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狂俳に見る名古屋の庶民感覚

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狂俳に見る名古屋の庶民感覚
狂 俳 に 見 る名 古 屋 の 庶民 感 覚
狂 俳 に見 る名 古 屋 の庶 民 感 覚
は じ め に
冨 田 和 子
﹁ 芸 ど こ ろ 名 古 屋 ﹂ と う た わ れ な が ら も 、 関 東 ・ 京 阪 の 間 に あ っ て 、 等 閑 視 さ れ が ち な 名 古 屋 地 方 の 庶 民 の文 化 や
︵注古 ︵注2︶ ︵ 注3︶
生 活 感 覚 を 、 江 戸 時 代 末 期 に 万 巻 堂 か ら 継 続 し て 刊 行 さ れ た ﹃ た ま か し わ ﹄ と ﹃ 狂 俳 苗 代 集 ﹄﹃ 狂 俳 田 植 う た ﹄ に 収
めら れた作品から考察 してみた い。
第 一項 で は 風 流 生 活 の 一 般 化 と し て 風 情 や文 学 を 男 女 共 に楽 し む ゆと り を 、 第 二 項 で は 上 方 と 江 戸 風 俗 へ の 批 評 と
し て 京 ・ 上 方 や江 戸 の イ メ ー ジ と 流 行 の 風 俗 批 評 を 、 第 三 項 で は 一 般 庶 民 の 生 活 や 感 情 と し て 日 常 の 生 活 感 情 と 生 活
観 、 恋 の 心 情 を 、第 四 項 で は世 相 描 写 や時 代 感 覚 と し て 世 相 描 写 と 時 代 感 覚 、 宗 教 ・ 信 仰 な ど を 紹 介 し 、 庶 民 感 覚 を
考 察 す る 。 最 後 に 補 項 と し て 、 名 古 屋 の 指 輪 を 紹 介 し 、 名 古 屋 地 方 の 重 要 性 を 確 認 し た い’
。
七九
﹃ た ま か し わ ﹄ 千 秀 亭 柏 光 撰 。 初 編 ︵ 嘉 永 二 年 序 。 な お 慶 応 元 年 と 奥 書 の 写 本 現 存 ︶・ 二 編 ︵ 嘉 永 四 年 序 ︶・ 三 編
上 八〇
︵同 六 年 序︶・ 四 編 ︵安 政 二 年 序︶・五 編 ︵安 政 四 年 頃 刊 。 明 治 十 年 代 の 後刷 本 現 存 。︶ 六 編 ︵安 政
六 年 序 ︶・ 七 編 ︵ 安 政 末 刊 ︶ ま で 現 存 。
﹃狂 俳 苗代 集﹄ 彩 霞 楼 野 口 令 雅 撰 。 初 編 ︵ 安 政 四 年 序︶ か ら三 編 ︵ 裏 表 紙 に ﹁ 文 久 二 年 弥 生 ﹂ と墨 書 あ り 。︶
﹃苗 代 集 ﹄ 三
∼ フ
﹃狂 俳田 植 う た ﹄ 令 雅 撰 。︵令 雅 は 卓 池 系 俳 人 。 明 治 八 年 か ら ﹃狂 俳 眼 り ざ ま し ﹄ を 毎 年 六 編 ま で 刊 行 。︶
墨画 の寂に気 が締 る
﹃苗 代 集﹄ 初
な お 、 引 用 句 の 片 仮 名 ル ビ は 原 文 通 り 、平 仮 名 ル ビ は 冨 田 に よ る 。 風 流 生活 の 一般化
炉開 寅1
出 にして一畳 さす ン の上 で鳴く河鹿 のころこ ろと いう美し い声 は広 い寺院 の庭には相応し い。
④
﹁炉 開き﹂ は旧暦 十月の初旬 に風 炉を片付 けて炉を開 き、釜を懸け て茶 会を催すこ と。冬 の季 語。
﹁ 寅刻﹂はここ で
﹃玉 柏﹄六
﹁河鹿﹂ はあ おがえ る科の蛙 の一種 。夏 か ら秋に かけて石上で 美し い声で鳴 く。秋の季語 。古色 のあ るゆかし い岩
③ 寂のつ いた岩 河鹿 だのしむ庭深 い ﹃苗代 集﹄ 二
秋風 が感じら れる頃は、掛け かえ た水墨画 の墨 色に閑寂 をみ るようで 気持ち が引 き締ま る。
② 秋風
掛け軸 の箱の はこ りを指で払って 、墨画 を懸 けてみた ら秋 らしい気分 になった 。
① 指 につく 埃 墨画懸 たら秋らし い
○風 情を楽しむゆと り
1
は午 前四時 。↓さす﹂ は﹁ 差す﹂で 差し入 れ る意 。炉開 きの茶会 のため に、まだ夜 の明 け やらぬ午前四 時に起 きて準
備を する。︼枚の畳を抜 き取って、半畳 の畳に取 り替え て、炉 を建てて客を待 つ。茶事の始 まる前の心地好 い緊張 感。
⑤ 秋 の夕 ち さな心 になりす ます ﹃苗代 集﹄ 初
ヒ ジ セイ ヨ
釣 て行 碑 の 辞 世 読 む 。
﹃苗 代 集 ﹄ 三
﹁小 さな秋﹂ はサト ウハチロ ー作 詞 の﹁ ち いさい秋 みっけた﹂ で聞き覚え のあ る表 現で ある。秋 の夕 べに は寂し い
ヽ
に
心
‘
に成 りき る。
⑥ 秋 の夕日
﹁秋 の日 は釣瓶 落と し﹂ と いっ て、秋 は日脚 が短く て急速に暮 れ る。碑と日の掛 言葉 か。急速 に暮 れ る秋 の夕日 に
照 らされた釣っ て運 んで行 く碑 に刻ま れた辞 世を読み 、ほかな さを感 じて いる。
⑦ 御手 洗の緋鯉 散 る卯 の花に飛揚 る ﹃玉 柏﹄ 四
﹁御手 洗﹂ は御手 洗川 の略。 神社の近 く に流れで、参 詣者 が手 を清 め口をす すぐ川。特 に賀茂 神社・比 叡山の もの
が有名 。
