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「デュアル・モード管理会計」と資本市場

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「デュアル・モード管理会計」と資本市場
名城論叢
17
2012 年3月
「デュアル・モード管理会計」と資本市場
――中長期と短期のスキーマ統合に関する一考察――
今
目
井
範
行
次
1.はじめに
2.株主価値経営概念の生成と浸透
3.株主価値経営と利益管理の短期化の関係性
3.1
効率的市場仮説と市場アノマリー現象
3.2
株式価値評価モデル
3.3
利益管理の短期化の意味
3.4
利益管理の短期化の事例
4.製造業の経営システムにおける中長期視点の重要性
5.中長期と短期のスキーマ:対立関係から統合関係へ
5.1 「潜在株価収益率(ポテンシャル PER)
」
5.2 「デュアル・モード管理会計」
6.中長期と短期のスキーマ:その含意
6.1
マクロ的背景
6.2
マネジメント・コントロールのパラドックスとそのバランス化
7.おわりに
1.はじめに
1980 年代の自動車産業をはじめとする日米
Vision)
」
「チーム学習(Team Learning)」の5
要 素 を 抽 出 し,
「 学 習 す る 組 織( Learning
(2)
Organization)」の概念を構築した 。
の産業競争力逆転を契機に,アメリカにおいて
また,Johnson and Bröms[2000]は,分断さ
も,TPS(トヨタ生産方式)に対する注目が高
れた組織のもとで「短期」の財務成果を追求す
まり,以来,TPS に関連した研究が興隆しつつ
る,伝統的なアメリカ型の機械論的な「結果に
(1)
ある 。
よる経営(Management By Results:MBR)
」
たとえば,Senge[1990]は,TPS における
に対し,安定的に高品質かつ低コストの製品を
「中長期」視点での全体最適志向とプロセス改
生産し,継続的に利益を創出する TPS の優位
善思考に着目し,「システム思考(Systems
性の源泉を,普遍的な自然生命システムの原理
Thinking)
」「自己マスタリー(Personal Mas-
にもとづいて,網の目状のプロセスと組織が有
tery)
」
「メンタル・モデル(Mental Models)の
機的に切れ目なく均衡のとれた形で繋がること
克服」「共有ビジョンの構築(Building Shared
によって,
「中長期」視点での相互関係性の構築
⑴
Spear and Bowen[1999],Johnson and Bröms[2000]
,Liker[2003]など。
⑵
Senge[1990]pp. 57-269(邦訳[1995]pp. 77-284)
18
第 12 巻
第4号
をはかる「手段による経営(Management By
(3)
Means:MBM)
」に見出した 。
さらに,Liker[2003]は,トヨタのアメリカ
工場に対する徹底した現地調査にもとづいて,
つとして,資本市場における株式価値評価の理
論と実務を実証的に捉えるとともに,企業経営
における実務視点から利益管理の「短期化」の
意味を解釈する。
TPS の背後にあるトヨタの経営思考を一般化
そのうえで,
「中長期」と「短期」のスキーマ
し,製造業におけるビジネス・プロセスの迅速
(schema) の対立関係(逆機能)を統合関係
化,質の向上,コスト削減の方法として,
「短期
(順機能)に導く
的財務目標を犠牲にしてでも長期的な考えで経
①新たな株式価値評価指標としての「潜在株価
営判断する」を第1原則とする,
「トヨタウェイ」
収益率(ポテンシャル PER)
」
,②「デュアル・
(4)
の 14 の経営原則を体系化した 。
(5)
(6)
ためのアプローチとして,
モード管理会計」の2点を展望する。
このように,TPS(トヨタ生産方式)に代表
される製造業の経営システムが,
「中長期」視点
の重視によりその優位性を実現する一方で,20
2.株主価値経営概念の生成と浸透
世紀末の「株主価値経営」の登場と興隆を契機
2001 年のエンロン社の経営破綻とインター
に,企業経営における利益管理の「短期化」が
ネット・バブルの崩壊 ,2007 年のサブプライ
進行している。
ム・ローン問題に端を発した米国住宅バブルの
本稿では,利益管理の「短期化」の背景の1
⑶
⑷
(7)
(8)
崩壊 ,さらには,2008 年のリーマン・ブラザー
Johnson and Bröms[2000]pp. 43-74(邦訳[2002]pp. 69-111)
Liker[2003]による「トヨタウェイ」の 14 の経営原則は,以下のとおり。
「原則 1
短期的財務目標を犠牲にしてでも長期的な考えで経営判断する。
原則 2
淀みのない流れをつくって,問題を表面化させる。
原則 3
プルシステムを利用して,つくり過ぎのムダを防ぐ。
原則 4
生産量を平準化する(ウサギではなく,亀のペースで仕事をする)。
原則 5
問題を解決するためにラインを止め,品質を最初からつくり込むカルチャーを定着させる。
原則 6
標準化作業が絶え間ない改善と従業員の自主活動の土台になる。
原則 7
すべての問題を顕在化させるために目で見る管理を使う。
原則 8
技術を使うなら,実績があり,枯れた,人や工程に役立つ技術だけを利用する。
原則 9
仕事をよく理解し,思想を実行し,他人に教えるリーダーを育成する。
原則 10
会社の考え方に従う卓越した人とチームを育成する。
原則 11
パートナーや部品メーカーの社外ネットワークを尊重し,改善するのを助ける。
原則 12
現地現物を徹底的に理解するように自分の目で確かめる(現地現物)。
原則 13
意思決定はじっくりコンセンサスをつくりながら,あらゆる選択肢を十分検討するが,実行は素早
く行う(根回し)。
原則 14
執拗な反省と絶え間ない改善により学習する組織になる。」
(Liker[2003]pp. 35-41(邦訳(上)[2004]pp. 97-108))
⑸
スキーマ(schema)とは,一般には,世界を認知したり外界に働きかけたりする土台となる内的な枠組みを意
味する心理学用語。本稿では,
「経営情報にもとづく行動の結果として固定化された認識の集合により,組織内に
形成され共有される認識枠」と定義。
⑹
Merton[1949]の定義によれば,
「(順)機能とは,一定の体系の適応ないし調整を促す観察結果であり,逆機
能とは,この体系の適応ないし調整を減ずる観察結果である。」(Merton[1949](邦訳[1961]p. 46))
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
ズ社の経営破綻(いわゆるリーマン・ショッ
(9)
19
Mintzberg[2007]
ク) を経て,近年,
「株主価値経営」と企業経
「アメリカ企業の多くは,手持ち在庫を使い
営における利益管理の「短期化」をめぐる識者
果たしつつあるのではないか。短期業績と引き
の問題指摘が見受けられる。
換えに,将来の健全性を犠牲にしている。(中
代表的な識者の見解をとりあげれば,以下の
略)株主価値のためには何でもする。すなわち,
株価を短期間でいっきに高めるには手段を選ば
とおりである。
ず,また CEO は「会社の信用」という資産―こ
れは会計士やエコノミストには測定できない―
Rappaport[2006]
「株主価値を重視するという原則そのものが
をあの手この手を弄して金に換えている。ブラ
間違っているのではなく,経営者たちがこれを
ンドの使い捨ては手っ取り早い方法の1つだ。
正しく遵守できていないだけなのだ。
(中略)
R&D 費の削減もしかりである。また,人々を
