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平和構築における治安部門改革(SSR) - 防衛省防衛研究所

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平和構築における治安部門改革(SSR) - 防衛省防衛研究所
平和構築における治安部門改革(SSR)
平和構築における治安部門改革(SSR)
吉崎
知典
〈要 旨〉
紛争後の平和構築を定着させるには、現地の軍隊や警察といった治安組織を改編し、
「良
き統治」の担い手へと変えてゆく必要がある。しかし長年の紛争を通じて小火器は拡散
し、武装組織も肥大化する傾向にあるため、武装解除や治安組織の民主的統制を進めるの
は容易ではない。そのため国連やNATOといった国際機関が現地の治安組織を改編しよう
と試みることになるが、こうした国際的な取組みを治安部門改革(SSR)支援と呼ぶ。現
在、平和作戦の担い手としては国連と多国籍軍の2つが中心であるが、両者のSSRに向け
たアプローチにはかなりの隔たりがある。国連PKOでは法の支配、民主化、人権尊重を含
む包括的アプローチが重視され、そのSecurity概念は「人間の安全保障」に近づく。つま
り、国連主導のSSRとは、紛争後の平和構築に向けた中長期的な能力構築支援の一部とな
る。他方、米軍主導の多国籍軍では、治安組織の育成による秩序維持が重視され、そのSecurity概念は「治安」中心となる。つまり、多国籍軍主導のSSRとは、安定化作戦や反乱
鎮圧を進める上での軍事的必要性が注視される。こうしたSSR支援のアプローチの違いを
踏まえ、今後の課題として、短期的な治安確保と中長期的な開発との整合を図る必要があ
るだろう。
はじめに
グッド・ガバナンス
平和構築を進める上で、現地の治安部門を改編して民主的に統制し、良き統治の担い手
へと変える必要が指摘されている1。和平合意が達成するまでの間、対立や抗争を繰り返
してきた集団にとり武器は自らの安全と自由を確保する手段であったが、紛争後の社会に
1 アフリカ、中米、アジア他の事例を踏まえた、SSR関連の研究として次がある。Charles T. Call, ed.,
Constructing Justice and Security after War (Washington, DC : The United State Institute of Peace
Press, 2007) ; Gordon Peake, Eric Scheye and Alice Hills, Managing Insecurity : Field Experiences
of Security Sector Reform (London and New York: Routledge, 2008) ; Alan Bryden and Heiner
Hänggi,, eds., Reform and Reconstruction of the Security Sector (Munster : LIT/Geneva Centre for
the Democratic Control of the Armed Forces, 2004). 国連PKO以外の平和支援作戦については次を参
照。Michael Brzoska and David Law, eds., Security Sector Reconstruction and Reform in Peace
Operations (London and New York : Routledge, 2007).
49
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4巻第2号(2
0
1
2年3月)
拡散した武器の存在そのものが脅威となる。そのため国連を始めとする国際機関は、現地
の国軍・警察の改編に向けて取り組むこととなる。これを「治安部門改革(SSR: Security
Sector Reform)
」支援と呼ぶ。加えて、現在のSSR支援は、軍隊や警察といった狭義の治
安部隊の改編にとどまらず、法の支配、民主化、人権尊重等を目指す、より広範なプロセ
スへと拡大しつつある。こうしたSSRの拡大は、ソマリア、コンゴ民主共和国、アフガニ
スタンに見られるような紛争の長期化の結果である。つまるところ、SSR支援は破綻国家
や脆弱国家における平和構築の不可欠の要素となった。
但し、国際機関、関係政府、NGOといった外部勢力が平和構築に関わる場合、その支
援にはディレンマが伴う2。例えば紛争後の平和構築は、現地機関の能力を育成し、やが
て現地政府の手による運営(ローカル・オーナーシップ)を追求する。しかし実際には、
グッド・ガバナンス
積年の対立や内戦を経験した紛争地において相互の不信は根強く、まだ良き統治を実現す
る条件は揃っていない。そうした状況でローカル・オーナーシップの強化や民主化を進め
ると、紛争後の秩序がかえって不安定化するかもしれない3。
治安部門の改革支援でも、こうしたディレンマは避けがたい。安全保障分野では政治目
的と軍事的手段の釣り合いが重要であるが、SSR支援は目的と手段の乖離を生みやすい。
その理由は、国際機関による支援は軍隊の民主的統制やローカル・オーナーシップ実現と
いう政治目的を設定するが、これを実現する現地の条件はなかなか整わないからである4。
例えば冷戦後、国連を中心とした外交による紛争解決へ期待が集まったが、こうした平和
的解決は明確な軍事的勝敗を提示せず、紛争後の社会においても旧来の対立構造がそのま
ま残る。その結果、国連の部隊や警察が撤収した後、再び支配の正当性をめぐる内戦が起
こる危険がある。つまり和平実現後も現地では「戦うか和解か」という問題が解消せず、
そうした中で、現地の治安部隊に対して外部から軍事的支援を行えば、この対立構造を激
化させる5。
2 ローランド・パリスは、平和構築の矛盾を次の5点に要約している。①外部からの介入による自治
の推進、②国際的統制を通じた現地オーナーシップの確立、③普遍的価値観の増進による現地の問題
解決、④過去との訣別と歴史の再確認という双方に基づく国家建設、⑤短期的考慮と長期的目標との
衝突、である。以下に見るように、SSR支援も同じような矛盾をはらんでいる。Roland Paris and
Timothy Zisk , “ Conclusion : Confronting the Contradictions , ” idem , eds . , The Dilemmas of
Statebuilding : Confronting the Contradictions of Postwar Peace Operations (Oxon: Routledge, 2009),
pp.305-306.
3 この点については冷戦後の平和構築の事例研究を踏まえたパリスの分析が知られている。Roland
Paris, At War’s End : Building Peace after Civil Conflict (Cambridge : Cambridge University Press,
2004).
4 アフガニスタンの大蔵大臣を務めたガニ(Ashraf Ghani)は、これを「主権ギャップ(sovereignty
gap)」と呼んでいる。Ashraf Ghani and Clare Lockhart, Fixing Failed States: A Framework for
Rebuilding a Fractured World (Oxford : Oxford University Press, 2008), pp.21ff.
