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フランス自動車産業における 労働 ・雇用の弾力化

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フランス自動車産業における 労働 ・雇用の弾力化
― 問題 の
一
屋雅
フランス自動車産業における
労働 ・ 用 の弾力化
と分析 の枠組 み ―
井
喜面
荒
夫
I は じめに
一
本論 は,フ ラ ンス 自動車産業 の二大 メー カーの うちの つ ルノー公 団 (1990
年 か らルノー社)に お け る1980年代後半以 降 の労働 ・雇用 の弾力化 の諸過程 を
考察 しよ う とす る もので あ る。そ こで まず,ル ノーの企 業活動 の大 まかな変遷
過程 の なかで,労 働 ・雇用 の弾力化す なわちフ レキシ ビ リテ イ創 出 (nexibili_
sation)は,い かなる理 由 をもってそ してい かなる諸関係 におい て問題 になる
のかを明 らか にす る。す なわち,本 論 の問題 の所在 で ある。その際 ,本 論 は,
そ う した弾力化 のプロセスの考察 をそれぞれの形態 の析 出に とどめることな く,
当該企 業 の発展 と危機 そ して再建 とい う運動総体 の なかに位 置づ けて,そ の意
義 を明 らか にす ることを可能 な限 り目指す がゆえに,予 めそ う した労働 ・雇用
の弾力化 の諸過程 と企 業 の運動総体 の変化 とを同時 に把握す る ことを可能 にす
る分析 上の枠組 み を設定す る。す なわち,本 論 の分析 の枠組 みである。そ う し
た枠組 み を設定す ることによって 同時 に,本 論 は,80年 代後半以 降の フランス
自動車産業 にお け る 「
構造改革」 がその新 たな構造 の 「ジャパ ナイゼー シ ヨン」
一
(日本化)を もた らす とい う先行研究 の命題 を洗 い直す ことを課題 の つ に し
よ うとす る もので あ る。そ うす る ことによって,80年 代後半以 降の国際的 な市
構造改革」 の フラン
場競争 の激化 に対応す る労働 ・雇用 の弾力化 を通 じての 「
ー
ス的独 自性 ,正 確 にはルノ 的独 自性 が浮 き彫 りにされるよ うに思われるか ら
である。
滋賀大学創立50周年記念論文集 (第321号)
エ ル ノ ー の 変選過程 と労働 ・雇用 の弾 力化 の概 観
ここでは まず ,労 働 ・雇用 の弾力化 問題 を念頭 におい て,第 二次世界大戦後
のルノー公 団 (ルノー社)の 変遷過程 につい て簡潔 に確認 してお こ う。
ルノー公団 は周知 の通 り,戦 後直後 ,国 有企 業 として再出発 し,政 府 の支援
体制 の もとで,す で に60年代 にお い て様 々 な 自動車部品 メー カとの買収 ・子会
社化 を進 める とと もに,工 作機械や農業機械 な どの産業機械 の生産活動 を展 開
し,さ らには20ヶ 国以上 の外 国 に組立工場 を設置 して,ヨ ー ロ ッパ有数 の多国
籍 自動車 メー カー として現 れる。 もとよ り,そ う した経営 の多角化 ・多国籍化
の前提 として,国 内 にお け る 自動車 の継続的生産拡張 とそれを支 える生産施設
の拡大 と地方分散化 (ビラ ンクール→ フラン→ サ ン ドゥヴィル)が 展 開 される
とともに,そ のための労働力 として特 にパ リ周辺 の組立工場 には60年代後半 か
ら北 アフリカ等出身の大量 の移民労働者が導入 されるのであ り,こ う してルノー
公 団 は,す でに60年代 の10年間 に 自動車 の生産台数 の 2倍 以上の増加 と従業員
の約 1倍 半化 を達成 し大量生産体制 の基盤 を確 立する。
だが ,戦 後 のルノー公 団 の名 を高 めるのは,70年 代 にお け る乗用車 の生 産車
種 の多様化 とその継続的投入 と りわけ72年投入 の大衆小型車 R5の 成功 であ り,
第 二次石油危機直後 の80年 にお け る 自動車 生 産台数200万台突破 とそれに よる
フランス 国内 トップ (シェア40%)は もとよ リヨー ロ ッパ ・レベ ルでの トップ
クラスヘ の躍進 で ある。 そ う した70年代 の躍進 は,国 内外 の企 業合併 ・買収や
資本参加 によって も支 えられ,公 団 は,70年 代 中期 のシ トロエ ンの子会社買収
お よび後期 の商用車 メーカーの吸収合併 に基づ く商用車部門 RVIの 創設 によっ
てフラ ンス唯 一 の商用車 メー カー になる とともに,70年 代 にアメリカの乗用車
メー カー (AMC)と
トラック ・メー カー (マック トラ ック)に 資本参加す る
ことによって北米大陸での販売拠点 を確保す ることになる。
他方 ,そ う した大量 生産体制 の フルライ ン戦略 の発展 は,ル ノー公団独 自の
労使関係,特 にフラ ンスで最 も早期 の企 業協定 で あ る55年の 「ルノー協定」 を
皮切 りとす る,大 量生産 (雇用維持 ・増加 を可 能 にする継続的生産拡 張)と 社
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
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会平和 の代償 としての物価 ス ライ ド制賃金 と企 業独 自の付加給付 の獲得 とい う
労使妥協 によって支 え られるのであ り,そ れは,公 団 をフラ ンスの経済成長 を
先導す る 「
社会的 シ ョー ウイ ン ドー」 (vitrine sociale)と
呼ぶの を可 能 にす る
事態 である。70年代 を全体 として見 れば,企 業活動 の発展過程 と見 る ことも可
能 で あ るが ,大 量生産 の継続 が ,技 能資格 を持 たない移民単能工 (OS)の
大
量導入 と職務 の細分化 の もとでの彼 らの単純反復作業部署へ の配置 とい うテイ
ラー主義的労働編成 と彼 らの部署 のほぼ最底辺 の賃 金等級 へ の格付 け に依拠す
るがゆえに,60年 代末 か らの10年間 と りわけ70年代初頭 は,各 工場 の製造現場
レベ ルにおける移民単能工 を主体 とす るそれ らに対す る抵抗運動 の高揚 ,す な
わち断続的 な山猫 ス トライキ,工 場 占拠 ,無 断欠勤,製 品 の手直 しの 日常化 ,
して も現 れる ことになる。但 し,こ
等の 「
労働 の危機」 (cttse du travall)と
の危機 は,紛 争誘発的労使 関係 を顕 現 させ るとはい え,公 団 にお け る労使妥協
の枠組 み を根底的 には揺 るが さないがゆえに,当 面 は経営 上の危機 に直結 しな
い。
こ う して,三 度 の石油危機 を乗 り切 つたかに見 える公 回 は,80年 代 に入 るや,
実際 には石油危機 による不況 と国内市場 の低迷 ,イ ンフレ高進下 の輸 出競争力
低下 によって打撃 を受 け る とともに,国 内外 の競合 メー カーの小型車 の 開発投
入 に よる市場競争 の激化 と相 関的 な R5の モ デ ルチ ェ ンジの遅 れ,さ らには
「
労働 の危機」 に も関連す る製品の品質悪化 ・在庫増加 ・管理 コス ト上昇 ,等
による競争力低下 の促進 したが って新型車種 の販売不振 によって,経 営赤字 に
転落 し,80年 代 中期 には商用車や産業機械 の よ うな副次的部門のみ な らず乗用
経営危機」
車部 門 も不採 算 に陥 り,累 積債務 の膨張 と相侯 って文字通 りの 「
re)に 陥 るので あ る。それは,80年 代初頭 の生 産 自動化 に向
(crise inanciё
けた設備投資 の増大 による一方 での規模 の経済 の一層 の追求 によつての競争力
労働
向上 ,他 方 での公 的資金 に依拠す る移民労働者 の緩慢 な排 除 によっての 「
の危機」 の対症療法的解決 とい う公回 の戦略 の失敗 をも意味す る。そ こで公 回
は,乗 用車生産へ の経営活動 の再集 中化 とヨー ロ ッパヘ の生産 の集約化 (AM
Cの 売却),電 子部 品 ・自転車等 の不採算活動 か らの撤退 ,そ して継続的生産
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滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
拡 張路線 の放 棄 で あ る生 産 能力 と実働 人員 の削減 ( 8 0 年代 後 半 に約 4 万 人 の従
減量経 営」 ( d 6 g r a t t s a g e ) ヘ
業 員 減少 ) に よる損益 分 岐点 の 引 き下 げ とい う 「
と経 営 戦略 を転換 す る。
そ う した転換 は同時 に,公 団 と部品供給業者 との関係 の転換 を伴 う。それ は,
以前 の短期的取引契約 とその際 の低価格部品提供 の取引業者選好 か ら,80年 代
中期以降の直接取引業者 の選別 ,選 別 した業者へ の品質管理 の責任付与,代 償
パ ー トナ ー シ ップ」 (partenanat)
としての継続 的取引 とリス ク分担 とい う 「
の創設 で あ り,部 品 の品質向上 とジャス ト ・イ ン ・タイム方式納入 を可 能 にす
る公 団 と部品供給業者 との 間の資材調達 ・下請 け システムの改革 で ある。すな
わち, 日本 的生 産方式 の導入開始 で ある。
世界的 に見 れば,石 油危機後 ,そ の製品の高 い生産性 ・低 コス トと優 れた品
質,短 い納期 と製品 の大 きな多様性 を可 能 にす る独 自の生 産方式 をもって,世
界市場 を席巻 しア メ リカのみならず ヨー ロ ッパ に も海外 工場 を進出 させて きた
日本 メー カーの支配的競争力 を前 に して,90年 代初頭 に形式的民営化 を果 た し
たルノー は,以 上 の よ うな80年代後半 以 降 の 「
構造改革」 (restructuration)
を続行 せ ざるをえない 。す なわち,「減量経営」 を継続 (92年に最古 の ビラ ン
クールエ場 =「 労働者 の砦」 の閉鎖)す るとともに,主 要車種 のフルモデルチェ
ンジと新型車種 と りわ け小型車 と高級車 の 開発投入 ,そ のために 日本 のTQC
に相 当す る 「
Totale)体 制 の確 立が追 求 され る。それ
完 全 な品質」 (Qualitё
はす で に,89年 末 の新 しい企 業協定 「
生存す るための協定」 (Accord a vivre)
・
・
に謳 われ,人 事管理 訓練 労働時間の新 しい方向 とともに,企 業全体 と部品
基礎作業単位」 (Unit6s E16mentaires
供給業者の関与 をも目指す新 しい労働編成 「
de Travall)に依拠す る もの として公認 される。
だが ,90年 代 にお け るルノーの対応 はそれにとどまらない。 ヨー ロ ッパ市場
の全体 としての成熟市場化 と需要 の停滞基調 の なかで,当 該企 業 は,93年 投入
