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破綻主義の採用と離婚給付 : 西ドイツ法との比較を中心として
本沢, 巳代子
Editor(s)
Citation
Issue Date
URL
大阪府立大学経済学部, 1990, 186p., (大阪府立大学経済研究叢書,
第71冊)
1990-03-31
http://hdl.handle.net/10466/10176
Rights
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/
「
ISSN O473−4661
大阪府立大学経済研究叢書 第71冊
破綻主義の採用と離婚給付
一西ドイツ法との比較を中心として一
本 沢 巳代子著
大阪府立大学経済学部
「『一状鵬立大学経漸懸書鄭冊
破綻主義の採用と離婚給付
一西ドイツ法との比較を中心として一
本 沢 日代子 著
大阪府立大学経済学部
はしがき
わが国の離婚給付の在り方に疑問を抱いて大学院に進学した1976年は,期せ
ずして西ドイツにおいて徹底した破綻主義離婚法が採用された年でもあった。
もっとも,ドイツ法との出会いは,「破綻主義の採用と離婚配偶者の生活保障」
をテーマに修士論文を書くために,60年代後半から次々に離婚法を改正して破
綻主義を採用したヨーロッパ諸国の離婚法の一つとしてにすぎなかった。1978
年目人間的に非常に大きな影響を受けた福島四郎先生が急逝された後,太田武
男先生のご指導のもと,ドイツ法と本格的に取り組むことになった。特に,太
田先生が強く勧めてくださった離婚のさいの年金権調整制度の研究は,その理
解に年金法の知識が不可欠であり,その後社会保障法と深く関わる起因となっ
た。これは,家族法上の問題解決にあたっては社会保障法を常に視野にいれて
おく必要があるとの年来の想いとも一致するものであった。そして,幸運にも
フンボルト財団(AvH)の資金援助を得て,1984年から2年間ギッター教授の
もとで社会保障法の研究指導を受けることができた。この留学を通じて,西ド
イツでは,すでに民法と社会保障法の接点領域における研究が盛んに行なわれ
ていることを知り,自身の研究方針に誤りがなかったことを再確認して,今日
に至っている。
本書において,「破綻主義の採用と離婚給付」をテーマに,あえて修士論文
にこだわったのは,それが家族法と社会保障法の接点領域における諸問題に取
り組む端緒となったものだからであり,それを通じて今後の研究の方向性を示
すことができると考えたからである。修士論文を書いた当時は,有責配偶者か
らの離婚請求を認めない最高裁判所の態度に対して,積極的破綻主義を主張す
る研究者から激しい批判が加えられていた時期であった。そして,離婚の許否
の問題と離婚給付の問題は別個の問題であり,後者が不十分であるからといっ
て,前者を認めないとすることは許されないと主張されていたのである。確か
”11
に破綻した婚姻は解消きれるべきであるが,しかし,実際には離婚後の生活:不
安のために離婚を思い留まるケースが多く,また,判例の消極的な態度は調停
などの場面で離婚給付の額の引き上げに役立っていたことも事実であった。実
際の社会において,両者は相互に深く関り合い影響し合っており,むしろ後者
が前者の決定の動機付けとなっている場合が多い状況からして,両者を完全に
別個に考察することもまた誤りであろう。前者の離婚の自由を保障するために
も,後者の離婚給付の充実を図ることが必要であり,そのさい,社会保障法上
.の所得保障との相互補完性を図ることも必要である。離婚に関わる種々の分野
における諸問題を横断的にとらえ,他との相互補完性・関連性を常に視野にい
れつつ,各諸問題を個別に考察していく必要があると考えている。そうでなけ
れば,制度の狭間に落ち込む犠牲者が必ず出ることになるからである。このよ
うな私の考えが,本書において十分に論証できたとは思わないが,少なくとも
限られた紙幅の中でその方向性だけは示せたのではないかと思っている。
なお,本書は,修士論文(関西大学大学院・法学ジャーナル24−26号所収)
を中心に,西ドイツの離婚後扶養に関する論稿(法学ジャーナル34・35号,判
例タイムズ499号所収)および年金権調整に関する論稿(法学ジャーナル28号,
判例タイムズ529号所収),ならびにわが国の離婚給付の新展開に関する論稿
(法学セミナー410号所収)を大幅に加筆訂正するとともに,すでに折りにふ
れて発表してきたその他の諸論稿の内容をこれに盛り込み,さらに若干の部分
を新たに書きおろしたものである。
最後に,長年にわたり愛情と寛容をもってご指導くださった太田先生,大阪
府立大学赴任後常に有意義なご助言をいただいた右近教授ならびに本学の即吟
生方,そして,最も苦しかったオーバードクター時代に暖かく励ましてくださ
った諸等生方および友人達に,ここで改めて心から感謝の意を表したい。
1990年3月
本 沢 日代子
目
次
はしがき
第1章西ドイツの離婚給付…………・… …・
…… ・・1
第1節離婚法の変遷と離婚給付・…・…
・…
第2節 76年法による破綻主義の採用・
・8
第3節 離婚後の扶養………
第4節 離婚のさいの年金権の調整・…
@ ・1
・。一 @ ・。・・ … 79
・。・・ … 64
第2章わが国の離婚給付……・……・
103
第1節 離婚法の変遷と離婚給付・・
103
第2節 離婚給付の法的性質……9……・ ・…
…・
@ 147
第3章 離婚給付の新展開・…・…………・……一…・…………・・… …157
第1節 破綻主義離婚法と離婚給付・………………・・…… 157
第2節離婚慰謝料の問題……………;…・…………… ・… 159
第3節 夫婦財産の清算に関する問題…・……・……… 161
第4節 離婚後の扶養に関する問題………・・…一一 …… 165
第5節 離婚のさいの年金権の取扱いに関する問題・・ 170
第6節 他の法領域との有機的結合…… ……173
付録資料
F 1 ))' gen n gen X
AVG
Angestelltenversicherungsgesetz v. 28. 5. 1924 (RGBI. S. 563)
B.
BeschluB
Gesetz ifber die Versorgung der Beamten und Richter in
BeamtVG
BGB
BGBI.
BGH
BSG
BSHG
Bund und Landern (BeamtenversorguRgsgesetz) v. 24. 8. 1976
(BGBI, I S. 2485)
Bifrgerliches Gesetzbuch v. 18. 8. 1896 (RGBI. S. 195)
Bundesgesetzblatt
Bundesgerichtshof
Bundessozialgericht
Bundessozialhilfegesetz idF v. 20. 1. 1987
BT-Drucks. Drucksache des Deutschen Bundestages
Bundesverfassungsgericht
BVerfG
EheG
1. EheRG
Ehegesetz v. 20. 2. 1946 (KRABI. S. 77, ber. S. 294)
Erstes Gesetz zur Reform des Ehe-- und Familienrechts
v. 14. 6. 1976 (BGBI. IS. 1421)
FamRZ
Ehe und Farnilie im privaten und 6ffentlichen Recht,
FGG
Zeitschrift fUr das gesamte Familienrecht
Gesetz "ber die Angelegenheit der freiwilligen Gerichtsbarkeit v.17.5.1898 (RGBI. S.189)
GVG
Gerichtsverfassungsgesetz idF v. 9. 5. 1975 (BGBI. I S, 1077)
HausratsVO Verordnung Uber die Behandlung der Ehewohnung und
des Hausrats nach der Scheidung v. 21. 10. 1944 (RGBI. S.
JWG
256)
Gesets fttr Jugendwohlfahrt id Fv 25. 4. 1977 (BGBI. IS. 633,
ber. S. 795)
KG
NJW
OLG
RVO
Kammergericht (Berlin)
SVG
Gesetz tiber die Versorgung f"r die ehemaligen Soldaten
der Bundeswehr und ihre Hinterbliebenen (Soldatenversorgungsgesetz) v. 18. 2. i977 (BGBI.I S. 337) .
U.
Urteil
RGBI.
VAHRG
zpo
Neue Juristische Wochenschrift
Oberlandesgericht
Reichsversicherungsordnung v. 15. 12. 1924 (RGBI. S. 779)
Reichsgesetzblatt
Gesetz zur Regelung von Harten im Versorgungsausgleich
v. 21. 2. 1983 (BGBI.I S. 105)
ZivilprozeBordnung idF v. 12. 9. 195e (BGBI.I S. 533)
1
第1章 西ドイツの離婚給付
第1節 離婚法の変遷と離婚給付
古代ゲルマン民族は,堅固な道徳のもとに一夫一婦制を遵奉していた。離婚
は一定の原因のもとに認められていたが,夫は正当事由なしに妻を追出しても
単に金銭上の制裁こうむるにすぎず,i妻は自己の側から離婚することさえほ
(1) (2)
とんど不可能であった。ローマ文化との接触によって協議離婚の慣行が生じ,
i妻側からの離婚請求も認められるようになった。やがて,ゲ・レマン民族の大移
動を外的要因として西ローマ帝国がそれ自体の内的必然性から滅亡した(476
年)後,キリスト教はゲルマン民族の教化に全力を傾注した。フランク時代には,
夫と妻の血族団体の合意で行われる合意離婚が通常の離婚形態であったため,
一 (3)
教会は離婚を絶対的に禁止することはできず世俗化していった。当時,婚姻事
件は聖俗いずれの法廷で行ってもよく,その選択は当事者の任意にまかされて
いたが,9世紀後半頃から世俗裁判所は次第に弱くなり,10世紀にはいる頃に
は,教会は婚姻事件の排他的管轄権を獲得し,世俗権力は判決執行i義務を認め
(1)福地陽子「カトリック教婚姻非解消主義の生成と発展」法と政治7巻4号455頁
以下参照。
(2) ローマでは一夫一婦制が原則であり,「およそ締結されたものは人間界では皆解
消し得べきものだ」とするヒューマン的な婚姻契約思想が支配的であったので,い
かなる時代においても婚姻の解消は可能であった。古代においては夫の一方的意思
で離婚ができたが,そのさい親族会の承認が必要とされた。その後,キリスト教の
影響をうけてコンスタンティヌス帝が331年に離婚を制限して以来,離婚原因は法
定され,ユスティニアヌス帝の時代(542年)には無血原因も認められた。協議離
婚については,497年のアナスタシクス帝の勅法に規定され,ユ帝の時代に制限が
加えられた。黒木三郎「家父長社会の離婚」「講座家族4」23頁以下参照。
(3)協議離婚および法定の原因に基づく離婚を許し,ただ夫の恣意に基づく離婚だけ
を禁じた(栗生武夫「法の変動」315頁以下)。
2 第1章西ドイツの離婚給付
(4)
られるにすぎなくなった。しかし,婚姻非解消を徹底させることは困難であっ
たため,教会は,婚姻非解消主義の原則にのっとりつつ婚姻を解消させる方法
(5)
として,不完成婚・婚姻無効および卓床離婚の各制度を採用せざるを得なかっ
た。こうした修正を認めたことそれ自体を内的要因とし,さらに16世紀におけ
(6)
る宗教改革運動・自然法運動などを外的要因として婚姻非解消主義は崩壊し,婚
姻事件は教会裁判所の手を離れて世俗裁判所の手に移っていくことになった。
啓蒙主義の時代である18世紀中葉には,プロテスタントの諸ラントにおい
て,自然法の影響を受けた離婚法が導入されていった。最も代表的なものは,
(7)
1794年に制定されたプロイセンー般ラント法である。それは,子供のいない夫
(8)
婦について合意離婚を認め,その他の場合にも,婚姻が不治な程に破綻していれ
ば解消を許すというものであった。しかし,協議離婚による離婚の自由といっ
ても自由権としてのそれではなく,軍事警察国家としてのプロイセン国家権力
の市民生活への介入を前提としたものにすぎず,啓蒙絶対主義体制のもとにあ
っては,身分制・共同体規制・夫権の優位という状況からして,ほとんど追出
(9)
し離婚に近いものであったようである。
その後,1875年のライヒ戸籍法(Reichspersonenstandsgesetz)によって,
(4) その原因としては,王権の決定的衰微と封建領主の台頭・独立,教会の確固たる
法体系などがあげられる(阿南成一「キリスト教と婚姻不解消主義」「講座家族4」
49頁,福地・前揚論文(注1)466頁)。
(5)詳しくは穂積重遠「離婚制度の研究」275頁,青山道夫「離婚の史的形態とその
背景」「家族問題と家族法皿」50頁以下,福地・前掲論文(注1)479頁以下を参照
されたい。
(6) 詳しくは,穂積・前掲書(注5)282頁以下,栗生・前揚書(注3)316頁以下,
青山・前掲論文(注5)53頁以下,福地・前掲論文(注1)484頁以下参照。
(7) 依田精一「近代離婚法の変遷」「講座家族4』91頁以下,五十嵐清「ドイツ法にお
ける離婚原因の変遷」比較法研究2号34頁,穂積・前掲書(注5)871頁以下等参照。
(8)1751年の勅令は当事者の合意による離婚を無条件で認めたが,その濫用から,合
意による離婚は1782年の三法以来むしろ例外的なものとみなされるに至った。プロ
イセンー般ラント法は後者を受け継いだものである。
(9)依田・前掲論文(注7)93頁。
3
離婚法が全国的に統一された。産業革命によるブルジョアジー台頭の結果,国
家の基礎である家族の解体が促進され,体制維持のために離婚法を厳格化する
(10)
べく制定されたのが1896年のドイツ民法典である。この民法典は,その第1草
案の理由書から明らかなように,「個人的自由の原理を支配せしめず,結婚を配
偶者の意思から独立の道徳的秩序と見る立場から出発」しており,「離婚を困
難にすることによって軽卒な結婚をすることが防がれ,結婚生活自身が結婚の
本質に適したものとなる」とし,また「離婚をあまりにも容易にすることは公
の福祉と子供の教育をも害する」との立場をとっている。すなわち,同法は離
婚自由の思想(地方特別法)と離婚制限の思想(教会的保守的努力)との妥協
(11)
の産物であったといえる。しかし,同法は,離婚原因について,配偶者の一方
または双方に重大な義務違反のある場合にのみ離婚を認める有責主義を採用し
(12)
た。しかも,この有責主義の原則は離婚後扶養にまで及び,無責でなければ離
婚後扶養を受けることはできず,双方有責の場合には双方共に扶養義務はない
ものとされていた。まして同法は,市民社会における個人の契約的自由意思に
よる結合で形成される婚姻共同体を中核とするブルジョア家族を想定して作成
されたものであるから,市民社会における男女不平等を反映した夫権的支配の
もと,妻の自由はほとんど意味のないものとなっていた。
ところが,第一次大戦後の自由主義の波の中で誕生したワイマール体制下に
おいては,労働者層の政治的同権化が達成され,女性の参政権も憲法で保障さ
れ男女同権が謳歌された。さらに,恐慌と:不況の打撃によって,夫権優位の価
(13)
値観も低落するに至った。ワイマール共和国が1896年のBGB制定を推進した
(10) 山田晟「ドイツ婚姻法」「新比較婚姻法皿」57頁以下,依田・前掲論文(注7)94
頁以下,五十嵐・前掲論文(注7)34頁以下,穂積・前掲書(注5)872頁以下参照。
(11)19世紀にはいって自然法思想が勢力を失い,家族的結合を重んずるヘーゲル哲学
の影響が支配的となった結果,教会の政治的発言権が再び増大レた。それゆえ,国
家権力は教会的保守的勢力と妥協せざるをえなかったのである。
(12)協議離婚は,プロイセンー般ラント法の協議離婚制度が濫用されがちであったた
め採用されなかった。
(13) 右近健男「婚姻法および家族法改正のための第一法律草案理由仮訳(一}」大阪市立
4第1章西ドイツの離婚給付
のはこのような背景に基づくものであるが,結局,離婚法の改正案は国会を通
過せず,その改正法の実現は,ナチス政権にもちこされることになった。すな
(14)
わち,1938年目ナチス婚姻法の登場がそれである。同法は,民族政策的色彩を
帯びたものではあったが,破綻主義を有責主義と併用するとともに相対主義の
徹:底をはかり,有責配偶者からの離婚請求の濫用防止のために,無責配偶者に
(15)
異議権を付与するといった進歩的なものであった。また,離婚後の扶養に関し
ては,過失の有無が依然として最大の基準とされてはいたものの,事情によっ
ては,両配偶者有責または両配偶者無責の場合にも,一方のために他方に生計
費の分担義務を課すことができるものとされていた。
ナチスドイツの敗戦に伴い,連合国のドイツ最高管理機関であった管理委員
(16)
会によって1946年の婚姻法(Ehegesetz v.20.1.1946)が制定され,同法は
(17)
東西両ドイツならびにベルリン地区に適用されるに至ったことは周知の事実で
大学法学雑誌19巻2号156頁以下参照。
(14) 同法を紹介したものとして,西村勉「新独逸婚姻法」法学協会雑誌57巻9号,荒
川義人「独逸新婚民法に於ける婚姻締結法(1)∼{3)」法学10巻9号∼11号,谷口知平
「ドィッ新婚姻法(1938年7月6日法)」民商法雑誌8巻5号などがある。
(15)異議を申し立てうるのは,婚姻の維持が倫理的に正当とされる場合に限られた。
(16)同法については,太田武男「戦後ドイツに於ける新婚姻法に就いて」法学論叢64
巻3号143頁以下参照。
(17)東ドイツにおいては,1949年に「ドイツ民主共和国憲法」が施行され,男女の実
質的平等性と家庭における男女の同権に反する総ての法律規定は効力を失うものと
解され,その判断は裁判所に委ねられた。やがて1955年には,「婚姻締結および婚
姻解消に関する命令(Verordnung Uber EheschlieBung und Eheauf16sung)」
によって,婚姻が夫婦・子および社会にとって意義を失っていることが唯一の離婚
原因とされ,その後,1965年には,判例および1954年の旧草案を基礎とし,種々の
個別法規を整理統合した「ドイツ民主共和国家族法典(Familiengesetzbuch v.20.
12.1965)」が制定された。同法は,離婚については引き続き破綻主義を採用し,
従来の別産制に代え,広範な所有権・財産共同関係を採用するとともに,夫婦財産
の清算に関しても,共同の所有権と財産の分割および補償の2制度を規定している
(黒木三郎「ドイツ民主共和国における家族法と家族政策」福島正夫編「家族・政
策と法5」127頁以下,佐藤義彦「東ドイツにおける離婚給付制度について」同志
5
ある。同法は,民族主義的な規定を除いて,1938年のナチス婚姻法をほとんど
そのまま受け継いでいるが,人口政策上離婚を広く認めたナチス婚姻法が濫用
され離婚数が増加したため,離婚を制限するべく破綻主義的離婚原因に新たな
制限を課している。すなわち,客観的な婚姻破綻の場合に,未成年の子の利益
のために婚姻の維持が必要なときは離婚を許さない旨の規定(EheG 48条3
項)や,ナチス婚姻法のもとで不当に離婚されて損害をうけた者に,苛酷さを
緩和するための訴を許す旨の規定(EheG 77条)の登場がそれである。
ところで,離婚とその財産的効果に関わる婚姻法以外の関係法令としては,
1944年の婚姻住居および家財の取扱いに関する法令(Verordnung aber die
Behandlung der Ehewohnung und des Hausrats v.21.10.1944)と1957年
の男女同権法(Gesetz昼ber die Gleichberechtigung von Mann und Frau
auf dem Gebiete des b枇gerlichen Rechts v.18.64957)がある。前者は,
離婚のさいに,夫婦が共同生活で使用してきた家財道具の分配および婚姻住居
の離婚後の利用関係について,夫婦間に合意が整わない場合には,当事者の申
立てにより,裁判所がこれを定めるものとした。そして,その判断にあたって
は,すべての事情,特に子の福祉および共同生活の状況とともに,離婚の原因
を考慮しなければならないとされていた。また,後者は,1949年のボン基本法
がその第3条で男女同権を宣言したことをうけて,民法の領域における男女同
権を図るために,法定夫婦財産制として新たに付加利得共通制(Zugewinn−
gemeinschaft)を採用し,離婚のさいの夫婦財産清算にあたって妻の権利を保
護した。しかし,この制度は∫いわゆる主婦婚(Hausfraue鵬he)を前提に妻
の家政執行と夫の所得活動の等価値性を保障したにすぎず,現実の三会におけ
る男女の経済的不平等のゆえに,必ずしも離婚の自由を夫婦に平等に確保する
ものにはならなかった。だから,後日その点を補強するために,離婚後扶養に
関する基本的な改正と年金権清算のための制度新設が必要になったのである。
社法学104号43頁以下)。これに対し,西ドイツでは,1976年の改正法が施行された
後も,1946年法は,一部その効力を保ち続けている。
6 第1章西ドイツの離婚給付
その間,判例は,婚姻の破綻に関する離婚請求者の責任をひろく認め,また
相手:方の異議をなるべく認めることで,婚姻破綻による離婚をなるべく認めま
いとする態度を堅持した。こうした判例法の確立に伴って,1961年には異議申
立権に関する家族法改正法が制定されるに至った。しかし,同法が無責配偶者
α8)
の異議権を強化したために,有責配偶者からの離婚請求はほとんど不可能にな
(19)
り,1946年婚姻法の問題点はますます顕在化することになった。そして,1960
年代後半には,社会秩序改革のための法改正要求の高まりの中で,婚姻法およ
(20)
び離婚法改正の試みがなされるに至った。
(21)
1973年に婚姻法および家庭法改正のための第1法律草案が連邦参議院を経て
連邦議会に提出され,1976年には婚姻に関する実体法および手続法に基本的な
変更をもたらす改正法(Erstes Gesetz zur Reform des Ehe−und Famili−
enrechts v.14.6.1976)カミ公布されるに至ったのは,このような背景によるも
のであった。したがって,この76年忌の目標は,離婚権および離婚の効果を法
的社会的に確立すること,それによって関係者を救済し,その権利を確実にす
(22)
ることであった。具体的には,①婚姻効果の領域における男女平等の実現(主
婦婚を前提とする鍵の権(Sch1丘sselgewalt)の廃止,家政執行と所得活動お
よび扶養義務の平等化など),②有責主義的な離婚原因の完全排除と離婚効果
の領域における破綻主義の徹底,(離婚後の氏,離婚後の扶養,婚姻住居の取扱
(18)異議を唱えた配偶者が,婚姻を継続するための義務および準備を欠いていないこ
とを必要とする。
(19)46年婚姻法とその国璽の実態について,詳しくは,広渡清吾「西ドイツの離婚」
利谷他編「離婚の法社会学」247頁以下を参照されたい。
(20) このほか,SPD政権下において数多くの法改正が行われた。詳しくは,拙稿「西
ドイツにおける最近の家族政策の動向」大阪府立大学経済研究33巻2号256頁以下
参照。
(21)1969年および1976年の改正法の成立過程については,右近・前掲論文(注13)
162頁以下,宮井忠夫「西ドイツにおける家族法の改正」ジュリスト559号88頁以
下,依田・前掲論文(注7)105頁以下,五十嵐清「比較民法学の諸問題」265頁以
下が詳しい。
(22) B.Bergerfurt, Das Eherecht,4. Auf1.(1974), S.283 f.
7
い,子の親権者決定などの判断基準からの離婚責任の排除),③離婚の財産的効
果の領域における社会的・経済的弱者(一般的には妻)の保護強化(離婚後扶
養の強化,離婚のさいの卑金権調整(Versorgungsausgleich)の劉度新設),
.④手続法の領域における婚姻事件その他の家事事件(Fam圭liensachen)の統一
的処理(家庭裁判所(Familiengericht)の制度新設,離婚事件と離婚効果事
件の手続結合(Verbund)の制度新設など)が志向された点において,特徴的
(23)
であった。
その後,76年法は,その運用の実際を通して生じていた諸問題に対処するた
めに一部改正され,今日に至っている。具体的には,1986年の「扶養法,手続法
およびその他の諸規定の変更に関する法律(Gesetz zur Anderung unterhalt−
rechtlicher, verfahrensrechtlicher und anderer Vorschriften v.20.1.1986)
一扶養法変更:法」によって,離婚法の分野では,離婚に関する苛酷条項適用の
期聞制限の撤廃,離婚後扶養の一部期間制限と扶養基準の引下げおよび扶養請
(23) 同法の条文仮訳は,太田・宮井・佐藤「西ドイツ家族法の現状」京大人文学報46
号に掲載されている。また,同法の内容を紹介した邦訳文献としては,①同法全般
を概説したものとして,宮井忠夫「西ドイツ家族法改正について」ジュリスト639号
640号所収,グォルフラム・ミュラーフライエンフェルス(小川浩三訳)「1976,1977
年のドイツ連邦共和国における民法の発展」日独法学3号,②離婚原因に関するも
のとして,泉久男「ドイツ離婚法の改正によせて」民事研修242号所収,門坂正人
「1976年西ドイツ第一婚姻身心正法と積極的破綻主義」大阪経大論集117。118合併
号所収,同「西ドイツ離婚法苛酷条項期限付けの合憲性をめぐって」同145・146合
併号所収,榊原豊「西ドイツ離婚法における破綻主義規定の評価をめぐって」中京
法学14巻1号,15巻1号,16巻3号所収,佐藤義彦「西ドイツにおける離婚棄却事
由としての苛酷条項適用の条件」判例タイムズ398号所収,武田政明「西ドイツ離
婚法における苛酷条項について」明治大学短期大学紀要31号所収,⑧年金期待権の
調整に関するものとして,山田晟「離婚の場合における夫婦の財産関係の清算」成
暖法学17号,18号所収,拙稿「西ドイツにおける離婚配偶者の老後の生活保障に関
する一考察」法学ジャーナル28号所収,④家庭裁判所制度に関するものとして,森
勇「西ドイツの家庭裁判所制度(1×2×3)」判例タイムズ453号∼455号所収,山口純夫
「西ドイツ家庭裁判所制度(一X二X三)」甲南法学22巻1∼4合併号,23巻1号,同2号
所収がある。
8 第1章 西ドイツの離婚給付
(24)
求権排除事由の拡大が行なわれた。この改正は76年法の枠組みに影響を及ぼす
ものではないが,しかし,個々のケースにおいて妥当な結果を導くために裁判官
の裁量の範囲を拡大したために,実質的に有責主義を一部復活させることにな
った。また,離婚のさいの年金権調整の制度については,1983年の特別法「年金
権の調整における苛酷の規制に関する法律(Gesetz zur Regelung von Harten
im Versorgungsausgleich v.21.2.1983)」がこれを一部修正し,1986年には
「年金権の調整の領域における更なる処置に関する法律(Gesetz直ber Weitere
MaBnahmen auf dem Gebiet des Versorgungsausgleichs v.8.12.1986)」
が,1983年忌の有効期限の延長とその修正・補充を行なった。この2回にわた
る修正はいずれも年金権調整の制度を基本的に維持しつつ,年金権調整の制度
の機械的・画一的な調整のあり方をより柔軟かつ妥当なものにすることを目指
したものであった。
以下本章では,76年法による破綻主義の採用とそれに伴う社会的・経済的弱
者の保護強化の問題にしぼって,76年法とその運用の実際を,その後の改正点
なども含め,展望していくことにする。
第2節76年法による破綻主義の採用
1 離婚原因一唯一の離婚原因としての「破綻(Scheitern)」
76年法は,形式的には,46年婚姻法に定められていた離婚に関する部分を全
部削除し,これを再び民法典に編入した。実質的には,離婚原因から有責主義
を完全に排除し,「破綻」を唯一の離婚原因とする徹底した破綻主義を採用し
た。このような有責主義の完全排除は,46年婚姻法の運用の実際を通して明ら
かになった有責主義離婚法の問題点に対する反省に基づいている。具体的に
は,①婚姻の破綻について夫婦のいずれが真に有責であるのか,すなわち確定
された婚姻上の重大な過失が破綻の第一原因なのか,それとも他方の先行行為
(24)同法の紹介には,岩志和一郎「西ドイツ離婚法の一部改正」ジュリスト882号が
ある。
9
の結果にすぎないのかを,裁判官が確認することはほとんど不可能であるこ
と,②ある夫婦間では義務遣反となる行為も他の夫婦間では義務遣反とならな
い場合があり,婚姻上の過失について一般的に通用する確たる基準は存在しな
いこと,③婚姻破綻の原因と責任を確定するために,裁判官は夫婦生活の内情
に立ち入らざるを得ず,プライバシー保護の観点からして問題であること,
④離婚の成否と離婚の効果を夫婦の一方の有責性に依拠せしめると,その認定
をめぐって夫婦間の争いが激化すること,⑤夫婦の一方の有責性が確定される
と,それが過大評価され,それまでの婚姻生活における寄与が全部杏定されて
(1)
しまうことなどが,それである。
離婚は婚姻が破綻した場合,すなわち夫婦の生活共同体がもはや存在せず,
かつ,その回復を期待しえない場合に(BGB 1565条1項),夫婦の一方または双
方の申立てにより,裁判所の判決によって行なわれる(BGB 1564条)。婚姻生
活共同体の不存在は,夫婦が別居しており,夫婦間に家庭的な共同体関係がな
くなっている場合に認められる(BGB 1567条)。実際には,夫婦が同一住居で
一緒に生活していなくても婚姻生活共同体が存続していることもあれば,同一
住居内で生活していても婚姻生活共同体はなくなっていることもある。だか
ら,ここに別居とは,少なくとも夫婦の一方が婚姻継続の意思を失って夫婦生
(2)
活を拒絶している場合を意味するということになる。もっとも,このよう1こし
て別居が認定されたとしても,夫婦の生活共同体の回復が期待できないかどう
かの判断は必ずしも容易ではなく,せいぜい夫婦の一方がどれくらい継続して
共同生活を拒絶し続けているかを基準に判断するぐらいしかない。
そこで,婚姻の破綻は,夫婦双方が離婚を申し立てている場合,または夫
婦の一:方の離婚申立てに他方が同意している場合には1年以上の別居(BGB
1566条1項),その他の場合には3年以上の別居によって推定され(同2項),
このいずれの推定も覆すことはできないものとされた。前者の破綻推定によれ
(1)右近健男「婚姻法および家族法改正のための第一法律草案理由仮訳(二}」大阪市立
大学法学雑誌20巻1号140−141頁。
(2) G.Beitzke, Familienrecht,25. AufL (1988), S.160.
10 第1章 西ドイツの離婚給付
ば,実際に1年以上別居していなくても,夫婦双方がこれを主張すれば離婚で
きることになるから,実質的に夫婦の合意離婚を認めたことになる。もっと
も,1年以上の別居を主張して離婚を申し立てるためには,予め離婚の諸効果
について夫婦閥に協議が整っていることが必要である(ZPO 630条)から,夫
婦双方が離婚そのものには合意していても,この協議が整わなければ簡単に離
婚することはできない。それでも直ちに離婚だけはしたいというのであれば,
BGB 1565条の一般原則に従って婚姻の破綻を立証しなければならないことに
なる。これに対し,3年以上の別居による破綻推定の場合には,他方の同意が
なくても,他方の意思に反していても離婚することができ,それどころか専ら
または主として有責な配偶者からも離婚を申し立てることができる。夫婦が3
年も別居していれば,婚姻生活共同体の回復はほとんど期待できないと=考えら
れるからである。なお,これらの破綻推定のための別居期間は,夫婦が和解を試
みるために短期間同居したことによって,中断したり停止したりしない(BGB
1567条2項)。
BGB 1566条の別居期間による婚姻破綻の推定が働かない場合には,個別的
に婚姻破綻を立証しなければならない。ただし,夫婦の別居期聞が1年未満の
場合には,離婚権の濫用を防ぐために離婚しにくくなっている。すなわち,相
手:方の人格上の原因のゆえに,婚姻の継続が申立人にとって非常に苛酷となる
ときに限って,離婚を認めるというのである(BGB 1565条2項)。この場合に
は,どのような事由があれば非常に苛酷になるのかが問題となるが,重大な身
体的虐待や著しい扶養義務違反といった著しい婚姻義務違反がこの事由に当た
(3)
ることについては,争いがない。姦通がこの事由にあたるかについては,一般
(4)
的にこれを肯定するものと,事情によるとするものがある。また,不治のアル
コール中毒の場合のように,相手方がその人格上の原因について必ずしも有責
(5)
である必要はないと解されている。
(3) D.Schwab, Familienrecht,5. Aufl.(1989), S,137.
(4) Vgl. OLG Hamm, FamRZ 1978,28;OLG Kδ1n, FamRZ 1977,717.
(5) Schwab, a. a.0。(Fn.3), S.137;vg1. K:G FamRZ 1978,897.
11
このように婚姻が破綻していれば離婚を認めるのが原則であるが,いわゆる
苛酷条項によって離婚が制限されることがある。すなわち,婚姻が破綻してい
る場合であっても,婚姻の継続が未成年の子の利益のために必要であるとき,
または離婚を拒否している相手方にとって離婚が非常に苛酷となるような特段
の事情が存するときには,その限りで離婚を認めないというのである(BGB
1568条)。具体的にどのような場合にこの苛酷条項の適用があるかが問題とな
る。まず,子の利益についてであるが,これは裁判所が職権で考慮することに
なっている。離婚が子にどのような影響を及ぼすかを予想し,子の福祉が著し1
く侵害されそうであれば,苛酷条項の適用が肯定される。例えば,子が自殺
する鰍閉るとい。た瀦離船ばかりでなく,子と貸馬の燗関係朧
(7)
婚で一方を失うことができないほど非常に密接である場合にも,また子の扶養
(8)
が侵害されるといった経済的理由がある場合にも適用されうる。つぎは,離婚
を拒否している相手方のために婚姻を維持すべき特段の事情であるが,これを
裁判所が考慮するのは,離婚を拒否している相手方が主張したときに限られる
(ZPO 616条3項)。しかし,この場合に苛酷条項を適用することについて,裁判
所は一般に慎重である。ちなみに,特段の事情のゆえに離婚によって生じる不
利益が,離婚に反対している相手方にとって例外的に耐え難いほど苛酷である
(9)
場合でなければ,苛酷条項の適用はないとされている。例えば,重病の配偶者の
(10)
魚っている負担が離婚によってさらに増す場合,離婚を望んでいない配偶者が
他方のために長年にわたって特別な犠牲を払ってきた場合,平穏な婚姻生活が
(11)
長年続いており,当事者がすでに高齢である場合には,その適用が肯定された。
(6) Vgl. OLG Hamburg, FamRZ 1986,469・
(7) SChwab, a. a.0.(Fn.3), S.139;vg王・OLG Celle, FamRZ 1978・5Q8・
(8) Beitzke, a. a.0,(Fn.2), S.163.
(g) Schwab, a. a.0.(Fn.3), S.139;vgl. BGH FamRZ 1979,422.
(10)BGH FamRZ 1985,905濫NJW 1985,2531・この判決については,神谷遊「西ド
イツ離婚法の現状」法律のひろば41巻2号65頁参照。
(11)BGH FamRZ 1979,422菖NJW 1979,1042.
12 第1章 西ドイツの離婚給付
しかしし疾病保険の保障状態の悪化や離婚後でも他の裁判手続で権利主張でき
(12) (13)
る苛酷,さらに相手方の自殺の可能性も,それだけでは苛酷条項の適用には不十
分であるとされた。なお,夫婦が5年以上別居している場合に苛酷条項の適用
を一律排除していた規定(BGB 1568条2項)は,その硬直性を問題とした連邦
酷裁判所黒総融けて,・986年頃扶難燃灘よ。て完全に削除さ認
2 離婚手続き一離婚事件と効果事件の結合(Verbun留
従来は,離婚事件とその諸効果に関する事件は,個々別々に地方裁判所
(Landgericht)または区裁判所(Amtsgericht)で扱われていた。例えば,
離婚事件や婚姻の無効・取消事件などの婚姻事件(Ehesachen)は地方裁判
所,扶養請求事件,婚姻住居等の取扱いや親権の帰属に関する事件は区裁判
所,夫婦財産の清算など夫婦財産制に関する事件は,その訴額に応じて地方裁
判所または区裁判所の管轄とされてきた。76年法は,破綻主義離婚法を採用す
るにあたって,追い出し離婚を防止するため,離婚事件とその効果事件を同一
の裁判所で扱う必要があるとの考えのもとに,終身裁判官の単独制による家庭
裁判所(Familiengericht)を区裁判所の部局のひとつとして新設し,これら
の事件を家事事件(Familiensachen)として家庭裁判所で集中的に取り扱う
(12)BGR FamRZ 1981,649=NJW 1981,2516;FamRZ 1984,559=NJW 1984,2353;
FamRZ 1985,912.
(13)BGH FamRZ 1981,1161=NJW 1981,2808。この判決については,神谷・前揚
論文(注10)64頁参照。
(14)BVerfG FamRZ 1981,15−NJW 1981,108.この判決について詳しくは,神谷遊
「西ドイツ離婚法をめぐる三つの違憲裁判例について」同志社法学36巻3号38頁以
下を参照されたい。
(15)同法の紹介として,岩志和一郎「西ドイツ離婚法の一部改正」ジュリスト882号
94頁以下がある。
(16)76年法による家庭裁判所制度と家事事件手続きについて,詳細は森勇「西ドイツ
の家庭裁判所制度{一X⇒{三)」ジュリスト453号,454号,455号,および山口純夫「西
ドイツ家庭裁判所制度{一}仁X三)」甲南法学22巻1−4合併号,23巻1号,2号を参照
されたい。
13
図1.家事事件(Heintschel−Heinegg, Das Verfahren in Familiensachen, S.2)
家事事件(GVG 23条b1項2文1号一10号)
婚姻事件(ZPO 606条1項1文)
その他の家事事件(ZPO 621条1項、621条a1項)
離婚事件 その他の婚姻事件 民事訴訟法上の家事事件 非訟事件手続法上の家事事件
一婚姻の無効宣告
一子の扶葉
一子の親権関係
一婚姻の取消し
一配偶者扶養
一子と非親権者の交際
一婚姻の存否確認
一夫婦財産制上の争い
一子の引渡レ
一婚姻生活の回復
(第三者関与の場合も)
ー年金権の調整
一婚姻住居と家財道具
一付加利得.調整の即時払い
猶予および現物での給付
ことができるようにした(GVG23条b)。そして上級審も統一し,第1審が区
裁判所であるにもかかわらず,その訴額とは関係なく上級地:方裁判所(Ober−
Iandesgericht)を第2審(GVG 119条),連邦通常裁判所(Bundesgerichts−
hof)を第3審とした(GVG 621条d)。
ことに家事事件とは,具体的には,離婚事件,婚姻の取消・無効事件,婚姻
関係の存否確認事件,婚姻生活の回復請求事件といった婚姻事件(ZPO 606
条)ならびにその他の家事事件(ZPO 621条,621条a),すなわち,子および
配偶者の扶養請求事:件,.夫婦財産制に関わる争訟事件といった民事訴訟法上の
家事事件,および親権帰属,交際権,子の引渡しに関する事件,離婚のさいの
年金権調整事件,婚姻住居・家財道具の取扱いに関する事件,付加利得調整の
ための即時払いの猶予ないし現有財産の譲渡に関する事件といった非訟事件手
続法上の家事事件を含むものである。これらの家事事件は,本来それぞれ独立
の家事事件(isolierte Familiensachen)として,個々別々に扱われうるもの
である。ただし,離婚事件が裁判所に係属した後婚姻事件の裁判が既判力をも
つまでの聞につや・1(は,その他の家事事件は,職権または当事者の申立てに
より,.離婚事件と一緒に同時審理・同時裁判することができるとされている
五4第1章西ドイツの離婚給付
(ZPO 623条)。
この離婚事件とその他の家事事件との結合は,一般の訴訟手続法では考えら
れない訴訟事件と非訟事件の併合を可能にし,しかもこれらの事件の同時裁判
図2 家事事件の結合(Heintsche1−Helnegg, a. a.0.,S.60)
離婚事件と結合する家事事件
職権で
申立てによる
父母離婚後の親権帰属
嫡出子と非親権者の交際
(BGB 1671条、 ZPO 621条1項1号)
(BGB 1634条、 ZPO 621条1項2号)
公法上の年金権の調整
父母間における嫡出子の引渡し
(BGB 1587条b、 ZPO 621条1項6号)
(BGB 1632条2項後段、 ZPO 621条1項3号)
未成年の嫡出子に対する扶養
(BGB 1601条以下、 ZPO 621条1項4号)
離婚後における配偶者の扶養
(BGB 1569条以下、 ZPO 621条1項5号)
債権法上の年金権の調整
(BGB 1587条f−1587条n、 ZPO 621条1項6号)
婚姻住居と家財道具
(HausratsVO、 ZPO 621条7号)
第三者の関与しない夫婦財産制上の請求権
(BGB 1363条以下、 ZPO 621条1項8号)
付加利得調整の即時払い猶予と現物の給付
(BGB 1382条、1383条、 ZPO 621条1項9号)
15
を可能にした画期的なものである。これは,破綻主義離婚法の採用に伴って生
じうる性急な離婚,追い出し離婚,有子離婚に対処するために,①離婚の結果
を当事者に認識させ,離婚について熟考させること,②社会的・経済的弱者で
ある配偶者(一般には妻)のための経済的裏付けなしに離婚が言い渡されるこ
とを阻止すること,③子のために当事者の紛争が長引くことを避け,子の離婚
後の地位をできるだけ速く安定させることを目的としている。具体的には,離
婚事件に関連してその他の家事事件を裁判しなくてはならず,しかも夫婦の一
方が離婚事件の第1審口頭弁論終結前に結合を要求したときに限り,これらの
家事事件は離婚と一緒に同時に審理され(審理結合(Verhandlungsverbund)),
離1婚認容のときにのみ同時に裁判されることになる(裁判結合(Entschei−
dungsverbund)(ZPO 623条1項1文)。もっとも,その他の家事事件のう
ち,夫婦間に生まれた子の親権帰属および公法上の年金権調整の実施について
は,当事者の申立てがなくても,職権で(von Amts wegen)結合が行なわれ
ることになっている(強制結合(Zwangsverbund))(同3項1文)。また,夫
婦間に生まれた子と非親権者との交際については,当事者の申立てがなくて
(17)
も,夫婦の一方の提案(Anregung)があれば,原則として結合すべきものとさ
れている(同3項2文)。実際には,離婚事件が弁護士強制とされているため,
離婚事件とその他の効果事件との結合を申し立てるか否かについても,弁護士
の判断が重要な役割を演ずることになる。弁護士実務によれば,一般に,例え
ば当事者が比較的若く再婚の可能性があるような場合には,離婚だけを申し立
てて当事者の離婚要求をとりあえず満足させておいて,夫婦財産の清算や扶養
などについては後からじっくり争うことが行なわれ,婚姻期間が長く当事者が
比較的高齢である場合には,離婚をあせらず,離婚事件と効果事件を一緒に争
って,経済的弱者に少しでも有利な条件で離婚できるようにすることが行なわ
れているとのことである。
(17)父母の一:方による提案は,特別な様式を必要とせず,通常の非訟事件手続におけ
ると同様に,当事者の一方に意思が十分に明確であれば・よい(B.v. Heintscheレ
He至negg, Das Verfahren加Famiユ三e皿sache雄, JA−Sopderheft 19(1989), S.46.
16第1章 西ドイツの離婚給付
結合された離婚事件とその効果事件は原則として同時に裁判され,1個の判
決によって集約的にすべてが定められる(ZPO 629条1項)。一旦結合された
離婚関係事件は,例外的にしか分離することはできず,しかも職権でしかこれ
を行なうことはできない。まず第1に,子の親権帰属について裁判所が子の福
祉のために父母の提案と異なる決定をする場合には,離婚事件およびその他の
効果事件に先行して行なわねばならないとされている(ZPO 627条)。つぎに,
①年金期待権の調整または夫婦財産に関する請求権について婚姻解消前に裁判
することができない場合,②年金期待権の調整事件において,調整対象となる
年金権の存在ないし価額について争いがあり,他の裁判所に訴訟が係属したた
めに手続きが停止している場合,③離婚事件と効果事件を同時に裁判しようと
すると離婚判決の言渡しが不当に遅延する場合には,裁判所は離婚事件の裁判
を効果事件に先行して行なうことができるものとされている(ZPO 628条1
項)。したがって,例えば離婚それ自体については争いはないが,離婚後の生
活保障や子の親権問題などについて当事者間に争いがある場合,裁判所の判
断でこれらの事件を分離して離婚判決を言い渡し,争いのある問題だけを後か
らじっくり審理することもできることになる。また,1個の判決によって離婚
とその効果について裁判され,離婚それ自体については争いはないが,効果事
件については争いがある場合,その部分についてだけ控訴ないし抗告すること
ができる(ZPO 629条a)。
3 制度運用の実際
既述の如く,76年法は,離婚を真実により適合したものにすること,および
離婚の判断から有責性を排除することを目標としたものであり,離婚を容易に
することを目指したわけではない。むしろ,立法者は,破綻主義の採用にあた
って,経済的弱者である妻のために離婚後扶養を強化することによって夫の負
担を重くし,離婚を困難ならしめようとした。しかし,立法者の予想に反し,
離婚の申立ての過半数は夫からではなく妻からのものとなっており,結果的に
は,離婚後扶養の強化が二二における離婚の決断を容易にしたことになる。特
17
表1 1986年に離婚により解消された婚姻の継続期間および申立人の別と子の数
離婚により解消された婚姻数
未成年の子の数
婚姻継続期間
総数 夫申立 妻 夫婦
5年未満
0 1入 2人 3人以上1
23,544 7,291 14,065 2,188
16,286 6,383 789 86
5年以上10年未満
35,153 10,300 21,805 3,048
17,141 12,444 4,812 756
10年以上15年未満
22,811 7,200 13,536 2,075
8,299 7,796 5,440 1,276
15年以上
40,935 15,05822,215 3,662
19,480 12,761 6,836 1,858
合
計
・22・44339・8497・・62・…9731・・…639・384・7・8773・976旨
資料:Statistisches Jahrbuch 1988 f雌r dieBundesrepublik Deutschland, S.78
表2 離婚件数と根拠規定
年
1980
1984
1985
1986
総数1565①②
96,222
130,744
128,124
122,443
7,778
7,436
7,056
6,223
・565①1翻}1鵠細細棄却
32,574
23,023
24,712
23,879
371
400
388i
4021
330
、3,65gi
12,846i
3731
290
47,219
8,280
86,292
13,6011
82,295
79,122
352
資料:Statistlsches Jahrbuch 1988 fUr die Bundesrepublik Deutschland, S.78
に従来離婚し難かったケース,すなわち夫婦の間に未成年の子がいる場合や婚
姻継続期間が長い場合について,76年前は離婚配偶者の離婚後扶養請求権を強
化し,扶養義務者の再婚相手の婚姻扶養請求権に優先するものとした。例えば
婚姻継続期間が15隼以上の夫婦の離婚が,全離婚件数の約3分の1を占めてい
(18)
ることからみても,その影響は明らかであろう。もっとも,有子離婚の件数は
全体の約半分にすぎず,わが国に比べてかなり少なくなっているが,これはむ
(19)
しろ出生率そのものの低下による影響と思われる。
つぎに,離婚判決の根拠条文別件数をみてみると,実質的合意離婚ともいえ
(18)離婚の場合の平均婚姻継続年数は,1978年以降一貫して長くなっている(広渡清
吾「西ドイツの離婚」利谷ほか編『離婚の法社会学』258頁,特に表13参照)。
(19)広渡・前揚論文259−260頁も同旨の指摘をしておられる。
18 第1章 西ドイツの離婚給付
表3 全家庭裁判所における家事事件の種類別件数と手続継続期訓解既済割合
1986年
1985年
受
新
374,684 382,497 387,580
既
総 数
375,145
371,155
368,406
離婚事件
163,977
160,179
153,125
その他の婚姻事件
1,223
1,116
1,102
24,184
17,618
17,752
その他の単独係属家事事件
179,045
184,174
188,266
訴訟費用扶助事件
6,716
8,068
8,161
分離された離婚効果事件
済
済
未
既済件数割合(%)
12月未満
FDウ臼
り07●
6月未満
鈎70
手続継続期間別
47
1
3
275,135 260,471 267,174
資料:Statistische Jahrbuch 1988 f茸r die Bundesrepublik Deutchland, S.332
る1年以上の別居による婚姻破綻を理由とした離婚が増加している。この種の
離婚の増加は,たとえ別居期間が全くなくても,夫婦が共に1年以上別居して
いたと主張すれば,その他特別な事実関係等の立証を必要とせず,簡単に離婚
できることになるためと思われる。特に共働きの多い若い世代にとっては,合
意離婚の障害となる離婚後の経済的な問題について合意が成立しやすく,性急
な離婚を防止することは難しくなっている。もっとも,家庭裁判所既済事件にお
ける離婚事件の手続きの平均継続期間をみると,6月未満で決着のついたもの
は3分の1強にすぎず,離婚を申し立ててから実際に離婚できるまでの期間は
必ずしも短くはないといえよう。いずれにしても,夫婦の一方または双方から
離婚が申し立てられた場合,棄却件数の少なさからみても明らかなように,離婚
は実際にかなり容易に認められており,現在では,ほぼ100%確実に離婚が認め
(20)
られるとの予測のもとに,離婚を申し立てることができるとさえいわれている。
(20) ディ門出ー・ヘンリッヒ(野沢紀雅訳)「西ドイツ婚姻法の現状と課題」家裁月
報39巻7号9−10頁。
19
第3節離婚後の扶養
1 76年法による制度改正の背景と立法経過
(1) 制度改正の背景
一 西ドイツにおいて離婚後の扶養が法定されたのは,1896年の民法典が最
(1)
初であった。それによれば,一方面に有責と宣言された夫は,無責の妻が財産
収益または労働収入により,身分相応の扶養(standesm銭Biger Unterhalt)
をまかないえないときに,扶養を義務づけられるのに対し,一方的に有責と宣
言された妻は,無責の夫が自分で生活できないときに限り扶養すれば足りると
されていた(BGB旧1578条)。この規定は1938年の婚姻法に受け継がれたが
ジ
そのさい,若干の重要な変更が加えられた。すなわち①一方的にではないが主
として有責である離婚配偶者にも扶養が義務づけられるようになった点,②扶
養の程度が身分相応の扶養から適切な扶養(angemessener Unterhalt)へと
引き上げられた点,③双方が等しく有責である場合または有責宣言のない場合
には,衡平原則(Billigkeitsgrundsatz)に従って扶養が義務づけられること
(2)
になった点がそれである。
1946年の婚姻法は,38年法の諸規定に僅かな変更を加えただけで,ほとんど
そのまま承継した。だから,76年前が施行されるまでは,離婚後の扶養は,①
有責原因による離婚(EheG 42条,43条)の場合には,@夫婦の一方が有責ま
たは主として有責と宜言されたならば,その者は夫婦の生活状態に従って適切
な扶養を他:方に与えねばならず(EheG 58条,59条,61条1項),⑤双:方が有
(1) それ以前にも,普通法(Gemeines Recht)の運用の実際においては,必要な場
合には,三三配偶者に対する扶養請求権が,無責配偶者(とくに妻)に与えられて
いた。もっとも,ラィヒ裁判所は,1883年3月13日判決(RGZ 8,184 ff,)におい
て,離婚夫の扶i養義務を明示的に否定していた(Richter, in:MUnchner Kommen
tar zum B荘rgerlichen Gesetzbuch, Bd.5, Familenrecht(1978), Vor§1569,
RdNr.1;EherechtskQmmission beim Bundesministerium der Just童z, Vorsch−
1age zur Reform des Ehescheidungsrechts und des Unterhaltsrechts nach der
Ehescheidung (1970), S.80)。
(2)Vgl. M廿nchner Kommentar, Vor§1569 RdNr.3;Eherechts K:o鰭m玉ission,
a.a,0。 (Fn.1), S.81.
20 第1章 西ドイツの離婚給付
責であるならば,衡平に従って扶養が分担されうることとされ(EheG 60条),
②客観的原因による離婚(EheG 44∼46条,48条)の場合には,@判決中に原
告の負担による有責宣言が含まれているならば,原告は有責配偶者と同様の扶
養を与えねばならず(EheG 61条1項),⑤判決中にいかなる有責の宣言も含
まれていないならば,原告は衡平に従って被告を扶養すべきものとされていた
(同2項)。近年の通説は,これらの離婚配偶者の扶養義務を婚姻扶養義務の余
後効(Nachwirkung)とみなし,その根拠を離婚によって解消された婚姻の
(3)
中に求めていたから,婚姻と権利者の需要との間に時間的および因果的関係が
存する必要はなく,離婚後の扶養の前提として必要なのは,権利者の需要と義
(4)
務者の給付能力の二つだけとなっていた。特に夫婦の伝統的役割分担を前提
に,離婚後の扶養義務を夫婦別異に規定していたEheG 58条については,基本
(5)
法3条2項の男女平等原則に適うよう解釈しなければならないとされていた。
二 このような法文規定にもかかわらず,統計学的には,離婚婦が前夫から
(6)
扶養をうけることすらも,むしろ例外的なこととされていた。しかし,離婚後
も扶養を必要とする離婚婦は,かなりの割合にのぼっていた。そして,その必
要性は婚姻期間が長ければ長い程,妻が所得活動に従事していなかった期間が
長ければ長い程,さらにその婚姻から生れた子の数が多ければ多い程大きくな
るのが通例であった。それにもかかわらず,大部分の離婚婦が扶養をうけえな
かった原因は,離婚後の扶養に関する諸規定の中に内在する欠点にあるといわ
れていた。具体的には,①EheG 58条による扶養を請求するには,婚姻の破綻
について夫が専らまたは主として有責であったことを立証しなければならなか
(3)(4) Vgl. Bastian/Roth−Stielow/Schmeinduch,1. EheRG(1978), Vorbem.
zu§§1569 bis 1586b Rz.4.
