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事業性におけるリスクを考慮した再開発事業の最適規模に関する研究

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事業性におけるリスクを考慮した再開発事業の最適規模に関する研究
事業性におけるリスクを考慮した再開発事業の最適規模に関する研究
A study of redevelopment projects’ optimum scale by considering business risk
03M43234 平山 豪
Takeshi Hirayama
指導教官
Adviser
中井 検裕
Norihiro Nakai
真野 洋介
Yousuke Mano
SYNOPSIS
This research aims to formulate the optimum scale of redevelopment. Redevelopment projects have various
risks, and they affect the projects. To solve this problem, I calculated the optimum floor area ratio. First, I
calculated the risks by the DDCF method, and made the model which evaluate the project. Secondly, I
simulated the change of project value in various situations by the model. As a result, the optimum ratio is
400%-600% from the aspect of the project value and the risk taken by land owners and leaseholders. 400%
project is more low-risk, low-return, and 600% project is more high-risk, high-return.
1 章 はじめに
市街地再開発事業は「都市における土地の合理的かつ健全な
高度利用と都市機能の更新とを図り、もって公共の福祉に寄与
すること」を目的として、全国各地で 778 地区において都市計
画決定され、その内 599 地区が事業を完了している。中心市街
地問題や密集市街地における市街地再開発事業への期待は大
きいが、事業完了後の再開発ビル、特に地方都市においては空
床の発生に伴う経営状況の悪化等その事業性から破綻しかね
ない地区も少なく無い。この要因としては様々なものが指摘さ
れ、それに伴って今後の市街地再開発事業そのもののあり方に
対して大きな転換が求められている。
特に事業性についてはバブル経済や土地神話の崩壊により、
それまで隠れていた事業における不確実性が顕著化してきた。
不動産鑑定の分野においても原価法から収益還元法が中心に
なるにつれ、対象不動産の収益によって価値が決まりつつあり、
当然その過程における不確実性を考慮しなければならなくな
ってきている。特に事業期間が他の開発に比べて非常に長く、
事業採算性が良いとは言えない再開発事業においては不確実
性をいかに把握し、どう扱うかは大きな課題である。
うまくいっていない再開発事業の現状や、規模が大きい事は
同時に不確実性の上昇にも繋がる事から、不確実性を考慮する
事によって最適規模が明らかにできると思われる。そこで、地
権者の立場から再開発事業に掛かるリスクを収益還元法のひ
とつである DDCF(Dynamic Discounted Cash Flow)法によっ
て定量的に把握し、事業価値をモデル化する(3 章)。そしてそ
のモデルを用いたシミュレーションにより、4 章ではパラメー
タ変化による事業価値分布の変化と最適規模を明らかにする。
最後に 5 章では地権者の立場からのリスクを考慮した最適規
模を明らかにする事を目的とする。
2 章 不確実性に関する議論と本研究における定義
2 章では本研究のおける不確実性についてまとめる。
2-1 既存研究の整理
再開発事業の事業性に懸かる不確実性に関する既存研究と
して以下の 3 タイプを取り上げる。
①事業の不確実性から再開発事業を定性的に考察している研
究
宮本 1)や滝田ら 2)は事業を取り巻くリスクを整理し、リスク
分担の必要性や新たな資金調達の方法としての SPC の活用・
証券化の可能性等を論じている。しかし、いずれも定性的な議
