...

コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の

by user

on
Category: Documents
11

views

Report

Comments

Transcript

コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の
コンサルティング
レポート
コーポレートガバナンス強化の時代に応える
役員報酬制度の再構築
∼株式報酬型ストック・オプションを
中心とした考察∼
コンサルティング
レポート
Contents
コーポレートガバナンス強化の時代に応える
役員報酬制度の再構築
∼株式報酬型ストック・オプションを
中心とした考察∼
新倉
三上
風間
小針
小林
猛志 常務執行役員
徹 主席コンサルタント
真二郎 主任コンサルタント
真一 主任コンサルタント
一樹 コンサルタント
コーポレートガバナンス強化の時代に応える
役員報酬制度の再構築
~株式報酬型ストック・オプションを
中心とした考察~
目 次
はじめに
解 題
Ⅰ.役員報酬を取り巻く新潮流
1.コーポレートガバナンスとストック・オプション
2.機関投資家のスチュワードシップ責任
(1)役員報酬に対する機関投資家の議決権行使方針
(2)役員退職慰労金に対する逆風
(3)株式報酬型SOに対する機関投資家の視線
3.役員退職慰労金廃止と代替案
Ⅱ.株式報酬型ストック・オプションの諸論点
4.株式報酬型ストック・オプション導入に向けたステップとスケジュール
5.ストック・オプションに関する会計処理の概要
(1)株式報酬型SOの経済的利益
(2)労働の対価性と会計処理
6.株式報酬型ストック・オプションの公正価値
(1)ブラック・ショールズ式による公正価値の算定
(2)公正価値算定結果の意味するところ
Ⅲ.株式報酬型ストック・オプションの最新動向
7.有価証券報告書から読み解く役員報酬制度
(1)業種別の役員報酬の現状
(2)外国人持株比率と役員退職慰労金存続率/株式報酬型SO導入率
8.役員報酬に関する企業の動向
(1)役員報酬に対する企業の課題認識
(2)役員退職慰労金および株式報酬型SOに対する企業の評価
おわりに
DIRコンサルティングレポート
1
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
はじめに
また役員の報酬制度もコーポレートガバナンス
の観点から重要なテーマの一つである。先のコー
ポレートガバナンス・コード原案では、情報開示
日本企業は大きな変革期を迎えている。長く
の充実の観点から「取締役が経営幹部・取締役
続いてきた日本経済の低迷期に、企業経営は「守
の報酬を決定するにあたっての方針と手続き」に
り」に偏りがちであったが、ようやく
「攻め」に転
ついて開示を求めている。更に「経営陣の報酬
じる時期が到来してきたのではないだろうか。
については、中長期的な会社の業績や潜在的リ
企業経営全体の傾向はコーポレートガバナン
スクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資
スにも当てはまる。従来のコーポレートガバナン
するようなインセンティブ付けを行うべき」ともさ
スは不祥事対応型の「守り」に重点を置いたもの
れており、
「現金報酬と自社株報酬の割合を適切
だったが、今後は成長戦略を実現させ企業価値
に設定すべき」という表現も使われている。
を高める「攻め」の姿勢が求められる。2014年
こうした状況下において、株価に連動した報
6月に政府から公表された「日本再興戦略改訂
酬であるストック・オプションは、企業の中長期
2014」では「日本の『稼ぐ力』を取り戻す」施策とし
的な業績や潜在的リスクも反映されるうえ、成長
てコーポレートガバナンスの強化を第一に挙げて
戦略としての「攻め」の経営を後押しするものにな
いるが、その公表と前後して、数々のコーポレー
るであろう。
トガバナンス強化の動きが見られた。
「日本版スチュワードシップ・コード」は、機関
投資家が、投資先企業との建設的な対話等を
通じてその企業価値を向上させるための諸原則
であり、ひいては経済全体の成長を促すもので
ある。そして「コーポレートガバナンス・コード原
案」は、企業価値を高める自律的な対応を企業
自らが定めるものであり、2015年6月1日の適用に
向け策定作業が進んでいる。日本版スチュワー
ドシップ・コードとコーポレートガバナンス・コー
ドは日本の『稼ぐ力』を取り戻すための両輪の施
策であり、その両輪を繋ぐのは「建設的な目的を
持った対話
(エンゲージメント)
」
ということになる。
両施策によるエンゲージメントが形式的なものに
2
終始せず、実効性の高いものになることを期待
新倉 猛志
したい。
常務執行役員
DIRコンサルティングレポート
Takeshi Niikura
第Ⅱ部では、ストック・オプションに関わる様々
解 題
なトピックを取り上げた。第4章「株式報酬型ス
トック・オプション導入に向けたステップとスケ
大和総研では、ウェブサイト上で様々なレポー
ジュール」は、株式報酬型ストック・オプション導
トやコラムを発信している。本誌は、大和総研
入に関わる実務上の対応の概略について述べて
経営コンサルティング本部が発表した最近のス
いる。第5章「ストック・オプションに関する会計
トック・オプション及び役員報酬に関わるレポー
処理の概要」は、仕訳を示しストック・オプショ
トを元に再構成したものである。
ンの会計基準等について説明している。第6章
第Ⅰ部は、役員報酬、特に役員退職慰労金を
「株式報酬型ストック・オプションの公正価値」で
めぐる議論を中心に編集している。第1章「コー
は、代表的公正価値算定モデルであるブラック・
ポレートガバナンスとストック・オプション」では、
ショールズ式について、実務家が理解することの
コーポレートガバナンスが昨今話題になっている
重要性を説いている。
背景を説明し、それに対応する役員報酬構成を
第Ⅲ部では、有価証券報告書やアンケートに
提案している。第2章
「機関投資家のスチュワード
よって得られたデータを元に、全体的な傾向を
シップ責任」では、2014年2月に策定された日本
分析・考察したものである。第7章「有価証券報
版スチュワードシップ・コードを受入れた機関投
告書から読み解く役員報酬制度」は、上場企業
資家の役員報酬議案に対する方針をまとめたも
の業種別、役員退職慰労金存続率、株式報酬
のである。第3章「役員退職慰労金廃止と代替案」
型ストック・オプションの導入率について集計し
は、役員退職慰労金の廃止に伴う代替案を、報
ている。第8章「役員報酬に関する企業の動向」
酬を貰う側である役員と支払う側の株主の観点
は、制度を導入する側の企業の意識を調査した
から考察した。
ものである。
三上 徹
風間 真二郎
小針 真一
小林 一樹
主席コンサルタント
主任コンサルタント
主任コンサルタント
コンサルタント
Toru Mikami
Shinjiro Kazama
Shinichi Kobari
Kazuki Kobayashi
DIRコンサルティングレポート
3
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
― 用語説明 ―
通常型ストック・オプション:
株式報酬型ストック・オプションでないストック・オプション(SO)。
一般に、権利行使価格は株価近辺に設定される。税制適格要件を
満たすと税制適格SOとなる。通常型SOは、株価が権利行使価格を
超えれば超えるほど利益が増える一方、権利行使価格をいくら下回っ
ても利益がゼロになるだけであり、付与された経営者にはリスクテイ
クへのインセンティブが強く働く。米国では経営者がリスクを取り過ぎ
ることが問題視された。
株式報酬型ストック・オプション:
権利行使価格が1円のストック・オプション(SO)。通称1円SO。
ほぼ確実に権利行使されるため、株式を持つこととほぼ同じ経済的
