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メキシコの現状と未来

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メキシコの現状と未来
支部通信
メキシコの現状と未来
古賀 和夫
(株)安藤・間 北米支店 メキシコ営業所 所長
1. はじめに
投資してきた。また 1994 年に NAFTA(北米自由貿易協
現在メキシコは豊富な若年労働力ならびに、その立
定)が締結されてからは、かつての主要産業であった第
地環境から大きな注目を集めている。特に労働力が豊富
一次産業が急激に第二次産業および第三次産業に取って
と言われる中央高原地帯では、大手日系自動車組み立
代わってきた。
てメーカー 3 社(日産、ホンダ、マツダ)がほぼ同時期に
日本は 2011 年の東日本大震災、タイの大洪水を通し
完成車組立工場の新工場建設を行っており、それに伴っ
た自動車産業の裾野産業の停止により、世界的な日系自
て日系自動車関連企業の新規進出と既存工場拡充が始ま
動車産業の生産の停滞を目の当たりにしたのはまだ記憶
り、工場新築および既存工場の増築ラッシュに沸いてい
に新しい。その後に続いた円高により新たな地域への海
る。本稿では、そうしたメキシコの現状と将来の展望に
外展開が加速された。現在円安になったが、いったん動
関して報告してみたい。
き出したこの潮流は留まる様相を見せない。そのような
状況の中、現在日本が注目している国がメキシコとイン
2. メキシコ概観
ドネシアであろう。
メキシコは日本からは離れているが、
まずはメキシコという国を簡単にご紹介したい。面積
2005 年の日墨 EPA(日本・メキシコ経済連携協定)発効以
は日本の約 5 倍、人口は 1 億 1,000 万人、実質 GDP は世
来着実に貿易額および 2 国間の関係が密になってきてい
界 13 位、OECD(経済協力開発機構)加盟のれっきとした
る国である。
先進国である(余談だが、ソンブレロにポンチョをまとった
ところで、国としての知名度のわりには、メキシコが
ひげ親父が砂漠のサボテンにもたれてテキーラを飲んだくれて
正式には「メキシコ合衆国」であることを知る人は少な
いる国というのは、昔のハリウッド映画のつくり上げた悪しき
い。住んでいる者にとっても、州によって運転免許証の
虚像である。私もメキシコ生活 13 年になるが、いまだにソン
デザインが違っていたり、地方自治体によって警察官の
ブレロをかぶったメキシコ人を見たことがない)
。
制服が違っているのを目にした時にかろうじてそれを実
感するくらいで、メキシコの実態は中央集権国家であ
る。その理由は州の財政が連邦政府からの分配金や給付
金に大きく依存しているからであり、また立法も司法も
含めて大統領に絶大な権力を集中させているからであろ
う。
「欠陥のある民主主義」と呼ばれる所以である。た
だ任期 6 年の大統領は再選が禁止されているため、腐敗
政治が起きにくい点は評価に値する。昨年(2012 年)末
の大統領選挙で 12 年ぶりに政権が PAN(国民行動党)か
ら PRI(制度革命党)へと交代したが、ドラスティックな
政策転換はなかった。
メキシコ中心市街の様子
26
3. メキシコの自動車産業
1965 年にマキラドーラと呼ばれる税制優遇措置が制
昨年メキシコの経済成長率は 3.39% であったが、産
定され外国資本誘致のための保税加工制度が導入されて
業の中で自動車産業の占める割合は大きい。ちなみに
からは、アメリカや日本をはじめ多くの国がメキシコへ
メキシコでの昨年の自動車生産台数は 288 万台に達し、
支部通信
そのうち 240 万台が輸出向けであった。これは世界の
存工場があるが、現在グアナファト州セラヤ市に約 8 億
自動車輸出国ランキングでも 5 位に位置する。自動車産
ドルを投資して年間生産能力 40 万台の四輪工場を建設
業が産業の主要な位置を占めているだけでなく、輸出産
中で、2014 年前半の量産開始を計画している。マツダ
業の中でも重要な地位を占めている。メキシコでの国
はグアナファト州サラマンカ市に約 5 億ドルを投資して
内自動車販売のシェアのトップは 24.9%を誇る日産で、
年間生産能力 20 万台の工場を建設中で、これも 2014
以下ゼネラルモーターズ(GM)、フォルクスワーゲンと
年の量産開始を計画している。このマツダ新工場内では
続く。
一部トヨタの OEM 生産が予定されている。
自動車関連企業進出先としては日産の第二工場がある
メキシコでは自動車関連の裾野産業が未発達であるた
アグアスカリエンテス州、ホンダの工場があるハリスコ
め、日本からの部品調達に伴うコスト負担や将来的に現
州、マツダの新工場ができるグアナファト州をはじめ、
