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日英契約書・法律翻訳ルールブック はしがき

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日英契約書・法律翻訳ルールブック はしがき
日英契約書・法律翻訳ルールブック
はしがき
この「日英契約書・法律翻訳ルールブック」は「リ-ガル・ドラフティング完全マニュアル」及
び「英日契約書・法律翻訳ルールブック」と共に三部作をなすバベルの基本教材です。
多くの日本企業が、大企業のみならず中堅企業、中小企業までも、海外に立地展開、取引拡大を
行ってきており、また外資系企業が日本でのプレゼンスを大きくしていますが、これに関連して
英文の契約書や法律文書などを翻訳する需要が高まっています。
この「日英契約書・法律翻訳ルールブック」は、このような契約書やその他の法律文書の日英翻
訳にたずさわる翻訳者や企業内の担当者に対して、契約書その他の法律文書の翻訳をどのように
行うかをステップ・バイ・ステップで教えるために書かれたものです。
法律文書の翻訳というと大変難しいように思う方が多いようですが、実はそうではありません。
法律文書は、日本文も英文も型が決まっています。即ち、いろいろなバラエティのある書き方を
しないので、スタイルを覚えてしまえば、ヴァリエ-ションの多い文芸翻訳などよりはずっと簡
単です。法律文書の翻訳が難しいように思えるのは、法律文書を読む機会が、文芸や時事に関す
る文に比べて、少ないからであって、日本文の法律文と英文の法律文のパタ-ンをしっかりとマ
スタ-すれば、それほど難しいものではないのです。
本書の中で強調したことは、日本語の原文の法律文を誤りなく読み取ることと、それを法律的に
正しい英文に翻訳することです。このため、英文の法律文の書き方についてのル-ルを詳述する
一方、日本語の法律文のル-ルも詳述しています。説明は目次に記載した項目について、ステッ
プ・バイ・ステップで記述していますから、法律を体系的に学んだことのない人にとっても理解
できるようになっています。説明の後に、例文を豊富につけてありますので、飛ばさないで必ず
例文を読み例文訳を検討して理解して下さい。
本書中には日英法律翻訳のル-ル、即ちどのような日本語の法律表現をどのような英語の法律表
現とするかという基準を網羅していますので、この説明と例文をよんでマスタ-することにより
法律翻訳がずっと容易になる筈です。
法律翻訳の中心となっているのは契約書ですが、この契約書はビジネス交渉の結果として最後に
出来上がるものです。契約書の文を含む法律文の特徴は、正確で誤解のおそれのない文であるこ
とであるから、これはビジネス英文や技術英文にもあてはまります。言い換えれば、法律翻訳を
マスタ-すれば、ビジネス翻訳や技術翻訳にも大変役立つということです。この教材は英文を正
しく書くために役立つものです。
©BABEL Corporation 1
目
第1章
次
法律文書の日英翻訳
9
1.どのような法律文書が翻訳されるか
2.法律文の翻訳の特徴 (Particularity of Legal Document Translation)
(1) 法律文の特徴(Particularity of Legal Sentences)
法律文書の長さ(Length of Legal Sentences )
(2) 法律翻訳の特徴(Particularity of Legal Document Translation)
3.翻訳者を困らせる悪い日本語原文
(1) 多義な(Ambiguous) 日本文
(2) 原文の書き手の思考が整理されていない
(3) あいまい(Vague) な日本文
(4) 翻訳効率は日本語の質に比例する
4.読み手に意味不明の英訳文
(1) 日本語の文の特徴
(2) 日本語と英文の相違点
(3) 日本語の文章配列
(4) このような日本語を書く日本人の性格
5.日本語で書け英語で書けること
6.どのようにして技術をマスタ-するか
(1) 法律だけに集中する
(2) オン・ザ・ジョブ・トレ-ニング
7.分業化と他人の力の利用
(1) 翻訳コ-ディネ-タ-
(2) 翻訳チェッカ-
(3) 分業の利益
第2章
日本語構文と英語構文
33
1.法律文の基本構文(義務、権利、許可、禁止、要件など)
(1) 義務の表現 Expression of Obligation
(2) 期待、見込み、意向と混同しないこと
Do Not Confuse with Expectation, Anticipation, or Intention
(3) 要件の「ねばならない」
(4) 権利表現の意味の「できる」
(5) 許可表現の意味の「できる」
(6) 裁量権能の「できる」
(7) May の使用についての注意
(8) 禁止又は不作為義務
(9) 許可の否定で禁止をあらわす
(10) No ではじまる禁止等
(11)法律文中の平叙文
2.日本語構文の主語と能動・受身
(1) 「は」「が」の二重主語
©BABEL Corporation 2
(2) 「は」「が」構文を受身に訳す
(3) 冒頭の「は」を「これは」で受ける
(4) 主語なし構文
3.法律文の「条件」の訳し方
(1) 「場合」と「とき」と「時」の区別
(2) 英訳文の使い分け
(3) 条件節が否定の場合
(4) 条件が多重の場合
(5) 条件の記述に使わない英語
(6) 日本語の条件文を別の文型に訳す
(7) 「条件として」を訳す
(8) 条件の if, unless を後につけるべきか
(9) 時点を記述する when と upon
(10)法律用語としての条件について
4.但し書の訳し方 Provisos,etc.
