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351号 - 結核予防会

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351号 - 結核予防会
結核・肺疾患予防のための
351
No.
このマーク
(複十字)
は、
世界共通の結核予防運動の
旗印です。
2013.7
目
本誌は複十字シール募金の収益により作られています http://www.jatahq.org/
ために
る
く
をつ
日
明
い
な
核の
結
つ 一
は
的
運動
期間
運動期間外も受け付けています。
公益財団法人結核予防会
シールぼうや
総裁秋篠宮妃殿下
ご動静
資金寄附者感謝状贈呈式並びにお茶会でのご様子
平成 25 年 5 月 20 日リーガロイヤルホテル東京(新宿区戸塚町)
妃殿下は、贈呈式において結核予防事業資金として多額のご寄附をくださった方や
功績のあった方々に感謝状をお渡しになりました。続いて記念撮影とお茶会が行われ、
なごやかなひとときをお過ごしになりました。
Message 公益法人化と理事長就任のご挨拶
公益財団法人静岡県結核予防会
お
理事長 の
でら
たか
のり
小野寺 恭敬
この度,静岡県知事の認可を得た「公益財団法人静
岡県結核予防会」の理事長に4月1日付けで就任いた
しました。浅学菲才の身ではありますが,よろしく
一方,健診事業の競争環境による採算性悪化,専
門職種の人材確保難,健診資器材や建物耐震化経費
お願い申し上げます。
新法人の名称は「結核予防会静岡県支部」から「静岡
県結核予防会」となりましたが,昭和15年設立以来の
確保など,運営面で多くの課題があり,環境は大変
厳しい状況にあります。
単独支部として取組んで参りました「結核を中心とす
しかしながら,新法人としていかに健全に公益性
る疾病予防の為の健康診断及び予防思想の普及」業務
を維持し,強固な組織にしていくか,これから真価
を引き続き行って参ります。
を問われることになりますので,役職員一丸となっ
本県の結核の状況は平成23年度の罹患率が人口10
て頑張って参ります。
万対15.4,死亡者数は65人と全都道府県で中位に位
また,県民健康の向上等に寄与するべく,結核を
置しておりますが新登録患者の約80%が60歳以上で
始めとする感染症や各種がんなどの疾患の予防並び
あり,高齢者の日頃の健康チェックや定期健康診断
に普及啓発等にも,結核予防会(本部)並びに行政,
が重要になります。また,特定健診や各種がん検診
結核予防婦人会等と協力し,一層努力して参る所存
の充実や精度管理の向上も課題であります。
であります。
こうした中で,新法人として事業の安定と健診を
今後とも関係各位の益々のご支援とご指導を賜り
含めた将来を見据え,健診体制の強化と業務効率化
ますようお願い申し上げ,新法人設立と理事長就任
に取り組むことが必要です。
のご挨拶とさせて頂きます。
■ メッセージ
公益法人化と理事長就任のご挨拶
小野寺恭敬… ……1
■ 見直しが必要な検診車によるX線検診での医師の立会い規定
竹下 隆夫……… 2
■ 鳥インフルエンザ(H7N9)ウイルス感染
工藤宏一郎………10
■ ずいひつ
結核と医薬品
松谷 高顕………11
■ シリーズ 結核対策活動紹介
小児結核研修会の開催について
赤池 翔………12
■ 教育の頁
生物学的製剤と結核発症への対応
-間接リウマチの場合-
當間 重人………14
■ 結核研究所対策支援部が行う「研修事業」 のご紹介
「最新情報集中コース」
・
「保健師看護師等基礎実践コース」
………16
■ 福島県県民健康管理調査を17,400名に実施(平成24年度)
羽生正一郎………17
■ TBアーカイヴ
高原のサナトリウムに足跡を残した著名人たち
荒川じんぺい………18
■ 新しい技術とアプローチの最適な使用について
吉山 崇………20
■ 第38回国際結核サーベイランス研究会(TSRU)
ベルンにて開催
石川 信克………22
■ たばこ
●第 26回世界禁煙デー
たばこによる健康影響を正しく理解しよう
………24
●世界禁煙デー記念イベント2013は盛り上がりました
宮﨑 恭一………25
■ 第 53回日本呼吸器学会学術講演会(東京)より
抗酸菌感染症研究のパラダイムシフトを求めて 慶長 直人………26
■ シンポジウム「アフリカの結核をゼロに!」
第 5回アフリカ開発会議(TICAD V)公式サイドイベント報告
(速報)
………29
■ 第 4回結核予防会事業所学術発表会「高齢化社会」
伊藤 邦彦………30
■ 平成 24 年度複十字シール募金結果報告
………30
■ 平成 24 年度高額寄附をいただいた方々からのメッセージ
………31
▽ 予防会だより
○第 53回日本呼吸器学会学術講演会にブース出展
○第 18回ウォーキングフェスタ東京 肺年齢体験会
○みんな知ろうCOPD(慢性閉塞性肺疾患)
呼吸の日フォーラム2013
………28
複十字シール運動
イメージキャラクター
シールぼうや
〔表 紙〕平成 25 年度複十字シール運動ポスターより
7 / 2013 複十字 No.351
1
見直しが必要な検診車によるX線検診での
医師の立会い規定
公益財団法人結核予防会
理事 「がん検診車 運用ピンチ」
「がんの早期発見な
法律の間に大きな乖離が存在していることの方を問
どを目的とした検診車でのX線撮影への対応につい
題視し,本年3月29日朝の全国放送「おはよう日本」
て,県内の自治体が頭を抱えている。
(略)医師が立
で「揺れる“がん検診”」と題した特集を組み,
「深刻な
ち会わない場合について,国が『違法』と判断したた
医師不足が解消できていない地域が少なくない中,
めだ。これを受けて下関市は1日から胸部検診車の運
すべての検診車に医師が同乗するのは難しいのが実
用を中止。医師不足に悩む他の自治体も情報収集に
情で,他方で国はがん検診の受診率を50%にすると
追われている。
」
いう目標を掲げて広く受診を呼びかけている。こう
これは本年4月4日付「読売新聞」山口版の見出しと
した集団検診の中止や延期が相続く状況を放置すれ
記事の一部であるが,中国地方や九州地方では3月か
ば,受診率が上がらないばかりか,これまでがん検
ら5月にかけて,新聞やテレビでこの問題をめぐる報
診を受けられていた人が受けられなくなる事態とな
道が相次いだ。
り,一番迷惑を被るのは国民で,何のために法律が
事の発端は昨年の2月頃に遡るが,自らも集団検診
事業に携わっていた経歴を持つというある医療・福
祉・健診コンサルタントから「市が行っている検診車
による肺がん検診や胃がん検診には医師が不在で違
法ではないか」という訴えが下関市と同市議会議員に
あり,市議会でも質疑があったことに起因している。
あるのか,国は早急に対応を検討する必要がある」と
いう主旨をキャスターが語るところとなった。
X線検診時の医師の立会いを規定した
「診療放射線技師法」とその時代背景
この巡回検診車によるX線検診時の医師の同乗・
これを受けて市は,県に解釈を求め,県は国に改め
立会いを規定している法律は,
「診療放射線技師法」
て問い合わせたところ,本年2月27日に,担当部局
〈昭和26(1951)年6月11日「診療エックス線技師法」
である厚労省医政局医事課の担当者から「がん検診車
に医師の立会いがないことは違法である」という見解
を電話で伝えられたという。
市としては,国に「違法」と指摘された以上,法令
として公布(注 1)〉
第26条である。
「診療放射線技師は,医師又は歯科医師の具体的
な指示を受けなければ,放射線を人体に対して照
射してはならない。
遵守を求めるべき自治体が,明らかな違法行為を事
2 診療放射線技師は,病院又は診療所以外の場
業として実施すべきではないと判断し,新年度に入っ
所においてその業務を行つてはならない。ただし,
て医師が確保できない間の検診車による集団検診を
次に掲げる場合はこの限りでない。
取り止めるという決断を下さざるをえなかった。こ
1.医師又は歯科医師が診察した患者について,
の波紋は県下の他の自治体にも及び,医師不足の中
その医師又は歯科医師の指示を受け,出張
で保健所や病院が近くにないために健診を受けられ
して100万電子ボルト未満のエネルギーを有
なくなる郡部の住民への対応に苦慮した県知事や県
するエックス線を照射する場合。
市長会は,厚労省に改めて打開・解決策を示すよう
要請した。
こうした中でNHKは,山口放送局からの問題提
起に基づき,現実問題として医師の立会いなしで支
障を起こしていない胸部や腹部のX線検診の実態と
2
竹下 隆夫
7 / 2013 複十字 No.351
2.多数の者の健康診断を一時に行う場合におい
て,医師又は歯科医師の立会いの下に100万
電子ボルト未満のエネルギーを有するエッ
クス線を照射するとき。
」
この
「診療エックス線技師法」
は,
実は,
大正8(1919)
遮断する防護壁もなく,集団検診の会場となる体育
年に制定された「結核予防法」の大改正に合わせて,X
館や,場合によっては青空の下で組み立てて実施し
線装置を用いた健康診断による結核の早期発見を安
ていた。
(因みに,戦後最も早い時期に可搬型X線装
全管理の下に普及させることを背景に昭和26年に制
置を用いて有楽町駅前にテントを張り,街頭検診を
定されたものである。それは,結核が1880年代から
行ったのは結核予防会の上北沢予防所であり,結核
1950年頃までの半世紀余にわたりほぼ死因の首位を
予防会の第一健康相談所も可搬型X線装置を持ち運
占め,しかもその大半が青年層で,戦後は特に強い
んで,都内の学校や会社,工場の集団検診を再開し
蔓延状態にあったため,その早期発見が国家的課題
ている。
)
であったことに起因している。
このため,新しい「結核予防法」では,健康診断に
よる結核患者の早期発見,BCG接種による発病防止,
法律制定時の放射線被曝線量は
まだ桁違いに高かった
発見された患者に対する適正な医療の普及を3本柱と
こうした状況下で,医療者と受診者の被曝線量
して打ち出し,同法の施行規則で,定期健康診断で
は今日に比べ桁違いに高く,照射を受けている受診
X線間接撮影を行うことを規定した。そして,健康
者や列をつくって順番を待つ人々はもとよりである
診断の対象が昭和26年時点では,まだ結核が青年に
が,むしろその脇で手助けしていた助手を含め,鉛
多いと思われていたため30歳未満とされていたが,
の入った防護チョッキを肩から掛けていたとして
昭和28年に行われた第1回結核実態調査の結果,対
も,連続して透視していた医療者側の被曝線量は大
象が全国民に拡大され,昭和32年からは全額公費負
きなものがあり,後に晩発性の皮膚がんによって指
担で行われるようになるため,その推進に大きく貢
先を失った医師も少なくない(透視とは,X線発生装
献することになるX線機器と検診車の開発・改良に
置から照射されたX線が受診者を通り抜け蛍光板に
拍車がかかるところとなった。
映される画像を,医師が蛍光板の背後に立って読み
しかし,昭和26年当時の最大の課題は放射線被
診断することをいう)
。
曝という受診環境の安全性にあった。鉛の防護壁に
時代は遡るが,昭和15(1940)年に「国民体力法」が
囲まれた中で受診することができる検診車が普及す
制定され,昭和17(1942)年から後述するX線間接撮
るようになるのは,昭和30年代の半ば以降のことで
影が行われるようになる。しかし,翌昭和18年末か
ある。それまでの胸部X線集団検診は写真にあるよ
らの本土空襲により,検診の実施もX線機器やフィ
うな光景で(いずれも昭和20年代半ば頃)
,当時は可
ルムの生産にも支障が生じるようになり,さらには
搬型X線発生装置や蛍光板の付いた間接撮影用の暗
輸送も困難,保健所をはじめX線装置を持った施設
箱,電源装置等をトラックに積んで運び,放射線を
の多くも破壊された。このため,終戦を迎えた昭和
胸部 X 線集団検診の様子
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3
20(1945)年8月までに戦災を被らなかった施設は少
く。そうした中で,国は昭和37年6月20日付けで,
なく,結核の蔓延は国民にとって大きな脅威であっ
次のような厚生省医務局長通知「巡回診療の医療法上
た。
の取り扱いについて」
(医発554号 各都道府県知事
また,終戦直後から数年間は,電力不足とともに
フィルムの補充が困難で,診療所における検診でさ
「いわゆる巡回診療については,その実施の方法
え長い時間をかけた透視で行い,所見がある場合に
に種々の態様のものがみられるが,これらはいず
のみフィルムに撮影する(従って所見のない者の記録
れも一定地点において公衆又は特定多数人に対し
は残らない)
という状況が続いていた。
て診療が行われるものであり,原則として医療法
しかし,放射線被曝というデメリットよりも疾病
上は診療所の開設に該当するものと解される。し
の早期発見というメリットが重要視される中で,わ
かしながら,無医地区における医療の確保又は地
が国の技術は急速な進歩をたどり,機器の飛躍的な
域住民に対して特に必要とされる結核,成人病等
開発・改良により放射線被曝線量は激減していく。
の健康診断の実施等を目的として地方公共団体,
そして徐々にではあるが,フィルムの補充が可能に
公的医療機関の開設者又は公益法人等が行う巡回
なるのは昭和24,25(1949,50)年頃からで,医師
診療であって,その実施主体の設置目的に合致す
もようやく透視の現場で診断し,X線発生装置を操
るものであり,かつ,巡回診療によらなければ住
作する技師に直接放射量等を指示することから解放
民の医療の確保,健康診断の実施等が困難である
されるようになる。とは言っても,
「診療エックス線
と認められるものについては,医療法の運用上特
技師法」が施行された昭和26年当時はまだ「医師又は
別の処置を講じてその実施の円滑化をはかること
歯科医師の立会いの下に100万電子ボルト未満のエネ
が適当であると考えられるので,今後これらの巡
ルギーを有するエックス線を照射する」ことは普通の
回診療に関しては,左記のとおり取り扱って差し
ことと思われていたに違いないし,また結核検診の
支えないこととしたので通知する。
」
場合,戦前から戦後の一時期にかけて,X線検査の
紙面上「左記のとおり」以下を掲載することができ
スクリーニングとしてツベルクリン反応検査を併用
ないが,
「診療放射線技師法」との関係を整理すれば
したり,BCG接種を同時に行ったりしていたことも,
次のようになる。
医師の立会いを当然視させていた要素であろう。
法の第2項により,
「診療放射線技師は,病院又は
いずれにしても,放射線による人体への影響には,
診療所以外の場所においてその業務を行ってはなら
被曝した本人に現れる身体的影響と,その子孫に影
ない」が,いわゆる巡回診療による集団検診において
響を及ぼす遺伝的影響があるが,放射線治療を除け
はその限りではないとされている。しかし,巡回診
ばこのリスクは,検診車の普及後に急性あるいは晩
療については「医療法」上で明確に規定されていない
発性の影響が問題になることはなく,技術改良や装
ために,通知において「原則として医療法上は診療所
置の品質管理によって放射線防護の最適化(医療機関
の開設に該当するもの」
(移動診療施設)
と解され,
「無
ごとの撮影環境による被曝線量差の標準化)が推進さ
