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重複分野の保険に関する考察

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重複分野の保険に関する考察
重複分野の保険に関する考察
一法的考察の論評と現実的課題-
石 田 重 森
(福岡大学助教授)
1
経済社会の進歩・発展につれ、新しい危険や新たな保障需要が生成
し、消費者・国民の保険に対するニーズが多様化している。保険事業
・保険企業としても、経営戦略の一環として、新市場の開拓のため、
あるいは従来からの市場の深耕のために種々の工夫をこらし、新種保
険の研究・開発を続けている。こうした状況の中で、生命保険事業・
損害保険事業の両分野において、既存の枠組みに入りきらない新しい
保険が続々と誕生している。
たとえば、生命保険事業を考えてみると、次のような隣接業界と競
合する いわば業際的商品(?)が開発されている。すなわち、生命保
険と信託銀行が競合する企業年金保険・調整年金保険、生命保険と信
託銀行・証券投資信託の委託会社・農協共済等と重複する財形貯蓄保
険・財形給付金保険、そして生命保険と損害保険が競合する傷害保険
・疾病保険などである。
これらのうち、保険事業にとって多くの点で問題となるのは、生命
保険と損害保険の競合する分野であろう。この分野における傷害保険、
疾病保険、所得補償保険などは、生命保険と損害保険との分類でどち
一一51-
重複分野の保険に関する考察
らに属するか解釈がむずかしく、厳密な判断のなされないまま、第三
分野の保険として両業界で取り扱われている。とくに疾病保険は、生
命保険と損害保険の兢合に加えて、公的な社会保険・健康保険との競
合問題もあって、私的疾病保険としての制約・限界をめぐる論議が盛
んである。
そこで、これらの第三分野の保険について、分類上の解釈、経営的
考察、そして保障内容などについて検討してみる。
2
欧米におけるように、健康保険(healthinsurance)あるいは傷害
保険(personalaccidentinsurance,TJnfallversicherung)、疾病保
険(sicknessinsurance,Krankenversicherung)、災害保険(casua1(注1)
tyinsurance)などと保険種目ならびにその業務分野が明確な場合、
問題は少か-が、わが国の場合、生命保険と損害保険の二つに分類が
なされ、業務分野もこの分類に準拠しているため、傷害保険、疾病保
険などをどちらの分野で取り扱うべきかが問題とされている。
これは、わが国商法における保険契約の分類で、「損害保険契約は、
偶然事故を条件とする損害填補契約であり、生命保険契約は、人の生
(注2)
死を条件とする定額支払契約である」 としていることから端を発
している。周知の通り、この分類が基準を異にするものによって行な
われているため、属する分野の不明確な保険が出現する毎に、商法の
解釈をめぐり論議がかわされ、いくつかの異なる見解が生じてきてい
る。
すなわち、傷害保険、疾病保険、所得補償保険などが、生命保険・
損害保険のいずれか一つに属するのか、全く別の第三種保険なのか、
両者の要素・性格を合わせ持つ中間的な保険なのかということである。
-52-
重複分野の保険に関する考察
それによって、保険業法に規定された生命保険事業と損害保険事業と
の兼営業止の条項にもかかわってくるのである。
この間題に関連して、以前から傷害保険の分野をめぐって、多くは
法律的観点から論究されてきた。一方で、傷害保険は、給付が死亡の
場合を除いて、不具廃疾の程度に応じて保険金の支払額を異にしてお
り、一定金額の給付という観念に当てはまらず、定額保険ではないか
(注3)
ら生命保険でなく損害保険に含められるとの見解があった。 他方、
傷害保険は人体について生ずる事故を保険事故とし、定額給付を原則
(注4)
とするので生命保険の一種と解する立場もあった。 しかし、傷害保
険・疾病保険においても、定額給付・準定額給付・損害に応じた給付
がそれぞれあり、他の要素や性格をも考えあわせると、これらの保険
が生命保険か損害保険のどちらか一方に属するとする見解には無理が
あろう。そして、多くの学者・論者は第三種保険税または中間保険税
をとっており、最近は保険業界でも第三分野の保険とする見解が支配
的である。
そこで、この第三種保険説ならびに中間保険説をより詳しく検討し、
果たして第三分野の保険とすることが妥当かどうか論究する。
(1)まず、傷害保険・疾病保険等は生命保険・損害保険のどちらにも
属さない第三種保険とする説
商法の文言を厳密
に解釈する見解で、
「傷害保険・疾病保
生保
険などは人の生死に
損保
◎
関して一定金額の支
払いをなすものでは
ないから、生命保険には属さないし、また直接に計算できる損害の墳
-53-
重複分野の保険に関する考察
補を目的とするものではないから、損害保険一にも属さないのであって、
(注5)
第三種の保険に属する」 とか、「人の廃疾事故に対し、約定の保険
金を支払うことを約する廃疾保険は、損害保険にも生命保険にも属し