効果がある。すなわち、株式報酬型SOは、株価下落のリスクも負う
(下落すればするほど損をする)ため、より株主の立場に近い報酬とさ
れる。通常型SOにより経営者がリスクを取り過ぎると批判された米国
では、株式を報酬として支払う制度が定着しているが、日本の株式
報酬型SOはこれを模倣したものと言われている。
4
DIRコンサルティングレポート
I. 役員報酬を取り巻く
新潮流
落・低迷し、株主・投資家には不満が高まっていっ
た。株主に説明しにくいため、役員報酬のうち
賞与は休止(実質的廃止)し、固定報酬(+役員
退職慰労金)のみとする企業も多く見られた。賞
1. コーポレートガバナンスと
ストック・オプション
与を実質的に廃止してしまった企業は、業績が
改善しても役員報酬はあまり増えない。むしろ、
業績が悪化したり、不祥事が発生した場合、固
日本経済を「失われた20年」と表現することが
定報酬の削減や役員の退任に繋がる。良い時に
ある。その要因・分析の切り口はいろいろある
あまり報われず、悪い時には報酬が下がるのでは
が、日本企業の業績が伸び悩んでいる、利益率
「減点主義」である。
「減点主義」では巨額の資金
等が低迷しているというのは多くの人が認めると
を注ぎ込む設備投資や研究開発投資といったリ
ころであろう。企業業績ひとつをとっても技術や
スクの高い経営戦略は取りづらくなるだろう。わ
マーケティングといった様々な分析があるが、最
かりやすくいえば、
「何もしないのが一番」という
近注目を集めているものとしてコーポレートガバ
経営になってしまう。これで国際競争に勝つなど
ナンス(企業統治)が挙げられる。一言でいうと、
ということは…いわずもがなというところだろう。
コーポレートガバナンスがうまくいっていないた
現状を改善するには、短期業績連動報酬等の
め、日本企業の収益性や生産性が低い、コーポ
インセンティブ報酬も有効だろう。ただし、短
レートガバナンスを機能させることで経営者の意
期業績連動報酬だけでは、極端な短期思考に
識を改革し、国際競争に勝ち、利益率を世界レ
陥る危険がある(短期に利益を上げるには投資
ベルに引き上げるべき、というものである。
を抑制し人員を削減すれば良い)。そこで中長期
2014年2月には日本版スチュワードシップ・コー
のインセンティブ報酬としてSOを組み合わせるこ
ドが策定され、同年6月には会社法改正法が成
とが望ましいと思われる。通常型SOでは、経営
立した。改正法では、取締役等の一定の親族に
者がリスクを取り過ぎるという批判もあるが、日
ついては、社外取締役・社外監査役と認めない、
本においては個数・金額がまだそのレベルに達
社外取締役を置いていない場合、定時株主総会
で理由を説明しなければならない等、コーポレー
トガバナンス関連の見直しが盛り込まれた。
務執行役員に対する動機付け(報酬)も重要であ
る。ここで、現在日本の役員報酬体系は「減点
主義」になってはいないだろうかという問題があ
る。かつて、利益が右肩上がりに増えていった
時代は、株価も上昇し、株主・投資家は満足し、
同時に役員も利益の中から賞与を受け取ってい
た。しかし、
「失われた20年」になると株価は下
役員報酬構成
従来型役員報酬
賞 与
役員退職慰労金
固定報酬
改定後の役員報酬
インセンティブ
報酬
役員の選任や経営の監査はもちろんだが、業
図表 1-1
短 期
中長期
ストック・
オプション
( )
固定報酬
出所:大和総研作成
DIRコンサルティングレポート
5
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
している企業は稀であり、そうした状況を心配す
以上に高めること」
(P社)等としていることが多
る必要はないだろう。また、どうしても心配であ
い。主要企業以外では、まだSO導入の敷居が
れば株式報酬型SOという手法もある(両方を組
高いのかもしれないが、政府がコーポレートガバ
み合わせても良い)。日本の役員報酬の水準か
ナンス強化を謳っているという流れの中にあり、
らすれば、SO分の単純な追加(増額)でも容認
徐々に普及していくと思われる。
されようが、株主・投資家に配慮して、役員退
職慰労金を廃止しその代替として株式報酬型SO
を付与することが主流となっているようだ。
日本ではまだ普及途上にあるSOだが(上場企
業の1割)、主要企業(注1-1)においては既に一般
(注1-2)
的となっている。実に67%(20社)
がSOを
2. 機関投資家のスチュワードシップ責任
(1)役員報酬に対する機関投資家の
議決権行使方針
導入済みである。また、
(未導入10社の中で)集
計の対象外である4月以降にSO導入をプレスリ
2014年2月に金 融 庁より日本 版スチュワード
リースしている2社を単純に足せば73%(22社)と
シップ・コードが公表され、日本版スチュワードシッ
なる。導入の目的としては「株主の皆様と株価変
プ・コードを受け入れた機関投資家は、議決権
動のメリットとリスクを共有し、長期的な業績向
行使の方針および行使結果の公表(公表しな
上および企業価値向上に向けた動機付けを従来
い場合はその説明)
を求められるようになった。
2014年9月時点で日本版スチュワードシップ・コー
図表 1-2 主要企業におけるストック・オプション導入状況
ドを受入れた機関投資家は160に達した(注2 -1)
。
機関投資家には、信託銀行や投信・投資顧問
のようなアセット・マネージャーと年金基金や保
険会社のようなアセット・オーナーがある。アセッ
未導入
8社
ト・オーナーは、自ら運用を行うケースとアセット
・
導入済
20社
マネージャーへ運用委託しているケースがある。
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や国
家公務員共済組合連合会などのアセット・オー
ナーは、自ら日本版スチュワードシップ・コード
導入予定
2社
を受入れ表明するとともに、運用委託先のアセッ
出所:各社、有価証券報告書から大和総研作成
ト・マネージャーに対してもスチュワードシップ責
任を果たすことを求めている。このような背景か
注1-1. TOPIX core30。2013年10月7日東 京証券 取引所
公表。
注1-2. 2014年6月提出の有価証券報告書をはじめとする直
近の有価証券報告書で確認できる当期末残高ベース
(3月決算であれば3月末)。過去に発行実績があっ
ても直近の有価証券報告書に記載がないものは含
んでいない。
6
DIRコンサルティングレポート
らも日本版スチュワードシップ・コードは、機関
投資家に広く浸透してきているようである。
機関投資家が公表している議決権行使の方針
を見てみると、役員報酬に関して明確に議決権
注2 -1. 金融庁発表より
行使の判断基準を設けているものが数多く見ら
業績連動の比重や報酬算定プロセスの適正化
れた。
を重視している傾向が窺える。特に固定報酬で
わが国の役員報酬は、基本報酬や役員退職
ある役員退職慰労金制度については、在任年
慰労金といった固定報酬と、賞与やSOといった
数の影響が強く、業績との連動性も不透明であ
変動型報酬の大きく2つに分けられる。わが国
るとして批判が強まってきている。
の上場企業における固定報酬の比率は、約7割
では、機関投資家は役員退職慰労金、その
に達しており、欧米の約3割に対して倍以上の
代替案として導入が進んでいる株式報酬型SO
開きがある。
に対して、どのような判断基準を示しているのか。
このような固定報酬比率の高い従来の役員報
本章では、日本版スチュワードシップ・コード
酬体系に対して、コーポレートガバナンス強化の
を受入れた160機関のうち、公表されている議
観点から、中長期的な企業価値向上および業
決権行使の方針および行使結果をもとに判断基
績向上のインセンティブとして適切に機能する新
準をまとめてみた。
たな報酬体系の構築が喫緊の課題となってきて
いる。この度、機関投資家が議決権行使方針
(2)役員退職慰労金に対する逆風
を公表したことで、機関投資家は企業経営者に
