Comments
Description
Transcript
注目の学部・学科(第16回 農学) - Kei-Net
C ONTENTS [シリーズ] 注目の 学部・学科 ◆概説 ………………………………………………p62 要素還元的な思考方法から脱却し 総合的な視点で問題解決を図る学問へ 筑波大学北アフリカ研究センター客員教授 真木太一先生 日本学術会議 農学委員会委員長(前) ◆入試情報 …………………………………………p66 第 16 回 ◆植物工場 ……………………………………… p68 玉川大学 渡邊博之教授 ◆水産生物繁殖 ……………………………………p70 北海道大学 足立伸次教授 農 学 農学は、動植物や微生物などの生命体を資源とし て捉え、それらを有効活用する術を追究する学問で ある。活用する先には農業、林業、畜産業、水産業 などの産業が広がっており、農学はこうした産業の 発展に役立つための学問だということができる。学 究の過程では真理を追い求めるが、その目的は真理 の解明自体というよりは、有効活用に資することを 主な目的としている場合が多い。 だが、近年の農学は、こうした人間中心の考え方 である“活用”の域を超え、生物多様性の保護や自 然環境の保全といった概念も視野に入ってきた。そ 概説 ◆乾燥地研究 ………………………………………p72 鳥取大学 恒川篤史教授 ◆授業・ゼミ紹介 …………………………………p74 三重大学生物資源学部「環境土壌学実験」 ◆卒業後の進路 …………………………………p76 のため、環境そのものを対象とする教育研究も行わ れるようになっている。 最近では、その学問分野の幅広さから、学部名称 も従来の「農学部」だけでなく、 「生物資源学部」 「生 物資源科学部」 「生物生命科学部」 「生命環境科学部」 など多様な名称へと変化している。 今回は、 「食料」 「環境」を中心に多彩な学問領域 を含む農学の姿を概観し、農学の大きな魅力でもあ る、総合的、長期的な視点を持って進められている 研究を紹介する。 要素還元的な思考方法から脱却し 総合的な視点で問題解決を図る学問へ 筑波大学北アフリカ研究センター客員教授 真木 太一 先生 日本学術会議 農学委員会委員長(前) 農学は食料の安定供給をベースに あらゆる学問分野を含む総合科学 苦労を積み重ねてきた。欧米 1万年ほど前に農耕を始めるまで、人類は常に飢餓の 料が国民全体に行きわたるよ 恐怖と背中合わせの狩猟採集生活を送っていた。農耕に うになったのは、それほど遠 よって、一定の食料を確保できる見込みはできたものの、 い過去のことではない。人類 制御できない自然環境のもとで十分な生産力を維持して にとって食料確保は最重要課 いくために、それぞれの土地や気候条件のなかで大変な 題であり、食料生産力を高め 62 Kawaijuku Guideline 2011.11 諸国や日本でさえ、十分な食 き止められると、生命現象を工学的に制御する研究が飛 歴史を持つ農学の重要性は全く揺らぐことはなく、むし 躍的に進んでいく。いわゆるバイオテクノロジーの登場 ろ、増え続ける世界の人口を支えるために、食料の安定 だ。 供給の重要性はさらに増しているといっていい。 農学の領域では、従来から、人工的な交雑によって優 食料を安定的に供給するためには、極めて幅広い知識 良な形質を伝える育種の技術や、微生物を使って生命体 や技術が必要である。すぐに思い浮かぶのは農作物の栽 の分解や生育をコントロールする技術などを積み上げて 培技術だろう。生産力を高めるには、いつ、どんな手入 きた。一種のバイオテクノロジーだったが、基本的に自 れをするか、どんな土壌にすればいいかなど多くの知恵 然界で起こる自然淘汰や反応の仕組みを利用していた。 が必要である。それが農作物の種類や地域の数だけある ところが、遺伝子の仕組みが解明されてから発達した のだ。 現代のバイオテクノロジーは、自然界では起きない現象 加えて、気候変動に強い品種や病害虫に強い品種を作 も人の手でつくり出せる。そして、1980 年代以降、農 り出す技術、高い品質を保ったまま長期間保存する技術、 学の多くの分野でバイオテクノロジーが取り入れられる 灌漑の技術なども求められる。こうした自然科学的な技 ようになり、食料生産の技術だけでなく、動植物の遺伝 術以外に、生産物の消費地への効率的な流通、競争力の 子を組み換える技術を手に入れることとなった。 高い作物を生産できるようにする経済的支援、農業従事 1990 年代に入ると、農学はさらに新たな波に飲み込 者が安心して生産に携わることができる政策など、社会 まれる。地球環境問題である。1992 年にブラジルのリ 経済的な枠組みづくりも欠かせない。 オデジャネイロで開催された国連の「環境と開発に関す 筑波大学北アフリカ研究センターの真木太一客員教授 る国際連合会議」 (地球環境サミット)において、 「気候 は、農学の特性について次のように語る。 変動枠組条約」と「生物多様性条約」についての各国の 「一口に農業といっても、経済から政治、工学、理学 署名が行われ始め、 「国連砂漠化対処条約」の交渉が始 など幅広い学問に支えられています。また、農村の歴史 まると、世界中で地球環境問題が大きくクローズアップ や国立公園と農村との関係など、人文科学的な要素もた されるようになった。 くさんあります。私の専門は農業工学ですが、その中に 農学はこれまで、人間に有用な動植物の生産を通じて、 も農業土木、農業機械、農業気象、環境調節、農業計画、 地球環境に少なからぬ影響を及ぼしてきた。そのため、 農業施設など多くの分野が含まれています。しかも、農 人類がこの地球上で持続的な発展を続けていくための食 学には畜産業や水産業、林業などの分野も含まれますか 物生産の道を模索したり、農作物を含めた自然環境全体 ら、扱う範囲は広大です。とはいえ、根本にあるのは自 の維持・保全の方法を開発したりすることが農学に求め 然界の中で生物を効率的に生育させていく仕組みを作り られるようになり、研究対象がさらに拡大したのである。 出すことですから、どちらかといえば自然科学的な色彩 の強い総合科学ということができると思います」 農学系の学科の改編が進み 現在では大きく3系統に バイオテクノロジーや環境問題の影響で 農学の学びは時代と共に対象とする領域を拡大 農学のこうした変化は、農学部の学部名称や学科構成 農学の出発点は、食料生産にある。日本では第二次世 だけでなく「生物資源科学部」 「生物生命学部」 「生命環 界大戦後、国立大学などを中心に農学部が多く設立され 境学部」など生物、生命、資源、科学、環境などの言葉 たが、これも戦後の食料難を解消し、食料増産につなげ を組み合わせた名称へと変化している。 るという政策を背景としている。 学科構成については、従来の農学では、大きく農学、 その後日本は著しい復興を遂げ、食料不足が解消され 農芸化学、農業工学、農業経済学、畜産学、水産学、林 にも大きな影響を及ぼしている。学部名称は「農学部」 Kawaijuku Guideline 2011.11 63 卒業後の進路 「食」は基本的に植物に依存している。植物生産に長い 授業・ゼミ紹介 三重大学 子の正体である DNA が二重らせん構造であることが突 乾燥地研究 鳥取大学 これだけ科学技術が発達した現代においても、人類の 水産生物繁殖 北海道大学 緒は、生命科学の著しい発展にあった。1953 年に遺伝 植物工場 玉川大学 農学の原点は、まさにその努力にあるといっていい。 入試情報 るにつれて、農学は大きな転機を迎えることになる。端 概説 るための技術開発は今日も休むことなく続けられている。 注目の 学部・学科 農 学 <図表>農学系学部で主に何が学べるか 1 植物に関する研究 1 植物バイオテクノロジー 植物の生態やとりまく環境について学ぶ ① 植物そのもの Ⅱ 応用生命系 生物生産系 Ⅰ 育種学、作物学、栽培学、園芸学など ② 植物をとりまく環境 植物病理学、土壌学、昆虫学など 2 動物に関する研究 家畜動物(ウマ、ウシ、ニワトリなど)の生態、生産について学ぶ *畜産学、応用動物など 3 水産に関する研究 水生生物の生態、漁業・水産加工といった水産業全般 について学ぶ *水産学、海洋生物資源など 植物の機能を使った物質の開発・生産や環境制御・修復 について学ぶ *遺伝子工学(植物) 、植物細胞工学など 2 動物バイオテクノロジー 動物の機能を使った物質の開発・生産について学ぶ *遺伝子工学(動物) 、動物細胞工学など 3 微生物バイオテクノロジー 微生物の機能を使った物質の開発・生産や環境制御・修復、 廃棄物再資源化について学ぶ *応用微生物学など 4 食品バイオテクノロジー 生物の機能を使った有用機能性食品の開発・生産について 学ぶ *食品加工学、食品衛生・管理学など 産学などの代表的な学問分野があり、これらの学問が学 科として農学部を構成する場合が一般的であった(本稿 では獣医系、 栄養系は除く) 。