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食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題

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食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題
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食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題
三 ッ 井
Ⅰ
はじめに
Ⅱ
マーケティング調査を通じて筆者が確認したことがら
Ⅲ
食品微生物検査担当者へのインタビュー調査のなかで注目した結果
Ⅳ
マーケティング調査の結果に関する考察
Ⅴ
むすび
Ⅰ
光
晴
はじめに
1
筆者は,神戸市及びその周辺で技術開発を志向する約 35 社の企業の経営者や技術者
で構成された「神戸産学官交流会」に過去 5 年間参画してきた。平成 13 年度はそのな
2
かに設置された分科会の「神戸食品工場衛生管理システム研究会」において,食品微生
物の迅速測定に関連する一連のマーケティング調査を担当し,合計で約 30 の食品工場
にインタビューした。それは最近,食品業界の生産・流通のあり方を疑うようなさまざ
まな事件が起きる一方で,
「食品微生物迅速測定装置」を標榜する光学系・非光学系の
機器とそれに付随する試薬その他の消耗品が次々に市場に登場してきた(補足表末尾掲
載)ことから,同研究会としてもこれに関連した機器とサービスの開発がどの程度可能
なのかを確認するための調査研究プロジェクトを立ち上げたのである。それは,
「神戸
市とその周辺にはたくさんの食品会社が立地している。特に神戸の食文化を誇りにする
食品メーカーにとって,将来の食品微生物迅速測定に対するニーズがきっと大きいだろ
う。
」という推測に基づくことだった。
これまで企業の商品開発過程の調査研究をライフワークにしてきた筆者にとって,前
述のプロジェクトの最も大きな収穫(発見)は,
「食品メーカーの微生物検査担当者の
多くが『信頼できる食品』を提供するためのポジティブな立場にいない。日本の消費者
は,今後も次々と食品トラブルが起こりかねない状況に置かれている。
」という深刻な
────────────
1 神戸産学官交流会は地元の中小企業のオーナー経営者が半分,そして大企業の管理職の技術者が半分と
いうメンバー構成に特色がある。毎月 1 回の定例会を開催するほか,技術情報の交換や会員の会社紹介
・新製品発表のための臨時会も頻繁に開催している。
2 分科会のメンバーは,光学系で食品微生物迅速測定装置を試作しようとする自動血球測定機器メーカー
A 社(大企業)と,缶詰・レトルト食品メーカー B 社,給湯器・蒸気発生装置メーカー C 社,プラス
チック成型メーカー D 社,産業用クリーナー輸入商社 E 社(以上 4 社は中小企業)
,そしてマーケテ
ィング調査担当の筆者であった。平成 13 年度のプロジェクトの最大目的は,前述の A 社による試作品
のフィージビリティ・スタディであった。
食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題(三ッ井)
第1図
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食品メーカーにとっての安心・信頼の重要性
現状を知ったことであった。具体的には,
「経済的に豊かになった日本において,食材
の調達から食品の製造・流通・販売,そして食卓での料理としての消費にいたるプロセ
スが決して安心できる状態になっていない。
」ということがわかった。
『食品=人に良い
品』で『衛生=生命を守る行為』であることを明確に内外に示し,食品工場の衛生管理
システムを強化していくためには,食品業界とそれを支援する組織や機関が今後解決す
べきテーマが非常に多い(第 1 図参照)
。特に大手の食品メーカーでは,グローバル化
の潮流を視野に入れた品質保証のための ISO 9000 や環境改善システム構築のための
ISO 14000,そして危害分析重要管理点としての HACCP(Hazard Analysis and Critical
3
Control Point)などへの対応が急がれているのだが,それらは食品を工業品として取り
────────────
3 HACCP は,もともと米国の NASA(航空宇宙局)が宇宙飛行士のスペースシャトル長期滞在を可能に
するために考案した。それは食品の原材料の受け入れから出荷にいたる工程のなかで重要管理点を
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扱うことの大きな矛盾をはらんでいる。
本論文のなかで筆者が主張したいのは次のことがらである。
○ 現代の(特に都会に住む)日本人の多くは,
「食品の製造原料や中間加工材料であ
る農水産物の収穫・水揚げ量が天候に大きく左右されるし,しかもそれらの形やサ
イズ,色,味,香りなどが不揃いで当たり前である。
」という事実を忘れるように
なっている。食品を農水産物の延長線で地域特性を反映した「加工」にとどめるの
でなければ,日本の食文化が次々に消えていくことになる。
○ 食品=工業品の考え方には無理がある。標準化(standardization)を目標にスケー
ルメリットをひたすら追求できるドライな(腐らない)工業品では,
「安くて品質
がよい。
」という評価が今日では広く常識となった。しかしウェットな(腐る)食
品に関しては,
「安くて旨い」
,或は「旨くて,しかも安い。
」のセールス・トーク