﹁卯 の花﹂ は初夏 に小 さ い白 い花 が穂状 に密生して 咲く。夏 の季語 。古 べか ら桜・擲圃・ 雪な どと同様 に呪
﹃苗代集﹄ 初 上
法 に使わ れた。清流と緋鯉 の赤 と卯の花 の白 の色 の対比 が美し い。御手 洗川 の緋鯉 が白 い卯 の花 が散 るのを餌 と間違
ス キ シ キ
香 で 数 寄 屋 の 湿 。 気 抜
く
その辺 の水 が飛 び散って 、静かだっ た水面 が笑 ったようにく 七 やくし やになった。
⑤ 若楓
八一
﹁若 楓﹂は楓 の若 葉の略で夏 。
﹁数寄 屋﹂は茶 室。楓の芽 がよう やく葉 に育った 初夏 には、香 を焚 いて茶室 の湿気を
﹃苗 代 集 ﹄ 三
﹁霞 む﹂ で春 。鐘の音 が霞 んだように微 かに聞こえ る春 の夕 方、 緋鯉にえ さを やると、狂 ったように集 まって来て 、
⑧ 鐘霞タ ト 緋鯉の狂ふ水 笑ふ え たのか、 勢い良く飛 び上 がった。
狂 俳 に見 る 名古 屋 の庶 民 感 覚
抜 く。
⑩ 洗髪
春待斗 のしら べ弾 く
﹃苗 代 集 ﹄ 三
﹃苗 代 集 ﹄ 初
八二
﹁春待 つト で冬 。髪 も洗っ七 身 なり は新春を 待つば かりに整え た娘 が、正 月 の弾き初 め会用 の新春譜 の曲を練習 し
鋳 って貰ふ鞠見 とる
て弾 いて いる。 ・
’
⑥ やさし い膝
﹁鋳 る﹂ は金属 でか ざる意 。優し い暖 か い膝と感 じる。幼子 が母 の膝 に座 って髪に飾 って もらう鞠の つ い た 籍 を 嬉
しそうに見て いゐ。鞠子 は幼子 、鞠育 は養 い育て る意 。
﹃ 玉 柏 ﹄ご二
尾張・三河 ・美濃は俳諧 の盛んな地方 であった から、この程度 の風 情を楽 しむ ゆとり や感覚を もって いて も不 思議
ではな いだろう。 。
‘
○文学 を楽しむゆと り
① 呑仲間 江戸か ら狂班 書てこ す
平字仄字 の論しと る
﹃玉 柏 ﹄ 三
江戸 に行 った酒呑 み仲間 が、狂歌 を送って よこ した。 あちらで も愉快 に呑 んで いるらし い。
② 黄 実の萬年青
﹃王 柏 ﹄ 五
﹁万 年 青の実﹂ で秋。万 年青 はユ リ科 の常緑多 年草 で、実は球形 で赤 く熟し、 まれに黄色 もあ る。珍し い黄 色 の万
カン語ゴ シヤ落
レ ショ作
サご つ い
漢
で 洒
る 所
年青 を囲んで、漢 詩の平 字・仄字 の論争を してい る。
③ 冬至 の お燈
﹃苗 代 集 ﹄ 三
﹁冬 至﹂で 冬。北半 球で は一年で 一番昼 間の短 い日 。冬至 の日 に一陽来 福を願っ て神仏 にお灯明 を供え るのだ が、
韻字探 ッて一座凝 る
慣 れない漢語で洒落 るしぐ さがぎこ ちな い。∼
④ 十吹込 梅 が香
﹁ 梅 が香﹂ で春 。学問 の神 様と して祭 られ る菅 原道真 の飛梅 の故 事 や中国 の晋 の武帝 の﹁文 を好 めば則ち 梅開き、
﹃苗 代 集 ﹄ 三
学 を廃す れば則ち 梅不 開﹂ の故事二 ここ から ↓好文 木﹂ は梅 の異名 。
︶ など、梅と文 字 の連 想は深 い。甘 い梅の香り
が漂 っ七 来 る。梅 の題 の詩の韻字 をさ がして一 座 が一所懸命 になってい る。
⑤ 関 羽程 有髭 雪見 の酔で詩識高 い
﹁雪見﹂ で冬 。中国の 蜀漢の武 将で有 名な関羽 の ような見事 な髭を はやした男 は、雪見 の酒で酔 った のだろう。 詩
吟 の調子 が声高 い。 上
⑥ 桐の唐 卓 ﹁ 羽出 た蚊を詩で 憎む ﹃苗代 集﹄三
﹁蚊﹂ で夏 。桐 の白 い唐卓 の前では 、夏 め初 めに一匹 出て きたう るさい蚊を叩 き潰す訳 に もいかず、 ただ蚊を憎 む
コ キ ン シヲ メシ
古 今 集 栞 ノ て 飯 に 立 ッ
ラ デンツクヱ カ ショハコ
螺 鋼 机 へ 歌 書 運 ぶ
﹃苗 代 集 ﹄ 三
﹃苗 代 集 ﹄ 三
八三
﹁ 芝桜﹂ はハナ シノ ブ科 の多年 草。春、 花は桜 に似、忿 のよう に地面 をおおって 咲く。 かわ いらし い芝桜 の咲く野
⑧ 柴 ざくら
海案め 花 が咲いて いる。憂 い顔 の美 しい女性を思 って、読みか けの古今集 に栞を はさんで食事 に立 つ。
古く から観賞用 に裁 培。春 の季 語。﹁海巣 の雨 に濡 れた る風 情﹂ は美 人の憂 い顔の比 喩。春雨 の降 る中 で赤 い美し い
﹁ 海巣﹂ は バラ科 の落葉低木 で、若 葉 は赤 みを 帯 び、晩春 の頃、花 梗の長 い紅色 の花 が房状 に垂 れて 集まり 咲く。
⑦ 雨の海案
詩を作って楽 しんで いる。蚊 を一羽と数え てい るので 、蚊の大 きさとう るさい羽音 が感 じられて おもしろ い。
狂俳 に見 る 名 古 屋 の庶 民 感 覚
唐
桑
の
タ バコ ボン
罠 盆
ユ カ リ ハク ヂク ヒ ソ ウ
シ 好 ︵ 家 ブ で 李 白 の 軸 秘 蔵 ナ
酒
原 に持ち出しか螺 鋼の美し い机 仁歌集を運 ぶ。早春 の浮 き立つ気分J
⑨
掛
る
シイ
椎
石 に大 学 忘 レ た る
‘ ﹃苗 代 集 ﹄ 三
⋮⋮ ⋮ ⋮ ⋮
ご ∇ ﹃田 植﹄
⋮
八四
﹁ 唐 桑﹂ は 中 国 か ら渡 来 七 だ 桑 の木 材 で ノ一’木 目 が 美 し い’
