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ケータイとテレビの幸せな結婚

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ケータイとテレビの幸せな結婚
連続インタビュー・転換期のメディア
ケータイとテレビの幸せな結婚
NHK 文研委員 松永 真理 氏
インタビュー・構成 / 三浦 基 計画・開発
松永 真理
( まつなが まり )
プロフィール
1954 年長崎県佐世保市生まれ , 明治大学仏文科卒。1977 年リクルートに入社「就職
ジャーナル」
「とらばーゆ」編集長を経て ,1997 年 NTT ドコモに移り i モードを企画・開
発。2001 年フォーチュン誌が選ぶ「ビジネス界最強の女性」アジア第一位に選ばれる。
2002 年バンダイ社外取締役 ,2003 年 NHK 放送文化研究所委員就任 , 現在も政府税調
特別委員 , 松永真理事務所代表として活躍。著書に
『なぜ仕事するの』
『i モード事件』
『i
モード事件以前』『シゴトのココロ』など
はじめに
松永真理さんはリクルートで「就職ジャーナル」
「とらばーゆ」編集長として活躍され ,NTT ドコモ企画室長と
して携帯電話とインターネットを連携した i モードサービスを立ち上げられました。松永さんは , 新しいサービス
を創造するには 「
, ビジョン」をたてること。そこでのプロジェクトには新しいタイプの人材が必要だと考えてお
られます。今回は ,i モードで携帯電話を一変させた松永さんに , 携帯電話とテレビが連携する時代 , デジタルメ
ディアとして進化をとげるためにはなにが必要なのかをお話いただきました。
― 松永さんは i モードサービスを立ち上げられたわけですが , 放送もこれから通信と連携するという時代になり
ます。そこで , 今日はケータイとテレビがつながる時代に , どのようにサービスを考えていったら良いかというこ
とをおうかがいしたいと思います。
松永 去年の 12 月に地上デジタルになりました。そこからなにか劇的な変化が起こるかと思っていたのですが ,
まだ遅々としているなという印象です。アナログからデジタルに変わるのは生物が海から陸にあがった , それくら
い象徴的な出来事だって思うのですが , それが , まだ見えてこないという印象です。
そう考えるとケータイというのは日本が世界に先駆けて電話とデータ通信の世界を統合したメディアですけれ
ども , 今度 , テレビがケータイとつながるというのも世界で初めてというわけで , ここから ,すばらしいサービスが
生まれてくればと思っています。
大事なのはビジョンを構築すること
― 新しいサービスを開発するときに , 大事なことはなにでしょう ?
松永 ぜひ , あっ , こんなことなのという ,リアルタイムで , 手の中で , 世界を知ることができたっていうサプライ
ズを , デジタル放送で起こしてほしいと思っています。そのためには , まずビジョンが必要です。
これは i モードの経験ですが ,NTT はテクノロジー志向の企業です。だから技術的にできることはなにかとい
うところから進めてきたわけです。ところが 80 年代にニューメディアとして「キャプテン」を出したときに失敗して
います。その原因がなんなのか ? 私たちは i モードを始めるときに徹底して検証しました。結局わかったのは技
術的可能性が先行してしまい ,「何を目指すものか」ということが見えていなかったということです。
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そこで i モードの場合はサービスをビジョンとして打ち出すことを最優先にしました。
携帯電話でも 95 年くらいから音声中心ではなくて非音声 , データ通信にいかなければ次の成長はないと思っ
ていろいろやってきたんですが , これがことごとく失敗しているんです。その原因を調べてみると , 端末が大きい
んです。とても女性の手に持てないサイズです。なぜ大きいのか , それは , みんな最上級のことをやろうとしたわ
けです。通信速度が 28.8Kbps。これを前提に端末を考えれば大きくて手になじまないものができてしまう。iモー
ドを始めるときに一番考えたのは , そこです。だから大きさは 100cc,100 グラム , 通信速度は 9.6Kbps と決め
ました。技術者から見れば屈辱的です。確かに通信の速度が速い方がいい。液晶も大きい方がいい。カラーの
方がいい。でも,その結果 , 端末の値段は高くなるわ,でかくなるわ, ユーザーは持たなくなるわということなんです。
そのとき頭に浮かんだのが NHK の BS でした。BS を別のチューナーにしていたら , 今のように広がっていま
せん。テレビを買ったら入っていた , ためしにチャンネルをあわせたら松井がいて , 大リーグが全部見られた。だ
からどんどん増えていったんですよね。私たちは BS と同じように ,「意識させない」ということを考えたんです。
テクノロジー優先をやめて , サービス志向から軸足がぶれなかったということが成功の第一歩だったのです。
切り口はパーソナライズ
― i モードの「ビジョン」は具体的にはなんだったのですか ?
