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講演録集の詳細はこちら - 北海道青少年育成協会

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講演録集の詳細はこちら - 北海道青少年育成協会
発刊にあたって
この冊子は、当協会が、平成24年度に開催した「北海道青少年育成大会」
における関西大学臨床心理専門職大学院教授 石田 陽彦 氏、「青少年育成
運動活性化研究協議会」における特定非営利活動法人子どもと生活文化協会顧
問 和田 重宏 氏の講演の内容をまとめたものです。
また、本冊子には、特にお願いして、平成23年度に内閣府主催により開催
された「平成23年度子ども・若者育成支援のための地域連携推進事業(中央
研修会)
」における中央大学文学部教授の古賀 正義 氏の講演内容を掲載し
ております。掲載のお願いに、快く御承諾いただいた古賀先生をはじめ、内閣
府に心からお礼申し上げます。
本冊子に掲載したいずれの講演内容も、次代を担う子ども・若者を取り巻く
諸問題について、地域社会・家庭・学校、そして行政機関等がどのように対応
すべきかを、今一度、子ども・若者の育成支援の原点に立って考える際の極め
て貴重な提言となっております。
この冊子が、青少年育成運動に関わる方々に、いささかなりでもお役に立て
れば幸いです。
平成25年3月
財団法人北海道青少年育成協会 会 長 佐々木 亮子
目 次
1. 北海道青少年育成大会
「子どもの心をはぐくむ子育て
~子ども・若者を孤独に、そして孤立させないために~」
石田 陽彦 氏 ・・・1
2. 青少年育成運動活性化研究協議会
「変わりゆく子ども・若者に向けて大人ができること」
和田 重宏 氏 ・・・15
3. 【内閣府主催】
平成23年度子ども・若者育成支援のための地域連携推進事業
(中央研修会) 「今、そして今後求められる人々のつながり
~社会的な包摂を求めて〜」
中央大学文学部 教授 古賀 正義 氏 ・・・27
1. 北海道青少年育成大会
「子どもの心をはぐくむ子育て
~子ども・若者を孤独に、そして孤立させないために~」
石 田 陽 彦
基 調 講 演
北海道青少年育成大会(平成24年9月7日)
■ 演 題 「子どもの心をはぐくむ子育て
~子ども・若者を孤独に、そして孤立させないために~」
■ 講 師 石 田 陽 彦 氏
(関西大学臨床心理専門職大学院 教授)
◆ 略 歴 ◆
関西大学大学院終了後、京都府立医科大学精神医学教室研究員を経て、民間病院
小児科・精神科に臨床心理士として勤務。94年より関西大学ほかで講師。97年よ
り関西大学心理相談室スーパーバイザーとして勤務。99年より大学院講師を兼務。
2008年関西大学社会学部心理学専攻教授として着任。2009年より現職。専門は臨
床心理学で、精神分析をもとにしたカウンセリングアプローチを行っている。
「現
場主義」を通し、学校を中心とした教育臨床から、殺人事件等の被害者遺族の支援、
虐待問題、自殺問題にも関わっている。特に学校緊急支援などの危機管理対応には
傑出したノウハウを持つ。最近では特別支援教育の組織化にも積極的に参加し、軽
度発達障害者の社会参加のためのレジリエンスキャンプの実施やその研究から、不
登校、青年のひきこもり対策など、独自の理論構成で「地域臨床心理学」を標榜し、
若者の自立支援に関する仕事に取り組んでいる。
「健康に生きている間は、人のために自分の時間を削ることが専門職人としての
使命である」と本気で思っている。
―1―
るからこそ反省ができて前に進むことができるわ
1.はじめに
けです。プラス志向をし続けると反省は生まれま
石田でございます。よろしくお願いします。
せん。そして、完璧になろうとし続けます。その
私は、大学は大阪なのですけれども、自宅は奈
ためには、相手を攻撃するしかなくなるのです。
良の法隆寺にございます。自宅は「ちはやぶる 神
ですから、決してうつになることは悪いことで
代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくると
もないし、マイナスになることは悪いことではな
は」という、百人一首に歌われている竜田川のす
いのです。そうすることのほうが素晴らしいこと
ぐそばなのです。
そういうところから参りました。
なのです。
根っからの関西人でございまして、標準語はほ
とんどしゃべれません。
2.子どもの孤立・孤独が引き起こす事件
私は、昨夜ホテルに到着しまして、テレビも見
ずにそのまま寝てしまい、朝新聞を拝見したら、
「子どもの心をはぐくむ子育て」
、本題のほうに
ちょっとショッキングな事件が載っておりました。
入らせていただきます。
中学1年生の男の子が自殺されたということな
子どもの孤立・孤独が起こす事件、秋葉原の事
のです。
件など。たとえば、引きこもりの人が事件を起こ
私は、
スクールカウンセラーをやっております。
した、発達障害の人が事件を起こした、あるいは
スーパーバイザーもやっております。奈良県の自
精神障害の人が事件を起こしたとなると、
新聞は、
殺対策の専門委員もやり、実際に自殺対策をやっ
すぐに引きこもりであること、発達障害であるこ
ております。全てのことが私の心の中で動き、こ
と、精神障害であることを第一面に書いて、障害
れは触れないわけにはいかない。
おそらくこれを、
者が事件を起こしたことを書き立てます。
ふ ち
専門用語で布置と申します。布を置く。運命では
そのときに、
我々がいつも言うのは、
「いやいや、
ないのですけれども、たまたま偶然出会わしたも
障害者が事件を起こすよりも一般人のほうが圧倒
のが、運命のように襲ってくるわけです。
的にたくさん事件を起こしている。比べものにな
今日のお話の中でそういうことに少しでも近づ
らないぐらいです」
と言っていたのですけれども、
いてしまうかもしれませんが、それから逃げるこ
どうも説得力がない。
とは決してよくないことだと思いますので、ご了
そして、いくつかの事例を調べたらわかったこ
解いただきたいと思います。
とがあります。発達障害でも、精神障害でも、引
まずお話をさせていただく前に、亡くなられた
きこもりの人でも事件を起こしている人は、みん
少年に、
是非この場で黙祷を捧げたいと思います。
な孤立している人たちなのです。つまり、障害の
彼が天国に行けますように。
あるなしに関わらず、孤独と孤立というものが、
黙祷。
いろいろな問題を引き起こしているのは間違いな
お直りください。ありがとうございました。
いのです。
実際に困難が起こったときに、どう我々は向き
それだけではない。実は、老老介護から60歳
合うか。よく、プラス志向という言葉が言われま
の息子さんが85歳のお年寄りを殺害するという
す。プラス志向は、人生のごまかしです。本当に
ような事件も起きています。これも、やはり地域
大切なのは、マイナスなのです。問題があったと
から孤立して介護をされているご家庭での事件な
きに、何か悪いことが起こったような顔をして、
のです。
触れないでおこう、忘れてしまおうとしてしまう
考えてみると、日本人というのは最近、生涯に
と、物事の本質に触れることはできません。困っ
おいて孤立化して孤独化している。だから、いろ
たこと、
辛いことほど、
しっかり正面から向き合っ
いろな問題が起きてきているということなのでは
て解決していこう。そのためには苦しみます。抑
ないかと思います。
うつ的になります。でも、苦しんで抑うつ的にな
では、どうしたらいいのでしょうか。
―2―
3.ひきこもる若者たち
4.ひきこもる若者たちに共通する心理特性
15歳から39歳の若者の引きこもりは、80万人
に達しています。そして、小・中学校の不登校の
ひきこもる若者たちに共通する心理的な特性と
数は、12万人です。東日本大震災により、東日
いうのは、人と話をするのが苦手な人というのが
本では統計がとれていないので12万人になって
65%、長期的に親密な対人関係が非常に苦手で
いるのですが、統計がとれていれば、おそらく
す。小さな失敗を恐れる人がほとんどです。引き
13万人を超えているはずなのです。12万人とい
こもり当初は、
生真面目すぎるほど堅い性格、
パー
うのは、四国の中学生の数です。四国から中学生
ソナリティーです。
神経症的な不安というものを、
が消えてしまうのです。
自我の弱さというふうに言いますけれども、そう
つまり、92万人の人たち、もしかしたら100万
いうものを抱えています。
人近い、子どもから39歳までの若者が引きこもっ
そして、自分は自分でいいんだというふうに思
てしまったわけです。
えない人たちがほとんどです。周りに合わせる苦
昨年の今頃までは、生活保護世帯は120万人と
労・苦悩が付きまとっています。それに疲れてし
言われていました。それが最近は、200万人を超
まうわけです。だから集団から離れていきます。
えています。プラス、引きこもっている彼ら全員
自分を集団の中でうまく表現できない、自分の意
のご両親が亡くなると生活保護になります。プラ
見を主張することができない。周りが自分を非難
ス100万人。300万人が生活保護を受けないとい
しているように感じてしまう。
けないようになってくる。当然のことながら税金
挙句の果て、
自分はダメな人間だと思っている。
も年金も健康保険料も払ってくれません。消費税
自分では、どうしようもないと思っている。です
を何%値上げしたって追いつくものではないです。
から、全てにおいて消極的になり、一歩を踏み出
そんなことよりも、せっかく生まれた子どもた
すことができなくなってしまっているわけです。
~自分は自分…と思えない~ ちを、社会や人の中でどうもたせてあげるかとい
うことが一番大事なことではないかと思います。
5.コミュニケーションの今・昔
社会精神分析学者のエーリヒ・フロムという人
いうふうに言っているのです。
では、本来人間が一番恐れる孤立というものを
今は、親子のコミュニケーションも先生と生徒
自ら望んでしまう、孤独を望んでしまうというの
のコミュニケーションも大概大変です。従来のよ
はどういうことなのかということです。
いコミュニケーションをつぶしたのは、間違いな
たとえば、不登校の子たち。引きこもります。
く携帯電話でしょう。便利なのですけれども、便
学校に行かない。友達が声をかけても一切出てこ
利なものというのは人間関係を壊していきます。
ようとしない。なぜか。
不便なほうが心と心はつながりやすい。
人の中にいるほうが、孤独を感じるからです。
昔は、人の心のつながりには、話さないコミュ
雑踏の中の孤独といいます。
ニケーション、会わないコミュニケーションが成
集団に背を向けて、
「僕はこれでいいんだよ」
立していたのです。
と自分を見つめることでしか、彼らは自分を信じ
たとえば、私が若い頃、彼女と2時に札幌駅で
ることができなくなっている。集団に背を向ける
待ち合わせしたとしましょう。家を出てバスに
ことによって「自分はこれでいいんだ」と思いた
乗った瞬間、事故に遭いました。バスを降りて歩
い子どもたちが引きこもっているのには、間違い
いて行くと、40 ~ 50分はかかるけれど、どうし
ないと思います。
ようかな。バスの運転手さんは、次のバスを呼び
は、人間が最も恐れることは、孤立することだと
~「つながる」ための携帯電話が、 関係を「切っていく」事実~ ましたのでお待ちくださいと言う。仕方がないか
―3―
ら待とうかな。でも、イライラしながら何を考え
6.精神分析的かかわりの基本的態度
ていますか。待ってくれている彼女のことですよ
ね。待ってくれている彼女はどうでしょう。どう
したんやろ。いつも遅れる人ではないのに、なん
そこで考えるのは、世間でいわれている言葉で
で来ないのやろ。何かあったんかな。電話してみ
す。本当にそうなのと思うようなことがいくつか
ようと家へ電話する。
出ない。
どんどん心配になっ
あります。
てきます。相手のことをしっかり考えます。そし
て出会ったときに、
「どしたん」
「ああ、よかった」
孤独・孤立を防ぐには美辞麗句はいらない
ありのままを受け入れる(受容)ということ
という話になるわけでしょう。
質問をします。世間ではよく「ありのままを受
今は、どうですか。バンとぶつかったら、携帯
け入れましょう」
と言います。いい言葉ですよね。
を出して「あかん、バスぶつかってしもうた。1
この中で、ありのままに受け入れる人は手を挙げ
時間ぐらい遅れるかな。
ごめん」
「そう、
怪我なかっ
てください。無理ですよ。まず、人は人をありの
たの。よかった。じゃあ1時間ね」と切ります。
まま受け入れることはできないからスタートしな
男の子は、その携帯電話でゲームをし始める、音
いといけない。だから努力しましょう。
楽を聞き始める。女の子は、ウィンドウショッピ
精神分析には、受容(アクセプト)という言葉
ングに出かける。相手のことを慮る時間がなくな
はありません。これは、ロジャース派という癒し
るわけです。この相手のことを「慮る」というの
系のカウンセリングの方が言われる言葉です。
が、本当は一番大事なコミュニケーションでしょ
たとえば、スクールカウンセラーが学校に入っ
うね。それが携帯電話のためになくなったのは間
たとき、学校の先生から嫌われました。子どもを
違いないです。だからといって、僕から携帯を取
甘やかして、受容しているからです。子どもは、
り上げられると何もできなくなります。
受容しすぎると何が起こるか。停滞します。
話さないコミュニケーション、会わないコミュ
学校とは、子どもを受け入れ、人格や精神を統
ニケーションというものがなくなってきていると
合して成長へと進ませる場所です。問題があった
いうこと。話しているのに、会っているのにつな
からといって受容しすぎるとどうなるか。学校へ
がらない。これは本当の話です。
行きたくない人を、学校に来ないのも一つの生き
大学生がメールでいろいろなことを送ってきま
方なんて受け入れてしまうとどうなるか。来られ
す。僕は、
意地悪なので、
すぐには返しません。
「先
ないまま停滞して引きこもりになるわけです。
生、なんで返してくれへんのやろ。なんか怒って
受容することは大事です。でも、社会でできる
いるのかな。何かあったんかな」といろいろ考え
人格というものを統合して、心身ともに成長させ
る時間を持ってもらおうと思っているのです。
てあげる。そういう視点がなければ、教育とか育
あるとき、メールで質問してきた学生が研究室
てるということは成り立たない。
に来ました。しびれを切らして来たなと思うと、
子育てもそうです。そんな美辞麗句で子育てな
違う質問をするのです。その質問が終わると、
「ど
んかできないです。ありのままを受け入れるとい
うもありがとうございました」
と言うものだから、
うのはどういうことかというと、子どもになすが
ままにされるということです。
「いやいや、あのメールの質問は」と言うと、
「あ
れはメールで答えをください」と言います。会っ
中学1、2年生の男の子が、だんだん学校も対
ているのに話が通じていない。
人関係も面白くなくなってきて、
「面倒くさいなぁ」
それはいったいどういうことなのか。人間のつ
と昼頃に起きてきて、3時頃になったら「おかん、
ながり方というものが、今の子は非常にお利口さ
退屈や。今からゲーセン行って、友達とローソン
んになりすぎている。何か魂の部分、魂なんてい
行ってジュース飲んで帰ってくるから1,000円く
うと変にとられがちですが、本当にそういうとこ
れ」と。お母さんは、
「学校も行っていないのに
ろのつながりというのが希薄ではないだろうか。
1,000円なんてあげられません」と言っても、結
―4―
局「しゃあないな」と渡します。渡すとその子は、
「共感」
とは…
思いを達したわけですから、楽しく帰ってきて、
「明日は学校に行くわ」と言うのですが、次の日
共感しようといいますが、どこまで何を共感し
になると、また怖い顔して「1,000円くれ」とな
ていいかさっぱりわかりません。精神分析では、
るわけです。
共感に定義があります。関与しながらの観察。
困り果ててカウンセラーのところへ行って何と
つまり、ジーッと見て、勝手に推測することで
言われるか。
「彼は、
思春期で悩んでいるのですよ。
は、共感とはいわない。朝、学校の先生が校門の
しばらく様子を見ましょう。ありのままを受け入
ところで、立哨指導をする。これは、子どもに対
れましょう」と言われる。これは、ありのままで
して関与です。そのときに子どもが、返事もしな
はないです。なすがままというのです。ありのま
く、チェッという感じで行くとします。先生がそ
まとなすがままを勘違いしたらだめなのです。
こで「朝からなんや、大きな声出してあいさつせ
我々精神分析の人間は、ありのままを受け入れ
んかい」
と怒鳴ってしまうと、
これは観察にはなっ
ましょうなんて言わないです。しっかりぶつかり
ていない。あいつは、いつもあいさつするのに、
ましょう。それが親の努めです。逃げたらあきま
今日は調子悪いぞと、担任の先生に「あいつ、
へんで。逃げへんお母さんお父さんに、我々は協
ちょっと今日おかしいから見とって」と言う。こ
力できます。
逃げてしまう人には協力できません。
れが本来の立哨指導の役割なのです。
子育ては、親以外にはできません。カウンセ そのときに、相手がどのような反応をするか。
ラーができるわけがない、教師ができるわけがな
自分が出したものに対して普通はこうなのに、今
い。最後は、親御さんです。だから、親御さんに
日は違う態度で返した。それをわかることを共感
力をあげるのが我々周りの人間の仕事であって、
と、我われは呼んでいます。そこからは推測にな
親御さんにとって代わるのではないのです。
ります。おかんと喧嘩して来よったんやろとか、
嫌なことがあるのかなとか。深読みして、
そうか、
見守るということ
わかったと嘘をつくことではないのです。
見守るということ。青少年の健全育成などに関
臨床心理士やカウンセラーというのは、人の気
わっている方で、今までに見守ろうという言葉を
持は簡単にはわからないということを一番わかっ
使われたことがあるかもしれません。あるいは、
ている人間だと思ってください。わからないから
自分が学生の頃、一生懸命クラブに誘っている友
聞くのです。わかっていたら聞かないです。命令
達がいくら誘っても来ないから、しばらく様子を
します。こうやったら一番いいよと。
見守ろうと言ったことがあるかもしれない。その
こころの教育
時点で、何が始まっているか。見捨てることが始
私などは、ついつい心の教育といわれたら、
まっているのです。見守るは、気をつけないと見
捨てるになるのです。自分が関わるのがしんどく
「えっ、心を教育していいの」と思ってしまうの
なったから「見守る」という言葉を発して関わら
です。やはり心は、教えるものではなく育むもの
なくてよくなる。つまり見捨てる。
ではないかと思います。
お父さんお母さんが、子どもたちを見捨てるこ
たとえば、小学校5年生のクラスでいじめが起
とはできない。だから、最後まで頑張れるのは、
こりました。だいたい学校では、学級会や道徳の
お父さんお母さんなのです。見捨てないで最後ま
時間を通して、いじめはだめですよということを
で関わるお父さんお母さんを、周りの我々がサ
いろいろな副教材を出して教える。そして、それ
ポートする。ありのままがなすがままにならない
をやった後、学校というのは、必ず感想文を書か
ように、見守るが見捨てるにならないように、も
せるのです。そうしたら子どもは、作文を書くた
う関わるしかない。ちょっかいを出すしかないの
めに正しい答えを書きます。まるでカッコ埋めの
です。その方法論はいろいろあるかもしれない。
正解を埋めるように、先生が納得する答えを書い
―5―
てくれます。先生は、それを見て、わかってくれ
れた子どもは、自分のことがどんどん嫌いになっ
たかなと思い、キンコンカンコンと部屋を出た瞬
ていく。親に好かれるために、親が嫌いなところ
間、同じいじめがまた起こっているわけです。答
を消さないといけないと思って苦しんでいく。良
えを教えたからです。心を育んでいないのです。
いところも悪いところもあって、全体として受け
心を育む教育というのは、いかに難しいかとい
入れてくれるということがまず大前提。それが一
うのは、今この一連のいじめ問題の中でわかって
番子どもたちを健康に育てる方法なのです。
くる。根本的に教えることから育むことへ方向転
個性を伸ばす教育というように言い始めてから、
換しないと日本の子どもたちはもっと死にます。
言葉は悪いですけれども、モンスターペアレント
が生まれてきた。たとえば、学校でわがまま、勝
個性を伸ばす教育
手な子どもに、
「そんなことをしたらだめでしょう」
個性を伸ばす教育。素晴らしいですね。世界中
と先生が注意する。その子は、家に帰って、
「僕は
で、こんなバカなことを言っているのは日本だけ
これをしたかった。でも、それを言ったら先生に
です。
怒られた」とお母さんに言う。お母さんは、
「それ
なぜかといったら、大前提を間違っているから
はうちの子の個性ですから、そんなことで叱らな
です。個性を伸ばす教育の大前提は、個性はよい
いでください」とすぐに電話。どんどん理不尽な
ものという意味になっているからです。日本は、
要求が家庭から出てくる。個性を良いものだと誤
全体主義の中で個性が圧迫されてきたから、それ
解した結果です。良いところも悪いところもあっ
を壊すために個性を伸ばそうというのだけれど
て個性だということをわからないといけないです。
も、個性というのはインディビジュアリティー、
その子特有のものであって、良い部分も悪い部分
褒めて育てる
も含めて個性と呼ぶわけです。
褒めて育てる。
褒めてばかりおられますかいな。
でも、文科省がいう個性を伸ばす教育というの
だいたい褒めてばかりいると、ボーッとした子に
は何かというと、良いところを伸ばす。つまり、
なります。時々頭をゴツンと、虐待になってはい
良い子をつくる教育を推進しているわけです。
けないですが、
ガツンとやらないといけないです。
でもみなさん、質問の2。私は良いところの塊
叩かなくても言葉でギュッと。5歳ぐらいまでに
であるという人は手を挙げてください。
しっかり叱られている子どもは、やはり道徳心が
お母さん方、子育てを思い出してください。
ちゃんとつくのです。叱られ方によりますよ。
私、あなたのここが大好きよ。でも、あなたの
ここでみなさんに魔法を教えます。簡単なこと
ここが嫌い、嫌いなところはだめよと、子どもに
は、叱ったらフォロー。叱りっぱなしが一番いけ
言ったら、たぶんその子は、17歳ぐらいで、自
ないです。たとえば、小さい子どもを育てるとき
分のことは嫌いだから性格を変えたいと言ってカ
に、叱って放っておくと、どんどん親御さんから
ウンセリングに来ないといけなくなる。人間は、
離れて近づかなくなる。叱ったあと、膝の上に乗
良いところも悪いところもあって全体なのです。
せると子どもは、ワァーッと泣いてお母さんの胸
たとえば、お友達と会いました。会う度に、あ
にしだれ込みます。そのときに、
「さっきお母さ
なたはここを変えたほうがいいよと指摘してくれ
んが怒ったのはね」と説明してあげる。つまり、
る友達とお友達になれますか。
なれないでしょう。
叱ったことによって叱る前よりも関係がよくなら
自分には嫌なところもある、それでも「そうあっ
なければいけない。それが子育てであり教育なわ
たとしても大丈夫、良いところも悪いところも含
けでしょう。
めてあなた」と言ってくれる人とはうまく付き合
叱って罰を与えるだけならば、親や教師はする
えるはずです。
必要はないわけです。叱る前よりも叱ったあとの
子どももそうです。あなたの良いところは好き
ほうが人間関係が深くなるような叱り方。
つまり、
だけれども、嫌いなところは大嫌いよと親に言わ
叱ったらフォロー。それが一番大事なことです。
―6―
けたらあかんと教える。大人が子どもに与える道
7.
