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第1章 - 内閣府

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第1章 - 内閣府
第Ⅰ部
海外経済の動向・政策分析
第1章
多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて
第Ⅰ部
第1章のポイント
1.先進諸国の雇用情勢と近年の雇用戦略
z
z
z
先進諸国の雇用情勢は緩やかに改善しており、2000年代前半におけるOECD主要国の
就業率をみると、北ヨーロッパ諸国や英語圏諸国は比較的高い。一方、大陸ヨーロッパ
諸国や南ヨーロッパ諸国の就業率は依然低く、高い失業率と長期失業の解消も課題とな
っている。
若年者、女性、高齢者の雇用情勢をみると、改善もみられるものの、それぞれの就業率
は全体を下回っている。特に若年者では失業率が高いままであり、女性、高齢者では労
働参加率が低いなど、依然課題が残っている。
OECDやEUの雇用戦略では、 (1)働き手の減少が予測される中で、労働参加や就業
を阻害している要因の解消等を通じて、労働参加を高めながら就業を増やすこと、(2)世
界の競争激化等の変化への対応といった点に重点が置かれている。
2.より多くの人が活躍できる労働市場の構築
z
z
z
(1) 就労への意欲阻害要因の解消と就業能力向上のための支援: 英国の若年者向けニ
ューディール政策は、インセンティブと就業能力向上の後押しを支援の中心に据えてい
ること、カウンセリングの充実等を特徴とし、長期失業への効果等おおむね肯定的な評
価を得ている。また、アメリカ・英国では就労インセンティブを後押しするための就労
を条件とした税額控除の仕組みが導入され、配偶者の無い母親を中心に就労促進効果が
みられる。こうした政策は、連携や整合性を図ることでより大きな効果を持つことが期
待され、幾つかの国では、給付と支援をより密接に結び付ける取組が行われている。ま
た、就労型給付も、他の税や公的給付と整合的なものとなるよう検討することが重要で
ある。
(2) 意欲のある働き手を労働市場に引き付ける環境整備: フランスでは、育児期にお
ける働き方等での幅広い選択肢の提供と同時に、フルタイムとパートタイム労働者の均
等待遇やフルタイムとパートタイムの転換のための制度が整備されている。EUでは、
年齢差別禁止への取組が進められ、包括的であることと、柔軟な制度作りが特徴となっ
ている。意欲ある働き手を労働市場に引き付けるために、多様な選択肢の提供と合わせ
て、公平、公正を確保するための横断的なルールを整備することが重要であろう。また、
フィンランドにおける高齢者の就業への取組は、勤労意欲への働きかけ、能力向上支援、
職場環境の整備等総合的なアプローチが特徴の一つとなっている。
(3) 市場メカニズムの活用と安定的な成長による労働需要の増加: 労働需要に影響を
与える構造要因として考えられるものをみると、個別の国によるばらつきはあるものの、
就業率の高い国では総じて市場の規制(生産物市場規制、サービス市場規制)が緩く、
労働保護法制が緩く、税のくさびが小さい傾向にある。また、就業率の伸びが大きかっ
た国では、物価上昇率が低下するとともに、成長率が高まり、また変動も小さくなる中
で、失業率が低下し労働参加率が上昇した結果、就業率が上昇した。安定的な経済成長
が就業機会の拡大に向けて重要であると示唆される。
3.まとめ
z
z
経済や社会情勢の変化の中で、まずは、市場メカニズムを活用した構造面からの競争力
の強化と、安定的な経済成長を促す経済運営により、就業機会を拡大していくことが重
要である。
そして、より多くの人が活躍できる労働市場の構築という一つの目標に向けて、働き手
の意欲阻害要因の解消と就業能力の向上支援、多様な働き方を実現する選択肢の提供、
横断的なルール作りも含めた様々な政策に総合的に取り組むとともに、各政策が整合的
に行われることが極めて重要である。
第1章
多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて
先 進 諸 国 に お け る 雇 用 問 題 と し て 、か つ て は 、失 業 を 減 ら す こ と が 大 き な
関 心 事 項 で あ っ た が 、近 年 の 欧 米 各 国 の 取 組 に お い て は 、失 業 を 減 ら す だ け
で は な く 、よ り 多 く の 働 き 手 を 労 働 市 場 に 引 き 付 け 就 業 者 を 増 や し て い く こ
と が 重 要 視 さ れ て き て い る 。 つ ま り 、「 失 業 を 減 ら す 」 と い う こ と に は 、 失
業 者 が 求 職 を や め て 労 働 参 加 し な く な っ て し ま う 場 合 も 含 ま れ 、必 ず し も 就
業 者 の 増 加 に つ な が る と は 限 ら な い 。 一 方 、「 就 業 者 を 増 や す 」 こ と は 、 意
欲を持った働き手の労働参加や就業を阻害している制度その他の要因を解
消 す る こ と な ど に よ っ て 、失 業 か ら 就 業 へ の 転 換 に 加 え て 、現 に 労 働 参 加 し
ていない人も含めたより多くの働き手が働くことができるようにすること
を目指すものである 1 。
こ う し た 変 化 の 背 景 の 一 つ に は 高 齢 化 社 会 の 進 展 が あ る 。働 き 手 と な る 人
口 の 伸 び が 鈍 化 、あ る い は 減 少 す る こ と さ え も 予 測 さ れ る 中 で 、貴 重 な 人 材
を 浪 費 し て し ま う こ と は 経 済 成 長 に と っ て 大 き な 損 失 で あ る 。そ し て 、働 き
手 に と っ て も 、就 労 し 所 得 を 得 る こ と が 生 活 の 基 礎 と な る だ け で は な く 、社
会の中で生涯にわたって自らの能力を発揮する機会があるということは重
要なことであろう。
本 章 で は 、先 進 諸 国 の 雇 用 情 勢 や 雇 用 戦 略 を 概 観 す る と と も に 、各 国・地
域 で の 特 徴 的 な 取 組 事 例 を 交 え な が ら 、市 場 原 理 を 活 か し つ つ 、よ り 多 く の
働き手が、労働市場において活躍できるための政策について検討する。
第1節
先進諸国の雇用情勢と近年の雇用戦略
1.緩やかに改善する先進諸国の雇用情勢
1
本 章 で は 働 く こ と が 可 能 な 者 を 「 働 き 手 」 と し 、 そ の 中 に は 、 (1)就 業 し て い る 者 ( 就 業 者 )、
(2)就 業 し て い な い が 求 職 活 動 を し て い る 者 ( 失 業 者 )、 (3)就 業 し て お ら ず 就 職 活 動 も し て い な い
者(労働参加していない者)を含む。
15∼ 64歳 人 口( ま た は「 20∼ 24歳 」等 の 各 年 齢 人 口 )に 占 め る 、(ア )「 就 業 者 と 失 業 者 の 合 計( 労
働 参 加 者 )」 の 割 合 を 「 労 働 参 加 率 」 と し 、 (イ )就 業 者 の 割 合 を 「 就 業 率 」 と し て い る 。
ま た 、「 失 業 率 」 は 「 失 業 者 数 」 を 「 労 働 参 加 者 数 」 で 除 し た も の で あ り 、 労 働 参 加 し て い な い
者は含まれない。
●北ヨーロッパ諸国や英語圏諸国で比較的高い就業率
2000年 代 前 半( 01∼ 05年 平 均 )に お け る O E C D 主 要 国 の 就 業 率 を み る と
( 第 1-1-1(1)図 )、 ノ ル ウ ェ ー 、 デ ン マ ー ク 、 ス ウ ェ ー デ ン 等 の 北 ヨ ー ロ ッ
パ 諸 国 と ア メ リ カ 、英 国 、カ ナ ダ 、オ ー ス ト ラ リ ア 等 の 英 語 圏 諸 国 、日 本 等
で O E C D 平 均 を 上 回 る 水 準 と な っ て い る 。一 方 、ド イ ツ 、フ ラ ン ス 、ベ ル
ギ ー 、イ タ リ ア と い っ た 大 陸 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 や 南 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 で 低 い も の
となっている。
1990年 代 前 半( 91∼ 95年 平 均 )と 2000年 代 前 半 と で 比 較 す る と 、お お む ね
緩 や か な 上 昇 が み ら れ て い る 。比 較 的 高 水 準 な ス ウ ェ ー デ ン 、ア メ リ カ 、日
本といった国では頭打ちとなっているものの、デンマーク、英国、カナダ、
オ ー ス ト ラ リ ア 等 で 上 昇 し 、ま た 、ワ ー ク シ ェ ア リ ン グ が 進 ん だ オ ラ ン ダ や
経 済 が 急 成 長 し た ア イ ル ラ ン ド は 90年 代 前 半 に は そ れ ほ ど 高 く な か っ た も
の の 2000年 代 前 半 に か け て 大 き な 上 昇 が み ら れ た 。
●大陸ヨーロッパ諸国等では高失業が続く
ま た 、 2000年 代 前 半 の 失 業 率 の 動 向 を み る と ( 第 1-1-1(2)図 )、 就 業 率 が
高 い 英 語 圏 諸 国 や 北 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 で は 低 く な っ て い る 。一 方 、大 陸 ヨ ー ロ
ッパ諸国や南ヨーロッパ諸国においては改善もみられるものの、スペイン、
フ ラ ン ス 、ド イ ツ 、イ タ リ ア 等 で 依 然 と し て 高 い 失 業 率 と な っ て い る 。ま た 、
これらの国では失業者に占める1年以上の長期失業者の割合がおおむね4
割 を 超 え 、 特 に イ タ リ ア 、 ド イ ツ 等 で は 50% を 超 え て お り ( 付 図 1-1参 照 )、
高い失業率と長期にわたる失業の解消が依然として課題となっている。
90年 代 前 半 と 比 較 す る と 、O E C D 平 均 で は 改 善 が み ら れ る 中 、従 来 低 水
準 で あ っ た 日 本 や ス ウ ェ ー デ ン の ほ か 、高 水 準 に あ る ド イ ツ 、ギ リ シ ャ で は
悪 化 し た 。一 方 、従 来 は 比 較 的 失 業 率 の 高 か っ た ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 、デ ン マ
ー ク 、ア イ ル ラ ン ド 、英 国 、オ ー ス ト ラ リ ア 等 で 大 き な 改 善 が み ら れ て い る 。
第1-1-1図 先進諸国の就業率と失業率の推移
(1)就業率
(%)
90
01∼05年
91∼95年
80
81∼85年
70
60
50
40
30
20
10
アイスランド
スイス
ノルウェー
デンマーク
スウェーデン
ニュージーランド
日本
アメリカ
英国
カナダ
オランダ
ポルトガル
オーストラリア
オーストリア
(%)
フィンランド
OECD全体
アイルランド
韓国
ドイツ
ルクセンブルク
フランス
スペイン
ベルギー
ギリシャ
イタリア
0
(2)失業率
21
18
91∼95年
15
81∼85年
12
9
01∼05年
6
3
(備考)1.OECD Labour Force Statistics より作成。
2.就業率は、全年齢・男女の生産年齢(15∼64歳)人口に占める就業者の割合。
3.ドイツは、1990年までは西ドイツのデータ。
4.期間の一部でデータが欠損している場合、データが存在する年の平均をもって5年間の平均とした。
アイスランド
ルクセンブルク
韓国
スイス
オランダ
ノルウェー
アイルランド
オーストリア
ニュージーランド
デンマーク
英国
日本
アメリカ
ポルトガル
オーストラリア
スウェーデン
OECD全体
ベルギー
カナダ
イタリア
フィンランド
ドイツ
フランス
ギリシャ
スペイン
0
●若年者、女性、高齢者の雇用情勢には依然課題が残る
全 体 と し て 雇 用 情 勢 は 改 善 傾 向 に あ る も の の 、グ ル ー プ 別 に み る と 、若 年
者 、女 性 、高 齢 者 の 就 業 率 は そ れ ぞ れ 全 体 2 を 下 回 り 、依 然 と し て 課 題 が 残
っ て い る( 第 1-1-2図 )。就 業 率 が 低 い こ と の 要 因 と し て は 、そ も そ も 労 働 参
加 し て い な い 者 の 割 合 が 高 い こ と ( 低 い 労 働 参 加 率 )、 労 働 参 加 は し て い る
も の の 求 職 活 動 が な か な か 就 業 に 結 び つ か な い こ と( 高 い 失 業 率 )の 二 つ の
要因が考えられる。
若 年 者 に つ い て は 、労 働 参 加 率 の 低 下 は 主 に 就 学 期 間 が 長 く な っ て い る こ
と を 反 映 し た も の と 考 え ら れ る が 、失 業 率 は 低 下 傾 向 に あ る も の の 、全 体 と
の 比 率 は 2 倍 程 度 と 高 い ま ま で あ り 、職 業 訓 練 や 求 職 サ ポ ー ト 等 の 失 業 か ら
就業への移行支援が特に重要と考えられる。
女 性 に つ い て は 、失 業 率 は 全 体 を や や 上 回 る 程 度 で あ る が 、労 働 参 加 率 は 、
改 善 傾 向 に あ る も の の 依 然 全 体 を 10% 程 度 下 回 っ て お り 、女 性 が 生 涯 を 通 じ
て 職 業 面 で 活 躍 す る と い う 点 に お い て 難 し い 選 択 を 迫 ら れ が ち な 出 産・育児
期 に お け る 対 策 や 支 援 等 、労 働 参 加 を 阻 害 す る 要 因 の 解 消 を 通 じ て 、意 欲 の
あ る 女 性 が 労 働 市 場 に 参 加 し 、ま た 就 業 を 継 続 し や す い 環 境 を 整 備 す る こ と
が特に重要と考えられる。
高 齢 者 に つ い て は 、失 業 率 は 低 い 水 準 で あ る も の の 、特 に ヨ ー ロ ッ パ に お
け る 早 期 退 職 の 促 進 等 に よ り 80年 代 に は 労 働 参 加 率 が 低 下 し た 。90年 代 後半
以 降 、50歳 台 後 半 だ け で な く 60歳 台 前 半 で も 労 働 参 加 率 の 上 昇 が み ら れ て い
る が 、多 く の 先 進 諸 国 に お い て 高 齢 化 社 会 の 進 展 が 予 想 さ れ る 中 で 、引 き 続
き 意 欲 の あ る 高 齢 者 の 労 働 参 加 を 支 援 し て い く こ と が 、各 国 に と っ て 重 要な
課題となっている。
こ う し た 視 点 を 踏 ま え 、 第 2 節 で は 、 (1)若 年 者 に つ い て 、 就 業 意 欲 を 阻
害 す る 要 因 の 解 消 と 就 業 能 力 の 向 上 支 援 を 重 視 す る 英 国 の 例 、 (2)女 性 に つ
い て 、 育 児 期 の 多 様 な 働 き 方 を 提 供 す る フ ラ ン ス の 例 、 (3)高 齢 者 に つ い て
は 、E U の 年 齢 差 別 禁 止 へ の 取 組 、フ ィ ン ラ ン ド の 総 合 的 な 取 組 事 例 を そ れ
ぞれ紹介する。
2
こ こ で の「 全 体 」と は 、就 業 率 及 び 労 働 参 加 率 に つ い て は 15∼ 64 歳 、失 業 率 は 全 年 齢 に 対 す る
そ れ ぞ れ の 値 を 指 す ( と も に 男 女 計 )。
第1-1-2図 若年者・女性・高齢者の雇用情勢の推移
(1)就業率の推移(OECD全体)
(%)
80
全体
70
67.7
55∼59歳
60
62.1
57.8
女性
50
60∼64歳
40
42.9
39.3
若年者
30
1981
83
85
87
89
91
93
95
97
99
01
03
05(年)
(2)失業率の推移(OECD全体)
(%)
20
若年者
16
13.3
12
女性
8
6.9
6.6
4.8
4.2
全体
4
60∼64歳
55∼59歳
0
1981
83
85
87
89
91
93
95
97
99
01
03
05(年)
(3)労働参加率の推移(OECD全体)
(%)
80
72.5
70
55∼59歳
全体
65.2
62.1
60
女性
50
49.5
若年者
60∼64歳
41.1
40
30
1981
83
85
87
89
(備考)1.OECD Labour Force Statistics
2.若年者は、15∼24歳。
91
93
より作成。
95
97
99
01
03
05(年)
2.雇用戦略にみられる方向性
●OECD雇用戦略:労働参加への障害を取り除くことがかぎ
高 止 ま る 失 業 に 各 国 が 悩 ま さ れ る 中 、90年 代 に は 、O E C D や E U に よ っ
て「雇用戦略」という形での政策提言がなされた。
O E C D は 、94年 に「 雇 用 戦 略 」を 打 ち 出 し 、職 業 訓 練 や 職 業 紹 介 等 の 積
極 的 労 働 市 場 政 策 3 の 強 化 、労 働 コ ス ト や 労 働 時 間 の 柔 軟 化 、失 業 関 連 給 付
の 見 直 し 等 の 労 働 市 場 に 関 す る 政 策 の ほ か 、持 続 的 な 成 長 促 進 の た め の マク
ロ 経 済 政 策 や 市 場 の 競 争 促 進 等 も 含 め た 幅 広 い 提 言 を 行 っ た 。そ の 後 の 情 勢
変 化 等 を 踏 ま え 、06年 に は 雇 用 戦 略 を 改 訂 し た が 、そ の 背 景 と し て O E C D
は 、従 前 の 雇 用 戦 略 は 比 較 的 失 業 の 減 少 に 焦 点 を 当 て て い た と し た 上 で 、人
口 の 高 齢 化 に 備 え て 、労 働 参 加 へ の 障 害 を 取 り 除 く こ と が 重 要 な か ぎ に なっ
て き た と し て い る 4 。ま た 、さ ら な る 課 題 と し て 、技 術 進 歩 や グ ロ ー バ ル 化
と い っ た 変 化 の 中 で 、企 業 や 労 働 者 が そ れ を 機 会 と し て 利 用 す る こ と や 変化
に迅速に対応できるようにすることを挙げている。
具 体 的 に は 、(1)適 切 な マ ク ロ 経 済 政 策 を 行 う こ と 、(2)労 働 市 場 へ の 参 加
や 求 職 活 動 へ の 障 害 を 取 り 除 く こ と( 適 切 に 設 計 さ れ た 失 業 給 付 制 度 と 積 極
的 労 働 市 場 政 策 の 実 施 、育 児 支 援 等 の 家 族 政 策 の 促 進 等 )、(3)労 働 需 要 に 対
す る 労 働・生 産 物 市 場 関 連 の 障 害 の 解 消 に 取 り 組 む こ と 、(4)労 働 者 の 技 能 、
能 力 の 開 発 を 促 進 す る こ と の 四 つ が 柱 と な っ て い る ( 第 1-1-3表 )。
3
「積極的労働市場政策」については脚注8参照。
4
O E C D ( 2006a)
第1-1-3表 OECD雇用戦略改訂版(2006年6月)の概要
A.適切なマクロ経済政策を
実施する
・マクロ経済政策は物価の安定と持続可能な財政を目指し、金利を低水準
にとどめ、投資と労働生産性を高めるようにすべき。それが雇用に潜在的に
好ましい効果をもたらす経済成長を強める。
B.労働市場への参加や求職
活動への障害を取り除く
(1)適切に設計された失業給付制度と積極的労働市場政策を実施する
・失業給付の所得代替率と給付期間は、過度に求職活動の意欲を喪失させ
ることのない水準に設定されるべき。
・失業期間が、グループ(若年者や高齢者の求職者等)ごとの一定期間の
失業状態を経過した後は、効果的な積極的労働市場プログラムへの参加を
