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コンピュータを使った天気予報で1週間先の天気もあたらないのに

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コンピュータを使った天気予報で1週間先の天気もあたらないのに
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
コンピュータを使った天気予報で1週間先の天気もあたらないのに、
コンピュータを使ったって50年後、
100年後のことがわかるはずが
ないのではありませんか ?
私が答
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室長 江守 正多
えます
コンピュータによる日々の天気予報と地球温暖化の予
観測データを基に今日の現実の大気の状態をできるだけ
測計算は、計算自体にはよく似た方法を用いますが、結
正確に推定したものを初期条件に用いるのが重要なポイ
果の見方が全く異なります。そのため、1週間先の天気
ントです。一方、温暖化予測の場合には、初期条件は非
予報があたるかどうかと、50 年後、100 年後の温暖化
現実的でさえなければどんなものでもよく、むしろ重要
のことがわかるかどうかは全く別の問題です。簡単に言
なのは、将来予想される大気中二酸化炭素濃度などの変
えば、天気予報の場合には特定の日の「気象」状態(何
化です。これを時間とともに変化する外部条件(シナリ
月何日にどこに雨が降って気温は何度か)が問題である
オ)として与えながら計算を行います。
のに対して、温暖化予測の場合にはそれは問題ではなく、
では、1 週間先の天気予報はなぜあたらないのでしょ
将来の平均的な「気候」状態(ある地域の気温・降水量
うか。モデルが完全でないこと、初期値に誤差があるこ
の平均値や変動の標準偏差などの統計量)のみが問題に
ともその理由ですが、より本質的な理由は、気象が「カ
なります。そして、コンピュータを使って 100 年後の
オス」の性質を持つことです。ここでいうカオスとは、
特定の日の天気をあてることは不可能ですが、100 年後
単に「混沌」という意味ではなく、数学的に、方程式の
の気候を議論することは可能なのです。
初期条件に少しでも誤差があると、それが時間とともに
ここで、コンピュータによる天気予報と温暖化予測の
どんどん増幅してしまう性質のことです。これをたとえ
方法について少し詳しく説明しておきましょう。数日の
て、
「北京で蝶が羽ばたくとニューヨークの天気が変わ
天気予報の場合は大気のみの、温暖化予測の場合は大気
る」のように言うのをあなたも聞いたことがあるかもし
と海洋を組み合わせた、シミュレーションモデルを用い
れません。
ます。これらのモデルでは、大気や海洋の運動やエネル
しかし、ある期間の気象の平均状態である「気候」は、
ギーの流れなどを表現する物理法則の方程式をコン
地球のエネルギーのバランスなどの外部条件の影響によ
ピュータで計算して、大気や海洋の状態の変化を時間を
り大部分が決まり、カオスである日々の気象はその平均
追って求めていきます。このとき、天気予報の場合には、
状態のまわりを「揺らいで」いるだけと見ることができ
ます。すなわち、100 年後の気候(例えば 2071∼
2100 年の平均状態)と最近の気候(例えば 1971∼
物理量
(ある地域の気温など)
「気象」
=平均状態の
周りのゆらぎ
予測不可能
2000 年の平均状態)とを比べると、その変化は二酸化
炭素の増加などにより地球のエネルギーのバランスが変
わるという外部条件の影響で大部分が決まることが期待
ある程度
予測可能
「気候」
=平均状態
なお、100 年後の温暖化予測が実際にどの程度正しいと
考えられるかは、モデルの性能やシナリオの確かさによ
時間
気象の予測と気候の予測の違い
http://www-cger.nies.go.jp/
されるため、これを予測することには意味があるのです。
りますが、その説明は別の機会にゆずります。
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
最後に、もしもあなたが数学的なカオス理論について
詳しければ、以上の説明は次のように言いかえたほうが
すっきりとおわかりいただけるでしょう。
「ある日の気
象状態を位相空間の状態ベクトルで表したとき、天気予
報は状態ベクトルの変化を問題にするが、温暖化予測は
アトラクタの変化を問題にする。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに良く知りたい人のために
時岡達志 , 山岬正紀 , 佐藤信夫 . 気象の数値シミュレー
ション . 東京大学出版会 .
スペンサー・R・ワート(増田耕一,熊井ひろ美共訳)
温暖化の<発見>とは何か(特に第 6 章「気まぐれな獣」).
みすず書房.
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく知っているようでいて、
では腑に落ちているかというとそうでもないというのが実際のところのような
気がします。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、国立環境研
究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらいます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」( 月刊 ) に好評連載中。
http://www-cger.nies.go.jp/
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
温暖化を話題にしたテレビ番組で、海に沈む島と称して、大潮のときに海水
が地面から湧き出して膝まで浸かっている映像が映されたりします。これは
温暖化による海面上昇の影響が既に現れているということなのですか?
私が答
えます
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室 主任研究員 高橋 潔
テレビで「海に沈む島」として良く取り上げられる島
̶ツバルでは、海面上昇は本当に起きているのか?その
に「ツバル」があります。ツバルは南太平洋に位置する
原因は温暖化か?
9つのサンゴ島で構成された国です。このうち、例えば
全球平均で見た場合、20 世紀に観測された平均海面
首都フナフチがあるフォンガファレ島の平均標高は 1.5m、
上昇速度は 1∼2mm/ 年でした。主として 20 世紀の温
最も高い地点でも約 4m しかありません。質問は、ここ
暖化傾向が、海水の熱膨張と陸上雪氷の融解を通じて、
の島で撮られた映像のことを指しているものと思います。
この観測された海面上昇を引き起こしたことが分かって
フナフチで測定される潮位は季節により上下し、高い
います。
時と低い時で 20∼30cm 程度の差があります。また、
では、ツバル付近の地域的な海面水位についてはどう
潮汐による干満の差は大きい時では 2m を越します。よっ
でしょうか。豪州国際開発局の出資で 1993 年以降継続
て、潮位が高くなる春先の満潮時には、標高が低い地域
して行われている信頼出来る計測によると、フナフチに
では海水面より低くなってしまうところも出てきます。
おける 2005 年 6 月までの過去 12 年間の平均潮位の上
サンゴ礁の上に砂が堆積して出来た島ですので、満潮時
昇傾向は、4.3mm/ 年でした。この期間についていえば、
に海水面以下になる地域では、地盤(サンゴ礁)の穴を
なんらかの理由により平均潮位の上昇傾向があったとい
通じて水が滲み出してきます。島のあちこちで海水が地
えます。しかしながら、観測期間が短いために、長期の
面から湧き出す現象は以前からも観測されてきたもので、
変化傾向とは直接関係の無い短期的な海洋の変動性(例
温暖化により初めて生じるようになった訳ではありませ
えばエルニーニョによるもの)の影響を強く受けており、
ん。
長期的な上昇傾向や温暖化の影響の大きさについては、
しかしながら、近年その地面からの湧き出しによる洪
現時点では断定的なことは言えません。今後も潮位計測
水が深刻化しつつあるとの住民の証言があります。これ
を継続することで、この平均潮位の上昇傾向が一時的な
は、どのように考えればよいのでしょうか。
ものかどうか、温暖化がどれくらい寄与しているかなど、
さらに詳しい情報が得られるようになると考えられます。
̶洪水被害の深刻化の原因は?
ツバルにおける海水の湧き出しによる洪水の深刻化は、
潮位だけでなく、島の地形、土地利用、地下水、降水、
波力など複数の要因が関わって生ずる現象であると考え
られますが、その全体のメカニズムは十分に解明されて
いません。しかしながら、原因と疑わしきものをいくつ
か挙げることが出来ます。
まず、上述の近年の短期的な平均潮位の上昇傾向は、
空から見たツバル(写真提供:久保田泉氏)
http://www-cger.nies.go.jp/
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その原因の候補の一つです。また、月・太陽と地球の
(本回答の作成に際して、茨城大学三村信男教授、国立
位置関係によって起きる潮の干満と潮位の季節変動との
環境研究所山野博哉主任研究員より、有用な助言を頂戴
組み合わせにより、毎年春先に記録される年間最高潮位
しました。ありがとうございました。)
は約 4 年半の周期で上昇・下降することが分かっており、
年間最高潮位は高い年と低い年で 10cm 以上の差があり
ます。この年間最高潮位の周期的変化は平均潮位の変化
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
傾向には直接影響しませんが、大きな洪水が生ずるのは、
さらに良く知りたい人のために
その年間最高潮位が発生する時ですので、これもまた島
の住民が証言する洪水被害の深刻化に関わりがあるかも
神保哲生 (2004) ツバル 地球温暖化に沈む国 . 春秋社 .
知れません。
さらに、20 世紀に続いた人口増加にともない、1970
年代以降に、沼沢地を埋め立てて出来た低地にまで居住
地が拡大されてきたことが分かってきました。それらの
地域の中には、春先の高潮時に海水面以下となるところ
もあり、海面上昇に対して脆弱な地域への居住者が増え
たことになります。そのような社会的条件の変化も、高
潮時の洪水被害増加に関わりがあると考えられています。
̶ツバルでの海面上昇対策は必要か?
将来に目を向けた場合、IPCC 第 3 次評価報告書によ
ると、温暖化により海面が上昇することはかなり確から
しく、気候モデルを用いた今後 100 年の全球平均の海面
上昇量は 9∼88cm(幅は将来の温室効果ガスの排出量
見込みや予測に用いられた気候モデルの違いによる不確
実性)と予測されています。例えば、50cm の海面上昇
が生じるとすれば、洪水の規模・頻度が急激に高まると
予想できますので、対策の実施はどうしても必要になり
ます。海面上昇に対して脆弱な地域からの住居の撤退を
含む対策を早い段階から検討しておくことの重要性は高
いといえます。
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく知っているようでいて、
では腑に落ちているかというとそうでもないというのが実際のところのような
気がします。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、国立環境研
究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらいます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」( 月刊 ) に好評連載中。
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独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
地球全体の平均気温はどうやって求めるのですか。観測点のない海洋上や
陸上奥地などの気温はどうやって推測するのですか。
また、観測点の周囲の
環境が変われば、気温データにも見かけの変化が出てしまいませんか?
