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白い山と長い山

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白い山と長い山
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����������������������������������������������������������������������������������������������������������������������仲野�誠
1. 台風一過の博多からハワイへ
�2005年9月7日19時40分発ホノルル行きジャルウェイ58便は私を含むほぼ満席の乗客を乗せて福
岡国際空港を飛び立ちました。約1ヶ月前には同便はエンジンが火を噴き、部品落下事故をおこしてい
ます。さらに前日には九州西岸に沿って進んだ台風14号が九州に大雨をもたらしていました。数日前に
衆議院選挙の不在者投票をして、今回の観測の準備をしていたのに...。この台風のせいで予定が変更
せざるを得ないことも半ば覚悟していました。1日でも遅れると観測は強行軍となってしまうので、便が
欠航しないかどうかハラハラしました。 観測日は私の都合で変更してはくれません。 幸い台風は前日
夜に九州を去りました。が、直後なので朝から高速道路は不通の状態が続いていました。当日は福岡
空港まで別府からの高速バスで行く予定でした。これでは荷物を引きずってJRで行かざるを得ないか
なと思いながら、インターネットで道路の回復状況を注意していました。刻々と高速道路の不通だった
区間が大分から鳥栖に向けてなくなっ
ていくのを見ていると、お昼にやっと全
線開通したのでした。
�オアフ島のホノルルで乗り換えてハワ
イ島のヒロまで行くのですが、まずはホ
ノルルで入国審査を受けます。いつも
は観光などといって適当に審査を通過
していたのですが、時間の余裕もあっ
たので、つい審査官の女性に「天体観
測で...」などと言うと、「それはビジネス
か」と真顔で聞かれたので、そのような
ものだ、とあいまいな答えをしたために
しばらくやりとりをするはめになりまし
た。やっぱり「観光」って言っとけばよ
かった。
�その後、ホノルル空港の他島行きターミナルで共同研究者の国学院大学の小倉さんと合流しました。
小倉さんは所属こそ天文学とはあまり関係のない大学の研究者ですが、星誕生領域にしばしば見られ
る小星雲「ハービックハロー天体」の研究では世界でもトップクラスの研究者で、私も長年お世話になっ
ています。今回も一緒に観測提案を春に提出し、めでたくマウナケア山頂にあるハワイ大学(UH)所有
の2.2m望遠鏡 (通称UH88) の観測時間を2日間獲得することができました。しかし、残念ながら旅費
は一人分しかでないために二人で旅費を折半してここまでやってきたのです。
�さてホノルル発の飛行機はワイキキの浜辺を眼下(上の写真)に望みながら、マウイ島のハレアカラ山
(やはり東大の天体観測施設があります)の真上を通過し、最終目的地ハワイ島ヒロに向かいます。
2. マウナケア(白い山)での観測
�雨のヒロ空港からはタクシーでハワイ大学(UH)のキャンパス内にある日本の事務手続き窓口すばるオ
フィスで到着の手続きをし、隣にあるハワイ大学天文学研究所(IfA)でマウナケアのハレポハク(高度
2800mにある中間宿泊所、山頂での観測者たちは通常ここに滞在する)までの4WDオートマチック車
のキーを受け取ります。私は2年前に来たときにレンタカーでヒロの町を走った経験もあったので、運転
を任されました。ハワイ島の2つの巨大な山、マウナケアとマウナロアの間を通ってハワイ島を横断する
ゆるやかな登りのサドルロード、その峠からマウナケアロードへと右折してハレポハクまでは計2時間ほ
どのドライブです。ハレポハクではよく晴れていました。
�日本から着いたばかりでは時差ぼけがあるのですが、観測は夜なのでちょうど日本での生活と同じよう
な時間帯で過ごした方が体が楽です。その日は到着
後早い夕食を食べた後少し仮眠してから、夜中過ぎ
まで起きて生活リズムを整えました。天気予報では残
念ながら天候はあまりよくなさそうです。
