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末梢静脈栄養と成 栄養剤の投与で治癒した S状結腸癌 術後 - J

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末梢静脈栄養と成 栄養剤の投与で治癒した S状結腸癌 術後 - J
2015;65:199∼203
症例報告
末梢静脈栄養と成 栄養剤の投与で治癒した S 状結腸癌
術後縫合不全の1例
小林
1
2
要
純哉 , 佐藤
泰輔 , 石川
仁
山梨県富士吉田市上吉田6530 富士吉田市立病院外科
群馬県高崎市高 町36 国立病院機構高崎 合医療センター
旨
大腸癌術後の縫合不全には一時的人口肛門造設による経口摂取の維持, または中心静脈栄養 (以下, TPN) による保存治
療, といった栄養療法が必要となる. 今回, S 状結腸癌術後の縫合不全に対し TPN を行わずに保存的に治癒した症例を経験
した. 症例は 54 歳の男性で, 膀胱浸潤 S 状結腸癌の診断で当科に紹介された. 回腸にも浸潤を認め,S 状結腸切除, 膀胱・回
腸合併切除を行い, 結腸は端々吻合で再
した. 病理診断は T4b,N0,H0,P0,M0,StageⅡであった. 術後頚部までの広範に
気腫を伴う縫合不全が出現した. 患者は保存治療を希望したが中心静脈カテーテルの設置が困難であったため, 末梢静脈栄
養と成
栄養剤で栄養管理し軽快した. 大腸術後の縫合不全に対する保存治療には一般的に TPN が必須とされるが, 低残
が特質である成
栄養剤による栄養療法も選択肢となり, その
文献情報
キーワード:
S 状結腸癌,
縫合不全,
末梢静脈栄養,
成 栄養
投稿履歴:
受付 平成27年5月7日
修正 平成27年5月27日
採択 平成27年6月4日
論文別刷請求先:
小林純哉
〒403-0005 山梨県富士吉田市上吉田6530
富士吉田市立病院
電話:0555-22-4111
E-mail:junyak@s9. dion.ne.jp
傷治癒促進作用も近年注目されている.
はじめに
大腸癌術後の縫合不全に対しては一般的に, 一時的人口
肛門造設による経口摂取の維持, または経口摂取を制限し
ての中心静脈栄養 (以下,TPN) による保存治療といった栄
養療法が必要となる. 今回, 局所進行 S 状結腸癌根治術後
に合併した全身気腫を伴う縫合不全に対し, TPN を行わず
に末梢静脈栄養 (以下,PPN) と成
栄養剤を
用した経腸
栄養で保存的に治癒した症例を経験したので, 若干の文献
的
察を加え報告する.
症例
患
者:54 歳, 男性.
主
訴:肉眼的血尿, 排尿障害.
家族歴,既往歴:特記事項なし.
現病歴:上記主訴により近医を受診し, 膀胱腫瘍を疑われ
当院泌尿器科を受診した. 諸検査で S 状結腸癌の膀胱浸潤
との診断に至り, また膀胱左尿管口への腫瘍の進展が疑わ
れたため左尿管ステントが留置された状態で当科に紹介と
なった.
来院時現症:身長 165 cm, 体重 67 kg, 血圧 114/82 mmHg,
脈拍 88/min,整,体温 36.0℃.眼瞼結膜に
血,黄染なし.下
腹部に手拳大の腫瘤を触知するも表在リンパ節は触知せ
ず.
血液検査所見:白血球 10,560/μl,Hb 12.2 g/dl,血小板 33.4
万/μl,CRP 2.62 mg/dl と軽度の
― 199―
血, 炎症反応の亢進があ
PPN と成
栄養で治癒した縫合不全の 1 例
り, Alb 2.7 g/dl と低栄養を認めた. 腫瘍マーカーは正常域,
尿検査で蛋白, 潜血, 白血球が陽性であった.
注腸造影:S 状結腸に全周性の狭窄を認めたが造影剤の腸
管外漏出は確認されなかった.
大腸内視鏡:肛門縁より 15 から 25 cm までの S 状結腸に
2 型の全周性腫瘍を認めた.
膀胱鏡:内腔の広範囲に腫瘍の浸潤を疑う隆起性病変があ
a
り, 左尿管口の狭窄が認められたが, 生検では腫瘍は認め
られなかった.
