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食物アレルギー―正しい診断と耐性獲得を目指した

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食物アレルギー―正しい診断と耐性獲得を目指した
京府医大誌 ()
,∼,.
食物アレルギー ―最近の話題―
<特集「アレルギー性疾患―最近の話題―」>
食物アレルギー
―正しい診断と耐性獲得を目指した食事指導―
土屋 邦彦,細井 創
京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学*
―
―
抄 録
食物アレルギーは,ときに生命を脅かす危険性のある,乳幼児にみられる代表的なアレルギー疾患の
一つである.小児の食物アレルギーの治療は,必要最小限の食品除去と患者及び家族の 向上を目
指した栄養指導が基本である.そのためには血中抗原特異的 抗体価の正しい解釈や安全性と正確性
を確保した食物経口負荷試験による正確な原因食品の同定が必須である.今後は,食物経口負荷試験に
より感作の程度を評価した上で,食品中の抗原量に基づいた食事指導を行うことが,早期の耐性獲得の
ために重要である.近年,耐性獲得が進まない患児に対しては経口減感作療法が期待されている.
キーワード:食物アレルギー,食物経口負荷試験,食品除去,食事指導,経口減感作療法.
平成年月日受付 〒
‐ 京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町番地
土 屋 邦 彦 ほか
は
じ
め
に
年に日本小児アレルギー学会から発刊
された「食物アレルギー診療ガイドライン
」に依れば,食物アレルギーとは,
「原因食
物を摂取した後に免疫学的機序を介して生体に
とって不利な症状(皮膚,粘膜,消化器,呼吸
器,アナフィラキシー反応など)が惹起される
現象」
と定義されている1).食物アレルギーの
症状は,食物を摂取して 時間以内に出現する
即時型とそれ以上の時間を要する非即時型に分
けられる.即時型では,急性蕁麻疹などの皮膚
症状からアナフィラキシーショックなど生命を
)
脅かす症状まで認められ2(図
)
,強い症状を認
める場合は抗原食品の摂取回避(除去)が治療
の基本である.一方,非即時型としてアトピー
性皮膚炎への関与が一部に認められ,一般の医
療機関において血清中の抗原特異的 抗体を
容易に測定できることから,この検査結果のみ
に頼った診断による必要以上の過剰な食品除去
やそれに伴う栄養障害が問題となっている.こ
のことから食物アレルギーの正しい診断のため
には,抗原特異的 抗体価を正しく解釈し,
必要であれば食物経口負荷試験(以下負荷試験)
により,食物摂取による症状誘発の有無を確認
することが重要である.平成年月には入院
での負荷試験が保険適応となり,平成 年には
外来での負荷試験も保険適応となった.平成
年には日本小児アレルギー学会より「食物ア
レルギー経口負荷試験ガイドライン 」が刊
行され,安全性と正確性を確保した負荷試験の
標準的な方法が提示された.
わが国の食物アレルギーの有病率は,諸家の
報告より,乳児期が ∼%3),学童期は ∼
と考えられる.乳幼児期の主な抗原食品
%4)5)
である鶏卵,牛乳,小麦は,年齢とともに耐性
が獲得され2)6),学童期前に摂取可能になること
が多い(図 ,表 )
.一方で,いつまでも摂取
できず,微量摂取によってもアナフィラキシー
などの強い症状が誘発されることも大きな問題
となっており,食物指示書などを利用し,家庭,
医師,園,学校との連絡を綿密にとりあい,除
去食品の正確な把握,対応した給食,エピネフ
リン自己注射を含めたアレルギー反応出現時対
図 即時型食物アレルギーの原因食品(平成 年・
年度厚生労働科学研究報告書より)
図 即時型アレルギー症状(平成 年・年度厚生労働科学研
究報告書より)
食物アレルギー ―最近の話題―
表 即時型食物アレルギーの年齢別原因食品(平成 年・年度厚生労働
科学研究報告書より)
処法などの患児への対応をすすめることが重要
である.今後は負荷試験により食品の種類や抗
原量による症状を確認した上での,食品中の抗
原量に基づいた食事指導が早期の耐性獲得につ
ながると考えられる.近年,より積極的な治療
としては安全で有効な経口減感作療法の確立が
期待されている.
