...

技術TREND 渡邉36.indd

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

技術TREND 渡邉36.indd
技術TREND
産総研のハイテクものづくり(最終回)
革新的触媒技術によって「石油化学産業」は
「砂ケイ素化学産業」に生まれ変わる!
̶ 触媒化学融合技術 ̶
ものづくり応援隊長 渡
1.はじめに
く、また適応できる分野も極めて幅広い。産総研の中
にも複数の研究ユニットの中に触媒の専門家は分散し
産総研はものづくり技術の宝庫だ。そこでは素形材
て活躍していたが、今般新しく触媒化学融合研究セン
技術の更なる発展に寄与する様々な先進技術の研究開
ターとして研究分野の横断的な研究ユニットを組織
発が進められている。今号では、触媒化学融合研究セ
し、平成 25 年 4 月より研究活動がスタートしたばか
ンターの佐藤一彦センター長らによって取り組まれて
りである。
いる「触媒化学融合技術」を紹介させて頂きたい。
新研究ユニットでは、平成 24 年度からスタートし
触媒とは不思議なものだ。普通なら反応が進まない
た未来開拓型研究プロジェクト「グリーン・サステイ
物質どうしでも触媒が入ることで、急速に反応が進行
ナブルケミカルプロセス基盤技術開発(革新的触媒:
することがある。常識では考えられない現象を引き起
有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発)」(以
こす陰の役者なのだ。このような触媒技術の歴史も古
下、未来開拓型 PJ)に対応し、産総研内で実施され
図 1 クラーク数とケイ素
(提供:(独)産業技術総合研究所)
42
邉政嘉 SOKEIZAI
Vol.54(2013)No.3
技術TREND
ている革新的酸化技術を始めとする触媒・触
媒を利用する有機合成プロセス研究を、集中
的・機動的に推進し、機能性化学品の高効率
かつ環境低負荷な製造技術を実現することを
目的の一つとして位置づけている。
従来の石油化学産業は、石油から得られる
カーボンに大きく依存している。石油と言え
ば燃料を想像するが、石油化学産業は燃料と
しての利用ではなく、有機化学合成の原料と
して利用している。ナイロン等の繊維を人工
的に作り出すことで工業用原材料として付加
価値を生み出しているのだ。実は、石油原料
を単なる燃料から化学製品の原料へとブレー
クスルーしたのは触媒であったのだ。化学工
業の歴史は触媒技術の歴史と入っても過言ではない。
さて、カーボンと同じ 14 族元素にあるケイ素は、
地球上の地殻表層部(地表部から海面下 10 マイル
図 3 革新的触媒技術による有機ケイ素原料の製造
(提供:(独)産業技術総合研究所)
(約 16km)までの気圏 0.03%、水圏 6.91%、岩石圏
93.06%)に存在する元素の割合を質量パーセントで表
しかしながら、実際に簡単なことではない。むしろ
した指数クラーク数において、酸素についで2番目だ。
常識ではあり得ないと考えるのが普通かもしれない。
地球上の表層部の約4分の1はケイ素なのである。そ
何故なら、地球上に存在しているケイ素の大部分は砂
のような意味では、ケイ素は無尽蔵、非偏在、無毒、
(二酸化ケイ素)の状態で存在しており、これを機能
非温暖化酸素に次いで最も地表に豊富に存在、燃やし
性化学品に転換するには通常では極めて大きなエネル
ても炭素のように温暖化ガスを発生しないという利点
ギーを要するのだ。ケイ素と酸素の結合は極めて強く、
を有している(図 1)。かつて石油化学産業が、石油
その強い結合を切り離すために現在とられている一般
由来の炭化水素等を基礎的な原料として活用してきた
的な方法は、砂を 1800 度に熱し、冶金的な方法によっ
のに対して、これに変えてケイ素を有効に利用するこ
てケイ素を還元し、有機ケイ素現状に変えるという方
とができれば、化学産業の産業革命を起こすことがで
法である(図 3)。ここでもし、触媒技術によって冶
きる(図 2)。
金プロセスではない化学反応プロセスが使えれば、大
幅な省エネルギーが達成可能で
きる可能性があり、これによっ
てケイ素材料が汎用有機材料並
みの低価格化が実現できれば、
これまで価格が障害となり利用
できなかった様々な分野への応
用展開が可能となる。
2.触媒とは
触媒とは、二人の関係をとり
もつ仲人のようなものという一
般的な理解は得られていると思
うが、もう少し詳しく解説する
と、学術的には以下のような定
義 が さ れ て い る。「 触 媒 と は、
特定の反応の反応速度を速める
図 2 石油化学産業はケイ素化学産業へ
(提供:(独)産業技術総合研究所)
物質で、反応の前後でその物質
事態は変化しないものをいう。
Vol.54(2013)No.2
SOKEIZAI
43
技術TREND
また、反応によって消費されても、反応の完了と同時
に再生し、変化していないように見えるものも触媒と
されている」(図 4 参照)。
よく知られた触媒の例は白金触媒であろう。我々が
普段乗っている自動車の排気ガス浄化装置として利用
されている。白金触媒は空気中の有機物や、一酸化炭
素を非常に強く吸着し、分解する能力を持っている。
一方で、白金自体は他の物質と反応し難く、白金自体
は変化せずに他の物質を反応させる不思議な力を持っ
ているのだ。これ以外にも、工業用の高分子を合成す
る際に利用される高分子合成触媒や、植物のもつ根粒
菌には植物が空気中の窒素を吸収し、アンモニアに変
えながら栄養として蓄える機能を実現する生体触媒等
が存在する。また生物により作り出される触媒も存在