(1) 但し書が「条件」を述べるためのものである場合
(2) 「制限」を述べる但し書
(3) 「例外」を示す但し書
(4) 単なる付加、別意の但し書と尚書(なおがき)
(5) 「この限りでない」「妨げない」を訳す
5.時制の問題
(1) 条件文等の「した」を現在形に訳す
(2) 日本語に時制の一致はない
(3) 真実の内容の時制は変わらない
(4) 日本語の「した」の意味の違い
(5) 日本語の「していた」を進行形に、「してきた」を完了進行形に訳す
6.長い主語を組み替えて英訳
(1) 関係代名詞節を後にまわす
(2) 長い修飾句のついた主語
(3) 英語の倒置文
第3章
品詞転換
92
1.日本語の動詞を英語の名詞にする
2.動詞を前置詞句にする
3.条件文の文節中の動詞を名詞にする
4.「仮に何々しても」文節を名詞句に訳す
5.日本語の副詞を形容詞に変える
6.副詞の「すべて」を all, every, any に訳す
7.副詞「いずれも」「それぞれ」「双方」を both, either, each に訳す
8.日本語では副詞が消える
9.日本語の述語を英語の形容詞にする
(1) 述語の「少ない」を few, little, scarce などに訳す
(2) 述語の「多い」を many, much に訳す
10.日本語にない代名詞の訳出
©BABEL Corporation 3
第4章 日本文の修飾と英文の修飾
105
1.日本文の読み取りの難しさ
2.英文を書くときの問題
3.被修飾語が複数の場合
4.関係代名詞修飾
(1) 関係代名詞の直前に被修飾語を置く
(2) 関係代名詞文節の割り込みに注意
(3) 重複関係代名詞節
(4) 関係代名詞の制限用法と非制限用法
(5) 関係代名詞 that と which
(6) 分詞句や不定詞句で関係代名詞節に代える
(7) 関係形容詞と関係副詞の修飾
(8) 前置詞句に代えて分詞句修飾
(9) 名詞の名詞修飾・名詞の連続使用
第5章
日本語にない語の英訳
1.主語抜けの日本文
2.目的語抜けの日本文
3.日本文にない、英語だけにある慣用句
4.冠詞の選択と単数複数
(1) 単数複数を考える
(2) 可算名詞と不可算名詞
(3) 定冠詞をつける場合
(4) 不定冠詞 a, an
(5) 冠詞なし複数形
(6) 冠詞なしで使う不可算名詞
(7) 可算でもあり、不可算でもある名詞
5.日本語の助詞と英語の前置詞
(1) 「から」「まで」は from, to ではない
(2) 「から~までの間」は between ではない
(3) 「まで」、「までに」と till (until), by
(4) 「から」と from, out of, since
(5) 前置詞 to と for
(6) 「対して」「向かって」と前置詞 toward と against
(7) 日本語の「の」は常に of ではない
(8) 「と」と with
(9) 「に関する」等に相当する前置詞
(10) 前置詞は少なくするほうがよい、その1
(11) 前置詞を少なくするほうがよい、その2
(12) 正確性のための前置詞の増加
(13) 動詞、形容詞と前置詞の成句
(以上、第1分冊)
©BABEL Corporation 4
128
(以下、第 2 分冊)
第6章
法律文における訳語の対応
1.法律用語の翻訳
(1) 「みなす」と「推定する」
(2) 「無効」と「取消し」
(3) 期間の「満了」
「解除」「解約」「終了」
(4) 「適用する」と「準用する」
(5) 「適用する」の裏返しとしての「による」「にしたがう」
(6) 「に従うものとする」
(7) 「許可」「認可」「承認」「登録」「届出」
(8) 「直ちに」「遅滞なく」など
(9) 「共同して」と「連帯して」の違い
2.法律文、契約文によく出る言い回し
(1) 「等」「など」
「その他」「その他の」
(2) Including (含む)と Excluding(除外する)
(3) 「当該」「同」
(4) 「前記の」「後記の」
(5) 「及び」と「並びに」と and
(6) 「又は」と「若しくは」と or
(7) And/or を使うべきか
3.法律文中の慣用句
(1) 「ので」「により」「のため」など理由、根拠(Reasoning )
(2) 「による」「から起きる」など因果関係(Causal Relationship)
(3) 「により」「にもとづく」など原則依拠関係(Basis)
(4) 「による」「のとおり」「のように」など方法・手段(Means and Method)
(5) 「により」「にしたがって」
