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繰延税金負債のディスカウント論争(1)*

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繰延税金負債のディスカウント論争(1)*
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
商学論集 第 82 巻第 1 号 2013 年 7 月
【 研究ノート 】
*
繰延税金負債のディスカウント論争(1)
衣 川 修 平†
【要 旨】
ディスカウントは,会計測定における重要な問題であるが,これまで会計学分野において十分に論じら
れてきたとは言い難い。本稿では繰延税金負債のディスカウントをめぐる論争の検討を通して,この問題
の論点整理を行う。第 1 稿では一連の論争のきっかけとなった Nurnberg(1972)において展開された,繰
延税金負債のディスカウントに当たっての機会費用概念の適用や,採用されるべき割引率選択問題の諸説
についての検討を行う。
【キーワード】
税効果会計,繰延税金,ディスカウント,割引率,機会費用
目 次
1. はじめに
2. Nurnberg(1972),あるいはそれ以前
2.1 Nurnberg(1972)の繰延税金負債ディスカウントの論理
2.2 Nurnberg(1972)の割引率についての考察
3. Williams-Findlay III(1975)による各割引率の再考
(未完)
1. は じ め に
繰延税金のディスカウントを先駆的に主張した論文の一つとして Accounting Review 誌に掲載さ
れた Nurnberg(1972)が存在する。この Nurnberg(1972)の論考に対して,Journal of Business
Finance & Accounting 誌上において,
1975 年から 1990 年までの長期に亘って 7 本の論文が提出され,
主に割引率の選択を巡る論争が展開された。
,Wolk-Tearney(1980)
,Findlay これらは年代順に,Nurnberg(1972)
,Williams-Findlay III(1975)
本稿を執筆するに当たり,匿名のレフェリーと Hugo Nurnberg 教授(Baruch College of The City University of
*
New York)から貴重な示唆をいただいた。ここに記して感謝する。なおありうべき誤謬は,もちろん全て筆
者の責任である。
Email : [email protected]
†
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商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
Williams(1981),Wolk-Saubert-Tiernan(1984),Findlay-Williams(1985),Brown-Lippitt(1987),
Collins-Rickard-Selby(1990)と整理される1。本稿はこれらの諸論文上における論争について,時
系列に沿って整理した上で,考察を加えることを目的とするものである。
ディスカウントは,ファイナンスないし経済学の問題と考えられているためか,会計学の研究上
あまり取り上げられてこなかったのが現状である。割引率の選択に関する統一的な会計基準も存在
しない2。しかし例えば,会計測定上,採用される割引率によって,資産・負債の価額は大きく変化
することなどを考慮しても,これが重要な問題であることは容易に理解できよう。本稿における,
繰延税金負債のディスカウント論争という個別分野における論点提示とその考察から,会計とファ
イナンスの両領域に対する一貢献ができれば幸いである。
2. Nurnberg(1972),あるいはそれ以前
2.1 Nurnberg(1972)の繰延税金負債ディスカウントの論理
2.1.1 無利息のローン説と機会費用説
3
映画『法律事務所』
において,トム・クルーズ(Tom Cruise)演じる新人の税務専門弁護士ミッ
チ(Mitch)たちは,ケイマン諸島で富裕なクライアントに,ある無価値な金融商品の購入を勧める。
クライアントは,自分に何の得があるのかと訝る。それに対してミッチは,その金融商品を購入す
れば償還まで課税が控除される。
あなたは税金を繰り延べることで金利分を得し,
「無利息のローン」
(interest-free loan)を手にすることができるのだ,と説得する。
このような課税の繰り延べを政府からの無利息のローンとする考え方は,Keller(1961, p. 118)
の繰延税金負債の説明にもそのまま当てはまる。繰延税金負債においては,いったん控除された税
額が,時期を置いて課税されるわけだが,その額は同じである。あるいはもし即時の支払いに応じ
たとしても,もし税金の支払いの繰り延べを行ったとしても,その額はやはり同じである。つまり
繰延税金負債による課税の繰り延べを選択するということは,利息は顕在的(explicit)には 0 で
あるので,課税時期まで,それはいわば政府からの無利息のローンを得ることを意味するのだとす
る。
Keller(1961, p. 118)は,
ゆえに繰延税金負債の割引率は 0 であると結論付ける4。Nurnberg(1972,
p. 658)はこれを,発生主義に基づく費用概念(incurred cost concept)と論理的に一貫した考え方
であると評している。
見落とし等があればご教示いただきたい。ただし Journal of Business Finance & Accounting 誌以外で,Nurn-
1
berg(1972)の諸説に触れながら繰延税金のディスカウントを論じた論文は,これらの論争の同時期,ある