調率を上げるためには、日本からパーツサプライヤーを
サンルイスポトシ州、ケレタロ州、メキシコ州、サカテ
呼ぶことが必要であり、現に自動車関連のパーツサプラ
カス州、ヌエボレオン州などが多く、その他ではコアウ
イヤーのメキシコ進出が盛んになっている。昨年はティ
イラ州、タマウリパス州にも一部進出している。
ア 1 と呼ばれる一次下請け業者の進出が多かったが、今
日産はメキシコシティにほど近いクエルナバカ市に第
一工場があるが、それよりも規模の大きいアグアスカリ
年に入ってティア 2、ティア 3 と呼ばれる二次下請け、
三次下請け業者の進出が目立ってきたように思われる。
エンテス州アグアスカリエンテス市の既存工場の近くに
2012 年 10 月時点での在メキシコ日本大使館の資料に
3 番目となる新工場を建設中である。用地費用を含める
よれば、日系進出企業数は全産業トータルで 545 社と
と約 20 億ドルの投資となり、2013 年後半の量産開始
なっている。今後もこの数字は増えていくものと予想さ
を計画している。ホンダはハリスコ州エルサルト市に既
れる。
フォード:チワワ
クライスラー:デラマデロ
トヨタ:テカテ
(5万台)
GM:ラモスアリスペ(24万台)
クライスラー:ラモスアリスペ
(17万台)
フォード:エルモシージョ
(30万台)
GM:サンルイスポトシ(16万台)
GM:シラオ(24万台)
日産:アグアスカリエンテス
(70万台)
マツダ:サラマンカ(20万台)
ホンダ:エルサルト
(8万台)
フォード:クアティトラン
(20万台)
ホンダ:セラヤ
(40万台)
GM:トルーカ
クライスラー:トルーカ
(16万台)
日産:クエルナバカ
(30万台)
フォルクスワーゲン:プエブラ(10万台)
メキシコの完成車工場の生産予定台数
2013 6–7
27
4. メキシコ人気質
シコは労働力コストの安さと質の高さでアメリカのそれ
メキシコは日本との交流の歴史も長く、基本的に日本
を上回っていると思う。ただメキシコ人の特徴として時
と日本人に対して好意的であり仕事はやりやすい。一般
間にルーズ、できなくてもあるいは知らなくても絶対に
的に日本人はまじめで優秀で規律正しいと思われてい
ノーと言わないという問題がある。建設業の場合、この
る。メキシコは通常中南米の一国と認識されているが、
時間にルーズな点で最も苦労する。メキシコにおいて工
地理的にも経済的にもれっきとした北米大陸の国であ
期通り建設プロジェクトを進めることは、実際至難の業
る。メキシコ人は南米の国の人に対して優越感を持ち、
である。弊社でもメキシコ進出以来 24 年にわたって現
逆にアメリカ人に対しては劣等感を持っているように感
地協力業者を教育し続け、日本流の時間の遵守と品質を
じられる。アメリカ人はメキシコ人を馬鹿にし、メキシ
やっと実現できるようになってきた。ノーと言わないの
コ人はそういうアメリカ人を逆に嫌っているが、経済上
も実はノーと言って相手を悲しませたくない、という思
アメリカに依存せざるを得ないという複雑な感情が根底
いやりの表れなのだそうだが困ったものである。
に存在する。メキシコ人は確かに気さくでフレンドリー
な人が多いが、ラテン系の底抜けに明るい気質が強いか
28
5. 終わりに
と言えば、それほどでもないように感じるのは私だけだ
今年は支倉常長の遣欧使節がメキシコを訪問してから
ろうか。私の印象ではメキシコ人は人懐こく、情によっ
ちょうど 400 年。古くて長い付き合いのあるのがメキ
て行動する人が多く、基本的にはまじめである。工場労
シコなのである。しばらくは日系企業のメキシコ進出
働者としての素質はあると言える。土地や電気や水など
ラッシュが続くと思われるが、今後の日墨間の長期的な
のインフラ費用は間違いなくアメリカより高いが、メキ
動向がどうなるのか期待しながら見守っていきたい。
支部通信
支部通信
シンガポールの
建設市場の現状
山下 一志
五洋建設
(株)シンガポール営業所長
1. はじめに
年にかけて平均 8∼ 9% 程度の成長率を記録したもの
シンガポールは、人口が 531 万人(外務省 HP、2012
の、2009 年の金融危機の影響を受けて大きくマイナス
年 9 月末現在)
、面積が 716km2 と、日本の東京 23 区と
成長(▲ 0.7%)に転じた。
同規模であり、東南アジアに位置する ASEAN(東南アジ
ア諸国連合)加盟国である。建国以来、埋め立てで国土
の拡張を続け、約 25% の国土を埋め立てにより拡張し
てきている。国境は、北側のジョホール海峡を挟んで対
岸がマレーシア、東側から南、西側を通るシンガポール
海峡がインドネシアとの国境線となっており、四方を海
峡に囲まれている都市国家である。民族は、中華系が
74% を占めるものの、マレー系 13%、インド系 9% と、