私が答
大気圏環境研究領域
大気物理研究室長 野沢 徹
えます
温度計による気温の直接観測が行われるようになった
次に、海洋のデータですが、地球の平均気温を算出す
のは 1850 年頃からですが、現在一般的に算出されてい
る際の海洋上の大気温度として、海洋表層の海水温度が
る地球の平均気温には、陸上のデータだけでなく、海洋
代用されています。海洋表面の水温はさまざまな船舶に
のデータも考慮されています。また、観測機器や観測場
より観測されており、昔はバケツで海水を汲み上げて計
所、周辺環境などの変化の影響もできるだけ取り除く努
測されていましたが、近年では、エンジンの取水口近く
力が行われています。地球上に不均一に分布する観測
に設置した温度計により計測されています。海洋上の気
データは、まず緯度 5 度
温も船の甲板上で観測されていますが、船舶のヒートア
経度 5 度に格子点化され、
さらに面積の重みを付けて平均することで、全球平均気
イランド効果(甲板が日射を受けて熱を帯び、甲板上の
温が算出されています。以下では、それぞれについて具
大気を暖める効果)のため、夜間のデータしか活用でき
体的に説明していきましょう。
ないなどの制約があります。また、1 カ月以上の時間ス
まず、陸上の気温データですが、現在では世界に 7000
ケールを考える上では、海洋表面の水温変動と夜間に観
前後の観測地点が存在しています。地域的な分布にはか
測された海洋上の気温変動がほぼ等しいことが知られて
なりのばらつきがあり、欧米などでは非常に密に存在し
いるため、海洋上の大気温度として海洋表層の海水温度
ている一方で、サハラ砂漠やシベリア北部、アマゾン奥
を代用することに大きな問題はありません。
地などでは観測点が少ないです。ただし、これらの地域
地球の平均気温データに見かけの変化をもたらし得る
にも数百 km に一点程度の割合で観測点が存在しますし、
要因としては、①観測機器の劣化や更新に伴う変化、②観
観測の空白域は面積的にもそれほど大きくはありません
測場所の変化(経緯度や標高)、③観測時刻や月平均値算
ので、地球の平均気温の算出には大きな影響はないと考
出方法の変化、
④都市化などの観測点周辺環境の変化、
えられます。
が挙げられます。このうち、①∼③については、物理的な
(a)
考察や統計的推定、変化前後の同時観測などによる補正
90N
が行われています。④についても、周辺の観測点との気温
60N
30N
差が年々増大している地点を除く、などの対応が取られ
EQ
ています。これらとは別に、人口や土地被覆、衛星から
30S
60S
90S
180
(b)
120W
60W
0
60E
120E
180
90N
均気温に対する都市化影響の有無を評価する研究も行わ
れています。また、都市によるヒートアイランド効果は
60N
30N
夜間の弱風時に顕著であるため、夜間の地上風速データ
EQ
を活用した都市化影響評価も行われています。これらの
30S
60S
90S
180
見た夜間地上光などの分布から都市と田舎を峻別し、平
結果はいずれも、大陸規模以上の空間スケールで平均し
120W
60W
0
60E
120E
180
(a) 1881 ∼ 1910 年および (b) 1971 ∼ 2000 年において
月平均気温のデータが 50% 以上存在する格子点
http://www-cger.nies.go.jp/
た気温については、都市化の影響はほとんど無視できる
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
ことを示しています。
地球の平均気温を求めるには、まず初めに各観測点の
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気温の平年値(西暦の一の位が 1 の年からの 30 年平均
さらに良く知りたい人のために
値。例えば 1961∼1990 年の 30 年平均値など)から
の差を求めます(これを平年偏差と呼びます)
。次に、
地球を緯度 5 度
経度 5 度に分割した各格子内に存在
する観測点の平年偏差を単純に平均して格子点データを
気象庁 ( 編 ) 異常気象レポート 2005 ( 特に第 2 章「地
球温暖化」). 気象業務支援センター
作成します。格子点化された平年偏差のデータに、各格
子の面積の重みを付けて平均することにより、地球の全
球平均気温(平年偏差)の時系列を算出します。なお、
ここで用いる「全球平均」は、
「観測データが存在する
限られた格子点の面積重み付き平均」を意味します。ま
た、図に示しますように、平均操作に用いられる格子点
数も現在から過去に遡るにつれて減少していきます。こ
のような、観測データが地球上の限られた地域にしか存
在しないことによる誤差は、せいぜい 0.1℃程度と見
積もられています。
このようにして算出されている地球の平均気温からは、
20 世紀の 100 年間で平均地上気温が約 0.6℃上昇した
ことが分かります。この上昇速度は、年輪や堆積物など
から推定された過去 2000 年間の気温変動にも例を見な
かったほど急激であったと考えられています。特に、1970
年代以降の気温上昇は顕著であり、100 年間で 1℃以上
も気温が上昇する勢いです。この気温上昇の原因はいった
い何でしょうか。詳細はまた別の機会にご説明したいと
思いますが、気候モデルを用いた統計的推定によれば、
近年の気温上昇は、二酸化炭素を始めとする温室効果気
体の濃度増加なくしては説明できないと考えられます。
人間活動が気候に重大な影響を与え始めていることは、
ほぼ疑いようのない事実であると言えるでしょう。
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく知っているようでいて、
では腑に落ちているかというとそうでもないというのが実際のところのような
気がします。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、国立環境研
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二酸化炭素濃度の上昇をどこかで止めるためには、二酸化炭素の排出量
を現在の半分以下にまで減らさないといけないと聞きました。
よほど生活
の質のレベルを落とさない限り、
そんなことは不可能ではないですか?
私が答
えます
地球環境研究センター
温暖化対策評価研究室 主任研究員 藤野 純一
温暖化の影響は既に顕われています。ヒマラヤの氷河
用いて計算したところ、2050 年には世界の温室効果ガ
や北極の氷がこの 20 年間にだいぶ失われてしまいまし
ス排出量を 1990 年に比べて約 50%削減し、それ以降
た。さらに温暖化が進めば、海面上昇の他、巨大な台風
さらなる削減が求められることがわかりました。先進国
や突発的な大雨の増加だけでなく、海洋大循環の停止な
である日本は、それ以上の削減、つまり 60−80%の削
ど一度起こったら取り戻せない影響も起こることが危惧
減が求められるかもしれません。しかし、生活の質を落
されています。
とさずにそのような削減が可能なのでしょうか?
温暖化の影響は気温の上昇幅、上昇スピードや対象と
なる地域によって様々に顕れるので、気温上昇を何度に
CO2 を排出する主な原因を一つずつ分解した式は、「茅
抑えれば良いと、一概に決められるものではありません。
恒等式」として世界的に知られています。この式を用い
しかし、世界全体の目標を設定するために、気温上昇を
て、どのように削減すればよいか検討します。
様々な温暖化影響が顕れる 2℃(産業革命以前の全球平均
温度を基準)以下に抑えることを議論の出発点としては
CO22 排出量=(CO2 /エネルギー) (エネルギー/
どうかと提案されています。
GDP) (GDP /人口) 人口
現状では、人間の活動により排出される二酸化炭素(以
下、CO22)は年間約 60 億トン(炭素換算)で、そのうち
半分の約 30 億トン
が陸域と海洋で吸収
され、残りが大気に
蓄積されています。
それにより大気中の
二酸化炭素濃度は増
加し、温暖化の主原
因になっています。
温暖化による大き
な影響を避けるため
に、将来どれだけの
温室効果ガスの削減
が必要になるか、気
候変化や経済動向を
表現する数値シミュ
レーションモデルを
http://www-cger.nies.go.jp/
第 1 項は炭素集約度と呼ばれ、1 単位あたりのエネルギー
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
を利用するときに排出される CO22 の割合を表します。
ところで、経済成長を表現するときの代表的な指標で
化石燃料と比べて CO 2 をあまり排出しない再生可能エ
ある GDP は、生活の質を表現しているのでしょうか?
ネルギー(風力や太陽エネルギー)や原子力発電の割
GDP の増加は、モノ(量)の豊かさの増加を反映します。
2 排出の少ないエネル
合を増加させる、さらには CO2
自宅で野菜を育て家でごはんを食べるより、外食した方
ギーで製造した電気や水素を効率的に利用するといった
が GDP は増加します。犯罪が増えると、警察や家庭内
対策で、大幅に改善できる可能性があります。第 2 項
セキュリティーサービスにより多くのお金を使うことで、
はエネルギー集約度と呼ばれ、1 単位あたりの GDP(国
GDP は増加します。それは本当に幸せなことなのでしょう
内総生産:日本国内で生み出される経済的な付加価値)
か?
を生産するときに必要となるエネルギーの割合です。
日本が得意とする省エネ技術をさらに発展させること
「生活の質」とは何なのでしょうか。私はその答えを
や、エネルギーを多く消費する経済活動から、IT 技術
探している段階です。人々が住みたいと思う脱温暖化社
等を利用した省エネ型の経済活動に転換することで、大
会が実現できるよう一緒に考えませんか。
幅に改善できる可能性があります。第 3 項は国民一人
あたりが生産する経済的な付加価値で、生産活動および
消費活動が増えるほど増加します。2005 年に内閣府が
出した「日本 21 世紀ビジョン」では、2030 年の一人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当たり GDP 成長率として 2%程度の伸びを目指していま
さらに良く知りたい人のために
す。第 4 項の人口については、国立社会保障・人口問題
研究所が 2002 年 1 月に行った推計によると 2000 年の
日本脱温暖化 2050 研究プロジェクト ,
人口 1 億 2 千 7 百万人が 2050 年には 1 億人にまで減
http://2050.nies.go.jp
少することが予想されています。
ドネラ・H・メドウス , デニス・L・メドウス , 枝廣淳子
私たちが進めている「日本脱温暖化 2050 研究プロ
(2005) 地球のなおし方 . ダイヤモンド社 .