食物アレルギーの正しい診断
.問診と食物日誌
食物アレルギーの正しい診断のためには,問
診,食物日誌による原因抗原の推定をまず行
う.症状を誘発する食品の種類,調理法,摂取
量,摂取後の症状発現までの時間,再現性,運
動などの他の条件の有無,最終の症状出現の時
期などを確認する.アトピー性皮膚炎などの非
即時型の症状が主体の疾患においては,経口摂
取したすべての食品と出現した症状を時間経過
に従い記載してもらった食物日誌が抗原食品の
推定に有用である.乳児のアトピー性皮膚炎で
は,母乳からの食物抗原が原因となっているこ
とがあり,母乳栄養中であれば,母親の摂取食
品の記載も必要である.さらに,正しく食物ア
レルギーの関与を検討する上で,室内環境整
備,適切なスキンケアなどの生活指導により食
物以外の症状誘発や増悪因子を除去することが
重要である.
.抗原特異的 抗体
問診および食物日誌から原因を疑った抗原の
免疫学的関与を裏付ける検査として,抗原特異
的
抗体の測定は参考となり,一般医療機関
でも容易に測定することが可能である.しか
し,この検査結果の解釈をめぐり問題となるの
は,診断特異性が低いことである.食品の種
類,年齢などにより,抗体検査が陽性であって
も食物アレルギーの臨床症状を伴わないことが
報告されている7)8).したがって検査で陽性であ
るからといって,すべて食品除去を行うと過剰
な診断となり,不必要な除去を行うこととな
る.卵白,牛乳の特異的 抗体においては,
任意の抗体価における陽性的中率を示すプロバ
ビリティーカーブが報告されており,検査によ
7)
る臨床症状が予測可能である.
らは,
卵白・牛乳特異的 抗体価について年齢別の
プロバビリティーカーブを報告し,経口負荷試
験の陽性率から負荷試験を行わなくても %
以上の可能性で食物アレルギーと診断でき,卵
白特異的
抗体価が歳未満は
,
歳は ,歳以上は ,牛乳
特異的 抗体価が,歳未満では ,
歳は
,歳以上は とし
ている(表 )
.一方,小麦,大豆については,
いくつかの報告からプロバビリティーカーブは
描けるものの,小麦特異的 抗体価が でも陽性的中率が %程度にとどまり,
大豆は特異的抗体価と陽性的中率の相関は弱い
とされ,小麦,大豆については抗体価のみでは
診断できないと考えられる8)9).
土 屋 邦 彦 ほか
表 負荷試験を行わなくても食物アレルギーと診断できる卵白・牛乳特異的
抗体価の年齢別のカットオフ値(
より)
.食物経口負荷試験
そこで問診,食物日誌,抗原特異的 抗体
測定などの免疫学的検査により推定された食物
抗原の確定診断のためには,食物経口負荷試験
(以下負荷試験)が重要である.負荷試験は,正
確性,安全性の確保のため負荷試験に習熟した
医師のいる,アナフィラキシーなどの救急医療
に対応できる医療機関で行うか,より慎重な負
荷試験を行う必要がある.食物がアトピー性皮
膚炎の原因として疑われる場合には,食物除去
試験(以下除去試験)に引き続き,負荷試験を
行う.この場合,除去・負荷試験の前に,まず
食物以外の原因・増悪因子の回避(環境整備,
清潔,紫外線対策など)と適切なスキンケア・
薬物療法(ステロイド外用など)を行う.その
上で疑われる食物を 週間完全に除去(母乳栄
養児では,母親の食事からも除去)し,皮膚症
状が消失または改善した場合には負荷試験を行
う.ここで注意すべきは母乳摂取中のアトピー
性皮膚炎乳児における負荷試験である.母乳中
の微量の食物抗原により感作され,離乳食とし
て摂取経験のない場合でも,抗原特異的 抗
体陽性であることが多く,負荷試験によりはじ
めて摂取した時に重篤な即時型反応が起こるこ
とがある.このことから離乳食として摂取経験
のない食物がアトピー性皮膚炎の原因と考えら
れ,抗原特異的 抗体陽性などの免疫学的検
査が陽性である場合,経母乳的な負荷試験を
行ったり,摂取の開始を遅らせ,歳ころに改
めて負荷試験を考慮したりすることが多い.即
時型反応が主症状である場合,その症状が 年
以内に認められ,病歴,免疫学的検査で原因抗
原の同定が可能であれば,そのまま食品除去を
継続し,数ヶ月から 年後に再検査の結果も参
考に負荷試験を行う.一方,複数の食品を摂取
した時に即時型反応を認め,抗原特異的 抗
体検査などからも抗原の可能性がある食物がい
くつかある場合,抗原を同定するために負荷試
験を行う.この場合,症状の重篤さも考慮しな
がら,負荷試験を行う食品の順番や負荷量を決
める.