松永 新しいサービスは見えないとわからないですよね。i モードのときは「パーソナライズ」という切り口をいか
に見せるかでした。携帯電話は個人に電話番号がついてくる , 自分がどこにいても使えるということです。さらに ,
それがネットワークにつながっていてメールが見える , 株価がリアルタイムで見えるとか , 自分の欲しい情報を手
に入れられるということで「パーソナライズ」が具体的に見えたのです。それを体験したとき , これはもういけると
思いました。
新聞記者みたいなアナログの人たちも「出先でメールをみられるって , 便利なんですね」って , 言ってくれるん
ですよね。経営者は経営者で , ほとんど誰もメールも使っていなかったんですが , 私は経営者の人にインタビュー
にいくとき , 自分の i モードに相手の業界の株価を入力しておくわけです。そうして i モードってどういうことです
かっていわれたら ,「はい , これで御社の株価がみられます, 競合会社さんは , いま上がっています」いうと経営
者は大慌てですよ ( 笑 )。
経営者が一番気になっている株価を目の前で , 手の中で見えるというのを初めて体験したと , もう感動するわ
けですね。それでサプライズを起こしたことが劇的な変化をよんだんです。だから私は , テレビは早くその芽を見
つけて下さいって申し上げたいと思っております。
メディアパワー
― でも , 軽い小さいという思い切りは , 裏づけが必要ですよね。
松永 そうです, パーソナライズということにどれくらいの価値があるのかということを明らかにしなければならな
いです。
最初に気がついてくれたのはコンテンツプロバイダーさんたちです。ケータイには電話番号とメールアドレスが
くっついている。彼らは「パーソナライズ」ということがこのメディアの価値であれば処理能力は劣っても , サービ
スはどんどんカスタマイズできるじゃないか , 可能性があるなってことで気づき始めたんですね。
そこで私たちはメディアパワーの比較表を作ったんです。縦軸にテレビ ,PC,PDA,i モードをおいて , 横軸に表
示能力 , 普及台数をおいて表にして比較したんです。まず, コンテンツの表示能力を比較するとテレビや PC は
◎ ,PDA は△ , それに比べると i モードなんてほとんどバツです。でも最後にユーザー数や接触時間を入れてみ
ると逆転するんですよ。ユーザー数はテレビの場合 , 世帯計算で 4,000 万台 ,PDA は当時 200 万くらい ,i モー
ドはまだゼロです。けれども携帯電話が普及すれば 1 億 2,700 万人全員とはいわないけれど 6,000 万から
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8,000 万にはなる。次に接触時間はどうか ? テレビは 3 時間 ,PC はどんなにやった人でもだいだい 2 時間くら
いかな ,PDA が 1 時間 , 携帯電話は 12 時間です。若者なら寝ているときも枕元に置いているから , これはもう
24 時間です。
どう考えたってユーザー数も接触時間もトップです。メディアパワーっていうのはコンテンツ表示能力とスピー
ド ユーザー数 接触時間。そうしてみると i モードのメディアパワーは抜群だ。こうしてコンテンツプロバイダー
を口説いたんです。そのうち鼻で笑っていた人たちが次第に , これはビジネスになるなと気づき始めたんです。銀
行もだんだん経営環境が変わって駅前の一等地に支店をならべるより , 顧客に向けてカスタマイズされたサービ
スをしなければ思ったときに ,i モードは使えるな , と気づいてくれて ,「あ , そうか」ってビジネスに感度のある人