しかし、 バイオテクノロジー の浸透と地球環境問題への対応に伴い、 現在の農学は「生 グローバルな対応と解決策が求められる 「食」と「環境」が大きなテーマに 物生産系」 「応用生命系」 「環境系」に大別されるように 多岐にわたる農学の研究分野のなかでも、近年は「食 なっている<図表>。 料」 「環境」が2大テーマといえる。 生物生産系は、農学の基本である食料生産に関わる教 食料に関しては、世界的な規模での人口増加(国連の 育研究を行う系統であり、応用生命系は、生命現象を解 2050 年の人口予測:90 億人)による食料不足が深刻化 明し、それをさまざまな物質生産に利用する応用研究を しているだけに、乾燥地の緑化による耕地面積の拡大な 行う。また、環境系は、幅広い概念を含む環境を多彩な ど、食料増産への技術開発が強く求められている。また 視点から捉えようとする研究である。 日本では、カロリーベースで 39%(2010 年)しかない こうした変化により、農学系統では学部・学科の名称 食料自給率をどれだけ高められるかも大きな課題になっ が変更され、学ぶ内容が想像しにくい名称も増えた。 ている。 「農学という言葉を避け、生命、生物、環境などの言 「戦争や自然災害などのリスクを考慮すれば、食料を 葉を使った学部・学科名への変更が相次いだのは、『農』 全面的に海外に頼るのは危険でしょう。自給率を高める という言葉に対する若い人たちの古いイメージを気にし には、農作業へのロボット導入などによる生産コストの たためでしょうか (本来は歴史・伝統のある重要な分野)。 圧縮、海外への技術移転とセットで農作物を確保する仕 ただ、実際には、名称や学科構成が変わっても、学問と 組みの確立、海を利用したタンパク源の確保、太陽光や しての農学の基本的な枠組みはそれほど大きく変化して 人工光源を利用した植物工場の展開などが有効です。さ いません。そうした事実が理解されてきたこともあり、 らには、干ばつ対策として、従来のヨウ化銀法やドライ 最近では分野によっては人気が高まっています。特に遺 アイス法に代わる液体炭酸法を用いた人工降雨の研究な 伝子組み換え技術に代表されるバイオテクノロジー関連 どにより、新しい技術やシステムを開発していく必要が 分野や、自然環境の保全に関わる環境調整分野には、学 あります」 (真木教授) 生だけでなく若い研究者も多数集まっています」 (真木 また、牛肉における BSE 問題や食品偽装問題などを 教授) はじめとして、食品の安全性にも強い関心が寄せられて 64 Kawaijuku Guideline 2011.11 教育」や、農業体験を通して各地の自然や文化に触れる 1 農業工学 農業工学、農業機械、環境調節工学(ビニルハウス栽培) 「要素還元型」から「問題解決型」へ 分野横断型の研究プロジェクトも増加 農学も他の学問分野と同様、近代科学の歩みのなか 環境系 海洋、熱帯雨林、資源保全など で専門分化を進めてきた。しかし、問題を細分化して 3 農業・林業環境の管理・分析 入試情報 2 地球資源の解析(計測、分析) Ⅲ 概説 「グリーンツーリズム」などの試みも始まっている。 突き詰めていく要素還元的な思考では、世界規模で広 治水(農業用水路、ダム建設など) 、森林資源の管理、 地域の農業分析など がる食料問題や環境問題の解決に対して限界があるこ とも明らかになってきた。また、農学の専門分化が効 造園学、緑地計画など 率優先の生物生産技術の追求を加速し、結果的に環境 汚染や食料の安全性を脅かすことにつながったとの反 5 社会科学からみた環境 植物工場 玉川大学 4 人間と自然との共生 省も出てきた。 農業経済学、環境経済学、開発経済学など そのため、現在では、こうした要素還元型の思考か 河合塾作成 「持続可能性」や「生物多様性」といった、全ての人類 結させるだけでなく、農作物を供給する側である農学の 域の協力が不可欠であり、農学においても異なる分野の 積極的な関与も期待されている。 知見を統合した問題解決型の思考が重要になっている。 一方、環境に関しても、農学が取り組むべき課題は多 実際、農学以外の研究者と共同で行う分野横断型の研究 い。例えば、中国西部の砂漠地帯で巻き上げられた砂塵 プロジェクトが急速に増えてきた。 がジェット気流に乗って日本などの東アジアに降り注ぐ 「人類が今直面している課題は、従来の科学の方法論 黄砂は、照度不足による農作物の不作をもたらすだけで の限界を示しています。食料と環境を扱う農学は今後も なく、交通障害や受信障害などの経済的損失や、健康被 重要な学問分野であることは間違いなく、高校生のみな 害なども引き起こす。 さんには、自分が新しい農学を開拓するのだという意欲 「麦の病気である麦さび病は、ほぼ確実に黄砂が媒介 を持って学んでほしいと願っています」(真木教授) していますし、2010 年に宮崎県で大流行した口蹄疫も、 次ページからは、こうした新しい農学の胎動が感じら 気象観測衛星やウイルスの DNA 解析などを使った私の れる研究や教育を紹介する。 卒業後の進路 研究では、ウイルスが黄砂で運ばれた可能性 授業・ゼミ紹介 三重大学 に関わる重要な課題を解決するためには、幅広い学問領 乾燥地研究 鳥取大学 いる。これらは、関係者の倫理観や公衆衛生の問題に帰 水産生物繁殖 北海道大学 ら脱却した新しい農学の構築が求められている。特に が非常に高いことが判明しました。さまざま な環境被害を及ぼす黄砂を防ぐ試みは、砂漠 の緑化などをはじめとする、あらゆる農学の 知見を結集しなくてはならないのです」 (真 木教授) 環境関連では、CO 2 排出を削減するため の技術体系を戦略的に進める「グリーンイノ ベーション」も注目される。CO 2 を固定化 する作物や植物の生産、森林減少や砂漠化な どの防止といった試みは、農学が扱う範囲で あり、大きな貢献が期待できるはずだ。この ほか、環境への意識を高める農学発の「環境 Kawaijuku Guideline 2011.11 65 注目の 学部・学科 農 学 入試情報 ているようだ。また、世界的な食糧危機や食品の安全性 に関する問題が近年取り上げられ、食の問題への関心が 高まっていることや、食という身近な生活領域を取り扱 ここでは、農学系の入試の特徴を見ていく。 国公立大では高い人気のまま横ばい 私立大では 2009 年度以降、農学系の人気鮮明 うことから、増加している女子理系生の受け皿になって いる面も人気の要因となっている。 国公立大は理・工学系に比べ数学の負担は軽く 農学系を設置している大学は国公立大が 43 大学 48 次に国公立大の入試科目の特徴について見ていく。セ 学部(117 学科) 、私立大が 19 大学 27 学部(85 学科) ンター試験科目は約9割が理科2科目を含む7科目を課 となっている(河合塾調べ) 。私立大の設置数が少ない しており、大学による特徴はみられない。 ことがこの学系の特徴である。 <図表3>は2次試験の教科パターンをまとめたもの 近年の入試状況を見ていこう。<図表1>、<図表2 である。東京大(理科二類) 、京都大(農)では4教科 >はそれぞれ、国公立大(前期)および私立大(一般方 5科目を課す負担感の強い入試を実施しているが、全体 式+センター方式)の農学系の志願者数の推移を表した の4割が2科目、約3割が1科目と 1 ~2科目を課す大 ものである。国公立大の志願者数は 2008 年度、2009 学が中心となっている。 年度で高い伸びを示し、それ以降も横ばいで推移してい 2次試験教科は、英語、数学、理科を中心に構成され る。私立大では 2009 年度以降、年 10%強の高い伸びを ている。