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3D ナノファブリケーション技術の研究開発とものつくり応用

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3D ナノファブリケーション技術の研究開発とものつくり応用
3D ナノファブリケーション技術の研究開発とものつくり応用
理化学研究所
大森 整,上原 嘉宏,鈴木 亨,林 偉民,戴 玉堂
郭 泰洙,安齋 正博,田代 英夫,牧野内 昭武
1.はじめに
エレクトロニクス産業の進歩に伴い電子・光学部品やこれらに関連する金型などに,より一層の高
品位化,高精度化,低コスト化が強く求められている.しかも,これらの部品の特徴として加工サイ
ズが小さく,微細な形状を有し,かつ特殊な材料が利用される場合も少なくない.このため従来の加
工システムでは高効率,高精度と高品位を実現することが困難となってきており,次世代の先端ニー
ズに対応する超精密加工技術が強く求められている.一方で,人に安全で地球環境に優しいものづく
りシステムへの要求も高まってきており,今後ますます要求は強くなるものと考えられる.
このようなものつくり技術を支える加工技術は高度化,確実化の他に,製造業全体も情報化社会の
今,製品設計から製造生産までトータルの統合生産システムの研究開発が必要となっている.現在開
1)
発中のボリューム CAD(V-CAD) システムは,今まで広く使われているサーフェース CAD やソリッド
CAD とは異なり,ものの内部構造や内部の物理属性がそのまま表現できるもので,CAD とシミュレ
ーションが完全に一体化され,CAM ソフトの変換により直接加工につながるシステムを目指して構築
2)
を進めている .その V-CAD のもつ表現機能とシミュレーション機能を活用した Volume ファブリケ
3)
ーション手法を応用・検証する目的で3次元ナノ加工技術の開発を行ってきた .すでに実証された
4-6)
確実にナノ精度の加工,ナノレベルの表面を創出できる ELID 研削加工技術
並びに超精密切削技術
7)
や光学部品の製作に利用されてきた射出成形・熱プレス成形技術 などの要素技術がさらに成熟させ,
8)
加工シミュレーション,オンマシン計測やフィードバックシステムの開発 により,ナノレベルでの
表面精度をもつ3次元加工技術を確立した.
本報では,以上のような狙いで研究を進めてきたメカニカルナノファブリケーション技術,ナノプ
レシジョン転写・成形技術,ならびにそのためのコンピュータシミュレーション技術や機上測定技術
について紹介する.また,応用例として軽量化を狙う大型天文望遠鏡ミラー基板の有限要素シミュレ
ーションにより加工変形量の解析やナノプレシジョン加工実証についても紹介する.
2 .メカニカルナノファブリケーション技術の開発
2.1 三次元ナノ構造体の加工
ナノレベルのマイクロファブリケーションを実現するための加工・計測システムとして,図 1 に示
す超精密マイクロ 5 軸空気静圧駆動システムを構築した.この装置は,光学素子などの高精度な製作
を目指し,ELID 研削加工や切削加工による球面・非球面及び自由曲面加工を行う加工機である.特に
10 万回転のエアスピンドルを搭載していて,導光板や回折格子などの微細溝を有する光学素子の加工
を行うことができる.直交する 3 軸のテーブルは,空気静圧スライド及び空気静圧ねじを使用してお
り,X 軸,Y 軸ともに 0.2µm/280mm 以下の真直度を,Z 軸は 0.2µm/150mm 以下の真直度を持つ.ま
た,B 軸,C 軸の回転軸を持ち複雑形状および今日苦戦をもった微細溝の加工を可能とした.また,
本装置は 23±0.1°C の恒温度ブース内に設置されており,温度変化による機械変形を抑えている.表1
に本機の主な仕様をまとめる.図 1 に超精密マイクロ静圧駆動システムの外観と軸の構成を示す.図
2 にエアスピンドルの構造を,図 3 に非接触サーボモータの構造を示す.
この装置を用い,3 種類の溝深さのものを試加工した.その結果,1µm 以下の微細溝の加工を製作
できることが実証された.図 4 に加工する溝形状の概観を示す.加工した溝形状を AFM で測定した
結果を図 5,図 6 および図 7 に示す.いずれの溝はバリの生成がなく,きれいな形状加工ができてい
ることを確認した.