いはそれ以降についても多数存在する。しかし本稿ではそれらの論文は参考にとどめるものとしたい。
Eckel et al.(2003, p. 28)
2
“The Firm”, Paramount Pictures, Sydney Pollac 監督,1993 年公開。
3
割引率が 0 であるため,たとえディスカウントが繰延税金負債に適用されるとしても,実質的には適用され
4
ないのと同じことになる。このような割引率 0 を支持する論者としては,他に Stepp(1985), Wheeler-Galliart
(1974, p. 90)など。
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衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
これに対して Black(1966, p. 84)は,無利息ローン説自体は,繰延税金負債を説明することには,
必要のないフィクションであるとしている。租税の繰り延べによりファンドを得て,それを投資に
回して利益を得ることができるならば,租税の繰り延べは,当該企業にとって価値がある。繰延税
金負債による租税の繰り延べを利用しないことは,このリターンを得るための投資機会を失うこと
を意味する。その場合,即時の税金の支払いは,
(その失われたリターンを)利息要素として潜在
的(implicit)に含んでいるのである,とする。
そして Nurnberg(1972)は,この Black(1966)の考え方を引き継いで次のように主張する。利
息費用を伝統的な概念の枠内で考察する限り,繰延税金は無利息のローンであり,やはり割引率は
0 である。しかし,もし,このような顕在的な利息が存在しない繰延税金負債をディスカントする
とすれば,発生主義に基づく費用概念(incurred cost concept)ではなく,機会費用概念(opportunity
cost concept)を外部報告会計へ適用することになる。これは租税の繰り延べを選択したことによ
るアドバンテージ,つまり機会費用を,財務諸表上に反映するメリットがある,とする5。
2.1.2 問題点①
本節では無利息ローン説と機会費用説の問題点について補筆しよう。
無利息ローン説は,私見では,以下のようなケースにおいて説得力を有するものではあるが,そ
の説得力はかなり限定的であると考えられる。
アメリカにおける加速度償却制度は,そもそも有形固定資産更新を促進させる優遇税制の一つと
して政策的に利用されてきた。課税の繰り延べにより得た資金での,新しい固定資産の購入を即し
たのである。よってこのような加速度償却に起因する繰延税金負債を
「政府からの無利息のローン」
と見なすことは,政策目標に合致しているため,説得力を持つ。
しかしこれは加速度償却にかかる繰延税金負債に限定される考え方で,その他の全ての繰延税金
負債が優遇税制に起因するとは言えない。
また繰延税金は,単なる会計上と税務上の処理方法の違いに起因するものである。そのような処
理方法の違いに起因する税金額が,将来回収されるのか(繰延税金資産)
,支払われるのか(繰延
税金負債)について,法的な強制力も請求権も存在しない。ゆえに繰延税金負債を一般的な意味で
の債務と考えるのは困難であると考えられる。ただし上述のように,加速度償却にかかる繰延税金
負債が,政府からの無利息のローンとして実質的に機能している,とみなすことは可能であろう。
次に機会費用説について補筆する。潜在的な利息を機会費用として財務諸表に反映する方法は,
発生主義に基づく費用認識を行う伝統的な会計観に反すると考えられる。このような方法は,他の
繰延税金だけに適用することはできないと考えられる。
会計領域にも同様に全面適用されない限り,
最後に繰延税金負債には,その将来の解消期における課税所得不足などを原因として,その支払
可能性に疑い生じる場合がある。このような場合,支払可能性についてのリスク値を割引率に反映
することが考えられるが,Nurnberg(1972)においてはこのような問題は取り上げられていない6。
Nurnberg(1972, pp. 656-657)
5
もちろん支払可能性のリスクを,割引率ではなくて,キャッシュフローの額自体に反映することもありえよ
6
う。
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2.1.3 問題点② : ディスカウント適用の対称性
また,Nurnberg(1972)は,繰延税金負債のディスカウントについてのみ言及しており,繰延
税金資産については全く言及していない。この正確な理由は不明であるが,Nurnberg(1972)が
その議論のたたき台としている Black(1966)などから推測することはできる。
Black(1966)によれば,
「理論的にはディスカウントは,税金配分手続によって認識されるすべ
ての資産と負債に関係する問題であるが,実際問題としては,ディスカウントは長期的(差異に係
7
(括弧内は引用者による)としている。つまり理論的
る繰延税金)負債に最も適用可能性がある」
には,借方と貸方の繰延税金へのディスカウントの全面適用が考えられるとする。しかし実務上は,
短期に解消する資産・負債についてのディスカウントは,
その額の僅かさ故に無視されてきたし,
「税
金の期間配分によって認識される前払い税金(繰延税金資産)のほとんどは,比較的短期のもので
ある」8(括弧内は引用者による)と Black(1966)は判断する。よって,長期的差異に係る繰延税金
負債が,ディスカウントの適用対象として残されることになる。ここで,例として挙げられている
のは,主に税務上の加速度償却の適用に起因する差異である9。この差異が取り上げられる理由は,
税効果会計の歴史上,主に減価償却に起因する多額の繰延税金負債の滞留ないし累積増加が問題と
なってきた経緯が存在するためであると考えられる10。Nurnberg(1972)が繰延税金負債のみを取
