................................................................. 34
3. 日本企業がこれらか直面するであろうリスクとチャンス ........... 35
第 3 章 企業における環境課題への対応の側面からのCSRと経営戦略の位置
づけ ............................................................ 36
1. 国内・海外の企業調査の概要 ................................... 36
2. 国内企業の状況 ............................................... 38
(1) 国内企業の CSR と経営戦略........................................................................................................ 38
(2) 国内における戦略的CSR活動の事例 ..................................................................................... 40
(3) 国内企業におけるリスクへの対応や社会的課題解決ビジネスの成功事例(NPO 連
携事例含む) ....................................................................................................................................... 51
3. 欧州企業の状況 ............................................... 55
1
(1) 欧州企業の CSR と経営戦略........................................................................................................ 55
(2) 欧州企業を取り巻く環境 ................................................................................................................. 65
4. 米国企業の状況 ............................................... 70
(1) 米国企業の CSR と経営戦略........................................................................................................ 70
(2) 米国企業を取り巻く環境 ................................................................................................................. 80
5. アジア企業の状況 ............................................. 85
6. 分析及び考察 ................................................. 88
(1) 国内企業と海外企業のCSRの違い .......................................................................................... 88
(2) 個別事例からの示唆 ........................................................................................................................ 95
第 4 章 企業と投資家の新しい関係及び情報開示の在り方分析 ........... 98
1. 企業と投資家との対話による中長期的投資促進の動向とその影響 .. 100
(1) 近年の動向の概要 .......................................................................................................................... 100
(2) 日本における動向とその影響..................................................................................................... 100
2. 各国のESGを考慮した投資の動向とその影響 .................. 107
(1) 世界におけるサステナブル投資の規模.................................................................................. 107
(2) 欧州及び米国におけるESGを考慮した投資 ....................................................................... 110
(3) 我が国におけるESGを考慮した投資 ...................................................................................... 111
(4) 投資家におけるESG関連の主な動向 .................................................................................... 112
3. ESGに関するインデックス・格付けの動向とその影響 .......... 117
(1) ESG情報提供機関の概要 .......................................................................................................... 117
(2) 主なESG情報機関・インデックス・格付け.............................................................................. 118
(3) ESGパフォーマンスと財務パフォーマンス ............................................................................ 124
4. ESG情報等の開示の動向とその影響 .......................... 125
(1) 欧州における非財務情報開示の動向..................................................................................... 125
(2) 米国における非財務情報開示の動向..................................................................................... 125
(3) 市場における非財務情報開示の動向..................................................................................... 126
(4) 気候変動に関する情報開示強化の動き ................................................................................ 127
(5) 非財務情報の開示に関するガイドライン等に関する動向 ............................................... 129
5. 企業と投資家の新たな関係による、日本企業における戦略的CSR活動
採用への影響の分析 .......................................... 132
2
第 5 章 国の施策の検証、検討 ...................................... 133
1. 海外の施策動向 .............................................. 133
(1) EUのCSR戦略の経緯と現状 .................................................................................................... 133
(2) 欧州 2020 戦略の旗艦施策:欧州資源効率政策の例 ...................................................... 136
2. 米国の施策動向 .............................................. 141
3. アジア諸国の施策動向 ........................................ 143
4. 我が国の施策の検討・検証(まとめ) .......................... 145
(1) 企業を取り巻く情勢の全体像...................................................................................................... 145
(2) 企業による積極的な環境対応の有用性 ................................................................................ 148
(3) 国・政府に期待される役割 ........................................................................................................... 151
3
第 1 章 はじめに
1.事業目的
2020 年以降の温暖化対策の新たな国際枠組みを議論する2020年以降の温暖化対策
の新たな国際枠組みを議論するCOP21が開催され、
「パリ協定」が採択された。我が
国からは 2030 年までに温室効果ガスを 26%(2013 年度比)削減する約束草案を国連に
提出している。この約束草案の実現には我が国企業の貢献が不可欠であり、また我が国
の優れた環境関連技術が企業活動を通じて世界に広まることで、世界全体の温暖化対策
にもつながると考えられる。しかしながら、製造業を始めとして我が国企業の多くは、
世界で厳しい競争に直面しており、いかにして日本企業の競争力や価値を向上させるか
が重要かつ喫緊の課題となっている。
企業価値を向上させるためには、中長期的視点で地球規模の課題を把握した上で中長
期的投資を行い、企業としてのサステナビリティを確保することが必要不可欠である。
企業のサステナビリティを確保するための中長期的課題は、近年、社会問題や環境問題、
資源循環効率などの視点から戦略的に把握されることが多くなっており、特に欧州企業
などはこのような観点で社会的課題を捉える CSR と経営戦略を連動させる戦略的 CSR
活動を強化している。これに対し、日本企業では、CSR 対応や環境対応は社会的責任か
ら来るコストとしての認識が根強く残っているため、本業と切り離して対応することが
多い。このように、戦略的に CSR の活用を行っている日本企業は現状ではあまり多くな
いものの、その必要性は国際展開している企業を中心に徐々に認識されつつある。
このような現状を背景として、企業が環境の側面で戦略的 CSR 活動を通じて中長期的
課題を把握して企業の価値を向上させるための今後の在り方、方向性を明らかにするこ
とが必要である。これにより、温暖化対策の観点でも、企業が中長期的課題として温暖
化問題を捉え、緩和策や適応策をビジネスとして推進することが経営戦略上も明確な位
置付けを得ることで、これまでに実現し得なかったような経営や技術開発の実現に寄与
し、J-クレジット等の需給の好循環につなげる。
本事業では、以下の事項の実施を通じて、戦略的 CSR 活動に係る国内外の企業、投資
家、NGO、政府等の最新の動向を調査した上で、我が国における今後の在り方、方向性
を整理し、明らかにすることを目的とする。
(1)企業における環境問題への対応の側面からの CSR と経営戦略の位置付け調査
(2)環境の側面からの短期・中期・長期からのリスクとチャンスの分析
(3)企業と投資家の新しい関係及び情報開示の在り方の分析
(4)我が国の既存関連施策の検証、検討
4
2.調査の基本方針
(1)環境と企業活動に関する現状認識
①世界の環境の将来像
経済協力開発機構(OECD)は、先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、1)
経済成長、2)貿易自由化、3)途上国支援(「OECD の三大目的」)に貢献することを目的
とした先進 34 カ国からなる国際機関であり、環境や持続可能な開発の分野においても活
発な活動を行っている。OECD は雇用や経済等に関する加盟国の状況等について総合的
な調査研究を実施し、その成果を分野別「アウトルック」として提供しているが、「環境
アウトルック」は、環境分野の将来像についての予測と評価を踏まえた政策提案であり、
企業にとっても一定の影響力がある。
2012 年 3 月に発表された OECD 環境アウトルック 2050 によれば、2050 年に世界人
口が 70 億人から 90 億人以上へと増加し、世界経済の規模はほぼ 4 倍に拡大するととも
に、エネルギーと天然資源に対するニーズが増加すると予想されている。中国とインド
の経済は成熟し、アフリカ地域での世界最高の GDP 成長率が見込まれる。人口動態変化
と生活水準の向上により、新たなライフスタイルと消費パターンが生まれ、環境に重大
な影響を与えることになる。2050 年には、世界人口の約 70%が都市部に居住し、大気汚
染、交通渋滞、廃棄物管理などの課題がさらに深刻化する。人口増加と生活水準の向上
による環境負荷が、環境汚染の低減と資源効率性の上昇を上回るペースで増加する。自
然環境資本の破壊と浸食は 2050 年まで続くと予想され、過去 2 世紀にわたって向上して
きた生活水準を脅かすような不可逆的な変化のリスクを伴う、と警告されている1。
②世界の環境課題が企業に与えうる影響
上述した諸課題は互いに影響しあっており、例えば気候変動による異常気象は、生態
系や生物多様性へのダメージ、水資源のさらなる希少化、自然災害などの諸課題にも関
連すると考えられている。こうしたことから、将来にわたり環境を保護しながら社会経
済上のニーズを満たす持続可能な発展への取り組みは不可欠であることが世界的に認識
されている。
こうした諸課題がもたらすさまざまな制約条件の下で、企業は価値を創出し成長を続
けることが求められる。また、逆にイノベーションによる制約条件の克服が、新市場の
創出やシェアの拡大などの機会をもたらすことも考えられる。
1)サプライチェーンリスク・評判リスク
企業のバリューチェーン(製品・サービス等の「付加価値」を提供するためのビジネ
OECD (2012), OECD Environmental Outlook to 2050. The Consequences of Inaction, OECD
Publishing.
1
5
スプロセスのつながり)は、複雑化しグローバル化している。企業が必要な品質の原材
料を安定的かつ適切なコストで調達できるかどうかに、海外の原材料生産地における環
境・社会課題が関わることも多い。これは、例えば紛争鉱物2、アパレル製造委託先によ
る汚染・人権問題、森林資源や遺伝資源の不適切な利用など、サプライチェーン上の課
題としてやライフサイクル視点のテーマとして認識されている。さらには、企業が環境・
社会課題の原因になっていないかどうかを監視する NGO・NPO も多くあり、企業にと
ってはレピュテーション(評判)の問題を引き起こしうる。
2)自然災害リスク・サプライチェーンリスク
我が国は、特に投資や保険の観点から、震災や台風などの自然災害に関して大きなリ
スクがあると考えられており、事業継続計画とレジリエンス(復旧する力、強靭性)が
要求される。このことは国内に限らず、気候変動による異常気象の増加や生態系への影
響等の諸課題を踏まえ、海外調達先においても同様のリスク対応が必要と想定される。
3)マーケット拡大やブランディングの機会
新興国・途上国の経済発展に伴い企業活動はよりグローバル化し、海外マーケットの
可能性は拡大しているが、潜在的な新市場を創出することができるかどうかは、新規に
開拓すべき市場にいる買い手の社会環境課題に適した価値提供が求められる。そのため
の技術革新やビジネスモデルの変革、ブランディング等が必要とされる。これは、BOP
(ボトム・オブ・ピラミッド)ビジネスや CSV(共通価値の創出)といったテーマで認
識されている。
4)事業上のリスクと機会に係る情報開示の要請
このように、気候変動をはじめとする環境課題への対応は、企業にとって事業上のリ
スクであり、機会であると考えられる。そこで企業の成長性を見極めたい投資家は、各
社がどのように環境課題に関するリスクに対応し、機会に取り組もうとしているかにつ
いての情報開示に注目するようになってきている。このため、企業は従来のお客様や地
域社会等に加えて益々多くのステークホルダーに対し適切なコミュニケーションを図る
必要が生じている。
2
コンゴ民主共和国とその周辺国で採掘された希少な鉱物およびその派生物を指す。同地域では長期にわ
たり紛争が続いており、武装勢力によって不法に採掘された鉱物が武器購入等の資金源となって紛争を長
引かせる状況を招いていることから、米国では 2010 年に証券取引委員会(SEC)に上場する企業に対し
て紛争鉱物の使用状況に関する情報開示を義務づける条項を設けた金融規制改革法(ドッド・フランク法)
が成立し、欧州では 2014 年に欧州委員会が紛争鉱物規則案を作成している。
6
③環境課題に関わるリスクと機会への戦略的な対応の必要性
環境・社会課題への対応は、社会貢献や法令遵守の枠を超え、経営戦略において不可
欠になってきていると考えられる。
また、戦略的な情報開示が進展しており、各社がどのように事業を取り巻く社会環境
をとらえ、脅威と機会に対応しようとしているかに関する情報発信がますます発達して
いる。
企業は、事業収益を上げ、自らの成長戦略を示し、危機に対処し、同時に世界の持続
可能な発展へ貢献する姿勢を示すことがますます期待されている。
(2)「戦略的CSR」と「企業価値」について
①戦略的CSRとは
経済産業省は、
「平成 26 年度企業のグローバル展開と CSR に関する調査研究(CSR
研究会)」のウェブサイトで、企業の社会的責任(CSR)を、「企業が社会や環境と共存
し、持続可能な成長を図るため、その活動の影響について責任をとる企業行動であり、
企業を取り巻く様々なステークホルダーからの信頼を得るための企業のあり方」3として
いる。
財団法人企業活力研究所「CSR の戦略的な展開に向けた企業の対応に関する調査研究
報告書(平成 23 年 3 月)
」では、戦略的 CSR を「事業プロセスへの随伴的な社会・環境
配慮の組み込みや個別のリスク対応をベースとした CSR に留まるのではなく、企業価値
の創造に焦点をあて経営戦略と直接関係づけられた活動を組み込んだ CSR をいう。
」と
定義している。
また、平成 25(2013)年 5 月、一般社団法人 関西経済同友会企業経営委員会は「戦
略的 CSR による企業価値向上~CSV を通じて持続的成長目指そう~」という提言書を発
表。そこでは戦略的 CSR を、
「CSR を事業機会として捉え、企業価値向上に向けて経営
戦略として取り組む」こと、言い換えれば「攻めの CSR」と表現し、コンプライアンス
の遵守と規模相応の社会貢献、一般的な社会的要請への対応を含む CSR の基本的な部分
である「守りの CSR」と対比させている。
企業を取り巻く内外の経営環境には、企業経営や事業に影響を及ぼすさまざまな環境
課題や社会的課題が存在し、それらが企業にとってのリスクとチャンスの源泉となって
いる。本報告書では、企業の中長期的な価値向上の視点から、環境を中心とするサステ
ナビリティ課題が企業経営・企業戦略においてどのように位置づけられているのか、あ
るいは位置づけられるべきなのかという視点を重視する。企業が積極的に環境・社会課
3
METI ウェブサイト http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/
7
題へ取り組むことが、各社の経営目標の達成に寄与し、企業の持続的成長と中長期的な
企業価値の向上・創出につながるものと仮定する。戦略的 CSR は、経営ビジョン・経営
戦略と環境・CSR 活動の「統合」と考えられ、究極的には環境やサステナビリティの水
準を改善する公共善につながることが期待される。
②企業価値とは
企業価値の考え方や概念には様々なものがある。
「企業価値」という言葉の意味は、企業経営者がビジョンを語る際や、企業の市場価
値を評価される際等使われる状況によって、また、時代背景によって、異なっているよ
うに思われる。
「企業価値」についてなされてきた、これまでの定義・概念整理を下記に
まとめる。
1)企業価値研究会「企業価値報告書~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~」(2005
年 5 月 27 日公表)
経済産業省が 2004 年 9 月に設置した「企業価値研究会」は、2005 年の報告書内で、企
業価値について下記のように記載している。
企業の価格は企業価値であり、企業価値とは企業が利益を生み出す力に基づき
決まる。企業が利益を生み出す力は、経営者の能力のみならず、従業員などの人
的資本の質や企業へのコミットメント、取引先企業や債権者との良好な関係、顧
客の信頼、地域社会との関係などが左右する。株主はより高い企業価値を生み出
す経営者を選択し、経営者はその期待に応えて多様なステークホルダーとの良好
な関係を築くことによって企業価値向上を実現する。
資料)企業価値研究会「企業価値報告書~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~」(2005
年5月27日)。下線は三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる追記。
2)経済産業省・法務省「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に
関する指針」
(2005 年 5 月 27 日公表)
「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」は、
「企
業価値、ひいては、株主共同の利益を害する買収に対する合理的な買収防衛策について、
それが満たすべき原則を提示することにより、企業買収に対する過剰防衛を防止するとと
もに、買収防衛策の合理性を高め、もって、企業買収及び企業社会の公正なルール形成を
促すことを目的」として、経済産業省と法務省により定められたものである。同指針では、
企業価値を下記のように定義している。
8
企業価値:会社の財産、収益力、安定性、効率性、成長力等株主の利益に資す
る会社の属性又はその程度をいう。
資料)2)経済産業省・法務省「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に
関する指針」(2005年5月27日)
なお、同指針においては、その3頁以下では、「企業価値、ひいては、株主共同の利益」
を単に「株主共同の利益」と呼んでいる。
3)企業価値研究会「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(2008 年 6 月 30
日)
同報告書がまとめられた背景と目的は、前述の「「指針」が制定されて以降500社を
超える我が国企業に買収防衛策が導入された実態に鑑み、今日において株主や投資家の
理解と納得を得ることができるような合理的な買収防衛策の在り方を示し、そのような
合理的な買収防衛策に関して、過去の裁判例との関係について整理をすること」である。
同報告書では「企業価値」という用語について、1ページの脚注に下記のように記載
している。
「指針」
(注:前述の経済産業省・法務省による指針)においては、その3頁以
下では、
「企業価値、ひいては、株主共同の利益」を単に「株主共同の利益」と
呼んでおり、本報告書においても、この用語を踏襲する。これに関連して、
「指
針」及び本報告書における「企業価値」とは、概念的には、
「企業が生み出すキ
ャッシュフローの割引現在価値」を想定するものであり、この概念を恣意的に
拡大して、
「指針」及び本報告書を解釈することのないよう留意すべきである。
資料)企業価値研究会「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(2008年6月30
日)。下線は三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる追記。
4)一般社団法人関西経済同友会企業経営委員会「戦略的CSRによる企業価値向上~CS
Vを通じて持続的成長目指そう~」
(2013 年 5 月)
関西経済同友会企業経営委員会では、金額でみる企業の市場価値については、「過去の
企業活動の結果」及び「将来に向けた評価」の両方の観点を取り上げている。
上場企業の場合、株式市場で形成される時価総額を指すことが多い。債権者
も考慮すれば時価総額に負債を加えた Enterprise Value となる。非上場企業の
場合、貸借対照表上の株主資本に保有資産の含み益を調整したものが株主に帰
属する価値ということになるが、それは過去の企業活動の結果であり、解散価
9
値に近い捉え方となる。
将来に向けた評価という観点では、企業が今後生み出す利益(経済活動に対
する対価)の総和が企業価値ということになる。企業買収では、将来キャッシ
ュフローの割引現在価値の総和であるディスカウントキャッシ ュフロー法
(DCF 法)が用いられることが多い。
資料)一般社団法人関西経済同友会企業経営委員会「戦略的CSRによる企業価値向上~CSVを
通じて持続的成長目指そう~」平成25年5月。下線は三菱UFJリサーチ&コンサルティン
グによる追記。
その上で、
「戦略的 CSR の展開は、社会への貢献を通じて顧客の信頼を獲得し、将来
収益の拡大と企業の持続的発展に繋がるという意味で、コーポレートブランド戦略と重
なる部分が大きい」とし、戦略的 CSR を将来的な企業価値の向上につながると見なして
いる。また、財務情報による「市場価値」に比べて可視化・計量化しづらいブランド価
値等の「無形資産」を、将来的な企業価値の決定因子として注目し、戦略的 CSR はこれに
好影響を与えるとしている。
これら〔財務情報による「市場価値」に比べて可視化・計量化しづらいブラ
ンド価値等の〕無形資産は持続的成長の前提かつ新たな成長機会の源泉といえ
る。戦略的 CSR を行うことで、直接的な売上・利益の増減とは別に、無形資産
への好影響を通じ長期的な売上・利益、すなわち企業価値に貢献するという側
面も重視したい。
資料)一般社団法人関西経済同友会企業経営委員会「戦略的CSRによる企業価値向上~CSVを
通じて持続的成長目指そう~」平成25年5月。〔 〕は三菱UFJリサーチ&コンサルティ
ングによる追記。
そこで、CSR により価値向上を図るべき無形資産を下記のようにまとめている。
10
図表 1-1 CSRにより価値向上を図るべき無形資産
資料)一般社団法人関西経済同友会企業経営委員会「戦略的CSRによる企業価値向上~CSVを
通じて持続的成長目指そう~」平成25(2013)年5月
5)経済産業省「伊藤レポート」
(2014 年 8 月)
経済産業省が取り組んだ「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の
望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書である「伊藤レポート」では、
「企業価
値をめぐる基本的な考え方の違い」を指摘し、
「
「中長期的に企業価値を向上させるべき」
というテーゼについては企業側も投資家側も異論はない。しかし、「企業価値」の解釈に
ついては、企業側の中にも温度差があり、投資家・アナリストの考えも一様でない」と
している。
企業価値については、一般には経済価値・株主価値として株式時価総額や企
業が将来的に生み出すキャッシュフローの割引現在価値(DCF)等に焦点を当
て、中長期的に資本コストを上回る利益を生む企業が価値創造企業として評価
される。一方、企業が生み出す価値をもっと広く捉え、株主、顧客、従業員、
取引先、社会コミュニティ等のステークホルダー価値の総和とする見方もある。
価値創造は付加価値の最大化とも捉えられるが、付加価値についても二つの考
え方がある。企業のステークホルダー全般への価値の分配総額と捉える考え方
と、株主以外のステークホルダーに対する分配額(コスト)を利潤から差し引
いた余剰額が資本コストを上回った残余部分と捉える考え方である。日本では
前者の考え方が暗黙のうちに一般化していたと言える。
顧客、従業員、取引先、社会コミュニティ等、ステークホルダー全体の価値
を高めることが株主価値を向上し、どのように企業価値の中長期的向上につな
がるかを企業と投資家が対話を通じて認識を共有していくことが重要な課題で
ある。
11
資料)経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築
~」最終報告書(伊藤レポート)、平成26年8月。下線は三菱UFJリサーチ&コンサルテ
ィングによる追記。
また、
「ESG(環境、社会、ガバナンス)は企業への信頼性に関わる。企業価値にはス
テークホルダーからの信頼度が反映されるとみることもできるので、信頼性を高める活
動は企業価値創造に結び付く」とも述べている。
6)「日本再興戦略」改訂 2014、2015
平成 26 年 6 月 24 日に閣議決定された「日本再興戦略」改訂 2014-未来への挑戦-で
は、日本経済全体の「稼ぐ力(=収益力)
」を取り戻すためには、日本企業の「稼ぐ力」
、
すなわち生産性・収益性を高め、グローバル競争を勝ち抜いて、その果実を広く国民(家
計)に均てんし、経済の好循環を促すことが必要であるとしている。そのためには、経
営者が「稼ぐ力」の向上を目指して、大胆な事業再編や新規事業に挑戦することが必要
であり、持続的成長に向けた果敢な経営判断、人材、設備、研究開発等イノベーション
への投資を後押しする仕組みを強化していくことが求められているとの認識に立ち、そ
の方策として「コーポレートガバナンスの強化、リスクマネーの供給促進、インベスト
メント・チェーンの高度化」に関する施策を掲げた。その趣旨は以下の通りである。
生産性向上により企業収益を拡大し、それを賃金上昇や再投資、株主還元等
につなげるためにも、グローバル企業を中心に資本コストを意識してコーポレ
ートガバナンスを強化し、持続的な企業価値向上につなげることが重要である。
このためには、企業自身が果敢に取り組むことはもとより、様々な投資主体に
よる長期的な価値創造を意識した、リターンを最終的に家計まで還元する一連
の流れ(インベストメント・チェーン)の高度化、及び資金の出し手である金
融機関等による借り手の経営改善・体質強化支援があいまって、企業の収益性・
生産性向上の取組が総合的に進められる必要がある。
こうした取組による経済成長の成果を、雇用機会の拡大や賃金上昇、設備投
資や配当の増加等を通じて経済全般に還元することにより、経済の好循環をさ
らに強固なものとすべきである。
資料)「日本再興戦略」改訂2014-未来への挑戦-(平成26年6月24日)
また、平成 27 年 6 月 30 日に閣議決定された「日本再興戦略」改訂 2015-未来への投
資・生産性革命-では、
「生産性を高めるための鍵は、何と言っても投資である。将来の
発展に向けた、設備、技術、人材への投資である」とし、日本企業の「稼ぐ力」の回復
に向けてコーポレートガバナンスの強化を第一の柱に掲げた前年の成長戦略の成果をふ
12
りかえりつつ、これを一過性のものに終わらせないために、
「能力増強や更新等の設備投
資にとどまらず、技術、人材を含めて積極果敢に「未来に向けた投資」を促す」ことが
不可欠と述べている。
このように、我が国の成長戦略において、「企業価値」とは何かに関する概念や定義は
直接記されていないが、企業の「稼ぐ力」の向上とは収益性、生産性を高めることであ
り、これがひいては持続的成長や中長期的な企業価値の向上につながり、日本経済全体
の向上につながると考えられている。また、そのためには企業経営者の未来に向けた積
極的な投資やそれを促すメカニズムが重要であると考えられている。
7)本報告書における「企業価値」の考え方
環境・社会課題に積極的に対応する戦略的 CSR との関係でいえば、特に中長期的な将
来の企業価値が重要であり、将来に向けた評価という観点からは、企業が今後生み出す
利益の総和である将来キャッシュフローを「企業価値」と考えられる。
本報告書では、
「企業価値は、企業が将来的に利益を生み出す力に基づき決まる」とい
う考え方にもとづき、
「利益を生み出す力」を向上させる要素のほうにフォーカスし、中
長期的な将来の企業価値を向上させる要素として、特に下記を考慮する。
図表 1-2 中長期的な将来の企業価値を向上させる要素
資本・資産

従業員などの人的資本

技術開発やイノベーション力、知的財産などの知的資本

知的資本の中でも、特にブランド

顧客や社会からの信頼などの社会関係資本
マネジメント

ビジョン、戦略、計画

経営層のコミットメント

ガバナンス、リスクマネジメント
多様なステークホルダーとの関係

取引先企業や債権者

地域社会や株主、国・自治体、NGO/NPO など
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
13
(3)調査の仮説
文献調査・ヒアリング・研究会等を通して、現状認識を検証するとともに、下記の仮
説の検討を行う。
検討すべき仮説