SOX 法をはじめ,さまざまな施策が講じられ
数字で操作するという手もある。CEO が数値
たにもかかわらず,短期業績を重視する傾向は
目標を定めると,その数字を達成すべく,社内
いまなお根強い。一部の経営者は,自分たちに
一丸となって東奔西走しなければならない。ど
は短期的に行動するしかないのだと自己弁護し
のような結果になろうと,
おかまいなしである。
ている。なぜなら,機関投資家の株式保有期間
きわめて一般的なのが,言うまでもなく,現場
が短くなっているからだという。実際,これら
の労働者とミドル・マネジャーを手当たり次第
の機関投資家の各銘柄の平均保有期間は,60 年
に解雇してコスト削減するやり口である。
(中
代には7年間だったが,いまや1年足らずであ
略)優れた企業は,真剣な人たちの献身と深謀
る。株式を長期的に保有する株主がいなくなっ
遠慮の下,ゆっくりと築かれる。まず,四半期
てしまった現在,長期的な利益を追求する意味
業績を忘れるところから始めよう。(中略)四
がどこにあるのだというわけである。
(中略)
半期業績に気を取られていると,目先の数字ば
しかし本当に重要なのは,企業が正しく株主価
かりを追いかけ,製品やサービス,顧客が見え
値を重視することによって,成長戦略が長期志
なくなってしまう。(中略)企業経営を預かる
(10)
向へと方向転換していくことである。
」
者は,会社の長期的な健全性を何よりも最重要
視しなければならない。
(中略)企業は,社会機
関であり,献身的な人間(人的資源ではない)
⑺
1990 年代に急成長したアメリカのエネルギー商社,エンロン社は,デリバティブやインターネットを活用した,
斬新なビジネスモデルを確立した優良企業として,当時高い評価を受けていた。しかしながら,経営陣が高株価
の維持を狙いに特別目的会社(SPE)を通して粉飾決算をおこなったこと,投資資産のオフバランス化や投資資産
価値のヘッジ目的でおこなった SPE 取引により巨額の損失を計上したことから,エンロン社は 2001 年に経営破
綻した。インターネット関連銘柄が多い NASDAQ 総合株価指数は,2000 年の 5000 台から 2002 年には 1000 台
まで急落した。
⑻
2006 年の米国住宅価格のピークアウトを契機に,それまで急拡大していた,信用力の低いサブプライム層向け
の住宅ローン債権を組み込んだ証券化商品の価値が,2007 年に入り急速かつ大幅に下落した。
⑼
2007 年の米国住宅バブルの崩壊により多額の損失を被ったアメリカの大手投資銀行,リーマン・ブラザーズ社
が 2008 年に経営破綻し,これを契機に世界的金融危機(世界的な信用収縮と世界同時不況)が生起した。
⑽
Rappaport[2006]pp. 66-77(邦訳[2007]pp. 24-37)
20
第 12 巻
第4号
が信頼と敬意に基づく関係のなかで協力する
(11)
時,最も効率的に機能する。
」
トヨタが日本において,TPS(トヨタ生産方
式)の自働化と JIT(ジャスト・イン・タイム)
から,さらに TQC(Total Quality Control:総
(13)
(14)
合的品質管理) の全社的導入を決定し
ポーター[2008]
「戦略策定においてよく見受けられる1つの
ミング賞実施賞を受賞した
(15)
,デ
のと同じ頃,ア
間違いは,株主にとっての利益と企業の経済価
メリカのファイナンス領域では,モダン・ポー
値を混同してしまうことだ。それはとても危険
ト フ ォ リ オ 理 論 の 中 核 概 念 の 1 つ で あ る,
な考え方である。企業の目標は優れた経済価値
Sharpe[1964]の「資本資産価格モデル(Capital
を生み出すことで,株主価値の向上はその結果
Asset Pricing Model:CAPM)
」 が生成した。
(16)
にすぎない。(中略)最近は多くの企業が株主
CAPM では,完全市場においては,特定の銘
志向を口にするようになっている。経営者は,
柄の株式の期待リターンは,分散投資によって
株価は企業業績に必ず追随すると信じることが
は回避できないシステマティック・リスクのみ
必要だ。調査によると,3,4 年の期間で見れば,
を負担する株式市場全体の期待リターンと,市
株価が実際の業績に従って動いていることがわ
場の観察から得られる「ベータ値(b)
」を介し
かっている。だから,株価の上下に一喜一憂す
て線形関係にある,とされる
べきではない。また,平均的な投資家の特定の
「ベータ値」が大きい「ハイリスク」銘柄の株
株式の保有期間は6ヵ月であるという。株主を
式の期待リターンは「ハイリターン」に,逆に
喜ばすような経営をしても,その株主は明日に
「ベータ値」が小さい「ローリスク」銘柄の株
(12)
はいなくなっているのだ。」
(17)
。すなわち,
式の期待リターンは「ローリターン」になる。
ここで,投資家にとっての特定の銘柄の株式
これらの識者の見解に共通する視点の1つ
の期待リターンは,当該銘柄の企業にとっての
は,
「株主価値経営」概念を背景とした,企業経
株主資本コスト,すなわち,当該企業が株主資
営における利益管理の「短期化」に対する問題
本から確保しなければならない最低限の収益率
意識である。それでは,
「株主価値経営」
概念は,
でもある。つまり,この最低限の収益率を実際
どのように生成し,企業経営のなかに浸透して
の収益率が下回れば,当該企業は株主価値を毀
いったのであろうか。
損したということになる。
⑾
Mintzberg[2007]p. 25(邦訳[2008]pp. 12-13)
⑿
ポーター[2008]p. 3
⒀
JISC(Japanese Industrial Standards Committee:日本工業標準調査会)は,TQC(Total Quality Control)を
「全社的な品質管理。品質管理に関する様々な手法を総合的に,かつ,全社的に展開して適用し,従業員の総力
を結集してその企業の実力向上を目指すもの」と定義(http://www.jisc.go.jp/)。
⒁
1961 年,トヨタは TQC の全社的導入を決定した。http://www.toyota.co.jp/ を参照。
⒂
1965 年,トヨタはデミング賞実施賞を受賞した。http://www.toyota.co.jp/ を参照。
⒃
Sharpe[1964]pp. 425-442
⒄
Epr i€/r f+b imEpr m€,r f
ここに,Epr i€ は資産 i の期待リターン,r f は安全資産の利子率,b im(ベータ値)は市場全体のリターンに対す
る資産 i のリターンの感度,すなわち b im/Covpr i, r m€/Varpr m€,Epr m€ は市場全体の期待リターン,Epr m€,r f は
マーケットプレミアムまたはリスクプレミアムである。
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
21
Rappaport[1986]は,この考え方を株主価値
以下では,このことを理論的・実証的に捉え
理論として,広く実際の企業経営のなかに適用
るとともに,企業経営における実務視点から,
(18)
することを提唱した 。これにより「株主価値
その意味を解釈することにしたい。
経営」概念が生成し,20 世紀末のアメリカ経営
の表舞台に登場することになったのである。
3.1
効率的市場仮説と市場アノマリー現象
その後,金融・資本市場のグローバリゼーショ
「株主価値経営」とは,換言すれば,株価重視
ン,金融の自由化・規制緩和,間接金融から直
の経営である。したがって,
「株主価値経営」と
(19)
接金融へのシフト ,経済成長にともなう民間
利益管理の「短期化」の関係性を考えるために
資本の蓄積,株式市場規模の拡大,機関投資家
は,
