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ソーシャルイノベーションの活性化に関する 調査研究

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ソーシャルイノベーションの活性化に関する 調査研究
平成 25 年度
独立行政法人 経済産業研究所
国立大学法人 京都大学
共同研究事業
ソーシャルイノベーションの活性化に関する
調査研究
平成26年3月
独立行政法人 経済産業研究所
国立大学法人 京都大学
1
2
ソーシャルイノベーションの活性化に関する研究
- Executive Summary ―
1.ソーシャルイノベーションとは
ソーシャルイノベーション(social innovation)は、社会問題を解決するイノベーションであ
り、社会問題の解決手法の発明(solution)×普及(diffusion)と定義される。
社会が高度化・複雑化したことにより、社会問題の解決には「正解」が得られにくくなってい
る。政府の役割は、社会への介入による社会問題の解決であるが、ソーシャルイノベーションは、
従来の中央集権的・演繹的=トップダウンの問題解決手法に対する、現実的・効率的・帰納的=
ボトムアップの問題解決手法である。すなわち、現場で問題の解決策を試行錯誤し、結果的に成
功したモデルを一般化して横展開し、相転移を起こす=新しい当たり前として定着させるもので
あり、財政コストが低く介入後の持続可能性が高いことが特長である。ソーシャルイノベーショ
ンには、社会問題の解決を主目的としたもの(差別撤廃運動や保険制度など)から、ビジネスと
して成長して結果的に社会問題を解決しているもの(コンビニや宅配便、インターネットなど)
まで、社会問題を解決する活動が広く含まれる。
2.ソーシャルイノベーション・モデル
ソーシャルイノベーションは、①社会問題の発見(Finding)、②社会問題解決手法の開発
(Solution)
、③普及(Diffusion)
、④定着(相転移=Transition)、という4つの段階を経る。こ
れらは、P(SI)=P(F)・P(S)
・P(D)
・P(T)の合成確率であることから、ソーシャルイノベー
ションの成功確率を高めるには、4つの段階のそれぞれの確率を高めればよい。すなわち、政府
は、①~④の各段階で社会に効果的に介入することで、ソーシャルイノベーションの成功確率を
高めることができる。また、政府に限らず、企業、市民、メディア、NPO など社会を構成する様々
な主体も、各段階の確率に関与しており、自らの活動によりソーシャルイノベーションの成功確
率を高めることができる。
3.政策へのソーシャルイノベーションの導入と社会医学の確立
ソーシャルイノベーションを政策として実施するには、①問題の発見・定義と関係者との共
有、②解決手法や成功事例の公募や認定、③実践者の認定と普及員の養成、④定着のための制度
設計や広報、などを順に行う必要がある。その際、政府は、社会問題の解決は政府だけで行うも
のではなく関係者の参加と協力が不可欠であることを伝え(Ownership と Empowerment)
、解
決に取り組む者を推奨する=社会免疫力を涵養することを主とすべきである。
政策とは、社会問題の解決のための社会への介入であるため、いかに介入を終えるか(Exit)
を想定しておく必要がある。こうした介入から終了までの一連のプロセスは、複雑系の制御であ
り、複雑系やその制御手法に関する理解が求められる。複雑系の制御は医学の方法論が進んでい
ることから、先行科学である医学を基にした社会問題の解決手法に関する学問(=社会医学)の
体系化と、その教育のためのカリキュラムや施設(社会医学部)の整備・教育人材の育成が急務
である。そこで税金を使わず社会問題を解決するソーシャルイノベーションに関する知識と実践
手法を行政官が学べば、現在の財政コストを半減することも十分可能であろう。ソーシャルイノ
ベーションを先導する者(Initiator)は、身分保障がなされている公務員が最適である。
3
4
目次
1.なぜいまソーシャルイノベーションなのか
2.ソーシャルイノベーションの定義
ソーシャルイノベーション史
ソーシャルイノベーションに関する先行研究と定義
ソーシャルイノベーションと相転移
3.各国の取組
OECD
EU
米国
4.ソーシャルイノベーションのための基礎知識 ~ 社会医学概論
社会問題の解決とは
複雑系の処理=医学の歴史
社会解剖学
社会生理学
社会病理学
社会薬理学
5.ソーシャルイノベーション・モデル
6.政府の役割
ソーシャルイノベーション・シンポジウム報告
京都発ソーシャルイノベーション研究会報告
5
1.なぜいまソーシャルイノベーションなのか
政府の機能不全 ~ 発展途上国モデルの限界
社会の病気が治らなくなっている。社会の高度化・複雑化により、いじめ問題、少子高齢化問
題、地域活性化、原発問題、被災地復興など、従来型の規制や補助金による対応では解決が困難
な問題が次々と生じてきている。
これまで日本政府は、基礎的な社会インフラの整備-道路・上下水道・教育など-に成功し、
社会の安定的発展に寄与してきたことで国民の信頼を得てきた。これらは全国一律のインフラ整
備による生活水準の向上=National Minimum・ナショナルミニマム(国民の最低限の生活保
障)の実現であり、世界各国どの国も同じ道をたどるいわゆる発展途上国モデルである。こうし
た中央集権的・画一的手法には、官僚システムは効果的に機能する(M.Wever)
。しかしなが
ら、官僚システムは、前例主義・文書主義・画一公平主義を基本としており、新らたな問題への
機動的対応や多様性への柔軟な対応は得意ではない。また、社会の複雑化に伴い、ある問題への
対処が他の問題を引き起こすようになってきた。たとえば、財政問題から公共事業を削減すると
建設業の倒産件数が増加して雇用対策が必要となったり地域の資金循環が滞り経済の活力が落ち
たりするし、労働者保護のために規制を強化すると新規創業や雇用者増が一層困難となるし、再
生エネルギーの普及を図るため電力料金を上げると電力多消費型産業の海外流出や産業空洞化を
引き起こしたりする。
こうした各要素間の相互作用をもつシステムを複雑系(Complex System)という。生命や社
会など、複雑系の動きは予測が困難であり、ちょうどゴムまりのようにある部分を押すと別の部
分が出てしまう。たとえば、ダイエットをしようとカロリーの低い食事を取ると、筋肉が落ちて
基礎代謝が減り、カロリー消費量も減ってしまう可能性がある。複雑系の制御には専門知識が必
要である(図1)
。
図1-1:複雑系
6
ソーシャルイノベーションは、中央集権的・画一的な解決を現場に押しつけるのではなく、現
場の試行錯誤により発明された解決策を一般化して横展開するものであり、複雑系の構造が不確
定(ブラックボックス)のままでも対処可能である。
財政コストの削減
消費税増税が平成 26 年 4 月 1 日から施行されるが、それでも我が国の財政問題は待ったなし
の課題である。少子高齢化による医療費の増大等により財政赤字が拡大すると、公債発行の増加
により財政支出に占める公債費の割合が増加し、社会問題の解決に充てられる政策的経費の割合
が減少する。また、公債発行のため金利が上昇すると、民間経済活動を阻害するおそれがある。
政策とは、社会問題の解決のための政府による社会への介入であり、その評価は介入の①妥当
性(Relevance:本当に介入が必要か、目標設定は妥当か)、②有効性(Effectiveness:目標は
達成できたか)
、③インパクト(Impacts:介入にはどのような効果があったのか)、④効率性
(Efficiency:介入の費用対効果は適切か)、⑤持続可能性(Sustainability:介入終了後問題は
再発しないか)によって評価される(DAC 評価5原則1)。ソーシャルイノベーションは、社会
問題を解決するモデルを作成し、そのモデルを修正しつつ社会全体に普及させていくことから、
一般的に初期投資も少なく、後年度負担も小さくて済む。
図1-2:純債務残高の国際比較(対 GDP 比)
※財務省資料より
1
http://www.oecd.org/dac/evaluation/daccriteriaforevaluatingdevelopmentassistance.htm
7
図1-3:少子高齢化と社会保障給付費
※財務省資料より
たとえば、東京都では救急車が年間およそ 75 万回出動しており、1回あたりの費用が 4 万円
として年間 300 億円の予算が必要となる2。これに対し、イスラエルでは、道路渋滞等により救
急車の到着が遅れる(都市部で 10 分、地方では 20 分)ため、救急車到着まで重傷者を手当て
する救急バイク「United Hatzalah3」が 2000 人を超えるボランティアによって組織されている
が、その運営は寄付金等によってまかなわれている(年間予算額約 350 万ドル:3.5 億円)
。
United Hatzalah による救助はイスラエル全土で年間およそ 20 万件に及んでおり、通報から 2
~3 分で現場に駆けつけている。国も異なり救急車と救急バイクという制度の違いはあるもの
の、United Hatzalah は少ないコストで救命という数分の差が生死を分けるサービスの質をソ
ーシャルイノベーションにより高めることができた事例である。
2
3
http://www.tokyo-np.co.jp/article/seikatuzukan/2012/CK2012102402000198.html
http://www.israelrescue.org/index.php
8
救急バイク「Ambucycle」
2.ソーシャルイノベーションとは何か
ソーシャルイノベーション史
人類の歴史は文明の発展史であり、言語、宗教、火や文字の使用から、国家、法律、民主主義、
大学、銀行、株式会社、保険制度など、文明の発展史はそのままソーシャルイノベーション(人
類による社会問題解決手法の発明と普及)の歴史であるといえる。
たとえば、現在確認されている人類最古の鋳造貨幣
は紀元前 7 世紀のリディア王国のエレクトロン貨だ
が、貨幣というソーシャルべ-ションは人類社会の
表2-1
ソーシャルイノベーション事例
様々な問題を解決した。具体的には、①尺度の統一(財
BC7C 貨幣(リディア)
の交換価値を客観的に表す尺度となる)
、②価値の保存
BC6C 民主主義(アテネ・ギリシア)
(貨幣は腐敗しない)
、③交換の媒介(ひとたび貨幣に
1088 大学(ボローニャ・イタリア)
交換すれば何にでも交換できる)などの機能を貨幣は
1406 銀行(ジェノバ・イタリア)
有しており、社会における経済活動の困難性を大きく
1453 活版印刷(ドイツ)
改善した。
1602 株式会社(オランダ)
現在の大学の源流は、
1605 新聞(ドイツ)
世界初の新聞は、紀元前 59 年のローマで発行され
1680 保険(ロンドン・イギリス)
た政府広報「アクタ・ディウルナ」acta diurna とされ
1832 鉄道(イギリス)
ているが、民間で創刊されたものは 1605 年に当時神
1837 幼稚園(ドイツ)
聖ローマ帝国領(後にフランス領)であるストラスブ
1863 地下鉄(ロンドン・イギリス)
ールでヨハン・カロルスが創刊した週刊紙「Relation」
1870 福祉国家(ドイツ)
とされている。その後 17 世紀半ばにはドイツ等でニ
1896 オリンピック(ギリシア)
ュース本が定期的に出版されるようになり、イギリス
1948 国民健康保険制度(イギリス)
でも名誉革命などの事件を通じてニュースを出版する
1969 通信制大学(イギリス)
という文化が発展した。それに伴い、日刊新聞や週間
1976 マイクロクレジット
新聞が地方都市でも出版されるようになり、18 世紀に
(バングラデシュ)
は多くの新聞を読むことができるコーヒーハウスが登
1983 携帯電話(米国)
場、19 世紀には印刷機やロール紙の発達や、広告掲載
1983 インターネット(米国)
が行われるようになり、労働者にも低価格で販売でき
2007 スマートフォン(米国)
る今の形の大衆紙となった。社会の問題解決のために
は、問題の発見や共有が重要となるが、新聞に代表されるマスメディアの登場により、人々は社
会問題の発見や共有手段を得ることになった。
9
ソーシャルイノベーションの先行研究と定義
ソーシャルイノベーションは、現在世界中で注目されている「ホットな」研究分野である。
ソーシャルイノベーションの概念は、1960 年代にピーター·ドラッカーやマイケル·ヤング(通
信制大学の創始者)の著作に登場するが、古くは 18 世紀のベンジャミン・フランクリンによるコ
ミュニティの社会問題解決能力に関する記述などにも見られる。19 世紀には、協同組合運動の創
始者であるロバート·オーウェンやカール·マルクスが社会運動の実践や研究を進め、20 世紀には
シュンペーターがイノベーション理論を構築し、マックス·ウェーバーやエミール·デュルケーム
らが社会変化のプロセスを研究している。また、1980 年代以降は、技術の変化や普及に社会的要
因がどのように影響するかについての研究が進んでいる
ソーシャルイノベーショは、
「社会」と「イノベーション」という幅広い概念を含んでいること
から、その定義は、研究者により少しずつ異なっている。
表2-2:先行研究におけるソーシャルイノベーションの定義
○社会的ニーズ・課題への新規の解決策を創造し、実行するプロセス
- J.A. Phills Jr. et al.(2008)
○これまでの社会システムの手続き、資源、権限、信念を根本的に変える、新たな商品、プロセスや計
画を導入する複雑なプロセスであり、永続的で広範な影響を及ぼすもの
- Westley Frances and Antadze Nino (2010)
○社会のニーズを満たすことを目的として行われた革新的な活動やサービスであり、社会貢献のため
の組織内に広がったもの
- Geoff Mulgan (2006)
○一つ以上の共通の目標に向けた、人々や社会のあるべき相互関係についての、新たなアイディアの
形成や実施 - Mumford(2002)
○社会における文化的、規範的、規制的構造の変化であり、その共同の力を高め経済的・社会的成果を
改善するもの- Hamalainen and Heiskara (2007)
○人々や地球の利益となる、社会的、文化的、経済的、環境的問題の解決のための新たなアイディアSocial Innovation Center, Stanford
○目標と手段において社会的なイノベーション-(他の手法より効率的に)社会のニーズを満たす新
たなアイディア(商品、サービス、モデル)であって、新たな社会関係や協働を生み出すもの - EU
○概念、プロセスや製品の変化、組織の変化、資金調達の変化であり、利害関係者と地域との新しい関
係をもたらすもの - OECD
○社会や組織のあり方を変える、社会・経済問題の解決法における新しいアイディアや方法
- 金子郁容
○新しい社会的価値を創造するために必要とされる新しい社会的商品やサービスやその仕組みの開
発、あるいは一般的な事業を活用して社会的課題に取り組む仕組みの開発
- 大室悦賀
このため、ここではこれら先行研究の定義を踏まえつつ、ソーシャルイノベーションを「社会
問題の革新的解決」
、より具体的には「社会問題の解決策の発明と普及による相転移(新しいあた
りまえの定着)
」と定義して議論を進めることとする。なお、ソーシャルイノベーションのうち、
特に政府の歳出削減を実現するものを狭義のソーシャルイノベーションと呼ぶこととする。
10
図2-1:ソーシャルイノベーションの概念図
革新性
社会の問題解決
(イノベーション)
ソーシャル
イノベーション
ソーシャル
イノベーション
(狭義)
政府の歳出削減
図2-2:ソーシャルイノベーションの定義
ソーシャルイノベーションと相転移
相転移(そうてんい:phase transition)は熱力学・統計力学上の用語で、水(液相)
が氷(固相)になったり水蒸気(気相)になったりするように、物質が温度や圧力など
によって異なる相をとることをいう。相転移を起こす温度や圧力は、臨界点(critical
point)と呼ばれる。
こうした転移現象は社会においても当てはまることが知られている。たとえば、テレ
ビドラマで視聴率が 20%を超えると「大ヒット」となり、さらに話題が集まって流行語
大賞にまでなるなど、認知率が一定の水準を超えると一気に有名になる4。こうした現象
は、イノベーションの普及モデル、感染症モデル(SIER モデル)、閾値モデルなどで説
明される(後述)
。
Geoffrey A. Moore “Crossing the Chasm”(1999)では、16%がその臨界点・閾値とされてい
る。
11
4
図2-3:相転移とは
相転移(=あたらしいあたりまえへの移行)は簡単ではない。たとえば、夏場の軽装は、「ク
ールビズ」として定着し国民の認知率も 9 割を超えたとされているが、1979 年にオイルショッ
ク後の省エネルギー対策で登場した半袖スーツ「省エネルック」は、大平正芳首相自らが首相官
邸で国民にアピールしたものの普及しなかった。また、大航海時代に船員を苦しめた壊血病は、
ビタミン C の不足によるものでひどい場合には船員の半数が命を落とす深刻なものだったが、
1601 年に英国人船長ジェームズ・ランカスターがレモン果汁を船員に与えることで壊血病が防
げることを明らかにし、1747 年に英国海軍の軍医であるジェームズ・リンドがランカスターの
実験を追試しても、1795 年になるまで英国海軍は柑橘類の摂取を船員に義務づけることはなか
った5。
ソーシャルイノベーション研究は、どうしたら社会問題の特効薬となる解決策(
「!」びっく
りマークという)が発明されるのか、どうしたらその発明が社会に普及するのか、一度普及した
ものが廃れることなく定着するか、などを明らかにするものである。
5
Everett M. Rogers“Diffusion of Innovation”
(2003)p.5
12
3.各国の取組
(1)OECD
OECD では、ソーシャルイノベーションの成功事例の国際的な普及のため 2000 年に 6 カ国
11 機関が LEED(Local Economic and Employment Development)というプログラムを開始
している。LEED プログラムは、イタリアのトレントに 2003 年に OECD が設立した「The
LEED Trento Center for Local Development」を中心に運営されている。
LEED では、以下の 5 つを主要なテーマとしている。
① 雇用と技能の創出
② 包括的な労働市場の形成
③ 持続的な長期的な成長や投資の促進
④ 起業家精神や社会経済(social economy)を通じた経済成長
⑤ 地域開発のためのキャパシティビルディング(能力開発)
【OECD におけるソーシャルイノベーションの動き】
2000 年 非営利セクターの新潮流に関する国際会議開催(ワシントン)
2001 年 社会的企業(social enterprize)に関する国際会議開催
2002 年 OECD にてソーシャルイノベーションと新経済(new economy)に関するレポート
を作成
2003 年 社会的起業(social entrepreneurship)に関する国際会議開催(トレント)
2004 年 社会経済(social economy)とソーシャルイノベーションに関する国際セミナー
開催(トレント)
2005 年 社会経済に関する国際会議開催(ルクセンブルグ)
2006 年 社会的企業(social business)に関する OECD の経験に関する国際セミナー開催
(ザグレブ)
