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「グローバル化によって失われるものと、 理想のグローバル・リーダー」 1

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「グローバル化によって失われるものと、 理想のグローバル・リーダー」 1
「グローバル化によって失われるものと、
理想のグローバル・リーダー」
1年 永田遼汰
1 序論
グローバル化という言葉が多くの人に広まった
のは最近のことである。グローバルな問題に対応
する能力、グローバル人材、グローバル・リーダー
などという言葉を身の回りでよく聞くようになっ
たが、私たちはこの言葉の意味をしっかりと理解し
ているのだろうか。よく聞く言葉だから、聞こえ
がいいから盲目的に良いものだと思い込んではい
ないだろうか。実際、私も本を買ったり、講演を
聞きに行ったりと自分で行動するまではそう思っ
ていたし、そう思っている人も多いだろう。確か
に、便利な文化や、新しい技術の導入など、良い面
は多い。実際に、私たちの日常生活を振り返ってみ
ても、洋食や、洋服などもともと日本にはなかっ
たものが取り入れられたことで便利になったもの
はたくさんある。しかし、グローバル化によって失
われたものも存在する。便利な文化、新しい技術
は人々の目を惹き、浸透し、もともとあったもの
は衰退してしまう。こういった状態が続くと、文化
は次から次へと消失してしまう。その国の文化の
消失はその国の個性の消失につながる。これでは
世界の発展のためのグローバル化が国々の個性を
なくす統一化になってしまう。そのため、優れた
文化だけが広まっていく今の状態は決して良いとは
言えないだろう。このままグローバル化を目指して、
世界のことばかり考えていては、日本の個性はな
くなってしまうだろう。便利なものに変わること
が悪いとは言わないが、日本人として、日本の個性
を守るのは重要なことではないだろうか。そこで、
グローバル化を分類して、考察し、日本が今本当に
すべきグローバル化について考えていきたい。
2 現在のグローバル化
(1)グローバル化が叫ばれる理由
近年、急速にグローバル化が進んでいる。私はこ
う言った言葉を何度も耳にしているし、多くの人
が聞いたことがあるだろう。そして、多くの人はこ
れに違和感を覚えることはないだろう。しかし、
果たして本当にそうだろうか。私は必ずしもそうだ
とは思わない。そもそも、グローバル化がなぜ起
こるかというと、それは情報が遠くに伝わるよう
になったからに過ぎないと考える。移動手段、伝
達手段が発達すれば人や物、情報が移動するのは
あたりまえである。飛行機などの移動手段や、イン
ターネットなどの情報伝達手段が発達してきた近年、
グローバル化が進むのは当然であるといえるだろ
う。しかし、あたかも急激にグローバル化が始ま
り、そして、急に進んでいるかのようにいわれてい
る。だが、渡来人により仏教や漢字などが伝わっ
てきた時代の方がよほど急速にグローバル化が進
んだのではないだろうか。今、グローバル化が叫
ばれているのは、認知度が上がったこともあるが、
時代の波のようなものではないだろうか。日本人
の日本は世界とのつながりにかけているという意
識と他者への同調性を重んじる特徴からしても、
私は現在グローバル化が問題になっているのではな
く、昔から進んできたグローバル化がたまたま日の
光を浴びただけに過ぎないと考える。グローバル
化という言葉も一種の流行語のようなものであって、
その流行に後れないようにすることが良いのか、
少し立ち止まって、現状を知るべきなのか、その
ことを考える必要があるように思える。
(2)グローバル化で懸念されること
懸念されることの一つは欧米化である。グロー
バル化していく世界で必要なものをあげようとする
と、多くの人は英語や、積極性、コミュニケーショ
ン能力などあげるのではないだろうか。そして多
くの場合このイメージは欧米人からきているだろ
う。しかも、生活様式も西洋風に変化し続けてい
る。このように、現在進行しているグローバル化と