の新型小型車 トウイ ンゴ以 降,部 品供給業者 〒部品 メー カー との共同開発方式
を採用 し,新 車 開発 の一層 の迅速化 と一層 の コス ト削減 を目指す とともに,96
年 の完全民営化 の後,マ ース トリヒ ト条約 によって明示 されたEU(欧 州連合)
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
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統合 の最終段階 の通貨統合 を見据 えて, 前 年度 の1 0 年振 りの経営赤字 を口実 と
して9 7 年春 にベ ル ギーの子会社 工場 を閉鎖 し, 生 産 ・労働 コス ト削減 の観点 か
らの生 産拠点 の再配置 ・統廃合 とい うE U 通 貨統合後 に予想 される企業行動 を
先取 り的 に敢行す る。のみな らず , ル ノーの フルライ ン戦略 の維持 は, 新 技術
獲得 と開発 コス ト削減 のために, 9 3 年 ボルボ ( 不成立) 9 9 年 日産 ( 成立 ) と い
う形で,競 合 メーカー とのグローバルな提携関係 を追求 させている。こうして,
ルノーは今や企業存続 のために,ヨ ーロ ッパ と世界 にわたる柔軟生産体制 を追
求 していると言 えよう。 ル ノーにおける労働 ・雇用の弾力化が主としていか
1)
なる文脈 にお い て問題 になるかは,以 上の よ うな企 業 の変遷過程 の簡潔 な叙述
によって明 らかにす る ことがで きよ う。
今 ここで,労 働 ・雇用 の弾力化 を労働編成 ,雇 用 ,労 働時間,賃 金 の四つ の
領域 にわたる弾力性 =フ レキシビ リテ イに分類 し,そ れぞれの内容 をさしあた
り次 の よ うに規定 してお こ う告 す なわち,労 働編成 のフレキシビリテ イは,製
品 の高品質 ・低 コス ト ・多様性 や 自動機械 の効率的作動 の要請 に対す る労働編
成 の変容 ・転換 による労働者 の個別的集団的 な職務遂行能力 の向上 ,雇 用 のそ
れは,企 業業績 と労働市場 の変動 に応 じた雇用量 の伸縮化 と雇用形態 の多様化,
労働時間のそれ は,製 品 の需要変動 に応 じた労働時間編成 の変容 と勤務時刻 ・
時間の多様化,賃 金 の それ は,企 業業績 と労働市場 の変動 に応 じた賃金 の伸縮
化 と個別化,と い うのがそれである。
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力
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1 ) 戦 後 のルノーの変遷過程 につい ては, 次 の よ うな文献 を参照 。M . F r e y s s e n e t , D ぢ
'oeuvre,CSU, 1979.MI.Freysse
物物θttθι
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national du GERPISA,1993,MI.Freyssenet,Renault i From Diversined MIass Producti
On to lnnovative Flexible Production, in A/1.Freyssenet,A.MIair, K.Shirllizu, G.Volpato
物けatts
α切枕 cθ
sけドQグ ?Oxford University Press, 1998.」 .L.Loubet,妃 θ?み
(eds),0物θβθ
'ん
γ
溺 体け
οケ
q ETAI,1998.
二 つの フ レキ シビリ
2)な お労働 ・雇用 の フレキシ ビ リテ イの諸類型 につい ては,熊 沢誠 「
ー デ イズムの パ ラダイ ム
ー
・
フォ
アフタ
12号
田武司
「
テ イ」 (『
季刊 窓』第
,1992年 ),篠
80年代労働市場 フ レキ
立命館 産業社会論 集』第28巻 2号 ,1992年 ),福 原宏幸 「
転換」 (『
シビリテ イ化 の現実 と課題」 (竹中恵美子 編著 『グローバ ル時代 の労働 と生活』 ミネルヴァ
現代企業経営 とフ レキ シビリテ イ』 八千
書房 ,1993年 ,所 収),坂 本清 ・櫻井幸男編著 『
代 出版 ,1997年 ,等 ,参 照 。
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滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
労働 ・雇 用 の弾 力化 が以上 の よ うな内容 で あ る とす れ ば , ル ノ ー の変遷過程
にお い て最初 に問題 になるの は, 労 働 編成 の弾力化 ・柔軟化 で あ る。 それ は,
60年代末 以 降 に勃発す る 「
労働 の危機」 の克服 に関 わるのであ り,何 よ りもま
ず テイラー主義的労働編成 と作業部署 の底辺賃 金等級へ の格付 け に対す る移民
単能工の抵抗運動 の高揚 に直面 して,工 場 よ りもむ しろ一製造現場 レベ ルの経
営管理者 が 自主 的 に試 みる実験 で あ り,単 能工 集団 に対す る 「
職務拡大」そ し
て コ ンベ アー ライ ンに代 わるテ ー ブル上の数人一組 の集団的組立 =「 モジュー
ル方式作業」 (travail en module)と
い う作業 の 自律性 ・自主性付与 による労
働疎外克服 な らびに作業へ の統合 と作業効率向上 を目指す局地的実験 として現
れる。そ してそれは,一 定 の勤続年数 を経過 した単能エヘ の企 業内格付 けの若
子 の上昇 をもた らす。 この弾力化 はこれにとどまることな く,二 三の段 階 を経
て変容 を遂 げ る。
次 の段 階 は,80年 代初頭 の生 産設備 の 自動化 へ の対応 で あ り,主 として実行
されるのは,複 雑 な 自動停止 ・自動検 出 ・自動交換 ,等 の機能 を装備 した機械
加工 の 「
統合製造 ライ ン」 の効率的稼働 のために組織 される均質的 な 「チ ーム
制作業」 (travall en groupe)で
あ り,そ れは,工 場 レベ ルの経営陣 による試
験 と一定期 間の企業内訓練 に基づいて新 しく認定 された内部昇進型専門工 によっ
て構成 される。そ こでは,従 来 の保全専 門工 ・調整工 ・製造専 門工 ・単能工 と
い う序列 が,保 全専 門工 。内部昇進型専 門工 とい う構成 に簡素化 される。但 し,
ここまでは選抜制 に基 づ くチ ーム編成 であ り工場 の特定 ライ ンの実験 にとどま
る。
80年代 中期 は 日本的生産方式 が導入 された時期 で あ り,そ れに対応 して柔軟
労働編成 が組 立工場 に も拡張 される。 そ こでは,全 従業員 を目標 として,ま ず
高 い技能資格 をもった専 門工 を長期 間訓練 した後,彼 らを訓練者 として一般作
業員 をライ ンご とに小集団 に組織 して訓練 しなが ら,こ れ らの集団 を 「
改善班」
として定期的 に日本的 なカイゼ ン活動 に動員す る こ とになる。 しか もそ こで は,
完成品 に欠陥が見 つ か った場合 には,そ れに関係す る部品供給業者 とその組付
に従事す る作業員 ・専 門工お よび検査 工が 「
問題解決班」 として必要 な期 間,
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
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組織 され る。 これ らの新 しい労働 編成 の狙 い は何 よ りも製 品 の 品質向上 で あ り,
そうした工場 レベルの実践 の企業 レベルでの公認が,80年代末 に締結された企
基礎作業単位」 であることは言 うまで もない。それは,「完全
業協定 による 「
な品質Jの ために志願制 に基づいて訓練を受け 「
職務遂行能力」 と 「
多能性」
を獲得 した従業員 の集団 を 「
単位長」 の もとに組織 し,「従業員の参画」 と能
ー
ー
力活用 によ り部品メ カ との契約主体 として品質 ・コス ト等 の責任 を持 たせ
ようとす るものであ り,全 従業員の組織化 を目指 している。
以上のように,ル ノー公団における労働編成の弾力化 ・柔軟化 は,端 的に言
えば,「労働 の危機」へ の局地的自主的対応 ,生 産の 自動化へ の工場現場 の 自
主的対応 ,「経営危機」 と日本的生産方式導入へ の全工場 ・企業のいわば戦略
的対応 とい う段階的な展開を遂げてきたと言 えよう。
雇用 の弾力化 については,ル ノー公団が国有企業 として雇用保障の面 で も
「
社会的 ショーウイン ドー」 たることを要請 されてきたがゆえに,各 工場 レベ
ルでの僅 かな比率の派遣工の日常的利用 を別 とすれば,そ れが問題 になるのは
連帯
経営赤字 に陥 る80年代以降である。雇用問題 は当初,左 翼新政権 による 「
契約」 とい う公的資金に依拠 した若年者雇用促進 ・中高年者離職支援 のいわば
ソフ トな雇用調整 として現れるが,80年 代中期 に公団が 「
経営危機」 に至るや,
ー
・
ハ ドな雇用調整すなわち公然たる 「
人員整理」 (dё
減量経営」 「
graissage)
として現れる。公 団経営障はその際,一 方 において,「帰国援助」「
早期退職」
解雇
雇用調整計画」 (plan social)と
「
職業転換休暇」等 の公的資金依拠 の 「
付随措置 に依拠す るが,他 方 において,当 時実現 されたばか りの解雇手続 き上
の行政的許可制の廃止 とい う解雇法制の弾力化 にも依拠す ることによって大量
解雇 を実現す る。
その後,雇 用の弾力化 は,日 本的生産方式の導入 にともなって,公 団 との新
たな関係 を創 り出す部品メーカーがむしろ焦点 となる。公団がエキプモンティ
パ ー トナーシップ」 を確立す る
エ と呼ばれる大規模部品メーカー と持続的な 「
とともに,後 者がよ り小規模な部品供給業者 を選別 ・階層化す るとい う日本的
な 「
生産組織」の形成 は,部 品メーカーに新 しい雇用人事管理 ・労使関係 を強
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滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号
)
い るか らで あ る。 ジ ャス ト ・イ ン ・タイム方式納 入 と品質 向上 の 要請 は,エ キ
プ モ ンテ ィエ を して公 団 の組 立工 場 に近 接 した地 点 ,但 し労働 組合 の影響力 の
ほ とん どな い 地域 に工 場 を配置 させ , しか も従 業員採 用 の 際 ,職 業未経験 者 で
一 の
定 技 能資格所持 の 若年者 を厳格 に選別 し,か つ 直接 採用 よ りも派遣 会社 を
通 じての 間接的短期 的雇用 を優先す る, とい う不安定雇用形態 と労使 関係 のノ
ンユ ニ オ ン化 を追 求 させ ることになる。