理科は9割の大学で課しており、そのうち3割 示しており、農学系人気は鮮明である。 で理科2科目を必須としている。選択科目は化学、生物、 近年の就職難で理系全体の人気が上昇している。農学 物理の3科目の中から選択するパターンが多いが、一部 系に関しても、食品メーカーなど比較的安定したイメー の大学では化学や生物が必須となっている。数学は数学 ジのある企業への就職が考えられることが人気に繋がっ Ⅲ・数学Cまで課す大学の割合が理・工学系と比べて少 <図表1>国公立大 農学系志願者数推移 なく、約4割にとどまっており、半数以上は数学Ⅱ・数 学Bで受験可能である。 (人) 16,000 <図表3>国公立大(前期日程)個別試験教科パターン 15,500 科目数 15,000 4科目以上 募集区分数 7 【英、数、理2】 14,500 3科目 14,000 13,500 2次教科パターン 【英、数、国、理2】 07 08 09 10 11 (年度) ※ 前期日程について集計 16 【英、数、理】 5 【英、理2】 3 【数、理2】 2 【英、化】《数、物、生、地学⇒1》 1 【英、生】《数、物、化⇒1》 1 【英】《理2》 1 【数、理】 30 【英、理】 6 【英、数】 5 【英】《数、理⇒1》 2 【英、地】 1 75,000 【英】《数、国⇒1》 1 70,000 【化】《数、物、生⇒1》 1 【生】《数、物、化⇒1》 2科目 <図表2>私立大 農学系志願者数推移 (人) 80,000 1科目 65,000 60,000 55,000 50,000 《数、理⇒1》 【理】 9 《英、数、理⇒1》 4 【英】 3 上記以外 07 08 09 10 11(年度) ※ 一般方式+センター方式で集計 66 Kawaijuku Guideline 2011.11 教科なし 1 11 4 【小】 3 【総】 1 ※2012 年度入試科目で集計 科目数 3科目 ※2012 年度入試科目で集計 私立大では文系科目で受験できる大学も ボーダー得点率(%) 85.0∼90.0 80.0∼84.9 75.0∼79.9 70.0∼74.9 65.0∼69.9 60.0∼64.9 55.0∼59.9 0 5 10 15 20 ※ 前期日程について集計 <図表 6 >国公立大 農学系 予想ボーダー偏差値帯別募集区分数 ボーダー偏差値(%) 67.5∼69.9 57.5∼62.4 <図表4>は私立大一般方式の主な教科パターンを集 52.5∼57.4 計した表である。国公立大と同様に英語、数学、理科を 47.5∼52.4 中心に2~3教科を課すのが一般的だ。理科は約6割の 42.5∼47.4 0 5 10 15 20 25 が多いが、なかには物理の選択ができない大学もある。 目になっている場合が多い。出題範囲は国公立大に比べ ※ 前期日程について集計 <図表 7 >私立大 農学系 予想ボーダーライン別募集区分数 一般方式 ボーダー偏差値(%) 京都産業大(総合生命-生命システム、生命資源環境) 60.0 ∼ 64.9 のみである。また、環境科学・農業経済系分野の学科な 50.0 ∼ 54.9 どでは、文系科目のみで受験できる大学もある。 センター利用方式は7割の大学が3科目を課してお 方式と同様に文系科目のみで出願できる大学もある。 都市部の人気私立大では高倍率の入試に 最後に入試難易度について見ていこう。国公立大では、 ボーダー得点率 60 ~ 80%の層に募集区分の8割が集中 する<図表5>。また、2次試験のボーダー偏差値は 47.5 ~ 57.5 に募集区分の8割が占めている<図表6>。 55.0 ∼ 59.9 45.0 ∼ 49.9 40.0 ∼ 44.9 35.0 ∼ 39.9 (BF)ボーダーフリー 0 5 10 15 20 25 80.0 ∼ 84.9 75.0 ∼ 79.9 70.0 ∼ 74.9 65.0 ∼ 69.9 60.0 ∼ 64.9 55.0 ∼ 59.9 50.0 ∼ 54.9 45.0 ∼ 49.9 40.0 ∼ 44.9 0 30 35 (募集区分数) センター利用方式 ボーダー得点率(%) 5 10 15 20 25 30 35 (募集区分数) 一方、私立大一般方式では偏差値 50.0 未満が全体の8 ※ 図表 5 〜 7 の予想ボーダーは 2011 年 10 月末現在 割を占めており、比較的狙いやすい大学が多い。とはい 中し、倍率が5倍を超える学科もある。センター利用方 え農学系を設置している大学は少ないため、東京農業大、 式においては、得点率 70 ~ 80%の層に募集区分の半数 明治大、近畿大といった都市部の人気大には志願者が集 以上が集中している<図表7>。 Kawaijuku Guideline 2011.11 67 卒業後の進路 り、英語・理科必須の大学が6割を占める。また、一般 35 40 45 (募集区分数) 授業・ゼミ紹介 三重大学 て科目負担が少なく、数学Ⅲ・数学Cを課しているのは、 30 乾燥地研究 鳥取大学 大学で必須となっている。化学、生物、物理からの選択 水産生物繁殖 北海道大学 62.5∼67.4 次に私立大の入試科目の特徴を見ていこう。 数学が必須となっている大学は2割と少なく、選択科 25 30 (募集区分数) 植物工場 玉川大学 募集区分数 34 21 8 5 4 3 3 3 3 2 1 12 6 3 3 3 2 5 入試情報 2科目 教科パターン 【英、理】 《数、国⇒1》 【英、数、理】 【英】 《数、国⇒1》 《理、地⇒1》 【英】 《数、国⇒1》 《理、地公⇒1》 【英、国】 《数、理、地公⇒1》 【英、数】 《国、理⇒1》 【英】 《数、地公⇒1》 《国、理⇒1》 【英】 《数、国、理2⇒2》 【英】 《数、理(化) 、地公⇒1》 《国、理(生)⇒1》 【英】 《数、国、理、公⇒2》 【英】 《数、国、 (理、地公→1)⇒2》 《英、国⇒1》 《数、理、地公⇒1》 【理】 《英、数⇒1》 《英、数、理⇒2》 【英、数】 【理】 《英、国⇒1》 【理】 《英、数、国⇒1》 上記以外 概説 <図表 5 >国公立大 農学系 予想ボーダー得点率別募集区分数 <図表4>私立大 農学系一般方式教科パターン 注目の 学部・学科 農 学 植物工場 LED光源を使った「植物工場」 を実用化し食料増産や、 有用成分を多く含む作物の効果的な収穫を目指す 玉川大学農学部生命化学科 学術研究所生物機能開発研究センター主任 渡邊 博之 教授 世界の人口は今年中に 70 億人を突破することが確実視されており、今後その増加ス ピードが加速することも予測される。だが、地表面積には限界があり、食料生産が可能 な土地の開発が進んだとしても、いずれ食料不足は深刻化する。そのため、農学の大き な課題として、食料を増産し、安定的に供給する方法が模索されている。その1つが「植 物工場」だ。人工光源を使えば、 地下やビル内でも生産できるため、 大きな期待がかかる。 もう1つが、太陽光や土地に依存しない農業技術の開 従来の農業の既成概念から脱し 新たな植物生産の可能性を開拓 発です。従来の農業は太陽光を使うのが大前提でした。 季節や天候の変動の影響を受けやすく、また、広大で平 農学が扱う学問分野は多岐にわたりますが、なかでも 面的な農地を必要とし、水や農薬の大量投下が不可欠で 食料生産は最も基本的な分野といえます。人類が「農業」 す。しかし太陽光に頼らず、人工光源と水耕技術による を発明して以来、効率的に食料を生産する努力が何千年 植物栽培が可能になれば、その大前提が崩れるわけです も続けられ、やがて作物学、栽培学、蔬菜・園芸学、な から、広い農地が要らない農業、農薬の投下も不要で安 どの学問領域を確立しながら、今日に至っています。 全な農業など、いろいろな農業が可能になるはずです。 食料生産の中心にあるのは「植物栽培」です。多くの 人工光源を使えば、農地は平面である必要はなく、地 人類の主食である穀物はもちろんですが、畜産や養殖、 下やビルなどの限られた空間でも立体的な植物栽培が可 栽培漁業においてさえ、飼料やそのもとになるエネル 能になります。しかも、気温や湿度、光の強さや照射時 ギー生産は植物が担っています。地球上のほとんどすべ 間、与える栄養まで厳密に管理できますから、気候や天 ての生き物は、太陽光からエネルギーを取り出す植物の 候の影響を受けずに安定した収量が見込めます。