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経営者の価値観と経営組織の研究

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経営者の価値観と経営組織の研究
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1―
経営者の価値観と経営組織の研究*
―― 国際比較の視点から ――
Wolfgang JAGODZINSKI*1・真鍋 一史*2
海道ノブチカ*3・宮田 将吾*4
らば、この3か国を対象に国際比較を試みる意
!.経営者の価値観調査データの分析
――ドイツ・アメリカ合衆国・日本の
国際比較――
義は大きい。こうして、今回の質問紙調査はド
イ ツ・ケ ル ン 大 学(Erich Frese 教 授、Wolfgang
Jagodzinski 教 授)
、ア メ リ カ・フ ォ ー ダ ム 大 学
(William G. Egelhoff 教授)との国際共同研究とし
1.はじめに
て実施された。
ドイツ、アメリカ合衆国、日本の経営者のもの
の見方、考え方、感じ方、さらにその背後にある
2.調査概要
価値観は、どのように異なっているのであろう
ドイツ、アメリカ合衆国、日本の全国の企業
か。あるいは、どのように似ているであろうか。
(製造、流通、サービス、銀行、保険)のトップ
現代社会は、しばしば「企業化社会」という性
・マネジメントを対象に、質問紙を用いた郵送調
格づけがなされる。そこでは、都市を中心に、企
査を実施した。調査時期は、ドイツ2
002年9月、
業に雇用されて働く、いわゆるサラリーマンの人
アメリカ合衆国2
003年9月、日本2004年2月―3月
口比率の拡大というところに焦点が合わされる。
で、回 収 数 は ド イ ツ、901ケ ー ス、ア メ リ カ、
現代社会にあって、企業経営はますます重要な位
154ケース、日本、262ケースとなった。なお、
置を占めるものとなってきた。このような状況に
日本調査は㈱日経リサーチに実査を委託して実施
あって、企業のトップ・マネジメントのものの見
した。
方、考え方、感じ方、そしてその価値観を捉えよ
うとする試みは、単に経営学という一個別科学
3.調査内容
のテーマであることを越えて、広く社会科学の
今回の国際共同研究の問題関心は、ドイツ、
共通のテーマになりつつあるといわなければなら
アメリカ合衆国、日本の経営者の「ものの見方、
ない。
考え方、感じ方、さらにその背後にある価値観」
さて、このようなテーマにとって、国際比較と
はどのように異なっているのであろうか、ある
いう視点がいかに重要であるかということつい
いはどのように似ているのであろうかというと
ては、もはや多くを語る必要はないだろう。とく
ころにある。このような経営者の「主観的意識
に現代の経営学が20世紀初頭、ドイツ、アメリカ
(orientations)」を、ここでは「価値観(values)」
合衆国、日本を中心に生まれたことを考えるな
「選好(preferences)」
「仮説(hypotheses)」
「認知
*
キーワード:経営者の価値観、ドイツ型企業モデル、企業の内部市場
この共同論文は2
1世紀 COE プログラム『人類の幸福に資する社会調査の研究』(関西学院大学大学院社会学研究
科)を構成する指定研究の1つである「国際比較の方法論的研究」の一環としてなされた共同研究にもとづくも
のである。
*1
ドイツ・ケルン大学経営・経済・社会科学部教授、セントラル・アーカイヴ所長
*2
関西学院大学社会学部教授
*3
関西学院大学商学部教授、産業研究所所長
*4
関西学院大学大学院商学研究科研究員
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(perceptions)」という4つの側面に概 念 的 に 区
別した。
(3)仮説:われわれが日常生活において繰り返
し行なう観察にもとづく経験知はしばしば仮説と
いう形をとる。
「年齢が高くなるにつれて、宗教
「価値観」
「選好」
「仮 説」
「認 知」と い う4つ の
心が強くなる」などがそれである。ここでは、
側面が概念的区別であるのは、①これら4つの側
つぎの2つの次元から、人びとの仮説的思考を捉
面を捉えるために作成された質問項目が、そのレ
える。
ンジの細かさについては、3点尺度、7点尺度、
1)人間観
11点尺度という違いはあるものの、いずれも「ど
ちらともいえない」という中間的回答を真中に置
①人間の計画能力は小さくなっているか、大き
くなっているか(Q5―⑤⑥)
く、いわゆる「評定法(rating method)」と呼ば
②人間は利己的か、利他的か(Q10)
れる方法が採られていることに変わりはなく、し
③人間の動機づけは外発的か、内発的か(Q8―
たがってこれら4つの側面がそれらを捉える質問
文・選択肢の「形式」からは全く区別できないか
らであり、②これらの4つの側面が、相互に独立
した別の「次元」を構成するものとして、調査に
⑮)
2)「市場による調整」と「計画による調整」の
長所と短所
(Q11―①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪)
さきだって、操作化されていない――例えば、L.
Guttman によって操作化された attitude, intensity,
(4)認知:この世界、世の中はどのようなもの
involvement などの諸次元の場合と違っ
であるか、どのような方向に変化しつつあるか、
closure,
て――からである。
についての認識を意味する。社会観、世相観とい
うのがこれである。
それぞれの側面について、つぎに簡単に説明し
ておきたい。
(1)価値観:普段の日常生活のさまざまな諸領
域において、われわれは常に何らかの選択を迫ら
れる。そのような選択を導くものが、何を優先す
るかについての順位基準である。これが価値観と
いわれるものにほかならない。ここでは、このよ
①経済のグローバル化のもたらす競争激化の認
知(Q1)
②業界内での競争激化の認知(Q2)
③市場経済原理が機能しているかどうかについ
ての認知(Q3)
④労働規制などの外部条件についての認知(Q
4)
うな価値観をつぎの4つの次元で捉える。
1)自由か、平等か(Q5―①)
4.調査結果
2)個人か、社会か(Q5―②)
(1)価値観
3)自己実現か、職務遂行か(Q5―③)
経営者の「価値観」に関する回答の結果は、図
4)競争か、調和か(Q5―④)
1に示されている。
(2)選好:人びとが日常生活のさまざまなこと
加えておきたい。ここでは、すでに述べたよう
がらについて選択を行うさいに働く好みや感じを
に、4つの質問項目が用い ら れ て い る。「自 由
意味する。ここでは、とくに「市場」と「計画」
か、平等か」
「個人か、社会か」
「自己実現か、職
のいずれをとるかの選好が問題となるが、それを
務遂行か」
「競争か、調和か」がそれである。具
2つの側面から捉える。
体的に1番目の「自由か、平等か」の調査項目を
まず、この図の読み方について、若干の説明を
①経済活動の調整のメカニズム:市場による調
整か、計画による調整か(Q6)
②経済活動の原理:市場経済原理か、計画経済
原理か(Q7)
取りあげて説明する。実際の質問文は「あなたの
お考えに最も近いと思われる番号に○印をつけて
下さい」として、回答の選択肢を「自由は平等よ
りも大切である」と「平等は自由よりも大切であ
る」という2つの極(選択肢の番号でいえば、1
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と7)を両側に置き、その間に2から6までのそ
本社会、さらに日本企業があまりにも集団主義的
れぞれの程度を示す数字を配して7点尺度で示す
であることへの「リアクション」として出てきた
という形式をとっている。つまり、
「自由が最も
ものであるという見方もありうるであろう。いう