中華系以外の民族も一定の影響力を有している。
国語は、
マレー語であるが、英語、中国語を合わせ 4 言語を公用
語として採用しており、中でも英語教育を徹底している
ことがシンガポール発展の上で重要な柱のひとつとなっ
図1 名目GDPと実質GDP成長率の推移
(百万シンガポールドル)
340,000
330,000
320,000
310,000
300,000
290,000
280,000
270,000
260,000
250,000
(%)
334,093
14.8%
14.5%
15
10
315,921
5.2%
1.8%
267,254
268,772
-0.7%
274,655
2007年
2008年
2009年
名目GDP総額
5
0
2010年
2011年
-5
実質GDP 対前年伸び率
(2005年基準)
出典:Ministry of Trade and Industry / Economic Survey
of Singapore
ている。また、仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンズー
教など多様な宗教を受け入れている国でもあり、工事着
手時の安全祈願祭などでは、主要な 4∼ 5 つの宗教の祭
しかし翌年 2010 年には前年の反動増もあるが、輸出産
業の回復、建設投資の下支えもあり建国以来最高となる
主をお招きして工事の安全を祈願していただくのが一般
14.8% の経済成長を記録した(図 1)。その後、2011 年は
的な慣習となっている。
5.2% の成長を実現したものの、2012 年はユーロ危機に
シンガポール共和国の歴史はまだ浅く、1965 年マ
端を発した世界経済の低迷により主力の輸出総額が停滞、
レーシアから分離独立し、建国からまだ 50 年経ってい
1.3% の成長に落ち込んだ。今年 2013 年の景気は上半期
ない若い国であるが、この 50 年間の間の急成長には、
は低調なものの下半期には回復に向かうと見込まれてお
目を見張るものがある。現在では、ひとり当たりの名目
り、成長率は 1∼ 3%という見通しを政府は示している。
GDP が、52,051 ド ル(2012 年)、 日 本 の 46,735 ド ル
を大きく上回っている(外務省 IMF )。
3. 建設市場の動向
政治制度は、立憲共和国制を採用の上、任期 6 年の
表 1 は、シンガポールにおける建設投資の実績および
大統領を国家元首とし、一院制の議会(任期 5 年、定数
見通しをまとめたものである。2008 年以降大型インフ
87 議席)およびその議会が首相を選出する議員内閣制を
ラ整備を政府が積極的に推進してきたことや、好景気に
採用しているが、与党である人民行動党(PAP)が国会
よる民間設備投資意欲の高まりなどにより、年ごとのば
の議席をほぼ独占しており(PAP は、87 議席中 80 議席)、
らつきはあるものの堅調に推移しており、2006 年から
独立以降の政権を担当し続けている。
2011 年にかけ市場規模は倍増していることが分かる。
2. マクロ経済
の政府調達協定(GPA)に加盟しており、
ベトナム、
マレー
シンガポールはわが国と同様、世界貿易機関(WTO)
シンガポールの実質 GDP 成長率は 2004 年から 2007
シアなどの周辺諸国と異なり一定額以上の公共工事を外
2013 6–7
29
国企業に開放している。そのため、
日系建設企業も鉄道、
に移管し、国際支店、アジア統括本部、アジアを統括す
道路、港湾整備などインフラ整備工事に積極的に参画す
る現地法人などをシンガポールに置き、シンガポールを
ることが可能となっている。表 2 は、海外建設協会会員
受注獲得の場から海外プロジェクトの情報収集・分析、
企業の海外工事の受注高の推移を示したものである。こ
現場に近い所での迅速な意思決定の場へとその戦略を変
こ数年シンガポールの受注高は 2 位を大きく上回ってお
えてきている日系建設企業も見受けられるようになって
り、毎年平均 2,000 億円超の規模の受注高を記録して
きた。これから将来もその傾向に変わりはないと思われ
いる。このことからも透明性も高く、カントリーリスク
るが、韓国および中国企業などとの価格競争が激しさを
も少ないと言われているシンガポールに日系建設企業各
増している中、
各社が今までのビジネスモデルを見直し、
社が軸足を置き、プロジェクト獲得に取り組んできたこ
どのようにすれば競争に打ち勝つことができるのか再考
とが窺える。また、最近では、本社機能をシンガポール
段階に入っていると言えるのではないだろうか。
(単位:百万シンガポールドル)
表1 シンガポールの建設投資実績・見通し
全体〈All Sections〉
2006
土木 Civil Engineering
2007
