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X帯気象レーダ用 GaN固体化電力増幅器

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X帯気象レーダ用 GaN固体化電力増幅器
一 般 論 文
FEATURE ARTICLES
X 帯気象レーダ用 GaN 固体化電力増幅器
GaN Solid State Power Amplifier for X-band Weather Radar Systems
旭 保彰
里見 明洋
菅藤 和博
■ ASAHI Yasuaki
■ SATOMI Akihiro
■ KANTO Kazuhiro
東芝は2006 年11月に,衛星通信基地局やレーダなどで用いられるマイクロ波固体化電力増幅器向けの高周波及び高出力
素子として,X 帯(8∼12 GHz)における出力50 W 級の窒化ガリウム(GaN)電力HEMT(High Electron Mobility
Transistor:高電子移動度トランジスタ)⑴を開発した。今回,当社はこの50 W 級 GaN 電力HEMTを低損失合成器で4合成
し,9 GHz帯で出力電力200 Wの気象レーダ用固体化電力増幅器の開発に成功した。
クライストロンやマグネトロンを使った従来の電力増幅器に比べ,今回開発した固体化電力増幅器は小型で信頼性が高く,また,
スプリアスレベル(注 1)を低く抑えられるので占有周波数帯域幅を狭くすることができ,電波を有効利用できるという特長がある。
Toshiba has developed a 200 W (at 9 GHz) solid-state power amplifier (SSPA) for X-band (8-12 GHz) weather radar systems utilizing a 4-way combiner of new gallium nitride high electron mobility transistors (GaN HEMTs) of over 50 W.
Compared with conventional power amplifiers such as klystrons and magnetrons, the newly developed SSPA is smaller in volume, offers higher
reliability, and allows the occupied frequency bandwidth to be narrower due to suppression of the spurious level.
1
まえがき
2
X 帯気象レーダの概要
これまで X 帯における出力100 W 級の電力増幅器は,ガリ
気象レーダでは主に 5 GHz 帯(C 帯)と9 GHz 帯(X 帯)の
ウム ヒ素(GaAs)電力FET(電界効果トランジスタ)を並列
電波が利用されている。C 帯よりも高い周波数を使うX 帯気
接続することで,固体化電力増幅器を実現できていた。一方,
象レーダは降雨により信号が減衰しやすいが,小型で設置が
出力 200 W 級の電力増幅器は,並列接続するFET 数の増加
容易という利点がある。当社製 X 帯気象レーダの外観を図 1
に伴う合成効率低下が支障となり,マグネトロンやクライストロ
ンなどの真空管式増幅素子が用いられてきた。しかし,これ
らの真空管式増幅素子は,スプリアスや寿命の短さに問題が
あり,200 W以上の出力領域でも固体化電力増幅器の実現が
望まれていた。
S 帯(2∼ 4 GHz)や C 帯(4 ∼8 GHz)までの比較的低い周
波数では,すでにシリコントランジスタや GaAs FETによる固
体化電力増幅器への置換えが始まっているが,更に高周波の
X 帯では高出力デバイスがなかったため,100 Wを超える固体
化電力増幅器の実現が難しかった。
東芝は今回,X 帯(8 ∼12 GHz)50 W 級窒化ガリウム(GaN)
電力HEMT(High Electron Mobility Transistor:高電子移
動度トランジスタ)を使用し,X 帯 200 W 固体化電力増幅器
を開発した。この固体化電力増幅器は,GaN 電力HEMTを
低損失合成器で4 合成することにより出力電力 200 Wを実現
している。
図 1.X 帯気象レーダ ̶ マルチパラメータレーダ方式に対応した 2 系統の
送受信装置を,ラック1本に収めている。
(注1) 発射電波に含まれる不要な周波数成分のこと。ほかの通信に妨害
を与えることがあるために,法令で上限レベルが規定されている。
58
X-band weather radar system
東芝レビュー Vol.63 No.2(2008)
に示す。水平と垂直の偏波面を持った 2 種類の電波を使用す
サーキュレータ(*)
るマルチパラメータレーダ方式を採用し,雨滴からの反射信号
アルミニウム
から雨量や,風速,粒子種別など様々なパラメータを取得する
空気
ことができる。従来のクライストロン電力増幅器ではラックが
パターン
1本必要である。
誘電体
基板
空気
アルミニウム
3
固体化電力増幅器の技術課題と解決方法
マイクロ波固体化電力増幅器の高出力化にはいくつかの技
術課題がある。主なものとして,高出力電力増幅デバイスの