に消費者自身がもっと用心しなければならない。
○ 食品の製造原料や中間加工材料の微生物や農薬などによる汚染を防ぐ方策には企業
や行政機関の側の欺瞞や虚偽が多くあり,
「食品の安全」という言葉は極めて空虚
に響く。
「人間が関与する仕事で 100% 安全なモノはない。
」と考えるほうがむしろ
自然である。
○ 食品工場では,a)製造ラインの自動化がますます進行しているのに,包装・配送
前段階でのファイナル・チェックとして行われる微生物検査だけは長い歴史をもつ
b)寒天培地に依拠した公定法が採用され続けている。a)は技能者の関与を必要と
しないための方策であり,b)は技能者の関与を必要とする方策である。現在,b)
の仕事に携わる人たちの顔が一般に暗い。それは自分の仕事に魅力的な意味づけが
なされていないからである。
○ 技能者の関与を必要としない食品微生物迅速測定装置は今なお発展途上段階にあ
る。しかしそうした正確さ(accuracy)と精密さ(precision)を欠く機器であって
も,食品加工段階での微生物のプロセス・チェックに携わる人たちに達成感をもた
らすことができる。彼らがイキイキ,ワクワクとした仕事ぶりを内外に示すこと
で,食品会社全体の衛生観念が向上し,消費者により多く信頼してもらえる食品が
提供できるようになる。ただ食品微生物迅速装置をもっと正確で精密にしていくた
めには,その機器の開発担当者たちだけでなく,その機器のメーカー自体が食品の
実態に詳しくならなければならない。
○ 食品をなるべく安心できるようにするためには,食品会社の経営者の衛生に関する
────────────
定めて危害を防止するシステムである。筆者は,その重要管理点の捉え方に,食品会社の経営の曖昧さ
と大まかさを見出した。すなわち HACCP はどこまでも米国流の効率優先の思想が貫かれている。
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コミットメント(責任をとる覚悟)が不可欠である。営業利益の出ていない食品会
社や従業員数が少なくて売上高が小さい食品会社では,食品微生物迅速測定装置を
導入する決断はなかなかしにくい。しかし食品の現状に危機感を抱く経営者なら
ば,これにきっと前向きの対応を示すだろう。
Ⅱ
マーケティング調査を通じて筆者が確認したことがら
1.食品会社の微生物検査の実態
消費者の健康維持と食品の品質保持は,食品会社(食品メーカーや食品販売業者な
ど)にとっては大きな使命のはずである。国や地方自治体のほうでは,食品が「病原微
生物(以下,単に微生物,菌,或はバクテリアと略称)
」に汚染されていないかどうか
を判定するために,食品会社に「食品の微生物学的な試験」を要求している。それに
は,次の 3 つの目的がある。
(1)食中毒が発生したときにその原因を解明する。
(2)a)食品衛生法で定められた食品の微生物の規格や b)食品衛生法で定められてい
ない食品及び微生物に関して地方自治体が独自に設けた基準が守られているかどう
かを調べる。多くの場合,一般生菌と大腸菌群を調べる。ちなみにその検査は「公
定法」と呼ばれ,厚生労働省が指導する標準検査法で行われる。
(3)食品加工場などでは品質の安定を調べる。すなわち衛生管理が行き届いているかど
うか,また製造原料や中間加工材料が微生物に汚染されていないかどうかについて
「自主検査」をする。
(1)と(2)の場合は,公定法に準じた検査方法で行われる。食品会社が社内で公定
法に基づいて食品微生物の検査を行う場合,まず )専門知識を必要とすること, )
サンプルづくりに手間がかかること,そして )結果判定までに最低でも 24∼48 時間
もかかることなどが大きな悩みとして挙げられてきた。
(3)の場合は,必ずしも公定法
の手法で検査をしなくても構わないことになっている。このため自主検査では,食品会
社に対して多様な検査方法と判定基準の適用が許されてきた。しかも現実には,それが
一部の企業でしか行われていない。
ここで食品会社から期待・要求されている問題の一つが食品微生物の測定結果が出る
までの時間の短縮なのである。食品の微生物を測定しようと思うと,準備段階を入れれ
ばもっと多くの手間と時間が必要になる。したがって食品会社にとっては,専門のスタ
ッフ(技能者)を抱える人件費の大きな負担を強いられることになる。測定結果が早く
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出れば,理屈としては判定と対策が迅速に打てる。しかし現状の公定法は「追証」の域
を脱していない。追証であるから,微生物検査担当者になかなかやる気が出てこない。
筆者の知るところでは,目下のところ,できるだけ公定法による検査の数を減らす方向
に動機づけられている食品会社が多い。
2.公定法と食品微生物迅速測定装置の今日的な関係
食品会社に対して公定法のエキストラとして食品微生物迅速測定装置を実際に購入す
るかどうかの意見を求めると,必ずといってよいくらいに「それは,ちゃんと測定でき
るのか?」
,さらには「出荷検査に使えるのか?」という逆質問に筆者はしばしば遭遇
した。これらは,
「ほんとうに測定時間が短縮されるのか。
」
,
「
(死菌数でなく)生菌数
が測定できているのか。
」を疑問視する言葉でもあった。公定法は培地や培養温度,培
養時間を定義することで値付けをし,培養後のコロニーをカウントすることで視覚によ
る納得性をもたらしてきた。
一方,最近市場に登場してきている食品微生物迅速測定装置は,前述の食品衛生法の
もとで,公定法との相関,或は一致率に焦点を当てざるを得ない状況にある。したがっ
て,
「その値が概ね合っていればよい。
」
,
「いや,厳密に合う必要がある。
」
,
「傾向さえ
判ればよい。
」というように,いろいろな判断を食品メーカー間に生み出すことになっ