強制的なものとするべき。
(2)その他の非就業給付を、働くことをより目指したものとする
(3)家庭に親和的な政策を促進する
・育児支援等の家庭に親和的な政策が仕事と家庭生活の調和を助けるような
労働時間の取組とともに、家族で責任を有する者の就業への障害を取り除く
ように実施されるべき。
(4)税制やその他の移転プログラムを、働くことが得になるように調整する
C.労働需要に対する労働/
生産物市場の障害の解消に取
り組む
(1)賃金と労働コストが労働市場の発展に対応したものにする
(2)生産物市場における競争を高める
・新規企業の参入に関する法的な障害は、競争が可能なすべての分野において
取り除かれるべき。
・競争を制限するような国家の企業行動の統制は減らされるべき。
(3)柔軟な労働時間の取組を促進する
(4)労働保護法制を労働市場のダイナミズムを促しつつ、労働者の安定をもたら
すものとする
・労働保護法制は、過度に厳しい国においては改革されるべき。
D.労働者の技能・能力開発
を促進する
(1)労働者の技能の改善につながる次のような取組をすべき
・成人が訓練や職業経験から得た新しい技能の認定制度の構築。
・企業の技術的要求に効果的に対応するものとし、訓練の質を向上させる。
(2)学校から就労への移行を促進するため、キャリアガイダンスの改善等
により、労働市場が必要とする技能を獲得できるようにすること
(備考)OECD
Boosting Jobs and Incomes
第3章を基に要約。
● E U 雇 用 戦 略 :「 フ ル 就 業 」 を 目 指 す
ヨ ー ロ ッ パ で は 、97年 の ル ク セ ン ブ ル ク 理 事 会 で 第 1 期 雇 用 戦 略 が 決 定 さ
れ 、2000年 の リ ス ボ ン 理 事 会 で は「 フ ル 就 業 」の 目 標 が 追 加 さ れ た 5 。これ
は 、失 業 者 の み な ら ず 、様 々 な 理 由 か ら 労 働 参 加 し て い な い 者 に も 労 働 参 加
の 機 会 を 提 供 し 、さ ら に は 仕 事 を 通 じ て 社 会 参 加 を 促 し て い く こ と を 目 指 し
た も の で あ り 、 05年 に 示 さ れ た 「 雇 用 政 策 ガ イ ド ラ イ ン 」( 05∼ 08年 ま で の
計 画 )に お い て も 、フ ル 就 業 を 達 成 す る こ と が 目 標 の 一 つ と し て 掲 げ ら れ て
い る 6 。 ま た 、 具 体 的 に は 、 (1)よ り 多 く の 人 々 を 雇 用 に 引 き 付 け 労 働 供 給
を 拡 大 す る こ と( 若 年 者 、女 性 、高 齢 者 の 労 働 参 加 の 促 進 、税 や 給 付 に よ る
5
「 フ ル 就 業 (full employment)」の 目 標 に 合 わ せ て 、失 業 率 で は な く 就 業 率( 2010 年 ま で に E U 平
均 で 70% ) が 数 値 目 標 と し て 示 さ れ て い る 。
6
こ の 「 ガ イ ド ラ イ ン 」 は 八 つ の 個 別 の ガ イ ド ラ イ ン ( № 17∼ 24) か ら 構 成 さ れ 、 ま ず 最 初 の №
17に お い て フ ル 就 業 、 仕 事 の 質 と 生 産 性 の 改 善 、 社 会 ・ 地 域 の 結 束 の 三 つ が 列 挙 さ れ て い る 。
イ ン セ ン テ ィ ブ 阻 害 要 因 の 見 直 し 、求 職 者 へ の 就 業 支 援 等 )、(2)経 済 の グ ロ
ーバル化や技術進歩といった変化に対する企業や労働者の適応力を高める
こ と 、(3)人 的 資 本 へ の 投 資 の 拡 大 と い っ た こ と が 柱 と な っ て い る( 第 1-1-4
表 )。
O E C D の 雇 用 戦 略 と 共 通 し て い る の は 、働 き 手 の 労 働 参 加 や 就 業 を 阻 害
し て い る 要 因 の 解 消 等 を 通 じ て 、失 業 の 解 消 に と ど ま ら ず 、労 働 参 加 を 高 め
な が ら 就 業 を 増 や し て い く こ と を 目 指 す 点 で あ る 。背 景 に は 、働 き 手 の 人口
の 減 少 が 予 想 さ れ る こ と が あ る 。ま た 、特 に ヨ ー ロ ッ パ に お い て は 、長 期 の
失業者が社会から疎外される 7 という社会的問題も強く意識されている。
こ の ほ か 、世 界 的 な 競 争 激 化 や 早 い 技 術 進 歩 と い っ た 変 化 に い か に 対 応 す
る か 、労 働 者 の 技 術 向 上 支 援 と い っ た と こ ろ に も 重 点 が 置 か れ 、こ う し た 点
についてもOECDと同様の問題意識が表れている。
第1-1-4表 EU雇用政策ガイドライン(2005年7月)の概要
○フル就業、仕事の質と生産性の改善、社会・地域の結束の強化に向けた雇用政策の実施
1.より多くの人を就業に引き付け労働供給を拡大、社会保護システムの近代化
○生涯を通じた仕事へのアプローチの促進
・若年者の就業経路の確立と失業を減らすための政策の刷新
・女性の労働参加の増加や雇用、報酬等での男女差の縮小への断固たる措置
・仕事と私生活のよりよい両立、利用しやすい育児施設等の提供
・活力のある高齢化の支援
○包括的な労働市場の確保、働く魅力の向上、経済的に見合う報酬
・個々の行動計画の一環としての、求職サポート、指導、訓練等の支援を含む、積極的及び
予防的な労働市場への施策
・課税及び給付制度によるインセンティブ及びディスインセンティブについての継続的な検討
○労働市場のニーズに応じたマッチング機能の改善
2.労働者、企業の適応力の改善
○雇用保障を伴う柔軟性の促進と労働市場分割化の是正
○雇用促進的な労働コスト・賃金設定の制度の確立
3.教育・技術を通じた人的資本への投資の拡大
○人的資本投資の拡大と改善
○新たな能力開発の必要性に対応した教育訓練制度の導入
(備考)European Union(2005)より作成。
7
「 social exclusion」と い わ れ 、経 済 的 事 由 、能 力 や 学 習 機 会 の 不 足 、差 別 等 に よ っ て 個 人 の 社 会
参 加 が 妨 げ ら れ る こ と へ の 対 応 が 課 題 と な っ て い る 。ヨ ー ロ ッ パ で は 、社 会 統 合( social inclusion)
を 目 指 し 、労 働 参 加 率 向 上 に 向 け た 取 組 の ほ か 、教 育 や 保 健 医 療 等 の 機 会 の 確 保 、差 別 の 解 消 と い
った取組が行われている。
第2節
より多くの人が活躍できる労働市場の構築
働きたい人が活躍できる労働市場の構築に向けての政策は、労働供給側
( 働 き 手 )、労 働 需 要 側 双 方 で 非 常 に 多 岐 に わ た る も の で あ る が 、本 節 で は 、
(1)就 労 へ の 意 欲 阻 害 要 因 の 解 消 と 就 業 能 力 向 上 の た め の 支 援 、(2)意 欲 の あ
る 働 き 手 を 労 働 市 場 に 引 き 付 け る 環 境 整 備 、 (3)市 場 メ カ ニ ズ ム の 活 用 と 安
定 的 な 成 長 に よ る 労 働 需 要 の 増 加 、の 三 つ の 視 点 か ら 、各 国 の 個 別 事 例 を 紹
介しつつ検討していくこととする。
1.就労への意欲阻害要因の解消と就業能力向上のための支援
失 業 者 や 労 働 参 加 し て い な い 者 に 対 し て 、職 業 訓 練 や 求 職 サ ポ ー ト 等 を 通
じ た 就 業 能 力 向 上 の た め の 支 援 8 を よ り 重 視 す る 国 が 増 え て い る 。労 働 者が
技 能 を 身 に 付 け 実 際 に 職 を 持 ち 自 立 す る こ と は 、失 業 給 付 等 の 一 時 的 な 支 給
と 比 べ て 、長 期 的 な 生 活 の 安 定 に つ な が っ て い く も の と 考 え ら れ る 。過 去 に
は 、失 業 給 付 等 の 公 的 給 付 の 手 厚 さ が 、経 済 面 か ら 働 き 手 の 労 働 参 加 や 就 労
へ の 意 欲 を 阻 害 し 、そ れ が 失 業 の 長 期 化 、さ ら に は 労 働 市 場 か ら の 退 出 に も
つながる状況 9 を生み出してきたことが指摘される。
こ こ で は 、働 き 手 に 対 す る 経 済 面 か ら の 就 労 意 欲 阻 害 要 因 の 解 消 と 就 業 能
力向上のための支援といった視点を中心に、英国の若年雇用促進の取組と、
ア メ リ カ 、英 国 に お け る 勤 労 所 得 に 対 す る 税 額 控 除 制 度 の 二 つ の 事 例 を 紹 介
する。
(1)英国における若年者の労働参加・就業への取組
若 年 者 に 関 す る 雇 用 政 策 を み る と 、各 国 に お い て 、職 業 教 育 に よ る 技 能 の
向 上 、学 校 か ら 就 労 へ の 移 行 支 援 を 中 心 に 就 業 能 力 の 向 上 に 向 け た 取 組 が 行
わ れ て い る 。さ ら に 、失 業 手 当 を 受 給 す る 若 年 失 業 者 に 対 し 、一 定 の 就 労等
の 義 務 を 課 す こ と で 勤 務 経 験 を 積 ま せ 、早 期 に 労 働 市 場 に 参 入 し 失 業 の 長 期
8
本章では、職業訓練、カウンセリング、職業紹介等、求職者の技能の向上や実際の就職活動の
支 援 を 合 わ せ て「 就 業 能 力 向 上 の た め の 支 援 」と し て い る 。こ れ ら は 一 般 に 、失 業 給 付 等 の「 受 動
的 労 働 市 場 政 策 」 に 対 し て 、「 積 極 的 労 働 市 場 政 策 ( Active Labour Market Policies(A L M P s ))」
と も い わ れ る 。ま た 、
「 就 業 能 力 」に つ い て は 、エ ン プ ロ イ ア ビ リ テ ィ (employability) と い わ れ る
ことが多い。
9
「 Unemployment trap( 失 業 の わ な )」、「 Inactivity trap(非 労 働 力 化 の わ な )」 と も い わ れ る 。
化 を 防 止 す る 施 策 を 実 施 し て い る 国 も あ る 。こ こ で は 特 に 代 表 的 な 政 策 とし
て 、英 国 に お け る 若 年 者 の 労 働 参 加・就 業 へ の 取 組 と し て「 若 年 者 向 け ニ ュ
ーディール政策」を取り上げ、概観することとする。
●英国における雇用情勢の推移
英 国 で は 80年 代 半 ば に か け て 、製 造 業 に お け る 雇 用 の 減 少 等 を 背 景 に 、特
に 低 学 歴 の 若 年 者 に 対 す る 雇 用 が 落 ち 込 み 、若 年 者 の 失 業 率 が 上 昇 し た 。若
年 失 業 者 へ の 対 策 は 長 年 に わ た り と ら れ て き た も の の 10 、1990年 代 の 景 気 回
復 時 に も 若 年 者 の 失 業 率 は 依 然 と し て 全 体 を 大 き く 上 回 っ て い た ( 第 1-2-1
図 ) 。 若 年 者 の 失 業 問 題 は 社 会 的 疎 外 に つ な が る こ と な ど か ら 、 98年 に ブ
レ ア 政 権 は こ の よ う な 若 年 者 を「 福 祉 か ら 就 労 へ( Welfare to Work)」移 行 さ
せ る こ と を 目 的 と し た「 若 年 者 向 け ニ ュ ー デ ィ ー ル 政 策 11 」( 以 下「 ニ ュ ー
デ ィ ー ル 」 と い う 。) を 導 入 し た 。
第1-2-1図 英国失業率の推移
(%)
25
15∼24歳
20
15
10
全体
5
0
1984 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05(年)
(備考)OECD
Labour Force Statistics”より作成。
10
80年 代 以 降 の サ ッ チ ャ ー 及 び メ ー ジ ャ ー 保 守 党 政 権 時 か ら 職 業 紹 介 や 職 業 訓 練 等 を 重 視 す る 政
策はとられていた。
11
New Deal for Young People
●若年者向けニューディール政策の概要
ニ ュ ー デ ィ ー ル は 、18∼ 24歳 の 若 年 者 で 6 か 月 以 上 の 失 業 状 態 に あ り 、求
職 者 手 当 12 を 受 給 し て い る す べ て の 者 に 対 し 、 パ ー ソ ナ ル ・ ア ド バ イ ザ ー
を 付 け て 行 わ れ る 就 職 支 援 を い う 。こ の 参 加 を 拒 否 し た 場 合 、手 当 が 減 額 又
は 停 止 と な り 、就 労 へ 向 け た イ ン セ ン テ ィ ブ を 後 押 し す る 仕 組 み と な っ て い
る。
具 体 的 に み る と 、ニ ュ ー デ ィ ー ル は 以 下 の 3 段 階 の プ ロ グ ラ ム に 区 分 さ れ
て 進 め ら れ て い く ( 第 1-2-2図 )。
第1-2-2図 若年者向けニューディール政策の概要
求職者手当受給(6か月)
1.ゲートウェイ
(最長4か月)
2.オプション
(6か月)
パーソナル・アドバイザーとの面談・就労支援
補助金なしの就労へ
補助金による職業・教育訓練として4つの選択肢
(1)民間部門での就労
(2)フルタイムの職業・教育訓練(最長12か月)
(3)ボランティア部門での就労
(4)公的環境保護団体での就労
3.フォロースルー
(備考)各種資料より作成。
( i) ゲ ー ト ウ ェ イ
各 失 業 者 に パ ー ソ ナ ル・ア ド バ イ ザ ー が 付 き 、最 長 4 か 月 に わ た り 就 職 相
談 と 集 中 的 な 求 職 支 援 サ ー ビ ス を 行 う 。パ ー ソ ナ ル・ア ド バ イ ザ ー は 、個 々
の 失 業 者 の 希 望 や 技 能 を 勘 案 し 、定 期 的 な 面 談 、就 労 ま で の 就 職 活 動 等 の 行
動 計 画 の 策 定 支 援 の ほ か 、基 本 的 な 読 み 書 き や 計 算 、履 歴 書 の 作 成 方 法 と い
12
英 国 の 求 職 者 手 当 (Jobseeker ’s Allowance)は 、
「 拠 出 制 求 職 者 手 当 (Contribution-based Jobseeker ’s
Allowance)」と「 所 得 調 査 制 求 職 者 手 当 (Income-based Jobseeker ’s Allowance)」の 2 種 類 が あ る 。
「拠
出 制 求 職 者 手 当 」 は 一 定 の 保 険 料 を 拠 出 し て い る こ と を 要 件 に 半 年 間 支 給 さ れ る 。 一 方 、「 所 得 調
査 制 求 職 者 手 当 」で は 、無 拠 出 で あ っ て も 一 定 の 資 力 調 査 や 求 職 者 要 件 を 満 た せ ば 、国 庫 負 担 に よ
って無期限で手当が支給される。
っ た 教 育 訓 練 等 に 至 る ま で 就 労 に 必 要 と な る 支 援 を き め 細 や か に 行 う 。ま た 、
若 年 失 業 者 に と っ て は パ ー ソ ナ ル・ア ド バ イ ザ ー と の 人 的 な つ な が り が 精 神
的 な ケ ア と し て も 有 効 と の 指 摘 も あ る 。ニ ュ ー デ ィ ー ル 離 籍 者 の 状 態 を み る
と 、ニ ュ ー デ ィ ー ル を 通 じ て 就 職 し た 者 の う ち の 約 6 割 が こ の 段 階 で 就 職 し
て お り 、 そ の 後 の 結 果 に 非 常 に 重 要 な 段 階 と い え よ う ( 第 1-2-3図 )。
第1-2-3図 プログラム別にみたニューディール離籍者の状態
(万人)
160
140
その他
120
100
各種手当受給
80
手当付就職
60
就職
40
20
0
離籍者
合計
離籍時のプログラム
初回面接前
ゲートウェイ
オプション
フォロースルー
(備考)1.英国雇用年金省より作成。
(備考)2.06年8月末時点。
( ii) オ プ シ ョ ン
ゲ ー ト ウ ェ イ 期 間 中 に 就 労 で き な か っ た 者 は 、職 業・教 育 訓 練 の 機 会 が 与
え ら れ る 。具 体 的 に は 、四 つ の 選 択 肢( オ プ シ ョ ン )の い ず れ か に 参 加 す る
こ と が 義 務 付 け ら れ る( 第 1-2-4表 )。ま た 、近 年 は 各 失 業 者 の ニ ー ズ に 合 わ
せ る た め 、特 別 な 仕 事 に 向 け ら れ た 訓 練 や 雇 用 主 が 望 む ス キ ル を 伸 ば す 講 座
等を選択肢にするなどの変更が行われている。
第1-2-4表 オプションの内容
(1)民間部門での就労
・民間部門で実地訓練(OJT)。
・6か月間、政府は協力企業に対して、賃金(週60ポンド)及び訓練費用
(750ポンドを一括)を助成。
(雇用主はこの助成金と同額以上の賃金の支払義務を負う。)
・少なくとも週に1回、国家認定職業資格(NVQ)の取得に結びつく職業
訓練を実施。
・訓練生を継続雇用しない場合、訓練の達成状況を示す証明書と推薦状を付
与。
(2)フルタイムの職業・教育訓練
・訓練生は求職者手当相当額を受給しながら、最長12か月の職業訓練を受け
国家認定職業資格を取得。
・訓練費用は政府が負担。
・訓練は、社会人大学や民間訓練機関等の地域の団体によって提供。
(3)ボランティア部門での就労
・6か月間、地域のニーズに合わせて、障害者の支援、老人の介護、子供の
世話、芸術やメディア関連等の広範なボランティア活動に従事。
・訓練生への報酬はボランティア団体又は政府から支給。
(ボランティア団体から支給する場合は、政府から団体に対して助成金を付
与。)
・少なくとも週に1回、国家認定職業資格の取得に結びつく職業訓練を実
施。
(雇用主には訓練費用(750ポンドを一括)を助成。)
(4)公的環境保護団体での就労
・6か月間、地域コミュニティの環境の改善、荒廃した家屋の修繕、エネル
ギーの節約、リサイクル活動等に従事。
・その他は、(3)ボランティア部門と同様。
(備考)各種資料より作成。
( iii) フ ォ ロ ー ス ル ー
上 記 、ゲ ー ト ウ ェ イ 及 び オ プ シ ョ ン 期 間 中 に 就 労 で き な か っ た 者 は 、集 中
的な助言等の求職活動に関する支援を受ける。
●ニューディール政策の主な特徴
前 述 の よ う に 、98年 か ら ブ レ ア 政 権 が と っ て い る「 福 祉 か ら 就 労 へ 」を 目
的 と し た ニ ュ ー デ ィ ー ル 政 策 の 特 徴 は 、受 動 的 な 雇 用 政 策 か ら 積 極 的 な 雇 用
政 策 へ の 転 換 と い え よ う 。特 に 、求 職 者 手 当 の 減 額 等 を 通 じ て 就 労 へ の イ ン
セ ン テ ィ ブ を 強 化 す る と と も に 、現 金 給 付 を 中 心 と す る 支 援 で は な く 、就 労
可 能 な 者 に 対 す る 就 労 あ っ せ ん 及 び 職 業・教 育 訓 練 を 通 じ た 就 業 能 力 の 向 上
を支援の中心に据えていることが特徴として挙げられる。
第 二 に 、 ニ ュ ー デ ィ ー ル の 管 理 運 営 は 「 ジ ョ ブ セ ン タ ー プ ラ ス 13 」 と 呼
13
雇 用 年 金 省 ジ ョ ブ セ ン タ ー プ ラ ス 庁 の 下 部 機 関( 全 国 約 1,500か 所 )。02年 の 政 府 組 織 の 改 編 に
よ り 、公 共 職 業 紹 介 機 関 で あ る ジ ョ ブ セ ン タ ー を 運 営 し て き た 雇 用 サ ー ビ ス 庁 と 、各 種 福 祉 給 付 サ