表1
超精密マイクロ静圧駆動システム仕様
直進軸(X, Z, Y)
空気静圧駆動 分解能:1 nm
ストローク: X:280mm ,Y:20mm, Z:150mm
真直度: 0.2 μm /280mm , 0.2 μm /150mm 以下
ワークスピンドル(C ) エアスピンドル 回転数:100rpm
工具スピンドル
エアスピンドル 回転数:50, 000 - 100, 000 rpm
図1
図2
超精密マイクロ静圧駆動システムの外観
図3
エアスピンドル
非接触サーボ モータ
(μm)
図4
図5
1 μm溝断面(測定範囲 40 μm )
図7
90°バイト 30°傾けV溝加工
図6
500nm 溝任意断面(測定範囲 10 μm)
250nm 溝断面(測定範囲 10 μm)
2.2 ナノファブリケーションのためのマイクロツールの開発
(1) 開発背景
近年,微細形状を有する超小型部品の製作技術において,小径ツールを用いた高速回転・高速送り
切削による高精度・高品位加工の研究は,めざましい進歩を遂げている.また,それらの加工技術に
対応した工作機械の開発も急速に行われている.しかし,精密切削や精密研削などの微細加工におい
て必要不可欠な微細工具(マイクロツール)を入手するのに概して多大な時間と費用を要する場合が
多く,作業効率向上の妨げとなっている.また,現在,一般的に入手できるマイクロツールは,微細
ドリルでは直径 0.08mm,刃長 0.8mm,微細エンドミルでは直径 0.1mm,刃長 0.2mm,微細ボールエ
ンドミルでは先端半径 0.05mm(直径 0.1mm),刃長 0.2mm である.特殊なものでは,それ以下の寸法
のものもあると思われるが,カタログなどで掲載されているものでは上記のものが一般的である.こ
の寸法以下のマイクロツールとなると,ベースとなる微細ピンの加工時に折れや曲がりが発生するこ
とや,微細ピンの形状を小さくすることができても,粗い表面粗さのものができてしまうと,そのス
クラッチから折れやすくなるなどの理由から製作が困難である.また,微細ピンの形状が小さくなる
と機上における直径などの測定が難しくなることから,寸法精度の高いマイクロツールの入手が非常
に難しくなる.マイクロツールを開発するためには,最初にベースとなる微細ピン加工技術の構築を
行い,その微細ピンの精度測定や強度試験などを行う必要がある.これについては,ELID 研削法を適
用することで,微細ピンの表面にできるスクラッチを減少させることができ,強度向上に効果がある
と推測している.次に,切れ刃となる形状の検討や加工技術の構築,また,コーティング技術を利用
した切れ刃の創成技術の構築などを行う.切れ刃形状については,ベース加工の際に,角柱形状につ
いて検討を行い,ツールとしての適用性を調査する計画である.また,ダイヤモンド砥粒などのコー
ティング技術を利用するなどの検討を行うことも考えている.そして,完成したマイクロツールを実
際に使用し,加工特性の調査を行う.本報告では,開発したマイクロツール加工システムにより角柱
形状マイクロツールの製作について紹介する.
(2) マイクロツール加工結果
ツルーイング,初期電解ドレッシングを行った後,角柱形状のマイクロツールの加工実験を行った.
マイクロツールの形状は,一辺 50µm,長さ 500µm(アスペクト比 10)の角柱形状の超硬合金マイク
ロツールの製作を試みた.実験によって得られたマイクロツールの外観を図 8 に示す.また,ピラミ
ッド型のマイクロツールを図 9 に示す.先端 1µm 程度のマイクロツールの製作ができた.
50μm
先端部
中間部
500μm
根元部
50μm
図8 マイクロツール(角柱形状)
100 μm
× 100
図 9 マイクロツール(四角錐形状)
(先端 3 μm ,根 元 100 μm ,長 さ 600 μm ,円筒部:600 μm )
2.3 ナノプレシジョン金型製作技術の開発
(1) 背景
近年の電子・機械・電子機器の技術の進歩に従って, 超精密機器や機械部品もまたさらなる超精密化
と高効率が要求されている. それらの技術基盤の 1 つを支えている非球面レンズや f-θ レンズ, プリ
ズムや回折格子, 導光板などの光学素子や成形用金型の製作にはナノメーターレベルの加工精度と形
状精度および加工の繰り返し精度を超精密に必要としている. さらに, 加工形状補正のフィードバッ
クには超精密な加工技術と計測技術の密接な連携が不可欠となる. これまで構築を進めてきた超精密
機械加工技術を適用することで, 近年進歩の著しい三次元形状を有する超精密光学素子の開発技術と
して応用が期待できる.