対して、スチュワードシップ責任のもとに企業の
図表2−1は、日本版スチュワードシップ・コー
役員報酬のあり方に注視しているといったメッ
ドを受入れた投信・投資顧問の2014年5・ 6月
セージを送ったものといえよう。
株主総会における議決権行使結果をもとに、各
議決権行使の方針をみると、機関投資家は、
図表 2-1
議案に対する反対比率を整理したものである。
2014年5・6月株主総会議案に対する反対比率
反対比率
40%
35%
30%
25%
20%
15%
10%
5%
0%
慰労金
支給
取締役
選任
監査役
選任
新株
予約権
発行
剰余金
処分
役員報酬
改定
定款
変更
会計
監査人
選任
組織
再編
出所:日本版スチュワードシップ・コードを受入れた投信・投資顧問が公表している議決権行使結果(47 機関)より大和総研作成
DIRコンサルティングレポート
7
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
この表をみると、役員退職慰労金支給議案に
のものを除いた機関投資家のうち、赤字決算、
対する反対比率は、他の議案に比べて突出して
債務超過、業績不振である企業の役員退職慰
高いことがわかる。その反対比率は約34%にの
労金支給議案へは精査するとした機関投資家が
ぼり、取締役選任議案に比べて2倍以上の開き
一番多かった。なかには3期連続赤字でかつ無
があった。
配当の企業に対する支給議案には反対票を投じ
役員退職慰労金支給議案に対して、機関投資
家はどういう判断基準の下に投票を行ったのか。
ると厳密に定めているものもあった。
不祥事を起こした企業や、株主価値の毀損の
議決権行使の方針をもとに賛否判断基準を整理
恐れがある場合も、約3割近い機関投資家が役
したところ大きく5つに分けられた。
員退職慰労金支給議案に対して精査する姿勢を
示している。
・赤字決算、債務超過、業績不振(株価低
在任期間については、主に投信・投資顧問が
判断基準として挙げており、多くは在任期間2年
迷、ROE低迷)か
・株主価値の毀損の恐れがあるか
未満の役員に対する役員退職慰労金支給議案に
・企業および対象者が不祥事を起こしてい
は反対するというものであった。
一方で、原則賛成と表明している機関投資家
るか
・金額決定のプロセスや在任期間が適切か
はわずかに5%であった。
今回の結果から、機関投資家は役員退職慰
・原則賛成
労金制度に対して大変厳しい目でみていることが
図表2−2は、機関投資家が上記5つの判断
明らかとなった。
基準のうち、どの判断基準を設定しているかを
割合にしたものである。
方針を公開していないものや判断基準が不明
図表 2-2 賛否判断基準別の機関投資家が占める割合(役員退職慰労金支給議案)
5%
■ 赤字決算、債務超過、業績不振等
9%
33%
26%
■ 不祥事
■ 株主価値の毀損
28%
■ 金額決定のプロセス・在任期間
■ 原則賛成
出所:日本版スチュワードシップ・コードを受入れた機関が公表している議決権行使方針(83 機関)より大和総研作成
8
DIRコンサルティングレポート
(3)株式報酬型SOに対する機関投資家の視線
議決権行使の方針をもとに株式報酬型SO議
案に対する賛否判断基準を整理したところ、大
これまでのとおり、機関投資家には役員報酬
きく4つに分けられた。
に業績連動報酬の導入を薦める動きがある。
役員退職慰労金制度に対する風当たりが強ま
・株が希薄化するか
る中で、その代替案として企業で導入が進むの
・付与対象者が適切か
が株式報酬型SOである。大和総研調べによる
・付与日から行使開始までの期間が適切か
と株式報酬型SOを導入している企業は、2013
・原則賛成
年6月時点で上場企業3,542社中299社にのぼる。
株式報酬型SOとは、行使価格が1円である
図表2−3は、機関投資家が上記4つの判断
SOであり、対象者に企業の株式を無償支給し
基準のうち、どの判断基準を設定しているかを
た場合とほぼ同水準のキャピタルゲインを与える
割合にしたものである。
スキームである。また、業績連動報酬という側
方針を公開していないものや判断基準が不明
面から株主と経営者との利害関係を一致させ企
のものを除いた機関投資家のうち、3割近くは、
業価値の向上にコミットさせることができるとい
原則賛成と表明している。
うことで、機関投資家からの理解が得られやす
株が希薄化するか、付与対象者が適切かを判
いとされる。一方で新株予約権の発行による株
断基準とするものはいずれも4割弱であった。株
の希薄化を懸念する声も多い。
(実際は、自社
の希薄化については、希薄化率が5%を超える場
株から払い出されるケースが多く、新たに株式
合に反対するとしているものが多かった。
参考までに2013年6月に株主総会を開催した
を発行するケースは少ないようである。)
では、株式報酬型SO議案に対して、機関投
資家はどういう判断基準を定めているのか。
東証1部上場会社(3月決算)において、SOによ
る株の希薄化は、平均して0.52%であり、1%を
図表 2-3 賛否判断基準別の機関投資家が占める割合(株式報酬型SO議案)
■ 株の希薄化
28%
35%
1%
■ 付与対象者
■ 行使開始までの期間
36%
■ 原則賛成
出所:日本版スチュワードシップ・コードを受入れた機関が公表している議決権行使方針(72 機関)より大和総研作成
DIRコンサルティングレポート
9
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
超える企業はわずかに10社であった(注2 -2)
。
付与対象者については、業績向上のインセン
3. 役員退職慰労金廃止と代替案
ティブ報酬という側面から取締役や執行役に対
かつては役員の退職給付といえば、
(現金給
する付与とすべきというものであった。また、企
付である)役員退職慰労金が一般的であったが、
業経営を監督する立場にある社外取締役や監査
現在では役員退職慰労金があるのは少数派で
役への付与や顧問やアドバイザーといった第三
あり、残りの多数派は役員退職慰労金を廃止し
者への付与には慎重な意見が多かった。
たか元々ない企業となっている。この背景には、
このように、株式報酬型SO議案についての
固定的・年功的な役員退職慰労金への株主等か
判断基準を見てみると、役員退職慰労金に比べ
らの批判がある。このような状況下、少しずつで
て制度設計を重視している判断基準であるとい
はあるが、役員に対する株式報酬型SOの導入
えよう。
が増えている。そこで役員退職慰労金廃止後の
また、多数の投信・投資顧問が運用判断と
(注3 -1)
役員報酬制度を「報酬を貰う側である役員」
して利用している議決権 行使 助言会社のISS
と「支払う側の株主」
の両方の観点から検討して
(Institutional Shareholder Services)は、2014
みたい。主に、役員は手取額、株主はガバナンス
年日本向け議決権行使助言基準の中で株式報
という観点で、好ましさを良い順に○△×として
酬型SO議案については原則賛成すると表明して
表にした。議論単純化のため、前提として、①を
いる。
除いて、会社の支出を一定とした場合を比較した。
株式報酬型SO議案は、上記にまとめた判断
また、株式関係報酬は株価次第で収入が変わる
基準を遵守すれば、機関投資家から反対されな
が、株価が上昇するというシナリオは公平性を欠
いと思われる。
くため、株価は一定と仮定した。さらに、役員
今回の調査の結果、機関投資家は、固定報
報酬には基本報酬や役員退職慰労金、SOの他
酬である役員退職慰労金支給議案に対して厳し
に賞与もあるが、次の①~④全てに組み合わせ
い目で見ている一方で、制度設計が適切であれ
ば株式報酬型SO議案へは賛成するということが
図表 3-1 代替案の比較
明らかとなった。
大 和 総 研 調 べ によると、2013年6月時点 で
株主
役員退職慰労金が残っている企業は上場企業
①単純廃止
×
△×
3,542社中1,099社にのぼる。コーポレートガバナ