ている。すなわち,
「
(食品微生物迅速測定装置の)ユーザーとなる食品会社が百社あれ
ば百通りの考えが出てくる。
」というのが現状なのだ。それは,食品会社が当該装置の
必要性をまだ本気になって考えていないし,また当該装置のメーカーも市場開発の準備
をまだ整えていないことの証拠でもある。
「百社が百通り」でなく,
「百社が十通り」と
なるように食品会社の期待や要求をまとめていくためには,食品微生物迅速測定装置メ
ーカーとしては,食品会社との信頼関係を生み出すためのもっと真剣な話し合いを頻繁
にしていくことが不可欠である。具体的には,こうした機器の改善・改良のために共に
苦労をしてくれるファースト・ユーザー,セカンド・ユーザーとなる食品会社をまず見
つけ出すことが食品微生物迅速測定装置メーカーの最大の課題だといってよい。
3.食品中の脂肪球と微生物の関係
このたびの食品微生物迅速測定装置のマーケティング調査は,筆者にとって食品のも
つ複雑さを改めて知る機会となった。
「なぜシャーレと培地を用いた前時代的ともいえ
るような公定法が継続して利用されているのか。
」についての疑問も,脂肪球(fat globules)と菌(バクテリア,bacteria)の関係を知ったときには「なるほど。
」とその歴史
的な経緯について納得せざるを得なかった。現在市場で販売されている,或は市場に紹
介されている食品微生物迅速測定装置が正確さと精密さを欠く原因として,次のような
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ポイントが指摘できる。すなわち,バクテリアよりも小さい脂肪球が存在するのであ
る。脂肪球のなかにバクテリアが棲み付いていると,ピュアな状態のサンプル(第 2 図
参照)がなかなかつくれない。ピュアな状態のサンプルづくりとは,脂肪球を取り除い
て,バクテリアだけを残すことを意味する。しかもバクテリアは次亜塩素酸や熱(超低
温や超高温)で損傷していることも多い(第 3 図参照)
。いわゆる損傷菌の存在は,光
学系の装置であろうと,非光学系の装置であろうと,結果判定のためのデータを狂わせ
る要因になる。ちなみに非光学系で,かつ好気性菌(aerobic bacteria)の溶存酸素消費
の時間とスピードで測定する装置の場合は,当然ながら嫌気性菌(anaerobic bacteria)
第2図
ピュアなサンプルづくりのむずかしさ
第3図
いろいろな菌(バクテリア)
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の存在とその影響を無視することになる。
4.安心・信頼の食品供給の経営哲学
筆者は,食品微生物検査担当者へのインタビュー調査のなかで,次の二つの言葉を教
えてもらった。一つは「HACCP のトレーサビリティー(
“traceability”
=原料・生産履
歴の追跡管理)に関連した“From Farm to Table(農場から食卓まで)
”のスローガンが
米国のビル・クリントン元大統領によって提唱された。
」ということで,もう一つは
「オーストラリアで PACCP(Palatability Assurance at Critical Control Points)が励行され
4
ている。
」ということである。筆者はこれらの言葉を繰り返しつぶやくうちに,
「21 世
紀は工業中心時代からサービス業中心時代に世の中のパラダイムが移行してきたのだか
ら,
“From Farm to Table”ではなくて“From Table to Farm(食卓から農場まで)
”でな
ければならない。生産者がつくりたいモノでなくて消費者が期待・要求するモノを確認
する作業がもっと重視されなければならない。また”Palatability Assurance”は美しさ
・旨さ・心地よさの調和を保証することであるから,HACCP や ISO よりももっと真剣
に経営者が食品の安心と信頼にコミットしなければならない。
」と考えるようになっ
た。
5
これまで米国企業のサービス革命を象徴する言葉として,お客と接する従業員が最上
部に,そして経営者が最下部に位置する「逆さまのピラミッド」がしばしば話題に取り
上げられてきた(第 4 図参照)
。少なくとも食文化にこだわる食品会社が農水産物を食
第4図
安心・信頼の食品供給の経営哲学
A.大手食品会社の志向する工業品としての製造哲学
B.農水産物を食品にする加工哲学
────────────
4 PACCP は,オーストラリアの SCIRO(Commonwealth Scientific Industrial Research Organization)の食肉
研究所によって提唱されてきた。これは,細谷克也監修,米虫節夫編著,
『こうすれば HACCP システ
ムが構築できる,第 2 巻』
(日科技連,1999 年)の 204 ページに紹介されている。筆者が平成 13 年度
にインタビュー調査した約 30 の食品会社の微生物検査担当者で“Palatability”を分かっていたのは,こ
の言葉を教えてくれた会社を含めて 3 社,すなわちそれらは本論文で紹介した 3 社であった。
5 筆者は,Karl Albrecht,“At America’s Service,
”
(Warner Books, 1992)の pp. 198−211 に紹介された「逆
さまのピラミッド」とその扇の要に位置する経営者たちのリーダーシップが日本の現在の食品業界に不
足していることを痛感する。
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品に加工する場合は,地域特性を反映した原材料の厳選が不可欠である。
Ⅲ
食品微生物検査担当者へのインタビュー調査のなかで注目した結果
筆者は,
「食品会社のなかの微生物検査担当者は一体どんな考え方で日常業務をこな