5 Mats Berdal, Building Peace after War (Oxon : Routledge for IISS, 2009), p.69.
50
平和構築における治安部門改革(SSR)
本稿は、こうした外部支援のディレンマを踏まえつつ、SSR支援が平和構築にもたらす
影響を分析する。ここでは次の2つの点に着目する。第1に、国連やNATOといった多様
な国際アクターがSSR支援に携わっているが、それぞれの国際組織の抱くSecurity概念の
違いを浮き彫りにしたい。このSecurityを「治安」確保という狭義のものとするか、それ
とも「人間の安全保障」も含む広義のものにするかによってSSRの方向性は変わってくる。
第2に、SSR支援が平和作戦の中でどのような位置づけをなされているかに焦点を合わせ
る。平和作戦の担い手としては、国連と多国籍軍(および主導国)の2つが主であるが、
国連PKOと多国籍軍による安定化作戦ではおのずと性格を異にする。現在、現地で展開す
る軍・警察・文民の人員は全体で2
0万人以上となり、このうち国連とNATOによる支援が
全体の9
3%を占めている6。その結果、SSRをめぐる議論で国連とNATOの比重は圧倒的な
ものであるが、実際には、両者のアプローチにはかなりの隔たりがある。一例として、ア
フガニスタンでは国際治安支援部隊(ISAF)による反乱鎮圧作戦が長期化し、欧米が「出
口戦略」を模索し続けているため、治安の確保と中長期的な開発との関係が注視されている。
本稿は次の構成をとる。第1節では、SSR支援への多様なアプローチを国際機関毎に概
観する。そこでは、国連、北大西洋条約機構(NATO)、経済協力開発機構(OECD)等が
異なったSecurity概念を有しており、その多様性がSSR支援を複雑にしていることが明ら
かになるだろう。第2節では、9.1
1以降に対テロ戦争が長期化した結果、軍事作戦が「住
民の中で戦う戦争」へ変質したことを描出し、これがSSR支援に与えた影響を考察する。
とりわけ、紛争からの「出口戦略」を求める政治的圧力が、平和構築におけるSSR支援を
変質させている点を指摘したい。
1 平和構築におけるSSR支援の位置づけ
一般に平和構築(Peacebuilding)とは紛争再発を防止し、紛争後の永続的な平和を構
築するための政治プロセスと定義される。この平和構築という発想は、冷戦後の国連平和
活動をめぐる議論の中で浮上してきたものであったが、旧ユーゴ内戦に象徴されるように、
NATOや欧州共同体(EC)
/欧州連合(EU)は徐々に紛争後の復興支援プロセスへ関与す
6 ニューヨークの国際協力センターが国連PKO局と協力して毎年出版している『グローバルな平和作
戦年鑑2
0
1
0年版』
による分析に基づく。Annual Review of Global Peace Operations 2010 : A Project
of the Center on International Cooperation (Boulder and London : Lynne Rienner, 2010), pp.2-3.
同年鑑の編纂時点におけるISAF兵員数は約7万人に過ぎなかったが、その後、2
0
1
1年時点で約1
3万
人規模まで膨れあがったため、多国籍軍の比率は一層高まっている。
51
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るようになった7。
歴史的に見て、現地の軍隊・警察組織を養成して治安確保を図るという視点は植民地主
義時代からの伝統と言える8。しかし、多様なアクターが世界中から国家建設に参入する
という構図は、現代の平和構築の特徴と言えるだろう9。そしてSSR支援は、対象国の治安
や復興状況、国際機関の取り組みによって左右され、その形態は多様である。例えば、
1
99
0年代、国軍改革や警察改革の焦点は中東欧諸国であり、これは欧州における冷戦終結
とソ連邦解体の直接的な影響を受けていた。その文脈でSSRとは、欧州共同体(EC)/欧
州連合(EU)やNATO新規加盟の前提条件となると同時に、欧州秩序再編の原動力とも
なった10。冷戦後欧州ではEC/EUやNATOといった国際組織が域内各国に具体的な改革指
針を提示し、欧州秩序を形成してきたという色彩が濃い。
このうちSSRへの支援は、脆弱国家における紛争発生・再発を防止する手段として有効
であると評価されている。近年SSR支援が必要とされたのは、紛争地域での軍や警察が国
民を保護し、国家を防衛するというよりも、むしろ国民を弾圧し、時には虐殺するとみら
れたからである。1
9
9
0年代半ば、ルワンダのジェノサイドやボスニアにおける「民族浄化」
という悲劇はこうしたイメージを定着させ、文民保護のための「人道的空間(humanitarian
space)
」を確保する必要が唱えられた。
また、アフリカにおいて軍事クーデターは政権交代の手段としての位置を失っておら
ず、軍の政治介入を抑えることは平和構築の大きな課題である。1990年代初頭以降に勃発
した武力紛争の半数以上が発展途上国で起こったが、その約4割がアフリカ大陸に集中し
た11。冷戦後、住民の安全を確保するべき治安部隊が政治化し、政府による人民弾圧の手
7 冷戦直後の時期、欧州共同体(EC)は平和構築と言う用語は使わず、もっぱら危機管理(crisis
management ) と 呼 ん だ 。 Michael Merlingen , and Rasa Ostrauskaite , European Union
Peace build ing and Po lic ing : Gov ern ance and the Euro pean Se cu rity and De fence Pol icy
(London : Routledge, 2006), chapter 1. 平和構築概念の多義性については、次を参照。篠田英朗『平
和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』創文社、2
0
0
3年、5∼2
7頁。
8 現代の平和執行は、帝国主義時代の治安維持活動に類似しているとの視点については、次を参照。
Kimberly Zisk Marten , En forc ing the Peace : Learn ing from the Im pe rial Past ( New York :
Columbia University Press, 2004), pp.115-144.
9 平和構築におけるアクター間の調整(coordination)は常に課題として指摘されるが、その解決は
困難である。詳しくは、国連平和構築委員会による調整を扱った、次の論文を参照。Roland Paris,
“ Understanding the ‘ Coordination Problem’ in Postwar Statebuilding , ” Paris and Zisk , eds . , The
Dilemmas of Statebuilding, pp.53-78.
1
0 この点について詳しくは次を参照。Deborah Avant, “Making Peacemakers out of Spoilers,” Paris
and Zisk, eds., The Dilemmas of Statebuilding, pp.123ff.
1
1 この同じ時期にラテンアメリカ、カリブ海地域、中央アジア、バルカン諸国でも犯罪と武力紛争が
深 刻 化 し た 。 OECD DAC , Hand book on Se cu rity Sys tem Re form: Sup port ing Se cu rity and
Justice, 2007 Edition (Paris : OECD, 2007), p.20 <www.oecd.org/dataoecd/43/25/38406485.pd>.