②現金上乗せ
△
×
ンス改革の一環として、来年の株主総会までに
③現金上乗せ+株式取得
△
○△
④株式報酬型SO
○
○
役員退職慰労金の見直しを検討している企業に
おいては、その代替案を検討する時期に来てい
ると思われる。
注2 -2.「我が国におけるコーポレートガバナンスをめぐる現
状等に関する調査」<金融庁金融研究センターディ
スカッションペーパー DP2014-5(2014年7月)>より
10
役員
DIRコンサルティングレポート
出所:大和総研作成
注3 -1. 本章での役員は業務執行役員を想定している。社
外取締役や監査役は含まない。
ることも外すことも可能であり、①~④全て同一
退職慰労金のデメリットである業績に関係なく報
の賞与という前提とした。
酬が決まるという点が解消されておらず×だろう。
さらに役員退職慰労金であれば株主総会で否決
する道も残されるが、この場合それもできない。
①単純廃止
役員退職慰労金を単純に廃止する。月々の基
本報酬(+賞与)だけになり、生涯収入という意
③現金上乗せ+株式取得
味で大きく減少する。役員としては×だろう。株
②の基本報酬等に上乗せされた現金で自社
主から見れば会社からのキャッシュアウトが減る
株を購入するものであり、株価に連動する報酬と
という意味でやや好ましい(△)。しかし、それ
いう点で、株主としては好ましい(○)。ただし、
に伴い役員の業績向上に対する意欲が損なわれ
②で説明したように手取り額が役員退職慰労金
てしまうというリスクがある(×)。したがって評
や後述する④より少なくなり、株式購入額も少な
価は△×ということになろう。
くなるということも考慮すると△だろうか。
役員にとってみれば②と同様で△である。
(最
終的には株価次第だが、前提の通り株価は一定
②現金上乗せ
額面上、同金額となるよう役員退職慰労金相
で考察しているので②と同様に△である。)
当分を月々の基本報酬等に上乗せするもの。役
員にとっては、退職時にもらう金額が前倒しで
貰えるので一見、好ましいように思える。しか
(注3 -2)
④株式報酬型SO
ここでは毎期、役員退職慰労金相当額を株式
と
報酬型SOで付与し、退職時のみ行使できる一
なり、収入金額から退職所得控除額が差し引か
般的なタイプのものについて考察する。株式報
し、役員退職慰労金は一般的に退職所得
(注3 - 3)
役員にとって税務上有利である。現
酬型SOは経済的には株式を保有しているのとほ
金上乗せは、基本報酬等に上乗せされると給
ぼ同じであり、株主としては好ましい(○)。日本
与所得課税の限界税率は(多くの場合)かなり高
の税制ではSOは付与時に課税されないので、③
く、役員にとっては税務上不利と思われるため、
と異なり報酬額面分の価値のSOを取得すること
①程ではないが収入は減少するため△である。株
が可能である(④の株数>③の株数)。役員は
主から見ると
(役員退任までを考えた長期で)会
③より多くの株数を持つことができる。このこと
社からのキャッシュアウトは同じであるが、役員
は役員だけでなく株主にとっても株価上昇のイン
れる等
センティブ付与という観点から好ましい。さらに
注3 -2および注3 - 4. 退職に基因して一時に受ける退職金等
は一般的に退職所得となり、SOの場合も退職時の
み行使できる条件を付けることで、課税上の同様の
扱いを受けることが多いと思われるが、法令で明文
化されている訳ではないので、所轄の税務署に照
会することをお薦めする。
注3 -3. 他に役員等の勤続年数が5年超の場合は、一般退職
手当等の扱いになり、いわゆる2分の1控除も使え、
税務上役員に有利である。
役員への課税は、権利行使時に(株式時価-1
円)×株数分の収入に対してなされるが、退職時
に権利行使を限定することで多くの場合、退職
所得とすることが可能(注3 - 4)であり○となる。
(こ
の他、株式売却時に行使時の時価以上になれ
ば値上がり益に対して譲渡所得課税がなされる
が、株価は一定との前提ではゼロとなる)。
DIRコンサルティングレポート
11
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
以上のような理由から、役員から見ても株主
ため、株主総会をターゲットとして準備を進める
から見てもメリットの多い株式報酬型SOが選好
必要がある。6月に株主総会を開き、7月に割
されているのである。以前は役員退職慰労金廃
当を行う会社を例とすると次のようなスケジュー
止と同時に株式報酬型SOを導入する事例が多
ルとなる。大きく、制度設計、発行決議準備、
かったが、最近では一旦役員退職慰労金廃止後、
割当の3段階に分けるとイメージしやすい。
数年経ってから株式報酬型SOを導入する例が増
まずは制度設計から着手する必要がある。具
えている。数年間、何か他の報酬を検討したも
体的には、株式報酬型SOへの移行割合や付与
のの株式報酬型SO以外に良い案がなかったと
対象者の決定といった制度の中身を固める作業
いうことではないだろうか。今後もこうした傾向
となる。この段階でのポイントは、関係者間の
は続くことになるだろう。
合意形成をきっちり行い、足場を固めておくこと
である。株式報酬型SOにより役員が受け取る実
質的な報酬は権利行使時の株価に連動すること
から、場合によっては報酬額が目減りすることが
Ⅱ. 株式報酬型ストック・
オプションの諸論点
ある。株式報酬型SOを他の報酬制度と組み合
わせるなど、報酬制度全体のバランスを考慮し
たうえで、関係者間の合意形成ができ、かつ役
4. 株式報酬型ストック・オプション
導入に向けたステップと
スケジュール 員のインセンティブとして最大限の効果を得られ
るような設計にしておくことが重要である。また、
この時点で役員報酬体系を見直すことによる税
務上の取り扱いを所轄の税務署(注4 -2)へ照会して
株式報酬型SOを導入する際は、株主総会に
おくことも必要であろう。
次の段階として、発行決議に向けた準備を進
て発行枠(金額、個数)の承認を得る必要がある
図表 4-1 ストック・オプション導入までのスケジュールイメージ(注4-1)
1月
2月
3月
4月
制度設計フェーズ
5月
6月
発行決議準備フェーズ
付与対象者及び付与額の検討
・公正価値概算値の入手
関係者間の合意形成
・プレスリリース
(株主総会付議決定)
権利行使条件の検討
税務照会
SO規程,慰労金規程改訂
SO募集要項作成
8月
割当フェーズ
株主総会
株主総会付議準備
SO移行比率の検討
7月
・プレスリリース(募集事項決定)
SO割当通知書準備
SO割当契約書準備
・公正価値算定(本計算)
・プレスリリース
(内容確定)
・登記
出所:大和総研作成
注4-1. 6月株主総会、7月割当のケース
12
DIRコンサルティングレポート
注4-2. 事業主が所得税を納めている税務署
めていくことになる。ここでのポイントは、規程
や募集要項など所定の資料を効率良く作成する
ことである。株主総会付議の準備等も含め作業
ボリュームが増えるため、各資料の雛形やノウハ
5. ストック・オプションに関する
会計処理の概要
(1)株式報酬型SOの経済的利益
ウを提供している専門機関の活用も選択肢の一
つである。
役員退職慰労金を廃止し、その代替策として
株主総会にて発行枠の承認を得ると、いよい
株式報酬型SOを導入する企業が増加している
よ割当を行うことになる。割当においてはSOの
が、その狙いは、端的に言えば「ガバナンスの強
公正価値をどのように計算するかがポイントとな
化による企業価値の向上」であろうが、根底には
る。株式報酬型SOは一般的に役務提供の対価
役員に対するインセンティブの付与という考え方
として付与されることから、役務提供の期間に
が存在する。
おいて費用計上することが求められ、会計基準
株式報酬型SOは権利行使価額が1円であるこ
に従って合理的な方法で見積計算することが必
とから、権利行使時の株価によらず1円で株を取
要となる。
得することが可能なスキームであり、権利行使時
