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第7章 太田地区のカワト文化と全国の自然水を使用する文化を保全する

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第7章 太田地区のカワト文化と全国の自然水を使用する文化を保全する
第七章
太田地区のカワト文化と全国の自然水を使用する文化を保全する方法の提案
本章では先ず,前章までに報告した,アンケート調査の単純集計とクロス集計結果をま
とめる.次に,それらの結果を,特定された太田地区のカワト文化の存続要因と消滅要因
別にまとめ直す.最後に,それらの結果に基づき,同文化と全国の自然水を使用する文化
の保全方法を提案する.
7-1
アンケート調査の結果のまとめ
7-1-1 第五章(アンケート調査の単純集計結果)のまとめ
第五章では,地区内のカワトがある,もしくは,かつてあったが今はない家の居住者を
対象に実施したアンケート調査の単純集計の結果について述べた.
その結果,次のようなことが明らかになった.
カワトの形態に関する質問
・昔も今も太田地区のカワトの主な水源や水源の種類は変わっていなかった.また,昔も
今も同地区のカワトの水源の多くは打ち込み井戸であった.
・カワトで使用している地下水のカナケについては,カナケがひどい(ひどかった)家と,
カナケはまったくない(なかった)家と「カナケがあるが気にするほどではない」家を
合わせた割合はほぼ半々で,これは昔も今もほとんど変わっていなかった.
カワトの使用用途に関する質問
・「過去に遡ったカワトの使用用途」に関して,いまカワトがある家もかつてカワトがあ
った家も過去に遡ったカワトの一般的な生活用水の用途に大きな違いはなく,様々な用
途にまんべんなくカワトが使用されていた.
・「一般的な生活用水の用途以外の使用用途」としては,いまカワトがある家もかつてカ
ワトがあった家もともに「食べ物や飲み物を冷やす」が最も多かった.このほかにも,
カワトには様々な使用用途があった.また,いまカワトがある家では,その使用用途が
かつてカワトがあった家よりもより多様である可能性が示唆された.
・「現在のカワトの使用頻度」に関して,いまカワトがある家では,カワトを頻繁に使用
している家が多いが,同時に,カワトがあるにも関わらず,カワトをまったく使用して
いない家も一定の割合で存在していた.
・「カワトを壊した時期」に関して,ホームポンプが普及して,あるいは,簡易水道が開
通して不要となったカワトが,10 年ほどの期間が経過した後に壊された可能性があった.
ただし全体として,極端に集中した期間にカワトが壊されたわけではなく,これら二つ
73
の出来事がカワトの壊される遠因となった可能性はあるが,直接的な原因(取壊し要因)
となったとは考えられず,カワトが壊される事態は,近年に至るまで徐々に進行してき
たと考えられた.
・「カワトを壊した理由」に関して,自宅の新築や改修をするために邪魔だったためとす
る回答が最も多かった.それに「カワトをほとんど使用しなくなっていた」と「涸れて
いた・涸れてきていた」が回答として続いた.なお,カナケに関しては,カナケがあっ
たことが原因でカワトが壊された事例はなかった.このことは,逆に,太田地区では,
地下水にカナケがない,すなわち清水であることがカワトが壊されずに残る理由ともな
りえないことを示唆していた.
・「カワトを壊した工事の種類」に関して,「家の新築・改修などの際に壊した」が 18
軒(69.2%)で最も多かった.その中には,自宅の新築や改修をする際にカワトが物理的
に「邪魔だった」わけではないが,カワトを壊したいその他の理由があったため,結果
的に「家の新築・改修など」が「きっかけ」となり,その際にカワトを壊した家があっ
た.ただし,これらの家に何か共通した理由があったわけではなかった.この結果は,
カワトを壊したい理由が何かしら 1 つでもあれば,家の新築・改修などがきっかけとな
りカワトが壊されてしまう可能性が高いことを示唆していた.一方,カワト文化の取壊
し要因の仮説であった「家の水洗化をした」は,確かにそれが理由でカワトを壊した家
もあり,それが新聞で報道されたこともあったが,地区全体としてカワトの主要な取壊
し要因とは考えられなかった.また,カワトを壊した工事の種類が「家の新築・改修な
どの際に壊した」であったかどうかは,カワトを壊した時期とは無関係であると考えら
れた.
