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フランス
第1回
フランス
レミー・フリムラン氏(フランステレビジョン社長)に聞く
~経済低迷下での経費削減の嵐の中で~
メディア研究部
新田哲郎
世界の公共放送は現在,フランスやカナダに見られるように政府の財政危機などが原因で財源に影響が出てい
たり,香港や台湾のように政府が公共放送の報道や人事への介入姿勢を強めたりといった,様々な問題を抱えて
いる。また,放送のデジタル化とネット化の進展というメディア状況の変化のなかで,
「公共放送」から「公共メディ
ア」への転身をどう図っていくのかも重要な課題である。
海外メディア研究グループでは,世界各国・地域の公共放送の現状と課題について有識者に聞く「公共放送インタ
ビュー」を2010 年7月号からシリーズで連載したが,その第 2 弾として,2015 年2 ~3月に研究員が現地取材した際に,
各国の公共放送の担当者もしくは研究者などにインタビューした内容を,今月号からシリーズで紹介したい。第 1回は
フランスで,以後,イギリス・台湾・韓国・カナダ・香港の順で掲載を予定している。 メディア研究部(海外メディア研究)
レミー・フリムラン
( R é m y P f l i m l i n )氏
(61 歳)
は,エリート養
成校の 1 つ,高等商業
1)
学 院 を 1978 年 に 卒
業 後,新 聞・雑 誌など
活字系のジャーナリスト
として活躍した。その後,
1999 年 か ら 6 年 間,
ローカル放 送を担う公
共放送 F r a n c e 3(F3 )
の 社 長を務 めた。そし
て 2010 年 8 月,当時のサルコジ大統 領の指名を受
け,フランステレビジョン(FTV, France Télévisions)
の社長に就任した。フリムラン氏の任期は 5 年間で,
2015 年 8 月で任期満了となる。
フランステレビジョンの現状
FTV は France2(総合 編成),France3(総合
+ローカル放送),France4(子ども・若者向け),
France5(教育・教養),FranceÔ(海外県・海外
領土放送)の 5 チャンネルで構成されている。就
任当時は,5 つのテレビチャンネルごとに分かれて
いた人事・管理部門の組織統合と,立ち遅れてい
たデジタル ・インターネットサービス部門の発展が
喫緊の課題だった。2012 年には,サルコジ保守
政権からオランド左派政権への交代劇があり,放
送政策も大きく変更された。ガバナンス,企業統
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JULY 2015
治の面では,公共放送のトップの指名権が共和国
大統領から,独立規制機関 CSA(視聴覚高等評
議会)に戻された。財源面では,サルコジ大統領
がめざした広告放送の全廃は経済的な理由から
実現しなかった。広告放送の一部廃止 2)の穴埋め
のため政府が付与する補助金についても,オラン
ド政権は大幅に減額,2017 年度からゼロにする
方針だ。そうしたなかで政府はフランステレビジョ
ンに対して,合理化などによる収支均衡を2015 年
度で達成するよう求めている。
インタビュー前説
3)
フリムラン社長へのインタビューは 4 年ぶり に
同じ場所,セーヌ川沿いにあるフランステレビジョ
ン本部の社長室で,2015 年 3月2日午後 3 時半か
ら約1 時間にわたって行われた。その 3 週間後,
フリムラン氏は 2 期目への挑戦を決断し,CSAに
よる新社長公募に応募したことが明らかになった。
しかし,オーディションなどの結果,4月23日に
CSA が指名したのはフリムラン現社長ではなく,
フランス最大手の電気通信事業者「オランジュ」
の 48 歳の女性副社長デルフィーヌ・エルノット氏
だった。この結果,フリムラン氏は 8月22日,厳
しい状況下にあるFTVのかじ取りをエルノット氏
に委ねることになった。つまりこれは任期を半年
近く残した,次期社長が決まっていない時点での
フリムラン氏へのインタビューである。
① 改革の現状評価
―社長に就任されて 4 年半がたちますが,ここ
までの成果をどう評価されていますか?