要す るに,80年 代初頭 の経営赤字へ の転落 と日本的生産方式 の導入 を契機 と
して,雇 用政策 は図式的 に言 えば,公 国内部 においては国家 に依拠 した 「
減量」
ー
ー
化 と従業員世代交代 ,取 引部品 メ カ にお い ては若年者 の不安定雇用形態採
用 として現 れるので あ り,そ れは,部 品供給業者 の統合 ・子会社化 と継続的生
産拡張 による雇用拡大 ・保障 とい う従来 の企 業戦略 , したが ってそれを支 えて
きた従来 の労使 関係 か らの決定的な転換 を意味す ると言 えよう。
労働時間の弾力化 につい ては,80年 代 中期 にプ レスの保全作業 を対象 とす る
「
週末作業班」 が一工場 にお いて現 れる ものの,そ の諸形態が展 開されるのは,
企 業協定 「
生存す るための協定」以後 の90年代 である。 その協定 には労働時間
に関 して,「需要変動 へ の最短時 間での反応」 と 「
生産設備 の最適利用」 とい
う基本 目標 とそ して労働時間 「
調整」 の 「
志願制 に依拠 した現業部 門決定」 と
それによる 「
追加的拘束」 の場合 の 「
労働時間短縮等 の代償」 とい う実施原則
が謳 われる。 それに基 づい て成立す るのが ,90年 代初 めに成立 し実際 には新型
車 トゥイ ンゴの 注 文殺 到 を待 って実施 され る フラ ンエ 場 の 「
夜 間作 業班」
あ り,そ れは,形 式的 には 日本 の連続 三交替制 に近 く,
(6quipe de nuit)で
需要増大へ の生産設備稼働時間 =労 働時間の延長 による対応 であ り,生 産設備
の迅速 な減価償却 を 目指す ものであ る。次 いで90年代 中期 に現 れるのは,一 年
間 を単位 として需要 の低調期 と高揚期 とで週労働時間を変更 させ る 「
労働時間
の年次化」 (annualisation du temps de travail)で
あ り,そ れは,需 要変動
に応 じた従業員 の労働時間 と勤務体制 の季節 的編成替 えを可 能 に し,上 記 目標
の一層効率的な実現 とと もに,完 成車納入 の迅速化 を目指す ものであ る。
そ して最近 の弾力化 は,90年 代末 の週35時間労働 へ の短縮 を前面 に押 し出 し
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
135
た 「
雇 用 ・組織 ・労働 時 間短縮」 とい う企 業協 定 に基 づ くもので あ る。上 記 二
つ の弾 力化 の形 態 も, 実 はす で に週 3 8 時 間余 か ら週3 7 時 間へ とい う労働 時 間短
縮 を伴 つてい たので あ るが , 今 回 の弾力化 は , 労 組 の 要求 で あ る 時 間短縮 に よ
る 「ワークシェアリング」 (partage du travail)を
通 じての若年者雇用 を認め
る代 わ りに,退 職年齢 を迎えた高齢者の有給 自宅待機 を条件 とするとい う 「
従
業員の若返 り」 (rtteunissement des effect温
)を 目指す ものである。それは,
貯蓄」力S従来通 りの単 なる休暇取得のみな
週35時間を越える超過勤務時間の 「
らず訓練 を受ける権利 となることと相侯 つて,従 業員の適応能力 と資質 を高め
ようとす る経営障の意思をも表現 していると言 えよう。
以上,労 働時間の弾力化 は全体 として見れば,そ の時々の政府の法制化 によ
る圧力があるとはいえ,需 要変動 に対応 した設備稼働時間=労 働時間の調整 に
よる生産性向上 ・コス ト削減 とい う経営陣の意思 のみならず,「賃金引 き下げ
なしの労働時間短縮」 による生活水準向上 と 「ワークシェアリング」 による雇
用問題 の打開 とい う労組側 の権利要求 との対抗関係 のなかで実現 されてきたと
言 えよう。
最後 に,賃 金の弾力化 についても,公 団は同様 に,継 続的生産拡張 と社会平
社
和 の代償 に物価 ス ライ ド制 と企業独 自の付加給付 を協定化 し,こ の面でも 「
ー
ー
会的 シヨ ウイン ド 」 たることを要請されてきたがゆえに,80年代初頭の経
営赤字への転落 まで問題にならなかった。む しろ,70年代前半 において,単 能
工の抵抗運動の結果,彼 らについての 「
作業部署の評価付け [のみ]に 基づ く
賃金」 の廃止 と月給化が実現 されるとともに,一 定の勤続年数 を経過 した単能
工に 「
製造専門工」 とい う企業内格付けが認定 され,基 本給 の上昇 を結果 して
さえいる。 しか しなが ら,公 団の 「
経営危機」 は,物 価 スライ ド制賃金の制度
的見直 し (自動的随時調整から年度末調整へ)の うえで,単 能工の昇給 の基準
を,従 来の勤続年数 と経験 から 「
多能性 ・職務充実 。内部移動 ・訓練の発展」
へ と転換 させる 「
職務格付けに関す る協定」 を締結 させるに至る。80年代末の
生存す るための協定」 は,こ の点 を 「
「
完全な品質」 を支 えうる従業員の個別
的集団的 「
職務遂行能力」 として明示す る。こうした昇給基準の転換 は,当 然
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滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
なが ら弾 力化 の 一 形 態 た る 「
賃 金 の個 別化 」 ( i n d i v i d u a l i s a t i o n d e s s a l a i r e s )
を出現 させ , 旧 単 能 工 に も適用 され る にい た る。 それ は , 従 来 の企 業横 断 的職
務格付 け表 に基 づ く基本給 決定 を残 した ままでの 職制 に よる 一― 労組 との協 議
を経 た基 準 に よる 一― 従 業員個 人 の 能力査 定 を通 じて の賃 金 加算 の差異化 とい
チ ーム制作業」へ の統合 と 「
う形 をとるにす ぎない とはい え,彼 らの 「
職務遂
行能力」 の発揮 を動機 づ け る ものである。
以上 の賃金 の弾力化 もまた,80年 代 中期 の 「
経営危機」 と日本的生産方式 の
導入 を契機 とす る賃金 =職 務格付 け様式 の転換 の なかで具体化 されるのであ り,
80年代後半 以 降 の 「
減量経営」 に照応 した賃金総額 の節約 の追求 であ り,企 業
の競争力向上へ の賃 金面か らの動機 づ け を目指す もの と言 えよ う。
以上 ,ル ノーの変遷過程 にお け る労働 ・雇用 の弾力化 の諸形態 につい て概観
して きたが,労 働編成 の弾力化 の最初 の形態 と労働時間の弾力化 を別 とす れば,
他 の諸形態 は,80年 代初頭 か らの経営赤字へ の転落 とそ してそれへ の対応 で も
ある 日本 的生産方式 の導入 を契機 として,労 働編成 の弾力化 の試 み を終始 一貫
先頭 に,そ の追求が始 め られてい る。その際,貫 かれてい るのは,市 場競争 の
激化 の なかで継続 的生 産拡張路線 か ら 「
減量経営」路線 へ の転換 は企 業存続 の
ためには不可避 であ り,企 業存続 さらに競争力向上のためには従業員 の 「
参画」
と能力発揮 が不可欠 で ある, したが って逆 に,雇 用や賃金 に関 して国有企 業 の
「
社会的 シ ヨー ウイ ン ドー」 としての役割 とそれ を支 えて きた独 自の労使 関係
も見 直 さざるをえない とい う公 回の戦略的方針 であ る。それは瑞的 に言 えば,
me
戦後 の フ ラ ンス の 高度 成 長 に対 応 した 「ル ノ ー ・シス テ ム」 (le systё
3)
Renault)の見直 しさらには解体 に他 な らない。
「ルノー ・システム」 とは,ル ノー公 団 にお け る経営障 と労組 の交渉 システ
ムで あ り,労 組 と りわ けその最大勢力 で あるCGTが
,テ イラー主義的労働編
成 の もとで の継続的生産拡張 と社会平和 を支持す る限 り,そ の代償 として経営
障が ,物 価 ス ライ ド制賃金 による購買力 の維持 ・向上 とともに企業独 自の付加
給付 と りわけ様 々 な手当金 を認 め,さ らにはそれを労組 と くにCGTの
―
3)D.Labbも &F.P6rin,cttθ ?セ
Sけ
θ―
け
づ
ιαθβづ
け
ι
attcο
ttγ
け?HaChette,1990.
功績 と
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
137
させ る こ とに よって 当該 労組 の企 業委 員 会等 にお け る勢力維持 ・増大 を可 能 に
す るような労使 間の明示的暗黙的合意 システムで あ る。 こ う したシス テムが ,
戦後 のルノー公 回 の発展 を基礎 づ けた ことは明白で あ るが , しか しまた,そ れ
自体 の継続 的作動 が ,第 二次石油危機 を契機 とした企 業間競争 の激化 と市場 の
経営危機」 を招 い た ことも明 白で あ り,経 営再建 のために
変化 を媒介 として 「
はそ の再検討 さらには解体 が 日程 に上 らざるをえな くなる。その解体 の典型的
拠点 =「 労働者 の砦」 たる ビラ ンクールエ場 の90年代初 めの
表現 は,CGTの
閉鎖 で あ ろ う。
以上 に見 た労働 ,雇 用 の弾力化 の諸形態 は,こ の旧式 の労使 関係 システムの
解体 をあるい は迅速 に,あ るい は緩慢 に促進 し,別 の諸関係 へ の転換 を仲介す
る役害Jを呆 た して きた よ うに思 われる。総 じて,ル ノー にお け る労働 ・雇用 の
弾力化 は,以 上の概 観 によって,当 該企 業 の危機 を契機 とす る労働編成 ,雇 用
賃金管理 ,生 産方式 ,対 部品供給業者関係 ,狭 義 の労使 関係 ,等 の諸制度 の転
換 のプロセスに関与 し,さ らにはそれ らの諸制度 の整合化 を促す ことによって,
企 業 の競争力向上 に資す る機能 を果 た して きたであろうことが大 まかに確認 で
きよう。 とす れば,そ れは,企 業 の再建 と競争力向上 に向けて機能す る諸制度
の整合化 のプ ロセス を分析 しうる ような枠組 みのなかで こそ,そ の正確 な意義
を問 うことがで きる と言 えよう。
Ⅲ 分 析 の枠組 み 一一 生産 システム と賃労働関係 ―
本論 は,ル ノー にお け る労働 ・雇用 の弾力化 についての分析 の枠組 み として,
自動車産業 に関す るフラ ンスの 国際的研 究 グル ー プ GERPISA(Groupe
s de
d'Etude et de Recherche Permanent sur l'Industrie et les Salariё
4)
1'Automoble i自
動 車産業 とその賃労働者 に関す る永続 的研究調査 グル ー プ)
の研究 プ ロジェ ク トの責任者 の一 人 として, そ こでの集団的調査研究 による提
一
4)GERPISAに
関 しては,拙 稿 「日本型生産システムヘのフランスからの 接近」 (R.