大切」と考える回答者は1を選択し、
「平等が最
までもなく、これは今後に残された重要な分析課
も大切」と考える回答者は7を選択する。4は
題である。
「どちらともいえない」という中間の回答である。
この図は、国ごとの回答者の平均値をそれぞれの
②価値観の4つの次元について、3か国を比べ
てみるならば、それら3か国が比較的似たパター
位置にプロットし、それを線で結び、各国の比較
ンを示している(
「どちらともいえない」という
が視覚的に可能となる形としたものである。
中間的回答の位置を示す細い点線を越えて大きく
さて、図1からは、つぎのような点が読み取れ
上下に分かれる――レンジの方向が異なる――とい
うケースが見られない)ことがわかる。しかし、
るであろう。
①「自由か、平等か」を示した ― ― ― ― ― ― の線と
より詳細に検討するならば、そこにもいくらかの
「競争か、調和か」を示した ―― の線が、いずれ
違いが見られる。まず「自己実現か、職務遂行
も4から横に引かれた細い点線 - - - - - よりも下に
か」では、職務遂行は日本で最も高く、つぎがド
位置しているとことから、いずれの国において
イツで、アメリカ合衆国は最も低い。また「個人
も、平等よりも自由に、そして調和よりも競争に
か、社会か」では、社会はドイツで最も高く、つ
それぞれ優先順位が置かれていることがわかる。
ぎがアメリカ合衆国で、日本は最も低い。さらに
それに対して「自己実現か、職務遂行か」につい
「自由か、平等か」でも同じパターンが示されて
ては、どの国でも「職務遂行」に、そして「個人
おり、自由はドイツで最も高く、つぎがアメリカ
か、社会か」では日本を例外として、他の2か国
合衆国で、日本は最も低い。最後に「競争か、調
では社会に優先順位が置かれている。日本でやや
和か」では、競争はアメリカ合衆国で最も高く、
個人志向の傾向が見られる結果となった点は、こ
日本、ドイでツやや低い。
れまでの日本社会についての「集団志向の日本」
というがステレオタイプのイメージと対立するも
のとして注目される。この点については、一方で
(2)選
好
経営者が「市場」と「計画」のどちらを選好す
日本人のものの見方、考え方、感じ方の「変化」
るかを尋ねた結果が図2に示されている。この結
を示すものであるという見方とともに、他方で日
果から、つぎの3点が指摘できるであろう。
図1
経営者の価値観
図2
経営者の選好
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①すでに述べたように、「選好」に関しては、
この結果から、つぎのような知見が読み取れる。
2つの質問項目を準備した。図2で注目されるの
①「人間の計画能力」については、
「人間一般
は、実線と破線で示されるこの2つの側面の形が
について尋ねる質問項目」と「経営者自身につい
きわめて近似であるということである。これは、
尋ねる質問項目」を作成した。いずれの側面につ
調査方法論的な視点からいえば、あるいはワー
いても、回答者の「人間の計画能力」に関する評
ディングによって両者を区別しようとする試みが
価(仮説)は高いが、とくに「経営者(つまり自
成功しなかったことによるものであるかもしれな
分)自身の計画能力」を高く評価する傾向が見ら
い。この点については、さらなる検討が必要であ
れる。3か国の比較でいえば、経営者の計画能力
ろう。
の自己評価では、国ごとに差は見られない。た
②「市場か、計画か」の選好では、3か国とも
だ、「人間一般」のそれについては、アメリカ合
に市場志向の傾向を示している。それは、3か国
衆国、日本に比べて、ドイツの評価がやや低い。
の平均値の位置が「中間的回答」の位置を示す
②人間は「利己的か、利他的か」については、
細い点線よりも下になっていることから明らかで
3か国ともに「利己的」と回答する傾向が見られ
ある。
るが、その程度はドイツで高く、アメリカ合衆国
③3か国の違いはつぎの点にある。それは、日
本で や や「市 場 志 向」が 弱 い(や や「計 画」よ
で低く、日本は両者の中間に位置しているという
違いも同時に見られる。
り)、それに比 べ て ド イ ツ で「市 場 志 向」が 強
③人間の動機づけは「外発的か、内発的か」に
い、アメリカ合衆国は両者の中間に位置してい
ついては、アメリカ合衆国と日本では「外発的
る、ということである。
(外的要因によって決まってくる)」という回答傾
向が見られるのに対して、ドイツでは「内発的
(3)仮
説
人びとの仮説的思考については、
「人間観」と
「市場による調整と計画による調整の長所と短所」
という2つの側面から質問項目を作成した。
(内的要因によって決まってくる)」という回答傾
向が見られる。このドイツの特異性については、
ドイツでは伝統的に「内発的」という言葉を高く
評価する思想・哲学が存在しているということと
関連しているかもしれない。
1)人間観に関する仮説
人間観についての回答は図3に示されている。
2)「市場による調整」と「計画による調整」の
長所と短所をめぐる仮説
結果は棒グラフの形で図4に示した。
①この結果から、3か国がほぼそろって「計画
による調整の方がよい」と答える傾向が見られる
のは「衝突を回避する」
「調整すべき問題を単純
化する」
「従業員の結束を強化する」
「従業員の共
通の目標を達成する」の4項目に限られることが
わかる。つまり、それら以外の多くの項目では
「市場による調整の方がよい」が選ばれていると
いうことで、現在では多くの経営目標の達成にお
いて、経営者がいかに「市場」志向の方向にある
かがうかがえるのである。
②3か国の比較については、ドイツでは全体的
に「市場」志向の傾向が顕著である。アメリカ合
図3 経営者の仮説(1)
―― 人間観に関する仮説 ――
衆国では「計画」志向を示す項目については、そ
の程度が高く、また「市場」志向を示す項目につ
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図4 経営者の仮説(2)
――「市場による調整」と「計画による調整」の長所と短所 ――
るのか、の解明は今後に残されたきわめて重要な
分析課題といわなければならない。
(4)認
知
企業をとりまく世界がどのようなものではあ
り、どのように変わりつつあるかについての認知
を捉えようというのが、ここでの問題関心であ
る。結果は、図5に示したとおりである。ここか
ら、つぎのような点を読み取ることができるであ
ろう。
①業界内での競争の激化についての認知は、3
か国ともきわめて高く、そこに国ごとの違いは見
られない。
図5
経営者の認知
②経済のグローバル化のもたらす競争の激化に
ついての認知も高いが、ここでは各国間に差異が
見られる。それは、そのような認知が日本とドイ
いても、その程度が高いというように、その傾向
ツで相対的に高く、アメリカ合衆国で相対的に低
が端的に両極に分かれる。日本の回答はどの項目
いということである。日本とドイツはグローバル
についても、比較的中間点に近いところに位置し
化の影響を受けやすく、アメリカ合衆国はそのよ
ている。ここでも、以上のような各国のそれぞれ
うな影響を受けにくいということが示されている
の特異性が、それぞれの国の経営者のものの見
といえるかもしれない。
方、考え方、感じ方、そしてそれらをすべて含め
③市場経済原理が機能しているかどうかについ
た、いわば「エトス(Ethos)」ともいうべきもの
ては、日本で「機能している」という回答傾向が
を表しているのか、それともこのような質問紙調
最も高く、つぎがアメリカ合衆国で、ドイツでは
査に対する反応の仕方(様式)の違いを示してい
逆に「機能していない」という回答傾向が最も
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高い。
④労働規制についての認知は、ドイツできわめ
が、今後の分析のもう1つの方向といえるのであ
る。
て高く、それに比べるならば、日本とアメリカ合
衆国はやや低い。
〈付記〉
今回の国際共同研究には、ここでの執筆者以外