こうし 光合成によって生命を維持しているのです。 た農業は「植物工場」と呼ばれて、従来の農業のイメー しかし、伝統的な食料生産技術の延長だけでは、今後 ジを覆すものですが、将来的には大きな可能性を持った の人口増加に対応するだけの食料の需要に応えることは 技術といえます。 そ さい 難しくなっています。そのため、食料生産の効率を上げ る技術開発は農学の大きな課題の1つになっており、現 在、以下の2つの方法が有力視されています。 太陽光の代替光源としてではなく 成長を制御するエネルギーとしての LED 光源 1つは、植物を改変し収穫量を上げる技術、すなわち 植物工場では、主に蛍光灯やナトリウムランプ、メタ 遺伝子組み換え技術です。この技術は、人工的に作りだ ルハライド灯などの人工光源が使われていますが、私は した生命体の自然界に与える影響が未知数であること LED 光源を使った植物栽培を研究しています。なぜな や、世界規模で流通する農作物に対する経済的な圧力に ら、LED 光源には植物栽培を劇的に変化させる大きな つながりやすいことなどから、あまりよいイメージを持 可能性があるからです。 たれていません。しかし、収量を増やし、病気にもなり 植物は特定の波長域に対する光受容体をもち、波長に にくい作物を創出する画期的な技術として、遺伝子組み よって光合成や植物の形状を作るといった生理活性が異 換え技術という選択肢は捨てるべきではないだろうと考 なります。太陽光も含め、従来の光源では波長を制御す えます。 ることは難しかったのですが、LED はそれが容易です。 68 Kawaijuku Guideline 2011.11 赤色、青色、緑色の LED を使って特定の波長域を持っ <写真>無重力を作り出す実験装置 概説 た光を選択的に照射することで、植物の生理活性を自在 に管理することができるわけです。 例えば、 レタスに赤色 LED の光を照射します。すると、 レタスは赤色に対する形態形成(形状を変化させる)の 入試情報 反応を示さないため、光がない状態だと判断して、光を 得るためにどんどん葉を広げます。ところが赤色光は光 合成反応の活性が最も高くなる波長域でもあるため、レ タスは広げた葉でどんどん光合成を行い、急速に成長し てい き ま す。 一 方、コマツナやチンゲンサイに 赤 色 識するからです。ところが、青色 LED を照射すると、 実験装置の中に植物を入れ、ゆっくり回転させることで 無重力状態を作り出す。 (渡邊先生提供) コマツナやチンゲンサイには青色光に対する形態形成反 第2は、植物の形質転換技術による、高い健康増進機 応はなく、光合成活性だけが刺激されるからです。青色 能を備えた植物の栽培技術の確立です。現在でも医薬品 LED で育てたコマツナやチンゲンサイは、太陽光下で の3分の1の種類は植物から抽出した成分を使ってお の栽培では考えられないくらい巨大化することもわかっ り、植物が生産する代謝物の中には、人間の健康増進や てきました。 疾病予防に非常に効果的な物質もたくさん含まれていま 従来の人工光源を使った植物工場は、白色蛍光灯など す。現在は、白血病の特効薬になる成分を持つ薬草を を使ってきました。蛍光灯には可視光の全波長が含まれ LED 光源で栽培し、有効成分を高める栽培技術の確立 ていますから、確かに植物は成長しますが、レタスに対 を目指していますが、将来的には、遺伝子組み換え技術 する赤色光のように、植物の特定の生理活性だけを刺激 を使って、人間の病気に対するワクチンを組み込んだ、 「食べる医薬品」としての機能を持つ植物の創出なども 意義があります。太陽光の代替光源としてではなく、植 手がける計画です。食べて脂肪が減る野菜、花粉症を緩 物の生理活性を自在に制御するエネルギー源として 和する米など、幅広く応用できそうです。 LED 光源を活用することで、太陽光以上の効果を持っ 第3は、長期の宇宙滞在のための、宇宙空間における た栽培が可能になるのです。 植物栽培技術への挑戦です。地上と宇宙空間の最も大き な違いは、気圧と重力です。そこで宇宙農業ラボを設置 して、減圧下で植物を栽培する実験装置や、擬似的に無 重力状態を作り出す実験装置 (注) を開発し<写真>、気 LED 光源を使った植物工場で、現在取り組んでいる 圧や重力が植物の成長に及ぼす影響を調べています。宇 研究テーマは3つあります。 宙空間ではカロリーの高い植物栽培も求められます。そ 第1は、リーフレタス、サラダナ、ハーブ類など短期 こで、葉菜類ばかりではなく、ジャガイモを使った宇宙 間で促成栽培が可能な葉菜類に関する、採算のとれる植 農場における栽培システムの開発に取り組んでいます。 物工場の実現です。LED 劣化を防ぐ水冷システム付き このように、LED 光源を使った植物工場は、収量増 の LED 光源を使えば蛍光灯光源の植物工場よりも全体 や安定供給だけでなく、安全で安心な農作物の提供、地 の経費を下げることが可能です。1~2年のうちには現 下水利用や農薬等による自然環境負荷の低減、医療や健 実の農作物市場に出荷できる工場をキャンパス内で稼働 康増進に役立つ作物の創出、地球外での農業など、幅広 させたいと考えています。光合成や形態形成反応の制御 い応用分野があります。すべての農作物を植物工場で生 技術は、生物機能開発研究センターの実験施設を使って 産することはあり得ませんが、植物工場を有効に活用す ほぼ完成しつつあるので、あとは半自動化を実現して、 ることで、農業の可能性は大きく広がります。 (注)擬似的に無重力状態を作り出す実験装置…植物が重力を感知するまでには時間がかかる。そこで栽培装置を常に2軸回転させながら重力を全方向 から与える装置によって、どこからも重力を受けていない状態、すなわち擬似的な無重力状態を作り出 している。 Kawaijuku Guideline 2011.11 69 卒業後の進路 採算が合う植物工場を稼動させ 機能性作物の創出や宇宙栽培技術も視野に 授業・ゼミ紹介 三重大学 する効果はありません。ここにこそ、LED 光源を使う 乾燥地研究 鳥取大学 植物栽培を「食品工業化」する技術を開発する予定です。 水産生物繁殖 北海道大学 レタスに対する赤色光とまったく同じ反応を示します。 植物工場 玉川大学 LED を照射しても変化が生じません。赤色光を光と認 注目の 学部・学科 農 学 水産生物繁殖 生命現象の基礎的なメカニズムを解明し 有用水産生物の繁殖技術の開発を目指す 北海道大学大学院水産科学研究院海洋応用生命科学部門 足立 伸次 教授 水産学も農学の一分野であり、基本的には水産業に役立つと いう目的を持った実学的な学問である。そのため研究対象も、 人類の食料や資源として役立つ「有用水産生物」が主な研究対 象となる。生態の研究から捕獲のための漁船の研究まで幅広い 研究領域があるが、近年は水産資源の持続的な活用の観点から、 養殖や栽培漁業が注目され、繁殖学への期待も高い。 北海道大学七飯淡水実験所で飼育されている雌のダウリアチョウザ メ。写真のチョウザメは全長約 2.1メートル、重さ 100kg。成長する と全長は5m以上、 体重は 500kg 以上にもなるという。( 足立先生提供 ) 卵子と精子の形成メカニズムを基本に 成熟プロセスの詳細な分析が必須 欠落するとそこで成熟が止まってしまいますから、繁殖 水産学における繁殖学は、有用水産生物を人為的に増 細かく調べる基礎研究が不可欠です。 やすのに必要な知見や技術を提供する学問分野です。動 今でも、応用研究にあたる繁殖技術の開発は、生命現 物が増えるには、卵子と精子ができ、それが受精して新 象がほとんど解明されていなかった時代から続く、試行 しい個体が生まれることが必要です。そのため、繁殖学 錯誤によって成功する面も少なからず残っています。し では、卵子と精子が形成されるメカニズムを解明し、そ かし、現代の繁殖学では、分子生物学を基礎とした分子 れを、 具体的な生産に結びつけることを目指しています。 繁殖学を基礎として、論理的に展開して行く方が、結局 生命現象のメカニズムを解明する手法自体は、理学部 は近道であることが多いのです。また、繁殖には、良質 における生物学と共通ですが、生物学がメカニズムその な個体の特徴を生かして優秀な形質を残していく育種学 ものを解明するのに最適な生物を研究対象として選択で との連携も重要です。