医地区における医療の確保又は地域住民に対して特
れた結果,例えば胸部X線撮影のガイドライン値は
に必要とされる結核,成人病等の健康診断の実施等
0.3mGy(ミリグレイ,実効線量としてのシーベルト
を目的」
とすると定義づけた。
に換算すると0.036mSv : 注 2)
,
腹部のそれは3mGy
(同
0.36mSv)
とされている。
昭和37年に出された医務局長通知と
「診療放射線技師法」との関係
既述のように,昭和30年代に入って結核の集団検
4
宛)
を出している。
そして通知は,
「巡回診療によらなければ住民の医
療の確保,健康診断の実施等が困難であると認めら
れるものについては,医療法の運用上特別の処置を
講じてその実施の円滑化をはかることが適当である」
と,ここで現実への配慮を滲ませている。
なお,
「診療所の開設に該当するもの」
に関しては,
診が全国民を対象とするようになり,放射線防護の
診療所等が医療行為を行う場合,
「医療法施行規則」
最適化が図られた巡回検診車が普及していく中で,
第1条の14により,診療所開設の手続きが必要とな
実際には医師の立会いは有名無実のものとなってい
るが,巡回診療の場合,巡回診療を行う医療機関の
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名称・所在地,診療を行う場所及び場所ごとの医師
(歯
われる。
」として,
「一,レントゲン車又は移動レント
科医師)である実施責任者の氏名等の事項が盛り込ま
ゲン装置のそばに医師又は歯科医師が立会うという
れた書類を提出すれば,開設手続は不要とされてお
ことは,現実には,ほとんど行われていない。これ
り,この実施責任者に巡回診療を管理させることと
は本法の右規定に抵触しないかどうか。二,
現実に
『立
されている。
会い』が行われていない状態が継続しているが,今日
ところで,
「具体的な指示」や「立会い」の違いにつ
まで支障が生じあるいはその危険は生じているか。
いてはどう定義されているのだろうか。恐らく後述
三,本法にいう技師は,本法規定の拘束と現況との
する昭和47年4月24日の参議院予算委員会分科会で
間で苦慮しているが,政府は本法を現実に即した規
の質疑後に書かれたものと思われるが,厚生省医務
定に改めるべきであると思うが如何。
」
局総務課太田晋名で「巡回診療に関する通達の解釈に
この質問主意書に対して答弁書(同年5月4日)で
ついて」という日付のない文書がある。その中で,医
は,一から三まで個別に回答することなく,法の規
師の関与についての順番をつけると,幅はあるもの
定により「その遵守については,今後とも関係者を指
の,
ゆるい方から
「指導監督」
「指示」
「具体的指示」
「立
導してまいりたい。当該規定を改めることについて
会い」の順になるといい,
「具体的指示」は単なる「指
は,診療の補助者としての診療放射線技師及び診療
示」よりも個別的で細かな指示,単なる「指示」は個々
エックス線技師の業務の基本に触れる問題であるの
ではなく総括的な指示,
「指導監督」となると指示を
で,今後とも慎重に検討してまいりたい。なお,エッ
受けなくても全体について医師の何らかの管理が行
クス線撮影に伴う事故の発生については,これまで
われている状態であると言っている。そして,法律
特段の報告を受けていない。
」と,この時点でも検討
上「指示」という言葉が入っているものについては,
結果に関する回答が先送りされている。
離れた所から指示を与えるという場合があっても必
ずしも違法とは言えないとしている。
国会でも度々議論されてきたが,
現在に至るまで結論は先送りされている
しかし,厳密には法律を通知でカバーすることは
因みに,質問主意書にいう昭和47年4月24日の参議
院予算委員会分科会での塩出啓典議員の質問は,
「昭
和26,27年当時は移動式のX線機械であったため当
然医師の立会いということも考慮に入れなければいけ
なかったと思うのですが,現在の検診車のように完備
してきた場合はその点の必要はないように思われ,医
できない。そのため,この問題は過去にも国会の場
師不足といった現状を踏まえた上での方法もお考えい
において度々質疑が繰り返され(昭和47年4月24日の
ただきたい」
,
「技術的には中途半端なお医者さんが立
参議院予算委員会分科会,同年8月8日の衆議院社会
ち会われてもメリットがないわけですし,問題が受診
労働委員会,昭和53年2月28日の衆議院予算委員会
者の選別と万一事故があっては困るという意味である
分科会での質疑等)
,また,衆議院議長宛の質問主意
ならば,医師と現場とで十分な連絡が取れるような体
書も提出されている。
制が取れていればよいのではないか」と,そのまま今
後者の「診療放射線技師及びエックス線技師法第26
日でも通用する問いかけであった。
条第2項第2号に係る運用上の問題点に関する質問主
古川雅司代議士は,回答先送りの答弁書に満足す
意書」
(昭和52年4月23日,公明党の古川雅司代議士
ることができず,昭和53年2月28日の衆議院予算委
提出)
は,次のように問うている。
員会分科会では,直接,大臣に質問をぶつけている。
「条文中の『医師又は歯科医師の立会いの下に』の運
「大臣に伺いますが,現実には医師の立ち会いとい
用上の見解について実態に合わない現状があり,昭
うのは行われていないわけでありまして,その点を
和47年4月24日に参議院予算委員会分科会で塩出啓
私は重視して質問しているわけであります。したがっ
典君が,同じく同年8月8日衆議院社会労働委員会で
て,非常に長い間検討が重ねられてきたわけであり
古川雅司が政府の見解を求めたところ,いずれも,
ますが,この辺で厚生省当局,大臣みずから医療関
当時厚生省医務局長であった松尾正雄及び滝沢正両
係者あるいはエックス線技師会等の関係団体と調整
説明員から『検討する』旨の答弁を得たものである。
をして,この法改正についての決断に踏み切るべき
しかるに現在に至るも未だに結論を見ていないと思
ではないか」
と。
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5
これに対して,当時の小沢辰男厚生大臣は,医師
ほぼ保証され,事前の問診票等によって受診の適否
以外に「医療行為というものについての責任と権限
が判断されたうえで,診療放射線技師によるX線撮
はない」という「医師法,医療法のたてまえ」があるた
影と,記録として保存されたフィルムやデジタル画
め,エックス線技師等についても「法律上その原則を
像の医師による読影・診断を分離して効率的に処理
曲げていくということは非常に困難な問題」であるた
しているのが実態である。
め,
「局長が申し上げたように,医師が同乗して指導,
それでも医師の「立会い」が必要という理由に「万が
指示をするように,できるだけ厳重に指導していく
一」の事故対応,それもよく引き合いに出されるの
以外にはないだろうと思うのです。しかし包括的な
は,胃がん検診の際のバリウム・アレルギーや誤嚥,
指導あるいは監督ということもございますので,こ
発泡剤服用後の気分不良,遠隔操作型透視撮影台上
れらについては適宜,集団検診等の実施に非常な支
での体位変換時の滑落などである。しかし,
バリウム・
障を来さないような配慮はしていっていいだろう」
アレルギーや血圧数値が高めの場合などは本人の承
と,曖昧ではあるが現実への配慮を滲ませた答弁を
諾を得て直ぐに検査を中止するなど,適正な事業を
行っている。
行っている健診機関では様々なケースに対応する事
医師の関与は不可欠だが,
実務を伴わない立会いは医療資源の無駄使い
ただここで,小沢辰男厚生大臣の答弁で大きな誤
指示を仰ぐことができる連絡体制等も組まれている
が,医師に判断を委ねるケースは極めて数少なく,
これまでのところ大きな事故の報告もない。
解があると言っておかなければならないのは,法改
いずれにしても,胸部や胃部の単独検診で検診車
正すれば,
「医師以外に医療行為についての責任と権
に医師が同行したとしても,放射線被曝事故ではな
限はないという医師法,医療法上の建前」が崩れるか
い万が一の事故のために車外で待機していて立会う
のように語っている点についてである。決してそう
こともないため,実際問題として医師はすることが
ではなく,疾病の早期発見に係る読影や診断は当然
なく無聊をかこつほかない。そもそもそのような「立
のこと,放射線被曝の正当化の判断や受診者の身体
会い」は患者への対応を第一義とする医師のモラルに
症状に関する診断,検査対象となる臓器の疾患の有
も反するのではないか。このため,引き受ける医師
無の判断など専ら「医師の責任と権限」であり,その
の確保は困難を極め,高齢等により臨床を辞めたが
範囲が狭まることはない。それは,撮影現場に医師
免許を保持しているだけの医師を高額を払って集め
が立会うことがない病院や診療所の放射線診療室で
るというような愚かな例も耳にするが,それこそ本
行われるX線検査でさえ,医師の指示がないままに
末転倒である。
診療放射線技師単独の判断で行うことがないことと
こうしたことから,多くの自治体や適正な事業を
同様であり,そもそも検診という業務は,X線撮影だ
展開している健診機関は,
「万が一」の事態にも備え
けで終わるわけではなく,精密検査を必要とする人
て,①事前に医師の具体的ないし包括的な指示を受
の選定と実施,結果の指導と適切な医療への橋渡し,
け,副作用・事故等の想定事例を整備,②検診時の
そのための二重読影,比較読影という一連のプロセ
不断の連絡網の整備,③巡回地近隣の協力医療機関
スに関わるものであり,撮影以外は全て「医師の責任
の確保,というような要件を満たしたうえで,医師
と権限」
の範疇にあるからである。
の同行・立会いがなくても支障のないケースの単独
問題は,撮影と読影・診断の分離が一般化してい
での胸部と腹部のがん検診や結核検診を行ってきて
る状況下で,医師又は歯科医師の「立会い」が,あた
いる。そして,備えを超えるような緊急事態が起き
かも義務づけられたままになっていることにあり,
た場合には,医師が居る・居ないにかかわらず救急
法の第2項第2号の「医師又は歯科医師の立会いの下
車の出動を要請するはずである。
に」の「立会い」という文言を,例えば「指示」という文
言に変えれば解決する話である。
6
例集が用意されている。また,当然,不断に医師の
従って,法律どおりに現役の医師を同行・立ち会
わせなさいということは,不足している貴重な医療
そもそも機器類や受診環境の改良・整備が進み,
資源を無駄に使えと言っていることにほかならない。
放射線被曝による事故等もなく,受診者の安全性は
他方また,既述の質問主意書でも触れられていた
7 / 2013 複十字 No.351
ように,診療放射線技師も「本法規定の拘束と現況と
ムは35mmを用いたが,フィルムを巻き取る孔があ
の間で苦慮して」いる。その理由は「診療放射線技師
るため実際の画像は24×24mmと小さかった)
。
法」に罰則規定(注 3)があり,本来は医師の立会いなく
しかし,間接撮影のレンズカメラで充分な光量を
撮影した場合,診療放射線技師がその責を問われる
与えるためには放射時間を長くしなければならず,
ことになるためである(不思議なことにこの条文も有
長くすればその分被曝線量が増えるばかりでなくブ
名無実になっていて,摘発された例はない)
。
レが生じ鮮鋭度が悪くなるためミラー・カメラが活
X線の発見,臨床医学への活用と
集団検診を可能にした間接撮影法の開発
用されるようになる。ミラー・カメラとは,天体望
遠鏡で使われていたもので,口径の大きな放物線を
丸くしたような鏡を使って広い範囲に広がったわず
人体を透過し,蛍光物質に当たると発光する性質
かな光を中心に収束させフィルムに焼きつける原理
のあるX線を発見したのは,ドイツの物理学者レン
で,間接撮影用には1941年にオランダのBouwersに
トゲンで,1895年のことである(注 4)。X線は,臨
よって開発された(オデルカ・カメラ)
。これによっ
床医学の領域ではまず骨や関節の診断に用いられた
て放射時間が短くなり,鮮鋭度も良くなった。ただ,
が,1920年代に胸部にも活用され,実用化されるよ
日本に紹介されるのは昭和30年代に入ってからで,
うになる。肺は含気性に富む臓器で,そこに病巣が
ミラー・カメラの優れた画質を知った結核専門医の
出現するとX線の透過度が変化し,造影剤を用いな
要望に応えて,昭和38(1963)年キヤノンは,オラン
いでも検出できるので,呼吸器疾患の診断に応用で
ダのオデルカ社の特許に触れない技術で国産初の70
きるという特性が判明したためである。しかし,装
㎜ミラー・カメラを,そして昭和47(1972)年には
置と維持費が高価なことがネックとなっていた。
100㎜ミラー・カメラを開発した。
1920年代末期から始まった海軍の胸膜炎を含む結
また,胃の透視撮影検査時の医療者側の被曝線量
核の発生に関する研究の中でX線検査が採り入れら
を軽減するため遠隔制御方式のX線テレビ装置が開
れ,症状を示さない肺結核の発見が可能とされる。
発されたが,その試作は昭和36(1961)年に島津製作
このX線検査を集団検診の形で可能にしたのは,間
所が完成させ,受診者用のX線テレビ付き遠隔操作
接撮影法の開発である。間接撮影法とは,蛍光板
型透視撮影台の方は昭和41(1966)年に日立製作所が
を設置した暗箱にカメラを装着し,蛍光板に映る画
開発している。
像を小型カメラを用いて縮写するという方法である
が,この方法を開発したのは放射線医学者の古賀良
彦(東北帝大教授。後に久留米大学長)で,昭和11
X線発生装置の技術改良と撮影線量低減化
の歴史
(1936)
年のことである。全く偶然のことではあるが,
X線はX線管の陰極を熱して熱電子を発生させ,
同年にブラジルでもde Abreu が日本とは全く別個
それを高い電圧で加速・集束して金属の陽極に衝突
に間接撮影法を開発し,翌年,ドイツ人医師により
させると発生する。放射線の発生装置については,
世界に紹介されている。
当初
(昭和初年頃)
胸部撮影をガス管球
(X線管)
で行っ
こうして間接撮影法を用いた集団検診は,日独で
ており,受診者との距離は55cm,出力は50kV(キ
実用化され,昭和10年代に急速に進歩を遂げる(昭
ロボルト)50mA(ミリアンペア)
,照射時間は 20
和12年には「診療用エックス線装置取締規則」が内務
~ 30秒と長く,撮影線量(撮影のための放射線量)は
省令として出されている)
。徴兵検査はもとより学校
非常に大きく,その分受診者の被曝線量も高かった。
や工場労働者などの集団検診で,集団検診用間接撮
このX線管はやがてクーリッジ管(現在使用してい
影装置は昭和13(1938)年に島津製作所が発売してい
るタイプ)に改良されるが,X線装置はまだ露出タイ
る。しかし,直ぐに第二次世界大戦が始まり欧州か
プであったため電撃(電流が人体を通り抜ける)の危
らのカメラの輸入が困難になると(当時使用可能な小
険,周囲への放射線被曝の危険があった。そして,
型カメラはコンタックスとライカであった)
,戦時下
この電圧は1960年代までは60 ~ 80 kVで,それ以
の昭和15(1940)年にキヤノンの前身である精機光学
上高くすると散乱線が増加し,被曝範囲を広げるば
工業が間接撮影専用のカメラを開発している(フィル
かりか写真をぼかしてしまうため,散乱線を取り除