2007 年 企業の社会貢献に関する国際会議開催(ブカレスト)
地域開発のための金融に関する国際会議(パリ)
2008 年 企業の社会的責任(CSR)国際会議開催(トレント)
2009 年 韓国、フランス、ポーランドでソーシャ
ルイノベーションに関する
OECD プロジェクトを実施
2010 年 社会起業家フォーラム開催(ローマ)
2011 年 シュンペーター生誕 100 年を記念したソ
ーシャルイノベーション・シンポジウム
開催(ウィーン)
Fostering Innovation to Adress Social
Change 発表(右)
2012 年 長期離職者の職場復帰に関する能力開発
セミナー開催(トレント)
2013 年 第 9 回 LEED フォーラム(ダブリン)
2014 年 第 10 回 LEED フォーラム
(予定:ストックホルム)
13
(2)EU ~ Social Innovation Europe
欧州のソーシャルイノベーションの中心的なプロジェクトとして、ソーシャルイノベーション
ヨーロッパ・イニシアチブ(The Social Innovation Europe initiative:SIE) がある。SIE は、
欧州のソーシャルイノベーションの軸となり、欧州での成果を世界に広げるべく欧州委員会
(EC)の起業局によって 2011 年 1 月から 2012 年 12 月まで設立され、the Social Innovation
eXchange (SIX)、ユークリッドネットワークやデンマーク技術機構などのコンソーシアムによっ
て運営されている。SIE は、欧州 27 カ国のイノベーター(改革者)と政治家や起業家、大学、
市民グループを結びつけるネットワークのハブ(中心)となることを目標としている。
SIE は、3 つの目標を掲げている。
1.当該分野の成功事例の定義・分析・支援や推奨すべき活動に関する一連の調査・出版。
最初の2つのレポート「ソーシャルイノベーションのファイナンス」
「成功の拡大」は 2011
年に、最後のレポート「将来の方向性」は 2012 年 6 月に出版された。
2.オンライン・ハブ(www.socialinnovationeurope.eu)の創設
このサイトは、傑出したイノベーター(改革者)のインタビュー
や、成功したベンチャーの事例研究や専門家の分析など、ヨーロッ
パにおけるソーシャルイノベーションの最新情報を提供する。ま
た、関係者のネットワークを形成するとともに、ソーシャルイノベ
ーションとは何か、ソーシャルイノベーションで何ができるかにつ
いての共通理解を提供する。
3.ヨーロッパ全土で、イノベーターを集め国や業種を超えた連携を実
現するための一連のイベントを開催する。(ベルギー(2011 年 3
月)
、ポーランド(2011 年 12 月)
、デンマーク(2012 年 9 月)で開
催済み。
)これらのイベントは、ネット上でのネットワーク形成に加
え、参加者のネットワーク形成や深化にきわめて有効である。
※EU レポート「Guide to Social Innovation」
Social Innovation Europe のホームページ
14
(3)米国
米国には、2007 年に創設された 50 以上のソーシャルイノベーション組織・1000 以上の団体
からなる「Amrica Forward 」という組織があり、この組織からの提言を受けてオバマ政権はホ
ワイトハウスに社会イノベーション・市民参加室(Office of Social Innovation and Civic
Partnership)を設置した。
社会イノベーション・市民参加局室は、ボトムアップで革新的な、結果重視型の「(政府では
なく)共同体自身による社会問題解決」のため 3 つの政策を行っている。
① 問題解決のための公共サービスと新世代のリーダーシップの創出
(2009 年に米国貢献法(Serve America Act)が可決・署名され、2017 年までに
AmeriCorps の参加者を現在の 7.5 万人から 25 万人に拡大するなど、様々な事業を行う。
)
② 様々な資源を社会問題解決に動員するための政策の実施
(イノベーションファンド(当初予算で約 50 億円、教育改革のために別途約 65 億円)
、コミ
ュニティ・ツアー、表彰制度、社会資本市場などの創設・整備)
③ 新たな官民連携モデルの開発(PPP:Public Private Partnership)
米国はソーシャルイノベーション研究の発祥の地でもある。大学でソーシャルイノベーション
の講座が初めて設けられたのは 1994 年、ハーバード大学のグレゴリー・ディーズ教授(故人)
の講座とされている。その後ディーズ教授は、スタンフォード大学に招かれ、ソーシャル・イノ
ベーションセンター(Center for Social Innovation: CSI)の設立に貢献、その後デューク大学
フクア・ビジネススクールの社会起業養成センター(Center for the Advancement of Social
Entrepreneurship:CASE)の責任者に就任し、デューク大学の社会起業コースを開発するな
ど、米国のソーシャルイノベーション教育に多大な貢献をしている。
2000 年に設立された CSI は、2003 年から “ Stanford Social Innovation Review” を発行し
(季刊)
、経営・起業・組織開発・公共政策といった様々な分野の研究を統合し世界への情報発
信及び教育活動を行っている。
15
4.ソーシャルイノベーションのための基礎知識 ~
社会医学概論
(1)社会医学とは何か
ソーシャルイノベーションは社会の相転移であり、ソーシャルイノベーションを活性化させる
=社会に効果的に介入するためには、社会そのものと介入手法・制御手法に関する理解が必要で
ある。
「景気がよくなれ」と祈っても景気はよくならないし、
「平和になれ」と祈っても戦争はなく
ならない。これは、人間が作ったもの(制度など)が人間自身から離れ、逆に人間を支配するよ
うな疎遠な力として現れる状態であり、社会学用語で疎外と呼ばれる。人間が自ら作り出した社
会システムやその産出物に人間自身が支配されているといえる。
社会は複雑系、システムであり、システムにはそれを動かす一般法則が存在する。疎外とはそ
の法則を制御する力を持っていない状態であり、逆にその法則を活用すれば社会問題の制御は可
能となる。たとえば、不景気は 19 世紀には天候不順と同様に過ぎ去るのを待つしかなかった
が、20 世紀にはケインズが有効需要の法則を発見して、制御が可能になった6。同様に、戦争を
はじめとする社会問題も、その一般法則と制御方法を発見すれば、対策が可能となる。
近代科学の発展は、数学をはじめとする先進科学に牽引されてきた。たとえば、天文学の発展
が数学の発展を促し、数学の発展が物理学の発展を、物理学の発展が工学の発展を導いた。複雑
系の制御に関しては、同じ複雑系である人体の制御を研究しているの医学の方法論が先行してい
ることから、社会問題の解決に医学の手法を導入することが有効である。
図4-1:先行科学と後進科学
複雑系の問題解決(制御)のためには、①複雑系(ここでは社会システム)の構造や動き・働
きについての理解(ただしブラックボックスでわからないことあり)
、②問題の発生要因に関す
る理解、③システムの制御手法に関する理解、④問題が再発しないための予防措置に関する理
解、が必要である。医学では、こうした内容が、解剖学、生理学、病理学、薬理学、免疫学など
という形ですでに整理され体系化されている。
ケインズが有効需要の法則を解明する前に、ドイツではシャハト経済大臣(1934~1937)が、日本
では高橋是清大蔵大臣(1931~36)が財政政策による景気回復を行っている。
6
16
図4-2:医学の歴史
社会の問題(病気)を治療するための学問を、社会医学7という。
社会医学とは、社会科学の法則に基づき、
①社会問題の発生要因を解明し(基礎社会医学)
②診断・治療方法を開発・実施し(臨床社会医学)
③個人・集団及び国家レベルの問題発生防止システムを構築する(予防社会医学)
ことによって、人々の QOL(Quality of Life)を高める学問である。
図4-4:社会医学大系
7
狭義の社会医学は衛生学、法医学、犯罪学などをいう。
17
(2)基礎社会医学
①社会解剖学
科学は観察に始まる。近代医学の歴史はアンドレアス・ヴェサリウス(1514~1564)の著書
「ファブリカ」
(1543)によって開かれた89。ヴェサリウスは自ら多くの人体解剖を行い、緻密
な解剖図を作成し、それまで絶対的権威とされていた古代ローマ時代のガレノス(125~200
頃)による医学の多くの誤りを正し、近代解剖学の基礎を築き上げた。
社会への介入は、社会構造の理解なしに行うべきではない。医学において解剖学が近代医学の
幕を開いたのと同様、社会問題の解決のためには、社会構造の理解=社会解剖学の知識が必要で
ある。この場合の社会構造とは、ある問題に関与する者の関係のことをいう。たとえば、中学校
におけるいじめ問題であれば、関係者は「いじめられた生徒」「いじめた生徒」「いじめられた生
徒の保護者」
「いじめた生徒の保護者」
「傍観した生徒」「担任教師」
「学年主任」「教頭」
「校長」
「教育委員会」
「教育長」
「市役所」
「市長」
「PTA」
「警察」「マスコミ」等多岐にわたる。場合に
よっては「カウンセラー」
「弁護士」なども関係するし、いじめの発見については、「他の教員」
「いじめられた生徒の家族・友人」なども重要である。ネットによる誹謗中傷であれば「携帯電
話会社」
「サイト管理者・運営者」なども関わってくる。問題のより根本的な解決のためには、
「県教育委員会」
「文部科学省」の対応も必要であろう。
問題を解決するためには、その問題について誰がどのように関与しているか、重要な関係者を
可能な限り拾い上げ、全体像を描く必要がある。これの「関係者分析」(下図)というが、そう
した分析の能力を高めるためには、社会の成員についての広い知見が必要となる。具体的には、
行政機構論、企業組織論などの基礎知識に加え、行政であれば組織図や所掌分野・幹部名簿、企
業であれば組織図や役員名簿・業界地図、NPO であれば定款や設立趣意書・役員名簿などの情
報が基本となる。ただし、組織の所掌はあくまでも形式(必要条件)にすぎず、実際に影響力を
発揮するのは能力と意欲に大きな個体差がある人間であることに留意が必要である。
8
中世ヨーロッパでは、カトリック教会は長きにわたり人体解剖を禁じていた。しかし、13 世紀より徐々に人
体解剖は容認されるようになり、1482 年のシクトゥス 4 世の勅令により解禁された。
9
日本に鉄砲が伝来し、欧州文明との接触がはじまる年に、欧州ではヴェサリウスによる「ファブリカ」とコ
ペルニクスの「天球の回転について」という2冊の歴史的な書物が出版されている。
18
②社会生理学
近代生理学(生体の機能とそのメカニズムを解明する学問)の誕生は、1628 年に出版された
ウィリアム・ハーヴェイの「動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖学的研究」である。ハ
ーヴェイは、血液が循環していることだけでなく10、科学的な実験と論理的な思考によって生体
の機能が明らかにできることを示した。
社会生理学とは、社会の成員の行動原理をモデル化することによって理解し、その動きを予測
する学問である。解剖学で明らかになるのは、問題の関係者の外形的形態、いわば「断面図」で
しかない。現実の社会は複雑なシステムであるため、介入に際しては社会の成員がどのような働
きをし、どのような動きをするのか、成員間の相互関係・相互作用はどうかといった複雑系の知
識や、システムに関する基礎知識・実務知識が必要となる。
(たとえば、行政組織の構成員を動
かす最も重要なインセンティブは人事処遇であり、企業の構成員を動かす最も重要なインセンテ
ィブもやはり人事処遇(その材料としての営業成績などの数字)である。
)
社会の機能を明らかにする上で役に立つのがモデルである。たとえば、商品の価格が高いとき
はあまり売れず、価格が下がるとたくさん売れるのであれば、下図のような需要曲線を描くこと
ができ、数式で表すことができる。このように社会現象をモデル化することができれば、予測や
制御も可能となる。
1964 年、米国のニューヨークで、深夜に自宅アパート前でキ
ティ・ジェノヴィーズが暴漢に襲われた際、彼女の叫び声で付近
の住民 38 人が事件に気づいたにもかかわらず、誰一人警察に通
報せず助けにも入らなかった。彼女は死亡し、当時のマスコミは
都会人の冷淡さとしてこの事件を大々的に報道した。
しかしその後の調査研究によって、人が援助行動を行うには、
i) 事態に気づく(N)
ii) 緊急事態だと判断する(E)
iii) 自分の責任だと考える(R)
iv) 援助の仕方を知っている(W)
v) 援助を行うことを決定する(D)
という各段階を経ていることが判明した。これは、援助行動は
P(H)=P(N)
・P(E)
・P(R)
・P(W)
・P(D)
10
それまではガレノスの説により血液は食物を元に肝臓で作られ、末梢組織に運ばれて消費されると考えられ
ていた。
19
という確率モデルで示せることを意味している。ここで P(H)は援助する確率を、P(N)は
事態に気づく確率を表す。このモデルなら、いかに事態が深刻であっても、関係者が多数いて自
分の責任だと考える人が少ないと、人々は援助しなくなることを説明できる。
社会はシステムである。システムとは、個々の要素が有機的に組み合わされまとまりを持った
全体である。社会システムは、機械のようなシステムと異なり、システムの中に人間や人間集団
の意思決定や行動が含まれている。
システムは正負のフィードバックが発生することがある。たとえば、正のフィードバックとは
「景気が良くなれば会社の業績も上がる」→「会社の業績が上がれば給料も上がる」→「給料が
上がれば消費が増えさらに景気が良くなる」といったループをいう。正のフィードバックは、シ
ステムの挙動としては発散・不安定であり、好循環(virtuous cycle)
・悪循環(vicious cycle)
どちらも正のフィードバックである。逆に、負のフィードバックとは、「好天で草が増えて羊が
増える」→「羊が増え草が食べられ草が減る」→「草が減って羊が減る」のようなシステムの挙
動であり、収束・安定である。
③ 社会病理学
社会病理学とは、社会集団における様々な問題の特徴を解析し、原因や発生過程を解明するな
ど、社会の疾患(やまい:病)を研究する学問をいう。
社会の病気(問題)とは、何か。問題とは、理想と現実のギャップであり、解決可能なものを
いう。1 日 1 ドル以下の収入だったとしても、昔から狩猟生活を送っているエスキモーにとって
は問題ではない。イスラム教国で女性が顔を隠す習慣は、西欧諸国から見れば女性への差別であ
り逸脱だが、女性本人にとっては実は問題ではない(容姿での差別がないため)かもしれない。
震災で、
「地震が起こること」は防ぎようがないので問題とはならないが、
「地震の被害」と設定
すると被害は対処によって減らせるので問題となる。
20
技術によってこれまで問題でなかったことが問題となることがある。たとえば、雨が降らない
ことは従来は問題ではなかった(あきらめるべきこと)が、ヨウ化銀等を空中に散布することで
人工的に降雨を起こすことができるようになったため、問題となった。
問題は、一般的に「逸脱問題」
「未達問題」「探索問題」に分類される。
「逸脱型」とは、以前の望ましい状態から逸脱してしまった問題をいう。例えば、遅刻をした
とか、不良品が出たとか、2kg 太ったといったケースが挙げられる。逸脱型問題は、
「望ましい
状態」=ゴールが明確であり、逸脱が生じた要因を調べて一つずつ対処してしていけば解決す
る。
(要因分析型解決)
「未達型」とは、
「望ましい状態」=ゴールにまだ達していない問題をいう。例えば、オリン
ピックで金メダルを目標としていたが取れなかったとか、東京大学に合格したかったが受験に失
敗したとか、2kg ダイエットしたかったが達成できなかったといったケースが挙げられる。未達
型は、
「望ましい状態」に到達できるかどうかはわからないが、到達した人がいるのであれば、
21
その人のやり方をまねればいいし(ベスト・プラクティス型解決)、到達した人がいなくても成
功要因を考えて対策をとれば(要因分析型解決)目標に近づくことができる。
これに対し解決が難しいのは「探索型」である。これは、何が問題なのかわからない、どこに
向かえばいいかわからない、どこの会社に就職すればいいかわからない、といったゴールそのも
のが決まっていないものである。特に、どんな仕事が自分に向いているのか、誰と結婚すればい
いのか、日本はこれからどうすればいいのかといった、正解がない問題における目標設定は、日
本人は学校教育であまり訓練されない(試験では答えのある問題が出題される)
。
問題を解決するためには、問題の定義(ゴールの設定)が必要であり、そのための指標(モノ
サシ)が必要である。
「中小企業対策」
(いつまでに中小企業をどうしたいのか)、「地域活性化問
題」
(地域がどうなることを目指しているのか。人口増なのか、雇用者数増なのか、観光入り込
み客数増なのか、売り上げ増なのか、何なのか。)
、
「震災復興」(復興とは何なのか、震災前の街
並みへの復帰なのか、雇用者数の回復なのか、被災者の生活自立なのか、何なのか。
)など、
様々な政策が何年経っても効果をあげないのは、効果を測る指標が定まっていないことによる。
数値化されない目標は達成できないし、数値化されないと対策の効果があったのかなかったのか
の判断もできない。科学は測定器具(モノサシ)の発達とともに発展したきた。望遠鏡の発明と
能力アップによって天文学が発展し、顕微鏡の発明によって医学や生物学が発展したように、社
会の病気を解決するためには、測定器具・指標が不可欠である。景気は、統計の発達により
GDP が計測できるようになって一定程度制御できるようになった。それぞれの問題をどのモノ
サシで測るか、そのモノサシが発達すれば、問題解決も容易になるといえる。
社会問題は、その主体によって、個人レベル(主語が単数)、対人レベル(複数の人間が関
与)
、集団レベル(企業・国家など集団が主語)、社会レベル(社会全体の水準が問題)に分けら
れる。個人の問題、対人レベルの問題のようなミクロ(小規模)な問題であっても、それが社会
に広く存在するのであれば、社会問題として対応する必要がある。
社会病理学において重要なのは、主語によって、時代によって、周囲の期待値によって、問題
が異なることである。たとえば、円高は輸出業者にとっては問題(円安時代からの逸脱)だが、
輸入業者にとっては問題ではない。体罰は、明治時代には当然であり精神修養の手段だったが、
平成の世では裁判沙汰になる。30 代の未婚者は、昔は近所で噂になり本人にとっても家族にと
っても問題だったが、今では特に都会では全く珍しくない。バブル期は車がないと女性にモテな
いとされ、高級車が若者にも売れたが、今では車を買わない若者が増えており車を持たないこと
は特に問題とされない。
22
有名な「川を渡る女」という心理ゲームがある。
「川をへだてて、女とその恋人がいます。女は恋人に会いに行きたいのですが、橋がありませ
ん。女は船をもっている船頭に頼むことにしました。ところが、船頭は川を渡してやるかわりに
体を要求します。どうしても恋人に会いたい女はそれに応じて恋人のもとに行きました。
恋人はそのいきさつを知って激しく怒りました。さて、女、恋人、船頭、この 3 人のなかで一番
悪いのは誰でしょう?」
この心理ゲームでは、
「一番悪い人」が人によって違うことが多い。恋人に会いたくて恋人以
外の者に体をゆるしてしまった女がけしからんという人もいれば、女の心をくまず何もしなかっ