ジェクト」では、一人当たり GDP が年率 2%で成長し
金子勝 (2005) 2050 年のわたしから . 講談社 .
ても、上述の「茅恒等式」の第 1 項、第 2 項に関連する
エルンスト・U・フォン・ワイツゼッカー , エイモリー・B・
項目を中心にして様々な対策を組み合わせることで、日
ロビンス , L・ハンター・ロビンス (1998) ファクター 4
本の CO 2 排出量を 1990 年に比べて 70%削減できるこ
̶豊かさを 2 倍に、資源消費を半分に . 省エネルギー
とを示しました。しかし、たとえば太陽光発電を普及さ
センター .
せるためには、効率向上及びコスト削減を可能にする技
新宮秀夫 (1998) 幸福ということ̶エネルギー社会工学
術開発、普及策を推進する制度設計、利用する消費者の
の視点から . 日本放送出版協会 .
協力が必要です。一つ一つの対策を実現させるために、
様々な主体の努力を積み重ねれば、GDP の成長と大幅な
温室効果ガス排出量削減の両立が可能になるでしょう。
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく知っているようでいて、
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気がします。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、国立環境研
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「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」( 月刊 ) に好評連載中。
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大気中の二酸化炭素は、海洋との間で大量に交換されていて、
それに比べ
ると化石燃料の燃焼で発生する二酸化炭素の量は桁違いに小さいと聞き
ました。
そのわずかな量が大きな気候変動をもたらすのですか?
私が答
地球環境研究センター
炭素循環研究室長 向井 人史
えます
海洋から大気へ、また大気から海洋へ年間に炭素換算
海水チーム側と大気チーム側に分かれてお互いに投げあって
で約 90 Pg( ペタグラム)[ 見慣れた表現では 900 億トン ]
いる状態を想像していただければ良いと思います。境界
の二酸化炭素が行き来しているという説明をうけたり、
線でのボールのやり取りの数がこの交換量にあたるわけ
図を見たりすることがあるかもしれません。これに対し、
です。チームにいる各人がある時間内に投げられるボー
私達人類が石油や石炭などの化石燃料の使用や森林破壊
ルの数はその人のまわりにあるボールの数に比例してい
で大気に放出している二酸化炭素は 7 Pg[70 億トン ] 程
ると考えられますので、大気チームにあるボールが多く
度ですので、海洋と大気間を行き来している 90 Pg に比
なると、大気から海洋へ投げられるボールが多くなりま
べると小さいものに感じられます。
す。もし、ある時間内に投げたボールがお互いに同数で
( 注:このあまり聞きなれない P(ペタ)は 10 の 15 乗を意
あるならば、それぞれの側にあるボールの数は投げる前
味する国際的な記号です。1Pg は 1Gt( ギガトン ) と書かれ
と変わっていないことになります。この場合、大気から
る場合もよくあります。1 Pg =1 Gt = 10 g= 10 億トン。
海水へ移動する量と、海水から大気へ移動する量が等し
ここでは、科学論文によく使われる二酸化炭素の炭素換算での
くなり、見かけ上はお互いに変化が無いように見えます。
ペタグラムを用います。)
この状態を平衡状態と呼んでいます。我々は見かけ上の
15
・・・・
ことしか見えないことが多いので、何も起こっていない
̶海洋と大気の二酸化炭素の交換とは?
ように見えますが、実際のミクロの世界から見ると両者
まず海洋と大気との間の二酸化炭素の交換量というも
一歩も引かない白熱した激しいボール投げがまさに繰り
のが何であるかを説明しましょう。実は、我々がなにも
広げられているという状況です。この表向きにはよく見
手を加えなくとも、海洋と大気の境、つまり海面を通し
えていない交換量を表しているのがここでのご質問の約
て二酸化炭素は常に移動しているのです。海水中にある
90 Pg という数字です。
二酸化炭素は、すきあらば大気へ出ていこうとしていま
産業革命が起こる前の、大気中二酸化炭素濃度が長い
す。一方、大気中にある二酸化炭素はすきあらば海水に
間 280 ppm で一定だったころの大気と海洋の間はまさ
もぐり込もうとしています。実際には物質にはそのよう
に平衡状態にあり、その当時の二酸化炭素のボールの投
な意思があるわけではありませんが、空間や物質の中に
げあいによる海と大気との交換量は、74 Pg であったと
広がって行こうとする 拡散 とよばれる現象がそれぞれ
考えられています。数字が 90 Pg よりも小さいのは、
の側に存在します。いわば、二酸化炭素というボールを
大気の濃度が現在よりも低いためですが、いずれにせよ、
図1 二酸化炭素の移動の様子(1980∼89 年)
(単位 Pg- 炭素 / 年)(Siegenthaler ら , 1993)
http://www-cger.nies.go.jp/
図 2 大気−海水境界面での二酸化炭素の交換のイメージ
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
年間を通してのボール投げ合いは引き分けであり、大気
陸上植物がさらに1Pg 吸収し、年間 7−2−1=4 Pg が
と海洋の正味の出入りはゼロであったと考えられていま
大気に残るとすると、年間に 2 ppm 増加し、50 年で
す。このように、大気中の二酸化炭素濃度の動きを調べ
100 ppm 増加します。現在濃度はすでに約 380 ppm
るためには、交換量自体の大きさより、最終的な正味の
です。しかも IPCC( 気候変動に関する政府間パネル ) の
出入りを見なければなりません。売り上げがいくらかで
二酸化炭素排出量シナリオではさらに排出量が増える場
はなくて、最終利益がいくらであるかを考えねばならな
合も想定されていますので、濃度増加はさらに大きくな
いことと同じです。
ることも考えられます。そして、このレベルの二酸化炭
素濃度で温暖化傾向は十分加速され、海洋の酸性化など
―我々が放出している二酸化炭素とのかかわりとは?
を含めて地球環境に重大な変化がもたらされると IPCC
さて、問題はこの海面で行われているミクロ的ボール
は警告しています。
投げ大会に、我々がどのように参加しているのかという
これらの状況を受けて、例えば、温暖化の影響を回避
ことです。今、我々人間が化石燃料を燃やしたりして放
するべく二酸化炭素等の濃度を 500 ppm 以下に安定化
出している年間の二酸化炭素量(7 Pg)は、大気濃度で
させようとするならば、上のような二酸化炭素の循環が
いうと毎年 3.5 ppm 程度の濃度増加(これは約1%の
続く場合、50 年後には我々人類による二酸化炭素発生
濃度変化に対応する)を与えるような大きさとなります。
量を半減させるぐらいの削減が必要になることがわかり
ポイントはこの我々が放出した二酸化炭素のボールは、
ます。しかし今後の炭素循環の変化に関して未知の部分
大気と海洋の交換量と関係なく、まず一度大気に蓄積す
も多く、将来の二酸化炭素濃度の予測に対してさらなる
るということです。これにより大気濃度の増加が最初に
研究が必要であると思われます。
起こります。いわば、我々はこのボール投げ大会で一方
的に大気チームに加担しているのです。我々が大気チー
ムのボールの数を少しずつ増やすことで大気チームは優
勢になり、海水側へ投げるボールもそれだけ増加して行
<参考>どのようにして、このような交換量が推定され
ているのでしょうか。
これは放射性炭素を含む二酸化炭素の海洋への吸収量
きます。よって海洋へのボールの移動量が増え、その結
の測定から推定された値です。放射性炭素は宇宙線でで
果、海洋も追随して濃度増加が起こります。
きて大気中に二酸化炭素として一定レベル生成していま
これまで、我々が毎年出した二酸化炭素は、海洋や陸
す。いわば色のついた二酸化炭素のボールが存在するこ
の植物などが吸収してもまだ半分程度が大気に残ってし
とになります。これが定常的に海洋への溶け込んでいる
まうことがわかっています。その結果 200 年の間に大気
速度の観測や、1960 年前後に核実験により大量にばら
の濃度は 280 ppm から 345 ppm(1985 年)へ増加
まかれた放射性炭素の海洋に侵入していく様子の観測な
しました。この濃度増加により大気から海洋への二酸化
どから、通常の二酸化炭素の場合の海洋への移動速度が
炭素移動量は、以前の年間 74 Pg から 92 Pg まで増加
見積もられています。
したと考えられます。海洋も大気からの移動量が増える
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ことで濃度が上昇しますが、海洋は表面海水と深層海水
さらに良く知りたい人のために
との入れ替わりがあり、取り込まれた二酸化炭素のボー
ルが少しずつ深層へと運ばれることで、表面の海水の濃
見て、読んで、理解する地球温暖化資料集 . 地球環境研
度増加には遅れが生じます。近年の海洋観測の結果から、
究センター
海洋の二酸化炭素の大気平衡濃度は実際の大気よりも平
(http://www-cger.nies.go.jp/ws/opening.html) .
均で 8 ppm 程度低くなっていると考えられています。
Siegenthaler, U., Sarmiento, J. L. (1993)
この濃度差により、海洋から大気への移動量は、大気か
Atmospheric carbon dioxide and the ocean. Nature
ら海洋へ移動する量よりも 2 Pg 程度少ない、年間 90 Pg
365, 119-125.
と推定されています。
この様な原理から、92 Pg−90 Pg=2 Pg が、大気チー
ムが優勢となったため海洋側へ移動した(海洋が吸収し
た)量であることがわかります。一方、人間が大気へ放
出している 7 Pg はその 3 倍以上ですので、かなりの量
が毎年大気に残されてしまいます。実際には植物による
吸収があるので、残存量は少し抑えられますが、もしこ
のままの二酸化炭素排出量を維持すると、今後 50 年で
500 ppm にせまる濃度になるのは確実です。例えば、
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
ます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」
( 月刊 ) に好評連載中。
http://www-cger.nies.go.jp/
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
成長中の樹木は二酸化炭素を吸収してくれるそうですが、木はいずれ枯れ
て朽ち果てるもので、
そうなれば二酸化炭素を吐き出すことになって、所詮、
植林などは温暖化対策としては一時しのぎではないですか?