ー ビ ス を 提 供 す る 給 付 庁 が 統 合 さ れ 、新 た に ジ ョ ブ セ ン タ ー プ ラ ス 庁 が 設 置 さ れ た 。ジ ョ ブ セ ン タ
ば れ る 機 関 が 主 体 と な っ て い る こ と が 挙 げ ら れ る 。同 機 関 を 通 じ て 、職 業 紹
介 の み な ら ず 、求 職 者 手 当 等 の 各 種 社 会 保 障 給 付 や 職 業・教 育 訓 練 等 の 雇 用
関 連 行 政 サ ー ビ ス が 一 元 化 さ れ て い る 。政 策 や 予 算 の 管 理 運 営 は ジ ョ ブ セ ン
タ ー プ ラ ス に 一 定 の 裁 量 ・権 限 が 与 え ら れ て お り 、 労 働 市 場 の 地 域 性 に 応 じ
て 実 施 さ れ て い る 。ま た 、各 種 雇 用 政 策 の 実 行 機 関 と し て 中 心 的 な 役 割 を 果
た し て お り 、職 業・教 育 訓 練 等 に 関 し て は 同 機 関 の パ ー ト ナ ー と し て 地 方 自
治体・民間企業・NPO等の様々な組織が就労支援に携わっている。
具 体 の 施 策 の 特 徴 と し て は 、 (1)パ ー ソ ナ ル ・ ア ド バ イ ザ ー に よ る 個 々 の
ニ ー ズ に 合 っ た カ ウ ン セ リ ン グ 機 能 の 充 実 、 (2)職 業 訓 練 を 国 家 認 定 の 職 業
資 格 14 と リ ン ク さ せ 職 業 技 能 の 客 観 的 な 評 価 が 可 能 、(3)民 間 委 託 に よ る 実
地 訓 練 15 は 、 企 業 や 現 場 の ニ ー ズ に 合 致 し た 技 能 を 取 得 さ せ る も の と な っ
て い る こ と な ど が 挙 げ ら れ る 。資 格 保 有 者 や 実 地 訓 練 の 受 講 者 は 有 利 に 就 職
活 動 を 行 う こ と が で き る 、就 職 に 結 び つ き や す い な ど 、求 職 者 は よ り 雇 用 さ
れる可能性が高まるとして評価されている。
●ニューディール政策の総合的な評価と課題
ブ レ ア 政 権 は 、ニ ュ ー デ ィ ー ル に よ り 若 年 の 就 業 者 数 が 増 加 し 、お お む ね
成 功 と 評 価 し て い る 。2002年 に 英 国 会 計 検 査 院 が 議 会 に 提 出 し た『 若 年 者 向
け ニ ュ ー デ ィ ー ル に 関 す る 報 告 書 』や 民 間 機 関 の 分 析 等 で は 、若 年 失 業 率 の
低 下 は 基 本 的 に は 景 気 拡 大 の 効 果 を 反 映 し た も の と の 指 摘 が あ る 一 方 、若 年
者 の 長 期 失 業 防 止 等 の 効 果 は お お む ね 有 効 で あ る と の 見 方 も あ る ( 第 1-2-5
図 )。 ま た 、 費 用 対 効 果 の 点 に つ い て は 、 ニ ュ ー デ ィ ー ル は コ ス ト 高 と の 指
摘 が あ る が 、就 業 者 の 増 加 に よ る 手 当 給 付 額 の 減 少 や 税 収 増 等 も 含 め れ ば 費
用 は み か け ほ ど 大 き く な い と す る も の も あ る 16 。 概 し て 、 ニ ュ ー デ ィ ー ル
に よ り 失 業 者 が 減 少 し た こ と な ど 、ニ ュ ー デ ィ ー ル の 評 価 に 対 し て は 肯 定 的
な見方が多い。
ー プ ラ ス で は 、公 共 職 業 紹 介 機 関 と し て の 役 割 に 加 え 社 会 保 障 給 付 業 務 が 加 わ り 、1 か 所 で 、求 職
者 手 当 、所 得 補 助 、就 労 不 能 手 当 、障 害 給 付 等 の 各 種 手 当 等 の 給 付 サ ー ビ ス や 職 業・教 育 訓 練 等 の
雇用関連サービスを総合的に提供している。
14
全 国 職 業 資 格 ( National Vocational Qualification: N V Q ) は 、 86年 に 発 足 し た 英 国 の 職 業 全 体
を 網 羅 す る 全 国 統 一 の 職 業 能 力 評 価 制 度 。職 種 ご と に 五 つ の レ ベ ル が 設 定 さ れ 、基 準 を 満 た す こ と
によりその職務の遂行能力を有していることを証明する。
15
半 年 間 の 職 業 訓 練 期 間 が 修 了 す れ ば 、雇 用 主 は 継 続 雇 用 を す る か 否 か を 決 定 す る こ と に な っ て
い る 。も し 継 続 雇 用 さ れ な か っ た 場 合 は 、訓 練 生 に 職 業 訓 練 の 達 成 状 況 を 示 す 証 明 書 等 が 与 え ら れ
る。
16
Riley (2002)
一 方 、 課 題 と し て は 、 (1)失 業 者 が 就 職 し て も 長 続 き せ ず 各 種 手 当 を 再 び
受 給 す る 者 も 多 く 、ニ ュ ー デ ィ ー ル に 戻 っ て い る こ と も 少 な く な い こ と 、(2)
ゲートウェイの延長やフォロースルーの支援強化等のプログラムの弾力性
の 拡 大 、 (3)一 層 の 企 業 の 協 力 促 進 に 向 け た 企 業 や 労 働 市 場 と の 連 携 強 化 等
が指摘されている。
第1-2-5図 ニューディール政策の効果
(1)若年失業者に占める長期失業者の割合
(%)
(%)
40
20
35
若年失業率
15
30
12.3
25
10
15.4
20
15
5
10
98年∼ ニューディール政策
1年以上の失業者の割合
(右目盛)
5
0
0
1993
94
95
96
97
98
99
(備考)1.英国統計局 Labour Force Survey
(備考)2.18∼24歳のデータ。
2000
01
02
03
04
05
06(年)
より作成。
(2)ニューディールによる就職者数
(単位:千人)
ニューディール参加者数
1998
99
2000
01
02
03
04
05
06
累計
213
195
179
167
167
174
160
159
169
1,582
ニューディールによる就職者数
74
133
121
106
98
99
95
80
53
858
(備考)1.英国雇用年金省より作成。
(備考)2.06年のデータは、参加者は11月末時点、就職者は8月末時点。
(2)就労を条件とした給付制度(アメリカ、英国の例)
働 く こ と が 経 済 的 に 見 合 っ た も の( make work pay)と し 、働 き 手 の 就 労 へ
の イ ン セ ン テ ィ ブ を 後 押 し す る た め の 制 度 と し て 、勤 労 所 得 に 対 す る 税 額控
除 17 等 就 労 を 条 件 と し た 低 所 得 者 層 へ の 給 付 制 度 ( 以 下 「 就 労 型 給 付 」 と
い う 。) に よ る 支 援 策 を 導 入 す る 国 が 増 え て い る 。 こ の よ う な 仕 組 み は 、 近
年の「福祉から就労へ」といった流れを進める一つの方法として注目され、
ここで紹介するアメリカ、英国のほか、カナダ、フィンランド、フランス、
アイルランド、オランダ、ニュージーランド等の国々で実施されている。
背 景 に は 、従 来 の 低 所 得 層 に 対 す る 政 府 の 支 援 施 策 が 、就 労 を 条 件 と し な
い 給 付 ( 以 下 「 非 就 労 型 給 付 」 と い う 。) を 中 心 と し て い た た め 、 経 済 的 に
働 く こ と の 魅 力 が 薄 れ 、か え っ て 福 祉 に 多 く を 依 存 す る こ と に よ り 就 労 意 欲
を 阻 害 し て き た と の 懸 念 が あ る 。就 労 型 給 付 の 制 度 に よ り 、低 所 得 層 へ の 財
政 的 支 援 と と も に 、経 済 面 か ら の 就 労 へ の 動 機 付 け が な さ れ 、労 働 供 給 の 促
進につながることが期待される。
●アメリカの勤労所得税額控除(EITC)の仕組み
ア メ リ カ の 勤 労 所 得 税 額 控 除 は 、 75年 に 連 邦 政 府 に よ り E I T C 18 と し
て 導 入 さ れ た 就 労 を 条 件 と す る 個 人 所 得 税 制 上 の 税 額 控 除 措 置 で あ り 、ア メ
リ カ 内 で 抱 え る 貧 困 問 題 へ の 対 処 を 背 景 と し て 創 設 さ れ た も の で あ る 。そ の
後 、 86年 、90年 及 び 93年 に 大 幅 な 拡 充 が 実 施 さ れ 、 低 所 得 層 に 対 す る 支 援 施
策 の 中 心 的 役 割 を 果 た し て い る 。E I T C の 規 模 は 、75年 導 入 時 に は 適 用 者
数 620万 人 、 控 除 総 額 12.5億 ド ル で あ っ た が 、 05年 に は そ れ ぞ れ 2,190万 人 、
397億 ド ル に 達 し て い る 。
E I T C の 仕 組 み を 簡 単 に 示 し た も の が 第 1-2-6図 で あ る が 、 横 軸 に 勤 労
所 得 額 、縦 軸 に 税 額 控 除 額 を と る と 、勤 労 所 得 の 増 加 に 応 じ て 、控 除 額 が 増
加 す る 局 面( 逓 増 領 域 )、定 額 と な る 局 面( 定 額 領 域 )、控 除 額 が 減 少 す る 局
面( 逓 減 領 域 )の 三 つ の 局 面 に 分 け ら れ る 。例 え ば 、04年 で は 、2 人 以 上 の
子 供 が い る 世 帯 で は 、年 間 勤 労 所 得 が 10,570ド ル 以 下 で あ れ ば 控 除 額 は 勤労
17
控除制度は、大別して所得控除と税額控除に分かれる。所得控除と税額控除ではどの段階で控
除を行うかの違いがあり、税額控除は税額を直接控除することにより税率の影響を受けないため、
低 所 得 者 の メ リ ッ ト も 大 き く な り や す い 。ま た 、税 額 控 除 は 、2 種 類 に 分 類 さ れ 、非 還 付 方 式 の 場
合 は 最 大 で も 納 付 税 額 が ゼ ロ に な る の み で あ る 一 方 、還 付 方 式 の 場 合 、算 出 税 額 が 税 額 控 除 額 を 下
回ればその差額を現金給付することも可能である。
18
Earned Income Tax Credit
所 得 の 40% 、 15,040ド ル ま で は 控 除 額 は 定 額 の 4,300ド ル 、 35,458ド ル ま で
は 追 加 的 に 21.06% の 率 で 減 額 さ れ て い く 形 と な っ て い る 。
第1-2-6図 EITCの仕組み
2004年度
(控除、千ドル)
5
(4,300ドル)
4
3
(子供2人)
(2,604ドル)
2
(子供1人)
1
(390ドル)
(子供なし)
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
(勤労所得、千ドル)
(備考)アメリカ内国歳入庁より作成。
●英国の勤労税額控除(WTC)の仕組み
英 国 の 勤 労 税 額 控 除 導 入 の 経 緯 は 、扶 養 児 童 を 有 す る 低 所 得 世 帯 を 支 援 す
る た め 、71年 に 家 族 所 得 補 助( F I S )が 導 入 さ れ た こ と に 始 ま る 。そ の 後
数 回 の 制 度 変 更 を 経 て 19 、 子 供 を 持 つ 低 ・ 中 堅 所 得 者 層 の 所 得 を 押 し 上 げ
る た め に 、 99年 に 勤 労 世 帯 税 額 控 除 ( W F T C 20 ) に 移 行 す る と と も に 控
除 額 の 拡 大 が な さ れ た 。さ ら に 、03年 4 月 に は 、所 得 補 助 と 求 職 者 手 当 の一
部 機 能 等 を 統 合 し て 、 勤 労 税 額 控 除 ( W T C )、 児 童 税 額 控 除 ( C T C ) の
二 つ に 改 め ら れ て い る 21 。 W T C と C T C の 額 は 、 世 帯 構 成 、 就 業 時 間 、
年 齢 、さ ら に は 政 府 登 録・認 定 の 育 児 サ ー ビ ス を 利 用 し て い る か 否 か な ど 各
人の置かれた状況に応じて決定され、いずれも還付方式である。
19
F I S( Family Income Supplement)の 時 代 に は 、勤 労 所 得 上 昇 に 伴 う 住 宅 給 付 や F I S の 減 額
率 が 高 か っ た た め 、働 く こ と に よ り 手 取 り 所 得 が 減 少 す る ケ ー ス も あ っ た が 、88年 に 税 制 措 置 及 び
社 会 保 障 給 付 を 統 合 し て 家 族 手 当 (Family Credit)に 拡 充 し た 際 に 是 正 さ れ た 。 ま た 、 90年 代 に な る
と 労 働 時 間 要 件 の 引 下 げ (週 24時 間 → 16時 間 )等 に よ り さ ら に 受 給 者 数 が 増 加 し た 。
20
21
Woking Family Tax Credit
C T C (Child Tax Credit)は 就 労 を 要 件 と せ ず 、社 会 保 障 給 付 で あ る Child Benefit(無 拠 出・所 得 制
限 無 し の 現 金 給 付 )の 上 乗 せ と し て 給 付 さ れ る も の で あ り 、 W T C (Working Tax Credit)と 一 体 的 に
運営されている。
W T C の 特 徴 と し て は 、第 一 に 、週 16時 間 以 上 の 労 働 時 間 を 就 労 条 件 と す
る こ と で 、一 定 時 間 の 就 労 を す る イ ン セ ン テ ィ ブ を 付 与 す る 仕 組 み と な っ て
い る( 第 1-2-7図 )。第 二 に 、前 述 し た ア メ リ カ の E I T C と 比 較 す る と 、収
入増に伴い控除額が増加する逓増段階が存在せず、逓減段階のみ存在する。
第 一 の 特 徴 と と も に 、制 度 設 計 が 就 労 に 影 響 を 与 え 、労 働 時 間 の 分 布 に 歪 み
を 発 生 さ せ る 22 結 果 と な っ て い る 。 第 三 に 、 税 制 と い う 枠 組 み を 超 え て 、
社 会 保 障 給 付 を 切 り 替 え る 形 で 導 入 さ れ て お り 、子 供 の い る 世 帯 特 に 配 偶 者
の無い母親世帯と無業の夫婦世帯への支援が中心に位置付けられている点
が挙げられる。
第1-2-7図 WTCとCTCの仕組み
(控除、千ポンド)
子供2人のケース、2005年度
8
7
6
5
WTC
4
3
2
CTC
1
0
0
10
20
30
40
50
60
(勤労所得、千ポンド)
(備考)1.英国国税庁より作成。
2.週16時間働いた時点からWTCが発生する。ここでは5,000ポンドと仮定。
● 配偶者の無い母親を中心に就労拡大に効果がみられる
こ う し た 制 度 に よ り 想 定 さ れ る 就 労 促 進 へ の 効 果 に つ い て は 、特 に 控 除 額
の 逓 増 段 階 で 、制 度 が 無 い 場 合 と 比 べ た 限 界 的 な 所 得 税 率( 所 得 の 増 加 分 に
対 す る 税 率 )が 低 く な る こ と か ら 、既 に 就 労 し て い る 者 の 労 働 時 間 の 拡 大 や
( 世 帯 合 算 方 式 の 場 合 の )世 帯 で 2 人 目 の 働 き 手 に 与 え る イ ン セ ン テ ィ ブ と
比 べ て 、も と も と 所 得 の 無 い 世 帯 の 就 労 イ ン セ ン テ ィ ブ に 特 に 効 果 が 現 れ る
22
配 偶 者 の 無 い 母 親 の 週 当 た り の 勤 務 時 間 の 分 布 を み る と 16時 間 が 突 出 し て い る (Blundell and
Hoynes (2003))。な お 、95年 に 就 労 時 間 の 拡 大 を 促 す た め 、週 30時 間 以 上 労 働 す る 者 に 対 す る 上 乗
せ給付が導入されている。
ことが考えられる。
04年 の ア メ リ カ の E I T C 制 度 に 基 づ く シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 23 で は 、 配 偶
者 の 無 い 母 親 が 、無 職 か ら パ ー ト タ イ ム 、フ ル タ イ ム の 就 労 へ 移 行 す る ケ ー
ス で は 、限 界 的 な 所 得 税 率 が マ イ ナ ス と な り( 勤 労 所 得 に 対 す る 課 税 額 よ り
控 除 額 の 方 が 大 き い )、 就 労 イ ン セ ン テ ィ ブ の 向 上 効 果 が 特 に 大 き い こ と が
分 か る( 第 1-2-8図 )。パ ー ト タ イ ム か ら フ ル タ イ ム へ 移 行 す る 場 合 に は 、控
除額の逓減段階にかかるため前二者と比較して限界的な所得税率は高くな
る 。ま た 、夫 婦 で パ ー ト ナ ー が フ ル タ イ ム で 働 い て い る 場 合 に は 、世 帯 合算
方 式 の た め 、2 人 の 就 労 所 得 の 合 計 額 が 、控 除 が 行 わ れ る 上 限 を 超 え E I T
Cの対象外となる。
労 働 供 給 へ の 効 果 に 関 す る 分 析 や 試 算 に お い て も 、総 じ て 、配 偶 者 の 無 い
母 親 の 労 働 参 加 や 就 労 促 進 に 効 果 が あ る と さ れ て い る 。例 え ば 、ア メ リ カ の
E I T C の 効 果 に つ い て は 、 86年 改 正 ( 控 除 額 の 引 上 げ 等 ) を 挟 む 84∼ 86
年 と 88∼ 90年 と の 間 で 、 配 偶 者 の 無 い 母 親 の 労 働 参 加 率 を 2.8% 押 し 上 げ る
効 果 が あ っ た (73.0% → 75.8% )と す る 一 方 、既 に 働 い て い る 配 偶 者 の 無 い 母
親の労働時間を引き下げてしまうようなマイナスの効果についてはみられ
な い と の 分 析 が あ る 24 。 ま た 、 84∼ 96年 の 配 偶 者 の 無 い 母 親 の 高 い 労 働 市
場 へ の 参 加 に は 、税 制 や 福 祉 政 策 等 に よ る 就 労 イ ン セ ン テ ィ ブ 向 上 策 の 中で
E I T C の 寄 与 が 一 番 大 き く (就 業 増 加 分 の 63% )、こ れ ら の イ ン セ ン テ ィ ブ
向 上 策 は 、 単 身 女 性 や 有 子 既 婚 女 性 、黒 人 男 性 等 と 比 較 し て 、 配 偶 者 の 無 い
母 親 に 対 し て よ り 就 労 押 上 げ 効 果 が あ っ た と の 評 価 も あ る 25 。
英 国 に お け る 控 除 額 の 引 上 げ 等 が 行 わ れ た 99年 の W F T C 導 入 時 の 就 労
促 進 効 果 に つ い て 、 例 え ば 、 配 偶 者 の 無 い 親 の 就 業 率 を 2.2 % 程 度 改 善
( 39.8% → 42.0% )さ せ る 効 果 が あ り 、ま た 家 族 属 性 別 で は 、配 偶 者 の 無い
親 、配 偶 者 が 働 い て い な い 既 婚 女 性 の 就 労 増 加 に 効 果 が あ る 一 方 、配 偶 者 が
働 い て い る 既 婚 女 性 で は マ イ ナ ス の 効 果 も あ る と の 試 算 が あ る 26 。
23
Eissa and Hoynes (2005)
24
Eissa and Liebman (1996)
25
Meyer and Rosenbaum (1999)
26
Blundell and Hoynes (2003)に よ る シ ミ ュ レ ー シ ョ ン ・ モ デ ル を 用 い た 効 果 分 析 。