環境課題(及びそれに係るリスクとチャンス)への積極的な対応は、「企業の持
続的成長」
・
「中長期的な価値向上」につながる。

さらには、
「日本の経済成長」・「環境対策の推進」の好循環を創出する。
この仮説を検討した上で、
「日本の経済成長」と「環境対策の推進」の好循環創出に向
けた産業界とそのステークホルダーの現状と課題を洗い出す。
これらの課題の解決に向けた国の既存の施策ツールの有効性、あるべき姿を明らかに
する。
最終的に、施策の改善・新施策の立案に結びつけることを目的とする。
(4)調査事業実施の流れ
14
第 2 章 環境の側面からの短期・中期・長期的なリスクとチャンスの分析
1.環境に関するグローバルな中長期的課題とリスク・チャンスの認識
ここでは、さまざまな国際機関・団体が特定しているグローバルな中長期的環境・社
会的課題、及びそれらが産業界等に与えるインパクトに関する見解を参照する。世界的
な動向の中で企業価値に係るグローバルな中長期的課題とリスク・チャンスを把握する
ための資料として、1 章では OECD アウトルックに触れたが、その他、世界の産業界、
経済界が参画し、社会環境課題に対する国際的な動向把握に参照されている各ソースを
整理した。
その上で、現代国際社会における中長期的な環境・社会的課題と、それらがビジネス
にもたらしうるリスクとチャンスについて考察する。
(1)持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)
「Vision 2050」
持 続 可 能 な 開 発 の た め の 世 界 経 済 人 会 議 ( The World Business Council for
Sustainable Development:WBCSD)は 1992 年の地球サミットに対応して経済界、産
業界が集まって設置された会議で現在では 35 カ国、20 業界、162 以上の加盟企業からな
る。ビジネスの持続可能な発展に向けて「経済発展」、「環境とのバランス」、「社会の進
歩」を軸にし、環境効率性を高めるために主導的な役割を果たしている。「Vision2050」
は、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が 2010 年に公表した報告書で
あり、
2050 年に 90 億人が安心して暮らせる持続可能な社会の構築を目指す上での課題、
ロードマップ、ビジネス上の機会を示している。
①2050 年を見通した課題
同報告書では現状(Business as usual)から 2050 年までを見通した上での課題とし
て以下の 3 点を挙げている。
図表 2-1 2050 年までの課題
課題
人口増加、都市
化、消費の増加
Business as usual
2050 年までに世界人口は 90 億人まで増加し、内 98%は途上国・後
進国で起こると予想されている。また、経済成長に伴い、4,000-17,000
米ドルの収入を得る中流所得者層は 2005 年比 4 億人から 2050 年には
12 億人に増加する見通しであり、アジア・アフリカ圏を中心に購買
力が急速に拡大する見通しである。
ガバナンス不足
急速な都市化、人口増加を管理するためのガバナンスおよび政策対
15
応が必要となるが、短期間でのガバナンス整備は局所的な政治圧力が
かかったり、ガバナンス整備に必要なコミットメントが欠如したりす
ることが懸念される。
また、国家、企業、地域社会、個人は短期的な目標や自己の利益に
傾倒するため、社会の持続性を保つためにはエネルギー効率のよいイ
ンフラ整備化や汚染防止に向け継続的な投資が必要である。
気候変動と生態
系の悪化
ミレニアム生態系評価では過去半世紀で 24 の生態系の内 15 の生態
系で劣化が確認されたと報告されている。人口増加、急速な都市化に
伴い資源消費量(化石燃料、自然資源等)が増大・加速することによ
り主要な生態系サービスに影響を与え続けることで、食糧、水、木材
や牛貝類等の供給を脅かすことが懸念される。また異常気象や自然災
害が旱魃や飢饉を誘発することで地域住民の生活に影響を及ぼす可
能性が懸念される。
資料)WBCSD「Vision2050」より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
②2050 年までのシナリオ(Pathway)
2050 年までのシナリオとして 9 分野毎(価値と行動、人間開発、経済、農業、森林、
エネルギー・電力、建物、モビリティ、資源循環)に 2010-2020 年の中期で取組むべき
事象及び 2020 年から 2050 年の長期見通しを示している。持続可能な社会に到達するた
めには行政、学識者、産業界等、様々な主体が関わり 2050 年のシナリオから逆算して取
組むべきであるとしている。
2050 年シナリオである持続可能な社会に向け取組むべき分野は多岐にわたり、経済、
農業、森林、エネルギー・電力、建物、モビリティ、原料の分野で多くのビジネスチャ
ンスを創出する。様々な主体が中期で取組むべき事項、2050 年に目指すビジョン、そし
てそれを測る成功の指標は下図の通りまとめられている。
16
図表 2-2 2050 年までのシナリオ(Pathway)
2050年に目指す
ビジョン
取組むべき事項(Must have)
経済
技術普及
研究
開発
農業
森林
水利用
の効率
化
エネル
ギー・電力
建物
生産量の
確保
供給側
の効率
性
強固な
ルール
モビリティ
消費行
動の刷
新
原料
長期的な資
金モデル
適正価格へ
のコミットメ
ント
新種の
多様化
製品のエ
ネルギー
効率化
生産量
の確保
世界、地域、
企業のリー
ダーシップ
真の価値、真の対
価、真の便益
炭素、水、その他生態系
サービスの内部化
農家の
技術向
上
新緑の革命による
十分な食料とバイ
オ燃料
土地生産性向上による2
倍の農業生産量
森林回復と再更新
森林減少が止まり、食林
地の炭素ストックが2010
年比の2倍
低炭素型エネル
ギーの十分で確実
な供給
CO2排出量の50%削減
(全世界2005年度比)
エネルギー消費ゼ
ロ建築への前進
新しい建築物はエネル
ギー消費がゼロ
安全で低炭素なモ
ビリティ
低炭素型且つ信頼できる
モビリティ、インフラ、情
報に誰もがアクセスでき
る状態
廃棄物ゼロ
2000年比で4-10倍の資
源・原料の環境効率の改
善
公平な
取引
炭素吸収
へのコミッ
トメント
再エネの
低価格化
インフラ
への投
資
総合的な
交通解
決策
助成金の
廃止
GHG対策
の合意
世界的な
カーボンプ
ライス
当事者のビジネス
モデルへの巻き込
み
駆動系
の効率
化
バリュー
チェーン改
革
バイオ燃
料の標
準化
閉ループ設
計
成功の指標
エネル
ギーへの
関心の
高まり
廃棄物処分
場の全廃
資料)WBCSD「Vision2050」より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
2020 年までに取り組むべき事項として、経済分野では既存の GDP 評価よりも事実を
より反映させる指標を用いること、適正価格を見極め補助金や税制優遇から脱却するこ
とで持続可能なビジネスを促進すること、資金モデルを革新し事業の継続性を高めるた
めに長期的な投資を可能にすること等が必要だとしている。
また、農業分野では異常気象に耐えうる多様な作物の開発、農家の能力向上のための
研修、農業研究への政府のより一層の寄与、農産物の生産量を現在のレベルまたはそれ
以上に確保することが必要だとしている。
さらに、エネルギー・電力分野では GHG 排出削減管理にかかる国際的な合意、世界的
な炭素価格の設定、再生可能エネルギーの低コスト化を支援する有効な政策が必要だと
している。
そして、モビリティ分野では都市計画の中での総合的な検討、高度道路交通システム
と自動車の連関、政策決定者や産業パートナーが代替動力装置やバイオ燃料の研究及び
技術開発を促進することが必要だとしている。
産業界がビジネスチャンスを発揮するためには上述したような社会制度の整備も踏ま
えて取り組んでいくことが重要だと考えられる。
17
③2050 年シナリオのビジネスポテンシャル
上述した 2050 年までのシナリオをもとにプライスウォーターハウスクーパー(PwC)
が自然資源分野(林業、農業・食品、水、金属)及び健康・公衆衛生と教育のセクター
でのビジネス機会を推計した。その結果、2050 年に向けて総計で 6.2 兆米ドルのビジネ
スポテンシャルが試算された。
図表 2-3 主要セクターにおける2050年に向けた追加的ビジネス機会の推計
(単位:1 兆米ドル)
2050 年の価格(1 年当たり)
2008 年の一定価格規準
中央値(価格帯)
2050 年の世界の GDP に占める
割合
エネルギー
2.0 (1.0-3.0)
1.0 (0.5-1.5)
林業
0.2 (0.1-0.3)
0.1 (0.05-0.15)
農業・食糧
1.2 (0.6-1.8)
0.6 (0.3-0.9)
水
0.2 (0.1-0.3)
0.1 (0.05-0.15)
金属
0.5 (0.2-0.7)
0.2 (0.1-0.3)
合計:自然資源
4.1 (2.0-6.1)
2.0 (1.0-3.0)
健康と教育
2.1 (0.8-3.5)
1.0 (0.5-1.5)
合計
6.2 (2.8-9.6)
3.0 (1.5-4.5)
分野
資料)WBCSD「Vision2050」2010年より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
(2)世界経済フォーラム「グローバルリスク」
世界経済フォーラムはビジネス界、政界、学界および社会におけるリーダーと連携し、
世界・地域・産業のアジェンダを形成します。官民の協力を通じて世界情勢の改善に取
り組む国際機関であり、国連の経済社会理事会のオブザーバーの地位を有している。
①「グローバルリスク 2015」
グローバルリスク年次報告書は、世界経済フォーラムが、相互に連関した 28 の世界的
なリスクについて実業界、政府、NGO、研究機関、学識者ら 900 名を対象にした調査に
基づき、経済、環境、地政学、社会、技術を 5 分類し、発生可能性と影響を評価したも
のである。
2015 年のグローバルリスク報告書でまとめられている発生可能性が高いリスクと影響
の大きいリスクは下表の通りである。
18
図表 2-4 発生可能性が高いリスクと影響の大きいリスク(2015 年)
順位
【分類項目】発生可能性が高いリスク
【分類項目】影響の大きいリスク
1
【地政学】国際紛争
【社会】水危機
2
【環境】異常気象
【社会】感染病の拡大
3
【地政学】国家ガバナンス(統治)の
【地政学】大量破壊兵器
失敗
4
【地政学】国家の崩壊
【地政学】国際紛争
5
【経済】失業及び不完全雇用
【環境】気候変動適応の失敗
6
【環境】自然災害
【経済】エネルギー価格ショック
7
【環境】気候変動への適応の失敗
【技術】重要情報インフラの故障
8
【社会】水危機
【経済】財政危機
9
【技術】情報漏洩とデータ窃盗
【経済】失業及び不完全雇用
10
【技術】サイバー攻撃
【環境】生物多様性の損失と生態系破壊
資料)世界経済フォーラム「Global Risk 2015」より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
今後 10 年間で発生可能性が高く且つ影響の大きいリスクとしては国際紛争、気候変動
への適応の失敗、水危機、失業及び不完全雇用が挙げられている。
環境側面に着目すると今後 10 年間の主要リスクとしては水危機、気候変動への適応の
失敗、生物多様性の喪失が挙げられている。気候変動のリスクは予期せぬ猛暑、豪雨、
干ばつ(水不足)を招くことから食糧危機に直結することが懸念され、影響を受けやす
い地域ではすでに食糧価格の上昇が起こっているとしている。世界銀行によると、今後
の人口増加と食生活の変容に対応するためには、2030 年までに食糧生産を 50%増加させ
る必要があるとし、持続的な水の供給が求められることから、水資源の危機は農業の持
続可能性にも直結している。
グローバルリスクの中でも、経済的なリスクについて、世界経済は明確な成長を続け
ており、経済危機を回避するような進展もみられるための経済危機の発生可能性は弱ま
っているとする一方で、環境的なリスクについては危機意識の高まりは見せているもの
の、課題解決に向けた進展が少ないとしている。
また、
144 経済圏の組織幹部 13,000 人から意見集約を行った結果として全 19 項目中、
上位 3 項目には経済にかかる項目がリスクとして捉えられていることが把握された。自
然災害、水危機、気候変動への適応の失敗は先進・途上国ともにそれぞれ 6,7,8 位に順位
付けされている。
19
図表 2-5 ビジネス上懸念されている世界的なリスク
順位
先進国
途上国
1位
主要経済の財政危機
主要経済の財政危機
2位
金融メカニズムまたは金融機関の失敗
原油価格が世界経済に与える影響
3位
(資金の)流動性リスク
(資金の)流動性リスク
資料)世界経済フォーラム「Global Risk」より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
②「グローバルリスク 2016」
2016 年の 1 月には「グローバルリスクレポート 2016」が発行された。
COP21 の結果を受けて、環境に関するリスクが高順位となり、発生可能性が高いリス
クには「異常気象」
、「気候変動緩和・適応の失敗」、「主要な自然の大災害」が影響の大
きいリスクには「気候変動緩和・適応の失敗」が 1 位に順位付けされた。
図表 2-6 発生可能性が高いリスクと影響の大きいリスク(2016 年)
順位
【分類項目】発生可能性が高いリスク
【分類項目】影響の大きいリスク
1
【社会】大規模な非自発的な移民
【環境】気候変動緩和・適応の失敗
2
【環境】異常気象
【地政学】大量破壊兵器
3
【環境】気候変動緩和・適応の失敗
【社会】水危機
4
【地政学】地域情勢による国際紛争
【社会】大規模な非自発的な移民
5
【環境】主要な自然の大災害
【経済】深刻なエネルギー価格ショック
資料)世界経済フォーラム「Global Risk 2016」より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
同報告書では今後 18 カ月間でもっとも考慮が必要な主要な 5 つのリスクとしては、
「1
位:大規模な非自発的な移民」
、
「2 位:国家の崩壊」、「3 位:内紛」、
「4 位:失業及び不
完全雇用」
、
「5 位:国家ガバナンス(統治)の失敗」をあげている。一方で、10 年間で
もっとも考慮が必要なリスクとしては「1 位:水危機」、
「2 位:気候変動緩和・適応の失
敗」
、
「3 位:異常気象」
、
「4 位:食糧危機」、
「5 位:社会不安」となっており、環境課題
が長期的なリスクとして捉えられている。
(3)CDP 回答企業のリスクと機会認識
ここでは、CDP の気候変動、水、森林リスクコモディティ4に関する調査報告書をレビ
4
森林破壊の要因となっているコモデティ(商品)を意味し、主には牛、パーム油、木材、大豆という4
20
ューし、各国企業のリスク・機会認識を整理した。CDP(Carbon Disclosure Project)
は機関投資家が連携し、企業に対して気候変動の戦略や具体的な温室効果ガス排出量の
情報開示を求める働きを行っている非営利の団体。2000 年に活動を開始し、企業の質問
票の回答内容やそれに応じたスコアリングを公開している。CDP が開示する情報は企業
価値を図る一指標として投資家等の投資判断に活用されている。
①気候変動に関するリスク・機会認識
2014 年の CDP 調査によれば、気候変動対応パフォーマンス優良企業(Climate
Performance Leadership Index:CPLI5)における気候変動リスクと機会の認識は図表
2-7 の通りである。気候変動に関して、各社の共通認識となっているリスクは「評判」
(8%)
、
「降雨量の変化による豪雨や干ばつ」(7%)、「消費者行動の変化」(6%)であり、同様
に共通認識度の高い機会は「消費者行動の変化」(12%)、「評判」(10%)、「燃料・エネ
ルギー税及び規制」
(6%)であった。
図表 2-7 CPLI 企業のリスク・機会認識(グローバル)
資料)CDP(2014) The A List: The CDP Climate Performance Leadership Index 2014
の農畜産物を指す。
5 CPLI:企業の CDP への回答に示された積極的な気候変動への取組を明らかにするため、企業が開示した
気候変動の緩和、適応および透明性に対する取組のレベルを評価し、そのパフォーマンススコアが高い企
業でかつ総排出量の実績及び排出量の検証について満点を獲得し、スコープ 1 及び 2 の排出量についてグ
ローバルでの総計を開示している企業を選定している。
21
②水問題に関するリスク・機会認識
次に、2014 年調査における CDP water 回答企業のリスクと機会認識を見ると、事業
への水リスク認識を示した企業は回答者全体の 68%、機会認識については 75%に上る6。
リスク・機会認識の内容については、国やセクターによって異なるが、水使用の側面と
災害の側面、及びレピュテーションやブランディングへの影響面が見られる(図表 2-8)
。
6
CDP Global Water Report 2014
22
図表 2-8 各国の CDP Water 回答企業における水リスク・機会認識
米国
173
635
回答数
直接操業 報告されたリスクの数
における 最も影響を受ける
・公共事業
リスク
セクター
・エネルギー
・素材
主な影響の種類と
ドライバー
サプライ
チェーン
における
リスク
機会
・操業コストの高騰
(物理的、規制)44%
・将来的な成長に対する
制約(評判、物理的)12%
・事業所の閉鎖
(物理的)10%
英国
31
62
・公共事業
・一般消費財・サービス
・素材
・操業コストの高騰
(物理的)32%
・将来的な成長に対する
制約(物理的)32%
・事業所の閉鎖
(物理的)16%
ドイツ
10
11
・一般消費財・サービス
・ヘルスケア
・素材
日本
42
76
・ヘルスケア
・素材
・生活必需品
・事業所の閉鎖
(物理的)73%
中国
70
106
オーストラリア
53
143
・素材
・情報技術
・ヘルスケア
・素材
・生活必需品
・エネルギー
・操業コストの高騰
(規制・物理的)65%
・事業所の閉鎖
(物理的)14%
・将来的な成長に対する
制約(物理的)25%
・操業コストの高騰
(物理的)44%
・事業所の閉鎖
(物理的)11%
・将来的な成長に対する
制約(物理的、評判)47%
・操業コストの高騰
(物理的、規制)29%
・事業所の閉鎖
(物理的)10%
報告されたリスクの数
109
最も影響を受ける
・生活必需品
セクター
・エネルギー
・素材
13
・ヘルスケア
・生活必需品
・一般消費財・サービス
n/a
n/a
34
・情報技術
・生活必需品
・一般消費財・サービス
33
・生活必需品
・一般消費財・サービス
・情報技術
23
・素材
・生活必需品
・一般消費財・サービス
主な影響の種類と
ドライバー
・サプライチェーンの混乱
(物理的)38%
n/a
・操業コストの高騰(物理的)
46%
・ブランドダメージ(評判)
38%
・サプライチェーンの混乱
(物理的・規制)63%
・ブランドダメージ
(物理的・評判)22%
・操業コストの高騰
(物理的)15%
・サプライチェーンの混乱
(物理的)47%
・操業コストの高騰
(物理的)47%
・ブランドダメージ
(評判)7%
4
・一般消費財・サービス
・生活必需品
36
・一般消費財・サービス
・生活必需品
・工業
19
・情報技術
・一般消費財・サービス
・ヘルスケア
・素材
・生活必需品
・工業
・水効率の改善
・コスト削減
・ブランド価値の増大
・水効率の改善
・新たな商品/サービスの販 ・ブランド価値の増大
売
・規制面の変化
・コスト削減
・サプライチェーンの混乱
(物理的)45%
・操業コストの高騰
(物理的、規制)35%
・将来的な成長の制約
(物理的)15%
報告された機会の数
151
最も機会を得る
・ヘルスケア
セクター
・生活必需品
・エネルギー
主な機会の内容
・水効率の改善
・コスト削減
・ブランド価値の増大
22
・生活必需品
・工業
・公共事業
・新たな商品/サービスの
販売
・コスト削減
・ブランド価値の増大
資料)CDP Water data 2014 (http://globalwaterresults.cdp.net/data/)より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
23
30
・新たな商品/サービスの
販売
・ブランド価値の増大
・水効率の改善
③森林コモディティに関するリスク・機会認識
2014 年の CDP 調査によれば、CDP Forest 回答企業全体の 74%が森林コモディティ
に関する事業リスク認識を示している。うち 55%が「評判リスク」を、51%が「操業リ
スク」を、45%が「規制リスク」である。これらのリスク認識を示す主なセクターを、
各国別に図表 2-9 に整理した。認識を国によるセクターの違いはあまり見られないが、
日本は工業セクターでの認識が比較的高くなっており、これは回答企業のセクターの偏
りによるものではないかと思料する。森林コモディティ別の方針策定状況は、
「木材」85%、
「パーム油」82%、
「バイオ燃料」65%、
「畜産物」61%、
「大豆」53%となっている。重
要な評判リスクがあると回答した企業のうち 62%がパーム油に関するリスク、56%が畜
産物に関するリスクを報告している。また、生産者、加工業、商社の 83%が大豆を操業
リスクと特定しているのに対し、製造業・小売業は 35%にとどまることから、サプライ
チェーンの見える化の重要性が指摘されている。一方、機会認識については、回答企業
の 89%が、持続可能な調達に関する情報開示に対する機会認識を示している7。
図表 2-9 各国の CDP Forest 回答企業における森林コモディティリスク認識
米国
42
・生活必需品
・一般消費財・サービス
英国
73
・生活必需品
・一般消費財・サービス
ドイツ
4
・一般消費財・サービス
日本
25
・生活必需品
・工業
オーストラリア
13
・生活必需品
・工業
操業
リスクあり
リスク 主なセクター
29
・生活必需品
・一般消費財・サービス
65
・生活必需品
・一般消費財・サービス
4
・一般消費財・サービス
24
・生活必需品
・工業
11
・生活必需品
・工業
規制
リスクあり
リスク 主なセクター
33
・生活必需品
・一般消費財・サービス
43
・生活必需品
・一般消費財・サービス
・公共事業
15
・工業
・生活必需品
11
・生活必需品
・工業
評判
リスクあり
リスク 主なセクター
資料)CDP Forests 2013-2014
ティング作成
7
n/a
n/a
Risk Assessment dataを用いて三菱UFJリサーチ&コンサル
CDP Forest Report 2014
24
2.課題解決に向けた国際的な枠組み
(1)持続可能な開発目標(SDGs)
①概要
持続可能な開発のための 2030 アジェンダは,2001 年に策定されたミレニアム開発目
標(MDGs)の後継として、2015 年 9 月 25 日から 27 日にかけて開催された国連サミッ
トで採択された 2016 年から 2030 年までの国際目標8である。2030 アジェンダは、貧困
を撲滅し、持続可能な世界を実現するために、17 のゴール・169 のターゲットからなる
「持続可能な開発目標」
(Sustainable Development Goals: SDGs)を掲げ9ている。
目標の 17 のゴールは全て、持続可能な開発、民主的なガバナンスと平和構築、気候変
動と災害に対する強靭性等の国連開発計画(UNDP)の重点分野と結び付いている。今
回採択された 2030 アジェンダの最大の特徴は、先進国を含む全ての国が取り組むことに
あり、また、一部の途上国の発展、民間企業や市民社会の役割の拡大など、あらゆるス
テークホルダーが役割を果たす「グローバル・パートナーシップ」の重要性が盛り込ま
れている10ことにある。
日本も SDGs の議論が本格化する前から公式、非公式な政策対話、会議や対話を通じ
てアジェンダの策定を主導し、政府間交渉にも参加してきた。その結果、日本が重視す
る人間の安全保障の理念を反映した考え方や、グローバル・パートナーシップ、女性・
保健・教育・防災・質の高い成長等の要素が盛り込まれた。9 月 27 日には安倍首相が演
説し、2030 アジェンダの採択を歓迎するとともに、アジェンダの実施には、あらゆるス
テークホルダーが役割を果たすグローバル・パートナーシップが不可欠であるとして、
日本自身がその一員としてアジェンダ実施に最大限努力していく旨を述べた。また、具
体的な貢献策として、(1)包摂的、持続可能かつ強靱な「質の高い成長」の追求、(2)脆弱
な人々の保護と能力強化(保健、教育支援分野の新政策を含む)
、(3)持続可能な環境・社
会づくりの実現に向けた努力について述べたほか、(4)GPIF(年金積立金管理運用独立行
政法人)による国連責任投資原則の署名についても言及した11。
外務省ウェブサイト「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」
前掲脚注 8 に同じ。
10 外務省ウェブサイト「
「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」を採択する国連サミット 」
11 前掲脚注 10 に同じ。
8
9
25
図表 2-10 17 の持続可能な開発目標(SDGs)
目標 1.
あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる
目標 2.
飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する
目標 3.
あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する
目標 4.
すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する
目標 5.
ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う
目標 6.
すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する
目標 7.
すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する
目標 8.
包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのあ
る人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する
目標 9.
強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーシ
ョンの推進を図る
目標 10. 各国内及び各国間の不平等を是正する
目標 11. 包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する
目標 12. 持続可能な生産消費形態を確保する
目標 13
.気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる*
目標 14. 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する
目標 15. 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、
ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する
目標 16. 持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを
提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する
目標 17. 持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する
* 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)が、気候変動への世界的対応について交渉を行う基本的
な国際的、政府間対話の場であると認識している。
資料)外務省「我々の世界を変革する: 持続可能な開発のための2030 アジェンダ」より引用
②SDGs と企業の関係
SDGs の策定プロセスにおいては、未達や積み残し課題が見込まれる MDGs に係る経
験を踏まえ、目標達成の実現性を高めるために企業へのコンサルテーションプロセスを
設け、より企業を巻き込む取り組みがなされた。SDGs を達成するためにマルチステーク
ホルダーで連携して対応することの重要性が強調されている。
例えばポスト 2015 開発アジェンダのハイレベルパネルに参画していた WBCSD は、
SDGs に整合した「SDGs Compass」を策定した。また、世界経済フォーラムにおいては
SDGs タスクフォースが設置された他、OECD ビジネスと産業諮問グループ、WBCSD、
国際商業会議所(ICC)等の世界の主要な経済団体が連携する「Global Business Alliance
26
(GBA) for Post-2015」などがある。このように、国際レベルにおいて産業界は戦略的に
サステナビリティに取り組み、事業を発展させ企業価値を向上するための取り組みを進
めている。
③WBCSD「SDG Compass」
SDGs Compass は、WBCSD が作成した SDGs に取り組むためのビジネスアクション
の手引きである。SDGs は世界が優先的に取り組むべき課題(貧困、健康、教育、気候変
動および環境劣化)と企業の経営戦略の結び付きを支援しうるものであるとし、企業が
SDGs を経営戦略に用いることで以下のような利益を享受できるとしている。
・将来のビジネスチャンスの明確化
・コーポレイト・サステナビリティの価値向上
・ステークホルダーとの連携強化と政策との親和性強化
・地域社会とマーケットの安定化
・共通のフレームワークの中で意志疎通が可能となり、共通の目標を掲げられる
SDGs の実現にむけた企業参画を支援するため、WBCSD は企業向けの手引きを SDG
コンパスとして発行し、企業は本手引きに沿って取組むことで SDGs の実現に向けた活
動の中でビジネスチャンスを発揮できる。手順としては SDG を理解し、取組内容の優先
順位を考え、自社に関連づけた目標を設定し、パートナーシップ構築し、SDGs 貢献に関
する報告・コミュニケーションを行う。
(2)気候変動に関する動向
①国連気候変動枠組み条約第 21 回締約国会議(COP21)の動向
1)概要
2015 年 11 月 30 日からフランス・パリにおいて COP21 が開催され、12 月 12 日に新
たな法的枠組みである「パリ協定」が採択された。
「パリ協定」では温室効果ガスの排出
削減の取り組みに途上国や世界の排出量の 4 割を占める米国・中国も含む全ての国及び
地域が参加することで合意された。また、パリ協定では各国が温暖化ガスの排出削減目
標を設定することに法的拘束力が適用されるものの、目標の達成義務はなく、罰則もな
いものとなる。
「パリ協定」の概要は以下のようにまとめられる。
27
図表 2-11 「パリ協定」の主な合意事項
【協定の目的等】
(第 2 条)

この協定は、世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて 2℃より十分低く保
つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、適応能力を向上させること、
資金の流れを低排出で気候に強靱な発展に向けた道筋に適合させること等によ
って、気候変動の脅威への世界的な対応を強化することを目的とする。
【緩和(排出削減のための取組)】(第 4 条)

各締約国は、COP21 決定等に従って、「貢献」を 5 年ごとに提出する。 (注:
なお、COP21 決定において、2025 年目標の国は 2020 年までに、その後は 5 年
毎に新たな「貢献」を提出し、2030 年目標の国は 2020 年までに、その後は 5 年
毎にその「貢献」を提出又は更新することを要請。
)
【市場メカニズム等】
(第 6 条)

国際的に移転される緩和の成果の活用は、自主的かつ参加締約国の承認による。

緩和への貢献及び持続可能な開発に対する支援のメカニズムを設立する。
【資金(気候変動対策のための資金)】(第 9 条)

先進締約国は、条約に基づく既存の義務の継続として、緩和と適応に関連して、
開発途上締約国を支援する資金を提供する。

他の締約国は、自主的な資金の提供又はその支援の継続を奨励される。
【世界全体の実施状況の確認(グローバルストックテイク)】
(第 14 条)