ですから私の研究では、育種学も きるのに対して、水産学では主な研究対象が有用水産生 視野に入れながら行うことが多くなっています。 物となり、生命現象のメカニズムを解明するには不向き であっても、取り組まざるを得ない点に大きな違いがあ ります。 学の研究においては、全てのメカニズムを分子レベルで 通常の飼育環境下では成熟しないウナギの 成熟メカニズムを解明し、飼育条件を摸索 生命科学には長い研究の蓄積がありますが、生命現象 現在、最も力を入れている研究の1つがウナギ(ニホ の9割以上は未だに解明されていません。医療の向上の ンウナギ、以下同)の研究です。ウナギは日本などの川 ために最先端の科学技術を用いて膨大な努力が費やされ で育ち、太平洋のどこかで卵を生み、稚魚(シラスウナ ている人間の生命現象ですら、ゲノムこそ解読されたも ギ)となって、日本の川に上ってくるのではないかと予 のの、 2~3万種類と見られる遺伝子の働きについては、 測されていたのですが、誰もその卵や親ウナギを見たこ 重要なものを除いてはほとんど解明されていないので とがありませんでした。2009 年になってようやく、グ す。特に水産生物の場合は、ゲノムさえも解読されてい アム島西のマリアナ海嶺付近で、ウナギの卵と親ウナギ ません。 が相次いで発見され、産卵場所が特定されるまでになり 生命現象には、 多くの生物に共通して見られる現象と、 ました。ただ、産卵場所へと回遊している成熟途上にあ その生物固有の現象があり、多くの生物に共通するもの るウナギはまだ1匹も捕獲できておらず、ウナギの生活 ほど重要な生命現象といえます。卵子と精子ができるこ 史の全容は依然として未知なのです。 とを成熟といいますが、生殖に関わる過程は、1つでも ちなみに、ウナギの養殖は、天然のシラスウナギを捕 70 Kawaijuku Guideline 2011.11 注射がいらない親を育てていこうというわけです。その 天然成熟雌ウナギが獲れたので、これから卵巣で発現している 遺伝子を徹底的に調べて人工魚の卵との違いを明らかにしたい。 ためにも、成熟に関する分子レベルの基礎研究が不可欠 概説 <図表>人工魚の卵との違いを明らかにする研究 なのです。 経済的価値の高いチョウザメを 北海道の川に復活させる計画も 比較 2. 卵巣の遺伝子発現を 網羅的に比較する 淡水増殖研究室ホームページより。一部写真を省略。 10 年ほど前からは、チョウザメの研究も始めていま 入試情報 1. 卵巣と脳下垂体 既知の成熟関連因子の mRNA と タンパクの発現量の差異 す。チョウザメは最も成熟期間の長い有用魚種であり、 体長5m 以上にもなるダウリアチョウザメは、生後 15 期間を短縮させたり、メスばかりを生ませる方法を確立 るウナギは、卵子と精子ができるごく初期の段階で成熟 できれば、高い経済効果が見込めます。そこで、ダウリ が止まってしまうのです。その壁を破ったのが、私の研 アチョウザメの成熟メカニズムの解明に挑んでいます。 究室の大先輩に当たる山本喜一郎先生と山内晧平先生で また、北海道にかつて生息していたミカドチョウザメ した。ウナギにサケの脳下垂体のホルモンを注射するこ の研究も並行して行っています。日本では絶滅種ですが、 とで、成熟させ、世界初の人工ふ化に成功したのです。 ロシアのツムニン川にはわずかに生息していて、まれに 昨年、水産総合研究センターで人工ふ化させた卵から生 北海道まで回遊して捕獲されることがあります。研究室 まれたウナギが成熟して卵を生み、その卵がシラスウナ ではこのミカドチョウザメを5尾飼育していますが、こ ギまで成長するという完全人工養殖が世界で初めて成功 れが日本にいる唯一のミカドチョウザメです。ですから しましたが、基本的にはこの方法で人工ふ化をさせてい 繁殖させるだけでも大きな意味があります。またミカド ます。ただ、コストを考えると、実用にはほど遠いのが チョウザメのキャビアも高価ですから経済効果も期待さ 現状です。 れますし、繁殖に成功すれば、いずれは北海道の川にミ この伝統を引き継ぐ私の研究室では、ウナギの完全養 カドチョウザメを放流し、かつての河川を蘇らせること 殖の実用化の第1段階である、良質な卵を大量に採取す も考えています。そうなれば、北海道の環境保全のシン る方法の確立に向けた研究を進めています。良質な卵と ボルになります。 は、受精後のふ化率や、ふ化後の生残率が高い卵のこと 2種類のチョウザメを対象とした研究では、いずれも です。研究室には 2009 年に採取された天然ウナギのサ 人工ふ化には成功し、現段階では性分化のメカニズムと、 ンプルがありますから、この天然卵と人工ふ化させた卵 成熟開始までのメカニズムの解明を目指していますが、 を比較し、どの段階でどんな変化が生じ、それがどんな その結果を実際の繁殖につなげるためには、さらに 10 差となって成熟に問題が生じるのかを、mRNA(メッ 年単位の成熟期間を何サイクルも見込まなくてはなりま センジャー RNA)などを網羅的に探索するなどの方法 せん。チョウザメの繁殖研究は、いわば林業と同じで、 で、分子レベルから解明しようと試みています<図表>。 自分の世代では完結せず、子の代、孫の代までの長い期 天然卵と人工ふ化卵の成熟過程の変化が明らかになって 間を念頭においた研究なのです。 も、すぐに養殖技術につながるわけではありませんが、 また、人工環境では成熟しないウナギや、成熟期間の 大きなヒントにはなるはずです。 長いチョウザメを研究対象に選んでいるのは、こうした 同時に、良質な卵を選別する育種も進めています。い 難しい繁殖条件をクリアできれば、他の魚種の繁殖に大 ちいちホルモン注射をしてふ化させていたのでは、コス きく貢献するだろうという考えもあるからです。繁殖学 ト面から天然のシラスウナギに対抗できないからです。 は、すぐには答えが出ない課題ばかりを扱っています。 飼育下でも成熟プロセスが少しでも前に進む親を選別し しかし、そうした長期的な視野に取り組み得る研究こそ て、その人工ふ化を繰り返すことで、やがてはホルモン が、まさに農学の研究の醍醐味だと思っています。 Kawaijuku Guideline 2011.11 71 卒業後の進路 最も繁殖が難しい水産生物だからです。飼育環境下にあ 授業・ゼミ紹介 三重大学 ただし、その卵であるキャビアは非常に高価です。成熟 乾燥地研究 鳥取大学 ウナギは、通常の飼育環境下ではまったく成熟しない、 水産生物繁殖 北海道大学 ~ 20 年、体長2メートルにならないと卵を作りません。 植物工場 玉川大学 獲して成長させることで成り立っています。なぜなら、 注目の 学部・学科 農 学 乾燥地研究 乾燥地における食料生産と緑化を推進し 世界全体の安定と環境問題の解決を目指す 鳥取大学乾燥地研究センター長 恒川 篤史 教授 ミレニアム生態系評価(2005)によれば、乾燥地の割合は世界の陸地の4割を超え、 そこに世界人口の3分の1に相当する約 20 億人が暮らしているという。乾燥地は生物 生産力が低い上に、人口増加率が高く、貧困から抜け出せない状況にあるため、世界的 な問題になっている。乾燥地の生物生産力を高め、環境を改善することは、食料増産だ けでなく、地球環境問題や世界の安定にもつながっている。 健医学、社会経済などの領域も含めた、総合的な乾燥地研 生物生産の技術的側面だけでなく 社会経済的な側面からの研究も必要 究を行っています。 乾燥地とは、乾燥度指数、すなわち年間の降水量を可能 か。それは、グローバル化した世界では日本も乾燥地と無関 蒸発散量で割った値が 0.65 よりも低い地域のことです。乾 係では存在し得ないからです。例えば、 日本の一次エネルギー 燥によって農作物などの生物生産力が低いだけでなく、住民 の約半分は原油に依存していますが、そのほとんどをサウジ の1人当たり GDP が低いことに示される貧困の問題や、劣 アラビア、アラブ首長国連邦、カタール、イランなどの主に 悪な衛生環境によって乳幼児死亡率が高いなど、日本とは比 中東の砂漠が広がる国や地域からの輸入に頼っています。大 べものにならないほど厳しい生活を余儀なくされています。 半を輸入する小麦も、やはり乾燥地で広く栽培される作物で 乾燥地は、農業問題だけでなく、衛生や経済的な問題も抱え す。乾燥地の経済的な発展は、日本の発展に直接的に影響 ているわけです。 