(2) 加工装置
4 軸超精密油静圧駆動システムを搭載した加工装置を図 10 に示す.この加工装置は ELID 研削法に
よる研削加工や単結晶ダイヤバイトによる切削加工による球面・非球面及び自由曲面加工を行う加工
機である.構成として直交する 3 軸の移動テーブルすべてに図 11 に示すような摩擦・摩耗のない油静
圧スライド及び高剛性油静圧ねじを使用しおり,各軸とも高剛性で安定性を確保しつつ,超精密な運
動を可能としている.また,各テーブルの位置検出にレーザスケールを設置し分配機を 2 台設置する
ことにより,0.7nm/8.7 nm の分解能切り替えを可能にしている.工具軸スピンドルとワークスピンド
ルとも熱変位や振動の少ない高精度の回転が得られるようビルトインモータ駆動のエアー静圧スピン
ドルを採用している.ワーク取り付け軸である C 軸には 1 回転当たり 4096 パルスを発生するエンコ
ーダーを設置することにより,ワークの回転位置決め動作を可能とした.さらに Y 軸上に機上計測装
置搭載することにより,加工時には 1 チャックで加工ならびに機上でワークの形状精度の計測が可能
である.図 12 に機上形状測定ユニットの外観を示す.また,本装置は 23±0.1°C の恒温度ブース内に
設置されており,温度変化による機械変形を抑えている.表 2 に本機の主な仕様をまとめる.
図 10
4 軸超精密静圧駆動システムの外観
図 11
油静圧スライド及び高剛性油静圧ねじ
切削工具
加工ワーク
機上測定機プローブ
図 12
機上形状測定ユニット
表2
直進軸
(X, Z, Y)
超精密マイクロ静圧駆動システム仕様
油静圧駆動
分解能:0.7 nm /8.7 nm 切替可
ストローク X:350mm ,Z:150mm , Y:100mm
真直度: 0.03 μm /20m m 以下
ワークスピ
ンドル(C )
エアスピンドル,真空チャック
回転数:1500rpm
回転角分解能:0.088°
工具スピン
ドル
エアスピンドル使用
回転数:6000∼20000rpm
機上計測
φ200(軸対称)又 L250×H50(自由曲面)
範囲内計測可能
(3) レンズ金型の加工実験
この 4 軸超精密加工装置を使用して射出成形用レンズ金型をイメージした球面レンズ駒の加工を行
った. 加工に使用したレンズ駒は φ13mm の凹面とし加工面 R は 16.6mm に前加工を施し,表面に Ni-P
メッキを膜厚 100µm 程度の厚さに施してある. 球面部の加工は単結晶ダイヤモンドバイトを使用し
て加工プログラム上の単線分補間ピッチは 10µm として旋削加工を行った.として加工条件を表 3 に
示す.
表3
切削工具
切込み量
工具送り量
ワーク回転数
ワーク
加工条件
単結晶ダイヤモンドバイト
(㈱アライドマテリアル製)
コーナーR : 0.5mm
すくい角: 0°,前逃げ角:7°
0.5 μm
2mm/m in
800rpm
材料: HPM38 (HRC54)
Ni-P 膜厚: 100 μm
球面部 R= 16.5mm
図 13
加工した Ni-P メッキレンズ金型
(4) レンズ金型の加工結果
加工した Ni-P メッキ球面レンズ駒の外観を図 13 に示す. 干渉計による球面形状測定結果を図 14
に示す.加工面の精度は極めて鏡面性を有しており,形状精度を干渉計により測定した結果, 47nmPV,
rms 値で 9nm の高精度に加工されたことがわかる.今後はさらなる加工精度の検証を進め,加工実験
を行う予定である.