そもそも株価とはどのように決まるのか
(株
の台頭,金融の情報化,事業再編手法としての
式の価値をどのように評価するのか)
,その前
M&A の増加,ストック・オプション制度の普
提となる株式市場をどのように捉えるのか,と
及などを背景に,
「株主価値経営」は,国境の壁
いうところから考える必要がある。
を越えて企業経営のなかに浸透することになっ
伝統的な株式市場観としては,Fama[1970]
の「 効 率 的 市 場 仮 説( Efficient Market
たのである。
Hypothesis:EMH)」があげられる。EMH と
3.株主価値経営と利益管理の短期化の
関係性
は,多数の投資家が参加する合理的な株式市場
においては,株価に影響するあらゆる情報は効
率的(即座かつ完全)に株価に反映されるため,
それでは,このような生成と浸透の経緯を有
特定の投資家が恒常的に株式市場全体を上回る
する「株主価値経営」は,何故,企業経営にお
投資リターンを確保することは不可能である,
ける利益管理の「短期化」に繋がるのであろう
とする理論である 。いわゆる株価の「ランダ
か。
ム・ウォーク(Random Walk)
」 を正当化す
(21)
(22)
この点について,企業の実務家や株式市場関
る株式市場観であるといえる。
係者の多くは,
「株主価値経営」
が利益管理の
「短
これに対し,主として 1980 年代以降,EMH
期化」に繋がる背景の1つとして,資本市場に
のもとでは説明がつかない「市場アノマリー
おける株式価値評価の理論と実務があることを
(anomaly)」現象
(20)
経験的に理解している,といわれる 。
(23)
が,ファイナンス領域で
多数報告されるようになった。報告された「市
⒅
Rappaport[1986](邦訳[1989]pp. 42-63)
⒆
JBA(Japanese Bankers Association:㈳全国銀行協会)は,間接金融と直接金融について,
「企業や国・地方公
共団体が銀行などを通してお金を借りる間接金融と,借り手自らが株式や債券などを発行して資金調達する直接
金融」と定義(http://www.zenginkyo.or.jp/)。
⒇
筆者の管理会計ならびに経営管理に関する,企業における実務経験上の認識にもとづく。
Fama[1970]pp. 383-417
株価の「ランダム・ウォーク(Random Walk)」とは,情報の効率的な株価への反映により,
“千鳥足”のよう
に株価が確率的に無作為(ランダム)に現れる状態。Malkiel[1973]を参照。
一般に「アノマリー(anomaly)」とは変則・例外・矛盾・逸脱を意味し,科学の諸領域において,たとえば地
球物理学における重力異常や磁気異常,あるいは量子力学における対称性の破れなど,
「アノマリー」現象の存在
は広範に認識されている。株式市場における「アノマリー」とは,EMH に反する市場の変則性である。
22
第 12 巻
第4号
場アノマリー」現象は,
「割安株効果」
「サプラ
(24)
イズ効果」「会計発生高アノマリー」 「小型株
(25)
ける期待値を上回る(下回る)業績の決算を発
表した企業の株式が,決算発表後も一定期間,
(26)
効果」 「モメンタム」 ,あるいは,企業の資
サプライズ(Earnings Surprises,業績の良し
本政策・株主還元政策に関連するアノマリーな
悪し)と同方向のアブノーマル・リターンを示
ど,多岐におよんでいる。そのなかでも,最も
す現象をいう。1960 年代から指摘されていた
代表的な「市場アノマリー」現象が,
「割安株効
「市場アノマリー」現象であるが,とりわけ
果」と「サプライズ効果」であるといえる。
1990 年代以降,多数の論文で研究報告されるよ
(28)
「割安株効果」とは,特定の株式価値評価指標
うになった 。実際,企業の決算発表を後追い
(割安株指標)にもとづいて選定された割安株
する形の投資によって,株式投資家が「サプラ
が,高い投資リターンを生み出す現象をいう。
イズ効果」の存在から高い投資リターンを確保
割安株指標には,
「株価収益率(株価 / 1株当た
する状況は,今日の株式市場においても見受け
り純利益,Price Earnings Ratio:PER)
」
「株価
られるのである。
純資産倍率(株価 / 1株当たり純資産,Price
Book-value Ratio:PBR)
」
「配当利回り(1株当
たり配当 / 株価)
」「売上高利回り(1株当たり
売上高 / 株価)」などの多数の指標があるが,こ
れらのなかで最も代表的な割安株指標は,
「株
3.2
株式価値評価モデル
次に,
株式の価値をどのように評価するのか,
という視点から考えてみたい。
まず,株式の本源的価値を評価するための絶
価収益率(PER)
」であるといえる。とりわけ,
対価値評価モデルとしては,大きくは「配当割
1970 年代末から 1980 年代初頭にかけて,
「株価
引モデル(Dividend Discount Model:DDM)
」
収益率(PER)
」が低い銘柄で構成された株式
と「残余利益モデル」 の2つが考案されてき
ポートフォリオは,高い投資リターンを生み出
た。
(27)
すことが研究報告されたのである 。
また,
「サプライズ効果」とは,株式市場にお
(29)
(30)
両モデルとも,株式の本源的価値を評価する
ための定式そのものは,決して複雑なものでは
「会計発生高アノマリー」とは,経営者の報告利益管理(Earnings Management)によって会計利益が嵩上げさ
れている可能性が高い,会計発生高(Accruals)が高い企業の株式が,将来的に市場全体をアンダーパフォームす
る現象。
「小型株効果」とは,小型株の平均リターンが CAPM ベータ( b )によって説明可能なリターンに比して大きな
値をとり,反対に大型株のリターンが小さな値をとる現象。
「モメンタム」とは,短期の過去リターンと将来のリターンの間の正の相関関係,すなわち,過去リターンが高
い勝者(Winner)株が,過去リターンが低い敗者(Loser)株をアウトパフォームする現象。
Basu[1977][1983]など。
Ball and Brown[1968],Bernard and Thomas[1989]など。
V/ 6
n=1
Dn
p1+k€ n
ここに,V は株式の本源的価値,D n は n 期における配当,k は割引率である。
V/B 0+ 6
n=1
E n,kB n-1
p1+k€ n
ここに,V は株式の本源的価値,B n は n 期末における純資産,E n は n 期における純利益,k は割引率,
E n,kB n-1 は残余利益である。Ohlson[1995]を参照。
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
ない。しかしながら,両モデルとも,株式の本
23
株式価値評価実務の実態調査
源的価値のドライバーとなる将来の配当や純利
本稿では,この資本市場における株式価値評
益の流列を予測することは,実務上,困難な側
価の実務を実証的に捉えるため,実際に資本市
面がある。何故ならば,将来の配当や純利益の
場で発行されたアナリスト・レポートの調査・
流列は,企業の配当政策や資本政策,あるいは,
分析をおこなった。調査・分析の対象としたの
経営環境や業界(競合)動向や事業戦略などに,
は,世界最大手投資銀行 A 社のインベストメ
大きく影響されるからである。また,このよう
ント・リサーチ&アナリシス・グループに所属
な予測困難な前提の僅少な差異が,株式の本源
する株式アナリスト 22 名により発行された,
的価値の評価結果に大きな相違をもたらすこと
株式個別銘柄調査レポート 1,387 件である 。
にもなるのである。
調査・分析の結果,株式個別銘柄調査レポート