しているのだろうか。
」
,
「彼らの仕事が工場長や製造部長などの肩書きをもつ人たちの
管理業務とどのように結びついているのだろうか。
」
,さらに「彼らの仕事が ISO 9000
や ISO 14000 の普及によって日本の食品会社の間でも馴染みが深まってきた経営者のコ
ミットメットと果たしてどんな接点をもっているのだろうか。
」などの疑問を解くため
に,Ⅰ はじめにのところで述べたように,約 30 の食品工場を訪れた。下記の 3 社で
の食品微生物検査担当者へのインタビューは,本論文の骨格づくりに大きく関係してい
るので,それらの概要を紹介したい。ここでは,筆者がインタビュー調査した相手に直
接語らせるスタイルをとっている。
1. D 食品(北海道)業種:弁当・惣菜
訪問:2002 年 1 月
私(品質検査室長)の考えでは,世の中に今日出ている多くの食品微生物迅速測定装
置は日々の検査結果をデータベース化するための管理ソフトが十分に用意されていな
い。食品微生物の検査では,いろんな物理量からコロニー数に値づけをする必要があ
る。この値づけが検査担当者にとっては手間のかかる作業なのである。考えてみると,
食品微生物の迅速測定は極めてむずかしい要因をたくさん抱えている。食品には,微生
物の増殖に対する妨害物質が無数に混入している。熱以外にも,pH や塩分濃度,保存
料,クエン酸,酢酸,アスコルビン酸,エリソルビン酸ナトリウム,
(チーズやバター
に使用される)デヒドロ酸ナトリウムなどの影響も大きい。また微生物の種類によっ
て,増殖のスピードが異なる。したがって食品微生物迅速測定装置というのは,どこの
装置メーカーのモノも決して万能にはならない。それぞれの装置メーカーのそれぞれの
原理・手法に基づいて,
「特定の食品分野の特定の処理・加工段階で特徴的な効用を発
揮するようにピュアなサンプルをつくること」に関して,食品業界の人や組織,機関の
コラボレーションを図っていくことが大切だ。
当社では,生産現場のパートやアルバイトの人たちからも,
「今日のこのおかずの色
がいつもと違う。ちょっと微生物の検査をしてよ。
」という注文が飛び込んで来る。品
質保証部のなかの品質検査室のスタッフのほうでも,生産現場をしばしば回って,自主
的に微生物の検査をする。それらの検査のための費用に関して,当社の経営陣から「こ
こまでに抑制しておきなさい。
」といわれたことは一度もない。ただ,異常な検査結果
が出たときに,
「原因の究明が終わるまで寝るな。
」といわれたことはある。
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原材料として入ってくる非加熱の野菜や果物に関しては生産者や流通業者から発給さ
れる仕様書や証明書の確認で済ますことが殆どである。土壌菌を調べることはない。ま
た残留農薬を検査することもない。ただアレルゲンに関しては,自主検査を年に 3∼4
回実施している。新しい商品としての弁当や惣菜を出すときに,品質検査室のスタッフ
の仕事が増える。また月曜日には検体数が相対的に多くなる。
食品業界では,
「品質検査室の仕事は企業防衛の一部分に当たり,それはコストセン
ターとしてのポジションになる。
」という捕らえ方が一般になされてきた。やはり企業
というのは,
「モノをつくって売って何ぼの世界。
」である。しかし今日では,生産・販
売・消費のそれぞれの現場に即した迅速な品質保証体制を構築することがますます重要
になってきている。食品微生物の検査も,単に企業防衛のための仕事で終わらなくなっ
てきている。したがって製造後 24 時間も待たずに数時間で結果がわかる食品微生物迅
速測定装置が世の中に登場してくることは誠に望ましい。しかし目下のところ,ランニ
ングコストの高さが大きな欠点となっているように思う。ちなみに寒天培地によって一
般生菌数を摂氏 25 度,48 時間で検査することを主眼にした公定法の場合,当社ではパ
ートの人に前処理させるという前提で計算すると,1 検体当たりで人件費を含めて約 30
円になっている。当社では,だいたい 1 日に 80∼90 検体を処理している。なお拭き取
り検査も必要に応じて実施している。
「食品微生物を迅速に,例えば 1∼2 時間後に測定できる。
」といっても,その結果が
後で出るということには変わりがない。しかもそれが厚生労働省の指導に基づく公文書
のエキストラであるという事実も認識しておかなければならない。将来,
「公定法と同
等の権威のあるデータです。
」といわれるようになるまで,食品微生物迅速測定装置の
メーカーはその機械の正確さと精密さを向上させる技術的な努力と共に,その効用を世
の中に PR していくためのマーケティングが重要である。
2. Y 乳業(北海道) 業種:牛乳・乳製品
訪問:2002 年 2 月
牛乳業界では,牛乳 1 リットルに 1 個の大腸菌を検出する精度(感度)がないと,食
品微生物迅速測定装置としての意味がない。当社では 1 リットルの紙パック容器の牛乳
をそのまま培養して菌の有無を『ゼロか 1』のところで検査している。
微生物検査の責任者としての立場にある私としては,食品微生物迅速測定装置の開発
動向に大いに関心がある。機器の価格そのものは大きな問題ではない。正確でかつ精密
で,そして検査結果を得るまでの時間が短ければ,ぜひそれを導入したい。コンビニエ
ンスストア(CVS)への納入量の増加傾向を考えると,できたら 8 時間以内に食品微生
物の検査結果が得られることが望ましい。これまで必要に応じてフォスのマイクロフォ
6
スやマイクロバイオのバイオマティック,さらにインピーダンス法によるラビットシス
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テムなどで牛乳の汚染度の検査実験をしてきたのだが,どれも正確で精密な結果を得ら