「にもとづき」など準拠、
一致・従属(Compliance)
(6) 「のため」「の目的で」など目的・目標(Good)
(7) 「の限り」「の範囲で」など範囲・程度の限定(Coverage)
(8) 「即ち」「言い換えれば」など言い換え(Restating)
(9) 「たとえば」「例示すれば」など例示(Exemplifying)
(10)「にもかかわらず」をどう訳すか
4.英語からきた法律慣用語
(1) 「合理的な」「承諾できる」
「一般的な」
「最有利の」
(2) 「公正に」「公平に」「適当に」「適切に」
(3) 「と同一の」「と同等の」「と類似した」
(4) 「最善の努力」
「に努める」
「義務なしで」
(5) 「予約」「停止条件契約」「選択的契約完結権」「選択交渉権」
(6) 「約因」「対価」
第7章
法律英語らしい英文を書く
1.英語で重複語を多用する
(1) 前置詞、従属接続詞の重複使用
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(2) 動詞の重複使用
(3) 形容詞の重複使用
(4) 名詞の連結使用
2.ラテン語の法律用語
3.接頭詞、接尾詞の多用
(1) 接尾詞 ee と or
(2) 接尾詞 able, like, wise
(3) Here に接尾詞をつけた語
(4) There に接尾詞をつけた語
(5) Where に接尾詞をつけた関係副詞
第8章
数字表現の翻訳
1.法律文書中によく出てくる数字表現
(1) 金額の表記
(2) 金額の説明的な表現
(3) 金額の支払表現
(4) 日付の表記
(5) 説明的な日付表現
(6) 時間の表記
(7) 期間の表示
(8) 期限の表記
(9) 年令の表記
(10)料率、比率、多数決の表記
2.数字表現の原則
(1) 文字と数字
(2) 単位の表記
(3) 大数、小数、分数
(4) 小数
(5) 分数
(6) 序数
3.確定的でない数字の表現
(1) 概数
(2) 数の限界と範囲
(3) 数の前の前置詞
(4) 最高数、最小数等
(5) 以内と内
4.数の抽象表現
(1) 抽象的な表現
(2) 一般的な抽象表現
(3) 可算名詞と不可算名詞の多寡の表現
5.数の比較表現
(1) 法律文中の比較表現
(2) 同等比較と倍数比較
(3) 二つ、あるいは多数からの選択
6.数の計算
©BABEL Corporation 6
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
第9章
足し算
引き算
掛け算
割り算
数式による計算の表記
句読点法(パンクチュエ-ション)
1.日本語の句読点と英訳
(1) 原文の句読点
(2) 英文を日本文の句読点にあわせる必要はない
(3) 読み上げ
2.ピリオッド
(1) ピリオッドで区切る
(2) ピリオッド カッコの内か外か
(3) 略記に用いるピリオッド
3.コンマ
(1) 接続詞の前のコンマ
(2) 上記の例外
(3) 前と後の従属節のコンマ
(4) 副詞句の両端のコンマ
4.コロン
(1) 前と後がイコ-ルであるのがのコロン
(2) 導入句の後のコロン
5.セミコロン
(1) 前と後がイコ-ルでないセミコロン
(2) 大分け小分けの場合のセミコロン
6.カッコ
7.カギカッコ
8.アポストロフィ
(1) Of のかわりに 's を使う
(2) 's の変化
9.その他のパンクチュエ-ション・マ-ク
(1) 引用符
(2) ハイフン、スラッシュ
10.大文字使用
11.下線と斜体字
12.タイプ活字
第 10 章
英文契約書のスタイル
1.引用略称
(1) 固有名詞の略称
(2) 機能に着目した略称
(3) カッコ内の言葉
2.略語
©BABEL Corporation 7
3.定義
(1) 定義の英語表現
(2) 定義のための動詞
4.表題
5.目次
6.見出し
7.脚注
8.参照及び相互参照
9.索引
10.法律的効果
11.添付別表
12.図、表その他
13.契約書の頭書文言
14.レタ-アグリ-メント
15.契約書以外の法律文書の書き出し文言
16.背景説明部分
17.約因(Consideration clause 又は NOW THEREFORE clause)
18.末尾文言
19.署名
20.副署
21.認証又は公証
22.外国公館証明
23.商工会議所の証明
24.翻訳証明
25.書類の綴じ方
第 11 章
更なる日英法律翻訳の訓練
1.英日法律翻訳とリ-ガル・ドラフティング
2.英文契約書の書式集
3.契約書以外の英文法律文書
4.アメリカ人ロイヤ-向けの法律文章参考書