5.おわりに
に、商学部の深山明教授、山本昭二教授、社会学
以上において、経営者のものの見方、考え方、
部の川久保美智子教授、野瀬正治助教授が参加し
感じ方などのいわゆる「主観的意識」を、
(1)価値
てくださり、文献研究、調査票(質問紙)作成、
観、
(2)選好、
(3)仮説、
(4)認知、の4つの側面に
データ解析のそれぞれのフェイズにおいて、貴重
分けて、質問紙調査による 測 定(measurement)
な貢献をしてくださった。ここに記して、心から
の結果を報告してきた。これは、いわば経営者の
感謝の意を表したい。
主観的意識の「記述」ともいうべきものである。
(Wolfgang Jagodzinski、真鍋一史)
それはそれで重要な研究成果といわなければなら
ない。しかし、それだけで「よし」とされるもの
でもない。それは「出発点」であっても、決して
「到達点」ではない。では、そこを「出発点」と
!.ドイツの経営者の価値観と社会的市
場経済
して、つぎにどの方向を目指していくべきあろう
か。ここでは、少なくともつぎの2つの方向があ
りうることを示唆しておきたい。
1つは、ここで報告したそれぞれの国ごとの傾
1.はじめに
ド イ ツ・ケ ル ン 大 学(Erich Frese 教 授、
Wolfgang
Jagodzinski 教授)、アメリカ・フォー
向について、「なぜ」という問を立てるという方
ダム大学(William G. Egelhoff 教授)および関西
向である。ドイツで「市場志向」が強いのはなぜ
学院大学の国際共同研究によってドイツ、アメリ
か、アメリカでグローバル化による競争激化の認
カ、日本の経営者の価値観調査が行なわれ、各国
知が低いのはなぜか、日本で「平等主義」や「計
の経営者のものの見方、考え方、価値観の違いが
画選好」が高いのはなぜか、などの問いがそれで
明らかにされた。真鍋教授と Jagodzinski 教授の
ある。
もう1つは、これら主観的意識の諸側面「間」
「経営者の価値観調査データの分析」によれば経
営者が「市場」と「計画」のどちらを選考するか
の関係の分析という方向であろう。じつは、この
を尋ねたばあい、ドイツでは「市場志向」が強い
点については、調査の仮説的図式ともいうべきも
点が明らかとなった。同時に経営者が労働規制が
のが、調査に先立って作成されている、というこ
強く、市場経済原理が働きにくいと認知している
とを記しておかなければならない。それは、たと
点もアメリカ、日本と比較すると顕著である。こ
えば、「価値観」と「選好」との関係についてい
こでは調査結果から明らかになったドイツの経営
えば、「自由か、平等か」の価値観について、「自
者の価値観の根底にあるものは何か、その一端を
由」に優先順位を置く者は「市場」を選好し、
ドイツ経済の特徴やドイツ的な企業経営の特質を
「平等」に優先順位を置く者は「計画」を選好す
るであろうという項目関連性、同じく、
「仮説」
明らかにすることによって解明したい1)。
そのさいまず調査結果の「市場による調整」を
と「選好」との関係についても、
「利己主義」を
選好する点、あるいは「市場志向」が強い点の背
志向する者は「市場」を選好し、
「利他主義」を
景は、第二次世界大戦後のドイツの社会的市場経
志向する者は「計画」を選好するであろうという
済原理の内、「競争秩序」を国家が維持、発展さ
項目関連性、などによって構成されている。こう
せる側面よりある程度説明することができるし、
して、このような関連性についての検証というの
また「労働規制」が強い点は、社会的市場経済原
1)この点については、海道ノブチカ「グローバリゼーションとドイツ型資本主義」『商学論究』第5
1巻第4号、
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4年3月を参照のこと。また本稿は、この論文に基づいて作成したものである。
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理における「社会的」側面から解明することが可
持され、かつ拡大されるべきであるということを
能であろう。以下、戦後ドイツの経済政策の柱で
意味している。これら3点は、調査における経営
あった社会的市場経済原理の競争的側面、資本志
者の意識において「市場志向性」が強い点に反映
向的側面と社会的、労働志向的側面をみることに
しているといえる。
よって、ドイツの経営者の意識の背景を明らかに
しよう。
第4の「社会的公正」は、社会的公正、社会福
祉の重視を意味しており、市場経済における労働
者の不利益を社会政策によってできる限り排除す
2.社会的市場経済
ることを意味している。したがってドイツの社会
1947年以降、米ソ対立を背景にアメリカの対独
的市場経済は、基本的には市場経済であり、秩序
政策が「占領政策」より「復興援助政策」へと変
政策により国家が競争秩序、すなわち市場機構の
化することにより、ドイツの工業生産は、戦後わ
本来の働きを保証するが、市場機構のみでは社会
ずか5年で戦前の水準を上回るほどになった。こ
的公正が必ずしも確保されないのでそれを補完す
の発展を支えた社会的市場経済の基本的理念は、
るものとして社会政策の諸制度を設けている2)。
第二次世界大戦前のフライブルク大学の研究者た
社会的市場経済のこの側面が、価値観調査におけ
ちの集まり、すなわちフライブルク学派の経済思
る「労働規制」が強いという結果に反映されてい
想に始まる。この新自由主義にもとづく思想は、
るものと思われる。
ミュラー・アルマックによって立案され、エアハ
ルトによって政策化され、実践に移されることに
3.ドイツ型企業モデルの特徴
なる。そしてドイツの経済は社会的市場経済の理
(1)アングロサクソン型企業モデルとドイツ型
企業モデル
念にもとづいて50年代、60年代に「奇跡の繁栄」
といわれる急速な発展を遂げた。
現在のグローバリゼーションのもとではアメリ
この学派は、中央管理経済とも自由放任経済と
カの年金基金などの機関投資家や投資銀行が、グ
も異なる「第三の途」を歩もうとするもので、新
ローバルな資本市場で勢力を強め、規制緩和の世
自由主義経済学と呼ばれている。また1
948年に機
界的潮流のもとで株主価値重視の市場ルールをグ
関誌『オルド』を創刊したことからこの学派は、
ローバルスタンダードとしてうち立てようとして
オルド・リベラリズムともいわれている。そして
いる。このアングロサクソン型の資本主義は、徹
この経済政策は、
「競争秩序の維持形成」
、「社会
底した市場原理にもとづいており、統制・規制の
的介入の規制」、「生産手段の私的所有」、「社会的
廃止により自由競争を促進し、また自己責任の原
公正」を柱としている。
理を貫徹することにより福祉の見直しをおこな
まず第1の「競争秩序の維持形成」は、競争秩
序を維持することが国家の最も重要な経済政策課
い、より効率的な、より競争的な社会を求めてい
る。
題であることを意味している。これを確保するた
ところで加速度的なグローバリゼーションのな
めに1957年に競争制限禁止法が制定され、競争的
かでアメリカの資本主義の諸制度が普遍的であ
市場経済の枠組みが確保された。
り、グローバルスタンダードであるという考え方
第2の「社会的介入の規制」は、市場経済過程
が支配的となってきた背景には、次のような理由
を妨げずにその成果を社会的に修正する必要があ
がある。すなわちアメリカ社会はヨーロッパ的伝
る場合に限り、国家の社会的介入を認めることを
統から切断されて樹立されたものであり、この国
意味している。したがって経済の経過は市場に委
が第二次世界大戦以降、国際関係を組織化してい
ね、国家は介入的な政策をとらないことになる。
く中心に位置しているということ、この点でアメ
また第3の「生産手段の私的所有」は、生産手段
リカは自国の諸制度を投影し、輸出する力を持っ
の私的所有が社会・経済政策によってあくまで維
ているということと関係している。しかしアメリ
2)井上
孝「社会的市場経済」大西健夫編『ドイツの経済』早稲田大学出版部、19