(注6)
えない」、あるいは、「損害保険でもなく、生命保険でもない第三種
(注7)
の保険が少なくない。傷害・疾病保険等がこれである」 等の論断が
ある。
この説では、一部の生命保険的要素、損害保険的要素が捨象されて
しまう点で疑義があり、「両者のいずれにも属しない第三種の保険契約
と称する説もあるが、それは損害保険契約と生命保険契約のいずれと
も無線な異種の保険契約という意味でなく、両者の中間形態という意
(注8)
味においてのみ承認しうると考える」 との批判がある。
生命保険と損害保険の範囲を最も狭義に把えており、法文の解釈上
はともかく、実際問題として、純粋な生命保険・損害保険の範疇から
はみ出る保険が多くなって、問題が複雑化する懸念がある。
(2)傷害保険・疾病保険等は生命保険と損害保険の両者の要素を有する
中間的保険とする説
「傷害保険契約は、
損害保険契約と生命
損保
生保
保険契約の両者のそ
中間保険
れぞれの要素を併せ
もついわば中間的な
性格のものと解する
(注9)
のが最も事実に即した解釈であろう」、あるいは、「傷害保険が人保
険であり、かつ定額ないし準定額保険契約である限りにおいては生命
保険契約と共通の性格をもつとともに、他面その保険事故ないし危険
の内容が傷害という特殊の事故であることからみれば損害保険契約と
-54-
重複分野の保険に関する考察
(注10)
共通の性格をもっている」、「傷害保険は、その人保険性、定額ない
し準定額性において生命保険と共通の性格をもっており、またその保
険事故の不確定性・多様性・保険事故の態様に応ずる保険金支払の変
動性において損害保険と共通の性格をもっている。したがって、傷害
保険は、生命保険と損害保険両者の要素を兼ねた中間的性格を有する
(注11)
ものであると理解するはかない」 などと傷害保険、疾病保険の具体
的内容・実際的性格からも判断する立場である。
この説においては、両者の性格だけを合わせもっているのか、それ
以外の要素も加わるのか。もし後者ならば、生命保険・損害保険以外
の要素として如何なる要素があるのか、などが不明確と思われる。
(3)傷害保険等は、生命保険・損害保険の両者の性格を合わせもっ第
三種の保険とする説
「傷害保険契約は、
両者の要素をあわせも
生保
ついわば中間的な性格
ll
i
ll
ll
損保
/'
J′
/
′
′
J
苧≒
のものであって、両者
の要件のいずれをも充
足することができない
から、そのいずれにも属しない第三種の保険契約と解するのが妥当で
(注12)
ある」、あるいは、「傷害保険は明らかに生命保険ではないとする要素
と、他の損害保険とは異なる生命保険的要素とを併有するものであっ
て、結局、両保険の中間的ないわば第三種保険と称すべきものと考え
(注13)
られよう」 とする立場である。生命保険・損害保険の両者の要素を
併有しているが、それぞれ一方の要件をすべて満していかゝから第三
種の保険であると説いている。
しかし、生命保険・損害保険のすべての要件を満さなければ純粋な
-55-
重複分野の保険に関する考察
生命保険・損害保険でなくなるとすると、現行の保険のうち例外的要
素の加わった保険は皆第三種保険となり、業務分野は複雑となろう。
また生命保険・損害保険の要件の定義もむずかしくなり、結局、実際
的な分類でなくなってしまう。
(4)傷害保険・疾病保険は、生命保険と損害保険という類型以外の無
名契約であるとする説
「わが商法の下で
は、人の生死を保険
事故としないところ
の定額保険は分類の
外にはみ出し、その
生保 揖保
l巧ノ
?号
二/彩 ン
ン
位置を発見しえない
(注14)
結果となってしまう」 とか、「人の生死以外の事実を保険事故とする
定額保険契約は、商法673条の生命保険契約という類型には該当せず
商法上になんら類型化されていないいわゆる無名契約ということにな
るわけである。それゆえ、疾病保険契約・傷病保険契約について、そ
れが契約のカテゴリーとして損害保険契約に属するかそれとも生命保
険契約に属するかと問うことは、問題の設定の仕方そのものが無意味
(注15)
である」 として生命保険・損害保険の分類外であるとする立場であ
る」
ここでは、商法における分類から、保険の類型が、生命保険、損害
保険、生命保険でかつ損害保険、生命保険でなく損害保険でもない、
という四つの分野に区分されるとしている点で論理的であるが、どち
らにも該当しない保険が認められるかどうか問題であろう。
(5)傷害保険・疾病保険は、生命保険と損害保険の接点にあるとする
説
一56-
重複分野の保険に関する考察
「生損両方の接点となっている分野の保険のことを一般に第三分野
(注16)
の保険と称している」
または、「第三分野というものは基本的にはな
く、両方の接点があ
(注17)
る」 などとする立
場である。
生保
さて、接点とした
抽保
場合、第三分野とい
えるかどうか。また
共通する分野があるのかないのか不明確である。恐らく、具体的には
共通する分野を認めるのであろう。
注(1)D.L.BickeZhaupt,GeneralInsurance,9th ed.,1974,Irwin,pp.345
-370.