第1-2-8図 EITC試算
(%)
40
就業による所得の増分への平均所得税率試算(04年)
30
20
10
0
-10
配偶者の無い母親
-20
配偶者がフルタイムで
働いている母親
-30
無職→パートタイム
無職→フルタイム
パートタイム→フルタイム
(備考)1.Eissa & Hoynes(2005)より作成。
2.時給10ドルでパートタイムは週20時間/年52週間、フルタイムは週40時間/年52週勤務
すると仮定。
●制度導入による効果と制度上の留意点
ア メ リ カ や 英 国 の 経 験 か ら 、我 が 国 に お い て も こ の よ う な 就 労 型 給 付 制 度
の 導 入 が 、働 き 手 の 意 欲 阻 害 要 因 を 解 消 す る 方 策 の 一 つ に な り 得 る と 考 え ら
れ る 27 。ま た 、就 労 型 給 付 に は 低 所 得 者 へ の 所 得 再 分 配 と い う 面 が あ る が 、
田 近・八 塩( 2006)は 、現 在 我 が 国 で 低 所 得 者 支 援 と し て 行 わ れ て い る 所 得
控 除 は 、控 除 を 拡 張 し て も 課 税 最 低 限 以 下 の 低 所 得 者 に は 税 負 担 の 軽 減 効 果
が 及 ば な い こ と な ど を 指 摘 し て い る 。そ の 上 で 、ア メ リ カ や 英 国 の よ う な 還
付 方 式 の 税 額 控 除 を 活 用 す る こ と に よ り 、低 所 得 階 層 へ の 経 済 支 援 を 効 果 的
にできるとしている。
ま た 、ア メ リ カ や 英 国 の 経 験 等 か ら 、こ う し た 制 度 に つ い て は 、次 の よ う
な留意点が指摘されている。
第 一 に 、労 働 供 給 の 視 点 で い え ば 、控 除 額 が 高 け れ ば 高 い ほ ど 、就 労 へ の
イ ン セ ン テ ィ ブ を 高 め る こ と が で き る が 、一 方 で 財 政 的 な 制 約 も 考 慮 す れ ば
28
、政策目的に合わせた効率的な制度設計が重要である。一つの方法とし
27
後 掲 第 1-2-10 図 に お け る 「 就 労 型 給 付 」 に は 、 日 本 の 再 就 職 手 当 ( 求 職 者 給 付 の 受 給 残 日 数
等 に 関 す る 一 定 の 要 件 を 満 た し 再 就 職 し た 者 が 支 給 さ れ る )の よ う に 、就 業 の 際 一 時 的 に 支 給 さ れ
るものも含まれている。これを除くと日本の限界実効税率は比較的高い。
28
ア メ リ カ 連 邦 政 府 支 出 に 占 め る 所 得 保 障 費 ( Income security) の 割 合 は 90年 代 後 半 以 降 お お む
ね 横 ば い と な っ て い る( 付 図 1-2)。内 訳 を み る と 、90年 代 に は 制 度 の 拡 充 と と も に E I T C の 比 率
が 拡 大 し た 一 方 、90年 代 後 半 に は 、食 料 給 付 や 家 族 給 付 の 割 合 が や や 縮 小 し た 。後 者 の 背 景 と し て 、
景 気 の 拡 大 に よ る 受 給 者 減 少 の 影 響 に 加 え て 、96年 の 福 祉 か ら 就 労 へ の 移 行 等 を 目 的 と し た 福 祉 改
革 の 効 果 も 指 摘 さ れ て い る 。こ の 改 革 で は 、児 童 扶 助 制 度 に 代 わ る 貧 困 家 庭 一 時 扶 助 制 度( T A N
F 、職 業 訓 練 へ の 参 加 等 の 要 件 付 き )の 導 入 、食 料 給 付 に 対 す る 就 労 要 件 の 付 加 等 が 行 わ れ た( 阿
て は 、就 労 へ の 動 機 付 け と な る よ う な 控 除 額 の 水 準 を 維 持 し つ つ 政 策 目 的 に
合 わ せ て 対 象 者 を 限 定 す る こ と が 考 え ら れ る 。例 え ば 、育 児 支 援 と し て 家 族
構 成 に よ り 子 供 の い る 世 帯 の み に 対 象 を 限 定 す る こ と 、就 労 の 質 を 高 め るイ
ン セ ン テ ィ ブ を 重 視 し 、給 付 期 間 を 限 定 す る こ と に よ り 労 働 時 間 の 拡 大 や よ
り 賃 金 の 高 い 職 へ の 早 期 の 移 行 を 促 す こ と な ど も 一 案 と 考 え ら れ る 29 。
第 二 に 、働 き 手 に と っ て 就 労 す る こ と が 経 済 的 に 見 合 う も の で あ る か ど う
か は 、E I T C 等 の 就 労 型 給 付 だ け で な く 、非 就 労 型 給 付 に も 影 響 さ れ る こ
と か ら 、 各 種 公 的 給 付 や 税 制 間 の 整 合 性 が 重 要 で あ る ( 詳 し く は 後 述 )。 ま
た 、英 国 に お い て は 、他 の 手 当 や 控 除 も 含 め た 全 体 の 制 度 の 複 雑 さ 、分 か り
に く さ が 指 摘 さ れ て お り 、そ う し た 意 味 で も 、既 存 の 制 度 と の 重 複 や 整 合 性
を検討することが重要である。
こ の ほ か 、ア メ リ カ の E I T C に つ い て は 、低 所 得 層 へ の 財 政 的 支 援 を 税
制 と し て 統 合 し て 実 施 す る こ と か ら 、高 い 受 給 率 と 運 営 コ ス ト の 軽 減 が 実 現
で き る と い っ た 評 価 が あ る 一 方 、納 税 者 の 申 告 に 依 存 す る こ と か ら 不 正 申 告
に よ る 過 大 請 求 へ の 対 処 が 課 題 と も さ れ て い る 30 。
(3)政策・制度間の連携や整合性が重要
●意欲阻害要因の解消を補完する就業促進的な支援
公 的 給 付 や 所 得 税 制 に よ る 経 済 面 か ら の 意 欲 阻 害 要 因 の 解 消 や 、能 力向 上
や 求 職 サ ポ ー ト 等 を 通 じ た 就 業 支 援 は 、そ れ ぞ れ 、お お む ね 失 業 の 減 少 や 雇
用 の 増 加 に 効 果 が あ る と 評 価 さ れ て い る と こ ろ 31 で あ る が 、 両 者 の 連 携 や
整合性を図ることでより大きな効果を持つことが期待される。
例 え ば 、非 就 労 型 給 付 の 給 付 要 件 の 厳 格 化 や 就 労 型 給 付 の 拡 充 は 、働 き 手
部 ( 2006) 等 に 詳 し い )。
29
国により、対象者、給付(税控除額)額、勤労所得増加に伴う逓減度合いなど制度設計は様々
で あ る 。例 え ば 、英 国 の W T C は 、児 童 が い る 世 帯 で は 週 16時 間 以 上 の 就 労 を 要 件 と す る 一 方 、児
童 の い な い 世 帯 で は 週 30時 間 以 上 に 限 定 し て い る 。ま た 、O E C D (2005a)は 、
(労働時間の多少に
か か わ ら ず )労 働 参 加 を 拡 大 さ せ る こ と を 主 目 的 と す る な ら ば 、逓 減 段 階 で の 逓 減 の 速 度 を 緩 く し
て 、 勤 労 所 得 の よ り 高 い 段 階 ま で 控 除 が い き わ た る 仕 組 み が 望 ま し い 可 能 性 が あ る と し 、 Saez
(2002)は 、労 働 参 加 の 拡 大 に は E I T C の よ う な 型 が 適 当 と し て い る 。一 方 、英 国 の W T C は 、週
16時 間 の 最 低 就 労 条 件 、週 30時 間 で の 上 乗 せ 支 給 等 労 働 時 間 の 拡 大( あ る い は 縮 小 の 阻 止 )に も 配
慮した設計となっている。
30
田 近 ・ 八 塩 ( 2006) は 、 我 が 国 の 場 合 、( 不 正 だ け で な く ) 申 告 者 の 増 大 と い っ た 点 か ら も 執
行体制の構築が導入に当たっての重要な課題と考えられるとしている。
31
Bassanini and Duval (2006)は 、O E C D 加 盟 国 の デ ー タ を 用 い て 、失 業 手 当 の 所 得 代 替 率 の 10%
ポ イ ン ト の 引 下 げ が 失 業 率 を 1.2% 引 き 下 げ 、 25∼ 54歳 の 男 性 の 就 業 率 を 1.7% 、 女 性 の 就 業 率 を
3.2% 引 き 上 げ る と 試 算 し て い る ( 第 1-2-19表 及 び 付 表 1-5参 照 )。
の 就 労 へ の イ ン セ ン テ ィ ブ を 高 め る と 考 え ら れ る が 、職 業 訓 練 や 求 職 サ ポ ー
ト と い っ た 就 業 能 力 向 上 型 の 支 援 を 組 み 合 わ せ る こ と で 、高 ま っ た 意 欲 が 実
際 の 就 業 と し て 実 現 す る 可 能 性 を よ り 大 き く す る と 考 え ら れ る 。い く つ か の
国 で は 、手 当 の 受 給 期 間 が 長 期 化 し て い る 者 に 対 し て 就 職 支 援 プ ロ グ ラ ム 等
へ の 参 加 を 給 付 要 件 と し 、よ り 密 接 に 両 者 を 結 び つ け る 取 組 が 行 わ れ て い る
( 第 1-2-9表 )。
ま た 、ア メ リ カ の E I T C に つ い て 、配 偶 者 の 無 い 母 親 の 就 業 促 進 に 効 果
が あ っ た と さ れ て い る 。こ う し た 効 果 を よ り 高 め る た め に は 、育 児 サ ー ビ ス
の提供といった就業のための環境整備が働き手のインセンティブ向上を補
完するものと考えられる。
第1-2-9表 公的給付と就業能力向上支援の一体化の取組例
○英国
従来の失業者給付 (Unemployment Benefit) に代わって導入された拠出制求職者給付
(Contribution-based Jobseeker's Allowance) は、パーソナル・アドバイザーとの間で求職者
協定を締結し、2週間に1度ジョブセンター・プラスに来所することが受給要件の一
つとなっている。
○オーストラリア
1990年代後半からの改革により、失業者に対する職業訓練教育、就職に関する相談に
よる支援等が強化されるとともに、例えば、失業者に支給される「新出発手当
(Newstart Allowance)」等を6か月以上受給する18∼49歳までの者については、パー
トタイム就労、ボランティア活動、就職支援プログラム等のいずれかへの参加が満額
給付の要件となっている(「Mutual Obligation(相互的義務)」と呼ばれる)。
○デンマーク
1994年以降の改革により、失業給付の最長給付期間が9年から4年へと短縮され、1
年以上の失業者(若年層は6か月以上)は、政府のアクティベーション・プログラム
(教育・訓練の受講、公的セクターでの一定期間の就業等)への参加が給付の要件と
なる。
○フランス
2001年の改革により、失業保険給付と再就職活動を一体化し、給付を受けるには「雇
用復帰支援計画(PARE)」への参加が要件となった。個別に必要な職業訓練等、
再就職の方針を定めた個別行動計画が策定され、それに従って求職活動や職業訓練が
実施される。
○ドイツ
失業給付IIの受給者に対して、当該給付に加えて、時間当たり1∼2ユーロ程度の手
当てを支給しつつ(いわゆる「1ユーロジョブ制度」)、公益的分野で就労させるこ
とで技能の習得や就労意欲の喚起を図り、失業状態からの脱却を支援。25歳未満の受
給者が重大な理由なくこれを拒否すると、失業給付IIの支給が停止される。
○アメリカ
1996年のいわゆる「福祉改革法」による福祉改革において、それまでの「児童扶助制
度」(AFDC)に代わって「貧困家庭一時扶助制度(TANF)」が導入され、こ
のTANFは、受給期間を生涯で5年間に制限するとともに、受給開始後2年以内で
の職業教育・訓練への参加等の条件付き給付となっている。
(備考)1.厚生労働省「海外情勢報告」(各年版)、財務省財務総合政策研究所(2006)、労働政策研究・研
修機構(2004)等より作成。
(備考)2.ドイツの欄の「失業給付II」は、失業保険制度による失業給付とは別に、最低生活水準を維持で
きる程度の額が支払われるもので、一般財源から給付され、保険料拠出は要件になっていない(ま
た、保険による失業給付期間が終了した者も受給することが可能)。
●各種公的給付や税制間の整合性が重要
勤 労 所 得 を 得 る こ と に よ っ て 、一 般 的 に 失 業 給 付 、生 活 保 護 給 付 、住 宅 給
付 等 各 種 の 非 就 労 型 給 付 は 減 額 又 は 支 払 の 停 止 と な る こ と が 想 定 さ れ る 。働
き 手 に と っ て 、就 労 す る こ と が 経 済 的 に 見 合 う も の で あ る か ど う か は 、E I
TC等の就労型給付だけでなく、非就労型給付にも影響される。
第 1-2-10図 は 、O E C D 推 計 に よ る 、働 き 手 が (1)失 業 状 態 、(2)非 労 働 力
の 状 態 か ら 就 業( 平 均 的 な 生 産 労 働 者 の 67% の 水 準 の 賃 金 を 得 る )す る 場 合
の 限 界 実 効 税 率( 02年 )を 示 し た も の で あ る 。こ の 限 界 実 効 税 率 は 、就 労 に
よ る 粗 所 得 の 増 加 額 に 対 す る 、所 得 税・社 会 保 障 負 担 の 増 加 分 と 公 的 給 付 減
額 分 を 足 し 合 わ せ た 額 の 割 合 32 で あ る 。 各 国 の 限 界 実 効 税 率 を み る と 、 多
く の 国 で 80% を 超 え て お り 、 中 に は 100% を 超 え る ケ ー ス も 存 在 す る な ど 総
じ て 非 常 に 高 く な っ て い る 。こ う し た 中 で 就 労 型 給 付 は 、国 に よ り 大 き さ に
差 は あ る も の の 、英 国 で は 限 界 実 効 税 率 を 25% 程 度 引 き 下 げ る な ど 、働 き 手
の意欲の阻害を減らすことに寄与している。
一 方 、さ き に 紹 介 し た ア メ リ カ と 英 国 と を 比 較 す る と 、控 除 額 の 大 き さ か
ら 英 国 の 方 が 就 業 型 給 付 に よ る 引 下 げ 寄 与 は 大 き い も の の 、住 宅 給 付 等 の非
就 業 型 給 付 が 大 き い た め に 限 界 実 効 税 率 は ア メ リ カ を 上 回 っ て い る 。英 国 で
は 、就 労 型 給 付 の 効 果 が ほ か の 税 や 給 付 に よ っ て 減 殺 さ れ て い る と の 指 摘が
あ る 33 。 つ ま り 、 働 き 手 の 就 労 意 欲 の 阻 害 を 取 り 除 く と い う 目 的 に 対 し て
は 、E I T C 等 の 就 労 型 給 付 は あ く ま で 数 あ る 制 度 の う ち の 一 つ で あ り 、就
労 型 給 付 の 制 度 設 計 や 改 革 を 行 う に 当 た っ て は 、他 の 税 や 公 的 給 付 と の 整 合
性 を 図 る こ と に よ り 、よ り 効 果 的 な も の と な る よ う 検 討 し て い く こ と が 重 要
である。
32
限 界 実 効 税 率 が 100% の 場 合 、 就 労 に よ る 追 加 所 得 が あ っ て も 、 手 取 り 所 得 は 就 労 前 と 不 変 で
あることを意味する。
33
Blundell and Hoynes (2003)。 ま た 、 80年 代 後 半 か ら 90年 代 の 両 国 の 改 革 に つ い て 、 同 様 に 勤 労
所 得 税 額 の 控 除 引 上 げ 等 を 実 施 し た が 、ア メ リ カ で は 非 就 労 型 給 付 の 厳 格 化 が E I T C の 効 果 を 後
押ししたことから、英国に比べてアメリカのインセンティブ向上効果は大きかったとしている。
第1-2-10図 就業型給付を含めた限界実効税率の試算
(%)
120
(1)失業から就労のケース
90
失業給付
(減額分)
60
限界実効税率
30
他の公的給付
(減額分)
0
所得税+
社会保障負担
イタリア
韓国
ハンガリー
ギリシャ
イタリア
ポルトガル
アメリカ
アメリカ
ハンガリー
英国
日本
カナダ
スペイン
ベルギー
英国
カナダ
オーストラリア
ギリシャ
オランダ
ベルギー
スペイン
ニュージーラン
ド
デンマーク
ポルトガル
アイスランド
ドイツ
ポーランド
ノルウェー
アイルランド
フランス
フィンランド
チェコ
オーストリア
スイス
スウェーデン
ルクセンブルク
スロバキア
▲ 30
就労型給付
(2)非労働力から就労のケース
(%)
120
90
60
30
0
韓国
デンマーク
ドイツ
オランダ
オーストラリア
ニュージーラン
ド
ルクセンブルク
ポーランド
日本
アイルランド
ノルウェー
アイスランド
フランス
フィンランド
チェコ
オーストリア
スイス
スウェーデン
スロバキア
▲ 30
(備考)1.OECD “Employment Outlook 2005” より作成。
2.前提として、(1)夫婦及び子供2人の家族で他に就労者はいない、(2)就労により平均的な生産労働者の67%の水準の賃金を得ると
仮定。その場合の、追加的な粗所得の増加額に対する税負担や公的給付減額の割合を示したもの。就労型給付は、収入増になるこ
とからこの図ではマイナスの寄与となる 。
3.「就労型給付」には、例えば、日本の再就職手当(求職者給付の受給残日数等に関する一定の要件を満たした者が再就職した場合
に支給される手当)のように、就業した際に一時的に支給されるものも含む。
4.「他の公的給付」には、生活保護給付、住宅給付、家族手当が含まれる。
5.2002年のデータに基づくもの。メキシコ、トルコはデータが無い。
2.意欲のある働き手を労働市場に引き付ける環境整備
働 き 手( 特 に 労 働 参 加 や 就 業 へ の 障 害 が 多 い 女 性 や 高 齢 者 )に 対 し て 、育
児 期 等 に お け る 適 切 な 支 援 策 、年 齢 や 職 種 に よ る 不 公 正 な 取 扱 い の 解 消 と い
っ た こ と を 通 じ て 、生 涯 に わ た る 活 躍 を 支 援 す る た め の 環 境 整 備 を 行 う こ と
は 、意 欲 あ る 人 々 を 労 働 市 場 に 引 き 付 け る た め に 重 要 な 視 点 で あ る 。例 え ば 、
一 度 職 を 離 れ た 場 合 に 、制 度 や 慣 習 等 に よ り 復 帰 す る こ と が 困 難 な 状 況 で あ
れ ば 、や が て は 、就 労 意 欲 が 阻 害 さ れ 復 帰 を あ き ら め て し ま う で あ ろ う 。こ
こ で は 、就 業 を 後 押 し す る 環 境 整 備 の 視 点 か ら 、フ ラ ン ス に お け る 女 性 の 労
働 参 加・就 業 へ の 取 組 、E U に お け る 年 齢 差 別 禁 止 へ の 取 組 の 例 を 紹 介 す る 。
ま た 最 後 に 、環 境 整 備 も 含 め た 総 合 的 な 取 組 の 例 と し て 、フ ィ ン ラ ン ド に お
ける高齢者の労働参加・就業への取組を紹介する。
(1)フランスにおける女性の労働参加・就業への取組
●出産・育児期を中心に高まる女性の労働参加率
日 本 の 女 性 労 働 参 加 率 を 年 齢 別 に み る と 、出 産・育 児 期 に 女 性 が 労 働 市 場
か ら い っ た ん 離 れ 、子 育 て が 一 段 落 し た 頃 に 再 度 労 働 市 場 へ 参 加 す る 、い わ
ゆ る M 字 カ ー ブ を 描 く 。一 方 、多 く の ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 に お い て は 出 産・育児