締約国会議は、締約国会議が別段の決定を行う場合を除くほか、最初の世界全体
の実施状況の確認を 2023 年に、その後は 5 年ごとに、これを行う。
資料) 外務省ホームページ「パリ協定の概要(仮訳)」より引用
日本政府としても気候変動対策に取り組む途上国支援を行うため、2020 年までに官民
あわせて年間約 1 兆 3 千億円の支援を行うことを表明した12。また、「パリ協定」第 6 条
では国際的に移転される緩和の成果を活用することが明言され、日本が主導する二国間
クレジット制度(JCM)等の成果活用が協定の中で規定されたこととなる。
12
環境省ウェブサイト
「COP21 閣僚級セッション 丸川環境大臣ステートメント」
28
2)約束草案
COP21 では COP16(2010 年)のカンクン合意で提唱された 2 度目標を達成すべく、
会 合 前 ま で に 各 国 か ら GHG 削 減 目 標 を 定 め た 約 束 草 案 ( Intended Nationally
Determined Contributions: INDC)の提出がなされた。日本も今年の 7 月に提出し、2030
年の GHG 排出量を 2013 年度比で 26.0%削減するという目標を定めた。12 月 7 日時点
で 186 カ国が提出しているものの、積み上げ値は 2℃目標には及ばない
UNFCCC の報告13によると INDC は各国において政策面や多様なセクターでの活動面
で再生可能エネルギーへの転換、低炭素型技術導入、エネルギー効率の改善、土地利用
や都市計画の改善を後押しする機会となるため、ビジネスとのシナジー効果が高いとし
ている。また、INDC を実行することにより気候変動を緩和することで異常気象の影響を
受けやすい脆弱な地域への対処も可能となるため、SDGs の実現を支持することになると
している。
3)民間の動向:ミッション・イノベーションの設立14
2015 年 11 月 30 日の COP21 でビル・ゲイツ氏により国際的なイニシアティブである
ミッション・イノベーションの設立が宣言された。2 度目標の達成のためには官民が連携
し、気候変動対策としてのクリーン・エネルギー関連の研究開発強化を目指すことを目
的としている。さらにはグリーン雇用とビジネスチャンスの創出を促進しようとするも
のである。設立時点で 20 カ国が参加を表明し、世界の人口数上位 5 位を占める各国(中
国、インド、米国、インドネシアおよびブラジル)も参加を表明している。クリーン・
エネルギーの対象としてはバイオ燃料、炭素貯留技術、風力タービン、原子力技術等が
挙げられ技術革新が目指されるとともに、世界経済とエネルギー市場への効果の波及が
見込まれる。
また、ミッション・イノベーションの設立と同時に 10 カ国から 28 の投資家・起業家
が参加する「Breakthrough Energy Coalition」が立ち上げられた。同イニシアティブで
は官民連携によりミッション・イノベーションで進められるクリーン・エネルギーの早
期技術開発に投資し、次世代の科学者、技術者、起業家を支援するものである。米国は
50 億ドルの出資を表明し、出資先はエネルギー庁、民間や大学の研究機関等、11 組織の
プログラムが対象となっている15。
UNFCCC ウェブサイト“Synthesis report on the aggregate effect of INDCs
“http://unfccc.int/focus/indc_portal/items/9240.php
14 ミッション・イノベーションウェブサイト(http://mission-innovation.net)
15 米国ホワイトハウス Fact Sheet
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/11/29/fact-sheet-mission-innovation
13
29
②国際金融公社(IFC)における取組
1)IFC の持続可能性に関する枠組み
国際金融公社(International Finance Corporation:IFC)は世界銀行グループの中で
途上国の開発援助実施にあたり、民間セクターを対象とした投資支援や技術アドバイザ
リーサービスを行う機関である。IFC は事業実施の際には、持続可能性に関する枠組み
(IFC Sustainability Framework)を独自で設定し持続的な開発とリスクマネジメント
を図っている。同枠組みは「社会・環境の持続可能性に関する政策」「(環境と社会の持
続可能性に関する)パフォーマンス基準16」、
「情報公開ポリシー」及び「環境、社会分類」
から構成され、IFC の支援を受ける事業者はこれらの枠組みに沿うことが求められる。
同枠組みは金融機関が民間事業者に投融資する際の基準であり、世界の金融機関指針の
「赤道原則17」でも参照されている。
IFC では気候変動に対する取り組みでも民間企業による事業参入を積極的に支援して
いるため、以下にその動向をまとめた。
2)IFC の気候変動関連施策の方向性
COP21 以降、世銀グループとして気候変動に関連するプロジェクト資金の増資を掲げ
ており、IFC でも 2020 年度までに投資総額に占める割合の 28%まで引き上げることを掲
げている。IFC における気候変動分野への取組は 2005 年から注力され、気候炭素ファイ
ナンスグループで民間資金の誘致や気候変動分野の事業投資額を増加するための取組に
注力している。具体的には、IFC の中で気候変動関連プロジェクトへの投資を誘発する
金融プロダクトの開発や、インベストメントファシリティ作り、リスクシェアリング、
リスク緩和策の提示等に努めている。
また、世銀グループおよび IFC は COP21 に向けて他組織(持続可能な開発のための
経済人会議、国際エネルギー機関)との連携を強化するとともに、カーボン・プライシ
ング・リーダーシップ連合を通してカーボン・プライシングのための民間事業者支援を
促進するため活動を行い、市場環境の整備も注力している。
3)気候変動対策関連の注力分野
IFC の気候変動対策関連の事業としては、クリーンエネルギー・エネルギーアクセス、
省エネ、適応の 3 つの分野を注力分野としている。投資額の割合でみると一番割合が大
16
パフォーマンス基準は開発活動にかかる環境・社会配慮(日本でいう環境アセスメント)の基準であり
「環境社会リスク及び影響」の評価と管理、労働者と労働条件、資源効率と汚染防止、地域社会の衛星・
安全・保安、土地取得と非自発的住民移転、生物多様性の保全及び持続可能な「生命のある自然資源」の
管理、先住民族、文化遺産の 8 つのスタンダードからなる。
17 赤道原則とは「民間金融機関が大規模な開発や建設のプロジェクトに融資を実施する場合に、プロジェ
クトが自然環境や地域社会に与える影響に十分配慮して実施されることを確認するための枠組み」である。
(みずほファイナンシャルグループウェブサイト「エクエーター原則(赤道原則)とは」より引用)
30
きいのは再生可能エネルギー事業となっており、これは 1 事業当たりの投資額が大きい
ことも影響していると言う。また、「Financial Intermediaries」という、例えば地元の
金融機関に対し投融資やクレジットラインの供与を行い、地元の金融機関が同リソース
を使い、現地における気候変動事業をファイナンスする事業の割合も多い。IFC 自体が
小規模の事業を複数運営するのは困難であるが、地元の金融機関に投資を行うことで効
果的かつ効率的に投融資し、開発効果が期待できる事業形態である18。
また、IFC は 2010 年に「グリーンボンド」という金融プロダクトを開発しており、気
候変動対策プロジェクトに対する民間資金活用策の検討、技術開発への資金援助、エネ
ルギー効率の向上と再生可能エネルギーへの転換促進を通じて、気候変動対策への支援
を進め、2015 年 11 月現在で総額 43 億ドルを発行している。19この調達資金は気候変動
対策に活用され、2014 年度には 35 カ国 117 事業に対して 25 億米ドルを投資した20。
4)気候変動関連事業のビジネスチャンス
IFC では気候変動対策関連の事業も他のプロジェクトと同様の査定基準に基づき審査
を行う。投融資の際にリスクとリターン等を試算する IFC のモデルがあり、全ての事業
が同モデル基づいて試算され、投融資可否の判断、ローンであればスプレッド等が決定
される。事業リスクが高いものについては民間企業が参画しにくいため、Blending
Climate Finance という、ドナーからの資金を民間からの投資のリスク軽減に活用するこ
とも行われている21。民間セクターではいまだ気候変動関連はリスクが高い事業が多いと
考えられているところもあり、民間資金が流れない理由の一つであるが、Blending
Climate Finance の活用によって民間の投資を増やすことが期待されている22。また IFC
によると、候変動ビジネスは他のセクター事業と比べてリスクが高くはないが、カーボ
ンクレジットの価値が政治情勢に左右される等、取組みにくい分野がある。一方でカー
ボンクレジットを有効に活用すれば、案件に追加の優位性を生むことが可能である。具
体的には、炭素市場では大型電力や化学プラント等大規模事業よりで出てくるクレジッ
トの価格と水フィルターや調理用ストーブ等の普及で社会開発にも貢献しているプロジ
ェクトで出てくるクレジットの価格は異なるという。開発後進国の健康福祉や社会開発
効果にインパクトがあるプロジェクトから供給される炭素クレジット(排出権取引)市
場は価格が高く、マーケットはいまだ小規模ながら買い手がいるという23。
2016 年 2 月 26 日 IFC へのヒアリングによる。
IFC ウェブサイト「Green Bonds Fact Sheet」
20 世界銀行ウェブサイト
(http://www.worldbank.org/ja/news/feature/2014/03/04/growing-green-bonds-market-climate-resilience
)
21 IFC ウェブサイト「Blending Donor Funds for Climate-Smart Investments」
22 前掲脚注 19 に同じ。
23 前掲脚注 19 に同じ。
18
19
31
5)民間事業にとってのチャンス
原則として、IFC が投資する案件は商業ベースのリスクリターンプロファイルを持つ
案件であり、リターンが見込めないものに IFC は投融資を行わない構造になっている。
日本の技術力は優れており、気候変動対策関連でももっと参入が可能であり、IFC と
組んで実施できるとよいと考えているという。例えば、日系セメント会社がベトナムで
セメント生産の合弁会社を作り、更にそこで排熱利用の事業を実施すれば、IFC の求め
る気候変動対策事業となり得る24。課題としては、日本企業の CSR への取組について、
CSR の部署は予算が少なく、取組を行っているが商業ベースの投資には繋がらず、CSR
に取り組んでいること自体がアピールとなっている。実際のインパクトインベストメン
ト案件を持ちかけると資金がある部署に回されるが、その部署は社会環境課題にあまり
関心がない場合が多い。IFC も日本企業にアプローチした経緯があるがなかなか協働に
繋がらない実態はそういった構造的な課題があるからではないかとし、CSR としてでは
技術があれば途上国で展開可能で、それがビジネスになる。ビジネスとして社会環境課
題に取り組むことの重要性を強調していた。
民間企業にとっては、IFC の気候変動関連事業等の開発援助機関が提供する事業にか
かわることで、気候変動という環境課題への対処、途上国開発という社会貢献分野への
寄与が可能となり、そこで自社の製品・サービスを提供したり技術を発揮したりするこ
とが可能となる。IFC のように明確なリターンを見込んだ事業は民間企業も参入しやす
く、環境・社会課題をビジネスに融合するモデルの一つになり得ると推察する。
③日本における緩和策と適応策の取組
1)緩和策
日本は COP17 において京都議定書の第二約束期間で GHG 排出削減義務を負わないが、
一方で低炭素技術や製品の提供等による日本の貢献ポテンシャルを最大限に活かし、途
上国における GHG 排出削減政策等を促進できるような制度のあり方を検討すべきとい
う考えから、二国間クレジット制度(JCM)を提案している(2015 年 12 月時点で 15
カ国と合意・署名)
。そして、早期段階での JCM の下での緩和量獲得を目指し、各種ガ
イドラインや方法論等の整備が進められ、途上国等に対する低炭素技術や省エネ技術及
びノウハウの展開普及が図られ、経済産業省や環境省の事業が進められている。経済産
業省の JCM 事業では、鉄鋼業、船舶操業、廃棄物発電技術、LNG を用いた輸送技術、
エコタウンの推進等、幅広いセクターでの実現可能性調査が実施され、今後技術や機器
24
前掲脚注 19 に同じ
32
の本格的な普及・導入が期待される。
また、国内の排出削減にかかる取組では民生(業務家庭)部門の省エネ化が喫緊の課
題である。民生部門からの排出削減に向けて、国内では省エネ家電の導入、省エネ性能
を有した住宅・建築物の普及(外皮の断熱や日射遮断技術、冷暖房及び給湯設備、照明
等)
、交通インフラ整備等が推進されており、日本企業の技術開発が促進されている。ま
た国内はJ-クレジット制度を活用し、中小企業・自治体が省エネ・低炭素技術を促進
し排出削減に貢献するとともに、地球温暖化対策貢献としての企業 PR としても役立って
いる。
2)適応策
気候変動に対する適応策としては、農業/食料、自然生態系、水環境・水資源、水災害
等に対する防災、健康分野等に対する取組が実施されており、国交省や JICA の専門家派
遣の取組の他、経済産業省の「非エネルギー起源温暖化対策海外貢献事業(途上国にお
ける適応分野の我が国企業の貢献可視化事業)
」では民間企業が主体となった事業が展開
されている。
実施機関
項目
適応策事例
国交省
災害減災対策
世界各地で頻発している水災害の軽減に向け、河川や水
質資源管理にかかる技術提供、専門家派遣を行っている。
「洪水に関する気候変化の適応策検討ガイドライン」を
2010 年に発行、氾濫低減対策(ダム、河道掘削等)、被
害軽減対策(土地利用、インフラの高所設置等)等の対
策に係る技術や計画策定手順を提供している。
民間企業 ・経
農業
カンボジアにて、気候変動の影響による旱魃に適応し、
済産業省事
農作物の終了を維持・拡大するため、灌漑や給水サービ
業)
スを実施する。
降雨量減少により収量減が想定される農家に対して、付
加価値の高い代替作物の生産技術を導入し、作物の買取、
日本国内での流通を通して、農家の生計向上を図る。
2015 年 11 月 25 日には「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定され、気候変動の
「適応策の推進を通じて社会システムや自然システムを調整することにより当該影響に
よる国民の生命、財産及び生活、経済、自然環虚等への被害を最小化あるいは回避し、
迅速に回復できる」社会構築が目指されている。同適応計画では日本における施策を 7
分野に分類し(農業・林業・水産業、水環境・水資源、自然生態系、自然災害・沿岸域、
33
健康、産業・経済活動、国民生活、都市生活)各取組を整理している。
(3)水(水資源)リスク
地球上に存在する水の量は、
およそ 14 億 km3 であるといわれている。そのうちの約 97.5%
が海水等であり、淡水は約 2.5%である。この淡水の大部分は南・北極地域などの氷や氷河
として存在しており、地下水や河川、湖沼の水などとして存在する淡水の量は、地球上の
水の約 0.8%である。さらに、この約 0.8%の水のほとんどが地下水として存在し、河川や
湖沼などの水として存在する淡水の量は、地球上に存在する水の量のわずか約 0.01%、約
0.001 億 km3 にすぎない25。現在、世界の水消費量のうち農業生産での水利用が全体の 70%
を占めている。世界銀行によると、今後、2030 年までに人口増加および食生活の変化に伴
い、農業生産を 50%(1.5 倍)増加させることが必要であるとされる。また IEA によると
2035 年までにエネルギー利用・生産増加に伴う水利用が 85%(1.85 倍)増加することが想
定されている。さらに、IPCC によると、食糧生産地域では食糧の価格上昇が起こっており、
原因としては気候変動による異常気象、天候や降雨パターンの変化、洪水、干ばつが原因
であるとしている。
異常気象等による渇水や洪水の甚大な影響を受ける事例が増え、世界的に水リスクにか
かる関心が高まっている。WEF のグローバルリスク 2015 でも「影響の大きいリスク」と
して「水危機」が挙げられており、CDP でも 2015 年から「CDP ウォーター」26にスコア
リングが導入された。今後、企業にとって水リスクへの対応が環境課題の主要課題の一つ
且つ事業リスクになることが想定され、こうした背景を受けて各機関で水リスクを評価す
るツールが多数開発されている。ツールとして有名なものには WWF の WWF-DEG Water
Risk Filter、そして世界資源研究所(World Resource Institute:WRI)の Aqueduct 等が
挙げられる。
国土交通省「平成 24 年版日本の水資源」
CDP ウォーターについての企業回答については「第 2 章1.(3)②水問題に関するリスク・機会認識」
に整理した。
25
26
34
3.日本企業がこれらか直面するであろうリスクとチャンス
ここまで概観したように、世界を取り巻く社会課題としては長期的な視点では人口増
加、経済成長による都市化、それに伴う消費の拡大が挙げられ、さらにはそれらに対応
するためのガバナンス不足が挙げられている。また、短期的な視点では不安定な中東情
勢の影響を受けた移民の流入や地域情勢による国際紛争が課題やリスクとされている。
環境課題としては気候変動、水資源の危機、異常気象や大規模な自然災害が挙げられ、
それに伴う生態系の悪化や食糧生産への悪影響が懸念されている。特に気候変動分野に
おいては 2015 年の 12 月にパリで開催された COP21 での議論及び同会議で採択された
「パリ協定」の流れを受けて、気候変動対策や脱炭素・低炭素型社会に向けた要請が高
まり、企業の貢献が期待される。
日本企業もこれらのリスクにすでに直面していると言えるが、2 章でも述べたように多
くの企業がいまだ CSR として本業とは切り離したところでの対応を図っていると推察さ
れる。一方で、これらの世界的な環境課題における海外の民間企業の動向に目を向ける
と、ミッション・イノベーションに代表されるような気候変動対策への出資表明や、IFC
の事業(環境ビジネス)へ一定規模の投資を伴う新規参入等、環境課題対応をチャンス
と捉え、経営戦略に結びつけなければ踏み出せないような行動に出ていることがうかが
える。
社会・環境課題そのものが企業にとってはリスクになり得る。しかしながら、今後グ
ローバル化が進み、日本企業の海外進出、また、海外企業の日本参入の増加が想定され
る中で、これらの社会・環境課題対応に乗り遅れることも、競争優位性の観点から企業
にとってリスクと言え、企業の持続的な成長と価値向上のためには、より戦略的な取組
みが求められるものと考察される。
35
第 3 章 企業における環境課題への対応の側面からのCSRと経営戦略の位置
づけ
本章では、環境・社会課題の側面から国内外の企業における CSR と経営戦略の位置づ
けを文献及びヒアリングにより調査・分析した。なお、本調査は限られた数の企業事例
を調査・検討したものであり、この調査結果を以て一般化することはできない。
1.国内・海外の企業調査の概要
国内外の下記の企業について調査を行った。
国内企業については、東洋経済 CSR 総合ランキング、日本経済新聞環境経営度調査、環
境コミュニケーション大賞等の外部表彰の実績、CDP の回答状況・評価、および業種バラ
ンス等を総合的に勘案して選定を行った。海外企業については、先進事例の視点から、DJSI、
FTSE4Good、CDP 等の外部評価・格付け機関等の評価、業種バランス等を総合的に勘案
し、またヒアリング調査への協力を得られた先について調査を行った。
企業が発行するアニュアルレポート、サステナビリティレポート、ホームページ等の文
献調査に加え、下記の調査対象 36 社のうち 32 社に対してヒアリング調査を実施した。
図表 3-1 国内企業調査先一覧
業種
CDP業種分類
社数
建設業
資本財・サービス
1
食料品
生活必需品
2
繊維製品
素材
1
医薬品
ヘルスケア
1
化学
生活必需品
1
化学
情報技術
1
石油・石炭製品
エネルギー
1
機械
資本財・サービス
2
電気機器
情報技術
5
電気機器
一般消費財・サービス
1
輸送用機器
一般消費財・サービス
3
機械
資本財・サービス
1
卸売業
資本財・サービス
2
小売業
生活必需品
1
銀行業
金融
1
36
業種
CDP業種分類
社数
保険業
金融
1
サービス業
資本財・サービス
1
図表 3-2 海外企業調査先一覧
業種
CDP業種分類
国名
社数
食品・飲料
生活必需品
スイス
1
日用品
生活必需品
英国
1
小売業
生活必需品
英国
1
自動車用部品等
資本財・サービス
ドイツ
1
重電・機械等
資本財・サービス
米国
1
複合(製油、開発等)
資本財・サービス
マレーシ
1
ア
ソフトウェア・情報機器
情報技術
米国
1
建材・建設資材(木材)
素材
米国
1
石油・ガス
エネルギー
英国
1
銀行・証券
金融
英国
1
37
2.国内企業の状況
(1)国内企業の CSR と経営戦略
前掲した国内企業を対象に文献及び/またはヒアリング調査を実施した。
①環境・社会課題への対応と経営
国内企業において、ビジネスと環境・社会課題との関係は、「事業を通じて社会貢献」
「ソリューションにより環境・社会課題を解決」という文脈で語られることが多く、
「課
題の解決に向けて事業を行い、結果として収益が得られると考えている。稼ぐために実
施するのではないが、ずっと赤字では困る」とする声が多かった。
収益・儲けという言葉に対し抵抗があるものの、収益が得られないと事業も継続でき
ないという点では一致しており、どの企業も「企業(及び社会)の持続可能性」を確保
するために、環境・社会課題への対応は必須と考えている。
②社会・環境における重要課題の認識・マテリアリティ分析
各社が重要と考える環境課題(分野)には、
「気候変動」
「資源」
「生態系」等が挙げら
れる。社会分野では、
「安全・安心」
「高齢化」等があげられた。
なお、環境課題については重要課題を特定済みであるが、社会課題についてはこれか
らという企業が多かった。
SDGs、ESG アンケート項目や業界団体や NPO の情報を参考にし、有識者の意見収集・
ミーティング、社内コミュニケーションなどのプロセスを経て、自社にとっての重要課
題を特定している企業が多いが、経営企画部門等、一部の部門内で検討する企業も見ら
れる。また、情報収集に力を入れている企業では、進出国毎にターゲットを当てて情報
収集したり、NPO・NGO の動向を細かくウォッチしたりなど、踏み込んで取り組んでい
る。
ほとんどの企業が「企業理念」27を掲げ、それに基づき事業展開をしている。これまで
企業理念に基づき実施してきた事業が、マテリアリティを分析した結果、社会課題解決
に貢献しているとあらためて確認したというケースも多い。
また、対象と考える範囲を拡大し、「顧客事業所での環境負荷低減」「社内外の女性、
若者、高齢者の活躍推進」など、サプライチェーンや地域社会も含めた取り組みも始ま
っている。
③リスクや機会への対応
リスクと機会(チャンス)は、裏表の関係であることは各社から指摘された。リスク
27
各社の企業理念等は、資料編「国内企業文献調査」に掲載。
38
に対応し自社のダメージを最小限とすることが重要であると同時に、それを高めて他社
との差別化チャンスとしたり、社会全体の課題解決に向けた新規ビジネスチャンスとし
たりということででる。
たとえば気候変動の課題であれば、排出削減要請の強化に備えて省エネに取り組む、
自然災害リスクの高い地域での工場立地を避けるなどが、自社のダメージを最小限にす
るリスクマネジメントであり、省エネルギー製品や電気自動車の開発・販売が差別化チ
ャンス、レジリエンスな社会を構築するための土木分野や情報分野での事業展開が、新
規ビジネスチャンスである。
また、業種によっては、徹底的なリスクマネジメントを、他社との差別化・競争力と
する企業もある。
④CSR 部門の役割・体制等
CSR 部門の基本的な役割は、大きく「世界・社会の動きの情報収集、分析」
「経営層へ
のインプット」
「全社方針の策定」
「事業部門への落としこみ」といえる。さらに、企業
によっては、経営企画、広報・IR、環境課題対応、社会貢献等の各機能を持たせたり、
別部署に分離していたりと性格が異なる。
CSR 部門が経営企画部門の中にある場合も含め、経営企画部門との連携は進みつつあ
り、中期経営計画と環境行動計画等との連動も進む。
横断的委員会が設置されることが多い。
中には、事業と CSR を統合的に進めるために、
CSR 推進横断会議が経営推進会議と統合されている企業もあった。
また、各事業部門に CSR との兼務者・CSR 担当者を置く、事業部門経験者を CSR 部
門に置く、などの事業部門との連携の工夫もさまざまなになされている。
⑤NGO・NPO との連携
NGO・NPO との関係は、大きく本社サイドのものと、事業・取り組みレベルものとが
ある。
前者は「批判を受けて対応する」「専門家として意見をもらう」「エンゲージメントを
する」「調査を委託・協働実施をする」など、主に本社 CSR 部門との関係にあるもので
ある。ステークホルダーミーティング・対話等でいただいた意見を、CSR 施策の参考に
するケースがほとんどであるが、エンゲージメント(愛着、共感)を意識しての活動は
まだあまりないようである。
後者は「社会貢献(特に自然保全分野)において連携する」
「社会課題解決型ビジネス
の展開において連携する」などの例である。社会課題解決型ビジネスについての実績は
これからであり、これにおける NGO・NPO との連携もまだまだ少ないのが現状である。
これまで、森林保全や自然保護の活動などで NGO・NPO と関係の実績のある企業は多
39
く、こうした企業は、これからビジネス上での連携へのハードルは比較的低いようであ
る。
(2)国内における戦略的CSR活動の事例
ここでは、特徴的または先進的と考えられる企業の事例を紹介する。
① コニカミノルタ
2003 年のコニカ、ミノルタの経営統合により誕生。2006 年写真フィルム、カメラ事業の
終了を発表し、現在は情報機器事業が売上の 8 割を占めている。事業強化の目標と環境
課題における目標とを一致させることで、実効性の高い環境経営を実現しようとしてい
る。
■会社概要
連結従業員数 41,598 名(2014 年度末)
連結売上高 1 兆 117 億円(2014 年度)
セールス/サービス体制
150 カ国
図表 3-3 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
資料)コニカミノルタ「CSRレポート2015」より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
1)基本戦略
2013 年、
「
『環境課題の解決』と『事業の成長』の両立」をコンセプトとする「中期環
境計画 2016」を策定している。社会課題の解決と事業の成長を両立させることで企業を
成長させる戦略である。それまでは 2009 年に策定された「中期環境計画 2015」が実施
されていたが、すでに目標をほぼ達成していたため、また、事業と連動させるために中
期経営計画にあわせる形で見直しが行われたものである。
環境計画を経営計画と連動させるにあたり、経営ビジョン「グローバル社会から支持
され必要とされる会社」
「足腰のしっかりした進化し続けるイノベーション企業」の落と
しこみが徹底された。その結果、上記のコンセプトが定まり、環境価値と事業価値の両
40
面での目標設定を行っている。商品力強化、販売・サービス収益、コストダウンといっ
た事業強化の目標と環境課題における目標とを一致させることで、経営トップから組織
全体にまで及ぶコミットメントとし、実効性の高い環境経営を実現するとしている。
図表 3-4 中期環境計画 2016 のコンセプト
資料)コニカミノルタ提供
2)重要課題分析プロセス
「中期環境計画 2016」では、同社の事業に関わる環境要因を、機会、リスクそれぞれ
の側面で把握し、環境課題を解決することで事業の強化にもつながる重要課題(マテリ
アリティ)を設定している。その設定プロセスにおいては、データ収集や客観的な評価
手法を用いて毎年レビューを行い、課題設定と計画の妥当性および進捗確認の有効性を
担保している。
全社の状況を確認しながらマテリアリティを策定し、またこの分析結果を社内に説明
したことで、社内の理解が進展し、意識が変わった28。
図表 3-5 重点目標の設定ステップ
資料)コニカミノルタ「CSRレポート2015」
28
同社インタビューより
41
図表 3-6 マテリアリティ分析
資料)コニカミノルタ「Annual
Report
2015」
これにより整理された重要課題は、下記のとおりである。
【機会のマテリアリティ】
環境貢献型事業の推進
顧客からの環境要望への対応
お取引先での環境課題の解決
エネルギー/気候変動問題への対応
環境を軸としたブランディング
資源の枯渇(石油資源)への対応
【リスクのマテリアリティ】
化学物質規制の強化(製品、生産)
エネルギー/気候変動問題
資源の枯渇(石油由来資源)
顧客からの環境要求(製品)
3)具体的取組み
中期環境計画 2016 を支える活動として、
3 つのグリーン活動
(グリーンプロダクツ活動、
グリーンファクトリー活動、グリーンマーケティング活動)がある。
グリーンプロダクツ認証制度は、事業、製品特性ごとに基準を設定し、基準をクリアし
た製品を「グリーンプロダクツ」として認定する制度を導入し、売上高全体に占めるグリ
ーンプロダクツ割合を目標に設定し取組んでいる。
グリーンファクトリー活動では、生産拠点における環境配慮を総合評価する独自制度を
導入し、認定基準をクリアした拠点を「グリーンファクトリー」として認定する制度の運
用により、コスト競争力やリスク回避と、環境負荷削減を両立させる取組みとしている。
またこのノウハウを取引先へ展開する「グリーンサプライヤー活動」も実施している。
グリーンマーケティング活動は、販売・サービスを通じて環境課題を解決することを目
指しており、その一環として、自社のノウハウを活かした顧客への省エネ診断やコンサル
ティングも実施している。
環境負荷を今以上に削減させるためには、自社製品が関わる範囲を超えた取組みが必要
であり、こうした取組みが「社会から必要とされる会社」につながると考えている。
42
② キリングループ
2013 年 1 月 CSV 本部を設置、同年 6 月 2050 年を見据えた長期環境ビジョンを発表。グ
ローバルに展開し、各地域でそれぞれ異なる課題を 4 つに集約し、リスクと機会を明確
に整理して取り組む。
2013 年に開始したスリランカ農園でのレインフォレスト・アライアンス認証取得支援は、
農園にとっての労働者生活環境や子供教育環境を向上させるメリットと、キリングルー
プにとっての環境に優しく高品質な紅茶葉の安定的確保メリットの両方の実現を目指
す。
■会社概要
従業員数 約 40,000 人
連結売上高 2.2 兆円(2014 年度)
図表 3-7 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
資料)キリンホールディングス株式会社「KIRIN
ンサルティング作成
REPORT2014」より三菱UFJリサーチ&コ
1)基本戦略
2012 年 10 月に、長期的な視点で“キリングループの目指す姿”を明確化する「キリ
ン・グループ・ビジョン 2021(KV2021)
」を策定した。
【キリン・グループ・ビジョン2021】
■お客様本位・品質本位に基づく価値作りで、人と人との絆を深める
■多様な人々が活き活きと働き、地域社会と共に発展し、自然環境を守り育てる企業
グループとなる
■「食と健康」の分野でグローバルな事業展開を行い、それぞれの地域に根ざした自
立的な成長を遂げる
【経営成果:企業価値の向上】
■オーガニックな成長
■世界レベルの経営品質
資料)キリンホールディングス株式会社「KIRIN
REPORT2014」
2013 年、CSV を関する組織名として日本初の「CSV 本部」を設置し、事業活動を通
じて社会課題の解決に取り組む CSV の考え方を経営の中心に据えることを明らかにして
43
いる。CSV のテーマとして「人や社会のつながりの強化」
「健康」
「環境」
「食の安全・安
心」
「人権・労働」
「公正な事業慣行」の 6 つを掲げている。
また、同年に、2050 年を見据えたキリングループ長期環境ビジョンも発表した。
「資源
循環 100%社会の実現」を目指し、
「水資源」
「容器包装」
「生物資源」
「地球温暖化」の 4
つの課題について、バリューチェーン全体を通した取り組みを展開している。
図表 3-8 キリングループの長期環境ビジョン
資料)キリングループホームページ29
29
http://www.kirinholdings.co.jp/csv/env/thinking/aim.html
44
(2016.3.22)
2)重要課題分析プロセス
本長期ビジョンは、グローバル企業として事業を展開していくことを意識して、2010
年より検討を開始し、2050 年に向けた世界的課題を分析した上で、ステークホルダーと
の対話・意見交換等を重ね、社内での検討・議論を経て決定されたものである。この期
間に、M&A で統合されたオーストラリアやブラジルの企業の状況も勘案され、最終的に
4 つの課題「水資源」
「生物資源」
「容器包装」
「地球温暖化」に集約したビジョンとなっ
ている。
図表 3-9 重要性の決定プロセス
資料)キリングループ「環境報告書2015」
なお、CSV の 6 つのテーマは、キリン・グループ・ビジョン 2021(KV2021)で目指し
ていること、事業を通じて取り組むべき社会課題、事業リスクと課題、ステークホルダー
との対話、国連グローバル・コンパクトなどの国際規範を踏まえて設定されている。
3)具体的取組み30
特徴的な取り組みに、スリランカ茶園のレインフォレスト・アライアンス認証取得支援
がある。この取り組みは、レインフォレスト・アライアンスと協働し 2013 年に開始したも
ので、スリランカの紅茶農園の「レインフォレスト・アライアンス認証」取得に向けたト
レーニング費用を、キリングループがサポートするものである。
対象となる紅茶農園のうち、2013 年は 15 農園がトレーニングを完了。2014 年には 30
以上の農園がトレーニングを受け、2015 年末で累計 70 農園がトレーニングを受け 30 農園
30
キリングループ「長期環境ビジョン 2013」P4、キリングループ「環境報告書」2015
45
が認証取得している。2015 年末までにディンブラ地区、ヌワラエリア地区では対象農園の
半数以上がトレーニングを完了する予定。
これにより、スリランカ農園にとっては、商品の付加価値が高まることで、労働者の生
活環境や子供の教育環境などが向上するメリットがあり、キリングループにとっては、環
境に優しく高品質な紅茶葉を安定的に使用できるメリットがあると考えている。
③ 富士フイルムホールディングス
2014 年度に中期 CSR 計画「FUJIFILM Sustainable Value Plan 2016」を発表。同プラ
ンで掲げる 3 つの推進方針は、その策定プロセス(「基本方針の明確化」→「事業戦略を
踏まえた社会課題の抽出」→「重要性評価」
)において社内での綿密なコミュニケーショ
ン、検討を重ねて導き出されたものである。このプロセスを経ることにより、社内の認
識共有、意識向上につながっており、また、得られたマテリアリティ分析結果により、
新しい事業を開拓できることを期待している。
■会社概要
従業員数 79,235 人(2014 年度)
連結売上高 2 兆 4,926 億円(2014 年度)
図表 3-10 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
資料)富士フイルムホールディングス「Annual Report2015」より三菱UFJリサーチ&コンサ
ルティング作成
1)基本戦略
同社は、2014 年 1 月に創立 80 周年を迎えたことを機に、社会に価値ある革新的な「技
術」「製品」「サービス」を生み出し続け、顧客の明日のビジネスや生活の可能性を拡げ
るチカラになるという新コーポレートスローガン「Value from Innovation」を制定した。
中期経営計画「VISION2016」は、このスローガンの下、世の中にあるさまざまな社会
課題を解決することが同社の事業成長の機会と捉え、先進・独自の技術で、新たな価値
を創出させ、中期的に安定成長できるビジネスポートフォリオを構築し、持続的な成長
46
で社会に貢献できる企業を目指している。
自社の技術力を発揮できる事業分野であり、かつ社会からの要請が大きく高い成長が
期待される 6 事業を重点事業分野として活動を行っている。
図表 3-11 富士フィルムの重点事業分野
資料)富士フイルムホールディングス「Sustainability Report2015」
さらに、以下の「FUJIFILM Sustainable Value Plan 2016」
(SVP2016)を策定し、
「事業を通じた社会課題の解決」に取り組むことを明記している。
図表 3-12 FUJIFILM Sustainable Value Plan 2016
資料)富士フイルムホールディングス「Sustainability Report2015」
47
2)重要課題分析プロセス31
本計画は、第 3 回目の中期 CSR 計画となるが、プロセス、ディスカッションをしっか
り行うことで、CSR をビジネスチャンスとすることを社内で確認することができ、CSR
が事業や製品に結びつくようになった。
重要課題の分析は、以下の 4 つのステップで行われた。
ア)基本方針の明確化
SVP2016 の策定に当たっては、まず、これまでの視点を継続(維持)・強化すること
に加え、
「事業活動を通して社会課題の解決を積極的に目指す」視点を、全社に広げて取
り組むことを基本方針として明確にした。
図表 3-13 基本方針
資料)富士フイルムホールディングス「Sustainability Report2015」
イ)事業戦略を踏まえた社会課題の抽出
ついで、事業戦略を踏まえた社会課題の抽出を行った。具体的には、ISO26000 や GRI
ガイドライン、同業企業、CSR 先進企業の重点課題から 130 項目の社会課題をリストア
ップし、すべての事業部と社会課題の解決に向け貢献の可能性についての協議、それぞ
れの事業部で可能性のある技術、製品、サービスの洗い出しを行った。
このプロセスにおいては、CSR 部門が、各事業部に事前ヒアリングをした上で、社会
課題を仮説として抽出し目標案を作成、それを各事業部の事業部長クラスに確認すると
いったコミュニケーションを繰り返し、丁寧に議論を行っている。
31富士フイルムホールディングス「Sustainability
Report2015」
48
図表 3-14 社会課題と当社の事業・製品・技術等の関連
資料)富士フイルムホールディングス「Sustainability Report2015」
ウ)重要性評価
「事業を通じた社会課題解決への取り組み」と「環境・社会影響の配慮」の観点から、
それぞれ重要性評価を行い、重点的に取り組むべき社会課題を特定した。その結果が、
SVP2016 での 17 項目となっている。
図表 3-15 重点課題抽出のための重要性評価マップ
資料)富士フイルムホールディングス「Sustainability Report2015」
3)具体的取組み
下記は事業としての取組みではないが、自社のコストリスクの低減と、社会課題解決
49
にむけた取組みとして掲載する。
■社内電力の自己託送
富士フイルムグループでは、東日本大震災後の電力需給逼迫懸念(ピーク時電力の削
減要求など)への対応として、富士宮工場で自家発電した電力を、電力会社の送電網を
通して、関東地区で電力使用量が多い 16 拠点に供給する体制を構築し、2014 年 4 月よ
り運用を開始している。エネルギー需要の大きい夏期及び冬期などにピークカット要求
が出された場合にも安定した電力確保が可能になったとともに、契約電力を下げること
により、大幅な電力費用の削減にもつながっている。
50
(3)国内企業におけるリスクへの対応や社会的課題解決ビジネスの成功事例(NPO 連携事例
含む)
①伊藤忠商事「プレオーガニックコットン」プログラム
貧困・農薬被害に苦しむインドの綿花農家がオーガニック栽培へ移行するための支援プ
ログラム。アパレル・小売業界を巻き込むことで、支援により収穫された認証前のコッ
トンを「プレオーガニックコットン」のブランドとして販売することにも成功。同社に
とっても、有機綿花の安定確保、透明性の高いサプライチェーンの構築を実現すること
ができ、事業を通じた社会解決型ビジネスとして期待されている。
図表 3-16 プレオーガニックコットン(収穫の様子、ブランドロゴ)
資料)プレオーガニックコットン
ホームページ32
伊藤忠商事は(株)KURKKU と共同で、インドの綿花農家のオーガニック栽培への移行
を支援する「プレオーガニックコットンプログラム」を展開している。
この取り組みは 2008 年に同社繊維部門の綿花担当者が、
クルック担当者と現地訪問し、
農家にヒアリングに入った際に、綿花農家が、農薬購入のための借金等で貧困にあえぎ、
農薬散布による健康被害を受けている現状を目の当たりにところから始まった。
オーガニックコットンを栽培し販売することができれば、農家は農薬被害から開放さ
れ、収入の増加も見込むことができる。しかしながら、農法がわからない、遺伝子組み
換えをしていない種が入手できないなどの課題のほか、認証を受けるまでの 3 年の移行
期間に害虫や栄養不良で収穫が低減するという課題があった。これを支援するために、
オーガニックコットンへの移行を望む農家に、遺伝子組換をしてない種の紹介・無償の
技術指導、認証支援等を行い、さらに移行期間の綿花を「プレオーガニックコットン」
32
http://www.preorganic.com/index.html (2016.3.24)
51
としてプレミアムを付けて買い取る取り組みを行っている。
当初数十軒だった農家も今では 3~4,000 軒に増え、多くの綿花農家が貧困から脱する
ことができている。国連ミレニアム開発目標(MDGs)にも貢献するインクルーシブビジ
ネスとして、国連開発計画(UNDP)のビジネス行動要請(BCtA)にも認定された。同
社にとっては、このように外部評価による認知度・ブランド力向上のメリットのほか、
有機綿花を確実に確保できること、農家の顔がわかり原料から製品化まですべてのプロ
セスを把握でき透明性の高いサプライチェーンを確保できるというメリットがある。
本事業は、課題(綿花農家の貧困・健康被害)を解決したいという思いから始まった
とのことであるが、何もやらなかったら児童労働加担などのリスクとなった可能性もあ
る。同社の創業以来の経営哲学「三方よし」や、近江商人のスピリッツが継承され、現
場主義、現場目線が活かされ、現場の課題をしっかりとらえて事業を行った成果と同社
では考えている。
また、本事業は、一社にとどまらず、多くの人・団体を巻き込み、それぞれの強みを
活かしたものとなっている。ブランド化まで出来たのは、同社の強みのある繊維部門の
事業であり、アパレル・小売等を巻きこめたことも要因のひとつである。
ここで培った経験の他事業への横展開ということで、現在は、中米やアフリカでの農
産物等への展開を進めている。
②味の素「ココプラス」
離乳食の栄養バランスを強化するアミノ酸入りのサプリメント「KOKO Plus」の開発・
製造・販売を通じて、離乳期の子どもの栄養改善を目指すプロジェクト。
国内外の多くの主体とパートナーシップを築き、市場調査、製品開発、生産体制確立を
行う。販売においては現地女性の自立支援プログラムも実施。すでに事業スタートから 5
年が経過する現在も赤字が続くが、これからスケールアップによる黒字化を見込んでい
る。
52
図表 3-17 ガーナの離乳食“koko”
、アミノ酸入りサプリメント「KOKO PlusTM」
資料)味の素グループ「サステナビリティレポート2015」
アミノ酸による栄養改善は、同社が以前から効果確認の試験を進めていた分野であり、
創業 100 周年事業として 2009 年にスタートした。ガーナは、最も栄養不足問題が深刻な
サハラ以南の地域にあること、比較的治安が安定していることの理由から選定している。
本事業ではターゲットを母子栄養にしぼり、現地の通常の離乳食(koko)だけでは足
りない栄養素を分析し、WHO の推奨する値との差を補てんする商品を開発している。ト
ータルな栄養を効率よく提供することで、社会課題解決に特化した製品になっている。
もともとアミノ酸の用途開発から始まった新規ビジネスであり、新規事業のインキュ
ベーション機能を持つ研究開発企画部が担当している。技術的に難しくないものの、貧
困層に売るため価格は低く設定する必要がありビジネスとしては難しく、どの企業も参
入していなかった。これまでは ODA 援助により実施されてきた領域であり、ビジネスに
なるかわからない分野であるが、同社では社会貢献ではなく、あくまでビジネスとして
考えて事業を始めている。
プロジェクトは 3 段階のフェーズで進められてきている。2009 年から 2011 年までの
フェーズ 1 では、市場調査と製品開発、生産体制確立、2011 年以降のフェーズ 2 では、
現地の食品会社を生産パートナーとして製造工場をガーナ中西部に立ち上げ、生産を開
始した。2013 年度からは、現地の大学や NGO とともに、40 コミュニティにおいて 1,,200
名を対象に、製品の栄養効果確認試験を開始し、ガーナ北部・南部での「流通モデル試
験」も行った。2016 年度以降、本格的な生産・販売を行うフェーズ 3 に移行を予定して
おり、さらに、ガーナ政府や国際協力機構(JICA)、米国国際開発庁(USAID)などの
政府機関の協力も得ながら、より広い栄養改善を目指している。
53
2016 年 1 月時点、まだテスト段階のため赤字だが、これからスケールアップに入るの
で黒字化を期待している。同社の通常の新規事業は、一定の利益率を求められるが、本
事業については、低い利益率であっても、それに見合う価値(ブランド等の目に見えな
い価値)の向上が期待できるとして、最終的にも低い利益率でもよいと、経営層から了
解を得ている。
同社はもともと基礎研究開発に力を入れており、その成果(シーズ)をビジネス化す
ることが得意であり、iPS 細胞の生産培地、パソコンの CPU に使われる絶縁フィルムな
どがある。しかしこれらは、先進国で、それに対しもともとお金を出せる人に販売する
ビジネスであり、本事業とは大きな違いがあると考えている。
また、現地の NGO や政府機関との連携も本事業の特徴である。母親たちへ実施する栄
養教育においては、社会課題解決型事業であるため、援助機関の協力・支援が得られて
いる。日本の企業が直接母親たちに説明しても信用してもらえず、また、一般消費者へ
のマーケティングは非常にコストがかかるため、援助機関の協力・支援は非常に有効に
機能している。さらに、女性販売員を使った流通を検討することで、従来チャネルに頼
る必要がなく、現地女性の自立にも一役買っている。
本事業経験と情報入手により、BtoG のビジネスの可能性、途上国母子栄養改善の新た
な展開の可能性が見えてきた。途上国の母子死亡率を減らすために、これまで感染症の
予防・治療に力を注がれてきたが、さらには感染症にかかりやすい栄養不足の子供を減
らすことから始める必要があるとして、栄養改善分野にも資金が配分されるようになっ
てきた。MDGs や SDGs 等の問題にフォーカスしてコンセプトを明確化することで、政
府、ODA、支援機関などの資金援助を得られやすくなる。これにより、一定の利益を得
られる BtoG のビジネスが生まれている。
54
3.欧州企業の状況
食品・飲料、日用品、自動車用部品等の製造業、小売業、石油・ガス、銀行・証券の
各種企業社について、文献及び/またはヒアリング調査を実施した。
また、欧州企業を取り巻く環境を把握するため、欧州委員会、銀行・保険の各欧州業
界団体、ESG 調査機関、NGO 等の第三者機関及び NGO 動向調査等を行う企業にヒアリ
ングを実施し、整理した。
(1)欧州企業の CSR と経営戦略
①環境・社会課題の認識と対応
1)重要課題認識
欧州企業の重要な環境課題に関する認識は、一般化すれば気候変動、エネルギー、自
然資本(水資源、生態系サービス)
、廃棄物・資源効率化等に集約することができる(図
表 3-18 参照)
。しかし、個別には業種や時期、地理的状況によって大きく異なる。また、
社会経済的な課題と不可分のものも多い。
業種については、ビジネスモデルの特性が強く関係しており、バリューチェーンの下
流(お客様の使用段階)に多くの負荷又はビジネスチャンスがある場合や、上流(原材
料の採取・調達段階)に大きなリスクがある場合、自社の操業段階に主眼がある場合な
ど、さまざまである。時期については、例えば特定の問題が係争中か解決したか、エネ
ルギー調達コストの変動、製品市場環境(特に途上国・新興国の経済発展に伴うニーズ)
等によって異なる。地理的状況については、操業している場所における特有の環境や社
会の状況が影響する他、原材料の調達やプロセスの外部委託が国外にあることから、グ
ローバルな環境課題への認識が共通してみられる。
また、重要性認識の方向として、事業にマイナスとなる課題(リスク)の認識と、プ
ラスになる課題(機会)の認識がある。
図表 3-18 欧州企業の重要な環境課題認識の例
業種
日用品
CDP 業種分類
生活必需品
国名
英国
重要課題認識の概要
廃棄物・資源効率化
自然資本(農林産物等、水資源)
持続可能な農業、森林保全
気候変動
エネルギー
小売業
生活必需品
英国
自然資本(農林水産物等、水資源)
地元農業、森林保全
55
業種
CDP 業種分類
国名
重要課題認識の概要
廃棄物・資源効率化(包装・食品廃棄
物等)
エネルギー・光熱水道費
気候変動(炭素削減)
食品・飲料
生活必需品
スイス
農村地域開発
水資源
廃棄物・資源効率化(消費者行動、エ
ネルギー消費、土地利用、廃棄物、大
気・水質等汚染防止、容器包装、輸送)
食品廃棄物
気候変動(適応、緩和)
自然資本(生物多様性、森林破壊、土
壌富栄養化)
石油・ガス
エネルギー
英国
気候変動・エネルギー(再生可能エネ
ルギー、バイオ燃料、CCS 技術等)
社会資本(都市交通インフラ等)
野生生物・生物多様性保全
汚染防止(大気、周辺環境)
水資源
廃棄物・リサイクル(操業廃止時)
銀行・証券
金融
英国
気候変動(再生可能エネルギー、建物、
交通、蓄電、農業・インフラ・水・廃
棄物等の適応策分野等)
社会資本(上水、発電等)
自然資本(農林産物等)
世界遺産・湿地保全
鉱物・金属資源
汚染防止(化学物質、兵器等)
自動車用部品等
資本財・サービス
ドイツ
気候変動
エネルギー
廃棄物・資源効率化
自然資本(大気、水、森林)
環境投資(イノベーション投資)
56
資料)各種サステナビリティレポート、アニュアルレポート及びヒアリング調査に基づき三菱
UFJリサーチ&コンサルティング作成
2)リスクと機会
欧州における環境・社会課題対応で特徴的と考えられる点は、自動車関連、再生可能
エネルギー、インフラ、高速バス交通、資源効率化・食品ロスなど、途上国・新興国の
社会経済の発展をふまえ、ビジネス・投資と環境が表裏一体との認識が強いことである。
このことは、今回のヒアリングでは、気候変動・エネルギー、廃棄物問題、社会基盤に
ついてよく聞かれた。
気候変動に関しては、COP21 パリ協定を受けて低炭素社会への移行が確実視されてお
り、それに向けた国の政策の推進強化が予見されていた。ただし、昨今の原油価格の低
迷や経済成長の鈍化を受けて、環境政策の発展に不確実性があるとの声も一部で聞かれ
たが、遅かれ早かれ低炭素社会への移行は避けられない等の認識が聞かれた。
資源効率と食品廃棄物については、欧州資源効率施策のみならず、国連イニシアティ
ブ等による推進の影響も見られた33。背景には、世界経済の発展に伴う新興国等における
ライフスタイルの変化や食糧安全保障といった社会経済課題がある。例えば、食品包装
に関する技術や事業は、容器包装廃棄物を増加させる可能性がある一方で、食品安全衛
生や保存性を高め、食品ロスを削減することが可能である。企業にとってはビジネスチ
ャンスでありながら、同時に資源効率化の努力も求められるやや困難な課題という認識
が聞かれた34。
一方で、環境・社会課題対応はブランド保護、レピュテーションリスクの観点も重要
視されていた。特に、資源開発や金融、消費者向け製品・サービスを提供する B to C 産
業は、行動が批判にさらされやすく、ブランド保護意識が高い。このため、例えば NGO
エンゲージメントによるリスク対応の手法がとられている様子が見られた。これに比べ
て、
B to B 産業は、
NGO からの批判にさらされることが比較的少ないとのことであった。
例えば、国連グローバル・コンパクトでは、2013 年に持続可能な農業とビジネスに関する White Paper
(政策白書)を発行し、
「食糧安全保障、健康と栄養を目指す」
「環境に対する責任を果たす」
「経済的実現
可能性と共有価値を確実にする」
「人権の尊重、適正な労働慣行の創出、コミュニティ繁栄の支援」
「良好
なガバナンスと説明責任の奨励」
「知識、スキル及び技術へのアクセスと移転の推進」の 6 つの原則を示し
てこれに賛同する企業の自主的取り組みを推進している。なお、本原則は SDGs 目標 2(飢餓をゼロに)
との関連が示されている。
(https://www.unglobalcompact.org/take-action/action/food)
また、EU レベルでは、欧州委員会において 2012 年にフードチェーン及び動植物の健康に関する諮問グ
ループを立ち上げで食品ロスや食品廃棄物の問題を検討し、現在はサーキュラー・エコノミーアクション
プランの一環として取り組みが行われている。本取り組みも SDGs をサポートするものとしての関連付け
がされている。
(http://ec.europa.eu/food/safety/food_waste/eu_actions/index_en.htm)
民間による世界的イニシアティブには CGF(Consumer Goods Forum)があり、2025 年までに食品廃
棄物の発生量を半減させるという目標を掲げている。
(http://www.theconsumergoodsforum.com/sustainability-strategic-focus/waste)
34 2016 年 2 月 24 日(自動車部品等、ドイツ)へのヒアリングによる。
33
57
また、農林水産物等の自然資本に原材料等を依存する企業においては、世界中から調
達を行っていることから、気候変動の影響として異常気象による調達リスクが頻繁に指
摘された。なお、異常気象に関連して、保険業界からは、渇水・洪水といった水リスク
とレジリエンス(都市や建物の強靭性)強化に向けた対応の必要性も指摘された。
②戦略的 CSR の推進体制等について
今回の調査事例においては、欧州企業では総じて経営層による積極的なリーダーシッ
プ行動がみられた。特に、途上国・新興国における市場機会、気候変動、エネルギー、
インフラに関して、自社ビジネス、製品サービスそのものとしての認識があり、率先行
動が多く見られる。コスト削減の観点から強いコミットがある例もあった。また、国際
レベルのルール形成の現場でトップ交渉が行われているケースも複数見られた。SDGs
関連は、現時点で強く意識されているようすはなかったものの、まもなく経営層にイン
プットされ、役員レベルのアジェンダに乗ってくる段階にあると思料する。
一方で、CSR やサステナビリティを所管する部門では、従来型サステナビリティガバ
ナンスの「崩壊」が指摘されている。これは、経営、企業価値向上とサステナビリティ
課題の一体化が進み、従来の CSR 部が統括する「CSR 分離型ガバナンス」が有効でなく
なりつつあるという議論である35。この指摘は、環境・社会課題と事業・経営の一体化の
次のステップに来る問題と考えられ、今後の戦略的 CSR の推進のあり方を見る上で注目
したい。
Gib Hedstrom,(2016)“Why chief sustainability officers are in a pickle”, 2016 年 3 月 10 日付 GreenBiz
記事.
35
58
【事例】ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)
戦略的 CSR 活動が行われている事例としてユニリーバを取り上げる。同社は石
けんや洗剤等の家庭用品及び食品・飲料のメーカーで、従業員数は全世界 173,000
人、190 カ国で事業を展開する多国籍企業である36。本社を英国とオランダに置く。
2014 年度のグループ売上高は 484 億ユーロであり、地域別・カテゴリ別の内訳は
下記の通りである。
図表 3-19 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
ヨーロッパ,
13.2 (27%)
アメリカ,
15.5 (32%)
19%
37%
アジア、ア
フリカ、中
東、トルコ、ロシ
ア、ウクライナ、
ベラルーシ,
19.7 (41%)
グループ売上高
484億ユーロ
パーソナルケア
食品
飲料
19%
ホームケア
25%
資料)Unilever Annual Report and Accounts 2014に基づき三菱UFJリサーチ&コンサル
ティング作成
同社の成長戦略には、その中心にサステナビリティが組み込まれている。「成長
の好循環」を説明するビジネスモデル図には、中核目的として「Sustainable Living:
サステナビリティを暮らしの『当たり前』に」することが置かれており、
「持続可能
な暮らしは成長のために最善の長期的な道」であることが明記されている37。
戦略ビジョンは、
「環境負荷を減らし、社会に貢献しながら、ビジネスを 2 倍に
する」というもので、このビジョン実現に向けて 2010 年に「ユニリーバ・サステ
ナブル・リビング・プラン(USLP)
」が策定された。USLP では、
「ビジネスを 2
倍にするためには、環境影響と成長を切り離し、成長を社会へのポジティブ・イン
パクトの促進要因として使う新たな方法が必要」と述べている(下線は三菱 UFJ
リサーチ&コンサルティングによる追加)。同社の 2014 年アニュアルレポートを見
ると、市場の機会や脅威として下記を取り上げている。

人口トレンド:2050 年までに世界人口は 30%増、新興国中間層は 30 億人に
増加の見通し

36
37
環境への圧力:天然資源・コモディティ、サステナビリティの課題
Unilever Annual Report and Accounts 2014 に基づく
前掲脚注 36 に同じ
59

健康、衛生、栄養:新興国・途上国の開発課題に国連の持続可能な開発目標
(SDGs)が策定される
人口トレンドから生じる市場機会については競合他社も狙うところであり、国連
の SDGs 策定は、インド等の政府が関連する政策目標を設定することで製品普及に
つながる可能性を見出している。一方で、パーム油や大豆などの大規模プランテー
ションによる森林破壊はレピュテーションリスクにつながりやすく、また異常気象
による農産物の不作や渇水等は原材料の価格上昇、製造原価の上昇につながる恐れ
がある。
また、同社の温室効果ガスの負荷は、約 70%が消費者の製品使用段階にある38。
このことから、消費者に対する働きかけにも重点が置かれている。具体的には、水
の消費と廃棄物の発生が問題となる。
「成長の好循環」ビジネスモデルでは、
「サス
テナビリティをブランドの中核に置くことで、売上を伸ばし、消費者の皆さまに働
きかけ、効率を高める」としている。
衛生的な暮らしの実現と環境負荷の削減を両立するという観点から、USLP にお
いて環境課題と社会経済課題は不可分である。USLP の目標は以下の通りである。