大人のファンタジーと子どものリアリティー
徳感がファンタジーになっていないか。
大人のファンタジーと子どものリアリティーと
僕は、そこでもうひとつ付け加えて言ったので
いうことをお話しします。
す。
「確かにそういう考え方はあるかもしれない。
大人がいう「正しいこと」は、子どもにとって
でも、
子どもたちがなぜ助けたいかというと、
きっ
もリアリティーのある正しいことなのか。子ども
とそこには、ごめんなさいという気持があるので
のリアリティーと大人のファンタジーがかけ離れ
しょう。本当は助けたいけれども、
僕も怖いから、
てはいませんか。
助けに行けないわ。でも許してね。だから一生懸
具体的な話をします。
ある小学校にカウンセラー
命方法を考えるよということなのではないです
として入っていました。その小学校は道徳教育研
か。そういう後ろめたい気持が表現されれば、道
究指定校で、県の道徳教育研究家が来られて、3
徳教育は十分だと思います。
」申し訳なさ、ごめ
年生のクラスで道徳教育の研究授業をしました。
んなさいという気持。それが本当に必要なことで
そこで、
「とべないホタル」という童話が用い
あって、大人の正義、ファンタジーを子どもに無
られました。羽に障害があり、飛べないホタルで
理やり押し付けることをすればするほど、子ども
す。晴れているときにホタルたちは、しっかり露
と大人は乖離していくのではないかと思います。
草の上に乗っかって光らせた。それが、突然雨が
降ってきて、他のホタルたちは飛んで木の下や葉
8.「絆」について
の下に隠れるのだけれども、飛べないホタルです
から雨に打たれて泥の中に落ちてしまった。
絆。震災があって絆という言葉がもてはやされ
さあ、
どうしようかという話になったわけです。
ましたが、僕はこの絆という言葉を震災前から
子どもたちからは、どうして助けたらいい、あ
ずっと使っているのです。震災後、ちょっと違う
あして助けようという意見がたくさん出てくる。
ようにとらえようと思いました。
そして、方法論に流れてしまったが、その下には、
信頼で結ばれているものが絆。大変大事なこと
なんとか助けたいという気持があるわけです。
です。でも、
絆にもいろいろあります。たとえば、
まあ、3年生ではこんなものかなと思って、終
恋愛をしているときは、愛情という絆で結ばれて
わってから、先生の反省会があったわけです。僕
います。結婚当初、
子どもという絆で結ばれます。
は知らなかったのですけれども、道徳には正解が
でも、お父さんは、仕事がだんだん忙しくなって
あるのです。こっちもあり、あっちもいいのでは
きて、お母さんも子育てだけでは退屈だなと思い
ないのです。道徳教育には、他の科目と同じで、
始めるときに何が起こるか。お父さんは、一生懸
答えが用意されているのです。
命仕事をして、付き合いで飲んで帰ってくる。お
では、そのとべないホタルの正解は何か。どん
母さんは、
「ほんまに付き合いで飲んでいるのか
なことがあっても助けに行こうということを子ど
しら、仕事仕事って飲んでばかり帰ってくるけれ
もたちの口から言わせるのが正解だそうです。
ど」と思っていると、お父さんは、
「俺が一生懸
僕は、これが心の教育かと思って、思わず手を
命働いた金で1日600円の昼飯や。あいつはラン
挙げて、
「つまり特攻隊にするのですか」と言っ
チにテニス」と、お互い、ほんまやろかという太
てしまったのです。
い不信感という絆が生まれるわけです。
小学校3年生で、どんなことがあっても助けに
その不信感の太い絆のあとには何が生まれるか。
行けと道徳の授業で教える。6年生では、服を着
50歳を過ぎて、子どもも手を離れたときに相手
てプールに入る着衣水泳をやります。服を着て泳
の必要性というのがだんだんわかってくる。そし
げないのだから、溺れている人を見たら助けたら
て、年がいくにしたがって今度は、不信感の太い
あかんでと教えるのです。3年生では、どんなこ
絆が、これからどのように一緒に過ごしていこう
とがあっても助けに行け。6年生になったら、助
かなという絆に、
また形を変えてくれるわけです。
―7―
人生山あり谷あり。これも形骸化しています。
谷あり山ありの前に谷だけで終わってしまうので
9.精神分析が重要視する5歳までの発達
す。つまり1、
2年で離婚したり、
嫌なことがあっ
精神分析が重視する5歳までの発達ということ
たらすぐさようなら。離婚は、決して悪いことだ
で簡単にふれたいと思います。
とは思いません。
でも、
離婚後すぐに他の人とくっ
0歳から1歳半までは、絶対的安心感とか基本
つき、その亭主が子どもに暴力を振るったりする
的信頼感という、どんなことがあっても見捨てら
わけです。離婚するなら、
もう男なんてこりごり、
れないというものを子どもが身に付けるときです。
亭主なんかいらん、一人で子どもを育てていくと
たとえば、お母さんがオッパイを飲ませます。
いう気概を持ってやってほしいものです。
飲ませて背中を叩くと、グッとゲップをします。
子どもの性格形成には、生誕順序があります。
ゲップをしたと喜んで、きれいに拭いてあげるで
だいたい3人兄弟の真ん中というのは、ちょっと
しょう。あるいは、生まれたての赤ちゃんがブリ
変わっているのです。なぜかというと、
1人目は、
ブリとうんちをします。お母さんは、いいうんち
生まれたときに100%の愛情をもらっています。
やと喜んであげるじゃないですか。
2人目が生まれると、50・50です。3人目が生
つまり、どんなことをしても許されるのが絶対
まれると、33・33・33です。足すと、上は185%、
的安心感なのです。全体として愛されている、ど
真ん中は85%、下は35%。下の子は、無責任に
んなことをしても何をしても愛されているんだと
かわいいから、プラス200はあるじゃないですか。
いう気持ちがある。これがつかないとだめなので
すると真ん中の子は、自分だけが愛情が少ないと
す。それが、1歳半ぐらいまでについてしまうの
思いがちなのです。
です。だから、この時点で虐待とか養育放棄され
上の子は、愛情をもらっているので平気で親に
てしまうと、子どもは、残念ながら精神的に何ら
ぶつかっていきます。一番下の子は、甘やかされ
かの問題を引き起こします。これを、基底欠損、
ているから好き放題にやります。真ん中の子は、
ベースのところを欠けてしまっている子どもたち
上を見て下を見て、お父さんお母さんに迷惑かけ
という意味で、
基底欠損児というように言います。
たらあかんから良い子になろう、良い子になって
ただ、補正構造といって、お父さんやお母さん
親に好かれたいと思います。5年生ぐらいまでは
に代わる愛情を持っている人が接すれば、そうで
良い子で、
自分でいろいろなことをします。でも、
もないという話はあるのですけれども、やはり本
中2から、この子は何を考えているのかわからへ
当のお父さんやお母さんよりはちょっと情緒的に
んわというような子になるわけです。
不安定になったりすることが多いです。
つまり何かというと、親子関係というのは、子
そして、その次に起こってくるのは、第1反抗
どもが好きなことを親に出して、親が、あんたい
期です。2、3歳で起こります。それまでは、何
い加減にしいやと頭を叩く。その頻度の問題。深
をしてもいいよと言われていた。それは、自分の
さなんて計れない。どれだけ文句を言って、どれ
足で動かなかったからです。
それが2、
3歳になっ
だけ頭を叩くかという関係の問題。でも、自分か
て動き始めたら、いろいろなことをし始める。あ
ら良い子になろうとした子は、自分から関係を
れしたらだめ、これしたらだめと言われるでしょ
切っていくことになる。親のほうも、あの子は育
う。今まで何をしてもいいよと言われたのが、だ
てやすいからと言って忘れてしまうのです。
めだめと言うから、
「何ちゃんするの」と言って
だから、親に働きかける力の弱い子には、どん
怒り出すわけです。これが反抗期。つまり、絶対
どんこちらから働きかける。育てやすいからと
的安心感があるからこそ反抗期がある。反抗期が
放っておくと、青年期に入って育てにくくなるの
ないことのほうが問題。自分は受け入れられてい
です。3歳まで育てやすい子は、5歳以降育てに
ないから、親に良い顔をしないといけないと思う
くくなる。5年生まで育てやすい子は、中2以降
から反抗期がなくなるわけです。反抗期というも
とんでもないことになります。
のはすごく必要です。
―8―
そして、1歳半から4歳半ぐらいまでの間にで
10.関係性(Communication)の基盤
きるのが自己愛
(ナルチシズム)
。精神科領域では、
自己愛人格障害という精神障害があります。自己
子どもというのは何もできないから、大人が子
愛が十分に満たされているか満たされていないか。
どもにしてやるんだというふうに考えるかもしれ
たとえば、聞いてもいないのに「俺はこんなこ
ません。でも実は、そうではないのです。子ども
とをした、あんなことをした」と自慢ばかりする
が先に大人に働きかけるものを持って生まれてき
人がいます。
この人はすごく自分に自信があって、
ているのです。それを、
生得的行動種といいます。
すごい人だなと思うととんでもない。真逆です。
反射とか本能といわれるものに近いものです。そ
自己愛というのは、悪いものではなくて、本当
れは、泣きとか微笑みというものです。
に自分を愛する力のことをいいます。自分で自分
たとえば、赤ちゃんが寝ているときに口の周り
のことが好きな人は、人に自慢せずにいられるわ
をポンポンと叩くとプッと唇を尖らせます。これ
けです。しかし、自分に対しての愛情が弱いと、
を吸引反射といってオッパイを吸うのです。その
僕はこれでいいのやろうかと思って、人に自慢し
行動を持っていないとオッパイを吸えないのです。
てすごいねと言ってもらわないと、自分を保てな
でも最近、その吸引反射の弱い子が増えているの
くなるのです。だから、どんどん自慢をして周り
です。
動物としての人間の本能が弱くなっている。
から嫌われていく。それが精神障害までになって
あるいは、赤ちゃんが寝ているときに、そっと
いくのを自己愛人格障害というわけです。最近若
手の平に指を置くとクッと握ります。これを把握
い人の中で、ものすごく増えています。
反射。これは、ものに捕まって移動しないといけ
僕もできるだけ自分のことは自慢しないように
ないからスッと捕まろうとする本能です。そうい
と思うのですが、時々ドャーッとほめられるとう
うものを子どもは持って生まれてきています。子
れしいですものね。自分のことが好きになるよう
どもが持っている力に、うまく応じてやることに
に、時々ほめてあげるのは非常に強化刺激といっ
よって、子どもは成長するのです。その本能その
て、いいものになります。
ものがコミュニケーションの基盤なのです。
この自己愛というのは、自信とか野心の源にな
たとえば、泣き。赤ちゃんは、生まれた直後大
ります。そして、自信や野心の源になった5歳ぐ
きな声であーん、あーんとは泣きません。生まれ
らいの子どもたちを「スーパーマンエイジ」と呼
たときにあーんとは泣きますが、そのあとしばら
ぶわけです。お母さんやお父さんに愛されて、あ
くは小さい声で泣くのです。あーうん、
あーうん。
なたは何でもできるよと言われて、どんどん自己
あーを、呼気的泣き。うんを、吸気的泣きといい
愛が膨れてくる。だから、5歳ぐらいのときに仮
ます。間に0.2秒の隙間が空いているのです。生
面ライダーごっことか、女の子だったら古いです
後2週間ぐらいまでは、このパターンの泣きなの
が、テクマクマヤコンとやるわけです。子どもが
です。でも、そこに泣いたら親が関わる。つまり
「僕はスーパーマンだ、
空飛ぶぞ」
と言ったときに、
「あれ、さっきオムツを替えたのに、ミルクあげ
「あなた、どうやって空を飛べるの。あなたには
たのに、なんで泣いているのやろ」と思って、ま
羽もエンジンもないから飛べないのよ」
と言うと、
さぐりに行く。そうすると子どもは、音を出せば
飛べない子どもをつくってしまいます。小さいと
親が来てくれるということを3週間ぐらいで学習
きは、正しいことを教えすぎるとスーパーマンに
するわけです。それまでは、親を呼ぶために泣い
なれないのです。子どもがこれぐらいの台から
ているのではなくて、ただ、あーうんという音声
ポーンと飛んでも、
「すごい」と喜んであげるで
でお腹が減った、あるいは、うんちをしたという
しょう。スーパーマンにさせてあげてください。
信号だけを出しているだけなのです。でも、その
正しい答えを言って、正しいけれども飛べない子
信号を出すことによって親が来てくれる。
そして、
どもをつくるよりは、しっかり夢を持たせて飛べ
今度はどうなるかというと、必要なときに火のつ
る子どもにしてあげてほしい。
いたような泣きに変わっていく。あーうんという
―9―
パターンが崩れて必要なときにギャーッと泣く。
育のときに泣きます。なぜなら、3月31日生ま
つまり、持って生まれたパターンに親が介入す
れの子は4月3日生まれの子に比べたら、お母さ
ることによって、コミュニケーションが出てくる
んというイメージを自分の心の胸ポケットの中に
ということなのです。生まれたままのパターンだ
ちゃんとしまえていない。網膜に映っている現物
と、人間にはなれない。コミュニケーションが成
のお母さんがいないと不安になるわけです。だか
立しないのです。そういうことがわかっている。
ら離れられない。
でも1年先に生まれた子は、
しっ
あるいは、赤ちゃんのほほえみは天使のほほえ
かり心の胸ポケットにお母さんが入っています。
みと言います。
お母さんが抱っこしたら、
ニターッ
つまり、心の胸ポケットにお母さんを仕舞いこん
と笑うでしょう。お母さんだけではなくて、夜中
でいるから子どもは、1人で自立することができ
に天井を見てニターッと笑っているでしょう。
る。2人いて初めて1人になれる。お母さんと一
きっといい夢を見ているんやわ。
緒。そして、人の中に入っていける。孤立する子
ないないない、そんなこと。
というのは、
やはりここが弱かったりするのです。
赤ちゃんのほほえみというのは、味気ない話で
また、不登校・引きこもりの子は、だいたい反
す。実は、赤ちゃんのほほえみというのは、4時
抗期がありません。大人にとって良い子でいよう
間半ごとに起こるのです。それは、親に受け入れ
とした。
子どもの成長過程で一番問題になるのは、
てもらうための生得的行動で、たんなる頬の筋肉
適用と自己実現の兼ね合いの問題です。集団に
の引きつりなのです。お母さんが抱っこしてほほ
ちゃんと合わせなさい、先生や親の言うとおりに
えんでくれた。
「お父さん、
笑ったよ。来て」
と言っ
しなさい、
良い子でいなさいというのが適用です。
て、お父さんが来た。笑っていない。やっぱり私
自己実現というのは、僕はこのように考えてこれ
でないとあかんのだわというお母さんの満足感。
をしたいんだということで、いつもそれらがせめ
でも、4時間ごとに行ったらまた笑ってくれます
ぎ合うわけです。
から、お父さんも安心してください。
発達障害の子などは、自己実現しようとしすぎ
それがだんだん親の顔を見てわかると今度は、
て、適用を言われてしんどくなってくる。適用の
必要に応じて親のほほえみを見て笑うようにな
ソーシャルスキルトレーニングをすれば、小学校
る。ほほえみ返しをする。そうすると夜中には、
3年生ぐらいまではいいのです。でも、5年生ぐ
もう天使のほほえみは消えてしまうわけです。
らいになってくるとパターンがわかって飽きてき
そして、徐々に人らしくなってくる。コミュニ
て、挙句の果てに、僕なんていくらやっても一緒
ケーションという関わりは、こんなときから親子
やからしゃあないねん、
なんて言い始める。
だから、
の関わりのベース、絆のベースができてきている
適用を望むのは大人の都合であって、子どものた
わけです。
後でとってつけたものはだめなのです。
めにはなっていない場合もたくさんあります。
大人にとって都合のよい子を育てるのか、子ど
もにとって都合のよい生き方を子どもに与えるの
11.人は、 一人で生まれて、 一人で死ぬのか?