株式報酬型SOは役員退職慰労金の代替策と
の株価と1円の差額が経済的利益となる。
(一般
して需要の多い施策であるが、導入までにやる
的な制度設計では、経済的利益のうち付与日の
べき準備は意外と多い。また公正価値計算等、
株価から1円を控除した部分は、役務の提供に
専門的な知識も必要となることから、株式報酬
基づく報酬債権と相殺されるため、実質的な利
型SOを導入する際には、信頼できる専門機関の
益は権利行使日の株価から付与日の株価を控除
サポートを受けることも有効である。
した金額となる。※図表5−1参照)
図表 5-1 ストック・オプションによる経済的利益
権利行使により
取得した株式を
300円で売却する
株価300円
株価200円
時価200円のところ、
行使価格の1円で
株式が取得できる
売却益
100円
実質的な利益
100円
株価100円
時価100円のところ、行使
価格1円で権利付与する
経済的利益
199円
株価1円
付与日
権利確定日
対象勤務期間
権利行使日
売却日
満期日
権利行使期間
出所:大和総研作成
DIRコンサルティングレポート
13
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
更に、将来の売却時に株価が上昇すれば売
権利確定日後(潜在株式との位置づけ)に大別し
却益を得ることが可能となるため、株式報酬型
て処理を行うことになる。以下に基本的な仕訳
SOは役員にとって『業績向上⇒企業価値の向上
を記載させて頂くが、実務の運用にあたっては
⇒株価の上昇⇒売却益増』といった好循環を実
会計士等に確認をお願いしたい。
現するためのインセンティブとなり得るのである。
まず、権利確定日前では、付与日から権利確
(2)労働の対価性と会計処理
定日までの勤務対象期間にわたって株式報酬費
用を認識する。
現行の会計基準では、
「(ストック・オプショ
(借方) (貸方)
ンの)付与に応じて企業が従業員等から取得する
株式報酬費用 ××× / 新株予約権 ×××
サービスは、その取得に応じて費用として計上し、
※株式報酬費用はP/L勘定、新株予約権はB/S勘定
※権 利確定条件が付されておらず、付与日に既に権利
が確定している場合には付与日に全額費用計上するこ
ととなる。
(大和総研にて受託計算している株式報酬
型SOの大半は役員就任時にSOが付与され、勤務条
件もなく退任時に権利行使が可能なケースが多く、こ
の場合には、付与時に全額費用計上することとなる)
対応する金額を、ストック・オプションの権利の
行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表
の純資産の部に新株予約権として計上する」とし
ている。つまり、株式報酬型SOは役員が提供
するサービス(役務)に対する報酬として付与され
ることから対価性が認められることとなり、通常
次に、権利確定日後は株式報酬費用を認識す
の現金支給と同様に費用計上が必要とされてい
ることなく、権利行使された新株予約権を払込
る。そして、その費用計上額はSOの公正な評価
資本へ振替える。
額(評価単価×SOの数)のうち、対象勤務期間
を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づ
通りとなる
(新株発行のケース)。
き当期に発生したと認められる額とされ、具体
(借方) (貸方)
的にはSOの付与日における評価額をサービスの
現 金 ××× /資本金・資本準備金 ×××
提供期間に配分(按分)して費用計上することと
新株予約権 ××× /
なる。
※現 金、新株予約権、資本金・資本準備金は全てB/S
勘定
ここで重要となるのが、費用計上に必要とな
るSOの公正な評 価額をどのように算定するの
かであるが、算定方法としては大きく2つあり、
①離散時間型モデル(二項モデル等)と②連続
時間型モデル(ブラック・ショールズ式等)に大
別される。
会計処理の基本的な考え方は時系列(付与日
⇒権利確定日⇒権利行使日⇒満期日)
で押さえて
いく必要がある。通常のSOでは権利確定日以前
(SOと従業員や役員の労働サービスとの関係)と
14
つまり、権利行使された場合の仕訳は以下の
DIRコンサルティングレポート
仮に、満期までに権利行使されず、失効となっ
た場合はその分を利益に戻し入れる(1円の場
合には、通常失効は想定されない)。
つまり、権利が失効した場合の仕訳は以下の
通りとなる。
(借方) (貸方)
新株予約権 ××× / 新株予約権戻入益 ×××
※新 株予約権はB/S勘定、新株予約権戻入益はP/L
勘定(特別利益)
6. 株式報酬型ストック・オプションの
公正価値
例を上記の式に具体的に当てはめ、計算の流れ
(1)
ブラック・ショールズ式による公正価値の算定
なお、株式報酬型SOの場合の予想残存期間
ごく一般的な計算前提と考えられる以下の説
とその意味するところを確認する。
は、通常長めに設定されている表面上の権利行
本章では、
「株式報酬型SO」の公正価値の算
使期間にかかわらず、現在の役員が退任して権
定手法について検討を行う。SO取引における会
利行使すると想定される平均的な期間を合理的
計処理は、この公正価値をベースとして費用処
に見込む。また、ボラティリティや無リスク利子
理が行われるため、その算定手法を把握するこ
率は当該予想残存期間に対応した数値を計算の
とは、実務上も有益なことと思われる。
基礎とする。
SOの公正価値算定手法は、
「確立された理論
的な基礎」と「実務での汎用性」の2つの要件を
【説例】
満たす必要があるが、多くの事例では連続時間
S: 株価
型モデルであるブラック・ショールズ式が利用さ
X: 権利行使価格 ⇒ 1円
れている。ここでは、株式報酬型SOの公正価
r: 無リスク利子率 ⇒ 0.1%
値算定に、このブラック・ショールズ式を用いる
t: 予想残存期間 ⇒ 3年
場合の計算概要を説明する。
σ: ボラティリティ ⇒ 30%
少々複雑ではあるが、ブラック・ショールズ式
q: 配当利回り
⇒ 500円
⇒ 2%
は、記号を用いて表すと以下のとおりである。
まず、標準正規分布の累積分布関数N( )に
-qt
-rt
C = S・e ・N(d1)-X・e ・N(d2)
ついて考える。表計算ソフト、エクセルの関数
d1 = ln(S/X)/(σ√t)
+(r-q+σ /2)t/(σ√t)
機能を使って確認することが可能であるが、d1
d2 = d1 –σ√t
が4を超えるような場合、N(d1)はほぼ1となる。
2
【記号の意味】
C: ストック・オプションの公正価値
S: 株価
X: 権利行使価格
r: 無リスク利子率(瞬間利子率)
t: 予想残存期間(年単位)
σ: ボラティリティ(株価収益率の標準偏差)
q: 配当利回り
(連続配当率)
ln: 自然対数
e: 自然対数の底
N( ): 標準正規分布の累積分布関数
権利行使価格が1円のSOでは、d1の第1項[1n
(S/X)
/
(σ√t)]が相対的に大きな正の値となる。
また、第2項
[(r-q+σ2/2)
t/
(σ√t)]もボラティ
リティが小さい場合を除いて正の値となるので、
N(d1)は1とみなせる。
説例の数値で確認すると、
d1の第1項=11.96
d1の第2項=0.15
d1=12.11
N(d1)≒1 となる。
DIRコンサルティングレポート
15
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
なお、株価が2ケタ台で、かつ予想残存期間
(2)公正価値算定結果の意味するところ
が10年を超え、ボラティリティが大きなケースで
は、d1の第1項が4を下回ることもあるが、正の
権利行使価格が1円のため、役員退任時に必
値となる第2項を加算するとN(d1)は1に十分近
ず行使される株式報酬型SOの公正価値は、ボ
づくことになる。
(もっとも、株価低迷にもかかわ
ラティリティの影響をほとんど受けない。これは、
らず、経営陣が長期間在任するような事態はごく