。 美 し い木 羽 の 唐 桑 の 荒 盆 を 持 っ て い る主 人 は 酒 好 き で 、
落
酒 好 き で 有 名 な唐 の 詩 人 李 白 の軸 が秘 蔵 だ そ う だ ノ ⑩ ﹁椎落 ち葉 ﹂ で夏。椎 は常緑喬 木。椎 の葉 が落ち かかって いる石の上 に ﹃大 学﹄ の本 が忘 れて あ る。高 い椎 の木 陰
∼ ⋮ ⋮
﹃玉 柏 ﹄一 二
の 下 に あ る 石 の 上 で 寺 子 屋 通 い の 子 供 が 昼 寝 で も し て い て 、そ の ま ま 遊 び に 行 っ て し ま っ た の だ ろ う 。習 い 初 め の ﹃論
一 本 陣 に 書 画 の 会 が 有 る 語﹄ で は な く 、 少 し 上 級 の∇
﹃ 大 学 ﹄ で 年 齢 が 想 像 さ れ・
る。
⑥ 麦 秋 ﹁ 麦 秋 ﹂ は 麦 の 実 り 熟 す 頃 で 、 初 夏 。 陰 暦 四 月 の 異 名 。夏 の 季 語 。﹁ 書 画 の 会 ﹂ は 書 画 を 書 い た ち 陳 列 し た り す る 会 。
゛
文 人 が、 茶 屋 な ど に 同 好 者 を 集 め て 、 書画 を 書 き 、 あ と で 酒 宴 な ど を 催 す も の。 初 夏 の さ わ や か な 頃 、 本 陣 で 書 画 会
Ij ︱
﹃
が催 さ れ る 。
上 ﹃玉 柏 ﹄ 初
江戸時代 の民衆の学 び楽しむ ゆと力のあ名 態 度や、文学的素 養を自然 に身につ けていた様子 が察せら れる。
御 旗 本 出 で 品 ン が有
○文学 的素養を持 った女性への 敬意
① 画 を書娘
絵 を書くよう な教 養のあ る娘は さす がに御旗 本出身 らし く気品 があゐ。
②
神主の奥 サマ 詠 アス寄の筋 が能ひ
神主の奥様 はさす がに お詠 みにな る和 歌の筋 が良 い。
③ 垢抜かし て 女子 の筆た思 はれぬ
野 飽顔が身奇麗 な
﹃玉 柏 ﹄ 二
﹃田 植 ﹄
﹃玉 柏 ﹄ 三
﹃玉 柏 ﹄ 五
﹃玉 柏 ﹄ 初
いたもの
八五
﹁垢 抜け る﹂ は容姿・ 態度・ 技芸 などに洗 練さ れで 素人 離れして いること 。素人離 れして いて 、女性 の書
京風 の髪形 に結 った奥様 は、 お供の者に おんぶ させて 連れて行 く子 供によそ よそしい。
京 の伯母 サン ② 京 の伯母サ ン ご▽コ スイ 賤別お呉 れたり
﹁コ スイ ︵校い︶
﹂ はけちで ある。京の伯母 さんは ケチ な饅別を下 さった。 \
③
⋮
⋮
⊥ 只の伯母 さんは顔はそ ばかすだらけで もさす がに身 綺麗な格好 をして いる。
④ 蒔画 の衣桁 京 から着た雛 かざる ⋮ ⋮⋮
﹃玉 柏 ﹄ 二
とは想像で きない。絵 か書 か手 紙か 。
﹁垢を刮 り、光を磨 く﹂︵﹃韓愈﹄ 進学解︶ は人 材を つくる意。
文学的素 養は敬わ れ、女 性も風情 や文 学を楽し んでい る様子 が窺え る。
上方 と江 戸 風俗へ の 批 評
○京・ 上方のイメ ージ
2
① 京風 ウの髪 おばせ て行 子 二水 くさい
狂 俳 に見 る 名 古屋 の庶 民 感 覚
八六
﹁衣 桁﹂ は着 物掛け 。蒔絵 の施 された美し い衣桁 の側に、 わざわ ざ京 に注文 した品 の良い立派 な雛人形 を飾 る。豊
かな家。
⑤ 芝居師 の内 カヤ ク雑煮 で上ミ風 ウな ﹃玉 柏﹄三
﹁内﹂ は家内・内義 の略。
﹁ カヤ ク﹂ は加薬で、炊 き込み飯 やそば・う どんの類な どに、色どり に混 ぜ い れ る 具 。 芝
居の興行 師の奥さんの作 る雑煮は彩 りが美しく上方風 ね。
⑥ 真 ンの出 た帯 亭主手曳 に上ミ識な 一 ﹃玉 柏﹄七
﹁ 真ン の出 た帯﹂ は、破 れて芯 の出た帯 。妻 はやつ れて帯も破 れて いるのに、目 の悪 い亭主 の手を引 いて 行 き な が
︿ ・
’ ○
ら歌う歌 は美し い上方風 の歌ね 。上 方落ちの 流しの夫婦 の様子 。
○ 江 戸 の イ メ ージ
﹃玉 柏﹄ 五
﹃玉 柏﹄ 五
① 冬 牡 丹 蒸 龍 で 蕎 麦 ハ 江 戸 風 ウ な ご ﹁ 冬 牡 丹1 は 冬 に 咲 く小 型 の牡 丹 、 冬 の 季 語 。 冬 牡 丹 の 咲 く頃 、 蒸 寵 で 蒸 し た 蕎 麦 切 り の 作 り 方 は 江 戸 風 だ ね 。珍
しし
② 江 戸画 張 だ 壁 曝 に小 額 抜 せ 恚 る ﹁ 江 戸 絵﹂ は 江 戸 製 の 一 枚 摺 り の浮 世 絵 。 後 、江 戸 土 産 と し て の 錦 絵 全 般 。﹁ 小 額 ﹂ は 髪 の 結 い方 のI 。 左 右 の髪 を
大 き ぐ と っ て 、 額 が狭 く見 え る よ う に し た も の 。﹃賤 のを だ巻 ﹄︵ 一 八 〇 二 年 春 序︶ に ﹁ 男 の ひ た い も 、小 額 を 置 て 際
を付 ず 、上 計 り 額 を す こ し 角 を 人 、ぬ き た る が 温 和 に て 、若 き も の は 甚見 付 もよ ろ し き ゆへ 流行 出 た り ﹂︵﹃燕 石 十 種 ﹄