(1) Legal Writing の参考書
(2) Legal Drafting に関する本
(3) Legislative Drafting に関する本
5.アメリカの大学ロ-スク-ルの法律文書作成教育
(1) アメリカの法律教育
(2) Legal Writing のコ-ス
(3) Legal Drafting のコ-ス
(4) Legislative Drafting のコ-ス
(5) 卒業後の生涯教育での Drafting コ-ス
(6) Legal Drafting に関する論文
6.おわりに
©BABEL Corporation 8
第1章
法律文書の日英翻訳
1
どのような法律文書が翻訳されるか
日英法律翻訳は、日本語で作成された法律文書を英語の法律文書に翻訳する技術であるが、
具体的にはどのような法律文書が日英翻訳されるのであろうか。
バベルは、翻訳会社を会員とする翻訳業界の専門機関である、社団法人日本翻訳協会の会長
会社であるが、この日本翻訳協会の構成メンバ-である翻訳会社の調査によれば、圧倒的に
契約書が多く、次いで定款及び社内規則、株主総会や取締役会の議事録、訴訟や仲裁などの
関係文書、不動産取引文書、親族相続その他身分法関係の文書などが翻訳会社に依頼される
ようである。バベルでは、又、カリフォルニアの法律翻訳専門のトランスレ-ション会社を
調査したが同じような傾向であった。契約書(Agreement)は、国際的な会社では最初から
英語で起草されるであろうが、平均的な会社にあってはまず日本語で起草され、それを英文
に訳して提案されることが多いであろうし、契約交渉中にも、条文の追加や変更は日本語で
書かれそれが英訳されることになろう。
契約書の種類としては次のようなものが多く作成される。
合弁事業契約書
代理店契約書
販売店契約書
売買契約書
技術援助契約書
実施権許諾契約書
共同研究契約書
融資契約書
共同融資契約書
工場建設契約書
(Joint Venture Agreement)
(Agency Agreement)
(Distributorship Agreement)
(Sales/Purchase Agreement)
(Technical Assistance Agreement)
(License Agreement)
(Research Collaboration Agreement)
(Loan Agreement)
(Consocium Agreement)
(Plant Engineering Agreement)
これらの契約書は、いきなり最終的な大部の契約書として起案されるよりは、交渉のステ-
ジにしたがって意思表明状(Letter of Intent)、主要事項合意書(Head of Agreement) 、骨
子契約書(Gist of Agreement) 、本契約書(Formal Agreement)のような順に、合意した
ところを文書にしていくことが最近多くなってきている。
定款その他会社の運営規則(Articles of Incorporation and By-laws) は、合弁会社や外国
現地法人を設立する際にまず必要となる書類である。日本企業内部でまず検討するために日
本語で作成され、次いで外国人に対して提案し、又、外国で使われるために英訳される。
会社運営法律文書(Corporate Legal Documents) としては、株主総会議事録(Minutes of
Shareholders Agreement) 、 取 締 役 会 議 事 録 (Minutes of Board of Directors
Meeting) 、総会招集通知(Convocation Notice)、招集通知省略承諾書(Waiver of Notice)、
総会出席委任状(Proxy) 、就任承諾書(Acceptance of Office)、辞任届(Resignation) な
どは、合弁会社や外資系企業にあっては、日本文と英文の両方の併記で作成されるので、日
©BABEL Corporation 9
本語からの英訳が必要となる。
就業規則(Employment Rules)
会社の諸規則は、法律や契約書と同じように、対象者に対して義務や禁止を課し権利や許可
を与える形で書かれる。これは日本の企業が外国に現地法人をつくり日本国内と同じように
運営しようとするときに、日本の国内の日本語で書かれた就業規則その他の諸規則を英文化
して外国でも適用しようとするときに日英翻訳が必要となる。
訴訟関係文書(Court Papers)