『権利行使価格が権利付与時の株価等に設定さ
稀なケースと考えられるので、こうした前提自体
れるため、その後の株価の上下への振れ幅の大
が非現実的であると考えることも可能である。)
きさによってその価値が大きく変動する』通常型
これに対してd2 は、第2項[σ√t ]の大きさに
SOの公正価値と大きく異なる点である。
よっては、N(d2)が1に十分近いとみなせない場
このため、株式報酬型SOの公正価値の近似
合も想定される。しかし、これに乗ずる相手方
値は、権利行使時までの配当の払い出しを調整
が権利行使価格の1円であるので、公正価値全
した株価から、権利行使時において払い込まれ
体に与える影響から判断すると、N(d2)を1とみ
る1円の現在価値を差し引いた金額となる。こ
なして差し支えないと考える。
れは、上記(1)における複利計算の近似式に他
ならない。
説例の数値で確認すると、
もちろん厳密には、株式報酬型SOの公正価
d1=12.11
値もボラティリティの影響を受けるし、そもそも
d2の第2項=0.52
ボラティリティの適正な算出自体に工夫を要する
d2=11.59
ケースも想定される。そうした状況を踏まえれば、
N(d2)≒1 となる。
公正価値の算定を外部の専門家へ依頼すること
が一般的であることも理解できる。
以上により、株式報酬型SOの公正価値は次
ただし、外部の専門家へ依頼する場合でも、
ブラックボックス化を避け、社内における統制を
のように近似できる。
有効に機能させる観点から、発行企業の担当者
-qt
はその計算結果の意味するところを理解する必
-rt
C ≒ S・e -e
t
=株価/(1+配当利回り)-1/
t
(1+無リスク利子率)
実務上は、複利計算で使用する配当利回りや
無リスク利子率の見積りを行った後、連続配当
率や瞬間利子率を算出してブラック・ショールズ
式に入力する。このステップを省いた形で、か
つ近似式の意味を理解し易くするため、連続配
当率や瞬間利子率を通常の複利計算に置き換え
た式も展開した。
16
DIRコンサルティングレポート
要があるものと思われる。
Ⅲ. 株式報酬型
ストック・オプションの
最新動向
上場企業全体の平均では31%と高い役員退職
慰労金の存続率であるが、分析を進めて業種別
に集計してみると異なった側面が見えてくる。役
員退職慰労金の存続率は「パルプ・紙」の54%を
筆頭に極めて高い業種がある一方で、
「証券・
7. 有価証券報告書から読み解く
役員報酬制度
(1)業種別の役員報酬の現状
商品先物取引」の10%等、かなり低い業種も存
在し、実に5倍もの開きがあることが判明した。
業種によって事業の特性や経営環境の違いがあ
るにせよ、これほどまで傾向に差を生じさせて
いる要因は何だろうか?
本章では、上場企業が有価証券報告書で公
その要因の考察に入る前に、株式報酬型SO
開している役員報酬の内訳を独自調査した結果
の導入状況についても併せて紹介しておきたい。
を用いて、役員報酬制度の現状の把握と今後の
方向性について考察してみたい。
こちらは集計した3,542社のうち299社(8%)
で株式報酬型SOを導入している実態が明らかに
集計の対象は、2013年12月時点で入手可能で
なった。一見するとそれほど高い数値には見えな
あった上場企業の最新の有価証券報告書であ
いが、同様に業種別に集計してみると、こちら
り、企業の決算期および有価証券報告書が公表
も異なった側面が見えてくる。
されるまでのタイムラグの関係で2012年7月期~
2013年6月期の有価証券報告書である。
平均的な8%前後の導入率の業種が大半を占
める一方で「銀行業」の53%、
「保険業」の45%、
まず初めに役員退職慰労金が存続している企
「証券・商品先物取引業」の23%と金融系の導入
業の状況であるが、集計対象3,542社のうち1,099
率が特出しており、金融系以外でも「医薬品」の
社(31%)の企業で役員退職慰労金が存続してい
18%等、平均を大きく上回る業種も存在してい
る状況が判明した。これは全上場企業の平均で
る。つまり、特定の業種で株式報酬型SOへの
みれば役員退職慰労金が役員報酬を構成する要
移行がかなり進んでいる様子が窺えるのである。
素として、未だ企業に根強く残っている実態を示
改めて、役員退職慰労金が存続している業種
しているものといえる。
これまで日本では、役員は社内の優秀な人材
と株式報酬型SOの導入が進行している業種とを
分かつ要因は何かを考察してみたい。
の中から選抜されるケースがほとんどであったた
仮説としていくつか考えられるが、本レポート
め、役員報酬の構成要素や金額の決定について
では「外国人投資家の存在」に注目してみること
は従業員の報酬体系や同業他社水準が基礎と
にする。
なってきた。そのため従業員の退職金制度に相
近年、日本の株式市場における外国人投資家
当する制度として、役員についても「退任後の生
の保有比率は3割を超えているとされており、株
活保障」や「在任中の功績に対する後払い」とし
主総会における議決権行使や企業の株価の値動
て、役員退職慰労金が横並びで普及してきた事
きにおいても大きな影響力を持ち、アクティビス
情があるものと思われる。
トとしての存在感を示している。
DIRコンサルティングレポート
17
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
図表 7-1
業種別の退職慰労金存続率&株式報酬型SO導入率
60%
50%
40%
30%
20%
10%
海運業
証券・商品先物
その他金融業
鉱業
空運業
電気・ガス業
精密機器
銀行業
保険業
情報・通信業
医薬品
電気機器
石油・石炭製品
不動産業
サービス業
小売業
繊維製品
非鉄金属
建設業
鉄鋼
機械
食料品
輸送用機器
卸売業
化学
倉庫・運輸関連
ゴム製品
陸運業
ガラス・土石製品
水産・農林業
その他製品
金属製品
パルプ・紙
0%
■ 慰労金 54% 50% 49% 45% 45% 43% 42% 40% 40% 39% 39% 38% 37% 34% 31% 31% 29% 28% 25% 25% 23% 23% 22% 21% 18% 18% 18% 17% 17% 14% 13% 10% 0%
■ 1円SO 8% 3% 6% 9% 8% 8% 5% 0% 8% 6% 9% 7% 6% 2% 5% 6% 18% 12% 3% 5% 0% 6% 18% 6% 45% 53% 12% 9% 17% 0% 16% 23% 6%
出所:有価証券報告書から大和総研作成
昨今の株主総会における議決権の行使状況を
構成要素として広く浸透している。
みても、議決権行使助言会社の助言基準の影響
従って、
「外国人投資家の存在」を意識した経
もあるが、役員退職慰労金の贈呈議案には相当
営判断やコーポレートガバナンス上の対応を行う
程度の反対票が投じられており、特に外国人投
ことが、多くの日本企業にとって合理的な選択
資家にはその傾向が強い。
肢となるケースも十分考えられ、その一環として、
一方の株式報酬型SOの導入議案は、その制
外国人投資家から攻撃の的となりやすい役員退
度が中長期的な企業価値と連動する報酬プラン
職慰労金は廃止して、代替制度として株式報酬
であり、株価上昇によるメリットのみならず株価
型SOを導入する動きが一部の業種で加速してい
下落のリスクも株主と共有するスキームであるこ
るのではないかという仮説である。
とから、コーポレートガバナンス上好ましい報酬
制度として認知されつつある。
そもそも欧米における役員報酬では、固定報
(2)外国人持株比率と役員退職慰労金存続率
/株式報酬型SO導入率
酬は1割から2割程度であり
(日本とは役員報酬
18
の絶対額に差があるため一概に比較はできない
この仮説を検証するために、本レポートの集
が)、その他は業績連動報酬やSO等の変動型
計対象である上場3,542社のデータに新たに外国
報酬で占められているとされ、SOは役員報酬の
人持株比率(2012年度通期)のデータを追加し