二 所 収 ︶ と あ る 。 江 戸 土 産 の 錦 絵 を 貼 っ た 壁 の 前 で 、 そ の 役 者 絵 風 に 、△妻 に小 額 の 角 入 れ に 髪 を 抜 か せ て 、 真 似 さ せ
て いる。
③ ヲ ヽ ㈲
す んで に江 戸 な 猪 口 貰 ふ
偏玉柏﹄ 六
﹁ す ん で に ﹂ は も う 少 し の所 で 。﹁ 猪 口 貰 ふ ﹂ は 固 め の 盃 を交 わ す 意 。 お お 怖 い。もう少し のところで江戸 へ飛ば さ
口程江戸 ハ明 るない
﹃苗 代 集 ﹄ 二
﹃田 植 ﹄
れ るとこ ろだった 。危 ない女に誘惑 されて、引 っ掛かって猪 口を貰って いたら。危 ない、危 ない。江 戸行 きは左遷 。
④ 彫で埋 る 骸
体 申入 れ墨をして 、粋 がって江 戸っ子ぶっ てい るが、本当 は江戸 の事 は知ら ない。
⑤ 江戸 新形 の浴衣 額 の這人 た猪口交 る
﹃田 植 ﹄
江 戸で流行 の浴 衣には、役 者 が絞を図 柄にして染 め抜いたよう に猪口 が額縁 の中に入 った図柄 が混 じって おもしろ
カサ ヘイ キ
相 合 傘 も 平 気 な り
い。洒 落た のも混 じって いる。
⑥ 江 戸弁の娘
江戸 から流 れて来た芸妓 は、さばけて いてこん な田舎 に来て も人目 も憚ら ず相合 傘 も平気 です。
○ 流行の風 俗批評
その内、返 済に困って苦 しむ。
八七
眼か ら鼻 へぬけ るよう な色 男を気取 って、金 もないのに流行 に敏感に対応 す るた めに利 息の高 い借金をし た奴 は、
② 眼 から鼻へぬけ る男 今に高利で苦 し がる ﹃王 柏﹄ 初
伊 達を気取 ってい る奴 は’
、こんなに寒 いのに素足 で我慢して いる。
① 伊達盛り 此 寒イのに素足 なり ﹃田植﹄
狂俳 に見 る 名 古 屋 の庶 民 感 覚
③ 二 結
の 髪 形
流 行
流 行
惚
る も 飽
く も ア
ヽ 早
い る の も 何
は 惚 れ
き
の 娘
る の も 飽
ぎ
び つ く よ う な 流 行 物 好
ふ 髪 に 飛
滑 で 光
み 、 地 厚
な 娘 の 上 品
沢 に 富
で あ る 。 陽 気
は 平
は 滑 稽
。 編 子
な ﹂
のI
な 奥
様 風
。 特 に 小
と 早
﹃ 玉 柏 ﹄
い の だ ろ う 。
四
と し 、 帯
襟 地 、 力
八八
地 、 半
な い 。
﹃王 柏﹄ 初
は 似 合 わ
地 を 主
の 帯 姿
は 黒
の 黒 綾 子
柳 綾 子
キ フ リ ・ I
陽 気 娘 小 柳 の 風 俗 腹 筋 ナ ﹃田 植 ﹄
絹 綾 子
い る 。﹁ 腹 筋
は 本
な ど に 用
柳 編 子 ﹂
の 揮
﹁ 小
④ 士
京・上方 ・江戸 のイ メー ジや流行 の風 俗批評 は現代まで残 されて いるこ とを感 じる。
一 般庶 民の 生活 や 感情
○日 常の生活感 情
① 白 足 袋 で 出 か け 町 へ ま ハ つて ハ ガ キ 買 フ ﹃王 柏 ﹄ 初
∼
﹁ ハ ガ キ﹂ は 、 江 戸 時代 、 銭 湯 な ど の代 金 前 納 者 に 渡 す 小 紙 片 。﹁ 銭 湯 へ 羽 書 で行 は 品 が よ しト 柳 樽12
︵ 安 永 六 刊 ︶。
士
こ こ で は 参 宮 の準 備 の た め に買 う 伊 勢 の神 主 連 合 で 発 行 し た 紙 幣 ︵鈴 木 勝 忠 著 ﹃東 海 の言 葉 辞 典 ﹄︶。身 綺 麗 に し て 白
足 袋 に 履 ぎ替 え て 出 か け 、 わ ざ わ ざ 町 へ回 っ て 参 宮 の 準 備 の た め に 葉 書 を 買 う 。 △ 首 動 かし て 見 と れ た リ ﹃苗 代 集 ﹄ 初
② 一 枚 着 か へ 哀 な 幕 が わ す ら れ ぬ ち ょ っ と よ そ 行 き に 一枚 着 替 え る と 、 姿 見 の前 で 首 を 動 か し て ポ ー ズ を と っ て 我 が姿 に 見 と れて し ま う 。
③ 畳 小 袖 伜 アどふで も私し が去 る
﹃玉 柏 ﹄ 六
よそ行き の小 袖の着物を畳 みな がらも、今日の芝居 の哀れな幕切 れ が忘 れられなくて思 い出してし まうか ら、 なか
なか畳 めない。
④ 今 の 二 日ン
酒価ア旦那 がお腹に な
﹃王 柏 ﹄ 二
﹃王 柏 ﹄ 六
﹁去 る﹂ は 離縁す る意。今 の一言、聞 き捨 てなら ぬ。息子 は どう 言ったって 、私は あんな嫁 は離縁 させ て やる。嫁
姑喧嘩。
⑤ 黙 て居 れ
女房 に向 かって﹁黙 っていな さい。酒 代は旦那 のお ごり なんだから な。心配 す るな。
﹂
⑥ 叩 かれる背中 待っとっ たよな気 が仕出 す
﹃王 柏 ﹄ 初
ポンと背中を叩 かれて呼 ば れたが、あまり のタイミン グの良さに何 だか待ち伏せ されて い た よ う な 気 が し 始 め た 。
何だ か気 味 が悪 い○
つれ
⑦ 跨 越す垣 連の呼方 へ道 が無イ
連 れとはぐ れてし まった が、呼 ぶ声 がす るめ で垣根を またぎ越そう とす 合が、 そっちは崖で行 く道 がない。
当 月限 二あぐんど る
<
﹃玉 柏﹄二
八九
算盤を枕 にして も何 ともなら ないのだ が、何 ともならな い今 月期限 の支 払いに いい方法 はな いかと考え あぐねて い