腹部骨盤造影CT:S 状結腸に不
一に造影される腫瘤状
の全周性壁肥厚を認め, 尾側において膀胱左側壁への, ま
た頭側においては小腸への直接浸潤が疑われた. 膀胱内に
は気泡が認められた. 遠隔転移は明らかでなかった.
骨盤MRI:S 状結腸の腫瘍が膀胱頂部に浸潤する所見が
あり, 膀胱壁の断裂も疑われた.
以上より, 膀胱への直接浸潤を有する S 状結腸癌の診断
で, 膀胱合併切除を伴う S 状結腸切除を予定術式に開腹し
b
た.
手術所見:腹膜播種, 肝転移などは認めなかったが, 膀胱
へ広範に浸潤し小児頭大となった S 状結腸癌を認め, さら
に回腸の 2 か所にも直接浸潤を認めた. D3 郭清を伴う S
状結腸切除と膀胱合併切除, 2 か所の回腸部
切除を行っ
た.結腸・回腸はそれぞれ端々吻合し,回腸導管造設による
尿路変
を併せ行った.
摘出標本・病理診断:S 状結腸に 10.5×8.5 cm 大の 5 型腫
瘍を認めた (図 1). 中
化腺癌の組織像で, 小腸壁全層と膀
胱筋層までの浸潤を認めた. リンパ節転移は無かった. 最
終診断は T4b, N0, H0, P0, M0, StageⅡとなった.
c
d
図2
図1 摘出標本 : S 状結腸に 10.5×8.5 cm 大の全周性 5 型腫瘍
を認めた.
全身 CT :(a,b,c)右後腹膜腔から縦隔や頚部にまで至る
広範な気腫を認めた. (d) 骨盤底には膿瘍を疑う液体貯
留を認めた.
下・深部の広範に気腫を認め (図 2 a, b, c), 吻合部近傍の
小骨盤腔には膿瘍を疑う液体貯留を認めた (図 2d). 腸管の
縫合不全部から漏れた腸管内ガスが, 縫合閉鎖した骨盤内
術後経過 : 術後第 4 病日に, 発熱とともにドレーンより
腹膜の間
臭のある多量の排液を認めた. 第 5 病日には右側を主体と
た. その後の瘻孔造影では縫合不全に伴う瘻孔と腸管外の
した下腹部から頚部まで至る皮下気腫を認めたため CT を
膿瘍腔が造影された (図 3). 重症な縫合不全が疑われ人工
撮像したところ, 骨盤から後腹膜腔, 縦隔, 頚部までの皮
肛門造設などの再手術の適応とも
― 200―
から後腹膜腔を通して広範囲に拡散したと
え
えられたが, 患者は保
察
下部消化管, 特に直腸近傍の再
を伴う切除術には, 未
だ縫合不全が重篤となり得る合併症の一つとして問題とな
る. 縫合不全をきたした場合には適切な栄養療法を行うこ
とが必要であり, 早期に縫合不全の口側に人工肛門を造設
して経口摂取を維持するか, 経口摂取を制限して TPN で
管理することが一般的である. 直腸癌術後の縫合不全に関
し て の 斉 田 ら に よ る 全 国 調 査 で も 90%以 上 の 施 設 で
TPN が必要との結果であった. 当科では術後早期に発症
し, その後の重篤化が予想される症例は手術を
慮するが,
基本的には保存治療を選択している. 保存治療を選択する
場合には TPN を併せ行うことが基本という意見に異論は
無い.
図3
ドレーン造影 : 腸管外の膿瘍腔と縫合不全で生じた腸管
内に通ずる瘻孔 (矢印) が造影された.
本症例は術後早期に発症し, 全身の皮下気腫も生じてお
り, 重篤化が十
に予想される症例であったが, 患者の強
い希望により保存治療を選択した. しかし CVC 留置のた
めの通常の穿刺部位にも気腫があったため, 回避して PPN
存治療を希望した. TPN の適応と思われたが, 通常の中心
と成
静脈カテーテル (以下, CVC) 穿刺部の皮下にも気腫を認
による縫合不全の増悪などを懸念し, 実際一時的には下痢
めたため躊躇した. よってまず PPN を継続し, 第 8 病日よ
とドレーン排液量の増多を招いたが, その後は増悪も無く,
りエレンタール
比較的順調に投与を増量することが可能となった. 気腫の
配合内用剤の内服を 1 日 1 包 (300 kcal/
栄養剤の経口摂取で管理を始めた. 当初は経腸栄養
の
軽快を待って CVC の留置も検討していたが, 必要量とほ
増量が認められたが, 速やかに軽快したため徐々に投与を
ぼ同等の栄養の維持が概ね可能であったため, 結果的に
増量し, 第 16 病日からは 1 日 3 包, 第 30 病日からは 5 包
CVC を留置することなく治療を完遂することができた.