9
2年、1
1ページ以下参照。
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社 会 学 部 紀 要 第9
9号
カ以外のほとんどの地域では歴史が重みを持って
投機的な株主価値極大化を批判して「株主のため
いるという事実を考慮するならば、資本主義的諸
の価値極大化が推進されると、会社の顧客、同
関係は、依然としてそれに先行する社会的諸関係
僚、会社の従業員に対する責任がとれないという
からの遺産によって刻印されている3)。したがっ
8)。
「ヨーロッパ大陸の産業民主主義
危険がある」
てグローバリゼーションのもとでもヨーロッパ型
国家では、アメリカ的な見本は問題外である。ド
の資本主義とアングロサクソン型の資本主義との
イツもそうだが、むしろヨーロッパは、ある中道
間には社会的利益を志向するか、あるいは株主の
9)。
「つまり『公共
を見いださなければならない」
利益を重視するかに関して原則的な違いがある。
の福祉こそ最高の掟』である。エゴイズムが最高
ドイツをはじめヨーロッパ型資本主義は、市場
の掟であってはならない」と述べている10)。
原理をただ無制限に適用するのではなく、必要な
ドイツの連邦政府は1990年以降、経済のグロー
場合には市場原理の作用を分野によってはある程
バリゼーションに合わせて、電信・電話、鉄道、
度抑制し、政府が社会的目的のために規制をおこ
郵便といった国営企業の民営化、さまざまな規制
ないながら市場原理をうまく活用し、規制のため
緩和を進め、市場経済に委ねる部分を拡大してき
の制度づくりを進める点に特徴がある4)。すなわ
ているが、看板の社会的という部分はコール前政
ち株主利益の極大化だけを唯一の目標とするので
権も維持してきた。社会的国家ドイツの場合、グ
はなく比較的平等で、所得水準が高く、安定した
ローバルプレイヤーを目指している一部の大企業
資本主義社会をつくることを目指している。その
はアングロサクソン型の株主利益を最優先する株
ためには強力な政府が社会の安定と発展のために
主資本主義を推進しようとしているものの基本的
指導力を発揮し、福祉を重視することが必要とな
には労資の協調を重視する社会的資本主義が基礎
る5)。またヨーロッパでは伝統的に社会思想、経
となっている11)。ではアングロサクソンモデルと
済思想の歴史があり、社会思想、経済思想にもと
は異なるドイツでは、企業経営にどのような特徴
づいた経済政策が立案され、実行されてきた。そ
があるのであろうか。
「資本志向的」側面と「労
のさい政策の立案者や実行者は、いずれも市場の
働志向的」側面、すなわち「社会的」側面から解
限界を熟知し、市場の欠陥を補うために政府の役
明しよう。
割が重要であることを理解し、ヨーロッパ型の資
本主義を展開してきた6)。この点が、ヨーロッパ
型資本主義を理解するさいの1つの視点となる7)。
(2)出資者中心の企業体制と銀行の影響力
ドイツ型企業モデルの特徴としてまず第1に出
社会民主党政権下でブラント首相のあと1974年
資者を中心とした企業体制が支配的であることを
から1982年までドイツの首相であったヘルムート
あげることができる。ドイツにおける資本の所有
・シュミットは、グローバリゼーションにおける
・支配形態をみると同族、公共機関、外国企業と
3)R. ボワイエ・P.―F. スイリ編、山田鋭夫・渡辺純子訳『脱グローバリズム宣言』藤原書店、2
0
0
2年、5ページ。
4)福島清彦『ヨーロッパ型資本主義』講談社、2
0
0
2年、2
2
4ページ。
5)福島清彦、前掲書、1
7∼1
8ページ。
6)福島清彦、前掲書、2
3
5∼2
3
6ページ。
7)フランスのレギュラシオン学派のロベール・ボワイエは、日本がもっとヨーロッパに視点を移す必要があると
次のように指摘している。「日本の世論は、フィンランド、スウェーデン、さらにはデンマークの経済が IT の生
産や利用において最先端をきっているということやこれらの経済が高水準の社会的統合や社会的連帯を維持し
つつ、同時に失業を克服し成長を回復することができたということを本当に知っているのだろうか。日本の当
局者達は、もう少し頻繁にヨーロッパの側から眺めてみた方がよいのではないか。ヨーロッパは市場の理論を
はるかに超える緻密な社会的相互作用があるという点で長い伝統をもっている」と述べている。R. ボワイエ・
P.―F. スイリ編、前掲訳書、2ページ。
8)ヘルムート・シュミット著、大島俊三・城崎照彦訳、島野卓爾監修・解説『グローバリゼーションの時代』集
英社、2
0
0
0年、4
1ページ。福島清彦、前掲書、1
2
9ページ参照。
9)ヘルムート・シュミット著、前掲訳書、1
0
5ページ、福島清彦、前掲書、1
3
0ページ参照。
1
0)ヘルムート・シュミット著、前掲訳書、1
1
0ページ、福島清彦、前掲書、1
3
0ページ参照。
1
1)土志田征一・田村秀男・日本経済研究センター編『検証株主資本主義』日経 BP 社、2
0
0
2年、1
4
2ページ。
October 2
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0
5
いった所有者が50%以上資本を所有し、支配して
―5
9―
(3)社会的側面
いる企業が多い。これは第二次世界大戦後の戦後
ドイツ型企業モデルにおける社会的側面は、次
処理が日本と異なることに起因している。日本で
節で詳しく述べるがドイツの資本主義の歴史に根
はアメリカの単独占領政策によって資本および土
ざしている。後発資本主義国であったため、国家
地の所有が民主化されたのに対し、同じ敗戦国の
が経済の発展条件を整えるために積極的に介入す
ドイツではアメリカ、ソ連、フランス、イギリス
ることによって経済が発展してきたが、そのさい
の4カ国によって占領されたため、統一的な占領
社会的弱者である労働側の不利益を国家の政策に
政策は困難であった。日本では三井、三菱、住
より是正する形で社会政策が発展してきた。その
友、安田をはじめとする旧財閥の解体により、財
さいドイツの資本主義の各発展段階においてその
閥家族と財閥がある程度切り離されたが、旧西ド
ときどきの経済思想、社会思想が国家の経済政策
イツではそれほど徹底して巨大企業の解体はおこ
の柱になっている点にドイツの特徴がある。
なわれなかった。
特に第二次世界大戦後は、すでに述べたように
ドイツでは巨大コンツェルンの所有者の財産が
フライブルク学派の社会的市場経済という理念の
差し押さえられ、管財人によって管理されたが、
もとに労資協調による共同決定制度が広く根づい
数年後にまた元の所有者にそのまま返還された。
ており、ドイツ型企業モデルの特徴である従業員
したがって日本の旧財閥とは異なり、ドイツの巨
の経営参加が拡大していった。さらに社会的側面
大同族コンツェルンの所有者は、戦前と同じよう
は経営参加の他に個人の財産の確立(財産形成
に自己の企業資産を再び支配することができ、同
法)、安定した豊かな社会(社会保障制度)とし
族コンツェルン、同族大企業は、巨大な土地、工
て具体化していった。それらの社会的側面は、労
場資産等の不動産を失うことなく再出発すること
働時間、休暇日数、社会福祉、労働分配率などの
ができた12)。また日本では独占禁止法の第9条で
中に明確にあらわれている。このように社会的市
戦後、持株会社の設立が1997年の商法改正まで禁
場経済においては、社会政策の本質的な部分は市
止されていたのに対し、ドイツでは持株会社の設
場経済から除外し、あるいは市場原理の適用をお
立が認められている点も大きな違いであった。
こなわず、それ以外の部分は自立と自己責任の
さらにドイツでは産業企業に対して銀行の影響
原則を前提に市場経済に委ねられている。また
力が強い点も特徴としてあげることができる。ド
このような社会的理念は、連邦基本法(憲法)
イツでは融資関係や所有関係のみではなく、ドイ
にも定められており、第2
0条1項に「ドイツ連
ツ独自のユニバーサルバンク・システムにもとづ
