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地図をテーマにした指導の今までとこれから

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地図をテーマにした指導の今までとこれから
地図をテーマにした指導の今までとこれから
田代
●はじめに
博
●パソコンを使った正距方位図法の作成
地理教育において地図は不可欠である。地図の
生徒から受けた正距方位図法についての質問を
ない地理教育は、お湯もクリームも入っていない
きっかけに、世界各地からの正距方位図法を自作
コーヒーのようなものである。そういう信念の下
することになったのは、1980 年、神奈川での2
に30年余り地理教育に携わってきた。
校目のことであった。
振り返ってみると、今ではもう時代遅れになっ
経過については、「コンピュータマップに挑戦
てしまったものもあれば、今が旬のものもある。
--生徒の作った正距方位図法--」と題して、
また、時代が変わろうと地理教育がある限り継続
二宮書店発行の『地理月報』1981 年 12 月号に詳
しなければならないものもある。
述している。これは教員向けの冊子なので、一般
「総合的な学習の時間」に伴い、地理教育以外
には目に触れることは少ないと思う。私のホーム
の分野で地図が意識的に使われる局面もでてきた
ページに掲載しているので、実物をご覧になれな
が、あくまでも地図は地理教育で担われるべきも
い方はそちらを参照して頂きたい。
のという立場で、主として時系列に沿って、「自
http://www.high-s.tsukuba.ac.jp/~htashiro/seikyo.htm
分史」的に実践例をご紹介をしたい。
●地図投影法の詳しい説明
パソコンが普及し、数は少ないがシェアウエア
の地図投影ソフトもある時代に、もはや行なうべ
私が神奈川県の高校の教壇に初めて立ったのは
き内容ではないが、これを発表してしばらくの間
1972 年だった。学生時代は、「大学闘争」の時代
は、色々照会もあった。また、正距方位図法の、
で、1年半ストライキ、ロックアウトがあり、講
特に斜軸図法の原理を知る上では意味があるの
義より自主的な勉強をしていた印象が強い。その
で、概要をご紹介しよう。
中で、一番真面目に勉強したのが、非常勤で来ら
生徒の質問は、正距方位図法は斜軸の場合なぜ
れていた野村昭七先生の地図投影法だった。そん
あんな複雑な経緯線網になるのか、というものだ
なこともあって、各種図法の特徴を詳しく説明し
った。授業では、
「斜軸の場合複雑になるんだよ」
た。図法ごとに緯線や経線がどのような形状をし
と言うに留めていたが、正(距)方位図法が威力
ているかについても、板書をしたりプリントを作
を発揮するのは斜軸の場合だと説明しているの
成したりと、かなり時間をかけていた(プリント
で、好奇心(向学心)のある生徒には当然の疑問
は、もちろん「謄写版」によるものである)。
だったかもしれない。
中学校でも、メルカトル図法、モルワイデ図法、
球面三角法を利用して座標転換という面倒な計
正距方位図法を、少なくとも名前は教える時代で
算をしなければならず、簡単には説明できないと
あったが、生徒にとっては、三角関数も十分学ん
答えてその場はしのいだが、実際に自分で作図し
でいない時期に、正弦曲線が・・・などと言われ
たわけではなく、普段見ることができるのは、野
ても、ピンとこなかっただろう。
村先生作成の東京中心の世界地図だけだったの
学習指導要領が改訂されるたびに、地図投影法
で、もやもやした気持ちが残っていた。
は隅に追いやられてきた。私も今は個々の図法に
たまたま勤務校に入試の偏差値計算用に「マイ
ついての細かい説明はしないが、球面を平面に展
コン」が導入されたので、数学の同僚に頼み、座
開する地図投影法の基本原理(地図の歪み、縮尺、
標転換ができるプログラムを作成して貰った。そ
方位)は必修事項と思い、それなりに時間をとっ
の値をもとに極方眼紙(円形の方眼紙)にプロッ
て説明している(地図分野の全体構成については、
トした点を繋いで経緯線網を作成。その後で、既
最後に示す)。
成の地図を見ながら海岸線を描き、世界地図にす
るのである。自作の最初の作品は、モスクワ中心
転勤になったので、生徒達への置きみやげにする
のもので、日本選手団には幻に終わったものの、
ことができた。
モスクワオリンピックを記念したものだった。
自作可能と分かったので、では生徒にも作成さ
せようと思いたった。図1のデータを渡し、「世
生徒にとっては、とんだ迷惑であったかもしれ
ないが、感想を読む限りでは、大変ではあったも
のの、充実感・達成感はあったようである。
パソコンを使って、瞬時にいかなる場所からの
世界地図も描ける現在、「今は昔」の作業・課題
であるが、出発点からまとめまで、得ることの多