期 で 労 働 参 加 率 が 低 下 す る こ と な く ほ ぼ 右 肩 上 が り の 曲 線 を 描 い て い る 。フ
ラ ン ス に お い て は 、70年 代 に は 20歳 代 前 半 か ら 30歳 代 後 半 に か け て 女 性 の労
働 参 加 率 は 低 下 し て い た も の の 、80年 代 、90年 代 と 出 産・育 児 期 を 中 心 に 労
働 参 加 率 は 上 昇 し 、05年 で は 25歳 か ら 54歳 ま で の 女 性 の 労 働 参 加 率 は 80.7%
と ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 と 比 較 し て も 高 い 比 率 と な っ て い る ( 第 1-2-11図 )。 こ こ
で は 、高 失 業 率 を 抱 え な が ら も 特 に 出 産・育 児 期 の 女 性 の 労 働 参 加 率 の 上 昇
がみられるフランスにおける女性の労働参加・就業への取組を概観する。
第1-2-11図 フランスの年齢別女性労働参加率の推移と国際比較
(1)フランスの年齢別女性労働参加率の推移
(%)
100
2005年
2000年
90
80
1990年
70
60
50
40
1980年
1970年
30
20
10
0
20∼24
(%)
100
25∼29
30∼34
35∼39
40∼44
45∼49
50∼54
55∼59
(年齢)
60∼64
(2)ヨーロッパ主要国及び日本の年齢別女性労働参加率(2005年)
スウェーデン
90
80
70
60
50
日本
40
30
英国
20
10
フランス
0
20∼24
25∼29
(備考)OECD
30∼34
35∼39
40∼44
Labour Force Statistics”より作成。
45∼49
50∼54
55∼59
60∼64(年齢)
●家族政策における幅広い選択肢の提供を重要課題と認識
フ ラ ン ス に お い て は 、古 く か ら 家 族 政 策 が 重 視 さ れ 、経 済 的 支 援 や 育 児 制
度 の 充 実 を 積 極 的 に 推 進 し て き た 。近 年 は 親 が 出 産 育 児 に つ い て 幅 広 い 選 択
を 行 う こ と の で き る 環 境 整 備 が 重 要 課 題 と 認 識 さ れ て い る 。05年 の 家 族 会議
34
では、仕事と家族をより良く両立できるように支援する「家族の自由選
択 」を 目 標 に 掲 げ て お り 、06年 の 同 会 議 に お い て も 引 き 続 き 優 先 目 標 で あ る
旨が確認されている。以下ではその制度概要をみていくこととする。
(ⅰ)育児期における休暇やパートタイム労働の選択
子 供 の 育 児 の た め に 、就 業 し て い る 親 は 父 母 を 問 わ ず 、就 業 を 一 時 停 止 し
て 育 児 休 暇 を 取 得 す る か 、就 業 時 間 を 減 ら し パ ー ト タ イ ム へ 転 換 す る か を 選
択 す る こ と が で き る こ と が 法 律 に 定 め ら れ て い る ( 第 1-2-12表 )。
こ れ ら は「 仕 事 と 家 庭 生 活 の 調 和 」を 目 的 と し て 導 入 さ れ た も の で 、い ず
れ も 、法 定 の 母 親 の 出 産 休 暇( 産 前 6 週 間 、産 後 10週 間 )若 し く は 出 産 時 に
父 親 に 対 し て 付 与 さ れ る 父 親 休 暇( 子 の 誕 生 か ら 4 か 月 以 内 、最 大 11日 )が
終 了 し た 後 、期 間 1 年( 最 長 3 年 ま で 延 長 可 能 )の 育 児 休 暇 な い し パ ー トタ
イ ム へ の 転 換 が 可 能 35 と な っ て い る 。
ま た 、同 期 間 終 了 後 は 、職 場 内 に お け る 従 前 の 職 、又 は 、少 な く と も 同 等
の 報 酬 を 伴 う 類 似 の 職 が 保 障 さ れ る と と も に 、復 職 し た 際 に 技 術 革 新 や 仕事
手 順 に 変 化 が あ っ た 場 合 は 職 業 教 育 を 受 け る 権 利 が あ る 。こ の た め 、育 児 の
た め に 労 働 市 場 か ら 退 出 す る こ と な く 、あ る い は 、い っ た ん 休 暇 に 入 っ た と
してもスムーズに労働を継続できる環境が整備されている。
ま た 、こ の 育 児 休 暇 制 度( パ ー ト タ イ ム 労 働 へ の 転 換 も 含 む )は 、父 親 あ
る い は 母 親 が 、同 時 期 に 又 は 交 代 で 取 得 す る こ と が 可 能 と な っ て い る 。母 親
が 一 定 期 間 取 得 し た 後 、父 親 が 交 代 し て 取 得 し 、母 親 の 職 場 復 帰 を 早 め る こ
となども制度上可能であり、多様な働き方の選択幅を広げている。
34
国の家族政策の方針を発表する場として年に一度開催される首相を議長とした会議。政府関係
者のほか、国民議会関係者、市町村連合会代表、労使団体、家族協会、専門家等が参加する。
35
就業を全面ないし部分的に停止させる間の所得補償として、就業自由選択補足手当がある。少
な く と も 過 去 2 年 間 職 業 活 動 を 継 続 的 又 は 断 続 的 に 行 な っ て い た こ と が 受 給 要 件 と な り 、支 給 額 は 、
全 面 的 な 休 暇 の 場 合 と 勤 務 時 間 短 縮 の 度 合 い と に 応 じ て 決 定 さ れ る 。休 暇 中 は 、当 該 手 当 以 外 所 得
の 減 少 を 補 う も の は 無 い た め 、特 に 賃 金 の 高 い 高 学 歴 の 女 性 の 就 業 継 続 に 対 す る 要 望 は 高 く 、子 供
を 産 ん で も 比 較 的 短 期 間 で 職 場 復 帰 を 果 た し て い る 。さ ら に 、早 期 職 場 復 帰 を 後 押 し す る も の と し
て 、06年 7 月 か ら は 、第 3 子 以 降 、受 給 期 間 を 1 年 に 短 縮( 通 常 3 年 )す る 代 わ り に 、月 額 お よ そ
5割増の手当を受領する選択肢が新たに加わった。
(ⅱ)多様な育児サービスの提供
育 児 に 対 す る 休 暇 制 度 面 や 経 済 面 の 支 援 だ け で は な く 、就 労 を 実 際 の 育 児
面 か ら 支 援 す る 様 々 な サ ー ビ ス が 用 意 さ れ て い る 。特 に 3 歳 未 満 の 児 童 を対
象 と し た サ ー ビ ス は 、 主 に 集 団 託 児 所 、 家 庭 保 育 所 、 認 定 保 育 マ マ 36 に よ
り 行 な わ れ て お り 、3 歳 未 満 児 の お よ そ 4 割 が 保 育 サ ー ビ ス を 利 用 す る こ と
が可能となっている。
託 児 所 は 主 に 市 町 村 に よ り 運 営 さ れ る が 、財 政 難 に よ る 絶 対 数 の 不 足 等 か
ら 、施 設 で は な く 家 庭 に お け る 託 児 支 援 の 強 化 と し て 、認 定 保 育 マ マ を 雇 用
す る 家 庭 に 対 す る 援 助 制 度 を 90年 に 導 入 、以 降 、認 定 保 育 マ マ の 利 用 が 拡 大
し 、現 在 の 育 児 サ ー ビ ス の 主 流 と な っ て い る 。サ ー ビ ス 利 用 者 の 都 合 に 合 わ
せ や す い こ と が 特 徴 で あ る ほ か 、認 定 保 育 マ マ 自 体 が 女 性 の 雇 用 創 出 に つ な
が っ て い る 37 。
認 定 保 育 マ マ を 雇 用 す る 家 庭 に 対 す る 援 助 制 度 は 、04年 に 新 た に 託 児 費 用
等 を 補 償 す る「 保 育 方 法 自 由 選 択 補 足 手 当 」に 再 編 さ れ 、働 く 親 が 仕 事 と子
育 て の 両 立 の た め 、6 歳 未 満 の 子 供 を 対 象 に 集 団 託 児 施 設 へ 預 け る か 、認 定
保育ママを雇用するかなど、子育て支援方法の選択が可能となっている。
36
認定保育ママとは、一定の要件を満たし、県の管轄センターから認定を受けた者が子供の親と
雇用契約を結び、親の家又は自分の家において子供の世話を行う家庭保育サービスである。
37
認 定 者 数 34万 人 、 う ち 実 際 の 雇 用 者 数 は 26万 人 ( 01年 )。
第1-2-12表 フランスの子育て両立支援政策の概要
制度名
概 要
1.主な休暇制度
出産休暇
○期間:
・第1子、第2子: 産前6週間 + 産後10週間
・第3子以降: 産前8週間 + 産後18週間
・双子の場合: 産前12週間 + 産後22週間
○対象:出産保険の被加入者であり、加入期間が10か月以上等
○手当:家族給付全国基金が休暇前賃金の8割を支給
一定の所得内であれば、妊娠7か月目に「乳幼児迎え入れ
手当」より出産手当有り
備 考
○日本:
産前6週間+産後8週
間
○スウェーデン:
産前7週間+産後7週
間
父親休暇
○出産時に父親に対して付与される休暇措置(育児休暇とは別)
○期間:子の誕生から4か月以内に最大11日(普通出産)
○対象:賃金労働者(雇用契約の形態は問わない)、
職業教育中である者(社会保障制度の加入者であること)、
失業手当を受けている失業者
○手当:社会保障制度から日給補償
(税と社会保険料込みの賃金の8割)
○日本:統一した制度
はないが、就業規則等
に規定している例有
り。
○スウェーデン:10日
間
育児休暇
○期間:1年(2回まで更新可能、最長3年)
出生した子の3回目の誕生日まで
○対象:3歳未満の子供を持つ親で、最低1年間の勤続年数を有する
者。父親、母親ともに同時取得や交代での取得も可能
○期間中下記の選択が可能
(1) 労働契約を停止し終日育児休暇を取得
(2) 就業時間を減らすパートタイムへの転換
○育児休暇後、復職した労働者は技術革新や仕事手順に変化があった場合は職
業教育を受ける権利を有する
○手当:休暇そのものに対する手当無し
一定の要件を満たした者には第1子は最長6か月、第2子以
降はその子が3歳になるまでの間、「乳幼児迎え入れ手当」
のうち就業自由選択補足手当から休暇あるいは勤務時間短縮
の度合いに応じて支給
○日本:子が1歳に達
するまでの間、1人の
子につき1回。一定範
囲の期間雇用者も対
象。
○スウェーデン(両親
休暇):子が8歳に到
達するまで、両親合わ
せて480労働日。父母
それぞれ60日は他方の
親に譲ることのできな
い「パパクオータ」
「ママクオータ」有
り。
2.乳幼児迎え入れ手当
○04年1月に既存の5つの手当を統合(乳幼児手当、養子手当、家庭保育手当、認定保育マ
マ雇用家族援助手当、育児親手当)、以下の3つから構成
(1) 出産先行手当(所得制限有り)
妊娠7か月目に支給
(2) 基礎手当(所得制限有り)
誕生月から3歳になる前の月まで3年間、子供の養育にかかる費用の補償
(3) 補助手当(所得制限無し)
・保育方法自由選択補足手当
認定保育ママの雇用または在宅保育者(依頼者の家に行って子供を預かる者)に
6歳未満の子供を預ける場合の費用負担を補助。子供の年齢に応じて負担援助
額の上限有り
・就業自由選択補足手当
父母のどちらかが子育てのために職業活動を一時停止(または縮小)することを
選択した場合に、子供が3歳(第1子の場合は6か月)になるまで休暇あるいは
勤務時間短縮の度合いに応じて支給
3.認定保育ママ
○在宅での保育サービスを提供。現在の保育サービスの主流
○認定保育ママはその利用者が雇用し、時間、賃金、食事等を個別に契約
○利用者は賃金や社会保険料を負担
○手当:「乳幼児迎え入れ手当」から6歳未満の子供の保育費用(認定保育ママの
賃金の一部と社会保険の使用者負担等)の補助有り
(備考)「平成17年版 少子化社会白書」(内閣府)、家族手当公庫(CAF)ホームページ及び各種資料より作成。
●フルタイム労働者とパートタイム労働者の均等待遇
パ ー ト タ イ ム 労 働 者 38 に は 、 法 律 で フ ル タ イ ム 労 働 者 と 同 様 の 法 的 、 ま
た、企業・事業所レベルの労働協約上の権利を有していることが明記され、
差 別 的 取 扱 い 禁 止 と 平 等 取 扱 い が 原 則 と さ れ て い る 。従 っ て 、パ ー ト タ イ ム
労働者の時間当たりの賃金は同等の業務に従事しているフルタイム労働者
と 同 じ で な く て は な ら ず 、報 酬 、休 日 や 休 暇 等 の 待 遇 面 で も 同 等 の 権 利 を 享
受する。また、義務も同様に課されるため、労働時間の長さにかかわらず、
社 会 保 障 制 度 に 加 入 し 保 険 料 を 支 払 う 義 務 が あ る 。使 用 者 に と っ て も フ ルタ
イ ム 労 働 者 を 雇 用 す る 際 に 必 要 な 保 険 料 を 負 担 す る た め 、パ ー ト タ イ ム 労 働
者は、単にフルタイムより低コストであるという存在にはならない。
一 方 で 、パ ー ト タ イ ム 労 働 が 短 時 間 労 働 で あ る 特 殊 性 か ら 、使 用 者 が 労 働
時 間 を 弾 力 的 に 延 長 さ せ る こ と を 防 止 す る た め に 、 勤 務 時 間 割 39 の 変 更 や
所定外労働時間等についてフルタイム労働者とは異なる特別規定も設けら
れている。
フ ル タ イ ム 、パ ー ト タ イ ム 間 の 転 換 を 容 易 に す る た め の 規 定 も 設 け ら れ て
お り 、フ ル タ イ ム 労 働 者 の 空 席 ポ ス ト に 対 し 、パ ー ト タ イ ム 労 働 者 に は 優 先
的 割 当 権 が あ り 、使 用 者 は 空 席 ポ ス ト が 発 生 し た 場 合 は パ ー ト タ イ ム 労 働 者
へ通知する義務があることも法により定められている。
前 述 の 育 児 期 に お け る パ ー ト タ イ ム へ の 転 換 同 様 、労 働 者 の 柔 軟 か つ 多 様
な 労 働 の 選 択 肢 を 法 制 度 と し て 支 え て い る ( 第 1-2-13表 )。
第1-2-13表 フランスのパートタイム労働
概
・パートタイム労働の実施要件が労働法典において明文化(81年∼)
要 ・フルタイム労働者と同様の労働協約上及び法的な権利を有し、差別的取扱いを禁止
・使用者が労働時間を弾力的に延長させることを防止するため、フルタイム労働者とは
異なる労働時間に関する特別規定有り
・パートタイム、フルタイム間の転換を希望する労働者は、当該企業等において
転換に関する優先権を有する
フルタイム、
パートタイム間 ・「仕事と家庭生活の調和」を目的としたフルタイムからパートタイムへの転換制度
有り(期間は1年、2回まで更新可能で最長3年)。パートタイム労働期間終了後、
の転換
従前の雇用又は少なくとも同等の報酬を伴う雇用が保障される
(備考)川口(2002)等より作成。
38
39
基本的に、労働時間が法定労働時間を下回る労働者。
通 常 、労 働 者 は 共 通 の 勤 務 時 間 割 に 従 い 勤 務 す る が 、パ ー ト タ イ ム の 場 合 は 変 更 し 得 る 場 合 を
労 働 契 約 に 規 定 す る と と も に 、使 用 者 は そ の 時 間 割 変 更 に 際 し 、少 な く と も 7 日 前 に 労 働 者 に そ れ
を通知しなければならない。
●就労と育児の両立支援と均等待遇を保障する制度の整備
フ ラ ン ス に お い て は 、(1)女 性 の 育 児 期 に お け る 柔 軟 な 勤 務 形 態 、(2)育児
終 了 後 の 復 帰 を 容 易 に す る 制 度 、 (3)多 様 な 育 児 サ ー ビ ス に よ る 育 児 支 援 、
(4)父 親 の 育 児 休 暇 の 制 度 化 等 、 育 児 期 に お い て 多 様 な 選 択 肢 を 提 供 す る こ
と に よ り 女 性 の 生 涯 に わ た る 労 働 市 場 に お け る 活 躍 を 後 押 し し て い る 。ま た 、
フランスではここで述べたパートタイムとフルタイム労働者の間の均等待
遇 の 推 進 の ほ か 、 男 女 間 の 均 等 処 遇 へ の 取 組 40 を 進 め て い る 。
た だ し 、 実 態 上 の 問 題 点 と し て 、 (1)パ ー ト タ イ ム が 女 性 に 偏 っ て い る こ
と 、 (2)フ ル タ イ ム 、 パ ー ト タ イ ム 間 の 賃 金 格 差 が 労 働 時 間 の 差 で あ っ た と
し て も パ ー ト タ イ ム の 収 入 は 相 対 的 に 低 い た め 、フ ル タ イ ム へ の 転 換 を 希 望
す る パ ー ト タ イ ム 労 働 者 の 割 合 は 高 い 41 こ と 、(3)希 望 時 間 と 実 際 の 就 労 時
間 の ミ ス マ ッ チ と い っ た 指 摘 も あ る こ と に は 留 意 が 必 要 で あ る 42 。
こ う し た 課 題 は 残 る も の の 、環 境 整 備 と 多 様 な 選 択 肢 の 提 供 が 、意 欲 を 持
った女性を労働市場に引き付ける一因になっているものと考えられる。
(2)EUにおける年齢差別の禁止への取組
雇 用 に 関 し て 、年 齢 、性 別 等 に よ る 不 利 益 待 遇 の 存 在 は 、本 来 能 力 の あ る
者 が 職 に 就 け な い と い っ た 問 題 が 生 じ る だ け で な く 、ひ い て は 人 々 の 就 労 へ
の 意 欲 す ら 失 わ せ か ね な い 。こ う し た 差 別 を な く す と い っ た 環 境 整 備 も 、幅
広 い 労 働 参 加 を 得 て 雇 用 を 増 や し て い く た め に 重 要 な 視 点 で あ ろ う 。こ こ で
は、近年EUにおいて進んできている年齢差別禁止への取組を紹介する。
●EUにおける年齢差別禁止の制度化までの背景
40
83年 に 「 男 女 の 職 業 上 の 平 等 に 関 し て 労 働 法 典 及 び 刑 法 典 を 改 正 す る 法 律 」( 一 般 に 「 男 女 職
業 平 等 法 」) が 制 定 さ れ 、 同 法 は 採 用 、 報 酬 、 職 業 訓 練 、 配 属 、 資 格 認 定 、 選 考 、 昇 進 、 配 置 換 え
等 に お い て 性 別 を 考 慮 す る こ と を 禁 止 し 、違 反 し た 場 合 に は 罰 則 を 設 け 、職 業 上 の 権 利 の 平 等 、職
業 上 の 機 会 の 平 等 を 保 障 し て い る 。こ の 中 で 、50名 以 上 を 雇 用 す る 事 業 主 は 、雇 用 及 び 職 業 訓 練 等
に 関 す る 男 女 の 状 況 に つ い て 報 告 書 を 作 成 し 、そ れ を 企 業 委 員 会 に 諮 り 、そ の 意 見 を 付 し た う え で
労働監督官に毎年提出しなければならないとされている。
41
O E C D の デ ー タ に よ れ ば 非 自 発 的 に パ ー ト タ イ ム 就 労 し て い る 女 性 の 割 合 は 約 27% ( O E C
D 諸 国 平 均 約 14% 、 05年 ) と さ れ て い る 。
42
こ の ほ か 、 女 性 や パ ー ト タ イ ム 労 働 に 限 っ た こ と で は な い が 、 フ ラ ン ス に お い て は 、 (1)期 間
の 定 め の 無 い (permanent)雇 用 者 に 対 す る 労 働 保 護 法 制 が 手 厚 く 、期 間 の 定 め の あ る (temporary)雇 用
者 と の 間 の 流 動 性 が 低 い 、 (2)失 業 給 付 、 生 活 保 護 給 付 に 相 当 す る R M I 、 家 族 政 策 等 に お け る 移
転 給 付 の 手 厚 さ が 求 職 へ の イ ン セ ン テ ィ ブ を 阻 害 し て い る 可 能 性 が あ る な ど の 指 摘 が あ る( O E C