⑤ 算盤枕
せて次の勝負 をしなおし たいのに。 一 人で考えて いるのだ ろう 。または、 もう負け が決 まって いるのにどうして早 く戻 ってこ ないのだ ろう。早く終 わら
﹁雪隠﹂ はトイ レ。ト イレに 立って からな かなか戻 って来 ないの は、 勝負途中 の囲碁 が負け そうだ から。 いつまで
⑧ 長雪隠 打 かけて有碁 がまけな ﹃玉 柏﹄五
狂 俳 に見 る名 古 屋 の庶 民 感 覚
る。 <
⑩ こわ い事 弐 歩有リ ャコ ンナ節季せ ぬ ﹃苗代集﹄三
﹃玉 柏 ﹄ 六
九〇
﹁金二 分﹂は現在 の五万 円位に あたろう か。
﹁節季﹂ は年の暮で冬 の季語 。こわ い事 だ。年の暮 に金二 分有っ たらこ
発句 の下 書で障子張 る
んなつ らい言 い訳ば かり の年 越しをし なくて も済 んだのに。
生活感 情は複雑。
○日 常の 生活観
① 菊 の香
﹁下 書﹂ は句会興行 の下 準備 の帳面で 、興行 側の手控え 帳。 または清書 の前 の下 書き。菊 の香り の漂う秋 には、冬
仕度 のために、発句会 の下 書を ほどいて、破 れた障子を張 りかえ る。
② 銭の降店 こと しも酒の出 来がヱイ ﹃王 柏﹄ 初
銭 が降って いるように見え る酒 屋は、 お客がど んどん来て威勢良 く儲か フて仕方 がな い。それは今年 も酒の出来 が
良 いからね。
③ ダ言葉 の下女 在所 流儀 二椀伏 せ る ﹃王 柏﹄ 初
﹃王 柏 ﹄ 二
田 舎か ら出 てきたばかり の比 のひ どい下女 は、 まだ奉公 先の やり方を知 らないので、慣 れた故郷 のやり方で お膳に
子 も家督せ りゃ軽う ない
並 べるお椀 を伏せる。生活習 慣の違 いに奇異な印象 。
④ 慾勲 ナ物言
大平 の匙迂 らかす
﹃玉 柏 ﹄ 四
あんな子供で も家 督を相続 すれば ご主人 だから、軽 く扱え な いから慾勲 な言 い 方 を せ ざ る をえ な い の だ 。
⑤ 囁 く廊下
﹁大平﹂ は蓋つき の大 きな平椀 。また、そ れに一 つ盛り にして出す料理 。仲居 も廊下 でひそひ そ囁く噂話 に夢中で、
運 んで いる大平椀 に盛った料理用 の匙を す べらせて落 してしまっ た。
⑥ そふまし い風 聴 染 る染卿持 ヤ染 る ﹃玉 柏﹄七
﹁ そふまし い﹂ は騒 がし い。騒 がしい噂 が広 がっ て いる。色 染 めに使う染 め草を手 に持っ たら、そ の手 が染 まって
しまうよう に、騒 がし い噂 を聞き つけたら騒 がし くなる。
⑦ 猫 百両 包嗅で見 ゐ ﹃玉 柏﹄ 初
ニ
と
ら
れ
た
。一
`す
友4
丈
足
ら
ぬ
﹃玉 柏 ﹄ 二
﹁猫 に小判﹂ とは よく言っ たも ので、焼 いて いる秋刀 魚 をくわえて 逃 げるように はしな いで 、ただ猫 は百両 の包み
猫
をう さん臭 そうに嗅 いで み るだけ 。
⑧ 折て見 る指
指を折 って数えて みると、宴会 のために準備 した客用の鯛 が猫に取 られた分だけ数 が足ら ない。
一
てしまゝ
つ。
② 初 二逢ふ 恋 弐人 にした ら埓明 ぬ ﹃玉 柏﹄ 初
九
思 い切 るこ とのでき ない恋に悩む お嬢 さんは、食 がすす まないから痩せ てしまって 、
何度 帯を締 め直 しても丈 が余 っ
① 思 ひき れぬ恋 /直 しても帯腺 る ﹃玉 柏﹄ 二
十 ○ 恋 の 心 情
狂俳 に見 る名 古屋 の庶 民 感 覚
九二
恋しくて初 めて二 人で逢 った恋心は、二 人だけ にさせたらぐ ずぐずして片付 かな い。 お七 と吉三郎 が初めて二人 に
なった場面 、
﹁何 とも此恋は じめもどかし 。後はふたり ながら涙をこ ぼし不埓 なりしに﹂
︵西鶴﹃好 色五人女﹄四の⊇
を思 い浮か ぶ。
③ 読で貰ふ文 急 く気し づめる 唾 呑 む ﹃王 柏﹄二
読んで貰 う手 紙を前にし て、は やる気持 ちを鎮 めるためにコ タ ツと唾を飲 み込む。待 ち兼ねて いる恋心。
‘
④ 冷 る足 飛石 つたふ胸 おど る ﹃王 柏﹄ 初
夜 が更 けて冷え 込 んで きたので素足 ではとて も冷え る。 が、こ っそり部屋 を抜け出 して飛石 づたいに約束 の場 所に
出かけ る胸の内 はわく わくして暖か い。
⑤ 燃立 胸 鏡へ吹 た息 晴れ ぬ 十 ﹃王柏﹄四
﹃王 柏 ﹄ 二
恨み の炎 で燃え立 つような胸の内で は、気分直 しに鏡台の前 に座って化粧 をしよ うとした が、吐 息で曇っ た鏡 が晴
れな いで曇 ったまま のように、憂僻 であ る。
恋 の心 情 に は さ ま ざ ま な 場 面 が あ る 。
世 相描 写 や時代 感 覚
① 通し駕の旅 印龍 摺れで真綿 吹く
○ 世相描写と 時代 感覚
4
﹁ 通し駕龍﹂ は途 中で乗 り継 ぎし八
女い で 目的地 まで同じ 駕龍を乗 り通し て行くこ と。通し 駕龍に乗 って一刻 を争う
外r ﹃
ように街 道を急ぐ旅 は、腰に付 け た印 寵 が擦 れて着物の真綿 が吹き出し ている。急 ぎ旅の大商人 の出現 か。
② 夕 みぞれ ち﹄し のきい力継場込 む ﹃苗代 集﹄ 三