り上げたのは,この問題の対応に専念したからであると推測できよう。
ただしここで注意すべきことして,Black(1966, pp. 112-113)は,借方税効果には繰延法,貸方
税効果には負債法11 という非対称的な適用を考えていた。ここで,繰延法の下では税引前利益と法
人税等12 の対応関係から外れた残高項目と考えられる繰延税金借方項目(deferred tax debit item)
4
4
にディスカウントを適用することは,理論的にも疑問符がつく。
しかしもし Nurnberg(1972)の主張する負債法が,現在の各国基準の資産負債法のように,税
効果会計の借方・貸方項目への対称的な適用を意味しているならば,繰延税金資産へのディスカウ
ントの適用をも考察しなければならない,と考えられる。
Black(1966, p. 82, ll.17-20)
7
Black(1966, p. 82, ll.16-17)
8
Black(1966, p. 82, ll.7-9)。このような差異は,反復的差異のことを指しているものと推測される。この差異は,
9
グルーピングを行うことでしか生じない特殊な差異である。ある固定資産群を,グルーピングによる減価償
却を行うことで,それらにかかる差異の発生と解消が相殺される現象が継続的に生じ,繰延税金負債が一定
額取り崩されなくなることをいう。ここでこれらをグルーピングして代数和した結果,滞留している差異を
長期的差異と考えるのか,あるいはその差異グループの内訳をみて,個別の差異は解消しており入れ替わっ
ている(回転している)と考えるのかは,論者によって考え方が異なる。反復的差異は Black(1966, p. 71)
により問題提起され,またこの差異の処理を巡る論争については Beresford et al.(1983, pp. 33-43)に詳しく
纏められている。
この問題を扱った研究としては,Davidson(1958), Harwood(1961), Black(1966, p. 72), Livingstone(1967a),
10
Livingstone(1967b)などがある。
この負債法(liability method)と呼ばれる方法は,現在各国の基準で採用されている資産負債法(asset and
11
liability method)と同義であると考えられる。
この場合の法人税等とは法人税等調整額も含めた額である。
12
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2.2 Nurnberg(1972)の割引率についての考察
本節以降は,考察対象が,繰延税金負債に適用される割引率へと展開される。この問題の解決の
困難さは,①(少なくとも当時においては)繰延税金負債がどのような性質の項目なのか不明瞭で
あること,そして ② 繰延税金負債が(それ自体単独では)市場で売買不可能なため,市場でその
利率を決定できないこと,に起因するものと考えられる。
2.2.1 TAN の利回り率と延滞利息率説
Nurnberg(1972, p.659)は,米国の内国歳入法(Internal Revenue Code)の規定に基づく,Tax
Anticipation Note(以下,
「TAN」とする。Sec.6321)と正当な理由のある場合による納税の延滞利
息(tax penalty rate, Sec. 6601)を,繰延税金負債の機会費用として取り上げている。
TAN とは,州などの自治体や,米国財務省によって発行される短期の債務証券である。事業に
資金が必要で,税金の回収まで待てない時などに,この証券が発行される。
もう一つの機会費用概念は,租税の繰り延べ(繰延税金負債)によって得られたファンドと,単
純に支払期限までに税金を支払わず,延滞することによって得られたファンドとが,その構図が似
ていることから説明しようとするものである。
これらの説明が妥当性を有するか否かについては,3 章において Williams-Findlay III(1975)の
批判的検討を取り上げて考察を加えることにしたい。
なお,TAN の利息収益は課税され,税金延滞に対する利息費用は課税控除される。ゆえに双方
のどちらを割引率として採用する場合でも,利息率を r,法人税等の実効税率を t とすると,割引
率は(1-t)r で計算し,税引き後ベースに調整すべきである13。
またこの議論とは別に,繰延税金負債をディスカウントする場合における,繰延税金負債にかか
る利息費用の税務上の取り扱いについては,ややテクニカルで複雑であるので,以下で具体的な設
例を用いて追加的に説明を行おう。
課税所得の計算上,繰延税金負債のディスカウントにかかる利息費用は,課税所得の計算上,加
算項目の永久差異として取り扱われる。これは,次の理由による。来期に解消する繰延税金負債
10,000 があり,割引率として上記の延滞利息率(tax penalty rate)5% を採用する。そして法定実
効税率が 50% であるとする。
<初年度>
税引後割引率を用いて,
10,000
=9,756(四捨五入)より,
1
[1+(1−0.5)×0.05]
(借)法人税等調整額 9,756
(貸)繰延税金負債 9,756
となる。
Nurnberg(1972, p. 659)
13
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<第 2 年度>
9,756×2.5% = 244(四捨五入)
(借)支払利息 244
(貸)繰延税金負債 244
(借)繰延税金負債 10,000
(貸)法人税等調整額 10,000
となる。
図表 1
244 |
繰延税金負債の現在 繰延税金負債
|
価値
9,756 利息要素
10,000
ここで利息要素と繰延税金負債の関係を図示すると,図表 1 のようになる。つまり利息要素はそ