E.R.Hardylvamy,PersonalAccident,Life and OtherInsurance,
1973,ButterwortllS,pp.3∼5.
R.I.Mehr&E.Cammack,Principles ofInsurance,15th ed.,1972,
Irwin,pp.416∼440.
∫文研月報』No.36(1975年3月 生命保険文化研究所)pp.15∼21.
(2)倉沢康一郎稿「保険経営と法律」庭田範秋編r保険経営論』(昭和52
年5月 有斐閣)pp.148-149.
(3)印南博吉稿「総説」『損害保険実務講座』第一巻(昭和29年4月有斐
閣)p.2.
(4)米谷隆三選集刊行全編r米谷隆三選集』第三者(昭和37年)p・337・
(5)田中誠二著『新版 保険法』(昭和39年5月 7版 千倉書房)p・47・
(6)田辺康平稿「保険契約の分類について」『小町谷先生古稀記念商法学
論集』(昭和39年4月 有斐閣)p・247・
-57-
重複分野の保険に関する考察
(7)野津務著F新保険契約法論』保険法論集第二巻(昭和40年9月 中央
大学生協出版局)p.13.
(8)(9)大森忠夫著r保険契約法の研究』(昭和舶年10月 有斐閣)p.100.
(1㊥西島梅治著『保険法』現代法学全集26(昭和50年10月 筑摩書房)
p.407.
(11)林輝栄稿「傷害保険の法的構造」田辺康平・石田満編r損害保険双書』
3 新種保険(昭和即年10月 文責堂)p.198.
(12)金沢理稿「傷害保険総論」金沢・西嶋・倉沢編『新種・自動車保険講
座』第4巻 傷害・新種物保険(1976月1月 日本評論社)p.2.
(13)奥川昇・渋江克彦稿「傷害保険の契約」『新損害保険実務講座』第九
巻 新種保険(下)(昭和48年8月 改訂初版第5刷 有斐閣)p.3.
(14)損害保険料率算定会傷害保険特別委員会「商法および保険業法におけ
る傷害保険の取扱について」r損害保険研究』第30巻第4号(1968年11
月 損害保険事業研究所)p.119.
(15)倉沢康一郎稿「損害・人保険および定額・物保険」r所報』‰Al(1977
年12月 生命保険文化研究所)pp.93-鋸.
(16)伊藤梅雄稿「第三分野の保険について」r保険学雑誌』第479号(昭和
52年12月 日本保険学会)p.90.
(17)『ジュリストJ恥.位6(1977年4月15日号 有斐閣)「座談会保険-そ
の社会的役割と展望」における塙善多氏の談話。p.38.