か。ときによってはそのウェートを考えないと、
~2人いて、初めて1人になる~ あるいは対象の子どもによってその関わり方を変
人は一人で生まれて一人で死ぬのか。
えないと、一律同じようにやっていると、つらく
ウィニコットの言葉です。こういうのは、一言
なってくる子どもがどんどん増えてしまいます。
居士というのです。どうせ人間は一人や。さびし
今、奈良県は自殺対策が一番進んでいまして、
い人ですね。でも、
本当は一人ではないです。
「ど
我われが関わってから、
発生率が全国最下位です。
うせ人間は一人や」と言える相手がいるのですか
一昨年までの間に68名減らせました。昨年は、473
ら。2人いて初めて1人になる。
回相談会をしたりしています。その中でも大事な
「おかあさんといっしょ」という番組がNHKに
のは、小さい子どもに対する自殺対策。自殺した
あります。あのとおりです。子どもは、ならし保
い人は手を挙げて。死んだらあかんよと、そんな
― 10 ―
ことで自殺対策ができるわけがない。孤独になら
れば、ちょっと荒れはおさまるのです。
ないように、孤立しないように。そして、子ども
ただ、
それも全ての子がそういうわけではない。
の中に良い思い出をたくさんつくってあげる。健
家庭的に、ある程度しっかり関わってもらった子
康な思い出をたくさんつくってあげること。
はいいのだけれども、やはり小さいときから関わっ
たとえば、病前性格とか病前体験というのがあ
てもらっていない子の非行というのはどんどんエ
ります。つらくなった時など、若いときに一生懸
スカレートしていくのでかなり注意が必要です。
命にやった楽しいことがリハーサルされる人とい
そして、10歳、小学校5年生がターニングポイ
うのは、苦しいことがあっても、あの楽しいとき
ントです。いじめ、不登校、非行、全て10歳がス
に戻ればいいというイメージがわきますよね。
タートです。だいたい不登校は5年生です。女の
でも発達障害の子は、小さいときから怒られ続
子は、
実はちょっと早くて4年生ぐらいからです。
けて、あのときは楽しかったというのがほとんど
これは、実は大脳生理学的に説明されているの
ないのです。あるいは、ずっと養育放棄されて大
です。女の子のほうが頭がいいのです。たぶんこ
変な子どもたち、
虐待を受けている子どもたちは、
こにおられる女性の方は思われたのではないです
楽しかった時期はない。そういう子に、戻るべき
か。小学校5、6年生の男の子って本当にガキや
楽しい思い出の場所が、
記憶の中にはないのです。
わと。中学生になって、
全くデリカシーがないわ。
子どもたちの中に、まず自分たちはこれでいい
高校生ぐらいになって、まあまあ対等かなという
んだ、楽しかったなという思い出や精神的な回復
ような、そんな感じなのです。だから、あまり男
力、しなやかさ、それをレジエンスといいます。
の子にヤイヤイ言うとつぶれやすいのです。不登
そういうものをしっかり持たせてあげるような経
校で、だいたい男の子のほうが6割ぐらい、女の
験が、
今の子どもたちに必要ではないでしょうか。
子は4割ぐらい。自閉症の割合もそうです。男の
何が楽しかった、ゲームで何万点取った。そんな
ほうが圧倒的に多い。脳が傷つきやすい。生理的
ものは、生きる力にはならないのです。
にも傷つきやすいし、発達が未熟な段階でガツン
とやられると取り返しのつかない傷が残る。
たとえば、虐待におけるトラウマというのがあ
12.5歳×3S E T の意味
ります。実は、小さいときに激しいショックを受
~ 10歳…小学校5年生は
「こころの成長のターニングポイント」~
けた子。女の子なら性的なトラウマがあったりす
5歳から10歳、フロイトのときは潜伏期といっ
とになってしまう。実は、脳のオキシトシンとい
て、子どもから大人になるための心の熟成期間で
うトラウマを解決するホルモンは、13歳までし
した。でも、この5歳から10歳が、日本で大変
か出ないのです。ですから、13歳までに治療さ
になっているのです。
れないとPTSD、心的外傷体験後遺症となって精
そして、10歳から15歳。14歳、中学校2年前
神障害のようなことを引き起こす。
後のことを第2反抗期というのをみなさんご存知
トラウマとPTSDは全然違うものなのです。そ
ですよね。だいたいそうです。仕方ないです。世
うすると、なかなか13歳以降は治りにくくなる。
界中の子どもたちがみんなそうなのですから。だ
早いうちに、どのような信頼を子どもたちに与え
から、うちの学校だけは荒れは許さん。歯向かい
ていくかということが大事になってきます。
やがってと抑えたらどうなるかというと、中3ま
10歳前後は、中間反抗期といいます。自我のめ
で引っ張って、卒業式に警察を呼ばなければいけ
ざめ。つまり、子どもが子どもでいれるのは9歳
ない事態になる。
までなのです。10歳から思春期前期、大人のなり
逆に言えば、世界中の子が中学2年生で反抗す
はじめに入っていきます。第2次成長です。女の
るのやから、少しキャパを広げて受け入れてやっ
子だったら10歳前後から生理が始まり、男の子は、
てうまいこと対処しようという、大人の対処をす
このあたりから射精したりするわけです。心身と
ると、13歳までに治療を開始しないと大変なこ
― 11 ―
もに大人になりはじめる、他者との比較によって
そうでしょう?そう思われませんか?お母さん
自分に目覚め始めるのが10歳前後。だから、い
は「ご飯、つくってあげへんよ」と言いながら、
じめが起こる、非行が起こる、不登校が起こるの
ご飯をつくってあげているじゃないですか。30
はこの段階なのです。自分と周りの違和感を感じ
分経ったら、
「ご飯よー」と言う。
「飯なんかいる
始める。集団の中での比較によってしか、自分と
かい」と言ったのに、息子も何もなかったかのよ
いうのが目覚められないのがこの段階です。
うに「はーい」と言って降りてくる。これが、絶
そして、中学2年生が終わって中学3年生ぐら
対的安心感以外の何物でもないのです。
い、第2反抗期。中学2年生であれだけ荒れてい
もしも、
「どうしよう。ホンマにおかんがご飯
てたのが中学3年になったらコロッとおとなしく
つくってくれなかったら、俺あかんやん。ひとま
なってくる。反抗期を越えてしまうと、自我のめ
ずここで謝らな」
なんて思っている子はだめです。
ざめの完了期というのは、中学3年生ころで、そ
それで、もうひとつ。これぐらいの年齢のお子
の後、反抗期が少し変わってくる。
さんをお持ちの方は腹が立つでしょう。なぜかと
反抗期があることによって、子どもは次のステ いうと、中2ぐらいの男の子は、お母さんが何か
ップへ進むことができます。だいたい子どもが反
言うと「うるさいな」という感じです。そうかと
抗するのは誰かというと、まず親御さんです。そ
思ったら、
「お母さん、お母さん」と自分の都合
の次は、学校の先生です。隣のおじさんに反抗し
のいいときは甘えてくる。
ている子は見たことがありません。距離の遠けれ
なぜか?ここは、子どもは二重人格なのです。
ば遠い人。だから、学校の先生に言うのです。親
大人半分、
子ども半分です。
「お母さん、
お母さん」
の次に信頼されているから反抗されるのですよと。
と甘えたら、
「あんた、
中2なのになに甘えてんの」
これぐらいの反抗というのは甘えの裏返しで
と叱ってしまう。
今度は偉そうな顔をしていたら、
す。ですから、しっかり関わってあげることが一
「あんた、中2のくせになに偉そうにしてるの」
番大切になります。
と怒ってしまう。子どもはどうしたらいいので
たとえば、中学校1年生になって、クラブが始
しょうね。だから、
二重人格の対応をしましょう。
まってしんどくなって、期末テストが始まる7月
たとえば、偉そうに言われたら、10回に1回
頃。クラブから帰ってきた。暑いです。鞄は埃だ
でいいですから、大人になろうと思って頑張って
らけ、服もドロドロ、手も汚い。帰ってきてお母
いるんやな、
よしよしという気持ちで、
「どしたん」
さんが料理していると、子どもは居間へドーン。
というようにやさしく振り返ってください。それ
「あんた、はよ手洗いーな」
。おもしろいので関西
で彼はなんと言うかというと、
「キッショ!」と
弁でいきます。
「何してるの、
汚いな。はよ手洗っ
言います。
てよ、ご飯でしょう。埃いっぱい落ちてるやん。
今度は、
「お母さん、お母さん」と甘えてくる。
もう、鞄もちゃんと先に自分の部屋に持って行っ
お母さんは、
「中2のくせになに甘えてんの」と
てよ」と言う。
「ええやん、
しんどいねん。ちょっ
言うのではなくて、ここを通り越したら、もう大
とゆっくりさせてよ」
「何言うてんの、はよ手と
人になっていってしまうのだな、まだ子どもで甘
顔を洗ってよ。もうゴミが落ちてかなわんわ」と
えてくれているんやな、やさしく接してあげよう
言ったら「うるさいな、
クソババア」
「親に向かっ
と思って、
「どしたん」とやさしく言います。彼
てクソババアって、なんてこと言うの」
「クソバ
は何と言うかというと、
「ウザ~」と言います。
バアでなかったらオニババアじゃあ」
「あんた、
でも、そこには照れが入ります。正面からぶつ
いい加減にしや。もうご飯なんかつくったらへん
かるのではなくて、ホッコリというのかな。大人
よ」
「飯なんかいるかい」と階段ドンドンドン、
なのですから、子どもよりは上手をいかないとい
部屋の戸をバターン。
けないわけです。だから、ちょっとそのように接
お母さん、そんな子育てされましたか。
してあげる。そうすると、子どもと大人の関係は
こういう子育てが大事なのです。
やわらかくなるということがあります。
― 12 ―
もりの子がいる世帯の人数は4.7人です。自分の
13.こどもの問題行動とおとなの関わり
他に両親もいる、兄弟もいる、じいちゃん・ばあ
赤子は肌を離すな
ちゃんもいる。
引きこもっても孤立はしていない。
幼子は肌を離せ、手を離すな
だから、奈良の引きこもりは事件を起こさない。
少年は手を離せ、目を離すな
孤立というものが、やはり大きな問題なのです。
青年は目を離せ、こころを離すな
たとえば、東日本の震災でも自立、自立と言わ
距離感です。赤ちゃんをしっかり抱っこしてい
れています。確かに避難所は大変でした。バラバ
てあげましょう。肌を離してはいけません。しか
ラになって被災者住宅に移った時は、一見自立し
し、5歳ぐらいになったら、もう抱っこしたらい
たように見えるけれども、孤立に進んでしまう場
けませんよ。ただ手をつないでおきましょう。
合がある。そうすると孤独死が起こるわけでしょ
少年は手を離せ、目を離すな。もう中学生だか
う。地域というものが非常に大事です。
ら大丈夫やと目も手も離してしまって、子どもは
自助努力といって自立を強調すると、引きこも
フーッと糸の切れた凧のようになってしまってい
りと自殺が増えます。公助といって、公が助けろ
る。中学生は、まだ目を離してはいけないです。
というと財政破綻が起こります。だから共助。地
青年は目を離せ、心を離すな。大学生になって
域でお互いを支え合うというシステムが大事に
最近何か挙動不信だからと机の中を見たらだめで
なってくる。でも、昔はよかったなと言っても、
すよ。変なものが出てきます。目を離して我慢し
古きよきを再現することはできません。携帯電話
て、そして、心だけは離れないようにしましょう。
の話もそうです。
あらゆるものが変わっています。
結局、子どもというのは、親子間で経験したこ
だから、
「新しきよき地域」をつくるしかない。
とでないと他の人との間では経験できないので
「新しきよき共助関係」をつくるしかないのです。
す。まず親子間で経験し、それから周りの人たち
そのために、今内閣府と一緒にやっていること
とどんどん経験していくわけでしょう。だから、
は、
「子ども・若者育成支援推進法」による地域
まず親子の関係でベースをつくってあげるための
支援協議会づくりなのです。この法律は、大変画
距離感というのは非常に大事です。
期的なのです。子どもと若者が一緒になった法律
一つ気をつけることは、自立と言いながら実は
というのは。なぜかというと、
子どもというのは、
孤立を進めてはいないか。勉強さえしていればい
中学3年生まで教育委員会か市町村で見る。卒業
いと、子どもに勉強させて、東大に入りました。
してしまうと一挙にさよならしてしまって、あと
子どもは、よく考えてみたら親には何もしても
の面倒をみない。そういうことが起こってくるわ
らっていないということを言い始めて、俺はお前
けです。高校生でも地域のひとりです。だから地
のために勉強をやったんやと言いながら東京へ
域がしっかり抱えていきましょう。
行ったまま帰ってこない。盆・正月にも帰ってこ
ない。電話一本もかけてこない。どうしているの
かなと思ったら、知らないうちに大学もやめて何
15.葛城市 「子ども・若者支援協議会」
かしている。こもっている。自立という名の孤立
今私がやっている仕事で、一番の仕事は、この
に陥れてしまうのです。
法律に関する事業なのです。奈良県の人口35,000
人の葛城市がモデル地区になっています。
昔、
奈良県の人口17,000人の當麻町(現葛城市)
14.地域が抱えること
で、全国で最初の町立の「適応指導教室」
、不登
東京は、一世帯あたりの人数は1.9人で、引き
校の子の教室をつくって始めました。不登校の子
こもり世帯は、1.7人。ひとりで引きこもってい
どもたちには学力保障をする。そして、小人数で
るか、誰かもう1人いるかの状況。
の対人関係訓練をしてカウンセリングをする。児
奈良県の引きこもりはどうかというと、引きこ
童福祉と連携して、子育て支援と療育教室、1歳
― 13 ―
半検診・3歳半検診でちょっと引っかかった子ど
ションといって、地域で足りないものは他の地域
もたちに対して発達訓練をします。そして、幼稚
で補えばいい。その代わり、うちに足りないもの
園・保育所にカウンセラーを月8回派遣して、先
がそっちにあるのだからちょうだいねというよう
生と親と一緒に子どもたちの訓練を一緒にやり、
な交換をしているわけです。地域が単独で生きて
適応を考えていきます。そして、小学校にも月8
いる時代ではありません。人も協力するならば、
回派遣して特別支援の必要な子どもたちのケアを
地域・行政も協力してつながりを持たないと、ど
先生と一緒にしていくということをやっています。
んどん弱くなっていきます。リージョナルインテ
実は、引きこもりとか不登校の4割強は、軽度
グレーション、これは実行しないといけません。
発達障害児だと言われています。そのような子た
ちも、この適応指導教室でサポートする。
今まではこれだけだったのですが、昨年から、
16.「困った子」は、「困っている子」
ようかということで、中学生までお世話になった
~大人が子どもにすべきことは「大人って 信用できる」と教えてあげること~
子はそのまま延長して見ていたのです。どこの適
困った子。本当は、本人が一番困っているので
応指導教室も、
普通中学生までしか見ないのです。
す。本人が一番困っているから、大人から見たら
でも、葛城は、高校生までずっと面倒をみてきた。
困った行動をするのであって、困っているという
その結果、全員高校に進学して、卒業して、大
ことをわかってあげてほしいと思います。
そして、
学・専門学校に行っているのです。不登校でも全
大人が子どもにすべきこと。親も教師もカウンセ
然関係ないです。不登校の子というのは、特別な
ラーも子どもにすることはひとつ。子どもの目の
子ではないのです。ただ学校に行っていないだけ
前にいるみなさんが、
「大人って信用できるんや
で、それを除けば普通の子なのです。学校に行っ
わ」ということを教えてあげてください。
ていないことは大きな問題なのですが、それをや
お父さん、お母さんは何のために子育てしてい
んや言いすぎるとだめなのです。だから、
「山田
ますか。自分の目の前から子どもがいなくなって
君のところのお母さん、大丈夫。彼は学校に行っ
社会へ行ったときに、ひとりで生きていくために
ていないけど、その部分をどけてごらん。山田家
子育てをしているわけでしょう。学校の先生は何
の大事な長男やん。山田家の大事な長男として育
をしているかというと、自分の目の前から子ども
ててくれたらええの、家では。あとは面倒みるか
がいなくなって次の学校へ移ったときに、初めて
ら。
」そうしていけば、適応指導教室に来て、ちゃ
教育の成果が出るわけです。カウンセラーも、自
んと高校も卒業して、大学にも進学して、就職し
分のクライアントが自分の手の内からいなくなっ
てみんなバリバリ働いています。山田君は今、あ
て社会でやっていくようになって、初めてその意
る百貨店のバイヤーをやっています。
味が出てくる。
中学校以降不登校になった子や引きこもった子
つまり、自分の目の前から子どもたちがいなく
をどうするかというので、昨年度途中からサポー
なって、そのときに初めて結果が出るわけです。
トルームという施設もオープンしました。葛城市
今接している子どもたちの目の前にいる一人ひ
では今、週に26名の心理職がいます。全部市費
とりの大人が、大人って信用できるから話をした
です。予算がないとよくいうのですが、予算がな
らいいよということを子どもたちに教えてくれた
いといわれると、「ああ、したくないんだな」と
ら、
次のステップに行ったときに、
また大人を頼っ
僕は思ってしまいます。
てくれるのです。そういうことを順送りにしない
このような協議会を立ち上げたわけですが、奈
と、子どもたちは誰も頼れずに孤独で孤立して
良県には、葛城にしかないので、葛城市のお金で
いってしまう。大人って信用できるんだよという
やっていますが、奈良県全体の引きこもりの子の
ことを目の前にいる大人が子どもに教えてあげて
相談も受けています。リージョナルインテグレー
ほしいと思います。
高校へ行ってから引きこもりになった子をどうし
― 14 ―
2. 青少年育成運動活性化研究協議会
「変わりゆく子ども・若者に向けて
大人ができること」 和 田 重 宏
基 調 講 演
青少年育成運動活性化研究協議会
(平成24年10月26日)
■ 演 題 「変わりゆく子ども・若者に向けて
大人ができること
■ 講 師 和 田 重 宏 氏
(特定非営利活動法人子どもと生活文化協会顧問)
◆ 職歴・経歴 ◆
1945年神奈川県生まれ。
横浜国立大学を卒業し、公立中学、私立中学・高校に勤務。