52
平和構築における治安部門改革(SSR)
段に堕しているという批判が噴出したのも偶然ではない12。アフリカ諸国のクーデターを
統計分析しているマクゴワン(Patrick J. McGowan)によれば、1956年から2001年の4
6年
間にアフリカ4
8カ国で発生したクーデターは1
88件あり、そのうち成功が約半数の8
0件も
1
3
。また、
『最底辺の1
0億人』の
あり、失敗の1
0
8件と大差がない(クーデター未遂が1
3
9件)
著者として有名なコーリエー(Paul Collier)によれば、アフリカ各国は平均7回のクー
デター(未遂を含む)を経験している計算となる14。このように、アフリカでは軍部によ
る政治介入は頻繁に行われており、治安組織は政治秩序を提供するよりも、秩序を攪乱す
る傾向にある。かつて軍事クーデターは「南」全般で幅広く観察されたが、現在、ほぼア
フリカのみの現象と化しつあり、SSR支援の関心もこの地域に向けられる15。
(1)国際組織によるSSR支援―開発と安全保障の相関
紛争再発の防止が平和構築の目的であるならば、その線に沿って現地の治安部門を改革
することが求められる。つまりSSR支援の目標とは、クーデターを予防し、政治暴力を封
じ込めることによって、紛争後の国家や開発途上国の社会的脆弱性を克服することに向け
られる。これは短期的には、軍や警察の改革を進めて非正規兵(私兵)や武装集団を押さ
グッド・ガバナンス
え込むことをめざし、中長期的には、開発、民主化、良き統治等を通じて、和平プロセス
などへの妨害者(spoiler)を抑えることを意味するだろう。いわば、戦争の「記 憶
(memory)
]や「強欲(greed)
」によって左右されにくい構造を定着させることが、SSR
支援の究極目標となる。
以下、国際機関や国家によるSSR支援のアプローチをそれぞれ分析するが、そこでは、
治安部門と現地社会との関係について『ハンドブック』等に一定のモデルや規範が仮定さ
1
2 一例を挙げれば、コンゴ共和国(Republic of Congo)の1
9
9
8年から9
9年に起こった内戦の後、
「国
境無き医師団」が行ったインタビュー調査で、治安部隊による暴力的活動が明らかになった。避難民
のうち6
5%が反乱部隊/政府軍からの攻撃を受け、5
7%が拘束されているという。Hugo Slim, Killing
Civilians : Method, Madness, and Morality in War (New York : Columbia University Press, 2008),
pp.37ff.
1
3 マクゴワンのデータセット(後出)に基づくコーリエー自身の計算によれば、1
9
4
5年以降、世界で
クーデターの成功例は3
5
7例あり、うちアフリカでの成功例が8
2件、失敗が1
0
9件、未遂が1
4
5件とな
る。Paul Collier, Wars, Guns, and Votes (New York : Harper Colllins, 2009), pp.8, 145−146.
1
4 Ibid.
1
5 Patrick J . McGowan , “ African Military Coups d’état , 1956-2001 : Frequency , Trends and
Distribution,” The Journal of Modern African Studies, Vol.41, No.3 (Sept. 2003), pp.339-341. 地域別
に見れば、アフリカ全域で1
8
8件のクーデターのうち、西アフリカが最多で8
5件とほぼ半数を占めて
いる。それ以外だと、北東アフリカが5
3件、中央アフリカが2
6件、インド洋地域が1
3件、南アフリカ
が1
1件という分布になっている。Ibid., p.336.
53
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1
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れていることを示す16。また、国家再建という視点には、外部からの介入によって改革を
1
7
的なアプローチが反映されていることも指摘す
進める「社会工学(social engineering)
」
る18。
なお、安全保障と開発の相関に着目して分析すれば、治安に重点があるのがNATOや各
国の軍事組織であり、
開発と安全保障の双方に統合的アプローチをするのが国連であろう。
他方、開発に重点があるのがOECDやEUであると整理できる。以下の分析を通じて、こ
うしたSSR支援アプローチの相違は、各アクターの組織文化や関心の相違を反映している
ことが明らかにする。
(2)治安重視のSSR支援
NATOによる治安部門改革支援には大きく分けて、協調的安保による同盟拡大、紛争処
理、対テロ作戦という3つの流れがある。第1に、冷戦終結直後、旧共産圏の中東欧諸国
をNATOへ加盟させるための条件として国防改革が重視された。その中心的な存在は1
9
94
年に創設された「平和のためのパートナーシップ(PfP)」であった19。PfPの具体目標と
しては、①国防計画と予算の透明性の向上、②軍隊の民主的コントロールの確保、③国連
・欧州安保協力機構による活動への貢献、④平和維持活動・救難活動・人道支援のための
防衛計画・演習の実施、⑤NATOとの共同作戦能力の向上という5点が示され、この各分
野での進捗が将来的な加盟協議と連繋していた20。主な対象国としては、中東欧地域のポー
1
6 冷戦後の中東欧諸国におけるSSR支援はNATOやEUの拡大を後押しした。こうした成功体験を、欧
州諸国が、開発途上国に適用する傾向があった点は無視できない。欧州史家のチャールズ・ティリー
(Charles Tilly)が指摘するように、国家の内部(internal)と外部(external)を区別して主権を論じ
るのはヨーロッパでの国家形成の経験を下敷きとしており、
「国際連盟や国際連合のような、国家を
認定する組織は、欧州を基礎としたプロセスを世界規模に拡大したものに過ぎない」
。Charles Tilly,
“War Making and State Making as Organized Crime,” idem, Roads from Past to Future, (Lanham,
Boulder, New York and Oxford : Rowman and Littlefield, 1997), p.183.
1
7 例えば、国連SSR支援の報告書で引用されているのは、人 道 NGO の オ ッ ク ス フ ァ ム ( Oxfam
International)
、元世銀のポール・コーリエ(Paul Collier)
、世界銀行の報告書などが多く、外部から
の介入による「社会工学」アプローチを示唆する。Report of the Secretary-General, “Securing Peace
and Development: The Role of the United Nations in Supporting Security Sector Reform,” United
Nations General Assembly, A/62/659-S/2008/39, 23 January 2008, p.5, fn.1-3.
1
8 社会工学アプローチの「非歴史性」に対する批判は、ロンドン大学キングズ校のバーダル(Mats
Berdal)を参照。Berdal, Building Peace after War, pp.19-20. 外部からのSSR支援は、国際社会を通
じた平和構築支援という名を借りた「ポストモダン帝国主義」との批判的視点については、次を参
照。ウィリアム・イースタリー『傲慢な援助』小浜裕久他訳(東洋経済新報社、2
0
0
9年)
。
1
9 現在は、
「国防組織建設に関わるパートナーシップ行動計画」が破綻国家において軍隊の民主的統
制と、
「国軍」としてのアイデンティティ醸成を目指している。またPfPと並んで、欧州・大西洋パー
トナーシップ理事会(EAPC)が焦点となり、主な対象地域はコーカサスと中央アジアへとシフトし
ている。Partnership Action Plan on Defence Institution Building (PAP-DIB), Brussels, 7 June 2004
<www.nato.int/docu/basictxt/b040607e.htm>.