私が答
地球環境研究センター
主席研究員 山形 与志樹
えます
英オックスフォード大学は、2006 年に注目された言
2
森林生態系は、樹木の成長に伴い二酸化炭素(CO2)
葉を対象とする「ワード・オブ・ザ・イヤー」に、企業
を吸収します。一方、枯れ葉や枯れ枝、枯死木の全てが
が排出する温室効果ガスを植林事業などにより相殺し、
2 として還るわけではな
直ぐに分解されて大気中に CO2
温室効果ガスの排出をゼロにする考え方を示す「カーボ
く、炭素を含んだ土壌有機物として土壌に蓄積し、少し
ン・ニュートラル」を選びました。しかし、植林された
ずつ分解し CO22 を放出してゆきます。図では、植生と
木はいつかは伐採されるか枯れてしまいます。それでも
土壌に蓄積される炭素が、植林と伐採(あるいは枯死)
植林が温暖化対策になる理由をどのように考えれば良い
の繰り返しによって長期的にどのように変化するかを示
のでしょうか。
しています。森林の成長速度は気候によって異なります
が、この図では数十から数百年間の間に発生する伐採と
―植林による温暖化対策効果
再生の数回のサイクルにおける変化が示されています。
この効果について考える鍵は、植林地において植林活
この図を見ますと、確かに伐採によって森林における炭
動の前後でどのように状態が変化するかを比較すること
素の蓄積量は一時的に減少しますが、土壌中に蓄えられ
にあります。下図は、放棄された農地等の荒地に対して
た炭素は着実に増え続けていることがわかります。すな
植林を実施した場合について、樹木の成長や伐採に伴う
わち、植林後の森林では、伐採と再生のサイクルを繰り
森林生態系(植林地の地上部と、根や土壌中を含む地下
返す中で、全体の炭素の蓄積は徐々に増大してゆくこと
部全体)における炭素の蓄積の変化の様子を、これまで
がわかります。そして、土壌中に蓄えられる炭素は、諸
に得られている各種の研究データにもとづいて模式的に
条件にもよりますが、平均的には植生中の炭素量に匹敵
表したものです。
する、あるいはそれ以上の量となります。
さらに森林が成熟してゆきますと、最終的には木の成
または
伐採ー再植林 ( 枯死‒再生 )
長分と土壌における有機物の分解が平衡状態になり、森
林生態系としての炭素蓄積の増大はストップします。植
林後の長期的な炭素ストックの平均値に着目すると、植
植林
効果
林前の土地にあった炭素の蓄積量と比べて増大すること
がわかります。すなわち、植林による温暖化対策の効果
は、短い間で増えたり減ったりする炭素量ではなく、長
植林の実施前後における炭素蓄積量の変化
(本図は温帯林の土壌における炭素蓄積変化を表
しています。森林成長は暖かいところほど早い
のですが、土壌中炭素は、微生物分解による土
壌呼吸が減少する寒いところほど大きくなるこ
とが知られています。)
http://www-cger.nies.go.jp/
期的に見たときに森林全体に蓄えられる炭素蓄積の平均
値を増大させる効果で評価することができます。
―バイオマス利用による温暖化対策効果
また、伐採された木から CO2
2 が直ぐに排出されるわ
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
けではありません。伐採された木は、材木として住宅や
CDM としての海外植林事業による温暖化対策効果の評
家具に利用され、長い間にわたって炭素を保持し続けま
価には、その事業を実施したことによる追加的な炭素吸
す。伐採や製材時の残材や廃材がバイオマスエネルギー
収量の算定手法や地域に与える影響の評価などの難しい
として燃料に利用されれば、石油などの化石燃料を代替
問題があり、国連から CDM としての認証を得ることは
することで石油などから排出される CO22 の排出の削減に
実際には簡単ではないという問題があります。
つながり、温暖化対策に直接的に貢献することが可能に
なります。というのも、バイオマスの燃焼で排出される
2 はもともと大気から森林に吸収されたものなので、
CO2
バイオマスエネルギーの利用は長い目で見たとき大気中の
2 量を増大させるものではないからです。さらに伐採
CO2
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに良く知りたい人のために
後に森林が再生しますので、もう一度、この排出された
2 を吸収することも可能です。このため、植林とバイ
CO2
陸域生態系の炭素吸収源機能評価−京都議定書の第 2 約
オマス利用のサイクルによる温暖化対策の効果には限界
束期間以降における検討にむけて−
2 の排出削減効果が持続することがわかりま
が無く、CO2
(2006) CGER レポート D039-2006. 下記からダウン
す。
ロード可能
ホームページ:「京都議定書における吸収源情報 DB」
‒京都議定書で認められた温暖化対策としての植林事業
(http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/db/enterprise/
日本では植林活動が可能な土地は残念ながら限られて
gwdb/index.html)
いますが、世界的に見ますと、特に途上国において過去
の森林破壊によって放置されている荒地がたくさんあり
宮脇昭 . 木を植えよ! . 新潮選書 .
ます。このような土地に温暖化対策として植林活動を実
施することが、温暖化対策に関する国際的な取り決めで
小林紀之 . 地球温暖化と森林ビジネス「地球益」をめざして .
ある京都議定書において、温暖化対策の活動(クリーン
日本林業調査会 .
開発メカニズム(CDM)と呼ばれる)として認められ
ました。植林は温暖化対策として有効なだけではなく、
荒廃した環境を回復し、生物多様性や水の保全、さらに
は地域における経済の持続可能性の向上にも貢献する可
能性があり、これらの追加的な便益も考えると 潤いの
ある 温暖化対策ということができるでしょう。しかし、
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく知っているようでいて、
では腑に落ちているかというとそうでもないというのが実際のところのような
気がします。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、国立環境研
究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらいます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」( 月刊 ) に好評連載中。
http://www-cger.nies.go.jp/
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
二酸化炭素が増えると地球が温暖化するというはっきりした証拠は
あるのですか?
私が答
えます
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室長 江守 正多
将来の温暖化とまったく同じ状況は過去になかったわ
室効果」がなかったら、地表は太陽からのエネルギーの
けですから、裁判における証拠のような、完全に実証的
みをうけとり、それとつりあうエネルギーを放出します
な意味での証拠はありません。しかし、はっきりした「物
(図 1a)。このとき、地表付近の平均気温はおよそ­18℃
理学的な根拠」ならあります。そして、その根拠をわか
になることが、基本的な物理法則から計算できます ( 注 2)。
りやすく示すいくつかの証拠もあげることができます。
しかし、現実の地球の大気には温室効果があることがわ
かっています。すなわち、地表から放出された赤外線の
ー温室効果が地表をあたためることの「証拠」
一部が大気によって吸収されるとともに、大気から地表
まず、地球の地表付近の温度はどのように決まってい
にむけて赤外線が放出されます。つまり、地表は太陽か
るのでしょうか。一般に、物体は、その温度が高いほど
らのエネルギーと大気からのエネルギーの両方をうけと
たくさんのエネルギーを赤外線として放出します。そし
ります(図 1b)。この効果によって、現実の地表付近の
て、地表の温度は、地表がうけとるエネルギーとちょう
平均気温はおよそ 15℃になっています。したがって、
ど同じだけのエネルギーを放出するような温度に決まって
実際に地球の気温が­18℃ではなく 15℃であることが、
います ( 注 1)。なぜなら、もしも地表の温度がそれより
大気の温室効果が地球をあたためることの「証拠」であ
高ければ、放出するエネルギーがうけとるエネルギーを
るといえるでしょう。
上回るので、地表が冷えて、結局、エネルギーの出入り
がつりあう温度におちつくはずだからです。地表の温度
ー二酸化炭素が増えると温室効果が増えることの「証拠」
がそれより低かった場合も同様です。
ところで、大気中における赤外線の吸収、放出の主役は、
さて、宇宙からみると、地球は太陽からエネルギーを
大気の主成分である窒素や酸素ではなく、水蒸気 ( 注 3)
うけとり、それとほぼ同じだけのエネルギーの赤外線を
や二酸化炭素などの微量な気体の分子です。赤外線は
宇宙に放出しています(図 1)。もしも地球の大気に「温
「電磁波」の一種ですが、一般に、分子は、その種類に
C
図 1 (a) もしも温室効果がなかったら地表は太陽エネル
ギーのみをうけとる ( 矢印の線の太さがエネル
ギーの量を表す)
(b) 実際は温室効果があるので地表は大気からのエ
ネルギーもうけとる
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C
図 2 (a) 二酸化炭素分子は、赤外線を吸収するだけで
なく放出する
(b) 赤外線を吸収・放出する二酸化炭素分子の量が
増えれば、地表に届く赤外線は増える
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
応じて特定の波長の電磁波を吸収、放出することが、物理
ゾル(大気中の微粒子)が日射を反射するため温暖化は
学的によくわかっています。身近な例としては、電子レン
一時的に抑制されますが、火山の噴火は予測不可能です。
ジの中の食品があたたまるのは、赤外線と同様に電磁波の
また、温暖化にともない雲が変化するなどの「フィード
一種であるマイクロ波が電子レンジの中につくりだされ、
バック」が、現在の科学ではまだ完全には理解されてい
これが食品中の水分子によって吸収されるためです。
ません。したがって、何らかのフィードバックにより温
ここで、つぎのような疑問がわくかもしれません。「仮
暖化が小さめにおさえられる可能性は否定できません。
に、地表から放出された赤外線のうち、二酸化炭素によっ
これらの要因があるため、「実際にどれだけ温暖化するか」
て吸収される波長のものがすべて大気に一度吸収されて
の予測には不確かさがあることに注意しておきましょう。
しまったら、それ以上二酸化炭素が増えても温室効果は
かといって、何らかのフィードバックにより温暖化が大
増えないのではないだろうか?」これはもっともな疑問
きく加速される可能性も同様に否定できませんので、予
であり、きちんと答えておく必要があります。実は、現
測に不確かさがあることは、決して温暖化を過小評価し
在の地球の状態から二酸化炭素が増えると、まだまだ赤
てよいことを意味しません。
外線の吸収が増えることがわかっています。しかし、そ
のくわしい説明は難しい物理の話になりますのでここで
は省略し、もうひとつの重要な点を説明しておきましょう。
仮に、地表から放出された赤外線のうち、二酸化炭素に
よって吸収される波長のものがすべて一度吸収されてし
まおうが、二酸化炭素が増えれば、温室効果はいくらで
も増えるのです。なぜなら、ひとたび赤外線が分子に吸
収されても、その分子からふたたび赤外線が放出される
からです。そして、二酸化炭素分子が多いほど、この吸収、
放出がくりかえされる回数が増えると考えることができ
ます。図2は、このことを模式的に表したものです。二
酸化炭素分子による吸収・放出の回数が増えるたびに、
上向きだけでなく下向きに赤外線が放出され、地表に到
( 注 1) 地表からは赤外線以外にも熱や水蒸気の形でエネルギー
が放出されます(顕熱、潜熱とよばれます)が、ここで
はそのくわしい説明は省略します。これらを考えに入れ
たとしても、地表温度が高いほどたくさんのエネルギー
が放出されます。
( 注 2) 簡単化のため、地表から放出するエネルギーをすべて赤
外線とした場合の計算値です。
( 注 3) 水蒸気の役割についての説明は別の機会にゆずりますが、
水蒸気の存在を考えに入れても、今回の説明の内容に本
質的な影響はありません。
( 注 4) 金星は地球より太陽に近いですが、太陽のエネルギーの
およそ 8 割が雲などによって反射されてしまうので(地
球の場合はおよそ 3 割)
、温室効果がなかった場合の温
度はこのように地球よりも低くなります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
達する赤外線の量が増えるのがわかります。
その極端な例が金星です。もしも金星の大気に温室効
さらに良く知りたい人のために
果がなかったら、金星の表面温度はおよそ­50℃になる
小倉義光 . 一般気象学(第 5 章「大気における放射」).