もそも繰延税金の構成要素であるため,これを課税所得計算に反映させると税金の二重計算にな
る14。よって利息費用 244 は,既に損益計算書上で費用計上されているため,これを課税所得計算
上で損金不算入(加算項目)とすることで相殺し,その上,永久に損金算入しない永久差異項目と
するのが妥当な結論であろう15。
またここで割引率として税引後利子率が用いられる根拠は,繰延税金にかかる利息費用それ自体
が課税される,あるいは課税控除されるか,という議論とは無関係であることに注意せねばならな
い。そうではなく,繰延税金の機会費用(本節の例でいえば TAN などの利息)が,税引き前ベー
Collins-Rickard-Selby(1990)
スなのか税引き後ベースなのかが問題なのである。このことは続稿で,
を取り上げるときに,改めて再び論じる予定である。
2.2.2 内部収益率説
Black(1966, p. 84)は,繰延税金負債の割引率として,内部収益率を示唆している。しかしこれ
は精緻な理論的考察に基づく結論ではない。そこでは,外部の借入金の利率などの,他の利率が採
用される可能性も指摘されている。そして最終的には割引率をめぐる些末な議論(quibbles over
rates)に拘泥することで,繰延税金負債へのディスカウントの適用を引き延ばすべきではない,
とする雑感的な論考となっている16。
Nurnberg(1972)は,
この内部収益率説を,
Black(1966)に替わって補筆したうえでの推論を行っ
ている。ここで内部収益率が採用される企業環境として仮定されているのは,金融,資本市場の不
完全性や硬直性である。市場の不完全性や硬直性が存在する場合に,企業は外部からの資金調達が
行えなかったり,行わなかったりする可能性がある。そのような環境の下では,租税の繰り延べを
行わず,すなわちそれによるファンドを得ないことを選択すると,それがすぐさま投資機会が失わ
利息要素を課税計算に反映させると,繰延税金負債の場合では利息費用が会計上と税務上で二度計上される
14
二重控除,繰延税金負債の場合では利息収益が会計上と税務上で二度計上される二重課税となる。
このような繰延税金のディスカウントの伴う会計処理方法に関しては,衣川(2011, pp. 22-26)において詳
15
述した。あるいは,後述の設例においても確認されたい。
Black(1966, p. 84)
16
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れてしまうことを意味する。従ってこのような場合,内部収益率が繰延税金負債の割引率であると
示唆される17,としている18。
Nurnberg(1972)は続けて,内部収益率説を以下のように批判する。曰く,実際はあるコスト
で資金調達が可能であることの方が普通であろう。租税の繰り延べを行わなくとも,投資収益率が
資金調達コストを上回っている限り,何らかの資金調達は行われるものと考えられる。よって不完
全性や硬直性の条件の下での考察は,少なくとも完全市場の考察の後に行われるべきであろう,と
する19。
2.2.3 他人資本コスト・株主資本のコスト・WACC 説
不完全で硬直的な市場の下での内部収益率説の考察に引き続き,
Nurnberg(1972, pp. 660-661)は,
完全市場における合理的な企業という条件下での考察に論を進める。このような条件の企業にとっ
て租税を繰り延べることの代替的方法は,他人資本(debt)20,株主資本(equity),もしくはその二
つのコンビネーションで資金調達することである。ゆえに最適資本構成を仮定すると,もし合理的
な企業が,租税を繰り延べること(繰延税金負債)によってファンドを得た場合,最適資本構成を
維持するために,既存の他人資本や株主資本,あるいはその両方を置き換えるために,そのファン
ドを用いるであろう。そのような場合,繰延税金負債の割引率には,他人資本コスト,株主資本コ
スト,そして WACC(weighted average cost of debt and equity capital)が用いられると考えられる。
そしてもし十分な課税所得が存在し,その計算において他人資本の利息費用が減算項目であると仮
定すると,資本コスト総計が最小になるような,最適資本構成がそれぞれすべての企業に存在する。
典型的にはその企業の全体の平均資本コストは,WACC で測定されるとする21。
ここで一般的にファイナンスの基礎理論では,
他人資本のコストは株主資本のコストより小さい,
と言われる。これは第 1 に,債権者は株主より請求権が高いため,そのリスクは株主のリスクより
小さいからである。第 2 に,負債の利息は税務上減算項目である一方,株式配当は税務上,減算さ
れないからである。
Nurnberg(1972)は,租税の繰り延べによって得られたファンドの性質は,どのように繰延税
金負債が解釈されるかに依拠する,とする。つまり企業規模が不変であり,最適資本構成を維持す
るという仮定の下で,経営者が他人資本だと解釈しているなら,繰延税金負債によって得たファン
ドによって,他の他人資本を返済するだろう。その場合は,その他人資本のコストが,当該繰延税
Nurnberg(1972, p. 659)は,Black(1966, p. 84)がこのように示唆(suggest)していると述べているが,該
17
当箇所にこのような記述はない。これは Black(1966)がこのように考えているのではないかという Nurnberg(1972)による推論であろう。
Nurnberg(1972, pp. 659-660)
18
Nurnberg(1972, pp. 659-660)。また本論とはあまり関係がないが,同じ節で,Nurnberg(1972)は,次のよ
19
うな興味深い指摘も行っている。租税の繰り延べにより得たファンドで,複数の資産を調達している場合,
その諸資産について複数の内部収益率が存在することになる。よって内部収益率を採用する場合,複数の内