(5) Eherechtskommission, a, a.0. (Fn.1), S.82.
(6) 正確な統計学上の論拠を欠くが,所得活動に従事する離婚婦の割合が独身女性の
それに近い数値を示していることからそのように推察された(vgL MUnchner
Kommentar, Vor§1569 RdNr.19;§1570 RdNr。5)。ちなみに,1966年4月の
調査によれば,40歳以上の女性で所得活動に従事している割合は,独身73.5%,既
婚31.9%,死別30.3%,離別72.2%であった(Eherechtskommisslon, a. a.0.
(Fn.1), S.84)o
21
つた点,②たとえ夫が有責であったことを立証しえたとしても,妻の扶養請求
権が認められるためには,さらに所得活動が期待されえないことを要すると判
例上解されていた点,③別居がかなり長期にわたっている場合にも,引き続き
扶養をうけたいと望むならば,.離婚訴訟における有責性の審理を避けて通るこ
とはできなかった点,④離婚後の扶養が与えられたとしても,前夫の再婚によ
って,離婚婦の扶養上の地位は大きく悪化させられてしまっていた点,⑤離婚
後の扶養請求権を実際に実効あるものとすることは,しばしば非常に困難であ
(7) (8)
つた点などがあげられていた。これらの問題に対処するために,また破綻主義
の採用による追い出し離婚を防止するためには,離婚後扶養の制度を大幅に改
正することが必要であった。
(2)立法経過
一婚姻法および家族法の改正論議は,当初,専ら離婚そのものに集中して
いたが,やがて離婚効果の分野においても,離婚責任と扶養とを結びつけるこ
(9)
とは適切でないとの見解が固まっていった。これは外国法一イギリス,オラ
ンダ,北欧諸国一の傾向にもそうものであった。そして,婚姻法委員会
(Eherechtskommission)カミ1970年5月8日に提出した改正提案の離婚後の
扶養に関する新秩序の原則も,この見解に立っていた。ちなみに,その離婚後
(10)
扶養に関するテーゼはつぎのように述べている。
1 新秩序のための三原則
a 従来のように離婚後の扶養請求権を過失に結びつけることは適切でない。
b 離婚に伴って夫婦の経済基盤の共通性は解消される。それゆえに,夫婦各自は自
(7)具体的には,離婚配偶者の扶養定期金(Unterhaltsrente)にもとつく強制執行
は,ほとんど成功しない点などがあげられる(vg1. M養nchner Kommentar, Vor
§1569RdNr.25)。
(8)Vg1. M廿nchner Kommentar, Vor§1569 RdNr.21∼25.
(9)とくに,有責宣言が,婚姻期間,夫婦各自の払った犠牲,、共通子の利益などよ
りも優先されることは,不当であるとする者が増加していた。Vgl. MUnchner
Ko瓢mentar, Vor§1569 RdNr.6.
(10) Eherechts Kom!nission, a. a.0.(Fn.1), S.75f. u.91ff.
22第1章西ドイソの離婚給付
己の責任においてできる限り自分自身を自ら扶養すべきである。しかしながら,婚
姻の余後効には,扶養義務を生じさせる離婚した夫婦相互の経済上の責任が含まれ
ている。そのさい,夫婦双方の合意にもとつく婚姻中の夫婦の役割分担はとくに重
要な意味をもつ。さらに,解消された婚姻から生れた子のために,離婚後も継続す
ることになる夫婦の共同責任も考慮されねばならない。
この原則にそって,婚姻法委員会は,そのテーゼの中で離婚後扶養の基本構
(11)
想を具体的に示している。離婚後扶養の履行確保についても,つぎのように述
(12)
べている。
14,扶養請求権の強制執行
扶養請求権の強制執行にあたっては,経済的弱者である側に,従来よりも強力な国
家の援助(Hilfe)が与えられるべきである。
この婚姻法委員会の提案した離婚後扶養の基本構想は,第48回ドイツ法曹会
議の諸提案とも広く一致しており,その基本理念は,広範に76年法にも受け継
がれている。
二.上の委員会案をもとに作成された討議草案(Diskussionsentwurf)が,
1970年8月,連邦司法大臣によって公表され,各方面において活発な論議が展
開された。この討議草案は,婚姻法委員会の案よりもさらに離婚配偶者の自己
責任原則を強調し,生涯にわたる婚姻の無制限な余後効を,明示的に否定して
いた点において特徴的であった。ちなみに,離婚後の扶養は,列挙主義のも
(13)
と,例外的かつ一時的にのみ認められるべきものとされていた。同草案の離
(11)婚姻法委員会のテーゼは,次のような項目から成っている。①新秩序の諸原則,
②扶養の要件事実,③扶養義務者の給付能力の欠如,④扶養の範囲と程度,⑤職業
教育:継続教育・再教育,⑥転換補助と暫定扶養,⑦扶養権利者の僅かな収入,
⑧苛酷条項,⑨扶養請求権の順位,⑩保証給付,⑪扶養権利者の再婚,⑫別居中の
扶養(BGB 1361条)の変:更,⑬扶養義務者の死亡,⑭扶養請求権の強制執行,⑮婚
漁法72条の削除がそれである。Vg1. Eherechtskommission, a. a.α(Fn。1), S.75
ff. u.91 ff.
(12) VgL Eherechtskommission, a. a.0.(Fn.1), S.118f.
(13) VgL M茸nchner Kommentar, Vor§1569 RdNr.8.
23
婚後の扶養に関する諸規則は,とくにそれが例外的なものとされていた点にお
いて,経済的弱者(通例は妻)に耐えがたい程の不利益を与えることになると
(14)
して激しく攻撃され,ほとんど賛成をえられなかった。
政府草案の起草者は,婚姻法委員会の案にそった形で草案を作成しようとし
ていたが,そのさい,討議草案に対する批判にも配慮して,扶養の要件事実
(15)
(Tatbestand)を社会的弱者たる配偶者のために拡大していた。しかし,1971
(16) (17)
年9月20日,第6被選期間に提出された政府草案に対しても,種々の銚判が浴
びせられ,対案として,制度そのものを一般条項を中核とするものに変える案,
あるいは政府草案に列挙された要件事実を受け止め条項(Auffangklause1)に
よって補充する案が提起された。しかし,いずれの案も連邦議会では採択され
(18)
なかった。また,連邦参議院でも,草案に列挙された要件事実の一つである共
通子の監護・教育を共通子に限定ぜずに,共通子でない自分の子の監護・教育
をも含ましめること,苛酷条項(Harteklause1)による扶養請求権の排除の余
(王9)
地を拡大することが提案された。しかし,審議未了のまま被選二二が終了した。
三 そこで,1973年6月1日,第7被選期間に新たに政府草案が提出され
た。この草案は,先の政府草案に若干の修正を加えたものではあ6たが,離婚
(20)
後の扶養制度に関する基本構想はそのまま維持されていた。だから,その理由
書もまた,婚姻法委員会の見解に従って,自己責任原則を基本とし,とくに婚
姻中の役割分担に関する夫婦の合意が,離婚後その一方に不利な結果をもたら
(21)
す場合に,共同責任原則を関与させるべきであることを詳説していた。
(14) Vgl. ders、 RdNr.9.
(15) V竃1.ders. RdNr。10,
(16) 同草案は,右近教授によってすでに詳しく紹介されている(右近健男「婚姻法お
よび家族法改正のため第一法律草案理由仮訳」法学雑誌19巻2号∼22巻3号所収)。
(17) VgL M伽chner K:ommentar, Vor§1569 RdNr.11,
(18)(19) Vgl. ders. RdNr.12.
(20) VgL ders. RdNr.13.
(21) Vgl. Bastian/Roth−Stielow/Schmeinduch, Vorbem, zu§§1569 bis 1586b
Rz.4.
24第1章西ドイツの離婚給付
しかし,連邦参議院の態度は,第6被選期間におけるそれよりも一層厳しさ
を増し,引き続き一般条項の制度構想一原則として要扶養配偶者に,扶養講
求権を付与し,扶養の要求が著しく不当となるときにのみ制限する一を,政府
(22)
草案に対立させてきた。しかし,連邦議会の法律委員会(RechtsausschuB)は,
原則として政府草案の構想を固持し,一般条項の制度を明示的に否定する立場
をとった。もっとも,連邦参議院の主張を考慮して,列挙主義の欠点を補うた
めに,BGB 1577条a(現1576条)に積極的衡平条項(Billigkeitsklausel)を挿
入するとともに,著しく不当となるあらゆる場合を考慮するために,BGB 1580
(23)
条(現1579条)の消極的苛酷条項を拡大していた点は注目に値する。というの
も,とくに消極的苛酷条項の拡大によって,非常に重大な婚姻過失が,依然と
(24)
して離離最後の扶養の決定にあたって考慮されうることになったからである。
このように法律委員会で一部修正された草案は,本質的に変更されることな
く,1975年12月11日に連邦議会を通過した。しかし,これをうけた連邦参議院
は,両院協議会(VermittlungsausschuB)の招集を決議し,その招集要求の
(25)
中で,なおも列挙主義を一般条項によって補充するようにとの提案を繰り返し
ていた。招集された両院協議会でも,一般条項の制度構想は受け入れられなかっ
たが,BGB 1576条の受け止め条項の適用範囲が拡大され,その限りで連邦参議
(26)
院の提案にも考慮が払われていた。若干の変更を加えられた両院協議会案が,
連邦議会と連邦参議院で相次いで承認され,「婚姻および家族法改正のための
第一法律」として,1976年6月14日に公布,翌77年7月1日に施行された。同法
(22) Vgl. M茸nchner Kommentar, Vor§1569 RdNr.14.
(23) Vg1. ders. RdNr,16.
(24) Vg1。 ders.§1579 RdNr.8;Bastian/Roth−Stielow/Schmeinduch, Vorbem.
zu§§1569 bis 1586b Rz,8.
(25) その理由は,夫婦は婚姻解消後も原則として互いに責任を負担するものであるか
ら,婚姻に関係した諸事情ばかりでなく,運命的な諸事情も扶養請求権を惹起し
てしかるべきであると説明されていた(VgL M赴nchner Kommetar, Vor§1569
RdNr.17)。
(26)Vgl. M廿nchner Kommentar,§1569 RdNr.18.
25
は,その後1986年の扶養法変更法により若干の修正を受けつつ,今日に至って
いる。
2 婚姻継続中における夫婦の扶養義務
離婚後の扶養について論じる前に,それが婚姻の余後効に含まれる夫婦相互
の経済上の共同責任原則のもとに認められている関係上,婚姻継続中における
夫婦相互の経済上の共同責任原則が,どのような性質および内容をもつもので
あるかについて,やや詳説しておく必要があろう。叙述の便宜上,婚姻生活共
同体(eheliche Lebensgemeinschaft)にぎける扶養i義務と別居中の扶養義務
とに分けて,論を進めていくことにする。
(1) 婚姻生活共同体における扶養義務(BGB 1360条∼1360条b)
一 1957無の男女同権法によって,夫婦の相互扶養義務の原則が,;初めて明記
された(BGB旧1360条1文)が,しかし,男女同権法は,主婦婚(Hausfrauen−
ehe)を前提として,妻の家政執行(Haushaltsf丘hrung)と夫の所得活動
(Erwerbst農tigkeit)を等価値とみなすことによって,男女の平等をはかろう
とするものであったから,夫は所得活動によって,妻は家政執行によって,各
自の扶養義務を履行するのを原則としていた(同2文)。この性別による役割
分担は,女性労働者の増加に伴い実情にそぐわない,あるいは婚姻の今日的理
(27)
解に反するものとなっていた。そこで,76年法は,主婦婚を婚姻の指導型とす
ることをやめて,婚姻生活共同体における役割分旭も,夫婦の自由な合意に任
せることにした(8GB 1356条,1360条)。
二 夫婦は互いに家族を扶養する義務を負う(BGB1360条1文)。この義務
は婚姻および婚姻生活共同体の現存を前提としたものであり,その履行によっ
て自己の適切な扶養が侵害される場合にも免れえない(生活保持義務)。扶養
を請求するにつき,要扶養状態にあることは必要でない。さらに,自己の貴に
(27)婚姻は平等な男女のパートナーシップによるべきものだから,婚姻類型は夫婦
の合意によってのみ,形成されるべきものであるというのがそれである。Vg1.
Wacke, in:M荘nchner Kommentar,§1360 RdNr.4.
26第1章西ドイツの離婚給付
より扶養需要を生ぜしめたことや,相手方に対して重大な過失を犯したことに
よって,請求権が制限されることもない。
家族扶養には,夫婦の個人需要(Eigenbedarf)のみならず,総ての家計費
(婚姻費用)が含まれ暮8’(BGB、36。条。、項)から,夫婦の間に生れた共通字
(29)
(gemeinschaftliches Kind)の扶養に関する費用も含まれるこどになる。
したがって,夫婦は互いに自らの扶養を請求しうるにとどまらず,共通子の扶
(30)
養に関しても自己の権利にもとづいて請求をなすことができる。さらに,夫婦
(31)
の扶養義務には,訴訟費用の立て替え義務も含まれる(同4項)。しかし,過
去の扶養料は,原則として請求されえず(同3項,BGB 1613条),また,夫婦
の一方のなした負担分を超える給付の償還を請求することも,原則としてでき
(32)
ないものとされている(BGB 1360条b)。
三 夫婦の相互扶養義務は,労働および財産によって履行されるべきもので
ある(BGB 1360条1文)。ただし,夫婦の一方(妻とは限らない)に家政の執
行が委託されているならば,その者は,労働に代って,家政の執行によって扶
養義務を履行すべきものとされている(同2文)。すなわち,家政の執行は,
所得活動や財産の提供と等価値の補充を必要としない扶養の分担とみなされて
(2$)、具体的に何が家族扶養に含まれるかについては,M伽chner Kommentar,
§1360a RdNr.3,5∼9.を参照されたい。
(29)夫婦の一方の親族(たとえば子)の扶養に関する費用は,個人需要にも家計費に
もあたらないくMUnchner Kommentar,§1360arRdNr.10)1
(30)子の親に対する固有の扶養諸求権(BGB 1601条以下)はl BGB 1360条からは
生じない(M髄nchner Kommentar,§1360a RdNr.11;Massfeller/Bδhmer, Das
gesamte Familienerecht,3. Aufl.1977,§1360 Anm.2)。
(31)政府草案は,夫婦間の訴訟については,この立て替え義務を除去しようとしてい
たが,結局は旧法(BGB旧1360条a4項)が維持された。だから,総ての扶養事
件,とくに離婚老間のそれに関しても,この立て替え義務が裁判所によって仮に命
じられうる(ZPO 127条a)。 Vg1. M近nchner Kommentar,§1360a RdNr.20ff.
(32)同条の推定は,家庭平和のために,できる限り夫婦間の不必要な争いは回避さ
れるべきであるとの見解にもとづいている(M伽chner Kommentar,§1360b
RdNr.1)。
27
いるのである。ただし,家政執行担当者も,家族扶養に必要な財産(例えば婚
姻住居としての家屋)の提供義務を負っている。また,所得活動に従事する他
方の収入が,家族の適切な扶養を充足しえず,しかも財産の売却も適切でない
場合には,事情に従って,とくにその教育や能力からみて,所得活動が期待さ
(33)
.れうる限りにおいて,所得活動に従事しなければならない。そのような場合に
は,夫婦は互いに協力し合い(BGB 1353条,1356条),家政の執行と所得活動
の二重負担を共同で負担し合わねばならない。これは,家政執行担当者が任意
(34)
に所得活動に従事している場合にもいえることである。
扶養の具体的な給付方法は,婚姻生活共同体によって要求されている方法に
よることとされている(BGB 1360条2項1文)。原則として,現物で(in natura)
給付することが要求される。家事や育児は,通例は人的に(persδnlich)履行
されるべきものだからである。家計費の供与は,現物給付原則の広範な例外と
されている。というのも,目用品や消耗品を現場で給付すべきものとすると,
家政執行担当者は総ての決定権を奪われることになり,自己の責任で家政を執
行する権利を侵害されるからである。もっとも,家計費供与のための金銭譲渡
(35)
そのものは,扶養義務の履行ではなく,その準備にすぎないといわれている。
(2)別居中の扶養義務(BGB 1361条)
一 以前からでも,別居中の夫婦の一方は,衡平に反しない限りにおいて,
他方に扶養を請求することができた(BGB旧1361条1項1文)。しかし,その
決定にさいしては,別居責任が考慮されていた(同1項2文)。ちなみ・に,夫
に別居責任がある場合には,それまで所得活動に従事していなかった妻は,原
則として,別居後も所得二二に従事する必要はなかった(同2項)。
これに対し,76年法は,別居中の扶養に関しても,性別による別異な取扱い
(33)’
アの例外的な労働義務は,以前は,妻についてのみ規定されていた(BGB旧1360
条2文後段)。
(34)この場合,以前は,、家政の執行と併せ,労働収入の一部をも提供すべきものとさ
れていた(M面chner Kommentar,§1360 RdNr.22)。
(35) M廿nchner Kommentar,§1360a RdNr.16よ
28第1章西ドイツの離婚給付
および有責主義を排除した。その結果,別居中の夫婦は,まず第一に,自己の
(36)
労働力と財産の活用によって,自らの生活費を支弁するよう努力しなくてはな
らない。それにもかかわらず扶養が必要ならば,給付能力のある他方に対して,
(37)
扶養を請求することができる。この場合に請求しうるのは,夫婦の生活状態・
所得状態・財産状態に相応する扶養である(BGB 1361条1項1文)から,原則
として,別居前の生活水準を維持するために必要な扶養を請求しうるものと解
(38)
されている。
二 別居中の扶養義務は,家族扶養に対する扶養義務ではないから,夫婦の
個人需要のみが含まれるにすぎない。だから,婚姻扶養の場合のように,共通
子の扶養を,自己固有の権利にもとづいて請求することはできない。この場合,
共通子の扶養は,その子を監護する一方が,「自己の名」において (子を代理
(39)
してではない),他方に請求することになる(BGB 1629条2項目3項2文)。
別居中の扶養には,通常の需要のみならず,特別需要にあてるための費用も含
まれるが,両者は,具体的な給付方法において異なっている。通常の需要(家
賃,食費,被服費など)については,金銭定期金(Geldrente)を給付する方
法によることとされている(BGH 1361条4項)。特別需要(医療費,入院費,
引越しの費用など)については規定はないが,定期金に割増金を付加する方法
(40)
または,現物給付の方法で行われるものと解されている。なお,別居中の扶養
(36)財産を売却する必要はなく,その収益のみを充当すれば足りる。扶養義務者が扶
養の支払いを拒んだために,やむを得ず所得活動に従事した場合には,その労働収
入は,扶養請求権を減じないとされている。Vgl. M賛nchner Kommentar,§1361
RdNr.7.
(37) 別居前の生活水準,夫婦の年齢および健康状態,監護すべき子の数と年齢,教育
程度,社会的地位などがこれに含まれる(M廿nchner Kommentar,§1361 RdNr.
5.)。 .
(38)M髄nchロer Kommentar,§1361 RdNr.5.
(39)そのさい,子の扶養に関して父母の一方が得た判決および父母が締結した裁判上
の和解は,子にとってそれが有利か不利かにかかわらず,その子にも及ぶ(BGB
1629条3項2文)。それゆえ,家庭裁判所は,子の福祉のために必要であるとき
は,職権で子の扶養請求縫の主張のために保護人(Pfleger)を選任することができ
る(BGB 1672条)。
(40) M茸nchner Kommentar,§1361 RdNr.20.
29
には,離婚訴訟係属期間中の老齢および職業,ないし所得不能年金のための保
険料も含まれる(BGB 1361条1項2文)。これは,年金権の調整によって年金
権を分与された配偶者について,婚姻中所得活動に従事していなかったために
(41)
生じうる保険期間の間隙を埋めるために考えられた措置である。
三 別居は,それまで所得活動に従事していなかった配偶者の扶養を害する
ものであるから,その点を考慮して,所得活動の引き受け強制からこの者(以
前は妻のみ)を保護するための規定が置かれている(BGB 1361条2項)。具体
的には,所得活動に従事していなかった別居配偶者は,所得活動が期待されう
(42)
るときに限り,所得活動を義務づけられるにすぎず,実際にこの者に所得活動
が期待されうるか否かは,婚姻の継続期間および婚姻前ないし婚姻継続中に従
(43)
凹していたことのある所得活動を基準として,判断されることになっている。
過去の所得活動からえた知識や熟練度が高ければ高い程,そして婚姻期間が短
かければ短い程,それだけ早く所得活動につくことが期待されうるからであ
る。もっとも,所得活動に従事していなかった者が,未成年の共通子を世話し
なければならない場合,老齢または病気である場合には,所得活動に従事すべ
(44)
き義務は制限ないし排除されうると解されている(BGB 1570∼1572条参照)。
なお,一度も所得活動に従事したことのない者にも,とくに若年である場合に
は,上のような事情が存しない限り,所得活動が義務づけられると解されてい
(41)年金期待権の調整のさいに基準とされる婚姻期間は,訴訟係属中の離婚の申立に
先立つ月の終りで終了する(BGB 1587条2項)のに対し,離婚後の扶養として年
金保険の保険料の支払を請求しうるのは,離婚判決が確定したときとされている
(BGB 1564条,1569条,1578条3項)から,その間に間隙が生ずることになる。
(42)だから,適切な所得活動をみつけるまでの暫定期間についても,扶養を請求しう
る(MUnchner Kommentar,§1361 RdNr.17)なお,適切な所得活動とは,教育
程度や社会的地位などに適した所得活動をいう(ders. RdNr.15)。
(43) その他あらゆる事情が斜酌される。とくに,その時々の景気は大きな要因とな
る(Manchner Kommentar,§1361 RdNr.エ7)。
(44)BGH, FamRZ 1980,981串NJW 1980,2247;vgL Munchner Kommentar,§1361
RdNr.15., Massfeller/Bδhmer,§1361 Anm.5.
30第1章 西ドイツの離婚給付
(45)
る。
これに対し,権利者の要求が不当なものとならないように,別居中の扶養に
も,離婚後の扶養に関する=苛酷条項(BGB 1579条1項2∼7号)が準用されて
いる(BGB 1361条3項)。だから,別居中の扶養請求権は,義務者に対して重
罪もしくは故意の軽犯罪を犯したり,故意に要扶養状態を生ぜしめたとき,そ
の他同程度の重大な事由が存するときには,制限ないし排除されうる。
四 別居中の扶養に関する事件は,家族扶養に関する事件と同様に,個別の
民事訴訟法上の家事事件として,家庭裁判所の専属管轄に属する。それは離婚
認容に付随する事件ではないから,実際には離婚後の扶養と一緒に問題とされ
ることがあるにもかかわらず,離婚事件およびそれに付随する事件と結合して
審理することはできないとされている。
3 離婚後扶養の一般原則
一 夫婦の一方は,離婚後,自己の生活費を自ら支弁しえないとき,すなわ
ち,BGB 1570条∼1576条に列挙された扶養要件事実の少くとも一つが存すると
きには,他の一方に対して,扶養を請求することができる(BGB 1569条)。この
規定から,離婚後の扶養に関する一般原則一すなわち,離婚後は,夫婦は,
原則として,自己の生活費を自ら支弁すべきである(自己責任原則)が,しか
し,婚姻,とくに婚姻中の役割分担に関連して,夫婦の一方に扶養の必要が生
じている場合には,他の一方は,この者を扶養しなければならない(共同責任
原則)との一般原則一が明らかになる(BVerfG, FamRZ 1981,745)。離婚
後の扶養請求権の法的性質は,有責配偶者に対する処罰または無責配偶者に対
する補償ないし損害賠償を目的とするものではなく,純粋に婚姻の余後効とし
て生ずる夫婦の共同責任に基づく家族法上の請求権であると説明されている。
二 このような一般原則にもかかわらず,BGB 1570条以下に定められた扶養
要件事実は,必ずしも婚姻と扶養需要との間に因果関係を求めるものとはなつ
(45) MUnchner Kommentar,§1361 RdNr.15.
31
ていない(BGH, FamRZ 1981,1163−NJW 1982,40;FamRZ 1983,800)。
また,扶養要件事実の数が多く,たいていそのどれかにひっかかってしまうた
め,実際に離婚した夫婦の一方が自己の所得から生活費を支弁することが考慮
されうるのは,共働き夫婦,子無しの若年夫婦,婚姻期間の短い夫婦が離婚す
る場合に限られるといわれている(KG, FamRZ 1978,692)。さらに,共働き
夫婦の場合でも,離婚時における夫婦の所得に格差があるときには,やはり扶
養要件の一つに該当することになる。だから,現在の婚姻形態や労働市場状況
のもとでは,婚姻が破綻した場合,自己責任原則のゆえに離婚配偶者の扶養請
求権が否定されることはめつたになく,そのほとんどのケースで,扶養問題の
(46)
調整が必要にならざるを得ないということになる。
三 離婚後の扶養に関する事件も,民事訴訟法上の家事事件として,家庭裁
判所の専属管轄に属する。離婚後の扶養の申立が離婚の申立と一緒に,または
離婚訴訟係属中に提起された場合には,離婚後の扶養に関する事件は,離婚事
件およびそれに付随する事件と結合され,同時審理・伺時裁判されることにな
っている(ZPO 621条,623条)。
もっとも,結合されるべき事件の申立を提起するか,あるいはいつ提起するか
は,当事者の自由に委ねられているから,離婚判決確定後に扶養の申立を単独
で提起することもできる。離婚後の扶養請求権は,離婚判決の確定をまって初
めて発生するものであり(BGH, FamRZ 1981,242−NJW 1981,978),しかも
その確定した日に直ちに効力を生ずる(BGH, FamRZ 1984,256耳NJW 1984,
2041)。なお,離婚訴訟係属中に,離婚判決が確定したならば行使されること
になる扶養請求権を担保しておくために,扶養義務を定める仮命令(einst−
weilige Anordnung)が裁判所によって発せられることもある(Zや0620条)。
4 扶養の要件
離婚後における扶養は,①共通子の監護・教育(BGB 1570条),②老齢(BGB
(46) G.Griesche, Obersicht曲er die Rechtsprechung zum neuen Unterha互tsrecht
gemaB Uem 1. EheRG, FamRZ 1981,424,
32 第1章 西ドイツの離婚給付
1571条),③疾病(BGB 1572条)のために,あるいは,④適切な所得活動(BGB
1574個口を得ることができない(BGB 1573条1項),もしくは,⑤適切な所得
活動からの収入が十分でない(同2項)ために,または,⑥修学(BGB 1575
条),⑦その他重大な事由により,所得活動に従事することが期待できない
(BGB 1576条)ために,⑧離婚した夫婦の一方が扶養を必要としている場合
に,⑨義務者である他の一方の給付能力に応じて(BGB 1581条)与えられるも
のである。それでは,各要件ごとに二二していくことにしよう。
(1) 共通子の監護・教育
一 まず第1は,離婚した夫婦の一方が,共通子の監護・教育のために,所
得活動に従事しえないことである。これに基因して生ずる扶養需要は,常に婚
(47)
姻に関連したものであり,また,最重要かつ最多のケースでもあるから,立法
者は,この要件事実を第1にあげるとともに,他の要件事実にもとつく扶養請
求権に比べて強力なものとした。すなわち,この扶養請求権は,①いったん消
滅しても,監護・教育の必要が生じたときには,いつでも復活しうるし(BGB
1577条4項,1586条a),②適切な所得活動につけない場合の暫定扶養や適切
な所得活動からの収入が十分でない場合の補充扶養について設定された期間制
限(BGB 1573条5項)の適用がなく,③義務者が再婚したときでも,常に,新配
偶者の扶養請求権に優先するのである(BGB 1582条1項2文)。さらに,④離婚
後における共通子の監護・教育期間は,婚姻期間と同様の取扱いをうけている
(BGB 1571条2号,1572条2号,1574条2項,1582条1項3文)から,子の監
護・教育が,離婚上しばらくしてから終了したとしても,その時点に,他の扶養
要件事実が生じていれば,引き続き扶養をうけることができるのである。なお,
この扶養請求権について,苛酷条項の適用による制限ないし喪失を一律排除し
ていた規定(BGB 1579条2項)は,1986年の扶養法変更法によって削除された。
(47)離婚に関係した未成年子の数は,1956年以来絶えず増加し続けており,離婚件数
の増加率を上回っている。そして,離婚後再婚しない女性の多くは,たとえ義務教
育子を世話しているとしても,所得活動に従事しなければならなかった。そのこと
を離婚婦の生業率の高さが示している(M肋chner Kommenter,§1570 RdNr,5)。
33
二 肇護・教育による扶養は,監護・教育を必要とする共通子がいるために,
親権者たる離婚配偶者に所得活動を期待しえない間,そしてその限りにおい
て,請求することができる(BGB 1570条)。ここに「共通子」とは,夫婦の嫡
出子,準正子,共同養子を意味するから,非嫡出子や連れ子の場合には,たと
え,婚姻中に相手方の同意を得て,その子を,共岡の世帯に収養していたとい
う事情があっても,子の監護・教育による扶養は認められない。この場合に
は,BGB 1576条の重大な事由による扶養の問題となる。里子(Pflegekind)
の場合も同様である (BGH, FamRZ 1984,361−NJW 1984,1538;FamRZ
1984,769−NJW 1984,2355)。なお,共通子が成年に達していても.その子が
介護を必要とする状態にある場合には,本条の適用がある(BGH, FamRZ
1985,357−NJW 1985,909)。
三 共通子を監護・教育している離婚配偶者に所得活動を期待しえないか否
かは,扶養義務者の経済状態や扶養能力を考慮に入れて判断しなければならな
い(BGH, FamRZ 1983,569−NJW 1983,1548;FamRZ 1983,996−NJW
1983,2243)。さらに,子を世話している配偶者の別居後ないし離婚後における
具体的な状態が,重要な判断基準となる(BGH, FamRZ 1988,145)。いわゆ
る問題児の世話に必要な平均以上の出費も,考慮されなければならない(BGH,
FamRZ 1984,769−NJW 1984,2355)。
具体的に,何歳ないし何人の子を監護・教育している場合に,所得活動が期
待されえないとされるかが聞題となる。まず,子の年齢については,一般に認
められているところによれば,子が義務教育年齢に達しない場合には,親は,
その世話を他人に委ねるよう要求されるものではなく,自身で世話する権利を
有するから,離婚配偶者は,パートタイム労働すらも期待されえないとされる
(vgL BGH:, FamRZ 1980,1099−NJW 1980,2811)。もっとも,子が学齢期
.に達していても,比較的学業時間の短い8歳以下の子については,その子を
監護する離婚配偶者に所得活動を期待することはできない(BGH, FamRZ
1983,456−NJW 1983,1427;FamRZ 1984,356−NJW 1984,1537)。また,9
歳の子を監護・教育する場合にも,終日にわたる所得活動を期待することはで
34第1章西ドイツの離婚給付
きない(BGH, FamRZ 1984,364)。ちなみに,連邦通常裁判所は,・一般に,
11歳から15歳までの義務教育子については,その親権者は,子が学校に行って
いる間,パートタイム労働に従事しうるとして,パート蛍働の引受義務を基本
的に肯定する立場をとってきた(BGH, FamRZ 1979,571;1980,40「;1980,
771;1981,17;1981,752;1988,256)。そして,16歳位の子になれば,その子
を監護・教育している親も,終日労働につくことができるのが通例であるとし
ている(BGH, FamRZ 1984,149−NJW 1984,292;FamRZ 1983,569雷NJW
1983,1548;FamRZ 1985,50−NJW 1985,429)。
子の人数が増えれば,子を監護・教育している離婚配偶者は,原則として,
子を1人だけ世話している場合よりも,所得活動を期待される程度は低くなる
(BGH, FamRZ 1982,148−NJW 1982,326)。ただし,その判断にあたって
は,個々のケースの諸事情,例えば要扶養配偶者の年齢,健康状態,考えられ
る所得活動の種類,婚姻継続中の生活状態などを考慮しなくてはならない。だ
から,例えば婚姻中からすでに職業活動に従事していた離婚婦(7歳と9歳の
子の親権者)に対しては,その継続従事を要求する(BGH, FamRZ 1981,
1159)のに対し,婚姻中専ら家事・育児に専念していた離婚婦(11歳と12歳の
子の親権者)に対しては,パート労働の引受義務すらも否定していた(BGH,
FamRZ 1982,148)。しかし,子が2人であっても,2人とも15歳以上であれ
ば(本件では15歳と16歳半),終日従業は可能とされている(BGH, FamRZ
1984,151−NJW1984,294)。なお,子が3人いる場合については,14歳未満の
子3人を世話している母親には,所得活動は期待されえないとしたものがあっ
た(BGH, FamRZ 1982,365=NJW 1982,1050)。
(2)老 齢
つぎは老齢である。この老齢による扶養は,離婚その他一定の時点に,老齢
のために所得活動を期待できないときに問題となる(BGB 1571条)。この老齢
による扶養は,婚姻締結時にすでに所得活動を期待できない年齢に達していた
場合にも認められる(BGH, FamRZ 1982,28−NJW 1982,929;929;FamRZ
1983,150−NJW 1982,683)。
35
一般に認められているところによれば,現状からして,55歳の離婚婦の再就
職は,原則として期待されえない。これに対し,婚姻中から所得活動に従事し
ていた場合には,54歳の女性にも,離婚後,同様の所得活動が期待されうるも
のとされている(OLG Kδ1n, FamRZ 1980,1006)。ただし,公法上の老齢年
金の一般受給年齢である65歳に達した者に対しては,通常は,所得活動をもは
や期待しえないと,一般に解されている。
(48)
いずれにしても,離婚年齢は年々低下する傾向にあり,実際上,老齢による
扶養は,限定的な意味しかもちえないであろうといわれている。そして,実際
にも,老齢による,あるいは,それに伴う疾病による扶養の請求に関する判例
の数は,少くとも公表されたものを見る限りでは,ごく僅かしかない。
(3)疾 病
第3は疾病である。この疾病による扶養は,疾病ないしその他の疾患,また
は肉体的・精神的虚弱のために,離婚その他一定の時点に,所得活動を期待しえ
ないときに問題となる(BGB 1572条)。この扶養の場合には,疾病等が婚姻によ
って惹起せしめられたことは要求されていないから,それが上の時点に存して
いさえすればよく,婚姻前から脚力していようが,婚姻中に発病しようがかま
わないとされている(vgl, BGH, FamRZ 1981,1163−NJW 1982,40)。また,
離婚の時点に一部所得不能状態が生じていれば,その乱しばらくして所得:不能
になった場合にも,扶養を請求することができる(BGH, FamRZ 1987,684−
NJW 1987,2229)。これに対し,疾病等が上の時点に全く存在せず,「その後に
(49)
初めて生じたのであれば,疾病等による扶養を請求することはできない。この
場合には,BGB 1576条の重大な事由による扶養の問題となる。また,発病の
(48)50歳以上の離婚者は,1961年には男が7人に1人,女が12人に1人,1970年には
男が10人に1人,女が16入に1人であった。ちなみに,1970年における平均離婚年
齢は,男が36.9歳,女が34歳であった(vgl. M荘nchner Kommentar,§1571
RdNr.6)。
(49) BGH Urteil v.23.3.1983(Hoppenz, Familiensachen−Kommentar anhand
der Rechtsprechung des Bundesgerichtshofs,3. Auf1.(1989),S.77)。
36第1章西ドイツの離婚給付
さいに,すでに自己の所得により継続的に生活費を確保していたとき(BGB
1573条4項)や,いったん全快した後に新たに発病したときにも,疾病による
扶養は請求しえないと,一般に解されている。
精神障害(seelische Stδrung)による所得不能の場合にも,それが強制保険
や社会保険法におけると同程度の状態にあれば,扶養を請求することができ
る。しかし,ノイローゼについては,扶養法においても常に慎重である必要が
ある(BGH, FamRZ 1984,660−NJW 1984,1816)。なお,実務の取扱いによ
れば,アルコール中毒や薬物中毒も,ここにいう所得活動を期待しえない疾病
とされている(BGH, FamRZ 1980,1042;OLG Karlsruhe, FamRZ 1980,
1125;OLG Stuttgart, FamRZ 1981,963)。
(4)適切な所得活動につけずにいること
一 第4は,適切な所得活動につけずにいることである。この暫定扶養の請
求は,離婚配偶者が,BGB 1570条∼1572条によるいずれの扶養請求権も有して
いない場合,すなわち,所得活動の引受義務を負っている場合に,適切な所得
活動を見出せないでいる問,そしてその限りにおいて認められている(BGB
1573条1項)。この暫定扶養は,補充的性格を有するものであるから,その許
否の判断にあたっては,BGB 1570条∼1572条の要件事実が存しないかを,予め
判断しておく必要がある(OLG Stuttgart, FamRZ 1979,1018)。所得活動に
ついていないことと婚姻との間に因果関係があることまでは必要でなく,単に
婚姻継続中に職業に従事していなかったという事実と,ただなんとなく婚姻に
関連して扶養の必要が生じていれば,暫定扶養を認めるに十分である(BGH,
FamRZ 1980,126−NJW 1980,393)。ただし,離婚との時間的つながりがある
ことを要する(BGH, FamRZ 1987,684−NJW 1987,2229)。
要扶養配偶者が別居期間中にBGB 1361条により義務づけられた所得活動に
従事していたかどうかは,あまり重要でない。それは,むしろBGB 1579条3号
に従って,故意に要扶養状態を惹起したかどうかの問題となる(BGH, FamRZ
1986,1085)。別居与すぐに職場を捜す努力をせずに教育をうけ始めた場合に
は,労働市場の状況からして,教育をうけた方が仕事をみつけやすいのであれ
37
ば,一定期間の教育の継続は甘受されるべきである(BGH, FamRZ 1986,
1085)。また,BGB 1575条の修学による扶養請求の要件を満たしていない場合
であっても,BGB 1574条3項により離婚配偶者が教育を義務づけられるとき
には,必要な教育の期間について,本条の暫定扶養が認められる(BGH, Fam−
RZ 1984,561−NJW 1984,1685)。ただし,その扶養の期間は,教育の修了が
期待でき,それによって所得活動をみつけられる公算のある教育の期聞に限ら
れる(BGH, FamRZ 1986,553−NJW 1986,985)。
この抹養請求が認められるためには,適切な所得活動をみつけるために,
あらゆる努力をしたこと,しかし,その努力が水泡に帰したことが必要であ
る。ここにいう 「あらゆる努力」とは,単なる労働官庁の職業紹介では十分
でなく,例えば,新聞や雑誌に求職公告を出したり,求人広告を見て行動を
起こしたりすることによって,離婚配偶者が,自ら尽力した場合のそれである
ことを要するものと解されている(OLG Hamm, FamRZ 1980,218;BGH,
FamRZ 1986,244−NJW 1986,718)。そして十分な努力をしていれば,現実
に就業の機会があったと思われる場合には,扶養の訴は棄却される(BGH,
FamRZ 1986,885;FamRZ 1987,144−NJW 1987,898)。ただし,その判断にあ
たっては,具体的な諸事情を考慮しなければならない(BGH, FamRZ 1987,
912)。
二 離婚配偶者が適切な所得活動からの収入を失い自らの生活費を継続的に
確保することができなくなった場合にも,扶養を請求することができる(BGB
1573条4項1文)。別居前から所得活動に従事していたか,別居中または離
婚後に所得活動に従事したのかによって,異なることはない(BGH, FamRZ
1985,53麟NJW 1985,430)。この扶養請求権は,離婚の時点に一定の生活状態
のゆえに生活費を継続的に確保することが期待できたからといって,一般的に
否定されるものではない(BGH, FamRZ 1987,689−NJW 1987,3129)。また,
離婚時に仕事についてはいるが,疾病のために近い将来仕事をやめざるを得な
い場合には,生活費の継続的確保そのものが要求されないと解されている
(BGH, FamRZ 1985,79レNJW 1985,1699;FamRZ 1985,1234=NJW 1986,
38第1章 西ドイツの離婚給付
375)。なお,自己の生活費が継続的に確保されなくなったことについては,
扶養を請求する配偶者が立証責任を負う(BGH, FamRZ 1985,1234−NJW
1986,375)。
三 ところで,離婚配偶者は,自分に適した所得活動一すなわち,教育・
能力・隼齢・健康状態,および婚姻中の生活状態に応じた所得活動一にだけ従
事すればよいとされている(BGB 1574条)。だから,離婚配偶者に対して,生活
費の一部でも支弁するために,とりあえず何らかの仕事につぐよう要求するこ
とは許されない(OLG Zweib出cken, FamRZ 1981,148;OLG Hamm,
FamRZ 1980,258)。また,所得活動が適切か否かの判断にあたっては,婚姻
前に従事していた仕事は判断基準とされず,婚姻中の生活状態が重要な基準と
されている。だから,婚姻前に:不熟練労働に従事していた妻が,結婚後,その
仕事をやめて,家事育児に専念している場合,妻は,離婚後も,婚姻前の仕事
に戻るよう強制されることはなくダ婚姻中と同様に,夫の昇格による利益の分
配にあずかることができ,また,婚姻前に店員をしていた夫が,夫婦の合意に
従って,結婚後その仕事をやめて,大学教育をうけている場合にも,夫は,離
婚後,もとの仕事に戻るべく,』
、究を中断する必要はないとされた(BGH,
FamRZ 1980,126−NJW 1980,393;FamRZ 1981,439)。
(5)適切な所得活動からの収入が十分でないこと
第5は,適切な所得活動からの収入が十分でないことである。この補充扶養
は,現に適切な所得活動に従事しているが,その収入だけでは,自己の生活費全
部をまかないきれないときに問題となる(BGB 1573条2項)。この規定から,
離婚配偶者は,自己の生活費を十分にまかなうことのできない所得活動であ
っても,それが適切なものであるかぎり,従事を義務づけられることが明らか
になる。子の監護・教育のためにパート労働しか期待されない場合には,BGB
1570条の問題となるから,むしろ本条は終日労働による収入が十分でない場
合を前提にしているものと解される(BGH, FamRZ 1987,1011−NJW 1987,
1282;FamRZ 1988,701−NJW 1988,2034)。扶養権利者が所得活動を得るた
めに十分な努力をしていない場合であってもヂ所得活動を得たとして擬制的に
39
算定し「た収入が十分でなければ,補充扶養を請求することができる(BGH,
FamRZ㌔・1988,927−NJW 1988,1219)。
(6)修 学
第6は,修学である。この修学のための扶養は,婚姻によって中断された学
校教育ないし職業教育を再開する場合(BGB 1575条1項),および,婚姻によ
って生じた不利益を除去するために教育をうける場合(同2項目に,請求する
ことができる。本条の要件が存しない場合であっても,、BGB 1574条3項に従
って,離婚配偶者が,適切な所得活動を得るために教育をうけることを義務づ
けられるどきは,例外的に,その就学期間について扶養を請求することができ
る(BGH, FamRZ 1984,561−NJW 1984,1685)。
1項目扶養を請求するには,婚姻を期待して,または婚姻中に中断もしく
は断念した教育と同一,またはそれに相当する教育を再開する場合であるこ
とを要するとされている。婚姻のために教育を中断したことまでは必要でない
(BGH, FamRZ 1984,561−NJW 1984,1685)。すでに職業教育を修了してい
る場合には,よσ高い職業上の地位を得るために新たな教育をうけるため
に,この扶養を請求することはできない(BGH, FamRZ 1985,782−NJW
1985,1695)。また,自営業を始めるために必要な許可を得るための教育も,こ
こにいう相当な教育には当たらない(BGH, FamRZ 1987,95−NJW 1987,
2233)。』
2項の扶養を請求するにも,修了した教育を基礎にして,補習教育または再
教育によって,職業上の昇格が実際に見込まれることを要するζされている。
ただし,大学教育はこの範囲には含まれない(BGH, FamRZ 1985,782−NJW
1985,1695)。だから,たとえ婚姻によって隼じた不利益を除去するためであ
っても,.、すでに修了した教育や適切な職業経験と全く異なる種類の教育を開
始するために,この扶養を請求することはできないと解されている(BGH,
FamRZ 1987,795−NJW 1987,2233)。
こ.の修学による扶養を請求しうる期間は,、平均就学期間の間とされている
(BGB 1575条1項2文)。ただし,そのさい,婚姻に関連して生じた遅延が=考
40第1章 西ドイツの離婚給付
慮されることになっている(同3文)。注意を要する点である。ちなみに,夫
婦の一方が長期間病床に伏しているにもかかわらず,夫婦が,いったん建てら
れた教育プランを堅持している場合には,病気による教育の遅延は,修学に
よる扶養を排除しないとされた(BGH, FalnRZ 1980,126謹NJW 1980,393)。
また,共通子の監護・教育のために,教育に専心できずに遅延した場合にも,
就学期間は相応に延長されうると一般に解されている。
もっとも,修学のための扶養をうけてせっかく教育を修了したが,結局は適
切な所得活動につけなかったということも起こりうる。この場合には,BGB
1573条による暫定扶養を請求することができる。しかし、暫定扶養の請求にあ
たって,相手方の費用負抵で得た高い教育水準を,その判断基準とすることは
衡平に反する。だから,暫定扶養を請求しうるのは,そのような教育をうける
前の教育水準から見て,適切な所得活動に従事しえないときに限るとされてい
る(BGB 1575条3項)。
(7) その他重大な事由
一 最後は,その他重大な事由があるときである。すなわち,離婚配偶者は,
その他重大な事由によって所得活動を期待することができず,かつ,夫婦双方
の利害関係からして,扶養を認めないことが著しく不当となるとき,そしてそ
の限りにおいて,扶養を請求することができる(BGB 1576条1文)。この規定に
よって,立法者は,列挙主義の弊害を除去し,要扶養配偶者が,扶養請求権を
否定されたまま放置されることがないように配慮したといわれている(OLG
D丘sseldorf, FamRZ 1980,585)。しかし,この規定は,連邦参議院の主張し
ていた一般条項に代わるものではなく,補充的なものにすぎないから,その適
用にあたっては,まず他の要件事実による扶養が可能かを吟味する必要がある
(BGH, FamRZ 1984,361−NJW 1984,1538)。所得活動を期待することがで
きない重大な事由があり,そのために要扶養状態が生じていれば,そのことと
婚姻との問に因果関係があることは,必ずしも必要ではない(BGH, FamRZ
1983,800)。
それでは,具体的に,どのような場合に,この重大な事由による扶養が認め
られているであろうか。上級地方裁判所においてしばしば問題とされてきたの
41
は,要扶養者たる離婚配偶者が,共通子でない自分の子(前出の子や非嫡出
子)を世話しているために,所得活動に従事することができない場合の扶養に
ついてであった。連邦通常裁判所は,これを重大な事由にあたるとはしたもの
の,それだけでは扶養請求権の拒絶が著しく:不当であることにはならないとし
た(BGH, FamRZ 1983,800)。里子についても,同様である。里子の受入れ
について里親が共同責任を負っているか,里子と里親の生活関係や里子の里親
家庭での成育歴などの事情が考慮される(BGH,1984,361=NJW 1984,’1538)。
著しい不当の判断にあたっては,里子の福祉が特に重視される(BGH, FamRZ
1984,361−NJW 1984,1538)。このほかに,重大な事由による扶養が認められ
うる場合として,学説上あげられているのは,①一方が他方の同意を得て,自
分の近親者(親など)を共同の世帯に収養していた場合,②離婚配偶者が病気
になったが,離婚時には継続的に扶養が確保されていたために,:BGB 1572条お
よび1573条による扶養を請求することができない場合,③離婚配偶者が婚姻中
に,特別な生活給付を提供していた場合,例えば,夫の修学を可能にするため
に,妻が所得活動と家事を一手に引き受けていた場合,妻が舅姑の看病や身の
(50)
回りの世話をしていた場合などである。
二 重大な事由は,それが婚姻の破綻を招来したことを理由としてのみ考
慮されてはならないとされている(BGB 1576条2文)。この注意規定は,離婚
後の扶養が,もっぱら経済的観点に従って与えられることを確認したにすぎな
い。もっとも,婚姻上の義務に反する有責行為の=考慮を完全に排除しているわ
けではない。だから,それが例えば長期間にわたる継続的な義務違反であり,
配偶者に及ぼす影響が大きいためにとくに重大であるといった事情があれば,
これを重大な事由として考慮することはできる(BGH, FamRZ 1984,361−
NJW 1984,1538;vgl, BGH, FamRZ 1983,32嗣NJW 1983,117)。
(8)権利者が扶養を必要としていること
一 離婚配偶者は,これらの要件事実が存するからといって,当然に扶養を
(50) M丘nchner Kommentar,§1576 RdNr.4ff,;A. Diekmann, Die Unterhalts−
ansprUche geschiedener und getrennUebeader Ehegatten nach dem 1. EheRG
vom 14。 Juni 1976, FamRZ 1977,97 usw.
42第1章西ドイツの離婚給付
請求しうるわけではない。扶養の請求にあたっては,これらの事実の存在によ
って,扶養需要が生じていなければならない。だから,離婚配偶者は,自己の
収入および財産を,自己の生活費にあてても,なお生活することができないと
きに,初めて他の一方に対して,離婚後の扶養を請求することができる(BGB
1577条1項)。まずは,離婚配偶者が自己の生活費にあてるべき収入である
が,労働収入を初めあらゆる種類の収入がこれにあたるとされている(BGH,
FamRZ 1980,771−NJW 1980,2081;FamRZ 1981,541−NJW 1981,2462)。
実際に所得活動をして得る収入ばかりでなく,得ることができるにもかかわら
ず,それを怠っているために実際には得ていない収入も,擬制的収入として考
慮されることになる(BGH, FalnRZ 1980,126−NJW 1980,393;FamRZ
1988,159=NJW 1988,2371)。
財産収益も,夫婦の一方に実際にはいる価額について,扶養需要を減じる収
入にあたるとされている。そのさい,金銭価値の変動によって生じた損害を調
整するために,控除が行われることはない(BGH, FamRZ 1986,441−NJW
1986,682;FamRZ 1988,1115−NJW 1988,1282)。また,財産収益の考慮にあ
たっては,収益をもたらす財産が婚姻に関わるものであるかどうかは重要でな
いとされている(BGH, FamRZ 1985,354)。だから,例えば,夫婦の所有住
宅の売却により扶養権利者の得た金銭からの収益(BGH, FamRZ 1985,354),
付加利得の調整により扶養権利者の得た財産からの収益(BGH, FamRZ
1985,357−NJW 1985,909),給付されている扶養料を節約して貯めた金銭から
の収益(BGH, FamRZ 1985,582−NJW 1985,1343)なども,権利者の収入
として,考慮されることになる。さらに,慰謝料による財産収益も,扶養需
要を減じる収入と解されている(BGH, FamRZ 1988,1031富NJW 1988,
1093)。
これらの収入のほか,労働賃金と同じ機能をもつ失業手当や所得不能年金
も,ここにいう権利者の収入に含まれるとされている (BGH, FamRZ 1983,
5745NJW 1983,1481;vg玉. BGH, FamRZ 1981,1165;FamRZ 1982,579)。
これに対し,補充的性格を有する社会給付は,その給付額の算定にあたって離
43
婚後の扶養請求権がすでに考慮されているから,扶養需要を減じる収入にはあ
たらないとされている(BGH, FamRZ 1987,456−NJW 1987,1551)。だか
ら,社会扶助給付(BGH, FamRZ 1984,364)や失業扶助給付(BGH, FamRZ
1987,456−NJW 1987,1551),離婚によって復活した前婚からの寡婦年金
(BGH, FamRZ 1986,889−NJW 1986,1194)は扶養需要を減じない。また,
連邦教育促進法による教育奨励金も,原則として補充的性格を有するから,こ
こにいう収入にはあたらないと解されている(BGH, FamRZ 1980,126−NJW
1980,393)。しかし,子の需要のために使われなかった児童手当や里子手当は,
扶養法上,児童手当の受取人や里親の収入とみなされ(BGH, FamRZ 1984,
769−NJW 1984,2355;FamRZ 1985,917−NJW 1985,2590),また住宅手・当も
その受給者の収入とされている(BGH, FamRZ 1980,771−NJW 1980,2081;
FamRZ 1982,587−NJW 1983,684)。
二 これに関連して問題となるのは,扶養権利者が,別居または離婚後に,
新たなパートナーと事実上の婚姻関係にはいった場合の取扱いである。この場
合には,たとえ権利者が,離婚配偶者に対する扶養請求権が再婚により消滅す
る(BGB 1586条1項)ことを回避するために,事実婚にとどまっているよう
なときでも,その事実婚を理由として,扶養請求権が苛酷条項により排除され
ることはない。婚姻の破綻後は,夫婦の一方は,他方に対して,もはや貞操義
務を負っていないからである。
この場合には,常に,権利者の扶養需要について,特別な審理が行われること
になる。権利者が新パートナーと事実上の婚姻共同生活をしている場合には,
権利者の扶養需要は,新パートナーからの金銭給付によって,一部または全部
喪失せしめられる可能性があるからである。この問題について,連邦通常裁判
所は,事実上も経験則上も,扶養権利=者が新パートナーによって相当に扶養さ
れるものと推定することはできない(BGH, FamRZ 1980,879)として,新パ
ートナーから提供される給付を擬制的に権利者の収入とみなし,その限りで権
利者の扶養需要は全部または一部消滅するとした(BGH, FamRZ 1980,40=
NJW 1980,124)。そして,新パートナーからの特別な給付がなくても,扶養権
44第1章西ドイツの離婚給付
利者が新パートナーのために家政執行などの労務を提供している場合には,権
利者は自己の労務に対する適切な報酬を得ているものとみなされ,これが扶養
料の算定にあたって算入されなければならないとする(BGH, FamRZ 1980,
665−NJW 1980,1656;FamRZ 1983,146犀NJW 1983,933)。そのさい,この
適切な報酬の価額をどのように評価するかが問題となるが,主婦の傷害または
死亡の場合における損害賠償の評価基準が参考になる(BGH, FamRZ 1984,
662−NJW 1984,2358)。もっとも,そのような収入が考慮されうるのは,新
パートナーが自己の生活費を支弁して,なおその支払いをすることができる場
合に限られるものとされている(BGH, FamRZ 1983,146−NJW 1983,933;
FamRZ 1985,273−NJW 1985,806;FamRZ 1987,1011−NJW 1987,1282)。
三 扶養需要に関して特に問題なのは,権利者が必要にせまられて,本来は
期待されえない所得活動に従事している場合,それによって得た所得も,ここ
にいう権利者の収入に算入されるのか,算入されるならば,どの程度かの問題
である。ちなみに,権利者の収入は,義務者が完全な扶養を与えることができ
ないないときは,原則として算入されず,ただその収入が完全扶養を超えると
きにかぎり,衡平に従って算入されうるとされている(BGB 1577条2項)。
本条の適用にあたって,連邦通常裁判所は,権利者による所得活動の引受け
が,債務者の扶養義務の不履行によって誘発されたかどうかは,問題にならな
いとする(BGH, FamRZ 1983,146−NJW 1983,933)。また,権利者の期待さ
れえない所得活動からの所得のうち,本条によりどの程度のものが算入されな
いままとされるかについては,債務者の給付がどの程度完全扶養を下回るかを
基準に判断するべしとする。そして,本条により算入されることになった収入
は,最終的な扶養料額の算定にあたって考慮されるのではなく,権利者の期待
されえない所得活動からの所得を考慮しなければ扶養義務者が負う1ことになる
扶養料の価額から,直接控除されるものと解している(BGH, FamRZ 1983,
1461−NJW1983,933)。しかし,期待されえない所得活動からの所得が本条に
より算入されうる場合であっても,権利者の方は生活維持のためにもともとあ
まり自由になるものがないのに対し,義務者の方は扶養義務があまり重い負担
45
にならないときには,その算入は不当なものになりうるとする(BGH, FamRZ
1988,145−NJW 1988,514)。
四最後は,BGB 1577条1項により,権利者が自己の生活費にあてること
を要求されている財産に関する問題である。別居扶養の場合には,単なる財産
の活用で足りるとされていたのに対し,離婚後扶養の場合には,権利者は元本
の換金までも要求されている。もっとも,財産の元本の換金は,それが不経
済,または夫婦の経済状態からみて不当である場合には,要求されない(同3
項)。
それでは,具体的にどのような場合に元本の換金が要求され,あるいは要求
されないとされるのであろうか。この間題について,連邦通常裁判所は,その
判断にあたっては,どれ位の期間扶養需要の継続が予想されるか,どのような
収益が処分可能な財産の継続的形成を可能にするか,さらにどの程度の蓄えが
不測の事態や病気の場合のために権利者に認められるべきかを考慮しなくては
ならないとする(BGH, FamRZ 1984,364;FamRZ 1985,354)。だから,例
えば,コイン収集のように財産自体は何らの収益ももたらさず,その価値の上
昇も具体化しない場合には,他の方法で収益をもたらすために,その売却を求
めることができるとした(BGH, U。 v.29.6.1983, in:Hoppenz, a. a.0.