フリムラン氏:まず組織改革。この 4 年間,FTV
の組織統合を行いました。
(各チャンネルが独
立していた)以前は 5 つの会社を中心に,関連
会社などに分かれていた組織を,単一の企業に
合体させました。この組織統合には,資金運
用の面においてもそうですが,何よりも人事の
面で非常に大きな労力を要しました。新しい労
働協約 4 )を締結しなければならず,これは非常
に大掛かりな作業だったのです。
もっと迅速にいろいろと行えなかったのかと
後悔する点としては,
(ローカル放送を担う)F3
の地方モデルを再構築することができなかった
ことです 5)。任期半ばにして政権が変わり,そ
れまで進めていたいくつかの政策は後退を余儀
なくされたからです。
② デジタル多メディアの急速発展
【 解説 】FTV のデジタル戦略
フランスでは,番組コンテンツをあらゆる媒
体に積極的に提 供することは公共放 送の使
命であると,法 律や政令で義 務 付けられて
7)
いる 。この 4 年 間で は 2011年 4月,iPhone
とiPad 向けに放送のライブ受信サービスを開
始,同年 9月にはニュース専門のポータルサイト
「francetvinfo」を開設した。
2012 年 5月には,放送後 7日以内の番組の
キャッチアップ(見逃し視聴)を無料で提供す
る「francetvpluzz」を開設,飛躍的にアクセ
スが増えていった。
インターネット回線に接続されたコネクテッ
ドテレビの欧州標準規格であるHbbTV 向け
のサービス「Salto」も同年 7月に開始した。リ
モコンのボタン操作で放送中の番組を通信回
線で呼び戻し,番組冒頭から見ることができ
るというものだ。
このほかジャンル別のサービスの1つとして
「francetvsport」が同年12月に始まった。
2015 年秋頃には,ニュースと情報番組を24
時間流すウェブ専門チャンネルを開設する計画
だ。
また,若者層を取り込む方法を確立できませ
んでした。若者層がテレビ,特に公共放送を見
―この 4 年間,デジタル多メディアについては
続けるようにするためにどうするか。現在,18
急速に発展しましたね。 ~ 30 歳の青年層では,テレビ,ラジオ,新聞・
雑誌など従来のメディアからの乖離がますます
6)
フリムラン氏:この 4 年間の大きな出来事は,テ
進んでいます 。この問題は,我々にとって大
レビ以外の画面でのコンテンツ視聴,とりわけ見
きな脅威となっています。我々も含めた従来の
逃し視聴が増加したことです。私が 2010 年に社
メディアがどんどん時代遅れになってきている
長職に就いたあとすぐに FTV はこのサービスを
からです。
開始しましたが,最初の年,2011 年は年間視聴
いずれにせよ,私の任期において最重要課
回数が 6,000 万回でした。それが現在は 1 か月
題となっていた組織統合,デジタル開発,番
に 1 億 5,000万回にまで増えています。映像コン
組制作体制の見直しなどに関しては,目標を
テンツの視聴形態が激変したということです。
達成することができました。きちんとした仕事
ができたと思っています。
2 つ目は,マル チメディア 対 応のプラット
フォームを立ち上げたことです。ニュース,ス
ポーツ,文化,子ども番組の 4つの分野でアプ
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リを作りました。これらのアプリを使って,視
―経済の低迷が続くなかでの財源の確保は最
聴者はスマートフォンやパソコンなどで我々のコ
も困難な課題だったのではありませんか?