ー58-
重複分野の保険に関する考察
3
傷害保険・疾病保険などの損害保険的要素・生命保険的要素の内容
について吟味してみる。まず、損害保険の主要な要件である「損害を
墳補する」点について、それに付随して「被保険利益の妥当性」を検
討し、ついで、生命保険の主要な要件である「人の生死に関する」点
および「一定の金額を支払う」ことについて考察する。
(1)損害填補性
損害保険において重視される「損害填補」も絶対的なものでないと
解釈されてお瞑聖の点からしても、保険の分類に関してだけ商法の
文言を厳密に解釈すべきだという見解に、全面的には賛成できな
い。損害填補とは、「保険事故の発生によって被保険者がこうむった損
害の全額が無条件に墳補されるわけでなく、約定保険金額の範囲内で、
その実際の損害額を基準にして保険金を支払うこと、つまり損害額以
(注19)
上に保険金が支払われることがないという意味にすぎない」 とする
説がある。
さて、傷害・疾病による治療費、入院費、喪失所得などのいわゆる
積極的損害について、算定可能な狭義の被保険利益ならびに金銭的
評価可能な損害の概念が妥当することは通説とされており、異論はな
い。したがって、これらの治療費、入院費、喪失所得などにつき、損
害の程度に応じて給付を行なう傷害保険・疾病保険に損害填補性の存
することは認められている。
しかし、人間の身体・生命そのものの損傷・死亡については、金銭
的評価可能な損害概念は妥当しないとするのが一般的である。また、
いわゆる消極的損害についても便宜的に逸失利益などの算定は行なわ
れるものの、正確な損害の測定は不可能と考えられる。したがって、
被保険利益についても、広義の被保険利益関係は存在するであろうが、通
(注20)
常いわれる算定可能な狭義の被保険利益が存在するとは言えない。
-59-
重複分野の保険に関する考察
かくして、傷害保険・疾病保険などにおいて、損害填補の概念の妥
当しない場合も多いのである。
(2)給付の定額性・準定額性
傷害保険における死亡保険金ならびに後遺障害保険金は定額給付で
あり、医療保険金.および疾病保険における入院給付金、手術給付金な
ども当初に定められた定額の給付ではないが、準定額給付とみなされ
ている。すなわち、実際に要した費用とは関係なく、保険金日額およ
び入院・治療の期間に応じて給付がなされるのである。したがって、
傷害保険・疾病保険は定額保険的性格が濃厚である。
それゆえに、「傷害保険は、損害填補の契約でなく、ただ単に一定の
偶然事故に一定額を支払う契約であるという点で生命保険に類似して
(注21)
いる」 とされたり、傷害保険は、「損害保険契約と定額保険契約との
いずれかに属するかという観点だけからいえば、支払保険金の額がい
わば-本立てに一定している場合に比較して、ある意味で変則的とい
えるかもしれか)が、やはり定額保険契約かlL少なくとも準定額保
(注22)
険契約であり、その意味では生命保険契約と共通性をもっている」とい
うことになる。
(3)「人の生死に関する」という内容
商法上の「人の生死に関する」という文言を忠実に解釈して、生命
保険の保険事故・偶然の事象を人間の生存か死亡だけに限定する立場
が一般的である。その結果、傷害や疾病は人間の生存・死亡ではない
から、生命保険の範疇から除外されるとする。
しかし、「損害保険といっても、必ずしも厳密な実損填補ばかりが常
に行なわれるものではなく、たとえば評価済保険や保険委付のごとく
(注か)
それに対する種々の例外現象がみられ」 などと法文の拡大解釈が許
容されているのに、「人の生死」について厳密な解釈が要求されるのは
-60-
重複分野の保険に関する考察
何故であろうか。疑問に思われる。
ここは、「生命保険契約における生死に関する事故は必ずしも死亡及
び一定年齢時における生存に限定すべきではない。廃疾事故その他の
生存中における事故を含
る見解に賛成である。
以上のように、傷害保険・疾病保険等に関する諸見解を検討し、保
険の要素・要件を分析したが、結局、保険を生命保険と損害保険とに
分類した基準が異なるため、理論的に明確に分野を定めることは困難
のようである。しかし、絶えず変動を続ける経済社会現象を何十年も
昔の法律で把握し切れるものでなく、ある程度弾力的な解釈をせざる
を得ないであろう。その意味から、一応分野を定めるとすれば、傷害
保険・疾病保険が人保険であり、生存・死亡にも関連があり、定額給
付の行なわれることを考えると、多分に生命保険的要素を有し、一方
で危険や事故の性格、
損害に応じた給付も
重複分野
ありうる点で損害保
険的要素も有してい
生保
損保
るので、結局両分野
の重複する範囲の保
険と判断する。
ところで、われわれは保険の本質を考究するに際し、生命保険と損