たちが集まってきたんです。
プロジェクトの時代
― ビジョンが先行するということが大事ということがわかりました , ただ , そうするとバックにある仕組みとか
仕様などとの調整が大変ですよね。
松永 これを解くキーワードは「カオスとプロジェクト」だと思っています。
i モードだって開発を進めていくうちにカオスになるわけです。これまで NTT の人はちゃんと段取りがあるって
いうことになれているわけです。ところが , 半年間ずうっと議論してきたことが , いきなり
「これ無しよ !」ってチャ
ラになるとか , そういうことが日常茶飯事であるんですよ。そうすると , いままで積み上げてきたのは何っ ? てい
うことになる。
ガラガラって音を立てて , ついていけなくなったりして , これまでのビジネスっていうのはもう決まりごとってい
うのがありまして , それをいかに正しく , 早く美しくやるかっていう , そういうのと違って , まったくイノベーションを
新しいことを起こそうというときは秩序なんてないんですよ。だからそういう意味ではプロジェクトのメンバーの条
件としてカオスに強い体質が必要でしたね。
カオスを突破するプロジェクトはサッカー型だと思っているんです。野球は , しょっちゅう監督が指示をだしてい
ますよね。だけれどもサッカーって戦略は監督が決めますけれども , この玉に対してどうやるかなんて指示はな
いわけですよ。そこで自分がドリブルでいくかクロスをあげるか , それを瞬時に考える力っていうものがカオスに
強いということです。ジーコさんに聞いたことがあるんですけれども , サッカー選手に一番必要なものはなんです
かって聞いたら , 彼は「クリエイティビティだ」って言ったんです。彼が言ったのは瞬時に何を感じられるかって
いうその感じる力と判断能力 , それがこういう変革の時代に必要になってきていると思います。
求むゲームズマン !
― どのような人材が必要なのでしょうか ?
松永 ボーボワールの
「女性は女性に生まれるのではない , 女性になるのだって」という有名な言葉がありますが ,
私は「会社員は会社員に生まれるのではない , 会社員になるのだ」というコラムを書いたことがあるんです。
ハーバード大学でリーダーシップの研究をしていたマイケル・マコビーという人がいて , 社会心理学者なんです
けど , 彼は企業の人間を 4 つのタイプにわけているんですね。一番目がクラフツマン, これは企業内技術者みた
いな , いってみればノーベルサラリーマンの田中さんみたいな人 ,2 番目がジャングルファイター , これは本当に権
力でのしあがっていくような人 ,3 番目がカンパニーマン, これは組織に従属する会社がすべてという会社人間。
4 番目がゲームズマン。彼はこれからの新しいテクノロジーの時代は , ジャングルファイターはいらないと。そして
カンパニーマンって人もいらない。これからはゲームズマンっていう , 常に状況が変わる潮の目の流れを読みなが
ら , ゲームを組み立てていける人が必要だといっています。
じゃあ , ゲームズマンだけでいいのかというとそうではない。ゲームズマンはある意味で傲慢で , 不愉快な現実
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を避けたがるタイプです。ゲームズマンにも弱点があるわけですよ。そこで重要なのがクラフツマン, 彼らは最良
のものを作りあげたいという欲求を持っています。ゲームズマンとクラフツマンがいて , 企業として新しい挑戦が
できるのではないですか。
松永流の秘密
― チームワークが必要だということですか ?