�さて翌8日、観測の日です。ハレポハクより上は未舗
装の急坂の続く道路で、私も運転の自信がないの
で、UH88のオペレーターDan氏に運転してもらって、
夕暮れ迫る山頂へ向かいました。いつもなら夕日を浴
びたたくさんのシンダーコーン(噴石でできたスコリア
丘:阿蘇の米塚みたいなもの)が真っ赤に輝き、この
世のものとは思えない幻想的な風景が見られるので
すが、この日は空には雲がうすく広がってきているの
で、その色もイマイチ冴えません。夜もこのうす雲が
残っていて、まともな観測はできませんでした。マウナ
ケアだからといっても、いつも快晴とは限りません。もっ
とも今回観測に使うのは我々にとって初めて使用するCCDカメラなので、操作手順の良い練習にはなり
ましたが...。山頂は高度が4000mを越えるので、最初のうちは平気でも夜半を過ぎると次第に頭が痛
くなります。私は欲張って夜食用のサンドイッチを2つも作ってもらったのですが、ちょっと多すぎたようで
す。高山病予防にと、できるだけ水分はとるように心がけましたが、食はほとんど進みません。 上の写
真は望遠鏡のカセグレン焦点に装着された
CCDカメラのデュアーに液体窒素を注入するわ
れわれの望遠鏡オペレーター、Danです。彼は
望遠鏡の準備と操作の責任者で、われわれも
すべて彼の許可がないと行えません。
�2日目は前日よりは晴れ間もあり、なんとか観
測できそうです。日没時には下界からたくさん
の観光客が山頂まで4WDに分乗して山頂から
の夕日を眺めに上ってきます。UH88のドーム
下の場所はすばるなどの超大型望遠鏡をバッ
クに夕日を望むことができる絶景ポイントです。
この日も百人ぐらいの人たちがいました。Dan
によると観光客も最近随分増えたそうで、多く
は日本人です(右の写真)。天体観測の聖地でもある山頂での明かりは夜は御法度なので、日没後は
観光客の方々はハレポハク横にあるオニヅカセンターまで降
りて、そこから天体観察を楽しむそうです。
�精密な星の明るさを測るのが目的の私たちの観測にはほぼ
完璧な空の状態が要求されます。 この日も決してベストの空
ではありませんでしたが、一応データはとれそうな天候なの
で、朝まで忙しく観測を行いました。今夜は前夜と違って頭痛
もまったくなく、夜食も十分とって体調は万全でした。
�翌朝ハレポハクへの下山時はDanはわれわれの車に60cm
望遠鏡で観測をしていたポーランドからの研究者を拾って降
ります。山頂で最も小さなこの望遠鏡はハワイ大学が学生の実習などで利用する他、空いた時間は研
究者などにも提供しています。NHKがすばるの取材時に放送用に使ったこともあるそうです。彼は1週
間以上にわたって一人で変光星の観測をしていると聞きました。山頂の厳しい環境の中で満足に休憩
がとれないドームでひとりぼっちで観測を続けるのは体力的にもきつそうです。
�われわれはハレポハクで仮眠をとった後、午後に小倉さんと二人でヒロへ下山しました。今までは運転
していた車は空港の駐車場まで運転してゆけたのですが、最近は車はIfAに返却しなければならなくな
りました。しかし日曜日なので研究所にはだれもおらず、すばるオフィスにいた日本人研究員の方に鍵
を預け、空港へ向かいます。空港ではレンタカー屋さんで翌日のため4WDのジープ (文字通りジープ
社の2ドアのジープ Wranglerです)を借りました。郊外の大型スーパーマーケットまで出かけ、日よけ
止めや食料を買い出し。そしてビュッフェスタイルの店で安い(けど、ハレポハクでの大味の食事よりお
いしい)地元色豊かな夕食をとりました。白い山の翌日は長い山への挑戦です。
3. マウナロア(長い山)登山(9月11日�日曜日)
�この日のスケジュールを考えると、早朝出発は必須です。ホテルを早朝5時に出発し、まだ真っ暗なサ
ドルロードを急ぎます。サドルロードは立派な舗装路ですが、マウナケアの方向とは反対に左折してから
は満足に舗装されていない溶岩の中の道幅の狭い悪路が延々と続きます。そろそろ明るくなってきまし
た。ヘッドライトに照らされた道の両脇
には高山植物がところどころに小さな
白い花を咲かせていますが、当たり一
面溶岩だらけです。そのうち植物も見
えなくなってきました。前方には溶岩
原がほぼ平らに広がるばかりです。山
を上っている実感は全くありませんし、
山頂もどこにあるのかまるでわかりま