害保険を一体化して把握することに努めており、また学説の展開もそ
のようになされてきた。「保険は、その技術やその目的という面から考
察し把握する場合、その客体が何であれ、基本的には一つでなければ
(注25)
ならない」 のであって、法律上で生命保険と損害保険という分類が
なされている以上、この分類に準拠することは実際的な意義があろう。
-61一
重複分野の保険に関する考察
ただわれわれは、保険を分類することを主たる目的とするものではな
い。もし、分類面で完全を期そうとするなら、商法を改正し、理論的
に完備した規定を作成すべきであろう。
「商法が制定当時取り上げた範囲のものについての概念に徒らにと
らわれて、その無理な拡張解釈などを試みて辻複を合わせることは決
(注26)
して策の上たるものとはいえないと思う」 との説の通りである。
商法における保険の分類は、保険の法律的側面、契約の形式として
生命保険契約と損害保険契約とに区分されているのであって、経済的
側面から保険を考察・考究する際に決定的な影響を持つものではない。
保険を社会・紆済的制度として把握し、考究するに当り、保険が何
につけられるか、すなわち保険保護の対象・客体によって、人保険と
財保険とに分類することが第一次的に重視され、それをどのような形
式で保険に付すか、定額給付保険にするか損害に応じた給付にするか
が第二次的に考えられるのであろう。
従来、保険の分類を論述するに際し、並列的・羅列的に取り扱って
きたが、分類基準そのものの意義も考慮し、考察を進めるそれぞれの
立場に応じて、分類基準の序列を考えることも肝要であろう。このこ
とは、保険の契約形式として法律的側面を軽視するものでなく、経済
的視点からは定額保険・損害保険の分類より、人保険・財保険の分類
の方がより優先されるべきだと考える次第である。
結局、傷害保険・疾病保険は法律的にどの分野であろうと、国民・
消費者のためにどのように仕組むべきか、どのような保障内容を持つ
べきかが最も重視されよう。ただ、これらの保険を生命保険会社・損
害保険会社のいずれが取り扱うべきか経営的問題でもあるので、その
意味で属する分野を論究する意義はあろう。
-62-
重複分野の保険に関する考察
注(18)(19)前掲 西島梅治著『保険法』pp.153-155.
個拙稿「人保険の被保険利益に関する考察」相馬勝夫博士古稀祝賀記念
論文集『現代保険学の諸問題』(昭和53年9月専修大学出版鳥)
pp.367∼372参照のこと。
位1)E.R.Hardylvamy,PersonalAccident,Life andOtherInsurance,
Op.Cit.,p.3.
位2)前掲 大森忠夫著r保険契約法の研究』p.104.
位3)前掲 田辺康平稿「保険契約の分類について」p.263.
伽「今村有稿「被保険利益概念の生成とその概念的特徴囲」『損害保険研
究』第別巻第四号(昭和37年 損害保険事業研究所)pp.83∼糾.
位5)前掲 大森忠夫著『保険契約法の研究J p.81.
㈱鴻常夫稿「傷害・疾病保険の法律問題」『ジュリストjNo.305
(19糾.9.1 有斐閣)p.48.
ー63一
重複分野の保険に関する考察
4
傷害保険・疾病保険等は、保険事業においてどのように取り扱われる
のが妥当なのであろうか。商法における保険の分類に準じて、保険業法に
おいても生命保険事業と損害保険事業に区分されているが、保険の分類
と保険事業の区分に関し、「商法と保険業法の間には法規制の理念の相
違があるため、理論的には商法の生命保険・損害保険の概念と保険業法
上の生命保険・損害保険の概念を必然的に一致させなければならない
(注27)
という必要は存しない」 とする見解が一般的である。こうした立場
から、「商法の分野に属する保険契約法上の問題として取上げるかぎ
りにおいて、傷害保険は損害保険と生命保険の中間的性格を有すると
解すべきでないが、保険業法上の問題として取上げるかぎりにおいて
は、傷害保険は損害保険 と生命保険との中間的性格を有するものと解
(注28)
すべきである」 として、保険の性格も商法と保険業法とでは異なる
ものと解釈する説もある。しかし理論的には、傷害保険・疾病保険を
第三種保険ないしは中間的保険とする場合、保険業法の兼営禁止条項
との関連を明確にしなくてよいのか否か疑問が残る。第三種保険とし
て、生命保険と損害保険以外の保険ならば、生命保険あるいは損害保
険と共に営業してもよいのであろうか。保険業法における他業の制限、
兼営禁止の趣旨からしても、他国における兼営禁止規定からみても、
生命保険と損害保険だけの兼営を禁止するものとは解釈し難い。また、
中間的保険として、それぞれ別個に生命保険的要素と損害保険的要素