D (2005b))。
年 齢 差 別 禁 止 に つ い て は 、ア メ リ カ で は 67年 に「 雇 用 に お け る 年 齢 差 別 禁
止 法 」が 制 定 さ れ て い る が 、E U に お い て は 90年 代 後 半 か ら 法 制 化 へ 向 け た
動きが進められてきた。
ヨ ー ロ ッ パ に お け る 雇 用 政 策 で は 、長 ら く 若 年 者 の 雇 用 促 進 が 優 先 課 題 と
さ れ 、70年 代 や 80年 代 に お け る 不 況 期 に お い て は 、高 齢 者 に は 早 期 退 職 を 促
し 専 ら 社 会 保 障 に よ っ て 対 応 す る 一 方 、若 年 失 業 者 の 雇 用 促 進 を 図 る こ と で
失 業 率 の 低 下 が 図 ら れ た 。し か し 、90年 代 に 入 る と 、社 会 保 障 負 担 の 増 大 や 、
急 速 な 高 齢 化 が 迫 り つ つ あ っ た こ と か ら 、高 齢 者 の 雇 用 促 進 が 重 要 な 政 策 課
題として取り上げられるようになった。
た だ し 、ヨ ー ロ ッ パ に お け る 年 齢 差 別 禁 止 へ の 動 き は 、高 齢 者 の 雇 用 政 策
と い う 視 点 よ り も 、人 権 政 策 的 な 意 味 合 い が 強 く 、性 別 、人 種 、宗 教 、障 害
等 、年 齢 に と ど ま ら な い 幅 広 い 差 別 禁 止 の 文 脈 か ら 制 度 化 が 進 ん で き た と い
う面がある。
●包括的な差別禁止の原則と例外規定
具 現 化 し た 動 き と し て は 、97年 の ア ム ス テ ル ダ ム 条 約( 改 正 欧 州 連 合 条 約 )
において、
「( 欧 州 )理 事 会 は ・・・性 、人 種 又 は 民 族 的 出 身 、宗 教 、又 は 信 念 、
障 害 、年 齢 又 は 性 的 嗜 好 に 基 づ く 差 別 と 戦 う た め に 適 当 な 行 動 を と る こ と が
で き る 」 と さ れ た 。 そ の 後 の 議 論 を 経 て 、 2000年 に は 「 一 般 雇 用 均 等 指 令 」
43
が欧州委員会で採択され、この指令に基づき各国で法令化が進められて
き た ( 第 1-2-14表 )。
こ の 一 般 雇 用 均 等 指 令 に お い て 適 用 さ れ る 範 囲 は 、も と も と の 経 緯 が 人 権
保障に力点が置かれていることから、雇用に関するあらゆる場面が含まれ、
募 集・採 用 に と ど ま ら ず 、昇 進 、職 業 指 導 や 職 業 訓 練 へ の ア ク セ ス 、賃 金 を
含 む 雇 用 ・ 労 働 条 件 等 に も 及 ん で い る 44 。
一 方 で 雇 用 の 現 実 問 題 に 対 処 す る た め に 例 外 規 定 も 置 か れ 、柔 軟 な 対 応 を
行 う 余 地 を 残 し て お り 、 (1)特 定 の 者 に 不 利 益 の 防 止 又 は 補 償 の た め に 特 別
な 措 置 ( ポ ジ テ ィ ブ ・ ア ク シ ョ ン ) を 実 施 す る こ と 、 (2)退 職 年 齢 を 設 定 す
る 国 家 の 規 定 は 妨 げ な い こ と 、 (3)国 内 法 の 文 脈 で 合 法 的 な 目 的 に よ り 、 客
43
雇 用 及 び 職 業 に お け る 均 等 待 遇 の 一 般 的 枠 組 み を 設 定 す る 指 令 (Council Directive establishing a
general framework for equal treatment in employment and occupation)
44
「 差 別 」 の 基 本 概 念 と し て 、「 直 接 差 別 」 だ け で な く 「 間 接 差 別 」、「 ハ ラ ス メ ン ト 」 に つ い て
ま で 幅 広 く 網 を か け る も の と な っ て い る 。ま た 、保 護 の 対 象 も 特 定 の 年 齢 層 に 限 定 さ れ ず 、若 年 者
も保護の対象になっている。
観 的 か つ 合 理 的 に 正 当 化 さ れ 、か つ 、手 段 が 適 切 か つ 必 要 で あ る 場 合 に は 差
別とみなされない旨を国内法で規定することができることなどを定めてい
る 45 。
第1-2-14表 一般雇用均等指令の概要
・「均等取扱いの理念」とは、直接差別及び間接差別をしないことをいう。
・「直接差別」とは、いずれかの差別の根拠(年齢を含む)により、一方が他方より
不利に取り扱われることをいう。
(1)差別の概念
・「間接差別」とは、外見上は中立的な基準、規定、慣行であっても、それが特定の
(第2条第1∼3項) 性質(年齢を含む)の人々を特定の不利益に置くものをいう。
・いずれかの差別の根拠(年齢を含む)に基づき、個人の尊厳を侵し、脅迫的、敵対
的、冒とく的、屈辱的、又は攻撃的な環境を作り出す目的・効果を有する迷惑な行為
は、「嫌がらせ」として差別とみなされる。
均等取扱いは以下のものを対象とし、公共部門(公共機関を含む)にも適用される。
(2)均等取扱いの
対象
(第3条第1項)
・雇用、自営業及び職業(昇進を含む)へのアクセスの条件(選考基準及び求人条件を含む)
・職業指導や職業訓練へのアクセス
・雇用条件及び労働条件(解雇・賃金を含む)
・労働者又は使用者の団体、又は職業団体会員資格や入会(利益提供を含む)
・本指令は、退職年齢を定める国内の規定に影響を与えない。(前文第14項)
・年齢により異なる取扱いが、国内法の文脈で合法的な目的(合法的な雇用政策、労働市
場、職業訓練目的を含む)により、客観的かつ合理的に正当化される場合で、その目的の
達成手法が適切かつ必要な場合には、加盟国は、そのような取扱いを、年齢差別にならな
いとすることができる。そのような異なる取扱いには、以下のようなものを含み得る。
(3)年齢に関する
例外規定
(4)包括的な
例外規定
(a)若年者・高齢者・家庭において介護等の責任のある者に対し、それらの者の統合
促進や保護のため、雇用や訓練へのアクセス、雇用及び職業(解雇及び給与の条
件を含む)について、特別な条件を設定すること
(b)雇用あるいは雇用に関連する特定の利益へのアクセスのための、年齢、職業経験、
勤続年数に関する最低条件を設定すること
(c)当該業務のために必要な職業訓練又は退職前の合理的な雇用期間の必要性を
理由に、採用に上限年齢を設定すること(第6条第1項)
・加盟国は、特定の性質(年齢を含む)が真性かつ決定的な職業上の資格となる場
合、目的が合法的でその資格が適切であれば、その性質に基づく取扱いの違いは差
別とはならないとすることができる。(第4条第1項)
・特定の者に対し、いずれかの差別の根拠(年齢を含む)に関する不利益の阻止・補償の
ために、加盟国が特別な措置(ポジティブ・アクション)を講ずることは妨げられない。
(第7条)
(備考)牧野(2003)、European Union (2000) より作成。
●幅広い均等の確保と社会に適合する柔軟性
年 齢 に よ る 不 利 益 待 遇 に つ い て は 、ヨ ー ロ ッ パ で み ら れ る 人 権 的 な 観 点 だ
け で な く 、雇 用 の 面 で も 、不 公 正 で あ る だ け で な く 高 齢 者 の 能 力 発 揮 の 機 会
が 失 わ れ る こ と は 経 済 に と っ て マ イ ナ ス で あ ろ う 。こ う し た 差 別 を 被 り 得る
人 々 の 就 業 意 欲 を 阻 害 す る こ と な く 、労 働 市 場 で 活 躍 で き る 場 を 作 る た め に
こ の よ う な 横 断 的 な ル ー ル を 整 備 し て い く こ と は 極 め て 重 要 で あ る 。ま た E
U の 取 組 を み る と 、人 権 問 題 の 側 面 も あ る が 、募 集 や 採 用 と い っ た 入 口 だ け
45
例 と し て は 、 (1)若 年 者 ・ 高 齢 者 ・ 介 護 責 任 の あ る 者 に 対 し 、 そ れ ら の 者 の 保 護 の た め に 、 雇
用 や 訓 練 へ の ア ク セ ス 等 に つ い て 特 別 な 条 件 を 設 定 す る こ と 、 (2)雇 用 へ の ア ク セ ス の た め の 年
齢 ・ 職 業 経 験 、 勤 続 年 数 に 関 す る 最 低 条 件 の 設 定 、 (3)当 該 業 務 に 必 要 な 訓 練 期 間 等 を 考 慮 し た 上
での採用時の年齢上限の設定が挙げられている。
で な く 、昇 進 や 職 業 訓 練 へ の ア ク セ ス と い っ た 就 業 後 の 扱 い に つ い て 差 別 を
な く し て い く こ と も 原 則 と し て い る 。就 業 か ら 定 着 を 進 め て い く 上 で は こ う
した幅広い場面での均等扱いも大いに参考になる点であろう。
一 方 、E U 指 令 で は 、一 律 に 均 等 化 す る こ と で 逆 に 不 利 益 を 被 る 可 能 性 の
あ る 者 へ の 配 慮 や 、例 え ば 、若 年 者 と 高 齢 者 で あ れ ば 当 然 体 力・知 識・経 験
に 違 い が あ る な ど 、そ れ ぞ れ の 置 か れ た 状 況 の 違 い に よ る 柔 軟 な 対 応 が と れ
る よ う な 配 慮 も み ら れ る 46 。 こ の よ う に 、 必 ず し も 一 律 に 均 等 的 な 扱 い を
固 定 化 す る の で な く 、様 々 な 事 情 に 応 じ て 個 々 の 国 や そ の 時 の 状 況 に ふ さ わ
しい形が検討されるべきであろう。
(3)多様な選択を後押しする横断的なルール作り
こ こ で は 、二 つ の 取 組 事 例 を 紹 介 し た が 、フ ラ ン ス の 女 性 の 就 業 支 援 策 に
お い て は 、育 児 期 等 に お け る 幅 広 い 選 択 を 行 う 環 境 を 整 備 す る こ と が 優 先 目
標 と さ れ 、育 児 休 暇 の 取 得 、パ ー ト タ イ ム へ の 一 時 的 な 転 換 を 含 め た 働 き 方、
育児サービスの提供といった面で多様な選択肢が用意されている。
そ し て 、働 き 手 の 多 様 な 選 択 を 後 押 し す る た め に は 、選 択 肢 の 提 供 に と ど
ま ら ず 、職 種 、性 別 、年 齢 等 を 超 え た 公 平 、公 正 な 扱 い を 確 保 す る 横 断 的 な
ル ー ル が 整 備 さ れ て い る こ と が 重 要 で あ る 。仮 に 、一 時 的 な パ ー ト タ イ ム を
選択しようとしてもそれが経済的な面やその後の処遇等において結果的に
不 利 を も た ら す よ う で あ れ ば 、実 際 に は 選 択 さ れ な い で あ ろ う 。E U の 年 齢
差 別 禁 止 へ の 取 組 に お い て は 、就 業 の 入 口 で あ る 募 集 、採 用 に 加 え て 、昇 進 、
職業訓練へのアクセス等も含めた包括的なルール作りが進んでいる。また、
フ ラ ン ス で は 、パ ー ト タ イ ム 労 働 者 と フ ル タ イ ム 労 働 者 の 均 等 待 遇 、男 女 間
の均等待遇等、包括的なルール作りが進められている。
多 様 な 選 択 肢 の 提 供 と 合 わ せ て 、公 平 、公 正 を 確 保 す る た め の 横 断 的 な ル
ールを整備することが重要な視点と考えられる。
46
例えば、年功序列的な扱いについて、英国では例外的な規定を設けるなどEU指令に反しない
範 囲 で 柔 軟 な 対 応 が な さ れ て い る 。こ の 点 は 、英 国 内 で も 議 論 が あ っ た 点 で あ る が 、勤 務 継 続 期 間
に 応 じ て 、5 年 以 内 で あ れ ば 理 由 を 問 わ ず 優 遇 す る 措 置 が 可 能 で あ り 、5 年 以 上 に つ い て も 合 理 的
な理由がある場合には経験に対する報酬の支払等の優遇措置が可能とされている。
( 4 )フ ィ ン ラ ン ド に お け る 高 齢 者 の 労 働 参 加・就 業 へ の 取 組( 総 合 的 な 取
組の視点)
こ こ ま で 、働 き 手 に 対 す る 意 欲 阻 害 要 因 の 解 消 と 就 業 能 力 向 上 支 援 、労 働
市 場 に お け る 環 境 整 備 の 大 き く 2 つ の 視 点 か ら 述 べ て き た が 、雇 用 を め ぐる
政 策 は 実 に 様 々 で あ る 。 こ こ で は 、「 総 合 的 な 取 組 」 と の 視 点 か ら 、 フ ィ ン
ランドの高齢者に対する労働参加・就業への取組を紹介する。
●高齢者の就業率が上昇
フ ィ ン ラ ン ド に お い て も 、他 の ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 と 同 様 に 、従 来 は 高 齢 者 に
対 す る 早 期 退 職 を 促 進 す る 政 策 が と ら れ て き た が 、近 年 は 高 齢 者 の 雇 用 促進
が 重 要 な 課 題 と し て 認 識 さ れ る よ う に な っ て き た 。1998年 に は 、45歳 か ら 64
歳 ま で の 就 業 者 及 び 失 業 者 を 対 象 と し た 5 か 年 計 画「 高 齢 就 業 者 全 国 プ ログ
ラ ム 」( F I N P A W 47 )が 開 始 さ れ 、高 齢 者 の 労 働 参 加 、就 業 の 促 進 に つ
い て 積 極 的 な 取 組 が 行 わ れ た 。そ の 結 果 、高 齢 者 の 就 業 率 は 90年 代 後 半 か ら
上 昇 し 、55∼ 64歳 で み る と 、98年 の 36.2% か ら F I N P A W 最 終 年 の 02年 に
は 47.8% と な っ た ( 第 1-2-15図 )。 E U ( 15か 国 ) 平 均 の 高 齢 者 の 就 業 率 も
緩やかに上昇しているが、それを上回る上昇となっている。
(%)
55
第1-2-15図
フィンランドの高齢者就業率の推移
50
フィンランド
EU15平均
45
40
35
30
1995
96
97
98
99
2000
01
02
(備考)1.欧州委員会 “Employment in Europe 2006” より作成。
2.55∼64歳。
47
National Program for Ageing Workers, Finland
03
04
(年)
05
●高齢者就業促進策の概要
F I N P A W に は 、年 金 制 度 改 革 、職 業 訓 練 や 基 礎 教 育 不 足 者 の 技 能 改 善、
職 場 環 境 の 改 善 や 安 全 の 確 保 、高 齢 者 の 雇 用 モ デ ル 等 の 調 査 研 究 、広 報 啓 発
等様々な施策が盛り込まれ、関連施策も含めて幅広い取組がなされた(第
1-2-16表 )。
こ こ ま で 述 べ て き た 論 点 に 沿 っ て い え ば 、ま ず 、働 き 手 の 就 業 意 欲 阻 害 要
因 の 解 消 に 関 し て 、早 期 退 職 年 金 の 最 低 受 給 年 齢 の 引 上 げ と い っ た 年 金・失
業 保 険 の 改 革 等 、経 済 面 か ら 就 業 継 続 へ の デ ィ ス イ ン セ ン テ ィ ブ を 弱 め る た
め の 改 革 が 徐 々 に な さ れ て い る 。 O E C D ( 2004a) は 、 こ う し た 早 期 退 職
スキームの改革が高齢者の就業促進に役割を果たしたとしている。 同時に、
就 業 能 力 向 上 支 援 と し て 、従 来 か ら 生 涯 学 習 を 基 本 理 念 と し て き た 国 で あ る
が 、F I N P A W で も 職 業 訓 練 が 重 要 視 さ れ 、基 礎 的 教 育 が 十 分 で な い 者 の
技 能 改 善 支 援 や 、中 高 年 を 中 心 と す る 情 報 通 信 技 術 向 上 の た め の 教 育 訓 練 等
が実施されてきた。
ま た 、 環 境 整 備 の 面 で は 、 フ ィ ン ラ ン ド は 高 齢 者 の 「 就 業 能 力 48 」 に つ
い て 、労 働 者 の メ ン タ ル も 含 め た 健 康 、職 場 の 安 全 と い っ た 面 も 重 視 し て い
る 。高 齢 者 の 就 労 に 関 す る 教 育 の 対 象 は 働 き 手 に と ど ま ら ず 、企 業 経 営 者 や
管 理 職 、行 政 機 関 や 訓 練・職 業 紹 介 機 関 の 職 員 に 対 し て も 積 極 的 に 行 わ れ て
い る 。そ の 中 で 、労 働 者 の 加 齢 に 配 慮 し な が ら 業 務 を 計 画 、実 行 す る と いっ
た 「 年 齢 管 理 49 」 の 考 え 方 の 普 及 等 が 図 ら れ て い る 。 ま た 、 法 律 に お い て
も 、経 営 者 が 労 働 者 の 加 齢 に つ い て 注 意 を 払 う こ と 義 務 付 け る な ど 職 場 環 境
の 改 善 策 が 進 め ら れ て い る 。こ の ほ か 、さ き に 述 べ た E U の 取 組 と 合 わ せ て、
年齢による差別、不均等な取扱いの禁止に関する法整備もなされた。
さ ら に 、F I N P A W の 特 徴 と し て 、広 報 啓 発 が 重 要 視 さ れ 、高 齢 者 自 身
や雇用主を中心とした国民の認識を変えることがプログラムの主要な目的
の 一 つ で あ っ た こ と が 挙 げ ら れ る 。「 高 齢 者 の 経 験 は 国 民 の 資 産 で あ る 」 と
い っ た メ ッ セ ー ジ が 、公 共 ス ペ ー ス 、メ デ ィ ア 、イ ン タ ー ネ ッ ト 等 を 通 じて
広 く 国 民 に 周 知 さ れ た 。こ う し た 政 策 の 効 果 に つ い て 、メ ッ セ ー ジ が 徐 々 に
で は あ る が 着 実 に 浸 透 し て い る 、職 場 に お け る 高 齢 者 へ の 態 度( 特 に 早 期 退
職 に 対 す る 考 え 方 ) に は 変 化 が み ら れ る と い っ た 評 価 が な さ れ て い る 50 。
48
49
50
Working capacity
Age-management
Ankil et al. (2003)。 た だ し 、 新 規 の 高 齢 者 の 採 用 、 特 に 失 業 者 の 採 用 に 対 し て は 態 度 の 変 化 が
みられなかったとしている。
第1-2-16表 高齢就業者全国プログラム(FINPAW)関連の主な取組
制度改革
教育・訓練
・受給開始年齢の引上げ等の年金制度改革
・基礎的教育が十分でない者の技能改善支援
・高齢者のニーズに合わせた職業訓練の実施
・中高年を中心としたIT技術向上のための教育・訓練の実施
・企業経営者等に対する「年齢管理プロジェクト」の訓練等
職場環境
・労働者の健康・安全等の確保
・労働者の加齢への配慮を義務付けるなどの職場環境の整備
・年齢による差別・不均等な取扱いを禁止する法整備等
調査研究
・年齢に配慮した管理方法、高齢者の訓練方法等に関する調査研究
・企業のニーズに合わせた研究・開発プロジェクト等の実施
広報啓発
公共スペース、メディア、インターネット等を通じ、平易な表現
を用いて「高齢者の経験は国民の資産である」等のメッセージを、
国民、特に高齢者や雇用主に対して広く周知
(備考)OECD(2004b)等より作成。
●総合的なアプローチ
フ ィ ン ラ ン ド の 取 組 の 特 徴 の 一 つ は「 総 合 的 な ア プ ロ ー チ 」を と っ て い る
という点にある。勤労意欲への働きかけ、能力向上支援、職場環境の整備、
さ ら に は 広 報 啓 発 に よ る 意 識 改 革 等 の 幅 広 い 政 策 が と ら れ て い る 。特 に 、就