ンテンツにアクセスできるようになりました。
3 つ目の非常に重要な出来事は,テレビ画面
フリムラン氏:組織統合を進めている時期と欧
からインターネット上のコンテンツが見られるコ
州の経済危機が重なりました。その影響として
ネクテッドテレビの登場です。今後,数か月か
は,1 つには広告市場の危機があり,我々の広
ら数年間,映像視聴の世界に革命的な変化を
8)
告収入も4 億ユーロ
(約 520億円)
から3 億ユー
もたらすでしょう。
ロ
( 約 390 億円)に 1 億ユーロ
( 約 130 億円)減
りました。もう1 つは,国の財政危機により政
③ 政府補助金のカットで揺れる財源制度
【 解説 】FTV の財源問題
FTVの 予 算 につ いては,FTVと政 府と
の協議のうえ,3 ~ 5 年の中長期計画として
調 印され る目 標 手 段 契 約(COM, Contrat
d'objectifs et de moyens)で大枠が決めら
れる。この契約は,FTVの目標,すなわち事
業計画の設定について国が関与する一方,そ
の手段すなわち財源については国家が保障す
るというシステムである。
フランスの場合,日本の受信料にあたる公
共放送負担税(CAP, Contribution à l'audiovisuel public)は国の税体系に組み込まれ,
税務当局が徴収にあたる。FTVの財源はこ
のほか,広告・スポンサー収入と政府補助金
で成り立っており,2013 年度の収入実績では,
CAP が全体の 79.1%,広告・スポンサー収入
が 11.7%,政 府補助金が 9.1%となっている。
政府補助金は,午後 8 時以降翌朝 6 時までの
広告放送を2009 年から廃したのに伴い,不足
分を補うために設定されたものである。
保守のサルコジ前政権下で調印された 2011
~ 15 年の COM では,5 年間で毎年平均 2.2%
の予算増が保障された。しかし大統領交代後
の 2012 年,オランド左派政権は,財政危機
などを理由に 2013 ~ 15 年の COMの見直し
を行い,逆に補助金の大幅カットを決定した。
現政権は 2017年度には政府補助金をゼロに
するとしている。財源は国家が保障するという
COMの精神からすると,FTV側にとっては政
府による契約違反とも言える事態である。
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府が緊縮財政を迫られたことによって,FTV に
支給される政府の補助金が減らされました。ご
存じのように,FTV の財源モデルは,公共放
送負担税と政府補助金,それから広告収入の
3 つの要素によって成り立っています。この政府
補助金は,2009 年に夜 8 時以降の広告が廃止
されたあとにその穴埋めのために導入されまし
た。補助金の額は,2011 ~ 12 年度では 4 億
5,000 万ユーロ
( 約 580 億円)でしたが,現在は
1 億 1,500 万ユーロ( 約 150 億円)にまで引き下
げられました。3 億ユーロあまりの減額です。こ
うしたことから,我々も大幅な経費削減策を推
し進めることを余儀なくされました。組織内す
べての部門での経費と従業員の削減を行いまし
た。2012 年に 1 万 500 人いた社員数が現在は
1 万人弱にまで減りました。
―政府は契約を反故にし,補助金の削減を決
めましたが,契約違反ではないですか?
フリムラン氏:もちろん,我々としては,政府は
署名した契約を守っていないじゃないかと文句
を言うこともできます。しかし,フランスが国と
して大幅な財政赤字の削減を余儀なくされてい
る現状において,公共放送が,
「他のセクター
はどうであれ,我々は経費削減を一切しない」
というわけにはいかないでしょう。世間の理解
―CAP 改正について,すでに交渉に入ってい
は到底得られません。景気の後退によって社会
るのですか?
全体が影響を受け,犠牲を払っているからです。
失業率は上昇し,給与水準は横ばいです。こう
フリムラン氏:これは政府や議会にとっても重
した状況下で,皆が倹約を余儀なくされていま
要な問題です。今週か来週,私は下院の公聴
す。そんななかで,もし我々公共放送が経費削
会でこの問題について話をする予定です。現在
減を拒否し,強硬な立場を貫いたら社会と我々
の COM(目標手段契約)は 2015 年末で期限
との関係に影響が出ます。現在の不況下におい
が切れます。これから,2015 〜 20 年の新たな
ては,我々も経費削減策を進める努力をします
COM の交渉をしなければなりません。この新
よという姿勢を見せなければならないのです。
しい COM には,政府の補助金が入らない形
の公的資金による財源が明記されるでしょう。
―FTV の財源モデルはまだ機能していると言
それが何かというと,今よりももっと増額が見
えるのですか?