が一つの保険の中に共存しても問題とはならないのであろうか。この
点では重複分野の保険とする場合、生命保険的要素に損害保険的要素
が重なり、あるいはその逆であって、兼営ではないとも考えられ問題
はなかろう。
-64-
重複分野の保険に関する考察
だが、「傷害保険事業が保険業法上の損害保険事業と生命保険事業
のいずれかに属するかという問題は、保険技術上の見地やまたあるい
は保険行政政策上の見地からもそれぞれ特殊の考慮が払われるべき問
題であって、単純に保険契約法理だけから解決されるべき問題ではな
(注29)
い」 とする立場から、「傷害保険の保険業法における地位づけも、
それは生保事業に属するか、それとも損保事業に属するか、という点
(注30)
に固執する必要はなく、もっと弾力的に行なうべきであろう」 とす
る見解に基本的には賛成である。
要するに、商法の保険契約の分類については、理論的に厳密な解釈
をするが、保険業法における保険事業の区分については、現実の事業
をふまえて、ある程度弾力的解釈をしようとする傾向にある。
保険行政もこれと同様な方針を採っており、そのため、保険事業の
実状においては、原則的な制限はあるものの、相互乗入れが実施され
ている。とくに傷害保険部門では、生命保険側の災害保障特約、交通
災害保障特約、労働災害保障特約、海外旅行生命保険と、損害保険側
の傷害保険、交通事故傷害保険、労働者災害補償責任保険、海外旅行
(注31)
傷害保険とがそれぞれ競合している。
ここまで事態が進行しているならば、第三種保険説だの中間保険説
だのと言わずに、この傷害保険、疾病保険などは兼営を実施したら如
何であろうか。もともと、「あらゆる保険は-その客体が物であれ、
財産であれ、人であれ-いずれもあるいは損害保険契約の形で、あ
るいは定額保険契約の形で締結しうるという規定を定め、当事者間の
(注32)
約定の自由をみとめるのが適当である」 し、望ましいのかも知れぬ
が、他面における種々の弊害防止のため保険業法に基づく規制がなさ
れているのである。
「傷害保険契約や疾病保険契約などについて、これらの保険契約は
-65-
重複分野の保険に関する考察
生命保険契約ではないがなお人について生ずる事故を保険事故とする
人保険契約の一種であり、したがって損害保険契約ではなく、生命保
(注33)
険契約に準じた取扱いがなされて然るべきである」 とか、「実務上
は、傷害保険は損害保険に類似した点が多いとして、これを営業とし
て営むのは損害保険会社がこれに当っているのである。この種の保険
については商法典上には規定がないから、まず約款ならびに慣習によ
るのであるが、補充的には生命保険に関する規定を適当に類推適用す
(注34)
るものと一般に解されている」、あるいは、「傷害保険契約は損害
(注35)
保険契約に準ずる諸法則が適用される部分が少なからず存在する」
等々、生命保険・損害保険それぞれに準じた取扱いがなされるのであ
る。
しかも、「人保険契約に属する傷害保険契約や疾病保険契約が、損
害保険契約と定額保険契約のいずれの方法によっても可能であること
(注36)
が一般にみとめられている」 のであって、最も兼営に適していると
いえよう。
アメリカでは、傷害保険と疾病保険を含む健康保険が多くの生命保
(注37)
険会社、あるいは災害保険会社等で取り扱われている。 また、周知
の通り、西ドイツの場合は、保険を損害保険と人保険に分類し、さら
に人保険を生命保険と傷害保険に区分し、生命保険、傷害保険、疾病
保険などそれぞれの兼営業止規定があるため、保険グループによる実
(注38)
質的な兼営が実現されている。
わが国の場合、生命保険と損害保険の二つの分野しかなく、また旧
商法でも「一般に人保険すなわち人体を以て保険事故発生の対象とな
(注39)
すものに付ては生命保険と兼営せしむるも可なるべし」 とされてい
たことも考慮すれば、発展した保険事業の当然の結果として、兼営の
実現は早急に迫られよう。大いに発展する可能性のある分野であり、
-66-
重複分野の保険に関する考察
「傷害保険は、従来と同様に損害保険事業の範疇の中でこれを経営せ
しめるのが最も妥当であると結論せざるを得ない(疾病保険について
も、そのしくみ方次第では、傷害保険とほぼ同様の結論が得られると
(注40)
考える)」 などと我田引水的な論断は捨て、大局的判断のもとに兼
営を主張し、促進するようにすべきであろう。
注佃前掲 鴻常夫稲「傷害・疾病保険の法律問題」p.47.
位⑳田辺康平稿「損害保険と生命保険の分野の問題」『保険学雑誌J第舶0
号(昭和43年3月 日本保険学会)p.75.
㈹前掲 大森忠夫著『保険契約法の研究』p.95.
個前掲 林輝栄稿「傷害保険の法的構造」p.200.