れてはいない。
当社では,市場に出ている食品微生物迅速測定装置に関してはかなり知識をもってい
るつもりである。向こうから売り込みにやって来たメーカーもあるし,学会や見本市な
どで機器のデモンストレーションを見せてもらったメーカーもある。当社が知る限りの
食品微生物迅速測定装置はまだ開発途上にある。食品 1 グラム当たり 10 の 1 乗や 2 乗
の微生物を瞬時に,正確で精密に測れる機械はまだ存在しない。10 の 3 乗や 4 乗にま
で微生物を培養する前段階に 6 時間くらいかかるのなら,それは厳密には「迅速測定を
した。
」といえない。ただ私のこれまでの経験と考察に基づいていえるのは,光学式の
装置は脂肪分の多い食品に向かないことである。最近市場に紹介された松下精工のバイ
オプローラにしても,それは同じだ。バイオプローラの場合,たとえ計測がほぼ瞬時に
できるとしても,一つのサンプルをつくるための前工程に約 10 分かかる。もしも食品
工場において 1 人で 1 日に 50 検体を処理しなければならないとしたら,合計で約 500
分を前処理のための時間に当てなければならない。
「食品微生物検査室の人たちが一般にネクラっぽい。彼らは異星人集団のような存在
である。
」というのは,食品業界に身を置く者としてはわかるような気がする。これは
結構,神経を使う仕事であるし,忍耐と辛抱を求められる。しかも年中だいたい同じパ
ターンの作業をこなすので,性格的に向く人と向かない人とが出てくる。昔は公定法の
検査に投入される時間とエネルギーがもっと多かった。24 時間後,そして 48 時間後の
検査結果をタイムリーに見るために,食品工場が稼動していない休日に出勤することも
決して珍しくなかった。
「夜間にその検査結果を調べることも必要であったので,いき
おい男性の検査担当者が多くなってしまった。
」という経緯も承知してほしい。
食品業界の景気が現在のところよくないので,食品微生物検査の費用に上から抑制を
かけられるケースも決して少なくない。食品微生物検査室の担当者のほうから,
「こん
な新しい検査機器が世の中に登場しました。それを当社にぜひ購入してください。
」と
提案もしくは要求するようなことはまずない。1 日に 50∼100 検体を少なくとも 2 人の
専従者でこなしているところはよいほうだ。1 人の専従者にパートもしくはアルバイト
────────────
6 インピーダンス(impedance)とは回路における交流的な抵抗のことである。単に抵抗といった場合,
直流抵抗(純抵抗)を指すことが多い。体脂肪計も手足に電極をつけ,そこに弱い電流を流してインピ
ーダンスを測定する。英国の DWS(ドン・ホイットレイ・サイエンティフィック)社が開発したイン
ピーダンス法による生菌数測定システム(ラビット・システム)は,微生物が産生するイオン化された
代謝生産物もしくは二酸化炭素の増加を計測する。これは「(1)省器材性=シャーレの代わりに反復利
用可能な専用セルを採用し,1 サンプル当たりの培地使用量も数 ml とごく少量。特別な試薬も不必
要。(2)迅速性=寒天平板培養法がコロニーを目視できる時間まで培養するのに対して,これは培地の
インピーダンスに変化が生じる時間まで培養するが,その変化はコロニーが目視できる前の段階で生じ
るため,従来法と比較して迅速に結果を得ることが可能。(3)省力性=繁雑な操作(サンプルの瀘過や
試薬による前処理,サンプル塗抹/混釈,コロニーカウントなど)の必要なし。」と喧伝されている。
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の 1 人がついているところもよいほうだ。たった 1 人でローテーション式に食品微生物
の検査をしているところでは,担当者にそんなに達成感はない。
3. R コーポレーション(つくば市) 業種:惣菜
訪問:2002 年 3 月
私(品質管理課長で食品微生物検査担当者)は品質管理室の人間だが,微生物の検査
だけが自分の仕事だとは思っていない。微生物の検査は決してシャドーワーク(日陰の
仕事)ではない。品質管理室の活動が当社の食品製造販売のコスト節減に寄与している
という自負がある。
当社では,品質管理室と販売促進室が同列に扱われ,両方とも社長が室長を兼務して
いる(第 5 図参照)
。したがって私は常に社長とコミュニケーションしながら安心第一
の食品製造に注力することができる。
当社では,非光学系の食品微生物迅速測定装置を 2001 年 9 月に導入した。それを惣
菜の生産工程のなかに組み込むことによって,消費者の豊かな暮らしへの貢献を積極的
に実践しているつもりである。
「日本の食品業界ではでき上がった食品のファイナル・
チェックが主流だが,欧州の食品業界はプロセス・チェックが普及している。
」という
ふうに聞いている。消費者のほうからだけでなく,従業員のほうからしても,プロセス
・チェックのほうが食品の安心と信頼を高めることができる。
当社が採用した食品微生物迅速測定装置は,好気性菌の溶存酸素消費の時間とそのス
ピードを検量する原理に基づいている。したがって嫌気性菌や損傷菌の存在が測定結果
を撹乱させることは承知している。しかし毎日,同じ生産工程を測定していれば,その
変化のなかの異常値を捉えて「アラーム(警報)
」を関係者たちに知らせることができ
る。そして多くの場合,その日のうちに異常の原因を究明し,的確な対応策を講じるこ
第5図
R コーポレーションの組織図
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3
とができる(第 6 図参照)
。この装置を導入してから,社内に一つの変化が生じた。ア
ルバイトやパートの従業員が家庭消費のために自分のつくった惣菜を以前よりもはるか