(a)測定された干渉縞
図 14
(b)断面プロファイル
ZYGO 干渉計による球面形状測定結果
3.成形によるナノファブリケーション技術の開発
3.1 ナノプレシジョン金型により高精度レンズの射出成形加工
(1) 成形装置
ナノレベルのマイクロファブリケーション技術開発を実現するため,超高精度で量産が可能な射出
成形法によるレンズ成形の検討を行った.図 15 に使用した成形機の外観を示す.本成形機は計量・射出
装置に材料の計量と射出シリンダーが別途設けてあるプリプランジャー式を採用している.これに対
し近年,普及しているインラインスクリュ方式では1本のスクリュで計量・可塑化・射出を行うことか
ら,射出時はスクリュ全体で完全に溶けた材料,溶けた材料と溶けかけた材料が混在しながら射出を行
うため,樹脂の射出工程時に樹脂を流し込む以外に別途,余分な力が必要となり完全に安定した成形は
難しいとされている.このことから,計量専用のスクリュで一定量の樹脂を可塑しながらプランジャー
内に流し込み,スクリュをシール後,射出を行うプリプランジャー式の射出方法は超精密成形だけでは
なく,極微細成形に非常に有効であると考えられている.また,型締め機構はトグル機構を使用したもの
ではなく,型締め時に金型との平行度を維持しやすい直圧式型締め機構を採用している.表 4 に本成形
機の仕様を示す.
表4
図 15
成形機仕様
最大型締力
50ton
プランジャー径
22mm
プランジャーストローク
25mm
スクリュ径
25mm
最大射出圧力
2610kgf/cm 2
理論射出容量
27cm 3
射出率
114cm 3/s
最大射出速度
300mm/s
プリプランジャー式射出成形機(型締力 50ton)
(2) 成形実験および結果
今回の成形実験に使用したレンズは 8mm ビデオ用カメラに使用することをイメージしもので,製作
したレンズの形状を図 16 に示す.また,金型の概要図を図 17 に示す.使用した金型は,2 プレート式のも
ので,樹脂を流し込むゲート方式はサイドゲート方式を採用した. レンズ成形品本体を取り出すため突
出し方式はエジェクターピンを使用せず,レンズ駒本体を動かすことによって製品を取り出すレンズ
駒突出し方式とした.成形実験条件を表 5 に示す.
表5
成形条件
成形材料
日本ゼオン
ゼオネックス 480R
成形機
ソディック
TR 50S 2 改
金型温度
125℃以上
成形樹脂温(ノズル~ホッパーまで)
285-290-280-260-250-250-240℃
図 16
図 17
成形したレンズ形状
金型概要図
レンズ成形の条件の決定にはまず図 18 のような条件が基本となっている.金型内に注入する樹脂は
充填する速度が速すぎると金型内で発生する樹脂との剪断発熱により材料の炭化,ウェルドラインの
発生,樹脂がゲートを通過したときに生じる急激な樹脂流速の増加によりジェッティングの発生が問
題となる.また充填速度が遅すぎると樹脂が金型内の製品部に到達する前に凝固してしまい未充填と
なり,また樹脂が急速に固まりながら流動していくため縞模様が製品部に残るフローマーク現象が発
生してしまう.よって,成形条件も見極めを行うためにショートショットサンプル(未充填サンプル)を
各スプル,ランナー,ゲート,製品と徐々に樹脂を流し込むことで最適条件を決定した.図 19 にショート
ショットサンプル採取時の様子を示す.
図 18
レンズ成形基本条件
図 19
ショートショットサンプル
ショートショットサンプルの採取よりランナー充填速度 30mm/s,ゲート通過速度 5mm/s,製品部充填
速度5~30mm/s とした.次に充填完了後の圧力の検討を行った.保圧力は充填された樹脂をバックフロー
無く固める為の圧力で,保圧力の大きさにより,製品の形状精度に大きく影響を与える.保圧時間を 2 秒
と固定し,圧力の大きさを変化させることによって形状の評価を行った.形状の測定にはレーザ干渉計
(FUJINON F601)により球面原器との比較を容易にできる球面側 R16.45 部の測定を行うことで評価
した.測定結果を図 20 および図 21 に示す.