部収益率によって,繰延税金負債を各部分にわけてディスカウントすることになる,とする。
本稿では,断りのない限り “debt” を「他人資本」,“liability” を「負債」と訳す。「株主資本」(equity)との
20
対比上,「他人資本」とした。
Nurnberg(1972, p. 660)
21
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商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
金負債の割引率となる。経営者が繰延税金負債を株主資本だと解釈しているのなら,繰延税金負債
によって得たファンドで,株式を消却するであろう。その場合は,株主資本コストが,当該繰延税
金負債の割引率となる。そしてもし経営者が,繰延税金負債の性質について特定の解釈を持ってい
ない場合は,繰延税金負債によって得たファンドによって,他人資本と株主資本の両方を返済,消
却すると考えられ,よって WACC が割引率として採用される,と結論付けた22。
またここで,繰延税金負債の割引率が税引前利子率なのか税引後利子率なのかは,以下の通りに
なるとする。繰延税金負債を他人資本と解釈する場合は,他人資本の利息は税務上減算項目である
ので,利息率を r,法人税等の実効税率を t とすると,その割引率は(1-t)r となる。繰延税金負
債を株主資本コストと解釈する場合は,その配当は税務上控除されないので,r がそのまま用いら
(1-t)r と r が資本構成割合に応じて加重平均されて算出される(後
れる。WACC を用いる場合は,
述の設例を参照の事)。
そして Nurnberg(1972)は負債法の採用を主張して,その理論的帰結として繰延税金負債は他
人資本(debt)と解釈すべきであるとする23。しかし同時に実務的には分析上,株主資本と解釈され
ることもあるであろうし,特定の解釈がない場合は,それは部分的に株主資本,部分的に負債と解
釈されているのに等しいともする。よって適切な割引率の最終的な決定は,さらなる実証研究をま
たねばならないとする。しかしそれにも関わらず,その財務諸表表示することのメリット上を考慮
すると,繰延税金負債はディスカウント・ベースで報告されるべきである,と結論付けている24。
2.3 設例的付録
2.3.1 繰延税金負債が存在しない場合
繰延税金負債の割引率として,他人資本コスト,株主資本コスト,WACC を用いた場合,それ
ぞれについて,Nurnberg(1972)は,以下のような設例を用いて説明している。以下の図表は全
て Nurnberg(1972, pp. 662-665)の図表を基に加筆修正したものである。また一部数値が間違って
いると思われるものも修正した。数値については端数が出たものについては四捨五入した。
【設例条件】
19X1 年期首に資産$1,000,000 を取得。この資産は利息,税抜きで年率 14% の収益を上げる。
この企業の最適資本構成は,負債 40%,株主資本 60% である。
他人資本はその 5% の利払い,株主資本はその 10% の配当を行う。
利益のすべては配当として支払われ,株主資本コストは,予想される配当利回りと等しい。
税率は 50% とする。
すべての収益,費用,配当は期末に現金で受け取り,支払いがなされる。
財務諸表の表示において,計算の端数は小数点以下を四捨五入するものとする。
Nurnberg(1972, pp. 660-661)
22
Nurnberg(1972, p. 661)
23
Nurnberg(1972, p. 661)
24
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衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
図表 2-1 繰延税金負債が存在しない場合
貸借対照表
19X1.1.1
資産
1,000,000
合計
他人資本
400,000
株主資本
600,000
合計
1,000,000
1,000,000
図表 2-2 繰延税金負債が存在しない場合
損益計算書
19X1 期
純営業利益(1,000,000×14%)
140,000
支払利子(他人資本 400,000×5%)
20,000
税引前利益
120,000
法人税等
60,000
当期純利益
60,000
支払配当金(60,000×10%)
60,000
留保利益
0
図表 2-3 19X1 期 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0%
−
−
−
他人資本
40%
5%
2.5%
1%
株主資本
60%
10%
10%
6%
繰延税金負債
100%
7%
図表 2 は,繰延税金負債が存在しない企業の設例である。他人資本の利息は,税務上減算される
ので,そのコストは(1−50%)
×5%=2.5% となっている。株主資本コストは 10% である。この企
業全体での平均資本コストは,
それぞれに資本構成の 40% と 60% と乗じて計算する。よって,
(2.5%
×40%)+
(10%×60%)=7% となる。
2.3.2 他人資本コストを用いる場合
さてここでこの企業において,初年度,将来加算一時差異 $20,000 が生じ,これが 5 年後に解消
するものとする。
ここで繰延税金負債を他人資本と解釈し,他人資本コストでディスカウントしたのが図表 3 であ
る。
― 77 ―
商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
図表 3-1 他人資本コストを用いる場合
損益計算書
19X1 期
純営業利益(1,000,000×14%)
140,000
支払利息(他人資本 400,000×5%)
20,000
税引前利益
120,000
将来加算一時差異