訴状(Complaints)、答弁書(Answers) などの訴答文書(Pleadings) は、在日の外資系企業
が日本国内で訴訟に係属するような場合に、日本語で作成された文書を外国人マネ-ジャ-
や外国にある本社の法務部門に報告するような場合に英訳する。また日本企業が外国で訴訟
に係属したような場合にその法律的主張を日本語で書き、外国人ロ-ヤ-に説明するために
英訳することがある。仲裁(Arbitration) についても同様である。
不動産取引(Real Estate Transaction) に関する書類は、外国人が日本の不動産を取得する
ような場合に、外国人に内容を説明するため、日本語で作成された書類を英訳することがあ
る。
身分法関係(Family Law and Heritage Matters)の書類の日英翻訳は、外国に住む日本
人や日系人の結婚や相続に際して必要になることがある。具体的には戸籍謄本(Certified
Copy of Family Register) 、遺言書(Will and Testament)、養子縁組書(Adoption)、後見
人選任申立書(Petition for Guardianship)などの英文化である。
その他法律的な事項の証明
海外での訴訟その他の法律問題についての証拠資料として、日本国内でいろいろな証明を取
得することがある。これらの証明は日本語で作成され英訳されることになる。認証
(Acknowledgment)、公証(Notarization)、副署(Attestation) 、宣誓供述書(Affidavit) な
どの形で証明文言が付される。
法律(Statutes)、政令(Government Ordinances) 、省令(Ministerial Ordinances)
日本の法律は日本語で書かれ、英語で書かれることはない。しかし、時に、外国人に日本の
法律を説明し解説するために、法律を英訳しなければならないことがある。法律や政省令は、
人に義務や禁止を課し、権利や許可を与えるものであるから表現は前述した契約書や社内規
則の条項に似ている。
以上のような法律文書が、日英翻訳に登場する法律文書である。本講ではこれらの法律文書
の法律的に正しい翻訳の技法を説明している。
©BABEL Corporation 10
2
法律文の翻訳の特徴
(Particularity of Legal Document Translation)
前節で、契約書や規則あるいは法令などを中心とする法律文の翻訳が法律文書の日英翻訳の
中心であることを述べたのであるが、このような法律文の翻訳の特徴を知っておく必要があ
る。以下、契約文や規則文、政令文を法律文と総称することにし、その特徴を述べる。
(1)法律文の特徴(Particularity of Legal Sentences)
法律文書の役目(Role of Legal Documents) は何であろうか。
契約書や規則(法令もそうであるが)は何のために作られるのかを最初に自問してみよう。
これは日本語の文であろうと英語の文であろうと同じである。
実行の規範(Guide for Execution): まず法律文は書かれたとおりを実行するための規範で
ある。これは日本語で書かれようが、英語で書かれようが同じである。契約書でも法律・規
約でもそれを実行する人は書いた人とは違う人である。会社にあっては、契約書や規約・規
則を起草するのは法務部門であるが、これを実行するのは営業部門や技術部門など他の部門
であろう。つまり読み手は別の人であるということである。法令も一般人に対して与えられ
る規範である。法律文は常にこの「読み手」を意識して書かれたものでなければならない。
証拠資料(Evidences): 契約書でもその他の法律文書でも、最終的には証拠として使われる。
当事者の間に意見が分かれたときは、書かれた文が議論の根拠になる。当事者間で紛争が生
じ、訴訟や仲裁となれば、それが証拠として提出される。その証拠資料は裁判官なり仲裁人
なりあるいは陪審員が読むものである。これら裁判官や仲裁人は当事者ではない。全くの第
三者である。書かれていない事についての事情を知る立場にない。ということは、法律文は
事情を知らない第三者である裁判官や仲裁人や陪審員が読んでわかるように書かれていなけ
ればならないということである。
解釈の余地を少なく(Less Interpretation Allowances): 法律文は、このように書き手以外
の人たち、即ち実行部門の人や第三者である裁判官、によって読まれ判断されるものである