食物アレルギーの確定診断(原因抗原の同定)
とともに重要な負荷試験の目的は,耐性獲得の
診断である.小児の食物アレルギーは,年齢と
ともに耐性獲得し,摂取が可能となることが多
い.このため食物アレルギーの治療として食品
除去を一定期間行った後に,耐性の獲得を確認
し,食品除去の解除を行う.耐性獲得の確認の
ための負荷試験を安全に実施するためには,そ
の適応決定が重要であるとされる.過去の誘発
歴における摂取量や加工食品の種類をはじめと
する詳細な病歴や抗原特異的 抗体測定(プ
ロバビリティーカーブ)などの免疫学的検査に
より,適応と負荷量を決定する.即時型反応の
誘発歴が 年以内にあれば,負荷試験陽性とな
る可能性が高く,負荷試験は行わないことが多
い.ただし,乳児期に誘発症状が認められた場
合は,半年程度の間隔で,負荷試験を行うこと
もある.また,魚,ピーナッツ,木の実,ゴマ,
甲殻類,ソバで誘発歴がある場合は,誘発症状
が強く,危険性が高いため,負荷試験は行わな
いか,行うとすれば十分な注意が必要である.
負荷量は,誘発歴における摂取量や加工食品の
種類が参考になる.少量からはじめて漸増し,
患者が日常生活で摂取する量を目安とする.表
にガイドラインでの代表的な負荷試験食品の
種類と負荷開始量,総負荷量を示す.ごく微量
の抗原を含む食品,抗原性が低下した加工食品
食物アレルギー ―最近の話題―
表 負荷試験食品の種類と負荷開始量,総負荷量(食物アレルギー経口負荷試験ガイドライン より)
や経母乳による誘発歴のある症例は,低アレル
ゲン化した食品,つまり総負荷量の少ない負荷
試験から行うなど注意が必要である.鶏卵の場
合を例にとると,クッキー類,ケーキ類,練り
製品,ゆで卵,生卵の順に負荷試験を行うなど
の方法がある.後述するが,この負荷試験によ
り耐性獲得には至っていないと診断された場合
でも,安全に摂取可能な食品の種類と量を把握
して,少しずつでも摂取を開始していくこと
が,の改善につながるだけでなく,早期に
耐性を獲得することを目指した食事指導として
重要である.
早期の耐性獲得を目指した食事指導
食物アレルギーの治療の原則は,抗原回避,
つまり抗原食品の食品除去が基本である.しか
し,食物アレルギーの多い乳幼児期は成長期で
あり,食品除去に際しては栄養面への配慮が重
要である.そのため過剰な食品除去が行われな
いように正しい原因食品の診断を行うことが求
められる.前述のような問診,検査,経口負荷
試験により正しい抗原食品の除去を行い,除去
食品に替わる代替食品による栄養面に配慮した
栄養指導が重要である.さらに,今後は正しい
抗原診断に基づく必要最小限の食品除去につづ
いて,早期の耐性獲得を目指した食事指導が必
要である.具体的には,食品を低アレルゲン化
して積極的な摂取を促すこと,あるいは抗原量
による誘発症状を確認し,摂取可能な範囲での
食品摂取を促すことで,児および家族の の向上を図るとともに,早期の耐性獲得にもつ
ながるのではないかと考えられている10).
実際の食事指導において,食品除去では栄養
面への配慮が必要であるが,現在のわが国の食
糧事情ではタンパク質が不足する危険性は低
い.牛乳アレルギー児は,カルシウム摂取不足
に注意が必要であり,低アレルゲン化食品であ
る牛乳アレルゲン除去調整粉乳の代替などによ
る予防が必要である.また,卵は加熱調理によ
り低アレルゲン化される.卵の主要抗原は,卵
白アルブミンとオボムコイドなど主に卵白に存
在するタンパク質である.これまで加熱により
卵白アルブミンは低アレルゲン化するが,オボ
ムコイドは低アレルゲン化しないと言われてき
たが,加熱条件によってオボムコイドも低アレ
ルゲン化されることが明らかになった11).分
固ゆで卵の卵白アルブミンの抗原性は生卵を
%とすると %に,オボムコイドの抗原
性も %に低下し12),生卵に対する誘発症状が
ある患者も摂取できる可能性が高くなる.この
ように牛乳,卵は,代替食品や調理により低ア
レルゲン化し,摂取していくことができる.
さらに負荷試験により症状が誘発されない閾
値及び誘発症状を確認することにより,軽微な
誘発症状のみで摂取可能な食品の種類や量を摂
取し続け,再び負荷試験で摂取量増加の可否の
確認,摂取量の増加を繰り返していくという積
極的な摂取による耐性化の誘導が期待される.