論にとどまっている。
②不動産金融工学の視点からリスクを定量化しているモデル
研究
川口 4)は刈屋のモデルを発展させ計画∼運営段階までを考
慮しているが、定式化に留まり、さらに再開発事業特有の合意
形成リスクなどを考慮していない。
③再開発事業のリスクを定量的に考察している研究
山崎ら 5)は再開発事業における採算リスクモデルを作成し
ているが、本研究とはスタンスが異なるモデル分析であり、ま
た兼田ら 6)も同じリスクモデルを作成しているが、両モデル共
に運営段階におけるリスクや合意形成リスクを考慮していな
い。
本研究では、施行者の立場から定性的にしか論じられてこな
かった再開発事業特有のリスクを定量化し、②を拡張させた事
業価値モデルを DDCF 法により作成する。さらにそのモデル
を用いて、リスクを踏まえた事業計画の最適規模に対する考察
を行う。これは今後の再開発事業を行う際に意義のあるものと
言える。
2-2 本研究におけるリスク
本研究で扱うリスクについて説明する。山下 7)によると不確
実性とは将来の不確定な現象を指し、リスクとは数量的に把握
できるものを指す、とあり本研究もこの定義を用いる。再開発
事業に内在する不確実性としては、政治的な事由や天災なども
挙げられるが、その数量的な把握が困難であり、本研究の分析
方法に適さない事から本研究ではリスクとしては扱わない事
とする。
・合意形成リスク
合意形成リスクとは主に再開発事業の初動期において、計画
内容等に対する合意が得られない又は、権利変換に関する合意
が得られずに事業が停滞してしまうリスクである。どちらの場
合も、ごく数名の反対者によって事業全体が停滞してしまう場
合が多い。
・補償費変動リスク
補償費とは、地権者が何かしらの理由で従後転出する場合に
従前資産に基づいて支払われるお金の事である。当然、転出者
が多ければそれだけ多くの金額を支払わなければならない。
・工事費変動リスク
建築単価の上昇により前段階で予定していた以上の工事費
がかかってしまうリスクである。
・収益変動リスク
運営段階に得られる収益が様々な理由で変動するリスクで
ある。特に再開発事業においては事業収入の全てを収益に頼っ
ている(補助金は除く)ので収益の変動は事業の成否に大きく
影響する。
・資金調達リスクとは、一般的には資金調達が困難で事業が停
滞・破綻するリスクを指すが、本研究においては施行者が負い
きれない程のリスクがある事業は成立しないリスクとして 5
章にて別途取り扱う。
レンタブル比(%)
3 章 DDCF 法による再開発事業の評価モデル
3 章では DDCF 法の概要を述べ、各リスクを定量化する。
3-1 DDCF 法の考え方
DDCF 法とは収益還元法のひとつであり、不動産からの収益
を割引率を用いて現在価値に割引いたものを合計し、事業の収
益還元価値の確率分布を求める方法である。具体的には、複数
期間にあるキャッシュフローに影響を与える要因を抽出して
確率モデルで表現し、モンテカルロシミュレーションによりパ
スを繰り返し発生させ、収益還元価値を確率分布で把握する。
各要因を確率分布で表現する事でリスクを定量的に扱えられ
る事から、本研究の手法として有用であると考えられる。
3-2 モデル作成の為の条件設定
(1)再開発ビルに関する設定
本研究にて想定する再開発は「地方都市の駅前商業地におけ
る第一種市街地再開発事業の組合施工」を想定し、本研究にお
いてはすべて商業テナントが入居するものとした。地方都市と
は県庁所在地レベル(人口 30 万人都市圏)の都市と仮定する。
また、具体的な設定は以下の通りである。
(a)ビル概要;建蔽率 70%・容積率 600%を本モデルにおける
標準タイプとする。
レンタブル比
90%
(b)レンタブル比;ビル
85%
85%
が高層化するとビル
80%
75%
管理に掛かる面積が
70%
65%
増え、レンタブル比は
60%
低下していく。本研究
55%
50%
50%
では、既存研究 5)を参
45%
40%
考に右図のように変
0
20000
40000
60000
80000
延床面積(㎡)
化するものとした。
図-1.レンタブル比の変化
(c)駐車場;本研究では
建築基準法において
容積率の算定から除かれる「延床面積の 20%」を駐車場とし
た。
(2)再開発ビルの運営に関する設定
ビル賃料によって組合が運営を行うとし、分析対象は再開
発事業の実行がほぼ決まる準備組合設立∼運営期間 30 年とす
る。
その他の設定を下表に示す。
表-1.テナントに関する設定
契約期間
キーテナント
10年
その他のテナント
2年
規模
賃料
退出確率 入居階層
レンタブル面
33.33%
低層部
積の50% 市場賃料