込まれるダイナミックな,現在とは違う形の公
共放送負担税です。これを実現するのは,大き
フリムラン氏:公共放送の財源モデルが機能す
な課題です。新しい形の受信料,特に北ヨーロッ
るためには,永続性が必要です。長期計画の
パの各国でとられているような制度を導入する
一部をなすものでなくてはならないのです。何
には,国民を説得しなければなりません。これ
故なら,
公共放送がその使命を果たすためには,
までとは違う形で公共放送の財政を支えてもら
ドキュメンタリーにせよドラマにせよニュースにせ
う,その方法をどのようにするか。これは非常
よ,番組制作には長期的なビジョンを持って投
に重要な問題です。公共放送の発展には,そ
資しなければならないからです。半年ごとに計
の財政の独立が不可欠だからです。そのために
画を見直すようではだめです。永続的な財源の
は,政府の独断的な方針,あるいは景気に左
確保のためには,政府補助金はなくすべきです。
右されるような方策に頼っていては絶対になら
政府の国家予算編成に合わせてそのつど補助
ないのです。
額が見直される不安定な財源だからです。
永 続 性 が 保 障され るために必 要なのは,
―フランスのシステムでは,CAP の徴収は国税
CAP(公共放送負担税)です。それも,従来
当局が行います。それで経営の自立や財政面
型のテレビ受信機を保有しているかどうかでは
の独立性は保てるのでしょうか?
なく,テレビコンテンツを見ることができるその
ほかの画面(パソコン,タブレット,携帯電話)
フリムラン氏:ええ,保てます。何故なら,CAP
の保有に対しても徴収されるべきです。
は公共放送の財源としてしか使うことのできな
今日,ヨーロッパでは多くの国がこの方式をとっ
い割当税(taxe affectée)だからです。
ています。我が国においても,現在とは違った形
国家がその税を徴収するというのは,我々に
のCAP,あるいはドイツ,フィンランド,スイスのモ
とっては,国家が財源を保障するということで
9)
デル を検討しなければならないと思っています。
す。国の税金徴収システムの中に組み込まれて
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いるので,経費がかかりません 10)。我々で独自
を果たすためには,不確実性を減らし,今後
に集金システムを構築するとなると,非常にコス
の業務計画見通しがしっかりと立てられなけれ
トがかかります。
ばならないのです。
こういったことから,私としては,CAPを割
当税として国が徴収するシステムは,我が国の
ような法制度が整った国においてはまったく問
題がないと考えます。現在は,公共放送負担
税は住居税に組み込まれる形で徴収されている
ので,構造的にもとても簡単です。特別なシス
テムは必要としません。
―その集金システムであっても,経営に政治的
影響を受ける心配はないと?
フリムラン氏:もし,国家権力が CAP の一部を
他の目的のために徴収することができるような
仕組みになっていたなら,経営への政治的影響
も出てくるでしょう。しかし,法制度的にそれ
は不可能です。
―広告収入の今後についてはどうお考えですか?
フリムラン氏:広告収入の確保のために,今後,
我々はデジタル分野での広告に力を入れなけれ
ばならないと思っています。一方で,テレビは
強い広告時間帯を持つ必要があります。今は
プライムタイム 11 )の広告がなくなっていますが,
今後,永続的な広告収入を確保するためには,
午後 8 時以降のどこかの時間帯にまた広告を
載せられるように,交渉する必要があるのでは
ないかと考えています。
最も大切なことは,CAPと広告収入によって
永続的な財源を持つとともに,将来的な見通し
が立てられるようにすることです。市場の仕組
みに組み込まれていない公共放送がその使命
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JULY 2015
フランステレビジョン
④ 財源難の下での番組制作
【 解説 】
「FTV の経費削減と合理化」
FTVの 2013 年 度 の 総 収 入 は, 前 年より
2.2%,6,480万ユーロ減って 28 億 3,500万ユー
ロ(約 3,680 億円)
だった。政府補助金が前年
比-35.3%の 2 億 5,900万ユーロ(337億円)に
まで削減され,広告収入も11.5% の減少だっ
た。この結果,2013 年度は 8,460万ユーロ(約
110 億円)の赤字となった。政府は 2015 年度
には収支均衡となるよう求めている。こうした
財源難のなかで FTVは,番組制作費と番組
購入費の双方を含む番組経費を削減せざるを
得なくなっている。F2 の場合,2012 年度に 8
億 1,200万ユーロ(約1,055 億円)
だった番組経
費が 2013 年度には 0.9%減って 8 億 500万ユー
ロに,また F3 の場合,2012 年度に 8 億 6,700
万ユーロだったのが,2013 年度には 8 億 5,000
万ユーロ(約1,100 億円)
と2% 減っている。一
方, 合 理 化も進 んで いる。2012 年 9月から
始めた要員合 理化で FTVの職員は当時の1
万491人から2013 年度には1 万 121人に,さ
12)
らに 2014 年度には1 万 107人になった 。今
後,経営陣はさらにポスト削減に伴う希望退
職などを募り,2015 年度中には1 万人を切って
9,750人の体制にしたいとしている。
―財源危機に直面しながら,どう合理化のか
とで経費削減に成功し,番組の質と視聴率の
じ取りをしたのでしょうか?