7 / 2013 複十字 No.351
7
く薄い鉛の格子を使う技術が開発され,管電圧を120
が開校,また,陸海軍は独自にX線技術者の教育コー
~ 140 kVにしても散乱線を除去することができるよ
スを開設していた。
(因みに,結核予防会も戦時下の
うになり,画質が著しく向上し,肺がんの早期発見
昭和15年,6か月間の養成コースを開設している。
)
こ
にも使われるようになる。
れは,当時のX線装置が高電圧露出型で電撃には十
また,管球に高電圧を供給するには変圧器を使う
が,敗戦による廃墟状況の下で電源が不足していた
写真が撮れなかったためである。
ため,搬送用の変圧器ではそのような出力を得るこ
また,昭和27年,文部省の「科学研究による結核総
とが難しく,かつ,その結果画質も悪かったため,
合研究の間接撮影研究」班が間接フィルムの評価基準
コンデンサ式装置が開発され,昭和24(1949)年に大
を作り,厚生省がこれを取り上げ,昭和28年から42
阪レントゲン製作所(日立メディコの前身の一つ)が
年まで8回にわたり,全国保健所から集めた間接フィ
蓄電器放電式のX線装置を発売している。このため,
ルムを評価しており,その分析結果は,器械の整備,
昭和30年代半ば頃から普及していく検診車に搭載さ
X線技師の教育の資料として役立てられ,放射線技
れた装置はほとんどがコンデンサ式となったが,さ
術のレベルアップにつながっている。
らに,昭和31年にはX線管が三極のものが使用され,
しかし昨今は,住民検診においても競争入札と
波尾(はび)切断(一定の電圧以下では放射されない)
いう価格競争が一般化してしまったため,精度管理
ができるようになり,撮影電圧の低圧側(不感電圧)
がないがしろにされがちで,無責任で不適格極まり
をカットし無駄な被曝が低減されていく。そして,
ない「やりっぱなし事業者」の跋扈を許している。規
残された課題として胸の厚い人,薄い人によるX線
定の見直しを機に,
「やりっぱなし検診事業者」の排
量の調節が完全ではなかったため,昭和32年,島津
除を行うシステムの構築が必要で,例えば施設要件
製作所によってホト(フォト)タイマー(自動露出機
の厳格化や精度管理の質の担保に関する事項につい
能)が開発される。これは,蛍光板に達したX線が写
て,毎年保健所など行政側への報告を義務づけ,評
真に一定の濃度を与えるレベルに達した時にX線の
価ないし審査によって適格性がない事業者は排除さ
照射が止まる仕掛けで,胸部写真の診断価値の向上
れるという仕組みを構築することで解決していく必
とともに撮影線量の低減化を加速させた。
要があると考える。
なお,昭和37年には「医療法施行規則」の一部が再
改訂され,間接撮影装置には必ず防護箱と防護シャッ
ターを取り付ける規定が加わり,放射線漏洩線量の
低減や安全性の担保を促した。
集団検診の公衆衛生の向上に果たしてきた
役割とツールとして不可欠だった検診車
以上見てきたように,重要なことは,放射線被
こうして,撮影関連機器が進歩していった結果,
曝というデメリットを克服していく道を歩みながら
診療放射線技師が事前の撮影条件の設定を正しく
も,巡回検診車による集団検診がわが国の公衆衛生
行っておけば,後は撮影時の姿勢と息の止め方を受
の向上に果たしてきた役割の方にあることである。
診者に正しく伝えることで診断に役立つ優れた画像
実に,早期発見,早期治療という国民の健康を守る
が得られるようになったわけである。
予防医学を推進していく上でX線撮影装置を搭載し
規定の見直しを機に,精度管理の徹底等に
よる不適格事業者の排除の仕組みの構築を
8
分注意が必要で,器械の機構を良く知らないとよい
た検診車はそのツールとして不可欠であった。
事実,
「結核予防法」による胸部X線撮影受診者は
昭和45(1970)年には約3900万人にも達し,結核対
安全性に関して,X線を扱っていた技術者の側面
策の効果を上げることに貢献したが,これは検診車
から見てみると,X線装置が導入された当時,取り扱
による集団検診で離島を含め全国津々浦々を回るこ
いに従事した陸海軍の看護兵の多くは退役後,大学
とができたためで,当時これら津々浦々を回る検診
病院,日赤,県立などの大病院でX線業務に従事し,
車に全て医師を同行・立会わせることは現実的に全
後進に技術を伝習するようになる。そして,技師教
く不可能なことであった。
育や研修については,まず,昭和2年に島津レントゲ
翻って現在を見ても,平成22年の国民生活基礎調
ン技術講習所が開講し,昭和8年に大阪物療専門学校
査によると,胃のX線検診の年間受診者数は23,324
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千人,胸部肺がん検診は18,195千人,胸部結核検診
要はないが,少なくとも検診に「同行」していること
は11,376千人という多くを数えている。日本診療放
は必要と解しており,同じ会場に医師が居れば良い
射線技師会と日本対がん協会,結核予防会の3者が実
と解する(ただし,検診車が単独で検診を行う場合は
施したアンケート調査の結果では,全国で検診車に
医師の同乗が必要である)
。
〉
(下線,筆者)
よる巡回検診を行っていると思われる約647の医療施
しかし,残念ながら,この「新たな見解」は「医師の
設のうち347施設(53.6%)から回答が寄せられたが,
立会いが何故必要なのか」という最も重要な説明には
胸部と胃部の単独検診で確保すべき医師の年間延べ
触れられていない。
人数は,回答のあった施設の合計で181,357人であっ
政策としては,費用対効果を勘案した精度の高
た。これは,実稼動日を仮に240日としても1日平均
い検診の実現と持続の方にこそ意味があり,医師が
756人の医師が必要ということになり,さらにこれを
撮影現場に立会うかどうかはいつまでも問われるべ
国民生活基礎調査の数字に置き換えると,その約2倍
き問題ではない。少子高齢化が進展している中で,
の1,500人余の医師が毎日必要ということになる。言
むしろ課題は,巡回検診車によらなければがん検診
うまでもなくこれは現実的に不可能な数字であり,
や結核検診等の実施が困難な地域の住民の健康管理
医師のモラルに反してまでこのことを強要する法的
を,持続性を持てる形で効率的に推し進めていける
根拠は,早晩見直されなければならない。
仕組みと,検診の質の向上を担保しうる体制の確立
必要なのは精度の高い検診の持続であり,
医師の立会いは問われるべき問題ではない
の方にあるのではないだろうか。
NHK「おはよう日本」
と同日の3月29日に行われた
閣議後の記者会見で,田村厚労大臣は「個別的にはご
相談に乗りたい」とはしながらも「法律違反」という見
解を繰り返された。この厚労省のホームページにも
(注 1)
「診療放射線技師法」は,1951 年(昭和 26 年)6月11日「診療エッ
掲載されている大臣発言は重く,4月24日の参議院予
クス線技師法」として公布,
同年 8月10日施行。1968 年(昭和 43 年)
算委員会での公明党の渡辺孝男議員の質問に対して
も同様の答弁が行われているが,法改正されていな
い以上,現法律を遵守される立場は理解できるとし
ても,こうした立場を強調されればされるほど現場
の混乱や困惑は広がるばかりである。
加えて,山口県は5月23日付けで,厚生労働省へ
の照会に対する回答「新たな見解」を県の公文書の形
で,市町や保健所,健診機関等に宛て通知している。
〈厚生労働省においては,過去の国会での答弁等に
おいても,医師の立会いのない検診は「違法」との見
解を示しており,今回の回答はそれと同様の見解を
9月20日「診療放射線技師及び診療エックス線技師法」に題名改正。
診療放射線技師の区分が新設される。1984 年(昭和 59 年)10月1
日「診療放射線技師法」に題名改正。診療エックス線技師の区分が
廃止される。
(注 2)Gy(グレイ)は放射線のエネルギーが物質(人体)に吸収された量(吸
収線量)を表す単位で,受けた放射線の影響度合い(等価線量)を表
すとともに発がんなどの将来のリスクを評価する(実効線量)ための単位
であるSv(シーベルト)と対で使われる。X 線の吸収線量と等価線量は
ほぼイコールであるが,実効線量は肺なら肺という臓器の組織荷重係数
日本放射線技師会が設定した胸部
(正
0.12を乗じた数値となる。従って,
面)の医療被曝ガイドライン0.3mGyは0.036mSvを意味している。
「診療放射線技師法」第 34 条 : 第 26 条第 1 項又は第 2 項の規定に違
(注 3)
反した者は,6月以下の懲役若しくは30 万円以下の罰金に処し,又はこ
れを併科する。
(注 4)レントゲンは,実験中の放電管から蛍光作用,写真作用のある放射線が
発生することを発見し,手の骨の透視写真撮影に成功し,これが謎であ
改めて示したものである。なお,昭和53年の国会答
るためX 線と名付けた。そしてこの功績により,1901 年,彼は第 1 回ノー
弁は,原則として巡回診療の際に医師の立会いを求
ベル物理学賞を受賞している。
めており,その後,厚生大臣より「適宜,集団検診等
の実施に非常な支障を来さないような配慮」との答弁
があるが,これは医師の立会いが不要である旨を述
べたものでなく,立会いの解釈を柔軟に解釈する(現
在では検診への医師の同行をもって「立会い」と解さ
れるとしている)ことを述べたものである。医師の立
会いについては,必ずしも検診車内に医師がいる必
※参考文献 :
1)隈部英雄『結核集団検診の実際』1951 年 3月 財団法人結核予防会 『日本
2)牧野純夫「日本の放射線機器戦後発展史」2000 年 10,11月 放射線技術学会雑誌』
3)青木正和『結核の歴史』2003 年 2月 講談社
4)島尾忠男『結核の今昔』2008 年 4月 克誠堂出版
5)日本診療放射線技師会編『解らないことだらけの放射線被ばく』2013 年 3
月 医療科学社
6)遠藤昌一『遠路―国際保健へ』2013 年 4月 保健文化社
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9
鳥インフルエンザ(H7N9)
ウイルス感染
2013年3月,上海および安徽省で重症肺炎・肺障
害の患者が入院し死亡した例が発生した。それまで
鳥類間でのみ感染していた鳥インフルエンザ(H7N9)
ウイルスの初のヒト感染例であることが確認され,
複十字病院
診療アドバイザー 工藤 宏一郎
その後,中国国内での本感染患者は増加の一途をた
どった。
鳥インフルエンザは,そもそもヒトや家禽類,
ルエンザ薬での治療開始は遅れており,その理由は
鳥 類, 哺 乳 類 な ど に も 感 染 す る 人 獣 共 通 感 染 症
不明である。我が国の診療体制への教訓として,診
(Zoonosis)であり,多種のA型ウイルスがある。家
断から抗インフルエンザウイルス薬の投与までの日
禽類
(鶏,アヒル等)
の感染するインフルエンザには,
数の減少が予後の改善に重要である事を示唆する。
低病原性ウイルス(毛羽立ち,産卵低下など)と,高
また,他の報告によると,年齢が60歳以上の高齢者
病原性ウイルス(集団内での感染拡大が早く,感染後
の感染が他の年齢群と比して多い[3]。現時点の限ら
48時間以内に全ての家禽が死亡)がある。従って,異
れた報告では,重症者を対象としている為,全体像
変がすぐに察知出来ないのがやっかいな点である。
を把握するには,時間が要すると思われる。
今後,本インフルエンザの日本国内への流入経路
診断・治療について簡単に述べる。インフルエン
として考えられるのは,①ヒトが感染国から持ち込
ザH7N9を疑う項目として,①38℃以上の発熱と急
む,②渡り鳥を介して移動,③ペット類の輸入鳥から
性呼吸器症状,②臨床的または放射線学的に肺病変
の持ち込みなどである。鳥インフルエンザ(H5N1)ウ
(例:肺炎やARDS)が疑われる,③発症前10日以内の
イルスの日本国内への持ち込みは,毎年越冬の為に
中国への渡航または居住歴,④他の感染症または他
飛来する白鳥,カモなどから観察されている。更に,
の病因が明らかでない(厚生労働省ホームページ)
。
養鶏場の鶏への感染も報告されている。H7N9も同様
確定診断はしかるべき施設での遺伝子検査による。
の流入経路が考えられ,渡り鳥の飛来時期にはH7N9
行政的措置としては,2013年5月6日に,指定感染症
の他の鳥類への感染のリスクが高まると言える。鳥
と定められ,自治体長の権限が強化された。患者に
類からヒトへの感染は,感染した鳥との接触
(直接的・
対しては,入院勧告,医療施設に対しては,届け出
間接的)で,市場,飼育する感染家禽やその家禽をさ
が義務付けられた。治療としては,疑い例を含めて,
ばく等の場合にリスクが高くなる。特に,中国の都
早期の抗インフルエンザウイルス薬の投与,重症化
市部で多く発生したH7N9感染者は,生きた鶏を扱う
の懸念がある場合は倍量10日間投与が推奨されてい
ウェットマーケット*での感染が疑われている例が多
る(WHO,米国CDC,日本感染症学会)
。肺炎に対
い [1]。
(*野菜などの新鮮さの保持の為の散水陳列に
する治療は,ステロイド治療,好中球エラスターゼ
より,床が濡れていることから由来する呼称)日本か
阻害剤,血液浄化療法(PMX等)
,ECMO(体外式
らの渡航者にとって、感染を防ぐにはこのような場所
膜型人工肺)
,人工呼吸器管理などが提案されている
に近づかないことが肝心である。
が,未だ確立された治療はない。院内感染防止対策
インフルエンザH7N9感染の初発症状は,急激な発
は,手指衛生やPPE(個人防護具)着用を含めた標準
熱,筋肉痛,関節痛など通常の季節性インフルエン
予防策が今の所基本であり,今後の展開次第によっ
ザと類似する。更に,H7N9感染者の多くは,重症肺
ては,更に強化される方法がとられる可能性もある。
炎への進行が速いことが報告されている [2]。H7N9
参考文献
確定82例の報告によると,患者82例の内1例を除き
[1] Guan Y, et al. H7N9 Incident,immune status,the elderly and
全員入院しており(重症者が多い)
,観察可能であっ
a warning of an influenza pandemic. J Infect Dev Ctries
た症例中,約48%がARDS(急性呼吸窮迫症候群)を
発症,
致死率は21%である [3]。患者は発症から1日
(中
央値,IQR,0-2)で医療機関を受診しているにも関わ
らず,発症から入院までの日数は4.5日(3-6)
,抗イ
ンフルエンザ投与までの日数は6日(5-10)となってお
10
り,患者の受診行動は速いものの,診断と抗インフ
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2013;7(4):302-7.1.
[2] Gao R ,et al. Human Infection with a Novel Avian-Origin
Influenza A(H7N9) Virus. N Engl J Med 2013;April.
[3] Li Q ,et al. Preliminary Report: Epidemiology of the Avian
Influenza A(H7N9) Outbreak in China. N Eng J Med 2013;
April 24.