10 億人以上の健やかな暮らしを支援:2020 年までに 10 億人以上がより衛生
的な習慣を身につけられるよう支援

環境負荷を 2 分の 1:ビジネスを成長させながら、製品の製造・使用から生
じる環境負荷を 2020 年までに半減

数百万人の経済発展:ビジネスを発展させながら、2020 年までに数百万人
の暮らしの向上を支援
③外部連携、協働、エンゲージメント
1)NGO エンゲージメント
今回の調査事例においては、欧州企業では総じて NGO と積極的に関与するケースが見
られた。欧州では、食品飲料、アパレル、流通、石油・ガス、銀行などコンシューマー
産業に対する大手 NGO の働きかけが強く、特に、サプライチェーンのトップにあるブラ
ンドを有する企業は社会変革に向けた影響力を有するため、NGO からの非難・攻撃・賞
賛の対象にされやすい。こうした状況を受けて、基本的には、レピュテーションリスク
への対応とブランド価値の保護の必要性が根底にあると考えられる。その一方で、NGO
は取り組むべき環境・社会課題が何であるかを示してくれるリソースであるとの見方が
複数聞かれた。例えば、地域に受け入れられ長期にわたり操業するためには、地域の課
38
ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン
2014 年の進捗
60
要旨」より
題に耳を傾ける必要があることや、長期的にサステナブルなビジネスを行うために NGO
の指摘や専門的知見が役立てられている39。欧州企業は、NGO エンゲージメントや地域
社会との対話を必須であり機会とみていると考えられた。
2)政府・国際機関・民間イニシアティブへのエンゲージメント
欧州企業は、NGO だけでなく政府や国際機関に対する働きかけも活発に行っている。
例えば国毎に政府に働きかけたり、シニアスタッフが国際イベントに出席、要人対話す
る等の事例が聞かれた。エンゲージメントの動機としてはいくつかあり、公平な競争環
境を作り出すため、企業単独の声よりも集約された意見を持っているグループと協働し
てレバレッジを効かせるため、特に環境課題の解決に向けては、持続可能な社会の構築
という世界共通の目標と自社の成長という目的を両立させることを目指し、積極的にエ
ンゲージして技術やリソースの面で自社が貢献できるところを訴求すれば、課題の共通
解を見つけやすくなるといった意見が聞かれた。また、企業間の自主的なイニシアティ
ブにおいて自社の先進事例を共有し、積極的な役割を果たそうとする企業も見られた。
いずれも、企業単独では解決が困難な課題に対して、協働を通じて速やかに効果的・
効率的な解決策を見つけることに意義を見出しているものと思料する。一方で、国際的
なルール形成において透明性の確保や公平な費用負担を確保し、公平な競争環境を創出
することにエンゲージメントのもう一つの意義があると考えられる。
なお、複数組織が集まる場では、自社のアイデンティティやポジションを忘れないよ
うに注意しており、グループの意見が同社と反対の場合は、立場を明確にして連携しな
いといった声もあった。また、国連イニシアティブ等の活用はチャリティの側面もある
がビジネスにも結びついており、どちらも自社のための活動であり、区別はないとする
企業もあった。
39
例えば、持続可能なパーム油産業に対する対応方針の策定をしたところ、実際に生物多様性上の高付加
価値がある森林の破壊が行われていることに対して NGO がキャンペーンを展開し、NGO の意見を取り入
れて第三者認証に関する方針を取り入れた例が聞かれた(2016 年 2 月 29 日、金融、英国へのヒアリング
による)
。実際に当該金融機関が環境破壊を行っている事業者に投融資を行っているかどうかに係わらず、
NGO は分かりやすいブランドをターゲットにして変革を起こそうとする一つの事例と言える。
61
【事例】ネスレの小規模農家支援と水源地汚染をめぐる製品リスクへの対応
課題解決の視点から、NGO との協業により価値創造を行おうとしている事例と
してネスレを取り上げる。同社は本社をスイスに置き、従業員数は全世界 339,000
人、197 カ国で事業を展開する世界最大手の飲料・食品メーカーである40。2014 年
度のグループ売上高は 916 億スイスフランであり、地域別・カテゴリ別の内訳は下
記の通りである。
図表 3-20 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
粉末、液体飲料
ヨーロッパ,
25.9 (28%)
乳製品、アイスクリーム
8%
アメリカ,
39.4 (43%)
22%
11%
グループ売上高
916億スイスフラン
ニュートリション&ヘルスサイエン
ス
12%
18%
アジア、オ
セアニア、
アフリカ,
26.3 (29%)
調理済み食品、調理用
食品
14%
ペットケア
菓子
15%
ウォーター
資料)Nestle Annual Report 2014に基づき三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
同社は、2005 年に同社の CSR コンセプトとして初めて「共有価値の創造(CSV)
」
を打ち出し、2007 年には「長期的な株主価値の創造の成功は、社会にとっての価
値創造にも係っている」ことを示そうとする「共有価値の創造報告書」を発行して
いる41。同社は、
「協力し共同するよりよい方法を見つけることが、社会の最重要課
題への取り組みとネスレが創造する共通価値を最大化する上で鍵となる」42と述べ
ており、例えばコーヒーコミュニティの共通規約を定めてフェアトレードを推進す
る 4C アソシエーション43や、カカオ・プランテーションにおける児童労働の根絶
に向けた公正労働協会(FLA)との協働44、森林や農産物等の自然資本の保全に向
けたコンシューマー・グッズ・フォーラム(CGF)の決議採択など数多くの NGO
エンゲージメントを行っている他、
「2030 ウォーターリソースグループ官民パート
ナーシップ」では同社会長が議長を務め、各国政府や NPO/NGO、企業、国際機
関等と密接に協力している45。
40
41
42
43
44
45
Nestle Annual Report 2014 に基づく
The Nestle Creating Shared Value Report 2008 より
「Nestle in society: 共通価値の創造と 2014 年私たちのコミットメント」より
ネスレウェブサイト(http://www.nestle.co.jp/csv/ruraldevelopment/nescafeplan)
、2016 年 3 月閲覧。
ネスレウェブサイト(http://www.nestle.co.jp/csv/people-compliance/childlabor)
、2016 年 3 月閲覧。
ネスレウェブサイト(http://www.nestle.co.jp/csv/water/effectiveness)
、2016 年 3 月閲覧。
62
同社による小規模農家の支援は 1962 年のインド市場進出時をはじめとして古く
から行われている。マイケル・ポーター(2006)によれば、発祥の地スイスの時代
から、ネスレのバリューチェーンは、多数の小規模生産者から直接調達する方式を
とっており、仲介業者にマージンを支払う必要もなく高品質の原料を安定確保する
ことが同社の戦略の中心にあるとされる46。
ここでは、同社の小規模農家支援のあり方と環境汚染による製品リスクへの対応
事例を示すため、Perrot-Maitre(2006 及び 2013)による生態系サービス支払い
(PES)に関する研究を紹介する。同社はヴィッテル(Vittel)というブランド力
のある天然ミネラルウォーターを主力製品に有している。同社は 1992 年にヴィッ
テル株式を全取得して当時の天然水市場で世界第 3 位のシェアとなり、2002 年に
ネスレ・ウォーターを創設した。フランスの「天然ミネラルウォーター」に関する
法的基準は厳格(窒素化合物 4.5g 未満/リットル、農薬無検出、未処理の原水であ
ること等)である。ヴィッテルは水源地となる流域の上流に酪農家が営農しており、
当時、時代の変化に伴い伝統的な放牧から酪農の営農法にも変化が生じた。飼料の
変更や家畜集約率の上昇などが進展した結果、80 年代には窒素化合物と農薬の汚染
により、天然ミネラルウォーターとしての品質基準を満たさなくなる恐れが生じて
きた。例えば 2000 年初頭、消費者団体がミネラルウォーターの品質チェックを行
いヴィッテルから残留農薬や殺虫剤の検出を報告するなど、同社にとって大きなビ
ジネスの喪失リスクが認識されていた。ネスレ・ウォーターは学術機関と共同で 4
年間の科学的・社会学的地域環境経済調査を実施し、地域の畜産業改善(飼料用ト
ウモロコシ畑の適切な施肥、過密飼育の防止、適切な畜産廃棄物・ふん尿の処理な
ど)に取り組んだ。1992 年に中間組織「Agrivair」を設立し、地域農家との交渉、
プログラムの現地導入にあたり、10 年をかけて各農家と合意を締結し、畜産の営業
方法を(トウモロコシから牧草への転換、減農薬等)環境負荷の高いものから水源
を守る方法へ移行させることに成功した。この取り組みの投資費用として、プログ
ラム初期の 7 年間のネスレ・ウォーター支出は 2,425 万ユーロに上るが、プログラ
ム設計費用は共同研究機関・公的機関が 7 割を負担している。また Agrivair の運営
予算は年間約 200 万ユーロとなっている。環境上の効果として、水源地の水質保全
と生物多様性の促進、社会的効果として農村部の社会経済の安定(同社はボトリン
グ工場の地域大雇用主でもある)、事業上の成果として水源汚染リスクの圧倒的な
低減(主力商品の市場価値の保全)とブランドイメージの強化、副次的にオーガニ
マイケル・ポーター、マーク R. クラマー「競争優位の CSR 戦略」
、HBR 2006 年 12 月号より村井裕
訳、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2008 年 1 月号.
46
63
ックリンゴ果樹園事業の成長によるベビーフード商品化などのマーケット拡大な
どが挙げられる47。
本件は、地域社会と協働し、水源地における農業・酪農の慣行改善による水源地
の水質保全、農村支援とともに、水源汚染による事業リスク、消費者懸念・評判リ
スクの回避に成功した事例と言える。
④欧州における国・政府への期待
今回の欧州企業へのヒアリング調査では、行政の役割に対する民間の期待や有用な点
は相当にあったと言える。
1)政策目標・方向性の速やかな明示
まず、明確な政策方向性を示すことが、企業にとって公平な競争環境の確保に欠かせ
ないということが複数聞かれた。企業は当局が設ける規制等の枠組みの中でビジネスを
行わねばならないことから、企業の長期的展望と次のステップを検討するうえで政策枠
組みの動向には多くがかかっている。その意味で将来に対する明確な見通しが必要とさ
れており、逆にいつまでも政策目標・方向性が決まらないことは見通しが立たずにリス
クが増加するとの意見があった。また、明確な目標は公平な競争環境を作り出すとして、
環境政策において民間セクターを含む社会全体が対策にかかる費用を負担しなければな
らない場合は、コストを目に見える形で公平に負担することが重要であるとの指摘があ
った。
例えば英国では、COP21 の結果に対して、経済の低迷と原油価格動向の影響で環境政
策は後退ぎみであり、パリ協定の落とし込みに対する懸念が企業や NGO 等から聞かれた。
また、英国政府は、一般的には規制によって命令するのではなく枠組みを設けて企業の
自主行動を促進支援することが多いが、近年の景気低迷による財政緊縮のなか、民間企
業に公共の責任を任せれば企業がやってくれるという考え方は危険であるとの意見もあ
った48。改めて政府の公共的役割の重要性が指摘された。
2)政策枠組の決定プロセスにおける場の提供
国や国際機関が集まって議論し方向性を決めるプラットフォーム(場)を設けること
は大いに有用であるとの認識は複数組織で聞かれた。こうしたプラットフォーム活用の
動機や期待効果については前述の通りである(③2)参照)
。
Perrot-Maitre(2013)The Vittel Case: A public-private partnership in the mnieral water industry, 、
同(2006)The Vittel payments for ecosystem services: a “perfect” PES case?を参考に、三菱 UFJ リサ
ーチ&コンサルティングがまとめた。
48 2016 年 2 月 26 日、BITC へのヒアリングによる。
47
64
また、行政組織の特徴として、異なるタイプの組織を集めて会合を開く力があるので、
これを活用すべきであり、逆に閉鎖的な論議によって政策決定しても多くの人にリーチ
しないという意見が聞かれた49。サステナビリティ分野では、透明性とオープンさが価値
であるとの指摘もあった。欧州では、オープンプラットフォームにおける議論と合意の
プロセスが重視されており、また有効であるとの認識があるものと思料する。
なお、民間企業による真の協働には時間をかけた丁寧な合意プロセスが必要であると
の意見が聞かれた。自社の利益ではなくグループ全体として協働するためには、関係者
間の緊張をときほぐし、共通の土壌で議論できるエリアを探し出すファシリテーターが
必要であり、真の協働に至るには時間がかかる50。運営上の留意点として挙げておく。
(2)欧州企業を取り巻く環境
①政策的・制度的な枠組み
1)欧州レベルの政策枠組み
EU 法令には「規則」
(Regulation)、
「指令」
(Directive)
、
「決定」
(Decision)の 3 種
類がある。「規則」は各加盟国の国内法に優先して直接各国に適用される。「指令」は、
国内法化を必要とし、それにあたり各加盟国の国内議会が立法を行う。
「決定」は、対象
者に直接拘束力を持つ51。欧州レベルの環境政策は、欧州委員会が規則または枠組となる
指令等を策定することが多い。域内単一市場の運営の障壁とならないよう規則を定めて
公平な競争環境を保つ場合と、指令の中で命じられた結果についてのみ加盟国を拘束し、
それを達成するための手段と方法は加盟国に任される(従って高い水準の環境保護政策
をとる裁量が各国にある)指令を定める場合がある。
欧州において、環境(サステナビリティ)は欧州の成長戦略として位置づけられてお
り、イノベーションと雇用の創出と関連付けられている。また、CSR は、企業内部のイ
ノベーションを促し、リーマンショック後の欧州市場経済の活性化と企業の信頼回復に
貢献するものとして位置づけられている。欧州の CSR 戦略、成長戦略「欧州 2020」及
び資源効率政策の詳細は第 5 章1.(1)及び(2)を、企業の非財務及び多様性情報の開示
に関する EU 指令については第 4 章4.(1)を参照されたい。
欧州レベルの産業政策検討には、ブリュッセルにある業界団体(ロビイスト)との調
整と合意形成が行われることが多いが、政策的に社会変革を促そうとする場合、当該分
野の対策が遅れている企業からの反発の大きさが課題となることが想定される。環境政
策は性質的に企業に一定のコスト負担を求める場合も多く、費用負担の透明性と公平な
競争環境の確保が重要となる。欧州資源効率政策を事例とした欧州委員会へのヒアリン
49
50
51
2016 年 2 月 29 日、BBA へのヒアリングによる。
前掲脚注 48 に同じ。
駐日欧州連合代表部ウェブサイト(http://eumag.jp/question/f0813/)
、2016 年 3 月閲覧。
65
グでは、効果的な産業界支援のあり方について、2 つのポイントが聞かれた52。一 つ に
は、明確な方向性、長期的な目標と枠組を示すことが重要である。二つ目は、特に先進
技術を有する企業の負担が過剰にならないように、公平な競争環境を創出することであ
る。
ブリュッセルのロビー団体は傘下にある全ての企業の水準に合わせて最小公倍数に納
めようとする傾向があり、合意される政策の水準が下がってしまうことがあるが、場合
によってはこれを避けるべきこと、ときには最小公倍数を超えることの必要性、政策側
がフロントランナーを見ることの重要性が指摘された。例えば、資源効率(サーキュラ
ー・エコノミー)政策の場合は、産業界が受入可能な高いレベルの目標を探り、これを
実現するために、先進的な企業や政府・自治体・国際機関代表等を集めたハイレベルプ
ラットフォーム(EREP)が設けられた。
また、公開コンサルテーションやステークホルダーワークショップを開催し、政策内
容や具体的な行動計画の品質向上が図られた。大企業の視点に偏らず、より多様で多く
のステークホルダーの見解が集められたことや、数百人の参加者があったワークショッ
プにおける公開議論を通じて、最終的にはサーキュラー・エコノミーのアクションプラ
ンについてのコンセンサス(大枠での合意)が形成されており、大方の企業の支持が得
られた53という点で、欧州資源効率政策はオープンプラットフォームを活用した政策合意
形成の成功例と言える。
なお、同政策は環境総局のトップである欧州委員会ヤネス・ポトチュニク環境担当委
員(当時)の率先事項であり、そのため総局横断的な調整と巻きこみが実現したという54。
2)各国政府の政策動向
国やトピックによって国際・欧州レベルの枠組への対応状況は異なる。例えば、企業
の非財務及び多様性情報の開示に関する EU 指令に関して、
ドイツでは既に 2011 年に
「サ
ステナビリティ・コード」55を策定しており、同指令の国内法制化は済んでいるが、英国
ではこれから策定されるところである。
②市民社会(NGO 等)
・地域社会・国際社会
1)NGO の活動
国際的な NGO の活動状況についてモニタリングサービスを提供する SIGWATCH によ
れば、欧州では食品飲料、アパレル、流通、石油・ガス、銀行などコンシューマー産業
に対する大手 NGO の働きかけが強い56。特に、サプライチェーンのトップにあるブラン
52
53
54
55
56
2016 年 2 月 22 日、欧州委員会環境総局・成長総局各担当官へのヒアリングによる。
前掲脚注 52 に同じ。
前掲脚注 52 に同じ。
本報告書第 4 章4.(1)を参照のこと。
SIGWATCH(2016)Corporations that NGOs loved and hated in 2015. Free summary version.
66
ドを有する企業は社会変革に向けた影響力を有するため、非難・攻撃・賞賛の対象にさ
れやすい。
SIGWATCH 代表へのヒアリングでは、NGO の役割は 2 通りあるとされた。1 つ目は、
サステナビリティ分野でどの問題に取り組み解決すべきかということを理解するための
リソースを提供する役目であり、2 つ目には、NGO は環境分野における日本企業の良心
的な意図や慣行を広めるアンプの役割である。また、国際的 NGO の日本企業に対する認
知については、日本企業は(自動車産業を除き)批判も賞賛もされていない。NGO のレ
ーダーにひっかかっていないため、あまり認識されていないのが実情であると聞かれた57。
2)NGO との連携や活用について
SIGWATCH 代表は、NGO 連携のポイントについて、
「NGO の目的は世界を変革する
ことであり、その目的の達成に役立つならば企業と連携することがある。」
「NGO の批判
に対応するベストな方法は、NGO が問題視しキャンペーンを張っている課題そのものに
きちんと向き合うことである。また、NGO の視点を理解するために協働し、NGO の持
つ専門性を問題解決に利用することである。」と述べた58。また、日本企業に対しては、
NGO の認知度が低いことはむしろチャンスであるとの見方を示した。NGO に訴求する
日本企業のブランドとして、高い品質、資源効率性、環境配慮設計などがあり、また認
識されていないが故に攻撃された過去もなくクリーンなため、NGO と前向きに連携が図
れる。こうした NGO エンゲージメントは、日本企業の環境分野における貢献を世界によ
り良く理解してもらうのに役立つとして、
「NGO をプロセスに取り込むことで、NGO は
日本の産業界のサポーターとなり、推薦人となるだろう」と述べた59。
③金融・資金市場の動向
欧州では、金融業界の中でも銀行、保険、及び機関投資家への ESG 情報提供機関とい
う異なる組織へのヒアリングを行った。
1)環境・社会課題の重要性認識
自然災害による損害補償をしなければならない保険業界における気候変動や異常気象
等のリスク認識は高く、例えば欧州全域の各国保険協会を束ねる Insurance Europe は、
2015 年 10 月より COP21 パリ会合の開催へ向けて「2℃目標(Target two degrees)
」キ
ャンペーン60を展開していた。同協会へのヒアリングでは、保険の引き受けを適切な価格
2016 年 2 月 23 日、Robert Blood 氏(Managing Director, SIGWATCH Ltd)へのヒアリングによる。
前掲脚注 57 に同じ。
59 前掲脚注 57 に同じ。
60「2℃目標
(Target two degrees)」
キャンペーンとは、COP21 パリ会合の開催に向けて、
Insurance Europe
と欧州保険・再保険連盟(European insurance and reinsurance federation)が意識喚起のために行った
57
58
67
でできるように気候変動の緩和策を今すぐ取る必要があるとの認識や、災害増加の環境
下において保険業界と各国の政府が協働して適応策を実施することの重要性が聞かれた。
同協会は、地域別にリスクが異なるため、天災・人災の保険に関する欧州枠組みには反
対の立場であり、国レベルの対策が望ましいとの考え61や、加盟国が 2017 年までに国レ
ベルの適応策戦略の策定が求められる欧州気候変動適応策戦略に関する共通政策につい
ては、強く支持している62。低金利、経済成長の低迷、しかし気候変動には対処しなけれ
ばならないという状況下で、保険業界としては政府と協働しグリーンインフラへの公共
投資が検討されうる63。
欧州においてサステナビリティ情報と財務情報との統合評価は進んでおり、金融・保
険業界でも、COP21 後の大きな変化として気候変動を否定する人がいなくなり、英中銀
総裁・FSB 議長マーク・カーニー氏の保険業界向けスピーチ64は、金融セクターと気候
変動を結びつけたという点でかなり重要だったとの意見が聞かれた65。今回ヒアリングし
た ESG 評価機関の内部では、実態的に財務分析とサステナビリティ分析の結果のすり合
わせが行われている。機関投資家の間ではサステナビリティ課題を重要視する共通認識
ができつつあり、短期的視点での判断がまだ優勢ではあるが、変わりつつあるとの認識
が聞かれた66,
67。
署名運動。気候変動の影響により自然災害の規模や頻度が増大する中で保険業界は既に課題に直面してお
り、不可逆的な悪影響が生じる 2℃以上の気温上昇を防止するための合意に向けた支援を保険会社や産業
界だけでなく広く一般市民にも呼びかけた。
資料)Insurance Europe ウェブサイト
(http://www.insuranceeurope.eu/target-two-degrees-european-insurance-industry-launches-campaig
n-about-limiting-global-warming)
61 2012 年 11 月 27 日、Insurance Europe は、欧州委員会が自然災害に関するグリーンペーパーを準備し
ていることを受けて、保険業界としての主要な懸念を発表。同協会は、各国がリスクプロファイル及びリ
スク曝露性、並びに自然災害リスクの保険引受能力についての知見を増加させるべきとする欧州委員会の
方向性を支持。一方で、情報の集約と共有は一定程度の備えと影響緩和に役立つも、リスク曝露性は地域
性に大きく依存するため(適応策の状況も含むとして高潮・洪水防止、建築基準、下水バックアップシス
テム等を例示)
、
「one size fits all(1 つで全てに事足りる)
」スキームは EU に相応しくないとし、法規制
よりも最小限度の整合化(minimum harmonisation)アプローチを採用し、リスクの保険引受能力を高め
るベストプラクティスに注目することを検討すべきと主張している。
資料)Insurance Europe ウェブサイト
(http://www.insuranceeurope.eu/key-points-insurers-regarding-natural-catastrophes-europe-0)
62 2013 年 7 月 15 日、欧州委員会の自然及び人的災害への保険に関するグリーンペーパー(政策提案)に
ついて、
(再)保険を災害マネジメントの一つに位置づけて促進する政策方向性を支持するとともに、災害
リスクの回避と緩和に向けた文化の醸成を欧州全体で強化した欧州委員会の貢献を評価。欧州委員会は同
年 4 月に発表された欧州の適応策戦略に沿って災害リスク意識を高めることの重要性を喚起していた。
資料)Insurance Europe ウェブサイト
(http://www.insuranceeurope.eu/european-commissions-green-paper-insurance-natural-and-man-ma
de-disasters)
63 2016 年 2 月 22 日、Insurance Europe へのヒアリングによる。
64 詳細は第 4 章4.(4)①を参照のこと。
65 前掲脚注 63 に同じ。
66 2016 年 2 月 23 日、Robeco SAM へのヒアリングによる。
67 例えば、
BlackRock の CEO が、長期的投資のために今までと違う税制が必要だと発言した件について、
BlackRock の上場投資信託(ETFs)は長期の保有者ばかりのため、これは明らかに自社の便益になるとい
うこともあるが、単にそのような税制が BlackRock の得になるというだけでなく、企業が四半期業績に集
68
2)気候変動等の情報開示について
情報開示に関して、保険業界は、機関投資家として開示情報を使う側と、情報開示規
制を受ける側の 2 つの側面を有する。欧州企業も、情報開示による過度な負担は課題視
しており、開示する企業に過度の負担がかからず、複雑すぎず、投資家の意思決定に有
用な情報が求められるとの意見が聞かれた68。
3)ダイベストメントについて
欧州では、現時点で積極的にダイベストメントを行おうとする動きはなく、情報収集
段階にあると考えられる。積極的な新規投資は行わないが引き揚げもしない等、様子を
うかがっているもようである。例えば英国保険協会では、保険契約者に対してカーボン
投資の説明を行っているだけでなく、保険会社の中で高カーボンアセットへの投資方法
についての情報提供を実施しているとのことであった69。
金融機関は、大きな方向性は低炭素・再エネルギー推進だが、特に発展途上地域にお
いて化石燃料は今後もエネルギーミックスの一部を占めるという現実的な見方であった。
投資引き上げよりもクリーン技術の普及が優先との見解が複数の企業から聞かれた。
中しており将来に投資していないという、長期的視点での企業投資を促す主張に着目しており、これが主
流になるのではないかとの意見が聞かれた。特に受託者責任(年金基金等)の分野では、今すぐの財務的
リターンだけではなく他の要素も考慮できるため、そのような兆しが見られる。
68 前掲脚注 63 に同じ。
69 前掲脚注 63 に同じ。
69
4.米国企業の状況
民間企業からは重電・機械業 X 社、建材・建築資材(林業含む)Y 社、ソフトウェア・
情報機器 Z 社の 3 社からヒアリングを実施した。また、米国の民間企業を取り巻く環境
を把握するため、ESG 調査機関、コンサルティング業務を担う非営利団体の第三者機関
からもヒアリングを実施し、米国をとりまく環境社会課題と企業の対応について整理し
た。
(1)米国企業の CSR と経営戦略
①環境・社会課題の認識と対応
1)重要課題認識
ヒアリングを行った企業が 3 社であり、また産業セクターに偏りはあるものの、重要
課題としては、エネルギー、気候変動対策、そして水資源にかかる課題に大別された。
ヒアリング結果より、気候変動対策とそれに伴う温室効果ガス削減は課題である一方
で、企業にとって大きなビジネスチャンスであると捉えていることがうかがえた。気候
変動対策として、温室効果ガス削減、IT を活用した技術開発、再エネルギー用促進等に
おいてもリーダーシップを発揮できるという見方が強いためである。Z 社は、COP21 の
パリ協定で合意された内容は企業にとって GHG 削減の対応をより迫られるものである。
COP21 の結果は注視し、企業として高い関心を示している。自社が GHG 削減のリーダ
ーシップを発揮する役割だけでなく、自社の技術が課題にどう対処できるかの役割を考
える。気候変動で言えば、別組織や政府がコミットメントに対してどう動くかのレベル
感をみる。それに対して自社内でベストプラクティスをいかに提案し、企業や政府に自
社の技術がいかにエネルギー効率化や気候変動対策やその他課題に役立つかを実例を提
供すると述べ、各企業は以前より、気候変動対策への関心が高かったものの、COP21 の
パリ協定採択は低炭素型社会の移行に向けさらなるはずみをつけ、企業の取組みを後押
ししている。
エネルギーや電力を基幹とする産業は事業規模も大きいことから、また、グローバル
にも展開できる技術は今後新興国を対象とした市場の規模が大きいことが予想され、中
長期的なリターンを見越して投資していることが把握された。また、素材メーカーにお
いては、一次産業と密接な業種であることから、ビジネスそのものが自然資本の維持に
かかる産業となっている。一方で、気候変動関連への対策や関心が高まることにより、
自社の産業活動(例えば森林伐採)に市民社会が抵抗を示すこと、資源利用にかかる消
費者の行動がリスクであるとしていた。
70
図表 3-21 米国企業の重要課題認識の例
業種
重電・機械等
CDP 業種分類
資本財・サービス
国名
米国
重要課題認識の概要
エネルギー転換(電力)
資源効率化
気候変動
水資源
ソフトウェア・ 情報技術
米国
エネルギー
情報機器
再生可能エネルギー利用促進
資源効率化
気候変動、低炭素化型社会への移行
水資源
建材・建設資材 素材
米国
森林保全
(木材)
自然資本(炭素貯留、生物多様性保全、
水源涵養)
資源利用(消費者行動、自然環境への
インパクト)
土地利用
気候変動(適応、緩和)
低炭素化型社会への移行
資料)各種サステナビリティレポート、アニュアルレポート及びヒアリング調査に基づき三菱
UFJリサーチ&コンサルティング作成
ヒアリングで得られた内容を下記にまとめる。
2)リスクと機会
気候変動対策とそれに伴う温室効果ガス削減といった新しい課題への対処は技術開発
を促進し、市場の創造を可能にする。それには投資が必要だが、同じ課題を抱える顧客
にその技術展開を図ることで利益に繋がる。時にはパートナーと組むことで事業の展開
速度を速めることができる。
ビジネスそのものが自然資本を維持する環境課題対処である。気候変動関連への対策
や関心が高まることにより、自社の産業活動に外部が抵抗を示すことがリスク。カリフ
ォルニアでは規制が厳しく事業展開が困難になっている。また、気候変動対策としてカ
リフォルニア州の排出取引を行っているが、トランザクションコストが高く企業の負担
になっている。
71
また、エネルギー効率化の観点から、省エネ化や利用するエネルギーを見直す必要性
が増してきている。その課題にアクセスするために、技術、人材、資金を投入すること
が可能であり、クリーンエネルギー(再生可能エネルギー)へのアクセスを可能にして
いた。
そして、米国、特に西海岸でのヒアリングで挙げられたのが水資源にかかるリスクで
ある。特に、カリフォルニア州の干ばつは被害が深刻であり、農産物の中で水を大量に
使用するものについては消費者の非買運動が起こっている作物もあるとのことであった。
3)SDGs への対応
米国企業の SDGs 対応として、SDGsの 17 ゴールのうち、自社のビジネスの中で対応
可能な項目、親和性が高い項目を選択し、SDGs のために何か新しい取組みをするのでは
なく、既存のビジネスの中でどうアプローチし貢献できるかと検討している事例が共通
点として確認された。
米国の企業の事例として興味深かったのは SDGs 策定のプロセスにも介入していたこ
とである。民間企業の一社は国連が SDGs を作成していると公表した 5,6 年前から複数
人の社内チームを結成し、公表されたドラフトをもとに、ビジネスに関連する数項目を
ピックアップしその内容について、個々の政府、国際貿易協会等へフィードバックを行
った。SDGsは自社の重要課題と重なる項目が多く、特にエネルギーに関連する項目は
ビジネスそのもの影響する。そのフィードバックの結果は適用されているという。現在
は政府と政府の調整プロセスにあり企業の巻き込みが少ないため、SDGs への対応は 1,
2 人で動向を追っているとのことであった。
米国の企業は国以外の国際的な枠組みにおいても、ビジネスに関連する事柄について
は積極的な介入と人員の投入を行い、自社のビジネスに組み込むための取組を行ってい
ることがうかがえた。
②戦略的 CSR の推進体制等について
1)経営層のコミットメント
環境・社会課題への積極的対応が企業経営・ビジネスに繋がっている場合、トップの
コミットメントが得られやすいことが米国の事例からうかがえた。例えば、重電・機械
業の企業は目玉産業に環境・社会課題にビジネスソリューションを開発し、提供するこ
とでビジネスとして成立させ、水処理、自然エネルギー等の複数セクターで展開する事
例がある。環境・社会課題を解決する製品やサービスを提供できるかは業種特性により
偏りが生じることも考えられるが、ビジネスに組み込むことで、経営層の組み込みを図
ることができ、利益を生みつつ環境貢献が可能なモデルを創出できることが把握された。
72
2)投資とリターンの関係(短期的、中長期的)
リターンはお金だけでなく、ブランド価値向上、PR 効果もあげられる。低炭素化への
取組や再エネルギー利用の促進等、自分たちのコミットメントに還元されることもリタ
ーンになる。産業特性上技術開発には 30 年かかることがあり、長期的な視野が必要であ
ると述べ、事業特性も関連してくることながら、確かなビジネスチャンスと捉え技術開
発、技術革新に向けて積極的な投資を行っていると言う。
【事例】ゼネラル・エレクトリックの「エコマジネーション」
戦略的 CSR 活動が行われている事例として、ゼネラル・エレクトリック(GE)
のエコマジネーションの取組を取り上げる。同社は航空機エンジン、医療機器、鉄
道機器、発電、金融、送電、水処理、石油・ガス、家庭用電化製品等を取り扱う複
合企業(コングロマリット)であるが、同社は 2013 年から、多様な業態を抱える
コングロマリットからインフラ事業に特化したリーダーへと事業ポートフォリオ
を再構築する取組みを進めている70,71。同社は本社を米国のコネチカット州に置き、
175 カ国で事業展開し、社員数は 305,000 人に上る。2014 年度のグループ売上高
は 1,486 億米ドルであり、地域別・カテゴリ別の内訳は下記の通りである。
図表 3-22 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
中南米, 13
(9%)
5%
アジア, 24
(16%)
米国, 71
(48%)
グループ売上高
1486億USD
ヨーロッパ,
中東・アフ 25 (17%)
リカ, 16
(10%)
4%
家電・照明
16%
18%
12%
航空
エネルギーマネジメント
5%
GEキャピタル
ヘルスケア
石油・ガス
12%
28%
電力・水道
交通
資料)GE Annual Report 2014に基づき三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
同社の戦略的 CSR つまり、環境課題対処のビジネスへの融合における代表的な
事例として「エコマジネーション」が挙げられる。エコマジネーションは 2005 年
から「green is green(環境問題はビジネスチャンス)」を掲げて、CEO のジョフ・
GE Annual Report 2014 に基づく。
その一環として、2015 年には金融関連商品を取り扱う GE キャピタルの資産の大半を売却し、日本にお
いても、法人向けのリース及び融資事業を三井住友ファイナンス&リース株式会社に売却することを発表
した(2015 年 12 月 15 日付 GE プレスリリース)
。また、100 年を超える歴史を持つ家電事業をスウェー
デンの企業に 33 億ドルで売却することを発表した(GE Annual Report 2014)
。
70
71
73
イメルト氏によって推進された。世界のエネルギー・環境課題に技術、商品、サー
ビスを通してソリューションを提供することで「環境課題への貢献」と「企業とし
ての成長」を同時に実現72する取組である。
エコマジネーションの特徴としては下記が挙げられる。
研究開発への投資:風力や太陽光、燃料電池、石油・ガス、水等の事業におい
て環境技術への研究開発へ投資し、技術や製品開発を行い、環境負荷低減に寄与す
る。
産官学、異業種、NGO、政府組織とのパートナーシップ:他社と連携すること
でよりよいアイデアを創出する。
オープン・イノベーション:外部の技術者との連携することでより迅速かつ効
率的な解決を図る。例えば、「エコマジネーションチャレンジ」として、世界各国
から革新的技術を募集し、その中から新規事業を行う提携先とすぐれたアイデアを
発掘し、投資する取組みを実施している。2011 年には中国地域に特化した「エコマ
ジネーションチャレンジ」を展開し、中国の莫大なエネルギー需要への対応を図っ
ている73。
10 年間のエコマジネーションの取組により、下記のようなエネルギー使用量の削
減74が図られ、環境負荷の低減が実現された。
・ディーゼルの使用削減量:410 億ガロン
・石油節約量:9,800 万米ドル
・二酸化炭素削減量:3 億 9,100 万トン
また、2005 年から取組みを開始し、投資額、収益の増加とともに、自社の GHG
排出量や水使用量の削減を着実に実現した。2014 年にはエコマジネーションの技
術開発により同社は 2,000 億米ドルの収益を挙げており、「環境問題はビジネスチ
ャンス」を文字通り体現していることになる。
72
73
74
GE ウェブサイト「Ecomagination」
GE「2011 ecomagination レポート」
数値は GE (2015)「Powering the future. GE Ecomagination」に基づく。
74
図表 3-23 エコマジネーションの進捗と成果
エコマジネーションの約束
2005 年
2010 年までによりク
2010 年の進捗
2014 年の成果
よりクリーンな技術へ
よりクリーンな技術へ
コミットメ
リーンなエネルギ
の R&D 投資額 50
ント
ー技術への R&D
億 US ドル
の R&D 投資額
150 億 US ドル
エコマジネーション技
エコマジネーション技
(年間 7 億 UD ドル
術による収益 850
術による収益 2 千
から 15 億 US ドル
億 US ドル
投資を 2 倍にする
へ)
エコマジネーション技
術からの収益を
億 US ドル
2004 年ベースライン
2004 年ベースライン
に対し GE の GHG
に対し GE の GHG
排出量 22%減
排出量 31%減
 2006 年ベースライ
 2006 年ベースライ
200 億 US ドル
以上にする
2012 年までに自社
の GHG 排出量を
1%以上削減
2007 年
追加
 2006 年から 2012
年の間に自社の全
ンに対し GE の水
ンに対し GE の水
世界水使用量を
使用量 30%減
使用量 42%減
20%削減
資料)GE (2015) Powering the future. GE Ecomagination に基づき三菱UFJリサーチ
&コンサルティング作成
2020 年に向けた新規目標としては以下の数値を掲げ、より野心的に環境負荷低
減への貢献を目指している75。
よりクリーンな技術への R&D 投資額:250 億米ドル
GHG 排出量:2011 年比 20%削減
水使用量:2011 年比 20%削減
③外部連携、協働、エンゲージメント
1)消費者、NGO ら市民社会の活動
外部のステークホルダーとの関係・連携について環境 NGO や環境活動家対応を全社が
挙げていた。米国での NGO との連携は企業活動を阻害、批判されないための対策として
の位置づけが強く、企業をコントロールしようとする NGO は経営を阻害することや、
NGO が求める規準は企業にとって実行可能なものではないと回答する企業があった。一
方で、環境 NGO や環境活動家への対応について、活動的な NGO は投資家と同じような
働きを企業に与えてくれる存在とし、NGO は課題を示したり、警鐘をならしたりし、配
慮すべき方向性を示してくれる存在と述べた企業もあった。
75
前掲 6 に同じ。
75
NGO との協働方法においては、NGO の協働姿勢によるものの、解決志向型、科学的
根拠に基づいた活動ができる NGO と協働し、成功の鍵は良質な科学と経済活動をベース
にした協働を心がけることであると述べていた。
2)マルチステークホルダー、他社との連携
企業が捉える複数ステークホルダーとの協働のメリットを企業は「アライメント」(整
合化)であると述べていた。ヒアリングから得られたマルチステークホルダーとの連携
メリットは「自社の外部評価やフィードバックを受けること」、「自社で保有しない機能
の補完」
、
「専門性の投入」が挙げられた。
また、情報技術業の企業からは同業他社との関係性について、競合相手でもあると同
時に連携や協働する相手でもあるとのことであった。特に、昨今の米国での再生可能エ
ネルギー促進の流れを受けて、事業に関心が高い情報技術系の大手民間企業複数社間で
活発に対話会が開かれており、協働の可能性やこの分野が自分たち組織や産業セクター
にとって利益を生む構造になるよう働きかけているとのことであった。
これらの活動は概ね日本でもみられるものであるが、米国での同業他社とのダイアロ
ーグは政策枠組みへのインプットを見越して行われている観点からより野心的な取組み
であることが推察された。
【事例】ゼネラル・エレクトリック「ヘルシーマジネーション:手のひらサイズの超
音波診断装置による妊婦死亡率の改善」(マルチステークホルダーとの協働による社
会課題解決)
GE のヘルシーマジネーションは 2010 年に開始され、2015 年までにヘルスケア
分野のイノベーションに 60 億ドルを投資し、イノベーションを通して医療にかか
るコスト削減、アクセスの改善、そして医療そのものの質の改善を目指す GE のイ
ニシアティブである76。
インドネシアの離島における妊産婦医療課題77の事例
インドネシアでは ASEAN 地域の中でも妊婦の死亡率が高く(WHO の統計では
10 万人あたり 10 人の妊婦死亡率のところ、インドネシアでは 2010 年時点で 10 万
人に対して 220 人の妊婦死亡率であった)、妊婦死亡率を低下させることはインド
ネシアにおける社会課題であった。特に過疎地では下記のような課題を抱えてい
GE ウェブサイト「Healthymagination」(http://www.ge.com/about-us/healthymagination)
GE プレスリリース(2012)「GE Healthcare Launches Pocket-sized Technology Innovation, Help
Address Indonesia Health Challenge」
(http://www.genewsroom.com/press-releases/ge-healthcare-launches-pocket-sized-technology-innovat
ion-help-address-indonesia)
76
77
76
た。
–病院や産婦人科医がない代わりに助産婦が多い
–助産婦は医療の専門家ではない
–助産婦の収入は赤ちゃんが生まれるごとである
現地調査の結果、母子のどちらかに異常があっても産ませてしまうことが事故
(妊婦や胎児の死亡)の原因になっていた。GE は手のひらサイズ超音波診断装置
「Vscan」を開発、インドネシアの専門医の手を借りて、インドネシア語バージョ
ンの同機を開発した。インドネシア語で使用可能な「Vscan」を助産婦に持たせる
ことで、助産師が出産の安全性を判断することが可能となった。機器は最低限の機
能でよく、基本的な使い方のトレーニングを助産婦に実施することをインドネシア
政府に提案、現在では政府と協力し「Vscan」を普及させるプロジェクトを実施し
ている。また、2012 年の発売時はインドネシアの地元銀行の協力を得て、12 カ月
の利息無料パッケージを提供し、安価で購入できる場を提供した。
GE は 2012 年の段階で、同イニシアティブは開始からわずか 2 年であるものの、
発展途上国、先進国ともに政府、NGO、そして医療専門家により医療を前進させる
確かな進歩があったとし、現地ステークホルダーとの連携の必要性を強調した。
④非財務情報開示対応
ア)企業内部から見た非財務情報開示対応
米国において、企業は投資家とのコミュニケーションをより重要視している。ヒアリ
ングで挙げられた企業が対応している情報開示のフレーム78としては、米国証券取引委員
会(SEC)、GRI、CDP、SASB、NGO(環境アクティビスト)消費者からの質問状が
挙げられた。これらの中で SEC への情報開示は投資家に影響するため各社重要視してい
た。しかしながら、情報開示への対応については全ての回答に応えるのは困難である、
そもそも質問内容が統制されていないと言った見解を示す企業が多く、日本と同様に情
報開示対応に労力がかかり負担だと捉えていること、またそれが有用なものなのか、有
効に利用されているかを疑問視する傾向にあることが把握された79,80。情報開示による外
部評価よりもサステナビリティ対応として、自社の価値を認識し、自社のストラテジー
をもつことが重要であり、外部評価を気にして取り組んでいるわけではないことに言及
していた。一方で、情報開示への対応は企業として何が応えられないのかが明確になる
78
79
80
これらの開示フレームワークについては第 4 章で詳述。
2016 年 2 月 26 日重電・機械業へのヒアリングによる。
2016 年 2 月 29 日建材・建設資材業へのヒアリングによる。
77
こと、外部の求める標準を知ることができる81といったインターナルの取組を振返るため
のツールとして活用している企業もあった。この「標準や規準を知るツール」としての
情報開示対応は日本の企業ヒアリングでも聞かれた内容であり共通点だと言える。
イ)投資家対応
前述したとおり、NGO 等の市民社会対応、情報開示による格付け等、企業価値を左右
する要因がある中でも米国企業はより投資家の要求に即していると言える。
企業は投資家とは直接対話のチャンネルを有しており、企業にとって、投資家の介入
は企業にサステナビリティにおける取組みを促進させ、昨今の動向(例えば COP21 の決
定に対しての対処方針)について、企業の方針を示す必要が生じる。それが投資判断に
繋がることから企業も投資家対応を重視していることがうかがえた82。
投資家側がとる対応も企業にとってはその他ステークホルダー(環境 NGO や格付会社)
の対応と異なり、例えば投資家からも同様の質問を受けることもあるが、投資家は自分
たちを正当化せず企業の反応を理解しようとしていたり、投資家がまとめたレポートは
事前に企業に確認が図られたりする等、コミュニケーションの内容が異なることに言及
していた。
第三者機関のヒアリングでは投資家が企業の経営層の選出権利をもつ「プロキシーア
クセス」が、米国企業が投資家を重要視する一つの要因になっていることが聞かれた。
2)行政機関との連携
米国企業は政府に積極的に働きかけを行い、政府によるワーキンググループ、ダイア
ローグ等を活用することで直接対話の場に積極的に参加し政府とのコネクションを確保
し、ビジネスモデルに有意なルール作りを行い、同業他社の中で競争優位性の確保を図
っていることが把握された。例えば、重電・機械業の X 社は EPA の Clean Power Plan
策定に向け 4 年前から政府と市民と連携し、同イニシアティブの枠組み作りに参画して
いた。参画することで政策の枠組み作りに関わることが可能となり、企業として新施策・
政策の動向を逐次把握するとともに、政策策定時にビジネス面で即時的に、柔軟に対応
することが可能になるという。見方によっては、日本でも新しい規制や枠組みを設ける
際は業界団体と政府間の交渉があり、同様の活動が行われている。米国企業は個社の経
営トップと大統領や行政機関のトップが直接対話をしている例が複数社であり、政策枠
組策定においてより戦略的な働きかけを行っていることがうかがえた。
一方で、政府や行政の動きを待たずにアクションを起こし、機会の創出と確実な分野
81
82
2016 年 2 月 29 日情報通信業ヒアリングによる。
2 月 29 日情報通信業 Z 社ヒアリング
78
への投資を行い、産業界でのリーダーシップを発揮するといった姿勢も聞かれた83。
また、米国企業では自社の本業を通じた研究活動で大学等の学識機関、政府と連携し、
共同研究を行ったり研究資金の提供を行っている84。例えば、Z 社はカリフォルニア州で
の深刻な水問題対策として、自社のテクノロジー技術と研究者を提供し水問題にかかる
ソリューションを提供しており、Y 社は自社の研究機関が蓄積した生物多様性や森林資源
にかかるデータを政府に提供している事例が確認された。
さらに、行政機関との連携という観点においては、米国の連邦政府や州政府のみなら
ず、各国のエネルギー政策に特に着目しており、各国で(その国の人から)政策理解の
ための支援を受け、海外で企業としてどう対処すべきか考える手助けを受けていること
や、各国の政府との対話の場を企業が独自に有している85ことが把握された。
3)規制や政策の影響
米国における規制面であ企業活動に関係する環境規制として、1970 年に改正された大
気汚染防止法(Clean Air Act)や 1972 年に大幅改正された連邦水質汚染防止法(Federal
Water Pollution Control Act)がある86。これらの規制について、X 社は 1970 年代に強
まった大気汚染や水質汚染の規制は企業の成長を阻害させることが懸念されたが、それ
に伴い技術開発が進み、経済も良くなったと述べていた。また、企業 Y 社も、昔からあ
る環境規制は正直で合理的な行政のもとで機能し、ルールメイキングを促した。優良な
ガバナンスが企業にとって重要であるとし、従来の規制についてポジティブな見解を示
していた。一方で、近年増えている「Voluntary な Regulation」
、つまり法的な規制では
なくても、投資家からの直接的な提言、消費者の購買行動、環境活動家の外部からの指
摘の対応等、情報開示の高まり等、企業の活動を規制する取組が増えており、これらに
対する対応が企業の負担になっていることが把握された。
米国の政策面では、オバマ大統領が打ち出したAmerican Business Act on Climate
Pledge87のように低炭素型社会に向けたエネルギーに係る新たなフレームが打ち出され
たことは、米国の民間企業にとって新設備やシステムの開発・導入、既存技術のアップ
前掲脚注 81 と同じ。
ヒアリングを行った 3 企業とも、自社独自の研究機関を有していることが研究での貢献を容易にしてい
る背景である。
85 前掲脚注 79、81 と同じ。
86 米国における各環境規制や法制度に関しては 日本貿易振興機構(JETRO)が 2012 年 5 月に発行した
「米国における水質・大気排出規制の動向」に制度策定にいたる背景や法改正等の変遷がまとめられてい
る。(https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000985/report.pdf)
87 第 5 章で詳述。
83
84
79
グレード、さらにそれらのグローバルマーケットへの展開等、ビジネス機会そのもので
あるというポジティブな見方が強かった88。企業はこれらの新しい政策が打ち出される際
には、政府主導のワーキンググループやダイアローグに積極的に参加することで事前に
情報を入手し、企業として取り組む際の投入量(資金や人員)と投入のタイミングを見
極めている事が把握された。先に述べた SDGs への対応もそうであるが、ルールが作ら
れるのを待つのではなく、ルールメイキングの場に参加することで、自社のビジネスに
有意に働くよう戦略的に取組み、自主的にルール作りを牽引していると推察される。
4)米国行政への期待
米国企業へのヒアリングで聞かれた政府への期待としては 3 つが挙げられる。1 つは企
業が海外進出を図る際にグローバルマーケットにおける対応に政府間の連携を望むもの
であった。例えば、米国企業が欧州で事業展開しようとすると、貿易に関する法律や国
の制度が複雑すぎて企業だけでは対処が困難であり、政府間調整を行ってほしいという
ものであった。2 つ目は近年高まっている企業活動を制限しうる外部の取組み(環境活動
家対応等、様々なフレームでの情報開示の高まりへの対応等)に関して、企業だけで全
てに対応していくのは困難であり、これらを統制するガバナンスを国主導で図り、規格
化・標準化を望むものであった。そして、 3 つ目は政府主導の規制に準ずる際のトラン
ザクションコスト等の負担低減の要望で会った。排出権取引のように政府主導での気候
変動対策を行い、政策として産業界に負担を課す場合、取組み自体の主旨は賛同できる
ものであるが、その取組にかかる手間とコストの改善を政策面で図ってほしいと言うも
のであった。
(2)米国企業を取り巻く環境
①政策的、制度的な枠組み
米国には連邦と州の二つの環境規制が存在する。企業はより厳しい基準を設定する法
律に従わなければならないが、その中でも、カリフォルニア州は環境関連の州法や規制
を多く制定している。企業を取り巻く規制とビジネスへの影響について整理を行うため
カリフォルニア州天然資源局にヒアリングを行った89。
1)規制に対する企業の対応
新たな制度的枠組みや規制を設定するときはパブリックコンサルテーションを行い、
各ステークホルダー(NGO、企業、州のその他機関、地方行政、連邦政府等)から一定
の時間を設けてコメントを集めるようにしている。
88
89
前掲脚注 79、81 と同じ。
2016 年 3 月 1 日にヒアリング実施。
80
企業の最初の反応はその制度の導入はビジネスを制限するものであるという制度導入
に反対の立場である。制度が成立してしまうと、次は政策や規制がきちんと実施される
ことを望むようになる。他社や競合相手にも等しく規制がかかることを望んでのことで
ある。そして、制度や規制が導入される、一度政策の中身を知り、特に公的機関の支援
が受けられることを認識すると企業は「その枠組みの中でいかに活動するか」、「いかに
競争性を確保し、自分たちのビジネスモデルを継続させるか」を考えるようになる。人々
は枠組みの中で働き始めるとの多くの場合、革新的なアイデアを考え始めるようになる。
2)州経済へのインパクト評価
州経済へのインパクトを図る方法は複数あるが、主要なものは 2 つである。1つは州
知事事務所に事業経済局(Governor’s Office of Business and Economic Development:
GO-Biz)があり、カルフォルニア州の経済の維持や競争優位性を保つために多くの事業
に目を配らせており、同時に様々な政策や法制度の要求を見ている。かれらはカリフォ
ルニア州のビジネスに必要不可欠な存在である。もう1つは、経済分析の観点から言え
ばプロジェクトベースでより多く分析が行われている。AB3290やキャップアンドトレー
ドは経済モデルがあり、規制を実施したことによる影響を測ることが可能である。
キャップアンドトレードの取組で興味深いのは産業によって影響が全く異なることで
ある。例えば、コメ農家は、同取組によって多くの便益を受けている。彼らは排出が少
ない産業で、同制度の導入により、省エネ、節水をいかに進めるかを学び、今ではクレ
ジットの売却価格がコメ生産価格よりも多くなっている。農業セクターと言うことでは
なく、コメ農家特有で起こっている便益である。キャップアンドトレード導入当初は州
経済が脅かされた。州は多くの雇用を創出し、いまでは想像しなかったようなインパク
トを及ぼしている。キャップアンドトレードを導入したことで企業は省エネ、節水を行
いコストの削減が図れる。持続可能な取組みはビジネスに良い影響を与える。排出削減
を行ったことによるクレジット売却が収益となるとなおさらであり、ビジネスはより効
率的になり、また競争力を持つようになった。
②市民社会(NGO、顧客、消費者等)
ビジネスとともに持続可能な世界を目指すことをミッションとして、企業のコンサル
ティングやアドバイザリーを行っている非営利団体の BSR にヒアリングを行った91。
1)消費者の行動
環境の側面では顧客(消費者)の関心の高まりが企業行動に影響を与えている。多く
の顧客が企業に対して「あなたたちの取組は?」という疑問を投げかけるようになった
90
91
AB32 は 2006 年に州知事が発行した米国初となる温室効果ガス削減を義務付ける州法。
2016 年 3 月 1 日にヒアリング実施。
81
ことが、公的な政策と同じくらいの効果で企業を環境・社会課題に向かわせるきっかけ
になっている。
(投資家が企業に及ぼす影響ともまた別のものである。
)
2)NGO と連携することの利点
BSR でのヒアリングでは、企業がマルチステークホルダーとの協働を行う利点として、
2 点が挙げられた。1 つ目は、企業は内向きの志向になりがちで、外部分析やフィードバ
ックを受けいれたがらない傾向にあり、NGO や第三者機関と組むことで、その時の公的
な政策の意図、他の NGO の発言、他会社の反応等をベンチマークとして還元できること
にある。2 つ目は専門家との協働等、自社が持っていない機能を活用することが可能な点
であった。NGO 等のマルチステークホルダーとの連携はこれまでも存在していたが、昨
今、より多くの企業が関心を示し始めているという。
③金融・資金市場の動向
米国では、
金融業界の中でも開発金融機関92及び機関投資家への ESG 情報提供機関93と
いう異なる組織へのヒアリングを行った。
1)環境課題と企業活動
MSCI のヒアリングでは、米国において、何を社会・環境課題とするかは産業毎、また
地域毎に異なるとし、企業も投資家もその特性を見ているということが把握された。ま
た、環境課題として取り上げられたのは気候変動および水資源の問題であった。COP21
の決定を受けて人々の関心は高まっており、化石燃料ゼロのポートフォリオの需要も高
まっている。一方で、それに政府が拘束力を持たせてやる必要はないという見解であり、
投資家は投資を行う州毎の特性を見ており、COP21 が影響するのは排出取引制度等を導
入しているカリフォルニア州等で限定的であるとのことであった。
また、水問題でもカリフォルニア州が取り上げられ、特に 4 年前の干ばつで投資家の
水リスクに対する関心が高まったという。コンサルタント会社も企業の操業地域や節水
プロセス等を注視するようになった。しかしながら、水リスクに関しては企業ができる
ことは操業地域を変えることぐらいであるとし、対処が困難な課題であることに言及し
ていた。
2)気候変動等の情報開示
MSCI のヒアリングでは、欧州に比べて米国企業や投資家は ESG 情報の取り込みや関
心にばらつきがあるとし、投資家は ESG 情報をピックアップして活用していることが把
握された。例えば、化学セクターでいえば注視すべき項目(炭素と有毒物質の排出、化
92
93
2016 年 2 月 26 日にヒアリング実施。
2016 年 2 月 26 日にヒアリング実施。
82
学的安全性、クリーン技術、水、企業ガバナンス)は決まっており、企業の開示情報の
中でそれらに着目し、リスクを判断している。
企業が ESG 情報開示に取組むためには情報開示にかかるコストとそれを行うことで得
られる利益のバランスをとることが重要であり、ベネフィットを企業に示す必要がある
という。例として、マレーシアの E 社は情報開示をすることで欧州の投資家をうまく巻
き込んでいることが言及された。
MSCI は日本の企業については、環境対応は素晴らしいと評価した一方で、労働者問題
等の社会課題や企業会計問題等の企業ガバナンス、またその透明性における対応は改善
の余地があると述べた。また、日本企業の情報開示に関する関心が低いことが、日本企
業のレイティング付に影響していると言及していた。
3)投資家対応
MSCI に よ る と 米 国 労 働 局 は 2015 年 10 月 に ETIs ( Economically targeted
investments)にかかる新しいガイダンスを発表し、年金基金を活用した投資に ESG 情
報を活用することが盛り込まれた94。MSCI へのヒアリングでもアセット・オーナーを支
援するコンサルタントは ESG 情報整備の必要性をより認識し始めており、企業側もこれ
まで以上に EGS 情報を活用することのインセンティブが生まれ始めたと述べていた。
現状としては民間企業からのヒアリング結果からも確認できるように、米国企業の
ESG 情報開示への関心はさほど高くない傾向がある95。一方で、米国内における ESG 活
用の要請は高まりつつあり、今後、企業側も ESG 情報をより重視する方向性になること
が想定される。
4)気候変動関連の事業
ア)注力分野
開発金融機関へのヒアリングでは気候変動関連の事業は、同機関の事業戦略の中でも
優先順位が高いとし、特にクリーンエネルギー・エネルギーアクセス、省エネ、適応の 3
つの分野に注力しているとのことであった。同機関では気候変動分野の事業への投資は、
2005 年から取組まれている。もともと気候変動対策に資するプロジェクトへの投資増額
は COP21 以前から同機関の中で目標とされてきたものであるが、COP21 の結果が追い
風になった形で、10 億米ドルの増額が目標値として公表された。民間セクターでは、気
候変動関連はリスクが高い事業が多いと未だに考えられているが、投融資の際にリスク
とリターン等を試算する同機関のモデルに基づくと、気候変動のプロジェクトは他事業
ERISA 法については 4 章で詳述する。
MSCI へのヒアリングでは米国企業が投資家を重要視する一つの要因として、投資家が企業の経営層の
選出権利をもつ「プロキシーアクセス」が、影響していると述べていた。
94
95
83
と比べてものパフォーマンスは悪くなく、むしろわずかではあるがパフォーマンスが良
い(リターンや事業効率がいい)という試算も出ていると言う。
イ)海外企業の参入実績
これまで、気候変動の分野、特にカーボンファンドについて言えば、欧州諸国の関与
が活発であった。2013 年まではオランダ政府のトラスティーとして CDM のクレジット
購入するファンドを取り扱っていたし、欧州の民間ベースのカーボンファンドも存在し
ていた。後者については、民間 8 社が 150 ミリオンユーロ(同機関も 15 ミリオンユーロ)
を出資し、2013 年以降の CDM のクレジットを購入していた。しかしながら、ヨーロッ
パのリセッションもあり認証排出削減量の価格が暴落したことで需給バランスが崩れ、
ファンドは早期にクロージングした。
開発金融の事業はグローバルに大きいあるいは強い企業が現地法人を作ったり、地元
企業と合弁会社を作ったりして事業を実施しているケースも多くみられるが、かかるケ
ースでは欧州や米国の企業が主流であると言う。欧州では以前から、この分野での取組
が活発なイメージがあると言う。先に述べたカーボンファンドの出資者も欧州諸国であ
る。インパクトインベストメントに長けており、BOP についてもプレーヤーはヨーロッ
パが主流である。自分たちの現業を活用してプレゼンスを高めることに注力しており、
ユニリーバ等の取組がその例に挙げられるだろう。
ウ)日本企業への期待
日本は技術力に優れており、日本企業が活躍できるチャンスは沢山あると考えられて
いる。一方で日本企業との協働に繋がらないのは構造的な課題によると言及した。具体
的には、日本企業では環境・社会課題を取り扱うのは CSR の部署であるが同部署の予算
は少なく、商業ベースの投資には繋がらない。実際の案件を持ちかけると資金がある部
署が窓口となるが、その部署は環境・社会課題にあまり関心がない場合が多く、実際の
取組に繋がらないと言う。技術があれば途上国で展開可能であり、それがビジネスにな
る。事業チャンスとしての案件は沢山あり、まずは参入してみることが重要であること
が述べられた。
84
5.アジア企業の状況
アジアの代表的なグローバル企業として、マレーシアの複合企業を取り上げる。一事
例をもってアジア諸国の企業の状況とすることは難しいことに留意が必要だが、同地域
の先進企業の事例として参考にする。
①企業概要
E 社は本社をマレーシアに置き、従業員数約 130,000 人、世界 26 カ国で自動車、産業
用機械、パーム油製油、不動産開発、エネルギー等インフラ事業を展開する複合企業で
ある。2014 年度のグループ売上高は 437 億リンギットであり、地域別・カテゴリ別の内
訳は下記の通りである。
図表 3-24 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
インドネシ その他,その他東南
ア, 1,266 612 (1%) アジア,
欧州, (3%)
2,282 (5%)
1,402 (3%)
シンガポー
ル, 3,636
(8%)
自動車
8%2%
マレーシア,
14,058
グループ売上高
(32%)
産業
43%
23%
プランテーション
43,730百万リンギット
豪州,
10,000
(23%)
24%
中国,
10,474
(24%)
不動産
エネルギー・ユーティリティ
資料)同社のAnnual Report 2015に基づき三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
以下にヒアリング調査の内容をまとめる96。
②特筆すべき重要課題認識
同社の事業特性、及びアフリカ等で事業を展開する地理的な特徴から、生物多様性、
エネルギー・気候変動、持続可能な製品とサプライチェーン、水資源問題などが重要課
題としてあげられた。また、SDGs について、マレーシア政府が現在の国家計画への反映
を行っており、その中で民間セクターの貢献役割が求められている。SDGs は広範なため、
同社は、企業内部での具体化に際して国連グローバル・コンパクトの指標を使って SDGs
への整合化と今後の対応を検討している97。SDGs は非常に野心的な目標であり、何をし
2016 年 3 月 11 日、E 社(マレーシア、複合企業)へのヒアリングによる。
国連グローバル・コンパクトは SDGs 策定プロセスにコミットしており、グローバル・コンパクトの各
原則と SDGs の各目標とを関連づけた指針等を数多く提供している。
(https://www.unglobalcompact.org/what-is-gc/our-work/sustainable-development/background)
96
97
85
なければならないかという草の根レベルにブレークダウンする必要があるという意見が
聞かれた。
③外部連携、協働、エンゲージメント
外部機関との連携は、積極的かつ戦略的に行われていた。例えば、同社はマテリアリ
ティを決定する際に外部ステークホルダーの重要事項を取り入れるため、数多くのプラ
ットフォームに参画している。相手先は、課題によって様々だが、主にマレーシアの地
理的状況に特化した情報が得られる国公立大学、シンクタンク、NGO などとのことだっ
た。
NGO との協働について、例えば同社はパーム油プランテーション事業を有するため、
グリーンピースの「Palm Oil Innovation Group98」に署名して、そこで協働が行わ
れている。
また、SDGs 対応に関しては、政府主導の大企業によるステークホルダー円卓会議が発
足したところである。この円卓会議には NGO、シンクタンク、様々な政府関係各省庁が
一同に会してプラットフォームを形成し、ブレインストーミングを行い、SDGs 達成に向
けて各プレイヤーの役割を検討しているとのことであった。
④非財務情報開示対応
同社におけるステークホルダーとの対話は、NGO、株主、機関投資家など、相手先に
よって異なる形式の会議等を開催している。サステナビリティレポートも公開している
が、特に年次報告の量が多く99、財務・非財務情報の統合報告になっている。マレーシア
証券取引所では、時価総額 20 億リンギット以上の大企業に年次報告におけるサステナビ
リティ情報開示義務があり100、開示しない場合はその理由を説明しなければならない。
ヒアリングでは、
「報告疲れ」が課題として挙げられた。多数の格付け機関からの質問
対応には優先順位付けが必要となっていること、格付け機関の重要性を評価する「格付
けの格付け」が必要ではないかとの案も聞かれた。
Palm Oil Innovation Group (POIG) は 2013 年に WWF, RAN, グリーンピース等の NGO が先進的な
パーム油精製企業と共同で設立した団体。当該産業における既存の RSPO 基準の実施強化を通じてイノベ
ーションを引き起こし、RSPO の活動推進を支援することを目指す。
資料)POIG ウェブサイト(http://poig.org/)
、WWF International ウェブサイト
(http://wwf.panda.org/what_we_do/footprint/agriculture/palm_oil/solutions/palm_oil_innovation_gro
up/)
、いずれも 2016 年 3 月閲覧。
99 2014 年アニュアルレポートは 405 ページある。
100 Bursa Malaysia 上場基準修正 2015 年 10 月(Amendments to Bursa Malaysia Securities Berhad
Main Market Listing Requirements relating to Sustainability Statement in Annual Reports and
Issuance of the Sustainability Reporting Guide and Toolkits)
参考:http://www.bursamalaysia.com/market/sustainability/
98
86
⑤戦略的 CSR の推進体制等について
社内推進体制や環境と事業の一体化に向けた課題については、CEO の関与やリーダー
シップ、サステナビリティ以外の他部門・事業部門の理解を得ることは難しいとの認識
が聞かれた。この際、SDGs 格付けは議論を進める上で 1 つの有用なツールになり得ると
考えられ、他部門と SDGs 課題について話し合う会議を行い、各部門の役割についてブ
レストし巻きこみを図っているとのことであった。
一方で、サステナビリティへの取り組みはトップダウンが必要であり、リーダー層の
賛同を得ることが最も重要との認識が聞かれた。部門長や役員層のサステナビリティア
ジェンダに対する理解を得ることが重要とのことであった。
⑥政府への期待
不動産開発事業においては、現在は環境配慮型ビルへの改築に対して少額のインセン
ティブしかなく、政策的な財政インセンティブがあると良い。より広範には、補助金だ
けでなく税や規制のメカニズムを通じて、政府がサステナビリティ計画を推進する役割
は大きいとの意見が聞かれた。例えば、不動産開発事業者の多くは、グリーン不動産へ
の投資に際して、需要があるかどうかを見極め、需要がなければ政府が介入し問題を解
決してくれるかどうかを見極める。
環境・社会側面にできるだけ配慮したいが、企業は収益性を考慮しなければならない
ため、持続可能な事業(サステナビリティに配慮した事業)となるかどうかは政府の役
割に係っている。政府が異なるインセンティブのメカニズムを示し、企業にグリーンイ
ニシアティブを受け入れるよう奨励する役割があるとの意見が聞かれた。
87
6.分析及び考察
(1)国内企業と海外企業のCSRの違い
国内・海外企業の文献調査、ヒアリング調査結果を元に、企業内部の状況・認識や外
部市場環境がどのように異なるかについて、比較を試みた。今回の調査は前述のように、
国内 26 社、欧州 6 社、米国 3 社、アジア 1 社と、限られた数の企業を対象として行って
おり、また、先進的と考えられる企業を選出している点に留意する必要がある。
①環境・社会課題の理解、企業価値との関連性
地球規模で深刻化する環境・社会課題に対し、欧米ではまず、市場機会・成長機会・
競争力の優位性確保など、ポジティブな機会と捉えている企業が多いのに比較し、「リス
クであるが、裏返せばチャンスである」というように、日本ではまずリスクとして捉え
られていることが多い。
日本でよく聞かれた「事業を通じた社会問題解決」「ソリューションによる社会貢献」
という言葉も、ビジネスとしての事業展開を前提としているものの、社会貢献的(世に
役立つ)ニュアンスが前面に出ている表現といえる。これは「課題解決に向けた事業が重
要であり、儲けるために環境に取り組むのとは異なる」「「儲かる」から始めるとうまく
いかない」といった発言にも現れている。この背景には、金儲けを美徳としない日本の
国民性があると考えられる。
一方で、環境・社会課題に取り組む目的が「企業の持続可能性のため」であるという
点についての反論はない。企業は、利益を確保・維持してはじめて持続できるという基
本に立ち返れば「ビジネスにしていく」
「稼いでいく」という意識を明確に持ってもよい
のではないかと思われる。
②マネジメント(トップコミットメント、社内体制)
CSR と事業とを一体化させ、CSR 部門と経営企画部門との連携が進みつつあることは
国内外共通の動きであるが、欧米の方がトップコミットが強い傾向が見られた。国内企
業では、CSR に関する横断会議体を組織し、コミュニケーションをとりながら、課題を
抽出したり、ビジョンを作り上げたりするケースが多い。
身近なこととして実感しにくい社会課題への対応は、意識の高いトップによる、強力
なトップダウンのほうが社内で展開しやすいと思われる。しかしながら、現場組織力が
強い日本の企業において、意識がきちんと浸透してしまえば、欧米企業以上に課題解決
の力を発揮することが期待される。現在は、CSR 部門が社内の意識啓発を、また新規事
業開発部門が課題解決型事業の発掘・開発を行っているが、ゆくゆくはこうした部門が
なくても各事業部門で自然に取り組むようにしていきたいという発言が複数聞かれたが、
これはそうした現場力への信頼によるものであろう。
88
社内の意識浸透のためには、課題抽出やビジョン策定、課題解決事業の模索を、現場
とコミュニケーションをとりながら実施することは、とても有効と考えられる。
③協働・ルールメイク
ルールメイクに関しては、欧米(特に欧州)の積極性に対し、日本の消極性が対照的
である。自らルール形成の場に参加する企業も一部にあるが、多くの日本企業は決めら
れたルールの中で競争をすることを普通に受け入れている。ある企業からは、日本の経
営者はロビイングに対して価値を見出さないのに対し、欧米では企業の可能性を広げる
ものとして評価される。リスク対応のロビイングはしても、ビジネス拡大のためのルー
ル形成を行う発想はない。経営者の考え方から変えないとルール形成には参画できない
との声が聞かれた。
④NGO エンゲージメント
専門的な知見をもつ NGO から意見やアドバイスをもらうことで、取り組むべき課題が
わかるという意見は各地域共通となっている。
欧州では、NGO と積極的に連携し、エンゲージメントも積極的に行われている傾向に
あるが、米企業にとっては、要請や批判を受ける対象となっているようである。
日本では、欧米に比較し NGO の歴史が浅く、連携する NGO を見つけにくいこと、企
業側の経験も少ないために、エンゲージメントまではあまり実施されていない。とはい
え、日本でも、NGO・NPO とすでに長く連携している企業が出てきており、今後 NPO
と企業が相互に成長することが期待されている。ヒアリングでは、海外との NGO とのエ
ンゲージメントを検討し始めているとの声もあった。
⑤投資家対応(ESG・非財務情報開示)
国内外からの情報開示要求への対応が負担となっている点は、各地域共通となってい
る。各国・地域における指針・規制や、ソフトローによる要請などが年々増加しており、
企業の負担感は高まっており、規制や指針等への共通化統一化の要望がでている。
日本においては、欧米の価値観による質問・評価に戸惑う声も多い。
⑥政府枠組みへの期待
国としての方向性を早い段階で明示してほしいという要望は、各地域共通。特に、日
本では、SDGs や CSR の分野を総合的に対応する省庁がないことで、企業の焦燥感が高
まっている。
89
⑦協働・連携プラットフォーム(場)の活用と利点
欧州では、国際機関や政府・NGO 等の第三者機関が提供するプラットフォームやイニ
シアティブの場を活用している企業が多かった。米国では、特に政府が設置するワーキ
ンググループやダイアローグの場が活用されていた。こうした外部プラットフォームの
活用は、アジア企業でも同様にあった。このような「場」の活用の利点は主に 2 つある
と考える。一つには、企業単体では解決が難しい課題に対して、意見を集約し大きな声
をつくったり、多様な関係者の知見を集めて効率的に共通解を見つけやすくなることで
ある。もう一つは、コネクションを形成し情報交換や交渉の場として活用する、あるい
はその場においてリーダーシップを示し競争優位性を確保するといった場の活用方法で
ある。
我が国企業も国連グローバル・コンパクト等をはじめとするイニシアティブやプラッ
トフォームへの参加例は多いが、国際的な協働と交渉の場における我が国企業のプレゼ
ンスは比較的薄いという意見も、海外では聞かれた。一方で、我が国企業はデータやロ
ジック等の目立たない所での貢献や信頼性が高いことを評価する見方もあった。国内の
関係者からは、官民一体となって政策の策定に取り組んだり交渉に望むことが望ましい
との声が聞かれた。我が国企業は一つ目のタイプの共同実施や連携は良く行っており、
今後は二つ目のコネクション形成や優位性を確保するような場の活用方法が求められる
のではないか。
90
図表 3-25 国内・海外企業の比較分析
日本
環境・社会課題
の理解
企業価値との関
連性
欧州
米国
 コストダウンや売上増につながる
 コスト削減の機会
 コスト削減の機会
 環境に取り組むことで利益を得る
 ビジネスチャンス・イノベーション投資
 低炭素社会への移行による技術導入、
技術革新、新規事業開拓、市場拡大のチ
ャンス
 新興国経済の成長による市場機会
 環境・低炭素社会移行による成長機会
 他社に先を越され事業機会を失うリスク
 ブランド保護
 「事業を通じて社会貢献」
「ソリューションにより社会問題解決」
 レジリエンス・事業継続
 競争力の優位性確保
 「ビジネスチャンス」という発言は少なかっ
た
社会貢献・リスク認識が
強い日本?
マネジメント
(トップコミットメント)
(社内体制)
ビジネスチャンス認識が強い欧米
 経営層・リーダー層のコミットが強い
 CSR に関する横断会議体を組織し、内部
コミュニケーションを重視して、ビジョンを
作り上げるケースが多い
 経営企画部との連携、経営計画との連動
が進む
 トップコミットメントが強い。
 サステナビリティの浸透は事業分野毎に
実施するケースが多い。
サステナビリティはビジネスになる⇒トップコミットが強い欧米
サステナビリティの事業統合が進む(共通)
91
(続き)
協働・
ルールメイク
日本
欧州
米国
 ルール作りに参画せず、決まったルール
に従うという意識が強い
 積極的に行われている(国際機関のトッ
プや各国政府、NGO に働きかけるなど)
 ワーキンググループ、対話会への積極的
な参加。
 ルール作りの重要性を認識し、国のイニ
シアティブ・支援を期待する声も
 国際標準・規格の活用
 州政府との密な連携により企業に有利な
枠組み作りを行う。
 自ら、ルール形成の場に参加する一部の
企業もあり
 日本のプレゼンスは低い?
→ケースバイケース(認知されづらいが
評価は高い)
 他の産業と組むことで、業務の迅速性、
効率化を図る。
 NPO との協働についての積極性は、二
極化している
ルール作りの場へ積極的に参画する欧米
決まったルールに従う日本?
NGO エンゲージ
メント
 ステークホルダーミーティングによる社外
からの視点導入・アドバイスを受ける企
業は多数
 「エンゲージメント」は意識していない
 NGO は取り組むべき課題を提示してくれ
る。自社リスクを指摘してくれる。
 長く操業するためには地域の声を聞く必
要がある
 透明性やサステナブルな取引が長期的
に自社の企業価値や事業継続につなが
る
 連携プログラムの立ち上げ運営等
積極的活用は少ない?