その後、父・重正氏が立ち上げた「寄宿生活塾 はじめ塾」を引き継ぎ、塾長と
なる。
以来、青少年期の一時期に親元を離れ、異年齢の仲間たちと寝食を共にする寄宿
生活教育に携わる。
1992年に「子どもと生活文化協会」
(略称CLCA・2000年10月に法人格取得)を
設立
2002年から会長、現在は顧問。
小田原市教育委員長の他、神奈川県学校・フリースクール等連絡協議会委員、神
奈川県立青少年センター相談員、小田原市不登校対策検討委員も勤める。
著者に『観を育てる』
(地湧社)
。
― 15 ―
度経済成長につながっていく出発でした。
1.はじめに
昭和33年、34年生まれの既に50歳を過ぎてい
みなさん、こんにちは。和田でございます。
らっしゃる方々は、だいたいその真っ只中に生ま
私は、小田原という関東の中でも一番西に位置
れて育ちました。この方たちというのは、今でい
するところで暮らしております。小田原は、北条
うセンターテストの第1期生です。センターテス
氏が5代100年にわたって関東一円を支配してい
トというのは、ご存知のように4択です。要する
た経験があります。秀吉に攻められたときに開城
に、答えは与えられるのです。それ以前は、テス
するかどうかということでなかなか決断ができな
トといえば記述式だったのです。答えは自らが導
いという、小田原評定という言葉があります。議
き出さなければならなかった。この違いというの
論ばかりをして結論がなかなか出ないことです。
は、実はものすごく大きい。自らが答えを導き出
最終的には、一夜城という箱根の山中に突然でき
すというような訓練が小さいときからなされてい
たお城で、肝を抜かれて開城する。このような歴
ないのです。この辺が、この昭和33年、34年生
史のある町です。
まれの人たちと我々と大きく違った。
そんな中で寄宿生活塾というものを長年やって
一回りしか違わないのですが、僕は終戦の年の
まいりました。今日は、
「子ども・若者に向けて
生まれですから、教員になって、その子どもたち
大人ができること」という題をいただきました。
に出会ってみて、
こんなに鈍いのかと感じました。
僕としては、大人ができることというよりも、し
これは、身体的鈍さだけではないのです。思考的
なければならないことということで、お話をさせ
鈍さもあるのです。そういうものを感じました。
ていただきたいと思っております。
特に僕は、
教員になってつくづく感じたことは、
僕は、あくまでも実践者です。学者でもなけれ
学校の中で行われている安全教育は、最も危険な
ば評論家でもありません。その時代にやらなけれ
教育だということです。安全教育の一番の柱は、
ばならないこと、必要なことを実践してきた人間
ルール遵守と安全管理の徹底を図るということで
なので、改めて僕自身がやってきたことを最初に
す。事故が起こるというのは、どちらかが外れた
聞いていただけるとありがたいと思っております。
ときです。もしくは、その安全管理が抜け落ちて
いたというようなときに事故が発生する。本当の
安全教育は、そういうものが抜け落ちたとき。今
2.実践者として取り組んできたこと
回の震災のように想定外というようなもの。その
ときに、自分の身をどう守るかという教育がされ
(1)
公立中学校教師時代の実践
ていなければ、本当の意味の安全教育ではない。
では最初に、
僕自身が取り組んできたことです。
我々以前に生まれて育った人たちは、野山を駆
大学を出てから最初に公立中学校の教師をやりま
け巡りながらそういう体験をしてきたはずです。
した。このときに、僕自身が子どもたちと直接関
その能力が学校の中の安全教育を徹底すれば徹底
わりを持って非常に感じたことを一言で申し上げ
するほど鈍くなる。こういう矛盾を感じました。
ます。
「なぜ、この子どもたちは、こんなに鈍い
いろいろな意味で、学校の中でこの感覚をどう
のだろう」ということを感じました。もう40年
取り戻したらいいのかということが僕のテーマに
以上も前に子どもたちを見てそう感じました。
なりました。ところが、残念ながら中学生では、
たぶん、みなさんもお気付きだとは思います。
既に遅いのです。この能力をいくつぐらいまでの
だいたい日本で農薬が一斉に使われるようになっ
間に育てておくべきなのか。これは、みなさんご
たのは、昭和32年です。僕の通っていた学校は、
存知のように、教えてそういう能力が身に付くも
田んぼの真ん中にありましたので、それこそ「田
のではありません。体得しなければいけないこと
んぼに入ると足が腐るよ」
とまで言われたのです。
なのです。ですから、これを追求するために、僕
そういう時代の始まりでした。これが、いずれ高
は学校の教師を辞めました。
― 16 ―
る。自らが学習して自分の居場所にちゃんと収ま
(2)
夫婦小舎制の寄宿生活塾での実践
る。牛が管理しているから、岩の陰にある牧草も
ちゃんと食べてくれるのです。機械でやろうと
寄宿生活教育
思ったらそういうものを全部排除して平らにしな
教師を辞めて何をやったかといいますと、一時
くてはならないのですが、それを全部牛がやって
期親元を離れて暮らす、寄宿生活教育というもの
いるという、
珍しい光景を見せていただきました。
を始めました。
僕はそのときに、牛にできて人間にできないは
これは、最初、生活教育と言っていました。と
ずがないと思ったのです。これが、僕の教員を辞
ころが、学校教科の中に、生活科というものがで
めて始めた教育実践のスタートでした。
き、生活科の一端を担っていると思われてしまう
子どもたちが指示をされることなく自らの判断
のではないかということになり、イギリスの教育
で教育の場をつくりあげていく、学習する場をつ
制度に大変詳しい英文学者の外山滋比古さんから
くりあげていく。その場をつくるのには、それな
「寄宿生活教育でいいじゃないか」と言われ、寄
りの歳月を要しました。でも、やはり人間のほう
宿生活教育となりました。ご存知のように、イギ
がずっと利口ですから、ちゃんとそのような子ど
リスは、王室の人もどなたもある年齢に達すると
もたちが育っていくのです。指示待ちの子どもた
寄宿学校に入るのです。そして、友達と一緒に寝
ち・若者たちが大変増えてきた時代でしたが、そ
食をともにしながら、身の回りのことは自分でや
れに対して、
自らが判断をして自らが行動できる、
るという、自立のための準備としての教育システ
そういう子どもたちを育てていかなければならな
ムがあります。
い。これは、時代の要請でもあったわけです。そ
また、この頃、寄宿教育ですとか寄宿生活教育
れをこの寄宿生活塾でやりました。
というものが一般的に使われるようになってまい
そのような実践の中で、僕の親父の友人で土光
りました。
敏夫さんという、当時の経団連のボスでしたが、
その方がポケットマネーでやっている学校が横浜
寄宿生活教育のモデルは牧場
の鶴見にあります。そこで5年間お世話になり、
僕の寄宿生活教育の実践のモデルというのは、
中等部を任されました。
なんと北海道にあるのです。実は、教員を辞めて
そのとき土光さんに言われたことは、こういう
最初に訪ねたところが旭川で、齊藤牧場という神
言葉でした。
「自分の虚栄心を満たすために教育
居にある牧場を訪ねました。
個人の牧場としては、
をしてはいけない。自分の手柄のために子どもを
かなり広大で、130ヘクタールある牧場でした。
使ってはいけない」と。
そこは、スイスの山地酪農のようにきれいな牧
たとえば、
野球チームでもサッカーチームでも、
草地で、その中には、白樺の木やらたくさん木が
監督やコーチが「そんな負け方をして俺の顔に泥
生えていて、岩もあるのです。とても機械などが
を塗るのか」などと言う方がいらっしゃいます。
入るようなところではないのです。そこで牛が本
そうではなくて、
あくまでも自分のためではない、
当にのんびり暮らしているのです。
指導者のためではない。子どものための教育をし
その牧場の齊藤さんに、どうやってこの牛を管
なさいということを土光さんから教えられました。
理しているのですかと聞きましたら、直接一晩泊
それぞれ自分の役割がわかるということ
まって見ていけということで、見せていただきま
した。答えがわかりました。牛が管理をしている
~一番にならなくてはいけない教育はダメ~
のです。びっくりしました。
この寄宿生活塾の中では、異年齢のみんなが暮
実際に、夕方になると山のてっぺんから牛が一
らし、それぞれのグループで作業をします。たと
列で下りてくるのです。そして、それぞれ間違い
えば、A君・B君・C君のグループで何か作業を
なく牛舎に入るのです。牛もセルフラーニングす
やる。今度は、組み合わせを違えてC君・D君・
― 17 ―
F君でやる。そのときに、誰がその作業や活動で
そこで何をやっていたのかといいますと、古き
イニシアチブを取るのか、しょっちゅう組み合わ
良き生活文化の伝承と時代に即した新しい生活文
せを変えました。それぞれ複数の人間を必ずあて
化の創造という活動を展開することにしました。
がい、そのときに誰がリーダーシップを取るか、
というのは、実はこの1992年頃に子どもたち
誰が底支えをするのか。これができる人間になっ
の遊びが体験型から漫画本ですとかカードゲーム
ていってくれたら、社会で自立するのです。
というものに移り、テレビを見て過ごすとか、要
今の教育の間違いは、誰でもがみんなトップ、
するにバーチャル化してきたのです。子どもたち
一番にならなければいけないという教育をやって
にとって何が大切か。体得しておかなければいけ
いることです。だから混乱するのです。
ない能力がある。このことを、土曜日・日曜日で
この仕事だったら、私は底支えにまわろう。こ
やろうということで、体験重視の自然、もしくは
の仕事だったら、誰々ちゃんが得意だから、リー
芸術文化活動というものの展開をしてまいりまし
ダーになってもらおう。この判断ができる人。こ
た。
れができれば世の中は丸くおさまるわけです。し
ひとつの例として、伝統芸能のお能狂言を始め
かし、教育の中では、オンリーワンだ、君にしか
ました。お能狂言は、
世界文化遺産の第1号です。
できないことをやれということが大変強調されて
歌舞伎よりも文楽よりも最初に認定された芸能が
いる。でも、2番目、3番目の人がいなかったら
お能狂言なのです。これをやってみて、つくづく
社会は成り立たないでしょう。だから、時と場合
今の子育てや学校教育の中で欠けているもの、こ
によっては、自分が底支えをする。そういう役割
れが全て含まれていると思いました。
なのだということがわかってできること。
第一に、舞台の上で演者は全員客席に向かって
能力にはそれぞれの違いがある。適性の違いも
いるのです。指揮者はいないのです。隣や横の人
ある。そういった違う子どもたちが一緒に生活す
たちの呼吸を見計らってやるのです。この文化こ
ることによって、それぞれ自分の役割がわかると
そが日本の文化なのです。西洋文化によって、指
いうことが、最終的な僕の教育の目標でした。
揮者がいて、指揮者の下で演奏する文化になって
しまったのですが、お能は違うのです。
(3)
子どもと生活文化協会での実践
もっとおもしろいのは、お能は、それぞれ笛や
1992年に隔週の週休2日制というものが始ま
太鼓や鼓などがあります。おひな様でいうと五人
りました。これは、アメリカの圧力によって、内
囃子です。五人が楽器をそれぞれ持っていて、そ
需拡大のために政府が行った政策でした。
れぞれの楽器に楽譜がないのです。これがまた日
要するに、土曜日・日曜日を休みにしなければ
本の文化です。たとえば、人間国宝の方と駆け出
消費が伸びないから、土曜日を休みにするという
しの人が一緒に舞台に出るのです。駆け出しは、
政策が行われました。これは、10年後には隔週
まずい表現をしたりすることがあります。でも、
ではなくて毎週になりました。
そこで技術に優れた人たちがそれを補っていくの
ただ、このとき、土曜日・日曜日の子どもたち
です。これがお能なのです。
の生活の受け皿が日本にはなかったのです。子ど
ですから、
素人が見ていると、
音が合わないじゃ
もの社会教育の場が非常に貧弱なのです。実は、
ないかというのですが、これをお能の世界では、
生涯学習といって年齢の高い方たちの学ぶ機会と
「あしらう」というのだそうです。
「あしらう」と
いうものは、大変充実しておりますが、子どもた
いう表現は、今では悪いことのような表現、適当
ちのといったら、ボーイスカウトぐらいしかない
にしておけよという感じなのですが、あしらうと
のです。
いうのは、誰かがしくじったものをうまく補って
それで、土・日の子どもたちの生活の受け皿づ
いく。こういう文化なのです。こういうことを、
くりとして、NPOを立ち上げました。これが、
体験を通して子どもたちに伝えていく。これが、
我々のNPOのはじまりでした。
僕らが取り組んだ古き良き文化の伝承でした。
― 18 ―
もちろん、新しいこともやりました。僕らは、
自立には、15歳から39歳までを若者と定義して、
大きなドームをつくりました。これは、NASA
政府は力を入れております。
が開発した暗号のような数字を読み解くところか
実は、ハローワークでは、今年度からその年齢
らはじめました。
そうすると、
ちゃんと大きなドー
を44歳に引き上げております。44歳まで若者で
ムができるのです。直径10mのドームですと、
す。その人たちに国からお金が支給されているの
だいたい容積率にして3階建ての家ぐらいの容積
です。本来ならば一番元気で国を支えていかなけ
があります。
それを解読することからはじまって、
ればいけない年齢です。
そうであるにも拘わらず、
実際にドームをつくった。
その人たちを支援しなくてはならない社会情勢で
ただ、こういうお能の稽古にしても大きなドー
あるということです。これは今、うちのNPOが
ムをつくるということにしても、大人と子どもが
一番力を入れてやっている活動です。僕は、社会
一緒にやります。必ず一緒にやります。そうでな
で必要とされていることに取り組むのがNPOの
かったら伝承しないのです。子どもと大人が分離
使命だと思っております。ですから常にパイオニ
した暮らしをしていたら、どんなに大人が良い知
アなのです。開拓者です。いつも少数ではあるけ
恵や技術を持っていても伝承できません。ですか
れども、これを社会に認知させていかなければい
ら、うちのNPOで一番大切にしていることは、
けないという役割をやっております。
どんなときにも大人と子どもが一緒ということで
全体を通して見る複眼的な見方が必要
す。
ここの中にはお子さんはいませんよね。残念な
昭和の時代は、専門性というものが、過度に尊
がら大人と子どもは、ほとんどのところで今は分
重された時代でした。
離して暮らしています。このシステムでは継承で
ゆえに何が起こったかといったら、専門細分化
きないのです。
されて、横のつながりがなくなった社会というも
登り坂の未開発の国に行けば行くほど、大人と
のが急激に進んだ時代でもありました。昭和の後
子どもはみんな一緒なのです。混ざっているので
半は、そういう時代だったと思います。
す。そして大人の長い歴史の中で蓄積されてきた
今必要なことは、そういう分断化されて専門的
知恵や技術は、必ずちゃんと伝承されていってい
なものではなくて、全体を見る目、これも必要な
ます。これが地域の役割だと思っているのです。
のだということを申し上げたい。
NPOというのは、地域の賛同がなければ絶対に
初等教育の専門家がいらっしゃいます。幼児教
運営していけません。ですから、必ずその地域の
育の専門家もいらっしゃいます。中等教育・高等
行事には子どもも大人も全部参加するということ
教育それぞれの専門家がいらっしゃいます。これ
をしております。
を全部通して見ている専門家は、皆無なのです。
これは、向き合って教えられているものではな
我々は、引きこもりやニートの方たちと向き
いですから、すごくよく浸透していくのです。こ
合ってみると、いったい人生の中でどこが欠けて
のようなことを我々はこのNPOを通してやって
いるのか、どこが空白になっているからこのよう
きました。
な若者が育つのかということは、一目してわかり
ます。
すごく簡単な日常生活の中の欠落部分です。
(4)
若者自立塾・若者サポートステーション
での取り組み
こういうことが、ニートの専門家の方たちはご
存知ないわけです。結果として出てきた数字を
追っているのです。これが専門家なのです。我わ
ひきこもり・ニートの自立支援活動
れは幼児教育からやっていますから、どこが問題
最近は、何をやっているのかといいますと、就
なのかということがわかります。これを申し上げ
労する年齢に達した子どもたちの自立支援という
たいがゆえに、こんなプロフィールの上塗りのよ
ものをやらなければならなくなりました。職業的
うなことをさせていただきました。
― 19 ―
3.子ども・若者の現状について
いじめについて
この7万というのは何でしょうか。これは、い
~ 12 7 60 70 156 ~ では、今日の本論に入ります。
じめ件数なのです。例年全国で報告されている件
まず、今まさに子育て・教育が終了したあとの
数は、7万ぐらいなのです。7万~8万です。
若者の現状を知っていただくために、こういう数
ところが今年、ご存知のように大津でいじめに
字を上げました。全部単位は万です。12万・7万・
よる自殺という事件がありました。
60万・70万・156万。多少の時間的な経過によっ
この半年の中で、文科省がいじめの件数を数え
て数字は違ってきているものもありますが、簡単
たら7万5千なのです。僕自身も教育行政に携わ
に説明します。
る人間の1人ですが、市町村の教育委員会では、
認知されたいじめの改善、もしくは解決が95%
不登校児童生徒について
以上なのです。そう報告されています。そうであ
12は、不登校児童生徒の全国の数です。ほと
るにも拘わらず、こういう事故や事件が起きたと
んど変わらないのです。毎年変わりません。今年
きに、いじめの報告件数がグッと増えるのです。
は、少し減って11万7千人と発表されていますが、
では、毎年報告されている平均7万、今年は半
だいたい12万前後で推移しております。これは、
年で7万5千です。このギャップというのはいっ
全国平均でいうと、小中学生の64人に1人です。
たいなんなのだろうか。