(32)
そこで,資本市場における株式価値評価の実
の投資判断コメントの本文において,
「短期」の
務においては,株式の本源的価値を評価するた
純利益(予想値)ないし同ベースの「株価収益
めの絶対価値評価モデルに代えて,より簡便な
率(PER)
」が株式価値評価指標として採用され
株式価値の評価方法として,株式価値評価指標
た割合は,全体の 89.4%(1,239 件 /1,387 件)で
を用いた相対価値評価(Relative Valuation)モ
あった(図表1)。
デルが多頻度に用いられるようになった。
ここで,株式価値評価指標には,前述の「株
3.3
利益管理の短期化の意味
価収益率(PER)」
「株価純資産倍率(PBR)
」
「配
以上,株式市場においては,
「効率的市場仮説
当利回り」にくわえ,
「企業価値 EBITDA 倍率
(EMH)」のもとでは説明がつかない「市場ア
((株式時価総額+有利子負債−現預金)/ 利払
ノマリー(anomaly)
」現象が存在すること,ま
い前・税金支払前・減価償却前利益,Enter-
た,最も代表的な「市場アノマリー」現象とし
prise Value/Earnings Before Interests, Tax,
ては,①「株価収益率(PER)
」が低い銘柄で構
Depreciation and Amortization:EV/EBIT-
成された株式ポートフォリオが,高い投資リ
DA)」「株価キャッシュフロー倍率(株価 / 1
ターンを生み出す「割安株効果」
,②株式市場の
株当たりキャッシュフロー,Price Cash Flow
期待値を上回る(下回る)業績の決算を発表し
Ratio:PCFR)
」
「株価売上高倍率(株価 / 1株
た企業の株式が,決算発表後も一定期間,サプ
当たり売上高,Price to Sales Ratio:PSR)」な
ライズ(業績の良し悪し)と同方向のアブノー
どの多数の指標がある。しかしながら,資本市
マル・リターンを示す「サプライズ効果」の2
場における株式価値評価の実務において,実際
つがあることを指摘した。つまり,このような
に採用されている株式価値評価指標の大半は,
「市場アノマリー」現象が株式市場において実
「短期」の純利益(予想値)をベースとした「株
際に観察されるということは,運用能力に優れ
(31)
価収益率(PER)」である,といわれる 。
た機関投資家にとっては,株式投資において市
場全体のリターンを上回る投資リターンを追求
する機会が存在するということを意味する。
!
筆者の管理会計ならびに経営管理に関する,企業における実務経験上の認識にもとづく。
"
レポートの発行期間は 2010 年 10 月∼ 2011 年3月,株式アナリスト 22 名によるカバレッジ・セクターは 35 業
種である。
24
第 12 巻
第4号
図表1
株式価値評価指標の採用割合
(出所)筆者作成
また,資本市場における株式価値評価の実務
される企業の株式)を探求する機関投資家の日
においては,株式の本源的価値を評価するため
常的な投資行動が,当該投資家と(「株主価値経
の絶対価値評価モデルに代えて,株式価値評価
営」をおこなう)企業との相互作用としてのイ
指標を用いた相対価値評価モデルが多頻度に用
ンベスター・リレーションズ(Investor Rela-
いられていることを指摘し,かつ,実際に採用
tions:IR)活動
されている株式価値評価指標の大半は,
「短期」
ける利益管理の「短期化」に繋がることになる
の純利益(予想値)をベースとした「株価収益
のである。
率(PER)」であることを,実証的に捉えた。
(33)
を媒介として,企業経営にお
前述のとおり,1970 年代以降,金融制度改革
これらから浮かびあがる「株主価値経営」と
や規制緩和により,投資信託・年金基金・生命
利益管理の「短期化」の関係性の構図は,以下
保険・信託銀行・投資顧問といった機関投資家
のとおりである。すなわち,①「割安株効果」
が台頭し,株式保有の機関化が進展した
が期待される割安株
(「短期」
的な増益により
「株
資先企業に対して株主価値の最大化を求める,
価収益率(PER)」の低下が予想される企業の株
これら機関投資家のファンド・マネジャーの多
式)や,②「サプライズ効果」が期待される株
くは,株式投資の運用成績によって自らが評価
式(市場の期待値を上回る好決算の発表が予想
される。そこで,彼らは日常の投資活動のなか
#
(34)
。投
インベスター・リレーションズ(Investor Relations:IR)活動について,NIRI(National Investor Relations
Institute:全米 IR 協会)は,
「企業の証券が公正な価値評価を受けることを最終目標とするものであり,企業と金
融コミュニティやその他のステークホルダーとの間に最も効果的な双方的コミュニケーションを実現するため,
財務活動やコミュニケーション,マーケティング,そして証券関係法のもとでのコンプライアンス活動を統合し
た,戦略的な経営責務」と定義(http://www.niri.org/)。また,JIRA(Japan Investor Relations Association:㈳
日本 IR 協議会)は,
「企業が株主や投資家に対し,投資判断に必要な企業情報を,適時,公平,継続して提供する
活動」と定義(https : //www.jira.or.jp/)。
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
図表2
25
利益管理の短期化の事例
(出所)筆者作成
で,「割安株効果」が期待される割安株(翌期,
3.4
利益管理の短期化の事例
利益が増加して「株価収益率(PER)
」が低下す
このような利益管理の「短期化」の1事例と
ることが予想される企業の株式)や,
「サプライ
して,日本最大手の製造業 B 社をとりあげる。
ズ効果」が期待される株式(当期,市場の期待
B 社では,JIT(ジャスト・イン・タイム)生産
値を上回る好決算を発表することが予想される
システムや原価企画システム,さらには,製品
企業の株式)を探し求めて,日々,株式の売買
開発・先端技術開発・先行投資・人材育成など,
をおこなうことになる。このような彼らの日常
「中長期」視点を重視する現場の基幹プロセス
の投資行動(株式売買)そのものが,投資先企
との関係から,
本社の期間利益管理については,
業に対する「もっと当期・翌期の業績を上げよ」
伝統的に「経営者が自らの手の内だけで見る」
「もっと株価を上げよ」との“無言の圧力”と
性格にとどめられてきた。しかしながら,1990
なるのである。
年代央の全社システムとしての「中長期」利益
投資先企業としては,インベスター・リレー
計画システムの構築を起点に,21 世紀に入り,
ションズ(IR)活動を通して,そのような株主
「中期」利益計画システムから「短期」のグロー
(機関投資家)と日常的にコミュニケーション
バル利益計画システムへと,利益管理の「短期
をおこない,良好な相互関係を構築し,かつ,
化」の変遷を辿るに至った(図表2)
。
それを継続的に維持しなければならない。この
ような関係性のなかで,いわば機関投資家によ
る“飽くなき投資収益の追求”が,
「株主価値経
営」すなわち株価重視の経営をおこなう投資先
企業の利益管理の「短期化」をもたらすことに
なるのである。
4.製造業の経営システムにおける中長
期視点の重要性
本稿ではここまで,20 世紀末の「株主価値経
営」の登場と興隆を契機に,企業経営における
利益管理の「短期化」が進行していること,ま
$
㈱東京証券取引所・㈱大阪証券取引所・㈱名古屋証券取引所・福岡証券取引所・札幌証券取引所の調査によれ
ば,全国5証券取引所上場会社(調査対象会社数:3,616 社)の投資部門別の株式保有比率における個人の割合は,