NGO エンゲージメントが戦略的
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
92
 NGO(環境活動家)は対応すべき課題を
示してくれる
 NGO に対応しないことは批判をうけるリ
スク。事業上は必須。
 消費者を含め、多様なステークホルダー
の活動により、「自主的規制」に対する対
応が迫られている(第三者機関によるソ
フトローの重要性)。
リスク回避のために対応必須
(続き)
投資家対応
(ESG・非財務
情報開示)
日本
欧州
米国
 ESG 評価機関からのアンケートや評価
は、社会の動向・要請がわかる、社会の
啓発・取り組み促進・コミュニケーションツ
ールになる等の利点がある
 欧州非財務報告指令や各国の指針があ
る・まもなく導入される
 投資家から昨今の動向(例えば COP21
の決定に対しての対処方針)について問
い合わせが多く、企業の方針を示す必要
が生じる。
 一方で、開示した非財務情報、アンケート
回答結果が、どう活用されているのか疑
問。
 評価は気にしないと言い切る企業も出て
きている
 投資家への丁寧な説明により、意識・知
識を高めてもらう必要があるか。
 開示指標の国際統一の検討が進展中
 ショートターミズムから長期的投資へのシ
フト
 情報開示や機関投資家への対応は普通
に行われている
 SEC への開示を重要視。
 市場からおこる規制、基準(投資家の質
問票、カスタマーポリシー、認証ポリシー)
の増加と企業負担の高まり。
 開示項目は、企業と社会が互いに「受入
可能」と妥協し合意したものである
様々な情報開示要求への対応は負担。統一化(規制、指針、規格)への要望(共通)
協働・連携
プラットフォーム
(場)の活用と利
点
 日本は、貢献はするがイニシアティブを取
ることは少ない
 政府要望として「プラットフォーム(話し合
いの場)の提供」は特になかった
 官民一体となって、政策策定や交渉戦略
に臨むことが望ましいのではないか
積極的活用は少ない?
 国際機関や政府、第三者機関によるプラ
ットフォーム、イニシアティブの場が活用さ
れている
 利点
・単体よりも多数の声の方が大きい
・乗り合いすればコスト効率的
・共通解の発見も早く又は容易になる
・主要機関とのコネクション、直接交渉
 政府によるワーキンググループ、ダイアロ
ーグが活用されている
 利点
・産業界ごとに情報交換
・リーダーシップの確保。
・発言権、政府とのコネクション維持
国際機関や政府・NGO 等のプラットフォームを活用して
有利性を確保している欧米企業(エンゲージメントが関連)
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
93
(続き)
日本
政策枠組みへ
の期待
 国としての方向性明示が必要
⇒企業の戦略策定ができないリスク
欧州
米国
 国として早い段階で方向性・目標の明示
が必要
 海外市場進出・ビジネスのグローバル展
開における政府間制度調整が必要。
⇒中長期戦略策定に不可欠
⇒公平な競争環境を創出する
⇒見通しが立たないリスク
 トップダウン的なリーダーシップの発揮
 ESG 情報開示要請の高まりに企業だけで
は対応しきれない
⇒国主導での規格化・標準化が必要
 SDGs や人権分野での国のアクションプラ
ンの早急な策定
⇒動けないことによる国際的な遅れを懸
念 (例:マレーシア政府は策定中)
国による早期の方向性明示への要望(共通)
SDGsへの取り組み遅れ懸念?
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
94
(2)個別事例からの示唆
①大きなリスクを未然に察知し、思い切った投資も行う
ネスレのミネラルウォーターの事例では、そのまま汚染が進展した場合に Vittele 事業
を継続できないばかりか、健康やウエルネス分野でリーディング企業であることを目標
とする企業そのものを揺るがすリスクがあった。
エネルギー多消費型製品を製造販売する産業や、環境負荷の高い産業等においても、
社会から存在を糾弾されるリスクを抱えている。これまでも、CO2、廃棄物、有害化学物
質等のさまざまな視点から、選別が行われてきたともいえる。これまで許容されてきた
事業・製品も、生態系保全やバーチャルウォーターなど新しい知見や考え方によって再
評価されることも少なくない。大きなリスクになる前に察知する情報収集能力・感度を
持ち、リスクを察知した場合には、その対処のために思い切った投資を行う覚悟も重要
である。
電気自動車、省エネエアコン、生態性に配慮した食材調達等、国内にも先進事例が見
られる。
②「技術シードオリエンテッド」から「ニーズオリエンテッド」への転換
「自社の技術を生かせる社会課題を模索する」ことも重要であるが、
「課題に対して何
ができるか」のマーケティングアプローチの方が、成功に結びつきやすいと推察される。
ヒアリングでは、環境・社会課題を解決できる事業や技術を探るために、新しい組織を
設置する動きも複数見られ、ニーズオリエンテッドのアプローチに舵を切った企業の中
では、
「成功比率を高めるため」と話す企業もあった。
プレオーガニックコットンの事例では、現地で課題を目の当たりとしたことから始ま
っている。ニーズオリエンテッドへ転換していくためには、この事例のように社員の現
場力や感度を鍛えることのほか、CSR 部門や新規事業開発部門を中心とし体系的に社会
課題解決に向けたアプローチを行っていく仕組みも求められる。
環境分野においても、
「気候変動・温暖化対策」と大きく捉えるのではなく、さまざま
な研究開発・普及の現場でのニーズ・課題をしっかり捉え、その解決策を丁寧に検討し
ていくアプローチが期待される。
一方、目標設定のアプローチの点からは、世界的な視点から何が必要かを外部から検
討しそれに基づいて目標を設定し、企業は現状の達成度と求められる達成度のギャップ
を埋めていくという「アウトサイド・イン・アプローチ」が SDG Compass101において紹
介されている。これは、今想定されている世界的な課題が、過去のデータや現在の潮流、
101
SDG Compass は、GRI、国連グローバルコンパクト、WBCSD が作成した SDGs の企業向け手引き。
95
将来の予測に基づいて目標を設定する「インサイド・アウト・アプローチ」では解決で
きないという危機感からくるものである。世界的な視点から何が必要かについて合意さ
れたものが、まさに SDGs であり、国際社会から SDGs に向けた取り組みとしてアウト
サイド・イン・アプローチが求められている。
「できることをやる」から「目標を達成するために、今できないことをできるように
する」という点では「ニーズオリエンテッド」と「アウトサイド・イン・アプローチ」
は共通であるが、その達成する目標を“世界的な視点”から行うかどうかが異なってい
る。グローバルに事業展開する企業、特にリーダー的存在となろうとする企業において
は、
「アウトサイド・イン・アプローチ」が重要になると考えられる。
③ニーズを丁寧に把握した、技術開発・ビジネスモデル開発
これまで解決されずに残っている課題を、ビジネスを通じて解決することは容易では
ない。顧客のニーズや現地の状況を丁寧に調査・把握を行うこと、新しい技術やビジネ
スモデルの開発をすること、必要に応じて外部組織と連携協力することなどの、腰をす
えた覚悟が求められているといえる。
息の長い腰を据えた取り組みを通じて成功した事業に対しては、結果として、後発企
業の参入が困難な状況を構築することにもなる。
④公的支援・資金の活用
社会課題解決への道筋ができれば、公的支援・資金は得られやすい。特に、MDGs や
SDGs など、世界的な合意がなされたものについては、世界中が解決策を模索している状
況と言え、ココプラスの例のようにコンセプトを明確にすることで支援が得られやすく
なる。公的支援が得られれば、資金的なメリットのほか、信頼が高まり協力を得られや
すくなるという効果も大きい。
国内の社会課題に対しても、課題を明確に示し、解決の必要性について多くの人の共
感と理解が得られれば、公的支援・資金が得られやすいだけでなく、ビジネスとしての
成功確率も高まるといえる。
⑤NGO・NPO 等、他主体との連携
課題が明確となりニーズを把握する段階において、顧客をよく知る主体と連携するこ
とは、スピードの点からもきめ細かさの点からも有効である。また、なんらかの形でビ
ジネスとして解決できる道筋が見えた段階に、他社との技術連携、現地政府機関の支援
協力、現地市民・NGO との協働などを積極的に推進していく事例が多い。
自社の足りない資源を、外部に求めることで、的確に迅速に事業を展開できることは
96
もちろんのこと、共通の課題に対し協働で取り組むことが、さらに多くの共感を得られ
る可能性がある。
⑥長期的な戦略が必要
これまで解決できなかった課題であることから、投資回収に時間もかかる。長期的な
視点に立った、息の長い取り組みが求められる。また、ビジネスとして成功した暁にも、
大きな利益が期待できない事業もある。
経営層に長期的時間軸で経営判断を行う覚悟が必要であると同時に、投資家、政府機
関、従業員等、あらゆるステークホルダーが長期的な視点で企業を評価していく環境が
重要である。
97
第 4 章 企業と投資家の新しい関係及び情報開示の在り方分析
これまで企業と投資家の関係においては短期的な利益が注目されがちであったが、近
年は、企業の持続的成長や中長期的な企業価値向上が重視されるようになってきている。
中長期的な企業価値を高めるための投資家から企業への働きかけや、企業の中長期的な
企業価値を評価しての投資、企業における中長期を見据えた取組は、企業が戦略的 CSR
活動を進める原動力となりうる。
また、機関投資家の意思決定において ESG(環境・社会・ガバナンス)を反映する動
きは広まり、その規模も拡大しつつある。特に近年は気候変動による経済的な影響が金
融業界・機関投資家から注目されている。このような投資家の変化は、企業における ESG
取組に影響を及ぼすと考えられる。
投資家が意思決定において ESG を考慮する際に重要となるのが、企業による ESG 等
の非財務情報の開示や、ESG 情報提供機関による企業の ESG 取組の評価である。
本章では、近年の企業と投資家との対話による中長期的投資促進の動向や、ESG 投資、
ESG に関するインデックス・格付け、ESG 情報等の開示の動向について整理し、企業と
投資家の関係が日本企業の戦略的 CSR 活動に与える影響について考察する。
図表 4-1 投資家責任、企業統治、情報開示に関する主な動き
金融(投資家責任)
国際レベル
情報開示
企業統治
国レベル
国際レベル
国レベル
国・地域レベル
2006 GRI G3
2003 赤道原則
(プロジェクトファイナンス)
2006 UNPRI
(機関投資家の意思決
定におけるESG反映)
2009 英財務相勧告
2010 英スチュワー
ドシップ・コード
2010 英コーポレート
ガバナンス・コード
2011 GRI G3.1
2013 赤道原則
(プロジェクト紐付きコー
ポレートローンに拡大)
2013 GRI G4
2014 EU非財務
情報開示指令
2014 日スチュワー
ドシップ・コード
座礁資産の懸念や
投資引き揚げの動き
2015 GPIFが
UNPRI署名
2015 米国
ERISA法解釈
2013 IIRC統合
報告フレームワーク
2015 日コーポレート
ガバナンス・゚コード
2016 指針案パ
ブコメ
2016 FSB気候関連金融開示に係
るタスクフォース(TCFD)を設置、
自主開示原則等をまとめる予定
資料)各種資料より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
98
図表 4-2 投資家、企業、ESG 情報機関、規制当局等の関係
規制当局、市場
(政府、証券取引所
等)
開示・報告
義務化/促進
開示基準等
提供
開示基準等
開発機関
企業
(GRI、 IIRC、SASB等)
開示要請
エンゲージメント
評価・投資
ESG情報提供機関
情報・評価
提供
(FTSE Russel,
RobecoSAM, CDP等)
機関投資家
・金融業界
資料)各種資料より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
99
1.企業と投資家との対話による中長期的投資促進の動向とその影響
(1)近年の動向の概要
これまで投資家と企業との関係においては短期的な利益が注目されがちであったが、
特に、リーマンショック以降、企業の持続的成長や中長期的な価値向上が重視されるよ
うになってきた。2010 年には、英国企業財務報告評議会(FRC:Financial Reporting
Council)が、それまでの統合規範等をふまえ、株主への長期的なリスク調整後利益の改
善に資するため、アセット・マネジャーと企業との間のエンゲージメントの質を高める
ことを目的とした「英国スチュワードシップ・コード」と、企業向けの長期的成功をも
たらしうる効果的・企業家的・良識的なマネジメントを促進することを目的とするコー
ポレートガバナンスに関する「英国コーポレートガバナンス・コード」を策定した。
(2)日本における動向とその影響
日本においては、このような動きの中、成長戦略の観点から、2014 年に投資家責任に
関する「
「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資
と対話を通じて企業の持続的成長促すために~」
(日本版スチュワードシップ・コードに
関する有識者検討会、2014)
)
、
「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家
の望ましい関係構築~」プロジェクト(伊藤レポート)最終報告書」
(2014)
、2015 年に
は「コーポレートガバナンス・コードの基本的な考え方
コーポレートガバナンス・コ
ード原案~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために~」
(コーポレートガ
バナンス・コードの策定に関する有識者会議、2015)が策定された。
ここでは日本において策定されたコード等の概要と、各コード等が企業の環境対応の
側面に与える影響についてまとめた。
①日本版スチュワードシップ・コード
1)概要
「
「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対
話を通じて企業の持続的成長促すために~」
(日本版スチュワードシップ・コードに関す
る有識者検討会、2014)は、機関投資家が、顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に
入れ、
「責任ある機関投資家」として当該スチュワードシップ責任を果たすに当たり有用
と考えられる諸原則を定めたものである。
内閣の「日本経済再生本部」の下に設置された「産業競争力会議」での議論を踏まえ、
同本部において本部長である内閣総理大臣から内閣府特命担当大臣(金融)に対し、企
業の持続的な成長を促す観点から機関投資家が適切に受託者責任を果たすための原則の
あり方について検討するよう指示がなされたことから、金融庁に設置された、「日本版ス
チュワードシップ・コードに関する有識者検討会」により、パブリックコメントを経て、
100
2014 年 2 月に策定された。
「日本版スチュワードシップ・コード」の 7 つの原則は以下のとおりである。
本コードの受入れを表明した機関投資家は、2016 年 3 月 15 日現在、205 に及ぶ。
図表 4-3 日本版スチュワードシップ・コードの 7 つの原則
投資先企業の持続的成長を促し、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る
ために、
原則 1: 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、こ
れを公表すべきである。
原則 2: 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反につい
て、明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
原則 3: 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切
に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。
原則 4: 機関投資家は、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先
企業と認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。
原則 5: 機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つととも
に、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、
投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。
原則 6: 機関投資家は、議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果た
しているかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべ
きである。
原則 7: 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環
境等に関する深い理解に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に
伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。
資料)日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(2014)「「責任ある機関投
資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続
的成長促すために~」
2)企業の環境対応の側面に与える影響
「日本版スチュワードシップ・コード」の原則の中で、企業の環境対応の側面に影響
を与えると考えられるのは、原則 3(企業の状況の適切な把握)及び原則 4(対話による
認識共有と問題改善)である。
特に、原則 3 では、その指針 3-1 において、投資先企業に関して把握する事項の例と
して「社会・環境問題に関連するリスク」が挙げられている。同指針では、機関投資家
の運用方針や、投資先企業に関して把握すべき事項の重要性が異なることから、機関投
101
資家は自らのスチュワードシップ責任に照らし、自ら判断を行うべきとされている。そ
のため、投資先企業の環境問題に関連するリスクなどについて、把握されるか否か、ど
の程度把握するかは、機関投資家の判断によることになる。この原則 3 に基づき、機関
投資家が投資先企業の持続的成長の観点から、当該企業の環境対応についても的確に把
握するようになり、企業は持続的成長も考慮した環境対応を行うようになることが考え
られる。
原則 4 については、投資家が投資先企業と環境対応に関しても建設的な対話を行い、
認識共有と問題改善が進められると考えられる。
図表 4-4 日本版スチュワードシップ・コードの原則 3 の指針
指針
3-1.機関投資家は、中期的視点から投資先企業の企業価値及び資本効率を高め、そ
の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の
状況を的確に把握することが重要である。
3-2.機関投資家は、こうした投資先企業の状況の把握を継続的に行うべきであり、
また、実効的な把握ができているかについて適切に確認すべきである。
3-3.把握する内容としては、例えば、投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、
資本構造、リスク(社会・環境問題に関連するリスクを含む)への対応など、非
財務面の事項を含む様々な事項が想定されるが、特にどのような事項に着目する
かについては、機関投資家ごとに運用方針には違いがあり、また、投資先企業ご
とに把握すべき事項の重要性も異なることから、機関投資家は、自らのスチュワ
ードシップ責任に照らし、自ら判断を行うべきである。その際、投資先企業の企
業価値を毀損するおそれのある事項については、これを早期に把握することがで
きるよう努めるべきである。
資料)日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(2014)「「責任ある機関投
資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続
的成長促すために~」
同コードの受入れを表明している投資家の中には、具体的に環境関係の取組を示して
いる例がある。
図表 4-5 日本版スチュワードシップ・コード受入れ表明投資家における環境関係の取組
機関投資家名
環境関係の取組
三菱 UFJ 信託銀行
原則 4 の対話の視点として、ESG 項目への企業の取組や ESG 情報
102
を含む非財務情報の開示を挙げている。
みずほ信託銀行
原則 3 の投資先企業の状況の的確な把握において、環境問題との関
わりなど投資先企業の非財務面の情報も的確に把握するとしている。
りそな銀行
投資の意思決定プロセスへの ESG の取組として、国内株式運用の投
資意思決定プロセスにおける個別企業調査・分析時の ESG にかかる
課題の把握、個別企業の投資推奨の際の ESG の観点からの調査・分
析結果を踏まえた総合的な判断を行っているとしている。
ニッセイアセット
原則 3 の持続的成長力を把握するための軸として ESG 評価を行うこ
マネジメント
とが重要と考えられている。また、原則 4 の対話について ESG に係
る専門人材を運用部門に配するとともに、対話の視点において環境等
のリスクへの防止体制を挙げている。
資料)日本版スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家のリスト及び各機関の
ウェブサイトから作成
②伊藤レポート
1)概要
「
「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プ
ロジェクト(伊藤レポート)最終報告書」(2014)、通称「伊藤レポート」は、経済産業
省の「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プ
ロジェクト(座長:伊藤邦雄 一橋大学大学院商学研究科教授)における議論を経て、2014
年 8 月に最終報告書としてとりまとめられたものである。企業が投資家との対話を通じ
て持続的成長に向けた資金を獲得し、企業価値を高めていくための課題を分析し提言を
行っている。
伊藤レポートの主な特徴は、①企業と株主の「協創」による持続的価値創造を提言し、
②ROE が資本コストを上回る企業が価値創造企業とし、その水準を、グローバルな投資
家との対話では ROE8%以上が最低ラインと位置づけたことである。企業と投資家との信
頼関係を構築するためには、企業価値創造プロセスを伝える開示と建設的で質の高い対
話が重要としている。
2)企業の環境対応の側面に与える影響
伊藤レポートでは、論点 1.2「
「企業価値」とは何か。
「企業価値」には異なる捉え方が
あり、とりわけ「企業価値」をめぐって企業側と投資家側の考え方にかなり隔たりがあ
るのではないか。
」に関する提言の中で、ESG(環境、社会、ガバナンス)が企業の信頼
性に関わり、ステークホルダーの信頼性を高める活動は企業価値創造に結びつくと記し
ている。また、開示に関する論点 11.2「企業と投資家との中長期的な視点からの対話を
103
促進するために必要な開示はどのようなものか。
」では、企業と投資家が中長期的な視点
から対話を深め、企業価値を高めるためには、非財務情報を含む中長期的な情報開示が
必要とされている。さらに、論点 12.1 では、企業の取組として、投資家に株式の長期保
有を望む企業の中には、ESG 情報について投資家と個別対話を行い、そのフィードバッ
クから経営課題や開示すべき情報を把握している企業があることを紹介している。
長期保有の安定株主作りを望む企業は多いため、今後、投資家のニーズに応える形で
ESG 情報の開示を検討、始める企業が増えることが想定される。また、開示や説明にあ
たり、社内情報の収集方法や、その情報の外部への発信方法などに関して、企業が GRI
の G4 等をガイドラインとして参考にした開示が増えることが想定される。
③コーポレートガバナンス・コード
1)概要
「コーポレートガバナンス・コード」は、企業が持続的に、中長期的に価値を向上さ
せるため、説明責任を含め、会社の意思決定の透明性・公平性を担保することで健全な
企業家精神の発揮を促すことを目的としている。つまり、会社の意思決定の透明性・公
正性を担保しつつ、これを前提とした会社の迅速・果断な意思決定を促すことを通じて、
「攻めのガバナンス」を実現することで、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の
向上を図ることに主眼を置いている。
「コーポレートガバナンス・コード」は、企業が収益性を高め、その利益を国民に還
元することで経済の好循環を形成しようとする、政府の成長戦略の一つとして検討が開
始された。東証及び金融庁が 2014 年 8 月から 2015 年 3 月にかけて開催した「コーポレ
ートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」で検討され、2015 年 3 月 5 日に「コ
ーポレートガバナンス・コードの基本的な考え方
コーポレートガバナンス・コード原
案~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために~」
(コーポレートガバナン
ス・コードの策定に関する有識者会議、2015)が公表された。
東京証券取引所では、同原案を受けて、
「コーポレートガバナンス・コード~会社の持
続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」を同取引所の有価証券上場規程の
別添として定めるとともに、関連する上場制度を整備し、2015 年 6 月から上場企業に対
して適用している。
図表 4-6 コーポレートガバナンス・コードの基本原則
1.
(株主の権利・平等性の確保)上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう
適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の
整備を行うべきである。また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきで
104
ある。少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に
係る環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十
分に配慮を行うべきである。
2.
(株主以外のステークホルダーとの適切な協働)上場会社は、会社の持続的な成長
と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじ
めとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを
十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。取
締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理
を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。
3.
(適切な情報開示と透明性の確保)上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財
務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報に
ついて、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提
供にも主体的に取り組むべきである。その際、取締役会は、開示・提供される情報
が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報
(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用
性の高いものとなるようにすべきである。
4.
(取締役会等の責務)上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任
を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効
率等の改善を図るべく、
(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取
締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。こうした役割・責務は、監
査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)
、
指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する
場合にも、等しく適切に果たされるべきである。
5.
(株主との対話)上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資
するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきで
ある。経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の
声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株
主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステー
クホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切
な対応に努めるべきである。
105
資料)株式会社東京証券取引所(2015)「コーポレートガバナンス・コード
な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」
~会社の持続的
2)企業の環境対応の側面に与える影響
コーポレートガバナンス・コード原則 2-3 で「上場会社は、社会・環境問題をはじめと
するサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきで
ある」と明記されている。従来は、消極的な対応にとどまっていた企業であっても、本
コードの適用対象である本則市場に上場している企業であるかぎり、CSR 方針の策定を
はじめ、経営と数値等で関連づけをした CSR 活動計画を策定し、取組状況をモニタリン
グする社内体制を整備する動きを加速することが想定される。
また、原則 3 では、
「リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に
基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り
組むべきである」とされている。これにより、非財務情報の一部として、環境問題に関
連するリスクやそれへの対応などに関する情報開示・提供が進むことが想定される。
さらに、コーポレートガバナンス・コードは、株主とその他ステークホルダーとの建
設的な対話を行うためのツールであり、平易でわかりやすい記載が求められているため、
企業のホームページや株主招集通知などの記載がわかりやすく工夫されてきている。今
後、統合報告書による説明をおこなう企業が増えることが想定される。
106
2.各国のESGを考慮した投資の動向とその影響
(1)世界におけるサステナブル投資の規模
GSIA(Global Sustainable Investment Association)は、「2014 Global Sustainable
Investment Review」(GSIA、2015)において、サステナブル投資は、ポートフォリオ
選択・管理において ESG 要素を考慮する投資アプローチであるとしている。また、同レ
ビューにおいて、サステナブル投資の包括的な定義包括的な定義を用いており、責任投
資や社会的責任投資、インパクト投資等の関連する用語と区別をつけず、ステナブル投
資または SRI と総称している。
GSIA(2015)によれば、世界のサステナブル投資市場(SRI 市場)は、2012 年初め
の 13.3 兆ドルから 2014 年初めの 21.4 兆ドルに、また専門的に管理されている資産の
21.5%から 30.2%に成長し続けている。
図表 4-7 SRI 資産規模及び専門的に管理されている資産に占める SRI の割合
資料)GSIA(2015)「2014 Global Sustainable Investment Review」より作成
地域別にみると、欧州の規模が大きく、2014 年に 13,608 十億ドルであり、次いで米
国が 6,572 十億ドルとなっている。アジアの市場規模は 2014 年で 53 十億ドルと他の地
域と比べて小さいものの拡大している。なお、NPO 法人社会的責任投資フォーラム(JSIF)
が 2015 年に日本版スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家を中心に
実施したアンケート調査によると、回答があった 24 機関によるサステナブル投資合計額
は約 26 兆 6 千億円とされており102、GSIA(2015)のアジアの SRI 市場規模を大きく上
回る結果となっている。
NPO 法人社会的責任フォーラム 2016 年 1 月 15 日プレスリリース「JSIF は日本の機関投資家によ
るサステナブル投資の初のアンケート調査を実施 回答 24 機関によるサステナブル投資残高は 26 兆 6 千
億円に!」
(http://japansif.com/160115.pdf)
102
107
図表 4-8 地域別 SRI 資産規模及び専門的に管理されている資産に占める SRI の割合
$ billion
16,000
80.0%
58.8%
14,000
12,000
70.0%
60.0%
49.0%
10,000
50.0%
8,000
6,000
4,000
40.0%
31.3%
13,608
20.2%
17.9%
8,758
6,572
2,000
3,740
11.2%
12.5%
30.0%
16.6%
20.0%
589
945
134
180
0.6% 0.8%
40
53
2012
2014
2012
2014
2012
0
10.0%
0.0%
2012
2014
Europe
2012
2014
United States
Canada
Growth
Australia/NZ
2014
Asia
Proportion
資料)GSIA(2015)「2014 Global Sustainable Investment Review」より作成
GSIA(2015)では、SRI には以下の手法があるとしている。
図表 4-9 SRI 手法とその定義
手法名
1. ネガティブ/排他的スク
リーニング
2. ポジティブ/ベスト・イ
ン・クラススクリーニング
3. 規範に基づくスクリーニ
ング
4. ESG 要因の統合
5. 持続可能性に関するテー
マ投資
6. インパクト/コミュニテ
ィ投資
7. 企業エンゲージメント及
び株主行動
定義
特定の ESG 基準に基づき、ファンド又はポートフォリ
オから、あるセクターや企業、活動を除外する手法
業種内で比較して ESG パフォーマンスがポジティブな
セクターや企業、プロジェクトを選択し投資する手法
国際的な規範に基づき、商慣行の最低基準に照らして投
資をスクリーニングする手法
投資マネージャーが、伝統的な財務分析に、環境、社会
及びガバナンスの要素を体系的かつ明確に含める手法
持続可能性(例えば、クリーン・エネルギー、グリーン
技術又は持続可能な農業)に特に関連するテーマ又は資
産に投資する手法
伝統的に資金を受けていない個人又はコミュニティに特
に資金が向けられるコミュニティ投資を含む、社会又は
環境問題解決を目的とし、一般的に民間市場で行われる
ターゲット投資、並びに、明確な社会又は環境上の目的
を有するビジネスに提供される融資
直接的な企業への働きかけ(例えば、上層部経営者及び/
又は企業の取締役会とコミュニケーションをとること)
や、株主提案の提出又は共同提出、包括的な ESG ガイ
ドラインに従った議決権の代理行使等を通じた、株主の
権利を企業行動に影響を与えるために用いる手法
108
資料)GSIA(2015)「2014 Global Sustainable Investment Review」より作成
手法別に SRI 市場をみると、世界では、1. ネガティブ/排他的スクリーニング手法の
投資が最大で 14.4 兆ドル、次いで 4. ESG 要因の統合が 12.9 兆ドル、7. 企業エンゲージ
メント及び株主行動が 7.0 兆ドルである。欧州では 1. ネガティブスクリーニング、米国、
豪州/ニュージーランド及びアジアでは 4. ESG 統合、カナダでは 7. 企業エンゲージメ
ント及び株主行動が重視されている。
図表 4-10 手法別・地域別 SRI 資産
資料)GSIA(2015)「2014 Global Sustainable Investment Review」より引用
2012 年から 2014 年にかけての伸び率では、5. 持続可能性に関するテーマ投資と 4.
ESG 要因の統合の増加率が最も著しい。次いで、3. 規範に基づくスクリーニング、1. ネ
ガティブ/排他的スクリーニング、7. 企業エンゲージメント及び株主行動の増加率が高
い。
図表 4-11 2012 年から 2014 年にかけての手法別 SRI の成長
資料)GSIA(2015)「2014 Global Sustainable Investment Review」より引用
109
(2)欧州及び米国におけるESGを考慮した投資
①ESG投資の動向
現在、世界の ESG 投資における最大のプレイヤーは欧州の投資家、次いで米国の投資
家である。欧州の投資家による ESG 投資の動向については、2013 年度に経済産業省の
委託調査が実施され、
「平成 25 年度 地球温暖化問題等対策調査(環境情報を始めとす
る非財務情報に係る国際的な企業評価基準に関する調査事業) 報告書」
(2014、株式会
社日本総合研究所 創発戦略センター/ESG リサーチセンター)が出されている。以下
では、同報告書の内容に基づき、欧州及び米国における ESG 投資の動向の概要を整理し
た。
1)ESG投資の目的
ESG 投資の源流の 1 つは倫理投資であるが、現在、欧米の主要なアセット・オーナー
である年金基金においては、倫理的な価値観による投資対象からの排除は ESG 要因の一
側面にすぎず、長期的な資産価値の維持・向上を主な目的として、各機関が独自の考え
にもとづいて積極的に ESG 要因の考慮を拡大している。
ESG 要因の考慮が投資におけるリスク/リターンを改善する理由に関する考え方は
様々であるが、多くの ESG 投資家は、投資先の ESG 要因を考えることがリスク低減に
つながると考えている。一方、投資先の ESG 要因の取組が企業の価値創造につながると
いう考えを重視する機関もある。
2)ESG情報の評価基準・評価方法
ESG 要因の中で重視される項目は ESG 投資家により多様である。ガバナンスは以前
から考慮されてきているが、環境面や社会面が一般的に考慮されるようになったのは比
較的最近である。環境面や社会面で考慮すべき重要な項目は、投資先の業種・業態によ
って異なることが一般的に認識されている。また、サプライチェーン上の ESG 要因を重
要視する投資家も多い。
企業の非財務情報の情報源は、CSR 報告書等の開示情報やアンケート調査に限らず、
他の ESG 情報提供機関や、メディア・NGO からの情報など多様化の傾向にある。ESG
投資における ESG 情報提供機関の役割は大きく、ESG 情報提供機関のマテリアリティ
の考え方は ESG 投資家に強い影響を与えている。
3)企業・投資家間のコミュニケーション(情報開示、エンゲージメント)
企業の ESG 情報開示については、ESG 投資家からは、マテリアリティを重視した企
業価値創造等に関するストーリーの開示を充実させることへの期待が多い一方、網羅的
な情報開示の継続・発展への期待もある。前者の理由は様々であり、ESG 要因に関する
110
マテリアリティを重視した評価軸によりベスト・イン・クラスに基づくポートフォリオ
を構築していること、企業が最重視する点を端的に知りたいこと、ESG 要因は企業価値
創造等のストーリーを説明する上での一要素にすぎないという考え等 ESG 上の開示に主
眼を置いていないことなどが挙げられた。後者の理由は、企業の情報開示に関する社会
的責任や、ESG 情報が投資家のみならず幅広いステークホルダー向けの開示であること
等が挙げられた。
開示に関するフレームワークとしては、欧州の投資家からは IIRC(International
Integrated Reporting Council)
、米国の投資家からは SASB(Sustainability Accounting
Standards Board)が支持されている。IIRC は、マテリアリティを重要視した価値創造
等のストーリーの開示と考え方の整合性が高い。SASB は業種別にマテリアリティを重視
したメトリクス(指標)が示され具体性がある。
海外の先進的企業では、サステナビリティ戦略が事業戦略の中に明確に位置づけられ、
情報開示においても、サステナビリティ戦略と事業戦略の融合が示されている。
エンゲージメントについては、多くの ESG 投資家は、ESG に関するエンゲージメン
トが有用と考えているが、そのスタンスは異なる。企業の側から投資家への ESG 要因に
関する積極的な働きかけを歓迎する声が多い。ESG に関連したエンゲージメントを支援
する機関も存在し、投資家のエンゲージメントにおける重点に影響を与えている。
②米国 ERISA 法の解釈
2015 年 10 月、米国労働省は経済目的投資(ETI:Economically Targetd Investing)
の考慮に関する従業員退職所得保障法(ERISA 法:Employee Retirement Income
Security Act)の下での受託者の基準について解釈を示した103。ETI は、従業員給付制度
の投資家への投資リターン以外に、付加的な利益も考えた投資を広く指している。今回
の解釈は、2008 年の解釈が受託者に ETI や ESG 要素の検討を不当に抑制していること
を考慮し、潜在的にリスク・リターンに影響を及ぼす要素を受託者が適切に考慮すべき
であることを明確に示すことが重要な目的とされている。また、同解釈は、適切な時間
軸での受益者のリターン・リスクの観点で、投資が付加的な利益を考慮しない投資と経
済的に同等である限りは、受託者は付加的な利益に基づく ETI に投資することができる
ことを明確化している。
(3)我が国におけるESGを考慮した投資
我が国においては、まだ欧米ほどの規模ではないが、ESG 投資を進める動きがある。
国内の投資家による ESG 投資の動向については、2014 年度に経済産業省によりアセッ
Department of Labor(2015)「Interpretive Bulletin Relating to the Fiduciary Standard Under
ERISA in Considering Economically Targeted Investments」
103
111
ト・オーナーや運用機関に対するアンケート調査が実施され、「投資家等を対象とした
ESG 情報の活用状況に関するアンケート調査 2014 報告書」
(2015、経済産業省産業技
術環境局環境政策課環境経済室)が出されている。回答企業数が 29 社と限られてはいる
が、以下では、同報告書の内容に基づき、国内投資家による ESG 投資の動向の概要を整
理した。
①ESG投資の状況・目的
アンケート調査に回答した国内投資家の大半は投資に際して ESG 情報を重視しており、
その過半がファンドにおいて ESG 情報を活用している。ESG 情報を重視する理由とし
ては、長期的な投資先の企業の価値創造の向上の要因をとらえることが、リスクの観点
から投資分析の要因としてとらえることや、法令等が禁止している行為に関与する企業
等への投資排除につなげること(ネガティブスクリーン)よりも高く挙げられた。
②ESG情報の評価基準・評価方法
ESG 情報の情報源としては、統合報告書等と企業との対話が最も多く、次いで、ESG
情報提供機関等外部の活用が挙げられた。
統合報告書の非財務情報の中では、ガバナンス、トップメッセージ、環境経営・環境
マネジメントなどの項目が比較的重視されている。
③企業・投資家間のコミュニケーション(情報開示、エンゲージメント)
統合報告書に対しては、投資家からは企業価値創造等に関するストーリー性を重視す
るという意見が過半を占める一方、網羅的な情報開示を求める声も多い。他方、海外の
統合報告書と比較して、ガバナンス、ストーリー性、トップメッセージ、情報の網羅性
が質的に不足しているという回答も多い。
(4)投資家におけるESG関連の主な動向
①気候変動による経済影響に関する金融機関の対応
温室効果ガスの排出規制により石炭等の化石燃料の埋蔵量の多くが使用できなくなる
可能性から、化石燃料資産を、使うことができない「座礁資産」としてとらえる動きが
ある。また、そのような化石燃料資産が過大評価されている状態を、
「炭素バブル」とし
てとらえる動きがある。欧州議会の Greens/EFA グループの委託により研究機関が EU
の金融システムへの炭素バブルの影響について研究した報告書「The Price of Doing Too
Little Too Late The impact of the carbon bubble on the EU financial system」
(Weyzig
ら、2014)によれば、埋蔵化石燃料を有する企業への EU の金融機関の株式、債券及び
与信のエクスポージャーは合計で 1 兆ユーロを超え、EU 年金基金が 2600~3000 億ユー
112
ロ、銀行が 4600~4800 億ユーロ、保険会社が 3000~4000 億ユーロと推計されている。
座礁資産等のリスクを把握するため、企業に対して気候変動リスク等の情報公開を求
める動き(後述)が広がるとともに、座礁資産がある等、化石燃料に関する企業への投
資から撤退するダイベストメント(投資引き揚げ)の動きが一部見られる。
一方、リスク分散と受託者責任の観点から、投資引き揚げに慎重な金融機関もある104。
また、投資引き揚げは根本的解決ではなく、解決策を見つけることに焦点を置いたエン
ゲージメントプロセスを通じて、企業と対処する中に解決策があるとの見解も見られる
105。
第 3 章にも前述した欧州でのヒアリング調査では、現時点では金融機関が積極的に投
資引き揚げを行う動きは確認されず、低炭素に向かいつつも特に開発途上地域では今後
も化石燃料が一定程度使われるとの見方がされており、積極的な新規投資はしないが引
き揚げもしない情報収集段階にあると考えられた106。
図表 4-12 炭素バブル・座礁資産
炭素バブルとは、化石燃料の探鉱権益を保有する上場会社によって資産計上された確認埋
蔵量が、産業規模で著しく過大評価されている状態を指す。
国際エネルギー機関
(IEA)
によれば、
CCS 技術が大規模に普及しない限り、
〔2010 年 COP16
のカンクン合意を〕誠実に履行すれば、2 度シナリオで 2050 年までに排出できる CO2 量の
上限から推計して、上場会社の確認埋蔵量は 3 分の 1 しか燃焼できない
それらの燃やせない化石燃料に関連する資産は明らかに企業にとって回収不能資産
(stranded assets)であり、財務会計上は減損処理の対象である。問題は、世界が二度シ
ナリオに沿って一斉に低炭素社会へ向けて政策転換した場合、金融市場にとって大きなシ
ステミック・リスクになりかねない、と懸念されている
資料)上妻(2015)「炭素バブルの減損リスク情報」會計 188(1), 1-13, 2015-07.
UFJリサーチ&コンサルティングによる追記。
〔〕は三菱
BloombergBusiness 2016 年 1 月 26 日 記事 「California Urges Insurers to Divest Coal Bets to
Cut Risk」
(http://www.bloomberg.com/news/articles/2016-01-25/california-urges-insurers-to-divest-from-coal-be
ts-to-cut-risk)
105 CalPERS 2014 年 7 月 11 日 Newsroom 「Divestment from Fossil Fuels Is Not the Solution」
(https://www.calpers.ca.gov/page/newsroom/for-the-record/2014/divestment-fossil-fuels)
106 詳細は第 3 章3.(2)③3)に掲載。
104
113
図表 4-13 化石燃料への投資に関する動向例