20坪
退出確率Q 高層部
3-3 事業価値評価の分析枠組み
事業価値評価を求めるにあたり、事業の収入・支出の各項目
をまとめたものが図-2 の左部である。
事業に懸かるリスクは最終的には収入・支出の各項目に帰着
する。その関係を示した本モデルの基本構造が図-2 である。尚、
本研究にて扱うリスクのタイプとして、データの平均・分散等
から定量化するもの(タイプ 1)と、シナリオを与えて定量化す
るもの(タイプ 2)に分ける(図-2 参照)。本研究では「日本の都
市再開発 1~5」9)に掲載されている再開発事業(432 件)のうち組
合施行(210 件)のものを対象としてデータを抽出した。
まず、各事業収支項目について説明をし、その後リスクが関
わる項目については詳しく説明を加える。
収 一般会計補助金
入 保留床処分金
全支出
収益
調査設計計画費
地区面積
土地整備費
合意形成期間
補償費
地区面積
転出者数
支 工 建物本工事費
出 事
費 付帯工事費
営繕費
延床面積
建築単価
地区面積
地区面積
事務費
地区面積
借入金
借入金利子
地権者数
事業期間
リスクタイプ1
リスクタイプ2
図-2.モデルの基本構造
3-4 リスクの定量化
3-4-1 タイプ 1 のリスクの定量化
(1)補償費変動リスク
「転出者/地権者=転出率」とするとこの「転出率」が補償費の
変動リスクに相当し、転出者数から補償費が回帰式によって求
まる。
過去のデータからこの「転出率」の確率分布はベータ分布(α
=1.68、β=1.83)に従うとする。
(2)(3)工事費 5)、工期 10)については既存研究を用いて算出した。
3-4-2 タイプ 2 のリスクの定量化
(1)収益変動リスク
収益変動リスクには「賃料変動リスク」「テナント退出リス
ク」「空室期間リスク」の 3 つのリスクが内在すると仮定し、
この 3 つのリスクに関しては刈屋 3)のモデル式を用いる。
まず、分析を行う上での前提条件を述べる。分析単位として
月次単位、時点を運営開始時点を t=0 として 30 年間(t=360)ま
でを分析対象とする。また、時点 t=0 にいるテナントを第
(i=)1 代テナントとして以降 i=2,3,4…と呼ぶ。
まず、第 i 代テナントによるキャッシュフローの現在価
値は、
C0i (Ti −1 , K i ) =[X i (Ti −1 + 1) − bi (Ti −1 + 1)]×
{D0 (Ti −1 + 1) + … + D0 (Ti −1 + K i )}× 坪数
となり、収益であるキャッシュフローの現在価値の合計は、
*
I
C0I = ∑{C0i (Ti −1 , K i ) − vc0i }
*
となる。
i =1
C;第
i 代テナントからのキャッシュフローの 0 時点価
0i
値。J i ;第 i 代テナントの滞在期間(本研究では 2 年間に固
定)。K i ;第 i 代テナント退出後空室のままでいる月数(テナン
ト探索期間)。Ti ;0 時点から第 i 代テナントまでの期間
( Ti =
i −1
∑ (K
j =1
j
+ J j ))。 X i (Ti −1 + 1); Ti −1 + 1 時点での市場価格(本研
究では各時点で賃料=市場価格とする)。bi (Ti −1 + 1) ;Ti −1 + 1 時
点でのメンテナンスコストや税などのマネジメントコス
ト。 vc0i ;空室コスト
また、本モデルでは商業テナントを想定しているが、商業ビ
ルにおいてはその階数によって賃料が大きく異なる。これは階
層別効用比率と呼ばれるものであるが、本モデルでは実態調査
8)
からデータを推定し各階層の賃料を求める。
(1F=100,2F=71,3F=58,4F=51…)
以上より、収益変動の不確実性を構成するリスクはX (t ) 、
Ki 、
J i の3つである。以下にそれぞれを定量化する。
1.賃料変動リスク( X (t ) )
確率プロセスは対数 DD モデルに従うとして
とする。
X (t ) = X (t − 1) exp( µ t −1⊿t+σ t -1 ⊿tε t )
µt;ドリフト、 σ ;ボラティリテ
X (t;時点tにおける賃料、
)
t
ィ→今回は一定とする( σ t = σ )、ε t ∼iid N(0,1)
またドリフトは過去の賃料変化の影響を受けるものと考え、指
数平滑モデルに従うとする。
X (t )
µ t = φ (log
) + (1 − φ ) µ t −1
X (t − 1)
(φ =0.1)
2.テナント退出リスク( K i)
本研究では滞在期間 K iは契約満期時に退出するか継続する
かの選択によって決まる。よって退出リスクとしてテナントが