する。膵液や唾液に含まれる消化酵素であるアミラー
ゼがこれにあたる。グリコシド結合を加水分解するこ
とでデンプン中のアミロースやアミロペクチンを、単
糖類であるブドウ糖や二糖類であるマルトースおよび
図 4 触媒の仕事
(提供:(独)産業技術総合研究所)
オリゴ糖に変換する酵素群である(図 5 参照)。
図 5 様々な触媒の種類
(提供:(独)産業技術総合研究所)
44
SOKEIZAI
Vol.54(2013)No.7
技術TREND
3.センスのいい触媒と悪い触媒
サステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発(革新
的触媒:有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開
佐藤ユニット長から触媒にもセンスのいい触媒と悪
発)」(以下、未来開拓型 PJ)がスタートした。佐藤
い触媒(図
)があるとの話を聞いた。触媒の役割を
センター長らは、新しく設立した触媒化学融合研究セ
産業技術として考える際にわかりやすいたとえ話で
ンターにおいて、このプロジェクトの中核を担ってい
あったのでここで紹介させていただきたい。
る。どのようなプロジェクトなのかを紹介しよう。
触媒とは、前述したように、特定の反応の反応速度
図 7 に当該プロジェクトの概要を示す。革新的触媒
を速める物質で、反応の前後でその物質事態は変化し
技術を用い、ケイ石、シリカ等の岩や砂を直接変換し、
ないものをさすが、ポイントは通常では反応が起こら
さらに工業的に高機能な有機ケイ素部材として利用可
ないようなものも触媒の存在で反応を起こすことがで
能なように、構造を精密制御することで構造制御を可
きる場合があるという点である。ただ、化学反応はそ
能とし、狙った機能に合わせて精密設計・合成をする
う簡単ではない。実際の化学反応は反応式だけを見る
技術を開発しようとするものである。極めてチャレン
と一つの反応だけしか起こっていないように見えるも
ジングな技術開発であるが、このような課題に果敢に
のもあるが、実際の反応は、様々な反応の複合的なも
取り組むことで未来を変える研究開発を国が率先して
のになっていることがほとんどである。そこで、触媒
進めるのが未来開拓型研究プロジェクトなのである。
の果たす役割がさらに重要となるのだ。想定している
主反応をできるだけ促進する触媒がセンスのいい触媒
で、主反応以外の複雑な諸反応を同時に誘発してしま
5.素形材技術への適応可能性
う触媒はセンスの悪い触媒というわけだ。工業用に利
今回紹介した触媒化学融合技術は、従来石油化学を
用するとの観点から考えると、このセンスのよさは生
基礎として展開してきた化学産業を、石油ではないケ
産性を決める重要な要素となる。
イ素を基礎とした高機能性部材の創成技術群である。
さて、素形材技術にはどのような影響を与えるであ
4.触媒化学融合技術として取り組んでい
るプロジェクト性
ろうか。鋳造の砂型の主な組成は真にケイ素だ。鋳
あげる砂型の型方案は奥が深いが、砂とバインダー
ケイ素を基礎とした化学品を展開するために乗り越
の複合作用をどのように織り込みながらガスの抜け
えなければならない課題群を解決するために、平成
を円滑に行うかの奥義である。触媒の存在によって、
24 年度から未来開拓型研究プロジェクト「グリーン・
砂型そのものの高機能化が遂げられる可能性がない
造における不良品を発生させずに製品の歩留まりを
図 6 センスのいい触媒と悪い触媒
(提供:(独)産業技術総合研究所)
Vol.54(2013)No.7
SOKEIZAI
45
技術TREND
図 7 プロジェクトの概略
(提供:(独)産業技術総合研究所)
であろうか。ケイ素は耐熱性に優れるが、その特性を
生かしたまま鋳物の表面性状をコントロールすること
6.おわりに
はできないであろうか。鋳造製品の表面に何らかの機
ケイ素という素材は、本当に様々な可能性を秘めて
能を鋳込みながら付加するのである。
いる。我々の身の回りに多く存在する砂や石から高機
さらには、今般の研究開発で創成される高機能有機
能有機部材ができれば、資源に乏しい日本にとっても
ケイ素部材を射出成形材料として使うことで、製品と
競争力強化の観点からは有利に展開できる。
しての耐熱性を格段にあげることができる可能性があ
今回紹介させていただいた触媒化学融合技術は裾野
る。様々な部品がこの素材によって他の素材に代替さ
が広い(図 8)。ただ、幅が広いが故に様々な技術分
れる可能性がある。粉末冶金の世界でも金属との複合
野に分散している触媒技術と研究者が力を合わせない
材料を触媒で作り出すという離れ業もあり得るかも知
とブレークスルーは達成できない。その先には、ライ
れない。
フサイエンス、エレクトロニクス、グリーンエネル
ここから先は読者の皆様の知恵のだし所だ。是非新
ギー、自動車、建材資材、宇宙・航空産業における新
しい技術にアンテナをはって夢のある発想を展開して
たなマーケットが開けるのだ(図 9)。
頂きたい。
今回紹介させていただいた技術等にご興味があれ
ば、筆者までご連絡いただきたい。適切な研究者を紹
介する。
(注)本記事の内容は、産総研の資料提供等をもとにとり
まとめたものですが、あくまでも個人の見解であり、
著者の所属する組織の見解ではありません。
46
SOKEIZAI
Vol.54(2013)No.7
技術TREND
図 8 触媒融合技術の研究のひろがり
(提供:(独)産業技術総合研究所)
図 9 砂から高機能有機ケイ素部材へ広がる可能性
(提供:(独)産業技術総合研究所)
Vol.54(2013)No.7
SOKEIZAI
47
Fly UP