を及ぼしているのです。また春先に日本にも飛来する黄砂は、 鳥取大学乾燥地研究センターでは、こうした乾燥地の問題 タクラマカン砂漠やゴビ砂漠で舞い上がったダストが風に運 解決に資する研究に取り組んでいます<図表>。1958 年の ばれてやって来ているものです。この黄砂に代表されるよう 発足当初は、農学部附属砂丘利用研究施設として、砂地で に、乾燥地での砂漠化は日本の環境にも直結しています。 の食料生産を可能にする技術の開発を進めてきましたが、現 日本は世界有数の経済大国ですし、トップレベルの科学技 在では大学の枠を越えて全国の研究者と共同研究を行う「共 術を有しているわけですから、国際貢献の側面からも、世界 同利用・共同研究拠点」として、農業だけでなく、環境や保 的な関心を集める乾燥地問題の解決に取り組む義務がありま 乾燥地のない日本で、なぜ乾燥地研究が必要なのでしょう <図表>グローバル COE プログラム 「乾燥地科学拠点の世界展開」における研究課題と目標 研究課題と目標 農業生産 ICARDA 分子育種 因となっている側面も否定できず、世界の、ひいては日本の 安定的な発展のためにも、乾燥地の問題を無視するわけには 保健医学 リーダー:黒沢洋一 いかないのです。 課題:乾燥地における健康レベルの向上 目標:①黄砂による影響の解明と対策 ②乾燥地の健康関連 QOL と社会経済因子の関連解明 地球環境 リーダー:藤山英保 課題:持続性のある環境保全型生産技術の確立 目標:適切な技術パッケージの作成 乾燥地農業研究 センター す。また、乾燥地での貧困や社会的格差がテロや暴動の遠 リーダー:篠田雅人 課題:黄砂発生の将来予測 目標:黄砂発生の生物物理学的モデルの開発 乾燥地における自然―社会系の持続性の維持・向上 DRI 砂漠研究所 乾燥に強い品種開発や緑化の推進 生物多様性の確保など研究テーマは多彩 本センターでは、気候・水資源部門、生物生産部門、緑化 保全部門、社会経済部門、保健・医学部門の5部門を設置し、 リーダー:辻本 壽 課題:耐乾性作物系統の育種 目標:開発した耐乾性作物の乾燥地での栽培実験 環境修復 リーダー:山中典和 課題:砂漠化土地の環境修復 目標:適正な環境修復技術マニュアルの回復と現場普及 2011年鳥取大学乾燥地研究センターパンフレットより 72 Kawaijuku Guideline 2011.11 乾燥地が直面する課題に幅広くアプローチしています。その 中から、いくつかの特徴的な研究を紹介することにしましょう。 影響で個体数が激減し、絶滅が危惧されている種も数多く存 あり、辻本壽教授のグループは、分子育種学を駆使した小麦 在します。 の新品種の開発に取り組んでいます。小麦は、比較的乾燥し 伊藤健彦助教は、 こうした野生動物の生態学的な研究を行っ た土地で生育する作物ですが、さらに乾燥に強い品種を生み ています。モンゴルなどに生息する草食動物の一種モウコガ 出す努力を続けています。なかでも特に注目されるのが「超 ゼルの生態を、衛星追跡用の電波発信機を装着して大規模に 遠縁交雑法」という手法です。 調査したところ、モンゴルと中国を結んでいる長距離鉄道で、 一般に、植物の品種改良を行う場合は、同じ種のさまざま その季節移動が分断されていることを突き止めました。線路 な系統の中から、目的とする性質を持った系統を選んで交雑 の周りに家畜よけの柵があるためモウコガゼルが鉄道を越え を繰り返していきます。小麦であれば、小麦の異なる系統同 ることができないのです。人工衛星を使ったリモートセンシン 士を掛け合わせます。ところが、超遠縁交雑法では、小麦と グで植生の状況も分かるため、最適な生息地への移動も含め、 トウモロコシ、小麦と雑穀など、属の異なる作物との交雑を行 生物多様性の保全に役立つような研究も進めています。 います。遺伝子組換え技術が確立している現在では、この技 術を使った新しい小麦品種の創出も可能です。しかし遺伝子 先進国にも乾燥地にもメリットがある 社会経済的な枠組みも含めた取り組みが必要 したり、植物工場を建設したりすれば、技術的には作物生産 統的な育種も行いつつ、実際に乾燥地に住む人々の生活が向 や緑化は可能です。しかし、それでは費用がかかり、結局は 上するような乾燥に強い小麦の新品種開発を目指しています。 現地に根付く取り組みにはなりません。持続可能な乾燥地緑 ■塩性土壌に適した塩生植物の研究 化を進めるには、現地の人々が持続的に携わることができる 乾燥地の緑化も重要なテーマです。乾燥地では降水や灌漑 仕組みを作る必要があるのです。 などで水分が補給されても、すぐに蒸発します。しかも、いっ その試みの1つとして、私も中心となってジャトロファ(ヤ たん地中にしみ込んだ水分には土壌中の塩が溶け込み、塩を トロファ)と呼ばれる植物を使った乾燥地緑化の研究を推進 含んだ水分が毛管現象によって地表に上がってきます。する しています。ジャトロファの種子から採れる油分を精製する と、地表近くで塩が析出します。これを土壌の「塩類集積」 と良質のバイオディーゼル燃料が得られます。これを先進国 あるいは「塩性化」といいます。いったん塩性化した土壌では、 が買い取る仕組みが作れないか考えています。バイオ燃料は ほとんどの植物は根から水分を吸収できなくなり、枯れてしま 石油を代替する燃料ですので、温室効果ガスの排出削減に います。ところが、タマリスクという植物は、乾燥にも塩害に もつながります。そこでジャトロファの栽培によって、乾燥 も強いことが知られています。しかも、塩分を含んだ土壌中 地の緑化、住民の生活向上、地球温暖化の防止という一石 の水分を吸い上げ、余分な塩を体外に排出する性質があるの 三鳥を目指しています。すなわち「乾燥地でのジャトロファ です。 栽培」→「緑化の広がり」→「バイオ燃料製造産業の創出」 そこで山中典和教授のグループは中国やモンゴルの乾燥地 →「現金収入の増加」→「経済力の向上」→「砂漠化の進 において、タマリスクの栽培研究を進めています。タマリスク 行防止」→「地球温暖化の軽減」→「緑化の推進」…といっ を塩性化した土地で栽培できれば乾燥地の緑化にもなり、土 た、好循環が可能になります。そのため、育種や栽培技術の 壌中の塩の除去にも役立ちます。そのため、タマリスクの耐 研究も含めて、現地で試行錯誤を続けています。 乾性、耐塩性に関する生理学的、生態学的研究を行いながら、 なお地球温暖化と乾燥地の問題は深くリンクしており、地 他の乾燥地における塩生植物の耐塩性などについても調査活 球温暖化が乾燥地の農業や人の生活に及ぼす影響の解明や 動を進めています。 適応策の検討は、世界中の研究者が取り組む、最もホットな ■野生動物および生物多様性の保全 研究テーマです。中でも食料問題を起点に、土壌や環境、 砂漠というと、まずラクダを思い浮かべる方も多いと思いま 経済の領域までも包含する総合的な学問である農学は、最も すが、野生動物の保全も重要な課題です。乾燥地では干ばつ 活躍が期待される学問領域といえます。 Kawaijuku Guideline 2011.11 73 卒業後の進路 とはできません。そこで遺伝子組換えと並行して、従来の伝 授業・ゼミ紹介 三重大学 乾燥地の農業や緑化は、海水を淡水化して大規模に灌漑 乾燥地研究 鳥取大学 に受け入れてもらえなければ、乾燥地の農業を振興させるこ 水産生物繁殖 北海道大学 組換え作物に対する抵抗感は根強く、新品種ができても市場 植物工場 玉川大学 乾燥地における食料生産力を高めることはきわめて重要で 入試情報 によって野生動物が命を落としたり、あるいは開発や乱獲の 概説 ■乾燥に強い小麦品種の開発 注目の 学部・学科 農 学 授業・ ゼミ紹介 橋本 洋平 准教授 農学の総合性を実感するために 土壌の基本概念について実験を通して学ぶ 三重大学生物資源学部資源循環学科「環境土壌学実験」 渡辺 晋生 准教授 農学は現実の問題を解決するための実学であり、実習や実験が重 視される。その中心的なテーマである「食」はすべて植物資源に依 存し、植物は基本的には土壌で生育するため、土壌についての理解 は農学の最も基本となる分野といえる。だが現在では、土壌に触れ る経験が希薄なまま農学部で学ぶ学生もいる。そのため三重大学生 物資源学部資源循環学科では「環境土壌学実験」を設置し、土壌に 触れ科学的に扱うための概念や基本的な測定技術を修得させている。 