退出する確率Q を過去の空室期間、建物の築年数、契約更新に
よる家賃の値上げ分に因る次式によって与える。
尚、キーテナントに関しては、既存研究のデータから 33%
の確率で退出するものとする。
次に、ケース 2 になる場合、つまり反対者が出現する確率 r
をデータから求め、各ケースにおいて合意形成期間の分布を推
定する。実際には参考文献 9)から合意形成期間の度数分布表を
作り、70 ヶ月以上の事例をケース 2 とした。195 件中 69 件で
約 35%である。
「Crystal ball」11)を用いて各ケースにおける合意形成期間の
分布を推定した結果以下のようになった。
表-2.合意形成期間の分布
反対者無し ベータ分布 α=2.68 β=2.4
反対者あり ベータ分布 α=6.0
尺度74
β=20.1 尺度404
3-5 事業収支項目の定式化
また、図-2 における各収支項目は過去データを用いて決定要
素からの回帰式にて算出する。
表-3.各収支項目の算出方法
一般会計補助金
=全支出
×
=地区面積
×
=地区面積
×
=転出者人数 ×
=建築単価
×
=地区面積
×
=地区面積
×
=地権者数
×
0.2000
調査設計計画費
+ 合意形成期間 × 2.4923
土地整備費
0.0073
+
41.6223
補償費
80.0690 +
247.6800
建物本工事費
延床面積
付帯工事費
0.0473
62.8993
営繕費
0.0218
25.8525
事務費
4.1034
+
地区面積
× 0.0158
0.0428
+
87.9711
+
65.9590
4 章 各リスクからの事業価値分布の特性と最適規模
4 章では、3 章で作成したモデルを用いて、様々な事業パタ
ーンを想定し、その事業価値分布の特性を探る。
4-1 各種パラメータの変化に対する事業価値変化
主にリスク内のパラメータから事業価値の変化を分析する。
地権者の転出率、合意形成期間、空室期間を決める地域の
テナント発見確率pの
3 つを変化させる。転出率、合意形成期
i


exp  β 0 J j + β 1Ti + β 2 X (i + 1) − X (i )  間は各変数のパーセンタイルが 10%・30%,50%,70%,90%の点で
 j =1
 ある。各変化に対する赤字率の変化・事業価値の期待値を表-4
Qi =
に纏めた。
i
表-4.パラメータ変化に対する事業価値変化 単位:百万円


転出率・合
1 + exp  β 0 J j + β 1Ti + β 2 X (i + 1) − X (i ) 
転出率
16%
33%
48%
66%
81%
赤字率
10.5% 12.2% 14.1% 15.7%
17.9%
 j =1
 意形成期間共
β 0 , β1 , β 2 ;パラメータ
に増加する事
期待値
6,900 6,887 6,762 6,596
6,554
によって赤字
3.空室期間リスク( J i )
合意形成期間 22ヶ月 37ヶ月 50ヶ月 66ヶ月 110ヶ月
率は増し、期
空室期間とは、テナントが退出した後の次のテナントを見つ
赤字率
14%
16%
17%
19%
26%
待値は下がっ
けるまでの期間である。つまりテナント探索期間であるとも言
期待値
6,110 6,035 6,091 6,063
5,821
ている。
確率p
5.0%
10.0% 20.0% 30.0%
50.0%
える。そこで、テナントを見つけるのに平均 τ ヵ月要すると
テナントの
赤字率
17%
14%
12%
12%
11%
して、空室期間がjヶ月である確率
発見確率pは
期待値
6,140 6,672 7,243 7,372
7,552
P ( J i = j ) を次式の負の二項分布によって与える。
増加するに従
τ
j
い、赤字率は減り、期待値は上がっている。転出率と合意形成
P ( J i = j ) = j +τ −1 C j (1 − p ) ( p )
期間を比較すると両変数共に赤字率は 8%、13%の上昇を見せ、
事業価値期待値に対しては約 3.5 億、7 億の減少を見せている。
τ ;次のテナントを見つけるまでに要する平均月数
p;一ヶ月でテナントが見つかる確率
よって合意形成期間の方が事業価値に対してはより大きな影
本モデルでは、キーテナントとその他テナントの 2 種類を想 響を及ぼしている事が分かる。合意形成期間が延びると運営期
定している。キーテナントについてはヒアリングの結果を考慮
間での賃料変動が大きくなり事業価値分布が横に拡がるため
し、p=0.0167 とし、その他のテナントについては基本的に p=0.1 赤字率は増える。一方、転出率変化は補償金の増大を招き事業
とする。