から、できるだけ率直に、解釈の余地を少なくするように書かれなくてはならない。
法律文の7条件(Seven Requirements of Legal Sentences)
以上に述べた法律文の役目を考えれば当然に法律文が必要とする要件が出てくる。
正確性(Exactness): 法律文は当事者の真意を正確に反映したものでなければならない。起
草担当者が勝手に歪曲してはならない。
厳密性(Rigidity): 法律文は当事者の権利義務を律する重要なものであるから厳密に書かれな
ければならない。法律文はその厳密さの故に、数々の条件、限定、制限がつく。これらを厳
密に書かなければならない。
読みやすさ(Readability): 厳密性とうらはらであるが、法律文は読みやすいものでなければ
ならない。書き手以外の第三者が読んでわかりやすいものでなければならない。
簡潔性(Conciseness): 法律文は、忙しい現代ビジネスのためのものであるから、表現が簡
©BABEL Corporation
11
潔でなければならない。
明快性(Clarity): 法律文は、異なった解釈がなされる余地のないよう明快なものでなければ
ならない。
首尾一貫性(Consistency): 法律文は前後矛盾しないよう論理的に首尾一貫していなければ
ならない。そうでないと判断に困る。
直接性(Directness): 法律文は律するところを直接命令するものでなくてはならない。間接
的に婉曲に裏から読まなければならないような文は法律文には適さない。
法律文で避けるべきこと(Matters to Avoid in Legal Sentences)
以上に述べたことの他に法律文で避けるべき事を述べれば次のようなことである。
多義性と曖昧さ(Ambiguity and Vagueness): 日本語で「あいまい」という言葉は正確に
言うと二つの事を示す。
「ぼんやりと」あるいは「漠然と」しているという意味のあいまいさ
と、「玉虫色に解釈できる」あるいは「複数の意味がある」というあいまいさがある。例えば、
「融資金は2、3か月以内に返済すること」という文は曖昧な文であるし、「議長は立ち上が
って熱弁を奮う株主を制止した。」という文は多義(立ち上がっているのが社長か、株主かが
曖昧)な文である。
英語ではこれを二つの言葉で明確に区分けする。漠然としている「あいまい」は Vague な
文であり、多義な「あいまい」は Ambiguous な文である。法律文においては、この両方の
意味での「あいまいさ」を避けなければならない。
過度の精密さ(Over-Precision): 法律文が過度に精密に書かれているのも決してよいとはい
えない。例えば、契約書中の Payment Clause(支払条項)で「支払は何年何月何日の何時
何分までに、何々銀行の何者の口座番号何番に銀行振り込みして支払う。」というような文は
必要であろうか。契約書中では支払義務のみを明定すれば法的な手段をとる為には十分であ
ろう。残る細目は後日の通知で足りる。あまり細かすぎると実際に運用するときに制約が大
きくなりすぎるのである。その法律文書の目的にあった程度の精密さで書くことである。
一般化のしすぎ(Over-Generality): 特定の事物を指す語がいくつもあるときにそのいくつ
もの語を包含する言葉によって置き換えることを一般化という。例えば犬、猫、馬、牛、豚
を一般化して動物という語を使うことである。あまり一般化するとかえってわかりにくくな
るし、解釈に混乱をきたすことになる。
言葉の言い換え(Elegant Variation): 小説や論説では、豊富なボキャブラリ-を駆使して、
できるだけ多彩な文章を書くほうがよいとされる。同じ言葉が何度も出てくるのは不格好な
ものである。この言葉の言い換えを Elegant Variation という。ところが法律文はこの逆で
ある。正確、厳格に表現するためには同一の言葉を使わなければならない。ある行で支払
(payment) を使っておきながら、その後で送金(remittance)や払い戻し(reimbursement)
を使ったのでは読み手が混乱する。更には、違う言葉を使っている以上意味するところが違
うと主張されることがある。法律文にあっては言葉の言い換え(Elegant Variation) は避け
るべきであるとされる。
冗 慢 さ と 重 複 表 現 (Redundancy & Double Expression): 法 律 文 に お い て 冗 慢