図 20
レーザ干渉計による形状測定結果
P V 値 0.9µm
(圧力 1300kgf/cm 2)
図 21
レーザ干渉計による形状測定結果
P V 値 0.1µm
(圧力 700kgf/cm 2)
2
2
保圧力 1300 kgf/cm と 700kgf/cm を比較して分かる様に,保圧力によって金型への形状転写の度合い
が全く異なるが分かる.保圧力の高い条件では図示している干渉縞は中心部でほぼ並行に対して外周
2
部では曲率が大きくなっているのが干渉縞から確認できる.しかしながら,保圧力 700 kgf/cm の条件で
は干渉縞はほぼ直線上となり,形状解析値も PV 値で 0.1µm を達成している.これは,レンズ本体の肉厚
さにより,肉厚の薄い外周部の樹脂が先に凝固し, 保圧力が高くなるすぎると圧力がレンズ中心部に集
中したため異常転写したものと考えられる.
このように,レンズ成形において成形条件の違いによるレンズ部形状の挙動について概略確認がで
きた.しかしながら,マイクロ微細形状を持つレンズ,または他のマイクロ光学素子の成形については樹
脂の高流動,または高転写などが要求されている.今後ともさらなる微細形状の成形加工について考察
し,シミュレーション手法について検討する.
3.2 大型両面湾曲型両面フレネルレンズの製造プロセスの研究
(1) 概要
本研究では,大型両面湾曲型両面フレネルレンズの製造のために熱プレス成形を行った.熱プレス
は,射出成形のように樹脂を溶融流動する程には昇温することなく,熱軟化状態での加圧流動(塑性
変形)を利用した成形法である.射出成形に比して,昇温・冷却の温度幅が小さく,昇温・冷却とも
に緩やかであるため製品内の熱による残留応力は小さく,均質なものが得られやすい.一方,大幅な
材料の流動を伴わないと成形できないような,形状変化の激しいものでは成形は難しい.また,仮に
昇温して高加圧して鏡面切削したフレネルレンズ面を完全密着転写(転写率 100%)した場合,密着
して型から製品を剥がすことが困難になると予想される.フレネルレンズを熱転写で製作する場合,
一般的には,基板形状が平面であることと,フレネルレンズの刻みピッチは 0.5 ㎜以下(バックサイ
ドの高さも 0.5 ㎜以下)で片面だけであること,そして,金型製作に対しては,素板の板形状に成形
する(押し出しやモノマーキャスト)際の残留熱応力が,熱プレス成形時の昇温による解放とこれに
伴う変形寸法変化が,発生するため金型形状を補正する必要がある.今回の大型両面湾曲型両面フレ
ネルレンズの製作では,フレネルのバックサイドの高さが 1 ㎜均一で,レンズの光軸方向の厚さが全
面 20 ㎜と均一で,球面形状でかつ,表裏に転写されるフレネルレンズ光軸が合致することが要求さ
れる.すなわち,バックサイド高さ 1 ㎜と深い溝の転写が必要であること,光軸方向のレンズ厚さ 20
㎜均一の条件は,レンズの半径方向の位置によって面垂直方向の厚さが変化することであり,厚さ 20
㎜の均一厚さの素板を偏肉させなければならないこと.熱収縮による球面形状の変化,型から取りだ
した後の自重による球半径の変化(球面歪み)なども考慮しなければならない.このような内容を考
慮して加工実験を行った.
(2) 実験条件および結果
図 22 に素材を軟化させるためのオーブンを示す.図 23 に実験に使用した熱プレス成形機を示す.
第 1 回実験では,偏肉および薄肉化のための工程と溝形状を転写させるための工程を同時に行った.
その時の実験条件を表 6 に示す.その成形品の写真を図 24 に示す.また,クラックの入った溝部分の
拡大写真を図 25 に示す.その結果は図の通り,溝を壊してしまったり,素材本体に割れが発生したり,
ひけを発生してしまうなどの問題が生じた.これは,アクリル素材の軟化に伴い,流動を起こす際に,
金型にある溝形状とプレス当初に成形された溝が,流動を妨げ,更に,流動が起こると金型の溝で成
形された溝を壊してしまう.そのクラックが深くなり割れが生じる.また,ひけについては,一度に
押すことにより中心部の空気をまきこんでしまい,ひけが生じると考えられる.その結果をかがみ,
偏肉および薄肉化のための工程と溝形状を転写させるための工程を分けて第 2 回実験を行った.その
時の偏肉および薄肉化の工程の実験条件を表 7 に示す.溝形状を転写させるための工程の実験条件を
表 8 に示す.このような工程を分けたことにより,溝工程の際の樹脂の流動する量を減らすことがで
き,割れやクラックおよびひけの発生を抑えることに成功し,更に転写性のよい溝形状を得ることに
成功した.図 26 に完成品の一例を示す.