ところが中学生だけに限ると、全国平均で34
子どもの側や親の側から見たら、明らかにこれ
人に1人です。都会に行くと、これが25人に1
はいじめなのだといっても、学校側がそれを認め
人です。たぶん北海道の中でも地域差があると思
ない。あの大津の事件ですら、あれはケンカだっ
うのです。田舎に行けば行くほど不登校児童生徒
たと言っています。いじめとして認知しなかった
数は減っています。まだ人のつながりがあるから
わけです。ここに大きな問題があって、今日お集
です。孤立していないからです。
まりの方々は、学校以外のところで青少年と向き
神奈川県は、
非常に不登校児童生徒の数が多い。
合っていらっしゃる専門家の方だと思います。こ
ずっと全国で1位だったのですが、今年はじめて
の数字に上がってこなかった子どもたちの苦し
一番でなくなったのです。神奈川県の特徴は、子
み、悩み、それをすくいあげてほしい。そういう
どもたちが学校だけで過ごさなくてもいいという
役割を持っていらっしゃるのです。そうでなかっ
教育行政をやっているのです。人それぞれに合っ
たら、いじめとして認めないという風潮がずっと
た教育の場で過ごしましょう。その代わりフリー
続いてしまいます。是非みなさんは、地域でこう
スクールもみんな出席に扱う。高校入試もハン
いうことで困っている子どもさんや親御さんを
ディキャップなしで受けることができる。こうい
救ってあげてほしい。
う制度を神奈川県は持っております。だから、い
ニートについて
じめられてもまだ学校に行かなくてはいけないと
いうことはないのです。場合によっては、命まで
60万というのはなんなのかといいますと、ニー
落とすほどの痛ましい事故につながるようなこと
トの数なのです。これは、ちょっと古いです。2007
にもなりかねないケースが多いですが、ないので
年の数字です。今年が調査の年になっていますの
す。これも、良い・悪いということを論じたら、
で、
間もなくこの数の発表が行われると思います。
これまた根の深いものがありますので、現状とい
ニートというのは、ご存知のように、教育を受け
うことだけでお話しします。
ていなく、仕事をしていなく、仕事につくための
訓練をしていない若者の数です。これが60万人い
ると言われています。今年の就職状況については
後程ご説明いたします。
― 20 ―
しいですよ。
引きこもりについて
というのは、大勢の子どもたちがそういう事前
次に、70万というのは何を表しているのかと
の勉強をしておりますので、先生がカリキュラム
いうと、引きこもりの数です。引きこもりという
に則って授業をやるとおもしろくない生徒たちが
と家に閉じこもっている若者かとお思いになる方
クラスの中にたくさんいるわけです。これでは教
が多いと思います。実は、社会的引きこもりとい
師として非常にやりにくいです。ゆえに、事前に
いまして、外に出ることができる。しかも、自分
ある程度の予習をしてきているという前提で行わ
のしたいことだけをしていて、しなければならな
れてしまうのです。ということは、経済力のない
いことができない、やっていない。だから、タバ
お子さんたちは切り捨てです。こういう状況に
コを買いに行くということはできても、仕事や生
なっております。
活の中でのやらなければならないこと、そういう
もちろん、今それに対して、厚労省から、また
ことがやれない人のことを社会的引きこもりとい
県を通して学習支援をするという、そのような仕
います。この方たちの数が70万人。そして、な
組みが行われるようになっております。神奈川県
んとも不思議な予備軍というのを政府は発表して
でも市町村が手をあげさえすれば、その予算が県
います。予備軍が、155万人いるというのです。
からつくようになっている。
このような仕組みで、
我われ実践者から見ると、この予備軍の方たち
この156万人という数字をなんとか改善したい。
もほぼ引きこもりか社会的引きこもりの若者たち
これには、ちゃんとした教育を施してあげたい。
なのです。ということは、225万人の方たちが社
学校教育のみならず放課後の学習支援もしてい
会参加できていないでいる状態ということです。
く。こういった数字を表しております。
再度申し上げます。このような数の若者たち・
就学援助の対象者について
子どもたちが、これまで子育て・教育を受けてき
次の156万というのはどういう数字か。これは、
た結果なのです。ところが僕は、小田原市の教育
最新の数字です。この間もNHKでやっていまし
委員長をやっておりまして、学校教育の現場をよ
たので、ご存知かもしれません。156万人。就学
く視察に行きます。小学校の校長先生やら教頭先
援助の対象者です。
生、管理職の方々、中学校の管理職の方々、実は
これは、給食費とか修学旅行に行くとか、そう
その後の数字をご存知ないのです。こんなに大勢
いったような経済的な力を持っていない、そうい
引きこもりがいるのですか、高学歴を得ても就職
う子どもたちに行政からお金を支給している数で
できない人がこんなに大勢いるのですかとはじめ
す。これは、全体では6人に1人です。16%と
て知るようなケースが多いのです。だから教育現
言われております。震災を受けた東北の3県、そ
場では改善されないのです。切れてしまっている
の方たちはこの制度に則らないで経済支援を受け
のです。義務教育は義務教育のところまでしか見
ていますから、その子どもたちを入れるともっと
ていないのです。
もっと増える数なのです。東京都のある区でいう
家庭と地域社会の教育力が極端に低下していま
と、なんと就学援助を受けている生徒が、義務教
す。残念なことにほとんど0といっていいほど地
育年齢で2人に1人。すごい数なのです。
域の教育力はない。そういう状況の中で、ある意
この経済格差が、実は教育格差を生みつつあり
味学校教育の一人勝ち時代なのです。
それなのに、
ます。経済力のある方たちは、学習塾に行ったり
その現場にいる管理職の方たちがその後の若者の
家庭教師をつけたり、勉強するチャンスがあるの
実態を知らないということなのです。せめて知っ
です。ところが、経済力のない方たちはそれがで
て教育をしてほしいです。僕はそのように切に
きない。ゆえに、東京や横浜では、中学校の中の
思っております。
授業が主要教科になるほど学習塾に行っていると
いうことの前提で行われております。これは、厳
― 21 ―
なぜでしょう。
4.子育て・教育の結果としての
若者たちの特徴
なぜこれほどに男に元気がなくなってしまった
のかというと、男の子のほうがゲームにはまるの
が早かったのです。ゲームのソフト開発は男の子
(1)
若者の二極化が進んでいる
対象だったのです。バーチャル体験に浸りきって
考え過ぎで元気のない若者たちと
考えなさ過ぎて元気な若者たち
育ってきたのです。
我々が幼稚園に行ってお話をさせていただい
では、
今の子どもたちの特徴を簡単に言います。
て、終わったあとに質問を受けると、
「夕飯のと
まず子どもたちは、二極化が進んでいます。考え
きに呼んでもなかなか出てきてくれなくて困って
すぎて元気のない若者。もう片方は、考えなさす
いるのです」
と。お子さんは何歳ですかと聞くと、
ぎてやたら元気な集団。2つに分かれているので
「実は、
主人なのです」
と言う。実は、
もう親がゲー
す。この考えすぎて元気のない若者がものすごく
ム世代なのです。バーチャル体験で育ってきた人
増えています。たぶん、みなさんも物事を深くネ
たちは元気がないのです。
チネチと考えたら元気がなくなりますでしょう。
ところが、
この頃テレビなどを見ていると、
ゲー
これは、やはり学校教育や家庭の中での親の姿
ムのソフト開発をしている企業が、市場開拓のた
勢にもよるのです。お前、よく考えて行動しなさ
め女子をターゲットにするというのです。たぶん
いと徹底的にされるのです。昔の子どもたちは、
数年後になったら、女の子も元気がなくなってし
そう言われても、大人の目から逃れて、結構やん
まうのではないかと思います。
ちゃをやっていたのです。ところが、今の子ども
でも、こういうことを大局的なところから見て
たちはそれができなくなっている。ずっと頭で考
きちんと行政指導されていないのです。とても残
え続ける。引きこもりの増加原因は、これだとも
念なことだけれども、大人が金儲けのために命を
言えるのです。考えが止められない。
かけて開発していくわけですから、子どもはいく
みなさん何かをやるときに、
「思い切ってやれ
ら防御しようと思っても無理です。また、家庭で
よ」と言いませんか。子どもがちょっと高い所か
一人の親がそれを防御させようとしても無理で
ら飛び降りるのに、最初は躊躇します。でも、思
す。大きな流れです。この日本の行く末を非常に
い切ってやります。思いを切るのです。考えを止
案じる、そういう状況だろうと思います。
めなさいと言っているのです。これは、日常の言
葉にもなっている。
「思い切って」ができない。
今の若者は、知識は豊富ですから理屈は言いま
(2)
思春期・青年期の長期化
す。なのに、君は何をしたいの、何をしたらいい
あとは、思春期・青年期の長期化ということが
のと聞くと、残念ながら「わからない」と言いま
言われております。思春期は、だいたい18歳ぐ
す。そういう傾向があります。
らいで終わり、青年期は、だいたい大学を卒業す
る22歳~ 23歳で終わりと言われておりました。
草食系男子と肉食系女子
ところが、我々から見ていて、思春期の終わり
そして、草食系男子と言われています。いわゆ
が、だいたい27歳~ 28歳で、青年期の終わりが、
る男子が、非常に元気がない。今どこに行っても
だいたい34歳~ 35歳です。非常に長期化してい
元気な人というのは、30代・40代の女性なのです。
ます。それがゆえに、若者が39歳とか44歳まで
第一線で何かやったり、クリエイティブな提案を
と言われているのだろうと思います。
したりしてやっているのは、
男性がいないのです。
この思春期までの身体的発達というのは、従来
本当に残念です。震災の地域に入っているボラン
とほとんど変わらないのです。でも、心の問題に
ティアでもそうです。女性のほうが非常にクリエ
なってくると急に遅くなるという特徴を持ってい
イティブで、アクティブに活動しているのです。
ます。
― 22 ―
いるのです。
(3)
就職難と早期離職
何からかというと、好きなものしか食べないと
今年卒業した大学生56万人。就職できたのは
いう傾向の子どもたちの延長線上がこれなので
35万人です。それ以外の人たちは、大学を卒業
す。嫌いなものがあるということは、仕方のない
したにも拘わらず就職できていない。そういう数
ことだと僕は思っています。嫌いなものをみんな
字を表しております。しかも正社員は、その全体
好きになれとは言いません。でも、作ってくれた
の中の60%です。そして、進学も就職もしてい
人がいるのだから、それを食べないで済ませるの
ない人が15%いるのです。この人たちは、もう
ではなくて、相手の気持ちをちゃんと考えながら
あきらめてしまった人たちです。進学もしない。
処理をする能力が育つこと。このことを子育ての
進学をした人が13.8%となっていますが、実
中でやっていってほしいのです。
は、この方たちは好んで大学院に行くとか、専門
たぶん家庭で食事をしない家庭などは一軒もな
学校に行くとしたわけではなく、やむを得ずこの
いと思うのです。このしつけは、どこの家庭でも
選択をした。そういう方たちも大勢いるのです。
できることです。
そうすると、進学も就職もしていない、あきら
我々のところに親元を離れて来る子どもが、嫌
めて進学をした人というのは、合計30%ぐらい
いなものを残すのです。最後まで手をつけない子
いるということです。これが今の状況なのです。
もいます。なぜ最後まで手をつけないでいられる
ただし、僕はそこからが問題だと思っているの
かといったら、
逃れられると思っているからです。
です。この就職できる・できないということは、
食べなくてもいい、もしくは気の利いたお母さん
社会の経済事情、景気の状況にも左右されます。
やおばあさんは、
「あんた、
これ嫌いだよね」
と言っ
同時に、就職できるか・できないかということは、
て違う物を出してくれるのです。これをやってい
ミスマッチが起こっているとも言われておりま
たら将来は、早期離職者の予備軍です。
す。みんな高学歴を得たゆえに、親も本人も一流
我々のところでは、嫌いなものを持っている子
会社に行きたいというような願望が強いがゆえ
どもが、ちゃんとこちらからの提案に乗って行動
に、地域の中小企業に就職をする人が少なくなっ
できるように、生活できるようになる。自分がし
ているということも言われております。
たくないこともあるかもしれないけど、とりあえ
日本中に、若者の職業的自立を支援する地域若
ずやることができる。こういうことができるよう
者サポートステーションというのが、116 ヵ所
になるのと、嫌いなものをどう処理するかという
あります。北海道にもいくつかあります。そこで
ことができるようになるのは、
全く同じなのです。
は、地域の会社とその地域で暮らす若者をマッチ
実際に、どうするのか。嫌いを好きになれとは
ングしようというような動きをやっております。
言っていません。自分のところにつけられた嫌い
そして、ここで問題になるのは、あれだけ厳し
なおかず。
それが好きな奴もいるわけです。
「ちょっ
い就職活動をしたにも拘わらず、3年後には3割
と協力してくれないか」と言って、その子に助け
から4割が早期離職をしてしまうという実態で
てもらう。
「半分は僕食べるよ」とか、ここでも
す。ここが僕は一番問題だろうと思っています。
人間関係がちゃんとできるわけです。もちろん最
働くことを継続できない若者が育っているという
初のうちは、先輩たちは自分もそういう経験のあ
ことです。辞めてしまうのです。
る人が多いですから、
「俺、これだけ食べてあげ
これは、したいことはするけれども、したくな
るから」と言って4分の3ぐらい取ってくれて、
「こ
いこと・しなければならないことに対して取り組
のぐらい食べろよ」と言う。
「嫌いなやつは、あと
めなくなっている。こういう若者が今の子育て・
に残さないで最初に食べちゃうんだぞ」と教えま
教育の結果だということです。これは本当に知っ
すよ。そういうことがだんだんできるようになっ
てほしいです。
てきます。そして、うまく嫌いなものの処理がで
実は、これはすごく簡単なところから起こって
きるようになってくると、実は友達との間の中で
― 23 ―
もスムーズに生活できるようになってくるのです。
たら、困難は腰で受けとめる。そして、やる気と
このようなことで早期離職という問題は、今の
いうのは、丹田に出てくるということです。これ
子育ての根幹に関わる問題だと思っております。
が下腹の丹田から起こってくる。胸のあたりの浮
ついたところでやる気が起こっても、これは結果
に結びつきません。本当に腹の底からグッと出て
(4)
バーチャル体験過剰・実体験不足
きたやる気というものが結果を出します。この腰
バーチャル体験が過剰で実体験が非常に不足し
肚文化というのは、日本のお稽古事の中に全て含
ている、アンバランスなのです。パソコンですと
まれているのです。いわゆる剣道・柔道・華道・
か、今は通信機器がいろいろ発達していますが、
茶道、
「道」と名のつくお稽古事は、全て腰肚を
僕は、それを否定する人間ではございません。こ
鍛えるための形が変わったものなのです。
ういう時代だから、そういうことをちゃんと操作
そこで必要なこと。これは、みなさんが地域に
できる技術も必要だと思っております。だけれど
お帰りになってやっていただきたいことです。こ
も、そこにだけあまりにもシフトしすぎて、実体
れは、伝えることです。
験する経験があまりにも不足になりがちです。だ
実は、僕は子どものときから剣道をやってまい
から努めて、実体験する子育てをしていかなけれ
りました。剣道や柔道をやっている方はおわかり
ばいけないのではないかと思っております。
だと思いますが、稽古というのは、試合のあとで
ここで申し上げたいのは、実は、入試に必要な
もいつでも模範試合というものがあります。特に
主要5教科というのはペーパーテストです。あれ
剣道をやっていらっしゃる方だったらみんなご存
は、バーチャルなのです。ですから、勉強をよく
知だと思います。昇段試験であろうと何であろう
やる子どもというのは、親としては喜ぶかもしれ
と終わったあとには必ず有段者による模範試合が
ないのだけれども、これはバーチャルの体験をし
あるのです。見本を見せるのです。これこそが生
ていることと同質なのだという認識を大人は持っ
活の中で必要なことなのです。
てほしいと思います。だから、できるだけ実体験
最近、江戸しぐさというのが大変評判になって
をしてほしい。
おります。江戸時代の商人の子どもの育て方。イ
ンターネットで開いていただくとすぐに出てきま
すから、お時間があったら調べてみてください。
(5)
生活リズムの崩れ
江戸しぐさです。
子どもというのは、親の言うことは聞かないけ
昼夜逆転生活
(日の出行気)
れども、
親のしたことは伝わると書いてあります。
それからもうひとつ、生活リズムの崩れという
そのとおりだと思うのです。家庭や地域では、生
のが非常に生きる力を落としています。特に、昼
活を通して伝えること。学校教育というのは、口
夜逆転してしまう不登校や引きこもりの若者た
で教えているのです。たとえば、運動会のリレー
ち。これは本当に生きる力を失っていきます。極
で、先生が見本で走ることはないでしょう。あり
端に失っていきます。
ません。伝えていないです。教えているのです。
僕は、日の出行気と書きました。昔から、早起
バトンタッチはこうだぞ、ああだぞと、こういう
きは三文の徳と言います。なぜか。この地球上の
ことなのです。残念ながら、教えると生活で伝え
全ての生き物にエネルギーを与えることのできる
るということは違うのです。
太陽が、日の出とともにグッとあがった途端に実
みなさんの地域社会での役割は、伝えることだ
は、
人間の内部の動きが変わるのです。
これは知っ
と思うのです。それには、
先程申し上げたように、
てほしいです。
大人と子どもがいつも混ざり合っていなくてはい
日本の文化というのは、腰肚文化だと言われて
けない。こういう文化を地域に起こしていただき