1970 年の 37.7%から 2010 年には 20.3%にまで低下した(http://www.tse.or.jp/)。
26
第 12 巻
第4号
た,その背景の1つとして,資本市場における
いってよい。五回の「なぜ」を自問自答するこ
株式価値評価の理論と実務があることを,理論
とによって,ものごとの因果関係とか,その裏
的・実証的に捉え,指摘した。
にひそむ本当の原因を突きとめることができ
このように,
企業経営における利益管理の
「短
(36)
る。
」
期化」が進行する一方で,製造業の経営システ
ムは,一般に「中長期」視点の重視によりその
優位性を実現する。
Johnson and Bröms[2000]
「長期にわたるトヨタの成功は,量的な目標
たとえば,
「規模の経済」を追求するアメリカ
を達成するように人々を駆り立てるのではな
型の「リーン生産」に対して,
「脱規模」の「限
く,組織内のすべての作業においてバランスの
量生産」を指導原理として“淀みのないモノと
とれた循環的な切れ目のない流れのパターンが
プロセスの流れ”を構築し,在庫(滞留)とリー
形成されていることで説明がつく。TPS の方
ドタイムの極小化を目指す TPS(トヨタ生産方
式は,トヨタが何十年にもわたって他の自動車
(35)
式) は,
「中長期」視点に立脚したプロセス運
メーカーよりはるかに多くをより少ない資源で
営,人材育成,ならびに改善により,成立する。
生産することを可能にしてきた。TPS の方式
このような製造業の経営システムにおける
の規律ある熟練は,最終利益という財務目標に
「中長期」視点の重要性に関して,あらためて
向かって繰り返し励むよりも高いパフォーマン
代表的な識者の見解を以下にとりあげておきた
スを生み出すのだ。トヨタのシステムは,各自
い。
の作業が,一回に一注文を仕上げるのに必要な
最少資源しか使わないことを理想的な限界とし
大野[1978]
ている。これが,システムが成功する最大の理
「人間の能力を十分に引き出して,働きがい
由といってよい。もうひとつの理由は,従業員
を高め,設備や機械をうまく使いこなして,徹
が真摯に取り組むカイゼン(改善)として知ら
底的にムダの排除された仕事を行なうというご
れる,あの持続的な改善活動追求の精神であ
く当り前の,それでいてオーソドックスかつ総
る。
」
(37)
合的な経営システムが要請されている。
(中略)
日本のシステムでは,作業者一人一人が幅広い
生産の技術を体得することを通じて,生産現場
5.中長期と短期のスキーマ:対立関係
から統合関係へ
のトータルなシステム,私はそれを「製造技術」
と呼んでいるが,それをつくり上げることに参
以上からも明らかなように,製造業の経営シ
画する。そして重要な役割を演じてもらう。そ
ステムにおける「中長期」視点の重要性と,
「株
れこそが,働きがいに通じるであろう。
(中略)
主価値経営」概念を背景とした利益管理の「短
トヨタ生産方式も,実をいうと,トヨタマンの
期化」とは,いわば対立関係(逆機能)にある
五回の「なぜ」を繰り返す,科学的接近の態度
といってよい。このような「中長期」と「短期」
の累積と展開によってつくり上げられてきたと
のスキーマの対立関係(逆機能)を,経営シス
%
Johnson and Bröms[2000]pp. 101-103(邦訳[2002]pp. 148-151)
&
大野[1978]pp. 19-34
'
Johnson and Bröms[2000]p. 102(邦訳[2002]p. 150)
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
27
テムにおいて,いかに統合関係(順機能)に導
イム)生産の原理にもとづいた,総合的・本質
くかは,現代の企業経営,とりわけ製造業のマ
的な収益力の鍵指標(KPI)である「利益ポテ
ネジメントにとって,重要な経営課題の1つで
ンシャル(PP)
」で除した株式価値評価指標で
あるといえよう。
ある。
本稿では,そのためのアプローチとして,①
すなわち,
「利益ポテンシャル(PP)
」が,現
新たな株式価値評価指標としての「潜在株価収
場が「中長期」視点による JIT 生産の原理にも
益率(ポテンシャル PER)」
,②「デュアル・モー
とづいて,
「必要な数」に限量した,在庫抑制的
ド管理会計」の2点について,以下に展望する。
なつくり方に切り替えたとき,それを会計面か
ら積極評価することを可能にする鍵指標(KPI)
5.1 「潜在株価収益率(ポテンシャル PER)
」
であるのと同様に,
「潜在株価収益率(ポテン
経営システムにおける「中長期」と「短期」
シャル PER)
」は,
「中長期」視点にもとづく
のスキーマの対立関係(逆機能)を,統合関係
JIT 生産の原理を,資本市場における株式価値
(順機能)に導くためのアプローチの第1の鍵
評価の理論と実務の側面から積極評価すること
は,資本市場における株式価値評価の理論と実
を可能にする鍵指標(KPI)であるといえる。
務のなかに「中長期」視点を組み込むことであ
つまり,新たな株式価値評価の鍵指標(KPI)
る。そのための新たな株式価値評価指標とし
として「潜在株価収益率(ポテンシャル PER)
」
て,本稿では「潜在株価収益率(ポテンシャル
を採用することは,
「株主価値経営」がベースと
(38)
PER)
」 を提唱する。
する資本市場における株式価値評価の理論と実
務のなかに,「中長期」視点による JIT 生産の
「潜在株価収益率(ポテンシャル PER)
」
原理を組み込むことを意味し,これによって
(40)
「潜在株価収益率(Potential Price Earnings
Ratio:Potential PER)
」
=株式時価総額 /「利益ポテンシャル(Profit
Potential:PP)
」
ここに,
「利益ポテンシャル(PP)
」
=純利益 /
(39)
期首棚卸資産
前述の「株価収益率(PER)
」が,株式時価総
額を「短期」の純利益で除した(=株価を1株
当たりの「短期」の純利益で除した)株式価値
評価指標であるのに対して,
「潜在株価収益率
「JIT(ジャスト・イン・タイム)経営」 と資
本市場の調和が実現することになる。
「潜在株価収益率(ポテンシャル PER)
」によ
る株式価値評価の事例
(41)
図表3は,トヨタ自動車株式の「株価収益率
(PER)
」と「潜在株価収益率(ポテンシャル
PER)
」の推移を示している。
2002 年から 2006 年にかけ,当期純利益は一
貫して増加している。
株価は,2002 年から 2003 年にかけ下落した
(ポテンシャル PER)」とは,株式時価総額を,
が,
「株価収益率(PER)
」が「9」前後まで下が
「中長期」視点による JIT(ジャスト・イン・タ
り割安となったため,2004 年から 2006 年にか
(
河田・今井[2011]pp. 149-152
)
河田[2008]pp. 27-36
*
河田・今井[2011]pp. 1-113
+
Ibid., pp. 152-154
28
第 12 巻
第4号
図表3 「潜在株価収益率(ポテンシャルPER)」による株式価値評価の事例
年度
2002
2003
2004
2005
2006
当期純利益
7,509
↗
11,621
↗
11,713
↗
13,722
↗
16,440
↗
期首棚卸資産
10,227
↗
10,258
↗
10,833
↗
13,067
↗
16,210
↗
利益ポテンシャル
(Profit Potential)
0.73
↗
1.13
↗
1.08
↘
1.05
↘
1.01
↘
株価
3,243
↘
3,044
↘
4,058
↗
4,578
↗
6,508
↗
時価総額