54
平和構築における治安部門改革(SSR)
ランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、南欧地域のスロヴェニア、クロアチア、ア
ルバニア、マケドニア、そして旧ソ連邦のバルト3国であった。こうしたPfPによる国防
改革支援は、NATO周縁部分の安定化に寄与したと言えるだろう21。特筆すべきは、③∼
⑤の目標との関連で、NATOとPfP諸国が共同演習や防衛計画を担当し、これによって軍
事分野での相互運用性(インターオペラビリティー)の向上が謳われていることであろう。
NATO加盟国は冷戦終結時の1
6ヵ国から現在の2
8ヵ国まで急速に拡大したが、これはSSR
による加盟対象国の改革が同盟拡大を加速したと評価できる。
第2の流れは、NATOが平和支援作戦(PSO : Peace Support Operation)を通じて関与
した地域におけるSSRであり、主に欧州・大西洋地域の安定化を図る狙いがある。代表的
な例としては、ボスニア・ヘルツェゴヴィナにおける平和執行部隊(IFOR、1995∼1996
年)、安定化部隊(SFOR、1
9
9
6年∼2
0
0
4年)およびコソヴォ国際部隊(KFOR、1999∼)
であろう。この2つの地域には大規模な空爆作戦を展開し、停戦実現後には、和平合意に
基づく重火器回収
(Heavy Weapon Cantonment)、武装解除・動員解除・社会統合(DDR)、
不発弾・地雷除去、安全地域の確保、装備面での支援
(装備の供給、装備の保守・補充)
、
実地での訓練を担当し、同盟によるSSR支援の前例となった22。これはNATOとして平和支
援作戦の一環であり、
「同盟統合文書第3.
4.
1(AJP-3.4.1)号」では、SSRは教育訓練の一
環として位置づけられる23。
SSRの第3の流れは、冷戦後NATOの平和執行作戦が、現在の対テロ戦争の起源となっ
た点である。アフガニスタンやイラクのように紛争後の安定化作戦が長期化する中で、軍
事的手段のみによる紛争解決は不可能であることが広く認識されるようになった。こうし
た教訓は、旧ユーゴ内戦での経験を基礎としている。そのため、現地政府、国際機関、非
政府組織(NGO)を問わず、紛争処理を全体として支える、いわゆる「包括的アプロー
チ(Comprehensive Approach)」が主流となってきた。NATOも平和構築の担い手として
復興支援プロセスに積極的に関与することとなり、NATOによる治安部門改革や反乱鎮圧
2
0 現在NATO加盟手続きは、加盟行動計画(MAP : Membership Action Plan)を経る。
2
1 欧州大西洋パートナーシップ理事会(EAPC)も国防改革による透明性確保に貢献したが、PfPほ
ど具体的なSSR支援を目指しておらず、一般的な安保対話・防衛交流に焦点がある。主な対象地域と
しては、南欧ではボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、コソヴォ、コーカサス地
域ではウクライナ、グルジア、ベラルーシ、アルメニア、アゼルバイジャン、モルドバ、中央アジア
ではカザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンが参加している。
2
2 NATOの定義によれば、平和支援作戦における軍事的任務とは、予防的展開(早期警戒、予防監視、
安定化、訓練支援計画、法と秩序の回復)
、情報収集活動、停戦・休戦の監視、兵力引き離し、移行
期の支援、DDRとなる。このうちNATOとしてのDDRの流れは、当事者間の合意履行、停戦監視、敵
対勢力の相互撤退、武装解除、動員解除、社会再統合となる。詳しくは、吉崎知典「紛争処理におけ
る同盟の役割.
―NATOによる治安部門改革を中心に」
『防衛研究所紀要』第1
1巻第3号(2
0
0
9年3月)
2
5∼4
4ページ。<www.nids.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j11_3_2.pdf> を参照。
2
3 NATO, AJP-3.4.1, para.0631.
55
防衛研究所紀要第1
4巻第2号(2
0
1
2年3月)
作戦も、こうした全体との整合性を強く意識するように変化した。具体的にはイラク訓練
ミッション(NTM-I)とアフガニスタン訓練ミッション(NTM-A)が、これに相当するが、
現在オバマ政権によるSSR支援の主眼はこの分野である(詳しくは、反乱鎮圧作戦に関連
して後述する)
。
以上概観したように、NATOのSSR支援は加盟国の国益に応じて選択的に実施される。旧
ユーゴやアフガニスタンの事例では現地作戦を指揮し、空爆などの実力行使、反乱鎮圧作
戦というハードな路線から、地方復興支援チーム(PRT)による復興支援というソフトな
路線まで幅広く担当する。現在NATOは、内陸国・アフガニスタンまで兵站支援も実行し
ており、多国籍軍としての軍事能力は高い。このように硬軟両面での平和作戦を展開でき
るNATOは、治安が不安定な地域でのSSR支援を担当できる数少ない機関の1つであろう。
(3)統合的SSR支援―国連の包括的アプローチ
冷戦後国連は伝統的PKOの枠を超え、国家内紛争という複合的事態に対処し、現在では
多次元的PKO(Multi-dimensional PKO)と呼ばれるものへ取り組んでいる。2000年のブ
ラヒミ報告以降、国連では社会・経済、文化、環境、制度、その他の構造に係わる紛争原
因への関心が高まり、
平和作戦における統合的アプローチが求められるようになったのも、
こうした変化を受けてのことであり、
SSR支援への関心も次第に高まってきた。事実、2
0
0
1
年以降の国連ミッションでは、現地政府の権限を拡大するような形で、治安・司法部門改
革を実行するマンデートが与えられつつある24。こうした中、国連はSSR支援の方針を2008
年1月に採択した。その概要は、事務総長の報告書「平和と開発の確保―治安部門改革支
2
5
から窺うことができる。まず、国連は治安部門を「国家の治安を
援における国連の役割」
担当し、提供し、監視することを責務とする制度や人員」と広義に解釈し、
「国防、法執
行、司法、情報部門、国境監視・通関・内政不安組織を担当する組織」を改革支援の対象
2
4 1
9
4
8年から1
9
9
9年の期間ではわずか2
5%しかSSR関連の活動に言及していなかったが、2
0
0
0年以降
はすべてのミッションで想定されている、との解釈については次を参照。Jake Sherman, Benjamin
Tortolani , and J . Nealin Paker , “ Building the Rule of Law , ” An nual Re view of Global Peace
Operations 2010, pp.12, 16. 但し、SSRがマンデート内に直接言及されることはない、との指摘もあ
り、分析者によって、解釈に幅がある。この点、EUではギニアビサウやコンゴ民主共和国ではSSR
をミッションとして明示している。
2
5 Report of the Secretary-General , “ Securing Peace and Development : The Role of the United
Nations in Supporting Security Sector Reform,” United Nations General Assembly, A/62/659-S/2008/39,