(Fn、49)S.104)。また,離婚婦が持ち家の共有持分を担保に生活費を調達す
るのではなく,共有関係を廃止して持分を譲渡換金することを希望した事案に
おいても,経済性の観点からこれを容認している(BGH, FamRZ 1984,662−
1984,2358)。これに対し,扶養義務者がかなりの財産を自由に処分することが
できる場合には,権利者の固有財産の換金は,夫婦の経済状態からして不当で
あり,要求されえないとする(BGH, FamRZ 1985,357−NJW 1985,909)。
(9) 義務者に給付能力があること
一 最後は,義務者に給付能力があることである。ところが,離婚後の扶養
について,義務者に給付能力があることを要する旨の明文視定が欠けている。
しかし,離婚後における扶養も,扶養であるかぎり,義務者に給付能力のある
ことが必要であることはいうまでもない。また,義務者の給付能力が不足する
46第1章西ドイツの離婚給付
場合について規定したBGB 1581条は,このこと,すなわち離婚後における扶
養につき,義務者の給付能力の存在が当然の前提になっていることを示したも
のと,一般に解されている。
二 扶養義務者は,権利者と同様に,自己の収入・財産を利用しなければな
らない(BGH, FamRZ 1985,354)から,給付能力の算定にあたっては,原則
としてすべての収入が考慮されることになる(BGH, FamRZ 1980,342)。だ
から,特別手当や時間外労働手当などの労働所得(BGH, FamRZ 1980,342;
FamRZ 1980,77レNJW 1980,2081;FamRZ 1980,984−NJW 1980,2251;
FamRZ 1982,250串NJW 1982,822),労働所得に代わる各種の社会保険からの
給付(BGH, FamRZ 1981,338;FamRZ 1981,1165菖NJW 1982,41;FamRZ
1982,252胃NJW 1982,1593;FamRZ 1982,579置NJW 1982,1594;FamRZ
1983,674−NJW 1983,1783)などが含まれる。また,権利者については原則
として収入には含まれないとされていた失業扶助給付は,義務者については:考
慮に入れられるものと解されている(BGH, FamRZ 1987,456冨NJW 1987,
1551)。退職一時金や一回限りの高額の特別配当なども,相当な期間に分けて算
入するものとされている(BGH, FamRZ 1982,250−NJW 1982,822;FamRZ
1985,155−NJW 1985,486)。なお, i義務者の給付能力は,実際に得ている所得
だけでなく,その稼働能力によっても定まるとされており(BGH, FamRZ
1985,158−NJW 1985,732),期待しうる所得活動から得ることが可能な擬制
的所得も考慮されることになる(BGH, FamRZ 1980,555匹NJW 1980,934;
FamRZ 1982,792−NJW 1982,1812)。
このほか財産収益も,やはり予想される将来の展開も含めて考慮される
(BGH, FamRZ 1984,39−NJW 1984,303)。その他の経済的手段がない場合
には,扶養料の支払いのために,原則として財産の元本にも手をつけなければ
ならない(BGH, FamRZ 1980,43−NJW 1980,340)が,しかし,それによっ
て義務者自身の適切な扶養の確保が危くなる場合には,この限りでないとされ
ている(BGH, FamRZ 1985,691−NJW 1985,2029)。
三 このようにして確定された義務者の所得が,そのまま扶養料算定の基礎
47
とされるわけではない。この所得から一定の家族負担を控除した残額,いわゆ
る修正純所得(bereingtes Nettodnkommen)が,算定の基礎とされる。義務
(51)
者の所得から控除される負担は,租税,疾病保険の保険料(BGH, FamRZ
1980,555−NJW 1980,934),子の保育料や教育費(BGH, FamRZ 1979,210;
FamRZ 1982,779−NJW 1982,2664),婚姻中の家事債務(BGH, FamRZ
1982,23−NJW 1982,232;FamRZ 1982,678轟NJW 1982,1641)や離婚に関
係して生じた債務(BGH, FamRZ 1985,911−NJW 1985,2268)などである。
これに対し,財産形成のための出費やロぬン(BGH, FamRZ 1984,149−NJW
1984,292;FamRZ 1987,36−NJW1987,194;FamRZ 1987,572−NJW 1987,
1761),日常生活に伴う一般的な災害保険の保険料(BGH, U. v.1.2.ユ984,
in:HoPPenz, a. a.0(Fn.49), S.166)や生命保険の保険料(FamRZ 1984,
256瓢NJW 1984,2041)などは,控除の対象から除外されている。
なお,義務者の給付能力が不足する場合における取扱いについては,次項で
詳述することにする。
5 扶養の範囲と程度
(1) 扶養の範囲
一 まずは扶養の範囲の問題,すなわち,離婚後扶養は権利者の生活需要を
どの程度まで含むかの問題である。完全扶養(voller Unterhalt)カミ原則とさ
れている(8GB 1578条1項4文)。具体的には,権利者の通常の個人需要,例
えば,食費,被服費,住居費,光熱費のみならず,さらに不慮の事故や手術
のために要する費用などの特別需要も含まれる(BGB 1585条b1項参照)。こ
(51)税金は実際に納入される価額を考慮するのが原則であり,離婚後に生ずる変化
は,それが実際に生じてから考慮されうるにすぎないとされている(BGH, FamRZ
1980,984話NJW 1980,2251;FamRZ 1983,152犀NJW 1982,1986;FamRZ 1984,
1211)。なお,義務者が再婚して,分割課税方式を選択したために生じた利益も,
原則として,義務老の純所得に含まれると解されている(BGH, FamRZ 1980,
984=NJW 1980,2251;FamRZ 1988,145置NJW 1988,514)。
48 第1章 西ドイツの離婚給付
れに対し,人的事項に関する訴訟費用は,婚姻扶養や別居扶養と異なり(BGB
1360条a4項,1361条4項4文参照),離婚後扶養には含まれないと解されて
いる(BGH, FamRZ 1984,148響NJW 1984,291)。
婚姻中の家族扶養に含まれていた共通子の生活需要は,別居扶養の場合と同
様に,その子を引き取って監護・教育している離婚配偶者の生活需要には含ま
れない.山繭は子の親権は父母の一方1、帰属するのが_般で霧から,子の
扶養料は,親権を有する離婚配偶者が,子の法定代理人として,自己の扶養料
とは別個前廊しな肱ばならな・・(BGB、629条f蜜)。
二 このほか,権利者の生活需要には,@適切な疾病保険の費用や学校教
育・職業教育の費用(BGB 1578条2項),⑤適切な老齢年金・職業不能年金・
所得不能年金の保険料が含まれる(同3項)。
(a)疾病保険の費用は,扶養義務者の給付能力の評価にあたって所得から予
め控除される関係上,扶養権利者についても,予め控除されなければならない
(BGH, FamRZ 1982,887−NJW 1982,1983;FamRZ 1983,676−NJW 1983,
1552)。だから,夫婦の純所得から夫婦の疾病保険料を控除した修正純所得の
額を基礎に,分割割合に従って,まず権利者の基本扶養料(Elementarunter−
halt)を算定し,これに疾病保険の費用を加算したものが,実際に給付される
べき扶養料の価額となる。なお,疾病保険のための扶養料は,使用目的を拘束
されているから,これを一般の生活需要にあてることはできないとされている
(BGH, FamRZ 1983,676−NJW 1983,1552)。
㈲ 老齢年金等の保険料は,以前は,扶養料に含まれないと解されていた。
これらが今回の改正によって離婚後の扶養に含まれることになった主たる理由
は,年金権の調整によって,家事・育児に専念してきた離婚婦に,せっかく年
(52)離婚後における単独親権を定めた規定(BGB 1671条4項1文)が憲法逮反とさ
れた(BVerfG・FamRZ 1982,1179−NJW 1983,101)ため,離婚後の共同親権も
可能になったが,しかし実際に共同親権が認められる例は少なく,単独親権が9割
引 を占めている(拙稿「西ドイツの離婚制度」比較法49号133頁)。
(53)子の扶養について,さらに詳しくは別稿(「離婚母子の生活保障と子の福祉」「桑
原先生還暦記念論文集(未刊)」所収)を参照されたい。
49
金権が分与されたとしても,離婚婦が所得活動に従事できなければ,年金基金
を引き続き積みあげていくことはできず,それでは同制度を新設した意味がな
くなってしまうという点にある。
権利者の老齢年金保険の保険料についての支払請求権は,学説・判例によれ
ば,実体法上も訴訟上も,継続扶養(laufender Unterhalt)請求権とは別個
独立の請求権であると解されている(OLG Karlsruhe, FamRZ 1978,501)。
なんとなれば,継続扶養料は,任意に使用しうるものであるのに対し,老後
の準備のために支払われる準備扶養料は,初めから使用目的を拘束されたもの
だからである。そして,裁判所は,準備扶養料が,この目的に従って使用さ
れているかどうかをチェックするために,月々の扶養料のうち,準備扶養に
あてられるべき価額を,判決主文に予め明示しておかねばならないとされて
いる(BGH,1981,442−NJW 1981,1556;FamRZ 1982,887−NJW 1982,
1983)。
つぎは,準備扶養料の算定方法の問題である。この問題については,学説・
判例上,かつて激しい対立が見られた。しかし,現在では,連邦通常裁判所に
よって,権利者の生活需要を充足するために義務者に課せられる基本扶養料と
の関係で,これを定めていく方法が確立されている(BGH, FamRZ 1981,442;
1981,864; 1982,255; 1982,465;1982,579; 1982,679;1982,781;1982,887;
1982,890;1982,1187)。具体的には,純労働報酬から社会保険上の総賃金を算
出する方法で計算された擬制的総所得の18.7%(現在の法定保険の保険料率)
を,一応の準備扶養料として,義務者の修正純所得から控除し,その残額を基
礎に,基準分割割合に従って,基本扶養料を算定することになるが,そのさ
い,上の残額が基本扶養に十分でないときには,継続扶養料を,準備扶養料に
優先させて,権利者に与えるというのが,それである。
(2) 扶養の程度
(a)扶養の程度の決定基準
一 離婚後扶養の程度は,従来どおり,婚姻中の生活状態に従うとされてい
る’(BGB 1578条1項1文)。通例は,婚姻中夫婦の一方のみが所得活動に従事
50第1章西ドイツの離婚給付
していた場合には,その所得が夫婦の生活水準を決定し(BGH, FamRZ 1984,
356罵NJW 1984,1537),共働きの場合には,夫婦の所得に格差があっても,
2人の所得の合計が夫婦の生活状態を決定することになる(BGH, FamRZ
1980,876冨NJW 1980,2349;FamRZ 1981,241昌NJW 1981,753)。ただし,
夫婦の生活状態の決定にあたっては,すべての収入を考慮しなくてはならない
(BGH, FamRZ 1981,541;FamRZ 1986,780冒NJW 1986,1002)から,週給
や月給のほか休暇手当やクリスマス賞与などの特別手当も考慮される(BGH,
FamRZ 1982,250−NJW 1982,822;FamRZ 1985,155−NJW 1985,486)。さ
らに,財産収益やその他経済的な財産利用益も考慮される(BGH, FamRZ
1985,354;FamRZ 1986,434;FamRZ 1986,437)。しかし,ここで考慮され
るのは,実際に生活維持のために処分できる収入だけであるから,擬制的収入
や家事・育児を経済的価値に換算したものが考慮されることはない(BGH,
FamRZ 1985,161−NJW 1985,1026;FamRZ 1985,908)。さらに,実際に得
ている収入であっても,期待されえない所得活動からの所得も,原則として考
慮されないと解されている(BGH, FamRZ 1983,146匿NJW 1983,933)。な
お,年毎の収入が一定しない事業主や自由業者については,数年間の平均収入
を;考慮する取扱いが行われている(BGH, FamRZ 1985,357−NJW 1985,909)。
扶養料算定のために夫婦の生活水準を決定するにあたっては,必ずしも実際
の生活ぶりが基準とされるわけではなく,合理的にみて所得状態に適した生活
水準が基準とされるべきである(BGH, FamRZ 1982,151−NJW 1982,1645)。
この範囲でのみ,夫婦の共同生活における実際の消費行為が考慮されうること
になる(BGH, FamRZ 1984,358−NJW 1984,1237)。だから,主たる家計支持者
が生活費を十分に渡していなかったからといって,そのために生活水準が結果的
に低く見積もられることにはならない(BGH, FamRZ 1980,877−NJW 1980,
2350)。これに対し,この者がかなりの高額所得者である場合には,収入の一
部は貯蓄や財産形成に使われるのが普通であるから,生活水準の決定にあたっ
て,これを考慮しないものとすることができるとされている(BGH, FamRZ
1979,692−NJW 1979,1985;FamRZ 1980,665−NJW 1980,1686;FamRZ
51
1980,771−NJW 1980,2081;FamRZ 1982,151騙NJW 1982,1645)。そのさい,
どれ位の収入が財産形成に使われるかの判断は,合理的にみて所得状態に適し
た範囲を基準に行われる(BGH, FamRZ 1984,358−NJW 1984,1237)。しか
し,実際に夫婦の一方が自分の所得を財産形成のために使うか,どれ位使うか
は,個々人の決定によることになるから,経験則に従って一様に判断すること
はできないと解されている(BGH, FamRZ 1983,678閂NJW 1983,1733)。
二 それでは,いつの時点の生活状態が扶養料算定の基準とされるのであろ
うか。この問題について,連邦通常裁判所は,原則として,別居時ではなく,
離婚時における所得状態によって,夫婦の生活状態を定めるとする(BGH,
FamRZ 1981,752−NJW 1981,1782)。だから,通例は,別居中に生じた収入
や支出の変動も考慮されることになる(BGH, FamRZ 1981,752−NJW 1981,
1782;FaRZ 1982,575−NJW 1982,2063;FamRZ 1982,576−NJW 1982,1870;
FamRZ 1983,146−NJW 1983,933)。しかし,別居により婚姻住居を利用でき
なくなるといった別居それ自体による経済状態の変化は,扶養料算定の基礎と
なる婚姻生活状態に影響を及ぼさないとされている(BGH, FamRZ 1986,437−
NJW 1986,1342)。また,別居後に所得状態が予想外に箸しく変化した場合
(BGH, FamRZ 1984,561−NJW 1984,1685)や夫婦の一方が別居後所得活動
に従事し始めた場合(BGH, FamRZ 1984,149−NJW 1984,292)にも,それ
らの変化は通例考慮されないとされている。もっとも,別居中に所得・財産状
態が予想外に著しく好転した夫婦の一方が他方をこの所得状態に関与させると
きは,その限りで他方の生活水準は相応に引上げられ,扶養料の算定にあたっ
てもそれが考慮されなくてはならないこともありうると解されている(BGH,
FamRZ 1982,576−NJW 1982,1870)。
このように離婚時を基準とする関係上,原則として,離婚後に生じた生活状
態の変化は,扶養料の算定にあたって考慮されないことになる。ただし,通常
の昇進による増収のように,離婚の時点にかなり確実に予見されていた変化,
あるいは離婚後年金受給開始までのごく僅かな期間しか労働収入がない場合の
ように,離婚時にすでに婚姻生活状態を形造っている将来の具体的な変化は,
52第1章西ドイツの離婚給付
考慮されうるものと解されている(BGH, FamR年1982,684;FamRZ 1986,
441−NJW 1986,682;FamRZ 1986,783自NJW 1987,58;FamRZ 1987,459−
NJW 1987,1555;FamRZ 1988,701壽NJW 1988,2034)。これに対し,離婚ま
で所得活動に従事していなかった夫婦の一方が離婚後所得活動について得た収
入は,「婚姻生活状態の決定にあたって,通例は考慮されない(BGI{, FamRZ
1981,539−NJW 1981,1609;FamRZ 1982,255=NJW 1982,1983;FamRZ
1985,161−NJW 1985,1026)。ただし,例外的に,離婚時に高等教育修了間近
かである配偶者が,その職歴上最初につく地位,例えば医師としての地位か
ら得る所得は,婚姻生活状態の決定にあたうて考慮されうるものと解されてい
る(BGH, FamRZ 1986,148−NJW 1986,720)。しかし,その後の職歴上の展
開がどうなるかわからない場合には,この限りでない(BGH, FamRZ 1985,
791−NJW 1985,1699)。また,扶養権利者が新パートナーと共同生活をしてい
るために所得が加算される場合,たとえそのような展開が離婚前にわかってい
たとしても,それは婚姻生活状態に影響を及ぼさないとされている(BGH,
FamRZ 1984,149−NJW 1984,292;FamRZ 1984,356−NJW 1984,1537)。
最後に年金所得であるが,離婚のさいの年金権調整に基づく扶養権利者の年金
所得は,婚姻生活状態の決定のさいではなく,権利者の扶養需要を減じるもの
として後に:考慮されるのに対し,離婚後に初めて取得した扶養義務者の年金所
得は,それが婚姻中の所得活動に基づくものであり,離婚時にその受給が確実
になっていた場合には,婚姻生活状態の決定にあたって考慮されるものと解さ
れている (BGH, FamRZ 1987,579窟NJW 1987,1555;FamRZ 1987,913葺
NJW 1987,1218)。
(b)扶養料の算定
一 扶養の程度は,婚姻中の生活状態に従うとされていること,既述の如く
であるが,しかし,実務上は,婚姻中の生活状態よりも,むしろ一定の生活需
要に従って,権利者と義務者がそれぞれ自由に処分しうる所得額の一定割合
を,権利者に扶養料として分与するという方法が,以前から行われてきた。な
かでも最も広く普及しているのが,デュッセルドルフ上級地:方裁判所の作成し
53
た“DUsseldorfer Tabelle”(巻末付録資料1参照)のそれであり,これを参
考にして,数多くの上級地方裁判所が,扶養に関する一覧表や準則を作成して
いる。これらの一覧表や準則を見ると,子の扶養料は,すでに定額化されてい
るのに対し,配偶者の扶養料については,必ずしも統一的な取扱いが確立され
(54)
ているとは言い難い状態にある。
連邦通常裁判所も}基本的には,やはり割合分割の方法をとっており,夫婦
は,原則として,婚姻中の生活水準を平等にわかつべきであり,所得活動に
関連した必要経費だけが,この割合を修正しうるにすぎないとする(BGH,
FamRZ 1981,442−NJW 1981,1556;FamRZ 1982,894−NJW 1982,2442;
FamRZ 1984,662−NJW 1984,2358;FamRZ 1987,913−NJW 1987,1218)。
これは,上級地方裁判所における従来からの見解に従ったものである。こ亀に
対し,共働き夫婦の場合には,どちらにも同じように必要経費がかかるとの理
由から,連邦通常裁判所は,夫婦の所得差の半分の価額を,扶養料として権利
者に与えるべきであるとしていた(BGH, FamRZ 1981,539−NJW 1981,1609)
が,その後夫婦の所得差についても割合分割の方法をとる上級地方裁判所の取
扱いも差しつかえないと判示するに至っている(BGH, FamRZ 1983,352講
NJW 1983,2318;FamRZ 1984,358−NJW 1984,1237)。扶養義務者が年金生
活者である場合には,如何なる特別経費もかからないのが普通であるとの理由
から,年金額の半分を,無収入またはより低い収入しかない権利者に与えるべき
であるとした(BGH, FamRZ 1979,692−NJW 1979,1985;FamRZ 1982,894ロ
NJW 1982,2442;FamRZ 1984,662−NJW 1984,2358)。そして,このような
差額方式の適用は,連邦憲法裁判所によっても,支持されている(BVerfG,
FamRZ 1981,745)。
二 つぎは,義務者が高額所得者である場合である。この場合について規定
した条文は存しない。連邦通常裁判所は,扶養義務の絶対的上限を確定してお
(54) もっとも,学説の中には,配偶者の扶養料についても,定額化を試みるものもあ
る。Vg1. G. Erlert, Ehegattenunterhalt llach Tabe11e, FamRZ 1980,1083;1982,
131.
54第1章西ドイツの離婚給付
くことは,許されないとしている(BGH, FamRZ 1980,665−NJW 1980,1686;
FamRZ 1982,151−NJW 1982,1645;FamRZ 1982,680−NJW 1982,1642;
FamRZ 1983,150−NJW 1983,683)。もっとも,扶養料は,あくまでも権利者
の扶養需要を充足するためにのみ与えられるべきものであって,義務者の修正
純所得の%∼%を,権利者に確保するためのものではない。だから,極端な場
合には,個別・具体的な上限を設定することも必要になる(vg1. BGH, U. v.
26.10.1983,in;Hoppenz, a. a.0(Fn.49), S.122)。
三 最:後は,扶養義務者が,離婚配偶者だけでなく,未成年子に対しても扶
養義務を負っている場合である。この場合には,子の扶養料額を,予め義務者
の純所得額から控除しておく取扱いが,上級地方裁判所を中心に実務上一般化
している。この取扱いを,連邦通常裁判所も基本的に支持している(BGH,
FamRZ 1981,242−NJW 1981,753)。成年子の扶養料についても,原則とし
て同様の取扱いが行われる(BGH, FamRZ 1985,912−NJW 1985,2713)。た
だし,義務者の給付能力が十分でない場合には,この方法ではなく,他の方法
によって,扶養料が算定:されること,後述の如くである。
(c)扶養の期間制限と引下げ
1986年の扶養法変更法により挿入されたBGB 1578条1項2文は,特に婚姻
の継続期間および夫婦の役割分担からして,無制限に婚姻生活状態を基準に扶
養料を算定することが不当となる場合には,その限りでこれを期間的に制限
し,その後は扶養の程度を適切な扶養(angemessener Unterhalt)に引き下げ
ることができると規定している。扶養需要が婚姻に関わる不利益に起因してい
るならば,婚姻期間がたとえ3年未満と短くても期間制限を設けねばならない
わけではなく,その衡平考量にあたって,扶養権利者の過失行為が重視される
こともない(BGH, FamRZ 1986,886−NJW 1986,2832)。婚姻生活状態に従
った扶養の期間制限については,扶養を必要としている者が扶養料の減額に備
えるためにどれ位の期間を要するかが重要であって,婚姻期間の長さは重要で
ないとされている。また,ここに適切な扶養とは,不可欠な扶養(notwendiger
Untehalt)を上回るべきものであり,一般に婚姻前の生活水準を下回らないも
55
のであると解されている(BGH, FamRZ 1986,886冨NJW 1986,2832)。
(d}義務者の給付能力の不足(扶養料の上限)
一 義務者の給付能力が不足する場合には,扶養の程度は,夫婦双方の生活
需要,所得状態,財産状態を考慮したうえで衡平に合致する程度にまで引き下
げられる一衡平扶養(BiUigkeitsuaterhalt)一ことがある(BG81581条)。
このような義務者の給付能力の不足は,義務者が再婚した場合に,往々にして
(55)
生じうることである。というのも,義務者の再婚によって生れた未成年子は,
前婚から生まれた未成年子や離婚配偶者と同順位の扶養権利者であり(BGB
1582条2項,1609条),新配偶者も,例外的にではあるが,やはり同順位の権利
者になることがある(BGB 1582条1項)からである。こうした場合には,離
婚配偶者は,離婚後の扶養によって,自己の不可欠な生活需要すらもまかなう
ことができないことにもなりうる。そこで,その不足分については,本来は後
順位の扶養義務者である血族が,先順位で扶養義務を負う(BGB 1584条2文)
という例外的な救済措置が講じられている。
二 実際に,義務者の給付能力の存在と程度を判断するにつき問題となるの
は,離婚配偶者に対する扶養の支払いのために払われるべき犠牲の限界である。
この点につき,異論もあるが,判例は,義務者が社会扶助の受給者になること
は防がねばならないとして,一般に,その犠牲の限界を,1603条2項にいう不
可欠な扶養と,同1項にいう適切な扶養との間に設定する(OLG Oldenburg,
FamRZ1980,153;KG, FamRZ 1979,926)。しかし,具体的に,この自己保持
(Selbstbehalt)のために,どれくらいの額が,義務者に残されるべきかについて
統一的な基準額を見出すことはできない(vgl. BGH, FamRZ 1988,265謡NJW
1988,2369;FamRZ 1988,705串NJW 1988,1722)。ちなみに, D最sseldorfer
(55)離婚夫の約90%,離婚婦の84%は再婚しているとのことである (M廿nchner
Kommentar§1582 RdNr.1)から,義務者の給付能力が不足する事態は,かなり
多発しているのではないかと思われる。なお,扶養義務者が再婚した場合における
離婚配偶者と新配偶者の扶養請求権の競合間曲について,詳しくは別稿(ローラン
ド。グィットマン(拙訳)「再婚のチャンスとリスク」家裁月報42巻4号所収)を
参照されたい。
56第1章西ドイツの離婚給付
Tabelleをはじめとする上級地:方裁判所の扶養準則や一覧表の価額自体が,ま
ず第1にばらばらである。さらに,こうした準則や一覧表の額によらずに,社
会扶助の基準額(巻末付録資料2参照)を参考にして,例えばその1.5倍の額を
義務者の自己保持の最低基準とした裁判例もある(OLG Oldenburg, FamRZ
1980,53)。まして,これらの額は,衡平に従って,事情により変更されること
もありうるものとされているからである。
6 扶養請求権の排除(苛酷条項)
一 立法者は,離婚後の扶養の一般原則からして,離婚配偶者の扶養請求権
は,客観的に婚姻に関連して扶養需要が生じている場合にのみ付与されるにす
ぎず,また経済的苛酷は,BGB 1581条によって,給付能力に応じた扶養の問題
として考慮されているから,主観的な理由でこの扶養請求権を排除することは,
例外的にしか許されるべきではなく,したがってBGB 1579条に列挙された重
大な事由のゆえに,義務者に対する扶養の要求が著しく不当となるときにか
ぎり,認められるにすぎないと考えていた。しかし,実際には,立法者の意図
に反して,この苛酷条項は,著しい不当による扶養請求権の排除を一般的に規
定したものと解されている (BVerfG, FamRZ 1981,745−NJW 1981,1771;
BGH, FamRZ 1982,582−NJW 1982,2064;NJW 1986,722;FamRZ 1986,
443)。そして,このような判例解釈に従って,1986年の扶養法変更法は,扶養
請求権の排除事由を追加した(BGB 1579条4号∼6号)。
もっとも,苛酷条項による扶養請求権の排除が広く認められているといって
も,個々のケースの事清によって結論は異なってくる。例えば,婚姻期間が
長期にわたっていた場合には,それは権利者の有利に働き,扶養請求権の排除
事由があっても,必ずしも扶養請求権は排除されないと解されている(BGH,
NJW 1986,722;FamRZ 1986,443)。また,権利者に監護・教育が委ねられて
いる共通子の利益保護のために必要である場合にも,扶養請求権の排除は制
限されるものと解されている(BGH, FamRZ 1987,1238−NJW 1988,70)。な
お,共通子の監護・教育による扶養請求権について苛酷条項の適用を一律排除
57
していた本条2項の規定は,憲法達反の疑いがあるとした連邦憲法裁判所の判
決(BVerfG, FamRZ 1981,745−NJW 1981,1771)を受けて,1986年の扶養
法変更法により削除されている。
二 つぎは,どのような事由がある場合に,扶養請求権が排除,減額,または期
間制限されるかの問題である。具体的には,従来から排除事由とされてきた①短
い婚姻期間(1号),②義務者等に対する重罪または故意の軽罪(2号),③故意
による扶養需要の惹起(3号)のほか,76年法において本条1項4号のもと,そ
の他の事由として判例上認められていた④故意による義務者の重大な財産利益
の無視(4号),⑤長期間の著しい家族扶養義務違反(5号),⑥重大な一方的有
責行為(6号),そして,これらと同程度の⑦その他の重大な事由が,それである。
(1) 短い婚姻期間
この場合には,通常は,扶養請求権の認容が著しく不当になるであろうとの
結果が,容易に予測されうる(BGH, FamRZ 1980,981呂NJW 1980,2247)。
しかし,婚姻期間の短さが,いつでも無制限に著しい不当を招来するわけでは
ない。だから,あらゆる事情を二二して,扶養請求権を全部排除(すなわち請
求権の喪失)すべきか,それとも一部排除(すなわち制限)で足りるか,を吟
味しなくてはならないとの態度がとられている(BGH, FamRZ 1982,582串
NJW 1982,2064)。
つぎに,1号について,学説・判例上争われてきた第1の問題点は,いっか
らいつまでの期闘を,婚姻期間と見るかの問題である。この点について,当初
は,学説・判例上争いもあったが,少くとも現在では,婚姻締結から離婚申:立
係属までの期間と解する点で,判例は統一をみている(BGH, FamRZ 1981,
140−NJW 1981,754;FamRZ 1986,886−NJW 1986,2832)。第2の問題は,
どれくらいの期間が短いとされるかの問題であるが,この点についても,学説
・判例上争いがあった。連邦通常裁判所は,抽象的に一定の基準を定めてそれ
に従うことを否定し,個々の事件ごとに,夫婦の生活状態に従って判断すべき
であるとした(BGH, FamRZ 1981,140騙NJW 1981,754;FaRZ 1986,886〒
NJW 1986,2832)。もっとも,この原則に従ったとしても,特別な事情の存す
58 第1章 西ドイツの離婚給付
る例外的ケースにおいて考慮されるべき期間的限界を定めることは,是認され
ている(KG, FamRZ 1981,157)。この限界を,学説・判例は,だいたい3年間
と解してきた(BGH, FamRZ 1982,254−NJW1982,823;FamRZ 1986,886−
NJW 1986,2832)。
(2)重罪または重大な故意の軽罪
この場合には,責任ある行為,すなわち貴任能力が前提となっているから,
責任能力が減退しているときには,著しい不当が認められないこともある
(BGH, NJW 1982,100)。しかし,重大な侮辱や中傷が繰り返された場合,特
にそれが義務者の人的・職業的発展や社会的地位に不利益を与えるときには,
扶養請求権は,全部または一部排除されうる(BGH, NJW 1982,100)。なお,
扶養請求権の排除は,原則として,行為が行われた後の期間についてのみ奏
効し,それまでに生じていた請求権には影響を及ぼさないと解されている
(BGH, FamRZ 1984,34闘NJW 1984,296)。
(3) 故意による扶養需要の惹起
この場合には,権利者の故意による行為ばかりでなく,扶養に関連した軽卒
な行為も考慮の対象になると解されている(BGH, FamRZ 1981,1042−NJW
1981,2805)。そのさい,権利者がその行為の結果扶養需要が生じる可能性があ
ることを認識していること,および権利者がその可能性を意識的に利用したこ
とが必要であるとされている(BGH, FamRZ 1984,364)。
本条の適用が否定されたものには,例えば,自己に責任のある事故により所
得ないし職業不能となった場合(BGH, U. v.9.12.1981, in:Hoppenz, a. a.0.
(Fn.49), S.140),換金する必要がないとされた財産を消費した場合(BGH,
FamRZ 1984,364),個人住宅を取得するために相続財産を利用した場合
(BGH, FamRZ 1986,560−NJW 1986,746),婚姻住居を出て別居したため
に需要を増加させた場合(BGH, FamRZ 1986,434−NJW 1986,1340)などが
ある。これに対し,本条の適用が肯定されたものには,例えば,アルコール中
毒による所得不能の場合に治療を勝手に中断してしまったもの(BGH, FamRZ
1981,1042−NJW 1981,2805),適切な所得活動のために必要であり,修了が
59
約束された教育をやめてしまったもの(3GH, FamRZ 1986,533−NJW 1986,
985)がある。さらに,準備扶養料を目的どおりに使用しなかった場合にも,
本条を適用しうるものと連邦通常裁判所は判示している(BGH, FamRZ
1987,684−NJW 1987,2229)。
(4) 重大な財産利益の無視
この場合にあたるのは,例えば,扶養義務者の雇用者にその者の過失を密告
し,職場を危くした場合が考えられる(vg1. OLG Zweibr茸cken, FamRZ
1980,1010)o
(5) 長期間の著しい家族扶養義務違反
この場合については,年金権の調整排除に関するBGB 1587条。3号に関わ
る連邦通常裁判所の判例が参考になる。
(6) 重大な一方的有責行為
裁判所が重大な有責行為を確認した場合,それが一方的なものであるかを審
理する中で,どの程度具体的に批難されるべきであるかを判断しなくてはなら
ない(BGH, FamRZ 1982,463−NJW 1982,1461)。だから,夫婦の一方が婚
姻関係を放棄した場合であっても,すでにその時点に夫婦関係が冷えきってい
たときは,有責行為は問題にならないとされている(BGH, NJW 1986,722)。
また,有責行為があっても,それゆえに扶養要求が義務者にとって不当な負担
となるかの解題は,あらゆる事情を掛酷して判断しなければならない。例えば,
扶養義務者の所得状態(BGH, FamRZ 1984,154−NJW 1984,297),長期間
にわたる婚姻の継続(BGH, NJW 1986,722;FamRZ 1986,443),権利者が
職場を見出せる可能性(BGH, FamRZ 1983,670),権利者が新パートナーか
ら得る生活費や義務者の新家庭における家族扶養義務(BGH, FamRZ 1984,
356−NJW 1984,1537),家族,特に子の監護・教育に対する貢献(BGH,
FamRZ 1986,889−NJW 1986,1194),子の監護および金銭扶養のためにひっ
ぱくした経済状態’ iBGH, FamRZ 1984,34−NJW 1984,296)などが考慮さ
れている。
最も多く判例に登場してくるのは,夫婦の一方が婚姻関係を放棄して,他男
60第1章西ドイツの離婚給付
ないし他界と事実上の婚姻関係に入ったケースである。この場合でも,扶養請
求権は,再婚の場合のように(BGB 1586条1項),当然には消滅しない(BGH,
FamRZ 1980,40;1981,752;1982,463)が,実際には,全部排除の可能性が広
く認められている。例えば,一連の上級地方裁判所判決は,夫婦の一方は,配
偶者が他男ないし他女との新しい共同生活をするための費用を共同負担する責
を負わないとして,離婚後の扶養請求権を排除し,連邦通常裁判所も,当初は
この見解に従って,請求権を排除していた(BGH, FamRZ 1979,569−NJW
1979,569,FamRZ 1979,571−NJW 1979,1452)。その後,連邦通常裁判所は,
相互主義の原則に立って,夫婦の一方が,他方の意思に反して,他男ないし他
女に向かうならば,その者は自己の婚姻と配偶者に背を向けたのであるから,
その配偶者に対して,その婚姻から生ずる扶養請求権を行使することは,相互
主義に反し許されないとした(BGH, FamRZ 1980,665−NJW 1980,1686)。
この判決は,相互主義の原則を婚姻の対内関係における基本原則とし,夫婦の
一方が他の共同生活に移行したことは、夫婦としての共同責任の終了を意味す
ることを明らかにしたものといわれている。さらに,連邦通常裁判所は,夫婦
の一方が,新パートナーと事実上の婚姻関係にはないが,この者と別居しつ
つ,長期間を目指した親密な関係を維持している場合にも,相互主義の原則に
従って,夫婦の他方の意思に反して婚姻を放棄した一方の扶養請求権の行使を,
著しく不当であるとした (BGH, FamRZ 1981,439−NJW 1981,1214)。さら
に,夫婦の一方が,他:方と別居せずに,継続的な姦通関係を維持している場
合にも,二苛酷条項により,扶養請求:権を排除したものがある(BGH, FamRZ
1982,463−NJW 1982,1461;FamRZ 1983,670)。
このほか,子が婚外子であることを否定していた場合(BGH, FamRZ 1983,
569宰NJW 1983,1548),子が他男の子であることに争いがないにもかかわら
ず,適時における子の嫡出性の否認を妨害した場合(BGH, FamRZ 1985,51−
NJW 1985,428),離婚後親権者となった者が,他方の交際権を無に帰すため
に,子を連れて移住した場合(BGH, FamRZ 1987,356−NJW 1987,893)に
も,それらの行為は重大な有責行為とみなされうる。また,夫婦の一方が,合
61
理的な理由もないのに,他方の望む場所で生活することをかたくなに拒否した
場合にも,重大な有責行為が認められうると解されている(BGH, FamRZ
1987,572−NJW 1987,1761)。
(7) その他重大な事由
1∼6号に挙げられた事由にあたらないとされた同一の事情を,その他重大
な事由として,もう一度考慮することはできないと解されている(BGH,
FamRZ 1987,572−NJW 1987,1761)。本条の適用にあたって,連邦通常裁判
所は,客観的事実関係および離婚配偶者の生活状態の変化からして,扶養義務
から生じる負担が義務者にとって期待しえないかどうかの判断が重要であると
する(BGH, FamRZ1983,569−NJW 1983,1548)。例えば,扶養義務を期待
しえない客観的事実関係としては,判例上認められているところによれば,扶
養権利者が新パートナーと確たる社会的つながりをもって共同生活している場
合がある(BGH, FamRZ 1983,569−NJW 1983,1548;FamRZ 1983,996−
NJW 1983,2243;FamRZ 1984,986−NJW 1984,2692)。特に,扶養請求権を
喪失しないように,結婚ぜずに事実婚に止まっている場合には,苛酷条項の適
用はより容易に認められうる(BGH, FamRZ 1987,1011−NJWエ987,1282)。
そして,扶養義務者に対する要求を期待しえないとの結果を招来した諸事情が
変更した場合には,改めて期待できる限界を超えているかどうかを,包括的に
判断する必要があるとされている(BGH, FamRZ 1986,722;FamRZ 1986,
443;FamRZ 1987,689−NJW 1987,3129)。
具体的には,長期間(本件では30年)にわたって別居生活を送ってきたこと,
あるいは長期間(本件では25年)にわたって扶養請求していなかったことは,
別居扶養および離婚後扶養を排除または減額する理由にはならない(BGH,
FamRZ 1985,376−NJWエ985,1345)。これに対し,新パートナーと事実婚関係
にはいったことは,別居扶養の排除または減額理由となり,その事実婚関係が
離婚後も継続している場合には,離婚後の扶養請求権についても,苛酷条項の
適用要件を満たすものと解されている(BGH, FamRZ 1983,569冒NJW 1983,
1548;FamRZ 1983,676−NJW 1983,1552;FamRZ 1984,154−NJWエ984,297)。
62第1章西ドイツの離婚給付
7 その他の問題
(1) 報告義務(BGB 1580条)
離婚配偶者がその収入および財産について報告すべき義務は,離婚の申立が
係属した時から生じる(BGH, FamRZ 1982,151−NJW 1982,1645)。また,
夫婦の一方が他方に報告を要求することができるのは,それが扶養請求権の算
定にあたって重要であるときに限られると解されている(BGH, FamRZ 1982,
996−NJW 1982,2771)。なお,収入の変動する自営業者の場合には,事実関係
を確実に判断することができるように,過去3年聞について報告を行わねばな
らないとされている(BGH, FamRZ 1982,151回NJW 1982,1645)。
(2)過去の扶養料請求(BGB 1585条b)
原則として,過去の扶養料を請求することはできない。ただし,①特別需要
については,過去の扶養料も請求でき(BGB1585条b1項),また,②扶養請求権
が履行遅滞または訴訟係属したときは,履行または損害賠償の請求をすること
もできる(同2項)。なお,③訴訟係属の1年以上前の期間については,義務者が
故意に履行を遅延したものとみなされる場合にかぎり,その不履行を理由とし,
履行または損害賠償の請求をすることができるものと規定されている(同3項)』
扶養請求権についても,一般の債権の場合(BGB 284条)と同様に,通例は
催告等が履行遅滞の要件とされる(BGH, FamRZ 1981,866;FamRZ 1982,
887−NJW 1982,1983;FamRZ 1983,352−NJW 1983,2318)が,しかし義務
者が明確に扶養の給付を拒否している場合には,催告がなくても遅滞に陥ると
解されている(BGH, FamRZ 1983,352−NJW 1983,2318)。また,扶養権利
者が社会扶助給付の支給をうけ,扶養請求権がBSHG 90条に従って社会扶助
の支給者に移転した場合,この扶養請求権に基づいて償還請求を行うために
は,民法の要件によるほか,権利者への社会扶助の支給を義務者に書面で通知
する方法による(BSHG 91条2項)ことができる(BGH, FamRZ 1979,475−
NJW 1979,1456;FamRZ 1985,793−NJW1986,724)。いずれの場合にも,債
権者はでできるだけ速やかに扶養請求権を具体化するようにして,義務者の債
63
務負担が過重になりすぎないように配慮するべきである(BGH, FamRZ 1987,
1014−NJW 1987,1220;FamRZ 1989,150−NJW 1989,526)。
(3) 扶請求権の放棄
夫婦は,離婚後の期間について,扶養義務に関する合意をすることができる
(BGB 1585条。)から,契約自由の原則のもと,法定の扶養請求権と全く異
なる定めをしたり(BGH, FamRZ 1978,873冨NJW 1979,43),扶養請求権を
放棄したりすることができる(BGH, FamRZ 1985,788−NJW 1985,1833)。
しかし,収入も財産もない配偶者が離婚後の扶養請求権を放棄すると,社会扶
助の支給を受けざるを得なくなる場合には,そのような合意は良俗に反するが
ゆえに,無効となりうると解されている(BGH, FamRZ 1983,137−NJW 1983,
1851)。さらに,社会扶助の支給を受けてきた配偶者が,義務=者に対する扶養請
求権が社会扶助の支給者に移転する前に,過去の扶養料請求権を放棄した場合
にも,同様に良俗遣反となりうる(BGH, FamRZ 1987,40−NJW 1987,1546)。
このほか,子をつくらず共働きでやっていくことを前提に扶養請求権を放棄し
たが,その後夫婦の間に子が生まれた場合,あるいはその後に生まれた子の監
護・教育のために,固有の所得活動によって生活費を支弁することが部分的に
妨げられる場合には,扶養請求権の放棄を援用することは信義則違反となり許
されないとされている(BGH, FamRZ 1985,787−NJW 1985,1835;FamRZ
1987,46−NJW 1987,776)。
(4) 扶養請求権の変更
一 扶養請求権の変更それ自体に関する明文三二は,BGBには設けられて
いない。しかし,定期金給付の方法による扶養判決をうけた各当事者は,その
基準とされた諸事情に本質的な変更が生じたとき一以上ば,①当事者の経済
状態の著しい変動,とくに②義務者の再婚または子の出産,③義務者の死亡の
とき一には,訴の:方法によって,判決の相応なる変更を請求できるものとさ
れている(ZPO 323条1項)。
この変更の訴は,連邦通常裁判所の判例によれば,常に変化しうる経済状態
が扶養義務者に影響を与えた場合にだけ主張されうる。だから,義務者の生活
64第1章 西ドイツの離婚給付
需要が増加した場合,および権利者の扶養需要が後になくなった場合には,変
更の訴によることになる(BGH, FamRZ 1978,179;FamRZ 1986,794−NJW
1986・2047)。これに対し・児童手当を子の扶養請求権について算入したり,扶
養権利者が年金権の調整により取得した年金を算入する場合,あるいは一時的
な引取り扶養により子の扶養請求権が部分的に消滅した場合には,変更の訴で
はなく,判決で確定した請求権に対する異議の訴(ZPO 767条)によるものと
されている(BGH, FamRZ 1977,461;FamRZ 1978,179;FamRZ 1982,470−
NJW 1982,1147;FamRZ 1984,470−NJW 1984,2826)。
なお,経済変動によるスライド調整のための簡易変更手続は,子の扶養につ
いてのみ視定されているにすぎない(BGB 1612条a, ZPO 641条1∼641条
t)から,配偶者の離婚後扶養には適用されない。
第4節離婚のさいの年金権の調整
1 76年法による制度導入の背景と立法経過
(1) 制度改正の背景
一まずは,西ドイツで女性,とくに主婦の年金問題が論議されるようにな
った背景ないし経緯である。西ドイツでも,年金制度は,被用者のための保険
制度として発生ないし発展してきたから,「有償の従業関係」がその拠出・給
付体系の基礎になっている。そして,主婦はこのような有償の従業関係にある
とはいえないため,年金制度上固有の保障をうけることはできず,単に被保険
者たる夫の年金権から派生する請求権を,夫に対する扶養請求権との関係にお
いて享有しうるにすぎなかった。だから,例えば①妻が子の監護教育のために
一時所得活動を中断した場合,その中断嬉野は妻の年金権の取得に関して全く
度外視され,その結果,後に支給される年金は,必然的にその期間について削
くの
減されたものとならざるを得なかった。また,②一般に,離婚した妻は,判決
によって不十分な扶養請求権しか付与されず,しかもそれは,夫に扶養能力が
(1) G。Be丑tzke, Familierecht,19. Aufl.(1977), S.144.
65
ない場合一一例えば,夫が年金で生活している場合三一には,需要の有無に
(2)
かかわらず,原則として喪失させられてしまっていた。そして,③被保険者た
る夫が離婚した後に死亡した場合,離婚した妻は,前夫に対してその死亡当時ま
たは死亡:前一年内に扶養請求:権を有していたときには,その限りで扶養補償と
して,いわゆる離婚寡婦年金(Geschiedenenwitwenrente)を受給することが
できる(RVO旧592条,旧1265条, AVG旧42条)とはいうものの,かなり厳
しい受給要件のため,実際にそれを受給できる離婚寡婦はごく僅かにすぎず,
仮にそれを受給することができたとしても,前夫が再婚していたときには,そ
れぞれの婚姻期間の割合に応じて,前夫の再婚相手と寡婦年金を分け合わねば
ならず(RVO旧598条1項,旧1268条4項, AVG旧45条4項),離:婚した妻の
(3)
年金受給額はかなり低いものとならざるを得なかった。さらに,④離婚した妻
が前夫の死亡前に再婚した場合,前夫の年金期待権から派生する遺族年金請求
権はもはや保有しえず,したがって,妻の婚姻中における内助の功は,全く無
(4)
に帰してしまうことになった。
二 こうした状況のもと,一方では,1972年10月16日の年:金法網正法によっ
て,主婦にも独自の年金権確保の途が初めて開かれた。すなわち,主婦にも労
働者・被用者年金保険への任意加入が認められたのである(RVO 1233条1
項,AVG 10条1項)。もっとも,主婦の法定年金保険への任意加入が認めら
れたといっても,実際に保険料を納入できる主婦は一部の者に限られるなど固
有の年金保障としてはなお不十分であったため,さらなる改正の必要が云々さ
れていた。
また,連邦憲法裁判所や連邦社会裁判所も,すでに1960年代の半ば頃から,
(2) Schmeinduch,至n:Kohlhammer Komm. Vor.§1587ff. Rz.1.
(3)1974年度には,55歳以上の離婚婦のうち離婚寡婦年金を受給している者は約4%
にすぎず(Ruland, NJW 1976,1713),その平均受給額は,夫が再婚しなかった
場合で月308マルク,夫が再婚していた場合にはわずか月82マルクであった(Bτ・
Drucks.7/4361 S.18)。
(4) Maier, in:MUchner K:olnm. Vor.§1587 RdNr.6;Ruland, Der Versor−
gungsausglelch, NJW 1976,1713.
66第1章西ドイツの離婚給付
女性の家政執行は,国民生産および社会的保護の観点からみて,所得活動と同
等の価値を有するものであるから,女性の家政執行の経済的価値を,一定の範
囲内で社会保障法上正当に評価するよう立法者に要請していた。
(2)立法経過
一 一方では,これらの女性の年金をめぐって生じていた諸問題,特に矛盾
の集中していた離婚婦の年金保険法上の地位の改善が求められ,他方では,従
来の婚姻法および離婚法の抜本的な改正が求められていた。それゆえ,婚姻法
および離婚法改正のために1968年に連邦司法省内に設置された婚姻法委員会
は,離婚法の改正に伴う離婚後扶養の制度改正を検討するにあたって,離婚の
さいの年金権の取扱いについても配慮していた。ちなみに,同委員会は,1970
年に提出した「離婚法および離婚後扶養の改正に関する諸提案において,離婚
後扶養の改正に関するテーゼの序文の中で,妻の社会保障について次のように
(5)
述べている。
私法上扶養法を新たに形成するのに関連して,固有の請求権に基づく妻の社会保障を
創設するため,社会保障法,公務員法および扶助法の改正が必要である。公法上の諸規
定をそのように形成することによって,離婚した配偶者が職場に入りあるいは復帰する
場合に,その能力と知識に応じた職業活動を見出だす可能性が与えられなければならな
(6)
い。
さらに,同委員会は,1968年の第47回ドイツ法曹大会における主婦の固有の
社会保障に関する宣言に言及し,そのような固有の保障が直ちに実現できない
のであれば,法定年金保険の領域において,次のような部分改正を行うべきで
(7)
あるとした。
a 主婦としての活動期間は,その間1人または数人の子供の世話をしていたときに
(5) Eherchtskommission be至m Bundesmlnisterium der Justiz, Vorschlage zur
Reform des Ehescheidungsrechts und des Unterhaltsrechts nach der Ehe−
scheidung (1970), S. 75.