い取り組みであったと自負している。
●地図プログラムの作成
3校目に移ったのは 1981 年度であった。しば
らくする内に、パソコンが話題になり始めてきた。
詳しい同僚の薦めもあって、大枚をはたいて購入
したのが、NEC の PC9801M2 だった。教育用の
パソコン環境などとて整備されていない時代なの
で、あくまでも教材研究用にパソコンを使うしか
ない。しかも地理、地図教育で使えるアプリケー
図1
座標変換用のデータ
ションソフトはほとんど無く、何をするにもベー
界で初めての地図かもしれないよ」と「おだて」、
一人ひとり異なった地点の地図を描いてもらっ
シックのプログラムを作るしかない時代だった。
その同僚は、ハードもソフトも詳しいのだが、
た。学年の協力を得て、財源のめどもたったので、
特に目的がないという。私はハードにもソフトに
それを清書し、『正距方位図法の世界』という地
も疎いが、行いたいことは沢山ある。うまく協力
図集としてまとめあげることができた。その年で
し合って幾つかプログラムを作成していった。実
態は私が、「これこれしたいのだがプログラムを
考えて」と要望し、できあがったものに更に注文
をつけるという形だった。
その一つが、「任意の地点の距離と方位を求め
るプログラム」であった。任意の地点を入力する
と(登録済みのものは呼び出す)、距離と方位が
瞬時に表示され、地点が図でも表示されるもので
あ る 。『 地 理 』 誌 の 1986 年 9 月 増 刊 号
「GEOGRAPHICS」に掲載されているので、その
一節を引用しよう。
「パソコンの特徴を生かすために、結果を数値
で示すだけでなく、図でも表現できるようにした。
正距方位図法と同じように中心が基準の都市、外
周円が対せき点になる。上下左右が北、南、西、
東になることも同様である。視覚的に楽しめるよ
うに、1万キロの円が破線で描かれるのから始ま
り、中心から伸びる線が求める都市まで到達する
と都市名が表れるようになる等、多少の「遊び」
もある。ハードコピーは必要に応じて取れるよう
になっている。」
図2
作品集の表紙
B5判
90ページ
プログラムは多少は自分でも考えた。色を変え
ながら線が延びていくようにするアイデアがひら
びつけての指導は 1997 年に現勤務校に着任して
めいて、夜中に飛び起きてパソコンに向かったの
からだった。夏休みにクラス単位での「林間学校」
はこの時が初めてであった。
があり、蓼科山登山を行うので、2万5千分の1
生徒の中には当然私より詳しい生徒がいるの
「蓼科山」を毎年全生徒分(+引率者)購入して
で、ソースを見てあれこれアドバイスをしてくれ
いる。行う作業は、特段目新しいものではないが、
る。パソコンを通して今までとは違う生徒との関
200 数十名の目で見ると、時に地形図の間違い(等
係が生まれるのを実感する瞬間でもあった。
高線の標高注記のミス)を見つけることもある。
なお、こうした地図関連ソフトを使うと、マス
断面図の作業も必須であったが、最近は、「カ
コミなどで使われている世界地図の扱い方の間違
シミール」を使えばルート断面図も容易に描ける
いを定量的に指摘することができる。学校の地図
ので、この作業を行う時は、カシミールは見せな
教育とは離れるが、地図を専門とする地理の教員
いようにしている。
の社会的使命の一つとして、地図の間違いの指摘
を積極的に行い始めたのもこの頃だった。
今でも教材として使っているのが、「間違いだ
らけの地図論」である。
1985 年 9 月から 1986 年1月の間に、「朝日ジ
高い関心を示すのは、三浦折りである。折り方
を説明したプリントを配ると、すぐに作業を始め
授業の中頃には、出来ました、と見せに来る生徒
がいる。この折り方には知的好奇心をくすぐる何
かがあるのだろうか。
ャーナル」誌の投稿欄で断続的に行った「地図論
もっとも、現地に持っていき、年配の人から、
争」を整理したものである。こうした雑誌で、ラ
その折り方はおかしいと文句を言われたという、
ンベルト正積方位図法などという地図用語が登場
かわいそうな報告があった年もあった。
したのは初めてのことだろう。
●夏のプレゼント:主題図の作成
私のホームページに掲載しているので、興味の
ある方はご覧願いたい。
http://www.high-s.tsukuba.ac.jp/~htashiro/ronso.htm
●白地図による作業
現勤務校では、毎年夏休みに「夏のプレゼント」
と題して、地図に関わる課題を出してきた。初め
のうちは、紀行文を含めて、地図に関連すれば何
でも良いとしていたが(立体地図もOK)、整理
あまり実践しなかったのが、白地図の作業であ
る。特に「塗り絵」である。地形図の段彩表現(等
高線別塗り分け)を含め、地図教育の定番的作業
であるが、高校生になってまで「塗り絵」をさせ
てもしかたないだろうという思いがあって、特に