・「カワトを使用している理由」に関して,カワトを使用するのに適した用途があるため
とする回答が最も多かった.
・「カワトを使用していない理由」に関しては「主に水道水や,ポンプで汲み上げた地下
水を使用している」ためとする回答が最も多かった.それに「地下水に金気(カナケ)
がある」ためとする回答が続いた.一方,カワトをまったく使用していない家のみの集
計でも「主に水道水や,ポンプで汲み上げた地下水を使用している」が 12 軒(92.3%)
で最も多かった.それに「地下水に金気(カナケ)がある」が 7 軒(53.8%)で続いた.
・「太田地区内の水使用やカワトについて思うこと」に関して,カワトで食べ物や飲み物
を冷やすことは,冷蔵庫で冷やすこととは別のメリットがあるため,カワト特有の使用
用途だと考えられた.また,地下水が涸れた理由としては様々な意見があったが,地区
内の各種インフラ整備の影響が疑われた.一方,地下水にカナケがあることでカワトが
使用しにくいという意見や,融雪装置でカナケがひどくなったという意見もあった.中
には,カナケをこして使っている家もあり,経費が高くつくようであった.一方,そも
そも現在でも地区内でカワトが使用されていることを知らない住民もいた.
74
回答者自身に関する質問
・「回答者自身と同居者それぞれの世帯主との関係・年代・カワトの使用の有無」に関し
て,全体の使用割合(カワトの使用者の年齢層として)は,いまカワトがある家でもか
つてカワトがあった家でも 60 代と 70 代が相対的に高く,また,年代別の使用割合(年
齢層の中でのカワト使用者の割合)に関しても,60~80 代が高かった.それに対して,
全体の使用割合も年代別の使用割合も,低年齢層(0~40 代)の方が低かった.特に年
代別の使用割合からは,第三章のヒアリング結果にもあったように,カワトを使用して
いるのは居住者の中でも高年齢層が比較的多いことが確認できた.ただし,このことは
いまカワトがある家においてもかつてカワトがあった家においても見られた同じ傾向で
あり,「家族の中に高齢者が多い」ことが直ちに,カワトの存続や取壊しにつながるも
のではないと考えられた.とは言え,カワトの使用が高齢者ほど割合が高い事実は,逆
に「家族の中に高齢者が少ない」ことがカワトの不使用要因となり得ることを示唆して
いた.
7-1-2 第六章(アンケート調査のクロス集計結果)のまとめ
第六章では,アンケート調査に対する回答のクロス集計の結果とその考察について述べ
た.
その結果,次のようなことが明らかになった.
カワトの水源と一般的な生活用水の用途について
昔も今も太田地区におけるカワトの主要な水源は打ち込み井戸であり,このことは,太
田地区の中においてカワトの存続と消滅に何ら影響を及ぼしていないと考えられた.しか
し,第二章で述べたように,全国の自然水を使用する多くの文化が水道の開通などによる
水源の水質汚染によって消滅していたことを考えると,同地区において,カワトが使い続
けられてきたことは,主な水源である地下水が汚染されることなく,豊富に湧き続けてき
たことを意味していた.したがって,「カワトの水源が打ち込み井戸の水である」ことは,
県内あるいは全国の他の多くの地域と比べたとき,太田地区全体としてカワト文化が今日
まで存続してきた要因の一つであると考えられた.
カワトを使用しなくなったきっかけと一般的な生活用水の用途について
一般的な生活用水の用途(第一章の表 1-1 参考)の中では野菜洗いのみが,現在に至る
までカワトで行われてきた行為であった.これは,太田地区の都市化が遅く,近代まで農
家がほとんどであったことと,現在でも,専業・兼業農家以外の住民であっても家で畑を
している人が多くいることが理由であると考えられた.また,1955~1965 年ごろにホーム
ポンプが普及した時点で太田地区のカワト文化が急激に消滅しなかった理由の一つとして,
ホームポンプの普及以降も,野菜洗いがカワトで行われ続けたことが考えられた.このこ
とから,元々の仮説には含まれていなかったが,「野菜洗いがカワトで行われ続けている」
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ことも存続要因の一つに追加した.一方,カワトの使用用途に関しては,昔も今も,軒数
としては,生活用水の一般的な用途ではない「食べ物や飲み物を冷やす」が最も多かった.