いうのは欧米を中心としたグローバル化である。
もちろん、英語を習得すれば多くの地域で多くの
人とコミュニケーションが取ることができ、ほか
二つの能力も持っている方が人生で役に立つだろ
う。生活様式においても、便利なものを取り入れ
ようとするのは当たり前だろう。しかし、欧米の
文化に合わせるあまり、自国の文化や個性を失っ
てはいないだろうか。これからはグローバル化の
時代といった言葉をうのみにして、ただ漠然と英語
を勉強したり、積極的にならなければいけないと
思ったりして、欧米の文化に合わせてはいないだろ
うか。このままでは世界が一様になってしまうと
私は考える。もし、世界が一様になってしまい、
西洋の国でできたものがすぐにほかの国にも広ま
るようになると新しいものが生まれにくくなって
しまう。例えば、ABCの3人に定規を渡して、Aが、
メモリで物を図るということを発見したとする。
そして、それをほかの2人にも伝えると、定規とい
うものが、物の長さを図るものという認識で固定
されてしまう。しかし、Aが発見を伝えなければ、
BCがAの発見しなかった使い方を思いつく可能性
ー116ー
は広がる。このように、文化は時として、閉ざされ
た空間から生まれるものなのだ。こういった点で
もグローバル化について疑問が残る。
(3)あいまいなグローバルという言葉
以下の文は文部科学省のスーパーグローバルハイ
スクールについてのホームページのスーパーグロー
バルハイスクールの構想の概要である。
高等学校等におけるグローバル・リーダー育
成に資する教育を通して、生徒の社会課題に対
する関心と深い教養、コミュニケーション能力、
問題解決力等の国際的素養を身に付け、もって、
将来、国際的に活躍できるグローバル・リーダー
の育成を図ることを目的としています。
スーパーグローバルハイスクールの高等学校
等は、目指すべきグローバル人物像を設定し、
国際化を進める国内外の大学を中心に、企業、
国際機関等と連携を図り、グローバルな社会課
題、ビジネス課題をテーマに横断的・総合的な
学習、探究的な学習を行います。
学習活動において、課題研究のテーマに関す
る国内外のフィールドワークを実施し、高校生
自身の目で見聞を広げ、挑戦することが求めら
れます。
指定されている学校の目指すべき人物像や具
体的な課題の設定、学習内容は、地域や学校の
特性を生かしたものとなっております。(文部科
学 省 ス ー パ ー グ ロ ー バ ル ハ イ ス ク ー ル http://www.sghc.jp/)
私はこの文章に疑問を感じる。まず、この文章を
読んで感じるのは、グローバル・リーダーという言
葉の曖昧さだ。グローバル・リーダーというのはど
んな活動をする団体のリーダーなのか、理解でき
ない。外国人の中に囲まれて、その団体の中でリー
ダーをやっていたらグローバル・リーダーになるの
だろうか。それなら、言語能力にたけてればいい
だけの話であろう。しかし、この文章を見たとこ
ろそれだけではないようである。この文章による
と国際的素養が必要であるとされているが、生徒
の社会課題に対する関心と深い教養、コミュニケー
ション能力、問題解決力等を、国際的というのは
少し無理があるように思える。それらの能力はグ
ローバル・リーダーになるためでなくても必要になっ
てくるものであるからだ。この文中にも出てくる
「グローバル・リーダー」という言葉はスーパーグ
ローバルハイスクールに関する様々な場面で出てく
る言葉であり、上の文中に出てきた、国際的素養
にあたるものがグローバル・リーダーの条件だとよ
く言われる。しかし、私は一年間SGHの活動に積
極的に参加してきたつもりであるが、グローバル・
リーダーという言葉と国際的素養についてはいまだ
に納得できない。やはり、前述したとおり、どん
な場面でのリーダーを想定されたものかはっきり
とせず、それに必要とされている国際的素養という
のもグローバルという言葉の説明にはなってないよ
うに思える。次に気になるのはグローバル○○、
グローバルな○○という言葉である。グローバル・
リーダーもその一つだが、この文章の中にはほか