(6)右近健男「西ドイソにおける離婚のさいの年金調整(上)」判例タイムズ500号69
頁。
(7)Eherechtskommiss至oa, a. a.0.(Fn.5), S.87.全文の訳は,右近・前掲論文
(注6)69頁に掲載されている。
67
は,常に,年金の支給にあたって,妻は有利に扱われるべきである。
bおよび。 一雨一
d 離婚寡婦年金の支給は,扶養請求権または扶養給付の存在に懸からしめるべきでは
ない。再婚の解消による年金の支給または年金受給権の復活についても同様である。それ
以上に,付加利得の調整(Zugewinnausgleich)という考え方を年金保険についても推し
及ぼすべきである。
その後,婚姻法委員会は,夫婦の家政執行と所得活動の等価値性,夫婦によ
る夫の年金権の共同取得(mitverdienen)および育児の社会的機能を前提に,
女性の年金権の確保について,1972年に,つぎのような「夫婦の社会保障の改
(8)
善に関する提案」を行っている。
(1)完全家族のために有利な派生的保障制度を維持しつつ,その欠陥を補うため,主婦
の社会保険への強制加入により固有の年金権を保障する(任意保険によってさらに高額の
保障をうけることもできるようにする)。具体的には,扶養法原則に従って,夫が,自己
(9) (10)
の報酬月額の30%相当額につき,妻のために保険料を支払う方法が提案されている。
(2}一言一
(3)妻が3歳未満の子を養育している場合には,公の観点から,この強制保険の保険料は
(11)
全部国の負担とする。ただし,公平の観点から,国の負担する保険料の価額は夫の報酬で
(8) Eherechtskommisslon beim Bundesmin至sterium der Justiz, Vorschlage zur
Verbesserung der sozialen Sicherung der Ehegatten, Bielefe里d 1972, S.13ff.
なお,この委員会の提案は8項目にわたっており,その概要は,右近・前掲論文
(注6)72頁に紹介されている。
(9)家族のための主婦の給付を夫の給付の3分の1と評価しているのではなく,両給
付の等価値を原則としつつ,家族にあわせて強制保険を特別な方法で具体化させた
にすぎない(Eherechtskommission, a. a. O(Fn.8)S.23)。
(10)夫婦の保障体系を完全分離しなかった理由として,同委員会は,「相当な」価額
の固有年金を主婦に保障した場合,夫婦の保険料は負担しえないほど過重なものに
なること,その反対に受け取る保険給付は,夫婦が共同生活をしている限り,通例
は過剰給付となることを挙げている。なお,この強制保険は,専業主婦のみならず,
低所得の共働き妻(その収入が夫の報酬の3分の1にみたない妻)についても,そ
の差額について,また自営業者ないし自由業者の妻,さらに主として妻に扶養され
ている夫についても同様とされている。
(11)育児期間の保険料を国が負担すべき根拠について,同委員会は,子の養育は事実
上公共(A1豆gemeinheit)のために機能するものであるから,公共の反対給付とし
て,そのために生じる不利益の調整は,一般的な税収入により行われるべきであ
り,被保険者団体の負担とするべきではないと説明している。
68第1章西ドイツの離婚給付
はなく,全被保険者の平均報酬額に基づいて計算される。また,共働きの妻の場合にも,
この保険料相当額について,強制保険の保険料は国が負担する。
㈲および㈲ 一士一
(6}離婚の場合には,婚姻中に取得された夫婦の公的および私的年金権は,法定夫婦財
産制の調整原則に準じ,夫婦間で平等になるよう調整されるべきである。具体的には,新
制度のもと主婦も夫の報酬の30%相当額につき年金権を有するから,離婚の際,夫婦は夫
の年金権の50%ではなく65((100+30)÷2)%を取得することになる。これによって,派
生的な保障を主体とする制度のもと女性の年金について生じうる離婚時の不利益は除去さ
れる。また,これに関連して,一定の保険期間を前提としない離婚後の任意継続保険を,
婚姻中もっぱら家事・育児に専念していた妻(または夫)のために認めるべきことも提案
されている。
これらの諸提案のうち,実際に離婚法の改正に伴って具体化をみたのは,㈲
め年金権調整の構想だけであった。その後,(3)の育児期間の保険期間への算:入
については,1985年の「遺族年金の新規則ならびに法定年金保険における育児
期間の承認に関する法律(Gesetz zur Neuordnung der Hinterbliebenerenten
sowie zur Anerkennung von Kindererziehungszeiten in der gesetzlichen
(12)
Renternversicherung v.11.7.1985)によって実現をみている。
二 この間,1970年8月には,連邦司法大臣の討議草案が公表されている。
この討議草案において,付加利得の調整に似た年金権の調整制度が初めて具体
(13)
的に提案されたのである(EheG 27条∼32条)。この討議草案をもとに,各方
面において活発な議論が展開され,その間に出てきた批判を考慮した参事官草
案(Referententwurf)がまとめられ,その後は,参事官草案を参考に作業が
進められていった。年金権の調整については,参事官草案は,討議草案におい
(12)同法は,一方では,遺族年金の分野における男女平等の実現を目的とし,他方で
は,子1人につき1年間を保険料納付済期間とすることを目的としている。この遣
族年金の改正にあたっては,当初は76年法によって導入された年金権の調整と同様
の構想に立った持ち分年金(Teilhaberente)の制度新設が堤案されていたが,実
際には,所得算入方式が採用された。詳細は,拙稿「西ドイソにおける女性の年
金」旧刊労働法140号147頁以下を参照されたい。
(13) その内容は,右近・前掲論文(注6)72頁に紹介されている。
69
て濃厚だった調整の債権的色彩を緩和し,調整権利者の保護を強化したものと
(14)
なっている(BGB 1587条∼1587条k)。
三 ついに,1971年9月20日には,「婚姻法および家族法改正のための第1法
(15)
律草案(BT−Drucks. VI/2577)」が,第6連邦議会において政府から提出さ
れた。この草案において,債権的年金権調整(schuldrechtlicher Versorgungs−
augleich)のみならず,法定年金保険の期待権に関してだけではあるが,価
額の調整(Wertausgleich)一いわゆる公法上の年金権調整(δffentlich−
rechtlicher Versorgungsausgleich)一もすでに規定されていた点は注目に
値する。そしてこの草案は,翌1972年5月25日に提出された手続法に関する「同
(16)
第2法律草案(BT−Drucks. VI/3453)」によって,さらに社会保障法に係わ
る調整の実施手続についても十分に配慮されたものとなった。しかし,この2
草案が可決されないうちに会期切れになってしまったので,連邦政府は,この
2草案を統一し,それに擬制的追保険(fiktiver Nachversicherung)による
恩給期待権の調整を新たに加えた草案を作成し,1973年6月1日に第7連邦議
会に提出した。これが「婚姻法および家族法改正のための第1法律草案(BT−
Drucks.7/650)」である。この草案は,同月8日,連邦議会法律委員会に付
託され,同委員会によって,翌9月19日の第1会議以後3年間にわたって詳細
(17)
に検討された。そして,調整に関しては,この段階において,とくに企業老齢
年金(betrieblicher Altresversorgung)の取扱いについての修正が行われて
いる。
(14)B・Bergerfurth, Das Eherecht,4。 Auf1(1974), S.283.なお,1971年参事宮
草案における年金権調整の規定は,右近・前掲論文(注6)72∼73頁に紹介されてい
る。
(15) この草案については,右近健男「婚姻法および家族法改正のための第一法律草案
理由旧訳」大阪市立大学法学雑誌19巻2号∼22巻3号に詳しく紹介されている。
(16) この草案にいっては,佐上善和「婚姻法および家族法改正のための第一法律草案
手続関係理由仮訳」龍谷法学8巻2号以下に詳しく紹介されている。
(17)連邦議会法律委員会における修正提案と修正理由については,右近・前掲論文
(注6)70∼71頁が詳しく紹介している。
70第1章 西ドイツの離婚給付
このようにして法律委員会において一部修正を加えられた第1法律草案は,
1975年12月11日,連邦議会によって,ほとんど手を加えられることなくそのま
ま可決された。しかし,これをうけた連邦参議院は,翌1976年1月30日,とくに
離婚法の改正に伴って同草案とともに審議されてきた「公務員恩給法(Beamt−
VG)」の改正法につき,両院協議会の招集を要請した。そして,それに従って
招集された協議会による協議の結果,4月7月には,1.EheRGおよびBeamt−
VGの最終的な妥協案が得られるに至った。これは,年金権調整に関して,と
くに当事者の合意の可能性を明確化し,夫婦に広範な処分の余地を開いた点に
おいて特徴的であった。ついで,この両院の妥協案は,翌8日に連邦議会によ
って,さらに9日には連邦参議院によって承認され,「婚姻法および家族法改
正のための第1法律(1.EheRG)」として,6月14日に公布,翌年の1977年7
月1日に施行され今日に至っている。
四 なお,同法によって年金権の調整制度が新設されたのに伴って,社会保
障法の分野でも,公務員恩給法は全面的に,ライヒ保険法(RVO),被用者保
険法(AVG)などはその関係条文について,1. EheRGの施行日までに,相次
いで改正が行われている。また,従来の社会保険法上認められていた離婚寡婦
年金の制度は廃止され,それに代わって,新制度を補充するものとして,養育
年金(Erziehungsrente)が新設された(RVO 1265条a, AVG 42条a)。こ
の養育年金は,従来の派生的な年金ではなく,離婚した妻の固有の年金となつ
(18)
ている点において特徴的である。
2 夫婦財産の清算と年金権の調整
(1) 法定夫婦財産制一付加利得共通制(Zugewinngemeinshaft)
選択夫婦財産制として民法に規定されている別産制(G茸tertrennung)また
は財産共同制(G批ergemeinshaft)のいずれかを,夫婦が婚姻前または婚姻
(18)詳しくは,宍戸伴久「年金制度」社会保障研究所編『西ドイソの社会保障」131
頁を参照されたい。
71
中に夫婦財産契約(Ehevertrag)によって選択した場合のほかは,法定夫婦財
産制である付加利得共通制(BGB 1363条∼1390条)が適用される。付加利得共
通制は,1957年の男女同権法によって新設された制度であり,夫婦の所得活動
と家政執行は同等の価櫨を有するとの基本理念に基づいている。具体的には,
婚姻継続中は,夫婦はそれぞれ自己の財産を婚姻中に自己の名で得た財産も含
め,単独で保有しかつ自己の責任で管理する(ただし,当事者の権利保護のた
めに一定の処分制限等がある)。しかし,旙姻が解消されるさいには,夫婦が
婚姻中に取得した財産は夫婦の等価値の給付によって取得されたものであるか
ら,夫婦それぞれに財産の増加分が平等に帰属するよう調整しなければならな
いというのである。離婚のさいの付加利得の調整は,具体的には,まず①夫
婦各人について財産目録を作成し,付加利得共通制終了時の財産(終局財産
(Endvern1δgen)(BGB 1375条))が開始時の財産(当初財産(Anfangs−
verm6gen)(BGB 1374条))を上回る価額(付加利得(Zugewinn)(BGB
1373条))を計算し,夫婦の一方の付加利得が他の一方のそれを超える場合に,
その超過分の2分の1について,より少ない付加利得しか取得しなかった他の
一方に,債権的な調整請求権を与える方法によって行なわれる(BGB 1378条
1項)。
付加利得の調整例(Bergschneider, Die Eheschediung und lhre Folgen,2. Auf1.
(1987), S. 144):
シュヴァイツァー夫婦は,結婚後10年で離婚をする。婚姻締結時,夫は10,000マルクの
財産を,妻は20,000マルクの財産を有していた。妻は専ら家政を執行し,一時職業活動に
従事したにすぎないから,婚姻中わずかに30,000マルクに財産を増やすことができたにす
ぎない。これに対し,夫は200,000マルクの価値があり,80,000マルクの負担を負った所
有家屋を取得した。その他に夫の財産はない。
付加利得の調整は,以下のようにして行なわれる:
i妻の付加利得謹30,000−20,000窺10,000DM
夫の付加利得踏120,000(家屋価値200,000一負担80,000)一10,000需110,000DM
調整の対象となる付加利得一110,000(夫の付加利得)一10,000(妻の付加利得)一100,000
DM
i妻の夫に対する給付請求権一100,000×%一50,000DM
72第1章西ドイツの離婚給付
この50,000マルクは,所有家屋に対する共同所有権の譲渡といった方法ではなく,夫から
妻に金銭で支払われる。したがって,当該家屋は夫の単独官有のままとなる。
このように,離婚のさいに付加利得の調整対象となるのは,当初財産ないし
終局財産として財産目録に掲載することのできる物また.は権利に限られてい
る。だから,恩給権のように,一定の公務に従事していることを前提に,一定
の事故の発生を条件に支給される将来給付に対する公法上の権利,あるいは年
金権のように,公的保険への強制加入を前提として,一定期間の保険料の拠出
と一定の保険事故の発生を条件に支給される将来給付に対する公法上の権利
は,いずれも付加利得調整の対象にはならないとされてきた。それゆえ,離婚
のさいに年金権や恩給権を夫婦間で調整するためには,付加利得の調整制度と
は異なる新たな制度の導入を待たねばならなかった。
(2) 離婚のさいの年金権調整
一 76年法によって新設された年金権の調整制度は,婚姻中に夫婦の協力に
よって取得されたにもかかわらず,婚姻中にの役割分担いかんによっては夫婦
の一方に偏在している年金・恩給等の期待権ないし受給権を,離婚にさいして,
夫婦に平等になるよう調整するために考案された制度である。この制度は,
二つの基本的な=考えに基づいている。その一つは,①法定夫婦財産制の終了
時における付加利得の調整の原理を年金権にも拡張したものである。具体的に
は,婚姻中に夫婦の一方が取得した年金権は,夫婦の共同の生活給付,すな
わち所得活動と家政執行によって取得されたものであるから,夫婦が離婚する
さいには,それは夫婦間で平等になるよう分割されねばならないというのであ
る。そして,他の一つは,②被保険者とその家族の生活保障という年金制度上
の理念に基づくものである。具体的には,個々の年金権は法律上は実際に所得
活動に従事している夫婦の一方にのみ帰属するが,年金の本来の目的は,被保
険者のみならず,その家族,特に夫婦の生活がなりたつようにしてやることに
あるから,この目的は婚姻が継続している間だけでなく,離婚によって婚姻が
解消された場合にも同様に重視されるべきである。それゆえ,婚姻中に夫婦の
一方が取得した年金権は,離婚後も夫婦双方の生活保障に役立つものでなけれ
73
ばならないというのである。
このような理念に基づく年金権調整の制度は,①夫婦が婚姻中どのような財
産制をとっていたかにかかわりなく調整が実施される点,②婚姻中に見るべき
財産を取得しなかった夫婦の場合にも機能しうる点,③婚姻中専業主婦であっ
た妻のみならず,通常は夫よりも低額の年金権しか取得しえない共働きの妻み
ためにも役立ちうる点において,特徴的である。また,従来の派生的かつ低額
の離婚寡婦年金に代わって,経済的弱者たる離婚配偶者のために固有の年金権
保障の可能性を提供した点において,同制度は社会保障法上も非常に重要な意
i義を有している。特に,公的年金の最低資格期間が5年と短いこと(RVO 1265
条a,AVG 42条a),また子1人につき1年中育児期間が保険料納付済み期間
として算入されること(RVO 1227条a, AVG 2条a)とあいまって,婚姻中家
事・育児に専念してきた離婚婦も,老後の生活を固有の年金によって支えるこ
とができるようになったことは,重要である。
二 年金権の調整は,具体的には,公法上の調整(BGB 1587条a−1587条e),
債権的調整(8GB 1587条f−1587条n)および夫婦の合意による調整(BGB
(19)
1587条。)の3種類の方法によって行なわれる。これらの調整方法のうち,そ
の中核をなしているのは,離婚の申立てにともなって家庭裁判所の職権で行な
われる公法上の調整であり,夫婦各人が婚姻中に取得した年金権の葦額の2分
の1を,多い方から少ない方に固有の年金権の形で与えることを内容としてい
る(巻末付録資料3参照)。この公法上の調整が実施できない,または実効性
に欠ける場合には,当事者の申立てによって,夫婦各人の年金権の差額の2分
の1に相当する調整無金(Ausgleichsr←nte)の給付請求権が調整権利者に与
えられる(債権的調整の補充性)。もっとも,夫婦は,一定の範囲内でこれら
の法定された調整方法と異なる方法について,あるいは調整の排除について,
離婚のさいに合意をすることができ,また,婚姻前ないし婚姻中に,夫婦財産
(19)年金権の調整:方法について,さらに詳しくは山田晟「離婚の場合における夫婦の
財産関係の清算{⇒」成誤法学18号2頁以下,および右近健男「西ドイツにおける離
婚のさいの年金調整(中1・D」判例タイムズ524号,542号を参照されたい。
74第1章西ドイツの離婚給付
契約によって調整を予め排除しておくこともできるとされている (BGB 1408
条2項)。
公法上の調整の実施例
例(Henrich, Familienrecht,2. Aufl.(1977), S.109):
A男(25歳)は,1969年4月,公務員になったのを機にB女と結婚したが,1977年以来
別居しており,1979年4月には離婚を申し立てるに至った。この場合のBGB 1587条2項
の意味における婚姻期間は,1969年4月1日から1979年3月31日までの10年ということに
なる。その間,夫は公務員として所得活動に従事し,それによって月額2,000マルク(1979
年3月31日現在)の恩給期待権を取得する。妻は主婦専業であったため,婚姻中何らの年
金期待権も取得しない。
そこで,家庭裁判所は,夫の離婚請求を認容し,併せて年金権の調整に関して,以下の
ような計算を行い,妻のために,準分割により,法定年金に年金権を創設する。
婚姻中・・取得した夫の三品・・…×一二一…DM
婚姻中に取得した妻の年金権 一〇
調整対象となる年金権の差額
500 DM
調整すべき年金権
・…÷一25・DM
(3) 離婚後の扶養との関係
一 まずは,年金権調整の実施方法としての離婚後扶養の取扱いである。①
公法上の調整の場合には,家庭裁判所は,BGB1587条b4項に従って,年金権
調整により譲渡ないし創設される年金権と,すでに権利者の保有している年金
権との合計が,法定年金保険の最高限度額を超えるときは(同5項),申立てに
より債権的調整を行う(BGB 1587条f)か,あるいは,権利者が離婚後の扶
養請求権を有する(BGB1570∼1573条,1576条)ならば,離婚後の扶養料の価額
にこの超過額を加算することもできるものとされている。つぎに,②債権的調
整の場合については,権利者が将来の調整年金請求権にもとづいて補償を要求
したにもかかわらず,義務者が補償に必要な保険料を払込まなかったならば,
権利者は,離婚後の扶養請求権を有する限りにおいて,離婚後の扶養料の価額
75
に調整年金の価額を加算して,義務者にその給付を請求することができるもの
とされている(BGB 1587条n)。
二 つぎは,調整実施後における離婚後扶養との関係である。離婚のさいに
調整された年金権は,離婚後は自己責任原則のもと,各人が自ら維持・継続し
ていくべきである。しかし,年金権の分与をうけた者が離婚後所得活動に従事
できずにいる場合には,せっかく分与された年金権を積みあげることはできず,
この制度を新設した意味がなくなってしまう。だから,年金権の分与をうけた
者が他方に対して離婚後の扶養請求権を有することを条件に,すなわち,その
要扶養状態が婚姻に関連して生じている限り,年金保険の保険料も離婚後の扶
養として他方に請求することができるものとされている(BGB 1578条3項)。
しかし,離婚のさいに分与された年金権は,分与をうけた者に老齢・廃疾の保
険事故が発生したとき初めて具体化されるにすぎないから,この者が離婚後も
扶養をうけていた元の配偶者が死亡したとしても,以前のように離婚寡婦年金
の支給をうけることはできない。そこで,年金権調整の制度導入にともなって
離婚寡婦年金制度を廃止するさい,それに代わる扶養補償のための給付として,
新たに養脊年金が与えられることになった。すなわち,1977年7月1日以後に
離婚し再婚していない夫婦の一方は,他方がその死亡当時扶養義務を負ってい
た子を監護・養育しており,かつ,そのために所得活動を妨げられまたは制限さ
れている場合,自己の保険加入期間が他方の死亡当時5年以上あれば,自己の
年金保険から(死亡:した他方の年金保険からではない),職業不能ないし所得不
能年金相当額の養育年金を受給することできる(RVO 1265条a, AVG 42条a)。
離婚のさいに年金権の分与をうけた者は,保険事故の発生により年金の支給
をうけることになる。しかし,自己の所得活動に基づく年金と,公法上の調整
により分与された年金権に基づく給付または債権的調整により与えられる調整
年金とを合わせても,自ら生活費を支弁しえないときには,離婚後の扶養請求
に関する他の要件を充足する限りにおいて,さらに離婚後の扶養を請求するこ
とができる。これは,すなわち,裏を返せば,年金権の調整は,離婚後の扶養
需要を減じうるものであることを示している。
76第1章 西ドイツの離婚給付
三 年金権の調整と離婚後の扶養との関係を述べてきたが,最後に,両者の
相違点を明らかにしつつ,それらの関係を整理しておくことにする。
まず,年金権の調整と離婚後の扶養との相違点は,つぎの諸点である。具体
的には,①年金権の調整は,原則として,権利者の必要性の有無にかかわらず
実施され,また義務者側の:事情にも左右されないが,離婚後の扶養は,権利者
が要扶養状態にあり,かつ義務者に給付能力のあることを必要とする点,②前
者は,権利者に保険事故が発生したときに,初めて権利者の生活保障に実効を
あげうるものであるのに対し,後者は,権利者の離婚後の生活保障に直ちに役
立ちうるものである点,⑧前者の場合には,権利者は義務者からではなく,自
己の年金債務者たる保険機関から給付を直接受け取るのに対し,後者の場合に
は義務者から給付を直接受け取る点,④前者の場合には,義務者は原則として
その実施により経済的な負担を直接負担させられることはないが,後者の場合
には,自己の財産および収入から権利者への扶養料を直接支出しなければなう
ない点等々がそれである。もっとも,債権的調整は,その具体化について義務
者の生活需要が充足されていることを要する点において,またその方法とし
て,義務者が自己の受けている年金の中から権利者への調整年金を直接支払う
形がとられている点において,むしろ離婚後の扶養に類似したものであるとい
うことができる。
つぎに,これら諸点を表記して整理すれば,次のようになる。
\1実瀬件裸体化の要酬門門法
義瀦の負副
権利者の保険 権利者自身の 保険証書上の
事故の発生 保険者からの 間接負担
公法上の調整
直接給付
債権的調整
公法上の調整
が行われない
論者から権隣瀦の難
利者への直接
年金からの直
給付
接支出
義務者から権
利者への直接
義務者の財産
義務者の給付
能力
給付
直接支出
て行われえな
い)こと
権利者の需要
離婚後の扶養
権利者の保険
事故の発生
義務者の保険
事故の発生
・収入からの
77
3 年金権の調整と憲法問題
一 年金権の調整制度が,はたして合憲であるかどうかの問題は,すでに立
法過程の段階から云々されていたが,しかし,1980年2月28日の連邦憲法裁判
所の判決(BVerfG, FamRZ 1980,326−NJW 1980,692)によって, BGB
1587条b1項による年金分割(Rentensplitting)および同条2項によるいわ
(20)
ゆる準分割(Quasi−Splitting)は原則として合憲であること,しかも,76年法
の施行日である1977年7月1日の前に締結されたいわゆる旧婚(Alt−Ehen)
(21)
が問題となっているときでも同様であるとの見解が示され,今日に至ってい
る。
もっとも,この判決において,連邦憲法裁判所は,例外的にではあるが,年
金権の調整が違憲となる場合がありうることを指摘している。具体的には,
①調整権利者たる配偶者が,離婚後,年金権の調整により譲渡ないし創設され
た年金権から給付を受けることなく死亡:した場合,②年金権の調整が実施され
た後においても,調整権利者が年金の受給要件を満たしていないために,この
者のために何らの年金請求権も生じない場合,③実施された年金権の調整が権
利者にごく僅かな年金給付しかもたらさない場合,④調整権利者にまだ保険事
故が発生していないために,保険事故の発生によりすでに年金を受給している
(20) さらに,準分割による年金権の調整については,調整権利者が年金権の創設によ
って後に受けることになる老齢年金が,調整義務者の公務員恩給よりも課税上有利
に取り扱われる(前者は一部だけが課税対象となるのに対し,後者は全部が対象と
なる)がゆえに,合憲性が云々されていたが,連邦通常裁判所および連邦憲法裁判
所は,ともに合憲の判断を示している(BGH, FamRZ 1979,490−NJW 1979,
1300;BVerfG, FamRZ 1980,326=NJW 1980,692)。
(21)このような見解は,すでに連邦通常裁判所によって示されていた(BGH, FamRZ
1979,477−NJW 1979,1289;BGH, FamRZ 1979,490−NJW 1979,1300)。これら
の判例については,別稿(「西ドイツにおける離婚配偶者の老後の生活保障に関す
る一考察」法学ジャーナル28号所収)においてその内容を詳細に紹介したことがあ
るので,本稿では省略する。
78第1章西ドイソの離婚給付
調整義務者が,年金権の調整によって年金の受給額が削減されているにもかか
わらず,調整権利者に対して扶養義務(BGB 1569条以下)を負わねばならな
い場合がそれである。そして,連邦憲法裁判所は,このような場合における苛
酷な状況の緩和を立法者に義務づけたのである。
それに従って,これらの事態に対する緩和措置が,1983年にVAHRG 4条
∼10条一1977年7月1日に遡って施行(VAHRG13条を項)一によって講
じられることになった。具体的には,①権利者が保険事故の発生前に死亡し,
年金権の調整(BGB 1587条b1項,2項)により分与された年金権がまった
く具体化されなかった場合には,いったん権利者に分与された年金権は,そっ
くりそのまま義務者に返還される(VAHRG 4条1項)。また,権利者が年金
の受給開始後2年内に死亡した場合にも,分与された年金権は,すでに受給し
た年金額を控除したうえで,やはり義務者に返還される(同2項)。いずれの
場合にも,離婚による年金権の調整は初めから実施されなかったものとみなさ
れることになる。つぎに,②権利者が年金権の調整により分与された年金権か
らいかなる年金をも受給しえず,かつ,権利者が義務者に対して扶養請求権を
有し,または義務者が年金権の調整によって生じた年金受給額の減額により扶
養能力がないとの理由だけのために,扶養請求権を有しない場合には,年金権
の調整は実施されないことになる(VAHRG 5条1項)。さらに,③BGB 1587
条b3項による保険料の支払いによって年金権が創設された場合についても,
権利者が時期に先立つ死亡のゆえに,法定年金からまったくまたはごく僅かし
か年金を受給しなかったときには,法定年金の保険者に支払われた保険料は,
i義務者に返還されることになる(VAHRG 7条,8条)。
なお,VAHRGの草案段階においてではあるが,連邦通常裁判所は,同法
5条1項の規定に関して,義務者と権利者が離婚後再び婚姻をし,その結果,
義務者が権利者に対して家族扶養の義務(BGB 1360条)を負っている場合に
も,年金権の調整は実施されないとの判断をすでに示していた(BGH, FamRZ
1983,461−NJW1983,1317)。
二BGB 1587条b1項および2項により調整すべき年金権以外の年金権に
79
関しては,調整義務者たる配偶者が,権利者のために,法定年金保険に保険料
を支払うことによって調整が行われるものとされている(BGB 1587条b3
項)。この規定に関しては,従来から合憲か違憲かが盛んに論議されてきた。
(22)
連邦通常裁判所は,この規定を一貫して合憲と判断してきたが,これに対し,
連邦憲法裁判所は,1983年1月27日の判決(FamRZ 1983,342−NJW 1983,
1417)において,保険料の支払いによる年金権の調整を例外なく規定するBGB
1587条b3項1文前段は行き過ぎであり,調整権利者たる配偶者に固有の町
会的な保障を確保するという立法者の目的は,義務者により寛大な:方法でも達
せられうるがゆえに,憲法違反であるとの判断を示した。その結果,BGB 1587
条b3項1文前段は無効となり,1項および2項により調整すべき年金権以外
の年金権調整が,常に強制的に保険料の支払いにより行われることはなくなっ
た。
この保険料の支払いによる調整方法に代わる暫定的な調整方法が,VAHRG
1条∼3条一一1983年4月1日施行(VAHRG 13条1項)一によって規定
されている。具体的には,①義務者の年金権に関する規約がこの方法による調
(23)
整を規定しているときには,家庭裁判所が権利者のために年金権を法定年金保
(24)
険外に創設する一現実分与(Realteilung)一(VAHRG 1条2項)。②この調
(22)BGH, FamRZ 1980,29;NJW 1980,47;FamRZ 1980,43電NJW 1980,340;
FamRZ 1981,1051漏NJW 1981,2689.
(23)例えば,Beden−WUrttembergの医師,歯科医および獣医のための保険協会の
規約がこのような規定をしている(M.一MHahne/R. Glockner, Das Gesetz zur
Regelung von Harten im Versorgungsausgleich, FamRZ 1983,221;F. Lohmann,
Neue Rechtsprechung des Bundesgerichtshofs zum Familienrecht,3. AufL
(1983), S, 146)。
(24)VAHRG 1条2項の現実分与にあたって,家庭裁判所は,公法上の調整方法とし
ての性格とBGB 1587条b4項の理念から生じる最低要求を満たしているか,具体的
ケースにおいて適切な結果になると思われるかを吟味しなくてはならない。具体的
な分与方法については,定めがないから,原則として保険者の定めた手続に従うも
のとされている(BGH, FamRZ 1988,1254)。しかし,現実分与は権利者の独自の
権利創設を前提としたものであるから,企業老齢年金における年金給付の譲渡はこ
こに含まれない(BGH, FamRZ 1985,799)。
80第1章西ドイツの離婚給付
整が行われず,かつ,調整すべき年金権が公法上の年金保険の保険者に対する
ものであるときには,公法上の勤務関係に基づく年金権に関する規定(BGB 15
87条b2項)が同様に適用される一準分割(Quasi−Splitting)一(VAHRG
(25)
1条3項)。③これら1条による調整が実施されえないときは,債1権法上の年
鎌の難(BGB・587条f∼・587条k)が行われる(VAHRG 2( ウ).も。と
も,同2条については,憲法裁判所は,債権的調整を広範に認めすぎたため,
BGB 1587条b3項の保険料支払いによる調整の余地がなくなるから無効であ
るとした(BVerfG, FamRZ 1986,543−NJW 1986,1321)。そのため,1986年
の改正法によって,種々の方法による債権的調整の回避が認められるように
なった(VAHRG 2条,3条b1項)。なお, VAHRGによって,年金権の算
定に関するBGB 1587条aおよび調整の実施に関するBGB 1587条b1項と2
項は変更されなかったから,VAHRGの規定により調整すべき年金権の価額
は・従来どおりの:方法で算定されることになり,VAHRGによる調整は, BGB
1587条b1項,2項による調整が行われた後に,実施されるに止まることにな
る(BGH, FamRZ 1983,1003−NJW 1983,2443;FamRZ 1986,247)。
4 調整の一般原則
(1) 年金権の調整制度に関する期間的制限
76年法によれば,年金権の調整に関する諸規定(BGB 1587条以下)は,旧
(25)VAHRG 1条3項の準分割は公法上の法人,施設,財団など公法上の身分をも
つ保険者に対する年金権については行われる(BGH, FamRZ 1985,56−NJW
1985,2708)が,公法上組織されたものではない団体には類推適用されない(BGH,
FamRZ 1987,918)。多くの公法上の保険者にとって準分割が費用面で負担になる
からといって,公法上の調整からこれを除外することは認められない(BGH, Fam
RZ 1985,56−NJW1985,2708)。また,保険者が調整義務者の死亡を理由に年金カ
ットをすることができない場合にも,準分割は行われうる(BGH, FamRZ 1985,
1240−NJW 1986,185)。さらに詳しくは, R. Hoppenz, Fami11ensachen,3. Aufl.
(1989),S。452f.を参照されたい。
(26)企業老齢年金の大部分は,この調整方法によることになるといわれている@g1.
Hahne/Glockner, FamRZ 1983,222)。
81
規定により離婚した夫婦には適用されないことになっている(1.EheRG12款の
3・3項1文)。そのさい基準となるのは,離婚判決言渡しの時であって,判
決確定の時ではな炉(BGH, FamRZ 1979,906)。そして1977年7月1日前に
旧規定により離婚が行われたために法定の年金権調整が行われないときには,
夫婦は,有効に年金権調整に関する合意をすることもできないと解されており
(BGH, FamRZ 1982,794−NJW 1982,1814),また,同1日以降に婚姻無効
の宣告があった場合でも,夫婦の一方ゐミ同1日前に死亡していたときには,年
金権の調整は行われないと解されている(BGH, FamRZ 1985,270)。’
(2)調整の対象となる年金権
一BGB 1587条1項1文によれば,調整の対象となるのは,各種の老齢年
金または職業ないし所得不能年金に対する期待(Anwartschaften)または見
込み(Ansichten)であるが,すでに生じている年金請求権も調整対象となる
・ことについては,学説・判例上争いはない(BGH, FamRZ 1980,129−NJW
1980,396)。さらに,引退に伴う会社の持分譲渡に関する合意に基づく終身年
金も,調整の対象になりうると解されている(BGH, FamRZ 1988,936)。こ
れに対し,貯蓄型の生命保険は一般に調整の対象とならず,年金払いでの受取
りを選択できる場合であっても,この選択権が離婚申立ての係属までに行使さ
れたときでなければ,調整の対象とはならない(BGH, FamRZ 1984,156−
NJW 1984,299)。
二BGB 1587条1項2文によれば,夫婦の財産を用いてまたは労働によっ
て取得した年金権でなければ,調整の対象にはならないとされている。だから,
労働災害のゆえに支給される災害保険給付や,戦争犠牲者の援護のために支給
される給付は,調整の対象にならないと解されている(BGH, FamRZ 1981,
239−NJW 1981,1038)。これに対し,一定の被保険者期間を前提に認めら
れる任意継続によるいわゆる加算期間(Zurechnungszeit)(RVO 1260条1
項,AVG 37条1項)に基づく法定年金の期待権は,労働によって取得したも
のとして,調整の対象になると解されている(BGH, FamRZ 1986,337)。ま
た,任意:保険料の追納によって取得された法定年金の期待権は,保険料が婚姻
82第1章西ドイツの離婚給付
期間中に支払われた場合には,それが婚姻前の時期に関するものか,婚姻中の
(27)
時期に関するものかにかかわらず,調整対象になると解されている(BGH,
FamRZ 1981,1169胃NJW 1982,102;FamRZ 1985,687畢N∫W 1985,2024)。
これに関連して問題となるのは,第三者が,夫婦の一方のために,贈与の方
法で法定年金保険の任意保険料を,保険:者に直接支払った場合に,これにより
取得された年金権が,夫婦の財産を用いて取得されたものとして,調整の対象
となるかの問題である。連邦通常裁判所は,第三者により支払われた金銭が,
一度も夫婦の財産中に含まれなかったことを理由に,この問題を否定的に解す
る(BGH, FamRZ 1983,262−NJW 1983,875)。これに対し,第三者が,夫婦
の一方に,保険料を支払うための金銭それ自体を用立てていた場合には,その
金銭により任意保険料を追納して得た年金権は,調整の対象になるとされてい
る(BGH, FamRZ 1984,570・NJW 1984,1542)。
(3) 婚姻期間の概念
このように,年金権の調整に関しては,婚姻期間中に創設ないし維持された
年金権だけが考慮されるにすぎない。だから,調整の対象となる年金権の算定
にあたっては,婚姻期間をいかに解するかが重要となってくる。ちなみに,
BGB 1587条2項によれば,婚姻期間とは,婚姻を締結した日を含む月の初め
から,離婚の申立てが係属することになった日を含む月に先行する月の終りま
での期間をいう。ここで問題となるのは,婚姻期間の終了に関して,離婚の申
立ての係属をめぐって生じてくる諸問題である。
まず,1977年7月1日前に離婚の訴え(Scheidungsklage)が提起されてい
た場合にも,同様に離婚の訴えの係属の日が婚姻期間の終了の基準とされるか
(27)婚姻期間に含まれる期間について,任意保険料が追納された場合における年金権
の取扱いの問題ついて,従来は見解がわかれていた。すなわち,甲佐は,保険料の
追納が婚姻期間中に行われたか否かを基準として(いわゆる“In”一Pri聡zip),ま
た,乙説は,保険料の追納がどの旧聞について行われたかを基準として(いわゆる
“恥r”一Prinzip)いた。しかし,連邦通常裁判所が甲州を採るに及んで,この問題
に関する論争には一応終止符が打たれた。さらに詳しくは,拙稿「西ドイツにおけ
る離婚のさいの年金権調整の現状」判例タイムズ529号132頁を参照されたい。
83
の問題である。この問題について,連邦通常裁判所は,旧法による離婚の訴え
を,新法による離婚の申立(ZPO 622条)と同様に取り扱うものとしている
(BGH, FamRZ 1980,552−NJW 1980,1161)。
それでは,離婚の申立てないし訴えの係属は,手続が停止または事実上休止
した場合にも,婚姻期間終了の基準たりうるであろうか。連邦通常裁判所は,
この問題を原則として肯定的に解しているが,停止された離婚手続が掬解の結
果放置されているとか,当事者が再び長期にわたり共同生活を営んでいるな
ど,特段の事情が存する場合には,これと異な’る基準が考慮されうるとの見
解を示している(BGH, FamRZ 1980,552−NJW 1980,1161;FamRZ 1986,
335−NJW 1986,1040)。
さらに,婚姻期間の終了と離婚の申立てないし訴えとの関係について,連邦
通常裁判所は,離婚の申立てないし訴えにつき口頭弁論は開かれていないが,
係属中の離婚手続において,後に係属した相手方の申立てにより離婚が成立し
た場合にも,離婚の申立てないし訴えの係属が婚姻期間の終了の基準になると
する(BGH, FamRZ 1982,153−NJW 1982,280)。そして,夫婦の一方が,
他:方の提起した離婚の申立てないし訴えがまだ係属しているにもかかわらず,
同一の裁判所に新たに離婚の申立てをしたときにも,通例は同様に取り扱いう
るとの判断を示している(BGH, FamRZ 1983,38)。
なお,婚姻期間の開始に関して,連邦通常裁判所は,夫婦が一度離婚した後
にまた結婚していたときでも,前前の期間は婚姻期間に加算されることはな
く,再婚の婚姻締結日が婚姻期間の開始の基準になるとの判断を示している
(BGH, FamRZ 1982,1193−NJW 1983,37;FamRZ 1983,46レNJW 1983,
1317)。
5 個々の年金権の算定と調整方法
(1) 分割による法定年金保険の年金権の調整(BGB 1587条a2項2号,
1587条b1項)(巻末付録資料3−1(2)参照)
一 BGB 1587条b1項により分割(Splitting)されるのは,法定年金保険
84第1章西ドイツの離婚給付
からの年金または年金権である(BGB 1587条a2項2号)。だから,夫婦の一
方または双方が離婚のさいにすでに年金受給年齢に達している場合にも,年金
分割は行われ,調整権利者はより高額の年金を受給することができる(BGH,
FamRZ 1980,129−NJW 1980,396)。また,調整権利者が婚姻締結前からすで
に老齢年金を受給しているときにも,同様と解されている(BGH, FamRZ
1982,258−NJW 1982,989)。そのさい,調整の対象となる法定年金からの年金
権の算定にあたっては,実際にその者が給付を受けている年金の価額が計算の
基礎とされる(BGH, FamRZ 1982,33−NJW 1982,299;FamRZ 1984,673雷
NJW 1984,2364;FamZ 1985,688)。したがって,この場合には, BGB 1587
条a2項2号ならびにRVO 1304条およびAVGき3条によって,婚姻期間の
終了の時点に保険事故が発生したものとして算定される「擬制的(fiktiv)」年
金の価額に基づくのではないことになる。
二 BGB 1587条b1項目よれば,法定年金保険からの年金または年金権
(BqB 1587条a2項2号)は,夫婦が婚姻中に取得した年金権の差額の半分に
ついて,調整義務者から権利者に対して年金権の形で譲渡されるものであり(巻
末付録資料3−2(1)参照),それは法定された範囲内でのみ譲渡されうるにす
ぎない。だから,他の調整方法が法定されている年金権の調整のために,BGB
1587条b1項の分割の方法により年金または年金権を譲渡すること一いわゆ
る超分割(Super−Splitting)一は許されないと解されてきた(BGH, FamRZ
1981,1051−NJW1981,2689;FamRZ 1986,250−NJW 1986,290)。もっとも,
1986年のVAHRGの改正法によって, BGB 1587条b3項の調整の代わりに
VAHRG 2条の債権的調整が行われうる年金権については,一定の要件のも
とに超分割も認められるに至っている(VAHRG 3条b1項1号)。
(2) 準分割による公務員法上の恩給権の調整(BGB 1587条a2項1号,
1587条b2項)(巻末付録資料3−1(1)参照)
一BGB 1587条b2項により準分割(Quasi−Splitting)されるのは,
BGB 1587条a2項1号によれば,公務関係から生ずる恩給または恩給権であ
85
(28) (29)
る。もっとも,通説・判例によれば,それらよりも弱い恩給の見込み(BGB1587
条1項1文参照)も,これに含まれるものと解されている(BGH, FamRZ
1982,362−NJW 1982,1754)6準分割は,夫婦が婚姻中に取得したこれらの年
金・恩給権の差額について,調整i義務者の恩給権の負担で,法定年金保険に年
金権を創設する方法で行われる(巻末付録資料3−2(2)参照)。
しかし,兵役義務に基づく非職業軍人が,ここにいう恩給の見込みを取得す
(30)
るかは疑わしく,またそれゆえに,この問題は大いに争われてきた。連邦通常
裁判所は,この問題について,非職業軍人は,二者択一的に構成された恩給の
見込み一すなわち,BGB 1587条b2項の準用により準分割の方法で調整さ
れるものと,当該見込みの最低価額としての追保険請求権の価額と評価される
もの一を取得すると解している。ただし,恩給の見込みの算定にあたって
は,婚姻の終了後ではあるが年金権の調整に関する事実審裁判所の判決の前
に,非職業軍人が,公務員または職業軍人になったときには,擬制的追保険:に
よって,すなわち,事実審裁判所の判決の時点に法定年金保険に対する追保険
請求権が行使されたものとして,その者の追保険の価額が算定され,これに
従って準分割が行われることになる(BGH, FamRZ 1981,856−NJW 1981,
2187;BGH, FamRZ 1982,154−NJW 1982,379)。また,準備勤務中の,任用
を撤回しうる公務員の恩給の見込みについても,同様の取扱いが行われている
(28)外国や国家問ないし超国家的機関のための勤務関係は,これに含まれない(BGH,
FamRZ 1988,273粛NJW 1988,578)。
(29)例えば,高級官僚職を志願し準備勤務に服する者のように,準備勤務の終了後に
は一定の官職に従事して恩給権を得ることができるであろうとの予定ないし見込み
がかなり確実である場合が,これにあたる。
(30) というのも,非職業軍人は,兵役期間の終了後,法定年金保険において追保険を
した場合には,法定年金保険の年金権を取得し,公務法上のそれをまったく取得し
ないのに対し,この期間終了後に公務員や職業軍人になった場合には,非職業軍人
として兵役に服していた期間は勤務期間に加算され,その分だけ恩給権の価額が引
き上げられることになっているからである。通例は,後者の取扱いの方が,前者の
追保険よりも有利となる。
86第1章西ドイツの離婚給付
(BGH, FamRZ 1982,362−NJW 1982,1754)。いずれにしても,事実審裁判
所の判決の時点に追保険が行われたときには,BGB 1587条b1項による分
割の方法で,年金権の調整が行われることになる(BGH, FamRZ 1982,154謡
NJW 1982,379)。ζれに対し,上級地方裁判所の判決の時点以降に追保険が
行われたときには,追保険はもはや上告審である連邦通常裁判所においては考
慮されえないと解されている(BGH, FamRZ 1983,682串NJW 1983,1908)。
(31)
最:後に,調整義務者が,婚姻期間中に複数の追保険請求権を取得した場合に
おける取扱いについて,簡単に触れておくことにする。この場合には,追保険
の義務は,複数の任用機関に,それぞれの任用期間の割合に応じて義務づけら
れることになっている。だから,年金権の調整も,相応に各任用機関に対する
恩給権の見込みごとに,準分割の方法により(BGB 1587条b2項の類推適用)
行われることになる(BGH, v.16.12.1981 in:Lohmann, a. a.0.(Fn.23),
S.162)。これに対し,公務員が職場をかわった場合には,公務員法上の恩給の
債務は最後の雇用者が全額負担することになっているから,BGB 1587条b2項
による年金権の調整は,最後の雇用者のもとにある恩給のみの負担で行われる
ことになる(BGH, FamRZ 1981,860)。なお,俸給義務を免除された大学教授
の場合にも,BGB 1587条a2項1号5文により,その他の公務員の恩給と同
様に取り扱われることになっているから,同様の方法で年金権の調整が行われ
る(BGH, FamRZ 1983,467−NJW 1983,1784)。
二BGB 1587条a2項1号により公務員法上の恩給権を算定するにあたっ
て重要ないわゆる全期間(Gesamtzeit)とは,婚姻期間終了時までの公務員の
恩給資格ある勤務期間に,その時点から停年までの期間を加えたものである。
そして,この全期間の基準となる停年年齢は,当該公務員の経歴や地位に従っ
て適用されるものであるから,それに伴って恩給の受給年齢も上下すること
になるが,このような取扱いも合憲と判断されている(BGH, FamRZ 1982,
(31) 例えば,非職業軍人であった者が,兵役期間の終了後に,任用を撤回しうる公務
員となったが,事実審裁判所の判決の時点においてもなおこの地位に止まっている
場合が,これにあたる。
87
999−NJW 1982,2374;FamRZ 1982,1003−NJW 1982,2377;FamRZ 1982,
1005−NJW 1982,2379)。
つぎは,恩給資格ある勤務期間の算定の問題である。BGB 1587条a2項1
号2文による恩給資格ある勤務期間の算定にあたっては,昇進した職務の俸給
は2年を経過するまでは恩給資格を有しないとするBeamtVG 5条3項は考慮
されない。だから,公務員がその職務についてまだ2年経過していないときで
も,婚姻期間の終了の時点における公務員の俸給をもとに,年金権の調整が行
われる(BGH, FamRZ 1982,31串NJW 1982,222)。また, BeamtVG 12条に
より恩給資格ある勤務期間として取り扱われうる教育期間および試験期間は,
公務員法上の要件が満たされている限りは,当該公務員が必要な申立てをして
いなかったときでも,恩給資格ある勤務期間に加えられる。そのさい,この期
間の算入が,当該公務員にとって,年金権の調整上有利になるか不利になるか
は問題とはならない(BGH, FamRZ 1981,665−NJW 1981,1506;FamRZ
1983,999)。これに対し,公務員にパートタイム労働が認められた期間は,割
合に応じてしか恩給資格ある期間とならない(BeamtVG 6条1項3文)か
ら,その分全期間は減じられることになる(BGH, FamRZ 1986,563−NJW
1986,1935)。無給の休暇期間(BeamtVG 6条1項2文)も,原則として同様
である(BGH, FamRZ 1986,658−NJW 1986,1934)。なお,調整義務者の恩
給権が,現行公務員法とは異なる恩給資格ある勤務期間を規定する旧公務員法
の規定により規律されているときには,年金権の調整の算定についても,旧規
定:が適用されることになる(BGH, FamRZ 1982,583)。
ところで,BGB 1587条a2項1号の算定規定は,通常の場合,すなわち,
調整義務者である公務員が停年まで勤務する場合を前提としている。だから,
公務員が,勤務不能のゆえに,時期に先立ち退職をした場合に,この算定規定
を適用しうるかが問題となる。この問題について,連邦通常裁判所は,そのよ
うな場合には,実際に給付されている恩給に基づいて,恩給権の調整を行うべ
きであるとの見解を示している。ただし,当該公務員の労働能力ある配偶者
が,停年隼齢に達するまでに,調整義務者に比べて高い老齢年金を取得する可
88第1章西ドイツの離婚給付
能性を有するがゆえに,この算定方法が不当に苛酷なものとなるときには,
BGB 1587条c1号による年金権調整の一部排除が考慮されうる(BGH, Fam−
RZ 1982,36旨NJW1982,224)。
三 夫婦の一方が,BGB 1587条a2項1号の意味における公務員法上の恩
給権の外に,さらに別の恩給権を取得した場合について,BeamtVGは,休
止・通算規定(減額規定)(BeamtVG 54∼56条, SVG 55条,55条a)によっ
て,複数の恩給給付の合計額が,そのときどきの定められた最高限度額を超え
ることがないようにしている。それでは,この減額規定は,複数の恩給権が調
整対象となる場合に,どのように関係してくるであろうか。まずは,夫婦の一
方が取得した複数の恩給権が,すべてBGB 1587条a2項1号に含まれるごく
稀な場合であるが,この場合にはあまり困難な問題は生じてこない。調整対象
となる恩給権の価額は,全恩給(Gesamtversorgung)の価額である最高限度
額に,すべての勤務関係から生じた恩給資格ある勤務期間のうち婚姻中に経過
した期間が全期間に対して占める割合を乗ずることによって,簡単に算定でき
る(BGB 1587条a6項前段)からである。
これに対し,公務員法上の恩給権と法定年金保険の年金権とが併合する場
合,そのような場合はしばしば起こりうるところであるが,この場合には非常
に困難な問題が生じることになる(巻末付録資料3−2(3)参照)。なんとなれ
ば,法定年金保険の年金権の価額は,保険料支払いとの関係において,価格単
位(Werteinheiten)に従って算定される(BGB 1587条a2項2号)が,この
場合に算定の基礎となる年金権の取得期間は,BGB 1587条a2項1号にいう
恩給資格ある勤務期間とは異質なものだからである。すなわち,BGB 1587条
a6項前段の場合のように,両期間を単純に合算して,これをもとに,割合計
算により,調整対象となる恩給権の価額を算定することはできないことにな
る。そこで,連邦通常裁判所は,この場合には,①婚姻期間中に取得された年
金権・恩給権の価額を,それぞれに適用される法律規定に従って別々に算定し,
②減額規定の適用にあたっては,婚姻期間中に取得された公務員の恩給権だけ
を考慮するとの考えに基づいて,問題を解決している (BGH, FamRZ 1983,
89
358−NJW 1983,1313;FamRZ 1983,1005)。だから,この場合には,まず,
婚姻前に取得された年金権・恩給権も含めて,婚姻終了時における擬制的年金
・恩給の総額をもとに,BeamtVG等により最高限度額を確定し,つぎに,こ
の限度額を超えた価額について,毎月平均して減額を行い,これをもとに,割
(32)
合計算により婚姻中に取得された年金権・恩給権の価額を算定することにな
る。なお,この場合に,準分割に代えて,年金分割によって,より多くの法定
年金の年金権を譲渡することは許されない(8GH, FamRZ 1986,250−NJW
1986,290)。
(3) その他の公法上の年金権調整(BGB 1587条b3項)
BGB 1587条b1項および2項により調整すべき年金権以外のその他の年金
権について論議されてきた調整方法をめぐる諸北畑は,VAHRGによって調
整方法が変更されたことで一応の解決をみていること,既述のごとくである。
したがって,ここでは,その他の年金権の価額の算定をめぐって生じうる問題
のみを取り扱うことにする。
BGB 1587条a2項3号にいう事業所の老齢年金には,私的事業所のいわ
ゆる企業年金の外,公的勤務による付加年金(Zusatzversorgung)がある
(BGH, FalnRZ 1985,1245)。この公的勤務による付加年金は,権利者が,保:
険事故の発生するまで公的勤務に従事していたときには,法定年金保険や公務
員法上の年金・恩給と同様に動的な(dyna£nisch)ものとなるが,それ以前に
退職したときには,個々の場合に最高価額の定められた静的な(statisch)も
のとなる。それでは,どのような公的勤務による付加年金権が,BGB 1587条
(33)
a2項3号3文にいう非喪失の(unverfallbar)年金権として,公法上の年金
権の調整対象とされるのであろうか。この問題について,連邦通常裁判所は,
(34)
従来の上級地方裁判所の一般的な見解とは異なり,静的な年金権だけが非喪失
(32) F.Lohn}ann, Neue Rechtsprechung des Bundesgerichtshofs zum Familien−
recht,5. Auf1.(1986), S.236.