実現,合成器の低損失化,アイソレータ(注 2)の低損失化,及
び放熱対策がある。これらの技術課題に対する開発施策を
GaN 電力 HEMT
アイソレータ
*三つのポートを持ち,それぞれ隣り合う一つのポートにだけ信号を伝える
マイクロ波部品
図 3.4 合成器の構造と基板パターン ̶ 挿入損失が最小となるように,構
造及び基板パターンを最適化した。
Configuration and pattern schematic of 4-way combiner
以下に述べる。
3.1 50 W 級 GaN 電力 HEMT
0
50 W 級 GaN 電 力HEMTを図 2 に 示 す。GaN 製 HEMT
0
50 Ωに整合されている。
0.5
5
挿入損失
1.0
反射損失
1.5
2.0
8.0
10
一
般
論
文
挿入損失(dB)
チップ二つが実装され,内部整合回路により入出力端子とも
反射損失(dB)
0.4 dB
15
8.5
9.0
9.5
10.0
10.5
20
11.0
周波数(GHz)
12.9 mm
21.0 mm
⒜ 外観
⒝ 内部
図 2.50 W 級 GaN 電力 HEMT パッケージ ̶ GaN 製 HEMT チップを二
つ内蔵し,内部整合回路により入出力とも50 Ωに整合されている。
External and internal views of GaN power HEMT
図 4.4 合成器の周波数特性 ̶ 合成器の挿入損失は,9 GHz 帯で 0.4 dB
以下である。
Insertion and reflection loss of 4-way combiner
象が発生した。これに対応するためアイソレータメーカーと協
力し,非 線 形 現 象 が 発 生しにくく,挿入 損 失 が 0.4 dB(約
10 %)以下と小さいアイソレータを開発した。
3.2 合成器の低損失化 3.4 放熱対策
合成器の挿入損失は,出力電力向上のためできるだけ低く
GaN 電力HEMTは,信頼性を確保するため,チャネル温度
抑えなければならない。電磁界シミュレータを用いたシミュ
200 ℃以下で使用する必要がある。GaN 電力HEMT 1個当
レーションで,合成器の挿入損失が最小となるように構造及び
たりの発熱量は約11 Wである。チャネル温度が 200 ℃以下と
基板パターンを最適化した。損失の種類としては,誘電体損,
なるように熱解析シミュレーションを行い,周囲温度が 35 ℃
導体損,及び放射損がある。放射損と誘電体損が低く抑えら
においてGaN 電力HEMTパッケージの取付面温度が 50 ℃以
れるように,薄い誘電体基板を誘電損失のない空気層で挟ん
下となる,アルミニウム製ヒートシンクと空冷ファンによる放熱
で,アルミニウムケースに入れて,放射損を低減する構造を採
構造とした。
用した(図 3)。
この合成器の試作評価を行った結果,9 GHz 帯において挿
。
入損失 0.4 dB(約10 %)以下を得た(図 4)
3.3 アイソレータの低損失化
4
今回開発した X 帯 GaN 固体化電力増幅器
今回開発した GaN 固体化電力増幅器の外観を図 5 に示す。
アイソレータは,反射電力からGaN電力HEMTを保護する
19 インチラックの高さ約180 mmのスぺースに,横に 2 台並べ
ために使用する。当初選定したアイソレータでは,入力電力を
て収納できるサイズである。GaN 固体化電力増幅器の内部写
増加させると数十W 程度で挿入損失が増加する,非線形現
真を図 6 に示す。アルミニウム製ヒートシンクの上面にドライバ
段アンプやファイナル段アンプなどのRF(Radio Frequency)
(注 2) 二つのポートを持ち,一方向にだけ信号を伝えるマイクロ波部品。
X 帯気象レーダ用 GaN 固体化電力増幅器
回路,下面に電源回路を配置し,裏面パネルの冷却ファンに
59
よって放熱を行う。ドライバ段アンプとファイナル段アンプの
上面にパルス駆動用ドライバ基板を配置し,消費電力及び発
熱量低減のために,送信のときだけ電力増幅器を動作させ
て,受信時に停止するようにしている。
ドライバ段アンプとファイナル段アンプの内部をそれぞれ
図 7,図 8 に 示 す。 ドライバ 段 アンプ に 50 W 級 GaN 電 力
HEMTを2 個,ファイナル段アンプに4 個使用している。
GaN 固体化電力増幅器の系統図を図 9 に示す。50 W 級
GaN電力HEMTの開発によってドライバ段アンプとファイナル
段アンプの小型化が実現できたため,受信機能及び電源回路
図 5.GaN 固体化電力増幅器 ̶ 横に 2 台並べて,19 インチラックの高さ
約180 mmのスペースに収納できるサイズである。
もケース内に入れる設計とした。
X-band GaN SSPA
ファイナル段アンプ
GaN
ドライバ段アンプ
MMIC
GaN
4
分
配
器
GaN
TX IN
4
合
成
器
ANT
パルス駆動用ドライバ
図 6.GaN 固体化電力増幅器の内部 ̶ ドライバ段アンプとファイナル段
アンプの上面に,パルス駆動用ドライバ基板を配置している。
電源回路
TX IN :Transmitter Input
MMIC :Monolithic Microwave IC
RX
OUT
受信回路
ANT
:Antenna
RX OUT :Receiver Output
Internal view of X-band GaN SSPA