23 January 2008, pp.1-19.
56
平和構築における治安部門改革(SSR)
とした26。こうした包括的なSSRアプローチは、紛争後の平和構築が広範な分野を包摂す
るものであり、
「治安とは従来の軍事要素にとどまらない」との国連の認識が根底にある27。
国連によるSSR支援の最大の特徴は、その対象が地球規模であることだろう。世界最大
の軍事同盟・NATOが、欧州の地域紛争やテロ戦争といったように、加盟国の国益を基準
としてSSRに取り組んだのに対して、国連はより普遍的な取り組みをしている。とりわけ、
前出したような、軍事クーデターの防止を含め、アフリカでのSSR支援に最も積極的に関
与しているのが国連である28。
国連が対応する安全保障問題は多様なものであり、大量破壊兵器の不拡散といったハー
ドなものから、
「人間の安全保障」や「保護する責任」といったソフトなものまで存する。
こうした中、国連は持続可能な平和を実現するため治安、開発、人権等を含む統合的アプ
ローチが必要であるとの視点に立ち、平和構築に取り組んできた。しかし実際には国連内
部でもSSR支援についてかなりの温度差がある。例えばPKO担当者はSSR支援を「出口戦
略」実現のため短期的にも必要と認める傾向にあるが、開発担当者はSSRを長期的プロセ
スの一部とあくまでも見なし、安全保障と開発の間の相克は国連内部でも生じているとい
われる29。
これまでの国連によるSSR支援が治安から司法改革にいたるまで非常に広範であるた
め、その事例も多数となる。冷戦後に限定しても、アフリカではナミビア、アンゴラ、モ
ザンビーク、ルワンダ、シエラレオネ、ウガンダ、ギニアビサウ、ブルンジ、スーダン、
コートジボアール、コンゴ民主共和国、リベリア、南アフリカ等がある。ヨーロッパでは
クロアチア、ボスニア、コソヴォが、中東およびアジアではではレバノン、カンボジア、
東チモール、アフガニスタン、ネパール等があり、中南米ではハイチ、グアテマラ、ニカ
ラグア、パラグアイ他がある30。なお、国連のSSR支援原則は、次項のOECDのガイドライ
ンに準拠している。
2
6 国連の「紛争後の国家の平和定着に不可欠な治安部門改革―国連の取組み改善に向けた報告書」を
理事会へ要請したのは、議長国であるスロヴァキア(当時)であった(2
0
0
7年2月2
0日、SC/8958)
。
これは、中東欧における国防改革の動きが、国連によるSSR支援検討の呼び水となったと見ることが
できる。また、スロヴァキアの働きかけによってSSR支援セミナーが開催されるが、これもジュネー
ブ安全保障政策センター(GCSP)や軍隊の民主的統制・ジュネーブセンター(DCAF)が関与して
おり、ヨーロッパ主導によるSSRの例とみなされよう。
2
7 Report of the Secretary-General, “Securing Peace and Development,” p.6.
2
8 近年、EUもコンゴ民主共和国(DRC)やチャド/中央アフリカ共和国での平和作戦に関与するよ
うに変化したが、こうしたEUの取り組みは国連PKOとの連動を強く意識している。
2
9 例えば東チモールのUNTAETで、治安部門と開発部門の対立が続いた。Heiner Hänggi and Vincenza
Scherrer , “ Towards an Integrated Security Sector Reform Approach in UN Peace Operations , ”
International Peacekeeping, Vol.15, No.4 (August 2008), p.491.
3
0 Report of the Secretary-General, “Securing Peace and Development,” pp.7-10.
57
防衛研究所紀要第1
4巻第2号(2
0
1
2年3月)
(4)開発重視のSSR支援
SSR支援への最も精緻なガイドラインを準備しているのがOECDであろう。NATOが治
安や国防改革という軍事的側面を重視し、国連が平和構築を包括する統合アプローチを指
向するのに対して、OECDは開発を通じたSSR支援に焦点を合わせる31。
SSR支援という名称を採用するのは冷戦後のことであるが32、その出発点は、援助対象
国で軍隊の民主的統制が欠如しており、軍事費の負担が過剰に重いことをOECDが懸念し、
19
9
3年には「グッド・プラクティス」の綱領を作成した点に求められる。1
997年、OECD
は紛争・平和・開発作業部会を立ち上げ、これを基礎としてOECD開発援助委員会(DAC)
によるSSRガイドラインが作られることとなる33。つまり、OECDの関心は治安部門が開発
の阻害要因になることを懸念し、ガイドライン作りに乗り出したのであり、軍事・安全保
障そのものへの関心は希薄であった。
OECDによるSSR支援原則にも、破綻国家での開発や民主化支援という方向性が反映さ
れている。その背景として、ODAが国民総生産(GNP)全体に占める比率が1
0%を超え
るアフリカ諸国は増加傾向にあり、援助への依存体質がむしろ悪化しているという事情が
0
0
8年度、OECDによる発展途上国に対する援助額は1,
214億ドルであったが、う
ある34。2
ち約5
0ヵ国に上る破綻国家への支援額が3
90億ドルに上った35。そのためOECDのSSR支援
の原則は、次の5点で開発支援を重視する。第1に「ローカル・オーナーシップ」の強化
による接受国自身による改革を支援する。第2に、「進捗状況の測定」のため、具体的な
ベンチマークを導入し、これをOECDに定期報告をする。第3に、「全体的アプローチ」を
採用し、
「良き統治、民主的規範、法の支配、人権、長期的な制度構築、人材育成、装備
の提供」といった平和構築の各要素を取り込む。第4に、「現地に合致したアプローチ」を
採用し、各国の政治環境や、国際組織、地域組織の取り組みにも配慮する。第5に、「相
3
1 Mark Downes and Graham Thompson, “Supporting Security and Justice : The OECD Approach to
Security System Reform,” David Spence and Philipp Fluri, eds., The European Union and Security
Sector Reform (London : John Harper/Geneva Centre for the Democratic Control of the Armed
Forces, 2008), pp.284-303.