に多く,しかも頻繁に買って帰ってくれるようになったのである。
私は,この機器を利用して得られたデータを当メーカーの開発者に積極的に提供し続
けている。それは将来,もっと正確で精密な検量を得られる機器を辛抱強く開発してい
ってもらいたいからである。目下のところ,この機器は当社に運び込まれる食材の微生
物検査に広範囲に使用できることがわかってきた。しかし調味料を加えて煮炊きした後
では,さらにでき上がった食品を冷蔵・冷凍した後では,この機器で検査できないこと
がまだまだ多いようだ。
当社は,1)
「HACCP を取り入れても,ゼロ・リスクにならない。
」という認識をも
ち,2)大量生産・大量消費への疑問のなかで「地産地消(小さな流通)
」を奨励してい
第6図
R コーポレーションにおける食品微生物迅速測定装置の導入効果
1
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る。食品業界では,まずは HACCP の考え方のもとで,ちゃんとした人がちゃんとした
原材料をちゃんとしたルールで加工し,そしてちゃんとした方法で微生物の検査をしな
ければならない。このときに大事なのは,経営者がその仕組みを内外にコミットメント
として表明することである。
Ⅳ
マーケティング調査の結果に関する考察
現在,市場に出ている,或はこれから出ようとしているさまざまな食品微生物迅速測
定装置は,食品業界の人たちにとって「進んで購入したい。
」と考えるような魅力的な
ポイントがどれもまだ十分明確に提示されていない。理想的な商品開発の観点からする
と,それらはユーザー・ニーズの正確で精密な把握と,そうしたユーザーを感動・感激
7
・感謝(歓喜もしくは狂喜)させるプレゼンテーションの能力の不足だということがで
きる(第 7 図参照)
。
ではそれらは「商品」として無意味かというと,決してそうではない。食品の安心と
信頼に関して従前よりも目立って貢献できる検査機器もしくはそれに関連したサービス
を技術的に考察対象とした場合,ユーザーの期待・要求条件に正確で精密にぴったりと
合致していなくても,その許容(我慢)範囲において,実際に誰が仕事をしてもほぼ正
確に,或はほぼ精密に再現性のある結果が得られるのならば,それらは「商品」として
歓迎できる(第 8 図参照)
。この場合に最も重要なことは,最終的に食卓にのぼる料理
第7図
顧客の現代的な心理
水とグラスの関係の事例
────────────
7 筆者は 1990 年に渡米したとき,Franco D’Egidio,“The Service Era Leadership in a Global Environment,
”
(Productivity Press, 1989)の書物を見つけ,そのなかで満足(satisfaction)が貧しい時代の経済
目標で,歓喜(delight)が豊かな時代の経済目標であることを認識させられた。狂喜(Ecstasization)は
筆者が考える今後の幸せ時代の経済+文化目標である。ここで「(元々は敵と味方が力を合わせること
を意味した)コラボレーション」が最適な言葉であるとはいえないかもしれないが,消費者・ユーザー
とメーカー・流通業者の双方が開発に血と汗と涙を流さない限り,うれし泣きするほどの喜びは生まれ
ない。
食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題(三ッ井)
第8図
( 769 )1
5
5
商品開発における正確で精密の意味
小さな円:お客の期待・要求条件
大きな円:お客の許容(我慢)範囲
が消費者を歓喜もしくは狂喜させるような内容に沿うようにセッティングされているか
どうかである。食品微生物迅速測定はそのためのサービス(お世話する行為)の一部な
8
のである。
前述の D 食品・Y 乳業と R コーポレーションとの間には,現段階の食品微生物迅速
測定装置の評価に関して大きな相違が見られる。ここでは,
「前者は経営規模が大き
く,後者はそれが比較的に小さい。
」というのは格別の意味をもたないかもしれない。
しかし「食品微生物検査担当者の気持ちを高揚させるインパクトがあり,社内の従業員
や社外の消費者に好意的に受け入れられた。
」という事実をもってすれば,
「その機器は
立派に『商品』としての価値を発揮した。
」といえるのである。
筆者は今回の一連のマーケティング調査を通じて,
「日本の多くの食品会社は,もし
も真剣に食品の安心と信頼を考えるのならば,現在の食品微生物検査室のあり方(第 9
図参照)を根本的に変更する必要がある。
」と痛感した。前述した 3 つの会社の微生物
検査担当者はすべて向上心をもち,かつ仕事の達成感を意識するような傑出した人材で
あった。しかし筆者がインタビューした残りの約 9 割の食品工場の微生物検査担当者
は,
「消費者の視点から自社がつくる食品の安心や信頼を考え,そして自らの危機感で
経営者に具体的な提案をする。
」という姿勢に乏しかった。そして「外部からの新しい
顧客情報が入らず,ルーチン化した公定法その他の仕事を技能者としてこなすだけで,
微生物検査の過程や結果を改善・改良するためのイノベーターとしての財布をもたな
い。微生物検査に係わる費用を減らすプレッシャーと,微生物以外の検査ニーズの増大
によって,微生物検査室がますます暗くなっている。
」というのが実情であった。
筆者は,
「食品微生物検査室のトップは経営者の食品の安心と信頼に関するコミット
────────────
8 Elliott Ettenburg,“The Next Economy,
”
(McGraw−Hill, 2002)の pp. 187−203 には,「今後はメーカーも
コンシェルジュ・マーケティングを展開し,その投資合理性を効率でなくて効果に置くべきだ。
」と語
られている。
1
5