81)青谷和夫監修『コンメンタール保険業法J(上)(昭和49年6月 千倉
書房)p.260.
㈹前掲 大森忠夫著r保険契約法の研究J p.79.
個同 上 p.花.
錮前掲 田中誠二菩『新版 保険法』p.47.
的前掲 大森忠夫著r保険契約法の研究』p.119.
前掲 金沢 理稿「傷害保険総論」p.1.
錮前掲 大森忠夫著『保険契約法の研究』p.88.
87)D.L Bickelhaupt,GeneralInsurance,Op.Cit., p.354.
㈹前掲 青谷和夫監修Fコンメンタール保険業法J(上) p.255.
錮南 正樹著『保険業法要論』(大正15年7月 厳松堂)p.舶・(仮名
づかい変更)
㈹前掲 損害保険料率算定会傷害保険特別委員会「商法および保険業法
における傷害保険の取扱について」pp.150∼151.
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重複分野の保険に関する考察
5
これまで述べてきた保険の理論的分類・形式的分類についての解釈
はさておき、実際に重複分野の保険を、生保・損保両業界で取り扱っ
ていくとして、どのように仕組むかが現実的課題となろう。
傷害保険については、すでに多くの種類が損害保険としては単独に、
生命保険としては特約で商品化され、海外旅行保険は疾病・傷害をワ
ンセットにして生保・損保両業界で取り扱われて軌道に乗っているの
で、ここでは主として疾病保険について論及する。
重複分野の保険の中でも疾病保険は、生と死以外の第三の保障分野、
私的保障と公的保障の第三の分野の意味があるとされ:注4‰会保障、
社会保険との関連も深いところから、保障内容・商品内容が問題とさ
れるのである。
諸外国においても、疾病保険は公的な健康保険制度・疾病保険制度
の形態や水準により、大きな影響を受けながら発展する傾向にある。
ヨーロッパにおいては、疾病保険は多くの国々で傷害保険と兼営で
取り扱われているが、最も発達の著しい西ドイツでは前述した通り法
的には兼営が禁止され、疾病保険は専門会社のみが扱うこととされて
いろ。西ドイツの疾病保険の種類は大別すると医療費用保険、単独限
定保険、疾病日当保険とに分けられ、主として社会保険の適用除外者
(注42)
を対象とし、また社会保険加入者の高水準の保障需要にも応じている。
その他、スイスでは私的な健康保険として治療費保険、病院日当
保険、所得喪失保険、廃疾補償保険、傷害補償保険などが生命保険全
社と損害保険会社で販売され、イギリスでも長期健康保険に属する新
商品が出現するなど疾病保険が普及している。概してヨーロッパでは
(注43)
公的な健康保険制度・疾病保険制度の補完的機能を果たしている。
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重複分野の保険に関する考察
アメリカにおいては、入院費用、手術費用、高額医蝶費用そして所
得補償などの結付をする私的な健康保険が主体であって、政府管掌制
度は補完的役割を果たしているにすぎない。
傷害・疾病・廃疾を包含する私的な健康保険の発達は著しく、多数
の加入者を擁し、その中で個人保険よりも団体保険の占める割合が庄
(注44)
倒的に大きい。
わが国の場合、疾病保険は取り扱われる分野がはっきりせず、需要
も少なかったため、発達が遅れた。近年における医療費用の高騰、外
資系保険会社の疾病保険発売などから、急激にニーズが高まり、国内
生命保険会社も各種疾病保険を提供するようになった。しかし多くの論
者は、私的疾病保険の急速な発展が公的な医療保険の水準向上を阻害
する可能性があるから、疾病保険はナショナル・ミニマムの補完の範
囲に止むべきであるとの説を強詞している。
ところで、「医療保険・医療保障に関るナショナル・ミニマムとい
(注45)
う概念は自明のものではなく、非常に不明確なもの」 であり、他方、
公的医療保険の不備・不合理・非効率は各方面で指摘されてはいるも
のの、改善への歩みは遅々として進まず、ますます疾病保険への期待
・依存は高まろう。すなわち、「実際はナショナル・ミニマムがどうあ
ろうと、第三の保障分野の保障水準は、国民各自の医蝶保障需要・医
療保障必要度・医療保障希求度に応じて定められ、ナショナル・ミニ
マム(その時に、常識的に、一般的現象として考えられてあるところ)
をほんの下敷にして考えることを行ないながら、結局は徐々により高
(注46)
く、より充実した水準に移行していくであろう」 ということである。
さて、疾病保険、傷害保険、所得補償保険に関しては、モラル・リ
スクや逆選択の可能性が大きく、その対策は是非とも必要とされる。
保険料拠出能力があるからとて、富裕な人々が入院給付・所得補償給