2014 年 9 月、
ロックフェラー・ブラザーズ・ファンド(RBF:Rockfeller Brothers Fund)
が化石燃料への投資からの引き揚げを発表107。RBF の投資引き揚げステートメント108
によれば、投資引き揚げは 2 段階で進められる。まず、可能な限り迅速に石炭及びタ
ールサンドへのエクスポージャーを取り除き、2014 年末までにポートフォリオ全体の
1%未満とする。また、その他の化石燃料投資へのエクスポージャーを包括的に分析し、
今後数年間でさらなる投資引き揚げのための適切な戦略を決定する。

2015 年 4 月、ノルウェー政府が、収入・発電を石炭に依存する企業に対する政府年金
基金(GPFG:Government Pension Fund Global)の投資の中止を計画109。2016 年
2 月 1 日改訂の「Guidelines for observation and exclusion from the Government
Pension Fund Global」によれば、自身あるいは管理する企業を通じて収益の 30%以上
を燃料炭から得ている、あるいは操業の 30%以上を燃料炭に基づいている鉱業会社及
び電力生産者は、観察下または GPFG のポートフォリオから除外となりうる。また、
その評価にあたっては、現在の燃料炭からの収益や活動のシェアに加えて、事業計画
の変更などの将来を見越した評価も重視される。

2015 年 10 月、米国カリフォルニア州で、CalPERS、CalSTERS に対し燃料炭からの
投資引き揚げに関する法案が成立110。同法では、収益の 50%以上を燃料炭の採掘から
得ている株式公開企業(燃料炭企業とよぶ)への公務員退職年金の追加的・新規投資
または既存投資の更新を禁ずるとともに、2017 年 7 月 1 日までに燃料炭企業への投資
を清算しなければならないことを規定している。また、投資清算の決定に際しては、
当該燃料炭企業が、収益源における燃料炭への依存の減少等を通じてクリーン・エネ
ルギー生産に適応するビジネスモデルに移行しようとしているか立証するため、燃料
炭企業と建設的にエンゲージしなければならないとされている。