はずですが ( 注 4)、二酸化炭素を主成分とする分厚い大
東京大学出版会
気の猛烈な温室効果によって、実際の金星の表面温度は
柴田清孝 . 光の気象学 . 朝倉書店(こちらはかなり専門
およそ 460℃になっています。これは、地球もこれから
的です)
二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも
増えることができる「証拠」といえます。
ー「実際にどれだけ温暖化するか?」には不確かさがある
このように「二酸化炭素が増えると温暖化する」こと
の根拠ははっきりしています。ただし、以上の説明は、
二酸化炭素以外の要因が温暖化を、少なくとも部分的に、
打ち消す可能性を否定するものではありません。たとえば、
大きな火山が噴火すれば、火山ガスから生成するエアロ
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
ます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」
( 月刊 ) に好評連載中。
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独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
EUは気温上昇を2℃以内に抑えるべきと主張しているそうですが、北海道のよ
うに、2℃くらいの上昇であればかえって過ごしやすくなる地域もあると思いま
す。気温上昇抑制の目標はどういう考え方に基づいて決めているのですか?
私が答
えます
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室 主任研究員 高橋 潔
はじめに:気温上昇抑制目標の議論で注意すべき点
で、より大きな昇温が起きると予想されています。言い
質問にお答えする前に、抑制目標の議論で注意すべき
換えると、ある地域において全球平均気温上昇 2℃で生
点をいくつか整理しておきたいと思います。質問文中の
ずると予想される影響は、必ずしも気温上昇 2℃で生ず
「気温上昇を2℃以内に抑えるべき」というのは、より
る影響というわけではありません。ちなみに、東京大学・
正確には「産業革命前と比べた全球平均の年平均気温の
国立環境研究所・地球環境フロンティア研究センター共
上昇を2℃以内に抑えるべき」と表せます。気をつけな
同開発の気候モデルによる 21 世紀中の気温上昇予測結
いといけない点の一つ目は、「いつと比べた気温上昇か」
果を使い、全球平均の気温上昇が 2℃となる場合の各県
という点です。基準年を産業革命前(温暖化が起きる前)
平均の気温上昇を概算すると、北海道で 2.6℃、東京都
にとる場合と現時点にとる場合がありますので、それら
で 2.2℃、沖縄県だと 1.8℃です(全国平均は 2.2℃;図
を混同しないことが必要です。産業革命以降これまでに、
参照)。また、北欧では 3℃を超す気温上昇となっています。
既に全球平均約 0.7℃の気温上昇が生じていますので、
さらに言うと、年平均の気温上昇が 2℃だとしても、季節
例えばご質問にある EU 目標は、「今後の全球平均気温上
毎あるいは月毎に見るとさらに大きな気温上昇が起きる
昇を 1.3℃以内に抑える」という目標に相当します。(以
と予想される地域も存在します。
下本文では、
「全球平均気温上昇」とは、産業革命前に
比べた全球平均の年平均気温の上昇のことを指します。)
ー全球平均気温上昇と温暖化影響
注意すべき点の二つ目は、
「全球平均の気温上昇か、
次に、全球平均の気温上昇を 2℃以下に抑えるという
地域的な気温上昇か」という点です。例えば全球平均気
目標とは、影響の大きさで見るとどのようなものである
温上昇が 2℃だとしても、地域的に見ると年平均気温上
かについて説明します。実は、全球平均気温上昇 2℃以
昇が 1℃のところもあれば 3℃のところもあります。一
下の目標を達成出来ても、全ての分野・地域で悪影響を
般的には、海洋に比べて陸地で、低緯度に比べて高緯度
回避できるわけではありません。産業革命以降現在まで
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
に 0.7℃程度の全球平均気温上昇が現れていることは既
に述べましたが、脆弱な分野・地域においてはその影響
が顕在化しつつあります。したがって、今後温暖化が進
行すると、それらの影響はさらに大きなものになると予
想されます。例としては、動植物の分布変化、希少生物
の絶滅、山岳氷河の後退などが挙げられます。また、低
緯度地域の途上国では、作物の成長適温の上限付近で農
図 全球平均気温上昇 2℃に相当する各国/各県
平均の気温上昇(℃)
(CCSR/NIES/FRCGC モデルの例。各地域について、5 本
の棒グラフは左から、年平均(黒色)、3 月〜5 月平均、
6 月〜8 月平均、9 月〜11 月平均、12 月〜2 月平均)
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業が行われていたり、非灌漑農業が支配的で乾燥に脆弱
であったりするため、全球平均の気温上昇が 2℃以下で
も農作物収量に悪影響が生ずると予想されています。2℃を
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
超えて気温が上がり続けると、さらに悪影響にさらされ
比較的小さな気候変化でも絶滅リスクが高まりますが、
る分野・地域が拡大します。
それを深刻な事態と考える人もいればそう考えない人も
一方、全球平均気温上昇 2℃程度では、好影響が生ず
います。また、島や沿岸部に住む人々と高地に住む人々
る地域・分野も存在します。例としては、高緯度地域に
では、許容可能な海面上昇量に違いが生ずるでしょう。
おける農作物の栽培適地拡大/成長期間増加や冬季の暖
温暖化に伴い多大な悪影響を蒙る地域と好ましい影響を
房エネルギー需要減少などが挙げられます。ただし、好
受ける地域とでは、当然ながら考え方も変わってきます。
影響が期待できる場合でも、新しい環境条件に合わせた
多岐にわたる温暖化影響それぞれについて価値付けを
農業経営や住居環境にするためのコストが必要であるこ
行ったうえで、それらを足し合わせて得られる総体的な
とには注意が必要です。例えば、元々農業が行われてい
影響被害量の見積もりには、判断主体により大きな差が
なかった地域が栽培適地になったとしても、新たに農地
生じることになり、結果的に長期目標についても異なる
に転換するための努力が必要です。また、たとえ寒い気
主張がなされることになります。このため互いの主張す
候が日々の生活に制約を及ぼしている高緯度地域であっ
る長期目標がいかなる価値観・考え方に基づき提案され
ても、(排出削減対策を取らねば十分に起こりうる)5℃
たものであるのか、相互に理解を深めつつ、合意を目指
を越すような急激な気温変化に対しては悪影響が卓越し
した議論を進めていく必要があります。
ますから、社会・経済システムの急激な調整が必要とな
また、目標の判断材料となる個別の科学的知見の精度・
り、コスト的にも大きな負担を蒙ることになるでしょう。
信頼度も、長期目標を左右する重要な要素です。温暖化
影響の予測には不確実性が大きなものもありますが、科
ー長期目標の設定と合意形成
学の進歩によりその不確実性が十分小さくなるまで目標
ひとことで言うと、気温上昇抑制等の長期目標は、許
検討の考慮対象からはずしておく、というわけにもいき
容しがたい影響を回避するという観点から、気温・降水
ません。現時点では、例えば、影響が最も深刻に現れて
等の気候変化により引き起こされる影響に関する多様な
しまう最悪ケースを想定して目標を設定しておき、科学
分野のさまざまな科学的知見の蓄積を参照しつつ、総合
的知見の更新にあわせて目標も随時更新していく、と
的に検討されます。しかし一方で、目標達成のための排
いった柔軟な考え方で、目標の合意を目指す必要がある
出削減にも努力(コスト)が必要ですので、過度に厳し
でしょう。
い目標では実現可能性に欠け、長期的視野を持って排出
削減を推し進めるための目標として機能しなくなります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目標を達成することで軽減できる影響被害量、目標を達
さらに良く知りたい人のために
成しても残ってしまう影響被害量、目標達成に要する排
出削減のための努力量、これらを総合的に判断し、目標
高村ゆかり , 亀山康子編著 . 国際制度設計を展望して .