ずいひつ
結核と医薬品
東邦ホールディングス株式会社 取締役相談役
一般社団法人日本医薬品卸売業連合会 顧問
まつ
たに
たか
あき
松谷 高顕
父のアルバムに,弟S叔父の,臨終時の写真が貼っ
製薬団体の業界広報ビデオに,
「もし此の方達の時
てある。祖父母,長男である父と下の弟N叔父そし
代に新薬が在ったら」をテーマにした作品がある。ま
て妹のC叔母がS叔父の布団の周りに正座し,叔父の
た医師でもある作家山田風太郎の「人間臨終図鑑」に
白い顔が僅かに微笑んでいるものである。昭和8年12
は若くして亡くなった方達の臨終が綴られており結
月,僅か20年の生涯であった。死因は結核で将来に
核によって夭逝された方々が如何に多かったかを思
大きな希望を抱いていた若者の命を奪った。私はS叔
い知らされる。沖田総司,樋口一葉,滝廉太郎,石
父のことはまだ生まれていなかったので全く知らな
川啄木,高杉晋作,相楽総三,青木繁は20代で夭逝
いが,父や叔父叔母からは大変信仰心の篤い将来有
している。30歳では洋画家佐伯祐三,詩人中原中也
望な好青年であったと聞かされていた。私は昭和16
が,31歳で高山樗牛,34歳で作家織田作之助が亡く
年生まれで,小学校4年のときツベルクリン反応が陽
なっている。俳人正岡子規は脊椎カリエスで,母,
性になり運動の時間は見学を指示された。2年近くス
妹律,高浜虚子に見守られながら35歳で壮絶な死
トレプトマイシンの注射とパス,イスコチンの治療
を遂げている。結核は,闘病期間が永く意識もはっ
を続けた。結果レントゲン写真で患部の石灰化が確
きりしているので本人も家族友人にとっても実に厳
認され通常の生活に復帰することが出来た。
しい遣り切れない病である。若くして結核に罹患し
私は昭和39年に大学を卒業し,同時に父の創業し
た患者は生き続けたいと痛切に願っても叶えられな
た医薬品卸売業を営む会社に勤めた。当時の大学生
い。このことを認識しなければならない辛さは筆舌
の入社試験では,診断書の提出義務があり,結核既
に尽くし難い絶望である。弱りきった体で“糸瓜咲い
往歴があると一流企業に入社することは大変困難で
て痰のつまりし仏かな” “痰一斗糸瓜の水も間に合わ
あった。望む企業への入社は無理であると考えてい
ず”と詠んだ子規を想うと辛い。
た私は,幸いにも父が会社を経営していたので,就
職活動は全くすることなく社会人になれた。
結核は世界に眼を転ずれば,今でも多くの発展途
上国では死亡率の高い感染症である。貧困が大きな
入社当時結核薬は医療用医薬品市場の中でも大き
原因で,飢餓と脆弱な公衆衛生状態も感染を助長し
なウエイトがあり業者間の競争も激しかった。ストレ
ている。また日本でも抵抗力の弱くなった高齢者の
プトマイシン,カナマイシン
(梅沢浜夫博士の創製)
,
集団発生もこのごろしばしば報道されている。
サイクロセリン,パスカルシュウムなどが主な商品
で,国立療養所等には特に大量に納入されていた。
結核に対する関心が薄まってしまった昨今である
が,抗結核薬の耐性化も進んでおり更なる新薬の開
昭和42年にエタンプトールが薬価収載され,昭和
発も要請されており,日本の製薬企業も応えるべく
46年にはリファンピシンが薬価収載され抗結核薬は
努力されている。感染症は人間と細菌との永年の闘
充実し,多くの患者が社会復帰出来るようになった。
いでもある。WHOも世界の特に熱帯地域での感染
父はリファンピシンの効能を知るにつけ,S叔父の時
症対策に政策を集中している。結核予防会のスロー
代に思いをめぐらせ,もしこの薬を使うことが出来
ガンも「結核のない世界へ」であり,TB drugs are
たなら大事な弟をなくさないですんだのにと嘆いて
available and freeであることを知り,罹患体験者で
いたのを思い出す。事実これらの抗結核薬の登場に
あり医薬品の流通業者でもある私はこれらの政策実
より,治療が容易になり日本の国民病といわれた結
現のための協力を惜しんではならないと考えている。
核もそれほど怖い感染症とは考えられなくなった。
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11
結核対策
活動紹介
小児結核研修会の開催について
山梨県企画県民部県民生活センター
相談・啓発スタッフ
(前 福祉保健部健康増進課 感染症担当)
赤池 翔
1 山梨県の現状
2 開催の経緯
山梨県は日本列島のほぼ真ん中に位置し,豊かな
本県では,毎年,医療関係者を対象とした結核研
自然に囲まれた人口約85万人の県です。県庁所在地
修会を開催しており,過去には,
「結核の最新の知見」
の甲府市を中心とした「国中」地方と富士山麓の「郡
をテーマに,全国的な結核対策の課題や問題点,具
内」地方に分けられ,両者の自然や文化は大きく異
体的な症例紹介(対応困難事例,診断困難な症例,希
なっており,結核患者数は8割以上が国中地方に集中
少症例等)
,IGRA検査等の講演内容で,外部講師に
しています。
よる講演会を開催してきました。
結核患者の発生状況ですが,平成23年の新登録患
平成24年度の開催内容を検討していたところ,本
者数は97人,罹患率は11.3と,全国平均より低い傾
県では,以前から小児の結核患者に対する診断の遅
向であり,ここ数年横ばい傾向です(図1)
。また,年
れや医療水準の維持が問題視されており,県小児科
齢別の内訳は60歳以上の割合が約7割であり,
小児
(15
医会等の要望もあったため,東京都みなと保健所で
歳未満)
については症例数が少ない状況です
(図2)
。
開催された「第3回首都圏小児結核症例検討会」に参加
小児結核患者の発生は都市部で多い傾向がありま
し,本県の研修会の参考としました。
すが,本県では医療現場や保健所において小児結核
みなと保健所の検討会では,小児結核に関する4症
を経験することが少ないため,患者発生時の診断の
例について,医療機関と行政それぞれの立場から発
遅れや医療水準の維持が課題となっております。
表されており,参加者による活発な意見交換がされ
ておりました。
図 1 罹患率の推移
30
それぞれの顔の見える関係を実際の結核患者発生
27.9
25.8
25
24.8
罹患率(全国)
23.3
22.2
罹患率(山梨)
20.6
20
15 16.9
14.6
12.3 12.2
13.1
15.1
12.0 11.3
11.0
11.3
5
することとし,内容は小児結核に関する対応事例発
組み立てました。
3 研修会
0
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23 (年)
図 2 年齢別新登録患者数(H21~H23 累計)
2
19
40
30
231
12
「小児に関する結核対応の事例発表」という形で開催
表,県からの情報提供,講演での症例紹介の3本柱で
15.3
10
19.8 19.4
19.0 18.2
17.7
時の対応に活かすことは非常に重要です。本県でも
7 / 2013 複十字 No.351
[年齢]
■ 0 ~ 14
■ 15 ~ 29
■ 30 ~ 44
■ 45 ~ 59
■ 60 ~
【事例発表】
①小児の集団接触者健診事例(富士吉田市立病
院,富士・東部保健所)
・ 小児を対象とした集団接触者健診事例の経
緯,結果,課題の報告
②BCGによる骨結核の疑い事例(山梨県立中央
病院,中北保健所)
・ BCG予防接種による骨結核の疑い事例につい
ての経過報告
らうよい機会になりました。
集団接触者健診については,家族を対象とした健
康診断と異なり,患者の各個人のプライバシーを守
りながら,
「感染症法に基づく結核の接触者健康診断
の手引き(改訂第4版)
」に基づいた効果的な集団健康
診断を進めていく必要性や,集団健診を実施する医
療機関の協力体制が不可欠です。
また,接触状況を確認する際は,接触頻度だけで
なく,個々の対象者の背景や特徴を的確に把握し,
総合的に判断する等の入念な調査や,患者と集団と
の関係に着目し,感染ありとなった場合の患者や接
【県からの情報提供】
③山梨県の結核患者発生状況(健康増進課)
・ 県内の統計から,患者は高齢者が多く,働き
盛り世代の増加も問題となっていることを説
明
④結核の接触者健診・管理検診の重要性と結核
健康手帳の活用方法(峡南保健所)
・ 結核患者に対する保健所の関わり方や,接触
者健診,管理検診の簡単な流れを説明し,必
要に応じて協力いただくよう依頼
・ 平成22年度に県と医療機関が合同で作成した
触者,集団への配慮及び情報共有が必要です。
対応事例発表や症例紹介を通じて課題を提示する
ことで,参加者が結核医療の課題に対して具体的な
イメージをもつことができ,より明確に情報を共有
できることがわかりました。
また,当日の質疑・応答により,医療,行政それ
ぞれの対応や業務内容の理解が深まり「顔の見える関
係」
強化にもつながったと思います。
5 今後の展望
本県では,中核医療機関とその他の医療機関との
連携が課題となっています。
教育ツール『健康手帳』を紹介し,患者が結
結核患者が減少するなか,医療現場では結核医療
核に関する知識を得ることで,結核治療に対
の経験が少ないことを理由に,結核患者の受け入れ
する意識(自主性)が向上したことや,診察
を断られるケースも多く,今回のような様々な事例,
時に先生のコメントを手帳に記入してもらう
症例を紹介していくなかで,各関係機関で情報を共
と,患者のモチベーションが高まることなど
有していくことが重要です。
を紹介
研修会後のアンケートでも,実際の症例紹介につ
いて多くの要望がありましたので,今後も多くの医
【講演】
⑤小児結核の現状と結核対策の最新の知見につ
いて(国立病院機構南京都病院小児科 徳永
修先生)
・ 全国の小児結核の現状,具体的な症例紹介,
IGRAの有用性,BCGワクチンに関する最近
の話題などについて講演
4 考察
療機関へ情報提供する機会を設けることで,情報を
共有し,患者の早期発見,早期治療につなげること
で,結核撲滅を目指していきたいと考えております。
6 謝辞
今回の研修会で御講演された徳永先生をはじめ,
開催にご協力いただいた各関係機関の皆様に感謝い
たします。
参考文献)山梨の結核(平成 21 年~平成 23 年)
事例発表については,医療機関と行政が各々の視
点から1つの事例を発表することで,それぞれが具体
的にどのように患者と関わっていくのかを知っても
7 / 2013 複十字 No.351
13
教育の頁
生物学的製剤と結核発症への対応
-関節リウマチの場合 はじめに
関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis:RA)は多発性関節炎
独立行政法人国立病院機構相模原病院
臨床研究センター リウマチ性疾患研究部
とう
により運動機能障害を来たす疾患である。原因は未だ不明で
部長
あるが,骨関節破壊の病態が詳しく検討された結果,治療の
ま
しげ
と
當間 重人
標的分子が想定された。そして想定された標的分子を制御す
る手法が続々と開発され,強力な抗リウマチ作用を有する生
物学的製剤などが次々と登場し,疾患活動性のコントロール・
RAと結核
(本邦RA患者における結核の発症状況)
ADLやQOLの改善に大きく寄与している。実に喜ばしいこと
NinJa2003-2011年度の9年間(55003患者・年)に46症例の
ではあるが,問題点が残っていることも事実である。そのひ
新規結核発症が見られた。38例が肺結核,8例が肺外結核で
とつが,生物学的製剤投与による感染症発症リスク増加であ
あった。集計結果を結核予防会作成による「性・年齢階級別
る。RA治療薬として最初の生物学的製剤が本邦で承認され
罹患数(率)
」と対比させ,性・年齢補正を行って算出した本邦
た2003年,すでに諸外国からは結核罹患リスクの上昇が報告
RA患者における結核のSIR(standardized incident ratio:
され,さらには予防措置が提言されていた。すなわち,生物
標準化罹患比)
は,
全結核SIR=3.99
(95%信頼区間:3.00 ~ 5.69)
学的製剤投与前の潜在性結核のスクリーニングおよび適切な
であった。本邦の結核罹患率が,先進国の中で高いことは知
抗結核薬の予防投与により,結核発症リスク増を回避できる
られていた。そしてRA患者の結核発症リスクは,一般人口に
というメッセージであった。結核に限らず感染症はRA患者の
比してさら4倍ほど高いことが明らかとなった
(表1)
。
入院理由あるいは死因として最多であり,RAの日常診療にお
ける感染症の予防・早期診断・そして適切な早期治療は患者
生命予後に直結する重要な診療技術である。先進国の中で結
RAと結核
(生物学的製剤市販後前衛調査NinJaの比較)
核罹患率の高い本邦に,このような生物学的製剤が導入され
2013年度現在,本邦においては7種類の生物学的製剤が
た場合,RA患者における結核の発症率はどうなるのか? 適
RA治療薬として承認されている。これら生物学的製剤が強
力な抗リウマチ効果と治療選択肢の広がりをもたらした功績
切な対応により発症リスクの増加は回避されるのか?
本稿では,本邦RA患者における結核感染リスクの推移な
は誰もが認めるところであるが,他方,感染症のリスク増加
どについて疫学的見地から報告する。
について注意喚起がなされている。日本リウマチ学会もホー
本邦RA患者の現状を把握するための全国疫学調査研究
ングおよびイソニアジドの予防投与基準を示している
(図2)
。
ムページで,生物学的製剤投与前の結核リスクのスクリーニ
本邦RA患者の結核罹患リスクを懸念する理由は2つあっ
我々は,市販後全例調査が行われた5つの生物学的製剤
(イ
た。繰り返しになるが,ひとつ目は「日本における結核罹患
ンフリキシマブ:IFX,エタネルセプト:ETN,トシリズマ
率が高い」ことである。ふたつ目は,生物学的製剤を先行し
ブ:TCZ,アダリムマブ:ADA,アバタセプト:ABT)の結果
て用いた諸外国からの結核罹患率増加の報告である 1,2)。本
を基にして各生物学的製剤投与群における結核SIRを概算
邦において生物学的製剤がRA治療法として初めて導入さ
した。NinJaによると2011年度,生物学的製剤の投与頻度
れる直前のことであった。このような状況の中,本邦RA
は22.1%まで増加している
(図3)
。
患者における結核罹患状況の観測を含むデータベース構築
表2に示すように,生物学的製剤(A ~ E)の結核SIRには
のため,全国的ネットワークが組織された。そのネット
差異が認められる。この表で生物学的製剤を匿名化した理
ワークにより構築されたデータベースがNinJa(National
由は,1)残念ながら,初期に導入された薬剤については,
Database of Rheumatic Diseases by iR-net in Japan)で
結核リスクのスクリーニングあるいは予防措置に関して医
ある 3,4)。本ネットワークは独立行政法人国立病院機構を中
療側の不十分な対応があった可能性があること,2)SIRの
心として組織されており,毎年参加施設や登録患者数を増
算出に際しては,男女比や年齢についてのみ背景を揃える
やしながらデータベースを構築し続けている
(図1)
。
にすぎないため,それ以外の背景因子の違いによる影響を
除外できないこと,3)結核リスクに関するスクリーニング
図 1:
NinJa
登録患者数
12000
10367
■ 全体
■ 女性
■ 男性
10000
8000
5678
6000
4000
4171 4020
4645
6490
7199 7333
5100
2822
2000
0
14
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
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表 1: 本邦 RAにおける結核発症数とSIR<NinJa2003~2011>
-結核予防会結核研究所データとの比較-
結核
(肺外結核)
男女
結核
(肺外結核)
男
結核
(肺外結核)
女
発症数
患者・年
SIR
95%CI
46
(8 )
55003
3.99
3.00-5.69
9981
3.09
1.48-4.72
45022
4.57
2.99-6.15
14
(1 )
32
(7 )
の差異が明らかである,ことなど必ずしも同じ土俵での比
本邦RA患者における結核罹患状況
図5は,結核予防会結核研究所の統計およびNinJaを用い
較とならない可能性があるからである。
市販後全例調査による結核スクリーニング・予防投与に
た解析の結果である。結核緊急事態宣言以降,日本全体と
関する5薬剤の結果を図4に示す。IFXに関してはイソニア
しての結核罹病率は低下しているがRA患者の結核SIRに大
ジドによる予防投与しかデータを収集していなかったため
きな変化はないようである。RA患者における結核SIRが高
他剤との比較は不可能であった。この図から見てとれる情
いという事実は問題であるが,増加傾向にないということ
報は,1)画像的スクリーニングはほぼなされていた。2)ツ
は,RA患者の結核発症予防に関するマネジメントが奏効し
ベルクリンテストの施行率は,承認順に低くなっている。
ていることを示す結果かも知れない。今後の観測を待って
これはスイッチ症例が多くなったためであろうと推測でき
判断する必要がある。
る。3)クォンティフェロンの施行率は現在に近づくほど増
加しているが,いずれの薬剤についても施行率が低い。4)
イソニアジドなどによる結核発症予防投与症例は概ね20数
おわりに
まとめると,本邦においては「結核罹患リスクが高く」<
「RA患者においては,さらにリスクが高く」<「生物学的
%である。ということになる。
これら5薬剤のうち4薬剤について市販後調査中に結核が
製剤投与群においては,さらにリスクが高い」という現状を
高い頻度で発症したという事実を重視すべき必要がある。
認識しておくべきである,と言うことになる。
「結核」は疑
胸部画像のチェックが不十分であったことによる可能性,
いさえすれば,決して診断困難な感染症ではない。そして
スイッチ症例におけるツベルクリンテストの割愛,クォン
治癒せしめうる疾患なのである。RA患者が感染徴候を呈し
ティフェロン施行率の低さ,などにより抗結核薬の予防投
た際には,常に鑑別に挙げておくべきである。
与が十分でなかった可能性もある。
このように生物学的製剤市販後全例調査の結果は,本邦
RA患者の結核罹患率の増加を懸念するものであったが,
NinJaのデータをみると生物学的製剤が殆ど投与されてい
な い2003-2004年 度 に お け る 結 核SIRと2005-2011の 結 核
SIRでは有意な増加が認められていないことが分かる(表
2)
。これは市販後調査が解除された後の生物学的製剤の投
与術が慎重かつ適切に行われていることを疫学的に証明し
ているのかも知れない。
図 2:生物学的製剤投与前の結核評価法(日本リウマチ学会HPより改変)
問診,胸部 X 線,ツベルクリン反応,QFT,ELISPOT
結核に関する総合的評価
評価可能
疑わしいもしくは不明
CTもしくは専門医の評価
診断結果
活動性結核
陳旧性結核
活動性結核に
対する治療開始
結核再発予防のため
抗結核薬・投与開始
結核の既往歴は
認められない
生物学的製剤投与開始
図 3:
抗リウマチ薬
使用頻度
(MTX:メトトレキ
サート,
TAC:タクロリムス,
DMARD:その他
の抗リウマチ薬)
MTX 60.6%↑
60.6%
他の DMARD
36.6%
36.7%
生物学的製剤 22.1%↑
TAC 8.5%↑
0.5%
2003
1.0%
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
文献
1)Keane J, Gershon S. Wise RP. et al. : Tuberculosis associated with
infliximab. a tumor necrosis factor alpha-neutralizing agent. N Engl
J Med. 2001;345:1098-1104.