にもグローバル人物像、グローバルな社会課題とい
う言葉が使われている。これらの言葉もとてもあ
いまいである。日本以外の国で働いていたらグロー
バル人物になれるのだろうか、日本以外の社会課
題はグローバルな社会課題なのか、この文章を読
んだだけでは全くわからない。私は、外国や、世
界のことだけがグローバルだとは考えていない。し
かし、この文章に限らず、多くの場面で、この二つ
はイコールで結ばれてしまう。私はそこに、統一化
の危険を感じる。グローバルと聞いてすぐに外に目
を向けるのではなく、中のことについても考える
必要があるのではないだろうか。もう一つ、この
文章に限らず、常に感じることなのだが、グローバ
ル○○、グローバルな○○をはじめとした、国際
的、横断的、総合的、探究的といった非常に抽象
的で分かりにくい言葉があまりにも多い。SGHに
興味を持った高校生がこの文章を読んでも、SGH
というものが何をやる活動なのかがわからない。
何より問題だと思うのが序論にもある通り、これ
らの言葉がとても聞こえがいいということだ。グ
ローバル、国際的という言葉がついただけで、なん
となく良いもので、私たちにたりないものなのだ
と思ってしまうし、総合的、横断的、探究的などの
言葉も、なんとなく高尚なものであるかのような
印象を受ける。もっと、グローバルという言葉の
意味について深く考え、定義づけることが必要に
なってくるのではないだろうか。
3 置換型グローバル化と吸収型グローバル化
(1)置換型グローバル化と吸収型グローバル化
の定義
現在進行しているグローバル化を分類すると、こ
の二つのグローバル化の形があるように思う。一
つは置換型グローバル化である。置換型グローバル
化はもともとあった文化や、物が、新たに取り入
れられたものによって衰退し、とってかわってしま
ー117ー
うグローバル化である。例としては、洋服や洋食で
ある。特に洋服は影響が強く、今となっては和服
をふだん着ている人がほぼいないどころか、和服
を持っていない、どういうものなのかわからない、
着方を知らないという人がとても多い。実際、私
も先日浴衣を購入するまではその一人であった。
比較すると洋服の方が便利なのは確かだ。和服が、
布の形を人に合わせているのに対し、洋服は人の
形に布を合わせているので、動きやすく、着るの
も容易である。洋食についても、味の濃いものが
多く、肉がよく使われるので、おいしいと感じる
人が多い。こういった便利なものや、多くの人に
受けいれられやすいものというのが置換型グローバ
ル化により、とってかわっていくのである。一方で
吸収型グローバル化というのは元あった文化や物
が、新しく入ってきたものを取り入れていくもので
ある。その例が日本語や、すしなどである。日本
語の中に外来語という種類があることからもわか
る通り、日本語は、外国の言葉をカタカナによっ
て日本語にしているのである。こうして日本語を残
しながら外国から入ってきた便利な言葉をつかえ
るようにしているのである。すしについても同様で、
外国のすしというものは日本人から見ればすしで
はないようなものもある。しかし、それはすしの
核となる部分を残しながら、その国や地域に合っ
たものに変化しただけであり、これも吸収型グロー
バル化といえるであろう。このように吸収型グロー
バル化は元の文化や物を失わずにより便利に、な
じみやすいものにしてくれるのである。
(2)置換型グローバル化が進むとどうなるか
置換型のグローバル化が進んでいくと今までの不
便な文化が衰退し、新しく、便利で魅力的な文化
が導入されるため、私たちの暮らしはより不満の
ないものになるだろう。私たちの周りには常に新
しいものがあふれ、様々なものが流行を作り、た
くさんの人々がその流行に乗るだろう。しかし、
このようなグローバル化では、確かに不便なこと
はなくなるかもしれないが、新しく、便利で分か
りやすいものだけが広まりすぎてしまい、統一化
が進んでしまう。つまり、置換型グローバル化は国
の文化や個性を奪ってしまう可能性があるのだ。
もちろん、前述したとおり、良い面も多数存在す
る。しかし、それ以上に国の文化や個性の消失と