業 能 力 を 技 能 や 知 識 と い っ た 面 だ け で な く 、高 齢 者 特 有 の 健 康 、安 全 も 含 め
た 広 い 視 点 で 捉 え 51 、採 用 だ け で な く 、就 業 後 に 重 要 と な る 良 好 な 職 場 環 境
の維持についても力点が置かれている。
F I N P A W 終 了 後 も 、国 民 が 職 業 生 活 に 長 く と ど ま る こ と 、仕 事 の 魅 力
を 高 め る こ と な ど を 目 的 と し た「 V E T O 」プ ロ グ ラ ム( 03∼ 07年 )等 が 実
施 さ れ 、 職 業 生 活 を 2 ∼ 3 年 長 く す る 52 こ と が 目 標 の 一 つ と さ れ て い る 。
こ の 中 で は 、「 職 業 生 活 に お け る 多 様 性 と 平 等 」、「 最 低 所 得 保 障 と イ ン セ ン
テ ィ ブ 」等 の 4 つ の 柱 が 掲 げ ら れ て い る が 、プ ロ グ ラ ム の 対 象 は 、高 齢 者に
限 っ た も の で は な く 、ま た 、ワ ー ク・ラ イ フ・バ ラ ン ス と い っ た 職 業 生 活 以
外 の 面 と の 関 係 も 含 め て 、幅 広 い 視 点 か ら 、人 々 が 長 き に わ た り 労 働 市 場 で
活躍することを目指したものとなっている。
フ ィ ン ラ ン ド の 取 組 は 、依 然 と し て 課 題 も 多 い が 、就 業 率 の 高 ま り な ど 一
51
大 嶋 ( 2006) に 詳 し い 。
52
02年 の 実 績 に 対 す る 2010年 の 目 標 。
定の評価を得ている。
「 高 齢 者 の 就 業 促 進 」と い う 一 つ の 課 題 に 対 し て で も 、
様々な視点から総合的な取組が重要であることを示す一つの例であろう。
3.市場メカニズムの活用と安定的な成長による労働需要の増加
さ き に み た 、働 き 手( 労 働 供 給 側 )に 対 す る 就 労 意 欲 阻 害 要 因 の 解 消 や就
業 能 力 向 上 の た め の 支 援 、働 き 手 を 引 き 付 け る 環 境 整 備 と い っ た 取 組 と 合 わ
せ て 、市 場 メ カ ニ ズ ム の 活 用 に よ り 経 済 を 活 性 化 さ せ る こ と に よ っ て 労 働 需
要を増加させ、働き手の意欲を就業に結びつけていくことも重要である。
●就業率が高い国では総じて規制等が緩い傾向にある
こ こ で は 、構 造 的 な 面 か ら 市 場 メ カ ニ ズ ム を 活 用 し 働 き 手 の 就 業 機 会 を 増
やすといった視点から考察する。労働需要に影響を与える構造要因として、
市 場 の 規 制 の 大 き さ が 考 え ら れ る 。規 制 の 度 合 い が 低 い ダ イ ナ ミ ッ ク な 市 場
が 競 争 力 を 高 め 、労 働 需 要 を 増 加 さ せ て い く こ と が 期 待 さ れ る 。ま た 、税 や
社 会 保 障 の 面 か ら は 、例 え ば 、雇 用 主 負 担 も 含 め た 雇 用 者 所 得 に か か る 税 や
社 会 保 障 負 担 ( タ ッ ク ス ・ ウ ェ ッ ジ 、 い わ ゆ る 「 税 の く さ び 」) が 考 え ら れ
る が 、こ う し た 労 働 コ ス ト は 、企 業 側 の 雇 用 へ の 意 欲 に 影 響 を 与 え る も の と
考えられる。
第 1-2-17図 は 、O E C D の 旧 東 ヨ ー ロ ッ パ 圏 及 び ト ル コ 、メ キ シ コ を 除 い
た 24か 国 を 、就 業 率 が 高 い 国 (「 高 就 業 率 国 」、10か 国 )、や や 高 い 国(「 準 高
就 業 率 国 」、 7 か 国 )、 低 い 国 (「 低 就 業 率 国 」、 7 か 国 ) 53 に 分 類 し 、 労 働
市 場 の 動 向 、市 場 の 規 制 、労 働 保 護 法 制 、税 の く さ び の 大 き さ に つ い て 、そ
れぞれ単純平均をとって比較したものである。
労 働 市 場 の 動 向 を み る と 、就 業 率 の 高 い 国 ほ ど 、失 業 率 も 低 い だ け で な く 、
失 業 者 に 占 め る 長 期 失 業 者 の 割 合 も 低 く な る 傾 向 に あ る 。ま た 、市 場 規 制 や
税 の く さ び 等 を み る と 、個 別 の 国 に よ っ て あ る 程 度 の ば ら つ き は あ る も の の
54
、総じて市場の規制が緩く、労働保護法制が緩く、税のくさびが小さい
傾向がうかがえる。
53
高 就 業 率 国 は 、 01∼ 05年 の 平 均 就 業 率 が 73% を 超 え る 英 語 圏 や 北 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 等 を 中 心 と す
る 10か 国 。準 高 就 業 率 国 は 、就 業 率 が ほ ぼ O E C D 平 均 に 近 い 7 か 国 。低 就 業 率 国 は 、就 業 率 の 下
位 13か 国 か ら 旧 東 ヨ ー ロ ッ パ 圏 及 び メ キ シ コ 、ト ル コ を 除 い た 7 か 国 で 大 陸 ヨ ー ロ ッ パ 国 、南 ヨ ー
ロッパ諸国が含まれる。
54
個 別 国 の 値 に つ い て は 、 付 図 1-3参 照 。
市 場 の 規 制 の 強 さ に つ い て 、O E C D 等 が 作 成 し た 規 制 指 標 に よ り 比 較 す
る と 、市 場 に 対 す る 政 府 の 関 与 、起 業 や 貿 易・投 資 へ の 障 壁 等 の 大 き さ(「 生
産 物 市 場 規 制 」) は 、 O E C D 平 均 を 1 と し た 場 合 、 高 就 業 率 国 で は 0.81、
準 高 就 業 率 国 で は 0.88と 平 均 を 下 回 る 一 方 、低 就 業 率 国 で は 1.06と な っ て い
る 。 航 空 、 通 信 等 の 非 製 造 業 に お け る 参 入 障 壁 等 の 規 制 (「 サ ー ビ ス 市 場 規
制 」) に つ い て は 、 準 高 就 業 率 国 で は ほ ぼ O E C D 平 均 並 み で あ る が 、 高 就
業率国で低く、低就業率国では高くなっている。
ま た 、労 働 保 護 法 制 の 強 さ を み て も 、同 様 の 傾 向 と な っ て お り 、税 の く さ
び に つ い て も 、高 就 業 率 国 、準 高 就 業 率 国 で は 低 く 、低 就 業 率 で は 高 い 結 果
と な っ て い る 。さ ら に 、生 産 物 市 場 規 制 、サ ー ビ ス 市 場 規 制 、労 働 保 護 法制 、
税 の く さ び の 高 さ と 就 業 率 と の 相 関 を O E C D 30か 国 の デ ー タ を 用 い て み
て み る と 、そ れ ぞ れ 負 の 相 関 関 係 が み ら れ る( そ れ ぞ れ 規 制 等 が 大 き い と 雇
用 悪 化 要 因 と な る 。)( 第 1-2-18図 、 付 図 1-4)。
第1-2-17図 労働市場の動向と市場規制、税のくさび
(OECD平均=1)
1.6
低就業率国
1.4
準高就業率国
高就業率国
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
率
業
就
率
業
失
率
比
業
失
期
長
制
制
制
規
法
規
場
護
場
市
保
市
ス
物
働
ビ
産
労
ー
生
サ
税
び
さ
く
の
(備考)1.Conway, Janod and Nicoletti (2005)、OECD Employment Outlook 2004 、
OECD TAXINGWAGES:2004/2005 、OECD Indicators of regulatory conditions in
seven non-manufacturing sectors より作成。
2.「高就業率国」は、アイスランド、スイス、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、
ニュージーランド、日本、アメリカ、英国、カナダの10か国。「準高就業率国」は、
オランダ、ポルトガル、オーストラリア、オーストリア、フィンランド、アイルランド、
韓国の7か国、「低就業率国」は、ドイツ、ルクセンブルク、フランス、スペイン、ベルギー、
ギリシャ、イタリアの7か国。それぞれのグループで該当国のデータを単純平均し、OECD30
か国平均の値で除したもの。
3.就業率、失業率、長期失業比率は01∼05年の平均値(第1-1-1図及び付図1-1参照)。
4.生産物市場規制、サービス市場規制、労働保護法制は03年、税のくさびは05年の値。
(1)生産物市場規制は、政府関与、起業家に対する障壁、貿易・投資に対する障壁の3つの分野
についての規制の強さを、様々な評価項目への該当件数によって指数化したもの。
(2)サービス市場規制は、OECDのREGREF(Regulatory Reform)指標と呼ばれるもので、
7つの主要な非製造業(航空、通信、電力、ガス、郵便、鉄道、陸運)について参入障壁、
公的所有、市場構造、垂直統合等の項目を基に指数化したもの。
(3)労働保護法制は、従業員を解雇する際の手続き面で企業に要請される条件、解雇に際しての
予知期間と契約解除のための金銭的支払の条件等を指数化したもの。
(4)税のくさびは、雇用者所得に係る税と社会保障負担の合計(雇用主負担を含む)が、労働コ
ストに占める割合。ここでは、夫婦及び子供2人の家族、世帯内就業者1人が平均的な所得を得
る場合を仮定した。
第1-2-18図 生産物市場規制(2003年)と就業率(01∼05年平均)との相関
(就業率、%)
90
アイスランド
85
スイス
80
デンマーク ノルウェー
アメリカ
スウェーデン
英国
日本
オーストラリア
カナダ
オランダ
75
70
ニュージーランド
65
フィンランド
60
45
ドイツ
スペイン
ベルギー
55
50
オーストリア
アイルランド
イタリア
フランス
y = -14.37×+ 89.03
(-5.28) (21.18)
R2 = 0.48
40
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
(生産物市場規制指標)
(備考)1.第1-2-17図参照。
2.推計式の( )内はt値。
3.OECD30か国を対象。
●市場メカニズムを活用し労働需要を活性化
市 場 の 規 制 等 と 労 働 市 場 の 動 向 と の 関 係 に つ い て は 、多 く の 研 究 が な され
て お り 、サ ン プ ル や 分 析 に 用 い る 変 数 の 違 い 等 に よ り 、分 析 結 果 は 必 ず し も
一 定 で は な い が 、 例 え ば 、 Bassanini and Duval (2006)は 、 労 働 保 護 法 制 の 強
さ に つ い て は 有 意 な 結 果 は 得 ら れ な い と し て い る が 、生 産 物 市 場 規 制 の 強 さ 、
税 の く さ び の 大 き さ は 失 業 率 を 有 意 に 悪 化 さ せ る と し て い る 。ま た 、I M F
( 2003)は 、労 働 保 護 法 制 の 強 さ 、税 の く さ び の 大 き さ は 失 業 率 の 悪 化 要 因
に な り 得 る と し て い る ( 第 1-2-19表 )。
市 場 に お け る 規 制 が 緩 い 場 合 、企 業 の 新 規 参 入 に よ る 既 存 産 業 の 活 性 化 や 、
新 規 産 業 分 野 へ の 円 滑 な 構 造 変 化 等 を 通 じ て 、一 国 と し て の 競 争 力 が 高 めら
れ、労働需要の増加につながるものと考えられる。
ま た 、労 働 保 護 法 制 の 強 さ に つ い て は 、既 に 就 業 し て い る 者 の 失 業 の 可 能
性 を 下 げ る こ と に よ り 、少 な く と も 短 期 的 に は 全 体 の 失 業 や 雇 用 へ の 影 響 は
明 確 に は み ら れ な い と す る 見 方 も 比 較 的 多 い 。一 方 で 、労 働 市 場 が 硬 直 化 す
る こ と に よ り 、( 経 済 の 変 化 に 対 す る ) 労 働 の 再 分 配 機 能 の 低 下 、 中 長 期 的
に は 雇 用 に 対 す る マ イ ナ ス の シ ョ ッ ク が 持 続 し が ち な こ と 、い っ た ん 失 業し
た 者 の 失 業 の 長 期 化 、女 性 や 若 年 者 等 の 雇 用 へ の マ イ ナ ス の 影 響( 付 表 1-5)
と い っ た こ と も 指 摘 さ れ て い る 55 。
税 の く さ び に つ い て は 、多 く の 分 析 か ら 失 業 や 雇 用 へ の マ イ ナ ス の 効 果 が
認 め ら れ る と こ ろ で あ る 。個 人 負 担 部 分 に つ い て は 、働 き 手 の 労 働 供 給 へ の
イ ン セ ン テ ィ ブ に 影 響 を 与 え る と と も に 、企 業 負 担 分 も 含 め て 、労 働 コ ス ト
と い う 点 か ら 企 業 側 の 雇 用 意 欲 に 影 響 を 与 え る も の と 考 え ら れ る 。経 済 活性
化 の 視 点 か ら 2000年 代 に 入 っ て か ら も ア メ リ カ 、ド イ ツ 、フ ラ ン ス 等 で 所 得
税 負 担 の 引 下 げ 等 、 税 の く さ び の 縮 小 へ 向 け た 動 き が み ら れ て い る 56 。
労 働 市 場 の 動 向 に つ い て は 、様 々 な 要 素 に よ っ て 決 ま る も の で あ り 、一 概
に 結 論 付 け る に は 難 し い 面 も あ る が 、グ ロ ー バ ル 化 や 技 術 進 歩 等 の 経 済 情 勢
の 変 化 が 急 速 に 進 ん で い る こ と 、ま た 、企 業 が 国 を 選 ぶ 時 代 と も い わ れ る 中
で は 、変 化 に 対 応 し に く い 硬 直 的 な 市 場 、労 働 コ ス ト の 高 さ は 、企 業 の 退 出
に も つ な が り か ね な い 。市 場 メ カ ニ ズ ム を 有 効 に 機 能 さ せ 経 済 の 活 力 を 高 め
る こ と に よ り 、競 争 力 を 高 め 、労 働 需 要 の 活 性 化 に つ な げ て い く こ と が 重 要
な視点と考えられる。
第1-2-19表 失業率に対する影響の推計
説明変数
Bassanini and Duval
生産物市場における規制の強さ
↑↑↑
労働保護法制(EPL)の強さ
−
↑↑↑
税のくさびの大きさ
↑↑↑
↑↑↑
失業保険の所得代替率の高さ
↑↑↑
−
労働組合の強さ
−
↑↑↑
コーポラティズム
↓↓↓
↓↓
GDPギャップ
↓↓↓
前期の失業率
IMF
↑↑↑
推計期間
1982∼2003年
1960∼1998年
R2
0.98
0.95
(備考)1.Bassanini and Duval (2006) 、IMF(2003)より作成。
2.「↑」は失業率の上昇、「↓」は失業率の低下を示し、矢印の数が3つの場合1%有意、
2つの場合5%有意を示す。また、「−」は有意でないこと、斜線は推計式に含まれて
いないことを示す。
3.主要な変数のみを掲載。詳細はそれぞれ原典を参照されたい。
55
労 働 保 護 法 制 を 巡 る 議 論 に つ い て は 、例 え ば O E C D (2006b)、European Commission (2006) 等
に詳しい。
56
内 閣 府 ( 2006)、 第 I 部 第 1 章 参 照 。
●安定的な経済成長が就業機会創出の前提に
労 働 需 要 を 喚 起 し 、就 業 機 会 を 増 加 さ せ る に は 、安 定 的 な 経 済 成 長 が 前 提
と な る こ と は い う ま で も な い 。 O E C D ( 2006b) は 、 健 全 な マ ク ロ 経 済 政
策 運 営 は 経 済 成 長 と 雇 用 の 維 持 に 貢 献 す る と し た 上 で 、特 に 物 価 の 安 定 につ
い て は 健 全 な 財 政 と あ い ま っ て 、金 利 の 低 下 を も た ら し 、投 資 と 労 働 生 産 性
を 刺 激 す る こ と に よ り 、ひ い て は 賃 金 や 雇 用 の 増 大 へ と つ な が る と し て い る 。
安 定 的 で 持 続 的 な 経 済 成 長 は 、失 業 率 を 低 下 さ せ 、ま た 、就 業 機 会 の 増 加 が
働 き 手 の 労 働 参 加 へ の 意 欲 を 後 押 し す る こ と に よ り 、就 業 の 増 加 に つ な が る
ものと考えられる。
第 1-2-20表 は 、 さ き に み た 高 就 業 率 国 及 び 準 高 就 業 率 国 と し た 17か 国 の 、
労働市場の動向とGDP成長率、消費者物価上昇率を比較したものである。
2000 年 代 前 半 の 就 業 率 が 90 年 代 前 半 と 比 べ て 2 % 以 上 上 昇 し た 9 か 国
57
( 以 下 「 就 業 率 上 昇 国 」 と い う 。) を み る と 、 95年 か ら 05年 ま で の 平 均 経 済
成 長 率 が 3.5% と な り 、85∼ 95年 に か け て の 平 均 的 な 成 長 率 と 比 較 し て 0.9%
ポ イ ン ト 加 速 し た 。こ れ ら は 、就 業 率 の 上 昇 が 2 % 未 満 に と ど ま っ た 5 か 国
と 比 べ て 総 じ て 良 好 な 経 済 成 長 で あ っ た こ と を 示 し て い る 。ま た 、就 業 率 上
昇 国 の 実 質 G D P 成 長 率 の 変 動 係 数 を み る と 、95∼ 05年 で 0.40と 85∼ 95年と
比 べ て 0.58低 下 し て お り 、 成 長 率 の 変 動 も 小 さ か っ た こ と が う か が え る 。
消 費 者 物 価 上 昇 率 に つ い て は 、各 国 と も 総 じ て 安 定 し て き て い る 。就 業 率
上 昇 国 を み る と 、85∼ 95年 で は 年 平 均 4 ∼ 5 % 台 で 上 昇 す る 国 も 多 か っ た が 、
お お む ね 1 ∼ 2 % 台 の 上 昇 に 落 ち 着 い て き て い る 。 ま た 、「 そ の 他 」 と 分 類
し た ポ ル ト ガ ル 、ア イ ス ラ ン ド に つ い て は 、従 前 は 年 10% 前 後 の 高 イ ン フ レ
国 で あ っ た が 、95∼ 05年 の 平 均 で み る と い ず れ も 3 % 程 度 と な っ て お り 、こ
うした物価の安定が雇用拡大にも貢献したことが考えられる。
就 業 率 上 昇 国 に お い て は 、総 じ て 、物 価 上 昇 率 が 低 下 す る 中 で 安 定 的 な 高
成 長 が み ら れ た 。労 働 市 場 の 動 向 を み る と 、90年 代 前 半 か ら 2000年 代 前 半 に
か け て 失 業 率 が 9 か 国 平 均 で 4.3% 低 下 す る と と も に 、労 働 参 加 率 が 2.8% 上
昇 し 、 こ の 結 果 、 就 業 率 は 5.8% の 上 昇 と な っ た 。
こ う し た デ ー タ か ら も 、安 定 的 な 経 済 成 長 に つ な が る 経 済 運 営 を 適 切 に 行
い就業機会を拡大していくことが重要であると示唆される。
57
従来消費者物価上昇率が非常に高かったアイルランド、ポルトガル及び通貨危機があった韓国
については「その他」に分類している。
第1-2-20表 就業率の高い国における経済動向と労働市場の動向
就業率
失業率
労働参加率
(01∼05年平均と91∼95年平均の
差、%)
成長率
95∼05年
平均(%)
実質GDP
成長率の変動係数
変化幅
(%)
95∼05年