邦共和国は、民主的 か つ 社 会 的 連 邦 国 家(ein
く寄託議決権の行使により企業に銀行役員を派遣
demokratischer und sozialer Bundesstaat)であ
し、企業に対して強力な影響力を行使することが
る」と明記されている。すなわち不平等を解消
できる。
し、弱者を保護し、社会扶助といった社会的公
このようにドイツ型資本主義においては共同決
定制度のもとでも出資者(企業者)中心の企業体
正を実現し、社会の安全を図ることが求められて
いる。
制をあくまで維持しており、出資者利害に最大の
優先権が与えられている13)。出資者利害、資本利
(4)ステイクホルダー志向的側面
害の強い資本主義であるからこそ歴史的にその中
また社会的側面の柱である共同決定制度と密接
で弱者である労働者に対する社会的公正、社会福
に関連しているのが、ドイツ型企業モデルの特徴
祉が重視されてきたといえる。それがドイツ型企
としてコーポレート・ガバナンスにおけるステイ
業モデルのもう一つの特徴である社会的な側面と
クホルダー志向的側面をあげることができる。監
して実現されてきた。
査役会の資本側代表や労働側代表の中にはさまざ
1
2)吉森 賢『西ドイツ企業の発想と行動』ダイヤモンド社、1
9
8
2年、3
7ページ以下。
1
3)吉森 賢「ドイツにおける会社統治制度」『横浜経営研究』(横浜国立大学)
、Vol. XV
5ページ。
No.3、1
9
9
4年1
2月、
―6
0―
社 会 学 部 紀 要 第9
9号
まな利害代表が含まれている。まず資本側監査役
し、国家政策としての社会政策を構想したのが新
代表の中には、個人・法人の大株主以外にもすで
歴史学派の経済学であり、この新歴史学派の思想
に述べた寄託議決権制度にもとづく銀行の代表が
を具体化したのが、ビスマルクの社会政策であ
参加している。株式所有の分散した公開株式会社
る。このようにドイツにおいては社会的側面の歴
の場合には銀行は寄託議決権の行使により監査役
史は、ドイツ帝国の生成期にまで遡る。
会に役員を派遣するだけではなく、場合によって
さらにワイマル期になるとこの社会的側面は、
は監査役会議長のポストを占めることにより産業
労働者の経営参加の面においても制度化されるこ
企業に対して影響力を行使することができる。
とになる。1919年8月のワイマル憲法制定におい
また1976年の共同決定法のもとでは労働側代表
て「経営協議会」の設置が承認され、1920年2月
の中には、企業外部の労働組合の代表、企業内部
に「経営協議会法」が成立した14)。すなわちワイ
の経 営 協 議 会 の 代 表、さ ら に 管 理 職(leitende
マル憲法第165条において「労働者および職員は、
Angestellte)の代表も含まれている。したがって
企業者と同等の権利を持って共働し、賃金および
ドイツでは出資者、金融機関、労働組合、従業員
労働条件の決定ならびに生産力の全経済的発展に
といった各利害集団は、法的、制度的に監査役会
参加する資格を有する。両者の側における団結お
をとおして企業の政策決定、意志決定に影響を及
よび協定はこれを承認する」と定められている。
ぼす可能性を持っている。その意味ではドイツに
そこでは、従業員と企業者が同権的に共働しうる
おけるコーポレート・ガバナンスでは株主と経営
資格を持つことが理念として掲げられている15)。
者の関係を中心とした、すなわちシェアホルダー
これをうけて1
920年に経営協議会法が制定さ
を志向したアングロサクソン型のコーポレート・
れ、第1条において「従業員(労働者と職員)の
ガバナンスとは異なり、出資者だけではなくその
使用者に対する共通の経済的利益を擁護し、かつ
他の利害集団をも志向した利害多元的なモデルが
使用者の経営目的の遂行を支援するために少なく
特徴的であり、ステイクホルダー志向的であると
とも20名以上の従業員を雇用するすべての経営に
いえる。
おいては、経営協議会が設置される」と定められ
た。この経営協議会は、従業員の機関であり、企
4.社会的側面の歴史
業レベルでの共同決定の機関ではないので、その
ところで社会的なものを実現するための制度が
意味ではワイマル憲法の労資同権の理念からは大
社会政策であるが、この社会政策の思想や理論が
きく後退してたものとなり、また同時に労働側
最初に体系的に確立されたのはドイツであった。
は、「経営秩序」を誠実に守る義務を負った。
その成立と発展はドイツの資本主義の歴史的展開
と密接に関連している。
しかしこの経営協議会法の考え方が、1952年の
経営組織法の大きな基礎となっており、経営レベ
1871年には絶対的な権力を皇帝に与えた立憲君
ルの共同決定の原型となった。そしてこの経営協
主制のドイツ帝国が成立する。ドイツは後発資本
議会法により社会的な側面を実現するための法的
主義国であったため、前近代的な労資関係を利用
枠組みが形成されたことになる。また1922年の経
して劣悪な労働条件を武器として国際競争をおこ
営協議会法の改正によって、1人ないし2人の経
ない、資本主義化を急速に進めざるをえなかっ
営協議会メンバーが、資本会社の監査役へ派遣さ
た。そのため急激な中間層の没落と労働者階級の
れることとなり、この点は第二次世界大戦後の企
窮乏化、さらには階級対立の激化を招き労働運動
業レベルでの共同決定へとつながることになる。
は、政治的な傾向をおびていった。
ところで1933年にヒトラーが政権をとると1934
このような社会問題を解決するためには、国家
年に国家労働秩序法(Gesetz zur Ordnung der
が「上から」積極的に干渉する必要があると主張
nationalen Arbeit)が公布され、経営協議会法は
1
4)ワイマル憲法と経営協議会法に関しては大橋昭一『ドイツ経済民主主義論史』中央経済社、1
9
9
9年、4
7ページ
以下参照。
1
5)大橋昭一、前掲書、4
7ページ。
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0
5
―6
1―
失効し、労働組合も解散させられた。国家労働秩
(DGB)は、共同決定の全産業への拡大を求めた
序法のもとではナチスの指導者原理が貫徹し、民
が、翌1952年に成立した経営組織法は、ワイマル
主的な共同決定をおこなう余地は全くなく、ワイ
期の経営協議会法を引き継ぐものであり経営レベ
マル期の社会的理念が実現されるには、第二次大
ルの共同決定に重点があり、企業レベルの共同決
戦後のモンタン共同決定法の成立まで待たなけれ
定に関してはモンタン共同決定法よりはかなり後
ばならなかった。
退したものとなった。1952年法は、1972年の大幅
改正によって今日ほとんどの条項は、失効してい
5.共同決定制度
るが、企業レベルの共同決定に関しては第76条と
第二次大戦後、西側占領地区において鉄鋼業は
第77条によって従業員5
00人以上、2000人未満の
1947年以降、24の単位会社に分割され、組合側は
株式会社、株式合資会社、有限会社などにおける
これらの単位会社と経営協定を結び、共同決定が
監査役会への従業員の参加が規定されている。し
実現されることになった。すなわち新単位会社の
かし、監査役会の従業員代表は1!
3の席を占める
監査役会は、企業者代表5名、労働者代表5名、
にすぎず、少数派であり形式的にも労資同数は認
「鉄鋼業信託者理事会」より任命されたもの1名
められていない。その意味では従業員の企業政策
から構成された。そして取締役会には、従業員側
への影響には限界がある。
の同意がなければ任命できない労務担当取締役が
また経営レベルでの共同決定に関しては1
972年
おかれることになった。この協定が1951年のモン
に改正された経営組織法によって従業員5名以上
タン共同決定法の母体となった。しかしこの経営
の経営における経営協議会(Betriebsrat)の設置
協定が連邦法となるまでには、激しい労資の攻防
と構成が規定されている。この経営協議会は、従
が繰り広げられ、1951年のいわゆる2.