11.5
10.3
13.4
14.9
20.9
株価収益率(PER)
9.92
↘
8.81
↘
9.75
↗
9.06
↘
12.16
↗
潜在株価収益率
(Potential PER)
10.17
↘
9.54
↘
12.74
↗
14.68
↗
21.94
↗
(注)
1.単位は,当期純利益・期首棚卸資産は億円,株価は円,時価総額は兆円。
2.年度は,会計年度。
3.当期純利益・期首棚卸資産は,連結ベース。
4.利益ポテンシャル(Profit Potential)
=当期純利益(当年度)/ 期首棚卸資産(当年
度)。
5.株価は,年度内各月の月末終値の単純平均。
6.時価総額=株価×年度内平均株式数。
7.株価収益率(PER)=時価総額(当年度,億円)/ 当期純利益(翌年度)。
8.潜在株価収益率(Potential PER)
=時価総額(当年度)/ 利益ポテンシャル(Profit
Potential,翌年度)。
(出所)河田・今井[2011]
けて株価は反転上昇した。
一方,期首棚卸資産(在庫)は,2002 年から
2006 年にかけ一貫して増加したが,2004 年以
2004 年 か ら 2005 年 に か け て は「 9.75 」か ら
「9.06」に下がっている。
一方,
「潜在株価収益率(ポテンシャル PER)
」
降は当期純利益の伸びを上回るペースで増加し
は,2004 年から 2006 年にかけて急上昇し,株
たため,
「利益ポテンシャル(PP)
」は 2003 年
価がすでに割安であるとはいえないことを示し
をピークに 2004 年以降は下落に転じた。
ている。
それを受け,
「潜在株価収益率(ポテンシャル
その後,当期純利益は,2007 年をピークに,
PER)
」は,2003 年をボトムに 2004 年以降は上
2008 年には赤字に転落した。株価はそれに先
昇に転じている。
行し,2007 年2月 27 日の 8,340 円(終値)を最
「株価収益率(PER)」と「潜在株価収益率(ポ
高値に,その後下落基調に転じている。
テンシャル PER)
」の動きは,対照的である。
「株価収益率(PER)」は,当期純利益が増加
5.2 「デュアル・モード管理会計」
するなか,2005 年までは「10」を切るレベルで
経営システムにおける「中長期」と「短期」
推移し,2006 年でも「12」前後と,一貫して株
のスキーマの対立関係(逆機能)を,統合関係
価が割安であることを示している。とりわけ,
(順機能)に導くためのアプローチの第2の鍵
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
29
図表4 「デュアル・モード管理会計モデル(Dual-mode Management Accounting Model)
」
(出所)今井[2010]
は,
「中長期」視点と「短期」視点という性格が
但し,
「タテ型・統制型・標準収束型・組織還
異なる2つのスキーマが有機的に並存すること
元型」のスキーマと「ヨコ型・自律創発型・限
を可能にするマネジメント・フレームを構築す
界突破型・協働型」のスキーマには,基本的性
ることである。そのための概念モデルとして,
格に差異があるため,相互に無関係のまま並存
(42)
本稿では「デュアル・モード管理会計」
を提
しては,組織体全体からみれば,ともに没機能
化
唱する(図表4)
。
(44)
ないし逆機能化する虞がある。
アメリカ経営においては,アメリカ的管理会
(43)
「デュアル・モード」とは
計スキーマの形成過程からも明らかなように,
今井[2010]における指摘のとおり,経営ス
つねに「タテ型・統制型・標準収束型・組織還
キーマないし管理会計スキーマには,
大きくは,
元型」のスキーマが先行スキーマとして前面に
本社主導の「タテ型・統制型・標準収束型・組
出て,
「ヨコ型・自律創発型・限界突破型・協働
織還元型」のスキーマ(
「タテ型モード・スキー
型」のスキーマが意識されることは少なかった
マ」)と,現場主導の「ヨコ型・自律創発型・限
といえる。それが1つの要因となり,アメリカ
界突破型・協働型」のスキーマ(
「ヨコ型モード・
経営では,
「短期」視点により会計で現場(プロ
スキーマ」)の2つの型(モード)がある。
セス)
をコントロールするとの思考が主流化し,
これら2つの型(モード)のスキーマは,
「本
組織体の硬直化,プロセスの分断,部分最適観
社主導で組織体を統制する」
「現場が自律的・創
の助長といった経営品質の停滞ないし劣化が進
発的に協働する」との中核的機能としては,一
行し,1980 年代以降のアメリカ製造業の競争力
般にはいずれも,企業の経営品質の保持に不可
減退に繋がった,との見方をすべて否定するこ
欠な構成要素(Management Quality Factor:
とは難しい。
MQF)であり,本来的に相互補完性を有するも
それに対し,いわばアメリカ経営の対極に位
のであると考えられる。この両者が,企業の経
置するトヨタでは,その管理会計システムの生
営システムにおいて有機的に並存する状態が
成・発展の経緯から,最初にしかも長期にわた
「デュアル・モード」である。
り「ヨコ型・自律創発型・限界突破型・協働型」
2
今井[2010]pp. 80-83
3
Ibid., pp. 80-81
4
Merton[1949]の指摘によれば,
「没機能的結果の経験的可能性もあって,それは当面の体系にとって無関連な
ものにすぎない。」(Merton[1949](邦訳[1961]p. 46))
30
第 12 巻
第4号
のスキーマが先行スキーマとして定着し,それ
一定のアカウンタビリティ(説明力)をつねに
が1つの確固たる企業文化として構築されたの
保持する必要があり,そのためには「短期」の
ちに,利益計画システムの導入を通じて事後的
期間利益管理のための管理会計フレームが不可
に「タテ型・統制型・標準収束型・組織還元型」
欠であるからである。したがって,
「期間利益」
のスキーマが付加された。その際,①「測定す
の指標に連係する形で,
「会計期間」
「発生主義」
れども統制せず」
,②「標準は示せども収束させ
「管財一致」
の各要素が,
「タテ型モード・スキー
ず」,③「責任職能は示せども横連携は阻害せず」
マ」の要件として具備される。
といった独自性の諸要素を利益計画システムに
組み込む(結果的に「タテ型・統制型・標準収
それに対し,
「ヨコ型モード・スキーマ」では,
現場での活動実体(プロセス)のパフォーマン
束型・組織還元型」のスキーマに制約条件を付
スの測定機能を果たす「個別 KPI」が指標とな
す)ことにより,トヨタにおいては,元来対立
る。たとえば,製品開発プロセスと連動した原
するはずの両スキーマが統合する形となり,上
価企画活動における「製品別採算」や,サプラ
述のアメリカ経営にみられたような経営品質の
イチェーン・プロセスにおける「長期在庫」な
停滞ないし劣化の進行が阻止され,
「中長期」視
どが,その代表例である。これらの「個別 KPI」
点にもとづくプロセスの不断の進化,競争力の
は,財務会計からの制約による「会計期間」に
源泉としての暗黙知の継続的な練磨が可能に
拘束されることのない「中長期」の「超期間」
なっているといえる。
指標である。たとえば,フロント・ローディン
グや先行技術開発が進んだ原価企画活動におい
(45)
「統制」と「自律・創発」
ては,「製品別採算」の KPI は必然的に「中長
「タテ型モード・スキーマ」の目的は「統制」
期」指標となる。また,これらの「個別 KPI」
である。但し,ここでの「統制」とは,従来の
は,
「現金主義」志向の強い指標である。たとえ
アメリカ経営においてみられたような,現場の
ば,JIT のプロセスにおける「長期在庫」の撲
プロセスやオペレーションまでコントロールす