アフター ・フォーデイズム』 ミネルヴァ書房,
ボ ワイエ , 」.P.デ ユ ラ ン共著, 拙訳 『
1996年,所 収)参 照 。
138
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
起 を踏 まえつ つ ,独 自の分析 を も提 示 して い る R.ボ
ワイエ , 」.P.デ
ユラ
ン両氏 の諸概 念 に基 本 的 に依拠 す る。
本論 に必 要 な限 りで ,GERPISAの
90年代 前半 にお け る各 国 自動 車産業
の 実証研 究 の枠 組 み と暫定 的結論 につ い て 要約 してお け ば ,GERPISAは
まず ,世 界各 国 と りわ け欧米諸 国 自動 車産業 が ,80年 代 に遭遇 した危機 を克服
す るため に実施 した様 々 な改革 と戦略 を実証 的 に考察 す る際 に,そ れ らを集約
し比 較検討す るための方法 的手懸 か りと して 「
le industriel)
産業 モ デ ル」 (modё
とい う概念 を設定 した。「
産業 モ デル」 とは, 「商品関係 と賃労働 関係 を規制す
る諸制度 と企 業 の生活 を構造化す る諸要素 の内部的整合化 または外部的適 正化
の周期的 プロセス」 であ り, よ り具体的 には 「
企業 の組織 と管理 , 賃 労働 関係 ,
企 業 間関係 , 市 場 との関係, 資 金調達へ のア クセス とい う五 つ の構成要素 を規
制す る補完 関係」 で ある と定義 された。その際 , 「 この概念 は, 純 粋 に ミクロ
経済上のアプ ローチ とそ してマ クロ経済上の諸連鎖 を規制す る調整様式 の分析
の 中間にあ る」 とされたのである。 こ う した概念設定 の うえで, 各 国 自動車産
業 の広範 な実践 か ら規定 される様 々 な産業 モ デルは, トヨタ生産方式 を組織改
こ収敏す るのか どうか とい う点 を
革 の面 か ら理念化 した 「リー ン生産」 モ デルキ
主たる課題 とす る調査研究 プ ロジェ ク ト 「
新 しい産業 モ デルの 出現」 が 国際的
に組織 されたのである。その暫定的結論 は, 各 国 自動車 メー カーの変遷過程 ,
労使 関係 , 労 働者保護 立法, 等 の相違 を前提 とす る市場 の不確実性 に対処す る
ために設定 される戦略 と経路 の多様性, 種 々の産業 モ デルの分 立性 で あ った告
さて, ボ ワイエ氏 は周知 の通 り, レギ ュ ラシオ ン学派 の理論的 リー ダーの一
人 で あ り国際的経済学者 で あ るが , 氏 は, 気 鋭 の社会学者デ ュ ラ ン氏 との共著
『アフター ・フォー デ イズム』の なかで, G E R P I S A に
おける各国 自動車
5)」.P,Womack,D.T.Jones,D.Roos,質
んθ虹もcんぢ
物θけ
んaけcんa%θθα け
んθ ″bγtt MIaCmlllan
P u b . 1 9 9 0 。( 沢田博訳 『リー ン生産 方式 は世界 の 自動車産業 を こ う変 える』経済界 , 1 9 9 0
年)
6 ) こ の点 の詳細 は最近 出版 された G E R P I S A の
以下の研究報告書, 参 照 。
M.Freyssenet,A.Mair,K.Shimizu,G,Volpato(eds),Ottθ
Bθsけル
タ
幼グ ?op.cit.
'Opγ
7)R.Boyer&」 .P.Durand,と
θ
sゃ γ
αづ
Stta Syros, 1993.nouvelle 6dition, 1998。(胃il弓
拙訳 『アフター ・フ ォー デ イズム』)
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
139
産業 の実証 的調査研 究 を念頭 にお い て , 従 来 の 戦後資本 主 義分析 にお け る理 論
的枠 組 み を具体化 して い る。 それ を典 型 的 に体現 して い るの は, 「生産 モ デ ル」
いし 「
le prOductif)な
生産 システム」 (systё
me productif)(あ
(modё
るいは
生産パ ラダイム」)と い う氏 の概念であ り,本 論が分析 の枠組み
同 じ意味で 「
として主 として援用 しようとするものである。戦後資本主義分析 の方法 として
レギュラシオ ン ・アプローチを支持す るかどうかは別 として,フ ランス 自動車
産業 ここではその中核的企業ルノーの変遷過程 の考察 にとって,氏 のこれ らの
概念 とそれによる推論 は非常 に有益であると思 われるからである。
氏 によれば,「生産モデル」 とは 「
管理原則,企 業の内部組織お よび賃労働
関係 の間の補完性お よび整合性」 であ り,「管理原則,下 請け関係お よび競争,
賃労働関係 の管理様式を整合的な統一体 に組織す る」のである。同 じ意味で使
われる 「
生産システム」 について言 えば,そ の本性 は 「
企業の内部組織,競 争
の諸形態,労 使関係 の性格,教 育 システムそして勿論,マ クロ経済的 レギュラ
シオンの間の補完性を創 り出し維持す ること」 にある。その際,重 要なことは,
こうした概念が 「
その利点が企業 レベルか らマクロ的動態への移行 またはその
逆をも可能にす ることにある中間的でメゾ経済的な概念」 であるとされている
ことであ る。また,こ こで言 う分析 レベルの移行 とは,「単 に国内的国際的経
済環境 の変化があるシステムから別のシステムヘの移行を説明 しうるだけでな
く,あ る生産パ ラダイムによって推進されるダイナミックスその ものが,長 期
的には,こ のパ ラダイムの基盤を不安定化す る諸傾向を出現 させる」 とい う現
実経済の動態的運動の反映であることを確認 してお くことが重要であろう。
それゆえ,こ こで 「
生産モデル」 または 「
生産 システム」 とは,あ る時代 の
国内的国際的経済環境 の変化 に対応 して成立 しうる,あ る国のいわば経済発展
を主導す る産業部門のレベル,さ らにはその部門内の中核的企業 ・企業 グルー
プのレベルにおける諸制度の整合的構図であるとともに,そ の持続性 によって,
今度 は逆に所与の国内的国際的経済環境 を変化 させてゆ く動因になるとい う,
す ぐれて動態的な概念 として設定されていると言 えよう。それは氏 によれば,
一般的特徴 をめ ぐって様 々な産
実態的には,日 本 の生産モデルの 「
業部門が著
140
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
しい差異を示 し,ま た,例 えば,自 動車部門の内部自体 において様 々な企業が
モデルの特徴 のあれ これを多少 とも体現 している」 とはいえ,「 トヨタ 。モデ
ルは, とりわけ一般大衆向けの 自動車 とエ レク トロエクスの タイプの組立産業
において,そ の優位性 を明示 してきた」以上,一 国の競争力 を担 う主導産業 に
おける中核的企業 ・企業 グループの生産 システムにまで適用 させることができ
るように思 われる。
したが って,こ うした新 しい中間的概念の設定は,レ ギュラシオ ン学派の従
発展様式」や 「
来の 「
蓄積体制」 とい う国民経済的またはマ クロ経済的 レベル
働
の歴史的理論的分析 に,例 えば一国の代表的自動車 メーカーの企業戦略や労使
関係 などの変遷過程 の実態分析 を組み込むのを可能 にすると言 えよう。それは
また,従 来のレギュラシオ ン学派の分析 において不明確であると言われて きた
ミクロ次元の個別企業の競争力の問題 とマクロ次元の国家間の競争力の問題 と
の
の論理的区別 と連関 を明確 に し,あ るマ クロ的理念 としての蓄積体制 を帰結 し,
あ るい は不安定化す る産業 さらには企 業 ・企 業 グルー プの レベ ル にお ける 「
特
1 0 )
定の労働編成への労働者の動員システム」の分析 に途 を開きうる方法概念であ
1 1 )
るように思われる。
そ こで,本 稿 にとって問題であるのは,ル ノーの変遷過程がそれに規定され,
それに含まれる戦後資本主義の成長 と危機そしてそこからの再建のプロセスを,
生産モデル」 または 「
生産 システム」 (以下では便宜上,後 者の用語 のみを
「
使用)と い う概念 は 「メゾ経済的概念」 として, どのように理念的に表現す る
8)こ の点 につい ては,ボ ワイエ氏他 の多 くの翻訳書 の他 に,山 田鋭夫 『レギュラシオ ン ・
アプ ロー チ』藤原書店,1991年 ,同 『
20世紀資本主義』有斐 閣,1994年 ,R.ボ ワイエ ・
山田鋭夫共編 「レギ ュ ラシオ ンコレクシ ョン』 全 5巻 ,藤 原書店,1993年刊行 開始 ,等 参