3
2 OECDの前身は1
9
4
8年に創設された欧州経済協力機構(OEEC)であり、米国が1
9
4
7年に提唱した
「マーシャル・プラン(欧州経済復興計画:ERP)
」の受け皿となった。冷戦期、
「鉄のカーテン」に
よって欧州大陸が東西に分断された時代にあって、自由主義と市場経済に基づく西欧の地域統合を推
進する組織であった。こうしたOECDの性格は冷戦終結によって変化した。
3
3 Jane Chanaa, Security Sector Reform : Issues, Challenges and Prospects, Adelphi Paper 344
(London : The International Institute for Strategic Studies, 2002), pp.24−25. 英国際戦略研究所
(IISS)が編集した、この『アデルフィー・ペーパー』は、軍隊の民主的統制・ジュネーブセンター
(DCAF)との協賛で出版されたものであり、SSR概念を安全研究分野に普及させる契機となった。
3
4 ODAに1
0%以上を依存する国の数は1
9
7
5年から7
9年の時期に1
6カ国に過ぎなかったが、1
9
8
0∼8
9
年の間に2
5カ国、
そして冷戦後の1
9
9
0∼9
7年の間に3
1カ国へと急増している。
Arthur A. Goldsmith,
“Foreign Aid and Statehood in Africa,” International Organization, Vol.55, No.1 (Winter 2001), p.126.
3
5 Muggah, “Stabilizing Fragile States and the Humanitarian Space,” p.43.
58
平和構築における治安部門改革(SSR)
互調整型のアプローチ」として、国際機関の内部調整に加えて、他のアクターや債権国と
の調整を推進する。以上をまとめれば、OECDは領域横断的な包括的アプローチを提唱し
ていると言える。
3
6
とは「国家・国民
こうしたOECDの関心を反映し、
「治安システム(Security System)」
へ安全を提供する、すべての国家・非国家的な制度」を包括するものへと拡大され、主に
次の4つから構成される。すなわち、①中核となる治安部門アクター(軍隊、警察、軍警
察、国境警備隊、税関、出入国管理、諜報・情報機関)
、②治安部門運営・監視組織(国
防省、内務省、財政部門、苦情対応委員会)
、③司法・法執行機関(裁判所、刑務所、検
察、地方固有の司法制度)
、④非正規の治安部隊
(民間軍事会社、ゲリラ、民兵)である37。
OECDの方針で特徴的なのは、武装解除・動員解除・社会再統合(DDR)をSSRに含ま
ない点であろう。OECD『SSRハンドブック』によれば「治安部隊の規模をどの程度にす
!
!
」ものであり、DDRは開発支援を妨げ
るかは動員解除決定の前に行うべき(傍点は著者)
ないよう推進するべき、とされる。こうした慎重な姿勢は、援助の軍事化に対する懸念を
反映したものである。
こうしたOECDのSSRの定義をそのまま採用する組織として、EUがある。EU加盟国は
DACの中軸を形成し、ODAの約6割を提供する一大勢力である38。EUは債権国側として復
興や開発の枠組みを自ら形成する立場にある。加えて、民主主義・法の支配・人権といっ
た普遍的価値を唱導しつつ、政治的和解・国境監視といった紛争の社会的側面にも対処で
きる点にEUの強みがある。しかし、次節で検討するように、アフガニスタンやイラクで
の対テロ戦争の長期化によって、軍隊・警察再建に対するEU諸国の直接的貢献が求めら
れつつある。こうしたハードな治安部門改革に関与することによって、これまでEUが保
持してきたソフトパワーが変質する可能性もあるだろう。
2 テロ戦争とSSR支援の変質
9.
1
1以降のテロ戦争の時代到来によって、SSR支援のディレンマは一層深刻となりつ
3
6 OECDでは「治安システム(Security System)
」という用語が採用されている。これは開発、治安、
諜報組織などの部門(sector)ごとに組織を改革し、こうした個別の改革を通じて全体システム
(system)を改良するという、OECDの包括的アプローチを反映している。
3
7 OECD DAC, Handbook on Security System Reform : Supporting Security and Justice, 2007
Edition (Paris : OECD, 2007), pp.105-106 <www.oecd.org/dataoecd/43/25/38406485.pd>.
3
8 Commission of the European Communities , “ A Concept for European Community Support for
Security Sector Reform,” Brussels, 24 May, 2006, COM (2006) 253 final, communication from the
commission to the council and the European Parliament {SEC (2006) 658} 但し、EUは共通外交安全
保障政策の関連でSSR支援を担当しており、ここでは警察改革が焦点となっている。
59
防衛研究所紀要第1
4巻第2号(2
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2年3月)
つある。イラクやアフガニスタンに示されるように、紛争の長期化によって国際部隊を維
持するコストが上昇し、その結果、なるべく早い時期に「出口戦略(exit strategy)
」を確
保することに関心が集まった。その反面、出口戦略を国際部隊が直接追求すると、現地の
反乱勢力の士気を高めるおそれがあるため、部隊撤収は現地の秩序回復や能力構築を実現
した後になる39。そのため人道復興支援と安定化作戦を連携させつつ、現地での「民心を
獲得する(Winning Hearts and Minds)
」ことが必須となった。ここに開発支援と反乱鎮
圧作戦が急接近することとなる。
(1)
「住民の中で戦う戦争」における治安改善
米オバマ政権は、現地の治安部隊の能力構築を出口戦略の鍵と位置づけた。こうして
SSR支援が欧米のメディアで一躍脚光を浴びることとなった。例えば、ロバート・ゲイツ
(Robert Gates)米国防長官は『フォーリン・アフェアーズ』誌に「他国の自衛力整備を
4
0
と題する論文を著し、パートナー国の治安部門改革や、紛争後の能力構築
支援する」
(Capacity Building)に言及し、米軍の政策変化を印象づけた。ここにブッシュ前政権の
「単独行動主義」は見いだせない。加えてゲイツ国防長官は、国務省と連携を図って「国
防(Defense)
・外交(Diplomacy)
・開発(Development)」という「3Dアプローチ」を推
進することを謳い、その範を英国に求めるとしている。そしてオバマ米政権では、国防総
省が手がけてきた「4年毎の国防見直し(QDR)」をモデルとしつつ、国務省・国際援助
庁(USAID)による「4年毎の外交・開発見直し(QDDR)」に着手した。クリントン(Hilary
Clinton)国務長官が策定するQDDRは、危機・紛争の予防と対処のために援助政策を抜本
的に見直し、安全保障援助(security assistance)の活性化を求めるものであるが、これ
は米国のSSR支援の急転換を印象づける41。
こうした変化は、イラクやアフガニスタンでの戦争が長期化したことによって、アプロー
チの見直しが求められていることと軌を一にする。バグダッドやカブールでの首都制圧後
もイラクやアフガニスタンでは「長い戦争」が続いているが、こうした中で最も影響力の
3
9 Julian Lidley-French, Enhancing Stabilization and. Reconstruction Operations : A Report of the
Global Dialogue between the European Union and the United States (Washington, DC : CSIS,
January 2001), p.3. <www.csis.org/media/csis/pubs/090122_lindley_enhancingstabil_web.pdf>.