価値分布全体がマイナス方向にシフトする為、赤字率が上昇す
4.その他の設定に関しては本論参照。
ると共に事業価値期待値も減少する。
以上から、賃貸スペースから 30 年間で生み出される収益が
つまり、転出率の増加は事業価値分布そのものを減少させ、
求まる。ビル全体の収益を求めるにはこれを戸数倍する。
合意形成期間の増加は事業価値分布の不確実性を増加させて
(2)合意形成リスク
いると言える。
合意形成期間を考えるにあたり、次の 2 ケースを想定する。 4-2 事業規模の変化からみた事業最適規模
ケース 1;地権者間での合意形成が比較的スムーズに進行する。 地区面積や地権者数、容積率などハード面での事業パターン
ケース 2;合意形成の過程で反対者出現により事業が停滞する。 から事業価値の変化を分析する。
∑
∑
{
}
{
}
1,容積率の変化から
大規模の方が良いという従来の考え方とは異なり、赤字率は
容積率約 450%が最も低く、期待値は容積率約 600%が最も高く
なっている(図-3,4、表-5)。200%から 450%までは、規模が大
きくなるに従い収入も増え、赤字率は下がり期待値は上がって
いる。しかし、450%を超えると規模を大きくしても床効率が悪
くなり、赤字率は増加する。それに対して期待値は、600%まで
は増加を見せている。赤字になるリスクは増えつつも事業価値
分布が横に拡がる為であると思われる。しかしそれも 600%&で
頭打ちになり、期待値も現象に転ずる。
よって最適規模としては、赤字率は赤字リスクを考えずに期
待値だけを見れば 600%程度が望ましいが、事業の赤字リスク
を優先するなら 450%である事が分かる。
また、ローリスク・ローリーンの 450%∼ハイリスク・ハイ
リターンの 600%が最適規模をと考えると、現状で多く見られ
る 600%位の再開発はかなり最適規模の限界に近いハイリスク
の事業である事が分かる。
表-5.容積率変化に対する事業価値変化
表-8、図-5 を見ると、負の期待値は約 400%が最も望ましい。
つまり、地権者が実際に負うリスク量を考えてみると、前章で
分析した赤字率や事業価値期待値による最適規模範囲外であ
り、前章にて最もリスクの少ない容積率とされた 450%を下回
っている。期待値は 600%が最も高い事を考慮すると、最適規
模は約 400%(ローリスク)∼600%(ハイリスク)である。
5-2 地権者のリスク許容量からみた限界規模
次に地権者が負えるリスク量について考察する。個人の意向
や資産により負えるリスク量は様々であるが、ここでは従前の
土地にあたる資産分を負えるリスク量とする。全国の人口 30
万都市圏・それ以下の都市圏の商業地平均公示地価は
167,500・66,300 (円/㎡)であり、敷地面積 6,000(㎡)・地権者 25
人とすると 1 人当たりの許容リスク量は 4100 万円・1600 万円
である。よって図-5 によるとリスク量からみた容積率は 30 万
以下の都市圏においては約 600%程度が限界であると思われ、
30 万都市圏においては現実的には限界は無い。
5-3 考察
5 章にて地権者のリスクから見た最適規模と限界容積につ
いて分析したが、中小都市においては限界が 600%弱で最適規
模が約 400%∼600%となった。その中でも、地権者のリスク選
好は様々であると思われるが、再開発事業が周辺に対しても大
きな影響を与え、その失敗は街全体の衰退にも繋がりかねない
事を考慮すると 400%∼500%位が望ましいと思われる。
しかし、本モデルにおいて高容積ビルの評価が低くなったの
は、商業テナントビルは階数があがるにつれ階層別効用比が悪
化する事に起因していると思われるため、期待値を上げ・リス
クを下げたい際には、オフィスや公共施設・住宅をその地域の
需要に合わせてうまく取り入れる事が必要であろう。
単位:百万円
容積率 200% 300% 350% 400% 450% 500% 600% 700% 800%
赤字率 25.2% 13.6% 11.5% 11.1% 10.7% 11.8% 13.8% 16.6% 23.1%
期待値 2,620 4,653 5,430 5,962 6,375 6,539 6,717 6,677 5,998
2,敷地面積の変化から
敷地面積については赤字率の最下点が約 7,000 ㎡と容積率
の変化に比べると全体的に大敷地の方が望ましい傾向になっ
ている。これは地区面積の増加は、容積自体の増加に直結する
からであると思われる。
表-6.敷地面積変化に対する事業価値変化
単位:百万円
敷地面積 2,000㎡ 3,000㎡ 4,000㎡ 5,000㎡ 6,000㎡ 7,000㎡ 8,000㎡
赤字率