表6
素材軟化温度
金型温度
プレス圧力
プレス時間
冷却時間
圧縮方法
第 1 回実験条件
120 ℃
200 ℃
30 t
30 m in
12 hour
徐々に圧力を上げていく
表 7 第 2 回実験条件(偏肉・薄肉プレス工程)
素材軟化温度
180 ℃
金型温度
70 ℃
プレス圧力
40 t
プレス時間
40 m in
40 m in
冷却時間
(プレス時間終了後冷却開始)
圧縮方法
一度に圧力をかける
表 8 第 2 回実験条件(溝形状プレス工程)
素材温度
常温
金型温度
160 ℃
プレス圧力
40 t
プレス時間
40 m in
冷却時間
160 min
圧縮方法
一度に圧力をかける
金型
青板ガ ラス
金型 温度コ ントロ ーラ
図 22
図 24
(a)
素材軟化用オーブン
第1回成形品
偏肉・薄肉プレス工程成形品
図 26
図 23
図 25
熱プレス成形機
フレネル部拡大写真
(b) 溝形状プレ ス工程成形品
成形品の一例
4.ナノファブリケーションのためのコンピュータシミュレーション技術の開発およびその応用
4.1 射出成形におけるコンピュータシミュレーション技術の基礎検討
前述のように近年,高精度プラスチックレンズの需要が急増している.成形したレンズの形状精度
は通常数十 nm 以下に要求され,金型の製造とともに射出成形条件の検討も必要となっている.前章
にナノプレシジョン金型の加工および成形実験について検討したが,射出成形プロセスに樹脂の流動
や収縮などを含めて数多くの要因が成形精度に影響を及ぼす.そこで,コンピュータシミュレーショ
ン手法を利用して金型設計,最適な成形条件の検討を行う必要がある.まず基礎研究として前述の
8mm カメラ用の非球面レンズを対象にコンピュータシミュレーションを行った.図 27(a)に製品の外
観写真を示す.図 27(b)に生成した 3D メッシュを示す.また,図 27(c)にシミュレーション結果の一例
を示し,射出成形のゲートタイプの違いによりせん断応力分布が異なることが分かる.今後は成形条
件を含めて実際の成形結果との一致性について更に検討する予定である.
(a)
非球面レンズ
図 27
(b) 3D メッシュ生成
(c)
実物写真とシミュレーションモデル
シミュレーション結果の一例
4.2 高精度軽量ミラーの FEM 解析およびそのナノファブリケーションへの応用
(1) 加工変形の実験検証
加工変形を実験検証するために,焼結 SiC ワークを薄肉リブ構造に設計した.図 28(a)にそのテスト
ワークの外観を示す.ワークの外径を φ80mm,リブとフェースの厚さを 3mm に設定した.実験に使
用された機械は,10nm の位置制御分解能を有する超精密多軸鏡面加工システムである.使用された砥
石は,直径 φ305mm の鋳鉄ボンドダイヤモンド砥石である.電解ドレッシング電源として,専用 ELID
電源 NX-ED910 が使用された.実験に先立って,プラズマ放電ツルーイングにより,砥石の振れ取り
を行い,初期電解ドレシングを約 60min 程度行った.その後まず#325 の砥石でワーク表面を粗研削し,
続いて#4000 の砥石で鏡面仕上げを実施した.
SiC ワークの表面を鏡面仕上げた後,干渉計を用いてワーク表面の干渉縞とプロファイルを測定し
た.図 28(b)に表面の干渉縞を示し,図 28(c)に表面のプロファイルを表す.図 28(c)により,表面の中
央近くで 0.3-0.35 µm 位の加工変形(中凸)が生じたことを確認した.原因として加工中に法線方向の
研削力により三角形中心部が弾性変形し(凹む),加工後変形分が戻ってもり上がったものと考えられ
る.