△ 20,000
課税所得
100,000
法人税等
50,000
法人税等調整額
8,839
当期税金負担額
58,839
当期純利益
61,161
支払配当金(60,000×10%+1,161)
61,161
留保利益
0
まず繰延税金負債を他人資本と解釈する場合は,割引率が税引後割引率(1−50%)×5%=2.5%
となる。繰延税金負債 10,000(=20,000×50%)を,これでディスカウントすることになる。
10,000
≒ 8,839(四捨五入)
5
[1+
(1−0.5)×0.05]
ゆえに仕訳は,
(借)法人税等調整額 8,839
(貸)繰延税金負債 8,839
となる。
図表 3-2 19X1.1.1 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0%
2.5%
2.5%
0%
他人資本
40%
5%
2.5%
1%
株主資本
60%
10%
10%
6%
繰延税金負債
100%
7%
ここで 14% を生む追加的な投資機会が利用できないので,最適資本構成(40 : 60)を維持する
ために,繰延税金負債が $8,839 増えたぶん,X2 期初日に,他人資本の元本を同額返済しなければ
ならない。よって他人資本は 391,161(=400,000−8,839)となる。これによってこの企業の平均
資本コストは,図表 3-2 から図表 3-5 のように変化するが,最終的なコストは 7% で変わらない。
― 78 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
図表 3-3 他人資本コストを用いる場合
貸借対照表
19X2.1.1
資産
繰延税金負債
1,000,000
合計
391,161
株主資本
600,000
合計
1,000,000
8,839
他人資本
1,000,000
図表 3-4 他人資本コストを用いる場合
損益計算書
19X2 期
純営業利益(1,000,000×14%)
140,000
支払利息(繰延税金負債 8,839×2.5%)
221
支払利息(他人資本 391,161×5%)
19,558
税引前利益
120,221
加算永久差異
221
課税所得
120,442
法人税等
60,221
法人税等調整額
0
当期税金負担額
60,221
当期純利益
60,000
支払配当金
60,000
留保利益
0
ここで,繰延税金負債にかかる利息 221(=8,839×2.5%)
(四捨五入)が発生するため,
(借)支払利息 221
(貸)繰延税金負債 221
と仕訳する。
また繰延税金にかかる利息 221 は既述した通り税務上二重計算を防ぐため,加算項目の永久差異
として扱われる。しかし,他人資本にかかる利息 19,558(=391,161×5%)
(四捨五入)は,その
まま損金として扱われるため税務上調整はない。
図表 3-5 19X2.1.1 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0.88%
2.5%
2.5%
0.02%
他人資本
39.12%
5%
2.5%
0.98%
株主資本
60%
10%
10%
6%
繰延税金負債
7%
100%
― 79 ―
商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
図表 3-6 他人資本コストを用いる場合
貸借対照表
19X3.1.1
資産
1,000,000
合計
1,000,000
繰延税金負債
9,060
他人資本
390,940
株主資本
600,000
合計
1,000,000
図表 3-6は X3 期首の貸借対照表である。繰延税金負債が 8,839 から 221 増加して 9,060 となっ
たことに伴い,最適資本構成を維持するために他人資本を同額の 221 返済しなければならない。よっ
て他人資本は 390,940(=391,161−221)となる。
2.3.3 株主資本コストを用いる場合
前節と同様にここでこの企業において,初年度,将来加算一時差異 $20,000 が生じ,これが 5 年
後に解消するものとする。ただしこの繰延税金負債 10,000 は株主資本と解釈され,よってその割
引率としては株主資本コストが用いられる。
株主資本コストは 10% であり,既述通り,他人資本コストのような税引後ベースへのさらなる
調整は必要ない。ゆえに繰延税金負債をディスカウントすると,
10,000
=6,209(四捨五入)
5
(1+0.1)
と計算される。
図表 4-1 株主資本コストを用いる場合
損益計算書
19X1 期
純営業利益(1,000,000×14%)
支払利子(他人資本 400,000×5%)
税引前利益
140,000
20,000
120,000
将来加算一時差異
△ 20,000
課税所得
100,000
法人税等
50,000
法人税等調整額
6,209
当期税金負担額
56,209
当期純利益
63,791
支払配当金(60,000×10%+3,791)
63,791
留保利益
0
それに伴い仕訳は,
(借)法人税等調整額 6,209
(貸)繰延税金負債 6,209
となる。
― 80 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
図表 4-2 株主資本コストを用いる場合
貸借対照表
19X2.1.1
資産
繰延税金負債
1,000,000
合計
400,000
株主資本
593,791
合計
1,000,000
6,209
他人資本
1,000,000
図表 4-2 は X2 期首の貸借対照表である。ここで,繰延税金負債で 6,209 の資金調達をしたこと
に伴い,X2 期初日に,最適資本構成を維持するために株主資本を同額の 6,209 消却しなければな
らない。よって株主資本は 593,791(=600,000−6,209)となる。これによってこの企業の平均資