いうのは問題視されるべきであると考える。加えて、
置換型グローバル化の悪い面として、急速に進んで
しまうということがある。残されなければならな
い文化や、もとからあった文化の良いところが見
直されないまま、衰退してしまう危険性がある。
今、グローバル化が進んでいるものはこの置換型グ
ローバル化が多いように思える。その証拠に、和
食をはじめとした、日本文化というものが最近に
なって、やっと見直されてきている。日本では明治
維新のころから西洋の文化を急速に取り入れよう
としたことや、西洋の文化に良いイメージが持たれ
ていることなどが理由で、今まで置換型グローバル
化が進んでいるのではないかと私は考える。価値
のあるものを後世に残すというのはとても重要な
ことである。しかし、現在、日本では伝統という
ものが廃れてきているように思う。伝統を発信す
る人だけでなく、伝統を受け取る人も少なくなっ
てきている。このままでは、せっかく価値のある
伝統が、いずれ、新しく来たものによって取って代
わられ、忘れ去られてしまうかもしれない。和食
などのようにあとからまた注目されれば良いが、
伝統がなくなってからそのものの良さに気づいて
もそれが再び栄えるのは難しいであろう。
(3)吸収型グローバル化のすすめ
置換型グローバル化には国々が個性を失うとい
う欠点がある。その欠点は吸収型グローバル化を
進めることによって、克服できるだろう。私は現在
の統一化している現状を顧みて、吸収型グローバル
化を進めることを推奨したい。吸収型グローバル
化なら、既存の文化をないがしろにすることなく、
新しい文化を取り入れることができる。吸収型グ
ローバル化で大事なことは文化を柔らかくするこ
とである。2つの文化をそのまま合わせることは不
可能である。そのため、文化の本質をとらえ、核
となる部分を残したうえで、新しい文化を取り入れ
ることが重要である。いくら伝統だからと言って、
そのまま残すのが最善だとは限らない。なぜなら、
その文化は変わらなくても、時代や、人々の共通
意識、流行などはどうしても変化してしまうからで
ある。それに合わせて変化していかなければ、現
代の人々にとってはつまらないものになってしまう。
個性を残すといっても、他のものに比べて劣ってい
るものをそのままにするという意味ではない。流
行する文化、求められる文化は優れているもので
ある。つまり、個性を残すためには、文化の本質
を残しながら、時代の変化に対応し、新しいもの
を取り入れてより良いものにしていく必要があるの
だ。しかし、吸収型グローバル化にも欠点がある。
それは、インターネットなどの発達によって、劇的
に早まったグローバル化が進む速度に追いつくこ
とができないからだ。文化の共存には時間がかか
ー118ー
る。しかし、近年、流行がとても速いスピードで
広まっている。新しい文化が入ってきてから、自国
にある文化が廃れないか心配していても、もう遅い
のである。今の社会では、吸収型グローバル化を
行うのは難しく、置換型グローバル化が進んでしま
うだろう。
(4)吸収型グローバル化を進めるために私たち
がやるべきこと
グローバル化して、入ってきた文化を取り入れた
り、日本特有の文化を廃れさせたりするのは私た
ち国民である。文化は、その習慣や伝統を誰かが
繋いでいかなければ文化になりえない。だから、
置換型グローバル化を進めるのも、吸収型グローバ
ル化を進めるのも私たちなのである。私は吸収型
グローバル化を進めていくべきだと考えている。し
かし、現在私たちは置換型グローバル化を進めて
いる。では、どうすれば吸収型グローバル化を進
めることができるか、何をするべきなのかという
ことを考えると、それは、日本を知ることである。
グローバル化という言葉を聞いて、外国のことに目
を向けようとするのは、普通であり、実際SGHで
も一年間外国のことについて学習し、外国へ研修
した。その学習や研修の中では、英語など外国語
を使うことが多々あった。私が研修先で一番感じ
たのは、これは不便だ、これは便利だといったこ
とや、あれは良い、悪い、これは日本にもあった
らうれしい、あれがこの国にはないから嫌だ、な