両面において,同じレベルを保持することがで
きました。ただ,例えば特定の時期において
フリムラン氏:すべての業務において経費を見直
は再放送を増やしたり,夜間の番組の一部で
し,全体的にコストカットを図りました。事務経
予算を削減したりといった方策はいくつかとり
費,番組経費,人件費,そのほか全般にわたっ
ました。それでも全体的に見れば,視聴者と
て削減しました。難しい問題ではありましたが,
の関係において経費削減による影響は出てい
目標を達成することができました。経費削減策
ないと思います。
というのは,しっかり計画を立てておけば実現
可能なものです。
大企業において業務に影響を出さずに実行
―F2 と F3 の報道の編集部門の統合 13 )は実
現しましたか?
するのが難しいのは,急激に大幅なコストカッ
トを行うことです。FTVは 2012 年に,3 億ユー
フリムラン氏:まだ完了していません。我々はま
ロのコストカットを行うよう政府から要求されま
ず,予算の共有,特にルポルタージュの予算を
したが,それを1年で行うなどというのは考えら
共有化するところから始めました。さらに,PC
れないことでした。3 年計画にしたことで,段
Info と呼ばれる新しいデジタルシステムを立ち
階的にその目標に向かって経費削減を進めるこ
上げ,コンテンツ管理を統一しました。2014 年
とができました。内容としては,番組制作を入
4月から,F2,
F3 のすべての素材を同一サーバー
札制にしたり,番組はすべて監査対象としたり
で管理するようになりました。こうしてまず素材
して,制作会社との値下げ交渉を行いました。
を共有化し,そこから,それぞれの編集部門が
制作コスト,番組の選択,交渉のやり方など,
映像を選び編集できるようになりました。それ
すべての面を分析し,現状を見直して,いくつ
ぞれにとって,扱える素材の量が増えた形です。
かの番組は廃止にするなどの措置をとりました。
これから進めていく第 2 段階は,各報道局の
FTVで行ったこれらのことは,不況に対して
中にあるチームの統合です。例えば F2とF3 の
民間企業がどこでもやっていることです。別に
報道局にはそれぞれに文化班,経済班といっ
我々だけが経費削減策を余儀なくされたわけで
た班がありますが,これを統合し,
FTV 文化部,
はありません。
FTV 経済部という形に持っていく予定です。文
化班については今年中に行う予定です。合併し
―経費削減策によって番組の質に影響が出て
た部門が,テレビのニュース番組やデジタル部
いませんか?
門にも素材を提供することになります。この作
業は 2016 ~ 17年度に完了する見通しです。
フリムラン氏:ドラマ,ドキュメンタリーなどの
制作部門の予算は以前とほぼ同じ額を確保し
―報道局を合理化するということですか?