照。
9)宗 像正幸 「『フ ォー デ イズ ム』論 の再興 とその意味運 関 につい て」 (F広島経 済大学経 済
研 究論集』第 14巻2号 ,1991年 ),成 瀬龍夫 「
現代 にお け る労働 と生 活 の論理」 (社会 政策
社会政策学 と生 活 の論理』啓文社,1992年 ,所 収)等 ,参 照 。
叢書第 16集 『
10)黒 田兼 一 「『日本 的労使 関係』論 の新動 向」 (稲村毅 ・仲 田正機編著 『
転換期 の経営学』
中央経済社 ,1992年 ,所 収)。
11)ボ ワイ エ 氏 の 「メ ゾ経 済 的概 念」 につ い て は なお ,R.Boyer,Prёface i trtteCtOires
sectorielles du travail,in Ch.du Tertre, コ
θ
cん物οι
ο
θttθ
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ι
ケ6 θ
οあ
,L'Harmattan,
θう
ηpι
1 9 8 9 . R . ボ ワイエ , 井 上 泰夫訳 『
現代 「
経済学」批判宣言』藤原書店, 1 9 9 6 年, 参 照 。
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
141
の か で あ る。 ボ ワ イエ 氏 に よれ ば , そ れ は瑞 的 に言 って , 「 フ ォー デ ィズ ム」
「フォーデ ィズムの危機」そ して 「アフター ・フォーデ ィズム」 の状況下 での
再建軌道 の分裂化 として理念化 されるのであ り, そ の限 りでマ クロ次元 の蓄積
体制 の変容 につい ての理念化 と基本的には寸分違 わない。 その理 由 につい て言
えば, 「生産 システム」 とい う概念 が事実 上 , 想 定 して い る 自動車産業 の戦後
の変遷過程 が , G E R P I S A の
1 2 )
的 に同一 で あるか らである。
調査研究 によれば, マ クロ経済 のそれ と基本
さて,そ の理念化 は次 の よ うになる。す なわち,「生 産 システム」 としての
フォーデ ィズム は,「管理原則」 (労働 の合理化 ・機械化,開 発 ・生 産 ・販売等
の階層組織化 ,生 産物へ の低価格 による販路確保 ,品 質軽視 の標準製品の生産),
企 業組織」 (量産型生産方式,中 央集権 的意思決定 ,垂 直的統合,安 全弁 と
「
しての下 請 け利用),「賃労働 関係」 (分業 と職務細分化 ,職 業訓練 の不在 ,階
層組織的統制 とイ ンセ ンテ ィヴとしての賃金引 き上 げ,紛 争誘発 的労使 関係)
とい う諸制度 の相互補完関係 で あ り,統 一体 で あ る (第 1図 ,参 照)。す でに
ルノーの変遷過程 を概 観 した 日で見 る と,こ うした諸制度 の相互補完関係が,
ルノー公 団 の70年代 まで の発展過程 の構造 と基本的に合致 してい ることは明白
で あ る。 しか も,こ の理念化 の なかには,フ ォーデ ィズムの別名 である大量生
産 =大 量消費体制 を支 える 「
分業 と職務細分化」す なわちテイラー主義的労働
編成 と 「イ ンセ ンテ ィヴ としての賃 金引 き上げ」 とい う労使妥協 の基本関係が
「
賃労働 関係」 の整合 的諸制度 として構成 されてお り,「ルノー ・システム」
がそ うした労使妥協 の典型的体現者 である ことは,す でに言及 した通 りである。
次 い で,「生産 シス テム」 としての フォーデ ィズムの成功 と持続 それ 自体が,
市場 と労働 の諸条件 の変化 とそ して生産性 ・収益性 の減退 を生み出す とともに,
石油危機等 の国内的国際的経済環境 の変化 を契機 として,自 己 を構成す る従来
の諸制度 の不適合 とシステムの危機 を帰結 せ ざるをえない こ とになる。 「
生産
ー
システム」 としての フォ デ ィズムの危機 のメカニズムであ る。すなわち,従
管理原則」 による帰結 (労働 生 産性 ・全 要素生産性 の減速 ,市 場変化ヘ
来の 「
12)こ の 点 につい ては,注 4)11)の 文献,参 照 。
142
滋
賀大学創 立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
の反応能力 の欠如 ,在 庫増加 と新需要へ の感応性欠如,製 品の品質 と多様性ヘ
の配慮欠如),従 来 の 「
企 業組織」 による帰結 (マーケ ッ トシェアの喪失,中
間の階層組織 の不効率 ・過剰化 ,イ ノベ ー シ ョン過程 へ の統制力喪失,下 請け
との連繋悪化),従 来 の 「
賃労働 関係」 による帰結 (労働 の危機,新 技術 ・設
備 の現場 での制御不能,コ ス ト増大 と収益性低下 ,労 使双方 に有益 な解決策 の
阻害)の 相 互促進関係 である。 こ う した関係 は,ル ノーの変遷過程 においては,
70年代前半 の 「
労働 の危機」 の先取 り的発現 を別 にすれば,70年 代 を通 じて潜
在的 に進行 し,80年 代 当初 か らの経営赤字 へ の転落 か ら80年代 中期 の 「
経営危
機」 にかけて顕在化 し,危 機 の 因果関係 として誰 の 目にも明 らかにな った と言
えよう。
新 しい生産 システム」
最後 に,フ ォー デ イズムの危機 の克服 を可 能 にす る 「
が提示 される。す なわち,新 しい 「
管理原則」 (全要素生 産性 の最適化 ,開 発
・生産 ・販売等 の統合 ,市 場 の状況 に適応 した生産 ,多 様 な高品質 ・低 コス ト
企 業組織」 (多品種大量生産方式 ,意 思決定 の権限委譲,
製品の生産),新 しい 「
ー
賃労働 関係」 (生産
部門間の ネ ッ トワ ク化,下 請 けの長期契約化),新 しい 「
と保全等 の職務再合成 ,一 般教育 と職業教育 との相乗化 ,誠 実 ・能力発揮 と昇
進 システム,雇 用安定等 をめ ざす労使 間の長期的妥協)と い う諸制度 の相互補
完関係 ない し統 一体 で あ る (第 2図 ,参 照 )。 とはい え,こ うした 「ポス ト ・
フォー ド主義的生産 システム」 は,資 本 主義先進諸国 にお いて一様 に普遍的 に
構築 されるわけではない。80年代 以 降の各国 にお い て,現 実 の国民経済 と主導
産業 ・中核企業 のシステムは,従 来 の フォーデ イズムの 自己充足的傾 向,制 度
諸形態 の独 自性 ,国 家介入 の独 自形態 ,国 際経済へ の編入 の独 自的方式 ,等 に
よって,多 様 な構図 に分岐せ ざるをえないか らである。「アフター ・フォーデイ
ズム」 とは,こ うした状況 に他 な らない。
ボワイエ氏 は,上 記 の 「
新 しい生産 システム」 の諸制度 の構図 を基準 として,
80年代後半 か ら90年代初頭 にか けての主 要国 にお け る上述の三つ の諸制度 に関
す る調査研究 に依拠 して,現 実 の生産 システムの大 まかな性格 づ け を試 みてい
る。管理原則,企 業組織,賃 労働 関係 のいず れ もが フォーデイズム にかな り近
フランス 自動車産業における労働 ・雇用 の弾力化
第 1 図 生 産 システム と して の フ ォー デ ィズ ム
1労 働 の合理化 ・機械化
2開 発 ・生産 ・販売等 の階層組
織化
1 成 長 のための量産型生産方式
2 中 央集権的意思決定 と部門間
障壁
3市 場軽視 の生産 と安価 による
販路確保
4品 質軽視 の低 コス ト標準製品
3 垂 直的統合 と下請けの ネッ ト
ワー ク
4 下 請けの安全弁的利用
賃 労
働
関 係
1分 業 と職務細分化 による生産
性確保
2製 造現場 における職業訓練 の
不在
3階 層組織的統制 と賃金引 き上
げによる動機づ け
4紛 争誘発的労使関係
第 2図 フ ォー デ イズム に代 替 す る新 しい生産 シス テ ム
管 理
原
則
1 全 要素生産性 の最適化
2 開 発 ・生産 ・販売等 の統合
3 市 場 の克明な観察 による生産
4 多 様 な高品質 ・低 コス ト製品
1需 要に注意 を払 う多品種大量
生産方式
2意 志決定 の権限委譲 と中間管
理組織の縮小
3専 門的製造企業 とのパー トナー
シ ップ
4 革 新 のための下請けの長期契
約化
賃
労
働
関 係
1 製 造 ・保全 ・検査等 の職務再
合成
2 - 般 教育 と職業教育の相乗化
3 職 務遂行能力 の発揮要請 と昇
進 システム
4 雇 用安定 をめ ざす長期的労使
妥協
(出所)R.Boyer&」 .P.Durand,あれptts力 /d/iStta syrOs,1993.