おります。この腰肚文化というのはなにかと言っ
たいと思います。
― 24 ―
るのは、10%を越えるのではないかと予測され
個食・孤食の増加
ております。
食べる問題というのが深刻です。孤食、バラバ
この発達障害の中にもたくさんのタイプがあり
ラに家族が食べる。
ます。それぞれの特徴を知った上で、実はこうい
実は、2003年のデータで少し古いのですが、30
う方たちは昔からいたのです。そういう突出した
代のお母さん方のうち、家族のために食事の支度
特徴を持ったお子さんたちを地域は抱えていた。
をしない人たちが3割を越えたというデータが発
ところが今、その地域の力がなくなって、家庭の
表されております。家族のために食事の支度をし
力がなくなって、そういう子どもたちを専門機関
ないというのはいったいどういうことなのか僕に
に委ねるという傾向があって、分離をしていくと
はわかりませんでした。
そうしたら、
お仕事を持っ
いう流れになっています。ここのところも少し、
ている方が、帰るときに、お惣菜売り場で買って
できたら地域社会でそういう子どもたちを抱えて
きて、それを冷蔵庫に入れておく。それで家族が
ほしいなというように思います。
バラバラな時間に帰ってきて、冷蔵庫から自分の
食べたい物を出してきて、チーンと温めて一人で
食べているという姿だそうです。
(8)
貧困の問題
びっくりしました。3割を越えるほど、みんな
もうひとつ、貧困の問題です。日本は、世界で
バラバラに食事をしている。
第2位の経済大国だと言われていたのは過去のこ
人間は食べているときには、みんなハッピーな
とであって、貧困率でいうと、残念ながら世界第
顔をします。ケンカしながら食べているというこ
4位なのです。
とはないですよね。コミュニケーションの場でも
そして、特にその中で深刻なのは、シングル家
あるわけです。食事ということにも見直しが必要
庭・母子家庭の方たちの収入が非常に少ないとい
な時代ではないかと僕は思っております。
うことです。貧困層というのは、義務教育の子ど
もたちでいうと7人に1人と言われております。
その中の60%が母子家庭なのです。父子家庭が
(6)
野生味の喪失
25%と言われています。両親揃って貧困層という
野性味が非常になくなっている時代でもある。
のは、10%なのです。だから、いかにシングル家
すでに、親の世代が自然を知らなくなっている。
庭というものが経済で困窮しているかという数字
そして、飽食社会は耐える力がないのです。今、
だろうと思います。
飢えで困っている人はいないと思いますが、
実は、
35歳から45歳の10年間のパラサイト、これは
人は飢えには強いのです。でも、飽食、食いすぎ
親の元で暮らしているその年代の人たちの数が
には大変弱いのです。だいたい病気になるのは、
300万人と言われております。この人たちの特徴
みんな食いすぎです。
は、結婚をしていないということ。それから、仕
同時に衛生管理が徹底されすぎて虚弱になって
事はしていても収入が少ないという特徴を持って
います。これも問題だろうと思います。これも専
います。ですから、この年齢の方たち、もしくは
門細分化の害だろうと思っております。
20代も含めて早く自立させてあげたほうがいい
です。極論すれば、多少苦労しても家から追い出
したほうがいいだろう。
そうすると結婚をしたり、
(7)
発達障害者の増加
働かざるを得なくなってきて、この問題というの
それからもうひとつ、発達障害の人たちの増加
は結構解消されていく。親の下では居心地がいい
という問題があります。今年秋にも数字が発表さ
のです。今、そういう年代以上のお年寄りの方た
れると思いますが、今までは、全体の中の6.3%
ちの経済力が、日本は非常にあるからこういう問
と言われておりました。ところが、今年発表され
題を引き起こしているのだろうと思います。
― 25 ―
5.子ども・若者に向けて大人ができること
(3)
判断力以前に決断力を育てる
そして、判断力以前に決断力をつける。よく考
(1) 居場所としての家庭・地域社会の復活
えるよりも、ともかく決めて一歩踏み出す力をつ
子ども・若者に向けて大人がしなければならな
けていくということをやってほしい。要するに、
いこと。まずは、地域を居場所として復活してほ
何が一番劣っているかというと、今の若者たちは
しい。
発達障害とか、
そういう突出した特徴を持っ
勘が悪いのです。どんなに知識や情報を持ってい
ている人たちも差別なく受け入れることのできる
ても、人間は、最終的決断は勘に頼るのです。
社会。こういう社会をつくっていってほしい。そ
ところが、この勘は、小学校3・4年生ぐらい
して地域では、生活を通して伝えること。これは
までの間に身につく能力です。体得しなければな
是非やっていってほしい。
らない能力です。我われのところでは、まず考え
できれば、通過儀礼というものをその文化の中
てから行動するのではなくて、行動しながら考え
で持ってほしい。何歳になったらこの地域ではこ
なさいということを言っております。極端なこと
ういうことだよね。この地域ではこうやって大人
をいえば、3歩以上は走れと言っています。この
として認めるよ。20歳になったら、一律に大人
ほうが頭の回転が速くなるのです。
として認めるなんていうのはとんでもないことで
す。
(4)
働くことができる人間を育てる
元服というのは、一応14歳といわれていまし
たが、まちまちでした。力がついてから認めるこ
そして、何よりも働くことのできる人を育てて
とが通過儀礼なのですね。是非そういったような
ほしい。フィンランドの教育は、納税者を育てる
ものを地域の中で復活していただきたい。
のが国の教育の目標なのです。日本の教育の目標
は、明確にそういうことを唱っていないのです。
残念ながら、今の若者たちの労働観は、非常に
(2)
人のつながりの回復
狭い意味で、働いたらお金をもらうという狭義の
そして、人のつながりの回復、特に地域社会で
労働観しか持っていないのです。これは、ボラン
の人のつながりの回復をしていただけるといいな
ティアなどのタダ働きも労働観の中に含まれてい
と思います。中・高校生を地域社会に取り戻すこ
なくてはいけないという文化をきちんと彼らに伝
と。最近、学校にも協力してもらいながら、小田
えていかなくてはいけないと思います。
原では、地域全体で防災訓練をしています。人の
そして最後に、人は台所で育つ。台所で、計量
つながりを回復するひとつのきっかけとして、こ
カップで料理をしているお母さんはいないと思う
れはとてもいいチャンスだと思っております。中
のです。水加減、火加減、塩加減で決まっていく。
学校区単位でやっていて、たとえば3校の小学校
この加減ができない。それを身につけるのは、台
から行っているという場合には、その小学校も全
所です。どこの家にでも台所はあります。そして、
部中学校に合わせて、地域の方たちも全員この行
台所からは世界が見えるのです。
気候の変動によっ
事に参加します。もちろん、これは土曜日・日曜
て不作があれば、もろに台所に反映します。政治
日にやることが多いですから、子どもたちはその
的な取引の中で決まったことも台所に反映されま
日を登校日にして、そして、代休を与えていくと
す。実は、全てのことが台所から見えるのだとい
いう、このような学校も巻き込んだ地域のつなが
うことです。これも知ってほしいなと思います。
りという知恵を出してほしいなと思います。
そんなことで、今日お帰りになったら、是非家
族のためにおいしいご飯をつくってほしいです。
そして楽しい家庭生活を送っていただきたいと思
います。
― 26 ―
3. 内閣府主催
『平成23年度子ども・若者育成支援のための地域連携推進事業』
(中央研修会)
「今、そして今後求められる人々のつながり
~社会的な包摂を求めて~」
中央大学文学部教授 古 賀 正 義
【基調講演】
内閣府主催「平成23年度子ども・若者育成支援のための地域連携推進事業(中央研修会)」
今、そして今後求められる人々のつながり
~社会的な包摂を求めて~
中央大学文学部教授 古 賀 正 義 氏 私は、今は中央大学に勤めていますが、かつて
ろ」という文字が点滅しました。それで、慌てて
宮城教育大学に勤めていましたので、11年間ほ
山へ逃げました。
ど仙台で暮らしました。今年も後1か月で終わろ
山には、海岸線の低い地域に住んでいるヒスパ
うとしていますが、皆様にとっても忘れ難い年に
ニックの方、メキシコ系移民の方々がたくさん上
なったと思います。
がって来ていました。私が行くと、
「津波って見
私も連休の前後に、宮城県石巻市などに何度か
たことがあるか」
「津波はどんなものなのか」
「津
伺いました。以前、ある調査プロジェクトで女川
波って日本語だろう」という質問を数時間にわ
町に2年間かよったことがありましたので、同じ
たって受けました。
場所に立つと、大変な喪失感で何と言ってよいの
海岸線で非常に厳しい環境で生きている人たち
かが分からなくなりました。
が、災害の末端というか、先端のところにいて、
その一方で、今年ほど人と出会った年はありま
慌てて避難しているという事実と、日本人は津波
せんでした。宮城教育大学の卒業生たちが、メー
をよく分かっているはずだからと、知識を求めて
ルを使ってアクセスしてくれて、日々昼夜を問わ
私に質問をする。私に聞いても分からないのです
ず元気で頑張って復興に汗している姿を伝えてく
が、私に聞いたら何かが分かるだろうと期待され
れました。10年ぶり、15年ぶりという卒業生が
るという、非常に不思議な体験でした。
メールをくれ、元気な様子に心を打たれたし、再
その後、慌てて帰国しようとしたのですが、ア
びきずなもできました。
メリカで報道されたことは困難な情勢ばかりで、
今日では、Facebookなどインターネットでい
とりわけ原子力の問題はさまざまに報道されてい
ろいろな人と関われます。一人の人を紹介してい
て、アメリカの友人たちは、帰らない方が良いと
ただくと次の人が紹介されて、その様子を伝えて
語りかけ、帰るときには涙なしには語れない深い
くれるので、私自身、それを学生や地域の方々に
友情が芽生えたりもしました。
伝えて、
いろいろな人と関われた年になりました。
いろいろな人と出会い、また、きずなを感じる
そういう意味では、すごく大変なこともたくさ
経験をした1年でしたので、今日は、その締めく
んありましたが、今までにないぐらい出会いがあ
くりのつもりでお話させていただきたいと思いま
り、充実した、ある意味で非常に貴重な年になり
す。
ました。皆さん方もそういった体験をされている
のかなと改めて思います。
「今、そして今後求められる人々のつながり~
実は、3月11日に、私は日本にいなかったの
社会的包摂を求めて~」ということで、これから
です。アメリカのサンタクルーズというカリフォ
三つの内容についてお話しをします。
ルニア州立大学のブランチがある小さな港町にい
一つ目は、
「社会的排除」と言われるものが非
ました。そのときに体験したことは、驚くことば
常に深刻化して、子どもたちや若者について問い
かりでした。
かけられてきた問題の質が、急激に厳しく克服困
夜中にたまたま目が覚めてテレビをつけたら、
難なものになってしまっていることです。
「Tsunami is coming」という画面が出て、赤い
二つ目は、私は、いわゆる「底辺高校」
、この
線とばしゃばしゃと大きな音があり、
「早く逃げ
言い方は嫌いなのですが、学力が低く、職業的な
― 27 ―
技能を身に付けることが難しい高校をそう呼ぶわ
人が唱えた「排除型社会の構図」という、三角形
けですが、その厳しい境遇の高校に在籍した人た
(ピラミッド)で描かれた社会の模型図で説明し
ちを、2004(平成16)年から5年間にわたって
たらよいと思います。
追跡調査しました。約100人ぐらいです。
これまでの社会は、子どもたちが充実した学校
日本には、学校に在籍したときから、卒業後の
生活や家庭生活を送った後で、より豊かな社会に
様子までを把握した、
十分なデータが無いのです。
入って、その社会で活躍することが前提にできて
特に高校生から5年間の歳月は、子どもたちの人
いたわけです。
生が大きく分かれていくプロセスなので、それを
先ほど、主催者挨拶をされた内閣府の中塚副大
追いかけて、彼らがどう暮らして、何に悩んで、
臣は、花火職人の資格を持ち、打ち上げ花火がお
どんな支援が求められているかを、そのケースか
できになるそうです。地域の活動で京都の加茂川
ら考えてみようと調査をしました。この調査は実
に花火を仕掛けて、多くの人が集まるイベントを
は今年も再度行われています。
されたそうです。多くの若者たちがそんなふうに
三つ目は、そういう問題を抱えた子どもたちや
活躍できて、大人たちがそれを賞賛できるような
若い人を支援するためには、どんな考え方でどん
社会が望ましいと思います。
な支援の在り方が良いかということで、ネット
『排除型社会』に書かれてあるのは、現在の社
ワーク型支援の意義と具体例を紹介します。
会の仕組みが壊れ始めている。厳しく言うと、底
が抜け始めているのではないかということです。
アメリカの研究者は、それを「マクドナルド・
1 深刻化する「社会的排除」
プロレタリアート」
という言葉で表現しています。
どこのマクドナルドの店に行っても、店員がみん
「排除」という言葉自体が非常に重苦しい言葉
な同じように、お辞儀をしてから、
「はい、何に
か と 思 い ま す。 社 会 の 人 々 か ら 排 除 さ れ る、
なさいますか」
「Lサイズですね」みたいなこと
exclusionという言葉で表現されていますが、こ
を言って、
「3分お待ちください」
「できあがりま
ういう言葉が、今の社会を説明する上でたくさん
した」と、にこやかに品物を渡すわけです。全て
使われるようになってしまったのは、大変重苦し
にマニュアルがあるのです。
いし、悲しいことです。
マクドナルドは世界中にあります。オーバーな
「子ども・若者ビジョン」
(平成22年7月 子
言葉で言うと、グローバリゼーションの旗手と言
ども・若者育成支援推進本部決定)では、その排
えます。私がアメリカで授業を受けた先生は、エ
除の裏返しとして「一人ひとりを包摂する社会」
ジプトのピラミッドの前にあるマクドナルドの店
という言葉を使っています。ビジョンにはタイト
舗を紹介して、ここにもあると紹介したぐらいで
ルがついており、
「子ども・若者の成長を応援し、
す。世界中に、マクドナルドの店員がいるような
一人ひとりを包摂する社会を目指して」と表現さ
社会は、どんな国にもマニュアルがあり、全く同
れているわけです。
じようにマクドナルドが食べられる。一面、楽な
皆さんが「子ども・若者ビジョン」のタイトル
社会でもあります。
を見るときに、何のイメージでこれをとらえたら
ですが、同時に、マニュアルが決まっていて、
よいのか、非常に悩ましく思われるのではないで
どんな人だろうとそのマニュアルどおりに仕事を
しょうか。イメージが沸かないという方が多いの
して、安い給料で、決まった時間、非正規で働く
ではないかと思います。
人が多くなる社会ということになります。
つまり、
包摂も inclusion という言葉を訳して使ってい
マクドナルドでの働き方は、金のかからない労働
るわけです。多くの人々が、子どもたちを社会の
力の典型例ということになるのです。アメリカだ
中に取り込めるような努力をしなければいけない
けではなく、
世界中そうですから、
「マクドナルド・
ということが、この言葉に込められた意味だろう
プロレタリアート」と表現します。
と思います。
今までの社会は、例えば、腕前や技能、知恵を
なぜ排除でなく包摂なのか。これを考えるとき
使っていろいろなものを造る職人がいて、お金は
に、ヤング,J.(
『排除型社会』2007年)という
余りないけれども、そういう人たちがとても社会
― 28 ―
的に評価されたのです。あるいは、地域の商店街
では、真ん中の部分から滑り落ちると、もう違う
で、安い新鮮な野菜を売ってくれるおじさんがい
人生が待っているという感じです。就労や就学の
たから、誰もが楽にそれを買えたのです。
機会を奪われている若い人たちが、たとえ就職し
いろいろな社会階層の人がいて、みんながそれ
たとしても、非正規雇用、フリーター、契約、派
ぞれに役割を持って、豊かな人と豊かでない人の
遣という仕事に就いてしまう。そういう人がどれ
差がないわけではないが、それなりの人生の目標
ほど多くなるかが問われるのです。
を描きながら、ピラミッド[包摂型社会の図=下
バブル期は、非正規雇用が少なく、1989(平
から上へ、失業者-労働者(被雇用者)-資本家
成元)年のころは、ごく少数の人がフリーターで
(雇用者)-国家の順]を形成できたのです。そ
した。2009(平成21)年になると、15 ~ 24歳
れが、今までの社会の構図でした。
の層では、男子で41%、女子で49%の人が非正規・
ところが、今の社会のピラミッド[排除型社会
フリーターになっています。約半数の人がちゃん
の図=下から上へ、低賃金労働者-失業者-不安
とした仕事に就けないわけです。しかも、大学や
定雇用者-ブルーカラー(安定雇用者)-ホワイ
高校を卒業した直後にさえ、正規雇用の仕事に就
トカラー(安定雇用者)-国家の順]の構図は、
けない状態が起きています。
真ん中の層(ブルーカラー)がいなくなって穴が
これがだんだん上の年齢層へ押し寄せていくわ
あいてしまっているのです。
けです。20代前半だった人は年齢が上がっても、
トップの人たちが社会を動かす力になる反面
この状態が改善されるとは限らない。
このことは、
で、後の人は、もうマクドナルドのような働き方
結婚することが難しくなる、子どもを生み育てる
しかなくなってしまうのです。真ん中の部分、い
ことに躊躇が生まれる、地域が活動するだけの時
ろいろ想像をして楽しく仕事をできる層の人が
間の余裕がない、お金もないという非常に厳しい
すっぽり落ちていなくなってしまったのです。そ
環境を、若い人たちに与えてしまうことになって
ういう人の存在が認めにくくなってしまった社会
いるわけです。
は、生きがいを探しながら働いたり、社会に出て
繰り返し言うように、こういう社会を「排除型
生の充実感につなげることが難しくなってしま
社会」と呼ぶわけです。ごく普通に学校を出て、
う、