最終的なコストはやはり 7% で変わらない。
本コストは,図表 4-3 から図表 4-5 のように変化するが,
図表 4-3 19X1.1.1 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0%
10%
10%
0%
他人資本
40%
5%
2.5%
1%
株主資本
60%
10%
10%
6%
繰延税金負債
100%
7%
図表 4-4 株主資本コストを用いる場合
損益計算書
19X2 期
純営業利益(1,000,000×14%)
支払利息(繰延税金負債 6,209×10%)
支払利息(他人資本 400,000×5%)
税引前利益
140,000
621
20,000
119,379
加算永久差異
621
課税所得
120,000
法人税等
60,000
法人税等調整額
0
当期税金負担額
60,000
当期純利益
59,379
支払配当金
59,379
留保利益
0
ここで,繰延税金負債にかかる利息 621(=6,209×10%)
(四捨五入)が発生するため,
(借)支払利息 621
(貸)繰延税金負債 621
と仕訳する。
― 81 ―
商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
図表 4-5 19X2 期 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0.62%
10%
10%
0.06%
他人資本
40%
5%
2.5%
1%
株主資本
59.38%
10%
10%
5.94%
繰延税金負債
100%
7%
図表 4-6 株主資本コストを用いる場合
貸借対照表
19X3.1.1
資産
1,000,000
合計
1,000,000
繰延税金負債
6,830
他人資本
400,000
株主資本
593,170
合計
1,000,000
図表 4-6 は,X3 期首の貸借対照表である。繰延税金負債が 621 増えて 6,830
(=6,209+621)
となっ
たことに伴い,X3 期初日に,最適資本構成を維持するために株主資本 621 を消却しなければなら
ない。よって株主資本は 593,170(=593,791−621)となる。
2.3.3 WACC を用いる場合
Nurnberg(1972)によれば,既述のとおり,経営者が繰延税金について特定の解釈を持たない
(他人資本コ
場合,割引率としては WACC が用いられる。つまり図表 5-3 で計算されている通り,
スト 2.5%×40%)+(株主資本コスト 10%×60%)=7% となる。ゆえに繰延税金負債 10,000 をディ
スカウントすると,
10,000
5
(1+0.07)
=7,130(四捨五入)
となり,仕訳は,
(借)法人税等調整額 7,130
(貸)繰延税金負債 7,130
となる。
図表 5-1 WACC を用いる場合
損益計算書
19X1 期
純営業利益(1,000,000×14%)
支払利息(他人資本 400,000×5%)
税引前利益
140,000
20,000
120,000
将来加算一時差異
△ 20,000
課税所得
100,000
法人税等
50,000
法人税等調整額
7,130
― 82 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
当期税金負担額
57,130
当期純利益
62,870
支払配当金(60,000×10%+2,870)
62,870
留保利益
0
図表 5-2 WACC を用いる場合
貸借対照表
19X2.1.1
資産
繰延税金負債
1,000,000
合計
397,148
株主資本
595,722
合計
1,000,000
7,130
他人資本
1,000,000
他人資本と株主資本の額は,繰延税金負債で 7,130 の資金調達をしたことに伴い,最適資本構成
を維持するために,7,130 を最適資本構成の比率 4 : 6 に按分して,返済,消却しなければならない。
よって他人資本は 2,852(=7,130×4/10=2,852)を返済し,397,148(=400,000−2,852)となる。
そして株主資本は 4,278(=7,130×6/10)を消却し,595,722(=600,000−4,278)となる。これ
によりこの企業の資本コストの構成は , 図表 5-3 から,図表 5-5 のように変化する。
図表 5-3 19X1.1.1 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0%
7%
7%
0%
他人資本
40%
5%
2.5%
1%
株主資本
60%
10%
10%
6%
繰延税金負債
100%
7%
図表 5-4 WACC を用いる場合
損益計算書
19X2 期
純営業利益(1,000,000×14%)
支払利息(繰延税金負債 7,130×7%)
支払利息(他人資本 397,148×5%)
税引前利益
140,000
499
19,857
119,644
加算永久差異
499
課税所得
120,143
法人税等
60,072
法人税等調整額
0
当期税金負担額
60,072
当期純利益
59,572
― 83 ―
商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
支払配当金
59,572
留保利益
0
ここで,繰延税金負債にかかる利息 499(= 7,130×7%)
(四捨五入)が発生するため,
(借)支払利息 499
(貸)繰延税金負債 499
と仕訳する。
図表 5-5 19X2.1.1 平均資本コスト
資金調達比率(a)
市場コスト
税引き後コスト(b)
合計(a)×(b)
0.71%
7%
7%
0.05%
他人資本
39.72%
5%
2.5%
0.99%
株主資本
59.57%
10%
10%
5.96%
繰延税金負債
7%
100%
図表 5-6 WACC を用いる場合