このことから「食べ物や飲み物を冷やすことがカワトで行われ続けている」こともカワト
の存続要因の一つであると考えられた.また,これら「野菜洗い」や「食べ物や飲み物を
冷やす」という行為が存続してきた理由としては,これらの用途が,地下水にカナケを多
く含むか清水であるかに関わらず,カワトで継続可能な用途であったことが考えられた.
さらに,野菜洗いは,場所的にも畑に近いカワトという場がその行為に適しており,「食
べ物や飲み物を冷やす」に関しても,冷蔵庫で冷やすこととは別のメリットがあり,それ
によって冷蔵庫と差別化されていたとともに,台所と比較して「流し」として使用できる
場所が広いという点において,カワトという場がその用途に適していたためであると考え
られた.
項目番号 1「カミとシモでカナケの有無が異なる」の検証
ヒアリング調査で得られた証言の通り,いまカワトがある家もかつてカワトがあった家
も,カミではカナケがまったくなかったが,シモではカナケがひどかった.
項目番号 2「カナケの有無で使用頻度が異なる」の検証
地下水にカナケがひどい家もカナケはまったくない家も毎日カワトを使用しており,そ
の割合もほぼ同じであった.すなわち,地下水のカナケの有無による使用頻度の違いはほ
とんどなかった.
項目番号 3「カナケの有無でカワトを壊した時期が異なる」の検証
カナケがひどい(ひどかった)家では,ホームポンプが普及した,あるいは,簡易水道
が開通したと同時期にカワトを壊した家が多かった一方で,カナケはまったくない(なか
った)家では,ホームポンプの普及,あるいは,簡易水道の開通によって不要となったカ
ワトが,10 年ほどの期間が経過した後に壊された可能性があった.
項目番号 4「カナケの有無でカワトを使用している理由が異なる」の検証
カナケはまったくない(なかった)家の居住者の方が,カナケがひどい(ひどかった)
家の居住者よりもカワトへの愛着が強いと推察された.
項目番号 5「家の新築・改修で物理的に邪魔だったため,カワトを壊した家が多い」の検
証
家の新築・改修で物理的に邪魔だったためカワトを壊した家が最も多かった.
7-2
特定された太田地区のカワト文化の存続要因と消滅要因
前述したようなアンケート調査の回答の集計・分析結果より特定された太田地区のカワ
ト文化の存続要因と消滅要因は表 7-1 に示すようになった.
本節では,以下,それぞれの要因についてこれまでの各種調査で把握したことをまとめ
76
表 7-1
特定された太田地区のカワト文化の存続要因と消滅要因
存続要因
消
滅
要
因
不使用要因
取壊し要因
カワトの水源が打ち込み井戸の水である
カワトに適した用途を見出している
・野菜洗いがカワトで行われ続けている
・食べ物や飲み物を冷やすことがカワトで行われ続けてい
る
主に水道水や,ポンプで汲み上げた地下水を使用している
地下水のカナケがひどい
家族の中に高齢者が少ない
家の新築や改修をした
地下水が涸れてきていた
直す.
存続要因「カワトの水源が打ち込み井戸の水である」
昔も今も,太田地区のカワトの水源の多くは打ち込み井戸であった.また,昔も今も一
般的な生活用水として打ち込み井戸の水を使用する家が多かった.このことは,全国の自
然水を使用する多くの文化が水道の開通などによるカワの水質汚染によって消滅していた
ことを考えると,同地区においては,カワトの主な水源である地下水が,カワのように汚
染されることなく,豊富に湧き続けてきたことを意味している,したがって,カワトの水
源が打ち込み井戸であったことが,県内あるいは全国の他の多くの地域と比べたとき,太
田地区全体としてカワト文化が今日まで存続してきた一つの要因であると考えられた.
存続要因「カワトに適した用途を見出している」
太田地区では,住民それぞれが多様な用途をカワトに見出していたからこそ,カワトが
使用され続けていた.たとえば,次に説明する「野菜洗い」や「食べ物や飲み物を冷やす
こと」も,そのような,住民が見出した多様な用途の一部である.このことから,カワト
の使用価値を水道やホームポンプから差別化し,カワト特有の用途を見出していれば,住
民がカワトを使用し続け,カワト文化が存続する可能性が高いと考えられた.