[ 拙訳 『アフター ・フォーデ イズム』 ミネル ヴァ書房, 1 9 9 6 年]
143
144
滋
賀大学創 立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
い ままであるアメ リカ合衆国の 「フォー ド主義的ノスタルジー」,前 二者 につ
いてフォーデイズム に近い ままで賃労働関係 については新旧生産 システムの
文化的 [=制 度的]惰 性 とフォーディズ
中間 に位 置づ け られるフラ ンスの 「
ム」1管 理原則 は新生産 システムに多少接近 し,企 業組織 はかな り接近 し,賃
独創的一変種」,前 二者 について
労働関係 は非常 に接近 している西 ドイツの 「
しん生産システムにかな り接近 し,賃 労働関係 については非常 に接近 している
ス ウェーデ ンの 「ボルボイズム」,三 者いずれについても新生産 システムに非
常 に接近 している日本 の 「トヨテイズム とソニーイズム」 とい う区別がそれで
ある。
この点 に関 して,本 稿 の関心 は当然,フ ランスの当該時期以降の生産 システ
ムの規定 とルノーの変遷過程 の関連 に向け られる。それに関する氏の規定 は,
ルノーの 「
経営危機」克服過程 の80年代後半 までについては事態適応的であろ
うが,90年 代 に入 つてからのルノーの脱 フォーデイズムに向けた転換戦略す な
わち 「
構造改革」 は,氏 の規定 を越えるように思われる。
但 し,氏 は他方 において,フ ランス における80年代以降の 自動化 ・情報化技
勤労者 を統制す るために精巧な設備 を設計す る」
術 の導入 に言及 し,そ れを 「
のであって,「生産の権限 を委譲 し,責 任 をより適切 に配分 し,賃 労働者の技
ネオ ・フォーデイズムに
能資格 を向上させるために利用させる」のではない 「
1 4 )
相当す るもの」 と性格づ けている。
いずれにせ よ,フ ランスの生産システムに関す る氏の規走が,い わば近似的
フォーディズムまたは 「ネオ ・フォーデイズム」であることには変わ りがない。
本稿 は,こ の点 に関 して,氏 における各国生産システムの諸制度の構図につい
1 3 ) 最近 の論文 にお いて フラ ンス 国民経済 の構 図 は 「
強 い制度的1 有
性 を伴 った フォー ド主義
的 な もの」 と表現 され て い る。R . B o y e r , C o m m e n t f a v o r i s e r i a c o o p 6 r a t i o n d a n s d e s
aけ
を
Otts soctaι
θs θ物
soci6t6s conflictuelles ? in H.Nadel & R. Lindley(eds),Lθ s γθι
βttropa L'Harlnattan, 1998
1 4 ) この規定 は フラ ンス にお い て, 労 働過程 の 自動化 による危機 へ の対応 として7 0 年代 か ら
一 般 的 であ り
, 例 えば次 の よ うな文 献 , 参 照 。C h . P a l l o l x , L a p r so c dёe t r a v a i l , i n t t a
けcγあ
sθαtt ca/pう
け
aJづ
s,切
θ
筋づ
οtt θ
Pθtts6e, No.185, 1976, M.Aglietta, 妃ご
, Calrnann―
9切ι
L e v y , 1 9 7 6 , ( 若 森章孝 ・山田鋭夫 ・大 田一廣 ・海老塚 明訳 『
資本 主義 の レギュラシオ ン
理論 』大村書店, 1 9 8 9 年)
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
145
ての規定 と賃労働 関係 にお け る フ レキ シ ビ リテ イ追 求 の対 照 的形 態把握 との 関
連付 け に注 目 してお きた い 。 そ の 基本 的関連 は こ うで あ る。 す なわ ち,80年 代
以 降 の 国際競 争 の 激化 の なかで ,企 業 戦略 と して賃労働 関係 の 「
守 りの フ レキ
シビリテイ」 (nexibilitё
defensive)に
依拠す ることによって従来のフォーディ
ズムを引きず る合衆国,フ ランスの相対的競争力低下 と,そ の 「
攻めのフレキ
シビリテイ」 (nexibilit6 offensive)に
依拠す ることによって新生産 システム
ー
に接近 している日本,ス ウェ デ ン, ドイッの相対的競争力上昇 とが対照的に
1 5 )
識別 されるとい う関連である。そ こで,前 者のフレキシビリテイは,い わばテ
イラー主義的労働編成 を温存 したまま,従 来の団体交渉制度 と労使妥協 を解体
し,賃 金の緊縮 と雇用の不安定化によつて企業の収益性 を回復 しようとする戦
略であ り,後 者のそれは逆に,テ イラー主義的労働編成を解体 し,チ ーム制作
業編成や企業内訓練によ り労働者の多能性 ・技能資格向上 と経営への参画 を進
めることによって,生 産性 を回復 しようとする戦略である。
この点 は本稿 にとって重要 な論点であ り,そ の本格的考察 は後述 に委ねざる
をえないが,フ ランスの国民経済ない し製造業一般 はともか く,自 動車産業の
中核企業ルノーにおける80年代後半以降の労働 ・雇用 の弾力化 を 「
守 りのフレ
キシビリテイ」 と一括す るのは,果 たして妥当であろ うか。すでに概観 したよ
うに,ル ノーは,テ イラー主義的労働編成の改革 に早 くから独 自に取 り組み,
労組 CGTの 反対 はあれ,80年代の中期 と末にいわば 「
攻めのフレキシビリテイ」
の企業協定化 を実現 してきたからである。
いずれにせよ,労 働 ・雇用 の弾力化が,「生産 システム」 としてのフォーディ
ズムの危機 の克服, したがって 「
新 しい生産 システム」の模索,と りわけテイ
ー
ラ 主義的労働編成 の受容 と購買力保障賃金の支払い との労使間妥協 を含 んで
いたがゆえに,そ の諸制度 になかで枢要 な位置 にある賃労働関係 の構成要素の
15)R.Boyer,あ
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冴づb ウι
あけど α物 けγa υa ウι θ物 』 物γo p θ夕 L a
D6couverte,1986。
(井 上 泰 夫 訳
F第二の大転換』藤原書店,1992年)。ボワイエ氏 のフレキシビリテイ論 についてはなお,
ポス ト ・フォー ド主義 の展望」 (平田清明 ・山田鋭夫 ・八木紀一郎編 『
井上泰夫 「
現代市
民社会の旋回』昭和堂,1987年,所 収),清 水耕一 「
訳者解説」 (R.ボ ワイエ 『レギュラ
シオン』 ミネルヴァ書房,1992年,所 収)参 照。
146
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号
)
変容 と密接 に関係す る ことが ,以 上 によって明 らかになった。
次 い で,社 会学 と りわ け労働社会学 の観点 か ら 「メゾ社会的概念」 としての
生産 システム」 を設定 し,フ ォーデ イズム後 の 「
新し
生産 モ デル」 または 「
「
い生産 モデル」 にお ける賃労働関係 の構成要素 の変容 について詳論 してい るデュ
ラ ン氏 の枠組 みについ て触 れてお こ う。以下 ,ボ ワイエ氏 との概念設定方法 の
共通性 を検 出す るために,紹 介 と要約 を同 じ順序 で試 みてお こ う。
生産システム」 とは,「ミクロ社会的 レ
氏 によれば,「生産モデル」 または 「
ベルとマ クロ社会的 レベルで適用 される整合性をもった諸パ ラダイムを指 し示
し,そ れらの相互 関係 を組織す る」 のであ り,そ こで ミクロ社会的 レベ ルは
生産組織 と賃労働関係 との間に存在す る緊密 な関係」 を示 し,マ クロ社会的
「
レベル またはマ クロ経済的 レベルは 「
財 ・サー ビス市場,労 働市場,国 家 との
諸関係」 を示 している。その際,重 要なことは,こ うした概念が 「ミクロとマ
クロの間の往復運動 を容易 にす るメゾ社会的」 なものである とされていること
である。また,こ こで言 う往復運動 とは,一 般市場 ・労働市場 。国家 と生産組
恒常的調整」 を含 むがゆえに,「社会的諸矛盾の公
織 ・賃労働関係 との間の 「
モデルの整
然 たる発現 を暫定的に解決することまたは妨げること」 を通 じて 「
合性」 と 「
持続性」 を帰結す ると同時 に,「モデルの構成要素 を突 き動 かす緒
パ ラダイム間の緊張 とともに資本 と労働 の間の矛盾的関係 から生ずる紛争 と妥
協」 を含 むがゆえに,「生産モデルの転換 とそ してあるモデルから別のモデル
ヘの移行」をも説明 しうるとい う現実社会の動態的運動の反映 に他ならない。
とはいえ,氏 によれば,そ うした往復運動における直接的分析対象は, ミクロ
社会的 レベルにおける生産組織 と賃労働関係 との整合的矛盾的諸関係であ り,
端的 には,「絶 えず拡張 される限界内で変化す る中核 をもった変幻 自在 のマ シ
マロ」 と形容 しうる 「
生産機構」である企業 におけるそれらの諸関係である。
生産 システム」 とは,マ クロ
総 じて,氏 によれば,「生産モデル」 または 「
・
社会的経済的 レベルの諸関係 と絶えざる調整化 補完関係 のプロセスにあるも
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万 Centre
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Pierre Naville,Universit6 d'Ev呼 , 1997.
16)」.P.Durand,Dθ
フランス 自動車産業 における労働 ・雇用 の弾力化
147
第 3 図 生 産 モ デ ルの概念構成
マ クロ経済的 レベ ル
( 国民経済)
生
産
モ
デ
ル
ミクロ社会的 レベ ル
(企業 =生 産機構)
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(出つ子)」.P.Durand,Dθ サ
Centre Pierre Naville,Universit6 d'Ev呼
,1997.