﹁ み ぞれ﹂ は雪 が雨 ま じりに降 るもの で冬の季 語。
﹁ 継場﹂ は街道 の人馬 のつぎかえ をす る所 。宿場 。
﹁ ちらし﹂ は
お触 れ書。薄暗 くなる夕 方に寞 が降るよう な日 は一層暗 くて い やな寒 さだ が、 お触 れ書の影響 のあった継場 はまだ混
んで いる。
③ 真白 ナ足袋 何積で 居る舟玄ひ ﹃玉 柏﹄ 六
﹃王 柏 ﹄ 六
黒船 か。 ぺり1 の浦賀来航 は ごの年の六年前 の六月 。船 で立ち働 く人 足の真っ白 な足袋 が目 立って いる。何を積 ん
で いるのだ ろう か。船体の黒 い船は。
何 時迄騒弾かし とく
を弾かせて 、世の中を騒 がしておく のか。畜生 め。
⑤ 天 下 ま ハ り 持 薮 が 伐 れた ら 日 も 当 る \ るだ ろう 。 世 直 し 。
⑥ 気 に か ゝる夢 飛 脚 の兄 が ハ ヨ 見 た い 上 九三
遠し い。道中不安 の情勢。
世 間 の 物 騒 な こ の 頃 、 気 に か か る 夢 を み て し ま っ た 。 道 中 無 事 と の手 紙 を 早 く読 み だ い か ら 、 飛 脚 が来 る の が待 ぢ
﹃王 柏﹄ 四
天 下 は回 り 持 ち と 言 う か ら 、 欝 蒼 と し て 遮 っ て い た 大 き な竹 薮 が伐 れ た ら 、 こ ん な あ ば ら 家 に 日 も 当 た る よ う に な
﹃王 柏 ﹄ 六
﹁ 弾 く﹂ と ﹁ 引 く ﹂ を 掛 け る か 。﹁ 弾 く ﹂ は三 味 線 の 音 を 連 想 。外 国 人 の 奴 、 何 時 まで 騒 い で 、 芸 者 を あ げ て 三 味 線
④ 毛 唐人 め
狂 俳 に 見 る名 古 屋 の 庶民 感 覚
⑦ 破 れ太鼓 兄 のそだ った世と違ふ
うせ た唐人風邪 流行
兄の育っ た世の 中と は違 って、お れは破れた太鼓 のような もので、兄の ようには行か な
⑧ 雪解の駅 ﹃王 柏 ﹄ 七
︱ ○
し
﹃王 柏 ﹄ 五
九四
﹁ 雪 解﹂ は 春 の季 語 。﹁ 駅﹂ は 宿 場 。﹁ う せ る﹂ は 行 く ・去 る を 卑 し め て いう 語 。行 き ゃ が る 。﹁ う せ た 唐 人 ﹂ と ﹁ 唐
﹃王 柏 ﹄ 七
人 風 邪 ﹂ と を 掛 け る。﹁ 唐 人 風 邪 ﹂ は イ ン フ ル エ ン ザ。 雪 解 け の 春 に な っ た 宿 場 町 で は 、外 国 人 が出 て 行 き ゃ が っ た
ア メ リ カ登
ツケ燭
ギ袖 で 摺 る
亜
墨
利
迦
後 に ひ ど いイ ン フ ル エ ン ザ が 流 行 っ て い る 。
⑤ 霞む平山
作者 は﹁ 束陵﹂で 、岩津は現在 岡崎市北部 の岩津町 。
﹁平山﹂ は現在豊田市平 山町 にある平 山古墳 のこと か。
﹁亜
墨利迦 登燭ト は黄燐 マッチのこと 。現在の安全 マッチと違って 、どこで 擦って も火 が付 く。 なだらかな平山古 墳 が霞
んで見え る時分に なった。灯を つけるのに今 はマッチを袖で 擦る。
桶 の伊 勢芋遣り たがゐ
﹃王 柏 ﹄ 二
明治 維新を迎え る庶民の側 には、封建制度下 にあって も、何とな く時代 が変化し つつあ るこ とを予感し ていた らし
い。
○ 宗教・信仰
① 権化 の衆
﹁ 権 化 ﹂ は 仏 語 。仏 菩 薩 が 衆 生 を 救 済 す るた め に。
、 仮 に 人 間 の 姿 に かえ て 、 こ の 世 に 現 れ るこ と 。 ま た 現 れ た も の 。
﹁ 衆﹂ は 僧 の こ と 。
﹁ 権 化 の 衆 ﹂ は権 化 を 装 っ た乞 食 坊 主 。﹁ 伊 勢 芋﹂ は ナ ガ イ モ の 一 品 種 。主 に三 重 県 地 方 で 産 す る 。
煮 酒 の釜 を 覗 キ 込 ム ﹃王 柏﹄ 二
食用 。菩 薩の化身を 装った乞食坊主 は、他人 が洗って い る桶 の 中 の 伊 勢 芋 を 我 が物 の よ う に 与 え た が る。
② 権 化 衆 ﹁ 煮 酒 ﹂ は二 月 頃 作 ら れ た新 酒 を 、 保 存 の た め に 、 陰暦 四 月 中 の小 満 の 節 の前 後 に 煮 立 て 殺 菌 し た も の 。 夏 の季 語 。
飢 饉 此 方 尼 を ら ぬ ﹃苗 代 集﹄ 初
菩 薩 の化 身 を 装 っ た乞 食 坊 主 は 、 保存 の た め に煮 立 て て い る 新 酒 の 釜 を 覗 き 込 んで 欲 し が る 。
③ 杜 若 ﹁ 杜 若 ﹂ で春 ご 一年 前 の安 政 二 年 は東 海 地 震 ・ 暴 風 雨 で凶 作 。諸 国 も 同 様 。伊 勢 講 の お 陰 参 り 起 こ る 。﹁ 尼 ﹂ は 本 来 、
出 家 得 度 し て 具 足 戒 を受 け た 女 性 だ が 、 近 世 に は 俗 化 し て 遊 女 の よ う に な り 、 諸 国 を 巡 回 し て い る 者 も い た 。 歌 比 丘
喝 僧 の行 者 は や っ と る ﹃玉 柏﹄ 戸
尼 。杜 若 の 咲 ぐ 春 に な っ た が、 こ の 辺 り に は 飢 饉以 来 ず っ と 施 し が な い か ら 尼 さ ん が いな い 。