存続要因「野菜洗いがカワトで行われ続けている」
一般的な生活用水の用途としては「野菜洗い」が最も多く,現在に至るまで常にカワト
で行われてきた行為であった.これは,太田地区の都市化が遅く,近代まで農家がほとん
どであったことと,現在も,専業・兼業農家以外の住民であっても家で畑をしている人が
多いことが理由であると考えられた.特に,1955~1965 年ごろにホームポンプが普及した
時点で太田地区のカワト文化が急激に消滅しなかった理由(存続要因)として,ホームポ
ンプの普及以降も,野菜洗いがカワトで行われ続けたことがあったと考えられた.さらに,
野菜洗いは,場所的にも畑に近いカワトがその行為に適した場であったためと考えられた.
存続要因「食べ物や飲み物を冷やすことがカワトで行われ続けている」
カワト自体は,食べ物や飲み物を冷やすことに最も多く使われていた.これは,アンケ
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ート調査の問Ⅱ-9 への意見にあったように「カワトは数をたくさん冷やせるからよい」
「す
ぐに冷たくなって良い」「冷蔵庫では冷えすぎる」といった点で,カワトの使用価値が冷
蔵庫とは差別化されていることが理由であった.また,「野菜洗い」とともに「食べ物や
飲み物を冷やす」といった用途は,地下水にカナケを多く含むか清水であるかに関わらず,
カワトで実施可能な用途であったことも理由として考えられた.さらに,カワトで「食べ
物や飲み物を冷やす」ことについては,カワトという場が台所と比較して「流し」として
使用できる場所が広いという点において,この用途に適していたためと考えられた.
不使用要因「主に水道水や,ポンプで汲み上げた地下水を使用している」
カワトを使用していない理由に関しては「主に水道水や,ポンプで汲み上げた地下水を
使用している」ためとする回答が最も多かった.また,カワトをまったく使用していない
家のみの集計でも,同じ回答が最も多かった.したがって,そのことが最も大きなカワト
の不使用要因だと考えられた.
不使用要因「地下水のカナケがひどい」
太田地区でカナケがひどかった家では,ホームポンプが普及した,あるいは,簡易水道
が開通したと同時期にカワトを壊した家が何軒かあった.ただし,カナケだけが原因で壊
されたカワトはなく,地下水にカナケがあることは,あるいはないこと,すなわち清水で
あることは,カワトが壊されたり壊されずに残ったりする直接的な理由とはなりえないと
考えられた.
その一方で,カワトを使用していない理由としては「主に水道水や,ポンプで汲み上げ
た地下水を使用している」の次に,「地下水に金気(カナケ)がある」ためが続いており,
カナケは,カワトの不使用要因の一つであると考えられた.実際,同地区では,地下水に
カナケがあることでカワトが使用しにくいという意見が多くあった.また,そのためか,
カナケはまったくない(なかった)家の居住者の方が,カナケがひどい(ひどかった)家
の居住者よりもカワトへの愛着が強いと推察された.
不使用要因「家族の中に高齢者が少ない」
カワトを使用しているのは居住者の中でも高年齢層が比較的多いことが確認できた.カ
ワトの使用割合が高齢者ほど高い事実は,逆に,家族の中に高齢者が少ないことがカワト
の不使用要因となり得ることを示唆していた.
取壊し要因「家の新築や改修をした」
カワトを壊した理由として,家の新築・改修の際に物理的に邪魔だったためカワトを壊
した家が最も多かった.したがって,家の新築・改修がカワトの取壊し要因の一つである
ことは間違いないと考えられた.
一方,カワトが物理的に邪魔だったわけではないが,カワトを壊したいその他の理由が
あったため,結果的に家の新築・改修などがきっかけとなってカワトを壊した家が何軒か
あった.したがって,カワトが使用されていなかったり,カワトを壊す理由が何かしら 1
つでもあれば,家の新築・改修などをきっかけにカワトが壊されてしまう可能性が高いと
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考えられた.
また,一定の期間に軒数が偏っていないことから,カワトが壊される事態は,近年に至
るまで徐々に進行してきたと考えられた.