が提案されます。EU の2℃目標というのも、そのバラ
大学図書
ンスを取ったうえでの、政策的判断であるといえます。
一方、その他の国や地域で、明確な目標を提案してい
るところは多くはなく、ましてや世界全体での目標の合
意形成はまだ出来ていません。長期目標の議論は依然大
きな争点です。では、何が合意形成の障害となっている
のでしょうか。
温暖化により生ずる影響(及びその回避)への価値付
けが、それを判断する個人・集団・国家により大きく異
なることが、合意形成を困難にする要素の一つです。限
られた地域にのみ分布する動植物などは全球 1℃程度の
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
ます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」
( 月刊 ) に好評連載中。
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独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
猛暑だったり桜の開花が例年より早かったり、
ちょっと変わった
ことがあると何でも地球温暖化のせいみたいな報道がされますが、
本当なのですか?
私が答
社会環境システム研究領域
領域長 原沢 英夫
えます
ー地球温暖化と極端な気象現象との関係
非常に希な気象現象を指しますが、「極端な気象現象」は
2007 年 2 月 2 日に IPCC(気候変動に関する政府間
異常気象も含むより広範囲な現象をいいます)。
パネル)第 1 作業部会の第 4 次評価報告書(気候変動
下の表は、「極端な気象現象」のうち 20 世紀後半の観
2007 自然科学的根拠)が発表されました。この報告
測から変化傾向がみられた現象の最近の傾向 (A 欄 )、そ
書では、気候システムに温暖化が起こっていると断定す
の傾向に対する人間活動の寄与の可能性 (B 欄 )、21 世紀
るとともに、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の
の予測に基づく傾向の継続の可能性 (C 欄 ) を表したもの
原因であるとほぼ断定しています(文部科学省他 , 2007)。
です。例えば、猛暑をおこす高温 / 熱波の頻度の増加に
地球の平均気温が過去 100 年に 0.74℃上昇し(1906
関しては、20 世紀後半に起こった可能性が高く、人間
∼2005 年 )、最近の 50 年間では、過去 100 年の2倍
活動の寄与の可能性は「どちらかと言えば」と評価され
の速さで温暖化が進んでいることがわかりました。また、
ています。気候モデルの予測からは将来、温暖化により
極端な気象現象との関係もより明らかになってきました。
高温 / 熱波の頻度が増加することは、可能性がかなり高
IPCC では干ばつ、大雨、熱波、熱帯低気圧(ハリケーン
いと評価されています。
や台風を含む)を「極端な気象現象」と呼んでいます(よ
一方、竜巻、ひょう、雷、砂じんあらしといった小規模
く使われる「異常気象」は、30 年に1回発生するような
な現象については、何らかの傾向が存在するかどうかを
表 「極端な気象現象」のうち 20 世紀後半の観測から変化傾向がみられたものの最近の傾向、その傾向に対する
人間活動の影響評価、および予測(気象庁 , 2007)
現象及び傾向
(A)
20 世紀後半
( 主に 1960 年以降 )
に起こった可能性
(B)
観測された傾向への
人間活動の寄与の可能性
(C)
SRES シナリオを用
いた 21 世紀の予測に基
づく傾向の継続の可能性
ほとんどの陸域で寒い日 / 夜
の減少と昇温
可能性がかなり高い
可能性が高い
ほぼ確実
ほとんどの陸域で暑い日 / 夜
の頻度の増加と昇温
可能性がかなり高い
可能性が高い(夜)
ほぼ確実
ほとんどの陸域で継続的な
高温 / 熱波の頻度の増加
可能性が高い
どちらかと言えば
可能性がかなり高い
ほとんどの地域で大雨の頻度
(もしくは総降水量に占める
大雨による降水量の割合)
の増加
可能性が高い
どちらかと言えば
可能性がかなり高い
干ばつの影響を受ける地域の
増加
多くの地域で 1970 年以降
可能性が高い
どちらかと言えば
可能性が高い
強い熱帯低気圧の数の増加
いくつかの地域で 1970 年
以降可能性が高い
どちらかと言えば
可能性が高い
高潮の発生の増加
( 津波を含まない )
可能性が高い
どちらかと言えば
可能性が高い
http://www-cger.nies.go.jp
独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
判断する十分な根拠がないと評価されています。
の影響事例が報告される予定です。
ところで、例えば、今年の暖冬傾向が温暖化のせいで
あるかどうかを直接的に証明することは容易ではありま
せん。今年に関しては、エルニーニョと呼ばれる地球規
模の気象現象が大きく影響していると見られています。
それに、温暖化の影響が加わっているかも知れません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、温暖化すれば傾向としてはこうなるということ
さらに良く知りたい人のために
は言えますが、個別の事象として、こうなるはずのこと
が起きたからといって、それがすべて温暖化のせいだと
文部科学省・経済産業省・気象庁・環境省 (2007) 気候
は言い切れないこともあるということです。
変動に関する政府間パネル (IPCC) 第 4 次評価報告書
第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について .
ー雪氷や生態系、人間社会への温暖化の影響
報道発表資料平成 19 年 2 月 2 日 .
過去 100 年間に地球の平均気温は 0.74℃上昇してい
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=7993
ることから、その影響がいろいろな傾向として現れてい
ます。IPCC の第3次評価報告書(IPCC, 2001)では、
気象庁 (2007) IPCC 第 4 次評価報告書第 1 作業部会報
影響に関する多数の研究論文を精査した結果、現在すで
告書政策決定者向け要約(暫定版).
に現れている温暖化の影響として、以下の現象をあげて
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/
います。
ar4/ipcc_ar4_wg1.pdf
○ 山岳の氷河の縮小や後退
○ 永久凍土の融解
○ 河川・湖沼の結氷期間の短縮
○ 中・高緯度地域の生長期間の延長
IPCC (2001) Climate Change 2001 Impacts,
Adaptation and Vulnerability, 1032pp.
http://www.ipcc.ch より入手可能 .
○ 植物・動物生存域の極方向や高地への移動
○ 植物・動物種の生育数の減少
○ 開花時期、昆虫の出現、鳥の卵生の早期化
最近では、上記の雪氷や陸域生態系への影響に加えて、
次のような影響も報告されています。
○海洋の酸性化
○海洋・淡水生態系への影響(サンゴ礁の劣化・消失、
北大西洋のプランクトンの北上など)
○人間社会・経済活動への影響
○農業への影響(アフリカのサヘル地域の干ばつに
よる穀物収量減少、ブドウ栽培への影響など)
○人の健康影響(熱波の増加、生物媒介性・水媒介
性感染症の増加など)
現在とりまとめが進んでいる IPCC 第2作業部会の第
4次評価報告書(2007 年4月6日頃公表予定)では、温
暖化の影響について1章があてられており、非常に多く
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
ます。
「( 独 ) 国立環境研究所地球環境研究センターニュース」
( 月刊 ) に好評連載中。
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中国やその他の多くの途上国は、
これから経済発展が進み、
ますます
エネルギー消費(二酸化炭素の排出)が増えるのではないかと思います。
そのままほうっておいて、大丈夫なのでしょうか?
私が答
地球環境研究センター
温暖化対策評価研究室長 甲斐沼 美紀子
えます
ー今後途上国の排出量は増加する
ことを究極的な目的としています。この条約では、先進
このままの排出量の増加が続けば地球全体の地上平均
国(正確には条約付属書 I に掲げる各先進締約国であるが
気温は、2050 年には産業革命以前のそれに比べて、2℃
以下先進国と言う)は、CO₂ やその他の温室効果ガスの
以上も上昇するといわれています。2100 年には 4℃以上
人為的排出量を 1990 年の水準に戻すことを目指しまし
の上昇となり、植生変化、サンゴ礁の白化などの脆弱な
た。また、この条約に基づき、1997 年にわが国で開催
生態系への影響だけでなく、気候の様相の変化、海洋大循
された第 3 回締約国会議では「京都議定書」が採択され、
環の停止、南極・グリーンランド氷床の崩壊等の、大規模
先進国は、2008 年から 2012 年までの約束期間におい
かつ不可逆な影響が現れる可能性が高くなってきます。
て、先進国全体の排出量を 1990 年の水準から少なくと
中国は過去 10 年以上にわたり年平均 10%前後、インド
も 5%削減するという数値的な排出抑制目標を定め、各
は 5.5%の経済成長を遂げています。それに伴って、化
国はそれぞれ削減努力をしています。京都議定書に定め
石燃料由来の二酸化炭素(CO₂)排出量も増加しており、
られた日本の排出抑制目標は、1990 年排出量の 6%と
中国とインドからの CO₂ 排出量は、2003 年には世界
なっています。ちなみに、先進国全体の排出量は、2002
全体の 20% を超えています。中国の排出量は 2003 年
年時点で世界全体の 54%です。
には 41 億トンと、日本の 3.4 倍となっています(図 1)。
しかし、京都議定書に定めた排出抑制目標の達成は、
温暖化防止の取り組みの第一歩に過ぎず、今後の温暖化
ー温暖化進行を防止するには大幅な削減が必要
の進行を食い止めるためには、2050 年には世界全体の
1992 年リオデジャネイロでの地球サミットで 150 カ国
温室効果ガス排出量を 1990 年に比べて約 50%削減し、
以上の国により署名された「気候変動に関する国際連合枠組
それ以降もさらなる削減を進めることが必要です。先進
条約」は、気候系に危険な人為的干渉を及ぼすこととならな
国の排出量を、将来にわたって大きく削減していくこと
い水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる
が重要ですが、途上国の削減が行われないと、2020 年
ごろには、途上国の排出量が先進国の排出量より大きく
なることが予想されます。また、2025 年ごろには途上
国の排出量だけで、大気中の CO₂ 濃度を 450ppmv(百
万分の一容積比)に安定化するための排出量を上回るこ
とになります(図 2)。排出量削減に対する本格的な取り
組みが重要であると言えます。
(出典:CDIAC)
ー中国での取り組み
中国政府は 2020 年までに経済成長を 2000 年の 4 倍
図 1 主要国の化石燃料消費からの CO₂ 排出量
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にするとの目標を立てており、それに伴ってエネルギー
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需要も増大し、CO₂ 排出量も増加すると予想されていま
という問題があります。
す。国際エネルギー機関(IEA)は、2010 年までに中国
の CO₂ 排出量が米国を抜いて世界一位になるとの試算結
ー途上国を含めた対策が必要
果を 2006 年に発表しました。仮に、温暖化対策が何ら
これまで先進国がたどってきた発展パターンに沿って
行われないとすると、中国の 2030 年の CO₂ 排出量は
途上国が化石燃料を消費すると、地球全体の温室効果ガ
1990 年の 4.5 倍にもなると予想されています。
ス排出量は増加の一途をたどり、温暖化はますます進み
ます。先進国のみの排出削減では、温暖化の防止は実現
できません。経済発展を妨げず、同時に温暖化対策を進
展する方策を探り、途上国も含めて温暖化対策を実行し
ていくことが必要とされています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに良く知りたい人のために
図 2 CO₂ 排出量の予測 (IPCC SRES B2 シナリオ準拠 )
AIM ワークショップホームページ:
2005 年の中国での粗鋼生産は前年比 25%増の 3.5 億
http://www-iam.nies.go.jp/aim/workshop.htm
トンと、世界生産の 3 割を占める規模に成長しています
日本エネルギー研究所 . エネルギー・経済統計要覧 .(財)
(日本は 1.1 億トン)。また、過剰投資の結果、中国の鉄
省エネルギーセンター ( 毎年発行 ).