1ストの圧
業員の機関であって監査役会のように企業レベル
力によりモンタン共同決定法は成立した。それに
での共同決定の機関ではなく、福利厚生、職場規
よって従業員の共同決定は、ワイマル期の経営レ
律、職 業 教 育 な ど を 内 容 と す る「社 会 的 事 項
ベルの共同決定から企業レベルへと拡大されるこ
(soziale Angelegenheiten)」について経営レベル
ととなった。そのさい企業レベルでの共同決定を
での共同決定権を持つ機関である(第87条)
。
求める労働組合の意図は、経済や個々の企業にお
ところで1969年の総選挙では社会民主党は、自
ける「資本」と「労働」との同権にあり、また資
民党と連立政権をつくり、ブラント政権が成立し
本所有者の企業政策の権限の制約にあり、さらに
た。ブラント政権は、いわゆる東方外交を積極的
経済的権力の一般的な統制にある16)。
に展開し、ドイツ民主共和国との基本条約の締結
モンタン共同決定法は、周知のように従業員
(1972年)、国連加盟(1973年)を実現した。この
1,
000人以上の鉱山業、製鉄・製鋼業(モンタン
ブラント、シュミットと続く社会民主党政権下で
産業)に適用される。その特徴は、監査役会へ従
経営参加を目指す労働運動は活発となり、上述の
業員側代表が労資同数参加することが規定されて
ように1972年経営組織法が大幅に改正された。そ
いる点、および労務担当取締役(Arbeitsdirektor)
の後、経営参加を求める動きは、企業レベルにお
が、従業員側代表ないしは信託者としての性格を
ける共同決定、すなわち監査役会における労資共
持つ点にある。このモンタン共同決定法により従
同決定を目指す共同決定法の制定へと移った。こ
業員側は、監査役会をとおして企業政策の決定に
れはモンタン産業の共同決定を他の産業にも拡大
影響をおよぼす可能性を制度的に確保することに
しようとするものであった。政府案は、社会民主
なる。
党と自民党の調整が難航したこともあり、19
74年
モンタン共同決定法は、石炭、鉄鋼業にのみ適
2月にようやく確定した。しかしこの政府案が政
用され る 法 律 で あ る た め、ド イ ツ 労 働 総 同 盟
治的妥協により監査役会議長を、したがって最終
1
6)Gaugler, Eduard : Unternehmungspolitik und Mitbestimmung der Arbeitnehmer, in : Eduard Gaugler!
Hans Günter
Meisner!
Norbert Thom, Hrsg. : Zukunftsaspekte der Anwendungsorientierten Betriebswirtschaftslehre, Stuttgart 1986,
S. 61.
―6
2―
社 会 学 部 紀 要 第9
9号
的決定権を資本側に与える形の1975年12月の政府
修正案を経て、1976年3月に成立するまでにはさ
らにかなりの曲折があった。
は極めて大きいものである。
以下では、その国際共同研究の一環としてなさ
れ た フ レ ー ゼ(Frese E.)と ヤ ゴ チ ン ス キ ー
この共同決定法の成立により形式的にはドイツ
(Jagodzinski W.)の研究17)を検討してみたい。そ
の企業体制はそれまでの利害一元的な企業体制よ
の研究は、2002年9月にドイツにおいて実施され
り、利害二元的、あるいは利害多元的な企業体制
た調査に基づき、ドイツのマネジャーが内部市場
へと移行することになり、従業員が企業政策の決
を好むのか否か、好むとすればなぜ好むのかとい
定にかかわることが制度的に認められることと
うことなど関して検討を加えているものである。
なった。周知のようにドイツのトップ・マネジ
メ ン ト 組 織 は 業 務 執 行 機 関 で あ る取 締 役 会
2.調査の対象と方法
(Vorstand) と 統 制 機 関 で あ る 監 査 役 会
ドイツにおける調査は、2002年9月に質問紙を
(Aufsichtsrat)との二つに分かれており、重層構
用いた郵送調査という形で実施された。その研究
造になっている。そしてこの1976年の共同決定法
では、組織構造というものが従属変数とみなされ
によりこの監査役会に労働側代表が半数参加する
ており、組織構造はマネジャーによってなされる
ことになった。それによって労働側は資本側と共
問題解決行為の結果として形成されるものである
に取締役の人事権や取締役の意思決定に対する同
という前提がおかれている。したがって、マネ
意権を留保することにより企業政策の決定に影響
ジャーが内部市場を好むのか否かという個人的な
をおよぼすことができ、企業政策の決定に対し労
態度と信念に関して調査を行うために、企業の計
働側はモニタリング機能を持つことになる。
画能力と、内部市場の機能に関して熟知している
(海道ノブチカ)
トップのマネジャーに質問紙を送付することが必
要となる。このため、調査の対象の企業として、
ドイツの企業の中から、一定の規模を満たす企業
!.企業の内部市場に関する調査
――ドイツにおける経験的研究――
(保険、銀行、製造、小売など)が選択され、そ
の経営者に質問紙が送付された。調査の対象とさ
れた企業は4
854社であり、そのうち9
06社から回
1.はじめに
答が得られた(回答率18.
7%)。
企業の外部には市場が存在し、そこでは一連の
交換取引が行なわれ、企業の生産は、価格のメカ
3.代替的な調整コンセプト
――計画に基づく調整と市場に基づく調整――
ニズムによって調整されることになる。企業の内
部では、調整者としての管理者が諸活動を方向づ
フレーゼらによって行われている研究では、計
けるのである。近年、ドイツの企業においては、
画に基づく調整と市場に基づく調整という2つの
市場原 理 が 様 々 な 形 で 企 業 内 部に 導 入 さ れ て
代替的な調整コンセプトが区別されている。まず
いる。
最初に、計画に基づく調整について考えてみた
経営組織論の分野では、企業内部に市場的な要
い。
素を導入して組織を管理するというコンセプトが
計画の例をもっとも単純にするために、問題と
古くから存在しているが、そのような内部市場に
なる組織単位として、E1、E21および E22を例に挙
関する経験的な研究はほとんどなされていないの
げる。E1は階層組織上、上位のレベルにあり、
が現状である。そのような状況のなかで、2002年
E21と E22は下位のレベルにあるとしよう。そこで
か ら2004年 に か け て、ケ ル ン 大 学(ド イ ツ)、
は、E21は E22に対して財やサービスを供給してい
フォーダム大学(アメリカ)および関西学院大学
るが、この場合、E21と E22の活動は、上位の単位
(日本)によって実施された国際共同研究の意義
である E1が設定する計画によって規定されるこ
1
7)Frese E.!