4
0 Robert M. Gates, “Helping Others Defend Themselves : The Future of U.S. Security Assistance,”
Foreign Affairs, Vol.89, No.3 (May/June 2010), pp.2-6.
4
1 USDOS, “Quadrennial Diplomacy and Development Review” <http://www.state.gov/s/dmr/qddr/
QDDR>. QDDR起草担当者の一人が、プリンストン大学教授から国務省政策企画部長(PPS)に抜擢
された、アン=マリー・スローター(Anne-Marie Slaughter)であった。スローターは、グローバル
化進展によって国際行政・司法・立法担当者間の実務的なネットワークが形成され、これが「新国際
秩序(New World Order)
」を形成しているという立場である。平和構築のためのSSR支援も、この
ネットワークの一部と位置づけられる。
60
平和構築における治安部門改革(SSR)
4
2
あるのが、
「住民の中で戦う戦争(War amongst People)」
という議論である。主唱者であ
る英陸軍ルパート・スミス(Rupert Smith)大将は、北アイルランドでの活動やボスニア
国連保護軍での経験を下敷きにしつつ、現代の紛争では軍隊に警察的機能が期待されると
指摘する43。スミスの議論は現在の英国ドクトリンの通奏低音となっており、米国のドク
トリンにも影響を及ぼしている。
「住民の中で戦う戦争」の特徴とは次の6点に要約でき
る44。第1に、戦う目的とは、政治的帰結に向けた条件作りであり、そこでは軍事的解決
以上のものが求められる。第2に、我々が戦うのは住民の中であり、戦場においてではな
い。そのため明確な「前線」というものは消滅する。第3に紛争は長期化し、出口戦略が
見いだせない可能性すら出てくる。第4に、我々が戦うのは、目的を達成のために危険を
冒すためではなく、我々の兵力を温存するためともなる。紛争が長期化する中で、部隊防
護そのものが目標になる場合もある。第5に、工業化時代の戦争の産物であった旧式の兵
器や組織も新しい使い方があるという点である。例えば、ボスニア紛争の地上作戦支援で
はヴェトナム戦争で使われた攻撃機が活躍した。これは、IT技術を基礎としたネットワー
ク型の戦争、いわゆる軍事上の変革への懐疑を生む。そして第6に、紛争当事者のほとん
どが非国家主体であり、この非国家主体に多国籍の集団が対抗する場合もある、というも
のである。こうした中、
「住民の中で戦う戦争」の時代において、国連PKOや多国籍軍等
の国際部隊が現地住民の支持を得ることが必須であり、これがSSR支援の出発点となる。
(2)SSR支援による「部隊密度」の向上
テロ戦争の時代では、治安部隊の規模を確保することがSSRの重要な指標となりつつあ
る。これは、紛争後の社会における安全が法や秩序の確立に必須であり、そのためには現
地の「民心の獲得」が軍事組織にも求められることを示唆する45。事実、イラク戦争が混
迷し始めた2
0
0
4年頃から、こうした視点が欧米主要国の軍隊の教範(Field Manual)に反
映されるように変化した。例えば、ヴェトナム戦争以来の大幅改訂を受けた米陸軍・海兵
4
2 General Rupert Smith, The Utility of Force : The Art of War in the Modern World (New York :
Alfred Knopf, 2007), p.271 ; The U.S. Army and Marine Corps, with Forewords by General David H.
Petraeus and Lt General James. F. Amos, and by LTC John A. Nagl, Counterinsurgency Field Manual
(Chicago and London : University of Chicago Press, 2007).
4
3 英国のアプローチを米国と対比した研究としては、わが国では次が先駆的な業績である。青井千由
紀「平和支援と軍組織の役割―システム、社会、文化―」
『国際安全保障』第3
4巻第1号(2
0
0
6年6
月)
。
4
4 以下について詳しくは、吉崎知典「現代の紛争と平和構築―アフガニスタンにおける安定化作戦を
めぐって」拓殖大学海外事情研究所編『海外事情』第5
7巻第5号(2
0
0
9年5月号)
、8
4∼9
8頁を参照。
4
5 治安確保が大前提である(Sine qua non)という視点は、Jane Stromseth, David Wippman and Rosa
Brooks , Can Might Make Rights ? Building the Rule of Law after Military Intervention
(Cambridge : Cambridge University Press, 2006), pp.134-177を参照。
61
防衛研究所紀要第1
4巻第2号(2
0
1
2年3月)
隊の反乱鎮圧作戦(COIN)教範では地域住民1
000名に対する反乱鎮圧部隊(つまり米軍
等)の規模を「部隊密度」と呼び、その基準値として「20名から25名」と提示している。
この「住民1
0
00名あたり治安部隊2
0人」という部隊密度は、2003年春に上梓されたRAND
(ランド)研究所の報告書『国家建設における米国の役割46』によって提示された指標に似
ている。RANDの試算によれば、安定的な社会の場合、駐留部隊の規模は人口1
000名あた
り5名程度で済むが、不安定な社会の場合、その4倍の20名程度が必要となる。言い換え
れば、軍人や警察官一人が守れる住民はわずかに50人ということになる47。
この部隊密度という視点はオバマ政権のSSR支援の中核となりつつある。米軍教範の表
現を借りれば「これまでの[対ゲリラ戦]立案者は、勝利を収めるため反乱分子に対する
戦闘員の優位を1
0対1か1
5対1と想定してきた」
。こうした自分に圧倒的に有利な戦力比
を敵軍に対して確保することが重要であり、そこでの治安部隊の役割は軍事的なものであっ
た。しかし現在、国際部隊と現地軍隊・警察の目標が秩序回復によって住民に「安心感」
を与えることに変化し、反乱分子の殲滅は目標とは提示されなくなった。こうして治安部
隊の役割は警察的なものとなり、SSR支援も変化する。この「住民1
000名あたり治安部隊
2
0人」という水準で国際部隊を維持し続けることは困難であり、結局、現地の国軍や警察
の育成を図るしかない。そして、治安部隊の教育訓練には長期の時間がかかるため、国際
部隊や各国警察は改革支援のために一定期間、関与することを余儀なくされた。
部隊密度を重視する趨勢は欧米主要国の主流となりつつあり、英国国防省の教範や
NATOのドクトリンにも看取できる。2
0
09年11月に新訂された英国の統合ドクトリン文書
4
8
では、軍事介入の後、安定化作戦としては「治
第4
0号『治安と安定化:軍事面での貢献』
安確保・秩序維持・開発(Secure、Hold、Develop)」という3段階を設定されている。こ
の考えは、アフガニスタンにおけるISAF、イラクにおける多国籍軍の取り組みの基礎と
4
6 James Dobbins, et. al, America’s Role in Nation-Building (Santa Monica, CA : RAND, 2003).
RANDの報告書は、第2次世界大戦後(日独)
、冷戦後の人道的介入(ソマリア、旧ユーゴ他)
、9.