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同志社商学
第9図
第54巻 第5・6号(2
0
0
3年3月)
食品微生物検査室のあり方
メントを実践するためのリスク・マネジャーでなければならない。現状では,ファイナ
ル・チェックの公定法+プロセス・チェックの迅速測定装置でスピードの速い対応をす
ることが顧客の幸せな暮らしを支えるサービスとなる。しかし将来の食品会社は,一社
で数種類の迅速測定装置を導入して,食品の安心と信頼をさらに高めていかないと,市
場から排除されることになるだろう。トレーサビリティーに関して,大手流通業者や顧
客の食品会社を見る眼がますます厳しくなることは必定である。顧客の生命を守るとい
う食品衛生に関するインテリジェンス(自社で責任のもてる特別情報)のない会社は 21
世紀のサービス業中心時代に存在する意義がない。
」というふうに考える(第 10 図参
照)
。
食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題(三ッ井)
第 10 図
( 771 )1
5
7
食品のもつ現代的な意味
Ⅴ
む す び
筆者は「神戸食品工場衛生管理システム研究会」の食品微生物迅速測定装置及びそれ
9
に関連したサービスのマーケティング調査を重ねるうちに,光学系のそれが河川や湖沼
の汚染度の調査や 2002 年初の米国の炭疽菌騒動で話題になったようなバイオ・テロへ
の対応策に用いられ始めていることを知った。またそれが将来的には MRSA(メチシ
リン耐性黄色ブドウ球菌)院内感染の問題解決に寄与するだろうとの見解にも接した。
そこで筆者は 2002 年 9 月,北欧(フィンランド,スゥェーデン及びデンマーク)の産
業用クリーニングサービスの研究所やクリーニング用品の販売会社を見学調査してき
た。そのとき,研究所や会社の敷地のなかにたくさんの実をつけているリンゴの木を見
つけた。農薬の散布がなされていないことも確認した。筆者が許しを得てからもぎ取っ
て食べたのはどれも小さくて酸っぱいリンゴであった。一つを皮ごとかじり終わるまで
リンゴの実の表面が酸化して赤茶けることは決してなかった。市場で,或はキオスクで
売られているリンゴも,小さくてしかも傷がいくつもついていたし,サイズがまちまち
であった。一方,筆者が日本に帰ってきてからスーパーマーケットで買ったリンゴは大
────────────
9 これは神戸食品工場衛生管理システム研究会メンバーの A 社が試作するのと同じ測定原理(フローサ
イトメトリー)に基づいている。ノルウェーのオプトフロー(optoflow)社が開発した機器(マイクロ
サイト,“MICORCYTE”
)で,当初は水質や土壌の汚染状態を迅速に測定できることを訴求していた。
総輸入元の池田理化(本社,東京)は 2002 年 7 月現在それを,レーザーダイオードを光源として,ま
た前方散乱光とアバランシェ・フォトダイオードを検出器としながら液体中の一般微生物や酵母,藻類
を 5 分以内に測定するポータブルな「バクテリア・アナライザー」として発表している。すなわちそれ
は,一般的な食品微生物迅速測定機器として販促されてはいない。ちなみにその定価が約 650 万円で,
実売価格が約 500 万円である。
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5
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同志社商学
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3年3月)
きくて甘く,しかもサイズがどれもほぼ同じであった。
約 20 年前に友人で米国ワシントン州の大学教授が筆者に向かって,
「日本のリンゴは
お化け(モンスター)になってしまった。明治時代の初めにワシントン州から青森県弘
前市に移植されたときのリンゴは,今私がワシントン州で食べているリンゴと同じよう
に小さくて酸っぱかったと聞いている。食事の後のデザートとして食べられる,或は間
食されるリンゴは小さいほうがずっと便利なはずだ。
」とつぶやいたことを思い出し
た。本論文を執筆している筆者は現在,北欧で食べた小さくて酸っぱいリンゴがひどく
懐かしくなっている。
筆者が今回のマーケティング調査から導き出した結論は,
「日本の食品産業の生産性
を高めるために次々に取り入れられてきた製造加工ラインの自動化がそこで仕事をする
人たちの意識や行動までも画一化してきたのではないか。それが食品を巡るさまざまな
トラブルの根本原因ではないか。
」ということである。食品には,わざわざ PACCP の
“Palatability”をもち出すまでもなく,ある種の感動・感激・感謝があって当然ではな
いのか。食生活質素型が多かった「物質的に貧しい時代」から食生活無関心型の多い
「物質的に豊かな時代」へ移行しただけでは,日本人の幸せ感が高まったとは決してい
えない。
筆者は,
「神戸食品衛生管理システム研究会」に対して,次のような提案をした。
「日
本の食文化が次々に崩れてきている。それは日本人の誇りあるアイデンティティーの消
滅とも無関係ではない。地域貢献の観点から食文化を支えていくことも視野に入れて,
食品微生物迅速測定装置とそれに関係するサービスの技術開発を前進させよう。本体価
格が 200 万円くらいで,1 検体当たりの試薬・その他の消耗品が 50∼60 円の光学系の
食品微生物迅速測定装置を試作して,まずは(脂肪球の妨害をあまり受けない)清涼飲
料水の分野でファースト・ユーザー,そしてセカンド・ユーザーを見つけていったらど
うだろうか。
」同研究会としては,今後さらに食品工場の衛生条件を向上させるための
技術開発の調査研究を進めることになった。