た恋人がけしからん、恋人が女に会いに行くべきだという人もいれば、人の弱みにつけ込んで体
を要求した船頭を下劣だと非難する人もいる。社会病理学は現状と理想のギャップを扱うが、人
によって「あるべき」像が異なるため、問題設定そのものが難しくかつ重要なのである。この
「あるべき」状態を、行動経済学では参照基準点(reference point)
、物事を考える際の比較基
準となる点だといい、参照基準点を変えることで問題を解決することを期待値制御
(Expectation Control)という。江戸時代に使われた「上見て歩くな下見て歩け」という言葉
は、武士の下におかれた農民に自分より下に工人や商人がいることを想起させ、参照基準点を下
げさせることにより現状と理想とのギャップをなくす(理想を下げさせる)期待値制御手法であ
る。
④ 社会薬理学
社会薬理学とは、社会問題の解決に有効な「薬」
(対策)の投与事例を分析し、その効果を研
究するとともに、新薬の開発を行うとともに、「薬」の社会への作用や「薬」の様々な分野への
応用性などを明らかにし、社会問題の解決における適切な「薬」の選択、適正な使用方法につい
て研究する学問をいう。
対策は、社会システムへの介入であり、明確な目標を持ち(relevant=目標設定の妥当性)
、
効果的な介入を行い(effective=有効性, efficient=費用対効果)、目標達成後は介入をやめられ
る(exit=退出、sustainable=持続可能性)必要がある。
23
システムの制御は、システムの内部を調整する(内乱制御)か、システムへの投入(Input)
を変える(外乱制御)ことによって行われる。人体の病気にたとえるなら、内乱制御は内服薬で
や外科手術であり、外乱制御は ICU(集中治療室)への入院やマスク着用などが相当する。社
会の病気、たとえば飲酒運転対策であれば、飲酒運転を引き起こすシステムを改善する内乱制御
(ドライバーへの酒の提供に対する罰則、代行サービスの育成など)か、インプット(運転手)
を変える外乱制御(モラル向上や飲酒運転者に対する罰則強化など)が可能である。
対策には、対症療法と原因療法がある。対症療法とは、表面的な症状(問題)の消失・緩和を
主目的とする手法である。具体的には、参照基準点の変更や封印、補償の提供などが挙げられ
る。参照基準点の変更とはこの場合は人々の期待値を下げることであり、封印とは問題の情報を
流さず「なかったことにする」こと、補償は問題を解決せず金銭提供など別の形で不満を解消し
ようとすることをいう。原因療法とは、問題のの原因を制御する治療法であり、要因分析手法と
ベストプラクティス手法(成功事例の模倣)がある。要因分析手法は、製造業の品質管理で広く
用いられている手法であり、たとえば、機械が故障した→なぜ?→油が切れていてモーターが熱
をもったから→なぜ?→油が切れていることに気がつかなかったから→なぜ?→誰も油の量をチ
ェックしなかったから→なぜ?→担当が決まっていなかったから→油の量をチェックする担当を
決め毎日作業開始前にチェックさせる(解決策)のように、問題が発生した要因について「な
ぜ?」という問いを繰り返すことにより本当の原因を明らかにし、その原因を除去するものであ
る。一方、ベストプラクティスは、成功した事例を探し、そのやり方をまねるものである。こち
らは必ずしも問題が解決するとは限らないが、システムがブラックボックスのときは要因分析が
できないため、有効である。
24
要因分析は、ロジックツリーや MECE(漏れなくダブりなく)を使った演繹的(inductive)・
科学的手法であり、ベストプラクティスは帰納的(deductive)・経験的手法であるといえる。
介入は、一般的に誘因(インセンティブ)の設定、動因(ドライブ)の設定によって行われ
る。
正のインセンティブとは、補助金、税政優遇、融資、表彰、叙勲褒賞、情報提供、要請
政府調達などがあり、負のインセンティブには、罰則、公表、監視、Peer Pressure、サボター
ジュなどがある。
インセンティブの付与には、1.依存性がある(インセンティブのエスカレーションを生む:
宝くじの高額化など)
、2.創造性をむしばむ(評価される目標以外の目標が無視される、目標
達成のため手段が問われなくなる)
、3.内発的動機付けを失わせる(
「美しい行為」が評価され
なくなる)などの問題があるため、留意が必要である。
問題解決のアプローチには、
「改善」
「解決」「解消」「回避」の4つのパターンがある。「改
善」とは、問題のギャップを従来よりも小さくするやり方であり、たとえばレアアースの不足が
問題であれば、省メタル化や備蓄の確保、資源外交による供給途絶リスク減少などが該当する。
「解決」とは、問題のギャップをなくすやり方であり、完全リサイクルの実現、国内の埋蔵探
索・採掘技術開発などが該当する。
「解消」とは、問題の上位問題を解決することである。レア
アースの場合は、そのそもレアアースを使わない技術を開発する、レアアースに代わる代替品を
開発するなどが該当する。
「回避」とは、問題を封印し、別の優先順位の高い問題に取り組む
(時間に解決させる)手法である。
対象が複雑系・ブラックボックスであり、どの対策が有効なのかが明確でない場合は、社会実
験を行うことが有効である。いくつかの対策を実際に講じてみて、成果があったものを採用すれ
ばよい。たとえば、
1.教師に生徒の成績に基づいた競争をさせ、ボーナスの査定にも反映させる
2.子どもは小学校入学前から英才教育を施すことで天才に育つ
3.数学教育にもっとコンピュータを取り入れて効率化を図る
25
のどの手法が子どもの成績アップに有効かは、実際に試してみればよい。米国の What Works
Clearinghouse プロジェクトでは実際にこれらを試しており、3.以外は効果がなかったことが
明らかにされている(田辺,2006)
。
26
5.ソーシャルイノベーション・モデル
①ソーシャルイノベーション・モデルとは
ソーシャルイノベーションを活性化させる(ソーシャルイノベーションが次々と社会で花開く
ようにする)には、ソーシャルイノベーションがどのように起こるかに関する理解(社会生理学
的理解)と、その制御方法に関する理解(社会薬理学的理解)が必要になる。
ソーシャルイノベーションは、ソーシャルなイノベーションである。ソーシャルとは、社会問
題を解決すること、イノベーションとは画期的なアイディアや商品が世の中に普及して相転移を
起こす(=新しいあたりまえになる)ことをいう。すなわち、ソーシャルイノベーションは、社
会問題を解決する画期的なアイディアや商品が世の中に普及して相転移を起こすことである。ソ
ーシャルイノベーション=社会問題の解決手法(Solution)×普及(Diffusion)と言っても良い。
このソーシャルイノベーションは、実際には①社会問題の発見(Finding)、②社会問題解決手
法の開発(Solution)
、③普及(Diffusion)、④定着(相転移=Transition)、という4つの段階を
経る。これらは、P(SI)=P(F)・P(S)
・P(D)
・P(T)の合成確率となっており、それぞれの段
階の確率の積が最終的な成功確率となる(合成確率モデル)
。
②社会問題の発見(Finding)
社会問題の解決のためには、最初に社会問題が発見されなくてはならない。ここでいう「発見」
とは、現実と本来あるべき姿とのギャップに誰かが気がつくことである。例えば、米国の南北戦
争の際には、北部諸州は奴隷制度が問題だと発見しており、南部諸州は奴隷制度は問題ではない
(当然)と思っていた。宅急便を始めたヤマト運輸の小倉昌男社長は、郵便小包がいつ届くかわ
からないことがわからないことが問題だと発見したが、郵便局側はロジスティクスの複雑さから
仕方がないことだと考えていた。多くの携帯電話会社は、携帯電話には操作ボタンがあるのが当
然だと思っていたが、スティーブ・ジョブズは美しくなく機能的でもない問題だと発見していた。
社会を安定化させるためには、問題が噴出・頻出しないことが望ましい。問題とは現実と理想
のギャップなので、現状を当然だとすれば問題はなくなる。しかし、社会をよりよくするために
は、問題を顕在化させなくてはならない。製造過程で発生した不良品を取り除くだけではいつま
でたっても不良品の発生が減らないのと同様、社会問題も顕在化させ解決のための取組を始めな
いと、いつまでたっても問題が再生産されてしまう。
発見された問題は、関係者に共有されなければならない。
「知られていないことは存在しないこ
と」
(松下幸之助)の言葉どおり、知られていない問題は解決できない。
ジョハリの窓は、こうした社会での問題共有を考える上で有益なモデルである。
27
ジョハリの窓11(Johari window)とは、自分をどのように公開ないし隠蔽するかという、コミ
ュニケーションにおける自己の公開とコミュニケーションの円滑な進め方を考えるために提案さ
れたモデルである。
自己には「公開された自己」(open self) と「隠された自己」(hidden self) があり、「自分は気
がついていないものの、他人からは見られている自己」(blind self) や「誰からもまだ知られてい
ない自己」(unknown self) もあると考えられる。これらを「自分にわかっている」
「自分にわかっ
ていない」
、
「他人にわかっている」
「他人にわかっていない」という2つの尺度で分類すると、上
記のような2×2のモデルとなる。ここで、自己と他人の双方に共有されている自己は「航海さ
れた自己(open self)だけである。
このモデルを社会問題に適用すると、上記のように「政府にわかっている」「わかっていない」
「市民にわかっている」
「わかっていない」となる。共有された問題とは、例えば被災地復興問題
や消費税の増税問題などが挙げられるだろう。不法投棄やいじめなどは、当事者は知っていても
警察や政府(学校側)は知らないかもしれない。原発の耐震設計上の問題は、審議会等で委員か
ら指摘されていたが12、市民には広く知らされていなかった。また、津波が首都圏や関西圏を襲っ
たら実際に何が起こるのかは、一部シミュレーションの研究が進みつつあるが、全貌はよくわか
っていない。また、未知の生物の襲来や巨大隕石の衝突で近い将来人類が滅亡するかもしれない
が、それは誰にもわからない。
では、問題の共有はどのように行えばいいのか。開放の窓(open self)を大きくするためには、
政府と市民のコミュニケーションが不可欠である。横軸を下げるためには、政府が問題を市民と
正しく伝えて共有することが必要であり、縦軸を右に移動させるためには、市民が抱える問題に
政府が耳を傾けることが必要である。犯罪捜査で市民からの情報が求められるのと同様に、社会
問題の解決についても市民からの情報を積極的に求めなければならない。復興庁職員が霞ヶ関に
11
ジョハリとは、このモデルを考えたサンフランシスコ州立大学の心理学者ジョセフ・ルフト (Joseph Luft)
とハリー・インガム (Harry Ingham) の名前が組み合わされたもの。
12
http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/shingikai/800/29/017/17-4-2.pdf
28
いても現地の情報が入ってこないように、社会の問題の情報は現場にあるため「現地現物現認」
の3現主義を基本とするべきである。
③ 社会問題解決手法の開発(Solution)
発見と共有が社会問題解決のための第一歩であるならば、次は解決手法の開発である。傍観者
が何人いても問題の解決にはつながらない。誰かが、解決に向けての具体的な行動を起こす必要
がある。
行動主体は、企業、起業家、NPO、メディア、市民、政府など様々である。社会問題の解決=
ギャップの解消のために、誰かが何かを行う。それは、新商品の開発であったり、病児保育の会
社の創業であったり、震災復興支援の NPO 立ち上げであったり、新聞の取材班の結成であった
り、主婦の口コミやメディアへの投書だったり、政府の研究会発足であったりするが、いずれに
せよ何がギャップなのかは明確でなければならない。
最初に必要なのが、問題解決のために走り出す人(イニシエータ-:Initiator)である。イニシ
エーターなしには、ソーシャルイノベーションは始まらない。国際赤十字であればアンリ・デュ
ナン、グラミン銀行であればムハマド・ユヌス、グーグルであればラリー・ペイジとセルゲイ・
ブリンが相当する。
次に必要なのが、イニシエーターの行動を支援する仲介者(メディエーター:Mediator)であ
る。キリストの活動は、パウロが聖書にまとめることによって後世に伝わった。本田技研工業の
創始者本田宗一郎に藤沢武夫が、ソニーの創始者の井深大に盛田昭夫がいたように、イニシエー
ターのビジョンを通訳し関係者に共有する仲介者が求められる。イノベーションは「!」
(びっく
りまーく)の普及であるが、仲介者は個々のアイディアや発明を成果につなげる増幅器の役割を
果たす。
そして、資金である。初期資金をどう手当するかは起業家とって最も大きなハードルの一つで
あるが、社会の問題解決の場合、政府の補助金、財団や基金の支援、一般からの募金などが調達
可能である。これを善意プレミアムという。善意プレミアムは、初期資金の他にボランティアや
メディアの取材なども含まれる。これはいずれも初期コストを下げ、供給曲線を一時的に下げる
効果がある。また、善意プレミアムは供給市場だけでなく需要市場にも現れる。社会にいい商品
(環境配慮など)だからちょっと高くても買おうとか、震災復興支援だから買って上げようとか、
従来の需要曲線より上ぶれる。こうしたプレミアムは、通常は初期段階だけ発生し、時間ととも
に消滅してしまうので、活動の継続の際には注意が必要である。
(多くの NPO が休眠するのも善
意プレミアムの消滅によるところが大きい。
)
29
④ 普及(Diffusion)
社会問題が発見され、多くの人に共有され、多くの人がその解決のために立ち上がり、各地で
試行錯誤(Try & Error)が行われ、優れたやり方が開発されたとしても、その普及は簡単ではな
い。例えば、“葉っぱビジネス”で有名な徳島県上勝町の地域活性化事例は、イニシエーターである
横石知二氏、葉っぱビジネスというニッチモデル、高齢者のスキルなどが相まって、料理で用い
られる「つまもの」
(葉っぱ)による高齢者収入確保・健康増進による寝たきり老人の解消等を実
現したが、同様の手法を他の地域が簡単にまねできるわけではない。一つの成功事例は、必ずし
も他地域に普及できる一般モデルとはならないのである。
イノベーションの普及は、感染症の数理モデルで代替できる。
感染症は、①非感染者(Susceptible)が感染者と接触することにより感染者(Exposed)となる、
②感染者が発症する(Infectious)
、③発症者が死亡または回復により離脱する(Recovered)こと
により発症者数が時間とともに推移する。これは、イノベーションの普及でいえば、①情報を入
30
手する(不知→認知)
、②実際に採用する(認知→採用)
、③やめる(採用→離脱)となる。これを
モデル化したものが下記となる。
SEIR モデルによれば、イノベーションの普及を進めたければ係数α、βを上げ、γを下げればよ
い。具体的には、口コミやマスコミへの露出により認知率(α)を上げ、影響力ある人の声かけ
や採用のメリット、リスクの低さ等をアピールして採用させ(β)
、満足度を高めて離脱させない
(γ)ことが必要になる。たとえば、政府の推進したクールビズを事例にとると、2005 年の 4 月
に当時の小池百合子環境大臣が閣議後記者会見で発表したことを皮切りに、環境省職員や三越な
どの百貨店、経済界幹部などを巻き込んだキャンペーンを展開し、認知率を高めた。また、閣僚
メンバーが率先して採用することで、役所内や一般企業への採用を促した。クールビズの場合、
一度採用すると、その快適さから離脱はほとんどなかったため、2011 年時点で役所や大手企業で
は7割の採用率となっている13。
なお、イノベーションの普及については、E.Rogers の「イノベーション普及学」(1962)が有
名であるが、同著のモデルは採用に至る要因を5つのグループに分けている。すなわち、標準偏
差で+2σ(全体の 2.5%)はイノベーター(Innovators)であり、新しいものであれば何でも喜ん
で飛びつく、標準偏差で+2σ~+1σ(全体の 13.5%)は初期採用者(Early Adopters)であり性
能が良ければ買う、標準偏差で+1σ~0(全体の 34%)は前期多数派(Early Majority)であり費
用対効果がプラスでリスクがなければ買う、標準偏差で 0~-1σ(全体の 34%)は後期多数派
(Late Majority)であり周囲がみんな使っているから買う、標準偏差で-1σ~は遅滞者(Ragards)
で周囲が使っていても絶対に使わない、とされている。Rogers は、採用に与える因子として、
1)優位性(コストや性能等が優れていること)
2)互換性(使用者に大きな変化を強要しないこと)
3)明瞭性(わかりやすく易しいこと)
4)試用可能性(試しに使ってみることができること)
13
ライフネット生命調べ
31
5)可視性(採用したことが他者に見えること)
の5つを挙げている。
⑤ 定着(Transform)
ソーシャルイノベーションは、単に社会問題の解決手法が普及するだけでなく、
「新しいあたり
まえ」として社会に定着する必要がある。この「定着」を表す社会心理学の概念に「限界質量
(critical mass)
」
(Shelling(1978))がある。たとえば、ウラニウムは、その集積が一定レベルを
超えると核反応を起こすことから、核反応を引き起こすのに必要なウランの量を「限界質量」呼
ぶが、社会学ではこの概念を物理学から援用し、核分裂の連鎖反応ではなく、人間行動の連鎖反
応のモデルとしている。
下図は、A、B、C という3つの社会があるとして、それぞれの社会における同調行動を示すグ
ラフである。ここでは、横軸 X 人がソーシャルイノベーションの商品を採用している時に、縦軸
Y 人が自分も採用しようと考えることを示している。
ソーシャルイノベーションの限界質量モデル
社会 A は、初期値(X 軸)がゼロの時(周囲で誰もその商品を買わない)に、
「それでも自分は
32
買う」と考える変わり者(イノベーター)が 5 人いる。初期値が 30 人(30 人が使っている)の
時には、それを見て次期は 40 人が使い、そこで均衡する。本モデルでは、グラフと 45 度線の交
点(グラフ A では 5 人、15 人、40 人)が均衡点となるが、このうち 15 人は不安定な均衡点であ
り、採用者が 15 人を超えると一気に均衡は 40 人となる。逆に採用者が 15 人を超えない場合は、
最終的に 5 人の採用で均衡する(初期値 X が 13 人の時に Y は 10 人 → 次期は 10 人が採用(3
人は離脱)→ 10 人の採用状態を見て次期は 6 人が採用 → 6 人の創業状態を見て次期は 5 人が
採用 → 最終的に 5 人で均衡)
。
一方、
社会 B は極めて同調的な社会である。誰も採用していない時に採用するのは 1 人であり、
世の中の人の半分以上が採用したら一気にほとんどの人が採用するようになる。グラフ B と 45
度線の交点は(1,1)、(51,51)、(90,90)である。よって社会 B では、全体の採用者が 50 人を超えな
い限り採用者が 1 人の状態が続くことになり、51 人の時に均衡し、採用者が 52 人になると 90 人
が採用する状態で均衡する。
社会 C は、社会 A と類似しているが、社会問題へ感度が鈍い社会である。30 人が採用してい
たとしても、社会 A ではそれを見て 40 人が採用するが、社会 C では 5 人しか採用しないため、