1
1
以降の対テロ戦争(アフガニスタン、イラク)の事例を通じて、国家再建に必要な駐留部隊の規模を
試算した、定量的研究である。
4
7 RAND研究所の研究によれば「住民1
0
0
0人あたり治安部隊2
0名」という部隊密度をほぼ満たしてい
るのは占領期のドイツ(8
9.
3人)
、東スラヴォニア(3
9.
6人)
、コソヴォ(2
1.
7人)
、ボスニア(1
8.
1
人)の4例に過ぎない。次の高い数字は東チモール(1
1.
4人)
、イラク(6.
5人)
、ソマリア(5.
7人)
、
占領期の日本(4.
9人)
、シエラレオーネ(4.
5人)となる。アフガニスタンは2
0
0
6年の時点でわずか
1.
6人である。James Dobbins, et. al, Europe’s Role in Nation-Building : From the Balkans to the
Congo (Santa Monica, CA : RAND, 2008), pp.211, 213. 但し、RANDの数値は軍隊と警察を分けてい
るため、上記の数値は筆者が合算したもの。
4
8 UK Ministry of Defence, Security and Stabilisation : The Military Contribution Joint Doctrine
Publication (JDP) 3-40 JDP 3-40, Chapter 6, Section II : Reforming the Security and Justice Sections
<http://www.mod.uk/DefenceInternet/MicroSite/DCDC/OurPublications/JDWP/jdp3
4
0SecurityAndStabi
lisationTheMilitaryContribution.htm>.
62
平和構築における治安部門改革(SSR)
なっており、NATO訓練ミッション(NTM)も両国に展開している49。こうしてSSR支援が、
平和構築支援のみならず、軍事戦略上も重要となったのが9.
11以降の特徴であると言え
よう。
おわりに
以上概観したように、SSR支援は冷戦後の中東欧地域での経験を踏まえつつ、グローバ
ルな平和構築を支える一つのツールと位置づけられていると言えるだろう。但し、SSR支
援アプローチにおいて安全保障と開発では、想定する時間軸や、適用する手段に大きなズ
レがある。国連が提唱している包括的・統合的アプローチでも、このギャップを埋めるこ
とは容易ではないだろう50。
最後に、冒頭で提示した2つの問いに対する回答を試みたい。第1の、国際組織の
Security概念の違いがSSR支援に与える影響については、理念的に見ればSSRとは、リア
リズム(政治的現実主義)とリベラリズム(自由主義)の要素の双方を含むものと言える51。
SSR支援の直接的目的は、アンソニー・ギデンズが言う「暴力の正当なコントロール」の
確立にある52。これはリアリズムの伝統に沿って、国家による中央統制が正当性の源であ
るという、国家中心主義の規範を支える。ここでのSecurityとは狭義の「治安」や「安全
保障」と同義になる。他方、欧米諸国は、紛争再発を未然防止するという視点から、開発
支援や治安部門改革において、リベラルな価値観を国家再建事業に投影する傾向がある。
ここでのSecurityとは「人間の安全保障」へ近づく。以上の二つの相異なる理念が併存し
ているため、SSR支援に内在するディレンマが消滅することはない。そのため、現地のロー
カル・オーナーシップを尊重しつつ、国際的な規範や制度との整合を強く意識する、とい
うバランス感覚が常に要求されることであろう。
第2の問いは、国連PKOと多国籍軍による安定化作戦という、性格を異にする活動の間
4
9 英国国際戦略研究所(IISS, Military Balance 2010)のデータより試算すると、アフガニスタン(人
口3
2
7
4万人)での部隊密度は約7/1
0
0
0であり、イラク(人口2
8
2
2万人)部隊密度は約2
6/1
0
0
0となる。
また、アフガニスタンでは「増派」が進んだため、2
0
1
1年中に1
3/1
0
0
0まで上昇した。
5
0 平和構築に関わる3
3
6件の事業のうち、担当国の国家戦略とは何ら関係のないものが5
5%以上に
上ったという調査結果もある。相互の連携を強化しても、異なるアクター間の調整は困難であろう。
Roland Paris and Timothy D. Sisk, “Conclusion : Confronting the Contradiction,” Roland Paris and
Timothy Zisk, eds., The Dilemmas of Statebuilding : Confronting the Contradictions of Postwar
Peace Operations (Oxon : Routledge, 2009), p.57、注1
5.
5
1 紛争後の平和構築プロセスに、ウィルソン主義的な国際政治観が反映しているという分析について
は次を参照。Paris, At War’s End.
5
2 Anthony Giddens , The Na tion-State and Vio lence ( Berkley and Los Angeles : University of
California Press, 1981), pp.7-34.
63
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4巻第2号(2
0
1
2年3月)
で、SSR支援はどのように位置づけられているかというものである。9.
11テロ後、アフ
ガニスタンに象徴されるように欧米主要国は「住民の中で戦う戦争」に長期的に関与せざ
るを得なくなった。こうした高烈度の紛争には、主に、欧米主導の多国籍軍が関与し、地
域としては中央アジアや中東が該当する。多国籍軍の作戦は、現地住民の「民心の獲得」
のためにはソフトな復興支援活動を継続しつつ、反乱勢力に対しては断固対抗して「法の
支配」を確立することを目的とする。ここでのSSR支援とは、部隊密度を確保するために
大量の資金や装備を必要とするため、現地の警察・国軍改革支援に国際社会が資金・技術
援助をする、という構図が生まれる。
他方、国連PKOはアフリカにおける低烈度の紛争に関与することとなり、国連主導の平
和構築を求める。そこで求められるSSR支援とは、開発援助を軸とした中長期的な取り組
みとなり、軍事的色合いが強くなるとは考えにくい。このようにSSRという用語は、国連
主導の平和構築支援と、テロ戦争における反乱鎮圧作戦という、全く異質のものを同時に
表現してしまう。これが9.
11テロ以降のSSR議論を混乱させた一因であると言えよう。
(よしざきとものり
64
理論研究部長)
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