せん。やや平原が右上がりに傾いてい
る方向が山頂でしょうか。マウナロアは
それほどなだらかな長ーい山です。登
山の入り口であるマウナロア気象観測
所の駐車場(高度 3 4 00m)に到着し
たのは午前7時すぎでした。幸いなこと
にほぼ快晴です。向かい側にはマウナケアの雄大な姿がほしいままです。駐車場にはすでに先客がい
ました。ヒロとは反対側のコナの町から来た中年の夫婦で、昨夜は高度順応のために車で1泊したそう
です。われわれはすでにマウナケアでの観測で高度順応はばっちり。さて、水は4リットル、サングラスも
して準備を整えて出発。大きくジグザグを描いて上る非常用ジープの道はありますが、遠回りで歩くに
は向いていません。100mおきぐらいにあるケルンを目印に道なき道を上ってゆきます(上の写真)。
�マウナロアはマウナケアよりやや低い高度 4170m、海底からの高さでは9000m以上あるともいわれ
る世界一巨大な火山です。 日本で大きな火山の1つである富士山の体積は 400 km3 であるのに対し
て、マウナロアはその10倍、 40000 km3 もあります。山は表面がつるつるした溶岩(パホイホイ)とが
さがさの溶岩(アア)で覆われています。それぞれ、揮発性の低い成分の含まれたマグマと高い成分の
含まれたマグマが固まったものです。4000年前に活動を停止したマウナケアに対して、マウナロアは
現在も活動中で、観光名所にもなっているキラウエアはその斜面に成長したさらに新しい火山です。
�マウナロア気象観測所から北側の小火口ノースピットまで 約6 km、そこから頂上まで約 4 km。でも
今日中のレンタカーの返却とわれわれの体力を考えると、ノースピットまでを往復するのがせいぜい、と
考えていました。それでもコースタイムは片道では4時間です。高度順応しているといっても、やはり高
地なので息が切れます。ケルンを目印にゆっくり上ってゆきます。1時間半ほど歩いているうちに再度
ジープ道に出会いました。このジープ道を避けていくうちにケルンを見失ってしました。 アア溶岩の上は
靴をはいていてもとても歩けたものではありません。 磁石だけをたよりに歩きやすいパホイホイ溶岩を
選びながら強引にまっすぐ山頂のあるはずの南に
向かいます。あとでよく地図を見ると、途中からは
このジープ道を行くのが正道だったのですが...。
さらに1時間ほどあえいでも道らしきものはありま
せん。ただ山体は単純なので、方角さえ間違え
なければ頂上にたどりつくはずだ、という信念の
みです。ただあまりにも山が大きすぎて頂上が見
えないのです。本当に着くんだろうか?�そろそろ
不安が頭をもたげます。登りばかりの巨大な山に
うんざりしてきた頃、ようやく火口らしきものが見
えてきました!�午前11時、どうやら頂上直下のモ
クアウェオウェオ・カルデラの縁にいきなり出てし
まったようです。直径約5kmの広大なカルデラ(上の写真)。火口の底は黒い泥で覆われているように
見えますが、すべて溶岩です。どこまでも静かで、生き物の気配は全くありません。ここから頂上まで後
少しのように見えましたが、雄大なカルデラを
堪能できたし、とばして来たせいで残りの体力
も少ないので、これで下山することにしました。
�ノースピットの方向へカルデラの縁に沿って道
らしきものをたどってゆくと、これが正しい道の
ようです。途中太陽の光を浴びて七色に美しく
きらきらと光る溶岩があるところなどを通って
午後1時頃ノースピット着(左の写真)。その後
はトレールをはずさずに順調に下って駐車場に
は午後3時すぎに帰り着きまし
た。さすがに山好きでマウナロア
登山の言い出しっぺの小倉さん
もお年のせいか、ばてばてのご
様子。気象観測所が眼下に見え
始めてから駐車場までの長かっ
たこと。私も足ががくがくです。
一休みする間もなく、ヒロの空港
まで車をとばしてレンタカーを午
後5時に空港に返却し、タクシー
でホテルに戻りました。翌日もま
だ暗い早朝の起床でヒロからホ
ノルル経由で福岡まで帰ってき
ました。観測は満足できなかった
けど、別の意味で満足感のある、
あわただしい1週間でした。
(マウナロアからマウナケアをのぞむ。手前の白い建物は気象観測所)
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