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『フルビット(0dbFs)を超えた信号とデジタルマスタリング』(PDF/1.2 MB

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『フルビット(0dbFs)を超えた信号とデジタルマスタリング』(PDF/1.2 MB
フルビット(0dbFs)を超えた信号とデジタルマスタリング
Sφren H.Nielsen
Thomas Lund
TC Electronic A/S デンマーク
第109回 AES コンベンション
2000年9月22日—25日
ロサンジェルス コンベンション センター
概要:
一般的に、0dbFs のサイン波はデジタル領域で得られる最大レベルであると考え
られてきた。一般家庭用のオーディオ再生機器ではこの考えに基づいて、これ
を許容最大レベルと捉えてデジタルフィルターやアナログ回路を設計している。
本論文に述べる研究に先立ち、我々は久しくサンプル間ピーク値で、この 0dbFs
を超える現象が起きていることを指摘してきた。ここでは、それを 0dbFs+とい
う表記を用い、本論文では、これらの過大レベルが家庭用のデジタルオーディ
オ再生機内で生じる音質面の影響について述べる。
具体的には、各メーカーの家庭用 CD 再生機で 0dbFs+信号が含まれた信号を再
生した場合の特性と評価を行った。
0 序章
プロフェッショナル音響業界の中で優れた音の聞き分けができる「ゴールデン イアー」の持ち主たちは、
「音の良い POPS/ROCK 音楽は、おおむね1982年
から1995年の間で制作された音楽である」と信じている。
今日我々は、高精度なコンバータや DSP、そして低ジッター特性のハードを持
っており、デジタル・メディアを入り口から出口まで全体でどう扱えば良いか
の十分な理解を持ち合わせている。にもかかわらず、これらの時代に得られた
音質からさらに向上しているというよりも逆に後退しているように見受けられ、
さらには、購買層である一般ユーザ自体が、そうしたことにあまりこだわりを
持たなくなっていることを危惧している。
その要因はさまざまであり、一概に断定は出来ない。例えば、世の中の嗜好の
変化や、録音技術の基礎知識やマイクアレンジ技量差、セミプロクラスの機材
の台頭、限られた制作期間という制約などが結果的にこうした品質という面を
ないがしろにしていると言えるだろう。
エンドユーザーがこうしたことを気にしていないとしたら、我々は、どう対応
すればよいのであろうか?業界の気概や信頼、高度なスキル、才能の保持とい
った要素は、我々にこの状況を再考するよう呼びかけている。そして多くの技
術的な改善や向上は、すべて最終的な製品に反映され、リスナーを取り巻く状
況を向上させることに注がれなくてはならない。TC エレクトロニック社は、音
楽、映画産業への高度なプロ機器提供メーカーとして「音質」という点に的を
しぼって、制作やマスタリングの工程に必要な指標や規則について継続的に力
を注入していくつもりである。
本論文では、
「レベル」という観点から優れた音質について研究した。
高い信号レベルが発生した場合、リニア・デジタル・オーディオ・システム領
域内では、きわめて低い歪みしか生じない。ミキシングやマスタリングの段階
でこうした高いレベル(HOT SIGNAL)が生じたとしても一般的な民生機器では、
検出できないであろう。
第107回 AES コンベンションで我々が発表した「デジタルマスタリングにお
けるレベルコントロール」*01という研究では、マスターテープから通常の
段取りでマスタリングを行った場合、フルスケールのレベルが連続して、ある
いは1サンプルだけでも 0dbFs になれば、それを超えたピークレベルを容易に
生じさせていることが報告されている。
この 0dbFs+の振る舞いについて、プロ機器では各種サンプルレート変換段階、
データ圧縮エンコーダ/デコーダ、そして民生用では、再生機器について言及
した。
本書では、民生用 CD 再生機各種のピークレベル(0dbFs+)の扱い方、またそ
こからデジタルオーディオ信号の測定やマスタリングの最適手段について考察
してみたい。またデジタルデータを扱う上で、信号処理にサンプル領域を10
0%使って記録した場合と、人工的な補足処理を行った場合、あるいは DSP 処
理を行った場合に作り出される信号の相違や、これまでの測定方法や原理に対
する変化についても考察したい。
最後に、これらの結果から我々が以前提起した DRA(Dynamic Range Approval)案
をさらに掘り下げていく妥当性について検討したい。
0−1 0dbFs+レベルの定義
デジタル領域でのピークレベルは、アナログで生じているピークレベルとは異
なる性質を有する。その理由は、大きく2つある。
1.