どである。私が外国でこういった感情を持ったの
は日本と比較したからである。日本との共通点、
日本との相違点この二つがとても気になったのは
私が日本のことを知っているからである。もし日本
のことを知らなければこんなな感情は抱かないで
あろう。これはグローバル化でも同じだ。私たち
が十分に日本の個性について知っていれば、外国
から来た新しいものの中で、何を取り入れるべき
で、日本のものの何を残すべきなのかがわかる。
これは受信だけにかかわらず、発信でも、日本の個
性で広めるべきものは何かを知っていれば、外国
により良い文化を伝えることができるだろう。こ
れは、文化を柔らかくするということにもつなが
る。日本のことをよく知っていれば日本文化の核
がわかり、何を残して、何を取り入れるのが良いか
を理解することが出来る。私は四日市高校で開催
された、東海地方のスーパーグローバルハイスクー
ル認定校が集まるイベントに参加したことがある。
そこで、平川克美さんの講演を聞き、グローバルと
いう言葉の持つ盲目的な良いイメージについての疑
問を感じたのがこのテーマを決めた理由である。
イベントでは、生徒同士のディスカッションもおこ
なわれた。5人程度のグループに分け、そこで、グ
ローバル・リーダーに必要なものというテーマで話
し合いが行われた。自ら進んでSGHの授業に参
加したメンバーということもあり、とても多くの
意見が出た。驚いたのは分かれたグループのほとん
どが、必要なものの一つとして、自国の文化を知る
ことだと答えたことだ。自分の班では私が、日本
の個性を知ることが大切だという意見を述べたが、
ほかの班でもその意見が出ていたことが、私の中
では予想外だった。このことからわかるように、
私だけでなく、グローバル化についての活動に参加
している人の中に日本のことを知ることが、良いグ
ローバル化につながると考えている人がたくさんい
るのだ。このことを感じたのは四日市高校でのイ
ベントだけではない。次に感じたのは高山グロー
バルサマーフェスタの時だ。高山グローバルサマー
フェスタではいくつかのセミナーを受けたのだが、
その中に能の講座があった。日本文化を知ること
の重要性が考えられていた。自分を含めた生徒たち
は興味を持ってしっかりとのセミナーを聞いていて、
自分と同じように、日本文化の重要性について考
えている人がいるということを確認することがで
きた。
4 結論
グローバル・リーダーに必要なものというSGH
の活動でよく聞かれる質問について、今まで述べた
ことを踏まえての、私なりの答えは自分らしさを持
つことだ。例えば、世界各国のリーダーにあたる
人物が集まったとして、そこで、日本人としてどの
ように対応すればよいのだろうか。西洋の人達と
同じように、高いコミュニケーション能力で自分
の意見をたくさんいえばよいのだろうか。必ずし
もそうではないだろう。確かに意見をいうことは
大事だ。しかし、日本人がほかの国の人達よりも、
聞くことが得意であるなら、そういった役割を担
えばよいのではないだろうか。皆が意見を言って
もそれがまとまらなければ意味がない。個性がな
く、全員が同じような意見を言っても議論は進ま
ない。これは国に置き換えても言えることだろう。
国が個性をなくして統一化すれば、新しいものは
生まれない。しかし、外国のことを知らずに日本
のことだけを知っていればよいということではな
い。進んでいくグローバル化の中で、自分からグロー
バル化を進めようとするのではなく、現状を知り、
外国だけに目を向けることだけでなく、日本にも
ー119ー
しっかり目を向けることが必要だと考えるのだ。
日本のことをよく知れば、比較することによって、
外国のことももっと鮮明に見えてくるだろう。よっ
て、日本のことを知り、個性を磨き、自分らしさ
を見つけることが、日本としても、個人としても、
グローバル化に対応するグローバル・リーダーに必
要なことであると考える。
参考文献
『グローバリズムという病』
『世界を戦争に導くグローバリズム』
ー120ー
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