変化幅
消費者物価上昇率
85∼95年
95∼05年
平均(%) 平均(%)
変化幅
(%)
【就業率上昇国(2%以上)】
アイルランド
13.6 ▲ 10.4
7.4
7.5
2.7
0.33
▲ 0.27
2.9
3.0
0.1
オランダ
8.5
▲ 2.4
7.2
2.6
▲ 0.2
0.61
0.26
1.7
2.3
0.6
ニュージーランド
6.7
▲ 4.4
3.6
3.0
1.1
0.46
▲ 0.84
5.8
2.0
▲ 3.8
カナダ
4.9
▲ 3.3
2.6
3.3
1.0
0.40
▲ 0.50
3.4
2.0
▲ 1.3
オーストラリア
4.6
▲ 3.9
1.8
3.6
0.5
0.25
▲ 0.34
5.2
2.5
▲ 2.7
フィンランド
4.4
▲ 4.4
1.3
3.7
2.3
0.38
▲ 2.40
3.6
1.3
▲ 2.3
ノルウェー
3.7
▲ 1.4
2.8
3.0
0.2
0.47
▲ 0.09
4.3
2.0
▲ 2.3
英国
3.5
▲ 4.5
▲ 0.0
2.8
0.3
0.20
▲ 0.60
4.3
1.5
▲ 2.7
デンマーク
2.2
▲ 4.0
▲ 1.1
2.1
0.2
0.53
▲ 0.48
2.9
2.1
▲ 0.8
当該9か国平均
5.8
▲ 4.3
2.8
3.5
0.9
0.40
▲ 0.58
3.8
2.1
▲ 1.7
アメリカ
0.7
▲ 1.2
▲ 0.3
3.3
0.4
0.37
▲ 0.06
3.5
2.5
▲ 1.0
スイス
0.5
0.6
1.0
1.6
0.1
0.72
▲ 0.43
2.8
0.8
▲ 2.1
日本
0.2
2.4
2.1
1.1
▲ 2.0
1.30
0.67
1.4
▲ 0.1
▲ 1.4
オーストリア
▲ 0.3
0.8
0.2
2.2
▲ 0.4
0.45
0.01
2.7
1.7
▲ 1.0
スウェーデン
▲ 0.6
▲ 1.3
▲ 1.8
2.8
1.2
0.44
▲ 0.89
5.2
1.0
▲ 4.3
当該5か国平均
0.1
0.2
0.3
2.2
▲ 0.2
0.66
▲ 0.14
3.1
1.2
▲ 2.0
アイスランド
3.4
▲ 1.6
2.1
4.5
2.8
0.49
▲ 1.39
12.0
3.5
▲ 8.6
ポルトガル
3.8
0.3
4.3
2.4
▲ 1.3
0.74
▲ 0.01
9.3
2.9
▲ 6.4
韓国
2.2
1.2
3.1
4.5
▲ 4.2
0.95
0.74
5.8
3.7
▲ 2.2
【就業率上昇2%未満】
【その他】
(備考) 1.OECDデータベースより作成。
2.実質GDP、消費者物価上昇率の欄の「変化幅」は、95∼05年平均の値と85∼95年平均の値の差。
3.変動係数は、毎年の成長率の標準偏差を成長率の平均で除したもの。
第3節
まとめ
●経済社会の変化と先進諸国の問題意識
雇 用 問 題 に 関 す る 先 進 諸 国 の 共 通 し た 問 題 意 識 は 、単 に 失 業 を 減 ら す だ け
で は な く 、意 欲 あ る 働 き 手 の 労 働 参 加 や 就 業 へ の 障 害 を 解 消 す る こ と な ど を
通 じ て 、よ り 多 く の 労 働 参 加 を 得 て 就 業 増 や す と い う 点 で あ る 。背 景 の 一 つ
に は 、高 齢 化 社 会 の 進 展 に よ り 労 働 力 世 代 人 口 の 伸 び が 鈍 化 、あ る い は 減 少
し て い く と 予 想 さ れ る と い う 大 き な 情 勢 変 化 が あ る 。ヨ ー ロ ッ パ に お い て は 、
かつて若年者の就業拡大のために高齢者には早期退職を促した時代もあっ
たが、現在では高齢者も含めた幅広い労働参加を目指している。
ま た 、O E C D や E U の 雇 用 戦 略 に お け る も う 一 つ の 共 通 し た 問 題 意 識 は 、
グ ロ ー バ ル 化 や 急 速 な 技 術 進 歩 に 対 す る 対 応 力 の 向 上 で あ っ た 。従 来 比 較 的
市 場 が 硬 直 的 で あ っ た ヨ ー ロ ッ パ に お い て も 、「 柔 軟 性 」 が 重 要 視 さ れ て き
て い る ( コ ラ ム 参 照 )。
こ れ ら の 問 題 意 識 は 我 が 国 の 現 状 に も 当 て は ま る 。雇 用 政 策 の 効 果 は 、そ
れ ぞ れ の 国 の 経 済・社 会 の 様 々 な 要 因 を 反 映 す る も の で あ り 、一 概 に 結 論 付
け る こ と は 難 し い が 、本 章 で み て き た 様 々 な 事 例 か ら 、次 の よ う な こ と が 示
唆される。
●総合的かつ整合的な政策が重要
ま ず 、市 場 メ カ ニ ズ ム を 活 用 し た 構 造 面 か ら の 競 争 力 の 強 化 と 安 定 的 な 経
済成長を促す経済運営により、就業機会を拡大していくことが重要である。
英 語 圏 諸 国 や 北 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 等 の 就 業 率 の 高 い 国 に お い て は 、総 じ て 市 場
規 制 が 緩 い 、税 の く さ び が 小 さ い な ど の 傾 向 が み ら れ 、ま た 、就 業 率 が 上 昇
した国においては、総じて物価の安定と比較的高い経済成長がみられた。
労 働 供 給 側 で あ る 働 き 手 に 対 し て は 、就 業 意 欲 を 阻 害 す る 可 能 性 の あ る 失
業 給 付 等 の 公 的 給 付 中 心 の 支 援 か ら 、技 能 向 上 や 求 職 サ ポ ー ト 等 の 就 業 能 力
向 上 の た め の 支 援 を よ り 重 視 す る 国 が 増 え て い る 。英 国 の 若 年 雇 用 対 策 にお
い て は 、公 的 給 付 と 求 職 サ ポ ー ト の 密 接 な 連 携 を 図 り 、き め 細 や か な カ ウ ン
セ リ ン グ 等 を 通 じ て 、働 き 手 の 意 欲 阻 害 要 因 の 解 消 と 技 能 向 上 を 同 時 に 図 っ
て い る 。ま た 、就 業 意 欲 を さ ら に 後 押 し す る も の と し て 、就 労 型 給 付 を 導入
す る 国 も 増 え て お り 、具 体 の 制 度 面 で の 議 論 は あ る も の の 、一 定 の 成 果 を 挙
げている。
ま た 、意 欲 の あ る 働 き 手 を 労 働 市 場 に 引 き 付 け る た め に は 、働 き 手 の ラ イ
フ ス タ イ ル 、ラ イ フ ス テ ー ジ に 合 わ せ た 多 様 な 働 き 方 の 選 択 肢 を 提 供 す る こ
と や 、働 き 方 、性 別 、年 齢 等 に よ る 不 均 等 な 扱 い を 防 ぐ 公 平 、公 正 の た め の
横 断 的 な ル ー ル 作 り と い っ た 環 境 整 備 が 重 要 で あ る 。フ ラ ン ス の 例 で は 育 児
期の働き方に関する多様な選択肢の提供やパート労働者の均等待遇の制度
化 等 が あ い ま っ て 、女 性 の 労 働 参 加 率 は 比 較 的 高 い 。ま た 、E U の 年 齢 差 別
禁 止 の 例 で は 、就 業 後 の 待 遇 も 含 め た よ り 包 括 的 な ル ー ル 作 り が 特 徴 と な っ
ている。
こ れ ら の 政 策 は 、労 働 力 世 代 人 口 の 減 少 、グ ロ ー バ ル 化 や 技 術 進 歩 と い う
経 済 社 会 の 変 化 と も 整 合 的 で あ る 。市 場 メ カ ニ ズ ム を 活 用 し た 柔 軟 で ダ イ ナ
ミ ッ ク な 市 場 が 、競 争 力 の 向 上 、ひ い て は 就 業 機 会 の 拡 大 に つ な が り 、ま た 、
働 き 手 に 対 す る 技 能 向 上 支 援 、求 職 サ ポ ー ト が 様 々 な 変 化 へ の 対 応 を 支 え て
いくことが期待される。さらに、変化への対応や多様性が求められる中で、
よ り 多 く の 人 が 長 き に わ た り 活 躍 で き る た め に は 、意 欲 を 阻 害 す る 要 因 の解
消 、多 様 な 働 き 方 を 実 現 す る 選 択 肢 の 提 供 と 横 断 的 な ル ー ル 作 り と い っ た 視
点がより重要となる。
そ し て 、フ ィ ン ラ ン ド に お け る 高 齢 者 の 雇 用 政 策 か ら は 、働 き 手 に 対 す る
ア プ ロ ー チ 、労 働 市 場 に お け る 環 境 整 備 と い っ た 幅 広 い 視 点 か ら 総 合 的 に 取
り 組 む こ と が 重 要 で あ る こ と が 示 唆 さ れ る 。雇 用 を め ぐ る 政 策 は 多 岐 に わた
る も の で あ る が 、正 に 、政 策 の 効 果 を 高 め る た め に は 、よ り 多 く の 人 が 活 躍
で き る 労 働 市 場 の 構 築 と い う 一 つ の 目 標 に 向 け て 、様 々 な 政 策 に 総 合 的 に取
り組むとともに、各政策が整合的に行われることが極めて重要である。
コラム:デンマークの「フレキシキュリティ」
ヨーロッパでは、労働市場のフレキシビリティ(柔軟性)と、雇用、所得等の
セキュリティ(保障)とを組み合わせた「フレキシキュリティ」という考え方が
重視されてきている。ヨーロッパにおいては、一般的に福祉に重きが置かれてき
た感があるが、世界経済の急速なグローバル化や新技術の急速な発展といった変
化への対応力が求められる中で、セキュリティにフレキシビリティをどう折り合
わせるかが課題となっている。
(1)ゴールデン・トライアングル
一つの成功例として注目されているのが、デンマークの「ゴールデン・トライ
ア ン グ ル 」 と い わ れ る モ デ ル で あ る 。 こ れ は 、 (1)労 働 保 護 法 制 が 比 較 的 緩 い 58 、
(2)失 業 給 付 等 の 社 会 福 祉 が 手 厚 い 、 (3)積 極 的 労 働 市 場 政 策 の 充 実 と い う 三 つ の
柱からなる。労働保護法制が緩いことで柔軟性を高める一方、失業給付や公的雇
58
ただし、事前解雇通告の規制は厳しく、被解雇者には十分な職探しの時間が与えられ、失業経
験者は多いが雇用への復帰率は高い。
用サービスによる技能向上や求職活動支援により労働者の生活の「保障」を維持
している。これにより、1年の間におおむね4人に1人が失業を経験するという
非常に流動的な労働市場であるものの、早期の雇用への復帰により、高い就業率
と 低 い 失 業 率 を 達 成 し て い る( 失 業 率 は 1993年 の 10.2% か ら 2006年 に は 3.9% と な
っ た )。
(2)インセンティブや市場メカニズムの活用
失業給付等の公的給付の手厚さという面では、英語圏諸国にみられるアプロー
チとは異なるものとなっているが、就労インセンティブへの働きかけや市場メカ
ニズムの機能を重視するなど、英語圏諸国と同様の視点も共有している。そうし
た意味では、かつての高福祉の「ソーシャル・ヨーロッパ」的なイメージとはや
や異なる。
手 厚 い 給 付 は 、 働 き 手 の 就 業 意 欲 を 阻 害 す る 要 因 に な り か ね な い が 59 、 受 給 要
件の厳格化、就労促進政策とのリンクといった改革が進められてきた。失業給付
に つ い て い え ば 、 94年 以 降 の 改 革 に よ り 、 最 長 給 付 期 間 が 9 年 か ら 4 年 へ と 短 縮
さ れ 、 一 定 期 間 以 上 の 失 業 給 付 受 給 者 ( 基 本 的 に 1 年 ( 若 年 者 は 6 か 月 )) は 、 教
育・訓練の受講、公的セクターでの一定期間の就業等を内容とする政府のアクテ
ィベーション・プログラムへの参加が給付の要件となるなど、就業への動機付け
と 就 業 促 進 的 な 支 援 策 と の リ ン ク を 図 っ て い る 。ま た 、付 図 1-3に あ る よ う に 生 産
物市場規制や労働保護法制は、依然として高い失業に悩む大陸ヨーロッパや南ヨ
ーロッパ諸国と比べて緩やかなものとなっており、市場メカニズムを活用した経
済・労働市場の活性化が図られている。
( 参 考 ) European Commission(2006)、 財 務 省 財 務 総 合 政 策 研 究 所 ( 2006)
59
デ ン マ ー ク 国 内 で は 、 手 厚 い 失 業 給 付 水 準 ( 最 高 で 失 業 前 所 得 の 90% ) に よ り 、 逆 に 就 労 後 の
手取り所得が失業時を下回る場合があるといった問題、政府の労働市場政策支出がGDP比で
4.5% ( 2004年 ) と O E C D の 中 で 最 も 大 き く 財 政 負 担 や 費 用 対 効 果 に つ い て の 問 題 等 に つ い て の
議論もある。
付図1-1 先進諸国の労働参加率と長期失業比率
(1)労働参加率
(%)
90
91∼95年
81∼85年
80
01∼05年
70
60
50
40
30
20
10
デンマーク
ノルウェー
スイス
アイスランド
アメリカ
カナダ
ノルウェー
韓国
スウェーデン
カナダ
アメリカ
ニュージーランド
日本
英国
ポルトガル
オーストラリア
オランダ
フィンランド
ドイツ
(%)
OECD全体
オーストリア
アイルランド
韓国
フランス
スペイン
ギリシャ
ルクセンブルク
ベルギー
イタリア
0
(2)長期失業比率
70
60
81∼85年
50
01∼05年
40
91∼95年
30
20
10
アイスランド
ニュージーランド
スウェーデン
オーストラリア
デンマーク
英国
オーストリア
フィンランド
ルクセンブルク
スイス
OECD全体
日本
オランダ
アイルランド
スペイン
ポルトガル
フランス
ベルギー
ドイツ
ギリシャ
イタリア
0
(備考)1.OECD Labour Force Statistics より作成。
2.労働参加率は、生産年齢(15∼64歳)人口に占める労働市場参加者の割合。
3.長期失業比率は、失業者全体に占める長期失業者(1年以上失業)の割合。
4.ドイツは、1990年までは西ドイツのデータ。
5.期間の一部でデータが欠損している場合、データが存在する年の平均をもって5年間の平均とした。
付図1-2 アメリカ連邦政府支出に占める所得保障費の割合
(%)
18
所得保障費計
16
14
12
その他
10
8
6
失業給付
4
EITC
2
0
1980
82
84
86
88
90
92
94
96
98
2000
02
04
食料給付、
家族給付
(TANF含む)
06(年)
(備考)1.アメリカ政府行政管理予算局 Budget of the United States Government: Histrical Tables Fisical
Year 2008 より作成。
2.その他には、住居補助、障害者給付等が含まれる。
付図1-3 各国の規制指標・税のくさび
イタリア
ポルトガル
ルクセンブルク
ベルギー
ドイツ
スペイン
フランス
ギリシャ
イタリア
ポルトガル
ルクセンブルク
ベルギー
ドイツ
スペイン
フランス
ギリシャ
イタリア
韓国
ポルトガル
ルクセンブルク
ベルギー
ドイツ
スペイン
フランス
ギリシャ
イタリア
英国
アイスランド
アメリカ
デンマーク
ニュージーランド
カナダ
スウェーデン
日本
ノルウェー
スイス
オーストラリア
アイルランド
フィンランド
オランダ
オーストリア
韓国
オーストラリア
アイルランド
フィンランド
オランダ
オーストリア
韓国
オーストリア
オランダ
フィンランド
アイルランド
オーストラリア
スイス
ノルウェー
日本
スウェーデン
カナダ
ニュージーランド
デンマーク
アメリカ
アイスランド
英国
(備考)1.第1-2-17図参照。
2.(2)、(3)のアイスランド、ルクセンブルク及び(2)の韓国はデータがない。
ギリシャ
スペイン
フランス
ドイツ
ベルギー
ルクセンブルク
韓国
ポルトガル
オーストリア
オランダ
フィンランド
アイルランド
オーストラリア
スイス
ノルウェー
日本
スウェーデン
カナダ
ニュージーランド
デンマーク
アメリカ
アイスランド
(3)労働保護法制
3.5
スイス
ノルウェー
スウェーデン
日本
カナダ
ニュージーランド
デンマーク
アメリカ
アイスランド
英国
(4)税のくさび
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
英国
0.5
(2)サービス市場規制
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
(1)生産物市場規制
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
付図1-4 サービス市場規制、労働保護法制、税のくさびと就業率との相関
(就業率、%)
90
(1)サービス市場規制
85
80
75
70
65
60
y = -4.15x + 79.10
(-2.14)(17.66)
R2 = 0.15
55
50
45
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
3.5
4.0
4.5
(サービス市場規制指標)
(就業率、%)
(2)労働保護法制
90
85
80
75
70
65
60
55
y = -4.70x + 77.16
50
(-2.41)(17.50)
45
R2 = 0.15
40
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
(就業率、%)
90
85
80
75
70
65
60
55
50
45
40
0
5
3.0
3.5
4.0
(労働保護法制指標)
(3)税のくさび
y = -0.40x + 78.77
(-3.08)(20.35)
R2 = 0.23
10
15
20
25
30
35
40
45
(税のくさび、%)
(備考)1.第1-2-17図参照。
2.推計式の( )内はt値。
3.OECD30か国を対象(一部データの欠損する国を除く)。
4.就業率は01∼05年の平均値、サービス市場規制、労働保護法制は03年、税のくさびは
05年の値。
付表1-5 グループ別の就業率に関する回帰分析
説明変数
男性労働者
(25∼54歳)
女性労働者(25∼54歳)
フルタイム パートタイム
合計
高齢労働者
(55∼64歳)
若年労働者
(20∼24歳)
-0.12
-0.75
-0.86
-1.60
0.56
0.51
[0.47]
[2.67]***
[1.99]**
***
[1.74]*
[1.04]
-0.23
-1.54
0.99
-0.55
1.59
-2.35
[0.66]
[3.06]***
[1.32]
[2.62]***
[2.97]***
-0.30
-0.12
-0.38
-0.50
-0.31
-0.34
[8.34]***
[2.34]**
[4.45]***
***
[6.74]***
[5.86]***
-0.17
-0.14
-0.17
-0.32
-0.19
-0.24
[7.42]***
[3.71]***
[3.00]***
***
[7.12]***
[5.61]***
0.06
0.16
-0.21
-0.05
-0.13
0.06
[2.30]**
[3.47]***
[3.00]***
[5.34]***
[1.39]
0.48
-1.63
0.57
-1.35
-1.66
[1.14]
[2.06]**
[0.47]
[3.09]***
[2.13]**
0.99
0.99
0.96
0.99
0.94
生産物市場における規制の強さ
労働保護法制(EPL)の強さ
税のくさびの大きさ
失業保険の所得代替率の高さ
労働組合の強さ
-1.06
コーポラティズム
R2
(備考)1.Bassanini and Duval (2006) より作成。
2.就業率を被説明変数とした推計。[ ]内はt値。「***」は1%有意を、「**」は5%有意を示す。
3.主要な変数のみを掲載。詳細は原典を参照されたい。
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