滅は,キャッシュフローの改善を主要な狙いの
るとの性格ではない。むしろ「測定」に近いも
1つとする。さらに,これらの「個別 KPI」は,
のであり,コントロールの範囲もせいぜい本社
「管財差許容」であることが望ましい。たとえ
機構内の一定の経営管理者層までに限定され
ば,上述の「製品別採算」の場合,当該製品に
る。
部品を供給する予定の連結対象外の協業サプラ
それに対し,
「ヨコ型モード・スキーマ」の目
的は「自律・創発」である。
イヤーでの採算改善や,当該製品開発における
改善アイデアの他製品や他事業への
「ヨコ展開」
による効果額までを包摂することにより,原価
(46)
「期間利益」と「個別 KPI」
「タテ型モード・スキーマ」における代表指標
は「短期」の「期間利益」である。その理由は,
現代の企業経営においては,事業運営上の必要
資本の供給元である金融・資本市場に対して,
5
今井[2010]p. 82
6
Ibid., pp. 82-83
企画活動における組織の壁を越えた「自律・創
発」が,よりダイナミックに生起・展開される
こととなるからである。
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
(47)
「標準収束」と「限界突破」
「タテ型モード・スキーマ」では,
「標準収束」
31
この「接合要素」については,業種・業態を
(49)
越えた事例検証が,今後の研究課題である 。
思考にもとづき,目標の「必達」を志向する。
すなわち,金融の自由化が高度に進展した現代
の金融・資本市場における投資家からの要求に
6.中長期と短期のスキーマ:その含意
応えるためには,少なくとも本社機構内の一定
以上,本稿ではここまで,TPS(トヨタ生産
の経営管理者層の間においては,
「短期」の「期
方式)に代表される製造業の経営システムが,
間利益」目標を「必達」するとの最低限の「統
「中長期」視点の重視によりその優位性を実現
制」は必要である。但し,この「統制」が現場
する一方で,20 世紀末の「株主価値経営」の登
まで下りてしまっては,経営品質の劣化と競争
場と興隆を契機に,企業経営における利益管理
力の減退を招く虞があることについては,すで
の「短期化」が進行していることを指摘した。
に指摘した。
そのうえで,
「中長期」と「短期」のスキーマの
それに対し,「ヨコ型モード・スキーマ」は,
対立関係(逆機能)を統合関係(順機能)に導
「限界突破」思考にもとづいた,目標の「過達」
くためのアプローチとして,①「潜在株価収益
状態をつねに目指す。
率(ポテンシャル PER)
」
,②「デュアル・モー
ド管理会計」の2点を展望した。
(48)
「接合要素」
「タテ型モード・スキーマ」と「ヨコ型モード・
スキーマ」は,基本的性格に差異があるため,
以下では,上述の「中長期」と「短期」のス
キーマの対立関係の含意について,触れておく
こととしたい。
両スキーマが有機的に並存するためには,シス
テム設計上の工夫が必要となる。そのための工
夫が,
「場所特性に適応した接合要素の構築」で
ある。
トヨタにおいては,前述のとおり,利益計画
6.1
マクロ的背景
含意の1点目は,
「中長期」と「短期」のスキー
マの対立関係が生起したマクロ的背景である。
図表5に示すとおり,主として 20 世紀後半
システムが「接合要素」として構築され,かつ,
以降の長期におよぶ経済成長の結果,先進国を
①「測定すれども統制せず」,②「標準は示せど
中心に社会・経済の成熟化が進行した。それに
も収束させず」
,③「責任職能は示せども横連携
ともない,顧客要求の多様化を含め,社会・経
は阻害せず」という利益計画システムの独自性
済のあらゆる側面で複雑性・多様性が高進し,
の諸要素(「タテ型モード・スキーマ」の制約条
それに対する対応として,企業は経営システム
件)を具備することにより,両スキーマが有機
変革などの「中長期」視点に立脚した経営上の
的に並存するための一定の解決がはかられたと
戦略と取り組みを迫られてきた。
の解釈が可能である。
7
Ibid., p. 83
8
Ibid., p. 83
一方,社会・経済の成熟化は,経済成長にと
9 「接合要素」の可能性としては,中根[2007]がその意義と有用性を指摘する「直接原価計算(Direct Costing)」,
河田[2008]の「利益ポテンシャル(Profit Potential:PP)」,今井[2011]の「投下資本コスト(Time Cost of
Capital Employed:TCCE)包摂型ライフサイクル・コスティング(Life Cycle Costing:LCC)」など。
32
第 12 巻
第4号
図表5
中長期と短期のスキーマの対立関係のマクロ的背景
(出所)筆者作成
(50)
もなう民間資本の蓄積をもたらし ,金融の自
なってきている(例えば,長期と短期,全体と
由化・規制緩和・グローバリゼーションの進展
個別,財務と非財務の各指標のバランスなど)。
とも相俟って,機関投資家の要求の増大と“瞬
そうした指標間のバランスを確保しなければ,
時化”,さらには,前述の企業経営における利益
企業競争力を獲得できないという認識が生まれ
管理の「短期化」を招く要因の1つになったと
ている。そもそも,そういった指標が対象とす
考えられる。
るマネジメントのプロセスがますます複雑で錯
このように,
「中長期」と「短期」のスキーマ
綜してくるにつれ,それを規律づけ,支援する
の対立関係は,社会・経済の成熟化というマク
視点・指標は互いに矛盾した結果をもたらさざ
ロ的背景の1つの帰結であるともいえよう。
るをえない。いわゆるマネジメントのコント
ロールはパラドックス状況に陥らざるをえない
6.2
マネジメント・コントロールのパラドッ
のである。
(中略)
「経営者は長期的な視野で経
クスとそのバランス化
営するように求められ,業績は短期的に評価さ
含意の2点目は,
「中長期」と「短期」のスキー
れる」とよく言われるが,これこそマネジメン
マの対立関係が,現代の企業経営の特性の1つ
ト・コントロールのパラドックス的特性を典型
である,マネジメント・コントロールの「パラ
的に表現していよう。
」
(51)
ドックス」
の1側面である,ということであ
る。
(52)
このようなマネジメント・コントロールの
「パ
ラドックス」に対して,企業としてどのように
この点に関して,大下[2009]は,以下のよ
うに指摘する。
認識し,どのように対応していくのか,とりわ
け,
「中長期」と「短期」のスキーマの「パラドッ
「管理会計の利用側面である意思決定や業績
クス」のバランス化をいかにはかっていくのか
評価においては,常に様々な指標が用いられ,
は,現代の企業経営における重要課題の1つで
それらの指標間のバランスが要請されるように
あるといえよう。
:
IMF の統計によれば,2011 年7月時点の世界全体の外貨準備高の総額は,約 10 兆ドルに達する。直近の 10 年
間で,当該総額は約5倍に増加した。
;
大下[2009]pp. 178-183
<
Ibid., pp. 179-180
「デュアル・モード管理会計」と資本市場(今井)
このマネジメント・コントロールの
「パラドッ
33
て は,Simons[ 1994 ],Kaplan and Norton
クス」とそのバランス化に関連しては,いくつ
[1996],Bouquin[2001],ならびに,大下[2009]
かの先行研究があるが,それらはバランス化の
があげられる
思考法をめぐって,
「価値創造対応型」と「マネ
の 鍵 と な る 4 つ の「 コ ン ト ロ ー ル・レ バ ー
ジメント・システム対応型」に大別することが
(Levers of Control)」を提示し,とりわけ,
「診
できる。
断型のコントロール・システム(Diagnostic