DIRコンサルティングレポート
て、横軸を「業種別外国人持株比率」、縦軸を「業
同様に、横軸の「業種別外国人持株比率」は
種別退職慰労金存続率」とした散布図を作成し
そのままに、縦軸を「業種別株式報酬型SO導入
て近似曲線を描いてみると、両者には「負の相関
率」
とした散布図を作成して近似曲線を描いてみ
関係」が認められ、外国人持株比率が高くなる
ると、こちらは「正の相関関係」にあり、外国人
ほど、役員退職慰労金の存続率が低くなる傾向
持株比率が高くなるほど、株式報酬型SOの導入
にあることが判明した。
率も高くなる傾向にあることが判明したのである。
図表 7-2 外国人持株比率と役員退職慰労金存続率の相関関係
(慰労金存続率)
60%
パルプ・紙
50%
水産・農林業
40%
輸送用機器
化学
30%
サービス
石油・石炭
20%
銀行
保険
鉱業
その他金融業
10%
R2=0.2209
証券・商品先物
0%
0%
5%
10%
15%
20%
◆外国人持株比率と慰労金存続率
25%
(外国人持ち株比率)
出所:有価証券報告書及び SPEEDA から大和総研作成
図表 7-3 外国人持株比率と株式報酬型SO導入率の相関関係
(1円SO導入率)
60%
銀行
50%
保険
40%
30%
証券・商品先物
20%
10%
繊維製品
水産・農林業
電気機器
0%
0%
5%
10%
R2=0.1633
医薬品
輸送用機器
15%
◆外国人持株比率と1円SO導入率
20%
25%
(外国人持株比率)
出所:有価証券報告書及び SPEEDA から大和総研作成
DIRコンサルティングレポート
19
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
これらの結果から、先ほどの仮説『外国人投
報酬のあり方を各企業がどのように捉えているか
資家の存在が役員退職慰労金の廃止及び株式
を知るべく、ワークシート形式による調査を行っ
報酬型SOの導入に影響を与えている可能性』が
た。この調査の中で、各企業が役員報酬に対し
正しいと推定される訳である。
て何を課題として認識し、また、役員報酬の具
現在の日本の株式市場は外国人投資家の存
体的な制度設計である役員退職慰労金、株式
在なくして語ることはできず、今後、日本企業が
報酬型SOをどのように評価しているかについて、
企業価値を高めていくためには、いかにグロー
特に有用な示唆を得ることのできた4つの論点に
バルマネーを取り込めるかにかかっている。
ついて整理する。
そのためにはコーポレートガバナンスの強化と
情報開示により、投資家に投資先としての魅力を
①役員報酬に対する課題の中心は
アピールすることが肝要である。その開示情報に
「インセンティブ機能」
と「業績との連動性」
役員報酬関連が含まれることは言うまでもない。
役員報酬全体に対して、各企業がどのような
課題を認識しているかを知るため、役員報酬に
ついて重視している観点と、そのうち現状の課
8. 役員報酬に関する企業の動向
題として認識しているものについて、調査を行っ
た。結果は図表8−1の通りとなった。
調査結果から、多くの企業は「役員のインセン
(1)役員報酬に対する企業の課題認識
ティブ機能」と「企業業績や株価との連動性」を
大和総研では、2014年9月に開催した「ストッ
重視していることが分かる。容易に想像できる
ク・オプションセミナー」において、今後の役員
結果ではあるが、この2つの観点は重視されて
図表 8-1 役員報酬の設計思想と課題の認識
140
120
回
100
答
80
数
60
40
20
0
■ 重視している
■ 課題である
貴社の
役員の
企業業績や
経営理念や
インセンティブ 株価との
社風との
機能の観点
連動性の観点 マッチングの
観点
競合他社との
水準
優秀な
市場(投資家)
役員退任後の
プロ経営者の
からの
生活保障の
確保・獲得の
評価の観点
観点
観点
123
110
64
58
54
46
40
93
82
24
29
34
35
19
出所:大和総研作成 有効回答 :159
20
DIRコンサルティングレポート
いると同時に、高い割合で現状の課題としても
多い。今後、コーポレートガバナンス強化に向け
認識されていることが特徴である。
た取り組みが推進される中、企業価値向上に対
次に重視されている観点として多かったものは
する適切なインセンティブとして機能するよう固
「貴社の経営理念や社風とのマッチング」である。
定報酬と変動型報酬のバランスを最適化するこ
この観点については、重視はされているものの、
とが求められるようになるであろう。では実際に
先の2つの観点と異なり、課題として認識してい
企業の意識として、どのようなバランスを理想と
る企業は少ないことが分かった。このことから、
考えているのであろうか。調査の結果は次の通
各企業は現状の役員報酬に対してインセンティブ
りである。
としての機能や株価との連動性を課題として認
識してはいるものの、現状のままでも経営理念
や社風に対して一定の適合性を有していると感じ
ている姿が浮かび上がってくる。
加えて、特筆すべきは「優秀なプロ経営者の
図表 8-2 理想とする役員報酬の構成比率
役員退職
慰労金
3%
SO制度
16%
確保、獲得」の観点である。比較的新しい観点
であるためか、重視しているという企業は多くな
いものの、課題として認識している企業の割合
賞与
(業績連動報酬)
22%
基本報酬
59%
が高い結果となった。これは「優秀な経営者が
育っていない」という日本企業全般でよく聞かれ
る経営上の課題が先に認識され、次いでその課
題解決手段として役員報酬制度の整備が重視さ
出所:大和総研作成 有効回答 :146
れるという課題先行型の観点であると考えられ
る。これまであまり重視されていなかった「優秀
理想とする役員報酬の構成比率として固定報
なプロ経営者の確保、獲得」という観点について
酬が6割、変動型報酬は賞与とSO制度を合わせ
も、競争環境が激化し経営者の力量がより強く
て4割という結果になった。先の質問においても、
問われるようになるに従い、ますます重要な観
「役員のインセンティブ機能」
や
「業績との連動性」
点になり得ることを示唆している。
が重視され、かつ課題と認識されていることか
らも、理想として変動型報酬を拡大したいと考
②理想とする役員報酬の構成比率は
えることは自然である。ただし、欧米に比べると、
「固定報酬6割」、「変動型報酬4割」
そもそもの報酬水準が低いとされている日本企
役員報酬を設計するうえで、固定報酬と変動
業において、現状の固定報酬を削減して変動型
型報酬のバランスは重要な検討項目の一つであ
報酬に切り替えるというアプローチは経営者に対
る。前章までに述べている通り、日本企業にお
し逆のインセンティブとして作用しかねない。変
ける上場企業の役員報酬の固定報酬比率は約7
動型報酬の割合を高めるためには、報酬水準そ
割とも言われており、中長期的な企業価値向上
のものを引き上げるアプローチが現実的である。
のインセンティブとして機能しづらいとする意見も
その前提として報酬決定プロセスの透明化と説
DIRコンサルティングレポート
21
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
明責任が求められることは容易に想像できよう。
図表8−3の結果から、総じて「有効ではない」
と評価している傾向にあり、特に「企業業績や
株価との連動性」や「市場(投資家)からの評価」
(2)役員退職慰労金および株式報酬型SOに
といった言わば“社外的な視点”において、役員
対する企業の評価
退職慰労金の存続企業と非存続企業のいずれ
①役員退職慰労金の存続企業は
も、
「有効ではない」と評価する割合が高い結果
“社内的な視点”
を重視している傾向
となった。一方で、役員退職慰労金制度の存続
投資家等からの批判の高まりから、減少傾向
企業と非存続企業で大きく評価が異なる観点と
にある役員退職慰労金制度であるが、各企業は
して、