(33)権利者が,退職後も年金権を保有し続けることができることを意味する。
(34)動的な年金権に換算されうる年金権のみが,公法上の調整の対象になるとの見解
90第1章西ドイツの離婚給付
なものとして公法上の調整対象となるにすぎず,しかもそれは,BGB 1587条
a3項2号に従って純価格令(Barwertverordnung)によりスライドされた
(dyna面s量ert)価額について行われるとの見解を示した(8GH, FamRZ 1982,
899−NJW 1982,1989;FamRZ 1984,671−NJW 1984,2364)。だから,保険
(35)
事故の発生によって動的な年金権が非喪失となった場合には,先にスライドさ
れた年金権との差額について,債権法上の調整が行われることになる。
なお,公的勤務による付加年金給付に対する期待権は,裁判の時点に非喪失
であるときは,VAHRG 1条3項に従って,準分割による公法上の調整を受け
ることになる(BGH, NJW 1986,362=FamRZ 1986,247)。
(4)公法上の調整に代わるその他の調整方法(BGB 1587条b4項)
これらの公法上の年金権の調整方法によって法定年金に年金権を創設ないし
譲渡することが,権利者のために効を奏しないとか不経済であるといった場合
には,家庭裁判所は,当事者の申立てにより1他の方法を定めなければならな
いものとされている(BGB 1587条b4項)。例えば,連邦通常裁判所は,調
整権利者である配偶者がポーランドで生活している場合には,ここにいう調整
が権利者のために効を奏しない場合にあたるから,他のどのような方法により
調整を実施するかの判断を示さなければならないとしている(BGH, FamRZ
1983,263−NJW 1983,512)。これに対し,調整権利者が婚姻締結前からすで
に所得不能年金の支給を受けていた場合には,年金額が調整により譲渡される
年金権分だけ増加することになるから,ここにいう効を奏しない場合にはあた
らないと解している(BGH, FamRZ 1986,337−NJW 1986,491)。
つぎは,公法上の調整が不経済かどうかの問題である。連邦通常裁判所は,
がそれである(OLG Hamm, FamRZ 1980,1016;OLG DUsseldorf, FamRZ 1980,
1018;OLG Schleswig, NJW 1980,2359;OLG Schleswig, FamRZ 1980,1132;
OLG Hamburg, FamRZ 1980,1133 usw.)。
(35)公的勤務による付加年金権が原則として非喪失となる保険事故の発生は,被保険
者が死亡した場合(BG王{, FamRZ 1986,894),被保険者が一定の年齢に達した場
合(BGH, FamRZ 1982,903−NJW 1982,1993;FamRZ 1986,341)等である。
91
夫婦が共に公務員である場合に,年金期待権を法定年金保険に創設する:方法で
調整を実施することは,法定年金保険の5年の資格期間を満たしうるときには
不経済ではないとする(BGH, FamRZ 1984,667コNJW 1984,1549)。また,
離婚判決の確定後,年金権の調整に関する判決の確定前に,いったん離婚した
夫婦が再婚した場合も,ここにいう不経済な場合にはあたらないとして,公法
上の調整を実施して,妻に固有の年金権を保障している(BGH, FamRZ 1983,
263−NJW 1983,1317)。
なお,VAHRGの施行前から,すでにBGB 1587条b4項にいうその他の方
法として,年金保険者が同意する場合には,現実分与の方法をとることも℃き
るとされていた(BGH, FamRZ 1982,998−NJW 1982,2496)。
(5)債権的調整(BGB 1587条f,1587条9)
BGB 1587条fによって,債権的調整の実施される場合が列挙的に規定され
ている(BGH, FamRZ 1981,1051−NJW 1981,2689)から,衡平考量の余地
はなく,公法上の調整に関する裁判が確定するまでの期間について,衡平の
観点から調整年金を与えることはできないと解されている(BGH, FamRZ
1987,149−NJW 1987,1018)。
将来の調整給付が問題となっている場合,債権的調整に関する裁判は,BGB
1587条9に従って調整をすることができるようになるまで延期されるものとさ
れている(BGH, FamRZ 1984,251−NJW 1984,610)。そして,将来の調整
年金の確定を求める訴は,調整年金の価額を定めることがまだできないから,
訴の利益を欠き許されないとされている(BGH, Fa!nRZ 1982,42=NJW 1982,
387;FamRZ 1984,251−NJW 1984,610)。これに対し,過去の時点に関する
調整年金については,BGB 1587条k1項により準用される1585条b2項に従
って,過去の扶養料と同様に請求することができる(BGH, FamRZ 1985,
263−NJW 1985,2706)。
92第1章西ドイツの離婚給付
6 年金権の調整に関する合意
(1)BGB 1587条。による合意
夫婦は,離婚に伴って,年金権の調整に関する合意をすることができ(BGB
1587条01項),その内容は原則として自由であるが,しかし衡平の見地から,
公正証書の作成(同2項1文)と家庭裁判所の承認(Genehmigung)が必要
とされている(同2項3文)。このような当事者の自由な合意に対する制約に
ついて,連邦憲法裁判所および連邦通常裁判所は,ともに憲法上疑義はないと
判示している(BVerfG, FamRZ 1982,677−NJW 1982,2365;FamRZ 1982,
471−NJW 1982,1463)。そして,裁判所の承認は,年金権の調整に関する手続
が控訴審に継続した場合には,上級地方裁判所がその権限を有するが,年金権
の調整に関する合意が上告手続の期間中に初めて行われた場合には,家庭裁判
所の権限に属する(BGH, FamRZ 1982,688−NJW 1982,1464)。なお,承認
が拒絶された場合には,それだけを理由に異議を申し立てることはできない
(FGG 53条d2文)が,しかし,年:金権の調整に関する裁判に対する異議申立
てにより,それが再検討されることもありうると解されている(BGH, Fam
RZ 1982,471−NJW 1982,1463;FamRZ 1982,688富NJW 1982,1464)。
それでは,裁判所の承認は,いかなる場合に与えられ,また拒絶されるので
あろうか。この点について,BGB 1587条02項4文は,反対給付の合意の有
無を基準としているが,そのほかに,年金権の調整により期待される権利と等
価値の保護がその他の方法で与えられるかということも,判断基準になると解
されている(”g!.BGH, FamRZ 1982,471−NJW 1982,1463)。だから,調整
権利者に帰属する年金権が合意により放棄された場合に,それが調整義務者の
給付によってではないが,第三者,例えば調整権利者の再婚相手によって補償
されているときには,この年金権放棄の合意は,裁判所により承認されうるこ
とになる(BGH, FamRZ 1982,471−NJW 1982,1463)。もっとも,補償なし
に年金権の調整を放棄することも,一定の条件のもとに認められている。例え
ば,年金権の調整の排除原因(BGB 1587条。)が存する場合(BGH, FamRZ
93
1982,471−NJW 1982,1463)や,これらの緋除原因にあたる事由は存しない
が,あらゆる事情からして,とくに調整権利=者が老齢・廃疾保障を必要としな
(36)
い場,合(BGH, FamRZ 1982,688−NJW 1982,1464)には,補償:のない放棄
も裁判所により承認されうるものと解されている。
(2) BGB 1408条2項による合意
銀金権の調整は,夫婦財産契約によって排除することができ(BGB 1408条
2項1文),法定の調整割合を減じる方法で部分的に排除することもできる
(BGH, FamRZ 1986,890−NJW 1986,2316)。これは,夫婦財産契約が婚姻
の前後いずれの時期に締結されたかによって,異なることはない(BGH, U. v.
28.11.1984in:HoPPenz, a. a.0.(Fn.25), S.47)。そのさい, BGB 1587条
。の場合とは異なり,契約締結のときに夫婦が離婚意思を有していなかったこ
とも,推定的調整権利者が他の方法で保護されていることも,さらに家庭裁判
所の承認も必要ではないとされている(BGH, U. v.28.11.1984(a. a.0);
FamRZ 1987,365踏NJW 1987,322)。
しかし,夫婦財産契約による年金権調整の排除は,契約締結後1年を経ない
うちに離婚が申立てられたときには,効力を失うものとされている(BGB 1408
条2項2文)。ただし,契約締結後1年を経ないうちに離婚が申立てられても,
その申立てが撤回された場合には,調整の排除の効力に影響を及ぼさない
(BGH, FamRZ 1986,788−NJW 1986,2318)。なお,ここに離婚の申立てと
は,相手方に対する申立書の送達により提起された場合のそれであり(BGH,
FamRZ 1985,45−NJW 1985,315),権限のない弁護士が提起した申立ては手
続上有効なものではないから,この申立てを基準に1年の期間を援用すること
はできない(BGH, FamRZ 1987,365=NJW 1987,322)。
(36)具体的には,夫婦が婚姻期間を通じて共に職業活動に従事し,それぞれ固有の年
金権を取得している場合,あるいは,権利者がすでに十分な年金を受給している場
合などがこれにあたる。さらに,詳しくは拙稿・前掲論文(注20)93頁を参照』
94第1章 西ドイツの離婚給付
7 調整の排除(苛酷条項)
(1)公法上の調整の排除(BGB 1587条。)
一 年金権の調整を文字通り機械的に実施すると,衡平に反する事態も生じ
うることになる。そこで,①両当事者の状態から見て,義務者に調整の実施を
求めることが著しく不当なものとなる場合,②権利者が離婚を予期して,また
は離婚後作為もしくは不作為によって,自己の調整対象となる年金権を生ぜし
めずまたは喪失せしめた場合,③権利者が,婚姻中長期間にわたって,家族を
扶養する義務を著しく怠ってきた場合には,年金権の調整は行われないものと
されている(BGB 1587条c1号∼3号)。
しかし,調整の排除ないし減額事由はこれにつきるわけではなく,特別な事
情のゆえに年金権の調整の実施が年金権の調整の基本理念一婚姻中の役割分
担のゆえに年金権につき不利益を受ける離婚配偶者の社会的地位を,年金権の
調整により改善すること(BGH, FamRZ 1979,477−NJW 1979,1289)一に
耐え難いほどに矛盾するときには,1号にいう著しく不当な場合として,調整
の排除ないし減額が行われうる(BGH, FamRZ 1982,258−NJW 1982,989)。
具体的には,@婚姻期間が極端に短いこと,⑮夫婦の別居とその期間,⑥婚姻
義務に反する有責行為,⑥婚姻中の生活関係,⑨その他の諸事情が,調整の排
除ないし減額事由として考慮されている。つぎに,各事由について,やや詳説
する。
(a)婚姻期間が極端に短い場合,例えば1月といった場合には,連邦通常裁
判所は,調整の排除を是認しうると判示している(BGH, FamRZ 1981,944)。
(37)
このような判断は,従来の下級審の裁判例の態度にも沿うものである。
㈲ 夫婦が別居している事実とその期間は,調整の無制限な実施が著しく不
(37)同居期間が皆無であった場合や,婚姻期間および同居期間が極端に短い場合に
は,調整は排除されている。なお,この点について,詳細は,拙稿・前掲論文
(注20)75頁以下およびその付録一覧表を参照されたい。
95
当なものとなるかどうかの判断にあたって,かなり重視されている。というの
も,夫婦の別居によって婚姻生活共同関係が廃止されているときには,夫婦が
生活共同関係にあるがゆえに年金共同関係にあるとの考えに基づく年金権の調
整制度は,その本来の基盤を欠くことになるからである。そして,76年法の施
行前にすでに夫婦が別居していた旧婚については,このような考えのもとに,
暫定規定である同法12款の3・3項3文と4文によって,長期間の別居を理由
とする調整の減額が認められている(BGH, FamRZ 1980,29編NJW 1980,47;
FamRZ 1981,130−NJW 1981,394;FamRZ 1981,340;FamRZ 1982,475揖
NJW 1983,176)。ただし,そのさい,婚姻のゆえに給付を受けてきた年金の
継続を信頼している配偶者を保護する必要があるかどうかが考慮されねばなら
ない(BGH, FamRZ 1981,130窩NJW 1981,394;FamRZ 1981,340)。この
ような信頼保護の要請は,もつぼら苛酷条項による調整の減額を阻止するため
に機能することになる(BGH, FamRZ 1981,130−NJW 1981,394)。
それでは,具体的に,年金継続に対する信頼が,どのような場合に保護さ
れ,また保護されなかったであろうか。例えば,調整権利者である配偶者が,
共通子を世話しなければならない場合(BGH, FamRZ 1981,130−NJW 1981,
394),どうしても別居を続ける必要はなかった場合(BGH, FamRZ 1981,
340),あるいは,別居のさいすでに老齢に達しているために,もはや自己の老
齢年金を自身で確保する状態になかった場合(BGH, FamRZ 1981,340)に
は,年金継続に対する信頼は保護に値すると解されている。これに対し,調整
権利者である配偶者が,かなり若いときに別居し,長期間にわたる別居期間中
に,調整義務者から僅かな扶養料しか受けていなかった場合には,その者は固
有の老齢年金権を構築する機会を有していたことを理由に,その儒頼は保護に
値するとは認められ・なかった(BGH, B. v,10.6.1981, in:Lohmann, a. a.0
(Fn.23), S.180)。当該配偶者は,別居によって,婚姻中の役割分担から解
放され,固有の所得活動により年金権を構築しうる状態に移行したからである
(BGH, FamRZ 1982,475頴NJW1983,176)。
(c)婚姻上の義務に反する有責行為は,連邦通常裁判所の見解によれば,一
96第1章西ドイツの離婚給付
般に,BGB 1587条c1号を適用しうる諸事情から除外されはしないが,しか
し,それが例えば長期間にわたる継続的な義務違反のように,配偶者に及ぼす
影響が大きいためにとくに重大であるといった事情が存しなければ,すなわち,
年金権の調整の実施が義務者に耐えがたいと思われるほどに負担を強いること
にならない限り,同条にいう著しい不当を招来しない(BGH, FamRZ 1983,
32−NJW 1983,117)。この原則に従って,連邦通常裁判所は,妻が夫の子が
できたと偽って,すでに危機に回していた婚姻の継続を夫に決心させたことを
理由に,調整の排除を認めた上級地方裁判所の判決を,原則として支持してい
る(BGH, FamRZ 1983,32=NJW 1983,117)。また,妻が長年にわたり故意
に夫の子でない子を夫の子として押しつけてきた場合にも,年金権調整の一部
排除を認めている(BGH, FamRZ 1985,267=NJW 1985,2266)。これに対
し,婚姻中に生まれた子が自分の子でなく,妻が勝手に生んだ子であるとい
う夫の非難は,その子の嫡出性が既判力ある判決によって確定されていない
ときには,非嫡出性の主張に関する禁止規定(BGB 1593条)に違反してお
り,BGB 1587条c1号の適用を根拠づけうる事由たりえないと解されている
(BGH, FamRZ 1983,267=NJW 1983,824)。
つぎは,調整権利者である配偶者が他男ないし二女のもとに走った場合に,
調整が排除されるかの問題である。この間題について,連邦通常裁判所は,そ
れだけを理由に,調整の無制限な実施が著しく不当になることはないとの態度
をとっている。ちなみに,妻が26年間の婚姻生活の後に他心のもとに走ったと
きにも,調整義務者である夫について無制限に年金権の調整を実施すること
は,著しい不当にはならないと判示した(BGH, FamRZ 1983,35旨NJW
1983,165)。もっとも,これに病的な付随的事情が関係している場合,具体的に
は,妻が同居している夫の父と長期問にわたり不貞関係にあった場合には,著
しい不当になると解されている(BGH, B. v.23.11.1983, in:Lohmann,
a.a.0.(Fn.32), S。259)σ
㈹ 婚姻中の生活関係,例えば,調整義務者である配偶者が所得活動につい
て生活費を主として支弁していたおかげで,他方が婚姻中に大学教育をうける
97
ことができた場合(BGH, NJW 1987,578;FamRZ 1988,600謂NJW 1988,
709),あるいは,調整権利者がすでに職業をもっていたにもかかわらず,婚姻
中に義務者の費用負担で大学教育を修了し,それによって得た資格を活用して
固有の所得活動に従事して,相応のより高額な年金権を構築することができる
場合(BGH, FamRZ 1983,1217冨NJW 1984,302)には,年金権の調整は著
しく不当となりうる。これに対し,夫婦が婚姻中同じ様に所得活動に従事し,
それによって各々固有の年金権を取得した場合には,.それだけでは調整の排除
を正当化する事情とはなりえないと解されている(BGH, FamRZ 1988,709−
NJW 1988,1839)。
(e}その他年金権の調整が著しく不当となるかの判断にあたって,連邦通常
裁判所によって,考慮されうる諸事情とされたものには,①調整権利者が婚姻
中ではあるが別居後に取得した財産(BGH, FamRZ 1981,130−NJW 1981,
394)および離婚後に取得した財産(BGH, FamRZ 1988,940置NJW 1988,
1028),②所得活動に影響を及ぼす疾i病(BGH, FamRZ 1981,756−NJW 1981,
1733),特に所得活動と家事・育児の二重負担のために生じた健康障害がある
(BGH, U. v.9.7.1986 in:Hoppenz(Fn.25)S.233)。③調整義務者の個
人需要は,それだけでは直ちに調整の排除ないし減額を正当化する事情とはな
らないが,しかし,調整権利者が十分な年金権をすでに取得しまたは将来取得
しうるのに,調整義務者は年金請求権を緊急に必要としているといった事情が
存するときには,義務者の個人需要も重視されることになる(BGH, FamRZ
1981,756=NJW 1981,1733;FamRZ 1982,258−NJW1982,989;FamRZ1987,
255−NJW 1987,325)。さらに,調整権利者が再婚により失った寡婦年金の支
給が離婚により再開された場合には,それは,例外的にではあるが,考慮され
うるものと解されている(BGH, FamRZ 1989,46)。
二 つぎは,BGB 1587条。2号に該当する行為はどのようなものであるか
の問題である。この点について,連邦通常裁判所は,調整権利者が十分な理由
もないのに,年金の収支計算を故意に有利なものにした行為だけがこれに当た
るとする(BGH, FamRZ 1986,658−NJW 1986,1934)。だから,夫婦の合意
98第1章西ドイツの離婚給付
により家事に専念していた妻が別居後所得活動につかず,引き続き夫に生活費
を頼っている場合(8GH, FamRZ 1984,467−NJW 1984,2829)や昇進・昇格
のチャンスを活用し.なかった場合(BGH, FamRZ 1988,709=NJW 1988,
1839)にも,それだけでは苛酷条項適用の根拠とはならない。
最後に,同条3号により調整が排除される場合についてであるが,連邦通常
裁判所によれば,調整が排除されるのは,扶養義務が長期間にわたって著しく
損なわれた場合だけである。そして,そのさいには,単なる婚姻継続中におけ
る家族扶養義務の不履行だけではなく,例えば扶養権利者がそのために生活需
要を満たすことが非常に困難になったというような客観的メルクマールも,必
要であるとされている(BGH, FamRZ 1986,658四NJW 1986,1934;B. v.5.
10.1983u. B. v.9.7.1986, in:Lohmann, a. a.0.(Fn.32)S.262)。
(2) 債権的調整の排除(BGB 1587条h)
債権的調整に関しても,公法上の調整の場合と同様に,調整の実施がその基
本理念に反することになるときのために,苛酷条項が設けられている(BGB
1587条h2号・3号は, BGB 1587条。の2号・3号と同一内容である)。 BGB
1587条h1号によれば,調整が排除されるのは,離婚時およびその後の予見可
能な時期における当事者の経済状態からして,調整の実施が不当に苛酷となる
場合である。具体的にどのような場合がこれに当たるかについて,連i邦通常裁
判所はまだ判断を示していない。僅かに,BGB 1587条9の要件をまだ満たし
ていないために調整が実施できない場合について,調整の排除は,調整が実施
できるようになるまで延期されるとしたものが見出されるにすぎない(BGH,
FamRZ 1984,251=NJW 1984.610)。
(3)僅少な年金権の調整の排除(VAHRG 3条。)
1986年の改正法により挿入されたVAHRG 3条。によれば,家庭裁判所は,
評価期日における年金額の一定割合を下回る僅少な額の年金権の調整を排除す
ることができる。ただし,調整の排除が権利者の資格期間の充足について不利
に働く場合は,この限りでないと規定されている。まず,年金権の価額が僅少で
あるかの判断にあたっては,調整対象となる年金権の価額から明らかとなる調
99
整額が基準になると解されており(BGH, FamRZ 1989,37−NJW 1989,68),
静的な年金権の価額はスライドすべきものとされている(BGH, FamRZ 1987,
918)。
つぎは,本条但書が適用される場合についてであるが,僅少な年金権の調整
の排除が禁じられるのは,排除がなければ権利者が調整によって具体的な資格
期間を満たすことができるときだけである。ただし,そのさい考慮の対象とな
る資格尋問は,60月の最低資格期閾に限られるわけではなく,一般的なユ80月
の資格期間も考慮されうるものと解されている(BGH, FamRZ 1989,39話
NJW 1989,70)。
なお,保険者は,年金権の調整に関する裁判に対して被保険者の年金権の調
整をVAHRGにより排除しなかったことは不当であるとして,異議を申立て
ることができるものとされている(BGH, FamRZ 1989,41−NJW 1989,71)。
8 その他の問題
(1)報告義務(BGB 1587条e1項, VAHRG 11条)
一 裁判所は,年金権の調整に関する判決をするにあたって,調整対象とな
る年金権の状態に関する情報を入手する必要がある。そこで,家庭裁判所は,
公法上の年金保険者に対して,報告請求権を有するものとされている(FGG
53条b2項)。しかし,夫婦に対する報告請求権については,いかなる規定も
設けられていなかった。だから,裁判所は,当事者である夫婦に対して,FGG
33条により強制金(Zwangsgeld)を課すことによって,報告を強制すること
(38)
はできないと一般に解されていた。また,裁判所は,公法上の年金保険者以外
の保険者(雇用者,保険:会社など)に対しても,報告請求権を有していなかっ
た。
このように,裁判所が,年金権の調整に関して必要な情報を入手するにあた
(38) OLG Hamburg, FamRZ 1980,787;OLG Frankfurt, Fa斑RZ 1979,151;
OLG Stuttgart, NJW 1978,547;θg1. von Mayde11,0berblick廿ber die bls−
herige Rechtsprechung zum Versorgungsausgleich, FamRZ 1981,518.
・100第1章西ドイツの離婚給付
って,従来の規定は不備な点が多かった。そこで・裁判所に対する報告義務を
拡大するべく,VAHRG 11条一1983年4月1日施行一が設けられた。具
体的には,裁判所は,年金権調整に関する手続において,年金権・恩給権の根
拠および価額について,所轄官庁,法定年金保険者,雇用者,保険会社および
その他の保険者,ならびに夫婦から報告を得ることができ,また,これらの者
は,裁判所の依頼に応じる義務を負うものと規定されている。その結果,裁判
所は,現在ではFGG 33条により,これらの者に対して,報告を強制できるよ
(39)
うになったといわれている。
二 夫婦は,年金権の調整に関して,互いに報告請求権を有し,報告義務を
負う(BGB 1587条e1項,1580条)。この報告請求権は,公法上の調整に関す
るものであるから,他に調整すべき年金権があっても,公法上の調整について
判決が確定するとなくなってしまう(BGH, FamRZ 1982,687冨NJW 1982,
1646)。もっとも,そのさいには,BGB 1353条1項および242条による報告請
求権が考慮されることになる(BGH, FamRZ 1984,465=NJW 1984,2040)。
ところで,夫婦の一方が他方の要求にもかかわらず必要な報告をしない場合
には,報告義務の一身専属的性格のゆえにこれを直接強制することはできない
から,ZPO 888条1項により強制金が課せられることになる(BGH, FamRZ
1986,253−NJW 1986,369)。このように報告義務は一身専属的性格を有する
とされているが,しかし義務者が死亡した場合には,BGB 1587条e4項に
従って,相続人の固有の義務となる(BGH, FamRZ 1986,253−NJW 1986,
369)。
(2) 事情変更による確定判決の変更(VAHRG 10条a)
一 1986年の改正法により挿入されたVAHRG 10条aによれば,家庭裁判
所は,一定の要件のもと,申立てにより,年金権の調整に関する判決・決定を
相応に変更するものとされている。法文上,後に生じた価額の変更に限って変
(39) Hahne/Glockner, Das Gesetz zur Regelung von Harten im Versorgungs−
ausgleich, FamRZ 1983,226.
101
更が認められているわけではないから,変更の原因となる事情が判決・決定の
言渡し前にすでに発生していた場合にも,変更はできると解されている(BGH,
FamRZ 1988,1148−NJW 1989,29)。ここで考慮される諸事情は,婚姻中の他
の期間や他の調整方法に関わる法的ないし事実上のそれである。だから,例え
ば公務員が評価期日以降に公務員をやめ,法定年金保険において追保障される
場合(BGH, FamRZ 1988,1148−NJW 1989,29),公務員が評価期日以降に勤
務不能となり,そのために早期退職した場合(BGH, NJW 1989,131),ある
いは調整権利者が評価期日にすでに認められていた以上に長期にわたって無給
休暇を継続している場合(BGH, FamRZ 1988,940−NJW 1988,1028)には,
それらの事情は変更理由として:考慮されうる。これに対し,公務員が後に昇進
した場合,その昇進は変更理由にはならないとされている(BGH, FamRZ
1987,918>。
判決・決定の変更にあたっては,ZPO 323条による変更手続と異なり,原則
として元の裁判の基礎に拘束されないから,計算想いや法文規定の適用の誤り
はもちろんのこと,保険老の誤った報告のために生じた誤りを正すこともでき
るとされている(BGH, FamRZ 1989,264−NJW 1989,130)。
二 しかし,判決・決定の変更は,両当事者の経済状態,特に離婚後の年金
権取得の状態を考慮すると,その変更が著しく不当となる場合には,行われな
いと規定されている。だから,例えば免職や離職に対する公務員の有責性が,
この不当性の判断にあたって考慮されることはない。ただし,そのさい,損害
を与える意図で年金権を減少させたといった特別な事情が存する場合には,信
義誠実原則からして,その事情を考慮して判決・決定の変更を拒絶することが
できる(BGH, FamRZ 1988,1148−NJW 1989,29)。もっとも,連邦通常裁
判所は,著しく不当となるかの判断にあたって非常に慎重であり,より高い収
入を得るために,あるいは健康その他の個人的理由から職業を変更すること
は,それによって現存する年金権が減少したとしても,それだけでは著しく不
当にはならないと解している(BGH, FamRZ 1989,44−NJW 1989,34)。
102第1章西ドイツの離婚給付
(3) 年金権の調整と年金保険者の保護(BGB 1587条P)
年金権の調整の実施に関連して,最後に,年金保険者の保護の問題につい
て,一言しておくことにする。というのも,年金権の調整が実施された場合,
年金保険:者が直ちに新しい年金請求権者に年金を支給することは,現実問題と
して困難であり,また,調整の実施を知らずに,元の年金請求権者である調整
義務者に年金を支給することもあり,年金保険者の責任問題をいかに取り扱う
かが問題となってくるからである。この点について,BGB 1587条Pは,家庭
裁判所の確定判決によって法定年金の年金権が譲渡された場合には,調整権利
者は,年金保険者に判決が送達された月の翌月の終了までは,調整義務者に年
金が給付されることを認容しなければならないとしている。そして,この年金
保険者の保護期間について,連邦社会裁判所は,法定年金保険者が確定判決に
よる有効な譲渡を知った時点に,この保護期間は始まると解し,年金保険者が
年金権の調整に関する判決の確定を知っていなければならなかった場合にも,
その事実を知っていたものとして,同様に取り扱うと判示している(BSG,
FamRZ 1983,389;FamRZ 1983,699)。
103
第2章 わが国の離婚給付
第1節 離婚法の変遷と離婚給付
1 明治民法以前
一 律令時代前においては,一種の自由婚が行われ,離婚をする権利は一方
的に男子に帰属していた。大化の改新後,大宝・養老律令によって棄妻という
(1)
離婚制度が定められ,七出という離婚原因のある場合には,夫がほしいままに
妻を棄てることはできず,三不去にあたるときには棄妻をなすことは許されな
か.つた。この三不去の一つとして,棄妻された妻に帰るべき家がないことが挙
げられており,この点から見て,妻の実家が棄妻された妻の扶養を負担してい
たと思われる点は注目に価する。
武家時代にはいると,封建制度の影響をうけて妻妾の身分は次第に低下し,
それにつれて夫権は強大化していった。離婚についていえば,離婚原因は一定:
せず全く夫の自由であったといえる。ただし,夫の好悪による離婚ならば,妻
(2)
は夫から得た所領をもち去ることができた。そして武家時代封建制の円熟期で
ある江戸時代には,幕府は庶民に対し刑罰の制裁を設けて離縁状交付を励行さ
ぜた。しかし,離縁状には,離婚の具体的原因に関して何らの記載もなされ
ず,常に夫の方から妻に離婚を申し渡す形で書かれねばならなかった。すなわ
ち,妻の方から離婚を請求することは法律上認められず,道徳上もあるまじき
(1) その他,義絶(強制離婚),和離(協議離婚)の制度が定められていた(牧健二
『日本法制史概論」89頁以下参照)。
(2)多くはいわゆる後家分であって,夫の死後の扶養料として与えられた。牧・前掲
書(注1)197頁,石井良助「日本法制史概要」114−115頁,熊谷開作「婚姻法成立
史序説」188頁。
104第2章わが国の離婚給付
(3)
こととされていたのである。したがって,離縁状を得ることのできない妻は,
(4)
非常手段として縁切寺に駆け込むことによって離婚の目的を達成させた。離婚
給付に関しては,この時代の法令は何ら明記していない。しかし,庶民階級に
おいては損害賠償としての財産分与,ならびに責任の有無にかかわらず,妻の
生活に対して将来扶養を与えるという性質のもの(比較的古いものにみられ
(5)
る)とが存していたようである。
二 明治時代にはいってからも,縁切寺への駆け込みは依然として行われて
いた。しかし,明治6年の太政官布告第162号によって,法律上認められてい
なかった妻側からの離婚請求が,条件付きで認められたのである。すなわち,
妻は「巳ムヲ得サルノ事故アリ」たるときにのみ離婚の訴を提起することがで
き,そのさい「父兄弟或・・親戚」が付き添って,または「某父母親族等ヨリ訴
フ可シ」とされたのである。このことから,妻は婚姻当事者として独立した個
人の取扱いをうけていなかったことがわかる。さらに,実際の訴訟においては,
妻が離婚請求をするさい,父母ないし親戚は単なる付き添い人ではなく,共同
(6)
原告として妻と並んで訴訟当事者となるのが普通であった。
明治初年における離婚給付は,全国民事慣例類集に収められている事例から
して,大きく三つに分類されうる。すなわち,①通例財産分割がなされること
(7)
はなく,特別な場合にのみそれが行われる場合,②不動産を含む嫁資並に持参
(3) 穂積:重遠「離婚制度の研究」22−23頁,33−34頁,牧・前掲書(注1)327頁。
(4) 縁切寺の研究としては穂積・前揚書(注3)34頁以下が詳しい。
(5)熊谷・前掲書(注2)189頁以下参照。
(6)明治24年の民事訴訟法施行以後においても,実際には依然として妻の父碍または
親戚が妻の共同原告として訴訟に参加していた。
(7)所生ノ児…若シ事故二依リ婦二托スル時ノ・財産ヲ分割スルコト有り(和泉國大島
郡)。
財産分割スルコトノ・無シト錐モ入嫁後拾年以上二八リ婦ノ身分二事故無クシテ離
縁二一ル時ノ・舅姑ノ意ヲ以テ衣服料ト唱へ貧富二面ジ相当ノ金ヲ附與スル例アリ
(石見国辿摩郡)。
通常離縁ニノ・財産分割スルコト無ケレドモ夫死去子女アリ共子女ヲ里方へ連レ返
ラクトスル時ハ田畑等ヲ幾分力付シ遣スコトアリ或・・婦二離縁スペキ事故無キニ離
縁シ婦ヨリ苦情申述ル節ノ・去銀ト唱ヘテ金ヲ附スルコト有り(周防国玖珂郡)。
105
(8)
品を返戻する場合,③嫁資並に持参品の他に婚姻中取得したものあるいはその
(9)
他の金品を付する場合がそれである。特に,妻が嫁資としてもたらした不動産
に対する権利は,夫家で自由に処分することが制限され,妻が離婚されれば,
姦罪を犯した場合は別として,その実家へ返すのが通例であったとのことであ
(10)
り,注目に値する。
(8)…当初嫁資金アル者ノ、全ク還付スルノ例ナリ(加賀国石川郡)。
婦ノ持金品ノ外分割スルコト無シ(出雲国能義郡)。
出嫁ノ時敷金ト唱へ金子持参スル老ハ離縁ノ時戻スヲ例トス(周防国吉敷郡)。
(9)嫁面隠二持参ノ品ハ返戻シ夫ノ家ニテ調成セシ物品ノ・離縁スルノ原由二藍テ差押
ユルコトモ有り(甲斐国山梨郡)。
…夫ヨリ離縁スル時ノ、既二面フル物品ノ、妻口付スルヲ普通ノ例トス(信濃国小玉
郡)。
婦ヲ離縁スル時雇人ノ給分点準ジ年限ヲ以テ算計スルコト有り(信濃国高井郡)。
…持参ノ嫁資モ又同ジク當人二属スルノ諸品ヲ悉皆指帰ル人通例ナリ…(筑後国
三潴郡)。
(10)高柳真三「明治前期家族法の新装」き92頁。同書に訳載されている例は,つぎの
如くである。
「婦ノ嫁資トシテ持参スル動産不産品ノ・皆高家ノ所有トスル例ナリ,離婚ノトキ
ハ不動産・・差戻シ,動産ハ残余ノ分ノミ差戻ス例ナリ」(伊勢国度会郡),「化粧料ト
号シ動産不動産ヲ嫁資トスル事アリ,金円ハ三具目録二記列シ,田畑ハ庄屋二進テ
名寄帳ヲ書改ムル事ナリ,若シ離婚ノトキ婦姦詠出ノ事アルヲ除クノ外ハ,皆差戻
ス例ナリ,別二権義ノ定ナシ」(三河国渥美郡),「嫁資トシテ不動産或ハ金円ヲ持参
スル者稀ナリ,婦手道具ノ園圃,離縁スレハ戻シ,死去スレハ戻ササルヲ例トス,
但,婦姦罪等ノ事ニテ離縁スルトキハ戻ササル事ナリ」(相模国足柄郡),「(前略)
婦ヨリ離縁ヲ乞フトキハ持参ノ品ノ・夫ノ家二差置キ,夫ヨリ離縁スルトキハ持荷及
ヒ持参ノ品ハ勿論,共家ニテ与ヘタル物ト錐モ,婦ノ身二属シタル分ハ悉ク返還ス
ルヲ例トス」(羽後国秋田郡),「田畑ノ入額ヲ嫁資トスル事アリ,是気高抜ヲナサ
ス,年々共田畑ノ入額ヲ与ヘテ嫁ノ終身二三ム,若シ婦死去スルカ,又離縁スルト
キハ与ヘサル者トシテ,其旨ヲ記載シタル証書ヲ取替ハス事ナリ」(越後国蒲原
郡),「婦ノ嫁資トシテ田畑ヲ指参スル者ハ,早早高所有ノ権ヲ墨家二移シ,離縁ノ
トキハ取戻スヲ例トス,婦死去スレ/・共儘差措ク事ナリ,金円ヲ持参スル者ハ衣裳
手道具トー紙二三数ノ目録ヲ付シ,夫家ヨリ受取証書ヲ差出ス,後日離縁スルトキ
ハ取戻ス例ナレトモ,消費セシ証アルトキハ償還セサル事ナリ」(越後国刈羽郡)。
106第2章わが国の離婚給付
これらの給付は,それぞれ①子女の養育料あるいは無責の妻に対する損害賠
償,②不当利得返還,⑧不当利得の返還ならびに夫婦財産の清算あるいは無責
の妻に対する損害賠償といった性質を有していたと言うことができる。それゆ
え,それらは純粋に離婚婦の扶養という性質をもつものではなかったと思われ
る。しかし,妻に帰るべき家がないという特別の場合にだけは扶養ということ
が考えられたものと思われる。それを根拠づけるものとして,明治7年11月25
(11)
日の慶島縣伺とそれに対する一連の指令が挙げられる。以下にそれらを紹介す
る。
廣島縣伺
一…夫婦ノ際不血止事情有之離縁セント欲スルモ妻ノ里方断絶且親戚等一圓無之且又
一戸相二三力モ無二…
一…全ク無籍無産ノ;者ト相成候…徒場二留メ罪人ト別異シ身相當ノ使役申付共内身元
引受人有之候ハ・引渡…某引受人無之以上ハ追テ凋立活計相立本人望ノ地へ入籍願
唱道迄ハ其儘徒場二閣キ可然哉
これを受けた内務省は,明治8年1月25日に更に太政官に伺をたてている。
内務省伺
…夫婦ノ間不得止事故アリ離縁スルト難モ共婦錦スル所ナキモノヲシテ夫之ヲ放去セ
シムルキハー戸別立ノ椹アリト難モ生計山回磯回必迫ノ上…夫婦ノ高義ヲ絶ツト難モ
又暫ク之ヲ恕シ以テ其婦生計ノ目途相立候迄ハ何レカ糊ロノ道可相立様配意セサルヲ
得サルハ是レ又人道義務ノ當然…先夫ヨリ相當ノ養料ヲ附興致シ候ハ・…先夫薄窮ニ
シテ共養料ヲ附興スル能・・サルカ又ノ・引受候者モ無之…徒場二入レ罪人ト別異致シ候
ヨリ外二方法モ有之…共離縁ノ婦二型テ罪状モ之レナキ者ノ虜分…
これに対し,同年3月9日の左院議案法制課主査・内務課率査は,以下のよう
な意見を提出した。
離縁ノ婦二難!料ヲ給スルヲ以テ先夫ノ義務トスル道理・・決テ有之早早某貸料ヲ給スル
ト否ト…ノ・相互ノ協議二任セ立詰且侍立一戸ヲ成ス能ハサルトモ職場二目ルハ如何ノ
盧置ト相田候
これを受けたと思われる同年3月28日の太政官指令は,次のようなものであっ
(11) 堀内節編「明治前期身分法大全第2巻一婚姻編∬」350頁以下参照。
107
た。
指r令
伺之趣左ノ通可及指令事
第一條 蔓方協議二二セ可申事
第二條 附籍ノ引受人無之候ハ・其婦望ミノ地ノ戸長二三テ共籍二コ入シ共名籍ヲ
定ム可シ共婦螢生ノ事二至テハ地方官二於テー般貧民所置二二從ヒ取扱可申事
そして,この太政官指令と全く同趣旨の指令が,内務省から廣島縣に対してな
されている。以上のことから,妻に帰る家がない場合には,彼女の生計が成り
立つまで,夫は彼女に扶養料を給すべき人道上の義務を有していたことがわか
る。しかし,これはあくまで人道上のものにすぎず,これを給するか否かは双
方の協議に任ぜられていたものと推察される。
三 明治初年における民法編纂
(1)民法仮法則 明治政府は,近代的法治国家の体裁を整え且つ富国強兵の
実を挙げることによって,不平等条約を1日も早く改正するために民法典の編
(12)
纂に着手した。最初の民法編纂は,明治3年半江藤新平によって太政官制度局
において開かれた民法編纂会議における決議である。これは,箕作麟祥の仏民
法の離訳だけを基礎とし,計画されたものにすぎなかった。やがて官制改革に
より,明治4年には制度局は左下に合併され,江藤は左院の副議長となったが,
しかし明治5年に彼が司法卿に転じたため,以後の民法編纂事業は司法省で行
われることになった。司法省の民法編纂事業は本省における民法会議が主流
で,それとは別に明治4年に司法省に設けられた明法寮においても行われてい
(13)
た。明治5年中成案となった民法第一人事編および明法寮における最終案であ
る皇国民法仮規則と箕作醗訳とを基として,民法会議において明治6年の民法、
(14)
仮法則が誕生した。その成案の301条には,離婚後の扶養に関する規定がある。
(12) その経過について,「明治文化資料叢書第3巻法律編上」3頁以下,「同第4巻法
律速下」3頁以下,手塚豊「明治初年の民法編纂一江藤新平の編纂事実と共の草
案」司法資料別冊第21号1頁以下,仁井田益太郎『旧民法」4頁以下等参照。
(13)離婚後扶養に関する規定は存していない。
(14)手塚・前掲書(注12)145−146頁。
108第2章わが国の離婚給付
夫婦十二利益ヲ興ヘタルコトナキ時又ハ利益ヲ與フルノ契約アリト難モ共利益ノミニ
テハ離婚ヲ得タル原告ノ夫又ハ婦ノ生計ヲ爲スニ十分過ラサル時ノ・裁判所ヨリ被告ノ
婦又ハ夫ノ所有物中ニテ原告ノ夫又ハ婦二養料ヲ給ス可キコトヲ言渡ス可シ…
この条文と民法会議進行中の草案とを比較してみると,その228条では「生計
ヲ爲スニ足ラサル時ノ・」となっており,これが成案となるその過程において
「十分ナラサル時・・」に変更されている。この変更によって,生計に不足する
場合にのみ養料を給するといった最低の生活保障から,生計に十分でない場合
にも扶養料を給する,すなわち十分な生計を保障するということになり,離婚
配偶者の保護がより手厚いものになったということができる。さらに,ここで
注意すべきことは,前記301条においても228条においても,その但書に「外野
三斜被告人ノ入額ノ三分ノー二過ク可カラズ」とある点である。これは,扶養
料を給する側(一般には夫)を保護するために設けられた制限ではないかと考
えられる。しかし,夫婦財産の清算および慰籍料とは別個に,離婚配偶者のた
の扶養料としてこれだけの額のものが認められたことは重要であり,仏民法の
焼直しとはいいながらも,具体的に「三分ノー」という明確な基準を示してい
る点も注目されよう。
② 左院における民法草案 司法省において民法仮法則が作成された明治6
年に,七号においても婚姻法(民法課原案)が作成されている。これは,江藤
の司法卿転出以後のものであり,江藤新平の在任中には民法草案は作成されず
に終ったものと考えられている。同草案の特色は,固有の「習俗法」によった
箇所が多いことにあるといわれており,離婚後扶養もそれまでのものとは少し
(15)
異なり,一種の夫婦財産の清算を目指したものとなっている。
第五七條 訴訟ノ上離縁ノ言渡ヲ受ケシ夫婿養子又ハ婦ノ・現存自己/所有ト定マリシ
財産ハ保有ス可シト難モ若シ共財産久ク共通シテ区分シ難キトキノ・財産全部ノ三分
ノーヲ受クルコトヲ得ヘシ
この規定は,離婚後扶養というよりもむしろ夫婦財産の清算を主眼とする中に
(15) 「明治文化資料叢書第3巻」4頁,石井良助「左院の民法草案〔⇒」国家学会雑誌
60の6。
109
扶養そのものも含ましめる現行法の財産分与規定と類似している点が非常に興
味深く,さらに同草案の特色からして,わが国の慣習上,離婚後も継続的に付
与することになる扶養よりも,財産の清算という形で離婚後扶養も含ましめて
一括払いとする方がより好ましい離婚給付の形であるとされたと思われること
も目を引く点である。
(3)明治11年民法草案 明治6年に江藤が司法卿を辞任した後,司法省の民
法典編纂は一時中絶している。明治9年になって,時の司法卿大木喬任は箕作
麟祥らに民法の起草を命じた。こうしてできあがったのが明治11年民法草案で
ある。同草案は,離婚後扶養に関して,その272条に次のように規定している。
若シ離婚ヲ爲セシ訟求者タル夫又ハ婦ノ生計ヲナス可キ資産ナキ時ハ裁判所ヨリ訟護
者タル共配偶者ノ財産中ニテ訟求者タル夫又ハ婦二養料ヲ給ス可キ旨ヲ言渡スコトヲ
得可シ…
この規定には「一三料・・訟護者ノ財産入額ノ三分ノー二六グ最前ラズ」という
但書が付されており,その意味においてその基準は明確であるといえる。しか
しながら,「生計ヲナス可キ資産ナキ時」という漠然とした表現になっている
ため「生計ヲナスニ十分ナラサル時」と規定していた民法仮法則に比して基準
が曖昧になっていると思われる。ただし,「夫婦互二利益ヲ與ヘタルコトナキ
時…」といった民法仮法則における制限がなくなったことからして,離婚配偶
者の保護という観点からみれば前進したということができる。
(4)民法草案人事編 明治11年民法草案があまりにも仏民法の直訳に近す
ぎ,日本の習慣をほとんど顧慮していなかったためであろうか,大木は明治12
年に改めてボアソナードに民法起草を命じ,翌13年には民法編纂局を設置して
ボァソナードの原案につき討議を開始した。同局は明治19年に閉鎖され,明治
20年になって時の司法大臣山田顕義のもと司法省法律取調委員会によって,人
事編が編纂されることになった。こうして明治21年10月頃に完成したのが民法
(王6)
草案人事編である。同草案は147条に離婚後扶養の規定を置いている。
(16) 『明治文化資料叢書第3巻」123頁以下参照。
110 第2章 わが国の離婚給付
裁判所ノ・離婚ノ判決ヲ以テ曲者タル一方ヨリ他ノー方二八料ヲ給スヘキコトヲ命スル
ヲ得共給スヘキ養料ノ額ヲ定ムルニノ・他ノー方共離婚前ノ地位ヲ保有スルコトヲ標準
ト爲ス可シ
ここで注意すべき点は,11年民法草案までの各草案と異なり,曲者より直者へ
の扶養料であること,すなわち責任観念を明確化し,それに伴う賠償義務観念
を確立したという点である。しかし,この点に関しては,それら各草案の母法
である仏民法が,離婚後における有責者からの扶養請求を認めておらず,また
わが国における慣習からしても当然のこととして規定されなかったにすぎない
と思われる。したがって,ここで最も重要な点は,扶養料の算定基準として
(17)
「被告ノ入額ノ三分ノー」といった具体的な基準を設けることを避け,「野離婚
前ノ地位ヲ保有スルコトラ標準ト爲ス可シ」とした点である。同草案理由書に
よれば,このような標準を設けたのは「夫婦ノ・婚姻中共資力二方シ給養スヘキ
モノナレ・・婚姻ノ義務ヲ破填シテ之ヲ免ル・ヲ得ヘカラス」との理由からであ
って,無責者の保護というよりも,むしろ有責者が不当に利することを防ぐた
めのものであったと思われる。しかし,離婚後においても,あたかも離婚とい
う事実がなかったかのように,無責配偶者にその離婚前の地位を保有させるも
のとして,以前の各草案のどれに比しても離婚配偶者の保護はより手厚いもの
となっているといえる。これら2点の改革により,「自己ノ所単二由リ離婚二
至リタル者ヲ罰シ共無罪ノ配偶者ヲ保護スル」というこの規定の目的は達成さ
れているといえよう。そして,同草案理由書において損害賠償と養料とを明確
(18)
に区別している点,特に有責者の扶養義務を「尊属親轡型養料ヲ給スルニ足ル
(19)
ヘキ親族」のそれに優先させている点は重要である。
(17)その理由は,同草案理由書に,次のように述べられている。「仏国法ハ被告タル
配偶者ノ財産ノ三分ノーヲ超過スルヲ得サルモノト為セリ此規則ハ漫二村理由ナキ
モノト云フヘシ」。
(18)損害賠償ハ本人ノ需用如何二拘ラス之ヲ弁済スルノ義務ナリ…養料ハ共人躬ヲ生
活スル能ハサル場合二非サレノ、共義務ヲ生セサルモノナリ。
(19)後の明治民法の編纂過程,すなわち第165回法典調査会において,他の扶養権利
者・義務者に優先させることは,わが国の慣習にそぐわないとの理由から最下位に
位置づけられたことがらしても興味深い。
111
この民法草案人事編は,獲得編第2部とともに明治21年10月6日付で各方面
に送達されて意見が徴され,全国の裁判所および地方官等より意見書が山田司
法大臣に提出された。その中から147条に関するもののうち最も重要と思われ
(20)
るものは,盛岡始審裁判所在勤検事中西盾雄の民法草案意見である。すなわち
「離別後・・元ノ位地二復シ他人二錦ス然・・一旦結婚シタルノ故ヲ以テ離別後養
料ヲ給ス可キ理由ナク又離婚トナル可キ種子ヲ蒔キタル故ヲ以テモ亦之ヲ給ス
可キノ理由アラサルナリ離別・・畢寛双:方ノ:不幸タリ何ソー難関過失有テー方ハ
過失無シト揮毫云フヘグンヤ…養料ヲ課スルモ亦離婚防クノ具ト爲スニ足ラ
ス」として,同条文の削除を提言している。養料を離婚防止の道具としてとら
えているとはいうものの,離婚後扶養の法的性質が不明確である点,ならびに
離婚は双方の行為によって引起されるという事実の指摘は,今日的意義をもつ
(21)
ものといえよう。この外に2∼3の改正意見が出されているが,それらは,本
草案が養料の給付にあたって曲者側(一般に夫)に厳しすぎるとし,直者の保
護よりもむしろ曲者の負担の軽減に腐心しており,その点において精神を一に
するものということができる。
㈲ 民法草案人事編再調査案 民法草案人事編に関して法律取謂委員会にお
いて行われた審議の終了後,委員会の修正意見が報告委員によって部分的に条
文体にまとめられ,討議修正の後,その結果が整理され法典化された。これが,
明治23年の民法草案人事編再調査案と呼ばれるものである。その105条は,次
(22)
のように規定されている。
裁判所ハ離婚ノ裁判二様テ曲者タルー方ヨリ直者タルー方二二料ヲ給ス可キヲ命スル
コトヲ得
ここで注意しなくてはならないことは,養料算定の基準が削られていること.で
ある。おそらく,これは養料の算定が完全に裁判所の自由裁量に任せられたた
(20) 「民法編纂二関スル雑書」288−289頁。
(21) 「民法編纂二関スル裁判所及司法官意見書(以下,民裁と略す)」上ノ145−146
頁参照。
(22) 「明治文化資料叢書第四巻」208頁。
112 第2章 わが国の離婚給付
めに削られたものと思われる。しかし,前草案における養料算定の基準,すな
わち「二二婚前ノ地位ヲ保有スルコトヲ標準ト為ス可シ」との規定が,無責の
離婚配偶者の保護にとって重要な意義を有していた点からして,その保護とい
う観点においては非常に大きく後退したといわざるを得ない。これは,前記し
たように給付者側の救済というものが委員会においても問題となり,養料の額
の算定は裁判官に一任するということに落ち着いたのではないかと思われる。
この再調査案に対しては,各委員より意見書が提出されたが,105条に対する
賦払としては洞委員会の村湘南のそれがあ81’彼は洞条の削除を無
し,その理由を「夫婦ハ関係一面ヒ解タルトキノ・互二敵視スルハ通常ノ人情ナ
リ養料ヲ給スル総目言フマテモナク養料ヲ受クルモノト難モ喜ンテ之ヲ受クル
者ハ萬ナカル可シ又養料二近々タルモノナラバ初ヨリ離婚ノ訴ヲモ爲サ・ルコ
ト明カナリ…養料・・法律上ノ義務ニシテ親族間ノ爲メ酒面ケタルモノニシテ他
人ノ爲二設ケタルモノニ非サレハナリ」と述べている。すなわち,心情論およ
び養料の親族的性質が,その削除理由として挙げられたわけである。しかし,
このような理由づけは,結局のところ,離婚後の扶養が慣習上恩恵的にしか認
められておらず,それを法律によって請求権にまで高めることには大きな抵抗
を感じていたと思われる当時の社会情勢を反映したものにすぎないといえる。
(6}旧民法(明治23年法律89号) さらに各委員より提出された意見によっ
て再調査案は修正され,法律取調委員会の最終案である民法草案人事編が明治
23年に政府に提出され,同年,内閣は同人出血を元老院に付議した。付議され
た草案を印刷したものが「第2版民法人事編」と呼ばれているものである。同
法案は,離婚後扶養に関する規定として,再調査案の105条をそのまま116条に
く の
引き継いでいる。この規定は元老院における審議の途中で削除されてしまい,
元老院議定案には,離婚後扶養に関する規定はおかれていない。この規定が削
除された経過は明らかにされていないが,その間の事情を推察するための資料
(23) 『民法編纂二関スル諸意見並雑書」3/179−180頁。
(24) 「明治文化資料叢書第四巻」269頁。
113
として,前記各草案に対する削除または修正意見に加えて,元老院提出案に対
する削除意見を一瞥する必要がある。すなわち「本條ノ義務タル曲力夫二錦ス
ルトキハ或ハ適切タルヘキモ婦力曲者タル位置二在ルトキノ・我國柄上實二奇異
ノ観ヲ呈ス可シ泥シや婚姻解消・・夫婦相養ノ本分ナキ於テヲや之レ本條ノ削除
(25)
ヲ欲スル所以ナリ」というのである。さらに,係争中の妻の扶養および訴訟費
用を夫に課する工07条に関してではあるが,「是レ婦ヲ保護スルノ厚キニ失スル
ニアラスヤ…人ノ婦妻田ルモノヲシテ三門ノ風ヲ養成セシメ我邦幾百萬ノ室家
夫唱婦随父慈子牽春風和気ノ良美俗ヲ変シデー朝妬好誰砒ノ修羅域ト為スノ結
(26)
果アラン」との批判がなされている。これらを総合すると,①離婚後の扶養が
認められることによって妻からの離婚請求が増加し,その結果日本古来の良美