58%
35%
22%
16%
14%
13%
17%
期待値
273
2,251
4,156
5,682
6,665
7,887
7,995
3,地権者数の変化から
ここでは詳細は省くが、地権者数 10 人∼150 人までを分析
した結果、赤字率(3%∼60%)・期待値(90 億円∼5 億円)共に人
数が増えるにしたがって悪化する結果となった。地権者数の増
加が補償費の増加に繋がったものと思われる。
以上 3 点から考察を行ったが、敷地面積と地権者数はある程
度相関関係にあるものである。よって、敷地面積から望ましい
とされた 7,000 ㎡∼よりも、最適規模は下がると思われる。仮
に、(6,000 ㎡、50 人)の組み合わせから敷地面積と地権者数が
完全な比例関係にあるとした場合には以下のような結果とな
り、最適規模は約 5000 ㎡であった。
表-7.敷地面積・地権者数変化に対する事業価値変化
単位:百万円
容積率
赤字率
負の期待値
7,000
-5.0
6,000
20.0%
10.0%
5.0%
単位:百万円
200% 300% 350% 400% 450% 500% 600% 700% 800%
25.2% 13.6% 11.5% 11.1% 10.7% 11.8% 13.8% 16.6% 23.1%
-17.5
-11.0
-9.5
-9.0
-9.3
-10.3
-14.9
-18.5
-30.5
500%
1000%
-10.0
4,000
-15.0
3,000
-20.0
2,000
-25.0
1,000
-30.0
0
0.0%
単位:百万円
0%
5,000
15.0%
5 章 地権者にとっての再開発事業における最適規模
5 章では、本研究における資金調達リスクを考慮する。
5-1 地権者にとっての最適規模
再開発事業において現在の地方都市に見られるような経営
不振に陥ってしまった場合、最終的にそのリスクを負うのは地
権者である。よって一個人の集まりである地権者達が負えるリ
スクを超えるようなリスクを抱えた事業は望ましくない。そこ
で地権者1人が負うリスク量に注目する。
前章で考察した赤字率ではなく、事業価値分布の負の部分の
期待値がリスク量となる。また、地区面積、地権者数について
は再開発事業の計画段階で操作できる変数とは考えづらいた
め分析対象外とする。
表-8.事業規模変化に対する負の期待値変化
負の期待値
0.0
8,000
25.0%
地区面積 2000㎡ 3000㎡ 4000㎡ 5000㎡ 6000㎡ 7000㎡ 8000㎡
赤字率
23%
17%
14%
11%
14%
16%
19%
期待値 2,313
3,771
5,235 7,400 6,680 6,856 6,860
単位:百万円
期待値
赤字率
30.0%
0%
500%
1000%
図-3.赤字率の変化
0%
500%
1000%
図-4.期待値の変化
-35.0
図-5.負の期待値の変化
6 章 結論と今後の課題
1、再開発事業に懸かるリスクを定量化し、定量化したリスクを
用いて再開発の事業価値モデルを構築した。
2,合意形成期間の方が転出率より大きな影響を与え、合意形成
期間の増加は事業価値の不確実性を増し、転出率の増加は事
業価値の期待値を下げる。
3,事業価値の赤字率は容積率 450%が最も低く、期待値は 600%
が最も高くなり、最適規模は容積率 450%∼600%である。
4,地権者の立場からみると再開発の最適規模は約 400%∼600%
であり、約 600%がリスク量からみた容積率の限界である。
今後の課題としては、今回のモデルでは全て商業テナントで
ある事を前提としているが、多用途のモデルに拡張する必要が
ある。また、再開発を事業の途中で諦めるといったオプション
的評価も必要であろう。
参考文献
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関する調査研究」、調査研究期報 NO.130、都市基盤整備公団総合研究所 2)滝田克彦ほか
(2002)、「ファイナンスから見た再開発事業に関する考察」、再開発研究 NO.18、再開発コー
ディネーター協会 3)刈屋武昭(2003)、「不動産収益還元価値評価モデルと賃料キャッシュ
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市再開発 1∼5」全国市街地再開発協会 10)「単位工期概算式の定式化」、日本建築学会計画
系論文集第 584 号 p.115-p.120 11)「Crystal Ball」構造計画研究所
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