サンプリング定理によればサンプリングは、常に一定の周期で行われ、
その周波数は、サンプリング周波数の整分数で行われている。例えば fs の
1/4 や 1/2 といった値である。サンプリング区間と比較した信号の位相関係に
よっては、アナログにくらべて低いデジタルピークレベルが生じている。信
号レベルが上に述べたようなサンプリング区間からずれていた場合は、この
ピークレベルは、アナログで生じているピークレベルと近似した値となる。
アナログ入力信号のもつ帯域幅が、サンプリングする帯域幅に収まっている
場合は、D/A 変換した出力信号も基本的にはアナログ入力と同じ値を得るこ
とができる。
図−01 図−02
サンプリング周波数 44.1kHz で 0dbFs フルスケールの 11025Hz サイン波
この波形は、民生 CD 再生機 NAD C520 を LeCroy 9350A デジタルオシロスコー
プで見た波形を示す。
図—01波形は、90度の位相から始まりアナログとデジタル変換後のピーク
レベルは同一である。
図−02波形は、45度の位相から始まりアナログのピークレベルは+3dbFs でク
リップを生じている。
2.
Gibb の現象
広帯域信号に帯域制限を行った信号や、切り落としを行ったインパルスレスポ
ンス信号等で信号が変形する現象である。これは、デジタル領域でクリップが
生じた場合に特に注意しなければならないが、影響は軽微である。こうした現
象は、基本周波数と3倍、5倍といった高次サイン波が複合して矩形波になっ
た場合や、平につぶれた信号に見られる。矩形波の上部がどれくらい平になる
かは、全高調波の中に含まれている信号のレベルと、位相関係による。例えば、
ある高調波成分が、LPF によって取り除かれたとすると、信号のピークレベル
は高くなる。D/A 変換の過程ではこの LPF が常に用いられている訳で、変換後
のアナログレベルは、予想よりも高めに出ることになる。
図−03 図−04
44.1kHz サンプリングの 5512.5Hz 矩形波
この波形は、民生 CD 再生機 NAD C520 を LeCroy 9350A デジタルオシロスコー
プで見た波形を示す。
図−3では、-6dbFs の矩形波を示す。ここでは、D/A 変換 LPF の影響で矩形波の
中間部分が低下している。22.05kHz の帯域内に収まっているのは、第3次高調
波までである。
図−04では、デジタルフルスケールとした波形を示している。図—3に比べて
約2倍の大きさであるが、フルスケールサイン波のような振る舞いではない。
ここで扱う 0dbFs+信号は、通常のサイン波からでなく、意図的に高いピークレ
ベルを持った信号を使用している。
2 信号経路の決定要素
本研究では、内部でデジタル処理を行うすべての方式について体系的に取り上
げている訳ではない。しかし多くの信号経路、例えばフィルターや同期/非同
期型サンプルレート変換器、データ圧縮/伸張回路などに 0dbFs+レベルを入力
した場合の性能を取り上げている。
2−1 D/A 変換
本研究は、オーディオ再生機としての民生機器のデジタルシグナルの取り扱い
方について調査する内容であるため、主に D/A 変換の動作を検証した。D/A 変
換では、いくつかのフィルターや制限条件が存在している。D/A 変換の最も基
礎的な技術はもはや今日の機器ではほとんど使われていないが、高レベル入力
時の動作に対しては今でも効果的であると言える。サンプリング周波数のまま
で D/A 変換チップを通ると、デジタル領域でのフィルターは必要ない。アクテ
ィブ・アナログ出力の再構成フィルターは、通常+/-15V で動作し、ピークまで
のヘッドルームも十分確保されている。しかし、このフィルターは、非直線位
相特性を持っており、時に問題点となる。
初期の D/A 変換器は、2倍から8倍といった低次オーバーサンプリングと、そ
こで使う再構成デジタルフィルターという組み合わせでオーバーサンプリング
した高いサンプリング周波数でデータを扱い、アナログ段階でオーバーサンプ
ルした時に生じるナイキスト周波数の帯域外成分(ミラー信号)を、簡単な構
成のフィルターで取り除く仕組みを採用していた。
今日の最新 D/A 変換では、非常に高次のオーバーサンプリングを行い、再構成
デジタルフィルターも内蔵した1チップ回路となっている。そして出力での音
質改善のためアナログフィルターも省かれた構成である。
D/A 変換段階で生じる歪みやクリップは、以下の要因が考えられる。
1 D/A 変換前段に入るデジタルフィルター
2 D/A 変換チップ。特にその出力段
3 変換後のアナログ回路と AC 結合
4 ゲイン可変回路
5 アナログ出力段での電圧電流供給能力
*デジタル領域での過大信号による LPF の歪みやアナログ回路での AC 結合で
は、矩形波信号が入ると最大で 6dB ものピーク成分を発生する。
3 実験方法
実験では何種類もの CD 再生機に様々なテスト信号を与えてどのようなレベル
を扱えば良いか、アナログ回路の性能はどうかなどを検証した。
テスト信号は、レベルだけでなく周波数別でもさらにプログラムソフトや意図