2)Gómez-Reino JJ, Carmona L, Valverde VR, et al.; BIOBADASER
Group. : Treatment of rheumatoid arthritis with tumor necrosis
factor inhibitors may predispose to significant increase in
tuberculosis risk: a multicenter active-surveillance report. Arthritis
Rheum. 2003 Aug;48(8):2122-7.
3)Yamanaka H, Tohma S : Potential impact of observational cohort
studies in Japan on rheumatoid arthritis research and practice.
Mod Rheumatol. 2006;16:75-76.
4)Saeki Y, Matsui T, Saisho K, S, Tohma. : Current treatments of
rheumatoid arthritis: from the 'NinJa' registry. Expert Rev Clin
Immunol. 2012 Jul;8(5):455-65.
表 2:
観察 結核発症数
患者人年 (肺外結核)
生物学的製剤
NinJa
8(1)
市 販 後 調 査 (2003-2004) 8191
における結核
NinJa
46812
38(7)
(2005-2011)
SIR
A
2301
14(7)
B
6395
10(4)
C
3563
9(5)
D
3637
5(1)
E
1834
1(0)
SIR
95%CI
4.07 1.25-6.88
3.93 3.00-5.69
34.4
8.21
13.6
8.01
3.00
22.2-46.6
4.76-11.7
7.59-19.7
3.25-12.8
0.00-6.99
(%)
100
図 4:
生物学的製剤投与時に 80
おける潜在性結核リスク 60
のスクリーニング施行率
40
と抗結核薬予防投与率
( 市 販 後 全 例 調 査 より,
IFX:イン フリキ シ マ ブ,
ETN:エタネルセプト,TCZ:
トシチズマブ,ADA:アダリ
ムマブ,
ABT:アバタセプト)
図5:
本邦RAにおける結核
SIRの推移
NinJa2003 ~ 2011
-結核予防会結核研究所
データとの比較-
20
0
INF
TCZ
ETN
ADA
ABT
(n=5000)
(n=13894)
(n=7901)(n=7469)(n=6439)
■ Chest Xp/CT ■ Tuberculin test ■ Quantiferon ■ Isoniazid
日本における結核罹患率
(/10 万人年)
23.3
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
19.8
18.2
20
RA 患者結核 SIR
(95% CI)
3.98
4.77
(1.22-6.74)
2003-2005
(2.50-7.03)
2006-2008
3.52
10
(1.855.19)
2009-2011
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15
結核研究所対策支援部が行う
「研修事業」 のご紹介
「最新情報集中コース」
・
「保健師看護師等基礎実践コース」
結核研究所対策支援部が行っている国内研修の紹介は本号で7回目になりました。今回は,最新情報集中コース
と保健師看護師等基礎実践コースを報告します。
【最新情報集中コース】
【保健師看護師等基礎実践コース】
本コースは,22年度までは「夏期研修」として行っ
74カ所(32都道府県)の医療機関および28都道府県
ていましたが,23年度は,東日本大震災・原発事故
9特別区の保健所から参加があり,保健師と看護師が
による夏場の電力不足のため10月開催とし,名称を
合同で受けることができる研修です。
「フォローアップコース」としました。24年度は「最新
開催時期は10月,11月,12月の年3回で平成24年
情報集中コース」とし,11月に放射線学科と保健看護
度の参加者は,合計234名
(そのうち看護師は,約4割)
学科の合同で開催しました。
でした。
コースの名称通り,最新情報を2日間で集中して学
ぶ機会とし,医療機関と保健所の双方の業務に活か
せる情報を提供しています。
◇ 基礎の“き”から
基礎実践コースという名前が示す通り,結核の基
合同講義では,結核治療やIGRA,LTBIについて
礎知識を重点的に取り上げ,結核対策,結核の保健
の最新情報,およびハイリスク対策として「高齢者施
看護活動に関するプログラムを取り入れています。
設における取組や感染対策と評価」
,
「東京都におけ
近年,院内感染防止対策担当者や感染管理認定看護
る若年者層結核の実態とその対策」
,
「刑事施設に対
師の参加も少しずつ増えています。そのため,臨床
する結核対策」
を取り上げました。
検査技師と理学療法士による採痰法や,新しい採痰
◇ ◇ ◇ ◇
デバイスであるラングフルートの紹介,薬剤師によ
る抗結核薬についての講義を取り入れました。実践
放射線学科でも結核対策や放射線業務に必要な最
報告では,山梨県,長野県,愛知県から医療機関と
新の情報を取り上げました。当科の単独の講義では,
保健所の連携や取り組みを紹介していただきました。
医療画像のデジタル化が急速に進んでいることか
ら,
「医用画像モニタの精度管理」
では実際にモニタを
結核業務を担当して1年未満の方が約3割,1年~3
使って実習を行いました。さらに,福島での原発事
年未満の方が約半数を占めており,保健所と医療機
故に対応した内容として,
「市民が不安に思う低線量
関がどのように連携して良いか戸惑ったとの声があ
放射線被ばくにどう応えるか」
の講義が好評でした。
りました。特にグループワーク
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
保健看護学科単独の講義では,HIV合併結核の療
養支援,MDR治療に対する新薬の最新情報を取り
や事例演習は,医療機関と保健
所の互いの業務を理解する機会
となり,連携の大切さを考える
場となっています。
上げました。MDR患者をどう支えていくかをテーマ
このことは,保健師と看護師
に,生きる支えや希望につながる新薬の情報を得る
が合同で学べる本コースの大き
機会としました。過去の研修受講生のフォローアッ
な利点であると考えています。
プとして新しい知識を習得する場でもあり,看護大
学教員や感染管理看護師の参加もありました。
16
7 / 2013 複十字 No.351
本年度も皆様のご参加をお待ちしています。
福島県県民健康管理調査を17,400名に実施
(平成24年度)
第一健康相談所
渉外企画部長 福島県県民健康管理調査とは
羽生 正一郎
(赤血球数,ヘマトクリット,ヘモグロビン,血小
福島県では,東京電力株式会社福島第一原子力
板数,白血球数,白血球分画)
,尿検査(尿蛋白,尿糖,
発電所事故による放射性物質の拡散や避難等を踏ま
尿潜血)
,血液生化学(AST,ALT,γ -GT,TG,
え,県民の被ばく線量の評価を行うとともに,県民
HDL-C,LDL-C,HbA1c,空腹時血糖,血清クレ
の健康状態を把握し,疾病の予防,早期発見,早期
アチニン,eGFR,尿酸)
治療につなげ,将来にわたる県民の健康の維持,増
※福島県内若年者健診は一部項目が異なります。
進を図ることを目的とし,
「県民健康管理調査」を実
施しています。
健診実績
(公財)結核予防会第一健康相談所では,福島県立医
避難区域等の県外避難者健診実施数は,平成23年
科大学から委託を受け,平成23年度より避難区域等
度で約6,700名,24年度で約5,400名です(県外避難
の県外避難者を対象にした健康診査(以下健診)を実施
者が,徐々に福島県内に戻られていることなど,受
しました。また,平成24年度においては,上記健診と
診者数の減少の理由として考えられます)
。この中に
は別に専業主婦など日頃健診を受ける機会の少ない19
は,前例がなかった小児健診(0 ~ 15歳)も含まれて
~ 39歳の方(避難区域外の福島県内若年者)を対象に
います。さらに,避難区域外の福島県内若年者の健
した健診を福島県から受託し,実施しました。
診実施数は,約12,000名となりました。
健診の流れ
受診者への利便性を追求
健診を受けていただく方々に安心して受診いただ
近隣医療機関での受診が可能なように,日本医師
くため,以下手順で実施しています。
会,福島県医師会,全日本病院協会,日本赤十字社,
①受診者へ健診案内を送付
全国国民健康保険診療施設協議会,全国自治体病院
②健診希望の方からの予約申込書(健診希望日をご
協議会,全国社会保険協会連合会,結核予防会各支
記入いただく)を受付
部からご協力をいただきました。その結果,全国約
③当会コールセンターにて受診者の近隣医療機関と
1,000の医療機関で健診が実施できるような体制を整
健診の日程を調整
えることができました。
④健診確定日を健診希望の方へ送付
ご多忙の中,快く当該健診にご協力いただきまし
⑤受診
た全国の医療機関の方々に,誌上ではございますが,
⑥結果報告
心よりお礼申し上げますとともに,本年度も変わら
ぬお力添えをお願い申し上げます。
年齢区分別検査項目
0 歳~ 6 歳(就学前乳幼児)
問診,診察,身長,体重,血算(赤血球数,ヘマトクリッ
ト,ヘモグロビン,血小板数,白血球数,白血球分画)
7 歳~ 15 歳(小学校 1 年生~中学校 3 年生)
問診,診察,身長,体重,血圧,血算(赤血球数,
ヘマトクリット,ヘモグロビン,血小板数,白血球数,
白血球分画)
[ 希望による追加項目 ] 血液生化学(AST,
ALT, γ -GT,TG,HDL-C,LDL-C,HbA1c, 空
腹時血糖,血清クレアチニン,尿酸)
16 歳以上
問診,診察,身長,体重,腹囲(BMI)
,血圧,血算
コールセンターでの対応
7 / 2013 複十字 No.351
17
TBアーカイヴ
高原のサナトリウムに足跡を残した著名人たち
装丁家・エッセイスト
荒川 じんぺい
僕は平成2年に森暮らしをと,八ヶ岳南麓の森へ山
小屋を作った。辺鄙な森に住んでは仕事にならず,
会ったのである。以後友として交わった。
都心の仕事場と週末の森との往復生活になった。原
大正9年5月,パリのパスツール研究所に留学し免
稿データがインターネットで簡単にやり取りできる
疫学を学んだ。この間に,ヨーロッパ最大の山岳サ
ようになると,生活のすべてを森に移した。
ナトリウムのメッカであったスイス・ダボスに視察
暮らしの営みの中では,どこに住もうが怪我や病
旅行をし,当時の高度結核治療を体験した。大正11
気をする。麓にある病院に,ときどきお世話になっ
年7月,正木俊二はフランスより帰国。慶應義塾大学
た。この病院が,かつて高原のサナトリウムと呼ば
医学部内科教室の講師に就任した。ただし,慶應義
れた結核専門の療養所だったのである。病院の奥まっ
塾大学内科には,
「結核の病床」はなかった。不如丘
た庭の一角には,大正15年に建てられた本館も残り,
にとって結核を治療する機会もなく物足りなさを感
二階には名ばかりの資料館があった。その貧相な展
じていて,無聊の慰めにと小説を書いたと後述して
示室を見て,僕の文学的興味が湧き上がってしまっ
いる。新聞の懸賞小説に当選し,ついで朝日新開の
た。僕は,その資料館の資料の整理と展示の一切を
連載小説で作家として世に出た。ペンネームを不如
任せてもらえないだろうかと,院長に手紙を書いた。
丘山人と称し,正木不如丘が通り名になった。夏休
旧富士見高原療養所資料館館長として「高原のサナト
みに執筆したのが『診療簿余白』で,後に作家として
リウム」
に関わることになった経緯である。
二足の草鞋を履くことになった。そして,富士見村
結核専門の療養所として有名だった富士見高原療
18
の地になった竹久夢二と,夢二絵画の頒布會にて出
の病院開設の相談にのったのである。
養所の設立は,大正15年12月に遡る。大正の末期,
大正15年12月,株式会社富士見高原療養所は,
富士見村(長野県諏訪郡富士見町落合)の村民たちは,
二万坪の敷地に開所された。療養所の所長に就任し
病気になると村内の二軒の開業医を頼りにしてい
た不如丘は,肺病を恐れる地元住民に配慮し,総合
た。だが,大病になると諏訪や松本まで出かけなけ
病院として内科・外科・産婦人科・皮膚科・眼科を
ればならない不便をかこっていた。村の有志たちが
標榜した。各科医局を伴いこの地に赴任したのであ
総合病院開設を提唱すると,病院開設の気運が高まっ
る。
た。有志たちは,地元出身の慶應義塾大学医学部精
富士見高原を,療養地として理想的な環境と着眼
神科教授 植松七九郎博士への伝を頼り相談した。
した。フランス留学で体験したスイス・ダボスの結
植松博士は「私は門外漢」と,免疫学を学び結核治療
核サナトリウム群の環境を,富士見高原に重ねてい
に詳しい同医学部内科教室にいた正木俊二助教授を
たのだ。だが,経営は厳しく,高原療養所の名を広
紹介した。
めるために長野県佐久の同郷出身で作家仲間の久米
正木俊二は長野県上田の生まれだが,父直太朗は,
正雄に,療養所を舞台にした小説「月よりの使者」の
独乙協会中学校の教師になるために東京転勤となっ
執筆を依頼した。昭和8年月刊誌の新年号から9月
た。家族一同で上京,俊二は独乙協会中学校から一
号に連載されると,大人気になった。翌年,同名の
高,東京帝国大学医学部に入学。卒業の際には,恩
作品が女優入江たか子により映画化されて人気を博
賜の銀時計を受けた秀才だった。卒業後,東京帝国
し,富士見高原療養所の名も全国的に知れ渡った。
大学,青山胤通の内科教室の助手として働く。翌大
このヒットに映画各社は競うように恋愛映画の舞台
正5年,福島市福島共立病院副院長内科部長として赴
として療養所を選んだ。モダンな建物が並ぶ富士見
任。この時代に,後に患者となり高原療養所が終焉
高原療養所は,様々な映画の撮影に使われた。高原
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療養所は全国に知られ,多くの人々が療養に来るよ
沢で出会った矢野綾子は,昭和10年に結核治療のた
うになった。開所以来の入院台帳が残されており,
め富士見高原療養所に来所。二人は婚約者として同
その中には多くの著名人の名前が正木不如丘所長に
室での療養を望んだ。が,
「たとえ夫婦であろうとも,
より記録されていた。
同室での療養は認めない」との,不如丘の言葉に諦め
文学では,正木文学の理解者であった文藝春秋社
る。彼は,彼女の入所1カ月後,昭和10年7月4日に
長で作家の菊池寛が,藤沢桓夫(たけお)の入院を勧
二度目の入所となった。別室にて療養したが,5カ月
め院長に紹介した。藤沢桓夫は,昭和5年から昭和8
後の12月6日に綾子は亡くなった。その1カ月前の11
年と3年あまり療養している。その間,菊池寛が入院
月3日に堀辰雄は退所していた。この体験から『風立
費の足しにと新聞小説連載を紹介し,療養しながら
ちぬ』が生まれた。純愛の神様のように読者に支持さ
新聞小説「街の灯」を執筆した。文化人が多く療養し
れる作家だが,調べるほどにこの人ほど虚像と実像
たのも,不如丘と菊池寛の経営戦略と推測するとこ
の差が激しい作家はいなかったのではないだろうか。
昭和の棋聖と称され戦後日本囲碁界を牽引した,
ろである。
横溝正史は,昭和8年に入所し,一度退所したもの
呉清源も療養していて作家の川端康成が度々お見舞
の,翌年には,諏訪湖畔にある不如丘の屋敷の離れ
いに訪ねて来ていた。戦後も,山岳文学の山口耀久,
に家族共々住み,その後町内に移転し療養しながら
随筆家の伊藤礼,童話作家で詩人の 岸田衿子と多く
小説を書いた。
の作家が療養した。
竹久夢二は,昭和9年正月5日,永年の友人だった
その療養所の本館富士病棟は,平成24年9月,地
不如丘の訪問診察を受け,療養を勧められた。1月19
域医療の拡充のための病棟建設用地として,86年の
日富士見高原療養所に入所。不如丘は,夢二のため
歴史を閉じ解体された。新病棟が完成し,周辺整備
最上級の病室を用意し,療養費は無料で優遇した。
が済む数年後には,資料館は復元される計画である。
夢二は,誰とも面会せず治療に専心したが,同年9月
平成25年3月,東京・椿山荘を会場に開かれた結
1日に数え五十歳で亡くなった。富士見高原療養所は
核予防全国大会で,こうした話を講演させて頂いた。
終焉の地になったのである。
だが,ご臨席の秋篠宮妃殿下を始め大勢の聴衆を前
堀辰雄は,昭和5年10月大喀血し,芥川龍之介を
通じて親交のあった藤沢恒夫の勧めにより昭和6年3
に満足な講演が出来なかったことをこの場をお借り
し,陳謝するところである。
月入所。2カ月半程の療養生活をした。堀辰雄と軽井
富士見高原療養所と著名人たち
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19
新しい技術とアプローチの最適な使用について