農学の原点である「土壌」を理解する 農場に始まり農場で終わるプログラム め、最初に農場に出かけ、畑や水田の土を堀って触らせ、 三重大学生物資源学部資源循環学科のカリキュラムのな また、その後の実験で使う土壌のサンプリングも兼ねている。 かで「環境土壌学実験」は、専門分野への入口にあたる科 最後に再び農場実習を設けているのは、実験室で培った知 目として位置づけられている。3年次前期の毎週金曜日に開 識や技術を、現場で発揮できるようにするためだ。学生は、 講され、 同学科のほぼ全学生が受講する。 「環境土壌学実験」 現場-実験室-現場を体験することで、実体としての土壌 の授業を担当している同学科の渡辺晋生准教授は、科目の を理解していく。 色や重さ、 匂いの違いなどを実感させることが最大の目的だ。 狙いについて「循環型社会という場合の循環は、天然資源 だけでなく人工物も含めた極めて広い概念を含んでいます。 その中でも、 本学科が対象とするのは生物資源の循環であり、 物理学実験と生化学実験により 土壌の性質を多面的に分析する 極言すれば、土から生まれて土に還るということです。そこ 第1講目の農場実習後は持ち帰った土壌サンプルを使 で生物資源循環の基盤は土壌であるとの認識に立ち、実験 い、物理学実験と生化学実験を4回ずつ行う。前半に物理 を通して土壌についての基本的な理解を深めようというの 学実験を行う班と、前半に生化学実験を行う班に分かれ、 が、この実験科目です。とはいえ、学部卒業時に土壌関係 後半は交代して2カ月で8回の実験を行う。 の職業に就く学生は少ないため、他分野の進路に進む際に 物理学実験を担当する渡辺准教授によれば、物理学実 も応用できるような教育内容にしています」と語る。 験は、土壌の物理的な分析方法や、土壌に含まれる物質 「環境土壌学実験」は、農場実習に始まり農場実習で終わ 移動の考え方などを学ぶ目的があるという。2011 年度に実 る<図表1>。土に触れた経験がほとんどない学生もいるた 施された実験を簡単に紹介すると、1回目の実験は「土壌 <図表1>『環境土壌学実験』の内容 をはかる」をテーマとし、土壌の重さや体積、密度などの 授業回数 内容 1 ガイダンス 2 農場実習 3 7 物理学実験 1 4 8 物理学実験 2 5 9 物理学実験 3 6 10 物理学実験 4 7 3 生化学実験 1 8 4 生化学実験 2 9 5 生化学実験 3 10 6 生化学実験 4 11 農場実習事前指導 12 農場実習 (予備日) 13・14 テーマ 本授業の紹介 畑や水田などの土壌に触れる 土壌をはかる 土粒子をはかる 土壌中の水の流れ 土壌中の熱の流れ 土壌の陽イオン交換容量 酸性土壌の pH とアルミニウムの定量 酸性土壌の中和と中和石灰量 還元土壌の特徴と鉄・リン酸の加給性評価 農場実習前の準備と計画 学んだ計測技術を農場で実践 (渡辺先生提供) 74 Kawaijuku Guideline 2011.11 計測を通して、土壌を物理量として捉えることを学ぶ。2 回目の実験では、土壌を構成するさまざまな土粒子に注目 して、それらの物理量を計測する<図表2>。この2回の実 験は土壌の静的な性質を扱うが、後半の2回の実験では土 壌の動的な性質を扱う。3回目は、土壌中を流れる水の受 ける抵抗を計測することで「透水係数」を求める実験、4 回目は、エネルギー移動を熱の流れと捉え、地熱を計測す ることで「熱伝導率」を求める実験を行う。これら4回の 実験を通して、土壌を物理的な概念で分析する目を養う。 「生化学実験の1回目は、土壌がどれくらいの電荷を持っ の説明、データの提示、考察という形式を踏襲しているか、 ているかを計測します。肥料と密接な関係があるため『保 図表は見やすいか、データと文章のバランスはどうかなど、 肥力』という言い方もしますが、肥料の成分は土壌の電荷 内容以外も細かく確認し、一定レベルに達するまで何度で と電気的に結びついて土壌中に一定時間滞留しており、も も書き直させます。ですから学生にとっては3年次で最も大 し土壌が電気を帯びていなければ、肥料はどんどん地下水 変な科目のようです」 (渡辺准教授) に流れていってしまいます。土壌汚染における汚染物質の こうした指導が功を奏し、前期を終える頃には、学生た 拡大も同様です。この重要な概念を、初回の実験で学びま ちはかなりしっかりしたレポートを書けるようになっている す」 (橋本准教授) という。また、その過程で大量の情報を処理するため、情 2回目の実験では土壌の pH を計測し、土壌中に溶け出 報の加工から発信までを含めコンピューターにも習熟し、情 しているアルミニウムの量を計測している。土壌の主要な構 報リテラシーも一気に向上するようだ。 成元素であるアルミニウムは、植物の根の生育を最も阻害 半期 14 回の授業時間中、2回は予備日に設定され、実験 する元素だが、日本の土壌はもともとアルミニウムを多く含 を休んだ学生に特別に実験を組んだり、もう少し発展的な み、土壌は酸性を帯びている。3回目の実験では、2回目の 実験に挑戦したい学生がより高度な実験をする時間として 実験で求めたアルミニウム量をもとに、その土壌を中和する 活用している。レポート課題を厳しくする一方で、 学生のニー のに必要な石灰量を求める。4回目は水田の土壌を扱う。 ズに応じたきめ細かな指導も行っている。 常に水が張られているために酸素が少ない還元的な土壌と、 同科目の意義について橋本准教授は「どんな進路に進も イネの生育に重要な役割を果たす鉄やリン酸との関係を明 うと土壌に関する知識は決して無駄になりません。人間の食 らかにする。 べ物はすべて植物に支えられ、その基本が土壌にあると理 締めくくりの農場実習では、農地を1m 程度掘り、深さ 解できれば、 自然環境に対する意識も高まるからです。将来、 によって変化する土壌を、これまで実験室で学んだ知識・ 直接的に農学にかかわる仕事をしなくても、例えば、野菜 技術を駆使して計測する<写真>。その結果を土壌断面調 や植物を育てる場合にも、土壌に関する学問的な知識・技 査票にまとめて、実験の総仕上げとしている。 術をもとに工夫できると思います」 渡辺准教授が続ける。 「環境土壌学実験では物理学実験、 レポート作成能力の育成にも力を入れ 生化学実験と2つの側面から学ぶように、高校では各科目 予備日を使ってきめ細かな指導を展開 のものとして関係し合っています。逆にそれら全ての知識が なければ理解できない世界が農学 <図表 2 > 土壌断面調査票(例) 傾斜 調査地点 1度 断面スケッチ 紀伊・黒潮フィールドサイエンスセンター 侵食 地形 深さ 層界 層位 土性 礫 洪積台地中位面 腐食 泥炭 地目 農場(野菜畑) 地質 洪積層 色 構造 孔隙 斑紋 天候 番号 母岩・堆積様式 調査前 の天候 晴れ 非固結堆積岩 硬度 透水性 粘着性湧水面 根の状態 備考 0 A1 SC 細小円礫 富む ー あり 5YR 3/3 団粒状 少 なし 16 良 小 細小富む 40 B1 LiS 同上含む 含む ー 7YR 3/2.5 粒状 中 なし 18 中 中 細小含む 60 B2 HC 同上富む なし ー 一部風化 7.5YR 亜角塊状 4/4 中 Mn点状 2∼3% 25 中 中 細小あり B2g HC 細∼中の なし ー 円礫富む 10YR 5/6 多 Mn点状 5∼8% 良 中 なし 20 80 100 作(植)物の生育状況 壁状 ササ、クロマツ です。本当の意味での総合科学で ある農学を理解するためにも、この 科目は有効だと思います」 みみず多数 <写真>畑地の断面調査の様子 29 32 土壌統 黒ぼく土 (渡辺先生提供) (渡辺先生提供) Kawaijuku Guideline 2011.11 75 卒業後の進路 に分かれている『理科』が、農学のフィールドでは不可分 「環境土壌学実験」は、その後に履修する専門分野の実験 番号 授業・ゼミ紹介 三重大学 「内容の善し悪しは当然として、表紙、導入部、実験内容 乾燥地研究 鳥取大学 担当するのは橋本洋平准教授である。 水産生物繁殖 北海道大学 レポートにも大きな比重が置かれている。 植物工場 玉川大学 る土壌の性質や成分についての理解を深める目的がある。 