貸借対照表
19X3.1.1
資産
合計
1,000,000
1,000,000
繰延税金負債
7,629
他人資本
396,948
株主資本
595,423
合計
1,000,000
繰延税金負債が 499 増加したことに伴い,最適資本構成を維持するために X3 期初日に,499 を
最適資本構成の比率 4 : 6 に按分して,他人資本と株主資本を返済,消却しなければならない。よっ
て他人資本は 200(=499×4/10)を返済し,396,948(=397,148−200)となる。そして株主資本
。
は 299(=499×6/10)を消却し,595,423(=595,722−299)となる(図表 5-6 参照)
3. Williams-Findlay III(1975)による各割引率の再考
Williams-Findlay III(1975)は,まず Nurnberg(1972)が基本的ポジションとして,繰延税金負
債を政府からの無利息のローンとしていることを,肯定している25。しかしこれは,Williams-Findlay
III(1975)の勘違いであるように思える。既に述べたとおり,Nurnberg(1972)は,利息費用を発
生主義の伝統的枠内で捉えれば,繰延税金は無利息のローンであるが,ディスカウントを適用可能
とするためには,利息費用を機会費用と見なす必要がある,と言っているのである26。決して無条件
に無利息のローン説を肯定しているわけでもないし,またこの説に基づいて論旨を展開しているわ
Williams-Findlay III(1975, p. 121)
25
Nurnberg(1972, p. 657)
26
― 84 ―
衣川 : 繰延税金負債のディスカウント論争(1)
けでもない。
そして次に割引率の考察に移り,まず Black(1966)の内部収益率の採用の主張を退けている。
内部収益率を資金調達の割引率に用いることは,分離定理(separation theorem)27 に反するとして
いる28。
そもそも Black(1966, p.84)は,市場の不完全性や硬直性を前提条件として,内部収益率説を提
示した。しかし,このような条件の下でも結論は同じであると,Williams-Findlay III(1975)はし
ている。もし何らかの硬直性により,外部資金調達に制約があるとしても,
「ある制約を受けてい
るファンドのもとでの投資コストは,それ自身を資金調達するコストと言うよりはむしろ,追加的
な資金調達を確保しないことの機会費用と見なされる。外部において資金調達を望まない企業,例
えば,8% の加重資本コストを有する企業は,その数字のコストのファンドを依然保有している。
それはその資金調達が,その企業に例えば 12% の収益を生むプロジェクトを可能にしようが関係
ない」29 のであるとする。
TAN のレートの使用も,上記と同様の理由で棄却される。何故ならばこれもまた,資金調達の
決定に対して,投資レートを適用することになり,それは分離定理に反しているからである30。
以上のような Williams-Findlay III(1975, p.122)の考察は妥当であると考える。
あるいはもし,繰延税金負債により得たファンドを持って TAN を購入するとしても,TAN は満
期日が決まっているが,繰延税金負債はそうではない。理論的(仮定的)には,繰延税金負債の解
消期と同じ満期日の TAN を購入することは可能である。しかし実際には TAN は短期的な証券であ
り,ディスカウントにおいて問題となっているのは,特に長期的な繰延税金負債であると考えられ
るため,その適用には問題が残ると考えられる。
次に Williams-Findlay III(1975)は,租税延滞利息率説についての検討に移る。このレートは,
TAN は投資レートであったのに対して,実質的に負債の金利レートである点において,幾分興味
深いとしている31。
これは既述通り,第 1 に,繰延税金負債の代替的な資金調達手段となりうる点,第 2 に,繰延
税金負債という租税の繰り延べと,租税の支払いの延滞の構図が類似している点において,租税延
滞利息率は一考に値するもの,と考えられる。
しかしながら,実際的には租税を繰り延べる(繰延税金負債の)代わりに,租税を延滞すること
32
で代替的ファンドとすることがありうるだろうか。「特に繰延税金負債の解消期間まで,同じ額」
の税金を延滞することは実際問題として可能なのであろうか。あるいはそもそも資金調達の手段と
分離定理には Fischer の分離定理や Tobin の分離定理(two-fund separation theorem)などもあるが,ここで
27
の分離定理は,企業の投資決定と資金調達との分離に関する Modigliani–Miller による所謂「MM 理論」
(M&M
theorem)の第 3 命題を意味するものと推測される。もちろん Fischer の分離定理を拡張したものが,MM 理
論であるとも考えられる。
Williams-Findlay III(1975, pp. 121-122)
28
Williams-Findlay III(1975, p. 122)
29
Williams-Findlay III(1975, p. 122)
30
Williams-Findlay III(1975, p. 122)
31
Williams-Findlay III(1975, p. 123)
32
― 85 ―
商 学 論 集
第 82 巻第 1 号
して,税金を延滞するという選択を行うことが,経営危機といった特殊な状況を除いてありうるだ
33
であるとも考
ろうか。また更には,
「租税の延滞利息よりも低いコストで代替的資金調達は可能」
えられる。以上の理由から,租税延滞利息率説も棄却されると考えられる。
(続く)
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