取壊し要因「地下水が涸れてきていた」
カワトを壊した理由としては「自宅の新築や改修をするために邪魔だった」に続いて「涸
れていた・涸れてきていた」ためという回答が多かった.このことから,地下水が涸れる
ことで打ち込み井戸の使用が不可能になり,そのことがカワトを壊す事態につながった場
合もあることがわかった.また,地下水自体の枯渇については,同地区の淵(蒲生の淵と
桜町の淵)の湧水が涸れてきたことがアンケート調査よりわかっている.ただし,打ち込
み井戸の地下水が涸れてきた理由については住民によって意見が様々であった.
7-3
太田地区のカワト文化の存続と消滅に関する考察のまとめ
前節でまとめた結果に基づくと,太田地区のカワト文化の存続と消滅に関する考察のま
とめとして次のようなことが言える.
同地区のカワト文化の存続要因に関して,同地区においては,カワトの主な水源である
打ち込み井戸の地下水が,全国の他の多くの地域の水源のように高度経済成長期において
も汚染されることなく,豊富に湧き続けてきた.また,ホームポンプが普及した以降も,
カワトに適した様々な用途を住民が見出してきたことによってカワト文化は存続し続けて
きた.特に「野菜洗い」と「食べ物や飲み物を冷やす」という用途が存続してきた理由と
しては,地下水にカナケを多く含んでいてもカワトで実施可能な用途であったためであり,
また,カワトという場も,これらの用途に適した場所や広さであったためと考えられた.
なお,逆の言い方をすれば,昔は物理的に,すべての生活用水の用途(水仕事)をカワ
トという場で行うしかなかったが,調理や風呂,洗濯のためといった用途は,それぞれの
用途に最も適した場所が別にあったことから,ホームポンプが普及,あるいは水道が開通
した結果,カワトという場から分離され,それぞれの場所に移っていったと考えられる.
一方,消滅要因に関して,カワトが使用されなくなった要因としては,ホームポンプの
普及や簡易水道の開通によって,ホームポンプで汲み上げた地下水や水道水の使用が可能
になったこと,また,地下水のカナケがひどかったり,家族の中に高齢者が少なかったり
することなどが考えられた.なお,それら要因が直接的な原因でカワトが壊されることは
なかったが,それら要因によってカワトが使用されなくなった結果,家の新築や改修をき
っかけとしてカワトは壊されてきたものと考えられた.また,地下水が涸れてきたことも
カワトの取壊しに直接繋がる要因の一つであり,この原因としては地区内の各種インフラ
整備の影響が疑われた.
79
7-4
太田地区におけるカワト文化を保全する方法の提案
本節では前節までにまとめた調査結果に基づき,太田地区のカワト文化の保全方法を提
案する.
提案 1:地域や家でカワトについて意見交換をする機会を持つこと
先ず,地域や家でカワトについて意見交換をする機会を持つことを提案する.
太田地区のカワト文化の存続要因として「カワトに適した用途を見出している」「野菜
洗いがカワトで行われ続けている」「食べ物や飲み物を冷やすことがカワトで行われ続け
ている」ためといった要因があった.これは,住民の各々が,野菜洗いや食べ物や飲み物
を冷やすなどのカワトに適した用途があること,すなわちカワトを使用する価値を見出し
ていることを意味している.また,住民の各々が,各々の用途を見出してカワトを使用し
ているために,地区全体で見ればカワトに適した用途が多様に存在しているのだと考えら
れる.
一方,不使用要因としては「主に水道水や,ポンプで汲み上げた地下水を使用している」
ことが主な要因であった.そのため,水道やホームポンプからのカワトの使用価値の差別
化が必要であると考えられる.
なお,不使用要因としては「地下水のカナケがひどい」ためといった要因もあったが,
地下水のカナケの有無によるカワトの使用頻度の違いは見られなかったことから,地下水
にカナケを含んでいてもカワトに適した用途を見出している住民は比較的多いと考えられ
る.
また,不使用要因としては「家族の中に高齢者が少ない」ためという要因もあったが,
このことは,高齢者以外の家族に,カワトを使用する価値が十分に伝わっていないことが
原因の一つであると考えられる.
加えて,アンケート調査の回答として,そもそも現在でも地区内でカワトが使用されて
いること自体を知らないという声もあり,カワトを使用する価値が地区内で十分に共有さ
れていない現状が窺えた.