食品微生物の迅速測定サービスの現状と課題(三ッ井)
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9
〈補足資料〉
次の二つ((1)公定法に必要な費用と(2)食品微生物迅速測定装置の特徴比較表)は,2002 年 7 月現在
での神戸食品工場衛生管理システム研究会のマーケティング調査プロジェクトの成果の一部である。
(1)公定法に必要な費用
1.消耗品
1 リットルまたは
1 枚当たりの単価
1 検体当たりの使用数量
(cc または枚)
1 検体当たりの単価
(円/検体)
524
80
41.9
レ
8
4
32.0
ストマフィルター
40
1
40.0
品
名
標 準 寒 天 培 地
シ
ャ
ー
消 耗 品
小
計
113.9
2.トータル・コスト(消耗品・人件費の計)
月間検体数
人 件 費
(円/年間)
人件費単価
(円/分)
消耗品
項
目
トータル・コスト
人件費
人件費
人件費
100 検体/月 200 検体/月 300 検体/月
(円/1 検体)(円/1 検体)(円/1 検体)(円/1 検体)
消 耗 品
年間人件費 400 万円の
検査担当者の場合
35 円/分
11,390
22,780
56,950
人 件 費
31,500
63,000
157,500
合 計
42,890
85,780
214,450
11,390
22,780
56,950
人 件 費
38,700
77,400
193,500
合 計
50,090
100,180
250,450
900
1,800
4,500
消 耗 品
年間人件費 500 万円の
検査担当者の場合
43 円/分
作業時間(分)
113.9
113.9
人件費=人件費単価(円/分)×作業時間(分)
・人件費単価(円/分)=年収(400 万円/年)
÷(60 分×8 時間×240 日)
=35 円/分
・人件費単価(円/分)=年収(500 万円/年)
÷(60 分×8 時間×240 日)
=43 円/分
・作業時間(分/検体)=6 時間÷2 菌種÷20 検体=9 分/検体
※公定法は,一般生菌及び大腸菌群の各 20 検体について 6 時間を要する。
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6
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同志社商学
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3年3月)
(2)食品微生物迅速測定装置の特徴比較表
①㈱ダイキン環境研究所
②マイクロバイオ㈱
開発
CO2 検出(呈色)
CO2 に反応して呈色する液体を封入したセン
原理
酸素消費速度を電流変化として検出する。 サーをインキュベ−トする。そしてそのセン
サーの反応時間を計測する。
測定機名称
DOX−60 F
DOX−30 F
Biomatic 20
検体数
60
30
20
設定温度
35℃
5∼50℃
設定温度数
1
?
サンプリング(min/data)
1
1
通信インターフェース
RS 232 C/RS 485
不明
W 600×H 120×D 310 W 430×H 120×D 310
W 450×H 160×D 300
寸法(mm)
一般生菌検出時間
10ˆ5 cfu/g で 6 時間
ユーザーで設定
重量
13.4 kg
8.9 kg
13 kg
一般細菌,大腸菌群,O−157,サルモネラ,
黄色ブドウ球 菌(生 食 用),腸 炎 ビ ブ リ オ
測定項目
一般生菌,(大腸菌群),(カビ,酵母)
菌,低 温 菌,酵 母,乳 酸 菌,大 腸 菌,火 落
菌,Alicyclobacillus,黄色ブドウ球菌(生乳
用),真菌,セレウス菌
ダイナミックレンジ
本体価格(万円)
200
125
68
レンタル価格(万円)
−
3.4/月
消耗品(@1 測定,円)
250
230
長所
簡単な操作で多検体の測定が可能
測定項目が多い
短所
測定項目が少ない
濁ったサンプルは駄目
酸素電極法
③FOSS
④松下電器産業㈱
松下精工㈱
松下精工㈱バイオセンシング事業
プロジェクト
蛍光染色,画像処理
FOSS Electrik(デンマーク)+
Biosys(アメリカ)
pH 変化(呈色)
微生物の増殖に伴い,糖が分解され産生され
原理
た酸により,pH 標識色素の色調が変 化 す 細菌を蛍光試薬で発色・発光させる。その発
る。また,微生物が行う酸化反応で標識色素 光する点を画像として取り込む。
が退色し,色調が変化する。
測定機名称
MicroFoss 32
MicroFoss 128
FJ VKH 01(バイオプロ−ラ,Bioplorer)
検体数
32
128
1
設定温度
15∼50℃
?
設定温度数
1
4
?
サンプリング(min/data)
6
エンドポイント?
通信インターフェース
RS 232 C
USB
寸法(mm)
W 450×H 160×D 550 W 730×H 120×D 690
W 218×H 319×D 391
一般生菌検出時間
10ˆ6(cfu/ml?g?)で 7 時間
10 分
重量
12 kg
60 kg
約 10 kg
一般生菌,大腸菌群,大腸菌,
細菌,酵母,カビ(区別不能)の生菌
測定項目
酵母,腸内細菌
及び死菌(芽胞は検出せず)
ダイナミックレンジ
10ˆ2∼10ˆ5
本体価格(万円)
約 400
?
300
レンタル価格(万円)
−
−
消耗品(@1 測定,円)
330(一般生菌)
約 1,000
長所
ソフトに検量線作成機能(ただし操作は面倒)
迅速(10 分),高感度(10 個単位)
消耗品コスト(@330 円)
1 サンプルのバッチ処理
短所
ソフトウエアが高機能だが複雑
コストも高く,多検体測定に不向き
濁ったサンプルは駄目
開発
Fly UP