Jagodzinski W.: Do German Managers Introduce Internal Markets to Offset Planning Failures ? ただしこの
論文は、現時点では未発表の論文であること、また引用箇所を明示していないことをお断りしておきたい。
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3―
とになる。その計画とは、全体的な目標の実現の
サーチ部門との間にコンフリクトが生じた場合に
ために、各単位に関係するすべての情報を収集
は、当該リサーチに対する必要性を客観的に評価
し、その情報や相互依存を考慮して、E1が設定す
するために、中央委員会が設立されるべきであ
るものである。したがって、E1が設定する計画が
る。その委員会は、これらの意思決定を下す際に
詳細であればそれだけ、E21と E22の活動余地は制
は、会社の全体的な目標を考慮することになる
限されることになるのである。このように、計画
(計画に基づく調整)。
に基づく調整コンセプトにおいては、目標の実現
計画に基づく調整メカニズムと市場に基づく調
のために、上位の単位が設定した計画の枠組みの
整メカニズムを具体的にみると上述のようなケー
中で下位の単位が活動することになる。
スを考えることができるが、その相違を簡単にま
以上のように、計画に基づく調整コンセプトに
とまると次のように示すことができる。すなわち
おいては、全体的な目標の実現のために、各単位
それは、企業において、ある部門が他の部門に財
に関係するすべての情報が収集され、処理される
やサービスを提供する場合に、それが計画に基づ
のであるが、市場に基づく調整の場合には、価
いて実行されるのか、あるいは市場メカニズムを
格という情報のみが共有されることになる。そこ
通して実行されるのかという相違である。その
では、買い手や売り手といった行為者は、自ら
際、現実の企業においては、これらの代替的なメ
の利害において自主的に行為するのであるが、そ
カニズムの一方がなぜ好まれ、導入されるのかと
の際に最も重要な役割を果たすものが価格なので
いう重要な問題が生じる。これに関して、フレー
ある。
ゼらは仮説という形でその理由を検討している。
それでは、企業における計画に基づく調整メカ
以下では、これらについて見ていきたい。
ニズムと市場に基づく調整メカニズムとは、具体
的にはどのような特徴を持っているのであろう
4.仮説の定式化
か。その例の1つとして、フレーゼらの調査で
企業においては、そもそもなぜ内部市場という
は、消費財企業が取り上げられている。そこでは
コンセプトが生じたのかという問題を検討するこ
調整を必要とする状況が想定され、検討が加えら
とが必要であろう。その理由の1つとして、上述
れている。その状況とは次の通りである。
のような計画能力の不十分さを補完するために、
消費財企業は、企業の諸事業部にサービスを提
市場的な要素が企業内部に導入されるという仮定
供するために、中央マーケティング・リサーチ部
が考えられている。その不十分さは、調整次元と
門を設立した。諸事業部は、例外的な場合にの
動機づけ次元という2つの次元から説明される。
み、外部のマーケティング・リサーチ会社に調査
まず調整次元においては、所与の状況の不確実
を委託することが許されている。自社のマーケ
性と複雑性が問題となる。なぜなら、その不確実
ティング・リサーチ部門は、ある事業部からの要
性と複雑性は、企業において職務を遂行する際に
求に応じる前に、その事業部から要求されている
必要な情報の収集と処理に対して決定的な影響を
調査に対する論拠が十分に根拠づけられているの
及ぼすことになるからである。たとえば、状況が
かを検討する。時折、この点が問題になり、次の
あまり複雑ではなく、不確実でもない場合には、
ような2つ提案がなされる。①提案 A:この提案
詳細な計画を策定することが可能であり、その計
は、最大事業部の部長によってなされたものであ
画において諸活動のルールを定めることは可能で
り、他の多くの事業部によって支持されている。
あるが、状況が極めて複雑で、不確実である場合
当該リサーチに対する供給と需要は価格によって
には、もはや計画において諸活動すべてを調整す
調整されるべきであり、マーケティング・リサー
ることは困難になる。この場合、マネジャーは、
チ部門によるチェックは、廃止されるべきである
計画能力の不十分さを補うための方策を導入しな
(市場に基づく調整)。②提 案 B:こ の 提 案 は、
ければならないだろう。
マーケティング・リサーチ部門の長によってなさ
また、動機づけの次元に対しては、企業構成員
れたものである。事業部とマーケティング・リ
の個人的な目標は組織目標と必ずしも一致してい
―6
4―
社 会 学 部 紀 要 第9
9号
ないということが前提とされている。したがっ
仮説1:独立変数②と独立変数③とは無関係
て、組織目標の実現のためには、調整次元におい
に、複雑性と不確実性に関する認知の
て計画されたルールに企業構成員が従い、諸活動
程度(独立変数①)が増大すると、内
が遂行されていくことが必要であり、そのために
部市場を導入しようとする意図も増大
動機づけ次元が考慮されることも必要なのであ
する。
る。その際、計画に基づく調整メカニズムから市
仮説2:独立変数①と独立変数③とは無関係
場に基づく調整メカニズムに移行することは、動
に、計画能力が不十分であると認知す
機づけの焦点を活動の統制から職務達成の結果の
ればそれだけ(独立変数②)
、内部市
統制にシフトさせるということを意味している。
場を導入しようとする意図も増大す
またフレーゼ自身は、市場に基づく統制メカニズ
る。
ムによって、企業のメンバーの動機づけを高める
仮説3:独立変数①と独立変数②とは無関係
ことができると仮定しているが、いずれにして
に、内部市場の調整の能率と動機づけ
も、この研究においては、動機づけ次元に関して
能率に対する信頼性(独立変数③)が
は、活動統制を好むのか、結果統制を好むのかと
増大すると、内部市場を導入しようと
いうマネジャーの選好が、内部市場を導入する根
する意図も増大する。
拠の1つとみなされている。
したがって、計画能力の不十分さという命題
第2の仮説グループは、第1のグループとは異
は、次のように要約することができる。まず調整
なり、独立変数間に相互関係が存在するものと仮
次元においては、複雑性と不確実性が増大した場
定されている。その仮説は上述の独立変数の中か
合には、その計画システムの能力が低下し、その
ら2つが選択され、その相互関係が内部市場を導
ために、マネジャーによって内部市場が好まれる
入するというマネジャーの意図(従属変数)にど
ことになる。他方、動機づけ次元においては、複
のような影響を及ぼすのかということを仮定した
雑性と不確実性が増大した場合には、活動統制は
ものであり、具体的には次の通りである。
結果統制によって代替される可能性が生じるが、
仮説4:複雑性と不確実性に関する認知の程度
その際に重要となる要素が、活動統制を好むの
(独立変数①)が高ければそれだけ、
か、結果統制を好むのかというマネジャーの選好
計画能力に関して認知された不十分さ
なのである。これらの関係をテストするために、
の程度(独立変数②)は、内部市場を
フレーゼらは2つの仮説グループを区別し、考察
導入しようとする意図に対して、強く
している。
影響を及ぼすだろう。同じく、計画能
第1の仮説グループにおいては、次のような独
力に関して認知された不十分さの程度
立変数が考慮される。このグループに含まれる仮
(独立変数②)が高ければそれだけ、
説は、これらの独立変数が内部市場を導入すると
複雑性と不確実性に関する認知の程度
いうマネジャーの意図(従属変数)にどのような
(独立変数①)は、内部市場を導入し
影響を及ぼすのかということを仮定したものであ
ようとする意図に対して、強く影響を
る。
及ぼすだろう。
①複雑性と不確実性に関する認知の程度
②計画能力に関する認知の程度
③内部市場の調整能率と動機づけ能率に対する
信頼性
仮説5:複雑性と不確実性に関する認知の程度
(独立変数①)が高ければそれだけ、
内部市場の調整能率と動機づけ能率
に対する信頼性(独立変数③)は、内
部市場を導入しようとする意図に対し
その際、この仮説グループにおいては、変数間に
て、強く影響を及ぼすだろう。同じ
は相互関係がないものと仮定されている。具体的
く、内部市場の調整能率と動機づけ能
にその仮説とは次の通りである。
率に対する信頼性(独立変数③)が高
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5
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5―
ければそれだけ、複雑性と不確実性に
企業外部においては、市場価格がサービスに対す
関する認知の程度(独立変数①)は、
る需要を決定しているように、内部市場において
内部市場を導入しようとする意図に対
は、内部価格が企業内部のサービスに対する需要
して、強く影響を及ぼすだろう。
を決定する際に決定的なものであるのかというこ
仮説6:計画能力に関して認知された不十分さ
とである。また、動機づけ能率に関しては、次の
の程度(独立変数②)が高ければそれ
2つに関して質問がなされた。第1は、企業内部
だけ、内部市場の調整能率と動機づけ
に内部市場を導入することによって、従業員の動
能 率 に 対 す る 信 頼 性(独 立 変 数 ③)
機づけが上昇するのか否かについてである。第2
は、内部市場を導入しようとする意図
は、実現した結果を直接的に把握できるように組
に対して、強く影響を及ぼすだろう。
織単位が形成されれば、その単位の構成員の動機
同じく、内部市場の調整能率と動機づ
づけは増大すると考えるか否かであり、この質問
け能率に対する信頼性(独立変数③)
に対し て マ ネ ジ ャ ー が 同 意 す る な ら ば、マ ネ
が高ければそれだけ、計画能力に関し
ジャーが内部市場の動機づけ能率を信用している
て認知された不十分さの程度(独立変
と仮定された。
数②)は、内部市場を導入しようとす
そして最後に、内部市場を導入するという意図
る意図に対して、強く影響を及ぼすだ
に関しては、次の方法で調査が行われた。まず回
ろう。
答者に対しては、Ⅲ―3において示したような具
体的なケースが2つ示される。回答者は、それぞ
これらの仮説をテストするために、各変数に関
れのケースに対して、内部市場に基づく調整メカ