[空洞化した社会]ということになります。
ごく普通に仕事をして、ごく普通に生きていくこ
私は、東京の下町で生まれたのですが、周りに
とができる人たちの層が少なくなって、しかも、
は町工場がたくさんあり、そこにはたくさんの職
いろいろな圧力の中で、問題に巻き込まれ始めて
人さんが、プライドを持っていろいろなものを
いるのが現状です。
造っていました。小さなビス1個の形にこだわっ
アジアや中南米のように、飢餓や暴動などで社
て、それがどれほどひねられていて、変わった形
会が不安定になるという状態は見えないので、私
で、めったに造れないかを自慢していました。今
たちは何となく安心して、みんながきちんと暮ら
は、コンピューターで制御して大量に作ってしま
していると思えてしまうわけです。つまり非常に
うから、人手が要らなくなり、それがピラミッド
「見えにくい格差」が生じているといえるのです。
の真ん中の空洞の部分を補ってしまったのです。
しかし、
離婚して母親だけになった母子家庭は、
そういう人の、立つ瀬が無くなってしまったわけ
平均収入が300万円台になって、世界の先進数十
です。
か国の中でもワースト3に入るぐらい、収入が少
真ん中に空洞がある社会は、下の層の人たちを
なくなっています。相対的に貧困になっていると
非常にたくさん抱えるか、上の層のごく少ない人
いえます。このように何か出来事が起きて問題が
を抱えるかしかなく、上と下が極端なアンバラン
生じると、なし崩し的に苦しい環境に追いやられ
スになってしまった社会なわけです。
上になるか、
てしまうのです。
下まですとんと落ちてしまうかということで、
「滑
こういうことが起きているのが今の社会です。
り台型」の厄介な社会です。
非常にリスクが起きやすい社会だということなの
私たちのころは、終身雇用制や、仮に働き口が
です。
無くても、地域共同体の枠内で私たちを支えてく
れる人もいました。しかし、「排除型社会の構図」
若い人たちの問題の質も随分変わってきまし
― 29 ―
た。今までは、問題が一つあれば、それに対処す
私は、東京都の青少年治安対策本部に依頼され
る場所や施設を造ればよかったのです。例えば、
て、2007(平成19)年と2008(平成20)年に、
不登校の子がいたのなら、学校に行けるようにし
東京都内にひきこもりの若者は何万人いるかをア
てあげたいと思い、適応指導教室で指導しようと
ンケートで調べて、その中の幾つかの家族にイン
思う。そうすれば、何となく改善される余地があ
タビューをしました。ひきこもりの子は、家から
りそうだと思えたのです。
一歩も出ない人がほとんどで、家族との会話は余
しかし、不登校の子の家庭が複雑で、いろいろ
りなさそうなので、どのようにアンケート調査を
な面で不登校を生み出す環境が家庭にあるとした
行えば実態が分かるだろうかと、非常に厳しく感
ら、話は変わってきます。学校に行きたくないと
じたものでした。
言うが、それは親子間の緊張や家族の葛藤があっ
実際には、いろいろなカウンセラーの先生方の
て行くのを躊躇するとか、学校に行くといじめら
来所者や、精神保健関係のセンターに来所してく
れるのではないかと躊躇するとしたら、不登校の
る家族、そこにいる子どもや若者から回収したア
問題だけでは済まなくなってしまいます。
ンケートを使って、全体的な都内の若者へのアン
一つの問題が一つの対処法とつながっていた時
ケート調査の結果を含めて分析し、ひきこもりの
代があったわけですが、今は問題が複雑になって
人の実態を調べることにしました。
多面的で複合的になってきた。一つの問題を引っ
結果、東京都内では、大体0.7%の人がひきこ
張ると、
芋づる式にいろいろな問題が出てしまう。
もりという結果になりました。東京都内で、家か
非常に厄介です。しかも、こういう問題に巻き込
ら一歩も出ない人は1,000人のうち7人ぐらいい
まれる人たちは、概して、地域のコミュニティー
ることになります。しかも、親が高齢になっても
の資源を利用することが難しくなってしまうので
ひきこもりが続くケースが多く、親が80歳くら
す。
い、ひきこもりの子が50歳くらいという家族も
不登校の子を抱えた家庭は、何とか頑張って学
いると分かりました。
校に行かせたいと思うが、
一方で、
地域の目があっ
家族の方に聞き取り調査をしたら、また驚くよ
て、周りから厳しいまなざしを向けられてしまう
うな事例がたくさん出てきました。ここでは個人
かもしれないと思い、孤立して独力で頑張ってい
の情報に配慮して、聞き取りからみえる代表的な
る状態になる。すると、地域の人たちの力も使い
事例をお話ししてみましょう。
にくくなってしまいます。
例えば、自分の趣味のときだけは家から外出が
さらに、中学生ぐらいで不登校が起きてきて継
できる子の事例です。武道が好きでその時家を出
続してしまうと、時間が経つとともに、可能性の
るのです。不思議な感じですが、とてもマッチョ
ある進学先や就職先を見いだすことが難しくなっ
なのです。マッチョというのは、筋肉もりもり、
てしまいます。発達が進んで子どもたちが若者に
元気でパワー一杯で、家でも鉄アレイとかをして
なっていく過程で、その入り口の難しい問題が、
いるようです。なぜ趣味の時だけ社会参加ができ
更に次の難しい問題と連鎖して、なかなか状況が
るのか不思議な感じです。
「オタク」のイメージ
改善されずに、
「閉じた未来」が拡大してしまい
ともひどくかけ離れています。
ます。
学力は割と高かったですが、大学受験はうまく
こういう排除の問題が派生的に生じてしまう
いかなかったのです。非常にプライドが高く、人
と、一つの問題に一つの対処法とは違って、幾つ
と接することは難しいのですが、家事はすごくま
もの問題に幾つもの対処法がかぶさって必要に
めにするそうです。例えば、カレーを作ってねと
なってきます。今までなら、教育の問題だから教
母親が言うと、タマネギを、まるで秤にかけて1
育で片がついたことが、それだけではなく、福祉
ミリ四方に切ったのではないかと思うほど、きれ
や労働とも関連付けないと解決できない。場合に
いにみじん切りをするそうです。母親にお聞きす
よっては、警察とも連携した方がよいことが起き
ると、すごく緻密なのだそうです。
てしまうのです。そういう問題の複雑さが、いろ
ひきこもりになってしまったのは、17歳のこ
いろな子どもたちや若者を襲っていく傾向が現在
ろ高校で友達のいじめに遭ってからなのです。そ
強くあります。
の友達が、お金を盗む。かつあげが度重なったの
― 30 ―
で、
つい殴ってしまったというのです。そのとき、
たのです。地域のおじさんというような年長の人
不幸なことに相手の子が怪我をしてしまったので
たち、斜めの関係を形成できる人たちを見つけ出
す。
せないまま、苦しくなっていくのです。
その事件が発端で、非常に暴力性があると言わ
れてしまったのです。そうして、
処遇を受けた後、
こういう例を見ていると、排除が進んでいく流
家に戻って、精神保健福祉センターに数年間の通
れの中で、問題を生み出す本人やその家族の中か
院をすることになるのです。精神的に安定しなく
ら、原因や責任を見付けようとしていることが分
なって、家庭でも混乱するようになってしまい、
かります。いろいろなことが複雑に絡み合って問
親も困って通院するのですが、それでもなかなか
題をつくり出しているので、一つのところだけを
治らないので、
カウンセリングの先生も訪ねます。
集中的に攻めても、彼らの立ち上がりにはなかな
いろいろな雑誌に広告や記事が出ている、人気
かつながっていかないのですが、問題の見方が全
のカウンセリングの先生がいるようです。青春系
く逆になっているのです。
カウンセリングと呼ばれるそうですが、思春期の
排除の論理は、
「保守的な他者化」
、すなわち、
問題を抱えている人を専門にしているカウンセ
格差に沈む他者の “悪魔化”
を生みやすいと言わ
ラーのところを渡り歩いたそうです。結果、カウ
れます。悪魔化というのは厳しい言い方ですが、
ンセリング料もたくさん支払うことになってし
排除型社会の理屈は、格差の中に沈んでしまう人
まったのです。
たちを、その人のせいで状態が悪くなっていると
自営業のご家庭ですが、そのうちに経済的にも
いうイメージへと追い込みやすいのです。
苦しくなって、ある種の貧困になってしまったと
一つ重要な点は、どの問題にも共通した社会的
いいます。その後、ひきこもりの親の会を紹介さ
な背景や条件(いわば、見えない貧困)が、潜ん
れて出掛けていくようになって、いろいろな現実
でいることを見過ごしがちだということです。見
を知り、本人とのやりとりの仕方も分かってくる
えない貧困や見えない格差は、共通した問題の条
ようになりました。いまはずいぶんよくなってい
件を含んでいるのです。
るようです。
例えば、
学歴等の文化的な資本が不足している、
しかし、親はここが良いと思ってはカウンセリ
住宅等の生活基盤が脆弱になっている、未婚・離
ングを訪ね、あっちが良いと思っては別を訪ね、
婚の多さがある、友愛的な家族の形成が難しく
いろいろな所をたどった結果、NPOの親の会へ
なっている、あるいは社会制度(福祉・教育・労
たどり着くまでに10年近い歳月を要したといい
働等)の仕組みから脱落しているというような、
ます。結局、まだ本人にその問題の意味をきちん
共通した社会的な背景や条件が欠けていることが
と伝えることが難しく、NPOの方とのコンタク
多いのです。それを、我々が見過ごしがちである
トも親がずっとやっている形で現在に至っていま
ということです。
す。
さらに言うと、一個人、あるいはその家族が問
親としては、ひきこもってしまったが、いつか
題を生み出してしまって、その個人や家族が治れ
立ち直る、元気になると信じているので、できる
ば何とかなるという考え方に立ちやすいのです。
限りの努力をされるのですが、家庭の経済状況が
問題を生み出してしまった個人のみを対処すれば
悪くなるとともに、夫婦関係まで難しくなってし
何とかなるというのは、社会の背景を見ないだけ
まうこともあります。このように、一つの問題を
でなく、責任を一人の個人に持っていき、問題を
入り口にして、いろいろな問題が絡み合ってしま
個人化しがちです。
う。これが、今の排除型社会の状態です。一つの
多くの人たちがこういうリスクを本来抱えて、
ことを即効的に解決すれば済むかというと、なか
それが何かのきっかけによって人を厳しいところ
なかそうはいかないようになっているのです。
へと追い立てているのです。しかし、多くの人は
しかも、この子は小さいころから、家族以外の
こういうリスクは誰にでもあるとは思っていな
大人たちと余り付き合ったことがないので、問題
い。リスクを抱えた人だけが、必然的にリスクを
になった後も、いろいろな大人の人を介して入り
背負ってしまうと思って、実は多くの人が抱えて
口を見つけようと努力するが、うまくいかなかっ
いるリスクを、見過ごしてしまうという事態が今
― 31 ―
日起きています。
2 研究事例にみる社会参加・自律の困難
包摂するためのいろいろな支援は、人々が生き
ていく上での権利を尊重する、社会的絆(つなが
実際にいろいろな困難を抱えた人は、どんな状
り)を回復させていく、様々な社会資源を開発し
況に陥っているのか、いわゆる「底辺高校」の子
て提供していく、あるいは社会に参加・参画でき
どもたちを高校3年時からほぼ5年間にわたって
るような、意欲的で前向きな自律した主体となる
追い続けた調査を紹介します。
ことができるような支援を行うことです。
これは、東京都と宮城県のある高校の子どもた
このような包摂するための支援を、先ほどの排
ちが、卒業してから5年後にどうなったかという
除の論理は見失ってしまいがちです。
だからこそ、
追跡調査の結果です。
こういう困難がある人には、理由・原因はどうあ
高校を卒業して、最初から非正規の仕事に就く
れ、まず何らかの支援をする姿勢を持つ方向性が
人はごく僅かで、せいぜい10人に1人です。5
求められているのです。
年が経つうちに、全体の40%、10人に4人が非
しかし、すでに述べましたように、ともすれば
正規の仕事に入り込んでいきます。大学や専門学
個人だけの問題であると思いがちで、その個人を
校を出た後も、こういう困難な状況に入っていく
取り巻くいろいろな環境と一緒に考えることを忘
人たちがたくさん出るのです。
れがちです。これは、困難に陥ってしまった人自
むしろ、学校を出た後、あるいは学校から離れ
体もそうなのです。
ると支援を受けることは難しくなります。学校と
困難に陥ってしまった人は、海で溺れている人
いう仕組みは、すごく重要なセーフティーネット
と同じだと思います。高校生に、海で溺れている
の役割をしているのです。これから紹介する子た
人を助けたいときに、どうやって助けるかと質問
ちも、実は学校にSOSを求めたり、卒業した学
すると、多くの人は、溺れている人のところへ泳
校に戻っていろいろな情報を得たりしています。
いで行って、
その人を助け上げると言うのですが、
困っても行くところがないと訴えています。
それは非常に危ないと言えます。
卒業生の写真(個人が判別できないように目線
つまり、溺れている人が、助けてと声を上げた
がついています)をみてみましょう。男子の場合
り、浮き輪を投げてとか、ほかの人の力を求めよ
は、
5年間の変化は写真では余り感じないですね。
うとしたりするときはよいのですが、溺れている
女子は、写真を見ると随分変わってみえます。5
状態の人のところへ誰かが近寄っていくと、溺れ
年が経つと、母親になった人もかなりの比率でい
ている人は近寄ってくる人に抱きついて、その人
ます。宮城県の場合は多く、4人に1人が母親に
まで溺れさせてしまうことが多いのです。
なっています。非常に早く結婚をして子どもを持
大事なことは、溺れている人が、助けてといろ
ち、育てる立場に回りました。また、東京都では
いろな人にSOSを出して、助ける力を求められ
看護師、ドッグトレーナー、パチンコ屋の店員に
るようにはならないといけないということ。そう
なるなど、ありとあらゆる様々な人生の経路を歩
でないと、助けている人(支援者)まで一緒に溺
みました。
れてしまうことが起きるのです。
この人たちの中には、リストカットを経験した
私たちが支援を行うときは、彼らが困難になっ
り、
過呼吸になってしまったりした人、
ストーカー
たときにいろいろなSOSを出せる条件を整え
に追われてしまった人もごく少数ですが出ていま
て、例えば、正確な場面での状況判断をして、
「浮
す。これから紹介していきます。
き輪を投げてあげる」など、一緒に共倒れをする
のではなく、引き上げられる条件を構築すること
Aくん(男子・東京)は、高校のときに工科大
だろうと思います。
学を志望していましたが、コンピューターの専門
学校に入りました。いわゆるおたく型の青年の典
型例です。
彼は、コミックマーケットではたくさん自分の
本を出しています。コミックマーケットは、
「コ
― 32 ―
ミケ世界」と呼ばれますが、コミケ世界のオフ会
レスになりました。ここは、同世代の人が多くう
(マーケット以外の場所で直に会って交流する会)
まくいっていたのですが、今度は飲食店が倒産し
にしばしば出ています。このコミケで作品を作る
てしまいました。
人は、日ごろお互いが会う機会があるのです。そ
なかなか就職がうまくいかないので、今は、高
れをオフ会と称しますが、そこで会って、コミッ
校の時アルバイトをしていた親類の食堂に、5年
クマーケットの世界では結構人気者です。
が経ってまた戻って働いています。身体や心の悩
ところが、この人はアルバイトをするたびに解
みと職場の環境がなかなかマッチしない。
雇されていて、もう二十数回にもなっています。
何しろこの人は、インタビュー調査の最中もコ
Cさん(女子・東京)は、地元のスーパーの食
ミックマーケットの話しかしませんから。私がい
肉部門で契約社員をしていました。高校時代から
ろいろなインタビューの項目を話しても、彼は、
そこでアルバイトをしていたのですが、お店の人
とにかくコミックマーケットの話題しかつなげな
が、若い人は大体遅刻するし、怠け者だと言うの
いので話の入り口がない感じがするのです。
を聞いたので、そういうところに正社員で就職す
彼の兄もコミックマーケットにはまっていて、
る気は起きなかったと言います。
二人は仲よしです。両親と話すことはほとんどな
卒業後も、バイト先に継続勤務して、5年近く
いですが、兄とはコミックマーケットのことで
勤めます。勤められたのは、自分の友達がアルバ
ずっと話しています。このサークルに入ることが
イトで職場にきたので、職場がとてもよい居場所
彼の生きがいで、職場に行ってもなかなかうまく
になって、居心地がよかったからだと言っていま
適応できないわけです。
す。また、スーパーの揚げ物屋にいると、地元の
ここで注意が必要です。おたくの人たちは、人
おばさんや自分の母親が励ましに来てくれて、買
間関係が乏しいわけではないという事実です。こ
い物をしながら、頑張っているねと言ってくれる
の人は、ネットの世界ではたくさんの人間関係を
のがとてもうれしかったので仕事が続いたといい
持っていて、いろいろな人との交流があります。
ます。
しかし、関心があるゾーンや話題に偏っているの
しかし、彼女はこのスーパーの仕事を続けるう
で、職場で年上の人や先輩と付き合うと、とたん
ちに、腰を痛めて、ヘルニアになってしまいまし
に緊張して人見知りになってしまうのです。非常
た。結局、辞めることになります。意外に思うか
に好青年ですが、そういうやりとりになってくる
もしれませんが、若い人ほど、人一倍一生懸命に
と、
ネットの世界のように自由にいかないのです。
働きます。
働き過ぎて体を壊してしまう若い人は、
こういう人たちが結構いるわけです。
結構多いのです。
その後、友達から紹介してもらったり、フリー
Bさん(女子・宮城)は、いわゆる過呼吸症候
ペーパーなどで仕事を探したりして、ハローワー
群に非常に悩んでしまった人です。何か興奮する
クには行かないでいろいろな仕事を探すのです
ことがあると、呼吸をし過ぎて倒れてしまうこと
が、短期間に転々として、今は何とか病院の事務
があり、ビニール袋などで呼吸の量を調整したり
をしつつ、医療秘書の資格を取りたいと言ってい
して、また立ち上がることができていました。
ます。