5 人で均衡するまで採用の縮小が続く。すなわち、社会 C では、45 度線とグラフ C が交わる点が
(5,5)しかないので、初期値が 60 人でも 70 人でも、最終的には採用は 5 人になってしまう。
本モデル(限界質量モデル)によれば、ソーシャルイノベーションを高い水準で定着化(均衡)
させるためには
1)グラフを左方に移動させる
2)グラフを上方に移動させる
3)限界質量(critical mass)を超えるさせる
ことが必要になる。
グラフの左方移動とは、社会問題に対する社会の構成員の感受性を高めることである。問題に
関するテレビ番組(NHK スペシャルなど)は、社会全体の感受性を高めるために非常に有効であ
る。同調行動は各自の主観に基づくものであることから、統計的な数値より、主観的な印象に大
きな影響を受ける。Latané(1981)の社会的インパクト理論(social impact theory)では、個人
が受ける社会的影響は、3 つの主要な要因、すなわち 1)影響源の強度、2)影響源の近接性、3)
影響源の数の乗算で表すことができるとされるが、これは①影響力のある人(首相や芸能人など)
が採用しているかどうか、②身近な人が採用しているか、③大勢の人が採用しているか、によっ
て同調行動が影響を受けることを意味していることから、影響力のある人(インフルエンサーと
いう)や口コミ(twitter や facebook など)による情報の拡散が有効となる。グラフの上方移動
とは、イノベーターや初期採用者を増やすことである。そのためには、政府や大企業などが率先
して採用することが有効である。また、限界質量を超えさせるためには、α、β、γの中で最も
操作性の高いα(認知率)を高めること、具体的にはメディアによる大規模なキャンペーンなど
が有効である。
⑥ モデルの活用
ソーシャルイノベーションの成功確率を高めるには、4つの段階のそれぞれの確率を高めれば
よい。政府は、①~④の各段階で社会に効果的に介入することで、ソーシャルイノベーションの
成功確率を高めることができる。また、政府に限らず、企業、市民、メディア、NPO など社会を
構成する様々な主体も、各段階の確率に関与しており、自らの活動によりソーシャルイノベーシ
ョンの成功確率を高めることができる。
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6.政府の役割
ソーシャルイノベーションを政策として実施するには、①問題の発見・定義と関係者との共
有、②解決手法や成功事例の公募や認定、③実践者の認定と普及員の養成、④定着のための制度
設計や広報、などを順に行う必要がある。その際、政府は、社会問題の解決は政府だけで行うも
のではなく関係者の参加と協力が不可欠であることを伝え(Ownership と Empowerment)
、解
決に取り組む者を推奨する=社会免疫力を涵養することを主とすべきである。
政策とは、社会問題の解決のための社会への介入であるため、いかに介入を終えるか(Exit)
を想定しておく必要がある。こうした介入から終了までの一連のプロセスは、複雑系の制御であ
り、複雑系やその制御手法に関する理解が求められる。複雑系の制御は医学の方法論が進んでい
ることから、先行科学である医学を基にした社会問題の解決手法に関する学問(=社会医学)の
体系化と、その教育のためのカリキュラムや施設(社会医学部)の整備・教育人材の育成が急務
である。そこで税金を使わず社会問題を解決するソーシャルイノベーションに関する知識と実践
手法を行政官が学べば、現在の財政コストを半減することも十分可能であろう。ソーシャルイノ
ベーションを先導する者(Initiator)は、身分保障がなされている公務員が最適である。
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ソーシャルイノベーション・シンポジウム
1.シンポジウムの名称
「ソーシャルイノベーション・シンポジウム~被災地と日本の復興のために」
2.本行事の趣旨、目的
本シンポジウムは、社会問題に対する革新的な解決法であるソーシャルイノベーションの意義
と可能性を議論するとともに、被災地復興を通じて日本に新たなソーシャルイノベーションを実
現することを目的とする。
3.日時
平成 26 年 2 月 7 日(金)
午後 2 時から 5 時 30 分まで
4.場所
京都大学百周年記念ホール(京都市左京区吉田本町)
5.主催・共催等
主催:京都大学経済研究所先端政策分析研究センター(CAPS)
共催:独立行政法人経済産業研究所
後援:近畿経済産業局、京都府、京都市、関西経済連合会、京都商工会議所、
大阪商工会議所、
(独)中小企業基盤整備機構、日本ベンチャー学会 ほか
6.参加対象
企業及び経済団体従事者、国・地方の政策担当者、大学関係者など約200人
7.プログラム
(1)開会挨拶 京都大学経済研究所長 溝端佐登史教授
(2)来賓挨拶 京都市長 門川大作 氏
(3)基調講演・問題提起
大西 隆
日本学術会議会長・前東京大学先端科学技術研究センター教授
佐分利応貴 京都大学経済研究所先端政策分析研究センター准教授
(4)パネルディスカッション
コーディネーター
佐分利応貴
京都大学経済研究所先端政策分析研究センター准教授
パネラー
大室 悦賀
京都産業大学経営学部准教授
田端 真理
大阪ガス㈱人事部ダイバーシティ推進チームマネジャー
広石 拓司
文京区ソーシャルイノベーション・プラットフォーム事務局
米良 はるか READY FOR? 代表
(5)閉会挨拶 京都大学経済研究所先端政策分析研究センター長 矢野 誠
8.入場料
無料
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◎当日配布パンフレット
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基調講演資料:
1. 大西隆 日本学術会議議長
ソーシャル・イノベーションとは何か?
(社会革新)
• 人々が、より快適に、より健康に、より豊かに、
より平等に、暮らすことができるように社会の
価値観、人の組織、経済産業を含む人々の
活動を発展・革新すること。
• しかし、革新の概念、さらには評価が多様で
ありうることから、ソーシャルイノベーションの
評価も多様である。
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ソーシャルイノベーション・シンポジウム
〜被災地と日本の復興のために〜
平成 26 年 2 月7日(金)14 時〜17 時 30 分
京都大学時計台百周年記念館ホール
【司会】
これより、京都大学経済研究所先端政策分析研究センター公開シンポジウム「ソーシャルイノベー
ション・シンポジウム~被災地と日本の復興のために」を開催いたします。
私は、本日の司会を務めさせていただきます奥村と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
開会にあたり、京都大学経済研究所長
溝端佐登史より開会のご挨拶を申し上げます。
【開会の挨拶:溝端佐登史氏】
京都市長
門川大作様をはじめご列席の皆様、本日は大変お忙しいなか、本シンポジウムへ御参集
いただきましてありがとうございます。私は、京都大学経済研究所長の溝端と申します。主催者を代表
いたしまして、ご挨拶を申し上げます。
私ども経済研究所は、過去半世紀にわたり日本を代表する経済学研究のセンターとして高い評価を
いただいており、我が国でもトップレベルの水準を維持しております。当研究所は、知の最先端の研究
拠点として、
「複雑系経済学」といわれる分野の国際的・学際的な研究に力を注ぐとともに、現実の経
済と研究との接点である実用科学の研究にも力を入れております。そうした流れのなかで、2005 年か
ら当研究所内に先端政策分析研究センター、通称 CAPS と呼んでおります研究センターを設置し、霞
ヶ関の各省庁などから 5 名の教員を迎え入れ、共同研究や政策提言を行っています。
本日のシンポジウムは、一昨年、昨年に続き 3 回目となる CAPS 主催の被災地復興シンポジウムで
す。今回は、基調講演に日本学術会議の大西隆会長をお迎えし、被災地の現状や課題、そして社会を変
える手法としてのソーシャルイノベーションについてご講演いただきます。続いて CAPS 教員による
問題提起やソーシャルイノベーションの第一線の研究者や実践者によるパネルディスカッションを行
い、被災地や日本をソーシャルイノベーションでいかに変えていくかを議論する予定です。
イノベーションとは、すばらしい発明や商品が世の中に広がり、
「新しいあたりまえ」になることで
す。昔はパソコンも、インターネットも携帯電話もありませんでしたが、今ではあたりまえになってい
ます。私の専門はロシア・東欧経済ですが、旧ソ連が崩壊したのは計画経済が破綻したことによりま
す。計画経済は役所が経済を支配しているわけですから、イノベーションが起こりません。それに対
し、資本主義国は、民間企業の活力により次々と新たな技術革新、イノベーションが起きたわけです。
イノベーションは、経済発展の、暮らしを豊かにする原動力なのです。
ソーシャルイノベーションとは、ソーシャル、社会の問題を解決するアイディアや商品が世の中に
広がり、
「新しいあたりまえ」になることです。少し前まで女性の仕事はお茶くみやコピーだと言われ
ていましたが、今では男女同権があたりまえ。男性より優秀な女性社員がたくさんいまよね?
京都
市で昨年 1 月から始まった「日本酒乾杯条例」は、日本酒での乾杯を通じて、日本人の和の暮らしを
支えてきた様々な伝統産業の素晴らしさを見つめ直すことを目的として制定されましたが、今や日本
中に広がり、制定自治体は 20 を超えております。近い将来、こうした日本酒での乾杯が「あたりまえ」
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になり、乾杯のたびに日本の、和の文化に思いを寄せていただければ、京都の伝統産業にもさらに光が
当たるのではないでしょうか。また、本日はエフエム京都の吉田社長もお越しいただいておりますが、
ラジオも今ではインターネットで聴けるようになりました。今はまだインターネットでの放送は地域
限定の規制がありますが、放送法の規制緩和がなされれば、世界中の人が京都の情報にオンタイムで
接することができるようになるでしょう。被災地の情報も、被災地のエフエム局の放送を通じて、ネッ
トラジオで毎日聴けるようになるかもしれません。
ソーシャルイノベーションは、たった一人の取組から始まります。本日ご来場の皆様が、本シンポジ
ウムをきっかけとして、社会の問題に、ビジネスやさまざまな角度から取り組んでいただければと思
います。
結びといたしまして、本シンポジウムを共催いただきました独立行政法人・経済産業研究所様、後援
をいただきました京都市様、京都府様をはじめ関係者の方々へのお礼を申し上げまして、私のご挨拶
とさせていただきます。どうもありがとうございました。
【司会】
続きまして本日、本日のシンポジウムを共催いただいております独立行政法人
経済産業研究所を
代表いたしまして、総務ディレクター金子実様にご挨拶を賜ります。
金子様
どうぞよろしくお願いいたします。
【共催の挨拶:金子実氏】
ご紹介にあずかりました独立行政法人
経済産業研究所の金子でございます。このシンポジウムを
共催させていただく機関の代表といたしまして一言ご挨拶いたします。本日はお寒いにもかかわらず、
このシンポジウムのご参加いただきまして誠にありがとうございます。このシンポジウムは京都大学
経済研究所先端政策分析研究センターの主催により行われるものですが、私ども独立行政法人経済産
業研究所は京都大学との間でソーシャルイノベーションの活性化に関する調査研究のテーマで共同研
究を平成24年度からすすめさせていただいております。このシンポジウムはその共同研究の成果の
普及に資するものであることから共催をさせていただいております。独立行政法人経済産業研究所は
経済産業政策に資する理論的実証的研究を行い、政策提言に繋げることを目的として 2001 年に設立さ
れました政策研究機関であります。2011 年度からはじまりました5年間の短期目標におきまして日本
経済を成長軌道にのせ、その成長を確固たるブランドデザインを研究するというミッションを与えら
れております。京都大学との共同研究のテーマであり、本日のシンポジウムのテーマでもあるソーシ
ャルイノベーションは経済成長と密接な関係をもつ重要なテーマです。1993 年にノーベル経済学賞を
受賞したダグラス・ノースはフォーマルな制度とインフォーマルな制度が相まって経済成長が効果的
に訴追されると言っている。ソーシャルイノベーションはフォーマルな制度とインフォーマルな制度
をかみ合ったものとした上で重要な役割を果たすものと考えております。このような重要な研究テー
マについて京都大学経済研究所先端政策分析研究センターの多様かつ高度な研究資材と豊富な研究資
材のアクセスを確保されることで共同研究をすすめさせていただいていることに私ども経済産業研究
所は心より感謝しており、充実した成果が上がることを期待してこのシンポジウムにおいても活発な
議論が行われ、ご参加いただいた方々が充実したものであったと感じていただけるものになることを
祈念しております。
最後になりますが、本日ご登壇いただく方に心からの感謝の言葉を申し上げさせていただきまして
簡単ですが私の挨拶を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
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【司会】
ありがとうございました。
続きまして、ご来賓を代表し、京都市長
門川大作様よりご挨拶を賜りたいと存じます。
市長、よろしくお願いします。
【来賓挨拶:門川大作氏】
みなさまこんにちは。京都市長の門川大作です。ソーシャルイノベーションのシンポジウムが京都
で開催されること、本当にうれしく誇りに思っております。溝端先生には乾杯条例にふれていただき
ありがとうございます。全国で四十いくつの町で条例ができました。今年は日本酒で乾杯条例サミッ
トを京都で開催する予定で、これは世界中で和食と同じように日本酒が右肩上がりになるようにした
く、日本酒自身を世界遺産にしたらよいのではと考えています。国内では4割、世界で評価されている
日本の文化、精神文化をもう一度再認識して世界に発信しようとしている。
さて、東北の大震災の教訓を風化させないように、風評被害が起きており、二つの風に叩かれてい
る。京都市からは17名の職員を現地に派遣しているが、頭が固かったということを実感している。同
時に被災地の復興はもとより、日本の復興に取り組んでいくことが大事だと思っております。京都で
もいち早く推進会議を立ち上げ、大室先生に委員長になっていただき、様々な可能性について考えて
いただいている。先ほどの溝端先生の話を聞きながら、京都市が来年度予算で挑戦することを申し上
げたいと思います.宅配便は翌朝には届いている時代になりましたが、これは鉄道をつかって、そして
トラックを使用し ICT を活用した仕組みで成り立っている。昔の会符をつけて送っていたときとは違
う。しかし最終段階の物の移動、あるいは人の移動については会符の時代とあまり変わらない。これを
未来交通イノベーション研究機構をつくり、あらゆる産業界各社で検討してもらう。例えば観光シー
ズンになれば市内中心地の駐車場は混雑するので、郊外の駐車場を利用し、その後は交通機関をつか
ってもらうというようなことを全体としてやっていけないかなどを検討する。京都の古い街で人と物
の移動を ICT やあらゆる科学技術を使えば素晴らしい仕組みができないかと考えている。これもソー
シャルイノベーションの一つではないかと考えお教えいただければと思います。
京都においてこういったシンポジウムを開催していただき、国際社会のなかで日本が世界から尊敬
されるようなことになればうれしく思います。関係者の皆様に改めて敬意を表紙、このシンポジウム
が有意義なものになりますことをお祈り申し上げまして挨拶とさせていただきます。ありがとうござ
います。
【司会】
京都市長、お忙しいなかありがとうございました。
門川市長は、公務のためここで退席されます。みなさまどうぞ拍手でお送りください。
それでは本日のプログラムに移ります。
まず、基調講演といたしまして、日本学術会議会長である大西隆様から、
「ソーシャルイノベーショ
ンと日本の未来」についてお話を賜ります。
大西会長は、土木工学・建築学をご専門とされ、東日本大震災復興構想会議委員、総合科学技
術会議議員、日本計画行政学会会長、そして我が国の叡知の総本山とも言うべき日本学術会議の会長
を務められるなど、震災復興から日本の科学技術政策の決定まで幅広い分野でご活躍されております。
それでは、大西会長、よろしくお願いします。
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【基調講演:大西隆氏】
ご紹介いただきました日本学術会議大西です。よろしくお願いいたします。
今日はソーシャルイノベーションというタイトルのシンポジウムで、
「ソーシャルイノベーションと
日本の将来」という大きなタイトルの話をするのですが、実はソーシャルイノベーションのシンポジ
ウムをすると伺ったとき、かなりびっくりしました。というのは日本計画行政学会の会長をこの3月
末まで務めるのですが、3年間が一区切りになっており、その3年間のテーマがソーシャルイノベー
ションと計画行政なのです。これをテーマに3年間会長として活動しているのですから、ソーシャル
イノベーションについては精通していると思われるかもしれませんが、実はそうではないのです。実
はテーマを決めるのは次期会長なのです。前期テーマは人口減少時代の計画行政だったのですが、こ
れは私が設定したテーマで、私が研究してきたテーマなのでわかるのですが、ソーシャルイノベーシ
ョンと計画行政はなかなか馴染めなかったのです。馴染めないまま任期が終わるということになりそ
うだったときに京都大学でソーシャルイノベーションのシンポジウムがあるので話をしてほしいと言
われたものですから、まだ宿題をやっていないのだから、きちんと宿題をやり、ソーシャルイノベーシ
ョンについて一定の見解を示せと言われているような気がして一人ドキッとしたのです。
そこで本日は現代都市計画に見るソーシャルイノベーション、中心市街地活性化にみるソーリャル
イノベーション、そして東日本大震災とソーシャルイノベーションについてお話し、まとめとして復
興まちづくり社会の展開、ソーシャルイノベーションの新展開について話したいと思います。
ソーシャルイノベーションとは何か?これが私の宿題に対する答えになるのですが、ソーシャルイ
ノベーションとは社会活動、発展的に変えていくことが大切なのですが、人々がより快適に、よろい健
康的に、より豊かに、より平等に暮らすことができるように社会の価値観、人の組織、経済産業を含む
人々の活動を発展・革新することが私なりに3年間やってきたなかで出した答えです。もちろん発展
とは何か、革新とは何か、と問いかければいろいろな方法があり得るのですから、革新の概念、評価が
多様であり、ソーシャルイノベーションの評価も多様でありうるということです。
都市計画におけるソーシャルイノベーションがどのように促進されているのかというと、考えてみ
たいと思います。最初が都市計画、街づくりですが、もちろん京都は古い都なので中国の都を手本にし
て街を作った都市である。しかし普通は産業革命以降に作られ、これらの都市のあり方を計画するの
が現代都市計画、近代都市計画の対象とし、それ以前に作られた古い都市とは区別している。日本で都
市計画が始まったのは 1988 年です。都市計画を誰がするのかについては、4段階歴史を振り返ってみ