(a)
テストワークの外観
図 28
(b)
加工面の形状精度
(c)
加工面形状変形プロファイル
三角形リブ構造を持つ S iC ワークの様子とワーク表面の研削変形
(2) 大型軽量化ミラーの加工変形シミュレーション
このような基礎実験によって,研削抵抗による加工変形が実証された.本研究は大口径軽量ミラー
を高精度的に仕上げることを狙い,ELID 鏡面研削法を適用しようと考えている.ELID 研削は高い加
工能率が得られ,しかも研削力が通常の研削法より小さく,ハニカム構造を持つ軽量ミラーの加工に
適している.しかし研削力が小さくても,リブとする三角形の中心付近で微少量な加工変形を避ける
ことができない.そこで,加工シミュレーションによって,全体の変形分布を事前に予測し,あらか
じめに作成した補正加工プログラムによる補正加工を行い,形状誤差を最小程度に抑える.計算手法
はある特定の半径断面において,荷重を各研削点に与え,その断面における変形曲線を求める.今回
のシミュレーション対象は φ800mm の望遠鏡ミラーとし,フェースとリブ厚さを 4mm と設定した.
図 29(a)に荷重がある三角形重心に与えられた場合の変形分布を一例として示す.図 29(b)に特定な断
面における変形曲線を示している.補正加工を行う場合,ミラー面の接線方向を基準にし,砥石の研
削軌跡を,計算でもり上がる所はわざと凹む方向にずれさせ、加工を行う.このような手法で,ミラ
ー表面を高精度に仕上げることが可能である.
Y
1μm
0.5μm
X
(a)
F EM 解析結果
(b) ミラー断面変形の予測
図 29 ハニカム構造を持つ大口径軽量ミラーのシミュレーション結果
5.ナノファブリケーションのための測定技術の検討
超精密加工技術において,近年計測技術の寄与の割合も年々高まっている.今後,精度の高い製品
を低コストで生産するためには加工と計測を個々別のプロセスとして利用するのではなく,これらの
プロセスを融合させていくことが必要不可欠の技術となってきている.
そこで,機上計測を主とした超精密型計測技術として,超精密プロファイル計測プローブおよび超
精密マイクロ計測プローブの開発,機上計測 AFM,干渉式機上形状および表面計測装置の開発を行い,
リアルタイム計測システムの構築とともに更になる高精度・高機能化に関して研究・開発を行う.こ
れらのシステムおよび前述の超精密 V-CAD 加工・成型システムとを融合させ,全体として一貫性の
あるシステムの構築を図る.図 30 はその構想図を示す.なお,個々ユニットやシステムの原理,性能
についての紹介を別の機会に譲る.
マイクロ粗さ測定ユニット
各種・加工測定ユニット
PC パソコン
コント ローラ
プロー ブ制御信 号
測定 データ
解析 データ
X ステー ジ
被測定 物
図 30
機上計測システム構想図
CNC 加工機
このような統合加工・計測システムで,V-CAD 設計データを取り入れてから,CAM ソフトの変換
により,加工方法,工具選択,加工路径,加工条件などの決定を行い,ものつくり加工を行う.加工
プロセス中に加工物,工具の面形状を加工機上において自動で正確に測定でき,得られたデータを直
接的に再加工へ反映させることができる.また,現在の加工機の状態をコンピュータにより解析し,
精度向上のために最適と思われる解を自動的に算出し加工へフィードバックさせることも可能である.
6.まとめ
本稿では,V-CAD ものつくり応用の一環として進めている 3D ナノファブリケーション技術の研究
開発に関する研究成果についてまとめた.今後,CAM ソフトの開発やおよびトータルの統合生産シス
テムの構築により,ナノレベルの精度達成を目指して更に研究を進めていく所存である.
参考文献
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俊一: “ 超高エネルギー宇宙線超広視野観測装置のための両面湾曲型両面フレネルレンズ の製作,第四報:両面
湾曲型両面フレネルレンズの成形方法”,2002 年度精密工学会春大会講演論文集, (2002) 583.
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