300 ml) で開始した. 投与当初はドレーン排液と下痢
成
としてこれを継続することで 1 日 1,500 kcal 以上の摂取カ
栄養剤の炎症性腸疾患などにおける有用性は確立さ
ロリーが維持された (図 4). 縫合不全に軽快がみられたた
れている が, 極めて低残
め第 33 病日より低残
の狭窄症例 や本症例のような縫合不全症例にも投与が可
食を開始し, 第 47 病日にはドレー
であることが特徴で, 下部腸管
ンを抜去し, 補助化学療法を導入して第 52 病日に退院さ
能である ため, 当科では好んで多くの症例に
用してい
れた. その後は現在まで再発の兆候なく生存されている.
る. しかしながら高浸透圧 (760 mOsm/l) であることから,
かえって縫合不全の増悪をきたすこともあるため, 特に投
与の初期においては十
な観察と評価が必要である. TPN
を行うことで経口的な栄養に頼らず十
な栄養を投与する
図4 投与カロリーと血清アルブミン値の推移 :PPN と EN (経腸栄養) によりアルブミン値の上昇が認められた.
― 201―
PPN と成
ことが可能ではある. しかし, CVC 関連合併症
摘される昨今において, 本症例のように成
栄養で治癒した縫合不全の 1 例
などが指
栄養剤などで
栄養が維持されるのであれば, 本法は CVC を要さない一
つの治療戦略になり得ると
える. また成
栄養剤はアミ
ノ酸で構成されており, 含有するグルタミンやアルギニン
の
傷治癒促進作用や消化管粘膜の維持作用,
またヒス
チジンの抗炎症作用 などが注目されている. 本症例のよ
うな縫合不全症例においてこれらの成
が有効に作用して
いると推察していることも投与する理由の一つである.
結語
大腸癌術後の縫合不全に対し TPN を行わずに PPN と
成
栄養剤の投与で保存的に治癒した症例を経験した. 消
化管術後の縫合不全に対し保存治療を選択する場合には
TPN による経静脈的な栄養が基本と
えるが, 何らかの状
況により TPN が施行できない場合に, 特に下部消化管に
おいては成
栄養剤による経腸栄養も一つの治療戦略にな
り得ると思われた.
なお本論文の要旨は第 27 回日本静脈経腸栄養学会学術
集会 (2012 年 2 月, 神戸) で報告した.
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構成アミノ酸のマウス実験腸炎抑制効果の検討. 消化と吸
収 2005;28:48-52.
― 202―
A Case of Suture Failure after Resection for Sigmoid Colon
Cancer, which was Conservatively Healed with Peripheral
Parenteral Nutrition and Elemental Diet
Junya Kobayashi , Taisuke Sato
1
2
and Hitoshi Ishikawa
Department of Surgery, Fujiyoshida Municipal Hospital, 6530 Kamiyoshida, Fujiyoshida, Yamanashi 403-0005, Japan
National Hospital Organization Takasaki General Medical Center, 38 Takamatsu-cho, Takasaki, Gunma 370-0829, Japan
Abstract
A 54-year-old male diagnosed with sigmoid colon cancer associated with urinarybladder invasion was referred
to our department. Due to invasion into the ileum, we performed a sigmoidectomy with resection of the bladder
and ileum, and reconstructed the colon using end-to-end anastomosis. The pathological diagnosis was T4b,N0,
H0,P0,M0,stage II. After the operation,suture complications resulted in massive emphysema. Patient elected for
conservative treatment,but we were unable to insert a central venous catheter due to subcutaneous emphysema,and
so implemented nutritional management using peripheral venous nutrition and elemental diet. Total parenteral
nutrition is generally required as conservative treatment for colon post-operative suture failure. However, the
low-residue of the elemental diet turned nutritional management into a treatment option,its wound-healing effects
have been the subject of some focus in recent years.
Key words:
sigmoid colon cancer,
suture failure,
peripheral parenteral nutrition,
elemental diet
― 203―
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