ました。国主導・都道府県主導・市町村主導・住民参加が一つの見方です。国主導の考え方は欧米を見
聞にいった国の役人が中心となっていた。だんだんそれが広がって行き、戦後、1960 年代の現在使わ
れている都市計画法ができるのだが、そのときは都道府県が主導になっていた。さらに同じ法律のも
とで 20 年ほど前からは市区町村がメインとなり、だんだん分権化されていったわけです。その分権化
されるにつれて我々住民の身近な存在が街を作るようになり、住民が参加して自分たちの街を作って
いくという参加型の「まちづくり」になってきた。トップダウン型からボトムアップ型・分権型へと街
づくりが変わってきたという大きな流れがあります。都市計画というのは何かというと、はっきりさ
せないとイメージが湧かないと思いますが、日本の都市計画には大きく3つの仕組みがあり、これは
日本だけでなく、どこの国もだいたい同じです。一つは、土地利用規制、実際は土地はいろんな用途に
利用できるのだが、この土地、主に私有地の使い方をルール化したものである。私有地の用途を規制し
ただけでは街は作れないので、道路や鉄道、公園などの公共施設をみんなで使うということが大事で、
それが二つ目の公共施設の計画・整備である。いろんな施設を計画して整備する。大きく言えばこの二
つで成り立っている。自分の家、勤めている会社などが私有地に建っていて、その私有地が公共の交通
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機関、道路で結ばれている。施設と土地の使い方のワンセットになって街ができている。もう一つの柱
として市街地開発があり、これは土地利用と公共施設の計画・整備を一緒にやって、いい街を最初から
作ろうというものである。ニュータウンを作るのもこれに当たる。
こういうものがさっき歴史のなかで社会の仕組みが変わってきた。国がトップになってすべてのも
のを決めてきたという時代から、皆が集まって議論して決めるという時代になってきた。
新潟の長岡にいたことがあるのですが、この街は戦時中焼けたという経験がある。ここは駅を背に
して 7〜800m まっすぐいったところで鍵型に折り曲がっている。どうしてそこで鍵型になるのか、少
し考えてみると長岡は城下町であったのです。城下町というのは道を鍵型に作られるのですが、街が
戦争で焼けてしまったため、その後作られた道はまっすぐになった。長岡に赴任当時の役人出身のベ
テランの先生の解説によれば、終戦後まもなくは国主導で数人のチームを組んで3泊4日の調査を各
地で実施し戦争復興の町づくりを行ったそうです。長岡もその一つでここではたまたま街の図面が二
つあり、張り合わせてみると少しずれていたので、そのずれを解消するために道路を斜めに繋いだこ
とで鍵型の道ができてしまったというのです。その図面のずれが街の姿になってしまったのです。ち
ょうど道の突き当たるところが駅の正面となるため、そこに掲示される広告がよく見え映えるのでそ
のビルのオーナーは広告費で稼いでいたそうです。しかし数年前にやはり不便だということでまっす
ぐにされたそうですが、国主導の数人の役人が3泊4日程度で実施された調査による街づくりの結果
なのです。しかし住民主体の街づくりになれば、使いやすい街ができてくるので、参加型というのはま
さに革新的であると思うわけです。
ワークショップやパブリックコメントなど大勢の人の意見を集め、その意見を活かして街づくりを
していく。それは市長など行政の方は国民の意向を組み入れた方が効果があり、大切なことなのです。
こういった街づくりの発展がソーシャルイノベーションにきわめて重要だと考えるのです。
二つ目は中心市街地についてですが、私は 20 年ほどいろいろな街、国の中心市街地政策に付き合っ
ているわけですが、これほど成果の上がらない政策はない。ほとんど成功事例のない中心市街地活性
化がさびれるということは、大きくみれば仕方ないことです。ただ中心市街地では集まりやすさが形
成されるが、ショッピングセンターではなく他に使い方があるのではないかということで、最近の議
論では中心市街地と商店街・商業の活性化がテーマとなり、子育てをしている人が集まってお互いを
助け合ったり、高齢者や子どもたちが行きやすかったり、大きなショッピングセンターはないけれど、
日常品は購入できるような生活ができるとかといった面は残っている。素敵な施設が中心には残って
いるので、歴史探訪をした歴史的な建築物を保全したりして郊外とは違う歴史の街を楽しめる。中心
=商店街という概念を捨てるといろんな可能性がでてくる。これも街に対する見方を変えるという点
ではイノベーションなのかなと思います。
私は実は松山出身なのですが、最近、松山の中心地が寂れているのでどうしたらいいのかと故郷の
問題を頼まれたので、そこで中心=商業だけではない街の作り方が大切なのではないかと思ったので
す。
次に東日本大震災からの復興のテーマについてですが、日本計画行政学会はいろんな活動をしてき
ましたが、ソーシャルイノベーションは 2011 年4月からのテーマなので、まさにその直前に起こった
わけです。東日本大震災から丸3年がを迎えようとしているわけですが、教訓として何が得られたか
というと、私は減災の思想が非常に重要であると思う。もう一つの柱である原発事項については議論
の最中だが、これは地震・津波の大規模災害に対してどのように対処したらいいかということで、
「減
災」という言葉にたどりついた。減災という言葉は新しい言葉ではなく、古い言葉なのですが、この分
野ではやはり「防災」という言葉がよく使われる。減災という言葉はあまり使われないが、言われれば
意味はわかる。防災は災害を防ぐもので、それによって災害はないことになる。減災は災害を減らすこ
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となので、災害はあるのですが、あるけど減らす。減らすというのは、私が考えるのは人命の損失はゼ
ロにする、物の損失(家や建物)は防げない、といったように減災は、ただ被害を完全には減らすので
はない。そのことを基本に防災施設が必要である。それから危険なところに住まない。それから危険な
所に住まないといっても、どんなところが危険かがわからないので、きちんと逃げられるところを理
解しておく。つまり減災というのは、防災施設とまちづくりと避難を組み合わせることが大切だとい
うことが私なりの考えなのです。
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県、宮城県、福島県はこれまで何度も地震による津波の被
害を受けている。記録が残っている明治以降でも今回で4回目の被害となっている。数十年おきに津
波の被害を受ける度に対策を立てているのだが、組織的に対策を考えることができたのは昭和になっ
てからです。1933 年の対策が今回の災害で有効だったかどうかを検証されることになる。それがどう
だったのかということですが、1933 年にとった対策は高台、津波の来ないところに住めばよいという
ことだ。1933 年に起こって、翌年には宅地情勢は終わり家が建ち始めていた。1960 年のチリ津波の際
には防潮堤、つまり防災施設を造り、対策が以前とは変わってきた。これらの3つのものを検証してみ
たい。
岩手県大船渡市三陸吉浜、ここは私が調べたなかでほぼ唯一被災を免れた高台の集落地です。ぎり
ぎりの所まで津波がきていて、手前にある防潮堤は破壊されていた。そのすぐ裏側には人が住んでい
なかったので大丈夫だった。
岩手県釜石市唐丹本郷地区では高台は無事であったが低地の住宅 40〜50 軒ほどは全壊していた。昭
和の震災後、すべて高台に移ったわけですが、その後防潮堤整備ができた後、その防潮堤の裏側の低地
に住宅が建ってきた。防潮堤ができたから安心だということで低地にも住宅ができたのだが、想定を
超えた津波が押し寄せてきた。防潮堤を設計した人は高さ 10 メートルを超えた津波には対応できない
ことをわかっていたが、それを強調できない雰囲気だった。安全神話が防潮堤のそばに家を作るとい
うところにまで結びついてしまった。
岩手圏宮古市田老、ここは 1933 年の津波後に高さ 10 メートル、長さ 1200 メートルの防潮堤を作
られたことで有名なところです。ここではまず考えたことは高台移転だったのだが、大きな集落だっ
たので全部が高台に移すことも無理だと判断し、現地に残るためには防災施設が必要と考え、当時の
和歌山県の防潮堤、街を守るための堤防の案を考えついたが、当時の国は高台移転を推奨していたの
で、田老は村の単独事業として工事を始めた。それをみて翌年から公共事業になった。
この3つの事例に共通して言えるのは、防災施設大切さはあるが、それが安全ではないということ
がわかります。どこまで大きな自然災害があるかわからない。2つめの街づくりにあるように油断し
ていると危ない。今の例だと高台に移動したところはセーフであったことにしましたが、それ以外に
100 ほどの地域で調査が行われたが、本当に安全だと言われているところは2カ所しかなく、あとの
98 カ所は高台に上がったけれど、高さが足りなくて被害にあったところです。本当に安全な場所はな
いということです。だから逃げるということが大切である。こうやって事例をみていくと、一定の防災
施設が必要であること、街をできるだけ安全なところに移る事である。
ソーシャルイノベーションということよりも震災の教訓、とくに津波の教訓を南海トラフの巨大地
震にどう対応していくかが大切である。もう一つの心配として昭和の復興に比べて遅いことである。
被災地の人口の変化をみたところ、2005 年からの5年間で 4.7 万人の人口減だったところ、震災後1
年間で亡くなった人も含んではいるが 5.6 万人減となっている。
今心配されていることは慎重に安全な場所を選んで住むこと、そして次の災害に備えること、これ
は整備ができあがったときにわかることなのだが、そのときに何人残っているだろうということだ。
誰もいなくなったり、お年寄りだけになったりすることが被災地では心配されている。そこで私たち
48
は復興まちづくり会社を作ろうということを災害直後から推奨している。つまり、被災者自らが復興
事業に参加し、最初は瓦礫の処理からはじまり、だんだん既存の産業をだけでなく新しい産業を起こ
してゆき会社を通して街づくりをしていく。狭い意味での街づくりの会社ではなく、観光やエネルギ
ー、農水産業の6産業化があり得ると思うが、新しい産業としてそこで雇用をふやして街づくりを行
わないと、物理的に地域社会の復興にならないのではないかと考え、復興街づくり会社を提案したの
です。これは簡単ではなく最初は瓦礫処分からはじまり、農水産業の 6 次産業化、観光、エネルギー
などに広がり、ただエネルギーの再生化の問題は雇用が少ないことである。メガソーラーは膨大なパ
ネルを敷き詰めても雇用は1人しかいないので観光やサービスといったほうが雇用に結びつく。まち
づくりは会社、つまり人が働くことを通して復興していくことが重要なのです。
まとめとして、ソーシャルイノベーションの新展開として、東日本大震災に関係させると、阪神淡路
大震災のときには「ボランティア元年」という言葉が生まれ、自分の余った時間を作り出して共助の精
神で助けに行くということが、今回の震災でも活動が続いている。しかしこれだけでは長続きしない
ので、まちづくり会社というやりかたで、これ自体が産業でそれが地域の復興となり、雇用を創出し、
そこに住む人を増やすということを東日本大震災の教訓のなかで生み出すことができればいいのでは
ないかと思います
地域企業つまり地域のニーズ、地域の資源に根ざした企業と震災復興を結びつけることがあっても
いいのではないかと思い、ソーシャルイノベーションとは私なりに考えるテーマとなります。
どうもご清聴ありがとうございました。
【司会】
大西先生ありがとうございました。
続きまして、問題提起を、京都大学経済研究所先端政策分析研究センター准教授
佐分利
応貴よ
り行います。
よろしくお願いいたします。
【佐分利先生】
ただいまご紹介いただきました、京都大学の佐分利と申します。私のほうから簡単に問題提起とい
うことで時間を頂きたいと思います。
まず、なぜ今ソーシャルイノベーションだということなのか、世の中の問題はいろんなものがあり
ますが、誰が解決しているのでしょう、私たちの暮らしは誰が守ってくれるのでしょう、ということを
考えてみたいと思います。
昔は街のなかでコミュニティー、セーフティーネット、助け合いがあった。都会では隣に誰が住んで
いるのかわからない状態になり、コミュニティーが薄くなったとはいえ、日本はまだ大丈夫なんです。
企業が元気なので。
それではここで 10 分の休憩を取らせていただきます。15 時 10 分から再開いたします。再開 1 分前
にはご着席いただきますようご協力をお願い致します
【司会】
それでは時間になりましたので、これよりパネルディスカッション「日本のソーシャルイノベーシ
ョン:現状と課題」を始めたいと思います。引き続き、司会を務めさせていただきます奥村です。
(コ
49
ーディネーターを務めます、佐分利です。
)
まずパネリストの方から、それぞれ 15 分ほどご報告をいただき、続いて全体の討論に進ませていただ
きたいと思います。
最初のパネリストは、京都産業大学経営学部ソーシャルマネジメント学科准教授・大室悦賀様です。
どうぞ皆様拍手でお迎え下さい。
【パネリスト:大室氏】
ただいまご紹介にあずかりました大室です。短い時間でさくさくと簡単に話をさせていただきます。
特に前半はさくっとご説明します。ソーシャルイノベーションは 1990 年代後半から議論されるように
なり、マクロな制度的な話と僕の研究テーマであるビジネスを通してどのように社会課題するかとい
うこと、それから NPO やボランティアを含めて議論されてきたことがソーシャルイノベーションの研
究です。我々はイノベーションのなかにソーシャルイノベーションを捉え、イノベーションの一つの
分野として捉えています。イノベーションプロセスはさきほど佐分利先生がお話されたように基本的
に創出のプロセスと普及のプロセスの両方を捉えてソーシャルイノベーションのプロセスとして考え
なければならない。だから今日はこちらを重視しないとこちらがうまく機能してこないという話をさ
せていただきます。
基本的には多様な利害関係者が必要不可欠で従来の企業や行政、NPO などと決定的にそこが違うので
ある。違うというより本来このようなマルチステークスホルダーのなかで存在しなければならないの
で、企業も行政も NPO もそうなのですが、実はそうなってこない。そこであらゆる利害関係者を巻き
込みながらどのようにイノベーションに繋げていくかという話になっていくのです。
イノベーションの話をすると、基本的には資源をどのように導入するのか、オープンイノベーショ
ンだけでイノベーションが起きる時代ではない。組織のインタラクションのなかでどのように外部資
源を動員するかイノベーションするかという時代になってきている。それを前提にすると外部資源を
どう導入するかという話になり、それから異なったアイデンティティ、アイディアをもった人達が議
論をして摩擦を起こしながらどのように新しいアイディアを作っていくかという領域、人が集まって
くるためには何かの共有価値がなければならないが、それをどうとらえるのか、となってくると組織
の構造はどのようになればいいのかということになるが、簡単にいうと組織内の多様性がないと外部
資源の動員ができない。
佐分利先生からもお話があったように、政府はうまくいっていない。行政は公平性の視点でいうと
画一的なサービスにならざるを得ない。市場も情報の非対称制度、公共財、外部性、環境問題がでてく
るとうまくいかない。一方 NPO も領域の偏重性やアマチュアリズムという点でうまくいかない。この
3つのセクターがうまくいっていない状態なのです。そこでヨーロッパではビックソサエティーとい
う言い方をしますが、新しい公共というものがでてきました。それは基本的には小さな政府、それから
民間主導の社会作り、市場性と社会性の両立を図っている。佐分利先生が先ほどおっしゃっていたよ
うに、行政が支えていたものが民間が支えてゆくものに変わっていかなければいけない。そうなって
くると、市場性と社会性の両立というところにたどり着き、今これが求められている。
ソーシャルイノベーションの主体としては、ソーシャルエンタープライズやソーシャルビジネスと
捉えている。ソーシャルビジネスについて説明すると、社会的課題の解決に、ビジネスを活用すること
です。従来あったビジネスを工夫しながら社会課題を解決することが、ソーシャルビジネスです。ビジ
ネスなのだから儲けなければならないという事業性。当然そこには社会課題ということがついてくる。
それから事業性と社会性をくっつけるのですから革新性ということが必要で、この3つの要素から成
り立っているのがソーシャルビジネスだと僕は考えます。
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ここで陥りやすい問題として、社会解決を目的とするとビジネスにならず、ボランディアになって
しまう。一方でそれをなんとかビジネス化しようとすると既存のフレームのなかに収まってしまい、
他のビジネスと何も変わらなくなってくる。この2つのことが非常に陥りやすいタイプのビジネスに
なる。そこででてくるのがソーシャルイノベーションとビジネスイノベーションの二つになります。
今日のテーマであるソーシャルイノベーションを考える上では必ずビジネスイノベーションの側面を
考えなければいけない。ソーシャルビジネスは事業を生み出す形式としては NPO で、それからソーシ
ャルベンチャーと言われる株式会社タイプ、それに加えて一般企業、これらが日本独特の領域になり
ます。
京都市は中小企業の社会化のような動きをしており、ソーシャルイノベーションを起こそうとして
います。ソーシャルビジネスとしては、ビジネスとしてのクオリティ、社会的課題を認知させて、社会
的課題を解決させる。それから貢献的なもの、この4つの側面を狙って行く。それからソーシャルビジ
ネスはそんなに簡単ではなく、基本的には高コストになり、市場規模も小さい。それからこれからお話
するステークホルダーの制約、それを消費してくれ、応援してくれている人達の制約があります。この
3つの制約があって非常に難しい。ではどうすればうまくいくかというと、やはりコラボレーション
です。コラボレーションをうまくしているところは事業もうまくいっている。逆にうまくコラボレー
ションできてないところは事業もうまくいかない。あと、プロセス志向であること、あと学習の3つの
特徴がある。
ソーシャルビジネス、ソーシャルイノベーションがうまくいっていないとどうなっていくのかとい
うと、継続できたり起業に踏み切るのはわずかなのです。マーケットの存在と支援側のスキルが原因
となり、どうもうまくいかない。ではどうすればいいのかというと、そこで社会志向型の消費者が必要
で、それを支援するコンサルの問題が大きな問題となっている。
今、京都市が考えているのが「京都ソーシャル・イノベーション・クラスター」で、以前、産業クラ
スターがあったが、それのソーシャル版と考えていただいてよい。つまりソーシャルエンタープライ
ズが取り囲む様々な機関がコラボレーションしながら、京都の一つの面としてこれらの機関を有機的
に繋げていき、外部の人もこの人達とうまく繋げてコラボレーションしていくということを京都市と
一緒にやっています。それの核となるプログラムがこの「RELEASE;」です。これは社会志向の優秀な学
生を育てることで、それが結果として社会志向型の消費者の育成にもなるし、逆に優秀な学生が社会
志向をもてばもつほど、企業は彼らをリクルートするのであれば、企業自身も社会志向型になってゆ
かざるを得ない。それでないと優秀な学生を採用できないのであれば、社会志向型の企業が増え、それ