図 9.GaN 固体化電力増幅器の系統図 ̶ ドライバ段アンプ,ファイナル
段アンプ及びパルス駆動用ドライバにより構成される。
Block diagram of X-band 200 W SSPA
5
X 帯 GaN 固体化電力増幅器の特性
図 7.ドライバ段アンプの内部 ̶ GaN電力HEMTを2 素子内蔵している。
Internal view of driver amplifier
GaN電力HEMTのドレイン印加電圧 25 Vにおいて,目標の
。ドレイン電圧を更に上げ
出力電力 200 Wを達成した(図 10)
60
周波数:9.45 GHz
55
出力電力(dBm)
54
55
200 W
50
53
45
52
40
出力電力
51
35
ドレイン効率
50
30
49
25
48
20
47
15
46
15
20
25
30
35
ドレイン効率(%)
56
10
40
ドレイン電圧(V)
図 8.ファイナル段アンプの内部 ̶ 分配器,GaN 電力HEMT(4 素子)
,
アイソレータ(4 個)
,及び合成器から構成されている。
̶ド
図 10.GaN 固体化電力増幅器の出力電力(ドレイン電圧依存性)
レイン電圧 25 Vにおいて,目標の 53 dBm(200 W)を達成した。
Internal view of final-stage amplifier
Output power and efficiency at 9.45 GHZ of X-band 200 W SSPA
60
東芝レビュー Vol.63 No.2(2008)
ると出力電力も増加するが,出力電力の増大に伴って,HEMT
増幅器の周波数特性を図 11 に示す。8.9 ∼ 9.6 GHzで 200 W
のチャネル温度も上昇する。GaN電力HEMTの信頼性を確保
以上を達成している。出力スペクトラム波形を図 12 に示す。ク
するため,チャネル温度が 200 ℃以下となるようにGaN 固体化
ライストロンなどの真空管と比較すると,帯域の広がりが抑えら
電力増幅器の出力定格を200 Wとしている。この固体化電力
れ,電波法スプリアス規格に適合している。最後に,今回開発
した GaN 固体化電力増幅器の特性を表 1 に示す。
56
50
ドレイン電圧:25 V
出力電力
55
あとがき
40
53
35
52
30
200 W
51
25
50
20
49
15
ドレイン効率
ドレイン効率
(%)
出力電力(dBm)
6
45
54
8.9 ∼ 9.6 GHz 帯において,出力電力 200 WのX 帯 GaN 固
体化電力増幅器を開発した。今回 GaN 電力HEMTを使用し
た固体化電力増幅器は,小型化の実現により19 インチのユ
ニットシャーシに 2 台収納することができ,受信機能も内蔵し
48
10
ている。GaN 固体化電力増幅器は長寿命で信頼性が高く,
47
5
クライストロン管のような1∼2 年ごとの定期交換が不要であ
46
0
8.8
9.0
9.2
9.4
9.6
周波数(GHz)
る。更に,送信スペクトラムの狭帯域化により,電波を有効利
用できる。
Frequency characteristics of X-band 200 W SSPA
今後,今回の成果を基に,より高い周波数領域での電力増
幅器の高出力化を進め,より小型の GaN 固体化電力増幅器
の実現を目指していく。
文 献
⑴
0
高木一考,ほか.X 帯 50W 級 GaN 電力 HEMT.東芝レビュー.62,4,2007,
p.42−45.
相対出力電力(dB)
−20
電波法スプリアス規格
−40
−60
−80
−100
9.0
9.5
10.0
周波数(GHz)
図 12.GaN 固体化電力増幅器の出力スペクトラム波形 ̶ 電子管と比較
して,出力スペクトラムは帯域の広がりが抑えられ,規格をクリアしている。
Output spectrum of X-band 200 W SSPA
旭 保彰 ASAHI Yasuaki
表 1.今回開発した GaN 固体化電力増幅器の特性
社会システム社 小向工場 マイクロ波技術部主務。
マイクロ波電力増幅器及び周波数変換器の回路設計・開発
に従事。
Komukai Operations
Performance of X-band 200 W SSPA
里見 明洋 SATOMI Akihiro
項 目
特 性
周波数
8.9 ∼ 9.6 GHz
出力電力
200 ∼ 224 W
パルス幅
32 μs
社会システム社 小向工場 マイクロ波技術部。
マイクロ波電力増幅器及び送受信モジュールの回路設計・開発
に従事。
Komukai Operations
デューティ比
7%
菅藤 和博 KANTO Kazuhiro
電源電圧(直流)
48 V
社会システム社 小向工場 マイクロ波技術部参事。
消費電力
サイズ
129 W
164(高さ)× 214(幅)× 452(奥行き)mm
X 帯気象レーダ用 GaN 固体化電力増幅器
マイクロ波電力増幅器及び送受信モジュールの回路設計・開発
に従事。電気情報通信学会会員。
Komukai Operations
61
一
般
論
文
̶ 8.9 ∼ 9.6 GHz
図 11.GaN 固体化電力増幅器の出力電力(周波数特性)
において,目標の 53 dBm(200 W)を達成した。
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