のとして把握 される企業 レベルの構成要素の整合的矛盾的諸関係である とい う
ことになろう (第3図 ,参 照)。
90年代 に出現 しつつある 「
新 しい生産モデル」 について言 えば,そ れは,
生産組織」 (研究開発諸機能の統合,生 産技術 ・製造 ・販売等 の諸機能の統
「
合,拡 張 された企業へ の統合,緊 張 した流れの一般化),「賃労働関係」 (チー
ムワーク的労働編成,職 階制的関係 と参加的方式の共存,能 力 ・業績評価賃金
と昇進 システム,労 使間の安定的積極的生産妥協)と い う二つの構成要素 とそ
れぞれの内部での諸パ ラダイム間の相互補完関係 であ り,前 者 は,「社会技術
的工程 の絶えざる変換」 をもたらし,後 者 は,そ れと整合的な 「
賃労働者の労
働への最大の参画」 と 「
労働 の合理化」 の諸形態をもたらすがゆえに,よ り大
きな 「
労働 の効率」 を結果す るのである。
以上によって,「生産モデル」 または 「
生産 システム」 とい う概念 の設定 に
関 して,ボ ワイエ氏 とデュラン氏 は,デ ュラン氏のほ うが諸制度 ・諸要素の整
148
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号
)
合化 のプ ロセス に含 まれる資本 ・労働 間の矛盾的関係 を前面 に押 し出 してい る
とはい え,ま た諸制度 ・諸要素 の内容 について多寡 の相違 がある とはい え,国
民経済 レベ ル との絶 えざる相 互調整 ・往復運動 におかれる企 業 レベ ルの諸制度
・諸要素 の整合的構 図の理念化す なわちメゾ経済的社会的概念化 とい う,基 本
的に共通 の方法 に従 ってお り,GERPISAに
おける 「
産業 モ デル」概念 の
独 自的加工であ ることは明 らかである。
ところで,以 上の よ うな概念設定 の一方 で,デ ュ ラ ン氏 は,80年 代末 の フラ
ンスの製造業 と くにルノー公 団 における製品 開発部門の組織改革 と草体組付現
場 へ の ロボ ッ ト導 入 に伴 う労働編成改革 に論究す る ことによつて,「新 しい生
産 モ デル」 の構成要素間の整合性がそ こでは十分 には構築 されてい ない,具 体
的 には,チ ー ム制作業や経営参加的方式 が導入 されてい る として も,企 業 の諸
機能部 門間統合 が達成 されず 「製造 と保 全 の 間の 階層組織 上 の分業 の維持」
「
製造 ・保全 ・生 産技術 の三極 的組織 の固定化 された構造」 ゆえに,保 全専 門
工 ,現 場職制 ,現 場作業員 に 「
将来 の不確実性」 を意識 させ ,彼 らを企 業 目標
に十分 には動員 で きてい ない と評価 し,そ うした生産 システムの状況 を 「フレ
キシブル な大量生 産 (供給者 間の競争激化 に起 因)と フレキシブルなテイラー
1 7 )
主義 (旧来的生産 システムの危機への適応)と の整合性」 と性格づけている。
この 「フレキシブルなテイラー主義」 とい う氏の規定 は,先 のボワイエ氏 に
よる 「ネオ ・フォーデイズム」 の規定 とともに考 え合 わせるならば,「賃労働
関係」 を構成す る諸要素の変容 に関連す る労働 ・雇用の弾力化 は,そ れだけで
自動的 に新生産 システムの構築 に資す るものではな く,「生産組織」 (または
企業組織」「
「
管理原則」)と い う他 の諸制度 との整合性如何 とい う観点から評
価 しなければならない と言 えよう。まさしく,労 働 ・雇用の弾力化の諸過程 は,
生産システム」 における諸制度の整合性 の観点からその意義 を検討 しなけれ
「
ばならないのであ り,本 論 におけるルノーの変遷過程 のなかでの当該問題の分
生産システム」概念の妥当性が ここに示されていると言 え
析 の枠組みとして 「
よう。
17)R.Boyer&J.P.Durand,ο p.cガ
け
フランス 自動車産業 における労働 ・雇用 の弾力化
149
[附記 ]
につ い て経営管理 の観″
点か ら網羅 的 に分析 し
蛤Fイ
ー
て い るCh.エ
ヴラエ ル氏 の議論 を紹介 してお くの は,意 味 の あ る こ とで あ る。氏
は,フ レキ シ ビ リテ イについ て ,企 業 の戦略 ・生 産 。人的資源 ・情報 システム ・目標
この点 に関 しては,フ レキシ ビ
管理 の諸側面か ら考察す るに際 し,そ れ を,製 品 の多様性 ・コス ト ・納期 ・品質 ・サ ー
ビス とい った多様 な面 に関す る企 業 間競争 の激化 の もとで ,「生産 シス テ ムの総体」
に関連す る 「
不確 実性 と緊急性 とい う二 重 の制約 の もとで の適応 の能力」 で あ る とい
う基本的定義 を与 える。そ して例 えば,新 製品開発 の迅速性 とコス ト削減 を可能 にす
る製品開発戦略が ,「同時的設計」 のために企業 の階層組織 と部門間障壁 を洗 い直 さ
せ,諸 部門の担当者 と部品供給業者 を集合 させ ,横 断的作業 グルー プを組織す る,あ
るいは,多 品種 の部品加工 とその多段階の加工作業 の機械化 を可能 にする生産 の 自動
化 ・情報化 が効率性 を発揮す るためには,機 械運転工の訓練 ,作 業現場 の 自律性,継
続的改善 プロセス,機 械運転工 と機械設計者 との緊密 な協働 の維持 ,等 を必要 とす る,
とい う考察 を通 じて,本 稿 がすでに言及 して きた 「
企業組織」「
管理原則」「
賃労働関
係」 の諸制度間の整合性が フレキシビリテイの実現 に不可欠であ ることを示唆す る。
その うえで,人 的資源 とフレキシビリテ イについて,氏 は,人 的資源管理が 「
賃労働
者 たちの企 業へ の持続的 な統合 ,自 律性 ,障 壁除去 ,責 任,信 頼,職 務遂行能力,恒
常的実地研修,相 互作用的稼動 ,労 働意欲 を高 める報酬」等 をもたらす時に,「質 的
フレキシビリテイ」 が問題 とな り,「雇用 と地位 の不安定性,不 利 な労働条件 ,不 安
定 で予測不可能な勤務時間へ の服従,低 い技能資格 で済 む職務へ の就労 ,多 様 な雇用
可能性」等 をもた らす時 に,「量的 フレキシビリテ イ」 が問題 となるとされる。こ う
した二つのタイプのフレキシビリテイの選択 を規定す るのは,氏 によれば,企 業の活
動 の タイプ (製品,販 路 ,活 動条件)な い しは企 業 の業種 さらには企業戦略である。
大量生産の典型的産業 である 自動車産業 においては,か つ ては細分化 ・定型化職務ヘ
の代替可能労働力 の配置 に依拠す る標準安価製品の大量生産 であ ったが ゆえに,「量
的 フレキシビリテイ」 力S追求 されていたが,80年 代 以 降,「フレキシブルな大量生産」
と呼 ばれる製品の多様化 と個人的選好へ の迅速的対応が不可欠 になると,「質的 フレ
キシビリテイ」が追求 されるようになるのである。そ して,こ うしたフレキシビリテイ
のタイプ選択 に関与す る重要な要因 として 「
労使関係 の協調的 または紛争誘発的性格」
が指摘 され,前 者 の協調的労使関係 が 「
質的 フレキシビリテイ」 を,後 者 の紛争誘発
量的 フレキシビリテイ」 を追求す るように作用す るとされるのである。
的労使関係 が 「
18)Ch.Everaere,虹
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う
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ち Economica,1997.
150
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
ここでは, 人 的資源管理 としてのフレキシビリテイの諸形態が, 企 業戦略や労使関係
との相互規定関係において追求され実現されるとい うことが強調 されていると言えよ
う。
最後 に もう一点 ,ル ノー にお け る労働 ・雇用 の弾力化 に関す る分析 の枠組 み
に関 して触 れてお きたい点 がある。今 日までのわが 国 にお けるフラ ンス 自動車
産業 の特 に労働 ・雇用問題 に関す る研究蓄積 は,他 の欧米諸国の 自動車産業研
1 9 )
究 に比べ て必ず しも多 くはない と思 われるが, そ の なかで最 も優 れた実証的研
究成果 の一つ として挙 げ られるのが , 中 央大学経済研究所 グルー プの著作 『
構
2 0 )
造転換下 の フランス 自動車産業』で あ ることは周知 の通 りで あ ろ う。 この著作
はまず,現 地調査 に基 づい てフラ ンス 自動車産業 にお け る外注管理 ・下請け シ
ス テムの実態 と80年代後半 のそ の転換方向 を明 らかに してい る。その結論 は,
メー カー による部品供給業者 の選別 と品質責任共有化そ して逆 に有力供給業者
によるメー カーヘ の部品の シ ンクロナイズ納入 と二次下請け企業 の選別化 とい
うジャス ト ・イ ン ・タイム納入体制 を確保 しよ うとす る新 しい 日本的な階層的
下請 け システムの形成 とい うことで ある。 そ して,こ う した転換 を 「
管理方式
のジ ャパ ナイゼ ー シ ョン」 と規走 してい る。著作 はまた,こ う した新 しい下請
け システム と相互規定関係 にあ る企 業内の労働組織 ・労働慣行 の転換す なわち
労働編成 の弾力化 につい て も明 らかに してお り,そ れは,メ ー カーの工場 にお
け るチ ー ム制作業編成 ,品 質改善小集団 の組織化 ,有 力供給業者 の もとでの 同
様 な組織改革 ,メ ー カー ・供給業者間の品質責任共有化 のための共同作業 チ ー
ム編成 ,等 として明 らか にされ,こ の点 を特 に 「テイラー主義 の経営方式 か ら
1 9 ) 中央大学経済研究所グループの著作以外 に, 戦 後 フランス 自動車産業の労働 ・雇用問題
にかかわる研究 として, 次 のような論考が挙げられ よう。藤本光夫 「フランス 自動車企業
の集中化 と労働者」 ( 『
戦後 フランス団体交
経営会計研究』第1 5 号, 1 9 7 0 年) , 松 村文人 「
日本労働協会雑誌』第3 3 3 号, 1 9 8 7 年) , 同 「フランス職務等級表 の考察」
渉 の成立」 ( 『
( 石田光男他編 『
労使関係 の比較研究』東大出版, 1 9 9 3 年, 所 収) , 福 原宏幸 「フランス
自動車工業 の外国人労働者 とM E 化 」 ( 「
経済学雑誌』第8 1 巻2 号 1 9 9 0 年
) , 花 田昌宣 ・中
“
・ベーパー,
ンス
フ
の
スカッション
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社
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P
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』
西洋 『
東京大学デイ
1994年
。特 に, 花 田昌宣 。中西洋両氏 による共著 は, 本 論がカバ ー しえないプジ ョー社の
賃金システムに関す る優 れた実証研究である。
2 0 ) 中央大学経済研究所編 F 構造転換下のフランス 自動車産業』中央大学出版部, 1 9 9 4 年。
フランス自動車産業における労働 ・雇用の弾力化
151
従業員参加形態 のマ ネ ジメ ン トヘ の転換」 = 「 日本的経営方式」 の導 入 と規定
してい る。総 じて, 当 該著作 は, そ の展 開の基本線 にお いて, 日 本的 な経営管
理方式 ・下請 け システムが8 0 年代後半以 降, フ ラ ンス 自動車産業 にいかに して
導入 され, い かに してその構造転換 を促 して きたかを詳細 に明 らかに してお り,
2 1 世紀 の世界 にお け る標準的生
その限 りで事実上 , 日本型 生産 システムこそ 「
産 システム」であるとい うM I T の
「リー ン生産」モデル論 をフランス 自動車
産業 について実証 しようとしたものであると言 えよう。少 な くとも, 相 対的に
は十分知 られていない フランスの実態 について, 研 究上の空 白を埋め うる貴重
な文献であることは明白である。
とはいえ, 日 本型生産 システムがフランス 自動車産業 にとって も自己を収敏
させるべ き普遍的先進モデルであるとい う 「リー ン生産」モデル論の合意 につ
2 1 )
いては,執 筆者全員が受け入れているわけではない。当時のフランス 自動車産
業 にとって, トヨタ生産方式およびそれと一体 の下請けシステムが,模 倣すべ