「経営理念や社風とのマッチング」と「役員
この制度に対してどのように評価しているのであ
退任後の生活保障」が挙げられる。これらは
ろうか。役員退職慰労金制度の存続企業と非存
先の“社外的な視点”に対し、
“社内的な視点”と
続企業(未導入含む)において、複数の観点から
言え、役員退職慰労金の存続企業においては、
制度に対する評価を調査した。
有効と評価している割合が50%を超えている。
図表 8-3 役員退職慰労金に対する制度有無別の評価
100
80
8%
16%
90
24%
40%
35%
34%
37%
43%
34%
42%
49%
52%
70
60
15%
4%
50
24%
59%
89%
82%
45%
40
48%
20
42%
54%
37%
51%
36%
10
0
59%
62%
30
16%
21%
9%
1%
2%
3%
9%
12%
7%
慰労金 慰労金
あり
なし
慰労金 慰労金
あり
なし
慰労金 慰労金
あり
なし
慰労金 慰労金
あり
なし
慰労金 慰労金
あり
なし
慰労金 慰労金
あり
なし
役員の
インセンティブ
機能
企業業績や
株価との
連動性
市場(投資家)
からの評価
優秀な
プロ経営者の
確保・獲得
貴社の経営
理念や社風との
マッチング
役員退任後の
生活保障
■ 有効 ■ 有効ではない ■ どちらともいえない
出所:大和総研作成 有効回答数 :「慰労金あり」55 「慰労金なし」98
22
DIRコンサルティングレポート
つまり、役員退職慰労金の存続企業は“社内的
株式報酬型SOの導入有無にかかわらず、株式
な視点”を評価して制度を存続させているという
報酬型SOに対しては、
「役員のインセンティブ機
ことが分かる。
能」、
「企業業績や株価との連動性」、
「市場(投
今後、役員報酬に対する自社のポリシーと照
資家)からの評価」の順にほぼ同じ割合で有効と
らし合わせ、今後も
“社内的な視点”を重視する
評価されていることが分かる。一方、注目すべ
か、あるいは“社外的な視点”の要素を取り入れ
きは「貴社の経営理念や社風とのマッチング」の
バランスを取るべきか、検討の余地があると思
項目である。この項目については、株式報酬型
われる。
SOの導入有無によって違いがみられる。株式報
酬型SOの導入企業については約40%が「マッチ
している」と評価しているが、導入していない企
②株式報酬型SOに対する評価の分かれ目は
業については、
「マッチしている」の割合が10%を
“経営理念や社風とのマッチング”
株 式報 酬型SOの導入有無別に株 式報 酬型
下回り、
「どちらともいえない」とした企業が80%
SOに対する評価を調査した。図表8−4から、
近くに上ることが分かった。この結果から株式
図表 8-4 株式報酬型SOに対する制度有無別の評価
100
9%
90
4%
80
20%
18%
3%
5%
22%
26%
27%
5%
2%
4%
70
42%
53%
56%
77%
60
5%
50
40
5%
87%
77%
77%
75%
70%
5%
71%
30
53%
42%
20
40%
15%
10
0
7%
1円SO 1円SO
あり
なし
1円SO 1円SO
あり
なし
1円SO 1円SO
あり
なし
1円SO 1円SO
あり
なし
1円SO 1円SO
あり
なし
役員の
インセンティブ
機能
企業業績や
株価との
連動性
市場(投資家)
からの評価
優秀な
プロ経営者の
確保・獲得
貴社の経営
理念や社風との
マッチング
■ 有効 ■ 有効ではない ■ どちらともいえない
出所:大和総研作成 有効回答数 :「1 円 SO あり」45 「1 円 SO なし」113
DIRコンサルティングレポート
23
コーポレートガバナンス強化の時代に応える役員報酬制度の再構築 ~株式報酬型ストック・オプションを中心とした考察~
報酬型SOの導入有無は社風や経営理念とマッ
目して選定された企業で構成された株価指数
チしているかどうかが大きく影響しているのでは
「JPX日経インデックス400」の算出が開始され
ないかという仮説が導き出される。
役員報酬の中でも特に業績連動報酬部分に
ついては、設計時に考慮すべき要素が多い。ど
た。この指数を構成する企業の選定では、利益
等でスコア付けした後、2人以上の独立した社外
取締役を選任している企業には加点された。
の業績指標と連動させるのか、それは経営戦
また、2月には日本版スチュワードシップ・コー
略と整合性が取れているのか、短期業績と中長
ドが策定されたが、これは機関投資家が投資先
期業績のバランスは取れているか、金額の水準
企業との建設的な対話等を通じて、企業価値の
は適切か、投資家の賛意を得られるかなど、全
向上を促すための諸原則である。続く6月には会
ての要素を考慮して自社に最適な役員報酬制度
社法改正が行われ、今後は社外取締役をおい
を構築するということは非常に難しい。実際に
ていない場合の理由を株主総会で説明しなけれ
は試行錯誤しながら自社に最適なものになるよ
ばならない等のコーポレートガバナンス関連の改
う改善していくというアプローチが現実的であろ
正が含まれている。そして12月に金融庁から最
う。現在、役員退職慰労金などの固定的な報酬
終的な「コーポレートガバナンス・コード原案」が
の比率が高い企業で、今後は業績連動性を高
示され、国内外を含め広くパブリック・コメント
めたいと考えている企業においては、まずは取
に付されることになった。
り組みやすいSO制度の導入から始めてみてはい
本稿執筆時点(2015年1月)では、コーポレー
かがだろうか。特に株式報酬型SOについて社
トガバナンス・コード策定に関する議論がたけな
風とのマッチングを「どちらともいえない」と考え
わである。コーポレートガバナンス・コード原案
ている企業においては、SO制度を導入すること
では、ついに「自社株報酬」という言葉が盛り込
で、業績連動報酬に対する社内および投資家の
まれた。この言葉の定義は定かではないが、SO
意識を変えるきっかけとなることが期待できる。
のような自社の株価に連動する報酬を指している
その意識の変化が、企業を
「攻め」の姿勢に変え、
と思われる。なお、株式報酬型SOは年率2割
(過
ひいては日本企業のコーポレートガバナンスを
去6年の平均増加率)
増加しているが、
コーポレー
「稼ぐ力」の源泉に変えていくことにつながるの
トガバナンス・コードで言及されたことで、この
ではないだろうか。 流れは加速することはあっても留まることはない
だろう。
おわりに
これら一連のコーポレートガバナンス強化の動
きは日本企業の収益力を向上させ、企業価値の
最大化を後押しするものであるが、この追い風を
2014年という年は後にコーポレートガバナンス
元年と言われるようになるかもしれない。それほ
どいろいろなことがあった1年であった。
1月に収益性やコーポレートガバナンス等に着
24
DIRコンサルティングレポート
うまく捉えて成長曲線を描けるかどうか、企業に
はその真価が問われることになる。
日本がその「稼ぐ力」を取り戻す日が近いこと
を期待して結びとしたい。
コンサルティング レポート
2015年2月発行
発行・編集
株式会社大和総研 コンサルティング・ソリューション第三部
〒135 - 8460 東京都江東区冬木15−6
電話(0 3)5 6 2 0 - 5 3 0 7 E-mail : [email protected]
http://www.dir.co.jp/consulting/personnel/compensation/
本誌は投資勧誘を意図して提供するものではありません。本誌記載の情報は信頼できると考えられる
情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保障するものではありません。また、記載された
意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。
本誌記載の無断転載・複写を禁じます。
DIRコンサルティングレポート
25
Fly UP