④ 落 葉 ﹁ 落 葉 ﹂ で冬 。﹁喝 僧ト は 男 の 髪形 で 、 月 代 を 剃 ら な い で 、 全 体 の髪 を の ばし 頭 上 で 束 ね た も の 。 主 に坊 主 ・ 医 者 ・
﹃王 柏 ﹄ 六
﹃王 柏 ﹄ 六
﹃玉 柏 ﹄ 二
九五
老 人 な ど 。ま た 、束 ね な いで 垂 れ下 げ た 髪 形 。総 髪 。
﹁ 行 者 ﹂ は修 験 道 を 修行 す る人 。山 伏 。落 葉 の散 力 敷 く 冬 と な っ
雪 女 見 た 説 が出 る た が 、 髪 を 伸 ば し た ま ま の乞 食 行 者 が流 行 し て や た ら に 多 い 。 祈 祷 流行 。
⑤ 泊 て 居 行 脚 い
て
い
る
○
﹁ 行 脚 ﹂ は 諸 国 を 巡 っ て 修 行 す る 禅 僧 。 泊 ま っ て い る禅 僧 か ら 雪 女 を見 た と い手 話 が 出 る 。
か つて の 餓 鬼 大 将 が あ ん な 立 派 な和 尚 に な ら れ た 。
⑦ 餓鬼大 将 あんな和尚 二成らし たり
真白 な眉 の男は昔 は漁 師だった が今 では説法 を説
⑥ 盲六
白 な眉 漁 師 から今説法者 な
狂 俳 に見 る名 古 屋 の 庶民 感 覚
⑧ 蟹の這ふ軒 網で 揚った像 流行 る ﹃玉 柏﹄五
九六
﹁蟹﹂ は夏 の季 語。作 者は﹁ 竹渓﹂ で、梅森 は現在 日進市 で海 と隣接して おら ず、南 部は水 害に因 る砂入地 も少
なくな い。ここ の蟹は沢蟹 か。 軒を沢蟹 が這って いるような川辺 りのあ ばらやで、大洪水 の後で偶然 、網で引 き上 げ
られた仏像 が信仰を’
集 めて いる。仏頼 みの流行。因 みに、現在 の岩倉 市石仏町 は明応六 ︵T 四九七︶年 に水田 から石
︵注4 ︶
仏 が発 掘 さ れ 、 地 名 と な る 。 稲 原 寺 本 尊 。 稲 原 寺 に は 明 治 三 四 年 の 狂 俳 奉 納 額 が残 る 。
立派 な和尚 に対す る敬意 や宗教・信 仰への関心 はよみと れるが、多く は冷 めた眼で とらえ て いる。
○世 事の 観察
① 駄荷 でせま い町 日差で五文 串流行 る ﹃玉柏﹄四
﹁ 駄荷﹂ は駄馬 や駄馬で運 ぶ荷 物。
﹁日 差し﹂ は日向 のこ と。
﹁五 文串﹂ は銭独楽 か。筆軸 の短く切 った ものに文銭
を五枚 貫き、そ の管 の中に細 い心 棒を入 れ回 転軸とした独楽 。大人 も子 供も使っ た遊具。駄馬 や駄馬で運 ぶ荷物で ごっ
た返 してい る狭 い町 で、日向で銭独 楽遊 びが流行 って いる。
② 双 紙持た子供 皆相撲 の名 で呼 り合 ふ ﹃苗代 集﹄ 二
﹁ 双紙﹂ は手 習いの帳面 。寺子屋通 いの子 供 らは皆、今流行 の相 撲取り の名 前で呼 び合 って いる。
③ 弐 ッ曲突 世 の取 れ る身で 物好 な ﹃玉 柏﹄ニ
、
﹁曲突﹂ は竃 のこと 。
二 石 の竃で満足 して い る。 その気に なれば御大家 の主人 にな れる身分の長 男な のに物好 きだ
なあ。家督を 譲って若隠居 してしまって いる。 ④ 酒で太 る骸
世 ハ暮安ふ思 っと る
スベ ジョサイ
イ迂
役 威
ッ て如 才 な い
﹃王 柏 ﹄ 四
﹃苗 代 集 ﹄ 三
酒 ばかり呑 んでます ます太った体 の奴 は世の中 は暮し やす いと思って いるら七 い。暮 らしにく くなったの に。呑気
だね。
⑤ 喰 い切 者
﹃玉 柏﹄二
<
﹁食 切り者﹂ は食 い詰 め者 のこ とで、貧乏 や不 品行で 生活でき なくなった者 。
﹁役 威を迂 る﹂ は失 業す るこ と。食 い
手 の 振 よ う がI ツ派 有
詰 めて失 業した奴 はお世 辞良 く世 を渡 る。 \ ⑥ 朱 鞘 の 大 小 宍
﹁ 朱 鞘 の 大 小1 は 浪 人 者 。 落 ち ぶ れ た あ の 浪 人 者 ば肩 を張 っ て 歩 く 姿 に 一 癖 あ る が 、 無 い袖は振 れぬと借金 を断 る
手 の振 り 方 に も一 癖 あ る 。 ノ
名 古屋 の 指輪
十評巻 ﹃苗代集﹄初
世相 を描写す る中 にも、素 朴 な人 間愛と 、人 間性へ の楽天 的な信頼 が感じ られる。
㈲
書けな い○・
’
② 美くし い素 貌 指 輪極 めこ む眼 が細ひ
川 西 巻 ﹃苗 代 集 ﹄ 初
九七
派手気 な大袈 裟に振 る舞 う芸妓は大 して大きな指輪 でもな いのに、大 事 そうにそ れを外 さな いと気 になって手 紙 が
① 気の派手 な妓 指 輪は づさにゃ文書 ぬ
狂俳 に見 る名 古 屋 の 庶民 感 覚
花 若 ﹃王 柏﹄よ ハ
九八
い る 。﹁ ミ
﹁ 極 めこむ﹂ は指にし っかり はめ るこ と。指 輪をし っかり はめて、眼 が細く なるほ どうっとり眺 めて いる素顔 は輝
畳 の縁りで指輪 摺る
いて いるようで一層 美し い。
③ 給仕盆
折れ絵 めくって指輪磨 く
ニシバ
マ 齢 ﹃ 苗 代 集 ﹄ 三
亀サ
給 仕盆を 持って出 てき た女 性 が、盆を畳 に置 くた びに畳 の縁で 、はめて い る大 きくて重 い指輪 を摺って
アダ ヨコ グ シ
仇
ナ 横 櫛