国際結核肺疾患連合(Union)のアジア太平洋地区会議(Asian Pacific Regional Meeting)
複十字病院
診療主幹 吉山 崇
どにより短くなっており,日本よりも早く各国で使
われるようになっているエキスパートTBなどの技術
もある。リファブチンが日本で使われるようになる
開会式
まで10年以上かかったが,これはアメリカに遅れる
こと10年ではあるが途上国に遅れること,ではなかっ
2013年4月10日から13日まで,ベトナム国ハノイ市
で国際結核肺疾患連合のアジア太平洋地区の第4回会
議が開かれた。国際結核肺疾患連合のアジア地域は,
以前は,東部地区といわれ,日本でもその会議が開か
た。日本の一般診療が世界に遅れる日,が来る危険
があることを感じさせる日々であった。
シンポジウムなどの主な課題
れたことがある。2006年に東部地区は,インドを中心
11日の最初の全体セッションは肺気腫の最近の管
とする地域と,東アジア-東南アジア-オセアニアを
理であった。11日午前のシンポジウムのトピックス
統括するアジア太平洋地区(APR)とに分かれ,APR
は,結核と糖尿病,喘息の管理,移民と結核対策,
の会議は2年に1回ずつ開かれている。マレーシア,
11日の午後は口演で課題は,結核の疫学とサーベイ
中国,香港についで今回で4回目となる。今回はベト
ランス,喘息と肺気腫,小児結核,結核診断と管理
ナム国の呼吸器疾患学会を兼ねて行われ,600名以上
の新技術で,疫学サーベイランスでは,外国人結核
の参加者が集まった。テーマは,
新しい技術とアプロー
について結核研究所の大角先生が発表した。昼の講
チの最適の使用について,であった。参加者は,主に
演は喘息治療の話,午後の講演では世界の疾病の死
アジア太平洋地区であるが,インド,バングラデシュ
亡および障害への影響の検討で呼吸器疾患について
など南アジアなどからも,またロシア,ベラルーシ,
の話があり,午後のシンポジウムのトピックスは耐
南アフリカからも参加者がいた。
性結核,塗抹陰性結核の診断管理技術の進歩,国の
現在の途上国の結核病学のトピックスは
多剤耐性結核
多剤耐性結核対策の拡大が議論された。12日の朝の
全体セッションはベトナムの演者による多剤耐性結
核,午前のシンポジウムは喫煙のない東南アジア,
筆者がWHOのアジア地区の多剤耐性結核への国
エキスパートTB,耐性結核の管理が話題となり,昼
の対策の強化に関する委員会のメンバーでその委員
のシンポジウムはベトナム国と米国CDCの研究協力
会の会議が同時に開かれたこともあり,今回の会議
について,午後の口演は,ベトナム語のセッション
で主要な課題は多剤耐性結核と思われた。世界的に
がひとつ,そのほかは,多剤耐性とHIV-TB,内視鏡
は,国の結核対策に耐性結核への対応を組み込んだ
対策が進み,また,エキスパートTB “The Xpert®
MTB/RIF” など遺伝子を用いた薬剤耐性結核の診断
が世界的に使われるようになっている現状がその背
景にある。エキスパートTBを各地で使用した結果の
報告,国の監督が直接及ばない臨床医療機関での治
療がうまくいっていない例に対する無政府状態,国
の監督が直接及んでいない医療機関における治療中
断の多さ,なども報告された。新しい技術が途上国
で使われるようになるまでの期間は,WHOの介入な
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シンポジウム(薬の供給に関する発表)
―稀な呼吸器疾患―禁煙に関する口演セッションが
あった。午後の講演は,内視鏡などによる呼吸器治
療,夕方のシンポジウムは結核薬の供給についてで
あった。13日の朝の講演は耐性菌時代の肺炎で,口
演の課題は市中肺炎,院内肺炎,肺癌,呼吸器外科
治療,があり,そのほか,ベトナム語セッションが
ひとつ,昼には,症例検討が行われた。
ポスターのトピックスは,基礎が19(IGRA3など
含む免疫診断が6,エキスパートTB5を含む耐性遺伝
子9,他の感受性検査3,BCGの効果1)
,臨床24(咽
頭結核2,胸水3,気管支結核1,喀痰の採取2,塗抹
陰性の診断2,栄養について1,結核と糖尿病1,結
核後の冠動脈疾患1,薬の副作用2,薬の投与量1,
血中濃度1,多剤耐性結核治療成績4など )
,疫学10
(有病率サーベイランス1,狭い地域の有病率調査2,
感染危険率1,耐性関係4など)
,対策47(多剤耐性
での診断の遅れ2,リスク者健診4,院内感染対策と
して医療従事者の感染危険率2,接触者での予防内
服3,コミュニケーションやアドボカシー関係11,
DOT2,コンピューターシステムを使った患者管理
2,その他患者管理6,患者負担の考察2,私的医療機
関との連携3,ハイリスク者としての移民3,ハイリ
スク者としての国内難民1,薬の供給1など)
,非結
核性抗酸菌症1(Mycobacterium abscessusの治療
薬)
,肺気腫10,喫煙対策10,肺炎8,稀な熱帯疾患
2,気胸1,SAS1,肺塞栓1,肺性心2,繊維症3,肺
参加した国々
口演の国別で発表状況は,ベトナム32,中国5,フィ
リピン5,インド3,カンボジアとバングラデシュと
ロシア2,韓国,日本,インドネシア,キリバス,ウ
クライナ,イギリスがそれぞれ1であった。また,ポ
スターセッションの国別発表数は,ベトナム88,中
国20,バングラデシュ 13,パキスタン12,フィリピ
ン10,インド8,台湾7,オーストラリア4,モンゴル,
シンガポール,マレーシア,カンボジア,ロシア,
ウクライナ各3,ネパール,インドネシア,イラン,ルー
マニア各2,日本,韓国,アフガニスタン,エチオピア,
米国,イラク,タイ,イエメン,フランス,フィジー,
メキシコ,南アフリカ,ベラルーシ各1であった。前
回と同じく地元および中国が多く,そのほか,口演
ではフィリピン,ポスターではインド亜大陸からの
発表が目に付いた。南アフリカ,ベラルーシ,ウク
ライナからも発表者は来ていた。ただ,抄録集で載っ
ていた発表のうち,ポスターを実際に貼ったのは約
半分くらいで,さらに筆者はポスターセッション2の
座長を務めたが,共同座長2名が現れず主催者のベト
ナム結核予防会の重鎮の先生が共同座長をつとめ,
また,ポスターセッションの際に実際に説明があっ
たのは,貼ってあったポスターの半分だけ,という
日本では考えにくいルーズさも見られた。
ハノイ
気腫10,喫煙対策10,肺癌7,中皮腫1,喘息1,胸
クアラルンプール,北京,香港は先進国とかわらな
水1,呼吸管理1,気管支鏡2,CTガイド下生検1と,
い高層ビルが林立し,空港から都市中心部まで快適な
前回と同じくバラエティにとんでいたが,エキスパー
鉄道が通じているが,ハノイ市はそれと異なり,先進
トTBはシンポジウムなどでまとめてしまったためか
的な高層ビルもあるが数少なく,空港から都市部まで
ポスターとしては目立たず,疾患では非結核性抗酸
の高速鉄道はまだなく,高度成長期の日本を思わせる
菌関連と喘息管理が少なかったのが目についた。日
若さ,活気,乱雑さに満ちた都市であった。今回の会
本に近い疫学状況のシンガポールからは65歳以上の
議の後,
アジア太平洋地区の理事長が4年間勤めたフィ
接触者への潜在結核感染治療の演題があり,514名の
リピン結核予防会のカミロ・ロア医師から,中国,シェ
治療を受けたものからの発病なし<治療を受けなかっ
ンヤン結核センターの王医師に替わることとなり,筆
たあるいは中止した1848名からは7名の発病>の一方
者が副理事長となった。次回の会議は2015年にオー
1名のイソニアジド肝障害死亡,
という報告があった。
ストラリアのシドニーで行われる予定である。
ハノイの街並み
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第38回国際結核サーベイランス研究会(TSRU)
ベルンにて開催
結核研究所
所長 石川 信克
日本からは,3題の発表がされた。岡田医師は,有
病率調査のセクションで,カンボジアでの2回の有病
率調査から得られた有病率とサーベイランスからの患
中世の面影が色濃く残る“ 世界遺産 ”の街ベルン
者報告率を比較し,高蔓延国でのカンボジアでも,高
齢者での結核発見が課題であること,症状のないリス
TSRU は Tuberculosis Surveillance Research
ク者への健診の意義を論じた。筆者は,特殊なグルー
Unit(結核サーベイランス研究会)の略号で,世界の
プの結核のセクションで,日本の刑務所における結核
結核疫学の専門的な研究会である。1967年オランダ結
の状況と問題点について報告し,刑務所のような人口
核予防会
(KNCV)
とWHOのかけ声のもとでIUATLD
移動が激しい所における正確な罹患率把握の困難と国
(国際結核肺疾患予防連合)の活動として設立された。
際的な取り組みの議論がされた。山田医師は,クラス
先進国の予防会や組織が中心で結核疫学の本質を議
ターのセクションで,カンボジア有病率調査の結果を
論してきたが,感染危険率,患者の定義,DOTSなど
活用して,接触者家族健診の有用性について論じた。
結核の世界戦略づくりへの足がかりを与えてきたと言
家族健診など特定のハイリスクグループの患者発見
える。現在はKNCVに事務局を置き,途上国を含め
は,発見率が一般人口に比べて高いという利点はある
た国際結核疫学者ネットワークといえ,毎年一回メン
が,高齢化が進むアジアの状況では,結核全体の中で,
バー諸国の持ち回りで会議が持たれる。いわゆる国際
家族健診により発見される患者割合は高くない可能性
学会に比べ,40-50名程度の顔見知りの多い家族的な
があること,これまで途上国では,症状による受診
(受
集まりであるが,内容は先鋭的で,時間をかけた熱心
動的患者発見)が主で,一般住民を対象とした健診(能
な議論が展開されるのが特徴である。研究途中や未発
動的患者発見)は推奨されてこなかったが,全体の罹
表の論文の内容が徹底して議論される。
患率の減少する中で,高齢者の既感染発病者の割合が
昨年は結核研究所が主催して東京で開催され
高い状況では,結核を積極的に減少させるためには高
た が, 今 年 は ス イ ス 肺 疾 患 予 防 会(Swiss Lung
齢者を対象とした健診の有用性は高いと考えられ,こ
Association)がホストで5月15日から17日の3日間,
の点はさらなる検討が必要である。
スイスの首都ベルンで開催された。
クラスターのセクションは,山田医師が発表した家
今回は,WHO,スイス,ドイツ,英国,米国,中国,
ベトナム,タンザニア,マラウィ(以上は政府保健省
から)
,スイス,オランダ,日本,韓国(以上国を代表
する結核予防会)
,
などから総勢45人の参加があった。
日本からは筆者の他,結核研究所の加藤誠也,山田紀
男,岡田耕輔の3名の医師,WHOからは小野崎郁史
医師が参加した。
発表は,4テーマ
(①有病率及び罹患率調査,②特殊
なグループの結核,③サーベイランス,④結核の疫学
的集中(クラスター)
)
,と自由演題の5つのセクション
で行われた。
22
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発表中のWHO 小野崎医師
族健診の有用性のほかに分子疫学や感染の様相などの
開始と関係なく,患者報告(登録)がされなければなら
発表がされた。これまで分子疫学は,RFLPやVNTR
ない*”。
が中心であったが,第2世代として,ゲノム全体を対
象とした分子疫学的手法を活用した研究が始まってい
<TSRUの今後>
る。ゲノム全体を対象とするため,菌の遺伝子に基づ
専門家の減少,結核関係の会議が多くなった等で,
く生物的特徴と伝搬性(感染性や病原性,伝播の順序
参加できない国も出てきたため,今後この研究会をど
など)との関係を検討できる可能性があり,今後広く
うすべきかが議論された。今回の参加国からは,この
活用されていくであろう。
会の持つユニークな有用性が強調され,今後も継続す
特殊な集団での結核では,筆者の発表に関連して,
る方針が出された。日本の結核疫学研究や対策にとっ
刑務所における結核発生の推定方法(受刑者の出入り
ても,この研究会から多くの示唆を得てきており,ま
もあり正確な患者発生率を推定することが困難なこ
たそれらの経験を他の国々と共有する意義は深い。
と)
について質疑討議があった。
ちなみに,ドイツのロベルトコッホ研究所の研究者か
サーベイランスについては,詳細な情報を得るニー
らは,ドイツでは日本のように結核疫学者が少ないの
ズが高まってはいるが,まず基本情報
(性,年齢,病型,
で,日本の経験から情報を得たいという希望を述べら
国籍等)の精度を高める必要があるという発表があっ
れた。来年はタンザニアで開催される予定となった。
た。途上国でもサーベイランスの電子化は徐々に実施
されており,その場合は結核登録台帳の記載がそのま
ベルン旧市街は,市の外壁を堀のようにU字の川に
まサーベイランス情報となりうるので,集計報告時の
囲まれ,何世紀にもわたってつくられた古い街並みを
情報もれ,誤記等は少なくなると考えられ,精度は上
中心にした美しい街で,ユネスコ世界遺産に登録され
がる可能性が高い。
ている。初夏の小雨交じりの天候であったが,水と緑
<患者の定義と報告について>
に心が洗われる所であった。思いがけず35年振りに昔
の友人(保健師)が訪ねてくれ,彼女の案内で,市の中
従来,WHO推奨の記録報告システムでは,登録台
心にある800年の歴史を誇る時計塔の中を見学するこ
帳には治療を開始する者のみが記載されてきたため,
とができた。400年以上も使われてきた手動の仕掛け
発見されても治療を開始しなかった患者は報告されな
時計には,さすがスイスと感動を覚えたのであった。
かった。これでは,サーベイランスから患者発生の実
またバラ公園からは旧市街が一望できたが,その向こ
態がつかめないので,今回WHOの結核サーベイラン
うにはクレーンがいくつも建っており,古い街と新し
スでの患者定義の改訂で,菌陽性結核は治療の有無に
い都市づくりの様子が印象的であった。
かかわらず患者の報告がされるように改められたとい
う説明がされた。
新改訂による新しい結核患者分類は,
これまでの塗抹のみだけでなく培養や迅速診断も含め
て結核菌陽性と分類するとなった。
* D e f i n i t i o n s a n d re p o r t i n g f r a m e w o r k f o r t u b e rc u l o s i s –
2013 revision (WHO/HTM/TB/2013.2)
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/79199/1/
9789241505345_eng.pdf
“「細菌学的に確認された結核患者」とは,塗沫,
培養,その他WHO推奨の迅速診断法(Xpert MTB/
RIF等)による陽性者で,その全ては,その後の治療
歴史ある美しい街ベルン
500 年の時を刻む時計塔
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第26回世界禁煙デー
たばこによる健康影響を正しく理解しよう
2013 年世界禁煙デー記念イベント・5月31日
(金)
丸ビル1 階マルキューブ(東京・千代田区)
今年の世界禁煙デーは,
「たばこによる健康影響を
正しく理解しよう」をテーマに開催されました。WHO
のテーマは,“Ban tobacco advertising,promotion
and sponsorship(たばこの広告,販売促進およびた
ばこ産業の後援活動を禁止しよう)
”です。
今回は,イベント形式で,厚生労働大臣(当日は
秋葉賢也副大臣)より禁煙大使が任命され,プロゴル
ファーで,タレントそして新米ママの東尾理子さん
が大使として普及啓発を行いました。
賑わいを見せる肺年齢測定体験(テレビカメラがブース内にも ?! )
禁煙大使の初仕事
任命後最初の仕事は,東尾さんのお父さんである東
がん研究センターならびにたばこと健康問題NGO協
尾修氏に,イベント会場から電話をかけ,愛する孫の
議会の出展と,協力会社による資料提供がありまし
ために禁煙をと訴えることでした。東尾パパは少々慌
た。結核予防会が加盟するたばこと健康問題NGO協
てながらも
「努力します」
と答えていらっしゃいました。
議会のブースでは肺チェッカーによる肺年齢測定体
験を実施し,70名近い方に体験していただきました。
また,日本禁煙推進協議会の宮﨑恭一事務局長に,
禁煙相談を実施していただき,肺年齢測定結果が芳
しくない人には,その場で禁煙指導を行っていただ
きました。
子ども連れのお母さんは,お父さんがたばこを吸っ
ているので影響が気になるという相談や,職場の禁煙
環境をどのようにして進めていったらよいかなどの福
利厚生担当者からの質問もありました。
秋葉厚生労働副大臣(右)
から任命書を渡される東尾大使
される世界禁煙デーの記念イベントにぜひお立ち寄り
イベントブースも大盛況
いただき,禁煙について考える1日になることを願っ
当日は,スマートライフプロジェクト事務局や国立
禁煙ポスターが出来ました !