俗が崩壊すると危惧されること,②離婚後扶養の法的性質が曖味であり,国民
感膚に適合しないこと,さらに③恩恵的なものにすぎなかった離婚後扶養が法
律によって権利に高められることに対して抵抗感があり,それによって扶養義
務者となる夫の負担が増大することが危惧されたこと,あるいは④i妻が曲者で
ある場合には実際問題として扶養義務の履行はわが国の現状においてはほとん
ど不可能であるζと等が,少くとも離婚後扶養の規定の削除に一役買っていた
ものと思われる。さらにまた,わが国の慣習上,家の恥を人前にさらすことを
極度に嫌っていた点からして,離婚後の扶養も協議によって決するのが最良で
あるとされたのではないかと思われる。
この離婚後扶養の規定は削除されたまま,その後の立法過程においても復活
されることなく,明治23年に公布され,26卑1月1日施行と定められた。しか
しながら,同法の施行にあたって,延期派と断行派との闇で激しい論争が行わ
(27)
れ(法典論争),その犠牲となって,同法はついに施行されずに終った。この
論争において,両派はともに同法が個人主義に立脚したものではないことを強
(25)
(26)
(27)
前橋始審裁判所長干谷敏穂『民裁」中ノ39頁。
「民法編纂二関スル意見書」1/36頁。
青山道夫「続近代家族法の研究」69頁以下が詳しい。・
114 第2章 わが国の離婚給付
調している。正にそこのところに当時の世相を垣間見る思いがする。さらに延
期派は,同法を反国体的なものとして非難し,それを起因として世論が民法反
対に導かれ,その結果,同法は葬り去られてしまった。このことから,当時い
かに国家主義的・家族主義的思想が蔓延していたかをうかがい知ることができ
る。そして,この民法典論争を通じて,明治絶対主義の家族国家理念が強化さ
れ,その後に施行された明治民法に定着していった点に注意しなくてはならな
い。
2 明治民法
一 旧民法が葬り去られた結果,新たに民法典を編纂する必要が出てきた。
そのために,明治26年3月に法典調査会が設置されている。同年6月に作成さ
れた民法第1議案親族編には,離婚後扶養の規定が復活している。
八二九條 夫婦ノー方ノ過失二因リテ離婚ノ判決アリタルトキハ某一方ハ他ノー方力
自活スルコト能・・サル場合二士テ之ヲ扶養スル義務ヲ負フ
この離婚後扶養の規定は,他の規定とともに法典調査会の審議に付されてお
り,それを復活させた理由が,第150回法典調査会(明治29年1月10日)にお
いて,富井委員から次のように説明されている。
外國ノ法律二・・大低皆アリマスデ是ハ何ウシテモナクテノ・ナラヌ規定テァラクト思ヒ
マス八百二十三條二列記シテアル離婚ノ原因が明カニ存シテ居ツテモ…離婚ニナツタ
ラバ喰ヘナイト云:7ノデ苦ミヲ忍シデ涙ヲ呑ンデ矢張リ附テ居ラネバナラヌ離婚ノ訴
ヲ起スコトガ出来ヌト云フコトニナツテハ實二不都合デアラウト思ヒマス然ウ云フ場
合ニノ・元ト過チノアル者ノ方カラ養ハナケレバナラヌ…財産モナイ腕モナイト云フヤ
ゥナ場合ニハ過失者カラ養ツテヤルト云フコトが必要デアル別シテ我邦二於テノ・最モ
必要テアラウト:考ヘマス今B離婚ノ請求ノ出來ル場合デアソテモミスミス後デ喰ヘナ
クナル三家二婦ツテモ三家が貧乏デアルトカ云フヤクナコトデ辛棒シテ居ル夫レハ屡
々アルコトテアラウト思ヒマス夫レデ此規定ノ・何ウモナク・・ナラヌト考ヘマシタ
共原因が明カニ分ツテ居ル訴ヲ起シタクモ起セナイト云フノデハ離婚ヲ許シタ甲斐
ガナィ…共離婚ヲ請求スル権利ヲ天養スヤウナコトノ・誰かシタノデアル国元トノ過チ
ト云ブモノ・・矢張リ共配偶者ニアルノデアル苦メルトカ何ントカ云フヤウナコトノ・配
115
(28)
偶者ニアルノデアルカラ夫レ丈ケノ責任ノ・墨サナケレバナラヌ
これを要約すると,外国法にはこの種の規定があること,無責の離婚配偶者に
(29)
対する公平の考慮はもちろん,責任観念の明確化,さらに制限的にではあって
も離婚を認容した立法の精神から離婚後扶養の規定が設けられるべきだという
ことになる。
さらに本条に関して,一般には問題にされてはいないが,しかし見落しては
ならない点がある。それは,離婚後扶養を認容するか否かの基準についてであ
る。この「自活スルコト能ノ・サル場合」という表現は,旧民法の編纂過程にお
いて一度も顔を出さなかったものである。このような表現にしたことを,富井
委員は次のように説明している。
自分二財産ヲ持テ居レバ取ルコトノ、出來ナイ夫レデ其財産ガナクテモ自分ノ腕デ喰
ウコトが出来レバ矢張リ請求ハ出来ヌ夫レデ「資力ナキ」ト官武カナイ「自活スルコ
ト能ハサル」ト書イタ財産モナイ腕モナイト云フヤウナ場合ニハ過失者カラ養ツテヤ
(30)
ルト云フコトが必要デアル
この説明からすると,扶養権利者の権利を縮少し,義務者の利益をより保護す
るために,「資力ナキ」とはせずに,「自活スヲコト能ノ・サル」という表現を採
用したことになる。これは,旧民法の編纂過程において度々主張された意見,
すなわち扶養義務者の利益を保護せよとの主張が強力であったことに対する配
慮からきたものではないかと思われる。
二 次に本条に対する賛否の両意見を紹介し,旧民法の場合と同様に,離婚
後扶養の規定が,後に削除されるに至った経緯を知る縁の一つとしたい。ま
ず,この規定に対する梅委員の賛成意見を以下に紹介する。ただし,その賛成
・ (31)
意見を読むにあたって,富井委員が離婚後扶養を損害賠償と区別していたのに
対し,梅委員は本条を損害賠償と解していたことを念頭においておかなければ
(28) 『民法議事速記録(以下,速記録と略す)」49/132−133,135。
(29) 右近健男「離婚扶養の研究」大阪府立大学経済研究叢書33冊22頁。
(30)速記録・49/133。
(31)速記録。49/136参照。
116 第2章 わが国の離婚給付
ならない。
直者ノ方が貧乏デアツテ今迄夫が妻二養ノ・レテ居ツタ地位二居ル婚姻が縫績シテ居
レバ養ノ・レルデアラクが向フノ過失デ以テ勢ヒ離婚ヲシナケレバナラヌヤウニナツタ
然少シテ見ルト今迄養ハレテ居タ槽利ヲ失7ノ・・誰ノ御蔭デアルカ相手方ノ御蔭デア
ル、デアルカラ婚姻ヲ止メタ後デアツテモ恰モ婚姻が三三シテ居ルが如ク養ツテ貰ウ
ノが即チ損害賠償デアル誠二理窟ハ能ク合フテ居ル
之ヵ下金ノ損害賠償ト云フモノニナルト…一時ニソレヲ沸ハセルト云フコトニナル
ト金ノ無イ者や何カニハ氣ノ毒デアル、ケレトモ月々貢クト云フコトハ格別資産ノ無
イ者テモ先ツ容易ク出來ルカラソレテ共方力本統ノ損害賠償ニナルカラソレテ此規定
カアル…若シ此規定ガナカツタナラバ損害賠償ト云:7極ク不確カナモノニナルカラ寧
(32)
ロ我慢ヲシテ居ラナケレノ・ナラヌト云フコトニナルテアラウ
すなわち,離婚の場合における損害賠償については,一般の損害賠償の規定に
よらず,この条文を適用することによって,当事者の責任がより明確なものと
なり,それに伴う賠償義務観念は確固たるものになるという意味において,さ
らに資産のない者に対する損害賠償の請求が容易になるという意味において,
同条の新設に賛成しているのである。そのほか,親族扶養を補充するために,
(33)
人情上認められるべきであるという穂積陳重委員の賛成意見もある。
このような賛成意見に対し,本条に反対の論者はその削除を唱え,その1人
である長谷川委員は,次のような意見を述べている。
八百二十三條デ極メテ共原因ガアル併ナガラ喰ウコトモ上騰ヌトキニノ・前ノ配偶者
カラ養ツテ貰ハナケレバナラヌト云フコトニナツテハ鯨リ自由過ギテ居ル話ト思フ自
分が喰ウコトノ出來ヌ位ノモノナラバ離婚シナイガ宜イ…斯ウ云ウ場合ニハ却ラ挿制
(34)
シテ置イタ方が宜カラウト思フノデアリマス
また,横田委員は,次のような理由で削除を主張している。
若シー方ノ過失ノ爲メニ離縁スルト云フノナラバ損害賠償ヲ求ムルトが云フヤウナ
コトヲ別ニスルノナラバ構ノ、ヌ、ケレドモが喰ヘヌ折りニノ・喰ノ・セテ貰ウ灌利ガアル
(32)速記録・49/137,54/33。
(33)速記録。54/27−28。
(34) 速言霊録●49/134。
117
喰ヘル折ニハ夫レデ宜イ…斯ウ云フヤウナ實二攣ナ規則ヲ設ケテ置目ヌデモ宜カラウ
(35)
ト思フノデゴザイマス
すなわち,妻からの離婚請求を制限することが,離婚について制限主義を採用
した立法の精神ならびにわが国の慣習に適合するとの理由,あるいは一般の損
害賠償規定に委ねればすむとの理由から,削除が主張されたのである。しか
し,結局のところ,精神病が離婚原因でなくなったことにともなう修正がなさ
れただけで,原案がそのまま可決されている。
三 その後,第165回法典調査会(明治29年4月15日)において,扶養の順
位に関する957条が審議されたさい,離婚後扶養の問題が再度クローズアップ
されている。その審議内容を要約すると,離婚後扶養の義務者および権利=者は
「若シ離婚ナカリシトセハ共義務ヲ負ヒ又ハ共権利ヲ有スヘキ順序二言フ」と
いう原案に対し,穂積陳重委員,村田委員等によって,離婚の結果は赤の他人
となるのに,兄弟姉妹を差し措いてこの他人から扶養を年々月々受けること
(36)
は,人情上慣習上考えられないという強力な反対意見が出された。そして,反
(37)
対論者である穂積陳重委員から雄出された修正案が可決され,この場合の扶養
を,一般の扶養順位を規定した953条および955条の一番最後に位置づける旨の
規定を各条文に新設し,957条を削除するということになった。原案を支持し,
修正案に強く反対していた梅委員は,この修正案が可決されたために,離婚後
扶養の規定をおく意義がなくなったとの理由から,離婚後扶養の規定そのもの
(35)速記録・49/135−136。
(36)速記録・54/25−28参照。
(37)提案者である穂積委員は起草委員の一人である。さらに,同じく起草委員である
富井委員は,穂積修正案が提出されたため,この場合の扶養が真ん中位になるよう
直系尊属の後に位置づける旨の修正案を提出した。このように,離婚扶養の規定を
設けることについては一致していた起草委員の意見が,その順位の問題については
全く収拾がつかなかった点は興味深い。この意見の食い違いは,離婚扶養を純然た
る扶養と解するか(富井),損害賠償と解するか(梅),あるいは一般の親族扶養を
補充するための扶養にすぎないと解するか(穂積)によって生じたものである点に
注意しなくてはならぬ。
118第2章わが国の離婚給付
を削除すべしと主張されるに至った点は注目に価する。その理由を,梅委員は
同調査会において次のように述べている。
損害賠償ト云フモノテアレハ普通ノ債務デアリマス普通ノ債務ノ・是ハ某債務丈ケト云
フモノハ實ハ資産ノ内カラ當然法律上減ラシテ置クモノテアリマス…若シ之力純然タ
(38)
ル損害賠償テアルト黙ツテ居レバー番先キニ取ラレルマダ一方力宜カツタト思ヒマス
本来,付随的であるはずの扶養の順位の問題から,離婚後扶養の規定そのもの
の存続が詠まれることになった点は重要である。
四 一連の法典調査会において出された意見等を整理したものが,明治29年
7月16日配付の民法整理決議案親族編である。離婚後扶養を規定した819条は,
精神病が離婚原因から削除されたさいに行われた修正を除いては,全く第1議
案の829条と同じものである。しかしながら,この819条は後に削除され,復活
することなく終った。削除された理由をうかがい知ることのできるものとし
て,明治30年7月19日の第18回民法整理會議事速記録に記された梅委員の削除
理由の説明が非常に重:要なてがかりとなる。
此本條ノ規定二依テ扶養ヲ爲ス義務ノアル者、又扶養ヲ受ケル一利ノアル者ノ順位、
(39)
義務ヲ負フ順位、高利ヲ行フ順位ト云フモノが最後二置カレテアル第九六一條ハ都合
七號アル中デ第七ニナソテ屠ル第六號マデノ者が残ラズ扶養ヲ受ケテ尚ホ資力二蝕リ
(40)
アル場合テナケレノ・門門ニハ來ヌ…シテ見ルト云フト丁丁二七テ本條ノ適用ノアル場
合ト云フモノハ存外少ナイデアラウ、サウシテ見レバ断様ナ慣習ノ上カラ言ヘバ随分
面白クナイ所ノ規定デアル共去ツタ女房二河ノ・レル夫二養・・レルト云ブヤウナ日本杯
ノ慣習ニハナイ所ノモノヲ新タニ規定スルヨリカバ寧ロ損害賠償ノー般ノ規定二任セ
(41)
テ置イタ方が宜カラフト云:7考ヘデ到頭削ルコトニ致シタノテアリマス
’ この梅委員の削除理由の説明に対して別段の論議もなく,議事は進行してい
(38) 速記録・54/34。
(39)後に第963条と訂正している。
(40)961条は義務者の順位を規定したものであって,その1∼6号の者が皆無資力で
扶養ができぬときに,初めて819条によって義務者とされた者に順番がまわってく
るにすぎない。
(41) 「民法整理会議事速記録」6/50−51。
119
る。この説明から推察すると,離婚後扶養の権利者および義務者が扶養順位に
おいて最終順位とされたため,離婚後扶養の規定をおくこと自体の意味がほと
んど失われてしまったということを機に,大勢は同条削除の方向に大きく傾い
ていったようである。少なくとも,同条に賛成していた梅委員が扶養順位の問
題から削除側に転向したこと,さらに法典調査会において扶養順位が大いに議
論されたことは事実である。また,離婚後他人となった者に扶養料を給付した
り給付されることがわが国の慣習にそぐわないということは,離婚後扶養の規
定が可決された段階においても主張されていた削除理由である。これらを=考え
合わせると,扶養の煩位の問題が,離婚後扶養の規定を削除に追い込んだ直接
の原因の一つであったということができよう。
五離婚後扶養の規定を欠いたまま明治31年に成立した明治民法において
も,不法行為による損害賠償を規定した同法709条からして,離婚につき故意過
(42) (43)
失ある者は他方当事者に対し損害賠償義務を負うものとされていた。実際の判
例においても,慰謝料認容事件の中には扶養的性格を含ましめていると思われ
るものもある。以下,順次検討していくことにする。
(1}第1の事例(神戸二二・大正14年6月9日新聞2442号5頁)
裁判所は,原告(妻)が「目下共姉の宅に寄食し今後の生活に窮せるの状態
にある事を認め得べし」として,被告の原告に対する侮辱虐待の不法行為によ
る損害賠償を認容したが,しかし「離婚したる結果失ひたる被告より扶養せら
るべき利益ゐ如き」離婚そのものによる損害に対する賠償を認容するには至ら
なかった。この判決によって認容された慰謝料が扶養的性格を有すると認めら
(42) 「離婚原因たる個々の行為による損害賠償」と「離婚による損害賠償」との区別
は明瞭に意識されていなかったようである(高野耕一「財産分与の研究一民法第768
号の系譜的考察」司法研究報告書14輯7号23頁)。
(43)離婚の宣告アリタル場合二於テ若シー方二悪意又ハ過失アルトキハ他ノー方ノ・之
二対シテ損害賠償ノ請求ヲ為スコトヲ得ヘキコトー般ノ原則二依リテ明ヵナリ(梅
「民法要義」210頁)。この外,増淵俊一「現行民法親族編相続編の成立及び解釈と
改正の要綱一法典調査会議事速記録の研究」法政研究7巻1号268頁,勝本正晃「離
婚に因る損害賠償」『家族制度全集法律編∬離婚」191頁以下など参照。
120第2章わが国の離婚給付
れる理由として「目下引引…認め得べし」としている点,さらにその額の算定
にあたって「今や齢再婚の望なく孤独寂蓼の生活に入らざるを得ざるが如きに
至りし事情」が三野されている点が挙げられる。
(2)第2の事例(仙台地判・昭称3年6月18日新聞2872号9頁)
裁判所は虐待・侮辱の事実を認定し,被告(夫)に慰謝料の支払いを命じた。
そしてその額の算定にあたり「原告ハ年齢既二四十五歳ニシテ將三好配偶ヲ求
ム可ヵラサルコト・・之ヲ察知スルコト極メテ容易ナリ」という事情を三富して
いる点に,扶養的性格を慰謝料に含ましめたのではないかと思われる節があ
る。ただし,本件においては,原告および被告の資産状態,原告の身分・地位
から,200円の慰謝料が認められたにすぎない。
(3)第3の事例(東京地誌・昭和4年3月22日新聞3036号12頁)
裁判所は,原告(妻)の「二十年二二ル内助ノ功二依リ無資産ヨリ数萬ノ資
産ヲ有スルニ至リタル被告ハ原告二二シ離婚二因ル慰籍料金三千圓ヲ三六フヘ
キ義務アルモノトス」と判示している。この判旨を見ると,本件ではむしろ夫
婦財産の清算が主眼であったといえる。しかし,慰謝料額の算定にさいして,
20余年の同棲期間ならびに原告の年齢が49歳であることが三品されている点か
らして,扶養的性質をも有するとして差支えないものと思われる。
(4)第4の事例(大審判・昭和4年10月28日新聞3050号5頁)
「原審は被控訴人(妻)の財産は控訴人(夫)よりの送金なかりせば子女と
共に生活するに充分ならざる程度にして控訴人方を去りてよりは他家に寄寓し
居ること云々の事情を参酌し金千五百圓を以て」相当としている。これに対
し,大審院は他家というのが男某の家であることおよび原告が「年齢四七歳身
体強健而かも離婚と同時に自由生活に入り自給自活固より子女の養育費等を要
せざる」事実を認定し,原審の事実認定に誤りのあったことを指摘している。
しかし,夫の妻に対する重大なる侮辱および同居に耐えざる虐待が事実である
ことを認め,慰謝料の額には変更を加えなかった。原審が慰謝料に扶養的性質
を含ましめていたと思われる根拠となる事実を,大審院がことごとく否認し,
夫の不法行為のみを根拠として慰謝料を認めている点からして,本件は「離婚
121
原因たる個々の行為による損害賠償」を認容したにすぎないということにな
る。しかしながら,原審判決の扶養的性質の根拠となった参酌事由について,
大審院もまた事実認定を行っている点からして,少なくとも大審院は,離婚時
における慰謝料に離婚後扶養も含まれるということを否定しなかったものとい
える。正に,その点において本件は重要な意義をもつものといえよう。
(5)第5の事例(東京二野・昭和8年12月6日評論23巻民法307頁)
乙(夫)の暴行虐待及び「乙ノ行爲二三りこ十籐年間縫績シタル乙トノ夫婦
生活ヲ打捨テ町人ノ愛児ト哀別シ四十鯨歳ノ婦女子ノ身ヲ以テ孤濁ノ生澹ヲ爲
スヘキコトヲ録儀ナクセラレタル」事実を認定し,離婚のさいに妻が「自己ノ
所持品一切ヲ引取ルト同時二野ヨリ現金三十圓ヲ貰受ケタ」にもかかわらず,
乙に対し慰謝料の支払いを命じた。本判決理由中において扶養的性質が現れて
いると思われる点は,婚姻毛筆および妻の年齢,さらに妻が「無資産無業ニシ
テ生活二困難シ居ルコト」また妻の実家が貧困であることを考慮している点で
ある。特に,後二者を考慮しているところに,非常に扶養的色彩が色濃く現れ
ているといえる。
以上に掲げた裁判例からして,裁判所が慰謝料の認容ならびに額の算定にあ
たって,義務者の資産状態を初めとして,権利老の資産・身分地位・生業の有
無・生活状態・年齢・健康状態,婚姻期間等を考慮していることは明白であ
る。これらの事由は,離婚後扶養の認容および額の算定にあたって考慮される
といわれていた事柄である。したがって,裁判所は,一般の損害賠償の規定に
よりながらも,実際には離婚配偶者保護のため,慰謝料に扶養的性質をも含ま
しめ,成文法の:不備をある程度補っていたということができる。
3 人事法案
一 大正6年に設置された「臨時教育会議」の決議によって「淳風美俗」の
退廃を防ぎ,国民思想の統一を図るための具体策が提示されたことを機とし
て,政府は大正8年に「臨時法制審議会」を設置した。同審議会は「現行民法
中我國古來ノ淳風美俗二副・・ザルモノアリト認ム、共改正ノ要領如何」という
122第2章わが国の離婚給付
諮湖に答えるべく活動を開始した。その結果できあがったのが,大正14年の諮
問第1号決議,すなわち「民法親族編中改正ノ要綱」である。その第17は,生
活に窮する離婚配偶者に対する扶養義務を規定しており,それは,自己に責任
(44)
がない場合でも扶養義務を認めており,無過失責任主義を採ったと思われる点
に特色がある。
(45)
第十七 離婚二因ル扶養義務
離婚ノ場合二野テ配偶者ノー方力将三生計二窮スルモノト認ムヘキトキハ相手方ハ原
則トシテ扶養ヲ爲スコトヲ要スルモノトシ扶養ノ方法及ヒ金額二関シ当事者ノ協議調
ハサルトキノ・家事審判所ノ決スル所二依ルモノトスルコト
明治民法には離婚後扶養が何ら規定されていなかったにもかかわらず,本案
が設けられた理由は,大正14年1月の第20回臨時法制審議会総会において,松
本委員から説明されている。すなわち「離婚二依リマシテ相手方が直チニ路頭
二迷フが如キ場合二軍キマシテ、適当ノ扶養義務ヲ認メルコトノ・極メテ適当ノ
(46)
コトデアラウト考ヘマス」というのである。これは,明治民法の編纂過程にお
いて離婚後扶養の規定に関して富井委員からなされた説明と,その趣旨を同じ
くするものであることに注意しなければならない。離婚後扶養の規定が議論の
末に削除されたため,一般の不法行為による損害賠償でカバーされるはずであ
(47)
つたが,しかし実際には非常に限定されたものであったこと,さらにこうした
不都合を生み出す社会的背景に変化が見られなかったことから,再度,離婚後
扶養の規定の必要性がクローズアップされたのである。
二 この原案が作成されるまでに,審議会においては,相当に詳細な案が多
数提出されている。それらを以下に要約し紹介する。①扶養の:方法は原則とし
て一時金の給付,例外的に定期金の給付とすること,②金額の算定にあたって
(44)小野幸二「離婚における財産分与の性質」4頁。
(45)原案では第十六になっている。ただし,内容は全く同一である。
(46)臨時法制審議会総会議事速記録(以下,臨速記録と略す)・139頁。
(47)審議会総会においても,不法行為があるか,どれ程の損害賠償になるかについて
色々争いがある旨の説明が,松本委員からなされている(臨速記録・367頁参照)。
123
掛酌すべき事由は双方の資力および需要その他の事情であること,③主たる有
責配偶者からは扶養を請求しえないこと,④無責配偶者も扶養義務者となりう
ること,⑤定期金給付の場合には,再婚その他の事情により扶養請求権は消滅
すること,⑥協議不調のときは家事審判所の決定に従うことなどであった。し
かし,このような詳細な規定を設けることは,わが国の民法上好ましくないば
かりでなく,種々の議論を生ずる原因ともなるので,原案のように大綱のみを
示すことにしたのである。この原案に対する23の質問の結果,本条は協議離婚
(48)
の場合にも適用され,さらに男女の別なく適用されることが明らかにされた。
その後,同年5月の第26回総会において,離婚後扶養の問題はあくまで徳義
的に解決されるべきであって,解決できない場合にはあきらめるほかないとの
理由から,本条削除が花井委員によって主張され,開委員によって支持されて
(49)
いる。あるいは,協議離婚の場合には本条は協議の成立に役立つけれども,裁
判離婚の場合,有責事由があるときには必要がないとして,一部削除が水野委
(50)
員によって提案されている。しかし,結局のところ原案が可決され,民法改正
要綱第17として,昭和2年ユ2月末に公表されている。このようにして離婚後扶
養が新たに認められるにいたったことは,民法改正の最初の企図が保守的であ
ったにもかかわらず,その審議過程で合理的進歩的な性格のものが加わり,全
体として賜的な齢記するものとな。た調を如実に宗しているといえよ
う。
三 この改正要綱を条文化するために,昭和3年10月,司法省に民法改正調
査委員会が設置された。同委員会は,昭和4年初めから第2次大戦によって,
昭和19年10月にその活動を停止さぜられるまで,法案の審議を行っている。こ
れを,まとまった草案の成立した時期を基準に,5つの時期に分けたうえで,
(48)臨速記録・139−141頁参照。
(49) 臨速記録・360頁以下参照。
(50)臨速記録・361−362頁参照。
(51)唄篇利谷「人事法案の起草過程とその概要」我妻追悼論集・私法学の新たな展開
・476頁。
124第2章 わが国の離婚給付
て52)
各時期における草案を順次検討していくことにする。
(1)第1期’
(イ}親族編の原案起草者は穂積重遠委員であった。原案は,「民法第四編改
正案」として昭和4年1月22日印刷分から始まり,昭和5年3月1日印刷分に
いたるまで11回に分けて提出された。原案の審議の進行に伴い,穂積委員自身
が,「再考案」「整理案」「別案」を提出している。
(a)民法第四編改正案(四) (昭和4年7月5日印刷)
第八百十九條ノ次二左ノー條ヲ加フ
第八百十九條ノニ離婚ノ場合二障テ配偶者ノー方量今後生計二窮スルヘシト認メラ
ルルトキハ相手方ノ・之ヲ扶養スルコトヲ要ス但離婚力特二二者ノ責二帰スヘキ理由
二因リテ行ノ・ルルトキハ此限二在ラス
前項ノ扶養ノ方法及ヒ金額二関シ当事者ノ協議調ハサルトキハ扶養権利者又ハ温言
族ノ請求二依リ家事審判所之ヲ定ム
〔b)民法第四編改正案(四)(再考案)(昭和4年7月12日印刷)
第八百十九條ノ三二左ノー條ヲ加フ
第八百七九條ノニ 離婚ノ場合二二テ配偶者ノー方力今後生計二窮スヘシト認メラル
ルトキハ相手方ノ・之ヲ扶養スルコトヲ要ス但離婚力特二共責二品スヘキ事由二因リ
テ行ハルルトキハ此限二在ラス
前項ノ扶養ノ方法及ヒ金額二関シ当事者ノ協議調ハサルトキノ・家事審判所之ヲ定ム
この2つの案は,前記改正要綱を忠実に明文化しているといえる。ただここ
で注意を要するのは,但書において,特に有責配偶者の扶養請求は認められな
い旨を明言しているところである。これは,離婚後扶養についても有責主義を
採用することを宣言したものにほかならないからである。さらに,(a)の第2項
(53)
に請求者として,扶養権利者の親族が挙げられている点が特徴的である。
(52) この時期区分ならびに起草過程の解説については,、唄=利谷・前掲論文(注51)
483頁以下による。各草案の内容については,高野・前掲書(注42)44頁以下による。
(53)離婚婦自ら家事審判所の門をくぐることの困難さも慮ったためであろうか。この
点と,民法第四編改正案画(再考案)から,同請求者の表示が消えたことの経緯は
明らかでない(高野・前掲書(注42)45頁)。
125
(ロ)小委員会は,法典の順序に従って飯決議を行いながら審議を進めていっ
た。仮決議は,昭和4年4月16日印刷の(1)から,昭和5年2月26日印刷の⑳に
いたっている。
(a}小委員会仮決議(一三) (昭和4年10月22日印刷)
第八百十九條ノ五 離婚ヲ爲シタルー方力資力二乏シキ場合二於テ・・相手方二対シ相
当ノ生計ヲ維持スルニ足ル財産ノ分与ヲ請求スルコトヲ得但離婚ヵ共者ノ責二帰ス
ヘキ事由二品ル場合ハ此限二在ラス
前項ノ規定二四ル財産ノ分与二付当事者間ノ協議調ハサルトキハ家事審判所ハ当事
者ノ資力共他一切ノ事情ヲ斜酌シ共分与ノ額及ヒ方法ヲ定ム
(b}小委員会仮決議(一四) (昭和4年10月29日印刷)
第八百十九條ノ五 離婚ヲ爲シタル者ノー財力資力二割シキ場合二於テハ相手方二対
シ相当ノ生計ヲ維持スルニ足ル財産ノ分与ヲ請求スルコトヲ二二離婚力二三ノ責二
帰スヘキ事由二因ル場合ノ・此限二三ラス
前項ノ規定二尊ル財産ノ分与二付当事者間ノ協議調ハサルトキハ家事審判所ハ当事
者ノ資力其他一切ノ事嫡ヲ斜酌シ其分与ヲ爲サシムヘキや否や及ヒ其分与ノ額並二
方法ヲ定ム
旧民法の編纂過程では養料,明治民法の編纂過程では扶養と表現されてきた
離婚給付が,この小委員会改正案においては「財産ノ分与」とされている点が
目を引く。しかし,これは,今日のような包括的な離婚給付を意味するもので
はなく,また夫婦財産の清算といったものを意図するものでもなかったようで
(54)
ある。ここで特に重要と思われるのは,与えられるべき給付の基準として「相
当ノ生計ヲ維持スルニ足ル」ことを挙げている点である。というのも,旧民
法,明治民法の両編纂過程においては,このようは基準は設けられておらず,
わずかに明治21年の民法草案人事編に「共離婚前ノ地位ヲ保有スルコトヲ標準
ト爲ス可シ」とあるにすぎなかったからである。また,これらの改訂について
(55)
は,その後の草案の基本的な骨格を定めた画期的なものであるとの指摘がある
ことを一言しておく。
(54)高野・前掲書(注42)51頁参照。
(55) 高野●前掲書(注42)46頁。
126第2章 わが国の離婚給付
㈲ 民法親族編改正案(昭和7年2月1日印刷)は,仮決議を幹事が整理し
たものであり,仮に親族編第1草案としておく。これは,改正要綱にもとつく
荒ごなしの段階である。
第八百十九條ノ五 離婚ヲ爲シタル者ノー方力資力白砂シキ場合二於テノ・相手方二対
シ相当ノ生計ヲ維持スルニ足ルヘキ財産ノ分与ヲ請求スルコトヲ得但離婚力回者ノ
責二才スヘキ事由二因ル場合ハ此限二在ラス
前項ノ規定二依ル財産ノ分与二丁当事者間ノ協議調ハサルトキハ家事審判所ハ当事
者ノ資力共他一切ノ事情ヲ斜酌シ某分与ヲ爲サシムヘキや否や及ヒ共分与ノ額並二
方法ヲ定ム
(2}第2期
相続肇国1草案が成立した昭和7年12月から,親族編第1草案の追加整理が
幹事会によって開始され,昭和8年5月からは小委員会の審議もはじまった。
そして,昭和9年11月末までになされた数多くの仮決議を整理したものが,
「民法親族編改正案(昭和11年2月整理)司法省民事局(昭和14年6月印刷)」
であり,親族編第2草案とよぶことにする。
第八百十九條ノ五 離婚シタル者ノー方力資カニ乏シキ場合二三テハ相手方二対シ相
当ノ生計ヲ維持スルニ足ルヘキ財産ノ分与ヲ請求スルコトヲ得但離婚力共者ノ貴二
帰スヘキ事由二因ル場合ハ此限二項目ス
前項ノ規定二依ル財産ノ分与二付テハ家事審判所ハ当事者ノ資力共他一切ノ事情ヲ
斜酌シ審判ヲ以テ分与ヲ爲サシムヘキや否や及ヒ分与ノ額並二方法ヲ定ムルコトヲ
得
第2草案の第2項においては,第1草案の「当事者間ノ協議調ハサルトキハ」
が削られ,「審判ヲ以テ」が加えられたのは,昭和8年12月9日の小委員会仮
決議によるものである。「協議」という文字が,離婚の審判の後に協議すべきで
(56)
あるかのように聞こえるから不可ということらしい。
(3)第3期
親族編・相続編ともに,第2草案が成立して以来,草案自体の審議はしばら
(56)この財産分与の審判は,離婚の審判において共になし得ることを,家事審判法に
規定することを示唆している。高野・前揚書(注42)48頁。
127
く中断してい81)その後藩議は醐され,第2草案の輸しが行われてい
る。そして,部分的な修正が加えられ,「人事法案(仮称)(昭和14年7月整
理)司法省民事局(昭和14年8月7日法印)」としてまとめられた。これを親
族編第3草案とよぶことにする。同草案は,独立法典としての人事法案の体裁
をとりはじめた最初の案であり,後半の転回への出発点となる土台である点で
(58)
重要な意味をもつ。
第九十四條 離婚シタル者ノー方ハ相手方二対シ相当ノ生計ヲ維持スルニ足ルペキ財
産ノ分与ヲ請求スルコトヲ得但離婚力某者ノ責二丁スヘキ事由二因ル場合ハ此限二
在ラス
前項ノ規定二男ル財産ノ分与二付テハ家事審判所制覇当事老ノ請求二依リ多方ノ資
力其ノ他一切ノ事情ヲ餅酌シテ分与ヲ爲サシムベキヤ否や並二分与ノ額及方法ヲ定
ム
前項ノ請求が時機二後レタルモノト認ムルトキハ家事審判所ハ共ノ請求ヲ却下スル
コトヲ得
小委員会仮決議⑬以来第2草案に至るまで,第1項に規定されていた「資力
二乏シキ場合」という要件が削除され,新たに第3項が設けられた点に大きな
変化がみられる。前者が削除されたのは,財産を分与するか否かを,完全に家
事審判所の判断に委ねてしまったことを示すものといえる。その後,昭和16年
6月30日の小委員会仮決定によって,本案のうち第1項の但書と新設された第
3項が共に削除されている。この但書の削除によって,有責主義的色彩が,条
文上からは全く払拭されてしまったと思われる点は注目に価する。
㈲ 第4期
親族編第3草案の修正:は,まず「人事法案(親族編)改正意見集」(1)∼㈲が
問題点を指摘する一方,委員や民事局が修正案を提出し,審議した後,小委員
会で仮決定:を行うという:方法で進められた。即決定案は,昭杓15年11月18日小
委員会決定案(1)から,昭和16隼10月27日小委員会決定案⑫2)にわたっている。も
(57) その間の事構については,唄=利谷・前掲論文(注51)485頁以下参照。
(58)唄=利谷9前掲論文(注51)500頁。
128 第2章 わが国の離婚給付
つとも昭和16年7月21日小委員会決定案までを一旦整理しており,これが「人
:事法案(仮称)(昭和16年8月整理)司法民事局(昭和16年8月2日印刷)」で
ある。これを親族編第4草案とよぶことにする。
第九十四條 離婚シタル者ノー方ハ相手方二野シ相當ノ生計ヲ維持スルニ足ルヘキ財
産ノ分興ヲ講求スルコトヲ得
前項ノ規定二三ル財産ノ分與二付テハ家事審判所ハ當事者ノ請求二依リ隻方ノ資力
共ノ他一切ノ事情ヲ斜酌シテ分興ヲ爲サシムヘキや否や蛇二分輿ノ額及方法ヲ定ム
これは,昭和16年6月30日の小委員会二三定案と全く同一内容のものであ
る。そして,離婚後扶養に関する小委員会の仮決定としては,これが最後のも
のとなった。
㈲ 第5期
第4草案が作成された後も,昭和16年10月末まで仮決定案が引きつづき作成
された。しかし,それ以後は,専ら幹事会において,人事法案全体に対する整
理作業が行われた。幹事会は会議案を作って審議し,さらに仮決定案を作成し
た。幹事会の仮決定案は,昭和16年12月1日の(1)から,昭和17年10月26日の⑬
までに至る。これらを集約したものが,「人事法案(仮称)(昭和18年4月整
理)司法民事局(昭和18年4月1日法印)」(幹事会決定)であり,これを第5
草案とよぶことにする。
第九十四条(内容は全く第4草案と同一であるので,ここでは省略する)
四 以上のような起草過程を経て作成された人事法案の草案は,相当に高度
なものであったが,結局陽の目をみることなしに終った。しかし,同草案は,
戦後における民法改正の基盤となったものであり,正にその点において,重要
な意義を有するものといえる。
(59)
4 23年改正法
一 第2次大戦後,民主主義に基づく憲法の改正に伴い,法制全般にわたっ
(59) 以下の叙述は,我妻栄編「戦後における民法改正の経過」,我妻栄ほか座談会「親
族法の改正」法律時報31巻10号,最高裁判所事務総局編「民法改正に関する国会関
129
て改正を要する点があるというので,昭和21年7月2日,臨時法制調査会が内
閣に設けられた。同月11日その第1回総会が開かれ,「憲法の改正に伴い制定
または改正を必要とする主要な法律についてその法案の要綱を示されたい」と
の内閣総理大臣の諮問について審議を始めることになり,4つの部会が設けら
れた。さらに,同日,司法法制審議会が司法省に設置され,翌12日に開かれた
第1回総会において,同審議会は臨時法制調査会の第3部会(司法関係)をか
ねるものとされた。そして,その活動にあたって,同審議会には3つの小委員
会が設置され,その第2小委員会において,憲法の基本理念である個人の尊厳
と両性の本質的平等(憲法24条)に基づく・改正が急務であるとされた民法,特
にその親族・相続編の改正要綱草案が審議されたのである。同委員会は,さら
に3班た分かれて活動を開始し,そのB班が婚姻関係を担当した。同班が作成
した原案が,昭和21年7月20日提出の幹事案であり,これは前記した入事法案
に従って作成されたものといわれている。
第八 離婚に因る扶養義務
離婚したる者の一方は相手方に対し相当の生計を維持するに足るべき財産の分与を請
思することを得るものとし,此の財産の分与に付ては裁判所は当事者双方の資力其他
一切の事情を樹適して分与を為さしむべきや否や並に分与の額及び方法を定むること
とすること。
(60)
この幹事案の財産分与に関する規定について,次のような指摘があることは
特筆に価しよう。すなわち,この財産分与に関する規定は,系譜的には明治民
法制定当時もしくはそれ以前の前身的な規定の流れを汲むものであったが,内
容的には最も近い大正14年の改正要綱ないしそれに基づく改正法案のそれとほ
ぼ同一のものであった。すなわち,戦後最初に立案された財産分与に関する規
定は,離婚のさいに一方の配偶者の他方配偶者に対する扶養義務を認めようと
している点においては,従来の諸規定とその軌を一にするものではあったが,
係資料」,同r司法委員会議録」,高野耕一『財産分与の研究」司法研究報告書14輯
7号に負うところが多い。
(60) 太田武男「家族法研究』150頁参照。
130第2章わが国の離婚給付
しかし前者はそれを原則として義務者側から規定していたのに対し,後者はそ
れを権利者側から規定している点において,また前者は扶養といってもそれは
原則として最低生活の保障を意図するにすぎないものであったのに対し,後者
は相当程度の生計の維持を志向したものであった点において,それぞれ異なる
ものであったことに注意しなければならない。
そして,この幹事案は,ほとんどそのまま「民法改正要綱案」(昭和21年7
月27日付)の起草委員第1次案となっている。
第十四 離婚したる者の一方は相手方に対し相当の生計を維持するに足るべき財産の
分与を請求することを得るものとし,裁判所は当事者双方の資力共の他一切の事情を
斜幽して分与を為さしむべきや否や並に分与の額及方法を定むるものとすること。
本案は,一連の過程を経て,昭和21年9月11日の司法法制審議会,および同
年10月24日の臨時法制調査会の第3回総会決議「民法改正要綱」第17に全くそ
のまま受け継がれている。これが,改正要綱としての最終決定案である。そし
て,この時期における要綱案ないし要綱第17に対する学者の反響は,この財産
分与制度のもつ意義を,i妻の離婚自由の確保という視角からとらえて,改正法
(61)
中でも最も高く評価する点において共通していたとの指摘がある。
一方,こうした一連の審議と平行して,起草委員達は,第2小委員会の民法
改正要綱案に則って,こまかい条文の作成にとりかかっていた。順次その改正
法案について検討する。
まず,民法改正法案第1次案および第2次案の離婚給付規定は,次のような
ものであった。
協議上ノ離婚ヲ為シタル者ノー方ノ・相手方二対シ相当ノ生計ヲ維持スル日足ルヘキ財
産ノ分与ヲ請求スルコトヲ得
前項ノ規定二依ル財産ノ分与二六テハ裁判所ハ当事者双方ノ資力某他一切ノ事情ヲ斜
酌シテ分与ヲ為サシムヘキや否や並二分与ノ額及ヒ方法ヲ定ム
この第1項の「相当ノ生計ヲ維持スルニ足ルヘキ財産」という表現には,扶養
的性格が如実に現われているといえる。この表現は,第3∼6次案においては
(61) 高野。前掲書(注42)58頁。
131
「相当ノ財産」という表現に変っている。このような表現の変更は,法定夫婦
財産制として別産制を引き続き採用したために,離婚時に生ずる不均衡を是正
しようとの企図のもとになされたのではないかと推察されるが,それによって
扶養的性格が薄れたこともまた事実である。また,第2項の「当事者双:方ノ資
力其他一切ノ事情」という表現は,第1次案から第6次案に至るまで全く変更
を受けていない。これは,特に「出す:方」の資力に重点が置かれていた結果に
よるものと考えられ,従来からの恩恵的な考えが尾を引いていたのではないか
と思われる節がある。
つぎに,一般に公表された第6次案の内容は,次のようなものであった。
八百十二条ノ四 協議上ノ離婚ヲ為シタル者ノー方ハ相手方二対シ相当ノ財産ノ分与
ヲ請求スルコトヲ得
前項ノ規定二依ル財産ノ分与二付キ当事者間隔協議調ハサルトキハ当事者ハ家事審判
所二対シ協議二代ノ・ル処分ヲ請求スルコトヲ得但離婚ノ時ヨリニ年ヲ経過シタルートギ
ノ・此限二百ラス
前項ノ場合二心テ家事審判所ハ当事者双方ノ資力某他一切ノ:事情ヲ掛酌シテ分与ヲ為
サシムヘキや否や蚊二分与ノ額及ヒ方法ヲ定ム
同案を基にGHQとの折衝が行われたわけであるが,この規定の解釈にあた
って,GHQと起草委員側との間には大きなズレがあった。すなわち,この規
定を,前者は婚姻中に得た財産の清算を意味するものと解し,後者は清算ばか
りでなく扶養料および慰謝料をも含むと解していたのである。GHQは,本条
をこのように解釈していたことから,婚姻解消の際には婚姻中に得た財産の2
分の1を与えるのが当然であるとし,その原則を法文に掲げておくほうがよい
と強く主張した。しかし,日本側は,日本の実情では,婚姻中に得た財産のう
ち,夫婦の協力によって得た財産とその他の財産とを額の上で分別することが
難しいことを盾に取って,明確な基準を設けることに強い難色を示した。GH
Qが2分の1という基準の明文化を強く要求した:背景には,第1項の「相当ノ
財産」の標準が,第3項の「当事者双方ノ資力共他一切ノ事情」という文言に
よって表現されているために,本条が救貧的扶養の役割しか果しえない恐れが
あるという事情があったのである。こうしたGHQの懸念に対し,日本側は,
132 第2章 わが国の離婚給付
第3項の「当事者双方ノ資力」という扶養的性質を基調とする人事法案以来の
文言を,「当事者双方がその協力によって得た財産の額」とすることによって,
GHQが強く主張していた清算としての性格をはっきりと前面に打ち出そうと
したのであり,扶養的要素は,その文言に続く「その他一切の事情」の中に含
まれるにすぎないものとなった。この変更は,すなわち財産分与の基本的性質
(62)
が,「扶養」から「清算」へと変質したことを意味しているのである。しかし,
ここで問題となるのは,GHQが2分の1という基準にこだわったと同時に,
日本側もまた2分の1という基準を明記することに対して非常に強い拒絶反応
を示した点である6これは,わが国の実情および運用面自体の問題というより
も,むしろ2分の1という高い基準を定めることに抵抗があったことを示して
いるように思われる。というのも,①わが国の離婚給付はその系譜からみても
非常に恩恵的な意味あいの濃厚なものであり,②それは未だかつて一度も法律
によって権利として認められたことがなく,また各民法の立法過程において何
度も顔を出しながら結局は葬り去られてしまったという事情,③第1項の「相
当ノ財産」という表現が相当多額の財産と誤解されることを恐れて「相当ノ」
を削ってしまった事実,さらに④起草委員達は当初財産分与をうける方よりも
「出す方」を念頭に置いていたことなどを=考えあわせると,おのずとそういう
結論に達せざるを得ないと思われるからである。
二 民法改正法案第6次案が公表された後,第92帝国議会において,「日本
国憲法の施行に伴う応急的措置に関する法律」について審議が行われたさい,
その原案に財産分与に関する規定が設けられていなかったため,何らかの形で
それを明記するようにとの要望が女性議員達から出されている。
まず,昭和22年3月18日の衆議院本会議において,山下春江議員は,この暫
定法案では,両性の本質的平等に反するものはこれを適用しないとあるだけ
で,財産分与請求の権利は保障されていないが,しかし婦人の社会的経済的地
位の低さからして,財産の分与が認められなければ,男子から不当に離婚され
(62) 高野・前掲書(注42)67頁。
133
た場合に直ちに婦人は路頭に迷うことになると述べ,同法案に財産分与の請求
(63)
に関する規定を加える必要があると訴えた。これに対し,国務大臣木村篤太郎
は,民法典の全面的改正と共に提出する予定だと答えて,そのような規定を加
(64)
える意思のないことを明らかにした。
さらに,同月20日目衆議院特別委員会においては,榊原千代委員が,財産分
与請求権の保障規定を暫定法に加えるよう次のように主張している。「離婚問
題に関連いたしまして,女性というものが著しく経済的に不利な立場に立って
おるのでありまして,…私は改正民法ができる日まで,これはやはり憲法に要
請されております女性の解放という問題と密接な関係があるものでございます
(65)
から,どうしてもこの条文は入れていただきたいと思います」と。
また,同月22日の特別委員会において,米山文子委員も次のようにその必要
性を訴えている。「特に妻の生活保護に関する規定を設けていただきたいと思
うのであります。何となれば妻は経済的に弱老であり,また一度離婚すると,
(66)
あらゆる不幸がそこにつきまとうものであります」と。
しかしながら,「応急措置法であります関係上,離婚g)場合の妻の貼産分与
の請求権は,憲法の夫婦平等の関係からどうしても出て来なければならないと
(67)
いう帰結ではない」との理由から,再三の要望にもかかわらず,財産分与の規
定は暫定法には規定されずに終った。
三 GHQとの折衝の結果誕生した第7次案を,そのまま受け継いだ第8次
案(最終案)が,昭和22年7月23日に第1回国会に提出され,衆参両院におい
て討論されることとなった。
まず,昭和22年8月9日の衆議院の司法委員会において,池谷委員から,離:
婚婦が財産的に相当程度の保護を受けられるようになると,離婚が増加するの
(63) 民法改正:に関する国会関係資料(以下,資料と略す)。6頁参照。
(64)資料・7頁参照。
(65)資料。18頁。
(66)資料・29頁。
(67)資料・18頁。
1$4第2章わが国の離婚給付
(68)
ではないかとの懸念が表明された。そして,それゆえに財産分与を原案のよう
に裁判所の自由裁量に佳せた方が良いか,あるいは「少くとも妻が生活し得る
(69)
に足る程度以上とか何とかいう方がよろしいのでありましょうか…」との質問
が,同委員から政府に対してなされている。これに対し,奥野政府委員は,
768条の財産分与の規定は,夫婦の財産が当事者双方の協力によってつくられ
たものであるとの前提のもとに,離婚のさいに夫婦の財産を清算する主旨では
あるが,離婚原因の所在,離婚者の生活状態,あるいは扶養生活費の問題など,
色々な三三を考慮して適当に決める以外にないと=考えて,本案のように明確な
(70)
標準を置かなかったと説明している。
ついで,同月14日の司法委員会においては,榊原千代委員が,法定夫婦財産
制である別産制における妻の内助の功に対する評価の問題との関連から,「婚
姻中における財産の分割方法,持分というものが規定されておりました:方が,
離婚の場合においても,妻の立場が守られることになりはしないか」との質問
をしている。これに対し,奥野政府委員は次のような答弁を行っている。「持
分をはっきりきめるということは事実上なかなか困難であります。そこで結局
夫婦が仲よくやっておる間は,…むしろ半分云々というふうなことを規定しな
くても,問題は,夫婦わかれをするような破目に陥った場合に問題が生ずるわ
けでありまして,この場合には,財産の分与の請求ができる,しかもその分与
はどういう標準できめるかということにつきましては,768条に規定を設けて
おりまして,特にその末項におきましては,家事審判所がそれをきめる場合
に,当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮し
て,分与をさせるべきかどうか,旧びに分与額及び方法を定めるということに
なっておるので,これに対しても夫婦の財産は当事者の協力によってできたも
(71)
のであるということを暗黙の前提にいたしておるわけであります」と。
(68)資料・112頁,司法委員会議録(以下,議録と略す)・176頁参照。
(69) 資料・115頁,議録・175頁。
(70)資料・115−116頁,議録・175頁参照。
(71)資料。195頁,議録。225頁。
135
また,同月18日の同委員会においては,特別に委員外の質問者として,加藤
シヅエ議員が次のような質間を行っている。まず762条に関して,「婚姻中自己
の名で得た財産が,その特有財産になるというその規定の裏に,妻の家庭労働
というものに対しては,どういうようにこれを民法は見るか」さらに「もしも
相手側が特に分与すべきほどの財産をもたない場合には,そのときにはもって
いないけれども,経済的な能力があるから,将来何年問かにわたって年金のよ
うな方法でこれを分与する能力はあるという場合には,年金のような方法でこ
れを分与することができるということを,ここにはっきり加えておく必要があ
るのではないか」と。これに対し,奥野政府委員は,前者については先の14日
の委員会における榊原委員に対する答弁と同趣冒の説明をなすとともに,768
条の財産分与の規定には,財産の分割,扶養料,あるいは制裁の意味が含まれ
ると明言している。そして,後者の質問に対しては,「年金の形における財産
分与も認めてしかるべきものであって,将来債務として分割分与ということも
(72)
含んで解釈できる」と考えている旨の答弁を行っている。
さらに,9月18日の同委員会において,榊原千代委員から行われた妻の家事
労働の評価如何に関する質問に対し,奥野政府委員は次のように答えている。
「妻が内助の功によって劣力を提供した結果,ある財産を具体的に得たという
ことでなければやはりここに(婚姻中自己の名によって得た財産一筆者註)含
んでこない」「婚姻継続中は,いわゆる夫の名で得た財産は,夫の特有財産,
妻の行為によって得た財産は妻の特有財産というふうにいたしておりますが,
…夫婦わかれ,あるいは死亡というような場合においては,お互いにその分配
に与かる途を開いた趣旨は,…夫の財産も妻の協力によってできておるという
(73)
趣旨から出て来るわけであります」と。ついで,榊原委員は,将来の収入に対
する財産分与に関して次のような質問を行っている。「離婚の際の財産分与に
ついてでございまずけれども,大多数の大衆の家庭においては,わけるべき財
(72)資料・217頁,議録・240頁。
(73) 資料・269頁,議録302頁。
136第2章わが国の離婚給付
産というようなものがほとんどないと思いますが,その場合夫の腕による,あ
るいは才能によるところの収入というようなもの,たとえば今後もらうところ
のB給というようなものの幾分かをやはり財産として分与するということはお
考えになりませんでしょうか」と。これに対して奥野政府委員は,「これはや
はり将来の収入を考えまして,年金等にたいして財産の分与をはかる。そうい
う方法による分与ということも,この中に含まれると考えております」との答
(74)
弁を行っている。
同委員会においてなされた奥野政府委員の一連の答弁からして,768条は,
夫婦の財産は当事者双方の協力によってつくられたものであるとの前提のもと
に,離婚のさいに財産の分与を請求しうるものとし,その中には財産の分割,
扶養料あるいは制裁の意味が含まれ,財産分与の決定は明確な基準によらず裁
判所の自由裁量に完全に任せられるものであるということができる。そして,
将来の収入(給与・年金など)に対する財産分与も同条に含まれることが明ら
かにされている。
ここで,768条に含まれるとされた将来の収入に対する財産分与について少
し詳しく触れておくことにする。この将来予見可能な収入に関して分与がなさ
れるという場合には,768条の中核とされている清算的性格が影を潜め,むし
ろその蔭に隠れていた扶養的性格が前面に押し出されるということができる。
一般には分与する程の財産がないといった場合が多いと思われるので,この将
来の収入に対する財産分与の問題は重要な意味をもつものといえる。特に将来
給付される年金・恩給は期待権にすぎず清算の対象にはならないと実務上一般
(75)
に解されているとはいうものの,立案当初,しかも立法=者側において,財産分
与の中にこの年金・恩給に対する分与をも含む趣旨であるとの解釈態度がとら
れていたということは興味深い。このような年金権や恩給権の分与が認められ
(74)資料・270−271頁,議録・302−303頁。
(75)長野地判(昭和32年12月4日下民集8巻12号2271頁)。ただし,この事件では,
婚姻期間中に取得された恩給期待権に限定した形で分与が請求されたのではなく,
それ以前に既に取得されていたものも含めた形で分与が請求されている。
137
ることがいかに中高年の離婚配偶者の生活保障に役立つかということは,離婚
のさいの年金権調整としてこれを明確に規定した西ドイツ民法の立法趣旨から
しても,容易に推察されうることだからである。
四 参議院の11月6日の司法委員会において,明らかに不法行為のあ6た
場合,財産分与とは別個にその不法行為による損害賠償を請求しうるというこ
とが,奥野政府委員によって明らかにされている点は注目に価する。まず,鬼
丸委員から,「財産の分割を請求する場合より外に,例えば配偶者の一方に対
して不法行為を為したということは特段なる責任…に対する賠償の意味はどう
いうふうな扱いによって決めるのであるか。家事審判所においてそれを加味さ
れる範囲において,専らその額は家事審判所に一任することになるのである
か」との質問があり,これに対して奥野政府委員は次のよう答えている。「例
えば虐待その他の行為によって不法行為があったということが明白である場合
には,その不法行為による損害賠償請求権というものは,この財産分与の他に
認めていいのじゃないか,というふうに考えておりますので,それは一般の損
害賠償として更に財産分与の外に,不法行為としての損害賠償請求権はあると
いうふうに考えております」「一般の不法行為として,損害の算定等をいたす
(76)
べきものと考えております」と。
一連の審議過程においては,常に,財産分与には夫婦財産の清算・離婚後の
生活保障・損害賠償などあらゆるものが含まれるとされてきたにもかかわら
ず,ここにきて,明白な不法行為がある場合には,財産分与の外に不法行為と
しての損害賠償も請求しうるというのであ。したがって,離婚の原因となった
個々の不法行為に対する損害賠償は,財産分与において斜塔されることもある
し,また財産分与とは別個に一般の損害賠償として請求されうることにもな
る。今日においても,財産分与に慰謝料が含まれるか否かという問題は,学説