ノスヱ﹂ は美濃国須 衛村、現 在の岐阜県各 務原市。
④ ﹁折 れ絵﹂ は未 詳 。折れた 挿絵 のこ と か。髪に粋 な横櫛 をさした女 性 が草子 を読み な がら も、折 れた挿絵を めくっ
ては曇り やすい銀 の指輪 をピカピ カに磨 いて いる。ですンバサマ﹂は西 迫 村 、現在蒲郡市西 迫町 。
指輪に ついて﹁日本で は古墳時代 に大陸から もたらさ れた が、その後長 く途絶し、︿喜遊笑 覧﹀︵1830 ︶ に ︿中
国から伝 来して近年江戸 でもて はやされて いる。中国製の ものは白銅 などで粗末 なので 、近 ごろは江 戸で は銀でつぐ
らせて いるが、そ れがなんの役に たつかは知 られ ていな い﹀ というよう なこと がし るされて いる。初期に は く
ゆ びが
ね﹀ または く
ゆびはめ﹀ とい い、明 治時代 になって く
ゆ びわ﹀ と呼 ぶようになっ た。日清戦争 のころまで はお もに銀
製で あった が、 そのの ち金 製 が用 いられるよう になった。ただ し指輪 が用 いられたのは東京 だけで、京阪地 方では1
897 ︵明 治30︶年 ころで もまれであった 。
﹂︵平 凡社 ﹃大百 科事典﹄
︶ と解 説され る。﹃喜遊笑 覧﹄ の著者喜 多村笥 庭
は江戸 の人だ から、江 戸で の風 俗を書き留 めた訳で、こ の他 で も、ここ の用例 から既に安政四年 頃の尾張 ・三 河・美
濃地方 では、粋筋 の女 性 の間 だけであっ たかも知 れないが用 いられ、︿ゆびわ﹀ と呼 ばれて いたこ と がわ かる。また、
①∼ ③から単 なる銀製のリ ン グではな く、 貴石 が使 われていたで あろう。
江戸 から入っ て来 た風 俗で はあ ろう が、︿ ゆびわ﹀ 七 いう呼 び方 が東 京で は明 治時代 に なっ てか らのことで あるな
らば、尾張・三 河・美濃地 方か ら逆 に東 京に入っ て行 った呼称 なのだ ろう かぐ
ま と め
身 近 な 事 柄 を 言 葉 で 切 り 取 る こ と に よ っ て 日 常 の 世 界 が は っ き り と 認 識 さ れ、 題 詠形 式 で 身 近 な 事 柄 を と ら 支 る社
交 的 娯 楽 文 芸 で あ る狂 俳 は 、 日 常 世 界 の 中 の新 発 見 を 楽 し む 。 そ の 認 識 は 祝 意 や弔 意 で あ っ た り 、 世 相 に 関 す る 批 判
や身 近 な 人 々 に 対 す る 思 い や観 察 、四 季 ・ 自 然 の 賛 美 な ど 、共 感 を 呼 ぶ 。
に
先 に 、﹁ 狂 俳 に 見 る妻 の 表 現 と女 性 観 ∼ 奥 様 ・ 内 義 ・ 御 新 造 ・ 噪 ・ 女8
1 ﹂ で 、 特 に 当 時 の 妻 と い う 立 場 の女 性 に
対 す る 思 いの 一 端 を 考 察 し た が 、 狂 俳 は 女 性 だ け で な く人 間 全 般 を 表 現 の 対 象 と し 、 卑 俗 な題 材 も さ ら り と 表 現 で き
た の は 、 人 間 に対 す る 深 い愛 情 と 興 味 が存 在 し た か らで あ ろ う 。
手 規 に よ っ て ﹁ 概 ね 卑 俗 陳 腐 に し て 見 る に 堪 へ ず 。﹂ と否 定 さ れ た 月 並 調 俳 諧 と 共 通 の作 者 を も つ 狂 俳 が 名 古 屋 を
る 時代 の 特 色 ・ 傾向 で は な か っ た か 。 更 に 、 検 討 し て み た い 。
九九
十 ︵平 成 七 年 十 月︶
ら で あ ろ う 。 そ し て 、 こ れが 天 保 期 以 後 、 十 九 世 紀 の中 で も 、 特 に 庶 民 の 文 芸 意 欲 を 育 ん だ幕 末 か ら 維 新 期 へ っ な が
中 心 に 人 気 を 保 ち得 ため は、 自 覚 し た 生 活 の 素 朴 な 人 朝愛 と 人 間 の本 性 へ の 楽 天 的 な 信 頼 を共 感 す るこ と が で き た か
狂俳 に見 る名 古 屋 の庶 民 感 覚
鈴木勝忠編 ﹃雑 俳 集成 ﹄ 第二 期10
﹁ 名古 屋 幕 末 狂俳 集 ﹂ 私家 版
藤 井 隆氏 蔵 。
平4 所 収 。
注
鈴 木 勝忠 編 ﹃未刊 雑 俳 資 料﹄ 第36
期6 所 収 。三 編
八
4
へ3
八
2
八
1
心
心
W
心
心
な お、 こ の 課題 に 対 し 、椙 山 女学 園 大 学 振興 会 よ り平 成 七 年度 研 究 奨励 補 助 を受 けま し た 。
東 海近 世 文 学会 六 月 例会 に て 、y口 頭 発 表 を いた し た もの の 一部 を ま と めた もの で す。
付 。
。 記
﹁ 椙山 国 文 学﹂ 第18
号 ︵平6 年3 月 ︶。
二 〇〇
﹁稲 原 寺 蔵明 治 三 十四 年 ﹁四俳 諧冠 句﹁ 巻﹂ の翻 刻及 び狂 俳 の動 静 ﹂﹁ 椙山 女 学 園 大学 研 究 論 集﹂ 第18
号第2 部 ︵ 昭62
年2 月︶。
架 蔵。
初編・二 編
Iら5
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