高学年履修の場合、ほとんど実施しなかった。
ある年、授業の最後に書いてもらった感想の中
に、「地理なので、きっとどこかで白地図を塗る
作業があると思っていました。それがなかったの
が心残りです」という一文があった。単なる塗り
絵に終わらず、そこから何かを見いだす作業は、
教育的意義は十分にあるだろう。但し、綺麗に仕
上げること自体が自己目的化されてしまう懸念も
ある。
高校生の発達段階に相応しい、地理における「手
作業」の意義をどう考えるかは、私にとっての課
題の一つである。
●地形図の読図と作業
地図指導の基本の基本である地形図の読図と作
業は、どの学校でも行ってきたが、郊外活動と結
図3
作品例
本人の説明も同時に聞こえる
・保存の便を考え、2001 年度からはA3用紙に
についての知識をめぐって書いたところ、高校生
限定している。それらは、秋に行われる文化祭に
にアフリカ地図を国名とともに描かせてみた先生
展示しているが、2002 年度はデジタルで記録し、
がいた。筑波大付属高校教諭の田代博さんで、そ
生徒の了解を得て、ホームページで公開した。
のうち何枚かを拝見した。なかなかの出来だった」
夏休み明けの1時間を使って、作品の発表と撮
(2002 年 7 月 20 日)。「何枚かを拝見した」とい
影を行う。約 40 人なので持ち時間は1人1分程
うのは、ホームページをご覧になったのである(
度。最近のデジカメはボイスメモ機能がついてい
http://fyamap.hp.infoseek.co.jp/africa.htm 参照)。
るものがあるので、撮影と同時にどんな内容か一
●高校の地図教育の体系
言しゃべらせて録音する。まわりの生徒のリアク
ションがはいると臨場感があって楽しい。
どんな作品なのか、苦労した点はどこか、見所
は何かなど記した解説はメールで提出させる。
これらをホームページ作成ソフトを使って仕上
げていくのである。必ず忘れる生徒がいるし、開
30 年余りの経験をふまえて、高校の地図教育
のあり方について思うことを述べ纏めにしたい。
内容的には大きく4つの分野がある。展開の仕方
は必ずしもこの順番でなくてもよい。「守旧派」
「教条主義」の誹りはあえて受ける積もりである。
(1)小縮尺の地図
けないソフトやメールもでてくるので、生徒数が
いわゆる地図投影法である。地図の歪み(地図
多い場合は、手間は大変であるが、自分の作品が
の正しさ)、縮尺、方位という基本概念に加え、
全国(全世界)へ発信されるとなると、意気込み
メルカトル、正距方位、サンソン、モルワイデ、
が違ってくる生徒も出てくる。以下の一覧をクリ
グード図法など基本的な図法について触れる。
ックすると一人ひとりの作品が表示される。
地図投影ソフト(GeoStudio など)を活用すれ
http://fujiyamao.hp.infoseek.co.jp/natu2002/natsu2002.htm
ば、球面が平面に多様に形を変えることをビジュ
アルに示すことができる。
(2)大縮尺の地図
地形図の読図と作業である。マニア的に地形図
に拘る教員がいる一方で、等高線を重視する地形
図学習が地図嫌いを増やしているという地形図否
定派がいる。ともに問題である(特に後者)。紙
地図の将来はどうなるかわからないが、基本図と
しての地形図を学習する意義は今後しばらくの間
はなくなることはないだろう。
(3)各種地図の利用と作成
生徒が日常的に利用する各種主題図をもっと活
図4
作品一覧の一部
用する必要がある。単に利用するだけでなく、適
これ以外にも、生徒の地図についての意識、実
宜描画する力の育成も課題である。地理Aでは「略
態調査等の結果を、ホームページを通して公開す
地図の描画」が指導要領にうたわれている。高校
るようにしている。今までも地図についてのアン
で今更、という意見もあるが、地図作成の一環と
ケート、略地図がどのように書けるかなどは「地
して位置づけることも可能だろう。デジタルマッ
図の友」誌などに発表したことがあるが(同誌
プ、GISもこの項で扱いたい。
1989 年2月号「高校生と地図」他)、インターネ
(4)地図の歴史
ットだと見る人の桁が違うし、即座に反応を知る
こともできる。
2002 年7月には「天声人語」のアフリカにつ
地図もその時代、社会のあり方に規定される社
会的存在である。社会の中に位置づけた地図の歴
史を学ぶことは、地図の今後を展望する上でも不
いての記事をもとに行った認知度の調査をホーム
可欠の学習事項である。
ページに掲載したところ、それがまた天声人語に
( ホ ー ム ペ ー ジ ) http://member.nifty.ne.jp/yamap/
紹介されたこともある。「先日この欄でアフリカ
(筑波大附属高校)
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