上争いがあることからして,この点は非常に興味深いものということができ
る。
(76)資料・558−559頁,議録(参議院)・39・4頁。
138第2章 わが国の離婚給付
五第1回国会に提出された民法の改正案は,一連の討議を経て,昭和22年
12月22日に法律第222号をもって公布され,翌23年1月1日に施行せられた。
第768条の財産分与の規定に関しては,国会提出案が全くそのまま採用され,
審議中に現われた政府見解,すなわち,768条には夫婦財産の清算ばかりでな
く,扶養あるいは慰謝料も含まれるということ,あるいは将来の収入に対する
財産分与もまたその中に含まれるということは具体的に明記されることなく,
原案がそのまま可決されてしまった。その結果,これらの点に関して,後に学
説上大いに争われることになったのである。また,財産分与の決定の基準につ
いても,異体的な基準を示すようにとの要請があったにもかかわらず,裁判所
の自由裁量に完全に印紙委任した形となっている。そして,その決定を裁判所
の自由裁量に完全に委ねてしまうことに対して表明された懸念が,実際の運用
(77)
にあたって,不幸にも現実のものとなっていることは周知の事実である。
5 その後の改正動向
一 財産分与の問題と関連して,家事事件に関する審判または調停により定
められた義務(家事債務)の履行確保が問題となる。家事審判法は,給付を命
ずる審判は執行力ある債務名義と同一の効力(家審15条)を,調停は確定判決
と同一の効力(家審21条1項)を有するものとして,それぞれに執行力を与え,
当初は,その執行の方法はすべて民事訴訟法の規定するところに委ねられてい
(78)
た。しかしながら,家事債務は,実際には強制執行に親しまない場合が多く,
(77)我妻博士は「婚姻中に,共同生活の結果として夫婦の一方が取得した財産は,ど
ちらの名義になっていても,実質的には半分は他方の所有だという考えが,この条
文の運用の基礎となるべきものである」と指摘されている(我妻栄「改正親族相続
法解説」72頁)。
(78)その主な理由は次のようなものである。
(イ)家事債務は,一般の民事債務に比較して一般に価額が低く,かつ小額の分割払
いや定期的給付を内容とするものが多く,強制執行をしても費用倒れになるおそ
れがある。
回 家事事件手続においては,弁護±によって代理される当事者は少く,かつ審判
139
したがって,家事債務の履行を確保するのに民事訴訟法上の強綱執行をもって
するだけでは,実質的な救済を与えることができないばかりでなく,家事債務
の内容は一般に権利者の生活維持に必要:不可欠なものであって,権利者が満足
を得るか否かを個人の財産上の問題として放置しておくわけにはいかないもの
である。それゆえ,昭和23年1月1日に家事審判制度が発足して以来,家事債
務の履行を確保し強制するために,特別の立法措置を講ずべきであるとの強い
要望が,家事審判官および調停委員等の実務家の間から出ていた。さらに,同
様の要望や意見は,家事事件の当事者となった人々による新聞紙上への投書に
(79)
も見受けられ,また民事法学者等の論稿にも数多く見られた。
こうした声に動かされて,家事債務の履行を確保するために,昭和31年7月
に法律第91号によって,家事審判法の一部が改正されたのである。この改正に
よって,家庭裁判所は,審判又は調停で定められた義務の履行状況を調査し,
必要があればその義務の履行を勧告することができ(家審15条の2,25条の
2),この勧告に応ぜず,審判又は調停で定められた金銭の支払いその他財産
上の給付義務の履行を怠った者に対し,相当と認めるときは,権利者の申立に
より,期限を定めてその義務履行を命じ(家審15条の3,25条の2),正当の
理由なくしてこれに従わない者に対しては,5,000円以下の過料に処すること
(80)
ができる(家審28条1項)ようになった。この一連の履行確保制度のうち,最
または調停の結果,婦人が債権者になる場合が多い。従:って,権利者の多くは,
法律手続に通じておらず,また経済的に弱者であるのが普通であるので,強制執
行の手続の煩雑と,その費用の負担に堪えない。
囚 親族または親族であった者の問の権利関係であるから,あまり強力な権利の実
現方法はちゅうちょされる(宇田川潤四郎「履行確保に関する家事審判法の一部
改正等について」法曹時報8巻5号6−7頁,外山四郎「家事事件に関する履行
確保制度」法律時報28巻5号14頁)。
これらを:本質的理由でないとするものとして,市村光一「家事調停の実証的研
究』司法研究報告書11輯1号196頁以下参照。
(79)宇闘川・前掲論文(注78)3頁。
(80)堀内節『家事審判制度の研究」478−479頁。
140第2章 わが国の離婚給付
(81)
しての過料にまで処せられる者はほとんどいないようである。むしろ,それを
義務者に対する心理強制としてプロベーションを行うことに意味があるのであ
る。すなわち,この制度の本質は,命令よりも勧告にあり,しかも調査官の専
(82)
門的技能によるケースワーク的勧告にあるということができる。
(83)
一方,制裁としての過料は実効に乏しく,誠意のない義務者に対しては,依
然として手続の煩雑な強制執行をしなければ目的を達しえないとして,新たな
執行制度を家庭裁判所に設けることが必要であるとされた。しかし,時期尚早
であるとの理由から,履行確保制度の仕上げとして,家庭裁判所は,家事債務
の履行について,義務者の申出があるときは,権利者のために金銭の寄託を受
(艦)
けることができる(家審15条の4,25条の2)こととした。この寄託制度は,
家事債務が,その支払いにおいて相当長期にわたる場合が多く,その途中で金
銭の授受が曖昧になったり,また紛争に伴う感情的な対立が尾を引いて不履行
の原因になることがあるために,家庭裁判所が中にはいることによって不履行
をできるだけ防止するためのものであり,従来においても当事者の要望が多
く,裁判官や家庭裁判所調査官の個人の責任において行われていたものを,本
改正を機に制度として整備したものである。実際には,この制度は,特に調停
(85)
事件においてよく利用されているようである。
二 家事審判法の改正とあい前後して,23年改正民法に対する再検討が行わ
れている。法制審議会は,民法を再検討するようにという政府の諮問に答える
べく,昭和29年に審議を開始している。そのさい,同審議会は民法部会を設置
し,さらにそれを財産法小委員会と身分法小委員会とに分けて審議を行ってい
る。翌30年には,この身分法小委員会によって親族編の離婚の前までのところ
(81)最高裁判所事務総局家庭局「家庭裁判所事件の概況(一)」法曹時報27巻10号150頁
第23表参照。
(82) 市村・前掲書(注78)214頁参照。
(83)市村・前掲書(注78)153頁の実例参照。
(84)堀内・前掲書(注80)500−501頁。
(85)家庭局・前掲論文(注81)150頁第24表参照。
141
終段階とに関して出された一応の結果が,仮決定と留保事項にまとめられ,第1
回の民法部会において報告されている。そして,その後も続けられていた小委
員会の審議が親族法全部について終了したところで,その審議内容がまとめら
れた。これが「法制審議会民法部会小委員会における仮決定及び留保事項(そ
(86)
の2)」である。これは,昭和34年の第2回民法部会において報告されたうえ,
さきにまとめられた分とあわせて,同年7月新聞・雑誌等にも発表された。そ
れによれば,離婚給付について,次のような離婚による「財産分与」の規定が
用意されていた。
(財産分与)
第十七 第七百六十八条を改め,財産分与は,婚姻の解消による夫婦の財産関係の清
算を目的とすることを明らかにすることについては意見が一致したが,離婚後の扶養
及び慰籍料を如何にすべきかについてなお検討する。
現行第768条の性質については,従来から学説上大いに争われてきたところ
であり,したがって財産分与の決定の基準もまことに曖昧なものであった。そ
れらの問題点を明確にするために本条の審議が開始されたにもかかわらず,わ
ずかに離婚原因に左右されることのない夫婦共同財産の清算を申核とすること
について意見の一致をみたにすぎない。離婚による損害賠償に関しては,民法
の一般原則によることとされたが,しかしどのような根拠で,またどのような
場合に請求できるかという点については意見の一致をみなかった。また,離婚
後の扶養に関しては,財産分与とは別に規定したほうがよけいとれるからそれ
を明確に規定すべきであるという主張と,現行法のように曖昧にしておくこと
によって非常にうまくいくから,財産分与の中に含ましめておいて明確に規定
しない方がよいという主張とにわかれていた。さらに,身分関係の解消後に扶
養を認めること自体に問題があるとの反対意見も出ている。結局は,第2回民
法部会の審議のさいにも後二者については意見が一致せず,具体的な改正案と
いったものが作成されることはなかった。
(86) この仮決定・留保事項に関しては,各誌において座談会・研究会がもたれた(法
律時報31巻9号・10号,ジュリスト97号98号,民商法雑誌41巻1∼5号)。
142第2章わが国の離婚給付
この仮決定及び留保事項が公表されたのを機に開かれた座談会等で表明され
た諸意見の中には,夫婦財産の清算と離婚後の扶養とを別個に規定した方がよ
いとするものがある。その理由を以下に要約する。
(1)離婚後の扶養の場合には,清算の意味の財産分配と異なり,一方が生活
に困るとか,相手方の資力はどうか,どちらに離婚原因があったかという
(87)
ことまで問題:となる。
② 財産分与の性格が曖昧であればその基準もまた曖昧となり,それはまつ
(88)
たく裁判官の匙加減になってしまう。
(3)清算的性格と扶養的性格とはその目的を異にするものであって,特に扶
三三性格は比較的長期におよぶ可能性,あるいは事情変更の可能性を有し
(89)
ている。
園 清算では夫婦になってから後の財産の分配しか含まれず,結婚後に財産
(90)
がふえなかった場合に困る。
㈲ 夫婦でかせいでも,多くは夫一人の財産になっているといった具合に家
(91)
族生活はまだ十分に個人主義化されていない。
(6)履行確保の面から見れば,両者を分けることによって,制裁としての過
料は,一種の財産権上の請求である財産分配の義務逮反に対してではな
く,離婚後扶養の義務癬怠の場合にだけ課せられることになり,制裁の意
(92)
味が正当なものとなる。
このような理由から,財産分与における清算的性格と扶養的性格とを別個に
規定し,そのうえで,別訴禁止のような形で,一挙に解決することが必要であ
(93)
るとの主張がなされている。そして,このような一回的解決については,裁判
(87) 平賀偉太発言「研究会・民法改正に関する問題点(下)」ジュリスト98号28頁。
(88)平賀・前掲(注87)28頁。
(89)中川淳「わが離婚法の当面する課題」法律時報31巻9号62頁。
(90) 中川善之助発言「座談会・親族法の改正」法律時報31巻9号32−33頁。
(91) 中川・前掲(注90)33頁。
(92)平賀・前掲(注87)。
(93)中川淳・前掲論文(注89)62頁,中川淳発言「座談会・親族法改正の問題点{⇒」民
商法雑誌41巻2号52頁。
143
(94)
官諸氏が実務上の面から,特にその必要性を強く訴えている。
三 前記仮決定及び留保:事項の発表後,身分法小委員会は,引き続き相続法
の審議に入った。しかし,昭和35年以後は,緊急に改正を要する事項のみを審
議し,昭和37年1月には,「代襲相続制度・特別縁故者に対する相続財産分与
制度等についての民法の一部を改正する法律案要綱」を答申し,さらに養子制
度についての再調査を開始などしていたが,根抵当権等の立案作業のため,同
小委員会の開催は一時中断されることになってしまった。その後,昭和46年6
月に同小委員会は再開され,「相続人および相続分」に関する現行制度の問題
点,さらにこれと密接に関連する「夫婦財産制」「遺産の維持・増加に特別に
貢献した相続入の寄与分」についても検討にはいった。そして,財産分与の問
題も,夫婦財産制との関連において検討が加えられている。
この審議の中間段階において民法部会に提出された中間報告が,そのまま公
表されている。これが,昭和50年8月1日に,法務省民事局参事官室から発表
(95)
された「法制審議会民法部会身分法小委員会中間報告」と題する資料である。
財産分与の問題は,その「第二 夫婦財産制に関する審議内容及び問題点」の
中で触れられている。それによれば,離婚のさいの財産分与そのものについて
は,「民法第七六八条の表現を改めて,財産分与が財産分割の性質を持つもの
であることを明らかにし,更に,具体的な計算方法を示すということも考えら
れる」とされている。夫婦財産制については,共有性を法定夫婦財産制として
(96)
採用するか,あるいは別産制を維持するかについて意見が分れている。しかし
ながら,「別産制を前提として,妻の財産的保護を図る個別的な施策を講ずる
ほうが現実的である」との現由から,特に婚姻解消時における妻の保護のため
の施策が列挙されている。それらを次に紹介する。
(94) 田村千代一発言「座談会・親族法改正の問題点(⇒」民商法雑誌41巻2号52頁,加
敵意発言・同53頁参照。
(95) ジュリスト596号83頁以下,法律のひろば28巻10号45頁以下参照。
(96)共有制を採用した場合に想定される問題点に関して賛成の立場から考察を加えた
ものとして,右近健男「身分法小委員会の中間報告について」ジュリスト596号50頁
以下参照。
144第2章 わが国の離婚給付
(1)婚姻生活を継続するのに必要な居住家屋等の財産や,離婚のさいの財産
分与に充てるのに必要な財産について,他方の同意がなければ処分がで
きず,同意のない処分については取り消すことができるとするような制度
(97)
を設ける。
(2}夫婦の居住家屋についても,諸外国の例にみられるように婚姻解消後の
妻の居住権を保護すること。
(3}一定の要件がある場合には,家庭裁判所の審判によって配偶者の潜在的
(98)
共有持分の実現を認めること。
(4)夫婦の共有名義の促進のため,例えばアメリカのように配偶山間の贈与
に対する贈与税の控除額を大幅に増額すること。
この報告を機に発表された論稿には,別産制を維持しつつ,解釈論として妻
の実質的平等を実現していくべきであるとするものが多いように思われる。そ
して,その実現には,妻の協力をどのように評価するかということが重要にな
ってくるとの指摘がなされている。特に,裁判所が妻の家事労働を格別評価す
(99)
る必要はないとして,離婚のさいの財産分与を低くおさえる姿勢をとってきた
(100)
と思われる点からしても,離婚のさいの財産分与,とりわけその清算的性質と
の関連において,妻の協力に対する評価が問題となってくる。
(97) この点について次のような指摘がある。一方名義の財産の処分については,取引
の保護の面から言っても,いちおう,名義人が処分してよいが,しかし,他方配偶
老を害する目的の処分行為とか信頼関係に著しく反する処分行為については,他方
配偶者からの請求で,無効とする措置を講ずべきである・(浅見公子「夫婦財産制の
改正について」ジュリスト596号47頁)。
(98) この点について,浅見教授は次のように述べておられる。「婚姻中に取得した一
方名義の不動産(特に居住用の土地,家屋であって,勤労所得によってえられる範
囲の価額のもの)については,婚姻解消に際して,他方配偶者の潜在的持分を確認
することをしてほしい(浅見・前掲論文(注97)47頁)」と。
(99) その理由は,主婦専業の妻が婚姻中の財産の形成に寄与したとしても,それは,
主婦の協力義務に基づく通常の寄与にすぎないからというものである。
(100)同趣旨,中川淳「妻の家事労働にたいする法的評価」法律のひろば28巻10号16
頁。
145
有地教授は,将来の夫婦財産劇はどのような形態であれ,別産制と共同制を
(101)
接合した複合的形態を採ることを考え,検討すべきであるとし,そのさいに留
(102)
意すべき2,3の点を挙げておられる。その中で,共同制を採る根拠を次のよ
うに述べておられる。妻の家事労働中,家庭全体にわたる統合管理的な営み
(家政・家事管理)によって蓄積された財産(剰余財産)は当然夫婦に帰属する
と考えるべきである6したがって,剰余財産は共同責任を負う婚姻共同生活と
一体をなしているから,婚姻解消にさいしては夫婦聞で対等に配分するという
形で分割がなされるのである。さらにまた,婚姻存続中には別産制を認める場
合には,一定の要件の下に,主要財産に対する一:方配偶者の単独処分を制限し
たり,あるいは一方名義の財産について他方が分割ないしは共有の登記を求あ
ることができる措置を講じておく配慮が必要であろうと指摘されている。
中川淳教授は,家事労働と生産労働とを区別し,後者の評価をより強化し,
むしろ共有構成へ近づけるべきであると主張されている。そして,その主張を
具体的に次のように説明しておられる。「離婚した妻は,その夫の名義の財産
のなかから,妻の顕著な協力の立証をとおして,共有部分を明確にし,その残
余財産について,いわゆる清算的性質と扶養的性質にもとつく離婚財産分与の
(103)
請求をすればよい」と。
一方,田中實教授は,婚姻継続中には潜在的である夫婦財産に対する持分
が,婚姻g)解消にさいして具体化するという上記のよ』うな実質的共有論に賛意
を表しつつ,その問題点を列挙しておられるが,それらを要約すると次のよう
になる。①潜在的な持分を認めることによってどれ程の現実的な利益があるの
(101)一応婚姻中は別産制の形式をとりつつ,婚姻解消を契機に,別産制から生ずる不
合理を排除するために,婚姻中に夫婦の協力により取得した財産についてのみ,共
同年の構成をとって,それら財産を夫婦間で均分するということになる。これによ
れば,妻の協力がないことまたはすくないことの立証責任が夫に課せられ,その立
証がない限り妻の持分は2分の1と確定するということになり,妻の地位は安定す
る(中川・前揚論文・法律のひろば28巻10号16頁)。
(102)有地階「現行夫婦財産制の課題」法律のひろば28巻10号11−12頁。
(103) 中川淳・前掲論文(注100)法律のひろば28巻10号18頁。
146第2章 わが国の離婚給付
か,②婚姻継続中における夫または妻の特有財産の確立が怠られやすい,③そ
の持分は,夫婦間でのみ効力をもち,対外的には一般に対抗力を認められな
い,④潜在的持分は積極的に利用することが困難である,⑤潜在的持分が具体
化するときの財産分与または相続において,課税上の不利益があるなどがそれ
である。そして,これらの問題点の指摘のもとに田中教授は次のように述べて
おられる。「したがって,われわれとしては,実質的共有論なるものがこのよ
うな限界をもっていることを十分に認識すべきであり,この点を看過して,実
質的共有論があたかも妻の立場を有利にするための効果的な法的論理であるか
のように論ずることは,制度の構成としてはともかく,実践的にはあまり意味
(104)
がないといわなければならない」と。
中間報告および,以上紹介してきた論稿が指摘しているように,婚姻継続中
は別産制を採用し,解消のさいにその潜在的持分を具体化させることによって
実質的平等をはかることが,わが国の現状からして最も妥当な方法であると考
えられる。しかし,その採用にあたっては,解決されねばならない問題点が数
多く残されている。それにもかかわらず,その後昭和54年7月17日に公表され
た「相続に関する民法改正要綱試案」においては,「夫婦財産制については,現
行法を改正しないものとする」ことになり,先の中間報告に列挙された別産制
の是正措置については全く触れられなかった。もっとも,この試案にそって行
われた昭和55年の相続法改正によって配偶者相続分が,3分の1から2分置11
(105)
に引き上げられ,その後の財産分与決定実務に一定の影響を及ぼしたことは,
特筆に値する。
三 昭和60年12月16日には,厚生省児童家庭局の私的諮問機関である離婚制
(106)
度研究会から,現行離婚制度とその改革に関する報告書が公表された。この報
告書は,わが国の離婚の現状を分析し,諸外国の例も参考としつつ,離婚制度
(104) 田中實「夫婦別産制の一考察」高梨還暦視賀「婚姻法の研究(下)」245−247頁。
(105) 大津千明「離婚給付を巡る最近の裁判例について」家族く社会と法>5号13頁。
(106)判例タイムズ575号75−96頁。
147
改革のための提言を行っている。しかし,この時期は,ちょうど児童扶養手当
法の改正が論議されていたときでもあり,専ら有子離婚のあり方が問題とさ
れ,夫婦財産制や離婚給付に関する提言は含まれていなかった。子の福祉の観
点からすれば,その子を監護・教育する父母の一方の離婚後の生活安定は重要
な問題であり,この点に全く触れられなかったことは残念である。この点に関
する議論が待たれるところである。
第2節 離婚給付の法的性質
1 財産分与と慰謝料
(1) 財産分与の法的性質
民法768条によると,協議離婚をした当事者の一方は相手方に対して財産分
与を請求することができ,当事者聞で財産分与について協議が調わないときに
は,当事者の請求によって,家庭裁判所が財産分与をさせるか否か,財産分与
の額および方法を定めることになっている(この規定は,婚姻の取消し1民749
条)および裁判離婚(民771条)についても準用される)。しかし,この規定が比
較的簡単であり,また抽象的であるために,財産分与の法的性質については,
(1)
従来から議論が分かれてきた。その主なものとしては,①夫婦財産関係の清算
と繍後扶養の酷詠み灘嫌よる慰謝料は含まないとする見轄②夫婦
財産関係の鱒と離鰍扶養のほか灘婚による慰謝料も含祉する麟)
③夫婦財産関係の清算,離婚後扶養,離婚による慰謝料等すべてを含みつつ,
これらを超えた離婚そのものによって生じる不利益を救済するための特別な制
(1) 学説の分類については,太田武男「家族法研究」170頁以下,中川淳「財産分与
制度の性質」中川還暦「家族法体系皿』36頁,高野耕一「財産分与・家事調停の道』
91頁以下,大津千明「離婚給付に関する実証的研究」司法研究報告書32輯1号25頁
など参照。
(2) 中川善之助「新訂親族法」292頁,中川淳・前掲論文(注1)50頁。
(3)我妻栄「親族法」156頁,太田・前掲書(注1)184頁。
148 第2章 わが国の離婚給付
(4ン
度,あるいは離婚によって顕在化した夫婦間の経済状態の不均衡を解消するた
(5)
めの補償の制度とする見解がある。すなわち,財産分与が夫婦財産関係の清算
と離婚後扶養を含むことについては学説上ほぼ異論はなく,離婚による慰謝料
を含むか否かをめぐって見解が分かれていることになる。これに対し,実務上
の取扱いは昭和46年の最高裁判決(民集25巻5号805頁)によって統デされ,
財産分与は婚姻中の共同財産の清算と離婚後扶養のほか,離婚による慰謝料も
含みうるものとされている。
(2) 離婚による慰謝料の法的性質
一 前節でみたように,財産分与の規定は,昭和22年の民法改正のさいに初
めて設けられたものであり,それ以前は,有責配偶者の:不法行為を理由とし
て,あるいは,離婚それ自体を不法行為と構成して慰謝料の請求を認めるとい
う方法によって,社会的・経済的弱者である離婚配偶者の救済を図っていた。
そのさい,離婚慰謝料は,離婚後扶養が明文規定で認められていなかったため
に,これと明確に区別されることなく,懲罰的性格と扶養的性格をあわせもつ
ものとして発展してきた。
このような歴史的な経緯や税法上の取り扱いのために,また,慰謝料の方が
原因を立証しやすいとの訴訟技術的判断から,あるいは財産分与との二本立て
が有利であるとの理由から,離婚のさいに慰謝料が請求されることが多い。そ
して,裁判所も,離婚慰謝料の法的性質や具体的内容について十分議論をする
こともないままに,慰謝料を認容する傾向にある。学説は,離婚のさいに慰謝
料を偏重しすぎることについておおむね批判的であるが,しかし,離婚給付の
中心は慰謝料にあるというのが,実務の現状である。
二 もっとも,離婚慰謝料の内容は必ずしも明らかではない。離婚に伴う慰
謝料は,一般に,離婚原因にあたる個別的有責行為による精神的苦痛に対する
慰謝料と,離婚そのものによる精神的苦痛に対する慰謝料とに区別される。離
(4) 川島武宜「離婚慰謝料と財産分与との関係」我妻還暦「損害賠償責任の研究(上)」
27頁。
(5) 水野紀子「離婚給付の系譜的考察〔2)」法学協会雑誌100巻12号75頁。
149
婚のさいに財産分与との関係で問題となる離婚慰謝料について,学説は3つに
(6)
分かれている。すなわち,①前者は離婚と無関係に独立の不法行為として請求
しうるものであるから,離婚慰謝料は後者だけであるとする見解(峻別説),
②個別的有責行為の発生から離婚に至るまでの経過を一個の不法行為とみて,
離婚慰謝料は前者と後者の両方を含めた全体をいうとする見解(一体説),③前
者をさらに通常の身体・自由・名誉に対する侵害(民710条)と配偶者たる地
位に対する侵害とに分け,離婚慰謝料は,配偶者たる地位に対する侵害ゆえの
慰謝料と離婚それ自体による慰謝料を合わせたものとする見解が,それであ
る。さらに,破綻離婚の場合には,離婚による精神的苦痛を慰謝するための破
綻慰謝料(別途請求不可能)を離婚慰謝料に含めるべきであるとの主張もあ
(7) (8)
る。実務では,一体説に立った運用がなされている。
(3) 財産分与と慰謝料の関係
一 離婚慰謝料と財産分与との関係,すなわち,離婚のさいの財産分与の請
求の中に慰謝料は含まれるのか,手続的に両者を分けうるのかが問題となる。
(9)
学説は多岐に分かれているが,一応つぎのように分類することができる。すな
わち,①慰謝料は財産分与の中に包括され,手続的にも不可分一体であるとす
る見解(包括不可分説),②慰謝料は財産分与の中に包括されてはいるが,独
立性をもっており,手続的にも両者を分けることができるとする見解(包括可
分説),③慰謝料と財産分与は別個のものであるが,互いに相関性をもつとす
る見解(限定相関説ないし重畳的競合説),④慰謝料と財産分与は別個のもの
であり,その間に相関性もないとする見解(限定独立説ないし非重畳的競合
説)が,それである。
二 最:高裁は,財産分与と慰謝料の関係について,昭和31年2月21日に判決
(6)大津千明1「離婚給付を巡る最近の裁判例について」家族く社会と法>5号9頁。
さらに,詳しくは,大津・前掲書(注1)64頁以下および70頁以下参照。
(7)久貴忠彦「財産分与請求権と離婚慰謝料との関係」「民法の争点1」207頁。
(8)大津・前揚論文(注6)9頁。さらに,詳しくは,大津・前掲書(注1)66頁。
(9) 大津・前掲書(注1)30頁以下。
150第2章 わが国の離婚給付
を出した(民集10巻2号124頁)。しかし,この判決の理解については,学者間
で見解が分かれていた。そのため,最高裁は,改めて昭和46年7月23日に判決
を出した(民集25巻5号805頁)。その内容は,①財産分与の制度は婚姻中の共
同財産の清算と離婚後の扶養を目的とするものであり,離婚による慰謝料とは
性質を異にするものであるが,②財産分与を定めるには一切の事情を考慮すべ
きであるから,慰謝料も含めて分与の額・方法を定めうる。したがって,③す
でに財産分与が行なわれた場合でも,それが損害賠償の要素を含めた趣旨とは
解せられないか,額および方法において慰謝するに足りないと認められるなら
ば,別個に慰謝料を請求することもできるというものであった。もっとも,こ
の①②③のいずれの部分を中核とみるかによって,この判決についても,学者
(10)
間には評価の差が出ている。なお,実務では,財産分与と慰謝料の関係につい
ては,①異時個別請求,②一括請求(財産分与だけの一本立て),③並列請求
(慰謝料と財産分与の二本立て),④同時個別請求(離婚成立後に家庭裁判所
(11)
と地方裁判所で)のいずれも可能とされている。
’2 夫婦財産の清算
(1) 法定夫婦財産制一別産制
一 民法762条1項は,明治民法807条にいう妻の財産に対する夫の管理権を
廃して,夫婦別産別管理制の原則を宣言したものであり,その点で妻の財産上
の地位の向上を示している。しかし,完全な別産制を文字通りそのまま適用す
ると,婚姻中家事・育児に専念し自らの労働収入をもたない主婦婚の妻は,特
有財産を取得する機会がほとんどないため,財産上不利な立場に立たされるこ
とになる。それゆえ,前節でみたように,従:来から別産制の共有制による部分
的修正,あるいは別産制にかわる共有制の採用が主張されたりしてきた。
二 婚姻中に夫婦の一方の名義で得た財産について問題が生じている場合,
(10) この点について,詳しくは,島津一郎「i妻の地位と離婚法」167頁以下を参照さ
れたい。
(11) 大津・前掲論文(注6)7頁。
151
第三者との関係では名義を中心に解決することになるが,しかし夫婦間では実
質を重視すべきである。この点について,通説的見解は,民法762条1項にい
う特有財産は,名実ともに夫婦の一方の所有に属するものをいい,「婚姻中自
己の名で得た財産」については,単に名i義が臼己のものであることだけでな
く,それを得るための対価などが白己のものであって,実質的にも自己のもの
(12)
であることを証明しなければ特有財産にはならないとする。昭和34年の最高裁
判決(民集13巻7号1023頁)も,この通説的見解に従った判断を示した。この
ように,夫婦間では登記名義よりも実質を重視して財産の帰属関係を決定する
べきであるとの解釈は,婚姻中に得た財産の名義を夫名義とする一般の夫婦の
場合に,妻の財産権を保護することに大いに役立つことになる。
三 民法762条1項についてこのように解すると,夫婦の一方が婚姻中自己
名義で得た財産も,その対価などが自己のものであり,実質的にも自己のもの
であることを証明できなければ,その者の特有財産とはならず,他の一方の特
有財産とされ,あるいは,同条2項にいう帰属不明財産として夫婦の共有と推
定されることになる。この点について,通説的見解は,1項についての証明が
できなければ2項の共有推定が働き,この推定は,その対価等に遡って,実質
(13)
的にも他の一方の所有であることが証明されないかぎり破れないとする。そし
て,この2項の推定が働く「いずれに属するか明らかでない財産」の範囲をで
き、るだけ広く解することによって夫婦間の財産的平等をはかり,別産制を実質
(14)
的に修正しようとするのが学説の傾向である。しかし,実務では,夫名義で取
得した不二産について妻が具体的な金銭支出や営業上の協力をした場合はとも
かく,資金調達に対する単なる妻の内助の功だけでは共有推定は働かないとさ
(12)我妻・前掲書(注3)103頁。
(13) 我妻・前掲書(注3)103頁。
(14)我妻・前掲書(注3)102頁,加藤永一「夫婦の財産関係について」民商法雑誌
46巻1号・2号,島津一郎「家族法入門」120頁。夫名義の財産取得について,そ
の資金獲得のための妻の内助の功を認め,これを財産上広く反映させようとするも
のもある(有地亨・注釈民法⑳407頁以下)。
152第2章わが国の離婚給付
(15)
れている。
(2) 清算の対象と清算の割合
一 前節で述べた財産分与規定の立法経過からみても明らかなように,夫婦
財産の清算が財産分与の中心であることについては,学説・判例上ほぼ異論が
ない。その根拠としては,①法定夫婦財産制である別産制に伴って生じる夫婦
財産関係の形式と実質とのくい違いの調整が衡平の観点から必要であること,
②民法768条3項が財産分与を決するにさいして考慮すべき事項として「当事
者双方がその協力によって得た財産の額」をあげていることなどが指摘されて
(16)
いる。
二 離婚のさいの夫婦財産の清算は,財産分与の問題であるとはいうもの
の,それは夫婦財産制と表裏一体の関係にあるから,夫婦が婚姻中その協力に
よって得た財産として,何が清算の対象となるかを決めるにあたっては,夫婦
財産の帰属関係が問題となる。前項で示したように,夫婦財産の帰属は,名義
だけでなく,その取得経過や対価の支払いなどを総合して,実質的に判断すべ
きものとされている。したがって,夫婦の財産は,その実質的な帰属関係た従
って,①名実共に各人の所有財産である特有財産,②名実共に夫婦の共有に属
する共有財産,③名義は夫婦の一方に属するが,実質的には夫婦の共有に属す
る実質的共有財産の3つに分けることができる。このうち,各自の特有財産だ
けが清算の対象から除かれ,共有財産および実質的共有財産は,離婚のさいに
夫婦間で清算されることになる。だから,負債についても,名義にこだわらず
実質的に判断して,夫婦の共有財産や実質的共有財産を得るためにした借金,
(17)
あるいは婚姻費用を調達するためにした借金は清算の対象になるとする。しか
し,将来の収入としての年金等については,前節でも指摘したように,立法当
時はこれらも分与の対象になると=考えられていたにもかかわらず,単なる期待
(15) 昭和34年の最高裁判決以後の裁判例とその傾向については,拙稿「登記簿上の名
義と夫婦の特有財産」家族法判例百選(第4版)19頁を参照されたい。
(16) 中川淳・前掲論文(注1)38頁。
(17) 大津・前掲論文(注6)12頁。
153
権にすぎないとして,一般に否定的}、解されてい£1)
さらに,婚姻中夫婦の一方が過当に負担した婚姻費用,特に別居中の生活費
の取扱いも問題となる。昭和53年の最高裁判決(民集32巻8号1529頁)は,こ
れも財産分与のさいに「その他一切の事情」として考慮されるとした。夫婦財
産の清算の一環として理解することができよう。ただし,これは離婚後に財産
分与とは別に請求することもできるとされている(最判昭和43年9月20日民集
(19)
22巻9号1938頁)。
三 清算の割合については,学説は,一般に,清算の対象になっている財産
を取得できたのは,婚姻中に夫婦が協力しあったからこそであるとして,夫婦
の婚姻中の役割分担いかんにかかわらず,夫婦それぞれに2分の1つつと解す
る。これに対し,判例の多くは,財産取得のための資金調達に対する直接的な
寄与の度合いによると解する。もっとも,共働き夫婦の場合には,以前は収入
比を重視するものもあったが,しかし,近年は夫婦の寄与は収入の多寡に関係
なく2分の1とするものが多い(大阪一決昭和48年9月5日家裁月報26巻3号
35頁,広島二二昭和55年7月7日家裁月報34巻5号41頁)。また,妻が自家営
業労働に従事していた場合には,寄与割合の評価にばらつきがあったが,しか
し,昭和55年の相続法改正によって,配偶者相続分が2分の1に増えたことも
影響して,最近は次第に夫婦各人の寄与割合を2分の1とする傾向がみられる
(名古屋高金沢支払昭和60年9月5日家裁月報38巻4号76頁)。これに対し,
妻がいわゆる専業主婦であった場合には,以前はその寄与割合は明確に認めら
れていなかった。相続法の改正によって,家事労働も評価されるようになった
が,しかし,その割合については必ずしも一定の方向性を見出すことはできな
(20)
い。
(18)大津・前掲論文(注6)11頁。
(19)野田愛子「離婚訴訟における財産分与と過去の婚姻費用分担の態様の七二」家族
法判例百選(第3版)75頁。
(20)大津・前掲論文(注6)13頁。さらに,詳細は,大津・前掲書(注1)127頁以
下を参照されたい。
154第2章 わが国の離婚給付
3 離婚後の扶養
(1) 離婚後扶養の法的性質
財産分与に扶養的要素が含まれることについても,学説・判例上ほぼ意見の
一致をみている。しかし,離婚後扶養を認める根拠は必ずしも明確ではない。
その根拠として指摘されている主なものは,①民法768条が離婚扶養から出発
していること,②比較法的にも離婚給付の中核として離婚扶養があること,
③離婚によって生活に困窮を来たす当事者に扶養請求を認めて離婚への途を開
(21)
くのが政策として適当であることなどである。
離婚後の扶養は,その性質上補充的なものと一般に解されている。だから,
夫婦財産の清算等によって得た財産が自らの生活に十分であれば,離婚後の扶
養は請求しえないことになる。もっとも,どの程度の財産があれば生活に十分
であるかの判断は,離婚後の生活水準の基準をどこに置くかによって異なって
くる。なお,実務では,夫婦財産の清算や慰謝料と離婚後扶養を明示的に区別
したものは比較的少なく,その補充性は必ずしも明確ではないといわれてい
(22)
る。
(2) 離婚後扶養の内容
一 離婚後扶養の程度については,①婚姻中の生活と同程度とする見解,
②生計を維持できる程度とする見解,⑧相手方の収入の一定割合とする見解が
(23)
あるが,実務上の取扱いは定まっていない。具体的な扶養料の価額の算定にあ
たって,実務では,①資力のある親族の有無,②子の養育料との関係,③他の
扶養権利者の存在の有無,④当事者の有責性の有無などが考慮されているとの
(24)
ことである。もっとも,学説は,①については離婚後扶養を優先させるべきで
(21)佐藤・右近・伊藤「有斐閣Sシリーズ民法V親族・相続」47頁。さらに,詳しく
は,大津:・前掲書(注1)155頁以下を参照されたい。
(22)大津・前掲論文(注6)14頁。さらに,詳しくは,大津・前掲書(注1)159頁
以下を参照されたい。
(23)大津・前掲論文(注6)14頁。
(24)大津・前提書(注1)168頁以下。
155
あるとし,また,②については,子の親に対する扶養請求権は,財産分与とは
別個に保障されるべきであるとしている。なお,④については,申立人の有責
性を考慮する見解と考慮しないとする見解に分かれているが,実務では否定的
(25)
に解されている。
二 離婚後扶養が認められたケースとしては,精神病離婚の場合(大阪地堺
支判昭和37年10月30日家裁月報15巻4号68頁,札幌地判昭和44年7月14日三時
578号74頁),清算すべき財産がなく,有責の夫に慰謝料のほかに扶養が課せら
れた場合(新潟地長岡支判昭和43年7月19日判時564号64頁,東京高判昭和46
年9月23日家裁月報24巻8号39頁)を挙げることができる。なお,最近は,高
齢化社会を迎えて高齢者の離婚が増加し,そのため離婚後扶養を重視する傾向
もみられる(東京高判昭和63年6月7日判時1281号96頁)。
4 手続き上の問題
(1) 財産分与の申立て
一 財産分与について当事者間の協議が不調ないし不能であるときには,当
事者の申立てによって,家庭裁判所がその額および方法を決定する(民768条
3項)。財産分与の額および方法の決定は,家庭裁判所の乙類審判事項(家審
9条1項乙類5号)であり,調停前置に馴染むものとして,まず調停が試みら
れている(家審17条,18条)。
離婚の訴えに付帯して,通常裁判所に財産分与を申し立てることもできる
(人置15条)。離婚慰謝料を併合請求することもできるとされている(最判昭和
53年2月21日家裁月報30巻9号74頁)。本来的請求である離婚の訴えが係属し
なくなると,それに付随する財産分与請求の申立ては,不適法として却下を免
れないことになる(最判昭和58年2月3日民集37巻1号45頁)。しかし,離婚
の訴えが係属している限りは,離婚について一審で全部勝訴した当事者も,付
帯控訴によって新たに財産分与を請求しうると解されている(最判昭和58年3
(25)大津・前掲書(注1)170頁以下および大津・前掲論文(注6)15頁。
156第2章わが国の離婚給付
月10日二時1075号113頁)。
二 財産分与の申立ては,額や方法を特定する必要はなく,抽象的に申立て
をすれば足りる(最判昭和41年7月15日民集20巻6号1197頁)。実際には,離
婚の訴えにおいてする財産分与の申立ての場合には,金額や物ないし権利を特
定して,その支払いや引渡しないし登記移転等を求める冒申し立てるのが一般
的であるが,しかし,裁判所はそれに拘束されることはなく,これを上回る
(26)
額,あるいはこれと異なる方法を命じることができると解されている。
具体的な分与の額および方法は,最高裁によると,最終口頭弁論終結時を基
準に決定される(最判昭和34年2月19日民集13巻2号174頁)。しかし,その後
の裁判例のなかには別居時を基準としたものもあり(東京家審昭和46年1月21
日家裁月報23巻11・112号77頁),一律に裁判時ないし別居時と固定せずに,ケ
(27)
一スにより柔軟に対処し,妥当な解決をはかるべきであろうといわれている。
(2)保全処分
財産分与の基礎となる分与者の財産保全については,調停前の処分(家審規
133条)と審判前の保全処分(家審15条の3)がある。審判前の保全処分とし
て,仮差押え,仮処分,財産の管理者の選任,その他必要な保全処分をするこ
とができる。そのさい,担保提供や登記記載の嘱託,金銭の支払いや物の引渡
(28)
しなども命じることができる。
離婚に付帯して財産分与が申し立てられた場合には,民事訴訟法による仮差
押え・仮処分が許される(人訴16条)。もっとも,この保全処分については,
執行保全を目的とする民事訴訟法の保全処分とは異質なものを含むとする見解
(29)
も多くなってきているとのことである。
(26)高野耕一「財産分与をめぐる諸問題」「新実務民事訴訟講座8」326頁以下。
(27)大津・前掲書(注1)125頁以下参照。
(28) 太田豊「家事事件に関する保全処分」「新実務民事訴訟講座8」260頁。
(29)太田・前掲論文(注28)263頁。
ユ57
第3章 離婚給付の新展開
第1節破綻主義離婚法と離婚給付
一 戦後,わが国の家族と家族をとりまく状況は,断割度の廃止による家族
の私化,産業構造の変化にともなう都市化・核家族化などによって急激に変化
してきた。特に,近年目覚ましい女性の社会進出は,従来のような「女の幸せ
は結婚」にあるとか,「男は仕事,女は家庭」といった考えにも変化を生じさ
ぜ,女性のライフスタイルを非常に多様なものとしてきた。このような男女平
等意識の高まりや価値観の多様化は,夫婦のあり方や家族関係にも大きな影響
を及ぼしている。夫婦関係は,従来の支配服従型から愛情を基礎としたパート
ナーシップ型へと変化してきており,また,家庭は単なる労働力再生産や後世
代育成の場ではなく,愛情を基礎とした家族貫各人の自己実現ないし幸福追及
の場と考えられるようになってきている。それにともなって離婚観も変化し,
夫婦間に愛情がなくなり,婚姻関係が破綻している場合には,たとえ未成年の
子がいるときでも,離婚もまたやむをえないと老えられるようになってきてい
(1)
る。
神西ドイツを初めとする欧米諸国では,このような婚姻観や離婚観の変化
をうけて,1960年代後半から70年代にかけて次々に離婚法の改正が行なわれ,
婚姻関係の破綻を離婚原因とする破綻主義が採用されていった。そのさい,破
綻主義離婚法の採用が追い出し離婚を招くことがないように,そして夫婦双方
に平等に離婚の自由を保障するために,同時に離婚の効果,特に社会的・経済
的弱老である配偶者の離婚後の生活保障のために重要な意味をもつ離婚の財産
(1) このような婚姻観・離婚観の変化は,離婚制度等研究会の報告書においても指摘
されている(判タ575号94頁)。また,最近の離婚の実体を紹介した書物をみても,
特に女性側における離婚観の変化は明らかである(四方洋「離婚の構図』,四方洋
・渡辺まゆみ「自立家族」,平山知子「現代離婚事情』など参照)。
158第3章離婚給付の新展開
的効果についても,きめ細かな配慮が行なわれた。その背後にある考えを要約
するとほぼ次のようになる。すなわち,夫婦のあり方は千差万別であり,夫婦
の内実を裁判官など他人が判断することは実際不可能であるし,婚姻関係を破
綻させた責任が夫婦の一方にのみ存すると考えること自体に無理がある。ま
た,そのような責任追及は当事者間にシコリを残し,離婚給付の話し合いや離
婚にまきこまれる子供と両親との関係にも悪影響を及ぼすことになる。それゆ
え,一定の別居期間の存在を前提にするなど,婚姻破綻をできるだけ客観的に
判断していく必要がある。そのさい,離婚によって,夫婦の一方が不当に社会
的・経済的不利益をこうむることがないように,また,子の福祉が不当に侵害
(2)
されることがないように十分に配慮しなければならないというのである。特に
西ドィッでは,このような観点から,離婚事件と離婚効果事件を同時に包括的
に処理する必要があるとして,家庭裁判所制度および手続結合制度の新設な
ど,同時に手続法上も重要な改正が行なわれている。
三 わが国においても,昭和62年9月2日の最高裁大法廷判決(民集41巻6
号1423頁)によって,有蓋配偶者からの離婚請求が認められ,破綻主義の問題
は新しい局面を迎えたということができる。なぜならば,この判決は,有責配
偶者からの離婚請求があった場合,離婚の許否の決定にあたっては,これまで
のように有責性の強弱によってではなく,別居期間の長さ,未成熟子の有無,
離婚給付等を総合的に検討することを要求しており,その結果,争いの中心は
当事者の有責性の問題から離婚の効果,とくに離婚給付の問題に移ることが予
(3)
想されるからである。そして現に,最近の最高裁や高裁の判例をみると,有責
配偶者からの離婚請求を認めるか否かにあたって,離婚給付の手当が重視され
(2) 右近健男「婚姻法および家族法改正のための第一法律草案理由仮葺(⇒」大阪市立
大学法学雑誌20巻1号140頁以下参照。
(3) このような理解のもとに,日本家族く社会と法〉学会の第5回学術大会(昭和63
年11月)では,「離婚原因と離婚給付」をテーマに,わが国の離婚給付をめぐる諸
問題を念頭におきつつ,欧米諸国の動向を参考に,破綻主義離婚法のもとで離婚給
付はいかにあるべきかについて,今後の展望ないし方向性をさぐることが試みられ
た(家族く社会と法>5号参照)。
159
(4)
ている。しかし現行法上,離婚と離婚給付の同時解決のための制度的保障はな
く,大法廷判決の補足意見も指摘しているように,この点について手続法上の
改善が必要である。
第2節離婚慰謝料の問題
一 わが国では,既述のごとく,離婚のさいに慰謝料が請求されることが多
く,裁判所も,離婚慰謝料の法的性質や具体的内容についてつめた議論をする
こともないままに,慰謝料を認容している。実際にも離婚慰謝料の算定基準は
必ずしも明確ではなく,むしろ事案全体を総合的に判断して,財産分与と合わ
せた給付額を決定する傾向にあるといえる。実際に地方裁判所の判決および家
庭裁判所の調停において,慰謝料算定にあたり重視されている掛戸事由は,有
(5)
責性,婚姻期間,当事者の資力・年齢,財産分与の額などである。これらのう
ち,破綻原因や有責割合など有責性に関わるものを除けば,離婚慰謝料の算定
にあたって斜酷される事由は,離婚後扶養の算定にあたって考慮されるもので
あり,離婚慰謝料は,有責配偶者に対する懲罰的性格とともに,無責配偶者に
対する離婚後扶養の性格をもつものということができる。これは,財産分与規
定が設けられる以前に,無責配偶老の保護のために扶養的性格を与えられてい
た不法行為による損害賠償ないし慰謝料を受け継いだものといえる。離婚慰謝
料のもっこの2つの性格のうち,扶養的性格のそれは,財産分与の内容の1つ
とされている離婚後扶養の充実を図ることによってこれを吸収することがで
き,またそうするべきでもあるから,問題は,有責配偶者に対する懲罰として
(4)最判昭加62年11月24日判時1256号28頁,二二昭和63年2月12日判時1268号33頁,
最判昭和63年4月7日家裁月報40巻7号171頁,東京高判昭和62年9月24日判時
1269号79頁,東京高判昭和62年10月8日判時1269号83頁,大阪高判昭和62年11月
26日即時1281号99頁参照。
(5)離婚慰謝料算定に影響する要因については,大津千明氏が詳細な分析・検討を行
っておられる(「離婚給付に関する実証的冷温」司法研究報告書32輯1号75頁以下
参照)。
160第3章離婚給付の新展開
の慰謝料を,破綻主義離婚法のもと,どこまで存続させる必要があるのかとい
うことになる。
二 西ドイツを初めとする欧米諸国では,破綻主義離婚法を採用するにあた
って,離婚の許否の場面で一旦排除した有責性の判断が,離婚効果の分野でい
たずらに復活することがないように,離婚効果についてもできるだけ破綻主義
を徹底させようとした。従来,有責配偶者に対する懲罰的性格をもっていた離
くの
二二の扶養についても,できるだけ客観的基準により判断していこうとρ努力
が払われている。慰謝料については,特に西ドイツでは,もともと制限的にし
か認められていないこともあり,離婚それ自体や離婚原因を理由に夫婦間で慰
謝料を請求することは,有責主義離婚法のもとでも認められていなかった。こ
れに対し,夫婦の一方の暴行といった個別的な不法行為については,一般の第
三者の場合と同様に慰謝料の請求が認められている。
三 離婚慰謝料から扶養的性格を払拭し,その代りに財産分与の内容の1つ
である離婚後扶養の充実を図るならば,離婚それ自体を理由に慰謝料を認める
必要はほとんどなくなるのではないだろうか。西ドイツのように,夫婦の一方
の暴行などのようにそれ自体が不法行為がある場合に,第三者の不法行為の場
合と同様に,損害賠償の請求を認めれば十分であろう。
離婚それ自体を理由に慰謝料を認めることにどれ程合理性があるかは大いに
疑問である。婚姻の破綻は,一般に,日常生活の中での細々とした原因の積み
重ねによって生じるものであり,結果的に現われた現象だけをみて,夫婦の一
方が専らまたは主として有責であるとすることは不当であろう。むしろ婚姻の
破綻原因や当事者の有責性の追及は,当事者の罪のなすりあいを引き起こし,
紛争の激化や長期化をもたらすことになり,離婚後に禍根を残すだけである。
相手方の有責性を認めてほしいとの感情は,経済的理由を抜きにすれば,相手
に村する腹いせや嫌がらせであったり,あるいは他人の目を気にした自己中心
(6) 旧法時代における欧米諸国の離婚後扶養については,右近健男教授の詳細な研究
がある(「離婚扶養の研究一財産分与論その一」大阪府立大学経済研究叢書33冊
31頁以下)。
161
的発想に端を発していることが多い。自分の感情をコントロールし,自らの誤
りを認め,自制の念をもって再スタートを切ることが,両親の離婚に巻きこま
れた子の情緒の安定にも,また子のために離婚後も元のパートナーと友好的な
関係を維持していくためにも必要である。だから,わが国でも,経済的弱者の
離婚後の生活保障は,一方当事者の有責性を前提とした慰謝料請求の認容によ
るのではなく,西ドイツその他の欧米諸国におけるように,夫婦財産の清算や
離婚後扶養の内容を充実させることによって図っていくべきである。
第3節夫婦財産の清算に関する問題
1 清算の対象
一 夫婦が婚姻中その協力によって得た財産が,離婚のさいに清算対象とな
ることについては異論がない。夫婦財産制として別産制を採用している関係
上,各自の特有財産は,清算の対象から除かれる。しかし,婚姻中に夫婦の一
方の名義で得た財産であっても,その対価等が自己のものであり,実質的にも
自己のものであることを証明することができなければ夫婦の共有と推定され,
離婚のさいに清算されることになる。夫婦の共同生活の場であった居住家屋
も,それが夫婦の婚姻中に取得した唯一の財産である場合が多いためか,実務
では,一般の財産と特に区別することなく,市場価値にもとつく夫婦財産の清
算として処理している。
二西ドイツを初めとする欧米諸国では,夫婦財産の清算は,離婚給付とし
てではなく,夫婦財産制の解消の問題として処理されている。最近では,夫婦
財産制については,夫婦の生活形態の多様化にともない妻も固有の経済活動を
行なう機会が増えたこともあらて,婚姻継続中は別産制をとるべきだとする傾
向にある。そのさい,離婚時に夫婦の一方が婚姻中の役割分担のために不利に
ならないように,大なり小なり共有制による別産制の修正が行なわれており,
夫婦間の衡平をはかるために,婚姻中の増加財産の清算方法等について詳細な
検討が行なわれている。
162第3章離婚給付の新展開
表1 調停離婚における離婚給付額の分布(全家庭裁判所)
昭和53年5姻55年56剣57年i58年;59年1・・年
度
総
数 (件)
14,129
取決め率 (%)
55.5
55.6
55.8
54.9
10万円 以下
4.0%
3.3
2.9
2.6
20万円 以下
5.3%
4.3
4.0
3.9
30万円 以下
7.0%
5.9
5.7
50万円 以下
13.1%
12.0
100万円 以下
20.8%
200万円 以下
財産分与・慰謝料の取決めの内容
年
14,158 14,652 15,132 15,795 15,757 15,652 14,927
55.2
53.6
54.7
53.1
5.5
10.0
9.5
9,3
8.6
11。5
11.9
11.2
10.9
9.7
9.7
19.6
20.4
18.5
18.3
18.4
17.9
17.1
19.6%
20.3
19.4
18.6
18.8
18.8
19.7
19.3
400万円 以下
14.4%
16.4
15.4
16.4
18.5
18.3
18。2
18.8
400万円を超える
14.6%
16.9
19,4
21.0
…朋以下1
8.0
8.2
8.5
8.9
1,000万円 以下1
6.7
6.2
7.1
7.1
8.017.7
8。3
1,000万円を超える
6.9
!