松永 やっぱり私のキーワードはプロジェクトなんですよ。
「プロジェクトX」でも
「そこに壁があった」と ....( 笑 )。
その壁をプロジェクトで乗り越えていくんです。
ひとりだったら絶対無理だっていうときでも , プロジェクトでは連鎖が生まれてくるんです。i モードのときにも。
もう駄目だ , もう駄目だということが何回も起きるんです。
「もう無理 , 期日にリリースできない」。その連続なんで
すね。だけど誰かが , どこかで踏ん張ってくれると波動が起きて連鎖が起こる。そして次の壁を越えられるんで
すよね。後ろを見てももう道がないんです。もう前に行くしか道がなくって迷ってられないんです。道がないところで,
さぁ右にいくか , 左にいくかという判断を迫られるわけですよ。でもそのときは興奮状態にありますから , ものす
ごい神がかった判断ができるんです。そのときの気持ちというのは「知的興奮」というか「高揚感」という風に
思うんですが , それが生み出すものなんです。
フォーチュン誌 ( 米 ) の記者が , 私の『i モード事件』を読んで , どこに一番感動したかというとですね , 私が
夏野剛さん 1) に i モードの話をするシーンがあって ,「携帯電話がインターネットとつながるんだ」って話すんで
す。そのとき , 私自身わかっていなかったんですけど。夏野さんはインターネットビジネスで失敗していますから ,
それを聞いた瞬間「あ , そうか ! 自分がやろうとしていたことは PC では 30 万人しか広がらなかったけど , ケータ
イなら 6,000 万人というマーケットに広がるんだ !」って興奮しているんです。それで私も「すごい !」って思った
んです。それまで「高揚感」があまりなかったんですよ。ところが , 夏野さんの中にあった「子どもの心」にふれ
て「私がやりたいことはこういうことだったんだ !」って。私は , その「高揚感」でもってコンテンツプロバイダー
さんを包んでいったんですね。
フォーチュン誌に
「ビジネス界最強の女性ランキング」でアジア第一位に選ばれてニューヨークへいったときに ,
編集長が「最強の女性」というから , どんな大きな人が現われるかと思っていたら , こんなに小さな人でしたか ,
とびっくりして ( 笑 )。パネルディスカッションの後で「松永さんはエナジェティックな人ですね」
,
と言うんです。えっ
エネルギッシュ , 私はそんなに脂ぎっていないぞっと思ったけれど。違うんです「エナジェティック」というのは ,
内発的なエネルギーを持った人のことなんです。だから私が内発的な火を持っていて , 何かのきっかけで , ある
知的興奮に出会うとポッと燃え上がって , それが周囲にポッポッポとつながっていくというイメージが浮かんで , な
るほどねえと思ったんです。プロジェクトには種火を持っているリーダーがいて , そこにカオスがあり , カオスの中
から生まれてくるものがある ....。
メディアが進化するとき
松永 もう誰も「携帯電話」って言わないですよね。
「ケータイ」とは言うけれど「電話」とは言わない。もう「電
話」を超えちゃったんですよね。
だから私はテレビがデジタル放送になったときに ,テレビを超える何かを打ち出さないと, だめだと思いますね。
だから「ケータイとテレビの幸せな結婚」というところに何があるのか , 携帯というのは究極のパーソナライズで
すよね。だから究極のパーソナルアイテムである携帯とテレビを組み合わせることによってどういうことが起きるの
かということを , ワクワク感で議論しないといけないんじゃないかと思います。テレビ局の人に「こんなことができ
たらいいと思いません ?」というようなこと , まだ聞いたことがないですね。テレビの人はもっとピッチにでて下さ
いと言いたいです。
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デジタル放送が始まって新しいプラズマディスプレイを買ってきたら ,リモコンが複雑で使いこなせないという
話を良く聞きます。そうではなくてボタンひとつ , ワンタッチでできるという世界を欲しいです。というのは , いま
出ているデジタルテレビの新しいサービスというのは私にはアップリケにしか見えないんです。そうじゃなくて「い
や , 私でも簡単にできる」っていうような世界をやってくれないのか , そこが見えてこないと幸せな結婚になりえ
てないと思うんです。
デジタルで心がかよう
たとえば i モードでも ,リアルタイムにログを見ると , こんなにアクセスがあるのかとびっくりします。こういうの
を利用してテレビの視聴率を測るとかできないんですかね ? もちろん , プライバシーがありますから , どこの誰が
いつどんな番組を見ていたというのがわかりますから , それに対する個人情報保護はきちんとしなくてはいけませ
んが , いままでの視聴率と違う仕組みがでてきても良いじゃないですか。見る人にフィットした番組展開ができる
という道も開けていると思います。
デジタルで心がかようんだってことになればいいですよね。情報通信って心がかようんです。通信と放送の連
携と言われているわけですから。いままで , いろいろなしばりがあったと思いますが , それを取っ払って , 本当に
こうなったらいいねという議論をやっていって , その中から何が生まれるのかを私は期待します。
「できません」というところから発想すると , 本当のクリエイティビティがでてこないんだと思うんです。だから
この枠をまずなくす,「ビジョン」はそこからでてくるんだと思います。
( みうら もとい )
注 : 1) 夏野剛 ( なつのたけし ) 1965 年生まれ。大手企業 , アメリカ留学を経てベンチャー企業を経営。i モード開発に参加。
現在 ,NTT ドコモ i モード企画部長。
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