ました。情報番組(ニュース,生活情報など)
については監査を行い,制作方法を変えるこ
フリムラン氏:これによって,経費を増やさずに
JULY 2015
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コンテンツを充実させ,生産性を高められるよ
アは情報を自由に発信できるが,人の名誉を毀
うにするということです。何故なら,ニュース
損するようなことは言えないし,人種差別的な,
番組や情報番組は,これまで通りに続けなけ
例えば反ユダヤ的な表現を用いての情報発信は
ればなりません。その一方でデジタル開発も進
できない。このように今日,メディアの表現の自
めなければなりません。ネット上で新たなウェブ
由は法律によって制限されているのです。2 つ
チャンネルを立ち上げる予定もあります。コネク
目は,FTVにおいては,放送憲章 14)によって,
テッドテレビ向けの開発を進めることも必要で
どこまで表現の自由が認められるかを定めてい
す。当面の目標としては,今より効率よく動ける
ます。私が社長に就任したときにこの憲章を作
ような体制を作り,追加経費なしにデジタル開
りました。ここに,我が社の独自のルール,放
発を進めていこうということです。
送倫理規定がすべて定められています。この内
部規定で,人の名誉を守るため,異なる意見を
⑤ テロ事件・表現の自由と自主規律
【 解説 】
「シャルリ・エブド事件と表現の自由」
2015 年1月にフランスで起きた一連のテロ
事件で独立規制機関 CSAは,放送規律の履
行違反にあたる報道が合わせて 36 件あった
として,事件から1か月後,テレビ・ラジオ16
社に警告した。FTVのチャンネルF2 は,今
後,規律を履行しない場合は何らかの制裁措
置に入るとする重い通告「催告」を受けた。警
察の特殊部隊の動向や人質の情報を報じて,
捜査活動の妨げになったり,人質の生命を危
機に陥れたりしたというのがその理由だった。
これについて F2 のテュイエール報 道局長は
「国民に情報を提供するというメディアの権利
に疑問符が付けられた」と国民の知る権利に
応えるメディアの役割を強調し,反駁した。
尊重するため,我々としてどこまで自由を認める
かを定めています。FTVすべてのチャンネルの
報道に同じルールを課しています。
こういった内部規定を持つことは非常に大切
なことです。現在,インターネットではこのよう
なルールがまったく守られていません。好き勝
手なことをツイッターなどで発言しています。一
方,我々は一定のルールを守り,示すことで視
聴者からの信頼を得ることができます。国民か
らの信頼を得ること,これは公共放送にとって
最も重要なことです。国民の信頼があればこそ,
我々は公共放送としての使命を果たすことがで
きます。国民の信頼がなければ,社会における
我々の役割はゼロになります。
その信頼はどのようなものかというと,例え
―シャルリ・エブド襲撃事件はどこまで表現の
ば何か事件が起きたとき,
「FTVを見よう。情
自由が許されるのかという議論も呼び起こしま
報に偏りや間違いがなく,政治的影響も受けて
した。
いないから」というふうに視聴者に思ってもらう
ことです。つまり,国民の信頼を得るためには,
フリムラン氏:表現の自由,情報発信の自由は,
政治的介入からの独立と,様々な価値観を尊
フランスにおいては憲法で保障された自由で,
重する姿勢が必要です。
非常に重要な大原則です。
「自由」の規制は,法律によって定められて
います。それはどういうものかというと,メディ
60
JULY 2015
―フランスのような多民族・多文化社会におい
ては,どう信頼を勝ち取るのでしょう?
フリムラン氏:日々ニュースを出すなかで,それ
の突入の瞬間を放送したことで人命を危険に晒
は簡単なことではありませんが,放送憲章で定
したとされている点については,立場が違いま
められたきまりをきちんと守りながら報道するこ
す。何故かというと,この突入については,ソー
とです。このなかには,多様性や異文化,異な
シャルネットワークなどのインターネットを使っ
る意見の尊重という条項も盛り込まれています。
て瞬時に伝えられており,立て籠り事件の進行
非常に多種多様な社会が共通点を見いだせるよ
中から現場の様子は周知の事実であったから
うにするにはどうしたらいいかという観点から
です。そのなかで我々だけが事実を隠し,何
様々な規定が設けられているのです。
も起きていないかのようなふりをするのは不可
能です。
― 一連のテロ事件の報道も行き過ぎがあった
あるいは,もし人命を考慮して秘密にする
ということで,多くのテレビ・ラジオが CSA の
のであれば,治安当局側からすべてのメディ
警告の対象となりましたね?