したがって,カワトに適した様々な用途があるという事実やカワトが同地区の多くの家
でいまでも使い続けられているという事実を,カワトを使用していない世代や住民に理解
してもらい,カワトを使い続けるという価値観を世代を超えて地域内で共有することが必
要になると考える.そのためには,各戸で,あるいは地区全体でカワトを使用することに
ついての意見交換をすることが有用であろう.
この意見交換の場としては,区が太田会館近くの「蛍雪会館」で開いている「お茶のみ
カフェ」1)という催しを利用することもできるかもしれない.これは,地区住民全員を対
象として,おしゃべりなどの交流を目的としたもので,月に一度開催されている
ような,子どもから高齢者までの交流を図る場
80
1).この
1)を利用して,カワトを使用している住民
がその価値を伝えるような取り組みが有効であると考える.
このような取り組みによって,住民がカワトを使用する価値を理解し,それぞれにとっ
ての「カワトに適した用途」を見出すことができれば,水道やホームポンプの水を使用す
ることとカワトを使用することとの差別化ができ,
「地下水のカナケがひどい」としても,
あるいは「家族の中に高齢者が少ない」としても,カワトが使い続けられる可能性が高め
られる.そうすれば,たとえ家を新築・改修する際にカワトが物理的に邪魔となったとし
ても,積極的にカワトを残そうとする住民が増えると考えられる.
提案 2:地下水の枯渇に配慮したインフラ整備をすること
次に,地下水の枯渇に配慮したインフラ整備をすることを提案する.
地下水が涸れたことや涸れてきたこともカワトの取壊し要因の一つであった.太田地区
ではカワの水が防火用水と位置付けられているため,夏場に淵が涸れた場合は区が地下水
をポンプアップして流れを維持しようとしている.一方,同地区では昔も今も多くのカワ
トが打ち込み井戸の水,すなわち地下水(安曇川の伏流水)を水源としているが,個人の
打ち込み井戸の水の涸渇に関しては対策がとられていない.そのため,地下水が不足,あ
るいは涸れるとカワトの使用が難しくなり,そのような事態が一定期間続くと,家の新築
や改築をきっかけにカワトが壊されてしまう危険性がある.よって,地下水の枯渇を防ぐ
配慮をすることがカワト文化の保全のために必要である.
同地区における地下水の枯渇の原因として,住民からは,融雪装置や下水道管の敷設,
圃場整備の実施などの指摘があった.これらはいずれも同地区の地下水脈の上流で行われ
た行為ではなく,地区内で行われたインフラ整備である.したがって,地区内のインフラ
整備の際に地下水(水源)の保全に十分配慮することが,結果としてカワト文化の存続に
つながると考えられる.
7-5
全国の自然水を使用する文化を保全する方法の提案
前節で,太田地区のカワト文化の保全方法の提案を行った.本節では,太田地区で特定
されたカワト文化の存続要因と消滅要因に基づき,全国の自然水を使用する文化を保全す
る方法を提案する.
提案 1:各地域や各戸で自然水を使用する文化に適した用途を見出すこと
太田地区では,住民がカワトに適した用途を見出していることで,カワト文化が存続し
ていた.その用途には,野菜洗いといった,太田地区が都市化していないからこそ残って
いる用途があった.また,食べ物や飲み物を冷やすことなど,生活用水の一般的な用途以
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外にも各戸で多様な用途が存在した.
したがって,各地域において,それぞれの自然水を使用する文化に適した用途を見出す
ことができれば,自然水を使用する文化が存続する可能性が高いと考える.
提案 2:自然水を使用する文化の水源を保全すること
太田地区では,多くのカワトの水源である打ち込み井戸の水,すなわち地下水が汚染さ
れることなく豊富に湧き続けてきたことでカワト文化が存続していた.しかし近年,地下
水に関しては,枯渇やカナケの増加の傾向が見られ,地下水のカナケがひどくなることが
ひいてはカワトの不使用に,地下水が涸れてくることがカワトの取壊しにつながる恐れが
あった.
したがって,どの地域においても,自然水の水源を適切に保全・管理することが,自然
水を使用する文化を消滅から守るために必要になると考えられる.
<参考文献>
1) 太田会館,2016-01-08,電話
82
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