結核予防会では,
「さあ、今すぐ禁煙 !」という禁煙
ポスターを作成しました。
無料で配布していますので,ぜひ人が集まるとこ
ろに掲示してください(ただし,送料は実費ご負担い
ただきます)
。お問い合わせは,結核予防会普及広報
課
(電話03-3292-9288)
まで。
(文責:普及広報課)
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来年も会場は未定ですが,必ず5月31日(土)に開催
ています。 (文責 : 編集部)
世界禁煙デー記念イベント2013は
盛り上がりました
APACT 2013 事務局長
宮﨑 恭一
世界保健機関(WHO)が1988年4月7日に第1回世
界禁煙デーとして定め,1989年から5月31日としま
した。今年で26回目の世界禁煙デーのイベントとな
ります。従来から厚労省と「たばこと健康問題NGO
ませんが,
「タバコ取り締まりに関する法規制の確立
協議会」共催のイベントの後に開催している,タバコ
が必要」
「タバコの無い社会の想定」
「受動喫煙の認
問題首都圏協議会主催の記念イベントが,今年は広
識の啓発」
「タバコ産業のCSR,宣伝活動の問題点」
い会場を確保して企画されました。
などが論議されました。
首都圏協議会(中久木一乗代表)と東京/日本橋禁煙
休憩をはさんで,日本禁煙学会による「無煙映画大
推進研究会(村松弘康代表)との共催で,渋谷区文化
賞」授与式があり,作田理事長から受賞映画関係者4
総合センター大和田さくらホールが会場です。タイ
名に表彰状とクリスタルトロフィーが贈呈されまし
トルは
「PM2.5と健康」
ほんとうに怖いのは何? ~測っ
た。受賞者は一様にタバコシーンのない映画製作を
てみてわかったこと~ でした。
心がけていることを発表され,勇気づけられました。
毎年のイベントではタバコに関心の深い方々,禁
第2部として,制服向上委員会(社会派アイドルグ
煙について熱心な方々の集まりで,150名~ 200名の
ループ)によるミニライブがもたれ,
「タバコのけむ
参加者でしたが,600名入る会場で参加者が少なかっ
り,ムリ,ムリ,ムーリー」の歌と振り付けで会場を
たらどうしようかとの心配がスタッフにもあり,あ
盛り上げました。外には禁煙グッズや,出版物,各
らゆる方法を通して宣伝,周知がなされました。そ
団体の情報案内など盛りだくさんでした。イベント
の効果があったのか,親戚の方々や友人たちも加わ
を通して,タバコについて多くの人々が困っていて,
り,400名以上の参加者がありました。
一日でも早くタバコの存在を社会から無くさなけれ
講師は産業医科大学産業生態科学研究所教授の
ばという気持ちが強くなりました。
大和浩先生で,上記タイトルの特別講演をされまし
第3部は参加者有志による,渋谷駅周辺のSmoke-
た。講演の内容は,今年の冬に騒がれた中国北京の
Free Walk 2013が行われました。100名以上の参加
PM2.5と喫煙が許されている喫茶店のそれと比較し
者は制服向上委員会のメンバーを先頭に風船やプラ
たデータを示し,北京市内でのピークであった日と
カードを掲げて1時間ほど練り歩きました。毎年の行
喫茶店の喫煙による汚染状況がほぼ同じである700
事になって,ますます多くの方々が加わればよいと
~ 800μg/m3 という数値を示したというのです。た
思いました。
とえ禁煙席にいたとしても,環境省が外出自粛基準
である70μg/m3 に達していて,決して安全ではない
ことが判明したのです。特に接客にあたる従業員は
毎日の被煙ですから,体調を崩す人がいてもおかし
くない環境となるのです。
続いて,
「タバコと健康,真実が伝わらないのは
なぜ?」のタイトルで,元厚生労働大臣の小宮山洋子
氏,関西大学法学部教授の田中謙氏,
「受動喫煙の環
境学」著者の村田陽平氏,ラジオCM・番組ディレク
ターの藤本祥和氏,東京/日本橋禁煙推進研究会代表
の村松弘康氏がパネリストとして発言しました。コー
ディネーターとして松原幹夫氏(首都圏協議会事務局
長)と橋本美香氏(制服向上委員会会長)が担当しまし
た。内容は多岐にわたるため紙面の都合で披露でき
出発前の一コマ
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25
第53回日本呼吸器学会学術講演会(東京)より
抗酸菌感染症研究のパラダイムシフトを求めて
結核研究所 生体防御部
部長 日本呼吸器学会のあらまし
慶長 直人
1200演題の応募
日本呼吸器学会は,昭和36年(1961)に日本胸部疾
認定医制度の発足以来,学会のありようも変わり,
患学会として設立され,
平成9年4月に呼称変更され,
主要な大学講座,専門臨床・研究施設による比較的
現在に至っている。現会員数は約1万名で,呼吸器の
大規模かつ先進的,教育的な内容が少数のシンポジ
領域では日本医学会に属するわが国最大の学術団体
ウムにまとめられ,その他多数の臨床病院の後方視
である。呼吸器学会のカバーする領域は,感染性呼
的な症例研究発表や基礎研究の予備的検討がポス
吸器疾患,気道閉塞性疾患,アレルギー性肺疾患,
ター発表に回るという二極化した状況にある。また
間質性肺疾患,肺血管性病変,胸膜疾患,呼吸不全,
呼吸器疾患の多様性を反映して,本年度は,17のシ
希少疾患を含むその他の疾患など極めて多岐にわ
ンポジウム,24のミニシンポジウムを含む各演題が,
たっており,学会におけるシンポジウムも一つの疾
ポスターセッションを含め13の会場で同時並行の形
患を多くの切り口から見るというよりは,さまざま
で進められた。若手,中堅の臨床医が学会参加者の
な疾患を対象に,その時代ごとの先進技術や注目さ
多くを占めるようになり,治療に難渋する特発性間
れる方法論を駆使して分析する傾向が認められる。
質性肺炎や肺がんの分子標的療法,COPDの改訂ガ
イドラインなど,臨床の現場でよりホットな話題に
分析的生物学から集積的生物学への
パラダイムシフト
聴衆が集まり,会場によっては立ち見が出るほどの
盛況ぶりであった。しかし例年のことであるが,重
要で質の高い研究でも専門性の高すぎるテーマでは
本年度の第53回日本呼吸器学会学術講演会は,京
会場の広さと聴衆の数のバランスがとれないケース
都大学大学院医学研究科内科学講座呼吸器内科学の
も見られ,このような大規模学会の運営の難しさを
三嶋理晃教授が会長を務められ,2013年4月19日か
垣間みた。
ら21日まで3日間,東京国際フォーラムで行われた。
本学会の規模が拡大するにつれ,会長の所属大学に
よっては地元で学術講演会総会を開催することが難
しくなり,ここ10年ほどは,毎年関東
(東京,千葉)
,
関西
(大阪,神戸,京都)
で交互に開催されている。
国際的な学会をめざした構成
日本呼吸器学会(JRS)は,15年ほど前から,アメ
リカ胸部疾患学会(ATS)
,欧州呼吸器学会(ERS)
,
三嶋会長は,本年度のメインテーマとして「呼吸器
アジア太平洋呼吸器学会(APSR)と相互交流を本
病学のニューパラダイム」を掲げられた。これは,こ
格的にスタートさせた。学術講演会において,欧
れまで分子細胞レベルで蓄積された知見が実際にど
米の第一人者の招請講演を一方向的に拝聴するだ
のようなネットワークを形成した上で疾患が成立す
けでなく,若手のアクティブな研究者と双方向の
るのか,分析的生物学から集積的生物学への転換に
ディスカッションを行い,刺激を受け合う場とし
より,呼吸器病学の未来が新たに広がっていくのだ
て,International Symposium,English Poster
という思いが込められたものであった。
Discussionのセッションを設けられており,本年度
も活発な討論が行われていた。筆者らは10年以上
26
7 / 2013 複十字 No.351
前から結核症を中心としたベトナムとの共同研究
を行っており(写真1)
,毎年なるべくこのセッション
に応募するようにしている。わが国で国際共同研究
を発表する場合,外国の共同研究者が学会員でなく
ても共同演者として登録可能であり,内容の詳細を
共通言語で公開できる本学会のこのセッションは,
対象国に対してイコール・パートナーシップと発表
の透明性を示すのに最もふさわしい場のひとつとし
て推奨される
(写真2)
。
国内の関連領域との連携
呼吸器学会学術講演会における
抗酸菌症関連の演題
本年度,抗酸菌症関連の演題はミニシンポジウム
として2セッション,またポスター発表は抗酸菌感染
症2セッション23演題,非結核性抗酸菌症2セッショ
ン23演 題, 結 核2セ ッ シ ョ ン24演 題 に の ぼ っ て い
る。結核予防会複十字病院からも例年多くの演題が
発表されている。呼吸器学会においても抗酸菌症関
連のトピックが一定の比率を占めている事は注目に
値する。特に結核については,肺がん,間質性肺炎,
肝硬変,さまざまな合併症を伴う症例のまとめ,免
さらに国内の関連学会との共同企画として,日本
疫学的結核感染診断法(interferon-gamma release
サルコイドーシス / 肉芽腫性疾患学会,日本呼吸器
assay)についての演題が多く,非結核性抗酸菌症に
療法学会,日本呼吸器外科学会,日本麻酔科学会,
ついては,最近保険収載されたMAC症診断のための
日本結核病学会,日本呼吸ケア・リハビリテーショ
抗glycopeptidelipid(GPL)core IgA抗体の有用性
ン学会,日本リウマチ学会,日本アレルギー学会の
についての報告が多く見られた。
乗り入れによるセッションが開催されている。本年
惜しむらくは,毎年のことではあるが,抗酸菌
度,日本結核病学会からは,「日常の呼吸器診療に紛
感染症関連の演題はプログラムの終わりの方にまと
れ込む結核を見落とさないために」というテーマで,
められ,結核と非結核性抗酸菌症が同一セッション
結核性胸膜炎の話題,気管支結核など 4 つの話題が
の中に混在しており,プログラム構成上,抗酸菌感
提供された。特に近畿中央胸部疾患センターの露口
染症に触れる機会の少ない若手臨床家に対して,こ
一成先生からは,むしろハイリスクグループからの
の分野の大切さを示すには若干不具合もみられた。
結核発症を防止する事の重要性が改めて強調され
わが国の関係者の努力により,魅力的な大規模臨床
た。またランチョンセミナーでは結核研究所加藤誠
研究や病態に関わるオミックス(網羅解析)研究の成
也副所長がさらにわが国の結核罹患率を減らすため
果が頻繁に報告されるなど,今後,抗酸菌感染症研
の潜在性結核感染治療の考え方について講演され,
究にもパラダイムシフトが大いに求められる学会で
盛況であった。
あった。
写真1
写真 2
学会で発表しているベトナムの施設との共同研究の打ち合わせ風景
学会会場とEnglish Poster Discussionの演題
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予防会だより
第53回日本呼吸器学会学術講演会にブース出展
平成25年4月19日(金)~ 21日(日)に開催された標題学
会にブース出展しました。
今回で第53回となる日本呼吸器学会は,有楽町にある東
京国際フォーラムを会場として行われました。約6,800名を
超える参加者があり過去最高を記録したとのことです。展
示会場となった地下の展示ホールには約80の企業・団体が
出展し,盛大に行われました。
当会出展ブースでは,予防会各種ポスターやCOPD啓発
冊子,COPD共同研究事業報告書を用意し,希望者の皆様
に無償で配布しました。次回は来年大阪国際会議場にて開
催予定です。
第18回ウォーキングフェスタ東京 肺年齢体験会
平成25年5月3日(金)~ 4日(土)に開催された標題イベン
トに肺年齢体験ブースの出展をしました。
5月3日 109名
(男性54 女性55)
5月4日 85名
(男性48 女性37)
このウォーキングフェスタは全国各地で開催されている健
康イベントで,東京の開催は18回目となります。参加者の体
力にあわせてそれぞれ10㎞・20㎞・30㎞のコースを制限時間
内にゴールするもので,天気にも恵まれて,2日間で約1万
人の参加がありました。
今回,屋外での測定ということで開始直後は測定不能が続
出してしまいましたが,写真のように段ボールを風除けに使
用後は,順調に測定をすることが出来ました。
当会の肺年齢測定体験ブースにも,多数の方にお出でいた
だきましたが,やはり日頃より健康に気を遣われている方が
多いせいか,肺年齢が実年齢より若い方が多いとの印象があ
りました。2日間の測定者数は右のとおりです。
みんな知ろうCOPD
(慢性閉塞性肺疾患) 呼吸の日記念フォーラム2013
平成25年5月11日(土)日本医師会館(東京都文京区)で呼
吸の日記念フォーラム2013が開催されました。呼吸の日
フォーラムは今年で6回目を迎えます。当日は雨天にもかか
肺年齢測定中の
今 泉 元ラグビー
日本代表
わらず,約300名もの来場者がありました。
第1部「みんな知ろうCOPD-はばたけ健康日本21(第二
次)-」
,第2部「肺年齢体験と私の健康法」
,第3部「呼吸リ
ハビリテーション実演 正しい呼吸方法の体験」
,第4部「呼
吸の日記念 フォーラム・ミニコンサート」の4部構成で,第
2部のパネリストとして出演された松沢成文前神奈川県知事
が今泉清元ラグビー日本代表より肺年齢が若いことに会場
が大いに沸きました。
特設会場では肺年齢測定体験会が同時に開催され,測定
希望者は長蛇の列となりました。日頃よりCOPDへの関心
の高さが伺えました。
28
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大好評の肺年齢
測定体験会
シンポジウム「アフリカの結核をゼロに!」
第5回アフリカ開発会議(TICAD V)公式サイドイベント報告(速報)
アフリカの開発
ニアとスーダンの結核対策官からの現状の報告に続いて,
をテーマとして,6
日本の支援の取り組み,日本発の技術貢献として診断法や
月1日~ 3日までパ
ワクチンの開発,国際保健政策といった様々な視点からシ
シフィコ横浜で第5
ンポジストが発表されました。また,結核制圧への日本の
回アフリカ開発会
取り組みを推進しているストップ結核パートナーシップ推
議が開催されまし
進議員連盟,外務省,厚生労働省,JICAそれぞれの立場か
ら発言いただきま
た。
結核予防会とス
し た。 ゲ ス ト コ メ
トップ結核パートナーシップ日本は,展示ブースでアフリ
ンテーターとして
カの結核の現状と支援活動を紹介するとともに,公式サイ
お迎えした感染症
ドイベントとして,31日にシンポジウム「アフリカの結核を
問題活動家として
ゼロに !」
を開催しました。
活躍するアフリカ
アフリカでは,結核は三大感染症としてエイズ,マラリ
アと並び大きな健康問題であると同時に,経済開発と社会
の安定を脅かしています。HIVと結核の重複感染の80%は
アフリカで発生し,WHOが指定する世界の結核高まん延国
22カ国中,アフリカが9カ国を占めています。
シンポジウムでは,結核への取り組みは,アフリカのユニ
バーサル・ヘルス・カバレッジ(すべての人が基礎的保健医
イボンヌ・チャカチャカ氏