アや関係者に対し,
「これから内部に踏み込む
が,報道はしないで欲しい」と周知すべきでし
フリムラン氏:あの一連の事件は,例外中の例
た。しかし,そのような措置はとられなかった
外と言える出来事でした。これまで経験したこ
のです。このような場合にどうするかについて
とのないもので,それが,今日のように様々な
は,今後議論を深める必要があります。今回
メディアが急増しているなかで起きたのです。
のケースでメディアに集団的制裁を科すことは,
したがって,あのときの報道が適切であった
社会にメディアに対する猜疑心を抱かせます。
か,改良する点はないかなど,振り返って検証
メディアが築き上げてきた国民との信頼関係に
することは良いことだし,CSAの報告書も有意
影響を与える行為です。我々にとってこれは非
義なものです。もちろん,こういった場合にお
常に重要な点で,今後,議論を重ねる必要が
けるCSAの役割は非常に重要です。
あると考えています。
遺憾に思うことは,CSA が一連の報道に対
して集団的制裁という措置をとったことです。
それにより,フランスの放送界全体が誤った報
道をしたのだというようなイメージを世間に抱か
せてしまいました。先ほど私が申し上げたよう
な,国民とメディアとの信頼関係を傷つけてし
まうような措置です。
当時を振り返ると,我々としては報道のプロ
として良心的にきちんと仕事をしたと思ってい
ます。そして,CSAの解釈のうちのいくつかに
ついては同意できかねると考えています。特に,
ダマルタン(パリ北郊外の印刷工場で起きた,
クアシ兄弟の立て籠り事件)における治安部隊
JULY 2015
61
⑥ 公共放送の将来戦略
我々にとって大きく変化した点は,これまで
は,単に放送事業者としてコンテンツを入手し
―では最後に 4 年前と同じように,FTV の今
放送するだけだったのが,コンテンツを作った
後の戦略,将来像をお聞きしたいと思います。
うえで,それをデジタルメディアで配信し,本と
いう形にもするということです。いずれにせよ映
フリムラン氏:今日の我々の戦略の軸は,
「公共
像コンテンツが,マルチメディアシステムのカギ
放送は,情報とコンテンツを提供することによっ
を握る最も大きな存在になっていると言えます。
て社会とのつながりを作り,民主主義が機能
放送局のシステムは,瞬時に内容を各種画
するようにする。ヨーロッパ及びフランスにおけ
面に届けるというものになります。その際に重
る『創造』を発展させることにおいて重要な役
要なのは,何を届けるかです。システムはすで
割を果たす。そのためには,そのコンテンツを
に構築してあるので,どのようなものを放送す
すべての人に提供しなければならない」という
ることで,公共サービスとしての使命を果たす
ものです。
ことができるかです。これが今日,そして明日
コンテンツに関する我々の戦略は,情報と番
の戦略ビジョンです。しかし,これを実現する
組の内容で,またすべての視聴者層に向けた
ためには,当然ながら,新技術やコンテンツに
発信で,他局とは違った存在になるということ
投資をすることが不可欠となります。
です。つまり,すべての画面
(パソコン,タブレッ
ト,携帯電話)にコンテンツを載せること,さ
―今のところ良い結果が出ていると?
らに,ソーシャルメディアやコネクテッドテレビ
を使ったアプリの開発や,VOD サービスを充実
良い結果が出ていると思います。マルチメ
させるということです。ニューテクノロジーの分
ディア社会というのは,現実には分裂化した社
野での存在感が非常に強くなければ,公共放
会です。各自がそれぞれ画面,媒体を持ち,
送の使命は達成できないのです。
ネットワークを持っています。そうしたなかで,
このデジタル戦略を進めるためには,技術
我々の役割は,映像コンテンツを通して社会の
開発とともに,コンテンツ開発がカギとなりま
中につながりを作ることです。これは政治的な
す。今日の若者層の映像コンテンツや画面との
課題でもあります。どうやって社会を団結させ
関わり方は従来とまったく異なるものだからで
るか。どうやって社会に共通の価値観,想像
す。これが,今後の最も大きな戦略課題となり
力を持たせるのか。これには今のところ,まだ
ます。つまり公共放送として従来型の放送で競
答えが出ていません。少なくとも,我々にとっ
争力を発揮しながら,マルチメディアにおける
てまだ課題として残されています。
競争力もつけなければならないのです。今日の
マルチメディアシステムは,デジタル技術と従
―今後も FTV を率いていくおつもりですか?