的に作った信号などを用いた。
各社民生 CD 再生機でのデジタルフィルターやアナログ回路でのヘッドルーム
を調べるために専用の信号源をおさめたテスト CD を作成し、これを使用した。
測定に使用した機器は、LeCroy 9350A スコープ AP S-2 CASCADE 記録計、そ
して Prism D-Scope である。
3−1テスト信号
アナログ信号源は、帯域制限され、折り返し雑音が派生しない信号とした。ア
ナログ入力段のメータリングにはデジタルサンプル値*3/4/5表示を用い
たがいくつかの DAT では、アナログメータを使っている。デジタルメータは、
アナログレベルがデジタル領域で歪まない為のレベルセットに使用している。
テスト信号源のなかには、帯域制限を行うとアナログレベルで大きな値となる
信号があるからである。しかしそれは、例外的な信号でほとんどは問題なく動
作した。
デジタル領域で信号に何らかの処理を行ったものや、非直線特性とした信号も
ある。マスタリングという工程では、信号を圧縮したり伸張したりリミッター
やクリッピングといった作業やフィルタリング等のリニアーな処理や、イコラ
イゼーション DC 除去なども行っているからである。そうした現状を踏まえて
信号は、シンプルな帯域制限した信号からナイキスト周波数を超えない範囲で
の複雑な信号源まで3種類を使用している。
1 サイン波
2 矩形波
3 疑似ランダム信号
サイン波は、997Hz、5512.5Hz、7350Hz、11025Hz を使用。
最初の周波数は、fs 44.1kHz と整数倍の関係ではないが、残りは、fs/8 fs/6 fs/4
といった関係になっている。比例関係にある周波数は、デジタルピークレベル
よりもアナログピークレベルが大きくなっている。
矩形波は、2タイプを用意した。一つは、20Hz 50Hz という低域信号でこれは、
出力段の AC 接続を検証する為である。またベースやキック音を持ち上げた時に
生じるであろうクリップを検証するために、似たような信号に加工してフルス
ケールの矩形波としても使っている。低域信号は、ナイキスト周波数より外に
生じる高調波成分はほとんどないが、それでもフィルター回路出力で波形にリ
ンギング歪みを生じている。
もう一つの矩形波は、551.25Hz、5512.5Hz、7350Hz と 11025Hz である。これら
は、すべてサンプリング周波数 Fs と比例関係にある周波数である。これは、デ
ジタル信号となった時に不均一さや時間軸変動(ジッター)を生じることを防
止するためである。この信号源には、ナイキスト周波数を超えた多くの高調波
成分が含まれているため、Gibb の現象で見られるオーバーシュートが出力フィ
ルターの段階で予測される信号源である。実際の楽音波形では、低域矩形波ほ
ど変形が明確ではないが、クリッピングによって、波形の上部を平に変形して
しまう。
3つ目の、疑似ランダム信号は、+1、−1(もしくは相応のスケール値)のみ
で構成される 32767 サンプル毎に繰り返す信号である。デジタル領域よりアナ
ログ領域で+6db 高いピークレベルを持ち、フィルターや変換回路の上限性能を
検証する役割を持っている。
図−05 図−06
fs44.1kHz での疑似ランダム信号波形
この波形は、民生 CD 再生機 NAD C520 を LeCroy 9350A デジタルオシロスコー
プで見た波形を示す。
図−05 -6dbFs デジタル領域レベル。元々の信号レベルに比べて 6db 高くなっ
ている。
図−06 0dbFs デジタルレベル。クリップしているため本来生じる+6dbFs まで
のレベルがない。
信号は、開始点と終了点で半コサイン波形となる30秒の長さ。このことで時
間軸と周波数成分を判断しやすいメリットがある。
4−1サイン波実験結果
図−9 20には、総合 FFT 分析結果を示す。以下の表は、それらの結果を集
約した内容である。THD+n 測定(3次高調波歪み+n 次歪み)は、20Hz-80kHz
範囲で測定。
表−01THD+n 値 機器別特性
Sony D-50 ポータブル民生用 CD 再生機のアナログ出力特性
sf 44.1kHz0db 基準非同期サイン波
図—09 997Hz サイン波 理論上のアナログレベル 0dbFs
図−10 5512.5Hz サイン波 理論上のアナログレベル +0.69dbFs 図−11 7350Hz サイン波 理論上のアナログレベル +1.25dbFs
図−12 11025Hz サイン波 理論上のアナログレベル +3.0dbFs
Denon DCD 725 民生 CD 再生機のアナログ出力特性
sf44.1kHz0db 基準非同期サイン波
図−13 997Hz サイン波 理論上のアナログレベル 0dbFs
図−14 5512.5Hz サイン波 理論上のアナログレベル +0.69dbFs 図−15 7350Hz サイン波 理論上のアナログレベル +1.25dbFs
図−16 11025Hz サイン波 理論上のアナログレベル +3.0dbFs
Sony C-11 業務用 CD 再生機のアナログ出力特性