彼女は、最初、自動車部品の製造会社に入った
自分の仕事場がせっかく「居場所」だったのに、
のですが、
やはり人間関係が難しいのです。特に、
体がなかなかついていかないで難しくなった例で
年上の女性と関わることが難しく、挨拶をしても
す。労働の場の求めるものが、ナイーブなBさん
返事をしてもらえなくなって、だんだん、誰にも
やCさんを追い詰めていく感覚です。
話せなくなってしまったと言います。
製造の仕事は、最初に見習い期間があって、そ
Dさん(女子・東京)は、ドッグトレーナーの
の期間がうまくいかないと解雇になります。こう
専門学校に行きました。
ペットの毛を取り繕って、
いう雇用形態をとっている会社は結構多いです。
パーマをかけたりするトリマーという仕事がある
彼女は見習社員という形で入ったのですが、うま
のですが、そういう学科もある専門学校です。し
くいかなかったのです。次は、飲食店のウェイト
かし、ペットショップでのトリマーの専門職は、
― 33 ―
ほとんど雇用先がなく、資格は取っても、仕事に
しました。ここで知り合った人と同棲をして、で
結び付かなかったのです。結局、アルバイトで
きちゃった結婚もしたのです。仕事、仕事と求め
ショップの店員さんになります。犬や猫を売る仕
続けて、結局非常に厳しい仕事の場を渡り歩くこ
事になじめないと語っていました。
とになってしまいました。
そこで、彼女は、また別の資格を取りたい、母
中学卒業の人がたくさんいる職場や、外国人が
親のやっていた看護師になると言い出します。し
いる職場に行ったりして、リーダーになったりも
かし、インタビュー調査のときには、看護師さん
しましたが、非常に厳しい労働環境で続かなく
でやれるほど勉強ができるかなと、学力が不足し
なっています。この人は、
「自立幻想」に取り込
ていることを言い始めていました。なかなか難し
まれてしまい、実際には自立にいきつかないが、
い選択だと悩んでいるようでした。
自立したいが繰り返されてしまうことになってい
たのです。自立というメッセージが、かえって彼
Eくん(男子・宮城)は、宮城県内の第三セク
女を苦しめます。
ターの温泉施設に勤めた人です。就職ができて前
向きに暮らしています。彼は学校からの推薦で、
反対に、Gさん(女子・東京)は、仕事をする
この安定した職場に勤めることができてとても良
ことに最も前向きになった人だと思います。
現在、
かったと言っています。
看護師になりました。不登校も経験した人で、中
しかし、一番恥ずかしいのは、領収書にその人
学時代あるいは高校になってもかなり休んでいま
の名前を書いてと言われたときに、漢字が書けな
す。卒業後看護学校に入ってからも、5月には1
いといった経験です。藤井さんの藤の字をどう書
か月ほど休んでしまいました。
くかに悩んで人に聞いたり、辞書を引くという感
ですが、彼女の仕事への意欲を一番支えてくれ
覚もないため、社会人として常識がないと上司に
たのは、病院の高齢者の認知症の患者さんだった
何度も言われて、そのことをずっと悩んでいまし
そうです。彼女が、病院で介護すると、高齢者の
た。仕事にはうまく就いたが、もっと学力を付け
方々が「ありがとう」と言ってくれる。それがう
たいという人も多々います。こうした事例では、
れしくて看護の仕事を続けたいと思ったと言いま
「学力問題」が就業に結びついて課題として意識
されています。
す。
彼女の言い方を借りれば、
「患者さんは、ぼけ
ぼけ老人で超かわいい」というのです。その言い
Fさん(女子・東京)は、最も困難な仕事の状
方は極端ですが、彼女は、超かわいいという気持
態になった人です。彼女は、美容院の見習いのア
ちになるぐらい患者さんに救われて、職場の人と
ルバイトをしたのですが、彼女ほど早く自立をし
の関わりの中から、自分の居場所が得られるよう
たいと言った人はいませんでした。彼女は父子家
になっていきます。
庭で、父親に負担をかけたくないと、早くお金を
ほかの人とうまく関わり合って、職場の先輩や
稼ぎたい、早く自立したいと繰り返し言っていま
患者さんに支えられて、次の仕事に立ち上がって
した。
いくことができています。社会の中でもいろいろ
こうして美容院に行って美容師の資格を取る修
な活動をしています。それまでの苦しい学校経験
行をすることになったのですが、そこの仕事が労
は、逆に彼女の糧とさえなっています。こういう
働時間12時間と、過酷で厳しかったので、すぐ
克服の事例もあるのです。
に辞めてしまいます。その後、離転職を繰り返し
ますが、
必ず自立したいと叫び続けます。しかし、
Hくん(男子・東京)は、いろいろな仕事の経
自立したい気持ちだけの空回りで、もっとお金が
験をして、今にたどり着いた人です。彼は成績が
稼げる仕事をと転職を繰り返していくだけで、だ
優秀で、高校の推薦で石油会社の正社員でスタン
んだん就ける仕事がなくなってしまいます。
ド勤めを始めたのですが、思わぬことに出会って
最後には、クラブで踊りを踊ったりする人を斡
しまいます。
旋する仕事を、mixiというソーシャルネットワー
スタンド勤めが決まって、卒業前の3月中に1
クで手に入れて、それでお金を稼ぐアルバイトを
回も働いてないのに、手付金をもらいます。1回
― 34 ―
も働かないのに20万円ほどをもらったため、彼
細な若者の姿がそこにはあります。
は幻想を抱きます。この仕事は、そのうち40万
二つ目は、卒業後にフリーターの人や契約・派
円ぐらいの月収になるのだと思ったのです。が、
遣に就く人のケースをたくさん見てきました。
勤めて3か月ぐらいのときに、10歳先輩が、自
その人たちは、まじめな安定した働き方をした
分の給与とほとんど変わらないことに気が付きま
いと強く訴えています。自力で不安定な生き方か
す。彼は失望をし、サービス残業や販売促進など
ら脱出したいという人ばかりで、働く意欲が無い
の就業の加重を感じて、こんなの名ばかり正社員
人は本当に少ないです。
だと言って、結局辞めてしまいます。
しかし、自立、自立と成果を追いかけて空回り
彼は、一生懸命働いて、職場の同僚からもすご
してしまう人や、仕事がうまくいかないからと
く評価されていたので、同じガソリンスタンドで
いって、次の就職先を友達の口コミ情報に頼って
アルバイトを1年ぐらい続けることになるので
探し回って、結果、もういやだ、大人になりたく
す。辞めたにもかかわらずアルバイトは変ではな
ない、もっと遊びたいとなってしまう人もたくさ
いかと聞くと、彼は、アルバイトだったら土日が
んいます。
休めるから、彼女とデートだってできると言うの
ハローワークなど公助の力を考えられる人は少
です。私たちには、そういう感覚は無いですが、
ないから、安定だけを求めて不安定に導かれてし
彼は自分に合った形で仕事を進めていきます。
まうことが起きます。リスクがあることをよく理
彼は、自分の接客を、同僚の人たちが評価して
解して、じっくり「チャンスを待てる力」が大事
くれた気持ちをずっと持ち続けます。転職してい
ですが、若者に、ためる力が乏しいということが
ろいろ苦労するのですが、最後は生協の配達社員
あるのです。離職転職を続けるCさんやFさんの
になります。各家庭にいろいろなものを配達して
事例は、待つことが難しいことを教えています。
歩くのですが、ガソリンスタンドで接客する力が
三つ目は、
5年間の若い人たちの変化を見ると、
あると褒められたことが残っていて、すごく自信
その変化の間で、趣味やネットの活動も含めて、
を持って臨んでいけるようになっています。就労
就学したり就労したり、いろいろな経験をしてい
の経験知は無駄にはなっていないのです。
ることが分かります。
しかし、就学や就労のありとあらゆる機会で得
以上の調査事例から、どんなことが言えるか。
た経験を、社会に参加して人生に活かした体験が
どうお感じですか。まとめてみましょう。
ないと、それが自分に役立つとは言えなくなりま
事例から見て、社会的な排除に出会いやすい人
す。つまり、経験知を人生に生かすプロセスがな
たちが強く訴えることは三つあります。
いと「閉じた未来」になってしまいます。
一つ目は、周りの人との人間関係やコミュニ
そういう「活かせる」部分が体感できている人
ケーションの能力に支障を訴える人が多いという
は、案外うまくいっています。先に見た、Gさん
ことです。つまり、ほかの人と全く付き合えない
やHくんはその事例です。
わけではないし、本当は孤立していないのに、孤
こういうときに大事なのは、彼ら若者と関わっ
立感を自ら抱くように、孤立しているという感覚
て、仕事をするための力を蓄えるような努力に手
やイメージにさいなまれる人が多いです。
それは、
を貸してくれる人、社会的おじさんとか、センタ おたく青年Aさんや過呼吸になってしまったBさ
ーの先輩やコーディネーターの上司などとみてよ
んも同じです。
いと思うのですが、こういう人がいたかどうかで
何か過剰で鋭敏にほかの人との付き合いを想像
す。また、成功体験をしたような機会や場があっ
してしまうことが起きて、事実としてはそんなに
たかどうかが、すごく大きな影響を与えてます。
孤立していないのに、孤立感を訴える人が多いと
こういう排除型社会の構造は、一度リスクに埋
いうことは、すごく大事な問題です。
め込まれると、抜け出せない感覚が若者にありま
そして、居場所があるとか共感してくれる友達
す。どの若者にも、
共感してくれる人を探したり、
がいる人ほど、その部分が随分緩和されていまし
キャラをうまく生かしてコミュニケーションをし
た。重過ぎもせず、軽過ぎもしないコミュニケー
たりしようとか、何とか弱い自分を守ろう、守ろ
ション、いわば「優しい関係」に腐心し続ける繊
うとしている姿が見られます。これをもっと前向
― 35 ―
きに評価できることができたら、就労や就業の経
それを対処してやろうというのではなく、ネット
験が、たとえ失敗とみえても、生きた経験として
ワーク組織では、彼らと寄り添いながら、あり得
資源になっていくでしょう。
る支援を探していくというやり方になっていくわ
ですから、彼らが持っている資源、持っている
けです。
いろいろな人たちがつながり合いながら、
能力を掘り起こしてあげて、彼らの良いところを
問題のいろいろな入り口を探って対処していきま
引っ張り出すような、地域の、取り巻く大人世界
す。
の支援が求められていることが分かります。
例えば、ワンストップ型支援施設があります。
ここは、今までと違って、各自治体で福祉部門・
教育部門・労働部門が同じ施設の中に入って、一
3 包摂のためのネットワーク型支援
緒に連携するようになってきています。これは非
常に大事な試みです。
このように若い人たちの当事者目線に立って、
居場所構築の試みも大事です。職場でも家庭で
彼らの行っていることをよく知りよく助けてい
も学校でもない第三の居場所をつくることは、複
く、救っていくようないろいろな場での支援が求
雑な問題に出会っている人にいろいろな語りをし
められていると思います。
てもらって、彼らの経験を広げていく上で大事に
例えば、北海道のある障害者支援をしているグ
なっています。同時に、それは居場所活動から問
ループ(
「べてるの家」
)は、こんな言葉を言って
題の意味を読みかえることを援助者に求めていま
います。
す。
「私は苦しんでいる人に何かしてあげたい病気
他にも、被災地で、高校生たちが、自らネット
から解放され、共に絶望し、共に笑えるようにな
ワークの組織をつくって、社会で活動している例
りました。分かち合うことを知りました。
」
もあります。問題集や辞書を高校生に届けようと
この、分かち合うという感覚で、立ち上がりの
いう宮城県での生徒会活動です。ネットワークの
支援をしていくことが、先ほどの事例に出てきた
チームをつくって、お互いが協力し合って、震災
人たち、ひきこもりや底辺校卒業生の人たちに、
の物や人が損なわれた状態を克服して、子どもた
求められているような気がします。つまり何かを
ち同士で困難な問題に対処しようとしています。
してあげるという以上に、彼らの問題を一緒に読
ここでも課題が先にあって、共に寄り添おうとい
み解いてあげることが必要になっているように思
う社会的環境を整える支援になってきています。
います。ステレオタイプでない現実的な問題の理
FacebookあるいはSNS。こういうところに集
解を見つけ出すことが大切です。
う子どもたちのネットワークも見てあげてくださ
そういう点では、ネットワーク組織と呼ばれて
い。こういうところから社会の中へ出ていこうと
いるものが、非常に大事だと思います。
いう人が、出てくる時代でもあるのです。先ほど
ここでは、現場に関わっている当事者だけが
のおたくのAさんの事例でもそういうところがあ
持っている、課題意識や問題意識を中心に、自発
りました。ネットワークのイメージを広げていき
的なつながりを持ちながら、自分の立場を少しず
ましょう。嘆いたり嫌悪したりする前に、そこか
つ変えていくような、ネットワークの柔らかな組
ら、いろいろな若者支援の道筋が見えてくるはず
織を作っていくことが、流動化して難しくなった
です。
先のような子どもの問題に対処する上で必要だろ
もう一つ、イギリスのConnexionsという事例
うと思います。
です。地域でも、
いろいろな情報のネットワーク、
東京都「ひきこもり」関係相談機関が、ネット
ボランティアのネットワーク、様々な教育・労働・
ワーク化したときに出した文言をみて下さい。
「ひ
福祉のネットワークをつなげる。あるいは警察や
きこもりって?」と書いてあり、そこには「ひき
治安の体制ともつながるネットワークの組織づく
こもりの実態はさまざま」
「原因探しは無意味」
「適
りですが、こういうものも「ネットワーク型」の
切な支援が大切」と書いてあります。
包括的な支援モデルになるのではないでしょう
一人一人に合った支援を具体的に考えようとい
か。
うことです。つまり、
問題なら原因があるだろう。
― 36 ―
今までは、
問題と言うと一人一人が抱え込んで、
がる大きな一歩になるのではないでしょうか。先
私たちはその問題を一つ一つ対処することでやっ
ほどの様々な青年たちは、それができないので立
てきました。相談はとても大事な活動ですし、カ
ち止まって、生きづらくなってきたのではないで
ウンセリングもとても大事です。私たちは、それ
しょうか。生きづらさという言葉は、一歩前に歩
を無視することはできないと思います。
むことができなくなった人たちの言葉だと思いま
しかし、今、求められているのは、複雑な問題
す。
と寄り添って、彼ら自体が当事者として自分たち
一歩前に歩ませることを、依存という形で彼ら
の問題に気付くことなのです。今までと違って、
に勧めてあげる必要があるのではないか。そんな
問題をつくり出している社会環境そのものを私た
お節介をやく必要はないと言う方もいるかもしれ
ちが一緒に理解して、共に歩みながら、その社会
ないですが、私はそういう時代になってしまった
環境をつくりかえていくことが大事になってきて
のではないかと思います。そのことが、精神的自
います。
立や自己実現としての社会的自立につながってい
つまり、問題を「社会化」して個人の責任を追
くことができたら、
最も望ましいと思っています。
及するのではなく、社会環境や条件の問題に「脱
排除型の冷徹な社会には、こうした依存を促しな
個人化」して転換し、できる支援を探そうという
がら、ネットワークの中で問題の本質を見極める
ことです。例えば、居場所ができたら、彼らの社
地道な歩みが必要となっています。
会環境は一変するかもしれません。先ほど事例に
今の排除型の社会の厳しさと、それを支えてい
挙げた人たちの大部分が、行く場所を失っていま
くための支援についてお話をさせていただきまし
す。今は家庭の力がとても弱いです。家庭が破綻
た。リスクの責任を個人あるいは家族に帰すこと
しようとしているところも多いです。
をやめ、社会の課題として理解し、まずもって子
家庭が、支援の継続の大きな力になり得なくな
どもや若者の「能動的依存」を促すこと。これが
りつつあるのですから、そういう人たちの置かれ
必要です。
ている社会環境を見つめて、当事者が自分たちの
私自身も、多くの子どもたちから聞き取り調査
環境に対してきちんとものが言えて、考えられる
をして、こんなにいろいろな社会があるのだと学
というような在り方、例えば場づくりへ支援を考
びました。外国人ばかりがいる製造工場で、アル
えていきたいと思うわけです。
バイトをしている人に聞き取りをした後で、日本
に外国語しか通じないこういう空間があるのだと
私は、逆説的な言い方ですが、ネットワーク組
初めて知って驚きもしました。私は子どもたちか
織論の用語「能動的な依存」という言葉をよく使
ら学んだのです。
います。
皆さんも、ある意味で当事者たる子どもや若者
もちろん、人は「社会的・職業的自立」をしな
から学びながら、その支援をするための場づくり
ければいけません。しかし、
「能動的な依存」も
やネットワークづくりをしていただけたら大変う
あり得るかと思います。依存は、決してよいこと
れしく思います。これで本日の話を終わりにしま
ではありませんし、
自立した方がよいと思います。
す。ご清聴ありがとうございました。
しかし、入り口としては、人の力をたどりながら
自立へ向かっていく、依存のプロセスがあっても
よいと思います。
自らの力で依存していこうとする。言い方は変
ですが、多くの人の力を借りながら自分の力を引
き出していく。いろいろな人に評価してもらった
り、いろいろな場所に行って自分の姿を見つめた
りすることで、新たな自分を探し出すというプロ
セスを、私は「能動的な依存」と名付けてみまし
た。
「能動的な依存」をする。それは、自立へつな
― 37 ―
平成24年度 講演録集
次代をみつめて '12
― 子ども・若者の育成支援に関する講演から ―
発行:財団法人北海道青少年育成協会
〒060-0005 札幌市中央区北5条西6丁目1番地 第二道通ビル
TEL(011)231−6451 FAX(011)231−6457
U R L http://www. i k use i k yo. j p/
E-mail [email protected] i k use i k yo. j p
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