を金融機関がその流れを買うというロジックのなかで倫理する。学生が変化し、企業が変化し、社会が
変化するというこの面としての京都を作り、核として学生の街京都を使う。全体のプログラムとして
は、課題発表があり、ブラッシュアップがあり、本大会がある。実は来週 2 月 16 日に本大会を開催し
ます。
学生にとってはどうなのかというと、一つには PBL になっており、もう一つは先進的な経営スタイ
ルをもっている企業とコラボレーションできるので、今迄にない経験ができたり、今迄勉強してきた
ことを実際に試せる機会が設けられる。
企業にとっては、商品開発はもとより、優秀な学生を採用したいのでプログラムに参加させてほし
いという。
京都市にとっては、36 校ある大学を有機的につなげ、大学を超えてコラボレーションすることで京
都ブランドを作れ、社会志向型のソーシャルが作れる。
効果として、海外からのオファーもあり、京都の大学と連携したいとの動きもある。というように学
生を起点とすることで、様々な動きが有機的に繋がっている。
「RELEASE;」という学生と企業をコラボ
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レーションするプラグラムをこの京都ソーシャル・イノベーション・クラスターのプラットフォーム
にできないかということで動いています。これの特徴は、柔道やお茶などの「型」のようになってい
て、実は強固な型にはなっておらず、非常に柔軟な構造になっています。実は社会課題を学生と企業と
で解決しましょうというコンテンツしかもっていないのです。優秀な企業の優秀な学生を集めてネッ
トワークを作ることによって優秀な資源を利用することになっている。こういうことが様々なセクタ
ーを繋ぎ合わせているということが実際動き始めています。
「RELEASE;」という事業を京都市と一緒にやりながらソーシャル・イノベーション・クラスターの構
築を検討しようとしております。以上です。ありがとうございました。
【司会】
大室背性、ありがとうございました。
続きまして大阪ガス株式会社人事部ダイバーシティ推進チームマネージャー田畑真理様です。どうぞ
よろしくお願いいたします。
【パネリスト:田畑様】
こんにちは。大阪ガス人事部の田畑と申します。
今までソーシャルビジネス本流の皆様のお話を伺ってきたのですが、私はそうではなく、企業の言い
訳の立ち位置で話をさせていただきたいと思います。
始めに大阪ガス似ついてご紹介しておきます。1897 年に設立され、1905 年に事業を開始いたしまし
た。設立から事業開始までの8年間のタイムラグに何があったかと言いますと、お金が足りなかった
のでアメリカまで資金調達に行き、ようやく事業開始できたということで、元々外資系でした。公益事
業者という閉鎖的な業界では少し変わった会社としてレッテルが貼られています。グループ企業も含
め、売上げ構成をみると、4分の3はガス事業で、その他エネルギー事業、それから 0.8%と少ないで
すが、海外エネルギー事業、そして環境および非エネルギー事業です。非エネルギー事業というのは、
スマートフォンのカメラレンズに使われている樹脂や、活性炭材料などを作っております。このよう
な売上げ構成比なのですが、利益構成比になると、メインの事業は4分の1です。残りの4分の3は新
しく始めた事業で関係会社の事業です。いかに公益事業というのが利益率が低いかということを頭に
置いておいていただけるとありがたいです。
社会的課題への調整として今までやってきたことを整理しますと、副産物利用によるエネルギーコ
ストの低減、環境エネルギー問題、地域振興・文化振興の3つに分けられます。
一つは、昔は石炭からガスを作っていたわけですが、化成品といわれるものを利用した炭素繊維や
電極材料を作り、さらには先ほど申し上げたようなスマホのカメラみたいなものがでてきます。それ
から 1980 年代より石炭から液化天然ガスに変わっており 90 年代には完全に移行したのだが、そのと
きに LNG からガスをつくるときにガス交換ででてくる冷熱、−196 度の液化ガスを気化するときにでて
くる冷熱を使ってでてくる発電や冷凍食品などの製造を事業としております。それが社会課題なのか
と言われると、これは製造コストを下げるための副産物事業という位置づけで始まったものです。
二つ目は環境エネルギー問題。省エネ関係ですと、Eco Wave,エネルギーマネジメントやそれにまつ
わる省エネ機器や燃料電池などを出してきており、周辺サービスとしてのエネルギーマネジメントに
おけるコンサルビジネス、あるいはそれを導入するための金融スキームを派生してビジネス化してお
ります。これら二つは比較的うまくいっているのですが、なかなか厳しいのが三つ目の企業ブランド
価値向上です。いわゆる企業に社会的責任という部類に当てはめられるところなのですが、地域振興
や文化振興といったところで、扇町ミュージアムスクエア、京都リサーチパーク、Next21、MOT スクー
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ル、スポーツ教室などの事業を行っている。さきほど大室先生のお話にもありましたように、様々なフ
テークスホルダーのお約束の元に、なおかつどのように儲けるのかというところまでもってこないと、
事業は始まらない。扇町ミュージアムスクエアはわりとしがらみが少なかったので早くに撤退できた
のですが、あとの4つは京都市さん、京都府さんが人もお金もかなりの投資して下さっていたり、
NEXT21 は建設学会、建築学会などいろんなステークホルダーが関わっており、あまり儲からないので
すが、足抜けができないという状況のビジネスがあります。これから自由化を控え身軽になっていか
ないといけない時期なので、このグループで新しいことを始めようとするとすれば、相当に周到なシ
ナリオがない限り手軽にできないという状況です。
公益事業、都市ガス事業はあまり儲かりませんと申し上げていたのですが、やはり供給エリアのな
かで独占が認められている規制に守られた産業なのですが、一方で透明性、長期性の投資の回収がな
かなかできず、安定供給の義務を負っています。冒頭に紹介したように利益率のいい事業に踏み出そ
うとしておりますので、もともとは地域の課題と当社の課題の重なりが大きかったのですが、当社の
事業としては、海外などの関西圏外や非エネルギー事業に移動していっておりますので、地域の課題
との共有部分が少し薄れている気がします。
「開放の窓」の部分が皆様のイメージに残っている当社の姿だと思います。社会は知らないのだが、
当社は知っているという「秘密の窓」をみると、ガス事業から別の事業に変わろうとしている、あるい
は電力ビジネスで一番の顧客は関西電力さんという状態で、表面的にはエネルギー戦争かもしれない
のですが、一方でいいお客さんなのです。大阪の会社のイメージをもっていただいているのですが、実
は海外に進出しようと考えています。
自社での重要度が低いといわれている「盲点の窓」の部分では、社会貢献活動で地域との重なりが大
きかった時代からいろいろとやっています。行政、財界、消費者団体、NPO など重要なステークホルダ
ーなので一緒に取り組んできました。
これからのビジネスが「未来の窓」に該当するところだと思うのですが、LGBT という言葉をお聞き
になったことのある方はどのくらいいらっしゃいますか?これは性的少数者、いわゆる同性愛者、バ
イセクシャル、トランスジェンダーという人達が労働人口の5%いらっしゃいます。また日本にいる
外国人は 300 万人と言われており、これだけ少子高齢化と言われているのですが、ハーフの赤ちゃん
がだんだん増え、国際結婚が増えている。またニート、フリーター、引き籠もりといった税金を払って
いなくて、むしろ使っている人たちが 300 万人いるが、少子高齢化といっている傍ら埋もれている労
働者なのではないかと思います。人権問題に対して日本の企業は感度が悪いと言われています。また
荒廃した里山の拡大も問題になっており、被害が拡大しています。どうすれば企業はソーシャルビジ
ネスに入っていくのかというところですが、経営者の鶴の一言、あるいは賢い消費者、先ほどの先生の
お話にもありましたが、学生を社会的な消費者にしていこうということですね。日本の大企業を慌て
させるような活動をしている NPO は少ないと思います。あるいは賢い消費者によって核で支えてもら
う、フェアトレードがそうなのでしょうけれどニッチなマーケットで頑張ろうというのがビジネスモ
デルとしてあるのかもしれない。
今、大きな組織の経営トップの方はいろんな変化を感じられるのでこのままではマズイということ
はわかってらっしゃる。底辺にいる若者たちもわかっているのですが、一番まずいのは今の経営トッ
プがたどっていたルートを眺めている垂線を目指してベクトルが進む人々なのですが、なかなかそれ
が見えていない。しかし事業環境が変わったり、ルールが変わったりすると、当然頂点がずれていく。
するともともとの戦略が通用しなくなるかもしれないということを意識しないといけないということ
が、ダイバシティ推進の一つの論点になっています。
ECO
Wave は金融スキームで、いろんな省エネ設備をいれるとき、政策投資銀行からの融資をうけら
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れ、イニシアルコストがゼロで省エネできますよ、というスキームです。また本業のなかでのエコと防
災、それから、なかなかお金にならないソーシャルビジネスなのですが、浅原選手が弊社に在籍してお
りますので、スポーツ教室も行っております。
というところで、ご清聴ありがとうございました。
【司会】
ありがとうございました。続きまして株式会社エンパブリック代表取締役・文京区ソーシャルイノ
ベーション・プラットフォーム事務局の広石拓司様です。よろしくお願いいたします。
【パネリスト:広石氏】
みなさま、こんにちは。エンパブリックという会社を経営しておりまして、もう一つ文京区ソーシャ
ルイノベーションプラットフォームで、区の方と一緒にどうやって住民の方々が参加して変えてゆけ
るのかなと考え取り組んでおります。
テーマとして街のソーシャルイノベーションを盛り立てることですが、僕たちの会社は社会起業家
の育成に取り組んできたなかで、新しい活動を生み出すためには前の人達がどのように協力をしてく
れるのか、仲間をつくることができるのかが一番大きなテーマだと考えています。そこで 2008 年にエ
ンパブリックを創業しました。「正解のない問いを共に生きる」ということをテーマにしております。
これについてはまた後で述べます。いろんな人が知恵と力を持ち寄る場づくりがどうすれば広がるの
か、新しいことをやろう!と言い出したのはいいのですが、やはりその人が一人でするにはなかなか
実現しないのです。いろんな人達が知恵や力を持ち寄ることはどういうことなのか、どうすれば体系
的に取り組めるかについて考え取り組んでいます。そういったなかで、根津スタジオはそこでいろん
なワークショップができるような場所を作ったり、コミュニティスタジオは地域の人達が知恵や力を
持ち寄って試行錯誤できるような場所をつくって、そういった事業を広げたり、また企業のなかで設
けていただいたり、地域で設けていただいたりといったことを僕たちの事業として行っております。
正解のない問いを共に生きると言いました。ある意味、日本には「正解」というものがその時代ごと
にあったのではないかと思います。例えば僕たちが子どもの頃には、日本は資源を輸入してものづく
りをして、輸出して経済成長しますということがあった。何故勉強するの?と問われれば、いい高校に
行って、いい大学にいって、いい企業に就職するという。いい企業というのは、一部上場企業であっ
た。経済成長が何なのだろうということもありますし、例えばいい会社やいい仕事とは何?というこ
とについては、学生たちも迷うわけです。そういう意味で答えがないのだが、一人一人の答えがあって
もいいのではと思うのだが、それも違う。一体、答えがないということは何なのだろうということで、
答えを見つけるために一緒に考えよう、一緒に作ろうという意味で力を合わせないといけない。答え
があるなら、それを一人一人がすればいいので、そうではなく答えがわからないから、一緒に考えるの
です。それが今のコミュニティーや地域の繋がりが問われている理由なのではないかと思います。日
本というのは正解がある教育を受けて育っている。例えばアベノミクスの第1の矢についてはよく見
えたが、第3の矢が見えづらく、日本の経済をどうやって成長させるのかについてなのですが、1年前
の朝日新聞の記事によると、ほぼこの時期から1年間、日本の優秀な人達が集まって考えているのに、
日本の経済成長はどこに向かうのかについて見えない状況がまだ変わっていないのです。今日本の経
済の成長が何が本当に正しいのか正解はないのかもしれない。そこを必死に自分の正解を人の正解に
しようと戦っているのが今の状況なのかもしれない。
正解のない問いとは何か、たとば「2+X=6」だとすると「4」という正解のある問いですよね。
これはたとえば国の施策が決まっており、それに対応すればよいし、何をすればよいかについてもか
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なりクリアであった。
「X+Y=6」
、これは正解のない問いと混同されがちなのですが、これは正解が一つではない問いで
す。
「1+5=6」だったり、
「2+4=6」だったりという意味では、たとえば地域活性化するために
地域の特産品、地域の資源を活かしてゆきましょう。そして地域の活性化をしましょうというという
なかで、そうしたらどんな特産品を作ったらよいか、どんな資源を活かしたらよいのかということを
考えた時代が「正解が一つではない時代」なのかなと思います。
そういった意味で、正解のない問いとはどんなものかというと、
「X
Y=6」
「2+X=Y」といった
ように、
「2+4=6」かもしれないし、
「10−4=6」かもしれないし、
「2×3=6」かもしれない。
また、
「2+10」でもいいのかもしれないし、
「2+100」でもいいのかもしれない。まったく何が正解
か言えないのです。例えば地域のなかで活性化する、地域の人を活かすのかどこにゴールがあるのか
を考えるのです。どこかに答えがあるのではということを探し求めるよりも正解がわからないこそ一
緒に作っていくのだと思います。正解がないというのは、解くのではなく、試行錯誤していきながら、
共に生きて行くのではないかと僕たちは考えます。そのためにはどういう風に場を作ればよいのか、
どういうプロジェクトを見いだしてよいのか。例えば、学生たちは1年からインターンを経験してい
る人達のことを「意識高い系」というそうです。そういった意味では社会を作るとか、社会を変革する
ということや社会起業家というのは意識高い系の物語ではないのですか?と問われる。そのときに僕
たちはアクションを守り立てるということ考えます。盛り上げるという言葉がありますが、
「盛って・
上げる」と書くように、芸人がもっと面白いことを言って場が面白いことが積上って、面白いことにな
っていく。それが盛り上げるというなら、
「守り立てる」はもっと話したいな、一緒に作りたい、手伝
いたい、課題を分かち合いたい、自分も協力したいと思う人がたくさんいるのですが、それをわざわざ
言わないので、実はアクションを実際残している人、アクションを起こしている人はごく一部なのか
もしれないけれど、とても多くの人達が何かをしたいと思っているのではないか、それをどのように
出せるのか、守り立てるといのは安心があった環境があったときにはじめて人が立つということです。
自分が否定されないと思うから、発言できるのだし、自分が邪魔されないと思うからやってみようと
思うのだろうから、守り立てる技術、ファシリテーションを広げていけばいいと思います。どうしても
会議のファシリテーションが注目されているが、それを組織のファシリテーションや地域のファシリ
テーション、国家のファシリテーションへの広げていけるのではないかと思い、それが今、僕たちが取
り組んでいることです。
それをどうやって実現していくかということで、自治体や企業と取り組みを広げているのですが、
その一つとして文京区と一緒にそのモデルを作ろうと「文京ソーシャルイノベーション・プラットオ
ーム」を行っています。地域に何か役立ちたいという人がどうすれば活躍できるのか、問題意識をもっ
ているとか、NPO をしているから地域のなかで必要とされるのではなく、何か役立ちたいと思っている
人がどうやって参加をし、どうやって活躍することができるのか、その基盤を作ろうと思っています。
そういった意味で SNS でいろんな情報を発信しているのですが、まずは地域の課題を知っていただい
たり、こんな人がいるんだということを気づいてもらうために対話の場を設けます。対話の場で問題
意識が形になっていくと、それを形にて事業にしたいと考えている人には、起業講座なのでそのやり
方を教えてあげます。そのなかで形になってきたものはプロエクト登録をしてもらい、そのプロジェ
クトが支援する時期にきたら、区が人手も資金もかけて支援する。まず地域で何かしたいと思う人が
アクションを起こせることができる基盤を作ることが僕たちのテーマです。
文京区で有名なのは東京ドームやサッカーミュージアム、東京大学があり、誰もが日本全国のこと
を考えている。AKB が秋葉原から東京ドーム目指します!というのは、千代田区から文京区を目指すの
ではなく、東京ドームというのは全国の象徴だったりします。文京区には NPO が300以上あるので
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すが、文京区の地域課題を扱っている団体は1割以下しかない。文京区は地域に惹かれて住んでいる
のではなく、利便性に惹かれて住んでいる、家族や世帯の問題の変化というのは日本全国で進んでい
る課題だと思うが、サザエさんの3世帯からクレヨンしんちゃんの核家族が中心だといわれてきてい
る。そのなかで最近は単独世帯が増えてきている。例えば親一人に子ども二人といった構成は、昭和ま
では有効だった。1986 年だと子どもありのなかで二人という構成が一番多かった。核ファミリーとい
った場合には核家族がイメージにあったが、どんどん単身世帯が増えているのです。文京区でいえば、
単身世帯が 55%くらいを占めている。高齢者の単身ではなく若い世代の単身世帯が増えているのだが、
文京区は大学が多いので学生たちじゃないのかといえば、それは数パーセントでしかなく、約 30%は
中年世代の単身世帯なのです。3世帯というのはもはや2%でしかなく、核家族ですら 12%くらいし
かない。そのなかで家族や世帯とは何かが、大きなテーマとなっている。家庭を支えるご近所力やコミ
ュニティー、地ブランディングをテーマにしている。まずは対話の場として、知って・出会って・考え
ましょう、そして地域課題がでるので、そのなかで講座を開いている。僕たちは区民の人達に対して社
会起業講座をしますが、同時に区役所の人にもします。なぜかというと区民と区は共存しましょうと
いうことで、区は NPO を作る人の気持ちを体験してみようということで一度個人として区のために何
ができるのかについて考えないと、対応ができないのではないかということで、区民と区の両者に対
して行っている。プロジェクト支援というのは加速させるためにすることを目的としています。
たとえば、
「文京郷による地域ブランディング」では、文京区にたくさん住んでいた「文人」という
資源を活かして地域を元気にしたいという。しかし、その思いには共感するが、それが住民にとって意
味のあるものなのか、会員数の目標と実現方法はどうなっているのか、何故二人でしているのか?な
どが突っ込まれるわけです。それに対していろんな人を巻き込んで対話をする場を設けた。その対話