の歌姫,イボンヌ・
チャカチャカさん
は美しい歌声とともに力強く支援を訴えました。
サイドイベントとしては,この他に「岐路に立つ世界の感
染症対策」
,
「エイズを考える」
,
「官民連携によるグローバ
ルヘルスへの日本の貢献」などが行われ,アフリカの保健課
題の解決に向けた関係者の熱意が感じられました。
療サービスを受け
シンポジウム詳しい報告は次号(No.352/9月号)に掲載予
られること)の実現
定です。 (文責:国際部)
にどのように役立つ
か,日本はどのよう
に貢献できるかを議
論し,100名以上の
特別発言
方に参加いただきま
した。
結核研究所で国際協機構(JICA)の研修を受講しているケ
シンポジスト
ストップ結核パートナー
シップ推進議員連盟
副会長
高階恵美子氏
ケニア公衆衛生省州ハンセン病・結核・肺疾患
対策官 アゲレ・オニャンゴ・エリウッド氏
スーダン北部州保健省結核対策官 アブドラ
ハマン・アブドラル・モハメッド・アバディ氏
結核予防会結核研究所国際協力・結核国際
情報センター国際研修科主任 村上邦仁子氏
(独)医薬基盤研究所霊長類医科学研究セ
ンター長/三重大学大学院医学系研究科教
授 保富康宏氏
栄研化学(株)研究開発統括部長付部長
糀谷伸一氏
(独)年金・健康保険福祉施設整理機構理
事長/名誉世界保健機関(WHO)西太平
洋事務局事務局長 尾身茂氏
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第4回 結核予防会事業所学術発表会「高齢化社会」
第 4 回結核予防会事業所学術発表会 実行委員長
2013年6月8日(土)に,第4回結核予防会事業所学
術発表会が結核研究所で開催されました(参加者約100
結核研究所臨床疫学部長 名)
。前回に引き続き今回もテーマを設定し,
「高齢化社
伊藤 邦彦
会」をキーワードとしました。予防会傘下の5事業所か
4.高齢者結核の問題点(複十字病院)
ら高齢化に関連した10題の演題が出されました。また
5.老化と脳核医学(複十字病院)
特別講演として,国立長寿医療研究センターの鈴木隆
6.途上国の結核の高齢化についての検討
(結核研究所)
雄先生から,認知症発症前段階での,運動療法等の介
7. サーべイランスに見る高齢者結核の特徴と動向(結
入による認知症発症予防の研究とその結果等について
核研究所)
興味深く貴重な講演をしていただきました。身近な話題
8.高齢者の褥瘡ケア(保生の森)
であるだけに,参加者の関心も例年にも増して強かった
9. COPDの治療(新山手病院)
ように感じられます。
事務職の方とは異なり,医療職の場合,同じ結核予
防会傘下の事業所職員でありながら他の事業所との活
10.高齢化社会における腹腔鏡手術(複十字病院)
特別講演「認知症の疫学研究と早期発見の重要性」
国立長寿医療研究センター 鈴木隆雄研究所長
発な交流が常にあるわけではありませんが,こうした機
会に同じ結核予防会の職員として一同に会することがで
来年度は結核予防会本部が当番幹事となって第5回の
学術発表会が予定されています。
きるのは,大きな意義のあることだと思われます。
発表演題は以下の通りです。
1. 病棟移転は確認不足による与薬,注射・点滴のエラー
を増加させる(新山手病院)
2. “リハビリテーション治療法の量対効果の判定”はでき
ないものだろうか?―高齢化社会の縮図:回復期病院
での心臓リハビリテーションの経験―(新山手病院)
3. 接触者健診において結核感染に影響する因子につい
て(第一健康相談所)
特別講演 国立長寿医療研究センター 鈴木隆雄研究所長
平成24年度複十字シール募金結果報告
平成24年度複十字シール募金総額は,297,601,933
また,3年連続で増加した支部は,岐阜県と佐賀県と
円 と な り ま し た。 募 金 の 媒 体 で あ る 大 型 シ ー ル
なりました。皆様本当に一年間有り難うございました。
325,500枚, 小 型 シ ー ル1,327,000枚, 封 筒 組 合 せ
343,100部を作成し,日本全国へシール運動を展開い
たしました。
募 金 取 扱 対 象 で は, 郵 送 募 金 約1億918万 円
(36.7%)
・婦人会関係 約7,202万円(24.2%)
・市区
町村 約6,537万円
(22%)
となりました。
(普及広報課)
調査研究に
0.6%
120 万円
図
途上国の結核対策に
22.5%
4,273 万円
平成 24年度
そのうち,経費が約1億741万円となり,募金総額
から諸経費を除いた益金は,約1億9,018万円となり
ました。益金の使途内訳は図のとおりです。
ベスト5は,1位沖縄県・2位静岡県・3位大阪府・
4位宮城県・5位長野県となりました。増加率では,1
位静岡県123.6%増・2位長崎県63.9%増・3位宮城県
54.9%増となりました。
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全国の結核予防
団体の活動に
28.0%
皆様から寄せられ
た温かい募金は,
このような目的で
使われました。
5,321 万円
結核予防の広報や
教育資材の作成に
48.9%
9,304 万円
募金総額
2 億 9,760 万 1,933 円
益金(経費除く)
1億 9,018 万 3,286 円
シール
だより
平成24年度
高額寄附をいただいた方々からのメッセージ
平成24年度も「複十字シール募金」に多くの方々からご賛同をいただき,誠にありがとうございまし
た。複十字シール募金と本会事業資金,事業活動へのご寄附をいただいた方々の中からメッセージを
ご紹介いたします。
結核予防会総務部総務課・事業部普及広報課
事業資金をいただいた方
事業活動にご協力いただいた方
中久木 秀一 様
株式会社ホンダプロモーション
代表取締役 山田 良治 様
私は今から40数年前に命にかかわ
る病をしました。その時にお世話に
貴財団にお勤めの竹下隆夫様より,結核予防会様が
なったのが複十字病院の院長である
結核予防会宮城県支部様,福島県保健衛生協会様,岩
工藤先生です。今こうして彫刻を続
手県予防医学協会様へFITシャトルハイブリッドを
けられることに感謝しております。
ご寄附されるとのことでお話しを頂戴し,ご協力させ
そしてこの様な形で御恩返しが出来
ていただきました。
ることは私にとっても大きな喜びです。
複十字シール募金にご協力いただいた方々
勝又 民樹 様
竹浪 正造 様
寄附のきっかけは,最近の私自
私は平成22年8月上旬から23年1
身の健康診断で胸部疾患の疑いあ
月下旬まで,肺結核で青森市の国立
りとされ,精密検査を受けたこと
病院に入院しました。私は昭和30年
です。結果は何事もなかったので
元日から漫画絵日記を書き続けまし
すが,この2年ほどの内に胸部疾
た。テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」
患が原因で身内と同期の友人何人
という番組でそれが紹介されたこと
かを亡くしました。少しでも社会還元になればと思
により,廣済堂から
「はげまして はげまされて」
の表題で
い,今回結核予防会に寄附いたしました。今後も出来
市販しました。売れ行きがよく印税が入り,結核入院中は
る限り毎年お役に立ちたいと思っております。
国費支弁でありましたので,そのお礼に寄附したのです。
杉澤 廣行 様
宮川 昌夫 様
結核予防会への協力は12年に
なりました。
私の勤務する会社は保険代理店
ですが,臨床研究保険という特殊な
平成23年3月末で31年間勤めた
保険を扱っております。この保険の
職を辞しましたが,結核予防会の
営業を通じ,都立新宿高校の同期生
使命を少しでも支援できるよう,
である結核予防会の長田理事長から
これからも一個人として協力して
伺った,
「世界の結核制圧に取り組
いこうと思います。
む」日本の結核予防会の姿勢に感動して,3年前から寄
附を始めました。結核治療に関する日本の医療技術が,
世界の結核患者に役立つことを切に望んでおります。
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予防会だより
高田滋,秋山正代,野口規子,田中雅
田商店,鈴木石材店,千代の一番,武
史,国土地理協会,櫻井嘉雄,古川栄
美会,千野素行,田村市兵衛,久松孝
子,金地院,松岡秀枝,柴田小児科医
之,浜田寛子,善照寺,木曽マス子,宮
日本ビーシージー製造,阿久津博子(本
院,三雅商事,開真産業,赤光会斎藤
崎政春,
村田トシ子,
手嶋敏,
小川昭二郎,
部)
,中久木秀一,武田八千代,宮本靖
病院,新新会多摩あおば病院,佑樹会,
吉野賢治,梶谷純子,河合健,平山茂博,
子
(複十字病院)
, 関口守治
(保生の森)
木村産業,天誠会,大塚満子,いすゞシ
藤井春彦,小澤一郎,尚篤会赤心堂病
ステムサービス,杉田製線,中田昭,青
院,石川製作所,寄居孔版社,水津唯男,
多額のご寄附をくださった方々
〈指定寄附等〉(敬称略)
〈複十字シール募金〉(敬称略)
山晰子,都民劇場,矢田,土屋キヨ,石
滝沢宣子,松井啓子,田中佐喜子,望
岩手県 - 新岩手農業協同組合,真山
井栄城,小島海雄,全日本司厨士協会,
月紘一,長澤紘一,中川昭弘,中本逸郎,
池田医院,東八幡平病院,Aコープ北
辻本謙市,高沢栄,竹井昭雄,山田芳
河津秋敏,ホソノイチロウ,天王寺,小
東北,坂の上野 田村太志クリニック,岩
和,越田晃,島田妙子,山本博章,雨
山泉,テレコム通信工業,有山猛生,ペ
手県教職員組合,久保田歯科医院,鈴
宮育子,平井時夫,吉村成弘,並木山青,
エックス,三和薬品,永寿会,中島不動産,
木道隆,石川洋子,滝沢中央病院,智
近藤健文,立川市医師会,東京空調衛
石井敏恵,籾山保,岡本和幸,壁矢浩一,
徳会,岩手畜産流通センター,高橋医院,
生工業会,能宗章雄,坂田稔,オオタヨ
竹中一雄,樹田浩三,山口智道,梅崎
岩手自動車電機,亀井正明,岩手県対
シコ,ハラダコウキ,浅井商事,本門佛
都志夫,三邊ユリ子,尾身幸次,河上
ガン協会,新里医院,日新堂,江村胃腸
立宗立正寺,勝願寺,岩崎倉庫,かわ
牧夫,野本化成,
トライターム,富士精密,
科内科医院,正傳寺,岩手総合法律事
た菓子研究所,サンメディカルサービス,
東京衛生病院庶務係,文光堂,江﨑眞
務所,曹洞宗 光西寺,もりおか胃腸科
電子機械サービス,小野寺事務所,み
一,外山洋,稲沼茜,川村きよ,吉野製
内科クリニック
その商事,東京化学同人,ワイ・エス・
作所,梅田鍍金工業所,鈴木三彌,中
福井県 - 坂本傳
コーポレーション,諸岡真弓,福井康博,
西尭朗,市田行則,セキグチケイコ,梅
岐阜県 -日産プリンス飛騨販売,国際
永井季子,鈴木照男,下田賢司,飯田
井秀明,三共消毒
ゾンタ26 地区エリア2 岐阜ゾンタクラブ,
和道,野田照子,弓削道子,岩田造園
岐阜大学,兌平会秋田歯科医院
土木,ヒロセ電機,徳榮商事,西村商店,
大阪府 - 若林克彦,肥田昭,花谷和
山本恒,青木修三,山住美津子,伊勢
子
谷浩,大森寿明,大仙寺,坂戸ガス,高
本部 - ケーピーイー,谷本ビル,渡辺
島倫子,早田頼子,浜四津尚文,後久
政和,北澤竜二,ユニオン化成,羽入直
靜子,永山保,労働衛生協会,楚山雄二,
方,奥村アキ,堀内雅子,宮田耕作,稲
菅谷有槻子,日冠,日本サービスセンター,
田和子,舞田正暉,津田眞阿,小林保
ジェイティービーモチベーションズ,ダイヤ
彦,小俣宗昭,笠原庄治,仲谷クリニック,
モンド・ピーアール・センター,高橋真千
志村知男,堀江亘,須藤永一郎,相坂
子,金子運送,ギャルドユウ・エス・ピイ,
正夫,米山隆昭,渋谷武子,鈴木崇二,
北村佶正商店,ニナファームジャポン,吉
平成 25 年 7月12日 発行
複十字 2013 年 351 号
編集兼発行人 藤木 武義
発行所 公益財団法人結核予防会
〒101-0061 東京都千代田区三崎町 1-3-12
電話 03(3292)9211(代)
印刷所 株式会社サンニチ印刷
東京都渋谷区代々木 2-10-8ケイアイ新宿ビル
電話 03(3374)6241
結核予防会ホームベージ
URL http://www.jatahq.org/
多額のご寄附をいただきまして
誠にありがとうございます。
本誌は皆様からお寄せいただいた複十字シール募金の益金により作られています。
複十字シール運動
-みんなのカで目指す,結核・肺がんのない社会
複十字シール運動は,結核や肺がんなど,胸の病気
平成 25 年度複十字シール
をなくすため100 年近く続いている世界共通の募金
活動です。複十字シールを通じて集められた益金
は,研究,健診,普及活動,国際協力事業などの
推進に大きく役立っています。皆様のあたたかいご
協力を,心よりお願いいたします。
運動の輪を広げてください。シールは,はがきや,手紙や包装の封印,何にでも使えます。
問い合せ:普及広報課 TEL03-3292-9287(直)
32
7 / 2013 複十字 No.351
新結核関連切手紹介シリーズ(11)
小林佑吉先生からの貴重な切手のご紹介は11回目となり,今回は「複十字」以外にさまざまなシンボルマークが掲載された切手を
ご披露します。
パキスタン・1967 年
エジプト・1982 年
ソマリア・1953 年
ソマリア・年代不詳
トルコ・年代不詳
パレスチナ・1964 年
スペイン保護領モロッコ
・1949 年
イスラエル・1951 年
結核予防運動のシンボルマークである複十字は,イスラム・ユダヤ圏においてはキリスト教を意味するとして嫌われ,複
十字のかわりにさまざまなシンボルマークが登場します。
1段目のパキスタン,ソマリア,トルコでは複赤新月が描かれていますが,2段目のエジプトやパレスチナでは赤新月の内
側に複十字がミックスされたデザインになっており,スペイン保護領モロッコでは,六芒星(ダビデの星)の中に複赤新月を
置き,それに縦線を加えた不思議なマークが登場します。また,ソマリアでは,切手の上部に複十字と区切られた三日月と
星の組み合わせ(イスラム教のシンボル)が見られます。ただ,最後のイスラエル結核予防連盟の公式封筒では,複十字も赤
新月も受け入れられないのでマーガレットの花が象徴として描かれています。ちなみに赤十字に相当するマークとしてイス
ラエルでは◇の形をした赤のクリスタルが用いられています。
かけがえのない命と健康に、
長年の優れた知識と技術で貢献いたします。
日本は依然として結核の中蔓延国です。
今後ともより一層の結核対策の強化が求められます。
私たち日本ビーシージー製造株式会社は、昭和 27年(1952 年)に発
足以来、一貫して BCG ワクチンとツベルクリンの製造・供給元として
国内の結核予防対策に貢献してまいりました。
また、日本国内だけではなく、U N I C E F(国際連合児童基金)などの
国連機関にも半世紀以上にわたり、ワクチンを提供しています。
これからも、世界の人々の健康に貢献できるよう、努めてまいります。
日本ビーシージー製造株式会社
〒112 - 0006 東京都文京区小日向 4 - 2 - 6
http: //www . bcg . gr . jp
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