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重複分野の保険に関する考察
付によって実際資用以上の利得を得るとしたら、利得禁止の原則に反
し、福祉にも反しよう。アメリカの私的健康保険に関しても、主要課
題として、①費用の上昇(rising cost)②乱用(overutilization)③不
十分さ(inadequacy)④超過保険(0Verinsurance)などが指摘されて
(注47)
いる。
一方で国民の多くの人々が加入できるようにすると同時に、弊害防
止の方策がとられなくてはならない。たとえば、加入最高金額の制限
ことに他社加入を通算しての制限なども工夫されなくてはならない。
逆に、加入者の受ける医療給付で、自動車保険にみられるような公的
な社会保険と私的な疾病・傷害保険で格差があってはならない。たと
えば、西ドイツでの「疾病保険の医療費保険と傷害保険の治療費給付
が同時に存在し、重複保険の問題が生じる場合については、疾病保険
(注48)
の方で先に支払ををすよう、1942年に監督庁で定のた」 というよう
な対策も必要とされよう。
そして、生命保険、傷害保険、疾病保険、をはじめ自動車保険、火
災保険などいくつかの保険を組合せた保険商品・総合型の保険とした
り、消費者・加入者の希望により適宜組合せるオーダ←・メイド型の
保険などが考案されよう。アメリカでは、生・損保の相互乗入れが活
発化しており、「消費者も生損保の差異を意識しなくなり、今後10年
(注49)
間で保険業界として一本化するだろうと見通している」 とのことで
ある。そこまではいかぬとしても、傷害保険・疾病保険等の人保険を
中心として、生命保険商品と損害保険商品の棍合化・融合化も考えら
れるところである。
現在の如く、傷害保険は損害保険業界が中心に扱い、疾病保険は生
命保険業界が主として扱うという保険行政による調整案のもとでも、
生命保険における災害保障特約や損害保険における死亡給付孝どがあ
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重複分野の保険に関する考察
って裁然とは区分できない状況にある。
相互乗入れ・兼営の場合の保険商品で、総合型については、疾病・
傷害に対する逆選択の入り込む余地は少ないが、ある程度限定された
商品となり、他の契約に傷害や疾病を途中から付加することは不可能
である。逆に、オーダー・メイド型は、逆選択・モラル・リスクの入
る公算は大きいが、既契約にも中途から疾病や傷害を付加することが
できるとか、疾病・傷害について、ニーズの高いものを安い保険料で
(注50)
付加できるなどの利点が考えられる。
なお多くの課題はあろうが、結局「理論的には社会保障・健康保険
(注51)
と第三の保障分野とは分立・分かれて別々の体系」 として、私的保
険としての独自の発展過程をたどることであろう。
注如)庭田範秋稿「私的・民営疾病保険論」『保険研究』第29集(昭和52年
5月 慶応義塾保険学会)pp.18∼19.
伍2)「西ドイツの疾病保険」『文研月報』No35(1975年2月 生命保険文化
研究所) pp.9∼15.
「私的健康保険研究会報告」『会報』第31号第2分冊(昭和53年10月
日本アクチュアリー会)pp.262∼263.
個前掲「私的健康保険研究会報告」pp.263∼264.
『生命保険経営』第44巻第5号(昭和51年9月 生命保険経営学会)
p.134など参照。
㈹前掲「私的健康保険研究会報告」pP.267以下参照。『生命保険経営』
第44巻第6号(昭和51年11月 生命保険経営学会)pp.140∼141参照。
郎)真屋尚生稿「ナショナル・ミニマム論と医療保障問題」『所報』No.44
(昭和53年9月 生命保険文化研究所)p・178.
㈹前掲 庭田範秋稿「私的・民営疾病保険論」p.22.
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重複分野の保険に関する考察
07)Mark R.Greene,Risk andInsurance,SeCOnded.,1968,SOuthwestern publishing co., pp.652∼657.
㈹「西ドイツの疾病保険」『文研月報』No36(1975年3月 生命保険文化
研究所)p.17.
㈹『生命保険経営』第46巻第2号(昭和53年3月 生命保険経営学会)
p.132・
(5q前掲「私的健康保険研究会報告」p.258参照。
軋前掲 庭田範秋稿「私的・民営疾病保険論」p.23.
(昭和53年11月12日稿)
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