sf 44.1kHz0db 基準非同期サイン波
図−17 997Hz サイン波 理論上のアナログレベル 0dbFs
図−18 5512.5Hz サイン波 理論上のアナログレベル +0.69dbFs 図−19 7350Hz サイン波 理論上のアナログレベル +1.25dbFs
図−20 11025Hz サイン波 理論上のアナログレベル +3.0dbFs
5 マスタリングにおけるレベルコントロール
CD のレベル測定は、デジタルフルスケール(0dbFs)での連続サンプル値を測
定した。マスターテープでフルスケールが多く含まれる場合は、それらを除外
している。0dbFs+を適用するためにクリップした信号は、使っていない。その
理由は、フルスケールとなった場合にいくつか LSB(最少ビット値)を引けば
容易にクリップを防ぐことができるからである。あくまでもオリジナルでクリ
ップしていない連続したサンプル値データから測定することを基本とした。
5−1 モニタリング
マスタリングで使用しているモニターは、通常高価な機材が使われており、
0dbFs+の信号が入っても影響が出ない性能を持っていることが多い。
こうしたモニター環境でも、エンドユーザーで聞こえるような歪みを聞き漏ら
してエンジニアが検知できない場合もある。
5−2 -3dbFs のマスタリング
数年前だが、マスタリングエンジニアと音質劣化について話をすると、彼らの
内何人かは、実に伝統的なレベルコントロールを行っていたことが分かる。す
なわちピークレベルは、最大-3dbFs に抑える手法である。これは、現実的な要
因、放送レベルや廉価な再生機器への対応といった経験に基づいた結果と言え
る。
マスターテープが適正なレベルに収まる媒体となり、我々が精密レベル測定ツ
ールの導入や、レベル管理ガイドラインの提起といった活動をする以前から、
ここで研究されているような民生機器でのクリップといった音質劣化を防止す
るための、妥当性のあるレベルコントロールであったいえよう。
6 結論
検証した民生 CD 再生機は、今日の CD 音楽ソフトでは当たり前のような 0dbFs
を超えたレベルの再生には対応していない。さらに最近のオーバーサンプリン
グ設計でなく、アナログフィルターに依存したモデルでは、さらに悪い結果と
なっている。
本研究ではあくまでデータ面からの音質劣化について言及してきたが、それが
聴感上の評価としてどれだけの劣化をもたらしているか、またどれくらい耳に
影響があるのかのテストは、今後のテーマである。
現実の市場をみれば、0dbFs+を含んだ過大なピークを持つ CD が制作され、逆に
再生民生機器では、それを歪みなく再生できていないという状況である。
リスナー側では、過大なレベル音が再生されており、マスタリングエンジニア
は、レッドゾーンレベルの音を耳で判断しているわけでも、レベル表示を確認
している訳でもない。
我々が提起している適正なダイナミックレンジ維持のためのガイドライン
(DRA)が業界で導入されるかどうかに関わらず、0dbFs+レベルを視覚的に確
認するためのツールは、最低限、最終再生音質に注意を払うマスタリングスタ
ジオには必要である。
そして適正なダイナミックレンジを維持する為のガイドラインとし提起してい
る DRA をさらに発展させ、録音段階から最終のエンドユーザまでがどのように
ダイナミックレンジを扱うべきかを提起し、それを確立していくのが我々のゴ
ールである。
参考文献
*1 Sφren H.Nielsen &Thomas Lund(1999) Level Control in Digital Mastering
第107回 AES コンベンション 論文番号 5019
* 2 E.Zwicker &H.Fastl(1999) Psychoacoustics-Facts and Models
Springer-Verlag ベルリン
* 3 International Ellectrotechnical Commission(1995) IEC 268-18
Peak Programme level meters-Digital audio peak level meter First edition
* 4 DK Audio MSD600C oversampling meter(1999)
http://www.dk-audio.uk
*5 M.Ankerman et al.(1992) Aussteuerungsmesser mit Anzeige der
Kurzzeit-Abtastwerte-Verteilung ITG-Fachbericht 118 VDE-Verlag GmbH
p-163-169
*6 International report and Test CD[Full Scale Reproduction Test no1] TC Electronic
A/S Sine Square and MLS signal at various levels
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