を通してわかったことは、文人郷の企画を手伝いたい人はいないが、自分のやりたいことが応援でき
るプラットフォームとして文人郷を応援している人が多かった。だから二人で企画したことだから協
力者がいなかったが、実は地域にはやりたい事があって、それを支援できるプラットフォームに変え
ていこうとで文人郷のプロジェクトで支援していることだと思います。
アクションを促すことは出会うことが大切だし、話すことが大切だと思います。支援の最大の武器
が対話ではないかと思い、広げていきたいと思います。昨年4月より始めプログラム参加者が 550 名、
プロエクト数26、プロジェクト登録 10、プロジェクトとして支援できるものも3つになりました。
2月11日にイベントがあるのですが、何かをしたい人が始める1歩としてどのような基盤ができる
のかについてお話いたしました。
ありがとうございました。
【司会】
ありがとうございました。
では続きまして READY FOR? 代表の米良はるかにお願いします。皆様、拍手でお迎え下さい。
【パネリスト:米良氏】
READY FOR?の米良と申します。よろしくお願いいたします。エンパブリックさんと同じ東京都文京
区根津より参りました。東京大学の創業者と一緒にやっているので、ライバル校にやってきた感じで
す。
私自身は京都には何度か来ており、私たちがやっている事業と京都から生まれる様々なソーシャル
イノベーション、ものづくりの文化と何かできないかと考え、2ヶ月に1度の割合で京都に来ており
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ます。
今日はクラウドファンディンツのサービスを紹介しながらソーシャルイノベーションについて話を
させていただきます。
まずパラリンピックの荒井秀樹監督をご紹介したいのですが、4年前にこの方と出会ったことで人
生が大きく変わりました。彼はパラリンピックのスキーチームとして、何度も優勝しているような強
豪チームで強い選手を率いていたのですが、たまたまお会いする機会があり、いろいろ状況を聞くと、
お金がないという話がありました。NO1になっているチームですらお金がないことに悩まされている
ことに驚いたのですが、アスリートの世界は結局一番にならなければ意味がないというところで戦っ
ている人たちなのです。彼らはワックス代が足りないとおっしゃったのですが、ワックスというのは
その質の違いによりスピートに影響し、それにより負ける可能性もあることを聞いて、そういった想
いがあり、日本の代表として戦っている人たちを支えることができないのかと、荒井監督とお会いし
て思いました。
大学4年のとき、私に一体なにができるのだろうと考えたとき、インターネットを使って小額を多
くの人達から集めれば、ワックス代が集められるのではないかと思いました。そこでサイトを立ち上
げ、荒井監督に対してお金を集めるというプロジェクトを立ち上げました。サイトには「あなたの 100
円が大きな力になる」と掲げ資金を募ったところ、無事 120 万円集めることができました。チームは
そのとき金メダル2個、銀メダル1個を獲得する大きな成果を得ることができました。このことで私
はうれしく思ったのですが、荒井監督だけではなく、夢をもっていてお金がないから叶えられない、踏
み出せないという人がたくさんいるのではないかと考え、それがインターネットの世界の SNS という
小さな団体や個人が自分の想いを発表してお金を集めることができるのではないかということにこの
プロジェクトを通して可能性を感じました。その後、大学院に進んだのですが、こういった仕組みが普
及することが重要だと思っていたのですが、どうすれば人々がこのようなプロジェクトに面白く参加
できるのかを考えながらスタンフォードに留学をしました。そのとき、シリコンバレーを選んだ理由
として google や Facebook もスタンフォードの近くにあるのですが、そういったイノベーションがた
くさん生まれている街田ということと、チャリティーの文化を勉強したいと思いました。
思った通りアメリカは小さな団体や想いにお金を集める仕組みがどんどん生まれていることをしり
ました。その仕組みがクラウドファンディングであると言えます。留学している期間だけでもクラウ
ドファインディングのサイトが 200 ほど存在していることがわかりました。日本国内ではお金を個人
に対して集めるといったサイトは存在していませんでしたし、寄付文化がないけれど皆が知っている
というよくわからない言葉で片付けられていました。アメリカで広がっているものは必ず日本にも入
ってきてそして人々の行動を変えていくと信じたので、Ready
For?を立ち上げました。
少しだけクラウドファンディングの話をしたいと思いますが、クラウドファンディングはネット上
で多くの人からお金を集めるということを指します。これは 3000 億円の市場と言われています。資金
調達の市場としては、新しいマーケットとして大きなものになってきていると言われています。有名
なのはアメリカの Kickstarter や IndieGoGo など、われわれの ReadyFor?や日本国内でも数十個のクラ
ウドファンディングが 2010 年よりどんどん増えていっている状況です。クラウドファンディングの仕
組みは大きく3つに分けられます。一つ目が寄付型と言われており通常の寄付のように、お金を出し
た人は本当に自然的にお金を出すというやり方です。二つ目は購入型の仕組みは、一般的なクラウド
ファンディングでよく指されているようなものです。今迄の寄付や投資というモデルではなく、お金
を出した人達が何故か見返り、物などをゲットできる仕組みです。例えば、Kickstarter のサービスで
はクリエーターさんたちが CD を作りたいとすると、その制作費として30万円集めるとします。その
30万円集まれば 1,000 円出してくれた人には CD をお返ししますよ、10 万円出してくれた人にはク
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ローズのライブに招待しますよ、といった感じで、リターンをお返しするというモデルです。3つ目は
投資型で、例えば、未上場株などに応用できるような小さな企業にもお金が集まるような仕組みにし
ています。これは日本の政府でも検討されており、まだ仕組み化はできていない状況です。
ReadyFor?は購入型の仕組みでやっており、一つ一つのプロジェクトは募集期間と目標金額を設定
していただき、目標金額か募集期間内に集まればプロジェクトが成立、お金がもらえるというような
少しゲーム性を取り入れた仕組みをとっています。クラウドファンディングの事例として Kickstarter
のサービスのなかでは数十億円のプロジェクトがどんどん成功しているような状況になっており、ス
タートアップのベンチャーなどは、VC に取られるくらいなら、クラウドファンディングでお金を集め
て何かを始めてしまおうというような動きも出てきています。
今の ReadyFor?は 2011 年3月 29 日にスタートし、現在 630 件のプロジェクトが資金調達をしてい
ます。「All or Nothing」
、成立という概念がありますので、7割が目標金額を集めて成立したことに
なります。現在、総額 3.8 億円ほど集まっています。一つ一つのプロジェクトはアメリカの Kickstarter
と違っていて、公共性がある活動、つまり地位に関する活動だったり NPO に関する活動であったりそ
ういったものが非常に多くなっています。でもどんな方々でも利用でき、自治体、個人、NPO、株式会
社など様々な企業様に使っていただいております。
代用的な事例として、震災により陸前高田市は図書室がなくなってしまったので、本を購入するた
めのお金を集めるために、目標を 200 万円に設定したのですが、結局的に 830 万円ものお金が集まり
ました。目標金額の 200 万円というのは 3 日で達成し 860 人もの方々がお金をだすということに参加
してくださいました。先ほど申し上げたとおり、ReadyFor?は購入型の仕組みで、何かしらお金を出し
て下さったかたにリターンをお返しする仕組みです。このプロジェクトの場合は1万円出して下さっ
たかたには、その方の好きな本を選んでいただいて、その好きな本にその方のお名前を入れて1冊筒
図書室に寄贈するというモデルをとりました。実際に自分の手元に何かが届くわけではないのですが、
実際このプロジェクトが終わった後、自分が寄贈した本を見に行くといったような形で、ここにたく
さんの支援者が集まったという効果がありました。単に資金調達をするというよりは、仲間だったり、
今まで出会えなかったような自分を応援してくれるようなチャンスを作れたような気がします。ユニ
ークな事例だったのが、去年、名古屋市の東動物園のコアラの餌代を集めるというプロジェクトでし
た。これは 100 万円を募集金額として、コアラのユーカリの栽培費用の一部を集めるということだっ
たのですが、これは名古屋市民を中心に 600 人の方が参加して下さいました。面白いと思ったのはこ
の動物園は自治体が運営しているのですが、いわゆる税金がかかっているところなのですが、これか
らの地方行政というのは歳出を少なくしていかなければいけないなかで、このように市民がそれぞれ
の地域に対する想いがあると思うので、自分たちの街は自分たちで守っていかなければいけないとい
う意識のなかで生まれたのではないかと思いました。
それ以外にも図書館の例があるように、全国各地で ReadyFor?を使って自治体さんが取り組む事例
がでてきています。最近では大きな会社も事例として出てきています。松竹株式会社による小津安二
郎さん監督「晩春」という映画をデジタルマスタリングするというプロジェクトがあります。デジタル
化しないと小津さんが作った作品が見れなくなってしまうということで、日本の文化を守っていくよ
うな作業に使われている。また J-WAVE がラジオの制作費を集めるという試みがありました。今までの
番組制作は企業スポンサーを集めて番組を作るということだったのですが、それだと企業の宣伝ばか
りになり、本来制作してマスメディアとして果たさなければいけない本当に知るべきことを作ってい
けないということで、リスナーから企画・お金を集めて番組制作をするという試みが行われました。こ
れも無事お金が集まり1月1日2時間番組が放映されました。このような形で企業や個人、自治体が
様々な形で ReadyFor?を使っていただいております。
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あと新しい取り組みとして CSR の分野も始めています。CSR の今までの企業というのは大きな NPO に
お金を出しているのですが、なぜそこなのだろう、何故そこにお金が入ったのだろうということが多
くの人に伝わらなかった。企業としてはいいところにお金をだしたのでそれを宣伝、よく知ってほし
いと思うのが当然だと思うので、私どもは多くの人達から共感される、応援したいと思われている小
さな団体や NPO がたくさん ReadyFor?でお金を集めているので、そういった方々の二回目のチャレンジ
として企業が半額だすということをしております。今アサヒビールやベネッセがお金を出して下さっ
ています。
やる方は様々でお金を集める目的も多様になってきており、630 件のプロジェクトに対してお金を集
めることをやっております。
私がチャレンジして2年半から 3 年になります。私自身、なにもなくただの学生でした。自分が出
会った人の想いに共感して、急に足が動いて急にアクションを始めたことかなと思います。ソーシャ
ルプロジェクトというのは大義からするものではないかと思っており、自分がやりたいからとか、こ
の人のために何かしたいからといったところからスタートし、そういったアクションを皆さんに起こ
していって頂きたいなと思っております。私自身も小さなアクションから今のポジションに成長して
いけたのかなと思います。
最後なのですが、やはり私もここにいらっしゃる皆様はソーシャルな活動に対するアンテナが高い
方だと思うのですが、是非自らが動くような、実行者と私たちは呼んでいるのですが、実行者になって
いただきたいなと思います。聞くという立場から行動する人達になっていただきたいと思いますし、
その種というのは私どもがもっていると思いますので是非たくさんの実行者が生まれて社会が少しず
つ変わっていくように皆様で共にがんばっていきたいと思います。
以上です。ありがとうございました。
【司会】
ありがとうございました。それでは、これよりディスカッションに移ります。
パネリストの皆様は、壇上にお上がり下さい。
【佐分利】
ここからはリラックスしていただき、会場を回っていきたいと思いますのでいろんなことを話して
いきたいと思います。
まずは「何が問題なのか」について考えたいと思います。
広石さん、いかがでしょうか?
【広石氏】
経済の問題は経済で解決しないといけない。アベノミクスがそうで金融緩和という発想が多かった
のだが、地域づくりとかまちづくりということになると、思考が停止してしまう。ソーシャルイノベー
ションというのは日本のなかで経済と社会のなかで別々のものではないのだということを考えること
で、そこが分断していることが問題だと考えている。
【佐分利】
「思考停止」というキーワードがあったのですが、まったくそのとおりで、自分は関係ないと思う人
が多い。
大室先生いかがでしょうか。
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【大室氏】
違う側面からみると、思考停止させるほうが楽なのである。行政も企業も思考停止させたほうが楽
なのである。だから思考停止させるべきなのである。
たとえば、皆さんも顧客でありながら住民である。企業からみれば、
「あなたは顧客です!」ときめ
てかかってくるが、政府からみると「あなたは市民」なのである。納税者であり選挙権があるという多
重の側面をもっているにもかかわらず、一つの側面に絞っている。
【田畑氏】
1960〜70 年代の成功事例をトレースしていくことが未来永劫発展につながるのだと思ってきたとこ
ろに、状況が変わり悩ましいことになってきている。ダイバシティとイフュージョンという考え方が
あり少数派を受け入れ、多数派も少数派に歩み寄ることで新しいイノベーションの役割を担っていこ
うとしている。
2020 年には意思決定のできる地位の 3 割以上が女性となるようにしなければいけないという施策が
あるが、その立場になりうる資源が数パーセントしかいない。その状況下であと 6 年で 3 割の幹部を
育てろというのはムリがある。外部から人材を持ってくるというのは、それは素晴らしいことだと思
う。
先日、ためしに自分の職歴を中途採用のサイトに登録したところ、登録後 3 時間程度でたくさんの
オファーがくる。皆考えていることは同じで、社内に人材がいないので、外部から採用しようとしてお
り、とても短絡的である。
そうではなく、いろんな事情があってシングルマザーであったり、家庭と両立されているといった
潜在資源を堀りおこさないとはじまらない。そのためには成功モデルをトレースするという考えを捨
てないといけないと考えている。
【佐分利】
成功モデルをまず考えてしまいがちですよね。
まったくそんな状況とは関係ないよという米良さん、いかがでしょうか?
【米良氏】
私たちの事業は実行者という何かを始めようとする人たちが資金を集めるサービスなので、何かを
始めようとする人が増えることはうれしいし、事業上でも大事である。それが世の中に対して何かを
働きかけていく人が増えれば、より良い社会になるのではないかと思ってサービスを提供しています。
企業に勤めていて、引退したとしても充実した社会保障がつかず、このままの日本だと安心して自
分たちが暮らすことが難しい。自分たちの世代になると絶望的であることがわかるが、今の状況を変
えるための実行になかなか踏み出せない。その理由として実は親の影響が強いと思う。親がダメとい
うので動き出せないという若者がたくさんいて、親世代が将来を考えて自分も社会に対して動けるこ
とがあれば動くということをすれば、それは長期的にみると当たり前の話であるにも関わらず、なぜ
か短期的な考えになると保守的になるところがある。
「行政に何を求めますか?」と問われることがあるが、私は特にない。しかし、行政が変わらなけれ
ば何もできないという考えを持つ人が多い。そうではなく、社会のために自らができるところから動
くということが大切である。
マインドを変えることが大事で、自らが動くことができなくても、そのように行動する人の背中は
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押してあげてほしいと思います。
【広石氏】
7-8年前、ホリエモンショックが起こった頃、経済産業省が小中学生に対し起業家教育を実施して
いたが、親たちが「うちの子供をホリエモンにするつもりか!」と教育委員会に苦情がきた。わが子に
は地元の市役所などで勤めるように言っているのに、学校教育のなかで起業などと変なことを教える
なという。このときに感じたことは、若者がんばれ!というときは、若者に向けてだけいうのではな
く、親世代もチャレンジしなければいけない。
なので、お上がんばれ!ということは文京区がんばれってことなので、区役所研修を実施している。
霞が関の役人たちも、
「民間さん頑張ってください」だけではなく、自身も頑張らなければならない
し、変わらなければならないことが今求められていることだと思う。
【田畑氏】
今の若い人は親御さんのいうことをよく聞きますね。多少やんちゃな部分を見せてほしいなと感じ
ながら、採用活動を進めているのですが、最後になって、
「親に勧められ御社に決めました!」といい、
3 年くらい経ってから「少し違うような気がする・・・」と言って辞める人もいる。
過去を超えないと評価されない。
【大室氏】
少し反論しますと、1 年生で起業したい学生がすごく増えている印象があります。確かに親から大企
業に行きなさい、公務員になりなさいとか、最近は農協に行きなさいといわれてその道に進むことを
考えてえる学生もいるが、一方で、少ないですがソーシャル系に限らず起業したいと考えている学生
もいる。小さな流れかもしれないですが、起業したい学生が増えていることも現実である。
【佐分利】
変わりたいと思っていても動けない。
(3時間5分)
【大室氏】
親はある程度未来が見えていて、こうしたらいいのではというが、未来をどう変えていけばいいか、
【田畑氏】
【米良氏】
一緒に取組みをする傾向にある。たとえば、石巻に遊び場を作るという活動をしている
ISHINOMAKI2.0 は場づくりとしては地域に根付いているけれども、こどもの遊び場としてなら、ベ
ネッセさんのほうがノウハウがある。ベネッセは自分たちが持っているリソースをワークショップな
どで共有しながら、子どもたちがどうすれば楽しめるのかを考える。
そういう人たちだけが社会の担い手ではなく、大企業であったり自治体であったりと、社会をよく
しようとしている人たちが手を取り合ってそれぞれの役割を果たしていくことが重要なのだと思いま
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す。大企業の方で自分のするべきこと、数字責任などはすでに果たしていているような人は新しい動
きに対してあまり興味をもっていないのだけれど、それをダメというのではなく、そういう人たちを
うまく活用して外にでてもらって、話を聞いてきてもらって、私たちを助けて下さいというと、もしか
すると「じゃあ協力するよ」ということになるかもしれない。そういうことを促すことがいろんなセク
ターの人と交わる場づくりということになるのだと思います。
【佐分利】
感想や質問でもいいですが、何かございませんか?