2008
2009
2010
2011
2012P*
2013F*
1,919
3,006
7,933
9,000
3,000
6,740
4,630
7,700
14,877
21,455
26,686
13,500
24,520
28,750
23,480
24,300
住宅 Residencial
5,298
7,361
10,598
6,700
11,500
15,300
10,840
12,300
商業施設 Commercial
2,373
5,231
8,473
1,700
3,300
4,210
3,030
3,000
工場 Industrial
5,510
6,968
3,724
2,000
4,720
6,220
4,700
4,300
その他 Others
1,696
1,895
3,891
3,100
5,000
3,020
4,910
4,700
16,796
24,461
34,619
22,500
27,520
35,490
28,110
32,000
1,343,680
1,956,880
2,769,520
1,800,000
2,201,600
2,839,200
2,248,800
1,984,000
建築 Building
建設 Total
建設投資(円換算)
@¥80 単位(百万円)
出典:BCAウェブ *P:Preliminary(速報値)
F:Forecast(見通し)
(単位:億円)
表2 海外建設協会会員の海外受注高
年度
2008
国 名
順位
2009
受注金額
受注金額
国 名
受注金額
国 名
2012
受注金額
国 名
受注金額
アラブ首長国連邦
2,371 シンガポール
2
シンガポール
2,088 米国
953 米国
3
米国
1,336 香港
833 タイ
855 ベトナム
4
ベトナム
670 台湾
505 中国
530 米国
5
タイ
625 中国
493 香港
431 中国
950 中国
6
中国
612 ベトナム
452 インドネシア
375 トルコ
883 ベトナム
752
7
インドネシア
413 タイ
442 ベトナム
339 インドネシア
805 台湾
526
8
台湾
285 マレーシア
320 フィリピン
335 香港
789 香港
391
9
香港
271 フィリピン
237 インド
289 台湾
613 ラオス
351
10
マレーシア
228 インドネシア
205 マレーシア
255 インド
544 インド
301
合計
64カ国
3,138 シンガポール
2,526 タイ
1,966
1,031 タイ
1,198 シンガポール
1,743
1,039 米国
1,687
985 インドネシア
1,056
787
1,447 53カ国
1,038 54カ国
1,496 58カ国
3,171 56カ国
2,268
10,347 63カ国
6,969 64カ国
9,072 68カ国
13,503 66カ国
11,828
出典:海外建設協会(OCAJI)
支部通信
1,491 シンガポール
2011
1
11以下 54カ国
30
国 名
2010
4. 将来の大型案件
シンガポールにおいての大型インフラ案件としては、
(図 2)
駅まで徒歩 10 分圏内となる見込みである。
。
2013 年第 1 四半期から、トムソンライン(22 駅 30km
鉄道案件、道路案件、港湾案件、LNG 備蓄施設案件な
の地下鉄、25 工区による発注)の大型案件の入札が始まっ
ど、さまざまな分野の案件が挙げられるが、その中でも
ており、韓国、中国企業との厳しい競争になるものと思
多数の建設企業が応札するものと思われる MRT(Mass
われる。日系建設企業がこれまでの実績を活かし 25 工区
Rapid Transit)
案件について、
ここでは触れることにする。
中、何工区受注できるか注目される。
MRT は、都市部においては地下、郊外では高架を走る大
また、表 1 の通り、シンガポールの建設投資の 40% 程
量旅客輸送鉄道であるが、シンガポールではバスと並び
度が住宅案件である。シンガポール政府は、2030 年に
公共交通の基幹を担っている。現在 4 路線(178km)が
人口を現在の 530 万人から 1.3 倍の 690 万人へと増やす
運行しているが、シンガポール政府は、2030 年までに
計画を打ち出しており、住宅建設は今後も建設投資の中
MRT の総延長を現在の約 2 倍の 360km 規模にまで拡大
核を担っていくものと思われ、日系建設企業による受注
する計画を発表しており、80%の世帯が、最寄の MRT
も引き続き期待される。
図2 MRT路線図(将来計画路線含む)
出典:LTAウェブ
2013 6–7
31
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