鋼生産能力は需要を 1.2 億トン余り上回っているにも拘
高村ゆかり , 亀山康子〈編〉(2005) 地球温暖化交渉の
わらず、さらに 1.5 億トン相当の生産設備が建設中及び
行方 . 大学図書 .
計画中との情報もあります。これまで通りの成長が続く
とは限りませんが、これが現実化すれば、今後も世界の
CO₂ 排出量の中で大きな割合を占めることになります。
しかし、今の中国では効率性の低い小規模な高炉が大半
を占めているため、CO₂ 排出量の削減可能性は大きいと
考えられます。適切な投資によって、効率性の高い生産
設備に置き換わっていくと想定するなら、CO₂ 排出量を
より少なくしていく可能性はあります。
中国政府は、GDP 当たりのエネルギー消費量(エネル
ギー効率)を 2010 年までに 2005 年と比べて 20%良
くするという目標を掲げています。エネルギー安全保障
や持続的発展の観点からも、これを推進しようとしてい
ます。これはエネルギー効率を 1 年で 4.4% 改善してい
くことに相当します。過去の世界のエネルギー効率の改
善の実績は、IPCC の第3次評価報告書では、年率 1.0%
から 1.5%と報告されていますので、1年で 4.4% とい
うのはかなり高い目標です。ただし、非常に高い目標で
すので、達成できるかどうか不明であることと、さらに、
GDP 当りのエネルギー効率改善という目標なので、GDP
が増えればエネルギー消費量の全量は必ずしも減らない
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
ます。
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今の調子で二酸化炭素の排出が続くと、二酸化炭素が溶け込んで海水が
酸性化し、海の環境に大きな影響を与えかねないというのは本当ですか?
地球環境研究センター
副センター長 野尻 幸宏
ー海洋酸性化と酸性度 (pH)
+
私が答
えます
表層に比べればゆっくりした変化です。そのため、まず
酸性度の指標である pH は、水素イオン(H )濃度が
問題となるのは、海洋表層の二酸化炭素濃度増加の影響
高まり酸性度が上がると小さい値、酸性度が下がると大
です。
きい値になります。純粋な水の pH である 7 を「中性」
と定めましたから、簡単にいってしまえば、pH7 以下が
「酸性」
、pH7 以上が「アルカリ性」です。二酸化炭素
(CO₂) は水に溶けると酸としての性質を示します。川・湖・
ー生物による炭酸カルシウムの形成
pH が低くなると、何が問題になるのでしょうか?海
+
海の水のような天然水には、大気に見合った濃度の二酸
水はカルシウムイオン (Ca² ) を約 400ppm 含んでいま
す。カルシウムイオンは炭酸イオン (CO₃² - ) と一緒に存
化炭素が溶けています。海水では、少し過剰な「アルカリ」
在すると、水に溶けにくい固体である炭酸カルシウム
を「酸」である二酸化炭素が中和して、現在は pH8.1 程
(CaCO₃) を生成します。海には炭酸カルシウムの殻や骨
度の状態にあります。この状態では、海水に溶けた二酸
化炭素からは、炭酸水素イオン (HCO₃ - ) や炭酸イオン
格を持つ多くの種類の生物がいます。海に炭酸カルシウ
(CO₃² - ) のようなイオンが生じ、その比率は [HCO₃ - ]>
[CO₃² - ]>[ ガスとして溶けている CO₂]( 約 100:10:1)
ムの殻を持つ生物が多数存在するのは、比較的簡単に炭
酸カルシウムの固体を作れるためです。現在の海水では、
カルシウムイオンと炭酸イオンのそれぞれの濃度が十分
になっています。二酸化炭素を含まない水では酸と
に高く、両者のイオンが溶けたままよりも固体の炭酸カ
アルカリのバランスがわずかに崩れるだけで大きな
ルシウムを形成する方が安定な化学エネルギー状態にな
pH 変化が起きますが、二酸化炭素を含んだ水では酸
- (HCO₃-) や炭酸イオン
(H + ) を中和する炭酸水素イオン
ります。これを化学では「海水は炭酸カルシウムにとっ
(CO₃² - ) の働きで、二酸化炭素以外の小さ
て過飽和状態である」といいます。現在の海洋の炭
な環境変動があっても pH は中性付近で安
定しています。この働きがあるので、海で
進化してきた多くの水生生物は pH 中性付
近の環境に適応した生理を持ち、極端な pH
環境では限られた生物しか生きられません。
問題は大気中の二酸化炭素濃度の増加が
海水の化学にどう影響するか?です。海洋
は化石燃料起源の二酸化炭素の約半分を吸
収していて、大気中の濃度増加を緩和して
います。当然の結果ですが、その分だけ海
水にガスとして溶けている二酸化炭素濃度
が増加し、海洋は酸性化しつつあります。
産業革命以前の大気濃度 280ppm の時に海
の平均的な pH は 8.17 程度でしたが、現在
の大気濃度 380ppm で pH は既に 8.06 程
度にまで低下しました。今後も表層海洋の
二酸化炭素濃度は大気濃度とともに増加し、
pH は低下を続けると考えられます。深い海
の二酸化炭素濃度も次第に高まりますが、
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図 1 大気 CO₂ 濃度が高くなると アラゴナイト ( あられ石型 CaCO₃)ができなくなる ?
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酸イオンとカルシウムイオンは、結晶ができる濃度より
2∼6 倍ほど過飽和状態にあり、材料が何倍も過剰に存
在しているので、何かのきっかけさえあれば炭酸カルシ
ウムの固体ができます ( 図 1)。生物はそのきっかけとな
る作用で、炭酸カルシウムの結晶を容易に作ります。と
ころが、ガスとして溶けている二酸化炭素濃度が増える
と、二酸化炭素自身が出す酸(H +)により炭酸イオン
素濃度の空気を吹き込みながら飼育する実験でも、成長
が有意に阻害されたという報告があります。今までの結
果は、アラゴナイトやカルサイトの溶解に至る濃度増加
より低いレベルで海洋生物への影響が起こり始め、また、
生態系変化を通して海洋の炭素循環に変化が生じる可能
性を示唆するものです。
(CO₃² - ) が中和されて濃度が下がり、炭酸カルシウムの
ー海の生物・生態系を守るには?
下し過飽和度が 1 を割ると、化学的な制約から結晶形成
pH はより高いところに設定すべきです。これまでの生物
酸カルシウムの殻が作れないような低い pH あるいは低
のは産業革命以前からの変化として pH 低下=0.2 である、
生成が難しくなります。将来さらに炭酸イオン濃度が低
生態系に対する決定的影響を避ける「ガードレール」的
は間違いなく不可能になるでしょう。進化の過程でも炭
影響データを総合的に判断すると、決定的影響が現れる
い炭酸イオン濃度を経験していない今の生物が、簡単に
適応することは不可能です。
ー海の生物はどうなる?
炭酸カルシウムには、アラゴナイト ( あられ石 ) とカ
ルサイト ( 方解石 ) という 2 つの結晶形があります。同
じ炭酸カルシウムでもアラゴナイトは pH 低下で溶解し
やすく、温度の低い極域の海では海水の pH が 7.84 に
なるだけでアラゴナイトを作る生物は炭酸カルシウムを
とドイツの科学者評議会声明で示されました。
「ガード
レール」は、平均的な海水 pH 変化が 0.17 で収まる大気
二酸化炭素濃度=450ppm であるという主張です。し
かし、この「ガードレール」でも、極域海洋のようなア
ラゴナイト過飽和度が下がりやすい海では、生態影響は
避けられないようです。
海洋酸性化への対策は、それこそ二酸化炭素の大気へ
の放出量を減らすという根本的な温暖化対策以外にあり
作れなくなるでしょう ( 図 1)。極域の海で表層海水の
ません。大気濃度を安定化できても、海洋が「吸収して
このままでは 21 世紀の後半に到達するとされる大気濃
を抑制することはほぼ不可能です。表層海洋の二酸化炭
る巻貝)はアラゴナイトの殻を持つ冷たい海に住む生物
海洋深層の二酸化炭素濃度は時間をかけて増加して行き
pH を 7.84 にさせる大気二酸化炭素濃度は 640ppm で、
しまう」二酸化炭素を処理して海洋だけ二酸化炭素濃度
度です。翼足類という軟体動物(プランクトン生活をす
素濃度は追っかけ大気の安定化濃度レベルと等しくなり、
なので、大きなダメージを受けるでしょう。過飽和度=1
ます。安定化濃度レベルの設定には、海洋生物と生態系
は、アラゴナイトを作る生物にとって絶滅を意味する
「レッドカード」です。いったい、どのくらい過飽和度
が低下すると生物に重大な影響が出るのでしょうか?