【京都経済同友会
安田様】
宝ケ池で開催されている関西財界セミナーで変革者を作ってそれをどうしたらいいのかという分科
会をしていたのですが、そこでの議論と本日の議論が私の頭の中でうまく整理ができました。財界セ
ミナーでおじいちゃん方が言っていたことをお伝えします。
社会と経済の発展は議論として、社員が起業したい、何かしたいと考えたならそれを支援しようと
いうことになり、起業だけでなくソーシャルビジネスや政治家になりたいという人を対象にしようと
いう話になった。どういう支援をするのかというと、会社を出るとその後とんでもない人生を送るこ
とになると考えている若者が出るときに、出ればよろしいという支援をする。何故こんなことを議論
しているかというと、まさに閉塞感です。日本の企業が諸外国の企業に比べて新しいことをする力が
やや弱いのではないかという危機意識があります。ではどうすれば Google や Facebook のような企業
がでてくるような社会になるのか、自分たちの企業がそうなれないのか、イノベーションを起こすに
はどうすればいいのか、田畑さんがおっしゃっていたようにダイバシティ、多様性、大室先生がおっし
ゃっていたように異端を許容する、多様性を保証するといったそういうことで摩擦がなければ新しい
ものは生まれないなら、いろんな経験をした人、いろんなバックグラウンドをもっている人を許容で
きるような組織でなければならない。
みなさんの意識と宝ケ池での財界セミナーとの意識というのはぴったりと一致しており、大変力強
く感じました。
【広石氏】
シリコンバレーというのは起業家がたくさんいて、その人たちが優秀だと思われがちだが、彼らの
事業プランをみると、実は日本でやっていることと変わらない。何が違うかというと、周りにいろんな
ネットワークが作れることと、彼ら起業精神に対して絶対的な自信を持っているということなんです。
例えば起業してみたけれどダメでしたということになったとして、何で?と考えたとき、開発力があ
ったのに営業力がなかったということになると、じゃぁ今度はうちの会社にこないか?ということに
なる。実は起業してもほとんど失敗していると考えていいのですが、傷の浅いうちにやり直せるので
す。
【佐分利】
ほかにどなたかいらっしゃいませんか?
【生活科学研究所
上野様】
今の閉塞状況については大室先生がおっしゃられたとおりだと思うのです。佐分利先生がさきほど、
松下幸之助が NPO であっても経済的に採算が合うかどうかを考えたと思うとおっしゃられました。
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今まで日本は政策的だとか、公共的だとかで市場原理を無視して経済原則を忘れ、リスクマネジメン
トも失いいろんなことをやってきた。悪い例を大阪府で挙げると、りんくうタウン構想がありまして、
莫大な資金をつぎ込んで開発計画を打ち出したのですが、あれができた当時、海外から帰国したとき、
りんくうタウンで食事したり遊んだり宿泊したりすることを考えられるかと聞いたところ、皆の回答
は「疲れているのにそんなことはしない」というものだった。今もりんくうができたくらいで、何も使
われていないのですが、それも典型的な例になっているが、経済原則だけではなく経営が把握できて
いない。これは政治家が考えてもらわなければいけない問題なのですが、政治家が考えるとまた急激
な変化でこの世の中が変わるような錯覚をする。消費税の導入においても大蔵官僚に聞くと 30 年かけ
てやっとできたという。このごろ稚拙な政策が多く、少なくとも新しい政策をだすときには、市場原理
に照らし合わせて検討し、ニーズにかなっているのかどうか、経済原則に照らし合わせ、リスクマネジ
メント、経営の観点からマネジメントをきちんとやっていただきたい。なので今回は経営と連動して
本当にできるようになれば、再生できるようになると思います。アメリカ型の利益優先であれば、公共
の福祉を優先することでどれだけ国民が幸せになれるかということを考えて決めていただければいい
と私は思います。
それに対してご意見いただければと思います。
【大室氏】
社会は市場中心に動いていながら政治と政策とは乖離した状況のなかで動いている。そこに大きな
問題があるのですが、最近特に感じるのは、欧米の経営者というのは日本の文化を必死で学んでいる。
日本人は以外と日本のことをあまり知らない。欧米の方は実は白黒、1or0の世界に生きているのに
対し、日本人は曖昧な世界に生きていて曖昧をうまくコントロールして時代を作ってきたのですが、
欧米の方はそれがうまくできないのです。それを見ていると市場なのか、政治なのか政策なのかうま
く混ぜる、それが自分たちの文化なんだということを了解した上で、曖昧なものを曖昧なものとして
コントロールしていたこともどってみればよい。
【佐分利】
若い方からの意見はどうでしょうか?
【京都大学
富澤様】
佐分利先生に授業でお世話になっています。佐分利先生の授業で、日本をもっとイノベーティブな
ものにしたいと考えていて、何が問題なのかについて考えたときに、
「好きだ」という何かを見つけら
れないことと、
「これがしたい」
「この問題を日本が抱えている」という問題を見つけられないことがあ
るのではないかと思う。そもそもなのですが、実行者が増えないといけないのですが、実行者というの
になれる人は、むちゃくちゃこれが好きだとか、本当にこれがイヤというどちらかの気持ちがあるか
らだと思うのです。しかしそれが見つけられないので、行動に起こせない、起こせたとすれば、クラウ
ドファンディングなどを利用して普及ができる。佐分利先生がおっしゃっていた「びっくりマーク」が
生まれないことが私の問題だと思っていて、お話を聞いているなかで、外部とのコミュニケーション
をとればいいのではないかというのがありましたが、私もそれが一つのカギだと思っていて、でもそ
もそも外部とのコミュニケーションをとろうと思っている人は、こういったシンポジウムに参加して
いる人だと思うし、ある程度の意識があるので、来られているのだと思う。でも私がもっと変わらない
といけないと思うのは、こういった場にも出てこない人達というのは見つけるのが大事だとか、何か
を起こさないといけない、行動を起こさないといけないと思っている人達が少ないことが問題だと思
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っています。私は今大学生なので、大学がどうあるべきかについて考えます。具体的に外部とのコミュ
ニケーションを無理矢理にもたせるために、何かできないか、他学部の方と何かできないか等、案は考
えているのですが、大学がイノベーションをもっと増やすためにどうすればいいのかについての案が
あれば、教えていただきたいです。
【米良氏】
最初のプレゼンで伝わればいいなと思ったのですが、大学4年生のときにスキーチームの監督に出
会った話をしたのですが、正直いって「出会いました」だけなんです。今言われた、
「すごい好き」と
か「すごく解決したい課題」とかはないんです。ただこの人がすごく苦しんでいる、日本のチャンピオ
ンになれるような人なのだから、何かみんなでやったほうがいいのではないかなと思って、ネットを
使えば何かできるかもしれないといった程度の思いでスタートさせたんですよね。このプロジェクト
自体は 100 万円で終わっているし、今 ReadyFor?をする前にそこから1年ほどかかっているし、実
際 120 万円集まって、そのチームが銀メダルを取れましたと言われたときに、自分がやったことが何
か少しでも社会に勇気を与えたという体験をした。その体験が自分に対して、これを広げていけば、も
っと多くの人達が何かを始められるようになるかもしれないと気づいた。私がやっていきたいことは
ReadyFor?がソーシャルアントレプレナーや起業家の場になりたいとは思っていなくて、それこそ大
室先生の授業のなかで何か企業から課題を与えられました、その課題に対してプロジェクトをするだ
けでなく、案に対して実際みなさんからお金を集めて、お金が集まったらそれを実現してみようよ、み
たいな感じでしてみる。その人たちにとったらただの宿題でも、実際動いているなかで自分の案が人
にどう思われているのか、そのリサーチで同じような活動をしている人がわかったり、などに気づい
ていくなかで活動していく人達が増えていくのではないかと思っています。
私も 3 年前まで学生をしていてのですが、外部の研究室や企業と何かをするといっても、やっぱり
学生だと思われている感はあって、そのなかで社会との接点をもつことで、全員が変わるわけではな
いけれど、ちょっと楽しかったとか、やりがいを感じたな、というところから始まって、もう少し続け
てみようかなという感情になると思っていて、好きなこと出会うことは難しいと思っています。一歩
踏みだしたときに、
「あ、これ好きかも」と思ったり、嫌だったら違うことをやってみたらいいと思い
ます。
【大室氏】
150 名ほどの学生が参加している「リリース」という授業をしてわかったことは、本当に社会を変え
たいと思っている学生は 50 名もいないということです。大半は企業のことが知れるから、BS が書け
るようになるから、といったような自分の都合で参加しているのです。何が言いたいかというと、学生
のみなさんが関心をもつ領域で社会との接点をもてるようなプログラムを作れば、勝手に社会とのイ
ントラクションが始まるので、そこで自分に何ができるのか、米良さんがおっしゃったように起業す
るだけが実行者ではなくて、意識をもって日常生活を過ごすだけですべてが実行者なのです。
【佐分利】
最後にまとめを一言ずつ、「これを」ってことをいただけますでしょうか。
【大室氏】
日本のいいところはたくさんあるのに何故日本人はそれを無視し続けるのか、そのいいところを企
業経営や組織経営に取り入れないのかに疑問を感じます。京都をもっと楽しんで京都からいろんな方
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がでていかれたらいいかなと思います。
【田畑氏】
3月 11 日午後3時よりグランフロントで LGBT が働きやすい職場づくりというセミナーを開催しま
す。おそらく話を聞かれたら「そんな状況があるのか!」と目から鱗状態になられるかと思うのです
が、そこを一旦受け入れたらいろんな気づきもあるし、ビジネスチャンスも転がっているのではない
かと密かに思っておりますので、ご参加いただければと思います。自分のアイデンティティーを見い
だせない人達を理解するということは、いろんな個性へとつながるし、そこに着目したマーケティン
グも成功したものもあるので面白いものだと思いますのでよろしくお願いします。
【広石氏】
創造的破壊ということばが破壊ありきと考えられて、新結合をどんどん作ってしまうと古い結合に
意味がなくなることが創造的破壊なわけですよね。今までの自民党を変えなきゃいけないとか、日本
を変えなきゃいけないとか、破壊のほうに評価されているのですが、実は魅力的な新しい繋がりに自
然的にシフトしていくのだろうなと思い、そうすると僕たちはいかに魅力的な繋がりを作るのかが実
は一番イノベーションじゃないのかなと思います。そういった意味で、セクターを超えた新しい繋が
りができて、変わらないのかなと嘆く前に魅力的な繋がりができればいいなと思います。今日はあり
がとうございました。
【米良氏】
私は東京で生まれ、東京から出たことがなかったのですが、ReadyFor?を立ち上げてから全国各地
を回るようになりました。特に京都が好きで、よく来るようになったのですが、なぜそうなったかとい
うと、魅力的な文化がたくさんあってイノベーションとは全部新しいのではなく、文化を繋ぐ活動で
あったり、それを守っていく活動から生まれるのではないかなと思います。日本がイノベーションを
起こすために守る文化がたくさんあって、京都にはそれがたくさんあると思います。若い人達がもっ
と文化を繋ぎながら文化を作っていくといったようなことに気づいてくるのではないかなと思います。
新しいイノベーションの活動が京都から生まれてくるとうれしいなと思いますし、それが一緒にでき
ればいいなと思いますので、足しげく京都に来ようと思います。ありがとうございました。
【佐分利】
みなさんが宝です。みんさんから変わりますので、がんばって頂きたいと思います。コミュニケーシ
ョンが社会の問題を解決する万能薬です。問題はコミュニケーションができていないから起こります。
子どもたちに残せる最大の財産は何か、それは事業も大事だ、お金を残すのも大事だ、でも一番大事な
のは自分の人生だ、偉大な生涯だという。偉大な生涯とは何ですか?というと、困難に打ち勝つことで
す。ぜひ突き抜けて最後までがんばりましょう。
本日はどうもありがとうございました。パネリストの方々に拍手を送りたいと思います。
【司会】
ありがとうございました。これをもちましてパネルディスカッションを終わります。
シンポジウム閉会にあたり、京都大学経済研究所先端政策分析研究センターセンター長
りひとことご挨拶申し上げます。
矢野先生、よろしくお願いたします。
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矢野誠よ
【閉会のあいさつ:矢野】
本日はたくさんの方々にシンポジウムにお集りいただき、積極的に議論に参加いただきありがとう
ございます。基調講演をお願いしました日本学術会議大西会長、東京・大阪いろいろなところからお集
りいただいたパネリストの皆様方、深く御礼申し上げます。ありがとうございます。
イノベーションや科学技術を社会の豊かさに繋げていくことを検討しているのですが、今日の話を
聞いてたいへん勇気づけられました。私の経験から言いますと、若い頃、芽が出ない研究者で、研究と
いうのはイノベーションがあたったり外れたりし、外れ続けたりもしていました。その頃にレストラ
ンを始めようと思って、そのときアメリカのベンチャーの方に話をしたところ、3回失敗してもいい
と思って始めなさいと言われました。よく考えたら成功も失敗も確率は半々で、3回失敗しても3回
成功するんだから、という気持ちですれば、絶対成功するからと頑張りなさいといわれました。よく考
えると研究も同じでだいたい半々で、3回も失敗すれば次に何とかなるかなと思って研究を続けてき
ました。
本日のお話を伺うなかで、契機というものは大切にして失敗を恐れずにトライし、失敗してもその
失敗を共有できるようになればいいのかなと思いました。
本日の会議は私ども経済研究所が主催させていただきましたが、共催いただきました独立行政法人
経済産業研究所、後援いただきました近畿経済産業局、京都府、京都市、関西経済連合会、京都商工会
議所等々、いろんなところにお手伝いいただいております。ここで厚く御礼申し上げます。今後ともこ
ういう契機を大切にしてイノベーション活動の一つになればいいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
【司会】
以上をもちまして、京都大学
経済研究所
先端政策分析研究センター公開シンポジウム「被災地
復興のためのビジネスイノベーション」の全プログラムを終了とさせていただきます。最後までお付
き合いいただきまして、誠に ありがとうございました。
なお、お帰りの際にアンケート用紙にご感想などをご記入のうえ、会場出口のスタッフにお渡しくだ
さい。このあと 18 時より懇親会が構内レストランカンフォーラで行われます。いまから申し込むこと
も可能ですので、お時間の許す方はぜひご参加下さい。会費は 3,000 円となっております。
それでは、お帰りの際はお忘れ物ございませんよう、お気をつけてお帰りください。
本日は、ありがとうございました。
以上
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京都発ソーシャルイノベーション研究会
1.日時:平成 26 年 2 月 27 日(木)10:00 ~ 12:00
2.場所:京都大学経済研究所北館 201 会議室
3.メンバー:
今里 滋
同志社大学総合政策科学研究科教授
大室 悦賀 京都産業大学経営学部准教授
熊倉 敬聡 京都造形芸術大学芸術表現・アートプロデュース学科教授
木村 隆之 C-design 代表取締役
小山 幸司郎 京都市産業観光局商工部商業振興課長(当日急用が入り欠席)
仲筋 裕則 京都市産業観光局商工部商業振興課係長
吉田 恭三
京都市産業観光局商工部商業振興課
佐藤 正広 京都大学経済研究所先端政策分析研究センター准教授
佐分利応貴 京都大学経済研究所先端政策分析研究センター准教授
安部 敏樹 一般社団法人リディラバ代表(特別ゲスト) ほか
【オブザーバー】
西村 勇也 NPO 法人ミラツク代表
中西 弘之 cafe WAKAKUSA 代表
苧坂 友作 株式会社 dd&p company 代表取締役
松本あかり 立命館大学3回生
浅井 政嗣 映像作家(株式会社つむぎや代表)
杉浦 いちこ appRéciate 代表
河野 博紀 appRéciate 事務局
安東 直紀 京都大学工学研究科安寧の都市ユニット准教授
4.議題:
「京都発ソーシャルイノベーションのために」
1)開会挨拶
2)出席者紹介
3)出席者のこれまでの取組について
4)全体討議:京都発ソーシャルイノベーションのためには何が必要か
5)閉会
5.結論
・京都発ソーシャルイノベーションのためには、社会の問題を解決しようと取り組むキーパー
ソン(イニシエーター・チェンジメーカー)を有機的に結びつける仕組みが必要。
・京都は狭い社会であり、有力者同士のネットワークは緊密(ほとんど顔見知り)だが、こう
したネットワークにソーシャルイノベーションのキーパーソンが入り込めていない。
・まずは京都市内のソーシャルイノベーション関係者を組織化することが必要。(精力的に活
動を続けている今里先生と大室先生とが本研究会まで会ったことがなかった)、今回の出席者を
中心に、京都府庁や KRP(京都リサーチパーク)
、NPO、メディア等の関係者を「見える化」す
る必要がある。そのためにも、本研究会は来年度も継続し、市内のキーパーソンを招聘するなど
して情報共有を行うべき。
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