(Redundant)な文を書かないようにしなければならない。特に注意しなければならないこと
は同じことを二重に書くことである。これは冗慢さを生むばかりでなく、相互の間の矛盾や
齟齬が起こりやすく、後でトラブルのもとになりやすい。避けるべきであるとされる。
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視座の転換(Shift of View Point): 法律文では書き手の視座はできるだけ一定の点に保つ
べきであって視座が揺れると誤解が起きやすい。例えば、一つの行為を一方当事者の義務と
しても書けるし、他方当事者の権利としても書ける。目的物を主語にして受身形でも書ける。
しかし法律文において一つのセンテンスで視座が揺れると読む方も面倒だし間違いも起きや
すい。できるだけ視座の転換を行わないで書くようにすることである。
法律文の長さ(Length of Legal Sentence)
標準的長さ(Standard Length): 法律文はどのくらいの長さが適当であろうか? 一般に
法律文は長くなりがちであるができるだけ短いほうがよい。読みやすさと簡潔性が保てる。
例外や条件や制限等があって文が長くなるときは文を分けて二文にする。
英語に翻訳する場合の日本文は短い方がよい。通常1つの文は3行以内を目標として書く
ようにする。それが一読して文の思想をつかめる限度である。
一文一思想(One Point Per Sentence): 1つの文に複数の言いたいことを盛り込んで接続
詞でつないでいくのはよくない。文が冗長になる。一つの文には一つの言いたいことのみを
書くということを原則とする。
この意味で法律文は単文(Simple Sentence) と複文(Complex Sentence)を中心とし、
重文(Compound Sentence) は使わないようにする方がよい。ここで、複文(Complex
Sentence) は 主 節 と 従 属 節 よ り な る 文 ( 例 え ば 制 限 文 や 条 件 文 )、 重 文 (Compound
Sentence) は等位接続詞で二つの節が結ばれた文である。
項(paragraph): 一つ一つの文(センテンス)をいくつか集めたものが項(パラグラフ)で
あるが、法律文においては一定の論題(Topic) についての文をグル-プ化して項(パラグラ
フ)とする。段落をつけ行をあけてそれがパラグラフであることを意味する。
通常一つのパラグラフは3~4文(センテンス)のグル-プで構成するのが読みやすい法律
文を作るやり方である。
(2)法律翻訳の特徴(Particularity of Legal Document Translation)
以上に述べたように、法律文の書き方というものは、正確性、厳密制、明快性、首尾一貫性
などを必要とし、曖昧さを避けなければならないという点において、日本文と英文の書き方
に差はない。ということは、法律文の日英翻訳はそれほど難しくはないということである。
法律文の書き方を、日英両方のスタイルで覚えてしまえば、比較的容易であるということで
ある。
法律文の規範性
契約文でも規則文でもあるいは法令でもそうであるが、基本的に法律文は、義務を課すか、
権利を与えるか、禁止をするか、許可を与えるかで書かれる。つまり、法律文は一定の規範
を定めるものであって、これは、日本文でも英文でも同じである。日本文の義務条項は英文
の義務条項に、日本文の権利条項は英文の権利条項に翻訳すればよい。許可や禁止について
も同様である。文のスタイルが決まっているということは、翻訳に際して習熟が早いという
ことである。
多様性はない
法律文は日本語も英語も一定のスタイルがあるということは、一般の文芸翻訳その他に比べ
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ると文体が多様でないということである。小説や文芸は多彩な文体を訳しだしていかなけれ
ばならないから、翻訳文も大変バラエティがある。微妙な雰囲気や独特の言い回しをぴった
りした文に訳しだしていくことは、豊富な(ネイティブと同じくらいの)語彙と文体が書け
なければならない。これは大変に難しい。
ところが、法律文は、日本語も英語も、内容と文体が一定の型にはまっているから、多彩な
書き方をする必要がなく、公式的に訳せるのである。
一文一思想
法律文では一つの文で一つの事しか規定しない。小説や論文の文体のように一文に複数の考
えを盛り込む事はないのである。法律文を厳密にするためにいろいろな制限修飾を付するこ