(55)
。Simons[1994]は,戦略実行
「価値創造対応型」としては,浅田[2002]と
Control Systems)」と「双方向型のコントロー
Rappaport[2006]があげられる。浅田[2002]
ル・システム(Interactive Control Systems)」
は,本来的な株主価値創造の経営の視点からみ
の間のバランス化を主 張した
た管理会計のあり方について,先駆的研究をお
plan and Norton[1996]は,周知のとおり,
「バ
(53)
こない,その包括的な体系化をはかった
(56)
。また,Ka-
。ま
ランスト・スコアカード(Balanced Scorecard:
た,Rappaport[2006]は,企業が正しく株主価
BSC)
」による財務指標(戦略)と非財務指標(戦
値を重視することにより,成長戦略が長期志向
略)の間のバランス化を提唱した
へと方向転換していくことが重要であるとし
Bouquin[2001]は,管理者の能力と関与,コン
て,
「第1原則:利益操作したり,利益予測を発
トロール諸機能による階層別監視などを通じた
表したりしない」
「第2原則:たとえ当座の利益
バランス化の意義を指摘した 。さらに,大下
を犠牲にしても,期待価値を最大化しうる意思
[2009]は,バランス化の対象領域のなかにガ
決定を下す」をはじめとする,長期的な価値創
バナンス機能を包摂することにより,
「コント
(54)
造への 10 原則を提示した 。
また,
「マネジメント・システム対応型」とし
。また,
(58)
ロールのガバナンス」と「ガナバンスのコント
(59)
ロール」の有機的複合モデルを提示した 。
=
浅田[2002]pp. 5-223
>
Rappaport[2006]による長期的な価値創造への 10 原則は,以下のとおり。
「第 1 原則
(57)
利益操作したり,利益予測を発表したりしない。
第 2 原則
たとえ当座の利益を犠牲にしても,期待価値を最大化しうる意思決定を下す。
第 3 原則
たとえ当面の利益を犠牲にしても,期待価値を最大化しうる買収を選択する。
第 4 原則
株主価値の最大化に貢献する資産だけを保有する。
第 5 原則
事業投資が長期的な株主価値創造に資する可能性が低い場合には,株主にキャッシュを返す。
第 6 原則
CEO および経営陣の報酬は,長期的な株主価値創造にもとづいて決められる。
第 7 原則
部門長の報酬は,複数年にわたる事業価値創造の実績にもとづいて決める。
第 8 原則
ミドル・マネジャーと現場社員の報酬は,一人ひとりが価値創造に直接貢献できる仕事の業績に
第 9 原則
経営陣にも,株主と同じオーナシップ・リスクを負わせる。
第 10 原則
投資家に企業価値に関連する情報を提供する。」
もとづいて決める。
(Rappaport[2006]pp. 66-77(邦訳[2007]pp. 24-37))
?
大下[2009]pp. 180-187
@
Simons[1994]pp. 6-7(邦訳[1998]pp. 39-40)
A
Kaplan and Norton[1996]pp. 7-18(邦訳[1997]pp. 29-42)
B
Bouquin[2001]pp. 420-421
C
大下[2009]pp. 189-205
34
第 12 巻
第4号
本稿では,以上のようなマネジメント・コン
ならびに,
「中長期」と「短期」のスキーマの統
トロールの「パラドックス」とそのバランス化
合方策についてのさらなる検討が,今後の研究
という,現代の企業経営における重要課題の1
課題として残っている。
つに対して,経営システムにおける「中長期」
21 世紀の社会・経済は成熟化が深化し,企業
と「短期」のスキーマの対立関係(逆機能)を
経営を取り巻く環境はより一層,複雑性・多様
統合関係(順機能)に導くとの視点から再把捉
性の度合いを高めるであろう。それにともな
し,その本質的なバランス化をはかるための解
い,企業の競争力と経営品質を保持するうえで
決策の1つとして「潜在株価収益率
(ポテンシャ
の「中長期」視点の重要性がさらに高まり,
「中
ル PER)
」と「デュアル・モード管理会計」を提
長期」と「短期」の両スキーマを包摂し統合化
唱した,との含意がある。
するマネジメント・システム,その1つとして
の「デュアル・モード管理会計」の理論化と実
7.おわりに
周知のとおり,21 世紀初頭のアメリカにおい
践が求められよう。
参考文献
て,エンロン社の倒産など「短期」利益をめぐ
Ball, R. and P. Brown, “ An Empirical Evaluation of
る企業会計の不祥事が相次ぎ,それを受けて,
Accounting Numbers,” Journal of Accounting Re-
2002 年にサーベンス・オクスリー法(SOX 法)
が成立し,厳格な内部統制が義務化された。そ
のうえで,残された企業経営の主たる課題の1
つは,企業の経営者と資本市場の投資家がとも
に,四半期業績を追い求めるといった「短期」
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Basu, S., “The Relationship Between Earnings’ Yield,
利益偏重志向から脱却して,今すぐにでも「中
Market Value, and Return for NYSE Common
長期」的な価値創造を重視する方向へスキーマ
Stocks : Further Evidence,” Journal of Financial
を転換することではないか,と考えられる。
このような問題意識に立脚し,本稿では,利
益管理の「短期化」の背景の1つとして,資本
市場における株式価値評価の理論と実務を実証
Economics, Vol. 12, pp. 129-156, 1983
Bernard, V. L. and J. K. Thomas, “ Post-EarningsAnnouncement-Drift : Delayed Price Response
or Risk Premium, ” Journal of Accounting Research, Vol. 27, pp. 1-35, 1989
e
的に捉え,企業経営における実務視点から利益
Bouquin, H., Le Contrôle de gestion, 5 éd., PUF, 2001
管理の「短期化」の意味を解釈した。
Fama, E. F., “Efficient Capital Markets : A Review of
そのうえで,
「中長期」と「短期」のスキーマ
の対立関係(逆機能)を統合関係(順機能)に
導くためのアプローチとして,①新たな株式価
Theory and Empirical Work,” Journal of Finance,
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Johnson, H. T. and A. Bröms, Profit Beyond Measure―Extraordinary Results through Attention to
値評価指標としての「潜在株価収益率(ポテン
Work and People, Free Press, 2000(河田信他訳
シャル PER)」
,②「デュアル・モード管理会計」
『トヨタはなぜ強いのか―自然生命システム経営
の2点を展望した。
の真髄』日本経済新聞社,2002)
但し,企業経営における利益管理の「短期化」
の背景に関する網羅的な把握,より広範な業
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Fly UP