入試情報 や卒業研究に向けてのトレーニングも兼ねているため、実験 概説 一方、生化学実験には、植物の生育に大きな影響を与え 注目の 学部・学科 農 学 総合力と柔軟性で進出先は多彩 修士卒は専門性を生かした就職が可能 卒業後の 進路 ここでは農学系の出身者に関する卒業後の進路状況を、紹介する。 理学系、工学系は、他の学問系統に比べて大学院進学率が高いのが一般的である。大 学入学時には同じ「理系」とされる農学系であるが、理学系、工学系と比べて大学院進学 率はあまり高くなく、その分、大学卒業時の就職率が高い。就職先は幅広く、また、公務 員になる人が多いのも特徴である。学校基本調査をもとに、卒業後の進路を見ていこう。 である。文系も含めた大学院進学率は 12.8%であり、そ 他の理工系に比べて学部卒業時の就職率が高い れに比べれば高いものの、理学系の 43.8%、工学系の 半数以上は大学卒業と同時に就職 38.3%と比べて 10 ポイント以上の差がある。 2011 年度の学校基本調査によると、大学卒業時点の 農学系の学びは、もともと現実の産業に貢献するため 就職率は、農学系の 56.9%に対して、理学系は 40.1%、 の実学的な色合いが濃い。また学科による違いはあるに 工学系は 48.1%と、農学系の就職率の高さが際立ってい せよ、基本的には生物学、物理学、化学、工学、経済学 る<図表1>。一方、農学系の大学院進学率は 27.3% など多くの学問分野を基礎においたカリキュラムが組ま れているため、多くの学問分野を幅広く学ぶことができ <図表 1 >学部卒業後の進路 る。総合力が就職先を選ばなくても十分に対応できる柔 27.3% 農学系 56.9% 43.8% 理学系 軟性となって、高い就職率に結びついているようだ。 15.8% 40.1% 学部卒では事務職や販売職の割合が高い 16.1% 公務員になる割合は 10%を超す 工学系 38.3% 0% 10% 20% 48.1% 30% 大学院等への進学 40% 就職 50% 60% 70% 13.6% 80% 農学系の出身者は、どのような職業に就いているのだ 90% 100% ろうか。まずは、学部卒業者から見ていこう。 その他 <図表2>は、産業別の進路状況を示したものであ (2011 年度 学校基本調査より) る。農業・林業に進む人は、理学系や工学系ではほとん <図表2>産業別就職者の割合 区分 どおらず、農学系の 学士課程 農学系 理学系 修士課程 工学系 農学系 理学系 工学系 割合が高い。しかし 産業規模自体が小さ 農業・林業 5.2% 0.4% 0.2% 3.8% 0.2% 0.1% 漁業 0.1% 0.0% 0.0% 0.4% 0.0% 0.0% いため、割合でいえ 建設業 3.0% 1.7% 17.3% 2.5% 1.2% 6.7% ば 5 % 程 度 で あ り、 製造業 21.1% 18.2% 31.0% 45.1% 45.9% 58.1% サービス業、製造業、 情報通信業 2.8% 17.7% 13.4% 4.8% 16.9% 12.7% 卸売・小売業の3つ 運輸業、郵便業 1.6% 2.5% 2.7% 1.3% 1.3% 2.7% 卸売業、小売業 16.3% 10.0% 7.7% 5.9% 3.1% 1.6% を中心とする産業分 8.9% 3.4% 5.0% 7.1% 6.2% 5.0% 14.9% 7.6% 8.0% 6.8% 3.9% 2.5% 4.9% 18.6% 1.8% 4.7% 8.7% 1.0% 公務員になる割合 学術研究、専門・技術サービス業 その他のサービス業 教育、学習支援業 医療、福祉 公務(他に分類されるものを除く) 上記以外のもの る。 3.9% 3.2% 1.4% 2.5% 1.1% 0.3% も 11.2%と高い。た 11.2% 7.3% 5.7% 11.3% 4.8% 3.1% だし学部卒業者の場 5.9% 9.6% 5.7% 3.8% 6.6% 6.2% 合は、技術職として (2011 年度 学校基本調査より) 76 Kawaijuku Guideline 2011.11 野に広く分布してい <図表 3 >職業別就職者の割合 (専門的・技術的職業従事者の合計) 学士課程 農学系 理学系 概説 区分 修士課程 工学系 農学系 理学系 工学系 51.4% 73.3% 65.7% 79.2% 90.3% 研究者 1.4% 0.5% 0.3% 12.3% 10.0% 4.1% 農林水産技術者 6.9% 0.6% 0.5% 17.0% 1.5% 0.4% 1.8% 4.3% 18.4% 9.3% 20.9% 41.5% 専門的・ 製造技術者(開発) 製造技術者(開発除く) 4.2% 5.0% 14.5% 6.4% 6.3% 10.1% 職業 建築・土木・測量技術者 2.9% 0.8% 16.4% 4.0% 1.8% 9.6% 従事者 情報処理・通信技術者 1.7% 17.9% 15.3% 3.9% 19.1% 16.7% その他の技術者 2.0% 2.4% 4.2% 6.7% 9.2% 6.1% 教員 2.9% 15.0% 1.1% 2.8% 7.1% 0.7% その他(医療・芸術など) 4.9% 2.7% 3.3% 3.5% 1.0% 24.4% 22.3% 8.0% 16.2% 11.6% 5.1% 販売従事者 20.2% 14.8% 9.3% 8.3% 3.0% 1.3% サービス業従事者 5.6% 3.3% 2.9% 2.3% 1.5% 0.6% 生産工程従事者 1.5% 0.5% 0.6% 1.2% 0.4% 0.2% 上記以外のもの 11.7% 7.8% 5.9% 6.3% 4.2% 2.4% (2011 年度 学校基本調査より) 学んだ技術を生かせる場は多く で働く場合も多い。教育、学習支援業の割合が高い理学 修士課程修了者は専門性を発揮できる可能性大 系や、製造業、建設業、情報通信業で 60%以上を占め ていいだろう。 造業が 45.1%と半数近くを占める。ちなみに、この傾向 一方、職業別の進路状況は<図表3>の通りである。 は理学系も工学系も変わらない。製造業の現場では常に 農学系で専門的・技術的職業に従事する割合は 36.7%だ 新しい知識や技術が求められ、理系で修士課程まで進ん が、これは理学系の 51.4%、工学系の 73.3%に比べて高 だ学生は、そうした技術開発を行う人材として求められ くはない。事務従事者と販売従事者がいずれも 20%を ているわけだ。 超えており、理学系、工学系と比べると学部卒業者で専 職業別の進路状況を見ると、専門的・技術的職業に従 門的な技術を生かした職業に就く人は少ないといえる。 事する割合は 65.7%である。専門的・技術的職業従事者 ただし、産業別では学術研究、専門・技術サービスに の内訳を見ると、農林水産技術者が 17.0%と最も高く、 従事する割合が 8.9%、職業別では研究者になる割合が 次に研究者が 12.3%と続く。研究者に就く人の割合は理 1.4%で、いずれも理学系、工学系を上回っている。 学系、工学系に比べても高くなっている。農業に関連す また、農学系では各種の資格も取得できる。食料関連 る分野を扱う企業は、農業資材関連や環境系コンサルタ でよく知られているのは、食品衛生管理者や食品衛生監 ントなど意外に多く、修士課程まで勉強すれば、学んだ 視員だろう。測量士補や危険物取扱者、毒物劇物取扱責 技術を生かして活躍できる場はかなり広がっており、研 任者などを取得できる学科もある。ただし、多くは社会 究開発に携わる仕事を望むなら、修士課程までは進んだ 人になってからも取得可能である。教員免許を取得でき 方が有利だといえる。ちなみに、11.3%が公務員だが、 る大学も多いが、理科、農業、公民など、学科によって 一般行政職の多い学部卒業者と異なり、都道府県の農業 取得できる免許状の種類が異なるので、教員志望者は事 試験場などで技術職員として活躍するケースが多いよう 前にしっかりと把握しておきたい。 だ。 Kawaijuku Guideline 2011.11 77 卒業後の進路 一方、修士課程修了者の進路を見ると、産業別では製 授業・ゼミ紹介 三重大学 る工学系と比較して、農学系の進出分野は幅広いといっ 乾燥地研究 鳥取大学 の農学系公務員のほかに、一般行政職として地方自治体 水産生物繁殖 北海道大学 13.1% 事務従事者 植物工場 玉川大学 技術的 入試情報 36.7%