総額が決まらない
1.4%
1.3
支払平均額186.0万円 205.4
1.3
1.5
1.4
1.6
1。9
2.2
216.4 227.4 305.4 318.6 324.1 336.7
出典 ケース研究212号18頁
婚姻住居の清算にあたっては,夫婦間の衡平や居住の価値が考慮されるほ
か,特に最近は「子の福祉」が重視される傾向にある。例えば,西ドイツで
は,婚姻住居を夫婦財産の清算のために処分しなければならない場合,子の居
住・生活環境をできるだけ変えずにすませるために,子が成人するまでその処
分を延期し,その子を監護する離婚配偶者に居住を継続させるといった取り扱
(7)
いが行なわれたりしている。もっとも,婚姻住居の取り扱いの問題は,一般
(7)特に子の福祉の観点から,1986年の改正法によって,不当な時期における付加利
得調整債務の即時払い猶予の可能性が拡大され,共通子の居住状態や生活状態など
経済的利害関係以外のものも考慮されうることになった(BGB 1382条1項)。
163
に,所有権の帰属の問題としてではなく,婚姻住居に対する:賃借権や利用権の
設定・変更の問題とされている。すなわち,婚姻住居が夫婦の共同財産であっ
ても,夫婦の一方の特有財産であっても,あるいは賃借家屋であっても,夫婦
の一回転今まで生活してきた場所に離婚後も住み続けることができるように,
婚姻住居に賃借権や利用権を設定するのである。そのさいにも,やはり子の福
祉が重視され,子の居住・生活環境をできるだけ変えないようにとの配慮がな
(8)
されている。
三 離婚のさいの夫婦財産の清算は,欧米諸国におけると同様に,夫婦財産
制の終了の問題として規定,処理されるべきであろう。そのさい,婚姻中の役
割分担によって夫婦間に不公平が生じないように,共有制による別産制の修正
を幅広く認めていく必要がある。さらに,夫婦の財産関係を正確に把握するた
めに,当事者に報告義務を課すことも必要である。
婚姻住居については,居住の価値を重視して,一般の夫婦財産とは異なる取り
扱いが検討されなくてはならない。特に,離婚後の住居確保の問題は,両親の
離婚に巻きこまれた子とその子を監護・教育する父母の一方の生活保障のため
に最も重要な問題のひとつである。現在のわが国における離婚母子世帯の劣悪
(9)
な居住環境からして,早急な解決が必要である。なお,最近わが国でも,財産
分与として,居住家屋に賃借権や利用権を設定した裁判例が散見されるように
(8)婚姻住居の割り当て(Hausrats VO 3条∼7条)の具体的方法については, D.
シュヴァープ(鈴木禄弥訳)「ドイツ家族法』207頁以下,拙稿「離婚原因と離婚給
付一西ドイツ」家族く社会と法>5号53頁を参照されたい。なお,家賃の支払い
については,夫に給付能力があればこれを離婚後扶養に含めて夫に請求することが
でき,あるいは低所得者の住宅保障のために国が支給する住宅手当(Wohngeid)
を受けることができる (住宅手当について詳しくは,大本震動「住宅政策の現状
と問題点一3住宅手当」社会保障研究所編「西ドイツの社会保障」412頁以下参
照)。
(9)三子世帯の持家率は著しく低く,母子世帯の半数近くが民間の賃貸住宅を住居と
している。さらに詳しくは,椎名麻紗枝・椎名規子「離婚・再婚と子ども」103頁
以下参照。
164第3章離婚給付の新展開
(10)
なってきており,今後の動向が注目される。
2 清算の割合
一清算の割合について,学説は,一般に,清算の対象になっている財産
を取得できたのは,婚姻中に夫婦が協力しあったからこそであるとして,夫婦
の婚姻申の役割分担いかんにかかわらず,夫婦それぞれに2分の1つつと解す
る。これに対し,裁判例の多くは,財産取得のための資金調達に対する直接的
な寄与の度合いによると解する。しかし,1980年の相続法改正の影響もあって,
最近は次第に夫婦各人の寄与度を2分の1とする傾向がみられる。とくに,夫
婦共稼ぎの場合や夫婦が協力して家業を営んでいた場合については,原則とし
て2分目1つつとされている。もっとも,妻がいわゆる専業主婦であった場合
(U)
については,寄与度の評価について,一定の方向性を見出すことはできない。
二 西ドイツを初めとする欧米諸国では,夫婦財産の清算の割合を夫婦2分
の1つつとする例が多い。夫婦の婚姻中の役割分担によって左右されないた
め,多様な婚姻形態に一様に適用することができる利点は大きい。最近,アメ
リカでは,女性の社会進出が進むにつれ,むしろ女性側から,財産取得に対す
る金銭等による実際の貢献度による清算が要求されるようになってきたとのこ
とである。しかし,このような主張は,一旦克服されたはずの金銭至上主義的
な考え,すなわち家庭内での非財産的貢献を無価値なものとする考えへの逆戻
りになりかねない。ちなみに,男女平等が最も実現されている国といわれ,現
に女性の社会進出のめざましいスウェーデンでも,清算割合はやはり2分目1
(12)
とされている。
三 夫婦の生活実体は様々であり,その内部関係のひとつにすぎない役割分
(10) 浦和地判昭和59年11月27日判タ558号232頁,東京高判昭和63年12月22日判時1301
号97頁。
(11)大津千明「離婚給付を巡る最近の裁判例について」家族く社会と法>5号13頁。
(12)坂本オロフソン優子「離婚原因と離婚給付一スウェーデン」家族く社会と法>
5号151頁。
165
担や実際に拠出された金銭のみを基準として,婚姻中に夫婦の協力によって取
得された夫婦財産の清算割合を別異に取り扱うことは,夫婦の同等の権利と相
互の協力を前提とした婚姻の本質(憲法24条)に反し不当である。もし,多く
の裁判例のように具体的な貢献度を基準にするとして,婚姻の本質からしてそ
れを金銭的貢献のみに限るべきでないとすれば,極端にいうと,夫婦の実生活
がどうであったか,すなわち,誰がいくら稼ぎ,いくら家計にいれていたか,
誰がどの程度家事・育児をやっていたかといったことから,夫婦の性生活にお
ける満足度やパートナーとして存在することそれ自体による精神的貢献度まで
考慮しなければ,不平等ということにもなりかねない。実際には,そのような
ことは不可能であろう。要するに,西ドイツ法のように夫婦の所得活動と家政
執行を等価値なものとみるか,あるいは,夫婦の間における協力関係なんて他
人にはわからないものと割りきって,夫婦の役割分担いかんにかかわらず,原
則として清算の割合は一様に2分の1つつとするしかないのである。その上
で,財産取得について,夫婦の一:方が婚姻前にためた預貯金をつぎこんだ場合
や,親族からの資金援助があった場合には,それを夫婦の協力によらない部分
として,清算対象財産から控除して清算を行なうといった方法で衡平をはかれ
ば十分であろう。
第4節離婚後の扶養に関する問題
1 扶養の内容と法的根拠
一 財産分与に離婚後の扶養が含まれることについては,学説・判例上一応
意見の一致をみている。しかし,離婚後扶養を認める法的根拠は必ずしも明確
ではない。実際上,専業主婦であった女性が離婚即すぐに自活の途を歩むこと
が困難であることは明らかであり,離婚後扶養の必要性は否定できない。ま
た,子の監護・教育のためフルタイム労働につくことが困難である場合や,婚
姻期間が長く高齢に達している場合などにも,やはり離婚後扶養を認める必要
がある。しかし,わが国では,慰謝料の認容によって経済的弱者の保護を図っ
166第3章離婚給付の新展開
てきた歴史的経緯もあって,実質的には扶養の意味をもちながら,離婚後扶養
(13)
ではなく慰謝料として,一定のまとまった金額が認容される傾向にある。
二 西ドイツを初めとする欧米諸国では,キリスト教の影響で歴史的に婚姻
は終生のものと考えられていた関係上,離婚後の扶養は婚姻の余後効と解され
てきた。もっとも,従来のように有責配偶者に対する終生的扶養といった構図
は,破綻主義離婚法の採用にともなって変更されてきた。例えば,西ドイツで
は,離婚後は夫婦各人は自らその生活費を支弁するべきである(自己責任原則)
が,しかし婚姻,特に婚姻中の役割分担のゆえに夫婦の一方が扶養を必要とし
ている場合には,離婚後の扶養を認める必要がある(共同責任原則)と考えら
れている。このような考えからは,①まず,婚姻中の役割分担のために離婚回
すぐに生活できない者については,労働能力・自活能力をつける期間,すなわ
ち,職業訓練や再教育をうける期間,場合によっては就職活動期間などのため
の扶養が必要であり,一般に,このような暫定的な扶養が認められている。
②つぎに,婚姻中専らまたは主として子を監護・教育してきた者について
は,離婚後も子の養育のために就労が困難である場合に扶養が認められて然る
べきである。これは,子の養育料それ自体の問題とは別の問題であり,子を養
育する者の経済状態が不安定であると子の生活も不安定になるとか,あるい
は,生活のために無理に就勇したために子の養育を十分に行なうことができな
いといった状態は,子の福祉の観点から好ましくないとの考えに基づいてい
る。子の養育期間の扶養といっても,子の年齢や数:によってはパート労働も可
能であろうから,扶養の期間や価額を予め決めておくことも考えられてよかろ
う。
③さらに問題となるのは,夫婦の一方が高齢のために就労等によって自活す
ることが困難である場合のための扶養である。具体的には,年金受給年齢には
達していないが,新たに就職して自活の途を歩むには年をとりすぎている場合
と,年金受給年齢に達していても,婚姻中の役割分握のために,固有の年金権
(13)大津千明・前揚論文19頁参照。
167
をもたないとか,自己の老齢年金では生活できない場合とが考えられる。例え
ば,西ドイソでは,高齢だが年金受給年齢に達していない者については扶養で
対処し,年金受給年齢に達した後は,原則として,離婚のさいに年金権の調整に
より分与された年金権に基づく老齢年金の問題として処理する(場合によって
は,扶養や生活扶助による補充が必要である)。スウェ」デンでは,前者につい
てはやはり扶養で対処するが,後者については,国民全員を対象とした租税方
式による一定水準の国民年金が保障されているので,特に問題とはならない。
三 わが国においても,離婚後の生活について自己責任原則をとりつつ,婚
姻,特に婚姻中の役割分担に関連して夫婦の一方が自己の生活費を自ら支弁し
えない場合には,夫婦間における不利益の男憎ないし補償として扶養を認める
ことは,解釈上可能であろう。慰謝料の中で扶養を考慮するというのではな
く,これを正面から離婚後扶養として認めていくべきである。実際にも,先に
挙げた西ドイツの3種類の扶養を認めることは,理論的にみてさほど難しいこ
とではないように思われる。①まず,婚姻中の役割分担のために離婚後適切な
所得活動につくことができない場合のための暫定扶養は,婚姻中の役割分担を
共同決定した責任を根拠に認めることができよう。婚姻中i妻が家事・育児を専
らまたは主として分担し,そのために夫は仕事に専念でき,一家の家計を専ら
または主として支えることのできる収入を得ている場合,離婚によって,妻は
婚姻中家事・育児を分担していたために適切な所得活動をみつけることが困
難であるのに対し,夫は今まで通り仕事を続け,十分な収入を得ることができ
る。このような場合には,離婚後,夫婦の合意に基づいて行なわれた婚姻中の
役割分担から生じる不利益を妻のみが負担し,夫は利益のみを享受することに
なるから,夫婦間の衡平をはかるために,婚姻中の役割分担から生じる利益・
不利益を夫婦間で調整する必要がある。この調整は,妻が離婚後経済的に自立
して生きていくために必要な仕事を捜したり,そのために必要な技術を習得し
たりしている間,妻の生活に必要な費用を夫が扶養料として支払う方法による
ことが,最も衡平に則していると思われる。
②つぎは,離婚した夫婦の間に生まれた子を監護・教育する者が,子の養育
168第3章離婚給付の新展開
のために適切な所得活動に従事できない場合の扶養であるが,これは子の福祉
の観点から認められよう。このような扶養を認めることは,両親の離婚にまき
こまれる子の生活環境をできるだけ変えないようにするために,また子の健全
育成のために子を監護する親の生活の安定をはかるためにも必要である。夫婦
が,婚姻中その問に生まれた子の健全育成について,それぞれ親であるがゆえ
に負っていた貴任は,夫婦が離婚しても消滅しないと考えるべきである。だか
ら,離婚後に子の親権者とならなかった親も,子を生した親として,子のため
に特別な配慮をする責務を負っていることになる。子は好き勝手に生まれてく
るのでもなければ,好き好んで親の離婚に巻きこまれたわけでもないのである
から,いずれの親も親として子のために最大限の配慮と努力を惜しむべきでは
ない。子の生活費を確保するための養育費の支払いは勿論のこと,子に十分な
成育条件・環境を保障するためにも,共通子を監護・教育する親のための離婚
後扶養を検討しなければならない。特に子が親の監護を必要とする乳幼児期に
ついては,ベビーホテルなどの問題もあり,子の福祉の観点からして,このよ
うな扶養を早急に認める必要があろう。
③最後に,高齢者の離婚後扶養であるが,これについては,西ドイツにおけ
るように高齢であるがゆえに扶養を認めるのか,そうではなく,高齢に至るま
での長期間にわたる婚姻生活のゆえに扶養を認めるのかが問題となる。扶養の
根拠を前者のように解することは,社会保障の分野ならともかく,離婚法にお
いては難しいように思われる。これに対し,扶養の根拠を後者のように解する
と,①の暫定扶養の場合と同様に,婚姻中の役割分担から生じる利益・不利益
の調整として,これを理由づけることができる。しかし,このように解した場
合には,中高年で結婚した高齢離婚者については扶養が認められないことにな
る。そこで,例えば,中高年で結婚したため婚姻期間が短い場合には,婚姻前
または婚姻中に婚姻のためまたは配偶者のために,特別な犠牲を払ったり寄与
をしたというときに,衡平の観点から扶養を認めるようにすることが考えられ
る。
なお,これらの事由の存在を確認するために,あるいは具体的な扶養料の額
169
を算定するために必要な情報を得るために,当事者ならびに各人の雇用者に対
して報告義務を課す必要がある。
2 扶養料の履行確保
一 わが国では,離婚後扶養や子の養育費のように毎月,継続的に支払い期
日の到来する定期的給付債権の強制履行のための特別規定がないため,一般の
債権と同様に,毎月期日が到来する度にその都度執行手続きを行なわなければ
ならず,利用し難くなっている。また,強制執行のために必要な債務名義も,調
停離婚や判決離婚の場合はともかく,9割を占める協議離婚の場合にはないの
が通例であり,離婚後に離婚した妻が債務名義を得るために,離婚後扶養や子
の鵡門破払いを求めて講を軋立てることもほとんどない状況であ£f
二 欧米諸国では,破綻主義離婚法の採用にともなって経済的弱者保護の強
化をはかったさい,離婚後扶養や子の養育費について,特別法または訴訟法上
の特別規定によって,その履行をより確実なものとするための方策が講じられ
た。それによって,離婚後扶養や子の養育費を扶養義務者の給与から毎月天引
きしたり無公的機関ウミとりあえず扶養料の立替払いをし,その後扶養義務者に
(15)
対して償還請求をすること等が行なわれうるようになった。例えば,西ドイツ
では,扶養料について将来履行期に達するものも含めて債務名義を得ることが
できるようにする(ZPO 258条)とともに,子の養育費について債務名義を得
やすくし(JWG 49条,50条),また一旦定められた扶養料を物価スライドさせ
(16)
るための簡易手続きが設けられたりしている(BGB 1612条a, ZPO 641条1−
641条t)。さらに,6歳未満の子については,公的機関による扶養料の立替も
行われている。
(14) 日本弁護士連合会女性の権利に関する委員会「子どもの幸せのために一離婚後
の養育画一(女権シンポジウム基調報告書)」11頁参照。
(15) 艮本弁護士連合会女性の権利に関するi委員会・前掲報告書(注14)12∼13頁参照。
(16)子の養育費については,最近別言(「離婚母子の生活保障と子の福祉」桑原還暦
記念論文集駈収)にて詳しく紹介したので,あわせ参照されたい。
170第3章離婚給付の新展開
三 わが国においても,離婚後扶養や子の養育費の履行確保のために,少なく
とも西ドイツのような定期的給付債権の執行名義についての特別規定を設け,
そのような債権については,一度債務名義を得れば,将来の給付債権について
も期日の到来ごとに直ちに強制執行し,給与から天引きできるようにすること
が必要である。また,債務名義を得やすくするために,離婚の届出書に財産分
与や養育費の記載をさせて,これを基に簡単に債務名義が得られるようにした
り,特に子の養育費については,児童相談所や社会福祉事務所に養育費の支払
義務の証明書を発行さぜて,これを債務名義とするなど,簡便で安価な方法を
(17)
用意する必要がある。さらに,物価変動により適宜扶養料をスライドさせるこ
とができるように,このような場合に簡単に債務名義を変更し,強制執行でき
るような特別な手続きを用意することも必要である。国は,児童扶養手当や生
活保護費の国庫負担の削減のために私的扶養の優先性を強調する前に,これら
国民の生存に関わる給付について,一般の債務と異なる強力な履行確保の手段
を提供する自らの貴任を果たすべきである。
第5節 離婚のさいの年金権の取扱いに関する問題
一 高齢化社会の到来とともに,年金に対する国民の意識も変わってきた。
公的年金は,すでに国民の老後の生活設計の中心に位置づけられている。しか
し,わが国の年金制度は,戦後から昭和30年代にかけて整備されたにすぎず,・
年金受給権者も少なく,離婚のさいに年金が清算の対象となるかが争われ・るこ
とも少なかった。しかし,夫婦に現有財産がない場合に,将来の給与や年金が
財産分与の対象となることについては,既述のごとく立法者も予定し.ていたと
ころである。この点について,学説は,年金が清算の対象になるとするものと,
扶養の基礎財産とすべきであるとするものに分かれている。もっとも,年金権
の性質論にまで踏み込んだ議論が行われているとは言いがたい状態である。こ
(17) この点について,さらに詳しくは拙稿・前掲論文(注16)を参照されたい。
171
れに対し,実務は,保険料支払いを前提とする年金権も,そうでない退職金や
恩給と同様に,将来の給付に対する単なる期待権にすぎないとして,一般にこ
(18)
れを財産分与の対象から除外している。
二 いち早く高齢化社会を迎え,すでに年金制度も成熟しており,国民の年
金に対する権利意識も強い欧米諸国には,租税方式の国民年金を基礎とする国
と,保険方式の被用者年金を基礎とする国がある。とくに,保険料支払いを前
提に年金給付を支給する国,例えば西ドイツでは,年金権は公法上の権利では
あるが,憲法上の所有権保護をうける権利であると解されている。保険料の支
払いによって「年金権を買う」という人々の意識からも,離婚のさいに年金権
を清算の対象とすることは,理にかなっているということになる。それゆえ,
夫婦が婚姻中に積み上げた年金権を離婚のさいに清算調整する制度が76年法に
よって新設されたのである。また,統一的な社会保険制度のないアメリカでも,
(19)
年金権は離婚のさいに清算の対象ないし扶養の基礎とされるにいたっている。
三 今後急速に高齢化の進むわが国においても,年金権の価値はさらに高ま
り,国民の年金に対する権利意識も強まるであろう。1985年の年金制度の大改
革によって,すべての女性に固有の年金権が保障されたといわれている。しか
し,離婚婦に対する厳しい状況は,実質的にはあまり改善されていない。例え
ば,・被用者に扶養されている妻は,一旦離婚すると,特別な経済的裏付けがな
くても,婚姻中とくに支払う必要のなかった保険料の支払いを義務づけられ,
もし保険料が支払えなくて免除をうけると,その分減額きれた老齢基礎年金し
か受給できないことになる。そこで,特に厳しい状況にある離婚婦の年金問題
(20)
に対処する方法として,年金権を財産分与の対象とすることが考えられる。
(18)長野地判昭和32年12月4日下民集8巻12号2271頁,東京高判昭和61年1月29日判
時1185号112頁。
(19)小石侑子「離婚と年金一アメリカの場合一」年金と雇用8巻3号16頁以下参
照。
(20) さらに詳しくは,拙稿「離婚と年金一一年金権は財産分与の対象となるか」私法
51号163頁以下を参照されたい。
172第3章 離婚給付の新展開
①まずは基礎年金部分であるが,夫婦は婚姻中なんらかの形で同じ様に基礎
年金に対する権利または期待権を取得しうるから,これを離婚のさいに清算す
る必要はなかろう。問題は,離婚後の保険料の支払いをどうするかである。西
ドイツのように,離婚後挾養は原則として扶養権利者のその時々に存在する需
要を満たすことを目的としているが,しかし例外的に過表の需要に対する不履
行を理由とした扶養料請求を認めるように,特来のために現在すでに準備して
おくことが通常であり合理的でもあると思われる将来の需要について,これを
現在の需要とみなして扶養請求することもできるはずである。そうすれば,将
来に備えるための適切な医療保険や年金保険の保険料も,現在の需要として扶
養請求できるとことになろう。もっとも,離婚後扶養それ自体の請求すらも容
易でない現状のもとでは,どこまで実行性があるかは果たして疑問ではある。
②つぎは,被用者年金部分である。夫婦各人がそれぞれ基礎年金を受給する
ようになるまで,被用者本人の年金給付に加えて被扶養配偶者のための加給年
金が支給される被用者年金は,夫婦各人の基礎年金の存在を前提としつつ,夫
婦二人の世帯の生活がなりたつように報酬比例の年金を上乗せすることを目的
にしていると考えられる。したがって,西ドイツの年金権調整制度におけると
同様に,夫婦が婚姻中に取得した上乗せ分の年金権は,離婚後も各人の基礎年
金を前提としつつ夫婦双方の生活保障に役立つものでなければならず,それが
夫婦の役割分担の結果として一方に偏在しているならば,離婚のさいに夫婦間
で清算する必要があるものと考えることができる。このような年金権の分与
は,被用者年金が加入期聞の長短にかかわらず基礎年金の受給要件の充足によ
り支給され,しかもこの基礎年金の受給要件をすべての国民が満たしうるよう
に新年金制度は構築されているから,離婚婦の老後の生活保障に大いに役立つ
ことになる。
なお,離婚のさいの年金権の調整にあたっては,当事者ばかりなく,各人の
雇用者および保険者からも必要な情報を得る必要があるから,これらの者に報
・告義務を課すことも必要である。
173
第6節他の法領域との有機的結含
一 私的領域における離婚給付の内容の充実を図ったとしても,あるいは,
離婚後扶養や養育費の履行確保制度の整備を図ったとしても,相手方に十分な
資力がなければ,離婚配偶者や子の生活保障のために十分に機能するわけでは
ない。この場合には,生活費や住宅確保のために,私的領域における所得保障
の不十分さを社会的な所得保障により補うことが必要である。また,離婚後に
おける自己責任原則を前提にするといっても,そのためには所得活動をみつけ
る汚こめの援助や所得活動を続けるための援助が必要である。わが国において
も,母子家庭を中心に,単親家庭のための種々の福祉対策や雇用対策がとられ
(21)
ている(図1,2参照)。しかし,昭和58年の全国栂子世帯等調査の結果によ
(22)
ると,母子家庭の母の84.2%がなんらかのかたちで働いているにもかかわら
ず,その経済状態は厳しく,一世帯当たりの平均収入(57年,税込み)は200
万円にすぎず,特に離別母子家庭の場合には177万円であり,これは一般世帯
の平均収入の40%にすぎない。また,父子家庭の場合にも,就労している者は
89.0%に昇るが,その平均収入は299万円で,母子家庭よりは恵まれているも
のの,一般世帯の3分の2にすぎない。これは,単親家庭のための諸施策が十
分に機能していないことを意味しているといえよう。
二西ドイツでは,家庭を持つこと,家族のために生きることが個々人に不
利益とならないように,また,家庭と労働世界の等価値性を保障し,その調和
を図るために,労働政策,社会政策,教育政策,住宅政策などの分野の中で家
族に関わるものを横断的・総合的に把握しようとする家族政策が,近年重視さ
(23)
れている。そして,単親家庭も家族の一形態として一般の家族政策の中でとら
(21)離婚制度等研究会「離婚制度等研究会報告書」判タ575号92−93頁。
(22)栂子世帯の特等のうち常用雇用者は55。1%,臨時又は日雇雇用者は7.6%,自営
業主は10.5%である。これに対し,父子世帯の父については,この割命は,それぞ
れ60.9%,4.3%,15.4%であった。
(23)西ドィッの家族政策については,拙稿「西ドイツにおける最近の家族政策の動
向」大阪府立大学経済研究33巻2号253頁以下参照。
174 第3章 離婚給付の新展開
図1 単親家庭福祉政策と法制度
単親家庭の
生 活 問 三
母子家庭の利用するもの
遣族厚生年金
法
律
父子家庭の
利用するもの
厚生年金保険法
国民年金法
遺族基礎年金
三 困 問 題
児童扶養手当
生活保護母子加算
寡婦控除
国民年金法
児童扶養手当法
生活保護法
所得税法
寡夫控除
地方税法
栂子福祉資金
母子及び寡婦福祉法
寡婦福祉資金
公共施設内の売店設置と専
売品販売の優先
職 業 問 三
特定求職者雇用開発助成金
雇用対策法
職場適応訓練手当
知識技能習得講習会
職業訓練手当
就業相談
母子福祉資金
門 宅 問 題
栂子及び寡婦福祉法
母子寮
児童福祉法
公営住宅の優先入居
公営住宅法
教育問馴研概飴
母子及び寡禰幽
保育閥劃母子寮(鮪室)
児童福祉法
家事サービス
栂子相談員(母子福祉セン
生 活 相 談
生 活 指 導
父子家庭介護人
派遣制度
冊子家庭i介護人派遣制度
母子及び寡婦福祉法
ター,福祉事務所)
E母子寮(生活相談,指導緊
児童福祉法
急保護)
母子福祉センター
そ の 他
母子及び寡婦福祉法
母子休養ホーム
「国鉄通勤定期特別割引
出典:小林弘人編著「社会福祉のための法入門」217頁
175
図2雇用対策の現状
窓
口
母子家庭の利用できる制度
職業相談・職業紹介
陣業主の稠できる繊
】特定求職老雇用開発助成金
期間 6か月∼1年
期間 1年
月額 賃金の4分の1
科目家政科,経理事務科,インチ
(中小企業は3分
リア・サービス科,製図科,
の1)
公共職業訓練(公共職業訓練施設)
軽印刷科,販売科,トレース
公共職業安定所 科など
費用 無料中期間中訓練手当支給
(平均月額118,770円)
職場適応訓練(事業所内)
職場適応訓練
期間 6か月
期 間 6か月
委託料 月額1人につき
19,600円
費用 無料や二巴中訓練手当支給
(平均月額118,770円)
就業相談
技術講習
婦人就業援助施設
(母子寡婦福祉連合会など)
期間
3∼4週間
種目
タイプ,経理事務,病人介護
費用
縫製,和裁など
無料φ期間中交通費,受講諸
費用支給
資料:労働省婦人少年局リーフレット,婦人労働の実情
えられており,その上で特に困難な状態にある家族(障害児や要介護老人をか
かえる家庭,外国人家庭など)のひとつとして,その特殊性(子の健全育成の
ために必要な時間をもつためには職業活動を制限しなければならないこと,働
いている問の子の世話のためにかなり高額の費用を必要とすること)に応じた
(24)
諸施策がとられている。具体的には,①女子の再就職促進のために,扶養手当
付きの再教育請求期間を子1人当たり5年とし,離死別女子についてはさらに
(24)西ドイツの単親家庭対策については,連邦政府の家族政策に関するパンフレット
にまとめて紹介されている(Presse−und Informafionsamt der Bundesregierung,
Politik fUr die Familie, AufL 2,1986)。なお,個々の社会保障の領域における
施策については,社会保障研究所編「西ドイツの社会保障」を参照されたい。
176第3章 離婚給付の新展開
延長を認めること,②子をもつ家庭の租税負担軽減のために,@単親家庭の世
帯控除(1986年4536マルク),⑮単親家庭の親の所得活動や障害ないし3月以
上の疾病のために必要となる子の保育費用の控除(1986年,証明書があれば第
1子につき4,000マルクまで,第2子以上1人当たり2,000マルクまで,証明書
がなくても16歳未満の子1人当たり480マルク),⑥子の扶養控除(1988年子1
人当たり2,484マルク,もう一方の親が子の養育費を支払っている場合には,
各親につき1,242マルク)が行なわれること,③子をもつ家庭の経済的負担軽
減のために,@児童手当の支給(1986年月額第1子50マルク,第2子100マル
ク,第3子220マルク,第4子以上1人当たり240マルク),⑮税法上子の扶養
控除の恩恵に浴せない低額所得者(1986年,年収単親家庭18,000マルク未満,
両親家庭36,000マルク未満)に対する児童手当の割増し金の支給(1986年子1
人につき月額約46マルク,もう一方の親が子の養育費を支払っている場合には,
甘言につき23マルク)を行なっていること,④単親家庭の子の生活費確保のた
めに,@もう一方の親が6歳未満の子の養育費を支払わない場合には,最高36
月まで扶養料の立て替え(1986年月額203マルクまで)を受けることができ,
⑮7歳未満の子をもつ単親家庭が生活扶助を受けている場合には,20%の加給
が行なわれること,⑤乳児を自ら世話したい親のために,@子の出生後1年間
の育児休暇と育児手当の支給(1986年月額600マルク)を行ない,⑮この期間
を法定年金保険の保険料納付済み期間として取り扱うこと,⑥病気の場合の子
の世話のために・@8歳未満の子が病気の場合には,各親は年間5日間の看護
休暇(有給)をとることができ,⑮8歳未満または要介護障害児をもつ母親が
病院や療養所にはいったため,その子の世話をする者がいなくなる場合には,
疾病保険の費用負担でホームヘルパーの派遣を受けることができ,@このよう
な要件を満たしていない場合にも,母親が健康を回復するまで,自治体や社会
福祉団体の在宅サービスを受けることができる。このほか,⑦小学校から大学
まで学校教育は原則として無料であり,生活費などその他教育を受けるために
必要な費用も公的援助や種々の奨学金の利用により得ることができること,⑧
低額所得者のための家賃援助として住宅手当の支給を受けることができ,社会
177
扶助を受ける場合にも家賃は通例実額支給されることなども,単親家庭にとっ
て有意義な経済的援助となっている。そして,これらの数多くの援助施策は,
社会扶助を最後の受け皿としつつ,私的給付とも関り合いながら,互いに補い
合い連動し合って一層の効果をあげている。
三 わが国の単親家庭対策は,その内容が社会的ニーズに即応していなかっ
たり,利用のための手続きが繁雑であったり,場所的に利用し難かったりする
ために,また,それぞれがばらばらで相互に連動し合っていないために,かな
り多くの施策が用意されているにもかかわらず十分に機能していると1ま言いが
たい状態にある。すべてが縦割り発想で構築され,横の繋がりがないからであ
る。そして,それは公的な離婚後の生活保障の領域内だけでなく,私的保障の
領域内においても,実体法と手続法の関係,離婚法と離婚給付の関係,離婚給
付と子の親権帰属や扶養問題との関係などについてもいえることであり,また
公的保障と私的保障との関係についてもいえることである。したがって,破綻
主義離婚法のもと,真の離婚自由を保障するための離婚給付の在り方を考える
にあたっては,離婚給付に関する個別的な諸問題ばかりでなく,子の福祉の問
題や手続上の制度保障の問題,さらに労働市場や雇用対策の状況を常に念頭に
おいておかねばならず,また私的保障と重なり合いつつこれを補充・補強し,
ときにはこれに先んじて給付されるべき社会保障上の諸施策をも視野にいれて
おかねばならない。縦糸が切れれば,理論的な矛盾が生じて制度としての一貫
性を失うし,横糸が切れれば,制度の狭間に落ち込む犠牲者を生むことになる
からである。
178 第3章 離婚給付の新展開
付 録
資料1
1 D廿sseldorfer Tabelle(1989年1月1日現在)
(単位:DM)
A 子の扶養料
年齢等級
6歳以下 7歳一12歳 13歳一18歳 18歳以上
(注8参照) (注7,8参照)
非嫡出子
1988年通常需要令に従って
251
304
360
嫡出子
注6による
義務者の純所得に従って
義務者の需要
コントロール額
所得グループ
1 2100未満
251
304
360
1000/1100
22100−2400
32400−2800
42800−3400
53400−4000
64000−4800
270
325
385
295
360
425
330
400
475
365
440
525
420
510
605
7480(}一5800
480
580
685
8 5800−7000
545
660
785
1160
1230
1320
1455
1685
1910
2185
7000以上
諸事情に従って
注釈:
1 民法に従った1か月の扶養需要額(Unterhaltsbedarfsbetrag)一配偶者と2人の
子に対して扶養義務を負う者に関して。扶養権利者の数がより多いまたは少ない場合に
は,減額ないし増額は,中間値の価額とするか,あるいはより低いまたは高いグループ
に組み入れることによって行なう。平均を上回る扶養負担の場合については,注6に注
意すること。配偶者を含むすべての関係人の不可欠な最低需要をカバーするために,必
要な場合には,一覧表の最低グループまで等級の引下げを行う。可処分所得がそれでも
足りない場合には,(後掲)Cに従って不足の場合の計算が行なわれる。
2 第2∼第8グループの需要額は,第1グループの基本額に,その7%,18%,30%,
45%,65%,90%,120%の増額ないし減額をしたものに相当する。
3 職業上の必要経費は所得から控除する。そのさい,証明がなくても一律に純所得の5
%の価額一1か月最低90DM(ただし,僅かなパート労働の場合にはさらに低額)最
高260DM一と評価しうる。この一律5%の価額を超える職業上の必要経費について
179
は,それが客観的なメルクマールによって私的な生活費から明白に区別しうるときに限
り,具体的な立証にもとづいて控除を行なう。
4 顧慮すべき債務は,通例,所得から控除するものとする。
5 不可欠な個人需要(notwendiger Eigenbedarf)(自己留保(Selbstbehalt))は,所
得活動に従事していない扶養義務者の場合には1か月1000DM,所得活動に従事してい
る扶養義務者の場合には1か月最低1100DMである。相当な個人需要(angemessener
Elgenbedarf)は,成年子に対して通例1か月最低1400DMであり,さらに高額でもよ
い。
6 第2グループ以上の扶養義務者の需要コントロール額(Bedarfskontrollbetrag)は,
個人需要と同一ではない。それは,扶養義務者と扶養権利者たる子らとの間で所得が相
応に分配されることを保証すべきものである。配偶者扶養(後掲BのV参照)を考慮に
入れると,この需要コントロール額を下回ることになる場合には,下回らない需要コン
トロール額を規定するより低いグループの最も近いものの表示価額または中間価額を用
いるものとする。
7 成年子がなお両親または両親の一方の世帯で生活している場合には,通例,各グルー
プの年齢等級の第2と第3の差額分だけ増額を行なう。両親または両親の一方のもとで
生活せずに専門教育を受けている者の相当な総生活需要額は,通例1か月850DMであ
る。この需要定額(Bedarfssatz)は,世帯を別にする子についても適用することがで
きる。
8 職業訓練をうけている子が両親または両親の一方の世帯で生活している場合には,訓
練により得る報酬(AusbildungsvergUtung)は,通例,訓練に必要な超過需要
(Mehrbedarf)1か月150DMを予め控除してから算入する。
B 配偶者の扶養料
1 扶養権利者たる共通子のいない権利者の1か月の扶養料(新法による)の基準額:民
法1361条,1569条,1578条,1581条による:
1 所得活動に従事する扶養義務者に対して:
a) 権利者に全く所得がない場合:算入対象となる義務者の純所得の3/7
完全扶養(vo11er Unterhalt)を上限とし,顧慮す
べさ婚姻関係に適うこと
b)権利者にも所得(例えば年金,
労賃,利子)がある場合:
aa)共働き婚: 夫婦の算入対象となる純所得の差額の3/7
完全婚姻需要を上限とし,顧慮すべき婚姻関係に適
うこと
bb)単働き婚: ・完全婚姻需要と権利者の算入対象となる純所得との
180第3章離婚給付の新風:開
差額,場合によっては夫婦の算入対象となる純所得
間の差額の3/7を上限として
c)権利者が労働義務もないのに 民法1577条2項に従って(衡平に従って一筆者
働いている場合: 注)
2 所得活動に従事していない扶養義務者(例えば年金生活者)に対して:
1のa,bまたは。についてと同様。ただし(a, bの各割合は一筆者注)50%(82
年45%)
亘 扶養権利者たる共通子のいない権利者の1か月の扶養料(旧法による)の基準額:
一略一
巫 扶養権利者たる未成年の共通子を監護している権利者たる配偶者の1か月の扶養料の
基準額:
1ならびに∬についてと同様。ただし,前もって子の扶養料(児童手当を控除しない
前掲表の価額)を義務者の純所得から控除する。
】V 別居中または離婚した権利者に対する(義務者の一筆者注)1か月あたりの不可欠な
12V
個人需要(自己留保):
扶養義務者が所得活動に従事している場合. 1100DM(82年900,85年990)
扶養義務者が所得活動に従事していない場合:1000DM(82年825,85年910)
権利者たる配偶者の1か日あたりの不可欠な個人需要(最低需要(Mindestbe−
darf)):
1
世帯主として:
a)所得活動に従事している場合:
1100DM(82年900,85年990)
b)所得活動に従事していない場合:
1000DM(82年825,85年910)
2 扶養義務者と同一世帯にある場合:
a)所得活動に従事している場合:
820DM(82年675,85年745)
b)所得活動に従事していない場合:
730DM(82年605,85年665)
1一皿についての注釈:
職業上の必要経費および顧慮すべき債務に関しては,注A3および4を一所得活動
に従事する扶養権利者についても一準用する。ただし,客観的なメルクマールによって
私的な生活費と明確に区別することができない職業上の必要経費は,一括して(扶養義務
者と権利老の所得分配の一筆;者注)割合の差1/7の中に含まれる。
C (所得の一筆二二)不足の場合
所得が扶養義務者および複数の同順位の権利者の不可欠な需要をカバーするのに十分で
ない場合(いわゆる不足の場合)には,義務者の不可欠な個人需要(自己留保)を控除し
て残った配分財産を,複数の扶養権利者に,最低需要基準額の割合に応じて分配する。児
童手当は,最低需要がカバーされるまで配分財産に算入する。
181
例(1か月あたり;児童手当を含めず単純化して)
扶養義務者(V)の清算済み純所得:2200DM
扶養権利者:所得活動に従事していない妻(F)および2人の未成年子K1とK2(年
齢等級1および2)
Vの不可欠な個人需要:1100DM
配分財産:2200DM−1100DM扁1100DM
扶養権利者の不可欠な総需要:1000DM(F)+251DM(K1)+304DM(K2)=
1555DM
扶養請求権:F=ユ000DM×nOO/ユ555=707 DM;K1翠251DM×UOO/ユ555d78
DM;K2=304DM×1100/1555=215DM(合計:1100DM謹配分財産)
2 DUsseldorfer Tabelle(1982年1月1日現在)
A 子の扶養料
年齢等級
(単位 DM)
6歳以下
7歳一ユ2歳 ユ3歳一18歳
非嫡出子
1981年通常需要令に従って
2b7
251
297
嫡出子
義務者の
所得グループ
需要コントロール額
123456789
義務者の純所得に従って
1750未満
207
251
297
825/900
1750∼2000未満
220
265
310
865/900
2000−2300 〃
240
290
340
950
2300−2700 〃
260
315
370
1030
2700−3200 ’!
290
350
415
1155
3200∼3800 !!
320
390
460
1280
3800−4500 !!
360
440
520
1445
4500−5400 ノノ
415
500
595
1650
5400−6500 〆!
475
580
685
1900
6500以上
諸事楠に従って
注釈 一緒一
182第3章離婚給付の新展開
3 DUsseldorfer Tabelle(1985年1月1日現在)
A子ρ扶養料
(単位:DM)
年齢等級
6歳以下
7歳一12歳 13歳一18歳 18歳以上
(注8参照) (注7,8参照)
非嫡串子
1984年通常需要令に従って
228
276
327
注6による
義務者の純所得に従って
義務者の
所得グループ
需要コントロール額
123456789
嫡出子
1850未満
228 276
327
910/990
1850−2100
240 290
345
955/990
2100−2400
260 315
375
1045
2400−2800
295 360
425
1185
2800−3400
330 400
475
1320
3400−4000
365 440
525
1455
4000−4800
420 510
605
1685
4800−5800
480 580
685
1910
5800−7000
7000以上
545 660
785
2185
注釈㍉一面一
諸事情に従って
183
資料2
社会扶助の1か月あたりの通常基準額(1982,85,89年各1月1日現在)
(単位 DM)
世帯主誘よび1
卜
ラ
ン
通常基準額)
82185[89
・歳以下1・一・1歳・2一・5歳1・6一・・刺22歳肚
8285189國§58gl 82睡51898285898285r 89
34・1358416153・6・!18・ト22・233i27・2552691
バーデンヴュルッテンペルグ
2721286
312 3 0 6 3 2 2
303 95
プレrメン
312 O6
バyブルグ
320 P0
ヘッセソ
312 O6
3383564。。、521、6。18。2、。23、26。253267
ノルトライン・ウェストプアーレソ
ラインラン}・ププアルツ
最高額:・
最:低額*
ザールラント
300 O4
1 1
338 356 4141521601186220・231269254267
311 O4
1
旨 l
I l I
34α 358 i153
ユ61 :221233 255269
3361、,4!41α15、15釧1851,、823。267252266 308
i l
iiilii灘iliiiiiiliiiiii 302
シュレスヴィ1ッヒ.ホノレシュタイン
302
西ペノレリン
318
338i356
連邦全体の平均値
、521、6。i185122。
286333
::1:釜
285320
285.331
286
328
::1:、,2
281322
290 P330
232 268 254 267 309 304 321 371 270 285 330
412
1
277323
ワ︸・00
最低通常基準額*
同一ダーザクセソ
3 33
2ワρ2
5
9
0
V
027
.2
7ρ
ρ0
ρ
07
7 6
︼
2
277
272
2
202
2
ワ
層
i iililiiiliiiiliiiliiiiii/
1272.0
ワ一
0
〇ソ0ソρ07
1
2
ウ
郁
2
9
細
2
り
印
1
1
1
2
3
3
3
n
φ
n
3
j
6
3
0
3
3
ρ0
り0
臼
9
御δ
11
0
0
0
0
1
23りφ33
3
3
3
3
3
3
バイエルソ
貝
.帯
世.
単身者(基礎
i l
*はラント政府が定めた上、下限額。基準額は地方機関が個々に決定する。
184第3章 離婚給付の新展開
資料3
1 離婚のさいの年金権の調整(公法上の調整)
〔1)公務員の恩給(1587条a2項1号)
第1段階 評価期日における恩給資格のある俸給の確定
恩給資格のある㈱一基歪給・恩騰辮謬る・単三毯任
第2段階 評価期日における擬制的老齢年金(総恩給額)の算定
総恩給額=恩給資格ある俸給額×75%
第3段階 調整の対象となる恩給権の算定
離の対象・なる恩給権輔給額・婚欄間夢響曽まれる)
注
全期間:就業を開始した時から,離婚の訴が係属することになった日を含む月に先行
する月の末日(評価期日)までの勤務年数と,評価期日後老齢年金の受給開
始年齢(通常は65歳)までの勤務年数の合計。
総恩給額:評価期日に恩給受給開始年齢に達したものと擬制して計算した被保険者の受
給恩給額
75%
峰、
「……’’”
/’ i
調整対象たる
恩給額
げ謬/〆
35%
総恩給額
… ’
,’
恩給資格あみ俸給額
煽・の
,’
⋮
’
o’
,o
一一−層 u一一一一一層一一響“騨騨一}一■曹一唖一■曹7一一.9一.一
i i
,’
o’
勤務の
開始
10年目
25年目
35年目
年金受給
開始年齢
(65歳)
姻結
婚締
婚姻期闇
の終了
婚姻期間
全 期 間
未到来の
勤務期間
評価期Bにお”る
,’
,’
,o
o’
,’
185
(2)法定年金保険(1587条a2項2号)
第1段階 評価期日における個人的算定基礎の確定
(就労年数)
就業の開始
第2段階 評価期日における擬制的老齢年金(総年金額)の算定
総年金額一保険期間の年数×増加率×個人的算定基礎×一般的算定基礎
注・臥的算趨礎一 S轟鋸群銑収
一般的算定基礎:全被保険老の年収の変動に合わせて毎年変更される価額
(1988/89年:29,814DM)
第3段階 調整の対象となる年金額の算定
調整の対象た・年金額一蹴
Q鵬外戦潔鵬1藷誰欝位
2 調整の実施方法(1587条b)
(1)調整義務者が法定年金権のみを有する場合(Splitting)
ド
ド
調(50)
整
き
き(25)
㌧
法定
年金
(100)
法定
年金
又は
公務員
べ
き
譲渡すべ
べ
㌧
法定
年金
(100)
恩給
(50)
調整義務者
調整権利者
調整義務者 調整権利者
総計鋤
す
す
調(50)
整
186第3章 離婚給付の新展開.
(2)調整義務考が公務員恩給権のみを有する場合(Quasi−Sp1{tting)
す
き
べ
㌦
減じられる
法定年金
に創設す
恩給(25)
べき(25)
の ロ コ コ コ コ ロ コ コ の コ
減じられる
恩給(25)
法定
年金
又は
公務員
恩給
馨楓
亙
門劉癬
ド
調(50)
整
法定年金
に創設す
べき(25)
公務員
(100)
恩給
(50)
調整義務者
調整権利者
調整義務者
調整権利者
:
︷;
響欝﹁
㈲ 調整義務者が法定年金権と公務員恩給権の両方を有する場合
調︵80︶整
一
す
べき 公務員
■
怐怐E・一・一●●●・ ■
減じられる
カ給(40)
法定年ゴ
ノ創設づ
ラき
︵4
@ 恩給㌧ (100)
一
(40)
鼈黶E一・… 畳 ● ■o●●
公務員
(50)
(80)
(50)
一 一 帰 o 一 一 隔 口 “ 一 一
調整義務者
調整権利者
(100)
定金oo
法年α
計
法定
年金
調整すべき25
総
法定
年金
緩渡すべ
き(12」5)
恩給
公務員
恩給
総
(40)
法定
年金
●一一一一一一一一一一 (35)
調整義務者
調整.権利者
計
(75)
筆 者 略 歴
もと ざわ み よ こ
本 沢 巳代子
1953年
東京都に生まれる
1976年
関西大学法学部卒業
1983年
関西大学大学院法学研究科博士課程
後期課程単位取得後退学
1984年
1985年
1987年
西ドイツ・バイロイト大学留学
(財)比較法研究センター研究員
大阪府立大学経済学部講師
平成2年3月24日 印刷
平:成2年3月31日 発行
著者本 沢 巳代子
⑰591堺市百舌鳥梅町4了目804
発行所 大阪府立大学経済学部
㊥543大阪市天王寺区策高津町6−21
印刷所汎和産業株式会社
大阪府立大学経済研究叢書
ユ リリ ら 冊冊冊冊冊冊
第第第第第第
西村孝夫著
福原行三著
和田貞夫著
内田勝敏著
イギリス東インド会社史論
J.S.ミルの経済政策論研究
点集合と経済分析
プリティシュ・トロピカル・アフリカの研究
国際経済と経済変動
成長理論の研究
<昭 35>
<昭 35>
<昭 35>
〈昭 36>
<昭 36>
<昭 36>
近世土地政策の研究
保険の性格と構造
現代賃金論序説
幕末の経済思想
経営の社会理論
線型計画と地域開発
国際金融と国民所得
金融理論と金融政策
行政法および行政行為の本質
減価償却政策と維持計慮
ケインズ主義経済理論序説
イギリス「社会改良」時代の研究
相続法の総論的課題
一相続開始・代襲相続・放棄一
<昭 37>
<昭 37>
<昭 37>
<昭 38>
<昭 38>
<昭 38>
<昭 39>
<昭 39>
<昭 39>
<昭 40>
<昭 40>
<昭 41>
〈昭 41>
企業行動の理論
日本国憲法の主原則
自然債務の研究
経済学の根抵
産業構造分析
曲論進歩と均衡成長
<昭 41>
<昭 42>
<昭 42>
<昭 42>
<昭 43>
〈昭 43>
L.ワルラスの社会経済学
マーケティング・システムの行動理論
不確実性と決定理論
一ペイジヤン接近一
<昭 43>
<昭 44>
<昭 44>
第29冊大野吉輝著
財政政:策と所得分配
第30冊 馬淵 雪曇
国際収支理論のグラフ的分析
通貨変動理論の研究
議決権代理行使の勧誘
<昭 44>
<昭 45>
<昭 45>
<昭 45>
離婚扶養の研究
<昭 46>
第7冊
第8冊
第9冊
第10冊
第11冊
第12冊
第13冊
第14冊
第15冊
第16冊
第17冊
第18冊
第19冊
永島 清著
大野吉輝著
山谷恵俊豪
岡本武之著
竹安繁治著
谷山新良著
佐藤浩一著
藤井定義裏
方瀬 鼻薬
今川 正著
馬淵 透阜
偏田邦夫著
村上義弘著
鈴木和蔵著
岡本武之著
片上 明著
風間鶴寿著
第20冊 前田英昭著
第21冊 盛 秀雄著
第22冊 石田喜久夫著
第23冊 稲葉四郎率
由24冊 武部善人率
由25冊山谷恵俊著
第26冊立半雄彦著
第27冊 市橋英世著
第28冊横山益治著
第31冊 石川常雄著
第32冊 今井 通票
第33冊右近健男著
一財産分与論 その1一
第34冊 森田 勘無
労働市場分析による労働経済の研究
<昭 46>
界35冊 前田英昭著
企業の最:適な投資政策,研究・開発政策お
よび宣伝・広告政策について
<昭 46>
第36冊服部容二二
新ケインズ派基礎理論研究
<昭 47>
第37冊 井上和雄著
ユーゴスラヴィアの市場社会主義
<昭 47>
第38冊 門田安弘著
第39冊 森 淳二朗著
第40冊 長野祐弘著
産業連関分析 く昭
利子率の期間別構造と国債管理 く昭
懐徳堂と経済思想 く昭
分権的経済計画と社会主義経済の理論 く昭
RUFり POFひ5FO
第43冊藤井定義著
第44冊 宮本勝浩著
<昭 49>
00 1占−晶9μ9臼
曲42冊 雪中 隆:著
<昭 48>
<昭 49>
﹀﹀﹀﹀﹀>
第41冊谷山新良鼻
計算価格による分権的システム
配当制限基準と法的資本制度
一アメリカ法の資産分配規制の史的展開一
垂直市場システムの研究
一市場システムの基礎理論一
フランス東インド会社小史 く昭
第46冊 森田 砒著
西ドイツにおける外国人労働力雇用の経済 ’<昭
的側面
会計収益認識論
<昭 53>
組織サイバネティクス研究
<昭 53>
一組織行動の一般理論一
第47冊福島孝夫著
第48冊 市橋英世著
第49冊長尾周也著
組織体における権力と権威 く昭
第50冊 洲浜源一著
観測不可能な変数を含む経済モデルの推定 く昭
外部性と公共部門 く昭
コスト・ビヘイビアの分析技法 く昭
開放経済の成長に関する諸問題 く昭
価値と生産価格 く昭
一転化論争の展開一
第51冊山下和久著
第52冊 加登 豊尊
卑53冊 高木洋子尊
卑54冊 津戸正広著
第55冊 中田善啓著
流通システムと取引行動 く昭
第56冊 渡辺 茂著
第57冊 牛丸与志夫著
医療をめぐる公共政策 く昭
役員報酬規制の現代的課題 く昭
第58冊 長野祐弘著
広告宣伝とブランド競争 く昭
第59冊 綿貫伸一郎著
所得不平等と地域格差 く昭
条例制定権に関する研究 く昭
消費の数量経済分析 く昭
アメリカ財政法研究序説 く昭
債権者取消権の研究 く昭
フレーゼと立憲的工場制度 く昭
外貨換算会計論 く昭
アメリカにおけるアファーマティグ・アク く昭
ションをめぐる法的諸問題
憲法訴訟における主張の利益 く昭
動的低価基準墨の史的展開 く昭
第60冊南川諦弘著
第61冊 駿河輝和著
第62冊 田中 治著
第63冊 大島俊之黒
黒64冊永田 誠著
第65冊 柴 健次著
第66冊西村裕三翠
嵐67冊 渋谷秀樹著
第68冊平敷慶武著
第69冊 冨田安信著
失業統計をめぐる諸問題 く平
第70冊大竹文雄著
租税。社会保障制度の経済分析 く平
破綻主義の採用と離婚給付 く平
一山ドイツ法との比較を中心として一
第71冊 本沢巳代子著
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第45冊西村孝夫著
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