き手本 とい う意味でモデルであったことは事実であ り,そ の限 りで 「ジャパナ
イゼーション」 と性格づける著作 の立論 は明瞭であ り首肯 しうるものであるが,
一
労働編成の改革 =弾 力化 も含めて,そ のように 括す るのは,問 題を残す と言
うべ きであろう。本稿 の観点から見 れば,「生産 システム」 における諸制度 の
なかで枢要な位置にある 「
賃労働関係」 を構成す る職階制関係や賃金 ・人事管
理方式そして何 よりも労使関係 は,著 作の叙述 を検討する限 り,何 ら 「日本化」
されているわけではない。問題 はむしろ,日 本的な管理方式 とそれに必然的に
適用」 され,あ る
付随す る日本型生産 システムが,フ ランスにおいていかに 「
いは 日本 のシステムがフランスのシステムにいかに 「
適応」せざるをえないか
を明らかにすることであろう。本稿 の観点から端的 に言 えば,日 本の管理方式
企業組織」 の一部 について
とシステムは,「管理原則」 としては,あ るいは 「
はフランスに 「
適用」可能であるのに対 し,「賃労働関係」 としてはフランス
のそれに 「
適応」せざるをえない ように思われる。日本型生産 システムを構成
生産の 自動化 と管理方式 の 『ジャパ ナイゼ ー シ ョ
21)こ の点 では著作 の特 に第 2章 ,林 正樹 「
ン』」参照 。
152
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号
)
す る諸制度 が,整 合的な補完関係 としてフランス に受容 されていない状況を
「ジャパナイゼーション」 と規定す るのは困難であ り,逆 に日本のシステムの
フランスにおける諸制度 ・構成要素 に即 した移転 と混成化 (ハイブリッド化)
2 2 )
または非貫徹 の諸形態 を問題 にすべ きであろう。そうした分析 の枠組みを 「
生
産 システム」概念 は可能にしていると言 えよう。
因みに,そ うした概念設定 によって,日 本型生産 システムを 「
新 しい生産モ
デル」 に最 も接近 しているとしたボワイエ氏が,他 方 において,日 本の80年代
末から90年代初頭 の状況を念頭において,「新 しい生産モデル」 としての不安
定性 と危機の胚胎 に論及す ることによって, 日本型生産 システム=普 遍的先進
2 3 )
モ デル論 を事実上 ,否 定 してい ること,ま た,デ ュ ラ ン氏 が ,そ もそ も日本型
生 産 システムは旧来 の テイラー =フ ォー ド主義 の諸原則 と完全 に断絶 してい る
か どうか を 自問すべ きで あ り,そ の理念化 たる 「リー ン生産」 モ デルの諸原則
は組織技術 に関 わるにす ぎず ,そ れ 自体 で新 しい生 産 システムを整合的 に構成
2 4 )
しうるものではないと言明 していること,を ここで想起 してお くのも無駄では
ない と言えよう。
IV お わ りに
以上 の よ うに,本 稿 はまず,ル ノーの変遷過程 を概観す ることによって,労
働 ・雇用 の弾力化 が ,い かなる理 由をもってそ していかなる諸関係 におい て問
題 になるか を明 らかに した。
端的 に言 えば,ル ノーの変遷過程 の なかで
,労 働 ・雇用 の弾力化 の諸形態 は,
70年代前半 の 「
労働 の危機」 へ の対応 を別 にす れば,公 団の80年代 当初 か らの
2 2 ) 日本型生産システムの海外 にお ける 「
適用」「
適応」 の問題 については, 安 保哲夫編著
「日本的経営 ・生産システム とアメリカ』 ミネルヴァ書房, 1 9 9 4 年, 参 照。G E R P I S
A の 成果 としては次 の文献 , 参 照。R . B o y e r , E . C h a r r o n , U J u r g e n S ( e d sを
)a,け
rο
物
け
ゥ
tt attα
拘物ο
υaけ
ι
ο
% Oxford Univ.Press, 1998.
23)なお,ボ ワイエ氏 のこ うした 日本型生産 システム論 に論及 して もの として,黒 田兼一
「レギュラシオ ン理論 と日本的労使関係」 (牧野富夫監修 F日本的経営の変遷 と労資関係』
新 日本出版 ,1998年,所 収),参 照。
24)なお,こ の点 は,前 掲拙稿 「日本型生産 システムヘ のフランスか らの一接近」参照。
フランス自動車産業における労働 ,雇用の弾力化
153
経 営 危 機」, そ れ へ の対 応 と して の 日本 的生 産
経営 赤字 へ の 転 落 とそ の 後 の 「
一
方式 の 導 入 を契機 と して , 労 働 編 成 の弾力化 ・柔軟化 を終始 貫先頭 と して ,
そ の 追求が 開始 され て い る。その 際 , 貫 徹 され るの は , 継 続 的 生 産拡 張路 線 か
ら「
社会的ショーウイン ドー」
減量経営」路線へ,さ らには国有企業ゆえの 「
としての雇用 ・賃金保障から企業存続 と競争力向上に資する従業員への 「
参画」
ー
と能力発揮 の要請へ,そ れゆえそ うした拡張路線の もとでのテイラ 主義的労
働編成 と雇用 ・賃金増加 とが取 り引きされて きた従来の労使関係の洗い直 しへ,
とい う企業戦略の転換 である。 したが って,労 働 ・雇用 の弾力化 は,市 場競争
の激化 と当該企業の危機 を契機 とす る労働編成,生 産方式,対 部品供給業者関
係,等 の諸制度の転換 のプロセスに関与 し,そ れらの整合化を促 し,競 争力向
上に寄与す る機能 を果 たすのである。
そ こで,こ うした労働 ・雇用の弾力化 は,企 業再建 と競争力向上に向けて機
能す る諸制度 の整合化 のプロセスを分析 しうるような枠組みのなかで こそ,そ
の正確 な意義 を把握で きる以上,そ うした枠組みを設定することが要請される。
本稿 はそれを,自 動車産業 に関す るフランスの国際的研究 グループGERP
ISAの 提起 を受けて,R.ボ
ワイエ, J.P.デ
ユラン両氏 によって提起 さ
れている 「
生産モデル」 または 「
生産システム」 とい う概念 に求めた。それは
端的には,国 民経済 レベルの諸関係 と絶 えざる相互調整のプロセスにあるもの
として把握 される企業 レベルの 「
企業組織」「
管理原則」「
賃労働関係」 とい う
諸制度 の整合的な相互補完関係 とい う方法概念であった。そして,そ うした分
析 の枠組みは,80年 代後半以降のフランス 自動車産業 における構造改革の方向
が 「ジャパ ナイゼーシヨン」である とい う優れた先行研究の命題に対 して,シ
ステムにおける諸制度間の整合性 の観点から批判的再検討の経路 を開きうるも
ので もあったと言 えよう。
最後 に,本 論 は,以 上のような分析 の枠組みのもとで,ル ノーにおける労働
・雇用の弾力化 の諸過程 を労働編成,雇 用,労 働時間,賃 金,等 の順に今後,
詳細 に分析 してゆ くのであるが,そ れに先立って本論のいわば意義 と限界 に触
れておきたい。
154
滋 賀大学創立5 0 周年記念論文集 ( 第3 2 1 号)
まず,本 論 は,フ ラ ンス 自動車産業 の労働 ・雇用問題 と銘打 ってお きなが ら,
ルノー公 回 (ルノー社)の み を扱 い,も う一つ の 中核的民 間企 業 プジ ョー PS
Aに 全 く触 れてい ない。 その理 由 は,ル ノー に関す る文献資料 ほ うが はるかに
多量で入手 しやす い とい う事情 による ものであるが ,筆 者 の怠慢 で もある。次
に,本 論執筆 の際 に使用 してい る文献資料 は,GERPISAの
末席 を汚す メ
ー
ンバ で ある ことをいいこ とに,相 当部分 はそれ を通 じて入手 した二次資料 に
依拠 してお り,現 地 での調査 と資料獲得 は,93年 の留学時 に実現 したルノー ・
サ ン ドゥヴィルエ場訪間 によるそれだけで あ り,そ こでの資料 とメモが労働編
成 の分析 に多少,生 か されてい るにす ぎない。 さらに,そ うした資料 の制約 も
あ り,本 論 の分析 は,基 本的 にルノーの労働 ・雇用問題 に関 わる諸制度 の構成
とその変容 に集 中 してお り,問 題 の数量的把握 につい ては きわめて不十分 なま
まである。本論 の限界 は,こ の ように広範 かつ 明瞭であ ることを自覚 してい る。
に もかかわ らず ,フ ラ ンスの 中核的 自動車 メー カーで あ るルノーの特 に80年
代 中期 の危機 とそれへ の対応 としての 日本的生産方式 の導 入 を契機 として行 わ
れる構造改革 と りわけ労働 ・雇用面 でのそれが ,い かなる制度的仕組みの もと
で敢行 され,そ の制度的仕組 み 自体 のいかなる変容 をもた らして きたのか とい
う点 については,従 来 の研究 は必ず しも十分 には明 らかに してい ない と言 えよ
う。 そ う した研究 は,99年 のルノー ・日産 の資本提携 さらには2001年の フラン
ス北部 での トヨタ小型車組立工場 の 開業 を控 えて,ま す ます 関心 の的になるで
あ ろ う日本的生産方式 の フランスでの 「
適用」 とい う問題 を解明す
適応」 と 「
るための基礎作業 として不可欠 で ある ように思 われる。本論 はこ うして,そ の
深度 は別 に して,ル ノーの労働 ・雇用問題 の制度的解明 とい う点 にお いて多少
の意味 を見 い出す ことがで きる と言 えよう。
フランス 自動車産業 における労働 ・雇用 の弾力化
155
Flexibilisation du travall et de l'emploi dans
l'industrie automobile en rance
F`
Hisao Aral
Chez Renault, on a corlrmenc6 a poursuivre la flexibllitё dans les dornaines
du travall et de l'emplol, au moment de la tombё
e dans une balance
d6icitaire et dans la crise financiёre et, r6ponse ultёrieure, de l'introduction
de la m6thode japonaise de production, dans le cadre de la transformation
d'une politique de la production de masse 61argie de facon continuelle a
celle de la “d6graissage''. Elle a eu pour but d'61ever l'efficacitё du trvall
au travers de l'implication dans ie travail du personnel en changeant les
relations patronat― syndicats qui consistaient a 6changer le soutien de
l'organisation taylorienne du travail avec l'augmentation des salaires.
Pour comprendre exactement la signification de la flexibilitё
et de l'emploi chez Renault, 1l faut un concept “
permet de saisir le processus de la rnise en cohё
du travail
le systёme productif'' qui
rence des institutions
soclo-6conorlliques. Car on a cherch6 1es relations coh6rentes et
complёmentaires des institutions telles que les principes de gestion, 1'organ―
isation de l'entreprise et le rapport salarial, a partir de la nexibilisation du
travail et de l'emplol, en vue de la reconstruction de cette entreprise et
d'une amも lioration de sa compё tivit6.
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