アラゴナイトの殻を作りながら成長する海の生物の代
表はサンゴです。さんご礁を作るサンゴは温度の高い海
に住む生物であり、水温の高い海では過飽和度がなかな
か 1 までには下がらないので、大丈夫かもしれません。
しかし、成長に時間のかかるサンゴのような生物を、環
境を制御して長期間飼育し、二酸化炭素濃度変化だけの
影響を明らかにするのは難しい技術で、過飽和度がどの
くらい低下したら本当の影響が出るかはまだよくわかっ
ていません。短期間の飼育実験では、産業革命以前の二
酸化炭素の 2 倍条件下でサンゴの炭酸カルシウム形成速
度が 21% 低下したという研究例があります。つまり、
「イエローカード」の大気濃度は過飽和度=1 の線より
相当上なのです(図 1)。
円石藻は大西洋などで大増殖する植物プランクトンで、
カルサイトの丸い板を重ね着したような形をしています。
カルサイトはアラゴナイトより溶けにくい炭酸カルシウ
ムなので、アラゴナイトが溶ける pH7.7 程度の海でも
溶解するまでには至りません。しかし、円石藻の培養実
験では、カルサイトの過飽和度が 4 から 3 に下がるだ
けでも急激な生育低下が見られました。また、ウニや
巻貝の仲間を産業革命以前の大気の約 2 倍の二酸化炭
への影響を考慮するべきでしょう。そして、海洋から二
酸化炭素を取り除くことが困難なことは、一旦海洋生物
と生態系へ影響が起こってしまった場合の回復方法がな
いことを意味します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに良く知りたい人のために
J. Ruttimann (2006) 病める海洋 . Nature Digest,
October, 3, 16-19.
(http://www.nature.com/ndigest/archive/index.html)
S. C. Doney (2006) 海洋酸性化の脅威 . 日経サイエン
ス社 , 6 月号 , 50-59.
(http://www.nikkei-science.com/ より有償でダウン
ロード可 )
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
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米国は京都議定書から離脱するなど、独自の温暖化対策をとってきました。
自国経済に悪影響というだけでなく、当面研究開発に投資して対策技術で
削減を図るということのようですが、それも合理的な考え方ではないですか?
私が答
地球環境研究センター
温暖化対策評価研究室 主任研究員 亀山 康子
えます
地球温暖化に対する国際的取り組みを目的としている
れます。どちらがより適切な対処方法といえるのでしょう
京都議定書は、1997 年に京都にて採択されました。京
か。地球温暖化対策は、究極的には将来の大気中温室効
都議定書では先進国各国に対して、2008∼2012 年の
果ガス濃度の安定化を目指しているのですから、今排出
5年間、決められた量に温室効果ガスの排出量を抑制す
量を減らさなくても、数十年後により多く減らすことが
るよう規定しています。日本は 1990 年の排出量と比べ
できさえすれば、長期的には同じ目標に達成することが、
て6%低い量に抑えなければなりませんし、米国は7%
少なくとも理論的には可能であると考えられます(図 1)。
削減することになっています。
将来の革新的技術に期待するメリットとしては、
①期
「議定書」などの国際合意は、文章の書きぶりが合意
待されるすべての技術が開発され、世界中で使われるよ
された(
「採択」と呼ばれます)後、各国の議会の承認
うになれば、各個人が現在の生活パターンを継続したま
を得るなど決められた手続き(
「批准」といいます)を
ま排出量を減らすことができる、
②技術開発・実用化の
経て、批准国がある条件を満たせば効果を持つ(「発効」
中心的役割を果たす民間企業に対してインセンティブを
といいます)ことになります。2001 年に米国が京都議
与えられる、
③京都議定書のような短期目標だけでは小
定書を批准しないと宣言したことによって一時は発効が
手先だけの対処療法しかとられないおそれがあるのに対
危ぶまれた京都議定書ですが、所定の条件を満たすこと
して、将来の技術を対象とすることによりインフラ整備
ができ、2005 年2月に無事発効しました。
など 30 年余りかかる根本的な対策に目が向けられる、
といった点が挙げられます。
ー今から対策?後から対策?
他方、将来の技術開発だけに解決を委ねるデメリット
さて、京都議定書がこのように早期の排出削減を求め
としては、
①上記のようにすべての技術が理想どおりに
ているのに対して、米国の現ブッシュ政権の方針に見ら
開発・普及される保証はなく、それが実現しなかった場
れるように、技術の開発や実用化・普及を促進させるこ
合には、いかなる対策も手遅れになる水準まで温暖化が
との方が長期的には費用が安くすむ、という意見も聞か
進行してしまう、②温暖化に関しては、気温上昇の幅だけ
でなく上昇速度が問題となるので、排出量の急激な増加
を抑えることが重要、
③技術が世界各国に普及するには
20∼30 年かかるため、将来時点で普及していることを
目指すならば、結局今から政策を実施して社会を誘導し
ていく必要がある、
④本当に将来の革新的技術の方が今
からの対策より費用が安くすむのかという点で統一見解
はなく、今支払わなくてよいというだけで「安い」と認
識するのは適切でない、
⑤将来世代に大幅な排出削減を
図 1 いつ、どのくらい減らすのか(概念図)
http://www-cger.nies.go.jp
求めることは、現世代と将来世代との間の公平性という
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観点から問題がある。さらには、将来、今より多くの割
した技術開発を今から進めていかなくてはならないとい
合の人口が途上国に住んでいると予想されることから、
うことです。
将来世代に依存することは、先進国と途上国間の公平性
米国でも近年、このような認識が着実に受け入れられ
の観点からも問題がある、という点が挙げられます。特
るようになってきています。今まで開発を進めてきた技
に①に関しては、とりかえしのつかないことになるため、
術への期待は減退していませんが、今期の連邦議会では
短期的視野で見た対策費用だけで対策の実施時期を判断
温暖化に関する長期目標や温暖化対策の議論が白熱し、
するのは適切ではないといえます。
国内排出量取引制度導入を目指した法案が上程されてい
ます。ご質問にあるような「今やらないで後でやる」と
ー将来の「技術」とは?
いう考え方は、そのアイディアの発祥地である米国にお
ところで、このような議論の中に出てくる将来の排出
いても過去の話となりつつあるようです。
量を大幅かつ急激に削減できる技術とは、一体どのよう
なものを想定しているのでしょうか。明確な定義のよう
なものはありませんが、二酸化炭素を抽出して地中に閉
じ込めてしまう「炭素回収・貯留」技術や、炭素回収・
貯留と組み合わせた水素エネルギー関連技術、原子力発
電の見直し、などが想定されている場合が多いようです。
(注1)IPCC 第4次評価報告書第 1 作業部会報告書では、21
世紀末の平均気温上昇に関して、「環境の保全と経済の発
展が地球規模で両立する社会においては、約 1.8℃(1.1∼
2.9℃)である一方、化石エネルギー源を重視しつつ高い
経済成長を実現する社会では約 4.0℃
(2.4∼6.4℃)
」と
予測しています。
とくに炭素回収・貯留についてはすでに現在においても
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
米国などを中心に技術開発が進んできており、費用が下
さらに良く知りたい人のために
がれば現実的な対策として使えるようになるといわれて
います。バイオマス関連技術も今後進展が見込まれてい
「スターン・レビュー(概要版)」(2006)及び
ます。他方、核融合などは現時点においては少なくとも
「スターン・レビューに対するコメント」(2007 年)
今後 20∼30 年で実用化されることはないだろうという
(http://www-iam.nies.go.jp/aim/stern/index.htm)
のが大方の予想のようです。
小池勲夫編(2006)地球温暖化はどこまで解明されたか
−日本の科学者の貢献と今後の展望 2006. 丸善株式会社 .
ー「今か後か」から「今も後も」へ
高村ゆかり , 亀山康子編(2005)地球温暖化交渉の行方 .
昨年秋に英国にて公表されたスターン・レビューでは、
大学図書 .
地球温暖化による将来の影響の大きさと、対策に必要な
費用とを経済学的に比較し、影響の大きさを強調した上
で早期対策の必要性を論じました。他方、今年2月に公
表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次
評価報告書では、過去3回公表された評価報告書と比べ
ても温暖化の影響が強調されています。同報告書によれ
ば、過去 100 年間で世界平均気温はすでに 0.74℃ほど
上昇していることが指摘されました。また、とくに何も
しなければ 21 世紀中にさらに数度上昇すると予想され
ています(注1)。つまり、今からさらなる温暖化を抑制
していくためには、地球全体の排出量を大幅に抑制して
いく必要があり、今か将来か、ではなく、今も将来も対
策を実施しなければならないことを意味しています。今
から減らせる部分は減らしつつ、同時に数十年後を見越
「ココが知りたい温暖化」シリーズ
地球温暖化のことは、見聞きする機会が多いのでよく
知っているようでいて、では腑に落ちているかというと
そうでもないというのが実際のところのような気がしま
す。地球温暖化にまつわるよくある質問、素朴な疑問に、
国立環境研究所の第一線の研究者にズバリ答えてもらい
ます。
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