とはあるものの、基本的には、日本文であれば「主語+述語」文であり、英語であればSV
又はSVO構文(Subject, Verb, Object) である。翻訳に当たって単語を比較的対応させや
すいのである。
正確性
法律文は、日本語でも英語でも一番大切な事は正確に書くことである。誤った解釈がなされ
るようでは困るのである。これは、意識的に玉虫色の文を書かねばならないことのある儀礼
的な文や、わざと曖昧な文でやわらかな雰囲気を出すことのあるような小説などと、大きく
違う点である。法律翻訳に当たって正確に訳すことを第一義としなければならないのである。
正確に訳さなければならないという事は、翻訳文は一つだけ、多様な訳はないという事であ
る。これは言い換えれば、翻訳に多様な訳を考える必要がなく、ある意味では、難しくない
ということである。
翻訳者の苦手意識
以上述べたように法律翻訳は、ある意味では一般の文芸翻訳や時事翻訳よりも易しいのであ
るが、翻訳者の中には法律翻訳が苦手だとして敬遠する人が多い。これは何故であろうか。
一つは背景知識の不足であろう。翻訳者の多くは語学系文学系の学部を出た人で、法律を専
攻した人ではないであろうから、法律的な背景知識に欠けるであろう。日本語の法律文を読
むための日本法の背景知識、英語の法律文を書くための英米法の背景知識がないとやはり難
しいと感じるのかもしれない。
もう一つは、日常法律文にふれることが少ないことである。一般の人が日常読み聞きするの
は新聞記事やテレビ・ラジオである。そこで法律文が登場することは少なく、読み聞きする
機会も少ない。読んだ事のない文は慣れている日本語であっても、書くこともできないので
ある。英語上手と自負している翻訳者であっても、英文の新聞雑誌は読んでも英文の法律文
を読むことは少ないであろう。相当の英語上手でも、読んだことのない英文の法律文は書け
ないのである。
しかし、前述したように法律文の翻訳は一定の型にはめれば難しくはないのであるから、翻
訳者は積極的に日英の法律文に日常触れるように努めるとよい。法律文は難しいという先入
観を捨てて、日常これに触れるようにすれば、もともと法律翻訳そのものは、前述のように、
難しくはないのであるから、苦手ではなくなる筈である。
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翻訳者を困らせる悪い日本語原文
前節で述べたように、法律翻訳はある意味では一般の文章の翻訳よりも易しいのであるが、
それでも翻訳者が困惑するような難しい文を翻訳しなければならないことがある。翻訳者
に与えられる日本語の原文がよく整理されていないような場合である。
翻訳者を困らせる悪い日本語原文
前節で述べたように、法律翻訳はある意味では一般の文章の翻訳よりも易しいのであるが、
それでも翻訳者が困惑するような難しい文を翻訳しなければならないことがある。翻訳者
に与えられる日本語の原文がよく整理されていないような場合である。
(1) 多義な(Ambiguous)日本文
法律文ではないが、次のような日本文がある。いくつもの解釈が成り立つであろう。このよ
うな文をどう訳したらよいであろうか。翻訳を試みて頂きたい。
例文
① 社長は立ち上がって熱弁を奮う社員を制止した。
【疑問】社長が立ち上がっているのか?
社員が立ち上がっているのか?
② 白い歯の美しい女の子
【疑問】白い歯をもった女性? 歯の美しい白い女性?
そのような女性の子供?
③ 緑の丘の上の家の屋根
【疑問】緑の丘に立つ家?
丘の上の緑の家?
④ 白と黒のバッグ1000個
【疑問】白のバッグと黒のバッグを合わせて1000個?
白黒縞模様のバッグを1000個?
このような日本文を訳せと言われても翻訳者は困るであろう。「そんな事は常識的に考えて
訳せばよいのだ。」というわけにはいかない。法律翻訳は当事者の真意を正確に反映したもの
でなければならないから、翻訳者は原文の書き手に真意を確認して原文を直してから翻訳し
なければならない。
(2) 原文の書き手の思考が整理されていない
契約書や社内規則などは、しばしば法律家でない人が書くことがあるので、法律的論理的な
思考が整理されないままで法律文が書かれることがある。法律的な用語が散りばめてあるの
で、一見法律文らしく見えるが、前述の法律文の要件を欠いている悪文である。
例えば次の文はある代理店契約書のなかの一つの条項であるが、思考が整理されていないた
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