来のメディアの融合を可能にします。そういっ
たなかで,出版にしろテレビにしろ,従来のメ
ディアが果たす役割が変わってきています。
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JULY 2015
フリムラン氏:考え中です。熟考しています
(笑)。
後 記
今回のインタビューを終えて,なるほどジャー
の見出しを掲げた記事を掲載した。このなか
で公共放送元幹部の話として「この国で最も
ナリストとして長年の経験を積んできたからこ
compliqués(複雑な,面倒な)3 つのポスト,
その答えだなと思わせられることがいくつか
それは(強い大統領制のもとでの)首相,サッ
あった。1つはテロ事件の報道に関してである。
カーフランス代表の選手選考委員(選ばれな
独立規制機関 CSA がテレビ・ラジオ各社に多
かった選手やそのファンに恨まれる?),そして
量の警告を出したことについて,メディアに集
フランステレビジョンの社長である」と報じてい
団的制裁を科すことは社会にメディアへの猜疑
る。冗談めかした言い方ではあるが,それほど
心を抱かせ,国民との信頼関係に影響を与え
今フランステレビジョンを率いるのは厄介な仕
る行為だ,と批判したことだ。これは視聴者
事だと認識されているのである。新たに社長に
の立場に立ってみた場合,メディアがどのよう
指名されたエルノット氏は 8月22日からフリムラ
に見えるかを考えたうえでの反応だろう。
ン氏に代わってその職に就くことになる。
もう1 点,同じように視聴者・国民目線になっ
(にった てつろう)
たうえでの答えと思われるものがある。政府補
助金の削減問題についてである。政府は,公
共放送との目標手段契約においてその事業計
画策定=目標に関与する代わりに,その手段=
財源を保障する義務がある。しかし現政権は
経済の悪化を理由に,政府補助金の削減,そ
して 2 年後の完全停止を言い渡してきたのであ
る。西欧は契約社会である。これは契約違反
ではないかと政府に抗議したくもなろうが,フ
リムラン社長は,もちろん文句は言えるが,景
気の後退によって社会全体が影響を受け,犠
牲を払っているときに,我々は経費削減を一切
しないとは言えない,と答えたのである。フリ
ムラン氏は,公共放送にとっては,国民の信
頼が一番大事だと強調する。これらの答えは,
国民の視線を意識したうえで,公共放送が国
民の信頼を失えば存在意義を失うという危惧
からの返答だろう。 FTVの新社長選びで何人かの有力候補者
の名前が各 紙で取り沙汰されていた頃,3月
10日のルモンド紙は「フランステレビジョンを
率いること,メディアの中で 最 悪の仕事」と
注:
1)
École des hautes études commerciales de
Paris
2)
当時のサルコジ大統領はより公共放送らしい多
様で文化的なコンテンツを提供するためとし
て,2009 年 1 月からプライムタイムを含む午
後 8 時以降翌朝 6 時までの広告放送を廃止した。
3)
参照 拙稿「シリーズ 公共放送インタビュー
第 11 回・フランス」
『放送研究と調査』2011
年 7 月号
4)
Nouvel accord collectif du Service Public 2013 年
5 月 28 日調印
5) 参照 拙稿「地域における公共放送の役割 第
2 回フランス」
『放送研究と調査』2013 年 5 月号
6) FTV によれば 2014 年度の視聴平均年齢は F2
が 58 歳,F3 が 60 歳。
7)
例えば 2009 年改正放送法第 43 条には「FTV
はデジタルテクノロジーの発展を考慮し,番組
にすべての公衆がアクセスできるように努め
る」とある。
8)
1 ユーロ 130 円で換算(2015 年 4 月末)
9)
この 3 か国では,受信機の有無にかかわらず,
すべての世帯に公共放送を支える負担金を支払
う義務がある。
10) 国税当局は毎年,公共放送負担税の収入総額の
1% を徴収経費として受け取っている。
11) フランスでは 20 時 30 分~ 22 時 30 分をプライ
ムタイムと言う。
12)
出典:Rapports annuels de gestion de France
Télévisions 2014
13)
ニュース・娯楽の総合チャンネル F2 と,ロー
カル放送を担う F3 のパリ本部におけるニュー
ス編集部門の統合。
14)
France Télévisions Charte des antennes。社員
のための放送倫理規定集。2011 年 7 月に配布。
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