して、次のことが調査された。まず、複雑性と不
ニズムを好むのか、あるいは計画に基づく調整メ
確実性に関しては、次の2つの間接的な指標が用
カニズムを好むのかということに関して、自らの
いられ、調査された。その指標とは、産業内での
選好とその強度を7点尺度上で示すことができ
市場圧力(競争の激しさ)がどの程度増大したの
る、というものである。
か、およびグローバル化の進展が市場圧力をどの
程度増大させたのかということである。また、フ
5.調査結果
レーゼらの研究では、産業内での市場圧力とグ
Ⅲ―4において検討した各変数に関して設定さ
ローバル市場で増大する市場圧力は、意思決定を
れた質問に基づき、調査結果をまとめると、次の
より複雑なものにし、リスクと不確実性を高くす
通りである。
ると仮定されている。
まず、第1の仮説グループに関しては、仮説1
計画システムの能力に関しては、次の4つの項
は統計的に有意な結果は得られなかった。つま
目が選択された。すなわち、①一般的な意味にお
り、競争からの圧力が高くなることによって複雑
ける計画システムの能力について、②高く競争的
性と不確実性が増大すると、内部市場を導入する
で急速に変化する市場における計画システムの能
という意図が増大するという仮説に関しては、そ
力について、および③複雑性が増大した市場にお
れを支持する結果は得られなかったのである。し
ける計画システムの能力について、質問がなされ
かしながら、その他2つの仮説は統計的に有意な
たのである。そして回答者には、④過去10年の間
結果が得られた。すなわち、計画能力に関して認
に、複雑な問題を処理するための計画システムの
知された不十分さの程度が増大すると、内部市場
能力が変化したのか否かに関しても質問された。
を導入しようとする意図も増大するという仮説2
また、能率に関しては、調整能率と動機づけ能
は統計的に有意な結果を得ることができた。同様
率とが区別された。調整能率に関しては、次の2
に、内部市場の調整の能率と動機づけ能率に対す
つに関して質問がなされた。第1は、複雑な意思
る信頼性が増大すると、内部市場を導入しようと
決定を含むような問題が、内部市場を通してより
する意図も増大するという仮説3も統計的に有意
良く解決されるのか否かである。そして第2は、
な結果を得ることができたのである。したがっ
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6―
社 会 学 部 紀 要 第9
9号
て、フレーゼらの定式化した第1の仮説グループ
ある。今後、内部市場の経験的な研究を行う際に
のうち2つの仮説が支持されたことになる。
は、実践で用いられている用語と、学問において
また、第2の仮説グループに関しては、仮説4
用いられている用語との間に相違があるのか否
は統計的に有意な結果は得られなかった。つま
か、また、ある場合にはそれを明らかにし、修正
り、複雑性と不確実性に関する認知の程度と、計
しなければならないだろう。
画能力に関する認知の程度との間の相互関係が、
そして第2は、追加的な変数として、計画に関
内部市場を導入しようとする意図に影響を及ぼす
するマネジャーの価値観と、市場に関するマネ
という仮説に関しては、それを支持する結果は得
ジャーの価値観を考慮に含めることも必要である
られなかったのである。しかしながら、仮説5と
としている点である。なぜなら、そうすることに
仮説6については、統計的に有意な結果が得られ
よって、内部市場に対するマネジャーの選好の説
た。したがって、内部市場を導入しようとする意
明に貢献するかもしれないからである。たとえ
図に対しては、独立変数①(複雑性と不確実性に
ば、「市場」に対しては、自由な、そして自律的
関する認知の程度)と独立変数③(内部市場の調
な行為者が想定される。したがって、
「市場」は
整能率と動機づけ能率に対する信頼性)との相互
自由と自律性という価値観に直接的に関係してい
関係および独立変数②(計画能力に関する認知の
るのである。このコンテクストにおいては、市場
程度)と独立変数③(内部市場の調整能率と動機
に基づく調整メカニズムを好むマネジャーは、自
づけ能率に対する信頼性)との相互関係が影響を
己統制と自律性を強調し、平等よりも自由に優先
及ぼすことが確認されたのである。
順位を与え、そして調和をあまり好まないと予測
することは、もっともらしいように思われるので
6.おわりに
ある。
以上では、ドイツにおけるマネジャーの内部市
このように、今後の研究の発展の方向としてさ
場に対する選好に関して、フレーゼらの研究をも
まざまな可能性を有するのであるが、いずれにし
とに検討を加えてきた。そこでは、合計6つの仮
ても、ケルン大学、フォーダム大学および関西学
説がたてられ、その中で、4つの仮説に関して統
院大学によって実施されたこの国際共同研究は、
計的に有意な結果が得られたのである。
内部市場に関する経験的な研究の先駆的なもので
フレーゼらはさらなる研究のために、インプリ
あり、組織論の分野のみならず、さまざまな学問
ケーションとしていくつかの点をあげているが、
分野において、極めて重要な研究であると位置づ
ここでは組織論的な視点から興味深いものを2点
けることができるものである。また、本稿ではド
挙げてみたい。まず、「計画」と「市場」という
イツに限定して検討したのであるが、そのほかに
用語自体の問題である。つまり、回答者が有する
も日本とアメリカにおいて調査が行われており、
「計画」と「市場」という用語のイメージと、研
それらを比較することも興味深い研究であろう。
究において調査しようとしていた概念とは異なっ
ていたかもしれないという問題が考えられるので
(宮田将吾)
October 2
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7―
The Study of Managers’ Orientation and Management
Organization: From a Comparative Perspective
ABSTRACT
The first part of this paper deals with the results of manager surveys conducted in
Germany, the USA and Japan. From a general theoretical perspective, orientations have
cognitive, evaluative and affective aspects. We conceptualize that hypotheses and
perceptions are cognitive, values evaluative, and preferences and feelings affective. The
surveys investigate these three aspects of the managers’ orientation from a comparative
perspective. The international project has been coordinated by Erich Frese and Wolfgang
Jagodzinski, who are also responsible for the German survey. William Egelhoff is the
primary investigator in the USA. The Japanese project and survey is coordinated by
Kazufumi Manabe.
The second part begins with the findings of the manager surveys which indicate that
the German managers have a stronger preference to market mechanisms than American
and Japanese managers. At the same time, German managers feel that the labor market is
overregulated. Then, this part explains the background of these findings based on the
principles of the social market economy in Germany.
The third part of this paper introduces the study on internal markets in German
companies (Frese E.!Jagodzinski W.: Do German Managers Introduce Internal Markets to
Offset Planning Failures ?). The study is based on the above mentioned international
project. Frese and Jagodzinski focus on the preferences of German managers for internal
markets. In their study, four variables(① the perceived complexity and uncertainly of the
situation, ② the perceived capacity of the established planning system, ③ the beliefs in
the coordination and motivation efficiency of internal markets, and ④ the intention to
introduce internal markets)are operationalized and hypotheses on the relationships among
these variables are tested.
Key Words : managers’ orientation, German model of the firm, internal market of the firm
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