2016 年 1 月、カリフォルニア州保険長官が州内保険会社に対し、燃料炭からの自主的
な投資引き揚げを要請するとともに、石炭・石油・ガスを含む炭素経済への投資に関
して開示を要請する予定を告知111。
Rockefeller Brothers Fund 2014 年 9 月 22 日 News & Updates 「Fund Announces Plans to Divert
from Fossil Fuels」
(http://www.rbf.org/news/fund-announces-plans-divest-fossil-fuels)
108 Rockefeller Brothers Fund
(2014)
「Divestment Statement」
(http://www.rbf.org/about/divestment)
109 ノルウェー政府 2015 年 5 月 28 日 News story 「The Government Pension Fund Global –
Investments in coal companies」
(https://www.regjeringen.no/en/aktuelt/the-government-pension-fund-global--investments-in-coal-co
mpanies/id2413829/)
110 カリフォルニア州 Senate Bill No. 185
Public retirement systems: public divestiture of thermal
coal companies.
111 カリフォルニア州保険局 2016 年 1 月 26 日 Press Release 「California Insurance Commissioner
Dave Jones calls for insurance industry divestment from coal」
(http://www.insurance.ca.gov/0400-news/0100-press-releases/2016/statement010-16.cfm)
107
114
②GPIFのPRI署名
2015 年 9 月、運用資産額が約 135 兆円112を超える世界最大の機関投資家である年金積
立金管理運用独立行政法人(GPIF:Government Pension Investment Fund)が、国連
責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)に署名した113。GPIF は
その 2015 年 4 月から 2020 年 3 月までの中期目標において、
「株式運用において、財務
的な要素に加えて、収益確保のため、非財務的要素である ESG(環境、社会、ガバナン
ス)を考慮することについて、検討すること。」としている114。
PRI は、アナン国連事務総長の提唱を受け 2006 年に発足したイニシアチブで 115、
UNEP 金融イニシアチブとグローバル・コンパクトが推進している116。機関投資家の意
思決定プロセスに ESG 課題(環境、社会、ガバナンス)を受託者責任に反しない範囲で
反映させるべきとした国際ガイドラインであり、
6 つの原則と 35 の行動指針からなる117。
拘束力のない規範だが、同原則の遵守状況に関する開示と報告が求められ、2013 年 10
月から実施状況を確認・評価する制度が導入された118。2016 年 3 月時点で世界約 1,500
の機関、日本では約 40 機関が署名している119。
GPIF は、PRI への署名に関するプレスリリース
113 の別紙において、スチュワードシ
ップ責任を果たす一環として、ESG への取組を強めることとしたこと、運用受託機関が
行っている投資先企業へのエンゲージメント活動の中で、これまで以上に ESG を考慮し
た「企業価値の向上や持続的成長」のための自主的な取組を促すこと等を言及している。
また、PRI の各原則に関する GPIF における取組方針を以下のように示している。
図表 4-14 国連責任投資原則と GPIF における取組方針
1
2
国連責任投資原則
GPIF における取組方針
私たちは、投資分析と意思決定の
・運用受託機関(国内株式、外国株式)におけるエン
プロセスに ESG の課題を組み込
ゲージメント活動における ESG の適切な考慮につ
みます。
いて評価することを業務方針に明記し、公表する。
私たちは、活動的な(株式)所有
者になり、
(株式の)所有方針と(株
・公表している「スチュワードシップ責任を果たすた
めの方針」を変更し、ESG の適切な考慮を明記する。
2015 年度第 2 四半期時点
年金積立金管理運用独立行政法人 2015 年 9 月 28 日 プレスリリース「国連責任投資原則への署名
について」
(http://www.gpif.go.jp/topics/2015/pdf/0928_signatory_UN_PRI.pdf)
114 平成 27 年 4 月 1 日付厚生労働省発年 0401 第 27 号指示、変更:平成 27 年 11 月 16 日付厚生労働省発
年 1116 第 6 号指示 「年金積立金管理運用独立行政法人中期目標」
(http://www.gpif.go.jp/public/activity/pdf/midterm_target_03.pdf)
115 PRI ウェブサイト
(http://www.unpri.org/about-pri/about-pri/history/)
116 PRI ウェブサイト
(http://www.unpri.org/about-pri/un-partners/)
117 PRI ウェブサイト
(http://www.unpri.org/about-pri/the-six-principles/)
118 PRI ウェブサイト
(http://www.unpri.org/areas-of-work/reporting-and-assessment/)
119 PRI ウェブサイト
(http://www.unpri.org/signatories/signatories/)
112
113
115
国連責任投資原則
GPIF における取組方針
式の)所有慣習に ESG 問題を組み
(注)GPIF は法令により株式の直接保有ができないため、
入れます。
3
4
5
運用受託機関を通じて ESG に取り組むこととする。
私たちは、投資対象の主体に対し
・運用受託機関が行うエンゲージメント活動の中で、
て ESG の課題について適切な開
投資先企業における ESG の課題への対応方針につ
示を求めます。
いて説明を求める。
私たちは、資産運用業界において
・運用受託機関に対して、国連責任投資原則の署名状
本原則が受け入れられ、実行に移
況について報告を求め、署名しているのであれば活
される ように働きか けを行い ま
動状況及び活動内容を、署名していないのであれば
す。
その理由を説明するようそれぞれ求める。
私たちは、本原則を実行する際の ・国連責任投資原則のネットワークの活動に参加する。
効果を高めるために協働します。
6
私たちは、本原則の実行に関する
活動状況や進捗状況に関して報告
します。
・国連責任投資原則で求められる報告書を作成し、報
告する。
・毎年度、運用受託機関の取組状況のヒアリングを含
む GPIF の取組みを公表する。
資料)年金積立金管理運用独立行政法人(2015)「2015年9月28日
任投資原則への署名について」」より引用
116
プレスリリース「国連責
3.ESGに関するインデックス・格付けの動向とその影響
(1)ESG情報提供機関の概要
ESG 情報提供機関の概要を以下に示す。
図表 4-15 ESG 情報提供機関の ESG 評価の基準
本拠地・機関
名
米国
Bloomberg
米国 MSCI
ESG
Research
欧州 CDP
ESG 情報提供
先
既存ユーザーの
うち、8000 近
くが ESG 情報
を利用
15 兆ドルの資
産規模を持つ
600 の投資家
(うち 60 のア
セット・オーナ
ー)からの支持
を得る
署名する投資家
は 700 以上、運
用資産総額は
87 兆円を超え
る
欧州
RobecoSAM
2 の運用機関等
欧州
FTSE4Good
n/a
ESG 評価の目的・ESG 要因の捉え方
カバレッジ
ESG に限らず、収集した情報に独自
の定性判断を付与することは行って
いない。あくまでも中立的な立場での
情報提供を行うという姿勢を持つ。
ESG 課題対応の巧拙は、将来の予期
せぬコスト負担を予測するものであ
るとの考え方を基本とする。予期せぬ
コストには、罰金、訴訟費用、オペレ
ーションコスト、操業許可取得コス
ト、レピュテーション回復コストなど
が含まれる。
気候変動、水不足、洪水、公害、森林
破壊は、投資家にとって重要なリスク
と機会を見極める要素。CDP のデー
タを通じて、投資家は、説明責任と透
明性に優れた企業を見極め、長期的な
投資判断を行うことが可能とする。
様々な資源の制約が増える中、持続可
能な経営は長期的なステークホルダ
ーの価値を形成するのに重要であり、
また、企業の競争力を評価する上で重
要なリスクであり機会でもある、とす
る。
FTSE4Good Index は、投資家および
アセット・マネジャーが、社会的責任
の世界基準を満たす企業の特定・ベン
チマーク、および効果的な投資を行う
ための判断指標として活用し、企業が
世界基準に合わせた質の高い責任あ
る事業を慣行・促進することを目指
す。
52 か国 5000 社以
上
先進国、新興国合
わせて約 5000 社、
うち MSCI World
に組み入れられて
いる日本企業数は
約 300 社
全世界 6000 社以
上、うち気候変動
質問書の対象とな
る日本企業数は
500 社
全世界 3300 社、
うち日本企業は
352 社(DJSI 選定
のための日本企業
調査母集団)
全世界 2800 社程
度(FTSE
All-World に含ま
れる企業)、FTSE
Developed Index
Series の日本企業
対象数 45 社
(2033
社中)
資料)経済産業省委託、株式会社日本総合研究所 創発戦略センター/ESGリサーチセンター
(2014)「平成25年度 地球温暖化問題等対策調査(環境情報を始めとする非財務情報
に係る国際的な企業評価基準に関する調査事業) 報告書」より三菱UFJリサーチ&コ
ンサルティング作成
117
図表 4-16 ESG 情報提供機関の ESG 評価の基準と情報源
本拠地・機関名
米国
Bloomberg
米国 MSCI
ESG
Research
評価基準
主な情報源
G
S
E アンケ 企業開
その他
企業統 公正な 従業員 消費者 サプラ コミュ 環境 ート 示・イ
治 事業慣
イヤー ニティ
ンタビ
行
ュー
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
欧州 CDP
○
○
○
○
CDP のデータ
○
国際機関、国
際 NGO、研究
機関が公開す
るデータおよ
び情報、メデ
ィア情報、
CDP のデータ
○
欧州
RobecoSAM
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
欧州
FTSE4Good
○
RepRisk デー
タ(メディア、
インターネッ
ト上の新聞記
事・ニュース、
NGO の 情 報
など)
NGO の情報、
メディア情
報、規制当局
による情報な
ど
資料)経済産業省委託、株式会社日本総合研究所 創発戦略センター/ESGリサーチセンター
(2014)「平成25年度 地球温暖化問題等対策調査(環境情報を始めとする非財務情報
に係る国際的な企業評価基準に関する調査事業) 報告書」より三菱UFJリサーチ&コ
ンサルティング作成
(2)主なESG情報機関・インデックス・格付け
①CDP
機関投資家は長期的投資保護のため環境外部性から生じる長期的なリスク低減に取り
組む必要があるという観点から、CDP は、長期的・客観的な分析に資する企業の環境関
連情報を世界規模で提供している。運用資産総額 95 兆米ドル超の 822 以上の機関投資家
が CDP を支援している。
CDP が提供する情報の情報源は、CDP が企業に送る質問書に対する企業からの回答で
ある。CDP は、世界の主要企業に対して、気候変動、水、森林に関する質問書を送り、
企業から得られた情報に基づき、気候変動に関するディスクロージャー評価やパフォー
マンス評価等を行うとともに、公開可能な情報を公開している。このような企業への要
118
請により、企業が環境に関するリスクの説明責任を負い、透明性が促進され、また、結
果的に、排出削減と水及び森林の管理の改善促進、及び企業行動変化のきっかけとして
重要な役割を果たしているとされている。120
図表 4-17 CDP2015 気候変動質問書の概要(構成)
CC1. ガバナンス
CC8. 排出量データ
CC2. 戦略
CC9. スコープ 1 排出量内訳
CC3. 排出削減目標及び削減活動
CC10. スコープ 2 排出量内訳
CC4. コミュニケーション
CC11. エネルギー使用量
CC5. 気候変動リスク
CC12. 排出実績
CC6. 気候変動による機会
CC13. 排出量取引
CC7. 排出量算定方法
CC14. スコープ 3 排出量内訳
資料)CDP Worldwide(2015)「CDP 2015 気候変動質問書」
図表 4-18 CDP2015 ウォーター質問書の概要(構成)
W1. 全社的な水データ
W7. コンプライアンス
W2. 手順及び要件
W8. 目標およびイニシアチブ
W3. 水リスク
W9. 水とその他の環境問題との間のトレ
W4. 水に関連する機会
ードオフ関係の調整
W5. 施設レベルの水データ
W10. 承認
W6. ガバナンス及び戦略
資料)CDP Worldwide(2015)「CDP 2015 ウォーター質問書」
図表 4-19 CDP2015 フォレスト質問書の概要(構成)
F1. 背景
F7. ガバナンスと成長戦略
F2. リスク評価
F8. 方針
F3. リスク
F9. 基準と目標
F4. 機会
F10. 協働
F5. 測定
F11. 障害・課題
F6. トレーサビリティ
F12. Sign off
資料)CDP Worldwide(2015)「CDP 2015 フォレスト質問書」
2015 年の日本企業を対象とした気候変動に関する調査では質問を送付した 500 社中
120
CDP Worldwide ウェブサイト(https://www.cdp.net/en-US/WhatWeDo/Pages/investors.aspx)
119
246 社(
「CDP 気候変動レポート 2015:日本版」
(CDP Worldwide、2015)執筆時の最
新データ)
(グローバルでは約 2,000 社)から121、水に関する調査では 150 社中 73 社か
ら回答が得られている122。
CDP は質問書への回答をスコアリングする手法を開発し、適用している。2015 年の気
候変動質問書への回答をスコアリングする手法では、ディスクロージャースコアとパフ
ォーマンススコアがあり、各質問について点数が細かく設定されている。さらに、CDP
は、調査回答のスコアリング結果を踏まえて、回答企業の評価を示している。
図表 4-20 CDP による企業評価(気候変動関連)
評価
CDLI:気候変動情報開示
先 進 企 業 ( Climate
Disclosure Leadership
Index )
A リスト(以前の CPLI
(Climate Performance
Leadership Index)
)
概要
企業が CDP の質問に対して体系
的に回答した程度を示すため、企
業の回答の完全性と品質を評価
し、そのディスクロージャースコ
アが高い企業を CDLI に選定して
いる。
企業の CDP への回答に示された
積極的な気候変動への取組を明ら
かにするため、企業が開示した気
候変動の緩和、適応および透明性
に対する取組のレベルを評価し、
そのパフォーマンススコアが高い
企業でかつ総排出量の実績及び排
出量の検証について満点を獲得
し、スコープ 1 及び 2 の排出量に
ついてグローバルでの総計を開示
している企業を選定している。
2015 選定企業の例
積水化学工業、日産自動
車、パナソニック、花王、
パナソニック、キリンホー
ルディングス、コニカミノ
ルタ 等
ソニー、日産自動車、アサ
ヒグループホールディン
グス、キリンホールディン
グス、サントリー食品イン
ターナショナル、清水建
設、大日本印刷、日立製作
所
資料)CDP Worldwide(2015)「CDP気候変動レポート2015:日本版」より作成
CDP のデータは、投資関連の決定や行動を支援する様々な投資専門家に活用されてい
る。CDP によれば、セクター及びポートフォリオ分析やリターン最適化のための指標と
しての使用、ポートフォリオのカーボン・フットプリントの評価、ブローカーへの助言
の提供や、投資調査等に使用されている123。
CDP Worldwide(2015)
「CDP 気候変動レポート 2015:日本版」
CDP Worldwide(2015)
「水資源に制約された世界-新しい現実を直視する CDP ジャパン 150 ウォ
ーターレポート 2015」
123 CDP Worldwide ウェブサイト
(https://www.cdp.net/en-US/WhatWeDo/Pages/investors/investor-use-of-CDP-data.aspx)
121
122
120
②FTSE Russel
FTSE Russel は、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関して、FTSE4Good Index Series
などのインデックスと、FTSE ESG Rating を示している。
FTSE4Good Index Series は、ESG 活動を精力的に実施する企業のパフォーマンスを
測定するために設計されている124。FTSE4Good Index Series は、ベンチマーク・インデ
ックスと取引可能なインデックスで構成されている125。
図表 4-21 FTSE4Good Index Series
ベンチマーク・インデックス
取引可能なインデックス
FTSE4Good Global Benchmark
FTSE4Good Global 100
FTSE4Good Europe Benchmark
FTSE4Good Europe 50
FTSE4Good US Benchmark
FTSE4Good US 100
FTSE4Good Japan Benchmark
FTSE4Good Australia 30
FTSE4Good UK Benchmark
FTSE4Good UK 50
資料)FTSE Russell(2016)「FTSE FACTSHEET
FTSE4Good Index Series」より作成
FTSE ESG Rating は、世界の企業の ESG リスク及びパフォーマンスを測定し、市場
参加者に ESG 基準でポートフォリオを設計・管理するツールを提供するため、また企業
エンゲージメント及びスチュワードシップの枠組みとして設計されている 124。
FTSE4Good Index Series への組み込みを決定する基準は定期的に改訂されており、
FTSE ESG Rating がその基礎となっている。評価に用いる情報源は公開データのみであ
る。2016 年 1 月に発行されている「Index Inclusion Rules for the FTSE4Good Index
Series v1.7」
(FTSE Russell,2016)によれば、FTSE ESG 格付けモデルには 300 以上
の指標、14 のテーマ、3 つの柱(環境、社会、ガバナンス)が含まれており、指標、テ
ーマ、柱、及びトップ(総合)の 4 つのレベルで評価が行われる。テーマ及び柱のレベ
ルでの評価には、取組とパフォーマンスを測定するスコア評価と、関連性と重要性を測
定するエクスポージャー評価がある。
FTSE ESG Rating により各企業は 0~5(最高が 5)に格付けられる。2016 年 1 月か
らは、格付けが 3.2 以上で、かつ追加的な要求事項を満たす場合、インデックスに組み込
まれる。
FTSE Russell ウェブサイト(http://www.ftse.com/products/indices/ftse4good)
FTSE Russell(2016)
「FTSE FACTSHEET FTSE4Good Index Series」
(http://www.ftse.com/Analytics/FactSheets/temp/50353e55-6a3d-4368-be19-7a6888692f1e.pdf)
124
125
121
図表 4-22 FTSE ESG 格付けモデルの 3 つの柱と 14 のテーマ
柱
環境
社会
ガバナンス
テーマ

気候変動

健康と安全


水利用

労働基準

生物多様性

人権とコミュニティ

リスク管理

汚染と資源

顧客責任

税務の透明性

サプライチェーン:

サプライチェーン:

腐敗防止
環境
コーポレートガバナ
ンス
社会
資料)FTSE Russell(2016)「Index Inclusion Rules for the FTSE4Good Index Series v1.7」
より作成
③RobecoSAM(DJSI:Dow Jones Sustainability Indices)
RobecoSAM は S&P Dow Jones Indices とともに Dow Jones Sustainability Indices
(DJSI)を提供している。DJSI は、経済・環境・社会の基準において世界で先導的な企業
の株のパフォーマンスを測定している。世界、地域(アジア太平洋、欧州、北米等)及
び国(豪州、韓国)の各レベルの DJSI がある126。
DJSI の 基 礎 と な っ て い る の が 企 業 サ ス テ ナ ビ リ テ ィ 評 価 ( CSA : Corporate
Sustainability Assessment)である。CSA では、オンラインのアンケートと企業の文書
を情報源として、主要なインデックスをカバーする 2,000 以上の企業のサステナビリテ
ィのパフォーマンスを毎年分析している。さらに、RepRisk ESG Business Intelligence
によるメディアの報道やステークホルダーのコメント、その他の公開情報源も用いてい
る。なお、CSA はサステナビリティのトレンドに適するように定期的に更新される127。
CSA では、経済・環境・社会の 3 側面をカバーする基準を設定している。基準には、
一般的な全産業共通の基準とともに、長期的価値を創出する企業の能力に重要な影響を
与える産業固有の基準がある点が特徴的である。各側面は、平均して 6~10 の基準で構
成され、各基準は 2~10 の質問を含みうる。各質問には各基準における合計が最大 100
ポイントになるようにポイントが設定されている。さらに、 3 側面の合計(Total
Sustainability Score)が 100 になるように各側面・基準にも重みづけがされている。こ
れにより、各企業について 0~100 の Total Sustainability Score がつけられ、産業内で
の他の企業との比較でランクが付けられる。各産業の中で企業サステナビリティの観点
でトップから 10%の企業のみが DJSI World に選ばれる128。
RobecoSAM ウェブサイト
(http://www.sustainability-indices.com/index-family-overview/djsi-family-overview/index.jsp)
127 RobecoSAM ウェブサイト
(http://www.robecosam.com/en/sustainability-insights/about-sustainability/robecosam-corporate-sust
ainability-assessment.jsp)
128 RobecoSAM(2015)
「Measuring Intangibles RobecoSAM’s Corporate Sustainability Assessment
126
122
図表 4-23 RobecoSAM の産業ベース分析
資料)RobecoSAM提供資料
④MSCI
MSCI は、MSCI ESG RATINGS と MSCI ESG Indexes を提供している。
MSCI ESG RATINGS は、従来型の分析では把握できない ESG リスク・機会の特定に
資するように設計されている。情報源は、100 以上のデータセットや企業の開示情報、
1,600 以上の世界及び地域のメディア情報である。対象企業の事業や所在等を踏まえた
ESG リスクへのエクスポージャーを測る基準と、企業の戦略やパフォーマンスを踏まえ
たリスクや機会のマネジメントを測る基準に基づき評価を行い、産業別に課題の重みづ
けを行って、最終的に同一産業内での AAA~CCC の ESG 格付けを行っている129。
MSCI ESG Indexes は、世界の数千の企業に関する ESG データと格付けを用いて、最
も普及している ESG 投資戦略を表すために設計されている。
複数のインデックスがあり、
大きく、株式と債券のインデックスに分けられる。特に環境に関連するインデックスと
しては、MSCI Low Carbon Indexes や MSCI Global Fossil Fuels Exclusion Indexes、
MSCI Global Climate Index 等がある130。
Methodology」
129 MSCI(2016)
「MSCI ESG Rating」
(Factsheet)
130 MSCI ウェブサイト(https://www.msci.com/esg-indexes)
123
(3)ESGパフォーマンスと財務パフォーマンス
Friede ら(2015)131は、既往の 60 のレビュー研究の対象となっている、3,718 の研究
(重複を除くと約 2,200)の結果を用いて、ESG 基準と企業財務パフォーマンス(CFP)
との関係について分析を行っている。Friede ら(2015)が扱った既存のレビュー研究は、
票数計算研究(vote-count studies132)とメタ分析に分けられているが、いずれのレビュ
ー対象研究群においても、ESG と財務パフォーマンスが正の関係である割合が、負の関
係に比べて高くなっており、Friede ら(2015)は、約 90%の研究が ESG と CFP の関係
が負ではない結果になっているとしている。
図表 4-24 全般的な要約結果
資料)Gunnar Friede, Timo Busch & Alexander Bassen (2015) ESG and financial
performance: aggregated evidence from more than 2000 empirical studies, Journal of
Sustainable Finance & Investment, 5:4, 210-233, DOI:
10.1080/20430795.2015.1118917より引用
Gunnar Friede, Timo Busch & Alexander Bassen (2015) ESG and financial performance:
aggregated evidence from more than 2000 empirical studies, Journal of Sustainable Finance &
Investment, 5:4, 210-233, DOI: 10.1080/20430795.2015.1118917
132結果が significant positive、significant negative、nonsignificant となる研究数をそれぞれ数えて、元
もシェアの高いカテゴリを勝者として「投票する」
131
124
4.ESG情報等の開示の動向とその影響
(1)欧州における非財務情報開示の動向
EU では、企業の非財務及び多様性情報の開示に関する EU 指令(2014/95/EU)133が
あり、その 19a 条において、一定規模以上の企業は、グループの発展、業績、ポジショ
ン、活動の影響を理解するために必要な範囲で、最低でも、環境、社会、従業員、人権
尊重、腐敗防止、贈賄に関する情報を含む非財務情報を開示しなければならないとされ
ている。2016 年 1 月には、非財務情報の報告方法に関する法的拘束力のない指針の案が
公表され、2016 年 4 月までパブリックコンサルテーションが行われている。2016 年 12
月までに欧州委員会が指針を準備する予定となっている。134
ドイツでは、先行して、2011 年に非財務パフォーマンス報告のための枠組原則である
最初の「サステナビリティ・コード」を策定している(2015 年に第 2 改訂版を発表)。
「サ
ステナビリティ・コード」は自己宣言方式で、規模や法的体制に関わらずあらゆる組織・
企業が使用可能である。
「サステナビリティ・コード」を満たすためには、20 の基準及び
定量化可能な非財務パフォーマンス指標をカバーする適合性宣言を準備し、ドイツ持続
可能開発委員会(German Council for Sustainable Development)のレビューを受ける。
「サステナビリティ・コード」の 20 の基準は、戦略、プロセス管理、環境、社会の 4 つ
の分野に分けられており、環境分野では自然資源の利用、資源管理、気候関連の排出の 3
つの基準が挙げられている135。
(2)米国における非財務情報開示の動向
米国については、第 3 章に前述したように非財務情報開示に関して企業にヒアリング
調査を実施したため、企業側の開示に関する考えを中心にその結果をここで紹介する136。
米国企業は、ステークホルダーの中で特に投資家とのコミュニケーションを重視して
いる。そのため、様々な情報開示の枠組み等の中では、投資家への影響が大きい米国証
券取引委員会(SEC:U.S. Securities and Exchange Commission)への情報開示が重要
と考えられていた。また、投資家に対しては開示にとどまらず、直接対話のチャネルが
あり、それが企業の取組の発展と投資増加の機会として有効と考えられていた。
外部からの情報開示の要請については、企業内での啓発等のツールとして有効である
DIRECTIVES DIRECTIVE 2014/95/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE
COUNCIL of 22 October 2014 amending Directive 2013/34/EU as regards disclosure of non-financial
and diversity information by certain large undertakings and groups
134 欧州委員会 ウェブサイト
(http://ec.europa.eu/finance/company-reporting/non-financial_reporting/index_en.htm)
135 ドイツ持続可能開発委員会(2015)
「The Sustainability Code Benchmarking sustainable economy
2nd completely revised edition 2015」
(http://www.deutscher-nachhaltigkeitskodex.de/fileadmin/user_upload/dnk/dok/kodex/The_Sustaina
bility_Code_-_english.pdf)
136 詳細は第 3 章4.(1)④に掲載。
133
125
という意見がある一方で、多くの多様な要請に対応する負担や、情報開示の有用性への
懸念も聞かれた。
(3)市場における非財務情報開示の動向
証券取引市場等において、上場企業に対して、非財務情報の報告を求める動きがある。
例えば、マレーシア証券取引所(Bursa Malaysia)は、2015 年 10 月、上場企業に対
して年次報告において経済、社会、環境上の重要なリスクと機会の管理について開示さ
せるように上場基準を改正するとともに、
「サステナビリティ報告ガイド(Sustainability
Reporting Guide)
」
(Bursa Malaysia Securities Berhad、2015)及び 6 つのツールキッ
トを発行した137。
基準改正のポイントは以下のとおりである 137。

改正基準について、上場企業の時価総額に応じて段階的な実施期日を提示。

上場企業による重要な持続可能性問題の管理に関するナレーティブなステートメ
ントの開示を要求

持続可能性ステートメントの準備及び重要な持続可能性問題の特定において、ベ
ストプラクティスとしてガイドを参照することを上場企業に奨励

ガバナンス構造、持続可能性ステートメントの範囲及び重要な持続可能性問題の
管理のようなある規定の情報を持続可能性ステートメントに含むことを要求

重要な持続可能性問題の定義を提供

上場企業が既に GRI 持続可能性報告ガイドラインに従って持続可能性ステートメ
ントを準備している場合は、上場企業が上記 3 点目の詳細な開示を含むことを要
求されないことを明確化
「サステナビリティ報告ガイド」
(Bursa Malaysia Securities Berhad、2015)の概要
は、以下のとおりである。

持続可能性はなぜ重要か

組織において持続可能性をどのように組み込むか

上場基準の下で何を開示すべきか
ツールキットは、
以下の 6 つのテーマについてより詳細なガイダンスを提供している138。
137
マレーシア証券取引所 ウェブサイト
(http://www.bursamalaysia.com/misc/system/assets/15709/Main%20Circular_Issuance%20(Sustaina
bility)_fair.pdf)
138 マレーシア証券取引所
ウェブサイト
(http://www.bursamalaysia.com/market/sustainability/sustainabilityreporting/sustainability-reporti
ng-guide-and-toolkits/)
126

ガバナンス

重要性評価

重要性マトリクス

ステークホルダー・エンゲージメント

ステークホルダー優先付けマトリクス

テーマと指標
(4)気候変動に関する情報開示強化の動き
特に近年、気候変動による経済的影響に対する懸念から、気候変動リスクに関する調
査が行われるとともに、関連する情報の開示を呼びかける動きがある。
①FSB(金融安定理事会)の動向
金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)は、2015 年 9 月の FSB 会合に際
し、2015 年 4 月の G20 から FSB への要請に基づき、9 月 24 日に金融セクターへの気候
変動問題の影響について検討するハイレベル官民会合を開催し、金融安定性の潜在的な
リスクと、開示奨励やストレステストの調査等の対策に関する議論を行った139。
2015 年 9 月 29 日、FSB のカーニー議長は、Lloiyd’s London において「Breaking the
Tragedy of the Horizon –climate change and financial stability」と題するスピーチを行
った140。同スピーチでカーニー議長は、前述の官民会合にも言及しつつ、金融安定化へ
の気候変動の影響や、投資の炭素集約度に関する情報によって投資家が企業のビジネス
モデルへのリスクを評価し、投資家の考えを市場で表現できることを述べ、1 つのアイデ
アとして、炭素を生産・排出する企業による自主的な開示基準を設計する気候開示タス
クフォースの設置を示した。
2015 年 12 月には、G20 の官民対話や COP21 の結果をふまえて、企業が機関投資家
等に気候変動関連リスク情報を開示するための方策を検討するため、産業主導の「気候
関 連 金 融 デ ィ ス ク ロ ー ジ ャ ー に か か る タ ス ク フ ォ ー ス ( TCFD : Task Force on
Climate-related Financial Disclosures)
」が設置された141。2016 年 2 月には、議長をブ
ルームバーグ氏とする TCFD の初回会合が開催された142。2016 年 3 月に適用範囲及び上
FSB 2015 年 9 月 25 日 プレスリリース
(http://www.financialstabilityboard.org/2015/09/meeting-of-the-financial-stability-board-in-london-on
-25-september/)
140 FSB
2015 年 9 月 29 日 スピーチ
(http://www.fsb.org/wp-content/uploads/Breaking-the-Tragedy-of-the-Horizon-–-climate-change-and-f
inancial-stability.pdf)
141 FSB ウェブサイト
(http://www.fsb.org/what-we-do/policy-development/additional-policy-areas/developing-climate-relate
d-financial-disclosures/)
142 TCFD ウェブサイト
(https://www.fsb-tcfd.org/calendar/)
139
127
位目的、2016 年末までに自主開示原則とその方法をまとめる予定である 141。
②英中銀(Bank of England)による調査研究
英中銀(Bank of England)の PRA(Prudential Regulation Authority)は、英国環
境・食糧・農村地域省から、保険に焦点を置いた気候変動適応報告書作成の要請を受け、
PRA として初めて気候変動をテーマとした報告書「The impact of climate change on the
UK insurance sector
A Climate Change Adaptation Report by the Prudential
Regulation Authority」
(PRA、2015)を 2015 年 9 月に公表した。同報告書は、PRA の
保険会社関連の法定目的から鑑みた気候変動リスクの検討枠組みの提供を目的とし、
PRA が管轄する 30 の生命及び損害保険会社からの反応、保険産業との 4 回のラウンド
テーブルでの議論、多くのステークホルダーとの議論に基づきまとめられている。同報
告書では、影響が生じうる 3 つの主要なチャネルとして、物理的リスク、移行リスク、
負債リスクを挙げている。中でも移行リスクについては、2℃炭素バジェットに収めるた
めには、炭素排出軌道の大きなシフトが必要であり、世界の低炭素経済への移行が炭素
集約型アセットへの投資を通じて保険会社に影響を及ぼしうるとしている。特に次の 2
つのアセット、(i) 化石燃料の生産・使用能力の規制により直接的に影響を受けうる企業
の証券、(ii) エネルギー費用の増加を通じて間接的に影響を受けうるエネルギー集約型の
企業の証券、が関連するとしている。また、市場参加者がこの分野のリスクを評価する
ために十分な情報を確保するためには、開示の改善が有益となりうるとされている。
③米国「リスキー・ビジネス」プロジェクト
「リスキー・ビジネス」は米国内における気候変動の経済的影響を評価・公表するプ
ロジェクトで、2013 年に元ニューヨーク市長ブルームバーグ氏が設立した143。共同議長
に米元財務長官ポールソン氏等、委員会メンバーにルービン元財務長官、シュルツ元国
務長官等を擁する144。
2014 年 6 月「Risky Business: The Economic Risks of Climate Change in the United
States」
(Risky Business、2014)と題する報告書を公表し、ハリケーンや洪水、熱波等
の異常気象による米国の経済的損失予測が甚大であることを指摘し、米国産業界と金融
業界に対して気候変動リスクを意思決定に組み込むことを呼びかけた。
④米国 SEC「気候変動リスク開示」指針とピーボディ不祥事
米国証券取引委員会(SEC:U.S. Securities and Exchange Commission)は 2010 年、
Risky Business ウェブサイト (http://riskybusiness.org/about/)
Risky Business(2014)
「RISKY BUSINESS: The Economic Risks of Climate Change in the United
States」
143
144
128
企業に対して有価証券報告書に気候変動によるリスクへの言及を促す「気候変動に関す
る開示の解釈ガイダンス」
(SEC、2010)を公表している。
しかしながら、「Risky Business: The Economic Risks of Climate Change in the
United States」
(Risky Business、2014)によれば、同ガイダンスにも関わらず「2013
年現在、スタンダード&プアーズ 500 指数にリストされた企業の 40%以上が気候リスク
について自発的に開示していない」とされている。
2015 年 11 月、世界最大規模の米国の民間石炭会社ピーボディ・エナジー社は、自社
内で気候変動に関する潜在的な規制が同社に深刻な影響を及ぼしうることを予測してい
たが、SEC に提出する開示情報では同社では予測はできないとしていたことがニューヨ
ーク州検事総長による調査から明らかとなった145。
SEC は取り締まりの緩さを批判され、現在、企業への開示要請についてレビューを行
っている146。
(5)非財務情報の開示に関するガイドライン等に関する動向
非財務情報の開示に関するガイドライン等は様々あるが、主なものとして、GRI(Global
Reporting Initiative)
、国際統合報告評議会(IIRC:International Integrated Reporting
Council )、 サ ス テ ナ ビ リ テ ィ 会 計 基 準 審 議 会 ( SASB : Sustainability Accounting
Standards Board)が示しているものがある。
①GRI
GRI(Global Reporting Initiative)は、サステナビリティがあらゆる機関の意思決定
プロセスにおいて不可欠となる未来を創ることをビジョンとし、サステナビリティに関
する基準やマルチステークホルダーのネットワークを通じて、世界の意思決定者がより
持続可能な経済・世界に向けて行動できるようにすることを使命とする国際的な独立機
関 で あ る 147 。 1997 年 、 米 国 の 非 営 利 法 人 で あ る Coalition for Environmentally
Responsible Economies (CERES) が 、 国 連 環 境 計 画 ( UNEP : United Nations
Environment Programme)の関与も受け、GRI プロジェクト部門として設立し、2001
年に CERES が GRI を独立非営利法人とし、2002 年には正式に UNEP の協力機関とな
Peabody energy 2015 年 11 月 9 日 プレスリリース 「Peabody Energy, New York Attorney
General Resolve Longstanding Questions Regarding Climate Change Disclosures」
(http://www.peabodyenergy.com/content/120/press-releases)
146 ニューヨークタイムス
2016 年 1 月 23 日 記事 「S.E.C. Is Criticized for Lax Enforcement of
Climate Risk Disclosure」
(http://www.nytimes.com/2016/01/24/business/energy-environment/sec-is-criticized-for-lax-enforceme
nt-of-climate-risk-disclosure.html?_r=2)
147 GRI
ウェブサイト(https://www.globalreporting.org/information/about-gri/Pages/default.aspx)
145
129
った148。日本からは、過去、GRI の運営委員及びボードメンバーに149、現在、GRI Global
Sustainability Standards Board (GSSB)のメンバーに150、日本人が就任している。
GRI は 2000 年に初めて「サステナビリティ報告ガイドライン」第 1 版を発行し、その
後、改訂を進め、2002 年に第 2 版、2006 年に第 3 版、2011 年に第 3.1 版、2013 年に第
4 版(G4)を発行している 148。
G4 は、第一部の報告原則及び標準開示項目と、第二部の実施マニュアルで構成されて
いる151。標準開示項目は一般標準開示項目と特定標準開示項目があり、特定標準開示項
目では、経済、環境、社会の 3 つのカテゴリ別に指標が挙げられている152。
②IIRC
国際統合報告評議会(IIRC:International Integrated Reporting Council)は、公的
及び民間のセクターにおいてメインストリームのビジネス慣行における統合報告・思考
を規範(norm)として確立することを使命とする世界規模の非営利組織である153。2010
年、A4S(Prince’s Accounting for Sustainability Project)と GRI が IIRC の設立を発
表した154。日本からは、現在、IIRC のボードメンバー155、評議会メンバー156、及び IIRC
大使に157、日本人が就任・任命されている。
IIRC は、2012 年 7 月に「国際統合報告フレームワーク」のアウトライン案を158、2012
年 11 月にプロトタイプを公表し159、2013 年 12 月に「国際統合報告フレームワーク」を
公表160している。
「国際統合報告フレームワーク」の検討過程で実施された IIRC パイロ
GRI ウェブサイト
(https://www.globalreporting.org/information/about-gri/gri-history/Pages/GRI's%20history.aspx)
149 特定非営利活動法人サステナビリティ日本フォーラム
ウェブサイト
(http://www.sustainability-fj.org/faq/)
150 GRI
ウェブサイト
(https://www.globalreporting.org/information/about-gri/governance-bodies/Global-Sustainability-Sta
ndard-Board/Pages/GSSB-members.aspx)
151 GRI
ウェブサイト(https://www.globalreporting.org/standards/g4/Pages/default.aspx)
152 GRI「An introduction to G4 The next generation of sustainability reporting」
(GRI ウェブサイト
(https://www.globalreporting.org/standards/g4/Pages/Introduction-to-G4-brochure.aspx)より入手)
153 IIRC ウェブサイト(http://integratedreporting.org/the-iirc-2/)
154 A4S 及び GRI
2010 年 8 月 2 日 プレスリリース 「Formation of the International Integrated
Reporting Committee (IIRC)」
(http://integratedreporting.org/wp-content/uploads/2011/03/Press-Release1.pdf)
155 IIRC ウェブサイト(http://integratedreporting.org/the-iirc-2/structure-of-the-iirc/the-iirc-board/)
156 IIRC ウェブサイト(http://integratedreporting.org/the-iirc-2/structure-of-the-iirc/council/)
157 IIRC ウェブサイト(http://integratedreporting.org/the-iirc-2/structure-of-the-iirc/ambassadors/)
158 IIRC 2012 年 7 月 11 日
プレスリリース 「IIRC Releases Draft Outline of Integrated Reporting
Framework」
(http://integratedreporting.org/news/draft-framework-outline/)
159 IIRC 2012 年 11 月 26 日
プレスリリース 「IIRC Releases Prototype of the International <IR>
Framework」
(http://integratedreporting.org/news/iirc-releases-prototype-of-the-international-ir-framework/)
160 IIRC 2013 年 12 月 9 日
プレスリリース 「The International <IR> Framework Released with
Business and Investor Support」
(http://integratedreporting.org/news/the-international-ir-framework-released-with-business-and-inv
148
130
ット・プログラムのイニシアチブには、日本企業では、昭和電機株式会社と武田薬品工
業株式会社が参加者として選ばれた161。
「国際統合報告フレームワーク」では、報告書の内容及び情報の表示方法を示す指導
原則と、報告書に記載する内容要素を示している162。
③SASB
サステナビリティ会計基準審議会(SASB:Sustainability Accounting Standards
Board)は米国の独立非営利機関であり、企業による投資家への重要かつ意思決定に有用
な情報の開示に資するサステナビリティ会計基準の開発・普及をミッションとしている。
2011 年、ハーバード大の Initiative for Responsible Investment(IRI)の研究成果を踏
まえ、SASB が設立された163。
SASB のサステナビリティ会計基準は、上場企業が米国証券取引委員会(SEC)に提
出を義務付けられている報告書において、重要なサステナビリティ情報を開示するため
に設計されている 163。産業別の基準であり、現在、10 セクター、約 70 産業について暫
定基準が示されている164。各基準は、開示ガイダンスとサステナビリティ関連トピック
に関する会計基準で構成されている165。SASB はまた、既存事業の機能・プロセスにお
けるサステナビリティ会計基準の実施を模索する企業向けの実施ガイドも提供している
166。
estor-support/)
161 IIRC 2011 年 10 月 26 日
プレスリリース 「IIRC Announces Selection of Global Companies to
Lead Unique Integrated Reporting Pilot Programme」
(http://integratedreporting.org/news/iirc-announces-selection-of-global-companies-to-lead-unique-int
egrated-reporting-pilot-programme/)
162 IIRC ウェブサイト(http://integratedreporting.org/resource/international-ir-framework/)
163 SASB ウェブサイト(http://www.sasb.org/sasb/vision-mission/)
164 SASB ウェブサイト(http://www.sasb.org/standards/download/)
165 SASB ウェブサイト(http://using.sasb.org/index/for-companies/for-companies-get-started/など)
166 SASB ウェブサイト(http://using.sasb.org/index/for-companies/for-companies-get-started/)
131
5.企業と投資家の新たな関係による、日本企業における戦略的CSR活動採用への影
響の分析
近年、投資家が企業の持続的成長や中長期的な企業価値向上を評価する動きや、その
ために対話を重視する考え方が広まり、強まっている。日本でも、スチュワードシップ・
コードやコーポレートガバナンス・コードの策定によりその動きが進みつつある。
企業の持続的成長や中長期的な企業価値向上の原動力として、企業の ESG の取組が重
視される動きがある。日本においてはこれまで、機関投資家による ESG 投資が進んでい
るとは言い難かったが、運用資産額が大きい GPIF の PRI 署名により、GPIF の運用受
託機関における投資判断への ESG 評価の組み込みが大きく進展すると考えられる。
これらの動きは、企業が戦略的 CSR 活動を進める原動力となりうる。
投資家による ESG 評価の動きが進めば、ESG 等の非財務情報の開示や、ESG 情報提
供機関の格付けが担う役割はさらに大きくなる。企業はこれまでよりもより投資家に分
かりやすい情報開示や、ESG 情報提供機関への対応、社内での経営層や IR 担当の理解
促進が必要となると考えられる。
132
第 5 章 国の施策の検証、検討
1.海外の施策動向
(1)EUのCSR戦略の経緯と現状
①リーマンショック前の欧州CSR政策
欧州委員会は 2001 年、グローバリゼーションや気候変動、人口の高齢化等を背景に「持
続的な経済成長が可能で、より多くのよりよい雇用と一層の社会的結束力を備えた、世
界で最も競争力と活力のある知識基盤型経済圏」の構築を目指す経済社会戦略である「リ
スボン戦略」
(2000~2010 年)の目標達成に向け、CSR 活動の強化を重要な要素と位置
づけた167。この戦略を受け 2001 年に公表された CSR 促進に向けたグリーンペーパー168
における CSR の定義は、
「企業が社会および環境についての問題意識を、自主的に自社
の経営およびステークホルダーとの関係構築に組み入れること」であった。この中で、
欧州委員会は CSR を、法的義務を超えて企業が「自主的に」環境や社会問題に取り組む
ものとし、これが企業にとっての技術革新や生産性向上にも資するものと位置づけた。
2002 年公表の CSR に関する政策文書「CSR:持続可能な発展に向けた企業の貢献」で
は、CSR は企業自身の問題でありながらも、より持続可能な発展に向けた貢献を通じて
社会的な価値の創出もあることから、公共政策としても社会的・環境的に責任ある企業
行動を促進する一定の役割があるとした169。また、CSR 促進のため、具体的な取り組み
分野として CSR マネージメントスキルの開発、中小企業への CSR 普及、CSR ツールの
収斂と透明性向上、EU の全政策分野への CSR の取り込み等が特定された。また、同取
り組みを促進する手段として、行動規範の採用、マネジメント規格の整備、開示・監査
ガイドライン、認証ラベル、社会的責任投資(SRI)を挙げている。この政策を受けて同
年「欧州マルチステークホルダーフォーラム」が発足し、企業、労働組合、市民団体、
NGO を中心に欧州委員会の関係各総局及び ILO 等の国際機関等の関係者が集まって
CSR の推進に向けた議論を行った。こうした議論及び 2005 年に行われたリスボン戦略
のレビュー結果を受けて、2006 年に欧州委員会は新たな政策文書170「成長と雇用のため
のパートナーシップ導入:欧州を CSR のエクセレンスとするために」を発表した。そこ
での施策は、企業主導のイニシアティブ「CSR のための欧州連盟」の支援が中心となる
とともに、CSR に関する意識向上とベストプラクティスに関する情報交換、マルチステ
ークホルダーイニシアティブへの支援、加盟国との協力、消費者情報と透明性、研究活
動、教育、中小企業、CSR の国際的尺度の定義、という 8 つのアジェンダに基づいて、
企業の「自主的な」活動を推進してきた。
European Parliament, LISBON EUROPEAN COUNCIL 23 AND 24 MARCH 2000 PRESIDENCY
CONCLUSIONS (http://www.europarl.europa.eu/summits/lis1_en.htm)
168 COM(2001) 366
169 COM(2002) 347
170 COM(2006) 136
167
133
②リーマンショック後の新経済成長戦略におけるCSR
しかし、2008 年の金融・経済危機によって、前の戦略を通じて築いてきた欧州の経済
成長や雇用創出の成果が一掃される中、
EU は 2010 年に新たな経済成長戦略
「欧州 2020」
171を採択した。同戦略は、
「賢い成長(Smart
growth)」、「持続可能な成長(Sustainable
growth)」
、
「社会包摂的な成長(Inclusive growth)」という 3 つの鍵となる優先事項を掲
げており、その中で欧州の市場経済を活性化させるために企業の信頼回復が不可欠であ
り、CSR はこれに大きく貢献することや、若年層の失業問題等の社会問題を解決するた
めに企業の力が求められることが述べられている。また、CSR に関する取り組みや理解
の発展に伴い、CSR に国際的な原則やガイドラインが普及する中、新たな定義が必要で
あることが指摘されている。
これを受けて 2011 年 10 月、欧州委員会は「CSR に関する EU 新戦略 2011-2014」を
発表した172。その中で CSR は新たに「企業の社会への影響に対する責任」と定義し、こ
れを満たすために、企業は