経口減感作療法
乳幼児期に発症した鶏卵,牛乳アレルギーは
6歳頃までに多くが耐性を獲得する.さらに乳
幼児期までは,前述の積極的な摂取が耐性の獲
得を促すことが期待される.しかし,乳幼児期
土 屋 邦 彦 ほか
に耐性を得られなかった場合には,それ以降は
耐性が得られにくいとされる.これまでは,こ
うした学童期以降の食物アレルギー患者に積極
的に耐性化を誘導する方法はなかったが,近
年,経口減感作療法の有効性が相次いで報告さ
れている13‐15).現在は研究的治療の段階であり,
有効性と効率的で安全性の高い方法の開発と標
準化に向けた検討が必要である.
急速法と呼ばれる短期間で入院管理下に摂取
量を増やす方法は,少量でもアナフィラキシー
を誘発する患者に対して,専門医師による厳重
な管理下で行うものである.これまでの報告で
は初期量は微量からはじめ,摂取間隔は ∼
時間,増量方法は 回で ∼倍への増量,一
日の減感作の回数は ∼回,施行日数は ∼
日であった.急速法では,ほとんどの症例に
軽症も含めアナフィラキシーが誘発された.一
方,緩徐法は,負荷試験で閾値を確認し,安全
な量から自宅で摂取し続け,週間から ヶ月
毎に 倍への増量を行う方法であり,前述の積
極的に摂取する食品除去・栄養指導の延長上に
あると考える.外来で負荷試験を行うなどし
て,アナフィラキシーなどの強い反応が起こら
ないことを確認しながら増量するが,時に感染
など何らかの原因でアナフィラキシーが誘発さ
れる危険性があり,保護者や患者に対し,事前
に症状出現時の対処法(エピネフリン自己注射
薬,経口ステロイド薬,経口抗ヒスタミン薬,
吸入気管支拡張薬)や救急受診などのタイミン
グについて十分説明し,理解を得る必要があ
る.現在,経口減感作療法に標準化された方法
はなく,多くの課題があるが,安全で効率の良
い方法の確立が望まれる.
お
わ
り
に
食物アレルギーの正しい診断と耐性獲得を目
指した食事指導について概説した.食物アレル
ギーの診断には,最終的には,食物経口負荷試
験が必要であるが,問診や食物日誌,また血液
検査(抗原特異的 )らを参考にして安全に
行うことが重要である.治療としては,抗原食
品の除去が基本であるが,とくに発育期にある
小児ではその妨げとならない栄養指導と成長・
発達の管理が肝要であり,さらに今後は食物経
口負荷試験をもとに早期の耐性獲得を目指した
食事指導を行っていくことが重要である.
文 献
)日本小児アレルギー学会 食物アレルギー委員会
作成.食物アレルギー診療ガイドライン .向
山徳子,西間三馨 監修.東京:協和企画,
)今井孝成,海老澤元宏.厚生労働科学研究班による
食物アレルギーの診療の手引き .平成 年・
年度厚生労働科学研究報告書.
)杉崎千鶴子,池田有希子,田知本寛,海老澤元宏.
乳児期食物アレルギーの有病率に関する疫学調査(第
報)
.アレルギー )今井孝成,板橋家頭夫.学校給食における食物アレ
ルギーの実態.日小児会誌 )文部科学省アレルギー疾患に関する調査研究委員
会.アレルギー疾患に関する調査研究報告書.
)池松かおり,田知本寛,杉崎千鶴子,宿谷明紀,海
老澤元宏.乳児期発症食物アレルギーに関する検討
(第 報)
:卵・牛乳・小麦・大豆アレルギーの 歳ま
での経年的変化.アレルギー )
)伊藤浩明,二村昌樹,高岡有理,ら.当科における
オープン法による牛乳・鶏卵・小麦負荷試験.アレル
ギー )
)伊藤節子.食物アレルギーの栄養指導の今後の方
向性.日小児アレルギー会誌 )伊藤節子.調理・加熱による食品中のアレルゲンの
変化.臨免疫・アレルギー科 )伊藤節子.アレルギー実践講座 食物アレルギー
患者指導の実際(解説)
.アレルギー )
食物アレルギー ―最近の話題―
)
)
著者プロフィール
土屋 邦彦 所属・職:京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学・学内講師
略 歴:年 月 京都府立医科大学卒業
年 月 京都府立医科大学小児科
年 月 済生会滋賀県病院小児科
年 月 京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学
年 月 京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学・助教
年 月∼現職
専門分野:小児科学,小児アレルギー,小児腫瘍
主な業績:
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