企業のオーナーや株主、及びその他のステークホルダーや社会全般にとっての共
有価値の創造を最大化すること

可能性のある有害な影響を特定し、予防し、緩和すること
の 2 点を目指して、法令を順守し、労働協約を尊重するのはもちろん、あらゆるステ
ークホルダーと密接に協動しながら、社会・環境・倫理・人権に関する問題や消費者の
懸念を自らの事業活動や事業の中核的な戦略に統合しなければならないと述べている。
ここでは、CSR を単なる社会貢献(コスト)ではなく、CSR に積極的に取り組むこと
で、企業経営や事業計画そのものを見直すことにつながり、その結果として企業内でイ
ノベーションが起これば競争力強化にも貢献する。企業と社会が win-win の関係を構築
でき、CSR の推進と収益性確保の両立が可能となるという考え方が再確認されている。
新 CSR 戦略が取り扱う 8 つの社会課題は以下の通りである。
欧州新 CSR 戦略「8 つの社会課題」

人権

労働と雇用慣行(教育、人権の多様性、男女平等、従業員の健康と福祉)

環境問題(生物多様性、気候変動、資源の有効活用、ライフサイクルアセスメント、
公害防止)
171
172

贈収賄・汚職の防止

地域社会への積極的な関与、発展への寄与
COM(2010)2020
COM(2011) 681.
134
欧州新 CSR 戦略「8 つの社会課題」

障害者の統合

プライバシーなど顧客が関心を持つ案件への対応

従業員のボランティア活動
資料)COM(2011) 681. A renewed EU strategy 2011-14 for Corporate Social Responsibility.
③公的機関の役割について
新 CSR 戦略において、EU は公的機関の役割を引き続き「支援的役割」と位置づけて
いる。すなわち、自主的取り組みを促進する政策に加えて、透明性の促進や責任ある事
業行動に向けた市場インセンティブの創出、企業の信頼性確保等の必要な場面において
は補完的に規制を用いるなどの適切なポリシーミックスが求められる。
④新CSR戦略における 8 つのアジェンダ
EU の新 CSR 戦略における 8 つのアジェンダは以下の通りである。
欧州新 CSR 戦略「8 つのアジェンダ」

企業の CSR 活動を誰でも把握できるようにする「見える化」の強化とグッドプラク
ティスの普及

ビジネスの信頼性レベルの改善と、信頼悪化の原因調査

自主規制、共同規制のプロセス改善

CSR に対する市場報酬の拡大

企業の社会・環境の情報開示の改善

CSR に関する教育・訓練・研究を中等教育、高等教育などさまざまな教育プログラ
ムで実施

加盟国における CSR 政策の重要性の強調

CSR に対する欧州と世界のアプローチの調整
資料)COM(2011) 681. A renewed EU strategy 2011-14 for Corporate Social Responsibility.
⑤新CSR戦略のレビュー
新 CSR 戦略 2011-2014 の成果と課題を検討するため、欧州委員会は 2014 年にパブリ
ックコンサルテーションを実施した。この結果は技術報告書として要約され、2015 年 2
月に開催されたマルチステークホルダーフォーラムへインプットされた。同フォーラム
135
では、12 の主要テーマに分かれてセッションが開かれ、議論が行われた。その後は定期
的に欧州委員会が調整委員会を開催し、個別事項の対応の進捗状況等を議論している。
図表 5-1 2015 年欧州マルチステークホルダーフォーラムの主要課題

域内市場アクセス

イノベーション、競争、成長

教育と人的資本

人権と救済策へのアクセス

中小企業

責任ある投資

国際開発協力

責任あるサプライチェーン

ビジネスと人権

国及び地域の CSR 政策

公共調達

金融機関
資料)EXECUTIVE SUMMARY of EU Multi Stakeholder Forum on Corporate Social
Responsibility, 3-4 February, 2015, Brussels, Belgiumより三菱UFJリサーチ&コンサ
ルティング仮訳
(2)欧州 2020 戦略の旗艦施策:欧州資源効率政策の例
①概要
先に述べたように、EU はリーマンショック後の社会経済状況を受けて、2010 年に新
たな経済成長戦略「欧州 2020」を採択した。同戦略は、「賢い成長(Smart growth)」、
「持続可能な成長(Sustainable growth)」、「社会包摂的な成長(Inclusive growth)」とい
う 3 つの鍵となる優先事項を掲げている。EU において、環境やサステナビリティは成長
戦略の位置づけを持つ。
「欧州 2020」の 3 つの優先事項のうちの 1 つ「持続可能な経済成長」の旗艦施策とし
て位置づけられているものが、
「欧州資源効率」である。欧州委員会は、資源効率(Resource
efficiency)を、
「地球の限りある資源を持続可能な形で利用しながら環境への負荷を最小
化すること」であり、より少ない資源投入でより大きな価値を提供することにつながる
ものとしている。EU は、資源効率を経済成長と雇用確保を実現するための重要施策と位
置づけており、コストダウンと技術革新で環境技術産業の素早い成長と雇用創出、新規
輸出市場の開拓を促すとともに、より持続可能な商品の提供が消費者にとっても有益で
あるとしている。
このためには、バリューチェーン全体で新しい取り組み(資源ストック管理の効率化、
投入量の削減、生産プロセスやビジネス手法及び経営管理手法の最適化、輸送改善、消
費パターンの変革、廃棄物の最小化)が必要であり、新しい製品・サービスの開発が必
要である。特に、環境・社会的コストの適切な価格への反映によって生産者にも消費者
にも正しいインセンティブが働き経済システムが改善されるとの観点から、農家と消費
136
者の変革が求められており、このような改革にはそれを推進するための公共政策が必要
と認識されている。
旗艦施策としての欧州資源効率に向けた主要提案の一つが、2011 年に公表された「欧
州資源効率ロードマップ」である。
図表 5-2 旗艦施策としての欧州資源効率に関連する主要提案
資源効率

Roadmap for a resource-efficient Europe
気候変動

Low-carbon economy 2050 roadmap

The EU Strategy on adaptation to climate change

Revision of the legislation on monitoring and reporting of
greenhouse gas emissions
エネルギー

Energy 2020: A strategy for competitive, sustainable and
secure energy

Energy infrastructure priorities for 2020 and beyond – A
Blueprint for an integrated European energy network

European Energy Efficiency Plan 2020

Revision of the Energy Taxation Directive

Energy infrastructure package

Energy Roadmap 2050

Security of energy supply and international cooperation
生物多様性

2020 EU biodiversity policy and strategy
天然資源・

Tackling the challenges in commodity markets and on raw
materials
自然資源・
水

Action Plan towards a sustainable bio-based economy by
2020

Review of priority substances mentioned in the Water
Framework Directive
農林水産業
交通・建設

Common Agricultural Policy Reform

Common Fisheries Policy Reform

White Paper on the future of transport

Trans-European Networks for Transport (TEN-T) revision

Strategic Transport Technology Plan

Strategy for the sustainable competitiveness of the EU
construction sector
137
地域格差・地方創生

結束政策改革 Cohesion Policy Reform
資料)欧州委員会ホームページ(http://ec.europa.eu/resource-efficient-europe/)(2016年2月
閲覧)より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
欧州資源効率ロードマップは、将来に向けたアクションの枠組みを示した計画書で、
2050 年までに必要な構造改革及び技術変革についての概略を示している。また、マイル
ストーンとして 2020 年までに目指すべき状態に関する目標が置かれている。
図表 5-3 欧州資源効率ロードマップのマイルストーンと施策枠組み
資料)COM(2011)571. Roadmap to a Resource Efficient Europeより三菱UFJリサーチ&コ
ンサルティング作成
産業界に対しては、資源効率化は成長を促進し、将来の資源危機を回避するためのビ
ジネスの責務であり、未だ資源効率化の余地があること、政策的にも、例えば廃棄物政
策の改善により年間 720 億ユーロの効果と 2020 年までに 40 万人の雇用創出効果がある
と訴えている173。
欧州委員会環境総局資源効率ウェブサイト Q&A より
(http://ec.europa.eu/environment/resource_efficiency/about/key_questions/index_en.htm)
173
138
②EU ハイレベル官民協働プラットフォームの設置
欧州委員会は 2012 年 6 月、
「欧州資源効率」において政策、財務、投資、研究・イノ
ベーションをあらゆるレベルで動員し資源の利用効率を高めるための施策として、既存
の検討会を拡大させる形で「欧州資源効率プラットフォーム(EREP)」を設置した。こ
のプラットフォームの目的は、欧州委員会、加盟国及び自治体当局、民間セクターに資
源循環経済への移行に向けたハイレベルな指針を提示することである。メンバーには、
欧州委員会、欧州議会、加盟各国、国際機関、市民社会、学識経験者等の代表とともに、
産業界代表とし て WBCSD, Veolia Water, Unilever, Kingfisher, Siemens, Mapei,
Umicore, KPMG が参画している。
同プラットフォームは、全体会合及び作業部会報告として 2012 年中に計 3 回、2013
年、2014 年に各 1 回が開催され、これ以外にも多数の作業部会や準備会合等が開催され
た174。最後の全体会合である 2014 年 3 月、同プラットフォームは最終成果として、産業
の競争力を高めて市民の高い QOL(生活の質)を維持するためにも 2030 年までに欧州
の資源生産性を少なくとも 2 倍にすること等を呼びかけるマニフェスト及び政策提言を
採択して終了した。
③民間主導のサーキュラー・エコノミー推進
一方、サーキュラー・エコノミーへの移行を促進する目的で 2010 年、産業界をはじめ
政府関係者や学識研究者が参画して英エレン・マッカーサー財団が創設された。同財団
はサーキュラー・エコノミーに関する教育事業、グローバルパートナーとして Cisco,
Google, H&M, Intesa Sanpaolo, Kingfisher, Philips, Renault, Unilever が参画する
Project Mainstream、Circular Economy (CE) 100 等の官民共同イニシアティブ運営、
サーキュラー・エコノミーの経済面に関する調査研究、普及啓発事業等を行っている。
同財団はまた、上述の欧州資源効率プラットフォームにも発足時から参画した。財団創
設者でありヨット世界一周単独航海者のエレン・マッカーサー氏は EREP の初回会合で
基調講演を行っており、欧州資源効率政策の世界観を作るのに一役買ったという175。
財団の主要な官民協働事業である CE100 は、サーキュラー・エコノミー推進に向けて
まだ競争力のないイノベーションを支援するためのプログラムで、企業、政府・自治体、
大学、先端技術を有する急成長企業や中小企業等が集うマルチステークホルダプラット
フォームである。共同研究の実施やネットワーキング、最新技術動向の情報提供、キャ
パビル等を行っている。共同研究のプロジェクトには、建物、電気・電子、衣料・繊維
製品、日用品、食品・農業、情報技術、金融の他、消費者行動、政策・規制、リ・マニ
174
175
2016 年 2 月 22 日欧州委員会環境総局・成長総局へのヒアリングによる。
前掲脚注 174 に同じ。
139
ュファクチャリング、設計等がある176。
2014 年、世界経済フォーラムはエレン・マッカーサー財団とマッキンゼーと共同で「サ
ーキュラー・エコノミーに向けて」というレポートを発表し、グローバル CEO に対して
サーキュラー・エコノミーの経済合理性と、資源に関わるグローバル・リスクを踏まえ
た上で対策に踏み出すべき時期が来ていること、及びグローバルサプライチェーン全体
で関係者が協力して取り組み成功例を創出することの重要性を訴えた。資源循環の対象
と考えられる材料を 4 分類し、それぞれのカテゴリーから成功事例を創出することが重
要としている。
図表 5-4 サーキュラー・エコノミーの実現可能性を実証する主要材料の分類
分類
例
Golden Oldies:
紙・板紙、PET、ガラス、鉄
リサイクルシステムが確立されており、資源の量的
確保が可能だが、多少の純度問題を残すもの
High Potentials:
ポリマー
使用量は多いが、再利用に向けたシステムが不足し
ているもの
Rough Diamonds:
二酸化炭素、食品残渣
多くの製造工程から副産物として相当の量が排出さ
れるもの
Future Blockbusters:
3D プリンティング、バイオ素材
モノの生産性を飛躍的に向上させたり、付加価値に
よりバージン素材の置き換えを促すブレークスルー
の可能性を秘めた革新的素材
資料)WFE (2014)Towards the Circular Economy: Accelerating the scale-up across global
supply chainsより三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
④欧州政策の最新状況
2015 年 12 月に欧州委員会が公表したコミュニケーションペーパー「サーキュラー・
エコノミーに向けたアクションプラン」は、資源が単純に抽出され使われて捨てられる
直線的な経済から離脱し、資源がループの中に戻され長期的に使用されるような EU 経
済への根本的な移行をさらに促し、より効率的な資源利用と廃棄物の最小化を促すよう
176
http://www.ellenmacarthurfoundation.org/ce100/the-programme/enabling-collaboration
140
な施策を設定している。
図表 5-5 サーキュラー・エコノミーの施策と注力分野
注力分野
アクションプラン

プラスチック

食品廃棄物

重要天然資源(レアメタル等)

建設・解体

バイオマス・バイオ製品

ライフステージ別の施策

製品設計(エコデザイン指令・廃棄物法改正等)

生産プロセス(産業廃棄物資源化 BAT 指針、EU レベル
の副産物取扱共通化等)

消費(エコデザイン指令改正、今後のエネルギーラベリング制度、廃
棄物法改正・リユース奨励、製品保証制度・製品検査規定
の見直し、グリーン公共調達等)

廃棄物管理(長期リサイクル目標、埋立量削減目標の設定、
分別排出量算定法の簡素化等)


資源化(再生資源市場の活性化、水の再使用)
イノベーション、投資、その他水平施策
資料)COM(2015)614より三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
2.米国の施策動向
①CSR 政策の概要
連邦政府はサステナビリティに係る活動を推進しているものの、制度的枠組みは存在
せず、日本の CSR と同様に企業が自主的に取組んでいるものである。連邦政府の経済事
業局(Bureau of Economic and Business Affairs)内には CSR チームが存在し、良好な
コーポレート・シティズンシップ、地域経済への貢献、人権、環境保護、透明性、腐敗
防止、サプライチェーンマネージメント等に関連した支援とガイダンスの提供を行って
いる177。
連邦政府のサステナビリティにかかる取組としては、行政機関の行政活動にかかるサ
177
米国経済事業局 http://www.state.gov/e/eb/eppd/csr/index.htm
141
ステナビリティを推進しており、2009 年に行政命令 13514 号を発表し、2015 年の 3 月
19 日には同令の改正版となる行政命令 13693 号178が発出された。改正後の同令では温室
効果ガスの排出削減と報告、グリーンビルディング(エネルギー、水、廃棄物のネット
ゼロ)の達成、エネルギー保全と再生可能エネルギーの利用推進、水資源管理等につい
てゴールが定められ、サステナビリティ課題に対して行政機関がリーダーシップを発揮
し、環境パフォーマンスの効率化と改善を目指すものである。
近年、オバマ政権のもとで気候変動対策関連の政策が打ち出されており、これら政府
のトップダウンの枠組みが企業の環境・社会課題の対応の方向性を位置づけているもの
と推察される。
②米国企業の気候変動対策への誓約
2015 年 7 月、
ホワイトハウスは米国大手企業 13 社による気候変動への誓約
「American
Business Act on Climate Pledge」を発表した。これは、気候変動対策で合意を目指す米
オバマ政権が民間セクターの支持を募ったものである。総額 1,400 億ドル(約 17 兆円)
が低炭素投資に充てられ、新たに再生可能エネルギー1,600 メガワット以上が生産される
見込みとなっている。発足時の賛同企業は、アルコア、アップル、バンク・オブ・アメ
リカ、バークシャー・ハサウェイ、カーギル、コカ・コーラ、ゼネラル・モーターズ、
ゴールドマン・サックス、グーグル、マイクロソフト、ペプシコ、UPS、ウォルマートの
13 社だったが、2015 年 12 月時点で、ジョンソン&ジョンソン、P&G、ナイキ、米国イ
ケアなど、署名企業は 154 社に上っている179。
署名各社は、各自で温室効果ガス排出量の 50%削減、水利用を原単位で 15%削減、再
生可能エネルギー100%化、サプライチェーン上の森林破壊をネットゼロにする(Zero
Net Deforestation)等の目標を設定することになっている。例えばアップル社は、約 300
メガワットの再生エネルギーを米国内 5 州と中国・四川省で導入するとした。またバー
クシャー・ハサウェイは、2019 年までにネバダ州の石炭火力発電設備の 75%を廃止する
ことを目標に掲げている。DSM では既に導入済みの内部炭素価格(50 ユーロ/トン)を
維持することが宣言されている。
オバマ政権は 2015 年 2 月に「Clean Energy Investment Initiative」を立ち上げてク
リーン・エネルギーへの投資規模を高めようとしており、6 月の同イニシアティブのサミ
ットでは当初目標の 20 億 US ドルを上回る 40 億 US ドルの資金を集めていた。
また、これにともない 8 月に USEPA が Clean Power Plan を発表。
米国ホワイトハウス「Executive Order -- Planning for Federal Sustainability in the Next Decade」
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/03/19/executive-order-planning-federal-sustainabilit
y-next-decade
179 米ホワイトハウスプレスリリース(2015 年 7 月 27 日、2015 年 10 月 19 日、2015 年 2 月 10 日)及び
2015 年 6 月 16 日付ブログ
178
142
これに加え 10 月には、政府系ファンドや年金基金、寄付基金等により構成される独立
的な長期的投資家のコンソーシアム(LTI’s)が、2016 年半ばの正式発足を目指して少
なくとも 12 億 US ドルの投下資本を準備すると述べている
3.アジア諸国の施策動向
①CSR 政策の概要
マレーシアの CSR にかかる動きとして、政府は「Vision2020」や「the Tenth Malaysia
Plan」に企業の社会的責任に関するコンセプトを反映させ、政策や規制、税制優遇、CSR
表彰を通した推奨等の活動に反映し、CSR を活動的に支援している180。政府機関以外に
も 2006 年にマレーシア証券取引所は上場企業に対して、環境、職場、地域社会、市場を
対象とした CSR の枠組みを設定し、2007 年には CSR 活動の情報公開義務を課せた181。
また、政府系企業(government-linked companies (GLCs))の変革プログラムの一環と
して社会貢献のための「Silver Book」が発行され、CSR 活動や CSR 政策の効果を評価
するためのガイドラインが提供された。さらに、マレーシア会社登記所(The Companies
Commission of Malaysia (SSM))は政府による CSR 推進の方向性を受け、2009 年に
「SSM’s Corporate Responsibility Agenda」という枠組みを制定し、特に中小企業にお
ける報告内容の改善や能力向上を通して、CSR の可視化を図っている182。以上のように
2000 年代後半からマレーシアでは企業を取り巻く環境として、企業の CSR の取組みに
かかる枠組み作りが進んでいる。
②SDGs への対応
2015 年 5 月、マレーシア政府は最新の国家 5 か年計画である「第 11 次マレーシア計
画(11MP)
」を発表した。同国家戦略の対象期間は 2016~2020 年で、2020 年の先進国
入りを目標として、
「公平な社会に向けた包摂性の拡大」
「全国民の福祉向上」「先進国入
りに向けた人的資源の開発」「持続可能性とレジリエンスに向けたグリーン成長の追求」
「経済拡大を支える基盤の強化」
「一層の繁栄に向けた経済成長のリエンジニアリング」
の 6 つの主要戦略が掲げられている183。
ヒアリングによれば、マレーシア政府は、2015 年 9 月の国連における SDGs 採択を受
けて 12 月より同国家戦略への SDGs の内容のマッピングを開始しており、2016 年 3 月
初旬には、マレーシアで開催された国連 Sustainable Development Solutions Network
UNICEF「CORPORATE SOCIAL RESPONSIBILITY POLICIES IN MALAYSIA」
CSR ASIA「CSR developments in Malaysia」
http://csr-asia.com/csr-asia-weekly-news-detail.php?id=7857
180
181
182
183
マレーシア会社登記所ウェブサイト http://www.ssm.com.my/en/cr_agenda
Economic Planning Unit, Prime Minister's Department (2015) Eleventh Malaysia Plan 2016-2020
143
の会合において公式にマレーシア企業に対して政府の第 11 次計画と SDGs の整合化につ
いての発表があったという。SDGs 達成に向けた国の目標の達成には、国営企業や大企業
の役割が必要とされる。大企業は SDGs 対応のためのステークホルダー円卓会議を始め
ており、NGO、シンクタンク、様々な政府関係各省庁が一同に会してプラットフォーム
を形成し、ブレインストーミングを行い、SDGs 達成に向けて各プレイヤーの役割を検討
しているという。また、SDGs 対応における政府内の課題として、政策の一貫性が挙げら
れている。マレーシアには水等の個別課題を所管する省庁があり、既にそれぞれの政策
案を策定しているが、互いに整合していないことが国レベルの課題となっている184。
SDGs は COP21 パリ会合の前に採択されており、気候変動に関する目標の整合性や、
また SDGs の高い目標を達成に向けて具体的にブレークダウンする必要性等の議論はあ
るものの、マレーシア政府は SDGs に関する方向性や枠組みを企業に明確に示し始めて
いる。
184
2016 年 3 月 11 日、マレーシア E 社へのヒアリングによる。
144
4.我が国の施策の検討・検証(まとめ)
(1)企業を取り巻く情勢の全体像
以上の調査結果に基づき、企業を取り巻く状況や関係性を整理した全体像を、図表 5-6
に示す。
人口増と世界経済の成長により、新興国・途上国においても産業化と都市化が進んで
いる。このことは、地球上の利用可能な資源や自然環境を大きく圧迫し、気候変動や異
常気象、生物多様性の損失や生態系サービスの劣化、利用可能な資源・エネルギー・水・
鉱物等の減少、および環境汚染と廃棄物の増加をもたらしている。また、情報技術とコ
ミュニケーションツールの飛躍的発展や革新的技術の誕生により、社会経済はこれまで
にない早さで変化しているとともに、海外市場の拡大を受けた進出や、バリューチェー
ン・サプライチェーンの拡大・多様化・複雑化など、企業の経済活動はグローバル化し
ている。
こうした状況を受けて、国際社会の持続可能性な開発へ必要性は益々高まり、その実
現に向けたコンセンサスの形成が国内外で進んでいる。国連が採択した「持続可能な開
発のための 2030 アジェンダ」と SDGs に示されるように、今や多くの場合、環境・社会・
経済の課題は不可分となっている。COP21 ではパリ協定が採択され、気候変動に関する
長期的な目標などが国際的に共有された。社会や経済がさまざまな天然資源や生態系サ
ービスに依存していることをふまえ、資源の効率的な利用と循環に関する取り組みや、
水や農林産物等の自然資本を重視した取り組みが広がっている。
これらの環境・社会課題の解決は一企業単独では不可能である。近年、強い関心を寄
せる様々な主体がビジョンを共有し、グローバルな枠組みを立ち上げてビジネスの環境
を整える動きが見られる。枠組みがまず立ち上がり、企業、投資家、政府機関、NGO・
NPOなど、プレーヤーを巻き込んでダイナミックにルールを作り上げていく。ルール
の詳細は各主体の自由裁量の余地を残すことが好まれる傾向にある。
近年、環境分野では NGO 等の市民社会が環境汚染の状況や排出者(企業等)のパフォ
ーマンスを監視し、情報の開示を要請し、キャンペーン等を通じて社会変革を実現させ
ようとする場合が多かった。最近では、さらに上述の社会動向を受けて、株主や機関投
資家、金融市場からの情報開示の要請が増加している。これは、責任ある投資行動原則
等の発展の他に、投資家側が投資先企業の長期的な成長性を見極めるにあたって、環境・
社会課題に係るリスクや機会に注目するようになってきたことを反映している。ESG と
いった非財務情報への評価は、短期的な利益から中長期的な企業価値の評価へと、投資
判断に影響を及ぼしつつある。
企業は、ダイナミックに変化するこれらの環境・社会・経済の状況をとらえ、自らの
持続的な成長と、企業を取り巻く環境や社会の持続可能性の両方に目を向けて行動する
ことが期待されている。
145
このような状況下で、世界で厳しい競争に直面する我が国企業を支援し、その競争力
や価値を高めるためにさまざまな政府の役割が期待されているところである。
146
図表 5-6 サステナビリティ課題と社会経済、企業、政府の役割の全体像
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
147
(2)企業による積極的な環境対応の有用性
前項における全体像をふまえ、企業における積極的な環境対応が、企業の持続的成長
や中長期的な価値向上、すなわち企業の将来キャッシュフロー(利益を生み出す力:稼
ぐ力)につながるかどうかについて、検討する。
①概論
業種や地理的な特性によって差異はあるものの、一般的に、環境を含むサステナビリ
ティの諸課題は、レピュテーション、サプライチェーン・調達、規制、製品・サービス
市場や地域社会のニーズ、規制・ソフトロー形成など、今や事業上のリスクとコストに
密接に係わる課題となっている。一方で、現在の資源・環境制約の下で経済成長を続け
る新興国・途上国の市場を見据えれば、そこには大きな事業機会が顕在化しており、先
進技術やそれを開発する力(技術力や資力)を活かして環境・社会課題の解決に貢献し
ながら自社の市場開拓や収益拡大(成長)を狙うことができる。
特に、大企業や上場企業、多国籍企業、グローバルサプライチェーンを有する企業に
おいては、中長期的な環境・社会課題に係るこうしたリスクや機会への積極的な対応な
しには事業を行えないというのが、昨今の状況と考えられる。また、我が国の大企業は、
既に欧州や米国と同等のレベルで諸課題に取り組んでいる状況と見られる。
②戦略的CSRのモデルと我が国企業の状況
これまでの環境と経営に関する国内外の文献調査やヒアリング調査の結果をもとに、
企業が中長期的な環境・社会課題に積極的に対応する際のマネジメントの要素を検討し
た。
148
図表 5-7 戦略的CSRのマネジメントプロセス
資料)三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成
1)環境・社会課題の理解
我が国では、ビジネスと環境・社会課題との関係については、
「事業を通じた社会貢献」
「ソリューションにより社会課題を解決」という文脈で語られることが多い。企業理念
に基づきこれまで実施してきた事業が、実は環境・社会課題の解決に貢献していること
を再認識するケースも多い。つまり、我が国の企業は戦略的 CSR に十分取り組んでいる
との見方もできる。しかし、世界経済がグローバル化し変化の激しい時代において、持
続可能な社会の構築に関する議論やコミュニケーションの密度・速度がともに高まって
いる。我が国の企業は自社が貢献できる環境・社会課題を今まで以上に積極的に探して
いくことが重要でである。それにより、新規の事業機会を見つけられる可能性もある。
また、環境・社会課題に限らず、企業の事業戦略として、ニーズオリエンテッドへの
転換、ソリューション型事業の推進の流れがある。そのニーズについて、長期的な視点、
社会的な視野で考えた場合に、持続可能な社会の実現に向けた国際的な共通課題(一例
として SDGs)185の解決ビジネスが浮かび上がり、短期ではなく長期的な視点、個別顧
客ではなく社会的な視野をもつことが求められている。
我が国の企業においても、経営企画部門と CSR 部門との連携、経営計画と環境行動計
画等との統合が進みつつある。ここに、長期的な視点、社会的な視野が入れば、企業の
経営戦略は、社会課題解決型ビジネスの機会を求めることとなると考えられる。そのた
185
なお、本報告書では、少子高齢化等の国内課題について取り上げていないが、国際的な課題と同様に視
野に入れる必要があることに留意したい。
149
めには、まず環境・社会課題の解決に取り組む必要性の認識共有が必要である。認識の
向上には、トップダウンによる場合と CSR 部門が積極的に先導する場合があり、どちら
がより良いということはない。
「CSV」
「攻めの CSR」
「本業との一体化」など、事業の成
長性の問題として、理解してもらうことが効果的である。
また、国内外の潮流・関心事を知ることは、CSR 部門の役割であり、担当部署の意識
と情報収集能力が重要になる。アンテナを広く張る意識と、効率よく的確に情報を収集
する能力が求められる。そのためには NGO や政府、国際機関、大学等、地域社会のキー
プレイヤーとの積極的なエンゲージメントが有効である。
2)自社のマテリアリティの特定
自社と関わりの深い課題を特定するためには、自社の展望・ビジョンを再確認(場合
によっては見直し)し、自社の事業・資本について(外からの獲得可能性も含め)確認
することが必要となる。社内の資源・可能性を確認するためにも、CSR 部門と事業部門
とのコミュニケーションを密に行うことが有効である。自社のもつ強みを客観的に評
価・整理できれば、競争力のある新規事業(機会)を見つけやすい。同様に、リスクと
なる課題についても、CSR 部門と事業部門のコミュニケーションが重要である。マテリ
アリティ特定プロセスに多くのメンバーが関わることで、当事者意識が向上し、より強
力に推進できるという効果も期待できる。
外部の視点も重要である。NGO や大学等の外部ステークホルダーは地域的、分野的な
専門性をもっており、積極的な知見の活用が有効である。
3)リスク・機会への対応
技術開発や事業改革を含む戦略計画と資本配分は経営層の決定事項であり、既存事業
の応用や強化が有望分野と認識された場合、またリスクの所在が明らかになった場合、
優れた企業は既存の意思決定プロセスの範囲内で、行動を実施することができると考え
られる。環境・社会課題のリスク面やコスト面の理解を基盤とすれば、自ずとこれらの
課題への対応がなされうる。
4)より戦略的な対応
より積極的で一歩進んだ環境・社会課題への対応として、リスク対応(ピンチ)を機
会ととら、チャンスに変、新規事業を立ち上げるには、経営層が長期的視野で思い切っ
た経営資本の投入が必要である。これには一時的なコスト増を伴うがあるが、企業の中
長期的な成長のための投資の促進と、ショートターミズム(短期主義)に陥らない市場
環境整備は、両輪の課題である。
また、これまで存在(実現)しなかった事業を立ち上げるためには、課題・ニーズの
150
きめ細かい把握・分析に基づく課題解決力が求められる。製品・技術開発だけではない
事業変革や新しいビジネスモデルの構築も必要である。そのために必要な資本が必ずし
も社内にあるとは限らない。ない場合には、自社で創出できるのか、又は連携や購入に
より社外から調達できるのかを判断することになる。その際には、企業単体ではなく、
他社や NGO 等の外部との連携可能性の検討が有益である。
なお、徹底的なリスクマネジメントが信頼性とブランドを守り、競争力・差別化につ
ながる業界もある。新興国や途上国の環境・社会下での操業には、特に必要とされてい
る。
(3)国・政府に期待される役割
「戦略的CSR」を通した積極的な環境対応の推進による、我が国経済の成長と産業競
争力の強化に向けた政府の役割について、検討する。
前述の通り、我が国の大企業は、既に欧州や米国と同等のレベルで諸課題に取り組ん
でいる状況ではあるものの、世界で厳しい競争に直面している。これは一つには欧米企
業に有利な市場環境が出来上がっている可能性が考えられる。
例えば、成長が見込める新興国・途上国での積極的な市場創出に向けて、地元 NGO 等
の外部ステークホルダーを戦略的に活用したり、新規ビジネスを立ち上げるというのは、
長期的視点で事業に投資するという経営層の判断が必要であり、それを支持する株主や
市民社会等のステークホルダーの存在が必要である。ショートターミズムからの転換や
財務情報と ESG など非財務情報との統合、非財務情報の開示のルール整備は、特に欧州
で議論が先行していると見られる。
また、
欧州や米国には成熟した国際的 NGO があり、
企業はこうした NGO との協働や、
政府機関、国際機関などの多様なステークホルダーと共同で課題解決に取り組み、企業
単体では解決が困難な課題のソリューションをコスト効率的に生み出すことに積極的で
ある。さらには、そうした共通課題を議論するためのプラットフォーム(場)を設けて
小グループが形成したコンセンサスや解決策を、ソフトローとしてグローバルに広め、
国際ルールにつなげる流れがある。我が国企業が早期に情報を取得しルール形成に有効
に参画できる基盤の整備や、我が国が主導的に貢献できる対話の場の提供、既に諸外国
の流れを受けて形成された法規制や基準への対処におけるサポート等が求められている。
また、特に国際的な枠組み動向を受けた環境・社会課題への取り組みに際しては、国
としての施策方向性や役割分担が明示されていると動きやすいという意見は、国内外と
もに聞かれた。これは、企業の迅速な中長期的な意思決定をサポートする上で重要にな
ってくるものと考える。
環境・社会課題は横断的課題である。企業内部でも経営と CSR の一体化が進んでいる
151
ように、政府においても省庁連携が期待されている。
地球温暖化対策については、国としての施策の方向性等を示す「地球温暖化対策計画」
の策定が各省連携の下で進んでいる。こうした計画の下、J-クレジットといった個々
の施策についても、上述したような社会・経済課題に直面している企業のニーズを踏ま
えながら施策を推し進めていくことが求められる。
152
(様式2)
二次利用未承諾リスト
報告書の題名 環境と企業価値向上に係る調査事業報告書
委託事業名 環境と企業価値向上に係る調査事業
受注事業者名 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
頁
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108
109
109
113
114
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図表番号・タイトル
図表 1‑1 CSRにより価値向上を図るべき無形資産
図表 1‑2 中長期的な将来の企業価値を向上させる要素
図表 2‑1 2050年までの課題
図表 2‑2 2050年までのシナリオ(Pathway)
図表 2‑3 主要セクターにおける2050年に向けた追加的ビジネス機会の推計
図表 2‑4 発生可能性が高いリスクと影響の大きいリスク(2015年)
図表 2‑5 ビジネス上懸念されている世界的なリスク
図表 2‑6 発生可能性が高いリスクと影響の大きいリスク(2016年)
図表 2‑7 CPLI企業のリスク・機会認識(グローバル)
図表 2‑8 各国のCDP Water回答企業における水リスク・機会認識
図表 2‑9 各国のCDP Forest回答企業における森林コモディティリスク認識
図表 2‑10 17の持続可能な開発目標(SDGs)
図表 2‑11 「パリ協定」の主な合意事項
図表 3‑1 国内企業調査先一覧
図表 3‑2 海外企業調査先一覧
図表 3‑3 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑4 中期環境計画2016のコンセプト
図表 3‑5 重点目標の設定ステップ
図表 3‑6 マテリアリティ分析
図表 3‑7 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑8 キリングループの長期環境ビジョン
図表 3‑9 重要性の決定プロセス
図表 3‑10 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑11 富士フィルムの重点事業分野
図表 3‑12 FUJIFILM Sustainable Value Plan 2016
図表 3‑13 基本方針
図表 3‑14 社会課題と当社の事業・製品・技術等の関連
図表 3‑15 重点課題抽出のための重要性評価マップ
図表 3‑16 プレオーガニックコットン(収穫の様子、ブランドロゴ)
図表 3‑17 ガーナの離乳食“koko”、アミノ酸入りサプリメント「KOKO PlusTM」
図表 3‑18 欧州企業の重要な環境課題認識の例
図表 3‑19 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑20 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑21 米国企業の重要課題認識の例
図表 3‑22 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑23 エコマジネーションの進捗と成果
図表 3‑24 地域別売上(左)とカテゴリ別売上(右)
図表 3‑25 国内・海外企業の比較分析
図表 4‑1 投資家責任、企業統治、情報開示に関する主な動き
図表 4‑2 投資家、企業、ESG情報機関、規制当局等の関係
図表 4‑3 日本版スチュワードシップ・コードの7つの原則
図表 4‑4 日本版スチュワードシップ・コードの原則3の指針
図表 4‑5 日本版スチュワードシップ・コード受入れ表明投資家における環境関係の取組
図表 4‑6 コーポレートガバナンス・コードの基本原則
図表 4‑7 SRI資産規模及び専門的に管理されている資産に占めるSRIの割合
図表 4‑8 地域別SRI資産規模及び専門的に管理されている資産に占めるSRIの割合
図表 4‑9 SRI手法とその定義
図表 4‑10 手法別・地域別SRI資産
図表 4‑11 2012年から2014年にかけての手法別SRIの成長
図表 4‑12 炭素バブル・座礁資産
図表 4‑13 化石燃料への投資に関する動向例
図表 4‑14 国連責任投資原則とGPIFにおける取組方針
(様式2)
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図表
図表
図表
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図表
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図表
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図表
図表
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図表
図表
図表
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4‑15 ESG情報提供機関のESG評価の基準
4‑16 ESG情報提供機関のESG評価の基準と情報源
4‑17 CDP2015気候変動質問書の概要(構成)
4‑18 CDP2015ウォーター質問書の概要(構成)
4‑19 CDP2015フォレスト質問書の概要(構成)
4‑20 CDPによる企業評価(気候変動関連)
4‑21 FTSE4Good Index Series
4‑22 FTSE ESG格付けモデルの3つの柱と14のテーマ
4‑23 RobecoSAMの産業ベース分析
4‑24 全般的な要約結果
5‑1 2015年欧州マルチステークホルダーフォーラムの主要課題
5‑2 旗艦施策としての欧州資源効率に関連する主要提案
5‑3 欧州資源効率ロードマップのマイルストーンと施策枠組み
5‑4 サーキュラー・エコノミーの実現可能性を実証する主要材料の分類
5‑5 サーキュラー・エコノミーの施策と注力分野
5‑6 サステナビリティ課題と社会経済、企業、政府の役割の全体像
5‑7 戦略的CSRのマネジメントプロセス
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